私人間効力
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問題の所在(私人間効力)
人権規定の名宛人
定義法が誰に向けて書かれているか、その向け先を名宛人といいます。
結論人権規定は、本来、国と個人の間で使う法として作られています。
理由理由は2つです。
- 歴史:人権は、国王や国家の力から個人を守るために勝ち取られてきました。
- 条文:99条で憲法を守る義務を負うのは、天皇又は摂政・国務大臣・国会議員・裁判官その他の公務員です。私人は入っていません。
99条|第十章 最高法規(97〜99条)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
社会的権力
定義私人でありながら、国に匹敵する力を持つ存在を社会的権力といいます。
資本主義が高度に発展して現れました。
具体例大企業や、全国に情報を流すメディアです。
- 働く場所:何万人という人の、働く場所を左右できます。
- 生活:ある人の過去を全国に知らせて、生活を壊すこともできます。
注意問題の核心は、気の毒さではなく力の非対称です。
一方が他方を実際に押さえ込める力の差が、国と個人の関係に似てきたことが問題です。
私人間効力の問題
定義人権規定を、私人どうしの間でも使えないかという問題を、私人間効力の問題といいます。
直接適用説
私人間効力の問題には、いくつかの答え方があります。
まず、人権規定をそのまま私人どうしに当てる説は、なぜ通説にならなかったのでしょうか。
直接適用説
定義人権規定を、私人どうしの間にもそのまま適用する説です(直接適用説)。
理由人権規定は、実体法秩序の最高の価値を定めたものです。
だから、その価値は法のあらゆる領域に妥当する、と考えます。
具体例思想を理由に人を切った会社の行為を、そのまま憲法違反だと言えます。
私的自治の原則
定義私人どうしの関係は、私人が自分の意思で決めてよい、という原則です(私的自治の原則)。
直接適用説への批判

結論直接適用説は、私的自治の原則を広く害するので行き過ぎだと批判され、通説になりませんでした。
理由強い私人を縛るための道具が、普通の個人にも同じように当たるからです。
注意場面によっては、私人の間に憲法を持ち込むべきこともあります。
問題は、直接適用説だとそれが常に起きることです。
無適用説
直接適用説は、私的自治の原則を広く害すると批判されました。
では、反対に、人権規定を私人どうしには使わないとする説はどうでしょうか。
無適用説
定義憲法は国家と国民の関係を規律する法なので、人権規定は私人どうしの間には適用されない、とする説です(無適用説)。
注意「憲法に特段の定めがある場合を除いて」という留保が付きます。
憲法自身が私人にも及ぶものとして置いた規定は、別です(第5節)。
支持を失った理由
結論無適用説は、筋は通りますが、ほぼ支持を失いました。
理由力の差がある場面で、弱い側が救われないからです。
具体例会社が思想を理由に人を切っても、憲法の側からは何も言えないことになります。
注意近時、これを立て直す有力な見解が現れています(新無適用説・第7節)。
間接適用説
直接適用説は私的自治を広く害し、無適用説では弱い側が救われません。
では、この2つの困りごとを同時に避けるには、どうすればよいのでしょうか。
一般条項(民法90条)
定義何が当たるかの中身を書かず、時代や場面に合わせて中身を入れられる幅の広い条文を、一般条項といいます。
具体例民法90条は、何が公序良俗に反するのかを何も言っていません。
私人どうしの関係を決めている民法の、代表的な一般条項です。
90条(公序良俗)|民法 第一編 総則 第五章 法律行為 第一節 総則(90〜92条)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
間接適用説

定義民法の一般条項を解釈するときに憲法の趣旨を取り込み、その一般条項を私人の行為に適用する説です(間接適用説・従来の通説)。
結論私人の行為に直接適用されるのは、憲法ではなく私法の一般条項です。
憲法は、その条項の中身を決めるときに、背後から流れ込みます。
注意憲法を使わない説ではありません。
憲法の趣旨を、公序良俗という民法の言葉に翻訳して使う説です。
間接適用説の利点
結論間接適用説には、次の3つの利点があります。
- 私的自治が残る:憲法違反かではなく、公序良俗に反するほどひどいかを問うからです。
- 弱い側を救える:私人に向けた法である民法を使うので、私人どうしの争いでも結論を出せます。
- 分類を保てる:国と個人の関係は公法、私人どうしの関係は私法という公法と私法の分類を壊しません。
具体例同じ道具でも、効き方が変わります。
- 自転車の売り先を選ぶ:公序良俗に反するとは言えません。
- 会社が思想を理由に人を切る:憲法が大切にする価値を正面から踏んでいるので、公序良俗に反すると評価する余地が出てきます。
三菱樹脂事件
結論最高裁も、三菱樹脂事件の大法廷判決で、間接適用説に立っていると理解されています。
私人どうしの対立の調整は、原則として私的自治に委ねられる、という筋を示しました。
注意私的自治に委ねるのは、あくまで原則にとどまります。
直接適用される規定(注意点①)
間接適用説では、原則として、憲法は私人の行為に直接は当たりません。
では、例外として直接当たる規定はあるのでしょうか。

結論間接適用説に立っても、次の規定は私人間に直接適用されます。
- 15条4項後段:選挙人は、その選択に関し、公的にも私的にも責任を問われません。
- 18条前段:国だけでなく、私人による奴隷的拘束も禁じます。
- 27条3項:児童を酷使してはならないという規定です。
- 28条:団結権・団体交渉権・団体行動権です(雇う側は私人です)。
理由私人による侵害を正面から想定した規定だからです。
注意「間接適用説だから、憲法は絶対に直接適用されない」と覚えると間違えます。
15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)4項:すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
18条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
27条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:児童は、これを酷使してはならない。
28条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
私人間の人権保障の相対化(注意点②)
間接適用説では、憲法の趣旨を一般条項の解釈に取り込みます。
では、どこまで取り込むかは、いつも同じなのでしょうか。
考慮事由の一つ
結論間接適用説を採っても、答えは決まりません。
理由憲法の趣旨は、一般条項を解釈するときの考慮事由の一つにとどまるからです。
私的自治を尊重すべきだという要請と、並べて考えます。
相対化
定義守られる強さが、相手との関係の性質で変わることを、私人間の人権保障は相対化するといいます。
具体例同じ説でも、相手によって両端まで振れます。
- 巨大なニュースサイト対個人:書かれた人は対抗できないので、人権保障の要請が強く働き、実質的に直接適用説に近づきます。
- 対等な私人どうし:言い返せるので、私的自治の要請が勝ち、実質的に無適用説に近づきます。
注意答案では、説の名前ではなく、どういう関係なのかを具体的に検討します。
この相対化は、公序良俗のような一般条項の解釈の中で起きることです。
沈黙の自由
定義思想・良心の自由に含まれる、自分の考えを言わずにいられる自由を、沈黙の自由といいます。
結論相手が国か私人かで、扱いが違います。
- 国:思想を述べよと迫ることは、絶対に許されません。
- 会社:就職希望者にどんな考えを持っているかを尋ねても、当然には違法にならない場合があります。
19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
新無適用説(近時の有力説)
無適用説は、ほぼ支持を失いました。
では、それを別の理屈で立て直す見解は、何を説くのでしょうか。
2本の柱
定義人権を、憲法ができる前からある自然の権利(超実定法的な権利)と捉える説です(新無適用説)。
結論次の2本の柱から成ります。
- 柱1:憲法に書き込まれた人権は、公権力を名宛人とするという憲法の性質に縛られ、私人どうしにはおよそ適用され得ません。
- 柱2:私人どうしで使えるのは、民法に取り込まれた権利だけです。
注意新無適用説は「近時の有力説」であり、通説ではありません。
第5節の規定は、憲法自身が置いた例外なので、ここでは脇に置きます。
具体的な結論
結論具体的な結論は、間接適用説とほとんど変わりません。
そのため、答案は間接適用説で書けば足ります。
理由間接適用説も、私人の行為に直接使うのは民法だからです。
具体例どちらの説から入っても、行き着く答えはほとんど同じです。
- 会社が思想を理由に人を切る:許されないと評価する余地が出てきます。
- 自転車の売り先を選ぶ:とがめられません。
判例の読み方
結論同じ最高裁の判決の読み方が、2つに割れます。
- 従来の通説:最高裁は間接適用説を採ったと読みます。
- 近時の有力説:最高裁は無適用説を採ったと読みます。
理由判決文が、どちらにも読める書きぶりだからです。
純然たる事実行為とステイト・アクションの理論
間接適用説は、民法90条を通じて憲法の趣旨を私人の行為に及ぼします。
では、90条が届かない場面と、海外の別の解き方は、どうなっているのでしょうか。

純然たる事実行為
定義私人の行為は、次の2つに分かれます。
- 法律行為:私人の行為のうち、意思表示を中身にもつものです。
- 純然たる事実行為:契約ではないふるまいです。
結論純然たる事実行為には、民法90条は届きません。
不法行為の規定(民法709条)で受けます。
理由90条が無効にするのは法律行為なので、事実行為には無効にする対象がそもそもないからです。
注意709条では、他人の権利又は法律上保護される利益の侵害が違法といえるかを考えるところで、憲法の趣旨を取り込みます。
709条(不法行為による損害賠償)|民法 第三編 債権 第五章 不法行為(709〜724条の2)故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
ステイト・アクションの理論
定義無適用説を前提に、私人の行為を国家の行為と同視できる場合に、憲法を直接適用するアメリカの理論です(国家同視説ともいいます)。
具体例型は2つです。
- 公権力の関与:国から特別の財政的な援助を受けて営まれている事業です。
- 公的な機能:会社が町ごと所有して、運営している場合です。
注意日本の答案で、この理論を展開する場面はほとんどありません(短答用)。
最高裁の立場
結論最高裁は、力の優劣がある場合に限って憲法の規定を当てはめる考え方を、明示的に排斥しています。
理由力の差があるときだけ憲法を当てると、どこからが差なのかを憲法の物差しで線引きすることになります。
その線引きを、公序良俗という言葉の中でやるのが、間接適用説です。
注意第6節の「関係の性質で重みが変わる」も、一般条項の中での話です。