雇い入れと、雇い入れた後——私人間効力を判例で読む
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第2章 人権総論 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
三菱樹脂事件——雇い入れの段階と、雇い入れた後の対比

一つ目の問いから始めます。大学を出て、ある会社に採用された人がいました。採用試験のとき、学生時代の政治的な活動の経歴を申告しなかった——会社はそう受け止めます。そして三か月の試用期間が終わる間際に、本採用を拒否すると通知しました。この「終わる間際」という時点が、あとで効いてきます。拒否された側は、労働契約の関係がまだ続いていることの確認を求めて訴えました。
争われたのは、思想・良心の自由(19条)と法の下の平等(14条)です。特定の思想をもっていたことを理由に不利益を受けた、という主張でした。だからこそ、最高裁はまずその点から答えます。
憲法の人権の規定は、国や公共団体と個人との間に置かれたものであり、私人どうしの間を直接に縛るために作られた規定ではない。そのうえで、こう続けます。私人どうしの対立の調整は、原則として私的自治に委ねられる。一方の行為が社会的に許される限度を超えたときにだけ、法が調整に入る。その調整も、民法の一般条項や不法行為の規定の運用で行う、としました。
ここで、判例の読み方が二つに割れます。前に整理した二つ——民法を通して効かせるのが間接適用説、私人どうしには憲法自体が届かないと見るのが無適用説でした。従来の通説は「この判決は間接適用説を採った」と読みます(調整を一般条項の運用に委ねている、という後半を根拠にする)。近時の有力説は「無適用説を採った」と読みます(私人どうしを直接には縛らない、という前半を根拠にする)。どちらにも読める書きぶりなのです。ただ、行き着く結論はほとんど変わらないので、答案は間接適用説で書けば足ります。覚えるのは、割れる理由のほうです。
一つ目の問いの答え——雇い入れの段階
最高裁は、企業には雇用の自由があるとしました。憲法は22条と29条で経済活動の自由も保障しており、企業もその一環として契約を結ぶ自由をもつ。だから誰を、どんな条件で雇うかは、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に決められる。特定の思想・信条を理由に雇い入れを拒んでも、当然に違法とすることはできないとしました。採否を決めるにあたって思想信条を調べることも同じです。
ここで労働基準法3条が問題になります。信条によって労働条件を差別することを禁じた規定です。しかし最高裁は、その射程をはっきり限定しました。雇い入れた後の労働条件についての制限であって、雇い入れることそのものを縛る規定ではない。短答で狙われます。3条を「採用差別の禁止」と覚えると外します。
雇い入れた後は違う
では、雇い入れた後はどうか。最高裁ははっきり分けました。いったん雇い入れた後には、雇入れの当初のような広い自由はない。理由が三つ示されています。
- 法律自体が、雇入れの段階と雇入れ後の段階を別に扱っている
- 企業は、働く人に対して社会的に優越した立場にある
- 試用期間に入った人は、他の会社への就職の機会を捨てている
そこが分かれ目です。試用期間つきの採用には解約権が留保されていますが、その解約権を使える場面は強く絞られました。
判例最大判昭48・12・12(破棄差戻し)
三菱樹脂事件——雇い入れの自由と、雇い入れた後 憲法の人権規定は、国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。企業者は、法律その他による特別の制限がない限り、いかなる者をいかなる条件で雇うかを原則として自由に決定することができ、特定の思想、信条を理由に雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。他方、留保解約権に基づく解雇は、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される。
この「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当」という言い回しは、今の解雇のルールの原型になっています(労働契約法16条)。
いちばん間違えられる点
最後に、この事件でいちばん間違えられる点です。本採用を拒否できたかどうかに、最高裁は答えを出していません。元の判決を破棄して、審理をやり直すよう高裁に差し戻し、合理的な理由があったかどうかは差し戻された先で判断させました。この事件を「採用拒否を認めた判例」と覚えると、誤りになります。
「どこまで流れ込ませるかは関係の性質で変わる」——その一つ目の実物が、この判決です。
昭和女子大学事件——同じ筋が、学校と学生の間でも

この筋が、会社以外の場面にも及ぶことを確かめておきます。
ある私立大学の学則に、こういう決まりがありました。学外の団体に入るには許可、署名運動をするには届出が要る。ある学生がその決まりに反する政治活動をし、自宅での謹慎を命じられ、最後は退学処分になりました。学生は、学生としての身分がまだあることの確認を求めて訴えます。
最高裁はまず三菱樹脂を引きました。憲法の人権の規定は、私人どうしの間を直接に縛るものではない。ここからが、この判決の本体です。
大学は、学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であり、法律に特別の定めがなくても、目的を達するのに必要な事項を定められる。そうして在学する学生を規律する包括的な権能をもつとしました。
⚠ この「包括的な権能」は、かつて否定された特別権力関係論の「包括的支配」とは別物です。あちらは国と公務員・被収容者のような、国の側の話でした。ここは私立大学と学生の関係——私人どうしの問題です。
私立大学については、さらに踏み込んでいます。私立大学には建学の精神に基づく独自の伝統や校風があり、学生もそれを承知したうえでその大学を選んで入学している。だから、社会通念上不合理だと認められない限り、違法とはいえないとしました。
判例最判昭49・7・19(上告棄却)
昭和女子大学事件——包括的権能と、裁量の限度 大学は、その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により定め、在学する学生を規律する包括的権能を有する。私立大学が建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針を学則等において具体化し、学生に対してその遵守を求めることも、それが直ちに社会通念上不合理であると認められないものであるかぎり、これを違法とすることはできない。
この事件の大学は「思想の穏健中正を掲げる保守的な学校」であり、その校風も判断の材料として勘案されています。退学処分そのものは、学長の裁量の範囲内とされました。
ただし判決は、限度もはっきり述べています。退学処分は学生の身分を奪ういちばん重い処分だから、改善の見込みがなく、学外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限られる。同じ大学の権能でも、学則を作るところは広く認められ、学生を学外に出すところはそこまで広くない。裁量にも輪郭があるのです。
🔴 この判決を「私人間に憲法を適用しない判例」と覚えると危ないです。実際に判断されたのは二つ——学則による規制が合理的かどうかと、処分が裁量の範囲かどうか。憲法の条文そのものではなく、そこで勝負がついています。
日産自動車事件——一般条項が実際に効いた形

ここまで見てきて、気になっていることがあるはずです。憲法は、結局どこで効いたのか。次は、実際に効いた例を見ます。
ある会社の就業規則が、定年の年齢を男子は60歳、女子は55歳と定めていました。この規則で退職とされた女性が、地位の確認を求めて争います。
条文日本国憲法 14条1項
日本国憲法 第十四条第一項 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
差を設ける理由として持ち出されたのは、女子従業員全体を、会社への貢献度が上がらない従業員とみる見方でした。しかし最高裁は、女子従業員全体をそのように見る根拠はないとし、定年年齢で女子を差別しなければならない合理的な理由も認められないとしました。
判例最判昭56・3・24(上告棄却)
日産自動車事件——就業規則の一部が民法90条により無効 就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効である(憲法14条1項、民法1条ノ2参照)。
⚠ 無効になったのは「女子の定年年齢を男子より低く定めた部分」であって、定年制そのものではありません。男女とも60歳と定めていれば、この判決の射程には入りません。
そして、無効の根拠になった条文は民法90条です。憲法14条1項は、判決文では括弧の中に「参照」として引かれているだけ。ここが、この回でいちばん見てほしいところです。憲法が直接あてはめられたのではなく、民法90条の「公序良俗」の中身を決めるところに、憲法の考え方が流れ込んだ——前の回で作った二段構えが、判決文の書き方にそのまま出ています。
一つ目の答えと、残る二つ

一つ目の問いの答えは「同じではない」でした。雇い入れを拒むこと自体は当然には違法にならないのに、雇い入れた後にやめさせるには、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が要る。ただし、本採用拒否の可否そのものは未判断(差し戻された先の判断)です。
三つの判決に共通していた形
🔴 憲法を私人の行為に直接あてはめた判決は、一つもありません。
- 日産=私法の一般条項(民法90条)で就業規則の一部を無効にした
- 三菱樹脂=調整を民法の一般条項や不法行為の規定の運用に委ねた
- 昭和女子大=学則の合理性と、裁量の当否で決着させた
三つとも入口が違うのに、憲法を直接あてはめないという出発点は共通しています。
目盛りを動かした事情は、判決ごとに違った
- 三菱樹脂=試用期間に入った人が、他の会社をあきらめていること
- 昭和女子大=私立大学の建学の精神と校風
- 日産=差を設けなければならない合理的理由の有無
説の名前ではなく、関係の中身が効いている——これが「相対化」の実物です。
残る二つの問い
今日見たのは、どれも個人と企業、個人と学校の関係でした。残る二つは、関係の形そのものが違います。
- 入らないと仕事ができない団体(強制加入団体)が、会員から集めたお金を政治団体に寄付したら、会員はそれに従わなければならないのか。使いみちが変われば、答えも変わるのか。
- 契約の相手が国だったら、憲法は当然に及ぶのか。
抜けられない相手と、公の顔をもつ相手。目盛りは、どう動くのでしょうか。
参照条文
- 日本国憲法 14条1項