憲法ゼロから憲法#14

三菱樹脂事件

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私人間効力の仕組み(二段構えと相対化)

二段構え

結論私人の行為に直接あてはめるのは、憲法ではなく私法の一般条項です。

憲法は、その一般条項の中身を決めるときに、背後から流れ込みます。

条文公序良俗に反する法律行為を無効とする民法の条文が、その代表です。

理由私人どうしの関係を決めているのは、もともと民法だからです。

注意会社が思想を理由に不利益な扱いをした争いでも、裁判所がまず手に取るのは民法です。

相対化

結論憲法をどこまで流れ込ませるかは、関係の性質で変わります。

同じ考え方から、逆の結論が出ることもあります。

三菱樹脂事件:私人どうしの争いの処理

私人の行為に直接あてはめるのは、私法の一般条項です。
では、会社と働く人の争いで、最高裁はこの仕組みをどう示したのでしょうか。

事案

事案ある人が、大学を出て会社に採用されました。

採用試験のとき、学生時代の政治的な活動の経歴を申告していませんでした。

  • 会社の対応:3か月の試用期間が終わる間際に、本採用を拒否すると通知しました。
  • 訴え:拒否された人は、労働契約の関係が続いていることの確認を求めました。
  • 争われた人権:思想・良心の自由と、法の下の平等です。

人権規定は私人どうしを直接縛らない

結論最高裁は、私人どうしの争いを次のように処理するとしました。

  • 人権規定:国や公共団体と個人との関係を定めたもので、私人相互の関係を直接規律しません
  • 対立の調整:原則として、私的自治に委ねられます。
  • 法の介入:一方の行為が社会的に許される限度を超えたときだけ、法が調整に入ります。
  • 調整の方法:民法の一般条項や不法行為の規定の運用で行います。

判例の読み方(間接適用説と無適用説)

定義2つの説は、次のとおりです。

  • 間接適用説:民法を通して、憲法を私人どうしの関係に効かせる説です。
  • 無適用説:私人どうしには、憲法自体が届かないと見る説です。

結論この判決は、どちらにも読める書きぶりです。

  • 従来の通説:間接適用説を採ったと読みます。調整を一般条項の運用に委ねる、という後半を根拠にします。
  • 近時の有力説:無適用説を採ったと読みます。私人どうしを直接には縛らない、という前半を根拠にします。

注意行き着く結論は、ほとんど変わりません。

答案は間接適用説で書けば足り、覚えるのは割れる理由のほうです。

三菱樹脂事件:雇い入れの段階と雇い入れた後

最高裁は、私人どうしの対立の調整を、私法の運用に委ねるとしました。
では、会社が「雇わない」と決めるのと「やめてもらう」と決めるのとで、答えは同じなのでしょうか。

三菱樹脂事件の2つの段階の対比(雇い入れる前=原則として自由・根拠は22条と29条の経済活動の自由・労働基準法3条は雇入れ自体を制限しない/雇い入れた後=同じ広さの自由はない・留保解約権の行使は客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が要る/本採用拒否の可否は破棄差戻しで未判断)

雇い入れの段階(雇用の自由)

結論企業には、雇用の自由があります。

  • 原則:誰を、どんな条件で雇うかは、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に決められます。
  • 思想信条による拒否:特定の思想・信条を理由に雇い入れを拒んでも、当然に違法とすることはできません
  • 思想信条の調査:採否を決めるにあたって思想信条を調べることも、同じです。

条文根拠は、22条と29条が保障する経済活動の自由です。

企業も、その一環として、契約を結ぶ自由をもっています。

三菱樹脂事件最高裁判所大法廷判決雇い入れの自由と、雇い入れた後の違い憲法の人権規定は、国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。企業者は、法律その他による特別の制限がない限り、いかなる者をいかなる条件で雇うかを原則として自由に決定することができ、特定の思想、信条を理由に雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。他方、留保解約権に基づく解雇は、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される。

22条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

29条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:財産権は、これを侵してはならない

労働基準法3条の射程

定義労働基準法3条は、信条によって労働条件を差別することを禁じる規定です。

結論3条は、雇い入れた後の労働条件についての制限です。

雇い入れることそのものを縛る規定ではありません

注意3条を「採用差別の禁止」と覚えると、短答で外します。

雇い入れた後の段階

結論いったん雇い入れた後には、雇入れの当初のような広い自由はありません

理由最高裁は、3つの理由を示しました。

  • 法律の区別:法律自体が、雇入れの段階と雇入れ後の段階を別に扱っています。
  • 社会的な優越:企業は、働く人に対して社会的に優越した立場にあります。
  • 就職機会の放棄:試用期間に入った人は、他の会社への就職の機会を捨てています。

具体例断られた応募者と、3か月働いた人とでは、失うものが違います。

留保解約権の行使の限度

定義試用期間つきの採用には、途中でやめさせる余地として、解約権が留保されています。

結論留保解約権の行使は、解約権留保の趣旨、目的に照らして、次の2つがそろう場合にのみ許されます。

  • 合理性:客観的に合理的な理由が存すること。
  • 相当性:社会通念上相当として是認されうること。

注意この言い回しは、今の解雇のルールの原型になっています。

本採用拒否は認められたか

結論本採用を拒否できたかどうかに、最高裁は答えを出していません

原判決を破棄し、合理的な理由の有無を判断させるため、高裁に差し戻しました(破棄差戻し)。

注意この事件を「採用拒否を認めた判例」と覚えると、誤りです。

昭和女子大学事件:私立大学と学生の関係

会社と働く人の関係では、雇い入れの前と後で答えが分かれました。
では、私立大学と学生の関係では、何が判断されたのでしょうか。

事案

事案私立大学の学生が、学則の決まりに反する政治活動をしました。

  • 学則の決まり:学外の団体に入るには許可、署名運動をするには届出が要ります。
  • 処分:自宅での謹慎を命じられ、最後は退学処分になりました。
  • 訴え:学生は、学生としての身分がまだあることの確認を求めました。

注意学則は、政治活動を全面的に禁止していたのではありません。

学外団体への加入は許可制、署名運動は届出制でした。

出発点

結論最高裁は、まず三菱樹脂事件を引きました。

憲法の人権規定は、私人どうしの間を直接に縛るものではありません。

大学の包括的権能

定義大学は、学生の教育と学術の研究を目的とする、公共的な施設です。

結論大学は、在学する学生を規律する包括的権能をもちます。

法律に特別の定めがなくても、目的を達するのに必要な事項を学則等で定められます。

注意この包括的権能は、国と公務員などとの関係で否定された考え方(特別権力関係論)とは別物です。

こちらは、私立大学と学生という私人どうしの関係です。

昭和女子大学事件最高裁判所判決包括的権能と、裁量の限度大学は、その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により定め、在学する学生を規律する包括的権能を有する。私立大学が建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針を学則等において具体化し、学生に対してその遵守を求めることも、それが直ちに社会通念上不合理であると認められないものであるかぎり、これを違法とすることはできない。

私立大学の学則

結論私立大学の学則は、社会通念上不合理と認められない限り、違法とはいえません。

理由私立大学には、建学の精神に基づく独自の伝統や校風があります。

学生も、それを承知したうえで、その大学を選んで入学しています。

具体例この大学は、思想の穏健中正を掲げる保守的な学校でした。

その校風も、判断の材料として勘案されています。

退学処分と学長の裁量

結論退学処分は、学長の裁量の範囲内とされました。

ただし、退学処分を選べるのは、次の場合に限られます。

  • 限度:改善の見込みがなく学外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合です。

理由退学処分は、学生の身分を奪う、いちばん重い処分だからです。

注意学則を作るところは広く認められますが、学生を学外に出すところはそこまで広くありません。

この判決が判断したこと

結論実際に判断されたのは、次の2つです。

  • 学則:学則による規制が、合理的かどうかです。
  • 処分:退学処分が、裁量の範囲内かどうかです。

注意この判決を「私人間に憲法を適用しない判例」と覚えると危ないです。

憲法の条文そのものではなく、学則の合理性と裁量で決着しています。

日産自動車事件:一般条項が実際に効いた例

三菱樹脂事件と昭和女子大学事件では、憲法の趣旨が入って結論が変わってはいません。
では、一般条項を通して憲法の考え方が実際に効いたのは、どのような事件でしょうか。

事案

事案ある会社の就業規則が、定年を男子60歳・女子55歳と定めていました。

この規則で退職とされた女性が、地位の確認を求めて争いました。

無効になった範囲

結論無効になったのは、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分です。

定年制そのものは、残ります。

理由最高裁は、次の点から、性別のみによる不合理な差別にあたるとしました。

  • 見方の根拠:女子従業員全体を、会社への貢献度が上がらない従業員とみる根拠は、認められません。
  • 職務遂行能力:60歳前後までは、職務を遂行する能力に欠けるところがないとされます。
  • 合理的な理由:差を設けなければならない合理的な理由が、ありません。

具体例男女とも60歳と定めていれば、この判決の射程には入りません。

注意定年を定めること自体が公序良俗に反する、という判断ではありません。

日産自動車事件最高裁判所判決無効になったのは「差を設けた部分」就業規則中、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして、民法90条の規定により無効である(憲法14条1項、民法1条ノ2参照)。

無効の根拠(民法90条)

結論無効の根拠は、憲法14条ではなく、民法90条です。

条文判決文では、憲法14条1項は、括弧の中で「参照」として引かれるだけです。

注意「憲法14条を適用して無効にした」と書くと、不正確になります。

14条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない

90条(公序良俗)民法 第一編 総則 第五章 法律行為 第一節 総則(90〜92条)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

3つの判決に共通する形と、結論を動かした事情

3つの判決は、どれも個人と企業、個人と学校という私人どうしの関係でした。
では、3つに共通する形と、判決ごとに違った事情は何でしょうか。

共通する形

結論憲法を私人の行為に直接あてはめた判決は、一つもありません

  • 日産自動車事件:私法の一般条項(民法90条)で、就業規則の一部を無効にしました。
  • 三菱樹脂事件:調整を、民法の一般条項や不法行為の規定の運用に委ねました。
  • 昭和女子大学事件:学則の合理性と裁量で決着させました。

注意昭和女子大学事件は、私法の一般条項で決まった判決ではありません。

3つに共通するのは、憲法を直接あてはめない、という出発点です。

結論を動かした事情

結論どこまで憲法を取り込むかを動かした事情は、判決ごとに違います。

  • 三菱樹脂事件:試用期間に入った人が、他の会社への就職をあきらめていることです。
  • 昭和女子大学事件:私立大学の、建学の精神に基づく独自の伝統や校風です。
  • 日産自動車事件:差を設けなければならない理由が、あるかどうかです。

注意効いているのは、説の名前ではなく、その関係の中身です。

答案でも、そこを具体的に書きます。

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