規制目的二分論——同じ距離制限が、なぜ合憲と違憲に分かれたのか
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第3章 人権各論 ㊹/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
二十二条には五つ書いてある——今日はそのうちの一つ
図:22条の地図
- 1項に3つ=居住・移転・職業選択〈今日はここだけ〉
- 2項に2つ=外国移住・国籍離脱〈次回〉
- 「公共の福祉」は12条・13条に加えて22条1項・29条2項にも重ねて置かれている(書き方は違う=22条1項「反しない限り」/29条2項「適合するやうに」)
まず、条文を確認しましょう。
条文日本国憲法 22条1項・2項
日本国憲法 第二十二条 1項 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。 2項 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
22条には、実は五つのことが書かれています。1項に三つ。居住の自由、移転の自由、そして職業選択の自由です。2項に二つ。外国に移住する自由と、国籍を離脱する自由です。今日は、1項の職業選択の自由だけです。もう一つ、見ておきたい言葉があります。「公共の福祉に反しない限り」——この言葉、覚えていますか。公共の福祉の回で、公共の福祉という言葉が、12条・13条だけでなく、22条1項と、財産権を定めた29条2項にも、重ねて置かれていることを見ましたね。ただし、書き方は同じではありません。「反しない限り」と書いてあるのは、13条と、この22条1項です。29条2項は、「適合するやうに」という書き方です。この重なりについて、経済的自由には、より強い規制が及ぶ趣旨だ、と読む見解があります。
この点は、詳しくは財産権の回で扱います。
職業とは、生計の手段だけではない——人格に届く定義
図:最高裁の職業の定義
- 3つの顔=①継続的活動②社会的機能分担③人格的価値との不可分の関連
- c3-1a人格的利益説の呼び戻し
では、職業選択の自由とは、具体的にどんな権利でしょうか。自分がしたい仕事を、自由に選べる権利——まずは、そう考えてください。ここまでは、素直に分かりますね。では、質問です。職業選択の自由は、経済的自由でしょうか、精神的自由でしょうか。経済的自由、と答える人がほとんどです。ところが、最高裁の答えは、少し違います。
判例最大判昭和五十年四月三十日
薬局距離制限事件——職業の意義 「職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。」
最高裁は、職業に、三つの顔があると言っています。一つ目は、生計を維持するための、継続的な活動という顔です。ここは、素直に、お金を稼ぐための活動、という理解で足ります。二つ目は、分業社会における、社会的機能分担の活動という顔です。かみ砕きます。誰もが、パンを焼く人、服を作る人というように、役割を分担して、社会全体を支えています。職業は、その役割分担の、一つの持ち場だということです。そして、三つ目が、今日いちばん大事な顔です。各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有する、という顔です。
人格的利益説——人格的生存に不可欠な利益、という絞り方でしたね。今日出てきた三つ目の顔も、この「人格」という言葉でつながっています。職業は、単なる収入源ではなく、その人がどう生きるかという、人格そのものと結びついている、ということです。さっき出てきた、パンを焼く人で考えてみましょう。毎朝、同じ食パンを大量に焼く人もいれば、自分で考えた一種類だけを焼く人もいます。何を焼くかを選ぶことは、稼ぎ方を選ぶだけでなく、自分がどう生きるかを選ぶことでもあります。だから、職業を選ぶことは、人格と切り離せないのです。
職業選択の自由は、経済的自由です。しかし、精神的自由の側面も、あわせ持っています。この複合的な性質は、答案にもよく書かれる、大事な理解です。
条文に無い自由が、なぜ入るのか——営業の自由
図:22条1項の文言は「選ぶ自由」だけ——でも判例は「続ける自由」まで含める
もう一度、条文を見てみましょう。22条1項に書いてあるのは、「職業選択の自由」という言葉だけです。文字どおりに読めば、保障されるのは、どの職業に就くかを選ぶ、その瞬間だけです。続ける自由は、条文には書かれていません。そこが鋭いところです。ここで、具体的に考えてみましょう。あるパン屋さんが、無事に開業の許可を得たとします。ところが、焼いていいパンの種類も、仕入れ先も、営業時間も、全部、行政が細かく指定してきたら、どうでしょうか。選べたことに、意味があるでしょうか。選ぶ自由だけを保障しても、無意味になってしまいます。だから、選んだ職業を続ける自由——営業の自由も、22条1項に含まれる、と考えられています。判例も、同じ立場です。さきほど職業の意味を語っていた判決文には、続きがあります。
判例最大判昭和五十年四月三十日
薬局距離制限事件——職業活動の自由の保障 「右規定は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由の保障をも包含しているものと解すべきである。」
ここでいう規定とは、今、見てきた22条1項のことです。狭い意味での職業選択の自由だけでなく、職業活動の自由——営業の自由の保障も、含んでいる。最高裁は、そう述べています。ここは、論文でもよく問われる場面です。この規範の覚え方や、答案でのあてはめの型は、別のシリーズで、じっくり扱います。今日は、なぜこの自由が22条1項に含まれるのか、その理由を、理解して持ち帰ってください。
物差しを、目的で選び分ける——消極目的と積極目的
図:消極目的規制/積極目的規制の対比(定義・典型例・物差しの傾き)
ここまでで、職業は人格にも届き、条文にない営業の自由まで含む、と見てきました。経済的自由という箱に入れただけでは、説明が終わらないということです。だとすると、経済的自由だから緩く、と一律に決めるわけにもいきません。ただし、はみ出すという話が言えるのは、そこまでです。では、どこで線を引くのか。それは、まったく別の理由から出てきます。職業選択の自由は、経済的自由の代表です。前に、経済的自由には、中間か合理性、と言いました。真ん中の物差しと、いちばん緩やかな物差し、という意味です。そのどちらを使うのかを決めるのが、今日の話です。最高裁は、規制の目的に着目して、物差しを選び分けています。この考え方を、目的二分論と呼びます。
平等の回で送りにした道具を、今日、開きます。大きく二つに分けます。一つが、消極目的規制です。消極目的規制とは、国民の生命や健康への危険を防止するための規制です。もう一つが、積極目的規制です。こちらは、社会経済政策の一環として行われる規制です。では、なぜ、この二つを分けるんでしょうか。

- なぜ目的で分けるのか——審判とリーグ運営の喩え
- 二重の基準論の理由づけが、もう一段下で働く
ここで、少し考えてみましょう。スポーツの試合で、危険な反則があったとき、誰が判定しますか。審判は、その場の状況を見て、危険かどうかを、自分の目で判断できます。では、そのリーグに、来年から何チーム参加させるべきか、という話は、審判が決めるべきことでしょうか。試合中の反則は、審判にも判断できます。しかし、リーグ全体の経営方針は、審判には手に負えません。裁判所も、これと同じ立場に置かれています。危険を防ぐための規制——消極目的規制は、専門知識がなくても、裁判所が踏み込んで判断できる領域です。ところが、社会経済政策の当否——積極目的規制は、専門的な経済分析が必要で、裁判所には手に負えない領域です。
これは、実は、前に見た考え方と同じ根っこです。二重の基準論で、精神的自由と経済的自由を分けた理由、覚えていますか。今日の話は、その二つ目の理由が、経済的自由の内部で、もう一段働いているということです。同じ考え方が、もう一段下でも働いています。目的が読めれば、当てる物差しも、決まってきます。
距離制限つきの許可制は、なぜ合憲だったか(小売市場距離制限事件)
図:事案の構造——許可を受けずに小売市場を開設し、起訴(刑事事件)
積極目的規制の実例を、一つ見てみましょう。小売市場距離制限事件です。小売商業調整特別措置法という国の法律が、政令で指定された市の区域では、小売市場を新しく開くのに、都道府県知事の許可を必要としていました。そして、既存の市場の近くには、新しい市場を許可しない、という内規がありました。「七百メートル」という具体的な数字は、判決文そのものには出てきません。大阪府が定めていた、許可基準の内規上の数字です。ある人が、この許可を受けずに、市場を開いてしまい、起訴されました。争われたのは、この許可制そのものが、22条1項に違反しないか、という点でした。この規制の目的は、既存の店どうしが共倒れするのを防ぐこと。典型的な、積極目的規制です。ここで、一度、考えてみてください。この規制は、合憲だったと思いますか、違憲だったと思いますか。
合憲という見立ては、鋭い勘です。実際に、最高裁がどう判断したか、見てみましょう。まず、最高裁は、こう述べています。
判例最大判昭和四十七年十一月二十二日
小売市場距離制限事件——積極目的規制の許容 「個人の経済活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なつて、右社会経済政策の実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと、憲法が予定し、かつ、許容するところと解するのが相当であ〔る〕。」
ここで、一番大事な言葉を確認しましょう。「個人の精神的自由等に関する場合と異なつて」という一文です。積極目的規制が許されるのは、経済的自由についてだけです。精神的自由に対して、社会経済政策を理由にした規制をかけることは、この理屈では、およそ許されません。そこを取り違えないでください。よくある誤解の一つです。では、経済的自由については、どこまで許されるのか。最高裁は、次のような基準を立てました。
判例最大判昭和四十七年十一月二十二日
小売市場距離制限事件——明白の原則 「立法府の政策的技術的な裁量に委ねるほかはなく、裁判所は、立法府の右裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲として、その効力を否定することができるものと解するのが相当である。」 あてはめ:「小売市場の乱設に伴う小売商相互間の過当競争によつて招来されるであろう小売商の共倒れから小売商を保護するためにとられた措置」
図:明白の原則の定式とあてはめ——結論は合憲
ここにある「右裁量的判断」というのは、直前で述べられた、立法府の政策的技術的な裁量のことです。積極目的規制については、立法府の判断を、まず尊重する。裁判所が違憲と言えるのは、その裁量権を逸脱していて、著しく不合理であることが、明白な場合に限られる。学説は、この基準を「明白の原則」、または「明白性の原則」と呼んでいます。そのうえで、あてはめを見てみましょう。小売市場が乱立すると、小売商どうしが過当競争になり、共倒れが起きてしまいます。この措置は、それを防ぐために取られたものだ、と述べています。結論は、合憲でした。
薬局の距離制限は、なぜ違憲になったか(薬局距離制限事件)
図:事案の構造——広島県への開設許可申請と不許可処分、その取消訴訟(行政事件)
続いて、消極目的規制の実例を見てみましょう。薬局距離制限事件です。当時の薬事法と、広島県の条例は、薬局を開くとき、既存の薬局から一定の距離を置くことを、開設許可の条件にしていました。ある人が、この距離制限を満たさないとして、開設を不許可にされ、その処分の取消しを求めて、争いました。刑事事件だった小売市場と違い、こちらは、行政処分を争う、行政事件です。一つ補っておくと、この人が申請していたのは、正確には、医薬品の一般販売業の許可でした。ただ、距離の基準は、薬局の規定を準用したものです。争点は、この距離制限が、22条1項に違反しないか、という点でした。この規制の目的自体は、不良な医薬品が出回ったり、医薬品の乱用が広がったりすることを防ぐことです。
ここでも、一度、考えてみてください。今度は、合憲だったと思いますか、違憲だったと思いますか。最高裁は、消極目的規制について、次のような基準を立てました。
判例最大判昭和五十年四月三十日
薬局距離制限事件——厳格な合理性の基準 「その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである。」 結論:「薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた薬事法六条二項、四項(これらを準用する同法二六条二項)は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法二二条一項に違反し、無効である。」
図:厳格な合理性の基準の定式——目的と手段、二つの要求
二つの要求が並んでいます。一つ目、重要な公共の利益のために、必要かつ合理的な措置であること。二つ目、許可制よりも緩やかな規制——たとえば、営業の中身を規制するだけでは、目的を十分に達成できないと言えること。以前見た、LRAの発想と同じです。より制限的でない、他の選びうる手段があるなら、それを使うべきだ、という考え方でしたね。学説は、この基準を「厳格な合理性の基準」と呼んでいます。
図:目的は正当、手段が落ちた——負け方の構造
では、あてはめを見てみましょう。目的——不良な医薬品の供給や、医薬品乱用の弊害を防ぐこと自体は、正当だと認められました。落ちたのは、手段の方です。最高裁は、行政による監督や取締りを強化するといった、距離制限よりも緩やかな方法でも、同じ目的を達成できるはずだ、と判断しました。距離制限には、必要性と合理性が認められない。先ほどの結論のとおり、22条1項に違反し、無効。この薬局距離制限事件は、薬事法違憲判決、とも呼ばれます。一つだけ、押さえておいてください。無効になったのは、距離を置け、という条件の部分です。薬局を開くのに許可が要ること自体が、否定されたわけではありません。
ここは、取り違えやすいところです。
同じ距離制限、逆の結論——物差しを選んだ時点で決まっていた
図:2判例の対比——事案・目的・使った基準・結論・キーフレーズ
ここで、二つの判例を、並べてみましょう。どちらも、既存の店から一定の距離を置け、という規制でした。小売市場は、共倒れを防ぐという、積極目的規制でした。だから、明白の原則という、緩やかな物差しが使われ、結論は合憲でした。薬局は、不良医薬品の危険を防ぐという、消極目的規制でした。だから、厳格な合理性の基準という、一段厳しい物差しが使われ、結論は違憲でした。以前、一つの規制を、三つの物差しで測ってみましたね。今日の二つの判例は、まさにその実例です。物差しを選んだ時点で、結論は、ほぼ決まっていました。では、なぜ、目的で物差しを分けるのでしょうか。もう一段、深く言うと、これは、裁判所が、自分に何が判断できるかを、自分で認めた、という話です。社会経済政策の当否は、裁判所には荷が重い。だから、立法府に委ねて、明白の原則で緩く測る。命や健康への危険は、裁判所にも判断しやすい。だから、踏み込んで、厳格な合理性の基準で測る。
では、少し、頭の中で、仮定を動かしてみましょう。もし、薬局の距離制限が、薬局が増えすぎて共倒れするのを防ぐための規制だったら、どうでしょうか。もしそう位置づけられたら、目的は積極目的に変わります。手段はまったく同じ、距離制限のままです。変わったのは、その規制が何を防ごうとしているか——目的だけです。だからこそ、目的を読むところから始めるのです。
名前に騙されない——「厳格な合理性」は緩い基準ではない
図:3層の物差しに、今日出た2つの名前を位置づけ直す
- 厳格審査
- 中間審査=LRA
- 合理性の基準=明白性の原則
ここで、注意してほしいことがあります。以前、違憲審査基準には、三つの層があると見ましたね。今日出てきたのは、「厳格な合理性の基準」と「明白の原則」。この二つの名前を、そのまま聞くと、どう感じますか。合理性の基準の仲間に見える——そう感じるのが、自然です。でも、それは誤解です。「厳格な合理性の基準」は、中間審査基準の側に位置づけられます。手段を思い出してください。より緩やかな制限では目的を十分に達成できない、という要求——これは、LRAそのものでした。中身は、中間審査基準と同じ重さを持っています。その証拠に、薬局の距離制限は、この基準で違憲になりました。
厳格審査基準の仲間だと思うのも、誤解です。いちばん厳しい層ではなく、真ん中——中間審査基準の側です。名前の一部だけを見ると、両方向に間違えます。一方、「明白の原則」の方が、合理性の基準の側に位置づけられます。こちらは、著しく不合理であることが明白でない限り、違憲にできません。もっと緩やかな手段を探すことも、求めていません。手段の代わりを探させるかどうか——ここが、二つの分かれ目です。名前だけを見ると、「合理性」という言葉が入っているのは、「厳格な合理性の基準」の方なのに、実際は逆です。名前ではなく、中身で見てください。これは、短答式で、よく狙われる弁別です。
今日の地図(保存版)
図:4段のまとめ
- 箱に入れる→箱からはみ出す→目的で決める→結論が逆になる
- 答案での使い道
- 問いだけ投げて閉じる
それでは、今日の内容を、まとめましょう。職業選択の自由は、経済的自由という箱に入ります。しかし、職業は、人格的価値とも不可分の関連を持ち、箱の説明だけでは、はみ出してしまいます。しかも、条文に書かれていない、営業の自由まで含まれます。だから、最高裁は、規制の目的で、物差しを選び分けました。消極目的なら、厳格な合理性の基準。積極目的なら、明白の原則。その結果、同じ距離制限という規制が、小売市場では合憲、薬局では違憲という、正反対の結論になりました。答案で使うときは、こう考えてください。経済的自由の問題を見たら、まず、その規制の目的を読む。目的が読めれば、当てる物差しが決まります。
今日は、これが伝統的な読み方です。ただ、この読み方には、近時、有力な批判があります。最高裁自身が、この物差しどおりには動かなかった事件も、実は、あります。
参照条文
- 日本国憲法 22条1項・2項