憲法ゼロから憲法#16

幸福追求権と新しい人権

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問い:条文に名前の無い権利を、からどこまで、どう認めるか。

骨組み

  1. 1条文の構造():前段=個人として尊重される/後段=生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利=幸福追求権。個別の人権の基礎となる総則的な権利=と(法の下の平等)
  2. 2は具体的権利か(学説):かつて=個別の人権の総称にすぎない → 現在の通説=明文の無い新しい人権の根拠となる具体的権利。背景=社会・経済の変動(例:プライバシー権には明文が無い)
  3. 3一般的行為自由説(学説):はあらゆる生活領域に関する行為の自由を保障する。散歩や海水浴も含む。理由=個人の自由は広く保護されなければならない
  4. 4人格的利益説(通説):幸福追求権=個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体。理由=無限定に広げると①人権のインフレ化 ②公共の福祉による制限の場面が増える(人権保障を相対的に弱める)
  5. 5答案での使い分け:通常は人格的利益説。喫煙・飲酒の自由のように不可欠と言いにくい場面は一般的行為自由説が書きやすい。人権と言えないときは平等原則()違反として争うことが多い
  6. 6京都府学連事件①認めた自由(最大判昭44・12・24):=私生活上の自由が警察権等の国家権力の行使に対しても保護される → 承諾なしにみだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由。「これを肖像権と称するかどうかは別として」
  7. 7京都府学連事件②許容される撮影:自由も無制限ではない(公共の福祉・警察の責務)。現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がない+証拠保全の必要性および緊急性+一般的に許容される限度をこえない相当な方法 → 同意・令状がなくても許容。除外できない第三者が写っても・に違反しない
  8. 8京都府学連事件③結論:違反が現に進行中・集団行動の性質から必要性・緊急性あり・方法も相当 → 撮影は適法な職務執行 → 公務執行妨害の成立を認めた原判決を維持(上告棄却)。違憲判決ではない
  9. 9判例が認めた自由と、学説が導く権利:指紋押捺拒否事件(最判平7・12・15)=みだりに指紋の押なつを強制されない自由・在留外国人にも等しく及ぶ・結論は合憲。2つの判決の語は「自由」。プライバシー権・自己決定権などは学説がから導く権利

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文が出ます(押せるのは日本国憲法の条文だけ。刑法・刑訴法・外国人登録法などの条文番号は文字のまま)。最大判=最高裁大法廷の判決、最判=小法廷の判決。判決文の「つ」の小書き無し(「あつて」等)は当時の表記。短答は「判例が何と言ったか」と「学説の整理」を分けて問うので、出どころを混ぜない。

1の構造条文

  • :すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
  • 前段=個人の尊重。後段の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」をまとめて幸福追求権と呼ぶ。この後段の広い言葉に、条文が名前を挙げていない権利を読み込む。
  • 「公共の福祉に反しない限り」は、後段の権利にかかる条件。
  • 人権規定は個々の行為ごとに書かれている。その個別の人権の基礎となる総則的な権利が、①幸福追求権()と②法の下の平等()の2つ。
×にされやすい形
  • 「幸福追求権は、前段に定められている」(前段は個人の尊重。幸福追求権は後段)
  • 「個別の人権の基礎となる総則的な権利は、幸福追求権だけである」(法の下の平等も並ぶ)

2は具体的権利か学説

  • かつて:は、憲法が個別に挙げる人権をまとめて呼ぶ言葉(総称)にすぎず、それ自体からは具体的な権利が出てこないとされていた。
  • 現在の通説:は、明文の無い新しい人権の根拠となる具体的権利。を直接の根拠に、裁判で権利を主張できる。
  • なぜ新しい人権が要るか:社会・経済の変動で、憲法が作られた当時に想定できなかった生活の場面が生まれる。たとえばプライバシー権は、憲法に明文が無いが、情報化社会では重要。
  • ただし「新しい人権」と言えば何でも認められるわけではない → どこまで読み込むか(項目3・4)。
  • 個別の人権規定(表現の自由・職業選択の自由など)で保障される場面では、まずその規定で検討し、は最後に残る受け皿になる(補充的保障)。

総称にすぎないと考えると、条文に名前の無い利益はでは守れない。具体的権利と考えるから、名前の無い自由(撮影されない自由・項目6)もを根拠に主張できる(ただし判決自身は「具体的権利」という語を使わず、を根拠にその自由を保護した、という形で書く=項目6)。

×にされやすい形
  • 「幸福追求権は個別の人権の総称にすぎず、具体的な権利を導くものではない、とするのが現在の通説である」(かつての理解。現在の通説は具体的権利)
  • 「憲法は、プライバシー権を明文で保障している」(明文は無い)

3一般的行為自由説学説

  • は、あらゆる生活領域に関する行為の自由(一般的行為の自由)を保障する。
  • だから散歩や海水浴のような行為の自由も、の保障に含まれる。
  • 理由:個人の自由は広く保護されなければならない。
一般的行為自由説人格的利益説(通説)
が保障するものあらゆる生活領域に関する行為の自由個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体
散歩・海水浴含む含まない
自分の情報を誰にどこまで知られるかを自分で決めること(プライバシー)含む含む
弱み人権のインフレ化・制限の場面が増える喫煙・飲酒のように「不可欠」と言いにくい自由を拾いにくい

出題一般的行為自由説は保障範囲を広げ、人格的利益説は範囲が狭くなりすぎるおそれがある(○)

×にされやすい形
  • 「一般的行為自由説が通説である」(通説は人格的利益説)

4人格的利益説と、通説になった理由学説

  • 幸福追求権=個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体と限定して解する。人格的生存に不可欠な利益だけが、新しい人権になる。たとえば自分の情報を誰に知られるかを決めること(プライバシー)は含まれ、散歩や海水浴は含まれない。
  • 通説になった理由(無限定に広げたときの害): ①人権のインフレ化=人権の名にふさわしくないものまで保障してしまい、人権という言葉の重みが薄れる。 ②人権保障を相対的に弱める=人権どうしの衝突が増え、公共の福祉による制限の場面が増える。
  • 答案で新しい人権をから導くときは、社会・経済の変動への法的な対応の必要性とあわせて、人権の固有性(人権は人間であることにより当然に持つもの=・)も挙げられる。

①散歩の自由も表現の自由も同じ「人権」になると、重い権利と散歩の自由が同じ重さで並び、「人権」の特別さが消える。②人権が増えるほど人権どうしがぶつかる場面が増え、そのたびに公共の福祉(ぶつかる人権どうしを調整し、制限の根拠になるもの)で調整が要る。広く認めた権利ほど簡単に制限されてしまう=広げるほど弱くなる。

出題人格的利益説を採っても、それに含まれない行為の自由が憲法上保護されなくなるわけではない(○)人格的利益説は、新しい人権の承認を種々の要素を考慮して慎重に決めることを求める(○)

×にされやすい形
  • 「人格的利益説によれば、散歩や海水浴の自由もで保障される」(それは一般的行為自由説)
  • 「新しい人権を広く認めるほど、人権保障は強くなる」(インフレ化を招き、制限の場面も増える=相対的に弱まる)

5答案での使い分け学説

  • 通常は人格的利益説で書く。
  • 仕事終わりに煙草を吸う自由・晩酌でお酒を飲む自由のように、人格的生存に不可欠とは言いにくい自由が問題になったら、一般的行為自由説のほうが書きやすい(あらゆる生活領域の行為の自由なら素直に含まれる)。どちらか一方でなく、両方の説を持っておき、場面に合わせて書き分けるのが到達点。
  • 代償:広い説で拾った自由は、そのぶん制限も通りやすくなる。そこまで引き受けて説を選ぶ。
  • 新しい人権と言えない場合でも、扱いの差を平等原則()違反と構成して争うことが多い。
  • この使い分けは試験対策としての書き方の助言で、学説そのものの帰結ではない。
条文に名前の無い自由が問題になった人格的生存に不可欠な利益か人格的利益説(通説)の定義新しい人権13条後段で保障はいいいえ(喫煙・飲酒など)一般的行為自由説で書くかあらゆる生活領域の行為の自由13条後段で保障制限も通りやすいはいいいえ人権とは言えない扱いの差は14条の平等原則違反として争う
答案での組み方。通常は1つ目の問いで決まる。2つ目は説の選び方(どちらの説で書くかを自分で決める)で、事実から決まる問いではない。人権と言えなくても、平等原則で争う道が残る。

一部の人だけに喫煙所の利用を禁じる規則。喫煙の自由が人権と言えなくても、扱いの差をの平等の問題として争う道が残る。

×にされやすい形
  • 「新しい人権と認められない利益については、憲法上争う余地はない」(平等原則違反として争うことが多い)

6京都府学連事件①認めた自由(最大判昭44・12・24)判例

  • 被告人は、本人の意思に反し令状もなく撮影されたことを、肖像権(承諾なしに自己の写真を撮影されない権利)を保障したと、令状主義のに違反すると主張した。最高裁の答え:
  • ところで、憲法一三条は、
    …と規定しているのであつて、これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。
  • そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。
  • これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。
  • 判決が認めたのは「撮影されない自由」。肖像権という名前は留保した(被告人の側は「肖像権」と呼んで主張していた)。
  • 判決は「具体的権利」という語を使っていない。言えるのは、を根拠に撮影されない自由を保護した、まで。

出題何人も承諾なしにみだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由を有する(○)撮影されない自由も無制限ではなく、犯罪捜査に必要な撮影は許容される場合がある(○)13条は私生活上の自由が警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定(○)

×にされやすい形
  • 「最高裁は、を根拠に肖像権を認めた」(「肖像権と称するかどうかは別として」=名前は留保。認めたのは撮影されない自由)
  • 「は私人間の関係を定めた規定で、警察権の行使には及ばない」(警察権等の国家権力の行使に対しても保護される)
  • 「最高裁は、この判決でプライバシー権を上の権利として明示的に認めた」(判決の語は「容ぼう・姿態を撮影されない自由」)

7京都府学連事件②許容される撮影判例

  • しかしながら、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。
  • そして、犯罪を捜査することは、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察にはこれを遂行すべき責務があるのであるから(警察法二条一項参照)、警察官が犯罪捜査の必要上写真を撮影する際、その対象の中に犯人のみならず第三者である個人の容ぼう等が含まれても、これが許容される場合がありうるものといわなければならない。
  • そこで、その許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法二一八条二項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。
  • すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである。
  • このような場合に行なわれる警察官による写真撮影は、その対象の中に、犯人の容ぼう等のほか、犯人の身辺または被写体とされた物件の近くにいたためこれを除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等を含むことになつても、憲法一三条、三五条に違反しないものと解すべきである。
  • 流れ:自由がある → 無制限ではない(公共の福祉・警察の責務) → だから許容される場合の基準。判決は「場合であつて、しかも…かつ…」と3つをそろえて示す。
  • 刑訴法218条2項(当時の番号。現行は4項)の身体拘束中の被疑者の撮影は、この基準とは別枠。
警察官が本人の同意なく容ぼう等を撮影現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないかこの基準では許容されないいいえはい証拠保全の必要性および緊急性があるかこの基準では許容されないいいえはい一般的に許容される限度をこえない相当な方法かこの基準では許容されないいいえはい同意・令状がなくても許容除外できない第三者が写っても13条・35条に違反しない
3つの問いは判決の言葉のまま。3つのうち1つでも欠ければ、この基準では許容されない方向に動く(身体拘束中の被疑者の撮影など、別の根拠は別枠)。

同じデモで、違反が終わって何日も経ってから、参加者の自宅前で無断撮影した → 「行なわれたのち間がない」が欠け、この基準では許容されない方向。違反を確かめるだけなら先頭部分の撮影で足りるのに、一人ひとりに近づいて顔を大写しで長時間撮り続けた → 「一般的に許容される限度」をこえる方向。

出題令状なしの犯人の撮影は一定要件で許されるが、第三者が写らないようにすべき(×)自動速度監視装置による撮影は、本人の同意や令状がなくても許される(○)現行犯性、証拠保全の必要性・緊急性、相当な方法があれば警察官の撮影は合憲(○)

×にされやすい形
  • 「撮影が許されるのは、現に犯罪が行われている場合に限られる」(「行なわれたのち間がないと認められる場合」も含む)
  • 「撮影されない自由はで保障されるので、公共の福祉による制限を受けない」(無制限ではない)
  • 「撮影の対象に犯人以外の第三者の容ぼうが含まれれば、その撮影は違憲となる」(除外できない状況にある第三者なら・に違反しない)
  • 「本人の同意がない撮影には、常に裁判官の令状が必要である」(3つの要件がそろう場合や、身体拘束中の被疑者の撮影〔刑訴法218条2項・当時〕には、同意も令状も要らない)

8京都府学連事件③事案と結論判例

  1. 集団行進に、公安委員会が「行進隊列は四列縦隊」、警察署長が道路交通法77条に基づき「車道の東側端を進行」という条件を付けていた
  2. 被告人の属する学生集団は先頭集団。被告人はその列外最先頭。先頭から4〜5列目位までが1列7〜8名位の縦隊(条件は四列縦隊)で、道路のほぼ中央を行進 → 条件に外形的に違反する状況。許可条件への違反は、京都市の公安条例(集会・集団行進等に関する条例)で処罰の対象とされている
  3. 視察・採証の職務についていた巡査が違反ありと判断し、違法な行進の状態と違反者を確かめるため、歩道上から先頭部分の行進状況を撮影
  4. 被告人が旗竿で巡査を突く → 公務執行妨害・傷害で起訴
  • なぜ刑事事件で撮影の憲法適合性が争点になるか:公務執行妨害罪(刑法95条1項)が守るのは適法な職務。撮影が許されないものなら適法な職務でなくなり、罪の成否が変わる。
  • 右事実によれば、D巡査の右写真撮影は、現に犯罪が行なわれていると認められる場合になされたものであつて、しかも多数の者が参加し刻々と状況が変化する集団行動の性質からいつて、証拠保全の必要性および緊急性が認められ、その方法も一般的に許容される限度をこえない相当なものであつたと認められるから、たとえそれが被告人ら集団行進者の同意もなく、その意思に反して行なわれたとしても、適法な職務執行行為であつたといわなければならない。
  • 相当とされた事情:歩道上から先頭部分の行進状況を撮ったもので、行進者に「特別な受忍義務を負わせるようなものではなかつた」。
  • 結論:撮影を刑法95条1項で保護される職務行為とした第一審・原審の判断に、・違反はない → 上告棄却。

判決は「刻々と状況が変化する集団行動の性質」から証拠保全の必要性・緊急性を認めた。隊列は刻々と変わるので、その場で記録しないと違反の状態が残らない、と読める。

×にされやすい形
  • 「京都府学連事件で、最高裁は警察官の写真撮影を違憲とした」(撮影されない自由を認めたうえで、本件の撮影は適法=上告棄却)
  • 「撮影は被告人らの同意がなく、その意思に反していたから違法とされた」(同意がなく意思に反していても適法な職務執行)
  • 「本件は、違反が終わった後に撮影された事案である」(現に犯罪が行なわれていると認められる場合)

9判例が認めた自由と、学説が導く権利判例学説

  • 指紋押捺拒否事件(最判平7・12・15):在留外国人に指紋の押なつを義務づけた外国人登録法の制度がに違反するかが争われた。判決は京都府学連事件を参照している。
  • 憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると解されるので、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有するものというべきであり、国家機関が正当な理由もなく指紋の押なつを強制することは、同条の趣旨に反して許されず、また、右の自由の保障は我が国に在留する外国人にも等しく及ぶと解される(
    …参照)。
  • しかしながら、右の自由も、国家権力の行使に対して無制限に保護されるものではなく、公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けることは、憲法一三条に定められているところである。
  • 当てはめ:制度の立法目的には十分な合理性があり、必要性も肯定できる。本件当時の制度(3年に1度・1指のみ・罰則による間接強制)は、方法としても一般的に許容される限度を超えない相当なもの。
  • 右のような指紋押なつ制度を定めた外国人登録法一四条一項、一八条一項八号が憲法一三条に違反するものでないことは当裁判所の判例(
    …)の趣旨に徴し明らかであり、所論は理由がない。
京都府学連事件指紋押捺拒否事件
から認めたものみだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由みだりに指紋の押なつを強制されない自由(在留外国人にも等しく及ぶ)
無制限か公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受ける
結論撮影は適法(上告棄却)制度はに違反しない=合憲(上告棄却)
  • どちらも「自由を認める」ことと「その制限を違憲とする」ことは別の段階。自由を認めたうえで、制限は許されるとした。
  • この2つの判決がから認めたのは、2つの「自由」(判決の語)。どちらの判決も「プライバシー権」「肖像権」という権利の名前は使っていない。プライバシー権(自分の情報についての権利)・自己決定権(自分の生き方を自分で決める権利)は、学説がから導く権利として整理されるもの。京都府学連事件などは、プライバシー権の内容の一部を実質的に肯定したと思われる判例と位置づけられる(留保つき)。

出題最高裁が認めた明文にない自由は、ほかには前科をみだりに公開されない自由だけ(×)

×にされやすい形
  • 「指紋押捺拒否事件で、最高裁は外国人登録法の指紋押なつ制度をに違反するとした」(自由は認めたが、制度は合憲)
  • 「みだりに指紋の押なつを強制されない自由は、日本国民にだけ保障される」(在留外国人にも等しく及ぶ)
  • 「京都府学連事件・指紋押捺拒否事件で、最高裁は「プライバシー権」を上の権利として明示的に認めた」(判決の語は個別の「自由」。権利の名は使っていない)

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