プライバシー権と自己情報コントロール権
問い:プライバシー権は、はじめ何を守る権利として定義され、なぜ「自己に関する情報をコントロールする権利」へ組み替えられたのか。どこまでの情報を、どの強さで守るのか。
骨組み
- 1根拠と位置づけ(・学説):プライバシー権は幸福追求権から導かれる新しい人権のうち最も重要なもの。判例(京都府学連事件・最大判昭44・12・24)は私生活上の自由の一つとしてみだりに容ぼう等を撮影されない自由を認めたが、「肖像権と称するかどうかは別として」と名づけを避け、人格的利益説にも触れていない
- 2「宴のあと」事件(東京地判昭39・9・28):当初の定義=私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利。第1審(東京地裁)の民事判決で、最高裁判決ではない。控訴後に和解で終わり、上級審の判断は無い
- 3侵害の要件(同判決):公開された内容が ①私事性(私生活上の事実または事実らしく受けとられるおそれのあることがら)②秘匿性(一般人の感受性を基準に当該私人の立場に立って公開を欲しない)③非公然性(一般の人々に未だ知られていない)。3つは必要条件=判決は本人が実際に不快・不安を覚えたことも求めた。3つの名前は講学上の呼び名
- 4組み替えの2つの理由(学説):①高度情報化=守る対象が私生活→個人情報へ、禁止する行為が公開→取得・利用・開示へ広がる ②行政機関による集中管理=自由権的・消極的な権利だけでなく、自己の情報の閲読・訂正・抹消を求める社会権的・積極的な権利としても
- 5自己情報コントロール権(通説):自己に関する情報をコントロールする権利。学説の到達点で、最高裁がこの言葉を正面から使ったとまでは言い切れない(自由権的側面を正面から認めたとも解しうる判例がある、という評価)
- 6個人情報保護法(法律・学説の位置づけ):開示・訂正・利用停止等を求める権利を定める。通説からは、訂正請求権などを憲法上のプライバシー権の具体化と位置づけることができる(法律の目的規定は憲法に触れていない)。いまは1本の法律(令和3年改正で統合)
- 7レセプト訴訟(最判平13・12・18):個人情報保護制度が採用されていない状況で、情報公開条例による自己の個人情報の開示請求は、請求を許さない趣旨の規定がある場合等は格別、本人の権利利益を害さないことが請求自体において明らかなら、個人に関する情報であることを理由に拒否できない=条例の合理的な解釈。憲法やプライバシー権には触れていない
- 8保障範囲(通説):固有情報(道徳的自律に直接かかわる=政治的・宗教的信条、心身の基本情報、犯罪歴など)は当然に含む。外延情報(氏名・生年月日・住所、税に関する情報など)も、結合処理のマスターキー・索引情報として機能しうる以上含む
- 9審査基準のセレクト(学説):人格的関連性の程度に加え、情報システムが構築される可能性の有無・程度「など」を考慮して選ぶ
色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文が出ます(押せるのは日本国憲法の条文だけ。個人情報保護法・県の条例などの条文番号は文字のまま)。短答は「判例の立場」と「学説の整理」を分けて問うので、出どころを混ぜない。東京地判=東京地方裁判所の判決、最大判=最高裁大法廷の判決、最判=最高裁小法廷の判決。項目1〜3は出発点の定義、4〜7は組み替えとその後、8〜9は保障範囲と審査の強さ。この回の判例のうち、プライバシー権そのものを定義したのは下級審の「宴のあと」事件だけで、最高裁の判例をプライバシー権の流れでどう読むかは学説の評価。
1根拠と位置づけ——と京都府学連事件条文判例学説
- :すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
- (学説)条文に名前の無い権利も、後段の幸福追求権から新しい人権として導かれる。プライバシー権はそのうち最も重要なもの。人格的生存に不可欠な利益に絞って読み込むのが人格的利益説(学説の枠組み)。
- 判例は、から次のように述べた(京都府学連事件・最大判昭44・12・24。警察官による写真撮影が争われた刑事事件):
- ところで、憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているのであつて、これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。
- そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。
- これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。
- 判決はを全文で引き、前段・後段を区別していない。「プライバシー権」「人格的利益説」の語も使っていない。学説の枠組みで説明するとき、判例が学説を採ったように書かない。
出題京都府学連事件は、撮影されない自由を13条のプライバシーの権利の一つとした(×)
- 「京都府学連事件で最高裁は、人格的利益説に立って、後段からプライバシー権を導いた」(判決は「個人の私生活上の自由の一つ」として撮影されない自由を述べた。前段・後段を区別せず、人格的利益説にもプライバシー権の語にも触れていない)
- 「京都府学連事件で最高裁は、承諾なしに容ぼう等を撮影されない権利を肖像権として認めた」(「これを肖像権と称するかどうかは別として」と名づけを避けた)
2出発点の定義——「宴のあと」事件判例
- 事案:三島由紀夫の小説「宴のあと」は、都知事選に立候補して惜敗した人物をモデルにしていた。その人物が原告となり、作家と出版社に損害賠償などを求めた民事事件。
- 定義(「宴のあと」事件・東京地判昭39・9・28):プライバシー権とは私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利。「公開されない」ことが中心。
- この定義は私人どうしの民事事件の判決で示されたもの。学説は、プライバシー権をの幸福追求権から導かれる憲法上の権利として位置づける(項目1)。
- 結論:プライバシー侵害を認め、損害賠償(80万円)を命じた。謝罪広告は認めなかった。
- モデル小説の出版。モデルとされた人物が作家・出版社を訴える
- 東京地裁(第1審)がプライバシー侵害を認める(昭和39年)
- 被告側が控訴。控訴中に原告が死亡
- 遺族と被告の間で和解=上級審の判断は無いまま終わった
- 「『宴のあと』事件で最高裁は、初めてプライバシー権を『私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利』と定義した」(東京地裁の第1審判決。控訴後に和解で終わり、上級審の判断は無い)
- 「『宴のあと』事件は、国の行為によるプライバシー侵害が争われた事件である」(小説の作家・出版社を相手にした民事事件)
3侵害の要件——私事性・秘匿性・非公然性判例
- 侵害が認められるには、公開された内容が次の3つにあたることを要する(同判決。文言は教科書の要約により、呼び名は講学上のもの):
| 呼び名 | 中身 | 読むときの要所 |
|---|---|---|
| 私事性 | 私生活上の事実または事実らしく受けとられるおそれのあることがら | 作り話の形でも、事実らしく受けとられるおそれがあれば足りる |
| 秘匿性 | 一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められることがら | 本人だけの感じ方ではなく一般人が基準 |
| 非公然性 | 一般の人々に未だ知られていないことがら | 「一般の人々」に知られているかで決まる |
- 3つは必要条件。判決はこれに続けて、そのような公開によって本人が実際に不快、不安の念を覚えたことも必要としている。3つが公開された内容の性質を見るのに対し、これは本人の受け止めを見る要素(教科書が3要件として挙げるのは上の3つ)。
- 「私事性・秘匿性・非公然性」は判決文の語ではなく、講学上の呼び名(③を「非公知性」と呼ぶ文献もある)。
ある人の持病を家族と主治医だけが知っていた。それを週刊誌が報じれば、非公然性は満たす方向(一部の人が知っているだけでは「一般の人々」に知られたことにはならない方向)。同じ持病を本人が著書やテレビで広く公表していたなら、非公然性は欠ける方向に動く。
出題宴のあと事件は、公開を欲するか否かを本人の感受性を基準に判断するとした(×)
- 「『宴のあと』事件判決によれば、秘匿性は、公開された当の本人の感受性を基準として判断する」(一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場に立った場合で判断する)
- 「小説の形で書かれた内容は事実ではないから、私事性を欠く」(事実らしく受けとられるおそれのあることがらでも足りる)
- 「私事性・秘匿性・非公然性の3つがそろえば、それだけで必ずプライバシー侵害が認められる」(3つは必要条件。判決は本人が実際に不快・不安を覚えたことも求めた)
4定義はなぜ組み替えられたか——2つの理由学説
- 理由①(高度情報化社会):「私生活」を「みだりに公開されない」だけでは足りない。より広く、個人情報の、本人の意思に反する取得・利用・開示が禁止される必要がある。この文は「私生活」と「公開」の両方を広げている=守る対象と禁止する行為が同時に広がる。
- 理由②(個人情報が行政機関によって集中管理される社会):自由権的・消極的な権利だけでは足りない。自己の情報について閲読・訂正・抹消を求めることのできる社会権的・積極的な権利としてもとらえる必要がある。
- 理由②が念頭に置くのは、行政機関が持っている自分の記録。世の中に広まった誤った情報を直させる話(名誉毀損や削除の問題)とは場面が違う。
| 当初(「宴のあと」事件) | 組み替え後(通説) | 効いた理由 | |
|---|---|---|---|
| 何を守るか(対象) | 私生活 | 自己に関する情報(およそ個人情報) | ① |
| 何を禁じるか(行為) | みだりに公開されない | 本人の意思に反する取得・利用・開示も禁止 | ① |
| 権利の性質 | 自由権的・消極的 | 加えて閲読・訂正・抹消を求める社会権的・積極的な側面 | ② |
市が、住民の健康診断の結果を本人に無断で集め、別の事業の対象者選びに使った。外部に「公開」はしていないので、当初の定義では捉えにくい。取得・利用・提供まで本人の意思に反してはならないとする新しい定義なら、憲法の考え方としては保障の入口に入る(入口に入ることと、実際に守られることは別。制限が許されるかは審査の問題)。
出題情報コントロール権説は自由権的側面にとどまり、請求権的側面を想定していない(×)
- 「プライバシー権の社会権的・積極的な側面とは、公開をやめさせる権利のことである」(公開をやめさせるのは自由権的・消極的な側面。社会権的・積極的な側面は、自己の情報の閲読・訂正・抹消を求めること)
- 「定義の組み替えで広がったのは、禁止する行為(公開→取得・利用・開示)だけで、守る対象は私生活のままである」(対象も私生活から自己に関する情報へ広がった)
5自己情報コントロール権——学説の到達点学説
- 定義:プライバシー権=自己に関する情報をコントロールする権利(自己情報コントロール権)。理由①②を受けた定義で、現在の通説。前半「自己に関する情報」が対象の広がり、後半「コントロールする」が保護の態様の広がりに対応する。
- 判例との距離(学説の評価):最高裁は、まず内容の一部を実質的に肯定したと思われる判例を出し、次に「プライバシー侵害」の語を用い、さらに自己情報コントロール権としての自由権的側面を正面から認めたとも解しうる判例を出すに至った、と整理される。留保つきの評価で、最高裁が「自己情報コントロール権」という言葉を正面から使ったとまでは言い切れない。
- 「最高裁は、プライバシー権を自己に関する情報をコントロールする権利と定義し、その社会権的・積極的側面も正面から認めている」(自己情報コントロール権は学説〔通説〕の定義。正面から認めたとも解しうるとされるのも自由権的側面について)
6個人情報保護法——「具体化」は通説からの位置づけ学説
- 個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)は、本人が自分の情報について開示・訂正・利用停止等を求める仕組みを定める(事業者に対して=開示33条・訂正等34条・利用停止等35条/行政機関等に対して=開示76条・訂正90条・利用停止98条)。
- 位置づけ:この通説(自己情報コントロール権説)からは、訂正請求権などを憲法上のプライバシー権の具体化と位置づけることができる。法律自身が憲法を具体化すると言っているわけではない(同法1条の目的規定に憲法・プライバシー権の語は無い)。
- 法律の形:以前は民間向けの法律と行政機関向けの法律が別にあった。令和3年改正で行政機関向けの法律などは廃止され、1本の個人情報保護法に統合された(行政機関等の規律は同法第5章)。
市役所の記録で、自分の住所の履歴が誤って登録されていた。記録を見せるよう求め、誤りを直させ、不要なら消させる——理由②の社会権的・積極的な側面の場面。実際にどこへ、いつまでに、どう請求するかは法律が決める(行政機関等への訂正請求は、開示を受けた日から90日以内)。
- 「個人情報保護法は、その目的規定において、憲法のプライバシー権を具体化するものであることを明らかにしている」(目的規定に憲法への言及は無い。具体化と位置づけるのは自己情報コントロール権説〔通説〕からの理解)
- 「現在も、行政機関の保有する個人情報と民間事業者の保有する個人情報は、別々の法律で規律されている」(令和3年改正で1本の個人情報保護法に統合された)
7レセプト訴訟——条例の合理的な解釈判例
- 妻とその夫が、兵庫県の公文書公開条例5条に基づき、妻の分娩に関する診療報酬明細書(レセプト)の公開を請求(平成5年)
- 県は、健康状態等の個人情報で通常他人に知られたくないもの(条例8条1号)にあたるとして非公開
- 当時、県には個人情報を本人に開示する制度の条例が無かった(個人情報保護条例は平成8年制定・9年施行)
- この回での位置:理由②の「自己の情報の開示を求める」場面が、個人情報保護制度の無い時期に、条例の解釈でどう扱われたかの例。
- まず原則(レセプト訴訟・最判平13・12・18):情報公開制度(広く県民等に公文書の公開を請求する権利を認める)と個人情報保護制度(本人に自己の個人情報の開示・訂正を求める権利を認め、個人の権利利益を保護する)は、本来目的が異なる。
- したがって,広く県民等に公文書の公開を請求する権利を認める条例に基づいて公文書の公開を請求する場合には,本来は,請求者は,県民等の1人として所定の要件の下において請求に係る公文書の公開を受けることができるにとどまり,そこに記録されている情報が自己の個人情報であることを理由に,公文書の開示を特別に受けることができるものではない。
- しかし、保護制度がまだ無い段階の事情を挙げる:
- このように,情報公開制度が先に採用され,いまだ個人情報保護制度が採用されていない段階においては,被上告人らが同県の実施機関に対し公文書の開示を求める方法は,情報公開制度において認められている請求を行う方法に限られている。
…とりわけ,本件において問題とされる個人に関する情報が情報公開制度において非公開とすべき情報とされるのは,個人情報保護制度が保護の対象とする個人の権利利益と同一の権利利益を保護するためであると解されるのであり,この点において,両者はいわば表裏の関係にあるということができ,
…これらのことにかんがみれば,個人情報保護制度が採用されていない状況の下において,情報公開制度に基づいてされた自己の個人情報の開示請求については,そのような請求を許さない趣旨の規定が置かれている場合等は格別,当該個人の上記権利利益を害さないことが請求自体において明らかなときは,個人に関する情報であることを理由に請求を拒否することはできないと解するのが,条例の合理的な解釈というべきである。 - あてはめ:
- そうすると,当該個人が自ら公開請求をしている場合には,当該個人及びこれと共同で請求をしているその配偶者に請求に係る公文書が開示されても,当該個人の権利利益が害されるおそれはなく,当該請求に限っては同号により非公開とすべき理由がないものということができる。
- 結論:非公開処分を違法とした原審の判断を結論において正当とし、実施機関の上告を棄却。
- 位置づけ:判決は条例の解釈として述べており、憲法・プライバシー権・自己情報コントロール権には触れていない(判決文に「憲法」の語は無い)。プライバシー権を具体化した判例として並べない。
同じ明細書を、本人と無関係の第三者が請求していたら、本人の権利利益を害さないことが請求自体から明らかとはいえず、健康情報として非公開にできる方向(判決は本人が自ら請求した場合について述べた)。条例に、自己の情報の開示はこの条例では求められないという規定があったなら、判決自身が「格別」として除いた場面になる。
- 「レセプト訴訟で最高裁は、自己情報コントロール権に基づき、憲法から直接、自己の情報の開示請求権が導かれるとした」(条例の合理的な解釈として述べたもので、憲法やプライバシー権には触れていない)
- 「レセプト訴訟判決によれば、情報公開条例に基づく請求でも、自己の個人情報であれば、本来当然に特別の開示を受けられる」(本来は県民等の1人として公開を受けるにとどまり、自己情報を理由に特別の開示は受けられない。保護制度が未採用の状況などの条件の下で拒否できないとした)
8保障範囲——固有情報と外延情報学説
- 区別の基準は、その情報が個人の道徳的自律に直接かかわるかどうか(何がそれにあたるかは下の表の例で押さえる)。
| プライバシー固有情報 | プライバシー外延情報 | |
|---|---|---|
| 中身 | 個人の道徳的自律に直接かかわる情報 | 道徳的自律に直接かかわらない個別的な情報 |
| 例 | 政治的・宗教的信条、心身に関する基本情報、犯罪歴など | 氏名・生年月日・住所、税に関する情報など |
| 保障範囲か | 当然に含む | 含む(通説) |
- 外延情報を含める理由(通説):膨大な個人情報を収集して結合処理するためのマスターキーや索引情報として機能しうる以上、保障範囲に含まれる。
- 外延情報は単体では要保護性が低く見えても、固有情報とセットになっているのが通常で、外延情報で検索すれば固有情報を多数手に入れられる。単体の要保護性の低さは除外の理由にならない。
ある宗教団体の信者名簿。氏名・住所だけを見れば外延情報だが、「その団体の信者である」ことと結びつくと宗教的信条にかかわる情報になり、固有情報の側に寄る。
- 「氏名・住所などの外延情報は、道徳的自律に直接かかわらないから、プライバシー権の保障範囲に含まれない」(通説は、マスターキー・索引情報として機能しうる以上、含める)
9審査基準のセレクト学説
- プライバシー権が制限されたとき、厳格・中間・合理性のどの審査基準を当てるか(制限する側にどれだけ重い説明を求めるか)を選ぶ場面。
- 審査基準は、個人の道徳的自律にかかわる程度(人格的関連性の程度)に加え、情報システムが構築される可能性の有無・程度などを考慮して選ぶ。列挙は「など」で、2つで閉じていない。
- 2つの要素は別々に動く:氏名・生年月日は人格的関連性は低いが、索引として使われうるので、集めてつなげられる状況では情報システムが構築される可能性が高くなりうる。通院の記録は人格的関連性そのものが高い。
- 2つ目の要素は、情報そのものの性質というより、その情報がどう集められ、つなげられうるかという状況の要素。保障範囲で見た固有・外延の区別と結合処理の危険が、ここで審査の強さに効く。
犯罪歴を全国の行政機関で照会できるデータベースにまとめる制度なら、人格的関連性が高く、情報システムとして構築されること自体が予定されているので、2つの要素がともに審査を厳しくする方向に働く。イベントの受付で氏名だけを1回書き取り、終了後すぐ廃棄するなら、どちらの要素も審査を緩める方向に働く。
- 「プライバシー権の制約の審査基準は、その情報の人格的関連性の程度だけによって決まる」(情報システムが構築される可能性の有無・程度なども考慮する)