憲法ゼロから憲法#18

プライバシー判例の系譜

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最高裁の言い方の三つの温度

学説の到達点

定義自己情報コントロール権とは、自分に関する情報をどうするかを、自分で決められるという考え方です。

注意これは学説の到達点です。

最高裁がどこまで認めたかは、判決の言い方で確かめます。

三つの温度

結論同じ13条の話でも、最高裁の言い方には三つの温度があります。

  • 一段目:守る自由の名前として「プライバシー」を、まだ使っていない段階です。
  • 二段目:判決文がその言葉を使い、守る対象が外側の情報まで広がった段階です。
  • 三段目:13条から、情報そのものについて、一般的な形で自由を導いた段階です。

具体例各段の判決は、次のとおりです。

  • 一段目:前科照会事件、指紋押捺拒否事件です。
  • 二段目:『石に泳ぐ魚』事件、早大江沢民講演会名簿提出事件です。
  • 三段目:住基ネット事件です。

前史(京都府学連事件)

事案デモ行進が撮影された事件です。

結論最高裁は、13条から、承諾なしにみだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由を認めました。

注意自由を認めたうえで、その撮影は適法とし、上告を退けました。

判例を読む三つの欄

五つの判決は、三つの温度の違いで一本の線につながります。
判決を読むときは、どの点を分けて見ればよいのでしょうか。

判例を読む三つの欄(①どの自由を認めたか/②その自由の侵害を認めたか/③どちらが勝ったか)と、京都府学連事件の当てはめ

自由の存在と勝ち負けは別

結論自由は認めても、その制限は許されるとして、訴えた側が負ける判決があります。

五つの判決のうち、指紋押捺拒否事件と住基ネット事件が、この形です。

注意負けた判例を、権利を認めなかった判例だと読まないでください。

判例の到達点を、実際より低く見積もってしまいます。

13条の二つの役割

13条の二つの顔(権利を導く足場=「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」/制限を許す留保=「公共の福祉に反しない限り」)

結論13条は、権利を導く根拠と、その制限を許す根拠を、同じ一か条に持っています。

理由だから、自由の存在と勝ち負けは、別々に動きます。

13条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

前科照会事件(一段目の代表)

判例は、自由・侵害・勝敗の三つの欄に分けて読みます。
一段目の代表の前科照会事件で、最高裁は何を守り、それをどう呼んだのでしょうか。

前科照会事件の関係図(A=弁護士会が前科を照会/B=区長が前科をすべて回答/C=本人が市に賠償請求)

事案と結論

事案本人(C)には、前科がありました。

  • 照会:解雇をめぐる労働事件で、相手方の代理人の弁護士が申し出て、弁護士会(A)が役所に照会しました。
  • 回答:区長(B)は、犯罪の種類も軽重も問わず、Cの前科をすべて回答しました。
  • 請求:前科は後に裁判所の構内などで公表され、Cが市に損害賠償を求めました。

結論前科等をみだりに公開されないという、法律上の保護に値する利益を認めました。

区長が漫然と照会に応じ、前科等のすべてを報告したことは、公権力の違法な行使にあたるとしました。

  • ①自由:みだりに公開されない利益です。
  • ②侵害:認めました。
  • ③勝敗:本人の勝ちです。

理由前科等は、人の名誉、信用に直接にかかわる事項だからです。

注意照会に応じること自体が、禁じられたわけではありません。

違法とされたのは、漫然と、全部を答えたことです。

前科照会事件最高裁判所第三小法廷判決「権利」ではなく「利益」前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、…市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。

「権利」ではなく「利益」

結論判決の本体(法廷意見)には、「憲法」も「13条」も「プライバシー」も出てきません。

呼んだのは、権利ではなく「利益」でした。

理由区長の回答が違法かどうかを争う、損害賠償の請求だったからです。

民事の賠償で救えるなら、憲法上の権利だと言い切る必要はありません。

裁判所は、必要のない憲法判断はしないのが基本です。

注意足場は憲法ではありませんが、侵害は認められ、本人が勝っています。

これが、一段目のいちばん低い温度です。

指紋押捺拒否事件(一段目の二本目)

前科照会事件は、憲法を持ち出さずに、利益として守りました。
一段目のもう一本は、13条からどのような自由を導き、どう結論したのでしょうか。

事案と結論

事案かつて、日本に住む外国人には、登録の際に指紋を押す義務がありました。

この義務を拒んで、起訴された人がいました。

刑事事件なので、勝ち負けは有罪か無罪かで決まります。

結論13条から、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を導きました。

この自由の保障は、我が国に在留する外国人にも等しく及ぶとしました。

  • ①自由:みだりに指紋の押なつを強制されない自由です。
  • ②侵害:認めませんでした。
  • ③勝敗:合憲で、被告人の有罪が確定しました。

理由この自由も、公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けるからです。

行きすぎていないかは、目的と手段の二本立てで見ました。

  • 目的:戸籍の制度がない外国人を確実に特定するためで、十分な合理性と必要性があります。
  • 手段:押す義務は3年に一度、対象は一指だけで、強制も罰則による間接的なものです。過度の苦痛を伴うとまではいえません。

注意いまは、その規定も、根拠だった法律も、廃止されています。

指紋押捺拒否事件最高裁判所第三小法廷判決自由は認める。結論は合憲憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると、解されるので、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有するものというべきであり、…右の自由の保障は我が国に在留する外国人にも等しく及ぶと解される。しかしながら、右の自由も、…公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けることは、憲法一三条に定められているところである。

指紋とプライバシー

結論指紋そのものは、内心に関する情報ではありません。

しかし、使い方次第では、プライバシーが侵害される危険があります。

危ないのは、中身ではなく、使われ方のほうです。

理由指紋には、万人不同性・終生不変性(人によって違い、一生変わらない)という性質があるからです。

注意この判決で「プライバシー」の語が出るのは、危険を説明する場面だけです。

守る自由の名前は、指紋の押なつを強制されない自由のままです(一段目)。

『石に泳ぐ魚』事件(二段目の目印)

一段目の判決は、守る自由の名前として「プライバシー」を使っていません。
二段目の目印になる判決は、どのような言葉で侵害を認めたのでしょうか。

判決文に「プライバシー」が現れる

定義判決文に並ぶ2つの言葉は、次のとおりです。

  • 名誉:社会からの評価です。
  • 名誉感情:自分が自分に抱く誇りです。

事案実在の人物をモデルにした小説の公表が、問題になりました。

結論最高裁の判決文に、「プライバシー」という言葉が現れます。

侵害されたとされたのは、「名誉、プライバシー、名誉感情」の三つです。

注意プライバシー侵害だけを認めた判決ではありません。

『宴のあと』事件と筋は似ていますが、あちらは第一審、こちらは最高裁の判決です。

『石に泳ぐ魚』事件最高裁判所第三小法廷判決判決文に「プライバシー」が現れる原審の確定した事実関係によれば、公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害されたものであって、本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。

二つの限定

結論誰のどんな情報でもよい、という判断ではありません。

  • 事項:公共の利益に係わらない」事項であることです。
  • 本人:公的立場にない」人であることです。

理由公の立場にある人や、公共の利益に関わる事柄なら、書く側の自由が強く働くからです。

注意この事件では、出版などの差止めも認められました。

差止めを命じたのは高等裁判所で、最高裁はそれを是認しています。

早大江沢民講演会名簿提出事件(二段目の代表)

二段目では、判決文に「プライバシー」という言葉が現れました。
では、秘匿性の高くない情報も、プライバシーとして守られるのでしょうか。

早大名簿提出事件の関係図(A=学生が名簿に記入/B=大学が写しを警察に提出/C=警察。学生が大学に損害賠償請求)

事案

事案大学で開かれた外国の要人の講演会で、大学(B)は、出席希望者を把握するため名簿に記入させました。

  • 記入した情報:学籍番号、氏名、住所、電話番号です。
  • 提出:大学は、警備のため、名簿の写しを学生(A)に断らないまま警察(C)に渡しました。
  • 請求:学生たちはそれを知り、大学に損害賠償を求めました。

秘匿性は高くない。それでも守る

早大名簿の判旨の順序(秘匿性は必ずしも高くない→しかし→期待は保護されるべき→だから法的保護の対象)と、結論を左右しない三事情

結論名簿の情報は、プライバシーに係る情報として法的保護の対象になります。

単体では軽く見える情報も保障の対象になる、という理屈が、最高裁の言葉で通った実例です。

理由判旨は、「しかし」で反転します。

  • 前半:個人識別のための単純な情報で、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではありません。講演会に申し込んだ学生であることも同じです。
  • 後半:それでも、自己が欲しない他者にみだりに開示されたくないと考えるのは自然で、その期待は保護されるべきです。

注意守る理由は、情報が珍しいことではなく、渡す先を自分で決められるという期待です。

ここでの秘匿性は、侵害の要件ではなく、情報の性質の程度の話です。

秘匿性が低くても、保護は消えません。

早大江沢民講演会名簿提出事件最高裁判所第二小法廷判決秘匿性は高くない。それでも守る学籍番号、氏名、住所及び電話番号は、…個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。…しかし、このような個人情報についても、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから、本件個人情報は、上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。

違法の核心と結論

結論秘匿性の程度、具体的な不利益の不存在、開示目的の正当性と必要性は、結論を左右するに足りないとしました。

高等裁判所は、この三つを挙げて、違法とまではいえないとしていました。

理由警察に渡すと先に伝えて、同意を求めることが、容易にできたはずでした。

それをせず無断で渡したことが、適切な管理についての合理的な期待を裏切ったからです。

注意結論は破棄差戻しで、最高裁が賠償を命じたわけではありません。

請求を退けた判断を破棄して、審理をやり直させた形です。

住基ネット事件(三段目)

早大名簿事件は、秘匿性の高くない情報も、渡す先を選ぶ期待として守りました。
三段目の住基ネット事件は、情報についてどのような自由を導いたのでしょうか。

住基ネットの仕組み(市町村→都道府県→国の機関等。本人確認情報=氏名・生年月日・性別・住所の四情報+住民票コード+変更情報)

認めた自由

事案住基ネットは、市町村が持つ住民の情報を、都道府県や国の機関でも使えるようにつないだ仕組みです。

住民が、自分の情報を消すよう求めて、訴えを起こしました。

結論13条から、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する、と導きました。

特定の行為ではなく、情報一般について、一般的な形で自由を導いた点が到達点です。

注意撮影されない自由や、押なつを強制されない自由と違い、「個人に関する情報」が主語です。

住基ネット事件最高裁判所第一小法廷判決情報そのものについての自由憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される。

合憲の理由三本

結論合憲で、住民側の請求は退けられました。

  • ①自由:個人に関する情報をみだりに開示・公表されない自由です。
  • ②侵害:認めませんでした。
  • ③勝敗:住民側の敗訴です。

理由理由は、次の三つです。

  • 情報の性質:四情報は、社会生活上、一定の範囲の相手に当然知られることが予定されています。個人の内面に関わるような、秘匿性の高い情報とはいえません。
  • 目的:住民サービスの向上と行政事務の効率化で、正当な行政目的の範囲内です。
  • 具体的な危険:目的外利用や秘密の漏えいは、懲戒処分や刑罰で禁じられ、監視する仕組みも置かれています。正当な目的を逸脱して外に出る具体的な危険が、生じているとはいえません。

注意次の2点に気をつけます。

  • 危険の程度:抽象的な不安ではなく、具体的な危険を問題にしています。
  • 早大名簿事件:秘匿性の使い方が逆に見えますが、問われた軸が違います。名簿の事件は渡す先を選べたか、こちらは法令に基づき行政の中で使われる情報です。

自己情報コントロール権との距離

自己情報コントロール権のどこまでを判示したか(①やめさせる=自由権的側面は判示あり/②閲読・訂正・抹消を求める=積極的側面は判示なし)

結論この判決が認めたのは、みだりに開示・公表されない、というやめさせる側までです。

自己のプライバシーに関わる情報の取扱いを自己決定する権利ないし利益が侵害された、という主張には、理由がないとしました。

注意「最高裁が自己情報コントロール権を採用した」と書くと、誤りです。

  • 判決文の語:最高裁自身の判断部分に、その語は出てきません。出てくるのは、破棄された原審の判断を紹介する部分だけです。
  • 正確な言い方:やめさせる側(自由権的側面)については、最高裁も認めたと解する見解が有力である、にとどめます。

三判決の同一文型

住基ネット事件は、13条から、情報一般についての自由を導きました。
京都府学連事件から住基ネット事件まで、判決文はどうつながっているのでしょうか。

三判決の同一文型(「何人も、〔 〕自由を有する」の空欄に、京都府学連事件=容ぼう・姿態を撮影されない/指紋押捺拒否事件=指紋の押なつを強制されない/住基ネット事件=個人に関する情報を開示又は公表されない)

結論三つの判決は、同じ形の文で書かれていて、空欄に入る言葉だけが変わっています。

一つの行為から、情報そのものへと広がっています。

注意自由の広がりと、合憲か違憲かは、別の話です。

三つの欄は、分けて読みます。

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