憲法ゼロから憲法#18

最高裁はどこまで認めたか——プライバシー判例の系譜

⬇ 印刷用PDF

第3章 人権各論 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

判例を読む三つの欄

判例を読む三つの欄(①どの自由を認めたか ②その侵害を認めたか ③どちらが勝ったか)=以降の判決をこの三行に埋めていく

五つに入る前に、道具を渡します。判例を読む、三つの欄です。一つ目。その判決は、どの自由を認めたか。二つ目。その自由が、侵害されたと認めたか。三つ目。結局、どちらが勝ったか。二つ目と三つ目は、同じことではありません。そこが、いちばん混ざるところです。たとえば、自由は認める。しかし、この制限は許される。だから、訴えた側が負ける。こういう判決があります。今日の五つのうち、二つが、その形です。さきほどの前史も、その形でした。撮影されない自由は認めたうえで、あの撮影は適法。上告は退けられました。そう読むと、判例の到達点を、実際より低く見積もってしまいます。13条が、二つの役割を同時に持っているからです。権利を導く根拠でありながら、その制限を許す根拠でもある。だから、自由の存在と、勝ち負けは、別々に動きます。条文そのものは、このあと二本目の判決のところで開きます。この三つを、五つの判決に、そのまま当てていきます。

一段目の代表——権利の名前を出さずに守った

前科照会事件の関係図(A=弁護士会/B=区長/C=本人。①A⇒B 前科の照会/②B⇒A 犯罪の種類・軽重を問わず前科をすべて回答/③C⇒B 損害賠償請求)

一段目の代表は、前科照会事件と呼ばれる判決です。登場するのは三者。A、B、Cで見ていきます。Cが、この事件の本人です。前科がありました。Aは、弁護士会。Bは、照会を受けた区長です。もとは、解雇をめぐる労働事件でした。相手方の代理人の弁護士が申し出て、弁護士会が、役所に照会をかけたんです。そして区長は、犯罪の種類も、軽い重いも問わずに、Cの前科を、すべて回答しました。全部です。その前科は、後に裁判所の構内などで公表されました。そこでCが、市に対して、損害賠償を求めました。その前に、一つ考えてみてください。この事件で最高裁は、憲法13条を持ち出したと思いますか。持ち出していません。

一段目の温度=この判決が言わなかったこと(法廷意見に「憲法」なし・「13条」なし・「プライバシー」なし/言ったのは「法律上の保護に値する利益」)+三つの欄の一行目

判決の本体には、「憲法」も「13条」も出てきません。「プライバシー」という言葉も、使われていません。

判例最判昭和56・4・14(民集35巻3号620頁・第三小法廷)

前科照会事件——「権利」ではなく「利益」 前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、…市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。

前科と犯罪経歴は、人の名誉や信用に直接かかわる事項である。だから、みだりに公開されないという、法律上の保護に値する利益がある。そこです。呼んだのは「利益」でした。しかも、憲法の条文を、持ち出してもいない。この事件が、区長の回答は違法かどうかを争う、損害賠償の請求だったからです。民事の賠償で救えるのなら、憲法上の権利だと言い切る必要はありません。裁判所は、必要のない憲法判断はしない。それが基本です。ただ、控えめでも、結論は動きませんでした。犯罪の種類も軽重も問わず、前科をすべて報告したことは、公権力の違法な行使にあたる、としています。三つの欄で言えば、自由は、みだりに公開されない利益。侵害は、認めた。そして、勝ったのは、本人です。ただし足場は、憲法ではありませんでした。これが、一段目のいちばん低い温度です。そこは、読み違えないでください。応じること自体が、禁じられたわけではありません。違法とされたのは、漫然と、全部を答えたことです。

一段目の二本目——自由は認める。結論は合憲

13条の二つの顔を対比(左=権利を導く足場「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」/右=制限を許す留保「公共の福祉に反しない限り」。同じ一か条に同居しているので、自由は認めるが結論は合憲、という形が生まれる)

一段目には、もう一本あります。こちらは、はっきり13条から自由を導きました。その13条を、先に見ておきましょう。

条文日本国憲法 13条

日本国憲法 第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

新しい権利を読み込む足場は、後段の言葉でした。ところが、同じ一文の中に、もう一つ言葉があります。「公共の福祉に反しない限り」。権利を導く根拠と、その制限を許す根拠が、同じ一か条に、同居しています。これから、その形を二回見ることになります。

指紋押捺拒否事件を三つの欄で仕分ける(自由=みだりに指紋の押なつを強制されない・在留外国人にも等しく及ぶ/侵害=認めず/勝敗=被告人の敗訴=合憲)+合憲の理由二本(目的=戸籍制度のない外国人の人物特定に十分な合理性・必要性/手段=三年に一度・一指のみ・罰則による間接強制)

二本目は、指紋押捺拒否事件と呼ばれる判決です。かつて、日本に住む外国人には、登録の際に、指紋を押す義務がありました。いまは、ありません。その規定も、根拠だった法律も、廃止されています。当時、この義務を拒んで起訴された人がいました。ですから勝ち負けは、有罪か無罪かで決まります。最高裁は、まず13条から、こう導きました。

判例最判平成7・12・15(刑集49巻10号842頁・第三小法廷)

指紋押捺拒否事件——自由は認める。結論は合憲 憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると、解されるので、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有するものというべきであり、…右の自由の保障は我が国に在留する外国人にも等しく及ぶと解される。しかしながら、右の自由も、…公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けることは、憲法一三条に定められているところである。

何人も、みだりに指紋の押なつを強制されない自由を有する。しかも、この保障は、日本に在留する外国人にも、等しく及ぶ。外国人にどこまで及ぶかは別に扱いました。結論だけ受けてください。合憲です。被告人の有罪が、確定しました。この自由も、公共の福祉のため必要な場合には相当の制限を受ける。目的と手段の、二本立てです。目的は、戸籍の制度がない外国人を、確実に特定することです。これには、十分な合理性と必要性がある、としました。押す義務は三年に一度、対象は一本の指だけ。強制も罰則による間接的なもので、過度の苦痛を伴うとまではいえない。もう一つ、後で効く一文があります。指紋そのものは、内心に関する情報ではない。けれども、指紋には、万人不同、終生不変という性質があります。人によって違い、一生変わらない、という意味です。だから、使い方次第では、プライバシーが侵害される危険がある。危ないのは、中身ではなく、使われ方のほうだ、と。ここで「プライバシー」という言葉が出てきますが、危険を説明する場面で出てきただけです。守る自由の名前は、指紋の押なつを強制されない自由のままでした。

二段目の目印——判決文に「プライバシー」が現れる

二段目の目印=判決文に並んだ三語(名誉/プライバシー/名誉感情)と二つの限定(「公共の利益に係わらない」「公的立場にない」)+限定が付く理由=公的立場・公共の利益なら書く側の自由が強く働く/差止め・事前抑制の可否と表現の自由との調整は別に扱う

ここから、二段目に入ります。目印になるのが、『石に泳ぐ魚』事件と呼ばれる判決です。実在の人物をモデルにした小説が、問題になりました。ただ、決定的な違いが一つ。あちらは第一審、こちらは最高裁です。そして、その判決文に「プライバシー」という言葉が現れます。

判例最判平成14・9・24(第三小法廷)

『石に泳ぐ魚』事件——判決文に「プライバシー」が現れる 原審の確定した事実関係によれば、公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害されたものであって、本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。

ただし、侵害されたとされたのは、三つ並んでいます。名誉、プライバシー、そして名誉感情です。名誉は、社会からの評価。名誉感情は、自分が自分に抱く誇りのことです。しかも、限定も付いています。公共の利益に係わらない事項であること。そして、本人が公的立場にない人であること。公の立場にある人や、公共の利益に関わる事柄なら、書く側の自由が、強く働くからです。この事件では、出版などの差止めも認められました。命じたのは高等裁判所で、最高裁は、それを是認しています。差止めを認めてよいかは、表現の自由の側から、別に正面から扱います。

二段目の代表——秘匿性は高くない。それでも守る

早大江沢民講演会名簿提出事件の関係図(A=参加を申し込んだ学生/B=大学/C=警察。①A⇒B 学籍番号・氏名・住所・電話番号を名簿に記入/②B⇒C 名簿の写しを無断で提出/③A⇒B 損害賠償請求)

二段目の代表は、大学が名簿を警察に渡した事件です。大学で開かれた、外国の要人の講演会をめぐる判決です。Aが、講演会に参加を申し込んだ学生。Bが、大学。Cが、警察です。大学は、出席を希望する人をあらかじめ把握するため、名簿に記入させました。学籍番号、氏名、住所、そして電話番号です。受付で書く紙のようなものです。ところが大学は、その名簿の写しを、学生に断らないまま、警察に渡しました。学生たちはそれを知り、大学に損害賠償を求めました。ここで、考えてみてください。名簿に書いたのは、学籍番号と名前と住所と電話番号だけです。これは、法律で守るほどのものでしょうか。最高裁も、まったく同じことを言いました。

早大名簿——判旨の順序(①秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない → ②しかし → ③みだりに開示されたくないと考えるのは自然/その期待は保護されるべき → ④プライバシーに係る情報として法的保護の対象)+結論を左右しない三事情(秘匿性の程度/具体的な不利益の不存在/開示目的の正当性と必要性)

判決は、まず、こう言い切ります。これらは、個人を識別するための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が、必ずしも高いものではない。最高裁自身が、たいした秘密ではない、と認めたのです。講演会に申し込んだ学生であることも、同じだ、と。なお、ここでいう秘匿性は、前に見た侵害の要件ではなく、情報の性質の程度の話です。低くても、保護は消えません。ここで、判決は反転します。「しかし」と続くんです。このような情報についても、本人が、自分の望まない相手には、みだりに開示されたくないと考えることは、自然なことである。そして、そのことへの期待は、保護されるべきものである。だから、この情報は、プライバシーに係る情報として、法的保護の対象となる。

判例最判平成15・9・12(民集57巻8号973頁・第二小法廷)

早大江沢民講演会名簿提出事件——秘匿性は高くない。それでも守る 学籍番号、氏名、住所及び電話番号は、…個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。…しかし、このような個人情報についても、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから、本件個人情報は、上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。

そこが、この判決のいちばん大事なところです。守る理由は、情報が珍しいことではありません。渡す先を、自分で決められるという期待のほうです。そこがつながります。あのとき置いた一文が、ここで効きました。その嫌さを、法が拾った、ということです。もっとも、大学の側にも言い分はありました。高等裁判所は、違法とまではいえない、としていました。情報の秘匿性は高くない。実際の不利益も生じていない。警備という目的も、正当で必要だ、と。最高裁は、その三つを並べたうえで、こう述べました。これらの事情は、結論を左右するに足りない。この事件では、警察に渡すと先に伝えて、同意を求めることが、容易にできたはずでした。それをせずに、無断で渡した。そこが、適切な管理についての合理的な期待を裏切った、と。なお、結論は破棄差戻しです。請求を退けた判断を破棄して、審理をやり直させた、という形です。そして、単体では軽く見える情報も保障の対象になる、という理屈は、先に組み立てていました。あの理屈が、最高裁の言葉で通った実例です。

三段目——情報そのものについての自由

住基ネットの仕組み(本人確認情報=四情報〔氏名・生年月日・性別・住所〕+住民票コード+変更情報が、市町村→都道府県→国の機関等で共有される)

最後が、三段目です。住基ネットをめぐる判決です。市町村が持っている住民の情報を、都道府県や国の機関でも使えるように、つないだ仕組みです。本人確認情報と呼ばれるものです。中身は、氏名、生年月日、性別、住所の四つ。これに、住民票コードと、変更の情報が加わります。これに対して住民のほうが、自分の情報を消すよう求めて、訴えを起こしました。最高裁は、まず、13条から、こう導きます。

判例最判平成20・3・6(民集62巻3号665頁・第一小法廷/原文は末尾に「最大判昭和44・12・24〔京都府学連事件〕参照」を付す)

住基ネット事件——情報そのものについての自由 憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される。

個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報を、みだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する。撮影されない、押なつを強制されない、という形とは違います。今度は「個人に関する情報」が主語です。特定の行為ではなく、情報一般について、一般的な形で自由を導いた。ここが到達点です。

住基ネット——合憲の理由三本(①情報の性質=個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない ②住民サービスの向上・行政事務の効率化という正当な行政目的の範囲内 ③目的外利用・秘密の漏えいは懲戒処分や刑罰で禁止+制度的措置あり=具体的な危険が生じているとはいえない)+三つの欄

合憲です。住民側の請求は、退けられました。理由は三つあります。一つ目は、情報の性質です。四つの情報は、社会生活を営むうえで、一定の範囲の相手には、当然知られることが予定されている。だから、個人の内面に関わる秘匿性の高い情報とはいえない、と。名簿の事件とは逆の使い方に見えますが、問われた軸が違います。名簿の事件で問われたのは、渡す先を選べたか、でした。こちらは、法令に基づいて、行政の中で使われています。二つ目が、その目的です。住民サービスの向上と、行政事務の効率化。正当な行政目的の範囲内である、としました。三つ目は、漏れる具体的な危険がないことです。目的の外での利用や秘密の漏らしは、懲戒処分や刑罰で禁じられている。情報の扱いを監視する仕組みも、置かれている。だから、正当な目的を逸脱して外に出るという、具体的な危険が生じているとはいえない、と。そこが、この判決の読みどころです。抽象的な不安ではなく、具体的な危険を問題にしています。

学説との距離(①やめさせる=自由権的側面は判示あり/②閲読・訂正・抹消を求める積極的側面は判示なし。判決文に「自己情報コントロール権」の語は無く、その自由権的側面を認めたと解する見解が有力にとどまる)

ここで、最初の問いに戻ります。最高裁は、自分の情報を、間違っていれば直させる、要らなければ消させる。そこまで認めたと思いますか。認めていません。この判決が認めたのは、みだりに開示・公表されない、というところまでです。やめさせる側だけ、ということです。読ませてもらう、直させる、消させる、のほうについては、この判決は何も判示していません。それどころか、自分のプライバシーに関わる情報の扱いを、自分で決める権利ないし利益が侵害された、という主張には、理由がない、としています。そこが、いちばん狙われるところです。判決文に「自己情報コントロール権」という言葉は出てきません。出てくるのは、破棄された原審の判断を紹介する部分だけです。正確に言うなら、こうなります。自己情報コントロール権のうち、やめさせる側については、最高裁も認めたと解する見解が、有力である。そこを「最高裁が採用した」と書き換えると、誤りになります。

今日の地図(保存版)

背骨の回収=三判決の同一文型を比較(「憲法13条は…個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、〔  〕自由を有する」の空欄に ①承諾なしにみだりに容ぼう・姿態を撮影されない ②みだりに指紋の押なつを強制されない ③個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない)※③の判決は①の判決を参照判例として引いている

最後に、五つを一本の線に戻します。三つの判決が、実は同じ形の文で書かれています。憲法13条は、私生活上の自由が公権力の行使に対しても、保護されるべきことを規定している。個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、何々の自由を有する。途中に空欄があり、入る言葉だけが、変わっていきます。最初は、承諾なしに、みだりに容ぼう・姿態を撮影されない。次が、みだりに指紋の押なつを強制されない。そして、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない。そこが、今日の背骨です。しかも、最後の判決は、いちばん最初の判決を、参照する判例として、自分で引いています。

まとめ(三つの温度の違い+三つの欄の完成形)と送り一覧(忘れられる権利/出版差止め・事前抑制/表現の自由との調整/写真撮影・GPS・通信の秘密/自己決定権・人格権)

一段目は、守る自由の名前として「プライバシー」を使わなかった段階。二段目で、判決文にその言葉が現れ、守る対象が、外側の情報まで広がりました。そして三段目で、情報一般についての自由になりました。ただし、認めたのは、やめさせる側までです。三つの欄は、分けて読んでください。最後に、宿題を一つ置いておきます。いったん世の中に出てしまった情報を、後から消させることは、できるのでしょうか。そこに正面から向き合う議論があります。次は、そこへ進みましょう。

参照条文

  • 日本国憲法 13条

憲法 全体ロードマップへ →