憲法ゼロから憲法#18

プライバシー判例の系譜

憲法の復習ノートを1ページで通して読む(この回から)→

問い:自分に関する情報について、最高裁はからどんな自由を、どこまで認めたのか。自由を認めた判決なら、自由の侵害を主張した側(刑事事件では被告人)が勝ったと言えるのか。

骨組み

  1. 1京都府学連事件(前史)(最大判昭44・12・24):=私生活上の自由が警察権等の国家権力の行使に対しても保護される。何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由(肖像権と称するかどうかは別として)。ただし公共の福祉のため必要なら相当の制限(現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がない・証拠保全の必要性および緊急性・相当な方法なら承諾も令状もなく撮影できる)→ 本件の撮影は適法。は自由を導く根拠と制限を許す根拠を同じ一か条に持つ
  2. 2前科照会事件・何と呼んだか(最判昭56・4・14):前科等をみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益。法廷意見には「憲法」も「13条」も「プライバシー」も出てこない。「プライバシー」が出るのは伊藤裁判官の補足意見
  3. 3前科照会事件・何が違法か(判例):重要な争点で他に立証方法がないような場合は、弁護士会の照会に応じて報告することも許されないわけのものではないが、格別の慎重さが要る。照会の事由が「提出するため」だけなのに漫然と応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告=公権力の違法な行使(国家賠償・本人の勝ち)。区長に過失を問うのは酷とする環裁判官の反対意見あり
  4. 4指紋押捺拒否事件(最判平7・12・15):から何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由。在留外国人にも等しく及ぶ。指紋は内心に関する情報ではないが、万人不同性、終生不変性 → 利用方法次第でプライバシー侵害の危険。公共の福祉による相当の制限:目的=在留外国人の公正な管理(戸籍制度のない外国人の人物特定に最も確実な制度)/手段=本件当時は3年に一度・一指のみ・罰則による間接強制 → 合憲(有罪確定)。・違反の主張も退けた
  5. 5『石に泳ぐ魚』事件(最判平14・9・24):小説の公表で名誉,プライバシー,名誉感情が侵害された(判決文に「プライバシー」が、侵害されたものとして現れる)。公共の利益に係わらない事項・公的立場にない人=本件の確定事実。重大で回復困難な損害のおそれ → 人格権としての名誉権等に基づく慰謝料・差止めを認めた原審を是認(最高裁が自ら差止めを命じたのではない)。に違反しない
  6. 6早大名簿事件・保護の対象(最判平15・9・12):学籍番号・氏名・住所・電話番号=秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。しかし、自己が欲しない他者にみだりに開示されたくないと考えることは自然で、その期待は保護されるべき → プライバシーに係る情報として法的保護の対象(ここは原審も同じ)。私立大学に対する不法行為の損害賠償の判断で、憲法の条文には触れていない
  7. 7早大名簿事件・違法の核心(判例):警察への開示について承諾を求めることは容易だったのに、同意を得る手続を執ることなく無断で開示 → 適切な管理についての合理的な期待を裏切る=不法行為。秘匿性の程度・具体的な不利益の不存在・開示の目的の正当性と必要性は結論を左右するに足りない。破棄差戻し(亀山・梶谷裁判官の反対意見)
  8. 8住基ネット事件(最判平20・3・6):から何人も個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由(京都府学連事件を参照)。請求=人格権に基づく住民票コードの削除。①秘匿性の高い情報とはいえない ②正当な行政目的の範囲内 ③開示・公表される具体的な危険はない → 当該個人が同意していないとしても自由を侵害しない(住民側の敗訴)
  9. 9住基ネットと自己情報コントロール権(判例・学説):最高裁自身の判断部分にその語は無い(出るのは原審の判断を紹介する部分だけ)。自己決定する権利ないし利益の侵害の主張は、以上に述べたところからすれば理由がない、とだけ述べた=語として採用せず、そういう権利が無いとも言っていない。閲読・訂正・抹消を求める側面には触れていない。自由権的側面の保障を認めたとする見解が有力(判示の意味には争いがある)

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文が出ます(押せるのは日本国憲法の条文だけ。弁護士法・外国人登録法・住民基本台帳法などの条文番号は文字のまま)。短答は「判決が言ったこと」と「判決をどう読むかの学説」を分けて問うので、出どころを混ぜない。最大判=最高裁大法廷の判決、最判=最高裁小法廷の判決。「法廷意見」は判決の結論を決めた多数の意見のこと(補足意見・反対意見とは別)。

(このページの整理)判決が自分の言葉で何を名指ししたかで三段に分けて覚える。一段目=守るものを個別の利益・行為で言い、「プライバシー」を守るものの名前にしない(前科照会事件=みだりに公開されない利益、指紋押捺拒否事件=押なつを強制されない自由)。二段目=侵害されたものとして判決文が「プライバシー」を名指しした(『石に泳ぐ魚』事件・早大名簿事件)。三段目=行為を限らず「個人に関する情報」一般についてから自由を導いた(住基ネット事件)。京都府学連事件は、情報ではなく撮影という行為についての前史として段の外に置く。どの段かと、どちらが勝ったかは別に動く。下の表の「侵害」「結論」の列で確かめる。

判決守ったもの(判決の言葉)侵害結論
京都府学連(最大判昭44・12・24)承諾なしに、みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由()認めず(撮影は適法)被告人の上告棄却
前科照会(最判昭56・4・14)みだりに公開されないという法律上の保護に値する利益(憲法に触れない)認めた(公権力の違法な行使)本人の勝ち(京都市の上告棄却)
指紋押捺拒否(最判平7・12・15)みだりに指紋の押なつを強制されない自由()認めず(合憲)被告人の有罪確定(上告棄却)
『石に泳ぐ魚』(最判平14・9・24)名誉,プライバシー,名誉感情(人格権としての名誉権等)認めたモデル側の勝ち(慰謝料・差止めの原審を是認)
早大名簿(最判平15・9・12)プライバシーに係る情報として法的保護の対象認めた(無断開示=不法行為)学生側に有利(違法と判断・破棄差戻し)
住基ネット(最判平20・3・6)個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由()認めず住民側の敗訴(原判決の上告人敗訴部分を破棄・控訴棄却)

1京都府学連事件——の二つの役割条文判例

  • :すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
  • 同じ一か条に、権利を導く足場(生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利)と、その制限を許す留保(公共の福祉に反しない限り)が同居している。だから自由を認めることと、自由の侵害を主張した側が勝つことは別に動く。
  • 事案:デモ行進(集団行進)が許可条件に外形的に違反する状況で、警察官が先頭部分を撮影した。被告人は、本人の意思に反し令状もない撮影を適法とした原判決は・に違反すると主張した刑事事件。
  • について、京都府学連事件(最大判昭44・12・24):
  • これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。
  • これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。しかしながら、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。
  • 本人の同意も令状もなく撮影が許される場合として、判決が挙げたもの:
  • すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである。
  • あてはめ:現に犯罪(許可条件違反)が行なわれていると認められる場合で、刻々と状況が変化する集団行動の性質から証拠保全の必要性・緊急性があり、方法も相当 → 撮影は適法な職務執行行為。・に違反しない。上告棄却。
×にされやすい形
  • 「京都府学連事件判決は、肖像権をにより保障される権利として明示的に認めた」(認めたのは「みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由」。肖像権と称するかどうかは別として、と言う)
  • 「京都府学連事件判決は、撮影されない自由を認めたから、本件の警察官の撮影は違法とした」(自由を認めたうえで、本件の撮影は適法とした)
  • 「本人の同意も裁判官の令状もない警察官の撮影は、常にに違反する」(現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がない場合で、証拠保全の必要性および緊急性があり、相当な方法で行なわれるときは許される)

2前科照会事件(1)——「権利」ではなく「利益」判例

  1. 解雇をめぐる労働事件で、会社側の代理人の弁護士の申出により、京都弁護士会が役所に本人の前科等を照会(弁護士法23条の2)
  2. 照会は伏見区役所から中京区長に回付。照会文書(に添付された照会申出書)に書かれた必要の事由は「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」だけ
  3. 区長が、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告
  4. 会社の幹部らが、中央労働委員会と京都地方裁判所の構内等で、事件関係者らの前で本人の前科を摘示して公表
  5. 本人が京都市に損害賠償を請求(国家賠償)。原審は、区長の報告を過失による公権力の違法な行使とした。上告したのは京都市
  • 前科照会事件(最判昭56・4・14):
  • 前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、市区町村長が、本来選挙資格の調査のために作成保管する犯罪人名簿に記載されている前科等をみだりに漏えいしてはならないことはいうまでもないところである。
  • 呼んだのは権利ではなく「利益」。法廷意見には「憲法」も「13条」も「プライバシー」も出てこない。なぜ憲法に触れなかったかを、判決は述べていない(上告した京都市が争ったのは、区長の報告が違法かどうかと、公表との因果関係)。
  • 「プライバシー」の語は、伊藤正己裁判官の補足意見に出る:
  • 本件で問題とされた前科等は、個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの一つであり、
  • 三つの欄:守ったもの=みだりに公開されない利益(憲法には触れない)/侵害=認めた/結論=本人の勝ち。
×にされやすい形
  • 「前科照会事件で最高裁は、前科等をみだりに公開されない権利を、に基づくプライバシー権として認めた」(法廷意見は「法律上の保護に値する利益」と言っただけで、「憲法」「13条」「プライバシー」の語は出てこない)
  • 「前科照会事件判決の法廷意見は、前科等は個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの一つであるとした」(それは伊藤裁判官の補足意見)
  • 「前科照会事件で照会をしたのは弁護士個人である」(照会したのは京都弁護士会。弁護士はその申出をした)

3前科照会事件(2)——応じてよい場合と、違法とされた報告判例

  • 前科等の有無が訴訟等の重要な争点となつていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができるのであり、同様な場合に弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて報告することも許されないわけのものではないが、その取扱いには格別の慎重さが要求されるものといわなければならない。
  • 本件について:
  • 照会を必要とする事由としては、右照会文書に添付されていたD弁護士の照会申出書に「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」とあつたにすぎないというのであり、このような場合に、市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。
  • 区長の報告を過失による公権力の違法な行使とした原審の判断を「結論において正当」として是認。報告と、会社幹部らによる前科の公表との間の相当因果関係も認めた原審を是認した。上告棄却。
  • 環昌一裁判官の反対意見:前科等をみだりに公開されない利益があることは多数意見と同じ。しかし区長が弁護士会を裁判所等に準ずる官公署とみて回答したことは一つの解釈として成り立つので、区長に過失の責めを問うのは酷に過ぎる → 原判決を破棄して差し戻すべき。
弁護士会の照会に前科等を報告する重要な争点で他に立証方法がないか前科等の有無が訴訟等の重要な争点公権力の違法な行使(本件)漫然と、犯罪の種類、軽重を問わず全部を報告いいえはい許されないわけのものではない格別の慎重さが要求される
判決の言葉を並べたもの。判決はこれを要件の形で並べてはいない。本件は、照会申出書に必要の事由が「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」としか書かれていない場合で、そこで漫然と前科等のすべてを報告したことが違法とされた。重要な争点で他に立証方法がない場合に全部を報告したらどうなるかは、判決は述べていない。

照会の申出書に「前科の有無が解雇理由の存否を決める争点で、ほかに立証方法がない」と具体的に書かれ、区長が争点に関係する前科だけを答えた場合は、判決が「許されないわけのものではない」とした場面に近づく(違法性を否定する方向に動く)。本件で違法とされたのは、必要性もはっきりしないまま全部を答えた点。

出題「裁判所に提出するため」とだけある照会に漫然と応じ前科等を全て報告するのは違法(○)「裁判所に提出するため」との記載があれば、照会に応じて前科を報告してよい(×)他に立証方法がない場合でも、弁護士照会に応じて前科等を報告するのは違法(×)

×にされやすい形
  • 「前科照会事件判決によれば、市区町村長は弁護士会の照会に応じて前科等を報告することが一切許されない」(重要な争点で他に立証方法がないような場合には許されないわけのものではない。ただし格別の慎重さが要る)
  • 「前科照会事件では、区長が弁護士会の照会に応じたこと自体が違法とされた」(違法とされたのは、漫然と応じ、犯罪の種類、軽重を問わず前科等のすべてを報告したこと)

4指紋押捺拒否事件——自由は認める。結論は合憲条文判例

  • 事案:アメリカ合衆国国籍の被告人が、昭和56年、新規の外国人登録の申請の際に指紋を押さなかったため、外国人登録法違反で起訴された刑事事件。勝ち負けは有罪か無罪かで決まる。上告棄却(有罪確定)。
  • 指紋の性質について、指紋押捺拒否事件(最判平7・12・15):
  • 指紋は、指先の紋様であり、それ自体では個人の私生活や人格、思想、信条、良心等個人の内心に関する情報となるものではないが、性質上万人不同性、終生不変性をもつので、採取された指紋の利用方法次第では個人の私生活あるいはプライバシーが侵害される危険性がある。
  • 危ないのは中身ではなく使われ方。「プライバシー」の語はこの危険の説明で出るだけで、守る自由の名前は次のとおり:
  • 憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると解されるので、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有するものというべきであり、国家機関が正当な理由もなく指紋の押なつを強制することは、同条の趣旨に反して許されず、また、右の自由の保障は我が国に在留する外国人にも等しく及ぶと解される
  • この一文に、京都府学連事件とマクリーン事件(最大判昭53・10・4)を参照判例として付けている。合憲の結論でも京都府学連事件の趣旨を引く。
  • しかしながら、右の自由も、国家権力の行使に対して無制限に保護されるものではなく、公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けることは、憲法一三条に定められているところである。
  • 手段の当てはめ:
  • 本件当時の制度内容は、押なつ義務が三年に一度で、押なつ対象指紋も一指のみであり、加えて、その強制も罰則による間接強制にとどまるものであって、精神的、肉体的に過度の苦痛を伴うものとまではいえず、方法としても、一般的に許容される限度を超えない相当なものであったと認められる。
  • 他の主張:違反=戸籍制度のない外国人には日本人と社会的事実関係上の差異があり、扱いの差異に合理的根拠がある → 違反しない。違反=指紋はそれ自体では思想、良心等の内心に関する情報ではなく、制度の目的は正確な人物特定 → 前提を欠く。
  • 押なつ義務はその後も緩められ(原則として最初の1回のみ→永住者・特別永住者は廃止)、押なつの規定は平成11年改正で廃止、外国人登録法自体も平成24年に廃止された。
判決が見たこと評価
目的戸籍制度のない外国人の人物特定につき最も確実な制度(在留外国人の公正な管理)十分な合理性・必要性
手段(本件当時)3年に一度・一指のみ・罰則による間接強制過度の苦痛を伴うとまではいえない・相当
三つの欄守ったもの=みだりに指紋の押なつを強制されない自由/侵害=認めず合憲・有罪確定

出題指紋は内心の情報でないから、みだりに指紋押なつを強制されない自由まではない(×)みだりに指紋押なつを強制されない自由の保障は在留外国人にも等しく及ぶ(○)在留外国人の指紋押なつ制度は正当な理由なく押なつを強制し、13条の趣旨に反する(×)

×にされやすい形
  • 「指紋押捺拒否事件判決は、指紋は個人の内心に関する情報であるから、押なつの強制はの問題になるとした」(指紋はそれ自体では内心に関する情報ではないとして、違反の主張は前提を欠くとした)
  • 「指紋押捺拒否事件判決によれば、みだりに指紋の押なつを強制されない自由は日本国民にだけ保障され、在留外国人には及ばない」(在留外国人にも等しく及ぶ)
  • 「指紋押捺拒否事件判決は、みだりに指紋の押なつを強制されない自由を認めたので、押なつ制度を違反とした」(自由を認めたうえで、公共の福祉による相当の制限として合憲とした)
  • 「指紋押捺拒否事件判決は、守られる自由をプライバシー権と呼んだ」(プライバシーの語は、利用方法次第で侵害される危険を説明する場面で出るだけ)

5『石に泳ぐ魚』事件——判決文に「プライバシー」が現れる判例

  • 事案:小説のモデルとされた女性(大学院生)が、作者・雑誌の編集兼発行者・出版社に慰謝料を、作者と出版社に小説の出版等の差止めを求めた。小説には、本人と一致する特徴を与えられた人物が全編にわたって登場し、本人が作者を信頼して話した私的な事柄が多く書かれていた。
  • 名誉=社会からの評価。名誉感情=自分が自分に抱く誇り。プライバシー=私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利(『宴のあと』事件第1審の定義)。『石に泳ぐ魚』事件(最判平14・9・24):
  • 原審の確定した事実関係によれば,公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉,プライバシー,名誉感情が侵害されたものであって,本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。
  • したがって,人格権としての名誉権等に基づく被上告人の各請求を認容した判断に違法はなく,この判断が憲法に違反するものでないことは,
  • 続けて、昭和44年6月25日と昭和61年6月11日(北方ジャーナル事件)の大法廷判決の趣旨に照らして明らか、とした。上告棄却・全員一致。
  • 侵害されたとされたのは三つ並んでいる(名誉,プライバシー,名誉感情)。プライバシー侵害だけを認めた判決ではない。
  • 「公共の利益に係わらない」「公的立場にない」は、最高裁が本件の確定事実として挙げたもので、差止めまで是認する判断を支えた事情。プライバシー保護の一般的な要件として立てたものではない。「重大で回復困難な損害を被らせるおそれ」も、最高裁は本件の事実関係について述べたもので、差止めの一般的な基準を自ら示してはいない。
  • 差止めを認めたのは下級審(原審は、差止めを命じるべきものとした)。最高裁は上告を棄却して是認しただけで、自ら差止めを命じたのではない。差止めの可否を被害者側と侵害者側の不利益の比較衡量で決める、という一般論を述べたのも原審。
  • 筋の似た『宴のあと』事件(東京地判昭39・9・28)は第1審の判決。最高裁の判決文に、侵害されたものとして「プライバシー」が現れるのは『石に泳ぐ魚』事件のほう。
  • 三つの欄:守ったもの=名誉,プライバシー,名誉感情(人格権としての名誉権等)/侵害=認めた/結論=モデル側の勝ち(慰謝料と差止めが維持された)。

モデルが現職の閣僚で、小説が政策判断の裏側を描いていたとすると、判決の前提だった「公的立場にない」「公共の利益に係わらない」の二つが両方とも崩れる。書く側の利益がずっと重くなり、差止めまで認められるかは否定する方向に動く。

×にされやすい形
  • 「『石に泳ぐ魚』事件で最高裁は、プライバシーの侵害だけを理由に差止めを認めた」(侵害されたのは名誉,プライバシー,名誉感情の三つ。請求の根拠は人格権としての名誉権等)
  • 「『石に泳ぐ魚』事件で最高裁は、はじめて自ら小説の出版差止めを命じた」(差止めを認めた原審の判断を是認し、上告を棄却した)
  • 「『石に泳ぐ魚』事件判決は、公共の利益に係わらない事項であることと公的立場にない者であることを、プライバシー侵害が成立する一般的な要件として示した」(本件の確定事実として挙げたもの)
  • 「『石に泳ぐ魚』事件判決は、小説の出版等の差止めを認めることはに違反するとした」(違反しないとした)
  • 「『宴のあと』事件は、最高裁がプライバシーの侵害を認めた判決である」(第1審の判決)

6早大名簿事件(1)——秘匿性は高くない。それでも守る判例

  1. 大学が、中華人民共和国の国家主席の講演会を開くことにし、準備の打合せの中で、警視庁から警備のため出席者の名簿を提出するよう要請された
  2. 参加を希望する学生に、名簿へ学籍番号・氏名・住所・電話番号を記入させた
  3. 大学は名簿の写しを警視庁戸塚署に提出した。学生らの同意は得ていない
  4. 学生らは講演中に立ち上がって叫ぶなどして現行犯逮捕され、大学からけん責処分を受けた
  5. 学生らが、処分の無効確認などと合わせ、名簿の写しの無断提出がプライバシーの侵害だとして大学に損害賠償を求めた
  • 早大江沢民講演会名簿提出事件(最判平15・9・12):
  • 学籍番号,氏名,住所及び電話番号は,D大学が個人識別等を行うための単純な情報であって,その限りにおいては,秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。また,本件講演会に参加を申し込んだ学生であることも同断である。しかし,このような個人情報についても,本人が,自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり,そのことへの期待は保護されるべきものであるから,
    …本件個人情報は,上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。
  • 守る理由は、情報が珍しいことでも、ほかの情報への鍵になることでもなく、本人の期待(自己が欲しない他者にはみだりに開示されたくない、という期待)。秘匿性が高くないことは、ここでは情報の性質の程度の話で、保護を消さない。
  • 「法的保護に値する」という点は原審(東京高裁)も認めていた。最高裁はそこを是認し、分かれたのは違法かどうか(項目7)。
原審(東京高裁)最高裁
保護の対象かプライバシーの権利ないし利益として法的保護に値する是認(プライバシーに係る情報として法的保護の対象)
無断提出は違法か秘匿性が低い・具体的不利益なし・警備の必要性など総合考慮 → 違法とまではいえない是認できない(同意手続が容易だった → 不法行為)
結論請求棄却プライバシー侵害の損害賠償部分を破棄差戻し

出題講演会参加者の学籍番号・氏名・住所・電話番号はプライバシーとして法的保護の対象(○)学籍番号・氏名等は個人識別のための単純な情報で、法的保護の対象にならない(×)

×にされやすい形
  • 「秘匿されるべき必要性の高くない単純な個人識別情報は、プライバシーに係る情報として法的保護の対象とならない」(必要性は必ずしも高くないと認めたうえで、みだりに開示されたくないという期待は保護されるべきだから法的保護の対象とした)
  • 「早大名簿事件で最高裁は、氏名や住所はより立ち入った情報にたどり着く鍵になるから保護されるとした」(判決の理由は、自己が欲しない他者にみだりに開示されたくないという本人の期待)
  • 「早大名簿事件で、原審は名簿の情報をそもそも法的保護に値しないとした」(原審も法的保護に値するとした。分かれたのは違法性)

7早大名簿事件(2)——無断で渡したことが違法の核心判例

  • プライバシーに係る情報は、取扱い方によっては個人の人格的な権利利益を損なうおそれがあるので、慎重に取り扱う必要がある。集めた大学は、本人の意思に基づかずにみだりに他者に開示することは許されない。そのうえで:
  • 同大学が本件個人情報を警察に開示することをあらかじめ明示した上で本件講演会参加希望者に本件名簿へ記入させるなどして開示について承諾を求めることは容易であったものと考えられ,それが困難であった特別の事情がうかがわれない本件においては,本件個人情報を開示することについて上告人らの同意を得る手続を執ることなく,上告人らに無断で本件個人情報を警察に開示した同大学の行為は,上告人らが任意に提供したプライバシーに係る情報の適切な管理についての合理的な期待を裏切るものであり,上告人らのプライバシーを侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。
  • 原判決の説示する本件個人情報の秘匿性の程度,開示による具体的な不利益の不存在,開示の目的の正当性と必要性などの事情は,上記結論を左右するに足りない。
  • 結論は破棄差戻し(プライバシーの侵害を理由とする損害賠償請求の部分)。最高裁が自ら賠償を命じたのではなく、その部分を東京高裁に差し戻した(更に審理判断させるため)。
  • 亀山継夫・梶谷玄裁判官の反対意見:情報は他者に知られたくないと感じる程度が低く、国賓の講演会で警備の必要性は極めて高かった。同意を得る手続を執らなかった点で配慮を欠く面はあっても、社会通念上許容される限度を逸脱した違法な行為とまではいえない(原審と同じ結論)。
  • 三つの欄:守ったもの=プライバシーに係る情報として法的保護の対象/侵害=認めた(不法行為)/結論=学生側に有利(違法と判断。ただし破棄差戻し)。

申込用紙に「参加者名簿は警備のため警察に提出します」と印刷して記入させていれば、判決が「容易であった」とした手続(あらかじめ明示して承諾を求める)を踏んだことになり、違法の核心だった「無断」が消える。不法行為を否定する方向に動く。

×にされやすい形
  • 「早大名簿事件判決によれば、警備という開示の目的が正当で必要性もあり、学生に具体的な不利益も生じていない以上、無断の提出も違法ではない」(これらの事情は結論を左右するに足りないとした)
  • 「早大名簿事件で最高裁は、大学に損害賠償の支払を命じた」(破棄差戻し)
  • 「早大名簿事件判決は、裁判官全員一致の意見による」(亀山・梶谷裁判官の反対意見がある)

8住基ネット事件——情報そのものについての自由条文判例

  • 住基ネット=市町村の住民基本台帳の情報のうち本人確認情報(氏名・生年月日・性別・住所の4情報+住民票コード+変更情報)を、市町村・都道府県・国の機関等で共有して確認できるようにした仕組み。
  • 事案:住民らが、住基ネットによる管理・利用等はの保障するプライバシー権その他の人格権を侵害するとして、人格権に基づく妨害排除請求として住民基本台帳からの住民票コードの削除を求めた(損害賠償の訴えではない)。第1審は棄却、原審(大阪高裁)は認容、最高裁は原判決中の上告人(住民基本台帳を保管する側)敗訴部分を破棄して控訴を棄却(第1審の請求棄却が確定)。全員一致。
  • 住基ネット事件(最判平20・3・6):
  • 憲法は,国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり,個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される
  • この一文に京都府学連事件を参照判例として付けている。撮影されない・押なつを強制されない、と違い、「個人に関する情報」が主語=特定の行為ではなく情報一般について自由を導いた。
  • 侵害しない理由の1本目(情報の性質):
  • このうち4情報は,人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている個人識別情報であり,変更情報も,転入,転出等の異動事由,異動年月日及び異動前の本人確認情報にとどまるもので,これらはいずれも,個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。
  • 2本目(目的):
  • 住基ネットによる本人確認情報の管理,利用等は,法令等の根拠に基づき,住民サービスの向上及び行政事務の効率化という正当な行政目的の範囲内で行われているものということができる。
  • 3本目(具体的な危険):システム上の欠陥で漏えいする具体的な危険はない/目的外利用や秘密の漏えい等は懲戒処分又は刑罰で禁止/審議会・本人確認情報保護委員会などの制度的措置がある。だから:
  • 住基ネットにシステム技術上又は法制度上の不備があり,そのために本人確認情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない。
  • 原審は、行政機関の個人情報保護法の規定を使えば目的外利用ができ、住基カードの利用記録を住民票コードで名寄せできるとして、データマッチングの具体的な危険を認めていた。最高裁は、本人確認情報には住基法の保護規定が優先して適用される・記録が行政機関のコンピュータに残る仕組みもうかがわれない・データマッチング自体は懲戒処分の対象で、そのための文書等の収集やそれを可能にする提供は刑罰の対象、などとして否定した。抽象的な不安ではなく具体的な危険を問題にしている。
  • 結論:
  • そうすると,行政機関が住基ネットにより住民である被上告人らの本人確認情報を管理,利用等する行為は,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表するものということはできず,当該個人がこれに同意していないとしても,憲法により保障された上記の自由を侵害するものではないと解するのが相当である。
  • 三つの欄:守ったもの=個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由/侵害=認めず/結論=住民側の敗訴。
(このページの比較)早大名簿事件住基ネット事件
問われたこと私立大学の不法行為(損害賠償)行政機関の管理・利用等がの自由を侵害するか(人格権に基づく妨害排除)
情報学籍番号・氏名・住所・電話番号(秘匿の必要性は必ずしも高くない)4情報+住民票コード+変更情報(秘匿性の高い情報とはいえない)
本人の同意同意を得る手続を執らず無断で開示=違法の核心同意していないとしても侵害しない
分かれた理由開示について承諾を求めるのが容易だった法令等の根拠に基づく正当な行政目的の範囲内・開示公表の具体的な危険なし
結論不法行為(破棄差戻し)の自由を侵害しない

(このページの比較。どちらの判決もこの比較を述べてはいない)早大名簿は私立大学の不法行為、住基ネットは行政機関による13条の自由の侵害が問われた事件で、土俵は違う。そのうえで、どちらも秘匿性の高くない識別情報なのに、同意を取らなかったことの評価が逆になった。早大名簿では承諾を求めるのが容易だったのに無断で渡したことが決め手になり、住基ネットでは法令の根拠に基づき正当な行政目的の範囲内で使われ、外に漏れる具体的な危険もないので、同意がなくても侵害しないとされた。

判決は何に対して保護すると言ったか何人も、〔 〕自由を有する
京都府学連(昭44)警察権等の国家権力の行使に対してもその承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない
指紋押捺拒否(平7)国家権力の行使に対してみだりに指紋の押なつを強制されない
住基ネット(平20)公権力の行使に対しても個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない
  • 三つの判決は「→私生活上の自由→その一つとして、何人も〜自由を有する」という同じ骨格の文で書かれ、空欄が一つの行為から情報そのものへ広がった。指紋押捺拒否事件と住基ネット事件は、どちらも京都府学連事件を参照判例として引く。自由の広がりと、合憲か違憲かは別(三つとも自由の侵害を主張した側=被告人・住民の側が負けている)。

出題住基ネットによる本人確認情報の収集・管理・利用は、同意がなくても開示されない自由を侵さない(○)住基ネットには情報漏えいの具体的危険があるが、正当な行政目的内なので自由を侵さない(×)

×にされやすい形
  • 「住基ネット事件判決によれば、本人確認情報の管理・利用等は、本人の同意がない場合には、の保障する自由を侵害する」(当該個人が同意していないとしても侵害しない)
  • 「住基ネット事件判決は、本人確認情報は秘匿性の高い情報であるが、目的が正当であるから管理・利用等は許されるとした」(4情報等は個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえないとした)
  • 「住基ネット事件判決は、本人確認情報が目的外に利用されるおそれが抽象的にでもあれば、の自由を侵害するとした」(問題にしたのは、法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して開示・公表される具体的な危険。それは生じていないとした)
  • 「住基ネット事件で、住民らは住基ネットによる損害賠償を求め、最高裁はこれを退けた」(請求は人格権に基づく妨害排除としての住民票コードの削除)

9住基ネット事件と自己情報コントロール権——語は使わず、否定もしていない判例学説

  • (学説)自己情報コントロール権=自分に関する情報をどうするかを自分で決められる、という考え方。勝手に開示などをやめさせる自由権的側面と、閲読・訂正・抹消を求める積極的側面に分けて論じられる。
  • 原審(大阪高裁)は、自己の私的事柄に関する情報の取扱いについて自ら決定する利益(自己情報コントロール権)はで保障される、として住民票コードの削除を認めた。最高裁の判決で「自己情報コントロール権」の語が出るのは、この原審の判断を紹介する部分だけ。最高裁自身の判断(「しかしながら」以下)には出てこない。
  • 最高裁が自己決定について述べたのは、次の一文だけ。退けたのは住民側の主張で、原審が「自ら決定する利益(自己情報コントロール権)」と呼んで認めたものに当たる:
  • また,以上に述べたところからすれば,住基ネットにより被上告人らの本人確認情報が管理,利用等されることによって,自己のプライバシーに関わる情報の取扱いについて自己決定する権利ないし利益が違法に侵害されたとする被上告人らの主張にも理由がないものというべきである。
  • この主張を退けた理由は「以上に述べたところ」=開示・公表されない自由を侵害しないのと同じ理由。自己決定する権利ないし利益がそもそも無い、とは述べていない(このページの読み:語として採用もせず、否定もしていない)。閲読・訂正・抹消を求める積極的側面には触れていない。
  • 判決が判示したのは「開示又は公表されない自由」に限られる。これを自己情報コントロール権の自由権的側面の保障を認めたものと読む見解が有力だが、判示の意味には争いがある。
問い住基ネット事件判決
から導いた自由個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由(これに限る)
自己情報コントロール権の語最高裁自身の判断部分には無い(原審の紹介部分だけ)
自己決定する権利ないし利益の侵害の主張以上に述べたところからすれば理由がない(そういう権利が無いとは述べていない)
閲読・訂正・抹消を求める側面判示なし
自由権的側面開示・公表されない自由を認めたことを、その保障と読む見解が有力(争いあり)
×にされやすい形
  • 「住基ネット事件判決は、自己情報コントロール権がにより保障されることを明示して認めた」(最高裁自身の判断にその語は無い。導いたのは開示又は公表されない自由)
  • 「住基ネット事件判決は、自己情報コントロール権は憲法上の権利ではないとして否定した」(語を使わず、自己決定する権利ないし利益の侵害の主張を、侵害が無いのと同じ理由で退けただけ。そういう権利が無いとは述べていない)
  • 「住基ネット事件判決は、自己に関する情報の閲読・訂正・抹消を求める権利までから導いた」(その側面には触れていない)
  • 「住基ネット事件判決が自己情報コントロール権の自由権的側面を認めたことは、争いなく承認されている」(そう読む見解が有力にとどまり、判示の意味には争いがある)

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