「忘れられる権利」
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
問題の所在(一度出た情報を消せるか)
公表されない自由と非公然性の限界
結論最高裁は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を認めています。
この回の問いは、いったん世の中に出た情報を、後から消させることができるかです。
注意プライバシーの要件の一つに、非公然性(まだ広まっていないこと)があります。
一度世の中に知られた情報は、この要件から外れるので、守りにくくなります。
この限界に正面から向き合ったのが、検索結果削除仮処分事件です。
検索エンジンと到達可能性
結論検索エンジンによって、過去の記事に半永久的にたどり着けるようになりました。
- 昔の記事:新聞の縮刷版を図書館で探さない限り、出てこない記事がありました。
- 今の検索:名前を打ち込むだけで、一番上に表示されることがあります。
注意探す手間がなくなったぶん、消える手間もなくなりました。
検索の仕組みが変わらない限り、一度出た記事は出続けます。
なぜ検索事業者に削除を求めるのか
結論発信元ではなく、案内役である検索事業者のほうを止めるという発想です。
理由2つの事情があります。
- 発信元の特定:元の書き込みをした人を、特定するのが難しいことが多いです。
- 見つかりにくさ:書き込みが残っていても、検索でヒットしなければ、実際には見つかりにくくなります。
検索結果削除仮処分事件の事案
一度出た情報を消させる相手として、検索事業者が狙われます。
では、最高裁まで争われた事件は、どのような事案だったのでしょうか。

事案
定義人格権とは、名誉やプライバシーのように、その人の人格に結びついた利益を守る権利です。
事案Aは、児童買春の被疑事実で逮捕され、罰金刑を受けました。
逮捕の当日には、報道もされています。
- 検索結果:検索事業者Bで、Aが住む県の名前とAの氏名を入れて検索すると、当時の書き込みのURLなどの情報が今も表示されます。
- 申立て:Aは、人格権または人格的な利益に基づき、Bに検索結果の削除を求める仮の処分を申し立てました。
検索結果の提供の性質(ア・イ)
Aは、検索事業者に検索結果の削除を求めました。
では、最高裁は、検索結果の提供をどのような行為と見たのでしょうか。
決定の4つの段階
結論最高裁の判断は、性質→制約の意味→要件→あてはめの4段階でつながっています。
前の段階が、次の段階を導きます。
注意結論(消せる・消せない)だけを覚えるのでは足りません。
どちらの皿に何が乗るかを追うと、結論の理由まで説明できます。

表現行為という側面(ア)

結論検索結果の提供は、検索事業者自身による表現行為という側面を持ちます。
これが、検索事業者の皿に乗る1つ目の重りです。
理由情報の収集・整理・提供は、プログラムにより自動的に行われます。
しかし、そのプログラム自体が、検索事業者の方針に沿った結果を得られるように作られているからです。
注意「自動的に行われるものの」は譲歩(逆接)です。
「機械が勝手にやっている」から関係ない、とはなりません。
情報流通の基盤(イ)
結論検索は、インターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしています。
これが、検索事業者の皿に乗る2つ目の重りです。
- 役割:公衆が情報を発信したり、必要な情報を探し出したりするのを支える仕組みです。
- 制約の意味:特定の検索結果を削除させることは、表現行為の制約にとどまらず、この役割そのものへの制約にもなります。
理由検索結果が簡単に削除されるようになると、事業者は争いを避けるため、まず削除する方向へ動きやすくなります。
その萎縮が、インターネット全体の情報流通を痩せさせてしまうからです。
削除を求める要件(ウ):「明らか」というハードル
検索事業者の皿には、表現行為と情報流通の基盤という2つの重りが乗っています。
では、検索結果の削除は、どのような場合に求めることができるのでしょうか。

削除を求める要件
結論諸事情を比較衡量して、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に、削除を求めることができます。
単に少しでも上回ればよい、ではありません。
誰の目にもはっきり請求者側が重いと分かる場合だけ、削除できます。
理由決定文は「以上のような……性質等を踏まえると」と書いて、アとイを受けています。
検索事業者の側には、2つの重りが最初から積まれているからです。
注意なぜ重さ比べに足すのではなく、ハードルを上げる形にしたのかは、決定文に書かれていません。
- 読み方:一件ごとの重さ比べにすると、迷えば削除へ流れ、萎縮が起きます。
- ハードルの形:勝ち負けを比べる手前で、削除できる場面のほうを狭くしておく、と読めます。
比較衡量の6要素

結論比較する材料は、次の6つです。
- ①事実の中身:当該事実の性質及び内容
- ②範囲と被害:プライバシーに属する事実が伝達される範囲と被る具体的被害の程度
- ③地位:社会的地位や影響力
- ④目的や意義:記事等の目的や意義
- ⑤状況の変化:記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化
- ⑥必要性:当該事実を記載する必要性
具体例両方の皿に効きうる④と⑤は、次のように働きます。
- ④の働き:社会に必要な情報を伝える目的なら事業者側に、単なる興味本位なら請求者側に効くことがあります。
- ⑤の働き:今も同じだけ問題視されていれば残す側に、関心が薄れていれば消してほしい側に効きます。
注意6要素は丸暗記せず、どちらの皿に効くかで束ねます。
②は、伝達の範囲が残す側に、被害の程度が消してほしい側に効くので、2つに分かれます。
あてはめ(エ)
削除には、公表されない法的利益の優越が「明らか」であることが必要です。
では、この事件では、どちらの皿が重くなったのでしょうか。
どちらの皿に効いたか
結論公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえないとして、削除は認められませんでした(抗告棄却)。
理由それぞれの事情は、次の皿に効きました。
- 公共の利害:児童買春は、児童に対する性的な搾取や虐待と位置づけられ、社会的に強い非難の対象で、罰則もあります。だから、今なお公共の利害に関する事項であるといえます(⑤が事業者側に効いた形)。
- 伝達の範囲:検索結果は、県の名前と氏名を条件にした場合のものです。あらかじめ県名と氏名を知っている人でないとたどり着けないので、伝達される範囲はある程度限られています(事業者側)。
- 請求者側の事情:妻子と共に生活し、罰金刑の後は一定期間犯罪を犯すことなく、民間企業で働いています。決定文は、この事情を考慮しても、優越が明らかとはいえないとしました。
注意児童買春の事実がプライバシーに属することは、決定文自身が認めています。
削除が認められなかったのは、権利がなかったからではなく、優越が明らかとまでは言えなかったからです。
この2つを分けて読むのが、この決定の一番の勘所です。
検索結果削除仮処分事件最高裁判所第三小法廷決定性質・制約・要件・あてはめア 情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。イ 現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。ウ 以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると……①当該事実の性質及び内容,②プライバシーに属する事実が伝達される範囲と被る具体的被害の程度,③社会的地位や影響力,④記事等の目的や意義,⑤記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,⑥当該事実を記載する必要性など……諸事情を比較衡量して……当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には……削除することを求めることができる。エ 「今なお公共の利害に関する事項であるといえる」「本件事実が伝達される範囲はある程度限られたもの」「本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない」
「忘れられる権利」という言葉
最高裁は、プライバシーに属する事実だと認めたうえで、削除を認めませんでした。
では、最高裁は「忘れられる権利」という言葉を使ったのでしょうか。
誰が使い、誰が使わなかったか
結論最高裁は、「忘れられる権利」という言葉を使っていません。
決定文の全文に、この言葉は一度も出てきません。
- さいたま地方裁判所:仮の処分を認めた決定への異議の審理(保全異議審)で、この言葉を一度使い、仮の処分を認可しました。
- 東京高等裁判所:抗告審で、その判断を覆しました(使っていません)。
- 最高裁:高等裁判所の判断を是認しました(使っていません)。
注意言葉を使った審級と、最終的に判断した審級は別です。
混同しないようにします。
最高裁はどう処理したか
結論最高裁は、「プライバシーに属する事実を公表されない法的利益」という言い方で処理しました。
人格権に基づいて、公表されない法的利益を比べる枠組みです。
新しい名前は立てず、既にある枠組みで処理しました。
注意なぜこの言葉を採らなかったのかは、決定文に書かれていません。
- 読み方:情報をみだりに公表されない利益という既にある枠組みで処理できるなら、新しい名前をわざわざ立てる必要はありません。
- 名前を増やす危険:名前を一つ増やすたびに重みは薄れ、制限される場面も増えていきます。
答えていない問い
注意自分の情報を読ませて、直させて、消させるという積極的な側面には、この決定も、第7節の判決も答えていません。
検索事業者とSNS事業者(ツイッター投稿削除請求事件)
検索事業者を相手にした決定では、「明らか」の限定が付きました。
では、SNS事業者を相手にした場合も、同じ枠組みになるのでしょうか。
ツイッター投稿削除請求事件
事案ある人が、SNSに投稿された、自分の逮捕についての記事の転載を削除するよう求めました。
結論最高裁は、「明らか」の限定を否定し、削除請求を認めました。
- 原審(東京高等裁判所):優越することが明らかな場合に限られるとして、請求を棄却しました。
- 最高裁:そのように解することはできないとし、公表されない法的利益が一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、削除を求めることができるとしました。
- 主文:原判決を破棄し、被上告人の控訴を棄却しました(削除認容が確定)。
注意検索結果削除仮処分事件は決定、ツイッター投稿削除請求事件は判決です。
ツイッター投稿削除請求事件最高裁判所第二小法廷判決「明らか」は消えた原審(東京高等裁判所) 優越することが明らかな場合に限られると解するのが相当であるとして、請求を棄却した。最高裁 そのように解することはできない。……上告人の本件事実を公表されない法的利益が、本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には,本件各ツイートの削除を求めることができる(明らかの限定なし)。結論 原判決を破棄する。被上告人の控訴を棄却する。=削除認容が確定。
「明らか」の限定の有無
結論比較衡量を使うところまでは同じで、「明らか」の限定の有無が違います。
- 検索事業者(決定):比較衡量+「明らかな場合」の限定あり。削除は認められませんでした。
- SNS事業者(判決):比較衡量+限定なし(優越する場合)。削除が認められました。
注意限定を外した理由は、はっきりとは述べられていません。
- 読み方:2つの重り(表現行為という側面・情報流通の基盤)は、検索事業者だからこそ当てはまる事情でした。
- アの理屈:事業者の方針に沿った結果が出るようにプログラムが作られているから、事業者自身の表現行為だ、という理屈です。SNS事業者には、そのままは当てはまらないと読めます。
「明らか」は何を意味するか
結論「明らか」は、表現の自由の側に寄せる装置です。
それが外れたことは、天秤が少しだけ請求者側に傾いたことを意味します。
理由「明らかでなければ削除できない」ので、請求者に有利な言葉に見えても、実際は請求者に厳しい限定だからです。
注意次の点に気をつけます。
- 私人どうし:相手は国ではなく一つの事業者なので、「明らか」は、国の行為をどれくらい厳しく審査するかという目盛りとは別物です。
- 比較衡量の限界:比べるためのものさしが先に必要だという限界を承知の上で、比較衡量を使い、「明らか」を上乗せしました。
- 一般化の禁止:「SNSだから緩い」とは一般化せず、2つの判断の書きぶりの違いとして受け取ります。