法の下の平等——十四条の外側に、もう一つの物差しがある
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第3章 人権各論 ㉔/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
二十四条という、もう一つの物差し
図:十四条一項が審査するのは条文の文言そのものが区別しているかどうか
- 尊属殺=父母や祖父母を殺した場合だけ名指し/国籍法=父母が結婚しているかどうかで区別
- 文言が性中立なら十四条の土俵に乗り切らないことがある
- その受け皿が二十四条(家族に関する法律の作り方そのものを縛る条文)
- 十四条=扱いの平等(横の比較)/二十四条=制度の作り方(縦の設計)
前回までの十四条一項は、何を審査していたか、思い出してください。どちらも、条文そのものが特定の対象を名指ししていました。もし条文の文言が誰も名指ししていなければ、十四条一項の土俵には、そもそも乗り切りません。そこで終わらないところが、家族に関する規定の特殊なところです。もう一つ、物差しがあります。
条文日本国憲法24条1項
憲法24条1項 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
結婚は、二人の自由な意思だけで成立する、という条文です。誰と結婚するか、するかしないかは、当事者どうしの、自由で対等な意思決定に委ねられる。今日はまだ、踏み込みません。もう一項、見ておきます。
条文日本国憲法24条2項
憲法24条2項 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
この条文は、前回も一度出しました。ただ、名前だけで先送りにしていました。今日が、その本拠地です。配偶者の選び方や相続、離婚など、家族に関わる法律の作り方そのものを縛る条文です。十四条一項は、条文の文言が誰かを名指ししていないか、横に比べる物差しです。一方、二十四条は、家族の制度全体がどう設計されているか、縦に見る物差しです。たとえば、部活の道具を「使いたい人が申し出て、順番を決める」というルールにしたとします。この文言は、誰も名指ししていません。文言上は、そうです。でも実際には、声の大きい人ばかりが早く使えて、遠慮しがちな人は、いつも最後になる、ということが起こり得ます。
文言だけを見る物差しと、制度の作り方まで見る物差しは、別物です。これから、この二つの物差しを、実際の規定に当てていきます。
婚姻適齢——判例ではなく、立法で解決した話
図:平成30年改正前の民法731条は男18歳・女16歳という差を設けていた
- 合理的根拠を見出しがたい性差別として違憲説が通説
- この規定は文言上名指ししているので十四条一項の土俵に乗る
- その後の改正で男女とも18歳にそろえられた=判例ではなく立法によって解決
まず、物差しが素直に当たる方から。結婚できる年齢です。以前の民法には、こういう規定がありました。
条文民法731条(平成30年改正前)
民法731条(平成30年改正前) 男は、十八歳に、女は、十六歳にならなければ、婚姻をすることができない。
男性は十八歳、女性は十六歳という、二歳の差がありました。はっきりした合理的な理由は見出しがたい、というのが多くの見方でした。だから違憲説が通説でした。名指ししている以上、十四条一項の土俵にきちんと乗ります。次の夫婦の氏とは、そこが違います。この規定は、最高裁の判断が出る前に、話が動きました。
条文民法731条(現行)
民法731条(現行) 婚姻は、十八歳にならなければ、することができない。
その後の法律の改正で、男女の差が無くなりました。そこを、取り違えないでください。違憲判決が出て無くなったのではなく、国会が先に手を打った規定です。
夫婦同氏①——事案と、これから三回問う理由
図:民法750条
- 夫又は妻の氏を称する
- この規定に対して十三条・十四条一項・二十四条という3つの条文が順番に問われる
- 同じ日にもう一つ別の大法廷判決(前回の再婚禁止期間)がある=事件番号で必ず区別
ここから、今日のメインの規定に入ります。
条文民法750条(見出し:夫婦の氏)
民法750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。
この規定が、憲法に違反しないかが、裁判で争われました。実は、前回見た再婚を待つ期間の判決と、同じ日に、別の大法廷判決が出ています。取り違えないでください。前回のものは再婚禁止期間の話、今日のものは夫婦の氏の話です。この規定に対して、上告した側は、十三条、十四条一項、二十四条という三つの条文を持ち出しました。まず、氏を変えない自由という人格権の問題として、十三条。次に、扱いに区別があるかという問題として、十四条一項。最後に、制度としての合理性という問題として、二十四条。一段クリアしても、次の段でまた振り出しに戻る、というイメージです。なお学説には、この規定自体が違憲だという有力な見方もあります。選択的に、別々の氏を選べるようにすべきだ、という主張です。ただ今日は、実際に何が争われ、何が判断されたかを、丁寧に追っていきます。
夫婦同氏②——氏は人格権、でも「変更されない自由」ではない(十三条)

十三条は、個人の尊重と幸福追求を定めた条文でしたね。人格権という器も、ここから出てきます。最高裁は、まず、氏そのものの性質から考えます。
判例最高裁判所大法廷判決・平成27年12月16日(民集69巻8号2586頁)
夫婦同氏訴訟(13条) 氏名は,社会的にみれば,個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するものというべきである。 氏が,親子関係など一定の身分関係を反映し,婚姻を含めた身分関係の変動に伴って改められることがあり得ることは,その性質上予定されているといえる。 以上のような現行の法制度の下における氏の性質等に鑑みると,婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえない。本件規定は,憲法13条に違反するものではない。
氏名は、他人と自分を区別する機能を持つと同時に、人格の象徴でもある。だから、氏名も、人格権の一内容だとしています。人格権は、前に扱ったところとつながっています。名誉やプライバシーと同じ並びに、氏名も出てきます。ただ、ここからが、今日の分かれ目です。氏は、親子関係のような身分関係を反映するもので、婚姻のような身分関係の変動に伴って、改められることがある。その性質上、もともと予定されている。養子になれば養親の氏を名乗り、離婚すれば婚姻前の氏に戻ることもできる。だから、婚姻の際に氏の変更を強制されない自由が、憲法上保障された人格権の一内容だとまでは、言えない。そう結論づけます。
だから、この規定は、十三条には違反しない、という判断でした。ただ、この判決は、そのすぐ後に、もう一つ大事なことを言っています。
判例最高裁判所大法廷判決・平成27年12月16日(民集69巻8号2586頁)
夫婦同氏訴訟(13条・二十四条への橋渡し) これらの婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益等は,憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとまではいえないものの,後記のとおり,氏を含めた婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討するに当たって考慮すべき人格的利益であるとはいえるのであり,憲法24条の認める立法裁量の範囲を超えるものであるか否かの検討に当たって考慮すべき事項であると考えられる。
婚姻の前に築いた信用や評価、名誉感情を、婚姻の後も保ちたいという利益。これは、憲法上の権利とまでは言えない。けれども、家族の制度をどう作るかを考えるときには、考慮すべき人格的利益ではある、と述べています。そして、ここで拾われた利益が、後の二十四条の判断で、もう一度出てきます。なお、いま出てきた「立法裁量」は、どこまでを国会に任せてよいか、という意味です。前に、裁量の広さ、という言葉で見た話です。
夫婦同氏③——協議に委ねている、だから区別ではない(十四条一項)

次に、十四条一項の判断です。
判例最高裁判所大法廷判決・平成27年12月16日(民集69巻8号2586頁)
夫婦同氏訴訟(14条1項) 本件規定は,夫婦が夫又は妻の氏を称するものとしており,夫婦がいずれの氏を称するかを夫婦となろうとする者の間の協議に委ねているのであって,その文言上性別に基づく法的な差別的取扱いを定めているわけではなく,本件規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではない。 我が国において,夫婦となろうとする者の間の個々の協議の結果として夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めることが認められるとしても,それが,本件規定の在り方自体から生じた結果であるということはできない。したがって,本件規定は,憲法14条1項に違反するものではない。
この規定は、夫婦がいずれの氏を称するかを、当事者どうしの協議に委ねている。だから、条文の文言そのものは、性別に基づく区別を定めていない、としています。文言そのものは中立、という結論です。そこも、最高裁は触れています。夫の氏を選ぶ夫婦が圧倒的に多いことは認めつつ、それは、この規定の在り方そのものから生じた結果ではない、としました。強制していない以上、選ばれ方は規定が生んだ結果ではない、という筋道です。そのうえで、十四条一項には違反しない、と結論づけています。区別そのものが無いとされたので、目的や手段を調べる手前で終わっています。動かない変数を確かめておくのも、手順の一つです。
普通なら、そこで終わりです。でも、この判決は、もう一段先まで書いています。ただし、ここで終わらせないでほしいところがあります。判決は、この直後に留保を残しています。仮に、夫の氏を選ぶことが多いという現状の裏に、社会に根強く残る差別的な意識や慣習の影響があるなら、その影響を取り除いて、夫婦間の実質的な平等を保つように図ることは、十四条一項の趣旨に沿う。話し合う前から「妻が変えるもの」という空気があって、選ぶ余地が実際には無い、というような場合です。この留保は、あとで見る二十四条の判断に、引き継がれます。
夫婦同氏④——総合考慮のすえ、なお合憲(二十四条)

最後に、二十四条の判断です。ここまでとは、雰囲気が変わります。
判例最高裁判所大法廷判決・平成27年12月16日(民集69巻8号2586頁)
夫婦同氏訴訟(24条・不利益とその緩和) 婚姻によって氏を改める者にとって,そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり,婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用,評価,名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場合があることは否定できない。 しかし,夫婦同氏制は,婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく,近時,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ,上記の不利益は,このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである。
婚姻で氏を改める人には、アイデンティティの喪失感や、築いてきた社会的な信用、評価、名誉感情を保つのが難しくなる不利益がある。これは否定できない。十三条の末尾で、権利とまでは言えないが考慮すべき利益だ、とされたものです。十三条では憲法上の権利に届かない、十四条一項では規定の結果ではない、とされた不利益が、二十四条の段では、制度を測るときの材料として、正面から扱われます。ただし、そのまま違憲にはなりません。夫婦同氏制は、婚姻前の氏を通称として使うことまで禁じてはいない。近ごろは、通称の使用が社会的に広まっている。
通称というのは、結婚のあとも、職場などの場面で、結婚前の氏をそのまま名乗り続けることです。だから、この不利益は、一定程度は和らげられる、としています。
判例最高裁判所大法廷判決・平成27年12月16日(民集69巻8号2586頁)
夫婦同氏訴訟(24条・総合考慮の結論) 以上の点を総合的に考慮すると,本件規定の採用した夫婦同氏制が,夫婦が別の氏を称することを認めないものであるとしても,上記のような状況の下で直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認めることはできない。したがって,本件規定は,憲法24条に違反するものではない。
こうした事情を総合的に考慮したうえで、夫婦同氏制が、直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして、合理性を欠くとまでは、認められない。だから、二十四条にも違反しない、という結論です。二十四条二項は、どんな制度にするかを、まず国会に委ねた条文だからです。そのうえで、個人の尊厳と両性の本質的平等という限界を引いています。だから、ここで問うのは、もっと良い制度があるかどうかではなく、国会に委ねられた範囲を超えるほど、合理性を欠くかどうかです。もう一つ、押さえてください。この判決が言ったのは、いまの制度が憲法に違反しない、ということです。別々の氏を選べる制度にしてはいけない、と言ったのではありません。
ここで、今日の一つ目の見取り図が完成します。十三条では、変更されない自由という権利までは届かないとされ、十四条一項では、文言が中立だから区別ではないとされ、それでも二十四条で、もう一段、制度全体としての合理性が、改めて問われた。これが、今日の一問への、前半の答えです。
再合憲決定——同じ問いを、もう一度

この判決から数年後、同じ規定について、もう一度、大法廷で争われました。今度は、婚姻届に「夫は夫の氏、妻は妻の氏」と書いて出したところ、受理されなかった事案です。十五人の裁判官のうち、十一人が合憲、四人が違憲という立場を示しました。同じ規定でも、時間が経てば、もう一度、憲法適合性が問われることがあります。
判例最高裁判所大法廷決定・令和3年6月23日(集民266号1頁)
夫婦同氏再合憲決定(判断は変えない) 民法750条の規定が憲法24条に違反するものでないことは,当裁判所の判例とするところであり,上記規定を受けて夫婦が称する氏を婚姻届の必要的記載事項と定めた戸籍法74条1号の規定もまた憲法24条に違反するものでないことは,平成27年大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。 平成27年大法廷判決以降にみられる女性の有業率の上昇,管理職に占める女性の割合の増加その他の社会の変化や,いわゆる選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者の割合の増加その他の国民の意識の変化といった原決定が認定する諸事情等を踏まえても,平成27年大法廷判決の判断を変更すべきものとは認められない。
ただ、大事なのは、そこに至るまでの中身です。挙げられている事情を見てください。女性の有業率——働いている人の割合——が上がったこと、管理職に占める女性の割合が増えたこと。選択的に別々の氏を選べる制度に、賛成する人の割合が増えていること。ほかにも、地方議会からの意見書や、通称使用の急な広まりも、主張されています。前回見た立法事実の話を、覚えていますか。
再合憲決定——何が変わり、それでも変わらなかったもの

結論は、変わりませんでした。しかも、最高裁は、事情が動いたこと自体は、否定していません。ここに、この決定のいちばんの理由づけがあります。補足意見に、こう書かれています。結論には賛成した裁判官が、理由をさらに書き足したものです。反対している側の意見ではありません。国民の意識が今どういう状況にあるか、それ自体を確かめて評価する役目は、選挙で選ばれた議員で構成される国会が担うのが原則だ、というものです。前回見た立法事実は、事実が動けば結論も動く、という話でした。でも今回の決定は、事実が動いたことは認めつつ、その意味をまだ確定させる役割は、裁判所ではなく国会にある、という理由で結論を変えませんでした。
判例最高裁判所大法廷決定・令和3年6月23日(集民266号1頁)
夫婦同氏再合憲決定(次元が違う) 夫婦の氏についてどのような制度を採るのが立法政策として相当かという問題と,夫婦同氏制を定める現行法の規定が憲法24条に違反して無効であるか否かという憲法適合性の審査の問題とは,次元を異にするものである。この種の制度の在り方は,平成27年大法廷判決の指摘するとおり,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄にほかならないというべきである。
この決定は、もう一つ、大事な線引きをしています。どんな制度を作るのがよいかという立法政策の問題と、規定が憲法に違反するかという審査の問題は、次元が違う。制度の在り方そのものは、国会で論じて判断されるべき事柄だ、としています。前回の相続分は、父母が結婚していたかどうかという、子には選びようのない事柄で不利益を受けていました。夫婦の氏は、どちらの氏を名乗るか、あるいは別の氏を認めるべきか、制度をどう設計するのが良いかという、選択の問題です。それが、今日の一問への、答えです。どんな制度が良いかは、価値観によって答えが分かれます。多数決で決めるべき事柄だからです。
三つ目の変数、裁量の広さです。その領域で、裁判所がどこまで踏み込んでよいか、という変数でした。自分では変えられない事柄で不利益が出ているときほど、審査は慎重になります。なお、通称使用が広まっていることも、事情の一つに挙がっていましたが、これは、違憲に近づける事情としてではなく、不利益を和らげる事情として扱われています。そこも、前回の理解をそのまま延長すると、外してしまうところです。
今日の地図(保存版)

今日の内容を、一本の線に戻します。問いは、平等の問題のはずなのに、なぜ十四条だけでは足りないのか、でした。夫婦の氏のように、文言が中立な規定には、その物差しだけでは届きません。そこで、家族に関する法律の作り方を縛る、二十四条という物差しが出てきます。十三条、十四条一項、二十四条という三つの条文にかけられて、すべてで、合憲と判断されました。そこが、今日いちばん伝えたかったところです。事実が動けば、いつも結論が動くわけではありません。自分では変えられない事柄による不利益なのか、それとも、制度をどう設計するかという選択の問題なのか。そこを見分けることが、今日の見方です。今日は、前回の予告のうち、夫婦の名字だけを扱いました。
同性どうしの結婚では、今日出てきた二十四条一項を、もう一度、別の角度から読み直します。今日の見方を、そのまま持ってきてください。
参照条文
- 日本国憲法24条1項
- 日本国憲法24条2項
- 民法731条(平成30年改正前)
- 民法731条(現行)
- 民法750条(見出し