君が代起立命令と思想・良心の自由
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19条と制約の4つの型
4つの型
定義思想及び良心の自由への働きかけは、4つの型に分かれます。
- ①思想の強制:特定の考えを持て、持つな、と国家が命じる型です。
- ②不利益処遇:どんな考えを持っているかを理由に、扱いに差をつける型です。
- ③告白の強制:どんな考えを持っているか言え、と国家が迫る型です。
- ④行為の強制:思想に反する行為を強制する型です。
結論①〜③は、内心そのものへの直接の干渉として、例外なく絶対に禁止されます。
④だけは、場合によっては許容されうる型です。
理由内心にとどまる限り、他人の権利とぶつかりようがありません。
そのため、調整するという発想自体が出てきません。
一方、行動は社会と接触するので、無条件に絶対とはいかないのです。
「絶対」の意味
結論「絶対」とは、どんな制約にも勝つ無敵、という意味ではありません。
内心にとどまる限り、そもそも調整という土俵に乗らない、という意味です。
注意保障範囲を内心説ではなく信条説で絞るのも、絶対という効果を守り切るためです。
19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
思想の強制(戦う民主主義との違い)
4つの型のうち、①〜③は絶対に禁止されます。
まず、①思想の強制は、日本国憲法のもとでどこまで禁止されるのでしょうか。
思想の強制
定義特定の考えを持て、あるいはこの考えは持つな、と国家が命じる型です。
結論日本国憲法のもとでは、どんな思想でも、頭の中で持っているだけなら絶対的に自由です。
民主主義に反するような考え方でも、頭の中にとどまる限りは同じです。
注意「日本でも危険な思想は保護されない」と読むのは誤りです。
保護されないのは、思想が外に出て、具体的な行動になったときのその行動のほうです。
思想そのものと、思想に基づく行動は、分けて考えます。
ドイツの戦う民主主義
定義戦う民主主義とは、民主主義を否定する考え方を持つこと自体を、一定の範囲で制限する仕組みです。
ドイツが、特定の政党が民主主義そのものを壊した過去への反省から持っている仕組みです。
結論日本国憲法は、この考え方を採っていません。
思想に基づく不利益処遇(麹町中学内申書事件)
①思想の強制は、どんな思想でも絶対に禁止されます。
では、②思想に基づく不利益処遇が争われた事件で、なぜ請求が認められなかったのでしょうか。
麹町中学内申書事件
事案公立中学校の生徒Aは、校内で特定の政治的な団体を名乗り、ビラ配りや集会参加をしていました。
学校は、この活動の記録を内申書に記載しました。
Aは、この内申書が理由で都立高校を含むすべての高校に不合格になったとして、地方公共団体に賠償を求めました。
結論Aの請求は認められませんでした。
- 記載の中身:いずれの記載も、Aの思想、信条そのものを記載したものでないことは明らかだとしました。
- 了知の可否:記載に係る外部的行為によっては、Aの思想、信条を了知し得るものではないとしました。
- 選抜の資料:Aの思想、信条自体を高等学校の入学者選抜の資料に供したものとは到底解することができないとしました。
理由最高裁は、記載がそもそも思想そのものに触れていない、という事実認定で結論を出しました。
行動の記録と、思想そのものの記述は、別のものだという判断です。
注意規範を変えたのではなく、事実の当てはめで結論が決まった事件です。
- 誤解:「思想を理由にした不利益処遇も、場合によっては許される」と読むのは誤りです。
- 原則:②の型を絶対禁止とする原則は、動いていません。
- 学説の疑問:特定の政治団体を名乗った活動の記録なら、読み手は立場を推測できてしまいます。推測できるなら、実質的には思想を理由にした不利益処遇に限りなく近づく、という疑問が今も向けられています。
麹町中学内申書事件最高裁判所第二小法廷判決「いずれの記載も、〔A〕の思想、信条そのものを記載したものでないことは明らかであり、右の記載に係る外部的行為によっては〔A〕の思想、信条を了知し得るものではない」「〔A〕の思想、信条自体を高等学校の入学者選抜の資料に供したものとは到底解することができない」
思想の告白の強制(沈黙の自由)
②の事件でも、絶対禁止という原則は動いていません。
では、③思想の告白の強制の裏返しである沈黙の自由は、どこまで守られるのでしょうか。
思想の告白の強制
定義どんな考えを持っているか言え、と国家が迫る型です。
結論絶対に禁止されます。
沈黙の自由(思想の沈黙と事実の沈黙)

定義言わずにいられる自由を、沈黙の自由といいます。
結論思想について黙っている自由は、19条で絶対的に守られます。
一方、単なる事実について黙っている自由は、21条1項の表現の自由の問題で、正当な理由があれば制約されます。
理由事実の沈黙まで無条件に許すと、裁判の仕組みそのものが成り立たなくなるからです。
証人が「話したくないから話さない」と言えば、裁判ができません。
具体例裁判の証人は、見たこと、聞いたことを証言する義務を負います。
原則として、正当な理由がなければ証言を拒めません。
注意「言わない自由」は、どんな場面でも何でも黙っていられる、という意味ではありません。
何について黙るかで、条文と強さが変わります。
21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
思想に反する行為の強制(ピアノ伴奏拒否事件)
①〜③は、内心そのものへの直接の干渉として絶対に禁止されます。
では、外部の行動を求める④の型は、判例でどう扱われたのでしょうか。
思想に反する行為の強制
定義内心そのものではなく、外部の行動を求める型です。
結論①〜③のような絶対禁止ではなく、場合によっては許容されうる型です。
注意行動の裏に、その人の考えがあることもあります。
行動と内心の結び付きを判例がどう見極めるかが、この型の問題です。
ピアノ伴奏拒否事件
定義事件に出てくる言葉は、次のとおりです。
- 戒告:職務上の注意を、正式な処分として記録に残す、比較的軽い懲戒処分です。
- 上告人:最高裁まで不服を申し立てた側で、ここでは音楽の先生です。
事案公立小学校の音楽の先生が、入学式の国歌斉唱でピアノ伴奏をするよう、校長から命じられました。
先生は伴奏をせず、地方公務員法に違反したとして戒告処分を受けました。
先生は、伴奏拒否は自分の歴史観や世界観に基づく行動で、処分は19条を侵害するとして、処分の取消しを求めました。
結論職務命令は19条に反せず、合憲とされました。
理由判決は、次の点を挙げました。
- 一つの選択:伴奏の拒否は、上告人にとっては歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが、一般的には、これと不可分に結び付くものということはできない。
- 否定の有無:職務命令が、直ちに歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできない。
- 強制・告白:特定の思想を持つことを強制したり、あるいはこれを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものでもない。
- 児童への教化:児童に対して一方的な思想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない。
注意判決の読み方には、2つの見方があります。
- 制約が無い:この事件では、そもそも思想及び良心の自由への制約自体が無かった、と読みます。
- 制約は正当:制約はあったが、それが正当だと判断された、と読みます。
判決は「直ちに……否定するものと認めることはできない」と述べるだけで、制約の有無を断定していません。
どちらか一方に断定せず、両方の読み方を押さえます。
「君が代」ピアノ伴奏拒否事件最高裁判所第三小法廷判決本件入学式の国歌斉唱のピアノ伴奏を拒否することは、上告人にとっては、歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが、一般的には、これと不可分に結び付くものということはできず、本件職務命令が、直ちに上告人の有する上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできないというべきである。本件職務命令は、上告人に対して、特定の思想を持つことを強制したり、あるいはこれを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものでもなく、児童に対して一方的な思想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない。
起立斉唱事件(間接的制約と総合較量)
ピアノ伴奏拒否事件は、制約の有無を断定しませんでした。
では、起立斉唱事件で、最高裁はどこまで踏み込んだのでしょうか。
事案
定義非違行為とは、職員としてふさわしくない行いです。
事案不起立という一つの行動が、2つの場面で先生に不利益をもたらしました。
- 職務命令:都立高校の卒業式で、国歌斉唱の際に起立して斉唱するよう、校長から命じられました。
- 戒告:先生は起立せず、東京都の教育委員会は職務命令違反として戒告処分にしました。
- 再雇用:定年退職後の再雇用に申し込みましたが、不起立が非違行為に当たるとして不合格になりました。
- 請求:職務命令が19条に違反し、不合格も違法だとして、東京都に損害賠償を求めました。
注意審理の中心は、職務命令が19条に違反するかどうかでした。
直接的制約ではない
結論職務命令は、思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないとされました。
理由起立斉唱行為は、その性質の点から見て、歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえないからです。
そのため、職務命令は、歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできないとされました。
注意これで19条と無関係になるのではなく、判決は「もっとも」と続きます。
起立斉唱事件最高裁判所第二小法廷判決直接的制約ではない・間接的制約となる面上記の起立斉唱行為は、その性質の点から見て、上告人の有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず、上告人に対して上記の起立斉唱行為を求める本件職務命令は、上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。本件職務命令は、これらの観点において、個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである。もっとも、個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり、その限りにおいて、その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。
間接的な制約となる面
定義間接的制約とは、内心そのものを狙い撃ちにはしないが、内心から出てくる行動を求めることで、結果として内心に圧力がかかる制約です。
結論その限りにおいて、思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難いとされました。
理由歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められるからです。
注意ピアノ伴奏拒否事件と違い、この事件は間接的な制約となる面をはっきり認めました。
ただし、間接的な制約があるからといって、自動的に19条違反になるわけではありません。
総合較量(必要性・合理性)
定義較量とは、制約の重さと命令の必要性を、天秤にかけて比べることです。
結論職務命令の目的及び内容と、制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量しました。
その結果、制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるとして、合憲とされました。
理由求められたのは、式のあいだ起立して声を出すという外部の行動までです。
歴史観そのものを改めろとは言われていないので、天秤に載る制約はそこまで重くなりません。
注意①〜③の型なら、制約があると分かった時点で即違反で、較量の余地はありません。
④の型は、制約があると分かっても、目的や態様を測る次の段階に進みます。
これが、④の型だけが絶対禁止にならない理由です。
起立斉唱事件最高裁判所第二小法廷判決総合較量で必要性・合理性本件職務命令については、外部的行動の制限を介して上告人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの、職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば、上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。
直接的制約と間接的制約の分かれ目(処分の重さ)
起立斉唱事件は、直接的制約を否定したうえで、間接的制約として較量しました。
では、直接と間接はどこで分かれ、処分の重さは判断にどう影響するのでしょうか。

直接と間接の当てはめ
結論直接的制約とされる3つは、①〜③の型とそのまま重なります。
具体例同じ卒業式の場面でも、命令の中身で側が変わります。
- 起立斉唱の命令:式のあいだの外部の行動を求めるだけなので、間接の側です。
- 歴史観を改めよ:歴史観それ自体の否定になるので、直接の側に移ります。
処分の重さ
事案起立斉唱事件のあとに、同じように起立斉唱命令に従わなかった先生への懲戒処分が争われました。
結論戒告のような軽い処分であれば許されても、減給や停職を選ぶには、その重い処分を選ぶことに見合う具体的な事情が必要だとされました。
注意合憲かどうかは、一回勝負で決まるのではありません。
制約の中身がどれだけ重いかに応じて、必要性と合理性の判断も細かく変わります。