憲法ゼロから憲法#30

政教分離の総合判断と制度的保障説

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空知太神社事件(諸般の事情の総合的判断)

事案と物差し

事案市が、市有地を、神社施設(鳥居・祠など)の敷地として、無償で提供し続けていました。

この状態が政教分離に反するかが、住民訴訟で争われました。

結論最高裁は、目的効果基準を使わず、諸般の事情の総合的判断という物差しを立てました。

  • 考慮する事情:当該宗教的施設の性格・無償提供に至った経緯・無償提供の態様・これらに対する一般人の評価等です。
  • 判断の仕方:諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断します。

条文財政面から政教分離を支えるのは、89条です。

注意目的と効果の二段階で測るのではありません。

いくつもの事情をまとめて、一つの物差しにしています。

那覇市孔子廟事件最高裁判所大法廷判決総合的判断の枠組み「当該宗教的施設の性格、当該免除をすることとした経緯、当該免除に伴う当該国公有地の無償提供の態様、これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解するのが相当である。」

空知太神社事件最高裁判所大法廷判決基準の定立(総合的判断)「国公有地が無償で宗教的施設の敷地としての用に供されている状態が……信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えて憲法89条に違反するか否かを判断するに当たっては、当該宗教的施設の性格、当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った経緯、当該無償提供の態様、これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解するのが相当である。」

89条|第七章 財政(83〜91条)公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

判例変更か

結論判例変更ではありません。

2つの物差しが、並んで存在しています。

理由最高裁は、津地鎮祭事件・愛媛玉串料訴訟の「趣旨とするところからも明らか」と述べています。

どちらの物差しも、国家と宗教の距離が、信教の自由の確保という目的に照らして行き過ぎていないかを測る点で同じです。

注意ここが、いちばん間違えやすいところです。

「空知太神社事件で目的効果基準を捨てた」と書くのは誤りです。

あてはめと結論

結論無償提供は、違憲とされました。

  • 89条:公の財産の利用提供に当たります。
  • 20条1項後段:宗教団体への特権付与に当たります。

理由次の事情から、国家と宗教の距離が、相当とされる限度を超えると評価されました。

  • 施設の性格:鳥居や祠など、神社の施設そのものです。
  • 提供の態様:対価をとらないまま、長く続いてきました。

注意施設の撤去だけが、唯一の是正方法ではありません。

  • 差戻し:有償の契約に切り替えるなどの合理的な方法も考えられるとして、高等裁判所に差し戻されました。
  • 問題の核心:無償で提供し続けている状態です。対価を払う形に切り替えれば、違憲という評価は変わりえます。

20条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

なぜ物差しが二つあるのか

空知太神社事件は、目的効果基準を使わずに総合的判断を用いました。
では、なぜ最高裁は、この事件で目的効果基準を使わなかったのでしょうか。

目的効果基準と総合的判断の比較(出どころ=津地鎮祭事件/空知太神社事件、測るもの=一つの行為の目的と効果/無償提供等が続いている状態)

結論はっきりした答えはありません。

学説の間でも、議論があります。

  • よく言われる見方:目的効果基準は一つの行為を、総合的判断は続いている状態を測るのに向いている、という見方です。
  • 見方の限界:行為と状態の切り分けだけでは、説明しきれない事案も出てきます。

注意試験対策としては、事案に応じて、あてはめが書きやすい方の物差しを選べば十分です。

大事なのは、判例変更ではなく、2つの物差しが並んで存在している、という理解です。

那覇市孔子廟事件(総合的判断の系列)

空知太神社事件は、土地の無償提供を総合的判断で違憲としました。
では、同じ物差しは、使用料の免除という場面でどう使われたのでしょうか。

事案と結論

事案那覇市が、ある団体に、市有の都市公園内への孔子廟の設置を許可しました。

あわせて、公園の使用料を全額免除していました。

この免除が政教分離に反するかが、住民訴訟で争われました。

結論空知太神社事件で立てた総合的判断の枠組みが、そのまま使われました。

免除は、相当とされる限度を超えるものとして、20条3項の禁止する宗教的活動に該当するとされました(違憲)。

理由施設の性格・免除に至った経緯・免除の態様・一般人の評価の4つ全部が、独立に検討されました。

  • 特に重かった点:施設の宗教的な性格の強さと、優遇の手厚さです。
  • 優遇の手厚さ:使用料を、一部の減額ではなく、全額免除していました。

注意孔子廟事件で最高裁が判断したのは、20条3項だけです。

89条と20条1項後段は、判断するまでもないとして、立ち入っていません。

那覇市孔子廟事件最高裁判所大法廷判決結論(違憲)「本件免除は……信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとして、憲法20条3項の禁止する宗教的活動に該当する」

20条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

宗教的活動の意味と測り方

定義宗教的活動の意味は、目的が宗教的意義をもち、効果が援助や圧迫になる行為、という定義のままです。

注意変わったのは、測り方です。

孔子廟事件は、目的と効果の二段階ではなく、総合的判断で測っています。

空知太神社事件と孔子廟事件の比較

結論どちらも、無償で便宜を図っている点で共通します。

  • 空知太神社事件:土地の無償提供です。
  • 孔子廟事件:使用料の全額免除です。

具体例総合的判断が使われるのは、無償での提供や免除など、見返りを求めずに利益を与え続ける便宜供与の場面によく見られます。

注意判断した条文は違います。

  • 空知太神社事件:89条と20条1項後段です。
  • 孔子廟事件:20条3項です。

空知太神社事件最高裁判所大法廷判決「判例変更ではない」「以上のように解すべきことは、当裁判所の判例(最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁〔津地鎮祭事件〕、最高裁平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁〔愛媛玉串料訴訟〕等)の趣旨とするところからも明らかである。」

政教分離の法的性質(制度的保障説と人権説)

2つの物差しは、国家と宗教の距離が行き過ぎていないかを測るものです。
では、政教分離そのものは、法的には何なのでしょうか。

政教分離の核心部分(国家と宗教は分離されるべきという大枠・動かせない)と周辺部分(公金支出・公有地提供をどこまで認めるか・法律でかなり動く)の表

制度的保障

定義制度的保障とは、人権そのものではなく、人権を支える仕組みを客観的に保障する理論です。

  • 核心部分:法律の改廃では変えられず、憲法改正が必要です。
  • 周辺部分:法律で、かなり動かせてしまいます。

結論判例・通説は、政教分離を人権としては扱わず、制度的保障と解しています。

政教分離への当てはめ

結論政教分離の核心と周辺は、次のとおりです。

  • 核心部分:国家と宗教は分離されるべきだ、という大枠です。
  • 周辺部分:公金の支出や公有地の提供を、どこまで認めるかです。

注意周辺部分が宗教の側に寄っても、大枠が残れば、形のうえでは政教分離は保たれたことになります。

  • 帰結:国家と宗教の結びつきがかなりの程度許容されうることになり、少数者の信教の自由が、かえって害されえます。
  • 読み方:制度的保障は、使えば安心という理論ではなく、使われている場面ほど警戒して読む理論です。

制度的保障説を採る理由

結論答案の基本線は、判例・通説である制度的保障説です。

理由条文の文言のうえで、政教分離を個人の人権として読むのは無理があるからです。

20条1項後段と3項は、「してはならない」と、国の側の行為を禁じる形で書かれています。

個人に何かを請求する権利を与える書き方には、なっていません。

採用の2要件

結論政教分離は、制度的保障を採用するための2要件をどちらも満たします。

  • 核心の明確さ:核心は「国家と宗教は分離されるべきだ」という大枠で、ぶれません。
  • 人権との関係の密接さ:20条1項前段の信教の自由を、国家からの介入という角度から支える制度です。

注意制度的保障を政教分離に持ち出すこと自体は、正当化されます。

問題は、周辺部分がどこまで動かせてしまうか、というところにあります。

人権説(少数説)

結論少数説として、政教分離を人権として捉えるべきだとする人権説があります。

理由周辺部分が法律でどんどん動かせるなら、政教分離は緩められていく一方ではないか、という批判から出てくる立場です。

注意少数説も切り捨てずに押さえます。

裁判でどう争うか(住民訴訟という入口)

政教分離は、判例・通説によれば、個人の人権ではなく制度的保障です。
では、政教分離に違反していたら、誰でもすぐ裁判に訴えられるのでしょうか。

法律上の争訟

定義法律上の争訟とは、具体的な権利義務をめぐる紛争です。

裁判所が扱えるのは、原則として法律上の争訟に限られます。

結論「政教分離に違反している」というだけでは、原則として法律上の争訟にあたりません。

理由制度的保障説に立つ以上、政教分離は個人の人権そのものではないからです。

そのため、具体的な権利義務の紛争になりません。

住民訴訟

定義住民訴訟とは、自治体の財産管理などが適正かどうかを、住民が争える特別な訴訟の形です。

自分自身の具体的な権利侵害を示す必要はありません。

結論法律上の争訟にあたらなくても、法律が特別に認めた、例外の入口です。

具体例津地鎮祭事件・愛媛玉串料訴訟・空知太神社事件・那覇市孔子廟事件は、すべて住民訴訟で争われました。

注意制度的保障だから、政教分離違反を理由に直接は争えません。

住民訴訟という別の入口があるから、実際には争えています。

政教分離の5つの判例

政教分離の判例は、目的効果基準と総合的判断のどちらかで判断されてきました。
では、5つの判例は、物差しと結論でどう並ぶのでしょうか。

政教分離の5つの判例の物差し・結論・決め手の一覧(津地鎮祭事件・自衛官合祀拒否事件=目的効果基準で合憲/愛媛玉串料訴訟=目的効果基準で違憲/空知太神社事件・那覇市孔子廟事件=総合的判断で違憲)

結論5件のうち、3件が違憲、2件が合憲です。

注意自衛官合祀拒否事件は、国の関わりは協力にとどまり、宗教的活動とまではいえない、とされた事件です。

結論を丸暗記せず、どちらの物差しを、なぜ使ったのかまで説明できるようにします。

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