憲法ゼロから憲法#32

表現の自由

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21条1項と優越的地位

21条1項の保障

結論21条1項は、集会・結社・言論・出版に加えて、その他一切の表現の自由を保障しています。

かなり広い保障です。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

優越的地位

定義優越的地位とは、表現の自由が、他の人権より一段強く守られるという考え方です。

注意人権に順位があるという意味ではありません。

他の人権を制約するときより、表現の自由を制約するときのほうが、裁判所は厳しい目で見ます。

価値の層(何を守っているか)

表現の自由は、他の人権より一段強く守られます。
その理由の1つ目として、表現の自由はどのような価値を持つのでしょうか。

表現の自由が持つ価値の層(自己実現の価値=人権としての側面/自己統治の価値と思想の自由市場=民主主義という仕組みを支える側面)

3つの価値

定義代表的に挙げられる価値は、次の3つです。

  • 自己実現の価値:表現活動を通じて、自分自身の人格を発展させていく価値です。
  • 自己統治の価値:表現活動を通じて、国民が政治的な意思決定に関わっていく価値です。
  • 思想の自由市場:意見を自由にぶつけ合う競争の中で、正しい考えが生き残り、真理に近づいていけるという発想です。アメリカで発展したとされる、学説上の考え方です。

具体例それぞれ、次のような場面です。

  • 自己実現:絵を描く、文章を書く、意見を言うといった営みです。
  • 自己統治:選挙の前に、候補者の政策を批判したり、支持したりすることです。
  • 自由市場:正反対の主張が両方現れても、聞いた人は見比べて選べます。根拠の弱い主張は、反論にさらされて力を失っていきます。

2つの側面

結論3つの価値は、2つの側面に整理できます。

  • 人権としての側面:自己実現の価値です。
  • 仕組みを支える側面:自己統治の価値と思想の自由市場は、民主主義という仕組みを支えます。

自己統治の価値を持たない表現

結論あらゆる表現が、自己統治の価値を持つわけではありません。

具体例次の2つを比べます。

  • 街頭での意見:選挙の争点について街頭で意見を述べるのは、自己統治の価値をはっきり持ちます。
  • 純粋な風景画:政治的な主張を含まない風景画の発表は、自己実現の価値はあっても、自己統治の価値は通常ありません。

注意「表現の自由だから自己実現と自己統治」とセットで覚えるのは、正確ではありません。

この区別は、営利広告(第6節)とわいせつ判例(第10節)で効いてきます。

性質の層(萎縮効果)

価値の層は、表現の自由が何を守っているかの話でした。
理由の2つ目として、表現の自由という権利は、どのように壊れるのでしょうか。

萎縮効果

定義萎縮効果とは、規制されるかもしれないという威嚇を受けただけで、表現が縮んでしまうことです。

実際には問題のない表現まで、話し手が自分から控えてしまいます。

具体例町内会の掲示板で、ある人の貼り紙が、理由がはっきりしないまま撤去されたとします。

ほかの住民は、問題のない意見表示まで、貼るのをやめてしまいます。

害が及ぶ範囲

結論萎縮効果は、実際に発言した人だけでなく、まだ何も言っていない人まで黙らせます。

害は特定の個人にとどまらず、社会全体の議論という仕組みにまで及びます。

価値の層と性質の層の区別

結論2つの層は、別の話です。

  • 価値の層:表現の自由が「何を守っているか」の話です。
  • 性質の層:表現の自由という権利が「どう壊れるか」の話です。

二重の基準論とのつながり

表現の自由は、価値の層と性質の層の2つを理由に、特に厚く守られます。
この理由は、二重の基準論の根拠とどうつながるのでしょうか。

民主的政治過程論と自己統治の価値

定義二重の基準論とは、精神的自由は厳格に、経済的自由は緩やかに審査するという物差しです。

結論その2つの論拠の一つが、民主的政治過程論です。

その理屈のいちばん下にあるのが、自己統治の価値です。

理由精神的自由が傷つくと、民主政治のプロセス自体が壊れてしまいます。

あとから選挙で回復するのも、難しくなります。

注意表現の自由が特に厚く守られる理由と、二重の基準論の根拠は、同じ場所でつながっています。

保障範囲(入口と出口は別)

表現の自由は、特に厚く守られます。
では、その保障はどこまでの表現に及び、どう規制と向き合うのでしょうか。

保障範囲の2つの問い(入口=21条で守られるか・物差しは広い/出口=国が規制してよいか・入口を通っても規制されうる)

入口の問いと出口の問い

定義21条の保障範囲を考えるときは、2つの別々の問いがあります。

  • 入口:その表現が、そもそも21条で守られるか。
  • 出口:その表現を、国が規制してよいか。

結論入口と出口は、必ず切り分けます。

  • 入口で外れる:21条の話として、規制の当否を裁判所に審査してもらうことすらできません。
  • 入口を通る:それでも、出口で規制されることはあります。

具体例選挙前に街頭で政策を批判するのは、入口を通ります。

真夜中に大音量でもよいかは、出口の問いです。

表現の自由の内容

定義表現の自由の内容は、内心の精神活動を外部に公表する全ての活動に及びます。

方法も、口頭・文書・映像など、あらゆる表現媒体に及びます。

注意「これは表現か」を判定するときは、まずこの広い物差しを当てます。

疑わしい表現として、営利広告・象徴的言論・わいせつ表現の3つを見ます(第6〜8節)。

営利広告

表現の自由の内容は、全ての活動と表現媒体に及ぶ広いものです。
では、儲けるための広告は、精神的自由として守られるのか、経済的自由の話なのでしょうか。

営利広告は「表現」か

結論通説は、営利広告も21条1項の「表現」に含めます。

理由消費者に情報を提供し、その自律的な選択を後押しするからです。

国民が必要な情報を得る権利である、知る権利に奉仕します。

具体例パン屋が、店先に「国産小麦百パーセント」という看板を出す場合です。

どの店にどんな品質の商品があるかを知る材料になります。

扱いは他の表現と同じではない

結論営利広告への規制は、他の表現よりゆるやかな審査になじみます。

理由営利広告には、次の特徴があるからです。

  • 自己統治の価値:通常持ちません。選挙や政治とは関係ない場面がほとんどです。
  • 虚偽・誇大:虚偽や誇大な表現に流れやすいです。
  • 真偽の判定:政治的な意見の真偽より、判定が容易です。
  • 萎縮しにくい:営利という強い動機があるので、規制されても別の言い方で宣伝を続けようとします。

具体例「国産小麦百パーセント」が本当かは、原材料の表示などで比較的簡単に確かめられます。

注意入れる・入れないの二択ではなく、入れるけれど扱いが違うという答えです。

自己統治の価値を持たない点は、純粋な風景画と同じ構造です。

象徴的言論

営利広告は、入口では表現に含まれますが、扱いは他の表現と違います。
では、言葉をまったく使わない行動は、表現に含まれるのでしょうか。

象徴的言論の判定表(送り手の意図と受け手の理解がそろったときだけ表現に含まれ、どちらかが欠けると伝達は成立しない)

象徴的言論

定義象徴的言論とは、言葉によらず、行動で主張を外に出す表現です。

結論通説は、次の2つの要件を満たせば、21条1項の「表現」に含めます。

  • 送り手:その行動が、意見表明のために行われていること。
  • 受け手:受け手も、それを意見表明だと理解していること。

理由表現とは、送り手から受け手への伝達だからです。

受け手が何のメッセージとも理解しなければ、伝達にならず、単なる行動になります。

具体例同じ色の服でも、次のように分かれます。

  • 含まれる:政策への抗議として、集会で無言のまま同じ色の服をそろえて並び、周りも何かを訴えていると理解する場合です。
  • 含まれない:たまたま同じ色の服を着た人が、たまたま近くに集まっていた場合です。

注意ここで決まるのは、入口だけです。

どこまで規制できるかは、出口の問題です。

わいせつ表現(無価値表現論の否定)

営利広告も象徴的言論も、入口では表現に含まれます。
では、わいせつな表現も、21条の「表現」に含まれるのでしょうか。

刑法175条

結論刑法は、明治の時代から、わいせつな文書などを配ることを処罰してきました。

注意現行の法定刑は、拘禁刑です。

175条(わいせつ物頒布等)|刑法 第二編 罪 第二十二章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪(174〜184条)1項:わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は拘禁刑及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。2項:有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

無価値表現論

定義無価値表現論とは、わいせつ表現は無価値な表現なので、そもそも21条の保障範囲の外にあるという考え方です。

入口にすら入らない、という立場です。

結論かつては有力でしたが、今では否定されています。

理由否定された理由は、次の2つです。

  • 最高法規性:法律が処罰しているというだけで、憲法の保障の外に置かれてしまいます。憲法の保障範囲を決めるのは憲法自身のはずなのに、下にある法律の規定や解釈が決めることになり、上下が逆転します。
  • 萎縮効果:わいせつを理由に保障の外に置かれると、本来保障されるべき際どい表現まで、発表をためらいます。芸術や文学の表現には、性を扱うものも少なくありません。

具体例国会が「わいせつ」の範囲を広げる法律を作ったとします。

無価値表現論のままだと、広げた分だけ、21条の守りが後ろに下がります。

今の到達点

結論わいせつ表現も、入口では21条の「表現」に含めます。

注意だからといって、わいせつ物を配る自由が、無制限に認められるわけではありません。

定義づけ衡量論

わいせつ表現も、入口では21条に含まれます。
では、処罰との折り合いは、どのようにつけるのでしょうか。

定義づけ衡量論(保障範囲=入口はそのまま、刑法175条の「わいせつ」概念を厳格に定義づけて出口を精密にする)

定義づけ衡量論

定義定義づけ衡量論とは、保障範囲(入口)には入れたまま、出口のほうを精密にする考え方です。

刑法175条の「わいせつ」を、表現の自由を尊重しつつ、守るべき利益との調整をはかりながら、厳格に定義づけます。

結論「入口を狭める」のではなく、「出口の網の目を細かく定義する」という道具です。

理由網の目が粗いと、保障されるべき表現まで規制に巻き込まれるからです。

目を細かくすれば、本当に取り除くべきものだけを取り出せます。

わいせつ判例(刑事事件の3件)

定義づけ衡量論は、「わいせつ」の定義を精密にしていく道具です。
では、判例は、わいせつ性をどのように判断してきたのでしょうか。

チャタレイ事件

事案ある文学作品の翻訳を出版した人が、わいせつ物頒布の罪に問われました。

結論上告棄却で、有罪が確定しました。

  • わいせつ文書の定義:「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう」としました。
  • 175条の合憲性:「性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなす」という趣旨で、合憲としました。

この定義が、その後の判例の出発点になりました。

注意次の2点に気をつけます。

  • 3つの要素:定義には、性欲を刺激すること・羞恥心を害すること・道義観念に反することの3つが入っています。
  • 公共の福祉:公共の福祉は、人権どうしの衝突を調整する実質的公平の原理と理解されます。この判決の「公共の福祉」の使い方は当時の最高裁のもので、そのまま同じ意味とは限りません。

チャタレイ事件わいせつ文書の定義「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう」

「悪徳の栄え」事件

事案ある小説の翻訳を出版した人が、同じくわいせつ物頒布の罪に問われました。

結論上告棄却で、わいせつ性は肯定されました。

  • 芸術性・思想性:性的刺激を減少・緩和させて、刑法が処罰の対象とする程度以下に猥褻性を「解消させる場合があることは考えられる」としました。その程度に至らない限り、猥褻の文書としての取扱いを免れません。
  • 判断の範囲:わいせつ性は、特定の章句だけでなく、「文書全体との関連において判断されなければならない」としました。

理由芸術性・思想性による緩和が、刑法が処罰する程度を下回るところまでは、認められなかったからです。

注意次の2点に気をつけます。

  • 結論は不変:芸術性を考慮する枠組みができても、無罪にはなっていません。判断のしかたが変わっても、結論が動くとは限りません。
  • 芸術性の位置:純粋な風景画のように自己統治の価値がなくても、自己実現の価値は残ります。だから芸術性は、切り捨てる理由ではなく、わいせつ性を量る要素の一つになります。

「悪徳の栄え」事件芸術性・思想性は考慮できるのか文書の芸術性・思想性は、「文書の内容である性的描写による性的刺激を減少・緩和させて、刑法が処罰の対象とする程度以下に猥褻性を解消させる場合があることは考えられる」が、その程度に至らない限り、猥褻の文書としての取扱いを免れない。

「四畳半襖の下張」事件

事案ある小説の一部を雑誌に掲載した人たちが、わいせつ物頒布の罪に問われました。

結論上告棄却で、わいせつ性はまたしても肯定されました。

  • 考慮要素:「当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度」を挙げました。
  • 判断の仕方:これらの観点から文書を「全体としてみたとき」に、主として読者の「好色的興味にうつたえるもの」と認められるかを検討します。

注意考慮要素が具体的になっても、結論はなかなか動きませんでした。

「四畳半襖の下張」事件考慮要素をさらに具体化「文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、

第2次メイプルソープ事件と4件の変遷

刑事事件の3件は、判断の枠組みが精密になっても、結論はわいせつ性の肯定でした。
では、初めて結論が動いた事件は、何を判断したのでしょうか。

写真集を輸入しようとした場面の関係図(A=輸入者に、B=税関当局が輸入禁制品に該当すると通知し、Aが取消しと賠償を請求した行政事件)

第2次メイプルソープ事件

事案写真集を持って国内に戻ってきた人(A)に、税関(B)が、輸入してはいけない物にあたると通知しました。

Aは、通知の取消しと国家賠償を求めて、裁判を起こしました。

結論写真集は、輸入禁制品には該当しないと判断され、通知は取り消されました。

  • 観点:芸術性など性的刺激を緩和させる要素の存在、写真集全体に占める比重、表現手法等です。
  • 判断:写真集を「全体としてみたとき」には、主として見る者の「好色的興味に訴えるものと認めることは困難」としました。

注意刑事事件ではなく、行政事件です。

  • 一般化しない:「最高裁がわいせつでないと判断した」と一般化してはいけません。判断の対象は、関税の輸入規制にあたるかという点でした。
  • 同じ観点:事件の種類は違いますが、わいせつかどうかを量る観点は、「四畳半襖の下張」事件と同じです。
  • 当時の条文:判決が引く条文は当時の関税定率法のもので、今は法律の名前も条文の番号も変わっています。

第2次メイプルソープ事件初めて「該当しない」「本件写真集における芸術性など性的刺激を緩和させる要素の存在、本件各写真の本件写真集全体に占める比重、その表現手法等の観点から写真集を全体としてみたときには、

4件の変遷

わいせつ4判例の変遷表(チャタレイ・悪徳の栄え・四畳半襖の下張=刑事で結論は肯定/メイプルソープ=行政で同じ観点のもと初めて否定)

結論4件の流れは、基準がゆるくなったのではなく、一部だけを見る判断から、全体を見る判断への変化です。

結論が動いた決め手は、写真集の中身のほうです。

同じ観点で量ったところ、緩和させる要素のほうが勝ちました。

注意「肯定・肯定・肯定・否定」という結果だけを覚えるのは不十分です。

前の3件で積み上げた観点が、中身の違いを測れる形にしていました。

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