憲法ゼロから憲法#34

明確性の原則

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萎縮効果(曖昧な法律はなぜ問題か)

萎縮効果

定義萎縮効果とは、規制されるかもしれないという威嚇だけで、表現をやめてしまう効果です。

本来やってよい表現まで、自分からやめてしまいます。

具体例「地域の品位を損なう表現の掲示を禁止する」という条例があるとします。

  • 環境保護のビラ:本来は合法な表現ですが、貼るのをやめてしまいます。
  • 行政を風刺する似顔絵ポスター:「品位を損なう」と言われるのを恐れて、取り下げてしまいます。

なぜ事後の裁判では救えないか

結論萎縮効果は、「私のこの行為に適用するのはおかしい」という事後の個別救済では治せません。

起きる前に、条文そのものを丸ごと止めるしかありません。

理由やめた人は、誰にも見えないからです。

  • 統計:貼るのをやめた人は、統計にも出てきません。
  • 裁判:訴えを起こす人自体が現れないので、裁判にもなりません。

明確性の原則(文面上無効と適用違憲)

曖昧な法律が生む萎縮効果は、事後の裁判では救えません。
では、条文そのものを止める武器は、どのような形をとるのでしょうか。

明確性の原則

定義明確性の原則とは、表現を規制する法律には、明確性が要求されるという原則です。

表現の自由を制限する法律と、刑罰を科す法律は、内容が明確でなければなりません。

理由表現規制立法の内容が不明確だと、萎縮効果を生むからです。

文面上無効(漠然性のゆえに無効の法理)

適用違憲と文面上無効の対比(駅構内の配布条例を例に、主張のしかた・結果=条文が残るか丸ごと無効か)

定義違憲の主張には、次の2つの形があります。

  • 適用違憲:「私のこの行為に、この法律を適用するのは違憲だ」と主張する形です。
  • 文面上無効:事案に当てはめる前に、条文の書きぶりだけを見て、条文を丸ごと無効とする形です。

明確性の原則に反する法律のこの扱いを、漠然性のゆえに無効の法理と呼びます。

結論文面上無効なら、まだ誰にも適用されていない段階で、条文ごと葬れます。

理由曖昧な条文が生きている限り、萎縮はずっと続くからです。

個別に救うのではなく、条文そのものを根っこから絶つ必要があります。

明確性の2つのルート(21条1項と31条)

明確性の原則は、曖昧な条文を丸ごと無効にできる武器です。
では、この武器は、憲法のどの条文を入り口にするのでしょうか。

明確性のルートは2本(21条1項ルート=表現規制立法一般・根拠は萎縮効果/31条ルート=刑罰法規・根拠は罪刑法定主義)

21条1項ルート

結論表現規制立法一般には、21条1項から明確性が要求されます。

理由根拠は、萎縮効果です。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

31条ルート(罪刑法定主義)

定義罪刑法定主義とは、どんな行為が犯罪になるのか、あらかじめはっきり告知されていなければならない、という原則です。

結論刑罰法規には、31条の側からも明確性が要求されます。

条文31条は、刑罰を科すには法律で定めた手続によらなければならない、と定めます。

ここから、罪刑法定主義が導かれます。

理由告知するはずの条文が曖昧だと、罪刑法定主義そのものが成り立たないからです。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

罰則の有無で入り口が変わる

具体例第1節の掲示条例で比べます。

  • 罰則が無い場合:掲示を禁止するだけなので、効くのは21条1項ルートだけです。
  • 「違反した者は罰金」と付いた場合:刑罰の話になるので、31条ルートも重なります。

注意同じ曖昧さでも、罰則が付くと、入り口が2つになります。

この二本立てが、第6節の「ねじれ」を説明する前提になります。

徳島市公安条例事件(事案)

明確性には、21条1項と31条の2つのルートがあります。
では、明確性の判断基準を作った事件は、どのような事案だったのでしょうか。

徳島市公安条例事件の事案の流れ(条例は届出制→違反への処罰規定→だ行進をあおった人が起訴→「交通秩序を維持すること」の明確性が争点)

事案

定義せん動者とは、あおった人のことです。

事案徳島市の条例は、集団行進などをするときは、市に届け出ることとしていました。

  • 守るべき事項:行う人が守るべき事項の一つが、「交通秩序を維持すること」です。
  • 処罰規定:これに違反した集団行進の、主催者・指導者・せん動者を処罰します。
  • 起訴:行進の先頭のあたりで笛を吹くなどして、だ行進(蛇のようにうねって進むこと)をあおった人が起訴されました。
  • 争点:「交通秩序を維持すること」という文言が、明確かどうかです。

注意起訴された人は、自分でも一緒にうねって歩いています。

そちらは、道路交通法の違反として、別に処罰されています。

明確性が争われたのは、条例のほうです。

判断基準(通常の判断能力を有する一般人)

徳島市公安条例事件では、「交通秩序を維持すること」の明確性が争われました。
では、最高裁は、誰の理解を基準に明確性を測ったのでしょうか。

一般人基準

結論最高裁は、次の基準で明確性を判断するとしました。

「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべき」

注意「通常の判断能力を有する一般人」は、答案の採点キーワードなので逐語で覚えます。

「通常人」や「平均的な国民」に言い換えません。

徳島市公安条例事件最高裁判所大法廷判決明確性の判断基準「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべき」

なぜ本人ではなく一般人で測るか

結論実際に行為をした本人ではなく、一般人の理解で測ります。

理由理由は2つです。

  • 萎縮するのは一般人:本人が法廷で「自分は分かっていた」と言えても、他の一般人が萎縮していれば、明確性の問題は解消されません。
  • 測る対象のすり替え:明確性は、条文そのものを測る話(文面上無効)です。本人の理解で測ると、条文ではなく、その人を測ることになります。

判決の結論(31条に反しないとしたねじれ)

明確性は、通常の判断能力を有する一般人の理解で測ります。
では、徳島市公安条例事件の判決は、何条に反するかを判断したのでしょうか。

判決の結論条文

定義犯罪構成要件とは、どんな行為が犯罪になるかを定めた部分です。

ここが曖昧だと、告知になりません。

結論判決が判断したのは、21条ではなく31条に反するかどうかです。

判決は、「犯罪構成要件の内容をなすものとして明確性を欠き憲法三一条に違反するものとはいえない」としました。

理由この事件は刑事事件なので、明確性の問題は31条ルートで判断されました。

注意表現の自由の判例として引かれますが、判決文が判断したのは31条です。

「表現の自由の判例です」と流さず、判決文の結論条文を正確に覚えます。

徳島市公安条例事件最高裁判所大法廷判決結論「犯罪構成要件の内容をなすものとして明確性を欠き憲法三一条に違反するものとはいえない」

一般人基準は21条1項ルートでも共通

31条ねじれ図(一般人基準という同じ物差しが、徳島市公安条例事件では31条の看板で、表現規制立法一般では21条1項の看板で使われる)

結論一般人基準という物差しそのものは、21条1項ルートでも共通に使われます。

事件の性質によって、31条と21条1項のどちらの看板で使うかが変わるだけです。

理由根拠は萎縮効果と罪刑法定主義で別々ですが、どちらのルートでも条文を読むのは一般人だからです。

読み手が同じなら、明確かどうかを測る物差しも同じでよいのです。

注意「表現の自由の判例です」と言われるのは、間違いではありません。

「交通秩序を維持すること」のあてはめ

結論「交通秩序を維持すること」は、明確性を欠かないとされました。

理由次の2つのどちらかを考えれば、通常、判断にさほどの困難は感じないからです。

  • 平穏な行進:秩序正しく平穏な集団行進に伴う程度の、交通秩序の阻害にとどまるのか。
  • 殊更な阻害:殊更な交通秩序の阻害をもたらすものなのか。

具体例だ行進や、すわり込みは、殊更な交通秩序の阻害に当たると分かります。

注意曖昧に見える言葉でも、核になる部分が読み取れれば、明確とされます。

過度の広汎性(明確性とは別の問題)

明確性の原則は、条文の文言が一般人に読み取れるかを問うものです。
では、これと名前の似た過度の広汎性は、何を問題にするのでしょうか。

過度の広汎性

定義過度の広汎性とは、規制してはならない行為まで、規制対象に含まれている場合の問題です。

結論過度の広汎性を持つ規制も、文面上無効と解されます(過度の広汎性ゆえに無効の法理)。

理由本来は許される表現行為に、萎縮効果を生じさせるからです。

具体例刑法175条1項の「わいせつ」という文言が、本来は許されるはずの性表現まで、その対象に含んでいないか、という問題です。

注意「わいせつ」という文言は、明確性の点でも問題になりえます。

両方の顔を持つ言葉です。

175条|刑法 第二編 罪 第二十二章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪(174〜184条)1項:わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は拘禁刑及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

形式面と実質面(観念的には別の軸)

過度の広汎性は、規制の範囲が広すぎないかを問う問題です。
では、明確性の問題とは、どのように区別すればよいのでしょうか。

形式面と実質面

定義2つの問題は、立法のどの面を見るかで区別します。

  • 明確性:立法の形式面の問題で、文書として読めるかを問います。
  • 過度の広汎性:立法の実質面の問題で、読めた範囲が広すぎないかを問います。

結論理屈のうえでは、この2つは別の軸です。

文書として読めても、規制の範囲が広すぎることは起こりえます。

逆に、範囲は狭くても、書きぶりが曖昧なこともありえます。

具体例この節までに出てきた言葉に当てはめると、次のとおりです。

  • 交通秩序:「交通秩序を維持すること」で争われたのは、書きぶりが読めるかどうかなので、形式面です。
  • わいせつ:過度の広汎性が見ているのは、読めた範囲が広すぎないかなので、実質面の側です。
  • 品位を損なう:読めないうえに、どこまで入るかも分からないので、両方が同時に出ています。

実際には一緒に問題になる

結論現実には、この2つは、たいてい一緒に問題になります。

理由書きぶりが曖昧な条文は、どこまで入るのか分かりません。

そのため、本来なら入らないはずのものまで、網にかかりうるからです。

注意答案では、この2つを別の軸として書き分けます。

  • 明確性:違憲審査の形式的審査のところに入ります。
  • 過度の広汎性:中身に踏み込む問題なので、実質面の側に置きます。
  • 言葉の区別:ここでいう「実質面」は、検閲や審査基準を当てる段の「実質的審査」とは別の意味です。

合憲限定解釈(税関検査事件)

明確性の原則は、条文を丸ごと無効にできる強い武器です。
では、実際の判例は、この武器をどのように扱っているのでしょうか。

合憲限定解釈

定義合憲限定解釈とは、規制を限定的に解釈することで、合憲性を保つ手法です。

文言上は過度に広汎に見える規制でも、違憲となる部分だけを切り取って読みます。

結論判例は、明確性の原則で違憲とすることはめったになく、合憲限定解釈をよく使います。

注意明確性の原則で違憲を勝ち取るのは、実際には難しいです。

答案で、振りかざすだけの武器にしません。

税関検査事件

事案当時の関税定率法に、「風俗を害すべき」という文言がありました。

結論最高裁は、この「風俗」を、専ら性的な風俗に限定して読めるとしました。

限定して読めば明確で、合憲とされます。

理由法律の作りと社会通念から読み解きました。

  • 法律の作り:昔の刑法でも、いまの刑法でも、表現物で「風俗を害する」として取り締まられてきたのは、わいせつ物の罪だけでした。
  • 社会通念:いまの社会通念も重ねて、専ら性的な風俗を指すと読みました。

注意次の2点に気をつけます。

  • 多義性:最高裁自身、「風俗」は性的な風俗・社会的な風俗・宗教的な風俗など多義にわたり、文言そのものからは一つに決まらないと認めています。
  • 事件の本体:この事件の中心の争いは、税関検査が、事前に表現を止める検閲にあたるかどうかです。

一般人基準の使われ方

結論限定して読むことが許されるのは、一般の人の理解において、何が規制されるのかを読み取れる場合だけです。

最高裁は、徳島市公安条例事件を引いたうえで、こう述べています。

注意一般人基準は、絞る理由ではなく、絞ってよいかの条件として出てきます。

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