知る権利とアクセス権
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21条1項の文言(送り手の自由)
条文が保障しているもの
結論21条1項は、文言のうえでは、情報の送り手の自由しか書いていません。
- 送り手:話す人・書く人・発信する人です。
- 受け手:聞く人・読む人については、何も書いていません。
具体例講演会で、講演者が話す自由は21条で守られています。
しかし、聴衆が聞く自由や、あとで記録を読み返す自由は、文言上どこにも出てきません。
注意知る権利という言葉は、21条のどこにも書かれていません。
21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
知る権利の理由づけ(受け手の側からの再構成)
21条1項の文言は、送り手の自由しか書いていません。
では、なぜ受け手の自由まで21条1項が保障していると読めるのでしょうか。

知る権利(通説)
結論21条1項は、送り手の自由だけでなく、受け手の自由(知る権利)も保障していると解します(通説)。
理由理由は2つです。
- 受け手が前提:表現は、受け手がいて初めて成り立ちます。誰にも届かない表現行為は、表現活動としての意味を持ちません。
- 送り手と受け手の固定化:マスメディアが発達した結果、送り手と受け手が分離し、役割が固定しました。
そこで、21条1項を受け手の側から再構成します。
文言どおりに読んだときの不都合
結論文言どおりに読むと、表現の自由を現実に持てるのは、ほぼマスメディアだけになってしまいます。
理由社会に向けて多くの人に届く形で発信する手段は、マスメディアが握っているからです。
一般の国民は情報を受け取るだけの立場になり、表現の自由から締め出されます。
注意「知る権利は21条から導かれる」という結論だけを覚えるのではありません。
答案で問われるのは、2つ目の理由(担い手がマスメディアだけに限定される不都合)です。
判例の根拠(よど号事件とレペタ事件)
知る権利は、受け手の側から21条1項を再構成して導かれます。
では、最高裁はどのような言い方で、この考え方を認めているのでしょうか。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件
結論新聞や本を読む自由(閲読の自由)は、19条・21条の趣旨、目的から、いわばその派生原理として導かれるとしました。
注意19条・21条と13条では、役割が違います(非対称)。
- 19条・21条:派生原理として導かれる根拠です。
- 13条:読む自由を認めることが、個人の尊重を定めた13条の趣旨に沿うという補強です。
19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
レペタ事件
結論情報等に接し、これを摂取する自由(知る権利)は、21条1項の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるとしました。
これが、知る権利を最高裁が認めた根拠判例です。
注意「21条から当然に導かれる」と縮めません。
21条が直接に知る権利を書いている、という意味ではありません。
- 自己引用:判決文は、括弧の中でよど号事件の判決を引用しています。同じ理由づけの型を使っています。
- 別の論点:レペタ事件は、法廷でメモを取る自由という論点も持っています。
レペタ事件最高裁判所大法廷判決知る権利の根拠「憲法21条1項の規定は、表現の自由を保障している。……このような情報等に接し、これを摂取する自由は、右規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところである(最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決……参照)。」
知る権利の三側面
知る権利は、21条1項の派生原理として認められています。
では、知る権利はどのような性質を持つ権利なのでしょうか。

三つの側面
結論知る権利は、三つの側面を持つ複合的な権利です。
人権の分類(自由権・参政権・社会権)が相対的であることの代表例です。
理由各側面の働きは、次のとおりです。
- 自由権的側面:情報を受け取ることを、国に妨げられません。
- 参政権的側面:事実や意見を知って初めて、選挙などで政治に有効に参加できます。
- 社会権的側面:国や自治体に、情報を出すよう求めます。社会権的・国務請求権的側面とも呼ばれ、人権の分類でいう受益権にあたります。
注意自由権的側面と社会権的側面は、向きが正反対です。
- 自由権的側面:「妨げるな」という消極的な自由です。
- 社会権的側面:「公開しろ」という積極的な請求です。
試験で問われるのは、問題文でどの側面が問題になっているかを見分けることです。
社会権的側面と抽象的権利
知る権利には、三つの側面があります。
では、三つの側面は、同じ強さで保障されるのでしょうか。

社会権的側面は抽象的権利
結論社会権的側面(情報を公開しろという請求)は、抽象的権利にとどまります。
具体化する法律があって初めて、裁判規範性が認められます。
理由どの情報を、誰に対して、どんな手続で請求できるかは、憲法の条文だけでは決まらないからです。
具体例具体化しているのは、国の情報公開法と、自治体の情報公開条例です。
注意自由権的側面と参政権的側面は、抽象的権利の話とは別です。
「妨げるな」という、通常の自由権と同じ強さで保障されます。
生存権との共通点
結論知る権利の社会権的側面は、25条の生存権と同じ構造です。
理由生存権も、生活保護法のような具体化する法律があって初めて、具体的な請求として機能します。
25条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2項:国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
図書館の2場面(購入請求と閲覧請求)
社会権的側面は、抽象的権利にとどまります。
では、公立図書館への請求は、すべて社会権的側面の問題として扱われるのでしょうか。

場面A:まだ蔵書にない本を買ってほしい
結論もっぱら社会権的側面の問題です。
購入するかどうかは、図書館長らの広い裁量に委ねられます。
理由どの本を、いつ、いくらで買うべきかは、憲法だけからは決まらないからです。
憲法上、強く保護される請求ではありません。
場面B:書棚にある本を見せてほしい(理由なく拒否)
結論自由権的側面に対する制約として扱うことができます。
そのため、広い裁量では済まず、厳格な審査が必要になります。
理由公立図書館は、一般公衆に広く図書を提供する役割を担っています。
すでに蔵書にある本は、原則として自由に閲覧を求めることができます。
その原則を理由も示さずに拒否することは、知る権利に対する不当な介入にあたります。
注意次の2点に気をつけます。
- 判例ではない:場面Bの分析は、学説上の分析の一例です。判例の結論と混同しません。
- 誰の権利か:司書が著者の本を独断で除籍・廃棄した事件で問題になったのは、著作者の表現の自由です。ここでの話は、利用者の知る権利です。
岐阜県青少年保護育成条例事件
自由権的側面への制約は、厳格に審査されます。
では、自由権的側面への制約は、必ず違憲になるのでしょうか。
有害図書の自動販売機への収納禁止
事案有害図書に指定された雑誌や本を、自動販売機に収納することを禁じる条例の合憲性が争われました。
結論21条1項に違反しないとしました。
- 青少年に対する関係:違反しません。
- 成人に対する関係:有害図書の流通を幾分制約することにはなるものの、違反しません。
理由青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う、必要やむをえない制約だからです。
注意成人にとっても、この規制は知る権利(自由権的側面)への制約です。
- 当然に違憲ではない:厳しく審査することと、結論として違憲になることは別の話です。
- 理由の出どころ:「成人には図書を入手する方法が残っている」という理由づけは、伊藤正己裁判官の補足意見です。法廷意見(裁判官全員一致)が挙げた理由は、有害環境の浄化という目的の正当性です。
岐阜県青少年保護育成条例事件最高裁判所第三小法廷判決「有害図書の自動販売機への収納の禁止は、青少年に対する関係において、憲法21条1項に違反しないことはもとより、成人に対する関係においても、有害図書の流通を幾分制約することにはなるものの、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむをえない制約であるから、憲法21条1項に違反するものではない。」
アクセス権(知る権利との向きの違い)
知る権利は、情報を受け取る側の権利です。
では、受け手の側から発信の場を求めることは、権利として認められるのでしょうか。

アクセス権
定義アクセス権(反論権)とは、一般国民がマスメディアに対して、自分の意見を発表する場の提供を求める権利です。
具体例視聴者が放送局に、「その番組で、私の意見も流してほしい」と求める場合です。
注意知る権利とは向きが逆です。
- 知る権利:公権力や情報を持つ側から、情報を受け取る権利です。
- アクセス権:私人であるマスメディアに向けて、発信する場を求める権利です。
情報公開の請求との区別
結論請求の相手が違います。
- 社会権的側面(情報公開の請求):公権力に向けた請求です。
- アクセス権:私人であるマスメディアに向けた請求です。
理由知る権利もアクセス権も、送り手と受け手の分離・固定化という同じ現実から生まれた、違う応答です。
サンケイ新聞事件(反論文掲載請求)
アクセス権は、私人であるマスメディアに発信の場を求める権利です。
では、アクセス権は、裁判で認められたのでしょうか。

反論文掲載請求
事案新聞に、自由民主党が日本共産党を批判する意見広告を掲載しました。
日本共産党が、新聞社に対して、無料・無修正の反論文の掲載を求めました。
結論具体的な成文法がないのに、反論文掲載請求権をたやすく認めることはできないとしました。
理由反論文の掲載を強制されると、新聞社は次の負担を強いられます。
- 掲載の強制:載せたくない文章の掲載を強制されます。
- 紙面の負担:本来は他に利用できたはずの紙面を割かなければなりません。
これらの負担が、公的事項に関する批判的記事の掲載をちゆうちよさせ、表現の自由を間接的に侵す危険につながります(萎縮効果)。
注意次の3点に気をつけます。
- 訴訟の相手:訴えられたのは、広告を掲載した新聞社です。自由民主党は当事者ではありません。
- 判決が閉じた範囲:成文法なしに一般制度として反論権を認めることだけです。記事が不法行為になる場合の救済は「別論」として、この判断と切り離しています。
- 立法の現状:アクセス権を正面から認める法律は、現在も作られていません。
反論文掲載請求事件(サンケイ新聞事件)最高裁判所第二小法廷判決「その掲載を強制されることになり、また、そのために本来ならば他に利用できたはずの紙面を割かなければならなくなる等の負担を強いられる……これらの負担が、批判的記事、ことに公的事項に関する批判的記事の掲載をちゆうちよさせ、憲法の保障する表現の自由を間接的に侵す危険につながるおそれも多分に存する。」「不法行為が成立する場合……は別論として、……具体的な成文法がないのに、反論権を認めるに等しい……反論文掲載請求権をたやすく認めることはできない。」
放送法の訂正放送
定義訂正放送とは、真実でない放送で権利を侵害された本人などが、放送から3か月以内に請求すると、放送局が調べたうえで訂正または取消しの放送をする制度です。
注意訂正放送は、反論権とは別物です。
判決も、要件も内容も著しく異なり、反論権を根拠づけるものではないと述べています。