取材源の秘匿と放送の自由——同じ「伝える」でも扱いが変わるのはなぜか
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第3章 人権各論 ㊴/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
証言する義務が原則——拒む権利の根拠はどこにあるか
図:自前設例
- 交通事故の目撃者が民事訴訟で証人に呼ばれ関わりたくないから拒めるかを問う場面
- 証言義務が原則という土俵の確認
まず、出発点を、確認しておきましょう。具体的な場面から、考えてみます。ある人が、交通事故の現場を、たまたま目撃したとします。この人が、その後の民事の損害賠償請求訴訟で、証人として、裁判所に呼ばれました。この人が「関わりたくないから」という理由だけで、証言を、拒むことは、できるでしょうか。裁判で証人として呼ばれたら、証言する義務があるのが、原則です。条文を、確認しましょう。
条文民事訴訟法 190条
民事訴訟法 第百九十条 裁判所は、特別の定めがある場合を除き、何人でも証人として尋問することができる。
刑事訴訟でも、同じ考え方です。
条文刑事訴訟法 143条
刑事訴訟法 第百四十三条 裁判所は、この法律に特別の定のある場合を除いては、何人でも証人としてこれを尋問することができる。
「特別の定めがある場合」だけが、例外です。つまり、証言を拒めるのは、法律が、拒んでよいと、個別に定めた場合だけ、ということです。この土俵を、押さえておいてください。記者が「取材源については、証言したくない」と言うとき、それは、原則に対する例外を、主張していることになります。ここを飛ばしてしまうと、このあと見る二つの判例が、「記者が勝った」「記者が負けた」という、結果だけの暗記に、落ちてしまいます。争われているのは、いつも同じ問いです。「証言拒絶権の根拠を、どこに求めるか」。この問いを、頭に置いたまま、次の判例を見ていきましょう。
石井記者事件——最高裁は天秤に載せる前に切った

- 石井記者事件の事案の骨格
- 刑訴226条に基づく証人尋問請求から証言拒絶で起訴に至る経路
一つ目の判例です。石井記者事件、という事件を見ていきます。ある税務署員に、収賄などの疑いがかかり、捜査が進んでいました。その途中で、逮捕状が出ていることが、執行の前に、新聞に、漏れてしまったんです。これが、国家公務員が、職務上知った秘密を漏らした罪に、当たるのではないか、と疑われました。そこで検察官は、刑事訴訟法の手続にのっとって、この記事を書いた新聞記者を、証人として尋問するよう、裁判官に、請求しました。ところが、この記者は、取材源についての証言を、拒否しました。正当な理由のない証言拒絶に当たる、として起訴され、最高裁まで争われたのが、この事件です。
記者は、こう主張しました。「憲法二十一条から、直接、証言を拒む権利が導ける」。これが、記者に残された、唯一の道でした。なぜ唯一だったのか。理由は、条文の作りにあります。証言拒絶を認める条文は、刑事訴訟法の、百四十四条から百四十九条までに、並んでいます。そのうち百四十九条は、拒絶できる職業を、名指しで挙げています。条文を、確認しましょう。
条文刑事訴訟法 149条
刑事訴訟法 第百四十九条 医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、証言を拒むことができる。 但し、本人が承諾した場合、証言の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。
入っていません。だから記者には、条文という受け皿が、そもそも無かったんです。ちなみに、この判決文自身、さきほどの刑訴百四十三条を引いて、証言義務が原則であることを、丁寧に確認しています。同じ判決の中で、原則と例外の両方が、語られています。では、最高裁は、記者のこの主張に、どう答えたのか。判旨を見てみましょう。
判例最大判昭和27年8月6日(大法廷)
石井記者事件——限定列挙・類推適用の否定 「刑訴一四四条乃至一四九条の規定がその場合を列挙している……前示例外規定は限定的列挙であつて、これを他の場合に類推適用すべきものでないことは勿論である。新聞記者に取材源につき証言拒絶権を認めるか否かは立法政策上考慮の余地のある問題であり……わが現行刑訴法は新聞記者を証言拒絶権あるものとして列挙していないのであるから、刑訴一四九条に列挙する医師等と比較して新聞記者に右規定を類推適用することのできないことはいうまでもないところである。」
判決が使う言葉は「限定的列挙」です。以前の回で出てきた「限定列挙」と、同じことです。医師や弁護士に似ているから、記者にも類推できないか——そういう発想も、最高裁は、はっきり退けました。立法政策の問題であって、裁判所が条文を広げる話ではない、としたんです。ここまでで、記者の主張は、条文という入り口では、通りませんでした。では、憲法二十一条という、もう一つの道は、どうだったのか。続きの判旨です。
判例最大判昭和27年8月6日(大法廷)
石井記者事件——21条は一般的保障 「憲法の右規定は一般人に対し平等に表現の自由を保障したものであつて、新聞記者に特種の保障を与えたものではない。……未だいいたいことの内容も定まらず、これからその内容を作り出すための取材に関しその取材源について、公の福祉のため最も重大な司法権の公正な発動につき必要欠くべからざる証言の義務をも犠牲にして、証言拒絶の権利までも保障したものとは到底解することができない。」
二十一条は、誰にでも平等に、表現の自由を保障している条文であって、記者だけに、特別な保障を与えたものではない、としました。なぜ、そこまで言い切れるのか。判決は、理由を二つ重ねています。一つは、取材は、まだ何を言うかも決まっていない、その前の段階だということ。もう一つは、証言の義務が、裁判を正しく動かすために、欠かせないものだということ。重さで比べているように、聞こえるかもしれません。でも、これは、この事件の報道にどれだけの意味があったか、この事件で証言がどれだけ必要だったかを、その場で量ったものでは、ありません。「一般に、証言義務のほうが重い」と、言い切っているだけです。だから、天秤は、まだ一度も、出てきていません。この二段の判断で、記者の主張は、両方とも、退けられました。ここで、大事な指摘をします。この判断の仕方、何かに、似ていないでしょうか。
前回、比較衡量の天秤を見ましたね。一つの皿に、刑事裁判の必要性。もう一つの皿に、報道機関の不利益。両方を、重さで比べる、というやり方でした。この事件、最高裁は、その天秤に、記者の主張を、一度も、乗せていないんです。ここが、この事件の、いちばん大事なところです。「刑事裁判の必要性のほうが重いから、証言拒絶を認めない」、という判断では、ないんです。「条文に受け皿が無い」「憲法も特別扱いしていない」という、二段の門前払いで、話が終わっています。ここを正確に押さえてください。「記者が負けた」という結論だけを覚えると、この、比較衡量すら行われなかった、という事実が、消えてしまいます。では、同じ問いを、民事の場面で見たとき、結論は、どうなるでしょうか。次の判例に、移ります。
嘱託証人尋問証言拒否事件——民事は「職業の秘密」に入る
図:国際司法共助の経路図
- アメリカの連邦地方裁判所から日本の裁判所への尋問嘱託
- 証言を拒んだのはNHK記者
二つ目の判例に、移ります。嘱託証人尋問証言拒否事件です。「頼んで、任せる」という意味です。国と国のあいだで、証人尋問を頼み合う場面で、使われる言葉です。事案から、見ていきましょう。アメリカで、ある損害賠償請求訴訟が、起こされました。アメリカの裁判では、裁判の前に、証拠を幅広く集める、ディスカバリーという手続があります。その一環として、アメリカの連邦地方裁判所が、国際的な取り決めに基づいて、日本の裁判所に、証人尋問を、頼んできました。この頼みを受けて、新潟地方裁判所が、ある人物への、証人尋問を、実施しました。この人物は、NHKの記者でした。
ある企業グループの所得隠しについての、NHKの報道が、取材源を何としたのかを、聞かれました。この記者は、職業の秘密に当たることを理由に、証言を拒みました。これが、この事件のキーワードです。アメリカで訴えを起こした側が、この証言拒絶に理由がないとして、抗告——裁判所の判断に対する、不服の申し立てをしましたが、最高裁まで争っても、証言拒絶は、認められました。なぜ、そうなったのか。順番に、見ていきましょう。まず、この事件も、出発点は同じです。判旨を見てみましょう。
判例最決平成18年10月3日(第三小法廷)
嘱託証人尋問証言拒否事件——証言義務の原則 「民訴法は、公正な民事裁判の実現を目的として、何人も、証人として証言をすべき義務を負い(同法190条)、一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができる……」
原則は、同じです。証言する義務があって、例外は、法律が個別に定めた場合だけ。では、記者の取材源は、その「例外」に、当たるんでしょうか。ここで、争点になったのが、民事訴訟法百九十七条です。
条文民事訴訟法 197条1項3号
民事訴訟法 第百九十七条第一項 次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。……三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
石井記者事件で見た刑事訴訟法百四十九条とは、条文の形が、まったく違います。どんな職業の秘密でも、受け止められる、一般的な書き方に、なっているんです。あります。一号は、公務員が、職務上知った秘密についての規定です。二号は、医師や、弁護士などを、名指しで挙げる規定で、刑事訴訟法百四十九条と、よく似た作りです。二号にも、新聞記者は、入っていません。ただ、それとは別に、三号という、一般条項が、もう一つ、置かれているんです。記者を救ったのは、この三号のほうでした。それは、次の節で、じっくり扱います。今は、この条文の中で、記者の取材源が、「職業の秘密」に当たるのかどうかを、見ていきましょう。
判例最決平成18年10月3日(第三小法廷)
嘱託証人尋問証言拒否事件——職業の秘密への該当性 「報道関係者の取材源は、一般に、それがみだりに開示されると、報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので、取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。」
だから、取材源の秘密は、「職業の秘密」の中身に、含まれる、と判断されました。ここで、記者は、証言拒絶の入り口に、立てたことになります。ただ、「職業の秘密」に当たれば、自動的に、拒絶が認められるわけでは、ありません。続きを、見てみましょう。
判例最決平成18年10月3日(第三小法廷)
嘱託証人尋問証言拒否事件——保護に値する秘密かどうかの考慮要素 「当該取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは、当該報道の内容、性質、その持つ社会的な意義・価値、当該取材の態様、将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容、程度等と、当該民事事件の内容、性質、その持つ社会的な意義・価値、当該民事事件において当該証言を必要とする程度、代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる。」
ここが、石井記者事件との、もう一つの、大きな違いです。「職業の秘密」に当たった取材源が、実際に「保護に値する」秘密かどうかは、報道の中身や社会的な意義と、事件側の必要性とを、天秤にかけて、決める、としています。しかも、この比較衡量の材料には、憲法二十一条の趣旨も、入り込んでいます。判旨を見てみましょう。
判例最決平成18年10月3日(第三小法廷)
嘱託証人尋問証言拒否事件——21条の趣旨との接続 「報道機関の報道は……国民の知る権利に奉仕するものである。したがって……事実報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることはいうまでもない。……取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するもの」であり、「取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」。
前回見た、裁判所が、報道機関に、取材フィルムの提出を命じた、あの事件です。この決定は、その言い回しを、そのまま引用しています。報道の自由は「保障のもとにある」。取材の自由は「十分尊重に値する」。この言葉の選び分けを、そのまま受け継いだうえで、取材源の秘密には、重要な社会的価値がある、と位置づけました。では、この事件、実際のあてはめでは、どうなったのか。本件の報道は、公共の利害に関わる報道であり、取材の手段にも、違法な点は、ありませんでした。一方、アメリカの裁判は、まだディスカバリーの段階にとどまり、この証言が、なければ困る、というほど、必要不可欠とまでは、言えませんでした。
だから、「取材源の秘密は、保護に値する」とされ、証言拒絶には、正当な理由がある、という結論になりました。ここまでで、二つの判例を、見終えました。次の節で、この違いが、どこから来るのかを、突き止めましょう。
なぜ結論が分かれたのか——条文の受け皿の違い
図:一覧板
- 石井記者事件と嘱託証人尋問証言拒否事件の対比(手続/争点の位置/21条の使われ方/結論)
- 条文の受け皿の対比(刑訴149条=列挙・記者なし/民訴197条1項3号=一般条項)
ここで、一度、考えてみてほしいことがあります。石井記者は、比較衡量の土俵にすら、乗れませんでした。一方、嘱託証人尋問の記者は、条文の中で、きちんと、比較衡量してもらえました。この違いは、どこから来ると思いますか?刑事訴訟法と民事訴訟法、それぞれの証言拒絶権の条文の作りを、思い出してみてください。二つの条文の作りの違いを、正確に覚えていましたね。ここが、この回の核心です。もう一度、二つの条文を、並べてみましょう。刑事訴訟法百四十四条から百四十九条は、証言拒絶が認められる場合を、列挙しています。百四十九条が名指しするのは、医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士、弁理士、公証人、宗教の職にある者。この列挙に、新聞記者は、入っていません。
受け皿となる条文が、そもそも無い。だから記者は、憲法二十一条から、直接、権利を引き出すしか、争いようが、なかったんです。一方、民事訴訟法百九十七条一項三号は、「技術又は職業の秘密」という、一般条項を、置いています。二号のように、職業を名指しするのではなく、どんな職業の秘密でも、受け止められる、形になっています。そして、その解釈の中に、憲法二十一条の趣旨——知る権利への奉仕、取材の自由の意義を、考慮要素として、取り込むことが、できました。ここで、もう一つ、よく挙げられる理由も、押さえておきましょう。刑事手続は、真実発見の要請が、強い。民事手続は、そこまで、強くない。
ここで、二つの層を、区別してください。一つ目は、条文の作りの層。受け皿となる一般条項が、あるか、ないか、という、構造の話です。二つ目は、理由づけの層。刑事と民事で、真実発見の要請の強さが、違う、という、価値判断の話です。ただ、無関係、というわけでも、ありません。民事訴訟法が、「職業の秘密」という一般条項を、わざわざ用意したこと自体、真実発見の要請が、そこまで強くない、という価値判断の、表れとも言えます。実際、石井記者事件の判決文も、この一般論を、丁寧に述べています。「証人にかかる犠牲を強いる根拠は実体的真実の発見によって法の適正な実現を期することが司法裁判の使命であり……」。
二つの層——条文の作りと、理由づけ——を、同時に見ておくと、この分かれ目が、深く理解できます。ここで、二つの事件を、一枚のカードに、まとめておきましょう。
⭐ 論文で書く規範:石井記者事件と嘱託証人尋問証言拒否事件の分かれ目 石井記者事件(刑事)は、刑訴法144条から149条という限定列挙の中に新聞記者が含まれず、条文という受け皿が無かったため、記者は憲法21条から直接証言拒絶権を導くしかなく、最高裁はこれを二段の判断(限定列挙・類推適用の否定/21条は一般的保障であって特別の保障ではない)で退けた。一般論として証言義務の重さを言い切ってはいるが、本件の報道の意義と本件の証言の必要性を個別に量ってはいない——比較衡量にすら入っていない。 嘱託証人尋問証言拒否事件(民事)は、民訴法197条1項3号「技術又は職業の秘密」という一般条項が受け皿となり、取材源の秘密が「職業の秘密」に当たるかという条文の解釈問題として争え、そのうえで「保護に値する秘密かどうか」を21条の趣旨も踏まえて比較衡量した。分かれ目は、条文の作り(受け皿の有無)と、理由づけ(刑事は真実発見の要請が強い・民事はそこまで強くない)という、二つの層にある。 (整理(判例2件の構造比較))
ここまでが、今日の第一の山場です。
目盛りを立てる場面と、その場で天秤にかける場面

ここで、少し、立ち止まっておきたいことがあります。以前の回で、こう教えました。比較衡量には、国家の利益に、偏りやすい欠陥がある。だから、目盛りを、先に固定しておく。これが、違憲審査基準でした。ところが、その後の回でも、この回でも、判例は、現に、比較衡量で、判断しています。しかも今日は、片方の判例が、比較衡量すら、行っていません。矛盾しているように見えますよね。ここを、整理しておきましょう。ただ、先に言っておきます。三層の物差し、それぞれの中身を、作り直すわけでは、ありません。今日、作るのは、見分け方だけです。
目盛り——違憲審査基準は、主に、法律そのものが、憲法に反するかどうかを、あらかじめ立てた物差しで、測るための道具です。たとえば、あの回で、最後まで追いかけた、駅前広場の禁止条例。演説や署名活動を、一律に禁止する条例でしたね。あの条例そのものが、憲法に反するかを、三つの目盛りに当てて、測りました。あれが、法律そのものを測る場面です。これに対して、今日や、前回の博多駅事件で、問題になっているのは、法律そのものの、合憲性ではありません。目の前の一つの証言拒絶や、一つの処分が、許されるか。あるいは、法律の要件——「職業の秘密」を、どう解釈して、あてはめるか、という場面です。
土俵が、違うんです。法律そのものを、測る場面と、目の前の一つの判断を、決める場面。土俵が違えば、使う道具も、違って当然です。この見分け方だけ、覚えておいてください。三層の物差し、それぞれの中身には、今日は、立ち入りません。
⭐ 論文で書く規範:目盛りと天秤の見分け方 違憲審査基準(目盛り)は、主に法律そのものが憲法に反するかどうかを、あらかじめ立てた物差しで測るための道具である。これに対し比較衡量(天秤)が使われるのは、法律の合憲性そのものではなく、目の前の一つの処分・証言拒絶が許されるか、あるいは法律の要件をどう解釈してあてはめるかが問題になる場面である。土俵が違えば、使う道具も違う。 (整理(見分け方・3層の物差し自体は再定義しない))
この見分け方は、これからも、繰り返し使う道具になります。どんな場面で使うのか、一つだけ、予告しておきましょう。公務員の政治的行為が問題になる回で、また、この見分け方を使います。この見分け方を、頭の片隅に置いたまま、放送の話に、移りましょう。
放送の自由——保障はされても、特別な制約がある
図:自前設例
- 新聞社の社説が政策への賛成を打ち出す場面と、もし新聞に放送法4条1項と同じ義務を課したらという対比
- 放送法4条1項が主題・見解に踏み込む規制であることの位置づけ
さて、ここから、話題を変えます。今度は、放送の話です。まず、確認しておきたいのは、放送も、憲法二十一条一項の表現の自由として、保障される、ということです。ここは、当然の前提です。ところが、テレビやラジオの放送局には、新聞には、無い、特別な制約が、かかっています。具体的な場面で、考えてみましょう。ある新聞社が、社説で、特定の政策に、はっきりと、賛成を打ち出したとします。もし、国が法律で、こう義務づけたら、どうなるでしょうか。「新聞は、政治的に公平な報道をしなければならない。意見が対立する論点は、できるだけ多くの角度から、論点を、明らかにしなければならない」。
この義務づけは、まず、違憲と判断される、可能性が、高いはずです。ところが、この、まったく同じ内容の義務を、放送法四条一項が、放送局にだけ、課しています。条文を、確認しましょう。一号から四号まで、四つの号が、並びます。番号の区切りに、耳を置いて、聞いてください。
条文放送法 4条1項
放送法 第四条第一項 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。 一 公安及び善良な風俗を害しないこと。 二 政治的に公平であること。 三 報道は事実をまげないですること。 四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
ここで、以前の回の道具を、思い出してください。内容規制と、内容中立規制の、物差しです。放送法四条一項は、番組の主題や見解に、踏み込んでいます。物差しでいえば、内容規制の側です。「何を、どう伝えるか」という、編集の中身そのものに、国が、要求を、突きつけているんです。だからこそ、問わなければいけません。なぜ、この規制だけが、許されてきたのか。ここで問われているのは、放送法四条一項という法律そのものが、憲法に反しないか。つまり、目盛りの側の場面です。だから、この先は、個別の番組の話ではなく、放送だけを縛ることを、どう正当化するのか、という話になります。次の節で、この、正当化の根拠を、見ていきましょう。
その制約を支えてきた根拠は、今も生きているか
図:正当化根拠の一覧板
- 電波の有限性
- 強烈な影響力、それぞれ当時の説明と今どう説得力を失っているかの対比
放送法四条一項を、正当化する根拠として、従来、二つのことが、挙げられてきました。一つ目は、放送用の電波には、限りがあるということです。二つ目は、放送は、活字メディアより、強烈な影響力を持つ、ということです。直感としては、どちらも自然な感覚です。でも、「なぜ、それで足りるのか」を、自分の言葉で、掘り下げて、みましょう。まず、一つ目、電波の有限性です。地上波の周波数が、限られていたのは、事実です。だから、電波を割り当てられる放送局の数にも、限りがありました。限られた資源を割り当てる以上、公平で、中立な内容を義務づけるのは、仕方ない——そのように言えた時代が、確かにありました。ところが、多チャンネル化や、デジタル化が進んだ結果、扱えるチャンネルの数は、昔とは比較にならないほど、増えました。
「限られた資源だから」という前提そのものが、崩れつつある、と言われています。二つ目、強烈な影響力についても、考えてみましょう。テレビが、新聞より、人を動かしやすい、という直感は、分からなくもありません。でも、それを厳密に裏づける、科学的な根拠は、乏しい、と指摘されています。とりわけ、政治的な公平性という、言論の中身そのものに、踏み込む規制を、正当化するには、この程度の根拠では、足りないはずです。この揺らぎを、押さえておくと、次の話が、深く理解できます。
今どう説明するか——倫理規定説と部分規制論

では、根拠が揺らいでいる中で、今、どう説明されているのか。有力な筋が、二つあります。まだ、判例や通説として、決着がついた話ではありません。一つ目は、倫理規定説です。放送法四条一項を、法的な強制力を持たない、倫理的な規定として読む、という見方です。この見方に立てば、政治的公平や、多角的な論点提示は、放送局が、自主的に守るべき、心構えにとどまります。法的な義務として、強く縛るわけではない、と読むことで、憲法との衝突を、避けようとするんです。さっきの、社説で賛成を打ち出した新聞社を、思い出してください。倫理規定説に立つと、放送局が同じように一方に肩入れしても、それを理由に、国が法的な制裁を科すことは、できません。
二つ目は、部分規制論です。出版や、新聞は、自由にしておき、放送だけを、規制することで、メディア全体として、互いの欠点を、補い合う関係を、作れる、という発想です。全部を、野放しにするより、一部を規制したほうが、メディア環境全体としては、健全になる、という理屈で、規制そのものに、存在する意味を、与えようとする考え方です。こちらも、新聞と放送を、並べてみてください。新聞は、社説で、はっきり賛成と言ってよい。その代わり、放送は、両論を出す。この組み合わせなら、受け手は、どちらの形の情報にも、たどり着けます。
ここが、大事な違いです。倫理規定説は、規定の効力そのものを、弱めることで、合憲だと、説明します。部分規制論は、規制には、正面から、存在する意味があると、理由づけます。もう一つ、踏み込んでおきたいことがあります。この二つは、「救い方の向き」が逆なだけでなく、そもそも、答えている問いが、違います。倫理規定説に立つと、四条一項は、法的な義務では、ありません。だから、反しても、「法的な義務に、違反した」とは、言えなくなります。一方、部分規制論は、放送だけを規制することに意味がある、と説明する議論です。条文が法的な義務かどうかまでを、決めている議論では、ありません。
⭐ 論文で書く規範:放送法4条1項をどう説明するか 倫理規定説(有力)は、放送法4条1項を法的な強制力を持たない倫理規定として読み、その運用の限りで合憲とする——規定の効力そのものを弱めることで救う考え方である。部分規制論(有力)は、出版は自由にしたまま放送だけを規制することで、メディア全体として互いの欠点を補い合う関係を作れるとし、規制の存在そのものに理由を与えることで救う考え方である。判例・通説としての決着はついていない。 (整理(有力説2説・救い方の向きの違い))
どちらも有力に主張されていますが、まだ、決着はついていません。この、二つの筋の違いを、言えるようにしておいてください。
NHK受信料訴訟——知る権利が制度を支える側に回るとき

- NHK受信料訴訟の事案の骨格
- 公共放送(NHK=受信料)と民間放送(広告収入)が並び立つ体制の図
最後の判例です。NHK受信料訴訟を見ていきましょう。事案から、確認します。NHKの放送を、受信できる設備を、設置していながら、受信契約を、結んでいない人がいました。NHKが、その人に対して、契約締結の承諾を求めて、提訴した、という事件です。まず、根拠になっている条文を、確認しましょう。こちらは、一号と二号の、二つが並ぶ形です。
条文放送法 64条1項
放送法 第六十四条第一項 次の各号のいずれかに該当する者は、認可契約条項で定めるところにより、協会と受信契約を締結しなければならない。 一 特定受信設備を設置した者 二 特定必要的配信の受信を開始した者
なお、この六十四条一項は、その後の法改正で、いまの形になりました。最高裁が判断したのは、改正前の——受信設備を設置した者は、協会と契約をしなければならない、という一本の規定です。二号の、配信の受信を開始した者、という部分は、判決の射程の外です。この、受信契約を強制する仕組みが、契約の自由や、知る権利、財産権を、侵害しないか、が、争われました。最高裁は、まず、この制度全体を、どう捉えたのか。そこから、見ていきましょう。判決文には、「二本立て体制」という言葉が出てきます。柱を、二本、立てている、という意味です。放送を支える柱が、二つある、と読んでください。
判例最大判平成29年12月6日(大法廷)
NHK受信料訴訟——公共放送と民間放送の並び立つ体制 「放送法は……公共放送事業者と民間放送事業者とが、各々その長所を発揮するとともに、互いに他を啓もうし、各々その欠点を補い、放送により国民が十分福祉を享受することができるように図るべく、二本立て体制を採ることとしたものである。」
公共放送はNHK、民間放送は、広告収入で番組を作る、テレビ局のことです。この、2つの柱でできた仕組みのもとで、NHKを、存立させ続けること自体は、どう評価されたのか。ここが、いちばん、大事な判示です。
判例最大判平成29年12月6日(大法廷)
NHK受信料訴訟——合理性と立法裁量 「公共放送事業者と民間放送事業者との二本立て体制の下において、前者を担うものとして原告を存立させ……その財政的基盤を受信設備設置者に受信料を負担させることにより確保するものとした仕組みは……憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう合理的なものであると解される……これが憲法上許容される立法裁量の範囲内にあることは、明らかというべきである。」
ここで、大事な注意点があります。「知る権利を充足すべく採用された」と評価されているのは、受信料そのものでは、ありません。主語は、「仕組み」です。公共放送と民間放送、この2つの柱が並び立つ体制のもとで、NHKを存立させ、受信料で財政基盤を確保する——この、制度全体が、合理的だと評価されているんです。ここを縮めると、法的に、不正確になります。主語は、いつも「仕組み」だと、押さえておいてください。ここで、以前の回を、思い出してほしいことがあります。「知る権利」を、いくつかの側面に分けて、見ましたね。どれも、誰の側に立つ権利でしたか。
向きは違っても、立っている場所は、いつも国民の側でした。ところが、この判決では、知る権利が、2つの柱でできた仕組みという制度を、正当化する側に、回っています。国民の側に立っていたはずの知る権利が、ここでは、その国民に契約を義務づける制度を、支える理由に、なっています。この転回を、見逃さないでください。さて、ここで、もう一つ、注意すべき言葉があります。「立法裁量の範囲内」という言い方です。どこまでを国会に任せてよいか、という話で、以前の回で、裁量の広さ、という言葉で見たものです。厳密には、違います。最高裁は、この制度を、厳しい物差しで、審査してはいません。さっきの見分け方でいえば、ここは、目盛りの側です。制度そのものが、憲法に反しないかを、測る場面ですから。
そして、当てられたのは、厳しい目盛りでは、ありませんでした。「立法裁量の範囲内」という、緩やかな枠組みで、処理しているんです。この違いを、意識して押さえてください。では、契約は、いつ成立するのか。ここも、大事な判示です。
判例最大判平成29年12月6日(大法廷)
NHK受信料訴訟——契約成立の時期 「原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当である。」
ここは、ありえた別の作り方と、比べてください。法律が「契約しなければならない」と書いているのだから、設備を置いた瞬間に、契約が自動で成立する——そういう仕組みも、考えられました。でも、最高裁は、そうしていません。承諾しない人には、承諾の意思表示を命じる判決を求めさせ、その判決が確定して、はじめて、契約が成立する、としています。だから、NHKの側が訴えて、判決が確定するまでは、契約は、まだ、無いことになります。最後に、もう一つ、大事な判示があります。
判例最大判平成29年12月6日(大法廷)
NHK受信料訴訟——制度の枠外の視聴の自由 「このような制度の枠を離れて被告が受信設備を用いて放送を視聴する自由が憲法上保障されていると解することはできない。」
受信設備を持っている以上、契約するのが、制度の前提であって、その制度から外れて、視聴だけする自由は、憲法上の権利としては、認められない、としました。ここで、さっきの転回と、つないでください。知る権利は、2つの柱でできた仕組みを、支える理由には、なりました。でも、その同じ知る権利が、制度の外に出た人の、「契約せずに見る自由」までは、支えてくれません。同じ言葉が、どちらの向きに、どこまで働くのか。ここに、線が引かれています。この結果、契約の自由も、知る権利も、財産権も、いずれも、侵害しない、という結論になりました。
「2つの柱でできた仕組みだから合憲」で、終わらせず、この、線の引き方まで、押さえておいてください。
今日の地図(保存版)

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- 次回への橋(発表するつもりのないやりとりはどう守られるか)
では、今日の一問に、戻りましょう。同じ「伝える」なのに、刑事と民事で、そして新聞と放送とで、扱いが変わるのは、なぜか。条文の受け皿の違いでした。刑事訴訟法は、証言拒絶を、限定列挙していて、記者は、そこに入っていない。民事訴訟法は、「職業の秘密」という一般条項を、持っていて、記者の取材源も、そこで争えました。そして、真実発見の要請の強さも、刑事と民事で違う——この、二つの層が、結論を、分けていました。媒体の性質を根拠にした、特別な制約が、放送にだけ、置かれているからでした。ただし、その根拠——電波の有限性と、強烈な影響力——は、今、揺らいでいます。
根拠が揺らいでいるなら、この先、扱いも、変わっていくかもしれません。今日は、そこまで、押さえておいてください。最後に、目盛りと天秤の見分け方も、作りました。法律そのものを測るのか、目の前の一つの判断を測るのか。この見分け方は、また、これから先の回で、使います。今日で、公に向けて流す側の話は、ここまでです。では、発表するつもりのないやりとり——手紙や、電話や、メッセージは、どう守られるんでしょうか。楽しみにしていてください。
参照条文
- 民事訴訟法 190条
- 刑事訴訟法 143条
- 刑事訴訟法 149条
- 民事訴訟法 197条1項3号
- 放送法 4条1項
- 放送法 64条1項