通信の秘密とインターネット——守られるのは中身だけではない
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第3章 人権各論 ㊵/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
なぜ「発表しないやりとり」まで守るのか——21条の地図
図:21条の守備範囲の一覧板
- 1項=公に向けて発表する自由+受け手の自由
- 2項前段=検閲の禁止
- 2項後段=そもそも公表しないやりとりの保護
- 一見正反対に見えるものが同居している違和感
では、本題に入ります。まず、条文を確認しましょう。憲法二十一条には、実は、三つの異なるものが、同居しています。
条文日本国憲法 21条2項
日本国憲法 第二十一条第二項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
しかも、二十一条には、まだ一項があります。一項は、文言のうえでは、送り手が、公に向けて発表する自由を、定めています。まとめると、こうなります。一項は、公に向けて発表する自由(と、受け取る自由)。二項前段は、検閲——行政が、世に出る前に、止めることの禁止。検閲の中身は、以前の回で、詳しく扱いました。今日は、前段は、もうやった、ということで、先に進みます。そして二項後段は、そもそも、公に向けて発表しない、やりとりの保護です。正反対に見える——そこで、立ち止まってほしいんです。なぜ、同じ条文の中に、正反対に見えるものが、同居しているんでしょうか。
ここを「そういうものだ」で流すと、通信の秘密は、「二十一条二項後段に書いてある、以上」という、丸暗記に、落ちてしまいます。答えは、こうです。二十一条が守っているのは、実は、一つのことだけなんです。表現が生まれて、世に出るまでの、全工程です。人は、いきなり、完成した意見を、世に出すわけじゃありません。誰かに相談したり、迷いを打ち明けたり、下書きを見せたりして、そのやりとりを重ねてから、ようやく「これを、世に出そう」という段階に、たどり着きます。もし、その手前のやりとりが、全部、筒抜けになるかもしれないとしたら——安心して、人に話せなくなります。
考えは、まとまりません。まとまらなければ、発表にも、たどり着けません。だから、一項は「世に出す段階そのもの」を、二項前段は「行政が、世に出る前に、止めることの禁止」を、二項後段は「まだ、世に出すかどうかも、決まっていない、その手前の段階」を、それぞれ別の角度から、守っているんです。ここまでが、今日、いちばん大事な、地図の土台です。
趣旨は二層——プライバシーの一局面と、通信を運ぶ者への特別な位置づけ
図:関係図
- 送る側→通信事業者→受け取る側
- 事業者が中身を見ないという約束を国家が担保している構造
では、なぜ、通信の秘密を、わざわざ条文で守るのか。趣旨は、二つの層に、分かれています。一つ目は、十三条——プライバシー権の、一つの現れです。自己に関する情報を、コントロールする権利、でしたね。通信の秘密は、その中の、一つの側面を、明文で保障したもの、と言えます。ここに、二つ目の層が、要ります。二つ目は、通信を運ぶ者を、特別な立場に置くことで、人が安心して他人とやりとりできる状態そのものを、支えるということです。考えてみてください。通信というのは、必ず、誰か第三者の手を、経由します。手紙なら、郵便を運ぶ人。電話なら、回線を提供する事業者です。
図で、確認しましょう。送る側から、受け取る側まで、必ず、間に、第三者が入ります。この第三者が、中身を見てしまえたら、どうなるでしょうか。だから、憲法は、この、間に立つ者にも、守秘の義務を、及ぼしているんです。自前の言い方で、まとめてみます。人に預けないと届かないのに、預けた相手にも中身を見せない、という約束を、国家が担保している——これが、通信の秘密の、もう半分の顔です。プライバシー権だけだと、「自分の情報を、自分でコントロールする」という説明で、終わってしまいます。でも、通信は、コントロールする前に、他人の手を、必ず経由する。この、制度的な保障こそが、通信の秘密の、もう一つの顔なんです。
ここを、押さえておいてください。
守られるのは中身だけではない——「通信」の定義
図:「通信」の定義を境界で歩く一覧板
- 誰でも見られる投稿=1項の問題
- 鍵付きのやりとり=通信に該当
- 大勢だが個々に宛先のある一斉送信=要検討
では、次に、進みます。ここからが、今日の話の、二つ目の柱です。まず、「通信」って、そもそも、何でしょうか。ただ、法律的な定義には、二つの要素が、入ります。一つは、非公開であること。もう一つは、特定の相手との間で、行われること。手段そのものは、問いません。手紙でも、電話でも、電子的なやりとりでも、構いません。この二つの要素で、境界を、歩いてみましょう。まず、誰でも見られる掲示板に、投稿する場合は、どうでしょうか。これは、非公開性が無いので、「通信」ではありません。二十一条一項の、発表する自由の、問題です。次に、鍵をかけた、特定の相手とだけの、やりとりは、どうでしょうか。
これは、まさに「通信」に、当たります。二項後段の、保護の対象です。では、もう一つ。大勢だけど、それぞれに宛先のある、一斉の送信は、どうでしょうか。ここは、まだ、はっきり決着している線引きでは、ありません。考え方としては、送る側にとって、受け取る相手が、たとえ大勢でも「誰か」を、特定できているかどうかが、軸になりそうです。ただ、ここは、試験でも、線引きが効いてくる、要注意のところです。ここまでが、「通信」の、入り口の話でした。
図:外形情報の一覧板
- 内容だけでなく送る側・受け取る側の名前や住んでいる場所、日時や回数にも保障が及ぶ
- 自前設例(深夜の通話記録7日連続、番号は法律事務所の夜間相談窓口)
では、ここからが、今日、いちばん、試験で効くところです。通信の秘密が守るのは、中身だけでしょうか。中身さえ読まれなければ大丈夫、と思いますよね。でも、違います。保護は、中身だけでなく、送る側・受け取る側の名前や、住んでいる場所、やりとりをした日時や、回数にも、及びます。ここで、一度、体感してもらいたいことがあります。ある人の、先月の通話の記録だけを、渡されたとします。中身は、一切、ありません。ただ、深夜零時を過ぎてから、同じ番号に、七日間、連続でかけている、という記録だけが、あるとします。
その番号を調べたら、法律事務所の、夜間相談の窓口だった、としたら、どうでしょう。誰と、いつ、何回、やりとりしたか——それだけの記録から、交友関係も、行動のパターンも、時には、信条まで、復元できてしまいます。プライバシーの回で見た、名前や生年月日の話とは、別の話です。あちらで扱ったのは外延情報——束ねると、重い情報に届く鍵になるから、でした。今日の外形情報は、通信の秘密が、やりとりの外側まで及ぶ、という話です。ここで、少し、考えてみてください。通信の中身を、一度も読まずに、この人の交友関係や、行動パターンが、分かってしまうとしたら——それは、なぜ、危険なんでしょうか。
外側の記録と、預けた相手への信頼が、いまつながりました。もし、この外形の記録が、自由に取れるとしたら——さっき見た、通信事業者への信頼という、趣旨の半分が、空洞化してしまうんです。「外形情報も含む」——ここまで理由を降ろして、押さえておいてください。
それでも破られる場面——押収・破産・信書の検査、そして通信傍受法
図:通信の秘密が破られる3類型の一覧板
- 犯罪捜査=刑訴100条・222条
- 財産の管理・清算=破産法82条
- 施設の規律と矯正=刑事収容施設法127条・222条
- それぞれ別の理由で破っているという整理
ここまでで、通信の秘密が、どこまで守るかを、見てきました。ただ、これで無敵というわけでは、ありません。公共の福祉による、制約に服します。大きく、三つの類型が、あります。一つ目は、犯罪捜査です。条文を、見てみましょう。
条文刑事訴訟法 100条1項
刑事訴訟法 第百条 裁判所は、被告人から発し、又は被告人に対して発した郵便物、信書便物又は電信に関する書類で法令の規定に基づき通信事務を取り扱う者が保管し、又は所持するものを差し押え、又は提出させることができる。
手紙などの信書を含む、郵便物についてです。この条文には、続きもあります。被告人以外の人が出した郵便物でも、事件に関係があると認められる場合は、同じように差し押さえられる、という二項。そして、差し押さえたことを、原則として、発信人か受信人に知らせなければならない、という三項が、続きます。そして、この百条は、裁判所の権限ですが、二百二十二条という条文が、これを、検察官や、検察事務官、司法警察職員による、捜査の場面にも、準用しています。一つ目は、これで、押さえておいてください。二つ目は、財産の管理・清算の場面です。破産した人あての、郵便物を、どう扱うか、という話です。
条文破産法 82条
破産法 第八十二条 破産管財人は、破産者にあてた郵便物等を受け取ったときは、これを開いて見ることができる。 破産者は、破産管財人に対し、破産管財人が受け取った前項の郵便物等の閲覧又は当該郵便物等で破産財団に関しないものの交付を求めることができる。
破産管財人は、破産した人の財産を管理して、債権者に分配する役割を、裁判所から選ばれて務める人のことです。この人が、破産した本人あての郵便物を、開いて見ることができる、と定めているのが、この条文です。破産した人の財産を、正しく把握して、債権者に公平に分配するために、必要な仕組みです。なお、この条文とは別に、八十一条という条文もあって、そちらは、郵便物を、破産管財人あてに転送するよう、裁判所が嘱託できることを、定めています。転送の話は八十一条、開いて見る話は八十二条、と役割が分かれています。三つ目は、施設の規律と、矯正の場面です。
条文刑事収容施設法 127条1項・222条1項
刑事収容施設法 第百二十七条第一項・第二百二十二条第一項 刑事施設の長は、刑事施設の規律及び秩序の維持、受刑者の矯正処遇の適切な実施その他の理由により必要があると認める場合には、その指名する職員に、受刑者が発受する信書について、検査を行わせることができる。 留置業務管理者は、その指名する職員に、未決拘禁者が発受する信書について、検査を行わせるものとする。
百二十七条は、刑事施設にいる、受刑者について。二百二十二条は、留置施設にいる、未決拘禁者について、それぞれ、信書の検査を、認めています。今、三つ、見ましたね。三つとも、「通信の秘密を破ってよい」という点は、同じに見えます。でも、それぞれ、守ろうとしている利益が、別なんです。一つ目は、司法を、正しく働かせるため。二つ目は、債権者全体の、利益を守るため。三つ目は、施設の中の、規律と秩序を守るためです。ここまでが、公共の福祉による、制約の話でした。
図:通信傍受法の一覧板
- 正式名称=犯罪捜査のための通信傍受に関する法律
- 2016年改正で対象犯罪が大幅拡大
- 合憲性への2つの疑い=無関係な通信を事前に排除できない構造・傍受された者の事後救済が不十分
ここに、もう一つ、加えておきたい話があります。通信傍受法という、法律です。正式には——「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」、といいます。通信を、こっそり聞くこと——法律の言葉で、傍受、と言います。一定の犯罪の捜査のために、通信を国家が聞くことを、認めている法律です。ここは、注意が要ります。以前は、対象が、狭く限られていました。でも、平成二十八年の法改正で、対象になる犯罪が、大きく広がりました。殺人や、放火、逮捕・監禁、略取・誘拐、窃盗、強盗、詐欺、恐喝、児童ポルノに関わる罪、なども、対象に含まれています。
ただし、この広がった側の犯罪は、役割を決めて動く集団によるものに、限られています。広がったのは、組織で動く場合の枠、ということです。ここは、正確に、押さえておいてください。そして、この法律には、合憲性に、疑いを示す見解も、あります。二つあります。一つ目は、構造の問題です。令状で、対象をあらかじめ絞っても、通信というものは、実際に聞いてみるまで、無関係かどうか、事前には絞りきれません。たとえば、捜査の対象になっている人の電話に、家族から、夕飯の相談の電話が、かかってくる。事件と無関係だと分かるのは、聞いてしまった後です。
だから、無関係な通信の傍受を、完全には排除できない、という指摘です。二つ目は、傍受された人への、事後的な救済が、十分ではない、という指摘です。ここで、以前の回の道具を、一つだけ、思い出してください。違憲審査基準という目盛りと、比較衡量という天秤の、見分け方です。通信傍受法という、法律そのものが、憲法に反しないか、を問うこの場面は、目盛りを立てる側の話です。三つの目盛りの中身には、今日は、立ち入りません。
インターネット——受け手に固定された国民が、発信者に戻る
図:#3-8aの「受け手への固定化」の裏返しを示す一覧板
さて、ここから、話題を、変えます。インターネットの話です。以前の回で、こう見ましたね。マスメディアが発達すると、情報を発信する人と、受け取る人が、はっきりと分離し、固定化しました。だからこそ、受け手の側から、二十一条を読み直して、知る権利という、考え方が、出てきたんでした。インターネットは、情報の発信が、安く、そして双方向に、できます。この性質が、その固定化を、解くんです。新聞社や、放送局を、通さなくても、一般の国民が、直接、公に向けて発信できる可能性が、開かれました。昔なら、新聞に投書しても、載せるかどうかを決めるのは、他人でした。今は、同じ内容を、自分の判断で、そのまま出せます。
受け手への固定化を出発点にした、あの回の話が、ここで、逆転します。
だから強く規制してよい、という向き——匿名性と違法な表現

ただし、この、安く双方向に発信できる、という性質は、いいことばかりでは、ありません。誰が発信したか、分からない状態で、発信できてしまう——匿名性です。これを利用した、違法な表現が、氾濫している、という現状が、あります。わいせつな表現、名誉を傷つける表現、他人のプライバシーを侵す表現、薬物の売買につながる情報、などです。だから、こういう指摘が、有力に、主張されています。従来の表現とは違う、特別な制約が、許されるべきだ、という見解です。通説とまでは、言い切れません。有力な見解、という段階です。ここで、大事な接続を、しておきます。そもそも、なぜ、匿名で、発信できてしまうんでしょうか。
発信者が誰かを、簡単には突き止められない、という匿名性の土台には、今日の前半で見た、通信の秘密の保障が、あるんです。今日の話は、ここで一本に、つながります。
だから規制を緩めてよい、という向き——対抗言論の法理
図:同じ「安価で双方的」という性質から出る逆向きの2議論の対比板
- 強める=匿名を利用した被害の拡散
- 弱める=反論の容易さで名誉毀損の成立範囲を狭める余地
では、逆方向の議論も、見てみましょう。匿名性の話とは、正反対の方向です。ここで、鍵になる考え方が、対抗言論の法理です。言論には、言論で、対抗するべきだ——という考え方です。インターネットでは、名誉を傷つけるような表現に対して、言論で対抗することが、比較的、容易です。反論できるということは、間違った情報が、その場で正されうる、ということです。以前の回で見た、思想の自由市場——意見の競争の中で、正しい考えが生き残る、という発想が、ここでも働きます。だから、こういう議論が、出てきます。名誉毀損が成立する範囲を、通常の表現より、狭く解釈してもいいのではないか、という余地です。
ここで、一度、考えてみてください。同じ「安く、双方向」という性質から、規制を強めるべきだ、という主張と、弱めるべきだ、という主張の、両方が出てきます。なぜだと思いますか。もう少し、踏み込みましょう。具体的な場面で、考えてみます。ある飲食店について、匿名の投稿者が、「衛生管理がひどく、異物が混入していた」という、虚偽の書き込みを、誰でも見られる掲示板に、載せたとします。匿名だから、平気で嘘を、書けてしまう——これが、強める理由でした。でも、同じ掲示板で、お店の側も、その場で、「そのような事実はありません」と、反論を、出せます。
同じ事実が、片方では、被害が拡散する理由になり、もう片方では、救済が容易になる理由になっている——どちらが正しいか、ではなく、事実の評価の向きが、場面によって、変わっているだけなんです。では、この対立に、最高裁は、どう答えたのか。次に、見ていきましょう。
最高裁の答え——相当性の法理は緩和しない

実際に、争われた事件があります。インターネット上の、個人利用者による、名誉毀損が、問われた事件です。ある人が、自分で運営するホームページに、加盟店を募集していた会社について、その会社自体がカルト集団だ、という虚偽の内容の文章を、掲載しました。誰でも読める状態に、していたんです。この会社への、名誉毀損の罪が、問われました。争われたのは、こういう点です。書いた事実を、真実だと誤って信じたことに、「確実な資料や、根拠に照らして、相当の理由」が、あったといえるか。以前の回で、扱った、あの事件を、覚えていますか。確実な資料や、根拠に照らして、相当の理由があれば、誤信でも、犯罪の故意が無く、名誉毀損の罪は、成立しない——というあの仕組みに、ここで、名前を付けます。相当性の法理、です。
中身は、以前の回で、すでに見たとおりです。名前だけ、この回で、初めて、付けています。では、この、インターネット上の事件で、最高裁は、どう判断したのか。
判例最高裁判所第一小法廷決定(平成22年3月15日・刑集64巻2号1頁)
インターネット上の名誉毀損——事案 被告人は、自ら運営するホームページに、フランチャイズ方式で加盟店を募集していた会社について、同社がカルト集団であるという虚偽の内容と、同社が虚偽の広告をしているかのような内容を掲載し、不特定多数が閲覧できる状態にした。名誉毀損罪の成否が争われた。
では、最高裁の、判断を見てみましょう。
判例最高裁判所第一小法廷決定(平成22年3月15日・刑集64巻2号1頁)
インターネット上の名誉毀損——相当性の法理を緩和しない 摘示事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らし相当の理由があったとはいえない——相当性の法理を緩和する必要はないとした。理由は、二つある。インターネットの個人利用者が発信した情報だからといって、閲覧者が一律に信頼性の低い情報として受け取るとは限らないこと。そして、インターネット上の表現は瞬時に不特定多数が閲覧できる状態になり、名誉毀損の被害は深刻なものとなり得るうえ、一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないこと。
ここが、大事なところです。学説は、緩める方向の議論を、していました。でも、最高裁は、逆方向——緩めない、という判断を、下したんです。理由は、二つです。一つ目は、インターネットの、個人が発信した情報だからといって、読む人が、一律に、信頼性が低いと、受け取るとは限らない、ということ。もう一つは、インターネットの表現は、一瞬で、不特定多数が読める状態になり、名誉毀損の被害は、深刻になりうるし、一度損なわれた名誉は、簡単には、取り戻せない、ということです。そして最高裁は、ここにもう一言、付け加えています。インターネット上で反論できるからといって、それで名誉の回復が十分に図られる保証があるわけでもない、と。
学説が「反論が容易だから、緩めてよい」と言ったところに、最高裁は「反論できても、元には戻らない」と、返したんです。学説の方向と、判例の方向が、逆になっている——ここを、正確に押さえておいてください。ただ、射程は、正確に見ておいてください。最高裁が言ったのは、インターネットだから、緩めなくてよい、ということまでです。インターネットだから、通常より厳しく見てよい——とまでは、言っていません。
表現活動への公権力の支援——禁止していないのに、市場が歪むとき
図:政府言論の危険性と14条1項で書く理由の一覧板
最後に、もう一つだけ、場面を見ておきます。今日はここまで、表現を、規制する側から、二十一条を見てきました。最後は、規制していないのに、二十一条の問題が起きる場面です。そして、この場面には、以前の回で、保留にした話があります。政府が自分で語る場面を見たとき、私人に語らせる場合は、別の問題になる、と。政府が、優れた表現作品を、選んで、支援すること自体は、従来から、広く認められてきました。ここまでは、当然の前提です。ただ、近年、危険視されている場面が、あります。政府が、自分自身が言論の主体であることを、明かさないまま、ある方向の意見を、後押しする——という場面です。
たとえば、こう考えてみてください。ある政策を応援する内容の映画には、制作の助成金を出す。でも、その政策を批判する内容の映画には、出さない。この選び方を、政府が、自分が発信者だと明かさずに、やってしまう場面です。禁止していないのに問題になる——ここが、難しいところです。支援しないだけで、発表そのものを、止めているわけでは、ありません。でも、支援する側とされない側で、世に出やすさが変わっていくと——禁止されていないのに、思想の自由市場が、歪んでしまいます。規制ではなく、支援の側から、市場が侵される場面、ということです。では、この問題、答案では、どう処理するのがよいでしょうか。二十一条から、直接、書きたくなるかもしれません。でも、支援しないこと自体は、表現の禁止では、ないので、二十一条だけでは、構成しづらいんです。
援助を受ける人と、受けない人との、差別として捉えると、十四条一項——法の下の平等の、審査の型に、載せられます。以前の回で見た、区別に合理的な理由があるかを測る、あの型です。ここは、通説というより、答案戦略上の、選び方です。「禁止はしていないけれど、扱いに差がある」という構造は、二十一条より、十四条一項の方が、扱いやすいんです。
今日の地図(保存版)

- 今日の1問への回答
- 21条の地図の完成版(1項/2項前段/2項後段)
- 次回への橋(何で伝えるかから誰が語るかへ)
では、今日の一問に、戻りましょう。なぜ、表現の自由の条文が、発表しないやりとりまで、名指しで守るのか。発表する自由は、その手前の、安心してやりとりできる過程に、支えられているからです。安心して話せなければ、考えはまとまらず、発表にも、たどり着けません。もう一つの問い——インターネットは、なぜ、規制を強める理由にも、弱める理由にもなるのか。事実は一つ、評価の向きが、場面で変わるだけでした。最後に、今日立てた地図を、完成させておきましょう。一項——公に向けて発表する自由と、受け手の自由。二項前段——検閲の禁止。二項後段——そもそも公表しないやりとりの保護。
今日で、何を使って伝えるか——媒体と場の話は、ここまでです。次は、誰が語るかで、扱いが変わる場面に、進みます。楽しみにしていてください。
参照条文
- 日本国憲法 21条2項
- 刑事訴訟法 100条1項
- 破産法 82条
- 刑事収容施設法 127条1項・222条1項