憲法ゼロから憲法#42

裁判官の表現の自由と選挙運動の自由

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三つの要素の物差しはどこまで広がったか

定義三つの要素の物差しは、公務員の政治活動の規制について最高裁が立てた枠組みです。

規制を疑う三層の目盛りのうち、いちばん緩い合理性の基準を当てたものです。

  • 一つ目:禁止の目的が正当か。
  • 二つ目:目的と禁止との間に合理的関連性があるか。
  • 三つ目:禁止により得られる利益と失われる利益との均衡を失していないか。

結論この物差しは、公務員という特別な関係を理由に生まれました。

それが、裁判官の場面と、誰にでも及ぶ選挙運動の場面にまで広がりました。

注意表現の自由が負けるときには、この物差しすら出てこない負け方もあります(第10節)。

裁判官は「特別の中の特別」(76条3項)

三つの要素の物差しは、公務員という特別な関係を理由に生まれました。
では、公務員の中でも、裁判官への要請はなぜ特に強いのでしょうか。

憲法76条3項から、独立の意味を経て、外見上も中立・公正を害さないという要請へ降りる流れ

裁判官の独立

定義ここでいう独立とは、誰からも指図されないことです。

内閣からも、国会からも、上司にあたる裁判官からも指図されません。

条文76条3項が、裁判官の独立を定めています。

76条|第六章 司法(76〜82条)3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

外見上の中立・公正(寺西判事補事件)

結論最高裁は、裁判官に外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことを求めます。

理由司法に対する国民の信頼は、外見的にも中立・公正な裁判官の態度によって支えられるからです。

具体例法案に反対する運動の集会に出た裁判官が、後日その法案に関わる事件で判決を書く場合です。

判決の中身が正しくても、負けた側は中身を読む前に公正さを疑います。

判断が実際に歪んでいたかとは別のところで、信頼が落ちます。

注意実際に不公平な裁判をしていなくても、外見上の中立・公正が問われます。

中身が公正であるだけでは足りません。

寺西判事補事件外見上も、中立・公正を害さない……裁判官は、独立して中立・公正な立場に立ってその職務を行わなければならないのであるが、外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことが要請される。司法に対する国民の信頼は、具体的な裁判の内容の公正、裁判運営の適正はもとより当然のこととして、外見的にも中立・公正な裁判官の態度によって支えられるからである。裁判官への要請は、なぜ特に強いのか(決定の二か所から)……現行憲法下における我が国の裁判官は、違憲立法審査権を有し、法令や処分の憲法適合性を審査することができ、また、行政事件や国家賠償請求事件などを取り扱い、立法府や行政府の行為の適否を判断する権限を有しているのであるから、特にその要請が強い……。

裁判の存立する基礎

結論裁判官が政治の方向に影響を与える行動に及ぶことは、裁判の存立する基礎を崩すとされます。

理由判決が受け入れられるのは、最後は裁判への信頼があるからです。

信頼が崩れれば、判決という仕組みそのものが機能しなくなります。

注意そうした行動は、立法権や行政権に対する不当な干渉、侵害にもつながるとされます。

一般職の国家公務員より強い要請

結論裁判官に対する政治運動禁止の要請は、一般職の国家公務員に対する政治的行為禁止の要請より強いとされます。

理由決定は、次の2つを挙げます。

  • 目的の重要性:裁判官は違憲立法審査権を持ち、立法府や行政府の行為の適否を判断する権限を持ちます。そのため、中立・公正の要請が特に強くなります。
  • 司法権の主体:裁判官は、単独で又は合議体の一員として、司法権を行使する主体です。

根拠と限度を個別に問う

結論国家と特別な関係に立つ人は、一括りの身分として扱わず、関係ごとに根拠と限度を個別に問い直します。

裁判官という関係では、根拠は本節の要請です。

限度には、第3節で見る捻れがあります。

禁止はいちばん強いのに、制裁はいちばん軽い

裁判官への要請は、一般職の国家公務員より強いとされます。
では、その禁止に違反したとき、どのような制裁があるのでしょうか。

国家公務員・地方公務員・裁判官の三段で、禁止の定め方(限定列挙か列挙なしか)と違反の効果(刑罰の有無)を比べた表

分限裁判と懲戒

定義分限裁判とは、裁判官の身分について、裁判所が裁判の形で決める手続です。

結論裁判所法52条1号の禁止に違反しても、罰則はありません。

制裁は、分限裁判による懲戒だけです。

条文懲戒の中身は、裁判官分限法2条の戒告又は一万円以下の過料です。

減給・停職・免職はありません。

注意過料は刑罰ではありません。

前科もつかないので、罰則が無いことと矛盾しません。

  • 左の行為:52条柱書の「左の行為」は、縦書きを前提にした古い言い回しで、「次に掲げる行為」のことです。

52条|裁判所法 第四編 裁判所の職員及び司法修習生 第一章 裁判官(39〜52条)裁判官は、在任中、左の行為をすることができない。一 国会若しくは地方公共団体の議会の議員となり、又は積極的に政治運動をすること。(略)

2条|裁判官分限法裁判官の懲戒は、戒告又は一万円以下の過料とする。

捻れの答え

結論禁止は最も強く、制裁は最も軽いという捻れは、矛盾ではなく噛み合っています。

条文身分保障について、78条は、裁判官の懲戒処分を行政機関が行えないと定めています。

理由決定自身が、列挙の有無の理由を述べています。

  • 国家公務員:違反が懲戒だけでなく刑罰の対象にもなります。処分する側の恣意的な解釈や運用を防ぐため、人事院規則が禁止行為を限定列挙しています。
  • 裁判官:強い身分保障の下で、懲戒は裁判によってのみ行われます。しかも違反行為に刑罰を科する規定が置かれていないので、「積極的に政治運動をすること」の一行で足ります。

注意この捻れは、第5節の明確性の判断につながります。

78条|第六章 司法(76〜82条)裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。

寺西判事補事件:事案と手続

裁判所法52条1号は、裁判官が積極的に政治運動をすることを禁じています。
では、どのような行為がこれに当たるとされたのでしょうか。

寺西判事補事件の関係図(集会実行委員会が判事補にパネリストを依頼し承諾、所長が集会の9日前に警告、判事補は当日一般参加者席から発言、仙台高裁の分限裁判が戒告し最高裁大法廷が抗告棄却)

事案

事案現職の判事補が、法案に反対する集会の会場で発言しました。

  • 立場:仙台地方裁判所と家庭裁判所の判事補で、簡易裁判所の判事も兼ねていました。前年には、裁判官であることを明らかにして、令状審査の実態を批判する投書を新聞にしていました。
  • 法案:組織的な犯罪を処罰する法案、通信を傍受する法案、刑事訴訟法の一部改正案が国会にかかっていました。
  • 依頼と承諾:法案に反対する運動を担う団体が集会を企画し、判事補はパネリストとしての参加をいったん承諾しました。参加はビラとネット上の告知で、事前に広く知らされました。
  • 警告:集会の9日前、所属する裁判所の所長がビラを示して事実を確認しました。判事補は、懲戒もあり得るというなら再考すると述べました。
  • 当日の発言:パネリストの席には座らず、直前に一般参加者の席から数分間発言しました。判事補であることを明らかにし、所長から懲戒処分もあり得るとの警告を受けたので参加は取りやめた、と述べました。法案に反対の立場で発言しても積極的な政治運動に当たるとは考えないが、パネリストとしての発言は辞退する、とも述べました。

結論最高裁は、この行為が52条1号の「積極的に政治運動をすること」に当たるとしました。

  • 発言の評価:法案は令状主義に照らして問題があり、廃案を求めることは正当だという意見を、参加者に伝えたものとされました。
  • 役割:廃案を求める運動を、支援し推進する役割を果たしたと評価されました。

注意発言そのものは、法案への賛否を述べていません。

手続の流れ

結論仙台高等裁判所が、分限裁判で判事補を戒告としました。

判事補が即時抗告し、最高裁は抗告棄却としたので、戒告が確定しました。

刑事事件ではない

結論寺西判事補事件は刑事事件ではなく、分限裁判(懲戒)です。

  • 刑事事件:起訴されて有罪か無罪かが争われ、罰金や拘禁刑が問題になります。公務員の政治活動をめぐる猿払事件・堀越事件は、こちらです。
  • 分限裁判:起訴も有罪もなく、制裁は戒告か過料にとどまります。

注意同じ物差しが使われても、当たっている先が違います。

「処罰」「有罪」の話と混ぜないようにします。

反対意見

結論15人の裁判官のうち、5人が反対意見を述べました。

  • 限界事例:反対意見の一つは、この事件を「限界事例」と呼び、多数意見の評価は「いわばぎりぎりの解釈」によるとしています。

注意反対意見は法廷意見ではなく、裁判所そのものの判断ではありません。

寺西判事補事件:三つの要素と明確性

寺西判事補事件では、発言が裁判所法52条1号に当たるとされました。
では、この禁止が表現の自由に反しないかを、最高裁はどう測ったのでしょうか。

三つの要素とあてはめ

結論最高裁は、三つの要素を満たすなら、禁止は21条1項に違反しないとしました。

  • 目的:裁判官の独立及び中立・公正の確保、裁判に対する国民の信頼の維持、三権分立の下での司法と立法・行政のあるべき関係の規律にあるとして、「もとより正当」としました。
  • 関連性:「明らかである」の一言です。
  • 均衡:「単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎず」、得られる利益は失われる利益に比して「更に重要」としました。

注意決定の全文に、「猿払」という言葉は一度も出てきません。

猿払事件の判決を事件番号で引いているだけで、「猿払基準」は後から学界が付けた名前です。

正確には、同じ三つの要素がそのまま出てくる、と言います。

寺西判事補事件同じ三つの要素と、文言の明確性……右の禁止の目的が正当であって、その目的と禁止との間に合理的関連性があり、禁止により得られる利益と失われる利益との均衡を失するものでないなら、憲法二一条一項に違反しないというべきである。

文言の明確性

定義最高裁は、「積極的に政治運動をすること」を次のように定義しました。

  • 中身:組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるものです。
  • 判断の仕方:行為の内容・経緯・場所などの客観的な事情に加え、その裁判官の意図等の主観的な事情も総合して決めます。

結論この文言が文面上不明確であるともいえないとしました。

理由明確性を判断する前に、判文が自ら定義を与えているからです。

解釈で定義を与える形で足りるのは、懲戒が裁判で行われ、刑罰も無い仕組みだからです(第3節の捻れ)。

注意処分する側が勝手に広げられる仕組みなら、定義だけでは足りません。

法律の側で、細かく限定列挙しておく必要が出てきます。

岡口判事の事件:条文が違い、物差しが出てこない

寺西判事補事件は、三つの要素で測られました。
では、同じ裁判官の事件なら、いつも同じ物差しが出てくるのでしょうか。

事案

事案現職の東京高等裁判所判事が、実名の付いたアカウントで投稿しました。

  • 状況:裁判官であることが、不特定多数に知られている状況でした。
  • 積み重ね:本件の前に、2度の厳重注意を受けていました(1度目は口頭、2度目は書面)。2度目は、ある事件の判決についての投稿で、被害者の遺族の感情を傷つけたものです。本件の投稿は、そのわずか2か月後でした。
  • 投稿の中身:自分が担当していない、すでに確定した民事訴訟(犬の返還などを求めた事件)についての投稿です。報道記事にアクセスできるようにしたうえで、提訴行為を不当と評価し、からかうともとれる表現で当事者の感情を傷つけました。

結論分限裁判で、戒告とされました。

注意一回の投稿でいきなり処分された事件ではなく、積み重ねの上での処分です。

条文が違う

結論問題になったのは、裁判所法49条の「品位を辱める行状」です。

注意寺西判事補事件の52条1号(積極的に政治運動をすること)と混ぜないようにします。

参照された条文に52条は入っておらず、政治活動の自由の話ではありません。

49条|裁判所法 第四編 裁判所の職員及び司法修習生 第一章 裁判官(39〜52条)裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。

私生活にも及ぶ義務と「品位を辱める行状」

定義「品位を辱める行状」とは、職務上の行為であると、純然たる私的行為であるとを問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、又は裁判の公正を疑わせるような言動をいいます。

結論裁判官は、職務を離れた私人としての生活においても、その職責と相いれないような行為をしてはならないとされました。

裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけないよう、慎重に行動すべき義務を負います。

注意私生活にまで及ぶ義務は、寺西判事補事件の「外見上の中立・公正」と同じ根から出ています。

岡口判事の事件私生活にも及ぶ義務と、「品位を辱める行状」裁判官は、職務を遂行するに際してはもとより、職務を離れた私人としての生活においても、その職責と相いれないような行為をしてはならず、また、裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけることのないように、慎重に行動すべき義務を負っているものというべきである……。

憲法に触れた一文

結論決定は、憲法上の表現の自由の保障は裁判官にも及ぶと認めています。

そのうえで、行為は表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱したとしました。

注意どこからが限度なのかは、書かれていません。

岡口判事の事件最高裁判所大法廷決定憲法に触れた、ただ一文なお、憲法上の表現の自由の保障は裁判官にも及び、裁判官も一市民としてその自由を有することは当然であるが、被申立人の上記行為は、表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱したものといわざるを得ないものであって、これが懲戒の対象となることは明らかである。

物差しの言葉が出てこない

結論法廷意見には、物差しの言葉が一つも出てきません。

  • 出てこない:目的・合理的関連性・均衡・間接的・付随的・審査基準・比較衡量の語と、憲法21条という条数です。
  • 出てくる:裁判所法49条の「品位を辱める行状」の解釈だけです。

注意寺西判事補事件は、緩くても物差しを示していました。

この事件は、物差しを示さないまま結論に着いています。

  • 理由の不在:なぜ憲法の枠組みを通さずに済んだのかは、決定のどこにも示されていません。
  • 補足意見の語:「間接的」は補足意見に一度だけ出ますが、規制論の話ではありません。

学説の批判

結論学説からは、戒告は行きすぎだという批判があります。

理由投稿がしたのは、決着した裁判の中身を人目に触れるところへ出しただけではないか、という見方です。

裁判所の仕事が世の中に見えるようになるなら、裁判官の役目からむしろ外れていない、とされます。

注意当事者の感情を傷つけた点は、別に評価が要ります。

補足意見

結論法廷意見は全員一致で、3人の裁判官の補足意見が付いています。

  • 保護:現役の裁判官が思うところを表現することも、憲法の保障する表現の自由で保護されるべきことはいうまでもない、と述べます。
  • 萎縮への配慮:本件のような事例で、一国民としての裁判官の発信が無用に萎縮することのないように、念のため申し添えています。

注意補足意見は法廷意見ではありません。

法廷意見が示さなかった枠組みの穴を、補足意見が埋めにいっていると読めます。

その後の罷免

定義弾劾裁判所とは、国会が設ける別の裁判所です。

懲戒ではなく、辞めさせるかどうか(罷免)を決めます。

結論この判事は、その後、別の投稿も含めて罷免の訴追を受け、弾劾裁判所の判決で罷免されました。

注意弾劾は、分限裁判とは別の手続です。

選挙運動の自由と戸別訪問の禁止(公職選挙法138条1項)

ここからは、身分の話ではなく、選挙運動の場面です。
では、選挙運動の自由はどう保障され、どの規定で制約されているのでしょうか。

選挙運動の自由

結論選挙運動をする自由も、21条1項で保障されます。

理由誰に投票してほしいかを訴えるのは、政治的な意見の表明そのものだからです。

注意選挙運動には細かい規制が多くありますが、本節では戸別訪問の禁止だけを扱います。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

戸別訪問の禁止

定義戸別訪問とは、有権者の家を一軒ずつ訪ねて、投票を頼む行為です。

結論公職選挙法138条1項は、戸別訪問を禁止しています。

条文主語は「何人も」です。

候補者・運動員・公務員に限らず、一般の人も対象になります。

違反すると、一年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金です(239条1項3号)。

注意身分と関係なく誰にでも及ぶ禁止に、刑罰が付いています。

この「何人も」が、第8節の分かれ目になります。

138条|公職選挙法 第十三章 選挙運動(129〜178条の3)1項:何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて戸別訪問をすることができない。

学説:より制限の少ない手段があるので違憲

戸別訪問の弊害ごとに、より制限の少ない手段(買収の事後処罰・訪問時間帯の制限・戸別訪問に限らない問題)を当てた表

定義情実とは、義理や人づきあいで投票先を決めてしまうことです。

結論学説では、戸別訪問の禁止を違憲とする見解が有力です。

理由より制限の少ない手段(LRA)があるなら、そちらを使うべきだからです。

弊害ごとに代わりの手段を当てると、全面的に禁じなくても目的は達せられそうです。

注意代わりの手段を一つずつ挙げる形なので、論文でもあてはめを厚く書けます。

戸別訪問禁止規定事件:物差しが身分を離れた

学説は、より制限の少ない手段があるとして、戸別訪問の禁止を違憲とします。
では、最高裁はこの禁止をどう判断したのでしょうか。

戸別訪問禁止規定事件の関係図(投票を依頼した二人が選挙人の家を五戸・七戸訪問し起訴、第一審・控訴審は138条1項を21条違反として無罪、最高裁は破棄差戻)

事案

事案衆議院議員の総選挙で、島根県の選挙区の候補者に投票を得させる目的で、2人が選挙人の家を訪ねて投票を依頼しました。

  • 戸数:一人は5戸、もう一人は7戸です。
  • 身分:2人は候補者ではなく、判決文に公務員だという記載もありません。
  • 経過:第一審は138条1項を21条違反として無罪とし、控訴審もその無罪を維持しました。

結論最高裁は、原判決を破棄して差し戻しました。

注意有罪が確定したのではありません。

最高裁がしたのは、破棄して差し戻すところまでです。

目的と関連性

結論最高裁は、禁止のねらいが意見表明そのものの制約ではなく、意見表明の手段方法のもたらす弊害の防止にあるとしました。

  • 買収:戸別訪問が、買収、利害誘導等の温床になり易いこと。
  • 平穏:選挙人の生活の平穏を害すること。
  • 出費:候補者側も訪問回数等を競う煩に耐えられなくなり、多額の出費を余儀なくされること。
  • 情実:投票も情実に支配され易くなること。
  • 関連性:目的は正当で、弊害を総体としてみると、一律に禁止することと目的との間に合理的な関連性があるとしました。

注意一つ一つの弊害について、代わりの手段があるかは問いません。

学説と同じ弊害を見ているのに、結論が逆になります。

戸別訪問禁止規定事件ねらいは、手段方法のもたらす弊害の防止戸別訪問の禁止は、意見表明そのものの制約を目的とするものではなく、意見表明の手段方法のもたらす弊害、すなわち、戸別訪問が買収、利害誘導等の温床になり易く、選挙人の生活の平穏を害するほか、これが放任されれば、候補者側も訪問回数等を競う煩に耐えられなくなるうえに多額の出費を余儀なくされ、投票も情実に支配され易くなるなどの弊害を防止し、もつて選挙の自由と公正を確保することを目的としているところ……。

均衡と立法政策

結論失われる利益は、単に手段方法の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎないとされました。

得られる利益ははるかに大きいので、規定は合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、21条に違反しないとしました。

理由この禁止は、戸別訪問以外の手段方法による意見表明の自由を制約するものではないからです。

注意一律に禁止するかどうかは、専ら選挙の自由と公正を確保する見地からする立法政策の問題とも述べています。

国会がその裁量の範囲内で決定した政策は尊重されなければならない、とされ、これがいちばん緩い物差しの正体です。

  • 内容中立規制:この禁止を、表現の内容ではなく方法への規制(内容中立規制)と位置づける読み方もあります。

戸別訪問禁止規定事件間接的、付随的な制約と、立法政策の問題……戸別訪問の禁止によつて失われる利益は、それにより戸別訪問という手段方法による意見表明の自由が制約されることではあるが、それは、もとより戸別訪問以外の手段方法による意見表明の自由を制約するものではなく、単に手段方法の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎない反面……得られる利益は失われる利益に比してはるかに大きいということができる。以上によれば、戸別訪問を一律に禁止している公職選挙法一三八条一項の規定は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法二一条に違反するものではない。

物差しが身分を離れた理由

結論三つの要素は公務員という関係を理由に生まれましたが、公務員の記載の無い被告人の事件でも、そのまま使われました。

理由「意見表明そのものではなく、手段方法の弊害をねらった」という線の引き方は、行為者が誰であるかを一言も必要としないからです。

身分を使わずに組み立てた論法なので、身分のない場面へそのまま持ち出せました。

学説の批判と、この一段に入らない規制

結論表現の「方法」への規制は、ねらいを「弊害の防止」と言い換えれば、ほとんどがこの一段を通り、緩い物差しで測ってよくなります。

入るか入らないかが、当たる物差しを決めます。

具体例ビラの配り方、看板の立て方、拡声器の使い方の規制です。

注意学説は、緩さが際限なく広がる点を批判します。

  • 内容規制:意見の中身そのものをねらった規制(特定の政党を支持する言論だけを禁じる等)は、「ねらいは弊害の防止だ」と言い換えるのに無理があるので、この一段を通りません。
  • 学説の上書き:形の上では方法への規制でも、規制される行為の大半が表現行為なら、実質で見て直接的規制として扱います。

政見放送削除事件:天秤に載る前に切られる

戸別訪問の禁止は、三つの要素で合憲とされました。
では、表現の自由の主張が、物差しに載る前に退けられることはあるのでしょうか。

事案

事案参議院の比例代表選出議員の選挙で、候補者が所属する政治団体の政見の録画を行いました。

  • 削除:放送事業者が、当時社会的に許容されないとされていた表現を用いた部分の音声を削除して放送しました。
  • 請求:候補者側は、そのまま放送される権利を侵害されたとして、損害賠償を請求しました。

注意法令が憲法違反だと争った訴訟ではなく、不法行為の成否が問われた事件です。

公職選挙法150条の2

条文150条の2は、政見放送で、他人の名誉を傷つけたり善良な風俗を害したりするなど、品位を損なう言動をしてはならないと定めています。

注意この条文の名宛人は、候補者や政党の側です。

放送する側ではなく、話す側に課された決まりです。

判旨

結論規定に違反する言動がそのまま放送される利益は、法的に保護された利益とはいえないとされました。

そのまま放送されなかったとしても、不法行為法上、法的利益の侵害があったとはいえないとしました。

理由150条の2は、品位を損なう言動が放送されることによる弊害を防止する目的で、そうした言動を禁止したものだからです。

注意表現の自由の重さと他の利益を天秤で比べたのではなく、主張を入口で切っています。

  • 石井記者事件との違い:同じ入口で切る形でも、あちらで切られたのは証言を拒める権利があるという主張です。こちらで切られたのは、そのまま放送される利益があるという主張です。

政見放送削除事件法的に保護された利益とはいえない……(当該部分は)……他人の名誉を傷つけ善良な風俗を害する等政見放送としての品位を損なう言動を禁止した公職選挙法一五〇条の二の規定に違反するものである。

判決が答えた問いの範囲

結論この判決が答えたのは、削除が不法行為になるかどうかです。

注意判決が答えた範囲を超えて要約しないようにします。

  • 削除の可否:「放送事業者は削除してよい」と述べた判決ではありません。
  • 法令の合憲性:品位を保てと定めた条文そのものが表現の自由に反するか、には立ち入っていません。
  • 補足意見:法廷意見は削除行為の適否に全く触れていない、と明言しています。そのうえで一般論として、削除は放送に関する規定に違反する行為と見ざるを得ない、と述べています。補足意見は法廷意見ではありません。

負け方の三つの型

四つの事件は、いずれも表現の自由の主張が退けられた事件です。
では、その退けられ方は同じなのでしょうか。

四つの事件を、誰が・何をして・どの道具で測って・どう負けたかで並べた対比表

結論同じ表現の自由の事件でも、測り方は三種類あり、負け方にも三つの型があります。

  • 緩い物差しで負ける:寺西判事補事件・戸別訪問禁止規定事件です。
  • 枠組みが示されない:岡口判事の事件です。
  • 利益と認められない:政見放送削除事件です。

負け方の三つの型と、それぞれ答案で争う場所(物差しの選択・基準を示させること・保護に値する利益であること)の表

注意型が違えば、答案で争う場所が変わります。

三つ目の型では、順序が一つ手前に戻り、保護に値する利益であることを立てなければ、天秤に載せてもらえません。

「大法廷」の二つの意味

寺西判事補事件と岡口判事の事件は、どちらも大法廷の決定です。
では、判例を変更するほど重い事件だったのでしょうか。

大法廷になる二つの理由(判例変更=裁判所法10条3号・事件の重さ/分限事件=裁判官分限法4条・手続の種類で自動的に決まる)の表

結論裁判官の分限事件が大法廷なのは、事件の重さではなく、手続の種類で決まっているからです。

条文裁判官分限法4条が、分限事件は最高裁判所では大法廷で取り扱うと定めています。

注意判例を変更するときは大法廷によらなければならない、という裁判所法10条3号の話も、そのまま生きています。

判決文が大法廷であれば、どちらの意味の大法廷かをまず確かめます。

4条|裁判官分限法分限事件は、高等裁判所においては、五人の裁判官の合議体で、最高裁判所においては、大法廷で、これを取り扱う。

三つの要素の物差しの現在地

三つの要素の物差しは、裁判官と選挙運動の場面にまで広がりました。
では、この物差しは今どうなっているのでしょうか。

結論場面ごとに、現在地が違います。

  • 公務員の場面:後から出た判決は、この物差しを使わず、道具を持ち替えました。
  • 裁判官・戸別訪問:これを変更する旨の判示は、出ていません。

注意「猿払基準は否定された」と、ひとまとめに覚えないようにします。

今も通用する基準だと評価するのではなく、変更する判示が出ていないという事実として押さえます。

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