国会議員の特権——議員個人を守って、何を守るのか
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第4章 統治 #65/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
今日の地図——特権は3つ、そして今日は「人」の回
図:特権は3つ
- ①不逮捕特権=憲法50条
- ②免責特権=憲法51条
- ③歳費受領権=憲法49条
前回、緊急集会の参議院議員にも、二つの特権が認められると言いました。前回のその二つの特権とは、何だったか覚えていますか?不逮捕特権と免責特権、この二つでした。今日は、その中身を丁寧に開いていきます。国会議員の特権は、実は三つあります。一つ目は不逮捕特権、五十条です。二つ目は免責特権、五十一条です。三つ目は歳費受領権、四十九条です。歳費というのは、議員に支払われる給与のようなものです。
図:国会パート5本の道筋(国会の権能→議院の権能→二院制→運営→今日=議員個人)
今日はこのシリーズの中でも、少し特別な回です。これまで四回、国会という機関を見てきました。国会全体の権能、それぞれの議院の権能。二つの議院の関係、そして国会の運営です。国会全体の権能とは、法律を作ることを中心とした、国会そのものの七つの仕事でした。議院の権能は、それぞれの議院が自分の内部を自分で決め、ほかの機関を調べる権能です。どれも主語は「国会」であり「議院」でした。今日だけ、主語が変わります。「議員個人」です。議員が地位を失う場面は、以前もう見ましたね。兼職の禁止や、資格争訟、懲罰による除名です。資格争訟というのは、そもそも議員である資格が有るかどうかを、その議院自身が裁く手続でした。
あれは、地位を失う話でした。今日は、地位を守る話です。では、今日の一問を立てておきましょう。議員だけが逮捕されず、発言の責任も問われないのは、なぜでしょうか?そして、守られる範囲はどこまでなのでしょうか。気になります。
不逮捕特権①——条文と、それでも逮捕できる2つの場合
図:憲法五十条は二つの部分に分かれる
- 前段=会期中は原則として逮捕されない
- 後段=会期前に逮捕された議員の釈放要求
実は、憲法五十条という条文は、前回までにもう見ています。あのときは後段だけを見ました。前段は、別の回に回すと予告していました。今日は、その前段——不逮捕特権そのものが主役です。もう一度、条文全体を見てみましょう。
条文日本国憲法 50条
日本国憲法 第五十条 両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。
前段が言っているのは、会期中は原則として逮捕されない、ということです。そこがポイントです。憲法の条文自体には、その例外の中身が書かれていません。憲法は「法律で決めてください」と言っているだけなんです。その法律にあたるのが、国会法です。条文を見てみましょう。
条文国会法 33条
国会法 第三十三条 各議院の議員は、院外における現行犯罪の場合を除いては、会期中その院の許諾がなければ逮捕されない。
条文の言葉は「現行犯罪」です。「現行犯」ではありません。短答で問われる言葉なので、条文どおりに覚えてください。
図:会期中、逮捕できる2つの場合(①院外における現行犯罪/②その院の許諾)
この三十三条から、逮捕できる場合が二つ見えてきます。一つ目は、院外における現行犯罪の場合です。「院外における」と限っているのには、理由があります。院内で現行犯が起きたときは、議院自身が処理します。詳しくは扱いませんが、議院警察権と呼ばれる権能です。たとえば、委員会室の中で議員どうしが揉み合いになっても、まず動くのは議院自身です。議事堂の外で同じことが起きれば、話は別です。普通に警察の対象になります。二つ目は、その院の許諾がある場合です。捜査機関が「この議員を逮捕したい」と申し出て、議院がそれを認めれば逮捕できます。
議院自律権の一つだからです。他の機関から干渉されずに、自分の構成員に関わることを自分で決める、という発想です。前に挙げた五つは、憲法が明文で置いた列挙でした。許諾は憲法が国会法に委ねた場面で、六つ目が加わる話ではありません。もう一つ、注意してほしいことがあります。五十条は憲法、三十三条は国会法です。同じ型です。国会法の五十六条は議案を出すのに要る人数、憲法の五十六条は会議を開いて決めるのに要る人数でした。番号だけでなく、必ず法令名まで言えるようにしておいてください。では、次に進みましょう。会期の前に逮捕された議員は、どうなるんでしょうか。
不逮捕特権②——会期前と、「訴追されない特権ではない」
図:会期前に逮捕された議員
- 憲法50条後段=その院の要求があれば会期中は釈放
- 要求の発議には議員二十人以上の連名=国会法34条の3
五十条の後段を、もう一度見てみましょう。会期が始まる前に逮捕された議員がいた場合です。その議院が要求すれば、会期中は釈放されます。議院自律権の一つ、釈放要求権として見ました。今日は、その手続の中身をもう少し見てみましょう。
条文国会法 34条の3
国会法 第三十四条の三 議員が、会期前に逮捕された議員の釈放の要求を発議するには、議員二十人以上の連名で、その理由を附した要求書をその院の議長に提出しなければならない。
一人の議員の思惑だけで、要求を出せてしまったら困りますよね。一定数の賛同者が要ることで、歯止めをかけているんです。前に見た総議員の四分の一は、国会そのものを開かせる要求でした。今日の二十人は、一人の議員の身柄を取り戻す要求です。場面ごとに、必要な人数の考え方が違います。なお、二十人という数字は、議案を出すときにも出てきました。あちらは議案を出す人数、こちらは釈放を求める人数です。さて、ここで今日いちばん大事な急所に入ります。不逮捕特権は「訴追されない特権」ではありません。起訴されて、裁判にかけられることです。
免れるのは、逮捕という身柄拘束だけです。起訴されることも、裁判にかけられることもありえます。有罪判決を受けることも、普通にありえます。会期が終われば、普通に逮捕されます。取り調べを受け、証拠がそろえば起訴されます。会期中に守られていたのは、その手前の場面だけです。では、なぜ逮捕だけが対象なんでしょうか。
図:訴追されない特権ではない
- 免れるのは逮捕という身柄拘束だけ
- 起訴・裁判・有罪はありうる
不逮捕特権が守っているのは、「議員が議場にいられること」です。「議員が罪を免れること」ではありません。この考え方が、実は次の趣旨をめぐる対立に、そのままつながっていきます。
不逮捕特権③——趣旨の2説が、許諾の判断を変える
図:不逮捕特権の趣旨、2つの説
- ①議員の身体の自由
- ②議院の審議権の確保/両面からなると解するのが通説
では、不逮捕特権は、そもそも何のためにある制度なんでしょうか。不逮捕特権が何のためにあるのかは、実は一枚岩ではありません。趣旨には二つの説があります。一つ目は、議員個人の身体の自由です。不当な逮捕から守る、という説です。二つ目は、議院の審議権の確保です。議員が欠けて、審議が止まらないようにする説です。両方の要素からなる、と解するのが通説です。ただし、ここでどちらに重きを置くかも、はっきりさせておきます。この回では、二つ目——審議権の確保のほうを、より重く見て進めます。通説は「両方」とだけ言っていて、どちらがより重要かまでは踏み込みません。五十条が「会期中」という言葉にこだわっている以上、審議権の確保のほうが本筋だという考え方です。これは通説そのものではなく、この回が採る読み方です。
さて、ここからが今日の山場です。この二つの説、実は言葉の違いだけでは終わりません。議院が「逮捕を許諾するかどうか」を判断するとき、そもそも何を見て判断すると思いますか?その議員が本当に罪を犯したかどうかを見る——それが、一つ目の説、身体の自由を重視する立場の発想です。犯罪の嫌疑が十分かどうかを見る、裁判所と同じ発想です。全く違う問いを立てます。二つ目の説は、こう考えます。この議員が抜けたら、審議にどれだけ支障が生じるか。二つ目の説は、罪を犯したかどうかを見ません。見るのは、審議がどれだけ止まるか、それだけです。
図:同じ場面で、見ている物差しが違う
- ①身体の自由説→嫌疑は十分か
- ②審議権確保説→抜けたら審議に支障が出るか
具体例で見てみましょう。ある議員に、傷害の疑いで逮捕状が出たとします。警察が議院に、逮捕の許諾を求めてきました。一つ目の場面です。証拠映像もあり、本人もほぼ認めています。嫌疑は十分です。しかも、この議員は審議には全く関わっていないとします。嫌疑が十分だから許諾してよい、という結論になります。抜けても支障が無いから許諾してよい、という結論とも一致します。二つ目の場面です。証拠は目撃証言だけで乏しく、本人は否認しています。嫌疑は薄いです。しかも、この議員は会期末の予算案の審議で、質疑の中心を任されているとします。抜ければ、審議そのものが止まります。
嫌疑が薄いから許諾すべきでない、という結論になります。支障が大きいから許諾すべきでない、という結論とも一致します。ここまでは、たまたま一致しているだけです。では、この二つの要素を、逆方向に組み合わせたらどうなるでしょうか。
図:許諾の判断が割れる場面
- 嫌疑十分×支障大→①身体の自由説は許諾
- ②審議権確保説は不許諾
嫌疑は十分だけれど、この議員が会期末の予算案の審議で、質疑の中心を任されている場合です。身体の自由説なら、嫌疑が十分だから許諾してよい、と判断します。ですが、審議権確保説なら、支障が大きいから許諾すべきでない、と判断します。どちらの説に立つかで、実際に議院がすべき判断が変わります。学説の対立は、言葉の違いだけでは終わらないんです。もう一つだけ、付け加えておきます。許諾は、期限を付けて出すことはできません。「一週間だけ許諾する」というようなやり方です。許諾は、出すか出さないかの二択です。五十条は会期中の逮捕を原則として禁じ、例外は法律に委ねています。許諾は、その例外を認めるかどうかの判断です。不必要な逮捕を拒み、高度の必要性を求めるという考え方の帰結です。
では、次は免責特権に進みましょう。
免責特権①——条文の3要素と、その趣旨
図:憲法五十一条は3つの行為(演説・討論・表決、1つも欠かさない)
続いて、免責特権です。条文を見てみましょう。
条文日本国憲法 51条
日本国憲法 第五十一条 両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。
ここに出てくる行為は、演説、討論、表決の三つです。はい、一つも欠かせません。議場で発言することが演説、意見を交わすことが討論、賛否を示すことが表決です。この三つのどれかについて、院外で責任を問われない、というのが免責特権です。院内での、職務としての行為であることが対象になる、ということです。委員会での質疑も含まれます。逆に、たとえば議事堂の廊下で、たまたますれ違った記者に話した雑談は対象に入りません。では、なぜこんな強い保護があるんでしょうか。狙いは、議員が国会の場で何を言うかについて、限界まで自由にしておくことです。
「限界まで」は大げさに聞こえるかもしれません。ですが、考えてみてください。もし議員が、発言のたびに訴えられる心配をしなければならなかったら、どうなるでしょうか。権力者を追及するような、際どい発言はできなくなりそうです。免責特権は、議員個人を得させるための制度ではありません。議員が萎縮せずに国政を追及できるようにする、国民のための制度なんです。なお、演説などに付随する行為にも、免責は及びます。ただし、暴力行為や、私語、野次までは含まれません。あくまで発言の中身に関わる行為が対象です。そして、もう一つ大事な点があります。免責特権が認められるのは、国会議員だけです。
地方議会の議員には、免責特権はありません。憲法五十一条は、あくまで「両議院の議員」についてしか定めていません。では、この免責、実際にはどこまで広がるんでしょうか。
免責特権②——二重の限定
図:免責の対象を絞る2つの軸
- ①責任の種類=法的責任のみ・政治的道義的責任は対象外
- ②場所=院外の責任のみ・院内の懲罰は対象外
免責特権には、実は二重の限定がかかっています。一つ目の軸は、責任の種類です。免責されるのは、法的責任だけです。民事上の責任や、刑事上の責任のことです。これに対して、政治的な責任や、道義的な責任は、免責の対象になりません。たとえば、所属する政党が、その発言を理由に議員を除名しても、五十一条には反しません。ただし、条件があります。国会議員としての地位そのものを失わせるところまでは、政党もできません。政党内での地位や扱いにとどまる限り、政治的・道義的な責任の追及として、免責の外に置かれます。具体例で考えてみましょう。ある議員が、討論で特定の企業を名指しして厳しく批判したとします。その企業が、名誉を傷つけられたとして議員個人を訴えても、この訴えは認められません。
ですが、その発言に反発した所属政党が、除名の手続をとることは自由です。法的責任と政治的責任は、はっきり分かれています。免責が守っているのは、議員が萎縮せずに発言できることだけだからです。政治的な責任まで免除してしまえば、有権者や政党が議員を律する手段が無くなります。それは、審議のためという説明を超えます。もう一つ、覚えておいてほしい点があります。弁護士である議員が、発言を理由に弁護士法上の懲戒を受けても、これも免責されます。さて、二つ目の軸は、場所です。免責されるのは、院外での責任だけです。院内の懲罰は、免責特権の対象外です。戒告や陳謝、登院停止、除名がそれにあたります。
あの四つの懲罰は、五十一条とは別の話として、そのまま生きています。免除してしまうと、議院が院内の乱れを自分で正す手段を失います。院の中のことは議院自身が処理する——さきほど見た考え方と、同じ筋です。二つの軸は、守ろうとしているものが違うから、別々に引かれているんです。では、この免責特権の限界が、実際の裁判で問われた事件を見てみましょう。
病院長自殺事件——市民が傷ついたとき、誰が責任を負うのか
図:病院長自殺事件の構図
- ある議員→委員会での質疑=院長個人の非行の指摘→病院長
- 病院長が自ら命を絶つ
- 遺族が議員個人と国の両方を提訴
ここからは、この回で唯一の判例——病院長自殺事件を見ていきます。事案を、身近な言葉で説明します。衆議院のある委員会で、医療の法律案を審議している最中のことです。一人の議員が、ある病院の運営の問題を取り上げて質疑をしました。具体的な中身には立ち入りませんが、その病院長個人が重大な非行に及んでいる、という趣旨の指摘を含んでいました。質疑そのものは、問題のある病院をきちんと監督するよう、行政に求めるためのものでした。ただ、その中で院長個人の行いを名指しで挙げた点が、後に問題になります。その後、この病院長は自ら命を絶ちました。
病院長の遺族は、議員個人と、国の両方を相手に、損害賠償を求めて訴えました。まず、議員個人への請求から見てみましょう。判決文を見てみます。
判例最判平成9年9月9日
病院長自殺事件——議員個人の責任 本件発言は、国会議員である被上告人Bによって、国会議員としての職務を行うにつきされたものであることが明らかである。そうすると、仮に本件発言が被上告人Bの故意又は過失による違法な行為であるとしても、被上告人国が賠償責任を負うことがあるのは格別、公務員である被上告人B個人は、上告人に対してその責任を負わないと解すべきである……。 したがって、本件発言が憲法五一条に規定する『演説、討論又は表決』に該当するかどうかを論ずるまでもなく、上告人の被上告人Bに対する本訴請求は理由がない。
判決文の「被上告人B」は、この発言をした国会議員のことです。「上告人」は、訴えた側——亡くなった病院長の遺族です。この「論ずるまでもなく」という一言が、今日いちばんの勘所です。この判決は、五十一条の免責特権が及ぶかどうかを、検討していません。「演説、討論又は表決」に当たるかどうかを論じるまでもない、と言い切っています。では、何を根拠に、議員個人への請求を退けたのか。国家賠償法一条の解釈です。「公務員個人は、被害者に対して直接の責任を負わない」という一般論です。「免責特権があるから議員は責任を負わない」とまとめてしまうのは誤解です。そうまとめると、この判決の急所を見失います。
この一般論そのものは、別の回で扱います。今日は、この判決がその一般論の上に乗っている、ということだけ押さえてください。では、国のほうの責任はどうなるでしょうか。
図:二つの請求の違い
- 議員個人への請求=国家賠償法1条の解釈で否定・憲法51条は判断せず
- 国への請求=違法又は不当な目的、または権限の趣旨に明らかに背いた特別の事情が必要
同じ一つの発言について、二つの請求が別々の理屈で判断されています。ここも判決文を見てみましょう。
判例最判平成9年9月9日
病院長自殺事件——国の責任の規範 質疑等においてどのような問題を取り上げ、どのような形でこれを行うかは、国会議員の政治的判断を含む広範な裁量にゆだねられている事柄とみるべきであって、たとえ質疑等によって結果的に個別の国民の権利等が侵害されることになったとしても、直ちに当該国会議員がその職務上の法的義務に違背したとはいえないと解すべきである。 ……個別の国民の名誉や信用を低下させる発言があったとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。
質疑や発言の中身は、議員の広範な裁量に委ねられています。何を取り上げ、どう質すかは、政治的な判断そのものだからです。判決文も「政治的判断を含む」と言っています。ここに裁判所が後から当否を持ち込めば、議員が萎縮せずに追及できるように、という先ほどの狙いが、裏から崩れてしまいます。結果として誰かの権利が傷ついたとしても、それだけでは足りません。職務とかかわりなく違法又は不当な目的を持っていた、という事情が要ります。あるいは、権限の趣旨に明らかに背いていた、という特別の事情が要ります。そこは正確に覚えてください。ここの「又は」は、違法な目的か不当な目的か、どちらかがあれば足りるという意味です。
たとえば、政策とは無関係な個人的な恨みから、誰かを名指しで中傷する場合です。しかも、それが事実でないと分かっていながら行われた場合です。政治的判断とは呼べない動機ですから、裁量の外に出ます。この事件では、違法又は不当な目的があったとは認められませんでした。発言の内容が虚偽であるとも、認められませんでした。ただし、注意してください。「議員は絶対に責任を負わない」とまとめるのは誤りです。国が責任を負う道は、残されています。今回は、そのハードルを越えなかった、というだけです。市民が傷ついたときに、誰も責任を負わない制度ではありません。責任を負う相手と、その要件が、限定されているんです。
図:論文で書くときの流れ、予告ボード
この病院長自殺事件は、論文でも問われうる、大事な判例です。事案から問題提起、規範、あてはめへとつなげる書き方があります。それは、専用の論文動画で扱います。今日は、判決が何を言っているかという理解までにしておきます。では、最後の特権——歳費受領権に進みましょう。
歳費受領権——お手盛りができる構造を、なぜ憲法が認めたのか
図:歳費の構造
- 憲法49条=法律の定めるところにより歳費を受ける
- 国会法35条=下限だけを法律で縛る
最後の特権、歳費受領権です。条文を見てみましょう。
条文日本国憲法 49条
日本国憲法 第四十九条 両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。
歳費は、いわば給料のようなものだとイメージして大丈夫です。国のお金から、相当額が支払われます。具体的な額を決めるのは、法律だ、ということです。そして、その法律を作るのは、誰でしょうか。歳費を受け取る人たちと、額を決める人たちが、まったく同一なわけです。気になりますよね。ですが、額の決め方には一つ手当てがあります。国会法を見てみましょう。
条文国会法 35条
国会法 第三十五条 議員は、一般職の国家公務員の最高の給与額(地域手当等の手当を除く。)より少なくない歳費を受ける。
下限だけが決まっている、ということです。一般職の国家公務員の最高の給与額を、下回ってはいけない、という縛りです。この条文には、上限の定めはありません。下限だけが法律で縛られている、という構造です。なぜ、こんな仕組みを憲法が認めたのか、考えてみましょう。もし議員に、十分な歳費が保障されていなかったら、どうなるでしょうか。生活のために、別の仕事をしないといけなくなりそうです。そして、生活を誰かの援助に頼らざるを得なくなれば、どうなるでしょうか。結局、その援助してくれた相手に従うことになります。これは、財産のある者しか議員になれなかった時代への反省でもあります。誰でも被選挙権を持てる、という普通選挙の考え方と対になる制度なんです。
あの回で見た平等の理念が、ここにもつながっています。歳費受領権は、経済的に議員を支える制度です。その平等を、実質のあるものにしているんです。なお、実際の金額は今日は扱いません。改定されることもありますし、条文が定めているのは、あくまでこの下限の構造だからです。では、今日の内容を一つにまとめましょう。
今日の地図(保存版)
図:3つの特権は、向きが違う
- ①不逮捕
- ②免責=国家権力から守る
- ③歳費=経済的に支える
今日は、議員だけが逮捕されず、発言の責任も問われないのはなぜか、という問いから出発しました。この問いの答えは、こうなります。三つの特権は、どれも「議員のため」ではありません。「議院の審議のため」に置かれています。不逮捕特権は、議員が議場にいられるように、免責特権は、議員が自由に発言できるように、歳費受領権は、生活を理由に議席を手放さずに済むように。全国民の代表を見た回で、学園祭の実行委員会にたとえましたね。もう一度、あの実行委員会です。本番直前に委員の一人が、別件で警察に呼ばれそうになったとします。委員会が「今は動かないでほしい」と言えるとします。
学園祭の準備を止めないためです。ただ、本番が終われば、その委員も普通に話を聞かれます。守られるのは準備の間だけです。会議の中で厳しい意見を言っても訴えられない、というルールも同じです。ただし、休み時間に学園祭と関係のない悪口を言いふらせば、そこは守られません。会議の中の発言だけが対象です。委員に最低限の活動費を保証するのも、同じ発想です。守っているのは委員個人ではなく、学園祭という企画そのものです。国会議員の特権も、これと同じ構造をしています。それぞれの保護の範囲が限られているのも、この軸で説明できます。不逮捕特権は逮捕だけを防ぎ、起訴や裁判は防ぎません。免責特権は法的責任だけを免除し、政治的責任や院内の懲罰までは免除しません。
国の責任には、なお限定的に道が残されている、という結論でした。
図:国会パート5本の道筋、まとめ(国会の権能→議院の権能→二院制→運営→議員の特権)
さて、今日で、国会というテーマを五回かけて見てきたことになります。国会全体の権能から始まり、それぞれの議院の権能を見ました。二つの議院の関係、国会の運営、そして今日、議員個人の特権まで来ました。国会が法律を作り、内閣総理大臣を指名する。では、その指名された総理が率いる内閣とは、何なのでしょうか。この続きは、次の回で扱います。それでは、また、お会いしましょう。
参照条文
- 日本国憲法 50条
- 国会法 33条
- 国会法 34条の3
- 日本国憲法 51条
- 日本国憲法 49条
- 国会法 35条