憲法ゼロから憲法#74

最高裁判所——選ばれていない権力を、どこで縛るか

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第4章 統治 #74/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

最高裁判所という組織

最高裁判所の構成(長官1名+判事14名〔79条1項・裁判所法5条3項〕/通常は5名の小法廷が3つ/ある場合には15人全員の大法廷) 図:最高裁判所の構成

  • 長官1名+判事14名〔79条1項・裁判所法5条3項〕
  • 通常は5名の小法廷が3つ
  • ある場合には15人全員の大法廷

最高裁判所は、長官一人と、判事十四人で構成されます。十四人という数字は、憲法には書かれていません。憲法は「法律の定める員数」としか定めていません。十四人という根拠は、裁判所法にあります。ふだんの事件は、五人からなる小法廷、これが三つで処理します。十五人全員でそろう大法廷もあります。ある場合には、大法廷でなければなりません。

大法廷が必要な三つの場合(①当事者の主張に基づいて法律・命令・規則・処分の憲法適合性を判断するとき〔前に大法廷が合憲とした判断と同じ意見のときを除く〕/②当事者の主張がなくても憲法に適合しないと認めるとき/③最高裁の先例と意見が異なるとき) 図:大法廷が必要な三つの場合

  • ①当事者の主張に基づいて法律・命令・規則・処分の憲法適合性を判断するとき〔前に大法廷が合憲とした判断と同じ意見のときを除く〕
  • ②当事者の主張がなくても憲法に適合しないと認めるとき
  • ③最高裁の先例と意見が異なるとき

一つ目は、当事者が憲法違反だと主張して、法律や命令などが憲法に適合するか判断するときです。そこに、一つだけ除外があります。前に大法廷が合憲だと判断したのと、同じ意見のときです。そのときは、小法廷でよいとされています。たとえば、ある法律を大法廷が合憲と判断したあとで、同じ論点がまた争われたとします。結論も前と同じ合憲なら、十五人を集め直す必要はない、ということです。そう覚えて八割は正解ですが、この除外まで押さえてください。二つ目は、当事者がそう主張していないのに、裁判所のほうから違憲だと認めるときです。

違憲という結論だけは、どちらの入り口から来ても、十五人で決めます。三つ目は、最高裁の先例と、意見が異なるときです。

今日の地図(最高裁判所という組織→任命の主体と任期定年→国民審査の時期と性質→白票の扱い→在外国民審査権違憲→判決後の法改正→規則制定権と論証51→司法行政監督権→下級裁判所の裁判官) 図:今日の地図

この先の道のりを、先に見ておきましょう。まず組織の基本、それから任命と任期です。そこから、国民審査という主権者側の手綱に入ります。後半は、規則制定権というルールの側の手綱です。一つずつ、丁寧に進みましょう。

任命の主体——長官と判事で一つだけ違う

任命の主体・長官と判事の違い(長官=内閣が指名し、天皇が任命〔6条2項〕/判事=内閣が任命し、天皇が認証〔79条1項・裁判所法39条〕) 図:任命の主体・長官と判事の違い

  • 長官=内閣が指名し、天皇が任命〔6条2項〕
  • 判事=内閣が任命し、天皇が認証〔79条1項・裁判所法39条〕

その前に一つ、聞かせてください。内閣総理大臣は、誰が指名して、誰が任命するか、覚えていますか?国会が指名して、天皇が任命する——長官も、ほとんど同じ形です。最高裁判所長官は、内閣が指名し、天皇が任命します。ところが、長官以外の判事は、少し形が違います。判事は、内閣が任命し、天皇は認証するにとどまります。認証とは、天皇が、その任命が正しく行われたことを、公に証明する行為です。任命そのものではありません。ここが、入れ替えて出題されやすい点です。判事のときだけ天皇の関わりが弱くなるのは、憲法が天皇の任命行為として書いたのが、内閣総理大臣と、最高裁判所長官の二つだけだからです。行政の頂点に立つ総理大臣と、司法の頂点に立つ長官。憲法自身が、この二つを天皇の任命という同じ形にそろえたわけです。

主体が入れ替わる場所を、正確に押さえてください。

任期はないが、定年はある

任期と定年・最高裁と下級裁判所の違い(最高裁判所の裁判官に任期は無い/定年は法律の定める年齢〔79条5項〕=現行法で70歳〔裁判所法50条〕/下級裁判所は高裁・地裁・家裁が65歳、簡易裁判所の裁判官だけ70歳) 図:任期と定年・最高裁と下級裁判所の違い

  • 最高裁判所の裁判官に任期は無い
  • 定年は法律の定める年齢〔79条5項〕=現行法で70歳〔裁判所法50条〕
  • 下級裁判所は高裁・地裁・家裁が65歳、簡易裁判所の裁判官だけ70歳

最高裁判所の裁判官に、任期はありません。もし任期を区切ると、更新のたびに任命権者が再任するかどうかを握ることになります。それでは、裁判官の職権の独立を、任命権者の意向で揺さぶれてしまいます。だから憲法は、任期ではなく、年齢だけで決まる定年という基準を置きました。もっとも、一生続けられるわけではありません。定年はあります。法律の定める年齢に達すると、退官します。現行法では、七十歳です。高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所は、六十五歳です。ただし、簡易裁判所の裁判官だけは、最高裁と同じ七十歳です。簡易裁判所は、少額の民事や、比較的軽い刑事の事件を、簡易な手続で早く処理する裁判所です。

そう覚えると、混ざりません。下級裁判所には、十年という任期があります。最高裁とは、そこが違います。この対比は、あとで裁判官の再任の話にもつながります。

主権者が握る、人事の側の手綱

国民審査の時期と効果(任命後はじめての衆議院議員総選挙の際/その後は十年を経過した後はじめての総選挙の際/以後も同様〔79条2項〕/投票者の多数が罷免を可とすれば罷免される〔79条3項〕) 図:国民審査の時期と効果

  • 任命後はじめての衆議院議員総選挙の際
  • その後は十年を経過した後はじめての総選挙の際
  • 以後も同様〔79条2項〕
  • 投票者の多数が罷免を可とすれば罷免される〔79条3項〕

条文日本国憲法 79条

日本国憲法 第七十九条 1項 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。 2項 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。 3項 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。 4項 審査に関する事項は、法律でこれを定める。 5項 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。 6項 最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。

一項に構成、五項に定年、六項に報酬まで入っています。在任中は減額できない、という保障でした。禁じられているのは、特定の裁判官を狙い撃ちにした減額です。全体に一律にかかる減額なら、独立を損なうものではありません。二項だけは、前にも一度見ています。あれは、この条文の一部だったんです。今日は、条文全体を通しで見ていきましょう。二項が、国民審査の時期です。任命後、最初に行われる衆議院議員総選挙のときに審査され——その後、十年経つごとに、また審査されます。三項が、その効果です。投票者の多数が罷免を可とすれば、その裁判官は罷免されます。

これまでのところ、罷免に至った例は知られていません。前に見た罷免の道は、心身の故障による分限裁判と、弾劾裁判の二つでした。分限裁判は、裁判官の身分について、裁判所が裁判の形で決める手続でしたね。あれは、裁判官の身分保障の側の話です。国民審査は、それとは別に、主権者の側が持つ道なんです。ただ、この道の意味を正しく理解するには——もう一段、深く見る必要があります。

なぜ解職の制度と言えるのか

二つの理解の仕方(任命完成説=審査によって内閣の任命が初めて完成する/解職の制度=いったん完成した任命を、後から見直す) 図:二つの理解の仕方

  • 任命完成説=審査によって内閣の任命が初めて完成する
  • 解職の制度=いったん完成した任命を、後から見直す

国民審査は、何のための制度でしょうか。実は、そこには二つの理解の仕方があります。一つは、審査によって内閣の任命が、初めて完成する、という理解。もう一つは、いったん完成した任命を、後から見直す、という理解です。判例が、はっきり答えを示しています。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年2月20日

最高裁判所裁判官の国民審査——解職の制度 最高裁判所裁判官任命に関する国民審査の制度はその実質において所謂解職の制度と見ることが出来る。 一回の投票によつて完成された任命を再び完成させるなどということは考えられない。

判決は、国民審査を、解職の制度だと述べています。手がかりは、十年ごとに繰り返される、という仕組み自体にあります。もし審査が任命を完成させる手続なら、一度で終わるはずです。一回の投票で完成した任命を、十年後にまた完成させ直す——そんなことは、考えられません。もう一つ、条文の読み方からも同じ結論が出ます。二項だけを見ると、任命を確認する手続にも読めます。でも、三項と合わせて読むと、どうでしょうか。「罷免を可とするときは、罷免される」でしたね。罷免すべきか否かを決める制度だと、初めて分かります。だから、性質決定はどちらを選ぶかの趣味ではなく——条文の構造そのものから、出てくる結論なんです。たとえて言うなら、こうです。一度採用が決まった人について、十年ごとに「辞めさせるかどうか」だけを問い直す。そういう働き方を思い浮かべると、分かりやすいかもしれません。

それが、解職の制度ということです。

白票を入れたら、どうなるのか

白票の扱い(現行法は罷免を可とする裁判官にだけ×印を書く方式〔国民審査法15条1項〕/何も書かなければ「罷免を可としない投票」として数えられる/判決の留保=この言い方は正確でない) 図:白票の扱い

  • 現行法は罷免を可とする裁判官にだけ×印を書く方式〔国民審査法15条1項〕
  • 何も書かなければ「罷免を可としない投票」として数えられる
  • 判決の留保=この言い方は正確でない

ここで一つ、聞いてみましょう。国民審査で、何も書かずに投票したら、どうなると思いますか。信任した、と考えるのが、よくある誤解です。順番を、確認しましょう。さっき、国民審査は解職の制度だと分かりましたね。現行法は、罷免を可とする裁判官にだけ、ばつ印を書く方式です。解職の制度である以上、意味を持つのは、積極的に罷免を可とする票の数だけだからです。それ以外の票は、罷免を可としない側に数えれば足ります。何も書かなければ「罷免を可としない投票」として数えられます。判例自身が、そこに留保を付けています。「罷免を可としない投票」という言い方は、正確ではない、と。

積極的に「罷免しないでほしい」と決めたわけではないんです。ただ、積極的に「罷免してほしい」という意思を持たなかった、というだけです。白票は、信任票ではありません。性質決定が先にあって、初めて、この方式の意味が分かります。

投票用紙が届かなかった、その先にある論理

在外国民審査権違憲・前半(①性質=審査権は主権者の権能の一内容であり選挙権と同様の性質を持つ/②枠組み=制限には「やむを得ない事由」が必要、立法の不作為にも及ぶ) 図:在外国民審査権違憲・前半

  • ①性質=審査権は主権者の権能の一内容であり選挙権と同様の性質を持つ
  • ②枠組み=制限には「やむを得ない事由」が必要、立法の不作為にも及ぶ

さっき、海外に住む日本人のところに——審査の投票用紙が、一枚も届かなかったという話をしましたね。この状態を、最高裁判所大法廷は違憲だと判断しました。海外に住む日本人の選挙権が問題になった事件とは、別の事件です。でも、あの事件で示された枠組みが、審査権にもそのまま及びます。この判決の論理を、四段階で見ていきましょう。一段目は、審査権の性質です。国民審査は、主権者が最高裁判所裁判官を罷免すべきか決める制度です。憲法は、最高裁判所の強い地位と権能に鑑みて、この制度を置きました。前に、八十一条を見ましたね。法律や命令が憲法に適合するかを最後に決めるのが、最高裁判所でした。

だから審査権は、国民主権に基づき憲法に明記された——主権者の権能の一内容であって、選挙権と同じ性質を持つ、とされました。もう一つ、根っこに十五条一項があります。前に見たとおり、公務員を選び、やめさせるのは国民の権利だ、と定めた条文でしたね。そこが、国民審査の条文上の根拠です。だから、あとで見る結論も、十五条一項違反という形になります。

判例最高裁判所大法廷判決・令和4年5月25日

在外国民審査権訴訟——審査権の性質 憲法は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である(憲法81条)などの最高裁判所の地位と権能に鑑み、この制度を設け、主権者である国民の権利として審査権を保障しているものである。 そして、このように、審査権が国民主権の原理に基づき憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において選挙権と同様の性質を有することに加え、憲法が衆議院議員総選挙の際に国民審査を行うこととしていることにも照らせば、憲法は、選挙権と同様に、国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。

二段目は、この性質から出てくる枠組みです。選挙権と同じ性質を持つ以上、制限は原則として許されません。判例は、その基準をこう述べています。

判例最高裁判所大法廷判決・令和4年5月25日

在外国民審査権訴訟——やむを得ない事由 憲法の以上の趣旨に鑑みれば、国民の審査権又はその行使を制限することは原則として許されず、審査権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには国民審査の公正を確保しつつ審査権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに審査権の行使を制限することは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するといわざるを得ない。

制限しなければ、審査の公正を保ちながら審査権の行使を認めることが——事実上不可能、または著しく困難だと言える場合だけです。しかも、これは法律を作らずに放置する場合にも及びます。放置も、制限の一種として扱われます。

在外国民審査権違憲・後半(③あてはめ=課題は運用上の技術的な困難にとどまる/④結論=15条1項・79条2項・3項に違反) 図:在外国民審査権違憲・後半

  • ③あてはめ=課題は運用上の技術的な困難にとどまる
  • ④結論=15条1項・79条2項・3項に違反

三段目、あてはめです。在外国民に審査権を認めるうえで、課題はありました。投票用紙をどう作るか、本人確認をどうするか、といった運用面です。ただ、これはあくまで、技術的な難しさにとどまります。だから、制限を正当化する事由には、到底あたりません。四段目、結論です。在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは——十五条一項、七十九条二項、三項に違反する、とされました。ただ、この判決には、もう一つ大事な論点があります。

国家賠償・もう一つの物差し(違憲であることと、国が賠償するかは別の判断/賠償が違法になるのは例外的な場合=立法措置が必要不可欠でそれが明白なのに、国会が正当な理由なく長期間放置したとき/この事件は約十年放置=1人5000円で確定) 図:国家賠償・もう一つの物差し

  • 違憲であることと、国が賠償するかは別の判断
  • 賠償が違法になるのは例外的な場合=立法措置が必要不可欠でそれが明白なのに、国会が正当な理由なく長期間放置したとき
  • この事件は約十年放置=1人5000円で確定

違憲だから当然に賠償だ、と考えるのが混同しやすいところです。違憲かどうかと、国が賠償するかは、違うものさしで判断されます。法律を作らずに放置したこと自体が、賠償の対象になる違法になるのは——例外的な場合に限られます。権利行使の機会を確保する立法が必要不可欠で、それが明白なのに——国会が、正当な理由なく長期間放置した、という場合です。この事件では、在外選挙制度が広げられてから——約十年、放置されていたことが、その例外にあたるとされました。だから、賠償が認められました。ですが——「違憲だから当然に賠償」ではなく、二段構えの判断だったんです。

どんな法律を作るかは、まず国会が決めることだからです。違憲だと言われた状態を、国会がどう直すかにも幅があります。だから、賠償が要るほど違法かは、別に見るんです。

判決は、制度を動かした

判決後の法改正(令和4年法律第86号=国民審査法の一部改正/2023年2月17日施行=在外審査制度の創設/在外投票は氏名でなく告示番号の欄に×を書く方式) 図:判決後の法改正

  • 令和4年法律第86号=国民審査法の一部改正
  • 2023年2月17日施行=在外審査制度の創設
  • 在外投票は氏名でなく告示番号の欄に×を書く方式

この判決には、続きがあります。判決は、投票用紙の作り方や方式を変える余地がないとは言えない、と述べました。国会は、実際にそれをやりました。国民審査法を改正する法律ができて——二〇二三年二月十七日から、在外審査の制度が始まっています。今は、投票用紙が届きます。在外投票では、裁判官の氏名の代わりに——告示番号という番号の欄に、ばつ印を書く方式が採られています。今は投票できます。違憲判決が、実際に制度を動かした場面を見られる、貴重な例です。

もう一つの手綱——ルールを作る権限

規則制定権の中身(趣旨は二つ=①裁判所の自主性を守り最高裁が司法部内を統制するため②実務に通じた最高裁の専門的判断を活かすため/弁護士事項には限定=資格は職業選択の自由に関わり法律事項) 図:規則制定権の中身

  • 趣旨は二つ=①裁判所の自主性を守り最高裁が司法部内を統制するため②実務に通じた最高裁の専門的判断を活かすため
  • 弁護士事項には限定=資格は職業選択の自由に関わり法律事項

条文日本国憲法 77条

日本国憲法 第七十七条 1項 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。 2項 検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。 3項 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。

ここから後半です。人事の側は、終わりました。ここからは、ルールの側の手綱です。最高裁判所は、自分でルールを作る権限を持っています。訴訟の手続、弁護士、裁判所内部の規律、司法事務処理——この四つの事項について、規則を定められます。立法の意味を扱った回で、法律は国会だけが作る——国会中心立法の原則を見ましたね。その明文の例外は二つだけ。一つが、各議院が自分の会議の手続や内部の規律を定める議院規則、もう一つが、この最高裁判所規則です。今日は、その二つ目の中身を開きます。訴訟の手続の規則とは、裁判所に出す書類に何を書くか、いつまでに出すか——そういう細かい決まりです。民事訴訟規則、刑事訴訟規則という名前で、実際に使われています。

検察官は、この規則に従わなければなりません。そして、下級裁判所に関する規則は、下級裁判所自身に委ねることもできます。規則制定権を最高裁判所に認めた理由は、二つです。一つは、裁判所の自主性を守り、最高裁が司法部内を統制できるようにするため、もう一つは、実務に通じた最高裁の専門的な判断を、活かすためです。ただし、一つだけ注意が必要な事項があります。弁護士の資格そのものは、この規則では決められません。資格は、職業選択の自由に関わるので、法律で定める必要があるからです。規則が触れられるのは、すでに弁護士になった人が——訴訟にかかわる場面に限られます。

弁護士自治というのは、弁護士の団体が、登録や懲戒を自分たちで決める仕組みのことです。今日押さえるのは、資格は法律で決める、という一点だけです。

規則と法律がぶつかったら

規則と法律の関係(77条1項が規則で定められるとした事項を国会が法律で定めることもできる/だから両者は競合し、矛盾抵触が起こりうる/どちらが優先するかが問題になる) 図:規則と法律の関係

  • 77条1項が規則で定められるとした事項を国会が法律で定めることもできる
  • だから両者は競合し、矛盾抵触が起こりうる
  • どちらが優先するかが問題になる

ここで、一つ聞いてみましょう。最高裁判所規則と、法律がぶつかったら、どちらが勝つと思いますか。そこが、大事な出発点です。規則で定められる事項を、国会が法律で定めることもできる、と解されています。だから、両方が矛盾する場面が起こりえます。「競合しない」と言ってしまうと、そもそも論点が立ちません。たとえば、ある訴訟の手続について、書類を出せる期限を——法律が十日と定め、最高裁判所規則が七日と定めていたとします。裁判所は、どちらの期限に従うべきか、決めなければなりません。法律が何も決めていない細かい手続については、規則がそのまま働きます。ぶつかっていないので、譲る場面ではありません。優劣が問題になるのは、同じ事項について両方が違うことを定めた、その一点だけです。この場面を解くための規範が、これです。

論文で書く規範:最高裁判所規則と法律の関係——競合したら法律が優先する 規則事項について国会が法律を定めることもできると解する以上、規則と法律は競合しうる。両者が矛盾抵触するとき、法律が優先する。理由は二つ。①四十一条の趣旨——国民の代表機関である国会に立法権を独占させ、立法に民主的コントロールを及ぼすため。②民主的基盤の欠如——法律は民主的な手続で定められた法規範だが、最高裁判所規則には民主的な基盤がない。 (規範(通説で立てる))

結論は、法律が優先します。理由は二つです。一つは、四十一条の趣旨です。国会に立法権を独占させて、民主的なコントロールを及ぼすためでしたね。あちらでも、規則で定められる事項を国会が法律で定められるか、というところで、四十一条の趣旨が出てきましたね。ただし、あちらの優劣の結論は逆でした。従来の通説は、より民主的な手続で作られた法規範が優位するとして法律優位でしたが、あちらは、参議院の自律権を理由に、議院規則が優位すると解しましたね。議院規則には、押し切られたら参議院の自律権が害される、という対抗する理由がありました。最高裁判所規則には、それがありません。もう一つの理由も、あちらとは違います。

法律は、民主的な手続で作られた法規範です。でも、最高裁判所規則には、民主的な基盤がありません。最高裁判所自体が、選挙で選ばれていないからです。今日ずっと見てきた落差が、ここにも出てきます。強い権限を持つ最高裁が、自分でルールを作れるとしても——その正統性は、国会には及びません。だから、ぶつかったら引くんです。さっきの団地なら、コーディネーターの細則より、住民が選んだ管理組合の決めたことが通る、というのと同じです。選ばれていない側のルールは、選ばれた側の前では譲るしかないんです。

監督はできるが、判断には口を出せない

司法行政監督権(最高裁は最高裁の職員・下級裁判所とその職員を監督する〔裁判所法80条1号〕/裁判官の職権行使そのものに干渉することはできない〔76条3項〕) 図:司法行政監督権

  • 最高裁は最高裁の職員・下級裁判所とその職員を監督する〔裁判所法80条1号〕
  • 裁判官の職権行使そのものに干渉することはできない〔76条3項〕

さっき、規則制定権の趣旨の一つに、最高裁が司法部内を統制できるようにするため、と言いましたね。その統制の、もう一つの現れが、これから見る監督権です。最高裁の職員や、下級裁判所とその職員を、監督する権限です。人事や庶務といった、裁判所の運営の面を、まとめて見ることです。根拠は憲法ではなく、裁判所法にあります。もっとも、監督できるからといって、判断に口を出せるわけではありません。裁判官の職権行使そのものには、干渉できません。監督が及ぶのは運営の面までで、事件をどう判断するかは、その外にあります。対象が違うから、監督できることと、判断に口を出せないことは両立するんです。

下級裁判所の裁判官は、どう選ばれるか

二つの注意点(「再任されることができる」は権利でない=再任は任命権者の裁量に委ねられているというのが実務の取扱い/内閣による名簿の任命拒否=形式的な資格確認にとどまる) 図:二つの注意点

  • 「再任されることができる」は権利でない=再任は任命権者の裁量に委ねられているというのが実務の取扱い
  • 内閣による名簿の任命拒否=形式的な資格確認にとどまる

条文日本国憲法 80条1項

日本国憲法 第八十条 1項 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。

下級裁判所の裁判官は、最高裁判所が指名した人の名簿によって——内閣が任命します。任期は十年で、再任されることができます。そこに、注意が必要です。「再任されることができる」は、権利ではありません。再任するかどうかは、任命権者の裁量に委ねられている、というのが実務の扱いです。条文は「再任される」ではなく、「再任されることができる」と書いています。できる、という言い方ですね。そこが手がかりです。これは判例ではなく、実務の取扱いです。そこは混同しないでください。もう一点、内閣は、名簿にある人の任命を拒めるでしょうか。

司法権の独立の観点から、形式的な確認にとどまると解されています。法律が定める資格を満たしているかどうか、その確認だけです。

今日の地図(保存版)

今日の到達点(最高裁判所は強い権能を持つが選ばれていない/国民審査=主権者が直接握る人事の側の手綱/規則と法律の優劣=ぶつかれば民主的基盤の薄い規則が譲る/落差を埋める二つの糸) 図:今日の到達点

  • 最高裁判所は強い権能を持つが選ばれていない
  • 国民審査=主権者が直接握る人事の側の手綱
  • 規則と法律の優劣=ぶつかれば民主的基盤の薄い規則が譲る
  • 落差を埋める二つの糸

今日の内容を、まとめましょう。最高裁判所は、強い権能を持ちながら、選挙で選ばれていません。その落差を埋める制度が、二つありました。一つは、国民審査。主権者が、人事の側で握る手綱でした。性質は解職の制度で、白票は信任ではありませんでしたね。今は、その制度も作られています。もう一つは、規則と法律の優劣です。ルールの側で握る手綱でした。規則と法律がぶつかれば、民主的な基盤の薄い規則が、必ず譲ります。覚えるべきは、制度の名前ではありません。選ばれていない権力に、どこで民主的な糸を通すか。その手つきです。

では、いちばん素朴な手綱——誰でも法廷を見に行ける、という仕組みは、どうでしょうか。それでは、また、お会いしましょう。

参照条文

  • 日本国憲法 79条
  • 日本国憲法 77条
  • 日本国憲法 80条1項

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