財政民主主義と租税法律主義——「税」と呼ばなければ、法律なしで取れるのか
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第4章 統治 #80/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
財政とは何か
図:財政とは何か
- 財政=国が仕事を進めるために必要な資金を工面し、管理し、実際に支出していく一連の働き
- なぜ一章割くのか=国家の活動に要る金は、結局、国民が負担する
- だから財政の運営は国民の重大な関心事=国民自身がきちんと目を光らせる仕組みが要る
まず、財政とは何かを確認しましょう。財政とは、国が仕事を進めるために必要な資金を、工面して、管理して、実際に支出していく。その一連の働きをいいます。でも、ここに一章を割く理由があります。国家が活動していくのに必要なお金は、結局、誰が負担すると思いますか。負担するのは、結局は国民です。だから、財政の運営は、国民にとって重大な関心事になります。そこには、国民自身がきちんと目を光らせる仕組みが要ります。これが、財政に一章が割かれている理由です。この考え方が、これから見ていく条文すべての土台になります。
八十三条——財政国会中心主義
図:八十三条の位置づけ
- 第七章「財政」の冒頭に置かれた基本原則
- 私たちが選んだ国会が中心となって、財政のかじを取る
- この原則を、財政民主主義または財政国会中心主義という
では、財政の基本原則を定めた条文に入る前に、一つ思い出してほしい条文があります。三十条、納税の義務。人権の章で見ましたね。あれは、誰が誰に対して負う義務だったか、思い出せますか?国民が、国に対して負う、税金を払う義務でしたね。しかもあのとき確認したのは、三十条は「法律の定めるところにより」と書いてあって、条文だけでは動かず、法律があってはじめて働く、という点でした。では、その払わせる側——国は、何によって縛られているのでしょうか。あっ、国が勝手に取ってはいけない、という話につながるんですね。それを定めているのが、憲法第七章「財政」の、いちばん最初の条文です。
条文日本国憲法 83条
日本国憲法 第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければなりません。この原則を、財政民主主義、あるいは財政国会中心主義と呼びます。国家が活動するのに必要なお金は、結局、国民が負担します。だから、財政も国会が握る。さっき確認した理由と、まっすぐつながっています。
八十三条の枝分かれ——歳入と歳出
図:83条の枝分かれ
- 83条=国の財政を処理する権限は国会の議決に基づく
- 84条(歳入)=租税法律主義——お金を集める側
- 85条(歳出)=国費の支出・国庫債務負担行為——お金を使う側
- 84条は83条の歳入面での具体化。85条は歳出面での具体化
この八十三条、実はそのままでは使えません。抽象的すぎるからです。「国会の議決に基づいて」というだけでは、具体的に何をどう縛るのか分かりません。そこで、この原則は、二つの方向に具体化されています。一つは、お金を集める側。もう一つは、集めたお金を使う側です。集める側の具体化が、次に見る八十四条——租税法律主義です。使う側の具体化は、八十五条が担っています。国費の支出や、国の債務負担に、国会の議決を要求する条文です。今日は、集める側だけを扱います。使う側の中身は、別の回で扱います。では、その入口を作っている条文を見ていきましょう。
八十四条——租税法律主義とは何か
図:八十四条の位置づけ
- あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする
- 趣旨=代表なければ課税なし
- 83条との違い(強度差)=83条は「議決」で足りるが、84条は「法律」を要求する
次に、今日の主役となる条文を見ましょう。
条文日本国憲法 84条
日本国憲法 第八十四条 あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
この条文の位置づけを、最高裁はこう説明しています。
⭐ 論文で書く規範:八十四条の位置づけ 同条は、国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則を租税について厳格化した形で明文化したものというべきである。 (規範(判例型))
国が、国民に何かを強制するときには、法律の根拠が要る、という一般原則です。八十四条は、その一般原則を租税についてだけ、いっそう厳しくした条文です。なぜだと思いますか。嫌だから、というのは近いです。もう一歩進めると、取られる側が同意していないお金を、国が強制的に取り上げるからです。この考え方には、有名なスローガンがあります。代表なければ課税なし。自分たちの代表がいない議会が決めた税は払わない、という考え方から来ています。この趣旨があるから、租税だけ、扱いが一段きつくなります。さっきの八十三条を思い出してください。あちらは「議決」で足りました。ところが八十四条は、「法律」を要求します。
法律は、国会が正式な手続きを経て制定するものです。議決より、ずっと重い手続きです。その重さの中身は、形の違いです。議決は、その都度の決定で足ります。法律は、一般的なルールとして定めて公布し、誰でも読める形で残さなければなりません。身近な場面に置き換えてみましょう。シェアハウスで、今月みんなでエアコンを買うかを決める——これが議決です。一方、入居規則そのものを作り替える——こちらは、これから入る人にもずっと効きます。八十三条は前者で足りるのに、八十四条は後者を要求している。ここが強度差です。同じ財政の話の中で、租税についてだけ、この重い手続きが要求されている。
理由は今言ったとおりです。同意していないお金を、強制的に取り上げるから。前もって知ることができるようになります。先にルールが公にされているので、どういう場合に、どれだけ取られるのかが、取られる前に分かります。その都度の議決だと、決まったその時に、初めて自分の負担を知ることになります。備えることも、避けることもできません。だから八十四条は、その都度の議決ではなく、法律という形を求めているんです。この「強制的に取り上げる」という一点が、実はこの先ずっと効いてきます。この先、何度か形を変えて出てきます。
図:「法律の定める条件」——委任はどこまで許されるか
- 84条は「法律又は法律の定める条件による」と書いている=政令などへの委任が一切許されない、という意味ではない
- ∵ 課税の細かい条件のすべてを法律だけで定めきるのは、現実には不可能
- 許される=個別・具体的な委任——何のために、何を、どこまで委ねるのかが法律から読み取れる
- 許されない=白紙委任——法律からまったく読み取れない
- この線は四十一条のところで引いたものがそのまま効く=租税だけの特別な話ではない
最後に一つだけ、注意点があります。「法律又は法律の定める条件による」という書き方です。命令、つまり政令などへの委任が、一切許されないという意味ではありません。課税の細かい条件のすべてを、法律だけで定めきるのは、現実には不可能だからです。どこまで委ねてよいかの線は、四十一条のところで引きました。何のために、何を、どこまで委ねるのかが法律から読み取れる委任——個別・具体的な委任なら許され、まったく読み取れない白紙委任は許されない、という線でした。租税だけの特別な話ではありません。
入口①——固有の意味の租税
図:固有の意味の租税——境界線はどこか
- 所得税=あたる。特別なサービスの対価としてでなく、ただ強制的に取られる
- 専売品の価格・検定手数料=あたらない。特定の給付に対する、はっきりした反対給付がある
- 核は「特別の給付に対する反対給付としてでなく」——対価の有無で線を引く
ここからは、入口の一段目です。まず、いちばん基本になる「租税」の定義を見ましょう。最高裁は、こう定義しています。
⭐ 論文で書く規範:固有の意味の租税とは 国又は地方公共団体が、課税権に基づき、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、特別の給付に対する反対給付としてでなく、一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は、その形式のいかんにかかわらず、憲法八十四条に規定する租税に当たるというべきである。 (規範(判例型))
いちばんの核は、「特別の給付に対する反対給付としてでなく」という部分です。何かを受け取ったことへの、見返りという意味です。ふだん私たちがお金を払うときは、たいてい対価として払いますよね。ところが、租税はそうではありません。サービスを受けたかどうかに関係なく、強制的に取られる。これが核心です。もう一つ、この二つの間に立つお金があります。シェアハウスの共益費です。共用のWi-Fiや掃除代行に使われますが、自分がどれだけ使ったかとは関係なく、住んでいるかぎり毎月引かれます。使っていなくても取られる——そこです。対価はあるのに、逃げ場がない。この「間」が、このあとの二段目・三段目でそのまま効いてきます。では、この定義で、具体的に振り分けてみましょう。所得税は、どうでしょう。
特別なサービスの対価としてではなく、所得があるから払う。だから所得税は、固有の意味の租税、八十四条の「租税」にあたります。では、専売品の価格や、各種の検定手数料は、どうでしょうか。特定の給付に対する、はっきりした反対給付があります。だから、これらは固有の意味の租税ではありませんし、八十四条の「租税」でもありません。そこは、次に確認しましょう。
財政法三条という論点
図:84条の外も、83条が受け止める
- 専売価格・検定手数料などは、反対給付があるので固有の意味の租税ではない=84条の外
- しかし財政法3条が「法律又は国会の議決に基いて定めよ」と受け止めている
- この規定は84条ではなく、83条(国会の議決)を踏まえたもの=財政に縛らない領域は無い
さっき「専売品の値段は、野放しなんですか」という疑問が出ましたね。実は、野放しではありません。財政法という法律の三条が、これを受け止めています。
条文財政法 3条
財政法 第三条 租税を除く外、国が国権に基いて収納する課徴金及び法律上又は事実上国の独占に属する事業における専売価格若しくは事業料金については、すべて法律又は国会の議決に基いて定めなければならない。
専売価格や、さっきの検定手数料と同じ性質のものについて、定めています。「課徴金」というのは、租税ではないけれど、国が権力に基づいて取り立てるお金のことです。条文は、それを専売価格や事業料金と並べて、まとめて縛っているんですね。ここで、注目してほしい言葉があります。「法律又は国会の議決に基いて」です。この財政法三条は、八十四条ではなく、八十三条を踏まえた規定だと理解されています。専売価格や事業料金は、反対給付があるお金です。固有の意味の租税にはあたりません。だから、八十四条の対象そのものではないんです。
そこで、八十三条の出番です。財政に「誰も縛らない領域」を作らないために、八十四条の外に出たお金にも、八十三条の趣旨——国会の議決を及ぼしている。八十四条の外に出ても、必ず八十三条の枝の中には戻ってくる。この形が、財政の縛りの基本パターンです。
入口②——国民健康保険税は「形式が税」
図:国民健康保険税は「形式が税」
- 保険給付への反対給付として徴収される=固有の意味の租税ではない
- しかし最高裁=「形式が税である以上は、憲法84条の規定が適用」される
- 持ち帰り=84条の「租税」は2種類——①固有の意味の租税 ②固有の意味ではないが形式が税
では、入口の二段目に入りましょう。国民健康保険の「税」です。まず「税」の方から見ます。国民健康保険税は、被保険者が保険給付を受けられることへの、反対給付として徴収されます。対価がありますから、固有の意味の租税ではありません。ところが、最高裁はこう言っています。「形式が税である以上は、憲法八十四条の規定が適用される」。なぜそれでよいのか、逆から考えると見えます。もし、名前だけ「税」にしておいて八十四条の縛りは外れる、という扱いを認めたら、どうなるでしょうか。名前の付け方ひとつで、法律の縛りを抜けられてしまいますね。自ら「税」という形式を選んだ以上、その形式に付いてくる重い手続きも引き受ける。ここが決め手です。そして、ここが今日の持ち帰りの形として、いちばん大事なところです。八十四条の「租税」には、実は二種類あります。一つは、さっき見た固有の意味の租税。もう一つは、固有の意味の租税ではないけれど、「形式が税」であるものです。
いい想像です。共益費が「共益税」と名付けられたら、中身は同じでも、名前が「税」になった瞬間、その月の議決では決められなくなる。入居規則に書き込む形でしか決められない、という扱いに変わります。それが、いま最高裁がやっていることです。ここで、絶対にやってはいけない一本化があります。「固有の意味の租税イコール八十四条の租税」と考えてしまうことです。八十四条の租税には、この二種類があります。
課税要件法定主義と明確主義
図:課税要件法定主義と明確主義
- 課税要件=誰に、何に、どれだけ課すかを決める条件
- 課税要件法定主義=課税要件・賦課徴収手続を法律で定める
- 課税要件明確主義=その定め方が明確であること
- 法定主義には通達で課税してよいかが問題になった事件、明確主義には保険料率を告示に委任してよいかが問題になった事件を、それぞれ結び付ける
ここで一度、租税法律主義の中身を整理しておきましょう。租税法律主義には、大きく二つの内容があります。一つは、課税要件と、賦課徴収の手続きを、法律で定めること。誰に、何に対して、どれだけ課すか——課税が成り立つための条件のことです。所得税なら、所得のある人に、その年の所得に応じて、この税率で、という中身ですね。賦課徴収というのは、行政の側が金額を決めて課し、取り立てるところまでを指します。この、法律で定めること自体を求める側を、課税要件法定主義といいます。もう一つは、その定め方が、明確であること。課税要件明確主義といいます。
法律で定めていても、中身が曖昧だったら、租税法律主義は骨抜きになります。たとえば、法律に「相当の所得がある者に、相当額の税を課する」とだけ書いてあったら、どうでしょう。法律で定めよ、という条件は満たしているのに、いくら取られるかは、実際には役所の決め方しだいになります。だから、定めること自体を求める側と、定め方の明確さを求める側を、別々に立てておく必要があるんです。この二つの言葉に、それぞれ判例を一つずつ結び付けて持っておきましょう。実際にどこで争われるのか——そこです。では、一つずつ、中身を見ていきましょう。
パチンコ球遊器事件——通達で課税してよいか
図:通達で課税してよいか
- 法律上、「遊戯具」への課税規定があったが、パチンコ球遊器は長く課税されてこなかった
- 通達(上級行政庁が下級行政庁に出す解釈・運営方針の命令)によって「遊戯具」にあたるとされた
- 通達は行政内部のもの=国民に対する強制力を持たない——なのに課税対象になってよいのか
まず、法定主義の判例です。事案を見てみましょう。昔、物品税法という法律に、「遊戯具」への課税を定めた規定がありました。ところが、パチンコの球遊器は、長い間、この「遊戯具」にあたらないとされて、課税されてきませんでした。ところが、ある通達によって、「遊戯具」にあたるとされ、急に課税対象になりました。通達というのは、上級の行政庁が、法令の解釈や運営方針について、下級の行政庁に対して出す命令のことです。これは、行政の内部だけのもので、国民に対して直接、強制力を持つものではありません。内部の連絡でいきなり課税される——そこが争いになりました。行政の内部文書だけで課税対象が変わるなら、国会が法律で決めるという、租税法律主義が骨抜きになってしまいます。
通達が税を決めていることになる——この疑問、まさにそのとおりです。では、最高裁がどう答えたか、判決文を見てみましょう。最高裁の答えは、二つの段に分かれます。一つ目が、法律の解釈そのもの。二つ目が、通達の位置づけです。まず、一つ目。法律の解釈そのものについて、こう述べています。
判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和33年3月28日
パチンコ球遊器事件——法律の解釈そのもの 社会観念上普通に遊戯具とされているパチンコ球遊器が物品税法上の「遊戯具」のうちに含まれないと解することは困難であり、原判決も、もとより、所論のように、単に立法論としてパチンコ球遊器を課税品目に加えることの妥当性を論じたものではなく、現行法の解釈として「遊戯具」中にパチンコ球遊器が含まれるとしたものであつて、右判断は、正当である。
法律の条文を素直に読んでも、パチンコ球遊器は「遊戯具」にあたる、という判断です。通達の位置づけこそ、次のポイントです。もう少し先を見てみましょう。
図:通達は「根拠」か、「機縁」か
- もし通達が課税の根拠だとしたら → 行政が自分で課税対象を作り出せる=租税法律主義が空洞化
- 最高裁の答え → 課税の根拠は最初から法律(物品税法の「遊戯具」)にあった
- 通達は、その正しい解釈に気づかせた「機縁」=きっかけにすぎない
見るべき対立は、この二つです。通達が課税の根拠なのか、それとも、きっかけにすぎないのか。最高裁は、後者を採りました。次の一文です。
判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和33年3月28日
パチンコ球遊器事件——通達の位置づけ 本件の課税がたまたま所論通達を機縁として行われたものであつても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、本件課税処分は法の根拠に基く処分と解するに妨げがなく、所論違憲の主張は、通達の内容が法の定めに合致しないことを前提とするものであつて、採用し得ない。
「機縁」は、きっかけ、という意味です。ここを丁寧に読んでいきましょう。最高裁は、通達を課税の根拠だとは、一言も言っていません。そう受け取ってしまいがちなのですが、違います。もう一度、文を分けて読んでみましょう。課税が、たまたま通達をきっかけとして行われた——ここまでは認めています。でも、通達の内容が、法律の正しい解釈と合っている以上、課税処分は法律の根拠に基づく処分だ——こちらが、結論です。課税の根拠は、最初から法律——物品税法の「遊戯具」という言葉に、もとからあったんです。長年、課税されてこなかったのは、通達が無かったからではありません。行政が、法律の解釈を誤っていたからです。
標識が新しく立ったから道ができたのではなく、道は最初からそこにありました。ただ、誰も正しい案内図を持っていなかったから、その道に気づかなかっただけです。この筋道が分かると、租税法律主義がなぜ空洞化しないのか、腑に落ちます。もし通達そのものが課税の根拠になってしまうなら、行政が自由に税を作り出せることになり、法律で定めるという原則が、意味を失ってしまいます。だから、この課税処分は、違憲ではないとされました。
旭川市国民健康保険条例事件——保険料率を告示で決めてよいか
図:保険料率を告示で決めてよいか
- 旭川市の国民健康保険は、保険料率が、法律でも条例でもなく、市長の告示に委ねられていた
- 「税」ではなく「料」の方式を採る自治体で、この委任の合憲性が争われた
- この保険料は、まだ固有の意味の租税でも、形式が税でもない——さて、84条はどう働くのか
事案に入る前に、少し考えてみてください。さっき見た国民健康保険「税」は、反対給付があるのに、形式が税だから八十四条が適用されました。では、同じく反対給付である国民健康保険「料」は、税というかたちすら取っていません。これにも、八十四条は及ぶと思いますか。その予想を、確かめてみましょう。旭川市が争われた事件です。旭川市の国民健康保険は、保険料率が、法律でも条例でもなく、決まっていました。市長の決定と、告示に委ねられていたんです。告示は、行政機関が決めたことを、外に向けて公に示す形式でしたね。議会を通す条例とは、そこが違います。
国民健康保険の「税」ではなく「料」を採用している自治体で、この委任の合憲性が争われました。ここが、今までの二段の入口とは違う、三段目の特徴です。
旭川市事件——判旨を四段で追う
図:判旨を四段で追う
- ①国民健康保険料=反対給付があり、税の形式もない→84条は直接適用されない
- ②強制加入・強制徴収=賦課徴収の強制の度合いにおいて租税に類似する
- ③84条の趣旨が及ぶ=同意なく強制的に取られるという理由が、同じだけ当てはまる
- ④賦課要件の明確性=強制の度合いと国民健康保険の目的・特質を総合考慮
最高裁の判断を、順番に追っていきましょう。まず、税と料の違いから確認します。
判例最高裁判所大法廷判決・平成18年3月1日
旭川市国民健康保険条例事件——税と料の切り分け 上記保険料に憲法84条の規定が直接に適用されることはないというべきである(国民健康保険税は、前記のとおり目的税であって、上記の反対給付として徴収されるものであるが、形式が税である以上は、憲法84条の規定が適用されることとなる。)。
かっこの中で、さっき確認した「形式が税」の話をもう一度確認しています。なお、そこに出てくる「目的税」は、使い道が国民健康保険に限られている税、という意味です。そのうえで、保険料については、こう言っています。「直接に適用されることはない」。反対給付として徴収されていて、税という形式も取っていませんから、当然です。ここで話は終わりません。ここから、もう一段あります。次を見てください。この判決には、健康保険だけに限らない、もっと大きな一般論が立てられています。
⭐ 論文で書く規範:租税以外の公課への一般論 租税以外の公課であっても、賦課徴収の強制の度合い等の点において租税に類似する性質を有するものについては、憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきである…その規律の在り方については、当該公課の性質、賦課徴収の目的、その強制の度合い等を総合考慮して判断すべきものである。 (規範(判例型))
今日作った入口の三段は、税以外の負担金や手数料にも、そのまま使える枠なんです。では、この枠を、実際に国民健康保険へ当てはめた部分を見てみましょう。
判例最高裁判所大法廷判決・平成18年3月1日
旭川市国民健康保険条例事件——趣旨が及ぶ理由と総合考慮 市町村が行う国民健康保険は、保険料を徴収する方式のものであっても、強制加入とされ、保険料が強制徴収され、賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有するものであるから、これについても憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが、他方において、保険料の使途は、国民健康保険事業に要する費用に限定されているのであって、法81条の委任に基づき条例において賦課要件がどの程度明確に定められるべきかは、賦課徴収の強制の度合いのほか、社会保険としての国民健康保険の目的、特質等をも総合考慮して判断する必要がある。
一つ、言葉を補います。判決文の「法」は、国民健康保険法のことです。その八十一条が、保険料の賦課や徴収に関することは、政令の基準に従って条例で定めよ、と市町村に委ねています。争いは、その先——条例がさらに市長の告示に委ねてよいか、です。ここで出てくる理由が、強制加入と強制徴収です。対象になる人は、加入を拒否できません。保険料も、強制的に徴収されます。この「強制の度合い」が、租税に似ている、と最高裁は言っています。同意していないお金を強制的に取る——まさにそこです。租税がきつく縛られる理由は、強制的に取られるからでした。保険料は、名前こそ租税ではありませんが、強制加入・強制徴収という点で、その理由が、同じだけ当てはまります。
条文の「適用」ではなく、条文が本来警戒している理由——「趣旨」が及ぶ、という形です。ここは、答案でも絶対に取り違えないでほしい一点です。「保険料にも八十四条が適用される」と書けば、間違いになります。税は「適用」、料は「直接適用なし、しかし趣旨が及ぶ」。この一語の差が、この事件の核心です。そして、この判決は、もう一つ大事なことを言っています。趣旨が及ぶとしても、賦課要件をどこまで明確に定めるべきかは、一律には決まりません。この「賦課要件」は、さっき二つに分けたときの課税要件と同じです。誰に、何に、どれだけ課すか、というあの中身ですね。
強制の度合いに加えて、国民健康保険という制度の目的や特質も、あわせて考える必要がある、と言っています。これを総合考慮といいます。ここまでの流れを、一度、絵にして整理しておきましょう。
図:「適用」と「趣旨が及ぶ」——税と料の違い
- 国民健康保険【税】=反対給付あり・しかし形式が税 → 84条が「適用」される
- 国民健康保険【料】=反対給付あり・税の形式すらない → 84条は「直接適用されない」
- ただし強制加入・強制徴収=賦課徴収の強制の度合いが租税に類似 → 84条の「趣旨が及ぶ」
- 答案では、この一語を必ず書き分ける
一枚にすると、こうです。出発点はどちらも同じ、反対給付あり。分かれるのは、着地する言葉だけです。
旭川市事件——結論は合憲
図:結論は合憲
- 条例は賦課総額の算定基準を明確に定めた上で、専門的・技術的な細目だけを市長に委ねていた
- 見込額の推計には、予算・決算の審議を通じて議会の民主的統制も及ぶ
- ※「趣旨が及ぶ」は「違憲」を意味しない——厳しい話をして、緩い結論に着地する
ここで、ちょっと考えてみてください。八十四条の趣旨が及ぶと言われた、この条例。最終的に、合憲だったと思いますか、それとも違憲だったと思いますか。その予想、実はよく外れるところです。判決文を見てみましょう。
判例最高裁判所大法廷判決・平成18年3月1日
旭川市国民健康保険条例事件——結論 本件条例が、8条において保険料率算定の基礎となる賦課総額の算定基準を定めた上で、12条3項において、被上告人市長に対し、同基準に基づいて保険料率を決定し、決定した保険料率を告示の方式により公示することを委任したことをもって、法81条に違反するということはできず、また、これが憲法84条の趣旨に反するということもできない。
条例は、賦課総額の算定基準そのものは、きちんと明確に定めていました。そのうえで、専門的・技術的な細目だけを、市長の合理的な判断に委ねていたんです。しかも、その見込額などの推計には、国民健康保険事業の予算や決算の審議を通じて、議会による民主的な統制も及んでいます。だから、この条例は、八十四条の趣旨に反しない、合憲とされました。そしてこれが、さっき二つに分けたうちの、課税要件明確主義——どこまで明確に定めれば足りるか、という側の話でした。ここで、もう一つ確認しておきたいことがあります。「趣旨が及ぶ」は、「違憲」を意味しません。
この判例は、そういう形をしています。八十四条の趣旨が及ぶかどうかを厳しく検討したうえで、総合考慮の結果として合憲、という着地です。あなたが払っている国民健康保険料の告示による決定は、憲法違反ではありません。
今日の地図(保存版)
図:入口の三段
- ①固有の意味の租税=反対給付なく強制的に取る→84条の「租税」そのもの
- ②形式が税=反対給付あり・名前が税→84条が適用
- ③税ですらない=反対給付あり・強制加入強制徴収→直接適用なし・趣旨が及ぶ/答案では、まず金がどの段にあたるかを判定してから84条の話に入る
今日の内容を、一度まとめましょう。今日、作ったのは、入口の三段でした。一段目、固有の意味の租税。反対給付としてでなく取られるお金です。これは、八十四条の「租税」そのもの。二段目、固有の意味の租税ではないけれど、形式が税のもの。国民健康保険税がそうでした。これには、八十四条が適用されます。三段目、税ですらないもの。国民健康保険料です。これには、八十四条は直接適用されません。ただし、強制加入・強制徴収という強制の度合いから、八十四条の趣旨が及びます。この「趣旨が及ぶ」という枠は、健康保険料に限らず、税以外のお金にも広く使える型です。途中で分けた二つの言葉も、ここで結んでおきましょう。課税要件法定主義には通達の事件、課税要件明確主義には告示委任の事件です。
まず、問題になっているお金が、この三段のどれにあたるかを判定します。そのうえで初めて、八十四条の話に入る。この順番を、覚えておいてください。入口の判定を飛ばすと、答案の説得力が一段落ちます。もう一つ、確認しておきましょう。八十四条の外に出たお金も、財政法三条を通じて、八十三条が受け止めていました。八十三条の具体化は、歳入と歳出の二方向でした。今日見たのは、取る側です。では——集めたお金を使う側は、何で縛られるのでしょうか。そこは、また、じっくり見ていきましょう。
参照条文
- 日本国憲法 83条
- 日本国憲法 84条
- 財政法 3条