憲法ゼロから憲法#83

地方自治の本旨と地方公共団体——なぜ「地方」が憲法に書いてあるのか

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第4章 統治 #83/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

なぜ地方自治が憲法に書かれているのか

明治憲法との対比(明治憲法=地方自治の規定が無い、地方のことは法律・勅令のレベルにとどまる/日本国憲法=第8章「地方自治」を新設し厚く保障/違い=法律より上のレベルで守るかどうか) 図:明治憲法との対比

  • 明治憲法=地方自治の規定が無い、地方のことは法律・勅令のレベルにとどまる
  • 日本国憲法=第8章「地方自治」を新設し厚く保障
  • 違い=法律より上のレベルで守るかどうか

答えを出すために、比べる相手を1つ用意します。明治憲法です。明治憲法には、地方自治の規定は書いてありませんでした。地方のことは、法律や勅令のレベルで定められていたにとどまります。法律は、国会の判断ひとつで作り替えられます。勅令も、政府の判断で出せます。つまり明治憲法のもとでは、地方自治の仕組みは、国の一存でいつでも変えられる制度にすぎませんでした。これに対して、日本国憲法は第8章として「地方自治」という章を新設しました。法律のレベルで済ませていたものを、憲法という最高法規のレベルに引き上げました。ここに、日本国憲法が地方自治をどれだけ大事に扱っているかが、はっきり表れています。

では、法律によっても動かせない部分とは、具体的に何なのか。それを考えるための材料が、次に見る3つの学説です。

地方自治権の根拠——3つの学説

3学説(①国法伝来説・承認説=地方自治は国法に由来する制度にすぎず法律で廃止できる②固有権説=自然人の自然権と同じく地方公共団体に固有の自治権がある③制度的保障説・通説判例=法律によっても侵せない核心を憲法が保障) 図:3学説

ここで、少し思い出してほしい話があります。人権のところで「制度的保障」という考え方が出てきたのを、覚えているでしょうか?地方自治の話にも、この考え方が出てきます。地方自治権はどこから来ているのか、という問いに、3つの説が対立しています。1つ目は、国法伝来説です。地方自治は国の法律に由来する制度にすぎず、法律で廃止することもできる、という考え方です。2つ目は、固有権説です。自然人に生まれながらの自然権があるのと同じように、地方公共団体にも固有の自治権があるとする考え方です。ただ、地方公共団体は自然人とは違って、国がその領域や存在そのものを定める団体です。固有の権利があるというのは、説明として無理があります。

地方自治は法律によっても侵せない核心を、憲法が保障している、という考え方です。この3つ目が、通説であり判例の立場でもあります。同じ場面で比べてみましょう。国会が法律ひとつで、町村の議会を全部やめさせると決めたとします。国法伝来説なら、それも国の判断でできることになります。制度的保障説なら、本旨という核心を侵すので、その法律のほうが憲法違反になります。同じ場面で、答えが正反対になるんです。国法伝来説では、地方自治はいつでも法律で奪えることになってしまい、わざわざ憲法に章を新設した意味が消えてしまいます。固有権説は、先ほどの理由で説明に無理があります。残る制度的保障説が、いちばん筋が通ります。もっとも、人権のところでは、制度的保障という考え方には警戒も必要だとお伝えしました。核心さえ残せば足りるとしてしまうと、かえって保障の中身が薄められかねない、という警戒です。あのとき、この理論を使ってよい条件として、核心がはっきりしていることを挙げました。地方自治では、核心がどこにあるかを条文自身が名指ししています。次に見る92条の「地方自治の本旨」です。ただし、その中身をどう読み解くかは、ここから解釈で詰めていきます。だから、この場面ではこの理論が本来の形で働きます。

核心とは何か。そこが、制度的保障説を採ったときに次に立つ問いです。その答えを、92条が用意しています。

地方自治の本旨——92条

92条カード(全文=地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める/「地方自治の本旨」が核心の中身/中身は2つの要素に分かれる) 図:92条カード

  • 全文=地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める
  • 「地方自治の本旨」が核心の中身
  • 中身は2つの要素に分かれる

条文を見てみましょう。

条文日本国憲法 92条

日本国憲法 第九十二条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

地方公共団体の組織や運営については法律で定めるとしつつ、その法律は「地方自治の本旨」に基づいていなければならない、という条文です。国会が自由に決めていいわけではありません。この「地方自治の本旨」こそが、法律によっても侵せない核心の正体です。本旨の中身こそ、今日いちばん大事なところです。本旨は、2つの要素からできています。

団体自治と住民自治

一人暮らしのたとえ(実家=国/一人暮らしを始めた子ども=地方公共団体/別の家を持つこと=団体自治・国からの独立/家の中身を誰が決めるか=住民自治・住民の意思) 図:一人暮らしのたとえ

  • 実家=国
  • 一人暮らしを始めた子ども=地方公共団体
  • 別の家を持つこと=団体自治・国からの独立
  • 家の中身を誰が決めるか=住民自治・住民の意思

1つ目の要素は、団体自治です。地方自治が、国から独立した団体に委ねられ、その団体自らの意思と責任のもとで行われる、という要素です。イメージしやすいように、たとえ話をしましょう。実家を出て、一人暮らしを始めた子どもを思い浮かべてください。団体自治というのは、まず「実家とは別の家を持つ」ということです。国という実家からいちいち指図されず、地方公共団体という独立した1つの家を構えている、という状態です。ですが、これだけでは足りません。2つ目の要素があります。住民自治です。地方自治が、住民の意思に基づいて行われる、という要素です。

一人暮らしを始めたその部屋の中で、家事や生活費の使い道を、誰が決めるか、という話です。実家の親が遠隔操作で決めるのではなく、その部屋に住んでいる本人たちの話し合いで決める。それが住民自治です。団体自治は、自由主義的・地方分権的な要素と言われます。国の手を離れる、という意味だからです。住民自治は、民主主義的な要素と言われます。住民の意思で動く、という意味だからです。理由で考えると、覚えやすくなります。自由主義は、国家から干渉されない、という発想が先に立ちます。団体自治は、国という他者の手を離れる話だから、自由主義的と呼ばれます。民主主義は、誰の意思で物事を決めるか、という発想です。住民自治は、その「誰が決めるか」を住民に置く話だから、民主主義的と呼ばれます。ここで、一度確認しておきましょう。団体自治と住民自治、どちらが先に来る話だったでしょうか?

……まず、国から独立して別の家を持つこと、団体自治が先です。そのあとで、その家の中身を誰が決めるか、住民自治が来ます。なぜ、この順番なんでしょうか。国から独立していなければ、いくら住民に意思があっても、その意思を反映する団体自体が、国に従属したままです。団体自治が先、住民自治が後。この順序を、取り違えないでください。

議会と長——93条

93条カード(1項=地方公共団体には議事機関として議会を設置する/2項=長・議員その他の吏員は住民が直接選挙する/地方は大統領制・首長制、国は議院内閣制) 図:93条カード

  • 1項=地方公共団体には議事機関として議会を設置する
  • 2項=長・議員その他の吏員は住民が直接選挙する
  • 地方は大統領制・首長制、国は議院内閣制

団体自治と住民自治という2つの要素を支える骨組みが、93条です。条文を見ましょう。

条文日本国憲法 93条

日本国憲法 第九十三条 ① 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。 ② 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

地方公共団体には、議事機関として議会が置かれます。ただし、ここに例外があります。地方自治法94条は、町村については、条例で議会を置かず、選挙権を持つ住民全員による総会を設けることを認めています。人口の少ない町村なら、議員を選ぶより、住民みんなで話し合うほうが、かえって住民自治に資すると考えられるからです。合憲と解してよい制度です。2項は、地方公共団体の長、議会の議員、そしてその他の吏員——吏員というのは、地方公共団体の職員のことです——を、住民が直接選挙する、と定めています。さっきの住民自治です。地方のことは、住民自身の意思で決める。その一番わかりやすい形が、長も議員も住民が直接選ぶ、という93条2項です。

内閣のところで見た議院内閣制を思い出してください。国では、内閣総理大臣を国民が直接選ぶことはありません。国会が指名し、内閣がそれに連なる仕組みでした。地方公共団体の長は、住民の直接選挙で選ばれます。議会の議員も、直接選挙です。この形は、大統領制・首長制と呼ばれる仕組みに近いものです。国と地方で、統治のかたちそのものが違うことになります。ただし、地方自治法178条には、議院内閣制に近い仕組みも一部残されています。長と議会が対立したときの不信任や解散の制度です。中身の細かい対比は、また別の機会に見ます。ここでは、地方は住民の直接選挙を土台にした仕組みだ、という点だけ押さえてください。

「地方公共団体」とは何か——二段階制

二段階制の図(国 → 都道府県(現行)/都道府県 → 市町村/再編=都道府県を道州へ再編することは立法政策として可能/二段階制そのものは憲法上の保障) 図:二段階制の図

  • 国 → 都道府県(現行)
  • 都道府県 → 市町村
  • 再編=都道府県を道州へ再編することは立法政策として可能
  • 二段階制そのものは憲法上の保障

ここまで、地方自治の本旨と、それを支える組織の骨組みを見てきました。次は、この本旨が及ぶ「地方公共団体」とは、そもそも何を指すのか、という問題に入ります。現行の地方自治法は、たしかに市町村と都道府県という、2段階の地方公共団体を定めています。ですが、この2段階という形そのものが、憲法で決まっているのかどうかは、争いがあります。2段階制は法律で決まっているだけだ、という考え方もあります。ですが、通説はこう考えます。憲法が制定された当時、すでに市町村と都道府県という2段階の仕組みが存在していました。憲法は、その歴史的な前提のうえに、地方自治を保障したと解されます。ですから、この2段階制そのものは、憲法上の保障だと考えられています。

もっとも、2段階のうち、都道府県という単位そのものを維持するか、それとも、より広い「道州」という単位に再編するかは、また別の問題です。これは立法政策の問題にすぎません。道州において、住民自治と団体自治がきちんと保障されている限り、道州制そのものは憲法上、可能です。たとえば、いくつかの県がまとまって1つの州になったとします。州知事と州議会を住民が直接選べて、州が自分の条例と自分の財源を持っているなら、団体自治も住民自治も生きています。逆に、州の長官を国が任命し、お金も国が握って配るだけなら、名前は州でも中身は国の出先機関です。そちらは、憲法が求める地方自治とは言えません。92条の本旨に反することになります。

「道州制は違憲だ」と考えてしまうと誤りです。2段階制は保障されていますが、その中身をどう区切るかは、立法政策に委ねられています。

東京都特別区は「地方公共団体」か

事案(東京都特別区=23区/区長はもともと住民の直接選挙で選ばれていたが、法改正により東京都知事が区議会の同意を得て選任する方式に変わった/争点=この公選制廃止は違憲でないか、その前提として区は憲法93条2項の「地方公共団体」にあたるか) 図:事案

  • 東京都特別区=23区
  • 区長はもともと住民の直接選挙で選ばれていたが、法改正により東京都知事が区議会の同意を得て選任する方式に変わった
  • 争点=この公選制廃止は違憲でないか、その前提として区は憲法93条2項の「地方公共団体」にあたるか

ここで、今日の一問に戻ります。東京23区の区長を、住民が選ばなくてもよいのか。この問いが、実際に最高裁まで争われたことがあります。もともと区長は、住民の直接選挙で選ばれていました。ところが法律が改正され、東京都知事が区議会の同意を得て選ぶ方式に変わったことがありました。もし特別区が憲法93条2項にいう「地方公共団体」にあたるなら、その長は住民の直接選挙で選ばなければなりません。公選制を廃止すれば、憲法違反になるはずです。最高裁は、まず「地方公共団体」にあたるかどうかを判断するための基準を示しました。

判例最大判昭38・3・27 刑集17巻2号121頁

憲法上の「地方公共団体」にあたるための基準 地方公共団体といい得るためには、単に法律で地方公共団体として取り扱われているということだけでは足らず、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもつているという社会的基盤が存在し、沿革的にみても、また現実の行政の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能を附与された地域団体であることを必要とするものというべきである。

まず、「単に法律で地方公共団体として扱われているというだけでは足らず」とあります。ここが出発点です。その先に、2つの要件が続きます。1つ目は、社会的基盤です。住民が経済的にも文化的にも密接な共同生活を営み、共同体としての意識を持っていること。2つ目は、自主立法権、自主行政権、自主財政権という、相当程度の自治の実質を備えていることです。家賃も門限も食事のルールも、全部親が決めていて、仕送りされたお金をそのまま渡されているだけなら、それは一人暮らしの形をした実家暮らしにすぎません。自分でルールを作り、自分で日々のことを回し、自分の財布で生活している。この実質があって初めて、独立した1つの生活圏と呼べます。

しかも、この2つの要件は、今日の本旨の裏返しです。住民が共同生活を営み共同体意識を持っていること——これは住民自治が働く土台があるかどうか。自主立法権・自主行政権・自主財政権——これは団体自治の中身そのものです。憲法が保障したのは、この2階建てを現に備えた団体だけだ、というのが最高裁の発想です。だから、市町村や都道府県があたることは争いになりません。争われたのは、都の中に置かれた特別区だけでした。では、この基準に照らして、東京都の特別区は「地方公共団体」にあたる、と最高裁は言ったでしょうか。……ここまでの流れからすると、あたらない、という判断になりそうです。

結論(結論=東京都の特別区は憲法93条2項の「地方公共団体」にあたらない/決め手=相当程度の自主立法権・自主行政権・自主財政権という自治の実質を備えていたとまでは言えない/帰結=区長公選制の廃止も違憲でない) 図:結論

  • 結論=東京都の特別区は憲法93条2項の「地方公共団体」にあたらない
  • 決め手=相当程度の自主立法権・自主行政権・自主財政権という自治の実質を備えていたとまでは言えない
  • 帰結=区長公選制の廃止も違憲でない

最高裁は、東京都の特別区は、この基準にいう「地方公共団体」にあたらないと判断しました。決め手は、特別区が、相当程度の自主立法権・自主行政権・自主財政権という自治の実質を、まだ備えていたとまでは言えない、という点です。特別区が93条2項の「地方公共団体」にあたらない以上、その長を住民の直接選挙で選ばなくても、93条2項には違反しない、という論理です。

今日でも同じ結論と言えるか

今日の到達点(判決当時=特別区は自治の実質を備えていないとされた/今日=行政の権限や規模が拡大し自主立法・自主行政・自主財政の実質を備えているとする見解が有力/注意=判例の結論をそのまま現在の到達点として語らない) 図:今日の到達点

  • 判決当時=特別区は自治の実質を備えていないとされた
  • 今日=行政の権限や規模が拡大し自主立法・自主行政・自主財政の実質を備えているとする見解が有力
  • 注意=判例の結論をそのまま現在の到達点として語らない

ただ、ここで一つ注意してほしいことがあります。この判決が出たのは、かなり前のことです。いまも同じ結論が通用するか。そこは、慎重に考える必要があります。今日では、特別区の行政の権限や規模が広がり、自主立法権・自主行政権・自主財政権の実質を、すでに備えているとする見解が有力になっています。そういう見方が有力です。ですから、この判決の結論——特別区は地方公共団体にあたらない——を、そのまま現在の到達点として語ってはいけません。判決が出た当時の判断だった、という限定つきで理解してください。基準そのものは今でも生きています。ですが、その基準を特別区に当てはめた結論は、今日ではもう一度、問い直されている、という点を押さえておいてください。

地方自治は民主主義の学校——95条

95条カード(全文=一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。/趣旨=自治権侵害の防止/国会単独立法の原則の例外) 図:95条カード

  • 全文=一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
  • 趣旨=自治権侵害の防止
  • 国会単独立法の原則の例外

ここまでは、地方公共団体そのものの話でした。ここからは、住民が地方自治を直接動かせる仕組みを見ていきます。地方自治は「民主主義の学校」とも言われます。国政に比べて、地方自治のほうが、住民が直接参加できる制度が多く、身近なところで民主主義を学べる、という意味です。本旨で言えば、2階の住民自治を、住民が自分の手で動かす場面です。しかも守っている中身は、1階の団体自治——国に自治権を侵させない、という部分です。その代表が、95条です。

条文日本国憲法 95条

日本国憲法 第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。

以前、法律は国会だけで作れるという原則を見ましたね。95条は、その例外です。ある地方公共団体だけに適用される特別法は、国会の議決だけでは足りず、その地方の住民投票で過半数の同意を得なければ、国会は制定できません。覚えているでしょうか。あのとき、国会が特定の地方だけを狙い撃ちにした不利な法律を、頭越しに作ってしまうことを防ぐためだ、とお伝えしました。95条は、その歯止めを住民投票という形にしたものです。ここで、条文の言葉に、もう一つ注意してほしい点があります。「一の地方公共団体」という言葉です。国会の立法の回で、この条文を「一つの地方公共団体だけに適用される特別な法律」と、ひとまず簡単な言い方で紹介していました。

「一の」を1つと読むかどうか。そこを、ここで正確にしておきます。「一の」は、数が1つという意味ではなく、「特定の」という意味です。ですから、特定の複数の地方公共団体に適用される法律にも、95条は及びます。「1つだけの場合に限る」と読まないでください。

95条が適用されない3つの場合

適用除外3類型(①特定の地方公共団体を有利に扱う法律→適用なし②国の事務・組織を定めるだけで地方公共団体の組織・運営・権能に関係がない法律→適用なし〔例=北海道開発法〕③国法上の地方公共団体にあたらない単なる地域を対象とする法律→適用なし〔例=大潟村の特例法〕) 図:適用除外3類型

もう一つ、押さえておいてほしいことがあります。95条は、すべての特別法に適用されるわけではありません。適用されない場合が、3つあります。1つ目は、特定の地方公共団体を有利に扱う法律です。95条の趣旨は、自治権の侵害を防ぐことでした。有利に扱う法律であれば、侵害という問題自体が生じませんから、適用されません。2つ目は、国の事務や組織を定めるだけで、地方公共団体そのものの組織・運営・権能に関係のない法律です。たとえば、北海道開発法のような法律がこれにあたります。北海道の開発を進めるための国の事務を定める法律で、地方公共団体の組織や権能そのものには触れていません。

3つ目は、そもそも国法上の地方公共団体にあたらない、単なる地域を対象とする法律です。たとえば、大潟村の設置に関する特例法のような場合です。もともと干拓してできた地域で、法律上は地方公共団体として扱われていない、という前提の特例法です。この3つは、95条の趣旨から逆算して導かれる例外です。趣旨に立ち返れば、なぜ適用されないのか、理由がつながります。

地方自治法上の直接民主制

直接請求と住民投票(直接請求=条例の制定改廃請求74条・監査請求75条・議会解散請求76条・議員・長の解職請求80条81条/住民投票=現行地方自治法上、結果に法的拘束力は無い/法改正で拘束力を持たせることは住民自治の見地から憲法上許される) 図:直接請求と住民投票

  • 直接請求=条例の制定改廃請求74条・監査請求75条・議会解散請求76条・議員・長の解職請求80条81条
  • 住民投票=現行地方自治法上、結果に法的拘束力は無い
  • 法改正で拘束力を持たせることは住民自治の見地から憲法上許される

憲法だけでなく、地方自治法にも、住民が直接動かせる仕組みが定められています。条例の制定や改廃を求める請求、監査を求める請求、議会の解散を求める請求、議員や長の解職を求める請求です。これらは、それぞれ条文番号がありますが、制度の細かい中身は、また別の機会に扱います。ここでは、住民が直接、地方自治を動かせる手段が、いくつも用意されている、という点だけ押さえてください。近年、そうした住民投票が行われる例が増えています。ですが、ここで注意が必要です。現行の地方自治法のもとでは、住民投票の結果に、法的な拘束力はありません。

「住民投票で決まったのだから、長は従わなければならない」というのは、現行法の話ではありません。そこを取り違えないでください。絶対に拘束力を持たせられないかというと、そこは違います。法律を改正して、住民投票の結果に、長や議会への法的な拘束力を持たせることも、住民自治の見地から、憲法上は許されると解されています。あくまで、それは将来の制度設計の話であって、いまの地方自治法がそうなっている、という話ではありません。

今日の地図(保存版)

まとめ(①92条の本旨=団体自治〔国からの独立〕と住民自治〔住民の意思〕の2階建て、順序は団体自治が先②東京都特別区は判例上「地方公共団体」にあたらないとされたが今日では有力説が反対③95条の「一の」は「特定の」の意味/本旨〔92条〕と地方公共団体の枠組みが土台になる) 図:まとめ

  • ①92条の本旨=団体自治〔国からの独立〕と住民自治〔住民の意思〕の2階建て、順序は団体自治が先②東京都特別区は判例上「地方公共団体」にあたらないとされたが今日では有力説が反対③95条の「一の」は「特定の」の意味
  • 本旨〔92条〕と地方公共団体の枠組みが土台になる

今日の内容を、まとめましょう。1つ目。92条の「地方自治の本旨」は、団体自治と住民自治の2階建てでした。もう一度聞きますが、国からの独立を意味するのは、団体自治と住民自治、どちらだったでしょうか?団体自治です。国から独立した別の家を持つこと、でした。住民自治は、その家の中身を誰が決めるか、でしたね。2つ目。東京都の特別区は、判例上「地方公共団体」にあたらないとされましたが、今日では有力説が反対しています。判例の結論を、そのまま現在のものとして語らないでください。3つ目。95条の「一の地方公共団体」は、「1つだけ」ではなく「特定の」という意味でした。

今日は、92条の地方自治の本旨と、地方公共団体という枠組みを見てきました。団体自治と住民自治、この2つを一枚の板に残しておきましょう。

本旨の板(地方自治の本旨=団体自治〔国からの独立・自由主義的・地方分権的〕+住民自治〔住民の意思・民主主義的〕) 図:本旨の板

  • 地方自治の本旨=団体自治〔国からの独立・自由主義的・地方分権的〕
  • 住民自治〔住民の意思・民主主義的〕

自分たちで決められる、とは、具体的に何ができることなのか。地方が作る「条例」は、国が作る法律とぶつかったら、どうなるのか。条例の話に、進むんですね。国からの独立、住民の意思。この2つの土台のうえに、地方公共団体は「条例」という自分たちの法を作る力を持っています。その力の中身と、国の法律との関係を、じっくり見ていきましょう。

参照条文

  • 日本国憲法 92条
  • 日本国憲法 93条
  • 日本国憲法 95条

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