条文が無くても、負けない——民法の解釈(後編)
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第1章 民法総則 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
条文は、世の中の全部を書ききれない
図:条文は世の中の全部を書ききれないという気づき
- 載っている場面より載っていない場面のほうが多い
- だから条文をどう読むかが勝負になるという問い
なぜ、条文が無い場面が、生まれるのでしょうか。理由は、単純です。世の中に起きる出来事の数だけ、条文を用意することは、できません。ジムの会員契約や、サブスクにも、ぴったりの条文はありませんでした。条文に載っている場面より、載っていない場面のほうが、実は多いんです。条文が役に立たないわけではありません。条文が全部を書ききれない以上、大事になるのは、別のことです。条文に書かれた言葉を、どう読むか。同じ一つの条文でも、言葉の読み方しだいで、導かれる結論が変わります。これから、そのことを、実際にやってみせます。
一つの設例を置く——公園の条例
図:架空の条例
- この公園に自転車を乗り入れてはならない
- これから五回同じ条文で答えを出すという宣言
ここで、たとえばの話を、一つ、考えてみましょう。ある公園に、こんな条例が、あったとします。「この公園に、自転車を乗り入れてはならない」。この一つの条文だけを使って、これから、五回、同じ問題を解いていきます。毎回、同じ条例。毎回、違う場面。そして、時には、違う結論が出ます。
一つ目、文理解釈——言葉どおりに読む
図:架空の条例に文理解釈を当てる
- 言葉どおりに読む
- 自転車はこの公園に乗り入れられないという結論
まず、普通の自転車で、公園に入ろうとする人がいたとします。条文の言葉どおりに読めば、自転車は、この公園に乗り入れられません。このように、条文の文言に忠実に読むことを、文理解釈と呼びます。なぜ、まず文理解釈から始めるかというと、読み手によって結論がぶれにくいからです。すべての解釈の、出発点に、なります。これができれば、実は、多くの場面は、それで片付きます。ここから、少しずつ、厄介な場面に、入っていきます。
二つ目、拡張解釈——文言の枠を広げる
図:架空の条例に拡張解釈を当てる
- 電動アシスト自転車も自転車の枠の中
- 文言の枠を広げてもまだ自転車と呼べる範囲にとどまる
次に、電動アシスト自転車に乗った人が、入ろうとしています。これも「自転車」と呼んでよいのか。いい問いです。厳密に言えば、条文の言葉は、ただ「自転車」とだけ書かれています。電動アシスト自転車は、ペダルをこいで進むのが、主な力です。モーターは、あくまで補助です。自転車という言葉が指す核心——足でこぐ乗り物という部分は、保たれています。だから、この場面でも、条文の対象に含めて読むことができます。このように、言葉の枠を広げて読むことを、拡張解釈と呼びます。どこまでも広げてよいわけではありません。まだ、その言葉と呼べる範囲にとどまっている必要があります。電動アシスト自転車は、まだ、自転車の枠の中にいます。だから、拡張解釈で届きます。
では、言葉の枠の外に出てしまったら、どうなるのか。それが、次の場面です。
三つ目、類推解釈——枠の外だが、趣旨が及ぶ
図:自転車という言葉の枠を一本の線で描く弁別
- 枠の内側は電動アシスト自転車で拡張解釈
- 枠の外側はキックボードで類推解釈
- 境目は文言の枠に入るか入らないかの一本の軸だけ
今度は、キックボードに乗った人が、入ろうとしています。足で地面を蹴って進み、立ったまま乗ります。もう「自転車」とは呼びません。キックボードは、自転車という言葉の枠の、完全に外側にあります。どれだけ言葉を広げても、キックボードを「自転車」に含めることは、できません。ここで、別の道具が、登場します。この条文は、そもそも、何のためにあるのでしょうか。園内を歩く人の安全を守る、という条文の趣旨です。そして、この趣旨は、自転車だけでなく、キックボードにも、同じように及びます。だから、条文の言葉には含まれなくても、趣旨が同じように及ぶなら、適用する。この読み方を、類推解釈と呼びます。
この板を見てください。自転車という言葉の枠を、一本の線で描いています。枠の内側に、電動アシスト自転車。これが、さっきの拡張解釈。枠の外側に、キックボード。これが、今の類推解釈。****境目は、たった一つ。その言葉の枠に、入るか、入らないか。それだけです。拡張は、枠の中を広げる。類推は、枠の外に、飛び移る。そして、この違いには、理由があります。言葉の枠の中にいる間は、まだ「その言葉の意味」で、押し通せます。でも、言葉の外に出た瞬間、頼れるのは、趣旨だけになります。
そして、この類推解釈は、試験の場面で、最も出番が多い道具になります。条文に無い場面を、埋めるための、最も本格的な道具だからです。
四つ目、反対解釈——書いていない以上、適用しない
図:同じキックボードと条例から類推解釈と反対解釈が対立する
- 類推はキックボードもダメ
- 反対はキックボードは乗ってよい
- 同じ材料から逆の結論が出るという対立
ここで、同じキックボードの場面を、もう一度、見てみましょう。でも、実は、同じ材料から、正反対の結論を導く読み方も、あります。「条文には、自転車としか書かれていない。キックボードは、書かれていない」。「書かれていない以上、この条文は、キックボードには、適用しない」。だから、キックボードは、乗り入れてよい、という結論です。このように、条文がない以上、それに近い条文であっても、あえて適用しない。この読み方を、反対解釈と呼びます。実は、どちらも、論理としては、成り立ちます。類推が正しくて、反対解釈が間違い、というわけではありません。反対解釈にも、ちゃんと理由があります。書かれていないことを、勝手に広げないという規律です。もし、似ている条文なら、何でも適用してよいことにすると、誰も、結果を予測できなくなります。
どこまで広がるか分からなければ、誰も安心して行動できません。この規律にも、ちゃんとした理由があるんです。
どちらを採るか——決めるのは、条文の趣旨
図:類推解釈と反対解釈の対立を決着させる板
- 上は趣旨が及ぶから類推
- 下は趣旨が及ばないから反対
- 決めるのは条文の趣旨という一点
では、類推解釈と、反対解釈。どちらを採ればいいのでしょうか。どちらも論理としては成り立つ以上、決め手は、好みではありません。****決めるのは、条文の趣旨です。もう一度、この条例の趣旨を、思い出してください。園内を歩く人の安全を守る、という趣旨でしたね。趣旨が及ぶと判断すれば、類推解釈。****趣旨が及ばないと判断すれば、反対解釈。この一枚の板を、見てください。上に、類推解釈——趣旨が及ぶから、キックボードもダメ。下に、反対解釈——趣旨が及ばないなら、キックボードは、乗ってよい。同じキックボードと条例から、上下、正反対の結論が出ています。
「趣旨が及ぶか、及ばないか」、この一点です。いま確かめたとおり、趣旨は、キックボードにも及びます。だから、この条例では、類推解釈のほうを採ることになります。反対解釈が正しくなるのは、趣旨が、その場面までは届いていない、と判断できるときです。どちらが偉い読み方か、ではありません。趣旨の届き方が、その都度、答えを決めます。
五つ目、制限解釈——文言の枠を絞る
図:架空の条例に制限解釈を当てる
- 押して歩く補助輪付き自転車は含まれない
- 絞っているのは自転車ではなく乗り入れという言葉のほう
最後は、少し違う場面です。小さな子どもが、補助輪付きの自転車を、押して歩いて、公園に入ろうとしています。ここで、一度、条文の言葉を、素直に見てみましょう。「乗り入れてはならない」。この「乗り入れ」という言葉、押して歩くことも含めて読めそうですか。文言だけを見れば、押して歩くことも、含めて読むことができます。でも、ここで、また、趣旨に戻ります。何のための、条文でしたか。園内を歩く人の、安全のためでした。押して歩いているだけなら、誰かにぶつかって、危ない場面は、ほとんどありません。危険の無い場面まで、禁じる理由はありません。だから、条文の適用される範囲を、狭く絞ります。
このように、適用範囲を絞って読むことを、制限解釈と呼びます。ここが、大事な点です。絞っているのは、「自転車」ではありません。****絞っているのは、「乗り入れ」という言葉のほうです。拡張解釈と、類推解釈は、「自転車」という言葉を、動かしていました。でも、今回、絞ったのは、「乗り入れ」という、別の言葉のほうです。制限解釈が、いつも動詞を絞る、という意味ではありません。どの言葉を動かすかは、その条文と、その場面で決まります。
図:五つの読み方を一つの設例で並べた一覧表
- 文理は自転車はダメ
- 拡張は電動アシスト自転車もダメ
- 類推はキックボードもダメ
- 反対はキックボードは乗ってよい
- 制限は押して歩く自転車は含まない
- 同じ問題への五つの答え
ここで、今日の五つの読み方を、一枚の表にまとめてみましょう。一つ目、文理解釈——自転車は、乗り入れられない。二つ目、拡張解釈——電動アシスト自転車も、ダメ。枠の中を、広げました。三つ目、類推解釈——キックボードも、ダメ。枠の外に、趣旨で橋を架けました。四つ目、反対解釈——キックボードは、乗ってよい。同じ材料から、逆の結論でした。五つ目、制限解釈——押して歩く自転車は、含まれない。今度は、動詞のほうを、絞りました。同じ一つの問題に、五つの答えがある。これが、今日、一番、伝えたかったことです。
本物の条文で読み直す——第三者という言葉
図:百七十七条の第三者という言葉をもう一度読み直す板
- 条文には第三者としか書いていない
- 判例があまりに悪質なケースの人を外している
- あの結論は実は制限解釈だったという気づき
ここまでは、架空の条例で、話してきました。でも、実は、同じことが、本物の民法の条文でも、起きています。ここで、177条を、もう一度、思い出してください。この条文は、登記が無いと、「第三者」に対抗できない、と定めていました。「対抗できない」は、以前と同じで、「自分のものだと主張できない」と読み替えてください。誰が「第三者」に当たるのか、条文自身は、詳しく説明していません。そして、以前、判例が、その範囲を決めている、という話をしました。当事者や、その立場を引き継いだ人は、「第三者」から外れる、という話でした。そして、もう一つ、大事な例外を、残していました。あまりに悪質なケースでは、知っていた買主が、「第三者」から外される場合がある、という話です。
中身は別の回で扱う、と言ったとおり、詳しい要件は、今日も、まだ扱いません。でも、今日、一つだけ、分かることがあります。この条文の言葉は、「第三者」とだけ書かれています。なのに、判例は、その中から、一部の人を、外しています。言葉の適用される範囲を、絞っているんです。理由は、今日、ずっと見てきたのと、同じです。趣旨に立ち返って、絞っているからです。この条文が守ろうとしているのは、以前見たとおり、自由な競争でした。知っていただけの人も、競争に参加する資格は失いません。でも、その競争のルールから、あまりにも外れた人まで、「第三者」に入れておく理由はありません。これは、まさに、今日見た、制限解釈です。
しかも今度、絞ったのは、「第三者」という名詞のほうです。動かす言葉は、その条文と場面で決まる、とさっき言いました。これが、その実例です。そして、この、外れてしまう人のことを、法律用語で、背信的悪意者と呼びます。名前と、絞られているという構造だけを、今日は、持ち帰ってください。この気づきが、大事です。すでに知っている条文も、実は、誰かが読み方を選んでいるんです。
では、どれが正しいのか——解釈の妥当性
図:解釈の妥当性を測る二つの物差し
- 具体的妥当性は今のこの事件で妥当な結論
- 一般的確実性は次に来る似た事件でも妥当な結論
- 片方だけでは真に妥当な解釈と呼べないという決着
今の、第三者を絞った条文も、架空の条例も、どちらも、誰かが読み方を選んだ結果でした。今日は、一つの条例から、五つの結論を、見てきました。では、この中で、どれが「正しい」解釈なのでしょうか。結論に納得できれば、それでいい解釈——実は、それだけでは、足りません。民法には、真に妥当な解釈と呼べる条件が、二つあります。一つ目は、具体的妥当性——今、目の前の事件で、妥当な結論を導けること。二つ目は、一般的確実性——他の、似た事件でも、同じように妥当な結論を導けること。真に妥当な解釈は、この両方を、満たす必要があります。ここで、一つ、実例を、考えてみましょう。ある日、雨に濡れた子どもが、キックボードで、公園に入ってきました。
管理人は、「今日だけは、大目に見よう」と、その子を、通してあげました。これも、一つの読み方です。「この子には、この条例は当てはめない」と、範囲を絞ったことになります。押して歩く自転車のときと、形は、同じです。違うのは、絞った理由です。さっきは趣旨でしたが、今度は、その場の同情です。たしかに、この日、この子は、救われます。具体的妥当性は、満たされています。でも、次の日、別の子どもが、公園にやってきて、こう言いました。「わたしも、同じです」。管理人は、この子には、何と、説明すればいいでしょうか。
その場の同情で通した読み方は、次の似た事件に、答えを持ちません。これが、一般的確実性が無い、という状態です。だから、片方だけでは、真に妥当な解釈とは、呼べません。法律は、今日の一件だけでなく、明日以降も、同じ条文で、無数の事件を裁きます。その場しのぎの読み方は、同じような立場の人を、同じように扱えません。目の前の事件を救いながら、次の似た事件にも、同じ理由で、答えられる読み方。それが、真に妥当な解釈です。まず言葉どおりに読み、枠の内で足りるか、枠の外まで及ぼすか、それとも絞るか。その分かれ目は、趣旨が決めます。そのうえで、出した結論が、この二つの物差しに耐えるか。そこまで見て、はじめて、正しい読み方が決まります。
類推解釈の型を渡す——趣旨、及ぶ、適用
図:類推解釈の三つのステップ
- 一つ目は条文の趣旨を言う
- 二つ目はその趣旨が目の前の場面にも及ぶかを確かめる
- 三つ目は及べば適用し及ばなければ反対解釈に分かれる
- この先ずっと同じ形で使う道具
最後に、今日、一番大事な道具を、まとめて、渡します。類推解釈は、条文に無い場面を、埋めるための、中心的な道具でした。この道具は、いつも、同じ、三つの手順で、使います。一つ目、条文の趣旨を言う。何のための条文か、を、確認します。二つ目、その趣旨が、目の前の場面にも、及ぶかを確かめる。三つ目、及ぶなら、適用する。これが、類推解釈です。一つ目、この条例は、園内を歩く人の安全を守るためのもの。二つ目、その趣旨は、キックボードにも、同じように及ぶ。三つ目、だから、この条例を、キックボードにも適用する。
二つ目で、及ばないと判断したときに、そこで、反対解釈に、分かれます。及ばないと判断すれば、適用しない。これが、さっき見た、分かれ道です。この三つの手順は、この先、何度も、そのまま使います。この型は、この先、94条2項類推でも、110条の類推でも、そのまま使えます。知らないうちに登記の名義が変わっていた場合や、代理権を、少しだけ超えて使われた場面です。今日は、その型だけを、受け取っておいてください。中身は、それぞれの回で、扱います。
今日の地図(保存版)
図:今日配ったものの最終版
- 五つの読み方=文理・拡張・類推・反対・制限
- 妥当性の二つの物差し=具体的妥当性と一般的確実性
- 次は民法総則の本体である三大原則へ進むという予告
今日、配ったものを、まとめましょう。一つの条例から、五つの読み方——文理、拡張、類推、反対、制限。そして、正しい読み方を選ぶ、二つの物差し——具体的妥当性と、一般的確実性。条文が無くても、言葉の読み方で、答えを出すことができます。ちなみに、刑法では、被告人に不利益になる方向の類推解釈は、禁じられています。理由は、そちらの科目で、扱います。今日、名前だけ置いていったものも、並べておきます。登記の名義が、知らないうちに変わっていた場合の類推。代理権を、少しだけ超えて使われた場面の類推。当事者の、意思表示そのものの解釈。そして、信義則や、権利濫用のような、一般条項。
でも、今日、大事な道具を、一つ、受け取りました。これで、民法入門のブロックは、終わりです。次からは、いよいよ、民法総則の本体に入ります。最初に扱うのは、民法全体を貫く、三つの大きな原則です。