自由を立てた三本の柱と、そこに最初から書かれていた制限——民法の三大原則と信義則
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第1章 民法総則 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
今日の地図——名前だけ聞いた言葉の中身へ
図:今日の地図
- 前回の宿題を一言確認
- 今日配るのは三本の柱とその柱にかかるブレーキという二段構成
まず、前回の宿題を、思い出しましょう。前回、条文に書いていない場面を埋める読み方を、何と呼んだでしょうか?類推解釈ですね。条文が無い場面でも、読み方しだいで、答えを出せる、という話でした。そして、前回の最後に、いくつか、名前だけ、置いていったものが、ありましたね。名前だけ、聞きました。中身は、まだです。今日は、そのうちの、信義則の中身を、ちゃんと見ていきます。ただし、今日、配るものは、それだけでは、ありません。まず、民法が、人の自由をどう立てたか——三本の柱の話から、始めます。
そして、その柱に、実は最初から、ブレーキがかかっていた、という話に、つながります。そこが、今日、いちばん面白いところです。順番に、見ていきましょう。
民法は、自由を三本の柱で立てた
図:三大原則の板
- 所有権絶対・契約自由・過失責任は同じ一つの思想の三つの現れ
- 自由な個人が自分の意思で財産を動かしその結果だけを引き受けるという一本の軸
民法は、人の自由を、三本の柱で、立てています。一本目は、所有権絶対の原則。自分の物は、自分の意思だけで、使ったり、処分したりできる、という考え方です。二本目は、契約自由の原則。誰と、何を、どんな条件で約束するかは、自分で決めてよい、という考え方です。前回、民法に名前の無い契約——非典型契約でも、有効に成立する、という話をしました。あれは、実は、契約自由の原則の帰結だったんです。何を、誰と、どんな形で約束するかが自由だから、民法に名前の無い契約でも、有効になります。
そして、三本目が、過失責任の原則。自分に、落ち度——過失が無ければ、責任を負わない、という考え方です。実は、この三つ、バラバラの決まりでは、ありません。もとを辿ると、同じ、一つの思想から、出ています。自由な一人ひとりが、自分の意思で、自分の財産を動かし、その結果だけを引き受ける。 これが、民法の土台にある考え方です。昔は、生まれた身分によって、できることが決まっていました。民法は、そうではなく、自分の意思で、人生を決められる社会を目指しました。所有権絶対は、自分の財産を、自分の意思で動かす面。契約自由は、他人との約束を、自分の意思で決める面。そして過失責任は、その結果を、自分の落ち度の範囲でだけ引き受ける面です。
ちなみに、この、土台にある考え方そのものを、教科書によっては、私的自治の原則と呼びます。自分のことは、自分で決める、という意味です。契約の場面を中心に見るときは、契約自由の原則と、そのまま言いかえられます。さて、この三本の柱、「絶対」「自由」という、強い言葉が、付いていますね。では、実際に、条文を、開いてみましょう。
山場——柱を定めた条文が、最初から制限を書いている
図:但し書きの板
- 206条から法令の制限内において
- 521条1項から法令に特別の定めがある場合を除き
- 521条2項から法令の制限内において
- 絶対や自由と呼ばれる原則の条文自身に最初から制限が書き込まれているという発見
所有権絶対の原則の、根拠になっている条文、覚えていますか。206条——所有者は、使用・収益・処分ができる、という条文でした。実は、あの条文には、もう一つ、大事な一言が、入っていました。「法令の制限内において」という一言です。前にこの条文を見たときは、建物の高さに制限がある、という例で、一言だけ触れました。今日は、その先へ進みます。「絶対」と呼ばれる原則の、その条文自身に、最初から、この言葉が、入っています。実は、契約自由の原則も、同じです。今度は、こちらの条文を、実際に見てみましょう。
条文民法521条(再掲)
民法 第521条(契約の締結及び内容の自由) 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。 2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。
一項は、契約を「するかどうか」の自由。二項は、契約の「内容」の自由。どちらにも、それぞれ、歯止めの言葉が、最初から、埋め込まれています。ここが、今日、最初の発見です。原則と制限は、対立する二つのものではありません。同じ条文の中に、はじめから、一組で入っています。付け足しではなく、最初から一緒です。この見方を、頭に置いておいてください。この先、何度も、戻ってくる考え方です。
三本とも、現実に貫くと壊れた
図:三つの原則の修正
- 所有権絶対は公害・都市の日照の名前のみ
- 契約自由は雇う側の一方的な条件
- 過失責任は落ち度を証明できない場面
- 対等な当事者という前提が崩れたから起きたという一本の理由
ところが、この三本の柱、そのまま現実に貫くと、うまくいかない場面が、出てきました。たとえば、こんな場面です。ある会社が、人を雇うとき、「働くのは自由なので、この条件でよければ、どうぞ」と、一方的な条件を示したとします。形の上では、これも契約自由です。でも、雇われる側に、他に選べる仕事が無ければ、どうでしょう。形の上では自由でも、実際には、一方的になってしまう場面が、出てきました。この種の場面には、後に、労働法や、借地借家法のような、個別の法律が、生まれています。過失責任のほうも、同じです。買った家電から、火が出たとします。使った側には、落ち度が無く、どこで欠陥が生じたのかも、分かりません。
落ち度を証明できる側に、誰もいない場面が、出てきました。この場面には、後に、製造物責任法のような、法律が、生まれています。都市が発展すると、公害や、建物どうしの日当たりの奪い合いのような場面も、出てきました。冒頭の、南隣の家の日当たりを、全部奪う建物も、この場面の一つです。ただ、中身は、別の回で扱います。今日は、名前だけ、覚えておいてください。これは、例外を、後から足した、という話では、ありません。三本の柱は、どれも、「対等な当事者どうしが、話し合っている」ことを、前提にしていました。でも、現実には、その前提が、成り立たない場面が、たくさんありました。
形式的には平等でも、実質的には、一方が圧倒的に強い。だから、修正が必要になったんです。ちなみに、原則が修正される理由は、力の差だけでは、ありません。まったく別の理由からの修正も、みなさんは、実は、すでに知っています。以前、土地が二重に売られたときや、他人の物を無権利者から買ってしまったときの話を、しましたね。先に登記したほうが勝つ。知らずに買った人が守られる。どちらも、本当の権利者が、自分の意思とは関係なく、権利を失う場面でした。自分の意思で手放していないなら、権利を失わないはずです。この、本当の権利者を守る立場を、静的安全と呼びます。でも、それを貫くと、取引に入った人が、いつまでも安心できません。だから、一定の場合には、取引に入った人のほうを守る。これが、動的安全です。
名前だけ、今日、受け取っておいてください。では、こうした場面すべてに、個別の法律があれば、それでよいのですが……法律が無い場面も、あります。それが、これから見る、民法1条です。
個別の法律が無い場面のために、1条がある
図:1条の位置づけ
- 個別の法律が無い場面や当てはめるとおかしい場面のための最後の網
- どの権利にも一律にかかるブレーキという説明
労働法や、借地借家法のように、個別の法律がある場面は、まだ、恵まれています。法律に、対応する条文が、あるからです。では、そういう法律が、まだ無い場面は、どうしますか。そこで、登場するのが、民法1条です。個別の法律が無い場面のために、民法自身が、最後に用意した条文です。この条文は、どの権利にも、共通してかかる、いわばブレーキです。中身を、見てみましょう。
条文民法1条
民法 第1条(基本原則) 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。 2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 3 権利の濫用は、これを許さない。
私権というのは、私たち一人ひとりが持つ、権利のことです。一項は、その私権全体にかかる大枠——公共の福祉。今日は、詳しくは扱いません。二項が、信義則。三項が、権利濫用の禁止です。今日、じっくり見ていくのは、二項のほうです。この一条のような、特定の場面を狙い撃ちにせず、広く効く条文のことを、一般条項と呼びます。この言葉も、覚えておいてください。この先、もう一度、大事な形で戻ってきます。では、その、二項の信義則を、見ていきましょう。
信義則——相手の正当な期待を裏切らない
図:信義則の3つの働き
- 是正・補充・解釈基準
- 相手の正当な期待を裏切らないという一つの軸
信義則は、相手の正当な期待を、裏切らない、という考え方です。この信義則、実は、一つの働きではなく、大きく三つの働きを、持っています。一つ目は、是正です。たとえば、こんな場面を、考えてみましょう。代金の支払期日を、たった1日、過ぎただけで、それを理由に、契約を解除する。契約書の文字どおりに当てはめると、認められてしまう。でも、それでは、あまりに、妥当性を欠きます。こういうとき、信義則が、その結論を、是正します。二つ目は、補充です。前回、条文そのものが無い場面を、埋める道具として、類推解釈を見ましたね。
前回の、公園の話を、思い出してください。あのときは、「自転車を乗り入れてはならない」という、使える決まりが、すぐそばに、ありました。では、そもそも、使える決まりが、一つも見当たらなかったら、どうでしょう。そこを埋めるのが、信義則の補充です。条文の隙間を埋める道具は、類推解釈だけでは、ありません。そして、三つ目が、解釈基準。たとえば、契約書に、「品物は、速やかに、引き渡す」とだけ、書いてあったとします。そこで、相手が当然に見込んでよい時期まで、と読む。半年後でもいい、という言い分は、通りません。契約の言葉の意味そのものを、信義則が決める——これが、解釈基準としての働きです。
どれも、相手の正当な期待を裏切らない、という一つの軸から、出ています。場面によって、それが、結論を是正する形で出るか、条文の隙間を埋める形で出るか、契約の意味を決める形で出るかが、違うだけです。では、この信義則から、さらに、二つの、派生した考え方を、見ていきましょう。
山場——似ているようで違う、二つの派生原則
図:禁反言とクリーンハンズの弁別板
- 守っている物が違う=相手の信頼
- 法秩序そのもの
- 相手がいて初めて働くか相手が誰でも働くかという対比の軸
信義則から生まれた、代表的な考え方が、二つ、あります。禁反言と、クリーンハンズです。まず、禁反言から、見ていきましょう。禁反言とは、自分がいったん示した態度と、矛盾する主張は、許されない、という考え方です。たとえば、こんな場面です。ある人が、支払いの相手に、何度も「急がなくていいですよ」と、言い続けていました。ところが、ある日、突然、「期限を過ぎたから」と、契約の解除を通告してきたとします。「急がなくていい」と示しておきながら、あとになって、その態度と矛盾する主張をする——これが、禁反言の場面です。
禁反言が守っているのは、相手が抱いた信頼です。実際の判例にも、似た構造の事件があります。ある最高裁の判決を、見てみましょう。
判例最高裁判所大法廷判決 昭和41年4月20日(民集20巻4号702頁)
承認したあとで、時効を主張できるか 債務者が、消滅時効の完成後、その完成を知らずに、自らの債務の存在を認めた場合、その後になって、あらためて消滅時効を援用することは、信義則上、許されない。
承認というのは、支払いの義務が、時効で消えていることに、まだ気づかないまま、「その金額は、払います」というように、義務を認めてしまうことです。一度、義務を認める態度を示しておいて、あとから、その態度と矛盾する主張をする——だから、許されません。ちなみに、援用というのは、「時効が成立したので、その効果を使います」と、あらためて主張することです。詳しい仕組みは、また別の回で扱います。これは、最高裁判所の、大きな法廷——大法廷というところで出された、判決です。それだけ、重要な判断だった、ということです。
クリーンハンズは、法の救済を求める者は、汚れていない手で、法廷に現れなければならない、という考え方です。たとえば、こんな場面です。取引を有利に進めてもらうために、担当者Aが、取引先の社員Bに、こっそりお金を渡したとします。ところが、Bは、約束していた便宜を、図ってくれませんでした。Aは、「お金を返せ」と、Bに、請求できるでしょうか。できません。Aは、自分の手を、すでに汚しています。汚れた手のまま、法の救済を求めることは、認められません。これは、条文にも、現れています。不法原因給付と呼ばれる、708条という条文です。詳しい中身は、また別の回で扱いますが、今日は、名前だけ、押さえておいてください。
似ている、と感じたなら、そこが大事なところです。似ているようで、守っている物が、違います。禁反言が守るのは、相手が抱いた信頼でした。だから、相手がいて、初めて、働きます。一方、クリーンハンズが守るのは、法秩序そのものです。相手が誰であっても、働きます。さっきの賄賂の例で言えば、Bが、別の、まったく悪意の無い人だったとしても——Aの手が汚れている限り、Aの請求は、同じ理由で、退けられます。守っている物が違うから、働く条件も違う——これが、今日、二つ目の発見です。
私権——「権利」という言葉の中身
図:私権の分類の小さな板
- 財産権は物権・債権
- 人格権は名誉・プライバシー等
- 形成権は取消権・解除権
- 抗弁権は同時履行の抗弁権
- 今日学んだ権利という言葉の中身を整理する一覧
今日の最後に、一つだけ、言葉の整理を、しておきます。今日、何度も使った、「権利」や「私権」という言葉です。私権には、いくつかの、種類があります。財産権——物権や、債権のように、財産に関する権利。人格権——名誉や、プライバシーのように、その人自身に関する権利。形成権——一方的な意思表示だけで、権利関係を変えられる権利。たとえば、取消権や、解除権です。抗弁権——相手からの請求を、いったん、阻止できる権利。たとえば、同時履行の抗弁権です。今日は、名前と、一言だけ、持ち帰ってください。それぞれの中身は、この先の回で、扱います。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
- 三本の柱・条文自身の制限・対等な当事者という前提が崩れた理由・1条と信義則・禁反言とクリーンハンズ
- 条文にも反していない権利の行使が通らなくなることはあるのかという次の問い
今日、配ったものを、まとめましょう。民法は、人の自由を、三本の柱——所有権絶対、契約自由、過失責任で、立てました。ところが、その柱を定めた条文自身に、最初から、制限が、書き込まれていました。そして、三本とも、現実に貫くと、壊れました。三本に共通する理由は一つ、対等な当事者という前提が、崩れていたからでした。形の上では対等でも、実際には、一方が、圧倒的に強い——そんな場面が、たくさんありました。個別の法律が届かない場面のために、民法1条があり、そこに、信義則が、備わっていました。信義則からは、禁反言と、クリーンハンズという、二つの考え方が、生まれました。
禁反言は相手の信頼を、クリーンハンズは法秩序そのものを——似ているようで、守るものが違う。この見方も、覚えておいてください。さて、冒頭の問いに、戻りましょう。自分の土地に、隣の日当たりを、全部奪う建物を、建ててよいか。今日、分かったのは、所有権絶対の原則、その条文自身に、「法令の制限内において」という言葉が、最初から、書き込まれていた、ということでした。では、ここで、一つ、問いを、残しておきます。法律のどこにも、違反していない場合は、どうでしょうか。条文にも反していない、正当な権利の行使、そのものが、通らなくなることは、あるのか。
権利濫用——名前だけは、前にも聞きましたね。その中身に、そのつづきで、入っていきます。
参照条文
- 民法521条(再掲)
- 民法1条