母は、今すぐ動けるか——出生擬制の橋と、権利能力の終わり
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第1章 民法総則 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
今日の地図——ここまでの橋と、今日開く問い
図:今日の地図
- 権利能力は資格
- 出生が線
- 民法と刑法で位置が違う
- 原則は反対解釈
- 例外は四本の橋=損害賠償は721条・相続は886条・遺贈は965条・認知は783条
- 共通の仕掛けは出生擬制
- 今日配るのは橋がいつ架かるのかという問い
少し、これまでの話を、振り返っておきます。権利能力とは、賢さも判断力もいらない、資格そのものでした。では、前回の確認を、一つ、しましょう。生まれた瞬間を、民法では、体の何が全部出た時点と考えたでしょうか?全部露出説でしたね。刑法は、一部が出た時点でした。原則は、出生前の胎児には、権利能力が無い、でした。3条1項の反対解釈——条文を、逆から読む、あの読み方でしたね。でも、それだと、あまりに不公平な場面が、出てきます。だから、民法は、原則の外側に、四本の橋——721条、886条、965条、783条——を、架けていました。
前に、一つ、疑問を、残していました。その「みなす」は、いつから、効くのでしょうか。今日は、そこに、答えていきます。今日、配るのは、これです。橋は、いつ、架かるのか。順番に、見ていきましょう。
道具の準備——「したら」で、始まるのか、終わるのか
図:停止条件・解除条件の1軸板
- 自前の定期券の設例で始まる
- 終わるを対比
- 橋がいつ架かるかを考えるための道具
ここで、この先の話に必要な、道具を、一つ、準備します。「橋が、いつ架かるか」を考えるには、条件という考え方が、必要です。詳しい中身は、また、別の回で扱いますが、今日は、一部分だけ、渡します。「こうなったら、こうする」という約束の、後ろ半分が、始まるのか、終わるのか。たった一つの軸です。例えば、友達が、こう言ったとします。「来月から、電車で通うことになったら、この定期券を、あげるよ」。今の時点では、まだ、定期券は、渡っていません。電車通学が始まる、という条件が成就して、はじめて、渡す約束が、始まります。
この形を、停止条件と呼びます。条件が成就するまで、効果の発生が、止まっている——停止、です。逆の形も、あります。今度は、友達に、今すぐ、定期券を、貸してあげたとします。ただし、「来月、もし、車で通うようになったら、返してね」と条件を付けました。今、すでに、効果は、発生しています。ところが、車通学になる、という条件が成就すると、その効果が、終わります。この形を、解除条件と呼びます。すでに発生している効果を、条件の成就で、解いて消す——解除、です。一つ、注意です。前に見た解除権——一方的な意思表示だけで、権利関係を変えられる権利——とは、別物です。こちらの解除条件は、意思表示が、要りません。
この一つの軸だけ、頭に入れておいてください。次の話は、まさに、この道具を、使います。
山場——「すでに生まれたものとみなす」のは、いつからか
図:2説の時系列対比板
- 解除条件説は胎児の期間から権利能力があり死産で遡って消える
- 停止条件説は胎児の期間はなく生きて生まれたら遡って認められる
- 結論は同じで違うのは胎児の間だけという確認
さて、四つの橋には、共通して、「既に生まれたものとみなす」とありました。ここで、一つ、疑問が、浮かびます。みなす、のは、いつからなのでしょうか。そこが、実は、二つに、割れています。ここで、さっきの道具を、使いましょう。一つ目の考え方は、解除条件説です。この説では、胎児のうちから、すでに権利能力が、あります。ただし、条件が、付いています。もし、死産だったら、その権利能力は、さかのぼって、無かったことになります。前に見た886条の、2項です。ここが効いてくるので、もう一度、出しておきます。
条文民法886条2項
民法 第886条第2項(相続に関する胎児の権利能力) 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。
「すでに権利能力がある」という効果が、死産という条件で、消える——これは、まさに、解除条件の形です。渡してあるけれど、死産という条件が成就したら、返してもらう——その形です。もう一つは、停止条件説です。この説では、胎児のうちは、まだ、権利能力が、ありません。生きて生まれたら、そこで初めて、権利能力が発生します。しかも、その効果は、関係する出来事の時点まで、さかのぼって、認められます。この、さかのぼる効き方——前に、遡及効と呼んだものです。定期券で言えば、まだ、渡していない状態です。生きて生まれた、という条件が成就して、はじめて、渡されます。では、ここで、一度、整理しましょう。結論——生きて生まれれば、権利を受け継げる——は、どちらの説でも、同じです。
違うのは、胎児でいる、その間の扱いだけです。解除条件説なら、その間、もう権利能力があることになります。停止条件説なら、その間は、まだ無いことになります。
山場——分かれ目は、母が「今すぐ」動けるかどうか
図:分かれ目の板
- 母は今すぐ示談できるかという問い
- 解除条件説はできる
- 停止条件説(判例)はできない
- 結論は同じで違うのは胎児の間だけという確認
では、二つの説は、実際には、どこで違いが出るのでしょうか。ここで、冒頭の、あの場面に、戻りましょう。加害者側が、「今すぐ、示談したい」と、言ってきた、あの場面です。お母さんは、この子の代わりに、示談書に、署名できるでしょうか。実は、ここで、二つの説が、はっきり分かれます。解除条件説に立てば、胎児のうちから、すでに権利能力があることになっています。解除条件説なら、母は、胎児の段階で、示談することも、できます。遺産をどう分けるか——遺産分割の話し合いに、参加することも、できます。
停止条件説では、胎児のうちは、まだ、権利能力が、ありません。権利能力が無い以上、代理する相手そのものが、存在しません。代理は、本人と、代理人と、相手方の三面関係でした。その本人になれる人が、停止条件説では、まだ、いません。この説に立てば、母は、胎児の段階で、代理して動くことは、できません。生まれてから、初めて、その子の代理人として、動くことになります。ここが、この回の、いちばんの見どころです。学説の名前より先に、この分かれ目——母が、今すぐ動けるかどうか——を、覚えてください。
判例は、停止条件説に、立っています。
判例大判昭和7年10月6日(民集11巻2023頁)
停止条件説を採った判例——胎児のうちは、母は代理できない 胎児の権利能力について、判例は停止条件説に立つ。したがって、胎児の段階で、母が胎児を代理して権利を行使することは認められない。
お母さんは、生まれる前に、示談書に署名することは、できません。示談は、その子が、生まれてから、行うことになります。ここで、疑問を、持った人が、いるかもしれません。停止条件説だと、胎児のうちは、権利能力が無いんですよね。****それなら、さっきの、721条や、886条って、意味があるんですか。ここが、停止条件説を、理解するうえで、一番、大事な部分です。もし、損害賠償の橋と、相続の橋が、無かったら、どうなるか、考えてみましょう。胎児の段階で、お父さんが、仕事中の事故で、亡くなったとします。その後、その子は、生きて、生まれました。もし、この二つの橋が、無ければ、この子は、どうなるでしょうか。
不法行為に基づく損害賠償請求権も、相続も、一切、取得できません。お父さんが亡くなった瞬間には、まだ、権利能力が無かったからです。その瞬間に発生するはずだった権利を、受け止める人が、誰もいなかったのです。生まれた後になって「あのとき権利があったことにしてくれ」とは、何もなければ、言えません。権利は、発生した瞬間に、誰かが持っていなければ、成立しないからです。だからこそ、721条や、886条には、意味があります。「その場面についてだけ、既に生まれたものとみなす」——この一言が、効いているんです。
停止条件説に立っても、損害賠償と相続の橋は、大事な役割を、持っています。生きて生まれた後に、過去にさかのぼって、権利を取得させる橋として、機能しています。母が、その場で、代理して動けるかどうか——そこだけが、二つの説で、違うんです。この対立は、実は、論文試験でも、問われることがあります。答案の書き方は、専用の回で、扱います。
検討——なぜ、判例は、こちらを選んだのか
図:死産の可能性をどう見るかの板
- 可能性を低く見れば解除条件説
- 高く見れば混乱回避のため停止条件説
- 判例は昭和初期のもので今日では解除条件説も有力という評価
では、なぜ、判例は、停止条件説のほうを、選んだのでしょうか。分かれ目は、死産の可能性を、どう見るかにあります。死産の可能性が、あまり高くないと考えるなら、解除条件説のほうが便利です。胎児の段階から、母が、どんどん代理して動ける、ほうが便利だからです。逆に、死産の可能性が、それなりに高いと考えるなら、停止条件説が安全です。生まれる前に、母が、示談や、遺産分割を、進めてしまうと——あとで死産になれば、その話し合いは、全部やり直しです。だから、生まれてから、まとめて処理するほうが、混乱を避けられます。
判例が停止条件説を選んだのは、死産の可能性を、高めに見ていたから——そう言えます。ただし、一つ、大事な注意が、あります。この判例は、昭和初期——今から、およそ90年前の判断です。死産の可能性が、大きく下がった、今日では、解除条件説にも強い支持があります。判例だから、それだけで正しい、と考えるのは、早いということです。死産の可能性という、判断の前提そのものが、時代とともに変わっています。この対立は、今も、続いている論点だと、覚えておいてください。
山場——権利能力の終わりは、死亡だけ
図:始期と終期の一枚板
- 出生=全部露出が始まりで死亡=心臓停止が終わり
- 失踪宣告では終わらない
- 短答式で間違えやすい層という注意
さて、権利能力が、いつ始まるかは、前回、確認しました。今日は、最後に、その、終わりを、見ておきましょう。実は、これについて、はっきり書いた条文は、ありません。それでも、権利能力が、死亡によって終わることは、当然の前提です。では、その「死亡」が、具体的にいつなのか。そこも、実は、争いがあります。ただ、心臓が止まった瞬間とするのが、通説です。通説は、多くの学者が支持している考え方。裁判所が積み重ねてきた先例——判例とは、別のものです。今日、押さえておいてほしいのは、権利能力の終わりは、死亡、それだけということです。
「それだけ」と言うからには、ほかに終わらせそうな制度がある——そう思ったなら、するどいです。ここで、短答式で、よく間違えられる罠が、あります。失踪宣告を、聞いたことは、ありますか。長く、行方が分からない人について、家庭裁判所が、「死亡したものと、みなす」と宣告する制度です。この制度の中身は、また、別の回で扱います。今日、伝えたいのは、一点だけです。失踪宣告によっては、権利能力は、終了しません。一つ、具体的に、考えてみましょう。長く行方が分からない人がいて、家庭裁判所が、失踪宣告を、出したとします。ところが、実は、その人は、遠く離れた別の場所で、生きていました。
その人が、今いる場所で、誰かと契約を結んでいたとしたら——その契約は、どうなるでしょうか。「死亡したもの」にされている以上、その契約も無効になりそうですが——実は、そうでは、ありません。失踪宣告が動かすのは、その人がもといた場所に残された法律関係だけで、その人自身の権利能力ではないからです。ですから、実際に生きているその人は、どこにいても、変わらず、権利能力を、持ち続けています。今いる場所で結んだ契約も、有効なものとして、扱われます。「死亡したものとみなす」という言葉に引きずられて、権利能力まで消えたと思い込む——そこが、狙われるポイントです。権利能力を終わらせるのは、死亡だけ。失踪宣告は、線を、動かしません。この一点、しっかり、持ち帰ってください。失踪宣告の詳しい効果は、また、別の回で扱います。
決着——線は、一本ではない
図:線と橋の三段構え板
- 出生の線
- その手前の四本の橋
- 橋がいつ架かるかという三層
- 線は一本ではないという結論
さて、今日、見てきたことを、一つに、つなげます。民法の「線」は、一本ではありません。まず、権利能力が始まる、出生という線を、引きました。次に、その線の手前に、四本の橋を、架けました。そして、その橋が、いつ架かるかで、もう一段、答えが割れました。この順番で、冒頭の問いに、答えましょう。お父さんが亡くなったとき、まだ生まれていなかった子は、財産を受け継げるのか。****一段階目——原則では、取れません。3条1項の反対解釈により、出生前の胎児には、権利能力が、無いからです。
二段階目——721条や、886条があるので、生まれてくれば、取れます。四本の橋のうち、損害賠償と、相続の橋が、まさに、この場面のためのものです。三段階目——判例が採る、停止条件説に立つなら、お母さんは、生まれる前に——****この子の代わりに、示談書に署名することは、できません。その子が、生きて、生まれてから、初めて、動き出せます。そして、もう一つ。今、見てきたのは、線の、始まりの側だけです。ところが、終わりの側には、橋が、一本も架かっていません。権利能力を終わらせるのは、死亡だけ。失踪宣告でも、その線は、動きませんでした。
この非対称が、そのまま、短答式で、よく間違えられるところです。「権利を持てるか」は、あるかないかの、資格の話です。だからこそ、その境界を、どこに、どう引くかだけが、一人の人の一生を左右します。今日、見てきたのは、まさに、その線の引き方でした。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
- 停止条件と解除条件の見分け・2説の時系列・分かれ目は母が今すぐ動けるか・判例は停止条件説で今日では解除条件説も有力・終期は死亡のみで失踪宣告では終わらない
- 次回は意思能力と行為能力という予告
今日、配ったものを、まとめましょう。「すでに生まれたものとみなす」の仕掛けには、始まるのか、終わるのかという、条件の向きがありました。この道具を使うと、「みなす」のタイミングをめぐる、二つの説が、整理できました。結論は同じでも、胎児でいる間の扱いだけが、逆でした。判例は、停止条件説。だから、お母さんは、生まれる前に、示談できません。ただし、今日では、解除条件説にも強い支持がある、ということも、見ましたね。そして、権利能力の終わりは、死亡だけ。今日、名前だけ、置いていったものも、並べておきます。失踪宣告の詳しい効果、認定死亡と、同時死亡の推定——これらは、また、別の回で扱います。
それから、今日、道具として少しだけ借りた、条件そのものの本体——停止条件・解除条件の細かいルールも、また、別の回で扱います。今日、見てきたのは、すべて、「権利を持てるかどうかは、資格の話であり、だからこそ、線の引き方がすべてを決める」——その一つの発見に、つながっています。次は、いよいよ、その残り二つの能力の、中身に、入っていきます。判断できる力と、一人で契約できる資格です。
参照条文
- 民法886条2項