法律行為の解釈と準法律行為
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第1章 民法総則 ㉗/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
「10時に来てください」——午前か午後か
図:引越しの見積もり用紙の板
- 「当日、10時に来てください」とだけ書いてある
- 午前とも午後とも書いていない
今日は、一枚の見積もり用紙から始めます。引越し業者からの返事に、こう書いてありました。「当日、10時に来てください」。書いてありません。夜10時、22時に来ても文句は言えない、と考える人は、まずいません。では聞きます。その「誰も思わない」は、どこから来るんでしょうか。中身が足りない約束を、法はどう扱うのか。今日は、そこを正面から見ていきます。
前回の宿題——「確定できる」を支える作業
図:前回の到達点の板
- 家賃は近所と同じくらいで
- 解釈で埋まれば契約は有効
- 埋め方の順序は今日扱う
前回、家賃の金額を決めずに店舗を貸す約束を見ました。「近所と同じくらい」としか決まっていない約束です。あの約束は、有効でしたか、無効でしたか?有効でした。近所の家賃を調べれば、金額を出せるからです。言葉が足りなくても、解釈で埋められれば有効、でした。「埋める」とは具体的に何をするか、そこが、今日の中身です。中身を埋める作業のことを、法律行為の解釈と呼びます。埋める材料は、四つあります。そして、使う順番が決まっています。当事者に近いものから、先に使います。この一本の線を、今日は最後まで追いかけます。
同じ「解釈」でも、向く先が違う
図:二つの解釈の対比板
- 条文の解釈=法律・立法者の意図に向かう
- 約束の解釈=当事者の意図に向かう
以前、条文の読み方をいくつも見ました。でも、文理・拡張・類推・反対解釈といった条文の読み方と、今日の「解釈」は、向いている先が違います。条文の解釈は、法律そのものの意味を読みます。立法者が何を考えていたか、条文の趣旨は何か、という方向です。今日の解釈は、当事者の約束の意味を読みます。「10時に来てください」と言った人が、本当は何を決めたかったのか、という方向です。条文の解釈と約束の解釈で見る相手が違う、そこを取り違えると、この先ずっとこんがらがります。今日はもう、条文の読み方の話はしません。約束の読み方だけです。
山場——当事者の合理的な真意
図:①の板
- 内心の秘密の意図ではなく外から見て筋が通る意図
- 相手が知りようのない心の中で約束を変えられたら取引が壊れる
中身を埋める材料の一つ目が、当事者の合理的な真意です。ただし「合理的な」という言葉が付いています。心の中に秘めた意図ではなく、外から見て筋が通る意図だけを見る、という意味です。相手には知りようがないからです。もし、心の中でこっそり考えていたことで約束が変わるなら、相手はいつまでも安心できません。あとから「実は違うことを考えていた」と言われたら困る、そこです。だから見るのは、その場の事情から見て、二人が本当に決めたかったことです。
図:例文解釈の設例板
- 花屋を開くためのひな形契約書に「退去時は通常損耗も含め全額借主負担」と印刷
- 交渉では誰も触れていない
この真意の見方で、面白い扱いが出てくる場面があります。契約書のひな形に、印刷済みの条項が紛れていることがあります。あなたが、空き店舗を借りて花屋を開くとします。大家さんが用意した、いつも使っているひな形の契約書にサインします。そこに、細かい字で「退去のときは、通常の傷みも含めて全額借主負担」と印刷されていました。交渉のとき、その一文には誰も触れていません。大家さんも「決まりきった書式だから」としか言いませんでした。こういうとき、その条項を、当事者を縛らないただの例文として扱うことがあります。効かないことがあります。これを例文解釈と呼びます。理由は、さっきの真意と同じです。実際にはその条項で合意していなかった、と言えるからです。
印刷してある条項なら何でも例文にできるか、そこは、慎重にしてください。何でも例文にできるとしたら、契約書に書いた意味が無くなります。例文として外せるのは、当事者が実際にはその条項で合意していなかったと言える事情があるときだけです。気に入らないという理由だけでは、例文として外すことはできません。乱用すると、書いたのに効かないが横行します。
山場——慣習は、当事者が生きる世界の標準
図:花市場での仕入れの設例板
真意でも決まらなければ、二つ目の材料に進みます。慣習です。その業界や、その土地で当たり前になっている扱いのことです。条文を見てみましょう。
条文民法92条
民法 第九十二条(任意規定と異なる慣習) 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。
以前、この言葉を任意規定と呼びました。91条で見た話でした。今日の92条は、その任意規定と違う慣習があったときの話です。花市場で仕入れをする花屋さんを考えてください。続けましょう。花市場では、注文した当日に現金で支払うのが当たり前になっています。契約書には書いていません。でも、あなたも仕入れ先も、そういうものだと思って取引しています。この場合、代金の支払時期については、市場の慣習に従うことになります。
図:92条の読み方フロー板
条文をもう一度、順番に読んでみます。一段目、任意規定と異なる慣習があること。二段目、当事者がその慣習による意思を持っていると認められること。三段目、その慣習に従うこと。二段目の「意思を持っている」という部分は、証明の仕方に助けがあります。慣習の存在を知っていながら、特に反対しなかったときは、その慣習による意思があると推定されます。
判例大審院判決 大正3年10月27日(民録20輯818頁・要旨)
慣習の存在を知りながら反対しなかったときの扱い 「慣習の存在を知りながら特に反対の意思を表示しないときは、その慣習による意思を有するものと推定すべきである。」
逆に言うと、知らなかったなら、この推定は働きません。一つ、考えてみてください。なぜ、慣習は任意規定より先に来るんでしょうか?慣習はその人たちが実際に生きている世界のルールです。全国一律の標準より、当事者に近い標準を先に使う。ここでも、当事者に近いものから使うという同じ原理が働いています。真意も慣習も、当事者そのもの、または当事者が生きる世界に近い材料です。一つだけ、注意です。慣習が勝てるのは、任意規定に対してだけです。強行規定には勝てません。強行規定は、当事者の意思でも、慣習でも動かせません。前回見た言葉です。公の秩序に関する規定を、強行規定と呼びました。
当事者の外まで巻き込むから、当事者どうしでは上書きできません。慣習も、当事者が生きる世界の標準にすぎないので、外の人を巻き込む規定は動かせないんです。強行規定、慣習、任意規定、という順位になります。
山場——任意規定と信義則、そして「10時」の答え
図:任意規定の実例板
- 代金を払う場所を決めていない通販の取引
- 何も決めなかったときの予備の答え
真意も慣習も埋まらなければ、三つ目の材料に進みます。任意規定です。全国どこでも同じ、備え付けのルールです。代金をどこで払うか決めていない通販の取引を考えてください。
条文民法484条1項
民法 第四百八十四条(弁済の場所及び時間)第一項 弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。
何も決めていない場合に限って、この条文が埋めます。特定物、というのは、「この物」と決まっている物のことです。お金を払うのは、後ろの「その他の弁済」に入ります。通販の画面にも払う場所は書いていないし、通販で払う場所が決まっている慣習もありません。真意でも慣習でも埋まらないので、ここで条文の出番です。通販でお金を払う場所を決めていなければ、この条文どおり、売り手の住所で払うことになります。任意規定は、当事者が何も決めなかったときの、いわば予備の答えです。それでも埋まらなければ、最後の材料です。信義則です。
権利を使うときも、義務を果たすときも、信義に従って誠実に行う。あの条文です。なぜ、これが最後に置かれるか、覚えていますか。90条と同じで、信義則も抽象的だからこそ、最後にだけ使います。さて、四つ揃いました。真意、慣習、任意規定、信義則です。
⭐ 論文で書く規範:契約の中身を埋める材料は、当事者に近いものから使う 当事者の合理的な真意 → 慣習(92条) → 任意規定 → 信義則(1条2項)。当事者そのものに近い材料から先に試し、埋まらなければ次へ進む。 (解釈の基本順序(通説の整理))
バラバラに覚えると、すぐ抜けます。当事者に近い順という一本の線で覚えてください。では、冒頭の「10時に来てください」に戻ります。この約束は、真意の段階で決まります。引越し業者の見積もりで「10時」といえば、営業の実態から見て、朝の作業開始時刻を指すのが普通です。夜10時に来る業者だと考える人は、まずいません。多くの約束は、真意だけで決まります。
山場——92条と通則法3条は、働く場所が違う
図:92条と通則法3条の役割分担板
- 92条=当事者の意思を補う材料
- 通則法3条=法令に規定のない事項で法律と同じ効力を持つ慣習
もう一つ、確認しておきたい条文があります。民法とは別の法律に、慣習について書いた条文があります。
条文法の適用に関する通則法3条
法の適用に関する通則法 第三条(法律と同一の効力を有する慣習) 公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。
読み比べると、一瞬、矛盾しているように見えます。通則法3条は、「法令に規定されていない事項」に限って、慣習に法律と同じ効力を認めています。任意規定がある事項では慣習は効かない、そう読めます。でも92条は、任意規定と異なる慣習でも、当事者の意思があれば従うと言っています。決め手は、92条の二段目です。「当事者がその慣習による意思を持っている」ことが、条件に入っています。だから92条の慣習は、さっきの花市場の当日払いのように、当事者の意思を補う材料です。今日ずっと見てきた、解釈の一部です。通則法3条の慣習は、法律そのものと同じ効力を持つ、慣習法という別の存在です。たとえば、ある温泉地で昔から、湧き出るお湯を引いて使う権利が、土地とは別に取引されてきたとします。こうした権利を定めた条文は、民法にもほかの法律にもありません。こうした、法令が定めていない事項で、慣習が法律の代わりに働く。これが通則法3条の場面です。
では、なぜ92条の慣習には、3条の「規定されていない事項に限り」が掛からないのか。一般的には、こう考えます。92条の慣習は、法律として働くのではなく、当事者の約束の中身として働きます。約束の中身が任意規定と違えば約束が勝つのは、91条で見たとおりです。だから、法律として働く慣習に向けた3条の限定は、92条の場面には掛かりません。92条は意思解釈の場面、通則法3条は法令の欠缺を埋める場面。働く場所が違うので、矛盾しません。同じ事項について両方が問題になったときは、まず当事者の意思を読む92条から検討します。
意思とは別に、効果が生まれる行為——準法律行為
図:準法律行為の判定軸の板
ここまでは、意思のとおりに効果が出る話でした。でも、法律の効果は、意思表示だけから生まれるわけではありません。そういう行為を、準法律行為と呼びます。
⭐ 論文で書く規範:準法律行為の見分け方 その効果は、行為した人が望んだから出るのか、法律が付けたから出るのかを問う。望んだとおりに出れば法律行為、望んだかどうかと関係なく法律が付ければ準法律行為。 (分類の判定軸(通説の整理))
今の民法で定められている準法律行為は、二つです。一つ目が、意思の通知です。
図:意思の通知の例板
- 催告20条の呼び戻し・受領の拒絶413条
- 意思はあるが出る効果は意思の中身と別
前に、催告というものを見ましたね。相手が期間内に確答しなければ、追認したものとみなす、という効果が生まれます。相手は「確答してください」という意思を持って催告します。でも、確答が無かったときに追認とみなす、という効果は、催告した人が望んだからではありません。法律が勝手にそう決めています。そこが決め手です。意思はあるけれど、出る効果は意思の中身と別、というのが意思の通知です。もう一つの例が、受領の拒絶です。差し出された物を、いりませんと拒む場面です。それも、意思の通知です。二つ目が、観念の通知です。事実を知らせるだけなのに、効果が出ます。
図:観念の通知の例板
- 債権譲渡の通知467条・債務の承認152条
- 意思すら無い、ただの事実の知らせ
パン屋を営むAさんが、常連のBさんへの売掛金を、Cさんに譲ったとします。売掛金も譲れます。それを債権譲渡と言います。中身は、また別の回で扱います。今日見るのは、Aさんが、Bさんに「あなたへの売掛金は、Cさんに譲りましたよ」と伝える場面です。Aさんが事実を伝えるだけです。それ以上の意思表示はありません。でも、その通知があって初めて、BさんはCさんに払えばよい、と扱われます。事実を伝えただけで効果が出る、その例をもう一つ挙げます。お金を借りているAさんが、貸主のBさんに「まだ返せていません、必ず返します」と伝えたとします。
事実を伝えているだけですが、その一言で、時効の進み方がリセットされます。「返します」という意思とは違います。Aさんは、Bさんに対して負っている借金があるという事実を認めた、というだけです。これを債務の承認と呼びます。この区別には、実益があります。分けて終わり、ではありません。準法律行為にも、法律行為に関する規定が及ぶことがあります。例えば、催告が相手にちゃんと届いたかどうか、という問題です。意思表示が相手に届いたときに効力を生じる、という規定は、また別の回で扱います。その規定が、催告のような意思の通知にも及ぶかどうかが問題になります。
意思表示ではないのに意思表示の規定が使われることがある、そこが、分類しておく実益です。分けておくと、こういう規定が使えるかを考えられます。
法律要件・法律効果・法律事実——ブロックの地図
図:ブロック全体の地図板
- 法律要件=法律行為・準法律行為・事件
- 要件が揃うと法律効果
- 法律事実は要件を組み立てる個々の事実
最後に、名前を付け直しておきます。以前、要件が揃えば効果が出る、という型を見ましたね。あの型を、ここで正式な名前にします。要件の側を、法律要件と呼びます。法律要件の中身は、三つに分かれます。法律行為、準法律行為、そして事件です。人の意思とは関係のない事実です。時間が経つこと、人が亡くなること、といったものです。効果の側を、法律効果と呼びます。権利が生まれる、変わる、消える、というものです。そして、要件を組み立てる一つ一つの事実を、法律事実と呼びます。この地図の中に、今日までの話が全部収まります。
今日の到達点——次は「人の側」へ
図:到達点の板
- 中身を埋める4基準は当事者に近い順
- 意思とは別に法律が効果を付ける行為もある
- 次は意思表示そのものの中身へ
今日の道のりを、一本にまとめます。言葉が足りない約束は、当事者に近い材料から順に埋めます。「10時に来てください」は、真意だけで決まりました。そして、法律の効果を生むのは、意思表示だけではありませんでした。望んだから出る効果と、法律が付けた効果。この違いを覚えておいてください。意思の通知と観念の通知が、準法律行為です。法律行為、準法律行為、そして事件をまとめて法律要件と呼び、地図にしました。法律行為のブロックは今日で終わりですが、まだ空欄の関門があります。だまされていないか、勘違いしていないか、という側です。心の中と、口に出したことがずれたら、どうなるのか。
次は、そこに入るんですね。人の側から、意思表示そのものの中身を見ていきます。
参照条文
- 民法92条
- 民法484条1項
- 法の適用に関する通則法3条