通謀虚偽表示94条
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第1章 民法総則 ㉚/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
借金取りから逃げるための仮装譲渡
図:商売が傾いた人と幼なじみ、実家の土地を「売ったこと」にする+答えは書かない
商売が傾いてしまった人がいます。このままだと借金取りに実家の土地を差し押さえられそうです。そこでこの人は幼なじみに頼みました。「この土地、売ったことにしてくれないか」と。登記まで幼なじみの名義に移しました。書類の上では完全に売買が成立しています。借金取りは、この土地に手を出せないんでしょうか。実は、ある条文がこの答えを握っています。今日は、その条文の話です。
前回、一人でついた嘘との違い
図:前回の到達点を1問で想起+今回は「二人の嘘」の予告
前回、心裡留保という制度を見ました。ここで一つ聞いてみます。前回、一人が自分で分かっていて言った嘘が原則有効になったのは、誰の信頼を守るためでしたか?ええと、嘘だと気づかなかった相手の信頼を守るためでした。今日は一人ではありません。二人で示し合わせて作った嘘の話です。冒頭の土地の話が、まさにそれです。同じ骨組みがまた出てきます。
相手と示し合わせて作った嘘
図:通謀虚偽表示の意義(相手方と通じてした虚偽の意思表示・通謀が要る)
この制度は通謀虚偽表示と呼ばれます。略して虚偽表示とも呼ばれます。意義は、相手方と通じてした虚偽の意思表示です。二人で示し合わせる、ということです。そこが今日の土台です。冒頭の設例に当てはめてみましょう。商売が傾いた人をA、頼まれた幼なじみをBと呼びます。Aは本当は売る気がありません。Bもそれを分かったうえで「売ったことにしよう」と合意しています。二人とも分かっている、ここが、前回の心裡留保との一番の違いです。
94条1項は、なぜ逆に無効なのか
図:93条と94条の向き逆転対比板(原則有効↔原則無効・理由欄)
もう一度、前回の93条を見てみましょう。
条文民法93条1項
民法 第九十三条(心裡留保)第一項 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
心裡留保が原則有効なのは、相手が嘘に気づいていないかもしれないからです。気づいていない相手の信頼は守るべき信頼です。では今日の94条を見てみましょう。
条文民法94条1項
民法 第九十四条(虚偽表示)第一項 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
同じものさしで考えてみましょう。守るべき信頼があるかです。Bは最初から嘘だと知っています。知っているどころか、Bはその嘘を一緒に作った本人です。相手が気づいていないかもしれない心裡留保と、相手も一緒に作った通謀虚偽表示。同じものさしの上で向きが逆になっているだけなんです。
知っているだけでは足りない
図:要件3つ+境界設例(気づいていただけ/示し合わせた)
94条の要件を確かめておきましょう。三つあります。一つ目、意思表示が存在すること。二つ目、表示と真意が食い違っていること。三つ目、相手方との通謀です。冒頭の土地で言えば、売買の書類を交わしたのが一つ目、本当は売る気が無いのが二つ目、二人で「売ったことにしよう」と決めたのが三つ目です。ここで、よくある混同を一つ潰しておきます。仮にBが「Aは本気じゃなさそうだな」と気づいていただけだったとします。気づいていただけでは、通謀になりません。それは前回やった心裡留保のただし書の場面です。通謀と呼べるのは、AとBが「これは効かせないことにしよう」と示し合わせて合意したときだけです。気づいているだけでは足りません。
もう一つだけ補足します。94条は契約だけでなく、解除のような相手方のある単独行為にも及びます。解除のように相手のいる行為なら、その相手と示し合わせて、嘘の外観を作れます。守るべき信頼が無いのは、契約と同じだからです。ただし、婚姻や養子縁組のような身分行為には94条は働きません。身分行為は本人の意思そのものが絶対に必要な領域だからです。たとえば、AとBが夫婦になる気も無いのに、示し合わせて婚姻届だけを出したとします。夫婦になる意思がそもそも無いので、94条を持ち出すまでもなく、その婚姻は無効です。
当事者のあいだでは、最初から無効
図:AB関係図(虚偽の譲渡・当事者間では無効・所有権も代金債権も動いていない)
94条1項の効果を具体的に見ましょう。AとBの間では最初から無効です。所有権は移っていません。代金を払う約束もそもそも生じていません。中身は互いに何も渡していない関係です。ここで借金取りの話に戻ります。この人は何かを取り消してもらう必要がありません。錯誤や詐欺のように、取消権を行使しないと効力が消えない制度もあります。でも94条は無効です。最初から効力が無いので誰でもいつでも無効だと主張できます。「この売買は無効だから、これは本人の財産だ」と言って差し押さえにいけます。
山場——無効なのに、なぜ第三者は土地を得られるのか
図:問い掛け板(1項で無効と決まったのに、なぜ2項で第三者は土地を取得できるのか)
ここまでで一つ違和感が残っていませんか。冒頭のBがこの土地を事情を知らない人に売ってしまったらどうなるでしょう。事情を知らない人とは、AとBの間の嘘をまったく知らない人のことです。Cと呼びましょう。ここで聞いてみます。1項で無効と決まったはずなのに、なぜCは土地を取得できてしまうんでしょうか。無効なのにCが土地を得られる理由、その答えを握っているのが94条2項です。
条文民法94条2項
民法 第九十四条(虚偽表示)第二項 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
Aの側から「あの売買は嘘だった、無効だ」とCに主張できない、という意味です。ここで大事なことを言います。2項は「AとBの契約が実は有効になる」とは言っていません。無効なのは変わりません。変わるのは、Aがその無効をCに向かって主張できるかどうかだけです。
図:権利外観法理の3要素板(虚偽の外観・本人の帰責性・第三者の信頼)
なぜAは主張できなくなるんでしょうか。そこには三つの要素があります。一つ目、虚偽の外観です。Bの名義になっている登記が、これに当たります。二つ目、本人の帰責性です。この外観を作ったのは、ほかでもないA自身です。三つ目、第三者の信頼です。Cはその登記を見て本物の売買だと信じて関わりました。この三つがそろったときは、本人より第三者を守ります。Cは、登記簿でBの名義を確かめて、代金まで払った人です。どちらかが損をかぶるしかないなら、嘘の名義を自分で作ったAのほうです。逆にAが後から「嘘でした」と言えるなら、登記を見て土地を買う人は、誰も安心して買えなくなります。
これが権利外観法理と呼ばれる考え方です。この三点セットは、これから何度も同じ形で出てきます。名前と形を、ここで覚えておいてください。もし外観が無ければ話はまったく変わります。Bの名義になっていなければ、Cが登記を見て信じるということ自体が起きません。三つの要素のうち、一つでも欠ければ権利外観法理は働きません。
⭐ 論文で書く規範:権利外観法理——虚偽の外観・本人の帰責性・第三者の信頼 虚偽の外観があり、それを本人が自ら作った帰責性があり、第三者がその外観を信頼して関わったとき、本人はその第三者に真実を対抗できない。 (94条2項の土台。94条2項の要件各論・表見代理・即時取得でも同じ形で使う)
図:前回・今回の軸に接続
前回も出てきたあの綱引きを思い出してください。1項は嘘をついたAとBの間だけの話です。本人の救済の側にあります。2項は、外観を信じた第三者を守る、取引の安全の側です。本人の落ち度が大きいほど、言葉を信じた第三者が守られやすい。この軸も今日そのまま使えます。だからCが守られやすいんです。
図:一般的な説明(所有権はBを経由せず、AからCへ直接移るという扱い)
でも、まだ一つ引っかかりが残ります。「対抗できないだけ」なのに、なぜCは所有権を取得できるのか、という問いです。一般には、こう説明されます。所有権はBを経由せずAからCへ直接移る、という扱いです。AとBの売買は無効のままなので、Bは一度も所有者になっていません。持っていない所有権を、Bが渡すことはできないからです。
今日の地図(保存版)
図:まとめ板(94条1項・2項・権利外観法理の3要素を1枚に束ねる)
今日見てきたことを一つにまとめましょう。94条1項、AとBの間では最初から無効でした。94条2項、事情を知らないCには、その無効を言えませんでした。この二つを支えているのが権利外観法理です。虚偽の外観、本人の帰責性、第三者の信頼。この三つがそろったとき、本人より第三者を守る。次は2項の「善意の第三者」とは、いったい誰なのか。そこに入っていきます。
参照条文
- 民法93条1項
- 民法94条1項
- 民法94条2項