94条2項の「善意の第三者」
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第1章 民法総則 ㉛/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
知らなければ誰でも守られるのか
図:二人の対比を並べた問いかけ板
- Bから土地を買った人
- Bにお金を貸していただけの人、どちらも「事情を知らなかった」
前回、事情を知らずにBから土地を買った人は守られる、というところまで進みました。今日はその続きです。ここで一つ、試してみたいことがあります。Bにお金を貸していただけの人がいたとします。担保は取っていません。担保を取らずに貸していただけのその人が、あとになって「Bの土地が自分のものになるはずだ」と言い出したらどうなるでしょうか。知らなかった、という点では同じです。実は、守られません。同じように知らなかったのに差がつく理由——そこが、今日一日で突き止めるところです。「知らなかった」だけでは足りない場面がある——それが今日の出発点です。
善意の第三者を3つに割る
図:94条2項の要件を3つに積み木で示す板
条文を、もう一度置いておきます。
条文民法94条2項
民法 第九十四条(虚偽表示)第2項 2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
この条文の「善意の第三者」という言葉を、そのまま丸暗記しても使えません。判例は、「第三者」の中身を、こう定義しています。
判例最高裁判所第二小法廷判決 昭和45年7月24日(民集24巻7号1116頁)
94条2項の「第三者」の定義 「民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい」、「虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。」
この定義を、3つに分けて読んでいきます。一つ目と二つ目が「第三者」とは誰かという中身で、三つ目が「善意」です。一つ目は、当事者や包括承継人ではないこと。二つ目は、嘘の外形を土台にして、新たに独立した法律上の利害関係を持つに至ったこと。三つ目は、善意であることです。今日は、この3つを一つずつ割っていきます。
①当事者・包括承継人以外
図:除外される二者の板(本人A・名義人B/Bの立場をそのまま引き継ぐ相続人)
一つ目の要件から確認します。A本人と、B本人は、そもそも当事者ですから、第三者には入りません。もう一つ、忘れやすいのが包括承継人です。前々回、心裡留保のところでも見た理屈と同じです。もしBが亡くなって、Bの子がBの立場をそのまま引き継いだとします。新しく何かを始めたわけではなく、Bの立場をそのまま受け継いだだけなので、第三者には当たりません。
判定のものさし
図:判定のものさし板
- 嘘の看板を土台に新しく始めたか
- 看板があってもなくても立場は同じか
二つ目の要件に入ります。「新たな独立の法律上の利害関係」という言葉です。長いですが、中身は一つのものさしに尽きます。「その人は、嘘の外形を信じて、新しく何かを始めたか。それとも、嘘があってもなくても、立場は変わらないか」——このものさし一本です。ここで、たとえ話を一つ、はさみます。あるシェアハウスがあったとします。本当の管理人はAですが、Aは家賃の取り立てから逃げたくて、「この物件の管理人はBだ」という嘘の看板を玄関に出しました。この看板を信じて、新しくBと入居契約を結んだ人は、あとで看板が嘘だと分かっても追い出されません。
一方、郵便配達員のように、看板を見ても何も新しく始めていない人は、看板が嘘でも得も損もしません。この「新しく始めたか」というものさし一本で、これから見る具体例を全部仕分けていきます。
当たる例
図:第三者に当たる4つの例
- 譲受人
- 抵当権の設定を受けた人
- 差し押さえた債権者
- 仮装抵当権からの転抵当権者
前回のA・Bの話を、そのまま引き継ぎます。Aは借金取りから逃げるため、幼なじみのBに、嘘で土地の名義を移していました。この土地について、Bを本物の持ち主だと信じて、新しく関わった人を4つ見ます。一つ目です。Bから、この土地を買った人。二つ目です。Bから、この土地に抵当権の設定を受けた人。三つ目です。Bにお金を貸していた人が、実際にこの土地を差し押さえた場合です。担保も取らず差し押さえもしていない、さっきの「ただ貸していただけの人」との違い——そこが、今日の分かれ目です。あとで詳しく見ます。四つ目です。少し発展した例ですが、こういう場合もあります。Bが、この土地に、本当は嘘の抵当権をXに与えていたとします。XとBが示し合わせて、実際には貸し借りがないのに、抵当権があるように見せかけていた場合です。
抵当権自体が仮装だったこのXが、この嘘の抵当権を土台にして、さらにYからお金を借りるために、抵当権をYに担保として差し出しました。Yも、嘘の外形を土台にして、新しく担保権を取得しています。だから、Yも第三者に当たります。この4つに共通するのは、全部「新しく権利を取得した」という一点です。
当たらない例
図:第三者に当たらない例・グループ1(Bにお金を貸しているだけの一般債権者)
では、当たらない例に移ります。まず、冒頭で出した問いに戻ります。Bにお金を貸していただけで、まだこの土地を差し押さえていない人です。ここが境目です。差し押さえる前の、ただの貸主は、土地そのものについては、まだ何もしていません。この土地という特定の財産について、新しく権利を取得したわけではありません。だから、差し押さえるという一歩を実際に踏み出すまでは、第三者に当たりません。同じ「貸主」でも、差し押さえる前と後で、扱いがまるで変わります。
図:第三者に当たらない例・グループ2の一覧板
- 後順位抵当権者
- 仮装債権の債務者
- 取立てのための債権譲受人
もう一つのグループです。こちらは「立場そのものが変わらない」人たちです。一つ目です。もともと後順位の抵当権を持っていた人がいたとします。先順位の抵当権が、仮装で放棄されたように見せかけられました。順位は一つ繰り上がりますが、この人は、先順位の見せかけを信じて、新しく何かをしたわけではありません。もともと持っていた抵当権の順位が、自動的に上がっただけです。だから、第三者には当たりません。二つ目です。Bが、ある人にお金を貸していて、その貸金の債権を、Bと知り合いが示し合わせて、知り合いに譲ったように見せかけたとします。
この場合、お金を借りている人は、払う相手がBのままか知り合いに変わるかの違いだけで、自分の立場——お金を返す側だという立場——は変わりません。三つ目です。取立てのためだけに、債権を譲り受けたことにした人もいます。この人は、実質的には代理人と同じで、独立した経済的な利益を持っていません。この3つに共通するのは、どれも「自分から新しく何かを始めていない」という点です。
山場——土地と建物は別の物
図:土地の仮装譲渡と建物賃借人の関係図
- 土地はA→Bへ仮装譲渡
- 建物はBがその土地上に建てて所有
- 建物の借主Hは土地について利害関係なし
もう一つ、当たらない例を見ます。ここは、この回のいちばんの山場です。Aは、この土地を、嘘でBに譲ったことにしました。土地の仮装譲渡です。そして、Bは、この土地の上に、自分名義の建物を建てました。Bは、この建物を、Hという人に貸していました。Hは、土地の仮装譲渡について、第三者に当たるでしょうか。建物を借りているだけなら……土地そのものについては、何も持っていない気がします。土地と建物は、法律上、別々の物として扱われます。Hが利害関係を持っているのは、建物についてだけです。土地については、何の権利も持っていません。
だから、Hは、土地についての第三者には当たりません。
判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和57年6月8日(集民136号57頁)
建物賃借人は土地について第三者にあたらない 「土地の仮装譲受人が右土地上に建物を建築してこれを他人に賃貸した場合、右建物賃借人は、仮装譲渡された土地については法律上の利害関係を有するものとは認められないから、民法九四条二項所定の第三者にはあたらないと解するのが相当である。」
判例も、同じ理屈で切り分けています。逆の場面も、ついでに触れておきます。Aが土地を人に貸していて、借りた人が、その上に建てた自分の建物を、嘘で別の人に譲ったことにしたとします。このとき、土地の貸主であるAは、建物の仮装譲渡について第三者に当たりません。嘘があってもなくても、Aの「土地の貸主」という立場は変わらないからです。こちらも判例があります。土地の貸主が、建物の仮装譲渡について第三者に当たらないとした原審の判断を、そのまま正当と認めています。
判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和38年11月28日(民集17巻11号1446頁)
土地の貸主は建物の仮装譲渡について第三者にあたらない 「原審が適法に認定している事実関係の下においては、被上告人両名間の本件第三建物についての所有権譲渡およびその旨の登記が通謀虚偽表示によるものであると認めた原判示は、正当である。また、右事実関係の下において、上告人が民法九四条二項にいわゆる第三者に当らないとした原審の解釈も、正当であつて」
土地と建物、それぞれ別の物として、利害関係があるかどうかを見る——これが、この山場の要点です。
山場——善意で足りる理由
図:落ち度の物差し板(自分で嘘を作った本人=落ち度大→第三者は善意で足りる)
三つ目の要件、善意に入ります。心裡留保の93条2項でも、第三者は善意でさえあれば足りて、無過失までは要らない、という話でした。94条2項の善意も、単純な善意で足ります。確認不足があっても、無過失までは要求されません。理由は、二つあります。一つ目は、条文の文言です。95条4項や96条3項は「善意でかつ過失がない」と書いてありますが、94条2項は「善意」としか書いていません。二つ目は、Aの落ち度の大きさです。前回、権利外観法理の三つの要素を見ました。虚偽の外観、本人の帰責性、第三者の信頼です。94条2項の場面では、二つ目の本人の帰責性が、とても大きいんです。Aは自分から嘘の外形を作り出していますから。
例えば、Cが、Aに一言も事情を確かめないまま買っていたとしても、自分で嘘を仕組んだAには、あとから「Cも確認すべきだった」と言う資格がありません。
判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和42年1月19日(集民86号75頁)
善意の第三者に無過失は不要 「第三者が民法九四条二項の保護をうけるためには、自己が善意であつたことを主張、立証するをもつて足り、その善意について無過失であることを主張、立証するを要しないと解するのが相当である。」
この立場を踏まえて、要点を整理します。
⭐ 論文で書く規範:「善意」の意義——無過失は不要 94条2項の「善意」とは、虚偽表示の事実を知らないことをいい、確認不足の落ち度があっても構わない。95条4項・96条3項と異なり無過失を要求する文言がないこと、本人の帰責性が大きいことがその理由となる。
この理屈は、覚えるところが一つもありません。文言と、落ち度の大きさ、この二つを積み重ねているだけです。
善意の時期と立証責任
図:善意の判断時期と立証責任の板(利害関係を持った時点で判断/立証責任は第三者側)
短答で拾える知識を、二つだけ足します。一つ目です。善意かどうかは、いつの時点で判断すると思いますか。さっきの判例も、「善意であつたか否かは、当該不動産の売買契約成立の時を基準として判定すべきであつて、登記の時を基準とすべきものではない」としています。利害関係を持つに至った、契約が成立した時点で判断するのであって、登記した時ではありません。だから、あとになって事情を知ったとしても、保護は失われません。二つ目です。善意だったことは、誰が証明すると思いますか。Aが証明するのではなく、実は逆です。保護を求める側——つまりCのほうが、自分が善意だったことを証明します。
判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和35年2月2日(民集14巻1号36頁)
善意の主張・立証責任は第三者の側 「民法九四条二項の保護をうけるためには、同人において、自己が善意であつたことを主張、立証しなければならないのである。」
無効が原則で、第三者を守るのはその例外です。例外で守ってもらうほうが、自分がそれに当たることを示す、という形です。
山場——登記は要るか
図:対抗関係の問いかけ板(前回、AからCへ直接移ると言った。では登記は?)
ここまでで、要件は全部そろいました。ですが、もう一つ確認しておきたいことがあります。前回、所有権はBを経由せず、AからCへ直接移る、という話をしました。もし、Cが、まだ登記を済ませていなかったら、どうなるでしょうか。177条の「第三者」とは、どういう人でしたか。当事者と包括承継人以外で、登記が無いことを主張する正当な利益を持つ人、でした。では、94条2項でも、Cは登記を備えていないと守られないのでしょうか。実は、要りません。
条文民法177条
民法 第百七十七条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
理由を、二つに分けて説明します。一つ目です。177条の「第三者」というのは、同じ物を取り合う関係にある人を指します。ところが、94条2項の場面で、CとAは、同じ物を取り合ってはいません。Cにとって、Aは、所有権が流れてくる前の持ち主にすぎません。Aが最初から持っていた土地が、Cのもとへ流れてくる——その一本の流れの中に、A、C、両方がいます。めたんさんが答えてくれた、177条の第三者の中身を思い出してください。当事者と包括承継人は、そこから外れていました。Aは、この流れの上流にいて、当事者に近い側です。取り合う相手ではありません。
177条は、同じ物を別々に手に入れた人どうしが、登記の先後で決着をつける仕組みです。94条2項は、そもそもそういう奪い合いの場面ではありません。理由の一つ目は、これです。
図:対抗要件と権利保護要件の板
- 177条の登記=奪い合いの決着
- 94条2項の登記=保護の追加条件、どちらも不要
もう一つの理由に移ります。登記には、実はもう一つの働き方があります。対抗要件とは別に、保護を受けるための追加の条件として、登記を要求する場面です。94条2項でも、Cに、この追加のハードルを課すべきかが問題になります。考え方は、善意で足りる理由と同じです。無過失も、登記も、どちらも「Cの側に、どこまで求めるか」というハードルです。どこまで求めるかは、Aの落ち度の大きさと比べて決まります。例えば、Cが代金を払い終え、登記の移転だけがまだ、というときに、Aが「あれは嘘でした」と言い出したとします。自分で嘘を仕組んだAが、「Cはまだ登記をしていない」を理由に土地を取り戻せる、というのは筋が通りません。だから、落ち度が一番大きいAの前では、Cに求めるのは善意だけです。無過失も、登記も、上乗せしません。
この点については、登記が必要だという有力な考え方もあります。Aが先に登記を自分の名義に取り戻してしまったのに、それでもCが勝つのはおかしい、という考え方です。
判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和44年5月27日(民集23巻6号998頁)
自ら仮装行為をした者は登記の欠缺を主張できない 「いやしくも、自ら仮装行為をした者が、かような外形を除去しない間に、善意の第三者がその外形を信頼して取引関係に入つた場合においては、その取引から生ずる物権変動について、登記が第三者に対する対抗要件とされているときでも、右仮装行為者としては、右第三者の登記の欠缺を主張して、該物権変動の効果を否定することはできないものと解すべきである。」
判例は、対抗要件としての登記は不要だと、ここまではっきり述べています。権利保護要件としての登記についても、考え方としては同じ理屈で不要と扱われています。
⭐ 論文で書く規範:登記の要否 Cは、94条2項の第三者として保護されるために、登記を備えている必要はない。理由は二つある。一つは、AとCの間には権利を奪い合う関係が無く、Aは権利が流れてくる前の前主にすぎないから、対抗要件としての登記は問題にならない。もう一つは、自ら虚偽の外形を作り出したAの落ち度は大きく、Cに登記の具備という追加のハードルを課す必要が無いという点にある。
この二つの理由も、覚えるものではありません。奪い合いかどうか、落ち度がどちらにあるか——今まで積み上げてきたものの延長線です。
177条との切り分け
図:177条と94条2項の切り分け板
- 177条=奪い合い、先に登記した方が勝つ
- 94条2項=前主後主の流れ、登記の先後で決めない
最後に、この二つを並べて、はっきり区別しておきます。177条は、同じ物を、別々のルートで手に入れた人どうしが争う場面です。登記の先後で、勝ち負けが決まります。94条2項は、本人から第三者へ、一本の流れで権利が渡っていく場面です。奪い合いではないので、登記の先後では決めません。言葉が同じだからといって、同じルールが働くとは限りません。場面がどちらなのかを、まず見極めることです。
到達点
図:要件を埋め直す到達点の板
- ①当事者・包括承継人以外②新たな独立の法律上の利害関係③善意
- 登記不要
今日の道のりを、一本にまとめます。94条2項の第三者は、当事者・包括承継人ではなく、嘘の外形を土台にして、新しく利害関係を持った人でした。そして、Aの落ち度が一番大きいからこそ、Cには、確認不足があっても、登記がなくても、保護が及びます。今日、Bから土地を買ったCが第三者だと確認しました。次は、そのCから、さらに土地を買った人が現れたら、どうなるのか——その話に進みます。
参照条文
- 民法94条2項
- 民法177条