民法ゼロから民法#37

詐欺による取消し——96条①

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第1章 民法総則 ㊱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

山場——取り消すと何が起きるか

96条1項の全文カード(詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる) 図:96条1項の全文カード(詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる)

空き地を安く売ってしまったハルナさんが、買主のダイキさんから土地を取り戻せるか。まず、条文をそのまま確認します。

条文民法96条1項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫)第1項 第九十六条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる

ですが、強迫は今日は扱いません。今日は、詐欺だけを追いかけます。取り消すまでは、契約は普通に有効です。取り消した瞬間に、何が起きるかが問題になります。

条文民法121条

民法 第百二十一条(取消しの効果) 第百二十一条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

取り消せば、最初から無かったことになる——これを遡及効といいます。時間を巻き戻す効果です。ハルナさんとダイキさんの売買に当てはめてみます。ハルナさんが取り消すと、この売買は、最初から無かったことになります。この道具を、まずしっかり持って先に進みます。だまされた人が取り消すと、時間が巻き戻る——ここが、今日ずっと使う土台です。

山場——詐欺とは何か

詐欺の要件一覧板(①違法な欺罔行為②錯誤との因果関係③意思表示との因果関係④故意の二重性) 図:詐欺の要件一覧板

「だまされた」というだけで、当然に詐欺になるわけではありません。詐欺と認められるには、いくつかの要件があります。

論文で書く規範:詐欺の要件 ①違法な欺罔行為/②欺罔行為によって錯誤に陥ったこと/③その錯誤に基づいて意思表示をしたこと/④詐欺の故意

一つずつ、体で分かるところまで見ていきます。まず①です。欺罔行為とは、人を欺く行為のことです。ただ、ここには「違法な」という言葉が付いています。欺く行為ならすべて違法か——そこが、今日の最初のつまずきどころです。取引には、許される駆け引きがあります。たとえば、不動産の売主が「これは掘り出し物ですよ」と言って売るのは、詐欺ではありません。こうしたセールストークと、違法な欺罔行為の境目は、社会通念上相当な方法かどうかを、総合的に見て判断します。断定できないことを断定的に言い切ったか。相手が何も知らないことに付け込んだか。相手が自分で確かめる手段そのものを奪ったか。こうした事情を積み重ねて見ます。

ダイキさんは、「隣に新しい駅ができる」と、存在しない計画を、事実として断定的に伝えています。ハルナさんが自分で駅の計画を調べる機会も、特に与えられていません。違法な欺罔行為に当たります。次に②と③です。この欺罔行為によってハルナさんが錯誤に陥り、その錯誤に基づいて売買という意思表示をした、という二段の因果関係が要ります。嘘を聞いて勘違いしただけで、実際には別の理由で売っていたなら、詐欺による意思表示とは言えません。今日の事案では、駅ができると信じたからこそ、ハルナさんは安値で売っています。二段とも、つながっています。最後に④です。詐欺の故意です。ここが、今日いちばん体で分かってほしいところです。

実は、故意は一つではなく、二段構えです。「相手を錯誤に陥らせよう」という故意と、「その錯誤に基づいて意思表示をさせよう」という故意、この両方が要ります。もし、ダイキさんが世間話のつもりで「駅ができるらしいよ」と口にしただけだったらどうでしょうか。錯誤に陥らせる故意はあったとしても、それを使ってハルナさんに売買までさせようという故意までは、無かったかもしれません。今日の事案のダイキさんは、駅ができると伝えたうえで、実際に相場よりずっと安い値段で土地を手に入れています。錯誤に陥らせる故意も、それによって契約させる故意も、両方そろっています。

四つ全部そろって、初めて詐欺と言えます。

山場——だました人が契約の外にいたら

場面を変える板(今度はダイキ本人ではなく、ダイキの知り合いのソウマが嘘をついた場合) 図:場面を変える板

ここで、少し場面を変えてみます。「駅ができる」と言ったのが、ダイキさん本人ではなく、ダイキさんの知り合いのソウマさんだったとしたらどうでしょうか。契約の相手じゃない人が、嘘をついたということですね。契約の相手方ではなく、外にいる人が詐欺を行った場合です。これを、第三者詐欺と呼びます。

条文民法96条2項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫)第2項 2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。

ここに、限定が付きます。相手方であるダイキさんが、ソウマさんの嘘を知っていたか、知ることができたときに限られます。そこが、今日の中心にある考え方です。ダイキさんは、何も悪いことをしていません。ここでハルナさんを無条件に守ってしまうと、何も知らないダイキさんが、いきなり契約を失うことになります。だから、ダイキさんに悪意か過失があるとき——つまり、ダイキさんを守る必要がないときに限って、取消しを認めます。実際には知らなくても、注意していれば気づけたはずだった、という場合です。過失があった、ということですね。もともとの条文は、ダイキさんが実際に知っていたときしか取消しを認めていませんでした。それが、今の条文では、知ることができたとき、つまり過失があったときも含むように変わっています。

知り得たのに知らなかった相手方まで、無条件に守る必要はない、という考え方です。ちなみに、心裡留保——わざと本心と違うことを言った場合のことですが——この制度でも、善意無過失の相手方を守るという同じ形が出てきます。今日はその中身までは触れませんが、「知らない側を守るときは、過失の有無まで見る」という考え方は、民法のあちこちに顔を出します。では、当てはめてみます。ダイキさんが、ソウマさんの嘘を知っていた、あるいは、少し注意すれば気づけたはずだった場合、ハルナさんは取り消せます。逆に、ダイキさんが本当に何も知らず、注意していても気づけなかった場合は、ダイキさんが善意無過失なので、ハルナさんは取り消せません。ハルナさんは、だまされた側であっても、守られない相手が出てくる、ということです。

山場——詐欺と錯誤、どちらを言うべきか

二重効の実益を示す板(詐欺と錯誤は選んでよい/立証の難易が逆向き/重過失があっても詐欺なら使える・ただし95条3項1号の例外あり) 図:二重効の実益を示す板

  • 詐欺と錯誤は選んでよい
  • 立証の難易が逆向き
  • 重過失があっても詐欺なら使える・ただし95条3項1号の例外あり

嘘をつかれて勘違いした場面では、詐欺の要件も、錯誤の要件も、両方そろうことが多くあります。結論から言うと、どちらでも選んでかまいません。両方とも主張できる、という考え方が有力です。どちらも、勘違いした人、だまされた人という、落ち度の小さい人を守るための制度だからです。片方だけに押し込める理由がありません。そして、これには実益もあります。まず一つ目——立証の難しさが、逆向きなんです。錯誤を主張するには、その勘違いが「重要」であることを立証しなければいけません。一方、詐欺を主張するには、相手の故意を立証しなければいけません。「重要」の中身は、勘違いの回で立てた物差しのままです。主観的因果性と客観的重要性の、二重の絞りでした。

片方の立証が苦しいときに、もう一方に切り替えられる、というのが、大きな利点です。もう一つ、実益があります。錯誤の場合、表意者に重大な過失があると、原則として取り消せません。ですが、詐欺なら、そうした制限はありません。

条文民法95条3項

民法 第九十五条(錯誤)第3項 3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

重過失があれば必ず詐欺に逃げられるのか——そこは、正直に言っておきたいところです。実は、95条3項には例外があって、相手が表意者の勘違いを知っていた場合は、重過失があっても錯誤の取消しが認められます。相手方が悪意のケースでは、両方の道が同じように開いています。実益が出るのは、相手方がそこまで悪質ではない場面に限られる、ということです。大事なのは、「詐欺なら重過失があっても常に勝てる」と単純に言い切らないことです。場面によって、実益があったり無かったりします。

山場——取り消す前に現れた人

冒頭の問いに戻る板(ハルナが取り消す前に、ダイキが空き地をレイに転売していた) 図:冒頭の問いに戻る板(ハルナが取り消す前に、ダイキが空き地をレイに転売していた)

冒頭の、もう一つの問いに戻ります。ハルナさんが取り消す前に、ダイキさんは、この空き地をレイさんに転売していたとします。取消しが最初から無かったことにするなら、ダイキさんは最初から持ち主ではなかったことになります。そうなると、ダイキさんから買ったレイさんは、持ち主でない人から買ったことになってしまいます。原則どおりに突き進むと、そうなってしまいます。それは厳しすぎるので、法律は例外を置いています。

条文民法96条3項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫)第3項 3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者対抗することができない

取消しが無かったことになるわけではありません。「対抗することができない」の意味は、正確に理解しておく必要があります。取消し自体は、有効に成立したままです。変わるのは、レイさんとの関係だけです。ハルナさんは、ダイキさんに対しては、今でも取消しを主張できます。ですが、善意無過失のレイさんに対しては、その取消しを持ち出せません。この96条3項は、なぜここに置かれているのでしょうか。趣旨から確認します。趣旨は、取消しの遡及効によって時間が巻き戻ることから、第三者を守ることです。この趣旨一つから、二つのことが導けます。一つ目——適用されるのは、取消し「前」に現れた第三者だけです。

巻き戻しに巻き込まれるのは、その時間の中に立っていた人だけだからです。取消しのあとに現れた人は、そもそも巻き戻しに巻き込まれていません。二つ目です。「第三者」の定義そのものも、ここから導けます。

論文で書く規範:「第三者」の定義 96条3項の「第三者」=次の二つをともに満たす者 ① 当事者でも、当事者の地位をそのまま引き継ぐ包括承継人でもない ② 詐欺による意思表示の後に、新たな独立の法律上の利害関係を持つに至った

ここで一つ、言葉を先に開いておきます。差押えというのは、お金を返してもらえない債権者が、裁判所を通して、その財産を勝手に処分できないように押さえておく手続きです。たとえば、取消し前に、この土地に差押えをした債権者は、土地そのものについて新しく独立の利害関係を持つので、「第三者」に当たります。ですが、担保も取らずにダイキさんへお金を貸していただけの一般債権者は、土地そのものへの権利を持っていないので、当たりません。もう一つ、混同しやすいところを分けておきます。「意思表示の後」と「取消しの前」は、はっきり分けておきます。適用範囲の条件は、取消し前に現れたことです。定義の起算点は、詐欺による意思表示の後に、新しく利害関係を持ったことです。この二つは、別の話です。

この二つを混ぜてしまうと、「取消しの後に利害関係を持った者」と誤って覚えてしまいます。そうなると、範囲も定義も、両方ずれます。

取消し前にレイが現れる関係図(ハルナ→ダイキ・欺罔と売買/ダイキ→レイ・転売は取消しより前) 図:取消し前にレイが現れる関係図

  • ハルナ→ダイキ・欺罔と売買
  • ダイキ→レイ・転売は取消しより前

では、レイさんに当てはめてみます。レイさんは、ハルナさんとダイキさんの売買の当事者ですか。レイさんは、ハルナさんやダイキさんの包括承継人ですか。そして、レイさんが土地を買ったのは、ハルナさんの詐欺による意思表示——つまりハルナさんとダイキさんの売買——のあとです。レイさんは、96条3項の「第三者」に当たります。そして、この場面では、レイさんが現れたのは取消しより前でした。だから、適用範囲にも入ります。あとは、レイさんが実際に善意無過失かどうかで、レイさんが守られるかどうかが決まります。

登記は要るか

登記の要否・両論を並べた板(必要説=権利保護要件として登記が要る/不要説=条文に登記の文言が無い) 図:登記の要否・両論を並べた板

  • 必要説=権利保護要件として登記が要る
  • 不要説=条文に登記の文言が無い

一つ、薄く触れておきます。レイさんが土地の登記まで備えていないと、96条3項で守られないのでしょうか。見解が分かれています。一方の考え方は、示し合わせた本人を保護する場面に比べて、だまされた人の落ち度は小さいのだから、第三者側の条件は厳しく解すべきだとして、登記を要求します。別の考え方は、96条3項の条文には登記という言葉が出てこない点を重視して、登記は不要だとします。ここで、実際に争われた事案を見ます。この事案で第三者が持っていたのは仮登記——本登記の順番だけを先に押さえておく、予約のような登記——でした。

判例最高裁判所判決 昭和49年9月26日(判例百選Ⅰ23)

詐欺取消し前の第三者と、登記の要否 農地の詐欺的な取得を巡り、詐欺取消し前の第三者について、仮登記という事情のもとで争われた事案。

登記を不要とした判例だと紹介されることがあります。ただし、いま見たとおり、第三者が備えていたのは仮登記どまりでした。その事情のもとでの判断なので、登記が一切不要だとまで言い切れるかどうかは、読み方が分かれます。試験では、他の論証と矛盾しない限り、どちらの立場で書いてもかまいません。強いて言えば、落ち度の物差しと揃えるなら、必要説のほうが書きやすい、という程度に留めておきます。

山場——なぜ無過失まで要るのか

第三者保護要件の横断比較板(93条2項=善意/94条2項=善意/95条4項=善意無過失/96条3項=?) 図:第三者保護要件の横断比較板

  • 93条2項=善意
  • 94条2項=善意
  • 95条4項=善意無過失
  • 96条3項=?

勘違いの回(錯誤と第三者)で、93条2項・94条2項・95条4項を並べて、一本の物差しを立てました。表意者の落ち度が大きいほど、第三者は善意だけで守られやすくなる、という物差しです。詐欺の96条3項が同じ位置に来るのかどうか、一緒に確かめてみます。改めて並べてみます。93条2項は、わざと本心と違うことを言った場合の第三者保護で、善意で足ります。94条2項は、相手と示し合わせて嘘の売買を装った場合の第三者保護で、これも善意で足ります。95条4項は、ただの勘違いの場合で、善意に加えて無過失まで要ります。自分で考えてみてください。詐欺でだまされたハルナさんに、わざと仕組んだ落ち度はありますか。

だとすると、落ち度の大きさは、どちらに近いでしょうか。実はめたんさんは、その勘違いの回の最後にも、同じ物差しから同じ答えにたどり着いていました。今日は、それを条文を見ないまま、詐欺の側から自分の力でもう一度たどり直した、ということです。同じ答えに別の入口から戻ってこられるなら、その物差しは、もう自分のものになっています。

四行目を開いた比較表(詐欺・96条3項=善意+無過失) 図:四行目を開いた比較表(詐欺・96条3項=善意+無過失)

理由も、もう一度言葉にしておきます。わざと本心と違うことを言った人や、示し合わせて嘘を装った人は、自分の意思で状況を作り出した張本人です。あとになって被害者の顔をして、第三者を切り捨てる筋合いはありません。だから、第三者は善意だけで守られます。一方でハルナさんは、単にだまされた側です。人をだまそうとも、仕組もうともしていません。落ち度は、比較的軽いものです。だからこそ、レイさんを守るための条件は重く設定されています。善意であるだけでなく、過失が無いことまで要求されます。だました人が契約の外にいるときは、相手方の落ち度を見ました。取り消す前に間に入った人がいるときは、その人の落ち度を見ます。落ち度の小さい人を勝たせるぶん、外にいる人を守る条件が重くなる——同じ一本の物差しが、向きを変えて二度効いているんです。この一本の物差しの働き方だけ、今日は覚えて帰ってください。「無過失が要る」という結論を丸ごと暗記するのではなく、なぜそうなるかを言えるようになってください。

問いを残して

二つ目の場面の問いかけ板(もしハルナが取り消した後に、ダイキがレイに転売していたら) 図:二つ目の場面の問いかけ板

最後に、一つだけ問いを残しておきます。今日見たのは、ハルナさんが取り消す前に、ダイキさんがレイさんに転売していた場面でした。では、もし、取り消した「後」に転売していたら、どうなるのでしょうか。この場合、96条3項は、使えません。趣旨を思い出してください。96条3項は、遡及効に巻き込まれた人を守るための規定でした。取消しの後に現れた人は、そもそも巻き戻しに巻き込まれていません。取り消したあとに現れた人が守られるのかどうか——そこは、今日は答えを出しません。守られないのか、それとも、まったく別の勝負に切り替わるのか。この問いを、持ち帰ってください。

到達点

到達点をまとめる板(落ち度が小さいほど取り消せる/落ち度が小さいほど外の人を守る条件は重くなる) 図:到達点をまとめる板

  • 落ち度が小さいほど取り消せる
  • 落ち度が小さいほど外の人を守る条件は重くなる

今日の道のりを、一本にまとめます。だまされた人は、落ち度が小さいので、契約を取り消せます。ですが、落ち度が小さいということは、その結果を引き受ける人が外にいる、ということでもあります。守られる厚みは、いつも落ち度の大きさで決まっています。

参照条文

  • 民法96条1項
  • 民法121条
  • 民法96条2項
  • 民法95条3項
  • 民法96条3項

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