民法ゼロから民法#38

詐欺による取消し——96条②(取消し後の第三者と登記)

⬇ 印刷用PDF

第1章 民法総則 ㊱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前提の確認

前提3点の板(①取り消すと最初から無かったことになる②96条3項は取消し前の人だけを守る③この論点は詐欺だけの話ではない) 図:前提3点の板

前提を、短く確認します。今日の登場人物は三人です。空き地を売ってしまったハルナさん、嘘をついて買ったダイキさん、そして取消しの後にその空き地を買ったレイさんです。一つ目です。取り消すと、契約は最初から無かったことになります。121条の効果でした。二つ目です。96条3項が守るのは、取消し「前」に現れた第三者だけでした。96条3項の趣旨は、遡及効によって時間が巻き戻ることから、第三者を守ることでした。取消しの後に現れた人は、そもそも巻き戻しに巻き込まれていません。だから、出番がありません。言い換えると、レイさんが現れた時点では、もう巻き戻しは終わっています。ハルナさんが取り消したのが先で、レイさんが買ったのは、そのあとです。レイさんは、巻き戻しの外側に、最初から立っていたことになります。

ですが、96条3項が使えないからといって、レイさんがまったく守られない、というわけではありません。土俵が変わるだけです。そこを、今日じっくり見ていきます。三つ目に、これだけ言っておきます。今日の論点は、詐欺だけの話ではありません。判断能力が足りないことを理由にした取消しでも、勘違いを理由にした取消しでも、脅されたことを理由にした取消しでも、まったく同じ問題が起きます。取消し全般に共通する、超重要な基本論点です。たとえば、未成年者が保護者の同意なく結んだ契約を取り消したあと、相手方がその物を別の人に転売してしまった場合も、まったく同じ形になります。今日組み立てる考え方は、そのままそこに持っていけます。

今日は詐欺の場面で組み立てますが、道具立てはどこでも同じです。

山場——遡及効を貫くと、どうなるか

遡及効を貫く関係図(ハルナ→ダイキ・売買は遡って無効/ダイキ→レイ・他人物売買として扱われる) 図:遡及効を貫く関係図

  • ハルナ→ダイキ・売買は遡って無効
  • ダイキ→レイ・他人物売買として扱われる

思い出してください。前に、取り消すと契約は最初から無かったことになる、という話をしましたね?では、その建前どおりに考えると、間に入った人は、何を買ったことになるでしょうか。建前というと、最初から無かったことになる、というやつですね。まず、建前をそのまま貫くとどうなるか、結論まで歩いてみます。売買は取消しによって、遡って無効になります。つまり、ダイキさんは、一度も所有者になっていなかったことになります。他人の物を売ったことになります。これを、他人物売買と呼びます。契約自体は成立します。ただ、売主が権利を持っていないので、買主は原則として権利を取得できません。

原則は、そうなります。具体的に考えてみます。レイさんは、買う前に登記簿を確認しました。そこには、たしかにダイキさんの名前が載っていました。レイさんは、それを信じて、お金を払って土地を買います。登記には公信力がありません。登記に「ダイキさんの物です」と書いてあっても、それだけでは所有権は保証されない、ということです。日本の不動産登記は、そう書いてあるから本当だ、とは保証してくれません。

救済ルート比較板(不動産=94条2項類推適用・登記放置+善意/動産=即時取得・平穏公然+善意無過失の占有) 図:救済ルート比較板

  • 不動産=94条2項類推適用・登記放置+善意
  • 動産=即時取得・平穏公然+善意無過失の占有

原則は、そうです。ただ、救われる道が一つだけ残っています。ハルナさんが、取り消したあとも、ダイキさん名義の登記を長い間放っておいていたような場合です。自分で登記という外観を残しておきながら、それを信じた人に文句を言うのは、筋が通りません。たとえば、ハルナさんが取り消したあと、登記を自分名義に戻す手続きをせず、そのまま何年も放置していて、ダイキさん名義の登記だけが残り続けていた、という場面を考えてください。レイさんは、その登記を見て、ダイキさんの物だと信じて買いました。自分で作った隙を、あとから責められない、ということです。これを、94条2項類推適用といいます。94条2項というのは、前に第三者を守る条文を並べたときに出てきた、相手と示し合わせて嘘の売買を装った場合の条文です。自分で嘘の外観を作った人は、それを信じた人に文句を言えない——その考え方を、登記を放っておいた場面に広げたのが、この類推です。年数の具体的な基準はありません。放置の程度など、事情を総合して決まります。

目的物が土地ではなく、たとえば自転車のような動産であれば、平穏かつ公然に、善意無過失で占有を始めた人は、即時取得という別の制度で守られることがあります。動産には、動産用の道具立てがある、と覚えておいてください。ここに、気づいてほしいところがあります。レイさんが勝てるかどうかは、レイさんが事情を知っていたかどうか、つまり善意か悪意かで決まります。この点を、頭の片隅に置いたまま、次の考え方に進みます。

山場——遡及効を擬制と見ると、どうなるか(判例)

「擬制」概念の導入板(遡及効は法律がそう扱うという建前にすぎない/事実としては所有権はいったんダイキに移り、取消しでハルナへ戻る=復帰的物権変動) 図:「擬制」概念の導入板

  • 遡及効は法律がそう扱うという建前にすぎない
  • 事実としては所有権はいったんダイキに移り、取消しでハルナへ戻る=復帰的物権変動

もう一つの考え方に進みます。実は、この形だけは、一度だけ見ています。勘違い——思い違いで結んだ契約を取り消した場面でも、取り消したあとに現れた人とは、先に登記を備えたほうが勝つ、という結論まではたどり着きました。ただ、あのときは、遡って無権利になるはずの人から買った人を、なぜ登記の勝負に持ち込めるのか、という理屈を、問いのまま残しました。今日は、そこを開きます。ここで、視点を変えます。「最初から無かったことにする」というのは、法律がそう扱う、という建前にすぎない、と見る考え方です。事実としては、所有権はいったんダイキさんに移りました。取消しによって、その所有権が、ハルナさんのところへ戻ってきた、と考えるんです。

遡及効は、あったことを無かったことにする、という法律の言い方であって、現実に時間が戻るわけではありません。条文も、取り消された行為は初めから無効であったものとみなす、と書くだけで、そのあとに現れた人との関係までは決めていません。だから、その言い方をどこまで貫くかは、選べるんです。この動きを、復帰的物権変動と呼びます。

遡及効を擬制と見る関係図(ダイキを起点に、戻りの矢印(ハルナへ)と転売の矢印(レイへ)が同時に出る) 図:遡及効を擬制と見る関係図

ここからが肝心です。ダイキさんを真ん中に置いて見てください。ダイキさんから、二つの方向に、権利が動いています。一つは、取消しによる戻り——ダイキさんからハルナさんへ。もう一つは、転売——ダイキさんからレイさんへ。これは、ある形とそっくりです。同じ持ち主が、同じ物を、二人に売ってしまった形——二重譲渡と、同じ構造です。ここでも、同じ解決を使います。不動産の取り合いは、先に登記を備えたほうが勝ちます。

条文民法177条

民法 第百七十七条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

不動産は、目に見えない権利の話です。誰が本当の持ち主かを、外から確かめる手段が必要です。それが登記です。だから、権利の変動があったことを、登記という形で示さない限り、他人に主張できません。動産なら、登記の代わりに引渡しです。178条という別の条文が、同じ役割を果たします。中身は今日は深追いしません。「動産なら引渡し」とだけ覚えておいてください。このように、どちらが勝つかを登記で決める関係を、対抗関係といいます。そして、登記のように、勝つために先に備えておく手続を、対抗要件といいます。これは、判例の立場でもあります。

判例大審院判決 昭和17年9月30日

取消し後の第三者と、177条 詐欺による取消し後に現れた第三者との関係は、対抗関係と解し、不動産については177条によって処理するとした判決。

判例は、こちらの考え方を採っています。名前を付けるなら、二重譲渡類似説と呼ばれます。ただ、名前よりも、戻りと転売が同じ起点からぶつかっている、という形のほうを覚えてください。図で確かめてみてください。二本とも、ダイキさんから出ています。だからこそ、二重譲渡と同じ扱いができるんです。

山場——分かれ目と、帰結の差

両説の比較板(見解①=遡及効を貫く=主観(善意悪意)で決まる/見解②=遡及効を擬制と見る(判例)=登記の有無で決まる、悪意者も勝つ) 図:両説の比較板

  • 見解①=遡及効を貫く=主観(善意悪意)で決まる
  • 見解②=遡及効を擬制と見る(判例)=登記の有無で決まる、悪意者も勝つ

二つの考え方を、並べてみます。分かれ目は、ただ一つです。遡及効を、どこまで本気にするか。貫くか、擬制と見るか、ということですね。同じ事案を、場面を変えて二回通して見てみます。一回目です。レイさんが、ハルナさんの取消しの事実を知っていた——つまり悪意だった、としましょう。そして、この場面のレイさんは、買ったあとすぐ、自分名義へ登記を移しました。遡及効を貫く考え方では、レイさんが救われるのは、94条2項類推という例外の道だけでした。あの道は、レイさんが善意であることが前提です。悪意なら、その道も使えません。レイさんは、負けます。

判例の考え方では、善意か悪意かを、そもそも見ません。先に登記を備えたかどうかだけで決まります。この場面では、レイさんが先に登記を移しています。ですから、レイさんが悪意でも、レイさんが勝ちます。ここに、驚いてほしいんです。理由は、登記と実体の権利関係を、できるだけ一致させたいからです。この制度は、善意か悪意かという、頭の中の事情ではなく、登記を備えたかどうかという、外から確かめられる行動で優劣を決めています。誰が何を知っていたかは、あとから証明しにくいですが、登記は誰でも調べられます。登記を怠った側に、落ち度がある、と見るわけです。ただし、一つだけ例外があります。単に知っていただけでなく、ハルナさんを困らせる目的で登記を先に取った、というような、背信的悪意者と呼ばれる人までは、勝たせません。

境目の中身までは、今日は踏み込みません。「ただ知っていた」だけなら勝てる、「嫌がらせのつもりだった」なら勝てない、という程度に留めておきます。

場面②の結果板(レイが善意でハルナが登記を放置=見解①(他人物売買)はレイが勝つ/見解②(判例)はレイが負ける) 図:場面②の結果板

  • レイが善意でハルナが登記を放置=見解①(他人物売買)はレイが勝つ
  • 見解②(判例)はレイが負ける

もう一回、今度は逆の場面を見てみます。二回目です。ハルナさんは、取り消したあとも、登記をダイキさん名義のまま、しばらく放っておきました。レイさんは、今度は何も知らずに、その登記を見て買います。ただ、レイさんは、登記を移す手続きを急ぎませんでした。遡及効を貫く考え方なら、ハルナさんが登記を放っておいたという落ち度があり、レイさんは善意です。だから、94条2項類推という救いの道が使えます。負けません。判例の考え方は、善意かどうかを見ません。先に登記を備えたかどうかだけです。この場面では、レイさんが後回しにしている間に、ハルナさんが先に自分名義へ登記を戻しました。ですから、レイさんは、何も知らなかったのに負けます。

どちらの考え方が得かは、場面によって入れ替わります。主観で決める道にも、登記で決める道にも、それぞれ強い場面と弱い場面があります。

判例の理由板(理論の一貫性より、登記という画一的な基準を選んだ/善意・悪意は証明しにくいが登記は誰でも調べられる) 図:判例の理由板

  • 理論の一貫性より、登記という画一的な基準を選んだ
  • 善意・悪意は証明しにくいが登記は誰でも調べられる

ここから、検討に入ります。理論として筋が通っているのは、実は遡及効を貫く考え方のほうです。建前どおりに考えれば、ダイキさんは無権利者だったはずですから。遡及効を貫く考え方だと、レイさんが勝てるかどうかは、善意か悪意かという、頭の中の事情で決まってしまいます。これは、あとから証明するのが難しく、不安定です。対抗要件という、誰が見ても分かる画一的な基準で決めたほうが、取引は安定します。調べれば分かる基準で決めたい——これが、判例が二重譲渡類似の考え方を選んだ理由です。試験でも、この理由まで書けると、答案に厚みが出ます。

答案での書き方

論証の4段板(問題の所在→遡及効は擬制→復帰的物権変動→二重譲渡類似・177条) 図:論証の4段板(問題の所在→遡及効は擬制→復帰的物権変動→二重譲渡類似・177条)

今日たどった道筋は、そのまま答案の流れになります。まず、問題の所在を示します。遡及効を前提にすれば、ダイキさんは無権利者だったはずなのに、なぜ登記の争いになるのか、という疑問です。遡及効は、法が作った擬制にすぎないと解する、と立場を示します。そこから、復帰的物権変動が生じる、とつなげます。元の持ち主と、あとから現れた人との関係は、二重譲渡と同じ構造だと位置づけて、177条、動産なら178条で処理する、と結びます。この先の細かい書き方は、また別の機会にじっくり扱います。今日は、この骨組みだけ持ち帰ってください。

境目の再確認

前後の境目を並べた板(取消し「前」=96条3項・善意無過失の勝負/取消し「後」=177条・登記の勝負) 図:前後の境目を並べた板

  • 取消し「前」=96条3項・善意無過失の勝負
  • 取消し「後」=177条・登記の勝負

最後に、前に残しておいた境目を、確認しておきます。取消し「前」に現れた人には、96条3項が働きます。善意無過失かどうかの勝負でした。取消し「後」に現れた人には、今日見たとおり、177条が働きます。登記を先に備えたかどうかの勝負です。取消しのどちら側に立っていたかで、勝負のルールが、丸ごと入れ替わります。取消しと登記の関係が、もっと入り組む場面もありますが、それはまた別の機会に扱います。

到達点

到達点をまとめる板(「最初から無かった」は建前/本気にするかどうかで答えが割れる/判例は画一的な基準を選んだ) 図:到達点をまとめる板

  • 「最初から無かった」は建前
  • 本気にするかどうかで答えが割れる
  • 判例は画一的な基準を選んだ

今日の道のりを、一本にまとめます。「最初から無かったことにする」は、法が作った言い方にすぎません。それを、どこまで本気にするかで、答えは真っ二つに割れます。判例は、本気にしすぎないほうを選びました。誰が何を知っていたかではなく、誰が先に登記を備えたか——調べれば分かる基準で決めるためです。詐欺だけでなく、勘違いでも、脅されたときでも、取消しが絡む場面では、いつもこの二つの考え方が背後にあります。今日組み立てた地図を、そのまま持ち帰ってください。

参照条文

  • 民法177条

民法 全体ロードマップへ →