無効の5つの扱いと121条の2・119条
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第1章 民法総則 ㊴/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
「もう3年経っている」で押し切れるか
図:今日の設例
Aは、認知症で判断力を失っていたBから、時価より大幅に安い価格で土地を買いました。契約から3年後、Bの成年後見人が、この契約の無効を主張してきました。Aは「もう3年も経っているんだから、今更ダメだと言われても困る、時効だろう」と言い返せるのでしょうか。
この設例の答えは、このノートの最後で出します。
今日の道のり
図:無効と取消しを分ける5軸
- ①主張の要否=無効は不要/取消しは必要(123条)
- ②主張権者=無効は原則誰でも/取消しは取消権者のみ(120条)
- ③期間制限=無効はなし/取消しはある(126条)
- ④追認=無効は原則不可(119条)/取消しは可(122条)
- ⑤時の効力=無効ははじめから/取消しは遡及的無効(121条)
「効かない」には2種類あります。無効と、取消しです。無効は、最初から一貫して効果が無いこと。取消しは、取り消されるまでは有効な、不確定的に有効な状態でした。今日は、その無効の側だけを、もう一段深く掘ります。誰が言えるのか、いつまで言えるのか、あとから握手し直せるのか、お金を払ってしまっていたらどうなるのか——この一枚の表を、道しるべにします。
5つも並んでいると覚える量が多そうに見えますが、覚える数は、実は1つです。無効は、誰の利益を守るためでもなく、最初から効果が生まれていない、という性質でした。誰のためでもないからこそ、誰でも言えて、誰に対しても言えて、いつまでも言えます。反対に取消しは、特定の人を保護するための制度です。保護されるべき本人が「やっぱりやめる」と言わない限り、有効なまま進みます。だから、言える人は絞られ、いつまでも待たせられないので期間も切られます。誰のためかが違うから、扱いの全部が変わってくるのです。
1つめの「主張の要否」はすでに知っているとおり、主張しなくても当然に無効でした。ここからは、2つめから5つめを、1つずつ埋めていきます。
無効という同じ箱に入っていた条文たち
図:無効原因の一覧板
- 意思無能力3条の2
- 公序良俗90条
- 強行規定違反91条
- 心裡留保93条ただし書
- 通謀虚偽表示94条1項=いずれも既習
まず、無効になる原因を、一覧にします。今日は、新しい条文は出てきません。ここで出てくる5つの条文は、前にどこかで見たものばかりです。
1つめは、意思無能力——判断力が無い状態での意思表示は無効でした。3条の2です。認知症で判断力を失っていたBが土地を売った、まさに冒頭の設例がこれです。2つめと3つめは、公序良俗に反する契約と、強行規定に反する契約。90条と、91条です。賭け事の借金を取り立てる契約が、公序良俗違反の代表例でしたね。4つめと5つめは、心裡留保のただし書と、通謀虚偽表示。相手が真意でないと分かっていた場合と、示し合わせた見せかけの契約です。93条と94条ですね。5つとも、今日はじめて出す条文ではありません。ただ、なぜこの5つが、同じ「無効」という結論に行き着くのか、考えてみたことはありますか。
⭐ 論文で書く規範:無効の2つの系統——前提が無いか、内容がまずいか ①効果を認める前提が欠けている=意思無能力(3条の2)・心裡留保(93条ただし書)・通謀虚偽表示(94条1項)——意思表示そのものの実質を欠く②内容そのものが法秩序に反する=公序良俗違反(90条)・強行規定違反(91条)——内容自体が許されない
実は、2つの系統に分けられます。1つは、効果を認めるための前提そのものが欠けている系統です。意思無能力がこれです。判断する力が無い人には、有効な契約を成り立たせるための土台がありません。内容そのものが、法の秩序に反している系統です。公序良俗違反と強行規定違反は、内容が反社会的だったり、法が譲れないルールに触れていたりします。心裡留保のただし書と通謀虚偽表示は、少し違って、表示と本当の意思が最初からずれている、つまり効果を認める前提となる意思そのものが実は無い、という点で1つめの系統に近いものです。
理由は違っても、行き着く先はどちらも同じです。効果を認める土台が無いのだから、最初から一貫して効かない、無効という結論になります。取消しの原因になるのは、制限行為能力者による法律行為、それに、錯誤や詐欺、強迫による意思表示です。今日は、無効の側だけに集中します。
原則は絶対的無効、例外は3つ
図:絶対的無効の構造図
- 誰でも主張できる
- 誰に対しても主張できる
- いつまでも主張できる=3つの「誰でも」
ここからが、今日のいちばんの山場です。無効の原則を、まず言葉にします。無効は、誰でも、誰に対しても、いつでも主張できます。これを、絶対的無効と呼びます。以前は確定無効という呼び方も出てきましたが、どちらも使われる呼び方です。取消しと対にして呼ぶときは確定無効、今日のように無効そのものの性質を掘り下げるときは絶対的無効といいます。誰でも・誰に対しても・いつでも——3つの「誰でも」が、無効の原則の正体です。たとえば、賭け事の借金を取り立てる契約が公序良俗に反して無効だったとき、その契約の当事者ではない第三者が裁判で無効を持ち出すことも認められます。誰の利益にも合わない契約だからこそ、誰の口からでも指摘できる、というのが原則の姿です。
壊れた自動販売機を思い浮かべてください。ボタンを押しても出ない機械は、誰が押しても、いつ押しても、何度押し直しても出ません。無効も同じです。誰が言っても、誰に対して言っても、いつ言っても、結論は変わりません。故障している事実は、誰の目にも同じだからです。例外はあります。3つです。1つずつ見ていきます。
図:絶対的無効の3つの例外
- ①取消的無効=主張権者の制限
- ②善意の第三者に対抗不可
- ③消滅時効・即時取得
例外の1つめ、主張できる人が制限される場合です。意思無能力による無効は、表意者——つまり、その意思表示をした本人側からしか主張できません。ただ、これは判例が確定させた分類ではなく、有力な見解にとどまる、ということは以前も確認しましたね。ここは、以前しっかり見た内容なので、今日は結論だけ持ち帰ってください。無効という性質自体が変わったわけではなく、誰の利益を守るための無効かを絞っただけです。本人を保護するための無効だから、本人側から言えれば十分、という理屈です。逆に、相手方の側からこの無効を持ち出せてしまうと、本人を守るための制度が、本人を追い出す道具に変わってしまいます。原則を破っているように見えて、実は「誰でも」を狭めているだけで、無効の一貫性そのものは崩れていません。例外の2つめ、対抗できる相手が制限される場合です。
93条2項と94条2項で、善意の第三者には無効を対抗できない、というルールがありました。ここも、以前見た結論だけ使います。無効は無効なのに、事情を知らずに関わってきた第三者には、その無効を持ち出せない場面がある、ということです。たとえば、AとBが示し合わせて、Aの土地をBに売ったことにする通謀虚偽表示をしたとします。実際にはAは土地を渡す気も無く、契約は無効です。ところが、Bがその土地を、事情を知らないCに転売してしまうと、Aは、Cに対しては、この契約が無効だったと言えなくなります。Cから見れば、Bが持ち主に見えていたからです。例外の3つめ、無効を事実上覆す法律関係が育ってしまう場合です。無効そのものに、期間制限はありません。ですが、無効から生まれる別の権利には、期間制限がつくことがあります。
たとえば、無効な行為に基づいて渡してしまったものを取り戻す権利——これはこれから見る121条の2の話ですが、この権利自体は、消滅時効にかかります。動産を無効な契約で受け取った人が、それをさらに別の人に転売してしまい、その人が善意無過失で受け取っていれば、即時取得が成立して、もとの持ち主は取り戻せなくなる場合があります。無効そのものは残っていても、それを主張する実益が無くなってしまう、という形です。土地のような不動産にはこの仕組みは使えないので、混同しないでください。
では、冒頭の設例に、ここまでで答えが出せるでしょうか。出せるのは、まだ半分です。Bの無効の主張そのものには、期間制限はありません。3年経っていても、無効はやはり無効です。ただ、Aが「もう3年経っている」と言いたい気持ちの矛先が、実は無効の主張の期限ではなく、渡してしまったものを取り戻す権利の期限だとしたら、話は変わってきます。その中身を、次に見ます。
もらったものは、原則すべて返す——121条の2第1項
図:121条の2第1項の板(原則全部返還/原物返還が不可能なら価額返還)
無効な契約に基づいて、すでにものやお金を渡してしまっていたら、どうなるのか。ここからは、121条の2の話です。
条文民法121条の2
民法 第百二十一条の二(原状回復の義務) 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。 2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。 3 第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。
1項です。無効な行為に基づいて何かを受け取った者は、相手方を元の状態に戻す義務を負います。原則は、全部返還です。土地なら土地そのものを、それが無理なら、代わりにその値打ち分のお金を返します。たとえば、受け取った建物をすでに取り壊してしまっていたり、受け取った品物をすでに転売して手元に無かったりする場合です。原物をそのまま返せないので、代わりにその値打ち分に相当するお金——価額を返します。改正前は、有償の契約でも、受け取った側が善意なら現存利益で足りる場合があり、扱いがぼやけていました。121条の2は、無効な行為に特化して「原則は全部返還」という筋を明文で立て直したものです。
現に利益を受けている限度で足りる——121条の2第2項・3項
図:121条の2の三段構造板
- 1項原則全部返還
- 2項無償行為の善意者は現存利益
- 3項意思無能力者・制限行為能力者も現存利益
ここが今日の核心です。1つの問いで、2項と3項を貫きます。「全部返させると、誰が損をするか」という問いです。
まず2項は、無償行為の場合です。贈与のような、もらう一方の契約で、無効だと知らずに受け取った人にまで、全部返させるのは酷だからです。この人は、もともと何も対価を払っていません。にもかかわらず、受け取った分を丸ごと返せと言われたら、すでに使ってしまった分まで自腹で埋め合わせることになります。次に3項は、意思能力が無かった人と、制限行為能力者の場合です。この人たちも、全部返させると損をします。自分の判断で契約したわけではないのに、受け取った分を全部返す義務まで負わされたら、保護しているはずの制度が、逆に本人を苦しめることになります。だから、どちらも現に利益を受けている限度、つまり現存利益で足ります。
現存利益は、失踪宣告が取り消された場面で見た考え方です。あのときの基準を、そのままここでも使います。判断基準は、浮いたかどうかでした。生活費や借金の返済に使った分は、もともと出ていくはずだった出費なので、浮いた分として残っている扱いになります。反対に、遊興費や、盗まれてしまった分は、浮いた分が無いので、現存利益に入りません。実際の判例でも、この分け方が繰り返し出てきます。
判例大判昭和14年10月26日 民集18巻1157頁
浪費した分は現存利益に入らない 受け取った金銭を浪費してしまった場合、その分は現に利益を受けているとはいえず、返還の対象にならないとされた。
判例大判大正5年6月10日/大判昭和5年10月23日/大判昭和7年10月26日
生活費や借金の返済に使った分は現存利益として残る 受け取った金銭を生活費や既存の借金の返済に充てた場合、その分はもともと出ていくはずだった出費が浮いたものとして、現に利益を受けている扱いになるとされた。
冒頭の設例に戻ります。Aが受け取った土地はBに、Bが受け取った代金はAに、それぞれ原状回復されます。Bは意思無能力者ですから、3項が使えます。Bが受け取った代金を、浪費せずそのまま持っているなら、その分は全部返さなければなりません。ですが、一部を生活費に使ってしまっていたとしても、その分は浮いた分として、やはり返還の対象に含まれます。現存利益は「使ったから返さなくていい」ではなく、「浮いたかどうか」で決まる、という物差しは、ここでも変わりません。

Aが取り戻せる代金の返還請求権、つまり原状回復請求権は、無効の主張そのものとは別の、独立した権利です。だから、この権利自体が消滅時効にかかっていないかは、別に確認しなければなりません。3年という期間だけでは、まだ答えが確定しません。消滅時効の細かい期間そのものは、この先まとめて見ます。今日は、無効の主張には期間制限が無いのに対して、そこから生まれた返還請求権には期間制限がありうる、という切り分けだけ持ち帰ってください。
無効な行為は、追認しても増えない——119条
図:119条の本文とただし書を時系列で示す板
- 無効な行為→追認だけでは効力を生じない
- 知って追認すれば新たな行為とみなす・ここから将来効
次は、④追認の柱です。取消しは、取消権者が追認すれば、有効なまま確定できました。無効は、どうでしょうか。
条文民法119条
民法 第百十九条(無効な行為の追認) 無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは、新たな行為をしたものとみなす。
本文です。無効な行為は、追認によっても、その効力を生じません。壊れているものに手を加えても、増えたり直ったりはしない、というイメージです。119条には、ただし書があります。当事者が、その行為が無効であることを知って追認したときは、新たな行為をしたものとみなします。「みなす」といっても、もとの契約が有効になったわけではありません。もとの無効な行為は、やはり無効なままです。その代わり、追認をした時点から、改めて新しい契約が成立した、という扱いになります。だから、効力は追認の時点から生じるのであって、もとの契約の日付まで遡るわけではありません。
通謀虚偽表示で無効な売買契約を結んでいた2人が、1年後に「あの契約は無効だったけれど、今の条件でもう一度契約したことにしよう」と確認し合った、という場面を考えてみます。この場合、契約が生まれるのは、1年後の確認の時点からです。最初の契約の日から効いていたことにはなりません。遡りません。壊れた自動販売機のたとえで言うと、古い機械が直ったわけではなく、今日から動く新しい機械が、その場所に置き直された、という感覚です。困ることは、あります。たとえば、無効な契約のあと、その1年の間に、同じ土地が別の人に売られてしまっていたとします。追認が最初の契約の日まで遡ってしまうと、その別の人との関係が狂います。遡らないからこそ、途中に入ってきた人との関係が守られます。
時効にも関係します。原状回復請求権のような、新しく生まれる権利の消滅時効は、その権利が生まれた時点、つまり追認の日から数え始めます。もとの契約の日から数えるのではありません。日付がどこから始まるかで、時効が完成する日がまるごと変わってきます。ここは、論文で論点になりうる箇所です。公序良俗に反する行為には、このただし書は使えないという結論があります。内容そのものに不当性がある無効は、当事者が知って追認しても、その不当性が消えるわけではないからです。この1文で、無効はやはり一貫している、という今日の背骨に戻ります。
別の行為として救われる場合——無効行為の転換
図:転換の肯定例・否定例の対比板
- 肯定=秘密証書遺言→自筆証書遺言
- 嫡出子届出→認知
- 否定=虚偽の出生届は出生届としても養子縁組としても無効
もう一つ、④追認の隣に置いておきたい「救われ方」があります。追認でもとの行為を生き返らせるのではなく、はじめから別の行為として読み替える——無効行為の転換です。ある行為としては無効でも、別の行為の要件を満たしていれば、その別の行為として有効になる、という考え方です。何でも読み替えれば救われる、というわけではありません。まず、肯定される例から見ます。
条文民法971条(明文の転換規定)
秘密証書遺言として無効でも、自筆証書遺言として救われる 方式を欠いて秘密証書遺言としては無効な遺言であっても、自筆証書遺言の要件を満たしていれば、自筆証書遺言として有効と認められる。
秘密証書遺言も自筆証書遺言も、どちらも本人が自分で書いて署名し押印する、という骨格が重なっているからです。封のしかたなど秘密証書遺言に特有の手続でつまずいても、本文が全部自筆で日付と署名押印がある、という自筆証書遺言の要件そのものはすでに満たしていた、という場面で使われます。次は、少し先の分野の言葉が出てきます。嫡出子とは、婚姻している夫婦の間に生まれた子のことです。ここでは、そうでない子を、嫡出子として届け出てしまった、という場面を考えてください。
判例最判昭和53年2月24日 民集32巻1号110頁
嫡出子として届け出た出生届は無効でも、認知としては有効 父が自分の子を嫡出子として届け出た出生届は、嫡出子の届出としては無効であっても、認知の効力を生じるとされた。
ここで、否定される例も見ておきます。
判例大判昭和11年11月4日 民集15巻1946頁/最判昭和50年4月8日 民集29巻4号401頁
内容虚偽の出生届は、出生届としても養子縁組としても無効 他人の子を自分の子であると偽って届け出た出生届は、出生届としても、養子縁組の届出としても、効力が認められないとされた。
理由は、2つの角度から説明できます。1つは、養子縁組として救うには、養子縁組をする意思そのものが必要だという点です。ところが、この届出は「自分の実の子だ」という、事実に反する主張をしているだけで、「養子にしよう」という意思は、そもそも存在していません。もう1つは、届出の方式そのものです。嫡出子として子を届け出る出生届を、そのまま養子縁組の届出として扱うことは許されない、という理由づけです。意思の面でも、方式の面でも、養子縁組として救われるだけの中身が備わっていない、ということです。
「無効イコール全部アウト」ではない——一部無効
図:一部無効の可分・不可分対比板
- 可分=利息制限法1条・超過部分だけ無効
- 不可分=無効部分が無ければ契約しなかったといえる場合は全部無効
最後に、一部無効です。法律行為の一部だけに、無効の原因がある場合です。無効の原因があれば全部アウトだ、と思い込むと、痩せた理解になります。明文の規定がある例を見てみます。利息制限法1条です。「金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする」。上限を超える利息を約束していても、その契約全体が無効になるのではなく、超過した部分だけが無効になります。元本が50万円なら、上限は年1割8分です。もし契約で年3割の利息を約束していたとしても、無効になるのは上限を超えた年1割2分の部分だけです。年1割8分の部分と、貸したお金そのものを返す契約は、そのまま残ります。
利息制限法の目的は、借り主を守ることです。もし契約全体を無効にしてしまうと、お金を返す契約そのものが消えて、貸した人が不当利得として全額の返還を求めることになりかねません。それでは、借り主を守るための規定が、逆に借り主を苦しめる結果になります。当事者の通常の意思も、上限の範囲でなら契約を続けたい、というものです。だから、行き過ぎた部分だけを削って、契約そのものは残す、という設計になっています。
明文の規定が無い場合は、原則で判断します。無効の原因がある部分だけを取り除いても契約として成り立つ、つまり可分であれば、その部分だけ無効で、残りは有効です。反対に、その部分が無ければそもそも契約しなかったと言えるほど、無効部分と残りが不可分に結びついている場合は、全部無効になります。たとえば、複数の商品をまとめて一つの代金で売る約束で、その一部にだけ無効の原因があるのに、その一部が無ければそもそもこの価格では売らなかったといえるような場合です。
無効の原因がどこにあるかを見極めれば、契約の残りは生きます。
今日の折り返し点
図:5軸の一覧板を再掲(①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力)
今日の話を、もう一度、5軸に戻してまとめます。無効は、はじめから一貫して効かない。だから、誰でも言えるし、いつまでも言えるし、あとから握手し直すこともできませんでした。意思無能力の無効は、主張できる人が絞られる。心裡留保と通謀虚偽表示は、対抗できる相手が絞られる。そして、無効から生まれた権利自体が、別に消滅時効にかかることがある。ここで一つ確認しておきたいのが、この3つの例外は、無効の原則である「誰でも・誰に対しても・いつでも」を、本当に崩していたのか、という点です。崩してはいません。主張できる人や対抗できる相手を絞っているだけで、無効そのものの性質は変わっていないからです。3つとも、無効という性質自体を破っていない、という点が同じでした。
原則は全部返還、無償行為の善意者と意思無能力者・制限行為能力者は現存利益で足りる、という三段構造でした。「全部返させると誰が損をするか」という1つの問いで、2項と3項を貫きました。119条は、無効な行為は追認しても増えないけれど、知って追認すれば新たな行為として、その時点から生まれ直す、という話でした。そのあと見た2つは、5軸の表そのものには載りません。転換は、④追認の隣——追認では生き返らないけれど、別の行為の要件を満たしていれば救われる、という話です。一部無効は、無効がどこまで及ぶかという範囲の話——無効の原因がある部分だけを切り落として、契約の残りは生かせる場合がある。無効イコール全部アウト、ではありませんでした。
Bの無効の主張そのものには、期間制限はありません。3年経っていても、無効はやはり無効です。「時効だろう」というAの言い返しが刺さるとしたら、それは無効の主張の期限ではなく、渡してしまった代金を取り戻す原状回復請求権の期限の話です。無効の期限が無いことと、そこから生まれた権利に期限がありうることは、別の話として切り分けてください。今日は、無効の側だけを見ました。
参照条文
- 民法121条の2
- 民法119条
- 民法971条(明文の転換規定)