民法ゼロから民法#4

代理・善意悪意・特定物——民法を読むための語彙

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第1章 民法総則 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

誰が契約しても、効くのは自分——代理

自分・姉・お店の三面関係ボード 図:自分・姉・お店の三面関係ボード

発売日にしか買えない、限定モデルのスニーカーがあるとします。ところが、その日はどうしても出張が外せません。そこで、姉に頼みます。「当日、代わりに並んで買ってきて」。姉は当日お店に行き、店員に「これをください」と言い、契約を結びます。ところが、代金を払う義務を負うのも、スニーカーの所有権を得るのも、自分です。姉はお店との間で契約をしただけなのに、その効果は自分に生じます。この不思議を説明するのが、代理という仕組みです。条文を見てみましょう。

条文民法99条

民法 第99条(代理行為の要件及び効果) 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。 2 前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。

この場面での役割で言うと、自分が本人、姉が代理人、店員が相手方です。条文の中の「意思表示」は、前回の言葉ですね。「買います」のような、法律行為をつくる部品でした。代理人である姉が、権限の範囲内で契約をしています。頼まれた「買ってきて」の範囲の中で、ということです。そして姉は、お店に「これは、頼んできた本人のために買うものです」と示しながら話しています。この、本人のためにすることを示す行為に、名前が付いています。顕名と呼びます。姉ではなく、本人——つまり自分——の名前を出して契約している、というイメージです。この二つの要件——権限の範囲内であること、そして顕名があること——がそろうと。99条1項のとおり、効果は本人に直接生じます。

契約をした人と、効果を受ける人が、分かれる。これが、代理の三面関係です。顕名を欠いた場合にどうなるかは、また別の回で扱います。今日は、この三面関係の形だけ、しっかり覚えてください。

代理権は、どこから来るのか

任意代理と法定代理、発生原因の対比ボード 図:任意代理と法定代理、発生原因の対比ボード

姉が代理人になれたのは、自分が「買ってきて」と頼んだからでした。この、本人が代理権を与える行為を、授権と呼びます。授権によって生まれる代理を、任意代理と言います。では、次の場面を考えてください。同じ限定スニーカーを、十五歳の弟も欲しがっているとします。ところが、十五歳はまだ一人で契約を完結させられる年齢ではありません。弟でも買えます。親権者である親が、弟に代わって契約できます。ただし、こちらは弟が「お願い」と頼んだわけではありません。親権者には、法律の規定によって、当然に代理権が認められています。

これを法定代理と呼びます。この違いは、根拠となる条文からも分かります。親権者の代理権は、824条という条文が根拠です。中身には、今日は入りません。未成年者の親権者に代理権を与える条文がある、とだけ覚えてください。この発生原因の違いが、任意代理と法定代理の分かれ目です。代理権の範囲や、代理権が消える場面は、また別の回で扱います。

「善意」は、良い心じゃない

善意と悪意の対比ボード 図:善意と悪意の対比ボード

話は少し進んで、発売から時間がたったころのことにします。姉が、フリマアプリで同じ限定モデルを見つけ、買ったとします。ところが、実はその一足、盗まれた品でした。ここで、二つの場合を考えます。一つ目、姉がそれをまったく知らずに買った場合。二つ目、実は盗品だと知りながら買った場合。この二つで、この先の扱いが変わってきます。民法は、知らなかったことを善意、知っていたことを悪意と呼びます。日常語の「善意」とは意味が違う——そこが、最大の誤解ポイントです。民法の善意・悪意は、道徳的な良い・悪いとは、まったく関係ありません。

動機は関係ありません。知っていたか、知らなかったか。それだけです。冒頭の192条にあった「善意」も、まさにこの意味です。知らないこと、それだけが善意。知っていること、それだけが悪意。この二語は、これから先、何度も出てきます。「知っていたかどうか」で結論が変わる場面のたびに、使う言葉です。なぜ、知っていたかどうかで結論が変わるのでしょうか。物を支配する権利の種類を法律だけが決められるのも、同じ理由です。知らない人まで縛ると、誰も安心して取引できません。

「知らなかった」にも、段階がある

善意の中の段階、無過失・軽過失・重過失のボード 図:善意の中の段階、無過失・軽過失・重過失のボード

「知らなかった」の中にも、実は段階があります。姉が盗品と知らなかった、という点は同じでも。疑う理由が、まったく無かった場合があります。逆に、疑う理由があったのに、確かめなかった場合もあります。まず、まったく疑う理由が無かった場合。これを善意無過失と呼びます。次に、出品者の説明が少し不自然だったのに、確認しなかった場合。これを善意有過失と呼びます。ただし、この中にも重さの違いがあります。かなり注意したけれど、最後の詰めが甘かった場合。これを善意軽過失と呼びます。ほとんど何も確認せず、少しの注意すらしなかった場合。これを善意重過失と呼びます。

そして、無過失と軽過失をあわせて、善意無重過失という括り方もします。なぜ、こんなに細かく分けるのか、疑問に思いませんか。実は、条文ごとに、どの段階までなら保護するかが違うからです。ある条文は無過失しか守らず、別の条文は軽過失まで守る、という具合です。冒頭の192条を、思い出してください。「善意であり、かつ、過失がない」。この条文が守るのは、疑う理由がまったく無かった場合だけです。姉が、出品者の説明の不自然さに気づかないまま買っていたら——軽い過失でも、この条文の外です。この先、条文ごとに、この線の位置が変わります。そのたびに、姉の注意の程度という一本の軸で、区別してください。

「それ以外は全部」で作る定義——不動産と動産

不動産と動産、86条の定義の作り方ボード 図:不動産と動産、86条の定義の作り方ボード

ここまでは、姉が何を知っていたか、という話でした。ここからは、姉が何を買ったのか——物そのものに移ります。冒頭の192条にも、まだ埋まっていない言葉がありました。「動産」です。大きく二つの軸で分けます。一つ目が、不動産と動産です。今住んでいるアパートと、これまで話してきたスニーカーを、並べてみます。条文を見てみましょう。

条文民法86条

民法 第86条(不動産及び動産) 土地及びその定着物は、不動産とする。 2 不動産以外の物は、すべて動産とする。

1項が、不動産を定義しています。土地と、そこに固定されて動かせない物です。これを定着物と呼びます。建物は、土地の上に固定された代表例です。土地と建物は、それぞれ別個の不動産として扱われます。詳しくは、また別の回で扱います。2項を見てください。「不動産以外の物は、すべて動産」。不動産をまず決めてから、それ以外を全部受け皿に入れる。これが、この条文の定義の作り方です。数えきれない種類の物を、いちいち列挙しなくて済みます。この受け皿の作り方は、この先も何度か出てきます。覚えておいてください。

「その一つ」か、「同じ型のどれか」か

特定物と不特定物の対比ボード 図:特定物と不特定物の対比ボード

二つ目の軸は、買い方によって物の扱いが分かれる場面です。姉が、発売日に店頭に並んでいた、まさにその一足そのものを買ったとします。シリアルナンバーが入った、世界に一つの一足です。このように、当事者が個性に着目した物を、特定物と呼びます。「他のではなく、この一足でなければ困る」という着目の仕方です。では、次の場面です。後日、姉が通販カタログで、同じモデル・同じサイズを注文したとします。品番は同じですが、届くのがどの一足であっても、姉は困りません。このように、当事者が個性に着目していない物を、不特定物と呼びます。

同じ型番でも、「その一足そのもの」を買うか、「同じ型のどれか」を買うかで、扱いが変わります。「債権」は、相手に「渡してください」と言える権利です。所有権と対になる言葉でした。この違いから生まれる債権にも、名前が付いています。特定物を目的とする債権を特定物債権と呼びます。不特定物を目的とする債権は不特定物債権です。引き渡すべき物がどう決まるか、といった中身は、また別の回で扱います。今日は、「その一つ」か「同じ型のどれか」かという見分け方だけ、押さえてください。

時間の経過が、権利を動かす——時効の予告

取得時効と消滅時効、予告ボード 図:取得時効と消滅時効、予告ボード

物の話は、ここまでです。最後にもう一つ、時間がたつだけで結論が変わる言葉を渡します。さっきの盗まれたスニーカー、覚えていますか。もし、その状態が長い間続いたら、どうなるでしょうか。ある事実の状態が、一定の期間続いたとき、それに応じた権利関係を認める制度があります。これを時効と呼びます。長く続いた状態を、今さらひっくり返すと、その状態を前提に動いてきた人が困ります。だから民法は、続いてしまった事実のほうに、権利を合わせます。権利を得るほうを取得時効と呼びます。姉が知らずに買ったあの一足そのものを、長い間使い続けた場合です。権利を失うほうを消滅時効と呼びます。貸したお金を、何年も「返して」と言わないまま、ほうっておいた場合です。

今日は、名前と、この二つがあるということだけ、渡しておきます。中身は、また別の回でじっくり扱います。

条文の読み方——大前提・小前提・結論

条文の読み方、要件と効果、大前提・小前提・結論のボード 図:条文の読み方、要件と効果、大前提・小前提・結論のボード

最後に、ここまで使ってきた条文そのものの読み方を、渡します。さっき見た99条を、もう一度使います。「代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした」。「意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる」。この条文、実は二つの部分に分けられます。「権限内において」「本人のためにすることを示して」という部分と。「本人に対して直接にその効力を生ずる」という部分です。条文の前半にある条件を要件、後半にある結果を効果と呼びます。条文は、この〈要件〉と〈効果〉の組み合わせでできています。

そして、この要件と効果を実際の場面に使うとき、三段階で考えます。まず、条文が求める要件を確認します。これを大前提と呼びます。99条で言えば、「権限内で、本人のためにすることを示して」。「意思表示をすれば、効果は本人に生じる」という一般ルールです。ここが小前提です。姉は、頼まれた範囲内で、本人——つまり自分——のためにすることを示して、お店と契約しました。だから、結論が出ます。代金を払う義務も、スニーカーの所有権を取得することも、自分に生じる。逆に、当てはまらない場合も見ておきましょう。姉が、頼んでいない別のモデルまで、ついでに買ってきたとします。

小前提が、大前提の要件に当てはまらない。だから、三段はここで止まります。この場合どうなるかは、また別の回で扱います。これが、法的三段論法と呼ばれる考え方です。相手を説得するための、共通の型でもあります。判決文も、この骨組みで書かれています。善意も、動産も、この要件の中に置かれているからこそ、正確に覚える意味があります。

論文で書くときの流れ、予告ボード 図:論文で書くときの流れ、予告ボード

この大前提・小前提・結論の骨組みは、論文の答案でもそのまま使います。事案から問題提起、規範、あてはめへとつなげていく流れは、専用の論文動画で丁寧に渡します。今日は、条文が要件と効果でできている、という骨格までにしておきます。

もう一度、192条を読む

埋まった、五つの言葉の地図ボード 図:埋まった、五つの言葉の地図ボード

冒頭で見た192条を、もう一度出します。

条文民法192条

民法 第192条(即時取得) 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

今度は、自分で読んでみてください。はい、完璧です。取引で物を持ち始めた人が、それが盗品だと知らず、知らなかったことに落ち度も無ければ、その物の権利を取得できる。読めましたね。するどいです。実際に権利を取得できるかどうかの細かい判定は、また別の回でじっくり扱います。今日は、この二行が、もう自力で読めるようになったこと、それ自体が収穫です。「占有」は、物を事実上支配している状態、という意味です。所有権は権利で、占有は事実です。192条は、事実から権利が生まれる条文でした。詳しくは、また別の回で扱います。今日配った五つの言葉——代理、善意悪意、物の種類、時効、そして法的三段論法。これは、これから先の条文を読むための、共通の道具です。

この先、新しい条文に出会うたびに、今日配った言葉を思い出してください。きっと、少しずつ読めるようになっていきます。

参照条文

  • 民法99条
  • 民法86条
  • 民法192条

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