代理権はどこから生まれるのか
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第1章 民法総則 ㊸/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
その力は、どこから来たのか
図:前回の三面関係を受けた問いかけ板(代理権はどこから生まれるのか)
前回、代理権が無いと無権代理になると教わりましたが、その代理権自体はいったいどこから生まれてくるのでしょうか。今日はその一点だけを、正面から掘っていきます。代理権という力が、どこで発生して、途中でトラブルが起きたときにどう扱われるのか。この二つが分かると、論文でよく出る学説の対立の意味も、ちゃんと腑に落ちます。先に答えだけ言っておくと、学説の対立は、この「トラブルが起きたとき」を処理するために先に決めておく話です。
前回の三要件、思い出せますか
図:前回の代理3要件の再掲板(①代理権②顕名③代理人自身の意思表示)
本編に入る前に、一つだけ確認します。前回、代理が成立するための三つの要件を並べました。①代理権があること、②顕名、③代理人自身が意思表示をすること。今日はこのうち、どれを掘り下げると思いますか?①の代理権だと思います。まず、代理権という要件が、実は他の二つと同じ重みではない、という話から始めます。
要件の中の段差——顕名と代理権
図:顕名は成立要件・代理権は有効要件という二層の対比板
三つの要件は並んで見えますが、実は同じ重さではありません。①の代理権と、②の顕名は、無くなったときに落ちる先が違います。顕名、つまりAのためにすることを示す部分が無いと、代理という器が立ち上がりません。代理と呼べる形が最初から成立していない状態です。これを成立要件と呼びます。一方、顕名はきちんと示されているのに、代理権だけが無かった場合は、代理という形自体は一応できあがっています。ただ中身が空っぽなので、有効な代理として扱ってもらえません。これを有効要件と呼びます。顕名が無ければ、代理という舞台にすら上がっていません。Bが自分の名前で契約したのと変わらない扱いになります。他人の土地を自分の物だと偽って売った場面に近づきます。代理権が無ければ、舞台には上がっているのに、その代理が正式なものとして認められません。これが無権代理です。三つの要件のどれか一つが欠けても効果はAに届かない、という前回のまとめ自体は変わりません。ただ、届かない理由の重さが、要件ごとに違うということです。
民法100条は、顕名を欠いた意思表示を、代理人自身のためにしたものとみなす、つまり代理の枠から外す条文です。だから前回の言い方と、今日の「成立要件」という言い方は、同じことを別の角度から言っています。
権限は先に無ければならない
図:代理権は顕名・意思表示より先に存在しなければならないという時間順の板
もう一つ、代理権には時間の順番があります。代理権は、顕名や意思表示より前に、すでに存在していなければなりません。例えば、Bが先にAの名前を勝手に使ってCと契約してしまって、そのあとでAが「まあいいよ、それで」と権限を与えたとします。契約の時点では、代理権がありませんでした。あとから権限が生まれても、最初から代理権があったことにはなりません。これは、あとの回で扱う追認という、また別の制度の話になります。今日押さえてほしいのは、代理権は必ず先に無ければならない、という順番だけです。前回見た99条は、代理人が「その権限内において」した意思表示だから、効果が本人に直接届く、という書き方でした。契約をしたその瞬間に権限が無ければ、その意思表示は「権限内において」されたものになりません。あとから権限を足しても、過去の意思表示の中身は変わらないんです。
「頼んで」の瞬間に生まれる力——授権行為
図:代理権授与行為は不要式行為・委任状は証明にすぎないという板
任意代理の場合、代理権は、本人が代理人に代理権を与える、という意思表示によって生まれます。これを代理権授与行為と呼びます。代理権を与えるのに、決まった書類は要りません。口約束だけでも、代理権は発生します。委任状は、代理権そのものではありません。代理権が存在することを、相手方に見せて証明するための、ただの証拠にすぎません。例で見ましょう。海外に赴任している父Aが、空き家になった実家の管理と売却を、息子Bに任せたとします。電話で「管理と、売れそうなら売るのも任せる」とだけ伝えました。紙には何も残っていません。それでも、この電話の時点で、Bには代理権が発生しています。Bが買主Cのところに行って、実家を売る契約をまとめても、効果はAに直接届きます。
代理権があるかどうかがCから見えにくい、というこの問題に、委任状が役に立ちます。Aが「Bに管理と売却を任せます」と書いた紙をBに渡しておけば、Cはその紙を見て、代理権があることを確認できます。ただ、紙が無くても、電話で任せた時点で代理権自体はもう発生しているんです。委任状はあくまで、Cを安心させるための証明書であって、代理権を生み出す魔法の紙ではありません。たとえば、Aが実家の登記済証と実印そのものをBに預けていたとします。委任状のような書面が無くても、これほど重い書類を渡していたという事実そのものが、Aが黙ってBに代理権を与えていたことを推認させる方向に働きます。
代理権の有無は、最終的には事実の積み重ねで判断されます。
「任せる」の正体——代理権授与行為の法的性質
図:代理権授与行為の法的性質をめぐる単独行為説・無名契約説・事務処理契約説の対比板
図:三つの説が、本人と代理人のあいだで何をどう見ているのか、並べて見比べます
ここからは、少し理屈っぽい話に入ります。今の電話一本で代理権が生まれる、という場面をもう一度見てください。この「任せる」という行為自体は、法律的にはどんな性質を持つ行為なのか。ここに三つの説の対立があります。争う軸は二つです。一つは、代理人になる人の承諾が要るかどうか。もう一つは、代理権を与える行為を、内部の約束とは別の行為として立てるかどうか。この二つの答え方で、説が三つに分かれます。実益はあとの論点で回収します。まず対立の中身から見ましょう。合鍵を渡す場面で考えると分かりやすいです。留守中の家の管理を頼むとき、合鍵を渡しますよね。この「合鍵を渡す」という行為を、代理権を与える行為に見立てます。一つ目の単独行為説は、家主が一方的に合鍵を作って、相手のポストに放り込むようなものだと考えます。受け取る側の返事は要りません。家主の一方的な意思表示だけで、合鍵を渡す効果が発生します。
単独行為説に立つなら、相手が「いらない」と言っても代理権は渡ったことになります。根拠は、代理権をもらっても、代理人には何の義務も生じないという点です。99条を見ても、代理人が本人に対して何かをする義務を負うとは書かれていません。それに、代理人になる資格に行為能力すら要らない、という条文もあります。義務を負わない以上、承諾も要らないだろう、という発想です。単独行為説が批判されるのは、まさにその点です。実際の条文を見ると、民法は代理権と、頼みごとをする契約、つまり委任契約を、必ずしも別物として扱っていません。委任契約の中に代理権授与も一緒に含まれている、という前提で書かれた条文がいくつもあります。一方的な意思表示だけで完結するなら、この条文の書き方とかみ合いません。
図:三つの説を並べる——承諾の要否と内部契約との関係の一覧板
二つ目、無名契約説です。これが今の試験で一番使われている考え方です。合鍵を渡すという行為を、家主と受け取る側、両方が「うん、預かるよ」と頷いて初めて成立する、握手のような行為だと考えます。無名契約説では、相手の承諾が要ります。代理人になる人が承諾していなければ、代理権は発生しません。ただし、この契約には民法に名前のついた型がありません。委任契約でも雇用契約でもない、代理権を授与することだけを目的にした、名前の無い契約。だから無名契約と呼びます。三つ目、事務処理契約説です。これは、そもそも合鍵を渡すという行為を独立させて考える必要がない、という立場です。「留守中の管理を頼むね」という元の約束、つまり委任や雇用のような内部の契約そのものの中に、合鍵を渡す効果も最初からセットで含まれている、と考えます。
分けません。内部の契約が成立した瞬間に、その中身として代理権も一緒に生まれる、という考え方です。ただ、これにも批判があります。雇用契約や請負契約の中には、代理権を伴わないものもたくさんあります。内部契約さえあれば自動的に代理権も生まれると言い切ると、代理権を伴わない普通の雇用契約まで説明がつかなくなります。一方の端は、委任と代理を一緒に書いている条文と合わない。もう一方の端は、代理権を伴わない雇用や請負を説明できない。両端が落ちる以上、承諾は要るが内部の約束とは別の契約だ、という真ん中が残ります。だから試験でも無名契約説を使います。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】代理権授与行為は、本人と代理人との間の、代理権の授与のみを目的とする無名契約である(通説) (論証12・単独行為説との対比で実益を示す)
この規範は、そのまま覚えてください。代理権授与行為とは、本人と代理人との間の、代理権の授与のみを目的とする無名契約である。これが通説です。三つの説を覚える意味は、はっきりあります。AがBに「Cの持っている土地を買ってきて」と頼んだのに、Bがまだ何の返事もしていない段階を考えてください。無名契約説なら、Bの承諾が無い以上、契約は成立していないので、代理権はまだ発生していません。単独行為説なら、Aが頼んだ時点でもう代理権は発生しています。同じ場面なのに、結論が変わります。ただ、この対立が本当に効いてくるのは、次の場面です。
合鍵を渡した約束が壊れたら
図:内部契約と代理権授与行為の目的・手段の関係を示す板
本編に入る前に、一つ確認します。さっき見た三つの説のうち、試験で実際に使うのはどれでしたか。無名契約説です。この無名契約説を前提に、今度は内部の契約に欠陥があった場合を見ていきます。その前に、なぜわざわざ性質を決めたのかを、ここで回収します。三つの説は、内部の約束と、代理権を与える行為を、別々の行為として立てるかどうかで割れていました。事務処理契約説は、二つを一体のものと見ます。だとすると、内部の約束が取り消されて消えれば、その中身である代理権も当然に一緒に消えます。そもそも「代理権だけどうなるか」という問いが立ちません。単独行為説なら逆です。代理権を与える行為は本人の一方的な行為なので、内部の約束とは切り離して考えやすくなります。
同じ場面なのに、どの説に立つかで問いの立ち方まで変わる。そこが大事です。通説の無名契約説は、その真ん中にいます。二つは別の契約だと見る。でも、まったく無関係でもない。だから「内部の約束が壊れたとき、代理権はどうなるか」という問いが、はじめて意味を持ちます。無名契約説に立つと、代理権は、本人Aと代理人Bのあいだの内部の契約、たとえば委任契約とは別に、もう一つ結ばれる代理権授与行為という契約から生まれる、ということになります。ここで問題です。もし内部の契約そのものに欠陥があって、取り消されてしまったら、代理権はどうなるでしょうか。実は、誰の側に欠陥があったかで結論が変わります。まず本人側に欠陥があった場合です。設例に戻りましょう。海外の父Aが、実は成年被後見人だったとします。判断能力が欠けていたので、後見人が内部の契約を取り消しました。
図:本人側に欠陥があった場合を、内部の約束と、代理権を与える行為に分けて追いかけます
図:本人側に欠陥があった場合の結論を示す板
取消しには遡及効があるので、内部の契約は最初から無かったことになります。ここで、内部の契約と、代理権を授与する行為の関係を考えてください。息子Bに実家の管理と売却を任せたのは、あくまで「管理をお願いする」という元の約束があったからです。目的が内部の契約、それを実現する手段が代理権を授与する行為です。目的が最初から無かったことになれば、その手段だけを生かしておく理由がありません。代理権授与行為も一緒に遡って消滅します。代理権が最初から無かったことになる以上、その契約は無権代理として扱われます。Cは、代理権があると思って契約したのに、あとから覆される立場に置かれます。
買主Cは気の毒にも見えますが、ここでは本人Aを保護する必要のほうが優先されます。判断能力が欠けていた本人が、頼んでもいない売却の効果まで負わされるのは行き過ぎだからです。代理人側に移ると、ここで物差しが変わります。本人側は、「何のために代理権を与えたのか」という目的から遡って考えられました。ですが代理人側の欠陥は、代理人をどこまで守れば足りるか、相手方Cをどこまで守るべきか、という双方の保護のバランスで結論を出すことになります。目的と手段のつながりだけでは決まらない場面です。次に、逆のパターンです。代理人B側に欠陥があった場合。今度は、息子Bが実は成年被後見人だったとします。判断能力を欠くBを保護するために、内部の契約が取り消されました。
図:同じ二つを、代理人側に欠陥があった場合について追いかけます
図:代理人側に欠陥があった場合の結論を示す板
代理人側に欠陥があった場合が、ここからの分かれ目です。内部の契約は、さっきと同じく遡って無かったことになります。ただ、代理権を授与する行為のほうは、遡って消えるのではなく、これから先に向かってだけ無効になります。取消しより前に、Bが買主Cと結んだ売買契約は、有効な代理行為のまま残ります。目的は、判断能力の低いBを守ることです。守るためには、これから先Bが代理人として動けないようにすれば十分です。すでに終わってしまった過去の代理行為まで遡ってひっくり返す必要はありません。むしろそこまで遡らせてしまうと、何も悪くないCが、成立したはずの売買契約を失うことになって、必要以上に害を受けます。Bを守るための制度が、関係のないCを巻き込みすぎてしまうわけです。
本人側の欠陥は代理権ごと遡って消す。代理人側の欠陥は内部の契約だけ遡らせて、代理権自体は将来に向けてだけ止める。目的と手段の結びつきを大事にするか、それとも代理人の保護と相手方の保護のバランスを取るか。同じ形の問題でも、守りたい人が違うと答えも変わってきます。これが、さっきの三つの説の対立が実際に効いてくる場面です。
条文が直接、代理を生み出す——法定代理の発生
図:任意代理は授権行為・法定代理は条文という発生源の対比板
ここまでは、本人が代理人を選ぶ、任意代理の話でした。もう一方の法定代理は、発生の仕方がまったく違います。代表例が親権者です。
条文民法824条
民法 第八百二十四条(財産の管理及び代表) 親権を行う者は、子の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為についてその子を代表する。ただし、その子の行為を目的とする債務を生ずべき場合には、本人の同意を得なければならない。
前回見たとおり、親であるという事実だけで、子の意思とは無関係に、法律上当然に代理人としての地位が発生します。824条は、子の財産を管理し、その財産に関する法律行為について子を代表する、と定めています。子自身が働くなど、子本人の行為が中身になる債務を負わせる場合、たとえば子の名前で雇用契約を結んで子を働かせるような場面では、子本人の同意が要る、という例外です。親の権限が及ぶ範囲にも限界があるということです。859条が824条のただし書を準用しています。準用は、胎児の回で出てきたとおり、新しい条文を作らずに既にある条文をそのまま別の場面に当てはめることです。後見人のほかにも、行方不明になった人の財産を管理する不在者財産管理人、亡くなった人の遺言の内容を実現する遺言執行者にも、それぞれ法律の規定で代理権が与えられます。この三つに共通しているのは、本人が「頼みます」と意思表示をしたわけではなく、法律の規定によって、本人の意思とは無関係に、代理という関係がそのまま生まれるという点です。
きれいにまとめると、任意代理は人が生み出し、法定代理は条文が生み出す、ということになります。
答え合わせ
図:今日の内容の保存版板
今日の内容を、ざっと並べ直します。まず、顕名と代理権は、同じ三要件でも重みが違います。顕名が無ければ代理という舞台にすら上がらず、代理権が無ければ無権代理になります。代理権は、顕名や意思表示より先に存在していなければなりません。任意代理の代理権は、代理権授与行為という意思表示から生まれ、書面は要りません。委任状は証明にすぎません。その授与行為の法的な性質については、単独行為説、無名契約説、事務処理契約説の対立があって、試験で使うのは無名契約説です。そして、内部の契約に欠陥があったとき、本人側の欠陥なら代理権も遡って消え、代理人側の欠陥なら代理権はこれから先だけ無効になります。この違いを支えているのが、目的と手段の結びつきと、誰を保護すべきかというバランスです。
三つの説は、覚えるだけでなく、瑕疵があったときに使えるようにしておいてください。今日は、代理権という力そのものが、どこから生まれて、どう壊れうるかを見ました。最後に一問だけ。内部の契約が取り消されたとき、本人側に欠陥があった場合と、代理人側に欠陥があった場合とで、すでにBとCが結んだ売買契約の運命はどう違いましたか?本人側なら代理権も遡って消えるので、その売買契約は無権代理になります。代理人側なら、代理権を失うのはこれから先だけなので、すでに結んだ売買契約は有効なまま残ります。ここが今日いちばんの分かれ目でした。
参照条文
- 民法824条