民法ゼロから民法#69

112条

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第1章 民法総則 #69/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

撤回したはずなのに

冒頭設例板。父Aは以前、息子Bに「この土地を売ってきてくれ」と頼んでいたが、その後気が変わって撤回した。それなのにBは、Cに「Aの代理人だ」と言って土地を売ってしまった。 図:冒頭設例板

  • 父Aは以前、息子Bに「この土地を売ってきてくれ」と頼んでいたが、その後気が変わって撤回した
  • それなのにBは、Cに「Aの代理人だ」と言って土地を売ってしまった

前回、代理人の欄が空欄の白紙委任状を渡しただけでも、渡した紙の中身次第で代理権授与表示が認められる場合がある、と見ました。今日Aが渡していたのは、白紙の紙ではありません。本物の代理権そのものです。一度は確かに代理権を与えていたのに、それが消えたあとだったら、どうなるでしょうか?具体的に置きます。父Aは、以前は確かに息子Bに「この土地を売ってきてくれ」と頼んでいました。ところがAは、その後気が変わって、この話を撤回しました。それなのにBは、買主Cに「Aの代理人だ」と言って、土地を売ってしまいました。かつて存在した代理権は、もう消えています。それでもAは、責任を負うことがあるでしょうか。

少し前に、Aの言葉だけで外観ができる109条、Aが本当に一部だけ与えていた110条を見ました。今日の場面は、そのどちらとも違います。「以前は本当に与えていた」という点が出発点です。この違いがどう効いてくるのか、今日見ていきます。

112条の出発点

出発点の対比板。109条=本人が「与えた」と口で言っただけ(実際の代理権はゼロ)。110条=本人が別件の代理権を本当に一部与えた。112条=本人がかつて本物の代理権を与えていたが、今は消滅している。112条だけが「過去に本物の代理権が存在した」ことを出発点にする。 図:出発点の対比板

  • 109条=本人が「与えた」と口で言っただけ(実際の代理権はゼロ)
  • 110条=本人が別件の代理権を本当に一部与えた
  • 112条=本人がかつて本物の代理権を与えていたが、今は消滅している
  • 112条だけが「過去に本物の代理権が存在した」ことを出発点にする

まず、112条がほかの2つとどう違うかを確認します。109条は、Aが口で「与えた」と言っただけで、実際の代理権はゼロでした。110条は、Aが別件の代理権を本当に一部与えていました。112条はどちらとも違い、かつて本物の代理権が確かに存在し、それが消滅した場面を扱います。表見代理の全体像の回で見た、「STAFF」の腕章のお店を思い出してください。以前は本当に採用されていた店員が辞めたのに、渡されていた腕章をまだ返していない、とします。店側は「もう辞めたから関係ない」と思っていても、その腕章を着けてレジに立たれれば、客からは今も店員に見えます。109条は、店長が客に「あの人は店員です」と口で言っただけで、腕章そのものは渡していない場面でした。112条は、本物の腕章が、かつて本当に渡されていた場面です。違うのは、その証拠が”今”ではなく”かつて”のものだという一点です。

112条を使うための第一関門は、「かつて代理権が存在したこと」です。はじめから代理権が無かったのなら、それは109条や110条の場面であって、112条の出番はありません。この切り分けを、まず頭に入れてください。では、なぜ撤回したあとまで、Aが責任を負うことがあるのか。代理権を渡したのはA自身で、撤回した後も、委任状のような渡した証拠を取り戻さずに残したのもAの側だからです。全体像の回で見た、「渡したものをあとから取り戻さなかった」という帰責性です。一方のCは、AB間で撤回されたことを外から知る手段がなければ、残った証拠を信じるしかありません。

112条1項の全文と要件

112条1項の全文カードと要件板。①かつて代理権が存在し、消滅したこと②消滅前の代理権の範囲内の行為であること③相手方が代理権消滅の事実につき善意であること④相手方に過失があるときは除く(ただし書)。 図:112条1項の全文カードと要件板

112条1項の全文を確認します。

条文民法112条1項

民法第百十二条第一項(代理権消滅後の表見代理等) 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。

条文の書き出し自体が、さっき確認した出発点をそのまま表しています。要件に分解します。

論文で書く規範:112条1項の要件 ① かつて代理権が存在し、消滅したこと(本文冒頭「代理権を与えた者」「消滅後」) ② 消滅前の代理権の範囲内の行為であること ③ 相手方が代理権消滅の事実につき善意であること ④ 相手方に過失があるときは除く(ただし書) (民法112条1項(条文の言葉から導かれる要件))

①は、以前見た代理権の消滅事由、本人の死亡や委任の終了といった事情のどれかで、かつての代理権が消えたことです。今日の設例のように、Aが頼んだことを取りやめた場合も、委任が終わるので、代理権は消えます。②は、行為の中身が、消滅前に持っていた代理権の範囲にとどまっていることです。範囲を超えていれば、あとで見る2項の話になります。③は、相手方が消滅の事実を知らなかったことです。④は、そのただし書で、相手方に過失があれば保護されません。示す側は、109条1項と少し違います。109条1項では、Cの悪意も過失も、責任を免れたいAの側が示しました。112条1項は、本文に「知らなかった第三者」と書かれているので、知らなかったことは保護を求めるCの側が示し、ただし書の過失だけを、責任を免れたいAの側が示します。

Aが以前Bへ土地を売る代理権を与え、それを撤回した後にBが同じ土地を売った場合が、まさに①から④の典型です。①はAが与えた代理権を撤回して消滅させたこと、②はBが売ったのが元の範囲どおり土地だったこと、③はCが消滅の事実を知らなかったこと、④はCが知らなかったことに過失も無かったことです。この後、丁寧に当てはめていきます。112条1項の「第三者」は、直接の相手方だけです。110条の第三者の回と同じ考え方です。転得者が信じたのは、Bの代理権ではなく、前の持ち主Cの権利だからです。判例も、Cからさらに買い受けた転得者までは含めていません。

112条1項の補足論点板。法定代理権も「代理権」に含む(判例、有力な反対説あり)/消滅前の取引は不要(判例)。出典=大判昭和2年12月24日民集6巻754頁/最判昭和44年7月25日判時574号26頁。 図:112条1項の補足論点板

  • 法定代理権も「代理権」に含む(判例、有力な反対説あり)/消滅前の取引は不要(判例)
  • 出典=大判昭和2年12月24日民集6巻754頁/最判昭和44年7月25日判時574号26頁

法定代理権も、112条1項の「代理権」に入るでしょうか。判例はこれを含めます。法定代理権が消滅した後に、元の法定代理人が代理行為をした場合にも、112条1項を使います。取引の安全を重く見た判断で、本人の保護は相手方の善意無過失の認定で図ればよい、という考え方です。ただ、法定代理権は本人が与えたものではないので、かつて代理権があった点について本人に責められる事情が無いとして、これを否定する有力な学説もあります。例えば、子が成年になって親権が終わった後に、元の親権者が子の代理人として契約した場合です。もう一つ気になります。112条1項を使うには、代理権が消滅する前にBとCの間で取引があったことが必要ですか。必要ありません。消滅前の取引が無くても、112条1項は使えます。ただし、消滅前に取引をしていた事実があれば、Cが善意無過失だったと認められやすくなります。

設例へのあてはめ

関係図。A(本人)がB(行為者)にかつて土地を売る代理権を与えたが、撤回して消滅した。B(行為者)がC(相手方)と土地の売買をした。 図:関係図

冒頭の設例に当てはめます。Aは、以前Bに「この土地を売ってきてくれ」と頼み、代理権を与えていました。ところがAは、その後気が変わって、この代理権を撤回しました。それなのにBは、Cに「Aの代理人だ」と言って、その土地を売却しました。Cは、代理権が消滅していたことにつき善意無過失でした。①は、以前は本当に代理権があって、それが撤回で消滅したので満たされます。②は、頼まれていたのも実際に売ったのも同じ土地なので、範囲内です。③と④も、Cが善意無過失なので満たされます。4つがそろったので、112条1項によって、Aに効果が帰属します。Aは、撤回したつもりでいても、Cに対して責任を負います。

112条2項・範囲を超えた行為

112条2項の関係図。Aがかつて「自動車を売る代理権」を与えていたが、消滅した。Bが範囲外の「土地の売却」をCとの間で行った。 図:112条2項の関係図

1項は、消滅前の代理権の範囲内の行為を扱う規定でした。では、Bがその範囲を超えた行為をしてしまったら、Aは一切責任を負わないのでしょうか。

条文民法112条2項

民法第百十二条第二項 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

112条2項は、範囲を超えた行為についても、相手方に正当な理由があるときに限って、本人が責任を負うと定めています。正当な理由は、以前確認したとおり、無過失と同じ意味です。範囲内なら1項でそのまま責任を負う立場のAに、範囲を超えた部分だけ、110条と同じ「正当な理由」という絞りを重ねる規定です。範囲を超えた行為は、かつての代理権からそのまま読み取れる中身の外にあります。だから、Cがそこまで信じたことに正当な理由があるかを、改めて問うのです。設例を変形します。Aは、以前Bに「自動車を売る代理権」を与えていましたが、これも撤回して消滅していました。ところがBは、自動車ではなく土地をCに売ってしまいました。これは、消滅前の代理権の範囲を超えた行為です。

Cが、Bにはこの土地を売る代理権もあると信じたことに過失が無かったといえるなら、112条2項によって、Aに効果が帰属します。逆に、少し確認すれば自動車の代理権しか無いと分かったはずなら、正当な理由は認められません。さっきの喩えでいえば、辞めた店員が腕章を返していなくても、その人がもともと任されていたのは品出しだけで、レジ打ちまではさせていなかった場面です。客が「レジに立っているのだから会計もできるはずだ」と信じるだけの正当な理由が無ければ、店は責任を負いません。

5つの経路の総まとめ

保存版板。表見代理5つの経路の一覧。109条1項(Aが表示・範囲内・善意無過失)/109条2項(Aが表示・範囲外・正当な理由)/110条(Aが別件を実際に付与・権限外・正当な理由)/112条1項(Aがかつて付与・範囲内・善意無過失)/112条2項(Aがかつて付与・範囲外・正当な理由)。軸=「本人がどう関与したか」で並べる。 図:保存版板

  • 表見代理5つの経路の一覧
  • 109条1項(Aが表示・範囲内・善意無過失)/109条2項(Aが表示・範囲外・正当な理由)/110条(Aが別件を実際に付与・権限外・正当な理由)/112条1項(Aがかつて付与・範囲内・善意無過失)/112条2項(Aがかつて付与・範囲外・正当な理由)
  • 軸=「本人がどう関与したか」で並べる

ここで、これまで見てきた表見代理の全部を1枚に並べます。表見代理の全体像の回で、Aの関わり方は3つに分かれると言いました。言葉だけで表示した109条、別件で本当に一部与えた110条、かつて与えていた112条です。今日、112条を1項・2項に分けたことで、経路は全部で5つになりました。109条1項・109条2項・110条・112条1項・112条2項の5つですね。軸は、いつも「本人がどう関与したか」です。109条は表示しただけ、110条は実際に一部与えた、112条はかつて与えていた。それぞれ、範囲内なら善意無過失、範囲外なら正当な理由という絞りが重なります。110条だけは最初から権限外の行為を前提にした1本の条文でしたが、それ以外の109条・112条は、1項が範囲内、2項が範囲外という同じ形で対になっています。この5つの経路が、表見代理の全体像です。

表見代理と117条

「表見代理と無権代理人の責任の関係」の回収板。112条の場面でも、相手方Cは、Aへの請求(表見代理・112条)とBへの請求(117条)のどちらを選んでもよい。無権代理人Bは、表見代理が成立しうることを理由に117条の責任を免れられない。 図:「表見代理と無権代理人の責任の関係」の回収板

  • 112条の場面でも、相手方Cは、Aへの請求(表見代理・112条)とBへの請求(117条)のどちらを選んでもよい
  • 無権代理人Bは、表見代理が成立しうることを理由に117条の責任を免れられない

以前、表見代理が成立しても、無権代理をしたB自身の責任は消えないと確認しました。112条の場面でも同じです。Cは、Aに112条で請求するか、Bに117条で請求するか、自由に選べます。Bのほうから、「112条の表見代理が成立しそうだから」といって、117条の責任を免れることもできません。この場面は、論文でも論点になりえます。

答え合わせ

保存版板の再掲。5つの経路の一覧。112条だけが「かつて代理権が存在した」ことを出発点にする、という一点を強調。 図:保存版板の再掲

  • 5つの経路の一覧
  • 112条だけが「かつて代理権が存在した」ことを出発点にする、という一点を強調

今日の内容をまとめます。112条は、かつて本物の代理権が存在し、それが消滅した場面を扱う規定でした。1項は消滅前の範囲内の行為に、2項は範囲を超えた行為に正当な理由という絞りを重ねて及びます。これで、109条・110条・112条をあわせた、表見代理5つの経路が出そろいました。冒頭の問いに戻ります。父Aが、以前は本当に息子Bへ代理権を与えていたのに、途中で撤回した場面でした。それでもBがCに土地を売り、Cが消滅の事実につき善意無過失だったなら、112条1項によって、Aは責任を負います。もう一度確認します。今日見た5つの経路の中で、行為の時点ではもう代理権が無いのに、それでも責任が問われる経路はどれでしたか?

112条1項と112条2項です。かつて代理権が存在して、それが消滅した後の行為だからです。今日はここまでにします。

参照条文

  • 民法112条1項
  • 民法112条2項

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