時効の趣旨と時効学説
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第1章 民法総則 #72/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
条文が、食い違って見える
図:冒頭設例板
- Aの土地を、Bが20年間、自分の土地だと信じて畑にしてきた
- 162条1項「所有権を取得する」と、145条「援用しなければ裁判をすることができない」の食い違い
162条1項は、20年間の占有で所有権を取得すると定めています。162条と145条は、同じ時効の話をしているのに、違うことを言っているように読めます。今日は、その食い違いを解きほぐしていきます。具体的に考えてみましょう。Aの土地を、Bが20年間、自分の土地だと信じて畑にしてきたとします。ところが145条を読むと、Bが援用しなければ、その効果を認められないとも読めます。この謎を、時効という制度そのものから解いていきましょう。先に答えを言うと、Bは20年経っただけでは所有者になりません。援用して初めて所有者になります。今日は、なぜそうなるかをほどきます。
時効とは何か
図:一言板
時効とは、一定の事実状態が、決められた期間続いた場合の制度です。そのとき、その事実状態のとおりに、権利関係を認めてしまいます。本当はAが所有者のままだったとしても、20年間Bが占有を続けていれば、Bが所有者だったことにします。ここが、時効のいちばん異様なところです。時効という荒っぽい制度が許される理由が、これから見る3つの趣旨です。
取得時効と消滅時効
図:対比板
- 取得時効=事実上の権利者のような状態を続けた者に権利を与える(例:他人の土地を長期間占有)
- 消滅時効=権利を行使しない状態を続けた者から権利を奪う(例:貸金債権を長年請求しない)
時効には2種類あります。取得時効は、事実上の権利者のような状態を続けた者に、権利を与えるものです。他人の土地を、長期間占有した場合が典型です。消滅時効は逆で、権利を行使しない状態を続けた者から、権利を奪います。貸金債権を、長年請求しない場合がこれにあたります。民法は、第1節に両方共通のルールを置いています。第2節は取得時効、第3節は消滅時効です。今日は第1節だけを扱います。
趣旨①永続した事実状態の尊重
図:一言板
- 趣旨①=20年続いた事実の上に生活も周囲との関係も積み上がっている
- 後から全部ひっくり返すと社会が安定しない
- 3つの趣旨のうちいちばん重い
1つ目の趣旨です。20年続いた事実の上には、Bの生活も、周囲との関係も積み上がっています。たとえば、Bから畑の一部を借りて野菜を作っている人がいるかもしれません。Bの畑を担保に、お金を貸している金融機関もあるかもしれません。Bを中心に積み上がった関係を今さらひっくり返されたら、Bだけでなく周りの人まで困ります。BとAの間だけの話に見えて、実際には周りの人の生活も巻き込みます。長く続いた事実状態を、後から全部覆すと、社会そのものが不安定になります。3つの趣旨の中で、これがいちばん重いと言われます。取り戻せるのはAの土地ひとつですが、覆せば周りの第三者との関係まで一度に壊れるからです。
趣旨②立証の困難からの救済
図:一言板
- 趣旨②=40年前の売買が真実か証明できない(契約書散逸・証人死亡)
- 長く続いた事実状態は真実である見込みが高い
2つ目です。40年前に、AとBの間で売買があったのかもしれません。でも契約書は残っておらず、立ち会った人も亡くなっています。証明できるかどうか。そこが2つ目の趣旨の出発点です。もし証明を求められたら、Bには何も出せません。40年前に本当は買っていたとしても、その証拠を今から作ることはできないんです。どれだけ本当のことでも、証明できなければ、法的には無かったことにされてしまいます。ただ、長く続いた事実状態は、それ自体が真実である見込みが高いといえます。だから、その事実状態を手がかりに救おうというのが、2つ目の趣旨です。この趣旨を重く見ると、ある結論につながります。自分の物でも時効取得できるのではないか、という論点です。中身は別の回で扱います。
趣旨③権利の上に眠る者
図:一言板
- 趣旨③=Aは20年間、Bに一度も「出ていけ」と言わなかった
- 権利者であっても放っておいた者まで手厚く守る必要はない
3つ目です。Aは20年間、Bに一度も「出ていけ」と言いませんでした。ここで、もし19年目に、Aが「出ていってくれ」と言っていたらどうでしょうか。その場合は、時効が完成する前に、権利を行使したことになります。その場合、Aは権利の上に眠っていたとはいえません。つまりこの趣旨は、Bの事情ではなく、Aが何もしなかったという事情に向いています。権利者であっても、権利の上に眠っていた者まで、手厚く守る必要はない。これが3つ目の趣旨です。
3つの趣旨を並べる
図:対比板
- 3つの趣旨のまとめ=①②はBを守る理由、③はAを守らない理由
- どれを重く見るかで後の論点の結論が割れる
3つの趣旨を、並べてみましょう。1つ目と2つ目は、事実状態を続けてきたBを守る理由です。3つ目は違います。怠けていたAを守らない理由です。Bを守る理由と、Aを守らない理由とでは、向きが逆なんです。どれを重く見るかで、後の論点の結論が割れます。たとえば、立証の困難という2つ目を重く見ると、自分の物でも時効取得できる。そういう結論に傾いていきます。結論そのものは、別の回で見ます。援用できる人の範囲を広げるかという論点では、1つ目が効きます。
時効の完成と援用
図:一言板
- 時効による権利の得喪の要件=①時効の完成(各論の要件充足)②援用
- 完成しただけで効果が出るのかという問いへ
ここまでで、時効を認める理由が分かりました。次に、権利が実際に動くまでの手順を確認します。権利を得たり失ったりすることを、まとめて得喪と呼びます。まず、1つ目が時効の完成です。取得時効なら20年の占有、消滅時効なら権利不行使の期間経過です。それぞれの要件を満たした状態を指します。完成と援用は、別物なんです。完成しただけで効果が出るのか、それとも2つ目の援用という手続きが別に要るのか。この2段階を区別できているかどうかが、この先の全部の議論の土台になります。権利が動くのは、援用があった側です。完成は入口にすぎません。民法が、時効を使うかどうかを本人に選ばせているからです。その理由をこれからほどきます。
援用とは、何をすることか
図:一言板
- 援用とは、当事者が時効の利益を受けると意思表示すること
- 145条は、完成しただけでは足りないというルールを定める
完成しただけで足りないとしたら、当事者は何をすればよいのでしょうか。その答えを定めているのが、145条です。
条文民法145条
民法第百四十五条(時効の援用) 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
時効は、当事者が援用しなければ、裁判をすることができない、とあります。括弧の中は、消滅時効の場合に「当事者」に含まれる人の範囲です。保証人や物上保証人などが挙げられています。この中身は、別の回で扱います。今日は、援用が必要だということだけを押さえてください。
条文はなぜ食い違って見えるのか
図:対比板
さて、冒頭の疑問に戻ります。162条1項は「占有した者は、その所有権を取得する」とあります。166条は「時効によって消滅する」とあります。ところが145条は「援用しなければ」と言っています。援用して初めて効果が出るようにも読めます。この3つの条文、矛盾していないでしょうか? 一度止めて、考えてみてください。この対立こそが、これから見る時効学説の出発点です。
学説の対立点——完成の時点で権利はどうなっているか
図:時系列板
学説の対立は、完成の時点で権利がどうなっているか、この一点に絞られます。ここで少し立ち止まってください。条件のところで出てきた停止条件と解除条件、それぞれどんな意味だったか思い出せますか?たしか、停止条件は成就するまで効力が生じない条件でした。解除条件は、成就すると効力が消える条件でした。この2つの言葉が、これから見る学説の名前にも使われています。4つの説は、どれもこの一点について、違う答えを出します。順番に見ていきましょう。
確定効果説
図:一言板
- 確定効果説=完成だけで確定的に得喪が生じる(162条・166条の文言に忠実)
- 援用は法廷で主張しないと拾われないという訴訟上の話にすぎない
- 批判=実体法と訴訟法で権利関係がズレる
1つ目は確定効果説です。完成だけで、確定的に得喪が生じるという考え方です。162条・166条の文言に忠実な説です。この説では、援用は訴訟上の技術的な話にすぎないとされます。法廷で主張しないと、裁判所が拾えないという話です。具体例で見てみましょう。Bが20年間畑にして、時効が完成していたとします。ところがAがBを訴え、Bが法廷で時効のことを一言も言わなかったとします。この説だと、Bは理屈のうえでは20年前から所有者です。でも、口で言わなければ裁判所は拾いません。だから裁判では、Bが負けてしまいます。ここで言葉を1つ。権利があるかないかを決めるルールを実体法、裁判の進め方を決めるルールを訴訟法と呼びます。民法は実体法です。
実体法上は所有者なのに裁判では認められない。このズレが批判されるところです。実体法の上ではもう権利者でないのに、裁判の上ではまだ権利者として扱われます。実体法と訴訟法とで、権利関係がずれてしまいます。冒頭のBで考えてみましょう。Bが黙っていたばかりに、法廷ではAが所有者として扱われ続けます。Aはその土地を担保に入れたり、売ったりすることもできてしまいます。実体法の答えと、法廷で通用する答えが、別々に動いてしまう。これがこの説のいちばんの弱点です。
解除条件説
図:一言板
- 解除条件説=完成で一応は得喪が生じ、時効の利益を放棄すると消える
- 批判=完成後に弁済すると「消えた債務が復活し同時にまた消える」という処理になる
2つ目は、不確定効果説の1つ、解除条件説です。確定効果説と違って、完成だけでは効果は確定しない、という立場です。完成で一応は得喪が生じます。ただし、時効の利益を放棄すると、その効果が消えます。ここで設例を見てみましょう。CがDに100万円を貸しました。返済期限から10年が過ぎ、消滅時効が完成しました。この説では、完成した時点で、Dの債務はいったん消えたことになります。ところが、Dは時効が完成したと知りながら、律儀に100万円をCに支払ってしまいました。この説では、支払いは「時効の利益はいらない」という意思表示だと扱われます。つまり、いったん消えていた債務が、支払いの瞬間に生き返ります。
そして生き返った瞬間、今度は支払いによって、また消えます。この説がおかしいと言われるのは、まさにこの点です。日常の感覚では、Dはただ払っただけです。それを3段階に分けて説明しなければならない、という不自然さが、この説への批判です。
停止条件説
図:一言板
- 停止条件説=完成だけでは得喪は生じず援用があって初めて生じる
- 理由=145条の趣旨(時効の利益を受けることを潔しとしない当事者の意思の尊重)
- 通説であり判例もこの立場に立つものがある
そこで、もう1つの不確定効果説、停止条件説が出てきます。完成だけでは得喪は生じません。援用があって初めて生じます。この説なら、さっきの設例も素直に説明できます。完成しただけでは、Dの債務はまだ消えていません。だから、Dの支払いは、生きている債務への普通の弁済です。ではなぜ、完成だけでは足りないとされるのでしょうか。ここで効いてくるのが、145条が援用を要求していること自体の趣旨です。前半の3つの趣旨は、時効という制度を認める理由でした。こちらはそれとは別に、援用という手続きだけに向けられた理由です。時効の利益を受けることを潔しとしない当事者もいます。
たとえば、借りたお金はきちんと返したいという人もいます。人の土地を、時効で自分の物にするのは気が引けるという人もいます。そういう人の意思まで、無視してよいわけではありません。だから民法は、完成しただけで自動的に効果を出さず、本人に選ばせます。「援用する」と言って初めて、効果が確定する。それが145条の仕組みです。Bが20年間畑にしていても、完成しただけではまだ何も起きていません。Bが「時効は使いたくない、Aに返したい」と思えば、援用しないという選択も残っています。この考え方は通説であり、判例もこの立場に立つものがあります。
訴訟法説
図:一言板
- 訴訟法説=時効は実体法上の得喪原因ではなく訴訟法上の証拠の制度
- 援用は法定証拠の提出
- 批判=162条・166条の文言と整合しない
最後に、訴訟法説です。2つ目の趣旨、立証の困難を思い出してください。40年前に本当は売買があったのに、証拠が残っていない場合がありました。この説は、Bの所有権は、実はその売買の時点で既に発生していると考えます。時効は、権利を新しく作る制度ではなく、証明ができないときの救済にすぎない。そういう発想です。だから援用は、法律で定められた証拠を提出する行為とされます。Bが法廷で時効を主張しても、新しく権利をもらう主張ではありません。40年前に買ったはずだ、という事実を認めてもらうための、法律が決めた証拠です。無くなった契約書の代わりに、20年の占有を出す。そういうイメージです。
162条や166条の書き方と合わない。この点が批判されています。条文は「取得する」「消滅する」と、実体法上の効果として書いています。証拠の提出にすぎないというのでは、文言と整合しません。どの説も完璧ではありません。ただ、通説であり、判例にもこの立場に立つものがあるのが、さっき見た停止条件説です。
4つの学説を並べる
図:対比表
4つの説を、結論・理由・批判で並べておきます。名前を暗記するのではなく、完成の時点で権利がどうなっているか。この1点で、それぞれの立場を思い出せるようにしてください。この対立は、論文で論点になりえます。
停止条件説を採ると、何が変わるか
図:一言板
- 停止条件説を採ると①時効利益の放棄②援用権者の範囲③時効完成後の債務の承認、の位置づけが変わる
- 中身はそれぞれ別の回
停止条件説を採ると、後で見る論点の位置づけが変わってきます。1つ目は、時効利益の放棄です。完成の時点ではまだ効果が確定していません。だから、放棄には「効果が生じないことを確定させる」という意味が出てきます。解除条件説なら、いったん生じた効果を、後から消す行為になります。同じ放棄でも、意味が逆向きになるわけです。2つ目は、援用できる人の範囲です。誰の意思を尊重するのか、という問題として位置づけられます。確定効果説のように援用を法廷での主張と見れば、誰が言えるかは訴訟の場の問題です。停止条件説では、誰の意思で効果を生じさせるか、という実体の問題になります。3つ目は、完成を知らずに債務を認めてしまった場合の扱いです。信義則のところで一度顔を出した、あの場面です。これも、援用があって初めて効果が生じるという前提から考えます。確定効果説なら、債務はもう消えているので、承認は消えた効果を手放す行為かが問われます。停止条件説なら、債務はまだ消えていません。承認したあとで援用してよいか、という形の問題になります。中身は、それぞれ別の回で扱います。
答え合わせ
図:冒頭設例板の再掲
- Aの土地を、Bが20年間、自分の土地だと信じて畑にしてきた
- 162条1項「所有権を取得する」と、145条「援用しなければ裁判をすることができない」の食い違い
今日の内容をまとめます。時効は、真実の権利関係と食い違っていても、事実状態のとおりに権利関係を認める制度でした。それが許される理由が、3つの趣旨です。そして、完成しただけで権利が動くわけではありません。145条が援用を要求しているからです。その理由をめぐって、確定効果説、解除条件説、停止条件説、訴訟法説という対立があります。通説であり、判例にもこの立場に立つものがあるのが、停止条件説でした。冒頭の問いに戻ります。Aの土地を20年間畑にしてきたBは、20年が過ぎただけでは所有者になっていません。援用して、初めて所有者になります。今日はここまでにします。
参照条文
- 民法145条