同じ土地が、二人に売られたら——177条の「第三者」
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第1章 民法総則 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
道具で、矛盾を作る——契約した瞬間に、所有権はもう移っているはず
図:176条を振り返り矛盾を作るボード
少し、話を戻します。契約した瞬間に所有権が動く、という条文がありましたね。今日は、時間の流れをたどりながら、もう一度確かめてみましょう。まず、AさんとBさんが顔を合わせて、口約束を交わします。この時点では、代金はまだ払われていません。契約書も、これから作る段階です。ところが、176条によれば違います。この口約束が交わされた、まさにその瞬間に。所有権は、もうBさんのものになっています。意思表示だけで、物権は動きます。では、聞いてみます。この時点で、Aさんの手元には。何が残っていると思いますか。何も残っていないはず。その理解で、正しいはずです。ところが、Aさんはその後、同じ土地をCさんにも売ってしまいました。契約しただけで所有権が移るなら、Aさんはもう無権利者のはずです。それでもCさんに売れるのは、なぜでしょうか?
この矛盾を、一緒に解いていきましょう。
なぜ売れてしまうのか——不完全物権変動と、あの伏線の回収
図:不完全物権変動を示す図解ボード
物を支配する権利と、人に請求する権利を分けた回で。同じ物についての約束が二つあっても、債権なら、成立の段階ではぶつからない、と言いました。AさんがBさんに約束しても、同じ内容をCさんに約束しても。どちらの約束も、それぞれ有効に成立します。ただ、物権は違います。物権は本来、同じ物の上には。ひとつしか成立しないはずでした。それなのに、今日は不完全な形でなら、同じ土地の上に。二つの「取得した」が、同時に乗ってしまっています。債権と物権で違いが出る理由も、このあと見えてきます。まず、順番に見ていきましょう。AさんがBさんに土地を売却した時点で。Aさんから Bさんへ、所有権は移転しています。176条のとおりです。
ただ、以前見たとおり、Bさんが所有権を取得したことは。第三者には、まだ主張できません。取得したかどうかは、二つに一つでした。Bさんは取得しています。そこは変わりません。足りないのは、二つめの箱のほうです。この、まだ主張できないという点で。Bさんの所有権の取得は、不完全なものなんです。完全な所有者になるには、まだ足りない部分がある、ということです。その足りない部分は、まだ、売ったAさんのところに残っています。登記とは、前に見た、持ち主を記録した役所の帳簿に、名前を載せることです。だから、Bさんが登記を備えるまでは。売主であるAさんのもとにも、なお不完全な所有権が残っている、と考えます。
契約した瞬間に、Aさんが完全な無権利者になってしまうなら。登記で決着をつける、という177条のルールが、働く場面自体が無くなってしまいます。176条と177条、両方のルールが生きるように。不完全な所有権が残っている、と考えるんです。この残った不完全な所有権を、Aさんは。Cさんに対しても、移すことができます。結果として、BさんもCさんも。不完全ながら、Aさんから所有権を取得している、という状態が生まれます。この考え方を、不完全物権変動説と呼びます。イメージとしては近いです。ただ、頭を悩ませすぎる必要はありません。大事なのは、さっき引っかかった、債権と物権の違いにも、ちゃんと理由があることです。完全な物権は、ひとつしか成立しません。二つ乗れるのは、どちらも不完全だからです。
では「第三者」とは誰か——判例の定義とフィルター
図:177条「第三者」の定義とフィルターボード
では、どちらの物になるのか。その決着をつけるのが、前に見た、登記が要る、というルールです。ここで、以前見た177条を、もう一度出します。
条文民法177条(再掲)
民法 第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
ただ、この条文を、もう一度よく見てください。「第三者」に対抗することができない、とだけ書かれていて。その「第三者」が具体的に誰なのか、条文自身は説明していません。条文は、ここを空欄のまま残しています。この空欄を埋めたのが、判例です。これは、条文にそのまま書いてある基準ではありません。条文の解釈として、判例が独自に立てた物差しです。
判例大連判明治41年12月15日(民録14輯1276頁)
「第三者」の定義を立てた判例——二つの要素 177条にいう「第三者」とは、物権変動の当事者もしくはその包括承継人以外の者であって、不動産に関する物権の得喪及び変更の登記が無いこと(欠缺)を主張するについて正当な利益を有する者をいう。
分解しましょう。二つの要素でできています。まず1つめ。物権変動の当事者、もしくはその包括承継人ではないこと。もし、当事者どうしにまで登記を要求したら、どうなるか考えてみてください。AさんとBさんは、お互いに契約の中身をよく知っている関係です。そこにまで「登記が無いと主張できない」を持ち込むと。ちょっとした手続きの遅れだけで、契約そのものが骨抜きになってしまいます。だから、当事者と、その立場をまるごと引き継ぐ包括承継人は。そもそも、対象から外れます。次に2つめ。登記が無いことを主張する、正当な利益があること。
「登記が無いぞ」と文句を言えるのは、誰でもいいわけではありません。その土地の権利をめぐって、本当に利害がぶつかる立場にある人だけです。この「正当な利益」という言葉は、まだ少し抽象的だと思います。このあと、実際に、いろいろな立場の人を、この定義に当てはめて確かめていきます。当てはめてみると、この言葉の意味が、はっきり見えてきます。この定義を、フィルターだと考えてください。1つめでまず範囲を絞り、2つめでもう一段絞る。二段階のふるいです。このあと、実際に何人かを、このフィルターに掛けてみます。通る人もいれば、落ちる人もいます。
フィルターに掛ける①——落ちる人たち
図:フィルターで落ちる人たちのボード
まず一人めです。Aさん本人は、「第三者」に当たるでしょうか。AさんはBさんへの所有権移転の当事者そのものです。だから、1つめの時点で、フィルターから落ちます。Bさんは、Aさんに対しては、登記が無くても所有権の取得を主張できます。二人めです。もし、Aさんが亡くなって、Aさんの子どもが。相続によって、Aさんの立場をそのまま引き継いだとします。相続とは、亡くなった人の地位を、まるごと引き継ぐことです。この子どもも、包括承継人に当たります。だから、やはり1つめの時点で、フィルターから落ちます。三人めは、場面を変えます。この土地に、誰の許可も得ずに、無断で家庭菜園を作って。野菜を育てている、近所の人がいたとします。
この人は、AさんBさん間の売買の当事者でも、包括承継人でもありません。だから、1つめは通過します。ここで、2つめが効いてきます。Bさんが所有権を主張したときに、この人が。「Bさんの登記が無い」と主張することに、正当な利益などありません。事実かどうかと、それを主張する資格があるかどうかは、別の問題です。この人は、この土地の権利をめぐって、Bさんと利害がぶつかる立場に立っていません。だから、この人は2つめで落ち、「第三者」には当たりません。Bさんは、登記が無くても。「ここは私の土地だから、出て行ってください」と主張できます。
これが、前に見た、自分の物を返せると言える請求権です。落ちる段は違っても、同じ定義という道具を、繰り返し使っているだけです。実は、当たるかどうかが争われる立場の人は、ほかにもたくさんいます。そこは、また別の回でまとめて扱います。
フィルターに掛ける②——通る人
図:フィルターを通る第二の買主のボード
では、Cさんはどうでしょうか。Cさんは、AさんBさん間の売買の当事者でも、包括承継人でもありません。だから、1つめは通過します。Cさんは、Bさんと同じ土地の所有権を争う立場にあります。だから、「Bさんの登記が無いこと」を主張する正当な利益を持ちます。ここで、一つ大事な問題があります。Cさんが、AさんBさん間の売買を知らずに買った場合はもちろんです。では、知っていた場合はどうでしょうか。判例は、ずるいから当たらない、とは考えません。知っていた場合でも、原則として、Cさんには正当な利益がある、とします。
判例最判昭和32年9月19日(民集11巻9号1574頁)
知っていても勝てる——悪意者保護の判例 二重に土地を譲り受けた者は、先に譲り受けた者への譲渡について悪意であっても、原則として177条の「第三者」に当たる。
理由は、自由競争です。民法は、Bさんへの売却をCさんが知っていたとしても。Cさんがこの土地をAさんから買うこと自体は、禁止していません。Cさんの正当な利益を、否定する理由にはなりません。知っている・知らないは、以前見た善意・悪意の話でしたね。この場面では、その知識があったかどうかは。取引に参加する資格を、奪う理由にはならないんです。実は、Bさんの立場を見ても、この制度の意味が分かります。Bさんが契約を結んだだけで安心して、登記を後回しにしていたら。悪意のCさんにも、先に登記されてしまえば、負けてしまいます。
だからこそ、Bさんにも、Cさんにも。一刻も早く登記を備えよう、という動機が生まれます。民法は、この競争をあえて認めることで。権利をめぐるやり取りを、早く落ち着かせようとしているんです。ただし、これには例外があります。あまりに悪質なケースでは、知っていた買主が「第三者」から外される場合があります。中身は、また別の回で扱います。
だから「対抗関係」——早い者勝ちになる
図:BとCが互いに第三者となる対抗関係ボード
ここまでで、Cさんは、Bさんにとっての「第三者」だと分かりました。実は、その逆も成り立ちます。Bさんもまた、Cさんにとっての「第三者」に当たります。Bさんは、不完全ながらも土地の所有権を取得しています。だから、「Cさんの登記が無いこと」を主張する正当な利益を持ちます。Bから見てもCは第三者、Cから見てもBは第三者。どちらの側からも、相手にはまだ登記が無いことを主張できてしまいます。どちらも、まだ勝っていません。両方とも、相手に対して強く出られない。この、お互いに第三者どうしという関係を、対抗関係と呼びます。
「対抗」は「主張」と言い換えてきましたが、対抗関係という名前だけは、そのまま使います。お互いに主張し合える関係、という意味です。Bさんは、登記が無ければCさんに主張できません。Cさんも、登記が無ければBさんに主張できません。結局、先に登記を備えたほうが勝つ、ということになります。「先に登記した方が勝つ」というのは、覚える結論ではありません。今日見てきたフィルターを、お互いの方向に当てはめた、当然の結果なんです。この引き分けの状態を崩すのは、道徳でも早さの印象でもなく。登記という、たった一つの行為だけです。
ちなみに、登記の手続きそのものは。民法ではなく、別の法律が細かく決めています。
「第三者」は条文ごとに違う——読み方の型
図:条文ごとに違う「第三者」の一覧ボード
ここで、一つ、注意点を渡しておきます。民法には、「第三者」という言葉が、何度も出てきます。実は、条文によって、意味が違います。たとえば、通謀虚偽表示という制度の94条2項。ここでの「第三者」は、本当は売る気がないのに売ったことにする契約を。事情を知らずに信じて関わった人を、守るための「第三者」です。96条3項の「第三者」は、だまされて結んだ契約を取り消したとき。その前に、事情を知らずに関わった人を守るための「第三者」。110条の「第三者」は、代理人に本当は無い権限があると信じて。取引した相手方を守るための「第三者」。545条1項ただし書の「第三者」は、契約を解除したときに。その解除より前に関わった人を守るための「第三者」です。
中身は、それぞれ別の回で扱います。同じように、知っていたかどうかで結論が変わるかどうかも、条文ごとに違います。今日は、名前だけ持ち帰ってください。この先、「第三者」という文字を見かけるたびに。まず条文番号を確認する癖をつけてください。それが、遠回りに見えて一番の近道です。これは、これから何度も効いてくる読み方の型です。
登記の後に売ったら、それは二重譲渡ではない——他人物売買
図:二重譲渡と他人物売買の違いを一本の時間軸で切り分ける対比ボード
最後に、もう一つ、場面を作ります。もし、Bさんがきちんと登記まで済ませたあとで。Aさんが、同じ土地をCさんに売っていたとしたら。これも二重譲渡に見えます。ですが、結論から言うと、違います。理由を、順番に見ていきましょう。Bさんが登記を備えた、その時点で。Bさんは、完全な所有者になります。そして、Aさんは、その時点で。所有権を、完全に失います。だから、その後のAさんからCさんへの譲渡は。Bさん所有の土地を、無権利者であるAさんが、勝手に売却したことになります。これを、他人物売買と呼びます。
条文を見てみましょう。
条文民法561条
民法 第561条(他人の権利の売買における売主の義務) 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。
売買という契約そのものは、目的物が他人のものでも、きちんと有効に成立します。CさんはAさんに対して。「Bさんから土地を取得して、引き渡してほしい」という債権を持ちます。AさんもCさんに対して、代金を支払うよう求める債権を持ちます。ここで、契約を二つの部分に分けて見てください。「渡します」と約束する部分と、実際に所有権を動かす部分です。ただし、所有権の移転原因としての意思表示としては、無効です。二つのうち、「取得して渡します」という約束の部分は、生きています。ただ、Aさんは持っていない物を動かせないので、所有権が動く部分だけが、空振りに終わります。以前見た無効は、約束そのものに効きました。今日は、その一部分にだけ効きます。だから、この契約だけでは、原則として、土地そのものは買主のところに来ません。
不動産については、例外的に取得できる場面もありますが。それは、また別の回で扱います。動産にも、別の仕組みがありますが、それも今日は触れません。もう一度、時間軸で整理します。Aさんの二回目の譲渡が、その登記より前にあるか、後にあるかだけで。見え方が、まったく変わります。Aさんの二回目の譲渡が、Bさんの登記より前なら、二重譲渡。177条の話です。Aさんの二回目の譲渡が、Bさんの登記より後なら、他人物売買。561条の話です。この一本の線で、二つを見分けてください。
今日埋めた空欄、そして次の問い
図:今日埋めた空欄と次への問いのまとめボード
自分の物を返せる理由と、対抗要件を見た回で。「登記が無いと主張できない」と言いましたが。その「主張できない相手」とは、具体的に誰のことか、という宿題を残していました。今日、その答えが埋まりました。177条の「第三者」とは、当事者・包括承継人以外であって。登記が無いことを主張する、正当な利益を持つ者のことでした。そして、BさんもCさんも、互いに「第三者」だから。先に登記を備えたほうが勝つ、という結論になりました。ただ、今日もまた、二つ宿題を残します。1つめ。悪意でも原則として勝てる、と言いましたが。あまりに悪質な場合には、例外があると触れました。その中身は、また別の回で扱います。
2つめ。今日は、登記さえ備えれば安心、という前提で話してきました。でも、もし、その登記が、実は間違っていたとしたら。登記を信じて土地を買った人は、守られるのでしょうか。その問いは、また見ていきます。今日は、同じ物が二重に売られても、そこには筋道があること。そして、勝負を決めるのは、道徳ではなく、登記という形であること。この二つを、持ち帰ってください。
参照条文
- 民法177条(再掲)
- 民法561条