民法ゼロから民法#8

登記を信じても土地は手に入らない——公示・公信の原則と、債務不履行

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第1章 民法総則 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

公示の原則——外から見えるようにするか

抵当権は占有を伴わないため現地を何度見ても分からないことを示す公示の必要性板 図:抵当権は占有を伴わないため現地を何度見ても分からないことを示す公示の必要性板

まず、道具そのものの名前から、確認しましょう。物権は、目に見えません。所有権も、抵当権も、外から見ただけでは分からないんです。ここで、一つ、問いを立てます。外から見えるようにするか。日本の民法は、「する」を選びました。物権が動いたときは、見える形を要求します。この考え方を、公示の原則と呼びます。漢字で書くと、公に、示す。外から見て分かる状態にする、という意味です。前回見た、抵当権を思い出してください。相手が土地に住み続けたまま、担保にできる権利でしたね。抵当権は、占有を動かしません。だから、この土地を見に行っても。抵当権が付いているかどうか、現地では、まったく分かりません。

誰かがこの土地を買おうとしたとき、抵当権の有無が分からなければ。安心して取引できません。だから民法は、目に見えない物権の変動を、目に見える形にすることを、義務づけました。不動産なら登記、動産なら引渡しです。177条と、178条でしたね。第三者に主張するための印、という角度から見た名前が、対抗要件です。今日は、その条文を、もう一度読み直しはしません。ただ、この2つの条文が、実は同じ1つの原則の現れだった、ということを覚えておいてください。

公信の原則——その形を信じた人を守るか

公示は外から見えるようにするかという問い公信はその形を信じた人を守るかという問いを対比する板

公示の原則で、物権が動いたことは、外から見えるようになりました。では、次の問いです。その形を信じた人を、守るかどうか。見える形を用意することと、その形を信じた人を守ることは、別の問題です。見える形はあっても、実は中身が違っていた、ということが起こりえます。冒頭の帳簿の話が、まさにそれです。この、外から見える形を信じて取引した人を。信じたとおりの権利があったのと同じように保護する制度を、公信の原則と呼びます。さっきの公示と、漢字が1文字違うだけです。しっかり区別してください。公示——外から見える形にすること。公信——その形を信じた人を守ること。

もし、この公信の原則が採用されていたら、どうなるか。帳簿の名前を信じて土地を買った人は、たとえ本当の持ち主でなかったとしても。その土地の所有権を、取得できることになります。そこが、今日いちばん大事なところです。次の項目で確かめましょう。

日本の答え——不動産は採用せず、動産だけ採用

不動産には公信の原則が採用されず動産にだけ採用されている非対称の結論板 図:不動産には公信の原則が採用されず動産にだけ採用されている非対称の結論板

不動産にも、公示はあります。登記です。でも、公信は、まだ別の話でしたね。日本の民法は、この公信の原則を、不動産と動産で、扱いを分けています。不動産については、採用していません。登記を信じて買っても、その登記が間違っていれば、所有権は取得できません。一方で、動産については、採用しています。実は、この条文に、もう出会っています。覚えていますか。前に、五つの言葉を配った回で、二行だけ読んだ条文です。もう一度、読んでみましょう。

条文民法192条(再掲)

民法 第192条(即時取得) 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

自力で読めた今なら、この条文が制度のどこに立つのかも、渡せます。前に読んだときは、そこを伏せていました。今日、その答えです。この192条こそが、動産について公信の原則を採用した現れなんです。動産の占有という、外から見える形を、善意・無過失で信じた人は。本当の権利者でなくても、権利を取得できる。それが、192条の中身です。そして、この仕組みには、名前が付いています。即時取得です。時間がたつのを待つのではなく、その場で、即時に取得する、という意味です。盗まれたスニーカーを、そうと知らずに買った——あれが、まさに今日の、動産に公信の原則が働く場面です。

ただ、要件の細かい中身——善意・無過失や、占有を始めた、の判定は。また別の回で、じっくり扱います。今日は、位置づけだけで十分です。なお、盗まれた品や落とし物については、もとの持ち主が、一定の期間に限って取り戻せる特別な扱いもあります。そこも、まとめて別の回です。

なぜ不動産では採用しないのか——理由は2つ

虚偽登記が現に多いことと不動産取引が頻繁でないことという2つの理由を示す板 図:虚偽登記が現に多いことと不動産取引が頻繁でないことという2つの理由を示す板

なぜ、こんな違いが生まれるのでしょうか。理由は、2つあります。一つめ。登記という帳簿は、必ずしも、真実を反映しているとは限りません。書類の不備や、手続きの隙間から、実際の権利関係と食い違う登記が、現に存在します。もし、この登記に公信力を認めたら、どうなるでしょうか。虚偽の登記を信じさせて、本物の権利者から、権利を奪えてしまいます。それは、あまりに危険です。二つめ。不動産の取引は、動産に比べて、それほど頻繁には行われません。だから、買う側にも、事前によく調べる時間と余裕があります。慎重に確認してから買ってください、と要求しても、酷ではありません。

動産は、日常的に、次々と取引されます。さっきのスニーカーのような品を買うたびに、本当の持ち主を調べるわけにはいきません。だから、動産では、外から見える占有を信じた人を、手厚く守る必要があるんです。実は、この2つの理由——虚偽の登記があることと、取引の頻度の違い——は。この先、別の場面でも、もう一度出てきます。登記を信じた人を、それでも救おうとする、94条2項類推という判例の考え方が、別にあります。今日見た、この2つの理由と、まったく同じ理由が、実は、そこでも姿を変えて出てきます。要件や中身には、今日は踏み込みません。名前だけ、持ち帰ってください。

冒頭の設例に決着——土地は手に入らない、では何が残るか

買主が名義人から土地を買い登記が実は間違っていたと判明する経緯を示す関係図 図:買主が名義人から土地を買い登記が実は間違っていたと判明する経緯を示す関係図

では、冒頭の話に、決着をつけましょう。あなたは、役所の帳簿で、ある人が所有者だと確認して、土地の売買契約を結びました。契約では、「契約から3か月以内に、所有権の移転登記を済ませて、土地を引き渡す」と決めました。ところが、後になって分かりました。実は、その登記は、間違っていました。本当の持ち主は、名義人ではなく、まったく別の人だったんです。名義人も、あなたも、そのことを知りませんでした。ここまでの話を、当てはめてみましょう。日本は、不動産に、公信の原則を採用していません。だから、帳簿——登記を信じて買っても、あなたは、土地の所有権を取得できません。

先に登記を備えたほうが勝つ、というのは、どちらも本当の持ち主から買った人どうしの、早い者勝ちの争いでした。今日は、そもそも売った人が、持ち主ではありません。競争をする前に、渡せる権利が無いんです。ここが、失うものです。所有権は、手に入りません。でも、ここで終わりではありません。では、何が残るでしょうか。契約そのものは、無効になりません。以前見た条文を、もう一度出します。

条文民法561条(再掲)

民法 第561条(他人の権利の売買における売主の義務) 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

他人の物を売る契約であっても、契約自体は有効に成立します。だから、名義人は、あなたに対して。「本当の権利を取得して、あなたに移してください」という義務を負います。所有権そのものは失いますが、名義人に対する債権は、手元に残ります。以前見た言葉を、思い出してください。物権は物に、債権は人に向かう。向きが逆でしたね。物に向かう権利は、失いました。でも、名義人という人に向かう権利は、生きています。それで、あなたは、めでたく土地を手に入れられます。でも、もし、その義務が、きちんと果たされなかったら、どうなるでしょうか。

そこから先が、今日の後半のテーマです。約束が果たされないとき、何が起きるか。物に向かう権利の話から、人に向かう権利の話へ。今日は、この1本の線でつながっています。

債務不履行とは——約束が果たされないこと

約束すなわち債権が果たされないことを債務不履行と呼びまだ履行できるかもうできないかで2つに分かれる板

名義人は、あなたに対して、561条の義務——債権を負っています。この債権が、きちんと果たされない場合があります。これを、債務不履行と呼びます。漢字のとおりです。債務——約束したこと——が、履行——果たされないことです。債務不履行には、いくつかの型がありますが、今日は、そのうちの2つを見ます。分かれ目は、たった1つです。まだ履行できるか、もうできないか。法が打てる手が、そこで変わってしまうからです。まだできるなら、「やらせる」という手が残ります。土地を、実際に引き渡させればいい。もう、できないなら、「やらせる」は消えます。残るのは、「埋め合わせる」か、「抜ける」かだけです。

だから、この1つが分かれ目になります。まだ履行できるのに、していない場合を、履行遅滞と呼びます。もう、履行することができなくなってしまった場合を、履行不能と呼びます。でも、「まだできる」か「もうできない」かで、この先の扱いが、大きく変わります。順番に見ていきましょう。

履行遅滞——まだ履行できるのに、していない

確定期限を過ぎても名義人が土地を引き渡せていない履行遅滞の場面を示す板 図:確定期限を過ぎても名義人が土地を引き渡せていない履行遅滞の場面を示す板

契約から3か月。約束の期限が来ました。でも、名義人は、まだ土地を引き渡せていません。名義人は、今、本当の持ち主と、交渉している最中でした。「権利を譲ってほしい」と、話し合いを続けています。取得できる見込みは、まだ残っています。これが、履行遅滞です。条文を見てみましょう。

条文民法412条1項

民法 第412条第1項(履行期と履行遅滞) 債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。

今日の契約のように、「いつまでに」と、日付や期間がはっきり決まっている期限のことです。期限の決め方には、ほかの形もありますが、今日は、この確定期限の場面だけで見ていきます。では、責任を負う、というのは、具体的に何が起きるのでしょうか。履行遅滞になると、あなたが取れる手段が、3つ生まれます。一つめは、強制執行です。条文は、414条1項。裁判所の力を借りて、無理やりにでも、履行させる手段です。二つめは、損害賠償請求権です。条文は、415条1項。履行が遅れたことで生じた損害を、お金で埋め合わせてもらう権利です。

三つめは、契約の解除権です。条文は、541条や542条です。「もう、この契約はやめます」と、契約そのものを終わらせる権利です。ただし、解除には、1つ条件があります。すぐには解除できません。まず、相手に「早くしてください」と、催告する必要があります。相当な期間を決めて、履行を求めて、それでも駄目なら、初めて解除できます。まだ、履行できる見込みが残っているからこそ、待つ機会を、まず与えます。

履行不能——もう、履行することができなくなった

交渉が決裂し名義人が権利を取得する道が完全に閉ざされた履行不能の場面を示す板 図:交渉が決裂し名義人が権利を取得する道が完全に閉ざされた履行不能の場面を示す板

では、名義人が交渉を続けた結果、どうなったでしょうか。本当の持ち主は、頑として、首を縦に振りませんでした。「絶対に、渡さない」とはっきり告げられ、交渉は決裂しました。こうなると、名義人が、権利を取得する見込みは、もう完全に無くなります。もう履行することができない。これが、履行不能です。条文を見てみましょう。

条文民法412条の2第1項

民法 第412条の2第1項(履行不能) 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない

もうできないことを、請求することはできません。これは、当然のことです。では、履行不能のとき、あなたが取れる手段は、どうなるでしょうか。履行遅滞のときの3つのうち、1つが、そもそも成り立たなくなります。もう履行できないものを、無理やり履行させることは、できません。だから、残るのは2つです。一つめは、さっきと同じ、損害賠償請求権。条文は、415条1項。二つめは、こちらも同じ、契約の解除権。条文は、542条1項です。はい、大きく違う点があります。履行不能では、催告が要りません。

でも、待っても、無駄です。もう、履行できる見込みが、ないんですから。だから、履行不能では、催告をせずに、直ちに解除できます。

分かれ目は1つ——できるか、できないか

まだ履行できるかという1つの問いから履行遅滞と履行不能催告の要否が枝分かれする板 図:まだ履行できるかという1つの問いから履行遅滞と履行不能催告の要否が枝分かれする板

ここで、今見た2つを、並べて整理しましょう。頂点にある問いは、たった1つです。まだ、履行できるか。「できる」なら、履行遅滞。まだ望みがあるから、催告して、相手に機会を与えます。「できない」なら、履行不能。もう望みが無いから、催告なしで、すぐ次の手に進めます。強制執行は、まだできることを、強制的にやらせる手段ですから。もう、できないなら、強制のしようがありません。だから、効果から落ちます。丸暗記する表ではありません。当然、そうなる、という結論なんです。

帰責事由の位置——損害賠償には効くが、解除には要らない

415条1項ただし書は債務者側の免責事由として書かれており損害賠償には効くが解除には要らないことを示す板

もう1つ、大事な話が残っています。帰責事由という言葉です。「責めに帰する」、つまり、責任があると言えるかどうか、という意味です。もう一度、損害賠償請求権の条文を、よく見てみましょう。

条文民法415条1項

民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

前半は、もう見たとおりです。履行しない、または履行不能なら、損害賠償を請求できる。大事なのは、後半の「ただし書」です。ここに注目してください。この文言は、債務者の側にとっての、免責の理由として書かれています。「これがあれば、責任を免れる」という理由です。ここが大事です。本文には、帰責事由のことが、一言も書かれていません。「請求できる」と言い切ってから、あとで「ただし」と打ち消す作りです。だから、この条文では、打ち消すほうが、名義人の側の言い分になります。条文の作りとしては、あなたが「名義人に帰責事由がある」と示す必要はありません。逆に、名義人のほうが、「自分には責任がない事由がある」と示せなければ、責任を負います。

今日の名義人で言えば、たとえば。名義人が、本当に精一杯、権利を取得しようと交渉していたとしても。それでも取得できなかった、というだけでは、責任を免れるとは限りません。契約や取引の性質、社会の考え方に照らして、判断されます。細かい判定は、また別の回で扱います。今日、覚えてほしいのは、この帰責事由が、書かれている場所です。「責任がある」の話ではなく、「責任が無いと言えるか」という、免責の話として書かれています。そして、もう1つ、大事な対比があります。契約の解除権には、この帰責事由が要りません。

損害賠償請求権とは違って、名義人に帰責事由が無くても、あなたは契約を解除できます。解除は、名義人を罰する制度ではないからです。果たされない約束に、あなたをいつまでも縛りつけないための、出口なんです。損害賠償には、責任の有無が効きます。でも、解除には、効きません。この違いは、履行遅滞でも、履行不能でも、同じです。

参照条文

  • 民法192条(再掲)
  • 民法561条(再掲)
  • 民法412条1項
  • 民法412条の2第1項
  • 民法415条1項

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