財産を隠されても取り戻せる——責任財産と、債権者代位権・詐害行為取消権
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第1章 民法総則 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
今日の地図——責任財産という1つの器
図:責任財産という1つの器に守る増やす消えるの3つの構えがぶら下がる予告図
まず、以前の最後を、思い出しましょう。前回は、登記を信じて取引しても、その信頼までは守られない——公信力が無い、という話でした。では、思い出してください。あなたが手に入れたのは、所有権ではなく何でしたか?えっと……名義人に対する、損害賠償請求権、でした。物に向かう権利は失っても、人に向かう権利——債権は残りました。今日、その先を見ていきます。まず、道具の全体像を、地図にしておきましょう。あなたにできることは、実は、3つの構えしかありません。1つめは、相手の財産が減らないよう守ること。2つめは、相手の財産のほかに、当てにできるものを増やすこと。そして3つめは、債権そのものが消えるとき、何が起きるかを知っておくことです。
制度の名前を、いきなり並べても、ただの用語の暗記になります。だから今日は、必ず、この3つのどれに当たるかを確かめながら、進んでいきます。ただ、今日、じっくり扱うのは、そのうち1つだけです。今日は、守るの中身——債権者代位権と、詐害行為取消権だけを、深く見ていきます。今日は、守るを、掘り下げましょう。
責任財産——債権は最後、相手の財産にたどり着く
図:責任財産という中心の器から守る増やす消えるの3つの操作が矢印で伸びる看板図
まず、今日の主役になる言葉を、確認します。責任財産です。強制執行の対象になる、相手の財産のことです。冒頭の話を、もう一度考えてみましょう。判決を取っても、強制執行をしても、名義人に財産が無ければ。責任財産が無ければ、権利は紙のままなんです。そして、以前見たとおり、これは、担保を持たない者どうしでは、平等に分け合う対象でしたね。今日出てくる制度は、すべて、この1つの器を、どう扱うかという話です。1つめの構えは、器の中身を守ること。名義人が、責任財産を、動かさずに放置したり、逆に、こっそり減らしてしまったりすることへの対処です。
そこが、今日の最初のポイントです。順番に見ていきましょう。
債権者代位権——動かないなら、代わりに動く
図:名義人が知人に貸した200万円を取り立てず放置しあなたが代わりに取り立てる関係図
まず、1つめの構え、守るからです。名義人が、財産を動かさない場合を見ましょう。たとえば、こういう場合です。実は、名義人には、知人に貸しているお金があります。二百万円です。でも、名義人は、遠慮しているのか、その二百万円を、まったく取り立てようとしません。名義人には、他に、めぼしい財産がありません。無資力の状態です。財産が、責任財産として足りていない状態、と考えてください。こういうとき、あなたは、名義人に代わって、知人にお金を取り立てることができます。これを、債権者代位権と呼びます。条文を見てみましょう。
条文民法423条1項
民法 第423条第1項(債権者代位権の要件) 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。
お金を返してもらう債権では、そのとおりです。「保全するため必要があるとき」とは、名義人が無資力のときを指します。なぜなら、名義人が無資力でなければ、あなたは、普通に、名義人自身に請求すればいいだけだからです。ここで、当事者の呼び名を、整理しましょう。あなたが名義人に対して持つ、三百万円の債権を、被保全債権と呼びます。なお、以前の担保の回に出てきた被担保債権とは、別ものです。あちらは抵当権が守る債権、こちらは代位で守る債権。字が似ているだけです。そして、名義人が知人に対して持つ、二百万円の債権が、条文にあった被代位権利です。
そして、この知人のことを、第三債務者と呼びます。あなたは、名義人ではなく、知人に対して、直接「二百万円を払え」と請求できます。ただし書も、見ておきましょう。名義人の一身に専属する権利や、差し押さえを禁じられた権利は、代位できません。本人にしか行使できない、特別な権利のことです。細かい中身は、また別の回で扱います。無資力の要件を、どこまで厳しく見るか、といった話も、同じく別の回です。今日は、位置づけだけで十分です。ここまでが、器を守るの1つめ。名義人がしないことに、あなたが代わって動く構えです。
詐害行為取消権——逃がしたなら、取り戻す
図:名義人が唯一の財産である自動車を弟に贈与しあなたが取り消して取り戻す関係図
では、次は、名義人が財産を動かした場合です。名義人の唯一の、めぼしい財産は、自動車でした。百五十万円くらいの価値があります。名義人は、この自動車を、弟に、贈与してしまいました。贈与も、契約の一つです。ただ、売買と違って、対価を受け取りません。名義人の財産が、一方的に減る契約です。この贈与で、名義人に残ったのは、取り立てていない二百万円の債権だけです。あなたの三百万円には、届きません。ここでも、名義人は無資力です。しかも、名義人も、弟も、それが、あなたを害することになると、分かっていました。
こういうとき、あなたには、この贈与を、取り消して、自動車を取り戻す手段があります。詐欺や強迫による取消しは、自分の契約を、自分で取り消す話でした。こちらは、他人どうしの契約を、取引の外にいる人が取り消す話です。使う人が、違います。この、取り消して取り戻す手段を、詐害行為取消権と呼びます。条文を見てみましょう。
条文民法424条1項
民法 第424条第1項(詐害行為取消請求) 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。
なお、この取消しは、裁判所に請求して行います。自分で「取り消す」と言えば済む話ではありません。この、財産を減らす行為のことを、詐害行為と呼びます。そして、条文の「利益を受けた者」——ここでは弟のことを、受益者と呼びます。ただし書にも、注目してください。受益者が、知らなかったときは、取り消せません。今日の事案では、弟も知っていた、という設定なので、取り消せます。取り消すというのは、弟が受け取ったものを、手放させるということです。何も知らずに受け取った人からまで取り上げていたら、人からものを受け取ること自体が、怖くなってしまいます。だから、あなたを守る線は、相手が事情を知っていたところまで、と引かれているんです。そして、条文をもう一度見てください。悪意——知っていたかどうか——は、本文で名義人について、ただし書で受益者について、両方が問題になります。
詳しい要件や、裁判の進め方は、また別の回で扱います。ここまでが、器を守るの2つめ。名義人がしたことを、巻き戻す構えです。
代位と取消の分かれ目——しないか、したか
図:無資力という共通の入口から動かないなら代位動かしたなら取消へ枝分かれする対比板
ここで、今見た2つを、並べてみましょう。入口は、実は、まったく同じです。名義人が、無資力であること。違いは、たった1つ。名義人が、しないか、したかです。財産を持っているのに、取り立てない。これが、債権者代位権でした。したというのは、財産を、実際に、人にあげてしまった、ということです。これが、詐害行為取消権です。そして、当事者の呼び名も、この1軸から、自然に決まります。「しない」の場合は、名義人が持っている権利の相手が、第三債務者。「した」の場合は、名義人から利益を受け取った相手が、受益者です。
2つの制度を、名前で覚えるのではなく、この1本の軸で、区別してください。では、これはどちらでしょう。もし、名義人が、知人に「あの二百万円は、もう返さなくていい」と言ってしまったら。持っている権利を手放すのも、財産を減らす「した」です。どちらも、責任財産という同じ器を守る手段です。使い分けの軸として違うのは、名義人が自分で動いたかどうか、それだけだからです。
冒頭の設例に決着——権利があることと、回収できることは別

では、冒頭の話に、決着をつけましょう。あなたは、名義人に対して、三百万円の損害賠償請求権を持っていました。判決を取っても、強制執行をしても、名義人の手元には、差し押さえるものが、ありませんでした。でも、今日、あなたは、2つの手段を、手に入れました。1つは、名義人が知人に貸していた、二百万円。債権者代位権で、あなたは、これを、代わりに動かせます。もう1つは、名義人が弟に贈った、自動車。詐害行為取消権で、あなたは、この贈与を取り消せます。名義人の財布の中の現金は、たしかに空っぽでした。でも、責任財産という器の中には、まだ、現金になっていない財産——知人への二百万円——が残っていました。そして、器の外へ逃がされた自動車も、取消で、器の中に戻せます。
ここで、覚えておいてほしいことがあります。権利があることと、実際に回収できることは、別の話です。権利だけでは、紙のままです。でも、その権利を、現実の財産に近づける手段が、法律には用意されています。それが、今日見た、責任財産を守るという構えでした。だからこそ、民法は、責任財産を守るための、この2つの手段を、置いているんです。
今日の地図(保存版)

最初に見た、地図に戻りましょう。責任財産という1つの器に、3つの構えがありました。今日、そのうち、守るの中身に、名前が入りました。入口は、どちらも無資力。違いは、名義人が、しなかったか、したか、でしたね。そして、残る2つの構え——増やすと、消えるは、まだ、空欄のままです。別の人の財産を、当てにする方法。そして、債権そのものが、消えるときに、何が起きるか。どちらも、まだ、これからです。最後に、もう一つ、大事な問いを、残しておきます。今日見たのは、名義人自身の財産を守る、あるいは、逃げた財産を取り戻す方法でした。では、名義人の周りを探しても、代わりに動かせる財産も、取り戻せる財産も、一つも無かったとしたら、どうなるでしょうか。
守る手段も、取り戻す手段も、そもそも当てにできる財産が無ければ、意味がありません。
参照条文
- 民法423条1項
- 民法424条1項