意思表示のとどき方——消費者契約法の取消しと到達主義
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第1章 民法総則 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
意思表示の”外側”——96条で救えない格差を、なぜ特別法が拾うのか

前回までの詐欺・強迫は、民法96条の話でした。取消しには、事業者が「だますつもりだった」という故意や、「畏怖させるつもりだった」という故意が必要です。ところが、事業者と消費者の間には、情報の質や量、交渉力に、構造的な格差があります。この格差は、個々の事件で「だますつもりだったか」を厳しく問うだけでは、埋まりません。消費者契約法です。事業者・消費者間の契約に限って、故意を問わない、あるいは重大な過失で足りる、という形で、要件を緩めています。そのとおりです。特別法の中身を見ていきます。
消費者契約法2条——「消費者」とは誰か

まず、誰を守る法律か。2条1項が「消費者」を定義しています。
条文消費者契約法2条
消費者契約法 第2条(定義)1項 この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。
ただし、事業として、または事業のために契約の当事者となる個人は除かれます。事業のための契約なので、消費者にはあたりません。入りません。条文は「個人」としか言っていません。「弱い立場の人」というイメージで覚えると、法人まで混ぜてしまいがちなので、注意してください。条文の文言どおりに判定すれば十分です。解釈で足した規範ではありません。
取消原因①②——だます・言い切る(4条1項1号2号)

取消原因は全部で5系統あります。共通の型は「事業者の行為→消費者の誤認・困惑→意思表示」です。そのとおりです。1号と2号から見ます。
条文消費者契約法4条
消費者契約法 第4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)1項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。 一 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認 二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認
1号は不実告知——重要事項について事実と異なることを告げること。2号は断定的判断の提供——将来の不確実なことを断定して告げることです。契約するかどうかの判断に、通常影響する事柄です。品質や用途、対価などが当たります。中古車販売で、「修復歴なし」と説明されて買ったが、実は事故で修復歴があった——これが1号です。2号は、未公開株の電話勧誘で「来月には必ず2倍になります」と言われて買ってしまった場合です。そのとおりです。将来の価額を、誰にも断定できないのに断定した——それ自体が取消原因になります。問いません。1号も2号も、事業者の故意は要件になっていません。事実と違うことを告げた、断定した、という客観的な行為だけで足ります。それが、96条との一番大きな違いです。
取消原因③——隠す(4条2項・重過失の是正)

3つ目は、都合の悪いことを黙るパターンです。4条2項、不利益事実の不告知です。
条文消費者契約法4条
消費者契約法 第4条 2項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意又は重大な過失によって告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。ただし、当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだときは、この限りでない。
整理すると、①ある事実について消費者の利益になる話だけ告げて、②その裏にある不利益な事実を、③故意または重大な過失で、告げなかった場合です。マンション販売で、「南向きで日当たり良好」とだけ説明され、実は半年後に隣地へ高層マンションが建つ計画があることを、担当者が重要だと気づかず説明しなかった、という場合です。重大な過失があれば足ります。ここ、注意してください。教材によっては「故意」とだけ説明されていることがありますが、2018年改正で「重大な過失」が追加されています。現行法では、故意または重大な過失、と押さえてください。
取消原因④——困惑(4条3項・現行10号構造)

4つ目は、心理的に追い詰めて困惑させるパターンです。4条3項です。そこ、今日いちばん注意してほしいところです。教材によっては、この2類型で説明が止まっていることがあります。ですが現行法は、2022年の改正で拡大され、全部で10号あります。骨格の3つだけ、条文でしっかり押さえます。残りは一覧で確認します。
条文消費者契約法4条
消費者契約法 第4条 3項(抜粋:柱書・一号・二号・八号) 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。 一 当該事業者に対し、当該消費者が、その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないこと。 二 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該消費者を退去させないこと。 八 当該消費者に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、当該消費者又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができないとの不安をあおり、又はそのような不安を抱いていることに乗じて、その重大な不利益を回避するためには、当該消費者契約を締結することが必要不可欠である旨を告げること。
一号は、消費者が「帰ってください」と意思を示したのに、事業者が居座るパターン。二号は、消費者が「もう帰ります」と意思を示したのに、帰らせないパターンです。エステの勧誘で、「もう帰ります」と言ったのに個室に案内されたまま引き止められ続けた、というのは二号です。「あなたの家系には悪い霊がついている。このお守りを買わないと不幸が続く」というような勧誘です。霊感商法をねらい撃ちにした号です。実証することが困難な特別な能力による知見だと称して、本人や親族の生命・身体・財産についての不安をあおったり、その不安につけこんで、契約が必要不可欠だと告げること、が要件です。まず名前だけ並べます。三号は同行勧誘、四号は相談の連絡妨害、五号は願望への不安をあおる告知、六号は好意の感情の不当な利用、七号は判断力の低下の不当な利用。九号と十号は、契約する前に事業者が先に動いてしまう類型です。では順に見ます。三号は、勧誘だとは告げずに、自分では帰りにくい会場へ同行し、そこで勧誘する場面です。四号は、消費者が「家族に電話して相談したい」と言ったのに、事業者が威迫する言動を交えて、その連絡を妨げる場面です。五号は、社会生活上の経験が乏しい人が、将来の願望の実現に過大な不安を抱いているのにつけこみ、「この講座を受けなければ内定は取れない」と告げるような場面です。六号は、好意を抱かせておいて、「契約してくれないと関係が終わる」と迫る、いわゆるデート商法の場面です。

七号は、加齢や心身の故障で判断力が著しく落ちた人に、「この工事をしないと今の生活が続けられない」と不安をあおる場面です。いい着眼です。あおる対象が違います。五号は、経験の乏しい人の「将来の願望の実現」への不安。七号は、判断力が落ちた人の「現在の生活の維持」への不安です。そのイメージで結構です。残る九号と十号は、契約前の既成事実づくりです。九号は、まだ契約していないのに事業者が先に工事を始めてしまい、元に戻すのが著しく困難な状態を作る場面。十号は、契約前に調査や物品の調達をしておいて、正当な理由がないのに「あなたのために特別にやりました。かかった損失を補償してください」と告げる場面です。そこが九号・十号の共通点です。

「事業者が消費者を心理的に追い詰めて、正常な判断ができない状態で契約させた」という共通の型から、10通りの追い詰め方が具体化されている、と捉えてください。そのとおりです。試験対策としては、骨格の一号・二号・八号を条文の言葉で押さえ、残りは「こういう場面がある」と知っていれば十分です。
取消原因⑤——過量販売(4条4項)

5つ目は、必要以上に買わせるパターンです。過量販売、4条4項です。
条文消費者契約法4条
消費者契約法 第4条 4項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの分量、回数又は期間(以下この項において「分量等」という。)が当該消費者にとっての通常の分量等(消費者契約の目的となるものの内容及び取引条件並びに事業者がその締結について勧誘をする際の消費者の生活の状況及びこれについての当該消費者の認識に照らして当該消費者契約の目的となるものの分量等として通常想定される分量等をいう。以下この項において同じ。)を著しく超えるものであることを知っていた場合において、その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、消費者が既に当該消費者契約の目的となるものと同種のものを目的とする消費者契約(以下この項において「同種契約」という。)を締結し、当該同種契約の目的となるものの分量等と当該消費者契約の目的となるものの分量等とを合算した分量等が当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであることを知っていた場合において、その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときも、同様とする。
ここだけ、事業者側の認識が要件に入っています。一人暮らしの高齢者が、次々と訪問してくる着物の販売員から、着られる見込みのない着物を、短期間に20着買わされた、という場合です。その消費者にとっての通常の分量を著しく超えることを、事業者が知っていながら勧誘した——ここが取消原因になります。しかも、同じ種類のものを目的とする契約を既に結んでいるときは、その分量と合算して判断します。そういうことです。合算の話は別条ではなく、いま読んだ4条4項の後半に書かれています。前半が1回の契約、後半が積み重ね、という並びです。条文はそこを限定していません。要件は「同じ種類のものを目的とする契約」であることと、合算した分量を事業者が知っていたことです。
効果と第三者保護——善意無過失というハードル

ここまでの5系統、取消しの効果は共通です。ただし第三者がいる場合には制限がかかります。
条文消費者契約法4条
消費者契約法 第4条 6項 第一項から第四項までの規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは、これをもって善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
善意——取消原因を知らなかっただけでなく、過失もなかった第三者でなければ、保護されません。冒頭の投資教材の話で考えましょう。事業者Aが消費者Bに教材を売ったあと、Bが取消しを言う前に、Aがその代金債権を、別の業者Cに譲渡していたとします。そこがハードルです。Cが、AとBの間に取消原因があったことを知らず、調べても分からなかった——善意無過失なら、Bは取消しをCに対抗できません。Cが取消原因を知っていた、あるいは少し調べれば分かったのに調べなかった——悪意か過失があれば、BはCにも取消しを主張できます。そこは扱いが変わります。取消しの前に現れた第三者と、あとに現れた第三者では、保護の根拠じたいが別のものになります。物権変動の回で正面から扱いますので、ここでは「前と後ろで違う」とだけ置きます。いい記憶です。並べ直しましょう。心裡留保93条2項、虚偽表示94条2項は善意のみで保護されました。詐欺4条6項は善意無過失まで要求されます。93条・94条は、当事者どうしの内心のズレが原因でした。表意者側にも落ち度がある場面です。一方、96条や消費者契約法は、事業者側の積極的な働きかけが原因です。表意者——ここでは消費者は、被害者側なので、保護のハードルを上げて、第三者にはより重い注意義務を求めています。
期間制限——1年/5年、8号は3年/10年

いつまで取り消せるか。7条1項です。
条文消費者契約法7条
消費者契約法 第7条(取消権の行使期間等)1項 第四条第一項から第四項までの規定による取消権は、追認をすることができる時から一年間(同条第三項第八号に係る取消権については、三年間)行わないときは、時効によって消滅する。当該消費者契約の締結の時から五年(同号に係る取消権については、十年)を経過したときも、同様とする。
民法124条1項が定義しています。
条文民法124条
民法 第124条(追認の要件)1項 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。
条件は2つあります。1つ目は、取り消せる原因になっていた状態が消えること。だまされた状態や困惑した状態から抜け出すことです。2つ目は、自分に取消権があると知ることです。足りません。取り消せる立場にあると分かってはじめて、追認をすることができる時になります。時効の起算点も、この時点から数えます。原則はその2本立てです。ただし8号——霊感商法だけは特則があって、3年と10年に伸びます。霊感商法は、被害に気づくまでの時間が特に長くかかりやすいという配慮です。いい着眼点です。並べます。民法126条は5年と20年。消費者契約法7条1項は1年と5年、8号だけ3年と10年。取り違えやすいので、数字だけでも板で押さえてください。消費者契約は、事業者側の取引の安定を早く確定させたい要請が強いためだと説明されます。この期間制限の総論——追認や法定追認そのものは、
意思表示のとどき方——表白から到達まで

ここから後半、意思表示のとどき方です。そのとおりです。意思表示が生まれてから相手に効くまで、4つの段階があります。心の中で決める段階が表白、言葉や書面にして送り出す段階が発信、相手の元に届く段階が到達、相手が実際に読む段階が了知です。到達です。97条1項が定めています。
条文民法97条
民法 第97条(意思表示の効力発生時期等)1項 意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
そこがポイントです。開封して読むまでは不要。届けば効きます。表意者だけに都合よく、発信した瞬間に効力を生じさせると、相手方は知らないうちに義務を負わされかねません。相手方が知りうる状態になって初めて効かせるのが公平だ、という考え方です。よく覚えていましたね。実はここ、大きな引っかかりです。以前の民法には、承諾についてだけ発信主義をとる旧526条1項がありました。その理解、2017年の改正で通用しなくなりました。旧526条1項は削除され、承諾も原則どおり到達主義に一本化されています。前回の86条3項と同じパターンです。「隔地者間は発信主義」は、現行法では誤りと押さえ直してください。
「到達」の意義——読まなくても、届けば効く

そこは条文に書かれていません。解釈が補っています。
⭐ 論文で書く規範:「到達」の意義(民法97条1項の解釈)
相手方が読もうと思えば読める状態に置かれることです。たとえば、旅行中に自宅の郵便受けに解約通知が投函されていれば、本人が読んでいなくても到達済みです。同居する家族が代わりに受け取った場合も同じです。ここは条文の文言に一言も書かれていない基準です。複数の判例が積み重ねて作った解釈で、特定の1本の判例が決めたわけではありません。そのとおりです。
意思表示の撤回——届く前なら、引っ込められる

できます。到達主義から素直に出てくる帰結です。ポストに入れた通知が相手の手元に届くまでの間なら、追いかけて引っ込めてよい。これを「到達までは撤回できる」と言います。そのとおりです。効力が生じる前なら、引っ込めても相手方の期待を裏切らない。だから撤回を認めてよい、という理屈です。到達した瞬間に効力が生じますから、もう一方的には引っ込められません。正面から書いた条文があります。契約の解除です。540条1項は、解除は相手方に対する意思表示によってする、と定めています。その意思表示について、2項がこう念を押します。
条文民法540条
民法 第540条(解除権の行使)2項 前項の意思表示は、撤回することができない。
解除の通知が届けば、その時点で契約を終わらせる効果が出ます。あとから気が変わっても引っ込められない、ということです。受け取った側の立場で考えてください。解除の通知が届いた相手方は、契約が終わった前提で動き出します。代わりの取引先を探したり、在庫を別に回したり。そこです。撤回を認めると相手方の地位が不安定になる。だから一方的に引っ込めることを封じました。そのとおりです。ただ、1つだけ気をつけてほしい場面があります。契約の申込みです。ところが申込みは、届いたあとでも撤回できることがあります。
条文民法525条
民法 第525条(承諾の期間の定めのない申込み)1項 承諾の期間を定めないでした申込みは、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回することができない。ただし、申込者が撤回をする権利を留保したときは、この限りでない。
裏から読んでください。相当な期間を過ぎたあとであれば、撤回できるということになります。できます。ここは到達主義から出てくる話ではありません。申込みを受けとった相手方が承諾の準備をする、その時間を守るために、条文が別に拘束力の期間を決めているのです。そこを混ぜると短答で落とします。
⭐ 論文で書く規範:意思表示の撤回(97条1項が到達主義をとることの帰結)
体系上の位置づけが違います。取消しや無効は、意思表示がいったん成立したあとで、それが有効かどうかを争う話です。撤回が通れば、意思表示の効力が、そもそも生じません。前編で見た詐欺や錯誤は、成立したあとの有効性の土俵。撤回はその手前で、効力が生まれる前に引っ返す話。ここを混ぜないでください。この回の軸は、最後までそこです。
97条2項——受け取り拒否への手当て(みなし到達)

ここで、冒頭の解約通知の話に戻ります。到達主義を文字どおり貫くと、困った抜け道が生まれます。相手方が受け取りを拒否し続ければ、意思表示は永遠に効力を生じない、ということになりかねません。そこで97条2項が抜け道を塞ぎます。
条文民法97条
民法 第97条 2項 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。
留守で受け取れなかった、という正当な理由がある場合は別ですが、意図的に受け取りを拒み続けた場合は、通常なら届いていたはずの時点で、到達したものとみなされます。正当な理由がない限り、通常郵便物が届くはずだった時点で、解約の意思表示は到達したことになります。「受け取っていない」の一点張りは通用しません。到達主義の原則は守りながら、抜け道だけを塞ぐ規定です。
97条3項と、今も残る発信主義——20条・526条と114条の文言差

97条には、もう1つ項があります。3項です。
条文民法97条
民法 第97条 3項 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。
効力は妨げられません。発信の時点で意思表示は完成しているから、という理由です。意思能力を失った場合、行為能力の制限を受けた場合も同じです。冒頭の解約通知で考えましょう。英会話教室宛てに解約通知を投函した翌日に、本人が亡くなってしまったとします。それでも解約の意思表示は有効です。通知が相手方に届けば、解約の効力は生じます。発信した時点で意思表示は完成しているので、あとは相続人が、解約後の法律関係を引き継ぐことになります。

いいところに気づきましたね。実は民法には、到達主義が原則になった今も、「発する」という言葉が残っている条文があります。まず20条——制限行為能力者の相手方が催告したのに、確答を「発しない」とき。これは1項後段と2項が「確答を発しない」、3項と4項が「通知を発しない」で、20条は全部この言い回しです。もう1つが526条です。ここは注意してください。さっき削除されたと言った旧526条1項とは、中身が別物です。今の526条は、申込者が通知を「発した」後に死亡した場合の規定で、ここにも「発」が2回出てきます。対照的なのが114条です。無権代理の相手方が催告したのに、確答を「しない」とき——こちらは「発」がありません。ここは手元の教材に明確な説明がないところなので、断定はしません。条文を並べて、気づいたことだけお伝えします。20条1項後段は「発しない」と書かれていて、発信主義そのものと読める文言です。114条は「確答をしない」と書かれていて、到達主義のもとで単に期間が過ぎたことを擬制している、とも読めます。これは私たちの整理であって、確立した通説として提示しているわけではありません。114条の中身、無権代理の催告そのものは、無権代理を扱う回で改めて条文から見ます。「発する」という言葉が、97条の原則の外にも残っている、という気づきだけ持ち帰ってください。
98条——相手が分からないときの最後の手段(公示による意思表示)

到達主義には、もう1つ壁があります。そもそも相手が誰か分からない、あるいはどこにいるか分からない場合です。そこで98条、公示による意思表示です。
条文民法98条
民法 第98条(公示による意思表示)1項・3項 1 意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、公示の方法によってすることができる。 3 公示による意思表示は、最後に官報に掲載した日又はその掲載に代わる掲示を始めた日から二週間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす。ただし、表意者が相手方を知らないこと又はその所在を知らないことについて過失があったときは、到達の効力を生じない。
官報への掲載、またはそれに代わる掲示——裁判所や市役所の掲示板などです。貸したお金を返してほしいが、相手が突然引っ越して行方が分からない、という場合です。住民票を追っても所在不明なら、官報公告で公示し、意思表示を届けたことにできます。掲載、または掲示を始めた日から2週間で到達したとみなされます。表意者に過失があれば、到達の効力を生じません。所在が分からないことについて、探す努力を怠っていた場合です。そのとおりです。2項・4項・5項には、公示の手続の細目——裁判所の管轄や費用の扱いなどが定められています。板で要点だけ確認してください。

98条の2——受け取る力があるか(受領能力)

最後に、受け取る側の条件です。98条の2、受領能力です。
条文民法98条
民法 第98条の2(意思表示の受領能力) 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき又は未成年者若しくは成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、次に掲げる者がその意思表示を知った後は、この限りでない。 一 相手方の法定代理人 二 意思能力を回復し、又は行為能力者となった相手方
この3者に意思表示を送っても、原則としてそれだけでは効力を主張できません。対抗できません。法定代理人が知った後、または本人が成人して行為能力者になった後でなければ、通知の効果を主張できません。98条の2に、被保佐人・被補助人は登場しません。行為能力の制限——保佐や補助でも、一定の行為には制限がかかります。でも、意思表示を受け取れるかどうかという受領能力は、別の物差しです。98条の2が見ているのは、「届いた通知の意味を、自分で理解できるか」です。一方、行為能力の制限が見ているのは、「自分から不利な契約を結んでしまわないか」——契約する側の判断力です。守っている中身が違います。未成年者・成年被後見人・意思無能力者は、通知の意味を理解する力そのものが、類型的に大きく欠けています。だから受け取る側としても保護します。一方、被保佐人・被補助人は、判断力の低下が部分的で、通知の内容を理解する力自体は基本的にあるとみています。だから受領能力までは否定しません。受領能力あり、と扱われます。同じ通知を被保佐人に送った場合は、それだけで対抗できます。そのとおりです。98条の2の対象は、意思無能力者・未成年者・成年被後見人の3者に限定されている、と条文どおりに押さえてください。

今日の地図(保存版)

前半は消費者契約法でした。民法96条では拾いきれない、事業者・消費者間の構造的な格差を埋めるために、要件を緩めた特別法でした。効果は取消し。第三者には善意無過失まで要求され、期間は1年と5年、8号だけ3年と10年でした。

後半は意思表示のとどき方でした。効力が生じるのは到達の時——97条1項です。承諾の発信主義は、旧526条1項の削除でなくなりました。最後に、受け取る側の条件——98条の2は意思無能力者・未成年者・成年被後見人に限定されていて、被保佐人・被補助人には受領能力がありました。いい着眼点です。格差を埋めるのが消費者契約法、抜け道や最後の手段を埋めるのが97条から98条の2、という共通の筋です。内容証明で解約通知を送ったのに、相手が「受け取っていない」と言い続けたら、この解約はどうなるでしょうか?声には出さず、自分の力で思い出してみてください。一度、動画を止めて考えてみましょう……。では、答え合わせです。正当な理由なく受け取りを拒否した場合、97条2項により、通常なら届いていたはずの時点で、到達したものとみなされます。「受け取っていない」の一点張りは通用しません。なります。98条の2に被保佐人・被補助人は登場しません。受領能力はあります。そのとおりです。期間制限の総論を扱います。今日出てきた消費者契約法7条1項の期間制限も、そこでもう一度つながります。
短答ひっかけ
- 消費者契約法の「消費者」は個人だけ。 2条1項は「個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)」と書いている。法人はそもそも入らず、個人事業主が仕入れでする契約も外れる。「弱い立場の人」というイメージで覚えると法人まで混ぜてしまう。
- 4条1項1号・2号に事業者の故意は不要。 事実と違うことを告げた、断定した、という客観的な行為だけで足りる。民法96条の詐欺が「二段の故意」を要求するのと決定的に違う。
- 4条2項は「故意”又は重大な過失”」。 2018年改正で重過失が追加された。古い教材は「故意」だけで説明していることがある。
- 4条3項の困惑類型は全部で10号ある(2022年改正)。基本書が不退去・退去妨害の2類型で止まっていても、現行法は三号=同行勧誘、四号=相談の連絡妨害、五号=経験不足による願望への不安、六号=好意の感情の不当利用、七号=判断力低下の不当利用、八号=霊感商法、九号=原状回復の著しい困難化、十号=契約前の事業活動+損失補償請求の告知まである。九号・十号は政令委任ではなく条文が直接列挙している。
- 過量販売の合算は「4条5項」ではなく4条4項後段。 4条5項は「重要事項」の定義規定。しかも合算の要件に「同一の事業者との」という限定は条文にない(要件は同種契約であることと事業者の認識)。
- 取消権の期間制限は民法126条と違う。 消費者契約法7条1項=追認をすることができる時から1年/契約締結時から5年。ただし4条3項8号(霊感商法)だけは3年/10年。民法126条は5年/20年。
- 「追認をすることができる時」には主観的要件も入る。 民法124条1項=①取消しの原因となっていた状況の消滅 かつ ②取消権を有することを知った後。片方だけでは足りない。
- 97条3項に「発する」が残っている。 到達主義が原則になった今も、20条(1項後段・2項は「確答を発しない」、3項・4項は「通知を発しない」=全項)と526条(「申込みの通知を発した後に」「承諾の通知を発するまでに」)に残る。一方114条は「確答をしない」で「発」がない。ここを取り違えない。
- 現行526条は旧526条1項とは別内容。 旧526条1項(承諾の発信主義)は2017年改正で削除され、現在の526条は「申込者の死亡等」=旧525条の承継。条番号が同じで中身が違う。
- 98条2項の公示は「掲示 かつ 官報掲載」。 どちらか一方では足りない。市役所等の掲示場への掲示は官報掲載の代替(掲示の代替ではない)。管轄は簡易裁判所で、費用は表意者が予納する。
- 98条3項ただし書の効果は「到達の効力を生じない」。 「無効」ではない。要件は表意者が相手方を知らないこと・所在を知らないことについて過失があったとき。
- 98条の2の受領能力がないのは3者だけ。 意思無能力者・未成年者・成年被後見人。被保佐人・被補助人は対象外(受領能力はある)。制限行為能力者を4類型で覚えていると4人とも入れてしまう。行為能力の制限と受領能力は守っている中身が違う。
- 撤回できるのは到達前まで。 到達後は撤回できない(条文の例=540条2項「解除の意思表示は撤回することができない」)。例外は承諾の期間を定めない申込みで、525条1項の反対解釈により相当な期間の経過後は撤回できる。申込み一般ではない(承諾期間を定めた申込みは523条1項)。
論文の型
この回の中心は条文の要件を正確に拾うことで、解釈で規範を立てる場面は少ない。ただし答案で使うときの型は決まっている。
消費者契約法の取消しを主張する型
- どの取消原因か(4条1項1号・2号/2項/3項の何号/4項)を条文番号で特定する
- 共通の骨格「①事業者の行為 → ②消費者の誤認または困惑 → ③それによって意思表示をした」の因果の連鎖をあてはめる
- 期間制限(7条1項=1年/5年、8号は3年/10年)を確認する
- 第三者が出てきたら4条6項=善意でかつ過失がない第三者には対抗できない(93条2項・94条2項の「善意のみ」との違いに注意)
到達主義を論じる型
- 97条1項が原則。「到達」とは了知までは不要で、相手方の支配圏内に入れば足りる(判例の集積による理解)。ここは規範として立てる部分なので、あてはめでは「相手方の支配圏内に入ったか」を事実で示す。
- 受領を拒んだ事案なら97条2項=正当な理由なく通知の到達を妨げたときは、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。
- 通知後に表意者が死亡・意思能力喪失・行為能力制限を受けた事案なら97条3項=効力を妨げられない。
送り先:取消し前後の第三者の本体的な処理は #2-4(物権変動)で扱う。撤回と取消し・無効の体系的な区別は、法律行為の有効要件(#13)でもう一度整理する。
参照条文
- 消費者契約法2条
- 消費者契約法4条
- 消費者契約法7条
- 民法124条
- 民法97条
- 民法540条
- 民法525条
- 民法98条