物権的請求権の相手方
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第2章 物権 #93/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
名前を残したまま、去っていいのか
図:冒頭の場面
- Xの土地にAが勝手に建物を建てて住んでいる
- AはこれをBに売ったが、登記の名義だけはAのまま動かさなかった
- Xは登記名義人Aに請求できるか、という問いを示す
前回までで、物権的請求権について、こんな話をしてきました。誰に対して主張できるものだったか、覚えていますか?誰に対しても主張できる、でしたよね。絶対性です。そして、費用負担を扱った回の最後に、宿題が出ていましたね。誰に「どけて」と言えばいいのか、登記の名義人なのか、実際にそこに住んでいる人なのか、って、今日は、その宿題に答えます。まず、この場面を考えてください。Xの土地に、Aが勝手に建物を建てて住んでいます。Xは当然、Aに「建物を壊して出ていけ」と言えます。では、Aがその建物をBに売ったとします。ただし、登記の名義だけは、Aのまま動かしませんでした。Xは、もう他人のものになったこの建物について、まだAに文句を言えるでしょうか。
先に答えを言います。今日は、場合によって結論が変わります。ただ売っただけなら、Aはもう関係ありません。ですが、登記の名義を自分の意思で残し続けていたなら、話は別です。今日は、この境目を確かめます。
相手方の原則——今、誰が持っているか
図:原則の板
- 相手方は現に物権を侵害している者
- 占有補助者(店員など)や法人の代表者個人は、独自の占有を持たないため相手方にならない
まず、物権的請求権の中身から確認します。Xが土地の所有者だ、という前提そのものは、この条文から来ています。
条文民法206条(所有権の内容)
民法 第206条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
所有者は、自分の物を自由に使い、収益し、処分できる。裏を返せば、誰かがこの自由を邪魔しているなら、その邪魔を取り除けるはずです。この邪魔を取り除く権利が、物権的請求権です。自力救済が禁じられているから、裁判で求める道が要る、と以前確かめた、あの権利です。物権的請求権は、今まさに起きている侵害を取り除くための権利です。だから、相手方を決める一番の物差しは、今、現実にその物を持ち、侵害を生じさせている人は誰か、という一点です。今日の冒頭の場面でいえば、建物を建てて住んでいるAが、まさにこの物差しに当てはまります。
店番をしているのが、実は建物の持ち主の家族や従業員で、持ち主の指図どおりに店番をしているだけだったとします。この人は、自分自身の占有を持っていません。あくまで持ち主の手足として、その場にいるだけだからです。だから相手方になりません。建物の持ち主が会社で、その会社の建物にたまたま代表取締役がいたとしても、同じです。代表者は、会社という機関の一部として動いているだけで、自分自身の名前で建物を占有しているわけではないからです。個人として訴えられることはありません。もう一つ、区別しておきたいことがあります。建物を借りて住んでいるだけの賃借人、つまり、建物を所有していない占有者の場合です。
この人には、建物を壊せとは言えません。そもそも建物を所有していないので、壊す権限を持っていないからです。求められるのは、その建物から退去して、土地を明け渡すことだけです。建物そのものを取り壊す、収去の請求は、あくまで建物の所有者にしか向けられません。誰が今、何についての権限を持っているか、常にこの一点で相手方が決まります。
所有権が移った後——二つの型
図:所有権移転後の2類型の対比表
- 未登記のまま譲渡された場合は譲受人が相手方
- 無権利の登記名義にすぎない場合は実際の所有者が相手方
この物差しを、所有権が移る場面に当てはめてみます。型は二つあります。1つめ、建物が、登記されないまま譲渡された場合です。この場合、Aは確定的に所有権を失い、Bが確定的に取得します。相手方は、今の所有者であるBです。Aへの請求は、もう空振りになります。この型では、登記の話はまだ出てきません。Aは、そもそも登記をしないまま売った、という前提だからです。2つめの型は逆です。建物は本当はAのものなのに、一度も所有したことのない人が、登記の名義だけを持っている場合です。
判例最判昭47・12・7
所有したことのない登記名義人は収去義務を負わない 実際に建物を所有したことがなく、単に自己名義の所有権取得登記を有するにすぎない者は、たとえ所有者との合意により名義人となった場合でも、建物収去・土地明渡しの義務を負わない。
Aが、税金の都合などで、自分の建物の登記だけを、家族のCの名前にしておいた場面です。Cは、Aとの合意のもとで、名義人になったにすぎません。実際に建物を所有し、使っているのは、あくまでAです。この場合、Cに請求しても意味がありません。Cは、登記があっても、建物を所有していないからです。相手方は、あくまで実際の所有者Aです。未登記のまま譲渡された場合と、合意の上で名義を借りただけの場合、この二つの型に共通しているのは、登記の有無ではなく、実際に建物を所有し土地を占有しているかどうかで、相手方が決まっている点です。
名義を自分の意思で残した元の所有者
図:名義を自分の意思で残した元の所有者の関係図
- Aは自らの意思で所有権取得の登記を経由した後、建物をBに売却したが、登記名義はAのまま残した
- 土地所有者Xは、登記名義を保有する限りAに請求できる
ここまでは、今、建物を持っている人を捕まえれば済む、という話でした。ところが、この物差しだけでは説明が付かない場面があります。冒頭の場面に戻ります。Aは、自分の意思で、建物の所有権取得の登記をしていました。その後、Aは建物をBに売りましたが、登記の名義だけは、Aのまま残しました。さっきの原則をそのまま当てはめれば、Aは相手方から外れるはずです。ですが、判例は、そう考えません。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】自らの意思に基づく登記名義の保有 他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、たとい建物を他に譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、右譲渡による建物所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできない。 (規範(最判平6・2・8))
理由は三つあります。1つめ、建物は土地を離れて存在できません。建物を持つということは、必然的にその土地を占有することを意味します。だから、土地の所有者にとって、地上の建物を誰が持っているかは、死活的な利害です。2つめ、もし「本当の所有者」を基準にしてしまうと、土地の所有者は、その探索に苦労させられます。相手方のほうは、簡単に「もう売った」と主張して、義務を免れられてしまいます。3つめが、決め手です。本当に所有権を手放したのであれば、登記を移すこと自体は通常それほど難しくなく、それが取引の慣行にも合っています。それをせずに登記を自分の名義に残しておきながら、後になって所有権を失ったと言い立てて収去の義務を否定することは、信義にもとり、公平の見地に照らして許されません。
たとえで言えば、イベントの元スタッフが、自分で受け取った担当者の名札を、辞めた後も返さずに持ち続けているようなものです。会場の管理者は、名札を持っている人に「この持ち場はあなたの担当ですよね」と言えます。一度は本当にその持ち場の担当だった人が、返そうと思えば、いつでも返せたのに、返さずにいるからです。実際の事件でも、元の所有者は、建物を売る契約を結んだだけで、移転登記までは済ませていませんでした。この規範を冒頭の場面に当てはめれば、Xは、登記名義を保有し続けるAに対して、建物収去・土地明渡しを請求できます。
なぜこれは177条の「第三者」ではないのか
図:177条の「第三者」との異同の板
- Xは建物について何の権利も持たないため177条の「第三者」にはあたらない
- 判例はこれを対抗関係に似た関係として扱い、登記の保有という考え方だけを借りている
条文民法177条
民法 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
似ていますが、同じではありません。177条の「第三者」にあたるには、登記が無いことを主張する正当な利益を持っている必要がありました。177条の第三者にあたるには、その建物について自分も何らかの権利を争う立場にある必要がありますが、今日のXは、建物について何の権利も持っていません。Xが持っているのは、あくまで土地の所有権です。だから、Xは177条の「第三者」には、そもそもあたりません。判例は、この関係を、あたかも建物についての物権変動における対抗関係にも似た関係、と呼んでいます。177条を直接使っているわけではありませんが、登記の有無で決着をつけるという、177条と同じ発想を、この場面にも借りてきているんです。
対比——名前を、自分では残していない場合
図:対比事例の関係図
- Aはかつて建物を所有していたが、未登記のままCに譲渡し確定的に所有権を失った
- その後、Aの意思に基づかず、Aの名義で登記がされた
- 土地所有者Xは、Aに請求できない
では、逆の場面を見ます。例えば、Aが、かつて建物を持っていましたが、未登記のまま、Cという別の人に譲渡しました。この時点で、Aは確定的に所有権を失っています。ところが、その後、Aの意思とは関係のないところで、Aの名義で登記がされてしまいました。土地の所有者Xが、Aに対して建物収去を請求できるかどうかが、争われました。
判例最判昭35・6・17
意思に基づかない登記名義人は責任を負わない 現実に家屋を所有することによつて現実にその土地を占拠して土地の所有権を侵害しているものを、被告としなければならない。家屋を未登記のまま譲渡した後、その者の関知しない登記がされていても、現実に土地を占拠して所有権を侵害しているものということはできず、物上請求権を行使して地上建物の収去をもとめることは許されない。
名前だけ付けられてしまった人が、責任を取らされる、ということですか。違います。判例は、そうは考えませんでした。Aは、既に建物を手放していて、実際にその上に何の支配も及ぼしていません。しかも、登記も、Aが自分の意思で持ち続けたものではありません。だから、Xは、Aに対して建物収去を求めることはできません。さっきの判例の決め手は、自分で名義を残しておきながら言い逃れるのは信義にもとる、という点でした。自分で残したのではない名義には、その非難が当てはまりません。登記を自分の意思で残した元の所有者の判例と、意思に基づかず名義を付けられた人の判例、この二つの判例の分かれ目は、ただ一つです。登記の名義が、その人自身の意思に基づいて残っているかどうか。さっきのたとえでいえば、名札を自分の意思で持ち帰ったのか、それとも、本人の知らないところで、勝手に名前を書き加えられただけなのか、という違いです。
三つの判例の分かれ目
図:3判例の比較表
ここまで見てきた三つの判例を、一度に並べてみます。分かれ目は、二つの問いです。一つは、その人が、かつて本当に建物の所有者だったか。もう一つは、登記を、自分の意思で取得したか、あるいは自分の意思で残し続けたか。一度も所有していないので、そもそも土台がありません。合意で名義を借りただけでも、義務を負いません。義務を負います。今日の中心にあった判例です。義務を負いません。所有権も占有も既に手放していて、登記も自分の意思によるものではないからです。ただ、理由は違います。一度も所有していない人は、そもそも手放す所有権を持ったことがありません。意思に基づかずに登記が付いた人は、自分で名義を残したわけではありません。義務を負うのは、二つの問いの両方に当てはまる人、つまり、かつて本当に所有していて、その登記を自分の意思で持ち続けている人だけです。
今日の地図(保存版)
図:まとめの板
- 原則は今、現に物権を侵害している者
- 所有権移転の2類型は譲受人または実際の所有者
- 例外は自らの意思で登記名義を保有し続ける元所有者
- 177条の「第三者」とは別枠組みで、対抗関係に似た考え方を借りているにすぎない
今日見てきたことを、1枚にまとめます。相手方を決める原則は、今、現にその物を持ち、侵害を生じさせている人は誰か、という一点でした。ただし、自分の意思に基づいて登記名義を保有し続けている元の所有者だけは、例外的に、なお相手方になります。これは177条の「第三者」の話とは別の枠組みで、対抗関係に似た考え方を、この場面にも借りているにすぎません。
参照条文
- 民法206条(所有権の内容)
- 民法177条