民法ゼロから民法#92

背信的悪意者

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第2章 物権 #92/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

知っていて買うのは自由。嫌がらせは、そうじゃない

冒頭の場面。AがBに土地を売った後、AはCにも同じ土地を売る。Cは、Bへの譲渡を知っていたうえで、Bへの嫌がらせのためだけにこの土地を買い、先に登記を備える。 図:冒頭の場面

  • AがBに土地を売った後、AはCにも同じ土地を売る
  • Cは、Bへの譲渡を知っていたうえで、Bへの嫌がらせのためだけにこの土地を買い、先に登記を備える

前回までで、こう確認しました。二重に土地を買ったCが、Bへの譲渡を知っていても——つまり悪意でも——先に登記を備えれば、Cが勝つ。では、こういう場合はどうでしょう。Cが土地を買った目的が、その土地を使いたいからではなく、Bに絶対に売らせないための嫌がらせだったとしたら。先に答えを言います。今日は、結論が変わります。知っているだけの悪意者は、自由競争のルールの中にいます。ですが、嫌がらせのために買った人は、そのルールの外に出ます。今日は、この境界線がどこにあるのかを確かめます。

今日の物差し——ルールの中にいるか、外にいるか

信義則の板。177条は善意悪意を問わない条文だが、その外側に、登記の主張そのものを許さない一般条項がある。民法1条2項「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」。 図:信義則の板

  • 177条は善意悪意を問わない条文だが、その外側に、登記の主張そのものを許さない一般条項がある
  • 民法1条2項「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」

なぜ、知っているだけなら勝てるのに、嫌がらせだと勝てなくなるのか。この違いを生んでいるのは、177条そのものではありません。177条は、善意か悪意かを一切区別していません。区別しているのは、別の条文です。

条文民法1条2項(信義則)

民法 第1条 第2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

177条が悪意者も勝たせるのは、その人が本当に土地を欲しがって、正々堂々と競争に参加している、という前提があるからです。ところが、Bを困らせること自体が目的だったり、Bから法外な対価を取ることだけが目的だったりする人は、土地そのものを欲しがっていません。競争に参加しているように見えて実は参加していない、その人は、177条という制度の形だけを借りて、実際には制度の外側からルールを悪用しています。信義則は、そういう人が登記を盾に取ることを許しません。今日は、この境界線を、5つの角度から見ていきます。まず、境界線そのものの立て方、次にその具体例、それから、その人から買ったさらに次の人はどうなるか、負けた側に残る道。最後に、同じ見方で、取消しと解除の場面もそろえます。

境界線の立て方——背信的悪意者排除論

排除論の定立板。原則:177条は善意悪意を問わない。例外:登記の欠缺を主張することが信義則に反する者は、その主張を許さない。 図:排除論の定立板

  • 原則:177条は善意悪意を問わない
  • 例外:登記の欠缺を主張することが信義則に反する者は、その主張を許さない

判例は、この境界線をこう立てています。実体上の物権変動があった事実を知っているうえに、その登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情がある者は、信義則上、登記の欠缺を主張することができない。自分が先に登記を備えていても、「あなたには登記が無い」とBに対して言えない、ということです。言えない以上、Bに勝てません。この立場に立たされた人のことを、背信的悪意者と呼びます。だから背信的悪意者は、177条の「第三者」にあたりません。

論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】背信的悪意者排除論 実体上の物権変動があった事実を知る者が、その登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情がある場合、その者は登記の欠缺を主張する正当な利益を有せず、177条の「第三者」にあたらない。 (規範(最判昭43・8・2))

前回の言い方でいえば、そのCは、選手の形だけを借りています。だから信義則は、Cがホイッスルを吹いて「Bには登記が無い」と言い立てることを認めません。知っていて、Bより高い代金をAに払って買った場合は、どうなりますか。それは、ルールの中です。たとえばCが、自分の店を建てたくて、Bより高い値段をAに示して買ったなら、知っていても、ただの競争です。外に出るのは、Cが自分では使う気がなく、Bに倍の値段で買い取らせるためだけに買った場合です。高い値段を払うのは自由ですが、Bから高く取るための買い物は、もう競争ではありません。

背信的悪意者の顔ぶれ——4つの典型

背信的悪意者の4類型の関係図。①不動産登記法5条の列挙者に準じる背信性を持つ者②第一譲受人への嫌がらせ目的で取得した者③第一譲受人への高値売りつけ目的で取得した者④所有権を確認する和解に立会人として関わりながら、その不動産を差し押さえた者。 図:背信的悪意者の4類型の関係図

背信的悪意者にあたるかどうかは、事案ごとの評価になりますが、代表的な型が4つあります。1つめは、以前見た不動産登記法5条の列挙者に、実質的に近い背信性を持つ人です。詐欺や強迫で登記を妨げた人、登記を頼まれておきながらサボった人ほど露骨でなくても、それに準じるほどの背信性があれば、ここに入ります。2つめは、Bへの嫌がらせを目的として取得した人。3つめは、Bに高値で売りつけることを目的として取得した人です。4つめが少し変わっています。所有権の帰属を確認し、速やかに登記する旨の和解に、立会人として関わっていた人が、その後、自分の債権を回収するために、その土地を差し押さえてしまう場合です。

判例最判昭43・11・15

和解の立会人が差し押さえた場合 贈与された不動産について、所有権の帰属を確認し速やかに登記する旨の和解が成立した際、立会人として和解書面に署名捺印した者が、その後、自己の債権回収のため当該不動産を贈与者の財産として差し押さえた場合、その者は背信的悪意者にあたる。

ただ知っていた、というだけなら、単なる悪意者にとどまります。ですが、所有権の帰属を確認し登記するという約束の場に立会人として関わり、その内容を見届けておきながら、自分の債権を回収するためにその不動産を差し押さえた点に、背信性が認められます。差し押さえをした債権者も、177条の「第三者」になりえます。4つとも共通しているのは、単に知っていた、という一線を越えて、自由競争の枠から外れる事情が加わっている点です。

転得者は道連れか——相対的構成

転得者の関係図。AがBに売り、AがCにも売る。Cは背信的悪意者として登記を備える。Cは、さらにDにこの土地を売る。BC間とBD間は、それぞれ別に判定される。 図:転得者の関係図

  • AがBに売り、AがCにも売る
  • Cは背信的悪意者として登記を備える
  • Cは、さらにDにこの土地を売る
  • BC間とBD間は、それぞれ別に判定される

まず押さえるべきなのは、背信的悪意者のCが、無権利者ではない、ということです。Cは、Bとの関係で「登記が無いことを主張できない」だけであって、土地の所有権そのものは、有効に取得しています。だから、CからDへの譲渡も、有効に成立します。Dが自分自身、背信的悪意者でない限りは、Dも土地を手に入れられます。判例は、Dが背信的悪意者と評価されない限り、Dは177条の「第三者」にあたり、先に登記していればBに勝つ、としています。

論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】転得者の相対的構成 背信的悪意者からの転得者は、転得者自身が背信的悪意者と評価されない限り、第一譲受人との関係で「第三者」にあたる。第一譲受人は、登記なくして転得者に対抗することができない。 (規範(最判平8・10・29))

これを相対的構成と呼びます。Cは資格を失っても、Dはまた別の選手として、自分の資格で審判に判定してもらえます。あの回では、善意のCが現れた時点で決着がつき、そのCの権利を揺るがないものにするために、絶対的構成が採られました。今回の背信的悪意者のCは、Bとの勝負にそもそも勝っていません。決着がついていない以上、Dとの勝負は、D自身の事情で改めて判定します。背信性は、その人自身の振る舞いへの評価なので、Cから引き継がれることもありません。

転得者だけが背信的悪意者の場合——確定した勝敗は覆らない

転得者のみが背信的悪意者の関係図。AがBに売り、AがCにも売る。Cは単純悪意にとどまり、先に登記を備えて確定的に権利を取得する。その後Cからこの土地を買ったDが背信的悪意者であっても、Bはすでに無権利者であり対抗できない。 図:転得者のみが背信的悪意者の関係図

  • AがBに売り、AがCにも売る
  • Cは単純悪意にとどまり、先に登記を備えて確定的に権利を取得する
  • その後Cからこの土地を買ったDが背信的悪意者であっても、Bはすでに無権利者であり対抗できない

逆の場面も見ておきます。Cが単純な悪意にとどまり、背信性は無いまま、先に登記を備えたとします。この時点で、Bは確定的に権利を失います。ここが分かれ目です。もし、その後Cからこの土地を買ったDが、実は背信的悪意者だったとしたら、どうなるでしょうか。Dが背信的悪意者なら、また資格を失って、Bが救われる、ということですか。違います。救われません。Bはすでに、Cが登記を備えた時点で権利を失っています。無権利者になったBには、その後どんな事情が現れても、対抗できる相手がいなくなっています。94条2項が問題になる転得者の回で見た絶対的構成と、同じ発想です。法律関係を早く確定させて、決着を蒸し返させないための考え方です。

負けた第一譲受人に残る道

物権では負けても、債権では別問題であることを示す板。BはAに対して、履行不能を理由とする債務不履行の損害賠償請求(415条)や契約の解除を求められる。第三者への直接請求は原則できない。 図:物権では負けても、債権では別問題であることを示す板

  • BはAに対して、履行不能を理由とする債務不履行の損害賠償請求(415条)や契約の解除を求められる
  • 第三者への直接請求は原則できない

物権としては、確かに負けます。ですが、Bには、売主Aとの間の契約が、まだ残っています。Aが、Bに売った同じ土地をCに二重に売り、Cに先に登記させてしまった以上、Aは、Bに対する引渡し・登記の義務を果たせなくなっています。Aに帰責事由が無いと言えない限り、Bは、415条に基づく損害賠償を求められます。解除には、Aの帰責事由は要りません。履行ができなくなった、という事実だけで、Bは契約を解除できます。原則としてはできません。CやDは、Bとの契約関係にいないからです。特別な事情があれば、不法行為として709条の余地はありますが、これは例外的な場面にとどまります。今日は、物権で負けても、債権はまた別問題だ、という一言だけ持ち帰ってください。

取消し・解除と登記——同じ物差しでそろえる

取消しと登記の板。取消し前の第三者=96条3項(詐欺取消しのみ・善意無過失の第三者を保護・対抗関係ではない)。取消し後の第三者=復帰的物権変動・二重譲渡と同じ構造・対抗要件としての登記の先後。 図:取消しと登記の板

  • 取消し前の第三者=96条3項(詐欺取消しのみ・善意無過失の第三者を保護・対抗関係ではない)
  • 取消し後の第三者=復帰的物権変動・二重譲渡と同じ構造・対抗要件としての登記の先後

最後に、「同じ土俵で競争しているか」という今日の見方で、取消しと解除の場面もそろえます。前の回で、詐欺で取り消した後に現れた第三者の扱いを見ました。どう処理するのでしたか?復帰的物権変動として、対抗関係、177条で処理する、という結論でした。今日は、それを含めて、取消しと解除の場面を、一つの物差しで整理します。まず、取消し「前」に現れた第三者です。

条文民法96条3項

民法 第96条 第3項 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

制限行為能力を理由にした取消しや、強迫を理由にした取消しでは、取消し前の第三者は保護されません。詐欺を理由にした取消しだけ、96条3項によって、善意無過失の第三者が保護されます。ここで大事なのは、96条3項の場面は、登記の先後で決着をつける対抗関係ではない、という点です。取り消す前は、土地がまだ、だまされた本人のもとに戻っていないので、本人と第三者の間には、権利を奪い合う関係が生じていないからです。登記まで求めるかは、詐欺の回で見たとおり、考え方が分かれていました。だまされた人の落ち度は小さいとして登記まで求める考え方と、条文に登記という言葉が無いことを重く見て、不要とする考え方です。

取り消すと、いったん相手方に移った権利が、取り消した本人のもとへ戻ってきます。これが復帰的物権変動でした。その後に相手方が第三者に売れば、相手方を起点に、本人への戻りと第三者への転売が、二本ぶつかる形になります。二重譲渡と同じ構造です。だから、取消し後の第三者とは、対抗要件としての登記の先後で決着をつけます。

解除と登記の板。解除前の第三者=545条1項ただし書・主観は問わない・権利保護要件としての登記。解除後の第三者=復帰的物権変動・対抗要件としての登記の先後。 図:解除と登記の板

  • 解除前の第三者=545条1項ただし書・主観は問わない・権利保護要件としての登記
  • 解除後の第三者=復帰的物権変動・対抗要件としての登記の先後

次に、解除の場面です。解除でも、第三者が現れたのが解除の前なのか、解除のあとなのかで、扱いが分かれます。

条文民法545条1項

民法 第545条 第1項 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。

解除「前」に現れた第三者は、このただし書によって保護されます。ただし、保護を受けるには、登記を備えていることが要ります。たとえば、AがBに土地を売り、登記もBに移したのに、Bが代金を払わないので、Aが契約を解除したとします。解除の前に、Bがこの土地をCに転売していた場合、Cは登記まで備えていれば守られ、登記がまだなら守られません。詐欺のときの96条3項とは、違うんですか。違います。96条3項が条文で求めているのは、善意無過失という主観です。545条1項ただし書は、主観を問わず、登記を備えているかどうかを見ます。

解除は、契約が結ばれた後に、約束どおりの履行がされなかったことを理由に起きるものです。もとの契約が無かったことになる理由が、意思表示のキズではなく、債務の不履行にあるからです。取消しのように、意思表示そのものに問題があった場合と違い、第三者の主観の善悪を問う必要が薄く、代わりに、権利を持っていることが誰の目にも分かる状態、つまり登記を、保護の条件にしています。権利を争っているわけではなくても登記が要る、そこが、対抗要件としての登記との違いです。対抗要件としての登記は、同じ土俵で権利を奪い合う相手に対して、自分の権利を主張するために要ります。権利保護要件としての登記は、94条2項の第三者の回で見た、保護を受けるための追加のハードルです。あの場面では課されませんでしたが、解除前の第三者には、このハードルが課されます。

解除後に現れた第三者は、取消し後と同じく、復帰的物権変動と見て、対抗要件としての登記で処理します。さっきの例で、解除のあとにBがCに売ったなら、AとCは、先に登記した方が勝ちます。

取消し・解除と登記の対比板。縦軸=取消し/解除、横軸=前/後の第三者。取消し前は96条3項(善意無過失の第三者)、取消し後は復帰的物権変動・対抗要件としての登記、解除前は545条1項ただし書・権利保護要件としての登記、解除後は復帰的物権変動・対抗要件としての登記。 図:取消し・解除と登記の対比板

  • 縦軸=取消し/解除、横軸=前/後の第三者
  • 取消し前は96条3項(善意無過失の第三者)、取消し後は復帰的物権変動・対抗要件としての登記、解除前は545条1項ただし書・権利保護要件としての登記、解除後は復帰的物権変動・対抗要件としての登記

まとめると、取消し前は96条3項の善意無過失、取消し後と解除後は対抗要件としての登記、解除前だけが権利保護要件としての登記になります。

今日の地図(保存版)

まとめの板。単なる悪意者=自由競争の中。背信的悪意者=信義則で登記の主張を失う。転得者は自分自身の資格で個別に判定(相対的構成)。確定した勝敗は蒸し返せない。取消し前=96条3項、取消し後・解除後=対抗要件、解除前=権利保護要件。 図:まとめの板

  • 単なる悪意者=自由競争の中
  • 背信的悪意者=信義則で登記の主張を失う
  • 転得者は自分自身の資格で個別に判定(相対的構成)
  • 確定した勝敗は蒸し返せない
  • 取消し前=96条3項、取消し後・解除後=対抗要件、解除前=権利保護要件

今日見てきたことを、1枚にまとめます。単なる悪意者は、自由競争のルールの中にいます。ですが、嫌がらせや高値売りつけを目的にした背信的悪意者は、信義則によって、登記を主張する資格を失います。逆に、単純悪意の第二譲受人がいったん登記を備えれば、その後どんな転得者が現れても、確定した勝敗は覆りません。最後に見た、取消しと解除の登記の話も、同じ発想でつながっていました。争っている相手なのか、それとも、法律が特別に用意した保護を受け取るだけの立場なのか。この違いが、対抗要件としての登記と、権利保護要件としての登記を分けていました。

背信的悪意者排除論や転得者の扱いは、論文でよく問われる論点です。

参照条文

  • 民法1条2項(信義則)
  • 民法96条3項
  • 民法545条1項

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