二重譲渡と留置権・不法占有
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第3章 担保物権 #141/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
代金を払った買主は、居座れるのか
図:冒頭の対比図
代金を全部払って、鍵ももらって、もう何年も住んでいる家があるとします。ところが、その家の売主が、同じ家を別の人にも売っていて、その人が先に登記を備えてしまいました。登記を備えた人が家の所有者になり、先に住んでいた人は所有権を失います。所有者になった人から「出て行け」と言われたとき、「払ったお金を返してもらうまでは出ていかない」と言えるでしょうか。結論から言うと、言えません。今日はその理由を、前回・前々回で固めた牽連性という要件を使って解き明かします。
時計の続き、留置権はいつ生まれたかで決まる
図:時計の関係図
- 前々回の延長
- Bが時計店Aに修理を依頼→Aが修理完了し、代金債権が発生(claim・->・青、A→B)→この時点でBは債務者であり、時計の返還を求める立場でもある→その後、Bが代金を払わないまま時計をFに譲渡(transfer・=>・金、B→F)→Fが引渡しを請求→Aは留置権をFにも主張できる(OK)。
前々回、Bが時計の修理をAに依頼し、Aが修理を終えた時点で、Aは修理代金債権を取得し、その時計に留置権を取得する、と見ました。この瞬間、時計を返してほしいと言えるのはBで、代金を払うべきなのもBです。ここが今日いちばん大事な出発点です。留置権が発生したこの瞬間、被担保債権の債務者と、物の返還を求める立場の人が、同じBだったんです。この状態のあと、Bが代金を払わないまま、この時計をFに譲渡したとします。Fが「時計を渡せ」と言ってきても、Aは留置権をFに対しても主張できます。ただ、今日はその理由をもう一歩深く言葉にします。留置権は、物を返さないことで、払うべき人に圧力をかける権利でした。この圧力が効くのは、物を返してほしい人と、払うべき人が同じだからです。
295条の「その物に関して生じた債権」、つまり牽連性は、この結びつきを求めています。そして、この結びつきがあるかは、留置権が生まれた時点で確かめます。生まれた時点で債務者と返還請求権者が同じ人物だったからこそ、その後にその物が誰の手に渡ろうと、Aの留置権は揺らぎません。この「生まれた時点で同じ人物か」という視点を、これから軸として使っていきます。
転売されても、売主は留置できる
図:転売の関係図
この軸を、売買代金債権の場面で確認します。売主Aが、中古のバイクを80万円でBに売りましたが、代金がまだ払われていないので、バイクはまだAの手元にあります。だからAは、代金を払ってもらうまでバイクを留置できます。この瞬間、Aは代金債権の債権者、Bはその債務者であり、かつバイクを渡してと求める立場でもあります。ここでBが、代金を払わないままこのバイクをFに転売したとします。Fが引渡しを求めてきても、Aは留置権をFにも主張できます。判例もこの結論をとっています。
判例最判昭47・11・16 民集26巻9号1619頁
留置権の物権としての効力 この残代金債権は本件土地建物の明渡請求権と同一の売買契約によつて生じた債権であるから、民法二九五条の規定により、上告人はDに対し、残代金の弁済を受けるまで、本件土地建物につき留置権を行使してその明渡を拒絶することができたものといわなければならない。ところで、留置権が成立したのち債務者からその目的物を譲り受けた者に対しても、債権者がその留置権を主張しうることは、留置権が物権であることに照らして明らかである。
判決の「上告人」が売主のA、「D」が買主のBにあたります。Aが留置しているあいだ、Fは商品を受け取れません。Fが本当に商品を欲しければ、Bに代わって80万円を立て替えるか、Bに払ってもらうしかなく、結果としてBに払わせる圧力がかかります。なお、この場面でAが留置権を主張すると、判決は単に請求を退けるのではなく、代金の支払いと引き換えに商品を渡すよう命じる形になります。この引換給付判決という仕組みの詳しい中身は、別の回で扱います。今日押さえてほしいのは、留置権が生まれた瞬間、債務者と返還請求権者がBという同じ人物だった、という一点です。
質問です
図:想起の板
ここでも、留置したい人がA、払うべき人がB、後から返してと言ってくる人がFです。売主Bが家をAに売って引き渡しました。Aは代金を全額払っていますが、まだ登記はしていません。その後、Bが同じ家をFにも売り、Fが先に登記を備えました。Fが完全な所有者になり、Aは所有権を失います。Fが、Aに家の明渡しを求めてきました。Aは、Bに対する損害賠償請求権で留置権を主張できるでしょうか。
二重譲渡で負けた買主は、留置できない
図:二重譲渡の関係図
Aが留置権の根拠にできそうなのは、Bに対する損害賠償請求権です。Bは、Aに家を売ったのに、Fにも売ってFに登記を取られてしまい、Aに家の所有権を移す義務を果たせなくなりました。この履行不能によって、Aは損害賠償請求権を取得します。詳しい中身は別の回で扱いますが、この請求権自体は発生します。ここが分かれ目です。この損害賠償請求権が発生するのは、いつでしょうか。Bが履行できなくなった時、つまりFが登記を備えた時、ですね。Fが登記を備えたその瞬間、Aは所有権を失うと同時に、Bに対する損害賠償請求権を取得します。ところが、その同じ瞬間、家の返還を求めてくる立場に立っているのは、もうBではなくFです。
時計とバイクの場合は、留置権が生まれた瞬間、債務者と返還請求権者が同じ人物でした。その後に別人に変わっても、留置権はいったん成立した以上、揺らぎません。ですが今回は、留置権の根拠にしようとしている債権が生まれた、まさにその瞬間に、すでに債務者と返還請求権者が別人になっているんです。Aが家を返さずにいても、困るのは家を受け取れないFだけです。払うべきBのほうは、そもそも家を返してもらう立場にないので、Aが家を押さえていても、何も困りません。これでは、Bに払わせる圧力になりません。判例もこの結論をとっています。
判例最判昭43・11・21
二重譲渡と留置権の否定 上告人ら主張の債権はいずれもその物自体を目的とする債権がその態様を変じたものであり、このような債権はその物に関し生じた債権とはいえない旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できる。
判決の言い方を平たくすると、Aの損害賠償請求権は、もとは「家の所有権を移せ」という債権が、Fの登記で果たせなくなり、お金に形を変えたものにすぎず、形を変えただけの債権は家に関して生じた債権とは言えない、ということです。今日の軸で言い直せば、その債権が生まれたとき、家の返還を求めてくるのはもうFだった、となります。Aは損害賠償請求権自体は持てますが、それで家を留置することはできません。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】牽連性の判断時点 牽連性が認められるためには、留置権の成立が問題となる時点において、被担保債権の債務者と目的物の返還請求権者とが同一人であることを要する。 (規範(最判昭43・11・21等))
2つの場面を並べる
図:2列比較の一覧板
- 見出し「留置権が成立するその時点で、債務者と返還請求権者は同じ人か」
- 左列(OK)=時計・バイクの転売=成立時点で同一人(B)、後で別人化してもよい
- 右列(NG)=二重譲渡=成立が問題となる時点ですでに別人(債務者B、返還請求権者F)
2つの場面を並べます。時計とバイクの転売は、留置権が成立した時点では債務者と返還請求権者が同じ人物で、その後に別人になっても留置権は揺らぎませんでした。二重譲渡は、留置権の根拠にしようとする債権そのものが、返還請求権者と債務者がすでに別人になっている時点で発生しています。同じ「後から出てきた第三者に対して留置権を主張できるか」という形をしていても、決め手は、留置権が成立する、まさにその時点で、両者が同一人だったかどうかです。
他人物売買の買主にも、同じ理屈が働く
図:他人物売買の関係図
同じ軸は、他人物売買にも及びます。売主Bが、実は他人Fの所有物を、自分の物であるかのように買主Aに売る契約です。Bは品をAに渡しましたが、所有権を移すことはできず、Aに損害賠償請求権が発生したとします。ここに、真の所有者Fが登場して、Aに目的物の返還を求めてきました。Aは、Bに対する損害賠償請求権で留置権を主張できるでしょうか。結論も同じで、できません。ただ、理由は少し違う角度から説明されます。他人物売買の売主Bは、そもそも目的物の所有者ではありません。だから、たとえ契約どおり履行されたとしても、Bが買主Aに対して物の返還を求める立場に立つことは、最初からありえないんです。
判例最判昭51・6・17
他人物売買と留置権の否定 他人の物の売買における買主は、その所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償債権をもつて、所有者の目的物返還請求に対し、留置権を主張することは許されないものと解するのが相当である。蓋し、他人の物の売主は、その所有権移転債務が履行不能となつても、目的物の返還を買主に請求しうる関係になく、したがつて、買主が目的物の返還を拒絶することによつて損害賠償債務の履行を間接に強制するという関係は生じないため、右損害賠償債権について目的物の留置権を成立させるために必要な物と債権との牽連関係が当事者間に存在するとはいえないからである。
角度は違いますが、どちらも「Aの占有を通じて、まさに債務者に弁済を強制できる関係」が成り立っていない、という同じ根っこに行き着きます。なお、対抗要件を備えていない借地人が、新しい地主から明渡しを求められた場合も、同じ理屈が働きます。借地の対抗要件の詳しい中身は、別の回で扱います。
弁済期がまだ来ていない債権では、留置できない
図:295条の全文カード背景
- 前々回の1項本文に、ただし書と2項を太字で加える
- 「その債権が弁済期にないときは、この限りでない」「占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない」に下線。
ここから、前々回積み残していた要件③と④を見ます。まず条文をもう一度読みます。
条文民法295条
民法第295条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。 2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。
まず1項ただし書、要件③です。被担保債権の弁済期が来ていなければ、留置権は成立しません。理由は、留置権が持つ力そのものにあります。留置権は、物を留めることで債務者に圧力をかけ、弁済を促す権利でした。弁済期が来ていない債権は、そもそもまだ払わせるべき弁済自体が存在しません。強制すべきものが無いのに、圧力をかける権利だけが先に生まれるのはおかしい、ということです。
質問です
図:想起の板
占有の章の、果実と費用償還の回を思い出してください。悪意の占有者が有益費を支出し、裁判所がその償還に相当の期限を許与すると、留置権はどうなるのでしたか?期限が来るまでは弁済期にない状態になるので、留置権は成立しない、という話でした。有益費30万円を支出した悪意の占有者に、裁判所が3か月後を期限として許与したとすると、その3か月のあいだは弁済期が来ていない状態が続き、留置権は成立しません。期限が到来して初めて、要件③が満たされます。これがまさに、今日見た1項ただし書の働きです。
不法な占有には、留置権を与えない
図:泥棒の設例の板
次に2項、要件④です。占有そのものが不法行為によって始まった場合、留置権は成立しません。典型は泥棒です。仮に泥棒が盗んだ物に必要費や有益費を投じたとしても、費用の償還請求権自体は196条によって発生します。ですが、その債権を根拠に留置権を主張することはできません。趣旨は公平です。不法に占有を始めた者を、法律がわざわざ保護してあげる必要はありません。
途中から不法占有になった場合はどうか
図:賃貸借解除後の不法占有の関係図
ここで少しひねった場面を考えます。AがBから建物を賃借していましたが、賃料を滞納したため、Bが契約を解除しました。ところがAはそのまま建物に住み続け、その間に有益費20万円を支出したとします。Aは、この有益費償還請求権で留置権を主張できるでしょうか。解除の後の占有が不法だというだけで、泥棒と同じに扱えるほど単純ではありません。泥棒の場合は、占有が始まった、その瞬間から不法でした。ですがAの占有は、賃貸借契約のもとで適法に始まっています。不法になったのは、契約が解除された後です。2項の条文は、占有が「始まった」時から不法な場合しか定めていません。
2項の文言をそのまま当てはめることはできません。ですが、2項の趣旨、つまり不法な占有者を保護する必要はないという公平の考え方は、途中から不法占有者になった人にも同じように当てはまります。そこで、2項を類推適用します。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】占有権原喪失後の295条2項類推適用 占有が不法行為によって始まったものでなくても、占有者が権原を失った後に故意または過失によりなお占有を継続した場合には、295条2項の趣旨に照らし、同項を類推適用し、その間に生じた費用償還請求権に基づく留置権の主張は認められない。 (規範(最判昭46・7・16、最判昭51・6・17第三点))
権原がないと知りながら占有を続けた場合(故意)と、権原を失ったかもしれないと疑わなかったことに落ち度がある場合(過失)の、どちらか一方があれば足りる、という意味です。判例はこの2つの型で類推適用を認めています。
判例最判昭46・7・16 民集25巻5号749頁
悪意で占有権原喪失後の類推適用 亡Dが、本件建物の賃貸借契約が解除された後は右建物を占有すべき権原のないことを知りながら不法にこれを占有していた旨の原判決の認定・判断は、挙示の証拠関係に徴し首肯することができる。そして、Dが右のような状況のもとに本件建物につき支出した有益費の償還請求権については、民法二九五条二項の類推適用により、上告人らは本件建物につき、右請求権に基づく留置権を主張することができないと解すべきである。
判例最判昭51・6・17
善意有過失で占有権原喪失後の類推適用 買主が有益費を支出した当時右買収・売渡処分の無効に帰するかもしれないことを疑わなかつたことに過失がある場合には、買主は、民法二九五条二項の類推適用により、右有益費償還請求権に基づき土地の留置権を主張することはできないと解するのが相当である。
1つ目の判決の「亡D」は、賃貸借を解除された後も住み続けた借主で、権原が無いと知っていた型です。2つ目は、国の買収・売渡処分を経た農地を買った人が、その処分が無効になるかもしれないと疑わなかったことに落ち度があった型です。今日の建物の例で言えば、Aは賃料を滞納して契約を解除された以上、通常は「もう権原がない」と知っていた、あるいは知らなかったことに落ち度があったと評価されます。ですから、Aは20万円の有益費償還請求権があっても、建物の留置権は主張できません。果実と費用償還の回で、悪意の占有者や善意でも過失のある占有者について、期限の許与を待たずに留置権が認められないと触れましたが、それを支えているのが、いま見た類推適用です。
文言どおりではなくても、同じ趣旨が及ぶ場面には、同じ結論を及ぼす。これが類推適用という解釈の型です。
牽連性は、成立の瞬間で決まる
図:今日のまとめ板
今日の内容を振り返ります。留置権の成立が問題となる時点で、被担保債権の債務者と物の返還請求権者が同一人であることが、牽連性の核心でした。時計やバイクの転売は、成立の時点で同一人だったからその後もセーフ。二重譲渡と他人物売買は、成立が問題となる時点ですでに別人だったからアウトでした。弁済期がまだ来ていない債権には強制すべき弁済そのものが無く、不法に占有を始めた者は公平の観点から保護されません。そして、占有の始まりは適法でも、途中から権原を失って居座り続けた者には、295条2項の趣旨を及ぼして、同じように留置権を否定する。これで、留置権の成立要件がすべてそろいました。
参照条文
- 民法295条