留置権の効力と消滅
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第3章 担保物権 #142/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
直した家に、住み続けていいのか
図:冒頭の関係図
Aが、Bから借りていた空き家に住んでいたとします。契約が終わって、Aは屋根の修理費として40万円、給湯設備を新しくした費用として、さらにお金をかけていました。Bはお金を払わないまま「家を明け渡してほしい」と言ってきます。Aは、費用を払ってもらうまで家に住み続けている、という状況です。今日はその先を扱います。留置権が成立した後、Aは何をしてよくて、何をしてはいけないのか。そして、この権利はどうなれば消えるのか。住み続けていいのか、人に貸して家賃を取ってもいいのか、何年も押さえ続ければ費用の請求権はずっと守られるのか。この3つの問いに、今日1本で答えを出します。
明け渡し訴訟で、留置権を主張するとどうなるか
図:引換給付判決の関係図
Aが留置権の抗弁を出して、それが認められると、裁判所は明渡し請求を退けるわけではなく、費用の支払と引換に家屋を明け渡すよう命じる判決を出します。これを引換給付判決と呼びます。判例の言い回しを見てみます。
判例最高裁判所判決・昭和33年3月13日
留置権の抗弁と引換給付判決 留置権は、物の占有者がその物に関して生じた債権の弁済を受けるまでその物を留置することを得るに過ぎないものであつて、物に関して生じた債権を他の債権に優先して弁済を受けしめることを趣旨とするものではない。従つて、裁判所は、物の引渡請求に対する留置権の抗弁を理由ありと認めるときは、その引渡請求を棄却することなく、その物に関して生じた債権の弁済と引換に物の引渡を命ずべきものと解するを相当とする。
この判旨の中に、大事な点が2つ入っています。1つは、留置権が物に関して生じた債権を他の債権より優先して弁済を受けさせる権利ではない、という優先弁済的効力の否定です。もう1つは、だからこそ請求を棄却するのではなく、弁済と引換に引渡しを命じる、という結論です。なぜ棄却しないのか。棄却してしまうと、Bは費用を払うつもりがあっても家を返してもらう判決を得られず、改めて訴え直すしかありません。留置権は払ってもらうまで渡さない権利にすぎないので、払えば渡す、という判決で目的は十分に果たせるからです。Aが黙って家に住み続けているだけでも、この扱いになるんですか。そこは注意が必要です。留置権を単に持っているだけでなく、訴訟の中で現実に抗弁として主張することが必要だ、という判例もあります。詳しくは民事訴訟のほうで扱います。
自分から競売にかけても、優先弁済は受けられない
図:競売の関係図の再掲
留置権者が自分から目的物を競売にかけられること、そして買受人が留置権者に弁済しない限り物を受け取れないことは、前回までに確認済みです。今日はここに1つだけ付け加えます。この扱いは、他の債権者が競売を申し立てた場合だけでなく、留置権者自身が競売を申し立てた場合の買受人に対しても同じように及びます。ですから、Aにとって競売は、費用が返ってこないまま物を失う手段ではありません。優先的に配当を受けられるわけではありませんが、買受人が費用を払わない限り物を受け取れないという構造は変わらないので、事実上お金を回収できる状況が保たれます。
貸した部屋の家賃は、誰のものになるか
図:果実充当の計算板
ここで少し設定を足します。Aは家に住みながら、空いている1部屋をBの承諾を得て人に貸し、家賃を受け取っていたとします。この家賃のような、物から生まれる利益を果実と呼びます。留置権者は、この果実を収取して、他の債権者に優先して自分の債権の弁済に充てることができます。ここが唯一の例外です。条文を読みます。
条文民法297条
民法第297条 留置権者は、留置物から生ずる果実を収取し、他の債権者に先立って、これを自己の債権の弁済に充当することができる。 2 前項の果実は、まず債権の利息に充当し、なお残余があるときは元本に充当しなければならない。
果実は、留置権者が物を管理している間に自然と生まれてくる利益です。これを債務者に返してしまうより、留置権者の債権にそのまま充ててしまうほうが、双方にとって手間がかからず合理的だからです。例外といっても、物の価値そのものを取り込むわけではありません。管理している間に自然に生まれた果実に限った、小さな調整だと考えてください。まず利息、残りがあれば元本、という順です。数字で見ます。修理費40万円を被担保債権として、利息が1万円生じていたとします。Aが受け取った家賃が12万円だったとすると、まず利息の1万円に充て、残りの11万円を元本に充てます。元本は40万円から29万円に減ります。
住み続けてよいことと、儲けてよいことは別問題
図:使用制限の分岐図
Aは、預かっている家をどこまで自由に使ってよいのでしょうか。条文を読みます。
条文民法298条
民法第298条 留置権者は、善良な管理者の注意をもって、留置物を占有しなければならない。 2 留置権者は、債務者の承諾を得なければ、留置物を使用し、賃貸し、又は担保に供することができない。ただし、その物の保存に必要な使用をすることは、この限りでない。 3 留置権者が前二項の規定に違反したときは、債務者は、留置権の消滅を請求することができる。
1項の善管注意義務、つまり、その立場の人に一般に求められる注意を尽くす義務です。自分の物を扱うときの注意より重いものです。質権の回で、時計を預かる質権者が負うと見た義務と同じです。ポイントは2項です。Aが家に住み続けて傷ませないようにすること、これは保存に必要な使用にあたるので、Bの承諾が無くても許されます。さっきの1部屋を貸して家賃を取る話は、大丈夫だったんですか。あれはBの承諾を得ていた、という前提でした。承諾が無ければ、賃貸は2項本文にそのまま引っかかります。担保に供することも同じで、原則として許されません。
住み続けることと、人に貸して家賃を取ることの違いを、自分の言葉で考えてみましょう。留置権の入門の回を思い出してください。留置権は、何のための権利でしたか?弁済を受けるまで物を留めておいて、相手にプレッシャーをかける権利、でした。だとすれば、住み続けて家を傷ませないようにすることは、留置という目的の範囲内です。ですが、人に貸して家賃という利益を得ることは、留置ではなく、物を使って稼ぐ行為です。留置権は物の価値を取り込む権利ではないので、Bの承諾なしにこれをやると、留置という目的を超えてしまいます。古い判例も、住み続けることは保存に必要な使用にあたる、と扱っています。ただし、住み続けること自体は許されても、その分の利益をただで受け取ってよいわけではありません。法律上の原因なくその利益を得ている以上、Bに不当利得として返す必要がある点は、建物買取請求権の回で見た、敷地の地代相当額の不当利得の話と同じです。
違反したら、何が起きるか
図:論点の要旨板
- 「保存に必要な使用の範囲を超えても、それだけでは留置権は当然に消えない」「消滅するのは、債務者が実際に消滅を請求したとき」という2文を大きく示す
- 判例名は隅に小さく表示(最判昭33・1・17)
298条3項の話になります。ここで重要な判例があります。浴場の建物を巡る事件で、承諾の範囲を超えた使用があったとしても、それだけで留置権が当然に消えるわけではない、という判断を示しています。判旨を見ます。
判例最高裁判所判決・昭和33年1月17日
保存に必要な使用の範囲を超えた場合の効果 所論の浴場経営が民法二九八条二項但書の物の保存に必要な使用の範囲を逸脱するものかどうかは、同条三項の留置権消滅の請求権を生ぜしめるか否かの問題となるに止まるのであるから、その消滅請求権を行使した事実のない本件においては、前段説示のとおり留置権の存続を認むるの外ないことは明らかである。
3項は「消滅を請求することができる」と定めて、留置権を消すかどうかをBの選択に委ねています。違反の事実は、消滅請求権をBに発生させるだけです。Bがその請求権を行使するまでは、留置権は存続します。ですから、Aが無断で貸して家賃を得ていたとしても、Bが何も言わなければ留置権は残ったままです。これに加えて、Bは違反によって生じた損害については、債務不履行に基づく損害賠償も請求できます。
かけた費用は、どこまで返してもらえるか
図:必要費・有益費の比較板
- 必要費(留置中の窓の修理・10万円)=全額請求可、196条1項との違いとして果実を充当していても別枠で常に請求可、という注記
- 有益費(留置中の断熱パネル設置・支出20万円、増価額15万円が現存)=所有者が支出額か増価額かを選択、裁判所が期限を許与できる、という注記
ここで、費用の話を整理します。冒頭で見た屋根の修理費と給湯設備の交換費は、Aが借りている間にかけたものなので、その返還は賃貸借のルールである608条で決まります。これから見る299条は、それとは別の場面です。契約が終わって家を押さえ続けている間に、Aがさらに費用をかけた場合の話です。条文を読みます。
条文民法299条
民法第299条 留置権者は、留置物について必要費を支出したときは、所有者にその償還をさせることができる。 2 留置権者は、留置物について有益費を支出したときは、これによる価格の増加が現存する場合に限り、所有者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、裁判所は、所有者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
窓の修理代の10万円のような必要費は全額を請求できます。ここで注意してほしいのは、さっき見た果実の話との関係です。Aが家賃を収取して債権の弁済に充てていたとしても、必要費の償還請求権はそれとは別枠で、常に全額を請求できます。占有者の費用償還請求権を見た回の196条1項では、果実を取得した占有者は、通常の必要費を請求できませんでした。果実を自分のものにした以上、ふだんの維持費はその果実でまかなえる、という考えからです。留置権者の場合は違います。果実を取っても自分の儲けにはならず、債権の弁済に充てられて、そのぶんBの支払が減るだけです。ですから必要費は別枠で請求でき、果実収取と両立する、という点がポイントです。
断熱パネルを取り付けるのに20万円かけて、今もその増加分の価値が15万円残っているとします。この場合、Bは、支出した20万円と増加分の15万円のどちらを払うかを選べます。Bにとって有利なほうを選べる仕組みです。さらに、裁判所はBの請求によって、支払の期限を後ろに延ばすことができます。この償還請求権も「その物に関して生じた債権」にあたるので、これを被担保債権として、Aはさらに留置権を取得します。この点も、さっきと同じ判例が明言しています。ただし、裁判所が期限を許与した場合は別です。弁済期が先に延びる以上、その間は、この債権を理由に家を留めることはできません。
判例最高裁判所判決・昭和33年1月17日
費用償還請求権による留置権の成立 この償還請求権もまた民法二九五条の所謂その物に関し生じた債権に外ならないものである。従つて契約終了前既に生じた費用償還請求権と共に、その弁済を受くるまでは、該浴場建物を留置し明渡を拒み得るものというべきである。
冒頭で見た、借りていた間の費用の債権に加えて、留置中にかけたこの費用の償還請求権も被担保債権になり、留置権を支え続けます。契約が終わる前から既にあった債権と一緒に、留置権は続いていく仕組みだと考えてください。ここまでが効力の話です。ここからは、この留置権がどうなれば消えるのか、4つの原因を見ていきます。
押さえていても、時効は進む
図:時効進行の関係図
1つ目の消滅原因は、被担保債権の消滅時効です。条文を読みます。
条文民法300条
民法第300条 留置権の行使は、債権の消滅時効の進行を妨げない。
ところが、家を押さえ続けていても、費用の請求権は安全ではありません。留置権を行使しているだけでは、被担保債権の消滅時効の進行は止まりません。押さえておくことと、債権そのものを守ることは、別の話だからです。Bの起こした訴訟で、Aが留置権を抗弁として出した場合は、話が変わります。訴訟の中で現実に権利主張をしていることになるので、裁判上の催告、つまり裁判の中で支払を求め続けているのと同じだと扱われ、時効の完成が猶予されます。これを認めた判例があります。
判例最高裁判所大法廷判決・昭和38年10月30日
訴訟上の留置権の抗弁と時効の完成猶予 訴訟上の留置権の抗弁は、これを撤回しない限り、当該訴訟の係属中継続して目的物の引渡を拒否する効力を有するものであり、従つて、該訴訟が被担保債権の債務者を相手方とするものである場合においては、右抗弁における被担保債権についての権利主張も継続してなされているものといい得べく、時効中断の効力も訴訟係属中存続するものと解すべきである。そして、当該訴訟の終結後六ケ月内に他の強力な中断事由に訴えれば、時効中断の効力は維持されるものと解する。
さっきの300条と、矛盾していないんですか。矛盾していません。300条が言っているのは、ただ物を留めているだけでは足りない、ということです。この判例が扱っているのは、訴訟の中で抗弁として権利主張を続けている場面です。抗弁を撤回しない限り、その主張は訴訟が続いている間ずっと生きているので、催告を続けているのと同じ状態が生まれます。ただし催告には期限があるので、訴訟が終わってから6か月以内に、訴えを起こすなど、より強い形で時効を止め直す必要があります。なお、判旨の「時効中断」は改正前の言葉で、この場面では今の条文でいう完成猶予にあたります。
訴訟が終われば、その6か月の間に次の手を打たなければなりません。ここは論文でも問われうる論点です。留置権を行使しているだけの場面と、訴訟で現実に主張している場面を分けて、300条とこの判例の関係を説明できるようにしてください。
別の担保に差し替えれば、留置権は消える
図:代担保による消滅請求の関係図
2つ目の消滅原因です。条文を読みます。
条文民法301条
民法第301条 債務者は、相当の担保を供して、留置権の消滅を請求することができる。
安い債権のために高い家をずっと留置され続けるのは、Bにとって不公平です。そこで、留置権の目的である弁済のプレッシャーを、同じくらい果たせる別の担保に差し替えられれば、留置権を維持する理由が無くなります。ただし、ここは注意が必要です。この消滅請求は、Bが一方的に主張するだけでは効果が生じません。さっきの298条3項も「消滅を請求できる」でしたが、違うんですか。違います。301条の消滅請求は、Aの承諾を得るか、それが得られない場合は承諾に代わる裁判を得ることで、初めて効力が生じます。裁判で承諾に代える手続は、民事執行法177条に定めがあります。Bが担保を差し出しただけでは、まだ留置権は消えていません。
なぜ301条だけ、Aの同意が要るんですか。Bが提供した担保が、本当に「相当」と言えるだけの価値と確実性を持つかどうかは、争いが起こりうるところだからです。Aの財産権を一方的に奪う話なので、Aの同意か、裁判所の判断という手続を挟むわけです。
ルールを破ると、消滅を請求される
図:298条3項の再確認板
- 「留置権者が善管注意義務・使用制限に違反したとき」「債務者の請求だけで消滅する(相手の同意は不要)」という2文を、301条との対比の形で並べる
- 左に298条3項(請求のみで足りる)、右に301条(承諾または裁判が必要)
3つ目の消滅原因は、さっき見た298条3項です。Aが承諾なしに部屋を貸したり、担保に入れたりして違反があったとき、Bはこの規定に基づいて留置権の消滅を請求できます。298条3項と301条の違いは、今日いちばん押さえてほしい対比です。298条3項の消滅請求は、Bが請求するだけで足ります。Aの同意は要りません。これに対して301条の消滅請求は、Aの承諾か、それに代わる裁判が無ければ効力を生じません。理由を考えてみてください。298条3項は、Aがルールを破ったことへの制裁です。留置という目的を超えて物を使った以上、その権利を一方的に失わせても不公平ではありません。一方、301条は、Aに何の落ち度も無いのに、Bの都合で担保を差し替えようとする場面です。Aに落ち度が無い以上、Aの同意か裁判所の判断という手続を通さなければ、勝手に権利を奪うことはできません。ルールを破ったかどうかで、必要な手続の重さが変わる、と理解してください。どちらの違いも、留置権が物を押さえておく権利にすぎない、という性格から出てくる違いです。
家を手放せば、留置権も終わる
図:占有喪失の関係図
- Aが家の占有を失う場面(左=単に鍵を返してしまう→留置権消滅)と、Bの承諾を得てAが家を賃貸・質入れする場面(右=占有の形が変わるだけ→留置権は存続)を並べる
- 左下に203条ただし書への橋渡しの注記(占有回収の訴えで取り戻せば消滅しない)
4つ目の消滅原因です。条文を読みます。
条文民法302条
民法第302条 留置権は、留置権者が留置物の占有を失うことによって、消滅する。ただし、第二百九十八条第二項の規定により留置物を賃貸し、又は質権の目的としたときは、この限りでない。
占有は、留置権の成立要件であると同時に、存続要件でもある、という話でした。Aが単純に家の占有を手放せば、その時点で留置権は消えます。Bの承諾を得て賃貸したり、質権の目的にしたりした場合は、占有の形が変わっているだけなので、留置権は消えません。この賃貸というのは、さっき見た298条2項に基づく賃貸のことです。無断ではなく、承諾があるという前提が同じです。以前見たとおり、占有回収の訴えを起こして実際に取り戻せば、占有はずっと続いていたものとみなされるので、留置権も途中で消えたことにはなりません。
1つの理由から、できることとできないことを導く
図:今日のまとめ板
今日の内容を1つの理由から振り返ります。留置権は、弁済を促すために物を押さえておく権利にすぎません。だからこそ、果実という例外を除いて、物を使って儲けることは許されません。住み続けて傷ませないようにするのは留置の範囲内ですが、貸して家賃を得るには承諾が要ります。そして、費用の償還請求権そのものが新しい被担保債権になって、留置権を支え続けます。消滅の場面でも、同じ理由が効いています。物を押さえているだけでは債権そのものは守られないので、時効は進みます。訴訟で現実に主張していれば話は別で、完成猶予が生じます。
ただし、代わりの担保による消滅にはAの同意か裁判が必要で、ルール違反による消滅はBの請求だけで足ります。Aに落ち度があるかどうかで、必要な手続の重さが変わっていました。そして、押さえている物そのものを手放せば、権利の土台が無くなるので消えます。留置権は、物を押さえるだけの控えめな権利です。だからこそ、できることとできないことの線引きが、常にこの1つの理由に戻ってきます。
参照条文
- 民法297条
- 民法298条
- 民法299条
- 民法300条
- 民法301条
- 民法302条