民法 復習ノート全文

民法の地図(条文から引く)→

第1章民法総則

#1単独ページ動画

民法とは何か

第1章 民法総則 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

この回の出発点

友達に五万円を貸した。約束の日を過ぎても返ってこない。連絡もつかない——ここから始めます。

まず警察に行っても、「これは民事の問題なので」と言われて動いてくれません。かといって、相手の家から五万円ぶんの家電を勝手に持ち出せば、今度はこちらが罪に問われます。

警察は動かない。自分で取り返すのもだめ。この行き止まりのために用意されているのが民法です。


誰と誰の話なのか

公法と私法の対比ボード

法律は、誰と誰の関係を決めているかで大きく二つに分かれます。

  • 公法=国家と私人の関係を決める法律
  • 私法=私人どうしの関係を決める法律

「私人」は、国家ではない側、と思ってください。個人でも会社でも構いません。

たとえば刑法は、刑罰を与えるのが国家である以上、国家が私人に対して刑罰権を使うための条件を決めた法律です。だから公法。憲法も、国家の側を縛る法律なので公法です。

そして民法は私法の側にあります。五万円を貸した人と借りた人は、どちらも私人。だから国の機関である警察が出てこない——筋としてはそうなります。国家が乗り出す場面ではない、ということです。

民法は、私人どうしのあいだで、誰にどんな権利があるのかを決める法律。


特別法がなければ、必ず出てくる

一般法と特別法の関係ボード

私法は民法だけではありません。会社法も、商法も、借地借家法も私法です。使い分けを決めるのが一般法と特別法の区別です。

  • 一般法=相手や場面を限定せず、一般的に適用される法律
  • 特別法=特定の人や、特定の場面にだけ適用される法律

部屋を借りる場面には借地借家法があります。「建物や土地を借りる」という場面にだけ働くので特別法です。会社どうしの取引には商法が働きます。「商人」という特定の人が関わる場面にだけ出てくるので、これも特別法。民法は場面も相手も限定していないので、一般法です。

両方が使える場面では、こうなります。

特別法は、一般法に優先する。

「特別法のほうが強い」というより、そちらが先に適用されるという意味です。なぜ先かというと、その場面のために、わざわざ特別に用意した規定だから。一般の規定を先に当ててしまったら、特別法を作った意味がなくなります。

🔴 ここからが大事なところです。特別法は、限られた場面のことしか書いていません。書いていないところは、一般法である民法が埋めます。

たとえば商法には「商人どうしならこうする」という特則が置いてあります。でも、そもそも売買とはどういう約束なのか、代金を払わなかったらどうなるのか——そこは商法には書いてありません。民法がそのまま出てきます。

民法は「えらい法律」なのではなく、最後に必ず出てくる法律。


民法の五つの部屋

民法典5編の地図ボード

民法典は五つのパートに分かれています。

編名前くくり
第一編総則(両方に共通)
第二編物権財産法
第三編債権財産法
第四編親族家族法
第五編相続家族法

第二編・第三編をまとめて財産法、第四編・第五編をまとめて家族法と呼びます。教科書では第二編を物権法、第三編を債権法と呼ぶこともありますが、中身は同じものです。

おおまかには、財産法はモノやお金がどう動くかのルール、家族法は結婚や親子、亡くなった人の財産をどう引き継ぐかのルールです。

第一編=民法総則は、そのどちらにも入っていません。ここには財産法にも家族法にも共通して使えるルールが置いてあります。たとえば「そもそも権利を持てるのは誰か」。人は生まれた瞬間から権利を持てます。このルールは、物を買う場面でも、親から扶養してもらう場面でも同じように効きます。どちらでも使うものだから、前にまとめて出してあるわけです。

(この作り方には名前が付いていますが、なぜそう作ったのかは次回に扱います。)

そして総則を理解するには、物権と債権という二本柱を先に知っておく必要があります。ここからが今日の本題です。


物に向かう権利

所有権の関係図

自転車を一台持っているとします。その自転車に対してできることは——乗る、人に貸す、売る。この三つが、そのまま条文になっています。

この、人が物に対して持っている権利を物権と呼びます。相手は人ではなく、物そのもの。物権にはいくつか種類がありますが、その代表が所有権です。

条文民法206条(所有権の内容)

所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

  • 使用=使うこと(自転車に乗る)
  • 収益=その物から利益を得ること(人に貸して料金をもらう)
  • 処分=売ったり捨てたりすること

この三つが揃っているのが所有権です。

「法令の制限内において」とあるとおり、所有権も何をしてもいいわけではありません。自分の土地でも、建てられる建物の高さには制限があります。ただ、その制限がある中では持ち主が自由に決めてよい——それが所有権です。

🔴 もうひとつ大事な性質があります。所有権を持っていれば、誰に対しても「これは私のものだ」と言えます。たとえば自転車を盗まれて、盗んだ本人の家にそのまま置かれていたとします。その人とは何の約束もしていません。それでも「それは私のものだ」と言えます。相手を選ばない——ここが、次に出てくる債権との大きな違いになります。


その土地は、いつ自分のものになるのか

所有権が移る瞬間の時系列ボード

ある人から土地を買うことにして、「売ります」「買います」と話がまとまりました。その土地は、いつからあなたのものになるのでしょうか。

候補は三つ考えられます。代金を払ったとき/名義(登記)を書き換えたとき/契約がまとまったとき。 (登記とは、その土地の持ち主が誰かを記録した、役所の帳簿だと思ってください。)

条文はこう定めています。

条文民法176条(物権の設定及び移転)

物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

「意思表示」は、今のところ「思っていることを外に出して言うこと」くらいで結構です。つまり——

「売ります」「買います」と言った、それだけで移る。

候補要件になるか
意思表示(「売ります」「買います」)✓
代金の支払い✗
登記(名義の書き換え)✗
契約書の作成✗

代金も、登記も、契約書も要りません。判例(裁判所が積み重ねてきた先例)も通説(多くの学者が支持している考え方)も、この条文をそのまま素直に読んでいます。つまり、代金も登記も契約書も要件ではない、という点に争いはありません。

逆も確かめておきます。お金だけ先に払っていても、まだ「売ります」「買います」が揃っていなければ土地は動きません。値段を交渉している最中に代金を振り込んでも、持ち主は相手のままです。動かしているのは、お金でも紙でもなく、意思表示です。

なぜそういう作りなのか。当事者が「売ります」「買います」と決めた、その中身をそのまま効力にする——それがこの法律の建前だからです。

もっとも、ここには当然、続きの問題があります。お金を払っていない買主が持ち主だとして、売主はどうやって代金を確保するのか。名義がまだ売主のままなら、売主が別の人にもう一度売ってしまうこともできてしまうのではないか。大問題です。だからこの先にたくさんの仕組みが用意されていますが、それは物権の回でまとめて扱います。

今日はこの出発点だけ持って帰ってください=意思表示だけで移る。


人に向かう権利

債権の関係図

もうひとつの柱です。冒頭の五万円に戻ります。あなたは相手に対して「五万円を返してください」と言えます。その「言える」という中身が債権です。

債権とは、特定の人に対して、特定の行為を求めることができる権利。

物権は物に向かっていました。債権は人に向かっています。ここが決定的な違いです。

そして債権は、その相手にしか言えません。五万円を貸したのはあの友達であって、関係のない通行人に「返せ」とは言えません。所有権のときは「誰に対しても言えた」のに、債権は「その人にだけ」。同じ「返して」でも中身がまるで違います。

🔴 債権はお金の場面だけではありません。 定義をもう一度見ると「特定の行為を求めることができる権利」でした。「行為」なので、お金を払うことに限りません。

  • 買った品物を引き渡せ
  • 頼んだ工事を完成させろ
  • 部屋を貸してくれ

人に何かをしてもらうという形をしていれば、みんな債権です。だから民法の中で債権が出てくる場面は非常に多い。逆に言えば、相手が動いてくれないと実現しないのが債権の弱点でもあります。物権が物さえあれば成り立つのとは対照的で、そこが二本柱を分けて考える理由です。


同じ関係を、裏から見ると

債権と債務の対比ボード

あなたが「五万円を返せ」と言える。これが債権でした。相手の側から見ると、五万円を返さなければいけない状態になっています。これを債務と呼びます。

🔴 債権と債務は、別々に二つあるのではありません。 ひとつの関係を、どちら側から見ているかの違いです。

  • 権利を持っている人=債権者
  • 義務を負っている人=債務者

五万円を貸したあなたが債権者、友達が債務者です。


五万円を、二つの道具で読み直す

冒頭の事案を読み直すボード

最初の場面を、今日の言葉で言い直します。

  • あなたは友達に対して、五万円を返せと言える債権を持っている。
  • 友達は、五万円を返す債務を負っている。
  • 警察が出てこないのは、あなたと友達がどちらも私人だから=公法の話ではないから。

ではもし、貸したのがお金ではなく自転車だったら、どうなるでしょうか。

貸したお金は、相手が使ってかまわないものです。返してもらうのは「同じ五万円ぶん」であって、渡したあのお札そのものではありません。だからお金は渡した時点で相手のものになり、手元に残るのは「返せ」と言える債権だけです。

自転車は違います。返してもらうのは貸したその一台。だから所有権はずっとあなたのもの。つまり自転車を貸した場合は、債権に加えて所有権も使えるわけです。

同じ「返して」でも、使える道具が違う。 どちらを使うかで、その先の話がまるで変わってきます。


今日の地図(保存版)

民法の地図ボード

  • 民法は、私人どうしの関係を決める私法。
  • そして、特別法がなければ必ず出てくる****一般法。
  • この二つを一息で言うと——民法とは、私法の一般法である。
    • 「私法」=国家が出てこない、私人どうしの話。
    • 「一般法」=特別な法律がなければ必ず出てくる、という意味。
  • 中身は五つの部屋に分かれていて、最初の総則には共通ルールが置いてある。
  • 財産法の二本柱が、物に向かう物権と、人に向かう債権。
    • 物権は誰にでも言える/債権はその相手にだけ。

次回は、この二つの違いをもう一段深く見ます。たとえば——同じ土地を、二人の人に売ることはできるのか。

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#2単独ページ動画

物権と債権の違い

第1章 民法総則 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

物に向かう権利、人に向かう権利

直接支配と請求の対比ボード 図:直接支配と請求の対比ボード

今のカメラが、もう手元にある場面で考えてみます。カメラを持っているとき、それを使うのに、誰かの協力が要りますか。いえ、要りません。自分で構えて、シャッターを押すだけです。物を直接に支配できる。これが物権でした。前回、少しだけ触れましたね。相手は人ではなく、物そのものです。誰の力も借りずに、使ったり、貸したり、売ったりできます。では、まだ約束の段階の場面はどうでしょうか。「売ります」「買います」で止まっている状態です。買うと約束した人は、カメラを今すぐ使えますか。いえ、まだ相手が渡してくれないと。相手が動いてくれて、初めて実現する。これが債権でした。

物権は物に、債権は人に向かう。向きが逆です。間に人の行為が挟まるかどうか——これが基本の軸になります。この軸を、これから何度も使います。

なぜ、二つとも有効になるのか

排他性の回収ボード 図:排他性の回収ボード

もう一度、最初の問いに戻ります。カメラを売る約束は、二つとも有効でした。物権と債権、どちらの性質と関係がありそうですか。理由まで、確かめていきましょう。まず、売買の約束は、何を生む約束でしたか。さっき言った、債権です。相手に「渡して」と言える権利。最初の約束で、最初の相手に対する債権が生まれます。カメラを引き渡してほしい、という債権です。では、次の約束では、何が生まれますか。別の債権が、もう一本生まれます。ここで大事なのは、債権が約束さえあれば成立するということです。物を今、実際に押さえているかどうかは、関係ありません。だから、同じカメラについての約束が二つあっても、成立する段階ではぶつかりません。

約束しただけの段階では、まだ何も奪い合っていません。もし、これが物権だったら、話は変わります。物権は、物そのものに対する支配です。同じ物の上に、同じ内容の支配が二つ乗ることはできません。だから物権は、同じ物について一つしか成立しない。これを排他性と呼びます。一方、債権は相手ごとに独立して成立できる。排他性がありません。カメラが一台しかないことと、約束が二つ結べることは、実は矛盾していません。どちらか一方だけです。渡せなかった側との約束は、果たせない約束として残ります。どちらのものになるかは、やはり別の回で扱います。今日の主役は、なぜ二つとも成立してしまうのか、その理由のほうです。

はい、そこは誤解しやすいところです。強い・弱いの話ではなく、当てはまる範囲が違うだけです。物権は物一つにつき一つ、債権は相手ごとに何本でも。

同じ「返して」の、二つの意味

絶対性(自転車を持ち去られた場面)の関係図ボード 図:絶対性(自転車を持ち去られた場面)の関係図ボード

前回、友達に五万円を貸した話をしましたね。「返して」と言えるのは、誰に対してでしたか。借りた本人……友達に対してだけです。関係のない人には、言えない、と。今日は、自転車を貸した場面を並べてみます。友達に、少しの間だけ。ところが、友達が目を離した隙に、見ず知らずの人が持って行ってしまいました。この場合、自転車を返してと言えるのは、誰に対してですか。会ったことも話したこともない相手にも、「それは私の自転車だ、返してほしい」と言えます。そこが今日の核心です。物権に基づく「返して」は、今それを持っている人が誰であっても主張できます。なぜ、そうなるのでしょうか。

物権は、人ではなく物そのものに向かう権利でしたね。向いている先が物である以上、その物が誰の手にあっても、同じことが言えます。これを絶対性と呼びます。一方、債権に基づく「返して」は、その相手にしか主張できません。これを相対性と呼びます。同じ「返して」でも、根っこの権利で相手の範囲が変わります。

相対性(五万円を渡してしまった場面)の関係図ボード 図:相対性(五万円を渡してしまった場面)の関係図ボード

もう一度、五万円のほうで確認します。友達が、借りたその五万円を別の人に渡してしまったとします。あなたは、その「別の人」に返してと言えますか。言えないですね。私が約束したのは、友達とだけなので。これから先、事案を見たら、この二つを見分けられるようにしてください。「今それを持っている人になら、誰にでも言えそうか」。それなら、物権の絶対性の話です。「あの人との約束だから、あの人にしか言えない」。それなら、債権の相対性の話です。それが、今日いちばん身につけてほしい見分け方です。ただし、一つだけ留保を置いておきます。物権が誰に対してでも主張できるのは、いつでも無条件ではありません。物権が誰の手に渡ったかという経緯によっては、対抗要件という、別の条件が必要になる場面があります。

今日はまだ、名前だけにしておきます。この先の回で、じっくり扱います。今日のところは、この骨格だけ持って帰ってください。誰に対してでも言えるのが物権、相手にしか言えないのが債権です。

種類を決めるのは、誰か

物権法定主義と契約自由の対比ボード 図:物権法定主義と契約自由の対比ボード

もう一つ、カメラの取引に戻って考えます。分割払いにするか、いつ引き渡すか。こうした取引の条件は、誰が決めますか。売る人と買う人が、話し合って決めます。契約の中身は、当事者どうしが自由に決めてよい。条文にも、はっきり書いてあります。

条文民法521条

民法 第521条(契約の締結及び内容の自由) 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。 2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

ただし、「法令の制限内」とあるとおり、無制限ではありません。公序良俗に反するような内容には、別の歯止めがあります。その歯止めは、また別の回で扱います。今日は、当事者が自由に決めてよいという原則の側だけ、押さえてください。では、今度は物権のほうを考えます。「代金を払わなくても、契約した瞬間から独占して使い続けられる権利」。こんな新しい種類の物権を、当事者どうしで勝手に作れると思いますか。条文を見てみましょう。

条文民法175条

民法 第175条(物権の創設) 物権は、この法律その他の法律に定めるもののほか、創設することができない。

物権の種類は、法律が定めたものに限られます。これを物権法定主義と呼びます。理由は、さっきの絶対性に戻ります。契約は、その相手にしか効きません。二人が自由に決めても、迷惑するのはせいぜい二人の間だけです。ところが物権は、誰に対しても主張できる権利でした。もし当事者が勝手に新種の物権を作れてしまうと、その物を買おうとする、まったく無関係な人まで縛られます。それでは、誰も安心して取引できません。だから物権の種類は、法律があらかじめ決めたものだけにしてあります。誰が見ても分かる状態にしておく。それが物権法定主義の理由です。

まとめると、そういうことです。ちなみに、物権には所有権のほかにも、十種類ほどの仲間があります。その中身は、また別の回で扱います。今日は、種類そのものは法律だけが決められる、ということだけ持ち帰ってください。

債権は、どこから生まれるのか

債権の発生原因4つの一覧ボード 図:債権の発生原因4つの一覧ボード

ここまで、物権と債権の違いを見てきました。ここからは、債権に絞って、もう少し深く見ていきます。そもそも債権は、何がきっかけで生まれるのでしょうか。それが一番多いパターンです。条文を見てみましょう。

条文民法555条

民法 第555条(売買) 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

「渡します」「払います」。この二つの約束が揃うと、契約が成立します。カメラで言えば、売る人には代金を求める債権が生まれます。買う人には、カメラの引き渡しを求める債権が生まれます。そして、民法が定める債権の発生原因は、あと三つあります。一つ目は事務管理です。友達が入院している間のことを、考えてみます。頼まれてもいないのに、飼い猫の世話を代わりに引き受けました。エサ代も、立て替えたとします。義務がないのに、他人のために動いてしまうこと。これを事務管理と呼びます。この場合、立て替えたエサ代を返してもらえる債権が生まれます。二つ目は不当利得です。フリマアプリで、返金の処理が二重に行われたとします。代金が、誤って二回振り込まれてしまいました。

残念ながら違います。法律上の理由なく利益を得ています。だから、その分を返す義務、つまり返還を求める債権が相手に生まれます。三つ目は不法行為です。カフェで、隣の席の人が不注意でコーヒーをこぼしたとします。それが、あなたのノートパソコンにかかってしまいました。故意や過失で他人の権利を侵害した場合。損害を賠償させる債権が生まれます。そこがポイントです。この三つは、法律が定める条件を満たせば当然に発生する債権です。まとめて法定債権と呼びます。それぞれの細かい要件は、また別の回でじっくり扱います。今日は、契約・事務管理・不当利得・不法行為。この四つの入り口がある、ということだけ押さえてください。

債権は、どこへ消えるのか

債権の消滅原因7つの一覧ボード 図:債権の消滅原因7つの一覧ボード

発生したものがあれば、当然、消える場面もあります。債権は、どうやって消えるのでしょうか。約束どおり果たせば消える、それが一番基本の弁済です。借りたものを、約束どおり返す。民法は、弁済のほかにも、消える場面を条文順であと六つ挙げています。今日は名前だけ、一つずつ確認します。代物弁済。本来渡すはずの物の代わりに、別の物で済ませる方法です。供託。お金や物を法務局に預けて、それで済ませる制度です。相殺。お互いに同じ種類の債権を持っているとき、重なっている分だけ、両方まとめて消すことです。更改。今の債務をいったん消して、新しい内容の債務に入れ替えることです。免除。債権者の側から、一方的に手放すことです。混同。債権者と債務者が、同じ一人になってしまうことです。貸していた相手を、あとで相続した場合などに起こります。

全部を今日覚える必要はありません。今日は名前と順番を知っておくだけで十分です。中身は、あとの回でじっくり扱います。ついでに触れておくと、債権には他にも制度があります。支払いを確実にする担保や保全の制度。債権そのものを、別の人に譲る制度もあります。これらも、この先の回でまとめて扱います。まずは全体の地図を持っておくことが、今日の目的です。

なぜ、総則が最初にあるのか

前回の176条と、今日の555条の「意思表示」共通点ボード 図:前回の176条と、今日の555条の「意思表示」共通点ボード

前回、民法典には五つの部屋——総則、物権、債権、親族、相続——があるという話をしました。最初の部屋、総則には共通ルールが置いてある、とも話しましたね。総則がなぜ最初に置かれているのか、という話は、まだでしたね。ここで、二つの条文を並べてみます。前回、物権のところで見た176条と、さっき見た555条です。555条は「移転することを約し」「代金を支払うことを約する」でした。そこです。意思表示とは、こうしたい、という意思を外に向けて表すことです。176条は物権の条文、555条は債権の条文。編としては別々の場所にあるのに、どちらも同じ言葉を要件にしています。意思表示という言葉です。もし、意思表示のルールを、176条にも555条にも書き込むとしたら。

意思表示が要件になる条文は、この二つだけではありません。数えきれないほどあります。そのたびに同じルールを書けば、量が膨れ上がります。書き方が少しずつずれて、内容がバラバラになる危険もあります。共通して使われる部分を、最初にまとめて置いておくしかない。これが、総則が最初に置かれている理由です。この条文の並べ方に、名前が付いています。パンデクテン方式と呼びます。意思表示の詳しいルールを定めた条文群も、総則の中にあります。だまされて結んだ約束や、勘違いで結んだ約束をどう扱うか。93条から先に並んでいます。中身は、また別の回で扱います。

権利濫用1条3項の構造ボード 図:権利濫用1条3項の構造ボード

もう一つだけ、似た例を見ておきます。民法1条3項には、こう書いてあります。「権利の濫用は、これを許さない」。この一文の「権利」は、物権にも債権にも、どちらにもかかります。だから、これも総則にまとめて置くしかないんです。まとめると、そういうことです。総則は、便宜的にまとめただけの部屋ではありません。同じ言葉が、あちこちで繰り返し必要になるから、前に置くしかなかった。そういう部屋なんです。

物権と債権、四つの違いを表にする

物権と債権の対比表ボード 図:物権と債権の対比表ボード

今日出てきた違いを、一つの表にまとめます。一つ目、支配の対象。物権は物そのものに、債権は特定の人に向かいます。二つ目、排他性。物権は同じ物について一つしか成立しませんが、債権は何本でも成立します。三つ目、効力の及ぶ範囲。物権は誰に対してでも主張できる絶対性。債権はその相手にしか主張できない相対性です。四つ目、種類の決定者。物権の種類は法律だけが決められる、物権法定主義。契約の内容は当事者どうしが決められる、契約自由です。この一本の軸から、残りの三つは説明がつきます。そして、「意思表示」や「権利」といった共通の言葉が、両方を貫いています。だからこそ、民法は最初に、総則という共通の部屋を置いていました。

次に約束や、物の貸し借りに出会ったら、この四つの軸で見分けてみてください。それが、これから先の回を読み解く土台になります。

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#3単独ページ動画

法律行為とは何か

第1章 民法総則 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

条文はなぜ「契約」ではなく「法律行為」と書くのか

「契約」では足りない場面を示すボード 図:「契約」では足りない場面を示すボード

前回、176条にも、555条にも、共通して出てきた言葉がありました。覚えていますか。えっと……意思表示、でしたっけ。「売ります」「買います」のように、意思を外に向けて表すことでしたね。今日は、この意思表示を要素とする行為が、契約だけではない、という話から始めます。条文を作る人の立場になって考えてみましょう。もし90条が、こう書かれていたとします。「公序良俗に反する契約は、無効とする」。では、次の場面を考えてください。ある人が遺言で「私の決めた相手と結婚しなければ、財産は一切渡さない」と書きました。

ところが、遺言は契約ではありません。相手の承諾もいらない、一人だけの行為です。「契約」だけで作った条文は、契約以外の行為を、素通りしてしまいます。あります。何人かで力を合わせて団体を作る行為も、契約とは呼びません。こうした行為ひとつひとつに、同じルールを何度も書くのは大変です。まとめて呼べる言葉、まさにそこです。契約も、遺言のような単独の行為も、団体を作るような行為も、まとめて呼ぶ言葉が要る。それが、法律行為です。実際の条文を見てみましょう。

条文民法90条

民法 第90条(公序良俗) 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

この一語のおかげで、契約も、遺言も、団体を作る行為も、まとめて条文の対象になります。物権や債権を、発生させたり、変えたり、消したりする行為のことです。そのうち、意思表示を要素とするものを指します。あの二つの権利が動くとき、その代表的な動かし方が、契約をはじめとする法律行為です。意思表示という部品でできている行為、それが法律行為です。この部品の話は、この後もう一度触れます。

法律行為の三つの顔——契約・単独行為・合同行為

法律行為三類型の対比ボード 図:法律行為三類型の対比ボード

法律行為には、大きく三つの顔があります。一つ目は、今のギターの約束のような契約です。あなたと友人、二人の意思表示が、向き合って一致しています。二つ目は単独行為。一人の意思表示だけで成立する行為です。さっき出てきた遺言が、その代表です。財産を譲られる側の意思表示は、いりません。書いた本人の意思表示だけで足ります。合同行為です。複数の意思表示が要る点は、契約と同じですが、向きが違います。例えば、何人かの友人が「サークルを作ろう」と、それぞれ意思表示をする場面です。大事な違いがあります。契約は、売る側と買う側、利害が向かい合っています。サークルを作る三人は、全員が同じ目的を共有しています。利害はぶつかりません。

意思表示が何人分要るか、そしてどの向きか。この二つの軸で見分けられます。

法律行為の中身は、意思表示という部品でできている

法律行為を作る部品としての意思表示ボード 図:法律行為を作る部品としての意思表示ボード

今見た三つの顔——契約、単独行為、合同行為。共通しているものがあります。契約も、遺言も、サークル設立も、中身は意思表示という部品の組み合わせです。「売ります」も、「譲ります」も、「サークルを作ります」も、すべて意思表示です。法律行為は、この部品なしには成立しません。だまされて「買うよ」と言わされていたら、どうでしょう。部品である意思表示に問題があれば、法律行為そのものも揺らぎます。この部品の壊れ方は、また別の回でじっくり扱います。今日は、法律行為の中身が意思表示だ、という関係だけ押さえてください。

契約が効くまでに通る、四つの関門

契約の四つの関門ボード 図:契約の四つの関門ボード

ここまでの話を、一枚の地図にまとめます。冒頭のギターの約束、思い出してください。「もう成立している」と言いました。実は、契約が実際に効くまでには、四つの関門があります。一つ目は、成立要件。契約が生まれたかどうか、という関門です。二つ目は、有効要件。生まれた契約が、効くに値する中身かどうか、という関門です。そこが、今日の核心です。三つ目は、効果帰属要件。効果が誰に届くか、という関門です。そして四つ目が、効力発生要件。その効果が、いつから動き出すか、という関門です。この四つは、独立した別々の問いです。一つに「はい」と答えられても、次の問いには何の保証もありません。

今日はこのあと、一つ目と二つ目の関門を、中心に見ていきます。三つ目と四つ目は、名前と中身を少しだけ触れます。この先の民法総則の学習の多くが、この四つの関門のどこかを深掘りする形で進みます。今日渡すのは、その入り口の地図です。

第一の関門——契約はどうすれば生まれるのか

申込みと承諾の関係図ボード 図:申込みと承諾の関係図ボード

今は、四つの関門のうち、一つ目——成立要件を見ています。冒頭のギターの約束が、なぜもう成立していたのか。条文で確認しましょう。

条文民法522条

民法 第522条(契約の成立と方式) 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。 2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

申込みに対して承諾があった、その瞬間に契約は成立します。2項を見てください。書面などの方式は、原則として要りません。契約書がなくても、口約束だけで、契約は成立します。前回、結ぶかどうかも、中身も自由だと見ました。契約自由には、誰と結ぶかの自由と、この方式の自由も含まれます。もう一歩踏み込みます。「合致していれば足りる」とは、どこまでの意味でしょうか。大事なのは、外から見て、内容がかみ合っているかどうかです。心の中で何を思っていたかまでは、問いません。相手に見えているのは、外に表れた言葉だけだからです。

ただし、見た目すら合っていなければ、話は別です。もし友人が「買うよ」ではなく、「二万円なら買うよ」と返してきたら、どうでしょう。この場合、これは承諾ではありません。新しい申込み、つまり対抗提案になります。かみ合っていない以上、この時点では契約は成立していません。かみ合っているかどうかで、成立するかどうかが決まります。

第二の関門——生まれた契約が、効くに値する中身かどうか

有効要件の二分岐ボード 図:有効要件の二分岐ボード

今は、四つの関門のうち、二つ目——有効要件を見ています。成立した契約が、効くに値する中身かどうか、という関門です。契約が「効くに値する」かどうかは、二つの側面から判定されます。一つ目は、主観的有効要件。契約する人の側に問題がないか、という側面です。中身は四つあります。権利能力——誰でも持っている、権利を持てる資格そのものです。意思能力——自分の判断で、意味を理解して決められる力です。行為能力——年齢などで一律に決まる、一人で契約などを完全に行える資格です。そして、意思表示に問題がないこと——だまされた、勘違いした、脅されたなどがないことです。順に、詐欺、錯誤、強迫と呼びます。

この四つの中身は、また別の回で扱います。二つ目は、客観的有効要件。契約の中身の側に問題がないか、という側面です。こちらも三つあります。確定性——中身が何をするか、特定できていることです。適法性——法律のルールに反していないことです。そして、社会的妥当性——社会常識や公序良俗に反していないことです。人に問題がなくても、中身に問題があれば、有効とは言えません。逆に、両方をくぐり抜けて初めて契約は効き、物権や債権が実際に動き出します。次は、この客観的有効要件、とくに社会的妥当性が欠けた実例を見てみましょう。それが、今日いちばん深く見ていく話です。

「効かない」の二つの意味——無効と取消し

賭けの負け金をめぐる関係図ボード 図:賭けの負け金をめぐる関係図ボード

今は、四つの関門のうち、二つ目——有効要件の続きです。友人どうしで、賭けのポーカーをしたとします。負けたほうが、勝ったほうに「五万円払うよ」と約束したとします。当事者どうし、真剣に約束したとします。この約束、有効でしょうか。ここで、さっき出てきた90条を、もう一度見てみましょう。

条文民法90条

民法 第90条(公序良俗) 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

賭け事は、法律が公認していない賭博です。公序良俗に反する行為にあたります。今日はこの言葉の中身を、正面から見ていきます。そこが、多くの人が引っかかるところです。実は、罰でも非難でもありません。無効という言葉は、もっと機械的な意味です。その約束には、権利も義務も、そもそも生まれてこない、というだけのことです。この賭けの約束で言えば、負けた人には「五万円を払え」と言われる債権は、そもそも発生しません。では、勝ったほうが、裁判所に「払ってもらいたい」と訴えても、認められません。まるで、そんな約束は最初からこの世に存在しなかったかのように扱われます。

「ダメな約束」なのではなく、約束としては成立しているんです。成立しているのに、法律上の効果だけが最初から無い。それが無効です。もし、賭けの約束にも少しでも法律の力を貸したら、どうなるでしょう。裁判所という国の機関が、賭博の後始末に手を貸すことになってしまいます。だから民法は、公序良俗に反する法律行為には、一切の法律上の効果を与えない、という態度を取ります。これが、無効の正体です。無効になるのは、公序良俗に反する場合だけではありません。相手と示し合わせた見せかけの契約——通謀虚偽表示、94条1項も無効です。この中身も、また別の回で扱います。

無効と取消しの対比ボード 図:無効と取消しの対比ボード

ここで、もう一つ、似ているけれど違う場面を挙げます。だまされて、ある物を買う約束をさせられた、という場面です。ただし、扱いが変わります。だまされた場合——詐欺です。無効ではなく、取り消せる契約になります。根拠は、96条1項です。無効な約束は、最初から一貫して効果がありません。一方、取り消せる契約は、取り消されるまでは、いったん有効です。だまされた本人が、「やっぱりやめます」と取消しの意思表示をして、初めて話が変わります。取り消すと、その契約は、最初にさかのぼって無効だったことになります。121条です。この、さかのぼる効き方を、遡及効と呼びます。

この、取り消されるまでの状態を、不確定的に有効と呼びます。賭け事は、当事者双方が納得ずくで、社会そのものに反する約束をしています。だから、誰の意思も特別に守る必要がなく、法律は最初から効果を認めません。一方、だまされた側は、本当は自由な意思で決めたかった人です。だまされた本人に、続けるか、やめるかを選ばせます。だから、誰でも無効を主張できる形にはせず、本人だけが使える取消権という形にしてあります。まとめると、成立していても、有効とは限りません。無効も、取消しも、どちらも「有効の関門でつまずいた」結果です。ただ、つまずき方が違います。無効は、最初から一貫して効果が無いこと。取消しは、取り消されるまでは有効な、不確定な状態のことです。

第三・第四の関門——誰に効くか、いつから効くか

効果帰属要件と効力発生要件の一覧ボード 図:効果帰属要件と効力発生要件の一覧ボード

残り二つの関門にも、名前だけ触れておきます。三つ目は、効果帰属要件。契約の効果が、誰に及ぶかを決める関門です。ただ、代理人という他人を使っても、本人に効果を及ぼせる仕組みがあります。この仕組みは、また別の回で扱います。四つ目は、効力発生要件。契約の効力が、いつから生じるかを決める関門です。例えば、「試験に合格したら、この時計をあげる」。こうした、将来起こるかどうか未定の事実にかからせることができます。これを条件と呼びます。また、「来年の四月になったら」というように、将来必ず来る時点にかからせることもできます。こちらは期限です。

この二つも、また別の回で扱います。今日は、残り二つの関門に、こういう名前がついている、というところで十分です。

今日埋めた関門、これから埋める関門

四つの関門の差分まとめボード 図:四つの関門の差分まとめボード

今日渡した四つの関門の地図を、もう一度見ます。一つ目、成立要件。申込みと承諾が、外から見てかみ合えば、契約は成立します。書面などの方式も要りません。ここは、今日しっかり埋めました。二つ目、有効要件。契約する人の側と、中身の側、両方に問題が無いかを見る関門でした。中でも、社会的妥当性を欠いた約束は、無効。権利や義務が、そもそも生まれてこない、という結果です。だまされた場合は無効ではなく、取り消されるまでは有効な取消しでした。この中身、そして有効要件の残りの項目は、まだこれから埋めていく部分です。効果帰属要件と、効力発生要件。名前と、大まかな中身だけ渡しました。ここもまだ空欄です。

契約は、生まれただけでは終わりません。効くに値する中身か、誰に届くか、いつから動くか。順番に問いが続きます。この四つの関門は、この先ずっと使う道具です。しっかり持ち帰ってください。

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#4単独ページ動画

代理・善意悪意・特定物

第1章 民法総則 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

誰が契約しても、効くのは自分——代理

自分・姉・お店の三面関係ボード 図:自分・姉・お店の三面関係ボード

発売日にしか買えない、限定モデルのスニーカーがあるとします。ところが、その日はどうしても出張が外せません。そこで、姉に頼みます。「当日、代わりに並んで買ってきて」。姉は当日お店に行き、店員に「これをください」と言い、契約を結びます。ところが、代金を払う義務を負うのも、スニーカーの所有権を得るのも、自分です。姉はお店との間で契約をしただけなのに、その効果は自分に生じます。この不思議を説明するのが、代理という仕組みです。条文を見てみましょう。

条文民法99条

民法 第99条(代理行為の要件及び効果) 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。 2 前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。

この場面での役割で言うと、自分が本人、姉が代理人、店員が相手方です。条文の中の「意思表示」は、前回の言葉ですね。「買います」のような、法律行為をつくる部品でした。代理人である姉が、権限の範囲内で契約をしています。頼まれた「買ってきて」の範囲の中で、ということです。そして姉は、お店に「これは、頼んできた本人のために買うものです」と示しながら話しています。この、本人のためにすることを示す行為に、名前が付いています。顕名と呼びます。姉ではなく、本人——つまり自分——の名前を出して契約している、というイメージです。この二つの要件——権限の範囲内であること、そして顕名があること——がそろうと、99条1項のとおり、効果は本人に直接生じます。

契約をした人と、効果を受ける人が、分かれる。これが、代理の三面関係です。顕名を欠いた場合にどうなるかは、また別の回で扱います。今日は、この三面関係の形だけ、しっかり覚えてください。

代理権は、どこから来るのか

任意代理と法定代理、発生原因の対比ボード 図:任意代理と法定代理、発生原因の対比ボード

姉が代理人になれたのは、自分が「買ってきて」と頼んだからでした。この、本人が代理権を与える行為を、授権と呼びます。授権によって生まれる代理を、任意代理と言います。では、次の場面を考えてください。同じ限定スニーカーを、十五歳の弟も欲しがっているとします。ところが、十五歳はまだ一人で契約を完結させられる年齢ではありません。弟でも買えます。親権者である親が、弟に代わって契約できます。ただし、こちらは弟が「お願い」と頼んだわけではありません。親権者には、法律の規定によって、当然に代理権が認められています。

これを法定代理と呼びます。この違いは、根拠となる条文からも分かります。親権者の代理権は、824条という条文が根拠です。中身には、今日は入りません。未成年者の親権者に代理権を与える条文がある、とだけ覚えてください。この発生原因の違いが、任意代理と法定代理の分かれ目です。代理権の範囲や、代理権が消える場面は、また別の回で扱います。

「善意」は、良い心じゃない

善意と悪意の対比ボード 図:善意と悪意の対比ボード

話は少し進んで、発売から時間がたったころのことにします。姉が、フリマアプリで同じ限定モデルを見つけ、買ったとします。ところが、実はその一足、盗まれた品でした。ここで、二つの場合を考えます。一つ目、姉がそれをまったく知らずに買った場合。二つ目、実は盗品だと知りながら買った場合。この二つで、この先の扱いが変わってきます。民法は、知らなかったことを善意、知っていたことを悪意と呼びます。日常語の「善意」とは意味が違う——そこが、最大の誤解ポイントです。民法の善意・悪意は、道徳的な良い・悪いとは、まったく関係ありません。

動機は関係ありません。知っていたか、知らなかったか。それだけです。冒頭の192条にあった「善意」も、まさにこの意味です。知らないこと、それだけが善意。知っていること、それだけが悪意。この二語は、これから先、何度も出てきます。「知っていたかどうか」で結論が変わる場面のたびに、使う言葉です。なぜ、知っていたかどうかで結論が変わるのでしょうか。物を支配する権利の種類を法律だけが決められるのも、同じ理由です。知らない人まで縛ると、誰も安心して取引できません。

「知らなかった」にも、段階がある

善意の中の段階、無過失・軽過失・重過失のボード 図:善意の中の段階、無過失・軽過失・重過失のボード

「知らなかった」の中にも、実は段階があります。姉が盗品と知らなかった、という点は同じでも、疑う理由が、まったく無かった場合があります。逆に、疑う理由があったのに、確かめなかった場合もあります。まず、まったく疑う理由が無かった場合。これを善意無過失と呼びます。次に、出品者の説明が少し不自然だったのに、確認しなかった場合。これを善意有過失と呼びます。ただし、この中にも重さの違いがあります。かなり注意したけれど、最後の詰めが甘かった場合。これを善意軽過失と呼びます。ほとんど何も確認せず、少しの注意すらしなかった場合。これを善意重過失と呼びます。

そして、無過失と軽過失をあわせて、善意無重過失という括り方もします。なぜ、こんなに細かく分けるのか、疑問に思いませんか。実は、条文ごとに、どの段階までなら保護するかが違うからです。ある条文は無過失しか守らず、別の条文は軽過失まで守る、という具合です。冒頭の192条を、思い出してください。「善意であり、かつ、過失がない」。この条文が守るのは、疑う理由がまったく無かった場合だけです。姉が、出品者の説明の不自然さに気づかないまま買っていたら——軽い過失でも、この条文の外です。この先、条文ごとに、この線の位置が変わります。そのたびに、姉の注意の程度という一本の軸で、区別してください。

「それ以外は全部」で作る定義——不動産と動産

不動産と動産、86条の定義の作り方ボード 図:不動産と動産、86条の定義の作り方ボード

ここまでは、姉が何を知っていたか、という話でした。ここからは、姉が何を買ったのか——物そのものに移ります。冒頭の192条にも、まだ埋まっていない言葉がありました。「動産」です。大きく二つの軸で分けます。一つ目が、不動産と動産です。今住んでいるアパートと、これまで話してきたスニーカーを、並べてみます。条文を見てみましょう。

条文民法86条

民法 第86条(不動産及び動産) 土地及びその定着物は、不動産とする。 2 不動産以外の物は、すべて動産とする。

1項が、不動産を定義しています。土地と、そこに固定されて動かせない物です。これを定着物と呼びます。建物は、土地の上に固定された代表例です。土地と建物は、それぞれ別個の不動産として扱われます。詳しくは、また別の回で扱います。2項を見てください。「不動産以外の物は、すべて動産」。不動産をまず決めてから、それ以外を全部受け皿に入れる。これが、この条文の定義の作り方です。数えきれない種類の物を、いちいち列挙しなくて済みます。この受け皿の作り方は、この先も何度か出てきます。覚えておいてください。

「その一つ」か、「同じ型のどれか」か

特定物と不特定物の対比ボード 図:特定物と不特定物の対比ボード

二つ目の軸は、買い方によって物の扱いが分かれる場面です。姉が、発売日に店頭に並んでいた、まさにその一足そのものを買ったとします。シリアルナンバーが入った、世界に一つの一足です。このように、当事者が個性に着目した物を、特定物と呼びます。「他のではなく、この一足でなければ困る」という着目の仕方です。では、次の場面です。後日、姉が通販カタログで、同じモデル・同じサイズを注文したとします。品番は同じですが、届くのがどの一足であっても、姉は困りません。このように、当事者が個性に着目していない物を、不特定物と呼びます。

同じ型番でも、「その一足そのもの」を買うか、「同じ型のどれか」を買うかで、扱いが変わります。「債権」は、相手に「渡してください」と言える権利です。所有権と対になる言葉でした。この違いから生まれる債権にも、名前が付いています。特定物を目的とする債権を特定物債権と呼びます。不特定物を目的とする債権は不特定物債権です。引き渡すべき物がどう決まるか、といった中身は、また別の回で扱います。今日は、「その一つ」か「同じ型のどれか」かという見分け方だけ、押さえてください。

時間の経過が、権利を動かす——時効の予告

取得時効と消滅時効、予告ボード 図:取得時効と消滅時効、予告ボード

物の話は、ここまでです。最後にもう一つ、時間がたつだけで結論が変わる言葉を渡します。さっきの盗まれたスニーカー、覚えていますか。もし、その状態が長い間続いたら、どうなるでしょうか。ある事実の状態が、一定の期間続いたとき、それに応じた権利関係を認める制度があります。これを時効と呼びます。長く続いた状態を、今さらひっくり返すと、その状態を前提に動いてきた人が困ります。だから民法は、続いてしまった事実のほうに、権利を合わせます。権利を得るほうを取得時効と呼びます。姉が知らずに買ったあの一足そのものを、長い間使い続けた場合です。権利を失うほうを消滅時効と呼びます。貸したお金を、何年も「返して」と言わないまま、ほうっておいた場合です。

今日は、名前と、この二つがあるということだけ、渡しておきます。中身は、また別の回でじっくり扱います。

条文の読み方——大前提・小前提・結論

条文の読み方、要件と効果、大前提・小前提・結論のボード 図:条文の読み方、要件と効果、大前提・小前提・結論のボード

最後に、ここまで使ってきた条文そのものの読み方を、渡します。さっき見た99条を、もう一度使います。「代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした」。「意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる」。この条文、実は二つの部分に分けられます。「権限内において」「本人のためにすることを示して」という部分と、「本人に対して直接にその効力を生ずる」という部分です。条文の前半にある条件を要件、後半にある結果を効果と呼びます。条文は、この〈要件〉と〈効果〉の組み合わせでできています。

そして、この要件と効果を実際の場面に使うとき、三段階で考えます。まず、条文が求める要件を確認します。これを大前提と呼びます。99条で言えば、「権限内で、本人のためにすることを示して」。「意思表示をすれば、効果は本人に生じる」という一般ルールです。ここが小前提です。姉は、頼まれた範囲内で、本人——つまり自分——のためにすることを示して、お店と契約しました。だから、結論が出ます。代金を払う義務も、スニーカーの所有権を取得することも、自分に生じる。逆に、当てはまらない場合も見ておきましょう。姉が、頼んでいない別のモデルまで、ついでに買ってきたとします。

小前提が、大前提の要件に当てはまらない。だから、三段はここで止まります。この場合どうなるかは、また別の回で扱います。これが、法的三段論法と呼ばれる考え方です。相手を説得するための、共通の型でもあります。判決文も、この骨組みで書かれています。善意も、動産も、この要件の中に置かれているからこそ、正確に覚える意味があります。

論文で書くときの流れ、予告ボード 図:論文で書くときの流れ、予告ボード

この大前提・小前提・結論の骨組みは、論文の答案でもそのまま使います。事案から問題提起、規範、あてはめへとつなげていく流れは、専用の論文動画で丁寧に渡します。今日は、条文が要件と効果でできている、という骨格までにしておきます。

もう一度、192条を読む

埋まった、五つの言葉の地図ボード 図:埋まった、五つの言葉の地図ボード

冒頭で見た192条を、もう一度出します。

条文民法192条

民法 第192条(即時取得) 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

今度は、自分で読んでみてください。はい、完璧です。取引で物を持ち始めた人が、それが盗品だと知らず、知らなかったことに落ち度も無ければ、その物の権利を取得できる。読めましたね。実際に権利を取得できるかどうかの細かい判定は、また別の回でじっくり扱います。今日は、この二行が、もう自力で読めるようになったこと、それ自体が収穫です。「占有」は、物を事実上支配している状態、という意味です。所有権は権利で、占有は事実です。192条は、事実から権利が生まれる条文でした。詳しくは、また別の回で扱います。今日配った五つの言葉——代理、善意悪意、物の種類、時効、そして法的三段論法。これは、これから先の条文を読むための、共通の道具です。

この先、新しい条文に出会うたびに、今日配った言葉を思い出してください。きっと、少しずつ読めるようになっていきます。

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#5単独ページ動画

物権的請求権と対抗要件

第1章 民法総則 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

なぜ言えるのか——物権の直接支配性から導く

物権の支配権から請求権を導く理由づけボード 図:物権の支配権から請求権を導く理由づけボード

物を支配する権利と、人に請求する権利を分けた回がありましたね。あのとき、物権は誰に対しても主張できる、と言いました。でも、具体的にどうやって主張するのでしょうか?そこを、今日の入り口にします。さっきの、物置小屋の場面に戻ります。「どかせ」と言いたいのに、根拠となる条文が見当たらない。ここで、物権の性質を、もう一度思い出してください。物権は、物そのものに向かう権利です。では、考えてみましょう。もし、物権が侵害されても、何も言えないとしたら、どうなりますか。誰かに勝手に使われても、黙って見ているしかない。それでは、その「支配する権利」は、名前だけのものになります。

それでは、物権を認めた意味がありません。だから、こう考えます。物権を実際に守れるものにするために。物権から、人に向けた請求権が、派生的に認められる。物権そのものとは別に、実効性を持たせるための道具として。侵害してきた相手に向けて、請求する権利が生まれる、ということです。実は、この権利だけを定めた条文はありません。所有権の効力——物を直接支配できるという性質から。論理的に、当然に導かれる権利だと考えられています。民法には、こうした「明文はないが当然に導かれる」制度が、いくつかあります。物権的請求権は、その代表格です。

物権の種類や中身によって、必要になる請求の形は少しずつ違います。すべてを一つの条文で書き切るより、物権の性質そのものから導くほうが、柔軟に対応できます。一つの条文で書き切らず、性質そのものから導く。その理解で構いません。自分の土地を直接支配する権利があるからこそ。それを妨げている人に対して、どかせと言える。この筋道を、まず持ち帰ってください。

侵害のされ方で切ると、一本の線になる

侵害のされ方から3つの請求への分岐ボード 図:侵害のされ方から3つの請求への分岐ボード

物権的請求権には、実は三つの顔があります。名前を三つ、順に覚えるのではなく。「侵害のされ方」という一本の軸で見ると、自然に分かれます。まず一つめ。さっきの物置小屋の場面です。自分の土地を、知らない人にまるごと使われています。つまり、占有そのものを、奪われている状態です。占有とは、物を事実上支配している状態のことです。所有が権利で、占有は事実でした。この場合に使うのが、物権的返還請求権です。占有を取り戻せ、と求める権利です。場面を変えます。この土地の登記簿を確認したところ。登記簿とは、その土地の持ち主が誰かを記録した、役所の帳簿です。いつのまにか、登記の名義が自分以外の名前に書き換えられていました。

ただ、こちらは物置小屋の場面と違います。自分は、今もその土地に立ち入って、使うことができます。占有以外の方法で、権利を妨害されている状態です。この場合に使うのが、物権的妨害排除請求権です。名義を戻せ、と求める権利です。二つめまで、見えましたか。三つめは、まだ何も起きていない場合です。もう一つ、別の場面を見てみましょう。隣の敷地に、古い看板が立っているとします。強風で傾いて、今にもこちらの土地の方へ倒れかかりそうです。まだ実害は出ていませんが、このままでは危険です。この場合に使うのが、物権的妨害予防請求権です。侵害のおそれがある段階で、あらかじめ予防を求める権利です。

侵害のされ方が三通りあるから、請求も三通り。名前を丸暗記するのではなく、この分岐で覚えてください。この物置小屋の場面を使って、次はもう少し深掘りします。

所有権に基づく返還請求権の三つの要件

返還請求権の3要件ボード 図:返還請求権の3要件ボード

物権的請求権のうち、いちばんよく使うのは。さっきの、所有権に基づく返還請求権です。これには、確実に押さえておくべき要件が、三つあります。物置小屋の場面に当てはめながら、見ていきましょう。一つめ。自分が、その物を所有していること。二つめ。相手方が、その物を占有していること。物置を建てた人が、実際にその土地を使っている状態です。三つめ。相手方に、占有する権原がないこと。そこにいてよい、正当な理由のことです。これを占有権原と呼びます。音は同じですが、代理で出てきた「けんげん」とは別の言葉です。あちらは代理人ができることの範囲、こちらはそこにいてよい理由の「もと」です。たとえば、自分が「使っていいよ」と貸していたら、権原があります。

この三つめは、少し特殊な要件です。最初から「相手には権原が無い」と決めてかかるのではありません。もし相手が、「実は借りているんです」と言ってきたとします。そういう言い分が出てくれば、結論が変わる可能性がある要件なんです。細かい理屈は、また別の回に譲ります。今日は、三つめが「条件付き」の要件だ、ということだけ覚えてください。所有・占有・権原の不存在。この三つが骨格です。

物権はどうやって動くのか——176条と意思主義

物権変動の定義ボード 図:物権変動の定義ボード

ここまでは、物権が侵害されたとき、どう反撃するか、という話でした。ここからは、少し話を変えます。物権は、そもそもどう動くのか、です。物権が新しく生まれたり、内容が変わったり、消えたりすることです。これをまとめて、物権変動と呼びます。場面を変えて、考えてみましょう。今度は、新しく宅地を買う場面です。ある宅地について、自分が売買契約を結んだとします。「売ります」「買います」で、話がまとまりました。ここで聞きます。この宅地は、いつから自分の物になりますか。お金を払ったとき——その答えを、条文がくつがえします。もう一度その条文を出して、今日はその先まで行きます。

条文民法176条

民法 第176条(物権の設定及び移転) 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

意思表示、前に習った言葉ですね。こうしたい、という意思を外に向けて表すこと。契約も、これでできていました。契約した、その瞬間に、所有権は移ります。お金を払ったかどうかは、関係ありません。この考え方を、意思主義と呼びます。物権変動が、意思表示だけで生じる、という制度です。ちなみに、物権が動く原因は、意思表示だけではありません。亡くなった人の財産を引き継ぐ相続。長い間ある状態が続くことで権利が動く、時効。こうした原因でも、物権は動きます。中身は、また別の回で扱います。今日は、いちばん基本になる意思主義を、押さえてください。

意思主義は、当たり前ではない

意思主義と形式主義の対比ボード 図:意思主義と形式主義の対比ボード

「契約しただけで所有権が移る」——当たり前に聞こえたかもしれません。でも、これは自然の摂理ではありません。日本が選んだ制度の一つです。たとえば、ドイツの法律を見てみましょう。ドイツでは、契約しただけでは、所有権は移りません。登記を済ませて、初めて所有権が移ります。これを、形式主義と呼びます。登記という形式を備えて、初めて物権が動く、という考え方です。日本は意思主義、ドイツは形式主義。どちらも成り立つ、制度の選択の問題です。日本が意思主義を選んだのは、当事者が決めた中身を、そのまま効力にするからです。それが民法の建前です。前に、契約の中身は当事者が自由に決められる、という話をしましたね。

意思表示だけで物権まで動かせるのは、その考え方と相性がいいからです。根っこは同じです。ただ、ここで一つ、疑問が出てきませんか。意思表示だけで物権が動くなら、外から見て、それが分かるでしょうか。外から見えない——それが問題です。意思だけで動く制度を選んだからこそ。外から見ても分かる「印」が、別に必要になります。それが、次に見る対抗要件です。

だから、印が要る——対抗要件主義

不動産と動産、対抗要件の対比ボード 図:不動産と動産、対抗要件の対比ボード

宅地の買主の場面に戻ります。契約した瞬間に、所有権は移っていました。176条のとおりです。ただ、まだ登記はしていない、とします。この状態で、誰かに向かって「これは私の土地だ」と主張したい場面が来たとき。登記が無いと、その主張ができない場合があります。条文を見てみましょう。

条文民法177条

民法 第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

「得喪」は、権利を得たり失ったりすること、という意味です。そして、この「対抗」という言葉。今日はずっと「主張」と言い換えて使います。登記をしなければ、第三者に主張することができない。そういう意味です。今日のところは、条文の構造だけ押さえてください。不動産——土地や建物は、登記が無いと、主張できない場合がある。不動産以外の物は、すべて動産——あの区別が、ここでも生きてきます。178条を見てみましょう。

条文民法178条

民法 第178条(動産に関する物権の譲渡の対抗要件) 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。

この買主が、今度は冷蔵庫を買った場面で考えてみましょう。代金を払って、店から運んでもらい、自分の手元で受け取る。この受け取りが、引渡しです。不動産には登記、動産には引渡し。この、物権の取得を第三者に主張するために必要な要件のことを。対抗要件と呼びます。この、対抗要件を要求する仕組み全体を、対抗要件主義と呼びます。ちなみに、引渡しにも実は、いくつか種類があります。中身は、また別の回で扱います。登記の手続きそのものも、別の法律が細かく決めています。ちなみに、登記が無くても、契約した当事者どうしの間では、話は別です。

買主と売主の間では、もう所有権は移っています。問題になるのは、その外にいる第三者に対してです。では、ここで一つ、聞いてみます。契約した瞬間に所有権を取得した、あの宅地の買主。登記していない今、所有権を持っているのでしょうか、持っていないのでしょうか?持っているけれど、主張できないだけ——そこまで来ましたね。答え合わせを、次でしっかりやりましょう。

「取得した」と「主張できる」は、別の箱

取得した箱と主張できる箱、二段の関門ボード 図:取得した箱と主張できる箱、二段の関門ボード

先ほどの問い、答え合わせをします。登記していない買主は、所有権を持っているのか、持っていないのか。答えは——持っています。176条により、契約した瞬間に、所有権は取得済みです。取得していない、のではありません。ただ、それを第三者に向かって主張する段になると。登記が無いと、主張できない場合がある、という話でした。ここが、今日いちばん大事なところです。この二つを、二つの別の箱として考えてください。一つめの箱は、「取得した」箱。176条が担当します。契約という意思表示だけで、この箱には入ります。二つめの箱は、「主張できる」箱。177条と178条が担当します。登記や引渡しという印を備えて、初めてこの箱に入ります。

そして、二つめの箱に入っていないからといって。一つめの箱から、追い出されるわけではありません。以前、無効は「法律上の効果がそもそも生じないこと」だと確認しました。今回の話は、それとは違います。取得という効果は、もう生じています。ただ、それを主張できる相手の範囲に、まだ制限がある。それだけです。意思表示だけで物権が動く制度だからこそ、必要になる仕組みです。外から見えない意思表示だけを信じろと言われても、誰も安心して取引できません。だから、取得はすぐに認めつつ、対外的な主張には別に印を求めます。ここで、さっきの登記の話を、もう一度使います。登記名義を勝手に書き換えられて、困った場面がありましたね。

あのときの登記は、自分を脅かす道具でした。今度は、逆の角度から見てみます。もし、自分がきちんと登記を備えておいたら、どうなるでしょうか。自分の側で登記を備えておけば。その登記そのものが、誰に対しても主張できる盾になります。「取得した」箱と、「主張できる」箱。この二段の関門を、しっかり持ち帰ってください。

今日埋めた二つの穴、そして次の問い

二つの穴が埋まった地図ボード 図:二つの穴が埋まった地図ボード

物を支配する権利と、人に請求する権利を分けた回で。物権は誰に対しても主張できる、と言いました。実は、あのとき、二つの宿題を残していました。一つめ。誰に対しても主張できる、と言っても、具体的にどう主張するのか。この答えが、今日見た物権的請求権でした。侵害のされ方に応じて、返還・妨害排除・妨害予防、三つの請求ができる。二つめ。誰にでも主張できる、には留保がある、という話でした。この留保の正体が、今日見た対抗要件です。不動産なら登記、動産なら引渡し。この印が無いと、主張できない場合がある。

あの回に残した二つの宿題、これで両方、片づきました。ただ、今日もまた、一つだけ宿題を残します。「登記が無いと主張できない」と言いましたが。その「主張できない相手」とは、具体的に誰のことでしょうか。実は、誰にでも、というわけではありません。この「第三者」の中身を、次は見ていきます。今日は、物権を「持っているだけ」では足りない、という話をしました。侵害されたときに押し返す武器と、誰にでも主張を通せる保証。この二つがそろって、初めて物権は名ばかりでなくなります。

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#6単独ページ動画

二重譲渡と177条の「第三者」

第1章 民法総則 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

道具で、矛盾を作る——契約した瞬間に、所有権はもう移っているはず

176条を振り返り矛盾を作るボード 図:176条を振り返り矛盾を作るボード

少し、話を戻します。契約した瞬間に所有権が動く、という条文がありましたね。今日は、時間の流れをたどりながら、もう一度確かめてみましょう。まず、AさんとBさんが顔を合わせて、口約束を交わします。この時点では、代金はまだ払われていません。契約書も、これから作る段階です。ところが、176条によれば違います。この口約束が交わされた、まさにその瞬間に。所有権は、もうBさんのものになっています。意思表示だけで、物権は動きます。では、聞いてみます。この時点で、Aさんの手元には。何が残っていると思いますか。何も残っていないはず。その理解で、正しいはずです。ところが、Aさんはその後、同じ土地をCさんにも売ってしまいました。契約しただけで所有権が移るなら、Aさんはもう無権利者のはずです。それでもCさんに売れるのは、なぜでしょうか?

この矛盾を、一緒に解いていきましょう。

なぜ売れてしまうのか——不完全物権変動と、あの伏線の回収

不完全物権変動を示す図解ボード 図:不完全物権変動を示す図解ボード

物を支配する権利と、人に請求する権利を分けた回で。同じ物についての約束が二つあっても、債権なら、成立の段階ではぶつからない、と言いました。AさんがBさんに約束しても、同じ内容をCさんに約束しても。どちらの約束も、それぞれ有効に成立します。ただ、物権は違います。物権は本来、同じ物の上には。ひとつしか成立しないはずでした。それなのに、今日は不完全な形でなら、同じ土地の上に。二つの「取得した」が、同時に乗ってしまっています。債権と物権で違いが出る理由も、このあと見えてきます。まず、順番に見ていきましょう。AさんがBさんに土地を売却した時点で。Aさんから Bさんへ、所有権は移転しています。176条のとおりです。

ただ、以前見たとおり、Bさんが所有権を取得したことは。第三者には、まだ主張できません。取得したかどうかは、二つに一つでした。Bさんは取得しています。そこは変わりません。足りないのは、二つめの箱のほうです。この、まだ主張できないという点で。Bさんの所有権の取得は、不完全なものなんです。完全な所有者になるには、まだ足りない部分がある、ということです。その足りない部分は、まだ、売ったAさんのところに残っています。登記とは、前に見た、持ち主を記録した役所の帳簿に、名前を載せることです。だから、Bさんが登記を備えるまでは。売主であるAさんのもとにも、なお不完全な所有権が残っている、と考えます。

契約した瞬間に、Aさんが完全な無権利者になってしまうなら。登記で決着をつける、という177条のルールが、働く場面自体が無くなってしまいます。176条と177条、両方のルールが生きるように。不完全な所有権が残っている、と考えるんです。この残った不完全な所有権を、Aさんは。Cさんに対しても、移すことができます。結果として、BさんもCさんも。不完全ながら、Aさんから所有権を取得している、という状態が生まれます。この考え方を、不完全物権変動説と呼びます。イメージとしては近いです。ただ、頭を悩ませすぎる必要はありません。大事なのは、さっき引っかかった、債権と物権の違いにも、ちゃんと理由があることです。完全な物権は、ひとつしか成立しません。二つ乗れるのは、どちらも不完全だからです。

では「第三者」とは誰か——判例の定義とフィルター

177条「第三者」の定義とフィルターボード 図:177条「第三者」の定義とフィルターボード

では、どちらの物になるのか。その決着をつけるのが、前に見た、登記が要る、というルールです。ここで、以前見た177条を、もう一度出します。

条文民法177条(再掲)

民法 第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

ただ、この条文を、もう一度よく見てください。「第三者」に対抗することができない、とだけ書かれていて。その「第三者」が具体的に誰なのか、条文自身は説明していません。条文は、ここを空欄のまま残しています。この空欄を埋めたのが、判例です。これは、条文にそのまま書いてある基準ではありません。条文の解釈として、判例が独自に立てた物差しです。

判例大連判明治41年12月15日(民録14輯1276頁)

「第三者」の定義を立てた判例——二つの要素 177条にいう「第三者」とは、物権変動の当事者もしくはその包括承継人以外の者であって、不動産に関する物権の得喪及び変更の登記が無いこと(欠缺)を主張するについて正当な利益を有する者をいう。

分解しましょう。二つの要素でできています。まず1つめ。物権変動の当事者、もしくはその包括承継人ではないこと。もし、当事者どうしにまで登記を要求したら、どうなるか考えてみてください。AさんとBさんは、お互いに契約の中身をよく知っている関係です。そこにまで「登記が無いと主張できない」を持ち込むと。ちょっとした手続きの遅れだけで、契約そのものが骨抜きになってしまいます。だから、当事者と、その立場をまるごと引き継ぐ包括承継人は。そもそも、対象から外れます。次に2つめ。登記が無いことを主張する、正当な利益があること。

「登記が無いぞ」と文句を言えるのは、誰でもいいわけではありません。その土地の権利をめぐって、本当に利害がぶつかる立場にある人だけです。この「正当な利益」という言葉は、まだ少し抽象的だと思います。このあと、実際に、いろいろな立場の人を、この定義に当てはめて確かめていきます。当てはめてみると、この言葉の意味が、はっきり見えてきます。この定義を、フィルターだと考えてください。1つめでまず範囲を絞り、2つめでもう一段絞る。二段階のふるいです。このあと、実際に何人かを、このフィルターに掛けてみます。通る人もいれば、落ちる人もいます。

フィルターに掛ける①——落ちる人たち

フィルターで落ちる人たちのボード 図:フィルターで落ちる人たちのボード

まず一人めです。Aさん本人は、「第三者」に当たるでしょうか。AさんはBさんへの所有権移転の当事者そのものです。だから、1つめの時点で、フィルターから落ちます。Bさんは、Aさんに対しては、登記が無くても所有権の取得を主張できます。二人めです。もし、Aさんが亡くなって、Aさんの子どもが。相続によって、Aさんの立場をそのまま引き継いだとします。相続とは、亡くなった人の地位を、まるごと引き継ぐことです。この子どもも、包括承継人に当たります。だから、やはり1つめの時点で、フィルターから落ちます。三人めは、場面を変えます。この土地に、誰の許可も得ずに、無断で家庭菜園を作って。野菜を育てている、近所の人がいたとします。

この人は、AさんBさん間の売買の当事者でも、包括承継人でもありません。だから、1つめは通過します。ここで、2つめが効いてきます。Bさんが所有権を主張したときに、この人が。「Bさんの登記が無い」と主張することに、正当な利益などありません。事実かどうかと、それを主張する資格があるかどうかは、別の問題です。この人は、この土地の権利をめぐって、Bさんと利害がぶつかる立場に立っていません。だから、この人は2つめで落ち、「第三者」には当たりません。Bさんは、登記が無くても。「ここは私の土地だから、出て行ってください」と主張できます。

これが、前に見た、自分の物を返せると言える請求権です。落ちる段は違っても、同じ定義という道具を、繰り返し使っているだけです。実は、当たるかどうかが争われる立場の人は、ほかにもたくさんいます。そこは、また別の回でまとめて扱います。

フィルターに掛ける②——通る人

フィルターを通る第二の買主のボード 図:フィルターを通る第二の買主のボード

では、Cさんはどうでしょうか。Cさんは、AさんBさん間の売買の当事者でも、包括承継人でもありません。だから、1つめは通過します。Cさんは、Bさんと同じ土地の所有権を争う立場にあります。だから、「Bさんの登記が無いこと」を主張する正当な利益を持ちます。ここで、一つ大事な問題があります。Cさんが、AさんBさん間の売買を知らずに買った場合はもちろんです。では、知っていた場合はどうでしょうか。判例は、ずるいから当たらない、とは考えません。知っていた場合でも、原則として、Cさんには正当な利益がある、とします。

判例最判昭和32年9月19日(民集11巻9号1574頁)

知っていても勝てる——悪意者保護の判例 二重に土地を譲り受けた者は、先に譲り受けた者への譲渡について悪意であっても、原則として177条の「第三者」に当たる。

理由は、自由競争です。民法は、Bさんへの売却をCさんが知っていたとしても。Cさんがこの土地をAさんから買うこと自体は、禁止していません。Cさんの正当な利益を、否定する理由にはなりません。知っている・知らないは、以前見た善意・悪意の話でしたね。この場面では、その知識があったかどうかは。取引に参加する資格を、奪う理由にはならないんです。実は、Bさんの立場を見ても、この制度の意味が分かります。Bさんが契約を結んだだけで安心して、登記を後回しにしていたら。悪意のCさんにも、先に登記されてしまえば、負けてしまいます。

だからこそ、Bさんにも、Cさんにも。一刻も早く登記を備えよう、という動機が生まれます。民法は、この競争をあえて認めることで。権利をめぐるやり取りを、早く落ち着かせようとしているんです。ただし、これには例外があります。あまりに悪質なケースでは、知っていた買主が「第三者」から外される場合があります。中身は、また別の回で扱います。

だから「対抗関係」——早い者勝ちになる

BとCが互いに第三者となる対抗関係ボード 図:BとCが互いに第三者となる対抗関係ボード

ここまでで、Cさんは、Bさんにとっての「第三者」だと分かりました。実は、その逆も成り立ちます。Bさんもまた、Cさんにとっての「第三者」に当たります。Bさんは、不完全ながらも土地の所有権を取得しています。だから、「Cさんの登記が無いこと」を主張する正当な利益を持ちます。Bから見てもCは第三者、Cから見てもBは第三者。どちらの側からも、相手にはまだ登記が無いことを主張できてしまいます。どちらも、まだ勝っていません。両方とも、相手に対して強く出られない。この、お互いに第三者どうしという関係を、対抗関係と呼びます。

「対抗」は「主張」と言い換えてきましたが、対抗関係という名前だけは、そのまま使います。お互いに主張し合える関係、という意味です。Bさんは、登記が無ければCさんに主張できません。Cさんも、登記が無ければBさんに主張できません。結局、先に登記を備えたほうが勝つ、ということになります。「先に登記した方が勝つ」というのは、覚える結論ではありません。今日見てきたフィルターを、お互いの方向に当てはめた、当然の結果なんです。この引き分けの状態を崩すのは、道徳でも早さの印象でもなく。登記という、たった一つの行為だけです。

ちなみに、登記の手続きそのものは。民法ではなく、別の法律が細かく決めています。

「第三者」は条文ごとに違う——読み方の型

条文ごとに違う「第三者」の一覧ボード 図:条文ごとに違う「第三者」の一覧ボード

ここで、一つ、注意点を渡しておきます。民法には、「第三者」という言葉が、何度も出てきます。実は、条文によって、意味が違います。たとえば、通謀虚偽表示という制度の94条2項。ここでの「第三者」は、本当は売る気がないのに売ったことにする契約を。事情を知らずに信じて関わった人を、守るための「第三者」です。96条3項の「第三者」は、だまされて結んだ契約を取り消したとき。その前に、事情を知らずに関わった人を守るための「第三者」。110条の「第三者」は、代理人に本当は無い権限があると信じて。取引した相手方を守るための「第三者」。545条1項ただし書の「第三者」は、契約を解除したときに。その解除より前に関わった人を守るための「第三者」です。

中身は、それぞれ別の回で扱います。同じように、知っていたかどうかで結論が変わるかどうかも、条文ごとに違います。今日は、名前だけ持ち帰ってください。この先、「第三者」という文字を見かけるたびに。まず条文番号を確認する癖をつけてください。それが、遠回りに見えて一番の近道です。これは、これから何度も効いてくる読み方の型です。

登記の後に売ったら、それは二重譲渡ではない——他人物売買

二重譲渡と他人物売買の違いを一本の時間軸で切り分ける対比ボード 図:二重譲渡と他人物売買の違いを一本の時間軸で切り分ける対比ボード

最後に、もう一つ、場面を作ります。もし、Bさんがきちんと登記まで済ませたあとで。Aさんが、同じ土地をCさんに売っていたとしたら。これも二重譲渡に見えます。ですが、結論から言うと、違います。理由を、順番に見ていきましょう。Bさんが登記を備えた、その時点で。Bさんは、完全な所有者になります。そして、Aさんは、その時点で。所有権を、完全に失います。だから、その後のAさんからCさんへの譲渡は。Bさん所有の土地を、無権利者であるAさんが、勝手に売却したことになります。これを、他人物売買と呼びます。

条文を見てみましょう。

条文民法561条

民法 第561条(他人の権利の売買における売主の義務) 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

売買という契約そのものは、目的物が他人のものでも、きちんと有効に成立します。CさんはAさんに対して。「Bさんから土地を取得して、引き渡してほしい」という債権を持ちます。AさんもCさんに対して、代金を支払うよう求める債権を持ちます。ここで、契約を二つの部分に分けて見てください。「渡します」と約束する部分と、実際に所有権を動かす部分です。ただし、所有権の移転原因としての意思表示としては、無効です。二つのうち、「取得して渡します」という約束の部分は、生きています。ただ、Aさんは持っていない物を動かせないので、所有権が動く部分だけが、空振りに終わります。以前見た無効は、約束そのものに効きました。今日は、その一部分にだけ効きます。だから、この契約だけでは、原則として、土地そのものは買主のところに来ません。

不動産については、例外的に取得できる場面もありますが。それは、また別の回で扱います。動産にも、別の仕組みがありますが、それも今日は触れません。もう一度、時間軸で整理します。Aさんの二回目の譲渡が、その登記より前にあるか、後にあるかだけで。見え方が、まったく変わります。Aさんの二回目の譲渡が、Bさんの登記より前なら、二重譲渡。177条の話です。Aさんの二回目の譲渡が、Bさんの登記より後なら、他人物売買。561条の話です。この一本の線で、二つを見分けてください。

今日埋めた空欄、そして次の問い

今日埋めた空欄と次への問いのまとめボード 図:今日埋めた空欄と次への問いのまとめボード

自分の物を返せる理由と、対抗要件を見た回で。「登記が無いと主張できない」と言いましたが。その「主張できない相手」とは、具体的に誰のことか、という宿題を残していました。今日、その答えが埋まりました。177条の「第三者」とは、当事者・包括承継人以外であって。登記が無いことを主張する、正当な利益を持つ者のことでした。そして、BさんもCさんも、互いに「第三者」だから。先に登記を備えたほうが勝つ、という結論になりました。ただ、今日もまた、二つ宿題を残します。1つめ。悪意でも原則として勝てる、と言いましたが。あまりに悪質な場合には、例外があると触れました。その中身は、また別の回で扱います。

2つめ。今日は、登記さえ備えれば安心、という前提で話してきました。でも、もし、その登記が、実は間違っていたとしたら。登記を信じて土地を買った人は、守られるのでしょうか。それは、また別の話になりそうですね。その問いは、また見ていきます。今日は、同じ物が二重に売られても、そこには筋道があること。そして、勝負を決めるのは、道徳ではなく、登記という形であること。この二つを、持ち帰ってください。

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#7単独ページ動画

所有権・用益物権・担保物権・占有権

第1章 民法総則 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——民法の物権は全部で十種類

物権が占有権と本権に分かれ本権が所有権と制限物権に制限物権が用益物権と担保物権に分かれる地図板

前に、物権の種類は、法律だけが決められる、という話をしたのを、思い出せますか?実は、あのとき、まだ触れていない話がありました。物権には、所有権のほかにも、十種類ほどの仲間があります、と言ったきりでした。今日は、その中身を、全部見ていきます。名前を、一つずつ丸暗記する必要はありません。まず、地図を1枚、見てください。物権は、大きく二つに分かれます。占有権と、それ以外——本権です。正当な権利を土台にする物権、という意味です。詳しくは、この回の最後に扱います。本権は、さらに二つに分かれます。所有権と、制限物権です。

所有権が持つ力の、一部だけを持つ物権のことです。そして、制限物権は、さらに二つに分かれます。用益物権と、担保物権です。この、それぞれの箱に、これから名前を入れていきます。そのために使う道具が、実は、もう一度渡してあります。所有権が持つ、3つの力です。今日は、これをものさしにして、十種類を並べ直します。

ものさし——所有権は3つの力を全部持つ

使用収益処分の3つの力を持つものさしとしての所有権を示す板 図:使用収益処分の3つの力を持つものさしとしての所有権を示す板

今日、ものさしに使うのは、この条文です。

条文民法206条(再掲)

民法 第206条(所有権の内容) 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

使う、利益を得る、売ったり捨てたりする権利、でしたね。所有権は、この3つを全部持っています。たとえば、あなたの自転車なら。乗るのが、使用。人に貸して料金をもらうのが、収益。要らなくなって売るのが、処分です。これから見ていく残りの仲間は、この3つのうち、どれかを手放しています。どれを残して、どれを手放したか。今日は、それだけを確かめていきます。ただし、最後に一つだけ、このものさしに乗らない物権が出てきます。そこだけは別枠になる、と先に言っておきます。

使用と収益だけ残す——用益物権

地上権永小作権地役権入会権を条文番号と一行の言い直しで並べた用益物権の一覧板 図:地上権永小作権地役権入会権を条文番号と一行の言い直しで並べた用益物権の一覧板

まず、使用と収益だけを残して、処分を手放すと、どうなるか。これが、用益物権です。他人の土地を、使わせてもらう権利です。他人の土地を、売ったり壊したりはできません。でも、使ったり、利益を得たりする力は、残っています。この用益物権には、4つの種類があります。一つめは、地上権。他人の土地の上に、建物などを持つための権利です。借りた土地に家を建てる、という気持ちとしては近いです。ただ、「借りる」という約束は、相手にだけ言える債権でした。地上権は、土地を直接支配する物権です。同じ「借りて建てる」でも、そこが違います。

二つめは、永小作権。小作料を払って、他人の土地で、耕作や牧畜をする権利です。三つめは、地役権。自分の土地のために、他人の土地を利用する権利です。たとえば、自分の土地から公道に出るのに、隣の土地を通らせてもらう権利です。これを、通行地役権と呼びます。最後、四つめは、地域の人々が、山林や原野を共同で利用する権利です。これを入会権と呼びます。山菜やきのこを採りに入る、といったイメージです。この4つが、用益物権の顔ぶれです。どれも、他人の土地を使う権利、という点では共通しています。

中身をもっと詳しく見る回が、また別にあります。今日は、この4つが使用と収益だけを持つ仲間だ、ということだけ持ち帰ってください。

残った「価値」だけを取り出すと

使用収益はもう取り出した残る価値だけを取り出すと何になるかという問いかけ板 図:使用収益はもう取り出した残る価値だけを取り出すと何になるかという問いかけ板

さて、ここまでで、使用と収益は、もう取り出しました。所有権が持つ3つの力のうち、残っているのは、処分だけです。売る、というのは、その物の価値をお金に換えることです。だから、処分という力の裏には、いつも価値があります。その、価値という要素だけを取り出すと、何になるでしょうか?では、さっきの謎に、いよいよ戻りましょう。

価値だけを取り出す——担保物権

担保なしなら債権額の割合で按分し担保ありなら優先的に全額回収できることを示す対比板

最後に残ったのは、価値です。それだけを取り出したものが、担保物権です。返してもらえないときに備えて、先に押さえておく仕組みです。では、さっきの謎に戻ります。三百万円を貸して、土地は五百万円で売れたのに、二百万円だけ戻ってきました。実は、お金を貸していたのは、あなただけではありませんでした。別の債権者が、相手に四百五十万円を貸していました。以前、同じ人に対して、複数の債権が成り立ちうる、と言いましたね。担保を持たない債権者どうしは、平等に扱われます。これを、債権者平等原則と呼びます。

同じ額ではありません。債権額の割合で、分け合います。あなたの三百万円と、別の債権者の四百五十万円。合計で、七百五十万円です。この割合で、五百万円を分けると、あなたの取り分は、二百万円になります。では、もし、あなたが抵当権という担保を持っていたら。担保を持つ債権者は、他の債権者に先立って、優先的に弁済を受けられます。これを、優先弁済的効力と呼びます。同じ五百万円から、まず、あなたが三百万円を全額受け取ります。残った二百万円を、別の債権者が受け取ることになります。担保があるかないかだけで、百万円、結果が変わります。

債権は、相手の財産のどこかを押さえた権利ではありません。「払え」と言えるだけの権利でした。押さえている物が無いのだから、順番の付けようがない。だから、割合で分け合います。ところが抵当権は、物権です。この土地そのものの価値を、直接押さえています。押さえた物から先に回収する。それが、物権を持っている、ということです。だからこそ、お金を貸す人は、担保を取ろうとするんです。なお、実際にどうやって土地を売るか、その手続きは。民法ではなく、別の法律が細かく決めています。ものさしで言えば、使用と収益は手放して、価値だけを残した。それが担保物権です。

担保物権は4つ——分かれ目は「合意が要るか」

留置権と先取特権を法定担保物権質権と抵当権を約定担保物権に分ける切り分け板 図:留置権と先取特権を法定担保物権質権と抵当権を約定担保物権に分ける切り分け板

実は、今、名前を出した抵当権を含めて、担保物権には4つの種類があります。留置権、先取特権、質権、そして抵当権です。ここも、丸暗記ではありません。分かれ目は、合意が要るかどうか、1つです。留置権と先取特権は、法律の条件さえ満たせば、合意が無くても発生します。これを、法定担保物権と呼びます。一方、質権と抵当権は、当事者の合意が無ければ、発生しません。これを、約定担保物権と呼びます。さっきの三百万円で言えば、抵当権はどうでしょう。相手が「この土地を担保にしていい」と言ってくれて、はじめて生まれます。

ところが留置権と先取特権は、そういう約束が無くても、条件さえ満たせば生まれます。今日は、この4つのうち、法定担保物権の代表として留置権。約定担保物権の代表として抵当権。この2つだけ、中身まで見ていきます。先取特権は、法律が決めた特定の債権を持つ人に、先に回収させる仕組みです。質権は、このあと抵当権と比べるときに、もう一度出てきます。どちらも中身は、また別の回で扱います。

法定担保物権の典型——留置権

修理代を払ってもらうまで自動車を返さない整備士と客の留置権の場面を示す板 図:修理代を払ってもらうまで自動車を返さない整備士と客の留置権の場面を示す板

まず、法定担保物権の代表、留置権です。自動車の修理で考えてみましょう。あなたが、車を修理に出したとします。整備士は、きちんと直してくれました。ところが、あなたは、修理代を払いません。そういうときのために、整備士には、こういう権利があります。

条文民法295条1項

民法 第295条第1項(留置権の内容) 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。

手元に置いたまま、返さない、ということです。「他人の物の占有者」というのが、車を預かっている整備士です。「その物に関して生じた債権」というのが、修理代を請求できる権利です。この2つが結びついているから、留置権が発生します。ただし書もあります。修理代の支払い期限が、まだ来ていないときは別です。ここで、以前見た言葉を、思い出してください。自分の物を返せる理由を見たとき、相手に占有権原が無いことが要件でした。留置権は、その占有権原——そこにいてよい、正当な理由——の一つです。整備士には、修理代を受け取るまで、車を持っていてよい、正当な理由があります。

ただ、ここで注意してほしいことがあります。留置権は、「修理代を払え」と、直接請求できる権利ではありません。車を返さないことで、相手に不利益を与えます。そうして、間接的に、支払う気にさせる。そういう効き方をする権利です。車が無いと困る相手だからこそ、効く仕組みです。

約定担保物権の典型——抵当権

抵当権者抵当権設定者被担保債権目的物の4つの役割を貼り付けた抵当権の関係図 図:抵当権者抵当権設定者被担保債権目的物の4つの役割を貼り付けた抵当権の関係図

では、約定担保物権の代表、抵当権です。さっきの三百万円の話を、続けます。もし、あなたがお金を貸すときに。相手の土地に、抵当権を設定してもらっていたら、どうなっていたか。さっき、優先的に回収できる、という話が出ましたね。条文で、確認しましょう。

条文民法369条1項

民法 第369条第1項(抵当権の内容) 抵当権者は、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

登場人物を、絵に置きながら整理しましょう。お金を貸した、あなたが、抵当権者。お金を借りて、土地を担保に出した、相手が、抵当権設定者。もとになる、三百万円の貸金債権を、被担保債権と呼びます。そして、担保に出された、相手の土地が、抵当権の目的物になります。ここで、条文の中の、この言葉に注目してください。「占有を移転しないで」という部分です。相手は、土地を、あなたに渡す必要がありません。住み続けたまま、あるいは使い続けたまま、土地を担保にできます。ここで、さっき見た質権と、比べてみましょう。質権の条文には、こう書いてあります。「占有し」と。

質権では、担保に取るほうが、物を預かることが前提なんです。だから、住み続ける必要がある不動産は、抵当権に向きます。手放しても困らない動産は、質権に向きます。もう一つ、条文の「他の債権者に先立って」という部分。これは、さっき見た、優先弁済的効力、そのものです。占有は動かさず、価値だけをしっかり握っておく。これが、抵当権の正体です。最後に、名前だけ、いくつか渡しておきます。相手が、同じ土地に、別の債権者からも抵当権を付けてもらうことがあります。先に登記したほうを先順位。あとから登記したほうを、後順位と呼びます。

また、相手が、この土地を別の人に売ることもあります。買った人のことを、第三取得者と呼びます。お金を借りる人と、担保を出す人が、別人のこともあります。相手の家族などが、代わりに担保を出すケースです。この人を、物上保証人と呼びます。さっき読んだ369条の「債務者又は第三者」の、「第三者」が、この人です。中身は、また別の回で、たっぷり扱います。

担保物権に共通する性質——付従性

被担保債権が発生しなければ担保も発生せず消滅すれば担保も消える付従性を示す板 図:被担保債権が発生しなければ担保も発生せず消滅すれば担保も消える付従性を示す板

留置権にも、抵当権にも、共通する性質があります。付従性と呼ばれるものです。担保物権は、単独では存在できません。まず、もとになる債権が発生していなければ、担保物権も発生しません。これを、成立における付従性と呼びます。そして、もとの債権が消えれば、担保物権も一緒に消えます。これを、消滅における付従性と呼びます。相手が三百万円を返し終えた、その瞬間に、抵当権も一緒に消えます。担保物権は、あくまで、債権を確実に回収するための道具だからです。道具は、本体が無ければ、意味を持ちません。

この考え方は、人が担保になる場合にも、同じように出てきます。その話は、また別の回で扱います。

ものさしに乗らない一つ——占有権

所有権から抵当権までの九種類は本権だが占有権だけは事実状態で発生することを示す板 図:所有権から抵当権までの九種類は本権だが占有権だけは事実状態で発生することを示す板

ここまで、九種類の物権を見てきました。所有権と、用益物権4つと、担保物権4つ。この九種類は、全部、本権でした。正当な権利を、土台にしている物権です。ですが、十種類めは、そこが違います。占有権です。条文を見てみましょう。

条文民法180条

民法 第180条(占有権の取得) 占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。

「自分のものだ」という気持ちで、物を持っている、ということです。この条文には、正当な権利がある、とは、一言も書いてありません。だから、ある、驚くような結論が出てきます。泥棒にも、占有権があります。盗んだ物であっても、「自分のものだ」という意思で持っていれば。占有権という物権は、成立します。盗んだ人を守ることになるのではないか——もっともな疑問です。理由を、説明します。もし、占有権が、正当な権利者にしか認められないとしたら、どうなるか。「これは自分の物だ」と信じる人が、実力で取り返すことを認めてしまいます。

誰もが、実力行使を始めたら、社会は収拾がつかなくなります。だから法は、力ずくで取り返すことを、禁じています。これを、自力救済の禁止と呼びます。そのかわり、事実として持っている状態を、いったんそのまま保護します。本当の持ち主かどうかは、別の手続き——裁判で決めればいい、という考え方です。占有権は、正しさを判定する物権ではありません。今、物を持っている、という事実そのものを、守るための物権なんです。占有権だけは、所有権を分解しても出てこない、別枠の物権です。占有権原と占有権は、名前は似ていますが、逆です。占有権原は、そこに置いていてよい、正当な理由。占有権は、その正当な理由を問いません。持っている、という事実だけを見ます。

そして、持っている状態が長く続くと、それ自体が権利になることもあります。その話も、また別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

物権の地図に十種類の名前がすべて埋まった完成版の板 図:物権の地図に十種類の名前がすべて埋まった完成版の板

最初に見た地図を、もう一度、出します。制限物権が、用益物権と担保物権に分かれる。この地図の、空だった箱に、今日は全部、名前が入りました。物権には、所有権のほかにも仲間がある。そう言って、名前だけ置いていった話を、今日、全部回収しました。それは、所有権が持つ、3つの力というものさしを、繰り返し使っただけです。使用と収益だけ残せば、用益物権。価値だけ取り出せば、担保物権。そして、そのものさしに乗らない、事実だけの物権が、占有権でした。最後に、一つ、次への問いを残します。今日の最後に見たとおり、民法は、持っているという事実を、いったんそのまま守りました。

では、その「持っている」という、外から見える形を信じて買った人は、どうなるか。前回、登記を信じて土地を買った人は守られるのか、という問いを残しました。今日の占有も、同じ形の問いです。外から見える形を信じた人は、守られるのか。それは、今日は分からないですね。その2つは、次に、まとめて見ていきます。

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#8単独ページ動画

公示の原則・公信の原則と債務不履行

第1章 民法総則 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——2つの宿題が1つの問いに合流する

登記を信じた人と占有を信じた人という2つの宿題が1つの問いに合流する地図板 図:登記を信じた人と占有を信じた人という2つの宿題が1つの問いに合流する地図板

前々回、同じ土地が二人に売られた話をしたとき、一つ、宿題を残しました。そして前回、占有——物を持っているという事実——の話をしたときにも。もう一つ、同じ形の宿題を残しました。今日は、この2つの宿題を、1つの問いにまとめて答えます。登記と占有——この2つは、どちらも何をするためのものだったか、前回までを思い出せますか?うーん……どちらも、外から見て分かるようにするための、道具でした。今日は、その道具を、正面から見ていきます。

公示の原則——外から見えるようにするか

抵当権は占有を伴わないため現地を何度見ても分からないことを示す公示の必要性板 図:抵当権は占有を伴わないため現地を何度見ても分からないことを示す公示の必要性板

まず、道具そのものの名前から、確認しましょう。物権は、目に見えません。所有権も、抵当権も、外から見ただけでは分からないんです。ここで、一つ、問いを立てます。外から見えるようにするか。日本の民法は、「する」を選びました。物権が動いたときは、見える形を要求します。この考え方を、公示の原則と呼びます。漢字で書くと、公に、示す。外から見て分かる状態にする、という意味です。前回見た、抵当権を思い出してください。相手が土地に住み続けたまま、担保にできる権利でしたね。抵当権は、占有を動かしません。だから、この土地を見に行っても。抵当権が付いているかどうか、現地では、まったく分かりません。

誰かがこの土地を買おうとしたとき、抵当権の有無が分からなければ。安心して取引できません。だから民法は、目に見えない物権の変動を、目に見える形にすることを、義務づけました。不動産なら登記、動産なら引渡しです。177条と、178条でしたね。第三者に主張するための印、という角度から見た名前が、対抗要件です。今日は、その条文を、もう一度読み直しはしません。ただ、この2つの条文が、実は同じ1つの原則の現れだった、ということを覚えておいてください。

公信の原則——その形を信じた人を守るか

公示は外から見えるようにするかという問い公信はその形を信じた人を守るかという問いを対比する板

公示の原則で、物権が動いたことは、外から見えるようになりました。では、次の問いです。その形を信じた人を、守るかどうか。見える形を用意することと、その形を信じた人を守ることは、別の問題です。見える形はあっても、実は中身が違っていた、ということが起こりえます。冒頭の帳簿の話が、まさにそれです。この、外から見える形を信じて取引した人を。信じたとおりの権利があったのと同じように保護する制度を、公信の原則と呼びます。さっきの公示と、漢字が1文字違うだけです。しっかり区別してください。公示——外から見える形にすること。公信——その形を信じた人を守ること。

もし、この公信の原則が採用されていたら、どうなるか。帳簿の名前を信じて土地を買った人は、たとえ本当の持ち主でなかったとしても。その土地の所有権を、取得できることになります。そこが、今日いちばん大事なところです。次の項目で確かめましょう。

日本の答え——不動産は採用せず、動産だけ採用

不動産には公信の原則が採用されず動産にだけ採用されている非対称の結論板 図:不動産には公信の原則が採用されず動産にだけ採用されている非対称の結論板

不動産にも、公示はあります。登記です。でも、公信は、まだ別の話でしたね。日本の民法は、この公信の原則を、不動産と動産で、扱いを分けています。不動産については、採用していません。登記を信じて買っても、その登記が間違っていれば、所有権は取得できません。一方で、動産については、採用しています。実は、この条文に、もう出会っています。覚えていますか。前に、五つの言葉を配った回で、二行だけ読んだ条文です。もう一度、読んでみましょう。

条文民法192条(再掲)

民法 第192条(即時取得) 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

自力で読めた今なら、この条文が制度のどこに立つのかも、渡せます。前に読んだときは、そこを伏せていました。今日、その答えです。この192条こそが、動産について公信の原則を採用した現れなんです。動産の占有という、外から見える形を、善意・無過失で信じた人は。本当の権利者でなくても、権利を取得できる。それが、192条の中身です。そして、この仕組みには、名前が付いています。即時取得です。時間がたつのを待つのではなく、その場で、即時に取得する、という意味です。盗まれたスニーカーを、そうと知らずに買った——あれが、まさに今日の、動産に公信の原則が働く場面です。

ただ、要件の細かい中身——善意・無過失や、占有を始めた、の判定は。また別の回で、じっくり扱います。今日は、位置づけだけで十分です。なお、盗まれた品や落とし物については、もとの持ち主が、一定の期間に限って取り戻せる特別な扱いもあります。そこも、まとめて別の回です。

なぜ不動産では採用しないのか——理由は2つ

虚偽登記が現に多いことと不動産取引が頻繁でないことという2つの理由を示す板 図:虚偽登記が現に多いことと不動産取引が頻繁でないことという2つの理由を示す板

なぜ、こんな違いが生まれるのでしょうか。理由は、2つあります。一つめ。登記という帳簿は、必ずしも、真実を反映しているとは限りません。書類の不備や、手続きの隙間から、実際の権利関係と食い違う登記が、現に存在します。もし、この登記に公信力を認めたら、どうなるでしょうか。登記さえ書き換えられれば、本当の持ち主が、権利を失ってしまいますね。虚偽の登記を信じさせて、本物の権利者から、権利を奪えてしまいます。それは、あまりに危険です。二つめ。不動産の取引は、動産に比べて、それほど頻繁には行われません。だから、買う側にも、事前によく調べる時間と余裕があります。慎重に確認してから買ってください、と要求しても、酷ではありません。

動産は、日常的に、次々と取引されます。さっきのスニーカーのような品を買うたびに、本当の持ち主を調べるわけにはいきません。だから、動産では、外から見える占有を信じた人を、手厚く守る必要があるんです。実は、この2つの理由——虚偽の登記があることと、取引の頻度の違い——は。この先、別の場面でも、もう一度出てきます。登記を信じた人を、それでも救おうとする、94条2項類推という判例の考え方が、別にあります。今日見た、この2つの理由と、まったく同じ理由が、実は、そこでも姿を変えて出てきます。要件や中身には、今日は踏み込みません。名前だけ、持ち帰ってください。

冒頭の設例に決着——土地は手に入らない、では何が残るか

買主が名義人から土地を買い登記が実は間違っていたと判明する経緯を示す関係図 図:買主が名義人から土地を買い登記が実は間違っていたと判明する経緯を示す関係図

では、冒頭の話に、決着をつけましょう。あなたは、役所の帳簿で、ある人が所有者だと確認して、土地の売買契約を結びました。契約では、「契約から3か月以内に、所有権の移転登記を済ませて、土地を引き渡す」と決めました。ところが、後になって分かりました。実は、その登記は、間違っていました。本当の持ち主は、名義人ではなく、まったく別の人だったんです。名義人も、あなたも、そのことを知りませんでした。ここまでの話を、当てはめてみましょう。日本は、不動産に、公信の原則を採用していません。だから、帳簿——登記を信じて買っても、あなたは、土地の所有権を取得できません。

先に登記を備えたほうが勝つ、というのは、どちらも本当の持ち主から買った人どうしの、早い者勝ちの争いでした。今日は、そもそも売った人が、持ち主ではありません。競争をする前に、渡せる権利が無いんです。ここが、失うものです。所有権は、手に入りません。でも、ここで終わりではありません。では、何が残るでしょうか。契約そのものは、無効になりません。以前見た条文を、もう一度出します。

条文民法561条(再掲)

民法 第561条(他人の権利の売買における売主の義務) 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

他人の物を売る契約であっても、契約自体は有効に成立します。だから、名義人は、あなたに対して。「本当の権利を取得して、あなたに移してください」という義務を負います。所有権そのものは失いますが、名義人に対する債権は、手元に残ります。以前見た言葉を、思い出してください。物権は物に、債権は人に向かう。向きが逆でしたね。物に向かう権利は、失いました。でも、名義人という人に向かう権利は、生きています。それで、あなたは、めでたく土地を手に入れられます。でも、もし、その義務が、きちんと果たされなかったら、どうなるでしょうか。

そこから先が、今日の後半のテーマです。約束が果たされないとき、何が起きるか。物に向かう権利の話から、人に向かう権利の話へ。今日は、この1本の線でつながっています。

債務不履行とは——約束が果たされないこと

約束すなわち債権が果たされないことを債務不履行と呼びまだ履行できるかもうできないかで2つに分かれる板

名義人は、あなたに対して、561条の義務——債権を負っています。この債権が、きちんと果たされない場合があります。これを、債務不履行と呼びます。漢字のとおりです。債務——約束したこと——が、履行——果たされないことです。債務不履行には、いくつかの型がありますが、今日は、そのうちの2つを見ます。分かれ目は、たった1つです。まだ履行できるか、もうできないか。法が打てる手が、そこで変わってしまうからです。まだできるなら、「やらせる」という手が残ります。土地を、実際に引き渡させればいい。もう、できないなら、「やらせる」は消えます。残るのは、「埋め合わせる」か、「抜ける」かだけです。

だから、この1つが分かれ目になります。まだ履行できるのに、していない場合を、履行遅滞と呼びます。もう、履行することができなくなってしまった場合を、履行不能と呼びます。でも、「まだできる」か「もうできない」かで、この先の扱いが、大きく変わります。順番に見ていきましょう。

履行遅滞——まだ履行できるのに、していない

確定期限を過ぎても名義人が土地を引き渡せていない履行遅滞の場面を示す板 図:確定期限を過ぎても名義人が土地を引き渡せていない履行遅滞の場面を示す板

契約から3か月。約束の期限が来ました。でも、名義人は、まだ土地を引き渡せていません。名義人は、今、本当の持ち主と、交渉している最中でした。「権利を譲ってほしい」と、話し合いを続けています。取得できる見込みは、まだ残っています。これが、履行遅滞です。条文を見てみましょう。

条文民法412条1項

民法 第412条第1項(履行期と履行遅滞) 債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。

今日の契約のように、「いつまでに」と、日付や期間がはっきり決まっている期限のことです。期限の決め方には、ほかの形もありますが、今日は、この確定期限の場面だけで見ていきます。では、責任を負う、というのは、具体的に何が起きるのでしょうか。履行遅滞になると、あなたが取れる手段が、3つ生まれます。一つめは、強制執行です。条文は、414条1項。裁判所の力を借りて、無理やりにでも、履行させる手段です。二つめは、損害賠償請求権です。条文は、415条1項。履行が遅れたことで生じた損害を、お金で埋め合わせてもらう権利です。

三つめは、契約の解除権です。条文は、541条や542条です。「もう、この契約はやめます」と、契約そのものを終わらせる権利です。ただし、解除には、1つ条件があります。すぐには解除できません。まず、相手に「早くしてください」と、催告する必要があります。相当な期間を決めて、履行を求めて、それでも駄目なら、初めて解除できます。まだ、履行できる見込みが残っているからこそ、待つ機会を、まず与えます。

履行不能——もう、履行することができなくなった

交渉が決裂し名義人が権利を取得する道が完全に閉ざされた履行不能の場面を示す板 図:交渉が決裂し名義人が権利を取得する道が完全に閉ざされた履行不能の場面を示す板

では、名義人が交渉を続けた結果、どうなったでしょうか。本当の持ち主は、頑として、首を縦に振りませんでした。「絶対に、渡さない」とはっきり告げられ、交渉は決裂しました。こうなると、名義人が、権利を取得する見込みは、もう完全に無くなります。もう履行することができない。これが、履行不能です。条文を見てみましょう。

条文民法412条の2第1項

民法 第412条の2第1項(履行不能) 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。

もうできないことを、請求することはできません。これは、当然のことです。では、履行不能のとき、あなたが取れる手段は、どうなるでしょうか。履行遅滞のときの3つのうち、1つが、そもそも成り立たなくなります。もう履行できないものを、無理やり履行させることは、できません。だから、残るのは2つです。一つめは、さっきと同じ、損害賠償請求権。条文は、415条1項。二つめは、こちらも同じ、契約の解除権。条文は、542条1項です。はい、大きく違う点があります。履行不能では、催告が要りません。

でも、待っても、無駄です。もう、履行できる見込みが、ないんですから。だから、履行不能では、催告をせずに、直ちに解除できます。

分かれ目は1つ——できるか、できないか

まだ履行できるかという1つの問いから履行遅滞と履行不能催告の要否が枝分かれする板 図:まだ履行できるかという1つの問いから履行遅滞と履行不能催告の要否が枝分かれする板

ここで、今見た2つを、並べて整理しましょう。頂点にある問いは、たった1つです。まだ、履行できるか。「できる」なら、履行遅滞。まだ望みがあるから、催告して、相手に機会を与えます。「できない」なら、履行不能。もう望みが無いから、催告なしで、すぐ次の手に進めます。強制執行は、まだできることを、強制的にやらせる手段ですから。もう、できないなら、強制のしようがありません。だから、効果から落ちます。丸暗記する表ではありません。当然、そうなる、という結論なんです。

帰責事由の位置——損害賠償には効くが、解除には要らない

415条1項ただし書は債務者側の免責事由として書かれており損害賠償には効くが解除には要らないことを示す板

もう1つ、大事な話が残っています。帰責事由という言葉です。「責めに帰する」、つまり、責任があると言えるかどうか、という意味です。もう一度、損害賠償請求権の条文を、よく見てみましょう。

条文民法415条1項

民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

前半は、もう見たとおりです。履行しない、または履行不能なら、損害賠償を請求できる。大事なのは、後半の「ただし書」です。ここに注目してください。この文言は、債務者の側にとっての、免責の理由として書かれています。「これがあれば、責任を免れる」という理由です。ここが大事です。本文には、帰責事由のことが、一言も書かれていません。「請求できる」と言い切ってから、あとで「ただし」と打ち消す作りです。だから、この条文では、打ち消すほうが、名義人の側の言い分になります。条文の作りとしては、あなたが「名義人に帰責事由がある」と示す必要はありません。逆に、名義人のほうが、「自分には責任がない事由がある」と示せなければ、責任を負います。

今日の名義人で言えば、たとえば。名義人が、本当に精一杯、権利を取得しようと交渉していたとしても。それでも取得できなかった、というだけでは、責任を免れるとは限りません。契約や取引の性質、社会の考え方に照らして、判断されます。細かい判定は、また別の回で扱います。今日、覚えてほしいのは、この帰責事由が、書かれている場所です。「責任がある」の話ではなく、「責任が無いと言えるか」という、免責の話として書かれています。そして、もう1つ、大事な対比があります。契約の解除権には、この帰責事由が要りません。

損害賠償請求権とは違って、名義人に帰責事由が無くても、あなたは契約を解除できます。解除は、名義人を罰する制度ではないからです。果たされない約束に、あなたをいつまでも縛りつけないための、出口なんです。損害賠償には、責任の有無が効きます。でも、解除には、効きません。この違いは、履行遅滞でも、履行不能でも、同じです。

今日の地図(保存版)

公示公信の対比と債務不履行の分岐が埋まった今日の地図の完成版と次回への宿題を示す板

最初に見た地図に、もう一度、戻りましょう。「外から見える形を信じた人は、そのとおりの権利を手に入れられるのか」。今日、その答えが、埋まりました。そして、不動産で手に入らなくても、そこで終わりではありませんでした。その債権が果たされなければ、債務不履行になり。まだ履行できるなら履行遅滞、もうできないなら履行不能。分かれ目は1つでしたね。今日は、物に向かう権利から、人に向かう権利へ、1本の線で見てきました。今日、名前だけ置いていったものを、もう一度並べておきます。94条2項類推——登記を信じた人を、それでも救おうとする、判例の考え方。それから、もう一つ。ここで名前だけ渡しておきます。売買そのものを、もう一度、深く見る回です。他人の権利を売った場合の、もう少し細かい救済を扱います。

最後に、もう1つ、次への問いを残します。損害賠償を請求できる、と言っても。もし、相手に、財産が無かったら、どうなるでしょうか。権利があっても、実際に回収できるとは限りません。その心配は、もっともです。

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#9単独ページ動画

責任財産と債権者代位権・詐害行為取消権

第1章 民法総則 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——責任財産という1つの器

責任財産という1つの器に守る増やす消えるの3つの構えがぶら下がる予告図 図:責任財産という1つの器に守る増やす消えるの3つの構えがぶら下がる予告図

まず、以前の最後を、思い出しましょう。前回は、登記を信じて取引しても、その信頼までは守られない——公信力が無い、という話でした。では、思い出してください。あなたが手に入れたのは、所有権ではなく何でしたか?えっと……名義人に対する、損害賠償請求権、でした。物に向かう権利は失っても、人に向かう権利——債権は残りました。今日、その先を見ていきます。まず、道具の全体像を、地図にしておきましょう。あなたにできることは、実は、3つの構えしかありません。1つめは、相手の財産が減らないよう守ること。2つめは、相手の財産のほかに、当てにできるものを増やすこと。そして3つめは、債権そのものが消えるとき、何が起きるかを知っておくことです。

制度の名前を、いきなり並べても、ただの用語の暗記になります。だから今日は、必ず、この3つのどれに当たるかを確かめながら、進んでいきます。ただ、今日、じっくり扱うのは、そのうち1つだけです。今日は、守るの中身——債権者代位権と、詐害行為取消権だけを、深く見ていきます。今日は、守るを、掘り下げましょう。

責任財産——債権は最後、相手の財産にたどり着く

責任財産という中心の器から守る増やす消えるの3つの操作が矢印で伸びる看板図 図:責任財産という中心の器から守る増やす消えるの3つの操作が矢印で伸びる看板図

まず、今日の主役になる言葉を、確認します。責任財産です。強制執行の対象になる、相手の財産のことです。冒頭の話を、もう一度考えてみましょう。判決を取っても、強制執行をしても、名義人に財産が無ければ。責任財産が無ければ、権利は紙のままなんです。そして、以前見たとおり、これは、担保を持たない者どうしでは、平等に分け合う対象でしたね。今日出てくる制度は、すべて、この1つの器を、どう扱うかという話です。1つめの構えは、器の中身を守ること。名義人が、責任財産を、動かさずに放置したり、逆に、こっそり減らしてしまったりすることへの対処です。

そこが、今日の最初のポイントです。順番に見ていきましょう。

債権者代位権——動かないなら、代わりに動く

名義人が知人に貸した200万円を取り立てず放置しあなたが代わりに取り立てる関係図 図:名義人が知人に貸した200万円を取り立てず放置しあなたが代わりに取り立てる関係図

まず、1つめの構え、守るからです。名義人が、財産を動かさない場合を見ましょう。たとえば、こういう場合です。実は、名義人には、知人に貸しているお金があります。二百万円です。でも、名義人は、遠慮しているのか、その二百万円を、まったく取り立てようとしません。名義人には、他に、めぼしい財産がありません。無資力の状態です。財産が、責任財産として足りていない状態、と考えてください。こういうとき、あなたは、名義人に代わって、知人にお金を取り立てることができます。これを、債権者代位権と呼びます。条文を見てみましょう。

条文民法423条1項

民法 第423条第1項(債権者代位権の要件) 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。

お金を返してもらう債権では、そのとおりです。「保全するため必要があるとき」とは、名義人が無資力のときを指します。なぜなら、名義人が無資力でなければ、あなたは、普通に、名義人自身に請求すればいいだけだからです。ここで、当事者の呼び名を、整理しましょう。あなたが名義人に対して持つ、三百万円の債権を、被保全債権と呼びます。なお、以前の担保の回に出てきた被担保債権とは、別ものです。あちらは抵当権が守る債権、こちらは代位で守る債権。字が似ているだけです。そして、名義人が知人に対して持つ、二百万円の債権が、条文にあった被代位権利です。

そして、この知人のことを、第三債務者と呼びます。あなたは、名義人ではなく、知人に対して、直接「二百万円を払え」と請求できます。ただし書も、見ておきましょう。名義人の一身に専属する権利や、差し押さえを禁じられた権利は、代位できません。本人にしか行使できない、特別な権利のことです。細かい中身は、また別の回で扱います。無資力の要件を、どこまで厳しく見るか、といった話も、同じく別の回です。今日は、位置づけだけで十分です。ここまでが、器を守るの1つめ。名義人がしないことに、あなたが代わって動く構えです。

詐害行為取消権——逃がしたなら、取り戻す

名義人が唯一の財産である自動車を弟に贈与しあなたが取り消して取り戻す関係図 図:名義人が唯一の財産である自動車を弟に贈与しあなたが取り消して取り戻す関係図

では、次は、名義人が財産を動かした場合です。名義人の唯一の、めぼしい財産は、自動車でした。百五十万円くらいの価値があります。名義人は、この自動車を、弟に、贈与してしまいました。贈与も、契約の一つです。ただ、売買と違って、対価を受け取りません。名義人の財産が、一方的に減る契約です。この贈与で、名義人に残ったのは、取り立てていない二百万円の債権だけです。あなたの三百万円には、届きません。ここでも、名義人は無資力です。しかも、名義人も、弟も、それが、あなたを害することになると、分かっていました。

こういうとき、あなたには、この贈与を、取り消して、自動車を取り戻す手段があります。詐欺や強迫による取消しは、自分の契約を、自分で取り消す話でした。こちらは、他人どうしの契約を、取引の外にいる人が取り消す話です。使う人が、違います。この、取り消して取り戻す手段を、詐害行為取消権と呼びます。条文を見てみましょう。

条文民法424条1項

民法 第424条第1項(詐害行為取消請求) 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。

なお、この取消しは、裁判所に請求して行います。自分で「取り消す」と言えば済む話ではありません。この、財産を減らす行為のことを、詐害行為と呼びます。そして、条文の「利益を受けた者」——ここでは弟のことを、受益者と呼びます。ただし書にも、注目してください。受益者が、知らなかったときは、取り消せません。今日の事案では、弟も知っていた、という設定なので、取り消せます。取り消すというのは、弟が受け取ったものを、手放させるということです。何も知らずに受け取った人からまで取り上げていたら、人からものを受け取ること自体が、怖くなってしまいます。だから、あなたを守る線は、相手が事情を知っていたところまで、と引かれているんです。そして、条文をもう一度見てください。悪意——知っていたかどうか——は、本文で名義人について、ただし書で受益者について、両方が問題になります。

詳しい要件や、裁判の進め方は、また別の回で扱います。ここまでが、器を守るの2つめ。名義人がしたことを、巻き戻す構えです。

代位と取消の分かれ目——しないか、したか

無資力という共通の入口から動かないなら代位動かしたなら取消へ枝分かれする対比板 図:無資力という共通の入口から動かないなら代位動かしたなら取消へ枝分かれする対比板

ここで、今見た2つを、並べてみましょう。入口は、実は、まったく同じです。名義人が、無資力であること。違いは、たった1つ。名義人が、しないか、したかです。財産を持っているのに、取り立てない。これが、債権者代位権でした。したというのは、財産を、実際に、人にあげてしまった、ということです。これが、詐害行為取消権です。そして、当事者の呼び名も、この1軸から、自然に決まります。「しない」の場合は、名義人が持っている権利の相手が、第三債務者。「した」の場合は、名義人から利益を受け取った相手が、受益者です。

2つの制度を、名前で覚えるのではなく、この1本の軸で、区別してください。では、これはどちらでしょう。もし、名義人が、知人に「あの二百万円は、もう返さなくていい」と言ってしまったら。持っている権利を手放すのも、財産を減らす「した」です。どちらも、責任財産という同じ器を守る手段です。使い分けの軸として違うのは、名義人が自分で動いたかどうか、それだけだからです。

冒頭の設例に決着——権利があることと、回収できることは別

名義人自身に財産が無くても代位と取消という2つの手段で権利が現実に近づいたことを示す決着板

では、冒頭の話に、決着をつけましょう。あなたは、名義人に対して、三百万円の損害賠償請求権を持っていました。判決を取っても、強制執行をしても、名義人の手元には、差し押さえるものが、ありませんでした。でも、今日、あなたは、2つの手段を、手に入れました。1つは、名義人が知人に貸していた、二百万円。債権者代位権で、あなたは、これを、代わりに動かせます。もう1つは、名義人が弟に贈った、自動車。詐害行為取消権で、あなたは、この贈与を取り消せます。名義人の財布の中の現金は、たしかに空っぽでした。でも、責任財産という器の中には、まだ、現金になっていない財産——知人への二百万円——が残っていました。そして、器の外へ逃がされた自動車も、取消で、器の中に戻せます。

ここで、覚えておいてほしいことがあります。権利があることと、実際に回収できることは、別の話です。権利だけでは、紙のままです。でも、その権利を、現実の財産に近づける手段が、法律には用意されています。それが、今日見た、責任財産を守るという構えでした。だからこそ、民法は、責任財産を守るための、この2つの手段を、置いているんです。

今日の地図(保存版)

責任財産の器のうち守るにだけ答えが入り増やすと消えるはまだ空欄のまま次への問いを残す地図板

最初に見た、地図に戻りましょう。責任財産という1つの器に、3つの構えがありました。今日、そのうち、守るの中身に、名前が入りました。入口は、どちらも無資力。違いは、名義人が、しなかったか、したか、でしたね。そして、残る2つの構え——増やすと、消えるは、まだ、空欄のままです。別の人の財産を、当てにする方法。そして、債権そのものが、消えるときに、何が起きるか。どちらも、まだ、これからです。最後に、もう一つ、大事な問いを、残しておきます。今日見たのは、名義人自身の財産を守る、あるいは、逃げた財産を取り戻す方法でした。では、名義人の周りを探しても、代わりに動かせる財産も、取り戻せる財産も、一つも無かったとしたら、どうなるでしょうか。

守る手段も、取り戻す手段も、そもそも当てにできる財産が無ければ、意味がありません。

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#10単独ページ動画

保証・弁済・相殺

第1章 民法総則 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図、もう一度——守るは埋まった、残る2つへ

責任財産の器のうち守るには前回の答えが入り増やすと消えるが今日埋まる空欄として残る地図板

まず、前回の地図を、思い出しましょう。責任財産——強制執行の対象になる、名義人の財産——という1つの器に、3つの構えがありました。前回、守るの中身には、名前が入りました。では、前回の地図で、残る2つは、何だったか、覚えていますか?今日は、この2つを、埋めていきます。まず、増やす——別の人の財産を当てにする方法から、見ていきましょう。

保証——別の人の財産を当てにする

もし契約当時に名義人の保証人がいたらという反実仮想を導入する関係図 図:もし契約当時に名義人の保証人がいたらという反実仮想を導入する関係図

ここで、器を守る、から離れて、2つめの構え、増やすに進みます。これからは、もしも、の話です。実際に起きたことではなく、仮の話として聞いてください。もし、あなたと名義人が、土地の売買契約を結んだとき。名義人ではない、別の人が、その契約の保証人になっていたとしたら、どうだったでしょうか。保証人……お金を貸すときに、よく聞く言葉ですね。お金を貸す場面に限りません。今日のような、売買契約でも、保証人は付けられます。もし保証人がいれば、名義人が三百万円を払えないとき。あなたは、その保証人に対して、直接、三百万円を請求できます。

条文を見てみましょう。

条文民法446条1項

民法 第446条第1項(保証人の責任等) 保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。

今日で言えば、名義人のことです。名義人が果たさない約束を、保証人が肩代わりする、という骨格です。ここで、注意してほしいことがあります。保証契約の当事者は、誰と誰でしょうか。そこが、間違えやすいところです。実は、あなたと、保証人が、保証契約の当事者です。名義人は、保証契約そのものには、関わりません。あなたと保証人の間で結ばれる契約です。以前、担保を取る理由を、見たのを覚えていますか。あっ、担保を持たない者どうしは、平等に分け合うしかない、という話でしたね。債権者平等原則の裏返しです。自分だけ、優先されたい。でも、名義人の物には、担保を設定できないこともあります。そういうとき、人を担保にすればいい。

これを、人的担保と呼びます。以前見た担保物権は、物を担保にする形でした。こちらを、物的担保と呼びます。責任財産という1つの器を、増やす方法は、大きく2つあります。物を担保に取る——物的担保。人を担保に取る——人的担保。今日の保証は、この人的担保です。以前、名前だけ渡した物上保証人——他人の借金のために、自分の物を担保に出す人——は、物的担保の側です。今日の保証人は、人的担保の側。名前は似ていますが、置かれる場所が違います。なお、保証契約そのものは、書面でしなければ、効力を持ちません。446条2項の話です。細かくは、また別の回で扱います。

付従性——担保物権と同じ性質が、人にも現れる

主債務が生まれなければ保証債務も生まれず主債務が消えれば保証債務も消える付従性板 図:主債務が生まれなければ保証債務も生まれず主債務が消えれば保証債務も消える付従性板

実は、この保証にも、以前見た性質が、そのまま現れます。担保物権のところで、付従性という言葉を、見ましたね。もとになる債権が無ければ発生しない。もとの債権が消えれば、一緒に消える。この性質は、実は、道具が担保物権であっても、保証であっても、同じ形で出てきます。名義人があなたに対して負う債務——主たる債務——が、まず、生まれていなければ。保証人の保証債務も、生まれません。これを、成立における付従性と呼びます。保証契約自体には問題が無くても、保証人の保証債務は、発生しません。そして、主たる債務が消えれば、保証債務も、一緒に消えます。これが、消滅における付従性です。

担保物権のときと、同じ言葉を、思い出してください。担保は、道具です。道具は、本体が無ければ、意味を持ちません。今日、その道具に、もう一つ見方を足します。保証債務は、主たる債務の影のようなものです。本体が動けば、影も一緒に動く。本体が消えれば、影も消える。物であっても、人であっても。この考え方は、変わりません。

連帯保証——2つの言い分から始まる

催告の抗弁452条と検索の抗弁453条を並べた条文板 図:催告の抗弁452条と検索の抗弁453条を並べた条文板

保証には、もう一つ、重い種類があります。連帯保証です。責任が重い、というイメージは、正しいです。今日は、それが具体的に何を意味するか、見ていきます。まず、普通の保証人が持っている、2つの言い分から、確認しましょう。なぜ、普通の保証人に、そんな言い分が認められるのか。さっき見た446条1項は、「主たる債務者がその債務を履行しないときに」と書いていました。保証人は、あくまで、名義人が果たさないときの、肩代わりです。だから、「まず本人に」と言えるんです。1つめ。「まず、主たる債務者に、請求してください」と言える権利です。

これを、催告の抗弁と呼びます。条文は452条です。2つめ。「主たる債務者には、財産がありますから、そちらに執行してください」と言える権利です。これを、検索の抗弁と呼びます。条文は453条です。インターネット検索とは、違う意味です。主たる債務者の財産を、探し出して、そこから執行しろ、という意味です。この2つの言い分は、普通の保証人には、認められています。

連帯保証人が持たない2つの言い分

催告の抗弁と検索の抗弁を普通の保証と連帯保証で比べ連帯保証は両方持たない対比板 図:催告の抗弁と検索の抗弁を普通の保証と連帯保証で比べ連帯保証は両方持たない対比板

では、連帯保証人は、この2つが、どうなるでしょうか。考えてみてください。普通の保証人は、名義人が払わないときの、肩代わりでした。でも、連帯保証人は、「名義人と連帯して」——つまり、名義人と並んで責任を負う、と約束しています。肩代わりではないなら、「まず本人に」とも、「まず本人の財産に」とも、言えないはずです。条文を見てみましょう。

条文民法454条

民法 第454条(連帯保証の場合の特則) 保証人は、主たる債務者と連帯して債務を負担したときは、前二条の権利を有しない。

直前で見た、452条と453条のことです。今、条文が名指しで、その2つを奪っています。連帯保証人は、あなたから直接、いきなり請求されても、拒めません。表で整理しておきましょう。普通の保証人は、催告の抗弁も、検索の抗弁も、持っています。連帯保証人は、その両方を、失います。名義人と、ほとんど同じ立場に立たされる、と考えてください。

債権の消滅——約束どおりのものが動く、弁済

名義人が損害賠償金300万円を現金で払い債権が消える弁済の場面を示す板 図:名義人が損害賠償金300万円を現金で払い債権が消える弁済の場面を示す板

ここから、3つめの構え、消えるに進みます。責任財産という器から、債権が消えていくときの話です。債権が消える原因は、以前、名前だけ、七つ並べましたね。今日は、そのうちの三つを、中身から見ていきます。いちばん、当たり前のところから見ましょう。名義人が、あなたに、三百万円を、現金で払ったとします。これを、弁済と呼びます。条文を見てみましょう。

条文民法473条

民法 第473条(弁済) 債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する。

約束したとおりのものを、約束したとおりに渡す。それだけで、債権は消えます。ここで、軸を1つ、立てておきます。弁済は、約束どおりのものが動く、というものです。この先、代物弁済と、相殺を見ていきますが、この「何が動くか」という軸で、比べていきます。

別のものを渡す——代物弁済には、合意が要る

名義人が現金の代わりに別の土地を渡す合意をして実際に渡す代物弁済の条文板 図:名義人が現金の代わりに別の土地を渡す合意をして実際に渡す代物弁済の条文板

では、名義人が、現金を持っていなかったら、どうでしょうか。実は、名義人は、本当に持っている、別の土地を、一つ持っていました。三百万円くらいの価値です。「現金三百万円の代わりに、この土地を渡します」という合意をして。実際に、その土地を渡せば、同じように、あなたの損害賠償請求権は消えます。似ていますが、条文の名前は、違います。代物弁済です。条文は482条です。ここで、絶対に外せない要件があります。代物弁済には、あなたとの、契約——合意が要ります。名義人が、勝手に、「これで払ったことにします」と、土地を置いていくだけでは、成立しません。

ここは、うっかり忘れやすいところなので、しっかり持ち帰ってください。代物弁済には、合意が要る。弁済とは、そこが違います。

弁済と代物弁済——何が動くかで見分ける

約束どおりのものが動く弁済と別のものが動き合意が要る代物弁済を対比する板 図:約束どおりのものが動く弁済と別のものが動き合意が要る代物弁済を対比する板

2つを、並べてみましょう。弁済は、約束どおりのものが動く。合意は、いりません。代物弁済は、別のものが動く。だからこそ、合意が要ります。そして、次に見る相殺は、この2つと、まったく違う動き方をします。そこが、今日、いちばん大事なところです。次に、見ていきましょう。

相殺——何も動かない、だから効く

あなたと名義人の2本の債権が対当額で消える一方的意思表示による相殺の関係図 図:あなたと名義人の2本の債権が対当額で消える一方的意思表示による相殺の関係図

実は、あなたにも、名義人に対する債務が、一つあります。以前、あなたは、名義人から、百万円を借りていました。整理しましょう。あなたは、名義人に対して、三百万円の損害賠償請求権を持っています。逆に、名義人は、あなたに対して、百万円の貸金債権を持っています。こういうとき、あなたは、相殺という手段を使えます。条文を見てみましょう。

条文民法505条1項

民法 第505条第1項(相殺の要件等) 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

重なり合う金額のことです。今日で言えば、百万円です。三百万円と百万円のうち、重なる部分ですね。あなたが、名義人に対して、「相殺します」と、一方的に意思表示をすると。対当額——百万円ぶんが、お互いの債権から、同時に消えます。ここで、注目してほしいのは、何も動いていない、ということです。現金も、物も、一切、動きません。ただ、帳簿の上で、数字が消えるだけです。友達どうしが、お互いに立て替えていたお菓子代を、いちいち現金でやり取りせず。帳消しにする、あの感覚に近いです。そして、もう一つ大事な点。相殺は、名義人の同意が要りません。あなたの、一方的な意思表示だけで成立します。

これを、単独行為と呼びます。以前、法律行為を三つに分けたとき、遺言の例で見た、あれです。ちなみに、あなたが持ち出す、三百万円の債権を自働債権、名義人の百万円の債権を受働債権と呼びます。細かい要件——お互いの債務の弁済期が来ている必要があること等は、また別の回で扱います。今日は、「何も動かない」という、この1点だけ、持ち帰ってください。

冒頭の問いに決着——相殺だけが、相手の財産に頼らない

弁済と代物弁済は相手に何かがある前提だが相殺だけは財産の有無に関係なく効く決着板 図:弁済と代物弁済は相手に何かがある前提だが相殺だけは財産の有無に関係なく効く決着板

では、冒頭の問いに、決着をつけましょう。もし、名義人に、財産が一円も無かったら。弁済も、代物弁済も、名義人の手元に、何かがあることが前提です。現金が無ければ、弁済はできません。土地が無ければ、代物弁済もできません。でも、相殺だけは、違います。もちろん、保証人がいれば、その人の財産も、当てにできます。でも、それは、保証人がいればの話です。相殺は、そういう相手がいなくても、あなた一人でできます。名義人に、財産が一円も無くても。あなたが、名義人に対して負っていた、百万円の債務は。確実に、対当額で消えます。何も動かないから、相手の財産の有無に、関係が無いんです。

だから、相殺には、担保のような働きがあると言われます。名義人が、いつ、財産を失っても、あなたには、百万円ぶんの安心が、あらかじめ確保されている。そういう意味で、相殺は、まるで担保を持っているのと、同じような効果を生みます。ただし、残りの二百万円は、依然として、名義人の財産次第です。すべてが、相殺で解決するわけではありません。あくまで、対当額の範囲だけです。相殺適状の細かい要件——弁済期のことなど——は、また別の回で扱います。今日は、今日見た三つのうち、責任財産に頼らずに済む、唯一の消滅原因、という位置づけだけで、十分です。

今日の地図(保存版)

責任財産の器に守る増やす消えるの答えが埋まった完成版と次回への宿題を示す板 図:責任財産の器に守る増やす消えるの答えが埋まった完成版と次回への宿題を示す板

最初に見た、地図に戻りましょう。責任財産という1つの器に、3つの構えがありました。今日、その3つに、すべて名前が入りました。そして、冒頭の問い——相手に財産が無かったら——への答えも、埋まりました。もう一つ、大事なことを言っておきます。責任財産を守る動きと、担保を取る動きは。実は、どちらも、以前見た債権者平等原則の裏返しでした。自分だけ、優先されたい、あるいは。自分だけは、確実に回収したい、という気持ちが、今日見た制度の、共通の動機です。最後に、今日、名前だけ置いていったものを、並べておきます。債権者代位権と、詐害行為取消権の、細かい要件や、行使の方法。保証人の求償権や、共同保証。第三者による弁済や、弁済の充当。そして、相殺適状の要件と、判例をめぐる議論。どれも、まだ中身は、これからです。

最後に、もう一つ、次への問いを、残します。今日、売買、贈与、お金の貸し借り、そして保証と、いろいろな契約が出てきました。契約には、どんな種類があるのでしょうか?

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#11単独ページ動画

典型契約13種の分類

第1章 民法総則 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

典型契約——民法が名前をつけた十三種類

贈与売買交換消費貸借使用貸借賃貸借雇用請負委任寄託組合終身定期金和解の13種類を一覧しこの回で扱う5つに印をつけた看板

民法という法律は、第三編、第二章という場所に、契約の種類を並べています。その第二節から第十四節まで、一つずつ、契約に名前をつけています。第二節から第十四節まで、ちょうど十三節。だから、十三種類です。これを、典型契約と呼びます。名前を、板で見てみましょう。贈与、売買、交換、消費貸借、使用貸借、賃貸借。そして、雇用、請負、委任、寄託、組合、終身定期金、和解。これで十三です。この十三を、全部覚える必要はありません。今日、持ち帰ってほしいのは、「十三しかない」という数の感覚だけです。個々の中身は、この先の章で、一つずつじっくり扱います。今日は、このうち、星をつけた五つ——贈与、売買、消費貸借、賃貸借、委任だけを、深く見ていきます。

非典型契約——名前が無くても、有効。では、名前は何のためか

ジムの会員契約やサブスクのような民法に定めのない非典型契約も有効でありでは名前は何のためにあるのかを問う板

では、冒頭の問いに戻りましょう。ジムの会員契約や、サブスクは、無効なのでしょうか。この十三種類に入らない契約を、非典型契約と呼びます。結論から言います。非典型契約は、有効です。以前、契約の中身は当事者どうしが自由に決めてよい、という話をしましたね。その延長です。当事者どうしが合意した以上、名前が民法に載っていなくても、契約は成立し、効力を持ちます。非典型契約には、二つの下位分類があります。典型契約どうしを組み合わせた混合契約——部品を作って納品する契約は、仕事を仕上げる請負と、物を売る売買が混ざっています。もう一つは、民法の典型契約から離れた無名契約——出版契約や、ジムの会員契約が、その代表例です。

とても良い質問です。ここが、今日、一番大事な折り返し地点です。もし名前が無くても有効なら、名前は何のためにあるのか。分類のためではありません。名前がつくと、その契約について書かれた条文が、まるごと使えるようになります。たとえば、料理に「肉じゃが」という名前をつければ、レシピ本の該当ページが、まるごと使えますよね。名前の無い創作料理も、もちろん食べられます。有効です。でも、レシピが無いから、材料も手順も、全部自分で決めて、書いておかないといけません。売買と名乗れば、いつ所有権が移るか、代金を払わなかったらどうなるか。そういう細部を、いちいち取り決めなくても、民法が代わりに条文を用意してくれています。

しかも、その条文の多くは、当事者どうしが別に決めれば、そちらが優先されます。レシピに「砂糖は大さじ二」と書いてあっても、二人で「甘さは控えめで」と決めれば、そちらが通ります。名前は、分類のためのラベルではなく、条文を引き当てるための索引なんです。この関係——名前と条文——は、この先ずっと、頭の隅に置いておいてください。なお、一部には、当事者の合意でも変えられないルールもありますが、それはまた別の回で扱います。

四つの物差し、一本目——規定はあるか

契約がどう振る舞うかを測る四つの物差しのうち規定の有無という一本目が典型非典型の区別だったと位置づけ直す予告板

ここで、少し視点を変えます。実は、今、話したばかりのことが、一本目の物差しでした。名前がついた契約が、実際にどう振る舞うか。それを測る道具が、四つあります。その一本目が、規定の有無——つまり、典型か、非典型か、です。実際に、当ててみましょう。ジムの会員契約は、この一本目で、どちら側に落ちますか。ジムの会員契約は、非典型。では、さっき名前を並べた売買は。売買は典型で、条文を引き当てられる側。物差しは、名前を覚えるためではなく、目の前の契約を当てるためにあります。これから、残り三本の物差しを、順番に見ていきます。どの物差しも、入るたびに「これは、何を測っているのか」を、先に確認しましょう。

四つの物差し、二本目——いつ成立するか

合意だけで成立する諾成契約が原則で消費貸借だけが物の受け渡しまで必要な要物契約という例外であることを示す導入板

二本目の物差しは、いつ成立するか、です。原則は、合意した瞬間に成立します。条文を見てみましょう。

条文民法522条1項・2項

民法 第522条(契約の成立と方式)1項・2項 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。 2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

これを、諾成契約と呼びます。ほとんどの契約は、この原則どおりです。そして、二項も見てください。「書面の作成……を要しない」とあります。契約は、口約束だけでも成立します。以前見た、申込みと承諾の話を、覚えていますか。その原則が、ここで、もう一段はっきりします。ただし、例外が一つあります。合意しただけでは足りず、物を実際に渡すまで成立しない契約が、一つだけあります。

条文民法587条

民法 第587条(消費貸借) 消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。

「貸しますよ」と口約束しただけでは、まだ契約は成立していません。実際に、物を受け取って、初めて成立します。これを、要物契約と呼びます。ただし、書面を交わしてする消費貸借だけは、さらにその例外で、合意だけで成立します。今日は、書面によらない、口約束の貸し借りを前提に話します。書面のほうは、また別の回で扱います。さて、この違いには、ちゃんと実益があります。要物契約だと、「貸すよ」と言っただけの段階では、まだ拘束力がありません。だから、書面を交わしていなければ、実際に渡す前に断っても、違約にはなりません。

ここで、混同しやすい二つの言葉——賃貸借と、消費貸借を、整理しておきましょう。同じ「借りる」でも、法律的には、まったく別物です。

部屋を借りる契約と米を借りる契約を返すものと成立のしかたで対比する借りるの二種類の板

部屋を借りる契約——賃貸借は、借りた、その部屋そのものを返します。でも、隣人から米を借りる契約——消費貸借は、食べてしまった物そのものではなく。同じ種類、同じ品質、同じ量の、別の米を返します。そして、この違いが、さっき見た成立のしかたにも、そのまま効いてきます。部屋を借りる契約は、合意しただけで成立します。米を借りる契約は、実際に受け取って初めて成立します。この二つは、この先も何度も出てきます。しっかり区別しておいてください。

四つの物差し、三本目——どんな債務が生まれるか

双方が債務を負う双務契約と一方だけが債務を負う片務契約を売買と贈与の矢印で対比する関係図

三本目の物差しは、どんな債務が生まれるか、です。契約が成立すると、当事者に、何らかの義務——債務が生まれます。その債務が、両方に生まれるか、片方だけに生まれるか、で分けます。冷蔵庫を買う場面で考えましょう。あなたは、代金を払う債務を負います。お店は、冷蔵庫を渡す債務を負います。両方に矢印が伸びる。これを、双務契約と呼びます。一方、引っ越し祝いに、友人が電子レンジをくれる場面ではどうでしょう。でも、あなたのほうには、何もありません。矢印が一本だけ。これを、片務契約と呼びます。この双務契約からは、もう一つ、大事な効果が生まれます。条文を見てみましょう。

条文民法533条

民法 第533条(同時履行の抗弁) 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

お店が冷蔵庫を渡さないうちは、あなたも代金を払わなくていい、ということです。これを、同時履行の抗弁権と呼びます。矢印が二本、対向しているからこそ成り立つ権利です。片務契約——電子レンジをもらうだけの場面には、そもそも返す債務が無いので、この権利は生まれません。なお、双務契約からは、もう一つ、危険負担という論点も生まれます。契約したあとで、どちらのせいでもなく物が壊れてしまったとき、代金はどうなるか、という話です。これは、また別の回で扱います。今日は、双務契約から同時履行の抗弁権が生まれる、という一点を持ち帰ってください。

四つの物差し、四本目——誰が損を負うか

贈与の全文と友人が電子レンジをくれる場面を示し片務でも無償が通常であることを確認する549条の条文板

四本目、最後の物差しは、誰が、経済的な損を負うか、です。これを、法律用語で出捐——経済的な負担、と呼びます。両方が経済的な負担を負えば、有償契約。片方だけなら、無償契約です。引っ越し祝いに、友人が電子レンジをくれる場面——贈与は、条文の上で、片務・無償の代表とされています。双務なら両方に債務、有償なら両方に負担——同じことを言っているだけで、物差しは一本でいいのではないか、という疑問です。実際、双務契約は、例外なく有償契約です。冷蔵庫の売買も、そうでした。そして、片務契約は、通常、無償契約です。電子レンジの贈与も、そうです。

ところが——たった一つだけ、この対応が崩れる契約があります。

双務は原則有償で片務は原則無償だが利息付きの消費貸借だけが片務なのに有償という一つの例外を示し二本の物差しが要る理由を決着させる板

米を借りるのではなく、同じ隣人から、口約束で十万円を借りる場面を考えてください。ただし、利息を付けて返す約束です。書面は交わしていないので、受け取って初めて成立する、さきほどの要物契約です。そして、この契約から生まれる債務は、返還する債務——一つだけです。片務契約です。ここが、例外です。よく見てください。貸した側は、お金を手放すという経済的な負担を負っています。そして、借りた側は、利息を払うという経済的な負担を負っています。債務は一つ、つまり片務なのに、負担は両方にある、つまり有償です。この一つの例外があるからこそ、二本の物差しを一本にまとめてしまうわけにはいかないんです。

ちなみに、有償契約に分類されると、実益もあります。売買のルールの多くは、性質が許す限り、他の有償契約にも及ぶことになっています。細かい中身はまた別の回で扱いますが、分類が単なるラベルではないことが、ここでも分かります。

代表的な典型契約——売買

家電量販店で冷蔵庫を買う場面を売主と買主の関係図で示し555条の売買契約を確認する板

ここからは、四つの物差しで測った、代表的な契約を、一つずつ見ていきましょう。まずは、売買です。家電量販店で、店頭に並んだ一台を選んで、冷蔵庫を買う場面を思い出してください。

条文民法555条

民法 第555条(売買) 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

合意しただけで成立するので、諾成契約。両方に債務が生まれるので、双務契約。両方が経済的な負担を負うので、有償契約です。そして、もう一つ。以前見た、大事な条文を思い出してください。176条です。売買の意思表示は、この176条の「意思表示」に当てはまります。どの一台かが決まっているので、買うと言った、その瞬間に、冷蔵庫の所有権は、あなたに移ります。どれを渡すかがまだ決まっていない場合は、決まるまで所有権は移りません。そこは、また別の回で扱います。いずれにしても、売買は、所有権を移す原因になるんです。

代表的な典型契約——部屋を借りる契約

今住んでいる部屋そのものを借りている場面を賃借人と賃貸人の関係図で示し601条の賃貸借契約を確認する板

次は、部屋を借りる契約——賃貸借です。今、あなたが住んでいる、その部屋のことです。

条文民法601条

民法 第601条(賃貸借) 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

合意だけで成立するので、諾成契約。両方に債務が生まれるので、双務契約。有償契約でもあります。でも、決定的に違う所が一つあります。176条を、当てはめてみましょう。今度は、当てはまりません。部屋を借りているだけでは、その部屋は、あなたの物にはならないからです。以前、権利には、物に対する権利と、人に対する権利があると言いましたね。賃貸借で生まれるのは、大家さんに対する債権です。物そのものに対する権利、物権ではありません。だから、賃貸借の意思表示は、物権を動かす176条の「意思表示」には当てはまらないんです。

代表的な典型契約——お金や米を借りる契約

隣人に米を1キロ借りて同じ量を返す約束をする消費貸借契約を貸主と借主の関係図で示す板

三つめは、米を借りる契約——消費貸借です。さきほど、少し先取りしましたね。要物契約です。原則は無償・片務。利息を付ければ有償・片務になるのは、もう見たとおりです。以前、お金を貸し借りする場面が出てきましたが、あれも消費貸借の一種です。さて、ここでも176条を当てはめてみましょう。賃貸借とは、答えが変わります。米を借りるとき、あなたが返すのは、借りた物そのものではなく、別の米です。返すのが別の米だとすると、最初に受け取った米一キロは、いったん、あなたの物にならないと、おかしいですよね。

消費貸借の意思表示は、176条の「意思表示」に当てはまります。同じ「借りる」でも、部屋を借りる契約とは、176条への当てはまり方が、正反対なんです。

代表的な典型契約——法律事務を頼む契約

原状回復の交渉を弁護士に頼む委任者と受任者の関係図で643条の委任契約を確認する板

最後は、法律事務を頼む契約——委任です。引っ越しの原状回復をめぐって、弁護士に交渉を頼む場面です。

条文民法643条

民法 第643条(委任) 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

頼む「中身」が大事です。法律行為——以前見た、意思表示でできている行為のことです。合意だけで成立する、諾成契約です。原則は、無償・片務。条文の原則は、無償・片務です。ただ、報酬を払う特約を結べば、有償・双務に変わります。そして、委任には、もう一つ、大事な効果があります。

受任者は委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負うという644条の善管注意義務を示す条文板

引き受けた弁護士は、善良な管理者の注意をもって、事務を処理する義務を負います。これを、善管注意義務と呼びます。専門家として、期待される水準の注意を払う義務です。最後に、176条を当てはめましょう。弁護士に交渉を頼んでも、そこから物権が動くわけではありません。委任の意思表示は、176条の「意思表示」には当てはまりません。

この回の看板——四契約と四つの物差し、そして176条

売買賃貸借消費貸借委任を成立債務出捐176条該当性の4行で並べ同じ契約でも物権法から見ると振る舞いが違うことを一望する看板

ここで、今日見た四つの契約を、一枚の表にまとめてみましょう。売買と、部屋を借りる契約は、どちらも、諾成・有償・双務でしたね。ここまでは、そっくりです。でも、いちばん下の段を見てください。売買は丸、部屋を借りる契約は、ばつ。四つの物差しがそっくりでも、物権法から見ると、まったく違う振る舞いをするんです。米を借りる契約は、要物契約という点だけ違いますが、176条には、売買と同じく○が付きます。部屋を借りる契約と同じで、ばつです。同じ「契約」という言葉でも、物権を動かすものと、動かさないものが混ざっている。この見分け方は、いつも同じです。物権の移転を目的とする契約か、どうか。渡して、そのまま自分の物にしてもらう約束なら丸で、使わせるだけ、仕事を頼むだけの契約は、ばつです。

以前見た、物権と債権の区別が、契約の種類ごとに、こうして生きてくるんです。

名前の役割と、残された宿題——今日埋めたもの

13種類の名前と4つの物差しが埋まった完成版の地図に加え条文そのものが無い場面はどう埋めるのかという後編への問いを残す板

最初の地図に、戻りましょう。今日、配るはずだったものが、二つありました。名前は、分類のためではなく、条文を引き当てるためにあります。そして、四つの物差しは、規定の有無、いつ成立するか。どんな債務が生まれるか、誰が損を負うか、でしたね。このうち、双務と有償はほとんど重なりますが、利息付きの消費貸借だけが例外でした。もう一つ、176条を当てはめてみましょう。同じ契約でも、物権法から見た振る舞いが違うことも見えました。最後に、今日、名前だけ置いていったものを、並べておきます。契約の種類の詳しい要件論、同時履行の抗弁権の細かい要件、そして、危険負担。売買の手付や契約不適合責任、賃貸借の敷金や対抗力、委任の解除。どれも、まだ中身は、これからです。

最後に、もう一つ、次への問いを、残します。今日、十三種類しかないと分かりました。そして、名前が無くても、契約は有効でした。では、条文そのものが無い場面は、どうやって埋めるのでしょうか?そこに、答えが必要になります。

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#12単独ページ動画

類推解釈と法解釈の技法

第1章 民法総則 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——前回の宿題を開ける

今日の地図(前回の十三種類の契約を一言確認)+今日配るのは五つの読み方と妥当性を測る二つの物差し 図:今日の地図

  • 前回の十三種類の契約を一言確認
  • 今日配るのは五つの読み方と妥当性を測る二つの物差し

まず、前回の宿題を、思い出しましょう。前回、民法が名前をつけた契約は、いくつだったでしょうか?民法が名前をつけた契約は、十三種類でした。そして、名前が無い契約——非典型契約も、有効に成立する、という話でしたね。ただし、前回、大事な問いを、一つ残しました。条文そのものが無い場面は、どうやって埋めるのでしょうか。それが、今日のテーマです。今日、配るものは、二つです。一つは、一つの条文から、違う結論を導く、五つの読み方。もう一つは、その中から、正しい読み方を選ぶための、二つの物差しです。大丈夫です。今日は、たった一つの場面を、五回、繰り返し解いていきます。

条文は、世の中の全部を書ききれない

条文は世の中の全部を書ききれないという気づき(載っている場面より載っていない場面のほうが多い)+だから条文をどう読むかが勝負になるという問い 図:条文は世の中の全部を書ききれないという気づき

  • 載っている場面より載っていない場面のほうが多い
  • だから条文をどう読むかが勝負になるという問い

なぜ、条文が無い場面が、生まれるのでしょうか。理由は、単純です。世の中に起きる出来事の数だけ、条文を用意することは、できません。ジムの会員契約や、サブスクにも、ぴったりの条文はありませんでした。条文に載っている場面より、載っていない場面のほうが、実は多いんです。条文が役に立たないわけではありません。条文が全部を書ききれない以上、大事になるのは、別のことです。条文に書かれた言葉を、どう読むか。同じ一つの条文でも、言葉の読み方しだいで、導かれる結論が変わります。これから、そのことを、実際にやってみせます。

一つの設例を置く——公園の条例

架空の条例(この公園に自転車を乗り入れてはならない)+これから五回同じ条文で答えを出すという宣言 図:架空の条例

  • この公園に自転車を乗り入れてはならない
  • これから五回同じ条文で答えを出すという宣言

ここで、たとえばの話を、一つ、考えてみましょう。ある公園に、こんな条例が、あったとします。「この公園に、自転車を乗り入れてはならない」。この一つの条文だけを使って、これから、五回、同じ問題を解いていきます。毎回、同じ条例。毎回、違う場面。そして、時には、違う結論が出ます。

一つ目、文理解釈——言葉どおりに読む

架空の条例に文理解釈を当てる(言葉どおりに読む)+自転車はこの公園に乗り入れられないという結論 図:架空の条例に文理解釈を当てる

  • 言葉どおりに読む
  • 自転車はこの公園に乗り入れられないという結論

まず、普通の自転車で、公園に入ろうとする人がいたとします。条文の言葉どおりに読めば、自転車は、この公園に乗り入れられません。このように、条文の文言に忠実に読むことを、文理解釈と呼びます。なぜ、まず文理解釈から始めるかというと、読み手によって結論がぶれにくいからです。すべての解釈の、出発点に、なります。これができれば、実は、多くの場面は、それで片付きます。ここから、少しずつ、厄介な場面に、入っていきます。

二つ目、拡張解釈——文言の枠を広げる

架空の条例に拡張解釈を当てる(電動アシスト自転車も自転車の枠の中)+文言の枠を広げてもまだ自転車と呼べる範囲にとどまる 図:架空の条例に拡張解釈を当てる

  • 電動アシスト自転車も自転車の枠の中
  • 文言の枠を広げてもまだ自転車と呼べる範囲にとどまる

次に、電動アシスト自転車に乗った人が、入ろうとしています。これも「自転車」と呼んでよいのか、良い着眼点です。厳密に言えば、条文の言葉は、ただ「自転車」とだけ書かれています。電動アシスト自転車は、ペダルをこいで進むのが、主な力です。モーターは、あくまで補助です。自転車という言葉が指す核心——足でこぐ乗り物という部分は、保たれています。だから、この場面でも、条文の対象に含めて読むことができます。このように、言葉の枠を広げて読むことを、拡張解釈と呼びます。どこまでも広げてよいわけではありません。まだ、その言葉と呼べる範囲にとどまっている必要があります。電動アシスト自転車は、まだ、自転車の枠の中にいます。だから、拡張解釈で届きます。

では、言葉の枠の外に出てしまったら、どうなるのか。それが、次の場面です。

三つ目、類推解釈——枠の外だが、趣旨が及ぶ

自転車という言葉の枠を一本の線で描く弁別(枠の内側は電動アシスト自転車で拡張解釈/枠の外側はキックボードで類推解釈)+境目は文言の枠に入るか入らないかの一本の軸だけ 図:自転車という言葉の枠を一本の線で描く弁別

  • 枠の内側は電動アシスト自転車で拡張解釈
  • 枠の外側はキックボードで類推解釈
  • 境目は文言の枠に入るか入らないかの一本の軸だけ

今度は、キックボードに乗った人が、入ろうとしています。足で地面を蹴って進み、立ったまま乗ります。もう「自転車」とは呼びません。キックボードは、自転車という言葉の枠の、完全に外側にあります。どれだけ言葉を広げても、キックボードを「自転車」に含めることは、できません。ここで、別の道具が、登場します。この条文は、そもそも、何のためにあるのでしょうか。園内を歩く人の安全を守る、という条文の趣旨です。そして、この趣旨は、自転車だけでなく、キックボードにも、同じように及びます。だから、条文の言葉には含まれなくても、趣旨が同じように及ぶなら、適用する。この読み方を、類推解釈と呼びます。

この板を見てください。自転車という言葉の枠を、一本の線で描いています。枠の内側に、電動アシスト自転車。これが、さっきの拡張解釈。枠の外側に、キックボード。これが、今の類推解釈。****境目は、たった一つ。その言葉の枠に、入るか、入らないか。それだけです。拡張は、枠の中を広げる。類推は、枠の外に、飛び移る。そして、この違いには、理由があります。言葉の枠の中にいる間は、まだ「その言葉の意味」で、押し通せます。でも、言葉の外に出た瞬間、頼れるのは、趣旨だけになります。

そして、この類推解釈は、試験の場面で、最も出番が多い道具になります。条文に無い場面を、埋めるための、最も本格的な道具だからです。

四つ目、反対解釈——書いていない以上、適用しない

同じキックボードと条例から類推解釈と反対解釈が対立する(類推はキックボードもダメ/反対はキックボードは乗ってよい)+同じ材料から逆の結論が出るという対立 図:同じキックボードと条例から類推解釈と反対解釈が対立する

  • 類推はキックボードもダメ
  • 反対はキックボードは乗ってよい
  • 同じ材料から逆の結論が出るという対立

ここで、同じキックボードの場面を、もう一度、見てみましょう。でも、実は、同じ材料から、正反対の結論を導く読み方も、あります。「条文には、自転車としか書かれていない。キックボードは、書かれていない」。「書かれていない以上、この条文は、キックボードには、適用しない」。だから、キックボードは、乗り入れてよい、という結論です。このように、条文がない以上、それに近い条文であっても、あえて適用しない。この読み方を、反対解釈と呼びます。実は、どちらも、論理としては、成り立ちます。類推が正しくて、反対解釈が間違い、というわけではありません。反対解釈にも、ちゃんと理由があります。書かれていないことを、勝手に広げないという規律です。もし、似ている条文なら、何でも適用してよいことにすると、誰も、結果を予測できなくなります。

どこまで広がるか分からなければ、誰も安心して行動できません。この規律にも、ちゃんとした理由があるんです。

どちらを採るか——決めるのは、条文の趣旨

類推解釈と反対解釈の対立を決着させる板(上は趣旨が及ぶから類推/下は趣旨が及ばないから反対)+決めるのは条文の趣旨という一点 図:類推解釈と反対解釈の対立を決着させる板

  • 上は趣旨が及ぶから類推
  • 下は趣旨が及ばないから反対
  • 決めるのは条文の趣旨という一点

では、類推解釈と、反対解釈。どちらを採ればいいのでしょうか。どちらも論理としては成り立つ以上、決め手は、好みではありません。****決めるのは、条文の趣旨です。もう一度、この条例の趣旨を、思い出してください。園内を歩く人の安全を守る、という趣旨でしたね。趣旨が及ぶと判断すれば、類推解釈。****趣旨が及ばないと判断すれば、反対解釈。この一枚の板を、見てください。上に、類推解釈——趣旨が及ぶから、キックボードもダメ。下に、反対解釈——趣旨が及ばないなら、キックボードは、乗ってよい。同じキックボードと条例から、上下、正反対の結論が出ています。

「趣旨が及ぶか、及ばないか」、この一点です。いま確かめたとおり、趣旨は、キックボードにも及びます。だから、この条例では、類推解釈のほうを採ることになります。反対解釈が正しくなるのは、趣旨が、その場面までは届いていない、と判断できるときです。どちらが偉い読み方か、ではありません。趣旨の届き方が、その都度、答えを決めます。

五つ目、制限解釈——文言の枠を絞る

架空の条例に制限解釈を当てる(押して歩く補助輪付き自転車は含まれない)+絞っているのは自転車ではなく乗り入れという言葉のほう 図:架空の条例に制限解釈を当てる

  • 押して歩く補助輪付き自転車は含まれない
  • 絞っているのは自転車ではなく乗り入れという言葉のほう

最後は、少し違う場面です。小さな子どもが、補助輪付きの自転車を、押して歩いて、公園に入ろうとしています。ここで、一度、条文の言葉を、素直に見てみましょう。「乗り入れてはならない」。この「乗り入れ」という言葉、押して歩くことも含めて読めそうですか。言われてみると……広く読めば、含まれてしまう、気もします。文言だけを見れば、押して歩くことも、含めて読むことができます。でも、ここで、また、趣旨に戻ります。何のための、条文でしたか。園内を歩く人の、安全のためでした。押して歩いているだけなら、誰かにぶつかって、危ない場面は、ほとんどありません。危険の無い場面まで、禁じる理由はありません。だから、条文の適用される範囲を、狭く絞ります。

このように、適用範囲を絞って読むことを、制限解釈と呼びます。ここが、大事な点です。絞っているのは、「自転車」ではありません。****絞っているのは、「乗り入れ」という言葉のほうです。拡張解釈と、類推解釈は、「自転車」という言葉を、動かしていました。でも、今回、絞ったのは、「乗り入れ」という、別の言葉のほうです。制限解釈が、いつも動詞を絞る、という意味ではありません。どの言葉を動かすかは、その条文と、その場面で決まります。

五つの読み方を一つの設例で並べた一覧表(文理は自転車はダメ/拡張は電動アシスト自転車もダメ/類推はキックボードもダメ/反対はキックボードは乗ってよい/制限は押して歩く自転車は含まない)+同じ問題への五つの答え 図:五つの読み方を一つの設例で並べた一覧表

  • 文理は自転車はダメ
  • 拡張は電動アシスト自転車もダメ
  • 類推はキックボードもダメ
  • 反対はキックボードは乗ってよい
  • 制限は押して歩く自転車は含まない
  • 同じ問題への五つの答え

ここで、今日の五つの読み方を、一枚の表にまとめてみましょう。一つ目、文理解釈——自転車は、乗り入れられない。二つ目、拡張解釈——電動アシスト自転車も、ダメ。枠の中を、広げました。三つ目、類推解釈——キックボードも、ダメ。枠の外に、趣旨で橋を架けました。四つ目、反対解釈——キックボードは、乗ってよい。同じ材料から、逆の結論でした。五つ目、制限解釈——押して歩く自転車は、含まれない。今度は、動詞のほうを、絞りました。同じ一つの問題に、五つの答えがある。これが、今日、一番、伝えたかったことです。

本物の条文で読み直す——第三者という言葉

百七十七条の第三者という言葉をもう一度読み直す板(条文には第三者としか書いていない/判例があまりに悪質なケースの人を外している)+あの結論は実は制限解釈だったという気づき 図:百七十七条の第三者という言葉をもう一度読み直す板

  • 条文には第三者としか書いていない
  • 判例があまりに悪質なケースの人を外している
  • あの結論は実は制限解釈だったという気づき

ここまでは、架空の条例で、話してきました。でも、実は、同じことが、本物の民法の条文でも、起きています。ここで、177条を、もう一度、思い出してください。この条文は、登記が無いと、「第三者」に対抗できない、と定めていました。「対抗できない」は、以前と同じで、「自分のものだと主張できない」と読み替えてください。誰が「第三者」に当たるのか、条文自身は、詳しく説明していません。そして、以前、判例が、その範囲を決めている、という話をしました。当事者や、その立場を引き継いだ人は、「第三者」から外れる、という話でした。そして、もう一つ、大事な例外を、残していました。あまりに悪質なケースでは、知っていた買主が、「第三者」から外される場合がある、という話です。

中身は別の回で扱う、と言ったとおり、詳しい要件は、今日も、まだ扱いません。でも、今日、一つだけ、分かることがあります。この条文の言葉は、「第三者」とだけ書かれています。なのに、判例は、その中から、一部の人を、外しています。言葉の適用される範囲を、絞っているんです。理由は、今日、ずっと見てきたのと、同じです。趣旨に立ち返って、絞っているからです。この条文が守ろうとしているのは、以前見たとおり、自由な競争でした。知っていただけの人も、競争に参加する資格は失いません。でも、その競争のルールから、あまりにも外れた人まで、「第三者」に入れておく理由はありません。これは、まさに、今日見た、制限解釈です。

しかも今度、絞ったのは、「第三者」という名詞のほうです。動かす言葉は、その条文と場面で決まる、とさっき言いました。これが、その実例です。そして、この、外れてしまう人のことを、法律用語で、背信的悪意者と呼びます。名前と、絞られているという構造だけを、今日は、持ち帰ってください。この気づきが、大事です。すでに知っている条文も、実は、誰かが読み方を選んでいるんです。

では、どれが正しいのか——解釈の妥当性

解釈の妥当性を測る二つの物差し(具体的妥当性は今のこの事件で妥当な結論/一般的確実性は次に来る似た事件でも妥当な結論)+片方だけでは真に妥当な解釈と呼べないという決着 図:解釈の妥当性を測る二つの物差し

  • 具体的妥当性は今のこの事件で妥当な結論
  • 一般的確実性は次に来る似た事件でも妥当な結論
  • 片方だけでは真に妥当な解釈と呼べないという決着

今の、第三者を絞った条文も、架空の条例も、どちらも、誰かが読み方を選んだ結果でした。今日は、一つの条例から、五つの結論を、見てきました。では、この中で、どれが「正しい」解釈なのでしょうか。結論に納得できれば、それでいい解釈——実は、それだけでは、足りません。民法には、真に妥当な解釈と呼べる条件が、二つあります。一つ目は、具体的妥当性——今、目の前の事件で、妥当な結論を導けること。二つ目は、一般的確実性——他の、似た事件でも、同じように妥当な結論を導けること。真に妥当な解釈は、この両方を、満たす必要があります。ここで、一つ、実例を、考えてみましょう。ある日、雨に濡れた子どもが、キックボードで、公園に入ってきました。

管理人は、「今日だけは、大目に見よう」と、その子を、通してあげました。これも、一つの読み方です。「この子には、この条例は当てはめない」と、範囲を絞ったことになります。押して歩く自転車のときと、形は、同じです。違うのは、絞った理由です。さっきは趣旨でしたが、今度は、その場の同情です。たしかに、この日、この子は、救われます。具体的妥当性は、満たされています。でも、次の日、別の子どもが、公園にやってきて、こう言いました。「わたしも、同じです」。管理人は、この子には、何と、説明すればいいでしょうか。

昨日は、良かったのに、今日は、ダメ……理由が、無いですね。その場の同情で通した読み方は、次の似た事件に、答えを持ちません。これが、一般的確実性が無い、という状態です。だから、片方だけでは、真に妥当な解釈とは、呼べません。法律は、今日の一件だけでなく、明日以降も、同じ条文で、無数の事件を裁きます。その場しのぎの読み方は、同じような立場の人を、同じように扱えません。目の前の事件を救いながら、次の似た事件にも、同じ理由で、答えられる読み方。それが、真に妥当な解釈です。まず言葉どおりに読み、枠の内で足りるか、枠の外まで及ぼすか、それとも絞るか。その分かれ目は、趣旨が決めます。そのうえで、出した結論が、この二つの物差しに耐えるか。そこまで見て、はじめて、正しい読み方が決まります。

類推解釈の型を渡す——趣旨、及ぶ、適用

類推解釈の三つのステップ(一つ目は条文の趣旨を言う/二つ目はその趣旨が目の前の場面にも及ぶかを確かめる/三つ目は及べば適用し及ばなければ反対解釈に分かれる)+この先ずっと同じ形で使う道具 図:類推解釈の三つのステップ

  • 一つ目は条文の趣旨を言う
  • 二つ目はその趣旨が目の前の場面にも及ぶかを確かめる
  • 三つ目は及べば適用し及ばなければ反対解釈に分かれる
  • この先ずっと同じ形で使う道具

最後に、今日、一番大事な道具を、まとめて、渡します。類推解釈は、条文に無い場面を、埋めるための、中心的な道具でした。この道具は、いつも、同じ、三つの手順で、使います。一つ目、条文の趣旨を言う。何のための条文か、を、確認します。二つ目、その趣旨が、目の前の場面にも、及ぶかを確かめる。三つ目、及ぶなら、適用する。これが、類推解釈です。一つ目、この条例は、園内を歩く人の安全を守るためのもの。二つ目、その趣旨は、キックボードにも、同じように及ぶ。三つ目、だから、この条例を、キックボードにも適用する。

二つ目で、及ばないと判断したときに、そこで、反対解釈に、分かれます。及ばないと判断すれば、適用しない。これが、さっき見た、分かれ道です。この三つの手順は、この先、何度も、そのまま使います。この型は、この先、94条2項類推でも、110条の類推でも、そのまま使えます。知らないうちに登記の名義が変わっていた場合や、代理権を、少しだけ超えて使われた場面です。今日は、その型だけを、受け取っておいてください。中身は、それぞれの回で、扱います。

今日の地図(保存版)

今日配ったものの最終版(五つの読み方=文理・拡張・類推・反対・制限/妥当性の二つの物差し=具体的妥当性と一般的確実性)+次は民法総則の本体である三大原則へ進むという予告 図:今日配ったものの最終版

  • 五つの読み方=文理・拡張・類推・反対・制限
  • 妥当性の二つの物差し=具体的妥当性と一般的確実性
  • 次は民法総則の本体である三大原則へ進むという予告

今日、配ったものを、まとめましょう。一つの条例から、五つの読み方——文理、拡張、類推、反対、制限。そして、正しい読み方を選ぶ、二つの物差し——具体的妥当性と、一般的確実性。条文が無くても、言葉の読み方で、答えを出すことができます。ちなみに、刑法では、被告人に不利益になる方向の類推解釈は、禁じられています。理由は、そちらの科目で、扱います。今日、名前だけ置いていったものも、並べておきます。登記の名義が、知らないうちに変わっていた場合の類推。代理権を、少しだけ超えて使われた場面の類推。当事者の、意思表示そのものの解釈。そして、信義則や、権利濫用のような、一般条項。

でも、今日、大事な道具を、一つ、受け取りました。これで、民法入門のブロックは、終わりです。次からは、いよいよ、民法総則の本体に入ります。最初に扱うのは、民法全体を貫く、三つの大きな原則です。

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#13単独ページ動画

民法の三大原則と信義則

第1章 民法総則 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——名前だけ聞いた言葉の中身へ

今日の地図(前回の宿題を一言確認)+今日配るのは三本の柱とその柱にかかるブレーキという二段構成 図:今日の地図

  • 前回の宿題を一言確認
  • 今日配るのは三本の柱とその柱にかかるブレーキという二段構成

まず、前回の宿題を、思い出しましょう。前回、条文に書いていない場面を埋める読み方を、何と呼んだでしょうか?たしか……類推解釈、でしたよね。趣旨が及ぶかどうかで、決めるという。類推解釈ですね。条文が無い場面でも、読み方しだいで、答えを出せる、という話でした。そして、前回の最後に、いくつか、名前だけ、置いていったものが、ありましたね。名前だけ、聞きました。中身は、まだです。今日は、そのうちの、信義則の中身を、ちゃんと見ていきます。ただし、今日、配るものは、それだけでは、ありません。まず、民法が、人の自由をどう立てたか——三本の柱の話から、始めます。

そして、その柱に、実は最初から、ブレーキがかかっていた、という話に、つながります。そこが、今日、いちばん面白いところです。順番に、見ていきましょう。

民法は、自由を三本の柱で立てた

三大原則の板(所有権絶対・契約自由・過失責任は同じ一つの思想の三つの現れ)+自由な個人が自分の意思で財産を動かしその結果だけを引き受けるという一本の軸 図:三大原則の板

  • 所有権絶対・契約自由・過失責任は同じ一つの思想の三つの現れ
  • 自由な個人が自分の意思で財産を動かしその結果だけを引き受けるという一本の軸

民法は、人の自由を、三本の柱で、立てています。一本目は、所有権絶対の原則。自分の物は、自分の意思だけで、使ったり、処分したりできる、という考え方です。二本目は、契約自由の原則。誰と、何を、どんな条件で約束するかは、自分で決めてよい、という考え方です。前回、民法に名前の無い契約——非典型契約でも、有効に成立する、という話をしました。あれは、実は、契約自由の原則の帰結だったんです。何を、誰と、どんな形で約束するかが自由だから、民法に名前の無い契約でも、有効になります。

そして、三本目が、過失責任の原則。自分に、落ち度——過失が無ければ、責任を負わない、という考え方です。実は、この三つ、バラバラの決まりでは、ありません。もとを辿ると、同じ、一つの思想から、出ています。自由な一人ひとりが、自分の意思で、自分の財産を動かし、その結果だけを引き受ける。 これが、民法の土台にある考え方です。昔は、生まれた身分によって、できることが決まっていました。民法は、そうではなく、自分の意思で、人生を決められる社会を目指しました。所有権絶対は、自分の財産を、自分の意思で動かす面。契約自由は、他人との約束を、自分の意思で決める面。そして過失責任は、その結果を、自分の落ち度の範囲でだけ引き受ける面です。

ちなみに、この、土台にある考え方そのものを、教科書によっては、私的自治の原則と呼びます。自分のことは、自分で決める、という意味です。契約の場面を中心に見るときは、契約自由の原則と、そのまま言いかえられます。さて、この三本の柱、「絶対」「自由」という、強い言葉が、付いていますね。では、実際に、条文を、開いてみましょう。

山場——柱を定めた条文が、最初から制限を書いている

但し書きの板(206条から法令の制限内において/521条1項から法令に特別の定めがある場合を除き/521条2項から法令の制限内において)+絶対や自由と呼ばれる原則の条文自身に最初から制限が書き込まれているという発見 図:但し書きの板

  • 206条から法令の制限内において
  • 521条1項から法令に特別の定めがある場合を除き
  • 521条2項から法令の制限内において
  • 絶対や自由と呼ばれる原則の条文自身に最初から制限が書き込まれているという発見

所有権絶対の原則の、根拠になっている条文、覚えていますか。たしか、206条でしたよね。所有者は、使用・収益・処分の権利を持つ、という条文でした。206条——所有者は、使用・収益・処分ができる、という条文でした。実は、あの条文には、もう一つ、大事な一言が、入っていました。「法令の制限内において」という一言です。前にこの条文を見たときは、建物の高さに制限がある、という例で、一言だけ触れました。今日は、その先へ進みます。「絶対」と呼ばれる原則の、その条文自身に、最初から、この言葉が、入っています。

実は、契約自由の原則も、同じです。今度は、こちらの条文を、実際に見てみましょう。

条文民法521条(再掲)

民法 第521条(契約の締結及び内容の自由) 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。 2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

一項は、契約を「するかどうか」の自由。二項は、契約の「内容」の自由。どちらにも、それぞれ、歯止めの言葉が、最初から、埋め込まれています。ここが、今日、最初の発見です。原則と制限は、対立する二つのものではありません。同じ条文の中に、はじめから、一組で入っています。付け足しではなく、最初から一緒です。この見方を、頭に置いておいてください。この先、何度も、戻ってくる考え方です。

三本とも、現実に貫くと壊れた

三つの原則の修正(所有権絶対は公害・都市の日照の名前のみ/契約自由は雇う側の一方的な条件/過失責任は落ち度を証明できない場面)+対等な当事者という前提が崩れたから起きたという一本の理由 図:三つの原則の修正

  • 所有権絶対は公害・都市の日照の名前のみ
  • 契約自由は雇う側の一方的な条件
  • 過失責任は落ち度を証明できない場面
  • 対等な当事者という前提が崩れたから起きたという一本の理由

ところが、この三本の柱、そのまま現実に貫くと、うまくいかない場面が、出てきました。たとえば、こんな場面です。ある会社が、人を雇うとき、「働くのは自由なので、この条件でよければ、どうぞ」と、一方的な条件を示したとします。形の上では、これも契約自由です。でも、雇われる側に、他に選べる仕事が無ければ、どうでしょう。形の上では自由でも、実際には、一方的になってしまう場面が、出てきました。この種の場面には、後に、労働法や、借地借家法のような、個別の法律が、生まれています。過失責任のほうも、同じです。買った家電から、火が出たとします。使った側には、落ち度が無く、どこで欠陥が生じたのかも、分かりません。

落ち度を証明できる側に、誰もいない場面が、出てきました。この場面には、後に、製造物責任法のような、法律が、生まれています。都市が発展すると、公害や、建物どうしの日当たりの奪い合いのような場面も、出てきました。冒頭の、南隣の家の日当たりを、全部奪う建物も、この場面の一つです。ただ、中身は、別の回で扱います。今日は、名前だけ、覚えておいてください。これは、例外を、後から足した、という話では、ありません。三本の柱は、どれも、「対等な当事者どうしが、話し合っている」ことを、前提にしていました。でも、現実には、その前提が、成り立たない場面が、たくさんありました。

形式的には平等でも、実質的には、一方が圧倒的に強い。だから、修正が必要になったんです。ちなみに、原則が修正される理由は、力の差だけでは、ありません。まったく別の理由からの修正も、みなさんは、実は、すでに知っています。以前、土地が二重に売られたときや、他人の物を無権利者から買ってしまったときの話を、しましたね。先に登記したほうが勝つ。知らずに買った人が守られる。どちらも、本当の権利者が、自分の意思とは関係なく、権利を失う場面でした。自分の意思で手放していないなら、権利を失わないはずです。この、本当の権利者を守る立場を、静的安全と呼びます。でも、それを貫くと、取引に入った人が、いつまでも安心できません。だから、一定の場合には、取引に入った人のほうを守る。これが、動的安全です。

名前だけ、今日、受け取っておいてください。では、こうした場面すべてに、個別の法律があれば、それでよいのですが……法律が無い場面も、あります。それが、これから見る、民法1条です。

個別の法律が無い場面のために、1条がある

1条の位置づけ(個別の法律が無い場面や当てはめるとおかしい場面のための最後の網)+どの権利にも一律にかかるブレーキという説明 図:1条の位置づけ

  • 個別の法律が無い場面や当てはめるとおかしい場面のための最後の網
  • どの権利にも一律にかかるブレーキという説明

労働法や、借地借家法のように、個別の法律がある場面は、まだ、恵まれています。法律に、対応する条文が、あるからです。では、そういう法律が、まだ無い場面は、どうしますか。そこで、登場するのが、民法1条です。個別の法律が無い場面のために、民法自身が、最後に用意した条文です。この条文は、どの権利にも、共通してかかる、いわばブレーキです。中身を、見てみましょう。

条文民法1条

民法 第1条(基本原則) 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。 2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 3 権利の濫用は、これを許さない。

私権というのは、私たち一人ひとりが持つ、権利のことです。一項は、その私権全体にかかる大枠——公共の福祉。今日は、詳しくは扱いません。二項が、信義則。三項が、権利濫用の禁止です。今日、じっくり見ていくのは、二項のほうです。この一条のような、特定の場面を狙い撃ちにせず、広く効く条文のことを、一般条項と呼びます。この言葉も、覚えておいてください。この先、もう一度、大事な形で戻ってきます。では、その、二項の信義則を、見ていきましょう。

信義則——相手の正当な期待を裏切らない

信義則の3つの働き(是正・補充・解釈基準)+相手の正当な期待を裏切らないという一つの軸 図:信義則の3つの働き

  • 是正・補充・解釈基準
  • 相手の正当な期待を裏切らないという一つの軸

信義則は、相手の正当な期待を、裏切らない、という考え方です。この信義則、実は、一つの働きではなく、大きく三つの働きを、持っています。一つ目は、是正です。たとえば、こんな場面を、考えてみましょう。代金の支払期日を、たった1日、過ぎただけで、それを理由に、契約を解除する。契約書の文字どおりに当てはめると、認められてしまう。でも、それでは、あまりに、妥当性を欠きます。こういうとき、信義則が、その結論を、是正します。二つ目は、補充です。前回、条文そのものが無い場面を、埋める道具として、類推解釈を見ましたね。

前回の、公園の話を、思い出してください。あのときは、「自転車を乗り入れてはならない」という、使える決まりが、すぐそばに、ありました。では、そもそも、使える決まりが、一つも見当たらなかったら、どうでしょう。そこを埋めるのが、信義則の補充です。条文の隙間を埋める道具は、類推解釈だけでは、ありません。そして、三つ目が、解釈基準。たとえば、契約書に、「品物は、速やかに、引き渡す」とだけ、書いてあったとします。そこで、相手が当然に見込んでよい時期まで、と読む。半年後でもいい、という言い分は、通りません。契約の言葉の意味そのものを、信義則が決める——これが、解釈基準としての働きです。

どれも、相手の正当な期待を裏切らない、という一つの軸から、出ています。場面によって、それが、結論を是正する形で出るか、条文の隙間を埋める形で出るか、契約の意味を決める形で出るかが、違うだけです。では、この信義則から、さらに、二つの、派生した考え方を、見ていきましょう。

山場——似ているようで違う、二つの派生原則

禁反言とクリーンハンズの弁別板(守っている物が違う=相手の信頼/法秩序そのもの)+相手がいて初めて働くか相手が誰でも働くかという対比の軸 図:禁反言とクリーンハンズの弁別板

  • 守っている物が違う=相手の信頼
  • 法秩序そのもの
  • 相手がいて初めて働くか相手が誰でも働くかという対比の軸

信義則から生まれた、代表的な考え方が、二つ、あります。禁反言と、クリーンハンズです。まず、禁反言から、見ていきましょう。禁反言とは、自分がいったん示した態度と、矛盾する主張は、許されない、という考え方です。たとえば、こんな場面です。ある人が、支払いの相手に、何度も「急がなくていいですよ」と、言い続けていました。ところが、ある日、突然、「期限を過ぎたから」と、契約の解除を通告してきたとします。「急がなくていい」と示しておきながら、あとになって、その態度と矛盾する主張をする——これが、禁反言の場面です。

禁反言が守っているのは、相手が抱いた信頼です。実際の判例にも、似た構造の事件があります。ある最高裁の判決を、見てみましょう。

判例最高裁判所大法廷判決 昭和41年4月20日(民集20巻4号702頁)

承認したあとで、時効を主張できるか 債務者が、消滅時効の完成後、その完成を知らずに、自らの債務の存在を認めた場合、その後になって、あらためて消滅時効を援用することは、信義則上、許されない。

承認というのは、支払いの義務が、時効で消えていることに、まだ気づかないまま、「その金額は、払います」というように、義務を認めてしまうことです。一度、義務を認める態度を示しておいて、あとから、その態度と矛盾する主張をする——だから、許されません。ちなみに、援用というのは、「時効が成立したので、その効果を使います」と、あらためて主張することです。詳しい仕組みは、また別の回で扱います。これは、最高裁判所の、大きな法廷——大法廷というところで出された、判決です。それだけ、重要な判断だった、ということです。

クリーンハンズは、法の救済を求める者は、汚れていない手で、法廷に現れなければならない、という考え方です。たとえば、こんな場面です。取引を有利に進めてもらうために、担当者Aが、取引先の社員Bに、こっそりお金を渡したとします。ところが、Bは、約束していた便宜を、図ってくれませんでした。Aは、「お金を返せ」と、Bに、請求できるでしょうか。できません。Aは、自分の手を、すでに汚しています。汚れた手のまま、法の救済を求めることは、認められません。これは、条文にも、現れています。不法原因給付と呼ばれる、708条という条文です。詳しい中身は、また別の回で扱いますが、今日は、名前だけ、押さえておいてください。

似ている、と感じたなら、そこが大事なところです。似ているようで、守っている物が、違います。禁反言が守るのは、相手が抱いた信頼でした。だから、相手がいて、初めて、働きます。一方、クリーンハンズが守るのは、法秩序そのものです。相手が誰であっても、働きます。さっきの賄賂の例で言えば、Bが、別の、まったく悪意の無い人だったとしても——Aの手が汚れている限り、Aの請求は、同じ理由で、退けられます。守っている物が違うから、働く条件も違う——これが、今日、二つ目の発見です。

私権——「権利」という言葉の中身

私権の分類の小さな板(財産権は物権・債権/人格権は名誉・プライバシー等/形成権は取消権・解除権/抗弁権は同時履行の抗弁権)+今日学んだ権利という言葉の中身を整理する一覧 図:私権の分類の小さな板

  • 財産権は物権・債権
  • 人格権は名誉・プライバシー等
  • 形成権は取消権・解除権
  • 抗弁権は同時履行の抗弁権
  • 今日学んだ権利という言葉の中身を整理する一覧

今日の最後に、一つだけ、言葉の整理を、しておきます。今日、何度も使った、「権利」や「私権」という言葉です。私権には、いくつかの、種類があります。財産権——物権や、債権のように、財産に関する権利。人格権——名誉や、プライバシーのように、その人自身に関する権利。形成権——一方的な意思表示だけで、権利関係を変えられる権利。たとえば、取消権や、解除権です。抗弁権——相手からの請求を、いったん、阻止できる権利。たとえば、同時履行の抗弁権です。今日は、名前と、一言だけ、持ち帰ってください。それぞれの中身は、この先の回で、扱います。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ(三本の柱・条文自身の制限・対等な当事者という前提が崩れた理由・1条と信義則・禁反言とクリーンハンズ)+条文にも反していない権利の行使が通らなくなることはあるのかという次の問い 図:今日のまとめ

  • 三本の柱・条文自身の制限・対等な当事者という前提が崩れた理由・1条と信義則・禁反言とクリーンハンズ
  • 条文にも反していない権利の行使が通らなくなることはあるのかという次の問い

今日、配ったものを、まとめましょう。民法は、人の自由を、三本の柱——所有権絶対、契約自由、過失責任で、立てました。ところが、その柱を定めた条文自身に、最初から、制限が、書き込まれていました。そして、三本とも、現実に貫くと、壊れました。三本に共通する理由は一つ、対等な当事者という前提が、崩れていたからでした。形の上では対等でも、実際には、一方が、圧倒的に強い——そんな場面が、たくさんありました。個別の法律が届かない場面のために、民法1条があり、そこに、信義則が、備わっていました。信義則からは、禁反言と、クリーンハンズという、二つの考え方が、生まれました。

禁反言は相手の信頼を、クリーンハンズは法秩序そのものを——似ているようで、守るものが違う。この見方も、覚えておいてください。さて、冒頭の問いに、戻りましょう。自分の土地に、隣の日当たりを、全部奪う建物を、建ててよいか。今日、分かったのは、所有権絶対の原則、その条文自身に、「法令の制限内において」という言葉が、最初から、書き込まれていた、ということでした。では、ここで、一つ、問いを、残しておきます。法律のどこにも、違反していない場合は、どうでしょうか。条文にも反していない、正当な権利の行使、そのものが、通らなくなることは、あるのか。

権利濫用——名前だけは、前にも聞きましたね。その中身に、そのつづきで、入っていきます。

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#14単独ページ動画

権利濫用と宇奈月温泉事件

第1章 民法総則 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図(保存版)

今日の地図(三本の柱・柱自身の制限・1条と信義則は名前と一行で再掲)+権利はあってもそれが通るとは限らないという今日配るもの 図:今日の地図

  • 三本の柱・柱自身の制限・1条と信義則は名前と一行で再掲
  • 権利はあってもそれが通るとは限らないという今日配るもの

少し、これまでの話を、振り返っておきます。民法は、人の自由を、所有権絶対、契約自由、過失責任という、三本の柱で、立てていました。そして、その柱を定めた条文自身に、最初から、制限が、書き込まれていました。そして、個別の法律が届かない場面のために、民法1条があり、そこに、信義則という考え方が、備わっていました。では、前回、その信義則から生まれた二つの考え方も、思い出せますか。守っているものが違いましたね。何と何だったでしょうか?禁反言とクリーンハンズ——相手の信頼と、法秩序そのものでしたね。そして、前に、一つ、問いを、残していました。条文にも反していない、正当な権利の行使、そのものが、通らなくなることは、あるのか。

今日は、その1条の、もう一つの中身に、入っていきます。今日、配るのは、これです。権利は、ある。それでも、通らないことがある。順番に、見ていきましょう。

権利はある。それでも、通らない

権利濫用の入口(権利はある。それでも、通らないことがある)+これから見る二つの事件はどちらも大審院の時代の判断 図:権利濫用の入口

  • 権利はある。それでも、通らないことがある
  • これから見る二つの事件はどちらも大審院の時代の判断

ここで、さきほどの1条に、戻ります。1条は、三つの項に分かれていて、二項が、いま出てきた信義則。三項が、今日の本体です。「権利の濫用は、これを許さない」。これが、権利濫用です。乱暴に使う、というイメージは、近いです。正確には、いくら権利を持っていても、その使い方が行き過ぎていれば、その行使は認めない、という考え方です。ここが、大事な点です。権利があるかどうかと、その権利が通るかどうかは、別の問いになります。そこが、この条文の狙いです。権利を持つ場面と、権利を使う場面は、起きていることが違うからです。権利を持つかどうかは、その人ひとりの話です。ところが、権利を使う場面には、必ず、相手や周りがいます。だから民法は、持つところまでは広く認めておいて、使う場面でだけ、行き過ぎを止めるという組み立てにしました。

持つ資格を奪うと、その人の自由そのものが削られます。使い方だけを見れば、自由を残したまま、行き過ぎだけを止められます。この後、大審院——今の最高裁にあたる、当時の裁判所が出した、二つの有名な事件を、見ていきます。どちらも、まさに、権利はあるのに、通らなかった場面です。

判例①——濫用だから、賠償を払う側

信玄公旗掛松事件の要約板(原告は松の持ち主・被告は国・請求は不法行為に基づく損害賠償・結論は賠償を認める)+蒸気機関車の煤煙と振動で由緒ある松が枯れたという事案 図:信玄公旗掛松事件の要約板

  • 原告は松の持ち主・被告は国・請求は不法行為に基づく損害賠償・結論は賠償を認める
  • 蒸気機関車の煤煙と振動で由緒ある松が枯れたという事案

一つ目は、信玄公旗掛松事件と呼ばれる事件です。武田信玄が、かつて旗を立てかけたと伝わる、由緒ある松の木が、舞台になります。その松のそばを、蒸気機関車が、走っていました。機関車が出す、煤煙や、振動が、長年、松に、ダメージを与え続けていました。そして、ついに、その松は、枯れてしまいました。松の持ち主は、機関車を走らせていた、国を相手取り、損害賠償を求めて、訴えを起こしました。根拠になったのが、この条文です。

条文民法709条

民法 第709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

故意や過失があったかどうかを見る、その手前が、争いになりました。国からすれば、鉄道を走らせるのは、正当な事業です。鉄道を走らせる権利、自体は、あります。権利は、あるんです。だから、国の言い分は、こうなります。権利を使ってやったことなら、責任は、負わない。そういう理屈です。争点は、そこでした。「権利の行使だ」と言えれば、709条の責任から、外れるのか。大審院の答えは、こうです。国による、この権利の行使には、濫用があった。濫用にあたる以上、「権利を使っただけだ」という言い分は、通りません。だから、不法行為の責任を認めました。

判例大判大正8年3月3日(民録25輯356頁)

信玄公旗掛松事件——権利の行使に、濫用があった 蒸気機関車の煤煙・振動により、由緒ある松が枯死したとして、松の所有者が、国を相手に、不法行為に基づく損害賠償を求めた事件。大審院は、国による権利の行使に濫用があったとして、国の不法行為責任を肯定した。

鉄道を走らせて得られるものと、松の持ち主が失ったもの——この二つを並べると、あまりに、開きがあります。鉄道を走らせる権利があるからといって、由緒ある松を、なすすべなく枯らしてよい、ということには、なりません。この事件では、濫用が認められた結果、国が、賠償を払う側になりました。この形を、覚えておいてください。もう一つの事件と、あとで、対比します。

判例②——濫用だから、請求が通らない側

宇奈月温泉事件の関係図(Aは温泉の経営者・Bは元の地主・Cは土地を買い取った人)+Aが設置した木のパイプの一部がBの土地のごく一部を通っていたという事案 図:宇奈月温泉事件の関係図

  • Aは温泉の経営者・Bは元の地主・Cは土地を買い取った人
  • Aが設置した木のパイプの一部がBの土地のごく一部を通っていたという事案

二つ目は、宇奈月温泉事件です。富山県の温泉地の名前です。ここに、温泉を経営していた人を、Aとします。Aは、山の源泉から、温泉まで、お湯を引くための、木のパイプを、設置していました。ところが、そのパイプの、ごく一部が、別の人が所有する土地を通っていました。この土地の持ち主を、Bとします。ここに、Cという人物が、登場します。Cは、Bから、その土地を、買い取りました。Cの狙いは、まさに、そこです。木のパイプが、その土地を通っている、という一点を利用して、Aに、木のパイプを撤去するか、さもなければ、高額で買い取れ、と迫りました。

Aが応じなかったため、Cは、裁判に訴え出ました。ここで、Cが持ち出した権利、前に、名前を聞いたことがありますよね。自分の土地に、他人の物が入り込んでいるとき、それを取り除いてほしい、と言える権利です。妨害排除請求権——物権的請求権の一つとして、以前、配った権利ですね。Cは、木のパイプを撤去してほしい、と、まさに、妨害排除請求権を使って、訴えました。ところが、大審院の判断は、違いました。Cによる、除去の請求を、権利濫用にあたるとして、退けました。

判例大判昭和10年10月5日(民集14巻1965頁)

宇奈月温泉事件——除去請求は、権利の濫用にあたる 引湯管の一部が、他人の所有地のごく一部を通っていたことを理由に、その土地を買い取った者が、除去を請求した事件。大審院は、この除去請求は権利の濫用にあたるとして、請求を棄却した。

理由は、いくつかあります。パイプが横切っているのは、Cの土地の、ごく一部だけでした。撤去するとなれば、Aが負担する費用は、莫大です。それに対して、Cが実際に受ける不利益は、わずかでした。しかも、Cは、その事情を知ったうえで、あえて土地を買い取り、高額な買取りを狙っていました。権利はあるんです。自分の土地に、他人のパイプが入り込んでいる以上、除去を求める権利、自体は、たしかにあります。でも、その使い方が、権利濫用にあたるとされ、請求そのものが、通りませんでした。冒頭の、パイプをどけろと言えるか、という問い——その答えが、これです。

ちなみに、Cは、自分で、木のパイプを撤去したわけではなく、あくまで、裁判を起こしています。以前見た、自力救済の禁止のとおりですね。実力行使ではなく、あくまで、裁判という手続きを、選んでいます。では、この二つの事件を並べて、比べてみましょう。

山場——同じ「濫用」なのに、効果がまるで違う

二判例の効果の対比板(信玄公旗掛松は濫用だから賠償を払う側/宇奈月温泉は濫用だから請求が通らない側)+濫用という同じ言葉が攻める側と守る側の両方で使われているという発見 図:二判例の効果の対比板

  • 信玄公旗掛松は濫用だから賠償を払う側
  • 宇奈月温泉は濫用だから請求が通らない側
  • 濫用という同じ言葉が攻める側と守る側の両方で使われているという発見

信玄公旗掛松事件では、国の権利行使が濫用にあたるとされ、国が、賠償を払う側に、なりました。一方、宇奈月温泉事件では、Cの権利行使が濫用にあたるとされ、Cの請求が、通らない側に、なりました。ここが、山場です。同じ「濫用」というラベルが、まったく違う二つの場面で、使われています。信玄公旗掛松は、すでに起きてしまった損害を、清算する場面でした。だから、濫用があったことで、賠償という形で、責任を取らされます。宇奈月温泉は、これから権利行使を認めるかどうかを、判断する場面でした。だから、濫用があったことで、その行使自体が、認められません。

分かれ目は、濫用と言われた権利行使が、もう結果を出してしまったのか、それとも、これから裁判所に認めてもらうものなのかです。松は、すでに枯れています。今から止めても、戻りません。残っているのは、お金で清算することだけです。一方、パイプは、まだ、そこにあります。Cの請求は、これから認めてもらうものでした。だから、裁判所は、認めない、と言えば足ります。信玄公旗掛松では、濫用が、国を、攻める材料になりました。宇奈月温泉では、濫用が、Aを、守る盾になりました。それが、今日、この二つの事件を並べた、一番の理由です。では、次に、そもそも、どういうときに「濫用」と判断されるのか——その中身に、入っていきましょう。

山場——権利濫用の要件は、客観が主・主観は加重

境界ペアの板(害意なし×極端な不均衡は濫用になりうる/害意あり×釣り合っていればなりにくい)+意地悪かどうかでは決まらないという核心 図:境界ペアの板

  • 害意なし×極端な不均衡は濫用になりうる
  • 害意あり×釣り合っていればなりにくい
  • 意地悪かどうかでは決まらないという核心

権利濫用に、あたるかどうか。これを判断するとき、何が、決め手になると思いますか。意地悪だったから濫用だ、と思いがちなんですが、それだけでは、ありません。ここが、今日、最後の山場です。判断は、基本的には、客観面——当事者どうしの、利益の釣り合いを、比べることから、始まります。そのうえで、主観面——相手を困らせようという、害意の有無も、考慮されます。ただし、これは、あくまで、加重する要素です。害意があれば、より、濫用と認められやすくなる、という位置づけです。害意が、無いと、絶対に濫用にならない、という意味では、ありません。

意地悪な気持ちが無くても、濫用になることは、あります。二つの場面を、比べてみましょう。一つ目。Xさんが、自分の土地に、隣のYさんの物置小屋の角が、10センチだけ、はみ出していることに、気づきました。Xさんは、Yさんに、恨みは、ありません。それでも、「越境は、越境だから」と、小屋を、全部、解体するよう、求めました。小屋の解体には、200万円かかります。その費用を負担するのは、Yさんです。それに対して、Xさんが実際に受けている不利益は、その10センチが使えないことだけです。害意は、無い。でも、得られる利益と、相手が被る不利益が、極端に釣り合っていません。この場合、権利濫用になりうる、と判断される可能性があります。

もう一つ、逆の場面も、見てみましょう。Mさんは、隣人のNさんと、過去にトラブルがあり、正直、少し、困らせたい気持ちも、ありました。Nさんの新しい塀が、Mさんの土地に、5センチだけ、はみ出していたので、作り直しを求めました。Nさんが負担する作り直しの費用は、Mさんが被る実害——駐車スペースが5センチ狭くなること——と比べて、それほど、大きくありません。害意は、ある。でも、得られる利益と、相手が被る不利益は、それなりに釣り合っています。この場合は、権利濫用には、なりにくい、と判断されます。

害意があるほうが濫用になりにくい、という話では、ありません。この二つを、並べてみてください。害意の有無と、濫用になるかどうかは、単純に、対応していません。決め手は、意地悪かどうかでは、ありません。決め手は、利益の釣り合いです。害意は、あくまで、そこに乗る、加重要素です。権利濫用は、「意地悪の禁止」ではありません。今日、いちばん、持ち帰ってほしいことの一つです。

権利濫用の効果は、三つ

効果3段の板(効果が生じない/不法行為になる/834条のような明文があるときだけ権利剥奪)+濫用なら何でも権利を取り上げられるわけではないという歯止め 図:効果3段の板

  • 効果が生じない
  • 不法行為になる
  • 834条のような明文があるときだけ権利剥奪
  • 濫用なら何でも権利を取り上げられるわけではないという歯止め

権利濫用と判断されたとき、その効果は、大きく、三つに分かれます。一つ目は、権利の行使の効果が、生じない。さっきの、宇奈月温泉事件の形です。除去を求める権利はあっても、その行使は、効果を持ちません。二つ目は、権利の行使が、不法行為になる。信玄公旗掛松事件の形です。行使したこと自体が、損害賠償の理由になります。そして、三つ目——権利そのものが、剥奪される場合も、あります。ただし、ここには、大事な歯止めがあります。明文がある場合に、限られます。たとえば、834条という条文があります。親が、子を虐待したときなどに、家庭裁判所が、その親の、親権を奪うことができる、という条文です。

でも、これは、834条という、はっきりした条文が、あるからこそ、できることです。「濫用だったから、権利を取り上げる」を、勝手に一般化してはいけません。三つ目の効果は、あくまで、明文があるときだけの、特別な話です。この歯止めは、必ず、覚えておいてください。

信義則と権利濫用——適用範囲は、区別するのか

適用範囲の板(かつては信義則は債権法・権利濫用は物権法と区別する見解が有力だったが現在は区別しない見解が通説)+判例も両者を厳格には区別していないという補足 図:適用範囲の板

  • かつては信義則は債権法・権利濫用は物権法と区別する見解が有力だったが現在は区別しない見解が通説
  • 判例も両者を厳格には区別していないという補足

ここで、一つだけ、補足しておきます。信義則と、権利濫用、この二つの適用される範囲についてです。かつては、「信義則は、主に、契約など、債権に関する場面で使う」「権利濫用は、主に、物権に関する場面で使う」と、区別する見解が、有力でした。信義則の二つは、約束をめぐる場面。権利濫用の二つは、土地の使い方をめぐる場面でした。ただ、現在は、そこまで厳格に、区別する必要は無い、という見解が、通説になっています。実際の場面では、どちらの性質も、混ざり合っていることが、多いからです。その後のいくつかの最高裁判例も、両方を、厳格には区別していません。

分けて学んだことが、無駄になったわけでは、ありません。まず、それぞれが、何を守っているのかを、はっきり分けて理解することが、最初の一歩です。そのうえで、実際の場面では、両方が、重なり合って働くこともある——そう捉えてください。では、今日、最後の話に、入ります。

決着——一般条項は、最後の道具

決着の板(個別条文をまず探し無い時やおかしい時に初めて1条という順序)+前に置いた日当たりの問いをこの順序で解く 図:決着の板

  • 個別条文をまず探し無い時やおかしい時に初めて1条という順序
  • 前に置いた日当たりの問いをこの順序で解く

前に、もう一度、大事な形で戻ってくる、と言っておいた言葉があります。一般条項です。信義則も、権利濫用も、この一般条項の仲間です。特定の場面を狙い撃ちにせず、広く効く——だからこそ、ここで、大事な注意を、一つ、伝えます。一般条項は、便利な道具です。でも、便利だからといって、いきなり持ち出してよいわけでは、ありません。民法は、1000を超える条文を、持っています。何か問題が起きるたびに、「信義則だから」「権利濫用だから」と、いきなり結論を出してしまうと——その1000を超える条文が、無かったことになってしまいます。

だから、一般条項は、最後の道具です。まず、個別の条文を探す。それで、答えが出るなら、それで終わりです。条文が無い、あるいは、当てはめると、明らかにおかしい——そのときに、初めて、1条の出番になります。では、この順序で、三本の柱を見たときの、あの問いに、もう一段、答えましょう。自分の土地に、南隣の家の日当たりを、全部奪う建物を、建ててよいか。まず、個別の法律が、線を引きます。建築基準法には、建物の高さや、日当たりに関する規制が、あります。それでも、なお、問題が残る場合は、次に、不法行為の判断——今日見た、709条の枠組みで、考えます。ここは、詳しくは、また別の回で扱います。

そして、どちらの道具も届かない、本当に例外的な場面のために、最後に、民法1条が、待っています。「日当たりを奪う建物は、権利濫用だ」と、いきなり結論づけるのは、実は、順序として、正しくありません。まず、個別の条文を、探す。それが、今日の、いちばんの教訓です。

今日のまとめ(三本の柱等は前に確認・今日は権利濫用=二判例の効果対比・客観が主で主観は加重・効果3つ・適用範囲は厳格区別しない)+次は権利を持つのは誰なのかという出発点を扱うという予告 図:今日のまとめ

  • 三本の柱等は前に確認・今日は権利濫用=二判例の効果対比・客観が主で主観は加重・効果3つ・適用範囲は厳格区別しない
  • 次は権利を持つのは誰なのかという出発点を扱うという予告

今日、配ったものを、まとめましょう。三本の柱と、そこにかかる制限、対等な当事者という前提——これは、前に、見ましたね。今日は、その二つのうちの、権利濫用を、じっくり見ました。信玄公旗掛松事件と、宇奈月温泉事件——二つの判例を、見ましたね。判断は、客観面——利益の釣り合いが、主役でした。害意の有無は、あくまで、加重する要素でした。効果は、三つ。行使の効果が生じない、不法行為になる、そして、明文があるときだけ、権利そのものが剥奪される。信義則と権利濫用、適用範囲を厳格には区別しない、というのが、現在の通説でしたね。

そして、一般条項は、最後の道具——この順序も、渡しました。すべて、「自由には、最初からブレーキが一組になっている」という、一つの発見に、つながっています。さて、次は、「権利を持つのは、誰なのか」という話に、入っていきます。今日は、権利が「通るかどうか」を見ました。次は、そもそも、権利を持てるのは、どんな存在なのか、という、出発点の話です。

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#15単独ページ動画

権利能力の始期と胎児

第1章 民法総則 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——前回のブレーキと、今日開く問い

今日の地図(前回のブレーキ=権利濫用を一言で振り返り/人には自然人と法人の2種類があり今日は自然人を扱うと予告)+今日配るのは権利を持てるための線とその手前の橋 図:今日の地図

  • 前回のブレーキ=権利濫用を一言で振り返り
  • 人には自然人と法人の2種類があり今日は自然人を扱うと予告
  • 今日配るのは権利を持てるための線とその手前の橋

少し、前回の話を、振り返っておきます。前回、権利があっても通らなくなる——あのブレーキ、覚えていますか?今日は、そこから、もう一段、手前に、戻ります。前回、見たのは、権利が「通るかどうか」でした。今日は、そもそも、権利を「持てる」のは、どんな存在なのか、という、出発点の話です。まず、一つ、確認しておきます。民法が扱う「人」には、二種類、あります。わたしたちのような、生きた人間——これを自然人といいます——と、会社のような、法律が作り上げた組織、つまり法人です。今日、扱うのは、前者——生きた人間のほうです。組織の話は、また、別の回で扱います。

今日、配るものは、これです。権利を持てるための”線”と、その線の手前に架かる”橋”。順番に、見ていきましょう。

山場——能力なのに、能力が要らない

資格と力のズレの板(権利能力は誰でも持つ資格/意思能力は判断できる力/行為能力は一人で契約できる資格)+今日は三つのうち一つ目で残り二つはこの先の回で 図:資格と力のズレの板

  • 権利能力は誰でも持つ資格
  • 意思能力は判断できる力
  • 行為能力は一人で契約できる資格
  • 今日は三つのうち一つ目で残り二つはこの先の回で

実は、以前、一度、この言葉を、お伝えしました。権利能力——誰でも持っている、権利を持てる資格そのものです。あのときは、三つの能力の、名前だけを、預けました。今日は、その一つ目——権利能力の、中身に、入ります。意思能力と、行為能力は、この先の回で、扱います。今日は、権利能力だけに、絞ります。権利能力とは、権利や義務を持てる、資格そのものです。実は、そこが、今日、最初の山場です。この権利能力だけは、能力が要りません。たとえば、生まれた翌日の、赤ちゃん名義の、預金口座は、作れます。

その赤ちゃんは、お金の意味を、分かっていません。判断する力は、ゼロです。それでも、その子の名義で、財産を持つことが、できます。もう一つ、例を、見てみましょう。認知症が進んで、判断が、ほとんどできなくなった人がいます。それでも、その人名義の不動産は、そのまま、その人のものです。賢さも、判断力も、財産の管理能力も、一切、必要ありません。生まれたての赤ちゃんも、認知症が進んだ人も、まったく同じ立場です。基準は、たった一つです。人として、生きて、この世に存在しているかどうか。それだけです。

3条1項が挙げている基準は、出生だけで、判断力のことは、書かれていません。「持てるかどうか」と「自分で動かせるかどうか」は、別の話だからです。持てるほうまで、能力があるかどうかで、線を引いてしまうと——赤ちゃんや、判断が難しい人の財産が、また、誰のものか、決まらなくなってしまいます。では逆に、権利能力を持たない存在も、見てみましょう。どれだけよく訓練された、盲導犬でも、その犬自身の名前で、土地は買えません。どれだけ賢くても、です。では、仮に、飼い主が、遺言で、その犬に、財産を残そうとしたら、どうでしょうか。

犬は、権利能力を持たないので、財産を受け取る側には、なれません。犬のために財産を残す別の方法はありますが、中身は、また別の回で扱います。「能力」という名前に、騙されないでください。権利能力は、力ではなく、資格です。意思能力のほうは、逆に、正真正銘、力です。判断できる力があるか、を見ます。中身は、この先の回で。もう一つの行為能力は、こちらは資格ですが、「権利を持てるか」ではなく、「一人で、確定的に、契約できるか」の資格です。中身は、この先の回で。今日は、その対比だけ、覚えておいてください。

持つか持たないかしかない——だから、線引きが、すべてになる

二択と線引きの板(権利能力は持つか持たないかの二択で中間がない)+だから民法はどこで線を引くかで勝負するという一言 図:二択と線引きの板

  • 権利能力は持つか持たないかの二択で中間がない
  • だから民法はどこで線を引くかで勝負するという一言

もう一つ、大事な性質が、あります。権利能力には、強い・弱いという、段階が、ありません。意思能力なら、「少し分かる」「だいたい分かる」という、程度の差が、あります。でも、権利能力は、持っているか、持っていないか、その二択だけです。たとえば、赤ちゃんと、大人とで、持てる権利の「量」が、半分だけ違う——ということは、起きません。なぜ、あえて、段階を、設けなかったのか。理由は、はっきりしています。もし、「半分だけ権利能力がある」という状態を、認めてしまうと——その財産が、誰のものか、きっちり決まらない場面が、生まれてしまいます。

たとえば、さっきの、赤ちゃん名義の、預金口座で、考えてみましょう。権利能力が半分だけなら、その預金は、半分だけ、その子のもの——残りの半分は、誰のものでしょうか。決まらないですね。誰が引き出していいのかも、分からなくなります。だから、民法にとって、勝負どころは、一つに絞られます。どこで、その線を引くか。この一言が、今日、この先、ずっと、この回を貫きます。持つか、持たないか。線をどこに引くか。この視点で、見ていきましょう。

権利能力の始まり——出生

始期は出生という板(権利能力はいつ始まるかという問い)+出生届の有無は無関係という一言 図:始期は出生という板

  • 権利能力はいつ始まるかという問い
  • 出生届の有無は無関係という一言

では、その線を、実際に、引いてみましょう。権利能力が始まる、その瞬間は、いつでしょうか。条文が、それを、はっきり定めています。

条文民法3条1項

民法 第3条 私権の享有は、出生に始まる。

「私権」は、財産に関する財産権や、親子・夫婦といった関係に関する身分権など、民法が扱う権利、全般のことです。「享有」は、権利を、自分のものとして持つこと、と読み替えてください。ここで、一つ、注意があります。「出生」とは、役所に、出生届を出すことでは、ありません。出生届は、あくまで、行政上の手続きです。届けを出す前でも、生まれた瞬間に、権利能力は、発生します。そこが、大事な点です。通説は、「生まれた」とは、赤ちゃんの体が、母体から全部出た瞬間だと考えます。この考え方を、全部露出説と呼びます。頭も、体も、手足も、すべてが、母体の外に、出て初めて、「出生」になります。

山場——同じ「出生」なのに、民法と刑法で答えが違う

民法と刑法で分かれる出生の弁別板(民法は全部露出/刑法は一部露出の2本の線を同じ分娩の場面に引く)+線の置き方の理由が違うという対比 図:民法と刑法で分かれる出生の弁別板

  • 民法は全部露出
  • 刑法は一部露出の2本の線を同じ分娩の場面に引く
  • 線の置き方の理由が違うという対比

ここで、一つ、面白い話を、しておきます。実は、同じ「出生」という言葉が、刑法では、違う意味で使われています。分娩の途中、赤ちゃんの、頭と肩までが、外に出た瞬間を、想像してください。この瞬間、民法では、まだ、権利能力は、ありません。全部露出説なので、体が完全に外に出るまでは、「出生」に、なりません。ところが、刑法は、違う答えを出します。刑法では、体の一部でも出ていれば、もう「人」として扱います。この考え方を、一部露出説と呼びます。民法では、まだ権利能力が無く、刑法では、もう保護の対象になっている。同じ瞬間に、二つの、違う答えが、あるんです。

おかしくは、ありません。理由は、それぞれの法律が、線を、どこに置くかを、違う事情で決めているからです。まず、刑法から、見てみましょう。体の一部でも、外に出た瞬間から、赤ちゃんは、母体を通さずに、直接、危害を受けうる存在になります。だから、刑法は、その瞬間から、もう、人として、保護するのです。では、民法は、なぜ、そこまで、待つのでしょうか。実は、生まれる前の子の利益は、この後、見ていく、別の仕組みで、個別に、手当てされています。だから、権利能力が始まる線そのものは、急がず、いちばんはっきりした瞬間に、置いておけるのです。

同じ「出生」という言葉でも、何を優先するかで、線の位置は変わります。これは、民法と刑法を、両方、学ぶうえで、ずっと役に立つ視点です。刑法の、一部露出説の詳しい中身は、刑法のシリーズで扱います。

では、生まれる前は?——3条1項を、逆から読む

反対解釈と不公平の板(条文には出生としか書いていない/書いていない以上原則は認めない)+兄と弟の設例で数日の差が結論を分けるという不公平 図:反対解釈と不公平の板

  • 条文には出生としか書いていない
  • 書いていない以上原則は認めない
  • 兄と弟の設例で数日の差が結論を分けるという不公平

では、生まれる前——胎児の段階では、権利能力は、どうなるでしょうか。この条文の言葉を、もう一度、よく見てください。出生に始まる、としか、書いていません。その前に、以前お渡しした、三つの手順を、当ててみましょう。一つ目——条文の趣旨を言う。この3条1項は、何のための条文でしょうか。二つ目——その趣旨が、目の前の場面にも、及ぶかを確かめる。この趣旨は、まだ生まれていない胎児の場面まで、届くでしょうか。では、三つ目の手順——及ぶなら、適用する。及ばないなら、適用しない。いまは、届かない側でしたね。この条文を、逆から、読んでみましょう。「出生に始まる」ということは、出生より前には、まだ始まっていない、ことになります。

条文が「こうである」としか書いていないときに、「そうでなければ成り立たない」を導く読み方——3条1項の反対解釈により、原則として、出生前の胎児には、権利能力が認められません。冒頭の子は、お父さんが亡くなった、その瞬間、まだ、生まれていませんでした。この原則のままだと——一つ、具体例を、考えてみましょう。ある家庭で、同じ日に、お父さんを、亡くしました。この家には、兄と弟が、いたとします。兄は、すでに、生まれていました。弟は、まだ、お母さんのお腹にいました。原則のままだと、兄は、財産を受け継げます。生まれているからです。でも、弟は、何も受け継げません。生まれていないからです。

その不公平さこそが、この先の話の出発点です。生まれるタイミングという、本人にはどうにもならない偶然で結論が変わります。これでは、あまりに不公平です。民法は、この不公平を、放置しませんでした。原則の、すぐ外側に、例外の橋を、架けています。

山場——例外は、四つ架かっている

四つの橋の板(損害賠償/相続/遺贈/認知の四本)+共通の仕掛けはすでに生まれたものとみなすという出生擬制 図:四つの橋の板

  • 損害賠償
  • 相続
  • 遺贈
  • 認知の四本
  • 共通の仕掛けはすでに生まれたものとみなすという出生擬制

民法が架けた橋は、全部で、四つあります。一つ目の橋は、不法行為に基づく、損害賠償請求権です。不法行為——故意や過失で、他人の権利を侵害したときに、損害を賠償させる、あの枠組みです。前に、一度、見ましたね。

条文民法721条

民法 第721条(損害賠償請求権に関する胎児の権利能力) 胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。

これが、四つの橋、すべてに共通する、仕掛けです。本当は、まだ、生まれていません。それでも、この場面についてだけ、法律上、もう生まれた、ということにする——この考え方を、出生擬制と呼びます。冒頭の事故に、責任を負うべき相手がいたのなら——この721条があるおかげで、冒頭の子は、損害賠償を、請求できます。二つ目の橋は、相続です。

条文民法886条

民法 第886条(相続に関する胎児の権利能力) 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。 2 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。

相続についても、同じ仕掛けが、使われています。この886条1項があるおかげで、冒頭の子は、お父さんの財産を、相続できます。2項も、見ておきましょう。「胎児が、死体で、生まれたときは、適用しない」。残念ながら、死産の場合には、この橋は、無かったことになる、という意味です。橋が架かるのは、あくまで、生きて生まれた場合、という条件が付いています。この条件が、いつから効くのか——実は、そこが、この先の大きな問題になります。今日の最後に、もう一度、触れます。三つ目の橋は、遺贈です。

遺言によって、財産を、譲る場面です。この橋の根拠は、965条という条文です。965条は、886条の規定を、受遺者について、準用しています。遺言で、財産を受け取る人のことです。886条の「相続については、既に生まれたものとみなす」という仕組みを——そのまま、遺贈の場面にも、当てはめる、という意味です。おかげで、遺言によって、胎児に、財産を残すことも、できます。たとえば、お父さんが、生前に、「生まれてくる子に、この家を残す」と、遺言に書いていたとします。この場合も、886条を借りて、胎児のうちから、受け取る側になれます。四つ目の橋は、認知です。

父親が、自分の子だと、法律上、認める手続きです。本来は、生まれた後に、行いますが——783条1項が、胎児のうちからの認知を、認めています。条文の中身は、母の承諾があれば、胎児でも認知できる、という一点だけです。認知の詳しい要件は、また、別の回で扱います。この四つの場面では、原則を破って、胎児にも権利能力が認められます。この四つは、そのまま、覚えてしまってください。ただ、丸暗記する必要は、ありません。共通しているのは、たった一つ——すでに生まれたものと、みなす、という仕掛けです。この一言さえ、押さえておけば、四つとも、同じ形をしています。

冒頭の答え、その途中まで

前半の決着板(出生の線とその手前の四本の橋を重ねて描く)+橋がいつ架かるのかはまだ分からないという開いた問い 図:前半の決着板

  • 出生の線とその手前の四本の橋を重ねて描く
  • 橋がいつ架かるのかはまだ分からないという開いた問い

さて、ここで、冒頭の問いに、一度、戻りましょう。お父さんが亡くなったとき、まだ生まれていなかった、あの子です。今日、見てきたことを、順番に、当てはめてみます。まず、一段階目——原則。3条1項の反対解釈により、出生前の胎児には、権利能力が、ありません。つまり、原則では、取れません。でも、そこで、終わりでは、ありませんでした。民法は、原則の、すぐ外側に、四本の橋を、架けていました。二段階目——721条や、886条があるので、生まれてくれば、この子は、取れます。ここまでで、取れるか、取れないか、という問いには、答えが出ました。

実は、四つの橋には、共通して、「すでに生まれたものとみなす」という言い回しが、ありました。この「みなす」が、いつから、みなされるのかは、実は、まだ、触れていません。この点は、今日の、最後に、もう一度、触れます。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ(権利能力は資格で能力不要/出生は民法と刑法で線が違う/原則は反対解釈で胎児に権利能力なし/例外は四つの橋=出生擬制)+橋がいつ架かるのかは次に開く問いという送り 図:今日のまとめ

  • 権利能力は資格で能力不要
  • 出生は民法と刑法で線が違う
  • 原則は反対解釈で胎児に権利能力なし
  • 例外は四つの橋=出生擬制
  • 橋がいつ架かるのかは次に開く問いという送り

今日、配ったものを、まとめましょう。権利能力は、能力ではなく、資格でした。賢さも、判断力も、要りません。出生という線は、民法と刑法で、位置が、違いました。原則は、出生前の胎児に、権利能力は無い、でした。でも、それでは、あまりに不公平な場面が、出てきます。だから、民法は、その原則の、すぐ外側に、四本の橋を、架けていました。今日、名前だけ、置いていったものも、並べておきます。意思能力——判断できる力。行為能力——一人で、確定的に、契約できる資格。この二つは、この先の回で、扱います。

ほかにも、法人の中身、認知の要件、相続や遺贈の本体、不法行為の本体——今日、名前だけ触れたものは、それぞれ、いずれかの回で扱います。すべて、「権利を持てるかどうかは、資格の話であり、だからこそ、線の引き方がすべてを決める」——一つの発見に、つながっています。ただ、実は、今日の話には、まだ、片づいていない、宿題が、一つ、残っています。四つの橋は、「すでに生まれたものと、みなす」という、仕掛けで、動いていました。では、その「みなす」は、いつから、効くのでしょうか。生まれる前に、お母さんは、この子の代わりに、動けるのでしょうか。

この続きは、また、次に、見ていきましょう。

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#16単独ページ動画

胎児の権利能力・出生擬制・権利能力の終期

第1章 民法総則 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——ここまでの橋と、今日開く問い

今日の地図(権利能力は資格/出生が線/民法と刑法で位置が違う/原則は反対解釈/例外は四本の橋=損害賠償は721条・相続は886条・遺贈は965条・認知は783条)+共通の仕掛けは出生擬制/今日配るのは橋がいつ架かるのかという問い 図:今日の地図

  • 権利能力は資格
  • 出生が線
  • 民法と刑法で位置が違う
  • 原則は反対解釈
  • 例外は四本の橋=損害賠償は721条・相続は886条・遺贈は965条・認知は783条
  • 共通の仕掛けは出生擬制
  • 今日配るのは橋がいつ架かるのかという問い

少し、これまでの話を、振り返っておきます。権利能力とは、賢さも判断力もいらない、資格そのものでした。では、前回の確認を、一つ、しましょう。生まれた瞬間を、民法では、体の何が全部出た時点と考えたでしょうか?全部露出説でしたね。刑法は、一部が出た時点でした。原則は、出生前の胎児には、権利能力が無い、でした。3条1項の反対解釈——条文を、逆から読む、あの読み方でしたね。でも、それだと、あまりに不公平な場面が、出てきます。だから、民法は、原則の外側に、四本の橋——721条、886条、965条、783条——を、架けていました。

前に、一つ、疑問を、残していました。その「みなす」は、いつから、効くのでしょうか。あっ、その問いですね。今日は、そこに、答えていきます。今日、配るのは、これです。橋は、いつ、架かるのか。順番に、見ていきましょう。

道具の準備——「したら」で、始まるのか、終わるのか

停止条件・解除条件の1軸板(自前の定期券の設例で始まる/終わるを対比)+橋がいつ架かるかを考えるための道具 図:停止条件・解除条件の1軸板

  • 自前の定期券の設例で始まる
  • 終わるを対比
  • 橋がいつ架かるかを考えるための道具

ここで、この先の話に必要な、道具を、一つ、準備します。「橋が、いつ架かるか」を考えるには、条件という考え方が、必要です。詳しい中身は、また、別の回で扱いますが、今日は、一部分だけ、渡します。「こうなったら、こうする」という約束の、後ろ半分が、始まるのか、終わるのか。たった一つの軸です。例えば、友達が、こう言ったとします。「来月から、電車で通うことになったら、この定期券を、あげるよ」。今の時点では、まだ、定期券は、渡っていません。電車通学が始まる、という条件が成就して、はじめて、渡す約束が、始まります。

この形を、停止条件と呼びます。条件が成就するまで、効果の発生が、止まっている——停止、です。逆の形も、あります。今度は、友達に、今すぐ、定期券を、貸してあげたとします。ただし、「来月、もし、車で通うようになったら、返してね」と条件を付けました。今、すでに、効果は、発生しています。ところが、車通学になる、という条件が成就すると、その効果が、終わります。この形を、解除条件と呼びます。すでに発生している効果を、条件の成就で、解いて消す——解除、です。一つ、注意です。前に見た解除権——一方的な意思表示だけで、権利関係を変えられる権利——とは、別物です。こちらの解除条件は、意思表示が、要りません。

この一つの軸だけ、頭に入れておいてください。次の話は、まさに、この道具を、使います。

山場——「すでに生まれたものとみなす」のは、いつからか

2説の時系列対比板(解除条件説は胎児の期間から権利能力があり死産で遡って消える/停止条件説は胎児の期間はなく生きて生まれたら遡って認められる)+結論は同じで違うのは胎児の間だけという確認 図:2説の時系列対比板

  • 解除条件説は胎児の期間から権利能力があり死産で遡って消える
  • 停止条件説は胎児の期間はなく生きて生まれたら遡って認められる
  • 結論は同じで違うのは胎児の間だけという確認

さて、四つの橋には、共通して、「既に生まれたものとみなす」とありました。ここで、一つ、疑問が、浮かびます。みなす、のは、いつからなのでしょうか。そこが、実は、二つに、割れています。ここで、さっきの道具を、使いましょう。一つ目の考え方は、解除条件説です。この説では、胎児のうちから、すでに権利能力が、あります。ただし、条件が、付いています。もし、死産だったら、その権利能力は、さかのぼって、無かったことになります。前に見た886条の、2項です。ここが効いてくるので、もう一度、出しておきます。

条文民法886条2項

民法 第886条第2項(相続に関する胎児の権利能力) 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。

「すでに権利能力がある」という効果が、死産という条件で、消える——これは、まさに、解除条件の形です。渡してあるけれど、死産という条件が成就したら、返してもらう——その形です。もう一つは、停止条件説です。この説では、胎児のうちは、まだ、権利能力が、ありません。生きて生まれたら、そこで初めて、権利能力が発生します。しかも、その効果は、関係する出来事の時点まで、さかのぼって、認められます。この、さかのぼる効き方——前に、遡及効と呼んだものです。定期券で言えば、まだ、渡していない状態です。生きて生まれた、という条件が成就して、はじめて、渡されます。では、ここで、一度、整理しましょう。結論——生きて生まれれば、権利を受け継げる——は、どちらの説でも、同じです。

違うのは、胎児でいる、その間の扱いだけです。解除条件説なら、その間、もう権利能力があることになります。停止条件説なら、その間は、まだ無いことになります。

山場——分かれ目は、母が「今すぐ」動けるかどうか

分かれ目の板(母は今すぐ示談できるかという問い/解除条件説はできる/停止条件説(判例)はできない)+結論は同じで違うのは胎児の間だけという確認 図:分かれ目の板

  • 母は今すぐ示談できるかという問い
  • 解除条件説はできる
  • 停止条件説(判例)はできない
  • 結論は同じで違うのは胎児の間だけという確認

では、二つの説は、実際には、どこで違いが出るのでしょうか。ここで、冒頭の、あの場面に、戻りましょう。加害者側が、「今すぐ、示談したい」と、言ってきた、あの場面です。お母さんは、この子の代わりに、示談書に、署名できるでしょうか。実は、ここで、二つの説が、はっきり分かれます。解除条件説に立てば、胎児のうちから、すでに権利能力があることになっています。解除条件説なら、母は、胎児の段階で、示談することも、できます。遺産をどう分けるか——遺産分割の話し合いに、参加することも、できます。

停止条件説では、胎児のうちは、まだ、権利能力が、ありません。権利能力が無い以上、代理する相手そのものが、存在しません。代理は、本人と、代理人と、相手方の三面関係でした。その本人になれる人が、停止条件説では、まだ、いません。この説に立てば、母は、胎児の段階で、代理して動くことは、できません。生まれてから、初めて、その子の代理人として、動くことになります。ここが、この回の、いちばんの見どころです。学説の名前より先に、この分かれ目——母が、今すぐ動けるかどうか——を、覚えてください。

判例は、停止条件説に、立っています。

判例大判昭和7年10月6日(民集11巻2023頁)

停止条件説を採った判例——胎児のうちは、母は代理できない 胎児の権利能力について、判例は停止条件説に立つ。したがって、胎児の段階で、母が胎児を代理して権利を行使することは認められない。

お母さんは、生まれる前に、示談書に署名することは、できません。示談は、その子が、生まれてから、行うことになります。ここで、疑問を、持った人が、いるかもしれません。停止条件説だと、胎児のうちは、権利能力が無いんですよね。****それなら、さっきの、721条や、886条って、意味があるんですか。ここが、停止条件説を、理解するうえで、一番、大事な部分です。もし、損害賠償の橋と、相続の橋が、無かったら、どうなるか、考えてみましょう。胎児の段階で、お父さんが、仕事中の事故で、亡くなったとします。その後、その子は、生きて、生まれました。もし、この二つの橋が、無ければ、この子は、どうなるでしょうか。

不法行為に基づく損害賠償請求権も、相続も、一切、取得できません。お父さんが亡くなった瞬間には、まだ、権利能力が無かったからです。その瞬間に発生するはずだった権利を、受け止める人が、誰もいなかったのです。生まれた後になって「あのとき権利があったことにしてくれ」とは、何もなければ、言えません。権利は、発生した瞬間に、誰かが持っていなければ、成立しないからです。だからこそ、721条や、886条には、意味があります。「その場面についてだけ、既に生まれたものとみなす」——この一言が、効いているんです。

停止条件説に立っても、損害賠償と相続の橋は、大事な役割を、持っています。生きて生まれた後に、過去にさかのぼって、権利を取得させる橋として、機能しています。母が、その場で、代理して動けるかどうか——そこだけが、二つの説で、違うんです。この対立は、実は、論文試験でも、問われることがあります。答案の書き方は、専用の回で、扱います。

検討——なぜ、判例は、こちらを選んだのか

死産の可能性をどう見るかの板(可能性を低く見れば解除条件説/高く見れば混乱回避のため停止条件説)+判例は昭和初期のもので今日では解除条件説も有力という評価 図:死産の可能性をどう見るかの板

  • 可能性を低く見れば解除条件説
  • 高く見れば混乱回避のため停止条件説
  • 判例は昭和初期のもので今日では解除条件説も有力という評価

では、なぜ、判例は、停止条件説のほうを、選んだのでしょうか。分かれ目は、死産の可能性を、どう見るかにあります。死産の可能性が、あまり高くないと考えるなら、解除条件説のほうが便利です。胎児の段階から、母が、どんどん代理して動ける、ほうが便利だからです。逆に、死産の可能性が、それなりに高いと考えるなら、停止条件説が安全です。生まれる前に、母が、示談や、遺産分割を、進めてしまうと——あとで死産になれば、その話し合いは、全部やり直しです。だから、生まれてから、まとめて処理するほうが、混乱を避けられます。

判例が停止条件説を選んだのは、死産の可能性を、高めに見ていたから——そう言えます。ただし、一つ、大事な注意が、あります。この判例は、昭和初期——今から、およそ90年前の判断です。死産の可能性が、大きく下がった、今日では、解除条件説にも強い支持があります。判例だから、それだけで正しい、と考えるのは、早いということです。死産の可能性という、判断の前提そのものが、時代とともに変わっています。この対立は、今も、続いている論点だと、覚えておいてください。

山場——権利能力の終わりは、死亡だけ

始期と終期の一枚板(出生=全部露出が始まりで死亡=心臓停止が終わり/失踪宣告では終わらない)+短答式で間違えやすい層という注意 図:始期と終期の一枚板

  • 出生=全部露出が始まりで死亡=心臓停止が終わり
  • 失踪宣告では終わらない
  • 短答式で間違えやすい層という注意

さて、権利能力が、いつ始まるかは、前回、確認しました。今日は、最後に、その、終わりを、見ておきましょう。実は、これについて、はっきり書いた条文は、ありません。それでも、権利能力が、死亡によって終わることは、当然の前提です。では、その「死亡」が、具体的にいつなのか。そこも、実は、争いがあります。ただ、心臓が止まった瞬間とするのが、通説です。通説は、多くの学者が支持している考え方。裁判所が積み重ねてきた先例——判例とは、別のものです。今日、押さえておいてほしいのは、権利能力の終わりは、死亡、それだけということです。

「それだけ」と言うからには、ほかに終わらせそうな制度がある——そう思ったなら、するどいです。ここで、短答式で、よく間違えられる罠が、あります。失踪宣告を、聞いたことは、ありますか。長く、行方が分からない人について、家庭裁判所が、「死亡したものと、みなす」と宣告する制度です。この制度の中身は、また、別の回で扱います。今日、伝えたいのは、一点だけです。失踪宣告によっては、権利能力は、終了しません。一つ、具体的に、考えてみましょう。長く行方が分からない人がいて、家庭裁判所が、失踪宣告を、出したとします。ところが、実は、その人は、遠く離れた別の場所で、生きていました。

その人が、今いる場所で、誰かと契約を結んでいたとしたら——その契約は、どうなるでしょうか。「死亡したもの」にされている以上、その契約も無効になりそうですが——実は、そうでは、ありません。失踪宣告が動かすのは、その人がもといた場所に残された法律関係だけで、その人自身の権利能力ではないからです。ですから、実際に生きているその人は、どこにいても、変わらず、権利能力を、持ち続けています。今いる場所で結んだ契約も、有効なものとして、扱われます。「死亡したものとみなす」という言葉に引きずられて、権利能力まで消えたと思い込む——そこが、狙われるポイントです。権利能力を終わらせるのは、死亡だけ。失踪宣告は、線を、動かしません。この一点、しっかり、持ち帰ってください。失踪宣告の詳しい効果は、また、別の回で扱います。

決着——線は、一本ではない

線と橋の三段構え板(出生の線/その手前の四本の橋/橋がいつ架かるかという三層)+線は一本ではないという結論 図:線と橋の三段構え板

  • 出生の線
  • その手前の四本の橋
  • 橋がいつ架かるかという三層
  • 線は一本ではないという結論

さて、今日、見てきたことを、一つに、つなげます。民法の「線」は、一本ではありません。まず、権利能力が始まる、出生という線を、引きました。次に、その線の手前に、四本の橋を、架けました。そして、その橋が、いつ架かるかで、もう一段、答えが割れました。この順番で、冒頭の問いに、答えましょう。お父さんが亡くなったとき、まだ生まれていなかった子は、財産を受け継げるのか。****一段階目——原則では、取れません。3条1項の反対解釈により、出生前の胎児には、権利能力が、無いからです。

二段階目——721条や、886条があるので、生まれてくれば、取れます。四本の橋のうち、損害賠償と、相続の橋が、まさに、この場面のためのものです。三段階目——判例が採る、停止条件説に立つなら、お母さんは、生まれる前に——****この子の代わりに、示談書に署名することは、できません。その子が、生きて、生まれてから、初めて、動き出せます。そして、もう一つ。今、見てきたのは、線の、始まりの側だけです。ところが、終わりの側には、橋が、一本も架かっていません。権利能力を終わらせるのは、死亡だけ。失踪宣告でも、その線は、動きませんでした。

この非対称が、そのまま、短答式で、よく間違えられるところです。「権利を持てるか」は、あるかないかの、資格の話です。だからこそ、その境界を、どこに、どう引くかだけが、一人の人の一生を左右します。今日、見てきたのは、まさに、その線の引き方でした。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ(停止条件と解除条件の見分け・2説の時系列・分かれ目は母が今すぐ動けるか・判例は停止条件説で今日では解除条件説も有力・終期は死亡のみで失踪宣告では終わらない)+次回は意思能力と行為能力という予告 図:今日のまとめ

  • 停止条件と解除条件の見分け・2説の時系列・分かれ目は母が今すぐ動けるか・判例は停止条件説で今日では解除条件説も有力・終期は死亡のみで失踪宣告では終わらない
  • 次回は意思能力と行為能力という予告

今日、配ったものを、まとめましょう。「すでに生まれたものとみなす」の仕掛けには、始まるのか、終わるのかという、条件の向きがありました。この道具を使うと、「みなす」のタイミングをめぐる、二つの説が、整理できました。結論は同じでも、胎児でいる間の扱いだけが、逆でした。判例は、停止条件説。だから、お母さんは、生まれる前に、示談できません。ただし、今日では、解除条件説にも強い支持がある、ということも、見ましたね。そして、権利能力の終わりは、死亡だけ。今日、名前だけ、置いていったものも、並べておきます。失踪宣告の詳しい効果、認定死亡と、同時死亡の推定——これらは、また、別の回で扱います。

それから、今日、道具として少しだけ借りた、条件そのものの本体——停止条件・解除条件の細かいルールも、また、別の回で扱います。今日、見てきたのは、すべて、「権利を持てるかどうかは、資格の話であり、だからこそ、線の引き方がすべてを決める」——その一つの発見に、つながっています。次は、いよいよ、その残り二つの能力の、中身に、入っていきます。判断できる力と、一人で契約できる資格です。

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#17単独ページ動画

意思能力・行為能力と3条の2

第1章 民法総則 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——資格と力の、空欄を埋める

今日の地図(前回は権利能力=誰でも持つ資格と確認/今日開くのは意思能力=判断できる力と行為能力=一人で契約できる資格の中身)+資格と力の板の空欄を今日埋めるという宣言 図:今日の地図

  • 前回は権利能力=誰でも持つ資格と確認
  • 今日開くのは意思能力=判断できる力と行為能力=一人で契約できる資格の中身
  • 資格と力の板の空欄を今日埋めるという宣言

少し、前回までの話を、振り返っておきます。前回、権利能力について、確認しました。では、一つ、確認しましょう。権利能力が、終わるのは、どんなときだったでしょうか?終わるのは死亡だけで、失踪宣告では終わらない、でしたね。そして、そのとき、もう一つ、予告していました。意思能力という、判断できる力。行為能力という、一人で契約できる資格。あの空欄を、今日、埋めます。今日、配るのは、こういう問いです。「わかっていない人」を、民法は、どう守るのか。一つの物差しでは、実は、守りきれません。

意思能力とは、判断できる力のこと

三つの能力の板(権利能力=誰でも持つ資格/意思能力=判断できる力)+行為能力の欄はまだ空けたままという確認 図:三つの能力の板

  • 権利能力=誰でも持つ資格
  • 意思能力=判断できる力
  • 行為能力の欄はまだ空けたままという確認

まず、意思能力から、見ていきましょう。自分のした行為の結果を、理解するに足る、精神能力。これが、意思能力です。その契約を結んだら、何が起きるのか。それが、分かっているかどうか、です。年齢で決まるのか、というと、実は、そうとも、言い切れません。小さな子どもに、百円玉を渡して——「このおもちゃ、百円で売って」と頼む場合と——同じ子どもに、土地の売買契約書を差し出す場合を、考えてみてください。同じ相手でも、行為が重くなれば——求められる理解の深さも、変わってくる、と考えられています。よく、「七歳から十歳くらい」という目安が、言われます。ただし、これは、よく言われる目安であって——判例が決めた、一律の年齢の線ではありません。

大事なのは、数字より、その行為の結果を理解できたかどうかです。では、意思能力が無かったとき、契約は、どうなるのでしょうか。答えが、この条文です。

条文民法3条の2

民法 第三条の二(意思能力) 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

ただ、実は、この条文、新しい条文です。二〇二〇年、四月に、施行されました。それまでは、この一文、民法には、ありませんでした。それでも、意思能力が無い人の契約は無効だと——判例や学説の上では、争いなく、扱われてきました。それを、条文に書き込んだのが、この改正です。そう考えて、いいと思います。では、この「無効」、実は、いつもの無効と、少し違います。

山場——この「無効」は、相手からは言えない

無効の目盛りの板(確定無効=誰でも主張できる/取消的無効=表意者だけが主張できる・有力な考え方)+前回までの無効と取消しの目盛りに新しい一段が入るという確認 図:無効の目盛りの板

  • 確定無効=誰でも主張できる
  • 取消的無効=表意者だけが主張できる・有力な考え方
  • 前回までの無効と取消しの目盛りに新しい一段が入るという確認

以前、無効と、取消しの違いを、見たことが、あります。実は、今日の「無効」には、その目盛りに、もう一段、入ります。無効には、実は、二つの顔があります。一つは、以前見た、賭け事の借金のような、確定無効です。誰でも主張できます。相手方でも、第三者でも、です。もう一つが、意思能力が無かったときの、無効です。こちらには、名前が付いています。取消的無効、と呼ばれます。実は、そこが、今日、最初の山場です。この無効、表意者の側からしか、主張できません。表意者というのは、その意思表示をした、本人の側のことです。相手方からは、言えません。ここで、一つ、場面を、考えてみましょう。さっきの、屋根の修理の契約です。契約の後、資材の値段が、急に、上がったとします。

そこで、業者のほうが、こう言い出したとします。「あのお年寄りは分かっていなかったから、無効だ」。この言い分、通ると、思いますか。通りません。業者からは、言えません。なぜだと、思いますか。この無効って、お年寄りを守るためのもの、ですよね。だから、業者が使うのは、おかしい気がします。守るための無効を——守られる側でない人が、使う理由が、ありません。だから、主張できるのは、表意者だけです。今回なら、あのお年寄りだけです。ちなみに、この扱い、判例で確定した話ではなく——そう考える見解が、有力、という段階です。

言葉の使い分け、覚えておいてください。では、確定無効の側も、もう一つ、例を、見ておきましょう。賭博で負けた借金の取立て——以前、90条で見た話です。こちらは、誰でも、無効だと言えます。業者でも、貸した本人でも、無関係な第三者でも、です。無効の目盛りに、一段、増えました。

山場——それでも、意思能力だけでは、足りない

二つの穴の板(一つ目=証明が要る・事後に本人側が過去の精神状態を/二つ目=相手方が予測できない・契約するまで分からない)+意思能力だけでは足りない理由という確認 図:二つの穴の板

  • 一つ目=証明が要る・事後に本人側が過去の精神状態を
  • 二つ目=相手方が予測できない・契約するまで分からない
  • 意思能力だけでは足りない理由という確認

さて、ここまでは、意思能力の話でした。分かっていない人の契約は、無効。筋の通った話です。ところが、実は、これだけでは、足りません。理由は、二つ、あります。一つ目から、いきましょう。冒頭の、屋根の修理の話に、戻ります。実際に、この契約が無効かどうかを争うとしたら——どうやって、決めると、思いますか。契約から、半年後、裁判になったとします。「あの日の午後、この人はどこまで分かっていたのか」を——本人のほうが、証明しなければ、なりません。手がかりは、カルテ、診断書——その場に立ち会った人の記憶、そのくらいしか、ありません。

個別に判断するということは——そのつど、事後に、証明する重さを、背負うということです。これが、一つ目の穴です。もう一つの理由に、いきましょう。今度は、相手方の側から、考えてみます。家電量販店のレジで、目の前のお客さんが——契約書に、サインしようとしています。店員さんは、その人が、一人で完全に契約できる人かどうかを——その場で、判定しなければならない、としたら、どうでしょう。相手方は、契約してみるまで、分かりません。もし、いつ無効になるか、予測がつかないなら——安心して商売ができなくなる——これを、取引の安全が、脅かされる、と言います。まとめましょう。意思能力という物差しには、二つの穴があります。一つ目は、証明が重いこと。二つ目は、相手方が予測できないこと。

だから、民法は、もう一つ、別の仕組みを、用意しました。

山場——だから、外から見える札がある

二階建ての板(1階=意思能力・そのつど内側を測る・どんな人にも届くが証明が要る/2階=行為能力・あらかじめ外から見える札・証明は要らないが札のある人だけに届く)+届く範囲と証明の要否が裏返しという確認 図:二階建ての板

  • 1階=意思能力・そのつど内側を測る・どんな人にも届くが証明が要る
  • 2階=行為能力・あらかじめ外から見える札・証明は要らないが札のある人だけに届く
  • 届く範囲と証明の要否が裏返しという確認

ここで、答えとなる、もう一つの仕組みを、出します。行為能力です。行為能力とは——一人で、法律行為ができて——しかも、それが、確定的に有効になる。そういう資格です。法律行為とは、以前見た、契約のような行為のことです。かみ砕くと、一人で、確実に契約を完成させられる資格のことです。意思能力との違い——そこが、今日、いちばん大事な部分です。意思能力は、そのつど、内側を測る物差しでした。契約のたびに、確かめる必要が、あります。それに対して、行為能力は——あらかじめ、外から見える形で、決めておく仕組みです。

例えば、年齢です。生年月日を見れば、誰でも、すぐに、分かります。もう一つ、家庭裁判所の審判という、道具もあります。判断力が十分でない人について——家庭裁判所が、あらかじめ、審判を出しておく制度です。この審判は、登記という形で、記録されます。戸籍に書き込んでしまうと——私生活に関わる情報が、広く、知られやすくなります。だから、専用の登記という仕組みに、分けてあります。この審判の登記は、以前見た、土地の帳簿とは、別のものです。詳しい中身は、また、別の回で扱います。では、ここで、二つの物差しを、並べてみましょう。意思能力は、そのつど、内側を測ります。どんな人にも届きますが、証明が要ります。行為能力は、あらかじめ、外から見える札を貼っておきます。証明は要りませんが——札の貼られた人にしか、届きません。

届く範囲と、証明の要否が、裏返し——そこが、この二つの物差しの、いちばんの関係です。この、外から見える札のことを、行為能力と呼び——その札が、貼られている人のことを、制限行為能力者と呼びます。

札を貼られた、四人

四人の札の板(未成年者=年齢で一律/成年被後見人・被保佐人・被補助人=事理弁識能力の程度で三段階、被補助人はもう一段の審判があって初めて制限される)+要件や保護者の権限はこの先の回で扱うという確認 図:四人の札の板

  • 未成年者=年齢で一律
  • 成年被後見人・被保佐人・被補助人=事理弁識能力の程度で三段階、被補助人はもう一段の審判があって初めて制限される
  • 要件や保護者の権限はこの先の回で扱うという確認

では、この札を、貼られているのは、誰なのでしょうか。民法は、四人を、決めています。一人目は、未成年者。年齢という、一律の軸で、決まります。残りの三人は、事理弁識能力——物事の是非を、正しく判断する力の、程度で、決まります。この程度によって、三段階に、分かれます。もっとも重いのが、成年被後見人。中間が、被保佐人。もっとも軽いのが、被補助人です。軽い順に、補助、保佐、後見と、覚えると、いいかもしれません。そして、被補助人には、一つ、大事な注意点があります。後見と保佐は、審判が出れば、それだけで、札が貼られます。補助だけは、もう一段、別の審判が必要です。保護者の同意が必要だ、と定める審判です。その審判を受けて、初めて、制限行為能力者になります。審判が無ければ、制限されません。

審判が無ければ、この四人目には入らない——この一言、落とさずに覚えておいてください。それぞれの、要件や、保護者の権限、取り消せる範囲は——この先の、それぞれの回で、扱います。今日、持ち帰ってほしいのは、名前と、この二つの軸だけです。この四人が、自分ひとりで結んだ契約は、一定の範囲で——取り消すことができる、とされています。

効果は、無効ではなく、取消し

取消すまでは有効の一枚板(制限行為能力者の契約は取り消すまでは有効・本人や保護者がそのまま通すこともできる)+前回の無効取消しの整理を呼び戻すという確認 図:取消すまでは有効の一枚板

  • 制限行為能力者の契約は取り消すまでは有効・本人や保護者がそのまま通すこともできる
  • 前回の無効取消しの整理を呼び戻すという確認

ここで、一つ、確認しておきたいことが、あります。制限行為能力者が、単独で、契約をしたとき——その効果は、無効ではなく、取消しです。以前、配った、あの目盛りが、ここで効いてきます。取り消すまでは、いったん、有効な状態です。本人や、保護者が望めば、そのまま通すことも、できます。なぜ、無効ではなく、取消しなのでしょうか。行為能力の制限は、年齢や、審判という、外側の形で決まります。その日、本当に分かっていなかったかどうかは、問いません。だとすれば、本人にとって、続けてよい契約も、あるはずです。例えば、必要なものを、見合った値段で、買っていた場合です。一律に無効にしてしまうと、そのまま残すという道まで、消えてしまいます。だから、通すか、やめるかを、本人の側に、委ねてあります。

意思無能力の無効は、選ぶ余地なく、無効。制限行為能力者の取消しは、通すか、やめるかを選べます。

どこまでが、対象か——法律行為だけ

法律行為と事実行為の板(法律行為=契約・遺言・婚姻・行為能力が問題になる/事実行為=拾得など・意思表示と関係なく法律効果が生じる)+行為能力が問題になるのは法律行為だけという確認 図:法律行為と事実行為の板

  • 法律行為=契約・遺言・婚姻・行為能力が問題になる
  • 事実行為=拾得など・意思表示と関係なく法律効果が生じる
  • 行為能力が問題になるのは法律行為だけという確認

もう一つ、確認しておきたいことが、あります。行為能力が問題になるのは、法律行為だけです。自分の意思で、権利や義務を動かそうとする行為でした。それ以外の行為も、あります。例えば、道で、落とし物を拾ったとします。拾ったことで所有権を得られる場合があっても——それは、その人が望んだからでなく——法律が、そう定めているからです。こうした行為を、事実行為と呼びます。行為能力が問題になるのは、法律行為だけです。

山場——両方に当たったら、どちらでもよい

二重効の板(成年被後見人が意思能力を欠く状態で契約した場合=無効でも取消しでも攻められる/通説は二重効肯定説)+実益は証明が楽なほうを使えることという確認 図:二重効の板

  • 成年被後見人が意思能力を欠く状態で契約した場合=無効でも取消しでも攻められる
  • 通説は二重効肯定説
  • 実益は証明が楽なほうを使えることという確認

ここが、今日、最後の山場です。ここまで、二つの物差しを、別々に見てきました。では、両方に、当たってしまう人がいたら、どうでしょうか。すでに、後見が始まっている人——成年被後見人が——体調の悪い日に、内容をまったく理解しないまま——契約書に、署名したとします。意思無能力者であり、同時に、制限行為能力者でもある——二つの立場が、重なっている状態です。二つの道が、出てきます。意思能力の側から——分かっていなかったから、無効。行為能力の側から——制限行為能力者だから、取消し。実は、どちらを主張しても、いい、というのが、通説です。これを、二重効肯定説、と呼びます。

意思能力の制度も、行為能力の制度も——どちらも、わかっていない人を守るための仕組みです。どちらか一方に、縛る理由が、ありません。では、選べると、何が違うのでしょうか。意思能力の側で、無効を主張しようとすると——また、あの証明の重さが、必要になります。一方、行為能力の側で、取消しを主張するなら——審判が出ている、という記録を出すだけで、足ります。証明が楽なほうを、選んで使える——それが、二重効を認めることの、実益です。

決着——一つの物差しでは、守らなかった

回収の板(三段階で回収=一段目は無効になるはず・二段目はその日の判断能力を証明するのは重い・三段目は審判が出ていれば証明なしに取消せる)+届く範囲と証明の要否が裏返しという確認 図:回収の板

  • 三段階で回収=一段目は無効になるはず・二段目はその日の判断能力を証明するのは重い・三段目は審判が出ていれば証明なしに取消せる
  • 届く範囲と証明の要否が裏返しという確認

さて、ここまでの話を、一つに、つなげましょう。民法は、「わかっていない人」を——一つの物差しでは、守りきりませんでした。一つは、事後に測る物差し——意思能力。どんな人にも届きますが、証明が要ります。もう一つは、事前に貼る札——行為能力。証明は要りませんが、札の貼られた人にしか届きません。だから、両方、要る。だから、両方、使える。では、冒頭の、あのお年寄りの話に、戻りましょう。五百万円の、屋根の修理の契約です。まず、一段目。もし、あの日、判断ができていなかったなら——3条の2により、この契約は、無効になるはずです。

ここで、二段目です。無効だと言うためには——あの日、どこまで分かっていたかを、証明しなければ、なりません。事前に、何の準備も無かったなら——そのつど、この重い壁と、向き合うことになります。ところが、三段目です。もし、このお年寄りに、あらかじめ、後見開始の審判が——出ていたなら、どうでしょうか。その場合は——証明など、しなくても、審判の記録を出すだけで、取り消せます。届く範囲と、証明の要否が、裏返しになっているからこそ——民法は、両方を、用意しておいたんです。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ(三つの能力の全体像=権利能力=誰でも持つ資格・意思能力=判断できる力・行為能力=一人で契約できる資格/意思能力の無効は表意者だけが言える取消的無効/だから行為能力という外から見える札がある/二重効肯定説で両方使える)+次回は未成年者という予告 図:今日のまとめ

  • 三つの能力の全体像=権利能力=誰でも持つ資格・意思能力=判断できる力・行為能力=一人で契約できる資格
  • 意思能力の無効は表意者だけが言える取消的無効
  • だから行為能力という外から見える札がある
  • 二重効肯定説で両方使える
  • 次回は未成年者という予告

今日、配ったものを、まとめましょう。以前、預けていた、三つの能力の話——今日、すべて、埋まりました。誰でも持つ資格、判断できる力、一人で確定的に契約できる資格——この三つでした。そして、意思能力を欠いた契約は、無効。ただし、この無効、表意者だけが言える無効でした。それでも、意思能力だけでは、二つの意味で足りません。証明が重いことと、相手方が予測できないこと。だから、民法は、外から見える札——行為能力を、用意しました。年齢と、審判プラス登記で、あらかじめ、決めておく仕組みです。未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人。この四人が、自分ひとりで結んだ契約は、取り消すことができます。取消すまでは、有効な状態です。

両方に当たれば、どちらを主張してもよい——二重効肯定説でした。今日、名前だけ置いていったものも、並べておきます。四人それぞれの、要件や、保護者の権限は——また、それぞれの回で、扱います。それから、無効の効果や——取消しの期間制限も、また、別の回で扱います。今日、見てきたのは、すべて——「わかっていない人を守るには、一つの物差しでは足りない」——その、一つの発見に、つながっています。次は、いよいよ、四人のうちの、一人目——未成年者の、中身に、入っていきます。

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#18単独ページ動画

未成年者と5条の取消権

第1章 民法総則 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——四人のうちの、一人目

前回の四人の札の予告を開ける板+今日は未成年者の中身に入るという宣言 図:前回の四人の札の予告を開ける板+今日は未成年者の中身に入るという宣言

前回の最後を、少し、振り返っておきます。四人の名前を、聞きましたね。あのとき、こう予告していました。「次は、いよいよ、四人のうちの、一人目——未成年者の、中身に、入っていきます」。その前に、一つ、確認させてください。前回の話で、意思能力だけでは足りない、その理由は何だったでしょうか?だから、外から見える札——行為能力が、必要でした。その札を貼られた、四人のうちの、一人目に、今日、入っていきます。

四人の地図を、もう一段

四人の札に原則の向きの列を足した比較板(未成年者・成年被後見人は原則ぜんぶ制限/被保佐人・被補助人は原則ぜんぶ自由) 図:四人の札に原則の向きの列を足した比較板

  • 未成年者・成年被後見人は原則ぜんぶ制限
  • 被保佐人・被補助人は原則ぜんぶ自由

では、四人の地図を、もう一段、詳しくしていきましょう。前回は、名前と、一つの軸だけを、置きました。「何で決まるか」という軸です。今日は、そこに、もう一つの軸を、足します。「原則の向き」です。並べてみると、この四人は、二つに割れます。未成年者と、成年被後見人は——原則、ぜんぶ制限されていて、例外だけ、単独でできます。逆に、被保佐人と、被補助人は——原則、ぜんぶ自由で、決められた行為だけが、制限されます。具体的に言うと、未成年者が一人で結んだ契約は、原則、すべて、取消しの対象になります。逆に、被保佐人や被補助人が一人でした契約は、原則、そのまま有効です。法律が挙げている行為や、審判で決められた行為だけが、制限されます。

なぜ、向きが、逆になるのか——その答えは、この二人を、一人ずつ、扱う回で、出します。ただし、今日は、要件や、保護者の権限、取り消せる範囲には、入りません。名前と、この二つの軸だけを、持ち帰ってください。では、この一人目——未成年者の、中身に、入っていきましょう。

未成年者とは、誰か

十八歳未満という年齢の線を示す板と2022年4月1日より前は二十歳だったという改正の注記

未成年者とは、誰のことでしょうか。根拠は、この条文です。

条文民法4条

民法 第四条(成年) 年齢十八歳をもって、成年とする。

とても短い条文ですが、ここには、大事な歴史があります。この「十八歳」、実は、二〇二二年、四月一日より前は——「二十歳」でした。成年年齢の引下げという、大きな改正が、ありました。だから、もし、手元に、古い問題集があったら——そこには、「二十歳未満」と、書かれているはずです。もう一つ、付け加えておきます。二〇二二年、四月一日、その日に、ちょうど十八歳や十九歳だった人も——その日から、まとめて、成年になりました。今の答えは、「未成年者は、十八歳未満」です。未成年者とは、何か、分かったところで——今日の背骨に、入っていきましょう。

山場——原則は、同意が要るということ

5条の骨格板(1項本文は原則同意が要る・1項ただし書は例外・2項は取消し・3項は例外という4区画が1本の条文に入っている) 図:5条の骨格板

ここから、今日の背骨に、入ります。未成年者がした契約は、どうなるのでしょうか。取り消せる、と聞いたことが、あります。ただ、その前に、一つ、大事な区別があります。未成年者は、契約が「できない」わけでは、ありません。契約そのものは、未成年者、一人でも、できます。ただし、原則として、法定代理人の同意が、要ります。ここが、今日、一番、押さえてほしい違いです。この背骨が、一本の条文に、全部、入っています。この条文です。

条文民法5条1項・2項・3項

民法 第五条(未成年者の法律行為) 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。 2 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。 3 第一項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。

順番に、見ていきましょう。まず、1項の本文。法定代理人の同意を、要求している部分です。これが、原則です。未成年者が、一人で、法律行為をするには——法定代理人の同意が、要ります。そこで、2項です。「取り消すことができる」。同意の無い契約は、取り消せます。そこが、大事なところです。無効ではなく、取消しです。取り消せる、というのは——取り消すまでは、有効、ということです。取消しは、不確定に有効な状態でした。未成年者や、法定代理人が、望めば——そのまま、契約を通すことも、できます。だから、未成年者の契約は、「無効」ではなく——「取り消すまでは有効」な、状態から、スタートします。では、逆に、同意が、あったら、どうでしょうか。

例えば、契約の前に——同じ十六歳が、親にメッセージで聞いて、「いいよ」と、返事をもらっていたとします。この場合は、取り消せません。確定的に、有効です。まとめましょう。原則は、「同意が要る」。同意が無ければ、取り消せる。取り消すまでは、有効。同意があれば、確定的に、有効です。前回、行為能力とは——一人で確定的に、契約を完成させられる資格だ、と言いました。未成年者は、その資格が、制限されています。だから、同意という、もう一押しが、要るんです。この一本の線が、今日、ずっと効いてきます。

同意を与えるのは、誰か

法定代理人は誰か板(親権者はふつう父と母/未成年後見人は家庭裁判所が選ぶ) 図:法定代理人は誰か板(親権者はふつう父と母/未成年後見人は家庭裁判所が選ぶ)

では、この「同意」を、与えるのは、誰なのでしょうか。代理の回で見た、法律で決まる代理——法定代理を、担う人です。では、法定代理人とは、具体的には、誰なのでしょうか。ふつうは、親権者——つまり、父と母です。ちなみに、父と母が、二人とも揃っている場合は——この二人で、一つの親権者として、扱われます。原則は、そうです。父と母、両方の意思が、必要になります。では、両親とも、亡くなっている場合は、どうなるでしょうか。その場合のために、未成年後見人という、仕組みがあります。家庭裁判所が、代わりの人を、選んでくれます。

親権者か、未成年後見人か——どちらかが、未成年者の、法定代理人になります。この二本立て、覚えておいてください。中身の詳しい話は、また、別の回で、扱います。今日は、「同意を与えるのは、この人たち」ということだけ、持ち帰ってください。

山場——なぜ、同意があれば有効なのか

なぜ同意で足りるのかを示す2段の板(足りないのは経験・知識であり保護者の判断力で埋め合わせる) 図:なぜ同意で足りるのかを示す2段の板

ここで、一つ、立ち止まって、考えてみましょう。なぜ、法定代理人の同意さえあれば、有効になるのでしょうか。大人が認めたから、と考えても、悪くはないのですが——もう少し、掘り下げてみます。前回、行為能力とは、外から見える札だ、という話を、しました。未成年者に、足りないのは——その日、その瞬間の、判断力ではなく——経験や、知識の、蓄積そのものです。だから、その足りない分を——法定代理人の判断力で、埋め合わせれば、十分だと、考えられています。たとえるなら、自転車の補助輪のようなものです。バランス感覚が、まだ十分でないうちは——補助輪という、外からの支えが、必要です。法定代理人の同意も、これと同じで——未成年者に足りない分だけを、外から、支えています。

支えがある分だけ、前に進める——よいたとえです。経験のある大人の判断が、同意という形で、加われば——未成年者に、足りない部分は、補われた、と扱われます。ここで、一つ、開けておきたい問いがあります。実は、この理屈が、そのまま当てはまらない相手も、います。成年被後見人です。この人の場合は、保護者が同意しても、意味が、ありません。なぜだと、思いますか。同意しても、そのとおりに行動できるとは、限らない——まさに、そこが、この人の保護者の側に、同意権が無い理由です。この先の回で、詳しく、扱います。今日は、未成年者について——「足りない判断力を、保護者の判断力で埋める」——この理屈だけ、押さえてください。

例外の地図——取り消せない場面は、四つある

例外の地図板(四つの例外のうち今日扱う二つと次回に送る二つを分けた一覧) 図:例外の地図板(四つの例外のうち今日扱う二つと次回に送る二つを分けた一覧)

さて、ここまでは、原則の話でした。同意が無ければ、取り消せる。これが、原則です。ところが、同意が無くても、取り消せない場面が、あります。実は、四つ、あります。一つ目は、単に権利を得る、または、義務を免れる行為。二つ目は、処分を許された財産の、処分。三つ目は、許された営業——一人で商売をすることを、あらかじめ、許された場合です。四つ目は、二つ、セットです。取消しの意思表示——契約を、取り消す、と伝える行為そのもの。そして、身分行為——親子や夫婦といった、身分に関わる行為です。この四つ、条文の順に、丸暗記する必要は、ありません。大事なのは、「なぜ、同意が要らないのか」という、理由です。

一つ目と二つ目は、これから、その理由から、順に、見ていきます。三つ目と四つ目も、それぞれ、別の理由で、同意が要らなくなります。今日は、一つ目と、二つ目に、絞って、じっくり、見ていきましょう。

山場——単に権利を得る、その境目

単に権利を得るかどうかの境目を分ける対比板(条件なしの贈与と債務免除は同意なしで有効・負担付贈与と弁済受領は同意が要る、理由は債権という財産が消えるから) 図:単に権利を得るかどうかの境目を分ける対比板

一つ目の例外から、見ていきましょう。「単に権利を得、または、義務を免れる行為」です。この場合は、法定代理人の同意が、無くても——確定的に、有効になります。理由は、シンプルです。未成年者が、損をする余地が、そもそも、無いからです。同意という保護を、用意しているのは——未成年者が、不利な契約を、結ばされないようにするためでした。だとすれば、そもそも、不利になりようがない行為には——その保護を、用意する必要が、ありません。では、具体的に、見ていきましょう。未成年者が、祖母から、誕生日に、条件なしで、一万円を、もらいました。

これは、「単に権利を得る」行為に、あたります。法定代理人の同意が、無くても、確定的に、有効です。もう一つ、見てみましょう。未成年者が、友達から、三千円を、借りていたとします。その友達から、「もう、返さなくていいよ」と、言われました。三千円を、返さなければならない——その義務が、まるごと、消えます。未成年者にとっては、負担が、無くなるだけです。これも、同意なしで、確定的に、有効です。ここまでの二つ、実は、条文の言葉に、そのまま対応しています。「権利を得る」が、贈与。「義務を免れる」が、免除です。ここまでは、分かりやすいですね。では、少し、意地悪な質問をします。今度は、未成年者が、貸している側だとしましょう。友達に、三千円を、貸していて——その三千円を、現金で、返してもらったら、どうなるでしょうか?

実は、これは、同意が要るほうです。単に権利を得る行為には、あたりません。ここが、今日、最大の山場です。じっくり、考えてみましょう。未成年者は、友達に、三千円を、貸していました。これは、「三千円を、返してもらう権利」——つまり、債権を——すでに、持っていた、ということです。債権も、立派な財産です。そして、友達が、実際に、三千円を、返してきたとします。そのとき、何が、起きるでしょうか。現金三千円が、手元に、入ってきます。手元には、現金の三千円が、入ります。でも、それと同時に——「三千円を返してもらう権利」という財産は——消えて、無くなります。

手元の現金は、増えていますが——持っていた権利は、消えています。これは、「単に」権利を得ているとは、言えません。だから、弁済を、受け取る行為は——同意なしでは、できません。同意が無ければ、取り消せる、原則どおりの扱いに、戻ります。では、さっきの、「もう返さなくていいよ」との、違いを、確認しましょう。同じ三千円でも、借りている側と、貸している側とで、逆になります。この二つの対比、しっかり、押さえておいてください。もう一つ、同意が要る例も、見ておきましょう。「この自転車を、あげる。ただし、毎朝、うちの犬の散歩をすること」。

これは、負担付贈与、と呼ばれます。自転車という権利を、得ると同時に——「散歩をする」という、義務も、負っています。だから、これも、同意が、要ります。まとめましょう。もらうだけの贈与と、義務を免れる免除は、同意なしで有効。負担のつく贈与と、財産が入れ替わる弁済の受領は、同意が要ります。

山場——処分を許された財産

処分を許された財産の板(目的を定めて渡された教科書代と目的を定めないで渡されたお小遣いはどちらも5条3項) 図:処分を許された財産の板

二つ目の例外に、進みましょう。「処分を許された財産」です。これも、同意が無くても、確定的に、有効になります。同じに見えますが、二つ目の例外は、一つ目とは、理由が、違います。一つ目の例外は、「損をする余地が、無いから」でした。二つ目の例外は、「先に、包括的な同意が、渡してあるから」です。法定代理人が、あらかじめ、その財産の使い道を——未成年者に、任せてしまっている、ということです。だから、一つ一つの、買い物のたびに——改めて、同意を、取り直す必要が、ありません。具体例で、見てみましょう。法定代理人が、「教科書代として」と、目的を決めて——未成年者に、三千円を、渡したとします。この三千円で、指定の参考書を、買いました。

目的を定めて渡された財産は——その目的の範囲内で、自由に、処分できます。もう一つ、見てみましょう。毎月のお小遣いで、好きなバンドのCDを、買いました。実は、目的を定めないで渡された財産の処分も——同じ、条文の中に、書かれています。決めて渡した場合も、決めずに渡した場合も——どちらも、未成年者が、自由に、処分できます。では、一つ、考えてみましょう。教科書代として、渡された三千円で——ゲームソフトを、買ってしまったら、どうでしょうか。ここで、範囲内かどうかが、問題になります。ただし、この範囲を、超えた場合の扱いについては——今日は、深入りしません。

この先の回で、必要になったら、また、扱います。今日、押さえてほしいのは——一つ目の例外とは、違う理由で、同意が要らない場面がある、ということです。この二つを、両方とも、ただ「例外だから」で片付けてしまうと——この違いが、見えなくなってしまいます。理由が違う、ということを、しっかり、区別しておいてください。

決着——守る線は一本、外す線は二本

冒頭のスマホの契約を同意なし・損をする余地あり・先の同意もなしの順で回収する板 図:冒頭のスマホの契約を同意なし・損をする余地あり・先の同意もなしの順で回収する板

では、ここまでの話を、一つに、つなげましょう。未成年者を、守る線は、一本です。十八歳未満という、年齢です。そして、その保護を、外す線は、二本、ありました。片方は損をする余地、もう片方は先に渡した同意。どちらも、判断力そのものとは、関係ありません。未成年者の保護は、最初から最後まで——判断力を、直接、測らない仕組みで、できています。では、冒頭の、あのスマホの契約に、戻りましょう。十六歳の高校生が、親に内緒で、分割払いで、スマホを買いました。まず、この契約に、法定代理人の、同意は、ありましたか。同意は、ありませんでした。では、この契約は、損をする余地の、無い行為でしょうか。

分割払いは、これから、お金を、払い続ける契約です。これから何回も払っていく契約ですからね。損をする余地は、大いに、あります。では、この財産は、先に、処分を許された財産だったでしょうか。そんな話は、していませんでした。先に渡された同意も、ありません。同意は無く、損をする余地はあり、先の同意も、無い。だから、この契約は、取り消せます。これが、今日の、答えです。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ板(守る線は年齢一本、外す線は損をする余地なしと先の同意ありの二本)+次回はパン屋の予告 図:今日のまとめ板

  • 守る線は年齢一本、外す線は損をする余地なしと先の同意ありの二本
  • 次回はパン屋の予告

今日、見てきたことを、まとめましょう。未成年者とは、十八歳未満の人でした。原則は、「できない」ではなく、「同意が、要る」。そして、同意が要らない場面が、二つありました。損をしようがない場合と、同意が先に済んでいる場合。この二つは、理由が、違いましたね。保護が要らない場合と、保護がもう与えられている場合ですね。そして、この二つの理由、条文の中でも——1項ただし書と、3項という、別々の場所に、書かれています。今日、名前だけ、置いていったのは——許された営業、取消しの意思表示、身分行為の、三つです。それから、成年被後見人には、同意が意味を持たないという話や——被保佐人、被補助人の、要件と、保護者の権限も——この先の回で、順番に、扱っていきます。

取り消したあと、あのスマホがどうなるかも——この先の回で、扱います。では、最後に、一つ、開けておきます。先ほどの十六歳が、もし、自分で、パン屋を開いたら、どうなるでしょうか。毎日の仕入れに、いちいち、親の同意が、要るのでしょうか。この続きは、次に、扱います。

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#19単独ページ動画

未成年者と6条の営業許可

第1章 民法総則 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——残りの三つと、守る側の道具箱

今日の地図(許された営業/取消しの意思表示/身分行為)+守る側の道具箱をもう一つ 図:今日の地図(許された営業/取消しの意思表示/身分行為)+守る側の道具箱をもう一つ

まず、前回の地図を、もう一度、開いておきましょう。未成年者が、一人で、契約をするには——原則として、法定代理人の同意が、要ります。そして、同意が要らない場面が、四つ、ありました。前回、挙げた四つのうち、今日、扱うのは、どれと、どれだったでしょうか?そこまで、合っています。三つ目が、許された営業。四つ目は、取消しの意思表示と、身分行為、でしたね。今日は、この、三つ目と、四つ目——許された営業、取消しの意思表示、そして、身分行為を、扱います。そして、最後に、もう一つ。未成年者を、守っている側——法定代理人が持っている道具を、四つに整理して、閉じます。

お楽しみに。

山場——許された営業という、三つ目の理由

6条1項の背骨(営業を許された未成年者は成年者と同一の行為能力を持つ)+パン屋の設例 図:6条1項の背骨

  • 営業を許された未成年者は成年者と同一の行為能力を持つ
  • パン屋の設例

まず、あのパン屋の話に、戻りましょう。毎日、小麦粉や、バターを、仕入れます。焼いたパンを、お客さんに、売ります。お店で使う、機材を、買うことも、あるでしょう。それを一つ一つ、親に確認していては、現実的では、ありません。そこで、民法には、こういう条文が、あります。

条文民法6条1項・2項

民法 第六条(未成年者の営業の許可) 一種又は数種の営業を許された未成年者は、その営業に関しては、成年者と同一の行為能力を有する。 2 前項の場合において、未成年者がその営業に堪えることができない事由があるときは、その法定代理人は、第四編(親族)の規定に従い、その許可を取り消し、又はこれを制限することができる。

ここが、今日、最初の、山場です。じっくり、考えてみましょう。ここでの法定代理人は、前回見た、親権者や、未成年後見人のことです。その法定代理人が、あらかじめ、「パン屋を、営んでいい」と、許可したとします。すると、その営業に関しては——未成年者は、成年者と、同一の、行為能力を持ちます。「同一」というのは、とても、重い言葉です。その範囲では、もう、制限行為能力者では、ないんです。同意も、要りません。取り消すことも、できません。仕入れの契約も、店の賃貸借も、機材を買う契約も——一人で、確定的に、有効です。

理由を、考えてみましょう。一つ一つの契約に、同意を取り直す代わりに——法定代理人は、「営業」という単位で、あらかじめ、まとめて、同意を渡しています。前回の「先に同意が渡してある」という理屈と、似ていますが、少し違います。前回のは、財産の使い道を、あらかじめ、任せる話でした。今日のは、営業という、活動そのものを、まとめて、任せる話です。だから、冒頭の問いに、答えられます。毎日の、小麦粉や、バターの、仕入れは——「パン屋を営んでいい」という許可の、範囲の中の行為です。一つ一つに、同意は、要りません。

山場——営業という、単位でしか、動かせない

営業という単位(一種または数種/一部はダメ/全部もダメ)+制限する意味(一つの取消しはOK/特定行為の取上げはダメ) 図:営業という単位

  • 一種または数種
  • 一部はダメ
  • 全部もダメ
  • 制限する意味(一つの取消しはOK/特定行為の取上げはダメ)

では、この「営業を許す」という許可、どこまで、自由に、線を引けるのでしょうか。例えば、法定代理人が、こう言ったとします。「パン屋は、やっていい。ただし、お店の外への、配達だけは、ダメ」。これは、6条1項の、「一種、または、数種の営業」には、あたりません。ここが、条文の、文言を、よく見るところです。6条1項は、「一種、または、数種の、営業を、許された」と、書いています。「営業」そのものが、許可の、単位なんです。業務を、切り分けて、一部だけ許す、ということは、想定されていません。逆の場合も、見てみましょう。「もう、何をやってもいい。好きに、商売しなさい」。

これも、6条1項には、あたりません。「一種、または、数種」というのは、営業の、1個か、数個ということです。「どんな職業でもいい」という、無限定な許可には、単位が、決まっていません。営業という、単位を、そのまま渡すときだけ、6条1項が、働きます。働かなければ、原則に、戻ります。一つ一つの契約に、法定代理人の同意が、要ります。では、この単位という考え方は——6条2項の、「制限する」にも、同じように、効いています。具体例で、見てみましょう。法定代理人が、パン屋と、古着のネット販売、二つの営業を、許可していました。ところが、古着の販売の方は——「営業に、堪えられない」事由が、見つかりました。そこで、古着の販売の、許可だけを、取り消します。

これが、6条2項の、「制限する」に、あたります。数個、許していたうちの、一部の許可を、取り消すことです。では、こちらは、どうでしょう。パン屋の許可は、残したまま——パン屋で使う、機材のリース契約だけを、「これはダメ」と、取り上げる。これは、6条2項の、「制限する」には、あたりません。一つの営業の中にある、特定の行為だけを、切り出して、取り上げることは——できないんです。許可も、取消しも——「営業」という、単位でしか、動かせません。一部を切り出すことも、全部を無限定に渡すことも、できないんです。

山場——許可の取消しは、遡らない

「何の取消しか」対比(契約の取消し=遡る/営業の許可の取消し=遡らない)+相手方を害するという理由 図:「何の取消しか」対比

  • 契約の取消し=遡る
  • 営業の許可の取消し=遡らない
  • 相手方を害するという理由

では、さっきの、古着の販売の許可を、取り消した話に、戻りましょう。取り消される、前の月に——すでに、古着の、仕入れ契約を、結んでいたとします。ここで、大事な、対比が、あります。前回まで、「取消し」という言葉を、何度も、使ってきました。契約の取消しは、遡ります。ところが——営業の許可の取消しは、遡りません。ここが、今日、一番、混乱しやすいところです。営業の許可の取消しは——これから先に、向けてだけ、効果を持ちます。取り消す前に、結んでいた、古着の仕入れ契約は——そのまま、確定的に、有効です。相手方の、側から、考えてみましょう。もし、遡らせてしまったら——古着の、仕入れ先の業者は、どうなるでしょうか。

営業として、外に向けて、契約を結んでいた相手方を——大きく、害することになります。これは、条文に、直接、書かれた話ではなく——そう解釈されている、というのが、正確なところです。契約の取消しは、遡る。営業の許可の取消しは、遡らない。この二つ、必ず、区別して、覚えてください。

山場——取消しの意思表示は、一人でできる

取消しの意思表示(未成年者も取消権者/確定的に有効/取消しの意思表示は取り消せない) 図:取消しの意思表示

  • 未成年者も取消権者
  • 確定的に有効
  • 取消しの意思表示は取り消せない

さて、四つ目——取消しの意思表示に、進みましょう。前回、あの十六歳が、親に内緒で、スマホを、分割払いで、買った話を、扱いましたね。では、実際に、「取り消します」と——その十六歳自身が、一人で、伝えたら、どうなるでしょうか。実は、その取消しには、法定代理人の同意は、要りません。条文を、見てみましょう。

条文民法120条1項

民法 第百二十条(取消権者) 行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者(他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。)又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。

今日、注目してほしいのは、最初に挙がっている、「制限行為能力者」——つまり、未成年者、本人です。未成年者、自身が、取消しをする側にも、含まれています。だから、あの十六歳は——法定代理人の、同意を得ずに、一人で——「さっきのスマホの契約、取り消します」と、伝えることが、できます。しかも、意思能力——前に見た、判断できる力さえ、あれば——この取消しは、確定的に、有効です。ここで、一度、考えてみてください。同意という保護は、何のために、あるのでしょうか。不利な契約を、結ばされないための、保護でした。では、契約を、取り消す、という行為は——未成年者にとって、危険な行為でしょうか。

取消しは、本人を、害しません。危ない橋を渡っているのは、契約を、結ぶ側であって——契約を、消す側では、ないんです。ここで、もう一つ、聞いてみます。その十六歳が、翌日、こう言ったら、どうなるでしょうか。「やっぱり、さっきの、取消しを、取り消したい」。実は、できません。ここで取り消したい、と言っているのは——契約ではなく、さっきの、「取り消します」という意思表示のほうです。一度、確定的に有効になった、取消しの意思表示は——もう、取り消せないんです。理由は、さっきと、同じです。取消しの意思表示を、取り消してしまうと——消えたはずの、危ない契約が、また、生き返ってしまいます。

だから、取消しの意思表示は、取り消せません。ただし、逃げ道は、あります。もう一度、新しく、スマホの契約を、結び直すことは、できます。ただし、その新しい契約にも——今度も、同意が、要ります。振り出しに、戻るだけです。

身分行為——本人の意思、そのものを、尊重する

身分行為(認知/養子になる/遺言)+本人の意思の尊重+婚姻は今は十八歳から 図:身分行為(認知/養子になる/遺言)+本人の意思の尊重+婚姻は今は十八歳から

四つ目、もう半分——身分行為に、進みましょう。親子や、夫婦といった、身分に関わる、行為のことです。ここまでの、二つの理由とは——また、まったく、別の理由で、同意が、要らなくなります。営業は、あらかじめ、まとめて、同意が渡してあるから。取消しの意思表示は、本人を、害さないから。身分行為は——本人の意思、そのものを、尊重すべき、場面だから、です。誰を、自分の子として、認めるか。誰と、親子になるか。誰に、遺産を、遺すか。これらは、大人が、代わりに決めていい話では、ないんです。具体的に、見ていきましょう。まず、認知です。

認知は、胎児の話で、一度、出てきました。あのときは、父のほうが、まだ生まれていない、子を、認知する話でした。今日は、逆です。未成年者、自身が——自分の、子を、認知する、場合です。たとえば、十七歳の、高校生に、子どもが、生まれたとします。その子を、自分の子だと、認める。これが、認知です。780条という条文が、あります。この条文が、定めているのは——「認知をする側が、未成年者や、成年被後見人でも——法定代理人の、同意は、要らない」という、ルールです。そこが、大事なところです。この条文は、「何歳から」を、決めているのでは、なくて——「同意が、要らない」ということを、定めています。前回、未成年者の縛りは、「できない」ではなく、「同意が、要る」という形でした。

認知には、年齢を決めた条文も、別にありません。だから、結果として、認知には、年齢の制限が、ありません。次に、養子です。797条という条文が、あります。この条文が、書いているのは——「養子になる人が、十五歳より、下のときは——法定代理人が、代わりに、承諾できる」という話です。裏を返すと——十五歳以上なら、自分で、決められます。ただし、一つ、注意が、要ります。未成年者を、養子とすること、そのものには——原則として、家庭裁判所の許可が、別に、要ります。今日は、そこまでで、止めておきます。最後に、遺言です。961条により、十五歳になれば、遺言が、できます。

なぜ十五歳なら同意なしでできるのか——実は、962条という、別の条文が、理由です。5条というのは——未成年者の契約に、法定代理人の同意が要る、という、あの原則の条文でした。その962条が、遺言については、この5条を、適用しない、と定めています。5条が、外れているから——同意という、話自体が、そもそも、出てこないんです。詳しくは、また、別の回で、扱います。さて、認知、養子、遺言、この三つに——共通しているのは、本人の意思、そのものを、尊重する、という考え方でした。婚姻について、実は、古い教材には——「未成年者の婚姻には、父と母の同意が、要る」と、書いてあります。

ですが、今は、事情が、変わりました。婚姻は、今、十八歳から、しか、できません。だから、「父と母の同意が、要る」という規定も——そして、結婚すると、大人として、扱われるという規定も——どちらも、削除されました。もし、手元に、古い問題集が、あったら——この点も、気をつけてください。

法定代理人が、代理した場合

法定代理人が代理した場合(そもそも未成年者がしていない)+確定的に有効 図:法定代理人が代理した場合(そもそも未成年者がしていない)+確定的に有効

ここまでは、未成年者、自身が、行為をする話でした。最後に、もう一つ、別の場面を、見ておきましょう。法定代理人が、未成年者に、代わって、契約する場合です。例えば——親が、子ども名義で、学習用の、パソコンを、買ったとします。契約したのは、子どもでは、ありません。これは、そもそも、未成年者が、していない行為です。親権者や、未成年後見人には——未成年者を、代理する、権限が、あります。この権限に基づいて、法定代理人が、結んだ契約は——確定的に、有効です。ここまで見てきた、営業や、取消しの意思表示、身分行為とは——少し、違うことに、気づきましたか。

ここが、大事な、区別です。今まで見てきた例外は、全部——未成年者、自身が、行為をしていました。でも、法定代理人が、代理した場合は——そもそも、未成年者は、何も、していません。だから、これは、例外の、並びには、入れません。「未成年者がしていない行為だから、当然、確定的に有効」——というだけの、話です。

守る側が持つ道具は、四つ

守る側の四つの道具(代理権/同意権/取消権/追認権)+同意権と代理権は併存 図:守る側の四つの道具(代理権/同意権/取消権/追認権)+同意権と代理権は併存

では、ここまでの話を、法定代理人の側から、まとめ直しましょう。未成年者を守るために、法定代理人が、持っている道具は——全部で、四つ、あります。一つずつ、見ていきましょう。一つ目は、代理権です。さっき見た、「子ども名義で、パソコンを買う」——あの権限です。未成年者に、代わって、自分で、契約します。二つ目は、同意権です。前回見た、5条1項の、あの、同意です。契約の、前に、「いいよ」と、許可を与える、権限です。三つ目は、取消権です。今日、120条1項で見た、あの、権限です。同意なく結ばれた契約を、あとから、消す、権限です。

四つ目は、追認権です。取り消せる契約を、あとから、「もう、これで確定でいい」と——有効に、確定させる、権限です。詳しい中身は、この先の回で、扱います。今日は、名前と、働きだけ、押さえてください。さて、この四つ、並べてみましょう。まず、「いつ、働くか」で、分けられます。同意権と、代理権は、契約の、前に、働きます。取消権と、追認権は、契約の、後に、働きます。ただし、一つだけ——この分け方に、きれいには、収まらない道具が、あります。代理権です。同意権・取消権・追認権は、どれも——未成年者本人が、した行為を、有効にしたり、消したりする、権限です。でも、代理権だけは——未成年者に、代わって、法定代理人自身が、行為をする、権限です。

ここは、無理に、そろえません。三つは、事前・事後で、きれいに、並びますが——代理権だけは、少し、性質が、違う、と覚えておいてください。最後に、もう一つ、大事な、関係が、あります。同意権と、代理権は、両方とも、いつでも、使えます。「この契約は、していいよ」と——同意を、与えた後で、結局、親が、代わりに、契約しに行くことも——できます。二つは、併存します。

今日の地図(保存版)

まとめ(理由が違う三つ)+四つの道具+次回への送り 図:まとめ(理由が違う三つ)+四つの道具+次回への送り

今日、見てきたことを、まとめましょう。同意が要らなくなる理由は、前回の二つに、加えて——まだ、三つ、ありました。では、取消しの意思表示は、どうでしたか。そして、身分行為は、どうでしたか。本人の意思、そのものを、尊重すべき、場面だから。まとめて渡してある同意、本人を害さないこと、本人の意思の尊重——理由が違えば、効き方も、違いました。そして、これを、守る側から見ると——法定代理人は、代理権・同意権・取消権・追認権という——四つの道具を、持っていました。今日で、未成年者の話は、ここまでです。この先は、残りの、三人に、入っていきます。成年被後見人、被保佐人、被補助人です。それぞれ、要件も、保護者の権限も、違います。相手方の保護や、取り消したあとの効果、追認の詳しい話も——これから、順に、扱っていきます。親子や、婚姻、養子縁組の、詳しい要件も——別の章で、扱います。

最後に、一つだけ、開けておきます。今日、守る側の道具は、四つある、と言いました。この四つのうち——次に扱う人には——一つが、無いんです。

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#20単独ページ動画

成年被後見人は、同意があっても取り消せる

第1章 民法総則 ⑮/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——前回、無いと言った道具は

四人の比較板の二人目を濃くした地図+今日の問い(同意が意味を持たない人とどう取引するか/何が残されているか)

  • 四人の比較板の二人目を濃くした地図
  • 今日の問い(同意が意味を持たない人とどう取引するか/何が残されているか)

前回の、最後を、振り返っておきましょう。守る側の道具は、四つ、あると、言いました。次に扱う人には——そのうち一つが、無いんです、とだけ言って、終わりましたね。覚えていますか?今日、扱う人には——同意権が、ありません。その理由は、前回、もう、お渡ししています。同意しても、そのとおりに、行動できるとは、限らない——それが理由です。前回、そのまま、お伝えしています。では、今日の問いです。同意という道具が、無い人と——どうやって、取引するのか。そして、それでも、この人の手に——残されているものは、何なのか。

今日は、そこを、見ていきましょう。

要件——三つ、そろって、はじめて

要件の三段板(①いつもの状態として判断する力を欠く/②本人・検察官を含む請求/③後見開始の審判)+審判が無ければどれだけ重くても成年被後見人ではないという注記 図:要件の三段板

  • ①いつもの状態として判断する力を欠く
  • ②本人・検察官を含む請求
  • ③後見開始の審判
  • 審判が無ければどれだけ重くても成年被後見人ではないという注記

この人は、成年被後見人と、呼ばれます。でも、その名前がつくには——条件が、三つ、そろわないと、いけません。まず、この条文です。

条文民法7条

民法 第七条(後見開始の審判) 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。

「常況」と「状況」は、発音は、まったく同じですが、違う言葉です。条文の「常況」は——一時的ではなく、いつも、その状態にある、という意味です。判断する力が、いつもの状態として、失われている——これが、一つ目です。二つ目は、請求です。この条文、たくさんの人が、並んでいますね。今日は、この中の、二つに、注目してください。「本人」と、「検察官」です。判断する力を、欠く常況にあっても——本人が、自分から、この審判を、請求することができます。保護を始めるかどうかを——本人の側からも、言い出せるように、してあるんです。

身寄りのない人のためです。頼れる家族がいない場合でも——保護の網から、こぼれ落ちないように、検察官が、請求できます。三つ目は、家庭裁判所の、後見開始の審判です。以前、外から見える札の話を、しましたね。ここが、大事なところです。どれだけ、判断する力が、落ちていても——審判が、無ければ、成年被後見人には、なりません。中身ではなく、札です。この三つが、そろって、はじめて——審判を受けた人は、成年被後見人となります。条文で、確認しましょう。

条文民法8条

民法 第八条(成年被後見人及び成年後見人) 後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。

ここで、一度、確認しておきます。「被」という字が、入っているほうが——守られる、本人のほうです。「被」が、入っていないほうが——守る側です。この先、両方の言葉が、何度も、出てきます。迷ったら——「本人のほう」「守る側」と、言い換えて、聞いてください。最後に、一つ、注意点です。今の三つの条件、よく見ると——年齢が、入っていません。だから、未成年者でも、成年被後見人に、なり得ます。「成年」という名前が、ついていますが——これは、審判の名前であって、年齢の話では、ないんです。ここは、短答式試験で、よく問われるところです。

山場——同意は、意味を持たない

5条1項本文と9条本文の並置板(5条=法定代理人の同意を得なければならない/9条=取り消すことができる)+9条には同意という言葉が無いという注記 図:5条1項本文と9条本文の並置板

  • 5条=法定代理人の同意を得なければならない
  • 9条=取り消すことができる
  • 9条には同意という言葉が無いという注記

では、次に、効果を、見ていきましょう。成年被後見人が、自分で、法律行為をしたら——どうなるのでしょうか。この条文です。

条文民法9条

民法 第九条(成年被後見人の法律行為) 成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない。

でも、よく見比べてみてください。前回の、5条1項本文は——「法定代理人の同意を、得なければならない」と、書いてありました。5条には、「同意」という言葉が、入っています。では、9条の本文を、確認しましょう。見てのとおり、「同意」という言葉は、一度も、出てきません。「取り消すことができる」——それだけです。同意という言葉どおりに、必ず動けるとは、限らない——確か、そんな、話でしたね。その理由が——9条に「同意」という言葉が、一度も出てこないことにも、そのまま、現れているんです。だから、この人の保護者には——あらかじめ「いいよ」と言っておく、という道具が、そもそも、無いんです。

無いのは、保護者の側の、同意権です。だから、たとえ、保護者が「その契約、いいよ」と——あらかじめ、言っていたとしても——成年被後見人が、自分でした法律行為は——やはり、取り消すことができます。これが、この条文の原則です。

山場——日用品の買い物だけは、取り消せない

日用品の境目板(○コンビニの弁当とお茶/×訪問販売の高額な羽毛布団)+日用品の購入その他日常生活に関する行為という枠(本人の暮らしぶり・資産収入に照らして判断)+理由(残っている力と自主性の尊重/取り消せることが暮らしを止める) 図:日用品の境目板

  • ○コンビニの弁当とお茶
  • ×訪問販売の高額な羽毛布団
  • 日用品の購入その他日常生活に関する行為という枠(本人の暮らしぶり・資産収入に照らして判断)
  • 理由(残っている力と自主性の尊重/取り消せることが暮らしを止める)

では、冒頭の、コンビニの話に、戻りましょう。さきほどの条文には、ただし書が、ついていました。もう一度、そこだけ、見てみましょう。「日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない」。日用品の購入、その他——日常生活に関する行為だけは、取り消せません。日常生活に関する行為に、あたります。だから、冒頭の、答えです。あのコンビニでの、買い物は、取り消せません。では、境目を、確かめておきましょう。同じ人が、訪問販売で——八十万円の、羽毛布団を、買ったとします。この場合は、取り消せます。日常生活に関する行為には、あたりません。

金額だけで、決まるわけでは、ありません。いくら以上はダメ、という、決まった線は、ないんです。見るのは——その人の、暮らしぶりや、収入、財産に、照らして——ふつうに、必要な買い物と、言えるかどうかです。八十万円の羽毛布団は——この人の、暮らしぶりからすると、大きく、外れています。だから、日常生活に関する行為には、あたらないんです。ちなみに、訪問販売には、また別の法律の話も、ありますが——それは、今日は、扱いません。理由は、二段、あります。一段目は、この人に、まだ残っている力と——その人らしい暮らし方を、尊重するためです。

もう一段、掘り下げてみましょう。もし、日用品の買い物まで——いつでも、取り消される可能性が、あったとします。すると、お店の側は、この人と、契約したがらなくなります。毎日の買い物が、あとから、全部、取り消されるかもしれない——それでは、お店の側は、身構えてしまいます。取り消せることが、かえって、この人を、不自由にしてしまう。だから、日用品の買い物だけは——取り消せないと、定めてあるんです。

山場——他人の代理人には、なれる

任意代理と法定代理の対比板(任意代理=取り消せない・効果は依頼した人に帰属・自分で選んだ/法定代理=取り消せる・守るべき別の本人がいる・選んでいない) 図:任意代理と法定代理の対比板

  • 任意代理=取り消せない・効果は依頼した人に帰属・自分で選んだ
  • 法定代理=取り消せる・守るべき別の本人がいる・選んでいない

ここまでは、成年被後見人、自身が——当事者になる話でした。ここで、もう一つ、別の場面を、見てみましょう。この人が、誰かに頼まれて、代理人になった場合です。でも、条文を、見てみると——意外な、答えが、書いてあります。

条文民法102条

民法 第百二条(代理人の行為能力) 制限行為能力者が代理人としてした行為は、行為能力の制限によっては取り消すことができない。ただし、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については、この限りでない。

制限行為能力者が、代理人として——した行為は、行為能力の制限によっては、取り消せません。前に見た、外から見える札が、貼られている人たちのことです。今日の、この人も、その一人です。具体例で、見てみましょう。知人から——「自分の代わりに、この絵を——五十万円以上で、売ってきてほしい」と、頼まれたとします。その契約は、取り消せません。そこが分かれ目です。安く売られたとき、損をするのは——誰でしょうか。代理の効果は、すべて、依頼した側に、帰属します。前に見た、代理の条文を、覚えていますか。効果は、頼んだ人のもの、でしたね。だから、成年被後見人自身は——この行為で、損をしません。損をしないなら——守る必要が、ないんです。

ここで、一つ、考えてみてください。成年被後見人が、今度は——“法定代理人”として、代理した場合は、どうなるでしょうか?実は、逆です。法定代理として代理した場合は、取り消せます。条文の、ただし書を、見てください。「他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については——この限りでない」。さっきの絵の例を、思い出してください。頼んだ知人は——自分で、成年被後見人を、代理人に、選んでいます。では、法定代理の場合は、どうでしょうか。例えば、前回、こういう話を、しました。親が、子ども名義で——学習用の、パソコンを買った、あの話です。

取り消せない形で、有効に、決まっている——ということでしたね。では、その親のほうが——後見開始の審判を、受けていたら、どうなるでしょうか。その場合、親は——子どもの、法定代理人として、パソコンを、買っています。この行為は——取り消すことが、できます。そこに、いる、子どもを、考えてみてください。子どもは——その親を、自分で、選んで、いません。この場面の「本人」は——代理を、してもらう側。つまり、この、子どものことです。任意代理は、依頼した人が、自分で選んだ——自業自得です。でも、法定代理は——選んでいない、守るべき、別の本人が、います。だから、こちらは、取り消せるんです。

身分行為——本人の意思、そのものを、尊重する

身分行為(婚姻/協議上の離婚/認知)+本人の意思そのものを尊重するという共通の理由 図:身分行為

  • 婚姻
  • 協議上の離婚
  • 認知
  • 本人の意思そのものを尊重するという共通の理由

ここまでは、財産に関わる話でした。最後に、財産とは、まったく別の話を、見ておきましょう。身分行為——婚姻や、離婚、親子の関係に関わる、行為です。ここまでの理由とは、まったく違います。財産の、損得ではなく——本人の意思、そのものを、尊重すべき、場面だからです。まず、婚姻を、見てみましょう。後見が、始まっている方が——「結婚したい」と、言ったとします。成年後見人の同意は、要りません。条文には、こう、書いてあります。「成年被後見人が婚姻をするには——その成年後見人の同意を要しない」。婚姻の要件そのものは、また、別の章で、扱います。今日は、この一点だけ、押さえてください。同じことが、協議上の離婚にも、及びます。婚姻の条文の内容が、離婚の場面にも、準用されているんです。

中身まで、深入りしませんが——「婚姻と同じ扱いが、離婚にも及ぶ」とだけ、覚えておいてください。もう一つ、認知——これは、前回、すでに、扱いましたね。今日は、そこに、付け加えることは、ありません。今日、見た、婚姻、離婚、認知——この三つに、共通しているのは——本人の意思、そのものを、尊重するという、考え方です。これは、前回の、未成年者のときと、同じ考え方です。誰について、考えるかで——並ぶものは、変わります。

保護者は、誰が、選ぶのか

「成年被後見人/成年後見人」一字違い板(本人のほう=被が入る/守る側=被が入らない)+家庭裁判所が職権で選任+複数可+法人も可

  • 「成年被後見人/成年後見人」一字違い板(本人のほう=被が入る/守る側=被が入らない)
  • 家庭裁判所が職権で選任
  • 複数可
  • 法人も可

では、ここで、守る側——成年後見人が、どうやって、決まるのかを、見てみましょう。家族が、決めるのでは、ありません。家庭裁判所が、職権で、選びます。本人も、家族も、自分では、選べません。家庭裁判所が、決めます。実際に、家族が、選ばれることも、多いですが——決めるのは、あくまで、家庭裁判所です。もう一つ、大事な点が、あります。成年後見人は、一人とは、限りません。必要があれば——複数の人が、同時に、成年後見人に、選ばれることも、あります。たとえば、お金や、財産のことと、日々の暮らしのことを——二人で、分けて、受け持つ、といった場面です。さらに、もう一つ。成年後見人になれるのは、人だけでは、ありません。

法人も、選ばれることが、あります。社会福祉法人や、弁護士法人などです。直接、そう定めているわけでは、ありません。選任のときに、考慮すべき事情を、定めた条文の——かっこ書きの中に——「成年後見人となる者が法人であるとき」という前提が、書かれています。ここで、もう一度、確認しておきましょう。「成年被後見人」——「被」の字が入っているほうが、本人のほうです。「成年後見人」——「被」の字が入っていないほうが、守る側です。この先も、同じ言い方を、続けます。「本人のほう」「守る側」——迷ったら、そこに、戻ってください。

山場——代理権にも、外してあるものが、二つある

代理権から外してある二つの板(住まいの処分=家庭裁判所の許可が要る/遺言・臓器提供=本人にしかできない)+日用品と同じ理屈だという注記 図:代理権から外してある二つの板

  • 住まいの処分=家庭裁判所の許可が要る
  • 遺言・臓器提供=本人にしかできない
  • 日用品と同じ理屈だという注記

さて、守る側の権限に、話を、移しましょう。成年後見人は——成年被後見人の、法定代理人として——財産に関する、幅広い、代理権を、持っています。でも、この、強い権限にも——外してあるものが、二つ、あります。一つ目を、見てみましょう。例えば、この人が——施設に、入ることになったので——成年後見人が、本人の住んでいた家を——売ろうとしたとします。権限自体は、あります。でも、これだけは——家庭裁判所の、許可が、要ります。八百五十九条の三という条文が、これを、定めています。「代理できない」という意味では、ありません。ここが、大事なところです。「もう一段、手続きが、重い」んです。成年後見人の、判断だけでは、決められず——家庭裁判所の、許可を、得なければ、なりません。

住まいは、この人の、生活の本拠です。それを、失うことは——生活そのものに、重大な、影響を、与えます。だから、もう一段、慎重な、手続きが、必要なんです。ここで、二つ目を、見てみましょう。遺言や、臓器提供の、意思表示——これらは、成年後見人が、代わりに、行うことは、できません。これらは、本人にしか、できないと、考えられているからです。誰に、財産を遺すか。自分の、体を、どうするか——どちらも、その人自身が決めた、ということ、そのものに、意味があります。誰かが、代わりに決めてしまえば——それは、もう、その人の意思では、ありません。だから、代理には、なじまない、と考えられています。

「なじまない」というのは、条文に、直接、書いてある話では、ありません。判例でもなく——広く支持されている、通説の考え方です。この二つ、実は——さっきの、日用品の話と、同じ理屈です。財産を守るための制度が——本人の、生活の本拠と——本人にしか、できないことは、取り上げていません。これが、今日、いちばん、大事な、まとめ方です。

守る側の道具、四つのうち、一つが無い

四つの道具の欠け方板(代理権○・取消権○・追認権○・同意権×) 図:四つの道具の欠け方板(代理権○・取消権○・追認権○・同意権×)

では、前回、整理した——守る側の、四つの道具を、この人の場合で、確かめ直しましょう。一つずつ、見ていきましょう。代理権は——さきほど見た、住まいの処分の話に出てきたとおり、ちゃんと、あります。未成年者のところで見た、あの取消権の条文——制限行為能力者本人に、加えて——その、代理人も、取消権を持ちます。成年後見人は、この、代理人にあたります。ですから、取消権も、あります。前回、名前を挙げた、あの、追認権も、あります。取り消せる行為を、あとから「これで確定でいい」と、決める権利です。今日、ずっと見てきたとおり——同意権だけは、無いんです。

前回の、「無いのは、どれか」という問いへの、答えが——ここで、はっきり、形になりました。

登記——審判は、どこに、記録されるのか

登記の場所(戸籍ではなく法務局の後見登記等ファイルに記録される)+記録される事項(審判の種別/本人の氏名等/成年後見人の氏名等) 図:登記の場所

  • 戸籍ではなく法務局の後見登記等ファイルに記録される
  • 記録される事項(審判の種別/本人の氏名等/成年後見人の氏名等)

以前、この、審判のことを——「外から見える札」と、呼びました。覚えていますか。今日の、三つ目の条件に、出てきた——あの、審判ですね。あのとき、こう言いました。この審判は、戸籍ではなく——専用の、登記という、仕組みに、記録される、と。今日、その、続きを、扱います。この審判は——法務局の、後見登記等ファイルという、専用の記録に、記録されます。審判の種類、それを、決めた裁判所——本人の氏名や、生年月日、住所——そして、成年後見人の、氏名なども、記録されます。私生活に関わる情報を——広く知られやすい、戸籍ではなく——専用の記録に、分けてある、という理由は、以前、お伝えしたとおりです。登記事項の証明書を、どう取るか、といった——実務の細かい話には、今日は、入りません。

審判の取消し——治っても、当然には、終わらない

審判で始まり審判で終わる板(原因の消滅→請求→後見開始の審判の取消し) 図:審判で始まり審判で終わる板(原因の消滅→請求→後見開始の審判の取消し)

最後に、もう一つ、大事な話を、しておきます。今日の、最初に——成年被後見人になるには、審判が、要る、と学びました。では、判断する力が、戻ったら、どうなるでしょうか。例えば、治療が、うまくいって——判断する力が、戻ってきたとします。実は、それだけでは、終わりません。原因が、消滅しても——審判が、取り消されるまでは、成年被後見人のままです。請求権者の、請求によって——家庭裁判所が、後見開始の審判を、取り消して——はじめて、終わります。この「取消し」は——契約を、取り消す話では、ありません。審判という、外側の札を、外す手続きです。「札」は——実際の判断能力とは、別に、動いています。中身が、変わったからといって——自動的に、外側の札まで、書き換わるわけでは、ないんです。

今日の地図(保存版)

まとめ板(本人の側に残る三つ:日用品/他人の代理/身分行為)+(守る側の代理権から外してある二つ:住まいの処分/本人にしかできないこと) 図:まとめ板

  • 本人の側に残る三つ:日用品
  • 他人の代理
  • 身分行為
  • (守る側の代理権から外してある二つ:住まいの処分/本人にしかできないこと)

今日、見てきたことを、数え直してみましょう。成年被後見人は、原則、すべての法律行為が——取り消せる対象でした。同意という道具も、ありません。でも、条文をよく読むと——残されているものが、ありました。本人の側に、残っているものが、三つ、ありました。そして、保護者の側の、代理権にも——外してあるものが、二つ、ありましたね。全部で、五つ。財産を守るための、この制度は——本人の生活と、意思、そのものは、取り上げていません。次は、残り、二人に、入っていきます。今日の、この人とは——原則の、向きが、逆になる人です。

次の人は、原則、ぜんぶ、自由。決められた行為だけが、制限されます。どんな行為が、制限されるのか。

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#21単独ページ動画

被保佐人は、原則ぜんぶ自由

第1章 民法総則 ⑯/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——前回、「制限される」と言った、その中身は

四人の比較板の三人目を濃くした地図+今日の問い(決められた行為とは何か/「向きが逆」はあと二か所ある)

  • 四人の比較板の三人目を濃くした地図
  • 今日の問い(決められた行為とは何か/「向きが逆」はあと二か所ある)

前回の最後を振り返っておきましょう。決められた行為だけが制限されるとも言いました。ここで一つ確認させてください。前回の言い方でいう、制限される行為とは何でしょうか?分からなくても大丈夫です。まずは地図から確認しましょう。以前、四人の札を並べましたね。あのとき、もう一つの軸も置きました。「原則の向き」です。今日扱う人は——逆側です。原則、ぜんぶ自由。今日の問いは二つです。一つ目。決められた行為とは具体的に何なのか。二つ目。この「向きが逆」は——今日あと二か所出てきます。守る側の権限と、同意をもらえなかったとき。それがどう逆なのか。

今日はそこまで見ていきましょう。

要件——「著しく不十分」+審判

要件の三段板(①事理を弁識する能力が著しく不十分/②本人・検察官を含む請求/③保佐開始の審判)+成年被後見人の「欠く常況」との程度差+一字違い注記(被保佐人=本人のほう/保佐人=守る側) 図:要件の三段板

  • ①事理を弁識する能力が著しく不十分
  • ②本人・検察官を含む請求
  • ③保佐開始の審判
  • 成年被後見人の「欠く常況」との程度差
  • 一字違い注記(被保佐人=本人のほう/保佐人=守る側)

この人は被保佐人と呼ばれます。名前がつくには、条件が三つそろわないといけません。まずこの条文です。

条文民法11条

民法 第十一条(保佐開始の審判) 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、保佐開始の審判をすることができる。ただし、第七条に規定する原因がある者については、この限りでない。

そこが一つ目の大事な違いです。「欠く常況」は、判断する力がいつもの状態として無いという意味でした。「著しく不十分」は——弱ってはいるけれど——無いわけではないという意味です。この一言が今日の話に、そのままつながります。二つ目は請求です。この条文にも、たくさんの人が並んでいますね。今日も注目してほしいのは「本人」と「検察官」です。判断する力が著しく不十分であっても——本人が自分から、この審判を請求できます。検察官は前回と同じ理由です。三つ目は、家庭裁判所の保佐開始の審判です。家庭裁判所が下す、判断のことです。どれだけ判断する力が弱っていても——審判が無ければ、被保佐人にはなりません。

この三つがそろって、はじめて——被保佐人となります。ここで一つ確認しておきます。「被保佐人」——「被」の字が入っているほうが本人のほうです。「保佐人」——「被」の字が入っていないほうが守る側です。迷ったら——「本人のほう」「守る側」と言い換えて聞いてください。

山場——制限されるのは、書いてある十個だけ

3分岐の効果板(十個のどれかに当たる→同意が要る/13条2項の審判があった行為→同上/それ以外→単独で自由)+「同意」という言葉がはっきり出る条文だという注記 図:3分岐の効果板

  • 十個のどれかに当たる→同意が要る
  • 13条2項の審判があった行為→同上
  • それ以外→単独で自由
  • 「同意」という言葉がはっきり出る条文だという注記

では、ここから今日の話に入ります。被保佐人が一人で契約をしました。どうなるのでしょうか。今日は違います。この条文を見てください。

条文民法13条1項(1/2)

民法 第十三条(保佐人の同意を要する行為等)第一項 一号から五号 被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない。 一 元本を領収し、又は利用すること。 二 借財又は保証をすること。 三 不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること。 四 訴訟行為をすること。 五 贈与、和解又は仲裁合意(仲裁法(平成十五年法律第百三十八号)第二条第一項に規定する仲裁合意をいう。)をすること。

条文民法13条1項(2/2)

民法 第十三条第一項 六号から十号 六 相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること。 七 贈与の申込みを拒絶し、遺贈を放棄し、負担付贈与の申込みを承諾し、又は負担付遺贈を承認すること。 八 新築、改築、増築又は大修繕をすること。 九 第六百二条に定める期間を超える賃貸借をすること。 十 前各号に掲げる行為を制限行為能力者(未成年者、成年被後見人、被保佐人及び第十七条第一項の審判を受けた被補助人をいう。以下同じ。)の法定代理人としてすること。

前回の九条とは、ここが違います。この条文には——最初から「同意」という言葉が、はっきり出てきます。でも、大事なのは数ではありません。この条文の書き方そのものです。「次に掲げる行為をするには」——つまり——同意が要るのは、この十個の行為だけです。逆に言えば——この十個に載っていない行為は——原則、一人で自由にできます。前の二人は原則、ぜんぶ制限で、例外だけ自由でした。被保佐人は——原則、ぜんぶ自由で、この十個だけが制限されます。お弁当はこの十個に、そもそも載っていません。だから、そもそも制限の対象外なんです。

日用品の話の理由は後ほど確認しましょう。今日、まず押さえてほしいのは——この十個「だけ」が同意を必要とする、ということです。

十個を、五つの束で

十個の一覧板・五つの束(①財産の元手/②他人に委ねる・争いを終わらせる/③一度きり/④生活の土台/⑤他人の財産に及ぶ) 図:十個の一覧板・五つの束

  • ①財産の元手
  • ②他人に委ねる・争いを終わらせる
  • ③一度きり
  • ④生活の土台
  • ⑤他人の財産に及ぶ

この十個、丸ごと覚える必要はありません。大事なのは、「なぜこの十個なのか」という理由です。理由で五つの束に分けてみましょう。一つ目の束。財産の元手そのものが動く行為です。元本の受け取りや利用。借財や保証。重要な財産の得喪。利用は、元手を人に貸すなど、動かして使うことです。二つ目の束。他人に判断を委ねたり——争いを終わらせたりする行為です。訴訟行為。贈与や和解、仲裁合意。五号が三つを一つの号にまとめています。贈与は、見返りなしに財産が出ていく行為です。三つ目の束。一度きりで、取り返しがつかない行為です。相続の承認や放棄。遺産の分割。贈与の拒絶や遺贈の放棄も、ここです。

四つ目の束。生活の土台に長く効く行為です。新築、改築、増築、大修繕。それから、法律で決まった期間を超える賃貸借です。そして五つ目の束。他人の財産にまで及ぶ行為です。これは十号のことです。このあと、お母さんと子どもの場面でじっくり扱います。数字ではなく、この五つの理由で覚えてください。

山場——一号の境目:元本と、果実

元本と果実の対比板(貸していた百万円が返ってきた=要同意/その利息三万円だけを受け取った=要らない)+理由(財産の土台が動くか実りだけを受け取るか) 図:元本と果実の対比板

  • 貸していた百万円が返ってきた=要同意
  • その利息三万円だけを受け取った=要らない
  • 理由(財産の土台が動くか実りだけを受け取るか)

では、一つ目の束から境目を確かめておきましょう。お父さんが友人に、百万円を貸していたとします。その百万円が返ってきたので、受け取りました。これは一号の、「元本を領収する」にあたります。保佐人の同意が要ります。ここが今日、最初の境目です。じっくり考えてみましょう。この百万円、実は返ってくる前から——「百万円を返してもらう権利」という、財産の形で持っていました。現金の百万円が手元に入る、代わりに——「返してもらう権利」という財産は、消えて無くなります。財産の土台そのものが動いています。だから、保佐人の同意が要るんです。

あのときは「単に権利を得る」にあたるかどうかの話でした。条文は違いますが、財産が入れ替わるという見方は同じです。では、同じお金でも——その百万円に付いた利息、三万円だけを受け取ったとしたら、どうでしょうか。実は、これは同意が要りません。利息は、元手からは離れた実りです。元本という財産の土台には、手をつけていません。それに——もし、賃料や利息を受け取るたびに、同意が要るとしたら——毎月の暮らしが回らなくなります。

山場——四号の境目:訴える側と、訴えられる側

訴える側/訴えられる側の対比板(自分から裁判を起こす=要同意/訴えられた側として応じる=要らない)+理由(攻めの決断か守るだけの行動か) 図:訴える側/訴えられる側の対比板

  • 自分から裁判を起こす=要同意
  • 訴えられた側として応じる=要らない
  • 理由(攻めの決断か守るだけの行動か)

もう一つ、境目を見ておきましょう。二つ目の束、訴訟行為です。お父さんが、貸したお金を返してほしいと——自分から裁判を起こしたとします。保佐人の同意が要ります。では、逆の場合を見てみましょう。お父さんが隣人から——境界線について訴えを起こされました。それに応じる場合は、どうでしょうか。実は、こちらは同意が要りません。別に条文があります。

条文民事訴訟法32条1項

民事訴訟法 第三十二条(被保佐人、被補助人及び法定代理人の訴訟行為の特則)第一項 被保佐人、被補助人(訴訟行為をすることにつきその補助人の同意を得ることを要するものに限る。次項及び第四十条第四項において同じ。)又は後見人その他の法定代理人が相手方の提起した訴え又は上訴について訴訟行為をするには、保佐人若しくは保佐監督人、補助人若しくは補助監督人又は後見監督人の同意その他の授権を要しない。

民事訴訟法という別の法律です。なぜ分かれるのか考えてみましょう。自分から裁判を起こすのは——費用も、時間も、負ける危険も、自分の判断で背負いにいく行動です。だから、保佐人の目を通します。では、訴えられた側はどうでしょうか。しかも、もし応じることにも同意が要るとしたら——保佐人の同意を待っている間に——反論する機会そのものを失いかねません。訴えを起こした隣人のほうも——手続きが宙に浮いて困ってしまいます。応じる行為そのものは、新しく危険を背負いに行く行動ではありません。攻めか守りか——ここが四号の境目です。

十号——近年の改正で、一つ足された

母子の関係図(A=母・被保佐人がB=子・未成年者の法定代理人としてC=相手方から貸金の返済を受け取る)+十号にあたるという注記 図:母子の関係図

  • A=母・被保佐人がB=子・未成年者の法定代理人としてC=相手方から貸金の返済を受け取る
  • 十号にあたるという注記

最後の束、五つ目に進みましょう。他人の財産にまで及ぶ行為です。こういう場面を考えてみましょう。被保佐人であるお母さんが——自分の未成年の子どもの法定代理人として——子どもが貸していたお金を、代わりに受け取りました。子どもの財産です。実は、これも保佐人の同意が要ります。もう一度、さきほどの条文の最後、十号を見てみましょう。「前各号に掲げる行為を——制限行為能力者の法定代理人としてすること」。今の場面は——一号の「元本を領収する」を——お母さんが、子どもの法定代理人としてしています。だから、十号にあたるんです。

この号が無いと、どうなるか考えてみてください。「自分の財産じゃない、子どもの財産だから」という形で——保護の外側に逃げられてしまいます。だから、十号でその抜け道をふさいであるんです。もう一つ、この条文には大事な括弧書きがあります。この十号の中に——他の制限を受けている人たちの名前も——まとめて書かれているんです。この条文自身が——「制限行為能力者」という言葉の定義をしているんです。ちなみに、この十号——実は、近年の改正で新しく足された条文です。もし、手元に古い問題集があったら——この十号は載っていない、可能性があります。

日用品は、ここでも外れている

13条1項ただし書=9条ただし書を引くという条文の作り+成年被後見人にとっての「例外の例外」と被保佐人にとっての「そもそも十個に無い行為」の対比 図:13条1項ただし書

  • 9条ただし書を引くという条文の作り
  • 成年被後見人にとっての「例外の例外」と被保佐人にとっての「そもそも十個に無い行為」の対比

さて、十個の話が一段落したところで——条文のただし書に戻りましょう。さっきの十三条一項、もう一度末尾を見てください。「ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない」。前回の条文が、そのままここでも引かれています。「日用品の購入その他日常生活に関する行為」——この枠組みは、前回渡したあの理解が、そのまま使えます。ただ、ここで一つ確認しておきたいことがあります。前回の成年被後見人にとって——日用品の購入は、「例外の例外」でした。では、今日の被保佐人にとってはどうでしょうか。だから、日用品の購入は——「例外の例外」ではなく——そもそも、十個に載っていない行為の一種なんです。

冒頭のお弁当の話——「理由がまったく違うんです」と言いましたね。ここで、その伏線を回収しておきました。

山場——十個の外側にも、足せる

十個のリストの外側に広げる審判の図(枠の外に矢印で「同意を要する旨の審判で追加」)+設例(五万円を超える買い物には同意を要する)+「以外」という条文の言葉の強調 図:十個のリストの外側に広げる審判の図

  • 枠の外に矢印で「同意を要する旨の審判で追加」
  • 設例(五万円を超える買い物には同意を要する)
  • 「以外」という条文の言葉の強調

ここまでの十個、実は——全ての被保佐人に共通する行為です。でも、人によっては——この十個には載っていない、固有の弱点があることもあります。ここで一つ聞いてみます。十個の外側にある行為には——絶対に同意は、いらないのでしょうか?でも、実は——外側にも広げられる審判があります。この条文です。

条文民法13条2項

民法 第十三条第二項 家庭裁判所は、第十一条本文に規定する者又は保佐人若しくは保佐監督人の請求により、被保佐人が前項各号に掲げる行為以外の行為をする場合であってもその保佐人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない。

そこが今日、一番注意してほしい言葉です。「以外」——つまり、十個の外側です。具体例で見てみましょう。お父さんが投資の話に弱かったとします。そこで保佐人が、家庭裁判所に頼みます。「五万円を超える買い物には、同意を要するという審判を出してください」。でも、家庭裁判所が認めれば——この行為も、同意が要る対象に加わります。十個のリストは、保佐が必要な人全員に共通する——いわば、最低限のガードレールです。でも、人によっては、その外側にその人固有の弱点があります。ここで一つだけ、開けておきます。実は——同じ十個のリストを、まったく逆向きに使う人が——この先出てきます。

今日はそこまでにしておきます。

山場——同意してくれないとき、本人が家庭裁判所に行ける

保佐人が正当な理由なく同意しない場合のフロー(保佐人が同意しない→本人が家裁に請求→同意に代わる許可)+未成年者・成年被後見人にはこの仕組みが無いという注記 図:保佐人が正当な理由なく同意しない場合のフロー

  • 保佐人が同意しない→本人が家裁に請求→同意に代わる許可
  • 未成年者・成年被後見人にはこの仕組みが無いという注記

さて、ここまで保佐人の同意が要る場面を見てきました。では、もし保佐人が同意してくれなかったら、どうなるでしょうか。実は、まだ手立てがあります。お父さんが施設に入るために——自宅を売りたいと考えたとします。でも、保佐人がなかなか同意してくれません。実は、ここでお父さん自身が——家庭裁判所に行くことができます。この条文です。

条文民法13条3項

民法 第十三条第三項 保佐人の同意を得なければならない行為について、保佐人が被保佐人の利益を害するおそれがないにもかかわらず同意をしないときは、家庭裁判所は、被保佐人の請求により、保佐人の同意に代わる許可を与えることができる。

ただし、条件があります。保佐人が本人の利益を害する、おそれが無いのに——それでも同意しないときです。そのときは家庭裁判所が——保佐人の同意に代わる許可を出してくれます。考えてみてください。保佐人の同意が絶対条件なだけの仕組みだったら——保佐人が理由なく渋るだけで——お父さんの生活が止まってしまいます。それは保護ではなく——支配になってしまいます。だから、この逃げ道が用意されているんです。実は——この仕組み、未成年者にも——前回の成年被後見人にもありません。未成年者の条文にも、成年被後見人の条文にも——対応する規定は無いんです。なぜだと思いますか。

うーん……前の二人は、判断する力がほとんど無いから——保護者の判断に、そのまま頼るしかないんですかね。判断力が著しく不十分、止まりのこの人だからこそ——保護者の拒否に対して、逃げ道を持たせても——仕組みが成り立つんです。ここも、向きが逆です。保護者の同意が、行き止まりではありません。

取消権は、ここで生まれる

帰結板(十個の行為または13条2項の対象行為→同意/許可を得ずにした→取り消すことができる)+120条1項(保佐人が取消権者にあたる)の呼び戻し 図:帰結板

  • 十個の行為または13条2項の対象行為→同意
  • 許可を得ずにした→取り消すことができる
  • 120条1項(保佐人が取消権者にあたる)の呼び戻し

では、ここまでのまとめとして——同意が無かった場合、どうなるかを確認しておきましょう。

条文民法13条4項

民法 第十三条第四項 保佐人の同意を得なければならない行為であって、その同意又はこれに代わる許可を得ないでしたものは、取り消すことができる。

だから、冒頭の自宅の契約——あれは、三号の「不動産その他重要な財産に関する権利の得喪」にあたります。保佐人の同意が無かったので——取り消すことができます。ちなみに、誰が取り消せるかは——前々回、未成年者のところで見た、あの条文がそのまま使えます。今日の場合は、保佐人がそこにあたります。

山場——保佐人には、代理権が無い

四つの道具の板・三枚目(同意権○・取消権○・追認権○・代理権×=当然には無い)+前回の「同意権が最初から無い」形との対比 図:四つの道具の板・三枚目

  • 同意権○・取消権○・追認権○・代理権×=当然には無い
  • 前回の「同意権が最初から無い」形との対比

さて、ここまでは同意という道具の話でした。ここで、視点を変えてみましょう。守る側——保佐人が持っている道具を確かめます。その前に、この人は誰が選ぶのかを見ておきましょう。保佐人は家庭裁判所が職権で選任します。十二条と八百七十六条の二です。ちなみに成年後見人の選任は八百四十三条です。似た制度なのに条文番号が違うので、そこは混同しないでください。では、道具を一つずつ確かめましょう。同意権は——今日、ずっと見てきたとおりあります。取消権も——さきほど確認した百二十条一項であります。追認権も——取り消せる行為を、あとから確定させるあの権利です。あります。

ここが今日、最後の山場です。保佐人には——代理権が当然にはありません。前回とは逆です。この人にはまず、代理権が無いところから始まります。必要な場合は、審判で個別に与えられます。この条文です。

条文民法876条の4第1項・第2項

民法 第八百七十六条の四(保佐人に代理権を付与する旨の審判) 家庭裁判所は、第十一条本文に規定する者又は保佐人若しくは保佐監督人の請求によって、被保佐人のために特定の法律行為について保佐人に代理権を付与する旨の審判をすることができる。 2 本人以外の者の請求によって前項の審判をするには、本人の同意がなければならない。

全部をまとめて渡すのでは、ありません。具体例で見てみましょう。お父さんが入院したとします。保佐人が代わりに、入院費を支払いたいと思いました。できません。まず、代理権を付与する旨の審判が要ります。この人は——だいたい自分で決められる人です。もし保佐人が勝手に、代理で決められたら——本人の決める力を、そのまま横から取ってしまいます。もう一つ、大事な点があります。二項を見てください。「本人以外の者の請求によって……本人の同意がなければならない」。代理権を持たせる、その入り口にまで——本人の意思が組み込まれています。

前回、四つの道具のうち——成年被後見人には、同意権だけが無いという形でした。今日は、代理権だけが最初から無いという形です。ここが今日、最大の弁別点です。

登記/審判の取消し

三つの審判が後見登記等ファイルに記録される図(保佐開始の審判/同意を要する旨の審判/代理権付与の審判)+審判の取消しフロー(原因が消滅→請求→保佐開始の審判の取消し) 図:三つの審判が後見登記等ファイルに記録される図

  • 保佐開始の審判
  • 同意を要する旨の審判
  • 代理権付与の審判
  • 審判の取消しフロー(原因が消滅→請求→保佐開始の審判の取消し)

最後に、二つ確認しておきましょう。一つ目は、登記です。前回、この審判のことを——「外から見える札」と呼びましたね。今日は、その中身をもう一段進めます。今日、出てきた審判は実は三種類ありました。保佐開始の審判。同意を要する旨の審判。そして——さっきの、代理権を付与する旨の審判です。三種類とも——法務局の後見登記等ファイルに記録されます。今日は三種類なんです。もう一つ、確認しておきましょう。判断する力が戻ったら、どうなるでしょうか。実は、それだけでは終わりません。この条文です。

条文民法14条1項

民法 第十四条(保佐開始の審判等の取消し)第一項 第十一条本文に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、保佐開始の審判を取り消さなければならない。

前回と同じで——審判で、始まり、審判で、終わります。「札」は、実際の判断能力とは別に動いているんです。

今日の地図(保存版)

まとめ板(三つの場所で同じ向き:制限の範囲=十個だけ/保護者の権限=代理権は当然には無い/同意をもらえないとき=本人が家裁に行ける)+「本人に、決める力を、残す」という一文 図:まとめ板

  • 三つの場所で同じ向き:制限の範囲=十個だけ
  • 保護者の権限=代理権は当然には無い
  • 同意をもらえないとき=本人が家裁に行ける
  • 「本人に、決める力を、残す」という一文

今日、見てきたことを一つにまとめましょう。今日、「向きが逆」という言葉が——三つの場所に出てきました。原則、ぜんぶ自由。条文に書いてある——十個だけが制限されます。代理権は当然にはありません。必要な場面だけ、審判で個別に与えられます。保佐人が、正当な理由なく同意しないときは——本人が家庭裁判所に行けます。実は、一つの向きを向いています。制限する範囲を絞り込むこと。代理という形で、決める力を奪わないこと。保護者の拒否で、本人の生活を止めないこと。この制度は——取り上げる制度ではなく——足りないところにだけ、そっと手を添える制度なんです。さて、次の人にも——同じ十個のリストが出てきます。

同じ十個のリストを——今度は逆から使う人がいます。どう逆になるのか。

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#22単独ページ動画

被補助人と、3つの審判

第1章 民法総則 ⑰/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——同じ十個のリストを、逆から使う人

四人の比較板の四人目の列を初めて埋める地図+制度の中身を誰が決めるかという第三の軸

  • 四人の比較板の四人目の列を初めて埋める地図
  • 制度の中身を誰が決めるかという第三の軸

前回の最後を、振り返っておきましょう。「同じ十個のリストを、逆から使う人がいます」。そう言って、終わりましたね。ここで一つ、聞いてみます。逆から使うとは、どういうことでしょうか?大丈夫です。今日、順番に確かめていきましょう。十個のリストは、前回見た、大きなお金や生活の土台が動く行為です。まずは、四人の地図からです。以前、四人の札を並べましたね。今日で、四人目が埋まります。名前は、被補助人です。そして、この人には——前の三人には無かった、もう一つの軸があります。「制度の中身を、誰が決めるか」という軸です。未成年者は、法律が中身を決めました。成年被後見人も、被保佐人も、審判が中身を決めました。

補助だけは——本人の同意なしには、中身が入りません。今日は、その「中身が空っぽから始まる」制度を見ていきます。

要件——「不十分」と、四人で唯一の第四の要件

要件の四段板(①事理を弁識する能力が不十分/②請求8者・本人と検察官を強調/③補助開始の審判/④本人以外の請求なら本人の同意)+一字違い注記(被補助人=本人のほう/補助人=守る側) 図:要件の四段板

  • ①事理を弁識する能力が不十分
  • ②請求8者・本人と検察官を強調
  • ③補助開始の審判
  • ④本人以外の請求なら本人の同意
  • 一字違い注記(被補助人=本人のほう/補助人=守る側)

この人は、被補助人と呼ばれます。名前がつくには、条件がそろわないといけません。前回と同じパターンです。まずこの条文を見てください。

条文民法15条1項・2項・3項

民法 第十五条(補助開始の審判) 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判をすることができる。ただし、第七条又は第十一条本文に規定する原因がある者については、この限りでない。 2 本人以外の者の請求により補助開始の審判をするには、本人の同意がなければならない。 3 補助開始の審判は、第十七条第一項の審判又は第八百七十六条の九第一項の審判とともにしなければならない。

「不十分」と「著しく不十分」——そこが、今日最初に押さえてほしい違いです。被保佐人は、判断する力が「著しく」不十分でした。この人は「著しく」が付きません。ただの「不十分」です。四人の中で、いちばん軽い段階です。だから、判断する力そのものは——かなりの部分、残っています。二つ目は請求です。この条文にも、たくさんの人が並んでいますね。今日も注目してほしいのは「本人」と「検察官」です。判断する力が不十分であっても——本人が自分から、審判を請求できます。検察官は、前回までと同じ理由です。三つ目は、家庭裁判所の補助開始の審判です。そして四つ目。ここが、今日いちばんの独特な要件です。二項を見てください。本人以外の者の請求で始めるには、本人の同意が要る。

冒頭の、おばあさんの場面です。家族が申し立てただけでは、まだ足りません。おばあさん自身の同意が無ければ、始まらないんです。これが、四人の中で唯一の要件です。未成年者にも、成年被後見人にも、被保佐人にも——この「本人の同意」という要件はありません。もう一つ、押さえておきましょう。本人が自分から申し立てるときは、この同意は要りません。申立てそのものが、本人の意思ですから。考えてみましょう。判断する力が不十分なだけで——判断する力そのものは、まだ残っています。その人に対して、本人の意思を無視して——札を立てるのは、筋が通りません。

この考え方が、今日ずっと効いてきます。もう一つ、条文の最後に、ただし書があります。「第七条又は第十一条本文に規定する原因がある者については、この限りでない」。十一条は、保佐です。すでに後見や保佐が必要なほど重い人には——補助は、できません。もう一つ、確認しておきます。「被補助人」は本人のほう。「補助人」は守る側です。迷ったら、「本人のほう」「守る側」と、言い換えて聞いてください。

原則——行為能力は制限されない

3分岐の効果板(自ら行為→原則:確定的に有効/同意を要する旨の審判があった行為→同意・許可が必要/代理権付与の審判があった行為→補助人が代理も可)+前回の13条1項10号括弧書きの回収 図:3分岐の効果板

  • 自ら行為→原則:確定的に有効
  • 同意を要する旨の審判があった行為→同意・許可が必要
  • 代理権付与の審判があった行為→補助人が代理も可
  • 前回の13条1項10号括弧書きの回収

では、実際に、この人が一人で契約をしたら、どうなるのでしょうか。まず、全体の地図から見ておきましょう。被補助人が一人で行為をする場合は——大きく分けて、三つの道筋があります。一つ目。何も審判が無ければ——原則どおり、確定的に有効です。二つ目。同意を要する旨の審判があった行為なら——補助人の同意か、それに代わる許可が要ります。三つ目。補助人が代理する道です。こちらは、代理権を付与する旨の審判があった行為だけです。ここで、大事な原則を確認しておきましょう。被補助人は、原則として——行為能力を持ったままです。

それどころか——制限行為能力者にすら、当たらないことがあります。制限行為能力者というのは、前に出てきた——一人で結んだ契約を、あとから取り消せる立場のことです。実は、前回、答えはもう画面に出ていました。覚えていますか。十三条一項十号の、括弧の中身です。もう一度、思い出してみましょう。「未成年者、成年被後見人、被保佐人及び——第十七条第一項の審判を受けた被補助人」。この「十七条一項の審判を受けた」が、今日の答えです。被補助人という名前がついても——十七条一項の審判を受けていなければ——そもそも、制限行為能力者の定義に入らないんです。たとえば、冒頭のおばあさんについて——補助人が代理してよい、という審判だけが出たとします。この人は、被補助人ですが、制限行為能力者ではありません。

前に見た括弧の中に、もう答えが書いてあったんです。

「同意」が、今日は三つの意味を持つ

三種類の同意を分ける板(①審判を出すことへの本人の同意=15条2項/②特定の行為をしてよいという補助人の同意=17条1項/③同意に代わる家庭裁判所の許可=17条3項) 図:三種類の同意を分ける板

  • ①審判を出すことへの本人の同意=15条2項
  • ②特定の行為をしてよいという補助人の同意=17条1項
  • ③同意に代わる家庭裁判所の許可=17条3項

ここで、一度、整理しておきましょう。今日、「同意」という言葉が、何度も出てきます。実は、三つの違う意味があります。一つ目。審判を出すこと自体への、本人の同意。さっき見た、始めるときの同意です。二つ目。特定の行為をしてよいという、補助人の同意。これから見る、審判の中身そのものです。三つ目。同意に代わる、家庭裁判所の許可。迷ったら、誰の同意かを、思い出してください。一つ目は本人、二つ目は補助人、三つ目は裁判所です。

山場——同意を要する旨の審判は、十個の”中から選ぶ”

十個の一覧を薄く再掲し審判で選ばれた二つだけ色を付ける板+17条1項ただし書「一部に限る」と13条2項「以外の行為」の向きの対比

  • 十個の一覧を薄く再掲し審判で選ばれた二つだけ色を付ける板
  • 17条1項ただし書「一部に限る」と13条2項「以外の行為」の向きの対比

では、十七条一項の審判とは、具体的にどんなものでしょうか。さっきの、おばあさんの場面に戻りましょう。今度は、本人も同意して、補助が始まりました。そのうえで、家族がこう申し立てます。「不動産の売買と、お金の貸し借りだけは、補助人の同意を要する審判にしてください」。この条文を見てください。

条文民法17条1項・2項・3項・4項

民法 第十七条(補助人の同意を要する旨の審判等) 家庭裁判所は、第十五条第一項本文に規定する者又は補助人若しくは補助監督人の請求により、被補助人が特定の法律行為をするにはその補助人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。ただし、その審判によりその同意を得なければならないものとすることができる行為は、第十三条第一項に規定する行為の一部に限る。 2 本人以外の者の請求により前項の審判をするには、本人の同意がなければならない。 3 補助人の同意を得なければならない行為について、補助人が被補助人の利益を害するおそれがないにもかかわらず同意をしないときは、家庭裁判所は、被補助人の請求により、補助人の同意に代わる許可を与えることができる。 4 補助人の同意を得なければならない行為であって、その同意又はこれに代わる許可を得ないでしたものは、取り消すことができる。

この「一部に限る」が、今日いちばんの注意点です。じっくり考えてみましょう。「一部」——つまり、十個のリストの内側です。覚えていますか。十三条二項には、こう書いてありました。「前項各号に掲げる行為以外の行為をする場合であっても」。「以外」と「一部」。この二つの言葉が、今日の核心です。前回、十個の外側に、足すことができました。今日は、十個の内側から、選ぶことしかできません。同じ考え方が、ここにも出ています。判断する力が大部分残っている人だから——前回の人より、軽い状態ですよね。その人に、前回より広い制限をかけるのは、筋が通りません。制限は、保佐がもともと制限されている十個の内側を超えないんです。

前回、「逆から使う人がいる」と言った——その答えが、これです。おばあさんの場合、指定できるのは——この十個のうちの、どれかです。十個に無い行為は、いくら家族が頼んでも——補助では、対象に入れられません。もう一つ、確認しておきましょう。二項です。本人以外の請求で中身を入れるにも——本人の同意が要ります。始めるときも、中身を入れるときも——本人の同意が要る。二か所目です。

選ばれなかった八つは、自由なまま

同じ自宅の売却が保佐と補助で結論が逆転する対比+十個の外側には補助では手を伸ばせないという注記

  • 同じ自宅の売却が保佐と補助で結論が逆転する対比
  • 十個の外側には補助では手を伸ばせないという注記

では、今の審判で、二つが選ばれたとしましょう。不動産の売買と、お金の貸し借りです。残りの八つは、どうなるでしょうか。選ばれなかった八つは、自由なままです。具体例で確かめておきましょう。同じおばあさんが、自宅を売る契約をしました。取り消せるでしょうか。不動産の売買は選ばれているので、取り消せます。では、もし審判で選ばれていたのが——「相続の承認・放棄」と「訴訟行為」の二つだったら、どうでしょうか。この場合、自宅の売却は取り消せません。これが、前回との最大の違いです。前回、同じ自宅の契約を見ましたね。あのときは、十個が最初から全部効いていました。今日は、審判で選ばれた分しか、効きません。

もう一つ、注意点があります。十個の外側、たとえば五万円を超える買い物には——補助では、同意を要する審判を出せません。前回は、外側にも広げられました。今日は、内側の十個からしか選べません。ここが、逆向きの、いちばんはっきりした形です。

同意してくれないとき、本人が家庭裁判所に行ける

補助人が正当な理由なく同意しない場合のフロー(補助人が同意しない→本人が家裁に請求→同意に代わる許可)+前回の同じ仕掛けの呼び戻し 図:補助人が正当な理由なく同意しない場合のフロー

  • 補助人が同意しない→本人が家裁に請求→同意に代わる許可
  • 前回の同じ仕掛けの呼び戻し

さて、同意が要る行為が決まったところで——もし補助人が同意してくれなかったら、どうなるでしょうか。実は、まだ手立てがあります。おばあさんが、施設に入るための資金にしようと——自宅を売りたいと考えたとします。でも、補助人がなかなか同意してくれません。実は、ここでおばあさん自身が——家庭裁判所に行くことができます。三項です。補助人が、利益を害するおそれもないのに同意しないとき——本人の請求で、同意に代わる許可を出してもらえます。実は、これは——前回の十三条三項と、そっくり同じ仕組みです。主語を、保佐人から——補助人に、置き換えただけの並行構造です。

補助人の同意が絶対条件なだけの仕組みだったら——補助人が理由なく渋るだけで——おばあさんの生活が止まってしまいます。前回、まったく同じ言葉で確認しましたね。この逃げ道が、ここにも用意されているんです。

取消権は、ここで生まれる

帰結板(同意を要する旨の審判の対象行為→同意・許可を得ずにした→取り消すことができる)+120条1項の呼び戻し+この4項に代理権の話が出てこないという伏線 図:帰結板

  • 同意を要する旨の審判の対象行為→同意・許可を得ずにした→取り消すことができる
  • 120条1項の呼び戻し
  • この4項に代理権の話が出てこないという伏線

では、同意も許可も無いまま、その行為をしてしまったら——どうなるでしょうか。四項を見てください。補助人の同意を得なければならない行為で——同意も許可も得ずにしたものは、取り消すことができる。だから、さきほど見た自宅の売却は——同意も許可も無かったので、取り消せます。誰が取り消せるかは、未成年者のところで見た条文が、そのまま使えます。今日の場合、同意権を持つ補助人が、そこに当たります。ここで、一つ確認しておきたいことがあります。この四項が対象にしているのは——「補助人の同意を得なければならない行為」だけです。

この先で見る、代理権の話は——この四項には、一言も出てきません。この一言が、次の山場に、そのままつながります。

山場——代理権を付与する旨の審判は、本人から何も取らない

関係図(本人が入院手続と入院費の支払いについて補助人に代理権を付与する旨の審判を受けている場面)+本人自身が入院費を払った場合の問い 図:関係図

  • 本人が入院手続と入院費の支払いについて補助人に代理権を付与する旨の審判を受けている場面
  • 本人自身が入院費を払った場合の問い

さて、ここで守る側——補助人の権限に、目を向けましょう。まず、補助人は誰が選ぶのか、確認しておきます。家庭裁判所が、職権で選任します。十六条と、八百七十六条の七です。選び方の仕組みは似ていますが、条文番号は違います。成年後見人は八百四十三条——前回の保護者は八百七十六条の二——今日の補助人は八百七十六条の七です。混同しないでくださいね。では、本題に入りましょう。さっきのおばあさんについて、こんな審判が出ているとします。「入院手続と、入院費の支払いは、補助人が代理してよい」。この状態で、おばあさん自身が——自分の手で、入院費を払いました。

実は、この入院費の支払いは、取り消せません。ここが、今日、最大の山場です。じっくり考えてみましょう。この審判の根拠条文を、見てください。

条文民法876条の9第1項・第2項

民法 第八百七十六条の九(補助人に代理権を付与する旨の審判) 家庭裁判所は、第十五条第一項本文に規定する者又は補助人若しくは補助監督人の請求によって、被補助人のために特定の法律行為について補助人に代理権を付与する旨の審判をすることができる。 2 第八百七十六条の四第二項及び第三項の規定は、前項の審判について準用する。

全部を渡すのではなく、範囲を絞って渡す点は——前回見た代理権と、同じ仕組みです。でも、今日、注目してほしいのは——この条文の中に、行為能力を制限する言葉が——一言も無い、ということです。代理権を付与する旨の審判は——補助人に「できること」を、足しただけです。おばあさんから「できること」は——一つも取っていません。もう一つ、思い出してください。さっき見た、十七条四項です。取消しを認めていたのは——「補助人の同意を得なければならない行為」だけでした。二つの条文事実を、合わせてみましょう。一つ。八百七十六条の九には、制限する言葉が無い。二つ。十七条四項が取消しを認めるのは——同意を要する旨の審判の場合だけ。この二つから、代理権を付与する旨の審判は——行為能力を制限しない、と言えるんです。

条文の構造から導かれる結論です。だから、おばあさんが自分で払った入院費は——そのまま、確定的に有効です。最後に、この条文の二項も、見ておきましょう。「準用する」——別の条文の中身を、そのまま持ってくる、という意味です。今日に効くのは、本人以外の請求で代理権を入れるときも——本人の同意が要る、という中身です。中身を入れるときは、どちらの審判でも——本人の同意が要ります。これで、二か所目がそろいました。

四つの道具の板・四枚目(最初は一枚も無い形/審判で入れた分だけ持つ) 図:四つの道具の板・四枚目(最初は一枚も無い形/審判で入れた分だけ持つ)

ここで、守る側の道具を、もう一度確認しておきましょう。代理権と同意権、取消権と追認権の四つです。前々回は、同意権が最初から無い形でした。前回は、代理権が最初から無い形でした。今日は、最初は一枚も無い形です。審判で入れた分だけ、補助人は道具を持ちます。四人の中で、いちばん自由な形です。

山場——だから、代理権だけの補助人には、取消権が無い

本人が自分で入院契約を結び補助人が代理する範囲だと言って取り消せるかという問い+120条1項の代理人にあたるかの検討

  • 本人が自分で入院契約を結び補助人が代理する範囲だと言って取り消せるかという問い
  • 120条1項の代理人にあたるかの検討

では、逆の場面を、考えてみましょう。同じおばあさんが、自分で入院の契約を結びました。補助人が、こう言ったとします。「それは、私が代理する範囲だ。取り消させてもらう」。ここで、一度、考えてみてください。補助人に代理権があるなら——その補助人は、百二十条一項の「代理人」に当たって——取消権を持つのでしょうか?実は、この入院契約は、取り消せません。理由を、順番にたどってみましょう。さっき確認したとおり——代理権を付与する旨の審判は、行為能力を制限しません。制限されないということは、おばあさんは——入院契約について、今も一人で——確定的に有効な形で、契約する力を持ったままです。

そもそも、この入院契約は——取り消すことのできる行為には、当たらないんです。百二十条一項を、もう一度、思い出してください。取消権が発生するのは——「取り消すことができる行為」があるときだけです。補助人が代理人かどうかを問う前に——そもそも、取り消せる行為が無いんです。ここが、この山場の核心です。代理権があっても、補助人に取消権は生まれません。

山場——空っぽの札は、立てられない

補助開始の審判だけを単独で出すことはできないという15条3項の帰結+補助人は同意権か代理権のどちらか一つは必ず持つという結論

  • 補助開始の審判だけを単独で出すことはできないという15条3項の帰結
  • 補助人は同意権か代理権のどちらか一つは必ず持つという結論

さて、ここまで見てきた二種類の審判——同意を要する旨の審判と、代理権を付与する旨の審判。この二つは、必ず両方そろうものなのでしょうか。片方だけのこともあります。では、聞いてみます。補助を始めるだけ始めて——中身は追って決める、ということはできるのでしょうか。実は、できません。覚えていますか。最初に見た、十五条三項です。補助開始の審判は、十七条一項の審判か——八百七十六条の九第一項の審判と、必ずともにする。補助開始の審判だけを——単独で出すことは、できません。考えてみてください。中身が一つも無い補助人は——何もできない人になってしまいます。同意権も無い、代理権も無い——それでは、札だけが立って、意味がありません。

だから——補助人は、少なくとも同意権か代理権の——どちらか一つは、必ず持ちます。片方だけのこともあれば——両方のこともあります。ただし——どちらも無い、ということだけはありません。

三つの審判を、一枚に

補助の中にある三つの審判の整理板(補助開始の審判/同意を要する旨の審判/代理権を付与する旨の審判=別個だが開始はどちらかと必ずセット) 図:補助の中にある三つの審判の整理板

  • 補助開始の審判
  • 同意を要する旨の審判
  • 代理権を付与する旨の審判=別個だが開始はどちらかと必ずセット

ここで、今日出てきた審判を、一度整理しておきましょう。補助の中には、三つの審判があります。一つ目、補助開始の審判。二つ目、同意を要する旨の審判。三つ目、代理権を付与する旨の審判。別個の審判ですが——一つ目は、必ず二つ目か三つ目と、セットで出ます。同意を要する旨の審判だけが出ている補助人もいれば——代理権を付与する旨の審判だけが出ている補助人もいます。両方そろっている補助人も、もちろんいます。同意権をまったく持たない補助人がいる——ここが前回と大きく違います。前回は、必ず十個ぜんぶに、同意権が及びました。今日は、同意権が、まったく無いこともあり得るんです。

三つの札は、重ならない

後見・保佐・補助の三つの札は重ならないという板(19条)+未成年者は射程に入らないという注記+登記と18条1項の呼び戻し 図:後見・保佐・補助の三つの札は重ならないという板

  • 19条
  • 未成年者は射程に入らないという注記
  • 登記と18条1項の呼び戻し

さて、もう一つの「三つ」を、確認しておきましょう。今、見てきたのは、補助の中にある三つの審判でした。ここからは、話が変わります。三つの制度、それぞれの開始の審判です。後見と——保佐と——補助です。同じ「三つ」ですが、しっかり区別しましょう。さっきまでの三つは「三つの審判」と呼びました。これからの三つは「三つの札」と呼びます。おばあさんの症状が進んだとします。補助では足りず、後見が必要になりました。このとき、補助はどうなるでしょうか。実は、補助は残りません。この条文です。

条文民法19条1項・2項

民法 第十九条(審判相互の関係) 後見開始の審判をする場合において、本人が被保佐人又は被補助人であるときは、家庭裁判所は、その本人に係る保佐開始又は補助開始の審判を取り消さなければならない。 2 前項の規定は、保佐開始の審判をする場合において本人が成年被後見人若しくは被補助人であるとき、又は補助開始の審判をする場合において本人が成年被後見人若しくは被保佐人であるときについて準用する。

後見開始の審判をするときに——補助開始の審判は、取り消されます。三つの札は、いつでも一枚だけです。重ねて持つことは、できません。一人の人に、三種類の保護者がいたら——誰の判断が優先するのか、分からなくなってしまいます。だから、新しい審判をするときは——前の審判を取り消してから、切り替えるんです。未成年者は、この条文には入りません。条文の言葉を、もう一度見てください。出てくるのは、「後見開始」と「保佐開始」——そして「補助開始」の三つだけです。四類型ぜんぶが重ならないわけではありません。重ならないのは、この三つの札だけです。

未成年者に後見開始の審判が出ることもありますが、それは別の話です。最後に、二つだけ確認しておきましょう。一つ目は、登記です。今日出てきた三つの審判も——前回と同じように、法務局の後見登記等ファイルに記録されます。登記のされ方も、前回と同じ型です。もう一つ確認します。おばあさんの判断する力が、戻ったとします。補助は、自然に終わるのでしょうか。自然には終わらなかったはずです。前回もそうでした。家庭裁判所が取り消して初めて、終わるはずです。この条文に、その仕組みが書いてあります。

条文民法18条1項

民法 第十八条第一項(補助開始の審判等の取消し) 第十五条第一項本文に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判を取り消さなければならない。

原因が消滅しただけでは、終わりません。請求があって初めて、補助開始の審判が取り消されます。

今日の地図(保存版)

まとめ板(本人の同意が三か所:始めるとき/中身を入れるとき/その結果として制限が効くかどうか)+四人の二軸板の完成形 図:まとめ板

  • 本人の同意が三か所:始めるとき
  • 中身を入れるとき
  • その結果として制限が効くかどうか
  • 四人の二軸板の完成形

では、今日見てきたことを、一つにまとめましょう。「本人の同意」という言葉が——今日、三つの場所に出てきました。本人以外が申し立てるなら——本人の同意が無ければ、始まりません。同意を要する旨の審判にも——代理権を付与する旨の審判にも——本人以外の請求なら、本人の同意が要りました。三つ目は、本人が同意して入れた分が、どこまで効くかです。同意を要する旨の審判が入った行為だけ——行為能力が制限されます。代理権を付与する旨の審判は——本人から、何も取りません。だから被補助人は——保護の必要な範囲だけ——本人が選んで、そこにだけ手を借りる人なんです。そして、これで——四人の地図が、完成しました。

四人とも、原則の向きも——制度の中身を決める場所も、それぞれ違いました。外へ広げるか、内から選ぶか——そこも、いちばんはっきりした違いでした。さて、これで、四人それぞれの中身がそろいました。次は、少し、視点を変えます。取り消される側——契約の相手方は——どうやって、自分を守ればいいのでしょうか。気になりますよね。それは、次の話です。

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#23単独ページ動画

制限行為能力者の相手方の保護(催告権・詐術)

第1章 民法総則 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——カメラを、反対側へ

前回の四人を薄く再掲し新しい軸「自分だけで決着をつけられるか」を予告する地図+三つの出口の予告板

  • 前回の四人を薄く再掲し新しい軸「自分だけで決着をつけられるか」を予告する地図
  • 三つの出口の予告板

さて、前回の最後を、思い出しておきましょう。「四人がそろったところで、視点を変える」——そう言って、終わりましたね。この四人を、まとめて、制限行為能力者と呼びましたね。そして、四人には、二つの軸がありました。「何で決まるか」——年齢か、判断する力と審判か。そして、「原則の向き」——原則、制限されているか、原則、自由か。その二つの軸で、四人を並べましたね。ただ、四人とも、共通していることが、一つあります。四人とも——一人で結んだ契約を、あとから取り消せる立場でした。そして、取り消せるということは——その契約の相手方が、必ずいる、ということです。

実は、この四人には、もう一つ、隠れた軸があります。「自分一人だけで、決着をつけられるか」という軸です。今日、この軸が——相手方の運命を、大きく左右します。詳しくは、この後、見ていきましょう。まずは、カメラを、反対側に向けます。前回の続きとして、聞いてみます。取り消される側——契約の相手方は——どうやって、自分を守ればいいのでしょうか?まず、地図から見ておきましょう。相手方に開かれている出口は——最低限、三つしかありません。一つ目。相手方が、自分から動く出口です。「認めるんですか、認めないんですか」と、はっきりさせるよう迫る権利です。これを、催告権と呼びます。

二つ目。制限行為能力者の側が、悪いことをした場合の出口です。自分から「自分は、もう成人だ」などと嘘をついて、相手をだました場合——その保護そのものを、外します。これを、詐術と呼びます。三つ目。誰も動かなくても——時間が、終わらせてくれる出口です。取り消せる権利にも、期限があります。相手方の不安定は——「取り消せる」の裏側でしか、生まれません。だから、出口も——取消権を終わらせる方法の数だけしかないんです。この三つを、今日、一つずつ見ていきましょう。

なぜ、相手方は、ここまで弱いのか

関係図(店主が転売先の客に売ってしまったサックスを保護者が取消しで取り戻せるかという問い) 図:関係図

では、相手方が、なぜ、ここまで弱いのか——まず、その”弱さ”の正体を、見ておきましょう。十七歳の高校生がサックスを分割払いで買った、あの話の続きです。実は、あのサックス、もう、店にはありません。店主が、別のお客さんに、転売してしまっていたんです。何も知らずに、買っています。ここで、聞いてみます。この状態で、その高校生の親が、契約を取り消したら——サックスは、取り戻せるでしょうか。実は——取り戻せます。転売先のお客さんが、どれだけ事情を知らなくても——親は、取消しを主張できます。

詐欺の取消しには第三者保護規定があるが制限行為能力の取消しには無いという対比板 図:詐欺の取消しには第三者保護規定があるが制限行為能力の取消しには無いという対比板

ここで、思い出してほしい条文があります。詐欺にだまされて結んだ契約を、取り消す場面です。あの条文の三項には——事情を知らずに権利を手に入れた第三者を、守る規定がありました。「対抗できない」は、これまで「主張できない」と言い換えてきた、あの言葉です。ところが——制限行為能力を理由にする取消しには——この、第三者を守る規定が、無いんです。この制度が守っているのは、本人の判断する力そのものです。だから、取引に入ってきた第三者の事情より、本人の保護を、先に置いているんです。その結果、制限行為能力者側は——取消し前に現れた第三者、たとえ何も知らない人でも——対抗できてしまいます。

取り消される可能性は——どこまでも、追いかけてきます。だからこそ、民法は——相手方のために、最低限の三つだけを、開けたんです。さっき見た、催告権、詐術、期間制限——この三つです。

出口①——催告権とは、何か

催告=返事を迫る権利から一か月以上の期間を定めて返事が無ければへと進む三段の導入板

では、一つ目の出口——催告権から、見ていきましょう。店主が、実際に、動いたとします。十七歳の子の親あてに——「この契約を、認めるかどうか、一か月以内に返事をください」と書いた手紙を、出しました。催告権の、いちばん基本の形が、これです。

条文民法20条1項

民法 第二十条(制限行為能力者の相手方の催告権)第一項 制限行為能力者の相手方は、その制限行為能力者が行為能力者(行為能力の制限を受けない者をいう。以下同じ。)となった後、その者に対し、一箇月以上の期間を定めて、その期間内にその取り消すことができる行為を追認するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、その者がその期間内に確答を発しないときは、その行為を追認したものとみなす。

ここが、大事なところです。期間は、一か月より、短くしてはいけません。ここを「相当な期間」と覚えていると——短答で、間違えます。条文の言葉どおりに、覚えてください。そして、大事なのは——この一項の宛先です。「行為能力者となった後」——つまり——もう、制限が外れた本人です。今は、まだ十七歳ですから——一項が使えるのは、もう少し先の話です。その根拠は、別の項にあります。宛先ごとの答え合わせで、確かめましょう。では、効果を見てみましょう。期限内に、確答を発しないとき——追認したものと、みなされます。その結果、どうなるか——この条文が、答えを持っています。

条文民法122条

民法 第百二十二条(取り消すことができる行為の追認) 取り消すことができる行為は、第百二十条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。

追認したら、以後、取り消せません。守る側の道具は、代理権・同意権・取消権・追認権の四つでしたね。今日は、その四つ目——追認権が、主役になります。返事をしない、という一つの事実が——「追認した」という意味に変わって——それで、もう取り消せなくなる。これが、一つ目の決着のつけ方です。ただ——ここで、疑問が、浮かびませんか。実は——「返事がない」の意味は、宛先によって、まったく変わります。

山場——一つの物差しを、立てる

「その人だけで決着をつけられるか」という問いから三段に分岐する物差し板 図:「その人だけで決着をつけられるか」という問いから三段に分岐する物差し板

ここで、いったん、条文の暗記を離れましょう。実は、催告のルールは、たった一つの問いから、全部導けます。こう聞いてみてください。「催告された人は、その返事だけで、決着をつけられるか」。もう少し、身近な話で、考えてみましょう。部活の連絡を、思い浮かべてください。「合宿に出席しますか。返事が無ければ、出席扱いにします」——そんな連絡が、来たとします。もし、この連絡を——もう三年生で、部の運営を任されている先輩に、送ったとします。その先輩は、自分の判断だけで、出欠を決められますよね。だとしたら、返事をしないのは——「決められるのに、あえて何も言わなかった」ということです。

これが——「その人だけで、決着をつけられる」場合です。黙っていたら——有効な方向、つまり——追認したものと、みなしていい。では、逆に——同じ連絡を、まだ仮入部中の一年生に、送ったとします。しかも、部のルールで——一年生の出欠には、必ず顧問の承認が要る、と決まっていたとします。この状態で、返事が無かったとしても——それは「決められるのに黙っていた」わけではありません。「決められないことを、求めても仕方がない」。だから、この場合は、有効な方向には、みなせません。でも、宙づりのままにも、できない。無効の方向で、決着をつけます。つまり——取り消したものと、みなす。

取り消したことになれば、契約は、初めから無かったことになります。だから、ここでは「無効の方向」と呼んでいます。そして、もう一つ——そもそも、その連絡が、届かない場合があります。一年生が、長期入院していて——連絡そのものを、受け取れる状態じゃなかったとしたら。返事の有無に、何の意味も持たせられません。この場合は、催告そのものが、無かったのと同じことになります。この三つ——「自分で決着をつけられる」「決着をつけられない」「そもそも届かない」——この一つの問いで、催告のルールは、全部決まります。では、実際の条文に、当てはめてみましょう。さっきの、店主の話に、戻ります。もし、店主が——十七歳の本人あてに、直接、手紙を出していたら——どうなるでしょうか?

答え合わせ——催告の一覧板

関係図(店主が保護者・本人・被保佐人・未成年者本人それぞれに手紙を出す場合の宛先) 図:関係図

答え合わせを、していきましょう。店主が手紙を出せる宛先は、実は、何通りもあります。一つずつ、確かめていきましょう。まず、最初の場面です。十七歳のうちに、店主が、親あてに——「この契約を、認めるかどうか、返事をください」と手紙を出しました。一か月経っても、返事が、ありません。親は、法定代理人として——自分の判断だけで、この契約を追認できます。この根拠は、この条文です。

条文民法20条2項

民法 第二十条 第二項 制限行為能力者の相手方が、制限行為能力者が行為能力者とならない間に、その法定代理人、保佐人又は補助人に対し、その権限内の行為について前項に規定する催告をした場合において、これらの者が同項の期間内に確答を発しないときも、同項後段と同様とする。

そこも、大事です。保護者に催告できるのは——その保護者が、権限を持っている行為についてだけです。たとえば、以前、見ましたね。代理権だけしか持たない補助人に——同意が要らない行為について催告しても、意味がありません。今日は、深入りしません。話を戻しましょう。この親は、自分だけで、決着をつけられる立場でした。だから、返事が無ければ——一項の後段と、同じルールで——追認したものと、みなされます。次の場面です。店主が、忘れているうちに——その子が、十八歳になりました。今度は、本人あてに、同じ手紙を、出します。一か月経っても、返事が、ありません。

もう行為能力者になった本人は——自分だけで、決着をつけられます。だから、同じように、追認したものと、みなされます。

被保佐人本人あてに手紙を出すと中身が変わり取消し擬制になる場面 図:被保佐人本人あてに手紙を出すと中身が変わり取消し擬制になる場面

では、少し違う場面を、見てみましょう。別の日、同じ店に、五十代の男性が来ました。高価なアンプを、買っていきます。実は、この人には、保佐人が、付いていました。店主は、この人にも、本人あてに手紙を出します。ところが——この手紙の中身が、さっきまでと、違います。「認めるかどうか返事をください」ではなく——「保佐人の追認をもらってきてください」という内容になります。考えてみてください。被保佐人本人は、自分一人だけの判断で——この契約を、追認できるでしょうか。追認は、取消しとは逆なんです。取り消すのは、本人一人でできます。でも——追認するには、保佐人の同意が要ります。

だから、この本人には——「決めてください」ではなく——「決められる人の確認を、取ってきてください」と頼むしかないんです。この根拠が、これです。

条文民法20条4項

民法 第二十条 第四項 制限行為能力者の相手方は、被保佐人又は第十七条第一項の審判を受けた被補助人に対しては、第一項の期間内にその保佐人又は補助人の追認を得るべき旨の催告をすることができる。この場合において、その被保佐人又は被補助人がその期間内にその追認を得た旨の通知を発しないときは、その行為を取り消したものとみなす。

前回のとおり、同意を要する旨の審判を受けた被補助人だけです。審判が無ければ、取り消せる行為が、そもそもありません。取り消したものと、みなされます。この人は、自分だけでは、決着をつけられません。だから、「何もしなかった」ことを、有効な方向には使えないんです。宙づりだけは、終わらせる。だから、無効の方向で、決着をつけます。

未成年者本人あてに出した手紙はそもそも届かないという場面 図:未成年者本人あてに出した手紙はそもそも届かないという場面

さて、最後です。もし、店主が、十七歳のうちに——本人あてに、直接、手紙を出していたら——どうなるでしょうか。さっき、予想させられた、あの問いですね。答えを、見てみましょう。実は、この手紙は、そもそも届きません。取消し擬制にも、なりません。この根拠が、これです。

条文民法98条の2

民法 第九十八条の二(意思表示の受領能力) 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき又は未成年者若しくは成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、次に掲げる者がその意思表示を知った後は、この限りでない。 一 相手方の法定代理人 二 意思能力を回復し、又は行為能力者となった相手方

未成年者や、成年被後見人は——意思表示を受け取る力そのものを、持っていない、とされています。だから、店主が、いくら手紙を出しても——法律上、届いたことに、なりません。何も、起きません。ここで、一つ、聞いてみたいことがあります。なぜ、被保佐人には手紙が届くのに——未成年者には、届かないんでしょうか。そこが、この回、いちばんの落とし穴です。もし、「自分一人で追認できないから」が理由だとしたら——被保佐人も、届かないはずですよね。でも、実際は届きます。つまり、理由は「追認できるかどうか」ではありません。この条文が挙げているのは——意思能力を持たない人、未成年者、そして成年被後見人——この三種類だけです。意思能力は、判断できる力のことでしたね。

挙げられていない人には、手紙は、ちゃんと届きます。挙げられている人だけ、そもそも、受け取る力が無いんです。これが、この回、いちばんの弁別ポイントです。もう一つだけ、付け加えておきます。この、未成年者への手紙——永久に無意味というわけでは、ありません。ただし書を、見てください。法定代理人が、その手紙の中身を、知った後は——対抗できるようになります。ここから先の細かい仕組みは——また別の回で、扱います。

催告の相手方×確答が無い場合の効果×理由の一覧表 図:催告の相手方×確答が無い場合の効果×理由の一覧表

ここまでの四つを、一枚の表に、まとめておきましょう。能力者になった本人、そして、保護者——どちらも、自分だけで、決着をつけられるので——返事が無ければ、追認擬制です。被保佐人、そして、審判を受けた被補助人——自分だけでは、決着をつけられないので——返事が無ければ、取消し擬制です。そして、未成年者と、成年被後見人——そもそも受け取れないので、何も起きません。

山場——20条3項も、同じ物差し

未成年後見人と後見監督人の組み合わせで催告しても取消し擬制になるという場面+物差し板の再掲

  • 未成年後見人と後見監督人の組み合わせで催告しても取消し擬制になるという場面
  • 物差し板の再掲

では、もう一つ、別のパターンを、見てみましょう。もし、あの十七歳に、両親が、いなかったとします。代わりに、未成年後見人が、付いていました。しかも、この後見には——後見監督人という、もう一人が付いていて——この種の契約を追認するには——後見監督人の同意が、必要でした。店主は、この後見人あてに、手紙を出します。一か月経っても、返事が、ありません。さて、どうなるでしょうか。実は——取消し擬制になります。ここで、もう一度、あの問いを、使ってみましょう。「この人だけで、決着をつけられるか」。後見人は、この契約を——自分一人の判断だけで、追認できるでしょうか。

後見人一人では、決着をつけられません。だから、返事が無ければ——無効の方向、つまり、取消し擬制になります。この根拠が、これです。

条文民法20条3項

民法 第二十条 第三項 特別の方式を要する行為については、前二項の期間内にその方式を具備した旨の通知を発しないときは、その行為を取り消したものとみなす。

この「特別の方式」というのが——保護者が一人では決められず、もうひと手続き要る場面です。法律が、こう決めていることがあります。「この種の行為には、監督人の同意も要る」と、いま見ている、後見監督人の同意が、その代表例です。制度としては、います。ただ、監督人の同意が要る、と法律が決めているのは——後見の場合です。今日は、ここから先には、深入りしません。後見人が、一人で決められる範囲が、とても大きいからです。財産に関わる重大な判断は——後見人一人の判断だけには、任せません。もう一人の目で、チェックが入ります。

そして、大事なのは、ここからです。この三項——一見、例外に、見えませんか。でも、実は、例外ではありません。さっきの、たった一つの問いに——そのまま、当てはまっているだけです。後見人一人では、決着をつけられない。だから、取消し擬制になる。それだけの話です。この一つの問いが——一項から四項まで、全部を、説明してしまう。これが、今日、いちばん見てほしかった景色です。

山場——取消し擬制は、なぜ、相手方の保護になるのか

相手方が欲しいのは有効になることではなくどちらかに決まることだという対比板 図:相手方が欲しいのは有効になることではなくどちらかに決まることだという対比板

さて、ここで、一度、立ち止まりましょう。ここを、はっきりさせておきましょう。相手方が、本当に欲しいものは——何だと思いますか。実は、相手方が欲しいものは、少し違うんです。相手方が、いちばん欲しいものは——「有効になること」ではなくて——「どちらかに、決まること」です。思い出してください。サックスを売った店主は、いつまで待てばいいのか。それが、この回の出発点でした。相手方が、いちばんつらいのは——有効か無効か分からないまま、ずっと待たされることです。もし、ここで、無効に確定したら——店主は、どうなるでしょうか。もう、待つ必要は、ありません。サックスを、在庫として、扱い直せます。別のお客さんに、堂々と、売ることもできます。支払いを、回収できる見込みが無いことも、はっきり分かります。

無効という結論でも——「決着がついた」というだけで——相手方は、次の一歩を、踏み出せます。だから、取り消したことになる、という結末でも——相手方にとっては、ちゃんと意味があるんです。この視点が無いと——さっきの、催告の一覧が、理不尽に見えてしまいます。でも、実際は、どちらの結論も——相手方を、宙づりから、救っているんです。

出口②——詐術

積極的な嘘・単なる黙秘・黙秘と他の言動・同意書偽造の四段の線引き板 図:積極的な嘘・単なる黙秘・黙秘と他の言動・同意書偽造の四段の線引き板

では、二つ目の出口——詐術に、進みましょう。こちらは、待つのではなく——制限行為能力者側が、悪いことをした場合の話です。根拠は、この条文です。

条文民法21条

民法 第二十一条(制限行為能力者の詐術) 制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため****詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができない。

制限行為能力者を守る、この制度も——だました人まで、守る必要はありません。では、どこからが詐術にあたるのか——四つの場面で、線引きを見ていきましょう。一つ目。あの十七歳が、店主に、こう言いました。「もう十九です。大学生なので」。これは、はっきり詐術にあたります。積極的に嘘をついているので——この後、取り消すことは、できません。

単なる黙秘は詐術にあたらないが黙秘と他の言動が重なれば詐術にあたるという対比板 図:単なる黙秘は詐術にあたらないが黙秘と他の言動が重なれば詐術にあたるという対比板

二つ目。今度は、違う場面です。店主は、年齢を聞きませんでした。十七歳の側も、自分からは、何も言いませんでした。これは——詐術にあたりません。気持ちは、分かります。でも——ただ黙っていただけでは、足りません。相手方の側にも——年齢を確認する余地は、あったはずです。黙秘だけで詐術と認めてしまうと——制限行為能力者は、いつも——自分から「未成年です」と名乗らないと、危ない、ということになってしまいます。だから、単なる黙秘は、それだけでは足りません。三つ目。ここが、いちばん微妙な場面です。同じように、年齢は言いませんでした。でも、店主に——勤め先だという会社の名刺を、差し出しました。「平日は仕事なので、週末に取りに来ます」と、話を合わせています。

この場合は、詐術にあたります。ここで、大事な判例があります。古い最高裁の判例が、こう言っています。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和44年2月13日(民集23巻2号291頁)

詐術の判断枠組み——黙秘は、それだけでは足りない 無能力者であることを黙秘することは、無能力者の他の言動などと相まつて、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには、民法二〇条にいう「詐術」にあたるが、黙秘することのみでは右詐術にあたらない。

そこは、当時の条文番号です。今の二十一条にあたります。番号の付け替えがあった、と思ってください。単なる沈黙と——沈黙プラス、誤信させる言動——この二つを、分けたのが、この判例です。名刺を差し出して、話を合わせる行為は——まさに「ほかの言動」にあたります。一つ、付け加えておきます。この判例は——「相手が、実際に誤信したこと」も、求めています。もし、店主が、はじめから未成年だと見抜いていたら——名刺を出されても、誤信させたことにはなりません。

同意書の偽造は21条の類推適用にあたるという場面 図:同意書の偽造は21条の類推適用にあたるという場面

四つ目。最後の場面です。あの十七歳が——親の名前を書いて、ハンコを押した同意書を、店主に持ってきました。でも、ここは、少し注意が要ります。もう一度、二十一条を見てください。「行為能力者であることを信じさせるため」——この同意書は、「自分が成人だ」と偽っているわけでは、ありません。だから、二十一条を、そのままあてはめることは、できません。そこで、使われるのが、類推適用です。条文の言葉は——「能力者だと信じさせた場合」を、想定しています。でも、条文の趣旨——「悪質な人を、保護しない」という考え方は——同意書を偽造した場合にも、同じように、あてはまります。だから、言葉はそのまま使えなくても——同じ結論を、及ぼすんです。この根拠として、挙げられているのが、これです。

判例大審院判決 明治37年6月16日(民録10輯940頁)・大審院判決 大正12年8月2日(民集2巻577頁)参照

同意書の偽造——21条の類推適用 制限行為能力者が、法定代理人や保佐人、補助人の同意書を偽造するなどして、同意を得ていると誤信させた場合にも、二十一条が類推適用されるとされている。

今から百年以上前の判例です。判断のポイントは、さっきと同じです。「能力者だと偽ったか」ではなく——「悪質な、だましがあったか」。そこが共通しています。最後に、この詐術の効果について——一つ、大事な注意点があります。もう一度、条文を見てください。「その行為を、取り消すことができない」——「制限行為能力者は、取り消せない」とは、書いていません。効果の対象は、「その行為」そのものです。だから、本人だけでなく——親も、保佐人も、補助人も——誰も、この契約を、取り消せなくなります。ここを「本人だけ取り消せない」と覚えると——短答で、間違えます。取消権者、全員に効いてくる。これが、詐術の効果です。

出口③——期間制限

追認をすることができる時からの5年と行為の時からの20年という二本の時間軸 図:追認をすることができる時からの5年と行為の時からの20年という二本の時間軸

では、三つ目の出口——期間制限に、進みましょう。誰も動かなくても——時間が決着をつけてくれる話です。根拠は、この条文です。

条文民法126条

民法 第百二十六条(取消権の期間の制限) 取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

数字が二つ、出てきますね。一つずつ確かめましょう。まず、五年のほうです。十五歳のときに、あの子が、契約を結んだとします。親は、その契約に気づかないまま、時間が過ぎました。三年後、この子は十八歳になり、そのころ、この契約に気づきます。ここから、五年のカウントが、始まります。「追認をすることができる時から」——この起算点の中身は、この条文が決めています。

条文民法124条1項

民法 第百二十四条(追認の要件)第一項 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。

「かつ」が大事です。未成年という状況が終わっていて——なおかつ、取り消せることを知っている——この両方がそろって、初めて、カウントが始まります。この子は、十八歳になったころ、未成年という状況が終わり——ちょうど、同じころ、本人も、取り消せることを知りました。両方の条件が、そろったわけです。だとすると、そこから五年後——二十三歳で、取消権は、消滅します。では、逆の場合を、考えてみましょう。もし、親も本人も、この契約に、ずっと気づかなかったら——どうなるでしょうか。「知った後」という条件が——いつまでも、満たされません。だから、五年のほうは、永遠に、動き出さない可能性があります。

消えないわけでは、ありません。ここで、後段が効いてきます。「行為の時から、二十年」——こちらは、誰も気づいていなくても——契約をした、その瞬間から、静かに進んでいます。十五歳で契約したなら——そこから二十年後——三十五歳で、取消権は消えます。誰も気づかないまま時間が過ぎても——この二十年だけは、確実に、効いてきます。二つの数字は——どちらかの、念のため、というわけではありません。起算点そのものが、違うんです。前段は「気づいた時」から。後段は「行為の時」から、先に来たほうで、取消権は、終わります。

もう一つだけ、名前だけ、触れておきます。実は、返事をしなくても——履行してしまえば、追認したことになる仕組みも、あります。法定追認と呼ばれるものです。詳しい中身は、また別の回で、扱います。

今日の地図(保存版)

誰が動くか×何が終わるかの三行まとめ板 図:誰が動くか×何が終わるかの三行まとめ板

では、今日、見てきたことを、まとめましょう。相手方に開かれていた出口は、三つでした。一つ目、催告権。相手方が、自分から動く出口です。誰に催告するかで——自分だけで決着をつけられるか、つけられないか——そして、そもそも受け取れるかどうか。ここだけは、別の物差しでした。二つ目、詐術。制限行為能力者側が、悪いことをした場合の出口です。積極的な嘘、そして、黙秘にほかの言動が重なった場合は——保護そのものが、外れます。三つ目、期間制限。誰も動かなくても、時間が決着をつけてくれる出口です。気づいた時からの五年と、行為の時からの二十年——どちらか早いほうで、消えます。

相手方の不安定は——「取り消せる」の裏側でしか、生まれません。だからこそ、民法は——終わらせる方法を、三つだけ、用意したんです。一つの問いで、全部が説明できる——表を丸暗記しなくても——この問いさえ、覚えておけば——自分で、結論を、導き出せます。さて、これで、人の能力の話が、一区切りつきました。未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人——そして、その相手方。全員が、そろいました。次は、少し違う問いに、進みます。人には、必ず判断する力があるかどうかが、問題でした。でも、それ以前に——そもそも、その人が、どこにいるか分からなかったら——どうなるでしょうか。

気になりますよね。それは、次の話です。

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#24単独ページ動画

住所・不在者の財産管理・失踪宣告

第1章 民法総則 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——見つからない、という次元

前回末尾の問いを回収しつつ二段のギア(財産を預かる一段目と死んだことにする二段目)を予告する板 図:前回末尾の問いを回収しつつ二段のギアを予告する板

前回、こんな問いを残して終わりました。人には、どれだけ判断する力があるか——これまでは、その話をしていました。でも今日は、次元が違います。今日の主役は——そもそも、見つからない人、です。民法は、この、いないという事態に——二段の仕組みを用意しています。一段目は——まだ、死んだことにはしません。その人の、財産だけを誰かに預かってもらいます。二段目は——思い切って、死んだことにします。ただし——ここに、今日いちばん大事な考え方があります。この制度は、その人を死なせる制度では、ありません。その人が、残していった場所の法律関係を、終わらせる制度なんです。

この一つの見方さえ持っていれば——今日の答えの、ほとんどが自分で、導き出せます。では、まず一段目の、その手前から見ていきましょう。

どこから、いなくなったのか

単身赴任先も引き払った夫を例に生活の本拠という基準点を確かめる板 図:単身赴任先も引き払った夫を例に生活の本拠という基準点を確かめる板

まず、確認しておきたいことがあります。いなくなった、というのは——どこから、いなくなった、ということでしょうか。実は、十年帰ってこない、あの夫——家を出たあと——単身赴任先の、アパートに三年、住んでいました。そこも、今は引き払っています。だから、まず基準点を、決めておく必要があります。民法が使う言葉が、これです。

条文民法22条

民法 第二十二条(住所) 各人の生活の本拠をその者の住所とする。

暮らしの、中心になっている場所、ということです。住民票が、どこにあるかでは、ありません。実際に、どこで生活していたか——実態で、決まります。もし、この生活の本拠すら分からなかったら、どうなるでしょうか。

条文民法23条1項

民法 第二十三条(居所)第一項 住所が知れない場合には、居所を住所とみなす。

生活の本拠が、はっきりしないときは——とりあえず、いる場所を住所として扱う、ということです。この、みなすという言葉——今日、また、どこかで会うことになります。この住所、あるいは、居所が——これから見ていく制度の、基準点になります。

一段目——まだ、死んだことにしない

夫がいなくなって二年経ち妻が家の雨漏りを直したいが修繕契約を誰の名前で結べばいいか分からないという問い

夫がいなくなって、二年が経ちました。ある日、家の雨漏りが、ひどくなります。でも、妻は困ります。修繕の契約を、誰の名前で結べばいいのか——分からないんです。夫は、まだ生きているかもしれません。だから、勝手に妻の名前で、契約するわけにはいきません。ここで、この条文が出てきます。

条文民法25条1項

民法 第二十五条(不在者の財産の管理)第一項 従来の住所又は居所を去った者(以下「不在者」という。)がその財産の管理人(以下この節において単に「管理人」という。)を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができる。

従来の住所や居所を、去った人のことを——民法は、こう呼びます。そして、家庭裁判所に頼めば——この不在者の財産を、代わりに管理する人を選んでもらえます。これで、雨漏りの修繕契約も——管理人の名前で結べるように、なります。ただ、大事なことが一つ、あります。この段階では、まだ夫が、死んだことにはなりません。だから、相続も婚姻も——まだ、何も動きません。財産を預かるだけでは足りない場面が——この先、出てきます。そこで、二段目のギアが、必要になります。

二段目——死んだことにする、という選択

財産を預かるだけでは足りない場面として再婚したい妻と法律上まだ生きている夫という問いを立てる板

さらに、五年が経ちました。妻に、再婚したい相手ができました。財産を預かるだけの制度では——この場面には、対応できません。そこで、使われるのが失踪宣告という制度です。長く行方が分からない人について——家庭裁判所が、死亡したものとみなすと、宣告する制度です。これも、家庭裁判所が動いて、初めて始まります。誰かが申し立てて——家庭裁判所が、審判を出す。この型は、もう見慣れましたね。そして、ここでもう一度、さっきの見方を思い出してください。失踪宣告は、その人を死なせる制度では、ありません。その人が、残していった場所の法律関係を、終わらせる制度です。

今日、何度も戻ってくる考え方です。

財産管理と失踪宣告を生死の判断財産婚姻相続の四行で比べる対比板 図:財産管理と失踪宣告を生死の判断財産婚姻相続の四行で比べる対比板

ここで一度、二つの段を並べて、見ておきましょう。一段目——財産管理は、生死を判断しません。財産だけを預かります。婚姻も、相続も動きません。二段目——失踪宣告は、死んだものと、みなします。その結果、相続が始まり、婚姻も解消されます。では、二段目の中身を——もう少し、詳しく見ていきましょう。

要件——普通失踪と、危難失踪

手がかりが何もない場合と死んだとすればあの時という手がかりがある場合の二つの入口を予告する板

失踪宣告には、二つの入口があります。一つは、手がかりが何も無い場合。もう一つは、死んだとすれば、あの時という手がかりがある場合です。まず、十年帰ってこないままの、あの夫婦に戻りましょう。最後に、生きていたと分かってから——七年どころか、十年が経っています。そこで、妻が、家庭裁判所に申し立てます。

条文民法30条1項

民法 第三十条(失踪の宣告)第一項 不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。

ここ、注意してください。家を出てから、七年ではありません。最後に、生きていたと分かる時から数えて、七年です。出ていった、その瞬間からでは、なくて——最後の消息が、確認できた、その時点からです。ここで数えるのが、いわゆる普通失踪です。これが、一つ目。手がかりが、何も無いパターンです。では、もう一つ——手がかりがある場合を、見てみましょう。別の家の、話です。ある夫が乗った漁船が、時化で沈みました。大しけの、海の天候です。船が荒波に、のまれます。乗員は、全員、行方不明になりました。一年経っても、誰も、見つかりません。

条文民法30条2項

民法 第三十条 第二項 戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後、船舶が沈没した後又はその他の危難が去った後一年間明らかでないときも、前項と同様とする。

条文が、はっきり例に挙げています。もう一つ、条文にある例が、戦地に臨んだ者です。この二つが、条文が名指ししている、危難の例です。こちらを、危難失踪と呼びます。大事なのは、待つ期間の長さです。普通失踪は、七年。危難失踪は——危難が去った後、たった一年です。ここで、一つ聞いてみたいことがあります。危難失踪のほうは、この後、死んだと考える時点が——沈没の、瞬間まで巻き戻ります。詳しくは、このあと、見ます。では、聞いてみます。七年の側は——なぜ、巻き戻らないのでしょうか?答え合わせは、この次に、しましょう。

なぜ、死んだと見なす時点が、違うのか

普通失踪は待ちきり危難失踪は巻き戻るという擬制時の時間軸を二本並べた板 図:普通失踪は待ちきり危難失踪は巻き戻るという擬制時の時間軸を二本並べた板

ここで、今日の見方に、もう一度戻ります。残していった場所の法律関係を終わらせる——それは、残された人を、いつまでも待たせないということです。暗記の前に、一つだけ問いを立てましょう。その人が、死んだと考えるのに——いちばん、無理のない時点は、いつか。この一つの問いで、答えが全部、出ます。まず、条文を見てください。

条文民法31条

民法 第三十一条(失踪の宣告の効力) 前条第一項の規定により失踪の宣告を受けた者は同項の期間が満了した時に、同条第二項の規定により失踪の宣告を受けた者はその危難が去った時に、死亡したものとみなす。

前段——普通失踪は——期間が満了した時です。つまり、七年経った時点です。後段——危難失踪は——危難が、去った、その時点です。ここで、さっきの問いを当てはめてみましょう。普通失踪は、手がかりが何もありません。だから、いつ死んだと決めることもできません。できることは、ただ一つ——七年、待ちきることだけです。だから、死んだとみなす時点も——七年を、待ちきった、その時点になります。一方、危難失踪は——手がかりが、あります。船が沈んだ。乗員は、全員、行方不明。この状況で、一年も生き延びられる可能性は——ほとんど、ありません。

だから、一年待つのは——万が一の生存を、確認するための期間にすぎません。死んだと考える時点は——一年後では、なく——危難が去った、その時点まで巻き戻ります。答えは、これで全部です。手がかりがなければ、待ちきる。手がかりがあれば、巻き戻る。この一言だけで、表はいつでも、復元できます。

沈没が三月失踪宣告が翌々年六月その間の四月に父が死亡した相続の順番が変わる設例の時系列板

この、巻き戻るという性質が——実際に、効いてくる場面を見てみましょう。さっきの、漁船の話の続きです。船が沈んだのは、三月でした。失踪宣告が、実際に出たのは——その、翌々年の六月です。手続きには、時間がかかります。そして、その間の——四月に、実は夫の父が、亡くなっていました。ここで、聞いてみます。夫は、父を相続するでしょうか。実は——しません。夫が、死んだとみなされるのは——宣告が出た、六月ではなく——危難が去った、三月です。父が亡くなった、四月には——夫は、すでに死んだ扱いになっています。死んだ人は、その後に亡くなった人を、相続できません。

相続は、死亡によって開始します。死んだとみなされる時点が、宣告の日と、ずれるからこそ——相続の順番が、変わることがあるんです。

請求できるのは、誰か

利害関係人の定義と代表例の四者を並べお金を貸しているだけの人は含まれないことを示す板

さて、失踪宣告は——誰でも、申し立てられるわけでは、ありません。もう一度、条文を見てみましょう。利害関係人の請求により——さっきの、三十条一項に書いてありましたね。こう考えてみてください。失踪宣告によって、権利を得たり——義務を免れたりする、法律上の利害関係を持つ人です。具体的には、配偶者、法定相続人、親権者、そして——不在者の財産管理人、この四者が代表例です。では、一つ当てはめてみましょう。夫に、お金を貸しているだけの人は——請求できるでしょうか。考えてみてください。夫が、死んだことにされても——その借金が、消えるわけでは、ありません。

新しく、取り立てられるようになるわけでも、ありません。権利を得ることも、義務を免れることも、無い。だから、単なる債権者は含まれません。

後見開始と失踪宣告の請求権者を並べ検察官の有無が逆転していることを示す対比板 図:後見開始と失踪宣告の請求権者を並べ検察官の有無が逆転していることを示す対比板

では、ここから今日いちばんの弁別に、進みます。もし、この夫に身寄りが誰もいなかったら、どうでしょうか。誰も、申し立てる人が、いない、ということですね。誰も、動きません。そこで、検察官が代わりに、申し立てられるでしょうか。覚えていますか。後見が始まる場面です。保護の網から、こぼれ落ちないように——そう説明しましたね。では、失踪宣告では、どうでしょうか。実は——できません。三十条には、検察官という言葉が出てきません。利害関係人の請求により——それだけです。理由は、この制度が何を守っているかに、あります。後見開始は、判断する力を失った人を、守る制度でした。誰も、気づいてあげられなければ——その人自身が困ります。だから、公益のために、検察官も動けるようにしてあります。

一方、失踪宣告は——誰を守っているでしょうか。失踪宣告が守っているのは、実は、いなくなった本人ではありません。失踪宣告で、助かるのは——残された、配偶者や相続人です。再婚したい、相続を始めたい——これは、私的な利益です。だから、身寄りが誰もいなければ——誰も動かないままで、構いません。誰も困らないのなら、公益として国が動く必要は、無いんです。ここで、もう一つ、見比べてください。一段目の財産管理——二十五条には、検察官がいましたね。あちらが守るのは、まだ生きているかもしれない、本人の財産です。同じ二段のギアでも、一段目が守るのは本人、二段目が守るのは残された人です。

この向きの違いが——検察官の有無を、分けています。今日の一言のとおりです。制度が向いているのは、本人ではなく、その人が残していった場所——そこにいるのは、残された人たちです。だから、本人を守る公益の出番が、そもそも無いんです。

まず動くのは、この二つ

死亡したものとみなされた結果として動く主たる効果が相続の開始と婚姻の解消の二つであることを示す板

では、失踪宣告が出ると——実際に、何が動くのでしょうか。死亡したものと、みなされた結果——動くのは、大きく二つです。一つ目は、相続の開始です。もう、亡くなった人として扱われるので——相続人が、財産を引き継ぐ、手続きが始まります。二つ目は、婚姻の解消です。夫が、死亡したものとみなされる以上——婚姻は、終わります。だから、妻は再婚できるように、なります。ただ、覚えておいてほしいのは——失踪宣告の、主たる効果は——この、二つだ、ということです。なぜなら、相続も婚姻も——その人が残していった場所に、いちばん強く結びついた法律関係だからです。

動くのは、残していった場所の法律関係だけです。動かないものが何なのか——それが、次に見ていく話に、直接つながります。

死んだことになるのに、消えないもの

元いた場所の法律関係は終わるが本人の権利能力は終わらないという射程の板 図:元いた場所の法律関係は終わるが本人の権利能力は終わらないという射程の板

ここで、少し前の話を思い出してください。権利能力——権利や義務を持てる、資格そのものです。それを終わらせるのは、死亡だけ。失踪宣告では、終わらない——そう言って、終わった回がありました。では、思い出しながら、考えてみてください。——なぜ、終わらないのでしょうか?では、もう一度、冒頭の夫婦に戻ります。実は、この夫——本当は、生きていました。遠くの町で、名前も変えず、働いていました。アパートを借りて、毎朝パンを、買っています。ここで、聞いてみます。このアパートの、賃貸借契約。そして、パンの売買契約。これは、無効になるでしょうか。

実は——なりません。有効です。失踪宣告が、終わらせたのは——もといた、場所の法律関係だけです。相続、そして婚姻——さっき見た、主な効果です。相続と婚姻——今日の答えは、いつも、ここに戻ります。今、その人が実際にいる場所での、暮らしや契約は——何も、変わりません。ここが、狙われるポイントです。この人は、権利能力そのものを——失っているわけでは、ありません。権利能力を終わらせるのは、死亡、それだけです。失踪宣告は、その線を動かしません。制度が、向いているのは——本人自身、ではなく——本人が、残していった場所、なんです。

みなす、の重さ

みなすと推定するの違いを異なる事実の証明を受け付けるかどうかで対比する板 図:みなすと推定するの違いを異なる事実の証明を受け付けるかどうかで対比する板

さて、この夫が——ある日、ふらりと帰ってきたとします。ほら、生きているじゃないか——そう言えば、失踪宣告は無かったことに、なるでしょうか。実は——なりません。ここに、みなすという言葉の重さが、あります。みなすというのは——違う事実が証明されても、それだけでは覆らない、という意味です。法律が、実際とは違っても、そう扱うと決めてしまう——これを、擬制と呼びます。この夫が生きて、目の前に立っていても——それだけでは、宣告は消えません。ひっくり返すには——家庭裁判所に、もう一度動いてもらって——取消しの手続きを、してもらうしか、ないんです。

今日は、その手続きの中身までは、踏み込みません。今日、持ち帰ってほしいのは——みなすの、この重さ、だけです。ここで、少し比べてみましょう。似た言葉に、推定するという言葉があります。日常語だと、どちらも似たように、聞こえますよね。でも、法律の世界では、はっきり違います。推定するは——違う事実が証明されれば——その、証明された事実の方を採用します。みなすは、違う事実の証明だけでは、覆らない。推定するは、覆る。この違いを覚えておいてください。実は、この、みなすという言葉——今日、これで三回目の登場です。

一回目は、まだ生まれていない、胎児の話でした。すでに生まれたものと、みなす。二回目は、今日の、最初のほうです。居所を、住所と、みなす——覚えていますか。あっ……さらっと、通りすぎましたが——あれも、みなす、だったんですね。そして、三回目が今日、この失踪宣告です。別々の場所で、同じ言葉が同じ性質を持って、出てきます。動かすには、法律が別に用意した道が要ります。今日でいえば、家庭裁判所の、取消しでした。

今日の地図(保存版)

二段のギアと三つの山場をまとめた板から次回への矢印だけを添える板 図:二段のギアと三つの山場をまとめた板から次回への矢印だけを添える板

では、今日見てきたことを、まとめましょう。民法は、いないという事態に——二段の、ギアを用意していました。一段目は、財産管理。まだ、死んだことにはしません。二段目は、失踪宣告。死んだことにします。失踪宣告は、その人を死なせる制度ではなく——その人が残していった場所の法律関係を終わらせる制度でした。この一言から、今日の三つの発見が全部、出てきます。一つ目——擬制される時点は——手がかりが無ければ、待ちきる。手がかりがあれば、巻き戻る。二つ目——検察官が、失踪宣告に入らない理由は——この制度が、公益ではなく私益を、守っているからでした。

三つ目——死亡したものと、みなされても——権利能力は、終わりません。制度が向いているのは、本人自身では、なく——本人が、残していった、場所だからです。そして、みなすは——違う事実の証明があっても、それだけでは覆らない。これも、今日、確かめましたね。失踪宣告が出れば、妻は再婚できます。財産も、相続人が引き継ぎます。でも、もしその夫が、本当に生きて、帰ってきたら——宣告は、簡単には消えません。では、死んだことにされた、その人が——本当に、帰ってきたら——何が、起きるのでしょうか。それは、また次の機会に、見ていきましょう。

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#25単独ページ動画

失踪宣告の取消し(32条1項)

第1章 民法総則 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

取消しは、勝手には起きない

生存の証明と本人または利害関係人の請求が揃えば家庭裁判所は取り消さなければならないという要件板

さて、夫が役所の窓口で、こう言ったとします。「私は、生きています」。ここで、一つ思い出してほしいことがあります。生きていると分かっても、それだけでは覆らない、と言って終わった話を、思い出せますか?ですから、窓口で生きていると言うだけでは——宣告は、消えません。もう一度、家庭裁判所に動いてもらいます。取消しの、審判です。要件は、二つあります。一つ目。生きていること、または違う時に死んだことの証明。二つ目。本人、または利害関係人の請求。前回のとおりです。宣告で、権利を得たり、義務を免れたりする人ですね。ここで、一つ確かめたいことがあります。検察官は、この取消しを請求できるでしょうか。

うーん……前回、失踪宣告のときは——検察官は、入らなかった気がします。理由も覚えていますか。えっと……守っているのが、公益じゃなくて——私的な利益だから、でしたっけ。取消しでも、事情は同じです。守られているのは、残された配偶者や相続人の利益。公益では、ありません。だから、検察官はここでも入りません。そして、もう一つ大事な点があります。この二つの要件が揃ったとき——家庭裁判所は、取り消さなければなりません。裁量では、ありません。要件さえ揃えば——家庭裁判所に、選ぶ余地は、ありません。想像してみてください。生きていることが証明されても——家庭裁判所の判断次第で、宣告が残ってしまうかもしれません。

新しい仕事の契約も、新しい家を借りることも——いちいち、支障が出てしまいます。本人の権利が、不当に縛られ続けます。だから、要件が揃えば、選ぶ余地なく、必ず取り消されます。

原則——さかのぼって、なかったことになる

夫から妻への相続と妻から買主への売買が取消しにより両方とも崩れる関係図 図:夫から妻への相続と妻から買主への売買が取消しにより両方とも崩れる関係図

では、実際に取り消されると、何が起きるのか。そもそも、宣告というのは——「一応、死んだことにしておく」という、扱いに過ぎません。生きていたと分かった以上——法律関係は、本来あるべき姿に、戻すのが筋です。だから、取消しの効果は、さかのぼります。一段ずつ、順番に追いかけてみましょう。まず一つ目。宣告そのものが、最初から無かったことになります。二つ目。夫が死んでいなかった以上——妻の相続も、最初から始まっていなかったことになります。三つ目。相続が始まっていなかった以上——妻が、家と預金を受け取る理由も、無かったことになります。

それでも、原則をそのまま貫くなら——もらう理由が無かった、という扱いになります。ここで、四つ目です。もらう理由が無かった以上——妻は、そもそも家の所有者ではなかった、ということになります。ここまで来ると、家を買った人にも——影響が、及びます。五つ目です。妻が所有者でなかった以上——買った人は、所有者でない人から、家を買ったことになります。六つ目です。所有者でない人からは——所有権を、譲り受けることが、できません。買った人は、家の所有権を、取得できていないことになります。知らずに買っただけの人が——一方的に、家を失うことになります。

原則を、そのまま貫けば——そうなります。ここで、もう一つ考えてみてください。もし、ここで遡及させなかったら、どうなるでしょうか。夫は、本当は死んでいませんでした。それなのに、その誤った前提の上に積み重なった——相続や再婚を、法がそのまま認め続けることになります。だから、原則は、さかのぼるしかありません。この、困った状態に——民法は、答えを持っています。

例外——信じて動いた人の足元は、崩さない

32条1項後段が働いた後は妻から買主への売買だけが残り買主の足元は崩れない関係図 図:32条1項後段が働いた後は妻から買主への売買だけが残り買主の足元は崩れない関係図

この、困った状態を——もう一度、整理してみましょう。買った人は、知らずに買っただけです。なのに、遡及効を貫くと、その人が——一方的に、損をすることになります。もう一つ、考えてみてください。もし、こういう理不尽が、いつでも起きうるとしたら——この先、失踪宣告のあとに家を買おうとする人は——どう思うでしょうか。そうなると、宣告のあとの家は、怖くて買えません。誰も、失踪宣告のあとの取引を、信用できなくなります。だから、民法は、線を引きました。原則をそのまま貫くのでもなく——かといって、全部を守るのでもなく——信じて動いた人の足元だけは、崩さない。

条文を、見てみましょう。

条文民法32条1項

民法 第三十二条(失踪の宣告の取消し)第一項 失踪者が生存すること又は前条に規定する時と異なる時に死亡したことの証明があったときは、家庭裁判所は、本人又は利害関係人の請求により、失踪の宣告を取り消さなければならない。 この場合において、その取消しは、失踪の宣告後その取消し前に善意でした行為の効力に影響を及ぼさない。

ここが、今日のいちばんの核心です。宣告のあと、取消しの前に——善意でした行為は、影響を受けない。覚えていますか。善意とは、何でしたか。知らないこと、でしたよね。優しい心とか、そういう意味じゃなくて。知らないのが善意、知っているのが悪意です。ここでいう善意は——「夫が生きていることを、知らなかった」ということです。だから、この後段が働きます。買った人は、家を失わずに済みます。相続の矢印は、崩れたまま。でも、妻から買主への売買だけは——そのまま、残ります。では、もう一度、自分の言葉で言ってみてください。

宣告のあと、取消しの前に、知らずにした行為なら、そのまま有効です。

その善意は、誰の善意か

生存を知りながら売った妻と知らずに買った買主を並べて誰の善意が要るのかを問いのまま置く板

さて、ここで、条件を一つ変えてみます。もし、妻が、夫が生きていることを——知っていたとしたら、どうでしょうか。たとえば、妻のもとに、風の噂が届いたとします。「あの人、生きているらしい」。妻は、それを聞いて、慌てました。もし本当なら、家は返さなければならないかもしれない。そこで、噂を確かめる前に——急いで、家を売ってしまいました。知っていながら、知らない人に売ったとします。少し考えてみましょう。もし、買った人の善意だけで足りるとしたら——知っている妻は、どう動くでしょうか。生きていると知っている人が——知らない相手にだけ、売り抜ければ——いつでも、逃げ切れることになります。

帰ってきた夫の保護が、まるごと抜け落ちます。正直に名乗り出るより——黙って売り抜けたほうが、得になってしまいます。それでは、本末転倒です。この抜け道が、一つでも開いていたら——32条1項後段は、機能しなくなります。この、買う側の善意だけで足りるとする考え方は——相手方善意説と、呼ばれます。でも、今見たとおり、抜け道が残ってしまいます。だから、古い判例は、こう考えました。

判例大判昭和13年2月7日(民集17巻59頁)

双方が善意でなければならない——善意の範囲を絞った判例 民法三十二条一項後段にいう善意は、直接取得者と第三者の双方が備えていなければならない。

買う側だけの善意で足りるとすると悪意の売主に抜け道が開くため双方の善意を要するとした対比板

妻も、買った人も——両方が、善意でなければなりません。どちらか一方でも悪意なら——この後段は働かず、原則どおり巻き戻ります。この、双方に善意が要るとする考え方を——双方善意説と、呼びます。判例と通説の立場です。今、見た抜け道を、ふさぐためです。では、逆のパターンも、考えてみましょう。妻は、何も知りませんでした。でも——買った人のほうが、実は、夫が生きていることを——知っていたとしたら、どうでしょうか。この場合も——この後段は、働きません。双方というのは——どちらか一人でも欠けたら、成立しない、ということです。

面白い言い方で、まさにそのとおりです。両方そろって、初めて働きます。

後から来た、悪意の人

相続人から善意の買主へさらに悪意の転得者へ渡った家は誰のものかを問いのまま置く関係図

では、今度は、別の場面を考えてみましょう。妻も、買った人も、善意——さっき見た、後段が働く場合です。その人が、家をさらに、別の人に売ったとします。この、転売で買った人のことを——転得者と、呼びます。そして、今度の買い手は——「あの夫、生きているらしい」と、知っていました。知っている人まで守らないとすると、同じ家の持ち主は、誰になるのでしょうか?実は、家は、夫のもとには戻りません。ここで、一度整理しましょう。最初の買い手が、家を手に入れた時点で——もう、権利関係は、確定しています。32条1項後段が、一度働いた以上——その後に、誰が何を知って買おうと——確定した権利は、動きません。

あとから来た人の心の中身は、関係ありません。今の持ち主が、確定的に持ち続けます。最初の買い手が悪意だった場合は、話が変わります。最初の時点で、後段はそもそも働きません。原則どおり、巻き戻ってしまいます。最初の一歩で、善意かどうかが——決まってしまいます。もし、逆の考え方を取ると——何が起きるか、一緒に見てみましょう。買い手ごとに、結論が変わるとしたら——同じ家の持ち主が、買い手が変わるたびに——コロコロ変わることに、なってしまいます。いつ、権利が覆るか分からない家に——お金をかける人は、いません。

買い手ごとに結論が揺れる相対的構成と善意の買主の時点で確定する絶対的構成の対比板 図:買い手ごとに結論が揺れる相対的構成と善意の買主の時点で確定する絶対的構成の対比板

だから、判例・通説は、こう考えます。一度確定した権利は、後から来た人の心の中身では動かさない。この考え方を、絶対的構成と呼びます。反対に、買い手ごとに結論を変える考え方もあり——そちらは、相対的構成と呼ばれます。判例・通説が取るのは、絶対的構成のほうです。少し直感に反しますが——理由は、法律関係を早く、簡明に確定させるためです。一度、区役所の窓口で受理された届出のようなものです。あとから来た人が「実は知っていました」と言っても——受理そのものは、覆りません。転売が重なっても、同じことです。何度、手が変わっても——一度確定した権利は、動きません。

実は、この発想——買った人が知らなければ守られる、という考え方は——この先、別の場面でも、もう一度出てきます。通謀虚偽表示という、94条2項の話です。今日は、名前だけ覚えておいてください。登記を信じたこと自体は、守られない——そういう話でした。今日守っているのは、登記ではなく——家庭裁判所の宣告を信じたことです。信頼を守るのは、こうして場面ごとに置かれた、個別の条文だけなんです。

再婚は、どうなるのか

双方善意なら後の婚姻だけが残り一方でも悪意なら前の婚姻が復活して重婚状態になる場合分け板

では、今日、二つ目の問いに進みましょう。妻の再婚は、どうなるのでしょうか。考え方は、今までと、同じです。まだ、結婚一年目の、あの二人です。妻と、再婚した相手——両方が、善意だったとします。この場合は——後の婚姻だけが、残ります。前の婚姻は、復活しません。では、逆の場合を、見てみましょう。もし、妻か再婚相手の、どちらか一方でも——夫が生きていることを、知っていたら。さっきの、家の場合と、同じ発想です。この場合は——前の婚姻が、復活します。しかも、後の婚姻も、それだけでは無効に、なりません。夫が、二人いる状態に、なります。

少し、想像してみてください。妻は、前の夫とも、後の夫とも——同時に、婚姻関係にあることになります。戸籍のうえでも、宙ぶらりんの状態に、なります。どちらの婚姻も、消えていない以上——二つとも、法律上は生きています。では、なぜ、こんな不自然な結果を、受け入れるのでしょうか。もし、いつも後の婚姻だけを残すとしたら——どうなるか、考えてみてください。信じて動いた人だけを守る、という枠組みが——崩れてしまいます。では、逆に、いつも前の婚姻を復活させるとしたら。さっきの家族と、同じです。何も知らずに、ここまで生活を築いてきた人たちを——理由もなく、壊すわけにはいきません。だから、双方が善意かどうかで——線を引くしか、ないんです。この、その後の後始末——前の婚姻を終わらせる理由になり——後の婚姻を、取り消す理由になります。詳しくは、別の回で扱います。今日、持ち帰ってほしいのは——さっきと同じ枠組みが、身分行為にも使われている、ということです。

この一本の見方が——場面を変えても、そのまま使えます。

32条1項後段は、誰を守っているのか

宣告を信じてした売買の効力は守られるが相続で受け取ったこと自体は守られないという取得原因ごとの対比板

さて、ここまでで、一つ目と二つ目の問いに——答えが、出ました。家を買った人は、守られました。妻の再婚も、場合分けができました。そこで、一つ確かめておきたいことが、あります。32条1項後段は、そもそも、誰を守っている規定でしょうか。買った人を守る規定——そう見えますが、条文は、人を守るとは、書いていません。では、妻自身は、この後段で守られるでしょうか。実は、妻については——守られるものと、守られないものが、分かれます。理由を、考えてみましょう。もう一度、条文の言葉に、戻ります。「善意でした、行為」。

ここでいう行為とは——直接取得者と、第三者の、あいだの取引を指します。妻と、買った人の、あいだの売買——この「行為」を、守っています。後段が守るのは、人ではなく——行為の効力です。この売買で、家が買った人に移った——その効力は、そのまま残ります。残らないのは、妻が家と預金を手に入れた、そのもとのほうです。相続は、妻が誰かと取引をした——という出来事では、ありません。ただ、法律の上で、受け取っただけです。手に入れた原因が、自分でした取引か、そうでないか——そこが、決定的に違います。買った人は、宣告を信じて、自分から動きました。妻のほうは、相続で、棚から落ちてきたものを、受け取っただけです。相続そのものについては、妻は、宣告を信じて、何かをしたわけでは、ありません。だから、相続で受け取った分は、この後段の対象には、なりません。

この分かれ目が、今日、いちばん誤解されやすい点です。もし、ここで妻まで守ってしまったら——どうなるか、考えてみましょう。妻を守るということは——妻が、家と預金を、まるごと保持し続けられる、ということです。相続で受け取った分まで、守られてしまうと——さっき見た、原則、あの「さかのぼって、なかったことになる」が——ほとんど、意味を失います。だから、後段が守るのは——宣告を信じて、した取引の効力だけ、なんです。では、妻は、全部返さなければ、ならないのでしょうか。返す範囲を決めるのは——別の条文です。今日は、そこまでは踏み込みません。

今日の地図(保存版)

原則は巻き戻り例外は信じて動いた人の足元を守るという枠組みと答えを書かない開いた問いをまとめた板

では、今日、見てきたことを、まとめましょう。取消しの効果は、原則、さかのぼって——なかったことに、なります。ただし、例外があります。宣告を信じて動いた人の足元——そこだけは、崩しません。ただし、善意は——売る側と、買う側、双方に要ります。でないと、知っている人が逃げ切ってしまいます。同じ家の持ち主が——買い手ごとに変わってしまっては、困るからです。再婚も、同じ枠組みで決まります。双方が善意なら、後の婚姻だけが残り——一方でも悪意なら、前の婚姻が復活します。今日、出てきた答えは、全部——最初の一つの見方から、出てきています。原則は、巻き戻る。例外は、信じて動いた人を守る。

家はどうなるか、再婚はどうなるか、妻はいくら返すのか——この三つの問いのうち——一つ目と、二つ目には、答えが出ましたね。家は、買った人のもとに残りました。妻の再婚も、場合によって決まりました。買った人は、守られました。では、家を売った妻自身は——いくら、返すのでしょうか。その問いの答えは、まだ出ていません。

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#26単独ページ動画

失踪宣告の取消しと現存利益(32条2項)

第1章 民法総則 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

まず、全部失う——「直接」の線引き

宣告によって夫から直接財産を得た妻受遺者生命保険金受取人には32条2項が及びそこから買った第三者には32条1項後段が及ぶという入口の分かれ道を示す関係図

まず、条文の言葉を、確かめましょう。32条2項が対象にするのは、宣告によって直接、財産を得た人です。前回と同じ言葉です。前回、後段が働くのは直接取得者と第三者のあいだの取引でしたね。32条2項は、その手前——直接取得者、自身の話です。直接取得者の一つ目は、相続人です。妻が、まさにこれに当たります。ほかにも、遺言で財産をもらった人や、生命保険金の受取人が、これに含まれます。理由は、同じです。どちらも、宣告そのものによって、直接、財産を手にしています。詳しい話は、また別の回で扱います。今日は、この三者が直接取得者側に立つ、とだけ押さえてください。

買った人は、妻からの取引で、手に入れただけです。宣告によって、直接手に入れたわけでは、ありません。だから、買った人は32条1項後段の側。妻は32条2項の側です。では、その2項の中身を、条文で確かめましょう。

条文民法32条2項

民法 第三十二条(失踪の宣告の取消し)第二項 失踪の宣告によって財産を得た者は、その取消しによって権利を失う。ただし、現に利益を受けている限度においてのみ、その財産を返還する義務を負う。

本文で、まず失う。ただし書で、現に利益を受けている限度だけ、返す義務が残る。前回の原則です。取消しで、宣告は最初から無かったことになりました。だから、宣告で得た権利も、さかのぼって失われます。考えてみてください。本文だけで終わるとしたら、どうなるでしょうか。妻は、もう手元に無いお金まで、全部かき集めて返さなければなりません。それでは、あまりに酷です。だから、ただし書があります。返す範囲を、現に残っている分だけに、絞っているんです。ここから、一緒に考えていきましょう。

現に、残っている分だけ

妻が相続した現金を五つの使い道で並べそれぞれ残っているのかを問いのまま置く板 図:妻が相続した現金を五つの使い道で並べそれぞれ残っているのかを問いのまま置く板

妻の手元にあるのは、家を売ったお金と、もともとの預金です。今日、確かめるのは、この、お金の部分です。では、山場です。「現に利益を受けている限度」とは、何でしょうか。では、それが具体的に何を指すのか、確かめてみましょう。妻が、相続した現金、六百万円を、手にしていたとします。この六百万円を、五つの使い方で、それぞれ考えてみます。一つ目。家賃と食費に、充てました。二つ目。借りていたお金の返済に、充てました。三つ目。そのまま、口座に置いてあります。四つ目。友人との旅行で、使い切りました。五つ目。空き巣に入られて、盗まれました。

使ってしまった、という点では同じに見えます。何が違うのでしょうか?

浮いたかどうかという判断基準を示し家賃と食費借金の返済そのまま口座は残り友人との旅行と盗難は残らないと対応づける板

実は、違います。基準は、一つだけです。そのお金が無くても、もともと出ていくはずだった出費だったか。家賃と食費は、遺産が無くても、いずれ自分の財布から出ていくお金です。その出費を、遺産が肩代わりしました。だから、自分の財布のほうに、その分が浮いて残っています。ここでいう利益は、お金そのものの見た目ではありません。妻の財産全体を見たとき、その分だけ目減りせずに済んでいる——それが利益です。だから、生活費に使った分も、現に利益を受けている、と言えます。少し贅沢な食材でも、基準は変わりません。もともと食費として出ていくはずだった範囲を超えた分は、浮いていません。

あくまで、出ていくはずだった範囲かどうかで、線を引きます。借金の返済も、同じです。いずれ自分のお金で返すはずでした。そのまま口座に残っている分は、言うまでもありません。形を変えず、そこにあります。旅行は、遺産が無ければ、そもそも行かなかった出費です。浮いた分が、ありません。思い出は残りますが、法律が見ているのは、財産としての利益です。妻の財布や預金という、目に見える財産だけを見ています。盗難も、同じです。遺産が消えただけで、妻の財布には、何も残っていません。この基準さえ持っていれば、初めて見る使い道でも、自分で答えを出せます。もう一つ、試してみましょう。通っていた習い事の月謝に使った、としたら?

月謝も、いずれ自分のお金で払うはずだった出費なので、浮いた分として残ります。では、遺産の一部を、慈善団体に寄付していたら、どうでしょうか。寄付は、遺産が無ければ、そもそもしなかった支出です。浮いた分はありません。基準はあくまで、浮いたかどうか、その一点だけです。では、数字でも、確かめてみましょう。六百万円のうち、二百万円を生活費に充てたとします。さらに百万円を旅行に使い、三百万円をそのまま残していたら——生活費の二百万と、残った三百万で、五百万円を返します。基準さえ分かれば、自分で導けます。

条文にない言葉を、足す理由

32条2項ただし書には善意という言葉が無いことを示しそれでも足すべきかを問いのまま置く板

さて、ここまでの話には、実は、一つ前提が隠れています。妻が、夫の生存を、知らなかったという前提です。では、妻が「夫は生きている」と知りながら、受け取って使っていたら、どうでしょうか。もう一度、条文を、見てみましょう。32条2項には、善意という言葉は、一度も出てきません。条文には、善意と書いてありません。それでも足すべきでしょうか?

善意者限定説の対比板善意は現に残っている分だけ悪意は全部と利息という結論と理由反対説の言い分を示す

実は、通説は、ここに善意という要件を、解釈で足しています。理由を、考えてみましょう。もし、知っていた人まで、残っている分だけでいいとすると、どうなるでしょうか。生きていると知りながら使い切った人が、残っている分だけで済んでしまいます。それでは、帰ってきた夫に対して、あまりに不公平です。知っていながら、あえて派手に使い切ってしまえば——「もう残っていません」と、開き直れることになってしまいます。だから、知っていた人には、この抜け道を、そもそも与えません。だから、現に利益を受けている限度で足りるという扱いは——知らなかった人、善意の人だけに、限られます。この考え方を、善意者限定説と呼びます。

知っていた人は、全部と利息を付けて、返さなければなりません。もう一つ、確かめておきたいことがあります。ここで言う善意は、うっかり気づかなかった、という程度でも構いません。知らなかった、という事実さえあれば足ります。ここで問題にしているのは、知っていて使ったかどうかです。気づけたかもしれない、という程度の話までは、公平さを崩しません。さっきの抜け道は、生きていると知っていた人にしか作れないからです。知らずに使った人には、先回りして使い切るという手が、そもそもありません。知っていたかどうかが、分かれ目です。

何も知らない生活費なら仕方ないと思えても——生きていると知りながら使われていたのなら、話は別です。では、ここで、両方を組み合わせて、確かめてみましょう。もし、知っていながら、生活費に六百万円を使い切っていたら、どうなるでしょうか。知っていた以上、現に利益を受けている限度という絞りは、そもそも働きません。使い道にかかわらず、六百万円全部と、利息を、返さなければなりません。浮いたかどうかを見るのは、善意者だけの話なんです。

過失の有無は問わず知っていたかどうかだけが分かれ目であることを示し悪意者には生活費に使っていても浮いたかどうかの絞りが働かず六百万円全部と利息を返すという結論を示す板

ただ、この善意者限定説には、反対の考え方もあります。一つ目。条文には、そもそも善意という言葉が書かれていない、という指摘です。二つ目。善意を要求すると、このただし書は独自の存在理由を失う、という指摘です。この二つ目の指摘、実は覚えておいてください。ここまで見てきた「全部と利息」という結論も、実は、32条2項自体には、そこまで書かれていません。その答えを、次に、確かめましょう。

ただし書は、何を言っているのか

703条704条が作る善意の受益者は残っている分だけ悪意の受益者は全部と利息という結論の形を示し32条2項ただし書の結論とどこが違うのかを問いのまま置く板

では、先ほどの、二つ目の指摘を、確かめましょう。善意を要求すると、独自の存在理由を失う、という指摘です。実は、この指摘は、正しいんです。反対説は、正しいというより、ただし書の正体を、言い当てています。民法には、失踪宣告とは別に、もう一つ大きな原則があります。法律上の理由なく、利益を受けた人は、それを返す、という原則です。

条文民法703条

民法 第七百三条(不当利得の返還義務) 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

この703条にいう、善意の受益者は——残っている分だけ、返せば足ります。知っていた人については、703条には書かれていません。そちらは、すぐ次の704条が受け持ちます。

条文民法704条

民法 第七百四条(悪意の受益者の返還義務等) 悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

一方、知っていながら受け取った、悪意の受益者は——全部と利息を付けて、返さなければなりません。知っていながら手放さなかったのですから、返すのが遅れます。その遅れを、利息で埋め合わせます。条文の後半にある損害の賠償と、詳しい計算は、また別の回に譲ります。今日は、この結論の形だけ押さえてください。そっくり、ではありません。全く同じです。32条2項ただし書が導く結論は、703条と704条から当然に出てくる結論と一致します。遡及効を、特別に制限する規定では、ありません。当然のことを、念のため書いただけの、確認規定です。

独自の存在理由を失うという、さっきの指摘は——まさに、この正体を言い当てていたんです。反対の考え方は、悪意者包含説と呼ばれます。批判のつもりが、正体を暴いていました。

32条1項後段は一般原則からは出てこない結論を生む本物の例外であり32条2項ただし書は703条704条をなぞっただけの確認にすぎないという到達点の対比板

ここで、前回の話を、思い出してください。32条1項後段は、無権利者から買った人が、権利を得る、という結論でした。これは、一般原則からは、絶対に出てこない結論です。703条や704条をどう読んでも、無権利者から買った人が権利を得るとは出てきません。これらの条文だけで、買った人を守ることはできません。不当利得は、法律上の理由が無いことが前提です。でも、買った人には、代金を払って買ったという、れっきとした理由があります。だから、32条1項後段という、専用の規定が、別に必要だったんです。32条1項後段は、本物の例外。32条2項ただし書は、確認にすぎない。

今日、この違いに気づけたことが、いちばんの収穫です。最後に、全体を、通して確かめておきましょう。もし、妻が知らずに、六百万円を生活費と旅行に半分ずつ使っていたら——知らなければ、浮いた三百万円だけです。では、これがもし、知っていた場合なら——知っていれば、使い道を問わず六百万円全部と利息です。今日の話が、全部つながりましたね。善意者限定説を採る理由を書くとき、今日たどり着いたこの位置づけが、そのまま論証になります。今日の発見は、単なる豆知識では、終わりません。

今日の地図(保存版)

32条2項は本文で失いただし書で現に残っている分だけ返すと定めそれは703条704条から当然に出る確認にすぎず本物の例外である32条1項後段と対をなすというまとめと送りの板

では、今日、見てきたことを、まとめましょう。32条2項は、まず本文で、権利を失います。そのあと、ただし書で、現に残っている分だけ、返す義務が残ります。もともと出ていくはずだった出費に充てた分は、形を変えて残っています。生活費や借金のように肩代わりされた分は残り、旅行や盗難は残りません。ただし、それが通るのは、知らなかった人だけです。そして、この区別は、703条と704条から、そのまま出てくる区別でした。だから、あのただし書は、当然のことを念のため書いただけでした。32条1項後段のほうは、一般原則からは出てこない、本物の例外でした。同じ32条の中に、性質の違う二つが、同居している。

相続人、受遺者、生命保険金の受取人——これが直接取得者でした。今日と前回、二つの条文がつながって、初めて全体が見えてきます。これが、今日、いちばん持ち帰ってほしいことです。取消しの話は、これで一周しました。この先は、生きていることが分かる、もう一つの場面に進みます。認定死亡、そして、同時死亡の推定です。少しずつ、積み上げていきましょう。

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#27単独ページ動画

認定死亡と同時死亡の推定(32条の2)

第1章 民法総則 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

認定死亡とは何か

船が転覆する事故から取調べにあたった官公署の報告死亡地の市町村長への届出戸籍への記載までの流れを示し裁判所は関与しないという流れ板

まず、認定死亡から見ていきます。例えば、船が転覆する事故が起きたとします。乗っていた人の一人が、行方不明になりました。状況からして、助かった可能性はほとんどありません。でも、遺体は見つかっていません。こういうとき、どうやってその人の死亡を扱うのか。それが認定死亡です。現場を調べた官公署——例えば、海上保安庁のような役所です。その役所が、死亡地の市町村長に死亡の報告をします。それを受けて、市町村長が戸籍に死亡の記載をします。認定死亡に、裁判所は出てきません。ここが、後で見る失踪宣告との大きな違いです。条文の言葉も、確認しておきましょう。

条文戸籍法89条

戸籍法 第八十九条 水難、火災その他の事変によつて死亡した者がある場合には、その取調をした官庁又は公署は、死亡地の市町村長に死亡の報告をしなければならない。但し、外国又は法務省令で定める地域で死亡があつたときは、死亡者の本籍地の市町村長に死亡の報告をしなければならない。

条文の言葉どおりです。本文は、日本国内で亡くなった場合の話です。取り調べた役所が、死亡地の市町村長に報告します。外国や、法務省令で定める地域で亡くなった場合です。この場合は、死亡者の本籍地の市町村長に報告します。どちらにしても、届け出るのは役所であって、裁判所ではありません。

推定にすぎない——覆り方の違い

戸籍法89条が命じているのは役所が報告することだけで戸籍は起きた出来事を書き留める帳簿にすぎず記載があることと真実であることは別だから生存が分かれば記載のほうが引っ込むという理由の連なりを示す板

ここで、一つ確認しておきたいことがあります。失踪宣告のところで扱った「みなす」を思い出してください——死亡とみなされた人が生きて帰ってきたら、宣告の効力はどうすれば消えるでしょうか?では、認定死亡はどうでしょうか。認定死亡で死亡として扱われていた人が、生きて戻ってきたら——取消しのような手続を経る必要はありません。当然に、効力を失います。ここが、失踪宣告との決定的な違いです。89条が定めているのは、官公署が死亡を「報告する」ということだけです。裁判所が死亡を認定する手続きは、どこにも入っていません。

戸籍というのは、起きた出来事を書き留める帳簿にすぎません。以前、登記のところで確認しましたよね——日本の不動産登記には、公信力がありません。記載があることと、その記載が真実であることは、別の問題なんです。戸籍の記載も、同じ構造です。だから、生きて戻ってきたという事実さえあれば、記載のほうが黙って引っ込みます。

失踪宣告の効果はみなすで取消しの審判が無ければ覆らず認定死亡の効果は推定で生きて現れれば当然に覆るという対比を根拠法場面だれが動かすか効果の強さ覆し方の五観点で示す表

一度、まとめて見てみましょう。まず根拠法です。失踪宣告は、民法です。認定死亡は、戸籍法に根拠があります。次に場面です。失踪宣告は、生死不明の状態が一定期間続いたときです。認定死亡は、死亡がほぼ確実だけど遺体が無いときです。だれが動かすかも違います。失踪宣告は、家庭裁判所の審判です。認定死亡は、官公署の報告です。そして、効果の強さです。失踪宣告は、死亡と「みなす」。認定死亡は、戸籍上死亡として扱います——これが「推定」です。だから覆し方も変わります。失踪宣告は、取消しの審判が無ければ覆りません。失踪宣告の回で確かめたとおり、みなすは、違う事実が証明されても、それだけでは覆りません。推定は、違う事実が証明されれば、そちらを採ります。認定死亡は、生きて現れれば当然に覆ります。同じ船の事故でも、役所が死亡を認めて報告すれば、認定死亡になります。その報告がないまま、生死の分からない状態だけが続けば——出番は、失踪宣告のほうです。入口が分かれるのは、役所の報告があるかどうかです。

この違いを裏づける判例もあります。

判例最判昭和28年4月23日(民集7巻4号396頁)

反証があれば、この記載は覆る 戸籍の死亡の記載は、反証がない限り、そのとおりに認めてよい。ただし、反証があれば、その限度で覆る。

反証というのは、今言った、違う事実の証明のことです。官公署の報告という、確定力の弱い手続きで戸籍に記載される以上——反証が出れば、その記載は覆ります。

相続人の範囲——計算に必要な最小限

配偶者は常に相続人になり血族側は子が第一順位で子がいなければ直系尊属それもいなければ兄弟姉妹という順位で決まることを示す木

ここまでで、死亡という事実が戸籍にのるところまで来ました。ここから先は、その死亡によって誰が財産を受け継ぐか——相続人の話です。今日、これから計算するために必要な部分だけに絞って押さえます。広い分野ですが、今日は必要な部分だけです。まず配偶者です。配偶者は、常に相続人になります。890条です。配偶者は、他の誰と並んでも必ず相続人です。次に血族側です。血族側には順位があります。第一順位は子です。887条1項です。子がいなければ、第二順位——直系尊属です。父母や祖父母のような、自分より上の世代の血族のことです。889条1項1号です。直系尊属もいなければ、第三順位——兄弟姉妹です。889条1項2号です。

子が先に亡くなっていれば孫が代襲しさらに孫も亡くなっていればひ孫が再代襲するが兄弟姉妹側の代襲は甥姪の一代限りで止まることを子の側と兄弟姉妹の側で並べて示す表

そして、もう一つ大事な仕組みがあります。亡くなって財産を残す側の人のことを、被相続人と呼びます。その被相続人より、子が先に死亡していた場合です。子が先に亡くなっていても、相続人がいなくなるわけではありません。その場合は、子の子——つまり孫が、代わりに相続人になります。887条2項です。これを代襲相続と呼びます。条文を、そのまま見ておきましょう。

条文民法887条2項

民法 第八百八十七条(子及びその代襲者等の相続権)第二項 被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第八百九十一条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。

相続の開始は、失踪宣告の回で見たとおり、その人が亡くなって、相続人が財産を引き継ぐ手続きが始まることです。代襲が起きる場合として挙がっているのは、三つ——死亡と、あとの二つです。あとの二つは、相続人になるはずだった人が、その相続権を失う場合です。今日は、そこまでで十分です。最後のただし書にある直系卑属は、さっきの直系尊属の反対で、子や孫のような下の世代です。なぜ、こういう仕組みがあるんでしょうか。本来、子が受け取るはずだった取り分を、そのまま孫に引き継がせる仕組みだからです。死亡は、本人にはどうにもできない事情です。代襲が働くのは、本人が自分の意思で相続から降りたわけではない場合です。死亡も、さっき条文で見た二つも、そこは同じです。さらに孫まで死亡していれば、ひ孫が再代襲します。887条3項です。

兄弟姉妹側にも代襲はあります。甥や姪が代襲します。889条2項です。ただし、ここに大事な違いがあります。

条文民法889条2項

民法 第八百八十九条(直系尊属及び兄弟姉妹の相続権)第二項 第八百八十七条第二項の規定は、前項第二号の場合について準用する。

ここで準用しているのは887条2項だけです。887条3項は含まれていません。兄弟姉妹側の代襲は、甥・姪の一代限りです。再代襲は起きません。そこが、試験でもよく問われる違いです。さっき確認した、取り分をそのまま引き継がせるという代襲の趣旨に照らして考えてみましょう。甥や姪のさらに先まで、その取り分を引き継がせるべき関係とは言いにくい——被相続人から見て、関係が遠くなりすぎる、と考えられています。そこまで広げる必要はない、という判断です。もう一つだけ触れておきます。相続を放棄した場合は、代襲は起こりません。

さっき読んだ887条2項を思い出してください——挙がっていたのは、死亡と、相続権を失う二つ、合わせて三つの場合だけです。放棄は、自分の意思で相続人の立場を手放すことです。だから、この三つのどれにも当たりません。この区別は、後で代襲相続の話に戻ったときに、もう一度効いてきます。

死亡の先後で、相続人が入れ替わる——結論を確認する

夫が先に死亡し妻と子が相続したが子も死亡したためその財産は直系尊属である妻に集まり結局すべて妻のものになる流れを示す関係図

では、ここから実際に計算していきます。さっきの雪崩の場面を、もう少し詳しく設定します。亡くなったのは、夫のAさんと、その子のCさんです。残っているのは、妻のBさんです。まず、Aさんが先に亡くなり、そのあとでCさんが亡くなった場合を考えます。Aさんが亡くなった、その瞬間には——Cさんは、まだ生きています。Aさんの相続人は、配偶者のBさんと、子のCさんです。ところが、そのあとでCさんも亡くなってしまいます。Cさんが亡くなった時点で、Cさんを被相続人として、相続人を一から数え直します。まず配偶者はいるか——Cさんに配偶者は、いません。次に子はいるか——Cさんに子も、いません。

次の順位、直系尊属です。Cさんの父はAさんですが、もう亡くなっています。Cさんの母はBさんで、Bさんは生きています。結局、Aさんの財産はいったんCさんにも渡りますが、そのCさんが亡くなることで——最終的に、すべてBさんのものになります。ここで、たとえを一つ挟みます。相続は、椅子取りゲームに似ています。音楽が止まった瞬間——つまり死亡の瞬間に、まだゲームに参加していた人だけがその椅子に座れます。Aさんの音楽が止まった瞬間に、Cさんがまだ参加していれば、Cさんはその椅子に座れます。でも、Cさんが先に退場していれば、Cさんはその椅子に座れません。この家族では、Cさんに代わりに座れる人もいません。だから椅子は、次の順位の人に回ります。ここで一度、動画を止めて考えてみてください。もし、CさんがAさんより先に亡くなっていたとしたら——Aさんの相続人は、誰になるでしょうか?では、答え合わせです。

子が先に死亡していたため夫の死亡の瞬間に子はもう相続人になれず妻と夫の父が分けて相続することになる関係図

今度は、Cさんが先に亡くなり、そのあとでAさんが亡くなった場合です。Aさんが亡くなった、その瞬間に、Aさんの相続人を数えます。まず配偶者はいるか——妻のBさんが、います。次に子はいるか——Cさんは、もうこの世にいません。子がいない以上、次の順位——直系尊属に移ります。Aさんの父、Dさんです。Aさんの相続人は、妻のBさんと、父のDさんの二人になります。同じ、Aさんと、Cさんが亡くなったという事故なのに——死亡の順番が逆なだけで、相続人の顔ぶれが、まったく変わってしまいます。だからこそ、この死亡の順番が分からないという事態を、法律は放っておけないんです。

先後不明のとき——32条の2

記録が残っておらずどちらが先に死亡したかが分からないという事実に対し民法32条の2というルールが用意されていることを示す板

実際の事故では、どちらが先に亡くなったか、記録に残っていないことがほとんどです。そこで、民法は一つのルールを用意しています。

条文民法32条の2

民法 第三十二条の二 数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。

32条の2と32条2項は、番号は似ていますが、別の条文です。前に扱ったのは失踪宣告の取消しの話、こちらは死亡の先後が分からないときの話です。よく見ると、条文は「先後が不明なとき」とは書いていません。「一方が、他方の死亡後もなお生きていたことが、明らかでない」という言い回しです。中身は同じことを指していますが、条文の言葉は、これです。そして効果は——これらの者は、同時に死亡したものと推定します。考えてみてください。先後が分からないままだと、さっき見たとおり、相続人が誰なのか決まりません。では、どちらかが先に死んだと決め打ちすればいいでしょうか。

それは、なんだか乱暴な気もします。証拠が無いのに、一方の側に有利な結論を作ってしまうことになります。例えば、いつも年上のAさんが先に死んだことにする、と決めてしまえば——さっき見た二つの結論のうち、いつも同じ側だけが得をすることになります。だから民法は、どちらにも傾かない扱いに揃えました。それが、同時死亡の推定です。推定が覆る場面は、最後にもう一度扱います。今、AさんとCさんに、これを当てはめてみましょう。

夫と子が同時に死亡したものと推定されるため夫の死亡の瞬間に子は生存していたとは言えず妻と夫の父が相続する関係図

もう一度、Aさんの相続人を数えてみましょう。配偶者はいるか——妻のBさんが、います。子はいるか——Aさんが亡くなった瞬間に、Cさんが生きていたとは言えません。だから子がいない扱いになり、次の順位——直系尊属のDさんに移ります。Aさんの相続人は、妻のBさんと父のDさんです。もう一つ、大事な効果があります。遺言で財産を人に渡すことを遺贈と呼びますが、同時に死亡した者の間では相続も遺贈も生じません。同時に亡くなったと扱う以上、Aさんが亡くなったその瞬間には、Cさんももう生きていません。渡す相手そのものがいない——だから、渡しようがないんです。

ただし、代襲相続は生じる

夫と子が同時死亡と推定されても子の死亡を原因として子の子である孫が代襲し妻と孫が相続する関係図

同時死亡だから相続しない——では、孫も相続できないんでしょうか。それを、次に確かめましょう。結論から言うと、受け取れます。相続しないという話と、代襲の話は別なので、順番に見ていきましょう。Cさんに子供がいたとします。Aさんから見れば、孫にあたります。AさんとCさんが同時に死亡したと推定されました。この場合、Cさんの子——孫が、Cさんに代わって相続人になります。887条2項です。ここでは、Cさんが死亡したことが、代襲の原因になっています。さっきの椅子取りゲームで言えば、死亡という理由でゲームを退場した人の椅子には、その人の子が代わりに座ってよい、という特別ルールです。

しかも条文は、相続の開始「以前」に死亡したとき、と書いていました。「以前」は、その時点を含みます——同時に亡くなった場合も、ここに入ります。相続しない、と言ったのは、AさんとCさんの間で直接相続が起きるかどうか、という話です。そこは同時死亡なので、起きません。でも、代襲相続は別の話です。Cさんが死亡したという事実さえあれば、孫がCさんの代わりに相続人になります。ここを混同するのが、試験でも一番多い間違いです。ここは、論文でも狙われるところです。結果として、Aさんの相続人は、妻のBさんと——Cさんの子である孫の、二人になります。

Aさんの父であるDさんは、ここでは相続人になりません。孫は、子の代わりとして第一順位に立ちます。血族側の第一順位がいる以上、直系尊属の出番には回りません。ちなみに、さっき触れた放棄の話を思い出してください。もし、Cさんが相続を放棄していたら、どうなるでしょうか?放棄では代襲が起きない、という結論は、そのとおりです。死亡は、本人にはどうにもできない事情です。放棄は、自分から相続人の立場を降りることです。だから、条文に挙がっていた三つのどれにも当たりません——孫は代襲できません。この違いが分かっていれば、迷わなくなります。

推定だから、覆せる

先後が証明できれば推定は破れて元の順序の結論に戻り証明できなければそのまま同時死亡として扱われ続けるという場合分けを示す板

最後に、もう一度確認しておきます。32条の2の効果は、あくまで「推定」です。証拠が出てきて、実際の死亡の先後が証明されれば——この推定は覆ります。逆に、証明できなければ、そのまま同時死亡として扱われ続けます。今日、実際にこの違いが、相続人の顔ぶれを動かすところまで確かめられました。

今日の地図(保存版)

認定死亡は推定にすぎず相続人の範囲は順位で決まり死亡の順番が結果を変えるが32条の2で同時死亡と推定しても代襲相続は死亡が原因だから別に生じるという到達点をまとめる板

今日、見てきたことをまとめましょう。認定死亡は、戸籍上の扱いにすぎず、生きて戻れば当然に覆ります。失踪宣告の「みなす」とは、そこが違いました。そして相続人は、配偶者が常に、血族側は子→直系尊属→兄弟姉妹の順で決まります。死亡の順番が変われば、この相続人の顔ぶれも、まるごと変わります。先後が分からないときは、32条の2で同時に死亡したものと推定します。そして、同時死亡者の間で相続が起きなくても——代襲相続は、別に生じます。そして、この推定はあくまで推定なので、証拠が出れば覆ります。これで、自然人のところを、一通り見終えました。

この先は、法人という、別の主体を見ていきます。

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#28単独ページ動画

法人とは何か

第1章 民法総則 ㉒/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——後回しにしていた、もう一種類の「人」

今日の地図(一本の線を五つの角度から見る予告)+前回の想起 図:今日の地図(一本の線を五つの角度から見る予告)+前回の想起

少し、前の話を振り返っておきます。以前、権利を持てる資格の話をしたとき——「人には、二種類ある」と言いました。生きた人間、自然人と、もう一つ。前に一度出てきましたが、思い出せますか?……法人、です。今日は、その”もう一つ”——法人の中身に入ります。今日、配るのは、これです。会社のような団体と、それを作っている人たちとの間に、法が引く一本の線です。この線を、五つの角度から見ていきます。なぜ引くのか。誰が引けるのか。いつ引かれるのか。線の中身は何か。そして——線を越えて、お金は戻るのか。バラバラに見えて、実は全部、同じ一本の線の話です。冒頭のパン屋さんの答えも、この線で、もう一度、説明できます。順番に、見ていきましょう。

山場——線が無いと、どうなるか

サークルのカメラの三つの不都合(帰属が動く/持っていかれる/請求先が定まらない) 図:サークルのカメラの三つの不都合(帰属が動く/持っていかれる/請求先が定まらない)

まず、線が無い世界を、見てみましょう。大学の写真サークルが、部費を出し合って、三十万円のカメラを買いました。これは、誰の物でしょうか。部員みんなの物になります。でも、それだけでは済まない問題が、三つあります。三つとも、根っこは一つです。カメラの持ち主が、サークルではなく、部員一人一人だからです。一つ目。部員が一人入れ替わるたびに、このカメラの持ち主は、どうなるでしょうか。あっ……そのたびに、帰属が動きそうですね。二つ目。部員の一人が個人の借金を抱えていたら——その人の持ち分だけ、カメラごと持っていかれる、ということが起こりえます。

三つ目。カメラが壊れて修理代を請求したいとき、相手は誰でしょうか。部員全員に、一人ずつ請求するんでしょうか。それは面倒ですし、誰か一人が払わなかったらどうなるのかも気になります。帰属も、責任も、請求先も——全部、宙に浮いたままなんです。ルールを決めても、それは部員同士の約束にすぎません。約束は、結んだ人どうしの間でしか効かないからです。修理業者や、お金を貸した人には、その約束は及びません。

線を引くと、何が変わるか

法人格の三つの効き目(財産の分離/同一性の維持/相手が一つに定まる)+パン屋の答え合わせ 図:法人格の三つの効き目

  • 財産の分離
  • 同一性の維持
  • 相手が一つに定まる
  • パン屋の答え合わせ

では、こう考えてみましょう。部員の一人を、代表として名義人にしてしまう、という案です。実は、それでも根っこの問題は残ります。名義人になった、その部員自身が入れ替わったら、どうなるでしょうか。あっ……結局また、帰属が動きますね。その人の個人の借金でも、やはり持っていかれかねません。必要なのは、部員とは別の”ひと”を新しく作ることなんです。では、ここに、線を引いてみましょう。カメラを買ったのが、サークルという”ひと”だった、としたらどうでしょうか。すると、三つのことが起きます。一つ目。財産も借金も、団体の側に乗ります。部員個人からは切り離されます。

カメラは、部員個人の財産ではなく、団体の財産だからです。二つ目。部員が入れ替わっても、団体そのものは同じまま続きます。サークルという団体そのものは、変わらず存在し続けます。三つ目。修理代を請求する相手は、団体一つに定まります。窓口が一つになります。実は、冒頭のパン屋さんの答えも、これと同じです。会社という”ひと”が、契約の相手であり、オーブンの持ち主でもある。だから、社長が辞めても契約は変わらず、社長が破産してもオーブンは無事だったんです。これが、法人格という制度の、一番の値打ちです。

本質論は、正直に薄い

擬制説と実在説の名前だけの板+なぜかつて争われたか 図:擬制説と実在説の名前だけの板+なぜかつて争われたか

ここで、一つだけ、理屈の話をしておきます。そもそも、なぜ法人という団体が、権利や義務を持てるのか——この問いには、昔から学説の対立があります。正直に言うと、ここは、試験でも実務でも、あまり重みのない論点です。大きく二つあって、法が便宜のために作った”つくりもの”だとする考え方と——法人にも実体があるとする考え方です。前者を擬制説、後者を実在説と呼びます。今、有力なのは実在説のほうです。名前だけ、知っておいてください。不法行為は、前に一度見ましたね。故意や過失で他人の権利を侵害し、賠償させる枠組みです。かつて激しく争われたのは——法人自身が不法行為をできるのかどうか、といった結論を——この理屈が左右すると考えられていたからです。

今は深入りせず、次に進みましょう。

山場——この線は、当事者では引けない

法人法定主義の板(当事者の合意だけでは線を引けない理由) 図:法人法定主義の板(当事者の合意だけでは線を引けない理由)

では、一つ聞いてみます。友達数人で集まって、「今日から、私たちは法人です」と決めたら——法人になれるでしょうか。実は、決めただけでは法人になれません。この条文を見てください。

条文民法33条

民法 第三十三条(法人の成立等) 法人は、この法律その他の法律の規定によらなければ、成立しない。 2 学術、技芸、慈善、祭祀、宗教その他の公益を目的とする法人、営利事業を営むことを目的とする法人その他の法人の設立、組織、運営及び管理については、この法律その他の法律の定めるところによる。

当事者が決めるだけでは、線は引けません。公益を目的とする法人も、営利を目的とする法人も——結局、この法律の外にある別の法律で規律される、と言っているだけです。ここで、一つ聞いてみます。なぜ、当事者の合意だけでは、線を引けないのでしょうか。ここが今日、最初の理由づけです。この線は、線の中にいる自分たちのためだけの線ではありません。線の外にいる人、つまり取引の相手や、お金を貸した人にこそ、効いてきます。外の人が引き受ける不利益を、当事者だけの合意で——勝手に作り出させるわけにはいきません。だから、法律で定められた形でなければ、線は引けないんです。以前、物権の種類は法律が決めたものだけ、と話しましたね。理由は同じです。

実は、さっきの写真サークルも、まさにこの状態です。法律の定める形を踏んでいない以上——「今日から法人です」と部員だけで決めても、線は引かれません。自由には決められない、ということなんです。何の扱いも受けないわけでは、ありません。法人にはなっていなくても、団体として扱われる場面があります。これを、権利能力なき社団といいます。今日は名前だけです。中身は、この先の回で正面から扱います。では、法律は、どんな形でこの線を引かせているのでしょうか。

役所は、どこまで口を出すか

設立方式の一軸板(役所の関与が強い順・両端から埋める) 図:設立方式の一軸板(役所の関与が強い順・両端から埋める)

線を引く力を、法律がどれだけ役所に預けるか——ここには幅があります。外の世界に与える影響の大きさが、団体ごとに違うからです。まず、両端から見てみましょう。一方の端は、役所の裁量で、許すかどうかを決める形です。これを許可といいます。かつての民法上の法人は、この形でした。もう一方の端は——法律が決めた要件さえ満たせば、役所の裁量なしに当然に成立する形です。今の株式会社や、一般社団法人は、この形です。実は、この間にも、いくつか形があります。次は、今の許可に、間にある認可と認証を並べて、三つを聞き分けます。ちなみに、理屈のうえでは、もう一つの型がありますが、試験では、ほぼ出てきません。

山場——許可・認可・認証は、別のもの

許可・認可・認証の弁別板(裁量で判断/要件を満たせば必ず/形だけを確認) 図:許可・認可・認証の弁別板(裁量で判断/要件を満たせば必ず/形だけを確認)

「許可」「認可」「認証」——字面も読み方も似ていますが、中身はまったく別のものです。一つずつ確認しましょう。「許可」は、役所が、裁量で判断します。要件を満たしていても、断られることがあります。かつての民法上の法人が、まさにこの形でした。「認可」は、要件を満たせば、必ず認められます。裁量はありません。学校法人が、この形の例です。教育の質を守る最低限の基準はありますが、それ以上の裁量は要らないからです。「認証」は、中身の当否ではなく、形が整っているかだけを、役所が確認します。整っていれば、それで足ります。宗教法人や、NPO法人が、この形の例です。

信教の自由や、市民の自主的な活動を、萎縮させないためです。この三つを、聞き分けてください。一つ確認です。許可と認可、裁量が無いのはどちらでしょうか。裁量が無いのは、認可のほうです。よく整理できていますね。許可は、制度が変わる前の、民法上の法人が採っていた形です。当時は、法人にしてよい団体かどうかを、国の側が選んでいました。その「選ぶ」が、そのまま裁量として残っているんです。では、今の会社や一般法人が採っている——役所の裁量が一切入らない形は、何と呼ぶのでしょうか。

山場——登記して、初めて生まれる

設立の三段板(定款→認証・認可など→登記=成立)+36条には成立と書いていない注記 図:設立の三段板

  • 定款→認証・認可など→登記=成立
  • 36条には成立と書いていない注記

それが、準則主義です。法律の決めた要件を満たして、登記さえすれば当然に成立します。その”登記”について、一つ確かめておきたいことがあります。条文番号だけを覚えて、「三十六条に、成立すると書いてある」と思い込んでいませんか。実際に、条文を見てみましょう。

条文民法36条

民法 第三十六条(登記) 法人及び外国法人は、この法律その他の法令の定めるところにより、登記をするものとする。

この条文が定めているのは、登記をする”義務”だけです。では、「登記をすることによって成立する」と定めているのは、どの条文でしょうか。実は、別の法律です。

条文会社法49条

会社法 第四十九条(株式会社の成立) 株式会社は、その本店の所在地において設立の登記をすることによって成立する。

条文一般法人法22条

一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 第二十二条 一般社団法人は、その主たる事務所の所在地において設立の登記をすることによって成立する。

民法の三十六条は、登記をする義務の根拠。「成立する」という結論を書いているのは、会社法や一般法人法のほうです。だからこそ、条文を実際に見て、切り分ける必要があるんです。では、なぜ、登記でなければならないのでしょうか。もう一歩、踏み込んで考えてみましょう。この線は、線の外にいる第三者にこそ効く、という話をしましたね。第三者に効く線は、第三者が確認できなければ意味がありません。団体の基本ルールを書いた文書を、定款といいます。その定款を作っただけでは、外からは見えませんよね。登記こそが、線が引かれたことを、外の世界に示す瞬間なんです。

登記簿を見れば、誰でも、その団体が法人かどうか確認できます。団体の名前や、事務所の場所、代表者の名前などです。だから、線は口約束では終わらないんです。だから、冒頭のパン屋さん——株式会社モリタベーカリーも——登記された、その瞬間から、社長さんとは別の”ひと”になっていたんです。三十三条が”誰が”を、三十六条とその先が”いつ”を担当しています。条文ごとに、担当している角度が違うんです。

線の中は、人の集まりか、財産の集まりか

社団と財団の対比板(意思決定の源が今いる社員か・もういない設立者の意思か) 図:社団と財団の対比板(意思決定の源が今いる社員か・もういない設立者の意思か)

さて、線が引かれた後、その中身にも二つの型があります。人の集まりか、財産の集まりか、です。具体例で考えてみましょう。亡くなった祖父が、「若い音楽家を、毎年三人、支援してほしい」と言って、三億円を遺したとします。この場合に作られるのが、財団です。ここで一つ聞いてみます。「三人でいいのか、五人に増やそうか」——これを誰が決めるのでしょうか。財団には、そもそも社員がいません。社員という言葉が、紛らわしいところです。法律でいう社員は、その団体を作っている構成員のこと。そこで働いている人のことでは、ありません。決めるのは、定款に書かれた祖父の意思です。

理事は、その意思を実行する係にすぎません。これが、社団だったら、どうでしょうか。社団なら、今いる社員が集まって、決め直すことができます。財団には、そもそも社員という仕組み自体がありません。あるのは、定款に書かれた設立者の意思と、それを実行する理事だけです。

山場——営利とは、儲けることではない

「儲ける」と「配る」の対比板(日常語の営利と法律上の営利のズレ) 図:「儲ける」と「配る」の対比板(日常語の営利と法律上の営利のズレ)

ここから、もう一つの角度——お金の話に入ります。一般社団法人「まちの学び舎」が、講座を開いて、年間五百万円の黒字を出しました。実は、違法ではありません。儲けること自体は、問題ありません。ここが、今日、一番の誤解ポイントです。法律の言う「営利」は、儲けることそのものではありません。儲けを、構成員に分配することです。「まちの学び舎」が黒字を出しても——その黒字を、会員個人の懐に戻さない限り、何の問題もありません。会社は、儲けを株主に分配することを前提にした法人です。職員さんへのお給料は、もちろん大丈夫です。

お給料は、分配にはなりません。働いたことへの対価だからです。分配というのは、働いた分とは関係なく、構成員だからという理由だけで利益を渡すことです。そして、その分配というのは——団体に乗せたはずのお金が、線をまたいで、構成員の側へ帰ることです。お金が戻る道を開けておくのが営利法人、閉じておくのが非営利法人です。

山場——同じ「無効」が、正反対を向いている

対称の無効板(株式会社は与えないと無効/一般社団法人は与えると無効) 図:対称の無効板(株式会社は与えないと無効/一般社団法人は与えると無効)

では、ここで一つ聞いてみます。「まちの学び舎」が、さっきの五百万円を、会員十人で五十万円ずつ分ける——と定款に書いたら、どうなるでしょうか。実は、この定めは無効です。

条文一般法人法11条2項

一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 第十一条(定款の記載又は記録事項)第二項 社員に剰余金又は残余財産の分配を受ける権利を与える旨の定款の定めは、その効力を有しない。

分配を受ける権利を与える定めそのものが、効力を持ちません。剰余金は、その年の儲けのうち、手元に残った分。残余財産は、団体をたたんだときに残る財産のことです。では、逆の場合も見てみましょう。株式会社の定款に、「株主には、配当も残余財産も、一切分配しません」と書いたら——どうなるでしょうか。実は、こちらも無効です。

条文会社法105条

会社法 第百五条(株主の権利) 株主は、その有する株式につき次に掲げる権利その他この法律の規定により認められた権利を有する。 一 剰余金の配当を受ける権利 二 残余財産の分配を受ける権利 三 株主総会における議決権 2 株主に前項第一号及び第二号に掲げる権利の全部を与えない旨の定款の定めは、その効力を有しない。

線を越えて、お金が個人に戻る道——株式会社では必ず要り、一般社団法人では絶対に許されません。一つ、注意してほしいことがあります。株式会社が求められているのは、配当を受け取る”権利”を与えることであって——実際に、毎年配当を出すことまでは求められていません。権利があることと、実際に使うことは、別の話です。もう一つ、条文の言葉をよく見てください。無効になるのは「全部を与えない」定めです。配当だけを与えない、という定款は、この条文では無効になりません。求められているのは、線を越える道が全部は閉じていないこと。ここが、今日、一番の深いところです。「営利」と「非営利」の分かれ目は、この一枚の対称にこそ、はっきり出ています。ちなみに、財団のほうにも、同じ発想の規定があります。一般財団法人でも、設立者に分配を約束する定めは、無効です。

もう一つ確認しておきましょう。なぜ、ここまで厳格に絶対に許さないのでしょうか。もし、一部の非営利法人だけ分配を認めたら、非営利という区分そのものが意味を失います。だから、例外なく絶対に許されない、という強い定め方をしているんです。株式会社が必ず与えなければならない理由は、こうです。さっき、会社は分配を前提にした法人だ、と言いましたね。その前提を、定款で自分から消してしまうことになるからです。最後に、一つ確認です。配当を受け取る権利を、必ず与えなければならないのは——株式会社と一般社団法人、どちらでしょうか。

必ず与えなければならないのは、株式会社のほうです。

公益法人は、公益目的の法人ではない

公益の二階建て構造(一般法人として成立→行政庁の公益認定→公益法人) 図:公益の二階建て構造(一般法人として成立→行政庁の公益認定→公益法人)

ここで、もう一つ、よくある誤解を崩しておきます。「NPO法人って、公益法人ですよね」——こう聞かれたら、どう答えますか。実は、NPO法人は、公益法人ではありません。公益法人とは、公益社団法人と、公益財団法人のことです。そして、この二つには、大事な順序があります。

条文公益認定法2条1号〜3号・4条

公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律 第二条(定義)第一号〜第三号(抜粋)・第四条 一 公益社団法人 第四条の認定を受けた一般社団法人をいう。 二 公益財団法人 第四条の認定を受けた一般財団法人をいう。 三 公益法人 公益社団法人又は公益財団法人をいう。 第四条 公益目的事業を行う一般社団法人又は一般財団法人は、行政庁の認定を受けることができる。

つまり——まず、一般社団法人として、準則主義で成立します。そのあとで、行政庁の公益認定を受けて、初めて「公益」を名乗れます。一階に一般法人があって、二階に公益という認定が乗る——そういう作りです。公益認定は、線を引く話ではなく——すでに引かれた線の外から、行政庁が評価する話なんです。公益法人になると、税金の面で優遇を受けられます。だからこそ、まず普通の法人として実績を積ませ——そのうえで、行政庁が中身を確かめてから認定するという仕組みなんです。公益とは、名乗れません。認定を受けるまでは、あくまで一般社団法人のままです。NPO法人は、また別の法律に基づく法人で、今の「公益法人」には当たりません。

その他の法人と、「公法人」という言い方

その他の法人一覧(特別法による非営利法人/相続財産法人/公法人) 図:その他の法人一覧(特別法による非営利法人/相続財産法人/公法人)

最後に、名前だけ、いくつか押さえておきます。農業協同組合や、労働組合のように、特別な法律で作られる非営利法人も、たくさんあります。これらは、今日は名前だけで十分です。もう一つ、変わった法人があります。ある人が亡くなって、相続人がいるかどうか明らかでないとき——その財産自体が、法人になります。

条文民法951条

民法 第九百五十一条(相続財産法人の成立) 相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は、法人とする。

相続人を探す手続きの詳しい話は、別の回に譲ります。最後にもう一つ。地方公共団体も、実は法人です。「公法人」と呼ばれます。詳しくはこの講座の範囲を超えますが、名前だけ知っておいてください。市役所という団体と、住民一人一人は、別の”ひと”として扱われます。

今日の地図(保存版)

まとめ板(なぜ/誰が/いつ/中は何か/越えられるか、を一本の線で束ねる) 図:まとめ板(なぜ/誰が/いつ/中は何か/越えられるか、を一本の線で束ねる)

今日、見てきたことを、一つにまとめましょう。法人格とは、団体と、それを作っている人たちとの間に、法が引く一本の線でした。線が無いと、帰属も責任も宙に浮きます。誰が引けるのか——当事者だけでは引けません。この線は、線の外にいる人にこそ効くからです。線が引かれるのは、登記された、その瞬間です。三十六条は義務だけを定め、「成立する」は会社法や一般法人法が定めていました。社団は今いる人が決め、財団はもういない人の意思が決めます。そして——線を越えて、お金は戻るのか。株式会社では必ず要り、一般社団法人では絶対に許されない。この一枚の対称が、営利と非営利の分かれ目でした。

今日、線を引きました。では、その線の中で、法人は何をしてもいいのでしょうか。あっ……そこまでは、まだ聞いていません。線の中の自由にも、実は外枠があります。それは、次の話にしましょう。

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#29単独ページ動画

法人の「目的の範囲」と34条

第1章 民法総則 ㉓/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図(保存版)

今日の地図(法人格の線/権利能力の想起)+線の内側にもう一本の線があるという予告 図:今日の地図(法人格の線/権利能力の想起)+線の内側にもう一本の線があるという予告

最初に、少し前の話を確かめておきます。思い出してください。法人格って、何と何のあいだに引かれた線でしたか?たしか……団体と、それを作っている人たちのあいだの線でした。今日は、その線の内側に、もう一本、細い線がある、という話をします。線を引いてもらった法人は、中で何をしてもいいのか。実は、そうではありません。もう一つ、前に配った言葉を、そのまま使います。権利能力——権利や義務を持てる資格のことでした。この言葉が、今日の話の土台になります。この線は、誰を守るために引かれているのか。今日の地図は、これだけです。

シンプルですが、同じ線が、相手によって姿を変えます。順番に、見ていきましょう。

34条を読む——強い言葉で書かれた条文

定款とは何か(法人の内部ルールブックで外からは見えない)+34条は素直に読むと強い制限に見える 図:定款とは何か

  • 法人の内部ルールブックで外からは見えない
  • 34条は素直に読むと強い制限に見える

法人には、必ず「定款」と呼ばれる文書があります。その法人が何のために作られ、どんな仕組みで動くかを定めた文書です。この定款と、法人の権利義務の関係を定めた条文を見てみましょう。

条文民法34条

民法 第三十四条(法人の能力) 法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。

法人の種類によって、定款を別の名前で呼ぶことがあるだけです。ここでは、定款のことだと思って読んでください。素直に読むと、こう聞こえませんか。目的の範囲を出た瞬間、法人は権利も義務も持てない、と。以前、権利能力という言葉を配りましたね。権利や義務を持てる資格、のことでした。この言葉で言い直すと、こうなります。目的の範囲外では、法人には権利能力が無い。冒頭の会社で言えば、こうなります。定款に政治献金と書いていないなら、その献金は、そもそも会社の行為にならないはずだ——しかも、もう一つ、押さえておきたいことがあります。

34条は、営利法人か非営利法人かを問わず、あらゆる法人に適用される。これが通説です。会社だからといって、条文の外にいるわけではありません。では、この強い制限が、実際にどう働くのか。見ていきましょう。

34条は、法人の何を制限したのか

学説対比板(権利能力制限説/代表権制限説=結論・帰結・理由の3行×2列、帰結を強調) 図:学説対比板

  • 権利能力制限説
  • 代表権制限説=結論・帰結・理由の3行×2列、帰結を強調

ここで一つ、確かめておきたいことがあります。34条は、法人の「何」を制限しているのでしょうか。もう一歩、踏み込みます。目的の範囲を外れたとき、失われるのは何か、という問いです。具体的な場面で、考えてみましょう。ある法人の理事が、目的の範囲外としか読めない契約を結んでしまいました。あとになって、社員総会が「あれで構わない」と決議しました。この契約、生き返ると思いますか。実は、この問いへの答えは、学説によって真っ二つに割れます。まず、通説である権利能力制限説です。34条が制限しているのは、法人の権利能力そのものだと考えます。

この説では、目的の範囲外の行為は、完全に無効です。資格そのものが無い以上、あとから何を決めても、生き返りません。追認しても、だめです。理由は、こうです。法人は、もともと一定の目的のために作られた存在だから。目的の外では、法人という存在そのものが、そこに関われないんです。もう一つは、代表権制限説です。制限されているのは、理事の代表権だけだと考えます。法人に代わって契約を結ぶ、理事の権限のことです。この説では、目的の範囲外の行為は、無権代理として扱われます。権限の無い人が、代わりに契約をしてしまった、という扱いです。詳しい中身は、また別の回で扱います。無権代理なら、法人があとから追認すれば、有効になります。もう一つ、表見代理という仕組みもあります。

権限があるように見える形を、法人の側が作っていたときは、それを信じた相手方が保護される、という考え方です。この説を採ると、生き返る可能性が出てきます。ここに、二つの説の実益があります。そして、代表権制限説には、こういう理由づけがあります。取引の安全です。この言葉の意味は、もう少し先で、正面から効いてきます。覚えておいてください。

営利法人が「目的の範囲外」とされることは、まず無い

判断基準の空欄を判例が埋めた図(34条自身は必要かどうかを説明していない) 図:判断基準の空欄を判例が埋めた図(34条自身は必要かどうかを説明していない)

もう一度、34条を見てください。「目的の範囲内」とだけ、書かれています。では、何が範囲内で、何が範囲外なのか。条文自身は、何も説明していません。この空欄を埋めたのが、判例です。冒頭の、鉄を作る会社の話を思い出してください。これによく似た事件が、実際にありました。この事件で、裁判所が示した基準を見てみましょう。

判例最高裁判所大法廷判決 昭和45年6月24日(民集24巻6号625頁)

八幡製鉄事件——目的の範囲を判断する物差し 「会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。そして必要なりや否やは、当該行為が目的遂行上現実に必要であつたかどうかをもつてこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならないのである。」

分解しましょう。まず、目的に直接必要な行為だけでなく、間接に必要な行為も含む、とあります。しかも、もう一つ大事な言葉があります。現実に必要だったかは問わない、というところです。実際に必要だったかどうかは、判断の材料に入りません。行為の性質に照らして、客観的・抽象的に判断する、とされています。カードの一行目です。「目的の範囲内において権利能力を有する」と書かれていますね。判例は、通説と同じ、権利能力の側の言葉で判断しています。政党への献金も、会社の経営を円滑にする、間接の効果はあります。この事件でも、政党への献金は、目的の範囲内と判断されました。

株主の訴えは、認められませんでした。もう一つ、別の場面でも確かめてみましょう。定款の目的に、ソフトウェアの開発とだけ書いてある会社があります。この会社が、社員が住むための集合住宅を、一棟買いました。直接必要とは、言いにくいですね。でも、人を集めて働いてもらうためには、間接に必要と言えます。だから、営利法人が目的の範囲外とされることは、まず無いんです。条文の見た目は強い制限でしたが、実際の運用は、ほとんど制限になっていません。

なぜ、そこまで緩めるのか

目盛りの板・1回目(取引の相手方⇔構成員/針は営利法人側に振り切れる) 図:目盛りの板・1回目(取引の相手方⇔構成員/針は営利法人側に振り切れる)

ここで、一つ聞いてみます。なぜ、ここまで緩めるんでしょうか。活動を邪魔したくない、という見方は近いですが、もう一歩踏み込めます。定款という文書について、考えてみてください。契約する相手は、その定款を、いちいち取り寄せたりしません。もし目的外の契約をすべて無効にしてしまったら、どうなるでしょうか。それでは、安心して会社と取引できません。だから、判断基準を緩めて、契約する相手を守っているんです。ここで、正面から効いてきました。34条を緩く読むのは、条文をないがしろにしているのではありません。条文の外にいる人を、守っているんです。

この関係を、一本の目盛りで考えてみましょう。左端が、取引の相手方を守る側。右端が、構成員を守る側です。営利法人の判断基準は、この目盛りの、左端いっぱいに振り切れています。右端に振れる場面も、あります。次に、その話をします。

針が逆に振れる場面——非営利法人の場合

営利/非営利の判断基準の対比板(判断の緩さ・基準の文言・具体例) 図:営利/非営利の判断基準の対比板(判断の緩さ・基準の文言・具体例)

非営利法人にも、同じ34条が適用されます。ただし、その読み方が正反対になります。物差しの言葉そのものは変わりません。目的を果たすうえで、直接または間接に必要か。変わるのは、その「必要」をどこまで広く取るかです。営利法人では、限界まで広く取りました。ここでは、うんと狭く取ります。代表的な例が、員外貸付けです。組合や金庫のような非営利法人が、会員でない人に、お金を貸してしまうことです。この員外貸付けは、判例上、目的の範囲外として、無効とされています。ここで、目盛りを、もう一度見てください。

目盛りの板・2回目(針が構成員側へ動く) 図:目盛りの板・2回目(針が構成員側へ動く)

貸したお金は、もともと、会員が出し合った財産です。それが、目的から外れた相手に流れてしまえば——損をするのは、その仲間たちです。針が、右端まで振り切れます。この結論は、農協の員外貸付けをめぐる事件でも、労働金庫の事件でも、同じでした。ただ、労働金庫の事件には、もう一つ、面白い続きがあります。

無効を言い出せるのは、誰か

労働金庫事件の構図(貸付は無効/でも借主本人はそれを言えない) 図:労働金庫事件の構図(貸付は無効/でも借主本人はそれを言えない)

労働金庫が、会員でない人に、お金を貸しました。この人は、担保として、自分の不動産に抵当権を設定しました。ところが、この人は、あとになってこう主張しました。「貸付けは目的の範囲外で無効だ。だから担保も無効だ」と主張したんです。この主張、通ると思いますか。実際の判決を、見てみましょう。

判例最高裁判所第二小法廷判決 昭和44年7月4日(民集23巻8号1347頁)

労働金庫事件——無効、それでも言えない人がいる 「労働金庫法が五八条においてその事業の範囲を明定し、その九九条において役員の事業範囲外行為について罰則を設けていること、同法がその会員の福利共済活動の発展およびその経済的地位の向上を図ることを目的としていることに鑑みれば、労働金庫におけるいわゆる員外貸付の効力については、これを無効と解するのが相当であつて」 「……上告人としては、右債務を弁済せずして、右貸付の無効を理由に、本件抵当権ないしその実行手続の無効を主張することは、信義則上許されないものというべきである。」

「上告人」というのは、ここでは、お金を借りた本人のことです。この判決は二段構えです。必ず両方セットで、覚えてください。片方だけだと、逆の意味に伝わってしまいます。一段目。貸付けそのものは、無効です。ここまでは、さっきの話と同じです。二段目です。ここで、信義則が働きます。借りた本人は、担保の実行まで無効だとは、主張できません。ここで、信義則を思い出してください。

条文民法1条2項

民法 第一条(基本原則)第二項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

相手の正当な期待を裏切らない、という原則でしたね。この人は、お金を借りて、担保まで差し出しました。それなのに、都合が悪くなったら「無効だ」と言い出したんです。この無効というルールは、誰のためにありましたか。さっきの話だと……構成員を守るためのものでした。借りた本人を守るためのルールでは、ありません。だから、借りた本人が、自分の借金を帳消しにするために——このルールを持ち出すことは、許されないんです。制度が誰を守っているかを無視した主張は、通りません。ここで、以前の話を一つ思い出してください。無効には、誰でも言えるものと、守られる側だけが言えるものがありましたね。

今日のこれは、その並びとは、少し違う形です。あのときは、制度そのものが、最初から言える人を絞っていました。今日は違います。言える立場なのに、その人の口だけが、信義則でふさがれます。ここは混ぜないでください。金庫や会員の側からどうなるかは、この判決が答えていない部分です。判断したのは、借りた本人からの主張についてだけです。

非営利法人の中にも、割れ目がある

2判例の対比板(南九州税理士会/群馬司法書士会=事案・結論・分岐点) 図:2判例の対比板(南九州税理士会/群馬司法書士会=事案・結論・分岐点)

非営利法人だから、いつも厳格に判断されるわけでもありません。ある専門職の団体をめぐる、二つの事件を見てみましょう。一つ目は、税理士会が、税理士の政治連盟にお金を寄付した事件です。税理士の業界が作った、政治活動のための団体です。法律上は政治団体にあたります。そこが、この事件のいちばん面白いところです。身内の団体なら、税理士会の目的に沿っているとも言えそうですよね。実際、二審の裁判所は、その理由で目的の範囲内としました。そしてこの税理士会は、会員になることが法律で義務づけられていました。いわゆる、強制加入の団体です。

判例最高裁判所第三小法廷判決 平成8年3月19日(民集50巻3号615頁)

南九州税理士会事件——会社と同じには測れない 「税理士会は、会社とはその法的性格を異にする法人であって、その目的の範囲については会社と同一に論ずることはできない。……税理士会は、以上のように、会社とはその法的性格を異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである。」

税理士会は、会員が自分の意思で入る団体ではありません。しかも、政治団体にお金を出すかどうかは——会員一人一人の、政治的な考え方に関わる問題です。そのうえで最高裁は、相手が身内の政治連盟でも同じだ、と言いました。身内でも、だめです。政治団体である以上、広く政治活動をすることが当然に予定されているからです。その先で何に使われるかまでは、税理士会には決められません。だから、この寄付は、目的の範囲外とされました。では、次の事件です。震災のあと、ある司法書士会が、被災地の司法書士会に、拠出金を送りました。

ところが、この拠出金は、範囲内とされました。

判例最高裁判所第一小法廷判決 平成14年4月25日(集民206号233頁)

群馬司法書士会事件——同業者支援は範囲内 「司法書士会は、司法書士の品位を保持し、その業務の改善進歩を図るため、会員の指導及び連絡に関する事務を行うことを目的とするものであるが(司法書士法14条2項)、その目的を遂行する上で直接又は間接に必要な範囲で、他の司法書士会との間で業務その他について提携、協力、援助等をすることもその活動範囲に含まれるというべきである。 そして、3000万円という本件拠出金の額については、それがやや多額にすぎるのではないかという見方があり得るとしても、阪神・淡路大震災が甚大な被害を生じさせた大災害であり、早急な支援を行う必要があったことなどの事情を考慮すると、その金額の大きさをもって直ちに本件拠出金の寄付が被上告人の目的の範囲を逸脱するものとまでいうことはできない。したがって、兵庫県司法書士会に本件拠出金を寄付することは、被上告人の権利能力の範囲内にあるというべきである。」

「被上告人」というのは、ここでは司法書士会のことです。この司法書士会も、強制加入の団体です。そこは、税理士会と同じです。同じ強制加入の団体で結論が割れる。そこが、今日、一番細かい分岐点です。強制加入かどうかでは、決まりません。支出の中身が、会員一人一人の、思想や信条に関わる政治的な選択かどうかです。政治団体へお金を出すことは、まさにそこに関わります。会員それぞれが、自分で決めるべき事柄だからです。震災の支援は、違います。同業者を助けるための支援は、政治的な立場とは関係ありません。むしろ、司法書士会という団体の存在目的そのものに、沿っています。

ここで、目盛りを、もう一度見てみましょう。

目盛りの板・3回目(税理士会は構成員側のさらに奥、司法書士会はやや右寄りだが範囲内で分岐) 図:目盛りの板・3回目

税理士会の政治献金は、この目盛りの、右端のさらに奥まで振れました。個人の政治的な考え方は、それだけ強く守られるべきものだからです。司法書士会の震災支援は、同じ非営利法人でも、そこまでは振れませんでした。同じ強制加入団体でも、お金の使い道次第で、目盛りは動くんです。

一本の目盛りに、束ねる

まとめ板(目盛り軸に営利法人・員外貸付け・税理士会・司法書士会の4点を並べる) 図:まとめ板(目盛り軸に営利法人・員外貸付け・税理士会・司法書士会の4点を並べる)

今日、見てきたことを、一つにまとめましょう。34条の「目的の範囲」は、法人ができることの限界ではありません。取引の相手方と、構成員の、どちらをどれだけ守るかを決める、一本の目盛りです。定款は外から見えないから、契約する相手を守っていました。員外貸付けは、構成員の財産を守るために、無効とされていました。税理士会の政治献金は、目盛りの一番奥まで振れました。そして、無効を言い出せる人まで、信義則が最後に絞ります。今日、配ったのは、この一本の目盛りです。この目盛りの読み方は、この先の話にもつながります。

法人ができることの範囲は、今日、見ました。では、代表者が実際にやってしまったことは、法人に効くのでしょうか。あっ……範囲の話とは、また別の問題ですね。代表者がやってしまったことの話は、今日はしません。ほかにも、無効を誰が主張できるのか、追認できるのかという話。無権代理や表見代理の詳しい中身も、別の回で扱います。

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#30単独ページ動画

代表権の制限と法人の不法行為責任

第1章 民法総則 ㉓/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

法人には、手も口もない

法人には身体が無いという発見+この回で見る2本の規則(契約の場面/損害の場面)の予告

  • 法人には身体が無いという発見
  • この回で見る2本の規則(契約の場面/損害の場面)の予告

ここで、一つ確かめておきたいことがあります。法人には、体がありません。手も、口もありません。契約するのも、事故を起こすのも、いつも代表者という生身の人間です。代表者の行為がどこまで法人の行為になるか。そこが、今日いちばん考えたいところです。少したとえてみます。遊園地の、着ぐるみのキャラクターを想像してください。着ぐるみの中に誰が入っていて、何を考えているかは、外から見ている子どもには分かりません。見えるのは、着ぐるみが手を振ったとか、握手したとか、外に見える動きだけです。だから、子どもたちは、その”動き”だけを信じて、キャラクターと接します。法人と代表者の関係も、同じ形をしています。代表者の頭の中——定款で決めた内側のルールも、その人が本当は何を考えていたかも——外の人には見えません。

だから、「その人がやったこと」を「法人がやったこと」に変える規則が要ります。今日は、この規則を2本見ます。一つ目は、契約の場面。冒頭の、承認の話です。二つ目は、損害の場面。理事が着服目当てで動いていたら、という話です。そこは、最後のお楽しみにしておきましょう。まずは、一つ目から見ていきます。

内側のルールは、外の人には見えない——代表権の制限

内と外の板・1回目(法人の枠の内側=1000万円超は総会承認/枠の外=取引相手の業者)+内側の制限は外の人に効かないという向き 図:内と外の板・1回目

  • 法人の枠の内側=1000万円超は総会承認
  • 枠の外=取引相手の業者
  • 内側の制限は外の人に効かないという向き

冒頭の場面に戻りましょう。理事が承認を取らずに、二千万円の契約をしました。この場面で、代表理事の権限を定める条文を見てみます。代表権制限説を連想したなら、いい線です。ただ、別の話です。あの学説は、目的の範囲の外に出た行為をどう扱うか、という名前でした。今日は、定款が代表理事に付けた、社内の条件の話です。

条文一般法人法77条4項・5項

一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 第七十七条(一般社団法人の代表) 4 代表理事は、一般社団法人の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。 5 前項の権限に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。

正式名称は長いのですが、一般に、一般法人法と呼ばれています。まず四項です。代表理事は、法人の業務について、裁判の内でも外でも、一切の行為をする権限を持ちます。理事のうち、外に向かって法人を代表する人です。冒頭の理事も、この立場だと考えてください。基本は、何でもできます。問題は五項です。「前項の権限に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない」。「善意」は、以前確かめたとおり、知らないこと。親切心という意味ではありません。この制限は、法人の内側——定款という紙の中にしかありません。業者は、その紙を見ていません。だから法人は、この制限を業者に対抗できないんです。

「この契約は、うちの内輪のルールでは無効なので、払いません」とは言えない、ということです。業者が善意——つまり、承認が要ることを知らなければ、契約は有効で、代金は払われます。相手が安心して取引に入れるように、という考え方でした。五項は、その考え方を、代表権の場面で条文にしたものです。ここで、一つ注意しておきたいことがあります。すべての制限が、この「対抗できない」に当たるわけではありません。もし、この「承認が要る」というルールが、定款ではなく、法律のほうに書かれていたら、どうでしょうか。法律は誰でも確認できます。だから、法律による制限は、外から見えないものではありません。五項が対象にしているのは、あくまで定款のような、法人の内側だけにあるルールです。

では、業者の”善意”というのは、具体的にどこまでなら守られるのでしょうか。

「知らなかった」にも、境界がある

「善意」の意義を問う板(まったく知らなかった/噂で聞いていた/はっきり知っていた)+判例がこの線を決めているという説明 図:「善意」の意義を問う板

  • まったく知らなかった
  • 噂で聞いていた
  • はっきり知っていた
  • 判例がこの線を決めているという説明

以前、“知らなかった”にも段階がある、という話をしましたね。あのとき、まったく落ち度が無い場合と、少しの不注意にとどまる場合を合わせて、一つの呼び方をしました。ここで、その言葉が”効き目”を持ちます。五項の「善意」は、どこまでを守るのでしょうか。実は、争いのある論点です。そして、判例は、善意無重過失だと解しています。ここで、宗教法人法二十四条ただし書についての判例を、一つ見てみましょう。

判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和47年11月28日(民集26巻9号1686頁)

宗教法人法二十四条ただし書の「善意」は、無重過失まで求める——ある最高裁判例 ……同条但書は、「善意の相手方又は第三者に対しては、その無効をもつて対抗することができない」と規定するが、同条本文に記載する物件が宗教法人の存続の基礎となるべき重要な財産であり、特殊な利害関係人を多数擁する宗教法人の特性に鑑みるときは、右但書の規定は、善意であつても重大な過失のある相手方又は第三者までも保護する趣旨のものではないと解するのを相当とする。

この判例が実際に判断したのは、宗教法人法という、別の法律の条文についてです。宗教法人法のその条文も、「善意の第三者に対抗できない」という、まったく同じ形の規定なんです。だから、同じ形の規定の解釈として、この判断が五項の解釈にも、そのまま使われています。ここは正確に言っておきたいところです。最高裁が五項そのものを直接判断したわけではありません。中身に戻りましょう。では、なぜ重い落ち度のある人は、守られないのでしょうか。判例は、宗教法人の側にも守るものがある、と見ています。その団体の土台になる大事な財産と、そこに関わる大勢の人たちです。

だから、相手方の落ち度が重いときは、団体の側を優先する。ここは、五項でも同じです。もし、冒頭の業者が「承認が要るらしいですね」と噂で聞いていたら、どうなるでしょうか。もし、そこに重い過失——少し確認すれば分かったのに、まったく確認しなかった、という状況があれば。この業者は、もう五項では守られません。ここまでが、一つ目の規則、契約の場面でした。次は、二つ目の規則に進みます。

内側の思惑も、外の人には見えない——法人の不法行為責任

内と外の板・2回目(法人の枠の内側=理事の本当の狙い/枠の外=被害者の保護者)+保護者は法人に賠償を求められるかという問い 図:内と外の板・2回目

  • 法人の枠の内側=理事の本当の狙い
  • 枠の外=被害者の保護者
  • 保護者は法人に賠償を求められるかという問い

もう一つの場面に入ります。学習塾を運営する、ある法人があります。この法人の理事が保護者たちにこう言いました。「校舎を建てるので、資金を集めます」。保護者たちは、お金を出しました。ところが理事は、そのお金を自分の借金の返済に充てていました。この保護者たちは、法人に賠償を求められるでしょうか。ここで、条文を見てみましょう。

条文一般法人法78条

一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 第七十八条(代表者の行為についての損害賠償責任) 一般社団法人は、代表理事その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。

理事は、たしかに自分のために動いていました。でも、外から見て、どうでしょうか。保護者たちの目には、「学習塾の理事が校舎建設のための資金を集めている」としか見えません。この「職務を行うについて」は、理事の本当の意図ではなく、外から見た行為の形——外形から客観的に判断されます。理事の内側の思惑——本当は着服目当てだった、という事情も、業者が知らなかった定款の制限と、まったく同じ扱いを受けます。だから、この法人は、保護者たちに賠償する責任を負います。財団のほうも、同じです。一般財団法人には、この七十八条が準用されます。準用というのは、別の場面にその条文を持ってきて、同じように使うことです。代表権の制限についての五項も、同じように準用されます。

同じ規定を、財団にも及ぼしているだけです。

山場——なぜ、法人が払うのか

過失責任の原則との衝突を示す板(原則=落ち度が無ければ責任を負わない/結論=それでも法人は払う)+原則を曲げてまで払わせる理由は何かという問い 図:過失責任の原則との衝突を示す板

  • 原則=落ち度が無ければ責任を負わない
  • 結論=それでも法人は払う
  • 原則を曲げてまで払わせる理由は何かという問い

ここで、一度立ち止まりたいところがあります。以前、民法が立てた三本の柱の一つを見ましたね。「自分に落ち度——過失が無ければ、責任を負わない」という考え方でしたね。では、今の学習塾の場面をもう一度見てください。悪いのは、着服した理事です。法人自身に落ち度はあるでしょうか。うーん……法人自身は何もしていませんよね。定款どおり、普通に運営していただけです。法人自身には落ち度がありません。なのに、法人がこの損害を払います。過失責任の原則と矛盾しないのか。ここが、今日いちばんの問いです。原則を曲げてまで、法人に払わせる理由は何でしょうか。

理事を選んだのは法人だから、という見方は近いところまで来ています。もう一歩進めます。法人は、代表者を通して外の世界で活動し、その活動から利益を受けていますね。契約を結んで、商品を売って、儲けを出す。すべて、代表者が動いて、はじめて成り立ちます。法人は、代表者の活動によって利益を受け取っている以上、そこから出た損も引き受けるべきだ——この考え方を、報償責任の原理と呼びます。だから、法人自身に落ち度が無くても、代表者が職務を行う過程で生じた損害は、法人が賠償するんです。

山場——外形を信じていない人は、守られない

合流の板(善意無重過失なら守られる/悪意・重過失なら守られない)+同じ一本の線の両側という発見 図:合流の板

  • 善意無重過失なら守られる
  • 悪意・重過失なら守られない
  • 同じ一本の線の両側という発見

さっきの場面には、もう一つ続きがあります。もし、保護者の一人が理事から直接こう打ち明けられていたら、どうでしょうか。「実は、集めたお金、自分の借金に使うつもりなんです」。そういう場面を考えてみます。この保護者は、法人に賠償を求められるでしょうか。うーん……知っていたなら、もう”だまされた”とは言えない気がします。ここで、判例を一つ見てみましょう。

判例最高裁判所第二小法廷判決 昭和50年7月14日(民集29巻6号1012頁)

悪意・重過失なら、外形は通らない——ある地方公共団体の判例 地方公共団体の長のした行為が、その行為の外形から見てその職務行為に属するものと認められる場合には、民法四四条一項の類推適用により、当該地方公共団体は右行為により相手方の被つた損害の賠償責任を負うものというべきところ……地方公共団体の長のした行為が、その行為の外形から見てその職務行為に属するものと認められる場合であつても、相手方において、右行為がその職務行為に属さないことを知つていたか、又はこれを知らないことにつき重大な過失のあつたときは、当該地方公共団体は相手方に対して損害賠償の責任を負わないものと解するのが相当である。

この判例が扱ったのは、ある町の町長の行為です。当時の民法四十四条一項——今の一般法人法七十八条の、直接の前身にあたる条文が、類推適用されました。以前、条文の読み方の回で見た、類推です。その条文が直接あてはまる場面ではないけれど、趣旨が同じだから、同じ扱いをする、という読み方でした。町は、当時の民法四十四条一項が、直接あてはまる相手ではありませんでした。この判断の枠組みが、そのまま今の一般法人法七十八条の解釈として、受け継がれています。ここは正確に言っておきます。使用者責任の判例でも、一般法人そのものの事件でもありません。

中身に戻りましょう。外形から見て職務に見える場合でも、相手方がそれを職務外だと知っていたか——または、知らなかったことに、重い過失があったときは、法人は賠償責任を負いません。もう、守られません。理事から直接聞いていた以上、“知っていた”人だからです。ここで、今日の2本の規則が、一つに合流します。五項では、「善意無重過失なら守られる」。七十八条では、「悪意・重過失なら守られない」。言い方は逆ですが、言っていることは同じです。外から見えるものを信じた人だけが守られる。ちなみに、この「外形から見て判断する」という考え方は、使用者責任という制度にも、よく似た形で出てきます。

人を雇う側が、雇われた人の起こした損害を賠償する——それが、使用者責任です。詳しくは、また別の回で扱います。

誰が”法人の顔”なのか

78条の3要件板(代表者性/職務を行うについて=外形標準/代表者自身の不法行為の一般的要件) 図:78条の3要件板

  • 代表者性
  • 職務を行うについて=外形標準
  • 代表者自身の不法行為の一般的要件

一般法人法七十八条には、もう二つ押さえておきたい要件があります。一つ目は、行為をしたのが「代表理事その他の代表者」であることです。具体的な場面で考えてみましょう。法人が、ある一件の土地売買だけを外部の人に頼んだとします。この人が買主をだましました。法人は、一般法人法七十八条で責任を負うでしょうか。実は、負いません。この人は、「代表理事その他の代表者」には当たらないからです。この人は、一件の売買だけを頼まれた、いわば個別の使いです。法人の顔として、外から認識される立場ではありません。外から見て”法人の顔”と言える人に限られます。もう一つの要件は、代表者自身に、不法行為の一般的な要件がそろっていることです。

故意や過失、損害、因果関係といった中身です。詳しくは、また別の回で扱います。ここで大事なのは、代表者自身が個人としても責任を負わないなら、法人も負わない、ということです。そもそも、変える元が無いからです。代表者の行為を法人の行為に変えるのが、この条文の役割でした。そもそも代表者自身の行為が不法行為と言えないなら、変える対象が最初から存在しません。

締め——社員が一人でも、消えない線

解散事由の一覧から4号だけを取り出す板(社員が欠けたこと=ゼロになること)+1人でも線は消えないという確認 図:解散事由の一覧から4号だけを取り出す板

  • 社員が欠けたこと=ゼロになること
  • 1人でも線は消えないという確認

ここまで、法人が外に向かってしたことの話を、してきました。最後に短く、その法人が”終わる”ときの話をしておきます。一定の事由があれば、法人は解散します。一般社団法人の場合、一般法人法百四十八条が定めています。七つほど並んでいますが、今日は一つだけ見ます。

条文一般法人法148条4号

一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 第百四十八条(解散の事由) 一般社団法人は、次に掲げる事由によって解散する。 (一〜三号・五〜七号は省略) 四 社員が欠けたこと。

一つ、言葉を確かめておきます。ここでいう社員は、以前見たとおり、その団体の構成員のことです。そこで働いている人、という意味ではありません。どこが引っかかりましたか。社員が一人になったら解散するのか。そこが、今日最後のひっかけです。「欠けた」というのは、ゼロになることを指します。一人になることでは、ありません。以前、法人格は、団体と、それを作っている人たちの間に引かれる、一本の線だ、という話をしましたね。今日ずっと見てきた、内と外を分ける線とは、別の線です。この線は、社員が一人になっても、まだ消えません。ゼロになって、はじめて消えます。

ちなみに、一般財団法人にも、同じように解散の事由があります。中身は、また別の機会にしましょう。

今日の地図(保存版)

まとめ板(内と外の板2回分+合流の板を1枚に束ねる)+到達点(法人がやったことの範囲は外から見えるところまで) 図:まとめ板

  • 内と外の板2回分
  • 合流の板を1枚に束ねる
  • 到達点(法人がやったことの範囲は外から見えるところまで)

今日、見てきたことをまとめましょう。法人には体がありません。だから、法人がやったことは、いつも代表者という人間の行為を通してしか、現れません。着ぐるみの中の思惑は、外からは見えません。見えるのは、外に現れた動きだけです。定款で決めた内側の制限も——理事が本当は何を考えていたかも——外の人には押しつけられません。ただし、この規則には条件があります。守られるのは、外から見えるものを信じた人だけです。内側を知っていた人——悪意や、重い過失のある人は、もう守られません。そして、法人自身に落ち度が無くても、法人が損害を賠償する理由も見ました。

今日の答えを一つにまとめます。法人がやったことの範囲は、外から見えるところまでです。内側の取り決めも、内側の思惑も、外の人には押しつけられません。ただし、それは、外から見えるものを信じた人のための規則です。この先の話につながる種を、いくつか挙げておきます。代表者が権限の範囲を超えて動いてしまった場面——代理という仕組みの、正面の問題です。代理権の範囲や、代理権の濫用、そして表見代理という考え方も、別の回でじっくり扱います。使用者責任との異同も、また別の回で扱います。今日、配ったのは、この一本の線でした。法人がやったことの範囲は、外から見えるところまで。

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#31単独ページ動画

権利能力なき社団と総有

第1章 民法総則 ㉔/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——あの三つの不都合に、答える

以前配った三つの不都合と、今日その全部に答えるという予告 図:以前配った三つの不都合と、今日その全部に答えるという予告

少し、あのときの話を振り返ります。写真サークルがカメラを買ったとき線が無い世界には、三つの不都合がありましたね。今日は、この三つに判例がどう答えているかを見ていきます。ただ、答えを見る前に、大事な前提を一つ確認します。写真サークルは、法人ではありません。以前学んだ、法律の定める形を踏んでいない団体でしたね。今日は、その中身に正面から入ります。

権利能力なき社団とは何か

権利能力なき社団の定義と、大学のサークル・同窓会という身近な例 図:権利能力なき社団の定義と、大学のサークル・同窓会という身近な例

権利能力なき社団とは社団としての実体を持ちながら、法人格を持たない団体のことです。大学のサークルや、同窓会を思い浮かべてください。部長がいて、会則があって、部費を集めて活動しています。団体として、ちゃんと機能していますよね。法人になるには、以前見たとおり、法律の定める形と登記が要ります。サークルは、そこまではしていません。手間も費用もかかるからです。認証を受け、登記をして、そのあとも届出が要ります。数年で部員が入れ替わるサークルが、そこまでやる理由は、ふつうありません。そこなんです。手続を踏まなかった、というその一点だけで団体としての中身まで無いことにしてよいのか。判例が引き受けたのは、この問いです。

名前のとおりです。権利能力——権利や義務の主体になれる資格が、無いんです。そこが、今日の核心です。少し先取りして言うと権利能力なき社団は、法律上「所有者」にはなれません。でも、社会の中では、法人と同じように活動しています。判例も、そう考えています。法人の規定を、できる限り類推して使おう、という発想です。似た場面に、似たルールを当てはめる、あの考え方です。ただし「類推」という以上、そのまま同じにはなりません。どこが同じで、どこが違うのかそれを、今日たどっていきます。その前に、一つ決めておくことがあります。どんな団体なら、この扱いを受けられるのか、という条件です。

四つの要件と、固定資産は要らないという話

判例が立てた四つの要件を、理由とセットで並べる図 図:判例が立てた四つの要件を、理由とセットで並べる図

判例は、権利能力なき社団と言えるための四つの要件を立てています。一つ目は、団体としての組織を備えていること。二つ目は、多数決の原理が行われていること。三つ目は、構成員が入れ替わっても団体が存続すること。四つ目は、代表や総会の運営、財産の管理が確立していることです。覚え方の話をする前に、一つ聞いてみます。なぜ、判例はこの四つを選んだんでしょうか。「団体らしく見えるかどうか」——近いところまでは来ています。実は、四つの底には、一つの問いしかありません。構成員が入れ替わっても同じ団体だと言えるだけの実体があるか、という問いです。一つ目の組織は、烏合の衆——ばらばらに集まっただけの、まとまりのない人の群れ——でないことの土台です。

二つ目の多数決は、団体としての意思決定があることの証拠です。三つ目の存続は、団体の同一性が保たれていることの証拠ですね。以前、線を引くと部員が入れ替わっても団体は同じまま続く、と言いましたね。三つ目の要件は、その同一性を実質的に備えているかを見ているんです。四つ目——代表や総会、財産管理が確立していることも、同じです。線が引かれると、窓口が一つに定まる、という効き目がありましたね。四つ目の要件はその窓口が実質的に一つ定まっているかを見ています。

一つ目と二つ目は、効き目と並ぶのではなく、その手前です。残る効き目——財産が団体の側に乗る、という点は、今日これから作る話です。四つの要件は「実質的に法人と呼べる中身があるか」を確かめる、チェックリストなんです。この四つの要件を、実際に立てた判例を見てみましょう。

判例最高裁判所判決 昭和39年10月15日(民集18巻8号1671頁)

権利能力なき社団と言えるための、四つの要件——ある最高裁判例 「権利能力のない社団といいうるためには、団体としての組織をそなえ、そこには多数決の原則が行なわれ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によつて代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならないのである。」

この判決文が、そのまま、さっきの四つを言っています。では、写真サークルに、当てはめてみましょう。組織は、備えていますね。多数決の原理も、行われていますね。存続の要件も、満たしています。四つとも満たしていますね。だから、写真サークルは、権利能力なき社団と言えるんです。では逆に、ただの友達数人が時々飲み会をするだけの集まりはどうでしょうか。それは、言えません。代表もいなければ、会則もありません。誰が抜けても集まりが続くかどうかも、決まっていません。人が集まっているだけでは、足りないんです。もう一つ、確認しておきたいことがあります。権利能力なき社団と言うために部室のような固定の資産は、必ず必要でしょうか。

実は、必要ではありません。

固定資産・基本的財産は不可欠の要件ではないという板 図:固定資産・基本的財産は不可欠の要件ではないという板

固定資産や、基本的な財産を持っていることは不可欠の要件ではない、と判例は言っています。部室という場所が無くても四つの要件さえ満たしていれば、社団としての実体は失われません。要らないのは、決まった場所という「物」のことだけです。活動に必要なお金が入ってくる仕組みと、その出入りを管理する体制は、要るんです。判例が見ているのは財産という物ではなく、それを管理する仕組みなんです。

実質の持ち主と、形式の持ち主のズレ

実質的な持ち主と形式的な持ち主のズレを示すフロー 図:実質的な持ち主と形式的な持ち主のズレを示すフロー

ここで、一度立ち止まります。写真サークルの五十万円は、実質的には誰の物でしょうか。サークルの物、としか言いようがない気がします。実質的には、サークルの財産です。でも、法律の上で、形式的にはどうでしょうか。あっ……サークルは、権利能力が無いんでした。権利能力なき社団の定義そのものが「権利の主体になれない」ということでしたね。サークル自身は、所有権の主体になれません。法律は、持ち主のいない物、という状態を放っておきません。持ち主が決まらないと、誰が使えるのか、誰が処分できるのか壊れたとき誰に請求すればいいのかも、全部決まらないからです。

そして、サークル自身は、その主体になれないんでした。消去法で、こう言うしかなくなります。「構成員みんなの物」です。ところが、この「みんなの物」という言い方にはまだ中身がありません。みんなの物と言ってもどういう形で持っているのかは、まだ決まっていないんです。ここで、道具を一つ作る必要があります。

共同所有には、三つの形がある

共有・合有・総有を線の比喩で並べた図(実線・点線・線なし) 図:共有・合有・総有を線の比喩で並べた図(実線・点線・線なし)

みんなで何かを持つ形には、民法上、三つあります。共有、合有、総有です。名前を先に覚えなくて大丈夫です。まず、イメージを作りましょう。三つを分けるのは、たった一つの軸です。自分の持分が、どこまで認められるか、という軸です。これを、線の比喩で見てみます。共有は、持分の境目に、実線が引かれている状態です。合有は、点線です。普段は見えませんが、抜けるときには実線に変わります。そして総有は——線が、一本も引かれていません。ただし、これは別の線です。あのときの線は、団体と、それを作っている人たちの間に引く線でした。今日のこの線は、構成員どうしの間に引く線です。

混同しないよう、今日はこちらを構成員どうしの線と呼びます。具体的な場面でも、考えてみましょう。きょうだい三人が、お祝い用の貯金箱を持っているとします。集まるたびに、少しずつお金を入れていく貯金箱です。この貯金箱の中身の持ち方にも、三つのやり方がありえます。一つ目——最初から「兄が三割、姉が三割、弟が四割」と割合を決めてしまうやり方です。誰でも、いつでも「自分の三割ぶんを出して」と言えます。二つ目——割合は決めません。普段は、誰の何割という話は出てきません。ただし、誰か一人が抜けるときだけそのとき貯金箱にいくら入っているかを計算して現金で渡す約束になっているやり方です。

三つ目——割合を決めないのは同じですが抜けるときの計算という約束事そのものが、そもそもありません。それが、総有です。サークルの部費五十万円は、この三つ目に当たります。では、一つずつ見ていきます。まず、共有からです。共有は「みんなで一緒に持っている」に、いちばん近い形です。親が亡くなって、兄弟で土地を相続したときなどが典型です。共有では、自分の持分——これを具体的持分と言います——を売ることもできますし、分けてくれと請求することもできます。条文を見てみましょう。

条文民法256条1項本文

民法 第二百五十六条(共有物の分割請求) 各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。

「いつでも分割を請求することができる」。この一文が、共有の実線を条文の言葉で見せています。共有者は、いつでも「自分の分をよこせ」と言える立場にいます。共有そのものの使い方や管理、分け方は、物権の共有の回で正面から扱います。今日は、この実線だけ持ち帰ってください。次に、合有です。合有の典型は、組合の財産です。詳しくは別の回に譲りますが、今日は最小限だけ。複数の人がお金を出し合って共同で事業をやる約束で作る団体、と考えてください。社団は、構成員が団体そのものと結びついています。組合は、構成員どうしが直接に結びついています。

イメージとしては近いです。詳しくは、組合の回で扱います。今日は、組合財産の持分がどうなるかだけ見ます。

条文民法676条

民法 第六百七十六条(組合員の持分の処分及び組合財産の分割) 1 組合員は、組合財産についてその持分を処分したときは、その処分をもって組合及び組合と取引をした第三者に対抗することができない。 2 組合員は、組合財産である債権について、その持分についての権利を単独で行使することができない。 3 組合員は、清算前に組合財産の分割を求めることができない。

一項です。持分を処分しても、組合や取引の相手には対抗できません。以前、対抗要件の回で見た「対抗」と同じ言葉です。「主張できる」という意味でしたね。具体的に考えてみましょう。ある組合員が、自分の持分を勝手に第三者へ売ったとします。処分すること自体は、止められません。でも、組合や取引の相手には、その処分を主張できません。だから、実質的には売る意味が無いんです。三項も見てください。清算前は、組合財産の分割を求めることができません。組合をたたむときに、財産や借金を整理して、後始末をすることです。二項も、実は今日この後に効いてきます。組合財産である債権は、持分について単独では行使できません。

では、合有には共有と比べて何も無いのかというとそうではありません。一つだけ、残っているものがあります。

条文民法681条1項・2項

民法 第六百八十一条(脱退した組合員の持分の払戻し) 1 脱退した組合員と他の組合員との間の計算は、脱退の時における組合財産の状況に従ってしなければならない。 2 脱退した組合員の持分は、その出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができる。

二項です。脱退した組合員の持分は、金銭で払い戻すことができる、とあります。これが、さっきの「点線が、実線に変わる瞬間」です。この、抜けるときだけ姿を現す持分を、潜在的持分と呼びます。これが、合有の特徴です。では、部員のあいだで「抜けるときはお金を返す」と決めておけば、それは合有になるのでしょうか。答えは、この後の山場で、はっきりさせましょう。ここまでの共有と合有を、総有も合わせて一枚の表にまとめます。

共有・合有・総有の対比表(使用収益/具体的持分/潜在的持分/具体例) 図:共有・合有・総有の対比表(使用収益/具体的持分/潜在的持分/具体例)

表の見方です。使用収益——つまり使うこと自体は、三つとも○です。違うのは、具体的持分と潜在的持分の二つです。共有は、具体的持分もあります。合有は、具体的持分はありません。あるのは潜在的持分——払戻しだけです。総有は、具体的持分も潜在的持分も、どちらもありません。ここが、今日いちばんの山場です。

山場——持分が無いことが、守りになる

持分ゼロが守りになる反転の論理(持分が無い→誰も持ち出せない→財産が手元に残る) 図:持分ゼロが守りになる反転の論理(持分が無い→誰も持ち出せない→財産が手元に残る)

権利能力なき社団の財産は全構成員の総有に属する、というのが判例の答えです。ここで聞いてみます。持分が無い、と聞くと、構成員にとって良いことでしょうか。実は、向きが逆です。持分が無いからこそ、誰も持ち出せません。誰も持ち出せないから、財産が団体の手元に残るんです。「持分が無い」は、団体の財産を守るための制度なんです。部員が十人なら、部長は十分の一——五万円を持って行けます。来年の部員は、残った四十五万円で活動することになります。それが、持分を認めるということです。では、さきほどの問い——部員のあいだで「抜けるときはお金を返す」と決めておけば合有になるのか。実は、なりません。合有と総有を分けるのは、部員どうしの取り決めではなく財産をどう性質決定するか、という一段上の話だからです。

その財産が、法の上でどの持ち方に当たるのかを、決めることです。当てはまる形が決まれば、その形のルールが、あとから付いてきます。貯金箱を出し合った人たちが「抜けるときは返す」と決めてもそれだけで、貯金箱の性質が合有に変わるわけではない、ということです。合有で払戻しが認められるのは、組合という別の制度に乗っているからです。条文が、その制度のために用意した仕組みなんですね。そこが分かれ目です。さっき、社団と組合の違いを見ましたね。組合は、構成員どうしが直接に結びついて、お金を出し合う形でした。出した人が抜けるなら、その人の分を計算して返すのが筋です。

社団は、結びつく相手が違います。構成員は、団体そのものと結びついています。部員は入れ替わる前提で、団体のほうが続いていく——三つ目の要件で見た、あの存続です。入れ替わるのが当たり前の一人一人に、返すべき取り分を、最初から観念しない。では、冒頭の問いに答えましょう。写真サークルの部長は五十万円のうち「自分の分」を、持って行けるでしょうか。答えは、持って行けない、です。理由は、部長だからでも、規約にそう書いてあるからでもありません。そもそも、構成員どうしの間に、線が引かれていないからです。

答え合わせ——所有権は、動かない

所有権の総有的帰属と、三つの不都合①②の回収 図:所有権の総有的帰属と、三つの不都合①②の回収

総有だと分かったところで所有権について、あの三つの不都合を順番に回収していきます。所有権も、全構成員の総有に属します。構成員は、持分を処分することも、分割を請求することもできません。合有なら抜けるときに現れた実線が、総有では最後まで現れません。これを決めた判例があります。労働組合を抜けた元組合員が、財産の分割を求めた事件です。総有の廃止か、財産の処分について取り決めがない限り今の組合員も、元の組合員も共有の持分権や分割請求権を持たない、と判断されました。ここで、あの三つの不都合を、もう一度思い出してください。一つ目は、部員が入れ替わるたびにカメラの帰属が動く、という不都合でした。

でも、総有なら、そもそも動かす持分がありません。部員が何人入れ替わっても、帰属は動きようがないんです。十年後も、五十万円はサークルの物のままです。二つ目は、部員個人の借金でカメラごと持っていかれかねない、という不都合でした。でも、これも、持って行く持分そのものが存在しません。差し押さえようとしても、対象が最初から無いんです。共有なら、話は変わります。その部員の持分だけが、差し押さえの対象になりえます。持分が無いという一つの性質が、二つの不都合を同時に潰しています。

答え合わせ——債権と、債務の行き着く先

修理業者からサークルへの請求が、構成員個人には届かないことを示す関係図 図:修理業者からサークルへの請求が、構成員個人には届かないことを示す関係図

残るのは、三つ目の不都合です。カメラが壊れて、修理代を請求したいとき相手は誰か、という問題でした。今日は、新しい事案で見ます。カメラの修理代——三万円が未払いのまま代表が卒業してしまった、という場面です。業者は、この三万円を誰に請求できるでしょうか。まず、この請求権——債権の話から見ます。債権も、全構成員に総有的に帰属します。さっき見た、四つの要件の判決を覚えていますか。あの判決は、四つの要件だけでなく債権が全構成員に総有的に帰属することも言っています。総有的に帰属する以上構成員が、その一部を単独で取り立てることはできません。

合有の条文でも、債権は単独で行使できない、とありました。総有でも、同じ発想が働いています。では、次に、債務の方を見てみましょう。

判例最高裁判所判決 昭和48年10月9日(民集27巻9号1129頁)

権利能力なき社団の債務は、社団の総有財産だけが引き当てになる——ある最高裁判例 「権利能力のない社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務は、社団の構成員全員に一個の義務として総有的に帰属し、社団の総有財産だけがその責任財産となり、構成員各自は、取引の相手方に対し個人的債務ないし責任を負わない。」

債務も、全構成員に総有的に帰属します。以前配った責任財産——強制執行の対象になる財産は社団の総有財産だけです。構成員は、個人としての債務も責任も負いません。代表者についても同じです。代表者個人も責任を負わない、という判例があります。代表者は、社団の機関として行動しているからです。行為の効果は、代表者個人ではなく、構成員全員に総有的に帰属します。だから、構成員と同じように、個人責任は生まれません。ここで、業者の問いに答えます。修理代三万円を、業者は誰に請求できるでしょうか。サークルの、総有財産にだけ、ということですね。代表個人にも、部員個人にも請求できません。

総有という同じ結論を、部員側と業者側の両方から見る表 図:総有という同じ結論を、部員側と業者側の両方から見る表

ここで、両側から見てみましょう。部員の側から見れば、これは安心材料です。でも、業者の側から見ると、これは少し怖い話でもあります。サークルの総有財産が三万円に満たなければ業者は、それ以上どこからも回収できません。共有なら、話が変わります。各構成員が、自分の分について、個人の財産からも回収されかねません。総有という性質決定が、ここでも効いています。守られる側と、リスクを負う側が、きれいに分かれています。請求先は、サークルの総有財産という一つの器に定まります。

今日の地図(保存版)

三つの不都合と今日の答えを束ねるまとめ表 図:三つの不都合と今日の答えを束ねるまとめ表

今日、見てきたことをまとめましょう。法人格が無い団体の財産は構成員みんなの物にするしかありません。でも、それだけでは、団体の財産は守れません。判例が出した答えは、持分を分けることではなく誰にも持分を認めないこと——総有でした。さっきの貯金箱で言えば中身が一切動かない、あの貯金箱と同じ形です。全構成員の総有と解した結果権利能力なき社団の財産は、実質的には法人の単独所有と同じです。ここでいう線は、今日ずっと見てきた、構成員どうしの線ではありません。はじめに置いた、団体と人のあいだの線のほうです。法は、線を引いてもらえなかった団体にも線を引いたのとほとんど同じ結果を用意していました。

ここまでの話は、財産の帰属についての話でした。でも、同じにならない場面が、一つだけ残っています。登記の場面です。そこは、この続きの回で正面から扱います。総有という一つの答えが三つの不都合を全部、静かに解決していたんです。

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#32単独ページ動画

権利能力なき社団の当事者能力と登記名義

第1章 民法総則 ㉔/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

三つの場面、三つの答え

訴訟・登記・預金という三つの場面を予告し性質の違いという結論を隠したまま示す地図板

今日は、三つの場面を、順番に見ていきます。一つ目は訴訟。二つ目は登記。三つ目は、銀行預金です。訴訟も登記も預金も、外に向けて名前を出す場面という点では、同じなんです。そこが、今日の面白いところです。答えは、三つとも違います。一つは、できる。一つは、できない。一つは、実務次第です。なぜ割れるのか、その理由まで、今日は突き止めます。まずは、訴訟から見ていきましょう。

訴訟では、社団は「一人前」

大家がサークルを直接被告にできるかという問いと窓口という視点を予告する板 図:大家がサークルを直接被告にできるかという問いと窓口という視点を予告する板

大家は、十八万円の未払い家賃を取り返すために、裁判を起こします。十五人を一人ずつ探して訴えるのは、さすがに大変すぎますよね。実は、答えが用意されています。ただし、民法ではありません。民事訴訟法という、別の法律です。今日、初めて、民法以外の条文が出てきます。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法29条

民事訴訟法 第二十九条(法人でない社団等の当事者能力) 法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。

「代表者又は管理人の定めがあるもの」は、その名において訴え、訴えられる。前回確認した、四つの要件を思い出してください。四つ目に、代表や財産の管理が確立していること、がありました。写真サークルには、代表——部長がいます。大家は、部員全員ではなく、サークルを被告にできます。ここで、条文の言葉を、もう一つ確認させてください。条文は「代表者、または、管理人」と言っています。代表者がいなくても、管理人が決まっていれば、それで足ります。財産の管理だけを任された人、と考えてください。代表者とは別の場合もあります。「代表者の定めがあれば足りる」とだけ覚えると、管理人のほうが抜け落ちます。

では、逆の場合も見ておきましょう。以前見た、友達数人が時々飲み会をするだけの集まりを、覚えていますか。あっ、四つの要件を、どれも満たさない集まりですね。代表もいなければ、管理人に当たる役もいません。この29条は、使えません。窓口が、そもそも存在しないからです。窓口の有無が、そのまま裁判の手間を左右します。では、なぜ、窓口さえあれば足りるんでしょうか。近いですが、もう少し実務的な理由があります。訴訟でいちばん困るのは、誰を相手に手続を進めればいいか分からないことです。逆に、受け取ってくれる人さえ決まっていれば、手続は回ります。ここで、一つ、たとえを使わせてください。会社の代表電話に、問い合わせの電話をかけたとします。

電話を取った人が、社長本人である必要は、ありませんよね。民訴29条の代表者・管理人は、この「電話を取ってくれる窓口」に近いんです。だから、この当事者能力は、実体的な権利の話ではありません。あくまで、手続を進めるための、技術的な資格にすぎないんです。サークルが訴えられるようになっても、サークル自身が土地の所有者になる訳ではない、ということです。ここは、覚えておいてください。あとで、効いてきます。

大家とサークルが直接の訴訟当事者として向き合いサークル内部の部員は表に出ない関係図

関係を、図で見てみましょう。大家とサークル。この二者が、そのまま訴訟の当事者になります。窓口——部長という代表者が、サークルの名前で受け止めます。ここで、聞いてみます。訴訟では、社団は一人前として振る舞えました。では、この社団は、自分の土地を「自分の名義」で登記することも、できるでしょうか。その予想、覚えておいてください。次の場面で、確かめます。

登記だけは、違う

登記簿にはサークルの名前がどう書かれるかという重い問いを提示する板 図:登記簿にはサークルの名前がどう書かれるかという重い問いを提示する板

サークルの土地は、登記簿に、どう記録されているでしょうか。実は、社団の名前では、登記できません。ここが、今日いちばんの山場です。判例を見てみましょう。

判例最高裁判所判決 昭和47年6月2日(民集26巻5号957頁)

社団名義の登記を、認めるか——ある最高裁判例 権利能力なき社団の資産たる不動産については、社団の代表者が、社団の構成員全員の受託者たる地位において、個人の名義で所有権の登記をすることができるにすぎず、社団を権利者とする登記をし、または、社団の代表者である旨の肩書を付した代表者個人名義の登記をすることは、許されないものと解すべきである。

この判決は、三つの登記の仕方を、はっきり分けています。一つ目——「写真サークル」という社団名義そのままの登記。これは、できません。二つ目——「写真サークル代表者、誰それ」という、肩書き付きの代表者名義。これも、できません。ここを、混同しないでください。片方だけ覚えると、不正確になります。三つ目——肩書きを付けない、代表者個人の名義。これだけは、できます。

社団名義は不可・肩書き付き代表者名義も不可・代表者個人名義だけ可という三択板 図:社団名義は不可・肩書き付き代表者名義も不可・代表者個人名義だけ可という三択板

図で並べてみましょう。社団名義は駄目。肩書き付き代表者名義も駄目。代表者個人名義だけが、できます。ここからが、今日の核心です。さっき、訴訟の当事者能力は、実体的な権利の話ではない、と言いましたね。登記は、まったく違います。登記簿に名前を載せるということは、「この人が、法律上の権利の主体だ」と。世の中に向けて、宣言することなんです。だから、法律上そもそも権利の主体になれない者は、載せようがありません。だから、肩書きを付けた代表者名義も、認められないんです。判決も、それは実質において社団を権利者とする登記だ、と言っています。その大もとの理由も、判決は、はっきり言葉にしています。

判例最高裁判所判決 昭和47年6月2日(民集26巻5号957頁)判決理由

なぜ、社団には登記請求権が無いのか——同じ判決の理由 権利能力なき社団の資産はその社団の構成員全員に総有的に帰属しているのであつて、社団自身が私法上の権利義務の主体となることはないから、社団の資産たる不動産についても、社団はその権利主体となり得るものではなく、したがつて、登記請求権を有するものではないと解すべきである。

「社団自身が私法上の権利義務の主体となることはない」。総有と解した結果、社団自身は、所有権の主体になれませんでした。だから、そもそも「自分の名義に登記してくれ」と求める権利——登記請求権を。社団は、持っていないんです。ここで、大事な区別をしておきます。「登記には29条のような条文が無いから、できない」と考えると、少し粗いんです。条文がたまたま無いだけなら、いつか条文を作れば、解決しそうに聞こえますよね。でも、そうではありません。訴訟の当事者能力は、実体を動かさない、手続だけの資格でした。登記は、実体的な権利の帰属を、そのまま映す仕組みです。ここで、一つ、たとえを使わせてください。登記簿は、今そこにある権利の実体を映す、鏡のようなものです。

鏡は、実在しないものを、映すことができません。社団は、法律上の権利の主体として、そもそも実在しないんです。だから、登記の場面にだけ条文を作っても、この壁は動きません。訴訟と登記の違いは、条文の有無ではなく——両者の役割の違いなんです。では、なぜ、代表者個人の名義だけは、認められるんでしょうか。代表者は、生身の個人として、権利の主体になれます。この判決は、こう言っています。「構成員全員のために、信託的に、代表者個人の所有とされる」。預かっているだけで、本当の持ち主はみんなだけれど。形の上では、代表者個人の物として扱う、という意味です。判決文にあった「受託者たる地位において」も、この預かる立場のことです。

代表者が勝手に売ってよいかどうかは、代表者と構成員の内部の責任の話です。外から見た危うさは、このあと担保と相続の二つで、正面から見ていきます。もう一つ、実務でよく使われる方法があります。代表者一人の名義ではなく、構成員全員、または数人の名前を並べる方法です。ただし、これは、さっきの判決が直接認めたものではありません。この判決が扱ったのは、社団名義・肩書き付き・代表者個人名義の三つだけです。共有名義は、登記の実務が編み出した、別の代替手段なんです。ここで、一つ、注意してほしいことがあります。登記簿の書式には、総有という持ち方を書き込む欄が、そもそも無いんです。

登記は、共有か、単独所有かしか、書式として用意していません。だから、総有の財産を登記しようとすると、共有という書式を借りるしかないんです。共有は、持分に実線が引かれていて、いつでも分割を請求できる形でした。総有は、その線が一本もありません。その別物どうしを同じ欄に書くところが、引っかかる点です。登記簿の上で「共有」と書かれていても、財産の中身が本当に共有に変わった訳ではありません。実質は、あくまで総有のままです。登記という仕組みの限界が、生んだズレです。このズレには、あとでもう一度、別の角度から出会います。覚えておいてください。

代表者個人名義の土地に担保設定と相続という二つの危うさが外部から刺さる図 図:代表者個人名義の土地に担保設定と相続という二つの危うさが外部から刺さる図

さて、登記簿の上で、この土地は誰の物に見えるでしょうか。ここに、実務の悩みどころがあります。一つ目——代表者が、自分の借金の担保に、この土地を使ってしまったら。登記簿だけを見た金融機関には、それが分かりません。見た目は、ただの個人の土地です。担保の設定は、成立してしまいます。もう一つの危うさもあります。二つ目——代表者が、急に亡くなったら。登記簿の上では個人の土地なので、相続の対象になってしまいます。代表者の家族が、この土地を、自分たちの遺産だと思ってしまうかもしれません。財産の帰属では、総有が守ってくれました。でも、登記の場面だけは、この守りが、そのままでは効きません。正直に言うと、ここは今も、実務の悩みどころなんです。

銀行預金は、実務が埋めている

訴訟と登記の対比から預金という第三の場面へ視点を移す板 図:訴訟と登記の対比から預金という第三の場面へ視点を移す板

もう一つ、身近な場面を見てみましょう。銀行預金です。サークルの口座は、どんな名義になっているでしょうか。実は、預金では、ちょうど逆になります。「写真サークル」という団体の名前そのままでも、多くの場合、口座を作れます。肩書きを付けた代表者名義でも、受け付けてもらえます。同じ名前の使い方なのに、登記と預金で、答えが正反対になります。登記は、世の中に向けて「この人が権利者だ」と宣言する仕組みでした。口座の名義は、銀行と客の間で、誰との取引かを見分けるための目印です。鏡の話は、ここには及びません。実は、この預金の扱いを直接決めた条文や判例は、ありません。

銀行のほうが、実務として、そういう名義の口座開設を受け入れているんです。サークルのような、法人化していない団体のお客が、実際には多いからです。全部、個人名義でしか受け付けないとなると、実務のほうが回りません。規約や会則に書かれた団体の名前を、そのまま口座名義にすると案内している金融機関もあります。ただし、学問上、確立した一つの規範として断定はできません。あくまで「実務上、そう扱われている」という言い方に、留めておきます。

訴訟は条文がある登記は条文も判例も認めない預金は実務が埋めているという三層の板 図:訴訟は条文がある登記は条文も判例も認めない預金は実務が埋めているという三層の板

ここで、今日見てきた三つの場面を、並べてみましょう。一つ目——訴訟。条文が、はっきり手当てしている場面です。二つ目——登記。条文も判例も、社団の名前を認めない場面でした。三つ目——預金。条文も判例も無いまま、実務が埋めている場面です。ここで、今日いちばん大事な考え方をまとめます。「法人と同じに扱ってもらえるか」は、実体が似ているかでは、決まりません。誰かが、その場面に、手当てをしてくれたかどうかで、決まるんです。訴訟には、法律が手当てしました。登記には、誰も手当てしていません。預金には、銀行という実務が、独自に手当てをしました。

条文の有無だけで決めるのは粗い、という話でしたね。手当ての有無は、答えではなく結果なんです。登記は、権利の実体を映す鏡でした。民訴29条のような、場面だけの手当てでは鏡は動きません。動かすには、法人格という実体の線そのものを、引き直すしかないんです。訴訟は、窓口さえあれば回る仕組みでした。だから、その手当てで足りたんです。場面ごとに、継ぎ接ぎされているんです。

誰を訴えるかは○・土地の差し押さえはズレが影を落とすという冒頭の答え合わせ板 図:誰を訴えるかは○・土地の差し押さえはズレが影を落とすという冒頭の答え合わせ板

さて、冒頭の問いに、答えましょう。大家は、サークルを被告にして、十八万円を請求できます。では、勝訴したとして——サークルの土地は、差し押さえられるでしょうか。正確には、ここは、答えが一つに決まりません。家賃の債務は、前回見たとおり、サークルの総有財産が引き当てになります。本来なら、土地も、差し押さえの対象になり得ます。でも、登記簿を見ただけでは、その土地はサークルの物だとは書いてありません。差し押さえる側は、この土地が総有財産だと、別途、証明する必要が出てきます。今日、何度も見た、あのズレが、ここでも顔を出しています。鏡は、権利の主体になれない者を映せません。でも、映った姿が、いつも中身どおりとは限りません。

登記をどこまで信じてよいかは、公示と公信の回で、別に扱いました。この先の細かい手続は、民事執行という別の分野の話なので、今日はここまでにします。でも、なぜすっきり終わらないのか、その理由は、今日ちゃんと分かりましたね。

法人格の無い、もう一つの団体——組合

組合という別の団体を導入し社団との違いを予告する板 図:組合という別の団体を導入し社団との違いを予告する板

ここまで、権利能力なき社団を見てきました。実は、法人格の無い団体は、社団だけではありません。組合という団体です。条文を見てみましょう。

条文民法667条1項

民法 第六百六十七条第一項(組合契約) 組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。

各当事者が、出資をして、共同の事業を営むことを約束する契約です。典型例は、複数の会社が組む共同事業や、法人化していない共同経営の事務所です。ここで、社団と組合の違いを、図で見てみましょう。

サークルが中心のハブとなり構成員が間接的につながる社団のつながり方の図 図:サークルが中心のハブとなり構成員が間接的につながる社団のつながり方の図

まず、社団のつながり方です。あの写真サークルを、思い出してください。部員たちは、サークルという一つの団体を、間に挟んで、つながっています。誰かが新しく入っても、その人は、サークルに加わるだけです。あとで、そこも使います。

法律事務所の共同経営者どうしが個別の契約で直接つながる組合のつながり方の図 図:法律事務所の共同経営者どうしが個別の契約で直接つながる組合のつながり方の図

次に、組合のつながり方です。共同経営の法律事務所を、考えてみましょう。経営者たちは、それぞれが、直接、個別の契約で結ばれています。新しく一人加わるなら、既にいる全員と契約を結び直します。この二つの図の違いから、五つの対比が、全部導けます。

組合と権利能力なき社団を人数結合の密接さ組織加入財産の五点で対比した表 図:組合と権利能力なき社団を人数結合の密接さ組織加入財産の五点で対比した表

一つ目——構成員の数です。組合は、個別の契約が増えるほど、大変になります。だから、比較的少人数です。社団は、団体というハブを通すから、人数が増えても回ります。二つ目——結合の密接さです。組合は、直接の契約関係なので、結びつきが密接です。社団は、間接的なので、密接ではありません。組織のルールです。組合は、個別の契約で、その都度、内容が決まります。社団は、定款という一つのルールで、画一的に決まります。加入です。組合に新しく加わるには、既にいる全構成員の同意が、必要です。社団は、既存の構成員、一人一人の同意は、要りません。

表だけを丸暗記する必要は、無いんです。五つ目——財産の帰属です。ここは、前回の復習になります。合有は、抜けるときには、持分が現金で払い戻されます。加えて、今日、新しく確定させたいことがあります。組合員は、個人としての責任を、負うのかどうかです。社団に個人責任が無いのに対して、組合は違います。条文を見てみましょう。

条文民法675条1項・2項

民法 第六百七十五条(組合の債権者の権利の行使) 1 組合の債権者は、組合財産についてその権利を行使することができる。 2 組合の債権者は、その選択に従い、各組合員に対して損失分担の割合又は等しい割合でその権利を行使することができる。ただし、組合の債権者がその債権の発生の時に各組合員の損失分担の割合を知っていたときは、その割合による。

一項です。組合の債権者は、組合財産に対して、権利を行使できます。でも、二項が、決定的に違います。組合の債権者は、各組合員に対しても、権利を行使できる、とあります。損失を分担する割合、または、等しい割合で、請求できます。ここが、社団と組合の、大きな違いです。社団の構成員は、総有財産の陰に、完全に隠れていました。組合員は、組合財産だけでは足りないとき、個人の財布まで、届いてしまいます。つながり方の違いが、責任の重さの違いにも、そのまま出ています。ここで、一つだけ、注意しておきたい条文があります。

六百六十八条は共有と書くが講学上は合有と呼ぶという条文と学問上の呼び方のズレを示す板

民法668条という条文は、組合財産を「総組合員の共有に属する」と書いています。その「共有」という言葉が、引っかかる点です。条文の言葉では「共有」ですが、講学上は、これを合有と呼びます。実は、これと同じ種類のズレに今日もう一度出会っていますよね。民法には、こういう場所が、他にもあります。条文の言葉と、実質の中身が、必ずしも一致しない場所です。中身で理解しておけば、驚かずに済みます。最後に、正直に言っておきたいことがあります。組合と社団の区別は、理念的には、きれいに分かれます。でも、実際の団体では、区別が難しい場合も、少なくありません。

近年は、無理に二つに一つを選ばず。争いになっている点ごとに、どちらの扱いが妥当かを決めればよい、という考え方も有力です。今日の五点は、あくまで、考えるための道具です。

財団の実体はあるが、法人格が無いもの

権利能力なき財団の定義と破産財団という典型例を示す短い板 図:権利能力なき財団の定義と破産財団という典型例を示す短い板

もう一つだけ、名前を渡しておきます。権利能力なき財団です。法人の回で見たとおり、財団は、人ではなく財産の集まりでしたね。その財産の集まりとしての実体はあるのに、法人格を持たない団体です。典型は、破産財団です。破産した人の財産のうち、管理・処分する権利を。破産管財人という専門家が持つもの、と考えてください。破産手続を進める専門家、とだけ、今日は覚えておいてください。正直に言うと、これは試験対策としての重要度は、高くありません。破産という、特殊な場面でしか出てこないからです。ただ、名前と位置づけだけは、渡しておきたいんです。さっきの条文を、思い出してください。

「法人でない社団又は財団」と、書いてありましたね。権利能力なき財団にも、この当事者能力の規定は、及びます。今日は、ここまでにしておきます。

「だいたい同じ」の、穴が開いた場所

三層のまとめと到達点を束ねるまとめ板 図:三層のまとめと到達点を束ねるまとめ板

今日、見てきたことを、まとめましょう。前回、権利能力なき社団の財産は、実質的に法人と同じ扱いだと分かりました。今日は、その「ほとんど」の中身を、開けました。訴訟では、社団は一人前でした。代表者・管理人という窓口さえあれば良かったんです。でも、登記では、社団の名前は、一切使えませんでした。そして、預金は、実務が独自に埋めていました。実体が似ているかどうかでは、扱いは決まりません。だから、誰かが、その場面に、手当てをしてくれたかどうかで、決まるんです。法人格という線は、引いてもらえなかった側から見ると。「だいたい同じ」の、ところどころに、穴が開いている形をしています。

これで、法人・権利能力なき社団のブロックは、終わりです。人ではないものに「人」の線を引く——その線の内側と外側を、この五回で歩き切りました。

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#33単独ページ動画

物の分類

第1章 民法総則 ㉕/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

石灯籠は、付いてくるか

「この石灯籠、置いていってもらえますか」という問いかけボード 図:「この石灯籠、置いていってもらえますか」という問いかけボード

直感では、どう思いますか。「土地に付いているものは全部ついてくる」というその直感、半分だけ正しくて、半分だけ裏切られます。実は、家そのもの——建物は、土地とは別の不動産として扱われます。ところが、動かせる置物にすぎない石灯籠のほうは、土地と一緒に動くことがあります。建物は切り離されるのに置物は一緒に動く、そう見えて当然です。このねじれの理由を、今日は追いかけます。

「物」とは何か——85条

有体物とは何かのボード 図:有体物とは何かのボード

まず、民法が「物」と呼んでいるものの範囲から確認します。条文を見てみましょう。

条文民法85条

民法 第85条(定義) この法律において「物」とは、有体物をいう。

形があって、固体・液体・気体のいずれかで存在するものです。石灯籠も、家も、これにあたります。電気や情報は、有体物ではないので、民法上の「物」には含まれません。電気を盗んでも、民法上「物」を盗んだことにはなりません。刑法では特別な扱いがありますが、民法の「物」の話としては、深入りしません。今日は「物」といえば有体物、とだけ押さえてください。

土地に付いているのに、動く——86条の続き

不動産と動産、前回の想起ボード 図:不動産と動産、前回の想起ボード

「物」の中を、不動産と動産に分ける話は、以前に触れました。どう分けたか、思い出せますか?あのとき、土地と建物は別々の不動産として扱われる、とだけ言って、詳しくは先送りにしていました。今日が、その回です。その定着物の中身から、本題に入ります。

土地の一部か、独立した不動産か——定着物の原則と例外

土地の定着物、原則は土地の一部・例外は別個の不動産というツリー板 図:土地の定着物、原則は土地の一部・例外は別個の不動産というツリー板

定着物には、原則があります。土地に固定された物は、土地そのものの一部として扱う、というルールです。別の不動産として数えず、土地とひとまとまりにする、ということです。地面に固定された物は、外せば壊れたり価値が落ちたりします。土地とひとまとめに取引するほうが、実態に合うからです。例えば、根をしっかり張った庭木や、動かせないほど大きな庭石です。ただし、同じ「地面にある木」でも、そうならない場合があります。植え替える予定で、仮に植えているだけの若木です。根がまだ浅く、簡単に動かせます。判例も、簡単に分離できる物は、独立した動産のままだとしています。

ここまでが原則です。ところが、この原則には、大きな例外が三つあります。一つ目は、法律で登記された立木です。手続きを踏めば、土地とは別の、独立した不動産として扱われます。土地は売らずに、木材だけを売りたい、というニーズに応えるためです。二つ目は、明認方法を施した立木です。木の皮を削って持ち主の名前を書く、といった昔ながらのやり方で、登記をしなくても、慣習として同じ効果が認められています。この明認方法の中身は、また別の回でじっくり扱います。今日は、登記以外にも、切り離す手段があるとだけ覚えてください。あと一つ付け加えると、この明認方法は、立木だけでなく、まだ枝についている果物のような、木からまだ分かれていない果実にも使えます。

一つ目と二つ目は、どちらも立木の話でしたね。三つ目が、一つ目の山場です。

建物は、なぜ土地と別なのか

建物だけが持ち主を分けられる理由のボード 図:建物だけが持ち主を分けられる理由のボード

三つ目の例外は、建物です。実は、建物を土地と別の不動産とする条文は、どこにもありません。それでも、判例も学説も、建物は当然に土地と別個の不動産だと扱っています。しかも、登記があるかどうかも関係ありません。ここは、理由を自分で組み立てる必要がある部分です。鍵は、「土地と建物を、別々の人が持てるかどうか」です。もし建物が土地の一部だったら、どうなるか考えてみてください。建物が土地の一部だとすると、土地の持ち主が、そのまま建物の持ち主になります。すると、土地は借りているだけで、その上に自分の家を建てる、ということが成り立たなくなります。

土地は他人から借りて、建物だけは自分の名義で持つ。この、日本ではごく普通の実務は、建物が独立した不動産であって初めて成り立ちます。土地は貸すだけにして、建物だけを売り買いする、ということもできます。この実務上の必要が、建物を独立させる理由だと考えられます。では、建物は、いつの時点から「建物」になるのでしょうか。基礎工事だけの段階では、まだ「建物」とは呼びません。バラバラの材木や資材の集まり、つまり動産の集合体にすぎないとされます。判例は、屋根と周りの壁ができた段階で、独立した一個の不動産になるとしています。

雨風をしのげる外形ができた時点、というイメージです。

⭐ 論文で書く規範:建物になる時点 屋根と周壁ができた段階で、独立した一個の不動産になる (大判昭和10・10・1)

従物になるための四つの条件——主物と従物

主物と従物、四つの要件のボード 図:主物と従物、四つの要件のボード

さて、ここまでは「独立させる」話でした。ここから先は、逆方向の話です。独立した二つの物どうしを、逆にくっつけて連動させる、という仕組みです。条文を見てみましょう。

条文民法87条1項

民法 第87条(主物及び従物) 物の所有者が、その物の常用に供するため、自己の所有に属する他の物をこれに附属させたときは、その附属させた物を従物とする。

噛み砕くと、四つの条件に分けられます。一つずつ確認しましょう。一つ目、常用に供すること。主役の物の経済的な役割を、継続して助けている、という条件です。二つ目、附属していること。場所的に、主役の物に密着している、ということです。三つ目、独立した物であること。これが、意外と見落とされる条件です。例えば、建物の壁紙です。あれは建物に貼りついて、一体化してしまっています。法律上、これを付合と呼びますが、付合した物は、もはや独立した物ではないので、従物にすらなれません。そして四つ目、同一の人の所有であること。主役の物と、その従物は、同じ持ち主が持っていなければなりません。

四つの条件が揃うと、「従物は、主物の処分に従う」という効果が生まれます。ここでいう処分とは、売買のような、持ち主を変えたり権利関係を動かしたりする行為のことです。中身は、実際の判例で具体例を確認したあと、詳しく見ていきましょう。

刀の鞘、地下タンク、そして石灯籠

刀と鞘、地下タンク、石灯籠の判例対比表 図:刀と鞘、地下タンク、石灯籠の判例対比表

この四つの条件を、実際の判例で確認します。まず、分かりやすい例からです。刀と、それを収める鞘です。判例は、鞘を刀の従物だと認めています。常に刀を収めるために使われ、密着していて、それ自体独立した物で、普通は同じ人の所有です。四条件を満たします。もう一つ、ガソリンスタンドの地下タンクです。判例は、これを店舗の建物の従物と認めています。場所的には離れて見えても、ガソリンスタンドという営業のために、継続して使われています。経済的な役割で見る、ということです。判例は、土地の上に置かれた石灯籠や、取り外しできる庭石を、土地の従物だと認めています。

⭐ 論文で書く規範:主物と従物の四要件(87条1項) ①常用に供する(主物の経済的な効用を継続して助ける) ②附属する(場所的に密接) ③独立の物であること(付合していないこと) ④同一人の所有であること (土地と石灯籠・庭石=最判昭和44・3・28/店舗建物と地下タンク=最判平成2・4・19)

石灯籠は、動かせるのに、常用性・附属性・独立性・同一所有者、四つの条件を満たしています。「動産であること」と「従物になること」は、まったく矛盾しません。「土地建物一式」で買った家に、あの石灯籠が、土地の常用のために置かれていたのなら——石灯籠は土地の従物です。石灯籠は、置いていってもらえる可能性が高い、ということになります。動く置物なのに、土地と一緒に動く。冒頭のねじれが、これで解けました。

従物になった物は、どう動くか——87条2項

主物従物の効果、処分が従物にも及ぶというボード 図:主物従物の効果、処分が従物にも及ぶというボード

ここまでで、四つの条件が揃えば従物になる、というところまで確認しました。ここからが、その効果です。条文の続きを見てみましょう。

条文民法87条2項

民法 第87条(主物及び従物) 2 従物は、主物の処分に従う。

主物を売れば、従物も一緒に、売買の対象になります。主物と従物を別々の人に分けると、一緒に役立っていた組み合わせが崩れて、どちらの価値も下がります。売る側も買う側も、ふつうは一緒に移すつもりのはずです。だから処分を連動させます。もう一つ、大事な点があります。不動産の登記を備えていれば、その効力は従物にも及びます。石灯籠自体は登記できませんが、土地の登記があれば、従物である石灯籠についても、対抗要件——第三者に「これは自分の物だ」と主張するための要件を満たしたことになります。この効力が及ぶ範囲は、担保権の場面でも大事な意味を持ちますが、詳しくは別の回で扱います。今日は、処分が従物にも連動する、という骨格までにしておきます。

権利どうしにも、同じ発想が及ぶ

借地人・賃貸人・譲受人、建物譲渡と借地権移転の関係図 図:借地人・賃貸人・譲受人、建物譲渡と借地権移転の関係図

ここまでは、物と物の間の話でした。ここから、もう一つの山場です。実は、87条2項と同じ発想が、権利どうしにも当てはまると考えられています。建物の所有権と、その敷地を借りる権利——敷地賃借権の関係です。建物の所有権を主物の側、敷地賃借権を従物の側とみなして、87条2項を類推して使います。例えば、借地の上に自分名義の家を建てている人が、その家を別の人に売ったとします。家だけを売ったつもりでも、土地を借りる権利——借地権のほうは、どうなると思いますか。「家しか売っていないから土地の権利は残る」というその直感、実は裏切られます。借地上の建物を売ると、建物の所有権だけでなく、敷地を借りる権利も、一緒に買主へ移ります。

「家だけ」のつもりで売っても、なぜ、そこまで連動させるんですか、と聞きたくなりますよね。考えてみてください。もし建物だけ売って、敷地賃借権が売主の手元に残ったら、買主はどうなりますか。建物は持っているのに、その土地を使う法的な根拠——権原がない。これでは、建物を使うことができません。借地の上の家を売れば、土地を借りる権利も、一緒に買主へ動きます。「家だけ」のつもりが、実は土地の権利まで込みだった、ということです。この構図は、実務でも頻繁に登場します。しっかり持ち帰ってください。

物が生む収益——元物と果実

元物と果実、天然果実・法定果実の対比ボード 図:元物と果実、天然果実・法定果実の対比ボード

ここまでは、物の範囲と、物どうしのつながりでした。最後は、物が生み出す収益に目を移します。ある物から、経済的な収益が生まれるとき、その物を元物、生まれた収益を果実と呼びます。果実には、二種類あります。条文を見てみましょう。

条文民法88条

民法 第88条(天然果実及び法定果実) 物の用法に従い収取する産出物を天然果実とする。 2 物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物を法定果実とする。

木になる果物、牛の乳、地中から出てきた竹の子。どれも、物そのものの用法にしたがって自然に生まれる実りです。法定果実は、物を使わせた対価として受け取る、金銭などです。地代、家賃、利息がその代表例です。どちらも、元物があるからこそ生まれる収益、という点で共通しています。

分離した瞬間か、期間で割るか——果実の帰属

天然果実は分離時・法定果実は日割り、なぜ違うかの対比ボード 図:天然果実は分離時・法定果実は日割り、なぜ違うかの対比ボード

ここからが、今日の最後の山場です。果実は、誰のものになるのでしょうか。果実は多くの場合、元物の持ち主のものになりますが、合意や条文で、果実を受け取る権利——収取権を持つ人が、別に決まっていることもあります。今日の核心は、その権利が「いつの時点で」決まるか、です。

条文民法89条

民法 第89条(果実の帰属) 天然果実は、その元物から分離する時に、これを収取する権利を有する者に帰属する。 2 法定果実は、これを収取する権利の存続期間に応じて、日割計算によりこれを取得する。

天然果実は、木から実が落ちる、その瞬間に分離します。落ちた瞬間に権利を持っていた人が、その実を取得します。家賃や利息は、期間に応じて日割りで、受け取る権利が配分されます。天然果実と法定果実で、なぜ基準がこれほど違うのか。ここが、今日いちばん考えてほしいところです。天然果実は、木から実が落ちる、牛から乳を搾る、といった、一回きりの出来事です。切り離された、その一瞬という一点で、誰の物かを、はっきり決められます。一方、法定果実——家賃のような対価は、継続的に発生し続けるものです。ある1日だけを取り出して「この日の家賃は誰の物か」と問うこと自体、実態に合いません。使用期間に比例して、権利者が入れ替わっていく、と考えるほうが自然です。

具体例で確認しましょう。収穫直前のみかん畑が、途中で人手に渡ったとします。譲渡の前に落ちたみかんは元の持ち主のもの、譲渡の後に落ちたみかんは新しい持ち主のもの、と分離の瞬間で切り分けます。もう一つ、賃貸中の部屋が、月の途中で売買されたとします。日割りで、旧の所有者と新の所有者に、それぞれ配分されます。天然果実は分離の瞬間、法定果実は期間の日割り。理由まで含めて、押さえておいてください。

二つの線と、時間の軸

独立させる線・連動させる線・時間の軸、到達点のまとめ板 図:独立させる線・連動させる線・時間の軸、到達点のまとめ板

今日、確認したのは、二つの逆方向の割り切りと、もう一つの軸でした。原則は土地の一部だけれど、立木の二つの例外と、建物という大きな例外がありました。主物と従物、四つの条件から、処分が連動するという効果まで見ました。石灯籠の答えも、建物譲渡と借地権の答えも、ここから出ました。果実の帰属は、一回性の出来事か、継続する流れか、という時間の性質で基準が変わりました。三つとも、経済的な実態に合わせて法律関係に線を引く、という同じ発想でした。独立させる線、連動させる線、そして時間の軸。この三つを、しっかり持ち帰ってください。

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#34単独ページ動画

法律行為の成立要件と客観的有効要件

第1章 民法総則 ㉖/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

生まれたか——効くに値するか

契約が効くまでの関門のうち最初の二つを取り出した目盛り板(生まれたか=成立/効くに値するか=有効)+民法は必ずこの順に検討する 図:契約が効くまでの関門のうち最初の二つを取り出した目盛り板

  • 生まれたか=成立
  • 効くに値するか=有効
  • 民法は必ずこの順に検討する

その前に、一つだけ確かめさせてください。以前、契約が効くまでには関門がある、という地図をお渡ししました。今日は、そのうち最初の二つだけを使います。思い出してみてください。最初の二つは、それぞれ何を問うものでしたか?一つ目は、契約が生まれたかどうか。二つ目は、生まれた契約が効くに値する中身かどうかです。一つ目が成立の関門、二つ目が有効の関門です。大事なのは、この二つが別々の問いだということです。その不思議さが、今日の中身そのものです。もう一つ。民法はこの二つを、必ずこの順に検討します。まず生まれたかを見て、生まれていれば効くかを見ます。生まれていないものに、有効かどうかを問う意味はありません。

では、一つ目の関門から見ていきます。

契約は、外から見て噛み合えば生まれる

契約が生まれる原則の板(申込みと承諾が噛み合えばそれだけで生まれる・見るのは外に出た言葉だけ)+だからほとんどの約束は生まれてしまう 図:契約が生まれる原則の板

  • 申込みと承諾が噛み合えばそれだけで生まれる・見るのは外に出た言葉だけ
  • だからほとんどの約束は生まれてしまう

契約が生まれる条件は、拍子抜けするほど簡単です。申込みと承諾が噛み合えば、それだけで生まれます。契約書も、お金のやりとりも、握手も要りません。これを諾成の原則と呼びます。諾成というのは、承諾するだけで成立する、という意味です。合致の意味も、一度お話ししています。あのとき、噛み合っているかを見るのは外に出た言葉だけ、という線まで行きました。ここから、大事な帰結が出ます。外しか見ないということは、成立の関門がほとんど誰も止めないということです。実際、契約が成立したかどうかで争われる場面は多くありません。

ここが今日いちばんの土台です。止める仕事は、全部そのあとに回されています。つまり、二つ目の関門——効くに値するかどうかの側です。だから民法は、成立の話が薄く、有効の話が分厚いんです。もっとも、成立してもすぐには効かない場合があります。判断する力を欠いた状態で結んだ約束や、後見が付いている人の約束です。ただ、あれは人の側の問題で、今日扱う中身の側とは別の関門です。

二つの例外——渡して初めて、書いて初めて

諾成の原則に対する二つの例外(要物=消費貸借587条・質権設定344条・手付557条1項/要式=保証446条2項)+どちらも軽率な約束から人を守るという同じ動機 図:諾成の原則に対する二つの例外

  • 要物=消費貸借587条・質権設定344条・手付557条1項
  • 要式=保証446条2項
  • どちらも軽率な約束から人を守るという同じ動機

諾成が原則ですが、例外が二種類あります。一つ目は、合意だけでは生まれない契約です。物を実際に受け取って、初めて生まれます。お金の貸し借りも、受け取って初めて成立します。条文にも「受け取ることによって」効力を生ずる、と書いてあります。こういう契約を、要物契約と呼びます。要物契約は消費貸借だけ、という記憶は正しいです。あのとき数えていたのは、民法が名前を付けた十三種類の契約の中です。その十三種類の中で要物なのは、消費貸借だけです。十三種類の外側にも、要物契約が二つあります。一つは、質権の設定です。物を預かって、返してもらえないときはそれで払わせる担保でしたね。質権も、目的物を引き渡すことによって効力を生ずる、と書かれています。

約束だけでは質権になりません。もう一つは、手付です。そのイメージで大丈夫です。買主が売主に手付を交付したとき、解除できる権利が生まれます。交付したとき、と書いてある以上、渡さなければ何も起きません。そうなります。ただ、消費貸借だけは、書面でするときは合意で成立する、というさらなる例外を、前にお話ししました。もう一つの例外は、方式が要るものです。書面にする、といった形のことです。これを要式行為と呼びます。代表が保証です。条文を見てみましょう。

条文民法446条2項

民法 第四百四十六条(保証人の責任等)第二項 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。

保証人がどういう人かは、以前見ましたね。その引き受けを、口約束では認めません。保証人の立場を、もう一度見てください。保証人は、他人の借金を背負います。そして、自分は一円も受け取りません。飲み会の席で「保証人くらいなってやるよ」と言うのは簡単です。でも、その一言で数百万円を背負わされたら、たまりません。だから民法は、紙に書かせます。自分の名前を書く手が止まる、その一瞬を作っているんです。ここで、さっきの要物契約に戻ってください。あれも、同じことをしています。「来月十万円貸すよ」と言っただけの段階では、まだ契約がありません。だから、渡す前に気が変わって断っても、約束破りにはなりません。

渡すという行為が、書面と同じ一瞬になっています。そこに気づけると、この二つは別々の暗記になりません。要物も要式も、軽率な約束から人を守るという一つの動機から出ています。守り方が二通りあるだけです。

中身に立つ関門は、三つしかない

中身に立つ三つの関門を網の目の粗さの順に並べた地図(粗い=確定性・何を約束したのか読み取れない/中くらい=適法性91条・条文がはっきり禁じている/細かい=社会的妥当性90条・条文は禁じていないのに社会が許さない)+90条は最後の砦 図:中身に立つ三つの関門を網の目の粗さの順に並べた地図

  • 粗い=確定性・何を約束したのか読み取れない
  • 中くらい=適法性91条・条文がはっきり禁じている
  • 細かい=社会的妥当性90条・条文は禁じていないのに社会が許さない
  • 90条は最後の砦

ここから、二つ目の関門に入ります。生まれた契約が、効くに値する中身かどうか、という関門です。この関門には、二つの側面があります。人の側と、中身の側です。約束した人に問題がなかったか、という側です。だまされていないか、勘違いしていないか、といった話です。今日は中身の側だけを扱います。中身の側に立つ関門は、三つしかありません。名前はお渡ししました。今日はその中身を、判定に使える形にします。そのために、三つを一本の線の上に並べます。約束が通る道に、網が三枚張ってあると思ってください。三枚は、目の粗さが違います。手前の網から見ていきます。一枚目は、いちばん目が粗い網です。引っかかるのは、そもそも中身が読み取れない約束だけです。

中身が読み取れるかどうかを、確定性と呼びます。法が禁じているかどうか以前の問題です。そこが大事です。法が判断に入る前に落ちるものを、ここで拾います。二枚目は、条文がはっきり禁じている、という網です。これを適法性と呼びます。どこに目があるかは、条文を読めば分かります。三枚目が、いちばん細かい網です。条文はどこにも禁じていない。それでも社会が許さない、という網です。条文が禁じていなくても、その約束は止まります。この網を社会的妥当性と呼びます。条文で書ききれなかったものを、最後に受け止める網です。この網が、最後の砦です。そして、だからこそ危ない網でもあります。どこに目があるか、条文に書いていないからです。目の位置を決めるのは、そのつど判断する人間です。

まず、いちばん粗い一枚目から見ていきます。

一枚目の網——「確定している」ではなく「確定できる」

確定性の対比板(落ちる側=近いうちにいい感じの物件を紹介する・お礼は相応の額で/通る側=駅前の店舗を来月から貸す・家賃は近所と同じくらいで)+求められているのは確定していることではなく確定できること 図:確定性の対比板

  • 落ちる側=近いうちにいい感じの物件を紹介する・お礼は相応の額で
  • 通る側=駅前の店舗を来月から貸す・家賃は近所と同じくらいで
  • 求められているのは確定していることではなく確定できること

中身がぼんやりした約束を、もう一度出します。「近いうちに、いい感じの物件を紹介する。お礼は相応の額で」。これを裁判所が認めるとして、判決文に何と書けばよいでしょうか。「いい感じの物件を紹介せよ」とは、書けません。相手が何をすれば終わりなのかが決まっていません。強制執行しようにも、何をさせるのかが決まりません。だから、この約束は無効です。悪いから落ちるのではなく、形になっていないから落ちます。求められている基準の言い方を、正確にする必要があります。求められているのは、確定していることではありません。

確定できること、です。決定的に違います。もう一つの約束で試しましょう。「駅前の店舗を、来月から貸す。家賃は近所と同じくらいで」。決まっていません。でも、こちらは有効です。近所の店舗の家賃を調べれば、いくらかを出せるからです。「いい感じの物件」は、調べても出てきません。「近所と同じくらい」は、調べれば出てきます。そこが線です。言葉が足りなくても、解釈で埋まれば有効です。当事者が本当は何を決めたかったのかを、周りの事情から読み取る作業です。そのやり方には順序があって、それは次に正面から扱います。それと、すべてが決まっている必要はありません。大事なところが確定できれば足ります。さっきの店舗なら、どの物件をいつから貸すか、そして家賃です。

鍵の受け渡しを何時にするかまでは要りません。そこは後から決めても、契約そのものは立っています。ここで落ちるのは、本当に形になっていないものだけです。

山場——関門に立てなかった、二つのもの

中身の関門に立ったものと立てなかったものの対比(立った=確定性・適法性91条・社会的妥当性90条/立てなかった=実現できるか・お金に見積もれるか)+外れた二つを言えて初めて三つの意味が決まる 図:中身の関門に立ったものと立てなかったものの対比

  • 立った=確定性・適法性91条・社会的妥当性90条
  • 立てなかった=実現できるか・お金に見積もれるか
  • 外れた二つを言えて初めて三つの意味が決まる

ここで、三つの網を離れて、少し変わった質問をします。できもしない約束は、この三つのどれかに引っかかるでしょうか。ある倉庫を売る契約を、明日結ぶことにしました。ところが前の晩に落雷があって、その倉庫は焼け落ちていました。二人ともそれを知らないまま、翌日契約を結びました。昔は、そう考えられていました。でも、今は違います。この契約は、有効に成立します。この契約も、有効です。今日いちばん意外なところかもしれません。もう存在しない物を渡せ、とは請求できません。その条文の続きを見てください。

条文民法412条の2第2項

民法 第四百十二条の二(履行不能)第二項 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。

最初からできない約束でも、損害賠償の道は閉じない、と言っています。ここで、二つの世界を比べてください。無効にする世界では、買主は何も請求できません。契約が無いのですから、賠償を求める足場もありません。無効にすれば、そうなります。一方、有効にする世界では、買主は損害賠償を請求できます。そこが、関門から外した決め手です。「できないから無効」は、一見きれいです。でも、そのきれいさで損をするのは、渡してもらえなかった側です。無効にするほうが厳しい、というのは逆なんです。無効は、相手を懲らしめる道具ではありません。

だから実現できるかどうかは、中身の関門ではありません。成立した後の、履行の問題として処理します。もう一つあります。今度は、時価より大幅に安く土地を売る、あの一万円の約束に戻ります。あの約束が効くのは、値段の釣り合いが関門ではないからです。見ません。民法は、債権の中身にお金の値打ちを求めていません。条文で確認しましょう。

条文民法399条

民法 第三百九十九条(債権の目的) 債権は、金銭に見積もることができないものであっても、その目的とすることができる。

たとえば、毎朝ベランダの鉢植えに水をやる、という約束です。その約束も、法的な権利になります。頼んだ側は「水をやってくれ」と請求できます。実家の犬を一週間預かる、という約束も同じです。この条文は、お金の物差しを持ち込むなと言っています。値打ちを測らない以上、釣り合っているかも測りません。安く売るのは、その人の自由です。自分の財産をいくらで手放すかは、その人が決めることです。ただし、一つだけ含みを残します。値段が釣り合わない、その一点だけでは止まりません。でも、釣り合わなさが別の事情と結び付くと、話が変わります。この後の、三枚目の網でその話をします。ここまでを一度整理します。関門に立ったのは、確定性と適法性と社会的妥当性の三つです。立てなかったのは、実現できるかと、お金に見積もれるかの二つです。

そこが狙いです。三つを覚えるより、外れた二つを言えるほうが強いです。

二枚目の網——禁止が書いていない条文から、禁止を読む

91条を裏返して強行規定違反の無効を導く板(条文は公の秩序に関しない規定と異なる意思はその意思に従うという許可の形/わざわざ関しないと限っている/裏を返せば公の秩序に関する規定に反する意思は通らない) 図:91条を裏返して強行規定違反の無効を導く板

  • 条文は公の秩序に関しない規定と異なる意思はその意思に従うという許可の形
  • わざわざ関しないと限っている
  • 裏を返せば公の秩序に関する規定に反する意思は通らない

二枚目の網に進みます。条文がはっきり禁じている、という網でした。結論はそうです。ただ、その結論がどこから出るのかを見てください。根拠になる条文は、91条です。一つだけ先に。条文は「契約」ではなく「法律行為」と書きます。「売ります」「買います」も意思表示です。契約は、その法律行為の代表です。

条文民法91条

民法 第九十一条(任意規定と異なる意思表示) 法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。

そこに気づけたら十分です。言っているのは、許可のほうだけです。ただし、条件が付いています。「公の秩序に関しない規定」と違うことを決めたとき、と限っています。条文は、そこには何も書いていません。無効になります。書いていないことから読み取ります。以前、条文の読み方をいくつも並べた回がありました。その反対解釈です。今ここで、実際にやってみます。条文は、公の秩序に関しない規定については当事者の意思に従うと言いました。わざわざ「関しない」と限っている以上、関する規定は別扱いだと読めます。だから、公の秩序に関する規定に反する意思は通りません。

条文が禁止を書いていない場所から、禁止を読む。この読み方そのものを、今日一度見てもらいたかったんです。

強行規定と任意規定と取締規定を二つの軸で並べた表(誰の利害を守る規定か/破ったときにどこに効くか)+条文の顔に強行規定とは書いていないので個々の規定の趣旨から決まる 図:強行規定と任意規定と取締規定を二つの軸で並べた表

  • 誰の利害を守る規定か
  • 破ったときにどこに効くか
  • 条文の顔に強行規定とは書いていないので個々の規定の趣旨から決まる

ここで、二つの言葉を入れます。公の秩序に関する規定を、強行規定と呼びます。公の秩序に関しない規定を、任意規定と呼びます。任意規定のほうから見ましょう。民法にも、代金をいつ払うかについての定めがあります。でも、当事者が「代金は品物を受け取った翌月末に払う」と決めたとします。民法の定めとは違いますが、その取り決めのほうが優先します。任意規定は、当事者が何も決めなかったときの備えだからです。そのイメージで正確です。埋めてある字は、当事者が上書きできます。一方、強行規定は上書きできません。条文の顔には「これは強行規定です」とは書いてありません。一つひとつの規定の趣旨から決まります。大変ですが、おおまかな傾向はあります。物権に関する規定と、家族に関する規定は、強行規定が多いです。契約に関する規定は、任意規定が多いです。

誰が巻き込まれるかを考えてください。契約は、結んだ二人の間だけの取り決めです。ところが物権は、誰に対しても主張できました。理由も同じところにあります。当事者だけで新しい種類の権利を作れたら、どうなるでしょうか。困ります。登記簿を見ても、そんな権利は載っていません。そこが軸です。だから、当事者だけで新しい種類の物権を作る取り決めをしても、その部分は通りません。家族に関する規定も、同じ発想で読めます。たとえば、届出をしないけれど二人の間では夫婦とする、と取り決めても、それで夫婦にはなれません。

取締規定の板(営業許可を取っていない店で買った弁当/店は行政の処分を受けるが売買そのものは有効)+取り締まりの目的は営業の規制であって取引の相手方から取引を取り上げることではない 図:取締規定の板

  • 営業許可を取っていない店で買った弁当
  • 店は行政の処分を受けるが売買そのものは有効
  • 取り締まりの目的は営業の規制であって取引の相手方から取引を取り上げることではない

もう一つ、境目のすぐ外にあるものを見ておきます。法律に違反しているのに、契約は無効にならない場面です。ある店が、必要な営業許可を取らないまま弁当を売っていました。違反ですから、店は行政の処分を受けます。では、そこで弁当を買ったあなたの売買は、無効でしょうか。無効だとすれば、弁当も返すことになります。もう食べていても、です。困りますよね。ここが決め手です。その許可の制度は、何のためにあるでしょうか。店に決まりを守らせるための制度です。買った人から買い物を取り上げるための制度ではありません。だから、店には行政の制裁が下りますが、売買そのものは有効です。こういう規定を、取締規定と呼びます。破ったときに効くのは行政の側で、契約の側ではありません。

そこが見分けの軸です。誰の利害を守るために置かれた規定か。そして、破ったときに効くのはどちらの側でしょうか。「違法だから無効」と短絡しないように、ということですね。ここは短答でも論文でも狙われます。

山場——三枚目の網は、最後の砦

三枚目の網の板(条文はどこにも禁じていないのに社会が許さない/禁止の中身が一つも書かれていないから何にでも届く/だから何にでも使えてしまう) 図:三枚目の網の板

  • 条文はどこにも禁じていないのに社会が許さない
  • 禁止の中身が一つも書かれていないから何にでも届く
  • だから何にでも使えてしまう

三枚目の網に入ります。条文はどこにも禁じていない。それでも社会が許さない、という網でした。その不思議さを引き受けている条文が、一本あります。以前も見た条文ですが、今日は読む場所が違います。

条文民法90条

民法 第九十条(公序良俗) 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

今日は前半を読みます。公の秩序、そして善良の風俗。大きすぎるほどです。ここに、この条文の力と危うさが両方あります。まず力です。この条文には、禁止の中身が一つも書いてありません。だから、条文を作った人が思いつかなかった約束にも届きます。こういう条文を、一般条項と呼びます。要件が極度に抽象的な形で置かれた規定のことで、信義則と権利濫用のときに一度出てきた言葉です。裏返しです。どこにでも届くのは、何にでも使えるということです。そこです。壊すのは、そのつど判断する裁判官です。使いすぎれば、判断する人の価値観で契約が壊れることになります。だから、この条文は最後に置かれます。一枚目でも二枚目でも受け止められなかったものだけが、ここに来ます。

そして、危うい網には歯止めが要ります。一つは今の話です。ほかに手が無いときにだけ使う。もう一つは、いつの時点の目で見るか、という歯止めです。

公序良俗違反かどうかを判断する時点の板(判断するのは法律行為がされた時点の公序/後から社会の見方が変わってもさかのぼって無効にはならない) 図:公序良俗違反かどうかを判断する時点の板

  • 判断するのは法律行為がされた時点の公序
  • 後から社会の見方が変わってもさかのぼって無効にはならない

変わります。昔は当たり前だったことが、今は許されないこともあります。では、今の目で昔の契約を裁いてよいでしょうか。その直感が答えです。判断するのは、その約束をした時点の見方です。最高裁も、そう言っています。

判例最高裁判所判決 平成15年4月18日(民集57巻4号366頁・裁判要旨)

公序に反して無効かどうかは、いつの時点で判断するか 「法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは、法律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。」

この判決の「公序」は、いま読んだ公の秩序と善良の風俗を、まとめて呼んだものです。公序良俗、とも言います。当時は、そこまで強く責められる取引だとは受け止められていませんでした。その後、社会の見方が変わり、法律も罰則付きで禁じました。それでも、契約そのものは、した時点を基準に判断されます。無効にはなりません。ただし、続きがあります。今の法律が禁じている以上、履行を求めることは認められません。後から基準を動かせるなら、契約は永遠に安心できないからです。三枚目の網は、ただでさえ目の位置が動きます。せめて、いつの目で見るかだけは動かさない。

90条が使われてきた場面の引き出し(暴利/人を人として扱わない拘束/犯罪にかかわるもの/射幸/不合理な差別)+これは条文の要件ではなく判例の集積を後から整理した引き出し 図:90条が使われてきた場面の引き出し

  • 暴利
  • 人を人として扱わない拘束
  • 犯罪にかかわるもの
  • 射幸
  • 不合理な差別
  • これは条文の要件ではなく判例の集積を後から整理した引き出し

では、実際にどんな約束が、この網に引っかかってきたのか。一覧はあります。ただ、先に釘を刺させてください。これから並べるものは、条文に書かれた要件ではありません。裁判所が個別の事件で出した判断を、後から整理した引き出しです。引き出しの数を覚えても、次の事件には当たりません。大事なのは、なぜそれが許されないのかを言えることです。筆頭は、暴利です。もう少し限定があります。場面を作ります。家族の入院費が今日中に要る、という人がいます。そこへ買い手が来て、その人の時計を買い取ります。値段は、時価の数十分の一です。

この約束は、90条で無効になりえます。そこが、さっき残した含みです。安いことだけでは止まりません。止まるのは、相手の窮状につけ込んで安くさせたときです。そこが決め手です。自分から安く売った、一万円の土地との違いも、そこにあります。まったく別の場面です。同じ「安い」でも、扱いが変わります。

90条から事項を目的とするという言葉が削られた意味の板(削る前は目を向ける先が約束の中身だけ/削った後は中身に加えてそこに至る過程も考慮できる)+暴利がこの変更のいちばんの舞台 図:90条から事項を目的とするという言葉が削られた意味の板

  • 削る前は目を向ける先が約束の中身だけ
  • 削った後は中身に加えてそこに至る過程も考慮できる
  • 暴利がこの変更のいちばんの舞台

ここで、条文が一度書き換えられたことに触れます。この条文には、かつて「事項を目的とする」という言葉が入っていました。削られました。そして、削ったことに意味があります。あの判決は、この言葉が削られる前のものです。判断する時点の考え方は、今も変わりません。「目的とする」と書いてあると、目を向ける先が中身だけになります。でも、さっきの時計の話を思い出してください。そこを見られるようにしたのが、この削除です。中身だけでなく、どうやってその約束をさせたかも考慮できます。引き出しを、もう少し開けておきます。二つ目は、人を人として扱わない拘束です。借金を返し終わるまで、この店を辞められない、という約束です。

人の自由そのものを、借金で縛っています。三つ目は、犯罪にかかわるものです。入札の前に、業者どうしがこう約束したとします。「うちは高い値を出すから、次はそちらに譲ってほしい」。競争しているふりだけが残ります。これも無効です。四つ目は、射幸にかかわるものです。賭けの約束が典型ですね。五つ目に、人種や性別で不合理に差別する内容も挙げられます。条文には書いていません。そこは何度でも確認してください。

公序良俗違反の無効の効き方(誰でも主張できる/後から追認できない)+判断する力を欠いていたときの無効との対比 図:公序良俗違反の無効の効き方

  • 誰でも主張できる
  • 後から追認できない
  • 判断する力を欠いていたときの無効との対比

この網に引っかかった約束は、どう扱われるのでしょうか。無効になるのですが、その効き方に特徴が二つあります。一つ目は、誰でも無効を主張できることです。当事者でない人からでも、無効だと言えます。一方、判断する力を欠いていたときの無効です。あれは、守るべき人が決まっていました。守るための無効なので、本人の側だけが使えます。ところが、社会が許さないという理由には、守るべき本人がいません。だから、誰が言い出してもかまいません。二つ目の特徴は、後から追認できないことです。効かない約束を、後から「やっぱり有効にする」と認めることです。それができません。理由を考えてみてください。

そのとき、社会が許さないという理由は消えているでしょうか。そこです。無効の理由が当事者の外にあるので、当事者には動かせません。きれいにまとまりました。無効そのものの体系は、また別の回で扱います。

山場——契約は真っ白、目的が真っ黒

動機の不法の関係図(A=盗品の仕入れ資金として二十万円を借りた借主/B=貸主/C=盗品の売主)+BがAの目的を知らされていたか知っていたかで扱いが分かれる 図:動機の不法の関係図

  • A=盗品の仕入れ資金として二十万円を借りた借主
  • B=貸主
  • C=盗品の売主
  • BがAの目的を知らされていたか知っていたかで扱いが分かれる

最後に、もう一段だけ深いところへ行きます。Aが、Bから二十万円を借りました。利息も相場どおり、返す期日も決めてあります。ところがAは、そのお金である物を仕入れるつもりでした。Cから、盗品を買うつもりだったんです。では、AとBの貸し借りの契約は、無効でしょうか。無効にしたい、というその気持ちは分かります。でも、契約の中身を見てください。中身だけを見れば、毎日どこかで結ばれている普通の契約です。契約は真っ白で、使い道が真っ黒という形です。ここで、両方の道を歩いてみましょう。無効にする道です。この場合、Bは二十万円を返してもらえません。

無効なら、契約を根拠に返せとは言えません。では、有効にする道です。Bは返してもらえます。ただし、法が犯罪の仕入れ資金の回収を手伝うことになります。そこがこの問題の骨です。だから、線を引く必要があります。動機が相手に表示されたとき、または相手がその動機を知っていたとき。そのときにかぎって、90条を使います。決め手は、Bの立場です。Aが何に使うつもりかは、Aの頭の中にしかありません。知りようのない事情で契約を壊されたら、どうなるでしょうか。そこです。だから、知らされていたか、知っていた場合に限ります。

そのBは、犯罪の資金だと分かったうえで手を貸しています。ここで、一つ注意をしておきます。今の線は、判例が自分の言葉で立てた物差しではありません。判例が判断しているのは、個別の事件です。賭けに使うと知って貸した場合を無効とした裁判例はあります。でも、知っていた場合にかぎる、という限定までは言っていません。その限定を付けたのは、学説です。多くの学者が支持している考え方です。そこは正確にしておいてください。答案の書き方が変わります。判例だから、では説明になりません。相手を守らなければ取引が回らない、という理由を自分で言うことになります。

この論点を論文で書くときの流れの予告(事案=契約そのものは真っ白/問題提起=動機は契約の中身ではない/規範=表示されたか相手が知っていたかにかぎる・通説で立てる/あてはめ=貸主が何を知っていたか)+規範の覚え方とあてはめの書き方は論文の回で扱う 図:この論点を論文で書くときの流れの予告

  • 事案=契約そのものは真っ白
  • 問題提起=動機は契約の中身ではない
  • 規範=表示されたか相手が知っていたかにかぎる・通説で立てる
  • あてはめ=貸主が何を知っていたか
  • 規範の覚え方とあてはめの書き方は論文の回で扱う

この論点は、論文でも問われます。流れだけ渡しておきます。まず事案です。契約そのものには何の問題もない、と押さえます。次に問題提起。動機は契約の中身ではない、という食い違いを出します。そのうえで規範を立てます。表示されたか、相手が知っていたか。貸主が何を知っていたかを、事実で拾います。規範をどう覚えるか、どう当てはめるかは、論文の回で扱います。

三枚の網を抜けて、約束は法の言葉になる

今日の到達点(契約は簡単に生まれる/だから中身の側に三枚の網が張られている=確定性・適法性91条・社会的妥当性90条/関門に立てなかったのは実現できるかとお金に見積もれるか)+まだ空欄の関門は人の側と誰に届くかといつから動くか 図:今日の到達点

  • 契約は簡単に生まれる
  • だから中身の側に三枚の網が張られている=確定性・適法性91条・社会的妥当性90条
  • 関門に立てなかったのは実現できるかとお金に見積もれるか
  • まだ空欄の関門は人の側と誰に届くかといつから動くか

今日の道のりを、一本にまとめます。契約は、外から見て噛み合えば、それだけで生まれてしまいます。そして、その二つは同じ動機から出ていました。そのうえで、民法は生まれた後に三枚の網を張りました。手前が、いちばん粗い網です。中身が読み取れるか。次が、条文が禁じているか。条文は許可の形で書かれていて、裏返して禁止を読みました。強行規定に反すれば無効になりますが、取締規定は効く先が違い、契約自体は有効でした。そして三枚目が、条文は禁じていないのに社会が許さないか。だから最後に置かれ、最後にだけ使われます。一方で、関門に立てなかったものが二つありました。

落雷で焼けた倉庫も、一万円の土地も、契約としては立ちます。網は、通り抜けさせるためにあります。三枚を抜けて初めて、口に出した約束が法の言葉になります。人の側に立つ関門は、これから一つずつ見ていきます。だまされた、勘違いした、脅された。そういう話です。効果が誰に届くか、いつから動き出すかも、まだ空欄です。そして次は、今日の一枚目の網に戻ります。言葉の足りない約束を、どういう順序で埋めていくのか。慣習に従うのか、民法の定めで補うのか。順序があります。そこを、正面から扱います。

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#35単独ページ動画

法律行為の解釈と準法律行為

第1章 民法総則 ㉗/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「10時に来てください」——午前か午後か

引越しの見積もり用紙の板(「当日、10時に来てください」とだけ書いてある/午前とも午後とも書いていない) 図:引越しの見積もり用紙の板

  • 「当日、10時に来てください」とだけ書いてある
  • 午前とも午後とも書いていない

今日は、一枚の見積もり用紙から始めます。引越し業者からの返事に、こう書いてありました。「当日、10時に来てください」。書いてありません。夜10時、22時に来ても文句は言えない、と考える人は、まずいません。では聞きます。その「誰も思わない」は、どこから来るんでしょうか。中身が足りない約束を、法はどう扱うのか。今日は、そこを正面から見ていきます。

前回の宿題——「確定できる」を支える作業

前回の到達点の板(家賃は近所と同じくらいで/解釈で埋まれば契約は有効/埋め方の順序は今日扱う) 図:前回の到達点の板

  • 家賃は近所と同じくらいで
  • 解釈で埋まれば契約は有効
  • 埋め方の順序は今日扱う

前回、家賃の金額を決めずに店舗を貸す約束を見ました。「近所と同じくらい」としか決まっていない約束です。あの約束は、有効でしたか、無効でしたか?有効でした。近所の家賃を調べれば、金額を出せるからです。言葉が足りなくても、解釈で埋められれば有効、でした。「埋める」とは具体的に何をするか、そこが、今日の中身です。中身を埋める作業のことを、法律行為の解釈と呼びます。埋める材料は、四つあります。そして、使う順番が決まっています。当事者に近いものから、先に使います。この一本の線を、今日は最後まで追いかけます。

同じ「解釈」でも、向く先が違う

二つの解釈の対比板(条文の解釈=法律・立法者の意図に向かう/約束の解釈=当事者の意図に向かう) 図:二つの解釈の対比板

  • 条文の解釈=法律・立法者の意図に向かう
  • 約束の解釈=当事者の意図に向かう

以前、条文の読み方をいくつも見ました。でも、文理・拡張・類推・反対解釈といった条文の読み方と、今日の「解釈」は、向いている先が違います。条文の解釈は、法律そのものの意味を読みます。立法者が何を考えていたか、条文の趣旨は何か、という方向です。今日の解釈は、当事者の約束の意味を読みます。「10時に来てください」と言った人が、本当は何を決めたかったのか、という方向です。条文の解釈と約束の解釈で見る相手が違う、そこを取り違えると、この先ずっとこんがらがります。今日はもう、条文の読み方の話はしません。約束の読み方だけです。

山場——当事者の合理的な真意

①の板(内心の秘密の意図ではなく外から見て筋が通る意図/相手が知りようのない心の中で約束を変えられたら取引が壊れる) 図:①の板

  • 内心の秘密の意図ではなく外から見て筋が通る意図
  • 相手が知りようのない心の中で約束を変えられたら取引が壊れる

中身を埋める材料の一つ目が、当事者の合理的な真意です。ただし「合理的な」という言葉が付いています。心の中に秘めた意図ではなく、外から見て筋が通る意図だけを見る、という意味です。相手には知りようがないからです。もし、心の中でこっそり考えていたことで約束が変わるなら、相手はいつまでも安心できません。あとから「実は違うことを考えていた」と言われたら困る、そこです。だから見るのは、その場の事情から見て、二人が本当に決めたかったことです。

例文解釈の設例板(花屋を開くためのひな形契約書に「退去時は通常損耗も含め全額借主負担」と印刷/交渉では誰も触れていない) 図:例文解釈の設例板

  • 花屋を開くためのひな形契約書に「退去時は通常損耗も含め全額借主負担」と印刷
  • 交渉では誰も触れていない

この真意の見方で、面白い扱いが出てくる場面があります。契約書のひな形に、印刷済みの条項が紛れていることがあります。あなたが、空き店舗を借りて花屋を開くとします。大家さんが用意した、いつも使っているひな形の契約書にサインします。そこに、細かい字で「退去のときは、通常の傷みも含めて全額借主負担」と印刷されていました。交渉のとき、その一文には誰も触れていません。大家さんも「決まりきった書式だから」としか言いませんでした。こういうとき、その条項を、当事者を縛らないただの例文として扱うことがあります。効かないことがあります。これを例文解釈と呼びます。理由は、さっきの真意と同じです。実際にはその条項で合意していなかった、と言えるからです。

印刷してある条項なら何でも例文にできるか、そこは、慎重にしてください。何でも例文にできるとしたら、契約書に書いた意味が無くなります。例文として外せるのは、当事者が実際にはその条項で合意していなかったと言える事情があるときだけです。気に入らないという理由だけでは、例文として外すことはできません。乱用すると、書いたのに効かないが横行します。

山場——慣習は、当事者が生きる世界の標準

花市場での仕入れの設例板(契約書には書いていないが、注文当日に現金で払うのが業界で当たり前になっている) 図:花市場での仕入れの設例板

真意でも決まらなければ、二つ目の材料に進みます。慣習です。その業界や、その土地で当たり前になっている扱いのことです。条文を見てみましょう。

条文民法92条

民法 第九十二条(任意規定と異なる慣習) 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。

以前、この言葉を任意規定と呼びました。91条で見た話でした。今日の92条は、その任意規定と違う慣習があったときの話です。花市場で仕入れをする花屋さんを考えてください。続けましょう。花市場では、注文した当日に現金で支払うのが当たり前になっています。契約書には書いていません。でも、あなたも仕入れ先も、そういうものだと思って取引しています。この場合、代金の支払時期については、市場の慣習に従うことになります。

92条の読み方フロー板(公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において→当事者がその慣習による意思を有していると認められるとき→その慣習に従う) 図:92条の読み方フロー板

条文をもう一度、順番に読んでみます。一段目、任意規定と異なる慣習があること。二段目、当事者がその慣習による意思を持っていると認められること。三段目、その慣習に従うこと。二段目の「意思を持っている」という部分は、証明の仕方に助けがあります。慣習の存在を知っていながら、特に反対しなかったときは、その慣習による意思があると推定されます。

判例大審院判決 大正3年10月27日(民録20輯818頁・要旨)

慣習の存在を知りながら反対しなかったときの扱い 「慣習の存在を知りながら特に反対の意思を表示しないときは、その慣習による意思を有するものと推定すべきである。」

逆に言うと、知らなかったなら、この推定は働きません。一つ、考えてみてください。なぜ、慣習は任意規定より先に来るんでしょうか?慣習はその人たちが実際に生きている世界のルールです。全国一律の標準より、当事者に近い標準を先に使う。ここでも、当事者に近いものから使うという同じ原理が働いています。真意も慣習も、当事者そのもの、または当事者が生きる世界に近い材料です。一つだけ、注意です。慣習が勝てるのは、任意規定に対してだけです。強行規定には勝てません。強行規定は、当事者の意思でも、慣習でも動かせません。前回見た言葉です。公の秩序に関する規定を、強行規定と呼びました。

当事者の外まで巻き込むから、当事者どうしでは上書きできません。慣習も、当事者が生きる世界の標準にすぎないので、外の人を巻き込む規定は動かせないんです。強行規定、慣習、任意規定、という順位になります。

山場——任意規定と信義則、そして「10時」の答え

任意規定の実例板(代金を払う場所を決めていない通販の取引/何も決めなかったときの予備の答え) 図:任意規定の実例板

  • 代金を払う場所を決めていない通販の取引
  • 何も決めなかったときの予備の答え

真意も慣習も埋まらなければ、三つ目の材料に進みます。任意規定です。全国どこでも同じ、備え付けのルールです。代金をどこで払うか決めていない通販の取引を考えてください。

条文民法484条1項

民法 第四百八十四条(弁済の場所及び時間)第一項 弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。

何も決めていない場合に限って、この条文が埋めます。特定物、というのは、「この物」と決まっている物のことです。お金を払うのは、後ろの「その他の弁済」に入ります。通販の画面にも払う場所は書いていないし、通販で払う場所が決まっている慣習もありません。真意でも慣習でも埋まらないので、ここで条文の出番です。通販でお金を払う場所を決めていなければ、この条文どおり、売り手の住所で払うことになります。任意規定は、当事者が何も決めなかったときの、いわば予備の答えです。それでも埋まらなければ、最後の材料です。信義則です。

権利を使うときも、義務を果たすときも、信義に従って誠実に行う。あの条文です。なぜ、これが最後に置かれるか、覚えていますか。90条と同じで、信義則も抽象的だからこそ、最後にだけ使います。さて、四つ揃いました。真意、慣習、任意規定、信義則です。

⭐ 論文で書く規範:契約の中身を埋める材料は、当事者に近いものから使う 当事者の合理的な真意 → 慣習(92条) → 任意規定 → 信義則(1条2項)。当事者そのものに近い材料から先に試し、埋まらなければ次へ進む。 (解釈の基本順序(通説の整理))

バラバラに覚えると、すぐ抜けます。当事者に近い順という一本の線で覚えてください。では、冒頭の「10時に来てください」に戻ります。この約束は、真意の段階で決まります。引越し業者の見積もりで「10時」といえば、営業の実態から見て、朝の作業開始時刻を指すのが普通です。夜10時に来る業者だと考える人は、まずいません。多くの約束は、真意だけで決まります。

山場——92条と通則法3条は、働く場所が違う

92条と通則法3条の役割分担板(92条=当事者の意思を補う材料/通則法3条=法令に規定のない事項で法律と同じ効力を持つ慣習) 図:92条と通則法3条の役割分担板

  • 92条=当事者の意思を補う材料
  • 通則法3条=法令に規定のない事項で法律と同じ効力を持つ慣習

もう一つ、確認しておきたい条文があります。民法とは別の法律に、慣習について書いた条文があります。

条文法の適用に関する通則法3条

法の適用に関する通則法 第三条(法律と同一の効力を有する慣習) 公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。

読み比べると、一瞬、矛盾しているように見えます。通則法3条は、「法令に規定されていない事項」に限って、慣習に法律と同じ効力を認めています。任意規定がある事項では慣習は効かない、そう読めます。でも92条は、任意規定と異なる慣習でも、当事者の意思があれば従うと言っています。決め手は、92条の二段目です。「当事者がその慣習による意思を持っている」ことが、条件に入っています。だから92条の慣習は、さっきの花市場の当日払いのように、当事者の意思を補う材料です。今日ずっと見てきた、解釈の一部です。通則法3条の慣習は、法律そのものと同じ効力を持つ、慣習法という別の存在です。たとえば、ある温泉地で昔から、湧き出るお湯を引いて使う権利が、土地とは別に取引されてきたとします。こうした権利を定めた条文は、民法にもほかの法律にもありません。こうした、法令が定めていない事項で、慣習が法律の代わりに働く。これが通則法3条の場面です。

では、なぜ92条の慣習には、3条の「規定されていない事項に限り」が掛からないのか。一般的には、こう考えます。92条の慣習は、法律として働くのではなく、当事者の約束の中身として働きます。約束の中身が任意規定と違えば約束が勝つのは、91条で見たとおりです。だから、法律として働く慣習に向けた3条の限定は、92条の場面には掛かりません。92条は意思解釈の場面、通則法3条は法令の欠缺を埋める場面。働く場所が違うので、矛盾しません。同じ事項について両方が問題になったときは、まず当事者の意思を読む92条から検討します。

意思とは別に、効果が生まれる行為——準法律行為

準法律行為の判定軸の板(その効果は、行為した人が望んだから出るのか、法律が付けたから出るのか) 図:準法律行為の判定軸の板

ここまでは、意思のとおりに効果が出る話でした。でも、法律の効果は、意思表示だけから生まれるわけではありません。そういう行為を、準法律行為と呼びます。

⭐ 論文で書く規範:準法律行為の見分け方 その効果は、行為した人が望んだから出るのか、法律が付けたから出るのかを問う。望んだとおりに出れば法律行為、望んだかどうかと関係なく法律が付ければ準法律行為。 (分類の判定軸(通説の整理))

今の民法で定められている準法律行為は、二つです。一つ目が、意思の通知です。

意思の通知の例板(催告20条の呼び戻し・受領の拒絶413条/意思はあるが出る効果は意思の中身と別) 図:意思の通知の例板

  • 催告20条の呼び戻し・受領の拒絶413条
  • 意思はあるが出る効果は意思の中身と別

前に、催告というものを見ましたね。相手が期間内に確答しなければ、追認したものとみなす、という効果が生まれます。相手は「確答してください」という意思を持って催告します。でも、確答が無かったときに追認とみなす、という効果は、催告した人が望んだからではありません。法律が勝手にそう決めています。そこが決め手です。意思はあるけれど、出る効果は意思の中身と別、というのが意思の通知です。もう一つの例が、受領の拒絶です。差し出された物を、いりませんと拒む場面です。それも、意思の通知です。二つ目が、観念の通知です。事実を知らせるだけなのに、効果が出ます。

観念の通知の例板(債権譲渡の通知467条・債務の承認152条/意思すら無い、ただの事実の知らせ) 図:観念の通知の例板

  • 債権譲渡の通知467条・債務の承認152条
  • 意思すら無い、ただの事実の知らせ

パン屋を営むAさんが、常連のBさんへの売掛金を、Cさんに譲ったとします。売掛金も譲れます。それを債権譲渡と言います。中身は、また別の回で扱います。今日見るのは、Aさんが、Bさんに「あなたへの売掛金は、Cさんに譲りましたよ」と伝える場面です。Aさんが事実を伝えるだけです。それ以上の意思表示はありません。でも、その通知があって初めて、BさんはCさんに払えばよい、と扱われます。事実を伝えただけで効果が出る、その例をもう一つ挙げます。お金を借りているAさんが、貸主のBさんに「まだ返せていません、必ず返します」と伝えたとします。

事実を伝えているだけですが、その一言で、時効の進み方がリセットされます。「返します」という意思とは違います。Aさんは、Bさんに対して負っている借金があるという事実を認めた、というだけです。これを債務の承認と呼びます。この区別には、実益があります。分けて終わり、ではありません。準法律行為にも、法律行為に関する規定が及ぶことがあります。例えば、催告が相手にちゃんと届いたかどうか、という問題です。意思表示が相手に届いたときに効力を生じる、という規定は、また別の回で扱います。その規定が、催告のような意思の通知にも及ぶかどうかが問題になります。

意思表示ではないのに意思表示の規定が使われることがある、そこが、分類しておく実益です。分けておくと、こういう規定が使えるかを考えられます。

法律要件・法律効果・法律事実——ブロックの地図

ブロック全体の地図板(法律要件=法律行為・準法律行為・事件/要件が揃うと法律効果/法律事実は要件を組み立てる個々の事実) 図:ブロック全体の地図板

  • 法律要件=法律行為・準法律行為・事件
  • 要件が揃うと法律効果
  • 法律事実は要件を組み立てる個々の事実

最後に、名前を付け直しておきます。以前、要件が揃えば効果が出る、という型を見ましたね。あの型を、ここで正式な名前にします。要件の側を、法律要件と呼びます。法律要件の中身は、三つに分かれます。法律行為、準法律行為、そして事件です。人の意思とは関係のない事実です。時間が経つこと、人が亡くなること、といったものです。効果の側を、法律効果と呼びます。権利が生まれる、変わる、消える、というものです。そして、要件を組み立てる一つ一つの事実を、法律事実と呼びます。この地図の中に、今日までの話が全部収まります。

今日の到達点——次は「人の側」へ

到達点の板(中身を埋める4基準は当事者に近い順/意思とは別に法律が効果を付ける行為もある/次は意思表示そのものの中身へ) 図:到達点の板

  • 中身を埋める4基準は当事者に近い順
  • 意思とは別に法律が効果を付ける行為もある
  • 次は意思表示そのものの中身へ

今日の道のりを、一本にまとめます。言葉が足りない約束は、当事者に近い材料から順に埋めます。「10時に来てください」は、真意だけで決まりました。そして、法律の効果を生むのは、意思表示だけではありませんでした。望んだから出る効果と、法律が付けた効果。この違いを覚えておいてください。意思の通知と観念の通知が、準法律行為です。法律行為、準法律行為、そして事件をまとめて法律要件と呼び、地図にしました。法律行為のブロックは今日で終わりですが、まだ空欄の関門があります。だまされていないか、勘違いしていないか、という側です。心の中と、口に出したことがずれたら、どうなるのか。

次は、そこに入るんですね。人の側から、意思表示そのものの中身を見ていきます。

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#36単独ページ動画

意思表示の構造

第1章 民法総則 ㉘/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

同じ「売ります」なのに、行き先が全部違う

自分の車を売るという同じ言葉を五つの場面に並べた問いかけ板(①冗談半分で「売るよ」と言ったら本気にされた/②差押えを逃れるため友人と示し合わせて「売った」ことにした/③値段を言い間違えた・転勤が決まったと思い込んで売ると決めてしまった/④走行距離を偽られて信じて売った/⑤脅されて売ると言わされた)+どれが契約から抜けやすいかという問い 図:自分の車を売るという同じ言葉を五つの場面に並べた問いかけ板

  • ①冗談半分で「売るよ」と言ったら本気にされた
  • ②差押えを逃れるため友人と示し合わせて「売った」ことにした
  • ③値段を言い間違えた・転勤が決まったと思い込んで売ると決めてしまった
  • ④走行距離を偽られて信じて売った
  • ⑤脅されて売ると言わされた
  • どれが契約から抜けやすいかという問い

今日は、同じ言葉を五つ並べるところから始めます。自分の車を持っているとします。この車について「売ります」と言った場面を、五つ用意しました。一つ目です。飲み会の席で、冗談半分に「この車、売るよ」と言ったら、友人が本気にしました。二つ目です。差押えを逃れるため、友人と示し合わせて「売った」ことにしました。二人とも、最初から分かってやっています。三つ目です。値段を言い間違えた。あるいは、転勤が決まったと思い込んで、売ると決めてしまいました。四つ目です。走行距離を偽られて、それを信じて売りました。五つ目です。脅されて、売ると言わされました。

どれも、口から出た言葉は「売ります」の一言です。この五つのうち、契約から抜けやすいのはどれでしょうか。実際に、考えてみてください。多くの人が、そう感じます。ところが、五つのうち原則のルールが『有効』なのは、一つ目の冗談だけなんです。相手が本気にしていて、冗談だと気づけるような場面でもなければ、言った言葉のとおりに効いてしまいます。なぜ、扱いがここまで分かれるのか。今日一日かけて、その理由をたどります。

空欄だった、人の側の関門

有効要件のうち中身の側は済み人の側だけが空欄として残っていることを示す最小限の板(確定性・適法性・社会的妥当性=済/人の側=空欄)+今日はその空欄を開けるという一言 図:有効要件のうち中身の側は済み人の側だけが空欄として残っていることを示す最小限の板

  • 確定性・適法性・社会的妥当性=済
  • 人の側=空欄
  • 今日はその空欄を開けるという一言

この答えを出す前に、一つだけ確認させてください。契約が効くまでの関門のうち、確定性・適法性・社会的妥当性という中身の側は、以前の回で終わっています。思い出してください。あのとき、まだ空欄だと言った関門があります。それは何でしたか?だまされた・勘違いした・脅された、という、人の側の関門です。今日から、その空欄を一つずつ開けていきます。まず、その手前に必要な土台を、一つ作ります。

意思表示とは何か

契約は二つの意思表示でできているという定義板(意思表示=法律上の効果を発生させようという意思を外部に表す行為/契約=申込みという意思表示と承諾という意思表示の組み合わせ) 図:契約は二つの意思表示でできているという定義板

  • 意思表示=法律上の効果を発生させようという意思を外部に表す行為
  • 契約=申込みという意思表示と承諾という意思表示の組み合わせ

契約は、実は一つのかたまりではありません。「売ります」という申込みと、「買います」という承諾。この二つの意思表示でできています。例えば、売る側の言葉と本当の気持ちだけがずれることがあります。二つに割っておけば、そのズレが申込み側で起きたのか、承諾側で起きたのかを、あとで言えるからです。改めて定義します。意思表示とは、法律上の効果を発生させようという意思を、外部に表す行為です。「意思」と「表示」、その二つが、実はぴったり同じではないことが、今日いちばんの中身です。

山場——心の中は、四つの段でできている

意思表示の4段階を自転車の売却で通す板(動機/効果意思/表示意思/表示行為)+効果意思の枠だけを内心的効果意思と表示上の効果意思の二段書きにする 図:意思表示の4段階を自転車の売却で通す板

  • 動機
  • 効果意思
  • 表示意思
  • 表示行為
  • 効果意思の枠だけを内心的効果意思と表示上の効果意思の二段書きにする

心の中で何が起きているかを、四つの段に割ってみます。引っ越しで、荷物を減らしたいと思ったとします。これが動機です。次に、自転車を売ろう、と決めます。これが効果意思です。それから、「売ります」と言おう、と思います。これが表示意思です。最後に、実際に「三万円で売ります」と言います。これが表示行為です。ここで、法が受け取っているのは、効果意思から先だけです。動機は、相手には見えません。今日は、その効果意思の中に、もう一段深く入ります。実は、本当は三万円で売るつもりでした。ところが、口が滑って「二万円で売ります」と言ってしまいました。

この場合、心の中で本当に決めていた三万円を、内心的効果意思と呼びます。一方、外から見て言葉のとおりに読み取れば、二万円で売ろうと決めたとしか読めない意思を、表示上の効果意思と呼びます。さっきの四段階の効果意思は、ふだんはこの二つが一致しているので、一語で効果意思と呼んでいます。今のように、言い間違えてズレた場面でだけ、二つに割って呼び分けます。では、友人に対して、この意思表示はいくらで成立したでしょうか?意思表示が成立するのに要るのは、表示上の効果意思と、それを実際に言った表示行為の二つだけです。四段階のうち、表示意思も、この二つには入りません。

内心的効果意思も表示意思も、どちらも要りません。意思表示の成立要件ではないんです。相手は、他人の心の中を確かめる手段を持たないからです。『売ると言おう』と思ったかどうかも、本当はいくらのつもりだったかも、どちらも心の中の出来事です。もし内心を成立の条件にしてしまうと、本人が後から「本当は三万円のつもりだった」と言うだけで、契約が最初から無かったことにできてしまいます。だから法は、表示から読み取れる意思だけを見て、成立を判断します。消えるわけではありません。行き先が変わるだけです。ズレは、成立の問題ではなく、有効性——効くかどうか——の問題として、後段で扱われます。

有効性という言葉自体は、前に見た中身の関門と同じです。ただし今日から扱うのは、中身の側ではなく、人の側の有効性です。この先、心裡留保・虚偽表示・錯誤・詐欺・強迫という条文が出てきますが、どれもこの有効性の段に立っています。

言葉にならなくても伝わる

明示・黙示・挙動の三つの伝え方を示す板(明示=はっきり言葉にする/黙示=態度から読み取れる・定食屋のうなずき/挙動=動作そのものが意思表示・自動販売機)+沈黙は原則として意思表示にならない 図:明示・黙示・挙動の三つの伝え方を示す板

  • 明示=はっきり言葉にする
  • 黙示=態度から読み取れる・定食屋のうなずき
  • 挙動=動作そのものが意思表示・自動販売機
  • 沈黙は原則として意思表示にならない

五つの条文に入る前に、成立の側をもう一つだけ片づけます。表示から読み取れる意思の、その表示は、言葉でなくてもかまいません。はっきり言葉にする場合を、明示と呼びます。「売ります」と言うのが、これです。定食屋で「ライス大盛りにしますか」と聞かれて、黙ってうなずいたとします。それでも、承諾の意思表示になります。これを黙示と呼びます。態度から、意思が読み取れるからです。もう一つあります。自動販売機にお金を入れて、ボタンを押します。なります。動作そのものが意思表示になる場合を、挙動による意思表示と呼びます。

明示も黙示も挙動も、扱いは同じです。どれも、表示から読み取れる意思さえあれば、それで成立します。さっきの自転車の例で見た理屈と、まったく同じです。沈黙は、少し違います。長期間音信不通だった相手から「値上げに同意しないなら返信してください」という手紙が届いたとします。これに返信しなかったとして、それだけで値上げに同意したことになるでしょうか。何も言っていないだけなので、同意したとは言えない気がします。沈黙は、原則として意思表示になりません。黙示には、うなずきという態度がありました。沈黙には、それすらありません。ただし、法律が、黙っていれば承諾したとみなすと特に定めている場面などでは、例外的に意味を持つことがあります。この先は、必要になった回で扱います。

山場——二つのズレ方、気づいているか、いないか

二系統の板(意思の不存在=内心的効果意思がそもそも無い・93条94条95条1項1号/瑕疵ある意思表示=内心的効果意思はあるが作られる過程に傷・95条1項2号96条)+錯誤だけが両方にまたがる矢印 図:二系統の板

  • 意思の不存在=内心的効果意思がそもそも無い・93条94条95条1項1号
  • 瑕疵ある意思表示=内心的効果意思はあるが作られる過程に傷・95条1項2号96条
  • 錯誤だけが両方にまたがる矢印

ここまでで、ズレが成立ではなく有効性の問題だと分かりました。今日は、そのズレを二種類に分けます。一つ目は、内心的効果意思がそもそも無いパターンです。これを、意思の不存在と呼びます。二万円と言ってしまった、あの例です。二万円という言葉しか出ていませんが、実際には三万円のつもりでした。つまり、二万円で売ろうという内心的効果意思そのものが、存在していません。二つ目は、内心的効果意思はちゃんとあるけれど、その作られ方に傷があるパターンです。これを、瑕疵ある意思表示と呼びます。だまされた・脅されたことで、本来なら決めなかったはずの決断をしてしまった、という意味です。決めたこと自体は、本人の意思です。

この二つの系統に、冒頭の五つの場面を当てはめてみます。冗談で「売るよ」と言った場合は、どちらでしょうか。本人は、売る気が無いのに、言葉だけ「売ります」と出しています。内心的効果意思が無いほうです。示し合わせて嘘の契約書を作った場合も、同じです。だまされた場合と、脅された場合は、どうでしょうか。「売ります」と決めたこと自体は、本人がやっています。決め方が汚されているほうです。では、値段を言い間違えた場合と、転勤を思い込んだ場合は、どちらでしょうか。実は、この二つは、どちらも法律上は同じ「錯誤」という一つの条文の中に入っています。錯誤だけが、二つの系統にまたがるんです。中身は、次の機会に扱います。

五類型の位置——効果は結果として出る

5類型比較板(心裡留保93条=本人が知っている・原則有効/虚偽表示94条=相手方と通じて・無効/錯誤95条=本人が気づいていない・取消し/詐欺96条=だまされて・取消し/強迫96条=脅されて・取消し) 図:5類型比較板

  • 心裡留保93条=本人が知っている・原則有効
  • 虚偽表示94条=相手方と通じて・無効
  • 錯誤95条=本人が気づいていない・取消し
  • 詐欺96条=だまされて・取消し
  • 強迫96条=脅されて・取消し

ここで、五つの条文を、一枚の表に並べます。心裡留保、九十三条。虚偽表示、九十四条。錯誤、九十五条。詐欺と強迫、九十六条です。どこでズレたか、原因は何か、という二つの問いで並べると、効果は結果として出てきます。心裡留保は、本人が自分で分かっていて、一人で「売るよ」と言った場合です。虚偽表示は、相手と通じて、示し合わせた場合です。錯誤は、本人が気づかないまま、思い違いをしていた場合です。詐欺は、だまされた場合。強迫は、脅された場合です。ここで、原則の効果だけを見ておきます。心裡留保は、原則として有効です。

条文を見てみましょう。

条文民法93条1項

民法 第九十三条(心裡留保)第1項 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

表意者というのは、意思表示をした本人のことです。冗談だと自分で分かっていて言った以上、原則として、その言葉どおりの効果が生じます。ただし、ただし書きを見てください。相手が、真意ではないと知っていたか、知ることができたときは、無効になります。そのときは、ただし書きが働いて、無効です。笑ってはいなくても、冗談だと気づけたはずの場面なら、同じく無効です。同じ冗談でも、相手の側から見て真意が分かったかどうかで、結論が逆になります。自分でわかって言った人を守る必要は小さいので、原則は有効。相手も分かっていたのなら話は別、という組み立てです。細かな要件は、この条文が主役になる回で扱います。

無効と取消しの整理板(虚偽表示は無効・錯誤詐欺強迫は取消し/改正前は錯誤の効果は無効だったが今は取消しに変更/二系統と効果の対応は崩れた) 図:無効と取消しの整理板

  • 虚偽表示は無効・錯誤詐欺強迫は取消し
  • 改正前は錯誤の効果は無効だったが今は取消しに変更
  • 二系統と効果の対応は崩れた

残る四つも、同じように見ておきます。虚偽表示は、無効です。二人で最初から嘘だと分かってやっているので、守る理由がありません。錯誤と、詐欺・強迫は、いずれも取り消すことができる、という効果です。ここで、一つだけ歴史の話をします。改正の前は、錯誤の効果は無効でした。本人の意思にかかわらず、契約は最初から死んでいました。今は違います。今の条文では、取消しに変わっています。取消しは、抜けるか続けるかを、本人が選べます。守られる側に、選択権を渡す形に変わりました。ここで、さっきの二系統を思い出してください。昔は、意思の不存在なら無効、瑕疵ある意思表示なら取消し、ときれいに対応していました。

意思の不存在の側にいる言い間違いの錯誤も、今は取消しになりました。二系統と効果の対応は、崩れています。違います。意味は残っています。二系統は、効果を暗記するための表ではなく、ズレの性質を見分けるための地図として持ってください。どこでズレたかが分かれば、そのあと、どの条文を見ればいいかが分かります。効果は、そのつど条文で確認すればよいのです。

山場——表意者を守るか、言葉を信じた相手を守るか

意思主義・表示主義の軸板(意思主義=表意者の内心を重く見る・93条1項ただし書94条1項95条1項96条1項/表示主義=外に出た表示を重く見る・93条1項本文93条2項94条2項95条4項96条3項)+条文ごとにこの軸のどこかに立つ 図:意思主義・表示主義の軸板

  • 意思主義=表意者の内心を重く見る・93条1項ただし書94条1項95条1項96条1項
  • 表示主義=外に出た表示を重く見る・93条1項本文93条2項94条2項95条4項96条3項
  • 条文ごとにこの軸のどこかに立つ

最後に、今日見てきた条文を、一本の軸の上に並べます。片方の端に、意思主義を置きます。意思表示をした本人、つまり表意者の心の中を重く見て、本人を守る考え方です。もう片方の端に、表示主義を置きます。外に出た表示を重く見て、それを信じた相手を守る考え方です。どちらか一方ではありません。条文ごとに、この軸のどこかに立っています。九十三条を、もう一度見てください。本文は、真意でなくても効力を妨げられない、でした。本文は、表示主義側に立っています。ところが、ただし書きは違います。相手が知っていた、または知ることができたときは無効、という部分です。

ただし書きは、意思主義側に立っています。同じ一つの条文の中でも、本文とただし書きで、立つ位置が逆になっています。虚偽表示も、同じ構造です。一項は無効。売る気の無い二人の内心どおりに扱い、言葉を信じた人がいないので効かせません。だから意思主義側です。二項は、示し合わせて名義を移した車を、事情を知らずに買った人には、無効だと言えない、という規定です。こちらは表示主義側に立っています。あります。そして、並べてみると、もう一つ見えてきます。本人の落ち度が大きいほど、言葉を信じた第三者が守られやすくなっているんです。

錯誤と詐欺は、取り消して本人を守るのが本則で、ここは意思主義側です。ただ、たとえばだまされて売った車を、取り消す前に相手が転売していて、買った人が事情を知らず、知らなかったことに落ち度も無ければ、その人には取消しを主張できません。ここは表示主義側です。脅された場合には、この守り方がありません。本人に落ち度を問う余地が、ほとんど無いからです。中身は、それぞれの条文が主役になる回で扱います。今日、持ち帰ってほしいのは、この見方そのものです。これから条文が出てくるたびに、本人の救済と取引の安全の綱引きで、この条文はどちら寄りか、なぜそちら側に立っているのかを、問うてみてください。

心の中とのズレを、一枚の地図にする

到達点まとめ板(言葉から読み取れる意思があれば成立する/心の中とのズレは効くかどうかの段で扱う/ズレには二系統と五つの型がある/どの条文も本人の救済と取引の安全の綱引きのどこかに立つ)+次は心裡留保から 図:到達点まとめ板

  • 言葉から読み取れる意思があれば成立する
  • 心の中とのズレは効くかどうかの段で扱う
  • ズレには二系統と五つの型がある
  • どの条文も本人の救済と取引の安全の綱引きのどこかに立つ
  • 次は心裡留保から

今日の道のりを、一本にまとめます。意思表示は、言葉から読み取れる意思と、それを言った行為があれば、それだけで成立します。心の中とのズレは、成立ではなく、効くかどうかの段で処理されます。内心的効果意思がそもそも無い、意思の不存在。決めたことはあるけれど、決め方に傷がある、瑕疵ある意思表示。そして、五つの条文は、どこでズレたか、原因は何かで並び、効果は結果として出てきました。この地図を持って、次からは一つずつの条文に入っていきます。最初は、冗談で言ってしまった場合、心裡留保からです。

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#37単独ページ動画

心裡留保93条

第1章 民法総則 ㉙/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

フリマ出品欄に書いた冗談

問いかけ板(フリマの出品欄に「この時計、1000円で譲ります」と冗談で書いたら、知らない人から即決の連絡が来た/この約束は成立してしまうのか)+答えは書かない 図:問いかけ板

  • フリマの出品欄に「この時計、1000円で譲ります」と冗談で書いたら、知らない人から即決の連絡が来た
  • この約束は成立してしまうのか
  • 答えは書かない

今日は、あるフリマアプリの出品から始めます。出品者は、手放す気もない時計を、ふざけて出品欄に書きました。「この時計、1000円で譲ります」。本人も、冗談のつもりでした。ところが数分後、見知らぬ人から連絡が来ます。「買います」。出品者は慌てます。「あれは冗談です」と言えば、なかったことにできるでしょうか。ところが、この約束はいったん成立してしまいます。鍵は、守るべき信頼が誰にあるか、です。今日は、この不思議さの正体を、条文で分解します。

前回配った地図、ここを埋めます

想起板(前回、意思表示と本心のズレを5つの型に分けた/今日の主役=表意者が、自分で分かっていて言った嘘——心裡留保/原則は有効・他の4つの型は次回以降) 図:想起板

  • 前回、意思表示と本心のズレを5つの型に分けた
  • 今日の主役=表意者が、自分で分かっていて言った嘘——心裡留保
  • 原則は有効・他の4つの型は次回以降

本題に入る前に、一つだけ確かめさせてください。前回、意思表示と本心がずれる場面を、5つの型に分けましたね。前回の5つの型のうち、原則が有効になるのは、どれだったか覚えていますか?ええと……表意者が、自分で分かっていて言った嘘のほうです。相手と示し合わせる嘘や、ただの勘違いとは、そこが違いました。前回は「原則は有効」という結論の1行だけでした。今日は、その1行を条文の要件で開きます。どこまでが有効で、どこから無効に変わるのか。地図の、あの1マスの中身を、ちゃんと埋めるんですね。

心裡留保とは何か

意義板(表意者が、自分の真意でないことを自分で知りながらする意思表示)+相手と示し合わせる嘘とはここで区別する 図:意義板

  • 表意者が、自分の真意でないことを自分で知りながらする意思表示
  • 相手と示し合わせる嘘とはここで区別する

この場面を指す名前が、心裡留保です。中身はシンプルです。表意者が、自分の真意でないことを自分で知りながらする意思表示です。出品者は、時計を売る気が無いのに、売ると書きました。本心と表示がずれていることを、本人が最初から分かっています。ここで一つだけ、区別しておきます。相手と示し合わせて、ありもしない売買を装う場合もあります。今日は、あくまで表意者の一方的な嘘です。相手が本心を知らされていない、というのが今日の場面の前提です。

原則は有効——自分で分かっていたから

A(出品者・表意者)とB(買い手・相手方)の関係図(Aは真意でないと自分で知っている/Bはそれを知らない/原則は有効)+自分で分かっていた以上、守ってやる理由がない

では、なぜこの約束は、いったん有効になるのでしょうか。冗談なら無効にしてあげたいという、その感覚はよく分かります。ですが、ここで守られるべき人を考えてください。出品者は、自分の言葉が本心と違うことを、最初から知っていました。だとすると、その本人を守ってやる理由がありません。守られないのは、嘘をついた側だからです。守るべき信頼が本人の側には無い、と言い換えてもいいです。一方、買い手はどうでしょうか。買い手は、書いてあるとおりに信じて連絡しただけです。買い手の信頼のほうを、法は先に守ります。だから、言葉どおりの効力を認めます。条文を確認しましょう。

条文民法93条1項本文

民法 第九十三条(心裡留保)第一項本文 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

分かっていて言ったのに、それでも効力は妨げられない、と条文自身が言っています。冗談のつもりだった、では覆りません。ここまでが、原則の部分です。

ただし書——知っていた、または知ることができた

境界の板(相手が気づいていた・気づけたはずのときは無効に転じる/どちらも「相手には守るべき信頼が無い」という同じ理由)+境界ペアの例 図:境界の板

  • 相手が気づいていた・気づけたはずのときは無効に転じる
  • どちらも「相手には守るべき信頼が無い」という同じ理由
  • 境界ペアの例

ですが、原則には続きがあります。買い手の側にも条件が付きます。買い手が、出品者の本心を知っていた場合、あるいは知ることができた場合は、話が変わります。「知ることができた」の範囲を、条文で丁寧に読みます。条文を見てください。先ほどの本文には、ただし書が続きます。

条文民法93条1項ただし書

民法 第九十三条(心裡留保)第一項ただし書 ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

「知り」が悪意、「知ることができたとき」が有過失です。この2つは、どちらも対等に無効の原因になります。ここを素通りすると、条文の半分を読み飛ばすことになります。出品者の時計に、当てはめてみましょう。買い手が、以前の出品者の投稿を見ていたとします。そこには「この時計は壊れているので、出品しただけです。売る気はありません」と書いてあったとします。買い手が、それを見て気づいていたなら悪意です。見てはいなかったけれど、簡単に確認できる状況だったとしたら、どうでしょう。確認しなかったという、その落ち度が有過失です。気づけたのに確認しなかった買い手には、守るべき信頼がありません。だから、この場合は無効に転じます。

出品欄にも他の投稿にも、それらしい事情が何も無かったときは、買い手が気づく手がかりがありません。買い手の信頼は、そのまま守られます。有効のままです。悪意でも有過失でも、結論は同じ、無効です。

どこまで及ぶか——身分行為には届かない

適用範囲の板(契約・取消しや解除のような単独行為・合同行為には及ぶ/婚姻や養子縁組のような身分行為には及ばない)+理由は当事者本人の意思そのものを絶対視するため 図:適用範囲の板

  • 契約・取消しや解除のような単独行為・合同行為には及ぶ
  • 婚姻や養子縁組のような身分行為には及ばない
  • 理由は当事者本人の意思そのものを絶対視するため

今の話は、契約だけでなく、取消しや解除のような単独行為、複数人が同じ目的で行う合同行為にも及びます。ただし、届かない場所が一つだけあります。婚姻や養子縁組のような、身分行為です。身分行為では、当事者本人が本当にそうしたいと思っているかどうかを、絶対視するからです。契約なら、言葉を信じた相手を守るために、嘘をついた本人を言葉どおりに縛れます。けれど、親子や夫婦になるつもりの無い人を、相手が信じたからといって親子や夫婦にしてしまうことはできません。だから、相手の信頼を守るという今日の原則有効の仕組みは、身分行為ではそもそも働きません。

本人に真意が無ければ、相手が気づいていたかどうかを問わず、端的に効力が否定されます。ここに、養子縁組が争われた判例があります。

判例最判昭和23年12月23日(民集2巻14号493頁)

効果意思の無い養子縁組 真に養親子関係を設定する効果意思がない場合、届出について当事者間に意思の一致があっても、養子縁組は無効である(現行802条1号)。この無効は絶対的なものであり、93条ただし書を適用する必要もない。

届出をする意思の合致があっても、それだけでは足りません。本当に親子になる意思が無ければ、無効です。相手が知っていたかどうかを問わない、そこが、今日ここまで見てきた仕組みとの違いです。もう一つだけ、深入りしない範囲で触れておきます。今日のただし書は、かつて、代理人が自分の利益を図って権限内の取引をする、代理権の濫用という場面にも、考え方を借りられていました。代理人は、代理を頼んだ本人のための取引に見せながら、本心では自分のために動いています。相手がその本心を知っていた、または知ることができたなら、頼んだ本人に効果を及ぼさない、という形で、今日のただし書の考え方が使われていたんです。今は、そのための条文が別に新設されています。中身は別の回で扱います。

山場——無効になった後、その事情を知らない人はどうなるか

問いの板(ただし書で無効になった意思表示は、誰との関係でも無効なのか)+フリマの転得者を思い浮かべてから先へ進む 図:問いの板

  • ただし書で無効になった意思表示は、誰との関係でも無効なのか
  • フリマの転得者を思い浮かべてから先へ進む

ここで、もう一段先に進みます。ただし書で無効になった意思表示は、誰との関係でも無効なのでしょうか。本当にそうか、場面を作って確かめましょう。買い手が、出品者の本心に気づけたはずだったとします。ただし書どおり、無効です。ところが、その買い手は、時計を受け取った後、別の人にすぐ転売していました。この転売の相手は、最初の冗談のいきさつを何も知りません。転売の相手まで無効に巻き込まれるのかどうか、そこが今日の山場です。順番に確かめます。

A(出品者)→B(気づけたはずだった買い手・無効)→C(Bから買った転得者・事情を知らない)の関係図+Aの無効主張がCには届かない

無効を、誰にでも通せる世界を考えてみます。そうすると、出品者は転売の相手にまで「あの時計は無効だから返してほしい」と言えます。いきさつを知らずに買った人が、いきなり時計を取り上げられます。ここに、民法が線を引きます。無効になった後も、その事情を知らずに関わった人は別扱いにします。条文を見てみましょう。

条文民法93条2項

民法 第九十三条(心裡留保)第二項 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

事情を知らない転売の相手に対しては、出品者は無効を主張できません。つまり、転売の相手との関係では、時計のやりとりは有効に扱われます。無効なのに有効みたいに扱われる相手がいる、そこが、今日いちばん不思議に見えるところです。でも、軸は今までと同じです。転売の相手は、いきさつを知らずに関わった、守るべき信頼を持つ人です。守るべき信頼がいちばん薄いのは、出品者自身です。

山場のつづき——第三者とは誰か、なぜ善意だけで足りるか

要件板(第三者の意義=当事者・包括承継人以外で、新たな法律上の利害関係を持つに至った者/要件は善意のみ・無過失は不要)+出品者本人の落ち度がいちばん大きいから 図:要件板

  • 第三者の意義=当事者・包括承継人以外で、新たな法律上の利害関係を持つに至った者
  • 要件は善意のみ・無過失は不要
  • 出品者本人の落ち度がいちばん大きいから

ここで、条文の「第三者」が誰を指すのかを、はっきりさせます。当事者と、当事者の地位をそのまま引き継いだ人は含みません。心裡留保でできた取引を土台に、新しく利害関係を持つに至った人を指します。第三者に当たらない人もいます。たとえば、買い手が亡くなって、その子どもが時計を相続した場合です。子どもは買い手の立場をそのまま引き継いだだけなので、第三者ではありません。もう一つ、転売の相手が、冗談のいきさつを知ったうえで買っていたなら、善意ではないので守られません。つまり、第三者の側に求められる要件は、善意だけです。

事情を知らなかった、それだけで足ります。うっかり確認しなかった、という落ち度があっても構いません。無過失までは要りません。ここは、しっかり押さえてください。なぜ、ここだけ保護のハードルが低いのでしょうか。出品者本人の落ち度を思い出してください。自分で分かっていて、嘘の出品をしたのは出品者自身です。落ち度がいちばん大きい本人が、無効の巻き添えで第三者にまで迷惑をかけるのは、筋が通りません。嘘の見た目を自分で作った本人より、それを信じた人を守る、ということです。この、見た目と信頼の組み立ては、実はこの後、繰り返し出てきます。相手と示し合わせる嘘でも、「善意の第三者に対抗することができない」という、同じ言い回しの条文が出てきます。

三段構え、同じものさし

到達点の板(原則は有効・自分で分かっていたから/ただし書で無効・相手が気づいていた気づけたはずだから/第三者保護・事情を知らない人は守られる/すべて守るべき信頼があるかどうかで測られている)+次回、相手と示し合わせる型へ 図:到達点の板

  • 原則は有効・自分で分かっていたから
  • ただし書で無効・相手が気づいていた気づけたはずだから
  • 第三者保護・事情を知らない人は守られる
  • すべて守るべき信頼があるかどうかで測られている
  • 次回、相手と示し合わせる型へ

今日の道のりを、一本にまとめます。心裡留保は、5つの型の中で、原則が有効になる唯一の型でした。ただし、相手が気づいていた、あるいは気づけたはずのときは、無効に転じます。そして、無効になった後も、その事情を知らない第三者には対抗できません。原則も、ただし書も、第三者保護も、測っているものさしは一つです。守るべき信頼があるかどうか、それだけです。前回の、本人の救済と取引の安全の綱引きで言えば、原則と第三者保護は取引の安全の側、ただし書は本人の救済の側に立っています。身分行為に届かないのは、本人の意思そのものを絶対視するためでした。代理権の濫用とのつながりは、今は別の条文の話になります。

今日と同じ、原則・例外・第三者保護という骨組みが、また出てきます。

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#38単独ページ動画

通謀虚偽表示94条

第1章 民法総則 ㉚/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借金取りから逃げるための仮装譲渡

商売が傾いた人と幼なじみ、実家の土地を「売ったこと」にする+答えは書かない 図:商売が傾いた人と幼なじみ、実家の土地を「売ったこと」にする+答えは書かない

商売が傾いてしまった人がいます。このままだと借金取りに実家の土地を差し押さえられそうです。そこでこの人は幼なじみに頼みました。「この土地、売ったことにしてくれないか」と。登記まで幼なじみの名義に移しました。書類の上では完全に売買が成立しています。借金取りは、この土地に手を出せないんでしょうか。実は、ある条文がこの答えを握っています。今日は、その条文の話です。

前回、一人でついた嘘との違い

前回の到達点を1問で想起+今回は「二人の嘘」の予告 図:前回の到達点を1問で想起+今回は「二人の嘘」の予告

前回、心裡留保という制度を見ました。ここで一つ聞いてみます。前回、一人が自分で分かっていて言った嘘が原則有効になったのは、誰の信頼を守るためでしたか?ええと、嘘だと気づかなかった相手の信頼を守るためでした。今日は一人ではありません。二人で示し合わせて作った嘘の話です。冒頭の土地の話が、まさにそれです。同じ骨組みがまた出てきます。

相手と示し合わせて作った嘘

通謀虚偽表示の意義(相手方と通じてした虚偽の意思表示・通謀が要る) 図:通謀虚偽表示の意義(相手方と通じてした虚偽の意思表示・通謀が要る)

この制度は通謀虚偽表示と呼ばれます。略して虚偽表示とも呼ばれます。意義は、相手方と通じてした虚偽の意思表示です。二人で示し合わせる、ということです。そこが今日の土台です。冒頭の設例に当てはめてみましょう。商売が傾いた人をA、頼まれた幼なじみをBと呼びます。Aは本当は売る気がありません。Bもそれを分かったうえで「売ったことにしよう」と合意しています。二人とも分かっている、ここが、前回の心裡留保との一番の違いです。

94条1項は、なぜ逆に無効なのか

93条と94条の向き逆転対比板(原則有効↔原則無効・理由欄) 図:93条と94条の向き逆転対比板(原則有効↔原則無効・理由欄)

もう一度、前回の93条を見てみましょう。

条文民法93条1項

民法 第九十三条(心裡留保)第一項 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

心裡留保が原則有効なのは、相手が嘘に気づいていないかもしれないからです。気づいていない相手の信頼は守るべき信頼です。では今日の94条を見てみましょう。

条文民法94条1項

民法 第九十四条(虚偽表示)第一項 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。

同じものさしで考えてみましょう。守るべき信頼があるかです。Bは最初から嘘だと知っています。知っているどころか、Bはその嘘を一緒に作った本人です。相手が気づいていないかもしれない心裡留保と、相手も一緒に作った通謀虚偽表示。同じものさしの上で向きが逆になっているだけなんです。

知っているだけでは足りない

要件3つ+境界設例(気づいていただけ/示し合わせた) 図:要件3つ+境界設例(気づいていただけ/示し合わせた)

94条の要件を確かめておきましょう。三つあります。一つ目、意思表示が存在すること。二つ目、表示と真意が食い違っていること。三つ目、相手方との通謀です。冒頭の土地で言えば、売買の書類を交わしたのが一つ目、本当は売る気が無いのが二つ目、二人で「売ったことにしよう」と決めたのが三つ目です。ここで、よくある混同を一つ潰しておきます。仮にBが「Aは本気じゃなさそうだな」と気づいていただけだったとします。気づいていただけでは、通謀になりません。それは前回やった心裡留保のただし書の場面です。通謀と呼べるのは、AとBが「これは効かせないことにしよう」と示し合わせて合意したときだけです。気づいているだけでは足りません。

もう一つだけ補足します。94条は契約だけでなく、解除のような相手方のある単独行為にも及びます。解除のように相手のいる行為なら、その相手と示し合わせて、嘘の外観を作れます。守るべき信頼が無いのは、契約と同じだからです。ただし、婚姻や養子縁組のような身分行為には94条は働きません。身分行為は本人の意思そのものが絶対に必要な領域だからです。たとえば、AとBが夫婦になる気も無いのに、示し合わせて婚姻届だけを出したとします。夫婦になる意思がそもそも無いので、94条を持ち出すまでもなく、その婚姻は無効です。

当事者のあいだでは、最初から無効

AB関係図(虚偽の譲渡・当事者間では無効・所有権も代金債権も動いていない) 図:AB関係図(虚偽の譲渡・当事者間では無効・所有権も代金債権も動いていない)

94条1項の効果を具体的に見ましょう。AとBの間では最初から無効です。所有権は移っていません。代金を払う約束もそもそも生じていません。中身は互いに何も渡していない関係です。ここで借金取りの話に戻ります。この人は何かを取り消してもらう必要がありません。錯誤や詐欺のように、取消権を行使しないと効力が消えない制度もあります。でも94条は無効です。最初から効力が無いので誰でもいつでも無効だと主張できます。「この売買は無効だから、これは本人の財産だ」と言って差し押さえにいけます。

山場——無効なのに、なぜ第三者は土地を得られるのか

問い掛け板(1項で無効と決まったのに、なぜ2項で第三者は土地を取得できるのか) 図:問い掛け板(1項で無効と決まったのに、なぜ2項で第三者は土地を取得できるのか)

ここまでで一つ違和感が残っていませんか。冒頭のBがこの土地を事情を知らない人に売ってしまったらどうなるでしょう。事情を知らない人とは、AとBの間の嘘をまったく知らない人のことです。Cと呼びましょう。ここで聞いてみます。1項で無効と決まったはずなのに、なぜCは土地を取得できてしまうんでしょうか。無効なのにCが土地を得られる理由、その答えを握っているのが94条2項です。

条文民法94条2項

民法 第九十四条(虚偽表示)第二項 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

Aの側から「あの売買は嘘だった、無効だ」とCに主張できない、という意味です。ここで大事なことを言います。2項は「AとBの契約が実は有効になる」とは言っていません。無効なのは変わりません。変わるのは、Aがその無効をCに向かって主張できるかどうかだけです。

権利外観法理の3要素板(虚偽の外観・本人の帰責性・第三者の信頼) 図:権利外観法理の3要素板(虚偽の外観・本人の帰責性・第三者の信頼)

なぜAは主張できなくなるんでしょうか。そこには三つの要素があります。一つ目、虚偽の外観です。Bの名義になっている登記が、これに当たります。二つ目、本人の帰責性です。この外観を作ったのは、ほかでもないA自身です。三つ目、第三者の信頼です。Cはその登記を見て本物の売買だと信じて関わりました。この三つがそろったときは、本人より第三者を守ります。Cは、登記簿でBの名義を確かめて、代金まで払った人です。どちらかが損をかぶるしかないなら、嘘の名義を自分で作ったAのほうです。逆にAが後から「嘘でした」と言えるなら、登記を見て土地を買う人は、誰も安心して買えなくなります。

これが権利外観法理と呼ばれる考え方です。この三点セットは、これから何度も同じ形で出てきます。名前と形を、ここで覚えておいてください。もし外観が無ければ話はまったく変わります。Bの名義になっていなければ、Cが登記を見て信じるということ自体が起きません。三つの要素のうち、一つでも欠ければ権利外観法理は働きません。

⭐ 論文で書く規範:権利外観法理——虚偽の外観・本人の帰責性・第三者の信頼 虚偽の外観があり、それを本人が自ら作った帰責性があり、第三者がその外観を信頼して関わったとき、本人はその第三者に真実を対抗できない。 (94条2項の土台。94条2項の要件各論・表見代理・即時取得でも同じ形で使う)

前回・今回の軸に接続(本人の救済⇔取引の安全・落ち度が大きいほど第三者が守られやすい) 図:前回・今回の軸に接続

前回も出てきたあの綱引きを思い出してください。1項は嘘をついたAとBの間だけの話です。本人の救済の側にあります。2項は、外観を信じた第三者を守る、取引の安全の側です。本人の落ち度が大きいほど、言葉を信じた第三者が守られやすい。この軸も今日そのまま使えます。だからCが守られやすいんです。

一般的な説明(所有権はBを経由せず、AからCへ直接移るという扱い) 図:一般的な説明(所有権はBを経由せず、AからCへ直接移るという扱い)

でも、まだ一つ引っかかりが残ります。「対抗できないだけ」なのに、なぜCは所有権を取得できるのか、という問いです。一般には、こう説明されます。所有権はBを経由せずAからCへ直接移る、という扱いです。AとBの売買は無効のままなので、Bは一度も所有者になっていません。持っていない所有権を、Bが渡すことはできないからです。

今日の地図(保存版)

まとめ板(94条1項・2項・権利外観法理の3要素を1枚に束ねる) 図:まとめ板(94条1項・2項・権利外観法理の3要素を1枚に束ねる)

今日見てきたことを一つにまとめましょう。94条1項、AとBの間では最初から無効でした。94条2項、事情を知らないCには、その無効を言えませんでした。この二つを支えているのが権利外観法理です。虚偽の外観、本人の帰責性、第三者の信頼。この三つがそろったとき、本人より第三者を守る。次は2項の「善意の第三者」とは、いったい誰なのか。そこに入っていきます。

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#39単独ページ動画

94条2項の「善意の第三者」

第1章 民法総則 ㉛/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

知らなければ誰でも守られるのか

二人の対比を並べた問いかけ板(Bから土地を買った人/Bにお金を貸していただけの人、どちらも「事情を知らなかった」) 図:二人の対比を並べた問いかけ板

  • Bから土地を買った人
  • Bにお金を貸していただけの人、どちらも「事情を知らなかった」

前回、事情を知らずにBから土地を買った人は守られる、というところまで進みました。今日はその続きです。ここで一つ、試してみたいことがあります。Bにお金を貸していただけの人がいたとします。担保は取っていません。担保を取らずに貸していただけのその人が、あとになって「Bの土地が自分のものになるはずだ」と言い出したらどうなるでしょうか。知らなかった、という点では同じです。実は、守られません。同じように知らなかったのに差がつく理由——そこが、今日一日で突き止めるところです。「知らなかった」だけでは足りない場面がある——それが今日の出発点です。

善意の第三者を3つに割る

94条2項の要件を3つに積み木で示す板(①当事者・包括承継人以外②新たな独立の法律上の利害関係③善意) 図:94条2項の要件を3つに積み木で示す板

条文を、もう一度置いておきます。

条文民法94条2項

民法 第九十四条(虚偽表示)第2項 2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

この条文の「善意の第三者」という言葉を、そのまま丸暗記しても使えません。判例は、「第三者」の中身を、こう定義しています。

判例最高裁判所第二小法廷判決 昭和45年7月24日(民集24巻7号1116頁)

94条2項の「第三者」の定義 「民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい」、「虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。」

この定義を、3つに分けて読んでいきます。一つ目と二つ目が「第三者」とは誰かという中身で、三つ目が「善意」です。一つ目は、当事者や包括承継人ではないこと。二つ目は、嘘の外形を土台にして、新たに独立した法律上の利害関係を持つに至ったこと。三つ目は、善意であることです。今日は、この3つを一つずつ割っていきます。

①当事者・包括承継人以外

除外される二者の板(本人A・名義人B/Bの立場をそのまま引き継ぐ相続人) 図:除外される二者の板(本人A・名義人B/Bの立場をそのまま引き継ぐ相続人)

一つ目の要件から確認します。A本人と、B本人は、そもそも当事者ですから、第三者には入りません。もう一つ、忘れやすいのが包括承継人です。前々回、心裡留保のところでも見た理屈と同じです。もしBが亡くなって、Bの子がBの立場をそのまま引き継いだとします。新しく何かを始めたわけではなく、Bの立場をそのまま受け継いだだけなので、第三者には当たりません。

判定のものさし

判定のものさし板(嘘の看板を土台に新しく始めたか/看板があってもなくても立場は同じか) 図:判定のものさし板

  • 嘘の看板を土台に新しく始めたか
  • 看板があってもなくても立場は同じか

二つ目の要件に入ります。「新たな独立の法律上の利害関係」という言葉です。長いですが、中身は一つのものさしに尽きます。「その人は、嘘の外形を信じて、新しく何かを始めたか。それとも、嘘があってもなくても、立場は変わらないか」——このものさし一本です。ここで、たとえ話を一つ、はさみます。あるシェアハウスがあったとします。本当の管理人はAですが、Aは家賃の取り立てから逃げたくて、「この物件の管理人はBだ」という嘘の看板を玄関に出しました。この看板を信じて、新しくBと入居契約を結んだ人は、あとで看板が嘘だと分かっても追い出されません。

一方、郵便配達員のように、看板を見ても何も新しく始めていない人は、看板が嘘でも得も損もしません。この「新しく始めたか」というものさし一本で、これから見る具体例を全部仕分けていきます。

当たる例

第三者に当たる4つの例(譲受人/抵当権の設定を受けた人/差し押さえた債権者/仮装抵当権からの転抵当権者) 図:第三者に当たる4つの例

  • 譲受人
  • 抵当権の設定を受けた人
  • 差し押さえた債権者
  • 仮装抵当権からの転抵当権者

前回のA・Bの話を、そのまま引き継ぎます。Aは借金取りから逃げるため、幼なじみのBに、嘘で土地の名義を移していました。この土地について、Bを本物の持ち主だと信じて、新しく関わった人を4つ見ます。一つ目です。Bから、この土地を買った人。二つ目です。Bから、この土地に抵当権の設定を受けた人。三つ目です。Bにお金を貸していた人が、実際にこの土地を差し押さえた場合です。担保も取らず差し押さえもしていない、さっきの「ただ貸していただけの人」との違い——そこが、今日の分かれ目です。あとで詳しく見ます。四つ目です。少し発展した例ですが、こういう場合もあります。Bが、この土地に、本当は嘘の抵当権をXに与えていたとします。XとBが示し合わせて、実際には貸し借りがないのに、抵当権があるように見せかけていた場合です。

抵当権自体が仮装だったこのXが、この嘘の抵当権を土台にして、さらにYからお金を借りるために、抵当権をYに担保として差し出しました。Yも、嘘の外形を土台にして、新しく担保権を取得しています。だから、Yも第三者に当たります。この4つに共通するのは、全部「新しく権利を取得した」という一点です。

当たらない例

第三者に当たらない例・グループ1(Bにお金を貸しているだけの一般債権者) 図:第三者に当たらない例・グループ1(Bにお金を貸しているだけの一般債権者)

では、当たらない例に移ります。まず、冒頭で出した問いに戻ります。Bにお金を貸していただけで、まだこの土地を差し押さえていない人です。ここが境目です。差し押さえる前の、ただの貸主は、土地そのものについては、まだ何もしていません。この土地という特定の財産について、新しく権利を取得したわけではありません。だから、差し押さえるという一歩を実際に踏み出すまでは、第三者に当たりません。同じ「貸主」でも、差し押さえる前と後で、扱いがまるで変わります。

第三者に当たらない例・グループ2の一覧板(後順位抵当権者/仮装債権の債務者/取立てのための債権譲受人) 図:第三者に当たらない例・グループ2の一覧板

  • 後順位抵当権者
  • 仮装債権の債務者
  • 取立てのための債権譲受人

もう一つのグループです。こちらは「立場そのものが変わらない」人たちです。一つ目です。もともと後順位の抵当権を持っていた人がいたとします。先順位の抵当権が、仮装で放棄されたように見せかけられました。順位は一つ繰り上がりますが、この人は、先順位の見せかけを信じて、新しく何かをしたわけではありません。もともと持っていた抵当権の順位が、自動的に上がっただけです。だから、第三者には当たりません。二つ目です。Bが、ある人にお金を貸していて、その貸金の債権を、Bと知り合いが示し合わせて、知り合いに譲ったように見せかけたとします。

この場合、お金を借りている人は、払う相手がBのままか知り合いに変わるかの違いだけで、自分の立場——お金を返す側だという立場——は変わりません。三つ目です。取立てのためだけに、債権を譲り受けたことにした人もいます。この人は、実質的には代理人と同じで、独立した経済的な利益を持っていません。この3つに共通するのは、どれも「自分から新しく何かを始めていない」という点です。

山場——土地と建物は別の物

土地の仮装譲渡と建物賃借人の関係図(土地はA→Bへ仮装譲渡/建物はBがその土地上に建てて所有/建物の借主Hは土地について利害関係なし) 図:土地の仮装譲渡と建物賃借人の関係図

  • 土地はA→Bへ仮装譲渡
  • 建物はBがその土地上に建てて所有
  • 建物の借主Hは土地について利害関係なし

もう一つ、当たらない例を見ます。ここは、この回のいちばんの山場です。Aは、この土地を、嘘でBに譲ったことにしました。土地の仮装譲渡です。そして、Bは、この土地の上に、自分名義の建物を建てました。Bは、この建物を、Hという人に貸していました。Hは、土地の仮装譲渡について、第三者に当たるでしょうか。建物を借りているだけなら……土地そのものについては、何も持っていない気がします。土地と建物は、法律上、別々の物として扱われます。Hが利害関係を持っているのは、建物についてだけです。土地については、何の権利も持っていません。

だから、Hは、土地についての第三者には当たりません。

判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和57年6月8日(集民136号57頁)

建物賃借人は土地について第三者にあたらない 「土地の仮装譲受人が右土地上に建物を建築してこれを他人に賃貸した場合、右建物賃借人は、仮装譲渡された土地については法律上の利害関係を有するものとは認められないから、民法九四条二項所定の第三者にはあたらないと解するのが相当である。」

判例も、同じ理屈で切り分けています。逆の場面も、ついでに触れておきます。Aが土地を人に貸していて、借りた人が、その上に建てた自分の建物を、嘘で別の人に譲ったことにしたとします。このとき、土地の貸主であるAは、建物の仮装譲渡について第三者に当たりません。嘘があってもなくても、Aの「土地の貸主」という立場は変わらないからです。こちらも判例があります。土地の貸主が、建物の仮装譲渡について第三者に当たらないとした原審の判断を、そのまま正当と認めています。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和38年11月28日(民集17巻11号1446頁)

土地の貸主は建物の仮装譲渡について第三者にあたらない 「原審が適法に認定している事実関係の下においては、被上告人両名間の本件第三建物についての所有権譲渡およびその旨の登記が通謀虚偽表示によるものであると認めた原判示は、正当である。また、右事実関係の下において、上告人が民法九四条二項にいわゆる第三者に当らないとした原審の解釈も、正当であつて」

土地と建物、それぞれ別の物として、利害関係があるかどうかを見る——これが、この山場の要点です。

山場——善意で足りる理由

落ち度の物差し板(自分で嘘を作った本人=落ち度大→第三者は善意で足りる) 図:落ち度の物差し板(自分で嘘を作った本人=落ち度大→第三者は善意で足りる)

三つ目の要件、善意に入ります。心裡留保の93条2項でも、第三者は善意でさえあれば足りて、無過失までは要らない、という話でした。94条2項の善意も、単純な善意で足ります。確認不足があっても、無過失までは要求されません。理由は、二つあります。一つ目は、条文の文言です。95条4項や96条3項は「善意でかつ過失がない」と書いてありますが、94条2項は「善意」としか書いていません。二つ目は、Aの落ち度の大きさです。前回、権利外観法理の三つの要素を見ました。虚偽の外観、本人の帰責性、第三者の信頼です。94条2項の場面では、二つ目の本人の帰責性が、とても大きいんです。Aは自分から嘘の外形を作り出していますから。

例えば、Cが、Aに一言も事情を確かめないまま買っていたとしても、自分で嘘を仕組んだAには、あとから「Cも確認すべきだった」と言う資格がありません。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和42年1月19日(集民86号75頁)

善意の第三者に無過失は不要 「第三者が民法九四条二項の保護をうけるためには、自己が善意であつたことを主張、立証するをもつて足り、その善意について無過失であることを主張、立証するを要しないと解するのが相当である。」

この立場を踏まえて、要点を整理します。

⭐ 論文で書く規範:「善意」の意義——無過失は不要 94条2項の「善意」とは、虚偽表示の事実を知らないことをいい、確認不足の落ち度があっても構わない。95条4項・96条3項と異なり無過失を要求する文言がないこと、本人の帰責性が大きいことがその理由となる。

この理屈は、覚えるところが一つもありません。文言と、落ち度の大きさ、この二つを積み重ねているだけです。

善意の時期と立証責任

善意の判断時期と立証責任の板(利害関係を持った時点で判断/立証責任は第三者側) 図:善意の判断時期と立証責任の板(利害関係を持った時点で判断/立証責任は第三者側)

短答で拾える知識を、二つだけ足します。一つ目です。善意かどうかは、いつの時点で判断すると思いますか。さっきの判例も、「善意であつたか否かは、当該不動産の売買契約成立の時を基準として判定すべきであつて、登記の時を基準とすべきものではない」としています。利害関係を持つに至った、契約が成立した時点で判断するのであって、登記した時ではありません。だから、あとになって事情を知ったとしても、保護は失われません。二つ目です。善意だったことは、誰が証明すると思いますか。Aが証明するのではなく、実は逆です。保護を求める側——つまりCのほうが、自分が善意だったことを証明します。

判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和35年2月2日(民集14巻1号36頁)

善意の主張・立証責任は第三者の側 「民法九四条二項の保護をうけるためには、同人において、自己が善意であつたことを主張、立証しなければならないのである。」

無効が原則で、第三者を守るのはその例外です。例外で守ってもらうほうが、自分がそれに当たることを示す、という形です。

山場——登記は要るか

対抗関係の問いかけ板(前回、AからCへ直接移ると言った。では登記は?) 図:対抗関係の問いかけ板(前回、AからCへ直接移ると言った。では登記は?)

ここまでで、要件は全部そろいました。ですが、もう一つ確認しておきたいことがあります。前回、所有権はBを経由せず、AからCへ直接移る、という話をしました。もし、Cが、まだ登記を済ませていなかったら、どうなるでしょうか。177条の「第三者」とは、どういう人でしたか。当事者と包括承継人以外で、登記が無いことを主張する正当な利益を持つ人、でした。では、94条2項でも、Cは登記を備えていないと守られないのでしょうか。実は、要りません。

条文民法177条

民法 第百七十七条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

理由を、二つに分けて説明します。一つ目です。177条の「第三者」というのは、同じ物を取り合う関係にある人を指します。ところが、94条2項の場面で、CとAは、同じ物を取り合ってはいません。Cにとって、Aは、所有権が流れてくる前の持ち主にすぎません。Aが最初から持っていた土地が、Cのもとへ流れてくる——その一本の流れの中に、A、C、両方がいます。めたんさんが答えてくれた、177条の第三者の中身を思い出してください。当事者と包括承継人は、そこから外れていました。Aは、この流れの上流にいて、当事者に近い側です。取り合う相手ではありません。

177条は、同じ物を別々に手に入れた人どうしが、登記の先後で決着をつける仕組みです。94条2項は、そもそもそういう奪い合いの場面ではありません。理由の一つ目は、これです。

対抗要件と権利保護要件の板(177条の登記=奪い合いの決着/94条2項の登記=保護の追加条件、どちらも不要) 図:対抗要件と権利保護要件の板

  • 177条の登記=奪い合いの決着
  • 94条2項の登記=保護の追加条件、どちらも不要

もう一つの理由に移ります。登記には、実はもう一つの働き方があります。対抗要件とは別に、保護を受けるための追加の条件として、登記を要求する場面です。94条2項でも、Cに、この追加のハードルを課すべきかが問題になります。考え方は、善意で足りる理由と同じです。無過失も、登記も、どちらも「Cの側に、どこまで求めるか」というハードルです。どこまで求めるかは、Aの落ち度の大きさと比べて決まります。例えば、Cが代金を払い終え、登記の移転だけがまだ、というときに、Aが「あれは嘘でした」と言い出したとします。自分で嘘を仕組んだAが、「Cはまだ登記をしていない」を理由に土地を取り戻せる、というのは筋が通りません。だから、落ち度が一番大きいAの前では、Cに求めるのは善意だけです。無過失も、登記も、上乗せしません。

この点については、登記が必要だという有力な考え方もあります。Aが先に登記を自分の名義に取り戻してしまったのに、それでもCが勝つのはおかしい、という考え方です。

判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和44年5月27日(民集23巻6号998頁)

自ら仮装行為をした者は登記の欠缺を主張できない 「いやしくも、自ら仮装行為をした者が、かような外形を除去しない間に、善意の第三者がその外形を信頼して取引関係に入つた場合においては、その取引から生ずる物権変動について、登記が第三者に対する対抗要件とされているときでも、右仮装行為者としては、右第三者の登記の欠缺を主張して、該物権変動の効果を否定することはできないものと解すべきである。」

判例は、対抗要件としての登記は不要だと、ここまではっきり述べています。権利保護要件としての登記についても、考え方としては同じ理屈で不要と扱われています。

⭐ 論文で書く規範:登記の要否 Cは、94条2項の第三者として保護されるために、登記を備えている必要はない。理由は二つある。一つは、AとCの間には権利を奪い合う関係が無く、Aは権利が流れてくる前の前主にすぎないから、対抗要件としての登記は問題にならない。もう一つは、自ら虚偽の外形を作り出したAの落ち度は大きく、Cに登記の具備という追加のハードルを課す必要が無いという点にある。

この二つの理由も、覚えるものではありません。奪い合いかどうか、落ち度がどちらにあるか——今まで積み上げてきたものの延長線です。

177条との切り分け

177条と94条2項の切り分け板(177条=奪い合い、先に登記した方が勝つ/94条2項=前主後主の流れ、登記の先後で決めない) 図:177条と94条2項の切り分け板

  • 177条=奪い合い、先に登記した方が勝つ
  • 94条2項=前主後主の流れ、登記の先後で決めない

最後に、この二つを並べて、はっきり区別しておきます。177条は、同じ物を、別々のルートで手に入れた人どうしが争う場面です。登記の先後で、勝ち負けが決まります。94条2項は、本人から第三者へ、一本の流れで権利が渡っていく場面です。奪い合いではないので、登記の先後では決めません。言葉が同じだからといって、同じルールが働くとは限りません。場面がどちらなのかを、まず見極めることです。

到達点

要件を埋め直す到達点の板(①当事者・包括承継人以外②新たな独立の法律上の利害関係③善意+登記不要) 図:要件を埋め直す到達点の板

  • ①当事者・包括承継人以外②新たな独立の法律上の利害関係③善意
  • 登記不要

今日の道のりを、一本にまとめます。94条2項の第三者は、当事者・包括承継人ではなく、嘘の外形を土台にして、新しく利害関係を持った人でした。そして、Aの落ち度が一番大きいからこそ、Cには、確認不足があっても、登記がなくても、保護が及びます。今日、Bから土地を買ったCが第三者だと確認しました。次は、そのCから、さらに土地を買った人が現れたら、どうなるのか——その話に進みます。

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#40単独ページ動画

転得者の処理

第1章 民法総則 ㉜/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

そのCから、さらに買った人が現れたら

前回の続きを示す問いかけ板(Cから、さらに買ったDが現れた。Dは事情を知っていた) 図:前回の続きを示す問いかけ板

前回、Bから土地を買ったCが、94条2項の第三者に当たると確認しました。今日は、その続きです。そのCから、さらに土地を買った人が現れたとします。しかも、その人は、Aが嘘をついていたことを知っていたとします。知っていて買ったその人は、土地を手に入れられるでしょうか。知っていたなら守られない、とは限りません。実は、そう単純ではありません。「知っていたかどうか」だけでは決まらない場面がある——それが、今日の出発点です。

転得者とは何か

転得者の定義を示す関係図(A本人—B名義人—C直接の第三者—D転得者) 図:転得者の定義を示す関係図(A本人—B名義人—C直接の第三者—D転得者)

まず、言葉を整理します。Bから直接買ったCを、これまでどおり「直接の第三者」と呼びます。そのCから、さらに買った人を、「転得者」と呼びます。今日はDとします。ここで問題になるのは、CとDそれぞれが、Aの嘘を知っていたかどうかです。組み合わせは、大きく2つに分けられます。一つ目は、Cが知っていて、Dが知らなかった場面。二つ目は、Cが知らなくて、Dが知っていた場面です。CとDで善意・悪意が入れ替わるこの2つの場面は、まったく違う理屈で答えが出ます。今日は、この2つを、順番に見ていきます。場面に入る前に、前回の要件を思い出しておきます。前回の要件は3つでした。どんな3つだったでしょう?

当事者・包括承継人ではないこと、嘘の外形を土台に新しく独立した利害関係を持ったこと、善意であること。この3つの物差しを、これから転得者にもそのまま当てはめていきます。

場面①——Cが悪意、Dが善意

場面①の関係図(Cは悪意でBから買い、Dは善意でCから買う。Dが第三者に当たるかを問う) 図:場面①の関係図

一つ目の場面です。Cは、Aの嘘を知っていて、Bから買いました。前回確認したとおり、悪意のCは第三者に当たりません。Cは、権利を持たない状態のまま、Dに土地を売ったことになります。ここで問題になるのは、Dが94条2項によって守られるかどうかです。実は、この問いは、前回の物差しをそのままDに当てるだけで答えが出ます。

条文民法94条2項

民法 第九十四条(虚偽表示)第2項 2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

Dは、当事者でも包括承継人でもありません。そして、Dは、AB間の嘘の外形を土台にして、新しく独立した利害関係を持つに至りました。あとは、Dが善意かどうかだけです。この場面のDは、事情を知らずに買っています。善意です。

判例最高裁判所判決・昭和45年7月24日

転得者も第三者に含まれる 甲乙間における虚偽表示の相手方乙との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた丙が悪意の場合でも、丙からの転得者丁が善意であるときは、丁は同条項にいう善意の第三者にあたる。

この甲がA、乙がB、丙がC、丁がDに当たります。「同条項」は94条2項のことです。判例も、転得者を第三者から外していません。直接の第三者でなくても、嘘の外形を土台に新しく利害関係を持てば、同じ物差しで判断されます。Cが悪意だったことは、Dの判断に影響しません。Cが悪意だったのは、Cが守られなかった理由であって、Dが守られるかどうかとは、別の判定です。Dは、Dの物差しで、Dだけを見て判断します。この場面は、新しい理屈が一つもありません。

山場——Cが善意、Dが悪意

場面②の関係図(Cは善意でBから買い、Dは悪意でCから買う。問いの立て方を問う) 図:場面②の関係図(Cは善意でBから買い、Dは悪意でCから買う。問いの立て方を問う)

二つ目の場面に入ります。ここが、今日のいちばんの山場です。今度は逆です。Cは、事情を知らずに、善意でBから買いました。ところが、そのCから買ったDは、Aの嘘を知っていました。悪意です。ここで、多くの人が同じ間違え方をします。「悪意のDにも94条2項が適用されるか」という問いの立て方、自体が誤りです。Dが悪意である以上、94条2項がDに直接効くことは、そもそもありません。悪意者に94条2項は最初から出番がないからです。問うべきなのは、こうです。「善意のCに一度生じた94条2項の効果は、その後に現れた悪意の転得者Dのもとでも、そのまま維持されるのか」。

ここを取り違えると、答えにたどり着けません。

絶対的構成と相対的構成の比較表(何を基準にするか/結論/理由/難点) 図:絶対的構成と相対的構成の比較表(何を基準にするか/結論/理由/難点)

この問いに対する答え方が、大きく二つに分かれます。一つ目が、判例の立場とされることの多い絶対的構成です。善意のCが登場した、まさにその時点で、Cは確定的に権利を取得します。Aは、その時点で確定的に権利を失います。決着がついた後は、転得者が何人続いても、それぞれの善意・悪意は問いません。だから、Dは悪意でも、Cが持っている権利をそのまま引き継ぐ形で、有効に取得します。これを、承継取得といいます。もう一つの考え方が、相対的構成です。転得者も第三者に数えるなら、第三者の資格は一人ずつ見るはずだ、という発想です。だから、悪意のDには、Aは無効を主張できると考えます。結論として、悪意のDは権利を取得しません。

悪意の人を守らない相対的構成のほうが、自然に感じられるかもしれません。ですが、相対的構成には、大きな難点があります。ここで、めたんさんに聞きたいことがあります。もし悪意のDを保護しないとしたら、Cはどうなると思いますか。Cは、善意の第三者として、いったん確定的に土地を取得しています。相対的構成を貫くと、Cは「事情を知らない人には売れるが、知っている人には売れない」という、不完全な土地を持たされることになります。守ったはずのCの権利を、自分で狭めてしまっているんです。しかも、この不完全さは、転売が続くたびに積み重なります。C→D→次の人、と渡っていくたびに、相手ごとに勝ち負けが変わり、法律関係がいつまでも確定しません。

だから判例とされる立場は、Cのところで、権利を一度きっぱり確定させます。それが絶対的構成です。この構成の力点は、「悪意のDを守ること」にはありません。「Cが取得した権利の中身を、揺るがないものにすること」にあります。ここが、この回でいちばん取り違えやすいところです。

⭐ 論文で書く規範:絶対的構成 善意の第三者が現れた時点で、権利の帰属は確定する。以後に現れた転得者は、善意・悪意を問わず、その第三者の地位を承継して権利を取得する。

例外——Dが仕組んだ場合

例外を示す板(Dが善意のCを通り道として利用した場合、信義則で権利取得を止める) 図:例外を示す板(Dが善意のCを通り道として利用した場合、信義則で権利取得を止める)

絶対的構成にも、一つだけ、限界があります。悪意のDが、善意のCを、単なる通り道として利用しただけの場合です。たとえば、事情を知っているDが、事情を知らない知人のCに頼んで、Bからいったん買ってもらい、すぐにCから買い取る——その段取りを、最初からDが組んでいた、というような場合です。この場合まで絶対的構成を貫くと、悪意のDが、Cの善意を隠れみのにして、94条2項の保護をまるごと横取りできてしまいます。この場合には、Dが権利取得を主張すること自体が、信義則に反するとして許されない、と考えられています。一つ、注意しておきたいことがあります。これは、登記についての話ではありません。

登記の場面にも、悪意の人を信義則で締め出す考え方が別にあります。ですが、あちらは「登記が無いことを主張させない」話で、働く場所が違います。今回は、権利を取得すること自体を、信義則で止める話です。

山場——本人から別に買った人との関係

本人からの取得者Eとの関係を問う板(前回、Aとの関係で登記は不要と言った。今回は?) 図:本人からの取得者Eとの関係を問う板

最後に、もう一つの関係を見ます。Aが、Bとの仮装譲渡とは別に、同じ土地を、Eという人に直接売っていたとします。CはBから買い、Eは直接Aから買いました。CとEは、どちらも同じ土地を手に入れたと主張しています。ここで、思い出してほしいことがあります。前回、Cが第三者として保護されるのに、Aとの関係で登記は不要だと言いました。今日のEは、そのAとは違います。前回のAは、Cから見て「権利が流れてくる前の、上流にいる人」でした。今日のEは、Aから見て「Bのルートとは別に、直接権利を渡した相手」です。CにとってAが奪い合う相手でなかったことと、CとEの関係とは、まったく別の問題です。ここで、AとBの関係を、もう一度見直します。AとBは、示し合わせて嘘の外形を作った、いわば仲間です。

しかも、AとBの売買は無効ですから、Bは、実際には何の権利も持っていません。前回見たとおり、Cの権利は、Bを経由せず、Aから直接移ってきます。つまり、Cから見れば、Aの権利を受け取っているのと同じです。だから、AとBは、一体のものとして捉えられます。そう考えると、A、正確には一体化したA・Bを出発点にして、権利がCとEの両方へ流れ出た、という形に見えてきます。これは、同じ物を、別々のルートで手に入れた者どうしの争い、つまり二重譲渡と同じ形です。

条文民法177条

民法 第百七十七条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

177条が出てくるのは、CとEが対抗関係に立つからです。登記が無ければ、相手に主張できません。CもEも、登記を備えるまでは、互いに主張できない。だから、登記を先に備えたほうが勝ちます。一般に、この場面は対抗関係として処理されています。整理します。前回の「登記は要らない」は、CとAの関係についての話でした。Aは、Cにとって奪い合う相手ではなかったからです。今日の「登記の先後で決まる」は、CとEの関係についての話です。EとCは、同じAという出発点から、別々のルートで権利を受け取った者どうしです。ここは、まさに奪い合いの構造そのものです。

177条は奪い合いを解決する条文、94条2項は本人から第三者への一本の流れを保護する条文——この前回の切り分けを、そのまま思い出すだけで、矛盾なく説明できます。

到達点

到達点をまとめる板(場面①転得者も第三者/場面②絶対的構成/本人からの取得者とは対抗関係) 図:到達点をまとめる板

  • 場面①転得者も第三者
  • 場面②絶対的構成
  • 本人からの取得者とは対抗関係

今日の道のりを、一本にまとめます。Cが悪意でも、Dが善意なら、Dは自分の力で第三者になります。前回の物差しを、そのまま当てはめるだけでした。Cが善意なら、Cのところで権利が確定します。その後に現れた転得者の善意・悪意は問いません。悪意者を守る話ではなく、Cの権利を揺るがないものにする話でした。そして、本人が別のルートで売っていた相手とは、AとBを一体とみることで、二重譲渡と同じ対抗関係に立ちます。では、最後に確認です。善意のCから、事情を知っているDが買ったとします。Dは土地を手に入れられるでしょうか?

手に入れられます。善意のCのところで、権利がすでに確定しているので、あとから来たDが知っていたかどうかは、もう関係ありません。次は、通謀そのものがない場面に進みます。

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#41単独ページ動画

94条2項類推適用

第1章 民法総則 ㉝/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

気づいたら、登記の名義が変わっていた

自分の土地の登記がいつの間にか他人名義になっており、その名義人から土地を買った人が現れる問いかけ板

Aさんの土地の登記を見たら、いつの間にか、Bさんの名前になっていました。Aさんは、名義を移した覚えがありません。ところが、そこへCさんが現れます。Bさんの名前を信じて、その土地を買おうとしている人です。先に答えを言うと、Aさんに、嘘の登記について責められるだけの関わりがあれば、Cさんが守られることがあります。その関わり方の測り方を、今日、順番に見ていきます。

思い出してください

前回までに確認した登記に公信力が無いという原則と94条2項が使える3つの条件を空欄のまま並べる想起板

まず、これまでの前提を、確認しておきます。不動産の登記には、公信力がありません。だから、Cさんが、Bさんの登記だけを信じて買っても、それだけでは守られません。94条2項が使える条件を、3つ、思い出せますか。ええと……当事者と、その包括承継人以外の人であること。嘘の外形をもとにして、新しく独立した法律上の利害関係を持ったこと。そして、善意であれば足りること……だったと思います。包括承継人というのは、相続人のように、当事者の立場をまるごと引き継ぐ人のことです。新しく独立した利害関係というのは、たとえばCさんのように、その土地を買ったり、土地に抵当権の設定を受けたりすることです。今日は、この条文の力が、どこまで届くのかを見ていきます。

なぜ、そのまま使えないのか

94条1項2項の全文カードと相手方と通じてしたという文言が今回の場面に無いことを示す弁別板

もう一度、94条を読んでみましょう。

条文民法94条(再掲)

民法 第94条(虚偽表示) 1項 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。 2項 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

そこが、今日いちばん大事なところです。通じて——つまり、二人でしめし合わせて、嘘の外形を作ったことを指します。Aさんは、Bさん名義になっていることすら、知りませんでした。しめし合わせが、ありません。条文の言葉どおりに読めば、94条2項は、そのままでは使えません。1項の要件を満たさないので、2項も直接には出番がありません。そこで出てくるのが、類推適用です。通謀が無くても、同じ理屈が使える場面があるんです。

趣旨が及ぶなら、適用する

94条2項の趣旨を1文で示しその趣旨がこの場面にも及ぶかを問う3要件への橋渡し板 図:94条2項の趣旨を1文で示しその趣旨がこの場面にも及ぶかを問う3要件への橋渡し板

ここで、前に見た型を、思い出してください。条文の言葉がそのまま使えないとき、どうすればよかったでしょうか。たしか、その条文の趣旨を確かめて、その趣旨が今の場面にも及ぶなら、あてはめる……という流れでした。趣旨を言う。その趣旨が及ぶと言う。だから適用する。この型を、今日、実演します。まず、94条2項の趣旨です。嘘の外形を作った責任がある本人よりも、それを信じた第三者を保護する。これが、94条を最初に読んだ回で見た、権利外観法理です。では、問います。この趣旨は、通謀が無い場面にも及ぶでしょうか。

うーん……本人に、通謀と同じくらいの責任があるなら、及びそうな気がします。通謀そのものが要るのではなく、本人にどれだけ責任があるかが本質だったんです。そこから、3つの要件が導かれます。

⭐ 論文で書く規範:94条2項類推適用の3要件 ① 虚偽の外観(典型例=本当の権利者と異なる名義の登記) ② 権利者の帰責性(本人が、その外観の発生にどう関わったか) ③ 第三者の信頼(外観を信じたこと) (権利外観法理から導かれる要件(94条2項の趣旨があてはまる範囲))

具体的に考えてみましょう。もし、Aさんが、外形の発生に何の関わりもなく、気づく手立てすら無かったとしたら、②の帰責性が認められず、類推適用はできません。逆に、Aさんに、外形の発生や存続について何らかの関わりがあれば、この先の場合分けで検討していきます。違うのは②です。直接適用なら「通じてした」で当然に認められた本人の責任を、通謀が無い場面では、別の形で確かめる必要があります。本人が、その嘘の外形に、どれだけ深く関わっていたか。そこを、これから3つに分けて見ていきます。

本人の関わり方で、3つに分かれる

本人がどれだけ深く外形作りに関わったかという1本の物差しの上に3つの類型を並べる山場板

通謀が無い場面は、本人の関わり方によって、大きく3つに分かれます。一つめは、本人が、自分自身の手で外形を作った場合。二つめは、他人が作った外形を、本人が知りながら認めた、または放置した場合。三つめは、本人が作った枠を、他人が勝手に超えてしまった場合です。順番に見ていきましょう。

自己作出型——自分の手で作った

本人が自ら他人名義で登記をした自己作出型の具体例を示す関係図と判例カードを並べる板

まず、自己作出型です。Aさんが、自分の意思で、他人名義の登記を作ってしまう場面を考えてみましょう。たとえば、Aさんが自分のお金で建物を新築したのに、税金の相談をしていた知人Bさんの名前を借りて、B名義で登記をしたとします。はい、実際にそうした事情で他人名義の登記をする例があります。その後、Bさんが、その建物をCさんに売ってしまいました。自分の手で作った以上、その外形について、本人の責任は当然に重い、と言えます。

判例最判昭41・3・18

判例(自己作出型・肯定例) 建物を新築した本人が、所有権を移す意思がないのに、他人の承諾を得てその他人名義の保存登記をした事案。通謀して仮装の移転登記をした場合と実質において異ならないとして、94条2項を類推適用し、本人は善意の第三者に対抗できないとした。

保存登記というのは、建物を新しく建てたときに、はじめて所有者の名前を登記簿に載せる登記のことです。この場面では、Aさんは自分で外形を作っているので、②の帰責性は、通謀した場合と変わらないくらい重いと言えます。

転得者の判例——名義人の承諾すら要らない

名義人の承諾を得ずに登記を得た自己作出型と転得者の判例を結び付ける回収板 図:名義人の承諾を得ずに登記を得た自己作出型と転得者の判例を結び付ける回収板

ここで、前回、結論だけを使った、転得者の判例の中身を見ます。あの判例は、まさに自己作出型でした。Aさんが、Bさんに権利を移す意思が無いのに、Bさんの承諾すら得ないまま、B名義で登記を得た、という事案です。Bさんが知らなくても、外形を作ったのはA自身なので、94条2項を類推適用できるとしました。誰が外形を作ったかが決め手で、名義人の承諾の有無は問いません。

判例最判昭45・7・24

判例(自己作出型・承諾不要/転得者保護) 本人が、名義人に権利を移す意思がないのに、名義人の承諾を得ないままその名義で登記を得た事案。名義人の承諾の有無にかかわらず94条2項を類推適用できるとし、さらに、名義人から取得した者が悪意でも、その先の善意の転得者は94条2項の第三者にあたるとした。

そして、この判決が、前回見た結論も出しています。名義人から買った人が悪意でも、そこからさらに買った善意の転得者は、第三者に含まれる、という結論です。理由は前回と同じです。悪意の買主を飛び越えて、転得者自身が、外形を信じて取引に入った善意の第三者かどうかを、その人ごとに判断するからです。はい、前回、仮装譲渡が続く場面のルールとして使ったのも正しい理解です。ただ、その判決の事案そのものは、通謀の無い、この自己作出型の場面でした。つまり、直接適用の場面でも、類推適用の場面でも、同じルールが働くということです。

他人作出・承認/放置型——気づいて、見過ごした

他人が勝手に作った外形を本人が知りながら認めたり放置したりする類型の具体例と判例を示す板

二つめは、他人作出・承認/放置型です。今度は、Aさんではなく、Bさんが勝手に、B名義の登記を作ってしまう場面です。作った時点では、関わっていません。でも、その後の対応で、話が変わります。たとえば、Bさんが無断でB名義の登記をし、Aさんが後からそれに気づいたとします。それでもAさんは、特に何もしませんでした。それどころか、その間、Aさんは、自分の借金の担保にするため、B名義のまま根抵当権を設定させてもいました。数年にわたって、その状態を、事実上、認めていたことになります。その後、Bさんが、Cさんに売ってしまいました。

判例最判昭45・9・22

判例(他人作出・承認/放置型) 他人が無断で所有権移転登記をし、本人がそれを知りながら数年にわたって放置し、その間、自己の債務を担保するためその名義のまま根抵当権を設定させていた事案。不実の登記が存続することを明示または黙示に承認していたと言えるときは、94条2項を類推適用できるとした。

判例は、不実の登記が存続することを、明示または黙示に承認していたと言えるときは、94条2項を類推適用できるとしました。ここが、今日、いちばん注意してほしいところです。

気づいたら、確認

単に知っていただけでは足りず承認または放置と評価できる事情が要ることを問う定着確認板

一つ、確認させてください。もし、Aさんが、B名義の登記に気づいただけで、担保に使うようなこともせず、放置とまで言える事情も無かったとしたら、②の帰責性は認められるでしょうか?「単に気づいていただけ」では、なぜ②の帰責性として足りないと思いますか。さっきの判例は、「明示または黙示に承認していた」という、もう一歩踏み込んだ事情が必要でしたよね。ただ知っていただけでは、その一歩に届かない気がします。単に知っていただけでは、足りません。承認したと言える事情、あるいは、放置したと評価できるだけの事情が必要です。

さっきの判例で言えば、長期間の放置に加えて、自分の借金の担保にまで使っていた、という積極的な関わりが決め手になっています。なぜ、そこまで必要なのでしょうか。理由は、94条2項の趣旨に戻ります。趣旨は、本人の帰責性が、通謀と同じくらい重いと言える場合に、責任を認める考え方でした。ただ気づいただけでは、その重さに届きません。たとえば、Aさんが登記に気づいた直後に、すぐBさんへ抗議して、訂正を求める内容証明を送っていれば、承認にも放置にもあたりません。逆に、何年も何もせず、そのうえ自分の借金の担保にまで使えば、承認したと評価されます。ここまでの2つの類型は、どちらも、通謀した場合と同じくらい重い帰責性がある、と評価されました。残る一つは、本人の関わり方が、少しだけ軽くなる場面です。

非対応型——渡した枠を、勝手に超えられた

本人が作った第1の外形を土台に他人が第2の外形を勝手に作り出す非対応型の具体例と判例を示す板

三つめは、意思外形非対応型です。Aさんが、B名義の仮登記を、自分の意思で入れたとします。本登記の前段階として、順位だけを確保しておく登記のことです。Aさんは、Bさんの信用を外から見えるように大きく見せる目的で、この仮登記を入れました。ここまでは、Aさんが、自分の意思で作った外形です。ところが、Bさんは、その仮登記を勝手に利用して、無断で、本登記まで備えてしまいました。Aさんが作った第1の外形は、仮登記です。Bさんは、その枠を超えて、第2の外形——本登記を、勝手に作り出しました。ここが、前の2類型との違いです。Aさんの意思が及んでいるのは、仮登記までで、本登記は、Bさんが勝手に超えた部分です。

判例最判昭43・10・17

判例(意思外形非対応型) 他人から信用を得るために名義を貸してほしいと頼まれた本人が、その他人と通じて売買予約を仮装し、他人名義の仮登記をしたところ、その他人が仮登記を奇貨としてほしいままに本登記をし、不動産が第三者に移った事案。94条2項・110条の法意に照らし、本人は本登記の無効を善意無過失の第三者に対抗できないとした。

判例は、本人が仮装した仮登記を足がかりに本登記がされた場合、94条2項と110条の法意に照らして、善意無過失の第三者には本登記の無効を主張できない、としました。今日の場面は、Bさんが、その仮登記を奇貨として本登記まで作った、という関係にあります。だから、Aさんの帰責性は、本登記にまでつながっています。そこが、この先で、効いてきます。

平18判決の位置づけ——重くても、非対応型

不動産事務を広く任されていた他人が無断で登記まで作り出した平18判決の事案を非対応型の追加例として示す板

もう一つ、この非対応型に位置づけられる判例を見ておきます。Aさんが、不動産の賃貸の事務や、別の土地の登記手続を、Bさんに任せていた場面です。不動産の賃貸に関する事務と、別の土地の所有権移転登記の手続きです。そのBさんが、無断で売買契約書を作成しました。Aさんは、Bさんに言われるまま、中身を確かめずにその契約書へ署名押印していました。登記済証も理由なく預けたままにし、印鑑登録証明書も渡していました。そして最後に、実印をBさんに渡し、Bさんが目の前で登記申請書に押すのを、ただ見ていたんです。でも判決は、こうしたAさんの余りにも不注意な行為があったから登記が作れた、として、自分で外形作りに積極的に関わった場合や、知りながらあえて放置した場合と同じくらい重い、と評価しました。

判例最判平18・2・23

判例(非対応型・重い帰責性の例) 本人が、不動産の賃貸の事務や別の土地についての所有権移転登記の手続を他人に任せていたところ、登記済証を理由なく預けて放置し、印鑑登録証明書を交付し、内容を確かめずに売買契約書へ署名押印し、さらに実印を渡して登記申請書への押捺を漫然と見ていたため、その他人が本人から自己への所有権移転登記をし、第三者に売却した事案。本人の帰責性は、自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重いとして、善意無過失の第三者に対し、94条2項・110条の類推適用により所有権の不取得を主張できないとした。

本人が直接手を下してはいない、という点では、非対応型の枠に入ります。でも、関与の重さそのものは、自己作出型と同じくらいまで評価されうる、というのが、この判決の位置づけです。非対応型のなかでも、事情によって、帰責性の重さには幅があります。

なぜ110条が出てくるのか

110条の枠を超えた代理人と非対応型の枠を超えた第2の外形を左右に並べる構造比較板

ここまでの2つの判例には、94条2項と並んで、代理の条文である110条が出てきます。前の判例は、「94条2項、110条の法意に照らし」という言い方をしています。法意とは、条文の背後にある考え方のことです。なぜ、代理の条文が、ここで出てくるのでしょうか。110条を、一度、読んでみましょう。

条文民法110条

民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

条文民法109条1項本文

民法第百九条第一項本文(代理権授与の表示による表見代理等) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。

110条は、本人が与えた枠——代理権——を、代理人が勝手に超えて行動したとき、それを信じた相手方を、正当な理由があれば守る、という条文です。この構造を、今日の非対応型と、並べてみてください。110条=本人が与えた代理権の枠を、代理人が超えた。非対応型=本人が作った第1の外形の枠を、他人が超えた。どちらも、「本人が与えた枠を相手が超えて、それを信じた人を、落ち度が無ければ守る」という、同じ構造なんです。玄関の鍵だけを預けたのに、それを足がかりに、裏口の鍵まで勝手に作られてしまった、というイメージです。

もっとも、110条そのものを直接使うわけではありません。94条2項と110条、両方の法意を併せて類推適用する、というのが、判例の言い方です。110条の要件そのもの——基本代理権や正当な理由の細かい中身——は、代理の回でじっくり扱います。今日は、構造の借用だけ押さえてください。

善意か、善意無過失か

対応型は善意で足りるが非対応型は善意無過失が要るという帰責性の重さと第三者への要求の釣り合い板

ここで、第三者に何が求められるかを、3つの類型でまとめて確認します。物差しは、前々回と同じです。自己作出型と、他人作出・承認/放置型は、本人の帰責性が、通謀と同じくらい重い類型でした。この2つでは、第三者は善意で足りるとされています。無過失までは要りません。ところが、非対応型は、本人が与えた枠を他人が超えた分、帰責性が、その2つよりやや軽くなります。非対応型では、第三者は善意に加えて、無過失であることが必要とされています。判例も、94条2項・110条の法意として、無過失を要求しています。

天秤の喩えが、まさにぴったりです。本人の落ち度が軽くなった分だけ、第三者に求める注意の重さが、上乗せされます。関わりの重さに幅はあっても、最後の登記を作ったのは本人ではなく他人です。枠を超えたのが他人である以上、非対応型の枠のまま、第三者には無過失まで求めます。ここで、一つ、誤解しやすい点を、正しておきます。「類推適用なら、いつも無過失まで要る」というわけではありません。そうではないんです。対応型——自己作出型と他人作出・承認/放置型——では、類推適用でも、善意で足ります。無過失が要るのは、非対応型に限られます。

決め手は、類推か直接適用かではなく、本人がどう関わったかです。自分で外形を作ったのか、渡した枠を他人に超えられたのか、で分かれます。

登記は、要るのか

名義人は前主にすぎず対抗関係に立たないため登記が不要とされる理由を示す板 図:名義人は前主にすぎず対抗関係に立たないため登記が不要とされる理由を示す板

最後に、もう一つ確認します。Cさんは、権利を主張するのに、登記を備えている必要があるでしょうか。前に、同じ土地が二人に売られたときは、先に登記を備えたほうが勝つ、と習いました。でも、あの場面と、今日の場面は、構造が違います。あのときの2人は、どちらも、同じ本当の権利者から、対等な立場で権利を取得しようとしていました。今日のAさんは、Cさんと対等に取得を争う関係ではありません。むしろ、Aさんは、Cさんにとって、前の持ち主のような立場に立ちます。

判例最判昭44・5・27

判例(登記不要) 94条2項の類推適用の場面において、権利を主張する第三者は、対抗要件としての登記を備えている必要はないとした。

加えて、本人の帰責性が大きいことも、登記を不要とする理由に挙げられます。なお、これに対して、登記を備えていることを保護の条件とすべきだ、という有力な見解もあります。今日は、判例の立場が「登記不要」だという点だけ、押さえておいてください。

3類型を、1枚の表に

3類型を本人の関与条文操作第三者に要るものの3列で整理したまとめ表 図:3類型を本人の関与条文操作第三者に要るものの3列で整理したまとめ表

ここまでの3つの類型を、1枚の表に整理します。自己作出型と他人作出・承認/放置型、この2つは対応型と呼ばれ、帰責性の重さが通謀と同程度でしたね。そして、登記は、3つとも共通して不要です。では、確認です。Aさんが、Bさんの信用を上げる目的で仮登記を入れ、Bさんが無断でその仮登記を利用して本登記まで備えた場合、Cさんが保護されるには、善意で足りますか、それとも無過失まで必要ですか。それは、非対応型なので、善意に加えて、無過失が必要です。よく整理できています。

今日の到達点

通謀のない登記の名義変更でも本人の帰責性が重ければ94条2項が類推適用されるという到達点を示す締め板

冒頭のAさんの話に、戻りましょう。登記に公信力は無いので、Cさんは、登記を信じただけでは守られません。通謀が無くても、Aさんに、嘘の登記について責められるだけの関わりがあれば、94条2項が類推適用されます。自分で作ったか、知りながら認めたか、渡した枠を超えられたか。この関わり方の違いが、類推できるかどうかと、Cさんに何が求められるかの、両方を決めていました。今日は、通謀の無い場面での94条2項の広がりを見てきました。次は、通謀そのものが問題にならない、別の意思表示の場面に進みます。

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#42単独ページ動画

錯誤の2類型と「重要」性

第1章 民法総則 ㉞/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

錯誤とは何か

錯誤の定義を2段で示す板(認識にズレがある/しかも本人がそれに気づいていない)+契約を壊す理由の多くは「相手が悪い」の中で錯誤だけが「自分が悪い」 図:錯誤の定義を2段で示す板

  • 認識にズレがある
  • しかも本人がそれに気づいていない
  • 契約を壊す理由の多くは「相手が悪い」の中で錯誤だけが「自分が悪い」

通貨を書き間違えた発注も、高速道路の計画を信じた土地の購入も、どちらも民法でいう錯誤に当たります。錯誤とは何かを、先に定義します。意思表示をするときの認識にズレがあって、しかも本人がそのズレに気づいていないこと。これが錯誤です。気づいていない、というのが山場です。実は、契約を壊す理由の多くは、「相手が悪い」という形をしています。たとえば、相手にだまされて契約した場合。これは「だました相手が悪い」と言えます。「脅した相手が悪い」と言えます。相手と口裏を合わせて、通じ合ったうえで嘘の契約書を作った場合も、悪いのは仕組んだ側です。

自分の頭の中だけで、勝手に思い違いをしています。錯誤だけは、悪いのが自分なんです。気づいていないから、自分では直しようがありません。たとえば、契約書にサインした後になって初めて「あれ、自分は何か勘違いしていたかもしれない」と思い当たる。そういう順番です。だから、悪いのは自分なのに、それでも一定の場合には契約から抜けられます。だました側もおどした側もいないのに、それでも救う理由がどこにあるのか。この「自分のミスなのに救われる理由」を、最後まで手放さずに見ていきます。

意思表示は四つの段でできている

意思表示の4段階を椅子の売却で通す板(動機/効果意思/表示意思/表示行為)+法が受け取るのは効果意思から先だけ 図:意思表示の4段階を椅子の売却で通す板

  • 動機
  • 効果意思
  • 表示意思
  • 表示行為
  • 法が受け取るのは効果意思から先だけ

ここで、意思表示がどうやってできているかを見ておきます。今日、この先ずっと使う道具です。隣に越してきた友人に、椅子を一脚売ることにしました。この一つの出来事を、四つの段に割ってみます。まず、そうしたいと思う理由があります。新しい生活を応援したい、という気持ちです。これを動機と呼びます。次に、椅子を売ろう、と決めます。これが効果意思です。それから、それを「売ります」と言おう、と思います。これが表示意思です。実感がわきにくいのは、普段この二つがほぼ同時に起きるからです。決めた瞬間に、あえて黙っておくこともできます。値段の相談が片づくまで言わずにおこう、と思うこともある。決めることと、言おうと思うことは、時間差がありうる、別の段なんです。

最後に、実際に「売ります」と言います。これが表示行為です。ここで、大事な線を引きます。法が受け取っているのは、効果意思から先だけです。法は、動機を受け取りません。動機は、法の外側にある個人的な事情です。動機は、相手からは見えないからです。友人には「応援したい」という気持ちまでは伝わりません。伝わるのは「売ります」という言葉から先だけです。ここで、買う側から見た景色も確かめておきます。友人には、あなたの気持ちの動きは見えていません。「五万円で売ります」という言葉だけです。友人からすれば、それがすべてです。応援したい気持ちも、迷った過程も、届いていません。

だから法も、相手に届く部分、つまり効果意思から先だけを受け取ります。見えているところしか、法は拾わないんです。では、冒頭の二つの勘違いを、この四段階に置いてみます。通貨を書き間違えたほうは、どこでズレたでしょうか。「千ドル」と言うつもりだったのに「千ユーロ」と言ってしまった……最後の、表示行為の段です。法が受け取っている部分そのものが、壊れています。高速道路のほうは、どこでズレたでしょうか。土地を買おうと決める、いちばん手前の理由です。動機の段、つまり法の外側でズレています。法が受け取っていない場所でズレたから抜けにくい。そこが今日の軸です。同じ「勘違い」でも、どの段でズレたかによって、法から見えるか見えないかが分かれます。この続きを、条文で確かめます。

効果は無効から取消しへ

無効と取消しの違いを対比する板(無効=本人の意思にかかわらず最初から効果を生まない/取消し=抜けるか続けるか本人が選べる)+守られる側に選択権を渡した 図:無効と取消しの違いを対比する板

  • 無効=本人の意思にかかわらず最初から効果を生まない
  • 取消し=抜けるか続けるか本人が選べる
  • 守られる側に選択権を渡した

錯誤があったとき、契約がどうなるかを条文で見ます。実は、この効果は改正で変わりました。昔の条文では、錯誤による意思表示は無効とされていました。本人の意思にかかわらず、契約は最初から死んでいます。ここで、具体的に考えてみます。さっきの椅子の売り主が、後になって自分の勘違いに気づいたとします。でも、値段も相手も気に入っていて、このまま契約を続けたいと思いました。無効は、本人の希望とは関係なく、最初から効果が無い扱いになります。続けたくても、契約自体が無かったことにされてしまいます。友人はすでに椅子を持ち帰っていますが、それも法律上は「そもそも売り買いなど無かった」ことになり、話がこじれます。

そこが、昔の条文の弱点でした。今の条文では、取消しに変わっています。取消しは、抜けるか続けるかを、本人が選べます。勘違いに気づいたあとで、それでもこの契約を続けたいと思えば、続けられます。だから、守られる側に選択権を渡す形に変わりました。条文を見てみましょう。

条文民法95条1項

民法 第九十五条(錯誤)第1項 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤

もし、どこかで「錯誤無効」という言葉を見かけたら、それは改正される前の条文の話です。この柱書には、もう一つ大事な言葉があります。「重要なもの」です。まず、一号と二号に分かれていることを見てください。

二種類の錯誤——どこでズレたか

一号と二号を対比する表(意思不存在の錯誤=言葉そのものがズレた/基礎事情の錯誤=言葉の手前の思い込みがズレた)+判別の一問を冒頭①②に当てる 図:一号と二号を対比する表

  • 意思不存在の錯誤=言葉そのものがズレた
  • 基礎事情の錯誤=言葉の手前の思い込みがズレた
  • 判別の一問を冒頭①②に当てる

一号は、意思表示に対応する意思を欠く錯誤です。これを意思不存在の錯誤と呼びます。出した言葉と、出すつもりだった言葉が、ズレている場合です。「千ドル」と出すつもりが、「千ユーロ」と出てしまっています。二号は、法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反する錯誤です。これを基礎事情の錯誤と呼びます。こちらは、言葉は思ったとおりに出ています。ズレているのは、その手前の思い込みのほうです。ズレていたのは、そこに至る前提でした。この二つを見分けるために、一つの問いを渡します。口から出たものは、出すつもりだったものと同じか。

同じなら、一号ではない、ということですね。これで、必ずどちらかに落ちます。実際に、冒頭の二つに当ててみましょう。まず①、通貨を書き間違えたほうです。では、この通貨を書き間違えたほうは、一号でしょうか、二号でしょうか。一号です。言葉そのものが壊れています。では②、高速道路の土地です。では、この土地のほうは、どちらでしょうか。二号です。この問いひとつで、どちらの類型かが判定できます。いい問題です。五万円で売るつもりで、そのとおり「五万円で売ります」と言った。ただ、相場は本当は一万円だった。この場合ですね。今の問いに当てはめてみてください。

では、一号でしょうか、二号でしょうか。ズレていたのは、値段を決めるときに前提にしていた相場のほう……二号ですね。金額が絡むと一号に見えますが、判別は金額かどうかでは決まりません。ズレた場所がどこかだけで決まります。

山場——「重要」性は二重の絞り

「重要」性が二重の絞りであることを示す板(主観的因果性=その錯誤がなければ本人は意思表示をしなかった/客観的重要性=一般人もしなかった)+両方そろって初めて「重要」 図:「重要」性が二重の絞りであることを示す板

  • 主観的因果性=その錯誤がなければ本人は意思表示をしなかった
  • 客観的重要性=一般人もしなかった
  • 両方そろって初めて「重要」

⭐ 論文で書く規範:「重要」性の二重の絞り その点について錯誤がなければ表意者は意思表示をしなかったであろうこと(主観的因果性)と、一般人も同様に意思表示をしなかったであろうこと(客観的重要性)の両方がそろって、初めて95条1項柱書の「重要なもの」といえる。 (大判大正7年10月3日(民録24輯1852頁)参照)

ここから、一号でも二号でも共通してかかる関門に入ります。柱書にあった「重要」性です。条文は「取引上の社会通念に照らして」とも言っていました。その取引をする人たちの、ふつうの感覚から見て、という意味です。定式はこうです。その点について錯誤がなければ、表意者は意思表示をしなかったであろうこと。これが主観的因果性です。表意者というのは、その意思表示をした本人の側のことです。意思能力のところで、一度出てきました。そして、一般人であっても同様に意思表示をしなかったであろうこと。これが客観的重要性です。この両方がそろって、初めて「重要」といえます。

片方ずつ落として、実際に動かしてみましょう。

片方ずつ落とす思考実験の板(主観だけで判定する世界=どんな思い込みでも通り相手はいつ壊されるか分からない/客観だけで判定する世界=本人にはどうでもよかった勘違いで契約が壊れる) 図:片方ずつ落とす思考実験の板

  • 主観だけで判定する世界=どんな思い込みでも通り相手はいつ壊されるか分からない
  • 客観だけで判定する世界=本人にはどうでもよかった勘違いで契約が壊れる

まず、主観だけで判定するとします。中古の自転車を買った場面を考えます。買った後になって、サドルにある小さな傷が、なぜか虫の噛み跡のように見えて気になり出しました。本人はこう言います。「この傷に気づいていたら、絶対に買わなかった」。もし主観だけで判定するなら、それだけで取り消せることになります。ここで、売った側の身にもなってみてください。自転車を売った代金は、もう別の支払いに使ってしまいました。しかも、いつ言われるかも分かりません。半年後かもしれないし、一年後かもしれない。売った側は、いつまでも代金を安心して使えなくなります。

どんな些細な思い込みでも通ってしまうと、相手はいつ契約を壊されるか分かりません。取引そのものが成り立たなくなります。次に、客観だけで判定するとします。同じ自転車で考えます。買うときに、色を深緑だと思い込んでいました。実際には、黒に近い濃紺でした。色というのは、契約の内容として、一般的に見れば軽くない要素です。ところが、この人は、もともと自転車の色にはこだわりがありませんでした。深緑でも濃紺でも、どちらでもよかったんです。実際、届いた自転車を見ても、特に気にする様子もなく、そのまま毎日乗り続けていました。

もし客観だけで判定するなら、そうなります。本人にとってはどうでもよかった勘違いで、契約が壊れてしまいます。売った側からすれば、何も悪いことをしていないのに、突然、理屈だけで取り消されるわけです。だから、両方を掛け合わせます。本人にとって決定的で、しかも他人が見ても無理はない。その勘違いだけが残ります。

両方がそろう例を冒頭の発注ミスで当てはめる板(主観的因果性=取り違えが無ければその金額で発注しなかった/客観的重要性=一般の人でも支払う額が変わると分かれば送らない) 図:両方がそろう例を冒頭の発注ミスで当てはめる板

  • 主観的因果性=取り違えが無ければその金額で発注しなかった
  • 客観的重要性=一般の人でも支払う額が変わると分かれば送らない

では、両方そろう場合を、具体的に見ておきます。冒頭の、千ドルと書くつもりで千ユーロと書いてしまった発注です。その取り違えが無ければ、担当者はその金額で発注することはありませんでした。ここが主観的因果性です。一般の人でも、支払う額が変わると分かっていれば、そのまま送りはしません。そこが客観的重要性です。両方そろうので、この勘違いは「重要」の関門を越えます。冒頭で「抜けやすい」と言ったのは、ここまで通るからです。定式に戻して言うと、表意者は意思表示をしなかったであろうという主観的因果性と、一般人も同様に意思表示をしなかったであろうという客観的重要性、この二つの軸が両方そろって、初めて「重要」と呼べる勘違いになります。悪いのが自分でも救われるのは、どこでズレたかと、どれだけ重いか——この二つがそろったときだけです。

具体化——代金・目的物

意思表示の不可欠の内容を軽く示す板(売買の代金・目的物555条/賃貸借の賃料・目的物601条は一般に重要)+その先は実務科目で学ぶ 図:意思表示の不可欠の内容を軽く示す板

  • 売買の代金・目的物555条
  • 賃貸借の賃料・目的物601条は一般に重要
  • その先は実務科目で学ぶ

「重要」性が具体的にどこで働くか、軽く見ておきます。売買であれば、代金と目的物。賃貸借であれば、賃料と目的物。別の話ではなく、同じ話です。代金や目的物を取り違えていれば、本人はその契約をしませんでしたし、一般の人でも同じです。主観的因果性と客観的重要性が、そろって満たされやすい形なのです。こういう、契約の骨組みそのものについての勘違いは、一般に「重要」といってよいものです。何を、いくらで約束したのかが決まらなければ、そもそも何を約束したのかが分からなくなります。だから、これらは意思表示にとって欠かせない内容として扱われます。

賃貸借でも考え方は同じです。何を、いくらで借りるのか。骨組みは売買と同じ形をしています。ここから先、どこまで細かく確定していればよいかという話は、実務科目で学びます。今日は、骨組みが重要になりやすいということだけ、押さえておいてください。

山場——相手が誰かは重要か

契約類型ごとに相手の同一性が重要かどうかを分ける表(無償契約=重要になりやすい/有償契約=重要性が否定されがち/保証契約=重要)+主役が何かで決まる 図:契約類型ごとに相手の同一性が重要かどうかを分ける表

  • 無償契約=重要になりやすい
  • 有償契約=重要性が否定されがち
  • 保証契約=重要
  • 主役が何かで決まる

もう一段、深いところへ行きます。「相手が誰か」を勘違いした場合です。これが「重要」といえるかは、契約の種類で答えが割れます。同じ「人を取り違えた」でも、割れます。まず、工具をただで貸すとします。「あの人が使うなら」という気持ちで、無償で貸しました。ところが、あとになって、実は借りたのが思っていた人物とは別人だったと分かりました。もし借りたのが最初から別人だと分かっていたら、そもそも貸さなかったはずです。なぜかというと、ただで渡すという決断そのものが、相手が誰かによって決まっているからです。対価をもらわない以上、渡す理由は「その人だから」以外にありません。

無償契約では、相手の同一性は重要になりやすいです。次に、同じ工具を、代金を払って買うとします。今度は有償契約です。売ってきたのが思っていた相手と違ったとしても、良い工具が手に入るなら、目的は達せられます。お金を払っている以上、欲しいのは物であって、相手そのものではありません。だから、有償契約では、相手の同一性が重要とされにくくなります。もう一つ、まったく別の場面で見てください。今度は、保証契約です。無償とも有償ともまた違う理由で「重要」になります。ある人が、友人から「実は、事業のために銀行から百万円を借りたい。もし返せなくなったときのために、保証人になってほしい」と頼まれて、引き受けたとします。保証人は、他人が借金を返せなくなったとき、代わりに全額を背負います。自分は一円も受け取りません。

もし、保証人になった後で、実は借金をしている本人が、思っていた友人ではなく、その友人の知らない別の人物だったと分かったらどうでしょうか。誰の借金か分からないまま百万円を背負わされていた——だからこそ、誰の借金を背負うのかが、契約のすべてです。無償契約が「渡す理由」を相手に置くのに対して、保証契約は「背負う理由」そのものを相手に置いています。保証で言えば、この「借金をしている本人」のことを、主たる債務者、短く主債務者と呼びます。主債務者が誰かの同一性は、重要と解されています。そこが弁別のしどころです。決め手は、その契約が何を主役にしているかです。「重要かどうか」は、事項の名前では決まりません。契約が何を主役にしているかで決まります。

到達点

到達点をまとめる板(錯誤とは何か/どこでズレたか/どれだけ重いか)+ただし思い込みの側にはこれだけでは足りない 図:到達点をまとめる板

  • 錯誤とは何か
  • どこでズレたか
  • どれだけ重いか
  • ただし思い込みの側にはこれだけでは足りない

今日の道のりを、一本にまとめます。錯誤とは、勘違いに自分で気づいていない意思表示でした。だまされたのでも、脅されたのでもなく、悪いのは自分でした。そのうえで、抜けられるかどうかは、二つの物差しで決まります。一つ目は、どこでズレたか。言葉そのものか、その手前の思い込みかです。二つ目は、その勘違いがどれだけ重いか。本人にとって決定的で、他人が見ても無理はないかです。この二つの物差しを、掛け算のように当てはめていきます。ただし、思い込みのほうでズレた場合には、これだけでは足りません。その続きは、また別の機会に。

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#43単独ページ動画

動機の錯誤と表意者の重過失

第1章 民法総則 ㉞/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

先に、三つだけ立て直します

前提の立て直し3点を並べた軽い一覧板(判別の一問/重要性の二重の絞り/動機は外側)+新規の図は作らない 図:前提の立て直し3点を並べた軽い一覧板

  • 判別の一問
  • 重要性の二重の絞り
  • 動機は外側
  • 新規の図は作らない

茶碗を高値で買った人と、置き忘れたと思ってコートを買い直した人。この二つを追いかける前に、三つだけ、先に立て直しておきます。一つ目は、今確認した判別の一問です。口から出たものは、出すつもりだったものと同じか。同じなら、基礎事情の錯誤です。冒頭の二つに当ててみます。茶碗を買った人も、コートを買った人も、言葉どおりに買っています。どちらも、基礎事情の錯誤です。二つ目は、「重要」性です。勘違いが取消しにつながるには、重要でなければなりません。物差しは、主観的因果性と客観的重要性の二重の絞りでした。本人の重さだけで測ると、あとから「あれが決定的だった」と言えてしまいます。それでは、どんな契約も後から壊せます。逆に、一般の人の目だけで測ると、本人が実際には気にしていなかった事情まで、取消しの理由になってしまいます。だから、両方そろったときだけ「重要」とします。

この物差しは、今日も変わりません。三つ目は、動機の位置です。動機は、意思表示の外側にあります。相手からは見えません。この「見えない」ということが、今日の山場につながります。

基礎事情の錯誤——要件を三つ並べる

95条1項2号の要件を3段の縦フローで示す板(①認識が真実に反する②重要③表示されていた)+③だけが2号固有 図:95条1項2号の要件を3段の縦フローで示す板

  • ①認識が真実に反する②重要③表示されていた
  • ③だけが2号固有

では、基礎事情の錯誤の要件を、条文に沿って並べます。95条1項2号の要件は、三つです。一つ目、基礎とした事情についての認識が、真実に反していること。二つ目、それが重要であること。これは柱書の要件で、一号とも共通する関門です。そして三つ目です。その事情が、法律行為の基礎とされていることが、表示されていたこと。これは、95条2項が定める要件です。そこが大事です。三つ目は、一号には無い、二号だけの独特の要件です。なぜ二号にだけ余分な条件が要るのか。それを、これから二つの山場で解いていきます。

山場——「重要」性は、どこで分かれるか

「重要」性の分かれ目を示す対比表(目的物の性状・品質=重要になりやすい/それに関連しない生活事実=重要とはいえない)+茶碗とコートを対応させる 図:「重要」性の分かれ目を示す対比表

  • 目的物の性状・品質=重要になりやすい
  • それに関連しない生活事実=重要とはいえない
  • 茶碗とコートを対応させる

まず、「重要」性です。物差しは、さっき立て直したものと同じです。分かれ目は、勘違いした対象が何かです。一つ目は、目的物の性状・品質についての勘違いです。茶碗の真贋が、まさにこれに当たります。このタイプは、重要といえるのが通常です。性状や品質は、その物を買う目的そのものだからです。名工の作だからこそ、その値段を払っています。真贋は、値段を決めた前提そのものです。二つ目は、生活事実としての動機です。コートの例が、これに当たります。コートを置き忘れたという思い込みは、コート自体とは無関係です。壊れていたのは、買う理由のほうだけです。だから、このタイプは重要とはいえないのが通常です。これで、冒頭の二つが割れる理由が分かります。茶碗は、買う目的そのものが崩れているので重要です。コートは、買う物の中身とは無関係なので、重要とはいえません。

同じ買い物で二つの勘違いを並べる板(同じ仕立屋の同じスーツ/①生地が説明と違った=物の中身がズレた/②式が延期になった=買う理由だけがズレた) 図:同じ買い物で二つの勘違いを並べる板

  • 同じ仕立屋の同じスーツ
  • ①生地が説明と違った=物の中身がズレた
  • ②式が延期になった=買う理由だけがズレた

もう一度、同じ物を買う場面で、二つを並べてみます。結婚式に着ていくスーツを、仕立屋で新調するとします。一つ目です。店員から「このスーツは、ウール百パーセントです」と説明を受けて、その値段で買いました。ところが、届いたのは化学繊維の混じった生地でした。これは、目的物の性状・品質についての勘違いです。だから、重要といえます。二つ目です。別の日に、同じ仕立屋で、同じウール百パーセントのスーツを新調しました。来週の友人の結婚式に着ていくためでした。出来上がりを待つ間に、結婚式が延期になりました。それでも、届いたスーツは、注文どおりウール百パーセントの上質な一着でした。

壊れていたのは、着ていく予定のほうだけです。ここで、仕立屋の身になって考えてみてください。約束どおりの物を渡した仕立屋に、契約を壊される理由はありません。結婚式が延期になったことは、仕立屋には関係の無い、こちらの都合だからです。これが、重要とはいえない生活事実としての動機です。いい問題です。楽器そのものは思ったとおりで、勘違いしていたのは「有名な演奏家が使っていた」という由来のほう。この場合ですね。今の物差しに当ててみてください。楽器そのものの性状・品質についての勘違いでしょうか。それとも、それに関連しない生活事実でしょうか。

楽器そのものは、思ったとおりです。でも、由来については勘違いしています。性状・品質そのものというより、それに付随する事情という面もあります。由来が、値段を決める前提としてどれだけ重かったかで、評価が分かれます。分かれ目は、一段だけ具体にできます。その由来が、値段そのものに乗っていたかどうかです。由来を抜きにした同じ楽器の相場と、実際に払った額が大きく離れていれば、由来は買う目的そのものに食い込んでいます。境界線上の例は、そこまで見て初めて向きが決まります。ここまでで、「重要」性の分かれ目を見ました。次は、二号だけに要る、三つ目の要件です。

山場——「表示」とは何をすれば足りるのか

黙示の表示を示す関係図(買主Aが相場どおりの高値を売主Bに支払う流れ)+支払った金額そのものが土台を語る 図:黙示の表示を示す関係図

  • 買主Aが相場どおりの高値を売主Bに支払う流れ
  • 支払った金額そのものが土台を語る

なぜ、二号にだけ余分な条件が要るのか。理由は、さっき立て直した三つ目の前提に戻ります。動機は、相手からは見えません。見えない思い込みを理由に契約を壊されたら、相手はたまりません。売る側の景色で、具体的に考えてみます。茶碗の売主は、代金を受け取って、もう次の仕入れに使ってしまったとします。そこへ、買主から「実は、贋作だとは知らなかった。自分は名工の作だと思い込んでいた」とだけ言われて、契約を壊されたらどうでしょうか。売主からすれば、そんな思い込みがあったなんて、知りようがありません。相手の頭の中を、売主は覗けません。もし、何も伝わっていない思い込みだけで契約が壊れるなら、売る側は怖くて物を売れなくなります。

だから、動機の勘違いを救うときにだけ、法は条件を一つ足しました。その思い込みが契約の土台になっていることが、相手に表示されていたか。これが、95条2項です。条文を見てみましょう。

条文民法95条2項

民法 第九十五条(錯誤)第2項 2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。

基礎とされている、を普段の言葉にすると、土台になっている、です。ただし、この表示は、明示的でなくてよいとされています。黙示の表示でも足ります。要求されているのは、「言葉にすること」そのものではありません。「相手が、その土台を分かっていること」です。茶碗の例で、体感してみます。買主は、名工の作だという前提で、相場どおりの高値を払いました。贋作に、その金額を払う人はいません。支払った金額そのものが、「名工の作という土台」を語っています。そして、売主も、その金額を受け取っています。受け取る以上、売主もその前提を了解していたといえます。

これが、黙示の表示の中身です。ただし、この「表示」という言葉の意味には、実は対立があります。

「表示」の意味の対立を示す対比表(①事実行為としての表示/②意思表示の内容と見る説)+近時判例は②の出典キャプション 図:「表示」の意味の対立を示す対比表

  • ①事実行為としての表示
  • ②意思表示の内容と見る説
  • 近時判例は②の出典キャプション

一つは、土台を相手に伝える行為があったかどうかを見る見解です。もう一つは、その土台が意思表示——つまり法律行為の内容になっていたかを見る見解です。見るものが違うので、結論も変わります。後者では、土台が契約の内容——相手も含めた合意の中身——になっていたことまで求められます。伝える行為があっただけでは足りません。その土台が、契約の内容として共有されていたことまで要ります。表示のハードルが、一段上がるということです。そして、近時の判例は、この後者の立場に立っています。茶碗の例で、もう一段、具体的に比べてみます。買主が、会計の場で「名工の作だと思って買います」と、口では言ったとします。ただ、それだけで、契約書にも、その後のやり取りにも、その前提を共有した形跡が残らなかったとします。

前者の見解なら、これで足ります。土台を伝える行為があったからです。しかし、後者の見解では、これだけでは足りない場合があります。一方、値段の交渉の途中で、売主が「名工の作という前提で、この金額です」と念を押し、買主もそれを了解したうえで契約書にその金額が書き込まれていたとします。この場合は、後者の見解でも、表示があったと認められます。ここまでが、二号に独特の要件、表示です。「動機が表示されたか」で線を引く場面は、ほかにもあります。借りた金の使いみちを貸主が知っていた、というあの話です。あちらは、その動機が社会的に許されないものだから、契約そのものを無効にしてよいか、という話です。こちらは、勘違いを取消しに結びつけてよいか、という話です。同じ「動機が表示されたか」を問いながら、その先で聞いていることが違います。

山場——重過失という壁

重過失の壁を示す3行の対比表(原則・例外①相手方悪意重過失・例外②共通錯誤)+守るべき相手方がいるかで統一 図:重過失の壁を示す3行の対比表

  • 原則・例外①相手方悪意重過失・例外②共通錯誤
  • 守るべき相手方がいるかで統一

ここまでの三つの要件が全部そろっても、まだ壁があります。錯誤が、表意者——勘違いした本人の重大な過失によるものだったとします。そのときは、原則として取り消せません。条文を見てみましょう。

条文民法95条3項

民法 第九十五条(錯誤)第3項 3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

重過失がある表意者は、保護に値しないからです。ここで、大事な短答知識があります。重過失があったことは、取消しを争う相手方のほうが証明します。証明するのは、取り消したい側ではありません。重過失は、取消しを妨げる側の事情です。それを主張したい相手方が、証明します。一度、逆の世界を想像してみてください。もし、取り消したい表意者のほうが、「自分に重過失は無かった」と証明しなければならない世界だったとします。そして、証明できなければ、取消しは認められません。どれだけ確認していても、「もっと確認すべきだった」と言われてしまえば、言い返せません。

この世界では、ほとんどの表意者が証明に失敗して、取消しはほとんど機能しなくなります。だから、実際には逆になっています。重過失を主張したい相手方のほうが、証明する側に回ります。では、重過失があると、どんな場合でも取り消せないのでしょうか。例外は二つあります。一つ目は、相手方が表意者の錯誤を知っていた場合です。または、重大な過失によって知らなかった場合です。この場合、相手方はもともと自分で気づけたはずです。二つ目は、相手方も同一の錯誤に陥っていた場合です。これを、共通錯誤と呼びます。相手方も同じ土台を共有していたので、驚く要素がそもそもありません。この二つは、一つの理由でまとめられます。重過失の壁は、相手方を守るために立っています。だから、守るべき相手方がいなければ、壁は立ちません。

境界も確かめておきます。真贋の鑑定に、時間も費用も惜しまなかった人がいたとします。それでも見抜けなかった贋作なら、重過失はありません。逆に、極端に安い言い値で「真筆保証書付き」と売られていたとします。それを、何も確認せず即決したなら、重過失が疑われます。

特別法という上書き

電子消費者契約法3条のフロー(押し間違い→原則は重過失でも取消し可→確認画面があれば適用除外)+最終確認ボタンの役割 図:電子消費者契約法3条のフロー

  • 押し間違い→原則は重過失でも取消し可→確認画面があれば適用除外
  • 最終確認ボタンの役割

最後に、この重過失の壁を、法律で上書きしている場面を見ます。ネット通販の押し間違いです。買うつもりが無いのに、ボタンを押してしまった。あるいは、一万円のつもりで、十万円の商品を押してしまった。中身は単純です。ボタンの押し間違いについては、重過失があっても取り消せる、と読み替えてください。95条3項の適用を、外しているんです。画面の操作は、店頭のやり取りと違って、その場で確かめてくれる相手がいません。指先ひとつで、そのまま確定します。だから、この場面では、多少の不注意があっても救う側に倒しました。

条文電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律3条本文

電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律 第三条(本文) 第三条 民法第九十五条第三項の規定は、消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について、その意思表示が同条第一項第一号に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであり、かつ、次のいずれかに該当するときは、適用しない。 一 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該事業者との間で電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う意思がなかったとき。 二 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示と異なる内容の意思表示を行う意思があったとき。

ただし、ただし書があります。事業者が確認画面を出していた場合には、この条文は適用されません。

条文電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律3条ただし書

同法 第三条ただし書 ただし、当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が、当該申込み又はその承諾の意思表示に際して、電磁的方法によりその映像面を介して、その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は、この限りでない。

あの最終確認ボタンは、まさにこの条文を外すために置かれています。具体的な場面で、確かめておきます。ネット通販で、数量を「1」のつもりで、うっかり「3」まで増やしてしまったとします。そのまま、確認画面も出ないサイトで、購入を確定してしまいました。この場合は、ただし書に当たりません。だから、この特別法がそのまま適用されます。重過失があったとしても、取り消せます。では、同じ場面で、購入ボタンを押す前に「数量3、合計いくら、よろしいですか」という画面が出ていたとします。それでも、中身を見ずにそのままクリックしてしまったとします。

同じ押し間違いですが、結果は変わります。事業者が確認を求める措置を講じているので、ただし書に当たります。この特別法は適用されず、95条3項の原則に戻ります。画面が出ていたのに見なかった、ということ自体が、重過失と評価される可能性が出てきます。事業者の側からすれば、確認画面さえ用意しておけば安心です。この特別な取消しを、心配しなくてよくなります。

到達点

到達点をまとめる板(①土台がズレていた②重要である③表示されていた+④重大な落ち度が無いこと)+一本の理由でつながる 図:到達点をまとめる板

  • ①土台がズレていた②重要である③表示されていた
  • ④重大な落ち度が無いこと
  • 一本の理由でつながる

今日の道のりを、一本にまとめます。動機の勘違いが救われるには、三つの条件が要ります。土台がズレていたこと。それが重要であること。そして、その土台が相手に表示されていたこと。そのうえで、まだ一段あります。自分に重大な落ち度が無いこと。あるいは、相手を守る必要が無いことです。一本の理由でつながっています。動機は見えない。だから、表示が要る。表示があっても、重過失があれば相手はたまらない。だから、壁が立つ。ただし、守るべき相手がいなければ、壁を立てる理由もありません。取り消せたとして、その間に現れた第三者はどうなるか。それは、また別の機会に。

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#44単独ページ動画

錯誤と第三者

第1章 民法総則 ㉟/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

取消しは時間を巻き戻す

遡及効を一言で示す板(取消し=最初から無かったことになる) 図:遡及効を一言で示す板(取消し=最初から無かったことになる)

今日の事案を、もう一度置いておきます。Aは、自分の土地の土が汚れていると思い込んで、ほとんど値段のつかない金額でBに売りました。Bは、その土地をCに転売します。そしてAは、思い込みを理由に、AB間の売買を取り消します。まず、思い込みが重要だと認められれば、契約を取り消せることは、もう確認済みです。今日は、その先——取り消すと何が起きるのか、を条文で確認します。

条文民法121条

民法 第百二十一条(取消しの効果) 第百二十一条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

これを遡及効といいます。時間を巻き戻す効果です。取消しは、「この意思表示は、そもそも本人の意思に基づいていなかった」と扱う制度です。だから、効力を認めない起点も、最初にまで遡ります。「今からやめる」のではなく、「そもそも無かった」という扱いです。この効果を、AとBの売買にそのまま当てはめてみます。AB間の売買が最初から無かったことになるので、Bは最初から土地の持ち主ではなかったことになります。Bから買ったCは、持ち主でない人から買った、ということになります。原則どおりに突き進むと、そうなります。他人のものを売られた買主にすぎず、所有権を取得できません。

何も悪くないCが、いきなり丸損になる——ここが、今日の出発点です。この結論が厳しすぎるからこそ、法律は例外を置きました。その例外が、95条4項です。

山場——95条4項というブレーキ

「対抗できない」の意味を示す板(取消し自体は有効/相手によって主張できるかが分かれる) 図:「対抗できない」の意味を示す板

  • 取消し自体は有効
  • 相手によって主張できるかが分かれる

条文を、そのまま見てみます。

条文民法95条4項

民法 第九十五条(錯誤)第4項 4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

この「対抗することができない」という言い回しは、正確に理解しておく必要があります。「対抗することができない」は、取消しそのものが無くなる、という意味ではありません。取消しは、依然として有効に成立しています。変わるのは、その第三者との関係だけです。Aは、その第三者に対しては、取消しを持ち出せなくなります。対抗できない、とは、主張できない、という意味です。もう少し具体的に言います。Aは、Bに対しては、今でも取消しを主張できます。AとBの間では、取消しは普通に効いています。Aは、Bに払った土地の代金を返してもらえますし、Bに土地の返還を求めることもできます。

Aが取消しを持ち出せる相手と、持ち出せない相手が分かれます。これが「対抗することができない」の実質です。これを、Cとの関係で具体的に言い直します。Cとの関係では、AB間の売買は、有効なまま続いているものとして扱われます。だから、BからCへの転売も、他人物売買にはなりません。Cは、土地を失わずに済みます。95条4項は、遡及効という巻き戻しの力を、第三者との関係だけで止めるブレーキです。

山場——趣旨から全部を導く

趣旨から適用範囲と定義を導く板(趣旨=遡及効から第三者を保護/①取消し前だけ/②第三者の定義=当事者・包括承継人以外・意思表示の後の新たな独立の利害関係) 図:趣旨から適用範囲と定義を導く板

  • 趣旨=遡及効から第三者を保護
  • ①取消し前だけ
  • ②第三者の定義=当事者・包括承継人以外・意思表示の後の新たな独立の利害関係

このブレーキが、なぜここに置かれているのか。趣旨から確認します。95条4項が置かれている理由は、取消しによって時間が巻き戻ることの影響から、第三者を守るためです。この趣旨一つから、二つのことが導けます。一つ目です。適用されるのは、取消し「前」に現れた第三者だけです。巻き戻しに巻き込まれるのは、その時間の中に立っていた人だけだからです。取消しのあとに現れた人は、そもそも巻き戻しに巻き込まれていません。二つ目です。「第三者」の定義そのものも、ここから導けます。

⭐ 論文で書く規範:「第三者」の定義 当事者およびその包括承継人以外の者であって、錯誤による意思表示の後、新たな独立の法律上の利害関係を有するに至った者

一つだけ、言葉を開いておきます。包括承継人とは、相続人のように、当事者の立場をまるごと引き継ぐ人のことです。この起算点を「取消しの後」と読んでしまうところが、間違えやすい罠です。定義の起算点は、意思表示の後です。取消しの後ではありません。適用範囲の条件は、取消し前に現れたことです。定義の起算点は、意思表示の後に利害関係を持ったことです。この二つは、別の話です。「取消しの後に利害関係を持った者」と誤って覚えてしまいます。そうなると、範囲も定義も、両方ずれます。ここは、はっきり分けて持ち帰ってください。

取消し前にCが現れる関係図(AB間の取消しがCに対抗できない) 図:取消し前にCが現れる関係図(AB間の取消しがCに対抗できない)

では、Cに当てはめてみます。一つ目の場面——BがCに転売したのは、Aが取り消す前でした。Cは、AB間の売買の当事者ですか?Cは、Aや Bの包括承継人ですか?そして、Cが土地を買ったのは、Aの錯誤による意思表示——つまりAB間の売買——のあとです。Cは、95条4項の「第三者」に当たります。そして、この場面では、Cが現れたのは取消しより前でした。だから、適用範囲にも入ります。ここで、たとえば当たらない例も見ておきます。もし、Aが取り消す前に亡くなり、Aの子がAの立場をそのまま引き継いだとします。包括承継人は、定義から最初に除かれています。Aの子は、Aの立場そのものを引き継ぐだけで、新しく利害関係を持ったわけではありません。

もう一つ、別の当たらない例です。Bにお金を貸しただけの人がいたとします。担保は取っていません。この人は、この土地そのものについて、新しい権利を持っていません。単にBの財産全体を当てにしているだけです。土地について新しく独立した権利を持ったかどうかが、境目です。Cのように土地そのものを買った人や、土地に抵当権の設定を受けた人なら当たります。ただの一般債権者は当たりません。もう一つ、境目を見ておきます。善意無過失、というところです。Cが、土地の登記を確認して、近所にも聞き込みをして、何も怪しい様子がなかったとします。

普通に確認すべきことを確認していれば、無過失といえます。一方、Cが、近所の人から「あの土地は、何かいわく付きらしい」という話を聞いていたのに、値段が安いからと確認もせず即決した場合はどうでしょうか。知らなかった、という意味では善意かもしれません。ですが、確認する機会があったのに確認しなかった、という点で、過失があると評価されやすくなります。境目は、そこにあります。あとは、Cが実際に善意無過失かどうかで、Cが守られるかどうかが決まります。

山場——なぜ無過失まで要るのか

帰責性の大小と保護要件の比較表(93条2項/94条2項/95条4項/四行目は「?」で伏せる) 図:帰責性の大小と保護要件の比較表

  • 93条2項
  • 94条2項
  • 95条4項
  • 四行目は「?」で伏せる

表意者にひどい不注意があれば、原則として取り消せない——あの壁ですね。その壁を越えて、無事に取り消せたとします。今日は、その先です。取り消す前に現れていた第三者との関係で、何が要求されるのか。なぜ、95条4項は、善意だけでなく無過失まで要求するのでしょうか。他の条文と並べて、比べてみます。93条2項です。心裡留保——わざと本心と違うことを言った場合の第三者保護です。ここは善意で足ります。94条2項です。通謀虚偽表示——相手と示し合わせて、ありもしない売買を装った場合の第三者保護です。ここも善意で足ります。95条4項——今日の錯誤です。ここは、善意に加えて無過失まで要ります。

そこは、わざと空けてあります。最後に、めたんさんに埋めてもらいます。物差しは一本です。取り消す側——表意者の落ち度が大きいほど、第三者は守られやすくなります。わざと本心と違うことを言った人は、自分で状況を作り出しています。示し合わせて嘘の売買を装った人も、同じです。自分で仕組んだ人には、あとから被害者ぶって第三者を切り捨てる資格がありません。第三者は、善意でありさえすれば守られます。一方、錯誤は、ただの勘違いです。Aは、だますつもりも、仕組むつもりもありませんでした。だからこそ、第三者を守るハードルは、厳しくしてあります。善意だけでなく、無過失まで要ります。

落ち度の大小と保護の厚みを結ぶ物差しの板(自分で仕組んだ=落ち度大→第三者は善意で足りる/ただの勘違い=落ち度小→第三者は善意+無過失) 図:落ち度の大小と保護の厚みを結ぶ物差しの板

  • 自分で仕組んだ=落ち度大→第三者は善意で足りる
  • ただの勘違い=落ち度小→第三者は善意+無過失

そこは、Cの側から見ると、また違う景色になります。Cは、Aの勘違いに、まったく関与していません。Cから見れば、Bとの間で普通に土地を買った、それだけです。Aも悪くない、Cも悪くない。この構図では、どちらを優先するかを、条文が決めないといけません。五分五分に見えて、実はもう一つ、非対称な事情があります。勘違いは、Aの頭の中で起きたことです。売る前に土を調べていれば、Aは自分で確かめられました。確かめる手がかりを持っていたのはAだけで、Cには、Aの頭の中をのぞく方法がありません。その意味で、Aは事の発端に立っています。Cは、あとから来ただけです。

だからこそ、Cの側に、善意無過失という高いハードルが置かれています。Cがこれを満たしているうちは、Aは取消しを持ち出せません。Cが少しでも不注意だったなら、そこはAの言い分を通してよい、というバランスです。この一本の物差しだけ、持ち帰ってください。「無過失が要る」を暗記するのではなく、物差しそのものを分かってください。今、条文を見ないまま、自分で結論を出しましたね。それが、96条3項です。だまされた側の落ち度も比較的小さいので、第三者には善意と無過失の両方が要ります。

四行目を埋めた比較表(96条3項=善意+無過失) 図:四行目を埋めた比較表(96条3項=善意+無過失)

これで、四行が埋まりました。

登記は要るか

登記の要否・両論を並べた板 図:登記の要否・両論を並べた板

一つ、薄く触れておきます。94条2項などと同じように、95条4項でも、登記が要るかどうかが問題になることがあります。95条4項で登記まで要るかどうかは、見解が分かれています。一方の考え方は、表意者の落ち度が比較的小さいことを重視します。だから、権利を守るための登記が必要だとします。別の考え方は、95条4項の条文には登記という言葉が出てこない点を重視して、登記は不要だとします。試験では、他の論証と矛盾しない限り、どちらで書いてもかまいません。大事なのは、両方の考え方があり得ると知っておくことです。

山場——取り消した後に現れた人

取消し後の対抗関係を示す板(登記の先取り合戦) 図:取消し後の対抗関係を示す板(登記の先取り合戦)

では、いよいよ二つ目の場面です。BがCに転売したのは、Aが取り消したあとでした。95条4項は、使えません。95条4項の趣旨は、遡及効から第三者を守ることでした。取消しのあとに現れたCは、そもそも遡及効に巻き込まれていません。では、Cはもう守られないのでしょうか。そうではありません。土俵が変わります。Aが取り消すと、土地の所有権は、Aのもとに戻ってきます。この動き——取消しによって権利が戻ってくること——を、復帰的物権変動と呼びます。Bを起点にすると、Aへ戻る動きと、Cへ売った動きの二つが出ています。一つの土地が、Bから二方向へ譲られたのと同じ形です。そして、これを二重譲渡と同じ形で捉えます。177条を見てみます。

条文民法177条

民法 第百七十七条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

取消し後にCが現れる関係図(AとCの対抗関係) 図:取消し後にCが現れる関係図(AとCの対抗関係)

Aのもとに戻ってきた権利と、Cが手に入れた権利。どちらが勝つかは、どちらが先に登記を備えたかで決まります。取消しの後に現れた第三者との関係は、もう主観の勝負ではありません。先に登記を備えた方が勝つ、という勝負です。具体的に言うと、Aが先に登記を戻していれば、Aが勝ちます。Cが先に登記を備えていれば、Cが勝ちます。Cがどれだけ善意無過失でも、関係ありません。ここでは、Cの心の中は問われません。登記を備えたかどうか、それだけです。取消し前なら、善意無過失という主観の勝負。取消し後なら、登記という対抗要件の勝負。これが、冒頭の二人のCの運命を分けていたものです。

遡って無権利になるはずの人と、実際にはそこにいた人。この二つをどう折り合わせるか、実は理論的な難しさがあります。ただ、方向だけは見えます。Aが取り消しても、登記の上では、まだBが持ち主のままです。Cは、その登記を見て買うことになります。だから、勝ち負けも登記という同じ土俵で決める——今日はここまでを持って帰ってください。その先——遡って無権利になるはずのBからの譲渡を、どういう理屈で二重譲渡と同じ枠に入れるのか——は、物権変動と対抗要件の道具をそろえてからでないと、言葉の上の説明で終わってしまいます。だから今日は、答えを出しません。持ち帰るのは、その問いです。答えは、また別の場面で、じっくり扱います。

短答で拾える二つ

身分行為の例外と和解の板 図:身分行為の例外と和解の板

最後に、短答で拾える知識を、二つ確認します。一つ目です。95条は、身分行為には、原則として適用されません。結婚や離婚のような、身分関係を作る行為です。こうした行為は、財産のやり取りではなく、本人がどう生きるかを決める領域です。だから、取引の相手の信頼を守るために作られた95条は、原則として持ち込まれません。ただし、財産分与や相続放棄のように、財産に関わる行為には、例外的に適用されます。財産分与も相続放棄も、身分に関わる場面で行われますが、実際に動くのは財産です。判例も、財産上の行為として、95条の適用を認めています。二つ目です。争いを解決するための和解契約でも、錯誤を理由に取り消すことは、原則として認められません。

和解は、争いを終わらせるための契約です。あとから錯誤を持ち出せてしまうと、争いが蒸し返されてしまいます。だから、原則として主張できません。判例も、この考え方に立っています。

到達点

到達点をまとめる板(巻き込まれているか否かが分かれ目) 図:到達点をまとめる板(巻き込まれているか否かが分かれ目)

今日の道のりを、一本にまとめます。取消しは、時間を巻き戻します。巻き戻された時間の中に立っていた人は、落ち度が小さいぶん条件が厳しくなります。善意で、かつ過失がないことを満たして、初めて守られます。巻き戻しの外にいた人がしていたのは、登記の勝負です。先に登記を備えた方が勝つ、という勝負でした。巻き込まれているか、いないか。それが、すべての分かれ目でした。

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#45単独ページ動画

詐欺による取消し

第1章 民法総則 ㊱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

山場——取り消すと何が起きるか

96条1項の全文カード(詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる) 図:96条1項の全文カード(詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる)

空き地を安く売ってしまったハルナさんが、買主のダイキさんから土地を取り戻せるか。まず、条文をそのまま確認します。

条文民法96条1項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫)第1項 第九十六条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

ですが、強迫は今日は扱いません。今日は、詐欺だけを追いかけます。取り消すまでは、契約は普通に有効です。取り消した瞬間に、何が起きるかが問題になります。

条文民法121条

民法 第百二十一条(取消しの効果) 第百二十一条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

取り消せば、最初から無かったことになる——これを遡及効といいます。時間を巻き戻す効果です。ハルナさんとダイキさんの売買に当てはめてみます。ハルナさんが取り消すと、この売買は、最初から無かったことになります。この道具を、まずしっかり持って先に進みます。だまされた人が取り消すと、時間が巻き戻る——ここが、今日ずっと使う土台です。

山場——詐欺とは何か

詐欺の要件一覧板(①違法な欺罔行為②錯誤との因果関係③意思表示との因果関係④故意の二重性) 図:詐欺の要件一覧板

「だまされた」というだけで、当然に詐欺になるわけではありません。詐欺と認められるには、いくつかの要件があります。

⭐ 論文で書く規範:詐欺の要件 ①違法な欺罔行為/②欺罔行為によって錯誤に陥ったこと/③その錯誤に基づいて意思表示をしたこと/④詐欺の故意

一つずつ、体で分かるところまで見ていきます。まず①です。欺罔行為とは、人を欺く行為のことです。ただ、ここには「違法な」という言葉が付いています。欺く行為ならすべて違法か——そこが、今日の最初のつまずきどころです。取引には、許される駆け引きがあります。たとえば、不動産の売主が「これは掘り出し物ですよ」と言って売るのは、詐欺ではありません。こうしたセールストークと、違法な欺罔行為の境目は、社会通念上相当な方法かどうかを、総合的に見て判断します。断定できないことを断定的に言い切ったか。相手が何も知らないことに付け込んだか。相手が自分で確かめる手段そのものを奪ったか。こうした事情を積み重ねて見ます。

ダイキさんは、「隣に新しい駅ができる」と、存在しない計画を、事実として断定的に伝えています。ハルナさんが自分で駅の計画を調べる機会も、特に与えられていません。違法な欺罔行為に当たります。次に②と③です。この欺罔行為によってハルナさんが錯誤に陥り、その錯誤に基づいて売買という意思表示をした、という二段の因果関係が要ります。嘘を聞いて勘違いしただけで、実際には別の理由で売っていたなら、詐欺による意思表示とは言えません。今日の事案では、駅ができると信じたからこそ、ハルナさんは安値で売っています。二段とも、つながっています。最後に④です。詐欺の故意です。ここが、今日いちばん体で分かってほしいところです。

実は、故意は一つではなく、二段構えです。「相手を錯誤に陥らせよう」という故意と、「その錯誤に基づいて意思表示をさせよう」という故意、この両方が要ります。もし、ダイキさんが世間話のつもりで「駅ができるらしいよ」と口にしただけだったらどうでしょうか。錯誤に陥らせる故意はあったとしても、それを使ってハルナさんに売買までさせようという故意までは、無かったかもしれません。今日の事案のダイキさんは、駅ができると伝えたうえで、実際に相場よりずっと安い値段で土地を手に入れています。錯誤に陥らせる故意も、それによって契約させる故意も、両方そろっています。

四つ全部そろって、初めて詐欺と言えます。

山場——だました人が契約の外にいたら

場面を変える板(今度はダイキ本人ではなく、ダイキの知り合いのソウマが嘘をついた場合) 図:場面を変える板

ここで、少し場面を変えてみます。「駅ができる」と言ったのが、ダイキさん本人ではなく、ダイキさんの知り合いのソウマさんだったとしたらどうでしょうか。契約の相手じゃない人が、嘘をついたということですね。契約の相手方ではなく、外にいる人が詐欺を行った場合です。これを、第三者詐欺と呼びます。

条文民法96条2項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫)第2項 2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。

ここに、限定が付きます。相手方であるダイキさんが、ソウマさんの嘘を知っていたか、知ることができたときに限られます。そこが、今日の中心にある考え方です。ダイキさんは、何も悪いことをしていません。ここでハルナさんを無条件に守ってしまうと、何も知らないダイキさんが、いきなり契約を失うことになります。だから、ダイキさんに悪意か過失があるとき——つまり、ダイキさんを守る必要がないときに限って、取消しを認めます。実際には知らなくても、注意していれば気づけたはずだった、という場合です。過失があった、ということですね。もともとの条文は、ダイキさんが実際に知っていたときしか取消しを認めていませんでした。それが、今の条文では、知ることができたとき、つまり過失があったときも含むように変わっています。

知り得たのに知らなかった相手方まで、無条件に守る必要はない、という考え方です。ちなみに、心裡留保——わざと本心と違うことを言った場合のことですが——この制度でも、善意無過失の相手方を守るという同じ形が出てきます。今日はその中身までは触れませんが、「知らない側を守るときは、過失の有無まで見る」という考え方は、民法のあちこちに顔を出します。では、当てはめてみます。ダイキさんが、ソウマさんの嘘を知っていた、あるいは、少し注意すれば気づけたはずだった場合、ハルナさんは取り消せます。逆に、ダイキさんが本当に何も知らず、注意していても気づけなかった場合は、ダイキさんが善意無過失なので、ハルナさんは取り消せません。ハルナさんは、だまされた側であっても、守られない相手が出てくる、ということです。

山場——詐欺と錯誤、どちらを言うべきか

二重効の実益を示す板(詐欺と錯誤は選んでよい/立証の難易が逆向き/重過失があっても詐欺なら使える・ただし95条3項1号の例外あり) 図:二重効の実益を示す板

  • 詐欺と錯誤は選んでよい
  • 立証の難易が逆向き
  • 重過失があっても詐欺なら使える・ただし95条3項1号の例外あり

嘘をつかれて勘違いした場面では、詐欺の要件も、錯誤の要件も、両方そろうことが多くあります。結論から言うと、どちらでも選んでかまいません。両方とも主張できる、という考え方が有力です。どちらも、勘違いした人、だまされた人という、落ち度の小さい人を守るための制度だからです。片方だけに押し込める理由がありません。そして、これには実益もあります。まず一つ目——立証の難しさが、逆向きなんです。錯誤を主張するには、その勘違いが「重要」であることを立証しなければいけません。一方、詐欺を主張するには、相手の故意を立証しなければいけません。「重要」の中身は、勘違いの回で立てた物差しのままです。主観的因果性と客観的重要性の、二重の絞りでした。

片方の立証が苦しいときに、もう一方に切り替えられる、というのが、大きな利点です。もう一つ、実益があります。錯誤の場合、表意者に重大な過失があると、原則として取り消せません。ですが、詐欺なら、そうした制限はありません。

条文民法95条3項

民法 第九十五条(錯誤)第3項 3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

重過失があれば必ず詐欺に逃げられるのか——そこは、正直に言っておきたいところです。実は、95条3項には例外があって、相手が表意者の勘違いを知っていた場合は、重過失があっても錯誤の取消しが認められます。相手方が悪意のケースでは、両方の道が同じように開いています。実益が出るのは、相手方がそこまで悪質ではない場面に限られる、ということです。大事なのは、「詐欺なら重過失があっても常に勝てる」と単純に言い切らないことです。場面によって、実益があったり無かったりします。

山場——取り消す前に現れた人

冒頭の問いに戻る板(ハルナが取り消す前に、ダイキが空き地をレイに転売していた) 図:冒頭の問いに戻る板(ハルナが取り消す前に、ダイキが空き地をレイに転売していた)

冒頭の、もう一つの問いに戻ります。ハルナさんが取り消す前に、ダイキさんは、この空き地をレイさんに転売していたとします。取消しが最初から無かったことにするなら、ダイキさんは最初から持ち主ではなかったことになります。そうなると、ダイキさんから買ったレイさんは、持ち主でない人から買ったことになってしまいます。原則どおりに突き進むと、そうなってしまいます。それは厳しすぎるので、法律は例外を置いています。

条文民法96条3項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫)第3項 3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

取消しが無かったことになるわけではありません。「対抗することができない」の意味は、正確に理解しておく必要があります。取消し自体は、有効に成立したままです。変わるのは、レイさんとの関係だけです。ハルナさんは、ダイキさんに対しては、今でも取消しを主張できます。ですが、善意無過失のレイさんに対しては、その取消しを持ち出せません。この96条3項は、なぜここに置かれているのでしょうか。趣旨から確認します。趣旨は、取消しの遡及効によって時間が巻き戻ることから、第三者を守ることです。この趣旨一つから、二つのことが導けます。一つ目——適用されるのは、取消し「前」に現れた第三者だけです。

巻き戻しに巻き込まれるのは、その時間の中に立っていた人だけだからです。取消しのあとに現れた人は、そもそも巻き戻しに巻き込まれていません。二つ目です。「第三者」の定義そのものも、ここから導けます。

⭐ 論文で書く規範:「第三者」の定義 96条3項の「第三者」=次の二つをともに満たす者 ① 当事者でも、当事者の地位をそのまま引き継ぐ包括承継人でもない ② 詐欺による意思表示の後に、新たな独立の法律上の利害関係を持つに至った

ここで一つ、言葉を先に開いておきます。差押えというのは、お金を返してもらえない債権者が、裁判所を通して、その財産を勝手に処分できないように押さえておく手続きです。たとえば、取消し前に、この土地に差押えをした債権者は、土地そのものについて新しく独立の利害関係を持つので、「第三者」に当たります。ですが、担保も取らずにダイキさんへお金を貸していただけの一般債権者は、土地そのものへの権利を持っていないので、当たりません。もう一つ、混同しやすいところを分けておきます。「意思表示の後」と「取消しの前」は、はっきり分けておきます。適用範囲の条件は、取消し前に現れたことです。定義の起算点は、詐欺による意思表示の後に、新しく利害関係を持ったことです。この二つは、別の話です。

この二つを混ぜてしまうと、「取消しの後に利害関係を持った者」と誤って覚えてしまいます。そうなると、範囲も定義も、両方ずれます。

取消し前にレイが現れる関係図(ハルナ→ダイキ・欺罔と売買/ダイキ→レイ・転売は取消しより前) 図:取消し前にレイが現れる関係図

  • ハルナ→ダイキ・欺罔と売買
  • ダイキ→レイ・転売は取消しより前

では、レイさんに当てはめてみます。レイさんは、ハルナさんとダイキさんの売買の当事者ですか。レイさんは、ハルナさんやダイキさんの包括承継人ですか。そして、レイさんが土地を買ったのは、ハルナさんの詐欺による意思表示——つまりハルナさんとダイキさんの売買——のあとです。レイさんは、96条3項の「第三者」に当たります。そして、この場面では、レイさんが現れたのは取消しより前でした。だから、適用範囲にも入ります。あとは、レイさんが実際に善意無過失かどうかで、レイさんが守られるかどうかが決まります。

登記は要るか

登記の要否・両論を並べた板(必要説=権利保護要件として登記が要る/不要説=条文に登記の文言が無い) 図:登記の要否・両論を並べた板

  • 必要説=権利保護要件として登記が要る
  • 不要説=条文に登記の文言が無い

一つ、薄く触れておきます。レイさんが土地の登記まで備えていないと、96条3項で守られないのでしょうか。見解が分かれています。一方の考え方は、示し合わせた本人を保護する場面に比べて、だまされた人の落ち度は小さいのだから、第三者側の条件は厳しく解すべきだとして、登記を要求します。別の考え方は、96条3項の条文には登記という言葉が出てこない点を重視して、登記は不要だとします。ここで、実際に争われた事案を見ます。この事案で第三者が持っていたのは仮登記——本登記の順番だけを先に押さえておく、予約のような登記——でした。

判例最高裁判所判決 昭和49年9月26日(判例百選Ⅰ23)

詐欺取消し前の第三者と、登記の要否 農地の詐欺的な取得を巡り、詐欺取消し前の第三者について、仮登記という事情のもとで争われた事案。

登記を不要とした判例だと紹介されることがあります。ただし、いま見たとおり、第三者が備えていたのは仮登記どまりでした。その事情のもとでの判断なので、登記が一切不要だとまで言い切れるかどうかは、読み方が分かれます。試験では、他の論証と矛盾しない限り、どちらの立場で書いてもかまいません。強いて言えば、落ち度の物差しと揃えるなら、必要説のほうが書きやすい、という程度に留めておきます。

山場——なぜ無過失まで要るのか

第三者保護要件の横断比較板(93条2項=善意/94条2項=善意/95条4項=善意無過失/96条3項=?) 図:第三者保護要件の横断比較板

  • 93条2項=善意
  • 94条2項=善意
  • 95条4項=善意無過失
  • 96条3項=?

勘違いの回(錯誤と第三者)で、93条2項・94条2項・95条4項を並べて、一本の物差しを立てました。表意者の落ち度が大きいほど、第三者は善意だけで守られやすくなる、という物差しです。詐欺の96条3項が同じ位置に来るのかどうか、一緒に確かめてみます。改めて並べてみます。93条2項は、わざと本心と違うことを言った場合の第三者保護で、善意で足ります。94条2項は、相手と示し合わせて嘘の売買を装った場合の第三者保護で、これも善意で足ります。95条4項は、ただの勘違いの場合で、善意に加えて無過失まで要ります。自分で考えてみてください。詐欺でだまされたハルナさんに、わざと仕組んだ落ち度はありますか。

だとすると、落ち度の大きさは、どちらに近いでしょうか。実はめたんさんは、その勘違いの回の最後にも、同じ物差しから同じ答えにたどり着いていました。今日は、それを条文を見ないまま、詐欺の側から自分の力でもう一度たどり直した、ということです。同じ答えに別の入口から戻ってこられるなら、その物差しは、もう自分のものになっています。

四行目を開いた比較表(詐欺・96条3項=善意+無過失) 図:四行目を開いた比較表(詐欺・96条3項=善意+無過失)

理由も、もう一度言葉にしておきます。わざと本心と違うことを言った人や、示し合わせて嘘を装った人は、自分の意思で状況を作り出した張本人です。あとになって被害者の顔をして、第三者を切り捨てる筋合いはありません。だから、第三者は善意だけで守られます。一方でハルナさんは、単にだまされた側です。人をだまそうとも、仕組もうともしていません。落ち度は、比較的軽いものです。だからこそ、レイさんを守るための条件は重く設定されています。善意であるだけでなく、過失が無いことまで要求されます。だました人が契約の外にいるときは、相手方の落ち度を見ました。取り消す前に間に入った人がいるときは、その人の落ち度を見ます。落ち度の小さい人を勝たせるぶん、外にいる人を守る条件が重くなる——同じ一本の物差しが、向きを変えて二度効いているんです。この一本の物差しの働き方だけ、今日は覚えて帰ってください。「無過失が要る」という結論を丸ごと暗記するのではなく、なぜそうなるかを言えるようになってください。

問いを残して

二つ目の場面の問いかけ板(もしハルナが取り消した後に、ダイキがレイに転売していたら) 図:二つ目の場面の問いかけ板

最後に、一つだけ問いを残しておきます。今日見たのは、ハルナさんが取り消す前に、ダイキさんがレイさんに転売していた場面でした。では、もし、取り消した「後」に転売していたら、どうなるのでしょうか。この場合、96条3項は、使えません。趣旨を思い出してください。96条3項は、遡及効に巻き込まれた人を守るための規定でした。取消しの後に現れた人は、そもそも巻き戻しに巻き込まれていません。取り消したあとに現れた人が守られるのかどうか——そこは、今日は答えを出しません。守られないのか、それとも、まったく別の勝負に切り替わるのか。この問いを、持ち帰ってください。

到達点

到達点をまとめる板(落ち度が小さいほど取り消せる/落ち度が小さいほど外の人を守る条件は重くなる) 図:到達点をまとめる板

  • 落ち度が小さいほど取り消せる
  • 落ち度が小さいほど外の人を守る条件は重くなる

今日の道のりを、一本にまとめます。だまされた人は、落ち度が小さいので、契約を取り消せます。ですが、落ち度が小さいということは、その結果を引き受ける人が外にいる、ということでもあります。守られる厚みは、いつも落ち度の大きさで決まっています。

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#46単独ページ動画

取消し後の第三者と登記

第1章 民法総則 ㊱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前提の確認

前提3点の板(①取り消すと最初から無かったことになる②96条3項は取消し前の人だけを守る③この論点は詐欺だけの話ではない) 図:前提3点の板

前提を、短く確認します。今日の登場人物は三人です。空き地を売ってしまったハルナさん、嘘をついて買ったダイキさん、そして取消しの後にその空き地を買ったレイさんです。一つ目です。取り消すと、契約は最初から無かったことになります。121条の効果でした。二つ目です。96条3項が守るのは、取消し「前」に現れた第三者だけでした。96条3項の趣旨は、遡及効によって時間が巻き戻ることから、第三者を守ることでした。取消しの後に現れた人は、そもそも巻き戻しに巻き込まれていません。だから、出番がありません。言い換えると、レイさんが現れた時点では、もう巻き戻しは終わっています。ハルナさんが取り消したのが先で、レイさんが買ったのは、そのあとです。レイさんは、巻き戻しの外側に、最初から立っていたことになります。

ですが、96条3項が使えないからといって、レイさんがまったく守られない、というわけではありません。土俵が変わるだけです。そこを、今日じっくり見ていきます。三つ目に、これだけ言っておきます。今日の論点は、詐欺だけの話ではありません。判断能力が足りないことを理由にした取消しでも、勘違いを理由にした取消しでも、脅されたことを理由にした取消しでも、まったく同じ問題が起きます。取消し全般に共通する、超重要な基本論点です。たとえば、未成年者が保護者の同意なく結んだ契約を取り消したあと、相手方がその物を別の人に転売してしまった場合も、まったく同じ形になります。今日組み立てる考え方は、そのままそこに持っていけます。

今日は詐欺の場面で組み立てますが、道具立てはどこでも同じです。

山場——遡及効を貫くと、どうなるか

遡及効を貫く関係図(ハルナ→ダイキ・売買は遡って無効/ダイキ→レイ・他人物売買として扱われる) 図:遡及効を貫く関係図

  • ハルナ→ダイキ・売買は遡って無効
  • ダイキ→レイ・他人物売買として扱われる

思い出してください。前に、取り消すと契約は最初から無かったことになる、という話をしましたね?では、その建前どおりに考えると、間に入った人は、何を買ったことになるでしょうか。建前というと、最初から無かったことになる、というやつですね。まず、建前をそのまま貫くとどうなるか、結論まで歩いてみます。売買は取消しによって、遡って無効になります。つまり、ダイキさんは、一度も所有者になっていなかったことになります。他人の物を売ったことになります。これを、他人物売買と呼びます。契約自体は成立します。ただ、売主が権利を持っていないので、買主は原則として権利を取得できません。

原則は、そうなります。具体的に考えてみます。レイさんは、買う前に登記簿を確認しました。そこには、たしかにダイキさんの名前が載っていました。レイさんは、それを信じて、お金を払って土地を買います。登記には公信力がありません。登記に「ダイキさんの物です」と書いてあっても、それだけでは所有権は保証されない、ということです。日本の不動産登記は、そう書いてあるから本当だ、とは保証してくれません。

救済ルート比較板(不動産=94条2項類推適用・登記放置+善意/動産=即時取得・平穏公然+善意無過失の占有) 図:救済ルート比較板

  • 不動産=94条2項類推適用・登記放置+善意
  • 動産=即時取得・平穏公然+善意無過失の占有

原則は、そうです。ただ、救われる道が一つだけ残っています。ハルナさんが、取り消したあとも、ダイキさん名義の登記を長い間放っておいていたような場合です。自分で登記という外観を残しておきながら、それを信じた人に文句を言うのは、筋が通りません。たとえば、ハルナさんが取り消したあと、登記を自分名義に戻す手続きをせず、そのまま何年も放置していて、ダイキさん名義の登記だけが残り続けていた、という場面を考えてください。レイさんは、その登記を見て、ダイキさんの物だと信じて買いました。自分で作った隙を、あとから責められない、ということです。これを、94条2項類推適用といいます。94条2項というのは、前に第三者を守る条文を並べたときに出てきた、相手と示し合わせて嘘の売買を装った場合の条文です。自分で嘘の外観を作った人は、それを信じた人に文句を言えない——その考え方を、登記を放っておいた場面に広げたのが、この類推です。年数の具体的な基準はありません。放置の程度など、事情を総合して決まります。

目的物が土地ではなく、たとえば自転車のような動産であれば、平穏かつ公然に、善意無過失で占有を始めた人は、即時取得という別の制度で守られることがあります。動産には、動産用の道具立てがある、と覚えておいてください。ここに、気づいてほしいところがあります。レイさんが勝てるかどうかは、レイさんが事情を知っていたかどうか、つまり善意か悪意かで決まります。この点を、頭の片隅に置いたまま、次の考え方に進みます。

山場——遡及効を擬制と見ると、どうなるか(判例)

「擬制」概念の導入板(遡及効は法律がそう扱うという建前にすぎない/事実としては所有権はいったんダイキに移り、取消しでハルナへ戻る=復帰的物権変動) 図:「擬制」概念の導入板

  • 遡及効は法律がそう扱うという建前にすぎない
  • 事実としては所有権はいったんダイキに移り、取消しでハルナへ戻る=復帰的物権変動

もう一つの考え方に進みます。実は、この形だけは、一度だけ見ています。勘違い——思い違いで結んだ契約を取り消した場面でも、取り消したあとに現れた人とは、先に登記を備えたほうが勝つ、という結論まではたどり着きました。ただ、あのときは、遡って無権利になるはずの人から買った人を、なぜ登記の勝負に持ち込めるのか、という理屈を、問いのまま残しました。今日は、そこを開きます。ここで、視点を変えます。「最初から無かったことにする」というのは、法律がそう扱う、という建前にすぎない、と見る考え方です。事実としては、所有権はいったんダイキさんに移りました。取消しによって、その所有権が、ハルナさんのところへ戻ってきた、と考えるんです。

遡及効は、あったことを無かったことにする、という法律の言い方であって、現実に時間が戻るわけではありません。条文も、取り消された行為は初めから無効であったものとみなす、と書くだけで、そのあとに現れた人との関係までは決めていません。だから、その言い方をどこまで貫くかは、選べるんです。この動きを、復帰的物権変動と呼びます。

遡及効を擬制と見る関係図(ダイキを起点に、戻りの矢印(ハルナへ)と転売の矢印(レイへ)が同時に出る) 図:遡及効を擬制と見る関係図

ここからが肝心です。ダイキさんを真ん中に置いて見てください。ダイキさんから、二つの方向に、権利が動いています。一つは、取消しによる戻り——ダイキさんからハルナさんへ。もう一つは、転売——ダイキさんからレイさんへ。これは、ある形とそっくりです。同じ持ち主が、同じ物を、二人に売ってしまった形——二重譲渡と、同じ構造です。ここでも、同じ解決を使います。不動産の取り合いは、先に登記を備えたほうが勝ちます。

条文民法177条

民法 第百七十七条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

不動産は、目に見えない権利の話です。誰が本当の持ち主かを、外から確かめる手段が必要です。それが登記です。だから、権利の変動があったことを、登記という形で示さない限り、他人に主張できません。動産なら、登記の代わりに引渡しです。178条という別の条文が、同じ役割を果たします。中身は今日は深追いしません。「動産なら引渡し」とだけ覚えておいてください。このように、どちらが勝つかを登記で決める関係を、対抗関係といいます。そして、登記のように、勝つために先に備えておく手続を、対抗要件といいます。これは、判例の立場でもあります。

判例大審院判決 昭和17年9月30日

取消し後の第三者と、177条 詐欺による取消し後に現れた第三者との関係は、対抗関係と解し、不動産については177条によって処理するとした判決。

判例は、こちらの考え方を採っています。名前を付けるなら、二重譲渡類似説と呼ばれます。ただ、名前よりも、戻りと転売が同じ起点からぶつかっている、という形のほうを覚えてください。図で確かめてみてください。二本とも、ダイキさんから出ています。だからこそ、二重譲渡と同じ扱いができるんです。

山場——分かれ目と、帰結の差

両説の比較板(見解①=遡及効を貫く=主観(善意悪意)で決まる/見解②=遡及効を擬制と見る(判例)=登記の有無で決まる、悪意者も勝つ) 図:両説の比較板

  • 見解①=遡及効を貫く=主観(善意悪意)で決まる
  • 見解②=遡及効を擬制と見る(判例)=登記の有無で決まる、悪意者も勝つ

二つの考え方を、並べてみます。分かれ目は、ただ一つです。遡及効を、どこまで本気にするか。貫くか、擬制と見るか、ということですね。同じ事案を、場面を変えて二回通して見てみます。一回目です。レイさんが、ハルナさんの取消しの事実を知っていた——つまり悪意だった、としましょう。そして、この場面のレイさんは、買ったあとすぐ、自分名義へ登記を移しました。遡及効を貫く考え方では、レイさんが救われるのは、94条2項類推という例外の道だけでした。あの道は、レイさんが善意であることが前提です。悪意なら、その道も使えません。レイさんは、負けます。

判例の考え方では、善意か悪意かを、そもそも見ません。先に登記を備えたかどうかだけで決まります。この場面では、レイさんが先に登記を移しています。ですから、レイさんが悪意でも、レイさんが勝ちます。ここに、驚いてほしいんです。理由は、登記と実体の権利関係を、できるだけ一致させたいからです。この制度は、善意か悪意かという、頭の中の事情ではなく、登記を備えたかどうかという、外から確かめられる行動で優劣を決めています。誰が何を知っていたかは、あとから証明しにくいですが、登記は誰でも調べられます。登記を怠った側に、落ち度がある、と見るわけです。ただし、一つだけ例外があります。単に知っていただけでなく、ハルナさんを困らせる目的で登記を先に取った、というような、背信的悪意者と呼ばれる人までは、勝たせません。

境目の中身までは、今日は踏み込みません。「ただ知っていた」だけなら勝てる、「嫌がらせのつもりだった」なら勝てない、という程度に留めておきます。

場面②の結果板(レイが善意でハルナが登記を放置=見解①(他人物売買)はレイが勝つ/見解②(判例)はレイが負ける) 図:場面②の結果板

  • レイが善意でハルナが登記を放置=見解①(他人物売買)はレイが勝つ
  • 見解②(判例)はレイが負ける

もう一回、今度は逆の場面を見てみます。二回目です。ハルナさんは、取り消したあとも、登記をダイキさん名義のまま、しばらく放っておきました。レイさんは、今度は何も知らずに、その登記を見て買います。ただ、レイさんは、登記を移す手続きを急ぎませんでした。遡及効を貫く考え方なら、ハルナさんが登記を放っておいたという落ち度があり、レイさんは善意です。だから、94条2項類推という救いの道が使えます。負けません。判例の考え方は、善意かどうかを見ません。先に登記を備えたかどうかだけです。この場面では、レイさんが後回しにしている間に、ハルナさんが先に自分名義へ登記を戻しました。ですから、レイさんは、何も知らなかったのに負けます。

どちらの考え方が得かは、場面によって入れ替わります。主観で決める道にも、登記で決める道にも、それぞれ強い場面と弱い場面があります。

判例の理由板(理論の一貫性より、登記という画一的な基準を選んだ/善意・悪意は証明しにくいが登記は誰でも調べられる) 図:判例の理由板

  • 理論の一貫性より、登記という画一的な基準を選んだ
  • 善意・悪意は証明しにくいが登記は誰でも調べられる

ここから、検討に入ります。理論として筋が通っているのは、実は遡及効を貫く考え方のほうです。建前どおりに考えれば、ダイキさんは無権利者だったはずですから。遡及効を貫く考え方だと、レイさんが勝てるかどうかは、善意か悪意かという、頭の中の事情で決まってしまいます。これは、あとから証明するのが難しく、不安定です。対抗要件という、誰が見ても分かる画一的な基準で決めたほうが、取引は安定します。調べれば分かる基準で決めたい——これが、判例が二重譲渡類似の考え方を選んだ理由です。試験でも、この理由まで書けると、答案に厚みが出ます。

答案での書き方

論証の4段板(問題の所在→遡及効は擬制→復帰的物権変動→二重譲渡類似・177条) 図:論証の4段板(問題の所在→遡及効は擬制→復帰的物権変動→二重譲渡類似・177条)

今日たどった道筋は、そのまま答案の流れになります。まず、問題の所在を示します。遡及効を前提にすれば、ダイキさんは無権利者だったはずなのに、なぜ登記の争いになるのか、という疑問です。遡及効は、法が作った擬制にすぎないと解する、と立場を示します。そこから、復帰的物権変動が生じる、とつなげます。元の持ち主と、あとから現れた人との関係は、二重譲渡と同じ構造だと位置づけて、177条、動産なら178条で処理する、と結びます。この先の細かい書き方は、また別の機会にじっくり扱います。今日は、この骨組みだけ持ち帰ってください。

境目の再確認

前後の境目を並べた板(取消し「前」=96条3項・善意無過失の勝負/取消し「後」=177条・登記の勝負) 図:前後の境目を並べた板

  • 取消し「前」=96条3項・善意無過失の勝負
  • 取消し「後」=177条・登記の勝負

最後に、前に残しておいた境目を、確認しておきます。取消し「前」に現れた人には、96条3項が働きます。善意無過失かどうかの勝負でした。取消し「後」に現れた人には、今日見たとおり、177条が働きます。登記を先に備えたかどうかの勝負です。取消しのどちら側に立っていたかで、勝負のルールが、丸ごと入れ替わります。取消しと登記の関係が、もっと入り組む場面もありますが、それはまた別の機会に扱います。

到達点

到達点をまとめる板(「最初から無かった」は建前/本気にするかどうかで答えが割れる/判例は画一的な基準を選んだ) 図:到達点をまとめる板

  • 「最初から無かった」は建前
  • 本気にするかどうかで答えが割れる
  • 判例は画一的な基準を選んだ

今日の道のりを、一本にまとめます。「最初から無かったことにする」は、法が作った言い方にすぎません。それを、どこまで本気にするかで、答えは真っ二つに割れます。判例は、本気にしすぎないほうを選びました。誰が何を知っていたかではなく、誰が先に登記を備えたか——調べれば分かる基準で決めるためです。詐欺だけでなく、勘違いでも、脅されたときでも、取消しが絡む場面では、いつもこの二つの考え方が背後にあります。今日組み立てた地図を、そのまま持ち帰ってください。

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#47単独ページ動画

強迫と消費者契約法

第1章 民法総則 ㊲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

強迫とは何か

強迫の要件4つの板(①強迫行為の違法性②畏怖との因果関係③意思表示との因果関係④強迫者の故意の二重性) 図:強迫の要件4つの板

相手を違法なやり方でこわがらせて、そのせいで意思表示をさせてしまう。これが強迫です。畏怖とは、怖いと感じることだ、と考えてください。刑法にも似た言葉があって、あちらは「脅迫」と書きます。民法は「強迫」です。字が違うだけ覚えておいてください。中身までは踏み込みません。要件は4つあります。1つめ、強迫する行為に違法性があること。2つめ、それによって畏怖したこと。3つめ、畏怖に基づいて意思表示をしたこと。4つめ、強迫した人に、畏怖させる故意と、それによって意思表示をさせる故意の、二重の故意があることです。

2つめと3つめは、因果関係が二段になっています。行為があって、それが心の状態を動かして、その心の状態が意思表示を生む——だますときの、欺く→勘違いする→意思表示をする、という形と、まったく同じです。詐欺で作った型が、ここでもそのまま使えます。意思表示は、本人が自分の頭で決めて、それを外に表すものです。ところが、違法に恐怖を与えられて動いた場合、その判断は、もう本人自身のものとは言えなくなっています。だから、法はその意思表示を取り消せる道を、用意しているんです。

違法性の物差し

手段/目的の二軸マトリクス(手段=告発を告げること自体は正当/目的=不当な利益を得ようとすると不当=違法) 図:手段/目的の二軸マトリクス

  • 手段=告発を告げること自体は正当
  • 目的=不当な利益を得ようとすると不当=違法

具体的に考えてみます。「あなたの昔の不倫を、周りにばらす」と告げること自体は、事実を告げる自由の範囲内で、正当な手段になりえます。ですが、それを使って「土地を安く売れ」という、不当な利益を得ようとするなら、話は変わります。手段そのものは正当でも、目的が不当なら、全体として違法になります。詐欺のときは、許される駆け引きの範囲かどうかを、いろいろな事情を積み重ねて、総合的に見ましたね。強迫では、手段と目的という二つの軸に整理して測ります。同じ「違法かどうか」でも、物差しの立て方が違います。

畏怖の程度と無効の段差板(畏怖させる程度なら取消し/完全に意思の自由を奪えば無効) 図:畏怖の程度と無効の段差板

  • 畏怖させる程度なら取消し
  • 完全に意思の自由を奪えば無効

どのくらい怖がらされたかにも、段差があります。畏怖させる程度であれば、取消しの対象です。ですが、恐怖のあまり、完全に意思の自由を奪われてしまった場合は、話が変わります。

判例最判昭和33年7月1日 民集12巻11号1601頁

完全に意思の自由を奪われた場合 表意者が畏怖の結果、完全に選択の自由を失ったとまでは言えなくても、強迫による意思表示は成立するとした判決。裏を返せば、完全に選択の自由を失った場合は、意思表示そのものが存在せず、無効となる。

取消しは、主張しなければ、いったん有効なままです。無効は、はじめから効力がありません。意思表示が「あったけれど、歪んでいた」のか、「そもそも無かった」のか——その違いです。畏怖させられた程度なら、意思表示はあった。完全に自由を奪われたなら、意思表示そのものが無かった、と考えるんです。

山場——なぜ強迫にだけ第三者保護がないのか

96条を読み比べる問い板(1項は詐欺・強迫の違いなく並記/3項では、どちらの言葉が消えているか) 図:96条を読み比べる問い板

  • 1項は詐欺・強迫の違いなく並記
  • 3項では、どちらの言葉が消えているか

条文民法96条

民法 第九十六条(詐欺又は強迫) 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。 2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。 3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

ここで、条文を実際に読んでみます。1項です。「詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる」。ここまでは、詐欺も強迫も、並んで書かれています。では、3項を見てください。「前二項の規定による、詐欺による意思表示の取消しは」とあります。3項からは「強迫」の二文字が消えています。3項は、詐欺による取消しにしか適用されない、と書いてあります。強迫による取消しには、この第三者保護の規定が、そもそも及びません。強迫による取消しは、善意無過失の第三者にも、対抗できるということです。冒頭の土地の話に戻ると、脅された人は、事情を知らない買主が現れても、土地を取り戻せます。

だまされた人は、嘘を信じたとはいえ、自分で判断して、自分の意思で動いています。おどされた人は、恐怖によって動かされていて、自分の意思で動いたとは言いにくい。落ち度を問える余地が、ほとんどありません。取引の安全よりも、本人の救済を優先してよい、ということです。2項でも、同じことが起きています。2項は「相手方に対する意思表示について、第三者が詐欺を行った場合」に限っています。ここにも、強迫という言葉がありません。第三者が脅した場合は、相手方が何を知っていたかにかかわらず、無条件で取り消せます。詐欺のときは、相手方の善意・悪意を見ましたが、強迫では見ません。2項も3項も、同じ物差しで動いているんです。

6つの制度を並べて比較する板(心裡留保→通謀虚偽表示→錯誤→詐欺→強迫→制限行為能力、落ち度が小さくなる順) 図:6つの制度を並べて比較する板

⭐ 論文で書く規範:第三者保護の横断比較——落ち度が小さくなる順の勾配 心裡留保(93条2項)=善意の第三者を保護。通謀虚偽表示(94条2項)=善意の第三者を保護。錯誤(95条4項)=善意無過失の第三者を保護。詐欺(96条3項)=善意無過失の第三者を保護。強迫=第三者保護なし。制限行為能力=第三者保護なし。 (上から下へ、本人の落ち度が小さくなるほど、第三者の要件は厳しくなり、最後は保護そのものが消える)

ここで、これまでの回で扱ってきた制度を、一枚の板に並べてみます。心裡留保、通謀虚偽表示、錯誤、詐欺、強迫、制限行為能力です。ただ、今日は並べ方を変えます。上から下へ、本人の落ち度が小さくなる順に並べます。心裡留保は、自分で嘘をついた人です。落ち度は最大です。通謀虚偽表示は、相手と示し合わせて仕組んだ人。錯誤は、うっかり勘違いした人。詐欺は、だまされた人。強迫は、おどされた人。制限行為能力は、そもそも判断力が未熟なために保護されている人です。そして、それに合わせて、第三者の保護の条件も、厳しくなっていきます。心裡留保と通謀虚偽表示は、善意でよい。錯誤と詐欺は、善意無過失が必要。強迫と制限行為能力になると、第三者保護そのものが、消えます。

落ち度が小さくなるほど、本人の救済が優先され、第三者は守られにくくなる——この一本の勾配で、6つの制度をまとめて説明できます。だまされた人は、事情を知らない第三者が現れると、土地を取り戻せませんでした。おどされた人は、同じように事情を知らない第三者が現れても、土地を取り戻せます。同じ「事情を知らない第三者」でも、本人がだまされたのか、おどされたのかで、勝敗が入れ替わるんです。それぞれの中身は、各回で見たとおりなので、今日は位置づけだけ持ち帰ってください。

取消し後の第三者は、強迫でも同じ

前後の段差板(取消し「前」=強迫が最強/取消し「後」=詐欺と横並びで登記の勝負) 図:前後の段差板(取消し「前」=強迫が最強/取消し「後」=詐欺と横並びで登記の勝負)

ここまでは、取消し「前」に現れた第三者の話でした。取消しの「後」に現れた第三者は、話が変わります。取消しのあとに、その土地を買った人が現れた場合は、詐欺のときと、まったく同じ処理になります。先に登記を備えたほうが勝つ、という話です。動産なら、引渡しです。同じ理屈が、そのまま強迫にも当てはまります。今日は骨格だけ、もう一度なぞっておきます。取消しの前と後で強さが変わるところが、今日いちばん誤解されやすい点です。取消し「前」は、強迫が最強でした。ところが、取消し「後」になると、詐欺と横並びに落ちます。

弱くなったわけではなく、土俵が変わったんです。96条3項の話は、もう終わっています。取消しによって権利がいったん本人に戻ったあと、その権利を、また誰が手に入れるか、という「取り合い」の問題に切り替わるんです。取り合いになるのは、取消しで権利が本人に戻る、その戻り自体が、一つの権利の移動だからです。相手から土地を買った人と、権利が戻ってきた本人と、二本の線が同じ相手から出ている形になります。詐欺の回で見た、二重譲渡と同じ形です。だから、あとは登記を先に備えたほうが勝つ、という決着になるんです。しかも、この処理は、強迫に限りません。錯誤でも、詐欺でも、強迫でも、制限行為能力でも、取消し「後」に現れた人の扱いは、全部同じです。取消し「前」は制度ごとにバラバラでしたが、取消し「後」は、全部同じ土俵に乗ります。

民法が届かない売り方

民法が届かない売り方の板(だました・おどしたと言い切れない売り方/断定・不告知・帰らせない/民法は対等な個人を想定) 図:民法が届かない売り方の板

  • だました・おどしたと言い切れない売り方
  • 断定・不告知・帰らせない
  • 民法は対等な個人を想定

ここまでは、だます、おどす、という民法の物差しで話してきました。ここから、少し違う話に移ります。だました、おどした、と言い切れなければ、民法では取り消せません。ですが、現実には、嘘とまでは言えない断定や、黙っていただけのこと、帰らせてもらえなかったこと、そういう売り方で契約させられることがあります。そういう売り方は、詐欺にも強迫にも当てはまりにくいんです。だから、民法だけでは、その人を守れません。民法は、対等な個人どうしの契約を想定しています。ですが、事業者と消費者とでは、持っている情報の量も、交渉する力も、まるで違います。同じ土俵として扱うほうが、かえって不公平になるんです。

これが、消費者契約法です。落ち度があるかどうかではなく、そもそも土俵が対等でないという理由で、保護を広げた制度だと考えてください。さっきまでの、落ち度の大小で強さが決まるという話とは、少し違う軸が出てきます。

消費者契約法の枠組み

消費者契約法が適用される関係の板(消費者=商売と関係なく契約した個人/事業者=法人+商売で契約する個人) 図:消費者契約法が適用される関係の板

  • 消費者=商売と関係なく契約した個人
  • 事業者=法人+商売で契約する個人

条文消費者契約法2条1項・2項

消費者契約法 第二条(定義)第一項・第二項 この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。 2 この法律(第四十三条第二項第二号を除く。)において「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。

まず、誰と誰の間の契約に、この法律が適用されるかを確認します。消費者とは、商売とは関係なく契約の当事者になった個人のことです。法人は、どれだけ小さな会社でも、消費者には入りません。事業者とは、法人その他の団体と、商売として契約する個人のことです。法人が同じ売り方をされたときは、この法律ではなく、前半で見た民法の詐欺や強迫で争うことになります。同じ人でも、場面によって立場は変わります。たとえば、八百屋さんが、自宅で使う冷蔵庫を買えば、消費者です。ですが、お店で使う業務用の冷蔵庫を買えば、事業者になります。

山場——取消原因の5類型

5類型を開く前の板(民法では届かない場面に、何が用意されているか) 図:5類型を開く前の板(民法では届かない場面に、何が用意されているか)

⭐ 論文で書く規範:取消原因5類型の一覧——3つの塊で見る 勘違いさせた=①不実告知 ②断定的判断の提供 ③不利益事実の不告知。逃がさなかった=④困惑。明らかに多すぎる=⑤過量販売。 (消費者契約法4条)

消費者契約法が取消しを認める場面は、5つあります。ただ、5つを別々に覚えるのは大変なので、まず3つの塊で見てください。「勘違いさせた」塊が3つ、「逃がさなかった」塊が1つ、「明らかに多すぎる」塊が1つです。1つずつ開いていきます。

条文消費者契約法4条1項1号(不実告知)

消費者契約法 第四条第一項第一号 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。 一 重要事項について事実と異なることを告げること。当該告げられた内容が事実であるとの誤認

1つめ、不実告知です。重要な事項について、事実と違うことを告げて、消費者が誤認した場合です。事故で修理歴のある中古車を、「事故歴はありません」と言って売った、という場面です。事業者に、だます故意は要りません。ここが、詐欺との決定的な違いです。事実と違うことを告げて、それを信じて契約した、という事実さえあれば足ります。故意という高いハードルを外したぶん、間口が広くなっています。

条文消費者契約法4条1項2号(断定的判断の提供)

消費者契約法 第四条第一項第二号 二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認

2つめ、断定的判断の提供です。将来どうなるか分からないことを、断定して告げた場合です。「この金融商品は、絶対に値上がりします」と言って売る場合です。事業者が本当に値上がりすると信じていた、という場合もあるでしょう。ですが、信じていたかどうかは、問われません。ここも故意は不要です。不確実なことを「絶対」と言い切った時点でアウトです。あとで本当に値上がりしたとしても、関係ありません。

条文消費者契約法4条2項(不利益事実の不告知)

消費者契約法 第四条第二項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実……を故意又は重大な過失によって告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。

3つめ、不利益事実の不告知です。利益になることは告げておきながら、不利益になる事実を、故意または重大な過失で告げなかった場合です。ここだけ、主観の要件があります。①と②は、告げるという「作為」を責めているので、故意はいりません。③は、告げなかったという「不作為」を責めています。何も言わなかったこと自体を責めるには、分かっていて黙っていた、あるいは重大な不注意で気づかなかった、という事情が必要になるんです。

条文消費者契約法4条3項1号・2号(困惑)

消費者契約法 第四条第三項第一号・第二号 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。 一 当該事業者に対し、当該消費者が、その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないこと。 二 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該消費者を退去させないこと。

4つめ、困惑です。ここまでの3つとは、性質が違います。誤認させたのではなく、困らせて契約させる類型です。代表的なのは2つです。1つは、帰ってほしいと伝えたのに、事業者が帰らない場合。もう1つは、帰りたいと伝えたのに、帰らせてもらえない場合です。困惑を理由にした取消しは、ほかにも類型があります。ただ、今日は代表の2つに絞ります。

条文消費者契約法4条4項(過量販売)

消費者契約法 第四条第四項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの分量、回数又は期間……が当該消費者にとっての通常の分量等……を著しく超えるものであることを知っていた場合において、その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。

5つめ、過量販売です。その人にとって、明らかに多すぎると知りながら売った場合です。一人暮らしの高齢者に、布団を何組も売りつけるような場面です。すでに持っている分と合わせて、多すぎると分かっていれば、それも含めて考慮されます。

取消しの効果と、その弱さ

強迫と消費者契約法を並べる板(強迫=間口が狭く最強/消費者契約法=間口が広く第三者に対抗できない) 図:強迫と消費者契約法を並べる板

  • 強迫=間口が狭く最強
  • 消費者契約法=間口が広く第三者に対抗できない

条文消費者契約法4条6項

消費者契約法 第四条第六項 第一項から第四項までの規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは、これをもって善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

ここまでの5つの取消しには、共通する弱点があります。取り消せることは取り消せますが、善意無過失の第三者には対抗できません。強迫は、間口が狭い代わりに、第三者にも勝てる最強の取消しでした。消費者契約法は、間口を広げた代わりに、第三者には勝てません。広げたぶんだけ、効き目を抑えてある——これが、今日の背骨です。

条文消費者契約法7条1項

消費者契約法 第七条(取消権の行使期間等)第一項 第四条第一項から第四項までの規定による取消権は、追認をすることができる時から一年間……行わないときは、時効によって消滅する。当該消費者契約の締結の時から五年……を経過したときも、同様とする。

取り消せる期間にも違いがあります。追認できる時から1年、契約の時から5年です。比べる相手は、取消権をいつまで使えるかを定めた民法126条です。126条は、追認できる時から5年、行為の時から20年でした。消費者契約法は、そのどちらよりも、ずっと短くなっています。126条の細かい中身は、また別の回で扱いますが、数字だけ比べておいてください。期間を短くしているのは、事業者の側を、いつまでも不安定な立場に置けないからです。消費者を守る間口は広げつつ、取引の安全とも折り合いをつけている、というわけです。一部の類型だけは例外です。いわゆる霊感商法のようなケースは、3年、10年に伸びます。数字が伸びる型がある、とだけ覚えておいてください。

到達点

到達点の板(同じ「取り消せる」でも強さは一律ではない/落ち度が小さいほど強い/土俵が対等でないほど広いが弱い) 図:到達点の板

  • 同じ「取り消せる」でも強さは一律ではない
  • 落ち度が小さいほど強い
  • 土俵が対等でないほど広いが弱い

今日の話を、一本にまとめます。同じ「取り消せる」でも、その強さは一律ではありません。おどされた人は、事情を知らない第三者にも勝てます。落ち度を問いようがないからです。消費者契約法は、だましにも脅しにも届かない売り方にまで、手を伸ばしました。その代わり、第三者には勝てず、期限も短い。その人がどれだけ守られるべきかと、取引の安全をどこまで削ってよいかの、綱引きで決まります。今日組み立てたこの物差しを、そのまま持ち帰ってください。

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#48単独ページ動画

到達主義と受領能力

第1章 民法総則 ㊳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

中身ではなく、外に出したあとの話

時系列の通し図(意思を固める→通知を発する→相手に届く→相手が読む/法が線を引くのは3番目) 図:時系列の通し図

  • 意思を固める→通知を発する→相手に届く→相手が読む
  • 法が線を引くのは3番目

これまで、意思表示の中身が歪んでいたらどうなるかを、続けて見てきました。うそをついていた場合、示し合わせていた場合、勘違いしていた場合、だまされた場合、おどされた場合です。少し前に、意思表示が歪んでいた場合の話をしましたよね。思い出してほしいんですが、取消しと無効は、何が違うと言いましたか?取消しは主張するまでいったん有効なまま、無効ははじめから効力がない——この違いを、今日の後半、意思表示の撤回のところでもう一度使います。今日は、中身の話ではありません。中身がまっすぐな意思表示だったとしても、それが外に出たあと、いつから効き始めるのかという話です。

出した瞬間から効く、と思うのが自然ですが、違います。意思を固める、通知を発する、相手に届く、相手が読む——この4つの地点のうち、法が効力の分かれ目として選んだのは、3番目です。「届く」の地点です。「読む」ではありません。理由を一言だけ先に言うと、発した時に効くとしても、読んだ時に効くとしても、どちらも行き過ぎになるからです。その中間に線を引いた、というのが「届いた時」です。なぜ行き過ぎなのかを、次に具体的な場面で確かめます。

山場——到達主義とは何か

発信時説と了知時説の両極端を潰す板(発信時=受け手が知らないうちに義務発生/了知時=開けない者が得をする/中間=読める状態) 図:発信時説と了知時説の両極端を潰す板

  • 発信時=受け手が知らないうちに義務発生
  • 了知時=開けない者が得をする
  • 中間=読める状態

まず、ふつうに届いた場合から始めます。道しるべの表でいえば一番上の段——通知がふつうに相手のところに届いたとき、リスクを負うのは受けた側です。

条文民法97条1項

民法 第九十七条(意思表示の効力発生時期等) 意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。

97条1項を、そのまま読みます。「意思表示は、その通知が相手方に到達した時から、その効力を生ずる」。短い条文ですが、一字一句、大事です。両極端を、それぞれ具体的な場面で考えてみます。発した時に効くとしたら、相手はまだ何も知らないのに、義務だけが発生してしまいます。手紙が配達の途中でなくなってしまったとしても、発した瞬間にもう効いているとしたら、相手は一生「そんな話は聞いていない」と言い続けるしかありません。郵便事故のリスクを、受け手が全部かぶることになるんです。逆に、読んだ時に効くとしたらどうでしょう。督促状を受け取った相手が、封を開けずに机の引き出しへしまい込んでしまえば、意思表示はいつまでも効きません。開けなければ効かない、と分かっているなら、面倒な通知はすべて開けなければいい、ということになってしまいます。封を開けない者が、それだけで得をしてしまうんです。

だから法は、その中間を選びました。相手の勢力圏に入った時点、つまり相手が読もうと思えば読める状態になった時点です。この言葉を、今日はずっと使っていきます。「了知可能性」と呼ばれますが、言葉自体は覚えなくても構いません。中身だけ持ち帰ってください。

勢力圏を平場に言い換える板(郵便受け・自宅・会社の受付=その人が普段ものを受け取る場所) 図:勢力圏を平場に言い換える板

難しく聞こえますが、その人が普段ものを受け取る場所のことです。自宅の郵便受け、会社の受付、そういう場所に入った時点で、もう「読める状態」になった、と考えます。到達の時点を細かく見る必要は、確かにあります。たとえば、取消しや解除のように、意思表示のあとに数える期間や、そのあとで誰が権利を手に入れたかの前後関係が問題になる場面では、「いつ到達したか」が、そのまま勝ち負けを分けます。暗記事項ではなく、実際に効いてくる基準点なんです。

「到達」の意味を3つの場面で確かめる

3つの生活場面の板(①封を開けていない②同居の家族が受け取った③郵便局の保管期限切れで返送=了知可能性という同じ物差しで切れる) 図:3つの生活場面の板

「読める状態になった」という一つの物差しで、3つの場面を切ってみます。1つめ、封を開けていない場合です。この物差しに戻って考えます。開けるかどうかは受け手の自由であって、読まない自由まで法が保障してくれるわけではありません。読める状態にはなっているので、到達しています。同居の家族が受け取った場合です。ここも同じ物差しで見ます。本人が直接受け取っていなくても、家の中に入った以上、本人が読もうと思えば読める状態になっています。

判例大判明治45年3月13日 民録18輯193頁

同居の家族が受け取っても到達する 借主宛ての通知を、借主と同居していた親族が受け取った事案。本人が直接受け取っていなくても、意思表示は相手方に到達したものと認められた。

郵便局の保管期間が過ぎて返送された場面です。ここも、同じ物差しに戻します。不在通知が郵便受けに入り、取りに行けば受け取れた、というだけであれば、読める状態になっていたと評価できます。この場合、通知はいったん到達しているとみてよいでしょう。単に長く家を空けていて、本当に気づけなかったのなら、話は変わってきます。あえて受け取りを拒んだのに近い形なのか、それとも本当に気づけなかったのか——そこを分けるのが、次の97条2項です。

到達の外側を1文で線引きする板(受領権限のある者が受け取ったかどうかとは別/まったくの他人が持ち去った場合は到達していない) 図:到達の外側を1文で線引きする板

  • 受領権限のある者が受け取ったかどうかとは別
  • まったくの他人が持ち去った場合は到達していない

まったくの他人が、勝手に郵便受けから持ち去ってしまった場合です。相手の勢力圏には入っていても、受け取る権限のある人の手の届く場所から、外に出てしまっているので、この場合は到達していません。

意思表示は、届く前なら撤回できる

撤回と取消し・無効の違いの板(撤回=到達前に成立自体を止める/取消し・無効=すでに成立したものの有効性の問題) 図:撤回と取消し・無効の違いの板

  • 撤回=到達前に成立自体を止める
  • 取消し・無効=すでに成立したものの有効性の問題

ここで、もう一つ確認しておきます。意思表示は、相手に届く前であれば、撤回できます。撤回と取消しは、違います。さっき思い出してもらった、取消しや無効は、いったん成立した意思表示の効力を、あとから否定する話でした。撤回は、まだ届いていない、つまりまだ効力が生じる前の話です。成立そのものを止める点で、位置づけが違います。ここは、論文で論点になりうる箇所です。今日は、この位置づけの違いだけ持ち帰ってください。ここで一つ、問いを立てておきます。郵便局から保管期間切れで戻ってきた通知は、到達しているのか。この答えは、次に見る97条2項で確定します。

受け取らないことで逃げられるか

97条2項の当てはめ対比板(長期入院=正当な理由あり/解除通知だと察して拒否=正当な理由なし) 図:97条2項の当てはめ対比板

  • 長期入院=正当な理由あり
  • 解除通知だと察して拒否=正当な理由なし

次は、受け取りを拒んだり、居留守を使ったりした場合です。表でいえば2段目——この場合も、負うのは受けた側です。

条文民法97条2項

民法 第九十七条 2 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。

97条2項です。「相手方が正当な理由なく、意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす」。改正で新設された規定です。改正前は、この場面を判例や解釈でやりくりしていました。今は、条文一本で答えが出ます。具体例を2つ並べます。1つめ、長期入院で受け取れなかった場合です。これには正当な理由があります。みなし到達にはなりません。2つめ、封筒の様子から解除通知だと察して、あえて受け取りを拒んだ場合です。これには正当な理由がありません。みなし到達になります。

この二つを分けないと、受け取らなければ何でもアウトになりそうに思えますが、まさにそこが分かれ目です。条文は「受け取らなければ全部アウト」ではなく、「正当な理由なく拒んだ場合だけアウト」と言っています。入院のように、拒む意図がなく受け取れなかった場合まで、みなし到達にしてしまうのは行き過ぎだからです。「通常到達すべきであった時」とは、配達が試みられた、その時点です。あとから遡って効くのではなく、妨げがなければ届いていたはずの時点に固定されます。だから、拒んだあとしばらく経ってから急に効き始める、というわけではありません。賃料を滞納していた借主が、封筒の内容を察して保管期間を過ぎさせたのだとすれば、正当な理由なく到達を妨げたことになり、配達が試みられた時点で到達したものとみなされます。解除は効いています。ただ、単に長く家を空けていただけなら、正当な理由があったことになり、答えは変わります。事情によって、どちらの結論にもなりうる場面だと理解してください。

到達妨害の関係:表意者Aが通知を発し、相手方Bが正当な理由なく受け取りを拒む→みなし到達(97条2項)

出したあとに、出した側に何かあったら

到達前死亡×到達後死亡の対比板(到達前=97条3項で原則効力あり/到達後=もう効力発生済みで97条3項の出番なし・申込みは526条で承諾の発信までに知れば失効) 図:到達前死亡×到達後死亡の対比板

  • 到達前=97条3項で原則効力あり
  • 到達後=もう効力発生済みで97条3項の出番なし・申込みは526条で承諾の発信までに知れば失効

次は、通知を出したあとで、出した側の身に何かが起きた場合です。表でいえば3段目——この場合は、どちらも負いません。

条文民法97条3項

民法 第九十七条 3 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

97条3項です。表意者が通知を発したあとに死亡したり、意思能力を失ったり、行為能力の制限を受けたりしても、そのために効力を妨げられません。ここで、二つのタイミングを分けてください。意思表示の中身が固まるのは、発した時点です。効力が生じるのは、さっき見たとおり、届いた時点です。中身はもう固まっているので、発したあとに表意者に何が起きても、出来上がったものは壊れません。効き始めるのが先の話だというだけです。承諾の手紙を出した翌日に、その人が亡くなった場合を考えてみます。それでも契約は成立し、その効果は相続人と相手方のあいだで生きます。ここは短答で問われる点なので、「相続人に効果が帰属する」という結論を、はっきり覚えておいてください。

526条を口頭で導く板(申込みは相手が乗ってくることを予定した片道の意思表示) 図:526条を口頭で導く板(申込みは相手が乗ってくることを予定した片道の意思表示)

条文民法526条

民法 第五百二十六条(申込者の死亡等) 申込者が申込みの通知を発した後に死亡し、意思能力を有しない常況にある者となり、又は行為能力の制限を受けた場合において、申込者がその事実が生じたとすればその申込みは効力を有しない旨の意思を表示していたとき、又はその相手方が承諾の通知を発するまでにその事実が生じたことを知ったときは、その申込みは、その効力を有しない。

一つだけ例外があります。契約の申込みという意思表示です。526条は、申込者が「そうなったら効力を失う」と表示していた場合、または相手方が承諾を発するまでに申込者の死亡等を知っていた場合は、その申込みは効力を持たない、としています。申込みは、これから相手が乗ってくることを予定した、まだ片道の意思表示だからです。承諾がまだ返ってきていない段階では、契約はまだ完成していません。誰と契約するかが重要な場面で、相手がもう死んでいると知りながら、なお契約に乗ってくるのは、公平ではありません。承諾、つまりもう契約が完成する側の意思表示とは、扱いを変えているんです。

ここは論文で論点になりうる部分です。契約がどうやって成立するかそのものには、今日は踏み込みません。図を見てください。到達する「前」に表意者が死亡等した場合が、97条3項の話で、効力は妨げられません。到達した「後」に死亡等した場合は、もうその時点で効力が生じているので、97条3項の出る場面はありません。一方、申込みについての526条は、到達の前か後かで区別していません。申込みが届いたあとでも、相手方が承諾の通知を発するまでに申込者の死亡等を知れば、その申込みは効力を失います。97条3項が扱うのは到達までの死亡等、526条で相手方が知ったかどうかを見るのは承諾の発信まで、と押さえてください。改正前は、承諾についてだけ発信主義という別のルールが定められていました。この規定は改正で削除されています。今は、承諾も含めて、意思表示はすべて到達主義です。改正前のルールのまま覚えると、今の条文と正反対の答えを出すことになります。ただし、条文が「発すること」自体を基準にしている場面は、これとは別に残っています。制限行為能力者の相手方の催告で、期間内に確答を発しないときは追認とみなす、というルールがそうでした。

相手がどこにいるか分からないとき

98条の手続を簡潔に示す板(裁判所の掲示+官報1回以上/2週間経過で到達とみなす/表意者に過失があれば効かない) 図:98条の手続を簡潔に示す板

  • 裁判所の掲示+官報1回以上
  • 2週間経過で到達とみなす
  • 表意者に過失があれば効かない

次は、そもそも相手が誰か、どこにいるかが分からない場合です。表でいえば4段目——この場合は、出した側に手続を課したうえで、届いたことにされます。

条文民法98条1項〜3項

民法 第九十八条(公示による意思表示) 意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、公示の方法によってすることができる。 2 前項の公示は、公示送達に関する民事訴訟法(平成八年法律第百九号)の規定に従い、裁判所の掲示場に掲示し、かつ、その掲示があったことを官報に少なくとも一回掲載して行う。ただし、裁判所は、相当と認めるときは、官報への掲載に代えて、市役所、区役所、町村役場又はこれらに準ずる施設の掲示場に掲示すべきことを命ずることができる。 3 公示による意思表示は、最後に官報に掲載した日又はその掲載に代わる掲示を始めた日から二週間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす。ただし、表意者が相手方を知らないこと又はその所在を知らないことについて過失があったときは、到達の効力を生じない。

意思表示を届けたくても、相手が誰か分からない、あるいは相手の居場所が分からない場合があります。そのときのために、98条が用意されています。裁判所の掲示場に掲示し、あわせて官報に少なくとも一回載せます。細かい手続そのものは、今日は暗記の対象にしません。持ち帰ってほしいのは、2つだけです。1つめ、最後に官報に載せた日などから2週間経過すると、到達したものとみなされます。2つめ、表意者が相手を知らないこと、あるいは居場所を知らないことについて過失があった場合は、この効果が生じません。この制度は、探す努力をした人のための救済です。探す努力をしなかった者にまで、便利な裏技を使わせる必要はない、という考え方です。相手はこの制度によって、実際には知らないまま権利を失う側に立たされますから、表意者の側にも相応の努力を求めているわけです。

山場——受け取った側に、受け取る力が無かったら

向きが逆転する板(ここまでは届いたら効く方向/ここからは届いても効かない方向) 図:向きが逆転する板(ここまでは届いたら効く方向/ここからは届いても効かない方向)

最後は、届いた相手に、それを受け止める力が無かった場合です。表でいえば5段目——ここだけ、負う側が変わります。ここまでの97条や98条が扱っていたのは、いつも同じ問いでした。物理的に届いたかどうか、という問いです。ここから扱うのは、まったく別の問いです。届いた相手に、それを受け止める力があったかどうか、という問いです。物理的に届いたか、と、受け止める力があるか、は次元が違う問題です。だからこそ、答えの向きも逆になるんです。未成年者や成年被後見人は、契約を結ぶ側になったとき、単独ではできませんでした。

では、その人たちが契約を結ぶ側ではなく、通知を受け取る側になったときも、同じように守られるのか。そこを、これから確かめます。

条文民法98条の2

民法 第九十八条の二(意思表示の受領能力) 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき又は未成年者若しくは成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。 ただし、次に掲げる者がその意思表示を知った後は、この限りでない。 一 相手方の法定代理人 二 意思能力を回復し、又は行為能力者となった相手方

98条の2です。相手方が意思表示を受けた時に、意思能力が無かった、あるいは未成年者や成年被後見人であったときは、その意思表示をもって相手方に対抗できません。対抗できないことと、無効であることは、違います。だまされた人の取消しのところで「対抗することができない」を見たときと、同じ考え方です。意思表示そのものが無効になるわけではありません。表意者の側から「もう届いたはずだ」と主張できない、というだけです。受け取った側から、「あの通知は受け取っている」と主張することは、妨げられません。たとえば、未成年者のほうが、あとになって「あの通知はもう受け取っていたので、期限は過ぎている扱いでいい」と自分から言うことは、止められないんです。表意者の側からだけ言えない、という一方通行の制限です。

受領能力の一覧板(意思無能力者・未成年者・成年被後見人=なし/被保佐人・被補助人=あり) 図:受領能力の一覧板

  • 意思無能力者・未成年者・成年被後見人=なし
  • 被保佐人・被補助人=あり

⭐ 論文で書く規範:受領能力の有無——行為能力の4類型と並べる 意思無能力者=なし。未成年者=なし。成年被後見人=なし。被保佐人=あり。被補助人=あり。 (民法98条の2の反対解釈)

受領能力の有無を、一覧にします。意思無能力者、未成年者、成年被後見人は、受領能力がありません。ところが、被保佐人と被補助人には、受領能力があります。ここは、能力の回でやった原則の向きを思い出してください。未成年者と成年被後見人は、原則ぜんぶ制限。被保佐人と被補助人は、原則ぜんぶ自由で、決められた行為だけ同意が要る側でした。契約を結ぶ側では、その四人がそれぞれのやり方で守られています。ところが、受け取る側になったときは、上の3つだけが制限され、被保佐人と被補助人は制限を受けません。境界線の場所が違うんです。

契約を結ぶ側を守るときは、不利な契約を結んでしまう危険から守る必要があります。だから、程度の差はあっても、4つとも何らかの形で網がかかっています。ところが、受け取るだけの側であれば、必要なのは、届いた内容を理解できるかだけです。不利な契約を結ぶ危険そのものが、そもそも存在しないんです。では、被保佐人や被補助人は、届いた内容を理解できるのか。できます。判断能力そのものを欠いているわけではなく、一部の重要な行為について同意を求められているだけです。守るべきものが違うから、線を引く場所も違ってくるんです。

ただし書2つを指す板(①法定代理人が知った後②能力を回復・行為能力者となった本人が知った後=知った後から効く・遡らない) 図:ただし書2つを指す板

ただし書は2つあります。1つめ、相手方の法定代理人がその意思表示を知った後です。たとえば、成年後見人が通知を読んだ時点から、対抗できるようになります。2つめ、意思能力を回復した本人、あるいは行為能力者となった本人が、その意思表示を知った後です。未成年者が成年に達して、あとからその通知の存在を知った時点から、対抗できるようになります。届いた時点に遡るのではありません。知った後から、初めて効き始めます。成年に達した瞬間に、昔届いていた通知が一気に効き始めるわけではなく、その通知の存在を知った、その時点からです。最後に、一つ設例で締めます。未成年者に解除通知を送りましたが、親には伝わっていませんでした。この時点で、対抗できるでしょうか。

今のところ、対抗できていません。では、どうすればよかったでしょうか。受け取る力が心配な相手には、法定代理人に対して意思表示をする——これは、実務の作法として持ち帰ってください。そして、表の中でここだけ、背負う側が入れ替わりました。届くまでの道中のリスクは、ふつうは受けた側が負う。受け止める力が無い相手だったときだけ、出した側が負う——今日の表は、この一点で折り返しています。

到達点

背骨の一覧板(ふつうに届いた→受けた側/拒んだ→受けた側/出した側が死亡→どちらも負わない/相手不明→出した側に手続/受け止める力なし→出した側) 図:背骨の一覧板

  • ふつうに届いた→受けた側
  • 拒んだ→受けた側
  • 出した側が死亡→どちらも負わない
  • 相手不明→出した側に手続
  • 受け止める力なし→出した側

今日の話を、届くまでの道中で何が起きたか、という順番でもう一度まとめます。意思表示は、届くまでの道中で何かが起きたとき、そのリスクを誰に背負わせるかを、法が決めています。ふつうに届いた場合と、受け取りを拒んだ場合は、どちらも受けた側が負いました。出した側が道中で死んだ場合は、どちらも負いません。発した時点で、もう完成していたからです。相手がどこにいるか分からない場合は、出した側に手続を課したうえで、届いたことにされます。受け取った相手に、受け止める力が無かった場合は、出した側が負います。ここだけ、物理的に届いたかではなく、受け止められたかが問題になるからです。

解除通知を送られた借主が、内容を察して受け取りを拒んでいたのなら、配達が試みられた時点で到達したとみなされ、解除は効いています。ただ、単に受け取れなかっただけなら、答えは変わります。今日組み立てたこの物差しを使えば、条文を見なくても、自分でそこを判断できるはずです。中身が歪んでいたらどうなるか、外に出したものはいつ効くか——意思表示について問える角度は、これでひととおり出そろいました。取り消せる契約を実際に取り消すとき、何が起きるのかという話も、また別に残っています。契約が申込みと承諾で組み立てられていく話も、この先で扱います。

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#49単独ページ動画

無効の5つの扱いと121条の2・119条

第1章 民法総則 ㊴/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「もう3年経っている」で押し切れるか

Aは認知症で判断力を失っていたBから時価より大幅に安い価格で土地を買った/契約から3年後Bの成年後見人がこの契約の無効を主張してきた/Aは「もう3年も経っている、時効だろう」と言い返せるのか 図:今日の設例

Aは、認知症で判断力を失っていたBから、時価より大幅に安い価格で土地を買いました。契約から3年後、Bの成年後見人が、この契約の無効を主張してきました。Aは「もう3年も経っているんだから、今更ダメだと言われても困る、時効だろう」と言い返せるのでしょうか。

この設例の答えは、このノートの最後で出します。

今日の道のり

5軸——①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力 図:無効と取消しを分ける5軸

  • ①主張の要否=無効は不要/取消しは必要(123条)
  • ②主張権者=無効は原則誰でも/取消しは取消権者のみ(120条)
  • ③期間制限=無効はなし/取消しはある(126条)
  • ④追認=無効は原則不可(119条)/取消しは可(122条)
  • ⑤時の効力=無効ははじめから/取消しは遡及的無効(121条)

「効かない」には2種類あります。無効と、取消しです。無効は、最初から一貫して効果が無いこと。取消しは、取り消されるまでは有効な、不確定的に有効な状態でした。今日は、その無効の側だけを、もう一段深く掘ります。誰が言えるのか、いつまで言えるのか、あとから握手し直せるのか、お金を払ってしまっていたらどうなるのか——この一枚の表を、道しるべにします。

5つも並んでいると覚える量が多そうに見えますが、覚える数は、実は1つです。無効は、誰の利益を守るためでもなく、最初から効果が生まれていない、という性質でした。誰のためでもないからこそ、誰でも言えて、誰に対しても言えて、いつまでも言えます。反対に取消しは、特定の人を保護するための制度です。保護されるべき本人が「やっぱりやめる」と言わない限り、有効なまま進みます。だから、言える人は絞られ、いつまでも待たせられないので期間も切られます。誰のためかが違うから、扱いの全部が変わってくるのです。

1つめの「主張の要否」はすでに知っているとおり、主張しなくても当然に無効でした。ここからは、2つめから5つめを、1つずつ埋めていきます。

無効という同じ箱に入っていた条文たち

無効原因の一覧板(意思無能力3条の2/公序良俗90条/強行規定違反91条/心裡留保93条ただし書/通謀虚偽表示94条1項=いずれも既習) 図:無効原因の一覧板

  • 意思無能力3条の2
  • 公序良俗90条
  • 強行規定違反91条
  • 心裡留保93条ただし書
  • 通謀虚偽表示94条1項=いずれも既習

まず、無効になる原因を、一覧にします。今日は、新しい条文は出てきません。ここで出てくる5つの条文は、前にどこかで見たものばかりです。

1つめは、意思無能力——判断力が無い状態での意思表示は無効でした。3条の2です。認知症で判断力を失っていたBが土地を売った、まさに冒頭の設例がこれです。2つめと3つめは、公序良俗に反する契約と、強行規定に反する契約。90条と、91条です。賭け事の借金を取り立てる契約が、公序良俗違反の代表例でしたね。4つめと5つめは、心裡留保のただし書と、通謀虚偽表示。相手が真意でないと分かっていた場合と、示し合わせた見せかけの契約です。93条と94条ですね。5つとも、今日はじめて出す条文ではありません。ただ、なぜこの5つが、同じ「無効」という結論に行き着くのか、考えてみたことはありますか。

⭐ 論文で書く規範:無効の2つの系統——前提が無いか、内容がまずいか ①効果を認める前提が欠けている=意思無能力(3条の2)・心裡留保(93条ただし書)・通謀虚偽表示(94条1項)——意思表示そのものの実質を欠く②内容そのものが法秩序に反する=公序良俗違反(90条)・強行規定違反(91条)——内容自体が許されない

実は、2つの系統に分けられます。1つは、効果を認めるための前提そのものが欠けている系統です。意思無能力がこれです。判断する力が無い人には、有効な契約を成り立たせるための土台がありません。内容そのものが、法の秩序に反している系統です。公序良俗違反と強行規定違反は、内容が反社会的だったり、法が譲れないルールに触れていたりします。心裡留保のただし書と通謀虚偽表示は、少し違って、表示と本当の意思が最初からずれている、つまり効果を認める前提となる意思そのものが実は無い、という点で1つめの系統に近いものです。

理由は違っても、行き着く先はどちらも同じです。効果を認める土台が無いのだから、最初から一貫して効かない、無効という結論になります。取消しの原因になるのは、制限行為能力者による法律行為、それに、錯誤や詐欺、強迫による意思表示です。今日は、無効の側だけに集中します。

原則は絶対的無効、例外は3つ

絶対的無効の構造図(誰でも主張できる/誰に対しても主張できる/いつまでも主張できる=3つの「誰でも」) 図:絶対的無効の構造図

  • 誰でも主張できる
  • 誰に対しても主張できる
  • いつまでも主張できる=3つの「誰でも」

ここからが、今日のいちばんの山場です。無効の原則を、まず言葉にします。無効は、誰でも、誰に対しても、いつでも主張できます。これを、絶対的無効と呼びます。以前は確定無効という呼び方も出てきましたが、どちらも使われる呼び方です。取消しと対にして呼ぶときは確定無効、今日のように無効そのものの性質を掘り下げるときは絶対的無効といいます。誰でも・誰に対しても・いつでも——3つの「誰でも」が、無効の原則の正体です。たとえば、賭け事の借金を取り立てる契約が公序良俗に反して無効だったとき、その契約の当事者ではない第三者が裁判で無効を持ち出すことも認められます。誰の利益にも合わない契約だからこそ、誰の口からでも指摘できる、というのが原則の姿です。

壊れた自動販売機を思い浮かべてください。ボタンを押しても出ない機械は、誰が押しても、いつ押しても、何度押し直しても出ません。無効も同じです。誰が言っても、誰に対して言っても、いつ言っても、結論は変わりません。故障している事実は、誰の目にも同じだからです。例外はあります。3つです。1つずつ見ていきます。

絶対的無効の3つの例外(①取消的無効=主張権者の制限/②善意の第三者に対抗不可/③消滅時効・即時取得) 図:絶対的無効の3つの例外

  • ①取消的無効=主張権者の制限
  • ②善意の第三者に対抗不可
  • ③消滅時効・即時取得

例外の1つめ、主張できる人が制限される場合です。意思無能力による無効は、表意者——つまり、その意思表示をした本人側からしか主張できません。ただ、これは判例が確定させた分類ではなく、有力な見解にとどまる、ということは以前も確認しましたね。ここは、以前しっかり見た内容なので、今日は結論だけ持ち帰ってください。無効という性質自体が変わったわけではなく、誰の利益を守るための無効かを絞っただけです。本人を保護するための無効だから、本人側から言えれば十分、という理屈です。逆に、相手方の側からこの無効を持ち出せてしまうと、本人を守るための制度が、本人を追い出す道具に変わってしまいます。原則を破っているように見えて、実は「誰でも」を狭めているだけで、無効の一貫性そのものは崩れていません。例外の2つめ、対抗できる相手が制限される場合です。

93条2項と94条2項で、善意の第三者には無効を対抗できない、というルールがありました。ここも、以前見た結論だけ使います。無効は無効なのに、事情を知らずに関わってきた第三者には、その無効を持ち出せない場面がある、ということです。たとえば、AとBが示し合わせて、Aの土地をBに売ったことにする通謀虚偽表示をしたとします。実際にはAは土地を渡す気も無く、契約は無効です。ところが、Bがその土地を、事情を知らないCに転売してしまうと、Aは、Cに対しては、この契約が無効だったと言えなくなります。Cから見れば、Bが持ち主に見えていたからです。例外の3つめ、無効を事実上覆す法律関係が育ってしまう場合です。無効そのものに、期間制限はありません。ですが、無効から生まれる別の権利には、期間制限がつくことがあります。

たとえば、無効な行為に基づいて渡してしまったものを取り戻す権利——これはこれから見る121条の2の話ですが、この権利自体は、消滅時効にかかります。動産を無効な契約で受け取った人が、それをさらに別の人に転売してしまい、その人が善意無過失で受け取っていれば、即時取得が成立して、もとの持ち主は取り戻せなくなる場合があります。無効そのものは残っていても、それを主張する実益が無くなってしまう、という形です。土地のような不動産にはこの仕組みは使えないので、混同しないでください。

では、冒頭の設例に、ここまでで答えが出せるでしょうか。出せるのは、まだ半分です。Bの無効の主張そのものには、期間制限はありません。3年経っていても、無効はやはり無効です。ただ、Aが「もう3年経っている」と言いたい気持ちの矛先が、実は無効の主張の期限ではなく、渡してしまったものを取り戻す権利の期限だとしたら、話は変わってきます。その中身を、次に見ます。

もらったものは、原則すべて返す——121条の2第1項

121条の2第1項の板(原則全部返還/原物返還が不可能なら価額返還) 図:121条の2第1項の板(原則全部返還/原物返還が不可能なら価額返還)

無効な契約に基づいて、すでにものやお金を渡してしまっていたら、どうなるのか。ここからは、121条の2の話です。

条文民法121条の2

民法 第百二十一条の二(原状回復の義務) 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。 2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。 3 第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。

1項です。無効な行為に基づいて何かを受け取った者は、相手方を元の状態に戻す義務を負います。原則は、全部返還です。土地なら土地そのものを、それが無理なら、代わりにその値打ち分のお金を返します。たとえば、受け取った建物をすでに取り壊してしまっていたり、受け取った品物をすでに転売して手元に無かったりする場合です。原物をそのまま返せないので、代わりにその値打ち分に相当するお金——価額を返します。改正前は、有償の契約でも、受け取った側が善意なら現存利益で足りる場合があり、扱いがぼやけていました。121条の2は、無効な行為に特化して「原則は全部返還」という筋を明文で立て直したものです。

現に利益を受けている限度で足りる——121条の2第2項・3項

121条の2の三段構造板(1項原則全部返還/2項無償行為の善意者は現存利益/3項意思無能力者・制限行為能力者も現存利益) 図:121条の2の三段構造板

  • 1項原則全部返還
  • 2項無償行為の善意者は現存利益
  • 3項意思無能力者・制限行為能力者も現存利益

ここが今日の核心です。1つの問いで、2項と3項を貫きます。「全部返させると、誰が損をするか」という問いです。

まず2項は、無償行為の場合です。贈与のような、もらう一方の契約で、無効だと知らずに受け取った人にまで、全部返させるのは酷だからです。この人は、もともと何も対価を払っていません。にもかかわらず、受け取った分を丸ごと返せと言われたら、すでに使ってしまった分まで自腹で埋め合わせることになります。次に3項は、意思能力が無かった人と、制限行為能力者の場合です。この人たちも、全部返させると損をします。自分の判断で契約したわけではないのに、受け取った分を全部返す義務まで負わされたら、保護しているはずの制度が、逆に本人を苦しめることになります。だから、どちらも現に利益を受けている限度、つまり現存利益で足ります。

現存利益は、失踪宣告が取り消された場面で見た考え方です。あのときの基準を、そのままここでも使います。判断基準は、浮いたかどうかでした。生活費や借金の返済に使った分は、もともと出ていくはずだった出費なので、浮いた分として残っている扱いになります。反対に、遊興費や、盗まれてしまった分は、浮いた分が無いので、現存利益に入りません。実際の判例でも、この分け方が繰り返し出てきます。

判例大判昭和14年10月26日 民集18巻1157頁

浪費した分は現存利益に入らない 受け取った金銭を浪費してしまった場合、その分は現に利益を受けているとはいえず、返還の対象にならないとされた。

判例大判大正5年6月10日/大判昭和5年10月23日/大判昭和7年10月26日

生活費や借金の返済に使った分は現存利益として残る 受け取った金銭を生活費や既存の借金の返済に充てた場合、その分はもともと出ていくはずだった出費が浮いたものとして、現に利益を受けている扱いになるとされた。

冒頭の設例に戻ります。Aが受け取った土地はBに、Bが受け取った代金はAに、それぞれ原状回復されます。Bは意思無能力者ですから、3項が使えます。Bが受け取った代金を、浪費せずそのまま持っているなら、その分は全部返さなければなりません。ですが、一部を生活費に使ってしまっていたとしても、その分は浮いた分として、やはり返還の対象に含まれます。現存利益は「使ったから返さなくていい」ではなく、「浮いたかどうか」で決まる、という物差しは、ここでも変わりません。

原状回復の関係:相手方Aが代金を給付し、表意者Bが土地を給付した無効な契約→AはBに土地を、BはAに代金を、それぞれ原状に復させる(表意者Bは意思無能力者なので現存利益の限度)

Aが取り戻せる代金の返還請求権、つまり原状回復請求権は、無効の主張そのものとは別の、独立した権利です。だから、この権利自体が消滅時効にかかっていないかは、別に確認しなければなりません。3年という期間だけでは、まだ答えが確定しません。消滅時効の細かい期間そのものは、この先まとめて見ます。今日は、無効の主張には期間制限が無いのに対して、そこから生まれた返還請求権には期間制限がありうる、という切り分けだけ持ち帰ってください。

無効な行為は、追認しても増えない——119条

119条の本文とただし書を時系列で示す板(無効な行為→追認だけでは効力を生じない/知って追認すれば新たな行為とみなす・ここから将来効) 図:119条の本文とただし書を時系列で示す板

  • 無効な行為→追認だけでは効力を生じない
  • 知って追認すれば新たな行為とみなす・ここから将来効

次は、④追認の柱です。取消しは、取消権者が追認すれば、有効なまま確定できました。無効は、どうでしょうか。

条文民法119条

民法 第百十九条(無効な行為の追認) 無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは、新たな行為をしたものとみなす。

本文です。無効な行為は、追認によっても、その効力を生じません。壊れているものに手を加えても、増えたり直ったりはしない、というイメージです。119条には、ただし書があります。当事者が、その行為が無効であることを知って追認したときは、新たな行為をしたものとみなします。「みなす」といっても、もとの契約が有効になったわけではありません。もとの無効な行為は、やはり無効なままです。その代わり、追認をした時点から、改めて新しい契約が成立した、という扱いになります。だから、効力は追認の時点から生じるのであって、もとの契約の日付まで遡るわけではありません。

通謀虚偽表示で無効な売買契約を結んでいた2人が、1年後に「あの契約は無効だったけれど、今の条件でもう一度契約したことにしよう」と確認し合った、という場面を考えてみます。この場合、契約が生まれるのは、1年後の確認の時点からです。最初の契約の日から効いていたことにはなりません。遡りません。壊れた自動販売機のたとえで言うと、古い機械が直ったわけではなく、今日から動く新しい機械が、その場所に置き直された、という感覚です。困ることは、あります。たとえば、無効な契約のあと、その1年の間に、同じ土地が別の人に売られてしまっていたとします。追認が最初の契約の日まで遡ってしまうと、その別の人との関係が狂います。遡らないからこそ、途中に入ってきた人との関係が守られます。

時効にも関係します。原状回復請求権のような、新しく生まれる権利の消滅時効は、その権利が生まれた時点、つまり追認の日から数え始めます。もとの契約の日から数えるのではありません。日付がどこから始まるかで、時効が完成する日がまるごと変わってきます。ここは、論文で論点になりうる箇所です。公序良俗に反する行為には、このただし書は使えないという結論があります。内容そのものに不当性がある無効は、当事者が知って追認しても、その不当性が消えるわけではないからです。この1文で、無効はやはり一貫している、という今日の背骨に戻ります。

別の行為として救われる場合——無効行為の転換

転換の肯定例・否定例の対比板(肯定=秘密証書遺言→自筆証書遺言/嫡出子届出→認知/否定=虚偽の出生届は出生届としても養子縁組としても無効) 図:転換の肯定例・否定例の対比板

  • 肯定=秘密証書遺言→自筆証書遺言
  • 嫡出子届出→認知
  • 否定=虚偽の出生届は出生届としても養子縁組としても無効

もう一つ、④追認の隣に置いておきたい「救われ方」があります。追認でもとの行為を生き返らせるのではなく、はじめから別の行為として読み替える——無効行為の転換です。ある行為としては無効でも、別の行為の要件を満たしていれば、その別の行為として有効になる、という考え方です。何でも読み替えれば救われる、というわけではありません。まず、肯定される例から見ます。

条文民法971条(明文の転換規定)

秘密証書遺言として無効でも、自筆証書遺言として救われる 方式を欠いて秘密証書遺言としては無効な遺言であっても、自筆証書遺言の要件を満たしていれば、自筆証書遺言として有効と認められる。

秘密証書遺言も自筆証書遺言も、どちらも本人が自分で書いて署名し押印する、という骨格が重なっているからです。封のしかたなど秘密証書遺言に特有の手続でつまずいても、本文が全部自筆で日付と署名押印がある、という自筆証書遺言の要件そのものはすでに満たしていた、という場面で使われます。次は、少し先の分野の言葉が出てきます。嫡出子とは、婚姻している夫婦の間に生まれた子のことです。ここでは、そうでない子を、嫡出子として届け出てしまった、という場面を考えてください。

判例最判昭和53年2月24日 民集32巻1号110頁

嫡出子として届け出た出生届は無効でも、認知としては有効 父が自分の子を嫡出子として届け出た出生届は、嫡出子の届出としては無効であっても、認知の効力を生じるとされた。

ここで、否定される例も見ておきます。

判例大判昭和11年11月4日 民集15巻1946頁/最判昭和50年4月8日 民集29巻4号401頁

内容虚偽の出生届は、出生届としても養子縁組としても無効 他人の子を自分の子であると偽って届け出た出生届は、出生届としても、養子縁組の届出としても、効力が認められないとされた。

理由は、2つの角度から説明できます。1つは、養子縁組として救うには、養子縁組をする意思そのものが必要だという点です。ところが、この届出は「自分の実の子だ」という、事実に反する主張をしているだけで、「養子にしよう」という意思は、そもそも存在していません。もう1つは、届出の方式そのものです。嫡出子として子を届け出る出生届を、そのまま養子縁組の届出として扱うことは許されない、という理由づけです。意思の面でも、方式の面でも、養子縁組として救われるだけの中身が備わっていない、ということです。

「無効イコール全部アウト」ではない——一部無効

一部無効の可分・不可分対比板(可分=利息制限法1条・超過部分だけ無効/不可分=無効部分が無ければ契約しなかったといえる場合は全部無効) 図:一部無効の可分・不可分対比板

  • 可分=利息制限法1条・超過部分だけ無効
  • 不可分=無効部分が無ければ契約しなかったといえる場合は全部無効

最後に、一部無効です。法律行為の一部だけに、無効の原因がある場合です。無効の原因があれば全部アウトだ、と思い込むと、痩せた理解になります。明文の規定がある例を見てみます。利息制限法1条です。「金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする」。上限を超える利息を約束していても、その契約全体が無効になるのではなく、超過した部分だけが無効になります。元本が50万円なら、上限は年1割8分です。もし契約で年3割の利息を約束していたとしても、無効になるのは上限を超えた年1割2分の部分だけです。年1割8分の部分と、貸したお金そのものを返す契約は、そのまま残ります。

利息制限法の目的は、借り主を守ることです。もし契約全体を無効にしてしまうと、お金を返す契約そのものが消えて、貸した人が不当利得として全額の返還を求めることになりかねません。それでは、借り主を守るための規定が、逆に借り主を苦しめる結果になります。当事者の通常の意思も、上限の範囲でなら契約を続けたい、というものです。だから、行き過ぎた部分だけを削って、契約そのものは残す、という設計になっています。

明文の規定が無い場合は、原則で判断します。無効の原因がある部分だけを取り除いても契約として成り立つ、つまり可分であれば、その部分だけ無効で、残りは有効です。反対に、その部分が無ければそもそも契約しなかったと言えるほど、無効部分と残りが不可分に結びついている場合は、全部無効になります。たとえば、複数の商品をまとめて一つの代金で売る約束で、その一部にだけ無効の原因があるのに、その一部が無ければそもそもこの価格では売らなかったといえるような場合です。

無効の原因がどこにあるかを見極めれば、契約の残りは生きます。

今日の折り返し点

5軸の一覧板を再掲(①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力) 図:5軸の一覧板を再掲(①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力)

今日の話を、もう一度、5軸に戻してまとめます。無効は、はじめから一貫して効かない。だから、誰でも言えるし、いつまでも言えるし、あとから握手し直すこともできませんでした。意思無能力の無効は、主張できる人が絞られる。心裡留保と通謀虚偽表示は、対抗できる相手が絞られる。そして、無効から生まれた権利自体が、別に消滅時効にかかることがある。ここで一つ確認しておきたいのが、この3つの例外は、無効の原則である「誰でも・誰に対しても・いつでも」を、本当に崩していたのか、という点です。崩してはいません。主張できる人や対抗できる相手を絞っているだけで、無効そのものの性質は変わっていないからです。3つとも、無効という性質自体を破っていない、という点が同じでした。

原則は全部返還、無償行為の善意者と意思無能力者・制限行為能力者は現存利益で足りる、という三段構造でした。「全部返させると誰が損をするか」という1つの問いで、2項と3項を貫きました。119条は、無効な行為は追認しても増えないけれど、知って追認すれば新たな行為として、その時点から生まれ直す、という話でした。そのあと見た2つは、5軸の表そのものには載りません。転換は、④追認の隣——追認では生き返らないけれど、別の行為の要件を満たしていれば救われる、という話です。一部無効は、無効がどこまで及ぶかという範囲の話——無効の原因がある部分だけを切り落として、契約の残りは生かせる場合がある。無効イコール全部アウト、ではありませんでした。

Bの無効の主張そのものには、期間制限はありません。3年経っていても、無効はやはり無効です。「時効だろう」というAの言い返しが刺さるとしたら、それは無効の主張の期限ではなく、渡してしまった代金を取り戻す原状回復請求権の期限の話です。無効の期限が無いことと、そこから生まれた権利に期限がありうることは、別の話として切り分けてください。今日は、無効の側だけを見ました。

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#50単独ページ動画

取消権者120条と追認124条

第1章 民法総則 ㊵/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

どの「取消し」の話なのか

一般的取消し/特殊的取消しの対比板(一般的取消し=制限行為能力・錯誤・詐欺・強迫/特殊的取消し=詐害行為取消権・754条)

  • 一般的取消し=制限行為能力・錯誤・詐欺・強迫(120条以下が適用される)
  • 特殊的取消し=詐害行為取消権・754条(120条以下は適用されない)

120条に入る前に、1つ釘を刺しておきます。「取消し」という言葉は、実は複数の制度を指します。120条以下が適用されるのは、一般的取消しと呼ばれるものだけです。制限行為能力、錯誤、詐欺、強迫を理由とする取消しがこれにあたります。一般的取消し以外の取消しもあります。借金を抱えた人が財産を逃がしたときに債権者がそれを取り消す詐害行為取消権や、夫婦間の契約の取消しです。これらは特殊的取消しと呼ばれ、120条以下は適用されません。詐害行為取消権の中身は、別の回で扱います。無権代理行為の取消しにも、120条以下は適用されません。取消しは本来、一応有効な行為を遡って無効にする行為です。ですが無権代理行為の取消しは、もともと無効な行為の無効を確定させて、本人があとから認めて有効にする権利——追認権を奪う行為です。性質が違います。

代理権の無いBが、Aの代理人だと名乗ってCと契約した場合です。この契約はもともと効力がありません。Cがする取消しは、有効なものを壊す行為ではなく、Aがあとから追認する道を閉じる行為です。だから120条以下の枠には入りません。今日この先で扱うのは、一般的取消しだけです。

取消しは、取り消す側に不利益を生まない——120条

120条1項の取消権者4種の板(①制限行為能力者本人②代理人③承継人④同意権者=保佐人・補助人/本人が単独で取り消せる理由=取り消す側に新たな不利益を生まない) 図:120条1項の取消権者4種の板

  • ①制限行為能力者本人②代理人③承継人④同意権者=保佐人・補助人
  • 本人が単独で取り消せる理由=取り消す側に新たな不利益を生まない

②主張権者を埋めます。誰が取り消せるのか——冒頭の、17歳のAが親に黙って中古バイクを買った設例で言えば、取り消すと言えるのは親だけなのか、という問いです。条文は120条です。

条文民法120条

民法 第百二十条(取消権者) 行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者(他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。)又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。 2 錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。

1項は、制限行為能力を理由とする取消しです。取消権者は、本人、代理人、承継人、同意権者の4種類です。同意権者というのは、保佐人と、同意が要る旨の審判を受けた場合の補助人のことです。被保佐人の回と、被補助人の回で会った人たちです。13条1項の10個の行為に同意していたのが保佐人、審判で決まった範囲に同意していたのが補助人でした。同意を出す立場だったから、その契約を取り消す権利も持っています。ここが今日いちばんの持ち帰りです。なぜ本人も単独で取り消せるのか、理由は1つです。取消しは、取り消す側に新たな不利益を生みません。

契約を結ぶ場面では、保護者の同意なしに単独で契約すると、不利な条件を押しつけられる危険があります。だから同意が要ります。でも取消しは逆に、その契約を無かったことにする行為です。取り消して損をすることはありません。だから保護者の同意なしに、単独で確定的に取り消せます。ただし1つだけ、例外があります。成年被後見人は、他の制限行為能力者と違って、単独でした行為なら何であれ取り消しうる、というのが9条本文の建前でした。では、その人が「取り消す」と言ったら、それで確定するでしょうか。成年被後見人も、取消権者ではあります。ただ、「取り消す」と言うこと自体が、1つの意思表示です。成年被後見人が単独でした意思表示である以上、さっきの9条本文がここにも及びます。だから、その取消しの意思表示は不確定的に有効にとどまり、それ自体をさらに取り消すことができる、という扱いになります。

成年被後見人だけは、他の制限行為能力者と少し違う扱いになります。

1項の内側の3つの注意点(成年被後見人=取消しの意思表示は不確定的有効/承継人=包括承継人・契約上の地位の譲受人は入る、目的物だけの譲受人は入らない/かっこ書=他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為) 図:1項の内側の3つの注意点

  • 成年被後見人=取消しの意思表示は不確定的有効
  • 承継人=包括承継人・契約上の地位の譲受人は入る、目的物だけの譲受人は入らない
  • かっこ書=他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為

承継人にも、範囲があります。相続人のように、その人の立場をまるごと引き継いだ人——包括承継人と、契約上の地位を譲り受けた者は含まれます。ですが、目的物だけを譲り受けた者は含まれません。これは通説です。取消権は、契約という立場にくっついて動く権利であって、物にくっついて動く権利ではないからです。Aが買ったバイクだけを誰かに譲っても、その人は取消権までは受け継ぎません。もう1つ、1項のかっこ書きにも触れておきます。制限行為能力者が、他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については、その他の制限行為能力者も取消権者に含まれます。

16歳のDの唯一の親権者Fが、被保佐人だったとします。Fが親権者としてDを代理してした行為は、Fだけでなく、D自身も取り消せます。

120条2項の取消権者(瑕疵ある意思表示をした者/代理人/承継人)=1項との違いは同意権者が無いことだけ

2項は、錯誤、詐欺、強迫を理由とする取消しです。取消権者は、瑕疵ある意思表示をした者、その代理人、承継人です。1項との違いは、同意権者が無いことだけです。同意権者は、制限行為能力者を保護する制度の一部です。錯誤や詐欺、強迫は制限行為能力とは関係なく起きるので、同意権者という発想がそもそも要りません。

保証人の履行拒絶(457条3項)の関係図(A詐欺により契約→B主債務→Cは保証人/主債務者が取消権を行使すれば免れる限度でCは履行拒絶できる)

120条には、実は出てこない人がいます。保証人です。保証人は取消権を持ちません。120条のどこにも、保証人は出てきません。ただし、黙って払わされるわけでもありません。457条3項に、履行拒絶の抗弁権があります。主債務者が取消権を持っているなら、その取消権の行使によって主債務者が債務を免れるはずの限度で、保証人は履行を拒めます。Aが詐欺にあって、Bと500万円の契約を結んだとします。Cがその保証人になっていて、うち450万円分がAの詐欺による意思表示だったとしたら、Cは、Bから450万円分の履行を求められても、その限度で拒めます。

取消権を持つのは、あくまで主債務者です。保証人は、その取消権が行使されたら自分も助かる範囲だけ、先取りして拒める、という設計です。保証の本体は、別の回で扱います。1項も2項も保証人も、たどり着く先は同じです。取消しは、取り消す側に新たな不利益を生まない。だから言える人は絞られ、その人は単独で言えます。

取消しの意思表示は、誰に言うのか

123条の要旨板(相手方が確定している場合はその相手方に意思表示/裁判外でよい/転得者は含まない) 図:123条の要旨板

  • 相手方が確定している場合はその相手方に意思表示
  • 裁判外でよい
  • 転得者は含まない

①主張の要否を埋めます。無効は、主張しなくても当然に無効でした。取消しはどうでしょうか。

条文民法123条

民法 第百二十三条(取消し及び追認の方法) 取り消すことができる行為の相手方が確定している場合には、その取消し又は追認は、相手方に対する意思表示によってする。

取消しは、意思表示が必要です。相手方が確定している場合は、その相手方に対して取消しの意思表示をします。取消しの意思表示に裁判は要りません。裁判外でもよい、という点も押さえてください。無効が「主張しなくても当然」だったのと対比すると、取消しは「言わなければ効果が生じない」という違いが際立ちます。契約は有効なままです。Aが店に「あの売買を取り消します」と伝えて、初めて効果が生じます。手紙1通でもかまいません。黙っていれば、バイクの売買はそのまま生きています。ただし、転売された先の人は含まれません。

判例大判大正14年3月3日 民集4巻90頁

転得者は「相手方」に含まれない この事案では、制限行為能力者Aが物をBに売り、BがそれをさらにCに転売していても、Aが取消しの意思表示をする相手は契約の相手方Bであり、転得者Cには含まれない。

BがCに転売していても、Aが取り消すときに言う相手はBです。取消しは、自分が結んだ契約を壊す意思表示だからです。契約を結んでいないCに言っても、壊す相手がいません。Cの手元に残った物をどうするかは、第三者保護の規定で別に決まります。

取り消すと、最初から無かったことになる——121条

遡及的無効の説明板(取り消されるまでは有効/取消しによって最初から無かったことになる/無効との対比) 図:遡及的無効の説明板

  • 取り消されるまでは有効
  • 取消しによって最初から無かったことになる
  • 無効との対比

⑤時の効力を埋めます。

条文民法121条

民法 第百二十一条(取消しの効果) 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

取り消された行為は、初めから無効だったことになります。これを、遡及的無効といいます。詐欺や強迫の回で、時間が巻き戻る効果を遡及効と呼びましたが、同じことを指しています。無効は、最初から一度も効いていません。取消しは違います。取り消されるまでは、いったん有効に進んでいます。それが取消しによって、あとから最初まで遡って崩れる、という違いです。前回、無効な契約で受け取ったものを返す義務——原状回復には、3段階の物差しがありましたね。覚えていますか?121条の2ですよね。原則は全部返還で、無償行為の善意者と、意思無能力者・制限行為能力者は現存利益でした。そして、その物差しがそのまま使えます。121条が「初めから無効であったものとみなす」と決めている以上、取り消された行為は無効な行為として扱われるからです。取消し専用の後始末のルールが、新しく生まれるわけではありません。

失踪宣告の回で作った物差しです。そのお金が無くてもどのみち出ていくはずだった分は、形を変えて残っている。遊びに使った分や盗まれた分は、残っていない。ここでも同じ基準です。

121条の2の三段構造の再掲(1項原則全部返還/2項無償行為の善意者は現存利益/3項意思無能力者・制限行為能力者は現存利益) 図:121条の2の三段構造の再掲

  • 1項原則全部返還
  • 2項無償行為の善意者は現存利益
  • 3項意思無能力者・制限行為能力者は現存利益

冒頭の設例——17歳のAが、親に黙って中古バイクを買った件に当てはめます。Aは17歳の制限行為能力者です。取り消せば、Aは店に対して、受け取ったバイクを返す義務を負います。Aが受け取ったバイクによる利益が、現に残っている限度で返せば足ります。使い込んで無くなった分まで、自腹で埋め合わせる必要はありません。一般論としては、現物を返せないときはその価額を返すのが原則です。ですが、Aのように3項が効く場面では、話が変わります。返す範囲はあくまで現存利益の限度なので、利益が形を変えて残っている分だけを、その限度で返せば足ります。本当に何も残っていなければ、返すものはありません。もう1つ、原状回復の義務には性質があります。

判例最高裁判所判決 昭和47年9月7日 民集26巻7号1327頁

双方の原状回復義務は同時履行の関係に立つ この事案では、詐欺を理由に売買契約が取り消され、取消しによって生じる双方の原状回復義務は、533条を類推適用して、同時履行の関係に立つとされた。

バイクを返す義務と、代金を返す義務は、同時に行う関係にあります。どちらかが一方的に先に返す必要はありません。なお、所有権に基づく返還請求権と、121条の2第1項の返還請求権は、どちらを使ってもかまいません。取消しの後に、バイクが別の人に転売されていた場合はどうなるか。初めから無かったことにするという建前をどこまで押し通すかで、結論が変わります。そこは登記の回で扱います。

「もういい」で確定させる——追認

追認の法的性質の板(追認=取消権の放棄/追認権者は取消権者と同じ範囲) 図:追認の法的性質の板(追認=取消権の放棄/追認権者は取消権者と同じ範囲)

④追認を埋めます。無効は、原則追認できませんでした。取消しはどうでしょうか。

条文民法122条

民法 第百二十二条(取り消すことができる行為の追認) 取り消すことができる行為は、第百二十条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。

追認すると、以後取り消せなくなります。有効な状態が確定します。ここで、追認の性質を先に立てます。追認は、取消権の放棄です。この1点から、これから見る要件が全部出てきます。返品期限のついた「これでいいです」ボタンだと思ってください。押した瞬間、二度と返品できなくなります。追認できる人の範囲は、122条の文言どおり、取消権者と同じです。自分の権利を放棄するのだから、放棄できるのは権利を持つ人だけです。

124条の要件2つの板(①取消しの原因となっていた状況が消滅した後/②取消権を有することを知った後) 図:124条の要件2つの板

  • ①取消しの原因となっていた状況が消滅した後
  • ②取消権を有することを知った後

追認には、要件が2つあります。

条文民法124条

民法 第百二十四条(追認の要件) 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。 2 次に掲げる場合には、前項の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅した後にすることを要しない。 一 法定代理人又は制限行為能力者の保佐人若しくは補助人が追認をするとき。 二 制限行為能力者(成年被後見人を除く。)が法定代理人、保佐人又は補助人の同意を得て追認をするとき。

1つめは、取消しの原因となっていた状況が消滅した後、ということです。制限行為能力なら行為能力者となった後、錯誤や詐欺、強迫ならその状態を脱した後です。判断できない状態のままの「もういい」は、保護になりません。制限行為能力者のまま追認させてしまうと、保護しているはずの制度が、逆に本人を追い込む道具になります。2つめは、取消権を有することを知った後、ということです。これは改正で明文化されました。追認は取消権の放棄です。捨てる権利があると知らずに、捨てることはできません。知らずに「もういい」と言っただけでは、放棄の意思とは言えません。

Aが18歳になった翌日、店に「このまま乗り続けます」と伝えた。1つめの要件——行為能力者になった後、はもう満たしています。そこで分かれます。Aが親から「未成年のうちの契約は取り消せる」と聞かされていて、それを分かったうえで「乗り続けます」と言ったのなら、追認です。もう取り消せません。ただ乗り続けていただけなら、追認にはなりません。取消権があると知らないまま、その権利を捨てたことにはできないからです。1つめの要件には、例外があります。例外は2つです。1つ目、法定代理人や保佐人、補助人自身が追認するとき。2つ目、成年被後見人ではない制限行為能力者本人が、同意を得て追認するとき。どちらでも、本人がまだ行為能力者に戻っていなくてもかまいません。

判断できる人が、すでに関与しているからです。1つめの要件が心配していたのは、判断できない状態のままの追認でした。保護者が関与していれば、その心配は要りません。1号は、法定代理人や保佐人、補助人が追認する場面です。Aがまだ17歳のうちに、親権者が店に「この売買を認めます」と伝えれば、それで追認は成立します。Aが18歳になるのを待つ必要はありません。2号は、制限行為能力者本人が、保護者の同意を得て追認する場面です。Aがまだ17歳のうちに、親権者の同意を得たうえで「乗り続けます」と店に伝えれば、これも追認になります。どちらも、判断できる人がすでに関与しているからです。追認の意思表示の相手方も、取消しと同じです。相手方が確定していれば、その相手方に対する意思表示で行います。

両方の列が、1つの理屈から出ている

5軸の一覧板を両列そろえて再掲(①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力/無効|取消し) 図:5軸の一覧板を両列そろえて再掲

  • ①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力
  • 無効|取消し

今日埋めた右の列を、もう一度並べます。①取消しの意思表示が必要、②取消権者だけが言える、④追認できる、⑤遡及的無効。③の期間制限だけは、まだ埋めていません。無効は、誰の利益でもないから、誰でも、いつでも言えます。取消しは、特定の人を守る制度だから、言える人が絞られ、いつまでも待たせられないので期間も切られ、その人が「もういい」と言えば確定します。どちらの列も、1つの理屈から出ています。ここで一つ確認したいのですが、なぜ120条1項は、本人自身にも単独での取消しを認めているのでしょうか?取消しは、取り消す側に新たな不利益を生まないからです。契約を結ぶときと違って、保護者の同意が無くても損をしません。

最後に、冒頭の設例——17歳のAが親に黙って中古バイクを買った件に戻ります。1つめ、取り消すと言えるのは親だけではありません。17歳のA自身も、単独で確定的に取り消せます。2つめ、Aが18歳になった翌日に「このまま乗り続けます」と言ったのは、行為能力者になった後の話なので、124条1項の1つめの要件は満たしています。ただし、もう1つの要件——取消権があると知っていたかどうかは、これだけでは分かりません。それが満たされていなければ、追認にはなりません。

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#51単独ページ動画

法定追認125条と期間制限126条

第1章 民法総則 ㊶/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

代金を受け取ってしまった

Aはだまされて絵画を安く売らされたと気づいた後にその契約の代金を受け取ってしまった/もう取り消すとは言えないのか/一言も追認するとは言っていないのに

  • Aはだまされて絵画を安く売らされたと気づいた後にその契約の代金を受け取ってしまった
  • もう取り消すとは言えないのか
  • 一言も追認するとは言っていないのに

結論から言うと、Aはもう取り消せません。「追認する」と言わなくても、行動が意思の代わりになる仕組みが、民法にはあるからです。なぜそうなるのか、その仕組みから見ていきます。最後に、もう一度この場面へ戻ります。

残っているのは、あと1つ

5軸の一覧板(①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力/無効|取消しの2列、③だけが空欄) 図:5軸の一覧板(③だけが空欄)

  • ①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力
  • 無効|取消しの2列、③だけが空欄

前回、この表の右の列——取消しの列を、③期間制限を残してほとんど埋めました。①取消しの意思表示が必要、②取消権者だけが言える、④追認できる、⑤遡及的無効です。③の期間制限だけが、まだ空いています。今日は、その③を埋めます。ただ、その前にもう1つ、追認には別の形があることを見ておきます。今日の道のりは、追認のもう1つの形と、期間の話です。この2つで、取消権が宙に浮いたままにならない仕組みが、全部そろいます。

行動が、意思の代わりになる——125条の意義

追認の2つの形を並べる板(122条=意思表示による追認/125条=行動があれば意思を問わず追認とみなす=法定追認) 図:追認の2つの形を並べる板

  • 122条=意思表示による追認
  • 125条=行動があれば意思を問わず追認とみなす=法定追認

前回見た122条の追認は、追認する、という意思表示でした。取消権者が、自分の口で「もういい」と言う行為です。ですが、放棄の意思をいちいち言葉にしなくても、放棄したのと同じ扱いになる場合があります。取消権者が、追認する気があったかどうかを問わず、法律上当然に追認があったものとみなされる場合です。これを、法定追認といいます。

条文民法125条

民法 第百二十五条(法定追認) 追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について次に掲げる事実があったときは、追認をしたものとみなす。ただし、異議をとどめたときは、この限りでない。 一 全部又は一部の履行 二 履行の請求 三 更改 四 担保の供与 五 取り消すことができる行為によって取得した権利の全部又は一部の譲渡 六 強制執行

事実があれば、それだけで追認したものとして扱われます。取消権者の内心を確かめる余地はありません。趣旨は2つです。1つは、相手方の信頼を守ることです。取消権者が契約を前提に動いたのを見た相手方は、もう取り消されないと信じます。その信頼を裏切らないためです。もう1つは、法律関係を早く安定させることです。宙に浮いた状態を、いつまでも続けさせません。法定追認の効果は、122条の追認と同じです。追認したものとみなされた以上、以後は取り消せません。確定的に有効になります。行き着く先は同じで、そこにたどり着く経路が、意思表示か、行動かで分かれているだけです。

6つの号を、1本の物差しで読む

①履行と②履行の請求を「取消権者が動いたか」で読む板(①=取消権者の履行も相手方の履行の受領も成立/②=取消権者からの請求に限る) 図:①履行と②履行の請求を「取消権者が動いたか」で読む板

  • ①=取消権者の履行も相手方の履行の受領も成立
  • ②=取消権者からの請求に限る

覚える数は、1つです。取消権者が、その契約を前提にして、自分から動いたと言えるか。この物差し1本で、6つ全部が説明できます。1号から順に見ていきます。1号は、履行です。AとBの絵画の契約に当てはめます。Aが絵画を渡す義務を果たしても、法定追認になります。ですが、それだけではありません。相手方Bの履行を、Aが受け取った場合も、1号に入ります。

判例大判昭和8年4月28日 民集12巻1040頁

履行には、取消権者が相手方の履行を受け取った場合も含まれる この事案では、取消権者が相手方から履行として代金の支払を受け取った行為も、125条1号の履行にあたるとされた。

受け取るのも、契約を前提に動いたことに変わりありません。渡す側でも、受け取る側でも、契約を前提に自分から動けば、それで1号にあたります。2号は、履行の請求です。ここは、取消権者からの請求に限られます。

判例大判明治39年5月17日 民録12輯837頁

履行の請求は、取消権者みずからが請求した場合に限られる この事案では、125条2号の履行の請求は、取消権者みずからが相手方に請求した場合に限られ、相手方から請求を受けただけでは法定追認にならないとされた。

物差しに戻ってください。Aが「代金を払ってください」とBに請求すれば、Aが自分から動いています。ですが、Bが「絵を早く引き渡してくれ」とAに請求しただけなら、動いたのはBで、Aは何もしていません。物差しに照らせば、当然の結論です。

法定追認6類型のつづき(③更改=取消権者が債権者としても債務者としても成立/④担保の供与=取消権者が供与しても相手方から受けても成立) 図:法定追認6類型のつづき

  • ③更改=取消権者が債権者としても債務者としても成立
  • ④担保の供与=取消権者が供与しても相手方から受けても成立

3号は、更改です。AとBが合意して、代金債務を、分割払いの新しい債務に置き換えたとします。これは双方向です。Aが債権者としてした場合も、債務者としてした場合も、更改を持ちかけた時点でAは動いています。4号は、担保の供与です。ここは1号と同じ構造で、Aが担保を供与した場合も、Bから担保の供与を受けた場合も、どちらも4号に入ります。担保の供与は、受ける側でもかまいません。Bから抵当権の設定を受け入れれば、Aはその契約が有効に続くことを前提に、担保を受け取る側に回っています。1号の受領と同じ理屈です。

法定追認6類型のつづき(⑤取得した権利の譲渡=取消権者の譲渡に限る/⑥強制執行=取消権者が取り立てる側のときだけ) 図:法定追認6類型のつづき

  • ⑤取得した権利の譲渡=取消権者の譲渡に限る
  • ⑥強制執行=取消権者が取り立てる側のときだけ

5号は、取得した権利の譲渡です。ここは、Aが譲渡した場合に限られます。Aが、この契約で取得した代金債権を、第三者Cに譲渡すれば5号です。ですが、Bが絵画を勝手にCへ転売しても、それはBの行為であって、Aとは関係がありません。6号は、強制執行です。裁判所の手続を使って、相手方の財産から強制的に取り立てることですね。ここも、取り立てにかかったのがAの側であるときだけです。Aが代金債権について強制執行をかければ、6号です。ですが、Aが債務者として、絵画の引渡義務を強制執行された側なら、Aは動いていません。この号は、条文の文言だけで説明がつきます。強制執行という言葉を、取消権者の側の行為と読めば足ります。

混ざって見えるのは、丸暗記しようとしているからです。1号と4号は、受け取ることそのものが、契約を前提に動く行為です。2号、5号、6号は、相手方の行為はAにとって受け身でしかなく、Aが動いたことにはなりません。3号は、どちらから持ちかけても双方が動きます。全部、同じ物差しで説明できます。

⭐ 論文で書く規範:法定追認の物差し——取消権者が、契約を前提に自分から動いたと言えるか ①履行=取消権者の履行も相手方の履行の受領も○②履行の請求=取消権者からの請求に限る③更改=双方向○④担保の供与=取消権者が供与しても相手方から受けても○⑤権利の譲渡=取消権者の譲渡に限る⑥強制執行=取消権者が取り立てる側のときだけ (125条6類型の物差し)

この物差しを、境界の1組で確かめておきます。Aが、Bから代金を受け取った場合は、法定追認になります。取消権者であるA自身が、契約を前提に動いているからです。逆に、BがAに「代金を払ってくれ」と請求しただけの場合は、なりません。動いたのはBで、Aは何もしていないからです。同じ「代金」という言葉が出てきても、動いたのが誰かで結論が分かれます。受け取ったか、請求されただけか。その一点だけで、法定追認になるかどうかが変わります。

いつから、何を告げれば止まるのか

125条の要件を時系列で示す板(①法定追認事由の発生②追認をすることができる時以後であること=柱書本文③異議をとどめていないこと=ただし書) 図:125条の要件を時系列で示す板

125条には、6類型のほかに、要件がもう2つあります。1つは、時期です。柱書の「追認をすることができる時以後」という部分です。125条柱書の「追認をすることができる時」は、124条で見たものと同じ物差しです。取消しの原因となっていた状況が消滅した後、という意味です。未成年者Cが、17歳のうちに親に黙ってゲーム機を買う契約を結んだとします。Cが18歳になる前に、相手方の引渡しを受け取っても、法定追認にはなりません。Cはまだ17歳で、取消しの原因となっていた状況——未成年であること——が消えていないからです。

Cがまだ17歳のうちに、法定代理人が代わりにその引渡しを受け取れば、法定追認になります。判断できる人がすでに関与しているからです。前回、124条2項の例外で見たのと同じ理屈です。もう1つの要件は、ただし書です。取消権者が異議をとどめていないこと。履行はするけれど、「取り消す権利は残しておきます」と、相手方にはっきり告げることです。Aが、Bから代金を受け取るときに「この契約を取り消す権利は、まだ残しておきます」と一言伝えていれば、代金を受け取っても法定追認にはなりません。告げていなければ、擬制が働きます。

124条の要件、覚えていますか

124条の要件2つを再掲する板(①取消しの原因となっていた状況が消滅した後②取消権を有することを知った後) 図:124条の要件2つを再掲する板

ここで、前回の内容を1つ確認しておきたいのですが、124条で見た追認の要件は、何が2つありましたか?1つは、取消しの原因となっていた状況が消滅した後であること。もう1つは、取消権を有することを知った後であること、でした。その2つめを、今日はもう一度使います。

知らなくても、法定追認になる——122条との弁別

122条の追認と125条の法定追認の弁別板(追認の意思=122条必要・125条不要/取消権を知っていること=122条必要・125条不要/取消原因消滅後であること=両方必要/異議の留保=125条のみ/効果=両方確定的有効) 図:122条の追認と125条の法定追認の弁別板

  • 追認の意思=122条必要・125条不要
  • 取消権を知っていること=122条必要・125条不要
  • 取消原因消滅後であること=両方必要
  • 異議の留保=125条のみ
  • 効果=両方確定的有効

ここが、今日いちばんの持ち帰りです。124条は、追認するには、取消権を有することを知った後でなければならない、としていました。では、125条の法定追認にも、同じことが要るでしょうか。125条の要件には、取消権を知っていることは出てきません。そして、判例の立場もそうです。法定追認には、取消権を有することを知っている必要はありません。

判例大判大正12年6月11日 民集2巻396頁

取消権を有することを知らなくても、法定追認は成立する この事案では、125条の法定追認は、取消権者が取消権を有することを知っていたかどうかを問わず成立するとされた。

124条とは正反対です。ここは必ず対比してください。122条の追認は、取消権という権利の放棄です。前回、返品期限のついた「これでいいです」ボタンに例えましたね。捨てる権利があると知らずには、捨てられません。だから、知っていることが要件になります。125条の法定追認は、違います。内心の放棄ではなく、相手方から見た外形に対する信頼を保護する制度です。相手方は、取消権者の内心の認識までは見えません。契約を前提に動いた、という外に出た事実だけを見て、もう取り消されないと信じます。だから、内心での認識も問わないんです。

取消権に気づかないまま代金を受け取っても、法定追認になります。気づいていたかどうかは関係ありません。動いたという事実だけで、擬制が働きます。ただ、1つだけ触れておきます。取り消せると分かってから動いたのでなければ法定追認とは言えない、と考える立場も有力です。ここでは、判例の立場を軸に押さえておいてください。

動かなくても、時間が消していく——126条

126条の趣旨板(取り消せる行為は一応有効/取消しの意思表示があれば遡及的に無効になる/取消権がいつまでも残ると法律関係が不安定) 図:126条の趣旨板

  • 取り消せる行為は一応有効
  • 取消しの意思表示があれば遡及的に無効になる
  • 取消権がいつまでも残ると法律関係が不安定

③期間制限に入ります。制限行為能力者の相手方を守る回で、期間制限には一度だけ触れました。今日がその本体です。取り消せる行為は、取り消されるまでは、一応有効です。前回見たとおり、取消しの意思表示があれば、遡って無効になります。この状態が、いつまでも続くとどうなるでしょうか。相手方は、いつまでも不安定なままですね。取消権がいつまでも残ると、法律関係が極めて不安定になります。だから、期間で区切ります。

条文民法126条

民法 第百二十六条(取消権の期間の制限) 取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

2つの数字は、起算点が違います。5年は、追認をすることができる時から。20年は、行為の時からです。

126条5年・20年の起算点を並べたタイムライン板(行為の時→取消原因の消滅=追認をすることができる時→5年/行為の時→20年/成年被後見人が回復しないまま20年経過する例) 図:126条5年・20年の起算点を並べたタイムライン板

  • 行為の時→取消原因の消滅=追認をすることができる時→5年
  • 行為の時→20年
  • 成年被後見人が回復しないまま20年経過する例

5年は、本人が「取り消せると分かって、自分で動ける状態」になってからの猶予です。未成年者なら行為能力者になった時、だまされたり脅されたりした人ならその状態を脱した時。それに加えて、取り消せると知った後であることも要ります。両方がそろって、はじめて5年が動き出します。20年は、本人の事情とは無関係に、法律関係を切る上限です。行為の時から数えます。20年の上限が効いてくるのは、成年被後見人が、判断力を回復しないまま20年が経過した場合です。この人は、まだ「取り消せると分かって動ける状態」になっていません。5年の起算点は、始まってすらいません。それでも、行為の時から20年が経てば、取消権は消えます。本人がまだ判断できない状態でも、です。

本人にとって厳しい結果であることは、そのとおりです。ですが、相手方を含めた法律関係を、本人の事情とは無関係にいつかは確定させる必要があります。その役割を、20年という上限が担っています。

126条と消費者契約法7条1項の期間対比表(126条=追認をすることができる時から5年・行為の時から20年/消費者契約法7条1項=追認をすることができる時から1年・契約締結の時から5年) 図:126条と消費者契約法7条1項の期間対比表

  • 126条=追認をすることができる時から5年・行為の時から20年
  • 消費者契約法7条1項=追認をすることができる時から1年・契約締結の時から5年

消費者契約法の取消権にも、期間制限があります。消費者契約法7条1項です。追認をすることができる時から1年、契約締結の時から5年でした。民法の126条より、ずっと短いですね。5年に対して1年、20年に対して5年です。なぜここまで短くするか、理由は当時も見たとおりです。消費者契約は大量かつ定型的に結ばれるので、事業者の側をいつまでも不安定な立場に置けません。だから、民法よりも早く区切ります。同じ「取消権の期間制限」でも、誰を保護する制度かによって、切り方の厳しさが変わります。

126条の法的性質を整理する板(条文の文言=時効によって消滅する=消滅時効の体裁/取消権は行使すれば直ちに効果が生じるため時効の完成猶予を観念しにくい/除斥期間と解する見解が通説) 図:126条の法的性質を整理する板

  • 条文の文言=時効によって消滅する=消滅時効の体裁
  • 取消権は行使すれば直ちに効果が生じるため時効の完成猶予を観念しにくい
  • 除斥期間と解する見解が通説

126条には、もう1つ、押さえておきたい点があります。条文は「時効によって消滅する」と書いていますね。文言のとおり読めば、消滅時効です。なぜ争いになるのか、そこを考えてみてください。時効には、権利を行使できない事情があるとき、完成を先延ばしにする仕組みがあります。ですが、取消権は、行使すればその瞬間に効果が生じる権利です。行使を妨げる事情、という場面自体が想定しにくいんです。そこで、126条の期間制限は、除斥期間と解する見解が通説です。除斥期間というのは、行使を妨げる事情をいっさい考慮せず、決められた期間が満了すれば当然に権利が消える、という区切り方です。除斥期間と消滅時効の違いそのものは、また別の回でまとめて扱います。今日は、条文の文言は消滅時効の体裁でも、その中身をめぐって争いがある、という一点だけ持ち帰ってください。

表が、完成する

5軸の一覧板を両列そろえて再掲(①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力/無効|取消し・今日③を埋めて完成) 図:5軸の一覧板を両列そろえて再掲

  • ①主張の要否②主張権者③期間制限④追認⑤時の効力
  • 無効|取消し・今日③を埋めて完成

③を埋めます。取消権には、2つの時計がついています。5年の時計と、20年の時計です。どちらかが先にゼロになった時点で、取消権は消えます。5年の起点は追認をすることができる時、20年の起点は行為の時でしたね。これで、無効の回から3回かけて作ってきた表が、両方の列とも埋まりました。宙に浮いた取消権は、3つの道のどれかで終わります。1つ、自分で「もういい」と言って終わらせる、122条の追認。2つ、言わなくても行動で終わったことにされる、125条の法定追認。3つ、動きも言いもしないまま時間が経って消える、126条の期間制限。今日見たのは、この2つめと3つめです。

Aは、詐欺に気づいたあとで、Bからその契約の代金を受け取りました。これは、125条1号の履行にあたります。相手方の履行を受け取る行為も、1号に入るからです。Aが「取り消す権利は残しておきます」と告げていなければ、異議をとどめたことにならず、法定追認が成立します。「追認する」と一言も言っていなくても、成立します。契約を前提に、自分から動いてしまった以上、もう取り消せません。最後に、もう一度確認します。Aが、Bから代金を受け取りながら、その場で「取り消す権利は残しておきます」と告げていたら、法定追認は成立しますか?

成立しません。異議をとどめたことになるので、125条ただし書によって、擬制が働かないからです。行動そのものより先に、その一言があったかどうかが、最後の分かれ目になります。

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#52単独ページ動画

代理の三面関係

第1章 民法総則 ㊷/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借りているのは、誰なのか

北海道のA・東京の母B・不動産屋Cの賃貸設例ボード 図:北海道のA・東京の母B・不動産屋Cの賃貸設例ボード

来月から東京で働くことになったAは、まだ北海道にいて内見にも行けないので、東京にいる母Bに「私の名前で借りてきて」と頼み、Bが不動産屋Cのところで契約書にサインして、賃貸借契約を結びました。ここで聞きます。この部屋を借りているのは誰でしょうか。賃料を払う義務があるのは誰でしょうか。答えは、この回の終わりにもう一度戻ってきます。実は契約の成立を四つの関門で整理した回があったのを覚えていますか。三つ目の関門、効果帰属要件。契約の効果が誰に及ぶかを決める関門です。名前だけ触れて、そのままにしていた関門を、今日から開けます。

契約したのはB、効果はA——三面関係

三面関係の図(本人A・代理人B・相手方C/代理権授与=A→B・契約=B–C・効果=A–C) 図:三面関係の図

  • 本人A・代理人B・相手方C
  • 代理権授与=A→B・契約=B–C・効果=A–C

代理の三面関係:Bが契約し、効果はAに直接帰属する 図:代理の三面関係:Bが契約し、効果はAに直接帰属する

図を見てください。二重になっているAからBへの線が、代理権を授ける、という関係です。実線の矢印がBからCへの線で、これが契約そのものです。ところが、一番下の細い矢印を見てください。AからCへ、直接つながっています。これが代理の正体です。行為をしたのはBです。でも効果が届く先はAです。行為の主体と効果の帰属先が、ズレている。これが代理という制度の全部です。賃料を払う義務は、Aに生じます。部屋を使う権利も、Aのものです。Bには何も残りません。請求先もAです。Cが裁判を起こすとしても、訴える相手はAで、契約書にサインしたBではありません。逆に、部屋のエアコンが壊れたとき、Cに修理を求められるのもAです。向き合う相手として立っているのは、最初からAとCなんです。

鍵を受け取るのも、Aです。実際に鍵を手渡されるのがBだったとしても、その部屋を使う権利はAのものなので、鍵はAのために預かっているにすぎません。とはいえ、Bはただの窓口ではありません。Bは、意思表示という重要な役割を果たしています。ただ、その効果を自分のものにはしない、というだけです。サインしたのはBの手ですが、その効果はBを素通りしてAに届きます。だから、冒頭の問いの答えは、もう見えていますね。頼む行為そのもの、たとえば委任契約を結ぶことと、代理権を与えることは、理屈のうえでは別の行為です。ただ、実際にはセットで行われることがほとんどです。この区別は、また別の回で扱います。今日は、代理権を与える行為がある、という一点だけ押さえてください。

99条の三つの言葉

99条1項の三つの言葉を色分けして3要件に対応づける板(その権限内において→①代理権/本人のためにすることを示して→②顕名/本人に対して直接にその効力を生ずる→③効果帰属)

  • その権限内において→①代理権
  • 本人のためにすることを示して→②顕名
  • 本人に対して直接にその効力を生ずる→③効果帰属

この仕組みを、条文はどう書いているか、見てみましょう。

条文民法99条

民法 第九十九条(代理行為の要件及び効果) 代理人がその権限内において****本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。 2 前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。

この三か所が、それぞれ別の要件に対応しています。「その権限内において」は、代理人が代理権を持っていること。「本人のためにすることを示して」は、Bが契約のときに、Aのためにやっていると示すこと。そして「本人に対して直接にその効力を生ずる」は、その結果として効果がAに届くことです。Aが「五万円までで借りてきて」と頼んだのに、Bが十万円の部屋を契約したら、その部分は権限内とは言えません。頼まれた範囲を超えているからです。この超えた部分の扱いは、また別の回で扱います。前半の二つが要件で、後半が効果です。2項は、Cの側からBに意思表示をした場合にも同じ扱いが及ぶという規定です。今日の中心は1項なので、2項は名前だけ押さえておいてください。

なぜ他人に頼むのか——拡張と補充

私的自治の拡張と補充を並べる板(拡張=できるのに手が回らない人の活動範囲を広げる/補充=自分では決められない人の能力を補う) 図:私的自治の拡張と補充を並べる板

  • 拡張=できるのに手が回らない人の活動範囲を広げる
  • 補充=自分では決められない人の能力を補う

今回のAは、北海道にいて動けません。忙しくて時間が取れない人も、病気で外に出られない人もいます。一人の人間が使える時間には限りがあります。そこで他人の手を借りて、自分の活動範囲を広げる。これが一つ目の理由です。会社が、支店ごとに営業担当者を置くのも、同じ理由です。社長一人では、全部の契約に立ち会えません。もう一つ、まったく違う理由もあります。生まれたばかりの赤ちゃんは、契約という判断そのものができません。判断能力が育っていない人や、衰えてしまった人もいます。認知症が進んで、契約の内容を理解できなくなった高齢者も同じです。この場合は、活動範囲を広げるのではなく、本人に代わって判断してくれる人が要ります。たとえば、その高齢者が、施設に入るために自宅を売る場面です。売るかどうか、いくらで売るかを、本人はもう判断できません。かといって、売らなければ入所の費用が出せない。誰かが本人に代わって決めるほかありません。

ここで一つ言葉を置きます。私的自治というのは、自分のことは自分の意思で決める、という民法の土台の考え方です。誰と、どんな条件で契約するかは、国ではなく自分が決める。この土台を前提にすると、さっきの二つは、こう言い換えられます。前者を私的自治の拡張と呼びます。後者を私的自治の補充と呼びます。自分の意思で他人に頼むのが拡張、本人の意思とは関係なく法律が代理人を用意するのが補充。この二つの方向が、そのまま次の区別に対応します。

あの後見人、覚えていますか

成年後見人の再登場を予告する板(成年被後見人を守る人として見た成年後見人・失踪のときに名前だけ出た不在者財産管理人) 図:成年後見人の再登場を予告する板

前回までに見た制限行為能力者の話を思い出してください。判断能力が欠けていると家庭裁判所に認められた人、成年被後見人を扱った回で、その人を守る成年後見人という人が出てきましたね。あの人は、本人が選んだ代理人でしたか、それとも法律が決めた代理人でしたか?本人は選んでいなかった気がします。家庭裁判所が決めていました。あの成年後見人こそ、今日の補充のほうの代理人です。もう一人、失踪の話のときに名前だけ出てきた人がいます。不在者の財産管理人です。行方が分からなくなった人の財産を、家庭裁判所が選んだ人が代わりに管理する。あのときは名前だけでしたが、あの人も、法律が用意した代理人です。

任意代理と法定代理——発生原因がすべてを分ける

任意代理と法定代理の対比板(発生原因/機能/典型例/本人の意思の有無) 図:任意代理と法定代理の対比板(発生原因/機能/典型例/本人の意思の有無)

拡張のほうを、任意代理と呼びます。法定代理は補充のほうです。二つを分ける軸はたった一つ。代理権が、どうやって発生したかです。Aが自分の意思でBに頼みました。だから任意代理です。代理権は本人の授権によって発生します。これに対して法定代理は、法律の規定によって代理権が発生します。未成年者について言えば、818条1項が、親権は子の利益のために行使しなければならないと定め、824条本文が、親権を行う者は子の財産に関する法律行為についてその子を代表すると定めています。この二つの条文だけで、親が子の法定代理人になります。十六歳の子どもがアパートを借りるとき、親が子の代理人として契約を結ぶことができます。子ども自身が「頼む」と言ったかどうかは関係ありません。親であることから、法律上あたりまえに代理権が生じているからです。

子どもの意思は関係ありません。法定代理は本人の意思とは無関係に発生します。ここが任意代理との決定的な違いです。もう一つだけ予告しておきます。代理権の範囲も、代理人が別の人に頼む復代理の要件も、代理権が消える場面も、任意代理と法定代理では中身がすべて違います。この先の回で一つずつ見ていきます。

代理の3要件——ここから先の目次

代理の3要件板(①代理権の存在→欠けたら無権代理/②顕名→欠けたら100条の検討/③代理人自身の意思表示→欠けたらそもそも代理でない) 図:代理の3要件板

  • ①代理権の存在→欠けたら無権代理
  • ②顕名→欠けたら100条の検討
  • ③代理人自身の意思表示→欠けたらそもそも代理でない

さっきの99条の三つの言葉を、もう一度、要件として並べ直します。①代理権があること。②顕名、つまりAのためにすることを示すこと。③代理人自身が意思表示をすること。実は、条文の文言そのものには出てきません。「代理人が」「した意思表示」というところに隠れています。意思表示をするのは代理人自身でなければならない、という前提です。これが無いと、あとで出てくる使者と区別がつかなくなるからです。三つとも、あとの回で一つずつ深く扱います。①が欠けると無権代理になります。②が欠けると100条の検討に入ります。③が欠けると、そもそも代理という話にすらなりません。境界を一組、具体的に見ておきます。Bが、Aから頼まれてもいないのに、勝手にAの名前で契約書にサインしたとします。この場合、①代理権がありません。効果はAに届きません。逆に、Aから正式に頼まれたBが、Cとの契約で「Aのために」と一言も示さずに、自分の名前だけで契約書にサインしたとします。今度は①はありますが、②がありません。同じように効果はAに届きません。

欠けている場所を見分けることが、これから先の回で問われます。三つ目が欠けるのは、どんな場面か。Aが「この部屋で決めてきて」ではなく、「この部屋を、この条件で借りると伝えてきて」とだけ頼んだ場合です。Bは、どの部屋にするかも、いくらで借りるかも決めていません。決めたのはAで、Bは言葉を運んだだけです。これだと、代理人自身が意思表示をしたとは言えません。三つ目が欠けると、代理かどうかを論じる手前で話が終わる、というのはこの場面です。1つめ、代理権が無ければ無権代理。2つめ、顕名が無ければ100条の問題。3つめ、代理人自身の意思表示が無ければ、代理そのものが成立しません。この三つが、ここから先の目次です。

意思を決めたのは誰か——使者との違い

使者と代理人の対比板(意思表示の主体/意思能力の要否/典型例) 図:使者と代理人の対比板(意思表示の主体/意思能力の要否/典型例)

さっきの③を使うと、代理でないものがはっきり見えてきます。まず、使者です。Aが「三万円で売ります、と伝えてきて」と頼んで、Bがその言葉どおりに伝えるだけの場合です。Bは自分で意思決定をしていません。Aが決めたことを、そのまま運んでいるだけです。違いはまさにそこにあります。代理人は、代理人自身が意思決定をします。今日の設例で言えば、Bはどの部屋にするか、条件をどう詰めるか、自分の判断で動いています。使者はその判断すらしません。意思決定をしない以上、意思能力も行為能力も要りません。伝言を運べれば足ります。代理人は、自分で意思表示をする以上、意思能力が必要です。

名前を出さない代わり——間接代理と代表

間接代理・代表を並べる板(間接代理=自己の名で行いあとで効果を移す・顕名しない/代表=法人の機関・代表者の行為が法人の行為そのもの) 図:間接代理・代表を並べる板

  • 間接代理=自己の名で行いあとで効果を移す・顕名しない
  • 代表=法人の機関・代表者の行為が法人の行為そのもの

ここまでは、意思を決めたのは誰か、という物差しで切ってきました。もう一つ、別の物差しで切れるものがあります。誰の名前で行為をしたか、という物差しです。まず、間接代理です。名前は似ていますが、中身は別物です。Aが証券会社に「百株買ってきて」と頼んだとします。証券会社は、自分の名前で株を買い、あとから利益をAに渡します。このとき証券会社は自己の名で行為をしていて、Aのためにすることを示してはいません。②の顕名が、そもそもありません。99条には乗りません。効果は、いったん証券会社自身に発生してから、あとでAに移されます。今日の三面関係のように、最初から直接Aに届くわけではありません。もう一つ、代表という言葉もあります。会社の代表取締役が、会社の名前で契約したとき、それは会社の機関としての行為で、法人の行為そのものとして扱われます。代理は他人の行為ですが、代表は組織そのものの行為です。この違いは、また別の回で扱います。

本人の意思そのものが大事な場面——身分行為

代理に親しまない行為の板(婚姻・離婚・縁組・認知・遺言/例外=代諾養子縁組797条) 図:代理に親しまない行為の板

  • 婚姻・離婚・縁組・認知・遺言
  • 例外=代諾養子縁組797条

どんな行為でも任せられるわけではありません。婚姻、離婚、縁組、認知、遺言。こうした身分行為には代理が使えません。誰と結婚するか、財産を誰に遺すか。これは本人の意思そのものが大事な場面です。他人が代わりに決めていいものではありません。身分行為の例外は一つだけあります。797条1項です。養子となる者が十五歳未満であるときは、その法定代理人が、これに代わって、縁組の承諾をすることができる、と定めています。幼い子ども自身には判断できないので、法定代理人が代わりに承諾します。育っていない意思を、代理で埋め合わせている。だから例外なんです。

誰の行為として見るか——代理の本質

代理の本質をめぐる学説対立の結論板(代理人行為説=通説・判例/根拠=101条が瑕疵の有無を代理人基準で判断していることと整合する) 図:代理の本質をめぐる学説対立の結論板

  • 代理人行為説=通説・判例
  • 根拠=101条が瑕疵の有無を代理人基準で判断していることと整合する

代理行為をしているのはAとBのどちらなのか——行為の主体をめぐっては、争いがあります。行為の主体は本人だとする見方と、代理人だとする見方です。代理人が行為の主体だとする見方が、通説であり、判例の立場でもあります。あとの回で扱う101条という条文が、意思表示に瑕疵があったかどうかを、原則として代理人を基準に判断すると定めています。たとえば、冒頭の場面でCが嘘をついたとして、だまされたかどうかを見るのは、家にいるAではなく、その場で話を聞いたBのほうだ、ということです。だまされたのはBなのに、行為の主体はAだ、というのは据わりが悪い。行為の主体が代理人だと考えれば、この規定は素直に理解できます。もし行為の主体が本人だとすると、なぜ代理人の事情で判断するのか、説明がつきにくくなります。

この対立が実際に効いてくるのは101条を扱うときなので、今日は結論と、この一点だけ持ち帰ってください。

答え合わせ

冒頭設例への回帰板(契約線B–C・効果線A–C・A=賃借人・賃料債務者) 図:冒頭設例への回帰板(契約線B–C・効果線A–C・A=賃借人・賃料債務者)

冒頭の問いに戻ります。この部屋を借りているのは誰でしょうか。賃料を払う義務があるのは。契約したのはBとCなのに、効果はAとCの間に生じる。これが代理の三面関係です。最後に、確認を二つだけします。まず、もしAから何も頼まれていないのに、Bが「Aのために」と示してCと契約していたら、どうなりますか?代理権が無いので、無権代理になります。効果はAには届きません。示し方が合っていても、権限そのものが無ければ意味がありません。もう一つ。もしBが、Aのためにすることを示さないまま、自分の名前だけでCと契約していたら、効果はAに届きますか?

届きません。顕名が無ければ99条には乗りません。効果はBのところで止まります。三つの要件のどれか一つが欠けても、効果はAまで届きません。今日から始まった代理の道具は、この図と、99条の三つの言葉と、三つの要件です。この先の回で、何度も使い回します。次の回では、その三要件の一つ目、代理権そのものを、正面から見ていきます。

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#53単独ページ動画

代理権の発生原因と授権行為

第1章 民法総則 ㊸/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

その力は、どこから来たのか

前回の三面関係を受けた問いかけ板(代理権はどこから生まれるのか) 図:前回の三面関係を受けた問いかけ板(代理権はどこから生まれるのか)

前回、代理権が無いと無権代理になると教わりましたが、その代理権自体はいったいどこから生まれてくるのでしょうか。今日はその一点だけを、正面から掘っていきます。代理権という力が、どこで発生して、途中でトラブルが起きたときにどう扱われるのか。この二つが分かると、論文でよく出る学説の対立の意味も、ちゃんと腑に落ちます。先に答えだけ言っておくと、学説の対立は、この「トラブルが起きたとき」を処理するために先に決めておく話です。

前回の三要件、思い出せますか

前回の代理3要件の再掲板(①代理権②顕名③代理人自身の意思表示) 図:前回の代理3要件の再掲板(①代理権②顕名③代理人自身の意思表示)

本編に入る前に、一つだけ確認します。前回、代理が成立するための三つの要件を並べました。①代理権があること、②顕名、③代理人自身が意思表示をすること。今日はこのうち、どれを掘り下げると思いますか?①の代理権だと思います。まず、代理権という要件が、実は他の二つと同じ重みではない、という話から始めます。

要件の中の段差——顕名と代理権

顕名は成立要件・代理権は有効要件という二層の対比板 図:顕名は成立要件・代理権は有効要件という二層の対比板

三つの要件は並んで見えますが、実は同じ重さではありません。①の代理権と、②の顕名は、無くなったときに落ちる先が違います。顕名、つまりAのためにすることを示す部分が無いと、代理という器が立ち上がりません。代理と呼べる形が最初から成立していない状態です。これを成立要件と呼びます。一方、顕名はきちんと示されているのに、代理権だけが無かった場合は、代理という形自体は一応できあがっています。ただ中身が空っぽなので、有効な代理として扱ってもらえません。これを有効要件と呼びます。顕名が無ければ、代理という舞台にすら上がっていません。Bが自分の名前で契約したのと変わらない扱いになります。他人の土地を自分の物だと偽って売った場面に近づきます。代理権が無ければ、舞台には上がっているのに、その代理が正式なものとして認められません。これが無権代理です。三つの要件のどれか一つが欠けても効果はAに届かない、という前回のまとめ自体は変わりません。ただ、届かない理由の重さが、要件ごとに違うということです。

民法100条は、顕名を欠いた意思表示を、代理人自身のためにしたものとみなす、つまり代理の枠から外す条文です。だから前回の言い方と、今日の「成立要件」という言い方は、同じことを別の角度から言っています。

権限は先に無ければならない

代理権は顕名・意思表示より先に存在しなければならないという時間順の板 図:代理権は顕名・意思表示より先に存在しなければならないという時間順の板

もう一つ、代理権には時間の順番があります。代理権は、顕名や意思表示より前に、すでに存在していなければなりません。例えば、Bが先にAの名前を勝手に使ってCと契約してしまって、そのあとでAが「まあいいよ、それで」と権限を与えたとします。契約の時点では、代理権がありませんでした。あとから権限が生まれても、最初から代理権があったことにはなりません。これは、あとの回で扱う追認という、また別の制度の話になります。今日押さえてほしいのは、代理権は必ず先に無ければならない、という順番だけです。前回見た99条は、代理人が「その権限内において」した意思表示だから、効果が本人に直接届く、という書き方でした。契約をしたその瞬間に権限が無ければ、その意思表示は「権限内において」されたものになりません。あとから権限を足しても、過去の意思表示の中身は変わらないんです。

「頼んで」の瞬間に生まれる力——授権行為

代理権授与行為は不要式行為・委任状は証明にすぎないという板 図:代理権授与行為は不要式行為・委任状は証明にすぎないという板

任意代理の場合、代理権は、本人が代理人に代理権を与える、という意思表示によって生まれます。これを代理権授与行為と呼びます。代理権を与えるのに、決まった書類は要りません。口約束だけでも、代理権は発生します。委任状は、代理権そのものではありません。代理権が存在することを、相手方に見せて証明するための、ただの証拠にすぎません。例で見ましょう。海外に赴任している父Aが、空き家になった実家の管理と売却を、息子Bに任せたとします。電話で「管理と、売れそうなら売るのも任せる」とだけ伝えました。紙には何も残っていません。それでも、この電話の時点で、Bには代理権が発生しています。Bが買主Cのところに行って、実家を売る契約をまとめても、効果はAに直接届きます。

代理権があるかどうかがCから見えにくい、というこの問題に、委任状が役に立ちます。Aが「Bに管理と売却を任せます」と書いた紙をBに渡しておけば、Cはその紙を見て、代理権があることを確認できます。ただ、紙が無くても、電話で任せた時点で代理権自体はもう発生しているんです。委任状はあくまで、Cを安心させるための証明書であって、代理権を生み出す魔法の紙ではありません。たとえば、Aが実家の登記済証と実印そのものをBに預けていたとします。委任状のような書面が無くても、これほど重い書類を渡していたという事実そのものが、Aが黙ってBに代理権を与えていたことを推認させる方向に働きます。

代理権の有無は、最終的には事実の積み重ねで判断されます。

「任せる」の正体——代理権授与行為の法的性質

代理権授与行為の法的性質をめぐる単独行為説・無名契約説・事務処理契約説の対比板 図:代理権授与行為の法的性質をめぐる単独行為説・無名契約説・事務処理契約説の対比板

三つの説が、本人と代理人のあいだで何をどう見ているのか、並べて見比べます 図:三つの説が、本人と代理人のあいだで何をどう見ているのか、並べて見比べます

ここからは、少し理屈っぽい話に入ります。今の電話一本で代理権が生まれる、という場面をもう一度見てください。この「任せる」という行為自体は、法律的にはどんな性質を持つ行為なのか。ここに三つの説の対立があります。争う軸は二つです。一つは、代理人になる人の承諾が要るかどうか。もう一つは、代理権を与える行為を、内部の約束とは別の行為として立てるかどうか。この二つの答え方で、説が三つに分かれます。実益はあとの論点で回収します。まず対立の中身から見ましょう。合鍵を渡す場面で考えると分かりやすいです。留守中の家の管理を頼むとき、合鍵を渡しますよね。この「合鍵を渡す」という行為を、代理権を与える行為に見立てます。一つ目の単独行為説は、家主が一方的に合鍵を作って、相手のポストに放り込むようなものだと考えます。受け取る側の返事は要りません。家主の一方的な意思表示だけで、合鍵を渡す効果が発生します。

単独行為説に立つなら、相手が「いらない」と言っても代理権は渡ったことになります。根拠は、代理権をもらっても、代理人には何の義務も生じないという点です。99条を見ても、代理人が本人に対して何かをする義務を負うとは書かれていません。それに、代理人になる資格に行為能力すら要らない、という条文もあります。義務を負わない以上、承諾も要らないだろう、という発想です。単独行為説が批判されるのは、まさにその点です。実際の条文を見ると、民法は代理権と、頼みごとをする契約、つまり委任契約を、必ずしも別物として扱っていません。委任契約の中に代理権授与も一緒に含まれている、という前提で書かれた条文がいくつもあります。一方的な意思表示だけで完結するなら、この条文の書き方とかみ合いません。

三つの説を並べる——承諾の要否と内部契約との関係の一覧板 図:三つの説を並べる——承諾の要否と内部契約との関係の一覧板

二つ目、無名契約説です。これが今の試験で一番使われている考え方です。合鍵を渡すという行為を、家主と受け取る側、両方が「うん、預かるよ」と頷いて初めて成立する、握手のような行為だと考えます。無名契約説では、相手の承諾が要ります。代理人になる人が承諾していなければ、代理権は発生しません。ただし、この契約には民法に名前のついた型がありません。委任契約でも雇用契約でもない、代理権を授与することだけを目的にした、名前の無い契約。だから無名契約と呼びます。三つ目、事務処理契約説です。これは、そもそも合鍵を渡すという行為を独立させて考える必要がない、という立場です。「留守中の管理を頼むね」という元の約束、つまり委任や雇用のような内部の契約そのものの中に、合鍵を渡す効果も最初からセットで含まれている、と考えます。

分けません。内部の契約が成立した瞬間に、その中身として代理権も一緒に生まれる、という考え方です。ただ、これにも批判があります。雇用契約や請負契約の中には、代理権を伴わないものもたくさんあります。内部契約さえあれば自動的に代理権も生まれると言い切ると、代理権を伴わない普通の雇用契約まで説明がつかなくなります。一方の端は、委任と代理を一緒に書いている条文と合わない。もう一方の端は、代理権を伴わない雇用や請負を説明できない。両端が落ちる以上、承諾は要るが内部の約束とは別の契約だ、という真ん中が残ります。だから試験でも無名契約説を使います。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】代理権授与行為は、本人と代理人との間の、代理権の授与のみを目的とする無名契約である(通説) (単独行為説との対比で実益を示す)

この規範は、そのまま覚えてください。代理権授与行為とは、本人と代理人との間の、代理権の授与のみを目的とする無名契約である。これが通説です。三つの説を覚える意味は、はっきりあります。AがBに「Cの持っている土地を買ってきて」と頼んだのに、Bがまだ何の返事もしていない段階を考えてください。無名契約説なら、Bの承諾が無い以上、契約は成立していないので、代理権はまだ発生していません。単独行為説なら、Aが頼んだ時点でもう代理権は発生しています。同じ場面なのに、結論が変わります。ただ、この対立が本当に効いてくるのは、次の場面です。

合鍵を渡した約束が壊れたら

内部契約と代理権授与行為の目的・手段の関係を示す板 図:内部契約と代理権授与行為の目的・手段の関係を示す板

本編に入る前に、一つ確認します。さっき見た三つの説のうち、試験で実際に使うのはどれでしたか。無名契約説です。この無名契約説を前提に、今度は内部の契約に欠陥があった場合を見ていきます。その前に、なぜわざわざ性質を決めたのかを、ここで回収します。三つの説は、内部の約束と、代理権を与える行為を、別々の行為として立てるかどうかで割れていました。事務処理契約説は、二つを一体のものと見ます。だとすると、内部の約束が取り消されて消えれば、その中身である代理権も当然に一緒に消えます。そもそも「代理権だけどうなるか」という問いが立ちません。単独行為説なら逆です。代理権を与える行為は本人の一方的な行為なので、内部の約束とは切り離して考えやすくなります。

同じ場面なのに、どの説に立つかで問いの立ち方まで変わる。そこが大事です。通説の無名契約説は、その真ん中にいます。二つは別の契約だと見る。でも、まったく無関係でもない。だから「内部の約束が壊れたとき、代理権はどうなるか」という問いが、はじめて意味を持ちます。無名契約説に立つと、代理権は、本人Aと代理人Bのあいだの内部の契約、たとえば委任契約とは別に、もう一つ結ばれる代理権授与行為という契約から生まれる、ということになります。ここで問題です。もし内部の契約そのものに欠陥があって、取り消されてしまったら、代理権はどうなるでしょうか。実は、誰の側に欠陥があったかで結論が変わります。まず本人側に欠陥があった場合です。設例に戻りましょう。海外の父Aが、実は成年被後見人だったとします。判断能力が欠けていたので、後見人が内部の契約を取り消しました。

本人側に欠陥があった場合を、内部の約束と、代理権を与える行為に分けて追いかけます 図:本人側に欠陥があった場合を、内部の約束と、代理権を与える行為に分けて追いかけます

本人側に欠陥があった場合の結論を示す板 図:本人側に欠陥があった場合の結論を示す板

取消しには遡及効があるので、内部の契約は最初から無かったことになります。ここで、内部の契約と、代理権を授与する行為の関係を考えてください。息子Bに実家の管理と売却を任せたのは、あくまで「管理をお願いする」という元の約束があったからです。目的が内部の契約、それを実現する手段が代理権を授与する行為です。目的が最初から無かったことになれば、その手段だけを生かしておく理由がありません。代理権授与行為も一緒に遡って消滅します。代理権が最初から無かったことになる以上、その契約は無権代理として扱われます。Cは、代理権があると思って契約したのに、あとから覆される立場に置かれます。

買主Cは気の毒にも見えますが、ここでは本人Aを保護する必要のほうが優先されます。判断能力が欠けていた本人が、頼んでもいない売却の効果まで負わされるのは行き過ぎだからです。代理人側に移ると、ここで物差しが変わります。本人側は、「何のために代理権を与えたのか」という目的から遡って考えられました。ですが代理人側の欠陥は、代理人をどこまで守れば足りるか、相手方Cをどこまで守るべきか、という双方の保護のバランスで結論を出すことになります。目的と手段のつながりだけでは決まらない場面です。次に、逆のパターンです。代理人B側に欠陥があった場合。今度は、息子Bが実は成年被後見人だったとします。判断能力を欠くBを保護するために、内部の契約が取り消されました。

同じ二つを、代理人側に欠陥があった場合について追いかけます 図:同じ二つを、代理人側に欠陥があった場合について追いかけます

代理人側に欠陥があった場合の結論を示す板 図:代理人側に欠陥があった場合の結論を示す板

代理人側に欠陥があった場合が、ここからの分かれ目です。内部の契約は、さっきと同じく遡って無かったことになります。ただ、代理権を授与する行為のほうは、遡って消えるのではなく、これから先に向かってだけ無効になります。取消しより前に、Bが買主Cと結んだ売買契約は、有効な代理行為のまま残ります。目的は、判断能力の低いBを守ることです。守るためには、これから先Bが代理人として動けないようにすれば十分です。すでに終わってしまった過去の代理行為まで遡ってひっくり返す必要はありません。むしろそこまで遡らせてしまうと、何も悪くないCが、成立したはずの売買契約を失うことになって、必要以上に害を受けます。Bを守るための制度が、関係のないCを巻き込みすぎてしまうわけです。

本人側の欠陥は代理権ごと遡って消す。代理人側の欠陥は内部の契約だけ遡らせて、代理権自体は将来に向けてだけ止める。目的と手段の結びつきを大事にするか、それとも代理人の保護と相手方の保護のバランスを取るか。同じ形の問題でも、守りたい人が違うと答えも変わってきます。これが、さっきの三つの説の対立が実際に効いてくる場面です。

条文が直接、代理を生み出す——法定代理の発生

任意代理は授権行為・法定代理は条文という発生源の対比板 図:任意代理は授権行為・法定代理は条文という発生源の対比板

ここまでは、本人が代理人を選ぶ、任意代理の話でした。もう一方の法定代理は、発生の仕方がまったく違います。代表例が親権者です。

条文民法824条

民法 第八百二十四条(財産の管理及び代表) 親権を行う者は、子の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為についてその子を代表する。ただし、その子の行為を目的とする債務を生ずべき場合には、本人の同意を得なければならない。

前回見たとおり、親であるという事実だけで、子の意思とは無関係に、法律上当然に代理人としての地位が発生します。824条は、子の財産を管理し、その財産に関する法律行為について子を代表する、と定めています。子自身が働くなど、子本人の行為が中身になる債務を負わせる場合、たとえば子の名前で雇用契約を結んで子を働かせるような場面では、子本人の同意が要る、という例外です。親の権限が及ぶ範囲にも限界があるということです。859条が824条のただし書を準用しています。準用は、胎児の回で出てきたとおり、新しい条文を作らずに既にある条文をそのまま別の場面に当てはめることです。後見人のほかにも、行方不明になった人の財産を管理する不在者財産管理人、亡くなった人の遺言の内容を実現する遺言執行者にも、それぞれ法律の規定で代理権が与えられます。この三つに共通しているのは、本人が「頼みます」と意思表示をしたわけではなく、法律の規定によって、本人の意思とは無関係に、代理という関係がそのまま生まれるという点です。

きれいにまとめると、任意代理は人が生み出し、法定代理は条文が生み出す、ということになります。

答え合わせ

今日の内容の保存版板(顕名と代理権の段差・時間の先行性・授権行為と3説・瑕疵処理の分岐・法定代理) 図:今日の内容の保存版板

今日の内容を、ざっと並べ直します。まず、顕名と代理権は、同じ三要件でも重みが違います。顕名が無ければ代理という舞台にすら上がらず、代理権が無ければ無権代理になります。代理権は、顕名や意思表示より先に存在していなければなりません。任意代理の代理権は、代理権授与行為という意思表示から生まれ、書面は要りません。委任状は証明にすぎません。その授与行為の法的な性質については、単独行為説、無名契約説、事務処理契約説の対立があって、試験で使うのは無名契約説です。そして、内部の契約に欠陥があったとき、本人側の欠陥なら代理権も遡って消え、代理人側の欠陥なら代理権はこれから先だけ無効になります。この違いを支えているのが、目的と手段の結びつきと、誰を保護すべきかというバランスです。

三つの説は、覚えるだけでなく、瑕疵があったときに使えるようにしておいてください。今日は、代理権という力そのものが、どこから生まれて、どう壊れうるかを見ました。最後に一問だけ。内部の契約が取り消されたとき、本人側に欠陥があった場合と、代理人側に欠陥があった場合とで、すでにBとCが結んだ売買契約の運命はどう違いましたか?本人側なら代理権も遡って消えるので、その売買契約は無権代理になります。代理人側なら、代理権を失うのはこれから先だけなので、すでに結んだ売買契約は有効なまま残ります。ここが今日いちばんの分かれ目でした。

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#54単独ページ動画

代理権の範囲と顕名

第1章 民法総則 ㊸/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

頼んだことになるのは、どこまでか

前回の100条一言を受けた導入板(顕名を欠くと代理の枠から外れる、を受けて今日の二つの柱を提示) 図:前回の100条一言を受けた導入板

顕名を欠いたときに何が起きるのか、今日はそこを正面から扱います。今日見ていく柱は二つです。一つは、代理人がどう振る舞えば代理の枠に乗るのかという顕名の中身、もう一つは、代理人が実際にどこまで動いてよいのかという範囲です。この二つが分かれば、代理人が頼まれたことをやりすぎた場面も、頼まれたことを言わずに動いた場面も、条文から自分で判定できるようになります。

要件の重み、覚えていますか

前回の成立要件・有効要件の対比再掲板(顕名が欠けると舞台に上がらない/代理権が欠けると無権代理) 図:前回の成立要件・有効要件の対比再掲板

  • 顕名が欠けると舞台に上がらない
  • 代理権が欠けると無権代理

本編に入る前に一つだけ確認します。前回、要件が欠けたときの重みの違いを見ました。顕名が欠けたときと、代理権が欠けたとき、代理の扱いはどう違いましたか?顕名が欠けたときは舞台にすら上がらず、代理権が欠けたときは舞台の上で無権代理として扱われる、その重みの違いのとおりです。なぜ顕名にそこまでの重さがあるのかは、このあと顕名の目的から確かめます。今日はまず、その顕名が欠けたときに実際に何が起きるのかを、条文の言葉で見ていきます。

示さなければ、自分の契約になる

99条1項の再掲と100条の位置づけ板(顕名を示す→99条1項/顕名を示さない→100条) 図:99条1項の再掲と100条の位置づけ板

  • 顕名を示す→99条1項
  • 顕名を示さない→100条

99条1項を思い出してください。代理人が、その権限内において、本人のためにすることを示して意思表示をすると、本人に直接効力が生じる、という条文でした。この「本人のためにすることを示して」という部分が顕名です。先に、顕名が何のためにあるのかを押さえておきます。契約の効果が誰に届くのかは、相手方にとって一番大事な情報です。誰と契約したのか分からないまま縛られては困る。だから、効果の帰属先を相手方に分からせることが顕名の目的です。この目的を持っておくと、このあとの例外も特則も、全部同じ物差しで読めます。

示さなかった場合の扱いを定めているのが100条です。

条文民法100条

民法 第百条(本人のためにすることを示さない意思表示) 代理人が本人のためにすることを示さないでした意思表示は、自己のためにしたものとみなす。ただし、相手方が、代理人が本人のためにすることを知り、又は知ることができたときは、前条第一項の規定を準用する。

「自己のためにしたものとみなす」というのは、前回の設例の続きで考えると分かりやすくなります。海外赴任中の父Aが、空き家の実家を息子Bに任せ、買主Cが現れた場面です。息子Bが買主Cのところへ行き、Aのためだとは一言も示さずに、自分の名前だけで契約書にサインしたとします。この場合、契約はB自身がCとの間で結んだ契約として扱われます。効果はAには届きません。契約の当事者はBとCになります。Bの契約になる理由は、相手方から見た景色にあります。人から頼まれて荷物を送るのに、差出人の欄に自分の名前だけを書いたところを思い浮かべてください。受け取った側は、書かれている差出人からの荷物として扱います。Cも同じで、目の前のBが自分の契約相手だと思って取引に入っています。その信頼のとおりに扱うのが100条本文です。しかも条文は「みなす」と書いています。あとからBが自分の内心だけを持ち出して「本当はAのためだった」と証明しても、この扱いはひっくり返りません。

ただし書が例外です。相手方Cが、Bが本人Aのためにやっていることを知っていたか、知ることができたときは、99条1項が準用されて、効果はやはりAに届きます。知っていれば救われる理由は、顕名の目的に戻ると分かります。顕名は、相手方に対して契約の効果が誰に帰属するのかを明らかにするためのものです。Cがもう分かっているなら、その目的はすでに達成されています。Bが口で言わなくても、Cの中では効果の帰属先がAだと分かっている。だったら、わざわざBを契約の当事者にして、Aとの間の代理を否定する必要がありません。

名乗らなくても、伝わることがある

本人の名のみを示した場合の板(「Aの代理人のBです」ではなく「Aです」とだけ名乗る場合) 図:本人の名のみを示した場合の板

「Aです」とだけ名乗った場合も、顕名として認められます。

判例大判大正9年4月27日 民録26輯606頁

本人の名のみを示した場合でも、顕名の要件を満たす この事案では、支配人が主人のために手形に裏書をする際、自分の名前を書かず、直接に主人の名前を記名捺印した場合でも、その行為は主人に対して効力を生じるとされた。

場面で確認しましょう。息子Bが買主Cの前で、「Bという、Aの代理人です」と名乗らず、単に実家の名義人である父Aの名前だけを書類に書いたとします。この場合も、顕名は満たされます。「Aの代理人です」と言っていなくても顕名が満たされる理由は、目的に戻れば分かります。目的は、効果の帰属先をCに分からせることです。Bが「Aです」と本人の名前だけを示せば、契約書の当事者としてAの名前が出ます。Cから見れば、契約の相手はAだと分かります。効果帰属先を明示するという目的は、これで十分に達成されています。「代理人の」という言葉そのものが決め手ではありません。

本人の名前だけを示すこのやり方を、署名代理と呼びます。呼び方が変わるだけで、扱いは今見たとおりです。

商売の場では、ルールが逆になる

商法504条の特則板(民法100条=示さなければ代理人のもの/商法504条=示さなくても本人に効力) 図:商法504条の特則板

  • 民法100条=示さなければ代理人のもの
  • 商法504条=示さなくても本人に効力

ここまでは民法の話でした。商売の場面になると、ルールがひっくり返ります。

条文商法504条

商法 第五百四条(商行為の代理) 商行為の代理人が本人のためにすることを示さないでこれをした場合であっても、その行為は、本人に対してその効力を生ずる。ただし、相手方が、代理人が本人のためにすることを知らなかったときは、代理人に対して履行の請求をすることを妨げない。

民法100条とは、原則が真逆です。民法100条は、示さなければ原則として代理人自身のものになる、という建て付けでした。商法504条は、示さなくても原則として本人に効力が生じます。商売の場面で原則が変わる理由は、取引の量にあります。日々の商取引では、いちいち「これは誰それの代理人です」とやり取りするのは非効率です。問屋や仲買人のような立場の人が、日常的に大量の取引を回しています。取引のたびに顕名の有無を争っていては、商売が回りません。だから商法は、示さなくても本人に効果が生じるのを原則にしました。

たとえば、酒屋の店主に雇われた仕入担当の人が、毎日あちこちの卸売業者に電話で注文を入れているとします。そのたびに「私は店主の代理人です」と名乗り直してはいません。それでも注文の効果は店主に生じ、代金を払うのも店主です。これが504条本文の世界です。ただし書は、相手方が保護される場面です。相手方が、代理人が本人のためにやっていることを知らなかったときは、代理人に対して履行を請求する道を選ぶこともできます。ここが民法と違うところです。民法100条は、知らなかった相手方は代理人が当事者になるという結果でした。商法504条では、まず本人との間に効果が生じます。そのうえで、知らなかった相手方は、本人との関係か、代理人との関係か、どちらか一方を選んで主張できます。代理人との関係を選んだら、もう本人との関係は主張できません。知らなかったことに過失がある相手方は、この保護を受けられません。初めて電話を受けた卸売業者が、仕入担当の人を店とは関係のない個人の客だと、無理もなく思い込んでいた場合でも、注文の効果はまず店主に生じます。ただ、その卸売業者は、店主ではなく仕入担当の人を相手に代金を請求する道を選ぶこともできる、ということです。

誰のためかは分かった、次はどこまでか

顕名から範囲への切り替え板(代理権の範囲の決まり方の原則=法定代理→法律の規定/任意代理→授権行為の解釈) 図:顕名から範囲への切り替え板

  • 代理権の範囲の決まり方の原則=法定代理→法律の規定
  • 任意代理→授権行為の解釈

ここまでは、誰のための行為かという顕名の話でした。ここからは、代理人がどこまでの行為をしてよいかという範囲の話に移ります。範囲の決まり方は、法定代理と任意代理で違います。法定代理は、法律の規定でそのまま決まります。親権者なら824条、成年後見人なら859条、亡くなった人の財産を引き継ぐ人が見つからないときに置かれる相続財産清算人なら953条、というように、それぞれの条文が権限の中身を定めています。任意代理は、代理権を与える行為、つまり授権行為の解釈で決まります。「実家の管理と売却を頼む」とはっきり伝えていれば、管理と売却がそのまま範囲になります。

103条が出てくるのは、法律の規定にも授権行為の解釈にも範囲がはっきり定まらない場合だけです。順番を間違えないでください。まず法律の規定、または授権行為の解釈を見る。それでも決まらないときだけ、103条に頼ります。

「いい感じに」だけ頼まれたら

「いい感じに」の設例板(授権行為の解釈だけでは範囲が決まらない=103条がはじめて働く場面) 図:「いい感じに」の設例板

具体的な場面で確認しましょう。父Aが海外から電話で、息子Bに「実家を、いい感じにしておいて」とだけ伝えたとします。今回の頼み方は、前回よりも範囲があいまいです。前回は管理と売却という具体的な中身がはっきりしていました。今回は「いい感じに」としか言っていません。授権行為の解釈だけでは、Bがどこまで動けるのか決まりません。こういうときに103条が働きます。

条文民法103条

民法 第百三条(権限の定めのない代理人の権限) 権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。 一 保存行為 二 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為

「のみ」の急所板(103条は保存・利用・改良の3類型のみ/本人は範囲を決めていない) 図:「のみ」の急所板

  • 103条は保存・利用・改良の3類型のみ
  • 本人は範囲を決めていない

「のみ」という言葉が、この条文の急所です。範囲が決まっていないとき、Bは何でもできるわけではなく、この3つの類型に当てはまる行為しかできません。そこまで絞られる理由は、本人が範囲を決めていないという一点にあります。範囲を決めていない本人が、自分の財産を減らす行為まで任せたとは考えられません。任せたと言えるのは、せいぜい、財産を今のまま保つ行為と、姿を変えない範囲で活かす行為までです。だから条文は、この線の内側だけを切り出しました。

実家という一つの対象について、保存・利用・改良の3つがそれぞれどこまでの行為を指すのかを追いかけます

一つ目、保存行為です。現状を維持する行為のことです。実家の雨漏りを修繕すること、固定資産税を期限内に納めること。どちらも、実家という財産の価値を今のまま保つだけの行為です。家を売ってしまうのは、保存行為にはあたりません。処分行為です。現状維持どころか財産そのものを無くしてしまう行為なので、権限が無い以上、Bにはできません。二つ目、性質を変えない範囲内の利用行為です。収益を図る行為のことです。実家を短期間、人に貸して家賃を得る。これは602条が定める短期の賃貸借、建物なら3年、土地なら5年といった短い期間の範囲内であれば、利用行為として許されます。

602条の期間を超えるような長期の賃貸借は、性質を変える行為になります。一度貸してしまうと、家主の都合だけでは簡単に取り戻せなくなります。実家という財産の性質そのものが変わってしまうので、利用行為の範囲を超えます。用途を大きく変える契約も同じです。三つ目、性質を変えない範囲内の改良行為です。使用価値や交換価値を高める行為のことです。実家に手すりや空調設備を取り付けて、住みやすさや家の価値を高める。これは改良行為にあたります。更地にして別の用途の建物を建て直すのは、改良の範囲を超えます。決め手は、父Aが帰ってきたときに、頼んだときの実家がもう残っていないことです。手を入れた結果が元の実家の延長線上にあるなら改良、元の実家が無くなってしまうなら改良ではない。ここが性質を変えるかどうかの線です。

どれにも当てはまらない行為は、できません。103条は「のみ」と言い切っています。この3類型に入らない行為、とりわけ財産を処分してしまう行為は、範囲が定まっていない代理人には認められません。では、この線を越えてBが動いてしまったらどうなるか。そのときは、代理権の無い行為と同じ扱いになります。前回見た無権代理です。顕名で誰に効果が向かうかが決まり、範囲でどこまで背負わせてよいかが決まる。この二つを条文の順番どおりに当てれば、代理人がやりすぎた場面も、言わずに動いた場面も、自分で判定できます。

代理人になるのに、行為能力はいるか

102条全文カードと理由2つの板(行為能力は不要・意思能力は必要/理由①効果は本人に帰属②本人が選んだ) 図:102条全文カードと理由2つの板

  • 行為能力は不要・意思能力は必要
  • 理由①効果は本人に帰属②本人が選んだ

代理人になるのに、行為能力は必要ありません。

条文民法102条

民法 第百二条(代理人の行為能力) 制限行為能力者が代理人としてした行為は、行為能力の制限によっては取り消すことができない。ただし、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については、この限りでない。

代理人に行為能力、つまり一人で確定的に有効な取引をする力が要らない理由は、二つあります。一つ目、代理の効果はすべて本人に帰属します。99条1項のとおりです。制限行為能力者が代理人になっても、その行為の結果を背負うのは本人であって、代理人自身の財産が傷つくことはありません。だから、代理人本人を保護する必要がありません。二つ目、制限行為能力者を代理人に選んだのは、本人自身です。あえてその人を選んだ本人を、あとから保護してあげる必要はありません。選んだ結果は、本人が引き受けるべきだからです。たとえば、父Aが、実家に残った古い家具の売却を、17歳の孫に任せたとします。孫が古道具屋と売買の約束をしたあとで、「孫はまだ未成年だから」という理由でこの売買を取り消すことはできません。安く売れて損をしても背負うのは父Aですし、17歳の孫にあえて任せたのも父A自身だからです。

意思能力は要ります。自分で意思表示をする以上、最低限の判断力そのものが無ければ、代理人としての行為が成り立ちません。行為能力は要らないが、意思能力は要る、というのが102条本文の中身です。ただし書が効くのは、代理人自身が制限行為能力者で、しかもその人が別の制限行為能力者の法定代理人になっている場面です。設例で考えましょう。成年被後見人の成年後見人に選ばれた人が、就任したあとで保佐開始の審判を受け、被保佐人になったとします。その後見人が、保佐人の同意を得ないで、本人を代理して本人の土地を売ったとします。この売買は取り消せます。

さっきの理由とは矛盾しません。さっきの理由の二つ目は、制限行為能力者を代理人に選んだのは本人だから、という話でした。ですがこの場面では、成年後見人は家庭裁判所が選ぶもので、本人が自分で選んだわけではありません。本人が選んでいない以上、さっきの理由が働きません。だから、行為能力の制限を理由に取り消せる、という扱いに戻ります。もう一点だけ触れておきます。今のは、代理人が被保佐人になった場面です。これとは別に、代理人が後見開始の審判を受けた場合、代理権そのものが消えるという扱いがあります。これは取消しとは別の仕組みなので、また別の回で扱います。

答え合わせ

今日の内容の保存版板(顕名の原則・例外・署名代理・商法の特則/代理権範囲の原則・103条3類型・102条本文とただし書) 図:今日の内容の保存版板

  • 顕名の原則・例外・署名代理・商法の特則
  • 代理権範囲の原則・103条3類型・102条本文とただし書

今日の内容を並べ直します。顕名を欠くと、原則として代理人自身のものになります。ただし相手方が知っていたか知ることができたときは、なお本人に効果が届きます。本人の名前だけを示した場合も、顕名として有効です。商行為では原則が逆転し、示さなくても本人に効果が生じます。代理権の範囲は、法定代理なら法律の規定、任意代理なら授権行為の解釈で決まるのが原則で、それでも決まらないときだけ103条の3類型、保存・利用・改良が働きます。代理人になるのに行為能力は要りませんが、意思能力は要ります。ただし、本人が選んでいない法定代理人の場合は、話が変わります。

顕名と範囲、この二つの軸で、代理人がどう動けるかは全部整理できます。最後に一問だけ。父Aが「実家を、いい感じにしておいて」とだけ頼んだ場合、息子Bが、実家を更地にして別の用途の建物を建て直すことは、103条のどの類型にあたりますか?どれにもあたらない、という理解のとおりです。性質を変える行為である以上、改良行為の範囲を超えていて、範囲が定まっていない代理人にはできません。今日はここまでにします。

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#55単独ページ動画

代理行為の瑕疵101条

第1章 民法総則 ㊹/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

騙されたのはB、損をするのはA

冒頭設例板(本人Aが土地の売却を代理人Bに委託/相手方Cがだましてきた/Bはそれに気づかず安く売った) 図:冒頭設例板

  • 本人Aが土地の売却を代理人Bに委託
  • 相手方Cがだましてきた
  • Bはそれに気づかず安く売った

騙されたのはBです。ですが、契約の効果を受け取るのはAです。ここで聞きます。この契約を取り消せるのは誰でしょうか。結論を先に言うと、取り消せるのはAです。騙されたのはBなのに、なぜAなのか。それを確かめるには、まず一つ、順番を確かめておく必要があります。騙されたかどうかを判定するとき、そもそも誰を見て判定すればよいのか、という順番です。

三つ目の要件、覚えていますか

3要件の払い戻し板(①代理権②顕名③代理人自身の意思表示/行為の主体は代理人とする見方=その根拠が101条) 図:3要件の払い戻し板

  • ①代理権②顕名③代理人自身の意思表示
  • 行為の主体は代理人とする見方=その根拠が101条

本編に入る前に、代理の3要件を思い出してください。①代理権があること、②顕名、つまり本人のためにすることを示すこと、③代理人自身が意思表示をすること。この三つでした。三つ目の要件が、今日の出発点です。以前、行為の主体は本人なのか代理人なのかという対立を見たとき、代理人が行為の主体だとする見方が通説であり判例だと確認しました。その根拠として、今日扱う101条を挙げていました。今日は、その101条の中身を実際に開いて、なぜそれが根拠になるのかを確かめます。

効果の届く先と、判断する人がズレている

ズレの構造板(99条1項=代理人が意思表示→効果は本人に直結/瑕疵は意思表示という行為そのものの中で起きる出来事) 図:ズレの構造板

  • 99条1項=代理人が意思表示→効果は本人に直結
  • 瑕疵は意思表示という行為そのものの中で起きる出来事

99条1項を思い出してください。代理人が権限内で本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に直接効力を生じる、という条文でした。ここで起きているのは、意思表示をする人と、その効果を受け取る人が分かれる、という分業です。意思表示はB、効果はAと分かれています。ここで、詐欺や錯誤という瑕疵が何の中で起きるのかを考えてみてください。詐欺や錯誤は、意思表示という行為そのものの中で起きる出来事です。Cの嘘を信じたかどうかは、意思表示の現場で起きたことです。その場にいたかどうかが決め手です。判定できるのは、その場に立ち会って自分の判断で意思表示をした人だけです。効果を受け取るだけのAは、判定材料そのものを持っていません。だから、瑕疵の有無を見るときの基準は、意思表示をした代理人になります。以前、行為の主体は代理人だという見方の根拠に101条を挙げたのは、このためです。条文が瑕疵を代理人について判定するのは、意思表示をしているのが代理人自身だからです。

代理人Bと相手方Cの意思表示、そして本人Aと相手方Cを直接結ぶ効果の線 図:代理人Bと相手方Cの意思表示、そして本人Aと相手方Cを直接結ぶ効果の線

図で確認してください。相手方Cから代理人Bへ、嘘を持ちかける矢印が伸びています。意思表示そのものは、代理人Bから相手方Cへ向かいます。そして、効果だけが、本人Aと相手方Cを直接つなぎます。嘘を受け取ったのはBの位置、効果が生じるのはAの位置。この二つの位置がズレているのが、代理という制度そのものです。

101条1項・2項——原則は代理人基準

能動代理・受動代理の対比板(1項=代理人が相手方にした意思表示/2項=相手方が代理人にした意思表示、どちらも代理人基準) 図:能動代理・受動代理の対比板

  • 1項=代理人が相手方にした意思表示
  • 2項=相手方が代理人にした意思表示、どちらも代理人基準

条文で確認しましょう。

条文民法101条1項・2項

民法 第百一条(代理行為の瑕疵)第1項・第2項 代理人が相手方に対してした意思表示の効力が意思の不存在、錯誤、詐欺、強迫又はある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする。 2 相手方が代理人に対してした意思表示の効力が意思表示を受けた者がある事情を知っていたこと又は知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする。

1項は、代理人が相手方に対してした意思表示、つまりBがCに向かって行った意思表示についての規定です。今日の設例のように、Bが売却の意思表示をした場面がこれにあたります。最初に並んでいる意思の不存在は、表示に見合う本気の意思が無い状態のことです。2項は逆に、相手方が代理人に対してした意思表示、つまりCがBに向かって行った意思表示についての規定です。どちらの方向でも、判定の基準は代理人になります。当てはめます。Cが嘘をついてBを騙し、Bがそれを信じて売却の意思表示をしました。これは1項の場面です。詐欺かどうかを判定する基準はBです。Bは実際に騙されているので、この意思表示には詐欺による瑕疵があります。

詐欺による意思表示は取り消すことができる、というのが以前見た条文です。

条文民法96条1項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫)第1項 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

この意思表示は取り消しうるものになりました。そして、この意思表示の効果は、99条1項によってAに帰属しています。取り消せる状態にある権利義務が、Aのところに生じている、ということです。

101条3項——本人の悪意は隠せない

3項の構図板(特定の法律行為を委託された代理人/本人が自ら知っていた事情は代理人の不知で覆せない) 図:3項の構図板

  • 特定の法律行為を委託された代理人
  • 本人が自ら知っていた事情は代理人の不知で覆せない

もう一つ、3項があります。1項・2項の原則を、ある場面でひっくり返す規定です。

条文民法101条3項

民法 第百一条(代理行為の瑕疵)第3項 特定の法律行為をすることを委託された代理人がその行為をしたときは、本人は、自ら知っていた事情について代理人が知らなかったことを主張することができない。本人が過失によって知らなかった事情についても、同様とする。

場面を一つ変えて確認しましょう。今度は土地の売却ではなく、絵の買い付けです。Aは、知人のCが冗談半分に「その絵、欲しいなら売ってもいいよ」と言っているのを聞いていて、Cが本気ではないと知っていました。ですがAは、そのことをBには一切伝えないまま、「Cの持っている絵を、この一件だけ買ってきてほしい」と委託しました。Bはそんな事情を知らないまま、Cのところへ行き、Cから本気でない「売ります」という意思表示を受け取りました。Cは、自分の意思表示は真意ではなかったとして、無効を主張してきます。ここでAが、「受け取ったのはBで、Bはその冗談を知らなかったのだから、無効にはならない」と言い張れるかどうかが問題です。

2項の原則どおりにBを基準にすれば、Bは冗談だと知らなかったので、無効にはならない、ということになりそうです。ここで使うのが、本気でない意思表示を扱った条文です。表意者の真意ではないと相手方が知っていたか、知ることができたときは、その意思表示は無効になる、という条文があります。ですが、ここで3項が働きます。Aは自分でCの冗談を知っていました。特定の法律行為、つまりこの絵の買い付けだけを具体的に委託していました。この二つがそろうと、Aは自分が知っていた事情について、Bが知らなかったことを盾に使うことはできません。その結果、Cの無効の主張は通り、この絵の売買は無効になります。

1項・2項の原則は、代理人が自分の判断で動く場面を前提にしています。ところが、本人が「この行為だけ」と具体的に指図していた場合、本人は自分の知っている事情を代理人に隠したまま、代理人の無知を都合よく利用できてしまいます。分業の建前を本人自身が悪用する場面にだけ、基準を本人へ引き戻す。それが3項です。本人が知っていた事情は隠せません。3項が守っているのは、代理人の無知ではなく、本人の悪意を隠させないという一点です。逆に、Aも冗談だと知らず、知ることもできなかったのなら、3項は働かず、原則どおりBを基準にします。Bも冗談だと知ることができなかったなら、意思表示は有効なままです。

冒頭設例の決着——取消権者は誰か

120条2項の再掲板(瑕疵ある意思表示をした者・代理人・承継人に限り取り消せる/本人=効果帰属先と解する) 図:120条2項の再掲板

  • 瑕疵ある意思表示をした者・代理人・承継人に限り取り消せる
  • 本人=効果帰属先と解する

ここまでの流れを、冒頭の設例に戻して整理します。詐欺の有無はBを基準に判定しました。Bは実際に騙されているので、意思表示には詐欺による瑕疵があります。効果は99条1項によってAに帰属しています。以前見た条文を、もう一度確認しましょう。

条文民法120条2項

民法 第百二十条(取消権者)第2項 錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。

「瑕疵ある意思表示をした者」が誰かが、今日の急所です。ここでいう「瑕疵ある意思表示をした者」は、その意思表示の効果を受け取る本人だと解されています。意思表示という行為の中身を作ったのはBですが、その意思表示は99条1項によってAの意思表示として扱われ、効果もAに生じます。取消権は、その効果を持つ人のところに生じます。取消権はAにあります。詐欺かどうかを判定する基準はB、しかし取消権を持つのはA。この二つは矛盾しません。判定の基準と、権利の帰属先は、そもそも別の問いだからです。Bが自分で取り消せるかどうかは、Bが本人からどこまでの代理権を与えられているかによります。Bが任意代理人であれば、売却の代理権とは別に、取消しの意思表示についても代理権が及んでいるかどうかが問題になります。売却を頼まれたことが、当然に取消しまで頼まれたことになるとは限らないので、ここは断定できません。Bが法定代理人であれば、本人の意思にかかわらず、代理人としての判断で取消権を行使できるのが原則です。法定代理人の代理権は、本人に頼まれた範囲で決まるのではなく、法律の規定によって本人の財産に関する法律行為に広く及ぶからです。

代理人と相手方が手を組んだら

通謀虚偽表示の設例板(代理人Bと相手方Cが通謀して虚偽の売買を仕組んだ/本人Aは知らない) 図:通謀虚偽表示の設例板

  • 代理人Bと相手方Cが通謀して虚偽の売買を仕組んだ
  • 本人Aは知らない

場面ごとに、101条で足りるか、足りないなら何を使うかを確かめます。一つ目は、代理人Bと相手方Cが通謀して、虚偽の売買契約を仕組んだ場面です。本人Aはそのことを何も知りません。

代理人Bと相手方Cの通謀、その外側に立つ本人A 図:代理人Bと相手方Cの通謀、その外側に立つ本人A

このとき使う条文が94条です。まだ扱っていないので、必要な範囲だけ確認します。

条文民法94条1項・2項

民法 第九十四条(虚偽表示)第1項・第2項 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。 2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

1項が、通謀した意思表示を無効にする規定です。2項は、その無効を、事情を知らない第三者には主張できないという規定です。AがCに無効を主張する側は、問題ありません。101条1項によってB基準で判定すると、BとCの間には通謀による意思の不存在、つまり表示に見合う本気の意思が無い状態が認められます。94条1項の無効を、Aは主張できます。CがAに無効を主張する側が、問題になります。Aは、この契約の当事者そのものです。94条2項が守るのは、当事者の外側にいる第三者です。契約の当事者であるAは、94条2項の第三者にはあたりません。だから、94条2項によってCの無効主張が制限されることはありません。

では、Aは何も守られないのでしょうか。BとCがただ示し合わせただけなら、そのとおりで、Aは守られず、Cの無効主張は通ります。ただし、BがAを欺くつもりでCと通謀した場合は、もう一つの見方が入ってきます。その場合、Bは、そんなことをする権限をAから与えられてはいません。そこで、この場面のBを、Aの代理人ではなく使者とみます。使者は、以前見たとおり、ほかの人が決めたことをそのまま運ぶだけの人です。ただしここでBが運んでいるのは、Aの決定ではなく、Cの本心でない意思表示です。Bが代理人でなくなるので、代理人を基準にする101条も、この向きでは使えません。ここで使うのが、さっき絵の場面でも触れた、本気でない意思表示の条文です。心裡留保と呼ばれ、93条に置かれています。

条文民法93条1項

民法 第九十三条(心裡留保)第1項 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

このただし書の考え方を、この場面に当てはめます。Bが運んだだけなら、本心でない意思表示をしたのはCで、それを受け取ったのはAです。だから、真意を知っていたかどうかを見る相手は、BではなくAになります。ここでいう「相手方」を本人Aに置き換えると、Aが相手方Cの真意、つまり虚偽であることを知っていたか知ることができたときに限り、CはAに対して無効を主張できる、という形になります。

判例大判昭和14年12月6日

代理人と相手方の通謀虚偽表示——使者としての扱い 本人の代理人が、本人を欺くつもりで相手方と通謀し、相手方を借主とする虚偽の金銭消費貸借を結んだ事案で、代理人を相手方の意思を本人に伝える使者とみて、相手方の心裡留保の問題として扱い、本人が相手方の真意を知り、又は知ることができた場合でない限り、相手方は無効を主張できないとした。

判例も、代理人が本人を欺くつもりで相手方と通謀した場面を、101条の一般論だけでは割り切らず、Bを使者と位置づけて93条のただし書で補っています。BがただCと示し合わせただけなら、Cの無効主張も101条1項のとおり通ります。93条を持ち出すのは、BがAを欺くつもりだった場面に限られます。

代理人が誰を騙したか

代理人の詐欺2パターン板((a)代理人が相手方を騙した場合/(b)代理人が本人を騙した場合) 図:代理人の詐欺2パターン板

  • (a)代理人が相手方を騙した場合
  • (b)代理人が本人を騙した場合

二つ目は、代理人が騙す側になる場面です。これは二つに分かれます。代理人が相手方を騙した場合と、代理人が本人を騙した場合です。

代理人Bから相手方Cへ向かう詐欺 図:代理人Bから相手方Cへ向かう詐欺

まず、代理人Bが相手方Cを騙した場合です。ここで一つ、考えてみてください。101条1項は、この場面にそのまま使えるでしょうか。101条1項が扱っているのは、代理人が相手方に対してした意思表示に瑕疵があったかどうかです。ですが今の場面で瑕疵を帯びているのは、相手方Cがした意思表示のほうです。向きが逆になっています。101条2項も使えません。2項が定めているのは、代理人が知っていたか過失があったかという事実の有無だけです。代理人自身が詐欺を働いたかどうかという、詐欺の主体そのものを問う場面には対応していません。

ここでは101条を離れて、代理人と本人を一体として捉えます。Bは、Aが自分で選んで交渉の場に送り込んだ人で、その契約の利益もAが受け取ります。Cから見れば、Bは外側の第三者ではなく、交渉の相手そのものだからです。代理人Bの詐欺を、本人Aの詐欺と同じものとして扱い、96条1項の詐欺による意思表示として、Cは取り消せると考えます。Aの善意・悪意は問いません。契約の当事者はAなので、Aは96条3項の第三者にもあたりません。

代理人Bから本人Aへ向かう詐欺 図:代理人Bから本人Aへ向かう詐欺

代理人が本人を騙す場合は、騙す向きが変わります。代理人Bが、本人Aに嘘の説明をして、「この条件でCと契約してよい」とAに決めさせ、その条件でBがCと契約した、という場面です。契約の当事者ではないBが、契約の一方当事者であるAを欺いた形になります。代理権を与える約束そのものをだまし取られた場合は、以前見た、内部の契約に欠陥があった場合の話になります。

条文民法96条2項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫)第2項 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。

96条2項の第三者は、この場面ではBです。Bは契約の当事者Cではなく、外側から入り込んだ第三者として扱われます。相手方Cが、Bの詐欺の事実を知っていたか、知ることができたときに限り、Aは取り消せます。ここでも101条ではなく、96条2項で処理することになります。

錯誤・詐欺・強迫、取消権者は誰でしたか

取消権者の想起板(120条2項=瑕疵ある意思表示をした者・代理人・承継人) 図:取消権者の想起板(120条2項=瑕疵ある意思表示をした者・代理人・承継人)

次に進む前に、思い出してください。錯誤、詐欺、強迫によって取り消すことができる行為は、誰が取り消せましたか?取り消せるのは、瑕疵ある意思表示をした側でした。では、騙すのが本人自身だったら、瑕疵を帯びるのは誰の意思表示か。三つ目の場面で確かめます。

本人が直接、相手方を騙したら

本人による詐欺の板(本人Aが相手方Cに直接詐欺行為をした場合/代理人Bの善意悪意は無関係) 図:本人による詐欺の板

  • 本人Aが相手方Cに直接詐欺行為をした場合
  • 代理人Bの善意悪意は無関係

三つ目は、本人Aが相手方Cに対して直接詐欺行為をした場合です。ここでは101条の出番そのものがありません。この場合は、契約の当事者であるA自身がCを欺いているので、第三者詐欺の話にはなりません。瑕疵を帯びるのは、騙されたCの意思表示です。96条1項がそのまま働き、Cは取り消せます。代理人Bの善意や悪意は関係ありません。Aが直接騙している以上、Bが何を知っていたかは問題になりません。ここは今日見た中で、一番単純な形です。

判断の基準と、代理人になる能力は別の話

101条と102条の対比板(101条=判断の基準は代理人/102条=代理人の能力は問わない) 図:101条と102条の対比板

  • 101条=判断の基準は代理人
  • 102条=代理人の能力は問わない

101条と102条は、問うている中身がまったく違います。101条は、瑕疵の有無を判断する基準が誰かという話でした。102条は、代理人になるのに行為能力が要るかどうかという、代理人自身の能力の話です。基準の話と、能力の話は別物なので、混ぜないでください。

答え合わせ

今日の内容の保存版板(101条1項2項=原則は代理人基準/3項=本人の悪意は隠せない/取消権は効果帰属先の本人/代理人の詐欺2パターン) 図:今日の内容の保存版板

  • 101条1項2項=原則は代理人基準
  • 3項=本人の悪意は隠せない
  • 取消権は効果帰属先の本人
  • 代理人の詐欺2パターン

今日の内容を並べ直します。瑕疵の有無を判定する基準は、原則として代理人です。意思表示という行為そのものの中で起きた出来事だからです。ただし、本人が特定の行為を具体的に委託していた場合、本人が自ら知っていた事情は、代理人の不知を盾にして覆すことはできません。取消権は、意思表示の効果を受け取る本人のところに生じます。代理人自身が取り消せるかどうかは、任意代理か法定代理かで扱いが分かれます。後半の三つの場面では、101条で足りるかを先に確かめ、足りないときは別の条文を使いました。代理人が本人を欺くつもりで相手方と通謀し、相手方が無効を主張してくるなら93条ただし書の考え方。代理人が相手方を騙したなら96条1項、代理人が本人を騙したなら96条2項。本人自身が騙したなら96条1項です。

冒頭の問いに戻ると、取り消せるのはAです。詐欺の有無を判定する基準はB、しかし取消権を持つのはA。判定の基準と権利の帰属先は別の問いだ、という今日の一本の筋がそのまま答えです。最後に一つだけ付け加えます。代理人が自分の利益のために代理権を使ってしまう場面もありますが、これは意思表示そのものの瑕疵ではないので、今日の101条では扱いません。別の回で扱います。最後に一問だけ。代理人Bが相手方Cを騙して契約させた場合、101条1項をそのまま使って、Cの意思表示の瑕疵を判定できますか?101条が扱うのは代理人がした意思表示の瑕疵なので、向きが逆なら使えません。判断の基準と権利の帰属先を分け、101条で足りなければ何を使うかを確かめる。この順番で、代理人が絡む意思表示の瑕疵の場面は整理できます。今日はここまでにします。

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#56単独ページ動画

自己契約・双方代理108条

第1章 民法総則 ㊺/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

値段を決めたのは誰か

冒頭設例板(親Bが自分の土地を10歳の子Aに売る契約を、子の法定代理人として結んだ/値段を決めたのは誰か) 図:冒頭設例板

  • 親Bが自分の土地を10歳の子Aに売る契約を、子の法定代理人として結んだ
  • 値段を決めたのは誰か

この契約で値段を決めたのは誰でしょうか。値段を決めたのはBで、その値段で買うことになるのもAです。ここで聞きます。この値段は本当にAのためになっていると言えるでしょうか。売主として高く売りたい気持ちと、代理人として安く買わせたい気持ちが同じ人の中でせめぎ合う、そのせめぎ合いこそが今日のテーマです。代理人は本人の利益のために動くはずなのに、代理人自身が相手方になってしまうと、その前提が崩れます。先に答えを言っておくと、この契約は当然に無効になるのではなく、あとから本人が認めるかどうかに委ねられた状態に置かれます。今日はこの崩れをどう防ぐかを条文から確かめます。

法定代理人はどうやって決まったか

前回想起板(法定代理人の代理権は法律の規定で定まる/親権者は818条1項・824条本文で子の法定代理人になる) 図:前回想起板

  • 法定代理人の代理権は法律の規定で定まる
  • 親権者は818条1項・824条本文で子の法定代理人になる

本編に入る前に、以前の回の復習を一つします。法定代理人の代理権は、何によって決まるんでしたか?

法律の規定によって決まります。本人からの授権ではなく、条文がそのまま代理権を与えます。親権者が子の法定代理人になるのも法律の規定によります。親権は子の利益のために行使するものと定められていて、親権を行う者は子の財産に関する法律行為について子を代表します。冒頭のBもこの規定によってAの法定代理人になっています。

この契約、代理権の範囲の中なのに

設例の法的構造板(親BがAの法定代理人として自分の土地をAに売る=自己契約にあたる) 図:設例の法的構造板

代理権があってもこの契約が問題になるのは、代理権があることと、その代理権の使い方が許されることが別の話だからです。今日の設例を見てください。Bは、Aの代理人として契約する側であると同時に、土地を売る側つまり契約の相手方そのものでもあります。代理人と相手方が同一人物になっている、この形がまず問題です。代理人が相手方を兼ねるときの扱いを定めているのが今日の主役である108条です。条文を開いて確認しましょう。

108条——代理権の中の行為でも

108条全文カード板(1項=自己契約・双方代理、ただし書2つ/2項=利益相反行為、ただし書1つ) 図:108条全文カード板

  • 1項=自己契約・双方代理、ただし書2つ
  • 2項=利益相反行為、ただし書1つ

条文民法108条1項・2項

民法 第百八条(自己契約及び双方代理等) 同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。 2 前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。

1項の前半、「相手方の代理人として」した行為が自己契約です。Bは相手方本人であり、同時にAの代理人でもあります。1項にはもう一つ、「当事者双方の代理人として」した行為も書かれています。これは双方代理と呼ばれる形で、一人が契約の両側それぞれの本人の代理人を同時に務める場合です。形の違いは、後で三つを並べて比べます。では「代理権を有しない者がした行為とみなす」とはどういうことか。その意味こそが今日のいちばんの急所なので順番に確認していきます。まずはこの規定がなぜ置かれているのかという理由からです。

なぜ問題なのか

趣旨板(一方の得は他方の損になる構造/本人の利益が害されるおそれ) 図:趣旨板(一方の得は他方の損になる構造/本人の利益が害されるおそれ)

代理という制度は、代理人が本人の利益のために動くという前提の上に成り立っています。ところが代理人自身が相手方になったり、一人が両方の代理人になったりすると、この前提が崩れます。前提が崩れるのは、一方の得がそのまま他方の損になる場面だからです。冒頭の設例で言えば、値段を高くすればBの得でAの損、安くすればAの得でBの損です。この綱引きを当のB自身が両側の代表として一人で決めることになります。本人の利益が害されるおそれが、構造そのものに埋め込まれているんです。だから民法はこの形に当てはまる行為を一律に、代理権を有しない者がした行為として扱うことにしました。

三つの形、比較して見る

三類型の比較板(自己契約=代理人が相手方そのもの/双方代理=一人が両当事者の代理人/利益相反行為=形はどうであれ利益がぶつかる) 図:三類型の比較板

  • 自己契約=代理人が相手方そのもの
  • 双方代理=一人が両当事者の代理人
  • 利益相反行為=形はどうであれ利益がぶつかる

108条が扱う形は三つあります。比較して見ましょう。

自己契約の図(AとBを横に並べ、Bの上に代理人・売主という二つの立場を積む)

一つ目、自己契約です。冒頭の設例がこれにあたります。AとBを横に並べると、Bは代理人という立場と売主という立場を、一人で両方背負っています。

双方代理の図(AとCを両端に、Bを中央に置き、Bから左右へ一本ずつ線を伸ばす) 図:双方代理の図(AとCを両端に、Bを中央に置き、Bから左右へ一本ずつ線を伸ばす)

二つ目、双方代理です。AとCという別々の本人がいて、Bがその両方の代理人を一人で務めます。Bから見て契約の相手はAでもありCでもあります。土地の売買で言えば、売主側の代理人も買主側の代理人も同じBが務める形です。この場合B自身に得が無くても、値段を高くすればCに有利でAに不利、安くすればAに有利でCに不利です。Bはどちらの本人のために動いても、もう一方の本人を裏切る立場に立たされます。

利益相反行為の図(Bの借金の担保としてAの不動産にDのための抵当権が設定される流れ) 図:利益相反行為の図

三つ目、利益相反行為です。これは自己契約でも双方代理でもありません。たとえば親権者Bが、自分の借金の担保として子Aの不動産に抵当権を設定する場面です。契約の相手はBの債権者Dであって、Aではありません。Bは相手方の代理人にもなっていませんし、両方の代理人にもなっていません。それでもBはDからお金を借りられるという得をし、Aは、Bが返せなければ自分の不動産を失うという損を負います。この意味で、代理人と本人の利益がぶつかっています。図で確認してください。Bの借金を守るために、Aの不動産に抵当権が付き、その抵当権を持つのはDです。自己契約や双方代理のように同じ相手が向かい合う形はしていませんが、Bが得をしてAが損をする構造は同じです。だから2項はこの形も同じように扱います。

例外は二つだけ

例外二つの板(①債務の履行=新たな利害の判断が無い/②本人の許諾=おそれを本人が引き受けた/2項の例外は②のみ) 図:例外二つの板

  • ①債務の履行=新たな利害の判断が無い
  • ②本人の許諾=おそれを本人が引き受けた/2項の例外は②のみ

108条は、一律に禁止しているわけではありません。1項のただし書に二つの例外があります。一つ目は債務の履行です。債務の履行が許される理由は、すでに内容が確定した債務をそのとおりに実行するだけだからです。新しく利害を判断する余地が、そもそもありません。

判例最高裁判所判決 昭和43年3月8日

登記申請における双方代理 不動産の権利者・義務者双方の代理人を一人が務めて登記を申請した事案で、登記申請という行為はすでに確定している実体上の権利関係を書面にするだけであり、新たに当事者の利害を左右するものではないから、双方代理を禁止する趣旨には触れないとした。

不動産の登記を申請する場面を思い浮かべてください。売買契約そのものはすでに終わっていて、あとは登記簿に反映するだけです。この申請を司法書士のような一人の人が、権利者側と義務者側双方の代理人として行うことがあります。形の上では双方代理ですが、登記申請は実体の権利関係を新しく作るものではありません。だから判例もこの場面は許されるとしています。本人があらかじめこの行為をしてよいと許諾していれば、それも例外になります。おそれを本人自身が引き受けているからです。

では、2項の利益相反行為にも同じ二つの例外があるのか。そこが条文の文言で正確に押さえてほしいところです。2項のただし書は本人の許諾しかありません。1項は二つ、2項は一つです。2項は、自己契約や双方代理という決まった形に当てはまらなくても、代理人と本人の利益がぶつかる行為を広く押さえる規定です。すでに決まった債務をそのとおり履行するだけなら、そもそも利益がぶつかる行為にあたらないので、2項のただし書にわざわざ書く必要が無かったと考えられています。

「みなす」は終わりではない

「みなす」の中身板(代理権を有しない者がした行為とみなす=当然無効ではない/本人が追認すれば有効になる) 図:「みなす」の中身板

  • 代理権を有しない者がした行為とみなす=当然無効ではない
  • 本人が追認すれば有効になる

108条にあたる契約は、当然に無効と決まるわけではありません。ここが今日の一番の急所です。「代理権を有しない者がした行為とみなす」というのは、無権代理と同じ扱いにするという意味です。無権代理の行為は、そのままでは本人に効力が及びませんが、本人が追認すれば、その行為は有効になります。以前の回で、無効な行為は追認しても原則として有効にならない、取り消せる行為は追認で有効と確定する、という二つを見ました。無権代理の追認は、そのどちらとも違う、本人に効力を及ぼすかどうかを本人が選ぶ仕組みです。なぜ一律に無効にしないのか。108条が守ろうとしているのは本人の利益です。値段がたまたま本人に有利な契約まで消してしまうと、かえって本人が損をします。だから契約を生かすか消すかを、守られる本人の判断に委ねているんです。

Aが後で認めれば、Bのした自己契約も有効になります。ただし冒頭の設例では、Aは10歳の子どもで、自分で追認するという判断もまだできません。この追認の中身、たとえば誰が代わりに追認できるのか、追認するとどこまで遡って有効になるのかは、この先の無権代理の回で扱います。今日は108条にあたる行為が当然に無効ではなく、追認できる状態に置かれる、という一点を押さえてください。

利益相反は、何を見て判定するか

外形説の板(判断基準は行為の外形/代理人の動機や結果としての得は問わない/理由は取引の安全) 図:外形説の板

  • 判断基準は行為の外形
  • 代理人の動機や結果としての得は問わない
  • 理由は取引の安全

利益相反行為かどうかは何を見て決めるのか。Bが本当に子どものためを思っていたかどうかは、関係ありません。判例は行為の外形から客観的に判断するという基準を採っています。代理人の動機や、結果として本人が得をしたかどうかは問いません。

判例最高裁判所判決 昭和37年10月2日

親権者による担保設定と利益相反 親権者が、自己の債務の担保として、未成年の子の不動産に抵当権を設定した事案で、仮に借入金を子の養育費に充てる意図であったとしても、利益相反行為にあたるとした。

この判例を見てください。親権者が、自分の借金の担保として子どもの不動産に抵当権を設定しました。その親権者は借りたお金を子どもの生活のために使うつもりだったとしても、外から見れば親権者自身の借金のために子どもの財産が担保に入っている、という形にしか見えません。判例はこの外形だけで利益相反にあたると判断しました。内心を見ないのは、相手方、つまり抵当権の設定を受ける債権者から見て、代理人の内心は分かりようがないからです。取引に入ってくる相手が、いちいち代理人の本心を確かめないと安心できないのでは、取引そのものが成り立ちません。だから外から見える形だけで判定し、取引の安全を守っています。

同じ担保の設定でも、利益相反行為にあたるかは、担保の対象になっている債務が誰のものかで分かれます。代理人Bが、第三者Cの債務の担保として本人Aの不動産に抵当権を設定した場合、外形上得をするのはCであってBではありません。この場合は利益相反行為にはあたりません。ところが担保になっている債務がB自身のものであれば、外形上得をするのはB自身です。この場合は利益相反行為にあたります。ここで一つ考えてみてください。Bが自分の借金の担保として子Aの不動産に抵当権を設定しました。Bは「これは子どもの将来のための借金だ」と説明しています。これは利益相反行為にあたるでしょうか。

あたります。借金は外形上B自身の債務です。Bの内心がどうであれ、外から見ればB自身が得をする形をしているので、利益相反行為にあたります。外形だけを見て判断するという物差しがぶれなければ、答えは変わりません。

冒頭の設例、決着をつける

826条の板(親権者と子の利益相反は特別代理人を家庭裁判所に請求する/108条ではなく826条の枠組みで処理する) 図:826条の板

  • 親権者と子の利益相反は特別代理人を家庭裁判所に請求する
  • 108条ではなく826条の枠組みで処理する

冒頭の設例は108条1項の自己契約にあたると同時に、もう一つの条文にもあたります。

条文民法826条1項・2項

民法 第八百二十六条(利益相反行為) 親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。 2 親権を行う者が数人の子に対して親権を行う場合において、その一人と他の子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その一方のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。

826条は108条とほとんど同じことを言っているように見えます。中身は近いですが、826条は親権者と子という関係に特化した特則です。親権者はこの利益相反にあたる行為を自分で代理することができません。代わりに家庭裁判所に、子のための特別代理人を選んでもらうよう請求しなければなりません。冒頭の設例のような親子間の売買は、親権者と子という関係そのものが問題になっているので、108条の一般的な枠組みではなく826条の枠組みで処理されます。108条と違って家庭裁判所が出てくるところが、親子の場面の特徴です。10歳のAは、許諾するかどうかを自分で判断できません。そして、本来Aの代わりに判断するはずの法定代理人が、利益がぶつかっているB自身です。本人の側で判断できる人がいないので、家庭裁判所に、利害の無い別の人をAの代理人として選んでもらうんです。

特別代理人を立てるべき場面で親権者が自分で代理してしまうと、その行為は無権代理として扱われます。効果は108条と同じ構造です。当然に無効になるのではなく、後にAが自分で追認できるようになったときに、追認するかどうかで決まります。値段を決めたのがBで、それが本当にAのためになっているかどうかを、Aの代わりに確かめる役目を負うのが、この特別代理人です。

法人の理事にも、同じ発想がある

一般法人法84条の板(理事と法人の利益相反は社員総会・理事会の承認で処理する/承認を受けた取引には108条を適用しない) 図:一般法人法84条の板

  • 理事と法人の利益相反は社員総会・理事会の承認で処理する
  • 承認を受けた取引には108条を適用しない

親子や個人だけでなく、法人でも同じような問題は起きます。一般社団法人・一般財団法人では、理事と法人の利益相反を別の条文で処理します。

条文一般社団法人及び一般財団法人に関する法律84条1項・2項

一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 第八十四条(競業及び利益相反取引の制限) 理事は、次に掲げる場合には、社員総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。 一 理事が自己又は第三者のために一般社団法人の事業の部類に属する取引をしようとするとき。 二 理事が自己又は第三者のために一般社団法人と取引をしようとするとき。 三 一般社団法人が理事の債務を保証することその他理事以外の者との間において一般社団法人と当該理事との利益が相反する取引をしようとするとき。 2 民法第百八条の規定は、前項の承認を受けた同項第二号又は第三号の取引については、適用しない。

理事会を置く法人では、社員総会ではなく理事会が承認します。理事会は、理事全員で法人の業務について決める会議です。一般法人法の92条が、そう読み替えることを定めています。理事は取引の前に重要な事実を開示して、承認を受けなければなりません。2項が言っているのは、承認を受けた二号・三号の取引には108条を適用しないということです。理事が自分の持っている建物を法人に貸すように、理事と法人が直接取引する場面や、法人が理事の債務を保証する場面は、そのままなら108条にも触れそうな形をしています。ですが承認という別のルートを通せば、108条の無権代理とみなす扱いを持ち出す必要が無くなります。承認という手続きで、あらかじめ本人つまり法人の側の許諾を取り付けておく仕組みだと考えると、108条のただし書の考え方と根っこは同じです。親子の場面と比べると違いが見えます。子には代わりに判断できる人がいないので家庭裁判所が特別代理人を選びました。法人には、取引をする理事とは別に社員総会や理事会という判断の場があるので、その承認で本人の許諾に代えられるわけです。

似ているけど、判断の仕方が違う

107条との対比板(108条=外形で判断/107条=相手方の主観を問う) 図:107条との対比板(108条=外形で判断/107条=相手方の主観を問う)

では、代理人の目的や動機の話は107条と関係があるのか。107条と関係はありますが、108条とは判断の物差しが違います。108条は行為の外形だけで判断し、代理人の主観は問いません。これに対して代理権の濫用を扱う107条は、相手方が代理人の目的を知っていたか、知ることができたかという相手方の主観を問う条文です。似ているようで見ているところが違います。

答え合わせ

保存版板(108条=自己契約・双方代理・利益相反は無権代理とみなす/例外は債務の履行と本人の許諾/利益相反は外形説/826条は特別代理人/84条は承認で処理) 図:保存版板

  • 108条=自己契約・双方代理・利益相反は無権代理とみなす
  • 例外は債務の履行と本人の許諾
  • 利益相反は外形説
  • 826条は特別代理人
  • 84条は承認で処理

今日の内容を並べ直します。代理人が相手方になる自己契約、一人が両方の代理人になる双方代理、そして形は違っても利益がぶつかる利益相反行為。この三つはいずれも代理権を有しない者がした行為とみなされます。当然に無効になるのではなく、本人が追認すれば有効になります。1項の例外は債務の履行と本人の許諾の二つ、2項の例外は本人の許諾だけです。利益相反行為にあたるかどうかは、代理人の内心ではなく行為の外形から客観的に判断します。親権者と子の利益相反は826条の枠組みで、家庭裁判所に特別代理人を請求して処理します。法人の理事と法人の利益相反は、社員総会や理事会の承認で処理し、承認を受けた取引には108条を適用しません。

冒頭の設例に戻ると、Bが特別代理人を立てずに自分でAを代理して結んだこの契約は、無権代理として扱われます。値段を決めたのが本当にAのためになっていたかは、後に追認するかどうかという形で、あらためて確かめられることになります。今日はここまでにします。

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#57単独ページ動画

代理権の濫用107条

第1章 民法総則 ㊻/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

頼まれた範囲のことしかしていないのに

冒頭設例板(Aが土地の売却と代金の受け取りをBに任せた/Bは適正価格でCと売買契約を結んで代金を受け取ってそのまま持ち逃げした) 図:冒頭設例板

  • Aが土地の売却と代金の受け取りをBに任せた
  • Bは適正価格でCと売買契約を結んで代金を受け取ってそのまま持ち逃げした

Bは頼まれた範囲のことしかしていません。売る相手を探し、値段を決めて契約し、代金を受け取る。全部Aから任された仕事です。ここで聞きます。それでもAは、土地をCに渡さなければならないのでしょうか。おかしいと感じるその直感は正しい面もありますが、答えは一筋縄ではいきません。Bは代理権の範囲の中で仕事をしています。代理権の範囲内なら効果は本人に帰属する、というのがこれまで見てきた原則でした。先に答えの形だけ言っておくと、Aが土地を渡さなければならないかどうかは、Cが何を知っていたかで分かれます。今日は、代理人が私腹を肥やすつもりで動いたときにこの原則がどう修正されるのかを、条文から確かめていきます。

前回の予告を回収する

前回想起板(前回の最後に予告した対比=一方は行為の外形だけで判断し代理人の主観は問わない/もう一方は相手方が代理人の目的を知っていたか知ることができたかを問う) 図:前回想起板

  • 前回の最後に予告した対比=一方は行為の外形だけで判断し代理人の主観は問わない
  • もう一方は相手方が代理人の目的を知っていたか知ることができたかを問う

本編に入る前に、前回の最後に予告したことを思い出してください。前回見た条文と今日の条文は、どちらも代理権を有しない者がした行為とみなす、という同じ効果を持っています。ただし判断の物差しが違う、という話をしました。前回見た条文は、何を物差しにして判断していましたか?今日の条文は、それとは違う場面を扱います。代理人の目的と、相手方がそれをどこまで知っていたかという、内心と主観を正面から問う条文です。

形式的にはもう有効になっている

99条の壁板(代理の3要件=代理権・顕名・代理人自身の意思表示は揃っている/Bの持ち逃げの意図は要件のどこにも出てこない) 図:99条の壁板

  • 代理の3要件=代理権・顕名・代理人自身の意思表示は揃っている
  • Bの持ち逃げの意図は要件のどこにも出てこない

冒頭の設例を代理の要件に照らして確認してみましょう。代理が成立するには、代理権があること、本人のためにすることを示す顕名、そして代理人自身が意思表示をすること、この3つが必要でした。Bには土地の売却と代金の受領を含む代理権があり、Aのためにすることを示してCと契約し、契約したのはB自身です。3つとも揃っています。

条文民法99条1項

民法 第九十九条(代理行為の要件及び効果)第1項 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。

この条文が定めているのは、この3つが揃えば効果は本人に直接生じる、ということだけです。ここで言う「本人のため」というのは、売買という法律的な効果をAとCの間に生じさせる意思のことであって、受け取った代金を自分の懐に入れるかどうかという、事実上の使い道の話ではありません。Bが持ち逃げするつもりだったという内心は、この3つの要件のどこにも顔を出しません。だから形式的には、この契約は有効に成立しています。何もできない、と決まったわけではありません。ここからは、要件の外側にある、別の物差しを探すことになります。

相手方から見る

相手方の視点板(Cから見ればBの内心は見えない/Cが何も知らないなら取引は守るべき/Cが知っていた・知ることができたなら守る必要はない) 図:相手方の視点板

  • Cから見ればBの内心は見えない
  • Cが何も知らないなら取引は守るべき
  • Cが知っていた・知ることができたなら守る必要はない

別の物差しを探すために、視点を変えてみます。契約の相手方であるCから見て、Bの内心はどう見えるでしょうか。Cに知りようがなかったなら、その取引は守るべきです。Cは何も悪いことをしていません。逆に、もしCがBの魂胆を知っていた、あるいは少し注意すれば気づけたはずなのに気づかなかった、という場合はどうでしょうか。Cが知っていた、あるいは知ることができたなら、Cを保護する必要はありません。冒頭で先に言った答えの形が、ここで見えてきました。相手方の主観、つまりCが何を知っていたかによって、Aを保護するかどうかが分かれる、という形です。

条文が無かった時代の処理

改正前の処理板(条文が無かった時代は93条ただし書=心裡留保を類推していた/表示どおりの効果を受けたくない内心を相手方が知り又は知ることができたなら本人は責任を負わない) 図:改正前の処理板

  • 条文が無かった時代は93条ただし書=心裡留保を類推していた
  • 表示どおりの効果を受けたくない内心を相手方が知り又は知ることができたなら本人は責任を負わない

実は今日の主役になる条文は、比較的新しい規定です。この条文ができる前は、そもそも条文が無かったので、判例が別の条文を借りて処理していました。借りていたのは、以前の回で見た93条1項のただし書です。93条1項は心裡留保の条文です。以前見た心裡留保の場面は、表示どおりの効果を受けたくないという内心があり、相手方がそれを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は無効になる、という形でした。改正前の判例は、この形を代理権の濫用にも当てはめていました。

判例最高裁判所判決 昭和42年4月20日

代理権濫用と心裡留保ただし書の類推 代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法93条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とする、とした。

別の話に見えるのに形が似ているのは、どちらも表示と内心のズレを相手方が知っていた場合だけ、表示どおりの効果を否定する、という共通の構造を持っているからです。心裡留保では、表意者が本心とは違う表示をしています。代理権の濫用では、Bは売る意思そのものは持っていて、契約の中身も本気です。ズレているのは、受け取った代金を誰の懐に入れるつもりかという、契約の効果とは別の、もう一段深いところの内心です。だから同じ93条ただし書そのものではなく、その考え方を借りる、という形で処理されていました。ここで一つ、前々回に見た場面と混同しないように区別しておきます。前々回、代理人が本人を欺くつもりで相手方と通謀した場面でも、93条のただし書を借りる話が出てきました。あのときは、本心でない意思表示をしたのは相手方で、それを知るべきだったのは本人でした。今日の場面は向きが逆です。内心に問題があるのは代理人Bで、それを知るべきなのは相手方Cです。同じただし書を借りていても、誰の内心を誰が知っていたかが違う、という点だけ押さえてください。

107条——代理権の濫用

107条全文カード板(①自己又は第三者の利益を図る目的②代理権の範囲内③相手方が知り又は知ることができたとき④無権代理とみなす) 図:107条全文カード板

平成29年の改正で、この考え方がそのまま条文になりました。107条を確認します。

条文民法107条

民法 第百七条(代理権の濫用) 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。

条文を3つの要件に分けます。一つ目は、代理人が自己又は第三者の利益を図る目的を持っていること。二つ目は、その行為が代理権の範囲内であること。範囲の外に出ていれば、これはこの条文以前の、そもそもの無権代理の問題です。三つ目は、相手方がその目的を知り、又は知ることができたことです。この三つがそろったとき、効果は「代理権を有しない者がした行為とみなす」、つまり無権代理と同じ扱いになります。

冒頭の設例に当てはめる

持ち逃げ設例の関係図(Aが本人・Bが代理人・Cが相手方/AからBへ代理権・BからCへ売買契約・CからBへ代金・Bの持ち逃げの意図) 図:持ち逃げ設例の関係図

  • Aが本人・Bが代理人・Cが相手方
  • AからBへ代理権・BからCへ売買契約・CからBへ代金・Bの持ち逃げの意図

図を見てください。AがBに、土地の売却と代金の受け取りという代理権を与え、BがCと売買契約を結び、CがBに代金を払いました。Bの内心には、この代金を自分のものにするという目的があります。この目的が、一つ目の要件にあたります。範囲内かどうかは、代金の受領まで含めて任されていたので、二つ目の要件も満たします。残るのは三つ目、Cの主観です。ここを3パターンに分けて確認します。

3パターン当てはめ板((a)Cが知っていた→無権代理とみなす/(b)Cが知ることができた→無権代理とみなす/(c)Cが知らず知ることもできなかった→有効) 図:3パターン当てはめ板

  • (a)Cが知っていた→無権代理とみなす
  • (b)Cが知ることができた→無権代理とみなす
  • (c)Cが知らず知ることもできなかった→有効

一つ目、Cが、Bが代金を持ち逃げするつもりだと知って契約した場合です。この場合、三つの要件がすべてそろい、この契約は代理権を有しない者がした行為とみなされます。二つ目は、Bの様子が明らかに不審で、通常の注意を払えば気づけたはずだった場合です。この場合も、知ることができたときにあたるので、結論は一つ目と同じです。代理権を有しない者がした行為とみなされます。ここで一度、考えてみてください。三つ目、Cが何も知らず、通常の取引として適正な価格で買っただけだった場合、結論はどうなるでしょうか。Cが何も知らず、知ることもできなかったなら、三つ目の要件を満たさないので、99条1項どおり、契約は有効です。Aは土地をCに引き渡す義務を負います。Aが受け取れなかった代金については、AがBに対して請求できるかどうかという、また別の問題になります。今日はこの先には踏み込みません。

条文が問うのは、代理人がその行為をした場面で、相手方がその目的を知り、又は知ることができたかです。ですから見るのは、契約を結んだときのCの事情です。契約のときに知らず、知ることもできなかったなら、あとから事情を知っても、契約は有効のままです。

「無効」から「無権代理」へ

改正の意味板(改正前=93条ただし書類推で無効/改正後=無権代理とみなす=本人が追認できる/追認・催告・117条の中身は無権代理の回で扱う) 図:改正の意味板

  • 改正前=93条ただし書類推で無効
  • 改正後=無権代理とみなす=本人が追認できる
  • 追認・催告・117条の中身は無権代理の回で扱う

「無効」と「無権代理とみなす」という言葉の違いこそが今回の改正の一番大きな意味です。改正前は93条ただし書を類推して「無効」という扱いでした。今日の条文は、効果を「代理権を有しない者がした行為とみなす」、つまり無権代理としました。前回も確認したとおり、無権代理とみなす、というのは当然に無効になるという意味ではありません。本人が追認すれば、その行為は有効になります。Aは後から「この契約、認めます」と言うこともできます。無効という構成では、本人にとってその契約が実は有利だったとしても、契約そのものが消えてしまいます。たとえば、Bが持ち逃げした代金をあとで全額取り戻せて、しかもCとの値段が相場よりかなり高かったなら、Aにとってはこの売買を生かした方が得です。無権代理という構成なら、本人が追認して契約を生かすという選択肢が残ります。相手方からの催告や、本人が追認しなかったときの代理人の責任といった中身は、この後の無権代理の回でまとめて扱います。今日は、無権代理という道具が使えるようになった、という一点を押さえてください。

似ているけど、判断の物差しが違う

対比板(どちらも無権代理とみなす/一方は行為の外形だけで判断し代理人の主観も相手方の主観も問わない/今日の条文は相手方の主観を問う) 図:対比板

  • どちらも無権代理とみなす
  • 一方は行為の外形だけで判断し代理人の主観も相手方の主観も問わない
  • 今日の条文は相手方の主観を問う

前回の最後に予告した対比を、ここで確認します。自己契約や双方代理は、契約の形そのものが利益の衝突を表しているので、外形だけで害のおそれが見えます。だから代理人が実際に何を考えていたかも、相手方が何を知っていたかも問いません。今日の条文が扱う場面は、冒頭のBとCの土地の売買のように、外から見ればごく普通の取引です。害は代理人の内心にしか存在しません。だから相手方がその内心をどこまで知っていたかという、主観の物差しでしか、本人を保護する線を引けません。効果は同じです。ただ、そこに至る物差しが違う、という点を区別しておいてください。

親権者が代理人になる場面

親権者設例の提示板(親権者が子を代理する行為は、まず利益相反にあたらないかを確認し、あたらなければ代理権の濫用にあたるかを確認する二段階の判断) 図:親権者設例の提示板

親権者が子を代理する場面で、代理権の濫用が問題になった判例があります。

親権者設例の関係図(子Aが本人・親権者Bが法定代理人・Cが担保を取る側/母Bから子Aへ法定代理・BからCへ担保設定契約・叔父Dの会社がCに債務を負いAの土地がその担保) 図:親権者設例の関係図

  • 子Aが本人・親権者Bが法定代理人・Cが担保を取る側
  • 母Bから子Aへ法定代理・BからCへ担保設定契約・叔父Dの会社がCに債務を負いAの土地がその担保

図で確認します。子Aの法定代理人である母Bが、Cとの間で、Aの土地に担保を設定する契約を結びました。担保にしたのは、叔父Dが経営する会社の借金です。その会社はCに対して債務を負っていて、その担保としてAの土地が差し出されました。まず利益相反行為にあたらないかを確認する必要があります。利益相反行為とは、前回見たとおり、代理人と本人の利益がぶつかる行為です。あたるかどうかは、行為の外形から客観的に判断します。この担保は、B自身の借金の担保ではなく、叔父Dの会社の借金の担保です。外形上、得をするのはその会社であって、B自身ではありません。だから利益相反行為にはあたりません。

利益相反に当たらなくても、それで終わりではありません。ここで代理権の濫用が問題になります。

判例最高裁判所判決 平成4年12月10日

親権者による担保設定と代理権の濫用 親権者が子を代理してする法律行為は、利益相反行為に当たらない限り、するか否かを親権者が子をめぐる諸般の事情を考慮して判断する広範な裁量にゆだねられている。そして、子の所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為は利益相反行為に当たらないから、それが子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存しない限り、代理権の濫用に当たらないとした。子自身に経済的利益をもたらさないことから直ちに濫用とするのは相当でないとし、特段の事情を検討せずに濫用を認めた原審の判断を破棄し、審理を差し戻した。

親権者の濫用の判断板(①利益相反にあたらなければ、するかしないかは親権者の広い裁量/②濫用といえるのは、子の利益を無視して自己又は第三者の利益だけを図るなど、法の趣旨に著しく反する特段の事情があるときに限る/③子に経済的利益が無いというだけで直ちに濫用とはしない=原審を破棄して差し戻し) 図:親権者の濫用の判断板

  • ①利益相反にあたらなければ、するかしないかは親権者の広い裁量
  • ②濫用といえるのは、子の利益を無視して自己又は第三者の利益だけを図るなど、法の趣旨に著しく反する特段の事情があるときに限る
  • ③子に経済的利益が無いというだけで直ちに濫用とはしない=原審を破棄して差し戻し

この判例のポイントは二つあります。一つ目は、親権者が子を代理する行為は、利益相反に当たらない限り、親権者の広い裁量に委ねられているということです。親権者は、子をめぐるさまざまな事情を踏まえて判断する立場にあり、法はその判断を親権者に委ねています。なぜ広く委ねるのか。子の利益は、目の前のお金だけでは測れないからです。この事案でも、叔父Dは母子の面倒をみてきた人でした。最高裁も、この事情がある事案だという点を指摘しています。お金が子のために使われていなくても、そうした間柄まで見て判断できるのは、子のそばにいる親権者です。二つ目は、だからこそ濫用と言える場面も狭くなるということです。子の利益を無視して、自分や第三者の利益だけを図る目的でされたと言えるような、親権者に代理権を与えた法の趣旨に著しく反する特段の事情がなければ、濫用にはあたりません。

冒頭の持ち逃げの設例より、濫用と認めてもらうのは難しくなります。任意代理では、代理人の目的と相手方の主観がそろえば濫用と評価できました。法定代理である親権者の場合は、そこに、広い裁量の中でも著しく法の趣旨に反すると言える特段の事情、という、より狭い絞り込みが加わります。この判例で最高裁が言ったのは、子自身が経済的利益を受けていないというだけで、直ちに濫用と決めつけてはいけない、ということです。さきほどの叔父Dとの事情も含めて、特段の事情があるかどうかを検討し直す必要があるとして、濫用を認めた原審の判断を破棄し、審理を差し戻しました。濫用ではないと確定したわけではなく、もう一度、特段の事情の有無から検討し直しなさい、という判断です。

特段の事情を検討し直すときに見るのは、判決の言葉でいえば、BがAの利益を考えずに、叔父Dの会社の利益だけを図ったと言えるかです。原審は、借りたお金が会社の事業に使われ、Aのためには使われていないという点から濫用としましたが、それだけでは決め手になりません。たとえば、さきほどの、叔父Dが母子の面倒をみてきたことのように、Aの暮らしを考えての判断だったとうかがわせる事情があれば、それも並べて検討の対象になります。反対に、そうした事情が見当たらなければ、判決が例に挙げた、第三者の利益だけを図る形に近づいていきます。

答え合わせ

保存版板(①範囲内か②行為の外形にあたるか③目的と相手方の主観④法定代理なら特段の事情まで/今日の条文は無権代理とみなす=本人が追認できる) 図:保存版板

  • ①範囲内か②行為の外形にあたるか③目的と相手方の主観④法定代理なら特段の事情まで
  • 今日の条文は無権代理とみなす=本人が追認できる

今日の内容を並べ直します。代理権の範囲内の行為でも、代理人が自己や第三者の利益を図る目的で行動していたときは、107条が問題になります。要件は3つ、代理人の目的、代理権の範囲内であること、そして相手方がその目的を知り、又は知ることができたことです。この三つがそろえば、行為は代理権を有しない者がした行為とみなされます。改正前は93条ただし書の類推で無効とされていましたが、現在は無権代理という構成なので、本人が追認して契約を生かすこともできます。前回見た108条は行為の外形だけで判断しましたが、107条は相手方の主観を問うところが違いました。そして親権者のような法定代理人の場合は、広い裁量が認められている分、濫用と言える場面がさらに狭くなり、法の趣旨に著しく反する特段の事情が必要になります。では一つ確認です。冒頭の設例で、Bの様子が明らかに不審だったのに、Cがそれに気づかずに買っていたとします。この契約はどう扱われ、Aにはどんな選択肢が残りますか?

答えは、知ることができたときにあたるので三つ目の要件がそろい、無権代理とみなされる。だから契約を生かすかどうかをAが選べる。この二段で答えられれば十分です。Cが何も知らず、知ることもできなかったなら、契約は有効で、Aは土地を渡す義務を負います。Bへの責任追及は、また別の問題として残ります。代理権の範囲の中の行為でも、それだけで本人が契約に縛られるとは限らない。相手方が何を知っていたか、そして代理人が法定代理人ならその裁量の広さまで踏まえて判断する。これが今日の一本の筋です。今日はここまでにします。

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#58単独ページ動画

復代理と代理権の消滅

第1章 民法総則 ㊼/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

Dは、誰の代理人なのか

冒頭設例板(Aが自分の土地の売却をBに頼んだ/Bが急な長期入院/Aの許諾を得てBがDに代わりを頼んだ/DがCと売買契約) 図:冒頭設例板

  • Aが自分の土地の売却をBに頼んだ
  • Bが急な長期入院
  • Aの許諾を得てBがDに代わりを頼んだ
  • DがCと売買契約

ここで聞きます。Dは、いったい誰の代理人なのでしょうか。Bに頼まれたのだから、Dの相手はBなのでしょうか。Dは頼んだBの代理人になる、という直感は、多くの人がまず抱くものです。ですが結論はそうなりません。先に答えを言っておくと、Dは、Bの代理人ではなく、本人Aの代理人です。もう一つ、聞いておきます。もしDがCと契約した前の日に、Aがすでに亡くなっていたとしたら、この契約はどうなるでしょうか。今日は、代理人がさらに別の人に任せる場面と、代理権そのものがいつ消えるかを、一本の筋で見ていきます。

前に予告したことを回収する

前回想起板(前に予告した内容=代理権の範囲も、復代理の要件も、代理権が消える場面も、任意代理と法定代理では中身がすべて違うということ) 図:前回想起板

本編に入る前に、前に予告していたことを思い出してください。代理権の範囲も、代理人が別の人に頼む復代理の要件も、代理権が消える場面も、任意代理と法定代理では中身がすべて違う、という話をしました。今日はその予告のうち、復代理の要件と、代理権が消える場面の2つを、まとめて回収します。

復代理人は、本人の代理人

復代理の骨格図(AからBへ代理権/BからDへ復代理人の選任/DからCへAのための売買契約/契約の効果はBを経由せずAに直接届く) 図:復代理の骨格図

  • AからBへ代理権
  • BからDへ復代理人の選任
  • DからCへAのための売買契約
  • 契約の効果はBを経由せずAに直接届く

図を見てください。AがBに、土地の売却についての代理権を与えました。Bは、Aの許諾を得て、Dを選びました。DはCと契約を結びました。ここで大事なのは、Dが結んだ契約の効果がどこに届くかです。DはCに、Bのためではなく、Aのためにすることを示して契約します。前に見た顕名の相手が、Aなんです。だからDの契約の効果は、Bを経由せず、Aに直接届きます。つまりDは、Bの代理人ではなく、本人Aの代理人です。これを復代理人と呼びます。「誰に頼まれたか」と「誰の代理人になるか」は、別の話なんです。復代理人とは、代理人が自分の名で選ぶ、本人の代理人のことです。ここで言う「自分の名で」というのは、BがAの代理人としてAの名で選ぶのではなく、B自身の判断で選ぶ、という意味です。契約のときに誰のためにすることを示すかという、顕名の話ではありません。もしAが直接Dを代理人に選んでいたら、それは復代理ではなく、単にAに代理人が2人いる状態にすぎません。

Bの代理権は消えません。Dを選んでも、BとAの間の代理関係はそのまま残ります。つまりDを選んだあとは、BとDという2人が、並んでAの代理人になっている状態です。この点は、明治時代の判例でもはっきり示されています。

判例大審院判決 明治44年4月28日

復代理人を選任しても、代理人は代理関係を離脱しない 弁護士である訴訟代理人が、与えられた権限にもとづいて復代理人を選んだ事案で、復代理人を選んでも代理人自身の代理権には少しも影響がなく、代理人は代理関係を離れずに代理人のままであり、復代理人は本人を代表するだけで代理権を移されるわけではないとした。

理由は、BがDに任せたのは、Aの仕事から降りることではなく、自分が引き受けた仕事をDにも担わせることだからです。BはDを選んだあとも、Aの代理人であり続けます。

任意代理人の復任権

自己執行義務の板(本人は代理人その人を信頼して頼んだ=原則は自分で行う/例外は①本人の許諾②やむを得ない事由) 図:自己執行義務の板

  • 本人は代理人その人を信頼して頼んだ=原則は自分で行う
  • 例外は①本人の許諾②やむを得ない事由

許諾が必ず要るのかどうかは、条文で確認します。代理人が復代理人を選べる権限を、復任権と呼びます。

条文民法104条

民法 第百四条(任意代理人による復代理人の選任) 委任による代理人は、本人の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復代理人を選任することができない。

任意代理では、代理人が勝手に復代理人を選ぶことはできません。本人の許諾か、やむを得ない事由か、どちらかが要ります。なぜかというと、Aは「Bというその人」を信頼して頼んでいるからです。これを自己執行義務と呼びます。原則として、頼まれたB自身がやるべきで、別の人に丸投げしてよいものではありません。冒頭の設例は、BがAに頼んで許諾を得たうえで、Dを選んだ場面です。この回は、この場面を中心に見ていきます。もう一つのパターンも見ておきます。もしBが入院して自分では動けず、Aは長期の海外渡航で連絡がつかず、しかも契約の期限が迫っていたとしたら、これは許諾を得ようがない状況です。この場合は「やむを得ない事由」にあたると考えられます。

入院しただけで、Aに連絡も取れる状況なら、まず許諾を求めるのが筋です。やむを得ない事由と言えるかどうかは、本人に許諾を求める余地が本当に無かったかまで見て判断されます。許諾もやむを得ない事由も無いまま選んだ場合、Dには代理権がありません。Dが結んだ契約は、無権代理の問題になります。無権代理の中身は、別の回でまとめて扱います。

法定代理人の復任権

法定代理の板(法定代理人はいつでも復代理人を選べる/本人が選んだ人ではなく辞任も自由でないため自己執行義務を課す根拠がない/責任は原則すべて・やむを得ない事由なら選任と監督のみ) 図:法定代理の板

  • 法定代理人はいつでも復代理人を選べる
  • 本人が選んだ人ではなく辞任も自由でないため自己執行義務を課す根拠がない
  • 責任は原則すべて・やむを得ない事由なら選任と監督のみ

法定代理人が復代理人を選ぶ場面は、任意代理とは違うルールになります。

条文民法105条

民法 第百五条(法定代理人による復代理人の選任) 法定代理人は、自己の責任で復代理人を選任することができる。この場合において、やむを得ない事由があるときは、本人に対してその選任及び監督についての責任のみを負う。

法定代理人は、いつでも復代理人を選ぶことができます。なぜなら、法定代理人は本人が選んだ人ではなく、また自由に辞任できる立場でもないからです。任意代理のように「その人を信頼して頼んだ」という前提が無いので、自己執行義務を課す根拠がありません。未成年の子Aの親権者Bが、Aが相続した財産の管理を、弁護士Dに任せる場面を考えてください。親権者は法定代理人ですから、いつでもDを選ぶことができます。法定代理人にも制約はあります。責任の重さです。条文の前段を見てください。自己の責任で選任する、とあります。つまり原則として、Dの行為について、Bはすべての責任を負います。ただし後段にあるとおり、やむを得ない事由があったときだけ、責任は選任と監督についてのみに軽くなります。

選任できる場合も理由も責任も、中身が違う

対比板(104条×105条/選任できる場合=許諾かやむを得ない事由・いつでも/理由=本人が信頼して選んだ自己執行義務・本人が選んだ人ではなく辞任も自由でない/責任=債務不履行の一般原則・原則すべて負いやむを得ない事由なら選任監督のみ) 図:対比板

  • 104条×105条
  • 選任できる場合=許諾かやむを得ない事由・いつでも
  • 理由=本人が信頼して選んだ自己執行義務・本人が選んだ人ではなく辞任も自由でない
  • 責任=債務不履行の一般原則・原則すべて負いやむを得ない事由なら選任監督のみ

ここまでの2つを並べます。任意代理は、許諾かやむを得ない事由がなければ選べません。理由は、本人が代理人その人を信頼して選んだからです。法定代理は、いつでも選べます。理由は、本人が選んだ人ではなく、辞任も自由でないからです。任意代理と法定代理で中身がすべて違う、という予告の中身が、まさにこの対比です。そしてもう一つ、責任のところにも違いがあります。法定代理は、原則としてDの行為すべてに責任を負い、やむを得ない事由があるときだけ選任・監督の責任に軽くなる、と条文に書いてあります。では任意代理のBが、Dの選び方や行為について責任を問われるときは、何を根拠に判断されるのでしょうか。

任意代理人の責任を軽くする条文は、実は、今の104条にはありません。以前は、任意代理人の責任を選任と監督だけに限定する、特別な規定がありました。ですが改正でその規定は削除されました。今は、Dの行為によってAが不利益を受けたとき、それはAとBの間の委任契約における債務不履行の一般原則で処理されます。特別に軽くする規定が無くなった分、責任の重さは、契約の内容と、Bがどれだけ注意を尽くしたかという、通常の債務不履行の判断に委ねられることになりました。たとえば、Dが受け取った代金を使い込んで、Aが損をしたとします。この場合Bは、特別な事情が無い限り、委任契約の債務不履行として、Aに損害を賠償する責任を負います。

復代理人の権限は、代理人の権限まで

復代理の骨格図(AからBへ代理権/BからDへ復代理人の選任/DからCへAのための売買契約/契約の効果はBを経由せずAに直接届く/Bの代理権が消えればDの代理権も消える) 図:復代理の骨格図

  • AからBへ代理権
  • BからDへ復代理人の選任
  • DからCへAのための売買契約
  • 契約の効果はBを経由せずAに直接届く
  • Bの代理権が消えればDの代理権も消える

Dができることの範囲を定めているのが106条です。

条文民法106条

民法 第百六条(復代理人の権限等) 1項 復代理人は、その権限内の行為について、本人を代表する。 2項 復代理人は、本人及び第三者に対して、その権限の範囲内において、代理人と同一の権利を有し、義務を負う。

1項を見てください。復代理人は本人を代表するとあります。これが、Dが本人Aの代理人である、ということの条文上の根拠です。Dの権限は、Bの権限を超えられません。もう一度図を見てください。Dの代理権は、いきなりAから独立して生まれたものではなく、Bの代理権を土台にして選ばれたものです。Bが持っていない権限を、Dに渡すことはできません。もしBが土地の売却だけを頼まれていたなら、Dも土地の売却しかできません。Bの代理権が無くなったらどうなるか、それが、この条文が持つもう一つの意味です。Bの代理権が消滅すれば、Dの代理権も一緒に消滅します。Dの代理権は独立した権限ではなく、Bの代理権にぶら下がっている、という関係だからです。たとえばBが亡くなれば、Bの代理権が消えるので、Dの代理権も一緒に消えます。逆に、Dが亡くなっても、消えるのはDの代理権だけで、Bの代理権は残ります。ここが、「本人の代理人なのに、代理人に従属している」という、復代理の少しねじれた構造です。Dが本人の代理人だからといって、Bと無関係に存在できるわけではありません。土台であるBの代理権がいつ消えるかは、この後まとめて見ていきます。もう一点だけ、軽く触れておきます。Dが相手方Cから代金などを受け取った場合、DはAにもBにも引き渡す義務を負いますが、特別な事情が無い限り、Bに渡せば、Aに対する義務も消えるとされています。

代理権はいつ消えるのか

111条一覧板(共通=本人の死亡・代理人の死亡・代理人の破産・代理人の後見開始/任意代理のみ=委任の終了=653条=委任者か受任者の死亡・破産・受任者の後見開始/本人の破産は任意代理だけの消滅事由) 図:111条一覧板

  • 共通=本人の死亡・代理人の死亡・代理人の破産・代理人の後見開始
  • 任意代理のみ=委任の終了=653条=委任者か受任者の死亡・破産・受任者の後見開始
  • 本人の破産は任意代理だけの消滅事由

ここまでは、復代理人の権限の話でした。ここからは、その土台であるBの代理権そのものが、いつ消えるのかを見ます。一つ、ここで立ち止まって考えてみてください。Aが破産したら、Bの代理権は消えると思いますか。本人の破産で代理権が消えるかどうか、その予想を持ったまま、条文を確認しましょう。

条文民法111条

民法 第百十一条(代理権の消滅事由) 1項 代理権は、次に掲げる事由によって消滅する。 一 本人の死亡 二 代理人の死亡又は代理人が破産手続開始の決定若しくは後見開始の審判を受けたこと。 2項 委任による代理権は、前項各号に掲げる事由のほか、委任の終了によって消滅する。

1項は、任意代理でも法定代理でも共通の消滅事由です。本人の死亡、そして代理人の死亡・破産・後見開始です。2項は、任意代理にだけ追加される事由で、委任の終了です。委任の終了の中身は、653条に書かれています。

条文民法653条

民法 第六百五十三条(委任の終了事由) 委任は、次に掲げる事由によって終了する。 一 委任者又は受任者の死亡 二 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。 三 受任者が後見開始の審判を受けたこと。

653条の2号を見てください。委任者、つまり本人の破産も、委任の終了事由に入っています。ここで、さっきの問いに戻ります。本人の破産は、111条1項には入っていません。本人の破産は、任意代理だけの消滅事由です。653条2号を経由して、2項からだけ効いてきます。法定代理には委任という契約が無いので、この経路自体が存在しません。なぜ本人の破産が消滅事由になるかというと、本人が破産すると、財産を管理し処分する権限が、裁判所の選ぶ破産管財人に移るからです。本人に頼まれただけの任意代理人に、その財産を扱わせ続けるわけにはいきません。

消えないものも、確認しておく

弁別板(本人の後見開始=消滅事由ではない/代理人の保佐開始=代理権は消えない・102条ただし書の取消しは他の制限行為能力者の法定代理人の場面だけ/代理人の後見開始=111条1項2号で代理権そのものが消える) 図:弁別板

  • 本人の後見開始=消滅事由ではない
  • 代理人の保佐開始=代理権は消えない・102条ただし書の取消しは他の制限行為能力者の法定代理人の場面だけ
  • 代理人の後見開始=111条1項2号で代理権そのものが消える

111条には、載っていないものも大事です。本人の後見開始は、消滅事由に入っていません。111条1項1号は「本人の死亡」だけで、本人の後見開始は挙げられていません。理由は、代理で判断して意思表示をするのが、本人ではなく代理人だからです。たとえばAに後見開始の審判が出ても、土地を売る交渉をして契約を結ぶのはBです。代理人の後見開始は入っていますが、代理人の保佐開始は入っていません。111条1項2号が挙げているのは後見開始だけで、保佐開始は含まれていません。前に見た、成年被後見人の成年後見人に選ばれた人が、就任したあとで保佐開始の審判を受け、被保佐人になった場面を思い出してください。あの場面で、その後見人がした行為はどう扱われるという結論でしたか?

その後見人の行為は、取り消せます。ただし取り消せるのはその場面だけで、ふつうの任意代理人の行為は取り消せません。あれは102条ただし書の話で、取消しの問題でした。102条の本文は、代理人に行為能力、つまり一人で確定的に有効な取引をする力は要らない、という条文でした。代理の効果は本人に届いて、代理人自身の財産は傷つきませんし、その代理人を選んだのは本人自身だからです。成年後見人の場面で取り消せるのは、成年後見人は家庭裁判所が選ぶもので、本人が選んだ代理人ではないからでした。どちらの場面でも、代理人に保佐開始の審判が出ただけでは、代理権そのものは消えません。行為能力が要らない以上、行為能力が制限されたことは、代理権を消す理由にならないからです。ただ、最低限の判断する力、つまり意思能力は要る、というのも前に見たとおりです。保佐開始は判断する力が著しく不十分という段階で、判断する力を欠くのが常の状態である後見開始とは、程度が違います。代理人が後見開始の審判を受けた場合は、取消しではなく、代理権そのものが消えるという扱いです。似ているようで、条文の効果がまったく違う、という点を区別しておいてください。

本人が死んだら、どうなるのか

消滅の図(本人Aの死亡でBの代理権が消える/Bを土台にするDの代理権も消える/相続人の代理人には切り替わらない) 図:消滅の図

  • 本人Aの死亡でBの代理権が消える
  • Bを土台にするDの代理権も消える
  • 相続人の代理人には切り替わらない

冒頭の問いに戻ります。DがCと契約した前の日に、Aがすでに亡くなっていたら、という問いでした。本人が死ねば、任意代理でも法定代理でも、代理権は消えます。図を見てください。Aが死亡すると、Bの代理権も、Bを土台にしていたDの代理権も、両方とも消えます。Bがそのまま相続人のために動けるようには、なりません。相続人の代理人に自動的に切り替わるわけではありません。代理という制度は、本人と代理人の間の結びつきです。本人がいなくなれば、その結びつきの土台そのものが無くなります。ですから、冒頭の設例で契約の前日にAが死亡していたなら、契約したときにはBにもDにも代理権がありません。この契約は無権代理の問題になります。

Cが知らなかった場合にどう扱われるかは、代理権が消えたことを知らない相手方を守る、表見代理という仕組みに関わってきます。この先の表見代理の回で扱います。無権代理の効果や、追認の中身についても、別の回でまとめて見ていきます。

答え合わせ

保存版板(判断の順番=①誰の代理人か本人②選任は有効か任意なら許諾かやむを得ない事由・法定ならいつでも③権限は代理人の範囲内④代理権は生きているか111条・任意なら委任の終了も) 図:保存版板

今日の内容を並べ直します。復代理人は、代理人の代理人ではなく、本人の代理人です。ただし、代理人の代理権を土台にしている以上、その権限を超えられず、代理人の代理権が消えれば一緒に消えます。選任できる場面は、任意代理なら許諾かやむを得ない事由、法定代理ならいつでも、と中身が違います。代理権そのものが消える場面も、共通の事由と、任意代理だけの事由、たとえば本人の破産があり、そして本人の死亡はどちらにも共通する、一番大きな消滅事由です。では一つ確認です。冒頭の設例で、Aが亡くなる前に、Aの許諾を得てBがDを選んでいたとします。この場合、Dは誰の代理人で、その権限はどこまで及びますか?

Dは本人Aの代理人で、権限はBの範囲内です。では、Dが契約した時点で、実はすでにAが亡くなっていたとしたら、その契約はどう扱われますか。Aの死亡でBの代理権もDの代理権も消えているので、その契約は無権代理の問題になります。誰の代理人か、選任は有効か、権限の範囲はどこまでか、そして代理権は今も生きているか。この4つの順番で確認すれば、復代理をめぐる場面はほぼ整理できます。今日はここまでにします。

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#59単独ページ動画

無権代理の効果と追認113条

第1章 民法総則 ㊽/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

息子が、父に黙って実印を持ち出した

冒頭設例板(息子Bが父Aに黙って実印を持ち出し、Aの委任状を自分で作り、父Aの代理人と名乗ってAの土地をCに売る契約を結んだ/Aは何も頼んでいない) 図:冒頭設例板

  • 息子Bが父Aに黙って実印を持ち出し、Aの委任状を自分で作り、父Aの代理人と名乗ってAの土地をCに売る契約を結んだ
  • Aは何も頼んでいない

この契約で、Aは縛られるのでしょうか。逆に、値段がとても良かったのでAが「この契約を生かしたい」と思ったら、生かすことができるのでしょうか。そしてAが何も言わない間、Cはどういう立場に置かれるのでしょうか。先に答えを言っておくと、Aは縛られません。けれどAは、あとからこの契約を認めて生かすこともでき、Aが決めるまでの間、Cは待たされることになります。今日は、代理権が無いのに代理人として契約してしまった場面の効果と、本人があとから効力を認める追認という仕組みを、一本の筋で見ていきます。

顕名はあるのに、代理権が無い

無権代理の三面関係図(Aから Bへの授権の線が無い=点線と×/BからCへの契約の線はある=顕名ありの実線/AからCへの効果の線は追認があれば実線化される点線) 図:無権代理の三面関係図

  • Aから Bへの授権の線が無い=点線と×
  • BからCへの契約の線はある=顕名ありの実線
  • AからCへの効果の線は追認があれば実線化される点線

図を見てください。BはCに対して「父Aの代理人です」と名乗って契約しています。これは②顕名にあたります。契約したのもB自身なので、③も満たしています。欠けているのは①代理権だけです。今回のAは、実印をBに渡していません。前に、実印や登記済証をAがBに預けていた場合は、黙って代理権を与えていたと推認される方向に働く、という話をしました。今回はその逆で、Bが無断で持ち出しただけなので、黙示の代理権すら認められません。Bが自分の名前で、自分の物として売った場合は、②顕名が無いので、そもそも代理という舞台に上がっていません。他人の物を勝手に売ったという、別の問題になります。今日扱うのは、舞台には上がったのに正式な代理として認められない、①だけが欠けた場面です。これを無権代理と呼びます。もう一つ確認しておきます。Bは委任状を自分で作っていましたが、この点は結論を左右しません。委任状が本物かどうかではなく、Aが実際にBに代理権を与えたかどうかだけが問題だからです。

無権代理の3つの型

3つの型の板((a)最初から代理権が無い=冒頭設例/(b)代理権はあるが範囲を超えた=土地を貸すことだけ頼まれたのに売った/(c)代理権が消滅した後にした=本人死亡後の代理行為) 図:3つの型の板

  • (a)最初から代理権が無い=冒頭設例
  • (b)代理権はあるが範囲を超えた=土地を貸すことだけ頼まれたのに売った
  • (c)代理権が消滅した後にした=本人死亡後の代理行為

無権代理には3つの型があります。冒頭の設例のように、最初から代理権が無い型。代理権はあるけれど、その範囲を超えてしまった型。そして、代理権がいったん発生したあと、消滅した後にした型です。範囲を超える型は、たとえば、Aが「土地を貸すことだけ」Bに頼んだのに、Bが「土地を売る」契約を結んでしまった場合です。貸すことと売ることは別の代理権なので、範囲を超えた部分は無権代理になります。代理権が消滅した後にした型は、本人の死亡が、その典型です。前に、本人が死亡すると代理権が消えると確認しました。代理権が消えたことを知らずに代理人が契約を結んでしまえば、その契約も無権代理の問題になります。もう一つ、前に見た自己契約や双方代理、代理権の濫用も思い出してください。あれらは「代理権を有しない者がした行為とみなす」という扱いでした。今日学ぶ効果は、そのままあの場面にも乗ります。

では、範囲を超えていたり消滅した後だったりしても、代理人を信じて契約した相手方は守られないのか。相手方が守られる場面として、代理権が無くても本人に効果が届く、表見代理と呼ばれる仕組みがあります。詳しくは別の回で扱います。

「無効」ではなく「本人に届かない」

無権代理の三面関係図(AからCへの効果の線=追認があれば実線化される点線を強調) 図:無権代理の三面関係図(AからCへの効果の線=追認があれば実線化される点線を強調)

ここで少し思い出してください。前に見た無効な行為は、当事者がその行為が無効だと知って追認すると、効力はいつから生まれるんでしたっけ?無効な行為を知って追認すると、もとの契約の日付には戻らず、追認した時点から新たな行為として扱われるのでした。この点を踏まえて、今日の契約がどう扱われるか、113条で確認します。

条文民法113条

民法 第百十三条(無権代理) 1項 代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。 2項 追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。

1項を見てください。「本人に対してその効力を生じない」とあります。契約そのものが壊れているとは書いていません。BとCの間で交わされた意思表示自体は、ちゃんと成立しています。欠けているのは、その効果が本人Aに届くかどうかだけです。荷物にたとえると、BとCが梱包した契約という荷物の中身は本物で、A宛ての伝票を、Aが頼んでもいないのにBが貼っただけの状態です。だから、Aに配達してよいかが決まらないまま、止め置かれています。前に、無効と取消しを5つの軸で見比べました。そのうちの④追認の軸に、無権代理を並べてみます。無効な行為は、追認しても原則として効力を生じませんでした。取消しは、取消権者が追認すれば、有効なまま確定しました。無権代理はそのどちらとも違い、本人だけが追認するかどうかを選べて、追認すれば契約の時までさかのぼって本人に届きます。

④追認の軸の3列比較板(無効119条=追認原則不可・知って追認すればその時から新たな行為/取消し122条=追認可・もともと有効だったと確定/無権代理113条116条=追認可・本人だけができる・契約の時にさかのぼって届く) 図:④追認の軸の3列比較板

  • 無効119条=追認原則不可・知って追認すればその時から新たな行為
  • 取消し122条=追認可・もともと有効だったと確定
  • 無権代理113条116条=追認可・本人だけができる・契約の時にさかのぼって届く

理由は、Aの側とCの側の両方から見えます。前に代理の回で、私的自治とは自分のことは自分の意思で決めることだと見ました。Aは代理権を与えていないので、Aの知らないところで結ばれた契約にAを縛るわけにはいきません。だから効果はAに届きません。一方で、契約を無効にしてしまうと、値段が良くてAがこの契約を望んだときにも、最初から結び直すしかなくなります。Cも、もともとこの条件で買うつもりで契約していました。だから契約はそのまま残し、届けるかどうかをA本人に選ばせているんです。取消しの追認と無権代理の追認は、同じ「追認」という言葉でも、中身は別物です。取消しの追認は、取り消せる状態を消して、もう取り消せなくすることです。無権代理の追認は、本人に効果を及ぼすかどうかを本人が選ぶことです。何を確定させるかが違います。

では、取消しで見た、何も言わなくても追認したことになる法定追認の規定は、無権代理にも使えるか。法定追認の規定は、無権代理の追認には使えません。判例で確認されています。

判例最高裁判決 昭和54年12月14日

法定追認の規定は、無権代理の追認には及ばない 取消しの追認について定める法定追認の規定は、無権代理行為の効果を本人に帰属させるかどうかを決める場面には、類推して使うことができないとした。

無権代理の追認は、本人だけが持つ強い選択です。だから、黙って一定の行為をしただけで自動的に成立する法定追認とは、性質がなじみません。

追認とは何か

追認の性質板(無権代理行為の効果を自分に帰属させる本人の意思表示/相手方のある単独行為=相手方の承諾は不要/追認できるのは本人だけ/明示でも黙示でもよい) 図:追認の性質板

  • 無権代理行為の効果を自分に帰属させる本人の意思表示
  • 相手方のある単独行為=相手方の承諾は不要
  • 追認できるのは本人だけ
  • 明示でも黙示でもよい

追認とは、無権代理行為の効果を自分に帰属させる、本人の意思表示です。相手方の承諾はいりません。Cはもともと、この条件でAの土地を買うつもりで契約したので、Aが追認すれば、Cが望んだとおりの契約がAとの間で生きるだけだからです。このように、相手方に向けてするけれど相手方の同意は要らない行為を、相手方のある単独行為と呼びます。追認できるのは本人だけです。Bが認めても、Bはもともと代理権を持たない人ですから、その言葉には法的な意味がありません。追認は、明示でも黙示でもかまいません。たとえば、Aが契約の代金をCに請求したとします。この行為は、契約が有効であることを前提にしないと出てこない行動です。だから、はっきり「追認する」と言わなくても、黙示の追認と扱われます。

追認すると、契約の時にさかのぼる

遡及効の板(原則=契約の時にさかのぼって効力を生ずる/例外①別段の意思表示/例外②第三者の権利を害する場合) 図:遡及効の板

  • 原則=契約の時にさかのぼって効力を生ずる
  • 例外①別段の意思表示
  • 例外②第三者の権利を害する場合

追認したら、いつから効力が生まれるのかを条文で確認します。

条文民法116条

民法 第百十六条(無権代理行為の追認) 追認は、別段の意思表示がないときは、契約の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

原則は、契約の時にさかのぼります。Aが追認した日からではなく、BとCが契約を結んだその瞬間から、Aに効果が届いたことになります。さっき見た無効の場合とは、時点がちょうど逆です。前に見た、通謀虚偽表示で無効な売買を、1年後に当事者が確認し合った場面では、契約が生まれるのは1年後の確認の時点からでした。無権代理の追認は反対に、もとの契約の時まで戻ります。無効な行為は、最初から法律上まともに扱われない行為でした。だから追認しても過去には戻さず、その時点からの新しい行為として扱うしかありません。無権代理は違います。契約そのものはBとCの間でちゃんと成立していて、欠けていたのはAへの宛先だけです。Aが追認すれば、その欠けていた部分が埋まるだけなので、契約が結ばれた最初の時点にさかのぼって扱われるんです。

116条の遡及効の例外は2つです。1つは、当事者が別段の意思表示をしたとき。追認はするけれど、さかのぼらせないと決めておく場合です。もう1つは、第三者の権利を害するときです。Aが、Bの無権代理行為を知ったあと、追認する前に、同じ土地を別の人Dに売っていた場面を考えてください。

ただし書の設例板(Aが追認前に同じ土地をDに売却/追認の遡及効でCとDの二重譲渡になる/ただし書は適用されず登記の先後で決まる=177条) 図:ただし書の設例板

  • Aが追認前に同じ土地をDに売却
  • 追認の遡及効でCとDの二重譲渡になる
  • ただし書は適用されず登記の先後で決まる=177条

Dの権利を害するように見えますが、通説は、この場面でただし書を使いません。追認がさかのぼっても、Dは先に登記を備えれば勝てるので、遡及効そのものがDの立場を奪うわけではないからです。追認の遡及効はそのまま認めたうえで、AからCへの譲渡とAからDへの譲渡が、普通の二重譲渡として扱われます。つまり、どちらが優先するかは、登記を先に備えたほうが勝つという、前に見た対抗要件のルールで決まります。ただし書が効くのは、CとDが手に入れた権利が、どちらも、ほかの人を排除できる力、つまり排他性を備えている、という特殊な場合です。その具体的な中身は、物権や債権の学習で扱います。今日は、ただし書が実際に働く場面はかなり狭い、というところまで押さえてください。もう一つだけ触れておきます。116条の遡及効の考え方は、他人の物を売る契約を所有者があとから追認する場面にも、同じように及びます。ここで、冒頭の問いのうち二つに答えが出ました。Aは追認しない限り縛られず、この契約を生かしたければ追認でき、そのときは契約の時までさかのぼってAに届きます。

追認は、相手方に伝えなければならない

113条2項の図(AからBへ追認を伝えた線/AからCへの線は無い=Cは知らない) 図:113条2項の図(AからBへ追認を伝えた線/AからCへの線は無い=Cは知らない)

もう一度113条2項を見てください。「相手方に対してしなければ」とあります。追認や拒絶は、相手方Cに伝えないと、Cに対して主張できません。図を見てください。AがBに追認を伝えても、Cがその事実を知らない限り、AはCに対して追認を主張できません。Bに言っただけでは足りない、ということです。ただし、Cが別の経路で追認の事実を知っていれば、話は別です。その場合は、Aから直接伝えていなくても、Cに主張できます。追認や拒絶を相手方に伝えなければならないのは、Cが、自分の結んだ契約がどうなったのか分からないと、次の行動が取れないからです。たとえばCは、代金を用意して待ち続けるべきか、別の土地を探し始めるべきかを決められません。追認されたのか拒絶されたのか、Aの心の中やBとの間だけで決まってCに伝わらないのでは、Cはいつまでも身動きが取れません。ただし書で、Cがその事実を知っていれば足りるとされているのも、同じ理由です。知っていれば、Cはもう次の行動を選べるからです。

追認拒絶で確定する

追認拒絶の板(本人は追認を拒絶できる/拒絶すると効果不帰属が確定する/拒絶した後に気が変わって追認することはできない) 図:追認拒絶の板

  • 本人は追認を拒絶できる
  • 拒絶すると効果不帰属が確定する
  • 拒絶した後に気が変わって追認することはできない

本人は、追認を拒絶することもできます。拒絶すると、効果が本人に届かないことが確定します。確定するので、拒絶したあとで気が変わっても、あとから翻意して追認することはできません。たとえば、Aに拒絶されたCが、あきらめて別の土地を買ったとします。そのあと土地の値段が上がり、Aが「やっぱり追認する」と言い出せたら、終わったと思って動いたCの行動が無駄になります。拒絶を聞いて動き出した相手方の立場を守るために、拒絶はそこで確定し、覆せないものとして扱われるんです。では、追認するかどうか、Aは好きなだけ迷っていてよいのか。Aが何も言わない間は、確定しないまま時間が過ぎていきます。この状態がCにとってどういう意味を持つかを、このあとすぐに見ます。

Cは、宙ぶらりんに置かれる

宙ぶらりんの板(Aが追認も拒絶もしない間、契約が有効になるか確定しない/Cを解放する手段がある) 図:宙ぶらりんの板

  • Aが追認も拒絶もしない間、契約が有効になるか確定しない
  • Cを解放する手段がある

Aが追認も拒絶もしない間、Cは契約が有効になるのかどうか分からないまま、宙ぶらりんの状態に置かれます。Cをこの状態から解放する手段は、ちゃんと用意されています。中身は、このあとの回でまとめて扱います。冒頭の問いに戻ります。BがAに黙って実印を持ち出し、Aの代理人と名乗ってCと土地の売買契約を結んだ、という場面でした。Aは縛られません。Bには代理権が無かったので、Aが追認しない限り、効果はAに届きません。ただし、値段がとても良かったので、Aが「この契約を生かしたい」と思えば追認することができます。追認すれば、契約を結んだその時までさかのぼって、Aに効果が届きます。そして、Aが何も言わない間、Cは契約が有効になるかどうか分からない、宙ぶらりんの立場に置かれます。

答え合わせ

保存版板(判断の順番=①顕名はあるか無ければ無権代理ではない②代理権はあったか無い範囲外消滅後③本人は追認したか拒絶したか相手方に伝わっているか④追認なら契約時にさかのぼる第三者の権利は害さない) 図:保存版板

今日の内容を並べ直します。無権代理は、契約そのものが壊れているのではなく、効果が本人に届いていない状態です。本人が追認すれば、契約の時までさかのぼって届きます。追認や拒絶は、相手方に伝えないと相手方に主張できません。拒絶すれば、効果が届かないことが確定します。では確認です。冒頭の設例で、Aが追認も拒絶もしないまま時間が過ぎていったら、Cはどういう立場に置かれますか?答えは、契約が有効になるかどうか分からないまま、宙ぶらりんの状態に置かれます。無権代理の場面は、顕名はあるか、代理権はあったか、本人は追認したか拒絶したか、それは相手方に伝わっているか、追認なら契約の時にさかのぼるか、第三者の権利を害していないか。この順番で確認すれば、ほぼ整理できます。今日はここまでにします。

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#60単独ページ動画

無権代理人の責任117条と相手方の催告・取消し

第1章 民法総則 ㊾/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

Cは、宙ぶらりんに置かれたまま

無権代理の三面関係図(AからBへの授権は無い/BからCへの契約は顕名あり/AからCへの効果は、追認があるまで届かない) 図:無権代理の三面関係図

  • AからBへの授権は無い
  • BからCへの契約は顕名あり
  • AからCへの効果は、追認があるまで届かない

もう一度、場面を確認しておきます。息子のBが、父Aの実印を無断で持ち出し、「父Aの代理人です」と名乗って、Aの土地をCに売る契約を結びました。Cは、委任状の中身と実印の押印をきちんと確認し、Bの説明に不自然な点はありませんでした。それでもAは、追認するとも拒絶するとも言ってきません。Cは、いつまで待たされるのでしょうか。自分から何かできることはないのでしょうか。そして、勝手に契約したBには、何の責任も無いのでしょうか。

Cは、ずっと待つ必要はありません。Cの側から動ける手段が、ちゃんと3つ用意されています。しかも1つ目の催告は、Aが黙っていたときの結論が、以前見た催告と逆になります。その理由は、効果がもともとどちら側に届いているか、で決まります。今日はその3つを、一本の筋で見ていきます。

Cが使える3つの手段

3つの手段板(①催告(114条)=Aに向かって確答を迫る②取消し(115条)=Cが自分で契約をなかったことにする③無権代理人の責任追及(117条)=Bに向かって履行または損害賠償を求める・向かう相手が3つとも違う) 図:3つの手段板

3つの手段は、向かう相手がそれぞれ違います。1つ目は、Aに向かって「認めるのか認めないのか、はっきりさせてください」と迫る、催告です。2つ目は、Cが自分で、この契約をなかったことにする、取消しです。3つ目は、契約を結んだ張本人であるBに向かって、責任を取らせる、無権代理人の責任です。図を見てください。Aに向かう矢印、Cが自分で完結させる動き、Bに向かう矢印。この3方向を意識すると、条文の中身が整理しやすくなります。順番に見ていきましょう。

1つ目の手段、催告(114条)

催告の関係図(CからAへ、相当の期間内に確答するよう催告する/確答が無ければ追認を拒絶したものとみなす) 図:催告の関係図

まず1つ目、催告です。仮に、CがAに宛てて、「2週間以内に、認めるかどうか返事をください」と書面で求めたとします。これが、催告の具体的な形です。

条文民法114条

民法 第百十四条(無権代理の相手方の催告権) 前条の場合において、相手方は、本人に対し、相当の期間を定めて、その期間内に追認をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、本人がその期間内に確答をしないときは、追認を拒絶したものとみなす。

期間内にAが確答しなければ、追認を拒絶したものとみなされます。今の例なら、2週間が過ぎてもAから返事が無ければ、Cはもうこの契約が生きる見込みが無いと判断して、次の行動に移ってよいことになります。悪意のCでも、催告はできます。催告は、Cが善意か悪意かを問いません。ここは、このあと見る取消しとの大きな違いです。

20条の催告と向きが逆になる理由

20条と114条の対比板(20条=契約はもともと有効・黙っていたら追認とみなす/114条=効果がもともとAに届いていない・黙っていたら追認拒絶とみなす/期間=20条一箇月以上・114条相当の期間) 図:20条と114条の対比板

  • 20条=契約はもともと有効・黙っていたら追認とみなす
  • 114条=効果がもともとAに届いていない・黙っていたら追認拒絶とみなす
  • 期間=20条一箇月以上・114条相当の期間

以前の内容を、思い出してください。催告のルールは、たった一つの問いから全部導けると言いました。その問いは何でしたか?催告された人は、その返事だけで、決着をつけられるか、という問いでした。決着をつけられる人が黙っていたら、追認したものとみなす、という結論でした。たとえば、17歳のときに結んだ契約について、その人が成人したあとに催告を受けたとします。もう自分一人で決められる立場なので、黙っていれば、有効な契約がそのまま続くものとみなされます。Aも自分だけで決着をつけられる人なのに、114条で結論が逆になるのは、もう一つの物差しを足すと分かります。黙っていたら、今ある状態がそのまま確定する、という物差しです。20条の場面の契約は、もともと有効です。取り消せるだけで、効果はすでに本人の側に届いています。だから黙っていれば、その有効な状態がそのまま確定して、追認したものとみなされます。これに対して114条の場面は、Aはまだ何もしていません。息子Bが父Aに無断で実印を持ち出しただけで、Aは何も承諾していないので、効果はまだAに届いていません。だから黙っていれば、その届いていない状態がそのまま確定して、追認を拒絶したものとみなされるんです。

前の物差しを否定しているわけではありません。Aは、その返事だけで決着をつけられる人なので、黙っていれば決着がつく、というところまでは以前と同じです。違うのは、どちら向きに決着するかです。以前、決着をつけられる人が黙っていたら追認とみなされたのも、そのときの契約が、もともと有効だったからなんです。期間の長さも違います。20条は「一箇月以上の期間」でしたが、114条は「相当の期間」です。事案ごとに変わる期間を許しているところが、20条との違いです。ただ、期間は違っても、黙っていたら今ある状態のまま決着する、という考え方は同じです。20条は有効なまま、114条は効果がAに届かないまま、固まります。

2つ目の手段、取消し(115条)

取消しの板(Cが自分で契約をなかったことにする/取り消すと代金の支払いも土地の引渡し請求も無くなる) 図:取消しの板

  • Cが自分で契約をなかったことにする
  • 取り消すと代金の支払いも土地の引渡し請求も無くなる

2つ目は、取消しです。Aが追認をしない間、Cは自分でこの契約を取り消すことができます。取り消せば、Cはもう代金を払う必要が無くなり、Aの土地の引渡しを求めることもできなくなります。

条文民法115条

民法 第百十五条(無権代理の相手方の取消権) 代理権を有しない者がした契約は、本人が追認をしない間は、相手方が取り消すことができる。ただし、契約の時において代理権を有しないことを相手方が知っていたときは、この限りでない。

契約の時に、Bに代理権が無いことをCが知っていたときは、取り消せません。取消しは、代理権があると信じて契約したのに宙ぶらりんにされたCを、その不安定な立場から解放するための仕組みだからです。ただし、条文が除外しているのは「知っていたとき」だけです。だから、Cに過失があっても、悪意でさえなければ取り消せます。善意でありさえすればよく、過失の有無は問いません。ここが、このあと見る117条との違いになります。115条で取り消したときの効果は、以前見た取消しとは性質が違います。以前の取消しは、いったん有効に進んでいた契約を、あとから遡って崩すものでした。この契約は、もともと効果がAに届いていません。ですから115条の取消しは、崩す行為ではなく、効果がAに届かないことを確定させて、Aがあとから追認する道を閉じる行為です。取り消してしまうと、Aはもう追認できなくなりますし、Cも、Bに対して117条の責任を追及することはできなくなります。

117条は、Bとの間に、履行か損害賠償かという法律関係を作る制度です。ところが取り消してしまうと、Cが自分からこの契約を降りたことになるので、履行を求める土台そのものが無くなってしまいます。土台が無いところに、責任だけを残すことはできないんです。Aが先に追認すれば、Cはもう取り消せません。Cが先に取り消せば、Aはもう追認できません。どちらかが先に動いた時点で、契約の運命が確定します。

114条と115条の比較板(主観的要件=催告は善意悪意不問・取消しは善意〈行為時〉のみ/行使の効果=催告は追認拒絶の擬制・取消しは効果がAに届かないことを確定させ追認も117条の追及もできなくなる) 図:114条と115条の比較板

  • 主観的要件=催告は善意悪意不問・取消しは善意〈行為時〉のみ
  • 行使の効果=催告は追認拒絶の擬制・取消しは効果がAに届かないことを確定させ追認も117条の追及もできなくなる

ここで、114条と115条を並べて比較しておきます。板を見てください。催告は、Cの善意・悪意を問わず使えて、Aが黙っていれば追認拒絶とみなされます。取消しは、Cが善意であることが要件で、行使すれば効果がAに届かないことが確定し、Aの追認もCの117条追及も、もうできなくなります。

3つ目の手段、無権代理人の責任(117条)

無権代理人の責任の関係図(CからBへ、Cの選択に従い履行または損害賠償を求める) 図:無権代理人の責任の関係図

3つ目は、無権代理人自身の責任です。Cが、「約束どおり土地を渡してほしい」と履行を求めることもできますし、「別の土地を、より高い値段で買い直すことになった、その差額を賠償してほしい」と求めることもできます。

条文民法117条

民法 第百十七条(無権代理人の責任) 1項 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。 2項 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。 一 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。 二 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない。 三 他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき。

履行か損害賠償かを選ぶのはCであって、Bが選ぶのではありません。Bのほうから「損害賠償で済ませたい」と決めることはできません。履行というのは、条文上はB自身がAの土地を渡すことですが、Aの土地はBのものではないので、実際には履行できず、損害賠償になることが多いです。その場合の賠償は、契約が有効だったら得られたはずの利益、つまり履行利益にまで及びます。

117条の要件と3つの例外

117条要件板(原則=①他人の代理人として契約②自己の代理権を証明できない③本人の追認を得られない/責任を負わない=(1)Cが悪意(2)Cが過失で知らなかった〈ただしBが自分に代理権無いと知っていればただし書で責任あり〉(3)Bが行為能力の制限を受けていた) 図:117条要件板

  • 原則=①他人の代理人として契約②自己の代理権を証明できない③本人の追認を得られない
  • 責任を負わない=(1)Cが悪意(2)Cが過失で知らなかった〈ただしBが自分に代理権無いと知っていればただし書で責任あり〉(3)Bが行為能力の制限を受けていた

117条の要件を、条文の構造どおりに整理します。原則として責任が発生するのは、①他人の代理人として契約をした、②自分に代理権があったと証明できない、③本人の追認を得られない、の3つがそろったときです。Bが責任を負わなくてよい場合も、3つあります。1つ目は、Cが、Bに代理権の無いことを知っていた場合。2つ目は、Cが過失によってそれを知らなかった場合。3つ目は、Bが行為能力の制限を受けていた場合です。以前、代理人には行為能力、つまり一人で確定的に有効な取引をする力は要らない、と見ました。代理の効果は本人に届くので、代理人自身の財産は傷つかないからでした。ところが117条の責任は、B自身が、自分の財産で履行や賠償を背負う責任です。そうなると、一人で取引する力が制限されている人を守る、という考え方が、ここではまた働くんです。

2つ目の例外には、ただし書がついています。Cに過失があっても、Bが自分に代理権が無いことを知っていたときは、この例外は働きません。つまりBはやはり責任を負います。自分の非を分かっていながら契約を結んでおいて、Cの落ち度を理由に逃げることは許されない、という意味の規定です。このただし書は、現在の条文になって加わったものです。代理権があったことを、誰が証明しなければならないのか。条文は、「自己の代理権を証明したときを除き」と書いています。つまり、代理権があったことは、Bの側が証明しなければなりません。Cが、代理権の無かったことを証明する必要はありません。

Bの落ち度が無くても負う責任

無過失責任の板(Bに過失が無くても要件を満たせば責任を負う/過失は重大な過失に限られない/代理制度への信頼を守るための責任) 図:無過失責任の板

  • Bに過失が無くても要件を満たせば責任を負う
  • 過失は重大な過失に限られない
  • 代理制度への信頼を守るための責任

Bは、自分に代理権が無いことを知らなかっただけでも、責任を負うことがあります。117条の責任は、Bに落ち度があったかどうかを問わない、無過失責任です。Bが「まさか代理権が無いとは思わなかった」と言っても、要件を満たせば責任を負います。

判例最判昭62・7・7 民集41巻5号1133頁

117条の責任は無過失責任である/無権代理人は表見代理の成立を主張して117条の責任を免れることはできない 117条2項にいう「過失」は、重大な過失に限定されない。117条による無権代理人の責任は……相手方の保護と取引の安全並びに代理制度の信用保持のために、法律が特別に認めた無過失責任である。無権代理人は、117条1項所定の責任を免れる事由として、表見代理の成立を主張することはできない。

なぜそこまで重い責任にしているのか。代理という制度は、代理人と名乗った人を信じて契約したCが、あとで裏切られないことを前提に成り立っています。Bに過失が無くても免責してしまうと、Cは「代理人と名乗った人を信じてよいのか」を毎回疑わなければならなくなります。代理制度そのものへの信頼を守るために、法律がBに特別に重い責任を課しているんです。判決は、もう一つ述べています。117条2項2号の過失は、重大な過失、つまりひどい不注意に限られない、ということです。Bの責任が落ち度を問わない重い責任である以上、Cの側も、ふつうの不注意があれば、この例外に当たりうる、という判断です。判決の最後の一文、表見代理との関係は、このあと見ていきます。

3つの変形で当てはめる

変形当てはめ板(変形①Cに過失・Bは悪意=ただし書で責任あり/変形②Bが代理権ありと思い込み・Cに過失=責任なし/変形③Bが未成年=責任なし〈114条・115条は使える〉) 図:変形当てはめ板

  • 変形①Cに過失・Bは悪意=ただし書で責任あり
  • 変形②Bが代理権ありと思い込み・Cに過失=責任なし
  • 変形③Bが未成年=責任なし〈114条・115条は使える〉

ここまでの要件を、いくつかの場合で当てはめてみます。まず、冒頭の場面そのままです。Bは父Aの代理人として契約し、代理権を証明できず、Aの追認もありません。Cは委任状と実印を確認していて、代理権が無いと知らず、知らなかったことに過失もありません。Bは成人です。3つの例外のどれにも当たらないので、Bは117条の責任を負います。次に、Cに過失があったとします。相場よりかなり高い値段だったのに、Cが一度もAに確認しなかった、という場合です。このとき、Bは責任を負うでしょうか。Cに過失があるなら、117条2項2号で、Bは責任を負わないように見えます。ですが、今回のBは、実印を無断で持ち出しているので、自分に代理権が無いことを知っています。そうなると、2号のただし書が働いて、Cに過失があっても、Bはやはり責任を負います。

ちなみに、同じ場面でも、取消しのほうはCに過失があっても使えます。代理権が無いと知らなかった以上、115条で取り消せるからです。過失が結論に効くのは、117条のほうだけです。次に、別の場合を考えます。もしBが、「以前Aから土地のことは任せると言われた」と勝手に思い込んでいて、実際にはAは何も言っていなかったとします。Cには過失があったとします。この場合、Bはどうなりますか。Bは自分に代理権が無いことを知らなかったので、ただし書は働かず、2号本文どおり、責任を負わないことになります。最後に、もしBが未成年だったとしたらどうでしょうか。117条2項3号で、Bは責任を負わないことになります。未成年のBに、自分の財産で背負う重い責任を負わせない、という先ほどの考え方です。ただし、これはあくまで117条の責任だけの話です。Bが未成年だったとしても、Cが114条の催告や115条の取消しを使うことは妨げられません。

表見代理が使えそうでも、117条は選べる

表見代理との関係板(もしAの側にもBに代理権があるように見える事情があり表見代理でAに請求できそうな場面でも、CはいきなりBに117条を選べる/どちらを使うかはCの自由・Bは表見代理の成立を主張して免責されない) 図:表見代理との関係板

  • もしAの側にもBに代理権があるように見える事情があり表見代理でAに請求できそうな場面でも、CはいきなりBに117条を選べる
  • どちらを使うかはCの自由・Bは表見代理の成立を主張して免責されない

代理権が無くても、本人に効果が届く場合があります。これを表見代理と呼びます。もし、Aの側にも、Bに代理権があるように見える事情があって、表見代理でAに請求できそうな場面だったとしたら、Cはどうすればよいでしょうか。まずAに表見代理を主張しなければならない、と思うかもしれませんが、実は、その必要はありません。CはAへの請求を主張せずに、いきなりBに117条の責任を追及することができます。Bのほうも、表見代理が使えそうだということを理由に、117条の責任を逃れることはできません。先ほどの判決も、無権代理人は表見代理の成立を主張して、117条の責任を免れることはできない、と述べていました。どちらもCを保護するための制度で、どちらを使うかはCが自由に選べます。それに、Bがそう主張するのは、自分が引き起こした無権代理の責任を、Aに押し付ける主張になってしまいます。表見代理は、Cを保護するための仕組みであって、Bを免責するための仕組みではありません。だから、その主張は通りません。

答え合わせ

保存版板(判断の順番=①Aは追認したか②Cは知っていたか〈取消し・117条〉③Cに過失があったか・Bは自分に代理権が無いと知っていたか④Bは制限行為能力者か⑤表見代理が使えそうでも117条は選べる) 図:保存版板

今日の内容を並べ直します。宙ぶらりんに置かれたCには、3つの手段がありました。Aに確答を迫る催告、自分で契約をなかったことにする取消し、そしてBに責任を取らせる117条です。冒頭の3つの問いに答えます。Cがいつまで待たされるかについては、待つ必要はなく、催告で相当の期間を区切ってAに確答を迫れます。Cが自分からできることについては、善意であれば115条で自分から契約を取り消せます。そしてBの責任については、冒頭の場面なら117条の3つの例外のどれにも当たらないので、Bは履行か損害賠償の責任を負います。この責任は、Bに落ち度が無くても負う、重い責任です。催告は、黙っていたら追認拒絶とみなされます。効果がもともとAに届いていないからです。Cの立場で整理するときは、板の順番で確かめます。まずAが追認したか。次にCが代理権の無いことを知っていたか。それからCに過失があったか、あったならBが自分に代理権が無いと知っていたか。そしてBが制限行為能力者か。最後に、表見代理が使えそうな場面でも、117条は選べます。今日はここまでにします。

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#61単独ページ動画

無権代理と相続(単独相続)

第1章 民法総則 ㊿/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

地位が一人に集まったら

息子Bが父Aの実印を無断で持ち出し、Aの代理人と名乗ってAの土地をCに売る契約を結んだ場面の関係図。AからBへの代理権の付与は無く、BからCへの契約だけが成立し、AからCへの効果は追認するまで確定していない。

息子Bが父Aの実印を無断で持ち出し、Aの代理人と名乗って土地をCに売った場面です。Aが追認しなければ効果は届かず、Aが追認すれば契約の時にさかのぼって届きます。

今日は、この場面に一つだけ条件を加えます。もし、AとBのどちらかが、この契約の結末が決まる前に亡くなってしまったらどうなるでしょうか。亡くなれば話が終わる、とはなりません。むしろ、ここから、本人と無権代理人という別々だった二つの立場が、一人の中に集まってしまいます。Aが死んでBがAを相続すれば、Bは無権代理をした本人にも、無権代理をした代理人にもなります。逆にBが死んでAがBを相続すれば、Aもまた両方の立場を一人で背負います。今日は、この二つの場面で、結論が正反対になることを見ていきます。

地位は融合するのか、併存するのか

資格融合説(少数)と資格併存説(通説・判例)を対比した板。融合説=地位が一人に融合し追認拒絶の余地自体が無くなる。併存説=地位は融合せず、本人の資格と無権代理人の資格が別々のまま一人の中に並んで存在する。

地位が一人に集まれば当然に有効になる、と考える説もあります。資格融合説と呼ばれ、本人の地位と無権代理人の地位が一人に融合して、追認や拒絶という選択の余地自体が無くなる、という考え方です。ですが、この説には弱点があります。もし地位が融合してしまうなら、Cが持っていた115条の取消権も、Bが相続した瞬間に消えてしまいます。しかしCは、Bが誰を相続するかとは関係なく、この取消権を持っているはずです。それに、②の場面、つまりBが死んでAが相続する場面でも、地位が融合するなら当然に有効な契約になってしまいます。これではAは、自分が何もしていないのに、契約を押し付けられることになってしまいます。そこで、判例や通説が採るのは、もう一つの考え方です。資格併存説と呼びます。地位は融合せず、Bの中でも本人の資格と代理人の資格は別々のまま並んで存在する、という考え方です。だから、Bは相続しても、追認を拒絶する権利そのものは、まだ持っています。

持っているかどうかと、行使できるかどうかは、別の問題です。次に、行使できるかどうかを見ていきます。

Bは、自分がした無権代理を拒めない

AからBへの相続の矢印を追加した関係図。既存の三面関係(AからBへの代理権無し、BからCへの契約、AからCへの効果は未確定)に、Aの死亡によりBが単独で相続したことを示す矢印が加わっている。 図:AからBへの相続の矢印を追加した関係図

Bは、追認拒絶権をまだ持っています。ですが、思い出してください。この無権代理をしたのは、B自身です。Bが、自分でCと結んだ契約を、あとから「本人としては認めません」と拒むのは、自分がやったことを自分で否定する、矛盾した振る舞いです。たとえば、友人グループの飲み会で、幹事の名前を無断で使って店に予約を入れた人が、その後たまたま自分がそのグループの正式な幹事になったとして、「幹事として、この予約は認めません」と言えるでしょうか。無断で予約を入れたのは自分自身なのに拒むのは筋が通らない、民法もそう考えます。信義則、つまり誠実に振る舞うべきだという原則に反するので、Bは追認拒絶権を行使できません。行使できない結果、Cが履行を求めれば、Bは追認したのと同じ扱いになり、契約は結んだときにさかのぼって有効になります。

条文民法1条2項

民法 第一条第二項(基本原則) 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

判例最判昭和40年6月18日

無権代理人が本人を単独相続すると、本人が自ら法律行為をしたのと同様の地位が生じる 無権代理人が本人を相続し、本人と代理人との資格が同一人に帰するにいたった場合には、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当である。

拒絶する権利自体は残っているのに、それを使うと筋が通らないという理由づけは、さきほどの信義則で説明するのが一般的な考え方です。判決はその結論を確定させた、という位置づけになります。

Aがすでに拒絶していたら

Aが死亡する前に「この土地は売らない」とはっきり追認拒絶していた、という場面設定を示した板。この拒絶の後にBが単独相続しても、拒絶の結論は覆らない。

では、Aが生きているうちに、すでに拒絶していたらどうなるでしょうか。以前確認したとおり、本人が一度追認を拒絶したら、あとから本人自身が気を変えて追認することはできません。拒絶した時点で、効果が届かないことが確定します。もしAが生前に、この契約をはっきり拒絶していたなら、その時点でもう決着はついています。そのあとBが相続しても、この決着が覆ることはありません。

さきほどの信義則の話と矛盾するようにも見えますが、矛盾しません。信義則で拒絶を封じるのは、まだ何も決まっていない場合の話です。Aがすでに確定的に拒絶していたなら、封じる対象そのものが残っていません。決着済みの結論の上に、あとから信義則を持ち出す余地は無いんです。

判例最判平成10年7月17日

本人が生前に確定的に追認拒絶をしていれば、その後の相続によっても契約は有効にならない 無権代理行為について本人が生存中に追認を拒絶し、その拒絶が確定的なものであった場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではない。

Aは、された無権代理を拒める

BからAへの相続の矢印を追加した関係図。既存の三面関係に、Bの死亡によりAが単独で相続したことを示す矢印が加わっている。Bには配偶者も子もおらず、Aが唯一の相続人である。 図:BからAへの相続の矢印を追加した関係図

場面を切り替えます。今度は逆に、Bが亡くなり、Aが唯一の相続人としてBを相続したとします。Bには配偶者も子もいなかったとします。ここでも、地位は融合せず併存すると考えるので、Aは追認拒絶権を持っています。問題は、さっきと同じように、行使できるかどうかです。今回のAは、自分では何もしていません。実印を渡してもいませんし、委任状も作っていません。無権代理をしたのはBであって、Aではないんです。だから、Aが「この契約は認めません」と拒絶しても、自分がやったことを自分で否定しているわけではなく、矛盾した振る舞いにはなりません。

信義則に反する理由が無いので、Aは追認拒絶権を、そのまま行使できます。さっきの飲み会で言えば、無断で予約を入れたのが自分ではなく、名前を勝手に使われた側の人が、あとで幹事になって「この予約は認めません」と言う場面です。だから、Bは拒めず、Aは拒めます。地位が一人に集まるという入口は同じでも、拒むことが自分のした行為を自分で否定することになるかどうか、その一点で出口が分かれるんです。

判例最判昭和37年4月20日

本人が無権代理人を相続した場合、本人による追認拒絶は信義に反しない 無権代理人を相続した本人が、被相続人がした無権代理行為につき追認を拒絶しても、何ら信義に反するものではない。

それでも、117条の責任は相続する

民法117条1項の全文を示した板。他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。 図:民法117条1項の全文を示した板

ここで終わりにしてしまうと、Cが浮かばれません。もう一つ、確認しておくことがあります。契約の効果がAに届くかどうかと、Bが負っていた責任を誰が引き継ぐかは、別の話です。以前確認した117条を思い出してください。

条文民法117条1項

民法 第百十七条第一項(無権代理人の責任) 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。

Bは、代理権が無いのに契約をした時点で、Aの追認が得られなければ117条の責任を負う、という立場に立っていました。そしてAが追認を拒絶すれば、以前確認した「本人の追認を得られない」がそろうので、責任は消えるどころか確かなものになります。Aは、Bの相続人として、Bが負っていたこの責任を引き継ぎます。背負うのは、Aが自分で何かをしたからではありません。相続とは、亡くなった人の財産だけでなく、その人が負っていた債務も引き継ぐ制度です。117条の責任は、Bが負っていた法律上の債務なので、これも遺産の一部として、Aに引き継がれます。

条文民法896条

民法 第八百九十六条(相続の一般的効力) 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

117条の責任のうち相続で引き継がれる範囲を示した板。損害賠償責任はそのまま引き継がれる。履行責任のうち金銭債務・不特定物の給付義務は引き継がれるが、有力な考え方では特定物である土地の給付義務は引き継がれないとされる。 図:117条の責任のうち相続で引き継がれる範囲を示した板

  • 損害賠償責任はそのまま引き継がれる
  • 履行責任のうち金銭債務・不特定物の給付義務は引き継がれるが、有力な考え方では特定物である土地の給付義務は引き継がれないとされる

引き継ぐ責任の中身は契約の内容とそのままは同じではなく、限度があると考えられています。損害賠償の責任は、そのままAが引き継ぎます。履行の責任、つまり実際に物を渡す義務については、金銭を払う義務や、種類だけ決まっていて特定していない物を渡す義務なら引き継がれます。そして有力な考え方では、今回のような特定の土地を渡す義務は引き継がれない、とされています。この考え方の理由は、Cを不当に得させないためです。Bが生きている間も、Cは、Bにその土地を渡すよう強制することはできませんでした。土地はBのものではなく、Aのものだからです。もしBが死んで、たまたまAが相続したというだけの事情で、Cが今度は土地そのものを手に入れられるようになったら、それは相続という偶然によって、Cを不当に有利にすることになります。ですから、この考え方では、履行の責任のうち特定物を渡す義務は相続の対象から外れ、金銭や不特定物の限度でだけ引き継がれる、とされます。

ですから、Cが117条で「土地を渡してください」と選んでも、Aに土地を渡させることはできません。その場合にCが取れるのは、土地の代わりのお金、つまり損害賠償です。

判例最判昭和48年7月3日

無権代理人を相続した本人は、無権代理人が負っていた117条の責任を免れることができない 無権代理人を相続した本人は、無権代理人が民法百十七条により相手方に対して負担していた債務を免れることができない。

なお、この判決自体は、土地を渡す義務を別扱いにしているわけではありません。履行か損害賠償かを区別せず、Aが117条の責任そのものを免れられない、という一般的な考え方を示したものです。結果として、Cは、Aが追認を拒絶しても、117条によってBの責任を、今はAに対して追及できます。ただし、これは①の場面のように無権代理行為そのものが有効になったわけではありません。あくまで、Bが負っていた責任という別の筋から、Cが救われているだけです。

答え合わせ

①②の場面を並べた比較板。①Aが死亡・Bが単独相続・拒絶できない・理由は矛盾挙動。②Bが死亡・Aが単独相続・拒絶できる・理由は評価対象の行為が無いこと。②では117条の責任のうち金銭・不特定物の限度で相続する。 図:①②の場面を並べた比較板

  • ①Aが死亡・Bが単独相続・拒絶できない・理由は矛盾挙動
  • ②Bが死亡・Aが単独相続・拒絶できる・理由は評価対象の行為が無いこと
  • ②では117条の責任のうち金銭・不特定物の限度で相続する

今日の内容を並べ直します。地位は一人に集まっても融合せず、併存します。分かれ目は、拒むことが、自分のした行為を自分で否定することになるかどうかです。ただし、Aが生前にすでに確定的に拒絶していたなら、その決着は覆りません。冒頭の問いに答えます。息子Bが父Aの実印を無断で持ち出し、Aの代理人と名乗って土地を売った場面で、Aが亡くなりBが単独で相続すると、Bは自分がした無権代理を、本人として拒絶することはできません。逆に、Bが亡くなりAが単独で相続すると、Aは自分がされた無権代理を拒絶することができます。ただし、Aが拒絶しても、Bが負っていた117条の責任は、金銭や不特定物の限度で、Aが相続人として引き継ぎます。

今日はここまでにします。

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#62単独ページ動画

無権代理と相続(共同相続・後見人就職)

第1章 民法総則 #62/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

相続人が一人から二人に増えたら

息子Bが父Aの実印を無断で持ち出し、Aの代理人と名乗ってAの土地をCに売った場面の関係図に、Aの子であるB・Dへの相続の矢印(A→B、A→D)を追加した図。Aの配偶者は既に亡くなっている。B-C間の契約は成立済み、A-C間の効果はまだ確定していない。

図:AをBとDの2人が相続する場面の関係図

前回は、Bが一人で相続したので、Bは自分がした無権代理を拒めない、という結論になりました。今日は、そこに一点だけ条件を加えます。もしAに、Bのほかに妹Dがいて、AをBとDの2人で相続したらどうなるでしょうか。Aの配偶者はすでに亡くなっていたとします。Bの取り分だけは届くのでは、と多くの人が考えます。ですが、判例はそう考えません。今日はその理由を、共同相続・二段階の相続・後見人になる場合・土地そのものを譲り受ける場合の4つの場面で追いかけます。

条文民法900条4号

民法 第九百条第四号(法定相続分) 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。

まず前提を確認します。BとDは、どちらもAの子です。900条4号により、相続分は等しく分けられるので、BとDはそれぞれ2分の1ずつ相続します。

一部有効説と全部無効説

一部有効説と全部無効説を対比した板。一部有効説=Dは拒絶できるがBは拒絶できない→Bの相続分(2分の1)の限度で有効→土地はDとCの共有になる。全部無効説(判例)=追認する権利は相続人全員に不可分的に帰属→全員が共同で追認しない限り、Bの相続分の部分も当然には有効にならない→土地はBとDの共有のまま、Cには届かない。 図:一部有効説と全部無効説を対比した板

  • 一部有効説=Dは拒絶できるがBは拒絶できない→Bの相続分(2分の1)の限度で有効→土地はDとCの共有になる
  • 全部無効説(判例)=追認する権利は相続人全員に不可分的に帰属→全員が共同で追認しない限り、Bの相続分の部分も当然には有効にならない→土地はBとDの共有のまま、Cには届かない

Bの取り分だけ届く、という考え方もあります。板の左側を見てください。Dは拒絶できる、けれどBは自分がした無権代理なので拒絶できない。だったら、Bの相続分である2分の1の限度でだけ、契約の効果が届いてよいはずだ、という考え方です。これを一部有効説と呼びます。この考え方だと、土地はDとCの共有になります。一見、Bの相続分の限度でならうまく収まりそうに見えます。ですが判例は、板の右側、全部無効説と呼ばれる考え方を採ります。全員がそろって追認しない限り、Bの相続分に当たる部分についても、当然には有効になりません。この場合、土地はBとDの共有のまま、Cには届かないことになります。判決が挙げる理由はこのあと見ますが、結論の座りのよさは帰結からも分かります。一部有効説だと、Cは土地を半分だけ、面識のないDと共有することになります。Dも、自分は拒絶したのに、兄Bのしたことのせいで、Cとの共有を押しつけられます。どちらも望んでいない形なんです。

判例最判平成5年1月21日

追認する権利は相続人全員に不可分に帰属し、全員がそろって追認しない限り無権代理人の相続分についても当然には有効とならない 無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属する……他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。

判決が述べる理由は一点だけです。追認する権利は、性質上、相続人全員に不可分に帰属する。分けることができない1個の権利として、BとDが2人で持っている、という考え方です。「全部無効説」という呼び名に「無効」と入っていますが、中身は今までと同じ「届かない」の話です。みんなで持っている権利が、まだ使われていない状態だと考えてください。ちなみに、Cが117条でBに履行を求めて、Bの持分だけでも取れないか、という問題もあります。これには、Bが遺産分割の結果として土地を一人で相続したときにだけ、この責任追及を認めてよい、という考え方があります。半分の持分だけを渡されても、Cは土地を自由に使えず、Dとの共有を押しつけられるだけで、買った土地を渡してもらったことにはならないからです。

1個の権利を2人で持つとは

金庫のたとえを示す板。鍵穴が1つしかない金庫にBとDが1本の鍵を一緒に持っている。金庫を開けるには2人が同時に鍵を回す必要がある。Bだけが回そうとしても、Dが手を離せば金庫は開かない。金庫には部分的に開く機能が無い=開くか開かないかの2択しかない。 図:金庫のたとえを示す板

  • 鍵穴が1つしかない金庫にBとDが1本の鍵を一緒に持っている
  • 金庫を開けるには2人が同時に鍵を回す必要がある
  • Bだけが回そうとしても、Dが手を離せば金庫は開かない
  • 金庫には部分的に開く機能が無い=開くか開かないかの2択しかない

鍵穴が1つしかない金庫を想像してください。その金庫の鍵は1本しかなく、BとDが一緒に持っています。開けるには、2人が同時に鍵を差し込んで回さないといけません。Bだけが回そうとしても、この金庫は開きません。この金庫には、もう一つ大事な特徴があります。「半分だけ開く」という機能が、そもそも無いんです。開くか、開かないかの2択しかありません。だから、Bが自分の無権代理を理由に「回さない」という選択を封じられても——それは信義則の話で、前回と同じ理由です——それだけでは金庫は開きません。Dが手を離している限り、金庫は閉まったままです。

反対に、Dも一緒に鍵を回せば、つまりBとDがそろって追認すれば、金庫は開いて、契約の効果は届きます。前回のようにBひとりが鍵を持っていたなら、Bが閉めておけない以上、開いたのと同じでした。Bが拒めないというのは、金庫を閉めておく力をBが失った、という話であって、Dの側から鍵を回してもらわなければ、そもそも金庫は開かないんです。

似ているようで違う場面・二段相続

A・B・Eの3人の関係と2回の相続を示す図。Bが先に死亡し、Bの子EがBの地位(無権代理人としての地位)を相続する(矢印B→E)。その後Aが死亡し、Bが既に死亡しているためEが代襲相続でAの地位(本人としての地位)を承継する(矢印A→E、代襲であることを示す)。Eは無権代理人の地位と本人の地位を両方受け継ぐ。 図:A・B・Eの3人の関係と2回の相続を示す図

次は、単独相続と似ているようで、少し形が違う場面です。この場面だけ、Aの子はBだけとし、Bには子のEがいたとします。Bが先に亡くなり、Eが唯一の子としてBの地位を相続します。Bの地位というのは、無権代理をした人の地位のことです。そのあと、Aが亡くなります。Bはもう亡くなっているので、EがBに代わって、代襲相続という形でAの地位、つまり本人の地位を引き継ぎます。結果として、Eは無権代理人の地位と、本人の地位を、2回の相続を通じて両方受け継ぐことになります。

条文民法887条1項・2項

民法 第八百八十七条第一項・第二項(子及びその代襲者等の相続権) 1項 被相続人の子は、相続人となる。 2項 被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第八百九十一条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。

では、自分では何もしていないEも、本人の地位に立ったら拒めないのでしょうか。判決は、まさにその疑問を先に取り上げて、退けています。無権代理人を相続した人は、無権代理人の法律上の地位をまとめて引き継ぐのだから、その人があとから本人を相続した場合も、同じように扱うべきだ。自分が無権代理をしていないからといって、別に扱う理由は無い、と述べています。

判例最判昭和63年3月1日

無権代理人を相続した者がその後本人を相続した場合も追認拒絶はできない 無権代理人を相続した者は、無権代理人の法律上の地位を包括的に承継するのであるから、一旦無権代理人を相続した者が、その後本人を相続した場合においても、この理は同様と解すべきであつて、自らが無権代理行為をしていないからといつて、これを別異に解すべき根拠はなく……

自分がやっていないのに拒めないというのは、たしかに酷に思えるかもしれません。ここで前回の、Bが先に亡くなってAがBを相続した場面と比べてください。あのときAは、自分がされた無権代理を拒めました。Eも自分では何もしていない点は同じですが、Eが先に引き継いだのは、無権代理をしたBの側の地位なんです。地位を引き継ぐというのは、良いところだけでなく、この拒めないという不自由さも一緒に引き継ぐ、ということなんです。

似ているようで違う場面・後見人になったら

単独相続と後見人就職を対比した板。単独相続=Aが死亡・Bが本人の地位を相続・拒絶は自分の無権代理を自分で否定するので信義則違反。後見人就職=Aは生きている・Bは後見人として本人の代理権を行使する立場・原則として拒絶は信義則違反にならない。理由=後見人は本人の利益のために職務を行う義務を負う。 図:単独相続と後見人就職を対比した板

  • 単独相続=Aが死亡・Bが本人の地位を相続・拒絶は自分の無権代理を自分で否定するので信義則違反
  • 後見人就職=Aは生きている・Bは後見人として本人の代理権を行使する立場・原則として拒絶は信義則違反にならない
  • 理由=後見人は本人の利益のために職務を行う義務を負う

Bが後見人になる場面は、単独相続と形はたしかに似ています。無権代理のあと、Aが認知症で判断能力を失い、家庭裁判所がBを、以前見た成年後見人に選んだ場面です。ですが、決定的に違う点が一つあります。Aが死んでいない点が決定的な違いです。単独相続では、Aは死んでいて、Bが本人の地位そのものを受け継ぎました。今回はAは生きています。Bは本人の地位を受け継いだのではなく、Aのために、Aの代理人として代理権を行使する立場に立っただけです。

条文民法859条1項

民法 第八百五十九条第一項(財産の管理及び代表) 後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。

条文民法869条

民法 第八百六十九条(委任及び親権の規定の準用) 第六百四十四条及び第八百三十条の規定は、後見について準用する。

条文民法644条

民法 第六百四十四条(受任者の注意義務) 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

後見人には、本人の財産を管理し、代表する権限があります。そして869条が644条を準用しているので、後見人は委任の受任者と同じように、善良な管理者としての注意をもって、本人の利益のために職務を行う義務を負います。だからBは、今回は本人の立場を「引き継いだ」のではなく、本人のために働く係になった、というほうが近いんです。拒むことは、自分の無権代理を自分で否定することではなく、後見人としての職務、つまりAの利益を守ることそのものです。だから判決は、単独相続とは反対に、原則として拒絶は信義則に反しない、とします。

判例最判平成6年9月13日

後見人は原則として本人の無権代理人がした行為の追認拒絶権を含む代理権を行使できるが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り正義の観念に反するような例外的な場合は許されない 禁治産者の後見人は、原則として、禁治産者の財産上の地位に変動を及ぼす一切の法律行為につき禁治産者を代理する権限を有するものとされており(民法八五九条、八六〇条、八二六条)、後見人就職前に禁治産者の無権代理人によってされた法律行為を追認し、又は追認を拒絶する権限も、その代理権の範囲に含まれる。……当該法律行為を代理してすることが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合には、そのような代理権の行使は許されないこととなる。

判決文の「禁治産者」というのは、今の成年被後見人のことです。平成11年の改正で制度が今の成年後見に改められましたが、後見人が本人の財産について代理権を持つという点は変わっていません。判決は、考える手がかりをいくつか挙げています。契約に至る経緯や契約の内容、追認すれば本人がどれだけ不利益を受けるか、拒絶すれば相手方がどれだけ不利益を受けるか、無権代理をした人と後見人になった人がどういう関係にあるか、そして相手方が本人の判断能力についてどこまで分かっていたか、といった事情です。これらを見て、取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切ると言えるかどうかを判断します。方向だけ示すと、たとえばAの入院費を用意するための売買で、値段も相場どおり、Cも誠実に代金をそろえていた、という事情が重なれば、拒絶は信頼を壊す側に傾きます。反対に、相場よりずっと安く、追認するとAが大きく損をするなら、拒むのは後見人の仕事そのもので、原則どおり許されます。

実は、この判決の事件では、無権代理をした人と後見人になった人は別の人でした。今日の設例のように、同じBが両方を担うケースそのものではありません。ですが、後見人は本人の利益のために職務を行う義務を負う、という制度の趣旨から考えれば、無権代理をした人自身が後見人になった場合も、同じ枠組みで判断されるはずです。

Bが土地そのものを譲り受けたら

Bが後にAから土地を贈与または売買で譲り受けた場面を示す板。相手方Cが117条の履行を選択し、Bが土地の所有権を取得した場合に、Bと相手方Cとの間で契約が成立したのと同様の効果が生じる、という流れを示す図。 図:Bが後にAから土地を贈与または売買で譲り受けた場面を示す板

最後にもう一つ、別の場面を見ます。Aが亡くなるわけではなく、Bが生きているAから、この土地そのものを、贈与か売買で譲り受けたとします。Bが土地の持ち主になっただけで無権代理の問題が解決するように思いたくなりますが、判決はそう考えません。Bが土地を手に入れただけで、無権代理行為が当然に有効になるわけではないんです。

条文民法117条1項

民法 第百十七条第一項(無権代理人の責任) 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。

判例最判昭和41年4月26日

無権代理人が相手方の選択により履行を選んで不動産の所有権を取得した場合には無権代理人自身と相手方との間に契約が成立したと同様の効果を生ずる 無権代理人は、民法百十七条の定めるところにより、相手方の選択に従い履行又は損害賠償の責に任ずべく、相手方が履行を選択し無権代理人が不動産の所有権を取得するにいたつた場合においては、前記売買契約が無権代理人自身と相手方との間に成立したと同様の効果を生ずる。

以前確認した117条を思い出してください。Bは、代理権を証明できず、Aの追認も得られなければ、相手方Cの選ぶとおりに、履行か損害賠償の責任を負う立場でした。CがここでBに履行を選び、Bが実際に土地の所有権を手に入れると、その時初めて、Bと相手方Cとの間で、契約が成立したのと同じ効果が生じます。土地を持っただけでは何も起きません。Cが履行を選ぶことと、Bが土地の所有権を手に入れること、この2つがそろって初めて、Bと契約したのと同じ扱いになります。なぜ土地を手に入れただけでは足りないのか。117条では、履行か損害賠償かを選ぶのはCでした。Cが、もう土地は要らない、お金で解決したい、と損害賠償を選べば、Bが土地を持っていても、契約の効果は生じません。選ぶ権利をCから取り上げないために、Cの選択を待つんです。

答え合わせ

単独相続・共同相続・二段相続・後見人就職の4場面を並べた比較板。単独相続=Bが拒絶できない(矛盾挙動)。共同相続=Dが拒絶すればBの相続分も届かない(追認権が不可分に帰属)。二段相続=Eは本人の資格でも拒絶できない(地位を包括的に承継)。後見人就職=原則として拒絶できる(Aは生存・後見人は本人のために職務を行う)。 図:単独相続・共同相続・二段相続・後見人就職の4場面を並べた比較板

  • 単独相続=Bが拒絶できない(矛盾挙動)
  • 共同相続=Dが拒絶すればBの相続分も届かない(追認権が不可分に帰属)
  • 二段相続=Eは本人の資格でも拒絶できない(地位を包括的に承継)
  • 後見人就職=原則として拒絶できる(Aは生存・後見人は本人のために職務を行う)

今日の内容を並べ直します。共同相続では、追認する権利は1個の権利としてBとDに不可分に帰属するので、Dが拒絶すれば、Bの相続分についても効果は届きません。二段相続では、Eは自分で無権代理をしていなくても、地位を包括的に受け継いだ以上、本人の資格でも拒絶できません。後見人就職では、Aが生きていて、Bは本人のために職務を行う立場に立つので、原則として拒絶できます。そして、Bが後から土地そのものを手に入れても、Cが117条の履行を選んで初めて、契約したのと同じ効果が生まれます。冒頭の問いに答えます。息子Bが父Aの実印を無断で持ち出し、Aの代理人と名乗って土地を売った場面で、AをBと妹Dの2人が相続すると、Dが追認を拒絶すれば、Bの相続分に当たる部分も届きません。せめてBの取り分だけでも、とはいかないんです。

一人で相続するか、二人で相続するかで、結論はこれだけ変わります。今日はここまでにします。

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#63単独ページ動画

表見代理の全体像

第1章 民法総則 #63/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

少しでも関わっていたら

冒頭設例板の再掲。息子Bが父Aの実印を無断で持ち出し、「父Aの代理人です」と名乗ってAの土地をCに売った。Aは何も関与していない。Aが追認しない限り効果はAに届かない。 図:冒頭設例板の再掲

  • 息子Bが父Aの実印を無断で持ち出し、「父Aの代理人です」と名乗ってAの土地をCに売った
  • Aは何も関与していない
  • Aが追認しない限り効果はAに届かない

前回までに、息子Bが父Aの実印を無断で持ち出し、Aの代理人だと名乗ってAの土地をCに売った場面を見てきました。Aが何も関与していなければ、Aが追認しない限り、効果はどうなりましたか?Aが追認しなければ、効果はAに届きませんでした。今日は、その設例に一点だけ手を加えます。もしAが、この取引に少しでも関わっていたらどうなるでしょうか。例えば、Aが前からCに「土地のことはBに任せてある」と言っていたとします。実際にはBに代理権を与えていません。それでもAは「知らなかった」で済ませられるでしょうか。今日はこの問いを、Aの関わり方を変えた3つの場面で追いかけます。前にも名前だけ出てきた、表見代理と呼ばれる制度です。

表見代理とは何か

表見代理の意義板。表見代理とは、代理権が無いのに、一定の条件がそろえば、効果だけを本人に届ける制度。無権代理そのものを消すのではなく、例外的に効果だけを届ける仕組み。 図:表見代理の意義板

  • 表見代理とは、代理権が無いのに、一定の条件がそろえば、効果だけを本人に届ける制度
  • 無権代理そのものを消すのではなく、例外的に効果だけを届ける仕組み

表見代理とは、代理権が無いのに、一定の条件がそろえば、効果だけを本人に届ける制度です。Bには代理権が無く、無権代理であることは変わりません。ただ、一定の条件がそろったときだけ、例外的にその効果がAに届く、という位置づけです。

なぜ本人が責任を負うのか

権利外観法理の3要素板。①代理権があるかのような外観②その外観を本人が作った(本人の帰責性)③相手方がそれを信じ、信じたことに落ち度がない(善意無過失)。3つがそろえば効果は本人に届く。 図:権利外観法理の3要素板

  • ①代理権があるかのような外観②その外観を本人が作った(本人の帰責性)③相手方がそれを信じ、信じたことに落ち度がない(善意無過失)
  • 3つがそろえば効果は本人に届く

例えば、あるお店を思い浮かべてください。そのお店では、店員だけが「STAFF」と書かれた腕章を着けています。客は、腕章を着けている人を店員だと信じて注文します。ある日、腕章を着けた人がレジで会計を済ませました。でも実はその人は店員ではありませんでした。それでも、お店はその会計を認めなければならないのでしょうか。条件がそろえば認めることになります。1つ目は、腕章という「店員に見える外観」があったこと。2つ目は、その外観をお店の側が作った、あるいは作らせてしまったこと。3つ目は、客がその外観を信じて、信じたことに落ち度が無かったことです。この3つがそろうと、お店は自分では雇っていなくても、その接客の結果を引き受けることになります。

お店が悪いわけでもないのに責任を負わされるのは、お店に、腕章を管理できたはずなのにしなかった、という側面があるからです。そして客のほうは、腕章という目に見える証拠を信じただけで、落ち度はありません。どちらに結果を引き受けさせるほうが公平かを考えると、外観を作った側に責任を負わせる、という考え方になります。これを権利外観法理と呼びます。禁反言は、前に信義則から生まれる考え方として見た、「自分がいったん示した態度と矛盾する主張は許されない」という考え方でしたね。表見代理の考え方も、かつてはこの禁反言の原理として説明されていました。今は権利外観法理として整理されていて、どちらで説明しても実質的な違いは無いとされています。Aと土地の場面でも、同じ理屈が働きます。

Aの関わり方で3つに分かれる

3類型の地図板。109条=Cに「Bに任せた」と言っただけ(与えたと言った)/110条=別件の代理権は本当に与えていた(少しは与えた)/112条=以前は与えていたが撤回した(かつて与えた)。3つとも骨格は「外観+本人の関与+相手方の善意無過失」で共通。 図:3類型の地図板

  • 109条=Cに「Bに任せた」と言っただけ(与えたと言った)/110条=別件の代理権は本当に与えていた(少しは与えた)/112条=以前は与えていたが撤回した(かつて与えた)
  • 3つとも骨格は「外観+本人の関与+相手方の善意無過失」で共通

この腕章の話を、Aと土地の場面に置き換えます。Aの関わり方を1点だけ変えた場面が3つあります。もしAが少しでもこの取引に関わっていたとしたら、どの条文が使われそうか、考えてみてください。Aが言葉で「Bに任せた」と示していた場合が、1つ目の場面です。他に、Aが本当に何かの代理権をBに与えていた場合や、以前は与えていたけれど今は無くなっている場合も考えられます。なぜこの3つに分かれるのか。理由は、Aがどういう形で外観づくりに関わったか、その形が違うだけだからです。言葉だけで外観を作った場合、別件の代理権を本当に渡した場合、渡したものをあとから取り戻さなかった場合。どれも、Aの側に「その外観を防げたはずなのに防がなかった」という帰責性があります。この帰責性の作られ方が違うだけで、骨格そのものは同じ1本の理屈です。前に、無権代理には、最初から代理権が無い型、範囲を超えてしまった型、消滅した後にした型の3つがあると見ましたね。今日の3つの場面は、この3つの型を1つずつ、Cが守られるかという側から見直すものです。順番に見ていきます。1つ目は、AがCに「Bに任せた」と表示していた場面です。

場面①与えたと言った

三面関係図。A→Bの代理権の線は無い(実際には与えていない)。A→Cに向けて「Bに任せた」という表示の線が引かれている。B→Cの契約の線は実線。 図:三面関係図

Aは、実際にはBに代理権を与えていません。でも、Aは前からCに「土地のことはBに任せてある」と伝えていました。腕章の話でいえば、腕章そのものは無いのに、店長が客に「あの人は店員です」と直接言って回っていたのと同じです。言葉だけで外観ができてしまう場面です。

条文民法109条

民法第百九条(代理権授与の表示による表見代理等) 1項 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。 2項 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

1項は、Aが表示した範囲そのままの行為に効きます。2項の構造は、少し丁寧に読む必要があります。まず、表示した範囲内の行為をしていたなら1項で責任を負うはずの人、というAの立場を確認します。そのAが、実は範囲を超えた行為までBにされてしまった場合には、Cがその行為についても代理権があると信じるべき正当な理由があるときに限って、Aは責任を負います。つまり、範囲内なら1項でそのまま責任を負う立場の人に、範囲を超えた部分だけ正当な理由という要件を重ねて効かせる規定です。正当な理由の中身は、別の回で扱います。

場面②少しは与えた

三面関係図。A→Bに「別件(銀行でのローン契約締結)の代理権」の実線がある。BはCとの土地の売買という別の行為をした。 図:三面関係図

次は、Aが本当にBへ何かの代理権を与えていた場面です。具体的に言うと、Aが銀行でローン契約を結ぶための代理権をBに与えて、その手続き用に実印を預けていたとします。ところがBは、その代理権とは関係のない、土地の売買までしてしまいました。腕章の話でいえば、仕入れの発注用の腕章だけ渡していたのに、その人がレジ打ちまでしてしまった場面です。

条文民法110条

民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

「前条第一項本文」とは、さっきの109条1項本文のことです。その仕組みを、代理権はあるけれどその範囲を超えた場合に当てはめる、という条文です。ローン契約を結ぶ代理権と、土地を売る代理権は別のものなので、土地の売買は権限外の行為になります。権限外と言えるかどうかや、正当な理由の判断は、別の回で扱います。

場面③かつて与えた

三面関係図。A→Bにかつて代理権を与えていた線があるが、途中で撤回され消滅した記号(×付き)が加わっている。その後にBがCと契約している。 図:三面関係図

最後は、Aが以前Bに土地の売却を頼んで、そのための委任状と実印を渡していたけれど、途中でその話を撤回した場面です。ところがAは、撤回したのに、委任状と実印をBから取り戻していませんでした。Bはその委任状と実印をCに見せて、土地を売ってしまいました。Cは、撤回されたことを知りませんでした。腕章の話でいえば、以前は本当に店員として腕章を渡していたけれど、辞めさせたのに腕章を返してもらわなかった場面です。Bの手元に残った委任状と実印が、この場面の腕章です。

条文民法112条

民法第百十二条(代理権消滅後の表見代理等) 1項 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。 2項 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

1項は、かつて与えられていた代理権の範囲内の行為に効きます。2項は109条2項と同じ組み立てです。範囲内なら1項で責任を負う立場だったAが、範囲を超えた行為までBにされた場合には、Cに正当な理由があるときに限って、Aは責任を負います。109条・112条は、どちらも1項が範囲内の場合、2項が範囲を超えた場合に正当な理由を重ねる、という同じ構造です。言っただけか、別件で本当に与えていたか、かつて与えていたか。3つの違いは、Aの関わり方の形だけで、外観ができて、相手方が落ち度なく信じれば効果が届くという骨格は、3つとも同じです。

4場面を並べて見比べる

4場面の比較表。基準点(Aの関与ゼロ・Bの代理権無し・Cを守る条文は無い)/109条(「任せた」と表示・Bの代理権無し)/110条(別件の代理権を与えた・Bの代理権あり〈別件〉)/112条(かつて与えたが消滅・Bの代理権無し〈今は〉)。いずれも相手方Cは善意無過失として置く。 図:4場面の比較表

  • 基準点(Aの関与ゼロ・Bの代理権無し・Cを守る条文は無い)/109条(「任せた」と表示・Bの代理権無し)/110条(別件の代理権を与えた・Bの代理権あり〈別件〉)/112条(かつて与えたが消滅・Bの代理権無し〈今は〉)
  • いずれも相手方Cは善意無過失として置く

もしAが少しでも関わっていたら、どの条文が使われそうか。ここで一度、4つの場面を並べてみます。もう一度考えてみてください。Aが関与ゼロの基準点と、今見た3つの場面です。この表は、場面ごとに、まず「Aの関与」の欄を見て、それから「Cを守る条文」の欄を確認する、という順で読んでください。基準点の場面だけは、Aの関与がゼロなので、Cを守る条文の欄は「条文は無い」となっています。他の3つの場面は、どれかしらの関与があるので、条文が入っています。権利外観法理の3要素を、この4つの場面に当てはめてみましょう。基準点は、外観そのものがありません。Bが無断で持ち出しただけなので、代理権があるように見える手がかりがどこにもないんです。腕章の話でいえば、知らない人がこっそり腕章を作って着けていた場面です。109条の場面は、Aの言葉そのものが外観です。110条の場面は、本当に渡した別件の代理権が、そのまま外観として使われてしまいます。112条の場面は、かつて渡した代理権の名残が、消えたはずなのに外観として残っています。どの場面でも、本人の帰責性と相手方の善意無過失がそろえば、その外観どおりの効果が本人に届きます。

Aへの効果はどれも同じ

共通の効果板。表見代理が成立すれば、相手方は有権代理だった場合と同じ内容を本人に請求できる。3類型のどれで成立しても、この効果自体は変わらない。 図:共通の効果板

  • 表見代理が成立すれば、相手方は有権代理だった場合と同じ内容を本人に請求できる
  • 3類型のどれで成立しても、この効果自体は変わらない

3つとも効果は同じです。109条でも110条でも112条でも、成立すれば、Cは有権代理だった場合と同じ内容を、Aに対して請求できます。今回の設例なら、Cは土地の引渡しと登記の移転をAに求められる、ということです。条文が違うのは、外観がどうやってできたかの違いだけで、外観が認められたあとの帰結は1本にまとまっています。

有権代理に化けるわけではない

表見代理と117条の関係板。表見代理が成立しても、Bが無権代理をした事実は消えない。Cは表見代理を主張せず、117条でBの責任を追及する道を選んでもよい。Bは表見代理が使えることを理由に117条を免れられない。 図:表見代理と117条の関係板

  • 表見代理が成立しても、Bが無権代理をした事実は消えない
  • Cは表見代理を主張せず、117条でBの責任を追及する道を選んでもよい
  • Bは表見代理が使えることを理由に117条を免れられない

表見代理が成立しても、Bに最初から代理権があったことにはなりません。Bが代理権無く行為をしたという事実そのものは変わりません。前に見たとおり、Cはこの制度を使わずに、117条でB自身の責任を追及する道を選ぶこともできます。どちらもCを保護するための制度で、どちらを使うかはCが自由に選べます。Bのほうから「表見代理が成立しそうだから」といって117条の責任を免れることもできません。表見代理は、Aに効果を引き受けさせるための制度であって、Bを無権代理から救い出すための制度ではないからです。Bが代理権無く行為をした責任は、表見代理が成立するかどうかとは別に、そのままBに残ります。だからCは、Aに請求してもよいし、Bに117条で請求してもよい、という2つの道を持ち続けます。

表見代理は、無権代理を有効な代理に変える制度ではなく、一定の条件のもとで、その効果だけをAに引き受けさせる制度です。

答え合わせ

保存版板。関与ゼロ(届かない)/109条(言っただけ)/110条(別件で与えた)/112条(かつて与えた)の4場面横並び。共通の効果=有権代理と同内容の請求。表見代理が成立してもBの117条責任は消えない。 図:保存版板

  • 関与ゼロ(届かない)/109条(言っただけ)/110条(別件で与えた)/112条(かつて与えた)の4場面横並び
  • 共通の効果=有権代理と同内容の請求
  • 表見代理が成立してもBの117条責任は消えない

今日の内容を並べ直します。表見代理とは、代理権が無いのに、一定の条件がそろえば、効果だけを本人に届ける制度でした。Aが少しでも取引に関わって代理権があるように見える外観を作り、Cがそれを落ち度なく信じたなら、Aは効果を引き受けることになります。Aの関わり方によって、言っただけの109条、別件で本当に与えていた110条、かつて与えていたが消えた112条に分かれますが、成立すれば効果はどれも同じです。冒頭の問いに戻ります。Aが前からCに「土地のことはBに任せてある」と言っていたなら、Bに代理権が無いことは変わらなくても、Aは「知らなかった」では済みません。109条によって、Cが落ち度なく信じていた限り、効果はAに届きます。もう一度確認します。基準点の場面と、今日見た109条の場面とで、Cへの効果はどう変わりますか?

基準点ではAが追認しない限り届きませんが、109条の場面ではCが落ち度なく信じていれば効果がAに届きます。そして、この制度が使えても、Bが無権代理をした責任そのものは消えません。今日はここまでにします。

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#64単独ページ動画

110条の基本代理権

第1章 民法総則 #64/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

少しだけ頼んだつもりが

冒頭想起板。Aが銀行でのローン契約を結ぶための代理権をBに与え、その手続き用に実印を預けていた。Bはその実印で、代理権とは関係のない土地の売買をCとの間で行った。 図:冒頭想起板

  • Aが銀行でのローン契約を結ぶための代理権をBに与え、その手続き用に実印を預けていた
  • Bはその実印で、代理権とは関係のない土地の売買をCとの間で行った

前回、Aが銀行でローン契約を結ぶための代理権をBに与えて、その手続き用に実印を預けていた場面を見ました。Bは、その代理権とは関係のない、土地の売買までしてしまいましたね。それでもAは、まったく無関係とは言えない立場に置かれます。ここで一つ、問いを立てておきます。もしAが頼んでいたことが、ローン契約の代理ではなく、ただ「実印を預かっておいて」だけだったとしたら、話は同じでしょうか。実印を預かっておいてと頼んだだけで代理権を与えたことになるのか。その感覚が、今日いちばん確かめたいところです。今日は、Aが何を任せていれば話の入口に立てるのかを見ていきます。

110条の全文と3つの要件

110条・109条1項本文の全文カードと3要件板。①基本代理権の存在②権限外の行為③正当な理由。 図:110条・109条1項本文の全文カードと3要件板

まず110条の全文を確認します。

条文民法110条

民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

条文にある「前条第一項本文」とは、109条1項本文のことです。合わせて確認します。

条文民法109条1項本文

民法第百九条第一項本文(代理権授与の表示による表見代理等) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。

109条1項本文は、本人が代理権を与えた旨を表示していれば、その範囲内の行為について責任を負う、という規定でした。110条は、これを言葉どおりに使うのではなく、実際に代理権はあったけれど、その範囲を超えて行為がされた場合に当てはめます。範囲内なら1項本文でそのまま責任を負う立場の人に、範囲を超えた部分については、相手方に正当な理由があるときに限って責任を負わせる、という組み立てです。

⭐ 論文で書く規範:110条の3つの要件 ① 基本代理権の存在(代理人に何らかの代理権が実際にあったこと) ② 権限外の行為(実際にした行為が、その代理権の範囲を超えていたこと) ③ 正当な理由(相手方が、代理権があると信じるべき正当な理由があったこと) (民法110条・109条1項本文(条文の構造から導かれる要件))

Aがローン契約の代理権を実際にBへ与えていた、という事実が①にあたります。Bが行ったのは、その代理権とは関係のない土地の売買でしたから、②にあたります。①と②は、条文の言葉そのものから読み取れます。③も条文に「正当な理由」と書かれています。ただ、②が実際にどこまでの違いを指すのか、③の正当な理由をどう判断するのかは、条文の言葉だけでは決まりません。

なぜ基本代理権が要るのか

帰責性の橋渡し板。基本代理権の存在が、本人の帰責性を基礎づける。前回の権利外観法理3要素のうち「本人の関与」が110条ではこの形で現れる。 図:帰責性の橋渡し板

  • 基本代理権の存在が、本人の帰責性を基礎づける
  • 前回の権利外観法理3要素のうち「本人の関与」が110条ではこの形で現れる

ここで一度、思い出してみてください。前回、権利外観法理として、表見代理が成立するために必要な条件を3つ見ました。そのうち、本人の側に関わるものは何でしたか?外観を本人が作った、本人の関与です。110条の場面では、「本人の関与」がどういう形で現れるかというと、まさに①基本代理権の存在です。本人が何かの代理権を実際に与えていたという事実があるからこそ、その代理権が範囲を超えて使われたときの外観についても、本人には管理を怠った責任があると言えます。前回見た、本人の帰責性です。①が無ければ、本人はそもそも何も関与していないことになります。そうなると、相手方がいくら信じていても、110条は使えません。だからこそ、何を任せていれば①に当たるのかが、今日の主な論点になります。

権限外とはどういうことか

三面関係図。A→Bに「ローン契約の代理権」の実線がある。B→Cに「土地の売買」の実線がある。2本の線は別の種類の行為であることを示す。 図:三面関係図

②権限外の行為とは、実際にBがした行為が、Aから与えられた代理権の範囲を超えていることです。冒頭の場面で確認すると、Aが与えたのはローン契約を結ぶための代理権でした。Bが実際にしたのは、土地の売買です。この2つは別の行為なので、Bがした土地の売買は、Aが与えた代理権の範囲外にあたります。与えた代理権と、実際にした行為が違っているかどうか、今日はそこまでの確認に留めます。ここまでで、冒頭の場面はどうなるか一度考えてみてください。①は満たされますか。Aは実際にBへ代理権を与えているので、①は満たされます。②も、ローン契約の代理権と土地の売買は別の行為なので、満たされます。残るのは③だけですが、その前に、①がそもそも成り立つかどうかが分かれる3つの場面を見ていきます。もしAが任せていたのが、代理権と呼べるかどうか怪しいものだったとしたら、①はどうなるでしょうか。

論点1 事実行為をなす権限

三面関係図。A→Bに「郵便物の受け取りと実印の保管」の線がある。B→Cに「土地の売買」の実線がある。 図:三面関係図

1つ目の場面です。AがBに頼んだのは、郵便物の受け取りと、実印を金庫で預かっておくことだけでした。何かを契約する権限は、一切与えていません。以前、登記済証と実印そのものを預けていれば、黙って代理権を与えていたと推認される方向に働く、という話をしました。ここでは、そうした事情も無く、頼んだのは本当に実印の保管だけだった、という前提で考えます。ところがBは、その実印を持ち出して、Aの土地をCに売ってしまいました。前回のお店の話で置き換えると、掃除だけを頼んだスタッフに、店の合鍵を持たせていた場面に近いです。合鍵があれば店には出入りできますが、レジで会計をする権限まであるわけではありません。ここで問題になるのが、事実行為をなす権限が①基本代理権にあたるかどうかです。

事実行為とは、契約のような法律行為ではなく、郵便物の受け取りや、物を預かっておくといった、事実上の行為のことです。

判例最判昭35・2・19 民集14巻2号250頁

判例(事実行為は基本代理権にあたらないとした事案) 勧誘外交員を使って一般人を勧誘し金員を借り入れていた者が、勧誘の実行を長男に一切任せていた事案。

「勧誘それ自体は……事実行為であつて法律行為ではないのであるから、他に特段の事由の認められないかぎり、右事実をもつて直ちにDが上告人を代理する権限を有していたものということはできない。」

判例は、事実行為をなす権限は①基本代理権にあたらないとしています。線を引く理由は、事実行為が法律行為ではないという一点です。この結論を支える説明として、事実行為を頼んだだけの人まで代理権があるように扱ってしまうと、本人が思っていた以上に広く責任を負わされることになる、とも言われます。実印の保管は、持ち出されれば大きな取引に使われかねない重要な事実行為だ、という点が、有力説の立つ場所です。

⭐ 論文で書く規範:論点1:事実行為をなす権限は基本代理権か A説(判例):あたらない。理由=事実行為は法律行為ではないから。 B説(有力説):任せた事実行為が、財産の上で大きな意味を持つものなら、①基本代理権にあたる。理由=そこまで重要な事実行為を任せていた以上、本人には帰責性を認めてよい。 (対立型(判例と有力説の対立。実印の保管のような重要な事実行為を、どちらの側から見るかで割れる))

有力説は、任せた事実行為が、財産の上で大きな意味を持つものであれば、①にあたるとします。理由は、そこまで重要なものを任せていた本人には、帰責性を認めてよいからです。実印の保管は、まさにこの「重要な事実行為」にあたりうる例です。実印を金庫で保管させておく行為が、財産の上で大きな意味を持つ事実行為と言えるなら、B説では、①にあたる可能性があります。ただ、判例の立場では、事実行為である以上、それだけでは、①にあたりません。どちらの立場でも、今日の物差しは同じです。任せたものに、本人の帰責性を認めてよいかどうか、です。

論点2 公法上の行為の代理権

対比板。所有権移転登記の申請を頼んだ場面(取引の一環)と、住民票の写しの請求だけを頼んだ場面(取引と無関係)を並べる。 図:対比板

2つ目の場面です。公法上の行為とは、役所に対する申請のような行為です。例えば、登記の申請がこれにあたります。登記の申請そのものは、役所に対する手続きであって、誰かと契約を結ぶ法律行為ではありません。ここでもう一つ設例を置きます。Aが土地を売ったあとの所有権移転登記の申請だけをBに頼んだ場合と、Aが住民票の写しの請求だけをBに頼んだ場合を比べます。前者は、土地の売買という取引に続く手続きです。後者は、その土地の取引とは何の関係もありません。

判例最判昭46・6・3 民集25巻4号455頁

判例(公法上の行為の代理権・原則と例外)事案=Aが土地をBに贈与し、その所有権移転登記の申請をBに依頼して実印・印鑑証明書・登記済証を渡したところ、BがCとの間で、Bを主債務者、Aを連帯保証人とする契約をAの代理人として結んだ。 単なる公法上の行為の代理権は基本代理権にあたらないと解するとしても、その行為が私法上の契約による義務の履行のためにされるとき(取引の一環)は、その代理権を基本代理権として110条の表見代理が成立しうる。

判例は、単なる公法上の行為の代理権は①基本代理権にあたらないと解するとしても、その行為が私法上の契約による義務の履行のためにされるとき、つまり取引の一環であるときは、あたるとしています。所有権移転登記の申請は、その土地を売買したという取引に続く手続きなので、一環にあたります。住民票の写しの請求は、その取引とは無関係なので、一環にはあたりません。登記の申請は、同時に私法上の作用も持つ行為であり、代理人の権限の外観を信じた第三者を保護する必要は、私法上の行為の代理権を与えた場合と変わらない、というのが判旨の理由です。これを補って言うと、登記の申請のために実印や印鑑証明書を渡してしまえば、その実印は、契約書にも押せてしまうという流用の危険があります。住民票の写しの請求のような、取引と関係の無い手続きだけを頼んだ場合には、そこまでの危険はありません。本人の側から見れば、ここでも、任せたものに帰責性を認めてよいかどうか、という同じ物差しで説明することができます。

論点3 法定代理権

対比板。ここまでの2つの場面はいずれも本人が自ら何かを任せていた。法定代理権の場面だけは、本人が自ら与えたのではなく、法律が代理権を与える。 図:対比板

  • ここまでの2つの場面はいずれも本人が自ら何かを任せていた
  • 法定代理権の場面だけは、本人が自ら与えたのではなく、法律が代理権を与える

3つ目の場面です。ここまでの2つは、いずれもAが自分の意思で何かをBに任せていました。法定代理権は違います。本人が与えたのではなく、法律が与える代理権です。例えば、未成年の子には、法律上、親が代理人になります。子自身が親に代理権を与えたわけではありません。では、未成年の子Aの親権者Bが、その代理権の範囲を超える取引を、Aの名前でCとの間でしてしまった場面を考えます。だからこそ、①の議論がいちばん鋭く出る場面です。本人が何も与えていないのに、それでも①基本代理権にあたると言えるかどうかです。

判例大連判昭17・5・20 民集21巻571頁

判例(法定代理権も基本代理権にあたるとした判断) 法定代理権も110条の基本代理権にあたる。

判例は、法定代理権も①基本代理権にあたるとしています。

⭐ 論文で書く規範:論点3:法定代理権は基本代理権か A説(判例):あたる。理由=取引の安全を重視すべきであり、本人保護は、③正当な理由の判断で図れば足りる。 B説(近時の有力説):あたらない。理由=法定代理権は本人が与えたものではなく、本人の帰責性を認められない。 (対立型(判例と近時の有力説の対立。本人が自ら与えたかどうかで割れる))

判例の理由は2つです。取引の安全を重視すべきだから、というのが1つ。もう一つは、本人を守る必要があるなら、③正当な理由の判断のところで図れば足りる、という理由です。近時の有力説は、あたらないとします。理由は、法定代理権は本人が自分で与えたものではないので、本人に帰責性を認められない、というものです。本人の関与を要素として立てた以上、本人が自ら与えていない法定代理権を①の足場に使うのは筋が違う、という見方には理由があります。ここは、判例と有力説のどちらの物差しを重く見るかが、はっきり分かれる場面です。有力説なら、Aは自分では何も与えていないので①が欠けて、110条は使えません。

3つを並べて見る

3論点横並び板(任せたものと本人の帰責性)。事実行為(郵便物の受け取り・実印の保管)=判例「あたらない」・有力説「重要な事実行為ならあたる」・分かれ目「事実行為の重さで帰責性を認めるか」/公法上の行為の代理権(登記申請等)=判例「原則あたらない・私法上の取引の一環ならあたる」・有力説「―」・分かれ目「私法上の取引の一環かどうか(第三者の信頼保護の必要性)」/法定代理権=判例「あたる(本人保護は③で図る)」・有力説「あたらない」・分かれ目「本人が自ら与えたかどうか」。 図:3論点横並び板

  • 任せたものと本人の帰責性
  • 事実行為(郵便物の受け取り・実印の保管)=判例「あたらない」・有力説「重要な事実行為ならあたる」・分かれ目「事実行為の重さで帰責性を認めるか」
  • 公法上の行為の代理権(登記申請等)=判例「原則あたらない・私法上の取引の一環ならあたる」・有力説「―」・分かれ目「私法上の取引の一環かどうか(第三者の信頼保護の必要性)」
  • 法定代理権=判例「あたる(本人保護は③で図る)」・有力説「あたらない」・分かれ目「本人が自ら与えたかどうか」。

ここで3つの場面を並べます。3つとも結論はばらばらに見えますが、分かれ目はすべて同じ問いです。任せたもの、あるいは法律が与えたものに、本人の帰責性を認めてよいかどうか。この物差しのどちら側に重みを置くかで、判例と有力説が分かれています。

答え合わせ

保存版板。110条の3要件と、①基本代理権の中身が争われる3つの場面。冒頭の問いへの答え。 図:保存版板

  • 110条の3要件と、①基本代理権の中身が争われる3つの場面
  • 冒頭の問いへの答え

今日の内容を並べ直します。110条は、109条1項本文の規定を、代理権が範囲を超えて使われた場合に当てはめる規定でした。要件は3つ、①基本代理権の存在、②権限外の行為、③正当な理由です。①は、本人の帰責性の足場そのものです。だからこそ、何を任せていれば①に当たるのかが、事実行為・公法上の行為・法定代理権という3つの場面で争われます。冒頭の問いに戻ります。Aが銀行でのローン契約を結ぶための代理権をBに与えていた場合は、代理権そのものを実際に与えているので、①は満たされます。もし、Aが頼んでいたのが「実印を預かっておいて」だけだったとしたら、どうなりますか。

それは事実行為の委託なので、判例なら①にあたらないことになります。有力説なら、実印の保管が財産の上で大きな意味を持つ事実行為だと言えれば、①にあたる可能性があります。「少しだけ頼んだ」という言葉の中身によって、①の判断そのものが変わってきます。①も②も満たされたとして、残るのは③、Cがどこまで確かめていれば守られるか、という問題です。実印を見て信じただけで足りるのか、という問いは、次に持ち越します。今日はここまでですが、①にあたるかどうかを分けていた物差しは、何でしたか?

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#65単独ページ動画

110条の正当理由

第1章 民法総則 #65/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

実印があれば安心?

冒頭設例板の再掲。息子Bが、Aから預かった実印と印鑑登録証明書を持ち出し、Aの土地をCに売った。Cはそれを見て、Bに代理権があると信じた。 図:冒頭設例板の再掲

  • 息子Bが、Aから預かった実印と印鑑登録証明書を持ち出し、Aの土地をCに売った
  • Cはそれを見て、Bに代理権があると信じた

前回、AがBに銀行でのローン契約の代理権を与え、その手続き用に実印を預けていたのに、Bが土地を売ってしまった場面を見ました。今日は、BがCに実印に加えて印鑑登録証明書も見せていた、として進めます。①基本代理権はありましたね。②権限外の行為も認められました。残る③は何でしたか?代理権があると信ずべき正当な理由、でした。実印まで持っていたのだから、Cは守られて当然だと思うかもしれません。でも、もしBが、Aと同じ家に住む息子だったらどうでしょうか。あるいは、Bが結んだのが土地の売買ではなく、限度額も期間も決まっていない保証の契約だったら。先に答えを言うと、実印は強い手がかりですが、それだけで守られるとは限りません。手がかりが弱まる事情があれば、本人に確かめて初めて守られます。今日はこの③を、1本の判断枠組みにまとめます。

正当な理由とは

③の意義板。正当な理由とは、代理人にその行為の代理権があると相手方が過失なく信じたこと。無過失と言い換えられる。 図:③の意義板

  • 正当な理由とは、代理人にその行為の代理権があると相手方が過失なく信じたこと
  • 無過失と言い換えられる

条文民法110条

民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

「正当な理由」とは、代理人にその行為の代理権があると、相手方が過失なく信じたことです。無過失で信じた、と言い換えられます。条文は「信ずべき」正当な理由と書いています。信じて当然と言える理由があった、つまり信じたことに落ち度が無かった、ということです。

⭐ 論文で書く規範:正当な理由と無過失 110条の「正当な理由」は、代理権があると信じたことに過失がないこと、つまり無過失と同じ意味と解されている。 (通説的な理解)

善意無過失は、代理権が無いことを知らなかったうえに、知らなかったことに落ち度も無い、ということでした。③は、そのうち「信じたことに落ち度がなかったか」、つまり無過失の部分を、110条の場面で掘り下げる要件です。

判断の枠組み

判断基準の対比板。無過失の有無は個別の事情に即して判断される。取引が重要になるほど、要求される確認の重さも上がる。数千円の中古自転車の売買と、不動産の売買を並べて比較。 図:判断基準の対比板

  • 無過失の有無は個別の事情に即して判断される
  • 取引が重要になるほど、要求される確認の重さも上がる
  • 数千円の中古自転車の売買と、不動産の売買を並べて比較

無過失かどうかは、一律には決まりません。具体的な事情に即して、個別に判断されます。ポイントは、取引が重要になるほど、要求される確認の重さも上がるということです。数千円の中古自転車を売ってもらう場面と、不動産を売ってもらう場面を比べてください。自転車なら、代理人らしき人が持ってきただけで、それほど疑わずに買うことが多いはずです。ところが不動産の売買では、金額も大きく、失えば取り返しがつきません。同じように代理人らしき人が現れても、求められる確認の重さは、自転車のときより重くなります。

実印と印鑑登録証明書

実印・印鑑登録証明書の意義板。実印=印影をあらかじめ区市町村の役所に登録してある印鑑。印鑑登録証明書=登録されている印影と登録者の住所・氏名等が記載された、役所が発行する証明書。 図:実印・印鑑登録証明書の意義板

  • 実印=印影をあらかじめ区市町村の役所に登録してある印鑑
  • 印鑑登録証明書=登録されている印影と登録者の住所・氏名等が記載された、役所が発行する証明書

印鑑登録証明書は、その登録されている印影と、登録した人の住所や氏名などが記載された、役所が発行する証明書です。実印は、家を売り買いする契約書や、ローンの契約書に押すのが典型です。

原則:実印等を持っていれば

原則板。本人の実印または印鑑登録証明書を無権代理人が持っていたときは、③正当な理由は認められやすい方向に働く。理由=実印等は取引慣習上きわめて重要な物として厳重に保管・使用されるのが通常で、代理権の無い者がそれを持っていることは通常考えにくいから。 図:原則板

  • 本人の実印または印鑑登録証明書を無権代理人が持っていたときは、③正当な理由は認められやすい方向に働く
  • 理由=実印等は取引慣習上きわめて重要な物として厳重に保管・使用されるのが通常で、代理権の無い者がそれを持っていることは通常考えにくいから

実印や印鑑登録証明書を無権代理人が持っていたときは、③正当な理由は認められやすい方向に働きます。実印や印鑑登録証明書は、取引の慣習上、きわめて重要な物として厳重に保管され、使われるのが通常だからです。代理権の無い人が、それを持っていることは通常考えにくい。だから、それを持っている人を見た相手方は、一応、代理権があると信じてよいことになります。ここで一度、考えてみてください。実印も印鑑登録証明書も持っていた。それでもCが負けることがあります。どんな場合でしょうか?

それでも確認が必要になる場面

修正4類型板。①代理人が本人と同居する親族②本人の負担が極度に大きい行為③取引の経緯や合意内容が不自然④相手方が金融機関。共通の型=確認義務を果たして初めて正当理由が肯定される。 図:修正4類型板

  • ①代理人が本人と同居する親族②本人の負担が極度に大きい行為③取引の経緯や合意内容が不自然④相手方が金融機関
  • 共通の型=確認義務を果たして初めて正当理由が肯定される

実印や印鑑登録証明書を持っていることは、強い手がかりです。でも、その手がかりの強さが弱まる事情があるときは、相手方はそれだけで安心してはいけません。本人に確かめて、初めて正当な理由が認められる。そういう場面が4つあります。宝石店を思い浮かべてください。お店は、預けてある品物を「代理受け取りカード」を持ってきた人に渡します。カードは普段、本人しか持ち出さない物だから、持っていること自体が強い手がかりになります。ただ、こんな場合は、店員はそれだけでは渡さず、本人に確かめます。1つ目は、受け取りに来た人が、本人と同じ家に住む家族だと分かっている場合です。家族なら、カードを無断で持ち出すこともたやすいですよね。だから店員は、本人に「本当に頼まれたのか」を確かめます。これを実印の場面に置き換えると、①代理人が本人と同居する親族である場合です。判例は、こうした場面では、本人に代理権の有無や範囲を確かめることを求める方向で考えています。

2つ目は、受け取る品物が、きわめて高額である場合です。カードを持っていても、店員は品物の重さに応じて、必ず本人に確認します。実印の場面でいえば、②本人の負担が極度に大きい行為です。例えば、限度額も期間も決まっていない保証契約です。もし基本形の設例で、Bが結んだのが土地の売買ではなく、Aを保証人とする、限度額も期間も定めのない保証契約だったとします。相手方は、実印を持っていることだけでは足りません。保証には限度額も期間もなく、本人が負う可能性のある負担がどこまで大きくなるか分かりません。負担が重い取引ほど、求められる確認も重くなるという、さきほどの判断の枠組みがここでも働くからです。

判例最高裁判所判決 昭和45年12月15日(民集24巻13号2081頁)

金融機関が限度の無い保証を受けるなら本人に確認を 金融機関が、保証の極度額・期間の定めの無い連帯保証契約を締結する場合について。 金融機関がかかる態様の保証契約を締結するにあたつては、かりに保証人の代理人と称する者が本人の実印を所持していたとしても、他にその代理人の権限の存在を信頼するに足りる事情のないかぎり、保証人本人に対し、保証の限度等について一応照会するなどしてその意思を確める義務がある。

最高裁は、金融機関が、限度額も期間も定めの無い連帯保証を結ぶときは、実印を持っていたとしても、他に代理権を信頼できる事情がなければ、保証人本人に、保証の限度などを照会して意思を確かめる義務がある、としました。この確認を尽くさなかった相手方には、正当な理由があるとは言えません。この規範は、論文で理由づけとして問われることがあります。3つ目は、取引の経緯や合意の内容が不自然だった場合です。宝石店でいえば、普段と違う時間に、慌てた様子で受け取りに来た場合です。その不自然さそのものが「本当に頼まれたのか」を疑わせるので、カードだけでは安心できません。4つ目は、相手方が金融機関だった場合です。宝石店でいえば、高価な資産を専門に扱う店です。お金の取引を日常的に扱い、本人に確かめる手段も慣れもある相手には、一般の人より重い確認が期待されます。この2つも、本人に確かめることが求められうる場面だと考えられています。

どれも、実印などを持っているという手がかりの強さが、事情によって弱まる場面です。手がかりが弱まった分だけ、本人に確認して、初めて正当な理由が認められます。確認を尽くさなければ、正当な理由は否定されます。

設例にあてはめる

三面関係図。A(本人)とB(代理人)は同居。A→Bにローン契約の別件代理権の実線。B→Cに土地の売買の実線。C→Aへの確認の矢印は無い(点線)。 図:三面関係図

基本形の設例に、1つだけ事情を加えます。BはAと同居していました。Cは、実印と印鑑登録証明書を見て、Bに代理権があると信じましたが、Aには確認していませんでした。Cは、実印などを見ただけでは足りず、Aに確かめる必要がありました。確かめていなかった以上、③正当な理由は欠けます。110条は成立しません。実印を見ただけでは、足りません。BはAと同居していたので、実印や印鑑登録証明書を無断で持ち出すことも容易でした。手がかりの強さそのものが、この場面では弱まっています。だからCは、Aに確かめて初めて正当な理由が認められる立場にありました。反対に、BがAと別々に暮らしていて、ほかに不自然な事情も無ければ、実印と印鑑登録証明書を見たCは、原則どおり正当な理由が肯定されやすくなります。同じ家に住んでいるかどうかが、確認が要るかどうかの分かれ目になります。

では、Cはもう何も請求できないのか。Aへの請求はできませんが、Cにはもう1つの道が残ります。Bは、自分にはローンの代理権しか無いと知りながら土地を売ったので、以前確認した117条で、無権代理をしたB自身の責任を追及する道です。117条は、Cの選ぶとおりに、履行か損害賠償かの責任をBに負わせる制度でした。

誰が証明するのか

証明責任板。110条の効果を主張する相手方(第三者)が、正当な理由についての証明責任を負う。実際の立証対象は、それを根拠づける具体的な事実(例=実印を持っていたこと)=評価根拠事実。 図:証明責任板

  • 110条の効果を主張する相手方(第三者)が、正当な理由についての証明責任を負う
  • 実際の立証対象は、それを根拠づける具体的な事実(例=実印を持っていたこと)=評価根拠事実

正当な理由は誰が証明するのか。110条の効果を主張する相手方、つまりC自身が証明責任を負います。代理権があると信じたこと、正当な理由があったことは、Cの側が立証しなければなりません。110条は、本来は本人に届かないはずの効果を、例外として本人に負わせる規定です。その例外を使って得をする側が、要件がそろっていることを示す、という考え方です。「正当な理由」そのものではなく、それを根拠づける具体的な事実、例えば実印を持っていたことを、Cが主張して立証します。この具体的な事実のことを、評価根拠事実と呼びます。名前だけ覚えておいてください。

答え合わせ

保存版板。110条3要件の全体=①基本代理権②権限外③正当な理由(無過失)。③は、原則(実印等所持で肯定されやすい)と修正4類型(確認義務)で1本の枠組みになる。 図:保存版板

  • 110条3要件の全体=①基本代理権②権限外③正当な理由(無過失)
  • ③は、原則(実印等所持で肯定されやすい)と修正4類型(確認義務)で1本の枠組みになる

今日の内容をまとめます。③正当な理由とは、無過失で代理権があると信じたことです。無過失の程度は、取引が重要になるほど重くなります。実印や印鑑登録証明書を持っていれば、原則として正当な理由は肯定されやすい。ただし、同居する親族であることや、本人の負担が極度に大きい取引であることなど、手がかりの強さが弱まる事情があるときは、本人に確認して初めて正当な理由が認められます。証明責任は、それを主張する相手方が負います。冒頭の問いに戻ります。実印まで持っていたのだから、Cは守られて当然か。答えは事情によります。BがAと同じ家に住む息子だったら、Cは確認していなければ守られません。Bが結んだのが限度額も期間も定めのない保証の契約だったら、同じように確認が必要でした。もう一度確認します。実印を持っていることが強い手がかりになるのは、なぜでしたか?

実印は、取引慣習上きわめて重要な物として厳重に管理されていて、代理権の無い人が持っていることは通常考えにくいからです。これで、110条の3要件、①基本代理権②権限外③正当な理由がすべてつながりました。今日はここまでにします。

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#66単独ページ動画

110条の第三者と日常家事代理

第1章 民法総則 #66/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

夫の借金、妻は払う?

冒頭設例板。夫Bが、妻Aの名前で、Aに黙ってCからお金を借りた。 図:冒頭設例板。夫Bが、妻Aの名前で、Aに黙ってCからお金を借りた。

夫Bが、妻Aの名前で、Aに何も言わずにCからお金を借りました。夫婦なのだから、妻Aも返さなければならない。そう思うかもしれません。実際、民法には、夫婦が互いを代理できるという規定があります。それなら、Aは払わなければならないように見えます。でも、実際にはほとんどの場合、CはAに請求できません。今日は、なぜそうなるのかを見ていきます。その前に、前回のおさらいを1つだけします。110条の3要件は、①基本代理権、②権限外の行為、③でしたね。③で相手方が信じていたのは、何だったでしょうか?代理人に代理権があると信ずべき正当な理由、つまり無過失で信じたこと、でした。今日の話は、この「何を信じたか」という物差し1本で、全部つながります。

「第三者」は誰を指すのか

転得者の関係図。AがBにローン契約の代理権を与え実印を預けたが、Bはその土地をCに売った。Cは悪意。さらにCはその土地をDに転売し、Dは善意無過失。 図:転得者の関係図

設例です。Aが息子Bに、銀行でのローン契約の代理権を与え、実印を預けました。Bはその実印を使って、Aの土地をCに売ってしまいました。ここまでは前に見た場面と同じです。今日はもう1人加えます。Cは、Bに代理権が無いことを知りながら土地を買った、悪意の人だとします。そのCから、事情を知らないDが、その土地を買いました。

条文民法110条

民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

110条の言う「第三者」に、Dは入るでしょうか。答えは、入りません。ここがこの回の核心です。110条が守るのは、代理人に代理権があると信じた人です。Dが信じたのは何でしょうか。Dが信じたのは、Bの代理権ではなく、Cの所有権です。Dは、Bが誰の代理人であったかなど、そもそも知りません。だから、110条の「代理権があると信じた」という要件に、Dはそもそも当てはまらないのです。反対に、もしCがBの代理権を信じていて、そう信じるのに正当な理由もあったなら、Cは直接の相手方として、110条の「第三者」に入ります。入るかどうかは、Bの代理権を信じて、Bと直接取引した相手方かどうかで決まります。

⭐ 論文で書く規範:110条の「第三者」の範囲 判例・多数説:110条の「第三者」は、無権代理行為の直接の相手方に限られ、転得者は含まない。理由=Dが信じたのは前主Cの所有権であって、代理人の代理権ではないから。 反対説(少数説):直接の相手方からの転得者も含まれる。理由=取引の安全を守る必要は、転得者にも及ぶから。 (判例・多数説と反対説)

反対に、取引の安全は転得者にも及ぶはずだ、という反対の考え方もあります。ですが、判例・多数説は、直接の相手方に限る、という立場です。

表見代理が成立した後の転得者

同じ関係図。今度はCが善意無過失で、Cの時点で表見代理がすでに成立している。そのCから、悪意のDが土地を買った。 図:転得者の関係図(Cが善意無過失の場合)

今度は設定を変えます。直接の相手方Cが善意無過失で、Cの時点で110条の表見代理が成立していました。つまりCは、もう有効に土地を手に入れています。そのCから、今度は悪意のDが土地を買いました。さっきは、Cが悪意だったので、Cの段階では権利は確定していませんでした。今回は、Cの段階で権利がすでに確定しています。この場合、Dが悪意でも関係ありません。Dは有効に権利を取得します。一度確定した権利を、後から来た人の心の中身で動かすことはしません。以前、失踪宣告の取消しのところでも見た考え方です。理由は、法律関係を早く、簡明に確定させるためです。Cの段階で終わっている話を、Dの善意・悪意でひっくり返さない、ということです。

夫婦の場面へ

場面転換板。父子の設例はいったん閉じる。ここから記号を置き直す。A=妻(本人)、B=夫(行為者)、C=貸主(相手方)。 図:場面転換板

  • 父子の設例はいったん閉じる
  • ここから記号を置き直す
  • A=妻(本人)、B=夫(行為者)、C=貸主(相手方)

ここで、父子の設例はいったん閉じます。冒頭の話に戻りましょう。ここからは、A・B・Cという同じ記号を、別の人として使います。A=妻(本人)、B=夫(行為者)、C=貸主(相手方)です。夫Bが、妻Aの名前で、Cからお金を借りました。

なぜ夫婦に代理権が出てくるのか

761条の意味を示す板。夫が明日の朝食用にパンを買った場合、その代金を妻も支払う債務を連帯して負う。761条はまず、この連帯責任を定めた規定。 図:761条の意味を示す板

  • 夫が明日の朝食用にパンを買った場合、その代金を妻も支払う債務を連帯して負う
  • 761条はまず、この連帯責任を定めた規定

761条は、まず連帯責任の規定です。例えば、夫が明日の朝食用のパンを買ったとします。その代金を、妻も連帯して支払う義務を負う。これが761条の本来の意味です。

条文民法761条

民法第七百六十一条 夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。

ここで、1つの最高裁判決を、3つに分けて見ていきます。1つ目は、761条から代理権が出てくること。2つ目は、日常の家事の範囲の決め方。3つ目は、その範囲を超えたときに110条をどう使うかです。まず1つ目です。761条は連帯責任の規定ですが、判例はこの規定を、もう一歩進めて読みます。761条の効果、つまり連帯責任が生じるためには、その前提として、夫婦は日常の家事について、互いを代理する権限を持っている、と解するのが相当だとしています。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和44年12月18日(民集23巻12号2476頁)

761条は夫婦相互の代理権も規定している 民法761条は……その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、……その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。

夫婦が互いに代理できないと、日常の家事の処理に不便が生じるからです。買い物のたびに一方が必ずその場にいなければならないのでは、生活が成り立ちません。そこで、761条から日常の家事に関する法定代理権が認められています。前に見た「法定代理権も110条の①基本代理権に入る」という判例の筋でいけば、761条の代理権も法定代理権ですから、110条の①基本代理権になりそうに見えます。では、この代理権を足場にして、そのまま110条を使い、Cを守ることはできるでしょうか?その答えは、少し先で出します。

「日常の家事」とはどこまでか

日常家事の範囲を示す板。入る方向=食料・衣服の購入、家賃、子の教育費など生活費レベルの支出。入らない方向=不動産の売却のような高額・恒常性の低い取引。 図:日常家事の範囲を示す板

  • 入る方向=食料・衣服の購入、家賃、子の教育費など生活費レベルの支出
  • 入らない方向=不動産の売却のような高額・恒常性の低い取引

その前に、761条の言う「日常の家事」がどこまでを指すのかを見ます。食料や衣服の購入、家賃の支払い、子の教育費といった、生活費レベルの支出は、日常の家事に入ります。反対に、不動産の売却のような、金額が大きく、頻繁には行わない取引は、日常の家事には入りにくい方向です。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和44年12月18日(民集23巻12号2476頁)

日常家事にあたるかどうかの判断基準 ……問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたっては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。

夫婦の内側の事情や、その行為の個別の目的だけで決めてはいけない、客観的に、行為の種類や性質も十分に考えて判断する、としています。761条は、夫婦の一方と取引をする相手方を守るための規定だからです。相手方には、この夫婦の内側の事情は見えません。見えるのは、行為の種類や性質といった、外から分かる部分だけです。だから、そこを基準にするのです。今日の設例に当てはめます。BがCから借りたのは、事業資金としての借入れでした。額が大きく、外から見ても生活費とは性質が違います。この設例では、日常の家事の範囲外だと評価できます。範囲外である以上、Bのしたことは無権代理にあたります。

条文民法113条1項

民法第百十三条第一項 代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。

代理権があるのに、なぜそのまま110条を使えないのか

762条の板。夫婦の一方が婚姻前から持つ財産、婚姻中に自分の名前で得た財産は、それぞれの特有財産となる。夫婦の財産は独立している。 図:762条の板

  • 夫婦の一方が婚姻前から持つ財産、婚姻中に自分の名前で得た財産は、それぞれの特有財産となる
  • 夫婦の財産は独立している

ここで、さっきの問いに戻ります。761条の代理権は法定代理権なので、110条の①基本代理権になりそうに見えます。それなら、この代理権を足場にして、そのまま110条を使えばよいはずです。ですが、判例は、この代理権を足場に110条を広く使うこと自体を認めません。

条文民法762条1項

民法第七百六十二条第一項 夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。

民法は、夫婦の財産をそれぞれ独立させています。もし761条の代理権を足場にして、110条をそのまま広く使えるとしたら、Bが日常の家事の範囲を超えたことをしても、Cが善意無過失でありさえすれば、Aの財産が動いてしまいます。これでは、762条が定める夫婦の財産的独立が、事実上崩れてしまいます。だから判例は、761条の代理権を足場にした110条の直接適用は、認めない立場です。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和44年12月18日(民集23巻12号2476頁)

110条の趣旨を類推適用する場面 ……夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法110条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから……当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法110条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。

代理権の存在を足場にして直接110条を使うのではなく、110条の趣旨だけを、限られた場合に類推します。その場合とは、相手方が、その行為がその夫婦の日常の家事の範囲内だと信じたことに、正当な理由があるときです。

信じる対象が入れ替わっている

差し替え板。×「Bにこの取引をする代理権がある」と信じた/○「このA・Bという夫婦では、この行為も日常の家事の範囲内だ」と信じた。いずれも正当な理由(無過失)が必要。 図:差し替え板

  • ×「Bにこの取引をする代理権がある」と信じた/○「このA・Bという夫婦では、この行為も日常の家事の範囲内だ」と信じた
  • いずれも正当な理由(無過失)が必要

ここで、何を信じたかという今日の物差しを、もう一度当てます。普通の110条なら、相手方が信じるのは「この人に代理権がある」ということでした。でも夫婦の場面で類推適用される110条の趣旨では、相手方が信じるのは、「この夫婦では、この行為も日常家事の範囲内だ」ということです。これは、かなり特殊な信頼です。しかも、それを無過失で信じていなければなりません。この2段構えのせいで、この類推適用は、ほとんど認められません。ちょっと想像してください。合鍵を持っている家族が、「うちの家族なら、冷蔵庫のビールを1本飲んでもいい」と言われていたとします。合鍵を持っているという手がかりは、冷蔵庫のビールという日常のレベルでしか信頼の根拠になりません。同じ合鍵を根拠に、「友人の車を売る契約までできる」とは、誰も思わないはずです。761条の代理権も同じで、日常家事という枠の中でしか、信頼の足場になりません。答案では、「110条の趣旨を類推適用する」という判例の表現どおりに書きます。

代理人を本人だと思い込んだ場合

本人誤信の関係図。Aの建物を売る代理権を持つBが、「自分がAだ」と名乗って、CにAの土地を売った。Cの信頼はAという本人に向かっている。 図:本人誤信の関係図

もう1つ、別の場面を見ます。Aの建物を売る代理権を持つBが、「自分がAだ」と名乗って、CにAの土地を売りました。建物の代理権はあっても、土地を売る権限はありませんから、権限外の行為です。Cは、Bの代理権を信じてはいません。だから、110条をそのまま直接使うことはできません。ですが、Cが信じたことをよく見てください。Cは、「この契約の効果は、A本人に帰属する」と信じています。これは、代理権を信じた場合と、実は同じ構造です。代理権を信じて契約する人も、本当に当てにしているのは、この契約がA本人に効くことです。代理権は、そこへ至る通り道です。Cは通り道を見誤っていますが、当てにしている中身は同じです。だから、同じように守る価値がある、というわけです。

判例最高裁判所第二小法廷判決 昭和44年12月19日(民集23巻12号2539頁)

本人誤信への110条類推適用 代理人が本人の名において権限外の行為をした場合において、相手方がその行為を本人自身の行為と信じたときは、代理人の代理権を信じたものではないが、その信頼が取引上保護に値する点においては、代理人の代理権限を信頼した場合と異なるところはないから、本人自身の行為であると信じたことについて正当な理由がある場合にかぎり、民法110条の規定を類推適用して、本人がその責に任ずるものと解するのが相当である。

代理権を信じたのではないが、その信頼は、代理権を信じた場合と同じように保護に値する。だから、本人自身の行為だと信じたことに正当な理由があるときは、110条を類推適用する、としています。Bが自分の名前を示さずA本人のように振る舞うのは、署名代理のことですね。あちらは、Bが権限内でAの名前だけを示すやり方でした。今日の場面は逆で、Bが権限の外の行為をしながら、A本人だと名乗っています。権限内か権限外かで、場面が違うということです。

3つの場面を並べる

弁別の対比板。転得者=信じたのは前主の所有権→110条の趣旨は及ばない(×)。夫婦=信じる対象を「日常家事の範囲内」に差し替え→趣旨の類推(○)。本人誤信=信じたのは本人への効果の帰属→類推(○)。 図:弁別の対比板

  • 転得者=信じたのは前主の所有権→110条の趣旨は及ばない(×)
  • 夫婦=信じる対象を「日常家事の範囲内」に差し替え→趣旨の類推(○)
  • 本人誤信=信じたのは本人への効果の帰属→類推(○)

ここまでの3つの場面を並べます。転得者Dは、前主の所有権を信じただけなので、110条の趣旨は及びません。夫婦の場面は、信じる対象を「日常家事の範囲内だ」に差し替えて、110条の趣旨を類推します。本人誤信の場面は、代理権ではなく「本人への効果の帰属」を信じたことが、110条と同じ構造だとして類推されます。転得者と本人誤信は、どちらも「代理権を直接は信じていない」のに結論が逆で、そこが混同しやすいところです。分かれ目も、何を信じたかです。本人誤信のCは、目の前のBとの契約が、A本人に効くと信じました。代理権を信じた人と、当てにしている中身が同じです。転得者のDが信じたのは、Cとの別の売買での、Cの所有権です。Bの契約がAに効くかどうかは、Dの信頼の中身に入っていません。

答え合わせ

保存版板。110条が守るのは何を信じた人か。転得者=前主の所有権を信じた(対象外)。本人誤信=本人への効果の帰属を信じた(類推)。夫婦=日常家事の範囲内だと信じた(趣旨の類推)。 図:保存版板

  • 110条が守るのは何を信じた人か
  • 転得者=前主の所有権を信じた(対象外)
  • 本人誤信=本人への効果の帰属を信じた(類推)
  • 夫婦=日常家事の範囲内だと信じた(趣旨の類推)

今日の内容をまとめます。110条が守るのは、代理権があると信じた人です。転得者は、前主の所有権を信じただけなので、110条の趣旨は及びません。表見代理が成立した後の悪意の転得者は、確定した権利を取得します。夫婦の場面では、761条の代理権を足場にした110条の直接適用は認められませんが、日常家事の範囲内だと信じたことに正当な理由があれば、110条の趣旨が類推適用されます。無権代理人を本人だと誤信した場面でも、同じように110条が類推適用されます。冒頭の問いに戻ります。夫Bが妻Aの名前で借りたお金は、Aが返さなければならないでしょうか。答えは、原則として返さなくてよい、です。事業資金の借入れは、日常の家事の範囲外です。761条の代理権はそこまで及びません。CがAに請求できるのは、この取引がその夫婦にとって日常家事の範囲内だと、無過失で信じていた場合に限られます。それはかなり稀な場合です。

夫婦の財産は、762条によって独立しています。761条の代理権を足場に110条をそのまま使うと、この財産的独立が崩れてしまうからです。そこで、信じる対象を「日常家事の範囲内だ」に差し替えて、110条の趣旨だけを類推する、という形になっています。この場面は、論文でも論点になりえます。今日はここまでにします。

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#67単独ページ動画

109条

第1章 民法総則 #67/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

口で言っただけなのに

冒頭設例板。父Aが買主Cに電話で「土地のことは息子Bに任せてある」と伝えた。実際にはAはBに何も頼んでいない。 図:冒頭設例板

  • 父Aが買主Cに電話で「土地のことは息子Bに任せてある」と伝えた
  • 実際にはAはBに何も頼んでいない

父Aが、買主Cに電話でこう伝えました。「土地のことは息子Bに任せてある」。ところが実際には、AはBに何も頼んでいません。Bには代理権がありません。それでもAは、責任を負うことがあります。Bに代理権が無いなら、113条の原則どおり、無権代理で終わりじゃないんですか。113条の原則どおりなら、無権代理のままで終わるとも思えます。でも今日見る規定は、その原則に例外を作ります。先に答えを言うと、Aが自分でCに「任せた」と告げたこと、それ自体が、Aの作った外観になるからです。なぜそう言えるのか、今日はそこを見ていきます。その前に、少しだけ振り返ります。表見代理の全体像の回を思い出してください。あの基準の場面では、Bが無断で代理人を名乗っていて、Aの関与はまったくありませんでした。今日の場面で、Aの関与はどう違いますか?

Aが、自分でCに「Bに任せた」と言っています。本人が自分で何か行動している点が、違う気がします。基準の場面では、Aは何もしていませんでした。今日の場面では、Aが自分の口でCに告げています。この違いが、今日の出発点です。

109条1項の全文と要件

109条1項の全文カードと要件板。①代理権授与の表示②表示を受けた者自身の行為③表示の範囲内④その第三者との間の行為⑤相手方の善意無過失。 図:109条1項の全文カードと要件板

まず109条1項の全文を確認します。

条文民法109条1項

民法第百九条第一項(代理権授与の表示による表見代理等) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

要件に入る前に、なぜAが責任を負うのかを押さえます。Bに代理権が無い以上、原則として、Bのした行為の効果はAに帰属しません。それでもAに負わせる理由として、表見代理の全体像の回で、外観を作った側に責任を負わせる、という考え方を見ました。109条では、Aが自分の口でCに「与えた」と告げています。その外観を作ったのはA自身なので、信じたCではなく、Aが結果を引き受けるのです。

⭐ 論文で書く規範:109条1項の要件 ① 代理権授与の表示(本人が第三者へ、代理権を与えた旨を表示したこと) ② 表示を受けた「その他人」自身による行為(表示された者が行為すること) ③ 表示された代理権の範囲内の行為であること ④ 表示を受けた「その」第三者との間の行為であること ⑤ 相手方の善意無過失(ただし書。悪意・過失の立証は本人の側が行う) (民法109条1項(条文の言葉から導かれる要件))

①は、Aが第三者に向けて代理権を与えた旨を表示することです。②は、表示された本人、つまり今日ならBが、実際に行為することです。③は、その行為が表示された範囲内にとどまっていることです。④は、Aの表示を受け取った、まさにその相手方との間で行為がされることです。⑤は、相手方が善意無過失であることです。ただし、これをCが示す必要はありません。Cが悪意や過失だったと主張して責任を免れたいAの側が、それを示します。

立証責任の対比板。109条1項ただし書=本人Aの免責事由(Aが立証)。110条の正当理由=相手方の保護要件(相手方が立証)。同じ善意無過失で、立証の向きだけが逆。 図:立証責任の対比板

  • 109条1項ただし書=本人Aの免責事由(Aが立証)
  • 110条の正当理由=相手方の保護要件(相手方が立証)
  • 同じ善意無過失で、立証の向きだけが逆

110条の回では、正当な理由は、例外を使って得をする相手方の側が示すと見ました。109条1項のただし書は、Aが責任を免れるための例外なので、今度は得をするAの側が示します。物差しは同じで、向きが逆になっているだけです。

設例へのあてはめ

関係図。A(本人)→C(相手方)に「Bに与えた」と表示する実線の矢印。B(行為者)→C(相手方)に土地の売買を行う実線の矢印。A→Bの矢印は無い。 図:関係図

冒頭の設例に当てはめます。Aが電話でCに、「Bに土地を売る代理権を与えた」と伝えました。実際には与えていません。そのBが、Aを代理する形で、その土地をCに売却しました。Cは、Bに代理権が無いことを知らず、知らなかったことに過失もありませんでした。①は、Aが表示したことで満たされます。②は、表示されたB自身が売ったので満たされます。③は、表示されたのが土地を売る代理権で、実際にしたのも土地の売却なので、範囲内です。④は、表示を受けたCとの間の売買なので満たされます。⑤は、Cが善意無過失なので満たされます。5つがそろったので、109条1項によって、Aに効果が帰属します。Aは、実際にはBへ何も渡していないのに、Cに対して責任を負います。逆に、もし④が抜けていたらどうなりますか。例えば、CがAの表示を直接聞かず、別の人から伝え聞いただけだったら。Cが、Aの表示を直接聞かず、別の人から伝え聞いただけだった場合は、④の「表示を受けたその第三者」に当たりません。判例も、伝聞で知っただけの者には109条1項を使えないという結論を示しています。Aが自分で外観を作ったのは、表示を向けたCに対してだけです。伝え聞いただけの人に対してまで、Aが外観を作ったとは言えないからです。

表示のもう一つの形

関係図。A(本人)→B(行為者)に「名義の使用を許諾」という実線の矢印。B(行為者)→C(相手方)に「A名義で取引」という実線の矢印。 図:関係図

ここまでは、Aが口で「Bに任せた」と言う場面でした。ですが「表示」は、言葉だけとは限りません。言葉じゃないとすると、どういう形があるんですか。自分の名義の使用を、他人に許す場合です。設例を置きます。Aが自分の屋号を、店員Bに使わせていたとします。実際には、Bに契約を結ぶ代理権は与えていません。それでもBは、「A商店」の名義で、Cと取引をしました。

判例最高裁判所第二小法廷判決(民集14巻12号2661頁)

名義の使用を許した場合の外観法理 一般に、他人に自己の名称、商号等の使用を許し、もしくはその者が自己のために取引する権限ある旨を表示し、もつてその他人のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出した者は、この外形を信頼して取引した第三者に対し、自ら責に任ずべきであつて、このことは、民法一〇九条、商法二三条等の法理に照らし、これを是認することができる。

名義を使わせているだけで、契約の代理権までは無いんですよね。それでも、口で「任せた」と言った場合と同じに扱えるんですか。判例は、名義の使用を許した者は、その外形、つまりこれまで見てきた外観を信頼した第三者に対して自ら責任を負うべきだとしています。ここで注意してほしいのは、この判示は「109条を適用する」とは言っていない点です。「109条や、商法の名板貸しの規定などの法理に照らして是認できる」という、一段抽象化した言い方をしています。名板貸しとは、自分の名前を他人に使わせて営業させることです。109条そのものではなく、同じ考え方が及ぶという扱いですが、本人自身が外観を作り出した、という骨格は変わりません。自分の口で「与えた」と言うことと、自分の名義の使用を許すことは、どちらも本人自身が外観の作り手になっている点で、同じ物差しで測れます。

逆に、Aが知らないうちに、Bが勝手に「A商店」の名前を使っていたらどうなりますか。Aが知らないうちに、Bが勝手に「A商店」の名前を使っていた場合は、外観を作ったのはAではありません。Aが使用を許しておらず、Bが名前を使っていると知りながら止めずに放っておいた、という事情も無ければ、この考え方は及ばず、原則どおり無権代理の問題に戻ります。ここで110条と比べます。110条では、実際に存在していた別件の代理権が、責任の土台でした。109条には、実際に与えた代理権が一つもありません。土台は、Aが自分で作った表示だけです。

表示の範囲を超えたら

109条2項の全文カードと関係図。A→Cに「土地を貸す代理権を与えた」と表示。B→Cに土地の売買(表示の範囲外を点線の枠で示す)。 図:109条2項の全文カードと関係図

109条1項は、表示された範囲内の行為を扱う規定でした。では、表示された範囲を超えた行為をBがしてしまったら、Aは一切責任を負わないのでしょうか。

条文民法109条2項

民法第百九条第二項 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

109条2項は、範囲を超えた行為についても、相手方に正当な理由があるときに限って、本人が責任を負うと定めています。以前、正当な理由は無過失と同じ意味だと確認しましたが、ここでも同じ言い換えが使えます。相手方が、表示された範囲内の行為だと信じたことに、過失が無かったということです。109条2項は、109条1項の仕組みに、110条と同じ「正当な理由」の絞りを重ねた規定だと考えると分かりやすいです。設例に当てはめます。Aは、「土地を貸す代理権をBに与えた」とCに表示しました。ところがBは、土地を貸すのではなく、Cに売ってしまいました。これは表示された範囲を超えた行為です。

Cが、Bにはこの土地を売る代理権もあると信じたことに、過失が無かったといえるなら、109条2項によって、Aに効果が帰属します。逆に、Cが少し確認すれば表示の範囲を超えていると分かったはずなら、正当な理由は認められません。

法定代理には及ばない

対比板。任意代理=本人が自分の言葉や名義で表示できる。法定代理=そもそも本人が代理権を「与える」という行為自体がありえない。109条は適用されない。 図:対比板

  • 任意代理=本人が自分の言葉や名義で表示できる
  • 法定代理=そもそも本人が代理権を「与える」という行為自体がありえない
  • 109条は適用されない

最後に、適用範囲の限界を一つ確認します。109条は、法定代理には適用されません。法定代理でも、代理権があると相手方が信じることはありそうですが、なぜ適用されないんですか。109条の土台は、本人が自分で「与えた」と表示することでした。ところが法定代理は、本人の意思とは関係なく、法律の規定によって代理権が生じます。本人が与えるという行為自体が、そもそもありえません。表示のしようが無い以上、109条を当てはめる土台がないのです。判例・通説とも、この考え方で適用を否定しています。例えば、未成年の子の親権者は、子が頼んだから代理人なのではなく、法律が代理人にしています。以前見たとおり、110条ではこの法定代理権も基本代理権にあたりました。でも109条では、子の側に「与えた」と表示する行為が、そもそもありません。

答え合わせ

保存版板。「表示は誰に・どこまで届いているか」を軸に、109条1項(範囲内・善意無過失)、109条2項(範囲外・正当な理由)、名義使用の許諾(同じ法理)を1枚に並べる。法定代理には及ばない。 図:保存版板

  • 「表示は誰に・どこまで届いているか」を軸に、109条1項(範囲内・善意無過失)、109条2項(範囲外・正当な理由)、名義使用の許諾(同じ法理)を1枚に並べる
  • 法定代理には及ばない

今日の内容をまとめます。109条は、本人が自分の言葉、あるいは自分の名義の使用を許すという形で、代理権を与えた旨を表示した場合の規定でした。表示された範囲内の行為には1項が、範囲を超えた行為には正当な理由がある場合に限り2項が及びます。自分の名義の使用を許した場合も、同じ考え方が及びます。そして、法定代理には、この考え方はそもそも及びません。冒頭の問いに戻ります。父Aが、買主Cに「土地のことは息子Bに任せてある」と言っただけで、実際には何も頼んでいなかった場面でした。Cが、その表示を信じて、善意無過失でBと取引をしたなら、109条1項によって、Aは責任を負います。

本人が自分の手で外観を作った、という一点が、この規定の土台になっています。この場面は、論文でも論点になりえます。今日はここまでにします。もう一つだけ確認しておきます。109条の土台になっているのは、代理権を渡した事実ではなく、何をした事実でしたか?Aが、自分の言葉や名義で「与えた」と表示した事実です。

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#68単独ページ動画

白紙委任状

第1章 民法総則 #68/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

紙を渡しただけでも表示になるのか

冒頭設例板。Aが、代理人の欄が空欄のままの委任状という紙をBに渡した。 図:冒頭設例板。Aが、代理人の欄が空欄のままの委任状という紙をBに渡した。

前回、109条1項が成立するには、Aが第三者に対して「Bに代理権を与えた」と表示していることが必要でした。では、Aが口で言う代わりに、代理人の欄が空欄のままの委任状という紙をBに渡しただけだったら、その紙を渡した行為自体は、Aの「表示」にあたるでしょうか?

白紙委任状とは何か

白紙委任状の構造板。委任状には①代理人欄(誰が代理人か)②委任事項欄(何を委任するか)の2つの欄がある。どちらか一方または両方が空欄のものが白紙委任状。 図:白紙委任状の構造板

  • 委任状には①代理人欄(誰が代理人か)②委任事項欄(何を委任するか)の2つの欄がある
  • どちらか一方または両方が空欄のものが白紙委任状

うーん、渡した時点ではまだ何も書かれていないわけですよね。それでも表示になるんでしょうか……。まず、白紙委任状とは何かを確認します。委任状には、大きく2つの欄があります。①代理人欄、つまり誰が代理人かを書く欄。②委任事項欄、つまり何を委任するかを書く欄です。この2つのうち、どちらか一方、または両方が空欄になっているものを、白紙委任状と呼びます。空欄のまま渡すなんて、危なくないですか。危ういからこそ問題になるわけです。ここで、白紙の小切手を思い浮かべてください。署名だけ済ませて、金額欄と受取人欄を空欄のまま人に渡す。頼んだとおりの金額・受取人が書き込まれて使われれば、何の問題もありません。問題は、渡した相手が、頼んでいない金額や、頼んでいない受取人を書き込んでしまったときです。白紙委任状もまったく同じ構造です。

条文民法109条1項

民法第百九条第一項(代理権授与の表示による表見代理等) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

今日の話は、この109条1項に、白紙委任状の交付という場面を当てはめていく作業です。白紙委任状の交付自体は、それだけで109条の「表示」になるわけではありません。代理人も委任事項も、渡した委任状どおりに代理行為が行われているのであれば、それはただの有権代理にすぎず、何の問題も生じません。

⭐ 論文で書く規範:白紙委任状を渡すこと自体は、表示にならない 白紙委任状であっても、①代理人欄②委任事項欄の両方とも、渡した委任状どおりに代理行為が行われているなら、それはただの有権代理にすぎず、何の問題も生じない。 問題になるのは、①②のどちらかについて、合意と異なる代理行為が、白紙部分を勝手に補充されて行われた場合である。この場合、補充した人物の行為は無権代理にあたる。 (白紙委任状の前提)

問題になるのは、合意と違う形で白紙部分が埋められて、代理行為が行われた場合です。この場合、埋めた人物の行為は無権代理にあたります。合意と違う形で埋められる、というのは、具体的にはどういうパターンがあるんですか。大きく3つのパターンに分けられます。①代理人の範囲だけが合意と違う場合、②委任事項の内容だけが合意と違う場合、③両方が合意と違う場合です。この順番で見ていきましょう。

パターン① 代理人の範囲だけが違う場合

パターン①の関係図。Aが、代理人はBだけ・委任事項は土地の売却、という合意で、代理人欄が白紙の委任状をBに交付。この委任状をBから無断で受け取ったCが、代理人欄に自分の名前を書き込み、第三者Dに示して、Aの土地を売却した。 図:パターン①の関係図

たとえば、Aが、Bとの間で「代理人はBだけ、委任する事項はAの土地の売却」という合意をして、代理人欄が空欄の委任状をBに渡したとします。ところが、この委任状をBから無断で受け取ったCが、代理人欄に自分の名前を書き込み、第三者Dに示して、Aを代理してAの土地をDに売却してしまいました。違うのは、代理人がBのはずだったのに、Cになっている点だけです。委任状を正しく受け継いだ人になら誰でも代理権を与える、という取り決めはしていませんから、Cには代理権がありません。Cの行為は無権代理です。ここでの争点は、AがDに対して「Cに代理権を与えた」と表示したと言えるかどうかです。

⭐ 論文で書く規範:パターン① 規範 通説:代理権授与表示を肯定する。 理由:代理権授与表示が問われるのは、本人にどれだけ帰責性があるかという場面であり、本人が任意に白紙委任状を交付した以上、それだけで本人に帰責性が認められる。 結論:第三者は、悪意・有過失でなければ、109条1項を根拠に本人への効果帰属を主張できる。 (通説(下級審裁判例も同旨))

通説は、代理権授与表示を肯定します。理由は、代理権授与表示が本人の帰責性を基礎づける要件であるところ、Aが任意に白紙委任状を交付したのであれば、その一事をもってAに帰責性が認められる、というものです。「渡した」という一事だけで、そこまで責任を負わされるんですか。空欄のまま手放せば、誰かが勝手に書き込んで使うおそれが生まれます。そのおそれを自分で作ったのはAです。だから、任意に渡したという一事で帰責性を認めてよい、ということです。冒頭で、渡すこと自体はまだ表示ではないと言いました。問われているのは、埋められた紙がDに示されたこの場面で、その紙をAの表示と見てよいか、です。前回、Aの表示を人から伝え聞いただけの人には表示が届いていない、と言いました。ここのDは違います。人づてに聞いたのではなく、Aが手放した紙そのものを、目の前で見せられています。下級審の裁判例も同じ結論を採っています。DがCの無権限について悪意や過失がない限り、109条1項によって、AはDに対して責任を負います。ここまでは、代理人の名前だけがすり替わった場合でした。次は、委任事項の中身の方が違っている場合を見ます。

パターン② 委任事項の内容だけが違う場合

パターン②の場合分け板。直接受け取ったB自身が委任事項欄を勝手に書き換える。Bに私法上の行為の代理権がある場合→110条。Bに私法上の行為の代理権が全く無い場合→109条。 図:パターン②の場合分け板

  • 直接受け取ったB自身が委任事項欄を勝手に書き換える
  • Bに私法上の行為の代理権がある場合→110条
  • Bに私法上の行為の代理権が全く無い場合→109条

次は、代理人はBのままで、委任事項の中身だけが合意と違う場合です。今度は、パターン①のように、Bから委任状を受け取った別の人は出てきません。委任状を直接受け取ったB本人が、委任事項欄に、合意と違う中身を書き込んでしまう場面です。ここは場合分けが必要です。1つ目は、Bにそもそも私法上の行為の代理権が与えられている場合です。たとえば、Aから土地の売却を頼まれていたBが、委任事項欄に「抵当権の設定」と勝手に書き足して、それを第三者Cに示す場合です。

条文民法110条

民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

この場合、Bにはもともと私法上の行為の代理権がありますから、その代理権を基本代理権として110条で処理すればよいことになります。以前、110条は代理人に何らかの基本代理権があることが前提だと言いました。ここではBの土地売却の代理権が、その基本代理権にあたります。2つ目のパターンは、何が違うんですか。2つ目は、Bに私法上の行為の代理権が全く与えられていない場合です。たとえば、Aが市役所での住民票の交付請求だけをBに頼んで、白紙委任状を渡したところ、Bが委任事項欄に「Aの土地の売却」と勝手に書き込んでしまう場合です。住民票の交付請求って、私法上の行為じゃないですよね。住民票の交付請求は、公法上の行為です。以前、公法上の行為でも、取引の約束を果たすための登記の申請のように、取引の一環として頼んだものなら基本代理権にあたる、と言いました。けれども、住民票の交付請求は、何かの取引の約束を果たすために頼んだものではありません。私法上の行為の代理権が全く無いので、110条の基本代理権として使えるものがありません。ですから、原則として110条は使えないのです。

⭐ 論文で書く規範:パターン② 振り分け ①Bに私法上の行為の代理権がある場合:その代理権を基本代理権として110条で処理する。 ②Bに私法上の行為の代理権が全く無い場合(公法上の行為の代理権にとどまる等):110条の基本代理権が無いため、109条の適否を検討する。理由づけはパターン①と同じ(本人が任意に白紙委任状を交付した以上、帰責性が認められる)。 (パターン②の振り分け)

この2つ目の場合は、110条が使えない以上、109条の適否を検討することになります。理由づけは、パターン①とまったく同じです。Aが任意に白紙委任状を交付した以上、その一事をもって帰責性が認められる、というものです。ですから、Cが悪意・有過失でない限り、109条1項の表示は肯定されます。ここまでは、違うのが1点だけでした。代理人だけ、あるいは委任事項だけです。パターン①では109条の表示は肯定されました。今度は、代理人の氏名だけでなく、委任事項欄も書き換えられていたらどうなるでしょうか?

パターン③ 両方が違う場合

パターン③の関係図。パターン①と同じ骨格だが、Cが代理人欄・委任事項欄の両方を書き換えて第三者Dに呈示する。二重の書き換えを示す。 図:パターン③の関係図

たとえば、パターン①と同じように、Aが、Bとの間で「代理人はBだけ、委任する事項はAの土地の売却」という合意をして、今度は代理人欄・委任事項欄の両方が白紙の委任状をBに渡したとします。この委任状をBから無断で受け取ったCが、代理人欄に自分の名前を、委任事項欄に「Aの土地への抵当権の設定」と書き込み、第三者Dに示して、Cは、自分の借金の担保に、Aの土地へ抵当権を付けてしまいました。Cには代理権が全く与えられていません。基本代理権もありませんから、110条も使えません。ここで109条1項の表示が肯定されるかが問題になります。

⭐ 論文で書く規範:パターン③ 規範 109条1項の成立は、原則として否定するのが妥当である。 理由:任意に白紙委任状を交付している以上、本人の帰責性自体は肯定できるとも思えるが、代理人・委任事項の両方にズレが生じているケースでは、パターン1つめ・2つめに比べて本人を保護すべき度合いの方が強くなる。 (判例・通説)

ずれ1点とずれ2点の対比板。パターン①②(ずれ1点=代理人の範囲か委任事項の内容のどちらか一方)は本人の帰責性が勝ち表見代理が成立しうる(パターン①は109条1項、パターン②はBの私法上の代理権の有無で110条か109条1項)。パターン③(ずれ2点=両方)は本人を保護する必要性の方が上回り109条1項が原則否定される。 図:ずれ1点とずれ2点の対比板

  • パターン①②(ずれ1点=代理人の範囲か委任事項の内容のどちらか一方)は本人の帰責性が勝ち表見代理が成立しうる(パターン①は109条1項、パターン②はBの私法上の代理権の有無で110条か109条1項)
  • パターン③(ずれ2点=両方)は本人を保護する必要性の方が上回り109条1項が原則否定される

ここは、パターン1つめ・2つめと結論が変わります。109条1項の成立は、原則として否定されます。理由は、任意に白紙委任状を交付している以上、帰責性自体は認められるとも思えますが、代理人欄・委任事項欄のいずれについても合意と異なる補充がなされている場合は、それまでのパターンに比べて、本人を保護する必要性の方が高くなるからです。なぜ2点ずれると逆転するのか、最初の白紙の小切手で考えてみます。受取人だけ、あるいは金額だけが書き換えられたなら、残りの欄は署名した人が頼んだとおりです。ところが両方を書き換えられると、残るのは署名だけで、頼んだ中身はどこにも残りません。白紙委任状も同じです。Dに示された紙は、Aが任せた相手とも、任せた中身とも重なりません。空欄のまま渡したという帰責性はあっても、そこまで離れた取引の結果をAに負わせるのは重すぎる。これが、本人を保護する必要性が高いという意味です。ある判例は、代理権授与表示そのものを否定するという構成で、109条の成立を認めませんでした。

判例最高裁判所第二小法廷判決 昭和39年5月23日

最高裁判所第二小法廷判決 不動産所有者がその所有不動産の所有権移転、抵当権設定等の登記手続に必要な権利証、白紙委任状、印鑑証明書を特定人に交付した場合においても、右の者が右書類を利用し、自ら不動産所有者の代理人として任意の第三者とその不動産処分に関する契約を締結したときと異り、本件の場合のように、右登記書類の交付を受けた者がさらにこれを第三者に交付し、その第三者において右登記書類を利用し、不動産所有者の代理人として他の第三者と不動産処分に関する契約を締結したときに、必ずしも民法一〇九条の所論要件事実が具備するとはいえない。けだし、不動産登記手続に要する前記の書類は、これを交付した者よりさらに第三者に交付され、転輾流通することを常態とするものではないから、不動産所有者は、前記の書類を直接交付を受けた者において濫用した場合や、とくに前記の書類を何人において行使しても差し支えない趣旨で交付した場合は格別、右書類中の委任状の受任者名義が白地であるからといつて当然にその者よりさらに交付を受けた第三者がこれを濫用した場合にまで民法一〇九条に該当するものとして、濫用者による契約の効果を甘受しなければならないものではないからである。

登記の手続に必要な書類は、渡した相手からさらに別の人に渡って、転々と流通することが当たり前の書類ではない。だから、白紙委任状の代理人の名前が空欄だからといって、直接受け取った人でなく、さらにその先の人が濫用した場合にまで、当然に109条にあたるとして、本人が結果を引き受けなければならないわけではない。この判例は、そのように述べて、代理権授与表示そのものを否定しました。さっきのパターン①も、Bから無断でCに渡って、Cが使っている場面でしたよね。流通の経路は似ているのに、なぜ結論が違うんですか。パターン①も、この判例の事案も、どちらも委任状がBの先の人の手に渡り、その人が第三者に示すという、よく似た流通経路をたどっています。それなのに、結論は一方は肯定、一方は否定と分かれました。そこが今日いちばんのポイントです。パターン①では、委任事項、つまり「何を委任するか」は合意どおりでした。ずれていたのは代理人の名前だけです。この判例の事案では、本人が書類を渡したときに頼んでいたのは、借りていた借金を担保するために、貸主のために抵当権の登記をすることでした。ところが、書類はさらに別の人の手に渡り、その人が本人の代理人を名乗って、別の第三者との間で、極度額100万円の根抵当権を設定する契約を結んでいます。代理人の範囲だけでなく、書類が使われた中身そのものが、もともとの合意から離れていたわけです。判決の言葉だけを聞くと、流通したこと自体が理由のように聞こえます。けれども、パターン①も同じように人の手を渡っていて、結論は肯定でした。ですから、分かれ目は渡った人数ではなく、合意と違う形で埋められた欄が1つか2つか、という点で整理します。

判例の2つの構成板。①代理権授与表示そのものを否定する構成②表示は認めつつ第三者の悪意・過失を認定する構成。どちらの構成でも本人は責任を負わない。 図:判例の2つの構成板

  • ①代理権授与表示そのものを否定する構成②表示は認めつつ第三者の悪意・過失を認定する構成
  • どちらの構成でも本人は責任を負わない

もう1つは、代理権授与表示そのものは否定せず、その代わり、第三者の側に悪意や過失があったと認定して、109条の善意無過失の要件で結論を出す、という構成です。パターン③の例でいえば、DがAに一度も確かめず、Cの持ってきた委任状だけを信じて抵当権を設定した、という事情を捉えて、Dには過失があったとする処理です。最高裁の判例には、この構成を採ったものもあります。どちらの構成でも、結論として本人は責任を負わない、という点は共通しています。

合意違反マトリクス

合意違反マトリクス板。表:合意と何が違うか(代理人の範囲のみ/委任事項の内容のみ/両方)と、処理(109条肯定/原則110条・基本代理権が無ければ例外的に109条/109条原則否定)の対応。 図:合意違反マトリクス板

ここで、今日見た3つのパターンを1枚の表にまとめます。代理人の範囲だけが違えば109条の表示を肯定、委任事項の内容だけが違えば原則110条で、基本代理権が無ければ例外的に109条を検討、そして両方が違えば109条の成立は原則として否定されます。さっきの判例では、委任状がBからC、CからDへと渡っていましたよね。何人の手を渡ったかは関係ないんですか。委任状が何人の手を渡ったかは、この結論を分ける軸ではありません。パターン①も、判例のパターン③も、どちらも書類がBの先の人の手に渡り、その人がさらに第三者に示す、という同じ流通経路をたどっていますが、それでも結論は違いました。分かれ目は、渡った人数ではなく、何が合意と違う形で書き込まれたかです。この表の軸を、そのまま覚えてください。

答え合わせ

保存版板。表示は誰に・どこまで届いているか。前編=口で言った場合(109条1項・2項)。この回=紙を渡した場合(白紙委任状3パターン)。渡した紙に何が書き込まれたかで結論が変わる。 図:保存版板

  • 表示は誰に・どこまで届いているか
  • 前編=口で言った場合(109条1項・2項)
  • この回=紙を渡した場合(白紙委任状3パターン)
  • 渡した紙に何が書き込まれたかで結論が変わる

今日の内容をまとめます。白紙委任状を渡すこと自体は、それだけで109条の表示になるわけではありません。渡した紙が、合意と違う形で埋められたときにだけ問題になります。委任状が何人の手を経たかは、この結論を分ける軸ではありません。では、最後に1つ確認します。代理人の名前だけでなく、委任事項の中身までもが、合意と違う形で書き換えられていたとしたら、Aは第三者に対して責任を負うでしょうか?パターン③の話ですよね。代理人の範囲と委任事項の内容の両方がずれているので、109条1項の成立は原則として否定される、でした。冒頭の問いに戻ります。Aが口で言う代わりに、代理人の欄が空欄の委任状という紙をBに渡しただけだったら、渡した後に何が書き込まれても、Aは責任を負うのでしょうか。答えは、書き込まれた中身次第です。代理人の名前だけがずれていれば、Aは責任を負う方向に傾きます。委任事項の中身だけがずれていれば、110条か109条かの振り分けが必要になります。そして、代理人の名前と委任事項の中身の両方がずれていれば、Aは原則として責任を負いません。

この場面は、論文でも論点になりえます。今日はここまでにします。

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#69単独ページ動画

112条

第1章 民法総則 #69/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

撤回したはずなのに

冒頭設例板。父Aは以前、息子Bに「この土地を売ってきてくれ」と頼んでいたが、その後気が変わって撤回した。それなのにBは、Cに「Aの代理人だ」と言って土地を売ってしまった。 図:冒頭設例板

  • 父Aは以前、息子Bに「この土地を売ってきてくれ」と頼んでいたが、その後気が変わって撤回した
  • それなのにBは、Cに「Aの代理人だ」と言って土地を売ってしまった

前回、代理人の欄が空欄の白紙委任状を渡しただけでも、渡した紙の中身次第で代理権授与表示が認められる場合がある、と見ました。今日Aが渡していたのは、白紙の紙ではありません。本物の代理権そのものです。一度は確かに代理権を与えていたのに、それが消えたあとだったら、どうなるでしょうか?具体的に置きます。父Aは、以前は確かに息子Bに「この土地を売ってきてくれ」と頼んでいました。ところがAは、その後気が変わって、この話を撤回しました。それなのにBは、買主Cに「Aの代理人だ」と言って、土地を売ってしまいました。かつて存在した代理権は、もう消えています。それでもAは、責任を負うことがあるでしょうか。

少し前に、Aの言葉だけで外観ができる109条、Aが本当に一部だけ与えていた110条を見ました。今日の場面は、そのどちらとも違います。「以前は本当に与えていた」という点が出発点です。この違いがどう効いてくるのか、今日見ていきます。

112条の出発点

出発点の対比板。109条=本人が「与えた」と口で言っただけ(実際の代理権はゼロ)。110条=本人が別件の代理権を本当に一部与えた。112条=本人がかつて本物の代理権を与えていたが、今は消滅している。112条だけが「過去に本物の代理権が存在した」ことを出発点にする。 図:出発点の対比板

  • 109条=本人が「与えた」と口で言っただけ(実際の代理権はゼロ)
  • 110条=本人が別件の代理権を本当に一部与えた
  • 112条=本人がかつて本物の代理権を与えていたが、今は消滅している
  • 112条だけが「過去に本物の代理権が存在した」ことを出発点にする

まず、112条がほかの2つとどう違うかを確認します。109条は、Aが口で「与えた」と言っただけで、実際の代理権はゼロでした。110条は、Aが別件の代理権を本当に一部与えていました。112条はどちらとも違い、かつて本物の代理権が確かに存在し、それが消滅した場面を扱います。表見代理の全体像の回で見た、「STAFF」の腕章のお店を思い出してください。以前は本当に採用されていた店員が辞めたのに、渡されていた腕章をまだ返していない、とします。店側は「もう辞めたから関係ない」と思っていても、その腕章を着けてレジに立たれれば、客からは今も店員に見えます。109条は、店長が客に「あの人は店員です」と口で言っただけで、腕章そのものは渡していない場面でした。112条は、本物の腕章が、かつて本当に渡されていた場面です。違うのは、その証拠が”今”ではなく”かつて”のものだという一点です。

112条を使うための第一関門は、「かつて代理権が存在したこと」です。はじめから代理権が無かったのなら、それは109条や110条の場面であって、112条の出番はありません。この切り分けを、まず頭に入れてください。では、なぜ撤回したあとまで、Aが責任を負うことがあるのか。代理権を渡したのはA自身で、撤回した後も、委任状のような渡した証拠を取り戻さずに残したのもAの側だからです。全体像の回で見た、「渡したものをあとから取り戻さなかった」という帰責性です。一方のCは、AB間で撤回されたことを外から知る手段がなければ、残った証拠を信じるしかありません。

112条1項の全文と要件

112条1項の全文カードと要件板。①かつて代理権が存在し、消滅したこと②消滅前の代理権の範囲内の行為であること③相手方が代理権消滅の事実につき善意であること④相手方に過失があるときは除く(ただし書)。 図:112条1項の全文カードと要件板

112条1項の全文を確認します。

条文民法112条1項

民法第百十二条第一項(代理権消滅後の表見代理等) 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。

条文の書き出し自体が、さっき確認した出発点をそのまま表しています。要件に分解します。

⭐ 論文で書く規範:112条1項の要件 ① かつて代理権が存在し、消滅したこと(本文冒頭「代理権を与えた者」「消滅後」) ② 消滅前の代理権の範囲内の行為であること ③ 相手方が代理権消滅の事実につき善意であること ④ 相手方に過失があるときは除く(ただし書) (民法112条1項(条文の言葉から導かれる要件))

①は、以前見た代理権の消滅事由、本人の死亡や委任の終了といった事情のどれかで、かつての代理権が消えたことです。今日の設例のように、Aが頼んだことを取りやめた場合も、委任が終わるので、代理権は消えます。②は、行為の中身が、消滅前に持っていた代理権の範囲にとどまっていることです。範囲を超えていれば、あとで見る2項の話になります。③は、相手方が消滅の事実を知らなかったことです。④は、そのただし書で、相手方に過失があれば保護されません。示す側は、109条1項と少し違います。109条1項では、Cの悪意も過失も、責任を免れたいAの側が示しました。112条1項は、本文に「知らなかった第三者」と書かれているので、知らなかったことは保護を求めるCの側が示し、ただし書の過失だけを、責任を免れたいAの側が示します。

Aが以前Bへ土地を売る代理権を与え、それを撤回した後にBが同じ土地を売った場合が、まさに①から④の典型です。①はAが与えた代理権を撤回して消滅させたこと、②はBが売ったのが元の範囲どおり土地だったこと、③はCが消滅の事実を知らなかったこと、④はCが知らなかったことに過失も無かったことです。この後、丁寧に当てはめていきます。112条1項の「第三者」は、直接の相手方だけです。110条の第三者の回と同じ考え方です。転得者が信じたのは、Bの代理権ではなく、前の持ち主Cの権利だからです。判例も、Cからさらに買い受けた転得者までは含めていません。

112条1項の補足論点板。法定代理権も「代理権」に含む(判例、有力な反対説あり)/消滅前の取引は不要(判例)。出典=大判昭和2年12月24日民集6巻754頁/最判昭和44年7月25日判時574号26頁。 図:112条1項の補足論点板

  • 法定代理権も「代理権」に含む(判例、有力な反対説あり)/消滅前の取引は不要(判例)
  • 出典=大判昭和2年12月24日民集6巻754頁/最判昭和44年7月25日判時574号26頁

法定代理権も、112条1項の「代理権」に入るでしょうか。判例はこれを含めます。法定代理権が消滅した後に、元の法定代理人が代理行為をした場合にも、112条1項を使います。取引の安全を重く見た判断で、本人の保護は相手方の善意無過失の認定で図ればよい、という考え方です。ただ、法定代理権は本人が与えたものではないので、かつて代理権があった点について本人に責められる事情が無いとして、これを否定する有力な学説もあります。例えば、子が成年になって親権が終わった後に、元の親権者が子の代理人として契約した場合です。もう一つ気になります。112条1項を使うには、代理権が消滅する前にBとCの間で取引があったことが必要ですか。必要ありません。消滅前の取引が無くても、112条1項は使えます。ただし、消滅前に取引をしていた事実があれば、Cが善意無過失だったと認められやすくなります。

設例へのあてはめ

関係図。A(本人)がB(行為者)にかつて土地を売る代理権を与えたが、撤回して消滅した。B(行為者)がC(相手方)と土地の売買をした。 図:関係図

冒頭の設例に当てはめます。Aは、以前Bに「この土地を売ってきてくれ」と頼み、代理権を与えていました。ところがAは、その後気が変わって、この代理権を撤回しました。それなのにBは、Cに「Aの代理人だ」と言って、その土地を売却しました。Cは、代理権が消滅していたことにつき善意無過失でした。①は、以前は本当に代理権があって、それが撤回で消滅したので満たされます。②は、頼まれていたのも実際に売ったのも同じ土地なので、範囲内です。③と④も、Cが善意無過失なので満たされます。4つがそろったので、112条1項によって、Aに効果が帰属します。Aは、撤回したつもりでいても、Cに対して責任を負います。

112条2項・範囲を超えた行為

112条2項の関係図。Aがかつて「自動車を売る代理権」を与えていたが、消滅した。Bが範囲外の「土地の売却」をCとの間で行った。 図:112条2項の関係図

1項は、消滅前の代理権の範囲内の行為を扱う規定でした。では、Bがその範囲を超えた行為をしてしまったら、Aは一切責任を負わないのでしょうか。

条文民法112条2項

民法第百十二条第二項 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

112条2項は、範囲を超えた行為についても、相手方に正当な理由があるときに限って、本人が責任を負うと定めています。正当な理由は、以前確認したとおり、無過失と同じ意味です。範囲内なら1項でそのまま責任を負う立場のAに、範囲を超えた部分だけ、110条と同じ「正当な理由」という絞りを重ねる規定です。範囲を超えた行為は、かつての代理権からそのまま読み取れる中身の外にあります。だから、Cがそこまで信じたことに正当な理由があるかを、改めて問うのです。設例を変形します。Aは、以前Bに「自動車を売る代理権」を与えていましたが、これも撤回して消滅していました。ところがBは、自動車ではなく土地をCに売ってしまいました。これは、消滅前の代理権の範囲を超えた行為です。

Cが、Bにはこの土地を売る代理権もあると信じたことに過失が無かったといえるなら、112条2項によって、Aに効果が帰属します。逆に、少し確認すれば自動車の代理権しか無いと分かったはずなら、正当な理由は認められません。さっきの喩えでいえば、辞めた店員が腕章を返していなくても、その人がもともと任されていたのは品出しだけで、レジ打ちまではさせていなかった場面です。客が「レジに立っているのだから会計もできるはずだ」と信じるだけの正当な理由が無ければ、店は責任を負いません。

5つの経路の総まとめ

保存版板。表見代理5つの経路の一覧。109条1項(Aが表示・範囲内・善意無過失)/109条2項(Aが表示・範囲外・正当な理由)/110条(Aが別件を実際に付与・権限外・正当な理由)/112条1項(Aがかつて付与・範囲内・善意無過失)/112条2項(Aがかつて付与・範囲外・正当な理由)。軸=「本人がどう関与したか」で並べる。 図:保存版板

  • 表見代理5つの経路の一覧
  • 109条1項(Aが表示・範囲内・善意無過失)/109条2項(Aが表示・範囲外・正当な理由)/110条(Aが別件を実際に付与・権限外・正当な理由)/112条1項(Aがかつて付与・範囲内・善意無過失)/112条2項(Aがかつて付与・範囲外・正当な理由)
  • 軸=「本人がどう関与したか」で並べる

ここで、これまで見てきた表見代理の全部を1枚に並べます。表見代理の全体像の回で、Aの関わり方は3つに分かれると言いました。言葉だけで表示した109条、別件で本当に一部与えた110条、かつて与えていた112条です。今日、112条を1項・2項に分けたことで、経路は全部で5つになりました。109条1項・109条2項・110条・112条1項・112条2項の5つですね。軸は、いつも「本人がどう関与したか」です。109条は表示しただけ、110条は実際に一部与えた、112条はかつて与えていた。それぞれ、範囲内なら善意無過失、範囲外なら正当な理由という絞りが重なります。110条だけは最初から権限外の行為を前提にした1本の条文でしたが、それ以外の109条・112条は、1項が範囲内、2項が範囲外という同じ形で対になっています。この5つの経路が、表見代理の全体像です。

表見代理と117条

「表見代理と無権代理人の責任の関係」の回収板。112条の場面でも、相手方Cは、Aへの請求(表見代理・112条)とBへの請求(117条)のどちらを選んでもよい。無権代理人Bは、表見代理が成立しうることを理由に117条の責任を免れられない。 図:「表見代理と無権代理人の責任の関係」の回収板

  • 112条の場面でも、相手方Cは、Aへの請求(表見代理・112条)とBへの請求(117条)のどちらを選んでもよい
  • 無権代理人Bは、表見代理が成立しうることを理由に117条の責任を免れられない

以前、表見代理が成立しても、無権代理をしたB自身の責任は消えないと確認しました。112条の場面でも同じです。Cは、Aに112条で請求するか、Bに117条で請求するか、自由に選べます。Bのほうから、「112条の表見代理が成立しそうだから」といって、117条の責任を免れることもできません。この場面は、論文でも論点になりえます。

答え合わせ

保存版板の再掲。5つの経路の一覧。112条だけが「かつて代理権が存在した」ことを出発点にする、という一点を強調。 図:保存版板の再掲

  • 5つの経路の一覧
  • 112条だけが「かつて代理権が存在した」ことを出発点にする、という一点を強調

今日の内容をまとめます。112条は、かつて本物の代理権が存在し、それが消滅した場面を扱う規定でした。1項は消滅前の範囲内の行為に、2項は範囲を超えた行為に正当な理由という絞りを重ねて及びます。これで、109条・110条・112条をあわせた、表見代理5つの経路が出そろいました。冒頭の問いに戻ります。父Aが、以前は本当に息子Bへ代理権を与えていたのに、途中で撤回した場面でした。それでもBがCに土地を売り、Cが消滅の事実につき善意無過失だったなら、112条1項によって、Aは責任を負います。もう一度確認します。今日見た5つの経路の中で、行為の時点ではもう代理権が無いのに、それでも責任が問われる経路はどれでしたか?

112条1項と112条2項です。かつて代理権が存在して、それが消滅した後の行為だからです。今日はここまでにします。

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#70単独ページ動画

条件

第1章 民法総則 #70/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

まだ起きていない出来事と約束

冒頭設例板。父Aが息子Bに「この試験に合格したら、この時計をあげる」と言った。合格できなかったら?父が時計を売ってしまったら? 図:冒頭設例板

  • 父Aが息子Bに「この試験に合格したら、この時計をあげる」と言った
  • 合格できなかったら?父が時計を売ってしまったら?

前回は、表見代理の5つの経路を1枚の板にまとめました。どの経路でも軸になっていたのは、本人の意思がどこまで関与していたかでしたね?今日から見るのは、少し違う切り口です。本人の意思が、まだ起きていない出来事にどう結びつくか、という話です。父Aが息子Bに、こう言いました。「この試験に合格したら、この時計をあげる」。もし息子が合格できなかったら、この約束はどうなるでしょうか。では、もし父が、息子が合格しそうになったのを見て、「やっぱりやめた」と言って時計を売り払ってしまったらどうでしょうか。まだ起きていない出来事に賭けた約束を、法律がどう守るのか。今日はそれを見ていきます。

条件と期限の対比

対比板。附款=法律行為の効力の発生・消滅を当事者の意思で結びつける付属の意思表示。条件=将来発生するかどうか不確実な事実(例:試験に合格すること)。期限=将来発生することが確実な事実(例:来年の4月1日になること、いつか死ぬこと)。 図:対比板

  • 附款=法律行為の効力の発生・消滅を当事者の意思で結びつける付属の意思表示
  • 条件=将来発生するかどうか不確実な事実(例:試験に合格すること)
  • 期限=将来発生することが確実な事実(例:来年の4月1日になること、いつか死ぬこと)

法律行為の効力は、当事者が何も付け加えなければ、成立と同時にそのまま生じます。しかし当事者は、その効力の発生や消滅を、将来の出来事に結びつけることができます。この付け加えを附款と呼びます。以前、契約が効くまでの四つの関門を見ました。その四つ目、効力がいつから生じるかを決める効力発生要件のところで、「試験に合格したら」という条件と、「来年の四月になったら」という期限を少しだけ見ました。今回はその中身です。附款には条件と期限がありますが、この2つを分ける基準はたった1つです。その出来事が、起きるかどうか分からないか、それとも必ず起きるかです。条件は将来発生するかどうか不確実な事実にかかります。期限は将来発生することが確実な事実にかかります。

確実に起きるものが期限だとすると、いつ起きるか分からなくても期限なんですか。なります。「いつか死んだら」という出来事は、いつ来るか分かりませんが必ず来ます。これは期限です。「試験に合格したら」は、そもそも起きるかどうか自体が分かりません。これは条件です。

127条・停止条件と解除条件

時間軸イメージ板。契約時点では効力なし→合格という条件成就の時点で効力が発生する(停止条件)。契約時点で効力あり→不合格という条件成就の時点で効力が消える(解除条件)。 図:時間軸イメージ板

  • 契約時点では効力なし→合格という条件成就の時点で効力が発生する(停止条件)
  • 契約時点で効力あり→不合格という条件成就の時点で効力が消える(解除条件)

父Aが息子Bに言った「合格したら時計をあげる」を、条文に当てはめます。

条文民法127条1項〜3項

民法第百二十七条(条件が成就した場合の効果) 停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。 解除条件付法律行為は、解除条件が成就した時からその効力を失う。 当事者が条件が成就した場合の効果をその成就した時以前にさかのぼらせる意思を表示したときは、その意思に従う。

成就した時から効力が生じる条件を、停止条件と呼びます。合格するまでは、時計をあげるという効力そのものが止まっている状態です。合格した時点で、初めて効力が生じます。成就した時から効力を失う条件が、解除条件です。設例を少し変えます。父Aが先に時計を息子Bに渡しておいて、「もし試験に落ちたら、この時計を返しなさい」と言ったとします。この場合、時計を渡す効力はすでに生じていて、不合格という出来事が起きた時に、その効力が失われます。3項も見ておきます。条件が成就した効果は、成就した時から生じるのが原則です。合格した瞬間からあげる約束が効力を持ち、不合格が確定した瞬間から返す義務が生じる、という具合に、遡って効力が生じたり失われたりはしません。ただし当事者が、成就した効果を成就より前の時点にさかのぼらせると決めていれば、その意思に従います。

同じ「試験」という出来事でも、効力を生じさせる向きに使えば停止条件、失わせる向きに使えば解除条件になります。

出世払いは条件か期限か

出世払い特約の板。「出世したら返す」という約束で貸したお金。判例=不確定期限。出世しないことが確定した時点でも支払義務が生じる。 図:出世払い特約の板

  • 「出世したら返す」という約束で貸したお金
  • 判例=不確定期限
  • 出世しないことが確定した時点でも支払義務が生じる

ここで、条件と期限の区別が単なる言葉の問題ではないことを示す例を見ます。「出世したら返す」という約束で貸したお金、いわゆる出世払いの特約です。これは条件でしょうか、期限でしょうか。実は、判例はこれを期限、それも、いつ来るかは分からないが必ず来る不確定期限だと考えます。出世しなかった場合でも、出世しないことが確実になった時点で、支払う義務が生じる、というのが判例の考え方です。出世するという出来事そのものは不確実でも、「出世するか、出世しないと確定するか、そのどちらかは必ず起きる」と捉えます。どちらに転んでも、いつかは支払いという効力が生じる、という当事者の意思を読み取っているのです。お金を貸した人が、相手が出世しなければ返してもらわなくてよい、つまりあげてしまうつもりだったとは、普通は考えられないからです。

条件と期限の区別は、条文の言葉づかいではなく実質で決まる問題だということを、この例は示しています。

条件になじまない行為

条件になじまない行為の板。身分行為(婚姻・養子縁組)=原則不可(身分秩序の安定)。単独行為(相殺など)=原則不可(相手方の地位の不安定化を防ぐ)。例外=相手方に不利益がない条件付き単独行為。 図:条件になじまない行為の板

  • 身分行為(婚姻・養子縁組)=原則不可(身分秩序の安定)
  • 単独行為(相殺など)=原則不可(相手方の地位の不安定化を防ぐ)
  • 例外=相手方に不利益がない条件付き単独行為

すべての法律行為に、自由に条件をつけられるわけではありません。婚姻や養子縁組のような身分行為には、原則として条件をつけられません。なぜですか。身分関係が条件の成否という不安定な状態に置かれると、身分秩序そのものが揺らぐからです。単独行為も、原則として条件になじみません。例えば相殺は、条件をつけることが明文で禁止されています。それも同じ理由ですか。少し違います。単独行為は相手方の同意なしに一方的な意思表示だけで効力が生じる行為なので、そこに条件をつけると相手方の地位がいつまでも不安定になってしまいます。ただし、相手方に不利益がない条件であれば例外的に許されます。期限内に履行しなければ契約を解除する、という条件付きの解除の意思表示などがその例です。

条件付きの権利は守られる

期待権の板。条件成否未定の間の地位も権利として保護される。128条=相手方の利益を害してはならない。129条=処分・相続・保存・担保ができる。 図:期待権の板

  • 条件成否未定の間の地位も権利として保護される
  • 128条=相手方の利益を害してはならない
  • 129条=処分・相続・保存・担保ができる

合格するかどうかがまだ決まっていない間、息子Bは何も持っていないのでしょうか。実は、民法はこの「まだ決まっていない間」の地位も、権利として保護します。保護しなければ、条件が成就しそうになった途端に相手が目的物を処分できてしまい、条件付きの約束が意味を失うからです。

条文民法128条

民法第百二十八条(条件の成否未定の間における相手方の利益の侵害の禁止) 条件付法律行為の各当事者は、条件の成否が未定である間は、条件が成就した場合にその法律行為から生ずべき相手方の利益を害することができない。

条文民法129条

民法第百二十九条(条件の成否未定の間における権利の処分等) 条件の成否が未定である間における当事者の権利義務は、一般の規定に従い、処分し、相続し、若しくは保存し、又はそのために担保を供することができる。

128条は、条件の成否が未定の間、相手方の利益を害してはならないと定めています。設例に戻ります。父Aが、息子Bの合格が近づいているのを見て、「やっぱりやめた」と時計を売ってしまったとします。これは、Bが持っている条件付きの期待、いわゆる期待権を害する行為です。128条に違反するので、もし息子が試験に合格すれば、父は時計そのものを渡せなくても、損害賠償の責任を負います。129条は、条件の成否が未定の間の権利義務も、一般のルールに従って、処分したり、相続したり、保存したり、担保に供したりできる、という規定です。まだ成就していない権利でも、財産として扱ってよいということです。

130条1項・条件成就の妨害

関係図。A(依頼者)→B(仲介業者)へ「売却が成立したら仲介手数料を払う」という条件付きの約束。A(依頼者)→C(買主)へ、Bを排除して直接契約する矢印。 図:関係図

条件の成就をめぐって不誠実な行為をした当事者には、民法は制裁を用意しています。

条文民法130条1項

民法第百三十条第一項(条件の成就の妨害等) 条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる。

設例で確認します。Aが不動産業者Bに、「この土地の売却が成立したら、仲介手数料を払う」と約束したとします。ところがAは、Bを排除して、買主Cと直接契約してしまいました。Aが故意にBの仲介という条件の成就を妨げたと認められれば、Bは、条件が成就したものとみなすことができます。判例にも、同じ構造の事件があります。

判例最判昭和39年1月23日民集18巻1号99頁

条件成就の妨害の認定 山林売却の斡旋を依頼し、一定額以上で売れたら報酬を払うと約束した所有者が、斡旋した者を通さずに直接売却した行為が、条件成就の故意の妨害にあたるかが争われた。

最高裁は、この直接売却を条件成就の故意の妨害と認め、所有者は報酬の支払義務を免れないとして、原判決を破棄し、審理をやり直させました。ポイントは2つあります。まず、「故意」に限られること。過失で妨げただけでは足りません。もう1つは、「みなすことができる」という文言です。条件が成就したという効果が自動的に生じるのではなく、Bの側から成就を主張できる、という選択の余地を認めた規定です。

130条2項・不正な成就

関係図。B(違約金を受け取る側)→C(客を装った知人)へ、Aに注文するよう指示する矢印。C→A(作らないと約束した側)へ、当初は別仕様で注文し、製作途中で禁止された留め具付きに変えるよう迫る矢印。 図:関係図

では反対に、条件が成就すると得をする側が、ずるい手で成就を作り出したらどうでしょうか。

条文民法130条2項

民法第百三十条第二項(条件の成就の妨害等) 条件が成就することによって利益を受ける当事者が不正にその条件を成就させたときは、相手方は、その条件が成就しなかったものとみなすことができる。

設例です。AB間で、「Aは今後この商品を作らない。もし作ったら、Bに違約金を払う」という和解をしたとします。ところがBは、知人に客を装わせて、最初は別の仕様で注文させ、Aが製作を始めた段階で、禁止された仕様に変えるよう迫らせました。Bが不正にその条件を成就させたと認められれば、Aは、その成就はなかったものとして扱えます。判例にも、同じ考え方を示したものがあります。

判例最判平成6年5月31日民集48巻4号1029頁

故意による条件成就 製造販売をしない約束に違反すれば違約金を払うという和解で、違約金を受け取る当事者が、関係者に客を装わせて注文させ、製作途中で禁止された仕様に変えるよう迫って作らせた行為が問題になった。

最高裁は、条件を故意に成就させた側は、130条の類推適用により、条件が成就しなかったものとみなされうると判断しました。この考え方が、いまの130条2項として条文になっています。ここは、よく問われる違いです。130条1項は「故意」、130条2項は「不正に」となっています。なぜ2項だけ、より絞られた要件になっているのでしょうか?条件が成就することを故意に妨げる側の行為は、そもそも正当な理由があるとは考えにくいものです。ところが条件を成就させる側には、正当な努力による成就も含まれてしまいます。今日の例で言えば、息子Bが必死に勉強して試験に合格するのも、「故意に条件を成就させた」行為の一種です。これを制裁の対象にしてしまうと、正当な努力まで巻き込んでしまいます。だから2項は、「不正に」という言葉で、正当な行為を外側に置き、不誠実な手段だけに絞りをかけているのです。1項は妨げる側だから絞りが弱く、2項は成就させる側だから絞りを強めている、ということです。

特殊な条件4類型

品質検査の板。条件の中身そのものに問題がある4つの類型。既成条件=もう結果が出ている。不法条件=内容が違法。不能条件=実現不可能。随意条件=債務者の気分次第。 図:品質検査の板

  • 条件の中身そのものに問題がある4つの類型
  • 既成条件=もう結果が出ている
  • 不法条件=内容が違法
  • 不能条件=実現不可能
  • 随意条件=債務者の気分次第

最後に、条件そのものの中身に問題がある4つの類型を見ます。まず既成条件です。

条文民法131条1項・2項

民法第百三十一条(既成条件) 条件が法律行為の時に既に成就していた場合において、その条件が停止条件であるときはその法律行為は無条件とし、その条件が解除条件であるときはその法律行為は無効とする。 条件が成就しないことが法律行為の時に既に確定していた場合において、その条件が停止条件であるときはその法律行為は無効とし、その条件が解除条件であるときはその法律行為は無条件とする。

条件をつけたつもりでも、実はその出来事がすでに起きていた、あるいは起きないことがすでに確定していた場合です。もし試験の合格発表がすでに出ていて、父がそれを知らずに「合格したら時計をあげる」と言っていたら、どうなるでしょうか。もう結果が出ているなら、条件をつける意味がない気がします。条件はもう賭けではなく、単なる過去の事実の確認になっています。停止条件なら、もう成就しているので、無条件の約束としてそのまま有効です。逆に不成就が確定していたなら、停止条件は無効になります。解除条件は向きが逆です。「不合格だったら時計を返してもらう」という約束だったのに、不合格がもう決まっていたらどうでしょう。渡した瞬間に返す理由がそろっていて、効力を持たせる意味がありません。だから無効です。反対に、合格がもう決まっていたら、返す場面は来ません。ただの贈与として、無条件になります。次は不法条件です。

条文民法132条

民法第百三十二条(不法条件) 不法な条件を付した法律行為は、無効とする。不法な行為をしないことを条件とするものも、同様とする。

「人を殴ったら10万円払う」のように、不法な行為を条件にした法律行為は無効です。逆に「人を殴らなかったら10万円払う」のように、不法な行為をしないことを条件にする場合も、同じく無効です。犯罪をしないという条件なら悪いことではない、と思うかもしれません。しかし、本来、してはいけないことをしないのは当然です。その当然のことにお金という対価を結びつけると、不法な行為を取引の材料にすることになり、社会の秩序に反すると扱われるからです。次は不能条件です。

条文民法133条1項・2項

民法第百三十三条(不能条件) 不能の停止条件を付した法律行為は、無効とする。 不能の解除条件を付した法律行為は、無条件とする。

そもそも実現不可能な出来事を条件にした場合です。停止条件が不能なら、その法律行為は無効です。永遠に成就しない条件に、効力の発生を賭けているからです。逆に、解除条件が不能なら、その法律行為は無条件になります。永遠に効力を失う出来事が起きないので、最初から無条件の約束と同じ扱いになります。最後は随意条件です。

条文民法134条

民法第百三十四条(随意条件) 停止条件付法律行為は、その条件が単に債務者の意思のみに係るときは、無効とする。

停止条件が、単に債務者の意思だけにかかっている場合です。「気が向いたら時計をあげる」というような約束です。それは、約束と呼べるんですか。呼べません。だから無効とされています。債務者の胸先三寸で成就するかどうかが決まるなら、それはもう法的な拘束力のある約束とは言えない、という考え方です。

効果一覧表(保存版)。既成条件=成就済みなら停止→無条件・解除→無効、不成就確定なら停止→無効・解除→無条件。不法条件=常に無効。不能条件=停止→無効、解除→無条件。随意条件(停止条件が債務者の意思のみによる場合)=無効。 図:効果一覧表

  • 保存版
  • 既成条件=成就済みなら停止→無条件・解除→無効、不成就確定なら停止→無効・解除→無条件。不法条件=常に無効。不能条件=停止→無効、解除→無条件。随意条件(停止条件が債務者の意思のみによる場合)=無効。

ここで、4つの類型を1枚の表にまとめます。軸は共通しています。条件の中身そのものが適法か、実現可能か、当事者の意思だけに委ねられていないか、という品質検査です。既成条件は、もう結果が出ているかどうかで停止・解除それぞれの結論が変わります。不法条件は、内容そのものが違法なので常に無効です。不能条件は、停止条件なら無効、解除条件なら無条件になります。随意条件は、停止条件が債務者の意思のみによる場合に無効です。

答え合わせ

冒頭設例板の再掲。合格できなかったら?父が時計を売ってしまったら? 図:冒頭設例板の再掲。合格できなかったら?父が時計を売ってしまったら?

今日の内容をまとめます。条件は、将来起きるかどうか不確実な出来事に効力をかからせる附款で、期限とは不確実か確実かで区別されます。停止条件は成就で効力が生じ、解除条件は成就で効力を失います。条件成就前の権利も期待権として保護され、条件成就をめぐる不誠実な行為には130条の制裁が用意されています。冒頭の問いに戻ります。息子が合格できなかったら、停止条件は成就しないので、時計をあげるという効力はそもそも生じません。父が、息子の合格が近づいたのを見て時計を売ってしまったら、128条に違反する行為として、損害賠償の責任を負う可能性があります。もし父が、わざと息子の受験を妨害していたら、130条1項で、合格したとみなされることもあります。

この妨害や不正成就の要件は、論文でも論点になりえます。今日はここまでにします。

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#71単独ページ動画

期限と期間の計算

第1章 民法総則 #71/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

猶予はいつ終わるか

冒頭設例板。4月1日午後2時、AがBに10万円を「10日後に返す」約束で貸した。返す日はいつか。叔父Aが甥Bに「私が死んだら、この家をあげる」という約束は条件か期限か。 図:冒頭設例板

  • 4月1日午後2時、AがBに10万円を「10日後に返す」約束で貸した
  • 返す日はいつか
  • 叔父Aが甥Bに「私が死んだら、この家をあげる」という約束は条件か期限か

前回は、条件を見ました。「この試験に合格したら、この時計をあげる」という約束、これが実現するかどうかは、契約の時点で分かっていましたか?違います。分かりませんでした。合格するかどうかは、そのときまで誰にも分からないことでした。条件は、成就するかどうか自体が不確実な出来事にかかっていました。今日見るのは、その裏返しです。必ず来ることは分かっているけれど、いつ来るかが問題になる出来事です。4月1日の午後2時に、AがBに10万円を貸しました。「10日後に返す」という約束です。Bが返すべき日は、いつでしょうか。

4月10日と数えたくなりますが、実際の満了日は4月10日からずれます。もう一つ考えてほしい約束があります。叔父のAが、甥のBに「私が死んだら、この家をあげる」と言いました。これは、前回見た条件なのでしょうか。うーん、死ぬかどうかは不確実ではないので、条件とは言えない気がします。でも、いつ死ぬかは誰にも分かりません。この2つの謎を、今日の中で解いていきます。

確定期限と不確定期限

対比板。条件=成就するかどうかが不確実な事実(例:試験に合格すること)。確定期限=到来する日時が明確な事実(例:来年4月1日になること)。不確定期限=到来することは確実だが日時が不明な事実(例:人が死ぬこと)。 図:対比板

  • 条件=成就するかどうかが不確実な事実(例:試験に合格すること)
  • 確定期限=到来する日時が明確な事実(例:来年4月1日になること)
  • 不確定期限=到来することは確実だが日時が不明な事実(例:人が死ぬこと)

条件と期限を分ける基準は、その出来事が起きるかどうか自体が不確実か、それとも必ず起きるかでした。期限は必ず起きる出来事にかかりますが、その中にも2種類あります。分かれる基準は、来る時期が分かっているかどうかです。1つは、いつ来るかまで明確な確定期限です。来年の4月1日になること、がその例です。もう1つは、来ることは確実でも、いつ来るかが分からない不確定期限です。人はいつか必ず死にますが、それがいつかは誰にも分かりません。だからこれは条件ではなく、不確定期限にあたります。冒頭の謎の1つが、これで解けました。

始期と終期・135条

一言板。始期=到来するまで履行を請求できない(135条1項)。終期=到来した時に効力が消滅する(135条2項)。 図:一言板

  • 始期=到来するまで履行を請求できない(135条1項)
  • 終期=到来した時に効力が消滅する(135条2項)

期限には、もう1つ別の分け方があります。効力を生じさせる向きに使うか、失わせる向きに使うかです。

条文民法135条1項・2項

民法第百三十五条(期限の到来の効果) 法律行為に始期を付したときは、その法律行為の履行は、期限が到来するまで、これを請求することができない。 法律行為に終期を付したときは、その法律行為の効力は、期限が到来した時に消滅する。

1項は始期です。期限が来るまでは、履行を請求できません。AとBの約束で言えば、「10日後に返す」という約束によって、Aは10日が経つまでBに返済を請求できません。終期は、期限が到来した時に効力が消滅します。「この部屋を3月31日まで貸す」という約束であれば、3月31日が来た時点で貸す義務そのものが消えます。同じ「期限をつける」でも、発生を待たせる形と、消滅を予定する形の2つがあるということです。

期限になじまない行為

一言板。身分行為(期限付きの婚姻など)は原則不可。単独行為(相殺など)も原則不可だが、遺贈のように例外的に期限を付けられるものもある。 図:一言板

  • 身分行為(期限付きの婚姻など)は原則不可
  • 単独行為(相殺など)も原則不可だが、遺贈のように例外的に期限を付けられるものもある

条件のときと同じく、すべての法律行為に自由に期限をつけられるわけではありません。婚姻のような身分行為には、原則として期限をつけられません。相殺のような単独行為も、原則として期限になじみませんが、遺贈のように例外的に期限を付けられるものもあります。理屈は前回の条件と同じです。婚姻のように身分を変える行為を宙づりにしておくと、本人の身分関係がいつまでも定まりません。相殺のように一方的な意思表示で法律関係を動かす行為は、相手方を不安定な状態に置いてしまいます。遺贈が例外なのは、遺言者の一方的な意思表示でありながら、効力が生じるのは遺言者の死後で、相手方を宙づりのまま待たせる問題が起きないからです。

期限の利益とは誰のものか・136条1項

期限の利益の関係図。AがBに10万円を貸し、10日間の返済猶予という「期限の利益」がBに帰属する。Bが早期に返済しても、136条2項ただし書によりAの利息分の利益は害せない。 図:期限の利益の関係図

  • AがBに10万円を貸し、10日間の返済猶予という「期限の利益」がBに帰属する
  • Bが早期に返済しても、136条2項ただし書によりAの利息分の利益は害せない

ここからが今日の中心です。期限は、いったい誰のためにあるのでしょうか。

条文民法136条1項・2項

民法第百三十六条(期限の利益及びその放棄) 期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。 期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。

期限が誰のためかは、実は逆です。1項は、期限は債務者の利益のために定めたものと推定する、としています。AとBの約束で言えば、借りた側のBです。10日間、Bは返済を待ってもらえるという利益を得ています。「推定する」という言葉を使うのは、反証で覆せるからです。もし利息をつけて貸していたなら、Aにも「10日間、利息を受け取り続けられる」という利益があります。そのときは、Bだけでなく双方に利益がある期限、という扱いになります。この向きが効いてくるのが、次に見る2項です。双方に利益があるなら、Bが一方的に期限を放棄しても、Aの利益まで消すことはできません。

期限の利益の放棄・136条2項

数字板。10万円を年利12パーセント・1年後返済の約束で貸した(利息1万2000円)。Bが半年で返済する場合、半年分は放棄できるが、残り半年分の利息6000円は払わなければならない。 図:数字板

  • 10万円を年利12パーセント・1年後返済の約束で貸した(利息1万2000円)
  • Bが半年で返済する場合、半年分は放棄できるが、残り半年分の利息6000円は払わなければならない

2項を見ます。期限の利益は放棄できます。ただし書に注目してください。放棄によって、相手方の利益を害することはできません。無利息の貸付なら、早く返してもらってAが困ることはありません。でも、利息がついている場合は違います。数字で見てみましょう。Aが年利12パーセントで10万円を貸し、1年後に返す約束をしたとします。1年分の利息は、1万2000円です。半年で返すこと自体はできます。期限の利益は、Bのものだから放棄できるからです。ですが、残りの半年分の利息、6000円は、払わなければなりません。放棄できるのは自分の利益だけであって、相手方が得るはずだった利益まで一方的に奪うことはできない、という規定です。

期限の利益の喪失・137条

一覧板。137条の3類型。1つ目=債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。2つ目=債務者が担保を滅失・損傷・減少させたとき。3つ目=担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。 図:一覧板

  • 137条の3類型
  • 1つ目=債務者が破産手続開始の決定を受けたとき
  • 2つ目=債務者が担保を滅失・損傷・減少させたとき
  • 3つ目=担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき

期限の利益は、いつまでも守られるわけではありません。137条は、債務者がその利益を主張できなくなる場合を定めています。

条文民法137条1号〜3号

民法第百三十七条(期限の利益の喪失) 次に掲げる場合には、債務者は、期限の利益を主張することができない。 一 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。 二 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき。 三 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。

設例です。BがAへの借金の担保として差し入れていた建物を、B自身が取り壊してしまったとします。この場合、Bはもう期限の利益を主張できません。Aは10日を待たずに、すぐに返済を請求できます。3つはばらばらに見えますが、実はどれも同じ理屈です。1つ目は債務者の信用そのものが崩れた場合、2つ目と3つ目は担保という、期限を与える前提になっていたものが崩れた場合です。3つ目は、担保を差し入れる約束をしていながら、いつまでも差し入れないときです。債務者の信用か担保か、期限を与えた土台そのものが崩れたときに、もう猶予は与えられない、という1本の理屈で束ねられます。実務では、この3つの類型だけでは足りないので、契約書に期限の利益を失う場合を追加で定めることもあります。分割払いを1回でも怠ったら残額を一括請求できる、という特約などです。この特約が付いたとき、消滅時効がいつから進むかは論文で論点になりえますが、今日は深入りしません。

期間の計算に入る・138条

一言板。138条の位置づけ=法令・裁判上の命令・法律行為に別段の定めがなければ、この先の期間計算ルール(140条〜143条)に従う。 図:一言板

ここから視点を変えます。期限であれ契約であれ、法律が「何日後」「何か月後」と定めたとき、それをどう数えるかという共通ルールに入ります。

条文民法138条

民法第百三十八条(期間の計算の通則) 期間の計算方法は、法令若しくは裁判上の命令に特別の定めがある場合又は法律行為に別段の定めがある場合を除き、この章の規定に従う。

この条文は、これから見る140条から143条までのルールが、法令にも裁判所の命令にも契約にも、特別な定めがない限り一律に使われることを宣言しています。だからこの先の計算方法は、民法だけでなく、他の科目の期間計算でも共通して登場します。

初日不算入の原則・140条

一言板。140条本文=日・週・月・年の期間は初日を算入しない。ただし書=期間が午前0時から始まるときは算入する。 図:一言板

  • 140条本文=日・週・月・年の期間は初日を算入しない
  • ただし書=期間が午前0時から始まるときは算入する

冒頭のAとBの約束に戻ります。4月1日の午後2時に、「10日後に返す」という約束をしました。この4月1日は、10日間に数えるでしょうか。契約した日を1日目に数えたくなる、そこが多くの人がはまる落とし穴です。

条文民法140条

民法第百四十条 日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。

140条本文は、期間の初日を算入しないとしています。4月1日は午後2時から始まっていて、午前0時からではありません。まるまる1日ない日を1日として数えてしまうと、10日と言いながら実際には10日に満たない猶予になってしまいます。だから初日である4月1日は数えず、翌日の4月2日から数え始めます。ただし書は、期間が午前0時から始まるときは初日を算入する、としています。たとえば「今日から10日間」という契約を、その日の午前0時ちょうどに結んだのであれば、その日をまるまる1日として数えます。日常の契約では稀ですが、こういう例外があることは覚えておいてください。

満了点・141条142条

一言板。141条=期間は末日の終了(24時)をもって満了する。142条=末日が休日でも、その日に取引をしない慣習がある場合に限り、翌日に満了する。 図:一言板

  • 141条=期間は末日の終了(24時)をもって満了する
  • 142条=末日が休日でも、その日に取引をしない慣習がある場合に限り、翌日に満了する

条文民法141条

民法第百四十一条(期間の満了) 前条の場合には、期間は、その末日の終了をもって満了する。

期間がどこで終わるか、を定めるのが141条です。期間は、末日の終了、つまりその日の24時をもって満了します。

条文民法142条

民法第百四十二条 期間の末日が日曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日その他の休日に当たるときは、その日に取引をしない慣習がある場合に限り、期間は、その翌日に満了する。

末日が休日ならいつでも翌日に延びる、と考えたくなりますが、そこが短答でよく狙われるところです。142条は「その日に取引をしない慣習がある場合に限り」翌日に満了するとしています。休日だから自動的に翌日になる、という条文ではありません。取引をしない慣習がなければ、休日であっても、その日の終了で満了します。取引をしない慣習というのは、銀行や役所が休みで、その日には誰も支払や受取をしない、という取引社会の慣行のことです。逆に、二十四時間受け付けるインターネット上のやり取りのように、休日でも普通に取引される場面なら、慣習はありません。休日でも取引ができるのなら、わざわざ一日延ばしてやる理由が無い。だから142条は、休日そのものではなく、慣習があるかどうかに懸からせています。

暦による計算・143条

一言板。143条1項=週・月・年で期間を定めたときは暦に従って計算する。2項=起算日に応当する日の前日に満了。応当日が無ければその月の末日に満了する。 図:一言板

  • 143条1項=週・月・年で期間を定めたときは暦に従って計算する
  • 2項=起算日に応当する日の前日に満了
  • 応当日が無ければその月の末日に満了する

条文民法143条1項・2項

民法第百四十三条(暦による期間の計算) 週、月又は年によって期間を定めたときは、その期間は、暦に従って計算する。 週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。ただし、月又は年によって期間を定めた場合において、最後の月に応当する日がないときは、その月の末日に満了する。

日で数えるときの起算と満了を見ました。では、週・月・年はどうか。これらは日数に直さず、暦のとおりに数えます。2項本文は、起算日に対応する日、つまり応当日の前日に満了する、としています。起算日そのものから1日引いた日が満了日になります。なぜ前日かを、さっきの起算日で見てみましょう。4月2日を起算日にして「1か月」なら、応当する日は5月2日です。応当日である5月2日まで数えてしまうと、4月2日から5月2日まで、暦の上では1か月と1日分になります。1日、多いんです。だから応当日の前日、5月1日の終了までが、ちょうど1か月分にあたります。そしてただし書は、その応当する日が存在しない場合を定めています。最後の月に応当日がなければ、その月の末日に満了します。

たとえば1月の末に近い日を起算日にして「1か月後」とすると、2月にはその日付が存在しないことがあります。このあと、実際の日付で3つとも計算してみましょう。

期間計算を実演する

実演導入板。①日で定めた場合=4月1日「10日後に返す」。②月で定めた場合=5月20日「4か月後に返す」。③応当日がない場合=1月29日「1か月後に返す」。 図:実演導入板

  • ①日で定めた場合=4月1日「10日後に返す」
  • ②月で定めた場合=5月20日「4か月後に返す」
  • ③応当日がない場合=1月29日「1か月後に返す」

ここまでの条文を使って、実際に日付を数えてみます。まず、冒頭のAとBの約束です。もう一度考えてみてください。4月1日の午後2時に「10日後に返す」と約束したとき、起算日はいつになりますか?

期間計算タイムライン板①(日で定めた場合)。4月1日午後2時に契約、10日後に返す約束。初日不算入により起算日は4月2日。4月2日を1日目として10日目は4月11日。141条により4月11日の終了(24時)で満了。4月12日から履行遅滞。 図:期間計算タイムライン板①

  • 日で定めた場合
  • 4月1日午後2時に契約、10日後に返す約束。初日不算入により起算日は4月2日。4月2日を1日目として10日目は4月11日。141条により4月11日の終了(24時)で満了。4月12日から履行遅滞。

140条本文で初日は算入しないから、4月2日からですね。起算日は4月2日です。ここから10日間を数えます。4月2日を1日目とすると、10日目は4月11日にあたります。141条により、期間は4月11日の終了、つまりその日の24時に満了します。Bが履行遅滞になるのは、満了の翌日、4月12日からです。履行遅滞は以前に見た言葉で、まだ履行できるのに、していない状態のことです。412条1項が定めるとおり、確定期限のある債務は、期限が到来した時から遅滞の責任を負います。冒頭の謎の答えは、4月11日です。

期間計算タイムライン板②(月で定めた場合)。5月20日午後4時に契約、4か月後に返す約束。初日不算入により起算日は5月21日。最後の月(9月)の応当日は9月21日。143条2項本文により、その前日の9月20日に満了。 図:期間計算タイムライン板②

  • 月で定めた場合
  • 5月20日午後4時に契約、4か月後に返す約束。初日不算入により起算日は5月21日。最後の月(9月)の応当日は9月21日。143条2項本文により、その前日の9月20日に満了。

次は、月で定めた場合です。5月20日の午後4時に、「4か月後に返す」という約束をしたとします。起算日はいつでしょうか。さっきと同じ理屈なら、5月21日ですね。初日不算入で、起算日は5月21日になります。ここから4か月後の、最後の月は9月です。9月21日が、起算日に応当する日にあたります。143条2項本文により、期間はこの応当日の前日、つまり9月20日に満了します。

期間計算タイムライン板③(応当日がない場合)。1月29日午後4時に契約、1か月後に返す約束。初日不算入により起算日は1月30日。最後の月(2月)には応当日「2月30日」が存在しない。143条2項ただし書により、2月の末日(平年28日・閏年29日)に満了。 図:期間計算タイムライン板③

  • 応当日がない場合
  • 1月29日午後4時に契約、1か月後に返す約束。初日不算入により起算日は1月30日。最後の月(2月)には応当日「2月30日」が存在しない。143条2項ただし書により、2月の末日(平年28日・閏年29日)に満了。

最後に、応当日が存在しない場合です。1月29日の午後4時に、「1か月後に返す」という約束をしたとします。初日不算入で起算日は1月30日、ここから1か月後、最後の月は2月です。ところが、2月30日という日付は存在しません。143条2項ただし書により、この場合はその月の末日に満了します。2月の末日は、平年なら28日、閏年なら29日です。年を特定しない限り、どちらの年に当たるかは分かりませんが、いずれにせよ2月の末日で満了する、というのが結論です。

答え合わせ

冒頭設例板の再掲。4月1日午後2時、AがBに10万円を「10日後に返す」約束で貸した。返す日はいつか。叔父Aが甥Bに「私が死んだら、この家をあげる」という約束は条件か期限か。 図:冒頭設例板の再掲

  • 4月1日午後2時、AがBに10万円を「10日後に返す」約束で貸した
  • 返す日はいつか
  • 叔父Aが甥Bに「私が死んだら、この家をあげる」という約束は条件か期限か

今日の内容をまとめます。期限は、必ず来ることが確実な出来事にかかる附款で、いつ来るかが明確な確定期限と、明確でない不確定期限に分かれます。期限は債務者の利益のために定めたものと推定され、その利益は放棄できますが、相手方の利益までは害せません。信用や担保という前提が崩れたときは、その利益を主張できなくなります。後半で見た期間の計算は、初日を算入せず、末日の終了で満了し、週・月・年は暦に従って数える、という一連のルールでした。冒頭の問いに戻ります。4月1日の午後2時に「10日後に返す」と約束したAとBの場合、満了は4月11日で、Bが履行遅滞になるのは4月12日からです。そして、叔父Aが甥Bに「私が死んだら、この家をあげる」という約束は、条件ではなく不確定期限でした。今日はここまでにします。

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#72単独ページ動画

時効の趣旨と時効学説

第1章 民法総則 #72/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

条文が、食い違って見える

冒頭設例板。Aの土地を、Bが20年間、自分の土地だと信じて畑にしてきた。162条1項「所有権を取得する」と、145条「援用しなければ裁判をすることができない」の食い違い。 図:冒頭設例板

  • Aの土地を、Bが20年間、自分の土地だと信じて畑にしてきた
  • 162条1項「所有権を取得する」と、145条「援用しなければ裁判をすることができない」の食い違い

162条1項は、20年間の占有で所有権を取得すると定めています。162条と145条は、同じ時効の話をしているのに、違うことを言っているように読めます。今日は、その食い違いを解きほぐしていきます。具体的に考えてみましょう。Aの土地を、Bが20年間、自分の土地だと信じて畑にしてきたとします。ところが145条を読むと、Bが援用しなければ、その効果を認められないとも読めます。この謎を、時効という制度そのものから解いていきましょう。先に答えを言うと、Bは20年経っただけでは所有者になりません。援用して初めて所有者になります。今日は、なぜそうなるかをほどきます。

時効とは何か

一言板。時効の意義=一定の事実状態が所定の期間続いた場合、真実の権利関係に合致するかを問わず、事実状態のとおりの権利関係を認める制度。 図:一言板

時効とは、一定の事実状態が、決められた期間続いた場合の制度です。そのとき、その事実状態のとおりに、権利関係を認めてしまいます。本当はAが所有者のままだったとしても、20年間Bが占有を続けていれば、Bが所有者だったことにします。ここが、時効のいちばん異様なところです。時効という荒っぽい制度が許される理由が、これから見る3つの趣旨です。

取得時効と消滅時効

対比板。取得時効=事実上の権利者のような状態を続けた者に権利を与える(例:他人の土地を長期間占有)。消滅時効=権利を行使しない状態を続けた者から権利を奪う(例:貸金債権を長年請求しない)。 図:対比板

  • 取得時効=事実上の権利者のような状態を続けた者に権利を与える(例:他人の土地を長期間占有)
  • 消滅時効=権利を行使しない状態を続けた者から権利を奪う(例:貸金債権を長年請求しない)

時効には2種類あります。取得時効は、事実上の権利者のような状態を続けた者に、権利を与えるものです。他人の土地を、長期間占有した場合が典型です。消滅時効は逆で、権利を行使しない状態を続けた者から、権利を奪います。貸金債権を、長年請求しない場合がこれにあたります。民法は、第1節に両方共通のルールを置いています。第2節は取得時効、第3節は消滅時効です。今日は第1節だけを扱います。

趣旨①永続した事実状態の尊重

一言板。趣旨①=20年続いた事実の上に生活も周囲との関係も積み上がっている。後から全部ひっくり返すと社会が安定しない。3つの趣旨のうちいちばん重い。 図:一言板

  • 趣旨①=20年続いた事実の上に生活も周囲との関係も積み上がっている
  • 後から全部ひっくり返すと社会が安定しない
  • 3つの趣旨のうちいちばん重い

1つ目の趣旨です。20年続いた事実の上には、Bの生活も、周囲との関係も積み上がっています。たとえば、Bから畑の一部を借りて野菜を作っている人がいるかもしれません。Bの畑を担保に、お金を貸している金融機関もあるかもしれません。Bを中心に積み上がった関係を今さらひっくり返されたら、Bだけでなく周りの人まで困ります。BとAの間だけの話に見えて、実際には周りの人の生活も巻き込みます。長く続いた事実状態を、後から全部覆すと、社会そのものが不安定になります。3つの趣旨の中で、これがいちばん重いと言われます。取り戻せるのはAの土地ひとつですが、覆せば周りの第三者との関係まで一度に壊れるからです。

趣旨②立証の困難からの救済

一言板。趣旨②=40年前の売買が真実か証明できない(契約書散逸・証人死亡)。長く続いた事実状態は真実である見込みが高い。 図:一言板

  • 趣旨②=40年前の売買が真実か証明できない(契約書散逸・証人死亡)
  • 長く続いた事実状態は真実である見込みが高い

2つ目です。40年前に、AとBの間で売買があったのかもしれません。でも契約書は残っておらず、立ち会った人も亡くなっています。証明できるかどうか。そこが2つ目の趣旨の出発点です。もし証明を求められたら、Bには何も出せません。40年前に本当は買っていたとしても、その証拠を今から作ることはできないんです。どれだけ本当のことでも、証明できなければ、法的には無かったことにされてしまいます。ただ、長く続いた事実状態は、それ自体が真実である見込みが高いといえます。だから、その事実状態を手がかりに救おうというのが、2つ目の趣旨です。この趣旨を重く見ると、ある結論につながります。自分の物でも時効取得できるのではないか、という論点です。中身は別の回で扱います。

趣旨③権利の上に眠る者

一言板。趣旨③=Aは20年間、Bに一度も「出ていけ」と言わなかった。権利者であっても放っておいた者まで手厚く守る必要はない。 図:一言板

  • 趣旨③=Aは20年間、Bに一度も「出ていけ」と言わなかった
  • 権利者であっても放っておいた者まで手厚く守る必要はない

3つ目です。Aは20年間、Bに一度も「出ていけ」と言いませんでした。ここで、もし19年目に、Aが「出ていってくれ」と言っていたらどうでしょうか。その場合は、時効が完成する前に、権利を行使したことになります。その場合、Aは権利の上に眠っていたとはいえません。つまりこの趣旨は、Bの事情ではなく、Aが何もしなかったという事情に向いています。権利者であっても、権利の上に眠っていた者まで、手厚く守る必要はない。これが3つ目の趣旨です。

3つの趣旨を並べる

対比板。3つの趣旨のまとめ=①②はBを守る理由、③はAを守らない理由。どれを重く見るかで後の論点の結論が割れる。 図:対比板

  • 3つの趣旨のまとめ=①②はBを守る理由、③はAを守らない理由
  • どれを重く見るかで後の論点の結論が割れる

3つの趣旨を、並べてみましょう。1つ目と2つ目は、事実状態を続けてきたBを守る理由です。3つ目は違います。怠けていたAを守らない理由です。Bを守る理由と、Aを守らない理由とでは、向きが逆なんです。どれを重く見るかで、後の論点の結論が割れます。たとえば、立証の困難という2つ目を重く見ると、自分の物でも時効取得できる。そういう結論に傾いていきます。結論そのものは、別の回で見ます。援用できる人の範囲を広げるかという論点では、1つ目が効きます。

時効の完成と援用

一言板。時効による権利の得喪の要件=①時効の完成(各論の要件充足)②援用。完成しただけで効果が出るのかという問いへ。 図:一言板

  • 時効による権利の得喪の要件=①時効の完成(各論の要件充足)②援用
  • 完成しただけで効果が出るのかという問いへ

ここまでで、時効を認める理由が分かりました。次に、権利が実際に動くまでの手順を確認します。権利を得たり失ったりすることを、まとめて得喪と呼びます。まず、1つ目が時効の完成です。取得時効なら20年の占有、消滅時効なら権利不行使の期間経過です。それぞれの要件を満たした状態を指します。完成と援用は、別物なんです。完成しただけで効果が出るのか、それとも2つ目の援用という手続きが別に要るのか。この2段階を区別できているかどうかが、この先の全部の議論の土台になります。権利が動くのは、援用があった側です。完成は入口にすぎません。民法が、時効を使うかどうかを本人に選ばせているからです。その理由をこれからほどきます。

援用とは、何をすることか

一言板。援用とは、当事者が時効の利益を受けると意思表示すること。145条は、完成しただけでは足りないというルールを定める。 図:一言板

  • 援用とは、当事者が時効の利益を受けると意思表示すること
  • 145条は、完成しただけでは足りないというルールを定める

完成しただけで足りないとしたら、当事者は何をすればよいのでしょうか。その答えを定めているのが、145条です。

条文民法145条

民法第百四十五条(時効の援用) 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

時効は、当事者が援用しなければ、裁判をすることができない、とあります。括弧の中は、消滅時効の場合に「当事者」に含まれる人の範囲です。保証人や物上保証人などが挙げられています。この中身は、別の回で扱います。今日は、援用が必要だということだけを押さえてください。

条文はなぜ食い違って見えるのか

対比板。162条1項「所有権を取得する」・166条1項2項「時効によって消滅する」・145条「援用しなければ」の文言の対立。 図:対比板

さて、冒頭の疑問に戻ります。162条1項は「占有した者は、その所有権を取得する」とあります。166条は「時効によって消滅する」とあります。ところが145条は「援用しなければ」と言っています。援用して初めて効果が出るようにも読めます。この3つの条文、矛盾していないでしょうか? 一度止めて、考えてみてください。この対立こそが、これから見る時効学説の出発点です。

学説の対立点——完成の時点で権利はどうなっているか

時系列板。完成の時点で権利がどうなっているかを4説(確定効果説・解除条件説・停止条件説・訴訟法説)で並べる。 図:時系列板

学説の対立は、完成の時点で権利がどうなっているか、この一点に絞られます。ここで少し立ち止まってください。条件のところで出てきた停止条件と解除条件、それぞれどんな意味だったか思い出せますか?たしか、停止条件は成就するまで効力が生じない条件でした。解除条件は、成就すると効力が消える条件でした。この2つの言葉が、これから見る学説の名前にも使われています。4つの説は、どれもこの一点について、違う答えを出します。順番に見ていきましょう。

確定効果説

一言板。確定効果説=完成だけで確定的に得喪が生じる(162条・166条の文言に忠実)。援用は法廷で主張しないと拾われないという訴訟上の話にすぎない。批判=実体法と訴訟法で権利関係がズレる。 図:一言板

  • 確定効果説=完成だけで確定的に得喪が生じる(162条・166条の文言に忠実)
  • 援用は法廷で主張しないと拾われないという訴訟上の話にすぎない
  • 批判=実体法と訴訟法で権利関係がズレる

1つ目は確定効果説です。完成だけで、確定的に得喪が生じるという考え方です。162条・166条の文言に忠実な説です。この説では、援用は訴訟上の技術的な話にすぎないとされます。法廷で主張しないと、裁判所が拾えないという話です。具体例で見てみましょう。Bが20年間畑にして、時効が完成していたとします。ところがAがBを訴え、Bが法廷で時効のことを一言も言わなかったとします。この説だと、Bは理屈のうえでは20年前から所有者です。でも、口で言わなければ裁判所は拾いません。だから裁判では、Bが負けてしまいます。ここで言葉を1つ。権利があるかないかを決めるルールを実体法、裁判の進め方を決めるルールを訴訟法と呼びます。民法は実体法です。

実体法上は所有者なのに裁判では認められない。このズレが批判されるところです。実体法の上ではもう権利者でないのに、裁判の上ではまだ権利者として扱われます。実体法と訴訟法とで、権利関係がずれてしまいます。冒頭のBで考えてみましょう。Bが黙っていたばかりに、法廷ではAが所有者として扱われ続けます。Aはその土地を担保に入れたり、売ったりすることもできてしまいます。実体法の答えと、法廷で通用する答えが、別々に動いてしまう。これがこの説のいちばんの弱点です。

解除条件説

一言板。解除条件説=完成で一応は得喪が生じ、時効の利益を放棄すると消える。批判=完成後に弁済すると「消えた債務が復活し同時にまた消える」という処理になる。 図:一言板

  • 解除条件説=完成で一応は得喪が生じ、時効の利益を放棄すると消える
  • 批判=完成後に弁済すると「消えた債務が復活し同時にまた消える」という処理になる

2つ目は、不確定効果説の1つ、解除条件説です。確定効果説と違って、完成だけでは効果は確定しない、という立場です。完成で一応は得喪が生じます。ただし、時効の利益を放棄すると、その効果が消えます。ここで設例を見てみましょう。CがDに100万円を貸しました。返済期限から10年が過ぎ、消滅時効が完成しました。この説では、完成した時点で、Dの債務はいったん消えたことになります。ところが、Dは時効が完成したと知りながら、律儀に100万円をCに支払ってしまいました。この説では、支払いは「時効の利益はいらない」という意思表示だと扱われます。つまり、いったん消えていた債務が、支払いの瞬間に生き返ります。

そして生き返った瞬間、今度は支払いによって、また消えます。この説がおかしいと言われるのは、まさにこの点です。日常の感覚では、Dはただ払っただけです。それを3段階に分けて説明しなければならない、という不自然さが、この説への批判です。

停止条件説

一言板。停止条件説=完成だけでは得喪は生じず援用があって初めて生じる。理由=145条の趣旨(時効の利益を受けることを潔しとしない当事者の意思の尊重)。通説であり判例もこの立場に立つものがある。 図:一言板

  • 停止条件説=完成だけでは得喪は生じず援用があって初めて生じる
  • 理由=145条の趣旨(時効の利益を受けることを潔しとしない当事者の意思の尊重)
  • 通説であり判例もこの立場に立つものがある

そこで、もう1つの不確定効果説、停止条件説が出てきます。完成だけでは得喪は生じません。援用があって初めて生じます。この説なら、さっきの設例も素直に説明できます。完成しただけでは、Dの債務はまだ消えていません。だから、Dの支払いは、生きている債務への普通の弁済です。ではなぜ、完成だけでは足りないとされるのでしょうか。ここで効いてくるのが、145条が援用を要求していること自体の趣旨です。前半の3つの趣旨は、時効という制度を認める理由でした。こちらはそれとは別に、援用という手続きだけに向けられた理由です。時効の利益を受けることを潔しとしない当事者もいます。

たとえば、借りたお金はきちんと返したいという人もいます。人の土地を、時効で自分の物にするのは気が引けるという人もいます。そういう人の意思まで、無視してよいわけではありません。だから民法は、完成しただけで自動的に効果を出さず、本人に選ばせます。「援用する」と言って初めて、効果が確定する。それが145条の仕組みです。Bが20年間畑にしていても、完成しただけではまだ何も起きていません。Bが「時効は使いたくない、Aに返したい」と思えば、援用しないという選択も残っています。この考え方は通説であり、判例もこの立場に立つものがあります。

訴訟法説

一言板。訴訟法説=時効は実体法上の得喪原因ではなく訴訟法上の証拠の制度。援用は法定証拠の提出。批判=162条・166条の文言と整合しない。 図:一言板

  • 訴訟法説=時効は実体法上の得喪原因ではなく訴訟法上の証拠の制度
  • 援用は法定証拠の提出
  • 批判=162条・166条の文言と整合しない

最後に、訴訟法説です。2つ目の趣旨、立証の困難を思い出してください。40年前に本当は売買があったのに、証拠が残っていない場合がありました。この説は、Bの所有権は、実はその売買の時点で既に発生していると考えます。時効は、権利を新しく作る制度ではなく、証明ができないときの救済にすぎない。そういう発想です。だから援用は、法律で定められた証拠を提出する行為とされます。Bが法廷で時効を主張しても、新しく権利をもらう主張ではありません。40年前に買ったはずだ、という事実を認めてもらうための、法律が決めた証拠です。無くなった契約書の代わりに、20年の占有を出す。そういうイメージです。

162条や166条の書き方と合わない。この点が批判されています。条文は「取得する」「消滅する」と、実体法上の効果として書いています。証拠の提出にすぎないというのでは、文言と整合しません。どの説も完璧ではありません。ただ、通説であり、判例にもこの立場に立つものがあるのが、さっき見た停止条件説です。

4つの学説を並べる

対比表。4説の対比(名前→結論→理由→批判)=確定効果説・解除条件説・停止条件説・訴訟法説。 図:対比表

4つの説を、結論・理由・批判で並べておきます。名前を暗記するのではなく、完成の時点で権利がどうなっているか。この1点で、それぞれの立場を思い出せるようにしてください。この対立は、論文で論点になりえます。

停止条件説を採ると、何が変わるか

一言板。停止条件説を採ると①時効利益の放棄②援用権者の範囲③時効完成後の債務の承認、の位置づけが変わる。中身はそれぞれ別の回。 図:一言板

  • 停止条件説を採ると①時効利益の放棄②援用権者の範囲③時効完成後の債務の承認、の位置づけが変わる
  • 中身はそれぞれ別の回

停止条件説を採ると、後で見る論点の位置づけが変わってきます。1つ目は、時効利益の放棄です。完成の時点ではまだ効果が確定していません。だから、放棄には「効果が生じないことを確定させる」という意味が出てきます。解除条件説なら、いったん生じた効果を、後から消す行為になります。同じ放棄でも、意味が逆向きになるわけです。2つ目は、援用できる人の範囲です。誰の意思を尊重するのか、という問題として位置づけられます。確定効果説のように援用を法廷での主張と見れば、誰が言えるかは訴訟の場の問題です。停止条件説では、誰の意思で効果を生じさせるか、という実体の問題になります。3つ目は、完成を知らずに債務を認めてしまった場合の扱いです。信義則のところで一度顔を出した、あの場面です。これも、援用があって初めて効果が生じるという前提から考えます。確定効果説なら、債務はもう消えているので、承認は消えた効果を手放す行為かが問われます。停止条件説なら、債務はまだ消えていません。承認したあとで援用してよいか、という形の問題になります。中身は、それぞれ別の回で扱います。

答え合わせ

冒頭設例板の再掲。Aの土地を、Bが20年間、自分の土地だと信じて畑にしてきた。162条1項「所有権を取得する」と、145条「援用しなければ裁判をすることができない」の食い違い。 図:冒頭設例板の再掲

  • Aの土地を、Bが20年間、自分の土地だと信じて畑にしてきた
  • 162条1項「所有権を取得する」と、145条「援用しなければ裁判をすることができない」の食い違い

今日の内容をまとめます。時効は、真実の権利関係と食い違っていても、事実状態のとおりに権利関係を認める制度でした。それが許される理由が、3つの趣旨です。そして、完成しただけで権利が動くわけではありません。145条が援用を要求しているからです。その理由をめぐって、確定効果説、解除条件説、停止条件説、訴訟法説という対立があります。通説であり、判例にもこの立場に立つものがあるのが、停止条件説でした。冒頭の問いに戻ります。Aの土地を20年間畑にしてきたBは、20年が過ぎただけでは所有者になっていません。援用して、初めて所有者になります。今日はここまでにします。

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#73単独ページ動画

援用権者の範囲

第1章 民法総則 #73/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

保証人は自分で時効を言えるか

冒頭設例板。銀行Aが借主Bに1000万円を貸した。友人のCがBの保証人になった。Aは10年以上、BにもCにも一度も請求しなかった。主債務の消滅時効は完成している。しかしBは「借りたものは返す」と言い、時効を主張しない。Cは自分で主債務の時効を主張して保証債務を免れられるか。 図:冒頭設例板

  • 銀行Aが借主Bに1000万円を貸した
  • 友人のCがBの保証人になった
  • Aは10年以上、BにもCにも一度も請求しなかった
  • 主債務の消滅時効は完成している
  • しかしBは「借りたものは返す」と言い、時効を主張しない
  • Cは自分で主債務の時効を主張して保証債務を免れられるか

銀行Aが、借主Bに1000万円を貸しました。返済の際、Bの友人であるCが保証人になっています。ところがAは、10年以上、BにもCにも一度も返済を求めませんでした。主債務の消滅時効は、もう完成しています。Bが主張してくれないなら、保証人のCは、自分の保証債務をそのまま払うしかないのでしょうか。先に答えを言うと、Cは自分で時効を主張できます。今日は、なぜCに言えるのか、そして言える人と言えない人をどう見分けるのかを、1つの問いでほどいていきます。

援用とは何か

一言板。援用=時効の利益を主張する意思表示。単独行為(相手方の同意は不要)。以前見たとおり、援用があってはじめて時効による権利の得喪が確定する。 図:一言板

  • 援用=時効の利益を主張する意思表示
  • 単独行為(相手方の同意は不要)
  • 以前見たとおり、援用があってはじめて時効による権利の得喪が確定する

まず、援用とは何かです。時効の期間が過ぎただけでは、権利は自動的には動きません。援用とは、その時効の利益を主張する意思表示のことです。援用に相手方の同意は要りません。援用は単独行為で、援用する側の意思表示だけで足ります。以前、時効の完成そのものを見たとき、権利の得喪は援用があってはじめて確定するという考え方を扱いました。援用は、その確定のスイッチを押す行為にあたります。

145条の全文

事案要点板。Cの立場=主債務者Bの保証人。主債務の消滅時効が完成している。Cが援用の対象にできるのは、自分の保証債務ではなく主債務そのもの。 図:事案要点板

  • Cの立場=主債務者Bの保証人
  • 主債務の消滅時効が完成している
  • Cが援用の対象にできるのは、自分の保証債務ではなく主債務そのもの

援用を定めた条文を見てみましょう。

条文民法145条

民法第百四十五条(時効の援用) 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

この括弧書きは、2017年の改正で追加されました。ただし気をつけてほしいのは、この改正によって、援用できる人の判断基準そのものが変わったわけではないということです。それまで積み重ねられてきた判例の結論を、条文に書き写したものにすぎません。括弧の中の「その他権利の消滅について正当な利益を有する者」という部分は、今も解釈の余地が残っています。ここを判断するための物差しを、このあと立てていきます。

判例の基準——直接利益を受ける者

対比板。狭義説(判例)=時効により直接利益を受ける者に限る。広義説(多数説)=間接的に利益を受ける者も含める。判例は狭義説を採り、援用権者の顔ぶれを判例の積み重ねで広げてきた。 図:対比板

  • 狭義説(判例)=時効により直接利益を受ける者に限る
  • 広義説(多数説)=間接的に利益を受ける者も含める
  • 判例は狭義説を採り、援用権者の顔ぶれを判例の積み重ねで広げてきた

ここで一度、前回の内容を思い出してください。なぜ民法は、援用というワンクッションを置いたんでしたっけ?時効の利益を潔しとしない人がいるから、本人の意思に任せる、という話でした。前回の3つの趣旨とは別の、援用だけに向けられた理由でしたね。この趣旨をもとに、判例は「当事者」の意味を、時効により直接利益を受ける者、と解しています。これを狭義説と呼びます。学説には、間接的に利益を受ける者まで含める広義説も有力ですが、判例は一貫して狭義説の立場です。さっきの趣旨に戻ってください。意思を尊重すべきなのは、その時効によって自分の負担が動く人です。間接的にしか関わらない人にまで援用権を与えると、自分は何も負っていないのに他人の時効を主張できることになり、意思の尊重という趣旨から外れてしまいます。判例は、この理由づけから、援用権者の顔ぶれを少しずつ広げてきた歴史があります。

「直接」と「反射」を分ける1本の線

問いの板。問い=時効で消えるのは、その人が現に負っている責任そのものか(直接)。それとも、他人の事情が変わった結果として自分の取り分が増えるだけか(反射)。前者は援用できる。後者はできない。 図:問いの板

  • 問い=時効で消えるのは、その人が現に負っている責任そのものか(直接)
  • それとも、他人の事情が変わった結果として自分の取り分が増えるだけか(反射)
  • 前者は援用できる
  • 後者はできない

ここからが今日の中心です。「直接利益を受ける者」という言葉だけでは、まだ抽象的です。これを実際に仕分けるための、1つの問いを立てます。時効で消えるのは、その人が現に負っている責任そのものか。それとも、他人の事情が変わった結果として、自分の取り分が増えるだけか。前者なら直接、後者なら反射です。行列を思い浮かべてください。目の前の人が、もう並ばなくてよいと言われて列を離れたら、自分の順番は1つ繰り上がります。得はしますが、それは自分が何かを主張して勝ち取った利益ではなく、前の人が抜けた分のおこぼれにすぎません。これが反射です。

では、直接のほうはどうでしょうか。自分自身が背負っていた荷物を、誰かの一存で、もう運ばなくてよいと言われる場合です。これは自分に直接及ぶ話になります。この1問を、これから出てくる全員に当てはめていきます。

保証人と物上保証人・第三取得者——直接の側

担保関係図。銀行Aが借主Bに融資。Bの債務を担保するため、物上保証人Dが自分の倉庫に抵当権を設定した。その倉庫を第三取得者Fが買い受けた。2番抵当権者Gが同じ倉庫に抵当権を持っている。 図:担保関係図

  • 銀行Aが借主Bに融資
  • Bの債務を担保するため、物上保証人Dが自分の倉庫に抵当権を設定した
  • その倉庫を第三取得者Fが買い受けた
  • 2番抵当権者Gが同じ倉庫に抵当権を持っている

さっきの保証人Cから見ていきます。Cが援用の対象にできるのは、自分の保証債務そのものではなく、主債務です。保証のところで見た付従性——主たる債務が消えれば保証債務も一緒に消える、という性質です。主債務が時効で消えれば、付従性によって保証債務も消えます。これは、自分が負っている保証債務そのものが消える話ですから、直接です。保証債務が自分の債務である以上、直接なのは当たり前に見えます。そこがポイントです。自分の保証債務の時効を援用できるのは、Cが保証債務の当事者だから当然のことです。145条括弧書きの実益は、そこではなく、主債務という他人の債務の時効まで援用できる、という点にあります。それを認めるのが、この付従性による直接利益という理屈です。次に、Bの融資には担保もついています。物上保証人Dが、自分の倉庫に抵当権を設定しました。その倉庫を、あとから第三取得者Fが買い受けています。

DもFも、Bの借金そのものとは関係のない人たちに見えます。たしかに直接の債務者ではありませんが、自分の財産に抵当権という負担を背負っています。被担保債権であるBの主債務が時効で消えれば、付従性によって抵当権も消えます。これは、DとFにとって、自分の財産にかかっていた負担そのものが消える話ですから、直接です。だからDとFも援用できます。

詐害行為の受益者——もう1つの直接

一言板の設例。Bが自分の財産を、事情を知る第三者Lに移した。Aはこの財産移転を詐害行為として取り消そうとしている。もし取消しの前提になっているAの債権が時効で消えれば、Lは財産を返さずに済む。 図:一言板の設例

  • Bが自分の財産を、事情を知る第三者Lに移した
  • Aはこの財産移転を詐害行為として取り消そうとしている
  • もし取消しの前提になっているAの債権が時効で消えれば、Lは財産を返さずに済む

もう1つ、直接に当たる例があります。Bが自分の財産を、第三者Lに移したとします。この移転がAの債権回収を妨げる詐害行為にあたるなら、Aはこの移転を取り消せます。あのとき出てきた、利益を受けた者——受益者にあたるのがLです。取消しの前提になっているAの債権は、被保全債権と呼びました。もし、その被保全債権が時効で消えれば、Lは財産を取り消されて返す必要がなくなります。自分に向けられていたリスクそのものが消えるという意味で、これも直接にあたります。

判例最判平成10年6月22日 民集52巻4号1195頁

詐害行為の受益者は、被保全債権の消滅時効を援用できるか 詐害行為の受益者は、その行為が詐害行為として取り消されれば利益を失う関係にあるから、詐害行為取消権を行使する債権者の債権(被保全債権)の消滅時効について、これを援用することができる。

受益者という立場そのものが、被保全債権の消滅と直接つながっている、という理由づけです。

後順位抵当権者と一般債権者——反射の側

担保関係図の再掲。先順位(1番)の抵当権者Aの被担保債権が時効で消えると、2番抵当権者Gの順位が繰り上がり、配当額が増える。しかしGの抵当権そのものには何の負担も付いていなかった。 図:担保関係図の再掲

  • 先順位(1番)の抵当権者Aの被担保債権が時効で消えると、2番抵当権者Gの順位が繰り上がり、配当額が増える
  • しかしGの抵当権そのものには何の負担も付いていなかった

では、さっきの図に出てきた、2番抵当権者のGはどうでしょうか。Aの1番抵当権が時効で消えれば、Gの順位は繰り上がり、受け取れる配当額は増えます。Gは、直接でしょうか、反射でしょうか。例えば、具体的な数字で見てみましょう。倉庫の価値を1800万円、Aの1番抵当権の被担保債権を1000万円、Gの2番抵当権の被担保債権を1200万円とします。1番抵当が生きているなら、配当はまずAに1000万円、残りの800万円がGに回り、Gは1200万円のうち800万円しか回収できません。ではAの被担保債権が時効で消えたらどうなるか。Gの順位が繰り上がって1番になるので、倉庫の価値1800万円のうち、Gの被担保債権1200万円が全額回収できるようになります。800万円から1200万円へ、400万円増えるわけです。

配当が増えるのだから直接に見える、というのはもっともです。しかし、消えるのはAの抵当権であって、G自身の抵当権に付いていた負担ではありません。Gは、自分が何かを主張したから得をするのではなく、先順位が抜けた分の、順番のおこぼれを受けているだけです。さっきの行列と同じ構造です。だからGは反射で、援用できません。ここは論文でも問われる論点で、この「反射的利益にすぎない」という理由づけが、そのまま答案の核になります。

判例最判平成11年10月21日 民集53巻7号1190頁

後順位抵当権者は、先順位の被担保債権の消滅時効を援用できるか 先順位抵当権の被担保債権が消滅すれば順位が上昇し配当額が増加することを期待し得るにとどまり、その利益は順位上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎないから、後順位抵当権者は、消滅時効の援用権者にはあたらない。

実際に金額が動くとしても、その動きは他人の権利が消えた反射でしかない、という評価です。もう1人、一般債権者のHを見ましょう。具体的に言うと、Hは、Bに担保なしで500万円を別口で貸しているとします。Aに対するBの1000万円の債務が時効で消えても、Hが当然に500万円を多く回収できるようになるわけではありません。Bの手元にお金が残りやすくなる、というだけの話です。これも自分の負担そのものが動くわけではないので、反射です。Hも援用できません。

ここまでを振り返る

一覧板(肯定例)。列=その人/時効で何が消えるか/直接か反射か/結論。①債務者B=自分の主債務/直接/○。②保証人C=付従性で保証債務/直接/○。③物上保証人D=付従性で抵当権/直接/○。④第三取得者F=付従性で抵当権/直接/○。⑤受益者L=詐害行為取消しの根拠/直接/○。 図:一覧板

援用できる側(肯定例)

その人時効で何が消えるか直接か反射か結論
①債務者B自分の主債務直接○
②保証人C付従性で保証債務直接○
③物上保証人D付従性で抵当権直接○
④第三取得者F付従性で抵当権直接○
⑤受益者L詐害行為取消しの根拠直接○

直接に当たる側をまとめておきます。債務者本人、保証人、物上保証人、第三取得者、そして詐害行為の受益者、この5人はすべて、自分が現に負っている責任そのものが消えるので援用できます。

一覧板(否定例)。列=その人/時効で何が消えるか/直接か反射か/結論。⑥後順位抵当権者G=先順位の抵当権(自分のものではない)/反射/×。⑦一般債権者H=債務者の他の債務(自分のものではない)/反射/×。 図:一覧板

援用できない側(否定例)

その人時効で何が消えるか直接か反射か結論
⑥後順位抵当権者G先順位の抵当権(自分のものではない)反射×
⑦一般債権者H債務者の他の債務(自分のものではない)反射×

反射に当たる側は、後順位抵当権者と一般債権者です。どちらも、消えるのは他人の負担であって、自分は順番や資力の変化のおこぼれを受けるだけです。同じ1つの問いで、7人がきれいに分かれました。

取得時効の場合

取得時効の設例板。土地の占有者Jが、他人の土地を20年間占有し、その上に自分の建物を建てて、Kに貸している。Jは土地の所有権を時効取得できるが、Kは土地の時効取得を援用できない。 図:取得時効の設例板

  • 土地の占有者Jが、他人の土地を20年間占有し、その上に自分の建物を建てて、Kに貸している
  • Jは土地の所有権を時効取得できるが、Kは土地の時効取得を援用できない

ここまでは、消滅時効の話でした。取得時効の場合も、同じ1問で考えられます。たとえば、Jが、他人の土地を20年間占有し続け、その上に自分の建物を建てて、Kに貸しているとします。自分の占有によって所有権を得るのですから、直接です。ではKはどうでしょうか。JがKに貸している建物は、Jが時効取得しようとしている土地の上に建っています。Jが土地を時効取得すればKも間接的に安心できそうに見えますが、判例はKの援用を認めていません。土地と建物は、法律上は別個独立の不動産です。土地の時効取得は、あくまでJという占有者本人に生じる話であって、その上の建物を借りているKに、直接及ぶわけではないからです。

Kは、担保に負担がかかっている物上保証人や第三取得者とは違い、負担そのものを背負っているわけではありませんから、反射側になります。もう1つ、短答で問われる場面があります。援用する前に、占有者本人が死亡して、複数の相続人に相続された場合です。この場合、判例は、各相続人が自分の相続分の限度でのみ援用できるとしています。占有していた人の立場が、そのまま分割されて相続人に受け継がれる、というイメージです。

援用できなくても残る道——援用権の代位行使

代位行使の関係図。一般債権者Hは、自分では援用できない。しかしBに他に財産がなく無資力であれば、423条の債権者代位権によって、Bの援用権を代わりに行使できる。 図:代位行使の関係図

  • 一般債権者Hは、自分では援用できない
  • しかしBに他に財産がなく無資力であれば、423条の債権者代位権によって、Bの援用権を代わりに行使できる

さっき援用できないとした一般債権者Hにも、実は残る道があります。援用できない、というのは、自分の権利としては持っていない、という意味です。絶対に主張できない、という意味ではありません。もしBに他に財産がなく、無資力であれば、Hは、責任財産のところで見た423条の債権者代位権によって、Bが持っている援用権を代わりに行使できます。Gも、担保を差し入れていた債務者が無資力であれば、同じように代位行使できます。本人の意思を尊重するという145条の趣旨は、その本人が無資力で債権者を害している場面では、後退するからです。無資力が要るという点も、そのときと同じです。

判例最判昭和43年9月26日 民集22巻9号2002頁

債権者は、債務者の援用権を代位行使できるか 債権者は、自己の債権を保全するのに必要な限度で、債務者が有する消滅時効の援用権を、債権者代位権に基づいて行使することができる。

自分の権利ではなくても、他人の権利を借りて主張する道が残っています。

援用の方法

一言板。援用は裁判外でもできる。訴訟で主張しないと裁判所が拾えないだけで、意思表示そのものは裁判の外でも成立する。援用の効果が誰との関係で及ぶかは、次に扱う。 図:一言板

  • 援用は裁判外でもできる
  • 訴訟で主張しないと裁判所が拾えないだけで、意思表示そのものは裁判の外でも成立する
  • 援用の効果が誰との関係で及ぶかは、次に扱う

最後に、援用の方法です。援用は、裁判外でもできます。相手方に対して、時効を援用する、と伝えるだけで足ります。訴訟の中で主張しないと、裁判所がその援用を拾ってくれないだけであって、意思表示そのものは裁判の外で成立しています。ただし、Cが主債務の時効を援用したとして、その効果が誰との関係で及ぶのかは、また別の問題になります。

答え合わせ

冒頭設例板の再掲。銀行Aが借主Bに1000万円を貸した。友人のCがBの保証人になった。主債務の消滅時効は完成している。Bは時効を主張しないが、Cは自分で主債務の時効を援用し、付従性によって保証債務を免れる。 図:冒頭設例板の再掲

  • 銀行Aが借主Bに1000万円を貸した
  • 友人のCがBの保証人になった
  • 主債務の消滅時効は完成している
  • Bは時効を主張しないが、Cは自分で主債務の時効を援用し、付従性によって保証債務を免れる

今日のまとめです。援用とは、時効の利益を主張する単独行為で、時効の利益を潔しとしない人の意思を尊重するために要求されています。判例は「当事者」を、時効により直接利益を受ける者と解し、その基準を、自分が現に負っている責任そのものが消えるか、それとも他人の事情が変わった結果の反射的な利益にすぎないか、という1つの問いで仕分けられることを見ました。保証人、物上保証人、第三取得者、詐害行為の受益者は直接で援用できます。後順位抵当権者と一般債権者は反射で援用できませんが、債務者が無資力であれば代位行使という道が残ります。冒頭のCに戻ります。Cは保証人ですから、145条括弧書きにより、主債務の消滅時効を自分で援用できます。主債務が消えれば、付従性によって、Cの保証債務も消えます。Bが時効を主張しなくても、Cは自分の意思で、保証債務から解放されるということです。今日はここまでにします。

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#74単独ページ動画

援用の相対効と時効の効果

第1章 民法総則 #74/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

主債務は消えたのに、まだ請求できる

今日の問い 図:今日の問い

銀行Aが借主Bに1000万円を貸し、Bの友人Cがその保証人になっている、という場面でした。主債務の消滅時効は完成していましたが、Bは「借りたものは返す」と言って、時効を主張しませんでした。それでCが、自分で主債務の時効を援用できると確かめたんでした。では、Cが援用した後、Aは誰に、いくら請求できるでしょうか。実はAは、今もBに1000万円を請求できます。今日の問いは、援用の効果は誰に及ぶのか、です。先に答えを言うと、援用した人との間にしか及びません。なぜそうなるのか、そしてこの発想がどこまで効くのかを、今日はほどいていきます。

相対効の原則

相対効の原則 図:相対効の原則

まず結論を1枚で置きます。複数の援用権者がいる場合でも、権利の得喪という効果は、援用した者との関係でのみ生じます。これを相対効と呼びます。得喪とは、得ることと、失うことです。時効なら、所有権を得る、あるいは債務を失う、という変化のことです。この1枚が、今日ずっと使う道具です。

⭐ 論文で書く規範:時効の効果の相対効 時効の効果は、援用した者との関係においてのみ生じる。 (規範(通説で立てる)——145条の意思尊重の趣旨から導かれる)

なぜそうなるのか。援用は、時効の利益を受けるという意思表示、つまりその人の行為だからです。理由は次の節で、停止条件説からたどります。銀行Aと借主Bの1000万円は、Bが自分で援用しない限り、残ったままです。この後、その場面を1つずつ確かめます。

今日の地図 図:今日の地図

今日の地図はこの4つです。まず相対効の理由、次に主債務者が援用した場合との違い、そして後順位抵当権者がなぜ頑なに否定されるのかの本当の理由、最後に144条とさかのぼる効果です。

なぜ援用が要るんでしたっけ?

問いの板。時効は、期間が満ちただけでは権利が動かない。援用という行為が要る。なぜ要るのか。 図:問いの板

  • 時効は、期間が満ちただけでは権利が動かない
  • 援用という行為が要る
  • なぜ要るのか

なぜ援用が要るのかという問いは、これから話す相対効の理由そのものに直結します。

なぜ相対効なのか

なぜ相対効になるのか 図:なぜ相対効になるのか

以前見た停止条件説を思い出してください。時効期間が満了しただけでは、権利の得喪は確定しません。援用があって初めて確定する、という考え方でした。満了がスタートラインで、援用がゴールです。そしてこの援用は、意思表示という、個人の行為です。Cが「援用します」と言った瞬間に確定するのは、Cの関係だけです。Bは何も言っていないので、Bの関係では、まだ何も確定していません。もう1つ、援用が要る理由も思い出してください。時効の利益を受けるかどうかは、当事者の意思を尊重するため、というものでした。

Bは時効の利益を受けたくないという意思を示しています。援用していないBの分まで、勝手に確定させてしまったら、意思の尊重になりません。停止条件説と、意思の尊重という2つの理由が、そのまま相対効という結論を導きます。相対効は、暗記すべき別ルールではなく、この2つの当然の帰結なんです。イメージで言うと、3人がそれぞれ自分のスイッチを持っていて、自分のスイッチを押した人の前の電球だけが消える、という感じです。

Cが援用した場合——冒頭の問いに戻る

Cが援用した場合 図:Cが援用した場合

では、いよいよ冒頭のCの話に戻ります。Cが援用したら、AとBの関係はどうなると思いますか?Cが援用すると、AとCの間では、主債務が時効で消えたものとして扱われます。その主債務にぶら下がっているCの保証債務も、AとCの間では支えを失う。Cが自分のスイッチを押した効果が、そこまでで止まっている、ということです。しかしAB間の主債務は、なお残存します。図で見ると、A-Bの線は残り、A-Cの線だけが消えています。ここが、今日いちばん腑に落としてほしい所です。「時効が完成した」と聞くと、権利は誰から見ても消えたように感じますが、実際に動いたのは、Cが自分のスイッチを押した、その部分だけなんです。

145条が援用権者として挙げている、保証人・物上保証人・第三取得者は、みんな同じ理屈で動きます。自分が援用すれば、自分との関係でだけ効果が生じます。

Bが援用した場合——今度はCにも及ぶ

Bが援用した場合 図:Bが援用した場合

今度はAB間の主債務が、そのまま消えます。そして保証人Cの保証債務も、一緒に消えます。実はこれ、相対効の例外ではありません。Bが援用した効果は、あくまでAB間にしか及んでいません。相対効は、ここで崩れていないんです。Cの保証債務は、主債務があって初めて成り立つ、付き従う債務です。これを付従性と呼びます。主債務という壁にもたれかかった梯子のようなもので、壁が無くなれば、梯子も一緒に倒れます。「相対効なのに及ぶ」ではなく、「相対効で主債務が消えた。その結果、付従性で保証債務も消えた」という、2段階で押さえてください。

対比表。2つの場合の違い。列=誰が援用したか/援用の効果が及ぶ範囲/もう一方の債務はどうなるか/その理由。①Cが援用=AC間だけ/AB間の主債務は残存/理由は相対効そのもの。②Bが援用=AB間だけ/Cの保証債務も消える/理由は相対効ではなく付従性による連鎖。 図:対比表

  • 2つの場合の違い
  • 列=誰が援用したか/援用の効果が及ぶ範囲/もう一方の債務はどうなるか/その理由
  • ①Cが援用=AC間だけ/AB間の主債務は残存/理由は相対効そのもの
  • ②Bが援用=AB間だけ/Cの保証債務も消える/理由は相対効ではなく付従性による連鎖

2つの場合を並べておきます。違うのは、援用した人が誰かではなく、もう一方の債務が消える理由です。この2枚を見比べられれば、「相対効なのに及ぶ」という混乱は起きません。

連帯債務でも同じ発想

441条(相対的効力の原則) 図:441条(相対的効力の原則)

保証だけの話ではありません。連帯債務でも、同じ発想が条文になっています。441条です。

条文民法441条

民法 第441条(相対的効力の原則) 第四百三十八条、第四百三十九条第一項及び前条に規定する場合を除き、連帯債務者の一人について生じた事由は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。ただし、債権者及び他の連帯債務者の一人が別段の意思を表示したときは、当該他の連帯債務者に対する効力は、その意思に従う。

柱書にある除外は、連帯債務の回でまとめて扱います。今日は、連帯債務者の一人について生じた事由は、原則として他に及ばない、という発想だけ押さえてください。債権者と他の連帯債務者が、別段の意思を表示すれば、その意思のとおりに扱われます。つまり、合意で絶対効に変えることもできる、ということです。

前回、反射的利益と見ましたが

問いの板。後順位抵当権者は援用できない。理由は、順位が上がるのは反射的な利益にすぎないから。では、援用権者の範囲を広げてきた判例が、ここだけ譲らないのはなぜか。 図:問いの板

  • 後順位抵当権者は援用できない
  • 理由は、順位が上がるのは反射的な利益にすぎないから
  • では、援用権者の範囲を広げてきた判例が、ここだけ譲らないのはなぜか

ここで、前回の話を思い出してください。後順位抵当権者は、順位が上がるのは反射的な利益にすぎないから、時効を援用できないと見ました。

後順位抵当権者はなぜ認められないのか——三つ巴の循環

仮に後順位抵当権者に援用権を認めると 図:仮に後順位抵当権者に援用権を認めると

そこに、今日の相対効が効いてきます。設例を作ります。Bの倉庫に、Aが1番抵当権、Gが2番抵当権、そしてもう一人が3番抵当権を持っています。Aの被担保債権の消滅時効が完成しています。被担保債権とは、抵当権が担保している債権のことです。ここでは、AがBに貸したお金を返せ、という債権ですね。仮にその3番の人が援用できるとしましょう。相対効ですから、効果が及ぶのは、3番の人と、Aとの関係だけです。この関係では、Aの1番抵当権が消えて、3番の人が優先します。誰も援用していないので、Gとの関係では、Aの1番抵当権は、なお存在したままです。

図で1本ずつ追いましょう。まず、3番の人とAの関係では、3番の人が優先します。次に、AとGの関係は、もとのままなので、Aが優先します。最後に、Gと3番の人の関係も、もとのままなので、Gが優先します。3番、A、G、そしてまた3番へと、ぐるりと一周して、循環してしまいます。抵当権の配当は、優先順位を決めて、上から順番に配当します。ところがこの3人は、誰が一番優先するのか、決めようがありません。じゃんけんのグー・チョキ・パーのように、誰も一番になれない関係になってしまうんです。裁判所が順番を決めてしまうこともできません。抵当権の優先順位は、登記の前後という客観的な基準で決まる制度です。援用という一人の意思表示だけで、その基準を書き換えることはできないんです。

「反射的利益にすぎない」という言い方の裏には、相対効を徹底すると、複数人の優劣関係で循環という破綻が起きる、という実質的な理由があるんです。

循環しない道——代位行使

Bの援用権を代位行使した場合 図:Bの援用権を代位行使した場合

Bに他に財産が無い、つまり無資力なら、この3番の人は、責任財産のところで見た423条の債権者代位権で、Bの援用権を代位行使できます。代位行使なら、循環は起きません。代位行使は、あくまでBという1人の債務者の立場で援用するものだからです。効果が及ぶのは、Bとの関係です。Bとの関係で、Aの1番抵当権が消えます。動いたのが3番の人なのに効果がBとの関係に生じるのは、代位行使が、自分の名前で新しい権利を作るのではなく、Bが持っている援用権を、Bに代わって使う制度だからです。ですから援用したのはBだと扱われ、効果もBとの関係に生じます。相対効は、ここでも崩れていません。

Aはそもそも、当事者の関係から消えるんです。残るのは、Gとこの3番の人の2人だけ。2番だったGと、3番だった人の順位が、そのまま残ります。前回の、反射的利益だから認められず、でも代位行使という道がある、という結論が、循環という視点からも、きれいにつながりました。

144条——時効の効力は、さかのぼる

起算日とは 図:起算日とは

ここからは、援用の効果がいつまでさかのぼるかの話です。条文を見てみましょう。

条文民法144条

民法 第144条(時効の効力) 時効の効力は、その起算日にさかのぼる。

起算日とは、時効が進み始めた日です。取得時効なら、占有を開始した時。162条1項・163条です。消滅時効なら、権利を行使できることを知った時、または、行使できる時。166条1項です。何年かという期間の細かい話は、別の回で扱います。今日は、どこまでさかのぼるかの目印として、押さえてください。

遡及効は何をなかったことにするのか

遡及効の帰結 図:遡及効の帰結

言葉で終わらせず、具体的に何ができなくなるかまで見ましょう。まず取得時効です。Jが他人の土地を20年間占有して、援用したとします。この場合、占有を開始した時から、Jが所有者だったことになります。所有者だったことになるので、その20年間の占有は、さかのぼって適法な占有になります。元の所有者は、不法行為に基づく損害賠償を、請求できません。709条です。不法占有そのものが、なかったことになるからです。冒頭の設例で、Bが援用した場合を考えます。履行期から10年で援用すると、履行期にさかのぼって、債務が消えたことになります。

債務不履行も、なかったことになります。ですからAは、損害賠償請求、415条1項も、契約の解除、541条も、どちらもできません。もう1つ、忘れがちなポイントがあります。利息も発生しません。利息が消えるのは、債務が起算日にさかのぼって最初から消えた以上、その債務を生むはずだった利息も、最初から生まれようがないからです。たとえば10年分の利息がたまっていたとしても、元になる債務そのものが最初から無かったことになる以上、その利息も、あわせて無くなります。

対抗できるかは、また別の問題

一言板。さかのぼって所有者になることと、それを第三者に対抗できることは、別の問題。 図:一言板

さかのぼって所有者になることと、それを第三者に対抗できるかは、また別の問題です。時効で誰が所有者になるかは当事者の間の話ですが、その所有権を自分以外の人にも主張できるかは、登記という別の物差しで決まるからです。詳しくは別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

まとめ 図:まとめ

今日のポイントをまとめます。援用の効果は、援用した者との関係でのみ生じます。これが相対効です。Cが援用しても、AB間の主債務は残るから、Aは今もBに1000万円を請求できる。逆にBが援用すると、主債務が消えて、付従性でCの保証債務も消えます。これは相対効の例外ではなく、別ルートの連鎖でした。そして後順位抵当権者に援用権を認めないのは、相対効を徹底すると優劣が循環してしまうからで、代位行使ならこの循環が起きませんでした。最後に144条、時効の効力はさかのぼります。何がなかったことになるかまで、具体的に押さえてください。

「時効は出来事じゃなくて、言った人の分だけ動く行為」だと思うと、今日の話が全部つながりますね。その1本の軸を、ぜひ持ち帰ってください。

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#75単独ページ動画

時効利益の放棄と完成後の承認

第1章 民法総則 #75/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

放棄すると言っていないのに

冒頭の問い板。今日の問いは、時効の利益をいつ、どうやって手放すことになるのか。先に答え=完成前は手放せず、完成後は手放せる。知らずに認めた場合は放棄ではなく信義則で援用できなくなる。 図:冒頭の問い板

  • 今日の問いは、時効の利益をいつ、どうやって手放すことになるのか
  • 先に答え=完成前は手放せず、完成後は手放せる
  • 知らずに認めた場合は放棄ではなく信義則で援用できなくなる

今回もその続きです。主債務の消滅時効は、もう完成しています。Bは、時効が完成していることを知らないまま、Aに電話をして、「もう少し待ってください、必ず払います」と伝えてしまいました。放棄の意思も、一言もありません。それなのに、後で時効に気づいたBは、あらためて時効を援用できません。今日の問いは、時効の利益は、いつ、どうやって手放すことになるのか、です。先に答えを言うと、完成前は手放せず、完成後は手放せます。そして、知らずに認めてしまった場合は、放棄ではなく、信義則によって援用できなくなります。今日は、この3つの線がどこから引かれているのかを、順番にほどいていきます。

146条——あらかじめ、は放棄できない

146条の事案要約板。今日も同じA・B・Cの場面。Bは主債務の消滅時効の利益を、貸し借りの契約の時点で、前もって手放すと約束できるか。 図:146条の事案要約板

  • 今日も同じA・B・Cの場面
  • Bは主債務の消滅時効の利益を、貸し借りの契約の時点で、前もって手放すと約束できるか

まず、条文を1枚置きます。

条文民法146条

民法 第百四十六条(時効の利益の放棄) 時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。

あらかじめとは、時効が完成する前、という意味です。つまり、貸し借りの契約をする時点で、Bが「将来、時効の利益を主張しません」と約束しても、その約束は無効です。

今日の地図。前半=146条(事前は禁止)から、放棄の性質(意思表示・単独行為)へ演繹し、完成の認識・行為能力という要件を導く。中盤=放棄の効果は相対効。後半=知らずに承認した場合の扱い(信義則・援用権の喪失)と、援用権を失った後の新たな時効の進行、そして「承認」の3場面の弁別。 図:今日の地図

  • 前半=146条(事前は禁止)から、放棄の性質(意思表示・単独行為)へ演繹し、完成の認識・行為能力という要件を導く
  • 中盤=放棄の効果は相対効
  • 後半=知らずに承認した場合の扱い(信義則・援用権の喪失)と、援用権を失った後の新たな時効の進行、そして「承認」の3場面の弁別

今日の地図はこの流れです。まず、なぜ完成前だけ禁止されるのかを見て、そこから放棄という行為の性質を確かめます。その性質から、放棄に必要な2つの要件が自然に出てきます。後半は、その要件を崩さないまま、知らずに認めてしまった場合をどう扱うかという、今日一番の見せ場です。

なぜ事前の放棄だけ禁じるのか

趣旨の設例板。銀行Aが融資契約書の隅に「借主は時効の利益を主張しない」という一文をあらかじめ入れておく。Bは1000万円を借りたい以上、断れずに判を押してしまう。 図:趣旨の設例板

  • 銀行Aが融資契約書の隅に「借主は時効の利益を主張しない」という一文をあらかじめ入れておく
  • Bは1000万円を借りたい以上、断れずに判を押してしまう

具体的に考えてみましょう。Aが、融資の契約書の隅に、「借主は時効の利益を主張しません」という一文をあらかじめ入れておいたとします。1000万円を借りたいBに、その一文だけ断る力はありません。断れば、貸してもらえないからです。もし事前の放棄を認めてしまうと、この一文はすべての融資契約書に入るようになります。時効という制度が、契約書の定型文ひとつで、事実上、丸ごと消えてしまうんです。単に「Bがかわいそう」だから禁止する、という話ではありません。時効制度が空洞化してしまうことを防ぐための禁止です。

では完成後はなぜ許されるのか

一言板。146条は「完成前は放棄できない」としか書いていない。完成後に放棄できることは、この条文には書かれていない。反対解釈によって導かれる。 図:一言板

  • 146条は「完成前は放棄できない」としか書いていない
  • 完成後に放棄できることは、この条文には書かれていない
  • 反対解釈によって導かれる

完成した後は、放棄が許されます。ただし、ここで注意してほしいことがあります。146条は、「完成前は放棄できない」としか書いていません。「完成後は放棄できる」とは、条文のどこにも書かれていないんです。書いていないのに、許されるんですか。これは反対解釈という考え方です。事前の放棄を禁じた趣旨は、押しつけを防ぐことでした。完成してしまえば、もう債権者に押しつけられる場面ではありません。だから、禁止する理由が無くなり、自分の判断で「使わない」と決めてよい、ということになります。この反対解釈という発想は、今日この後も、何度か効いてきます。

放棄とは何をする行為か

問いの板。時効の完成だけでは、権利は自動的に動かない。援用があって初めて確定する、という考え方だった。では放棄は、それと比べてどういう行為か。 図:問いの板

  • 時効の完成だけでは、権利は自動的に動かない
  • 援用があって初めて確定する、という考え方だった
  • では放棄は、それと比べてどういう行為か

以前見たとおり、時効は、期間が満了しただけでは、権利の得喪は確定しません。援用があって初めて確定する、という考え方でした。確定させるスイッチを、自分で押す行為、という感じでした。では、今日の主役である放棄は、どんな行為でしょうか。放棄とは、時効によって権利の変動を、あえて起こさせないと決める意思表示です。援用が「スイッチを押して確定させる」行為だったのに対して、放棄は「もうこのスイッチは押さない」と自分で決めてしまう行為です。援用と逆向きの行為だと考えてください。なぜここで性質を確かめたかというと、放棄が意思表示だという一点から、あとで2つの要件が出てくるからです。

たとえば、Bが「時効は使いません」と言うためには、自分が何を手放すのかを分かっていなければなりません。そういう話が、この一点から出てきます。この「意思表示である」という一点が、今日この先ずっと効いてきます。

放棄の要件①——完成の認識が必要

要件板(前半)。放棄は意思表示。意思表示である以上、何を手放すのかを分かっていなければ、意思表示にならない。だから放棄には、時効の完成を認識していることが必要になる。 図:要件板

  • 前半
  • 放棄は意思表示。意思表示である以上、何を手放すのかを分かっていなければ、意思表示にならない。だから放棄には、時効の完成を認識していることが必要になる。

ここで、意思表示という一点から、要件を1つ引き出します。意思表示というのは、自分が何をするか分かった上で、それをすると表明する行為です。何を手放すのか分かっていなければ、「手放します」という意思表示に、そもそもなりようがありません。ですから、放棄をするには、時効が完成したことを認識していることが必要になります。条文には書かれていません。意思表示という性質から、通説が導いている要件です。ここは、丸暗記するのではなく、なぜ要るのかという理屈で持ち帰ってください。この一点は、今日の後半で、もう一度そのまま使います。

放棄の要件②——行為能力が必要

要件板(後半)。放棄は、せっかく得られるはずの時効の利益を、自分で手放す処分行為でもある。だから、放棄をするには行為能力が必要になる。制限行為能力者の細かい場合分けは別の回で扱う。 図:要件板

  • 後半
  • 放棄は、せっかく得られるはずの時効の利益を、自分で手放す処分行為でもある。だから、放棄をするには行為能力が必要になる。制限行為能力者の細かい場合分けは別の回で扱う。

もう1つあります。放棄は、時効によって得られるはずの利益を、自分で手放す行為でもあります。これは、権利の処分行為にあたります。処分行為をするには、行為能力が必要です。ですから、放棄をするには、行為能力も必要になります。できません。判例も、放棄には行為能力が必要だとしています。制限行為能力者の細かい場合分けは、すでに扱った別の回に委ねます。ここでは、「処分行為だから、行為能力が要る」という一本の筋だけ押さえてください。この2つの要件を、次はしっかり覚えておいてください。

放棄の効果も相対効

Cが放棄した場合の関係図。保証人Cが「私は時効を主張しません」と放棄しても、A-B間の主債務の消滅時効は、なお残る。Bはなお主債務の時効を援用できる。 図:Cが放棄した場合の関係図

  • 保証人Cが「私は時効を主張しません」と放棄しても、A-B間の主債務の消滅時効は、なお残る
  • Bはなお主債務の時効を援用できる

以前見たとおり、Cが主債務の消滅時効を援用すると、AC間では主債務が消えたものとして扱われます。では、逆にCが放棄したら、どうなると思いますか。Cが「時効は主張しません」と放棄したら……Bには関係ないような気がします。放棄の効果も、援用と同じように、放棄した者との関係でのみ生じます。これを相対効と呼びます。たとえば、Cが放棄したという事実は、AC間の話であって、AB間には持ち込まれません。

⭐ 論文で書く規範:時効の利益の放棄の効果の相対効 時効の利益の放棄の効果は、援用と同様に、放棄をした者との関係においてのみ生じる。 (規範(最判昭和42年10月27日 民集21巻8号2110頁)——押しつけを防ぐ趣旨から、放棄した本人の判断を超えて及ばせない)

Cが放棄しても、AB間の主債務の消滅時効は、何も動きません。Bはなお、主債務の消滅時効を援用できます。

Bが放棄した場合の関係図。主債務者Bが「借りたものは返す」と放棄すると、AB間の主債務は消えないと確定する。しかしA-C間の線は何も変わらない。Cはなお主債務の消滅時効を援用できる。 図:Bが放棄した場合の関係図

  • 主債務者Bが「借りたものは返す」と放棄すると、AB間の主債務は消えないと確定する
  • しかしA-C間の線は何も変わらない
  • Cはなお主債務の消滅時効を援用できる

Bが「借りたものは返す」と放棄すると、AB間では、主債務が消えないことが確定します。しかし、AC間の線は、何も変わりません。判例も、主債務者が放棄しても、保証人はなお援用できるとしています。放棄は、放棄した本人の関係でしか確定しないので、Cの足場は何も変わらないんです。

対比図(この回の主役・1枚目)。#1-61で見た援用。Bが主債務を援用すると、主債務が消え、付従性によってCの保証債務も一緒に消える。連鎖する。 図:対比図

  • この回の主役・1枚目
  • #1-61で見た援用。Bが主債務を援用すると、主債務が消え、付従性によってCの保証債務も一緒に消える。連鎖する。

矛盾ではありません。図を並べて見比べましょう。前回、Bが援用すると何が起きたか、思い出してください。あのとき動いたのは、主債務そのものです。主債務が消えたから、支えを失った保証債務も、付従性によって一緒に消えました。

対比図(この回の主役・2枚目)。今日の放棄。Bが主債務を放棄しても、主債務そのものは消えない。だからCの保証債務を支える足場は変わらない。連鎖しない。 図:対比図

  • この回の主役・2枚目
  • 今日の放棄。Bが主債務を放棄しても、主債務そのものは消えない。だからCの保証債務を支える足場は変わらない。連鎖しない。

今日の放棄は、主債務を消さない行為です。Bが放棄しても、AB間の主債務は、消えないことが確定するだけで、消える方向には何も動きません。援用は主債務を消す行為だから、付従性で連鎖します。放棄は主債務を消さない行為だから、連鎖する先がそもそも無いんです。相対効そのものは、どちらの場面でも崩れていません。

完成を知らないでした承認——本題

本題の設例板。Bは、時効が完成していることを知らないまま、Aに「もう少し待ってください、必ず払います」と伝えた。放棄の要件①(完成の認識)に、この承認は当てはまるか。 図:本題の設例板

  • Bは、時効が完成していることを知らないまま、Aに「もう少し待ってください、必ず払います」と伝えた
  • 放棄の要件①(完成の認識)に、この承認は当てはまるか

ここで、冒頭のBに戻ります。放棄には何が必要でしたっけ。冒頭のBは、時効の完成を知らないまま、「もう少し待ってください、必ず払います」と伝えました。これは放棄にはなりません。放棄の要件①、完成の認識が無いからです。ここで、判例が出てきます。

判例最大判昭和41年4月20日 民集20巻4号702頁

完成を知らない承認は、援用を許さなくなるか 時効の完成を知らないでした債務の承認は、時効の利益の放棄にはあたらない。しかし、いったん支払いの意思を示した後になって、あらためて時効を援用することは、信義則上、許されない。

放棄という道は通っていません。しかし援用は、別の理由で許されなくなります。これを援用権の喪失と呼びます。

なぜ放棄でなく信義則なのか

反実仮想の板。もし「知らなくても放棄になる」と考えると、放棄には認識が要るという、たった今立てた要件そのものが崩れる。判例は、その要件を崩さないまま、別の根拠(信義則)で結論だけを持ち込んだ。 図:反実仮想の板

  • もし「知らなくても放棄になる」と考えると、放棄には認識が要るという、たった今立てた要件そのものが崩れる
  • 判例は、その要件を崩さないまま、別の根拠(信義則)で結論だけを持ち込んだ

判例が放棄という道を選ばなかった理由こそ、今日いちばん考えてほしいところです。もし「知らなくても放棄になる」と考えたら、何が起きるでしょうか。さっき、放棄には認識が必要って、要件を立てたばかりです。知らなくても放棄になる、というルールを作ってしまうと、たった今立てた「放棄には認識が要る」という要件そのものが、崩れてしまいます。意思表示には認識が要る、という理屈全体に波及しかねません。だから判例は、放棄という民法典のルートを通らず、別のルートで出口を作ったんです。

条文民法1条2項

民法 第一条(基本原則)第二項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

Bは、いったん「払います」と示して、Aに支払いを期待させました。その後で、時効を主張して援用するのは、自分の言ったことと矛盾する態度です。これを矛盾挙動と呼びます。相手の信頼を裏切る行為だから、信義則上許されない、という理由づけです。今の矛盾挙動は、禁反言とも呼びます。同じことを指す、別の呼び名です。以前、その禁反言の例として見たのが、この判決でした。今日は、同じ判決を、時効制度の側から見直しています。禁反言そのものの説明は、そちらの回に譲ります。今日は「なぜ放棄という道を選ばなかったのか」に絞って考えてください。

「承認」の3場面を1枚で見分ける

弁別の設例板。同じBの同じ電話を、時期と認識だけ変えて3回再生する。①完成の半年前に「必ず払います」②完成後、知りながら「それでも払います」③完成後、知らずに「待ってください」。 図:弁別の設例板

  • 同じBの同じ電話を、時期と認識だけ変えて3回再生する
  • ①完成の半年前に「必ず払います」②完成後、知りながら「それでも払います」③完成後、知らずに「待ってください」

ここまでの話を、Bの同じ電話で3回、時期と認識だけ変えて確かめてみます。まず①、時効が完成する半年前に、Bが「必ず払います」と電話をしたとします。この場合、Bの承認によって、時効は更新されます。152条の制度です。それまで進んでいた時効の期間はリセットされ、その時から新しく進み始めます。この本体は、別の回で扱います。今日は「更新」という言葉と、152条という条文番号だけ押さえてください。②は、完成した後に、時効が完成していると知りながら、Bが「それでも払います」と電話した場合です。

これは放棄です。放棄の要件①、完成の認識があるので、放棄にあたります。完成した後に、知らずに「待ってください」と電話した場合です。放棄の要件①に当てはまらないので放棄ではなく、信義則によって援用が許されなくなります。②は認識があるから放棄、③は認識が無いから放棄ではない。この境目を崩さずに済んだからこそ、③のBを信義則という別の道で止める必要があったんです。

「承認」3場面の一覧板。列=いつ・認識/結論と根拠。①完成前の承認=時効の更新(152条・条文の制度)。②完成後・知って承認=放棄(146条の反対解釈・認識ありで要件を満たす)。③完成後・知らずに承認=信義則で援用権を失う(1条2項・放棄の要件を満たさない)。 図:「承認」3場面の一覧板

  • 列=いつ・認識/結論と根拠
  • ①完成前の承認=時効の更新(152条・条文の制度)
  • ②完成後・知って承認=放棄(146条の反対解釈・認識ありで要件を満たす)
  • ③完成後・知らずに承認=信義則で援用権を失う(1条2項・放棄の要件を満たさない)

この3つを、1枚にまとめておきます。1つめだけは条文そのものが定める制度で、2つめと3つめは判例・解釈の話です。2つめと3つめのように、自分に債務があると認めてしまう行為は、自認行為と呼ばれることもあります。名前は増えますが、中身はこの表のままです。

援用権を失った後、新たな時効はまた進むのか

新たな時効の進行の板。援用権を失った後も、その承認の時から新たに10年の時効が進行を始める。それが完成すれば、今度は援用できる。 図:新たな時効の進行の板

  • 援用権を失った後も、その承認の時から新たに10年の時効が進行を始める
  • それが完成すれば、今度は援用できる

さっきの③のBは、もう一生、時効を主張できないんですか。違います。判例は、援用権を失った後も、承認の時から新たに時効が進行するとしています。なぜまた進むのか。信義則が封じているのは、承認と矛盾するその時点での援用だけです。時効の趣旨として見た、長く続いた事実状態を尊重するという考え方は生きたままですから、承認の後にAがまた請求しないまま時間が経過すれば、時効を認める理由が改めて積み上がります。たとえば、Bが令和2年に電話で承認したとすると、その時から新しい10年が走り始めます。令和12年に、その新しい時効が完成すれば、今度こそBは援用できます。

判例最判昭和45年5月21日 民集24巻5号393頁

援用権を失った後、新たな時効はまた進むのか 援用権を喪失した後であっても、その承認の時から新たに時効が進行し、新たな時効が完成した後は、債務者はこれを援用することができる。

「もう一生使えない」ではなく、「新しい10年をまた最初から歩き直す」というイメージです。

判例と通説の別を明示する一言板。援用権喪失後、新たな時効が進行することには判例がある(最判昭45.5.21)。放棄の後も同様に新たな時効が進行することは、判例は無く、通説が肯定している。 図:判例と通説の別を明示する一言板

  • 援用権喪失後、新たな時効が進行することには判例がある(最判昭45.5.21)
  • 放棄の後も同様に新たな時効が進行することは、判例は無く、通説が肯定している

ここで、言い間違えやすい点を1つ、はっきりさせておきます。今、見た「新たに時効が進行する」という結論には、判例があります。放棄の後も、同じように新たな時効が進むと考えるのが通説です。ただし、そちらには判例はありません。理由は今の判例と同じです。放棄で手放したのは、そこまでに完成した時効の利益だけで、その後に積み上がる事実状態まで手放したわけではないからです。「判例」と「通説」を入れ替えて覚えないよう、注意してください。

今日の地図(保存版)

まとめ板。1枚目=146条は事前×、完成後○は反対解釈。2枚目=放棄は意思表示だから認識と行為能力が要る。効果は相対効。3枚目=知らずに承認しても放棄ではないが、信義則で援用権を失う。新たな時効はまた進む。 図:まとめ板

  • 1枚目=146条は事前×、完成後○は反対解釈
  • 2枚目=放棄は意思表示だから認識と行為能力が要る
  • 効果は相対効
  • 3枚目=知らずに承認しても放棄ではないが、信義則で援用権を失う
  • 新たな時効はまた進む

今日のポイントをまとめます。時効の利益は、完成前は放棄できません。押しつけを防ぐためです。完成後は、146条の反対解釈によって、放棄が許されます。放棄は意思表示だから、完成の認識と、行為能力が必要でしたね。効果は相対効でした。そして、知らずに承認しても、それは放棄にはなりません。ただし、その後の援用は、信義則によって許されなくなります。そして、その状態も永久には続きません。承認の時から新たな時効が進行し、それが完成すれば、今度こそ援用できます。冒頭のBに戻ります。Bは、あらためて時効を援用することはできません。ただし、電話で「もう少し待ってください」と言った、その時から、新しい時効がすでに走り始めています。

「時効を手放す行為は、何を知っていたかで名前が変わる」。この1本の軸を持ち帰れば、放棄も信義則も混ざらなくなりますね。その軸を、ぜひ持ち帰ってください。

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#76単独ページ動画

完成猶予と更新・裁判上の請求

第1章 民法総則 #76/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴えたのに、時効は止まっていない

冒頭の問い板。銀行Aが借主Bに1000万円。返済期限から9年11か月、あと1か月で時効完成。Aが期限ぎりぎりで貸金返還請求訴訟を提起した。この訴えで時効はどうなったか。 図:冒頭の問い板

  • 銀行Aが借主Bに1000万円
  • 返済期限から9年11か月、あと1か月で時効完成
  • Aが期限ぎりぎりで貸金返還請求訴訟を提起した
  • この訴えで時効はどうなったか

今回は、時効が完成する前の場面です。返済期限から9年11か月が過ぎて、あと1か月で消滅時効が完成します。慌てたAは、期限ぎりぎりで、貸金返還請求訴訟を起こしました。さて、この訴えによって、時効はどうなったでしょうか。訴えたのだからリセットされた、と多くの人が答えます。でも違います。訴えた段階では、時効の完成が先送りされているだけです。9年11か月ぶんのカウントは、消えずに残ったままです。リセットされるのは、Aが勝って判決が確定したときだけです。そして、もしAが途中で訴えを取り下げたら、Aに残された時間は6か月だけになります。今日は、この2つがなぜ違う扱いになるのか、条文が持っている1本の基準からほどいていきます。

言葉の引っ越し

用語対応表。旧法の「中断」→現行法の「更新」、旧法の「停止」→現行法の「完成猶予」。単なる言い換えではなく、保護の中身の書き方が整理し直されている。 図:用語対応表

  • 旧法の「中断」→現行法の「更新」、旧法の「停止」→現行法の「完成猶予」
  • 単なる言い換えではなく、保護の中身の書き方が整理し直されている

まず、言葉の引っ越しから確認します。2017年の民法改正で、呼び方が変わりました。旧法の「中断」という言葉が、今の「更新」になりました。旧法の「停止」という言葉が、今の「完成猶予」になりました。名前が変わっただけですか。そこが今日、最初に押さえてほしい点です。単なる言い換えではありません。旧法にも、訴えを起こせば時効が止まる、という条文はありました。ただし訴えを取り下げたり、却下されたりすると、その保護ごと失われる仕組みだったんです。訴えた瞬間から確実に守られる、という書き方は、今の147条になって初めて、条文にはっきり書かれました。

この表を思い出してください。「中断」と出てきたら今の「更新」に近い場面を指していることが多いです。独学で古い教材を持っている人ほど、ここでつまずきます。まずこの橋を架けておきます。

時効障害とは何か

定義の板。時効は放っておけば必ず完成するとは限らない。完成前に一定の事由が起きると、①完成が一時猶予される(完成猶予)か、②カウントがリセットされて新しい期間が走り出す(更新)。この2つをまとめて時効障害という。 図:定義の板

  • 時効は放っておけば必ず完成するとは限らない
  • 完成前に一定の事由が起きると、
  • ①完成が一時猶予される(完成猶予)か、
  • ②カウントがリセットされて新しい期間が走り出す(更新)
  • この2つをまとめて時効障害という

本編に入る前に、少し前の話を思い出させてください。前回、時効が完成する前に承認したら、時効はどうなると、前回お話ししましたっけ?えっと……たしか、更新になる、という話でした。今日は、その「更新」の中身を正面から扱います。時効は、放っておけば必ず完成する、というものではありません。完成の前に一定の事由が起きると、2通りの反応が起こります。1つは、完成が一時猶予されるだけの反応。もう1つは、それまでのカウントがリセットされて、新しい期間が走り出す反応です。前者を完成猶予、後者を更新と呼びます。

この2つをまとめて呼ぶ言葉もあるんですか。あります。完成猶予と更新をまとめて、時効障害と呼びます。時効の進行を妨げる制度全体の総称です。

用語だけ先出しの確認板。完成猶予と更新のうち、それまでのカウントをリセットする方はどちらか。 図:用語だけ先出しの確認板

もう1つだけ確認させてください。完成猶予と更新、どっちがカウントをリセットする方でしたっけ?さっき聞いたばかりですけど……更新、です。完成猶予は、完成が後ろへずれるだけ。カウントをリセットするのは更新です。この区別を、次は図で決定的にします。

猶予と更新を時間の線で区別する

時間の線①②(見出し「完成猶予と更新の対比」・上下2段)。返済期限2015/4/1、時効完成予定2025/4/1。①猶予=2025/3/1に事由発生、2026/3/1に終了→完成は2026/4/1にずれるだけ(残り1か月は1か月のまま)。②更新=2026/3/1に更新→そこから2036/3/1までゼロから10年。 図:時間の線①②

  • 見出し「完成猶予と更新の対比」・上下2段
  • 返済期限2015/4/1、時効完成予定2025/4/1。①猶予=2025/3/1に事由発生、2026/3/1に終了→完成は2026/4/1にずれるだけ(残り1か月は1か月のまま)。②更新=2026/3/1に更新→そこから2036/3/1までゼロから10年。

ここからは、言葉の定義で終わらせず、図で確認します。返済期限が2015年4月1日、時効の完成予定が2025年4月1日だとします。まず①、猶予が起きた場合です。2025年3月1日に猶予の事由が起きて、2026年3月1日にその事由が終わったとします。事由が終わった時点で、完成日はどこへ動くと思いますか。完成は2026年4月1日にずれるだけです。残っていた1か月は、事由が終わった後も、1か月のままです。これが猶予です。猶予は延長ではありません。残り時間が増えるわけではなく、完成日という締め切りが動くだけです。次に②、更新が起きた場合です。同じ2026年3月1日に更新が起きたとします。

ここで何が起きるかというと、それまでのカウントがゼロに戻り、その日から新しく10年が走り出します。そこから2036年3月1日までです。同じ日に起きた出来事なのに完成予定がこれだけ違う、そこが今日いちばん見てほしい対比です。同じ場所で起きた出来事でも、猶予か更新かで、その後の時間がまったく違う姿になります。

なぜ2種類あるのか

振り分けの基準板(見出し「完成猶予と更新の違いを分ける基準」)。本文:「『まだ争っている』と示した → 完成猶予」「『権利は本当にあった』と確定した → 更新」。※条文の文言ではなく、立法趣旨としての整理。 図:振り分けの基準板

  • 見出し「完成猶予と更新の違いを分ける基準」
  • 本文:「『まだ争っている』と示した → 完成猶予」「『権利は本当にあった』と確定した → 更新」。※条文の文言ではなく、立法趣旨としての整理。

なぜ2種類も用意されているんですか。1つの制度でよくないですか。そこが今日の心臓です。なぜ2種類あるのかを説明する、1本の基準があります。以前、時効がなぜ権利を消してよいのか、という話をしましたよね。この基準は、その趣旨から出てきます。権利者が「まだ争っている」とはっきり示した場面には完成猶予を、「権利は本当にあった」と確定した場面には更新を、民法は割り当てているんです。声を上げた時点で、権利者はもう眠っていません。だから、とりあえず完成を待たせてあげます。でも、声を上げただけでは、権利が本当にあるかどうかは、まだ分かりません。

本当にあると確かめられて初めて、それまでのカウントを捨ててよい、という話になります。この2行を、そのまま板にしておきます。これから先の話は、全部この板に戻ってきます。これは、条文にそのまま書いてある言葉なんですか。違います。条文の文言ではありません。これは立法趣旨としての整理です。147条を丸暗記するための物差しとして使ってください。

今日歩くのは147条だけ

時効障害事由の地図板。今日やる(147条・裁判上の請求等)/次にやる(148条・149条は次回、催告150条・協議151条・承認152条・158〜161条はさらに次回)。効果欄は「猶予のみ/更新あり」の2値。 図:時効障害事由の地図板

  • 今日やる(147条・裁判上の請求等)/次にやる(148条・149条は次回、催告150条・協議151条・承認152条・158〜161条はさらに次回)
  • 効果欄は「猶予のみ/更新あり」の2値

時効障害には、147条から152条まで、そして158条から161条まで、いくつもの事由があります。そんなにたくさんあるんですか。あります。ただし、今日歩くのは147条だけです。差押えの、さらに後の回では、裁判所を通さずに払ってくれと求める場合、当事者どうしで話し合うと決めた場合、相手が借金を認めた場合、それに未成年者や天災で権利を使えなかった場合を扱います。ただ、147条は筆頭であり、いちばんよく使う事由です。ここを1本の理屈で歩ければ、残りの事由にも、同じ基準がそのまま使えます。

147条を条文どおり歩く

147条の事案要約板。今日も同じA・Bの場面。Aが訴えを提起したら、147条のどの部分が動くのか。 図:147条の事案要約板

  • 今日も同じA・Bの場面
  • Aが訴えを提起したら、147条のどの部分が動くのか

ここで、条文を置きます。まず1項の柱書です。

147条1項柱書の全文カード板(かっこ書=確定判決なく終了なら6か月、を含む) 図:147条1項柱書の全文カード板(かっこ書=確定判決なく終了なら6か月、を含む)

条文民法147条1項柱書

民法 第百四十七条(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)第一項柱書 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。

そして、このかっこ書を読み飛ばさないでください。今日の結論の半分は、このかっこ書に入っています。まず、かっこの外側だけかみ砕くと、「1号から4号までの事由が起きたら、その事由が終わるまでは、時効は完成しない」という原則です。続いて、各号を見ます。

147条1項各号・2項の全文カード板(1号〜4号の事由/2項=権利確定で更新) 図:147条1項各号・2項の全文カード板(1号〜4号の事由/2項=権利確定で更新)

条文民法147条1項各号・2項

民法 第百四十七条 第一項各号・第二項 一 裁判上の請求 二 支払督促 三 民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停 四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加 2 前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。

1号の裁判上の請求、つまり訴えを起こすこと。2号の支払督促は、裁判所から相手に支払えと通知してもらう簡易な手続です。3号は、裁判所での話し合いで決着をつける場合。4号は、相手が倒産したときに、その手続に債権者として加わることです。どれも、権利行使の意思が明らかになったと言える事実として、1号と並んでいます。だから2号から4号も、完成猶予の事由になります。今日はこのうち、いちばん大事な1号、裁判上の請求だけを最後まで追います。Aが訴えを起こすと、その訴訟が終わるまで、時効の完成が猶予されます。柱書の「事由が終了するまでの間は完成しない」が、まさにこの場面です。

猶予はいつから始まるか

提出時基準の図。Aが2025年3月28日に訴状を提出、Bに届いたのは4月10日。完成予定は4月1日。提出時が基準なら間に合っている。もし到達時が基準なら9日遅れで完成していた。 図:提出時基準の図

  • Aが2025年3月28日に訴状を提出、Bに届いたのは4月10日
  • 完成予定は4月1日
  • 提出時が基準なら間に合っている
  • もし到達時が基準なら9日遅れで完成していた

さっきの図に戻ると、猶予は事由が起きたときから始まるんですよね。訴えの場合、いつが「事由が起きたとき」になるんですか。ここは試験でよく問われます。答えは訴状を裁判所に提出した時です。民事訴訟法147条に、この時点が基準になると定められています。被告に届いた時じゃないんですか。違います。被告に届いた時ではありません。ここで具体的に見ましょう。Aが2025年3月28日に、訴状を裁判所に提出したとします。完成予定は4月1日、Bに訴状が届いたのは4月10日でした。もし基準が到達時だったら、Aは9日遅れで時効が完成してしまい、間に合っていませんでした。

提出時が基準だから、3月28日の時点で、もう猶予が始まっています。だからAは間に合っています。ここも今日の基準で説明がつきます。訴状を出した時点で、権利行使の意思はもう明らかになっています。そのうえ、出した後で書類がいつ届くかは、Aには動かせません。Aが動かせない事情のせいで時効が完成してしまうのは、酷だからです。期限ぎりぎりの提訴では、この数日が生死を分けます。訴状の送達など、手続の中身そのものは、別のシリーズで扱います。

確定→更新

確定→更新の確認板。147条2項の場面で、さっきの振り分けの基準を自力で当てはめてみる。 図:確定→更新の確認板

ここで、もう一度確認させてください。さっきの基準を思い出すと、確定判決が出た場合はどちらに分類されそうですか。確定判決が出た、ということは……もう権利があるって確かめられた、ということですよね。だとしたら、さっきの基準だと更新の方じゃないですか。それが2項の場面です。

147条の帰結板(前半)。確定判決、または確定判決と同一の効力を有するもので権利が確定したとき=更新。更新の起算点は事由が終了した時。 図:147条の帰結板

  • 前半
  • 確定判決、または確定判決と同一の効力を有するもので権利が確定したとき=更新。更新の起算点は事由が終了した時。

Aが訴訟に勝って、判決が確定したとします。147条2項が動くのはこの場面です。確定判決、または確定判決と同一の効力を有するもので、権利が確定したときは、更新されます。さっきの基準に当てはめると、判決で確定した、ということは、権利の存在について確証が得られた、ということです。だから、それまでのカウントを捨ててよい。更新の起算点は、事由が終了した時、つまり訴訟が終わった時からです。そこからまた新しい期間が走り出します。

確定しないで終わったら、6か月だけ

取下げ=6か月の図。Aが2026年3月1日に訴えを取り下げた→2026年9月1日まで猶予。反実仮想①もし猶予が0だったら=取下げた瞬間に完成。②もし更新だったら=訴状1枚で時効が10年延びる。

  • 取下げ=6か月の図
  • Aが2026年3月1日に訴えを取り下げた→2026年9月1日まで猶予
  • 反実仮想①もし猶予が0だったら=取下げた瞬間に完成
  • ②もし更新だったら=訴状1枚で時効が10年延びる

訴えを起こしたのに負けたり途中でやめたりしたときの答えが、柱書のかっこ書に書いてあります。もう一度読みます。「確定判決によって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない」。却下されたり取り下げたりした場合は、更新はされません。終了の時から6か月を経過するまでの間、完成が猶予されるだけです。さっきの基準で考えてみましょう。訴えが確定しないまま終わった、ということは、権利があるかどうか、結局確かめられませんでした。

確証が得られていないなら、カウントを捨てる理由がありません。だから更新はしません。0ではなく6か月もらえる理由も考えてみましょう。Aが2026年3月1日に訴えを取り下げたとします。この場合、2026年9月1日まで猶予されます。もし猶予がまったく無ければ、取り下げた瞬間に時効が完成します。Aは訴え直す暇がありません。訴えていた間、Aは眠っていなかったのに、それが一切報われないことになります。逆に更新されるとしたら、中身を何も審理していないのに、訴状を1枚出して取り下げるだけで、時効が10年延びることになります。

時効という制度が、訴状1枚で無力化されます。訴えて取り下げることを繰り返せば、時効はいつまでも完成しません。眠っていなかった事実は認めて、訴え直す猶予は与える。でも、確証が得られていない以上、カウントは捨てない。この6か月は、まさに完成猶予の典型例です。さっきの図でいえば、完成日だけが後ろへずれる、あの動きと同じです。

勝ったあとの時効は何年か

169条1項の一言板。確定判決で確定した権利は、もとの時効期間が10年より短くても10年になる。2項の適用除外は口頭のみ。 図:169条1項の一言板

  • 確定判決で確定した権利は、もとの時効期間が10年より短くても10年になる
  • 2項の適用除外は口頭のみ

Aが勝って更新された後に何年の時効が走るのか、そこにも条文があります。

169条1項の全文カード板(確定判決で確定した権利は10年より短い時効期間でも10年になる) 図:169条1項の全文カード板

条文民法169条1項

民法 第百六十九条(判決で確定した権利の消滅時効)第一項 確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。

もとの債権がたとえば5年の時効だったとしても、判決で確定すれば、10年になります。短いはずの時効が延びる理由も、さっきの基準の続きです。判決で権利の存在に確証が得られた以上、証拠が残っていないから短く切る、という短期時効の理由が、もう当てはまりません。しかも、短いままだと、勝った側が何度も訴え直すことになります。だから10年にそろえます。短期の債権でも、判決を取れば10年になる、という実務の感覚を持っておいてください。2項には、確定の時にまだ弁済期が来ていない債権には、これが適用されないという限定もあります。確証は得られていても、まだ権利を行使できる状態になっていないからです。期間そのものの本体は、また別の回で扱います。今日は10年という結論だけで十分です。

今日の地図(保存版)

まとめ板。1枚目=訴えただけでは完成猶予、勝って確定すれば更新、確定しないで終われば6か月。2枚目=振り分けの基準(権利行使の意思/権利の確証)。3枚目=時効障害の地図で今日は147条だけ歩いたこと。 図:まとめ板

  • 1枚目=訴えただけでは完成猶予、勝って確定すれば更新、確定しないで終われば6か月
  • 2枚目=振り分けの基準(権利行使の意思/権利の確証)
  • 3枚目=時効障害の地図で今日は147条だけ歩いたこと

今日のポイントをまとめます。冒頭のAに戻ります。Aが訴えを起こした時点では、時効の完成は先送りされただけでした。勝って判決が確定すれば、そこでカウントがゼロに戻る。更新でしたね。もしAが訴えを取り下げていたら、残された時間は6か月だけです。声を上げただけなら猶予、確かめられたら更新。この基準さえ持っていれば、147条の中の帰結は、どれも1つの理屈から出てきます。今日は、“普通の訴え”を追いました。ところが実務には、1000万円のうち一部だけ訴える、他人の債権を代わりに訴える、訴えられた側が抗弁として主張する——形が普通でない場面がたくさんあります。

そのときも、今日の基準で答えが出せるんですか。それを、次に確かめます。今日作った基準は、そのまま道具として使えます。訴えても時効は止まらない。止まるのは完成であって、時計ではない。今日の1本の軸を持ち帰ります。ぜひ持ち帰ってください。

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#77単独ページ動画

一部請求・代位訴訟・強制執行と時効

第1章 民法総則 #77/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

正直に書いたら損をする?

冒頭の問い板。銀行Aが借主Bに1000万円。時効の完成が迫る中、Aは訴訟費用を抑えるため、1000万円のうち300万円だけを請求する訴えを起こした。訴状に「これは1000万円のうちの300万円である」と書いた場合と、書かなかった場合とで、残り700万円の時効はどうなるか。 図:冒頭の問い板

  • 銀行Aが借主Bに1000万円
  • 時効の完成が迫る中、Aは訴訟費用を抑えるため、1000万円のうち300万円だけを請求する訴えを起こした
  • 訴状に「これは1000万円のうちの300万円である」と書いた場合と、書かなかった場合とで、残り700万円の時効はどうなるか

今回は、Aが訴訟費用を抑えたいと考えて、1000万円のうち300万円だけを請求する訴えを起こします。ここで問いです。残された700万円の時効はどうなるでしょうか。実は、1000万円まるごと止まるとは限らず、訴状の書き方ひとつで変わります。訴状に「これは1000万円のうちの300万円です」と書けば、守られるのはその300万円だけです。訴状に一部だと明示しなければ、1000万円全部が守られます。今日はこの不思議な結論がどこから出てくるのかを、前回作った基準で説明します。先に結論を言うと、物差しは前回と同じ2本のままです。権利行使の意思が明らかになれば完成猶予、権利の存在について確証が得られれば更新。この2本だけで、一部請求から代位訴訟、詐害行為取消訴訟、抗弁、強制執行、仮差押えまで、7つの場面を全部さばきます。

今日は場面が変わるだけで、道具は増やしません。

今日使う物差しは2本のまま

前編の振り分けの基準板(見出し「完成猶予と更新の違いを分ける基準」)。本文:「権利行使の意思が明らかになった → 完成猶予」「権利の存在について確証が得られた → 更新」。※条文の文言ではなく、立法趣旨としての整理。 図:前編の振り分けの基準板

  • 見出し「完成猶予と更新の違いを分ける基準」
  • 本文:「権利行使の意思が明らかになった → 完成猶予」「権利の存在について確証が得られた → 更新」。※条文の文言ではなく、立法趣旨としての整理。

前回の基準、覚えていますか?前回の最後に、この2行にまとめてもらいました。権利行使の意思が明らかになったら完成猶予、権利の存在について確証が得られたら更新。今日はこの2行を、そのまま7回使い回すだけです。中身を作り変えることはしません。良い所に気づきました。今日はもう1つだけ、新しい軸を足します。効果が、どの債権に、どこまで届くかという軸です。前回は債権が1本しか出てこなかったので、この軸を考える必要がありませんでした。今日は債権が複数登場する場面が続くので、猶予か更新かを決めた後、もう一段、どこまで届くかを必ず確認します。

一部だけ、明示しないで訴えたら

一部請求の帯グラフ①。1000万円の帯を300万円と700万円に分割。訴状に一部であることを明示しなかった場合、帯全体に「守られる」の印が付く。板の隅に小さく出典=最判昭和45年7月24日民集24巻7号1177頁。 図:一部請求の帯グラフ①

  • 1000万円の帯を300万円と700万円に分割
  • 訴状に一部であることを明示しなかった場合、帯全体に「守られる」の印が付く
  • 板の隅に小さく出典=最判昭和45年7月24日民集24巻7号1177頁

具体的に見ていきます。まず、訴状に何も断らずに、300万円を請求する訴えを起こした場合です。Bの立場になって考えてみてください。300万円の請求だけを見せられたBは、これが1000万円のうちの一部だとは分かりません。訴えられた側からは、その債権をめぐる争いが丸ごと持ち込まれているように見えます。つまり、権利行使の意思は、1000万円全部について表れていると評価できます。だから、さっきの基準が全部にかかり、700万円の分も含めて完成が猶予されます。

一部だけ、明示して訴えたら

一部請求の帯グラフ②。1000万円の帯のうち、訴状に「本訴は1000万円のうちの300万円である」と明示した場合、印が付くのは300万円の部分だけ。残り700万円には吹き出しで「訴訟終了後6か月以内に動けば救済あり」と追記。板の隅に小さく出典=最判昭和34年2月20日民集13巻2号209頁/最判平成25年6月6日民集67巻5号1208頁。 図:一部請求の帯グラフ②

  • 1000万円の帯のうち、訴状に「本訴は1000万円のうちの300万円である」と明示した場合、印が付くのは300万円の部分だけ
  • 板の隅に小さく出典=最判昭和34年2月20日民集13巻2号209頁/最判平成25年6月6日民集67巻5号1208頁

訴状に一部だと明示したときは、明示した300万円についてしか効果が生じません。判例もこの立場を取っています。損をしているのではなく、Aが自分で範囲を区切っているんです。明示した瞬間、Aは「残りの700万円は、今は求めていません」と宣言していることになります。残りの700万円については、権利行使の意思が表れていないんです。だから、さっきの基準が700万円には及ばず、その部分の時効はそのまま進んでしまいます。700万円を完全にあきらめる、そこまでではありません。判例は、明示的な一部請求の訴えを起こしたこと自体が、残りの700万円について一定の効果を持つと認めています。この訴訟が終わってから6か月以内に、残りの700万円についても改めて権利行使の動きを見せれば、その部分の時効の完成も止めることができます。なぜ残りも救われるのか。一部を明示して訴える人も、債権そのものをあきらめたわけではなく、権利を行使する姿勢は外に表れています。だから、残りの700万円についても、その6か月のあいだは時効の完成を止めてよい、という理屈です。

冒頭の問いに戻ると、正直に書いたAは、損をしているのではなく、自分で守る範囲を選んで、なお6か月の猶予も手にしているんです。

他人の債権を代わりに訴える

関係図。上段「代位訴訟」。A→B(1000万円・被保全債権)/B→C(800万円・代位行使された債権)。B→Cには「確実」の印、A→Bには「争いあり」の印。 図:関係図

  • 上段「代位訴訟」
  • A→B(1000万円・被保全債権)/B→C(800万円・代位行使された債権)
  • B→Cには「確実」の印、A→Bには「争いあり」の印

次は、他人の債権を代わりに訴える場面です。具体的に見ていきましょう。Bが無資力で、BがC社に対して800万円の売掛金債権を持っているとします。AがBに代わって、C社を訴えます。ここで、動く時計はどれかを考えます。この訴訟で審理されているのは、どの債権でしょうか。Aが訴えているのは、B→Cの800万円の債権、です。B→Cの債権が、この訴訟の中身そのものです。だから、B→Cの800万円については、さっきの基準が素直に当たります。訴えが起きれば猶予、判決が確定すれば更新です。Aが本来持っている、A→Bの1000万円の方はどうなるんですか。そちらは、争いがあります。肯定する見解が有力です。肯定する側は、Aは自分の債権を守るために動いているのだから眠っていない、と考えます。

否定する側は、この訴訟で審理されているのは、あくまでB→Cの債権であって、A→Bの債権ではない、と考えます。どちらの言い分にも理由があります。

他人への財産移転を取り消す

関係図。下段「詐害行為取消訴訟」。A→B(1000万円・被保全債権)/B→D(土地の贈与)/A⇒D(取消しの訴え)。A→Bには印が付かない(判例)。上段の代位訴訟と同じレイアウトで並べる。 図:関係図

  • 下段「詐害行為取消訴訟」
  • A→B(1000万円・被保全債権)/B→D(土地の贈与)/A⇒D(取消しの訴え)
  • A→Bには印が付かない(判例)

AはDを相手に、この贈与を取り消す訴えを起こします。代位訴訟と同じように動くと考えたくなりますが、ここで答えが逆になります。A→Bの1000万円について、学説は有力に肯定しますが、判例はこれを認めていないと理解されています。なぜ、さっきの代位訴訟と、答えが逆になるんですか。ここが今日いちばんの見せ場です。もう一度、それぞれの訴訟で何が審理されているかに戻りましょう。代位訴訟の法廷では、終始「B→Cの800万円が存在するか」だけが審理されます。一方、詐害行為取消訴訟の法廷で審理されているのは、「Bの贈与を取り消してよいか」です。A→Bの1000万円そのものは、審理の対象ではありません。

A→Bの1000万円は、この訴訟の中で全く出てこないんですか。出てきます。ただし、取消しを認めるための要件の1つとして名前が挙がるだけです。Aに保全すべき債権があるかどうかは確認されますが、その債権の存在そのものを確定させる審理は行われません。審理されていないA→Bの1000万円については、確証は生まれません。だから、被保全債権の時効は動かない、というのが判例の理解です。代位訴訟と詐害行為取消訴訟は、どちらも他人がらみの訴えという同じ形をしていますが、訴訟の中で何を審理しているかが違う。だから答えも違ってきます。「訴えれば止まる」という素朴な理解は、ここで一度壊しておいてください。

何が審理の対象として立っているかが違うから、A→Bの債権に確証が生まれるかどうかも、それに応じて変わってくるんです。気をつけてほしいのは、ここでも物差しは2本のままだということです。変わったのは当てる先——どの債権が審理されているか、それだけです。

訴えられた側が抗弁を出したら

関係図。E=時計店、F=客。F→E(時計の返還請求訴訟)/E→F(修理代金債権)/Eの抗弁。「更新×」「猶予○」の2種類の印を分けて配置。 図:関係図

  • E=時計店、F=客
  • F→E(時計の返還請求訴訟)/E→F(修理代金債権)/Eの抗弁
  • 「更新×」「猶予○」の2種類の印を分けて配置

次は、訴えたのがこちら側ではない場面です。具体的な場面で見てみましょう。E=時計店、F=客とします。Fが高級腕時計の修理をEに依頼し、修理は終わったのに、Fが代金を払いません。Fが返還請求の訴えを起こし、Eは「修理代金をもらうまで返さない」と抗弁を出しました。この抗弁は認められました。この「代金をもらうまで返さない」と言える権利を、留置権と呼びます。名前だけ先に渡しておきます。Eは訴えた側じゃなくて、訴えられた側ですよね。それでも、Eの修理代金債権に何か効果は生じるんですか。生じます。判例は、抗弁として主張しただけでは更新はしないが、完成が猶予されるという扱いを認めています。

ここは、さっきの2本の物差しが、別々に働いていると考えると分かります。「代金を払え」というEの意思は、抗弁の中で明確に表れています。だから権利行使の意思はある。猶予はここから来ます。更新がない理由はこうです。抗弁として認められただけでは、その代金債権が本当に存在するという、裁判所の確定的な判断が下されたとまでは言えません。権利の存在について確証が得られたとは、まだ言い切れないんです。だから更新はしません。今日、この節でようやく、基準が2本あることの意味が完全に見えます。訴えた側でなくても、意思さえ明確に表れれば猶予は生じる。でも、確証までは別の話だということです。

執行は確証が得られた手続

148条1項柱書のかっこ書に至るまでの事案要約板。今日のもう1つの場面は、裁判所を使う手続の中でも「訴え」ではなく「執行」。強制執行はどの時点から時効に効くのか。 図:148条1項柱書のかっこ書に至るまでの事案要約板

  • 今日のもう1つの場面は、裁判所を使う手続の中でも「訴え」ではなく「執行」
  • 強制執行はどの時点から時効に効くのか

ここから先は、訴えではなく、裁判所を使う別の手立てです。まず、強制執行から見ていきます。条文を置きます。

条文民法148条1項柱書

民法 第百四十八条(強制執行等による時効の完成猶予及び更新)第一項柱書 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。

原則は、事由が終わるまで完成しない。ただし取下げや不備による取消しで終わったら、終了から6か月だけ、という構造は同じです。では、各号を見ましょう。

条文民法148条1項各号・2項

民法 第百四十八条 第一項各号・第二項 一 強制執行 二 担保権の実行 三 民事執行法(昭和五十四年法律第四号)第百九十五条に規定する担保権の実行としての競売の例による競売 四 民事執行法第百九十六条に規定する財産開示手続又は同法第二百四条に規定する第三者からの情報取得手続 2 前項の場合には、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。ただし、申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合は、この限りでない。

相手の財産のありかを、裁判所を通じて開かせる手続です。令和の改正で、第三者に財産の情報を出させる手続もこの号に加わりました。手続の中身までは、別の回で扱います。今日は、この条文の姿だけを見てください。ここで、さっきの基準に戻ります。なぜこれらの事由には更新が用意されているんでしょうか。さっきの基準だと、権利の存在について確証が得られたかどうか、です。ここで言葉を一つ。債務名義というのは、裁判所が「払え」と確定させた文書のことです。確定判決や和解調書がこれに当たります。強制執行や担保権の実行は、債務名義があって初めてできる手続です。すでに権利の存在について確証が得られているからこそ、実行に移れるわけです。だから、事由が終了すれば更新します。

回収できたら、時効はそもそも問題にならない

給与差押えの図。Aが勝訴判決に基づきBの給与債権を差し押さえたが、回収できたのは200万円のみで手続終了。残り800万円は手続終了時から更新。反実仮想として、もしAが自分で申立てを取り下げていたら、終了から6か月だけになる。 図:給与差押えの図

  • Aが勝訴判決に基づきBの給与債権を差し押さえたが、回収できたのは200万円のみで手続終了
  • 残り800万円は手続終了時から更新
  • 反実仮想として、もしAが自分で申立てを取り下げていたら、終了から6か月だけになる

Aが勝訴判決を得て、Bの給与債権を差し押さえたとします。回収できたのは200万円だけで、手続はそこで終わりました。満足を得た限度で、その分の債権は消滅します。時効を考える以前の話です。更新が問題になるのは、回収しきれなかった分だけです。残った800万円は、手続が終了した時から更新されます。その場合は、確証が得られたとは言えませんから、さっきのかっこ書のとおり、終了の時から6か月だけの猶予にとどまります。

知らないうちに時計を止められない

関係図。A→B(1000万円の債権)/G(Bの親族で物上保証人・自分の土地に抵当権を設定)/A⇒Gの土地(抵当権の実行)/A→Bへの通知の矢印。通知が届いて初めてBとの関係で時計が止まることが見える描き方。 図:関係図

  • A→B(1000万円の債権)/G(Bの親族で物上保証人・自分の土地に抵当権を設定)/A⇒Gの土地(抵当権の実行)/A→Bへの通知の矢印
  • 通知が届いて初めてBとの関係で時計が止まることが見える描き方

もう1つ、強制執行には確認すべき点があります。たとえば、G=Bの親族で、Bの借金のために自分の土地に抵当権をつけた物上保証人だとします。AがGの土地に抵当権を実行しました。まだ知らないかもしれません。ここで条文を見ましょう。

条文民法154条

民法 第百五十四条(債務者以外の者に対する強制執行等に係る時効の完成猶予及び更新の効力) 第百四十八条第一項各号又は第百四十九条各号に掲げる事由に係る手続は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、第百四十八条又は第百四十九条の規定による時効の完成猶予又は更新の効力を生じない。

しかも、通知が到達して初めて、Bとの関係で猶予・更新の効力が生じます。競売開始決定の正本がBに届いた日から、効果が動き出します。なぜ、届くことまで必要なんですか。知らないうちに、自分の債権の時計が止められていたら、不意打ちになるからです。Bは、Gへの執行があったことを知って初めて、自分でも動くかどうかを判断できます。良い所に気づきました。153条は相対効の規定で、猶予・更新の効力が及ぶ当事者の範囲を定めています。154条はそれとは違って、通知が到達することを効力発生の条件にする規定です。条番号が近いので、取り違えないようにしてください。

保全は暫定的な手続

149条1項柱書+各号の全文カード。1項柱書(仮差押え・仮処分)と各号のみ。148条2項に相当する更新の項が無いことが、レイアウトの空欄として一目でわかる。

  • 149条1項柱書+各号の全文カード
  • 1項柱書(仮差押え・仮処分)と各号のみ

最後の場面です。Aが訴えの前に、Bの預金を仮差押えしたとします。

条文民法149条

民法 第百四十九条(仮差押え等による時効の完成猶予) 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了した時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。 一 仮差押え 二 仮処分

そして、この条文には148条2項に当たる更新の規定がありません。仮差押えや仮処分が終了した時から6か月を経過するまで、猶予されるだけです。もう一度、確証の基準に戻りましょう。仮差押えや仮処分は、その後に訴えを起こすことが予定されている暫定的な手続です。確証はまだ得られていません。だから更新は生じません。この場面でも、Bではなく物上保証人のような第三者を相手に仮差押えをした場合は、さっきの154条と同じで、Bへの通知が届いて初めて効果が生じます。

時間の線。前編と同じ描き方で、①強制執行が終了→時計はゼロに戻って新たに10年 ②仮差押えが終了→終了時から6か月だけ猶予期間が伸びる、を同じ時間軸上に重ねて示す。 図:時間の線

  • 前編と同じ描き方で、
  • ①強制執行が終了→時計はゼロに戻って新たに10年
  • ②仮差押えが終了→終了時から6か月だけ猶予期間が伸びる、を同じ時間軸上に重ねて示す

強制執行が終了すると、時計はゼロに戻り、そこから新たに10年が走ります。仮差押えが終了すると、終了した時点から6か月だけ猶予期間が伸びて、そこで終わりです。ゼロには戻りません。

3つの条文をまとめて見る

対比板。147条・148条・149条を、猶予の終わり方(列1)と更新の有無(列2)の2列で並べる。149条だけ更新の欄が空白になっている。 図:対比板

  • 147条・148条・149条を、猶予の終わり方(列1)と更新の有無(列2)の2列で並べる
  • 149条だけ更新の欄が空白になっている

ここで、今日出てきた条文を1枚にまとめます。147条、148条、149条を、猶予の終わり方と、更新の有無の2列で並べます。147条と148条には、更新の欄に何か書いてありますが、149条だけ空白ですね。この空白は、書き忘れではありません。147条は訴えの決着で確証が得られる、148条は執行で確証が得られる。でも149条の仮差押え・仮処分は、確証が得られる手続ではありません。だから条文の姿そのものが、更新の欄を空白にしています。

今日の地図(保存版)

まとめ板。1枚目=冒頭のAの結論(明示すれば300万円ぶんだけ、ただし訴訟終了後6か月の救済ルートもある)。2枚目=今日使った物差しは2本だけ。3枚目=裁判所を使う手立てはここまで、次は裁判所を使わない手立てへ。 図:まとめ板

  • 1枚目=冒頭のAの結論(明示すれば300万円ぶんだけ、ただし訴訟終了後6か月の救済ルートもある)
  • 2枚目=今日使った物差しは2本だけ
  • 3枚目=裁判所を使う手立てはここまで、次は裁判所を使わない手立てへ

冒頭のAに戻りましょう。訴状に何も書かなければ1000万円全部が守られ、300万円だと明示すれば、守られるのはその部分だけです。ただし、訴訟が終わってから6か月の間に動けば、残りも守れます。正直に書いたAは、損をしたわけではなくて、自分で範囲を選んで、なお猶予も持っていた、ということですね。今日は7つの場面を歩きましたが、使った物差しは2本だけでした。権利行使の意思が明らかになれば猶予、権利の存在について確証が得られれば更新。この2本さえ持っていれば、代位訴訟と詐害行為取消訴訟で答えが逆になる理由も、留置権の抗弁で半分だけ効果が生じる理由も、全部そこから出てきます。

今日ここまでは、裁判所を使う手立てでした。次は、裁判所を使わずに時効を止められるか——電話1本の催告、当事者どうしの話し合い、そして相手が「払います」と認めた場合を扱います。裁判所を使わなくても時効を止められるかどうかを、次に確かめましょう。

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#78単独ページ動画

催告・協議の合意・承認

第1章 民法総則 #78/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「もう少し待って」で何が起きたか

冒頭の問い板。銀行Aが借主Bに1000万円。時効完成まであと1か月に迫った日、Bから電話「すみません、もう少し待ってください。必ずお返しします。」。同じころAはBに「払え」という手紙も書いていた。手紙は6か月しか時効を止めなかったのに、Bの一言は時効を振り出しに戻した。同じ「言葉」で、なぜここまで効き目が違うのか。 図:冒頭の問い板

  • 銀行Aが借主Bに1000万円
  • 時効完成まであと1か月に迫った日、Bから電話「すみません、もう少し待ってください。必ずお返しします。」
  • 同じころAはBに「払え」という手紙も書いていた
  • 手紙は6か月しか時効を止めなかったのに、Bの一言は時効を振り出しに戻した
  • 同じ「言葉」で、なぜここまで効き目が違うのか

今回は、Aが訴えを起こす前の場面です。時効の完成まであと1か月に迫った日、Bから電話がかかってきます。「すみません、もう少し待ってください。必ずお返しします。」この一言だけで、Aの1000万円の時効は、振り出しに戻りました。しかも同じころ、AはBに「払ってください」という手紙も書いていました。こちらは6か月しか時効を止めません。同じように言葉を伝えただけなのに、効き目がぜんぜん違うんですね。なぜですか。そこが今日の中心です。今日の問いは、裁判所を使わずに時効を止められるか。先に答えを言うと、止められます。道具は3つ、催告・協議の合意・承認です。そして使う物差しは、前回までとまったく同じ2本のままです。権利行使の意思が明らかになれば完成猶予、権利の存在について確証が得られれば更新。

この2本だけで、今日の3つの道具は全部説明できます。それを、これから確かめていきましょう。

裁判所を使わない、という新しさ

前2回の振り分けの基準板をそのまま再掲。「権利行使の意思が明らかになった→完成猶予」「権利の存在について確証が得られた→更新」。今日の新しさ=裁判所が出てこないこと。 図:前2回の振り分けの基準板をそのまま再掲

  • 「権利行使の意思が明らかになった→完成猶予」「権利の存在について確証が得られた→更新」
  • 今日の新しさ=裁判所が出てこないこと

本題の前に1問だけ。前回の物差し、覚えていますか?では、訴えを起こしただけの段階と、判決が確定した段階では、どちらが確証まで届いていましたか。判決が確定した段階、ですよね。訴えただけの段階は、まだ意思が明らかになっただけでした。前回までは、訴え・執行・仮差押えという、裁判所を使う手立てを見てきました。今日はここが変わります。催告も、協議の合意も、承認も、裁判所を一度も通しません。電話・手紙・当事者どうしの合意だけで、時効の進み方が動きます。裁判所が確かめていないのに、時効が動いていいんですか。そこは物差しが答えてくれます。時効が権利者を切り捨てるのは、権利の上に眠っているからでした。電話で「払え」と言った人は、もう眠っていません。裁判所を通したかどうかではなく、眠っていたかどうかが効いているんです。

ただし、どこまで変えられるかは別です。裁判所が確かめていない以上、権利の存在の確証までは得られません。だから催告も協議の合意も、猶予止まりで更新には届かない――この先の結論は、全部ここから出てきます。使う基準は前回までと同じです。この2本を、そのまま今日の3つの道具に当てていきます。

催告――裁判外の一言

催告の定義図。裁判外で「払ってください」と権利行使の意思を伝える行為。電話・手紙・メールでもよいが、実務では内容証明郵便が使われる(送った事実と日付を証拠化できるため)。 図:催告の定義図

  • 裁判外で「払ってください」と権利行使の意思を伝える行為
  • 電話・手紙・メールでもよいが、実務では内容証明郵便が使われる(送った事実と日付を証拠化できるため)

まず1つ目、催告です。前回、名前だけは出てきましたが、中身はここで初めて扱います。催告とは、裁判外で「払ってください」と権利行使の意思を伝える行為です。電話でも、手紙でも、メールでもかまいません。内容証明郵便がよく使われます。いつ、どんな内容を送ったかを、郵便局が証明してくれるからです。後で「そんな催告は受けていない」と言われたときに、証拠になります。

150条1項の全文カード板 図:150条1項の全文カード板

条文民法150条1項

民法 第百五十条(催告による時効の完成猶予)第一項 催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。

催告の時から6か月を経過するまで、時効は完成しません。ここで、いつもの物差しを当ててみましょう。催告で、何が明らかになりましたか。Aが「払ってください」と言った、ということは……権利行使の意思、です。権利行使の意思は明らかになりました。でも、Bが認めたわけでも、裁判所が確かめたわけでもありません。だから、更新はなく、完成猶予止まりです。この6か月は、訴えを起こすための準備期間です。催告そのものは、単独では時効を止めきれません。6か月のうちに、証拠を集めて、本格的に訴えを起こすまでの、つなぎの時間として与えられています。

催告は1回きり

150条2項の全文カード板 図:150条2項の全文カード板

条文民法150条2項

民法 第百五十条(催告による時効の完成猶予)第二項 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。

良い所に気づきました。それができてしまうと困るから、2項があります。猶予されている間にした再度の催告は、猶予の効力を持ちません。もし繰り返せたら、Aは6か月ごとに手紙を1通出すだけで、時効を永久に完成させないことができてしまいます。それだと、時効という制度そのものが、空文になります。だから、催告は「6か月の時間稼ぎを1回だけ」なんです。

時間の帯グラフ。催告→6か月の帯。その中でもう1通催告を出しても、帯は伸びず、6か月の終わりで時効が完成する。 図:時間の帯グラフ

  • 催告→6か月の帯
  • その中でもう1通催告を出しても、帯は伸びず、6か月の終わりで時効が完成する

図にすると、催告で6か月の帯が1本伸びます。その帯の中でもう1通出しても、帯は伸びません。6か月が終われば、そこで時効は完成してしまいます。

協議しましょう、という合意

催告の不満「話し合いたいのに6か月では足りない」に対する2017年改正の答え。要件=権利についての協議を行う旨の合意が、書面でされたこと。 図:催告の不満「話し合いたいのに6か月では足りない」に対する2017年改正の答え

2つ目の道具、協議を行う旨の合意です。これは2017年の改正で新しくできた制度です。催告には、さっきの不満がありました。話し合いで解決したいのに、6か月では足りない。かといって、時効を止めるためだけに訴えを起こすのは、双方にとって損です。この声に応えたのが151条です。権利についての協議を行う旨の合意が、書面でされたことです。口約束じゃだめなんですか。だめです。口頭だと、そもそも合意したかどうか自体が争いになります。それでは、猶予がいつ始まったのかも定まりません。だから書面が要ります。ただし、メールや電子契約のような電磁的記録でもかまいません。

151条1項の全文カード板 図:151条1項の全文カード板

条文民法151条1項

民法 第百五十一条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)第一項 権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。  一 その合意があった時から一年を経過した時  二 その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時  三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から六箇月を経過した時

いちばん早い時が猶予の終わりです。1号は、合意から1年。2号は、当事者が1年未満の協議期間を決めていたらその期間。3号は、一方が「もう話し合いはやめます」と書面で通知したら、その通知から6か月です。3号があるおかげで、片方が協議に興味をなくしたときに、相手はいつまでも猶予に頼らず、すぐ訴える準備に入れます。

協議の合意は延ばせる、ただし5年

151条2項の全文カード板 図:151条2項の全文カード板

条文民法151条2項

民法 第百五十一条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)第二項 前項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた再度の同項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有する。ただし、その効力は、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて五年を超えることができない。

さっき、催告は繰り返しがきかない、という話でしたけど、協議の合意はどうなんですか。ここが対比になります。猶予されている間にした再度の合意は、効力を持ちます。催告とは逆の結論です。催告は、Aが一方的に出せます。Bの同意はいりません。でも、協議の合意は、Bも同意しないと成立しません。つまり、AだけでBの時効を止め続けることは、協議の合意ではできないんです。Bが「もう話し合いません」と言えば、さっきの3号で止められます。だから、繰り返しを許しても、抜け穴にはなりません。猶予がなければ時効が完成すべきだった時から、通算5年が上限です。

5年の天井の図。時効完成予定時点を基準に、合意を重ねても通算5年で打ち切られる帯グラフ。 図:5年の天井の図

図にすると、こうなります。猶予がなければ時効が完成していたはずの時点から数えて、5年のところに天井がある。合意を何度重ねても、帯はこの線で打ち切られます。

催告と協議は積み重ねられない

151条3項の全文カード板 図:151条3項の全文カード板

条文民法151条3項

民法 第百五十一条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)第三項 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた第一項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。同項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた催告についても、同様とする。

催告と協議の合意を、交互に使ったらどうなるんですか。そこが3項です。催告の猶予中にした協議の合意も、協議の合意の猶予中にした催告も、どちらも効力を持ちません。催告を繰り返せない話と同じ発想です。もし積み重ねられたら、催告を出して、猶予が切れる直前に協議の合意を結んで、また猶予が切れる直前に催告を出して……と、2つの制度を交互に使うだけで、無限に引き延ばせてしまいます。それを防ぐのが3項です。

4パターンの表。催告×催告=×(2項)/協議×協議=○・ただし通算5年(2項)/催告×協議=×(3項)/協議×催告=×(3項)。 図:4パターンの表

ここで、今日出てきた組み合わせを1枚の表にします。催告のあとの催告は、ばつ。協議のあとの協議は、まる。ただし5年の天井つきです。催告のあとの協議も、協議のあとの催告も、どちらも、ばつです。Bの同意がいる制度だけが、繰り返しを許されています。ここまでが、裁判外の”時間稼ぎ”の道具、催告と協議の合意です。どちらも、物差しの左側、権利行使の意思止まりで、更新には届きません。では、ここで1つ試してみましょう。時効の完成直前に、相手が「少し待ってください、必ず払います」と言ったら――これは完成猶予でしょうか、更新でしょうか。

実は、更新です。ここからは、その理由を確かめていきましょう。

承認――本人が認めた瞬間

承認の定義図。時効完成前に、時効の利益を受ける側が、権利者に対して「その権利は存在する」という認識を示す行為(観念の通知)。 図:承認の定義図

3つ目、そして今日いちばんの見せ場、承認です。冒頭のBの一言に、ここで戻ります。承認とは、時効の完成前に、時効の利益を受ける側が、権利者に対して「その権利は存在する」という認識を示す行為です。

152条1項の全文カード板 図:152条1項の全文カード板

条文民法152条1項

民法 第百五十二条(承認による時効の更新)第一項 時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。

「新たに進行を始める」とは更新のことです。承認は、完成猶予をいっさい経ずに、いきなり更新に届く唯一の事由です。もう一度、物差しに戻りましょう。更新に必要なのは、権利の存在について確証が得られたことでしたね。承認では、それを言うのが誰か、考えてみてください。権利があると、いちばん争いたいはずの本人、つまりBが、自分から「ある」と認めているんです。これ以上確かな確証は、他にありません。裁判所の判決より先に、当の本人が認めてしまっているんです。冒頭に戻りましょう。Bの「もう少し待ってください、必ずお返しします」は、支払を猶予してほしいという申入れです。これは、1000万円の債務があることを前提にした発言、つまり承認です。だから、Aの1000万円の時効は振り出しに戻りました。

同じ「言葉」でも、言った人が誰かで結論が逆転する理由は、物差しの右側、確証に届いたかどうかの違いでした。

何が承認にあたるか

承認にあたる具体例4つ。一部弁済/利息の支払/支払猶予の申入れ/相殺の主張。共通点=「債務があることを前提にした行動」。 図:承認にあたる具体例4つ

  • 一部弁済/利息の支払/支払猶予の申入れ/相殺の主張
  • 共通点=「債務があることを前提にした行動」

言葉に限りません。行動も含みます。代表的な例を4つ挙げます。まず、一部弁済。1000万円のうち10万円だけ払ったとしても、残り990万円も含めて承認になります。次に、利息の支払です。これも承認の一種として扱われます。

利息の支払が、利息債権だけでなく元本債権の承認にもあたることを示す板。判例名・年月日は表記しない。 図:利息の支払が、利息債権だけでなく元本債権の承認にもあたることを示す板

利息だけを払っている場合でも、その利息が発生する元になっている元本の債権を、認めた上での支払いだと扱われます。3つ目が、冒頭のBのような、支払猶予の申入れ。4つ目が、相殺の主張です。相殺は、自分の債務と自分の債権をぶつけて消す主張ですから、その債務があることが前提です。共通する発想は1つです。「債務があることを前提にした行動」は、全部承認になります。ただ黙っているだけでは、承認にはなりません。認識を示す行為が要るからです。同じく、Bが債務そのものを争いながら、「話し合いには応じます」とだけ言った場合も、承認ではありません。それは協議の合意の話であって、債務の存在を認めているわけではないからです。

承認と協議の合意は、見た目が似た場面もありますが、債務の存在を認めているかどうかで区別してください。なお、時効が完成した後にした承認は、今日の話とは別体系です。援用する権利を失う、という信義則の話で、以前扱いました。152条は、あくまで完成前の承認の話です。

承認に要らないのは処分の力

152条2項の全文カード板 図:152条2項の全文カード板

条文民法152条2項

民法 第百五十二条(承認による時効の更新)第二項 前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。

かみ砕きます。要らないのは、相手の権利を”処分”するための能力や権限だ、ということです。行為能力がなくても承認はできます。ここが今日の理屈のかなめです。理由は1つだけなんです。承認は、権利を失ったり新しく義務を負ったりする「処分」ではなく、いま現にある権利義務を「確認」するだけの行為だからです。だから2項は、処分の能力と権限だけを外しました。外していないものにぶつかると、結論はまた変わります。そこを4つの場面で見ていきましょう。

対比表。未成年者(承認は取消しうる)/被保佐人(単独で確定的に承認できる)/成年被後見人(承認は取消しうる)/物上保証人(自分の承認では主債務は更新されない・主債務者の承認は物上保証人にも及ぶ)。 図:対比表

1つ目、被保佐人です。被保佐人は、保佐人の同意なく、単独で確定的に承認できます。保佐が同意を要求しているのは、重要な財産上の行為、つまり”処分”です。承認は処分ではないので、保佐の制限がそもそも及びません。未成年者・成年被後見人による承認は、取り消すことができます。さっきと逆の結論ですね。なぜですか。ここは、能力を2つに分けてください。1つは、“処分”の能力——自分の権利を手放してよいかを決める力。もう1つが、“管理”の能力——自分の財産のことを自分で切り回す、土台の力です。

承認は”確認”にすぎませんが、自分の財産のことだと分かって認める以上、土台の”管理”の能力までは要ります。未成年者や成年被後見人にはこの土台の力がないので、2項では救われず、もとの制限行為能力者の制度どおり、取り消しうる行為として扱われます。

関係図。A→B(1000万円の債権)、Bの父C=物上保証人・自分の土地に抵当権を設定。①Cが「その借金はあります」と言った場合→主債務の時効は更新されない。②Bが「あります」と言った場合→更新され、しかもCとの関係にも及ぶ。 図:関係図

  • A→B(1000万円の債権)、Bの父C=物上保証人・自分の土地に抵当権を設定
  • ①Cが「その借金はあります」と言った場合→主債務の時効は更新されない
  • ②Bが「あります」と言った場合→更新され、しかもCとの関係にも及ぶ

ここは、Bの父C、物上保証人の場面で見ましょう。Cは、自分の土地に抵当権をつけていますが、B自身の借金を背負っているわけではありません。主債務の時効は更新されません。ここは行為能力の話でも、2項の権限の話でもありません。Cが、そもそも主債務について「承認」という行為をする立場にあるかどうか、という話です。Cが背負っているのは、あくまで自分の土地を担保に差し出した責任であって、B本人が負っている1000万円そのものを、自分の債務として負っているわけではありません。主債務を負っていない以上、Cは、その主債務について「あります」と認める当事者にすら、なれないんです。だから、Cが認めても、主債務の確証にはなりません。

物上保証人自身がした被担保債権の承認は、被担保債権についての時効更新の効力を生じないとした判例(最判昭和62年9月3日)を出典として表記。

Bが認めれば、主債務の時効は更新されます。しかも、この更新の効力はCにも及びます。

債務者本人の承認による更新の効力は物上保証人にも及ぶとした判例(最判平成7年3月10日)を出典として表記。

担保には、主債務があってこそ存在できる、という性質があります。主債務が更新されて生き続ける限り、それに乗っている抵当権も生き続けます。同じ「あります」という一言でも、言ったのがCかBかで、結論がまるで違います。処分ではなく確認だから2項は処分の能力と権限を外した。でも、管理の能力そのものまでは外れていません。さらに物上保証人の場合は、そもそも2項が出てくる手前で、自分の債務について語っているかどうかという入り口の問題があります。この2つの線引きで、4つとも位置が決まります。

動けない人を救う残りの猶予事由

共通の発想の板。「時効の完成が迫っているのに、権利行使の手続をとれない事情がある人」を救う規定群。 図:共通の発想の板

残る完成猶予事由、158条から161条をまとめて見ます。どれも共通の発想があります。時効の完成が迫っているのに、権利行使の手続をとれない事情がある人を救う規定です。

一覧表。158条1項=時効完成前6か月以内に未成年者・成年被後見人に法定代理人がいない→能力者になった時・法定代理人就職時から6か月/158条2項=未成年者・成年被後見人が財産管理者(父母・後見人)に対して持つ権利→6か月/159条=夫婦間の権利→婚姻解消時から6か月/160条=相続財産に関する権利→相続人確定・管理人選任・破産手続開始決定の時から6か月/161条=天災その他避けることのできない事変→障害消滅時から3か月。 図:一覧表

1つずつ、理由とセットで見ていきましょう。まず158条1項です。代理人がついていない未成年者・成年被後見人は、時効の完成が迫っても、手続を任せられる相手がいない状態です。この状態のまま時効を迎えないよう、能力者になった時か、代理人が就いた時から6か月、猶予されます。未成年者や成年被後見人が、自分の財産を管理している父や母、あるいは後見人に対して持つ権利の場合です。管理者自身を相手に請求しろというのは、無理があるんです。だから6か月、猶予されます。159条も、同じ発想です。夫婦の一方が他方に対して持つ権利は、婚姻解消の時から6か月猶予されます。

160条は、相続財産に関する権利。相続人が決まる時や、管理人が選ばれる時、破産手続開始決定の時から6か月です。誰が相手か定まらないうちは、請求のしようがありません。天災その他避けることのできない事変で手続がとれないときは、障害が消えた時から3か月です。ここだけ他より短くなっています。天災は、手続そのものが物理的にできない期間です。障害が消えれば、すぐにでも動けます。他の事由みたいに、相手を探したり、代理人が決まるのを待ったりする時間は、もう要らないんです。物差しに戻れば、どれも権利行使の意思が明らかになった話ではなく、単に動けない事情を埋め合わせているだけです。だから、更新はなく、猶予止まりです。

誰と誰の間だけ効くのか

153条の全文カード板 図:153条の全文カード板

条文民法153条

民法 第百五十三条(時効の完成猶予又は更新の効力が及ぶ者の範囲) 第百四十七条又は第百四十八条の規定による時効の完成猶予又は更新は、完成猶予又は更新の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有する。 2 第百四十九条から第百五十一条までの規定による時効の完成猶予は、完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有する。 3 前条の規定による時効の更新は、更新の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有する。

最後に、相対効です。前回、154条との対比で一度触れただけの条文を、正面から扱います。猶予や更新の効果は、その事由が生じた当事者と、その承継人の間でしか効きません。他の人には及びません。

対応関係図。1項=147・148条(裁判上の請求等・強制執行等)。2項=149〜151条(仮差押え・催告・協議合意)。3項=152条(承認)。全部に同じルールがかかっていることを矢印で示す。 図:対応関係図

  • 1項=147・148条(裁判上の請求等・強制執行等)
  • 2項=149〜151条(仮差押え・催告・協議合意)
  • 3項=152条(承認)

1項は147条・148条、つまり訴え・執行のグループ。2項は149条から151条、仮差押え・催告・協議合意のグループ。3項は152条、承認です。番号は分かれていますが、全部に同じ相対効のルールがかかっています。

関係図。A→B・A→D(連帯債務者2人)。AがBにだけ催告→Bとの関係だけ猶予、Dとの関係は無影響。 図:関係図

  • A→B・A→D(連帯債務者2人)
  • AがBにだけ催告→Bとの関係だけ猶予、Dとの関係は無影響

Bと並んで、Dも連帯債務者——同じ1000万円を、Bと並んで負っている人——だとします。AがBにだけ催告しても、Dの時効は止まりません。催告は、催告を受けたB本人との関係でしか効かないからです。例外は3つだけあります。1つ目、保証人への絶対効。主債務者への猶予・更新は、保証人にも及びます。2つ目、物上保証人への絶対効。さっきの、主債務者の承認がCにも及ぶ、というあの話です。3つ目は、要役地が共有の場合の地役権です。中身は別の回で扱います。どちらも、担保が主債務にぶら下がっている、という同じ根っこから出てきます。主債務が生きていれば、保証人も物上保証人も、その運命に従います。

今日の地図(保存版)

まとめ板。1枚目=冒頭のBの一言は承認で更新、Aの手紙は催告で猶予止まり。2枚目=時効障害の全事由の一覧表(147・148=猶予→更新/149=猶予のみ/150・151=猶予のみ/152=いきなり更新/158〜161=猶予のみ)。3枚目=物差しは最初から最後まで2本だけ。 図:まとめ板

  • 1枚目=冒頭のBの一言は承認で更新、Aの手紙は催告で猶予止まり
  • 2枚目=時効障害の全事由の一覧表(147・148=猶予→更新/149=猶予のみ/150・151=猶予のみ/152=いきなり更新/158〜161=猶予のみ)
  • 3枚目=物差しは最初から最後まで2本だけ

冒頭のBに戻りましょう。「もう少し待ってください」は承認で、Aの1000万円は振り出しに戻りました。一方、Aが送った手紙は催告で、6か月しか止めませんでした。3回かけて歩いてきた時効障害の全事由を、最後に1枚で見ておきましょう。訴えと執行、147条・148条は猶予から更新へ。仮差押えの149条は猶予だけ。150条・151条も猶予だけ。152条だけが、いきなり更新。158条から161条は、また猶予だけです。使った物差しは、最初から最後まで、この2本だけでした。権利行使の意思が明らかになれば完成猶予、権利の存在について確証が得られれば更新。最後に1問だけ。Bが利息だけを払い続けていたら、元本の時効はどうなりますか?

利息を払うのは、元本の債務があることを前提にした行動だから……承認になって、元本の時効も更新される。しかも「払います」と口に出していなくても、行動が債務の存在を前提にしていれば足ります。そこまで出てくれば、今日の理屈は身についています。これで、時効の進み方は全部そろいました。次からは、時効そのものの中身――使い続けたら自分の物になるという、取得時効に入ります。

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#79単独ページ動画

取得時効の要件

第1章 民法総則 #79/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

20年のBは勝ち、40年のCは負ける

冒頭対比。甲土地の名義人はA。Bは20年間、自分の土地だと信じて畑として占有してきた。隣の畑は、Aから借りたCが40年間耕し続けている。 図:冒頭対比

  • 甲土地の名義人はA
  • Bは20年間、自分の土地だと信じて畑として占有してきた
  • 隣の畑は、Aから借りたCが40年間耕し続けている

甲土地を20年間、自分の土地だと信じて畑にしてきたBが所有者になれるか。今日、その答えを出します。ただ、その前にもう1人紹介させてください。甲土地の隣に、Cという人がいます。Cは、40年前にAから土地を借りて、以来ずっと賃料を払いながら耕しています。ところが、20年のBは所有者になれるのに、40年のCは、永久に所有者になれません。今日の問いは、長く使えば自分の物になるのか。先に答えを言うと、なります。ただし条件が5つあります。そして5つのうち勝負を決めるのは、たった1つです。その1つで、Cさんが負ける理由も分かるんですか。分かります。それでは、条文から見ていきましょう。

取得時効の全体像

取得時効の全体像。所有権は162条、所有権以外の財産権は163条。それぞれ20年の場合と10年の場合がある。今日は162条1項の20年だけを扱う。 図:取得時効の全体像

  • 所有権は162条、所有権以外の財産権は163条
  • それぞれ20年の場合と10年の場合がある
  • 今日は162条1項の20年だけを扱う

取得時効には、大きく4つのマスがあります。所有権についての取得時効は162条、所有権以外の財産権については163条です。それぞれに、20年の場合と10年の場合があります。今日は、左上の1マスだけです。162条1項、20年の所有権の取得時効。10年の短期取得時効は次の回、所有権以外の財産権は、そのあとの回で扱います。本題の前に1問だけ。時効の効果を確定させるのに何が必要だったか、思い出せますか?援用、でしたよね。時効の利益を受ける人が、自分から主張しないといけませんでした。今日も、それを前提に進めます。

162条1項を5つに切り分ける

162条1項の全文カード板 図:162条1項の全文カード板

条文民法162条1項

民法第百六十二条(所有権の取得時効)第一項 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。

これが162条1項の全文です。声に出して読むと1つの文ですが、要件は5つに分けられます。

5要件への分解と予告の板 図:5要件への分解と予告の板

5つ、ですか。1つめ、20年間。2つめ、所有の意思をもって。3つめ、平穏に、かつ、公然と。4つめ、他人の物。5つめ、占有したこと。これで5つです。ただ、先にひとつだけ言っておきます。このうち初めの3つは、あとで推定されることが分かります。つまり本当に争うのは、他人の物と占有の2つだけになっていきます。推定、というのはどういうことですか。そこは中盤でじっくり扱います。まず、要件を1つずつ見ていきましょう。なお、要件をすべて満たしても、それだけでは所有権は確定しません。前回までに見た援用があって、初めて所有権を取得します。

⑤占有とは何か

占有の意義・間接占有の板 図:占有の意義・間接占有の板

占有の話に入る前に一言。占有そのものは、物権のカタログの回で、十種類目の物権=占有権として一度出しています。今日はその占有を、162条の要件として測り直します。まず、5つめの占有です。占有とは、物に対する事実上の支配をいいます。所有権のような権利を持っているかどうかは関係なく、実際にその物を自分の支配下に置いているかどうかで決まる、ということです。自分で直接持っていなくても占有は認められます。間接占有という考え方があり、賃貸人は、賃借人を通じて目的物を占有している、と扱われます。

占有は、かなり抽象化された概念なんです。

占有は相続の対象になる、という板 図:占有は相続の対象になる、という板

もう1つ大事な性質があります。占有は相続の対象になります。判例も、そう認めています。気づいていなくても、占有は承継されるとされています。もし承継されないなら、相続が起きるたびに、時効の進行が振り出しに戻ってしまいます。占有は事実上の支配にすぎませんが、法はこれを財産的な地位として扱っている、ということです。

⑤の続き——占有の一部・公物

占有の一部・公物の一覧板 図:占有の一部・公物の一覧板

占有はまとまった物の単位でしか成立しないわけではありません。物の一部でも、経済的価値の単位として扱えるなら、時効取得できます。土地の一部や、権限なく植えた樹木がその例です。公物、つまり公園や道路は、原則として時効取得できません。公共の用に供されている間は、私人が排他的に支配することと両立しないからです。その機能を失い、維持すべき理由がなくなっていれば、時効取得が認められます。原則を支えていた理由のほうが先に消えているからです。

①20年の継続——証明しなくてよい理由

164条の全文カード板 図:164条の全文カード板

条文民法164条

民法第百六十四条(占有の中止等による取得時効の中断) 第百六十二条の規定による時効は、占有者が任意にその占有を中止し、又は他人によってその占有を奪われたときは、中断する。

次は1つめ、20年の継続です。占有者が自分から占有をやめたり、他人に占有を奪われたりすると、時効は中断します。中断すると、それまでの期間はどうなるんですか。消えます。これは、前に見た完成猶予・更新とは別の制度です。完成猶予や更新は進行を止めたり戻したりしますが、164条の中断は、取得時効に固有の規定です。占有回収の訴え——占有を奪われた人が、奪った相手に返してくれと求める訴えです——を起こして取り戻せば、占有は、奪われていた間も継続していたものとみなされます。

単に行けなかっただけなら、占有の意思そのものは失われていません。占有は、四六時中の物理的な接触を要求しないので、明け渡しや占有を奪われるような事実がない限り、継続は途切れません。164条に戻ります。自分から占有をやめた場合と、他人に奪われた場合、この2つだけです。一時的に足が遠のいただけでは、継続は否定されません。さて、ここで問題があります。「20年間ずっと占有していたことを証明しろ」と言われたら、誰も勝てません。これは、前に時効の趣旨を3つ挙げたときの2つ目、立証の困難の救済が、条文の形で顔を出している場面です。そこで、186条2項が登場します。

186条2項の全文カード板 図:186条2項の全文カード板

条文民法186条2項

民法第百八十六条(占有の態様等に関する推定)第二項 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。

占有開始の時点と、20年後の時点、この2つさえ証明すれば、その間はずっと継続していたと推定されます。

前後2時点の証明だけで、その間が推定される図 図:前後2時点の証明だけで、その間が推定される図

推定されるというのは、確定するという意味ではありません。証明責任がひっくり返る、という意味です。占有者は前後2時点さえ示せばよく、「途中で切れていた」と示す責任は相手方に移ります。

①の続き——占有をつなげる187条

187条1項・2項の全文カード板 図:187条1項・2項の全文カード板

条文民法187条1項・2項

民法第百八十七条(占有の承継) 占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。 2 前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。

占有は、承継人が引き継ぐこともできます。187条1項によると、承継人は自己の占有のみを主張してもいいし、前の占有者の占有を併せて主張してもかまいません。

Bが15年占有した畑をDが買い5年占有=通算20年の図 図:Bが15年占有した畑をDが買い5年占有=通算20年の図

例えば、Bが15年間占有した畑を、Dが買って5年間占有したとします。Dは、自分の5年だけを主張してもいいですが、Bの占有を併せれば、通算20年を主張できます。いつもそうとは限りません。2項を見てください。併せて主張すると、前の占有者の瑕疵も一緒に引き継ぎます。意思表示の瑕疵の場面と、占有の瑕疵の場面は違います。占有の瑕疵とは、悪意・過失や、暴力・隠しごとといった、占有の質のマイナスのことです。

悪意のEが8年占有した土地をFが善意無過失で買い2年占有=瑕疵を承継する図 図:悪意のEが8年占有した土地をFが善意無過失で買い2年占有=瑕疵を承継する図

今度は、悪意のEが8年間占有した土地を、善意無過失のFが買って2年間占有したとします。Fが自分の占有だけなら悪意はありませんが、Eの占有を併せて通算10年を主張すると、Eの悪意という瑕疵も引き継ぎます。うまい話だけ取ることはできない、というのが187条1項と2項をセットで読んだときのルールです。前主が善意無過失だった場合の逆のパターンは、10年の短期取得時効の回で扱います。ここでは、承継のもう1つの場面——相続——を見ておきましょう。相続でさらに引き継いだ子も、自己の占有だけでも、前の占有者の占有を併せてもよいので、望むならB・Dの占有までさかのぼって併せることができます。相続も187条にいう「承継」に含まれるからです。

ただし、瑕疵も同じように何代でも引き継がれます。途中の代に悪意だった人が1人でもいれば、その悪意は最後の承継人にまで及びます。

②所有の意思——内心は見ない

所有の意思の判断基準と、内心を見ない理由 図:所有の意思の判断基準と、内心を見ない理由

占有のところで、「自己のためにする意思」というのを習いました。今日のこれと、同じものですか。別物です。180条の意思は、占有そのものが成立するかどうかの話で、借りている人にもあります。今日の162条の所有の意思は、その占有が自主占有か他主占有かを分ける話です。ここからが、今日の山場です。2つめの所有の意思を見ていきます。「意思」って書いてあるので、占有している人の気持ち次第、ということですか。実は逆です。所有の意思の有無は、占有者の内心をまったく見ません。判断基準は、占有を取得した原因である事実の性質から、外形的・客観的に決まります。

もう一度聞きますけど、本当に、占有している人が何を思っていたかは、まったく関係ないんですか。関係ありません。占有を取得した原因、つまり契約や事実の性質だけで決まります。理由は2つあります。1つ目、内心は、後からいくらでも「自分の物だと思っていました」と言えてしまいます。裁判になってから言えることは、立証の対象になりません。2つ目、相手方には、それを反証する手段がありません。占有者が「自分の物だと思っていた」と言い張れば、相手は心の中を覗いて否定することができないんです。だから、外に表れた事実だけで判断するしかありません。

自主占有と他主占有——原因の性質で決まる表 図:自主占有と他主占有——原因の性質で決まる表

まず、不法占有者や、窃盗犯人を考えてください。自主占有にあたります。おかしく感じますよね。でも、これが「内心を見ない」ということの意味です。泥棒は、内心で「これは自分の物だ」とは思っていないはずですが、奪うという行為の性質そのものが、所有者として振る舞う行為だから、自主占有になります。賃借人は、他主占有です。盗んだ人が自主占有で、契約してお金を払っている賃借人が他主占有——逆に感じるのが自然です。でも、賃貸借という契約は、そもそも所有権を借主に移さない契約です。契約の性質上、最初から「これは他人の物として使わせてもらう」という前提で占有が始まっています。だから、賃借人が心の中でどれだけ「いつか自分の物にしたい」と願っていても、他主占有のままです。

所有権を移す契約——売買や贈与——で占有を始めれば自主占有、所有権を移さない契約——賃貸借・使用貸借・寄託——で始めれば他主占有。この線引きだけで決まります。

冒頭のCを回収する

40年の賃借人Cは他主占有=永久に所有権を取得できない 図:40年の賃借人Cは他主占有=永久に所有権を取得できない

ここで1つ、考えてみてください。40年間耕し続けてきたCは、所有者になれるでしょうか。理由も考えてみてください。実は、なれません。Cは、賃貸借によって占有を始めました。つまり他主占有です。40年でも、80年でも、所有権を取得できません。20年のBが勝ち、40年のCが負ける理由は、期間の長さではなく、どうやって占有を始めたかにあったんです。このあと出てくる権原という言葉だけ、先に渡しておきます。そこにいてよい、正当な理由のことです。Cの占有は、賃貸借という権原で始まった。だから、その権原の性質上、所有の意思が無いものとされます。

185条の全文カード板 図:185条の全文カード板

条文民法185条

民法第百八十五条(占有の性質の変更) 権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない。

Cが自主占有に変わる道は、まったくないんですか。2つだけあります。185条によると、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示するか、新たな権原によって、改めて所有の意思をもって占有を始めるか、です。

Cの転換2場面と、何もしなければ転換しないという表 図:Cの転換2場面と、何もしなければ転換しないという表

例えば、Cが賃貸人Aに「この畑はもう自分の物だ」と告げれば、表示にあたり、転換しうる場面になります。もう1つの道が新たな権原です。その例が相続です。Cが死亡し、子のGが、事実上の支配を自分の物として始めれば、相続が新たな権原になりうる、というのが判例の立場です。理由は、相続人が始めたのが前の占有をそのまま引き継いだ支配ではなく、自分の物としての新しい支配だからです。外形で決める、という所有の意思の基準がここでもそのまま効いています。Cが何もしないまま耕し続けるだけでは、転換は起きません。他主占有のまま、時間だけが過ぎていきます。占有権の詳しい中身は別の回で扱いますが、今日の要件判断としては、転換が起きない限り、所有の意思は生まれないということだけ押さえてください。

②③の推定——背骨の明示

186条1項の全文カード板 図:186条1項の全文カード板

条文民法186条1項

民法第百八十六条(占有の態様等に関する推定)第一項 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。

186条1項に戻ります。占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有するものと推定されます。ただし、善意が効いてくるのは162条2項、10年の時効の話です。今日扱っている20年の時効では、善意は要件ではありません。ここは10年の短期取得時効の回に送ります。今日押さえるのは、所有の意思・平穏・公然の3つです。

平穏・公然の意味の板 図:平穏・公然の意味の板

平穏とは、実力で奪ったり相手を脅したりせずに占有を始め、それを続けていることをいいます。占有そのものが不法な窃盗であっても、暴力や隠匿がなければ、平穏・公然にあたりえます。公然とは、占有を秘匿しないことです。さて、ここまで来ると、最初に予告したことが回収できます。20年の継続は186条2項で推定され、所有の意思と平穏・公然は186条1項で推定されます。

立証責任配置表——今日の到達点 図:立証責任配置表——今日の到達点

占有者が立証しなければならないのは、実質的には占有していたことだけです。他人の物については、この後の節で見ます。Bは、「20年前から占有していた」ことと、「今も占有している」ことの2点さえ示せば十分です。そこから先——所有の意思があったか、平穏だったか、公然だったか——は、こちらから積極的に立証する必要がありません。Aは、186条の推定を破る事実を出すしかありません。例えば、「Bは、実は自分から借りて占有を始めた」という賃貸借契約書を出せば、所有の意思の推定は崩れます。あるいは、「Bは、力ずくで土地を追い出して占有を始めた」ことを示せば、平穏の推定が崩れます。

推定は、相手方が崩さない限り勝つ、という意味です。相手が何も出さない限り、Bはこの3つを一切立証せずに勝てます。学校の提出物で考えてみてください。毎日出していたと主張する生徒に、先生が「1日分ずつ全部証明しろ」と言えば、誰も証明できません。先月出したことと、今月出したことさえ示せば、その間は出し続けていたことにする——186条がやっているのは、これです。取得時効も同じ形をしています。ここで、今日の背骨を言い切っておきます。取得時効は、20年使えば勝てる制度ではありません。20年使ったと言えれば、あとは相手方が崩さないかぎり勝てる、という制度です。

④他人の物——自己の物でも時効取得できる

条文の文言と正面からぶつける問い。162条は「他人の物」と規定しているが、自己の所有物でも時効取得できるか。 図:条文の文言と正面からぶつける問い

最後に4つめ、他人の物という要件です。162条にははっきり「他人の物」と書いてあります。自分の物を時効取得するというのは、言葉の上では確かに変です。ですが、判例・通説は、自己の所有物についても時効取得を認めています。

⭐ 論文で書く規範:162条の「他人の物」は、自己の所有物であっても妥当する 自己の物を時効取得できないとすると、時効の趣旨がそのまま当てはまる場面で、たまたま自己の物だったというだけで保護されないことになるから。 (規範(最判昭42・7・21))

判旨カード。贈与で得た家屋をめぐる別事件で示された考え方 図:判旨カード。贈与で得た家屋をめぐる別事件で示された考え方

判例最判昭42・7・21 民集21巻6号1643頁(家屋明渡請求・破棄差戻)

自己物への162条適用 民法一六二条所定の占有者には、権利なくして占有をした者のほか、所有権に基づいて占有をした者をも包含するものと解するのを相当とする。 同条は、自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからである。

162条の占有者には、権利なくして占有した者だけでなく、所有権に基づいて占有した者も含まれる。162条は、自己の物について時効取得の援用を許さない趣旨ではない、と言い切っています。時効の趣旨を、1つずつ自己物に当てはめてみましょう。まず1つ目、永続した事実状態の尊重です。20年間、その物を自分の物として使い続けてきた事実状態は、自己物であっても他人の物であっても、同じように尊重に値します。2つ目、立証の困難の救済です。長年占有してきた人に、あらためて「本当に自分が所有者だった証拠」まで出せというのは酷です。占有物が自己物でも他人の物でも変わりません。3つ目、権利の上に眠る者は保護しないということです。真の所有者が20年も何も言わずに放っておいたなら、それが自己物か他人の物かにかかわらず、もはや保護に値しません。3つとも、自己物にそのまま当てはまります。

Aから先に買い占有を始めたB、後から買い登記を備えたHの二重譲渡の図 図:Aから先に買い占有を始めたB、後から買い登記を備えたHの二重譲渡の図

具体的な場面で見てみましょう。まず、Aが甲土地をBに売り、Bは代金を払って引き渡しを受け、そこに住み始めます。ところが、Aは同じ土地を、後からHにも売ってしまいます。二重譲渡です。そして、Hが先に登記を備えてしまいます。対抗要件の話でいえば、Bは負けます。登記の無いBは、Hに所有権を対抗できません。問われていることが違うからです。登記の勝負は、同じ人から買った者どうしの、どちらが優先するか。一方、時効取得は、占有という事実が20年続いたことそれ自体から、要件を満たせば権利が認められる話です。登記を持っているかどうかは、162条1項の5要件のどこにも出てきません。

Bはもう何も残っていないんですか。残っています。Bは、占有を続けている限り、時効取得を主張できます。すでに自分の物である甲土地を、時効であらためて取得する、という形になります。登記で負けた者の敗者復活とも言える場面です。ここには「取得時効と登記」という、もう1つの論点がありますが、それは別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

まとめ板。冒頭の分かれ目は所有の意思。5要件と立証責任の全体像。10年の短期取得時効と効果へ 図:まとめ板

  • 冒頭の分かれ目は所有の意思
  • 5要件と立証責任の全体像
  • 10年の短期取得時効と効果へ

冒頭に戻りましょう。20年のBは所有者になれて、40年のCはなれません。分かれ目は、期間ではなく、所有の意思でした。Bは自主占有、Cは他主占有のままだったからです。20年の継続と平穏・公然、そして所有の意思は、186条で推定されます。他人の物は、自己物でも認められます。占有者が実際に立証しなければならないのは、実質的に占有していたことだけです。最後に1問だけ。40年耕し続けたCが所有者になれないのは、どの要件が欠けるからでしょうか?所有の意思です。賃貸借で始めた占有は、他主占有のままだからですね。

20年使ったと言えれば、あとは相手が崩さない限り勝てる、という話でしたね。ただし、162条にはもう1つ、2項があります。こちらは10年で足ります。分かれ目は、占有を始めたときに善意無過失だったかどうかです。この10年の短期取得時効と、時効取得が起きたときの効果——原始取得と遡及効——は、続く回で扱います。

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#80単独ページ動画

短期取得時効と取得時効の効果

第1章 民法総則 #80/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

BとY、同じ年に耕し始めて10年差がつく

冒頭対比。甲土地の隣り合う2枚の畑。真の所有者はA。Bは無権利者Xから買い、自分の土地だと信じて耕している。Yは、Aの物だと知っていて空いているから耕している。 図:冒頭対比

  • 甲土地の隣り合う2枚の畑
  • 真の所有者はA
  • Bは無権利者Xから買い、自分の土地だと信じて耕している
  • Yは、Aの物だと知っていて空いているから耕している

Bは、この土地をXから買いました。登記も移してもらい、自分の土地だと信じて耕しています。ところがXは無権利者で、本当の所有者はAでした。もう1人のYは、その土地がAの物だと知っていて、空いているから勝手に耕し始めました。10年後、Bだけが所有者になります。Yは、あと10年、合計20年耕さなければ勝てません。今日の問いは、なぜ知らなかった人のほうが早く勝てるのか。先に答えを言うと、162条2項が期間を半分にしているからです。ただし、タダではありません。半分にしてもらう代わりに、Bは1つだけ、自分で証明しなければならないものを背負います。

それでは、条文から見ていきましょう。

162条2項の全文——1項との差分だけ抜き出す

162条2項の全文カード板。1項との差分は期間と善意無過失の2点だけ。 図:162条2項の全文カード板。1項との差分は期間と善意無過失の2点だけ。

条文民法162条2項

民法第百六十二条(所有権の取得時効)第二項 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。

これが162条2項の全文です。前回見た1項と、骨格はまったく同じです。

1項と2項の差分表——変わるのは期間と善意無過失の2点だけ 図:1項と2項の差分表——変わるのは期間と善意無過失の2点だけ

違うのは2点だけです。1つめ、期間が20年から10年に半分になります。2つめ、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときという要件が加わります。自分の物だと信じたことに、落ち度がなかったという意味です。中身は、あとで詳しく見ます。1項とまったく同じです。前回すでに見ていますから、今日はもう説明しません。援用が必要なことも同じで、要件を満たしただけでは所有権は確定しません。まずは、その新しい条件——善意から見ていきましょう。

「善意」の意味が狭い

ふつうの善意と、占有における善意の線がズレる図。3段階の帯。 図:ふつうの善意と、占有における善意の線がズレる図。3段階の帯。

ふつう「善意」というのは、法律の世界では単に知らないことを指します。ところが、162条2項の善意は、それより狭い意味です。自己の所有物だと積極的に信じていることをいいます。3段階に分けて考えてみましょう。1つめ、自分の物だと積極的に信じている状態。2つめ、自分の物か他人の物か、はっきりしない半信半疑の状態。3つめ、他人の物だと知っている状態。ふつうの善意・悪意の線は、2つめと3つめの間です。半信半疑でも、まだ知らないのだから善意、というのが通常の分け方です。

162条2項の善意・悪意の線は、1つめと2つめの間に引かれます。半信半疑は、ふつうなら善意でも、ここでは悪意側に落ちます。線がズレている、これがこの回の1つめの山です。10年という短縮は、所有者の権利を半分の時間で失わせる、強い効果です。「たぶん自分の物だろう」という程度の信頼では、その強い効果には釣り合いません。だから、積極的に信じたと言える場合だけに絞ります。例えば、登記簿も現地も確認したうえで買ったBは、積極的に信じたと言えます。一方、売主の言い分に引っかかりを覚えながらも、まあいいかと買った人は、半信半疑、つまり悪意側です。

善意は推定される・無過失は推定されない

186条1項の全文カード板 図:186条1項の全文カード板

条文民法186条1項

民法第百八十六条(占有の態様等に関する推定)第一項 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。

前回の186条、証明責任がひっくり返る話でしたが、覚えていますか?前回、186条1項を見たとき、「善意で」という言葉が入っていることに気づきましたよね。あのとき、善意が効くのは10年の時効の話だと言って、今日に送りました。186条1項によって、善意も推定されます。つまり、10年ルートを主張する占有者は、善意について何も立証しなくてよいのが原則です。

186条1項に「無過失」が書かれていない、という指摘図 図:186条1項に「無過失」が書かれていない、という指摘図

ここに落とし穴があります。もう一度、186条1項を読んでください。「所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と」とありますが、無過失という言葉が、どこにもありません。無過失だけが、186条1項に書かれていません。つまり無過失は推定されない、ということです。10年の取得時効を主張する者は、無過失を自分で立証しなければなりません。

立証責任の表——20年ルートと10年ルートの比較。無過失だけが占有者側の立証。 図:立証責任の表——20年ルートと10年ルートの比較。無過失だけが占有者側の立証。

前回の表を書き直してみましょう。所有の意思・平穏・公然・占有の継続・善意——これらは、20年ルートでも10年ルートでも、すべて推定されます。相手方が崩さない限り、占有者は何も立証しなくてよい列です。唯一違うのが、無過失の欄だけです。20年ルートにはそもそも無過失という要件がありません。そして10年ルートでは、無過失だけ、占有者が自分で立証する側に回ります。162条2項は、時間を半分にする代わりに、立証の荷物を1つだけ占有者に戻す規定です。「時間を半分にしてもらう代わりに、無過失という1枚だけ自分で出す」——これが、10年ルートの正体です。

188条の全文カード板。占有物について行使する権利は適法と推定する。 図:188条の全文カード板。占有物について行使する権利は適法と推定する。

条文民法188条

民法第百八十八条(占有物について行使する権利の適法の推定) 占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。

実は、無過失が推定される場面が、民法にはもう1つあります。即時取得、192条の場面です。あちらでは、善意だけでなく無過失も推定されます。その根拠が、この188条です。即時取得は、取引によって、前主の占有を信頼して物を手に入れる場面です。売買のような取引を通して物を受け取るとき、188条は「前主が持っていた占有は適法だ」と推定して、その信頼を後押しします。取得時効は、取引による占有だけでなく、無権利者から譲り受けた占有も含みますし、そもそも取引を前提としない占有も含みます。つまり、前主の占有を信頼して取引したという場面が、常にあるとは限りません。

推定は、それを支える理由があるところにしか及びません。取引の信頼という理由がある即時取得では無過失も推定されますが、その理由を欠く取得時効では、無過失は推定されないままです。今日は、無過失の推定の有無が違うという一点だけ押さえてください。信じたことに落ち度がなかったと言えることです。Bは、登記簿を取り、売主のXが登記名義人であることを確かめ、現地も見たうえで買いました。ここまで調べたなら、落ち度はありません。例えば、登記名義がXではなくAのままだったのに、確かめずに買った場合です。見れば分かったことを見ていませんから、過失あり——善意ではあっても、10年ルートには乗れません。

判断するのは「占有の開始の時」だけ

占有開始時の1点だけで判断される、という時間軸図 図:占有開始時の1点だけで判断される、という時間軸図

次に、善意無過失を判断するタイミングです。162条2項をもう一度見てください。「その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったとき」とあります。占有を始めた、その瞬間だけを見る、という意味です。それでも、10年のままです。占有を始めた時点で善意無過失だったなら、途中で悪意に変わっても、20年ルートに切り替わったりはしません。その場合は、始まりの時点でまだ悪意側ですから、10年ルートには乗れません。判断は、あくまで開始時の1点だけです。理由は2つあります。1つめ、期間の途中で要件が揺れると、いつ時効が完成するのか、誰にも計算できなくなります。3年目に悪意に変わったら20年に伸びる、というルールだと、完成する日が確定しません。

2つめ、10年への短縮の根拠は、占有を始めるときに投じた信頼そのものです。始まりの1点にこそ、短縮を正当化する理由があるので、そこだけを測るのが筋にかなっています。

承継のとき——前の占有者が善意無過失だった場合

187条1項・2項の全文カード板 図:187条1項・2項の全文カード板

条文民法187条1項・2項

民法第百八十七条(占有の承継) 占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。 2 前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。

開始の時の1点で決まるなら、占有を引き継いだときは、誰の「開始の時」を見るんですか?そこが、今日の次の山です。187条に戻りましょう。前回、187条を使って、承継人は自己の占有だけでも、前の占有者の占有を併せてもよいという話をしました。今日は、この条文を使って新しい場面を考えます。

時間軸の図①。前の占有者が善意無過失で4年、後の占有者が悪意で6年、通算10年。 図:時間軸の図①。前の占有者が善意無過失で4年、後の占有者が悪意で6年、通算10年。

前の占有者が、善意無過失で占有を始め、4年間占有しました。その占有を、後の占有者が引き継いで、悪意のまま6年間占有しました。あわせて10年です。できます。これが、判例の結論です。ここで、187条2項の読み方をひっくり返す必要があります。「瑕疵をも承継する」というのは、不利な事情が付いてくるという規定です。しかし、これは有利な事情の承継まで否定する規定ではありません。あわせて主張するなら、悪い部分だけでなく良い部分も丸ごと引き継ぐ、というのが187条の正しい読み方です。

判例カード板。承継された占有をあわせて主張する場合、最初の占有者の占有開始時点で善意無過失を判定すれば足りる(最判昭和53年3月6日)。 図:判例カード板

判例最判昭和53年3月6日 民集32巻2号135頁

占有が承継された場合、善意・無過失はいつの時点で判定するか 不動産の占有主体に変更があつて承継された二個以上の占有が併せて主張された場合には、民法一六二条二項にいう占有者の善意・無過失は、その主張にかかる最初の占有者につきその占有開始の時点において判定すれば足りる。

判例が言っているのは、これだけです。承継された占有をあわせて主張するときは、最初に占有を始めた人の時点だけを見れば足りる、という基準です。実は、この判例が扱った事件では、占有をつないだ途中の人に過失があったことが争われました。それでも、最初に占有を始めた人が善意無過失なら足りる、という判断でした。だから、途中や後ろの占有者が悪意でも、過失があっても、10年ルートは閉じません。承継の途中に何人挟まっても、最初の占有者の時点だけを見る、というのが判例の基準です。今日の例では、前の占有者がその「最初の占有者」にあたるので、前の占有者の善意無過失だけを見れば足ります。

ここからは判決文そのものではなく、この基準を支える実質的な理由づけとして、よく説明される考え方です。もし後の占有者の10年取得を一切認めないとすると、善意無過失で誠実に占有を始めた前の占有者が、後の占有者から、土地を譲り渡した売主のような立場で責任を問われかねません。譲り受けたはずの土地が結局10年で取得できないとなれば、代金を返せ、損害を賠償しろという話になりかねない、ということです。それは、判決に書いてあることなんですか。違います。判決文そのものに、この理由は書かれていません。「判例はこう言っている」ことと「こう考えると筋が通る」ことは、分けて考える必要があります。判例が示したのは、あくまで先ほどのカードの基準だけです。

逆は成り立たない——選べることの実益

時間軸の図②。前の占有者が悪意で6年、後の占有者が善意無過失で6年、通算12年。 図:時間軸の図②。前の占有者が悪意で6年、後の占有者が善意無過失で6年、通算12年。

では、逆のパターンです。前の占有者が悪意で占有を始めて6年、その後、後の占有者が善意無過失で占有を始めて6年。あわせて12年です。併せて主張する場合の起算点は、前の占有者が占有を始めた時点です。ここでは前の占有者が悪意ですから、併せる限り10年ルートには乗れません。では、あわせて主張したほうが得か、自分の占有だけのほうが得か、条文だけからは分かりません。計算してみましょう。187条1項に戻ってください。あわせて主張しても、自分の占有だけを主張しても、選べます。

今はまだ6年ですが、後の占有者は、善意無過失で占有を始めています。後の占有者が自分の占有だけを主張すれば、自分の占有が10年に達した時点で、10年ルートに乗れます。あわせて主張する道は、開始から数えて20年、つまりあと8年待つ必要があります。自分の占有だけを主張する道は、開始から数えて10年、つまりあと4年で足ります。経過している年数は12年ですが、必要なのは経過年数ではなく、開始時点から数えた20年という長さです。悪意で始まった以上、20年ルートしか使えません。だから、あと8年足りません。

時効は、長く数えたほうが勝ちではありません。有利なほうを選べる、というのが187条1項の実益です。

効果その1——原始取得

承継取得と原始取得の対比板。承継取得は負担も引き継ぐ、原始取得は負担が消える。 図:承継取得と原始取得の対比板。承継取得は負担も引き継ぐ、原始取得は負担が消える。

ここからは、取得時効の効果を見ていきます。要件を満たし、援用すると、当事者は所有権を取得します。この取得のしかたを、原始取得といいます。要件がそろっても、主張して初めて所有権の取得が確定します。売買のような承継取得と比べると分かりやすいです。承継取得では、前の所有者から所有権がそのまま移ります。抵当権のような負担が付いていれば、その負担も、原則そのまま引き継ぎます。原始取得は、前の所有者から移ってくるのではなく、占有者のところで、まったく新しい所有権が生まれると考えます。だから、元の所有権に付いていた負担は引き継がれません。

具体例。Aが甲土地にT銀行の抵当権を設定していた場合、Bの時効取得で抵当権は消える。 図:具体例

具体例で見てみましょう。Aが甲土地に、T銀行の抵当権を設定していたとします。この状態で、Bの取得時効が完成し、援用すると。抵当権は消えます。Bは、負担のない、きれいな所有権を手に入れます。担保を失います。原始取得の効果は、それだけ強力です。元の所有者Aの所有権は、どうなるんですか。消滅します。ここに、一物一権主義という考え方が関わります。1つの物に対して、同じ内容の物権は1つしか存在できない、という原則です。Bが所有権を原始取得した以上、同じ物にAの所有権が同時に成り立つことはできません。だから、Aの所有権は、Bの原始取得の反射として消滅する、と説明されます。

効果その2——遡及効

144条の全文カード板 図:144条の全文カード板

条文民法144条

民法第百四十四条(時効の効力) 時効の効力は、その起算日にさかのぼる。

同じ144条が、取得時効ではこう効きます。これがもう1つの大事な効果です。取得時効での起算日は、占有を開始した時です。つまり、Bは「10年目に所有者になった」のではなく、「占有を始めた日から、ずっと所有者だった」ことになります。

具体例。10年間の収穫は誰の物か。さかのぼって占有者の物だったことになる図。 図:具体例。10年間の収穫は誰の物か。さかのぼって占有者の物だったことになる図。

具体例で考えましょう。Bは、この10年間、畑で作物を収穫し続けてきました。この収穫は、誰の物になるでしょうか。もしBが10年目に初めて所有者になったのなら、それ以前の収穫は、他人の物から得た利益になってしまいます。ところが、144条によってさかのぼってBのものだったことになるので、Aに返す必要がありません。遡及効は、過去の清算をまとめて終わらせるための装置です。

ここから先の地図

送りの一覧板。取得時効と登記は別の回。所有権以外の財産権も別の回。 図:送りの一覧板。取得時効と登記は別の回。所有権以外の財産権も別の回。

最後に、これから先の地図を一枚だけ示しておきます。今日やらなかったことも、あるんですか。2つあります。1つめ、時効取得した者と、その間に元の所有者から土地を買った第三者との関係——取得時効と登記という論点は、別の回で扱います。2つめは、所有権以外の財産権の時効取得です。賃借権や地役権のような、所有権以外の権利も時効で取れるのか。

今日の地図(保存版)

まとめ板。冒頭のBとYに戻る。背骨は無過失1枚だけ自分で出す。 図:まとめ板。冒頭のBとYに戻る。背骨は無過失1枚だけ自分で出す。

冒頭に戻りましょう。Bは10年、Yは20年でした。分かれ目は、占有を始めた時点で、自分の物だと積極的に信じ、そう信じたことに落ち度がなかったかでした。時間を半分にしてもらう代わりに、無過失という1枚だけ自分で出す。所有の意思・平穏・公然・占有の継続・善意は、20年ルートと同じく推定されます。違うのは、無過失だけです。承継のときは、前の占有者が善意無過失なら、後の占有者が悪意でも10年で取れる、という話でしたね。逆に前の占有者が悪意なら、あわせる限り10年ルートには乗りませんが、自分の占有だけを選べば道は残ります。

原始取得によって、抵当権のような負担のない、新しい所有権が生まれます。遡及効によって、占有を始めた日からずっと所有者だったことになります。ここまでは所有権の取得時効でした。時効で手に入るのは、所有権だけではありません。

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#81単独ページ動画

賃借権・地役権の取得時効

第1章 民法総則 #81/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

Cの20年は無になるのか

冒頭の関係図。Cは20年前からBに土地を借り、地代を払い建物を建てて住んできた。ある日Aが現れ、Bには貸す権利がなかったと告げる。 図:冒頭の関係図

  • Cは20年前からBに土地を借り、地代を払い建物を建てて住んできた
  • ある日Aが現れ、Bには貸す権利がなかったと告げる

Cは、毎月きちんと地代を払い、その土地に自分の家を建てて、20年間住み続けてきました。ところがある日、見知らぬAが現れてこう言います。「その土地は私の物です。Bには貸す権利なんてありませんでした。家を壊して出ていってください」。本当でした。Bはただの無権利者で、登記も所有権もずっとAの物だったんです。今日の問いは、借りる権利も時効で手に入るのか。先に答えを言うと、手に入ります。条文は163条です。ただし、所有権のときより確かめることが増えます。そして地役権という権利では、条文がもっと重い条件を足してきます。

163条の全文——162条と3語だけ違う

163条の全文カード板。162条1項と骨格は同じで、3語だけ入れ替わっている。 図:163条の全文カード板。162条1項と骨格は同じで、3語だけ入れ替わっている。

条文民法163条

民法第百六十三条(所有権以外の財産権の取得時効) 所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する。

これが163条の全文です。前回までに見た162条1項と、骨格はそっくりです。

162条1項と163条の差分表。所有の意思→自己のためにする意思、占有した→行使する、所有権を取得する→権利を取得する、の3語だけ。 図:162条1項と163条の差分表

違うのは3か所だけです。所有の意思が自己のためにする意思に、占有したが行使するに、その所有権を取得するがその権利を取得するに、それぞれ入れ替わっています。全部162条と同じです。前回までにやりましたから、今日はもう説明しません。別物です。162条の所有の意思は、その物を自分の物にする意思でした。163条の自己のためにする意思は、その権利を、自分のために使う意思をいいます。物を自分の物にする話ではありません。もう1つ、条文の書き方に注目してください。「前条の区別に従い二十年又は十年」とあります。

163条は、10年ルートの要件を自分では書いていません。162条2項をそのまま引いているんです。だから、善意無過失を判断するタイミングも、行使を始めた時の1点という、前回の結論がそのまま効きます。占有を伴わない権利では、準占有という考え方が「行使」にあたります。自分のためにその権利を事実上使っている状態のことです。中身は205条に定められていますが、今日はこの一言だけ押さえてください。

取れる権利・取れない権利

一覧板。取れる=地上権・永小作権・地役権・不動産賃借権。取れない=形成権・1回的給付の債権・法定担保物権。 図:一覧板

  • 取れる=地上権・永小作権・地役権・不動産賃借権
  • 取れない=形成権・1回的給付の債権・法定担保物権

163条の「所有権以外の財産権」には、実はすべての権利が入るわけではありません。取れるのは、地上権・永小作権・地役権・不動産の賃借権です。永小作権は、小作料を払って他人の土地で耕作や牧畜をする権利でしたね。形成権は、一方的な意思表示だけで法律関係を変えられる権利のことです。取れないのは、取消権や解除権のような形成権、代金を1回払ってもらえば終わるような1回きりの給付を目的とする債権、それに留置権や先取特権です。20年間、その権利を使い続けている姿を描けるかどうか、この一点です。

時効は、長く続いた事実の姿を、そのまま権利に変える制度でしたね。姿が一瞬で終わってしまう権利には、変えるべき事実そのものが残りません。ここだけ理由が別です。留置権や先取特権は、当事者が合意して作る権利ではなく、法律が要件を満たせば自動的に与える権利です。だから、そもそも行使を積み重ねて新しく生み出す、という発想自体が成り立ちません。地上権にも同じ構造が及びます。物権だから当然に姿が出る、という単純な話ではありません。判例は、土地を継続的に使用しているという外形的事実に加えて、その使用が地上権を行使する意思にもとづくことが、客観的に表現されていることを求めています。

継続的な使用と、意思の客観的表現、この骨格は地上権にも及びます。この後、賃借権の2要件を見るときに、また出てきます。

最判昭45・5・28の判旨カード。地上権の時効取得にも、土地の継続的な使用という外形的事実に加え、地上権行使の意思の客観的表現が要る。 図:最判昭45・5・28の判旨カード

判例最判昭和45年5月28日 集民第99号233頁

地上権の時効取得にも要る客観的表現 地上権の時効取得が成立するためには、土地の継続的な使用という外形的事実が存在するほかに、その使用が地上権行使の意思にもとづくものであることが、客観的に表現されていることを要する。

そこが誤解しやすいところです。物権かどうかは関係ありません。使っている事実だけでなく、その使い方が権利行使の意思にもとづくと分かる形になっているか、ここが問われます。今日、山になるのは賃借権のほうです。

賃借権が山になる理由

冒頭の関係図の再掲。BC間の賃借権はAに届かず、Cの占有は無権原になってしまう。 図:冒頭の関係図の再掲。BC間の賃借権はAに届かず、Cの占有は無権原になってしまう。

冒頭のC・B・Aに戻りましょう。BとCの間の賃貸借契約は、有効です。他人の物を貸す契約でも、契約自体は成り立ちます。だから、CはBに対する賃借権をちゃんと持っています。問題は、そこから先です。賃借権は債権です。債権は、相手にだけ言える権利でしたね。契約の当事者でないAには、Cは賃借権を主張できません。Aから見ると、Cは権原のない占有者です。だから、Aの明渡し請求は、そのまま通ることになります。Cさんが救われる道は、無いんですか。1つだけあります。CがAに対する賃借権を、時効で取得できれば、そこで勝負がつきます。

Cの占有は、権原に基づく占有に変わります。だからこそ、賃借権が時効で取れるかどうかが、この回のいちばんの山になるんです。

賃借権は時効取得できるか——この回の背骨

板。原則は債権は継続的な行使を観念できず対象外。しかし賃借権は占有を不可欠の要素とするので例外になる。 図:板

  • 原則は債権は継続的な行使を観念できず対象外
  • しかし賃借権は占有を不可欠の要素とするので例外になる

原則から確認します。債権は、継続的な行使を観念できません。1回ごとに完結するのが債権の性質だからです。ところが、賃借権だけは違います。なぜですか。賃借権は、占有を不可欠の要素とする権利だからです。目的物をずっと占有し続けている姿は、地上権とほとんど同じ見た目をしています。賃借権は163条の財産権にあたり、時効取得できる、というのが判例の結論です。ただ、これで解決ではありません。賃借権の時効取得は、無条件ではないんです。

板。2要件を条文文言に紐づける。①継続的な用益という外形的事実=「行使する」のあてはめ。②賃借の意思の客観的表現=「自己のためにする意思」のあてはめ。 図:板

  • 2要件を条文文言に紐づける
  • ①継続的な用益という外形的事実=「行使する」のあてはめ
  • ②賃借の意思の客観的表現=「自己のためにする意思」のあてはめ

2つの要件が足されます。1つめ、目的物を継続的に用益しているという、外から見える事実があること。これは、条文の「行使する」にあたる部分です。2つめ、それが賃借の意思に基づくことが、客観的に表現されていること。こちらは、条文の「自己のためにする意思」にあたる部分です。1つめだけだと、所有者が時効の進行にまったく気づけません。気づけなければ、完成猶予や更新で止める機会そのものを失ってしまいます。2つめが無いと、手に入る権利が賃借権なのか、タダで借りているだけの使用借権なのか、区別がつきません。だから両方が要ります。実は、冒頭のCが、まさにこの型です。家を建てて住み、地代も払っていました。片方しか無ければ、ただで借りている姿と見分けがつきません。

最判昭43・10・8の判旨カード。土地の継続的な用益という外形的事実と、賃借の意思の客観的表現があるとき、賃借権の時効取得が可能。 図:最判昭43・10・8の判旨カード

判例最判昭和43年10月8日 民集第22巻10号2154頁

賃借権の時効取得——2要件 土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法一六三条に従い土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である。

判例が言い切っているのは、まさにこの2つです。

あてはめ——何があれば2要件を満たすか

表。①の材料=建物を建てた・住んだこと。②の材料=賃料を払い続けたこと。賃料は真の所有者宛でなくてよい。 図:表

  • ①の材料=建物を建てた・住んだこと
  • ②の材料=賃料を払い続けたこと
  • 賃料は真の所有者宛でなくてよい

土地の賃借権なら、その土地の上に建物を建てて使っていたこと。建物の賃借権なら、その建物に住んでいたことです。ここで、大事な注意があります。賃料は、真の所有者に払っている必要はありません。無権利の貸主に払っていれば足ります。要求されているのは、賃借の意思が外に表れていることであって、正しい相手に払ったことではないからです。無権利者にでも払い続けていれば、「タダで借りているのではなく、賃借している」という姿は、外にちゃんと表れています。ふつうの賃貸借でも、賃料を滞納する借主はいます。だから、払っていないだけで直ちに2つめが否定されるわけではありません。ただ、現実には、この要件を通すのはかなり厳しくなります。

Cは、家を建てて20年住みました。これで1つめは満たします。地代も、Bに払い続けました。これで2つめも満たします。Aの明渡し請求は通りません。なお、Bを所有者だと信じ、そう信じたことに落ち度がなければ、10年で足りる場合もあります。判断のタイミングは、さっきと同じく行使を始めた時の1点です。

地役権の時効取得——条文が要件を足す

通行地役権の関係図。要役地の所有者Dが、公道に出るために承役地の所有者Eの土地を通らせてもらう。 図:通行地役権の関係図

ここからは、地役権の時効取得です。自分の土地の便益のために、他人の土地を使う権利です。典型が通行地役権——公道に出られない土地から、隣の土地を通らせてもらう権利です。Dが、公道に出られず困っている土地の所有者。Eが、その隣の土地の所有者です。Dは、Eの土地に通路を作って、公道まで行き来しています。言葉を先に決めておきます。便益を受けるDの土地が要役地、通らせる負担を負うEの土地が承役地です。今日は、時効で取れるかどうかだけを見ます。

283条の全文カード板。地役権は継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効取得できる。 図:283条の全文カード板

条文民法283条

民法第二百八十三条(地役権の時効取得) 地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。

継続性と、外形上認識できること、つまり表現性、この2つの条件が、条文自身で正面から足されています。所有権では占有の姿がはっきりしていて、賃借権では判例が2つの要件を組み立てて補いました。地役権では、条文自身が要件を重くしている、というのが今日の3つめの段階です。なぜ、地役権だけ条文が重くするんですか。他人の土地を通る姿は、権利があっても、ただの好意でも、同じに見えるからです。その線引きを、次に見ます。

「継続」の中身——通路を作るのは誰か

判例カード。通行地役権の継続の要件は承役地への通路の開設で、その開設は要役地所有者によることを要する。 図:判例カード

通行地役権でいう継続とは、承役地の上に、通路が開設されていることです。それだけでは足りません。さらに、その通路を作ったのが、Dでなければならないというのが判例の立場です。

判例最判昭和30年12月26日 民集第9巻14号2097頁

通行地役権の「継続」の中身 民法二八三条による通行地役権の時効取得については、いわゆる「継続」の要件として、承役地たるべき他人所有の土地の上に通路の開設を要し、その開設は要役地所有者によつてなされることを要するものと解すべく

その場合も、継続にはあたりません。もともとあった道を使っていただけの場合も同じです。なぜ、そこまで厳しくするんですか。ここが、今日いちばん効く「なぜ」です。隣の人の好意で通らせてもらっているだけの通行は、世の中にいくらでもあります。好意で通らせてもらっていただけの通行を、20年たったら権利に変えてしまうと、親切にした人が、自分の土地の一部を取られることになります。誰も他人を通らせなくなってしまいます。だから、「自分で道を作った」という、好意ではありえない行動を要求しているんです。

承役地の所有者が気づいて止められるだけの姿でなければ、時効を進ませない、という狙いは同じです。

階段板。所有権(姿明瞭)→賃借権(2要件)→地役権(条文で加重)。要件の重さは姿の頼りなさに比例する。 図:階段板

  • 所有権(姿明瞭)→賃借権(2要件)→地役権(条文で加重)
  • 要件の重さは姿の頼りなさに比例する

所有権は、姿がはっきりしているので要件は占有の1つ。賃借権は、姿が紛らわしいので、判例が2つの要件を組み立てました。地役権は、姿がいちばん消えやすいので、条文自身が要件を重くしています。要件の重さは、外から見える姿の頼りなさに比例する——これが、今日の背骨です。

取得時効の中断——改正で消えた中断とは別物

164条・165条の全文カード板。占有者が任意に占有を中止したり、他人に占有を奪われたりすると時効は中断する。163条にも準用される。 図:164条・165条の全文カード板

  • 占有者が任意に占有を中止したり、他人に占有を奪われたりすると時効は中断する
  • 163条にも準用される

条文民法164条・165条

民法第百六十四条(占有の中止等による取得時効の中断) 第百六十二条の規定による時効は、占有者が任意にその占有を中止し、又は他人によってその占有を奪われたときは、中断する。 第百六十五条 前条の規定は、第百六十三条の場合について準用する。

2017年の改正で無くなった中断と、164条の中断は、別物です。はっきり切り分けておきましょう。無くなったのは、請求や承認といった、外からの出来事で時効を止めたり数え直させたりする、あの中断です。前に完成猶予・更新として学んだものですね。まったく別の制度です。164条の中断は、数えていた事実そのものが途切れたという話です。占有者が自分から占有をやめる、または他人に占有を奪われる、この2つです。占有していないなら、そもそも占有の年数を数えようがありません。

だから、2017年の改正でも、164条の「中断」という文字はそのまま残っています。条文を見てのとおりです。165条は、163条の場合にも同じ規定を準用する、と言っているだけです。所有権以外の財産権でも、行使をやめたり妨げられたりすれば、同じように中断します。

比較表。完成猶予・更新=請求や承認という外部の出来事/自然中断=占有という事実そのものの途絶。 図:比較表

完成猶予・更新は、請求・承認といった外からの出来事が引き金です。164条・165条の中断は、占有や行使という事実そのものが途絶えたことが引き金です。名前は同じ「中断」に見えても、まったく別系統だと覚えてください。

ここから先の地図

送りの一覧板。時効取得と登記、賃貸借の本体、地役権の本体は別の回。 図:送りの一覧板。時効取得と登記、賃貸借の本体、地役権の本体は別の回。

最後に、これから先の地図を示しておきます。今日やらなかったことも、あるんですか。3つあります。時効取得した賃借権や地役権を、あとから土地を買った第三者に主張できるか、つまり登記が要るかという論点は、別の回に送ります。賃貸借そのもの——対抗要件や借地借家法の中身も、別の回です。地役権の本体、設定のしかたや存続期間、対抗要件の中身も、別の回に送ります。

今日の地図(保存版)

まとめ板。冒頭のCに戻る。背骨は3段の階段。時効は続いている姿を権利に変える制度。 図:まとめ板

  • 冒頭のCに戻る
  • 背骨は3段の階段
  • 時効は続いている姿を権利に変える制度

冒頭に戻りましょう。Cは救われます。20年間、家を建てて住み、地代を払い続けた事実が、Aに対する賃借権として時効で認められるからです。時効は、長く続いた事実の姿を権利に変える制度です。だから、続いている姿を持たない権利は取れず、姿が紛らわしいほど要件が重くなります。所有権は占有の1つで足り、賃借権は2つの要件が必要で、地役権は条文自身が要件を重くしていました。20年間、その権利を使い続けている姿を描けるかどうか、この一点でしたね。使わないでいると権利が消える——消滅時効に入ります。まず問題になるのは、いつから数え始めるのかです。

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#82単独ページ動画

消滅時効の起算点

第1章 民法総則 #82/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

数え始めはどこか

冒頭設例板。Bは10年ほど前、Aから100万円を借りた。返す期日は決めなかった。連絡が途絶え、Bはもう終わった話だと思っていた。今になってAから内容証明が届き「100万円を返してください」。Bは「もう時効ではないか」と思うが、Aは「あなたの居場所を知ったのは去年です。まだ5年たっていません」と言う。 図:冒頭設例板

  • Bは10年ほど前、Aから100万円を借りた
  • 返す期日は決めなかった
  • 連絡が途絶え、Bはもう終わった話だと思っていた
  • 今になってAから内容証明が届き「100万円を返してください」
  • Bは「もう時効ではないか」と思うが、Aは「あなたの居場所を知ったのは去年です。まだ5年たっていません」と言う

ところが今になって、Aさんから内容証明が届きます。「100万円を返してください」。でもAさんはこう言います。「私があなたの居場所を知ったのは去年です。まだ5年たっていません」。今日の問いは1つです。消滅時効は、いつから数え始めるのか。先に答えを言っておきます。実は数え方は2つあって、先に満了したほうで時効が完成します。片方は知った時から5年、もう片方は行使できる時から10年。そして「行使できる時」という言葉の意味が、この回でいちばんの山になります。

逆側の話——今日から消滅時効

対比板。取得時効(前回まで)=使い続けると権利を得る。消滅時効(今日から)=使わないでいると権利を失う。今日扱うのは債権の消滅時効(166条1項)。所有権以外の財産権が20年で消える166条2項の話、所有権が消滅時効にかからない話は次回に送る。 図:対比板

  • 取得時効(前回まで)=使い続けると権利を得る
  • 消滅時効(今日から)=使わないでいると権利を失う
  • 今日扱うのは債権の消滅時効(166条1項)
  • 所有権以外の財産権が20年で消える166条2項の話、所有権が消滅時効にかからない話は次回に送る

ここまで10本、時効の趣旨から援用、完成猶予と更新、そして権利を手に入れる取得時効までを見てきました。今日からは逆側です。使わないでいると、権利が消えていく消滅時効に入ります。今日扱うのは、債権の消滅時効、166条1項です。今日はまず、債権がいつから数え始めるのかだけに絞ります。

二重の起算点・166条1項

二重の起算点の時間軸図。1本の債権に2本の時間軸が同時に走る。上の軸=主観的起算点(知った時から5年)。下の軸=客観的起算点(行使できる時から10年)。先にゴールした軸で時効が完成する。両方そろう必要はない。 図:二重の起算点の時間軸図

  • 1本の債権に2本の時間軸が同時に走る
  • 上の軸=主観的起算点(知った時から5年)
  • 下の軸=客観的起算点(行使できる時から10年)
  • 先にゴールした軸で時効が完成する
  • 両方そろう必要はない

消滅時効の出発点になる条文を見てみましょう。

条文民法166条1項

民法第百六十六条第一項(債権等の消滅時効): 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

5年と10年、2つの数字が出てきますね。両方たたないと消えないんですか。そこが最初のつまずきどころです。違います。1号と2号は、それぞれ別の物差しで、どちらか早く満了したほうで時効が完成します。両方そろえる必要はありません。1号は、債権者が「行使できる」と知った時から5年。これを主観的起算点と呼びます。2号は、知っていようがいまいが、行使できる状態になった時から10年。これを客観的起算点と呼びます。「主観的」は債権者が知ったかどうかで動く物差し、「客観的」は知ったかどうかと無関係に動く物差し、とまず区別してください。

なぜ2本立てになったのか

一言板。2017年改正で、職業別に1年・2年・3年とバラバラだった短期の時効を廃止して統一した。その代わりに「知った時から5年」という短い物差しを新設し、債権者が知っていながら長期間放置する場面を拾った。 図:一言板

  • 2017年改正で、職業別に1年・2年・3年とバラバラだった短期の時効を廃止して統一した
  • その代わりに「知った時から5年」という短い物差しを新設し、債権者が知っていながら長期間放置する場面を拾った

実は昔の民法は、職業ごとに時効期間がばらばらでした。飲食店のツケは短い、といった具合に、細かく分かれすぎていて分かりにくかったんです。2017年の改正で、この職業別の短期の時効はすべて廃止されました。では単純に10年へ一本化すればよいかというと、今度は別の問題が起きます。債権者が「もう請求できる」と分かっているのに、10年間はのんびり放置してもよい、ということになりかねません。それでは知っているのに眠っている人まで長く保護してしまいます。そこで、知っている場合には短い5年で区切る物差しを新しく入れて、両方の物差しを持たせたんです。

権利を行使することができる時とは何か

問いの板。Bが病気で入院していて権利行使できなかったら、時効は止まるか? 図:問いの板。Bが病気で入院していて権利行使できなかったら、時効は止まるか?

ここからは客観的起算点、2号の「権利を行使することができる時」の意味に入ります。その前に1つ聞かせてください。もし権利者が病気で入院していて、実際には請求できなかったとしたら、時効の進行は止まると思いますか。体が動かせないなら請求のしようがない、と考える人は多いはずです。でも結論は逆です。通説は、「行使することができる時」を、権利の行使に法律上の障害がなくなった時と解しています。判定の物差しは1つです。「自分の力ではどうにもならない法律上の壁があるか」ではなく、「請求すれば通る状態になっているか」。これで3つの例を仕分けてみます。1つめ、契約に停止条件が付いていて、その条件がまだ成就していない場合。これは条件が来るまでは請求しても通りませんから、法律上の障害にあたります。時効は進行しません。

権利者が病気で入院していた、あるいは権利があること自体を知らなかった。これは事実上の障害にすぎません。請求すれば通る状態そのものは変わっていないので、時効は進行します。3つめが、いちばん間違えやすい例です。相手に同時履行の抗弁権が付いている債権。同時履行の抗弁権というのは、簡単に言えば「そっちが先に履行しろ」と言い返せる権利のことです。これが付いていても、時効は進行します。債権者は、自分の債務について弁済の提供さえすれば、相手の同時履行の抗弁権を消すことができます。つまり、この壁は自分の力で外せる壁なんです。自分で外せる壁は、法律上の障害とは呼びません。

⭐ 論文で書く規範:権利を行使することができる時(客観的起算点)の意味 権利の行使につき法律上の障害がなくなった時をいう。単なる事実上の障害(病気・不知など)や、債権者が自ら除去できる障害(同時履行の抗弁権など)は、ここにいう法律上の障害にあたらない。 (通説で立てる規範)

客観的起算点の8つの型

一覧板。客観的起算点の8類型。確定期限のある債権=期限の到来時。不確定期限のある債権=期限の到来時。期限の定めのない債権=債権の成立時。返済期限を決めなかった消費貸借=契約成立から相当期間経過時。停止条件付債権=条件の成就時。解除条件付債権=債権の成立時。期限の利益喪失特約付き割賦払債権=原則各回の弁済期ごと。履行不能に基づく損害賠償請求権=元の債権の履行期。 図:一覧板

  • 客観的起算点の8類型
  • 確定期限のある債権=期限の到来時
  • 不確定期限のある債権=期限の到来時
  • 期限の定めのない債権=債権の成立時
  • 返済期限を決めなかった消費貸借=契約成立から相当期間経過時
  • 停止条件付債権=条件の成就時
  • 解除条件付債権=債権の成立時
  • 期限の利益喪失特約付き割賦払債権=原則各回の弁済期ごと
  • 履行不能に基づく損害賠償請求権=元の債権の履行期

まず全体を見せます。客観的起算点は、債権の型ごとに8つの場面に仕分けられます。1つずつ降りていきましょう。1つめ、確定期限のある債権は、期限の到来時。2つめ、不確定期限のある債権も、同じく期限の到来時です。どちらも、債権者が期限の到来を知っていたかどうかは関係ありません。期限が来れば請求は通る状態になるので、債権者の主観は関係ない。この「主観は関係ない」という点は、あとで主観的起算点と比べるときにもう一度呼び戻しますから、覚えておいてください。

対比板。原則=期限の定めのない債権は成立した時から時効が進行する(成立していればいつでも請求できるから)。ところが412条3項では、履行遅滞になるのは請求を受けた時とされる。時効の起算点と履行遅滞の起点が、わざと食い違っている。 図:対比板

  • 原則=期限の定めのない債権は成立した時から時効が進行する(成立していればいつでも請求できるから)
  • ところが412条3項では、履行遅滞になるのは請求を受けた時とされる
  • 時効の起算点と履行遅滞の起点が、わざと食い違っている

3つめ、期限の定めのない債権は、債権が成立した時から時効が進行します。冒頭のAさんとBさんが、まさにこの型です。期日を決めずに貸したので、原則は貸した時から。ただしお金の貸し借りには、すぐあとで見る例外が効きます。なぜ成立時なんですか。期限を決めていない以上、成立していればいつでも請求できるからです。ここで412条3項を並べてみます。期限の定めのない債務について履行遅滞になるのは、債務者が履行の請求を受けた時です。あれ、時効はもう成立時から進んでいるのに、履行遅滞になるのは請求されてからなんですか。ここはわざと食い違っています。時効の物差しは成立時から動き出す一方、履行遅滞という別の物差しは請求を受けてから動き出す。同じ債権について、2つの制度が別々の起点を持っていると考えてください。測っているものが違うからです。時効は「請求すれば通る状態だったか」を測るので成立した時から動き、履行遅滞は「債務者を責めてよい状態か」を測るので、請求を受けて初めて動きます。この型の典型例が、不当利得返還請求権です。中身は別の回で扱いますが、名前だけ覚えておいてください。

一言板。返済期限を決めなかった消費貸借は例外=契約の成立から相当期間を経過した時が起算点になる(591条1項参照)。借りた金をすぐ返せというのは酷だから、貸主も相当期間は請求できないと解されている。 図:一言板

  • 返済期限を決めなかった消費貸借は例外=契約の成立から相当期間を経過した時が起算点になる(591条1項参照)
  • 借りた金をすぐ返せというのは酷だから、貸主も相当期間は請求できないと解されている

ただし、4つめとして例外があります。返済期限を決めなかった消費貸借、つまりお金の貸し借りだけは別です。契約の成立から、相当な期間が経過した時が起算点になります。冒頭のAさんとBさんの100万円も、この例外にあたります。貸したその瞬間ではなく、契約から相当な期間がたった時から数え始めます。借りた金を、契約したその瞬間から「今すぐ返せ」と言われるのは、借主にとって酷だからです。貸主の側にも、相当な期間は請求できないという制約がかかると解されています。

対比板。停止条件付債権=条件の成就時が起算点(条件が来るまで請求は通らない)。解除条件付債権=債権の成立時が起算点(条件が成就するかどうか未定の間も、権利者は権利を行使できるから)。 図:対比板

  • 停止条件付債権=条件の成就時が起算点(条件が来るまで請求は通らない)
  • 解除条件付債権=債権の成立時が起算点(条件が成就するかどうか未定の間も、権利者は権利を行使できるから)

5つめと6つめは、条件付きの債権です。停止条件付債権は、条件の成就時。さっき見た、条件が成就していないと請求が通らない、という話そのままです。解除条件付債権はどうなりますか。こちらは、債権の成立時です。解除条件が付いていても、条件が成就するかどうか決まっていない間は、権利者は普通に権利を行使できます。だから成立時から数え始めるんです。停止条件と解除条件、名前は似ていますが、起算点はこう分かれます。

期限の利益喪失特約付き割賦払債権

関係図。Cが商品を分割払いで買い、Dが売主。契約には「1回でも支払いが遅れたら、Dの請求により残額全部を直ちに払う」という期限の利益喪失特約が付いている。Cが1回目の支払いを怠った。 図:関係図

  • Cが商品を分割払いで買い、Dが売主
  • 契約には「1回でも支払いが遅れたら、Dの請求により残額全部を直ちに払う」という期限の利益喪失特約が付いている
  • Cが1回目の支払いを怠った

7つめの型は、少し込み入っています。Cが商品を分割払いで買い、Dが売主です。この場面は、AさんBさんの貸し借りとは別の場面です。契約には、以前見た期限の利益——期限が来るまでは払わなくてよいという債務者の利益——を使った特約が付いています。「1回でも支払いが遅れたら、Dが請求すれば、残り全部を直ちに払え」という期限の利益喪失特約です。この瞬間から、残り全部の時効が走り出すように見えませんか。特約のとおりなら、Dはこの瞬間に残額全部を請求できるようになる。つまり、法律上の障害が消えたように見えます。

ところが、それでは結論がおかしくなります。この特約は、そもそも債権者Dの利益のために置かれた特約です。それなのに、その特約があるせいでDの時効が早く走り出す、つまりDが不利益を受けるのでは、筋が通りません。自分のために付けた条項で自分が損をするのは、おかしいですよね。

判例最判昭和42年6月23日 民集第21巻6号1492頁

期限の利益喪失特約付き割賦払債権はいつから時効が進行するか 割賦金弁済契約において、割賦払の約定に違反したときは債務者は債権者の請求により償還期限にかかわらず直ちに残債務全額を弁済すべき旨の約定がされた場合には、一回の不履行があつても、各割賦金債務について約定弁済期の到来ごとに順次消滅時効が進行し、債権者が特に残債務全額の弁済を求める旨の意思表示をしたときにかぎり、その時から右全額について消滅時効が進行するものと解すべきである。

判例の結論はこうです。原則は、各回の約定弁済期が来るたびに、その回の分だけ時効が順次進みます。例外として、Dが実際に「残額全部を払え」という意思表示をしたときだけ、その時から残額全部の時効が進み始めます。実は、これとは反対の考え方もあります。1回でも遅滞したら、その時から当然に全額の時効が進むという有力説です。ですが、この考え方には批判があります。それだと、悪質な債務者ほど、遅滞した瞬間から時効の得点を稼げてしまい、かえって早く逃げ切れることになってしまいます。判例が原則・例外の形をとったのは、この不都合を避けるためでもあります。いまのは特約の読み方をめぐる争いでした。特約そのものの型にも、一言だけ。ここで判例が判断したのは、「債権者が請求して初めて残額全部を払う」という型の特約です。1回でも遅れたら請求を待たずに当然に全額を払う、という型の特約は、この判例が判断した場面の外側になります。

⭐ 論文で書く規範:期限の利益喪失特約付き割賦払債権の起算点 原則として、各割賦金債務は約定弁済期の到来ごとに消滅時効が進行する。ただし、債権者が残債務全額の弁済を求める意思表示をしたときは、その時から残債務全額について消滅時効が進行する。 (判例で立てる規範)

履行不能に基づく損害賠償請求権

関係図。Gが土地を買い、代金も払い済み。ところが売主Fがその土地を第三者に売却し登記も移してしまい、Fの引渡義務は履行不能になった。 図:関係図

  • Gが土地を買い、代金も払い済み
  • ところが売主Fがその土地を第三者に売却し登記も移してしまい、Fの引渡義務は履行不能になった

8つめの型です。GがFから土地を買い、代金も払い済みです。ここも、さっきのCさんDさんとは別の場面です。ところがFは、その土地を第三者に売って登記まで移してしまいました。もうFはGに土地を引き渡せません。これを履行不能と呼びます。Gさんは、もう泣き寝入りですか。違います。Gは、Fに対して損害賠償を請求できます。この請求できる根拠自体は、別の回で詳しく扱いますが、今日の問題はここからです。この損害賠償請求権の時効は、いつから数えるのか。履行不能になった日でしょうか、それとも、元の引渡しを請求できた日でしょうか。

判例最判平成10年4月24日 集民第188号263頁

履行不能に基づく損害賠償請求権はいつから時効が進行するか 契約に基づく債務の履行不能による損害賠償請求権の消滅時効は、本来の債務の履行を請求し得る時から進行する。

元の債権を請求できた時、という結論ですか。履行不能になった時ではなく。理由はこうです。この損害賠償請求権は、本来の履行請求権が形を変えたもの、いわば本来の履行請求権の拡張であって、本来の履行請求権と法的に同一の権利だとされています。姿を変えただけで、同じ1本の権利だということです。

時間軸の板。引渡債務の履行期=ここから時効が進む。履行不能になった時=ここではない。Gが気づいた時=もう残り時間が少ない。 図:時間軸の板

  • 引渡債務の履行期=ここから時効が進む
  • 履行不能になった時=ここではない
  • Gが気づいた時=もう残り時間が少ない

だから、この結論はかなり厳しい結論になります。Fの引渡義務がもともと履行期を過ぎていたなら、時効の時計は、Gが履行不能に気づくよりずっと前から動いていたことになります。履行不能に気づいた時には、もう残り時間が少ない、という事態が起こり得るんです。これは怖いですね。契約に基づく債務の話、というのがポイントですか。大事な注意点です。この判例の射程は、契約に基づく債務の履行不能による損害賠償請求権に限られます。「債務不履行なら何でもこの結論になる」と広げてはいけません。では契約に基づかない債務の履行不能なら、どこから数えるのか。特別扱いはせず、今日の原則に戻ります。166条1項2号の「権利を行使することができる時」、つまり法律上の障害がなくなった時から数えます。同じ理屈のもう1つの例が、契約を解除したときの原状回復請求権です。これは、解除権を行使した時が起算点になります。解除によって契約がさかのぼって消えた結果生まれる債権なので、さっきの「期限の定めのない債権は成立時」という扱いに戻ると考えてください。

⭐ 論文で書く規範:履行不能に基づく損害賠償請求権の起算点 契約に基づく債務の履行不能による損害賠償請求権の消滅時効は、本来の債務の履行を請求し得る時から進行する。本来の履行請求権が形を変えたにすぎず、これと法的に同一性を有するためである。 (判例で立てる規範)

主観的起算点——知った時とは何か

対比板。客観的起算点と主観的起算点の違い。不確定期限の到来=客観は知らなくても進む、主観は知って初めて進む。債務者が誰か=客観は関係ない、主観は知る必要がある。 図:対比板

  • 客観的起算点と主観的起算点の違い
  • 不確定期限の到来=客観は知らなくても進む、主観は知って初めて進む
  • 債務者が誰か=客観は関係ない、主観は知る必要がある

ここまでずっと客観的起算点を見てきました。ここからは、もう1本の物差し、主観的起算点に戻ります。1号の「知った時」を、もう一度見てください。

条文民法166条1項

民法第百六十六条第一項(債権等の消滅時効): 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

権利を行使しようと思えばできる、と言える程度の認識です。つまり、権利がすでに生まれていること、履行期がすでに来ていること、行使を妨げる事情もすでに消えていること。この三つを債権者本人がつかんでいる状態、という意味です。そしてもう1つ、客観的起算点には無かった要素が加わります。債務者が誰であるかを知ったことも必要になります。客観的起算点では、債務者が誰かなど関係ありません。期限が来れば、それだけで時効は進みます。ところが主観的起算点は、債権者本人の認識を基準にするので、相手が誰か分からないうちは「知った」とは言えないんです。

ここで、冒頭の問いに答えが出ます。Aさんが知らなかったのは、Bさんの居場所です。Bさんが誰であるか自体は、貸した時から最初から知っています。主観的起算点で必要なのは、債務者が誰かを知ることであって、居場所を知ることではありません。Aさんは、誰に貸したかは分かっているのに、単に探さなかっただけです。以前見た時効の趣旨、権利の上に眠る者は保護しない、という考え方が、まさにここで効いてきます。主観的起算点は、10年前——つまり貸した時から、すでに動き出していたことになります。5年は、とっくに過ぎています。

不法行為だけ物差しが違う理由

対比板。166条1項と724条の数字の対比。契約の債権=主観5年・客観10年。不法行為=主観3年・客観20年。主観側は短くなり、客観側は長くなる。逆方向に動く。 図:対比板

  • 166条1項と724条の数字の対比
  • 契約の債権=主観5年・客観10年
  • 不法行為=主観3年・客観20年
  • 主観側は短くなり、客観側は長くなる
  • 逆方向に動く

最後に、不法行為だけ特別な物差しを持っている理由を見ます。

条文民法724条

民法第七百二十四条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効): 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。

5年が3年に、10年が20年にと逆方向へ動いている。そこが今日の最後のポイントです。契約に基づく債権は、主観側が5年、客観側が10年でした。不法行為は、主観側が3年に短くなり、客観側が20年に長くなる。なぜ逆方向に動くのか。契約の当事者は、あらかじめ関係を結んでいます。ところが不法行為は、当事者が事前に何の関係も結んでいません。被害者は、損害と加害者を知って初めて動き出すしかないんです。知ってしまえば、あとは早く動けるはずですから、主観側は3年と短くても構いません。他方で、被害に気づくまでに長い年月がかかる被害の種類もあります。だから、客観側は10年より長い20年を確保しているんです。不法行為の要件そのものは別の回で扱いますが、今日は数字の理由だけつかんでおいてください。

生命・身体侵害の特例

一言板。167条=166条1項2号の「十年間」を「二十年間」に読み替え。724条の2=724条1号の「三年間」を「五年間」に読み替え。人の生命・身体が害されたときは、契約構成でも不法行為構成でも、主観5年・客観20年にそろう。 図:一言板

  • 167条=166条1項2号の「十年間」を「二十年間」に読み替え
  • 724条の2=724条1号の「三年間」を「五年間」に読み替え
  • 人の生命・身体が害されたときは、契約構成でも不法行為構成でも、主観5年・客観20年にそろう

もう1つだけ、特例があります。人の生命や身体が害されたときだけの、特別な条文です。

条文民法167条

民法第百六十七条(人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効): 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。

条文民法724条の2

民法第七百二十四条の二(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効): 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。

167条も724条の2も、自分では期間を書かず「二十年間とする」「五年間とする」とだけ定めています。これは読み替え条文という特殊な形です。自分では期間を定めず、別の条文の文字だけを差し替えるんです。167条は166条1項2号の「十年間」を「二十年間」に、724条の2は724条1号の「三年間」を「五年間」に、それぞれ差し替えます。結果を1枚にまとめます。人の生命や身体が害されたときは、契約に基づく債務不履行として構成しても、不法行為として構成しても、主観5年・客観20年にそろうんです。

なぜわざわざそろえたんですか。同じ交通事故でも、契約責任で行くか不法行為で行くかで時効の期間が変わってしまうのは、被害者にとって不合理だからです。人の生命や身体は、いちばん守るべき法益ですから、どちらの構成を選んだかで結論が変わらないようにしたんです。

今日の地図(保存版)

冒頭設例板の再掲。Bは10年ほど前、Aから100万円を借りた。返す期日は決めなかった。今になってAが「居場所を知ったのは去年だ」と言うが、Aは最初からBが誰かは知っていた。 図:冒頭設例板の再掲

  • Bは10年ほど前、Aから100万円を借りた
  • 返す期日は決めなかった
  • 今になってAが「居場所を知ったのは去年だ」と言うが、Aは最初からBが誰かは知っていた

今日の背骨を、もう一度お願いします。「いつから数えるか」は、突き詰めると「いつから請求すれば通る状態だったか」を探す作業でした。知っていたかどうかという主観の物差しと、請求すれば通る状態だったかという客観の物差しは、別々に走っていて、先にゴールしたほうが使われます。Aさんの言い分は通りません。知らなかったのは居場所であって、Bさんが誰であるかは最初から知っていたからです。ただし、客観的起算点で見ると話は変わります。今回は返済期限を決めなかった貸金ですから、契約から相当な期間がたった時——貸してまもない時点から、10年の物差しが動いています。

主観の5年も、客観の10年も、どちらもすでに満了しています。どちらか早いほうで完成しますから、Bさんは時効を援用できます。判決で確定した権利は何年になるのか、時効とよく似ているのに援用のいらない除斥期間とは何が違うのか、そして総則のどこを埋めてきたのかを1枚で振り返ります。

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#83単独ページ動画

時効期間の例外と除斥期間

第1章 民法総則 #83/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

どけてくれと言えるのか

冒頭設例板。Aは20年以上前に土地を買い、登記も自分の名義にした。10年ほど前から隣のBがその土地の一部に物置を建てて使っている。Aは気づいていたが面倒なので黙っていた。今になってAが「どけてくれ」と言う。Bは「20年も放っておいたじゃないですか。時効でしょう」と反論する。 図:冒頭設例板

  • Aは20年以上前に土地を買い、登記も自分の名義にした
  • 10年ほど前から隣のBがその土地の一部に物置を建てて使っている
  • Aは気づいていたが面倒なので黙っていた
  • 今になってAが「どけてくれ」と言う
  • Bは「20年も放っておいたじゃないですか。時効でしょう」と反論する

Aは20年以上前に土地を買いました。登記も自分の名義にしています。ところが10年ほど前から、隣のBが、その土地の一部に物置を建てて使っています。Aは気づいていましたが、面倒だったので何も言わずにきました。Aはようやく「どけてくれ」と言います。するとBは、こう言い返します。「20年も放っておいたじゃないですか。時効でしょう」。今日の問いは1つです。時間が経てば消える権利と、消えない権利は、どこで分かれるのか。先に答えを言っておきます。所有権は消滅時効にかかりません。そして、時効とよく似ているのに、援用がいらず、さかのぼりもしない「除斥期間」という別の区切り方があります。この2つを見分けられるようにするのが、今日の到達点です。

前回の続き——数える長さのほうへ

一言板。前回は「いつから数え始めるか(起算点)」だった。今日は「どれだけ数えるか(期間)」と「そもそも数える対象になるのか」。166条1項の二重の起算点そのものは今日は扱わない。 図:一言板

  • 前回は「いつから数え始めるか(起算点)」だった
  • 今日は「どれだけ数えるか(期間)」と「そもそも数える対象になるのか」
  • 166条1項の二重の起算点そのものは今日は扱わない

前回は、消滅時効がいつから数え始めるか、つまり起算点の話でした。前回、166条1項の1号と2号、それぞれ何年でしたか?覚えていますね。1号が主観的起算点から5年、2号が客観的起算点から10年でした。今日はここを掘り返しません。今日の柱は2つです。どれだけ数えるか、という期間の長さと、そもそも数える対象になるのか、という入り口。この2つを片づけると、消滅時効の話がひとまず完結します。

時効期間の一覧板

一覧板。|権利の型|短いほう|長いほう|の3列。一般の債権(166条1項)=主観5年・客観10年。生命身体の侵害(167条・724条の2)=主観5年・客観20年。一般の不法行為(724条)=主観3年・客観20年。定期金債権(168条1項)=10年・20年。確定判決等で確定した債権(169条1項)=一律10年。債権以外の権利(166条2項)=20年。 図:一覧板

  • |権利の型|短いほう|長いほう|の3列
  • 一般の債権(166条1項)=主観5年・客観10年
  • 生命身体の侵害(167条・724条の2)=主観5年・客観20年
  • 一般の不法行為(724条)=主観3年・客観20年
  • 定期金債権(168条1項)=10年・20年
  • 確定判決等で確定した債権(169条1項)=一律10年
  • 債権以外の権利(166条2項)=20年

数字を丸暗記する前に、軸だけ持ってください。短いほうは知ってから数える期間、長いほうは知らなくても行使できる時から数える期間です。この軸に沿って、権利の型ごとに数字が変わるだけだと思ってください。まず全体を見せます。時効期間は、権利の型ごとにこう並びます。一般の債権は、前回やったとおり主観5年・客観10年。生命や身体が害された場合は、主観5年・客観20年。一般の不法行為は、主観3年・客観20年。ここまでは前回やった特例なので、1行だけの確認にとどめます。いま読み上げた3つの数字の理由も、前回やったところです。不法行為の主観が3年と短いのは、被害者は損害と加害者を知って初めて動き出すしかない代わりに、知ってしまえば早く動けるからでした。客観が20年と長いのは、気づくまでに年月がかかる被害があるからです。生命や身体が害されたときだけ主観5年・客観20年にそろうのは、契約で行くか不法行為で行くかによって被害者の期間が変わるのは不合理だから。数字ではなく、この理由のほうを持ち帰ってください。

定期金債権は10年と20年。確定判決等で確定した債権は一律10年。そして債権以外の権利は20年。この3つを、1つずつ降りていきます。

判決で確定した債権は10年に変わる

関係図。Cが債務者Dに対して勝訴判決を得た。CとDは、冒頭のAとBとは別の場面。 図:関係図。Cが債務者Dに対して勝訴判決を得た。CとDは、冒頭のAとBとは別の場面。

場面を変えます。CがDを訴えて、勝訴判決を得たとします。AとBの土地の話とは、まったく別の場面です。

条文民法169条

民法第百六十九条(判決で確定した権利の消滅時効): 確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。 2 前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。

この条文の効きどころは2つあります。1つめ、たとえもとの債権が主観5年で消えるはずのものでも、判決という公の場で確定すれば、確定した日の翌日から10年に延びます。裁判で決着した権利まで、また短い期間で消えてしまうのでは、Cに何度も訴え直させることになり酷だからです。もう1つは何ですか。2項です。確定した時点で、まだ弁済期が来ていない債権は、この延長の対象外です。まだ払う時期が来ていない分まで一律10年にそろえる理由はありません。そこは元の期間のままです。なお、条文にある「確定判決と同一の効力を有するもの」というのは、裁判上の和解や調停などを指します。中身は民事訴訟法の領域なので、名前だけ押さえておいてください。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和43年10月17日(集民92号601頁)

確定判決の効力は保証債務にも及ぶか 民法第百七十四条ノ二の規定によつて主たる債務者の債務の短期消滅時効期間が一〇年に延長されるときは、これに応じて保証人の債務の消滅時効期間も同じく一〇年に変ずるものと解すべきである。

主たる債務者Dの債務が判決で確定すれば、付従性(大元の債務が消えれば、乗っかっている保証や担保も一緒に消える、という性質です)によって、保証人の債務の時効期間も同じく10年に変わります。主たる債務者と保証人の関係、つまり保証の中身そのものは、また別の回で扱いますが、今日は「10年への延長が保証人の側にも及ぶ」という結論だけ持ち帰ってください。逆に、保証人だけが訴えられて判決が確定したら、主たる債務者のほうも10年になるんですか。そちらは逆です。ある人に対する判決の効力は、その裁判の当事者ではない人には及びません。保証人に対する確定判決の効力が、主たる債務者には及ばないのも同じ理屈です。付従性で10年に変わるのは、主たる債務が確定した場合だけだと考えてください。

定期に払わせる権利は、各回ごとに数える

一覧板。定期金債権の例(○)=年金債権・地上権の地代債権・分譲マンションの管理費債権。含まれない例(×)=分割払いの代金債権(1本の債権を分けて払っているだけ)。数える対象は各回の債権(支分権)。 図:一覧板

  • 定期金債権の例(○)=年金債権・地上権の地代債権・分譲マンションの管理費債権
  • 含まれない例(×)=分割払いの代金債権(1本の債権を分けて払っているだけ)
  • 数える対象は各回の債権(支分権)

次は定期金債権です。ひとことで言うと、毎月いくら、と続けて払わせる形の権利です。条文の言葉に直せば、代替物でもよいので、一定量を定期的に給付させることを目的とする債権、ということになります。年金債権、地代債権、分譲マンションの管理費債権などです。分割払いの代金みたいなものも、これですか。そこが間違えやすいところです。分割払いの代金債権は含まれません。あれは、もともと1本の債権を分けて払っているだけで、毎回新しく発生する権利ではないからです。期間は168条1項に定めがあり、行使できることを知った時から10年、行使できる時から20年です。ここで大事なのは、何を単位にして数えるかです。数える対象は、大元の権利そのものではなく、各回に発生する債権です。これを支分権と呼びます。毎回発生する1回分の権利、という意味です。

なぜ、大元でまとめて数えないんですか。定期金債権は、長期間続くことがそもそも前提の権利だからです。大元の権利を一気に時効にかけてしまうと、今日発生した分まで巻き込まれかねません。だから、支分権という単位ごとに、それぞれ別々の時計が動くようにしてあるんです。

特約で期間そのものを変えられるか

一言板。伸長する特約(時効は15年にしよう)は無効。短縮する特約(時効は1年にしよう)は原則有効。理由は146条(時効の利益の事前放棄の禁止)の迂回防止。相手が消費者なら消費者契約法10条で無効になりうる。 図:一言板

  • 伸長する特約(時効は15年にしよう)は無効
  • 短縮する特約(時効は1年にしよう)は原則有効
  • 理由は146条(時効の利益の事前放棄の禁止)の迂回防止
  • 相手が消費者なら消費者契約法10条で無効になりうる

ここまで見たのは、法律のほうが決めた長さです。長さの話を閉じる前に、もう1つだけ。結論から言うと、伸長する特約は無効、短縮する特約は原則有効です。時効の期間を伸ばす特約のほうが権利者に有利に見えるかもしれません。そこが今日のもう1つのつまずきどころで、答えは逆です。時効を伸ばす特約を許してしまうと、時効の利益を、あらかじめ放棄させたのと同じ結果になります。時効の利益は、あらかじめ放棄することができない、という規律を前回までに見ましたね。それを迂回できてしまうんです。強い立場の側がそうやって書かせてしまうことを止めるための無効です。逆に短縮するほうは、時効の利益を受ける側が、自分から早く区切っているだけなので、止める理由がありません。だから原則有効です。ただし1つだけ注意があります。相手が消費者の場合は、消費者契約法10条によって無効になることがあります。名前だけ押さえておいてください。

所有権は何年で消滅時効にかかるか

問いの板。所有権は何年で消滅時効にかかると思いますか? 図:問いの板。所有権は何年で消滅時効にかかると思いますか?

ここからは、今日いちばん大事なところに入ります。ここまでは「どれだけ数えるか」でしたが、ここからは、そもそも数える対象になるのかという話に入ります。1つ聞かせてください。所有権は、何年で消滅時効にかかると思いますか。所有権も財産権だから20年で消滅時効にかかるのではないか、と多くの人が考えます。でも結論は違います。

条文民法166条2項

民法第百六十六条第二項(債権等の消滅時効): 債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。

この条文は、所有権をわざわざ除外しています。20年で消えるのは、所有権以外の財産権です。

消滅時効にかからない権利、4つ

一覧板。|権利|消滅時効|理由|の4行。所有権=かからない(恒久性)。占有権=かからない(当然発生・当然消滅)。担保物権=単独ではかからない(付従性・396条の反対解釈で例外)。抗弁権の永久性=通説は否定。 図:一覧板

  • |権利|消滅時効|理由|の4行
  • 所有権=かからない(恒久性)
  • 占有権=かからない(当然発生・当然消滅)
  • 担保物権=単独ではかからない(付従性・396条の反対解釈で例外)
  • 抗弁権の永久性=通説は否定

なぜ所有権だけ除外されているのか。理由は恒久性です。所有権は、使っていない期間があっても、権利の中身が減っていかない権利として設計されています。10年放置しても、20年放置しても、所有権という中身そのものは変わりません。同じ理由で、所有権に基づく物権的請求権も、消滅時効にはかかりません。冒頭のAの請求権は、まさにこれです。ここで冒頭の問いに、いったん答えが出ます。Aの権利は、消滅時効では消えません。ただ、Aが黙っていれば絶対に負けない、とまでは言い切れません。消滅時効では消えない、というだけで、「およそ消えない」わけではないんです。もしBがその土地部分を時効取得すれば、その反射として、Aの所有権のほうが消えてしまいます。時効取得の要件は以前の回で扱いましたが、今日は結論だけ借ります。消滅時効ではAの権利は消えないが、Bの取得時効が成立すれば、その反射でAは所有権を失う。この2つを混ぜないでください。Bが勝つとすれば、それは取得時効の側での勝ちです。2つめ、占有権も消滅時効にかかりません。理由が違います。占有権は、物を事実上支配していれば当然に発生し、支配しなくなれば当然に消える権利だからです。時効という道具そのものを持ち出す必要がないんです。占有権の中身は、また別の回で扱います。3つめ、担保物権です。被担保債権と切り離して、単独では時効にかかりません。これを付従性と呼びます。大元の債権があるうちは、担保だけが先に消えることはない、という意味です。

条文民法396条

民法第三百九十六条(抵当権の消滅時効): 抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。

そこが例外への入り口です。この条文を反対に読むと、債務者や設定者以外の人に対しては、被担保債権とは別に、抵当権だけが時効にかかりうる、ということになります。債務者でも設定者でもない人というのは、第三取得者です。抵当権が付いたままの不動産を、あとから買った人のことです。第三取得者に対しては、抵当権だけが独立して時効消滅することがあります。抵当権そのものの効力や実行は、また別の回で扱います。4つめ、抗弁権の永久性という考え方に触れておきます。同時履行の抗弁権のように、守るために使う権利は時効にかからない、という少数説があります。ただし通説はこれを否定します。試験との関係では重要ではないので、1行だけ知っておけば十分です。これ以外の権利は、166条2項どおり20年で時効にかかります。確定判決で確定すれば、さっき見た169条でやはり10年です。

時効とよく似ているが違うもの——除斥期間

対比板。|項目|消滅時効|除斥期間|の5行。援用=必要/不要。完成猶予・更新=ある/定めが無い(類推する有力説あり)。遡及効=ある/無い。起算点=権利を行使することができる時/権利が発生した時。趣旨=立証の困難からの救済など3つ/法律関係を早く確定させること一本。 図:対比板

  • |項目|消滅時効|除斥期間|の5行
  • 援用=必要/不要
  • 完成猶予・更新=ある/定めが無い(類推する有力説あり)
  • 遡及効=ある/無い
  • 起算点=権利を行使することができる時/権利が発生した時
  • 趣旨=立証の困難からの救済など3つ/法律関係を早く確定させること一本

ここからは、もう1つの山です。時効とよく似ていて、しかし違う制度、除斥期間を見ます。並べる前に、イメージを1つだけ。図書館で借りた本の返却期限は、延ばしてもらえることもあるし、督促を受けてから数え直してもらえることもあります。これが消滅時効の側です。ところが、開場から30分だけ有効の入場整理券には、延長も並び直しも、最初から用意されていません。時間が来たらそれで終わり。これが除斥期間の側です。同じ「時間で区切る」に見えても、延長や巻き戻しの余地を、制度として持たせてあるかどうかが違うんです。

ここで、その借りを返します。除斥期間の定義はこうです。決められた期間のうちに使わなければ、それで終わり。あとから行使する道が残らない、という期間です。消滅時効と並べると、違いがはっきり見えます。1つめ、援用です。消滅時効は援用が必要でしたが、除斥期間は不要です。期間が満了すれば、当然に権利が消えます。完成猶予と更新です。消滅時効にはこの仕組みがありますが、除斥期間には定めがありません。ただし、完成猶予の規定を類推適用してよいという有力説はあります。3つめが遡及効です。消滅時効は、起算点までさかのぼって権利が消えます。除斥期間には遡及効がなく、期間が満了した、その時から先だけ行使できなくなります。

消滅時効は、権利を行使することができる時からでした。前回、権利の行使に法律上の障害がなくなった時と確定しましたね。除斥期間は違います。権利が発生した時から数えます。5つめが趣旨です。消滅時効の趣旨は、以前見た3つ、権利の上に眠る者は保護しないという考え方などでした。除斥期間の趣旨は、それとは違って、法律関係を早く確定させること、この1本にしぼられます。誰かがいつまでも権利を行使できる状態を残さない、というだけの理由です。

除斥期間は、どこで効くのか

一言板。条文が「消滅時効」か「除斥期間」かを明示していないときは、権利の性質(援用になじむか・完成猶予や更新を観念できるか・遡及的に消すべきか)で決める。126条の取消権=通説は除斥期間。884条の相続回復請求権=5年・20年。724条2号(不法行為20年)=現行法では消滅時効(立法で決着)。 図:一言板

  • 条文が「消滅時効」か「除斥期間」かを明示していないときは、権利の性質(援用になじむか・完成猶予や更新を観念できるか・遡及的に消すべきか)で決める
  • 126条の取消権=通説は除斥期間
  • 884条の相続回復請求権=5年・20年
  • 724条2号(不法行為20年)=現行法では消滅時効(立法で決着)

どちらの制度なのか、条文にはっきり書いてあるものばかりじゃないんですか。そこが今日の骨格になる問いです。条文が「時効によって消滅する」と書いていても、実は除斥期間だと読まれる場合があります。条文がどちらか書いていないとき、あるいは文言と実質がずれているときは、権利の性質から決める。これが決定の手続そのものです。

⭐ 論文で書く規範:除斥期間該当性の判断 ある権利の期間制限が消滅時効か除斥期間かは、条文の文言のみによらず、当該権利の性質(援用を要する意思表示的な仕組みになじむか、完成猶予・更新を観念できるか、遡及的な消滅を認めるべきか)から判断する。 (通説で立てる規範)

代表例が、取消権の期間制限、126条です。条文は「時効によって消滅する」と書いています。ところが通説は、これを除斥期間と解します。取消権は、行使すればそれだけで直ちに効果が確定する権利、いわゆる形成権です。完成猶予や更新のような、時間を止めたり戻したりする仕組みは、この権利の性質になじみません。だから、条文の文言にかかわらず、通説は除斥期間と解しています。具体的にはどういう場面ですか。ここは冒頭の土地の話とは別の場面です。Gが未成年のときにHと結んだ契約を、成人後に取り消すとします。Gが「取り消します」と言った瞬間、契約は最初から無かったことになります。争っている間も時計は止まりません。だから完成猶予や更新のような、時間を止める仕組みがなじまないんです。もう1つ、884条の相続回復請求権があります。期間は5年と20年です。相続の中身は、また別の章で扱いますので、今日は名前と数字だけで十分です。そして、いちばん間違えやすい点を1つ。不法行為の20年、724条2号です。これは現行法では、消滅時効です。条文が「時効によって消滅する」と明記して、立法で決着しています。

昔の条文の下では、除斥期間だと解した判例もありました。ですが、それは改正前の話です。今の条文の答案で除斥期間と書くと、誤りになります。現行法では消滅時効、これだけを持ち帰ってください。

もう1つの似たもの——権利失効の原則

一言板。権利失効の原則の定義。長く行使しないので相手方が「もう行使されない」と信頼していたのに、突然行使することは許されないという原則。根拠は信義則(1条2項)。実益は、消滅時効にかからない権利(所有権に基づく物権的請求権)の行使を止められること。ただし判例・通説は適用に慎重。 図:一言板

  • 権利失効の原則の定義
  • 長く行使しないので相手方が「もう行使されない」と信頼していたのに、突然行使することは許されないという原則
  • 根拠は信義則(1条2項)
  • 実益は、消滅時効にかからない権利(所有権に基づく物権的請求権)の行使を止められること
  • ただし判例・通説は適用に慎重

もう1つだけ、似ているけれど違う考え方を見ます。権利失効の原則です。定義はこうです。長く権利を行使しないので、相手方が「もう行使されないだろう」と信頼するに至ったのに、その後になって突然行使することは許されない、という原則です。除斥期間は、条文で定められた具体的な年数の話でした。権利失効の原則は、条文の年数とは関係なく、信義則、1条2項から導かれる一般的な考え方です。実益は、まさに冒頭のAのような場面です。所有権に基づく物権的請求権は、消滅時効にかかりません。ですが、消滅時効という道具が効かない場面でも、信義則というもう1段の歯止めをかけられないか、という発想です。

そこで、判例と通説の姿勢を見てください。適用にはかなり慎重です。「長く黙っていた」というだけでは足りません。

判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和30年11月22日(民集9巻12号1781頁)

解除権の長期不行使と信義則 解除権を有する者が久しきに亘りこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、右解除は許されないと解するのが相当であるが、原審認定の事実関係の下における解除権の行使は、未だ右の場合に該当するものと認めることはできない。

この判決は、一般論としては権利失効を認めながら、結論では否定している、そこが大事なところです。権利失効の原則そのものは一般論として認めながら、実際の事件への当てはめでは、正当な事由・特段の事由がある場合に限る、という高いハードルを立てて、結局は適用を否定しました。

一言板。権利失効が通るためのハードル。①長く行使しなかったこと、だけでは足りない。②相手方が「もう行使されない」と信頼すべき正当な事由。③その後の行使が信義則に反すると認められる特段の事情。期間を切る仕事は166条以下が引き受けているので、信義則での上書きは絞られる。 図:一言板

  • 権利失効が通るためのハードル
  • ①長く行使しなかったこと、だけでは足りない
  • ②相手方が「もう行使されない」と信頼すべき正当な事由
  • ③その後の行使が信義則に反すると認められる特段の事情
  • 期間を切る仕事は166条以下が引き受けているので、信義則での上書きは絞られる

なぜここまでハードルを上げるのか。権利をいつ切るかという仕事は、本来166条以下の期間の定めが引き受けています。そこに信義則で上書きをかけることを緩く認めれば、条文が決めた期間を、裁判所が事実上短くしてしまうことになる。だから、相手にそう信じさせる事情がはっきりある場合に限る、という絞りがかかるんです。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和41年12月1日(集民85号497頁)

長期の不行使だけでは解除権は失効しない 賃料の催告と右催告の趣旨不履行による賃貸借契約解除の意思表示との間に約一四年のへだたりがあつても、相手方においてもはや右催告に基づく解除権の行使はないものと信ずべき正当な事由が生じたとはいえない事情のもとでは、右意思表示のときまで右解除権は有効に存続していたと解することができる。

14年も間が空いていて、それでも失効しないんですか。しません。14年という長さだけでは、正当な事由は認められませんでした。この2つの判例から分かるのは、「長く黙っていた」という時間の長さだけでは、権利失効の原則は動かないということです。冒頭のAとBで、条件だけ変えてみます。Bが物置を建てるとき、Aに「ここを使わせてほしい」と断りに来て、Aが「好きに使っていい」と応じていた。Bはそれを前提に物置を建て増して、基礎まで打った。そのうえでAは10年、一度も何も言わない。ここまで来ると、Bが「もう請求されない」と信じたことに正当な事由がある、と評価できる余地が出てきます。逆に言えば、分かれ目は黙っていた時間の長さではなく、相手にそう信じさせるだけの事情を、権利者の側が作ったかどうかです。実際の冒頭のAは、ただ面倒で黙っていただけでした。だから通りません。

⭐ 論文で書く規範:権利失効の原則の適用可否 権利者が権利を長期間行使せず、相手方において当該権利がもはや行使されないものと信頼すべき正当な事由が生じ、その後の権利行使が信義誠実の原則に反すると認められる特段の事情がある場合には、その権利行使は許されない(信義則・1条2項)。 (判例で立てる規範)

一言板。冒頭の回収。Aの請求権=消滅時効では消えない(所有権に基づく物権的請求権)。権利失効の原則=10年黙っていただけでは通らない。Bが勝つとすれば取得時効の側で要件を満たしたときだけ。 図:一言板

  • 冒頭の回収
  • Aの請求権=消滅時効では消えない(所有権に基づく物権的請求権)
  • 権利失効の原則=10年黙っていただけでは通らない
  • Bが勝つとすれば取得時効の側で要件を満たしたときだけ

ここで、冒頭のAとBに、もう一度戻ります。Aが10年、Bの物置を黙って見ていたという事実だけで、Bに「もう行使されない」と信頼すべき正当な事由があった、とまでは言えません。ですから、権利失効の原則も、簡単には通りません。Aの請求権は、消滅時効では消えない。権利失効の原則も、安易には成立しない。もしBが勝つとすれば、それは取得時効の側で要件を満たしたときだけです。答案でこの原則を持ち出すときは、この高いハードルを忘れないでください。

総則の締め——四つの関門の進度マップ

四つの関門ボード。成立要件→有効要件→効果帰属要件→効力発生要件。成立要件=申込みと承諾の合致から意思表示の到達まで埋めた。有効要件=主観(心裡留保・虚偽表示・錯誤・詐欺・強迫)・客観(確定性・適法性・社会的妥当性)・人(意思能力・行為能力)で総則いちばん大きな部屋だった。効果帰属要件=代理。効力発生要件=条件・期限。有効要件でつまずいた後の道具=無効と取消し/四つの関門を通った後の権利関係を動かす道具=時効。 図:四つの関門ボード

  • 成立要件→有効要件→効果帰属要件→効力発生要件
  • 成立要件=申込みと承諾の合致から意思表示の到達まで埋めた
  • 有効要件=主観(心裡留保・虚偽表示・錯誤・詐欺・強迫)・客観(確定性・適法性・社会的妥当性)・人(意思能力・行為能力)で総則いちばん大きな部屋だった
  • 効果帰属要件=代理
  • 効力発生要件=条件・期限
  • 有効要件でつまずいた後の道具=無効と取消し/四つの関門を通った後の権利関係を動かす道具=時効

総則の最後に、地図を1枚出します。かつて出した四つの関門、覚えていますか。契約が生まれて、効いて、届いて、動き出すまでの4段階でしたね。成立要件、有効要件、効果帰属要件、効力発生要件。この4つが、契約が実際に効くまでに通る関門でした。成立要件は、申込みと承諾の合致から、意思表示の到達まで埋めました。有効要件は、主観の側(心裡留保・虚偽表示・錯誤・詐欺・強迫)、客観の側(確定性・適法性・社会的妥当性)、そして人の側(意思能力・行為能力)。ここが、総則のいちばん大きな部屋でした。効果帰属要件は代理、効力発生要件は条件と期限です。そして、関門を通れなかったとき、通った後のことも見ました。無効と取消しは、有効要件の関門でつまずいた結果どうなるか、という話でした。時効はそれとは別で、四つの関門をぜんぶ通ったあとの権利関係が、時間の経過で動いていく話です。その時効が、今日で終わりました。

四つの関門は、契約が効くかどうかの話でした。では、効いた結果として手に入る、物に対する権利は、どういう仕組みで動くのか。ここから先が、第2章、物権です。貸した自転車を、借りた人が勝手に他人に売ってしまった。自分の物だと言えるのは、誰に対してか。

今日の地図(保存版)

冒頭設例板の再掲。Aが20年前に買った土地の一部を、Bが10年ほど前から物置で使っている。Aの請求権は消滅時効では消えない。権利失効の原則も簡単には通らない。Bが勝つなら取得時効の側。 図:冒頭設例板の再掲

  • Aが20年前に買った土地の一部を、Bが10年ほど前から物置で使っている
  • Aの請求権は消滅時効では消えない
  • 権利失効の原則も簡単には通らない
  • Bが勝つなら取得時効の側

今日の背骨を、もう一度お願いします。前回が2段目、今日が1段目と3段目でした。そして、似ているようで違うもの、除斥期間は、援用もさかのぼりも無い、まったく別の区切り方だと分かりました。冒頭のAとBについては、Aの所有権も、その所有権から出てくる請求権も、消滅時効では消えません。権利失効の原則も、10年黙っていたというだけでは成立しません。Bが勝つとすれば、それは取得時効の要件を満たしたときだけです。「時効でしょう」というBの言い分は、まだ確定していないんですね。時間が経てば消える権利と、消えない権利がある。その分かれ目を、条文の文言だけでなく、権利の性質から見極める。それが、今日渡した地図です。これで、総則69本、ひとまず完結です。

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第2章物権

#84単独ページ動画

物権の三つの性質と一物一権主義

第2章 物権 #84/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

自転車を、貸しただけのはずだった

冒頭設例の関係図。Aが自分の自転車をBに貸した(実線矢印「貸した」)。Bはその自転車を自分の物のような顔でCに売り、引き渡した(実線矢印「売った・引き渡した」)。AからCへは点線矢印で「返してと言えるか?」の問いを残す。 図:冒頭設例の関係図

  • Aが自分の自転車をBに貸した(実線矢印「貸した」)
  • Bはその自転車を自分の物のような顔でCに売り、引き渡した(実線矢印「売った・引き渡した」)
  • AからCへは点線矢印で「返してと言えるか?」の問いを残す

Aは、自分の自転車をBに貸しました。ところが、Bはその自転車を売ってしまいました。自分の物のような顔で、Cに売ったんです。引き渡しも、もう終わっています。Aが気づいて、取り戻そうとしました。するとCは、こう言います。「私はBから買ったんです」「あなたとは、何の関係もありません」AとCは、契約で結ばれていません。何の約束もない相手です。Aが持っているのは、貸した相手Bに向けた権利のはずです。それなのに、赤の他人のCに、何か言えるのでしょうか。今日の問いは、1つです。自分の物だと言えるのは、誰に対してか。先に、答えを言っておきます。Aは、契約の無いCに対しても、言えます。所有権が、物権だからです。

今日は、その理由を見ていきます。なぜ物権には、そんな力があるのか。そして、物権はそもそも、どんな物の上にしか成立しないのか。この2つを、今日押さえます。

民法の後半、第2章のはじまり

一言板。総則は「契約が効くかどうか」の話だった。物権法は、効いた結果として手に入った物に対する権利が、どう動くかの話。 図:一言板

  • 総則は「契約が効くかどうか」の話だった
  • 物権法は、効いた結果として手に入った物に対する権利が、どう動くかの話

前回まで、総則を69本、通してきました。四つの関門は、契約が効くかどうかの話でした。では、効いた結果として手に入る、物に対する権利は、どういう仕組みで動くのか。ここから先が、第2章、物権です。今日から31本、物権を見ていきます。最初の3本は、物権全体に共通する土台です。

目次板。今日の地図。前半=誰に対して言えるか(直接性・排他性・絶対性)。後半=何について言えるか(特定性・独立性・一物一権主義)。 図:目次板

  • 今日の地図
  • 前半=誰に対して言えるか(直接性・排他性・絶対性)
  • 後半=何について言えるか(特定性・独立性・一物一権主義)

今日の地図は、2段構えです。前半は、物権が誰に対して言えるか。3つの性質を見ます。後半は、物権がそもそも何について成立するのか。物権の対象になる物の条件を見ます。誰に対して言えるかと、何について言えるか。この2つが、この先31本の土台になります。

物権とは何か——定義を1枚で確定する

この回の骨格板。物権の定義=物を直接的かつ排他的に支配する権利。定義に入っている2つ=直接性・排他性。定義には入らないがもう1つ=絶対性。 図:この回の骨格板

  • 物権の定義=物を直接的かつ排他的に支配する権利
  • 定義に入っている2つ=直接性・排他性
  • 定義には入らないがもう1つ=絶対性

まず、物権そのものを定義します。物を直接的かつ排他的に支配する権利。これが、物権の定義です。順番に見ていきます。

⭐ 論文で書く規範:物権の定義 その中身は、物を直接的かつ排他的に支配する権利。 (学説上の定義)

その前に、1つ、意外な事実があります。民法典を開いても、この定義そのものを書いた条文は、実はありません。175条から179条まで、見てみましょう。物権は創設できないという話や、対抗要件の話は出てきます。でも、「物権とは何か」を定義した条文は見当たりません。学問の積み重ねから、性質の側で押さえるしかないんです。物権には、3つの性質があります。今の定義には、そのうち2つが、もう入っています。直接性と、排他性です。もう1つ、定義には織り込まれていない性質があります。絶対性です。定義に入っている2つと、入らないもう1つ。この3本立てで、今日の前半を進めます。

性質その1、直接性——他人を介さない

一言板。直接性=他人の行為を介在させることなく物を支配する性質。Aが自分の自転車に乗るのに誰の協力も要らない。賃借人は貸主の行為を介した間接的な支配にとどまる。 図:一言板

  • 直接性=他人の行為を介在させることなく物を支配する性質
  • Aが自分の自転車に乗るのに誰の協力も要らない
  • 賃借人は貸主の行為を介した間接的な支配にとどまる

1つめの性質、直接性です。他人の行為を介さずに、物を支配できる性質です。例えば、冒頭のAで考えます。Aが自分の自転車に乗るとき、誰かの協力が要りますか。いえ、要りません。鍵を開けて、乗るだけです。これが、直接性です。一方、物を借りている人は、事情が違います。貸主が、使わせ続けてくれて、初めて使えます。この違いは、前に物権と債権を比べた回で見た軸です。今日は、そこをもう一段掘り下げます。直接支配が、誰かに侵されたらどうなるでしょうか。自分の力で、取り除きたくなります。実は、この「取り除け」と言える力は、条文にありません。直接支配という性質そのものから、当然に導かれています。総則で、物権的請求権として一度見た力ですね。

この章では、誰に、どんな形で言えるのかを、正面から扱います。

性質その2、排他性——同じ内容の物権は1つだけ

一言板。排他性=同じ物の上に、同じ内容の物権をもう一つ成立させない性質。ある土地に完全な所有権が成り立っていれば、同じ土地に別の完全な所有権が同時に成り立つことはない。ただし内容が違えば並立できる(所有権と抵当権など)。 図:一言板

  • 排他性=同じ物の上に、同じ内容の物権をもう一つ成立させない性質
  • ある土地に完全な所有権が成り立っていれば、同じ土地に別の完全な所有権が同時に成り立つことはない
  • ただし内容が違えば並立できる(所有権と抵当権など)

2つめの性質、排他性です。名前は、前に物権と債権を比べた回で出ていました。今日は、その効きどころを見ます。同じ物への、同じ内容の物権を、排除する性質です。例えば、ある土地に、完全な所有権があるとします。この同じ土地に、別の人の完全な所有権が、同時に成り立つことはありません。ただし、気をつけてください。内容が違えば、同じ物の上に複数の物権が並び立てます。同じ土地に、所有権と抵当権が両方成立するのは普通です。ここで、冒頭の自転車の場面とは別の場面を、1つ挟みます。

二重譲渡の関係図。Dが甲土地の売主。Dから、Bへ「売った」の矢印。Dから、Cへも「売った」の矢印。BとCは、冒頭の自転車の場面のB・Cとは別人物であることを注記。 図:二重譲渡の関係図

  • Dが甲土地の売主
  • Dから、Bへ「売った」の矢印
  • Dから、Cへも「売った」の矢印
  • BとCは、冒頭の自転車の場面のB・Cとは別人物であることを注記

Dという人が、自分の甲土地を持っています。このあと出てくるBとCは、冒頭の自転車とは別の人だと思ってください。それを、BとCという2人に、両方売りました。BとCは、それぞれDと契約を結びました。この2人とも、所有者になれるでしょうか。今の話からすると……無理ですよね。排他性がありますから。2人とも所有者にはなれません。だから、どちらが勝つかを決める仕組みが要ります。対抗要件です。総則で、177条と178条を見た回に出てきました。物権のどこからその必要が出てくるのか——それが、今日の排他性です。物権変動の全体像は、この章でもう一度、正面から扱います。

性質その3、絶対性——誰に対しても言える

冒頭設例の場面の再掲。AからCへの矢印を太く強調した板。「Aは、契約の無いCに対しても、返してと言えるか?」の問いを残す。 図:冒頭設例の場面の再掲

  • AからCへの矢印を太く強調した板
  • 「Aは、契約の無いCに対しても、返してと言えるか?」の問いを残す

ここで、冒頭のAとCに、いったん戻ります。AとCの間に、契約はありません。それでも、AはCに対して、何か言えると思いますか。Bにしか言えないのか、それとも誰にでも言えるのか。そこが、今日いちばんの山です。3つめの性質、絶対性を見ていきます。定義はこうです。物権は、何人に対しても、主張できる。特定の相手だけでなく、誰であっても、という意味です。今の問いに、答えを出します。Aは、Cに対しても、「自分の物だ」と言えます。理由は、こうです。Aの所有権は、Bに対する権利ではありません。自転車そのものに対する権利です。だから、誰が持っていようと、追いかけて主張できます。

ここに、2つだけ留保を置きます。1つめ。この主張ができるのは、対抗要件を備えている限り、という条件つきです。対抗要件の中身は、この先の回でじっくり扱います。ただ、対抗要件が働くのは、同じ持ち主から権利を得た人どうしがぶつかる場面です。さっきのD・B・Cが、まさにその場面でした。冒頭の自転車に戻ると、Cは、持ち主でないBから買っています。だから、対抗要件の話は出てきません。2つめ。動産を、取引によって手に入れた人を守る仕組みがあります。Cのように、事情を知らずに買った人は、それだけで守られることがあります。

断定はできません。今日確定するのは、Aが「言える」というところまでです。整理すると、2つの言い分が、ぶつかり合う形になります。Aは、絶対性を武器に「自分の物だ」と主張します。Cは、動産を守る仕組みを武器に対抗します。どちらが勝つかは、事案しだいです。この先の回で、決着させます。もう1つ、債権のほうも確認します。債権は、その相手にしか主張できません。ただし、まったくの無力ではありません。第三者が債権を侵害すれば、不法行為になることもあります。中身は、また別の回で扱います。誰に対しても主張できるのが物権。その相手にしか主張できないのが、債権です。

3つの性質を、一覧にする

物権と債権の対比一覧板。7行×2列(物権/債権)。客体=物そのもの/特定の人。直接性=ある/ない。排他性=ある/ない。絶対性=ある(誰に対しても)/ない(相手にしか)。優先的効力=物権が勝つ/劣る。存続期間=所有権は消滅時効にかからない/原則時効にかかる。譲渡性=当然に譲渡できる/別の仕組みが要る。 図:物権と債権の対比一覧板

  • 7行×2列(物権/債権)
  • 客体=物そのもの/特定の人
  • 直接性=ある/ない
  • 排他性=ある/ない
  • 絶対性=ある(誰に対しても)/ない(相手にしか)
  • 優先的効力=物権が勝つ/劣る
  • 存続期間=所有権は消滅時効にかからない/原則時効にかかる
  • 譲渡性=当然に譲渡できる/別の仕組みが要る

ここまでの3つの性質を、1枚の表にまとめます。客体・直接性・排他性・絶対性。優先的効力・存続期間・譲渡性。7つの項目を並べました。直接性・排他性・絶対性は、もう見ました。そこは板に置くだけにします。今日は、残り3つだけ、口で説明します。1つめ、優先的効力です。同じ物の上で、物権と債権がぶつかったとき。物権のほうが、勝ちます。例えば、借りて住んでいる家を、大家さんが別の人に売った場面です。借りている人が持っているのは、大家さんに「使わせてください」と言える債権。買った人が持っているのは、その家そのものに向かう物権です。物に向かう権利は、持ち主が変わってもついていきます。

ただし、対抗力を備えた不動産の賃借権という例外もあります。対抗力というのは、さっき名前を出した対抗要件を備えた結果として持つ力です。賃借権でも、決められた形を備えれば、買った人に対しても言えるようになります。中身は、この先の章で扱います。2つめ、存続期間です。前回確認したとおり、所有権は、時間が経っても消えません。3つめ、譲渡性です。物権は、当然に譲り渡せます。一方、債権を譲るには、別の仕組みが要ります。なぜ違うのか。物権は物に向かうので、持ち主が変わっても中身は変わりません。債権は特定の人に向かうので、その人に知らせる手続きが要るんです。名前だけ置いておきます。債権譲渡です。この先の章で、じっくり扱います。

地図を広げながら、少しずつ埋めていきます。

ここからは、何についてなら成立するのか

客体の3原則の骨格板。特定性・独立性・一物一権主義。前半=誰に対して言えるか。後半=何について言えるか。 図:客体の3原則の骨格板

  • 特定性・独立性・一物一権主義
  • 前半=誰に対して言えるか
  • 後半=何について言えるか

ここまでは、物権が誰に対して言えるか、という話でした。ここからは、同じ軸を、物の側から見ます。誰に対しても言える強い権利だからこそ、その権利が乗る「1個の物」の範囲を、曖昧なままにはできないんです。条件は3つあります。特定性、独立性、一物一権主義です。1つずつ、順番に見ていきます。

客体の原則その1、特定性

プリンター50台の在庫棚のイラスト。「1台ください」と注文した客がいる場面。50台のうちどれがその人の物になるか決まっていない。

  • 「1台ください」と注文した客がいる場面
  • 50台のうちどれがその人の物になるか決まっていない

1つめの条件、特定性です。例えば、こんな場面を考えてみます。同じ型番のプリンターを、50台、在庫している店があります。そこに「1台ください」と、注文が入りました。この段階で、50台のうち、どれがその人の物か決まっていますか。いえ……どれか1台、というだけですよね。まだ、どの1台かは決まっていません。どの物か確定していない段階では、所有権を観念できません。これが、特定性です。なぜ、そうなるのか、理由も見ておきます。物権は、物を直接支配する権利でしたね。支配する対象そのものが定まっていなければ、何を直接支配しているのか、決めようがありません。

もう1つ、理由があります。その物だけを対象にした権利だと、外から見える形にもできません。特定性も、独立性も、根っこは同じ軸でつながっています。3つの性質と、客体の3原則。バラバラの暗記項目に見えますが、実は、物権が物に向かう強い権利だ、という1点から出てきています。この話は、実は、この先の大きな論点にもつながります。種類だけを決めて個数を注文する売買を、不特定物の売買と呼びます。この場合、所有権がいつ移るかは、まさに「特定」が起きたタイミングが鍵になります。中身は、この先の回で扱います。

客体の原則その2、独立性——物の一部には乗らない

自動車のイラストにハンドル部分だけを別枠で囲んだ図。1台の物の一部だけを取り出して物権の対象にすることは、原則として認められない。

2つめの条件、独立性です。さっき、特定性で見たのは、「どの物か」が決まっているか、でした。独立性は、その物の範囲を、勝手に切り刻めるか、という話です。原則はこうです。1個の物の一部だけを、物権の対象にすることは、原則として、認められません。例えば、こんな場面で考えます。1台の自動車のうち、ハンドルの部分だけが、別の人の所有物になっている。こういう状態は、認められません。なぜ、そんな原則があるのでしょうか。理由は、2つあります。ここが、今日いちばん大事な理屈です。1つめ。そんな一部だけの権利を認める、必要性が普通はありません。ハンドルだけを、別に売り買いする需要はないですよね。

2つめ。仮に必要性があっても、外から見える形にする手段がありません。前に、登記や引渡しの話をした回で、この考え方に名前がついていました。公示——外から見える形にすること。誰かに権利を主張するには、それを外から見える形にする必要がある、という話でした。自動車のハンドルにだけ、所有者名を書くわけにもいきません。必要性と、公示の手段。この両方がそろったときだけ、例外が認められます。実は、この例外に当たるものに、もう一度出会っています。以前、物の分類を見た回で、立木の話をしましたね。あのときの明認方法も、この2軸で説明がつきます。必要性と、公示の手段です。木材だけを取引したいという必要性があります。そして、明認方法という、外から見える形にする手段があります。

だから、例外が認められます。明認方法は、木からまだ離れていない果実にも使えました。未分離の果実も、同じ2軸で説明がつきます。独立性の例外は、他にもあります。一筆の土地のうち、一部分だけ。マンションの一室のような、区分所有。どちらも、名前だけ置いておきます。中身は、この先の回でじっくり扱います。

客体の原則その3、一物一権主義——まとめて1個にはしない

自転車3台のイラスト。1台=1個のラベル×3。3台まとめて1個ではなく、1台ごとに3個の所有権。

  • 1台=1個のラベル×3
  • 3台まとめて1個ではなく、1台ごとに3個の所有権

3つめの条件に入る前に、1つ確認したいことがあります。前に、時効の回で使った「一物一権主義」という言葉を、思い出せますか?あのときは、どういう意味で使っていましたか?えっと……たしか、1つの物に対して。同じ内容の物権は1つしか存在できない、という意味でした。それは、さっき見た排他性の言い換えでした。実は、「一物一権主義」という言葉には、2つの意味があります。今日は、もう1つの意味のほうを、正面から見ていきます。今日の3つめの条件はこうです。物権の客体には、独立性と単一性が要求される。独立性は、さっき見ました。今日はもう1つ、単一性のほうです。

複数の独立した物のまとまりを、集合物と呼びます。その集合物の上に、1個の物権を認めることはできない。そういう意味です。なぜ、こんな原則があるのでしょうか。独立性が「物の内側を勝手に割らない」という話なら、単一性は「複数の物を勝手にまとめない」という、逆向きの話です。どちらも、物権の対象をはっきりさせる歯止めです。自転車を3台持っている人がいるとします。この人の所有権は、3台まとめて1個でしょうか。それとも、1台ごとに1個でしょうか。法的には、3台まとめて1個、とはなりません。1台ごとに、それぞれ独立した所有権が、3個成立します。まとめて1個、という数え方はしません。

ただし、これにも例外があります。倉庫の在庫を、まとめて担保にする仕組みです。集合物譲渡担保と呼ばれます。範囲さえ特定すれば、複数の物のまとまりを1個の物として扱えます。中身は、また別の回で扱います。さっきの独立性のときと、似た構造ですね。原則があって、条件つきで例外を認める。

一物一権主義の2つの意味の整理板。意味1=独立性+単一性(今日この回)。意味2=排他性=同じ物に同じ内容の物権は1つ(前に使った意味)。 図:一物一権主義の2つの意味の整理板

  • 意味1=独立性+単一性(今日この回)
  • 意味2=排他性=同じ物に同じ内容の物権は1つ(前に使った意味)

ここで、一物一権主義という言葉の整理に、もう一度戻ります。「一物一権主義」は、独立性と単一性を指すこともあります。今日、この2つを見ましたね。一方で、排他性を指すこともあります。1つの物に、同じ内容の物権は1つ、という意味です。この言葉は、実定法上、2つの意味で使われている。そういう事実として、覚えてください。文脈で判断します。「物の数え方」の話なら、独立性と単一性の意味です。「同じ物に同じ内容の権利が何個乗るか」の話なら、排他性の意味です。話している内容で、その場で判断してください。

例外はなぜ許されるのか——趣旨に戻る

5行×3列の趣旨一覧板。列=例外/必要性/公示の手段。立木=木材だけを取引したい/明認方法。未分離の果実=収穫前に権利者を分けたい/明認方法。一筆の土地の一部=一部だけ譲りたい/分筆・登記。区分所有=部屋ごとに持ち主を分けたい/区分建物の登記。集合物譲渡担保=在庫全体を担保にしたい/目的物の範囲の特定。 図:5行×3列の趣旨一覧板

例外必要性公示の手段
立木木材だけを取引したい明認方法
未分離の果実収穫前に権利者を分けたい明認方法
一筆の土地の一部一部だけ譲りたい分筆・登記
区分所有部屋ごとに持ち主を分けたい区分建物の登記
集合物譲渡担保在庫全体を担保にしたい目的物の範囲の特定

今日、独立性と単一性、両方で、いくつか例外の名前を挙げました。ここで、全部並べて、共通の軸で見直します。なぜ、この2つが軸になるのか、理由から見ていきます。物権は、誰に対しても主張できる、強い権利でしたね。強い権利だからこそ、2つの歯止めが要ります。1つめ。そもそも、そんな権利を認める実益が無ければ、例外を認める必要そのものがありません。2つめ。他人が知りようのない権利を、勝手に認めてしまうと、その物を取引した人が、不意打ちを受けます。だから、判定の軸は、実はこの2つだけです。1つめ、社会的な必要性があるか。2つめ、公示する手段があるか。この2つがそろえば、例外が認められます。

⭐ 論文で書く規範:物権の客体の独立性の例外を認めるかどうかの判断 物権の客体は、原則として1個の独立した物でなければならない。ただし、当該部分について、取引上の必要性が認められ、かつ、公示の手段が存在する場合には、例外的に、当該部分に独立した物権の成立を認めることができる。 (通説で立てる規範)

必要性はあるのに公示の手段が無い、ということもあります。壁で仕切っていない、建物の一角だけを欲しい場合です。でも、登記できる形が無いので、例外にはなりません。壁で仕切ってしまえば、区分所有として登記できます。その一歩手前、ということです。一筆の土地の一部は、分筆や登記。区分所有は、区分建物の登記。集合物譲渡担保は、目的物の範囲を特定すること。それぞれ、公示の手段が違うだけで、軸は同じです。今日の到達点は、5つの名前を覚えることではありません。初めて見る例外に出会ったときも、必要性と公示の手段、この2つで判定できるようになることです。

今日の地図(保存版)

冒頭設例の板の再掲。AはCに対して「自分の物だ」と言える。ただし、動産を取引で手に入れた人を守る仕組みが残っている。D・B・Cの場面には対抗要件の宿題も残る。この先の回で決着する。 図:冒頭設例の板の再掲

  • AはCに対して「自分の物だ」と言える
  • ただし、動産を取引で手に入れた人を守る仕組みが残っている
  • D・B・Cの場面には対抗要件の宿題も残る
  • この先の回で決着する

今日の背骨を、もう一度お願いします。前半が、誰に対して言えるかの3つの性質。後半が、何について言えるかの客体の3原則。そして例外の判定は、必要性と公示の手段の2軸でした。では、冒頭のAとCに戻りましょう。Aは、Cに対して、「自分の物だ」と言えます。これが、絶対性の力でした。今日のCに残るのは、動産を取引で手に入れた人を守る仕組みです。さっきのD・B・Cの場面には、対抗要件という宿題も残っています。どちらも、この先の回で決着します。民法が認めた物権は、10種類しかありません。なぜ、自由に新しい種類を作れないのか。そして、「返せ・どけろ・やめろ」。この三つを、どんなときに、誰に対して言えるのか。この2つを見ていきます。

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#85単独ページ動画

物権法定主義と物権的請求権の三類型

第2章 物権 #85/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

山林の栗拾いと、新しい持ち主

冒頭設例の関係図。Aが自分の山林の一角をBに「毎年秋のあいだだけ、栗を拾いに入ってよい」と約束した(実線矢印「秋だけ、栗を拾ってよい」)。Aはその後、山林をCに売った(実線矢印「売った」)。BとCの間には、まだ答えの出ていない問いが残る(点線「言えるか?」)。 図:冒頭設例の関係図

  • Aが自分の山林の一角をBに「毎年秋のあいだだけ、栗を拾いに入ってよい」と約束した(実線矢印「秋だけ、栗を拾ってよい」)
  • Aはその後、山林をCに売った(実線矢印「売った」)
  • BとCの間には、まだ答えの出ていない問いが残る(点線「言えるか?」)

Aは、自分の山林の一角を、隣に住むBに使わせることにしました。「毎年秋のあいだだけ、栗を拾いに入ってよい」という約束です。Bは、毎年律儀に、その季節だけ山へ入っていました。ところが数年後、Aはその山林を、Cに売ってしまいます。Cはこう言いました。「そんな話は聞いていない。入らないでほしい」。今日の問いは、1つです。Bの「栗を拾ってよい」という権利は、新しい持ち主のCにも言えるのか。先に、答えを言っておきます。言えません。理由は、民法が認めた物権が、10種類しかないからです。それ以外は、当事者どうしの約束にとどまります。

Bの権利がその10種類のどれにも当たらなければ、Cには言えないことになります。なぜ民法は、種類をここまで絞ったのか。そして、絞られた10種類の側には、条文に書いていない強い武器が与えられていること。今日は、この2つを押さえます。前回、物権には3つの性質があると確認しました。中でも絶対性は、誰に対しても主張できる、という強い性質でした。今日の2つの話は、両方とも、その絶対性から出ています。誰に対しても効く権利だからこそ、民法はこの権利に、入口と出口の両方を用意しているんです。誰でも自由に作れたら、無関係な人まで縛られてしまう。だから、入口では、種類も中身も法律だけが決めます。そして、その関門を通った権利には、出口で、条文に書いていない請求権まで与えられます。

今日の地図を、見てみましょう。

目次板。前半=入口を絞る話(175条・物権法定主義)。後半=出口を与える話(物権的請求権)。 図:目次板

  • 前半=入口を絞る話(175条・物権法定主義)
  • 後半=出口を与える話(物権的請求権)

前半は、入口を絞る話。175条と、物権法定主義です。後半は、出口を与える話。物権的請求権です。2本立てに見えますが、根っこは1つです。順番に見ていきましょう。

175条を読む——物権の創設

一言板。175条は、もう名前を知っている条文。今日はここから3段深く降りる(趣旨の中身/「法律」に何が入るか/違反したらどうなるか)。 図:一言板

  • 175条は、もう名前を知っている条文
  • 今日はここから3段深く降りる(趣旨の中身/「法律」に何が入るか/違反したらどうなるか)

まず、条文そのものを確認します。175条です。物権法定主義という名前と、取引の安全のため、というところまでは、前回までに確認済みです。今日は、そこから3段、深く降ります。趣旨の中身、「法律」に何が入るか、そして違反したらどうなるか、の3つです。まず、条文そのものを見てみましょう。

条文民法175条

民法 第175条(物権の創設) 物権は、この法律その他の法律に定めるもののほか、創設することができない。

この条文には、読みどころが2つあります。1つめ。「創設することができない」。これは、新しい種類を作れない、という意味です。2つめ。「その他の法律に定めるもののほか」。ここが見落とされがちです。法律が定めた物権の中身からも、外れることができない、という意味です。「定めるもの」という言葉です。法律が定めているのは、物権の名前だけではありません。どんな中身の権利かまで、条文が決めています。法律が定めていない中身を盛り込めば、それはもう「定めるもの」ではありません。だから、当事者が、勝手に中身を作り変えることはできません。

なぜ、ここまで種類を絞るのか

趣旨の3段フロー。①誰に対しても効く権利だから(絶対性)→②外から見えなければ誰も取引できない(公示の限界)→③種類と内容を法が決めて目録を閉じる。 図:趣旨の3段フロー

なぜ、ここまで種類を絞るのか。3段階で見ていきます。1つめ。物権は、誰に対しても効く権利です。当事者2人が勝手に決めたことで、まったく無関係な第三者まで縛られてしまいます。2つめ。物権には、登記や引渡しという、外から見える形にする仕組みがあります。法が予定していない物権が、次々に湧いて出てくると、この公示の仕組みが追いつかなくなります。冒頭のCを思い出してください。Cは山林を買う前に、登記を見ることができます。でも「秋だけ栗を拾ってよい」という権利を、登記に載せる場所はありません。外から見えない権利が増えるほど、誰も安心して取引できなくなります。3つめ。だからこそ、種類と中身を法律が決めて、目録を閉じておくんです。

前に、契約は自由だという話をしましたね。契約は当事者だけを縛るので自由。でも物権は、無関係な人まで縛るので、不自由なんです。

Bの栗拾いは、Cに言えるか

冒頭設例の再掲。Bの「栗を拾ってよい」という権利は、Cにも言えるかを問う板。175条を見た上で、もう一度考える。 図:冒頭設例の再掲

  • Bの「栗を拾ってよい」という権利は、Cにも言えるかを問う板
  • 175条を見た上で、もう一度考える

ここで、冒頭のBに戻りましょう。175条を見たうえで、もう一度考えてみてください。Bの「栗を拾ってよい」という約束は、Cにも言えると思いますか。さっきは「言えない」という答えでしたけど、175条を見ると、もっとはっきりしますね。栗を拾う権利なんて、民法の10種類のどれにも入っていない気がします。Bの権利は、10種類のどれにも当たりません。だから、物権としては成立しません。Bの権利は、無かったことになるんですか。そこが今日、いちばん誤解されやすいところです。無効で終わるわけではありません。

物権法定主義に違反する権利の扱い。物権としては不成立。当事者間(AB間)の契約としては有効にとどまる(債権的効力)。第三者Cには対抗できない。法が用意した器(地役権)に入れて登記すれば、Cにも言えた。 図:物権法定主義に違反する権利の扱い

  • 物権としては不成立
  • 当事者間(AB間)の契約としては有効にとどまる(債権的効力)
  • 第三者Cには対抗できない
  • 法が用意した器(地役権)に入れて登記すれば、Cにも言えた

AとBの間では、約束としては、ちゃんと有効です。契約としての効力、いわゆる債権的効力にとどまる、と言います。BはAに対しては、今までどおり文句を言えます。Cには対抗できません。物権法定主義に違反する権利は、当事者間では契約として生き残り、第三者に対する効力だけを失うんです。175条が禁じているのは、新しい物権を作ることです。約束をすること自体は、禁じていません。AとBの約束は、この2人しか縛りません。無関係な人を巻き込まないので、そのまま生かしておいても誰も困らないんです。Cに言えないのは、登記をしていなかったからですか。違います。そもそも物権として成立していないので、登記があるかどうか以前の話です。

1つだけ、補っておきます。同じ中身でも、法律が用意した器に入れれば、Cにも言えました。地役権という物権があります。他人の土地を、自分の土地のために使う権利です。ただし、Bが自分の土地を持っている場合の話です。この形に入れて登記していれば、持ち主が変わっても言えたはずです。中身は、別の回でじっくり扱います。

「法律」に慣習法は入るか

位置関係板。175条の中——民法や特別法が定めた物権。175条の外——法律に規定の無い事項を、慣習が埋める(法の適用に関する通則法3条)。 図:位置関係板

  • 175条の中——民法や特別法が定めた物権
  • 175条の外——法律に規定の無い事項を、慣習が埋める(法の適用に関する通則法3条)

175条は「この法律その他の法律」と書いています。では、条文になっていない、慣習で生まれた権利は、物権になれるでしょうか。結論から言うと、なれます。根拠になる条文があります。法の適用に関する通則法、その3条です。法令に規定が無い事項について、公序良俗に反しない慣習は、法律と同じ効力を持つ。そう定めた条文です。175条は「この法律その他の法律に定めるもの」と書いていました。通則法3条は、その法律と同じ効力を、慣習にも与える条文です。通則法3条が、公序良俗に反しない慣習に、法律と同じ効力を与えているからです。ただ、慣習は条文の形をしていません。条文だけを探していると見つからない入口、という意味で、175条の箱の外側から入ってくるんです。

倉庫会社が考えた「預かり中の荷物に付ける優先権」は、公示の手段が無いため慣習法上の物権になれない。一方、温泉のお湯を引く権利は、地方の慣習によって、源泉地の所有権とは別に取引できる物権として認められてきた。その取引を、持ち主が変わった相手に対抗するには、立て札などで外から分かるようにしておく必要がある。 図:倉庫会社が考えた「預かり中の荷物に付ける優先権」は、公示の手段が無いため慣習法上の物権になれない

  • 一方、温泉のお湯を引く権利は、地方の慣習によって、源泉地の所有権とは別に取引できる物権として認められてきた
  • その取引を、持ち主が変わった相手に対抗するには、立て札などで外から分かるようにしておく必要がある

では、何でも慣習で作れるのか。ここで1つ、場面を考えてみます。ある倉庫会社が、こう考えました。「預かっている荷物に、優先的に権利を持たせよう」。まだ誰も条文にしていない、社内の思いつきです。それも、慣習法上の物権になれるんですか。なれません。決め手は、さっきの趣旨に戻ります。外から見える形にする手段、公示の手段があるかどうかです。倉庫会社が社内で決めただけの優先権には、外から見える公示の手段がありません。取引をする人は、誰もその優先権の存在に気づけません。一方で、実際に認められている例もあります。温泉のお湯を引く権利です。

あのときは、条文の無いすきまを慣習が埋める、という話でした。今日は、そこから一歩進みます。この権利は、源泉地の所有権とは別に、物権として取引できるんです。そして、立て札などで外から見える形にしておけば、持ち主が変わった相手にも言えます。慣習法上の物権として、古くから認められてきました。もう1つ、名前だけ挙げておきます。譲渡担保です。民法には、条文としての規定がありません。それでも、担保として実際に使われています。中身は、別の回でじっくり扱います。

民法が認めた、10種類の物権

175条の帰結として閉じた目録板。所有権(206条)を中心に、使う面を切り出した用益物権(265条の地上権/270条の永小作権/280条の地役権/263条と294条の入会権)、価値の面を切り出した担保物権(295条の留置権/303条の先取特権/342条の質権/369条の抵当権)、事実の側から認められる占有権(180条)を配置。用益物権と担保物権をまとめる呼称「制限物権」を添える。末尾に特別法上の物権(漁業権・採石権・立木・仮登記担保)を小さく注記。 図:175条の帰結として閉じた目録板

  • 所有権(206条)を中心に、使う面を切り出した用益物権(265条の地上権/270条の永小作権/280条の地役権/263条と294条の入会権)、価値の面を切り出した担保物権(295条の留置権/303条の先取特権/342条の質権/369条の抵当権)、事実の側から認められる占有権(180条)を配置
  • 用益物権と担保物権をまとめる呼称「制限物権」を添える
  • 末尾に特別法上の物権(漁業権・採石権・立木・仮登記担保)を小さく注記

ここで、民法が認めた物権を、目録として並べ直します。今日は、中身の再確認ではありません。175条の結果として、この目録が閉じている、という角度で見ます。並べ方の軸を、思い出してください。この2つ、つまり用益物権と担保物権は、まとめて制限物権と呼ばれます。所有権が持っている力のうち、一部だけを取り出して成り立つ物権、という意味です。そして、権利ではなく事実の側から認められるのが、占有権でした。この軸に沿って、10種類が板の上にすべて並んでいます。名前と条数は、板で確認してください。大事なのは、175条が「これで全部です、これ以上は作れません」と、この目録を閉じている、ということです。

1つだけ、補っておきます。「民法の外」にも、物権を定めた法律があります。漁業権、採石権、立木に関する権利、仮登記担保。こうした特別法上の物権も存在します。民法、慣習法、特別法。この3つの入り口から、物権の種類が決まっています。

後半へ——関門を通った物権に、何が与えられるか

一言板。前半は入口を絞る話だった。後半は、関門を通った物権に何が与えられているかという話。 図:一言板

  • 前半は入口を絞る話だった
  • 後半は、関門を通った物権に何が与えられているかという話

ここまでが、前半、入口を絞る話でした。175条、慣習法、特別法。3つの入り口から、種類が決まる、というお話でした。では、その関門を通った物権には、何が与えられているのでしょうか。前回、物権は誰に対しても主張できる、と言いました。でも、「どうやって」主張するのかは、まだ残っていました。そこで出てくるのが、物権的請求権です。後半は、これを見ていきます。

物権的請求権とは何か

定義と趣旨の板。物権的請求権=物権に基づいて、侵害している者に対し、侵害の除去や予防を請求できる権利。趣旨=自力救済が禁じられているから、裁判で求める道が要る。 図:定義と趣旨の板

  • 物権的請求権=物権に基づいて、侵害している者に対し、侵害の除去や予防を請求できる権利
  • 趣旨=自力救済が禁じられているから、裁判で求める道が要る

まず、定義を確認します。

⭐ 論文で書く規範:物権的請求権の定義 その中身は、物権に基づいて、侵害している者に対し、侵害の除去や予防を請求できる権利。物上請求権とも呼ばれる。 (通説上の定義)

なぜ、こんな権利が要るのでしょうか。理由は、自力救済が禁じられているからです。占有権のところで、名前が出ましたね。自分の力で、勝手に取り返してはいけない、というルールです。貸した機械が返ってこないとき、自分で取りに行ってはいけないんですか。いけません。だから、裁判で求める道が用意されていないと、この権利は動かせないんです。もし取り返してよいなら、この権利は要りません。でも、取り返してはいけない以上、裁判で求める道を用意しておかないと、直接支配は絵に描いた餅になってしまいます。物権の性質、覚えていますか。

他人の行為を介さずに、物を支配できる性質でした。侵害されたときに取り戻す手段が無ければ、その直接支配は、名前だけのものになってしまいます。だから、条文には無くても、この請求権が認められています。

明文が無いのに、なぜ認められるのか

根拠3点の板。①202条が「本権の訴え」の存在を前提にしている。②仮の権利にすぎない占有権にさえ訴えの制度がある。③物権の直接性・排他性を実効あるものにする必要がある。 図:根拠3点の板

  • ①202条が「本権の訴え」の存在を前提にしている
  • ②仮の権利にすぎない占有権にさえ訴えの制度がある
  • ③物権の直接性・排他性を実効あるものにする必要がある

では、条文に無いのに、なぜ認められるのでしょうか。ここは、今日いちばん深いところです。答えは3つあります。1つめ。202条という条文が、この権利の存在を前提にしています。条文そのものを見てみましょう。

条文民法202条

民法 第202条(本権の訴えとの関係) 占有の訴えは本権の訴えを妨げず、また、本権の訴えは占有の訴えを妨げない。 2 占有の訴えについては、本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない。

物権そのものに基づく訴えのことです。占有の訴えとは別に、本権の訴えというものがあるという前提で、この条文は書かれています。民法は、物権的請求権を正面から定義した条文は持っていません。でも、その存在を当然の前提にしている条文は、たしかにあるんです。2つめの根拠に行きましょう。前に、時効の回で「占有回収の訴え」という言葉を見ましたね。どんな場面で使うものだったか、思い出せますか?たしか、占有を奪われた人が、奪った相手に返してくれと求める訴えでした。占有権は、権利というより、事実上の支配にすぎません。仮の権利です。

本当に権利があるかどうかを問わず、今の支配状態だけを守る権利だからです。その仮の権利にさえ、訴えの制度が用意されています。占有回収の訴えのほかに、占有保持の訴え、占有保全の訴えというものもあります。ここで、考えてみてください。軽いものに認められているなら、重いものに認められないはずがありません。3つめの根拠に行きます。物権には、直接性と排他性がありました。直接性と排他性。この2つを実際に守る手段が無ければ、どうなるでしょうか。さっきと同じで、絵に描いた餅になってしまいますね。202条の前提、占有権にも訴えがあること、直接性と排他性を実効あるものにする必要。この3点が、明文の無い物権的請求権を認める理由です。

ここは、論文で正面から問われる論点でもあります。

3つの請求権を、定義から見る

3類型の対照表。返還請求権=占有による侵害/物の返還を請求/現に占有している者に対して。妨害排除請求権=占有以外の方法による侵害/妨害の除去を請求/自分名義のはずの土地に覚えのない登記が付いている場面。妨害予防請求権=侵害のおそれ/予防を請求/まだ侵害が起きていない場面。 図:3類型の対照表

  • 返還請求権=占有による侵害/物の返還を請求/現に占有している者に対して
  • 妨害排除請求権=占有以外の方法による侵害/妨害の除去を請求/自分名義のはずの土地に覚えのない登記が付いている場面
  • 妨害予防請求権=侵害のおそれ/予防を請求/まだ侵害が起きていない場面

前に、物権的請求権を見た回で、侵害のされ方によって3つに分かれる、という話をしました。今日は、それぞれの定義に降ります。1つめ、返還請求権です。占有を奪われるという形で物権が侵されているときに、その物を返すよう求める権利です。誰が、物権者。誰に、現に占有している者。何を、物を返せ、です。2つめ、妨害排除請求権です。占有以外のやり方で物権が侵されているときに、その妨げを取り除くよう求める権利です。例えば、こんな場面です。あなたの土地に、まったく覚えのない抵当権の登記が付いていたとします。物は自分の手元にあるのに、権利のほうが邪魔されている状態です。

誰が、物権者。誰に、妨害している状態を作り出している者。何を、この登記を消せ、です。3つめ、妨害予防請求権です。これから侵害されそうな状況で、あらかじめ防ぐよう求める権利です。まだ侵害は起きていなくてよい、というのが、この請求権の特徴です。例えば、隣の空き家の屋根瓦が、こちらの駐車場側へ落ちそうな場面です。誰が、物権者。誰に、おそれを生じさせている者。何を、瓦を固定するなどの予防の措置を、です。1つ、注意点も添えておきます。返還請求権は、所有権だけの専売特許ではありません。地上権など、他の物権に基づいても認められます。

引渡しと明渡し

引渡しと明渡しの対比板。引渡し=物の直接支配を相手からこちらへ移すこと。明渡し=相手が建物や土地に住んでいる・物を置いているときに、そこから出て物を片づけて完全な直接支配を返させること。訴状の言葉が変わる=動産なら「引き渡せ」、居座られている建物なら「明け渡せ」。 図:引渡しと明渡しの対比板

  • 引渡し=物の直接支配を相手からこちらへ移すこと
  • 明渡し=相手が建物や土地に住んでいる・物を置いているときに、そこから出て物を片づけて完全な直接支配を返させること
  • 訴状の言葉が変わる=動産なら「引き渡せ」、居座られている建物なら「明け渡せ」

返還請求権で、実際に何を求めるのか。ここを見ていきます。例えば、あなたが貸した工作機械を、相手が返してくれないとします。この場合に求めるのが、引渡しです。物の直接支配を、相手からこちらへ移すことです。一方で、こんな場面もあります。借りている倉庫に、居座られてしまっている。この場合に求めるのが、明渡しです。引渡しの1つの形で、相手が建物や土地に住んでいる、物を置いているときに、そこから出て、物を片づけて、完全な直接支配を返させることです。効きどころは、訴状に書く言葉です。動産なら「引き渡せ」。居座られている建物なら「明け渡せ」。求める中身に応じて、言葉が変わります。1つ、板に置くだけにしておきます。返還請求権が認められるには、3つの要件が要ります。自分の所有、相手の占有、そして占有権原の不存在——相手に、そこにいてよい正当な理由が無いことです。要件の中身は前に確認済みなので、ここでは繰り返しません。

請求の相手方をどう決めるかは、別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

今日の背骨の再掲板。物権は誰に対しても効く。だから民法は入口で種類と内容を法に絞らせ(175条)、その関門を通った権利には条文に無い請求権まで与えている。冒頭のBの栗拾いの約束は、Aにしか言えなかったが、法が用意した器(地役権)に入れて登記すればCにも言えた。 図:今日の背骨の再掲板

  • 物権は誰に対しても効く
  • だから民法は入口で種類と内容を法に絞らせ(175条)、その関門を通った権利には条文に無い請求権まで与えている
  • 冒頭のBの栗拾いの約束は、Aにしか言えなかったが、法が用意した器(地役権)に入れて登記すればCにも言えた

今日の背骨を、もう一度お願いします。絞る代わりに、強くする。これが、今日1本の筋でした。冒頭のBに、戻りましょう。Bの「栗を拾ってよい」という約束は、Aにしか言えませんでした。でも、同じ中身でも、法が用意した器、地役権に入れて登記していれば、Cにも言えたはずでした。最後に、1つだけ問いを残しておきます。物権的請求権を使って、誰かに「どけろ」と言ったとき、その費用は誰が払うのでしょうか。費用を誰が払うのか。そこも、気になるところですよね。

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#86単独ページ動画

物権的請求権の費用負担と消滅時効

第2章 物権 #86/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

台風の翌朝、庭に倒れ込んだ物置

台風の翌朝の関係図。庭の持ち主Aと物置の持ち主Bが向き合っている。①Aから物置の持ち主Bへ「どけて」(妨害排除請求権)。②物置の持ち主BからAへ「返して」(返還請求権)。同じ1つの場面に、向きの違う2つの請求権が立つ。 図:台風の翌朝の関係図

  • 庭の持ち主Aと物置の持ち主Bが向き合っている
  • ①Aから物置の持ち主Bへ「どけて」(妨害排除請求権)
  • ②物置の持ち主BからAへ「返して」(返還請求権)
  • 同じ1つの場面に、向きの違う2つの請求権が立つ

大きな台風の翌朝、Aが自宅の庭に出ました。隣に住むBの物置が、フェンスを越えて、Aの庭に倒れ込んでいました。物置は、Aの芝生をふさいでいます。Aは言いました。「どけてください」。「台風のせいで、私は悪くない。どけたいなら、あなたの費用でどうぞ」。業者に頼むと、撤去には数万円かかります。今日の問いは1つです。この撤去費用は、AとBのどちらが払うのか。先に、答えの方向だけ言っておきます。判例は、原則として、どけさせられる側の負担と考えます。ただ、この台風の場面は、どの考え方にとっても、いちばんの難所です。AにもBにも、責められる点が無いからです。

今日は、4つの考え方を、この1つの場面に全部当てはめて、結論がどこで分かれるのかを見ます。後半は、この請求権が時間の経過で消えるのか、そして契約や不当利得の請求権とどう並ぶのかまで進みます。

前回からの橋——費用は誰が払うのか

今日の地図。値段(費用の負担)・寿命(消滅時効)・居場所(他の請求権との関係)の3本。 図:今日の地図

前回の最後に、こう問いかけました。物権的請求権を使って、誰かに「どけろ」と言ったとき、その費用は誰が払うのでしょうか。その問いに、今日は答えてもらえるんですね。その前に、前回の復習です。物権的請求権には、どんな類型がありましたか?返還請求権・妨害排除請求権・妨害予防請求権の3つでした。侵害のされ方によって、名前が分かれるんでした。冒頭の場面に、このうち2つを当てはめてみましょう。Aの側から見れば、倒れた物置が芝生をふさいでいます。これは妨害排除請求権です。Bの側から見れば、自分の物置がAの庭にあります。これは物置の返還請求権です。

ここが、後で効いてきます。今日は、3つの話をします。値段、寿命、居場所です。値段は、費用の負担。寿命は、消滅時効。居場所は、他の請求権との関係です。

「どけて」の中身——2通りの読み方

「どけて」の中身の板。やってもらう権利=相手に撤去という行為を求める、費用は相手方。我慢してもらう権利=自分で片づけるのを邪魔しないよう求める、費用は請求者。 図:「どけて」の中身の板

  • やってもらう権利=相手に撤去という行為を求める、費用は相手方
  • 我慢してもらう権利=自分で片づけるのを邪魔しないよう求める、費用は請求者

物権的請求権で「どけて」と言うとき、その中身には、2通りの読み方があります。1つは、相手に撤去という行為を、やってもらう権利という読み方です。もう1つは、こちらが片づけるのを、邪魔しないで我慢してもらう権利という読み方です。違いは、費用の行き先に出ます。やってもらう権利なら、実際にやる人が費用を持ちます。つまり相手方です。我慢してもらう権利なら、実際にやるのは請求した側です。つまり請求者が費用を持ちます。これが議論の出発点です。ここから、4つの考え方に分かれていきます。

忍容請求権説——我慢してもらう説

忍容請求権説の板。中身=「片づけるので、邪魔しないでください」と言える権利にとどまる。結論=費用は請求した側。理由=相手に故意・過失が無くても行使できるから、落ち度の無い相手に費用まで負わせるのは酷。台風にあてはめると、先に請求した側がその費用を持つ(Aが先に「どけて」と言えばAの費用、Bが先に「返して」と言えばBの費用)。 図:忍容請求権説の板

  • 中身=「片づけるので、邪魔しないでください」と言える権利にとどまる
  • 結論=費用は請求した側
  • 理由=相手に故意・過失が無くても行使できるから、落ち度の無い相手に費用まで負わせるのは酷
  • 台風にあてはめると、先に請求した側がその費用を持つ(Aが先に「どけて」と言えばAの費用、Bが先に「返して」と言えばBの費用)

1つめの考え方です。板に、忍容請求権説と書きます。にんよう、と読みます。中身は、我慢してもらう説だと思ってください。この説は、物権的請求権を、相手に我慢してもらう権利にとどまると見ます。つまり「片づけるので、邪魔しないでください」と言える権利です。だから、結論として、費用は請求した側が持ちます。理由がはっきりしています。物権的請求権は、相手に故意や過失が無くても行使できます。だとすれば、落ち度の無い相手に、費用まで負わせるのは酷だ、という発想です。よくまとめましたね。台風の場面にあてはめると、どうなるでしょうか。

そうです、Aが請求した場合はそうなります。今度は、Bの費用で片づけることになります。この説では、先に請求した側が損をします。順番しだいで結論が変わる、という点を覚えておいてください。

行為請求権説——やってもらう説(判例の基本形)

行為請求権説の板。中身=相手に行為を求める権利。結論=費用は行為をすべき相手方。台風にあてはめると、AがBに「どけて」と請求すれば、Bの費用で撤去。 図:行為請求権説の板

  • 中身=相手に行為を求める権利
  • 結論=費用は行為をすべき相手方
  • 台風にあてはめると、AがBに「どけて」と請求すれば、Bの費用で撤去

2つめの考え方です。行為請求権説といいます。この説は、物権的請求権を、相手に行為を求める権利だと見ます。だから、費用は、行為をすべき相手方が持ちます。物権は、物を思いどおりに使える権利です。ですから、その邪魔になっている状態を今支配している相手には、元に戻す行為まで求められる、と読むわけです。冒頭で言った「判例は、原則として、どけさせられる側の負担」というのは、この考え方に近い立場です。ここに、大きな弱点があります。

早い者勝ちの板。Aが先に「どけて」と請求すれば、Bが行為すべき相手方となり、Bの費用。Bが先に「返して」と請求すれば、Aが行為すべき相手方となり、Aの費用。同じ台風・同じ物置なのに、先に言い出した方が得をする。 図:早い者勝ちの板

  • Aが先に「どけて」と請求すれば、Bが行為すべき相手方となり、Bの費用
  • Bが先に「返して」と請求すれば、Aが行為すべき相手方となり、Aの費用
  • 同じ台風・同じ物置なのに、先に言い出した方が得をする

覚えていますか。冒頭で見たとおり、この場面には、2つの請求権が立っています。Aから見れば妨害排除請求権、Bから見れば返還請求権、でした。もし、Bが先に「物置を返してください」と請求したら、どうなるでしょうか。Bが請求する側になって、Aが行為すべき相手方になります。今度は、Aの費用で、物置をBに返すことになります。同じ台風、同じ物置なのに、先に言い出した方が得をするんですか。これが、行為請求権説の弱点です。早い者勝ちになってしまいます。さっきの忍容請求権説では、先に言った方が損でした。向きは逆でも、順番で結論が変わる点は同じです。

判例の立場の板。原則=相手方の故意・過失を問わず、行為を求められる。限定=危険や侵害の原因が不可抗力であるときは、それとは別に考えるべきだとする判例もある。台風にあてはめると、台風は不可抗力の典型で、機械的に「Bの費用」とは言い切れない領域。 図:判例の立場の板

  • 原則=相手方の故意・過失を問わず、行為を求められる
  • 限定=危険や侵害の原因が不可抗力であるときは、それとは別に考えるべきだとする判例もある
  • 台風にあてはめると、台風は不可抗力の典型で、機械的に「Bの費用」とは言い切れない領域

もう1つ、この説について補っておきます。判例は、相手方に故意・過失が無くても、行為を求められるという立場を、基本的に取っています。ただし、危険や侵害の原因が不可抗力であるときは、それとは別に考えるべきだとする判例もあります。台風は、その典型です。ですから、この台風の場面は、判例の立場でも、機械的に「Bの費用」とは言い切れない領域に入ってしまいます。不可抗力というのは、台風や地震のように、外から来て誰にも防げない出来事のことです。判例は、故意・過失があるかどうかは問わないけれど、そこまで外的で防ぎようのない原因になると話は別だ、と一線を引いているわけです。

だからこそ、次の考え方が出てきます。

修正行為請求権説——早い者勝ちを消す説

修正行為請求権説の板。中身=原則は行為請求権説、ただし返還請求権では相手方に支配を解いてもらい所有者が自分で持ち去るのを我慢してもらえば足りる場面がある(例=敷地に飛び込んだ物)。台風にあてはめると、Bの「返して」はAが自分で持ち込んだ物ではないのでAは我慢するだけでよくBの費用、Aの「どけて」も原則どおりBの費用。どちらが先に言い出しても結論が同じになる。 図:修正行為請求権説の板

  • 中身=原則は行為請求権説、ただし返還請求権では相手方に支配を解いてもらい所有者が自分で持ち去るのを我慢してもらえば足りる場面がある(例=敷地に飛び込んだ物)
  • 台風にあてはめると、Bの「返して」はAが自分で持ち込んだ物ではないのでAは我慢するだけでよくBの費用、Aの「どけて」も原則どおりBの費用
  • どちらが先に言い出しても結論が同じになる

3つめの考え方です。修正行為請求権説といいます。従来の通説とされてきた考え方です。原則は、さっきの行為請求権説と同じです。相手に行為させる権利、と見ます。ただし、返還請求権については、1つだけ例外を認めます。返還を求められた相手方、台風の場面でいえばAが、目的物への自分の支配を解いてくれれば、あとは所有者のBが自分で持ち去るのを、Aは我慢するだけで足りる場面がある、という例外です。相手方の行為によらずに、物が相手方の支配下に入ってしまった場面です。例えば、敷地に飛び込んだ物、などです。当てはめてみましょう。Bの「物置を返してください」という請求は、どういう請求ですか。

Aが自分で持ち込んだ物ではない物の、返還請求です。だから、Aは、Bが持ち出すのを我慢するだけでよい、ということになります。Bの費用になります。一方、Aの「どけてください」という請求は、原則どおり行為請求です。ここで、気づいてほしいことがあります。早い者勝ちの不公平が、この説では消えています。よくまとめましたね。相手に責められる点があるかどうかを、性質論の中に、こっそり持ち込んでいるとも言えます。

不法行為説——費用を709条の「損害」として処理する

不法行為説の板。費用の問題を請求権の性質論から切り離し、物権を侵害されたことによる損害として709条で処理する。台風にあてはめると、Bに故意・過失なしなので709条の責任は生じず、それぞれが自分でかぶる。対照として、資材が崩れる場面ではBに過失があるので709条の要件を満たし、最終的にBが持つ(忍容請求権説に立ってもAが一旦払いBに求償できる)。 図:不法行為説の板

  • 費用の問題を請求権の性質論から切り離し、物権を侵害されたことによる損害として709条で処理する
  • 台風にあてはめると、Bに故意・過失なしなので709条の責任は生じず、それぞれが自分でかぶる
  • 対照として、資材が崩れる場面ではBに過失があるので709条の要件を満たし、最終的にBが持つ(忍容請求権説に立ってもAが一旦払いBに求償できる)

4つめの考え方です。不法行為説といいます。有力に主張されている考え方です。この説は、そもそも性質論から離れます。物権的請求権を行使するためにかかった費用は、物権を侵害されたことによる損害ではないか、と考えるんです。費用の問題を、請求権の性質から切り離して、不法行為として処理すれば足りる、という発想です。ここで、条文そのものを見てみましょう。

条文民法709条

民法 第709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

不法行為には、相手に故意か過失があることが要ります。要件の中身は、別の回でじっくり扱います。今日は、この1点だけ押さえてください。709条は、帰責性、つまり相手に責められる点があることを、正面から要件にしています。Bに、故意も過失もありません。ですから、709条の責任は生じません。Aが業者に頼んだ費用も、Bには請求できません。逆に、BがAの請求に応じて自分で片づけた場合も、Bは誰にも請求できません。それぞれが、自分でかかった分をかぶる、という結論になります。ここで、対照になる場面を1つ見ておきましょう。

今度は、Bが境界ぎりぎりに積んだ資材が崩れて、Aの庭をふさいでしまった場面です。今度は、Bに過失があります。境界ぎりぎりに積んだこと自体が、落ち度です。この場面では、最終的にBが費用を持ちます。忍容請求権説に立っても、いったんAが払ったうえで、709条を使ってBに求償できます。求償というのは、立て替えた分を後から払ってもらうことです。

4つの説を、同じ場面に当てはめる

4説の比較板。忍容請求権説=我慢してもらう権利、台風は請求した側の費用(先に言った方が損)、資材崩落はAが払いBに求償できる。行為請求権説=行為させる権利、台風は早い者勝ち(不可抗力なら別扱いの余地)、資材崩落はBの費用。修正行為請求権説=原則は行為・返還は例外的に忍容、台風はBの費用でどちらが先でも同じ、資材崩落もBの費用。不法行為説=費用は709条の損害、台風は各自が自分の分をかぶる、資材崩落はBの費用。 図:4説の比較板

  • 忍容請求権説=我慢してもらう権利、台風は請求した側の費用(先に言った方が損)、資材崩落はAが払いBに求償できる
  • 行為請求権説=行為させる権利、台風は早い者勝ち(不可抗力なら別扱いの余地)、資材崩落はBの費用
  • 修正行為請求権説=原則は行為・返還は例外的に忍容、台風はBの費用でどちらが先でも同じ、資材崩落もBの費用
  • 不法行為説=費用は709条の損害、台風は各自が自分の分をかぶる、資材崩落はBの費用

ここで、4つの説を、板の上に並べてみます。2つの場面、台風と、資材の崩落を、4つの説すべてに当てはめてあります。資材崩落のように、落ち度がある場面では、どの説もほぼ同じ結論に落ち着きます。そこが、今日いちばん言いたいことです。つまり、4つの説を分けている軸は、たった1つです。答案でこの論点が出たときも、使い方は同じです。どの説に立っても構いません。落ち度の無い相手に費用を負わせる不都合を、どう処理するかを書ければ、論証として成立します。どれか1つを正解として勧めるものではありません。今日、見てきた4つの考え方は、それぞれ理由があります。

物権的請求権は、時間で消えるか

消滅時効の板。結論=根拠となる物権そのものが時効で消えない限り物権的請求権も時効で消えない。166条2項は「所有権以外」の財産権が対象で、所有権はこの条文の対象から外れている。理由=物権的請求権は物権から切り離して独立に存在する権利ではなく、物権の効力が外に現れたもの。所有権以外の物権(地上権など)は物権そのものが時効消滅しうるので、そのときは請求権も一緒に消える。時効で「消えない」ことと相手が取得時効(162条)で所有権を「取る」ことは別。 図:消滅時効の板

  • 結論=根拠となる物権そのものが時効で消えない限り物権的請求権も時効で消えない
  • 166条2項は「所有権以外」の財産権が対象で、所有権はこの条文の対象から外れている
  • 理由=物権的請求権は物権から切り離して独立に存在する権利ではなく、物権の効力が外に現れたもの
  • 所有権以外の物権(地上権など)は物権そのものが時効消滅しうるので、そのときは請求権も一緒に消える
  • 時効で「消えない」ことと相手が取得時効(162条)で所有権を「取る」ことは別

ここからは、後半です。値段の話が終わったので、次は寿命の話に移ります。物権的請求権は、時間の経過で消えてしまうのでしょうか。前に、所有権は消滅時効にかからない、と聞いた気がします。所有権に基づく物権的請求権も、消滅時効にはかかりません。ここは前に確認したとおりです。今日は、別の角度から、その理由を見ます。まず、条文を確認しましょう。

条文民法166条2項

民法 第166条第2項 債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。

所有権を、この条文はわざわざ除外しています。ここで、今日加える理由づけです。物権的請求権は、物権から切り離して独立に存在する権利ではありません。物権の効力が、外に現れたもの、と考えてください。物権と、運命をともにするんです。物権が消えなければ、請求権も消えない、ということです。では、所有権そのものは消えるのか。消滅時効を学んだときに見たとおり、所有権は、使っていない期間があっても中身が減っていかない、恒久性のある権利です。だから166条2項の対象から外れていて、消えません。その所有権と運命をともにするので、請求権も消えないわけです。

所有権に基づく返還請求権は、何年放っておいても、時効では消えないんです。一方で、地上権など、所有権以外の物権はどうでしょうか。166条2項の対象に、入ってしまいますね。その物権自体が、時効で消えることがあります。そのときは、請求権も一緒に消えます。最後に、1つだけ誤解を防いでおきます。消滅時効では、所有権は消えません。ただし、他人がその物を自分の物として長く占有し続け、取得時効が成立すれば、元の持ち主は、その結果として所有権を失います。この2つを混ぜないでください。取得時効の中身は、前に別の回で確認済みなので、今日は繰り返しません。

他の請求権との関係——請求権競合

賃貸借終了後の関係図。貸主Aと借主Bが向き合っている。①貸主から借主へ所有権に基づく返還請求権。②貸主から借主へ契約終了に基づく返還請求権。同じ場面に、物権的請求権と契約上の請求権が並んで立つ。 図:賃貸借終了後の関係図

  • 貸主Aと借主Bが向き合っている
  • ①貸主から借主へ所有権に基づく返還請求権
  • ②貸主から借主へ契約終了に基づく返還請求権
  • 同じ場面に、物権的請求権と契約上の請求権が並んで立つ

最後に、居場所の話です。物権的請求権は、単独で立っているわけではありません。契約や不当利得といった、債権としての請求権と、同じ場面に重なって立つことがあるんです。例えば、こんな場面を考えてみます。Aが、月極めで貸していた駐車場の契約が終わりました。それなのに、Bが車を置き続けています。このとき、Aにはどんな請求権が立つでしょうか。所有権に基づく返還請求権が、まず思いつきます。それだけではありません。賃貸借契約の終了に基づく返還請求権、つまり契約上の債権も持っています。どちらを使ってもよいことになっています。請求権競合と呼ばれる考え方です。

不法占拠の関係図。土地の持ち主Aと資材置き場を作ったCが向き合っている。①土地の持ち主から資材置き場を作ったCへ所有権に基づく返還請求権。②同じくCへ不当利得に基づく返還請求権。契約関係が無くても、物権的請求権と不当利得の請求権が並んで立つ。 図:不法占拠の関係図

  • 土地の持ち主Aと資材置き場を作ったCが向き合っている
  • ①土地の持ち主から資材置き場を作ったCへ所有権に基づく返還請求権
  • ②同じくCへ不当利得に基づく返還請求権
  • 契約関係が無くても、物権的請求権と不当利得の請求権が並んで立つ

もう1つ、別の場面を見てみましょう。契約関係の無いCが、Aの空き地に、勝手に資材置き場を作ってしまいました。この場合、Aには、所有権に基づく返還請求権があります。それに加えて、不当利得に基づく返還請求権も持ちます。不当利得の要件や効果は、別の回でじっくり扱います。今日は、名前と、契約が無くても別に立つことだけを押さえてください。

請求権競合の板。なぜ両方持たせるのか=それぞれ要件と効果が違うので使い分けに意味がある。物権的請求権の強み=相手の落ち度も契約も要らず所有権があれば言える、時効でも消えない。契約上の請求権の強み=所有権の証明が要らない(貸主が所有者でなくても言える)。費用の話で見た不法行為説も、この並んで立つ請求権の1つを使う考え方だった。 図:請求権競合の板

  • なぜ両方持たせるのか=それぞれ要件と効果が違うので使い分けに意味がある
  • 物権的請求権の強み=相手の落ち度も契約も要らず所有権があれば言える、時効でも消えない
  • 契約上の請求権の強み=所有権の証明が要らない(貸主が所有者でなくても言える)
  • 費用の話で見た不法行為説も、この並んで立つ請求権の1つを使う考え方だった

なぜ、わざわざ2つも請求権を持たせるんですか。それぞれ、要件と効果が違うからです。だから、使い分けに意味があります。物権的請求権は、相手の落ち度も契約も要りません。所有権さえあれば言えますし、時効でも消えません。契約上の請求権は、所有権の証明が要りません。貸主が本当の所有者でなくても、契約を根拠に言えます。ここで、今日の前半を思い出してください。不法行為説は、まさにこの「並んで立つ請求権」の1つを使って、費用の問題を片づける考え方でした。

今日の背骨、もう一度

今日の背骨の板。物権的請求権は物権から生まれた強い権利。費用は性質だけで決めると不公平が出るのでどの説も最後は相手方に責められる点(帰責性)があるかで動く。寿命は物権と同じで所有権なら時効で消えない。居場所は契約・不当利得・不法行為の請求権と並んで立ちどれを使ってもよい。 図:今日の背骨の板

  • 物権的請求権は物権から生まれた強い権利
  • 費用は性質だけで決めると不公平が出るのでどの説も最後は相手方に責められる点(帰責性)があるかで動く
  • 寿命は物権と同じで所有権なら時効で消えない
  • 居場所は契約・不当利得・不法行為の請求権と並んで立ちどれを使ってもよい

今日の背骨を、もう一度お願いします。値段の面では、どの説も、最後は相手方に責められる点、つまり帰責性があるかどうかで結論を動かしていました。寿命の面では、物権と運命をともにする。居場所の面では、他の請求権と並び立つ。冒頭のAとBに、戻りましょう。台風は、AにもBにも、落ち度が無い場面でした。だからこそ、ここが説の分かれ目になります。判例も、不可抗力、つまり、そとから来て誰にも防げない出来事については、別に考える余地を残していました。最後に、1つだけ問いを残しておきます。今日は「AがBに『どけて』と言えるか」を前提に進めてきました。では、そもそも誰に「どけて」と言えばよいのか。登記の名義人か、実際にそこに住んでいる人か。

この問いは、登記を学んだあとで扱います。

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#87単独ページ動画

意思主義と所有権の移転時期

第2章 物権 #87/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

もう俺のギターなんだ

帰り道の関係図。買主Aと売主Bが向き合っている。①契約=Bの中古ギターを20万円でAが買う約束。②代金と受取りは来月の給料日。まだ代金は動いていない。 図:帰り道の関係図

  • 買主Aと売主Bが向き合っている
  • ①契約=Bの中古ギターを20万円でAが買う約束
  • ②代金と受取りは来月の給料日
  • まだ代金は動いていない

Aは、知人Bが長年弾いてきた手作りの中古ギターを、20万円で買う約束をしました。世界に1本しかないギターです。代金は来月の給料日に払い、その日にギターも受け取ります。代金はまだ払っていません。ですが帰り道、Aは友人にこう言いました。「もう俺のギターなんだ」。友人は笑って言います。「お金も払っていないのに?」今日の問いは1つです。このギターは、今、AとBのどちらの物でしょうか。先に答えを言っておきます。特別な約束が無ければ、約束がまとまったその瞬間に、ギターはもうAの物です。ただ、同じギターの売買でも、移る時期がずれる場面があります。今日は、そのずれがどこから来るのかを、1本の線から説明できるようにします。

前回までの橋——物権が動くとは

今日の地図。物権変動とは何か・176条の意思主義・物権行為の独自性・移転時期の原則・ずれる場面の3つ(不特定物・他人物・特約)・まとめの比較板。 図:今日の地図

民法の最初の回で、土地は、売ります買いますの時点で移る、と見ました。前回までの3回で、物権とは何か、どんな請求ができるかを見ました。今日から、物権が「動く」場面に入ります。物権が生まれたり、内容が変わったり、消えたりすることを、まとめて物権変動と呼びます。例えば、更地に家を建てれば所有権が発生します。人の土地に建物を持つための地上権の期間を、延ばす約束をすれば、権利の中身が変わります。建物が燃えてしまえば、所有権は消滅します。大きく2つに分かれます。1つは、当事者が意思で起こすもの。売買や贈与、抵当権の設定です。もう1つは、当事者の意思と関係なく起こるもの。相続や、建物の新築、建物の滅失などです。

今日扱うのは、当事者の意思で起こすもの、それも契約で所有権が移る場面だけです。意思と関係なく起こる方と、物権の消滅そのものは、別の回に回します。ここで1つ、思い出してみてください。最初の回の終わりに、宿題が2つ残っていました。覚えていますか?お金を払っていない買主が持ち主なら、売主はどうやって代金を確保するのか。それと、売主が別の人にもう一度売ってしまうのでは、という心配でした。1つめには、今日答えます。2つめは、もう少し先の回の話です。まずは、その出発点の条文を、もう一度見ましょう。

176条——意思表示だけで足りる

176条の板。所有権が移るのに要るもの=意思表示のみ。要らないもの=代金の支払い・物の引渡し・登記。ギターに当てはめると、AとBが約束した瞬間に移る。 図:176条の板

  • 所有権が移るのに要るもの=意思表示のみ
  • 要らないもの=代金の支払い・物の引渡し・登記
  • ギターに当てはめると、AとBが約束した瞬間に移る

ここで、根拠になる条文を見ましょう。

条文民法176条

民法 第176条(物権の設定及び移転) 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

最初の回で、土地を例に見た条文です。代金も、登記も、契約書も要らない、という結論でした。意思表示だけで物権が移る仕組みを、意思主義と呼びます。ギターの場面に当てはめると、AとBが約束した瞬間に、もう移っています。

意思主義と形式主義の比較板。意思主義=移るのに要るもの「意思表示のみ」・ギターは約束の時に移る。形式主義=移るのに要るもの「登記や引渡しという形」・ギターは受け取った時に移る。 図:意思主義と形式主義の比較板

  • 意思主義=移るのに要るもの「意思表示のみ」・ギターは約束の時に移る
  • 形式主義=移るのに要るもの「登記や引渡しという形」・ギターは受け取った時に移る

逆の仕組みも、あるんですか。あります。登記や引渡しという形が無いと物権が移らない仕組みを、形式主義と呼びます。ドイツなどが採っています。日本は、フランスなどと同じ、意思主義です。もし日本が形式主義だったら、ギターは受け取った日に移ることになります。たしかに、形がある方が誰の物か外から分かりやすい面はあります。ただ、その役目は、日本では別の条文に回しています。所有権が移るかどうかは意思表示だけで決め、ほかの人に主張できるかどうかは、登記や引渡しで決める、という分け方です。1つだけ、注意しておきたい言葉があります。以前、意思表示の回で「意思主義と表示主義」という言葉を見ました。

今日の「意思主義」は、それとは別の話です。あちらは、心の中と表示がずれたとき、どちらを重く見るかという話でした。こちらは、物権が動くのに、意思表示のほかに形が要るかという話です。比べている相手が違います。あちらの相手は表示主義、こちらの相手は形式主義です。

「所有権を移します」という約束は要るか

独自性の問い。176条の意思表示とは、売買の「売ります・買います」で足りるのか、それとは別に「所有権を移します」という物権のための合意が要るのか。 図:独自性の問い

ここで、1つ問いを立てます。176条の言う「意思表示」とは、何を指すんでしょうか。売買の「売ります」「買います」という意思表示で足りるのか、それとも、それとは別に「所有権を移します」という物権のための合意が要るのか、争いがあります。別の合意が要る、という考え方もあるんですか。あります。独自性肯定説と呼ばれる少数説です。売買の合意とは別に、物権的な意思表示が必要だと考えます。ギターで言えば、「売ります」「買います」の約束は、Bがギターを渡す義務と、Aが代金を払う義務を生む約束です。肯定説は、それとは別に、「このギターの所有権を、Aに移します」という物権のための合意があって、初めて所有権が動くと考えます。

同じギターについて、約束を2回する、ということですか。そういうイメージです。ただ、2回目をわざわざ口に出すとは限りません。ギターを手渡すときや、土地なら登記の手続きをするときに、その合意が込められている、と見るのがこの説です。この考え方の出どころは、形式主義の国の発想です。売買の合意と、所有権を移す合意を、そもそも分けて考えるわけです。もう一方は、どう考えるんですか。独自性否定説です。判例・通説の立場で、売買の意思表示だけで足りると考えます。理由ははっきりしています。176条は「意思表示のみ」と言っているだけで、特別な種類の意思表示を求めていません。素直に条文を読めば、それで足ります。

日本の176条は、意思主義の国の条文をそのまま受け継いでいます。分けて考える理由が、そもそも無いというのが否定説の中身です。だから肯定説に立つと、引渡しや登記の時に初めて移る、という考え方に結びつきやすくなります。否定説なら、約束がまとまった瞬間にAの物です。答えが変わるから、争う意味があるわけです。この論点は、論文で論点になりうる問題です。今日は、対立の中身まで押さえておいてください。

原則は、契約をした瞬間

移転時期の原則の板。特定物の売買で売主が所有者・特約が無いとき=契約をした時に移る。理由=176条から素直。反対説=登記・代金支払・引渡しのいずれかの時に移る。 図:移転時期の原則の板

  • 特定物の売買で売主が所有者・特約が無いとき=契約をした時に移る
  • 理由=176条から素直
  • 反対説=登記・代金支払・引渡しのいずれかの時に移る

ここから、いよいよ移転時期の話です。特定物の売買で、売主が所有者、特約も無いときが原則の場面です。特定物というのは、以前見た言葉です。当事者が個性に着目した物を、特定物と呼びます。世界に1本のギターは、まさに、特定物の例です。この原則の場面では、契約をした時に、所有権が移ります。意思表示だけで足りるのですから、契約が成立した瞬間に、もう移っています。ここで、今日の線を1本引いておきます。意思表示で所有権が移るには、3つがそろっている必要があります。「この物を」、つまり、どの物かが決まっていること。「今」、つまり、当事者が今移すつもりでいること。そして「移す」、つまり、売主がその所有権を持っていることです。

だから契約の瞬間に移ります。代金も、引渡しも、登記も、この3つには入っていません。反対の考え方も、あるんですか。あります。登記や、代金の支払いや、引渡しのどれかの時に移るという考え方です。2つの理由があります。1つは、独自性肯定説に立って、その時に初めて物権のための合意があったと見る理由です。もう1つは、独自性否定説に立ちながら、売買の意思表示に「登記や引渡しをしたら」という条件が黙って付いていると読む理由です。以前見た停止条件と、同じ考え方です。どちらの理由も、176条そのものを否定しているわけではありません。そこが大事な点です。意思主義そのものは認めていて、形式主義を採っているわけではありません。ただ、意思表示の中身の読み方をずらしているだけです。

戻りましょう。「お金を払っていないのに移るのは、売主が損では」という疑問です。この疑問への答えは2つあります。1つは、売主は、代金と引換えでなければ物を渡さないと言えることです。以前、契約の種類の回で見た、同時履行の抗弁権です。詳しい要件は別の回で扱いますが、今日は「渡さずにいられる」という中身だけ押さえてください。もう1つは、だからこそ実際の取引では、代金を払った時に移すという特約を付けておくことが多いという点です。これは、後で詳しく見ます。所有権が移ることと、物が手元に来ることは別だという、この区別は、今日の最後まで使います。

ほかの人に主張できるかという話は、登記や引渡しの役目にあたる話で、これは別の回で扱います。今日は、所有権そのものがいつ移るかだけを追いかけます。

ずれる場面1——まだ「この物」が決まっていない

楽器店の関係図。買主Aと楽器店Cが向き合っている。①Aが量産モデルのギターを1本注文。②店の倉庫には同じモデルが何十本もあり、どの1本かまだ決まっていない。 図:楽器店の関係図

  • 買主Aと楽器店Cが向き合っている
  • ①Aが量産モデルのギターを1本注文
  • ②店の倉庫には同じモデルが何十本もあり、どの1本かまだ決まっていない

ここから、移る時期がずれる場面を見ていきます。1つめは、不特定物の場合です。今度は、別の場面を考えます。Aが楽器店Cで、量産モデルのギターを1本注文しました。店の倉庫には、同じモデルが何十本もあります。この場合、契約の時には移りません。3つのうち「この物を」がまだそろっていません。所有権を移そうにも、どの物かが決まっていなければ、移しようがありません。物権の最初の回で見た、特定性を思い出してください。在庫が50台あるプリンターに「1台ください」と注文しても、どの1台か決まるまでは、所有権を乗せようがない、という話でした。

以前の回の終わりで、不特定物の売買は「特定」が起きたタイミングが鍵になる、と予告していました。その続きが、この場面です。3つのうちの「この物を」は、あの特定性のことです。

条文民法401条2項

民法 第401条第2項 前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。

種類だけ決めて注文した場合でも、店が渡すのに必要なことをやり終えるか、Aの同意を得て「この1本」と決めれば、それ以後はその1本が渡すべき物になります。これが特定です。判例も、特定した時に所有権が移ると考えています。店側が発送の準備を終えたときなど、どの1本かが決まる場面がいくつかあります。ただ、その細かい要件は、別の回でじっくり扱います。今日は、「この物」が決まった時に移る、という結論だけ押さえてください。

ずれる場面2——渡す物をまだ持っていない

借り物の関係図。売主Bと友人Dが向き合っている。①BはDから中古ギターを借りていた。②BはそのギターをAに売ってしまった。所有者はまだDのまま。 図:借り物の関係図

  • 売主Bと友人Dが向き合っている
  • ①BはDから中古ギターを借りていた
  • ②BはそのギターをAに売ってしまった
  • 所有者はまだDのまま

2つめの場面は、他人物です。今度は、こんな設定を考えます。BがAに売ったギターは、実はBが友人Dから借りていた物でした。この場合も、契約の時には移りません。Bが持っていない所有権を、Aに移せるはずがないからです。いつ移るかというと、Bがそのギターを、Dから買い取った時です。その時、AとBはもう一度契約を結び直すんですか。そこが面白いところです。判例は、結び直さなくても、Bが所有権を手に入れた瞬間に、そのままAへ移ると考えています。意思主義の線の上にある結論です。契約は最初から有効に成り立っていて、あとは「移す」がそろうのを待つだけになっていたわけです。

他人物を売る契約そのものの効力については、別の回で詳しく見ます。今日は、契約は有効に成り立つ、という1点だけで十分です。

ずれる場面3——「今」を自分たちで決め直す

特約の板。同じA・B・同じギター。Bが「代金を全部払ってもらうまでは私の物」と言い、Aも了解する。結論=特約に従い、代金を払った時に移る。条件付きの場合は、条件が成就した時に移る。 図:特約の板

  • 同じA・B・同じギター
  • Bが「代金を全部払ってもらうまでは私の物」と言い、Aも了解する
  • 結論=特約に従い、代金を払った時に移る
  • 条件付きの場合は、条件が成就した時に移る

3つめの場面は、特約や条件です。冒頭と同じAとBが、同じギターで、こんな約束をしたとします。Bが「代金を全部払ってもらうまでは、私の物ということで」と言い、Aも了解しました。さっきの原則とは、違う結論になりますか。なります。この場合は、特約に従って、代金を払った時に移ります。意思表示だけで移るのが176条です。だとすれば、意思表示で「いつ移すか」を決めることも、当然できます。これも意思主義そのものです。もう1つ、短く見ておきます。「Aが音大に合格したら売る」という約束だったらどうでしょうか。前に見た、条件の話に近いですね。停止条件付きの売買にあたります。条件が成就した時、つまり合格した時に、所有権が移ります。

3つがそろう瞬間——1枚の板で並べる

まとめの比較板。原則(特定物・自己物)=何も欠けていない、契約の時に移る。不特定物=「この物を」が欠ける、特定した時に移る。他人物=「移す」ための所有権が欠ける、売主が所有権を手に入れた時に移る。特約=「今」を当事者が外す、特約の定める時に移る。停止条件=「今」を条件成就まで外す、条件が成就した時に移る。 図:まとめの比較板

  • 原則(特定物・自己物)=何も欠けていない、契約の時に移る
  • 不特定物=「この物を」が欠ける、特定した時に移る
  • 他人物=「移す」ための所有権が欠ける、売主が所有権を手に入れた時に移る
  • 特約=「今」を当事者が外す、特約の定める時に移る
  • 停止条件=「今」を条件成就まで外す、条件が成就した時に移る

ここで、今日見てきた場面を、1枚の板に並べてみます。原則は、何も欠けていないので、契約の時に移ります。不特定物は「この物を」が欠けていて、特定した時に移ります。他人物は「移す」ための所有権が欠けていて、売主が所有権を手に入れた時に移ります。特約と停止条件は、どちらも「今」を当事者が外していて、特約や条件が定める時に移ります。今日、口で言いたいのは、この1点だけです。どの場面も、176条の「意思表示だけで移る」から外れていません。欠けていたものがそろった瞬間に、移っているだけです。

今日の背骨、もう一度

今日の背骨の板。所有権は「この物を」「今」「移す」がそろった瞬間に移る。176条が求めるのは意思表示だけで、売買の合意とは別の合意は要らない。原則は契約の瞬間、ずれる場面は3つのどれかが欠けているだけ。 図:今日の背骨の板

  • 所有権は「この物を」「今」「移す」がそろった瞬間に移る
  • 176条が求めるのは意思表示だけで、売買の合意とは別の合意は要らない
  • 原則は契約の瞬間、ずれる場面は3つのどれかが欠けているだけ

今日の背骨を、もう一度お願いします。所有権は、「この物を」「今」「移す」がそろった瞬間に移ります。176条が求めているのは意思表示だけで、売買の合意とは別の合意は要りません。だから原則は契約の瞬間で、ずれる場面は3つのどれかが欠けているだけです。冒頭のAに戻りましょう。ギターは、もうAの物です。ただし、Bは代金と引換えでなければ渡さないと言えますし、特約があれば話は別です。最後に、1つだけ問いを残しておきます。では、Bがこのギターを、Eにも売ってしまったら、どうなるでしょうか。この問いは、また別の回で扱います。

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#88単独ページ動画

物権の消滅と混同

第2章 物権 #88/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借りていた土地を、買い取ったら

冒頭の関係図。元の所有者Aと地上権者Bが向き合っている。①Aの土地にBが地上権を設定してもらい、自宅を建てて20年住んでいる。②地上権は登記簿にも載っている。③ある日、AがBに土地を売り、Bが買い取った。 図:冒頭の関係図

  • 元の所有者Aと地上権者Bが向き合っている
  • ①Aの土地にBが地上権を設定してもらい、自宅を建てて20年住んでいる
  • ②地上権は登記簿にも載っている
  • ③ある日、AがBに土地を売り、Bが買い取った

Bは、Aの土地を借りて、そこに自宅を建てて20年住んでいます。土地を借りる権利は、地上権です。登記簿にも、ちゃんと載っています。賃貸マンションの契約とは、少し違うんですか。そこは大事な点です。今日は物権どうしの話なので、地上権で考えます。「借地権」と呼ばれる権利には、この地上権のほかに、契約で借りる賃借権もありますが、その違いはまた別の回で扱います。ある日、Aが「土地を売りたい」と言い出しました。そしてBが、その土地を買い取りました。Bは不動産屋に聞きました。「土地を借りる権利の登記も、毎年の地代の話も、このまま残るんですか」。

今日の問いは1つです。土地の持ち主になったBの、この地上権はどうなるのか。先に答えを言っておきます。Bの地上権は消えます。自分の土地を、自分から借りる意味はないからです。ただし、消すと困る人がいる場面では、消えずに残ります。今日は、その線引きを1本の問いで説明できるようにします。

前回までの橋——物権が消える場面

今日の地図。前回までの橋(発生・変更・消滅の3つ)・物権が消える4つの原因(滅失・混同・放棄・消滅時効)・今日の重心は混同・179条の1項2項3項・まとめの比較板。 図:今日の地図

前回は、契約で所有権が移る瞬間を見ました。物権変動には、発生・変更・消滅の3つがある、とも確認しました。前回、別の回に回すと言っておいた消滅を、今日扱います。物権が「消える」場面です。

物権が消える4つの原因

物権が消える4つの原因の板。①目的物の滅失 ②混同 ③放棄 ④消滅時効。今日の重心は②混同。ほかに、国が公共のために強制的に取り上げる場合(収用)もある。 図:物権が消える4つの原因の板

  • ①目的物の滅失
  • ②混同
  • ③放棄
  • ④消滅時効
  • 今日の重心は②混同
  • ほかに、国が公共のために強制的に取り上げる場合(収用)もある

物権が消える原因は、大きく4つに整理されます。1つめは、物がなくなってしまう滅失。2つめは、今日いちばん時間をかける混同。3つめは、権利を手放す放棄。4つめは、時効による消滅です。混同、というのは、日常で使う言葉とは別物ですか。別物です。今日の「混同」は、法律用語として使います。1人の中で、2つの権利が一体になってしまう、という意味の言葉で、日常の会話で使う場面とは分けて聞いてください。もう1つだけ触れておくと、国が公共のために土地を強制的に取り上げる場合もあります。これも物権が消える場面の1つですが、今日はこの4つが中心です。

混同以外の3つは、先に短く済ませます。

滅失——物が無くなれば、権利も消える

滅失の関係図。倉庫の持ち主と、落雷で全焼した倉庫。①倉庫に落雷があり、全焼した。②倉庫にかけていた抵当権は、消えるのではなく、火災保険金を受け取る権利に乗り移る。 図:滅失の関係図

  • 倉庫の持ち主と、落雷で全焼した倉庫
  • ①倉庫に落雷があり、全焼した
  • ②倉庫にかけていた抵当権は、消えるのではなく、火災保険金を受け取る権利に乗り移る

1つめ、滅失です。ある倉庫が、落雷で全焼してしまいました。物権は、物があってはじめて成り立つ権利なので、物が無くなれば、その上の物権も消えるのが原則です。例外は、あるんですか。あります。もし、この倉庫に抵当権が付いていたとしたら、その抵当権は消えずに、火災保険金を受け取る権利へ乗り移ります。これを物上代位と呼びます。乗り移るための細かい条件は、また別の回で扱います。今日は、名前と、この乗り移る仕組みがあることだけ押さえてください。

混同の原則——1人の手に2つの権利がそろうと

179条の板。所有権と他の物権が同一人に帰属したときは、他の物権が消滅する。冒頭の場面に当てはめると、Bの地上権は消える。 図:179条の板

  • 所有権と他の物権が同一人に帰属したときは、他の物権が消滅する
  • 冒頭の場面に当てはめると、Bの地上権は消える

ここから、今日の中心、混同です。混同を説明する前に、1つ思い出してほしいことがあります。所有権とは、どんな権利でしたか?物権の種類を一通り見た回で、使う・利益を得る・処分する、の3つの力を全部持つ権利、と見ました。地上権は、そのうち使う力と利益を得る力を、土地の持ち主から分けてもらった権利でした。この点が、今日の理由づけの土台になります。

条文民法179条

民法 第179条(混同) 同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は、消滅する。ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。 2 所有権以外の物権及びこれを目的とする他の権利が同一人に帰属したときは、当該他の権利は、消滅する。この場合においては、前項ただし書の規定を準用する。 3 前二項の規定は、占有権については、適用しない。

まず1項を、そのまま冒頭のBに当てはめます。Bは、地上権者でしたが、土地を買ったことで、所有者にもなりました。だから、地上権は消えます。所有権は、使う力も利益を得る力も、もともと全部持っています。地上権が切り出していた力は所有権の中にそろっているので、自分の物の上に、自分のための地上権を残しておく意味が、もうありません。ここで、今日の1本の問いを渡します。1人の手に、上の権利と下の権利がそろったら、下の権利は消える。残しておく意味がなくなるからです。この問いを、今日はずっと使い続けます。

例外——第三者の権利の目的であるとき

例外の関係図。地上権者Bと銀行Cが向き合っている。①Bは、土地を買う前に、自分の地上権に銀行Cの抵当権を付けていた(地上権にも抵当権を設定できる)。②Bが土地を買っても、Bの地上権は消えない。 図:例外の関係図

  • 地上権者Bと銀行Cが向き合っている
  • ①Bは、土地を買う前に、自分の地上権に銀行Cの抵当権を付けていた(地上権にも抵当権を設定できる)
  • ②Bが土地を買っても、Bの地上権は消えない

ただ、1項にはただし書があります。その物、または他の物権が、第三者の権利の目的であるときは、消えません。冒頭のBが、実は土地を買う前に、自分の地上権に、銀行Cの抵当権を付けていたとします。地上権にも、抵当権を付けられるんですか。付けられます。地上権も、抵当権の目的にできると条文で定められています。ここでは、名前だけ押さえてください。この状態で、Bが土地を買ったらどうなるでしょうか。実は、消えません。Bの地上権は、そのまま残ります。ここで、さっきの問いを使います。地上権を消してしまうと、その地上権に乗っていた銀行Cの抵当権は、土台を失ってしまいます。

Cが害されてしまいます。残しておく意味が、Cのためにまだあるから、消えないんです。つまり、ただし書の「第三者」とは、この銀行Cのように、その物や地上権の上に、自分の権利を乗せている人のことです。以前、対抗できるかを見た場面の第三者とは、役回りが違います。

頻出の関係図。1番抵当権者Dと2番抵当権者Eが、同じ土地に抵当権を持っている。①その土地の元の所有者はXのまま。②Dが土地を買う場合と、Eが土地を買う場合を、それぞれ考える。 図:頻出の関係図

  • 1番抵当権者Dと2番抵当権者Eが、同じ土地に抵当権を持っている
  • ①その土地の元の所有者はXのまま
  • ②Dが土地を買う場合と、Eが土地を買う場合を、それぞれ考える

もう1つ、短答でも論文でも、よく出る場面を見ます。同じ土地に、1番抵当権者のDと、2番抵当権者のEが付いています。ここで、1番抵当権者のDが、その土地を買ったとします。Dの1番抵当権は、どうなるんですか。消えません。ここが、今日いちばん頭を使うところです。ただ、消えないことで守られるのは、実はD自身なんです。数字で確かめましょう。Dの被担保債権は300万円、Eの被担保債権は250万円、土地の売却代金は420万円とします。

計算板。原則どおりDの1番抵当権が残る場合=Dが300万円を優先弁済で受け取り、残り120万円をEが受け取る(検算:300+120=420)。仮にDの1番抵当権が消えたとする場合=Eの2番抵当権だけが残り、Eが250万円を優先弁済で受け取り、残り170万円がDの手元に残る(検算:250+170=420)。差=Dは130万円を失う。 図:計算板

  • 原則どおりDの1番抵当権が残る場合=Dが300万円を優先弁済で受け取り、残り120万円をEが受け取る(検算:300+120=420)
  • 仮にDの1番抵当権が消えたとする場合=Eの2番抵当権だけが残り、Eが250万円を優先弁済で受け取り、残り170万円がDの手元に残る(検算:250+170=420)
  • 差=Dは130万円を失う

まず、原則どおり、Dの1番抵当権が残る場合です。Dが先に300万円を受け取り、残り120万円をEが受け取ります。Dが300万円、Eが120万円で、合計420万円です。ちょうど売却代金と一致します。では、仮に、Dの1番抵当権が消えてしまったとしたらどうでしょうか。Eの2番抵当権だけが、残ることになりますね。そうなると、Eが先に250万円を受け取り、残り170万円がDの手元に残るだけになります。だから、Dの1番抵当権を消してしまうと、損をするのはD自身です。残しておく意味があるのは、Dのためなんです。

ただし書は、文言だけを追うのではなく、残す意味があるかで読む、ということです。ここで1つ、考えてみてください。逆に、2番抵当権者のEが、その土地を買ったとしたら、結論は同じだと思いますか。実は、逆になります。Eが買った場合、Eの2番抵当権は消えます。判例も、そう考えています。もう一度、残す意味を考えてみましょう。Eは2番目です。Eの後ろに、守るべき順位者はいません。残しておく意味がないから、消えます。DとEで結論が違うのは、条文の形式ではなく、残す意味があるかどうかの違いです。

例外の例外——被担保債権が消えれば、抵当権も消える

付従性の関係図。1番抵当権者兼債権者のDと、元の所有者兼債務者のX。①代物弁済=Xが返済の代わりに土地をDに渡す。②相続=Xが亡くなり、Dが単独で相続する。どちらも、被担保債権が消え、Dの1番抵当権も消える。 図:付従性の関係図

  • 1番抵当権者兼債権者のDと、元の所有者兼債務者のX
  • ①代物弁済=Xが返済の代わりに土地をDに渡す
  • ②相続=Xが亡くなり、Dが単独で相続する
  • どちらも、被担保債権が消え、Dの1番抵当権も消える

もう1つ、注意してほしい場面があります。ただし書に当たって、抵当権が残るはずの場面でも、消えることがあります。残す意味の話とは別の理由です。物権の種類を一通り見た回で、担保物権に共通する性質として、付従性を見ましたね。混同とは関係なく、被担保債権そのものが消えれば、抵当権は付従性で消えます。1つの場面は、代物弁済です。Dが、貸したお金を返してもらう代わりに、その土地を受け取ったとします。これで、Dの被担保債権は消えます。すると、付従性で、Dの1番抵当権も消えます。もう1つの場面は、相続です。土地の持ち主だったXが亡くなり、Dが1人でXを相続したとします。

貸していた相手を、あとで相続した場合、債権と債務が1人に帰属します。これが、債権の混同です。債権が消えれば、また付従性で、Dの1番抵当権も消えます。口で言いたいのは1点だけです。混同の問題を解くときは、まず被担保債権が残っているかを確かめてください。債権が消えていれば、混同を考えるまでもなく、抵当権はもう消えています。

179条2項——所有権以外の物権どうし

179条2項の板。地上権と、その地上権の上の抵当権が同一人に帰属したときは、抵当権が消える。理由は1項と同じ、残す意味がないから。ただし書も同じように使える。 図:179条2項の板

  • 地上権と、その地上権の上の抵当権が同一人に帰属したときは、抵当権が消える
  • 理由は1項と同じ、残す意味がないから
  • ただし書も同じように使える

ここまでは、所有権と、他の物権の話でした。179条2項は、所有権以外の物権どうしの場面です。所有権が絡まない場合も、あるんですか。あります。さっきの、地上権に銀行の抵当権が付いていた場面を思い出してください。もし、銀行Cが、Bからその地上権を買い取ったら、Cの抵当権は消えます。地上権と、その上の抵当権が、同じCの手にそろうからです。1項の図を1段ずらしただけで、理由も同じです。自分の地上権に、自分のための抵当権を残しておく意味がありません。ただし書も、同じように使えます。

179条3項——占有権には適用しない

占有権の板。混同の規定は、占有権には適用しない。理由=占有権は、今、事実として物を持っていることを守る権利で、所有権ともともと並んで存在する。持ち主が自分で住んでいれば、所有権と占有権を両方持っている。 図:占有権の板

  • 混同の規定は、占有権には適用しない
  • 理由=占有権は、今、事実として物を持っていることを守る権利で、所有権ともともと並んで存在する
  • 持ち主が自分で住んでいれば、所有権と占有権を両方持っている

もう1つ、忘れてはいけない例外があります。179条3項です。混同の規定は、占有権には使いません。占有権は、今、事実として物を持っていることを、そのまま守る権利です。所有権とは、もともと並んで存在しています。持ち主が自分でその家に住んでいれば、所有権と占有権を、両方持っています。所有権を持ったからといって、占有権が要らなくなるわけではありません。今日は、混同の対象にすら入らない、という結論だけで十分です。

物権の放棄

放棄の板。物権は放棄できる。ただし、他人を害する放棄はできない(地上権や永小作権に抵当権が付いている場合、その放棄を抵当権者に対抗できない=抵当権者との関係では放棄されずに残っているものとして扱われる)。動産を放棄すれば無主物となる。不動産を放棄すれば国庫に帰属する。 図:放棄の板

  • 物権は放棄できる
  • ただし、他人を害する放棄はできない(地上権や永小作権に抵当権が付いている場合、その放棄を抵当権者に対抗できない=抵当権者との関係では放棄されずに残っているものとして扱われる)
  • 動産を放棄すれば無主物となる
  • 不動産を放棄すれば国庫に帰属する

3つめの原因、放棄です。物権は、自分の意思で手放すことができます。物権を放棄するのは自由ですが、制限があります。他人を害する放棄は許されません。さっきの、地上権に銀行の抵当権を付けていた場面を思い出してください。もし、Bが自分の地上権を放棄してしまったら、銀行Cは困りますよね。だから、地上権や、小作料を払って他人の土地で耕作する永小作権に抵当権が付いている場合、その権利者は、放棄を抵当権者に対抗できません。つまり、抵当権者との関係では、権利は放棄されずに残っているものとして扱われます。放棄の場面にも、同じ考え方が顔を出しています。もう2つ、短く見ておきます。動産の所有権を放棄すれば、持ち主のいない物になります。不動産の所有権を放棄すれば、国のものになります。

消滅時効

消滅時効の板。所有権以外の物権は20年で時効消滅する(166条2項)。所有権は時効で消えない。占有権も時効で消えない。担保物権は、原則として被担保債権と一緒に消える(付従性)。抵当権には、この原則の例外がある。 図:消滅時効の板

  • 所有権以外の物権は20年で時効消滅する(166条2項)
  • 所有権は時効で消えない
  • 占有権も時効で消えない
  • 担保物権は、原則として被担保債権と一緒に消える(付従性)
  • 抵当権には、この原則の例外がある

最後の原因、消滅時効です。所有権以外の物権は、20年、権利を使わずにいると、時効で消えます。所有権は、166条2項の対象から外されていて、時効では消えません。使っていない期間があっても中身が減っていかない、恒久性のある権利だからです。占有権も、時効では消えません。事実として物を持っていれば生まれ、持たなくなれば消える、というだけの権利だからです。担保物権は、原則として、被担保債権と一緒に消えます。さっき見た、付従性の話です。ただ、抵当権には、この原則に例外があります。抵当権が付いた不動産を、あとから買った人に対しては、抵当権だけが時効で消えることがあります。詳しい中身は、担保物権の回で扱います。

今日の背骨、もう一度

まとめの比較板。行=原則(Bが土地を買う)/地上権に銀行の抵当権が付いている/1番抵当権者Dが買う/2番抵当権者Eが買う/代物弁済・相続/占有権。列=①残す意味はあるか ②結論(消える・残る) ③理由の一言。 図:まとめの比較板。行=原則(Bが土地を買う)/地上権に銀行の抵当権が付いている/1番抵当権者Dが買う/2番抵当権者Eが買う/代物弁済・相続/占有権。列=①残す意味はあるか ②結論(消える・残る) ③理由の一言。

ここで、今日見てきた場面を、1枚の板に並べます。原則の場面は、残す意味がないので、地上権が消えます。地上権に銀行の抵当権が付いている場面は、銀行のために残す意味があるので、消えません。1番抵当権者Dが買う場面は、D自身のために残す意味があるので、消えません。2番抵当権者Eが買う場面は、残す意味がないので、消えます。代物弁済と相続の場面は、被担保債権そのものが消えるので、混同ではなく付従性で消えます。占有権は、もともと混同の対象に入りません。今日、口で言いたいのは、この1点だけです。1人の手に、上の権利と下の権利がそろったら、下の権利は消えます。残しておく意味がなくなるからです。だから、残しておく意味がまだある場面では、消しません。

2つの権利がそろっても自動的には消えず、残しておく意味があるかを毎回確かめる。それが、今日の1本の線です。冒頭のBに戻りましょう。Bの地上権は、もう消えています。ただし、もしBが自分の地上権に、銀行の抵当権を付けていたら、話は別でした。この考え方は、ずっと先の担保物権の回で、もう一度出てきます。今日の「消えない地上権」を、また思い出すことになると思います。

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#89単独ページ動画

公示の原則・公信の原則と原始取得

第2章 物権 #89/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

見えている形を、どこまで信じていいのか

冒頭の関係図。①CはBから、ネットの個人売買で中古のカメラを買った。実はBは、友人Aから借りていたカメラを、自分の物のような顔をして売っていた。②同じ頃、DはBから土地を買った。登記簿の所有者の欄にはBの名前があったが、本当の持ち主はAで、Bが書類を勝手に作って名義を移していた。 図:冒頭の関係図

  • ①CはBから、ネットの個人売買で中古のカメラを買った
  • 実はBは、友人Aから借りていたカメラを、自分の物のような顔をして売っていた
  • ②同じ頃、DはBから土地を買った
  • 登記簿の所有者の欄にはBの名前があったが、本当の持ち主はAで、Bが書類を勝手に作って名義を移していた

Cは、ネットの個人売買で、Bから中古のカメラを買いました。実は、Cが買ったカメラは、Bの友人Aから借りていた物でした。Bは、自分の物のような顔をして売っていたんです。同じ頃、Cの友人Dは、Bから土地を買いました。登記簿の所有者の欄には、Bの名前がありました。ところが、本当の持ち主はAで、Bが書類を勝手に作って、名義を自分に移していたんです。今日の問いは1つです。同じように見えている形を信じて買ったのに、2人とも手に入れられるのか。先に答えを言います。カメラのCは、手に入れられます。土地のDは、原則として、手に入れられません。

民法は、信じた人を守る段階を2つ用意していて、動産は2段階目まで、不動産は1段階目までしか守らないからです。今日は、その2段階を、1本の線で説明できるようにします。

物権の変動を、外からどう知るか

今日の地図。①承継取得の原則(前の人が持っていた分だけ)②公示の原則(消極的信頼)③公信の原則(積極的信頼)④原始取得(負担を引き継がない)。 図:今日の地図

前回までの2本で、物権が移る場面と、消える場面を見ました。今日は、その変動を外の人がどう知り、どこまで信じてよいかを見ます。物権変動という大きな単元の、最後の1本です。

出発点、承継取得の原則

承継取得の板。買った人は、前の人の権利を引き継ぐ。①前の人が持っていない権利は受け取れない②前の人の権利に付いていた負担(抵当権など)も一緒に引き継ぐ。困りごと=所有権も抵当権も目に見えない。 図:承継取得の板

  • 買った人は、前の人の権利を引き継ぐ
  • ①前の人が持っていない権利は受け取れない②前の人の権利に付いていた負担(抵当権など)も一緒に引き継ぐ
  • 困りごと=所有権も抵当権も目に見えない

売買で物を買うと、買った人は、前の人が持っていた権利を、そのまま引き継ぎます。この原則には、2つの帰結があります。1つめ、前の人が持っていない権利は、受け取れません。2つめ、前の人の権利に付いていた負担、たとえば抵当権も、一緒に引き継いでしまいます。ここで、困りごとが出てきます。所有権も抵当権も、目に見えません。土地を見ても、家を見ても、誰の物か、抵当権が付いているかは分かりません。占有を伴わない担保だからです。中身は、また別の回で扱います。今日は、目に見えないという一点だけ押さえてください。前の人が本当に権利を持っているか、負担が付いていないか、確かめようがありません。この困りごとに、民法がどう答えるかが、今日の中身です。

1段階目、公示の原則

公示の原則の板。定義=物権の変動を外から見える形で示させる考え方。道具=不動産は登記、動産は引渡し。守る信頼=消極的信頼(見えない以上、その権利は無いと信じてよい)。機能=存在するものを、存在するものとして扱う。 図:公示の原則の板

  • 定義=物権の変動を外から見える形で示させる考え方
  • 道具=不動産は登記、動産は引渡し
  • 守る信頼=消極的信頼(見えない以上、その権利は無いと信じてよい)
  • 機能=存在するものを、存在するものとして扱う

1段階目の答えが、公示の原則です。公示とは、外から見える形にすることでした。公示の原則は、物権の変動を、外から見える形で示させる考え方です。不動産は登記、動産は引渡しという形で示させます。

条文民法177条

民法 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

条文民法178条

民法 第178条 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。

今日は、この2つの条文が、登記や引渡しを要求していることだけ見せます。条文の細かい中身は、それぞれ別の回で扱います。消極的信頼と呼びます。見えない以上、その権利は無いと信じてよい、という信頼です。登記簿に抵当権が載っていない土地を買った人がいるとします。あとから、実は抵当権が付いていたと言われても、その抵当権を主張されません。載っていない抵当権は、無いものとして扱われるからです。機能を一言で言うと、存在するものを、存在するものとして扱う、というだけです。見えている以上のものは出てこない、という保証にとどまります。

公示の原則と、対抗要件主義は別物

対抗要件主義と公示の原則の対比板。対抗要件主義=物権の変動を第三者に主張するには一定の要件を要するという考え方。公示の原則=外から見える形を求める考え方。理屈の上では別だが、日本では登記・引渡しが両方の役を兼ねる。176条=移ること自体には公示を要求せず、第三者に主張するときに求める。 図:対抗要件主義と公示の原則の対比板

  • 対抗要件主義=物権の変動を第三者に主張するには一定の要件を要するという考え方
  • 公示の原則=外から見える形を求める考え方
  • 理屈の上では別だが、日本では登記・引渡しが両方の役を兼ねる
  • 176条=移ること自体には公示を要求せず、第三者に主張するときに求める

ここで、取り違えやすい2つの言葉を整理しておきます。対抗要件は、以前、第三者に主張するための印、と呼びました。一方、公示の原則は、外から見える形を求める考え方です。理屈の上では、別の話です。対抗要件は、目に見えないものを要件にすることも、立法としては可能です。当事者だけが持っている証書に押された日付を、対抗要件にする制度も、作ろうと思えば作れます。それでも、目に見える公示ではありません。日本では、登記も引渡しも、目に見える形です。だから、対抗要件が、そのまま公示の役も果たしています。177条と178条は、対抗要件主義と公示の原則を、両方定めた条文なんです。

ちなみに、意思表示だけで物権が移ること自体には、177条や178条は公示を要求しません。あくまで、第三者に主張するときに求める話でした。見える形のほう、公示の原則です。人が信じられるのは、見えているものだけだからです。では、見えている形が真実と違っていたら、どうなるのか。ここから先が2段階目です。

2段階目、公信の原則

比較板。行=公示の原則/公信の原則。列=①守る信頼(消極的信頼/積極的信頼)②一言で(見えない以上、無い/見えている以上、ある)③機能(存在するものを存在するものとして/存在しないものを存在するものとして)④日本での採用(不動産・動産とも/動産だけ、192条)。 図:比較板。行=公示の原則/公信の原則。列=①守る信頼(消極的信頼/積極的信頼)②一言で(見えない以上、無い/見えている以上、ある)③機能(存在するものを存在するものとして/存在しないものを存在するものとして)④日本での採用(不動産・動産とも/動産だけ、192条)。

それが、公信の原則です。以前、その形を信じた人を守ること、と呼びました。公信の原則は、真実と違う公示を信じて取引した人に、公示どおりの権利があったのと同じ保護を与える考え方です。守られる信頼は、積極的信頼です。見えている以上、その権利はあると信じてよい、という信頼です。機能を一言で言うと、存在しないものを、存在するものとして扱う、という踏み込んだ保護です。公示の原則は、見えている以上のものは出てこない、というところで止まります。公信の原則は、見えているものが、無くてもあることにする、というところまで踏み込みます。信じた人を守る度合いが強いぶん、本当の持ち主が失うものも大きくなります。

条文民法192条

民法 第192条 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

今日は、動産では、見えている形を信じた人が権利を取得する、ということだけ見せます。善意や無過失といった、細かい条件の中身は、また別の回で扱います。Cは、Bがカメラを持っているという、見えている形を信じて買いました。一定の条件を満たせば、この条文によって、Cはカメラの所有権を取得できます。

なぜ不動産には公信の原則がないのか

理由の板。①真実と違う登記が少なくない(認めると本当の持ち主が害される)②不動産の取引は動産ほど頻繁でない(買う側に慎重さを求めても酷でない)。代わりの道=94条2項類推(本当の持ち主の帰責性が不可欠)。公信の原則=本当の持ち主の帰責性を問わない。 図:理由の板

  • ①真実と違う登記が少なくない(認めると本当の持ち主が害される)②不動産の取引は動産ほど頻繁でない(買う側に慎重さを求めても酷でない)
  • 代わりの道=94条2項類推(本当の持ち主の帰責性が不可欠)
  • 公信の原則=本当の持ち主の帰責性を問わない

ここで、94条2項類推を見た回を、思い出してください。類推適用に絶対に必要だった本人側の事情は、何でしたか?えっと……本人の、帰責性だったと思います。それを踏まえて、不動産の話に入ります。不動産には、この2段階目がありません。冒頭のDが、原則として土地を手に入れられない理由です。以前、理由を2つ見ました。1つめ、真実と違う登記が、少なくないからです。これに公信力を認めると、本当の持ち主が害されてしまいます。不動産の取引は、動産ほど頻繁ではありません。だから、買う側に慎重さを求めても、酷ではないんです。

ただし、ここからが、今日の新しい中身です。不動産でも、見えている形を信じた人が救われる道が、別に用意されています。94条2項類推が当てはまると、本当の持ち主は、登記を信じて買った人に、自分の物だと主張できなくなります。その結果、買った人は土地を手に入れられます。その点で、公信の原則に近い働きをします。ですが、決定的な違いがあります。94条2項類推は、さっき思い出してもらったとおり、本当の持ち主に帰責性があることが不可欠です。本人が、その外観の発生にどう関わったかが問われます。公信の原則は、本当の持ち主の帰責性を、要件にしていません。ここが、動産と不動産の根本的な違いです。

Bが書類を勝手に作った場面で、Aに何の関わりもなければ、Dは94条2項類推でも救われません。もし、Aが名義の変更に気づいて放置していた、といった事情があれば、Aは、Dに、自分の土地だと主張できなくなる余地が出てきます。ただ、その場合分けの中身は、以前の回で扱いました。動産は、原則として、本当の持ち主の帰責性を問わず、信じた人を守ります。不動産は、本当の持ち主に帰責性がある場合だけ、守ります。これが、CとDで差がつく理由です。

2段階目まで行くと、もう引き継ぎではない

折り返しの板。承継取得の原則=前の人が持っていない権利は受け取れない。ところがCは、持ち主でないBからカメラの所有権を得た。Bから引き継いだとは説明できない。Cの所有権は、Cのところで新しく生まれた。 図:折り返しの板

  • 承継取得の原則=前の人が持っていない権利は受け取れない
  • ところがCは、持ち主でないBからカメラの所有権を得た
  • Bから引き継いだとは説明できない
  • Cの所有権は、Cのところで新しく生まれた

ここで、先ほど見た承継取得の原則を、思い出してください。前の人が持っていない権利は、受け取れない、というものでした。この原則からすると、Bから買ったCは、カメラの所有権を得られないはずです。でも、Cは取得できました。この矛盾、どう説明しますか?うーん……Bは、そもそも持ち主じゃなかったのに、Cは所有権を取得できる。たしかに、変ですね。Cは、持ち主でないBから、カメラの所有権を得ました。Bから引き継いだ、とは説明できません。Cの所有権は、Bから引き継いだのではなく、Cのところで新しく生まれたと考えるしかありません。これが、原始取得です。たとえるなら、承継取得は、受け取った手紙を、そのまま次の人へ渡す伝言です。手元に無い手紙は、渡せません。Bの手元には、渡せる所有権がありませんでした。それでもCが所有権を持てるのは、Cのところで、新しい証明書をその場で書き起こしたのと同じだからです。

承継取得と原始取得

原始取得の原因一覧板。承継取得=前の人の権利を引き継いで取得すること。特定承継(前の人の特定の権利だけ、売買が典型)/包括承継(前の人の権利も義務も丸ごと、相続が典型)。原始取得=前の人の権利とは関係なく新しく取得すること。原因=取得時効(長く持ち続けた人に所有権)/即時取得(今日のC)/無主物先占(持ち主のいない動産を自分の物にするつもりで持つ、239条1項)/遺失物拾得(落とし物を法律の手続を経て取得、240条)/埋蔵物発見(埋まっていた物を掘り当てた、241条)/添付(別の人の物がくっついて1つになる等、242条以下)。 図:原始取得の原因一覧板

  • 承継取得=前の人の権利を引き継いで取得すること
  • 特定承継(前の人の特定の権利だけ、売買が典型)/包括承継(前の人の権利も義務も丸ごと、相続が典型)
  • 原始取得=前の人の権利とは関係なく新しく取得すること
  • 原因=取得時効(長く持ち続けた人に所有権)/即時取得(今日のC)/無主物先占(持ち主のいない動産を自分の物にするつもりで持つ、239条1項)/遺失物拾得(落とし物を法律の手続を経て取得、240条)/埋蔵物発見(埋まっていた物を掘り当てた、241条)/添付(別の人の物がくっついて1つになる等、242条以下)

ここで、名前を整理しておきます。承継取得は、前の人の権利を引き継いで取得することです。承継取得は、2つに分かれます。特定承継は、前の人の特定の権利だけを引き継ぐことです。売買が典型です。包括承継は、前の人の権利も義務も、丸ごと引き継ぐことです。相続が典型です。義務まで引き継ぐのが、包括承継の特徴です。一方、原始取得は、前の人の権利とは関係なく、新しく権利を取得することです。前の所有者から移ってくるのではなく、占有者のところで、まったく新しい所有権が生まれる、というものでした。原始取得には、いくつかの原因があります。1つずつ、名前だけ確認します。1つめ、取得時効。長く持ち続けた人に、所有権が認められます。2つめ、即時取得。今日のCが、まさにこれです。3つめ、無主物先占。持ち主のいない動産を、自分の物にするつもりで持つと、所有権を得ます。

川で釣った魚のように、持ち主のいない動産なら、自分の物にするつもりで持てば、条文上、すぐ自分の物になります。ただし、落とし物には持ち主がいるので、ここには入りません。それが次です。4つめ、遺失物拾得。落とし物は、法律の手続きを経て、拾った人が所有権を取得します。5つめ、埋蔵物発見。埋まっていた物も、法律の手続きを経て持ち主が分からなければ、発見した人が所有権を取得します。最後、添付。別の人の物がくっついて、1つの物になる場合などです。今日は、この6つが原始取得の原因として並ぶ、ということだけ押さえてください。

違い①、負担を引き継ぐか

実益の板。承継取得=前の人の権利に付いていた負担(地上権・抵当権など)も原則として一緒に引き継ぐ。原始取得=負担の付いていないまっさらな権利を取得するのが原則。理由=原始取得の権利は、前の人の権利ではなく新しく生まれた権利だから。例=抵当権の付いた土地を買った場合(抵当権も付いてくる)と、同じ土地を時効で取得した場合(抵当権の付いていない所有権)の比較。 図:実益の板

  • 承継取得=前の人の権利に付いていた負担(地上権・抵当権など)も原則として一緒に引き継ぐ
  • 原始取得=負担の付いていないまっさらな権利を取得するのが原則
  • 理由=原始取得の権利は、前の人の権利ではなく新しく生まれた権利だから
  • 例=抵当権の付いた土地を買った場合(抵当権も付いてくる)と、同じ土地を時効で取得した場合(抵当権の付いていない所有権)の比較

ここに、承継取得と原始取得の、最大の違いがあります。承継取得は、前の人の権利に付いていた負担、たとえば地上権や抵当権も、原則として一緒に引き継ぎます。一方、原始取得は、負担の付いていない、まっさらな権利を取得するのが原則です。なぜ、そんなに違うんですか。原始取得の権利は、前の人の権利ではなく、新しく生まれた権利だからです。負担は前の人の権利に付いていたものなので、新しく生まれた権利には、そもそも乗っていません。具体例で確かめましょう。抵当権の付いた土地を、買った場合を考えます。では、同じ土地を、時効で取得した場合はどうでしょうか。

以前の回で見た、時効取得で抵当権が消える、という結論は、実は今日のこの性質の、一例だったんです。当てはまります。Cが取得するのは、即時取得という原始取得です。だから、Cの所有権は、Aの所有権を引き継いだものではなく、Cのところで新しく生まれた所有権です。細かい効果は、また別の回で扱います。

違い②、前の人の権利が消える理由

2段図。承継=Aの権利、矢印でCへ移る。原始=Aの権利は×で消える、Cに新しく○の権利が生まれる。 図:2段図

  • 承継=Aの権利、矢印でCへ移る
  • 原始=Aの権利は×で消える、Cに新しく○の権利が生まれる

もう1つ、違いがあります。どちらでも、前の人は、その物の権利を失います。ここは同じです。承継取得では、権利がそのまま移ったから、当然に、前の人の手元から無くなります。一方、原始取得では、新しい所有権が生まれます。時効取得の回で、前の持ち主の所有権は、新しい所有権の反射として消える、と見ました。その反射を生んでいるのが、以前見た、排他性です。同じ物の上に、同じ内容の物権をもう一つ成立させない性質でしたね。冒頭のカメラなら、Cのところに、新しい所有権が生まれます。すると、排他性によって、同じカメラの上にもう一つの所有権、つまりAの所有権は、成り立たなくなります。

承継取得は、権利が移動するから消える。原始取得は、新しい権利が生まれた反射として消える。同じ消えるでも、理由がまったく違います。

今日の背骨、もう一度

階段板。①承継取得の原則(前の人が持っていた分だけ・負担付き)②公示の原則(見えない負担は無いものとして扱ってよい=消極的信頼・不動産も動産も)③公信の原則(見えている権利はあるものとして扱ってよい=積極的信頼・動産だけ)④③まで行った権利は原始取得=負担を引き継がない。横に不動産の別ルート=94条2項類推(帰責性が要る)。 図:階段板

  • ①承継取得の原則(前の人が持っていた分だけ・負担付き)②公示の原則(見えない負担は無いものとして扱ってよい=消極的信頼・不動産も動産も)③公信の原則(見えている権利はあるものとして扱ってよい=積極的信頼・動産だけ)④③まで行った権利は原始取得=負担を引き継がない
  • 横に不動産の別ルート=94条2項類推(帰責性が要る)

今日見てきた話を、1枚の階段に並べます。出発点は、承継取得の原則です。前の人が持っていた分だけ、負担付きで引き継ぎます。1段のぼると、公示の原則です。見えない負担は、無いものとして扱ってよい。消極的信頼です。不動産も動産も、ここまでは共通です。もう1段のぼると、公信の原則です。見えている権利は、あるものとして扱ってよい。積極的信頼です。ここは、動産だけです。その先まで行った権利は、もう引き継ぎでは説明できず、原始取得になります。負担を引き継ぎません。不動産は1段目で止まります。その代わり、横に別のルートがあります。94条2項類推です。ただし、こちらは本当の持ち主の帰責性が要る、という条件付きです。今日の話は、全部この1つの問いでつながっています。信じた人を、どこまで守るか。

冒頭に戻りましょう。Cは動産の話でしたから、2段階目まで守られて、カメラを取得できます。ただし、Aに帰責性があれば、94条2項類推という別の道が開かれる余地があります。次は、今日の1段階目の道具、登記そのものの中身に入ります。

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#90単独ページ動画

177条と登記制度の仕組み

第2章 物権 #90/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

売買もしていないのに

冒頭の場面。兄弟で遺産分割をして、Aが実家の土地を1人で受け継いだ(誰かから買ったのではなく、遺産分割による取得)。登記をしないでいるうちに、兄が「自分の法定相続分だ」と言って、その持分を第三者に売ってしまう。 図:冒頭の場面

  • 兄弟で遺産分割をして、Aが実家の土地を1人で受け継いだ(誰かから買ったのではなく、遺産分割による取得)
  • 登記をしないでいるうちに、兄が「自分の法定相続分だ」と言って、その持分を第三者に売ってしまう

Aは、兄と2人で、実家の土地を相続しました。遺産分割の話し合いで、Aが土地を1人で受け継ぐことになりました。誰にも売っていませんし、誰かから買ったわけでもありません。ところが、登記をしないでいるうちに、兄が「自分の法定相続分だ」と言って、その持分を第三者に売ってしまいました。売買をしていなくても、登記は関係してきます。これが今日の1問です。先に答えを言います。今日見る177条は、売買のような取引で権利が動く場合だけの条文ではありません。相続については、899条の2という条文が別にあり、考え方は177条と同じです。Aは、自分の法定相続分を超える部分について、登記が無いと、その第三者に主張できないんです。詳しい要件は、相続と登記の回で扱います。

今日はもう1つ、登記簿に名前が載っていれば、その人が本当の持ち主だと言い切れるか、も考えます。先に答えると、ひとまずそう扱ってよいけれど、言い切れはしません。その理由まで、1本の線で説明できるようにします。

前回までの橋

今日の地図。①177条の届く範囲②登記簿には何が書いてあるか③どこまで信じてよいか(対抗力・推定力・公信力なし)④誰がどう作るか(共同申請・形式的審査)⑤仮登記(順位保全効・対抗力なし)。 図:今日の地図

以前、同じ土地が二重に売られたときの決着は、先に登記を備えたほうだと見ました。そして前回、不動産の登記には公信力が無い、という結論も見ました。そこで使った「登記」という道具自体が、どんな仕組みでできているのかは、まだ見ていませんでした。今日はそこに入ります。

177条の届く範囲

適用範囲の板。原因=契約に限らない(相続・取得時効・取消し・解除)。対象=所有権・抵当権・地上権など、ほとんどの物権。登記できない権利=留置権・占有権(占有そのもので発生・消滅するため)。例外=不動産の一般先取特権(336条、詳細は担保物権の回)。第三者に対抗できないだけで、第三者の側から登記のない物権変動を認めることは差し支えない。 図:適用範囲の板

  • 原因=契約に限らない(相続・取得時効・取消し・解除)
  • 対象=所有権・抵当権・地上権など、ほとんどの物権
  • 登記できない権利=留置権・占有権(占有そのもので発生・消滅するため)
  • 例外=不動産の一般先取特権(336条、詳細は担保物権の回)
  • 第三者に対抗できないだけで、第三者の側から登記のない物権変動を認めることは差し支えない

条文民法177条

民法 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

もう一度、文言だけ確認します。「不動産に関する物権の得喪及び変更は」とあって、原因を契約に限定していません。実際、取得時効や取消し、解除といった、契約以外の原因で物権が動く場面にも、177条は及びます。相続の場面にも、同じ考え方が及びます。当てはまります。冒頭のAのように、相続で法定相続分を超える部分を取得した場合、登記をしないままだと、第三者に対抗できません。そのことは899条の2という条文が定めていて、考え方は177条と同じです。売買のような取引でなくても、同じ考え方が関係する、という一点だけ、今日は押さえてください。

ほとんどの物権が対象です。所有権はもちろん、抵当権や地上権のような権利も含まれます。ただし、例外が2つあります。1つめ、留置権と占有権です。この2つは占有そのものによって発生し、消滅する権利なので、登記になじみません。2つめ、不動産の一般先取特権には、177条の例外規定があります。登記が無くても、抵当権などを持たない普通の債権者には主張できる、という特別扱いです。詳しい中身は、担保物権の回で扱います。もう1つだけ。177条は「対抗できない」としか言っていません。登記の無い側から、自分の権利を主張できないだけで、第三者の側から、登記の無い物権変動を認めてやることはできます。

無効になるわけではなく、主張できない方向が決まっているだけ、という点を押さえてください。

登記簿には何が書いてあるのか

登記簿の構造の板。表題部=不動産の物理的状況(所在・地番・地目・地積)。権利部・甲区=所有権に関する事項。権利部・乙区=所有権以外(抵当権・地上権など)に関する事項。共同担保目録=1つの債権を担保する複数の不動産の一覧。 図:登記簿の構造の板

  • 表題部=不動産の物理的状況(所在・地番・地目・地積)
  • 権利部・甲区=所有権に関する事項
  • 権利部・乙区=所有権以外(抵当権・地上権など)に関する事項
  • 共同担保目録=1つの債権を担保する複数の不動産の一覧

Aが実際に相続の登記をすると、登記簿には何が記録されるのか、見てみましょう。想像がつかなくて大丈夫です。まず表題部です。土地の所在や地番、地目、つまり宅地や畑といった土地の使い道、地積、つまり面積といった、物理的な状況が書かれます。次が権利部で、こちらは2つに分かれます。甲区には所有権に関する事項、つまりAの名前が載るのはここです。乙区には、所有権以外の権利、たとえば抵当権や地上権が書かれます。もう1つ、共同担保目録というものもあります。1つの債権を、複数の不動産でまとめて担保しているときに、その一覧を示すものです。

誰でも法務局で確認できるので、これが登記の公示という役割を果たしています。

どこまで信じてよいのか——対抗力・推定力・公信力なし

登記簿に名前が載っている人は、本当に所有者だと言い切れるでしょうか。それとも、言い切れないなら、その名前には何の意味があるでしょうか。 図:登記簿に名前が載っている人は、本当に所有者だと言い切れるでしょうか

ここで1つ、立ち止まって考えてみてください。登記簿に名前が載っている人は、本当に所有者だと言い切れるでしょうか。では、言い切れないなら、その名前には何の意味があるんでしょうか。

比較板。推定力と公信力の違い。行=推定力/公信力。列=①中身(反証がない限り、名義人を所有者として扱う/真実と違っても、登記を信じて取引した人を守る)②反証が出たら(覆る=事実上の推定/信じた人は守られたまま)③不動産の登記(ある/無い)。下段=本登記(対抗力を生む終局的な登記)・仮登記(順位を保全する予備的な登記)。 図:比較板。推定力と公信力の違い。行=推定力/公信力。列=①中身(反証がない限り、名義人を所有者として扱う/真実と違っても、登記を信じて取引した人を守る)②反証が出たら(覆る=事実上の推定/信じた人は守られたまま)③不動産の登記(ある/無い)。下段=本登記(対抗力を生む終局的な登記)・仮登記(順位を保全する予備的な登記)。

登記は、まず効力の強さで2つに分かれます。本登記は、対抗力を発生・変更・消滅させる、終局的な登記です。仮登記は、将来の本登記の順位をあらかじめ保全する、予備的な登記です。仮登記は、あとで詳しく見ます。今日の核心は、本登記のほうです。不動産の登記には、公信力が無いという結論を、前回見ました。ですが、まったく何も保証しないわけではありません。推定力という効力が認められています。登記簿に所有者として載っている人は、本当に所有者なのだろう、と一応扱ってもらえるんです。

判例最高裁判決(登記の推定力)

登記の推定力 登記簿に所有者として名前が載っている人は、それを覆す証拠が出ない限り、その不動産の所有者として扱われる。

そこが公信力との違いです。具体例で確かめましょう。Aが相続の登記を済ませたとします。反証が出てこない限り、Aは所有者として扱われます。ところが、もし別の人が「実は自分が本当の所有者だ」という証拠を出してきたら、その推定は覆ります。推定力は、事実上の推定にすぎません。これに対して公信力は、前回見たとおり、真実と違う登記を信じて取引した人に、登記どおりの権利があったのと同じ保護を与える効力です。名前が載っているというのは、有力な手がかりであって、確定した証明書ではありません。ちなみに、仮登記には、この推定力すらありません。判例も、そう扱っています。仮登記は、まだ本登記ではないので、順位以外の何も保証しないんです。

この主張の強さと限界は、論文でも論点になりえます。今日はその前提として、推定力と公信力の違いを押さえてください。なぜ推定どまりで、公信力までは届かないんですか。一言で言うと、登記を受け付ける登記官が、書類の形しか確かめていないからです。中身まで確かめていない記載を、覆らないものとして扱うわけにはいきません。誰がどう登記を作り、誰が何を確かめているのかを、この先で順に見ます。

誰が、どうやって登記を作るのか

手続の板。登記権利者=登記により利益を受ける者(買主が典型)。登記義務者=登記により不利益を受ける者(売主が典型)。当事者共同申請主義=原則、両者が共同して申請する。実務では司法書士による双方代理が広く用いられている。 図:手続の板

  • 登記権利者=登記により利益を受ける者(買主が典型)
  • 登記義務者=登記により不利益を受ける者(売主が典型)
  • 当事者共同申請主義=原則、両者が共同して申請する
  • 実務では司法書士による双方代理が広く用いられている

ここまでで、登記の中身と、信じてよい強さを見ました。次は、その記載が実際にどう作られるかです。まず名前を整理します。登記権利者は、登記によって利益を受ける人です。買主が典型です。登記義務者は、登記によって不利益を受ける人です。売主が典型です。

条文不動産登記法60条

不動産登記法 第60条 権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。

登記権利者と登記義務者、両方がそろうのが原則です。これを当事者共同申請主義と呼びます。売主が「登記させたくない」と言っても、勝手には進みません。なぜ、両方そろわないといけないんですか。登記で損をする売主が、自分から申請に加わるからです。損をする側が認めている以上、嘘の登記は入りにくくなります。だから、登記簿の名前は、ひとまず信じてよい、と言えるわけです。よく知っていますね。実務では、司法書士が売主と買主の両方の代理人を務める、双方代理が広く認められています。以前、108条の回で見たとおり、登記の申請は、すでに決まった権利関係を書き写すだけで、新しく利害を動かさないからです。実際の取引の多くは、この形で進みます。

法務局は中身の真実性まで調べるのか

審査権限の板。形式的審査権限=申請書の形式が整っているかだけを審査する。実質的審査権限=契約の有効性や本当の権利関係まで審査する権限=無い。例=必要書類が足りない申請は断れるが、「契約は無効だ」という理由では断れない。 図:審査権限の板

  • 形式的審査権限=申請書の形式が整っているかだけを審査する
  • 実質的審査権限=契約の有効性や本当の権利関係まで審査する権限=無い
  • 例=必要書類が足りない申請は断れるが、「契約は無効だ」という理由では断れない

ここで、さっきの問いに戻ります。なぜ登記には、公信力までは無いんでしょうか。登記官が書類の形しか確かめていないことが、そのまま答えに効いてきます。答えは、登記を作る側の権限にあります。登記官が持っているのは、形式的審査権限だけです。申請書の形式が整っているかどうかを審査する権限です。契約の中身までは、見てくれないんですか。見てくれません。実質的審査権限、つまり契約が本当に有効か、申請してきた人が本当に権利者かという中身の審査は、登記官には無いんです。申請書に添えるべき書類が欠けていれば、受け付けを断れます。ですが、「売主に本当は売る権限が無かったのではないか」という中身の疑いでは、受け付けを断れません。中身の真実性は、審査の対象外なんです。

登記官は、中身の真実性を確かめていません。前回見た、真実と違う登記が少なくない、という理由の根っこも、ここにあります。だから、反証が出てくれば覆る、というだけの保証にとどまります。ここが、今日いちばんの答えです。

名義が違っていたときの直し方

真正な登記名義の回復の関係図。無権利のBが、Aの土地に勝手に自分名義で登記をする。さらにBからCへ、その登記が移転される。Aは、B名義・C名義それぞれの抹消を求める代わりに、CからAへ直接、所有権移転登記を求めることができる。 図:真正な登記名義の回復の関係図

  • 無権利のBが、Aの土地に勝手に自分名義で登記をする
  • さらにBからCへ、その登記が移転される
  • Aは、B名義・C名義それぞれの抹消を求める代わりに、CからAへ直接、所有権移転登記を求めることができる

中身が審査されていない以上、事実と違う登記が生まれることもあります。それを直す方法も見ておきます。A所有の土地に、権利の無いBが、勝手に自分名義で登記をしてしまったとします。さらに、その登記がBからCへ移転されました。判例は、B名義とC名義、それぞれの登記を抹消するのではなく、CからAへ、直接、所有権移転登記をすることを認めています。これを真正な登記名義の回復と呼びます。登記の役目は、今の本当の持ち主が誰かを示すことです。BとCの登記を1つずつ抹消しても、CからAへ直接移しても、最後にAの名前が載るという結果は同じです。判例は、その理由を、登記簿に所有者として載っている人には、本当の所有者のために、正しい権利関係を登記簿に示すことに協力する義務がある、と説明しています。だから、CからAへ直接移すことを求められるんです。

原則として、Cは守られません。登記に公信力が無いからです。ただし、前回見たとおり、例外があります。本当の持ち主のAにも落ち度があって、嘘の登記ができあがるのに関わっていたような場合には、その登記を信じたCのほうを守る、という考え方です。94条2項類推と呼びました。

まだ本番ではない登記——仮登記の順位保全効

仮登記の順位の関係図。①Aは、条件が整う前の段階で、分割払いの条件付きで土地を買う契約を結び、代金を払い終える前に仮登記を入れる。②その後、売主は同じ土地を、別の買主Tにも売り、Tが先に本登記を済ませてしまう。③Aが条件を満たして本登記をすると、Aの本登記の順位は仮登記の時点まで戻り、Tより優先する。 図:仮登記の順位の関係図

  • ①Aは、条件が整う前の段階で、分割払いの条件付きで土地を買う契約を結び、代金を払い終える前に仮登記を入れる
  • ②その後、売主は同じ土地を、別の買主Tにも売り、Tが先に本登記を済ませてしまう
  • ③Aが条件を満たして本登記をすると、Aの本登記の順位は仮登記の時点まで戻り、Tより優先する

先ほど、仮登記は「まだ本番ではない」と言いました。ここで詳しく見ます。本登記の前に、将来されるべき登記の順位をあらかじめ確保しておく登記です。条件が整う前の段階で、順番だけ押さえておく、というイメージです。

条文不動産登記法106条

不動産登記法 第106条 仮登記に基づいて本登記(仮登記がされた後、これと同一の不動産についてされる同一の権利についての権利に関する登記であって、当該不動産に係る登記記録に当該仮登記に基づく登記であることが記録されているものをいう。以下同じ。)をした場合は、当該本登記の順位は、当該仮登記の順位による。

仮登記に基づいて本登記をした場合、その本登記の順位は、仮登記の順位どおりになる、ということです。これを順位保全効と呼びます。Aが、分割払いの条件付きで土地を買う契約を結んだとします。条件が整う前の段階で、Aは仮登記だけ入れておきます。ところが、その後、売主が同じ土地を、別の買主Tにも売ってしまい、Tが先に本登記を済ませてしまいました。Aは、負けてしまうんですか。違います。その後、Aが条件を満たして本登記をすると、Aの本登記の順位は、仮登記を入れた時点まで戻ります。結果として、Aの本登記が、Tより優先します。

仮登記で確保していた順位が、あとの本登記にそのまま引き継がれるからです。

仮登記でできること・できないこと

対抗力の板。仮登記でできること=順位を先取りする(順位保全効)。仮登記でできないこと=いま第三者に対抗すること(対抗力なし)。本登記をした後も、対抗力が仮登記の時点まで遡るわけではない(遡及しないのが判例・通説)。 図:対抗力の板

  • 仮登記でできること=順位を先取りする(順位保全効)
  • 仮登記でできないこと=いま第三者に対抗すること(対抗力なし)
  • 本登記をした後も、対抗力が仮登記の時点まで遡るわけではない(遡及しないのが判例・通説)

仮登記があるからといって、安心はできません。仮登記があっても、まだ対抗力は生まれていません。177条の「第三者」に対して、仮登記だけでは物権の取得を対抗できないんです。Aは仮登記の段階では、まだTに対抗できません。あくまで、本登記をして初めて対抗力が生まれます。仮登記が確保しているのは、順位だけです。なぜ、仮登記だけでは、対抗力が生まれないんですか。仮登記は、本登記に必要なものがまだそろっていない段階で入れる、予約の印にすぎないからです。権利が移ったことを、まだ登記簿が示していないんです。

本登記をしても、対抗力が仮登記の時点までさかのぼるわけではありません。順位はさかのぼりますが、対抗力そのものは、さかのぼりません。順位保全効は、あとで本登記をしたときの並び順を守る仕組みで、仮登記の時点で権利を示していたことにするものではないからです。判例も、そう扱っています。たとえば、仮登記のあと、本登記をするまでの間に、売主からその土地を借りて使い始めた人がいたとします。Aが本登記をすると、その人は、借りる権利をAに主張できなくなります。ですが、仮登記の時からAが所有者だったことになるわけではありません。Aが、土地を使われたことの損害の賠償を求められるのは、実際に所有権を手に入れた後の分だけです。

仮登記は、順位を先取りできるだけで、それ自体が信じてよい情報にはならない、と考えてください。

今日の背骨、もう一度

まとめの板。①177条の届く範囲=契約以外にも及ぶ、登記になじまない権利もある。②登記簿の中身=表題部・甲区・乙区・共同担保目録。③信じてよい強さ=対抗力・推定力はある、公信力は無い。④手続=共同申請、法務局は形式的審査のみ。⑤仮登記=順位保全効はある、それ自体に対抗力は無く、本登記をしても対抗力は遡らない。 図:まとめの板

  • ①177条の届く範囲=契約以外にも及ぶ、登記になじまない権利もある
  • ②登記簿の中身=表題部・甲区・乙区・共同担保目録
  • ③信じてよい強さ=対抗力・推定力はある、公信力は無い
  • ④手続=共同申請、法務局は形式的審査のみ
  • ⑤仮登記=順位保全効はある、それ自体に対抗力は無く、本登記をしても対抗力は遡らない

今日見てきた話を、1枚にまとめます。1つめ、177条の届く範囲は、契約以外にも及びます。ただし、登記になじまない権利もあります。2つめ、登記簿には、表題部・甲区・乙区・共同担保目録という区分があります。3つめ、信じてよい強さです。対抗力・推定力はありますが、公信力はありません。4つめ、登記は共同申請で作られるので、ひとまず信じてよい。でも、法務局は形式的審査しかしていないので、中身の真実性までは確かめていません。5つめ、仮登記です。仮登記には、順位保全効はありますが、それ自体に対抗力はありません。本登記をしても、対抗力はさかのぼりません。今日の話は、全部この1つの問いでつながっています。登記に書かれていることを、どこまで信じてよいか。

冒頭のAに戻りましょう。遺産分割で土地を受け継いだAも、登記をすれば、甲区にその名前が載り、推定力を持ちます。ただし、自分の法定相続分を超える部分は、登記をしていないと、第三者に主張できないままです。公信力までは無いので、反証が出てくれば推定が覆る余地も残ります。次は、177条の「第三者」に当たる人・当たらない人を、もう少し細かく見ていきます。

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#91単独ページ動画

177条の「第三者」の範囲

第2章 物権 #91/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

空き家に住み着いた男の開き直り

冒頭の場面。空き家だと思って勝手に住み着いていた男に、正式な所有者Aが「出て行ってくれ」と告げる。男は「あなたはまだ登記をしていない。登記が無いなら私に対抗できないはずだ」と開き直る。 図:冒頭の場面

  • 空き家だと思って勝手に住み着いていた男に、正式な所有者Aが「出て行ってくれ」と告げる
  • 男は「あなたはまだ登記をしていない。登記が無いなら私に対抗できないはずだ」と開き直る

Aは、しばらく空き家になっていた土地付きの家を持っています。ある日、様子を見に行くと、見知らぬ男が勝手に住み着いていました。Aが「出て行ってください」と告げると、男はこう言い返します。「あなたは、まだこの家の登記をしていないでしょう。登記が無いなら、私に対抗できないはずだ」と。先に答えを言います。この理屈は通りません。理由は、この男がそもそも、登記の有無を持ち出せる立場に無いからです。177条の「第三者」にあたらない人だからです。今日は、この「第三者」にあたる人と、あたらない人を、同じ一つの物差しで見分けられるようにします。

前回までの橋と、今日の物差し

審判のホイッスルにたとえた判定軸のボード。177条は早い者勝ちレースの審判。ホイッスルを吹いて「まだゴールしていない」と言えるのは、そのレースに実際に参加している選手だけ。 図:審判のホイッスルにたとえた判定軸のボード

  • 177条は早い者勝ちレースの審判
  • ホイッスルを吹いて「まだゴールしていない」と言えるのは、そのレースに実際に参加している選手だけ

前回までで、177条の「第三者」とは、当事者・包括承継人以外であって、登記が無いことを主張する正当な利益を持つ者、という二段階のフィルターだと確認しました。ここで、177条をもう一度出します。

条文民法177条

民法 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

今日見ていくのは、この条文の中の「第三者」という一語です。今日は、その先です。具体的に、誰が正当な利益を持つ側で、誰が持たない側なのか。冒頭の男は、持たない側だった、ということですね。今日はまず、一つの物差しを渡します。177条は、いわば早い者勝ちレースの審判です。審判がホイッスルを吹いて「まだゴールしていない、無効だ」と言えるのは、そのレースに実際に参加している選手だけです。観客や、レースに関係の無い人が、横からホイッスルを吹くことはできません。ここでいう選手とは、その土地をめぐって、実際に権利を争う立場にある人のことです。これが、フィルターの2つめ、定義にある「登記が無いことを主張する正当な利益」の中身です。今日は、あたらない人を4つのグループ、あたる人を3つの代表例、この順で見ていきます。どちらも、同じ物差しで判定できます。

あたらない①——反則で相手を妨害した人、案内を怠った係員

不動産登記法5条の関係図。Aが先に土地を買い、Bが不正な手段でAの登記を妨害する場面。もう一つは、Cが他人(A)のために登記を申請する義務を負いながら怠り、勝手に自分の名義で登記する場面。ただし、Cが自分自身の権利をAより先に取得していた場合は例外。 図:不動産登記法5条の関係図

  • Aが先に土地を買い、Bが不正な手段でAの登記を妨害する場面
  • もう一つは、Cが他人(A)のために登記を申請する義務を負いながら怠り、勝手に自分の名義で登記する場面
  • ただし、Cが自分自身の権利をAより先に取得していた場合は例外

まず1つめのグループです。不動産登記法という、登記の手続きを定めた法律に、こんな条文があります。

条文不動産登記法5条

不動産登記法 第5条 詐欺又は強迫によって登記の申請を妨げた第三者は、その登記がないことを主張することができない。 2 他人のために登記を申請する義務を負う第三者は、その登記がないことを主張することができない。ただし、その登記の登記原因(登記の原因となる事実又は法律行為をいう。以下同じ。)が自己の登記の登記原因の後に生じたときは、この限りでない。

2つのパターンがあります。1つめは、詐欺や強迫で、他人の登記の申請を妨げた人です。売主が、同じ土地をAとBの両方に売ったとします。先に買ったのはAです。Aが登記を申請しようとしたとき、Bが嘘をついたり脅したりして、その申請を止めさせ、その間に自分が先に登記してしまったとします。この場合、Bは、Aに対して「あなたは登記が無い」とは主張できません。反則をして相手をゴールさせなかった選手が、「まだゴールしてないからセーフだ」と言うようなものだからです。2つめのパターンは、他人のために登記を申請する義務を負っている人です。

たとえば、Aが土地を買って、その登記の手続きをCに頼んだとします。ところがCは、頼まれた手続きを放っておいて、同じ売主から自分もその土地を買い、先に自分の名義で登記してしまいました。登記の申請をする義務を負っている人が、自分の手でその申請を止めて得をするのは筋が通りません。この人も、「Aには登記が無い」とは主張できません。ただし、ただし書があります。もしCが、Aより先に、自分自身でその土地を買っていたなら、話は別です。Aの権利の原因のほうが、Cの権利の原因より後に生じた場合です。このときのCは、頼まれた係員である前に、先にレースに出ていた選手です。だから例外的に、「Aには登記が無い」と主張できます。

どちらのパターンも、共通しているのは、自分から反則やサボりを働いておいて、その結果を使おうとしている点です。審判のホイッスルを、汚れた手で吹くことは許されません。

あたらない②——ゼッケンを持たない人

無権利の登記名義人の板。所有者は登記なくして無権利の名義人に対し妨害排除請求ができる。無権利の名義人からさらに買った人が守られるかは、94条2項の類推適用の問題。 図:無権利の登記名義人の板

  • 所有者は登記なくして無権利の名義人に対し妨害排除請求ができる
  • 無権利の名義人からさらに買った人が守られるかは、94条2項の類推適用の問題

2つめのグループです。登記簿に名前が載っているだけで、実際には何の権利も持たない人がいます。たとえば、Aの家から実印と書類を盗み出した人が、書類を偽造して、登記簿の名義を勝手に自分に書き換えた場合です。この人を、無権利の登記名義人と呼びます。この人は、そもそもレースに参加していません。本当の所有者は、この無権利の名義人に対して、登記が無くても、所有権に基づいて、その名義の抹消を求められます。ちなみに、この無権利の名義人から、さらに土地を買った人が出てくる場面は、以前見た94条2項の類推適用の出番でした。本人の帰責性が重ければ、名義を信じて買った人が守られることがあります。今日は、その一言だけ思い出しておいてください。

あたらない③——コースの外にいる人、そして冒頭の男

不法行為者・不法占有者の板。放火などで物を壊した不法行為者、無権原で住み着いた不法占有者は、いずれも177条の「第三者」にあたらない。所有者は登記なくして損害賠償・返還請求ができる。 図:不法行為者・不法占有者の板

  • 放火などで物を壊した不法行為者、無権原で住み着いた不法占有者は、いずれも177条の「第三者」にあたらない
  • 所有者は登記なくして損害賠償・返還請求ができる

3つめのグループです。冒頭の男が、ここに入ります。一つは、他人のものを壊したり焼いたりする不法行為者です。もう一つが、権原なく住み着く不法占有者です。貸してもらう契約でも、譲ってもらう契約でも、何でもいいので、そこに居座ってよいという根拠のことです。冒頭の男には、それが一切ありません。判例も、無権原の占有者は177条の「第三者」にあたらない、としています。

判例最判昭和25年12月19日

不法占有者は「第三者」にあたらない 権原なく不動産を占有する者は、177条にいう「第三者」にあたらない。所有者は、登記が無くても、その占有者に対し、所有権に基づく返還請求をすることができる。

所有者は、登記が無くても、その人に「出て行ってください」と、所有権に基づいて請求できます。男は、レースに参加していない人です。だから、ホイッスルを吹く資格がありません。「登記が無いなら対抗できないはずだ」という言い分は、そもそも成り立ちません。

あたらない④——バトンを渡し終えた元走者

前主・後主の関係図。AからBへ、BからCへと順に土地が譲渡される。CからみたAは、AからみたBの、さらに前の持主にあたる。Aはすでに権利を手放しており、Cとの間で権利を争う立場に無い。 図:前主・後主の関係図

  • AからBへ、BからCへと順に土地が譲渡される
  • CからみたAは、AからみたBの、さらに前の持主にあたる
  • Aはすでに権利を手放しており、Cとの間で権利を争う立場に無い

4つめのグループです。少し変わった場面を作ります。Aが土地をBに売り、Bがその土地をさらにCに売った、という場面です。ここで聞きます。CからみたAは、177条の「第三者」にあたるでしょうか。Cと直接の契約をしていないので、一見、Aは他人のように見えます。ですが、Aはこの時点で、土地に関する権利をすでに手放しています。Bに売った時点で、Aの取り分は無くなっているからです。バトンをBに渡し終えた、元走者だと考えてください。バトンを渡し終えた走者が、あとからバトンを受け取ったCに向かって、「まだ受け取った証拠が無い」と文句を言うのは、おかしな話です。

Aは、Cとの関係では、当事者に準じる立場として扱われます。だから、Cに対して「登記が無い」と主張する正当な利益がありません。ここまでの4つが、「第三者」にあたらないグループです。反則をした人と案内を怠った係員、ゼッケンの無い人、コースの外の人、そしてバトンを渡し終えた元走者。共通しているのは、いずれもレースに参加していない、という点です。

あたる①——同じゴールを目指す選手、二重譲受人

二重譲渡の呼び戻し板。Aが同じ土地をBとCの両方に売った。BとCは、お互いに177条の「第三者」にあたる。先に登記を備えたほうが勝つ。 図:二重譲渡の呼び戻し板

  • Aが同じ土地をBとCの両方に売った
  • BとCは、お互いに177条の「第三者」にあたる
  • 先に登記を備えたほうが勝つ

ここからは、逆に「第三者」にあたる人を見ていきます。1つめは、二重譲渡の譲受人です。ここで、二重譲渡の回を思い出してください。あの回で、BさんとCさんは、お互いに「第三者」だと確認しましたね。この二人が「第三者」にあたる理由は、何だったでしょうか?BとCは、お互いに、同じ土地を争う立場にあります。だから、お互いに「第三者」にあたる対抗関係になり、先に登記を備えたほうが勝つ、という結論でした。ここまでのグループと違って、二重譲受人は、正真正銘、そのレースに参加している選手です。

あたる②——差し押さえに来た選手、差押債権者

差押債権者の関係図。Aが所有する土地に、Bが金銭債権を持っていて、その土地を差し押さえる。Aから別にCが土地を譲り受けていた場合、BとCはお互いに177条の「第三者」にあたる。 図:差押債権者の関係図

  • Aが所有する土地に、Bが金銭債権を持っていて、その土地を差し押さえる
  • Aから別にCが土地を譲り受けていた場合、BとCはお互いに177条の「第三者」にあたる

2つめの代表例です。ある人が、Aに対してお金を貸していて、その土地を差し押さえたとします。裁判所を通じて、その財産を強制的に処分できるようにする手続きです。この差押債権者は、177条の「第三者」にあたります。差し押さえが空振りに終わるかどうかは、その土地がまだAのものかどうかで決まります。つまり差押債権者は、土地の持ち主が誰かによって、お金を回収できるかどうかが左右される立場です。だから、その土地が実はすでに別の人へ譲渡されていても、譲り受けた人が登記を備えていなければ、差押債権者はその譲渡を無視して、登記簿上の名義人であるAの財産として差し押さえることができます。

同じ土地の上で、実際に競り合っている選手です。実は、「第三者」の定義を立てた判例は、定義のすぐ後で、あたる人の例として、この差押債権者を挙げています。

判例大連判明治41年12月15日

「第三者」の定義を立てた判例 177条にいう「第三者」とは、物権変動の当事者もしくはその包括承継人以外の者であって、不動産に関する物権の得喪及び変更の登記が無いことを主張するについて正当な利益を有する者をいう。同一の不動産を差し押さえた債権者は、この「第三者」にあたる。

定義を立てたその判決自身が、差押債権者を、あたる人の代表例として挙げています。定義と一緒に示された、いわば公式の具体例です。

あたる③——自分の借りている土地を守る選手、賃借人

賃借人の関係図。元の所有者が土地を賃借人に貸している。賃借人は、借りている土地の上に、登記した建物を持っている。その後、元の所有者が土地を別の人に売却する。新しい所有者が賃借人に明渡しや賃料を求めるには、登記を備えることが要る。 図:賃借人の関係図

  • 元の所有者が土地を賃借人に貸している
  • 賃借人は、借りている土地の上に、登記した建物を持っている
  • その後、元の所有者が土地を別の人に売却する
  • 新しい所有者が賃借人に明渡しや賃料を求めるには、登記を備えることが要る

3つめの代表例です。ある土地の所有者が、その土地を人に貸していたとします。ところが、その所有者が、貸している最中に、土地を別の人に売ってしまいました。所有者が変われば、賃借人から見た大家さんも、新しい所有者に代わります。ここで、新しい所有者が、賃借人に「出て行ってください」とか、「これからの家賃は私に払ってください」と求めたとします。ここで前提が一つあります。この賃借人は、借りている土地の上に、登記した建物を持っていました。判例は、この場面で、賃借人を177条の「第三者」にあたる、としています。

判例最判昭和49年3月19日

賃借人は「第三者」にあたる 土地の賃借人として、その土地の上に登記ある建物を所有する者は、土地の所有権の得喪について利害関係を有する第三者にあたる。だから、土地を譲り受けた人は、所有権移転の登記をしなければ、賃貸人の地位を賃借人に主張できない。

判決が述べているのは、賃借人は、土地の持ち主が誰になるかについて、利害関係を持つ、ということです。そこから考えると、理由は2つ思い浮かびます。1つめ、大家としての立場は、土地の所有権と一緒に移るので、賃借人にとって、誰が本当の大家なのかは重要な問題です。2つめ、もし登記が無くても新しい所有者を大家として認めなければならないなら、賃借人は、家賃を二重に払わされる危険にさらされます。賃借人は、自分の借りている権利を守るために、実際にその土地の上で利害を争う立場にあります。同じレースに参加している選手です。冒頭の男と比べてください。どちらも、その土地を使っている人です。違いは、使ってよい根拠、つまり権原があるかどうかだけです。権原の無い男はコースの外、賃借権を持つ賃借人はレースの選手です。現行法では、この考え方が、605条の2という条文の中に、そのまま書き込まれています。詳しい要件は、また別の回で扱います。今日は、賃借人も「第三者」にあたる、という結論だけ持ち帰ってください。

今日の地図(保存版)

まとめの対比板。左列にあたらない4類型(不登5条の第三者・無権利の登記名義人・不法行為者/不法占有者・前主後主)、右列にあたる代表例(二重譲受人・差押債権者・賃借人)を並べる。中央に「登記が無いことを主張する正当な利益」の物差し。 図:まとめの対比板

  • 左列にあたらない4類型(不登5条の第三者・無権利の登記名義人・不法行為者/不法占有者・前主後主)、右列にあたる代表例(二重譲受人・差押債権者・賃借人)を並べる
  • 中央に「登記が無いことを主張する正当な利益」の物差し

今日見てきたことを、1枚にまとめます。あたらない4つのグループは、1つめが反則をした人と案内を怠った係員、2つめがゼッケンの無い人、3つめがコースの外の人、4つめがバトンを渡し終えた元走者でした。あたる代表例は、二重譲受人、差押債権者、賃借人でした。今日、冒頭の男の開き直りが通らない理由も、はっきりしたと思います。今日は、当てはめの練習でしたが、判定の軸そのものは、いつも一つです。その人が、実際にそのレースに参加しているかどうか。短答でも、この物差しさえあれば、初めて見る人物でも判定できそうです。ここまでは、誰が客観的に「第三者」にあたるかという話でした。次は、その人が事情を知っていたかどうかで結論が変わる場合を見ていきます。

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#92単独ページ動画

背信的悪意者

第2章 物権 #92/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

知っていて買うのは自由。嫌がらせは、そうじゃない

冒頭の場面。AがBに土地を売った後、AはCにも同じ土地を売る。Cは、Bへの譲渡を知っていたうえで、Bへの嫌がらせのためだけにこの土地を買い、先に登記を備える。 図:冒頭の場面

  • AがBに土地を売った後、AはCにも同じ土地を売る
  • Cは、Bへの譲渡を知っていたうえで、Bへの嫌がらせのためだけにこの土地を買い、先に登記を備える

前回までで、こう確認しました。二重に土地を買ったCが、Bへの譲渡を知っていても——つまり悪意でも——先に登記を備えれば、Cが勝つ。では、こういう場合はどうでしょう。Cが土地を買った目的が、その土地を使いたいからではなく、Bに絶対に売らせないための嫌がらせだったとしたら。先に答えを言います。今日は、結論が変わります。知っているだけの悪意者は、自由競争のルールの中にいます。ですが、嫌がらせのために買った人は、そのルールの外に出ます。今日は、この境界線がどこにあるのかを確かめます。

今日の物差し——ルールの中にいるか、外にいるか

信義則の板。177条は善意悪意を問わない条文だが、その外側に、登記の主張そのものを許さない一般条項がある。民法1条2項「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」。 図:信義則の板

  • 177条は善意悪意を問わない条文だが、その外側に、登記の主張そのものを許さない一般条項がある
  • 民法1条2項「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」

なぜ、知っているだけなら勝てるのに、嫌がらせだと勝てなくなるのか。この違いを生んでいるのは、177条そのものではありません。177条は、善意か悪意かを一切区別していません。区別しているのは、別の条文です。

条文民法1条2項(信義則)

民法 第1条 第2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

177条が悪意者も勝たせるのは、その人が本当に土地を欲しがって、正々堂々と競争に参加している、という前提があるからです。ところが、Bを困らせること自体が目的だったり、Bから法外な対価を取ることだけが目的だったりする人は、土地そのものを欲しがっていません。競争に参加しているように見えて実は参加していない、その人は、177条という制度の形だけを借りて、実際には制度の外側からルールを悪用しています。信義則は、そういう人が登記を盾に取ることを許しません。今日は、この境界線を、5つの角度から見ていきます。まず、境界線そのものの立て方、次にその具体例、それから、その人から買ったさらに次の人はどうなるか、負けた側に残る道。最後に、同じ見方で、取消しと解除の場面もそろえます。

境界線の立て方——背信的悪意者排除論

排除論の定立板。原則:177条は善意悪意を問わない。例外:登記の欠缺を主張することが信義則に反する者は、その主張を許さない。 図:排除論の定立板

  • 原則:177条は善意悪意を問わない
  • 例外:登記の欠缺を主張することが信義則に反する者は、その主張を許さない

判例は、この境界線をこう立てています。実体上の物権変動があった事実を知っているうえに、その登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情がある者は、信義則上、登記の欠缺を主張することができない。自分が先に登記を備えていても、「あなたには登記が無い」とBに対して言えない、ということです。言えない以上、Bに勝てません。この立場に立たされた人のことを、背信的悪意者と呼びます。だから背信的悪意者は、177条の「第三者」にあたりません。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】背信的悪意者排除論 実体上の物権変動があった事実を知る者が、その登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情がある場合、その者は登記の欠缺を主張する正当な利益を有せず、177条の「第三者」にあたらない。 (規範(最判昭43・8・2))

前回の言い方でいえば、そのCは、選手の形だけを借りています。だから信義則は、Cがホイッスルを吹いて「Bには登記が無い」と言い立てることを認めません。知っていて、Bより高い代金をAに払って買った場合は、どうなりますか。それは、ルールの中です。たとえばCが、自分の店を建てたくて、Bより高い値段をAに示して買ったなら、知っていても、ただの競争です。外に出るのは、Cが自分では使う気がなく、Bに倍の値段で買い取らせるためだけに買った場合です。高い値段を払うのは自由ですが、Bから高く取るための買い物は、もう競争ではありません。

背信的悪意者の顔ぶれ——4つの典型

背信的悪意者の4類型の関係図。①不動産登記法5条の列挙者に準じる背信性を持つ者②第一譲受人への嫌がらせ目的で取得した者③第一譲受人への高値売りつけ目的で取得した者④所有権を確認する和解に立会人として関わりながら、その不動産を差し押さえた者。 図:背信的悪意者の4類型の関係図

背信的悪意者にあたるかどうかは、事案ごとの評価になりますが、代表的な型が4つあります。1つめは、以前見た不動産登記法5条の列挙者に、実質的に近い背信性を持つ人です。詐欺や強迫で登記を妨げた人、登記を頼まれておきながらサボった人ほど露骨でなくても、それに準じるほどの背信性があれば、ここに入ります。2つめは、Bへの嫌がらせを目的として取得した人。3つめは、Bに高値で売りつけることを目的として取得した人です。4つめが少し変わっています。所有権の帰属を確認し、速やかに登記する旨の和解に、立会人として関わっていた人が、その後、自分の債権を回収するために、その土地を差し押さえてしまう場合です。

判例最判昭43・11・15

和解の立会人が差し押さえた場合 贈与された不動産について、所有権の帰属を確認し速やかに登記する旨の和解が成立した際、立会人として和解書面に署名捺印した者が、その後、自己の債権回収のため当該不動産を贈与者の財産として差し押さえた場合、その者は背信的悪意者にあたる。

ただ知っていた、というだけなら、単なる悪意者にとどまります。ですが、所有権の帰属を確認し登記するという約束の場に立会人として関わり、その内容を見届けておきながら、自分の債権を回収するためにその不動産を差し押さえた点に、背信性が認められます。差し押さえをした債権者も、177条の「第三者」になりえます。4つとも共通しているのは、単に知っていた、という一線を越えて、自由競争の枠から外れる事情が加わっている点です。

転得者は道連れか——相対的構成

転得者の関係図。AがBに売り、AがCにも売る。Cは背信的悪意者として登記を備える。Cは、さらにDにこの土地を売る。BC間とBD間は、それぞれ別に判定される。 図:転得者の関係図

  • AがBに売り、AがCにも売る
  • Cは背信的悪意者として登記を備える
  • Cは、さらにDにこの土地を売る
  • BC間とBD間は、それぞれ別に判定される

まず押さえるべきなのは、背信的悪意者のCが、無権利者ではない、ということです。Cは、Bとの関係で「登記が無いことを主張できない」だけであって、土地の所有権そのものは、有効に取得しています。だから、CからDへの譲渡も、有効に成立します。Dが自分自身、背信的悪意者でない限りは、Dも土地を手に入れられます。判例は、Dが背信的悪意者と評価されない限り、Dは177条の「第三者」にあたり、先に登記していればBに勝つ、としています。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】転得者の相対的構成 背信的悪意者からの転得者は、転得者自身が背信的悪意者と評価されない限り、第一譲受人との関係で「第三者」にあたる。第一譲受人は、登記なくして転得者に対抗することができない。 (規範(最判平8・10・29))

これを相対的構成と呼びます。Cは資格を失っても、Dはまた別の選手として、自分の資格で審判に判定してもらえます。あの回では、善意のCが現れた時点で決着がつき、そのCの権利を揺るがないものにするために、絶対的構成が採られました。今回の背信的悪意者のCは、Bとの勝負にそもそも勝っていません。決着がついていない以上、Dとの勝負は、D自身の事情で改めて判定します。背信性は、その人自身の振る舞いへの評価なので、Cから引き継がれることもありません。

転得者だけが背信的悪意者の場合——確定した勝敗は覆らない

転得者のみが背信的悪意者の関係図。AがBに売り、AがCにも売る。Cは単純悪意にとどまり、先に登記を備えて確定的に権利を取得する。その後Cからこの土地を買ったDが背信的悪意者であっても、Bはすでに無権利者であり対抗できない。 図:転得者のみが背信的悪意者の関係図

  • AがBに売り、AがCにも売る
  • Cは単純悪意にとどまり、先に登記を備えて確定的に権利を取得する
  • その後Cからこの土地を買ったDが背信的悪意者であっても、Bはすでに無権利者であり対抗できない

逆の場面も見ておきます。Cが単純な悪意にとどまり、背信性は無いまま、先に登記を備えたとします。この時点で、Bは確定的に権利を失います。ここが分かれ目です。もし、その後Cからこの土地を買ったDが、実は背信的悪意者だったとしたら、どうなるでしょうか。Dが背信的悪意者なら、また資格を失って、Bが救われる、ということですか。違います。救われません。Bはすでに、Cが登記を備えた時点で権利を失っています。無権利者になったBには、その後どんな事情が現れても、対抗できる相手がいなくなっています。94条2項が問題になる転得者の回で見た絶対的構成と、同じ発想です。法律関係を早く確定させて、決着を蒸し返させないための考え方です。

負けた第一譲受人に残る道

物権では負けても、債権では別問題であることを示す板。BはAに対して、履行不能を理由とする債務不履行の損害賠償請求(415条)や契約の解除を求められる。第三者への直接請求は原則できない。 図:物権では負けても、債権では別問題であることを示す板

  • BはAに対して、履行不能を理由とする債務不履行の損害賠償請求(415条)や契約の解除を求められる
  • 第三者への直接請求は原則できない

物権としては、確かに負けます。ですが、Bには、売主Aとの間の契約が、まだ残っています。Aが、Bに売った同じ土地をCに二重に売り、Cに先に登記させてしまった以上、Aは、Bに対する引渡し・登記の義務を果たせなくなっています。Aに帰責事由が無いと言えない限り、Bは、415条に基づく損害賠償を求められます。解除には、Aの帰責事由は要りません。履行ができなくなった、という事実だけで、Bは契約を解除できます。原則としてはできません。CやDは、Bとの契約関係にいないからです。特別な事情があれば、不法行為として709条の余地はありますが、これは例外的な場面にとどまります。今日は、物権で負けても、債権はまた別問題だ、という一言だけ持ち帰ってください。

取消し・解除と登記——同じ物差しでそろえる

取消しと登記の板。取消し前の第三者=96条3項(詐欺取消しのみ・善意無過失の第三者を保護・対抗関係ではない)。取消し後の第三者=復帰的物権変動・二重譲渡と同じ構造・対抗要件としての登記の先後。 図:取消しと登記の板

  • 取消し前の第三者=96条3項(詐欺取消しのみ・善意無過失の第三者を保護・対抗関係ではない)
  • 取消し後の第三者=復帰的物権変動・二重譲渡と同じ構造・対抗要件としての登記の先後

最後に、「同じ土俵で競争しているか」という今日の見方で、取消しと解除の場面もそろえます。前の回で、詐欺で取り消した後に現れた第三者の扱いを見ました。どう処理するのでしたか?復帰的物権変動として、対抗関係、177条で処理する、という結論でした。今日は、それを含めて、取消しと解除の場面を、一つの物差しで整理します。まず、取消し「前」に現れた第三者です。

条文民法96条3項

民法 第96条 第3項 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

制限行為能力を理由にした取消しや、強迫を理由にした取消しでは、取消し前の第三者は保護されません。詐欺を理由にした取消しだけ、96条3項によって、善意無過失の第三者が保護されます。ここで大事なのは、96条3項の場面は、登記の先後で決着をつける対抗関係ではない、という点です。取り消す前は、土地がまだ、だまされた本人のもとに戻っていないので、本人と第三者の間には、権利を奪い合う関係が生じていないからです。登記まで求めるかは、詐欺の回で見たとおり、考え方が分かれていました。だまされた人の落ち度は小さいとして登記まで求める考え方と、条文に登記という言葉が無いことを重く見て、不要とする考え方です。

取り消すと、いったん相手方に移った権利が、取り消した本人のもとへ戻ってきます。これが復帰的物権変動でした。その後に相手方が第三者に売れば、相手方を起点に、本人への戻りと第三者への転売が、二本ぶつかる形になります。二重譲渡と同じ構造です。だから、取消し後の第三者とは、対抗要件としての登記の先後で決着をつけます。

解除と登記の板。解除前の第三者=545条1項ただし書・主観は問わない・権利保護要件としての登記。解除後の第三者=復帰的物権変動・対抗要件としての登記の先後。 図:解除と登記の板

  • 解除前の第三者=545条1項ただし書・主観は問わない・権利保護要件としての登記
  • 解除後の第三者=復帰的物権変動・対抗要件としての登記の先後

次に、解除の場面です。解除でも、第三者が現れたのが解除の前なのか、解除のあとなのかで、扱いが分かれます。

条文民法545条1項

民法 第545条 第1項 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。

解除「前」に現れた第三者は、このただし書によって保護されます。ただし、保護を受けるには、登記を備えていることが要ります。たとえば、AがBに土地を売り、登記もBに移したのに、Bが代金を払わないので、Aが契約を解除したとします。解除の前に、Bがこの土地をCに転売していた場合、Cは登記まで備えていれば守られ、登記がまだなら守られません。詐欺のときの96条3項とは、違うんですか。違います。96条3項が条文で求めているのは、善意無過失という主観です。545条1項ただし書は、主観を問わず、登記を備えているかどうかを見ます。

解除は、契約が結ばれた後に、約束どおりの履行がされなかったことを理由に起きるものです。もとの契約が無かったことになる理由が、意思表示のキズではなく、債務の不履行にあるからです。取消しのように、意思表示そのものに問題があった場合と違い、第三者の主観の善悪を問う必要が薄く、代わりに、権利を持っていることが誰の目にも分かる状態、つまり登記を、保護の条件にしています。権利を争っているわけではなくても登記が要る、そこが、対抗要件としての登記との違いです。対抗要件としての登記は、同じ土俵で権利を奪い合う相手に対して、自分の権利を主張するために要ります。権利保護要件としての登記は、94条2項の第三者の回で見た、保護を受けるための追加のハードルです。あの場面では課されませんでしたが、解除前の第三者には、このハードルが課されます。

解除後に現れた第三者は、取消し後と同じく、復帰的物権変動と見て、対抗要件としての登記で処理します。さっきの例で、解除のあとにBがCに売ったなら、AとCは、先に登記した方が勝ちます。

取消し・解除と登記の対比板。縦軸=取消し/解除、横軸=前/後の第三者。取消し前は96条3項(善意無過失の第三者)、取消し後は復帰的物権変動・対抗要件としての登記、解除前は545条1項ただし書・権利保護要件としての登記、解除後は復帰的物権変動・対抗要件としての登記。 図:取消し・解除と登記の対比板

  • 縦軸=取消し/解除、横軸=前/後の第三者
  • 取消し前は96条3項(善意無過失の第三者)、取消し後は復帰的物権変動・対抗要件としての登記、解除前は545条1項ただし書・権利保護要件としての登記、解除後は復帰的物権変動・対抗要件としての登記

まとめると、取消し前は96条3項の善意無過失、取消し後と解除後は対抗要件としての登記、解除前だけが権利保護要件としての登記になります。

今日の地図(保存版)

まとめの板。単なる悪意者=自由競争の中。背信的悪意者=信義則で登記の主張を失う。転得者は自分自身の資格で個別に判定(相対的構成)。確定した勝敗は蒸し返せない。取消し前=96条3項、取消し後・解除後=対抗要件、解除前=権利保護要件。 図:まとめの板

  • 単なる悪意者=自由競争の中
  • 背信的悪意者=信義則で登記の主張を失う
  • 転得者は自分自身の資格で個別に判定(相対的構成)
  • 確定した勝敗は蒸し返せない
  • 取消し前=96条3項、取消し後・解除後=対抗要件、解除前=権利保護要件

今日見てきたことを、1枚にまとめます。単なる悪意者は、自由競争のルールの中にいます。ですが、嫌がらせや高値売りつけを目的にした背信的悪意者は、信義則によって、登記を主張する資格を失います。逆に、単純悪意の第二譲受人がいったん登記を備えれば、その後どんな転得者が現れても、確定した勝敗は覆りません。最後に見た、取消しと解除の登記の話も、同じ発想でつながっていました。争っている相手なのか、それとも、法律が特別に用意した保護を受け取るだけの立場なのか。この違いが、対抗要件としての登記と、権利保護要件としての登記を分けていました。

背信的悪意者排除論や転得者の扱いは、論文でよく問われる論点です。

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#93単独ページ動画

物権的請求権の相手方

第2章 物権 #93/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

名前を残したまま、去っていいのか

冒頭の場面。Xの土地にAが勝手に建物を建てて住んでいる。AはこれをBに売ったが、登記の名義だけはAのまま動かさなかった。Xは登記名義人Aに請求できるか、という問いを示す。 図:冒頭の場面

  • Xの土地にAが勝手に建物を建てて住んでいる
  • AはこれをBに売ったが、登記の名義だけはAのまま動かさなかった
  • Xは登記名義人Aに請求できるか、という問いを示す

前回までで、物権的請求権について、こんな話をしてきました。誰に対して主張できるものだったか、覚えていますか?誰に対しても主張できる、でしたよね。絶対性です。そして、費用負担を扱った回の最後に、宿題が出ていましたね。誰に「どけて」と言えばいいのか、登記の名義人なのか、実際にそこに住んでいる人なのか、って、今日は、その宿題に答えます。まず、この場面を考えてください。Xの土地に、Aが勝手に建物を建てて住んでいます。Xは当然、Aに「建物を壊して出ていけ」と言えます。では、Aがその建物をBに売ったとします。ただし、登記の名義だけは、Aのまま動かしませんでした。Xは、もう他人のものになったこの建物について、まだAに文句を言えるでしょうか。

先に答えを言います。今日は、場合によって結論が変わります。ただ売っただけなら、Aはもう関係ありません。ですが、登記の名義を自分の意思で残し続けていたなら、話は別です。今日は、この境目を確かめます。

相手方の原則——今、誰が持っているか

原則の板。相手方は現に物権を侵害している者。占有補助者(店員など)や法人の代表者個人は、独自の占有を持たないため相手方にならない。 図:原則の板

  • 相手方は現に物権を侵害している者
  • 占有補助者(店員など)や法人の代表者個人は、独自の占有を持たないため相手方にならない

まず、物権的請求権の中身から確認します。Xが土地の所有者だ、という前提そのものは、この条文から来ています。

条文民法206条(所有権の内容)

民法 第206条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

所有者は、自分の物を自由に使い、収益し、処分できる。裏を返せば、誰かがこの自由を邪魔しているなら、その邪魔を取り除けるはずです。この邪魔を取り除く権利が、物権的請求権です。自力救済が禁じられているから、裁判で求める道が要る、と以前確かめた、あの権利です。物権的請求権は、今まさに起きている侵害を取り除くための権利です。だから、相手方を決める一番の物差しは、今、現実にその物を持ち、侵害を生じさせている人は誰か、という一点です。今日の冒頭の場面でいえば、建物を建てて住んでいるAが、まさにこの物差しに当てはまります。

店番をしているのが、実は建物の持ち主の家族や従業員で、持ち主の指図どおりに店番をしているだけだったとします。この人は、自分自身の占有を持っていません。あくまで持ち主の手足として、その場にいるだけだからです。だから相手方になりません。建物の持ち主が会社で、その会社の建物にたまたま代表取締役がいたとしても、同じです。代表者は、会社という機関の一部として動いているだけで、自分自身の名前で建物を占有しているわけではないからです。個人として訴えられることはありません。もう一つ、区別しておきたいことがあります。建物を借りて住んでいるだけの賃借人、つまり、建物を所有していない占有者の場合です。

この人には、建物を壊せとは言えません。そもそも建物を所有していないので、壊す権限を持っていないからです。求められるのは、その建物から退去して、土地を明け渡すことだけです。建物そのものを取り壊す、収去の請求は、あくまで建物の所有者にしか向けられません。誰が今、何についての権限を持っているか、常にこの一点で相手方が決まります。

所有権が移った後——二つの型

所有権移転後の2類型の対比表。未登記のまま譲渡された場合は譲受人が相手方。無権利の登記名義にすぎない場合は実際の所有者が相手方。 図:所有権移転後の2類型の対比表

  • 未登記のまま譲渡された場合は譲受人が相手方
  • 無権利の登記名義にすぎない場合は実際の所有者が相手方

この物差しを、所有権が移る場面に当てはめてみます。型は二つあります。1つめ、建物が、登記されないまま譲渡された場合です。この場合、Aは確定的に所有権を失い、Bが確定的に取得します。相手方は、今の所有者であるBです。Aへの請求は、もう空振りになります。この型では、登記の話はまだ出てきません。Aは、そもそも登記をしないまま売った、という前提だからです。2つめの型は逆です。建物は本当はAのものなのに、一度も所有したことのない人が、登記の名義だけを持っている場合です。

判例最判昭47・12・7

所有したことのない登記名義人は収去義務を負わない 実際に建物を所有したことがなく、単に自己名義の所有権取得登記を有するにすぎない者は、たとえ所有者との合意により名義人となった場合でも、建物収去・土地明渡しの義務を負わない。

Aが、税金の都合などで、自分の建物の登記だけを、家族のCの名前にしておいた場面です。Cは、Aとの合意のもとで、名義人になったにすぎません。実際に建物を所有し、使っているのは、あくまでAです。この場合、Cに請求しても意味がありません。Cは、登記があっても、建物を所有していないからです。相手方は、あくまで実際の所有者Aです。未登記のまま譲渡された場合と、合意の上で名義を借りただけの場合、この二つの型に共通しているのは、登記の有無ではなく、実際に建物を所有し土地を占有しているかどうかで、相手方が決まっている点です。

名義を自分の意思で残した元の所有者

名義を自分の意思で残した元の所有者の関係図。Aは自らの意思で所有権取得の登記を経由した後、建物をBに売却したが、登記名義はAのまま残した。土地所有者Xは、登記名義を保有する限りAに請求できる。 図:名義を自分の意思で残した元の所有者の関係図

  • Aは自らの意思で所有権取得の登記を経由した後、建物をBに売却したが、登記名義はAのまま残した
  • 土地所有者Xは、登記名義を保有する限りAに請求できる

ここまでは、今、建物を持っている人を捕まえれば済む、という話でした。ところが、この物差しだけでは説明が付かない場面があります。冒頭の場面に戻ります。Aは、自分の意思で、建物の所有権取得の登記をしていました。その後、Aは建物をBに売りましたが、登記の名義だけは、Aのまま残しました。さっきの原則をそのまま当てはめれば、Aは相手方から外れるはずです。ですが、判例は、そう考えません。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】自らの意思に基づく登記名義の保有 他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、たとい建物を他に譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、右譲渡による建物所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできない。 (規範(最判平6・2・8))

理由は三つあります。1つめ、建物は土地を離れて存在できません。建物を持つということは、必然的にその土地を占有することを意味します。だから、土地の所有者にとって、地上の建物を誰が持っているかは、死活的な利害です。2つめ、もし「本当の所有者」を基準にしてしまうと、土地の所有者は、その探索に苦労させられます。相手方のほうは、簡単に「もう売った」と主張して、義務を免れられてしまいます。3つめが、決め手です。本当に所有権を手放したのであれば、登記を移すこと自体は通常それほど難しくなく、それが取引の慣行にも合っています。それをせずに登記を自分の名義に残しておきながら、後になって所有権を失ったと言い立てて収去の義務を否定することは、信義にもとり、公平の見地に照らして許されません。

たとえで言えば、イベントの元スタッフが、自分で受け取った担当者の名札を、辞めた後も返さずに持ち続けているようなものです。会場の管理者は、名札を持っている人に「この持ち場はあなたの担当ですよね」と言えます。一度は本当にその持ち場の担当だった人が、返そうと思えば、いつでも返せたのに、返さずにいるからです。実際の事件でも、元の所有者は、建物を売る契約を結んだだけで、移転登記までは済ませていませんでした。この規範を冒頭の場面に当てはめれば、Xは、登記名義を保有し続けるAに対して、建物収去・土地明渡しを請求できます。

なぜこれは177条の「第三者」ではないのか

177条の「第三者」との異同の板。Xは建物について何の権利も持たないため177条の「第三者」にはあたらない。判例はこれを対抗関係に似た関係として扱い、登記の保有という考え方だけを借りている。 図:177条の「第三者」との異同の板

  • Xは建物について何の権利も持たないため177条の「第三者」にはあたらない
  • 判例はこれを対抗関係に似た関係として扱い、登記の保有という考え方だけを借りている

条文民法177条

民法 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

似ていますが、同じではありません。177条の「第三者」にあたるには、登記が無いことを主張する正当な利益を持っている必要がありました。177条の第三者にあたるには、その建物について自分も何らかの権利を争う立場にある必要がありますが、今日のXは、建物について何の権利も持っていません。Xが持っているのは、あくまで土地の所有権です。だから、Xは177条の「第三者」には、そもそもあたりません。判例は、この関係を、あたかも建物についての物権変動における対抗関係にも似た関係、と呼んでいます。177条を直接使っているわけではありませんが、登記の有無で決着をつけるという、177条と同じ発想を、この場面にも借りてきているんです。

対比——名前を、自分では残していない場合

対比事例の関係図。Aはかつて建物を所有していたが、未登記のままCに譲渡し確定的に所有権を失った。その後、Aの意思に基づかず、Aの名義で登記がされた。土地所有者Xは、Aに請求できない。 図:対比事例の関係図

  • Aはかつて建物を所有していたが、未登記のままCに譲渡し確定的に所有権を失った
  • その後、Aの意思に基づかず、Aの名義で登記がされた
  • 土地所有者Xは、Aに請求できない

では、逆の場面を見ます。例えば、Aが、かつて建物を持っていましたが、未登記のまま、Cという別の人に譲渡しました。この時点で、Aは確定的に所有権を失っています。ところが、その後、Aの意思とは関係のないところで、Aの名義で登記がされてしまいました。土地の所有者Xが、Aに対して建物収去を請求できるかどうかが、争われました。

判例最判昭35・6・17

意思に基づかない登記名義人は責任を負わない 現実に家屋を所有することによつて現実にその土地を占拠して土地の所有権を侵害しているものを、被告としなければならない。家屋を未登記のまま譲渡した後、その者の関知しない登記がされていても、現実に土地を占拠して所有権を侵害しているものということはできず、物上請求権を行使して地上建物の収去をもとめることは許されない。

名前だけ付けられてしまった人が、責任を取らされる、ということですか。違います。判例は、そうは考えませんでした。Aは、既に建物を手放していて、実際にその上に何の支配も及ぼしていません。しかも、登記も、Aが自分の意思で持ち続けたものではありません。だから、Xは、Aに対して建物収去を求めることはできません。さっきの判例の決め手は、自分で名義を残しておきながら言い逃れるのは信義にもとる、という点でした。自分で残したのではない名義には、その非難が当てはまりません。登記を自分の意思で残した元の所有者の判例と、意思に基づかず名義を付けられた人の判例、この二つの判例の分かれ目は、ただ一つです。登記の名義が、その人自身の意思に基づいて残っているかどうか。さっきのたとえでいえば、名札を自分の意思で持ち帰ったのか、それとも、本人の知らないところで、勝手に名前を書き加えられただけなのか、という違いです。

三つの判例の分かれ目

3判例の比較表。かつて本当に建物を所有していたか、自らの意思で登記を取得したかの二つの軸で、義務を負うかどうかが決まる。 図:3判例の比較表

ここまで見てきた三つの判例を、一度に並べてみます。分かれ目は、二つの問いです。一つは、その人が、かつて本当に建物の所有者だったか。もう一つは、登記を、自分の意思で取得したか、あるいは自分の意思で残し続けたか。一度も所有していないので、そもそも土台がありません。合意で名義を借りただけでも、義務を負いません。義務を負います。今日の中心にあった判例です。義務を負いません。所有権も占有も既に手放していて、登記も自分の意思によるものではないからです。ただ、理由は違います。一度も所有していない人は、そもそも手放す所有権を持ったことがありません。意思に基づかずに登記が付いた人は、自分で名義を残したわけではありません。義務を負うのは、二つの問いの両方に当てはまる人、つまり、かつて本当に所有していて、その登記を自分の意思で持ち続けている人だけです。

今日の地図(保存版)

まとめの板。原則は今、現に物権を侵害している者。所有権移転の2類型は譲受人または実際の所有者。例外は自らの意思で登記名義を保有し続ける元所有者。177条の「第三者」とは別枠組みで、対抗関係に似た考え方を借りているにすぎない。 図:まとめの板

  • 原則は今、現に物権を侵害している者
  • 所有権移転の2類型は譲受人または実際の所有者
  • 例外は自らの意思で登記名義を保有し続ける元所有者
  • 177条の「第三者」とは別枠組みで、対抗関係に似た考え方を借りているにすぎない

今日見てきたことを、1枚にまとめます。相手方を決める原則は、今、現にその物を持ち、侵害を生じさせている人は誰か、という一点でした。ただし、自分の意思に基づいて登記名義を保有し続けている元の所有者だけは、例外的に、なお相手方になります。これは177条の「第三者」の話とは別の枠組みで、対抗関係に似た考え方を、この場面にも借りているにすぎません。

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#94単独ページ動画

取得時効と登記

第2章 物権 #94/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

登記で負けた者の敗者復活、その先

冒頭の場面。BはAの土地を20年間占有し続け、取得時効を援用できる状態になった。Aに対しては登記なしで勝てる。では、Aがその土地をBの知らないうちにCへ売り、Cが登記まで備えていたら。 図:冒頭の場面

  • BはAの土地を20年間占有し続け、取得時効を援用できる状態になった
  • Aに対しては登記なしで勝てる
  • では、Aがその土地をBの知らないうちにCへ売り、Cが登記まで備えていたら

前回までで、こういう話をしました。Bが土地を20年間占有し続けて、取得時効を援用できる状態になったとき、元の所有者Aに対しては、登記が無くても勝てる。では、今日はその先を考えます。もし、Aがその土地を、Bの知らないうちにCへ売ってしまっていたら。Cが登記まで備えていたら、Bはまだ勝てるでしょうか。先に答えを言います。今日は、いつCが現れたかで結論が変わります。Bの時効が完成する前にCが現れたなら、Bはなお勝てます。ですが、完成した後にCが現れたなら、今度は登記の勝負になります。今日は、この境目がどこにあるのかを確かめます。

元の所有者との関係、もう一度

元の所有者との関係の板。Bにとって元の所有者Aは、物権変動の当事者そのものであり、177条の「第三者」にはあたらない。だからBは登記なくしてAに対抗できる。 図:元の所有者との関係の板

  • Bにとって元の所有者Aは、物権変動の当事者そのものであり、177条の「第三者」にはあたらない
  • だからBは登記なくしてAに対抗できる

まず、出発点をもう一度確認します。時効取得を主張する相手が、元の所有者Aだった場合、登記は必要でしたか?必要ありませんでした。理由は、Aが第三者じゃなくて、当事者そのものだから、でした。177条を、もう一度見ておきます。

条文民法177条(再掲)

民法 第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

以前の回で、この「第三者」とは、当事者・包括承継人以外であって、登記が無いことを主張する正当な利益を持つ者、と確認しました。Bにとって、Aは物権変動の当事者そのものです。だから、そもそも177条の出番がありません。今日は、そのAではなく、Aから買ったCが相手になる、ということです。Cが現れたとき、Cは、Bにとって当事者と同じ側にいる人なのか、それとも、登記の欠缺を主張できる第三者なのか。この一点で、結論が分かれます。

時効完成前の譲受人——当事者類似

時効完成前の譲受人の関係図。Bが甲土地の占有を始め、時効完成の前にAがCへ売却し登記を備える。それでもBは登記なくしてCに対抗できる。Cは元の所有者Aの地位をそのまま引き継いだ、当事者に類似する立場として扱われる。 図:時効完成前の譲受人の関係図

  • Bが甲土地の占有を始め、時効完成の前にAがCへ売却し登記を備える
  • それでもBは登記なくしてCに対抗できる
  • Cは元の所有者Aの地位をそのまま引き継いだ、当事者に類似する立場として扱われる

まず、Cが現れたタイミングが、Bの時効が完成する前だった場合です。Bが占有を始めてから、時効に必要な期間が満了する前に、AがCへ土地を売り、Cが登記まで備えたとします。先に登記したCが勝ちそうに見えますが、判例の結論は逆です。この場合も、Bは登記なくしてCに対抗できます。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】時効完成前の譲受人は当事者類似 取得時効の完成前に不動産を譲り受けて登記を備えた者は、時効取得者にとって、譲渡人の地位をそのまま引き継いだ者にすぎず、物権変動の当事者に類似する立場にある。時効取得者は、登記なくしてその者に対抗することができる。 (規範(大判大7・3・2、最判昭41・11・22))

理由はこうです。時効が完成する前の時点では、Bはまだ確定的な権利者になっていません。だから、Aはまだ自分の物として、Cに処分する権限を持ったままだったことになります。Cは、そのAの地位を、そのまま引き継いだだけの人です。Bから見れば、Cは、Aの延長線上にいる人にすぎません。だから、当事者に類似する立場として扱われ、登記の有無は問題になりません。

なぜ、起算点は動かせないのか

起算点固定の板。逆算説は、今の時点から遡って20年前を起算点とみなす考え方だが、判例は採らない。判例は、占有を始めた最初の時点に起算点を固定する。 図:起算点固定の板

  • 逆算説は、今の時点から遡って20年前を起算点とみなす考え方だが、判例は採らない
  • 判例は、占有を始めた最初の時点に起算点を固定する

答える前に、一つ確認させてください。そもそも、時効が「完成した」というのは、いつのことを指すか分かりますか。

条文民法162条1項(再掲)

民法第百六十二条(所有権の取得時効)第一項 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。

条文も、「二十年間」占有した者、と言っています。ただ、いつから数えるかまでは書いていません。では、その「20年経った時点」は、誰が、どう決めるのでしょうか。ここに、今日いちばん大事な話があります。占有を始めた日から数えればよさそうに見えますが、実は、それが自明ではありません。考え方は、二つありえます。一つは、占有を始めた最初の日を固定して、そこから数える考え方。もう一つは、今この瞬間から遡って、ちょうど20年前を起算点とみなす考え方です。後者を、逆算説と呼びます。逆算説を採ると、Bは、いつまで経っても「今日から遡れば、ちょうど20年前から占有していたことになる」と言い張れてしまいます。そうなると、時効取得は、事実上ずっと完成し続けることになり、Cがどれだけ登記を備えても、絶対に勝てなくなってしまいます。

例えば、Bが2000年の春に占有を始めたとします。起算点を固定すれば、時効が完成するのは2020年の春です。そこへ2022年に、CがAから買って登記した。Cは、完成の後に現れた人です。ところが逆算説なら、Bは2023年になって、「今日から遡って、2003年から数えます。完成は今日で、Cの登記より後です」と言えてしまいます。そうすると、Cは完成前の譲受人になり、さっき見たとおり、Bは登記なくして勝ててしまう。Cがいつ現れても、Bは同じことを言えます。登記を信じて取引した人を守る、という177条の目的そのものが、丸ごと壊れてしまいます。たとえて言えば、ジムの入会特典のようなものです。「入会から3か月は会費半額」という特典があったとします。1年経ってから、「今日から遡って3か月前に入会したことにして、今月も半額にしてください」とは言えません。入会日は、最初の1回で決まり、あとから都合よく選び直せないからです。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】起算点固定の規範 取得時効の起算点は、占有者が任意に選択できるものではなく、占有を開始した時点に固定される。援用者は、第三者との関係において、起算点を後にずらして時効の完成時期を遅らせることはできない。 (規範(最判昭35・7・27))

判例は、この点をはっきり固定しています。時効制度そのものだけを見れば、起算点は自由に選んでもよいように見えるかもしれません。ですが、第三者との関係を考えると、そうはいきません。占有を始めた事実が生じた、その時点を必ず起算点として、完成の時期を決めなければならない、というのが判例の立場です。

時効完成後の譲受人——二重譲渡類似

時効完成後の譲受人の関係図。時効完成の後にAがCへ売却し登記を備えた場合、Bは登記なくして対抗できない。Aは本来もう処分できないはずの土地を、なおCに処分したことになり、二重譲渡と同じ構造になる。 図:時効完成後の譲受人の関係図

  • 時効完成の後にAがCへ売却し登記を備えた場合、Bは登記なくして対抗できない
  • Aは本来もう処分できないはずの土地を、なおCに処分したことになり、二重譲渡と同じ構造になる

起算点が固定されると、「時効が完成した時点」という、動かせない一点が決まります。この一点を境に、Aが同じ土地をCに売るという行為の意味が変わります。今度は、完成の後にCが現れた場合です。この時点で、Bは、遡及効によって、占有を始めた日からずっと所有者だったことになっています。本来、Aはもう、この土地を処分する権利を持たないはずです。これは、Aが同じ土地を二重に処分したのと、構造的に同じです。さっきのバトンのたとえで言えば、Aは、本来もう渡す権利を持たないバトンを、無理やりもう一本用意して、Cに渡したことになります。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】時効完成後の譲受人は二重譲渡類似 取得時効の完成後にその不動産を旧所有者から取得して登記を備えた第三者に対しては、時効取得者は、善意悪意を問わず、登記なくして所有権の取得を対抗することができない。 (規範(最判昭33・8・28))

だから、Cは177条の「第三者」にあたり、Bは登記なくして対抗できません。Cが登記を備えていれば、Cが勝ちます。しかも、Cが事情を知っていたかどうかは問われません。さっきの例で、完成が2020年の春なら、その1日前にCが現れれば当事者類似で登記不要、1日後にCが現れれば二重譲渡類似で登記が要る。冷たいようですが、これが起算点を固定することの帰結です。

買った時点で知っていたら——背信的悪意者の場合

背信的悪意者の応用図。時効完成後に現れたCが、Bが多年にわたり占有している事実を知りながら土地を買い、登記の欠缺を主張することが信義則に反すると認められる場合、Cは背信的悪意者にあたる。 図:背信的悪意者の応用図

以前、177条の「第三者」から排除される、背信的悪意者という立場を確認しました。あの物差しは、ここでも使えます。以前の物差しには、要素が二つありました。物権変動があった事実を知っていること。そのうえで、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情があることです。ここでCが知るべき物権変動は、Bの時効取得です。そして時効取得の土台は、Bが多年にわたって占有してきた、という事実です。ですから、Cが、Bの多年の占有を知りながら土地を買い、その登記の欠缺を主張することが信義則に反すると認められる事情があるなら、Cは背信的悪意者にあたります。

判例最判平18・1・17

背信的悪意者にあたる場合は例外 時効完成後の第三者が、取得時効の成立要件をすべて具体的に認識している必要はなく、占有者が多年にわたり当該不動産を占有している事実を認識していれば、その登記の欠缺を主張することが信義則に反すると認められる限り、背信的悪意者にあたる。この場合、時効取得者は登記なくして対抗することができる。

時効の要件が満たされているかどうかは、簡単には判断できません。ですから、Cが「これはもう時効取得の要件を満たしている」と法律的に正確に分かっている必要まではありません。長年、その人がそこを占有している、という事実さえ知っていれば足ります。ただし、知っているだけでは、まだ一つめの要素です。たとえば、Bが長年そこに住んでいると分かっていながら、Bに高値で売りつける目的で、Aから安く買い取った。そこまでの事情があって、初めて二つめの要素も満たされます。Bの権利が実質的に固まっているのを知りながら、登記が無いという形だけを使って、それをひっくり返そうとする。だから信義に反すると評価されるのです。

単なる悪意なら、完成後の第三者としてCが勝ちます。ですが、多年の占有を知りながら、その登記の欠缺を主張すること自体が信義に反すると言えるほどなら、Cは第三者の資格を失います。

Bが占有を続ければ——再度の時効取得

再度の時効取得の関係図。時効完成後、Cが登記を備えた後もBが占有を続ける。Cの登記の時を起算点として、新たに時効に必要な期間が経過すれば、Bは登記なくしてCに対抗できる。 図:再度の時効取得の関係図

  • 時効完成後、Cが登記を備えた後もBが占有を続ける
  • Cの登記の時を起算点として、新たに時効に必要な期間が経過すれば、Bは登記なくしてCに対抗できる

そこで終わりとは限りません。Bが、Cの登記の後も、その土地の占有を続けていたらどうなるか、考えてください。そして、Cの登記の時から数えて、また新たに時効に必要な期間が経過したとします。Bにとって、Cの登記の時点は、新しい時効の起算点になります。この新しい時効が完成すれば、Bは、登記なくしてCに対抗できます。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】再度の時効取得 時効完成後の第三者が登記を備えた後も占有者が占有を継続し、その登記の時を起算点とする新たな取得時効期間が経過したときは、占有者は登記なくして新たな取得時効による所有権の取得をその第三者に対抗することができる。 (規範(最判昭36・7・20))

この新しい時効にとって、Cは、Bにとっての新しい当事者になるからです。Cが登記を備えたその瞬間から数え直せば、以後のBの占有は、まさにCという所有者に対する、新たな時効取得の進行そのものです。Cは、一度は第三者として勝ちましたが、その後は、新しい時効にとっての当事者の立場に立たされます。Bが占有をやめない限り、この巻き返しの可能性は、ずっと残り続けます。

抵当権が絡む場合——3つのパターン

抵当権3パターンの比較表。いずれも時効完成後の抵当権設定。パターン1、Bが援用する前にCが抵当権登記、Bは抵当権付きの所有権を取得。パターン2、Cの抵当権登記の後、Bが占有開始時を起算点として援用し所有権移転登記、起算点をずらした再度の援用は認められない。パターン3、Bが一度も援用しないまま再度の期間が経過して初めて援用、援用は認められ抵当権は消滅する。 図:抵当権3パターンの比較表

  • いずれも時効完成後の抵当権設定
  • パターン1、Bが援用する前にCが抵当権登記、Bは抵当権付きの所有権を取得
  • パターン2、Cの抵当権登記の後、Bが占有開始時を起算点として援用し所有権移転登記、起算点をずらした再度の援用は認められない
  • パターン3、Bが一度も援用しないまま再度の期間が経過して初めて援用、援用は認められ抵当権は消滅する

ここまでの考え方を、抵当権が絡む場面に当てはめます。いずれも、時効完成の後に、Cが抵当権の設定を受けて登記を備えた場合です。パターンは三つあります。1つめのパターン。Bが一度も援用しないうちに、Cが抵当権の設定を受けて登記を備えたとします。この場合、Cは177条の「第三者」にあたります。Bが後から援用しても、抵当権の負担が付いたままの所有権を取得するにとどまります。原始取得だから負担が消える、というのは、Bがその相手に時効取得を主張できる場合の話です。完成の後に抵当権の登記を備えたCは、177条の「第三者」です。登記の無いBは、時効取得をCに対抗できません。その結果、Cとの関係では、抵当権の付いた所有権になるのです。原始取得の考え方と、食い違うわけではありません。

2つめのパターンが、少し複雑です。Cが先に、抵当権の設定を受けて登記を備えたとします。その後、Bが、占有を始めた時を起算点として時効取得を援用し、所有権移転登記まで済ませました。ところが、Cの抵当権登記の時から数えても、時効に必要な期間はすでに経過していました。Bは、起算点を後ろにずらして、抵当権を消すためにもう一度援用できるでしょうか。

判例最判平15・10・31

一度確定した権利は、起算点をずらして再度援用できない 時効取得者が、占有開始時を起算点として取得時効の完成を援用し、確定的に所有権を取得した以上、起算点を後の時点にずらして、再度、取得時効の完成を主張し援用することはできない。

決め手は、Bがすでに一度、援用を済ませているかどうかです。Bは、最初の援用によって、占有を始めた時にさかのぼって、確定的に所有権を取得しています。すでに確定した権利を、抵当権という負担を消すためだけに、もう一度時効取得したことにするのは、認められません。では3つめのパターンです。今度は逆に、Bが、Cの抵当権登記の後も、一度も援用しないまま占有を続け、Cの抵当権登記の時を起算点とする期間が、新たに経過しました。そして、ここで初めて援用したとします。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】初めての援用なら抵当権は消滅する 時効取得者が一度も取得時効の援用をしないまま、第三者の抵当権設定登記の時を起算点とする新たな取得時効期間が経過し、初めてこれを援用した場合、占有者が抵当権の存在を容認していたなどの特段の事情がない限り、援用は認められ、抵当権はその時効取得の結果として消滅する。 (規範(最判平24・3・16))

一度も援用していない、という点です。Bは、まだ一度も所有権を確定させていません。だから、これは、さっき見た再度の時効取得と、まったく同じ構造です。Cの登記の時を起算点とする、新しい時効が、初めて完成したにすぎません。この新しい時効取得の効果として、抵当権も消滅します。2つめと3つめのパターンの分かれ目は、ただ一つ、一度でも援用したことがあるかどうか、それだけです。

時効取得者は誰に登記を求めるか

登記請求の相手方の板。時効取得者は、時効完成時点の登記名義人に対して、時効取得を原因とする所有権移転登記を請求する。相手が元の所有者Aなら請求先はA、完成前にCへ移転登記済みならCが請求先になる。応じなければ、訴えを起こして確定判決によって単独で登記できる。 図:登記請求の相手方の板

  • 時効取得者は、時効完成時点の登記名義人に対して、時効取得を原因とする所有権移転登記を請求する
  • 相手が元の所有者Aなら請求先はA、完成前にCへ移転登記済みならCが請求先になる
  • 応じなければ、訴えを起こして確定判決によって単独で登記できる

最後に、実務上の話を一つだけ加えます。時効取得は原始取得ですが、実際の登記は「時効取得」を原因とする所有権移転登記という形を取ります。時効が完成した時点の、登記名義人に対してです。今日の場面でいえば、元の所有者Aのままだったなら、請求先はAです。時効完成前にCへ移転登記が済んでいたなら、請求先はCになります。なぜ、完成した時点の名義人なんですか。Bの時効取得によって権利を失うのが、その時点の所有者だからです。完成前にCが買っていれば、権利を失うのはAではなくCです。だから、Cが登記を移す相手になります。

相手が応じてくれない場合は、訴えを起こして確定判決を得れば、単独で登記の手続きができます。

今日の地図(保存版)

まとめの板。元の所有者には登記不要。時効完成前の第三者は当事者類似で登記不要。時効完成後の第三者は二重譲渡類似で登記が要る。ただし背信的悪意者には登記不要。Bが占有を続ければ再度の時効取得が起きる。抵当権は、時効完成後・援用前に登記されれば残る。援用済みなら再度の援用はできず、一度も援用しないまま新たな期間が経過すれば消滅する。 図:まとめの板

  • 元の所有者には登記不要
  • 時効完成前の第三者は当事者類似で登記不要
  • 時効完成後の第三者は二重譲渡類似で登記が要る
  • ただし背信的悪意者には登記不要
  • Bが占有を続ければ再度の時効取得が起きる
  • 抵当権は、時効完成後・援用前に登記されれば残る
  • 援用済みなら再度の援用はできず、一度も援用しないまま新たな期間が経過すれば消滅する

今日見てきたことを、1枚にまとめます。元の所有者には、登記なくして対抗できる。ここまでは、前回までの復習でした。時効完成前に現れた第三者は、当事者類似の立場にあり、Bは登記なくして対抗できます。時効完成後に現れた第三者は、二重譲渡類似の関係になり、Bは登記が無ければ対抗できません。そして、Bが占有を続けている限り、あきらめる必要もありません。第三者の登記の時を起算点として、新たな時効が完成すれば、その第三者に対しても、登記なくして対抗できるようになります。一度でも援用して権利を確定させたなら、抵当権を消すためだけの再度の援用はできません。一度も援用していないなら、新しい時効の完成として、抵当権ごと消えます。すべての分かれ目は、今日の中心で確認した、起算点固定という一点から出ています。

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#95単独ページ動画

共同相続と登記

第2章 物権 #95/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

何もしていないBは、持分を失うのか

冒頭の場面。Xが死んで子のAとBが相続人になった。遺産分割はまだ。Aが勝手に「土地は全部自分のものだ」という単独登記をして、Yに売ってしまった。Bは登記を持っていない。 図:冒頭の場面

  • Xが死んで子のAとBが相続人になった
  • 遺産分割はまだ
  • Aが勝手に「土地は全部自分のものだ」という単独登記をして、Yに売ってしまった
  • Bは登記を持っていない

Xが亡くなりました。相続人は、子のAとBの二人です。遺産分割は、まだ済んでいません。そんな中、Aが、甲土地について「これは全部自分のものだ」という単独名義の登記をして、Yに売ってしまいました。Bは、何もしていません。登記も持っていません。先に答えを言います。Bは、登記が無くても、自分の持分をYに対抗できます。理由は単純です。Aが売れるのは、Aの持分だけだからです。Bの持分について、Aは最初から無権利者です。今日は、この「無権利」という一点から、相続と登記のルール、そして899条の2という条文の読み方を確認します。

相続の基本を最短で

前提知識の板。相続は死亡で開始する(882条)。相続人は単純承認(プラスもマイナスも全部承継)か相続放棄(939条・初めから相続人でなかったことになる)を選べる。相続人が複数いれば共同相続となり、遺産の不動産はいったん共有になる(898条)。遺産分割には遡及効があるが(909条本文)、第三者を害する場合は制限される(909条ただし書)。 図:前提知識の板

  • 相続は死亡で開始する(882条)
  • 相続人は単純承認(プラスもマイナスも全部承継)か相続放棄(939条・初めから相続人でなかったことになる)を選べる
  • 相続人が複数いれば共同相続となり、遺産の不動産はいったん共有になる(898条)
  • 遺産分割には遡及効があるが(909条本文)、第三者を害する場合は制限される(909条ただし書)

まず、相続そのものの基本を、最短で揃えます。相続は、人が死亡した時に開始します。相続人は、大きく分けて二つの対応を選べます。一つは単純承認、プラスの財産もマイナスの財産も、全部そのまま受け継ぐやり方です。もう一つは相続放棄で、これを選ぶと、初めから相続人でなかったことになります。今日は、この二つを押さえておけば十分です。要件や期間の細かい話は、また別の回で扱います。次に、相続人が複数いる場合、これを共同相続と呼びます。遺産に不動産があれば、遺産分割が済むまでの間、その不動産は、いったん共同相続人全員の共有になります。冒頭の場面なら、甲土地は、AとBの共有です。

あの回で、共有は、持分の境目に実線が引かれた形だと見ました。共有者は、自分の持分を自由に処分できます。この一般論は、今日、そのまま使います。そして、遺産分割が済むと、権利関係が確定します。遺産分割には、相続が始まった時までさかのぼる効力がありますが、これによって第三者が害される場合には、その効力が制限されます。今日の場面は、あくまで「遺産分割の前」です。Xが生前にすでに第三者へ土地を売っていた場合、相続人は、Xの地位をそのまま引き継ぎます。だから、その買主との関係では、相続人は登記なくして対抗されます。以前見た「当事者類似」の、もう一つの具体例です。

今日の場面は、これとは違います。Xが死んだ後、相続人の一人であるAが、自分で勝手なことをした場面です。

899条の2第1項——法定相続分がボーダーライン

899条の2の物差し図。横棒に法定相続分の線を引く。線の内側=対抗要件不要、線の外側(法定相続分を超える部分)=対抗要件必要。 図:899条の2の物差し図

  • 横棒に法定相続分の線を引く
  • 線の内側=対抗要件不要、線の外側(法定相続分を超える部分)=対抗要件必要

実は、平成30年より前は、この場面をどう扱うかについて、条文に直接の定めがありませんでした。相続による権利の承継にも、177条がそのまま適用されると解されていたんです。平成30年の改正で、この議論を相続の場面向けに明文化した条文が新設されました。それが899条の2です。177条と違う新しい発想を持ち込んだわけではなく、それまでの議論を条文の形にしたものです。

条文民法899条の2第1項

民法 第899条の2(共同相続における権利の承継の対抗要件)第1項 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。

ポイントは「相続分を超える部分については」というところです。ここで言う相続分は、法定相続分、つまり法律が決めている各相続人の取り分のことです。遺言で取り分が決められていても、この物差しは変わりません。子のAとBの二人が相続人なら、2分の1ずつです。つまり、法定相続分を超える部分の取得だけが、登記などの対抗要件を要求されます。ここから、今日の物差しが立ちます。法定相続分までは、登記が無くても対抗できる。それを超える部分だけが、対抗問題になる。この一本の線を、頭に入れておいてください。法定相続分は、法律が決めている取り分なので、誰が相続人かが分かれば、外からでも見当がつきます。ところが、それを超える部分は、遺産分割や遺言といった、外からは見えない事情で動きます。見えない動きで取引の相手が不意打ちを受けないように、超える部分についてだけ登記を求めているんです。

例えば、遺産分割で、Bが甲土地を全部取得することになったとします。Bの法定相続分は2分の1ですから、残りの2分の1は、それを超える部分です。この部分は、Bが登記をしないと、第三者に対抗できません。

Aの持分と、Bの持分は別々に考える

本回の背骨図。Xの死亡で甲土地はA・Bの共有になる。Aが単独名義で登記し、Yに売却・登記移転。Aの持分はYへ移転するが、Bの持分はAが無権利のためYへ移転せず、Bのもとに残る。 図:本回の背骨図

  • Xの死亡で甲土地はA・Bの共有になる
  • Aが単独名義で登記し、Yに売却・登記移転
  • Aの持分はYへ移転するが、Bの持分はAが無権利のためYへ移転せず、Bのもとに残る

ここから、冒頭の場面に戻ります。甲土地は、A・Bの共有です。法定相続分どおりなら、AとBの持分は、2分の1ずつです。Aは、この共有状態で、勝手に単独名義の登記をして、Yに売ってしまいました。まず、Aの持分です。さっき確認したとおり、共有者は自分の持分を自由に処分できます。だから、AY間の売買によって、Aの持分は、当然にYへ移転します。ここまでは問題ありません。ここが今日の核心です。Bの持分について、Aは何も持っていません。最初から、まったくの無権利者です。持ち主でない人が、他人のものを売る形になります。これを、他人物売買と呼びます。他人物売買の契約自体は、有効に成立します。ただし、契約が有効でも、権利そのものが自動的に移るわけではありません。権利を移すには、権利を持っている人からでなければならないからです。

そして、ここでもう一つ、大事な原則が効いてきます。登記には公信力がありません。登記に公信力があるなら、「登記を信じて買った人は、実際の権利者が誰であれ、その権利を取得できる」ということになります。でも、日本の不動産登記には、そういう効力がありません。Yが、Aの単独登記をどれだけ信じて買ったとしても、その事実だけでは、Bの持分を取得することはできないんです。買ったYが気の毒に見えるのは確かです。そのYの保護は、別の制度、以前見た94条2項の類推適用という枠組みで図られる余地があります。ただし、それには別の要件が要ります。詳しくは、また別の回で扱います。

だから、Bは登記なくして対抗できる

更正登記の図。Yの単独名義登記のうち、Aの持分に対応する部分はそのまま有効。Bが請求できるのは登記の全部抹消ではなく、自分の持分についての一部抹消(更正)登記に限られる。 図:更正登記の図

  • Yの単独名義登記のうち、Aの持分に対応する部分はそのまま有効
  • Bが請求できるのは登記の全部抹消ではなく、自分の持分についての一部抹消(更正)登記に限られる

ここまでで、Bの持分は、そもそもYへ一度も移転していないことが分かりました。ここで、さっきの899条の2第1項を思い出してください。Bの持分は、Bの法定相続分そのものであって、それを超える部分ではありません。だから、Bは、登記が無くても、自分の持分をYに対抗できます。そもそも、Bの持分をめぐる勝負自体が、起きていないんです。177条が働くのは、両立しない権利がぶつかり合う場面だけです。Bの持分について、Yは何も取得していない以上、BとYの間に、奪い合いは発生していません。

判例最判昭38・2・22

共同相続と登記——無権利の法理 相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人からの譲受人に対し、他の共同相続人は、自己の持分を登記なくして対抗することができる。その登記は、他の共同相続人の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力が無い以上、譲受人もその持分については権利を取得できないからである。ただし、他の共同相続人が請求できるのは、登記の全部抹消登記手続ではなく、自己の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続に限られる。

判例も、この結論をはっきり示しています。判例の結論は、二つの部分に分かれます。一つは、登記なくして対抗できるかどうか。もう一つは、何を請求できるか、です。まず一つ目。他の共同相続人は、登記なくして自分の持分を対抗できる。理由は、その登記が、持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力が無いから。今日、ここまで一緒に組み立ててきた理屈と、まったく同じです。ここも大事なところです。Bが請求できるのは、登記を丸ごと消すことではありません。あくまで、自分の持分の限度で、記載を正す一部抹消、更正登記の請求にとどまります。

Aの持分については、Yの取得は有効だからです。Bが持っているのは、自分の持分を守るための請求権にすぎません。自分のものではないAの持分まで、Bが取り戻す権利はありません。だから、Bの請求は、自分の取り分に対応する部分だけに限られるんです。なお、この判例が扱ったのは、遺産分割の前の場面です。分割によって取り分が法定相続分から動いた後は、その動いた部分について、さっきの物差しの外側、登記が要る側の話になります。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】共同相続と登記の規範 共有不動産につき単独名義の登記をした共同相続人からの譲受人に対し、他の共同相続人は、自己の持分については登記なくして対抗することができる。ただし、請求できるのは、登記の全部抹消登記手続ではなく、自己の持分についての一部抹消(更正)登記手続に限られる。 (規範(最判昭38・2・22))

差押えでも、同じ結論になる

差押えの図。本回の背骨図のYを、Aの債権者(差押債権者)に置き換えた同型の図。Aの持分への差押えは有効。Bの持分への差押えは他人物差押えであり無効。Bは登記なくして対抗できる。 図:差押えの図

  • 本回の背骨図のYを、Aの債権者(差押債権者)に置き換えた同型の図
  • Aの持分への差押えは有効
  • Bの持分への差押えは他人物差押えであり無効
  • Bは登記なくして対抗できる

最後に、もう一つ場面を加えます。今度は、AがYに売ったのではなく、Aの債権者であるYが、Aの持分を超えて、甲土地全体を差し押さえた、という場面です。考え方は、さっきとまったく同じです。Aの持分については、Yの差押えは有効です。ですが、Bの持分については、Aは無権利者ですから、Yの差押えは他人物差押えであり、無効です。Bは、自分の持分を、Yにも、差押えの後の競売で買い受けた人にも、登記なくして対抗できます。売買であっても、差押えであっても、Aが持っていないものは、Aから先へは進めない。この一点は、変わりません。

今日の物差し、もう一度

まとめの板。共有者は自分の持分を自由に処分できる。持分を超える処分は他人物処分にあたり、登記に公信力が無い以上、譲受人は取得できない。法定相続分までは登記不要、超える部分だけ対抗要件が要る(899条の2第1項)。共同相続と登記の判例は、無権利の法理に基づき、請求は一部抹消(更正)登記に限られる。差押えでも同じ結論。 図:まとめの板

  • 共有者は自分の持分を自由に処分できる
  • 持分を超える処分は他人物処分にあたり、登記に公信力が無い以上、譲受人は取得できない
  • 法定相続分までは登記不要、超える部分だけ対抗要件が要る(899条の2第1項)
  • 共同相続と登記の判例は、無権利の法理に基づき、請求は一部抹消(更正)登記に限られる
  • 差押えでも同じ結論

今日の話を、一枚にまとめます。Aは、自分の持分だけをYに渡せました。Bの持分については、Aは最初から無権利者です。登記に公信力が無い以上、Yは、Bの持分を取得できません。899条の2第1項に即して言えば、法定相続分までは登記が不要で、それを超える部分だけが対抗問題になる。この物差しは、Aが持っていないものはAから先へは渡せない、という今日の一点を、条文の形にしたものです。この論点は、論文でも問われうるところです。

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#96単独ページ動画

遺産分割と登記

第2章 物権 #96/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

さかのぼるはずなのに、負けることがある

冒頭の場面。Xが死んで子のAとBが相続人になった。二人は話し合って「甲土地は全部Bのもの」と決めた。遺産分割には相続開始の時にさかのぼる効力があるので、この土地は最初からBの物だったことになる。それなのに、Aの持分を買ったYに、Bが負けることがある。 図:冒頭の場面

  • Xが死んで子のAとBが相続人になった
  • 二人は話し合って「甲土地は全部Bのもの」と決めた
  • 遺産分割には相続開始の時にさかのぼる効力があるので、この土地は最初からBの物だったことになる
  • それなのに、Aの持分を買ったYに、Bが負けることがある

Xが亡くなりました。相続人は、子のAとBの二人です。二人は話し合って、「甲土地は、全部Bのものにしよう」と決めました。遺産分割には相続開始の時までさかのぼる効力がありますから、この土地は、Xが死んだその瞬間から、ずっとBの物だったことになります。だったら、Aは最初から自分の持分しか持っていなかった、ということですよね。それなのに、何か問題が起きるんですか。実は、起きます。Aの持分を買ったYに、Bが負けることがあるんです。先に答えを言います。決め手は、Yが現れたのが、話し合いの前か、後かです。前なら、条文が遡及効を曲げてYを守ります。あとなら、登記の早い者勝ちになります。ただし、どちらの場合も、Bが登記なしで守れるのは、もともとの自分の持分だけです。今日は、この境目を確かめます。

909条——さかのぼる効力と、その例外

909条の構造図。Xの死亡でA・Bの共有になり、遺産分割でBの単独所有に決まる。矢印を相続開始の時点まで戻し「さかのぼって効力を生ずる」と付す。ただし書の部分を色分けし、第三者を害する場合には及ばないことを示す。 図:909条の構造図

  • Xの死亡でA・Bの共有になり、遺産分割でBの単独所有に決まる
  • 矢印を相続開始の時点まで戻し「さかのぼって効力を生ずる」と付す

まず、遺産分割そのものを最短で確認します。遺産分割とは、相続人全員の話し合いで、遺産の分け方を決めることです。話し合いで決める方法のほかにもやり方はありますが、今日はそこには踏み込みません。ここで、909条を見ます。

条文民法909条

民法 第909条(遺産の分割の効力) 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

本文が、原則です。遺産分割には、相続が始まった時までさかのぼる効力があります。冒頭の土地でいえば、Bの単独所有という結果は、Xが死んだその瞬間から、ずっとそうだったことになります。遺産分割でどのように分けても、各相続人は亡くなった人から直接受け継いだという形になります。いったん共有になったものを、相続人どうしで持分を移し合った形にはしません。ただし書は、例外です。第三者の権利を害することはできません。つまり、遡及効を貫くと、ある第三者の足元をすくってしまう場合には、遡及効のほうが曲げられます。遡及効を無制限に貫くと、話し合いより前に、Aの持分を信じて動いた人まで、最初から無かったことにされてしまいます。それでは、その人があまりに気の毒です。今日は、この本文とただし書の緊張関係を、時系列で場合分けしながら確かめていきます。

分割より前に現れた第三者——ただし書で守られる

分割前の第三者の関係図。AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記をAが済ませ、Aの持分をYに譲渡して登記も済ませる。その後にAB間で遺産分割が成立し、甲土地はBの単独所有に決まる。909条ただし書がYを保護し、遡及効がYには及ばないことを矢印の分岐で示す。結論はYとBの共有。 図:分割前の第三者の関係図

  • AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記をAが済ませ、Aの持分をYに譲渡して登記も済ませる
  • その後にAB間で遺産分割が成立し、甲土地はBの単独所有に決まる
  • 909条ただし書がYを保護し、遡及効がYには及ばないことを矢印の分岐で示す
  • 結論はYとBの共有

一つ目の場合です。Aが、AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記を済ませたうえで、自分の持分をYに譲渡し、登記も済ませました。そのあとで、AB間の話し合いがまとまり、甲土地はBの単独所有と決まりました。ここで909条本文の遡及効をそのまま貫くとどうなるか、考えてください。Bの単独所有が相続開始の時からずっとそうだったことになるなら、Aは最初から自分の持分しか持っていなかったことになります。だとすると、AからYへの持分の譲渡が、遡及的に、他人のものを売ったのと同じ扱いになってしまいます。Yは、いったん手に入れたはずの持分を、後から丸ごと失うことになります。

だからこそ、909条ただし書の出番です。ただし書が、Yとの関係で遡及効を制限します。Yは、話し合いより前にAから持分を譲り受け、しかも登記も済ませていました。この二つがそろっていることが、Yがただし書の「第三者」として守られる決め手になります。結論として、遡及効はYには及びません。甲土地は、Aの持分についてはYが取得したまま、Bの持分についてはBが持ったまま、YとBの共有になります。

分割より後に現れた第三者——ただし書は及ばない

分割後の第三者の関係図。AB間で遺産分割が成立し、甲土地はBの単独所有に決まる。Bが登記を備える前に、AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記をAが済ませ、Aの持分をYに譲渡して登記を済ませる。909条ただし書の枠の外にYが位置することを示す。 図:分割後の第三者の関係図

  • AB間で遺産分割が成立し、甲土地はBの単独所有に決まる
  • Bが登記を備える前に、AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記をAが済ませ、Aの持分をYに譲渡して登記を済ませる
  • 909条ただし書の枠の外にYが位置することを示す

二つ目の場合です。時系列が、さっきと逆になります。先にAB間の話し合いがまとまり、甲土地はBの単独所有と決まりました。ところが、Bがまだ登記を備えないうちに、Aが、AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記を済ませて、自分の持分をYに譲渡し、登記も済ませてしまいました。909条ただし書の「第三者」に、このYはあたるでしょうか。さっきの理屈だと、話し合いより前に動いた人が守られる、という話でしたよね。今度は逆で、話し合いより後にYが動いています。ここは、以前、総則で見た95条4項や96条3項の「第三者」と、同じ発想です。取消し前の第三者だけが守られて、取消し後の第三者には別の理屈が及ぶ、という話を思い出してください。それと同じで、909条ただし書の「第三者」は、話し合いより前に現れた人に限られます。だから、このYには、ただし書は及びません。

そうとは限りません。ここから先は、177条の対抗問題という、別の土俵に乗ります。かつて、この場面をどう扱うかは、重要な論点でした。それを決着させたのが、最高裁の判例です。

判例最判昭46・1・26民集25巻1号90頁

遺産分割と登記——分割後の第三者との関係 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずるものではあるが、第三者に対する関係においては、相続人が相続によりいつたん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないものであるから、不動産に対する相続人の共有持分の遺産分割による得喪変更については、民法一七七条の適用があり、分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗することができないものと解するのが相当である。……なお、民法九〇九条但書にいう第三者は、相続開始後遺産分割前に生じた第三者を指し、遺産分割後に生じた第三者については同法一七七条が適用されるべきことは、右に説示したとおりであり、……

判例の考え方は、こうです。遺産分割には、確かに遡及効があります。ですが、第三者との関係で見ると、相続人がいったん手に入れた権利について、分割の時に新たな変更が生じたのと、実質は変わりません。だから、不動産の共有持分について、遺産分割によって得たり失ったりする場合にも、177条が適用されます。分割によって、法定相続分とは違う権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割の後に権利を取得した第三者に対抗できません。話し合いの中身は、外からは見えません。Yから見えるのは、Xが亡くなってAとBが共同で相続した、という外側の姿だけです。いっぽうBは、話し合いがまとまれば、自分で登記を備えることができました。登記を備えられたのに備えなかったBよりも、見えている姿を信じて動いたYを優先する。これが、分割を新しい物権変動と同じに扱う決め手です。前回、Bの持分を勝手に売った場面では、Aは最初から無権利者でした。今回Aが譲ったのは、もともとAの持分です。それが分割で後からBに移った、だから二重譲渡と同じ形になり、登記の先後で決まります。

甲土地の全部が、Bにとって法定相続分を超える取得になるわけではありません。Bのもともとの持分と、Aから来た持分とは、分けて考える必要があります。次の節で、899条の2に立ち戻って確認します。なお、この判例の事案は、分割の後にAの持分を仮差押えした債権者が第三者になったものです。仮差押えとは、裁判で決着がつく前に、相手が財産を処分してしまわないよう、仮に押さえておく手続のことです。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】遺産分割後の第三者との関係 909条ただし書にいう第三者は、相続開始後遺産分割前に生じた第三者を指し、遺産分割後に生じた第三者については民法177条が適用される。遺産分割は、第三者との関係においては、相続人が相続によりいったん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないから、分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割後に権利を取得した第三者に対抗することができない。 (規範(最判昭46・1・26))

899条の2に立ち戻る——「分割によるものかどうかにかかわらず」

899条の2の物差し図。前回と同じ横棒に法定相続分の線を引く。線の内側はBのもともとの持分で対抗要件不要。線の外側はAから来た持分で対抗要件が必要。「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」の文言を強調する。 図:899条の2の物差し図

  • 前回と同じ横棒に法定相続分の線を引く
  • 線の内側はBのもともとの持分で対抗要件不要
  • 線の外側はAから来た持分で対抗要件が必要
  • 「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」の文言を強調する

ここで、前回の物差しを思い出してください。法定相続分を超える部分の取得を、第三者に対抗するには、何が必要でしたか?登記などの対抗要件でした。899条の2第1項に、そう書いてありました。あの条文には、実は「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」という言葉が入っていました。今日は、この文言に光を当てます。ここでいう相続分は、法律が決めている各相続人の取り分、法定相続分のことです。Bの法定相続分は、もともと2分の1です。ところが、遺産分割によって、甲土地の全部がBのものと決まりました。Bのもともとの持分は、登記が無くてもYに対抗できます。ですが、Aから来た持分、つまり法定相続分を超えて取得した部分については、登記が無ければYに対抗できません。さっきの判例が言っていた「登記を経なければ対抗できない」とは、この部分のことです。

Bが登記を備える前にYが登記を済ませてしまったので、今日の場面では、Bは、Aから来た持分についてYに対抗できません。結果として、甲土地は、Aの持分をYが、Bのもともとの持分をBが持ったまま、YとBの共有になります。分割の前でも後でも、Bが登記なしで守れるのは、自分のもともとの持分だけ。行き着く先は同じです。ただ、通る道が違います。前なら909条ただし書、後なら899条の2という物差しです。この文言があることで、分割によって法定相続分を超える取り分を得た場合も、それ以外の原因で超えて取得した場合も、区別なく同じ扱いになります。超えた部分は、登記などの対抗要件が無ければ第三者に対抗できない、と条文がはっきり書き込んだわけです。

この一言があるからこそ、遺産分割で取り分が動いた場面にも、登記などの対抗要件という物差しが、はっきりと及ぶことになります。

差押えの場合も、同じ構造

差押えの図。分割前の第三者・分割後の第三者の図のYを、Aの債権者(差押債権者)に置き換えた同型の図。分割前の差押えは909条ただし書で有効なまま残る。分割後の差押えは、Bが登記を備える前なら有効になる。 図:差押えの図

  • 分割前の第三者・分割後の第三者の図のYを、Aの債権者(差押債権者)に置き換えた同型の図
  • 分割前の差押えは909条ただし書で有効なまま残る
  • 分割後の差押えは、Bが登記を備える前なら有効になる

もう一つ、場面を加えます。今度は、Aが持分を売るのではありません。Aにお金を貸していたYが、Aの持分を差し押さえた場合です。考え方は、今までとまったく同じです。まず、差押えが、話し合いより前だった場合。Yの差押えの後に遺産分割が成立しても、909条ただし書がYを保護します。Yの差押えは、遡及的に他人の持分に対する差押えになったりはせず、有効なまま残ります。話し合いが先にまとまり、Bがまだ登記を備えないうちに、Aの債権者Yが持分を差し押さえて登記まで済ませたとします。この場合、909条ただし書はYには及びません。Bはもともとの自分の持分は登記なしで対抗できますが、Aから来た持分については、登記が無ければ対抗できません。ですから、Bが登記を備えるより先に、Yが差押えの登記まで済ませていれば、Yの差押えは効力を失いません。

決め手は、いつも同じです。第三者が現れたのが、話し合いより前か、後か。それだけです。

相続放棄とは、扱いが分かれる

相続放棄との対比の一覧板。遺産分割は第三者保護規定があり分割前後で場合分けされる。相続放棄は第三者保護規定が無く、遡及効が絶対的に働く。2列で最小限の対比を示す。 図:相続放棄との対比の一覧板

  • 遺産分割は第三者保護規定があり分割前後で場合分けされる
  • 相続放棄は第三者保護規定が無く、遡及効が絶対的に働く
  • 2列で最小限の対比を示す

遺産分割とよく似た場面に、相続放棄があります。相続放棄をすると、その人は、初めから相続人でなかったことになります。ここにも遡及効があるのですが、今日見てきた遺産分割とは、扱いが分かれます。相続放棄には、909条ただし書のような、第三者を保護する規定がありません。だから、放棄の遡及効は、絶対的に働きます。今日見てきたような、話し合いより前か後かという場合分けは、放棄の場面では出てきません。さっきの判例自身が、理由を三つ挙げています。一つ目、分割の遡及効はただし書で制限されますが、放棄の遡及効は制限されません。二つ目、909条ただし書は、相続が始まってから分割が終わるまでの間に、第三者が利害関係を持つに至ることが少なくないために置かれています。ですが、放棄は短い期間のうちにしかできず、しかも財産を処分する行為があれば、放棄そのものが許されなくなります。だから、放棄の場面では、第三者の出現をそこまで考慮する必要が乏しいんです。三つ目は、分割の後に現れる第三者は、分割の前の共同相続という見た目を信頼して権利を取得することが、放棄の場合より多く見込まれます。

放棄は、さっきのとおり、短い期間のうちに決着します。いっぽう遺産分割そのものには、放棄のような短い期限がありません。もっとも今は、相続開始から十年を過ぎると、生前の贈与や介護などの貢献を考えた取り分の調整が原則できなくなるなど、長く放置しないよう促す仕組みも入っています。話し合いが何年も続くことがありますし、まとまった後も、Bが自分の登記を備えるまでは、外から見えるのは、さっきの場面と同じく共同相続の姿のままです。その姿を信じて取引する人が、それだけ現れやすいんです。この三点から、判例は、分割と放棄を同一には論じられないとしています。

今日の物差し、もう一度

まとめの板。909条本文は遡及効、ただし書は第三者保護。分割前の第三者はただし書で保護されYとBの共有になる。分割後の第三者はただし書の対象外で、177条・899条の2の物差しが効き、結論は同じくYとBの共有になる。差押えも同じ構造。相続放棄は第三者保護規定が無く扱いが分かれる。 図:まとめの板

  • 909条本文は遡及効、ただし書は第三者保護
  • 分割前の第三者はただし書で保護されYとBの共有になる
  • 分割後の第三者はただし書の対象外で、177条・899条の2の物差しが効き、結論は同じくYとBの共有になる
  • 差押えも同じ構造
  • 相続放棄は第三者保護規定が無く扱いが分かれる

今日の話を、一枚にまとめます。909条本文には、遺産分割は相続開始の時にさかのぼるという遡及効があります。ただし書は、それを第三者との関係で制限します。分割より後に現れた第三者には、ただし書は及びません。代わりに、さっきの判例が示したとおり177条の問題になり、899条の2の「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」という文言がその物差しを支えます。Bのもともとの持分は登記なしで対抗できますが、Aから来た持分は登記が無ければ対抗できません。結論は、やはりYとBの共有です。差押えの場合も、まったく同じ構造でした。そして、相続放棄は、第三者保護の規定が無いために、扱いが分かれます。この論点は、論文でも問われうるところです。

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#97単独ページ動画

相続放棄・遺贈と登記

第2章 物権 #97/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

同じさかのぼる効力なのに、結論が逆になる

冒頭の場面。Xが死んで子のAとBが相続人になった。Aは家庭裁判所で相続放棄をした。土地はBが全部受け継いだが、Bが登記をしないうちに、Aの債権者Yが「Aの持分」を差し押さえた。 図:冒頭の場面

  • Xが死んで子のAとBが相続人になった
  • Aは家庭裁判所で相続放棄をした
  • 土地はBが全部受け継いだが、Bが登記をしないうちに、Aの債権者Yが「Aの持分」を差し押さえた

Xが亡くなりました。相続人は、子のAとBの二人です。今回、Aは、家庭裁判所で相続放棄をしました。放棄の結果、土地はBが全部受け継ぎました。ところが、Bが登記をしないうちに、Aの債権者Yが「Aの持分」を差し押さえてしまいました。先に答えを言います。今日は、Bは登記がなくても勝てます。理由は、放棄のさかのぼる効力は、誰に対しても曲げられないからです。909条のような、第三者を守るただし書が、放棄の条文には置かれていません。遺産分割と同じ「さかのぼる効力」なのに、なぜ結論が逆になるのか。今日は、この境目を確かめます。そのうえで、遺言で財産をもらった場合は、また話が変わることも見ていきます。

相続放棄の基本

放棄の基本の板。放棄は938条により家庭裁判所への申述で行う。期間は915条1項により、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内。家庭裁判所で伸長できる。939条により、放棄をした者は初めから相続人とならなかったものとみなされる。 図:放棄の基本の板

  • 放棄は938条により家庭裁判所への申述で行う
  • 期間は915条1項により、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内
  • 家庭裁判所で伸長できる
  • 939条により、放棄をした者は初めから相続人とならなかったものとみなされる

まず、相続放棄そのものを、最短で確認します。相続放棄は、家庭裁判所に申し述べることで行います。口約束や、遺産に手を付けないだけでは、放棄にならないんですか。なりません。家庭裁判所への申述という、決まった手続を踏む必要があります。そして、この手続には期限があります。

条文民法915条1項

民法 第915条第1項 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

承認は相続を受け継ぐこと、限定の承認は、プラスの財産の範囲でだけ借金を払う受け継ぎ方です。自分のために相続が始まったと知った時から、3か月以内です。ただし書のとおり、事情があれば、家庭裁判所に申し立てて、この期間を伸ばしてもらうこともできます。この短さが、あとで効いてきます。そして、放棄をすると、どうなるか。

条文民法939条

民法 第939条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

「初めから相続人とならなかったものとみなす」。前回の遺産分割は、いったん共有になったものを、話し合いでさかのぼって決め直す、という形でした。放棄は違います。Aという人が、その相続に関して、最初から存在しなかったことになるんです。いったん共有になった、という段階すら無かったことになる、ということですか。ここが、今日の一番の軸になります。

放棄の後の差押え——登記なしでBが勝つ

放棄の後の差押えの図。Aが家庭裁判所で相続放棄をし、土地はBの単独取得と確定する。Bが登記を備える前に、Aの債権者Yが「Aの持分」を差し押さえる。939条の遡及効により、Aの持分はそもそも存在しなかったことを示す。 図:放棄の後の差押えの図

  • Aが家庭裁判所で相続放棄をし、土地はBの単独取得と確定する
  • Bが登記を備える前に、Aの債権者Yが「Aの持分」を差し押さえる
  • 939条の遡及効により、Aの持分はそもそも存在しなかったことを示す

冒頭の場面に戻ります。Aが放棄し、Bが土地を全部受け継ぎました。Bが登記を備える前に、Aの債権者Yが、Aの持分を差し押さえました。939条をそのまま当てはめると、どうなりますか。Aの持分が最初から存在しなかった以上、Yが差し押さえたのは、誰の物でもない持分ということになります。判例も、この結論をはっきり示しています。

判例最判昭42・1・20

相続放棄と差押え——放棄の絶対効 民法が承認、放棄をなすべき期間(同法九一五条)を定めたのは、相続人に権利義務を無条件に承継することを強制しないこととして、相続人の利益を保護しようとしたものであり、同条所定期間内に家庭裁判所に放棄の申述をすると(同法九三八条)、相続人は相続開始時に遡ぼつて相続開始がなかつたと同じ地位におかれることとなり、この効力は絶対的で、何人に対しても、登記等なくしてその効力を生ずると解すべきである。

放棄の効力は絶対的で、誰に対しても、登記などなくして生じます。Yがどれだけ善意で差し押さえたとしても、それだけでは覆りません。Bは、登記が無くても、Yに対抗できます。遺産分割のときは、話し合いより後に現れた第三者には、登記の先後で決まる別の理屈が働きましたよね。今回はそれが無いんですか。無いんです。909条ただし書のような、第三者を守る規定が、放棄の条文には置かれていません。ここが、遺産分割と放棄の一番の違いです。まず、前々回の物差しを思い出してください。899条の2は、法定相続分までは登記が無くても対抗できて、それを超える部分だけは登記などの対抗要件が要る、という条文でした。ここを数字で確かめましょう。法定相続分は、法律が決めている各相続人の取り分で、誰が相続人かで決まります。相続人がAとBの二人なら、法定相続分は、それぞれ2分の1です。ですが、Aが放棄すると、939条により、Aはその相続に関して最初から相続人でなかったことになります。相続人がBだけになる以上、法定相続分を計算し直すと、Bの法定相続分は最初から100パーセントです。

遺産分割の場合、法定相続分の基準はAもBも相続人のままという前提で決まっていました。だから、話し合いでBが全部取得すると、もともとの2分の1を超える部分が生まれました。ところが放棄の場合は、Aがそもそも相続人の数から外れるので、Bが土地を全部取得しても、超える部分自体が生まれないんです。超える部分が無いのなら、899条の2が要求する対抗要件も、そもそも問題になりません。名簿にたとえるなら、遺産分割は、名簿はそのままで、取り分の分け方を後から決め直す手続です。放棄は、名簿からAの名前を最初から消す手続です。名簿そのものが書き換わるので、Bの取り分からはみ出す部分が生まれないんです。

放棄の前の差押え——それでも結論は変わらない

放棄の前の差押えの図。Aの債権者Yが先にAの持分を差し押さえ、その後にAが家庭裁判所で相続放棄をする。時系列は差押えが先、放棄が後。939条の遡及効が差押えの前後を問わず及ぶことを示す。 図:放棄の前の差押えの図

  • Aの債権者Yが先にAの持分を差し押さえ、その後にAが家庭裁判所で相続放棄をする
  • 時系列は差押えが先、放棄が後
  • 939条の遡及効が差押えの前後を問わず及ぶことを示す

時系列を逆にしてみましょう。Yが先にAの持分を差し押さえ、その後で、Aが家庭裁判所で相続放棄をした場合です。差押えの瞬間だけを見れば、Aは共同相続人の一人で、持分も現実にありました。ですが、その後にAが放棄すると、939条の効力が働きます。939条は「その相続に関しては」と言っていて、時点を区切っていません。放棄をした以上、Aは、相続の開始の時にさかのぼって、最初から相続人でなかったことになります。差押えの時点までさかのぼって、Aは相続人でなかったことになる。そう考えるのが、通説的な理解です。この場面を正面から決めた判例は無いのですが、学説の多くは、差押えは遡及的に他人の持分に対するものとなり、効力を生じないと考えます。理由は三つです。一つ目、放棄という制度は、借金の方が多い相続財産の負担から、相続人を解放するための仕組みです。この趣旨を徹底するなら、放棄の前後で結論を変える理由がありません。たとえば、Xが土地より大きな借金を残していたら、Aは放棄で借金から逃れられます。二つ目、909条ただし書のような、第三者を保護する規定が、放棄には置かれていません。置かれていない以上、遡及効を制限する足場がそもそも無いんです。三つ目は、放棄には、さっき見た3か月という短い期間があり、しかも家庭裁判所という公的な手続を通ります。前回見た遺産分割の判例も、放棄との違いとして、この期間の短さを挙げていました。第三者は、この短い期間と手続の存在を通じて、Aの相続人としての地位がまだ確定していない、と気づける立場にあります。だから、放棄によって第三者が不意打ちを受ける可能性は、比較的小さいんです。

放棄の趣旨、第三者を守る規定が無いこと、そして短い期間と家庭裁判所の手続。この三つの理由から、差押えが放棄より前でも後でも、結論は変わりません。Bは、登記が無くても、Yに対抗できます。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】放棄前の第三者との関係 相続放棄の遡及効は、放棄の前に生じた第三者の権利取得に対しても及ぶ。放棄の趣旨(相続財産の負担からの解放)、第三者保護規定の不存在、期間制限と家庭裁判所の関与による不意打ちの少なさから、差押え等は遡って他人の持分に対するものとなり、効力を生じないと解するのが通説である。 (規範(通説で立てる))

この論点は、答案では、遡及効の徹底とその理由づけを自分の言葉で書けるかが問われる、論文で問われうる骨格の一つです。

Aが自分で持分を処分した場合——放棄そのものができなくなる

処分行為の図。Aが放棄の前に自分の持分を第三者に売ってしまう。差押えとは異なり、Aが自ら処分行為を行った場合には、単純承認とみなされ、以後は相続放棄ができなくなることを示す。 図:処分行為の図

  • Aが放棄の前に自分の持分を第三者に売ってしまう
  • 差押えとは異なり、Aが自ら処分行為を行った場合には、単純承認とみなされ、以後は相続放棄ができなくなることを示す

ここまでは、Yが差し押さえた場面でした。ここで、よく似ているけれど違う場面を確認します。Aが、自分の持分を、自分の意思で誰かに売ってしまった場合です。決定的に違うのは、行為の主体です。差押えは、Aの債権者が、Aの意思とは関係なく行う行為です。ですが、持分を売るのは、A自身の意思による処分行為です。前回の判例が、放棄との違いとして挙げていた、処分行為があれば放棄は許されない、という点がこれです。民法には、相続人が相続財産を処分すると、単純承認をしたものとみなす、という規定があります。Aが自分の持分を売ってしまうと、その時点で単純承認をしたとみなされます。単純承認したとみなされた以上、Aは、もう相続放棄を選べなくなります。

差押えの場合は、Aの意思が入らないので、放棄という選択肢は残ったままです。ですが、Aが自分で処分すると、その瞬間に放棄という選択肢そのものが失われます。だから、「差し押さえた」場合と「売った」場合とでは、話がまったく違ってくるんです。この場合、Aは単純承認をした相続人として扱われるので、以後の処理は、前々回に見た、持分を超えて処分した共同相続人の場面と同じ考え方になります。

遺贈と登記——登記が無ければ負ける

遺贈の図。Xが遺言で土地をBに与える遺贈。相続人Aは別におり、Aの債権者Yが、Aに代わってAの持分の相続登記を入れたうえで、その持分を差し押さえる。BとYが対抗関係に立つことを示す。 図:遺贈の図

  • Xが遺言で土地をBに与える遺贈
  • 相続人Aは別におり、Aの債権者Yが、Aに代わってAの持分の相続登記を入れたうえで、その持分を差し押さえる
  • BとYが対抗関係に立つことを示す

ここから、場面を変えます。遺贈です。遺贈とは、遺言によって、財産を無償で与える意思表示のことです。場面を見ましょう。Xが、遺言で土地をBに与えました。相続人はAとBの二人ですが、Bは受遺者として、遺言でこの土地をもらいます。Bが登記をしない間に、Aの債権者Yが、Aの法定相続分に相当する持分について、Aに代わって、Aの持分の相続登記を入れたうえで、差し押さえました。どこが違うか、考えてみてください。放棄では、Aという相続人が、最初から居なかったことになりました。今回、Aは相続人のままですか。あっ、そうか。遺贈があっても、Aは相続人のままですよね。Xが、自分の財産の一部を、遺言でBに渡しただけで。ここが決定的な違いです。判例も、この点をはっきり述べています。

判例最判昭39・3・6民集18巻3号437頁

遺贈と登記——意思表示による物権変動 遺贈は遺言によつて受遺者に財産権を与える遺言者の意思表示にほかならず、遺言者の死亡を不確定期限とするものではあるが、意思表示によつて物権変動の効果を生ずる点においては贈与と異なるところはないのであるから、遺贈が効力を生じた場合においても、遺贈を原因とする所有権移転登記のなされない間は、完全に排他的な権利変動を生じないものと解すべきである。そして、民法一七七条が広く物権の得喪変更について登記をもつて対抗要件としているところから見れば、遺贈をもつてその例外とする理由はないから、遺贈の場合においても不動産の二重譲渡等における場合と同様、登記をもつて物権変動の対抗要件とするものと解すべきである。

遺贈は、意思表示によって物権が動くという点で、贈与と変わりません。だから、登記がされるまでは、完全に排他的な権利変動は生じない。そして177条は、広く物権の変動に登記を求めていて、遺贈だけを例外にする理由は無い。これが判例の考え方です。今回は、Aが相続人から外れるわけではないので、法定相続分の計算は動きません。Aの法定相続分は2分の1のまま、Bの遺贈による取得も、そのままの形で残ります。ですから、BとYは、普通の対抗関係に立ちます。Bは、登記をしていなければ、Yに対抗できません。決め手は、いつも同じです。誰かが相続人から消えたのか、それとも、財産が意思表示によって動いただけなのか。この違いが、結論を分けています。

「相続させる」旨の遺言と登記——今は899条の2で上書き

相続させる遺言の図。Xが遺言で「甲土地はBに相続させる」と定める。相続人Aの債権者Yが、Aの法定相続分に相当する持分を差し押さえる。かつての判例は登記不要としたが、現在は899条の2第1項により、法定相続分を超える部分は登記が必要になることを注記する。 図:相続させる遺言の図

  • Xが遺言で「甲土地はBに相続させる」と定める
  • 相続人Aの債権者Yが、Aの法定相続分に相当する持分を差し押さえる
  • かつての判例は登記不要としたが、現在は899条の2第1項により、法定相続分を超える部分は登記が必要になることを注記する

もう一つ、似た場面があります。「甲土地はBに相続させる」という形の遺言です。これを、特定財産承継遺言と呼びます。遺贈は、遺言で財産を与えるものです。こちらは、どの遺産を誰が受け継ぐかという、相続の分け方そのものを、遺言で先に決めておくものです。今日は、登記との関係だけを見ます。このタイプの遺言は、かつて、次のように扱われていました。

判例最判平14・6・10

「相続させる」旨の遺言——旧判例 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は,特段の事情のない限り,何らの行為を要せずに,被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される……。このように,「相続させる」趣旨の遺言による権利の移転は,法定相続分又は指定相続分の相続の場合と本質において異なるところはない。そして,法定相続分又は指定相続分の相続による不動産の権利の取得については,登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる……。

登記が無くても対抗できる、と言っていますね。放棄と同じ結論ですか。ここが、今日の一番注意が要るところです。この判例は、平成30年の改正より前のものです。今は、この結論のままではありません。前々回に確認した899条の2第1項を思い出してください。899条の2は、分割によるものかどうかにかかわらず、と横断的に書かれています。特定財産承継遺言によって取得した場合も、この条文の対象に含まれます。だから、今は、法定相続分を超える部分については、登記などの対抗要件が必要です。かつての判例は登記不要としていましたが、それは現在の結論ではありません。

かつては、遺贈と、「相続させる」旨の遺言とで、扱いが分かれていました。899条の2という条文が新しく置かれたことで、法定相続分を超える部分は登記が要る、という一本の物差しに統一されたんです。

相続登記の申請義務化——対抗要件とは別の話

義務化の板。不動産登記法76条の2第1項により、相続で所有権を取得した者は、知った日から3年以内に登記を申請する義務を負う。76条の3の申出をすれば義務は履行したことになるが、対抗要件にはならない。正当な理由なく怠ると164条1項により10万円以下の過料。2024年4月1日施行で、施行前の相続にも適用される。 図:義務化の板

  • 不動産登記法76条の2第1項により、相続で所有権を取得した者は、知った日から3年以内に登記を申請する義務を負う
  • 76条の3の申出をすれば義務は履行したことになるが、対抗要件にはならない
  • 正当な理由なく怠ると164条1項により10万円以下の過料
  • 2024年4月1日施行で、施行前の相続にも適用される

最後に、今日の話とは少し違う角度の制度を確認します。ここまでは、ずっと「登記が無いと第三者に負ける」という、対抗要件の話でした。ここからは、それとは別に、登記そのものを申請する義務があるという話です。負けるかどうかとは、別の話です。対抗要件は、私人どうしの争いで、どちらが勝つかを決めるルールです。これから話す義務は、国が、相続で所有権を取得した人に対して申請を義務づける、行政上のルールです。条文を見ましょう。

条文不動産登記法76条の2第1項

不動産登記法 第76条の2第1項 所有権の登記名義人について相続の開始があったときは、当該相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から三年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない。遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により所有権を取得した者も、同様とする。

相続で不動産の所有権を取得した人は、知った日から3年以内に、登記を申請しなければなりません。遺贈で取得した場合も、相続人に対する遺贈であれば、同じ扱いです。遺産分割がなかなかまとまらない場合など、すぐに正式な登記が難しいこともあります。そのための救済策として、76条の3という条文が置かれています。自分が相続人であるという申出を法務局にすれば、それだけで、いったんこの義務を果たしたことになります。それで登記が済んだことになるんですか。なりません。ここが大事なところです。この申出は、あくまで義務を履行したとみなすための手続で、正式な所有権の移転登記ではありません。ですから、今日ずっと見てきた対抗要件、177条や899条の2の話とは、無関係です。申出をしただけでは、第三者との争いには勝てません。

義務は果たしたけど、対抗要件は別に備えないといけない、ということです。そして、この義務を、正当な理由なく怠るとどうなるか。不動産登記法の164条1項が、10万円以下の過料に処すると定めています。過料は、刑罰ではない、行政上のお金の制裁です。この制度は、2024年4月1日に始まりました。それより前に始まった相続にも、この義務は及びます。昔の相続にも、さかのぼって義務が生まれるんですか。及びます。ただ、いきなり過去にさかのぼって期限切れにはなりません。3年の期限は、知った日と、制度が始まった日の、遅いほうから数えます。たとえば、2015年に親の死亡と土地の相続を知っていた人なら、2024年4月1日から3年、2027年3月31日までに申請すれば間に合います。今日ずっと見てきた「登記が無いと負けるかどうか」という私人どうしの勝負のルールと、この「期限内に申請しないと過料を科されるかどうか」という国とのルールは、まったく別物だという点を、押さえておいてください。

今日の物差し、もう一度

まとめの板。放棄の後の差押えは登記不要。放棄の前の差押えも通説で登記不要。Aが自ら処分した場合は単純承認とみなされ放棄自体が成立しない。遺贈は登記が無ければ対抗できない。「相続させる」遺言は899条の2により法定相続分を超える部分は登記が必要。相続登記の申請義務は対抗要件とは別に3年以内に生じる。 図:まとめの板

  • 放棄の後の差押えは登記不要
  • 放棄の前の差押えも通説で登記不要
  • Aが自ら処分した場合は単純承認とみなされ放棄自体が成立しない
  • 遺贈は登記が無ければ対抗できない
  • 「相続させる」遺言は899条の2により法定相続分を超える部分は登記が必要
  • 相続登記の申請義務は対抗要件とは別に3年以内に生じる

今日の話を、一枚にまとめます。相続放棄には、909条ただし書のような第三者保護規定がありません。だから、差押えが放棄の前でも後でも、Bは登記が無くてもYに対抗できます。理由は、Aが最初から相続人でなかったことになる結果、法定相続分そのものが数え直され、超える部分が生まれないからでした。その場合は、Aが単純承認をしたとみなされ、放棄そのものが成立しなくなります。遺贈は、意思表示による物権変動として、普通に177条が適用されます。登記が無ければ、第三者に対抗できません。「相続させる」旨の遺言も、かつては登記不要とされていましたが、今は899条の2により、法定相続分を超える部分は登記が必要という結論に統一されています。

登記の申請義務は、今まで見てきた対抗要件の話とは別に、知った日から3年以内に登記を申請しなければならない、という公法上の義務でした。怠ると過料が科されます。

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#98単独ページ動画

登記請求権と中間省略登記

第2章 物権 #98/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

判を押してくれない売主に、どう言うか

冒頭の場面。AとBが土地の売買契約を結び、Bは代金も払った。しかしAは登記の書類に判を押してくれない。さらにBがCに土地を転売したのに、登記はまだAのままである。CはAに「間を飛ばして、直接わたしに登記を移して」と言えるかを示す。 図:冒頭の場面

  • AとBが土地の売買契約を結び、Bは代金も払った
  • しかしAは登記の書類に判を押してくれない
  • さらにBがCに土地を転売したのに、登記はまだAのままである
  • CはAに「間を飛ばして、直接わたしに登記を移して」と言えるかを示す

Aから土地を買ったBは、代金も払いました。ところがAは、登記の書類に判を押してくれません。登記は、売主と買主がそろって申請するのが原則でした。前に確認しました。では、売主が協力しないとき、買主はどうすればいいのか。今日は、ここから始めます。さらに話を進めて、Bがその土地をCに転売したのに、登記はまだAのままだった場合も見ます。Cは、Aに「間を飛ばして、直接わたしに登記を移してください」と言えるでしょうか。先に答えを、少しだけ教えてもらえますか。分かりました。Bは、登記請求権という権利で、Aに協力を求められます。ただ、CがAに「間を飛ばして」と言うことは、原則できません。その代わり、Cには、Bの権利を代わりに使うという道が残っています。この二つの答えが、なぜそうなるのかを、順番に確かめていきます。

登記請求権の意義——協力しない相手に、どう求めるか

登記請求権の板。当事者共同申請主義の下では、登記義務者が協力しないと登記権利者は単独で申請できない。そこで、登記の移転・抹消の手続を求める登記請求権が解釈上認められる。それでも協力が得られなければ、確定判決を得て単独で申請できる(判決による登記)。 図:登記請求権の板

  • 当事者共同申請主義の下では、登記義務者が協力しないと登記権利者は単独で申請できない
  • そこで、登記の移転・抹消の手続を求める登記請求権が解釈上認められる
  • それでも協力が得られなければ、確定判決を得て単独で申請できる(判決による登記)

登記は、登記権利者と登記義務者が共同で申請するのが原則でした。買主が典型の登記権利者、売主が典型の登記義務者、というあの整理です。登記義務者が協力しないと、登記権利者は一人では申請できない、というのが原則でした。では、協力しない売主に対して、買主は何もできないのでしょうか。そんなことはありません。登記の移転や抹消の手続をするよう、相手に求める権利が認められます。これを登記請求権と呼びます。条文は見当たりません。登記請求権は、条文に直接の定めが無く、共同申請主義という仕組みの裏返しとして、解釈上当然に認められている権利です。共同申請が原則である以上、協力しない相手に協力を求める権利が無ければ、登記権利者はいつまでも登記を得られません。

相手が最後まで協力しないときは、訴訟を起こします。登記手続をせよ、という確定判決を得れば、登記義務者の協力が無くても、登記権利者だけで申請できます。

条文不動産登記法63条1項

不動産登記法 第63条第1項 第六十条、第六十五条又は第八十九条第一項(同条第二項(第九十五条第二項において準用する場合を含む。)及び第九十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、これらの規定により申請を共同してしなければならない者の一方に登記手続をすべきことを命ずる確定判決による登記は、当該申請を共同してしなければならない者の他方が単独で申請することができる。

共同で申請すべき者の一方に登記手続を命じる確定判決があれば、他方が単独で申請できる、と定められています。これを判決による登記と呼びます。

同じBから生まれる3つの登記請求権

3類型の比較板。①債権的登記請求権=売買契約(555条)から発生・消滅時効にかかる(166条1項)・所有権を失っても持てる。②物権的登記請求権=今の所有権(176条)から発生する妨害排除請求権の一場面・消滅時効にかからない・所有権を失うと持てない。Bは①と②を同時に持つ。 図:3類型の比較板

  • ①債権的登記請求権=売買契約(555条)から発生・消滅時効にかかる(166条1項)・所有権を失っても持てる
  • ②物権的登記請求権=今の所有権(176条)から発生する妨害排除請求権の一場面・消滅時効にかからない・所有権を失うと持てない
  • Bは①と②を同時に持つ

ここからが、今日の中心です。Aから土地を買ったBという、たった一つの事実関係から、性質の違う三つの登記請求権が生まれます。一つの売買から、三つも出てくるんですか。出てきます。一つずつ確かめましょう。一つ目は、債権的登記請求権です。BとAの間には、売買契約という約束があります。この約束そのものから、登記を移せという請求権が生まれます。契約という債権から生まれる以上、他の債権と同じく、消滅時効にかかります。消滅時効の回で見た166条1項のとおり、知った時から五年、行使できる時から十年です。二つ目は、物権的登記請求権です。Bは、売買によって、すでに所有権を取得しています。

Bはもう所有者なのに、登記の名義はまだAのままです。実際の権利と登記の記載がずれている。このずれを正せという請求権が、Bの持つ所有権そのものの効力として生まれます。これは、以前確認した妨害排除請求権の一つの現れです。自分名義のはずの土地に、違う名義の登記が付いている状態も、その一場面にあたります。所有権に基づく請求権なので、消滅時効にはかかりません。たとえば、Bが代金を払って土地の引渡しも受けたのに、登記を移さないまま何年も放っておき、①の時効期間が過ぎてしまったとします。契約から生まれた①は、もう使えないかもしれません。それでも、Bが所有者である限り、②で登記を求められます。①と②の違いが効いてくるのは、こういう場面です。

契約という約束から①が、所有権の取得から②が、それぞれ独立に発生します。同じBの中に、性質の違う二つの登記請求権が同時に存在するんです。

3類型の比較板、三つ目を加えた形。①債権的登記請求権=売買契約(555条)から発生・消滅時効にかかる(166条1項)。②物権的登記請求権=今の所有権(176条)から発生する妨害排除請求権の一場面・消滅時効にかからない。③物権変動的登記請求権=物権変動の過程を登記に映す要請から発生・所有権を失った中間者Bにも認められる。 図:3類型の比較板、三つ目を加えた形

  • ①債権的登記請求権=売買契約(555条)から発生・消滅時効にかかる(166条1項)
  • ②物権的登記請求権=今の所有権(176条)から発生する妨害排除請求権の一場面・消滅時効にかからない
  • ③物権変動的登記請求権=物権変動の過程を登記に映す要請から発生・所有権を失った中間者Bにも認められる

三つ目は、物権変動的登記請求権です。ここで、話を先に進めます。Bがさらに土地をCに転売したとしましょう。所有権を失えば、所有権に基づく②は消えます。ところが、こういう場合でも、Bにはなお別の登記請求権が認められます。登記簿の甲区には、所有権が誰から誰へ移ってきたかが順に記録され、誰でも法務局で確かめられるのでした。登記の公示という役割です。その記録が本当の移り変わりとずれていては、公示の意味が薄れます。だから、AからBへ、BからCへという本物の移転が現実にあった以上、登記もその筋道どおりに動くべきだ、というのが不動産登記法の建前です。この要請から生まれるのが③で、所有権を失った中間者Bにも認められるという点が、①や②と決定的に違います。

同じBという一人の人物のなかで、時間の経過とともに、持っている登記請求権の中身が入れ替わっていくと考えてください。①が残っているなら、③は要らないのではないですか。そこが③の出番です。①は、さっき見たとおり、時効で使えなくなることがあります。そうなった後で、BがCに登記を渡すために、まずAから自分へ登記を移そうとしても、①は使えません。所有権を手放したので、②もありません。それでも、A→B→Cという本物の移転があった以上、Bに登記を求める道を残しておく。それが③です。

中間省略登記——2つの場面の切り分け

場面の切り分け板。A→B→Cと順次譲渡されたのに、登記をBを経由させずA→Cと直接移転することを中間省略登記と呼ぶ。場面(1)=すでに中間省略登記がされた場合、その登記は有効か(効力の話)。場面(2)=これからCがA→Cの中間省略登記を請求できるか(請求の可否の話)。 図:場面の切り分け板

  • A→B→Cと順次譲渡されたのに、登記をBを経由させずA→Cと直接移転することを中間省略登記と呼ぶ
  • 場面(1)=すでに中間省略登記がされた場合、その登記は有効か(効力の話)
  • 場面(2)=これからCがA→Cの中間省略登記を請求できるか(請求の可否の話)

ここまでの話を踏まえて、③の登記請求権が意味を持つ場面を見ていきます。AからBへ、BからCへと、土地が順番に譲渡されたのに、登記だけはBを経由させず、A名義から直接Cへ移すことがあります。これを中間省略登記と呼びます。登記を二回に分けると、その都度、登録免許税などの費用がかかります。Bを飛ばして一回で済ませれば、その分の費用が浮くからです。もう登記された場合と、これから登記したい場合は、別問題として切り分ける必要があります。一つは、すでにA名義から直接Cへの登記がされてしまった場合、その登記は有効か、という効力の問題です。もう一つは、これからCが、Aに対して直接の登記を請求できるか、という請求の可否の問題です。この二つは時制が違います。先に結論だけ言うと、前者は原則として有効、後者は原則としてできません。

結論は逆に見えますが、矛盾はしていません。この先で、それぞれの理由を確かめていきます。

もう登記された場合——効力

効力の図。A→B→Cの順に土地が移転し、登記だけがA名義からC名義へ直接付けられている。全員が同意している場合と、中間者Bが同意していない場合の両方で、現在の所有者がCであることを示す。 図:効力の図

  • A→B→Cの順に土地が移転し、登記だけがA名義からC名義へ直接付けられている
  • 全員が同意している場合と、中間者Bが同意していない場合の両方で、現在の所有者がCであることを示す

まず、すでに中間省略登記がされてしまった場面です。A・B・C全員が同意していれば、その登記は有効です。今の所有者はCで、登記の記載もCなので、一致しています。中間者Bが同意していなくても、原則として有効と考えられています。理由は同じで、今の所有者がCであるという事実と、登記の記載が一致しているからです。仮にこの登記を消しても、やり直せばA→B→Cと移って、最後にはやはりC名義になります。結果が同じなら、今の権利関係と合っている登記を、わざわざ覆す意味は薄いんです。

判例最判昭35・4・21民集14巻6号946頁

中間省略登記の抹消——正当な利益の有無 家屋が、甲から乙、丙を経て丁に転々譲渡された後、乙の同意なしに丁のため右家屋について中間省略登記がなされたときであつても、原審認定のような事情(原判決参照)があつて乙が、右中間省略登記の抹消登記を求める正当な利益を欠くときは、右抹消請求は許されない。

判例は、中間者Bが抹消を求められるのは、抹消を求める正当な利益があるときに限られる、という線を引きました。そのうえで、この事案のBにはその利益が無いとして、抹消請求を退けています。分かれ目は、Bに正当な利益があるかどうかです。これは判例の事案そのものではなく、理解のための一つの例ですが、たとえば、BがCから、まだ代金を受け取っていない場合を考えてみてください。この場合Bは、代金を払ってもらうまで、登記を渡さなくてよいと言える権利を持っています。この抗弁権を持っている間に、間を飛ばしてA名義からC名義への登記が済んでしまうと、Bは、自分の手元に登記があるという状態を使って代金の支払いを迫る、という切り札を失います。だから、Bには抹消を求める正当な利益がある、と考えられます。

Cから代金をすでに受け取っていた場合は、Bの利益はもう害されていないので、抹消を求める正当な利益は認められません。今見た判例の事案も、代金の話ではありませんが、中間者Bが自分の名義を登記しておく利益を何も持っていなかった、利益が無い側の場面です。

これから請求する場合——原則できない

対比の図。以前見た真正な登記名義の回復では、無権利のBが絡んでおり、CからAへの直接移転登記が認められる。今回のA→B→Cは全員に本物の所有権移転があり、Cが直接Aに登記を請求することは原則できない。 図:対比の図

  • 以前見た真正な登記名義の回復では、無権利のBが絡んでおり、CからAへの直接移転登記が認められる
  • 今回のA→B→Cは全員に本物の所有権移転があり、Cが直接Aに登記を請求することは原則できない

結論から言うと、Bがいったん本当に所有権を持っていた今回は、CがAに直接請求することは、原則としてできません。ここが、今日いちばん注意が要るところです。

判例最判昭40・9・21民集19巻6号1560頁

中間省略登記の請求——原則できない 実体的な権利変動の過程と異なる移転登記を請求する権利は、当然には発生しないと解すべきであるから、甲乙丙と順次に所有権が移転したのに登記名義は依然として甲にあるような場合に、現に所有権を有する丙は、甲に対し直接自己に移転登記すべき旨を請求することは許されないというべきである。ただし、中間省略登記をするについて登記名義人および中間者の同意ある場合は別である。

これから中間省略登記を請求する権利は、原則として発生しません。認められるのは、登記名義人であるAと、中間者であるBの、両方の同意がある場合に限られます。さっきの③で見た、不動産登記法の建前です。登記簿は、所有権が誰から誰へ移ってきたかを、そのまま記録して見せるためのものでした。だから、これから作る登記は、今の所有者が誰かだけでなく、どういう経路でそこに至ったかという筋道も映すべきだとされます。A→B→Cという本物の経路があった以上、これから作る登記も、その経路をたどるのが原則です。いきなりA→Cという登記を新しく請求することは、この原則に反します。すでにされた登記は、消してもやり直せばC名義に戻るだけでした。これから作る登記は違います。まだ何も作っていないので、はじめから筋道どおりに作れます。だから、できてしまった登記は覆さず、これから作る登記は筋道どおりに、と結論が分かれるんです。

決定的な違いは、途中に本物の権利変動があったかどうかです。真正な登記名義の回復の場面では、Bはそもそも無権利で、AからBへの本物の移転は無かった場面でした。だから、CからAへ直接つないでも、経路を飛ばしたことにはなりません。今回は逆で、AからB、BからCへと、本物の移転がすべて実在します。本物の経路がある以上、それを飛ばす直接請求は認められないんです。「真正な登記名義の回復」という名目に変えても、認められません。

判例最判平22・12・16民集64巻8号2050頁

真正な登記名義の回復と中間省略登記 不動産の所有権が、元の所有者から中間者に、次いで中間者から現在の所有者に、順次移転したにもかかわらず、登記名義がなお元の所有者の下に残っている場合において、現在の所有者が元の所有者に対し、元の所有者から現在の所有者に対する真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を請求することは、物権変動の過程を忠実に登記記録に反映させようとする不動産登記法の原則に照らし、許されないものというべきである。

名目をどう変えても、A→B→Cという本物の権利変動の過程があった以上、その過程を登記記録に忠実に反映させるべきだという原則は変わりません。だから、名目を変えても、CがAに直接請求することは認められないんです。

Cが使える迂回路——代位行使

代位行使の図。Cは自分のBに対する登記請求権を守るため、BのAに対する登記請求権を代位行使する。結果としてA→B、B→Cの順に登記がそろう。Bの無資力は要件でないことを示す。 図:代位行使の図

  • Cは自分のBに対する登記請求権を守るため、BのAに対する登記請求権を代位行使する
  • 結果としてA→B、B→Cの順に登記がそろう
  • Bの無資力は要件でないことを示す

筋道どおりなら、まずBがAから登記を受け、次にCがBから登記を受ければよいのですが、Bが自分からAに登記を求めてくれるとは限りません。そこで使えるのが、代位行使です。Cは、自分がBに対して持っている登記請求権を守るために、Bが持っている、Aに対する登記請求権を、Bの代わりに行使できます。

条文民法423条の7

民法 第423条の7 登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産を譲り受けた者は、その譲渡人が第三者に対して有する登記手続又は登録手続をすべきことを請求する権利を行使しないときは、その権利を行使することができる。この場合においては、前三条の規定を準用する。

この条文がその根拠です。通常の債権者代位権は、金銭債権を保全するための制度で、相手の無資力が要件になります。ですが、423条の7は違います。ここでCが守ろうとしているのは、お金の回収ではなく、Bに対する特定の登記請求権そのものです。だから、Bの無資力は要件に入りません。Cがこの代位行使を使ってA→Bの登記を実現し、続けてB→Cの登記も済ませれば、結果として、A→B、B→Cという順序で登記がそろいます。これなら、さっき見た「登記は変動の過程も映すべきだ」という原則とも矛盾しません。飛ばさずに、正しい順番で登記を積み上げる。これが、Cに残された迂回路です。債権者代位権そのものの本体は、別の回で扱います。

中間者の同意が無い中間省略登記の効力と、中間省略登記を請求できるかは、論文で論点になりうる骨格です。

今日の物差し、もう一度

まとめの板。登記請求権は共同申請主義の裏返しとして解釈上認められる。①債権的=契約から・時効消滅する・②物権的=所有権から・時効消滅しない・③物権変動的=変動の過程を映す要請から・所有権を失った中間者にも認められる。中間省略登記は、もう登記された場合は原則有効、これから請求する場合は原則できない。迂回路は423条の7の代位行使。 図:まとめの板

  • 登記請求権は共同申請主義の裏返しとして解釈上認められる
  • ①債権的=契約から・時効消滅する
  • ②物権的=所有権から・時効消滅しない
  • ③物権変動的=変動の過程を映す要請から・所有権を失った中間者にも認められる
  • 中間省略登記は、もう登記された場合は原則有効、これから請求する場合は原則できない
  • 迂回路は423条の7の代位行使

今日の話を、一枚にまとめます。登記請求権は、共同申請主義の裏返しとして、解釈上当然に認められる権利でした。協力が得られなければ、判決による登記で実現できます。①債権的登記請求権は、契約から生まれ、消滅時効にかかります。②物権的登記請求権は、今の所有権から生まれ、消滅時効にかかりません。③物権変動的登記請求権は、物権変動の過程を映す要請から生まれ、所有権を失った中間者にも認められます。同じBの中で、時間とともにこの中身が入れ替わっていくんでしたね。すでに登記された場合は、現在の権利関係と一致している以上、原則有効。ただし、中間者に抹消を求める正当な利益があれば別です。これから請求する場合は、経路を飛ばすことになるので、原則できません。名目を変えても同じでした。

Cが登記をそろえたいときは、Bの登記請求権を代位行使すればよいのでした。無資力は要りません。これで、AからB、BからCへと、順番どおりに登記がそろいます。

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#99単独ページ動画

動産の対抗要件と明認方法

第2章 物権 #99/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

カメラは一歩も動いていない

冒頭の場面。AがカメラをBに売った。荷物が多いBは、しばらくAに預けたままにしておくことにした。カメラは一歩も動いておらず、外から見ても誰が持ち主か分からない。それでも法律上はAからBへの引渡しが済んだことになる。 図:冒頭の場面

  • AがカメラをBに売った
  • 荷物が多いBは、しばらくAに預けたままにしておくことにした
  • カメラは一歩も動いておらず、外から見ても誰が持ち主か分からない
  • それでも法律上はAからBへの引渡しが済んだことになる

Aが持っているカメラを、Bに売りました。ところが荷物が多いBは、しばらくAに預けたままにしておくことにします。外から見ても、誰が持ち主なのか分かりません。それでも法律上は、AからBへの引渡しが、もう済んだことになります。渡していないのに、渡したことになる。今日は、この理屈を確かめます。いいですよ。これは占有改定という、引渡しの一種です。動産の対抗要件である引渡しには、実は四つの種類があります。物を実際に手渡す方法だけでなく、今日のように見た目が何も変わらない方法まで含まれるんです。

動産版の公示の原則——178条の意義

178条の位置づけの板。公示の原則=物権変動を外から見える形にする。不動産は登記(177条)、動産は引渡し(178条)。動産の物権変動そのものは176条(意思表示のみ)で起きるが、第三者に対抗するには引渡しが要る。 図:178条の位置づけの板

  • 公示の原則=物権変動を外から見える形にする
  • 不動産は登記(177条)、動産は引渡し(178条)
  • 動産の物権変動そのものは176条(意思表示のみ)で起きるが、第三者に対抗するには引渡しが要る

以前、公示の原則という考え方を確認しました。物権の変動を、外から見える形にする考え方です。不動産は登記、動産は引渡し、でしたね。動産の物権変動そのものは、176条どおり、当事者の意思表示だけで起きます。カメラの売買契約が成立した瞬間、所有権はもうAからBに移っています。ただし、この移転を第三者に対抗するには、別に対抗要件が要ります。それが引渡しです。

条文民法178条

民法 第178条 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。

動産に関する物権の譲渡は、引渡しがなければ、第三者に対抗できない。177条の動産版だと考えてください。ところが、この引渡しには、四つの態様があります。物理的に物を動かす方法だけではありません。ここからが、今日の中心です。

引渡しの4態様——外から見て分かるか

引渡しの四つの態様のうち、①現実の引渡し(182条1項)と②簡易の引渡し(182条2項)。どちらも、占有者の交代という事実が外から見える。

178条の引渡しは、182条から184条までの四つの条文で決まります。もともとは占有権という別の権利について定めた条文ですが、動産の対抗要件を考えるときも、この四つをそのまま使います。引渡しの正体は、占有——その物を事実上支配している状態を、誰に帰属させるかを決める行為です。占有は観念的な概念なので、必ずしも物を物理的に動かさなくても移せます。引渡しの前後で、物が誰の手元にあるかによって、四つの型に分かれます。順番に確かめましょう。

条文民法182条1項

民法 第182条第1項 占有権の譲渡は、占有物の引渡しによってする。

一つ目は現実の引渡しです。占有物を実際に手渡す、いちばん素直な方法です。Aの手からBの手へ、カメラを渡す場面です。

条文民法182条2項

民法 第182条第2項 譲受人又はその代理人が現に占有物を所持する場合には、占有権の譲渡は、当事者の意思表示のみによってすることができる。

二つ目は簡易の引渡しです。譲り受ける側が、すでにその物を持っている場合、意思表示だけで引渡しが完了します。たとえば、AがBに貸していたカメラを、BがAから買い取る場面です。カメラはもうBの手元にあるので、わざわざ一度Aに戻してから渡し直す必要はありません。

③占有改定(183条)。持っている人が、以後は相手のために持つと意思表示するだけで占有権が移る、観念的な引渡し。 図:③占有改定

  • 183条
  • 持っている人が、以後は相手のために持つと意思表示するだけで占有権が移る、観念的な引渡し。

ここまでの二つは、誰がその物を持っているかという事実が、実際に変わっています。ここからの二つは違います。

条文民法183条

民法 第183条 代理人が自己の占有物を以後本人のために占有する意思を表示したときは、本人は、これによって占有権を取得する。

三つ目が、冒頭で見た占有改定です。物を持っている人が、以後は相手のために持つ、と意思表示するだけで、占有権が移ります。条文の「代理人」は物を持ち続けるA、「本人」は買ったBのことです。ここでいう代理人は、以前の代理の回で見た、本人に代わって契約を結ぶ人のことではありません。本人のために、物を手元で持っている人、という意味です。Aは、以後Bのためにこのカメラを持つ、と意思表示しただけで、占有権がAからBに移ります。外から見た限り、カメラの置き場所は何も変わりません。それでも、判例・通説は、これを178条の引渡しにあたると認めています。

判例最判昭30・6・2民集9巻7号855頁

占有改定と178条の引渡し 債務者が動産を売渡担保に供し引きつづきこれを占有する場合においては、債権者は、契約の成立と同時に、占有改定によりその物の占有権を取得し、その所有権取得をもつて第三者に対抗することができるものと解すべきである。

判例は、占有改定でも、契約の成立と同時に占有権が移り、その所有権取得を第三者に対抗できる、としています。売渡担保とは、お金を借りた人が、担保のために物を貸主に売ったことにして、自分はそのまま使い続ける取引です。178条は、引渡しの種類を限っていません。しかも、売ったあとも売主の手元に物を置いておきたい取引は、現にあります。この事案のように、担保に入れた物を使い続けたい場面です。占有改定を引渡しと認めないと、買った側は、物を取り上げない限り、いつまでも対抗要件を備えられなくなります。試験対策上、この占有改定がいちばん重要です。

物が動かないのに対抗できるのは怖い、という感覚は正しいです。外から見て分からない、という弱さは残ります。その弱さが問題になる場面は、即時取得の回で扱います。今日は、占有改定も178条の引渡しにあたる、というところまで押さえてください。

条文民法184条

民法 第184条 代理人によって占有をする場合において、本人がその代理人に対して以後第三者のためにその物を占有することを命じ、その第三者がこれを承諾したときは、その第三者は、占有権を取得する。

④指図による占有移転(184条)。Aが預けているCに、以後Bのために占有するよう命じ、Bが承諾すれば引渡しが完了する。 図:④指図による占有移転

  • 184条
  • Aが預けているCに、以後Bのために占有するよう命じ、Bが承諾すれば引渡しが完了する。

四つ目は指図による占有移転です。Aが、カメラをCに預けているとします。そのカメラをBに売却するとき、Aが、Cに対して、以後Bのためにカメラを占有するよう命じ、Bがこれを承諾すれば、AからBへの引渡しが完了します。条文では、Aが「本人」、預かっているCが「代理人」、買ったBが「第三者」と呼ばれています。178条の第三者とは別の意味の言葉なので、混ぜないでください。承諾するのは、預かっているCじゃないんですか。そこが、間違えやすいところです。承諾が要るのは、譲り受けるB側です。預かっているCの承諾は要りません。Cは、Aの指図どおり、以後Bのために持つだけです。

4態様の総括板。①現実の引渡しと②簡易の引渡しは占有者の交代が外から見える。③占有改定と④指図による占有移転は物の所在が動かず、意思表示だけで完結する観念的な引渡し。公示力は①②が強く、③④は弱い。 図:4態様の総括板

  • ①現実の引渡しと②簡易の引渡しは占有者の交代が外から見える
  • ③占有改定と④指図による占有移転は物の所在が動かず、意思表示だけで完結する観念的な引渡し
  • 公示力は①②が強く、③④は弱い

四つをまとめます。現実の引渡しと簡易の引渡しは、誰が持っているかという事実が、外から見て変わります。占有改定と指図による占有移転は、物の所在が動かず、意思表示だけで完結します。外から見た公示力という点では、前の二つが強く、後ろの二つは弱いんです。見分け方は、物が誰の手元にあるかです。Aの手元からBへ動くのが現実の引渡し、もともとBの手元にあるのが簡易の引渡し、Aの手元に残るのが占有改定、預け先のCの手元に残るのが指図による占有移転です。

178条の「第三者」——177条と同じ枠組み

178条の第三者の定義板。178条の第三者=物権変動の当事者もしくはその包括承継人以外の者であって、引渡しの欠缺を主張するについて正当の利益を有する者。177条の第三者と同じ二段階フィルター。 図:178条の第三者の定義板

  • 178条の第三者=物権変動の当事者もしくはその包括承継人以外の者であって、引渡しの欠缺を主張するについて正当の利益を有する者
  • 177条の第三者と同じ二段階フィルター

178条にも「第三者」という言葉があります。以前、177条の回で見た第三者の定義を覚えていますか。当事者や包括承継人以外の者であって、登記が無いことを主張する正当な利益を持つ者、でしたね。178条の第三者も、まったく同じ枠組みで考えます。物権変動の当事者もしくはその包括承継人以外の者であって、引渡しが無いことを主張するについて正当な利益を有する者、と解されています。登記が引渡しに置き換わるだけです。公示の原則の回で見たとおり、177条と178条は、対抗要件と公示の役目を兼ねた、同じ作りの条文でした。守る相手が同じなので、ふるいも同じになります。

AがBに売ったカメラを、引渡しを済ませる前に、Dにも売ったとします。Dは、先に引渡しを受ければ自分が持ち主だと言える立場なので、第三者にあたります。反対に、Aの家に遊びに来てカメラを落として壊した人は、Bに引渡しが無いことを持ち出しても、得るものがありません。正当な利益が無いので、第三者にあたらず、Bは引渡しが無くても、この人に損害の賠償を求められます。今日は、177条と同じ枠組みだ、ということを押さえてください。

178条の枠外——自動車のように登録される動産

178条の枠外の板。自動車・船舶・航空機・建設機械等は特別法上の登録が対抗要件になる(道路運送車両法5条1項)。未登録の自動車は普通の動産として178条の対象。動産譲渡登記(動産債権譲渡特例法3条1項)も178条の引渡しとみなされる制度として存在する。 図:178条の枠外の板

  • 自動車・船舶・航空機・建設機械等は特別法上の登録が対抗要件になる(道路運送車両法5条1項)
  • 未登録の自動車は普通の動産として178条の対象
  • 動産譲渡登記(動産債権譲渡特例法3条1項)も178条の引渡しとみなされる制度として存在する

動産の中には、178条の枠外に置かれるものがあります。自動車や船舶、航空機、建設機械などです。これらは特別な法律で登記や登録の制度が用意されていて、その登録が対抗要件になります。ただ、自動車は道路運送車両法という法律で、登録が対抗要件と定められています。登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ第三者に対抗できません。未登録の自動車は、この枠外なので、普通の動産として178条がそのまま適用されます。自動車は、貸したり預けたりして、乗っている人と持ち主が違うことがよくあります。誰が乗っているかを見ても、持ち主は分かりません。登録という帳簿があれば、そちらのほうが、外から確かめる手段として確実です。だから、帳簿がある物は帳簿で、帳簿の無い物は引渡しで、という分け方になります。もう一つ、動産・債権譲渡特例法という法律で、動産譲渡登記という制度もあります。会社などが動産を譲渡したとき、この登記をすれば、178条の引渡しがあったものとみなされます。中身は、担保の文脈で扱う回に譲ります。

立木は土地の一部——明認方法の登場

立木の位置づけの板。原則=立木は土地の一部(86条1項)。例外=意思表示により土地から分離し、別個の所有権の対象にできる。分離を第三者に対抗する手段=①立木法による登記②明認方法(慣習法上の公示・木の皮を削って名前を書く等)。 図:立木の位置づけの板

  • 原則=立木は土地の一部(86条1項)
  • 例外=意思表示により土地から分離し、別個の所有権の対象にできる
  • 分離を第三者に対抗する手段=①立木法による登記②明認方法(慣習法上の公示・木の皮を削って名前を書く等)

土地に生えている樹木の集まりを、立木と呼びます。以前、土地の定着物の回で確認したとおり、立木は原則として土地の一部です。ただ、意思表示によって、立木だけを土地から切り離し、別個の所有権の対象にすることができます。あのとき、この切り離し方は「また別の回で」と予告していました。今日が、その本編です。立木だけを取引の対象にした以上、その事実を外から確認できるようにしなければなりません。その手段が二つあります。一つは、立木法という法律による登記です。もう一つが、明認方法です。木の皮を削って持ち主の名前を書く、立札を立てる、といった昔ながらのやり方で、登記をしなくても、慣習法上、同じように公示の効果が認められています。

明認方法の弱点——存続要件

存続要件の図。明認方法は登記(帳簿に残り続ける)と違い、木に彫っただけ・立札を立てただけの物理的な目印。風雨で消えれば公示が機能しなくなる。第三者が利害関係を取得する時点で明認方法が存在していなければ、対抗できない。 図:存続要件の図

  • 明認方法は登記(帳簿に残り続ける)と違い、木に彫っただけ・立札を立てただけの物理的な目印
  • 風雨で消えれば公示が機能しなくなる
  • 第三者が利害関係を取得する時点で明認方法が存在していなければ、対抗できない

明認方法には、登記には無い弱点があります。ここが、今日いちばん注意が要るところです。登記は、法務局の帳簿に記録が残ります。誰かが見に行った瞬間に、記録が消えていることはありません。ところが、明認方法は違います。木に彫っただけ、立札を立てただけの、物理的な目印です。風雨にさらされれば、消えてしまうことがあります。

判例最判昭36・5・4民集15巻5号1253頁

明認方法の存続要件 明認方法は、立木に関する法律の適用を受けない立木の物権変動の公示方法として是認されているものであるから、それは、登記に代るものとして第三者が容易に所有権を認識することができる手段で、しかも、第三者が利害関係を取得する当時にもそれだけの効果をもつて存在するものでなければならず、従つて、たとい権利の変動の際一旦明認方法が行われたとしても問題の生じた当時消失その他の事由で右にいう公示として働きをなさなくなつているとすれば明認方法ありとして当該第三者に対抗できないものといわなければならない

判例は、明認方法は、第三者が利害関係を取得する時点でも存在していなければならない、としています。一度は明認方法を施していても、その後に消えてしまえば、公示としての役目を果たさなくなり、その第三者には対抗できません。登記という石碑は消えませんが、明認方法という目印は消えます。今、その目印が立っているかどうかが、そのまま効力の有無に直結すると考えてください。たとえば、Bが立木を譲り受けて皮を削り名前を書いたのに、それが風雨で消えたあとにAがさらにCに譲渡したとします。この場合、Bは自分の取得をCに対抗できません。

目印が消えたのがCが現れたあとなら、BはCに対抗できます。Cが利害関係を取得した時点では、目印がまだ立っていて、公示として働いていたからです。問われるのは、第三者が現れたその時点で、目印があったかどうかです。

立木の二重譲渡——優劣は何で決まるか

二重譲渡の優劣板。場面①立木のみを二重譲渡(AからB、AからCへ立木だけ)=優劣は明認方法の先後で決まる。場面②土地ごと二重譲渡(AからB、AからCへ土地ごと)=優劣は土地の所有権移転登記の先後で決まる。立木は原則土地の一部という前提に立ち返る。 図:二重譲渡の優劣板

  • 場面①立木のみを二重譲渡(AからB、AからCへ立木だけ)=優劣は明認方法の先後で決まる
  • 場面②土地ごと二重譲渡(AからB、AからCへ土地ごと)=優劣は土地の所有権移転登記の先後で決まる
  • 立木は原則土地の一部という前提に立ち返る

以前、二重譲渡の回で、AがBとCに同じ土地を売ってしまった場面を見ました。思い出してください。あのとき、BとCの優劣は何で決まりましたか?177条どおり、登記の先後です。先に登記を備えたほうが勝ちました。立木の場合も、同じ考え方でいいんですか。そこが、今日の場合分けの見せ場です。二つの場面に分けて考える必要があります。一つ目は、立木だけが二重に譲渡された場面です。Aが、Bにも、Cにも、立木だけを売ってしまったとします。この場合、立木法の登記をしていない立木なら、立木だけの取引を外に示す手段は明認方法です。だから、優劣は明認方法の先後で決まります。先に明認方法を備えたほうが勝ちます。

二つ目は、土地ごと二重に譲渡された場面です。Aが、Bにも、Cにも、立木をつけたまま土地ごと売ってしまったとします。この場合、立木は原則として土地の一部でしたね。だから、立木の運命は土地の運命に従います。土地について働く公示手段は登記です。優劣は土地の所有権移転登記の先後で決まります。その場合、Bは土地はもちろん、立木についても、Cに対抗できません。土地ごと譲渡された以上、立木だけの明認方法では足りないんです。立木は原則土地の一部、という一つの前提に立ち返れば、暗記ではなく導けます。立木だけの取引なら立木の公示手段、土地ごとの取引なら土地の公示手段、と考えれば筋が通ります。

立木の所有権を手元に残す——所有権留保

所有権留保の図。Aが立木だけ自分に残して土地をBに売り、Bが立木ごと土地をCに売ってしまった場面。Aは立木の所有権をCに対抗できるか。留保も例外的な扱いなので明認方法が要る。 図:所有権留保の図

  • Aが立木だけ自分に残して土地をBに売り、Bが立木ごと土地をCに売ってしまった場面
  • Aは立木の所有権をCに対抗できるか
  • 留保も例外的な扱いなので明認方法が要る

もう一つ、場合分けを加えます。土地の所有者Aが、立木の所有権だけは自分の手元に残し、土地だけをBに譲渡したとします。ところがBは、立木ごと土地をCに売ってしまいました。Aは、立木の所有権をCに対抗できるでしょうか。立木は原則、土地の一部ですよね。だったら、黙っていれば土地といっしょに動いてしまう気がします。何もしなければ、立木も土地といっしょにCへ移ってしまいます。所有権の留保は、その原則から外れる例外的な扱いです。例外だからこそ、取引の安全を守るために、公示が必要になります。

判例最判昭34・8・7民集13巻10号1223頁

立木の所有権留保 留保もまた物権変動の一場合と解すべきであるから、この場合には立木につき立木法による登記をするかまたは該留保を公示するに足る明認方法を講じない以上、第三者は全然立木についての所有権留保の事実を知るに由ないものであるから、右登記または明認方法を施さない限り、立木所有権の留保をもつてその地盤である土地の権利を取得した第三者に対抗し得ないものと解するを相当とする。

判例は、所有権の留保も物権変動の一場合だとして、立木法の登記か明認方法を講じない限り、その留保をCのような第三者に対抗できない、としました。Aは、Bへの譲渡の時点で明認方法を備え、Cが利害関係を取得するまでその状態を保っていなければ、立木の所有権をCに対抗できません。この立木の所有権留保は、論文で論点になりうる骨格です。

今日の物差し、もう一度

まとめの板。動産の対抗要件=178条の引渡し。4態様=①現実の引渡し②簡易の引渡し③占有改定④指図による占有移転(①②は外から見える、③④は観念的)。立木の公示=明認方法(存続要件・消えたら失効)。優劣=立木のみなら明認方法の先後、土地ごとなら登記の先後。 図:まとめの板

  • 動産の対抗要件=178条の引渡し
  • 4態様=①現実の引渡し②簡易の引渡し③占有改定④指図による占有移転(①②は外から見える、③④は観念的)
  • 立木の公示=明認方法(存続要件・消えたら失効)
  • 優劣=立木のみなら明認方法の先後、土地ごとなら登記の先後

今日の話を、一枚にまとめます。動産の物権変動を第三者に対抗するには、178条どおり引渡しが要ります。その引渡しには四つの態様があり、現実の引渡しと簡易の引渡しは外から見て変化が分かりますが、占有改定と指図による占有移転は物が動かない観念的な引渡しでした。判例・通説は、占有改定も178条の引渡しにあたるとしています。後半は、立木の話でした。立木は原則、土地の一部ですが、明認方法という慣習法上の公示手段によって、土地から切り離して扱うことができます。消えたら効力を失う。そこが、登記との決定的な違いです。第三者が利害関係を取得する時点で、明認方法が存在していなければ対抗できません。優劣ルールも、立木だけの取引なら明認方法の先後、土地ごとの取引なら登記の先後、と場合分けされていましたね。

即時取得の回では、今日見た引渡しの各態様が、無権利者から動産を取得した場合の保護にどう関わってくるかを見ていきます。

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#100単独ページ動画

即時取得の要件①動産と取引行為

第2章 物権 #100/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借りていたカメラを売ってしまった

冒頭の場面。AはカメラをBに1週間だけ貸していた。ところがBは、自分の物だと偽ってCに売ってしまった。Cは、Bが持ち主だと信じて疑う理由もなく、代金を払って受け取った。本当の持ち主Aは、Cにカメラを返せと言えるか。 図:冒頭の場面

  • AはカメラをBに1週間だけ貸していた
  • ところがBは、自分の物だと偽ってCに売ってしまった
  • Cは、Bが持ち主だと信じて疑う理由もなく、代金を払って受け取った
  • 本当の持ち主Aは、Cにカメラを返せと言えるか

Aは、大切にしているカメラを、Bに1週間だけ貸していました。ところがBは、そのカメラを自分の物だと言って、Cに売ってしまいました。Cは、Bが持ち主だと信じて疑う理由もなく、代金を払って受け取りました。本当の持ち主Aは、Cに「私のカメラだから返して」と言えるでしょうか。先に答えを言うと、Cが一定の条件を満たしていれば、Aは取り返せません。Cが、持ち主でない人から買ったのに、所有者になるからです。買った側が勝ちます。これが即時取得、192条です。今日は、その条件のうち、何を買ったのか=動産であること、どうやって手に入れたのか=取引であること、この2つを掘ります。

なぜ動産だけ、買った人が守られるのか

比較板。行=動産/不動産。列=①持ち主を確かめる手がかり(占有だけ/登記)②取引の多さ(毎日・大量/動産ほど頻繁でない)③信じた人の守り方(192条=制度として守る・持ち主の帰責性を問わない/登記に公信力なし・94条2項類推=持ち主の帰責性が必要)。 図:比較板。行=動産/不動産。列=①持ち主を確かめる手がかり(占有だけ/登記)②取引の多さ(毎日・大量/動産ほど頻繁でない)③信じた人の守り方(192条=制度として守る・持ち主の帰責性を問わない/登記に公信力なし・94条2項類推=持ち主の帰責性が必要)。

以前の回で、公信の原則を見ました。見えている形を信じて取引した人を、その形どおりに守る考え方です。日本では、これが動産にだけ認められています。不動産の登記に公信力が無い理由は、その回で見たとおり2つでした。真実と違う登記が少なくないこと。そして、不動産の取引は動産ほど頻繁ではないので、買う側に慎重さを求めても酷ではないこと。不動産で買った人が救われるのは、本当の持ち主に帰責性がある場合の、94条2項類推だけでした。理由は、ちょうど裏返しです。動産の取引は、毎日、数えきれないほど行われます。しかも動産には、登記のような帳簿がありません。手がかりは、今その物を持っている、という占有だけです。

占有は、持ち主を示す手がかりとしては弱い。それでも、占有を信じて買った人が後から取り上げられるなら、誰も安心して動産を買えません。だから192条は、本当の持ち主の帰責性を問わずに、占有を信じた人を守ります。これが192条の趣旨、取引の安全です。

192条の全文と4つの入口

4要件の地図。①動産②取引行為③平穏・公然・善意・無過失④占有を始めた、の4つを満たす者は所有権等を取得する。本回は①②を掘る、③④は次回。 図:4要件の地図

  • ①動産②取引行為③平穏・公然・善意・無過失④占有を始めた、の4つを満たす者は所有権等を取得する
  • 本回は①②を掘る、③④は次回

192条の全文を確認します。

条文民法192条

民法 第192条 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

条文の中には、4つの要件が並んでいます。取引行為によって、動産の占有を、平穏に、かつ公然と始め、善意であり、かつ過失がないこと。整理すると、①動産、②取引行為、③平穏・公然・善意・無過失、④占有を始めたこと、の4つです。冒頭のカメラで確かめます。カメラは動産です。BからCへの売買は取引行為です。問題は、売ったBが持ち主ではなかった、という一点だけです。Cが平穏・公然・善意・無過失で占有を始めていれば、Cは所有者になり、AはCに返せと言えません。今日は1つめと2つめを掘ります。3つめと4つめは、名前だけ頭に置いておいてください。

「動産」の外側にあるもの

「動産」の外側に3つある。①登録済み自動車②金銭③伐採前の立木。いずれも即時取得の対象になる「動産」にあたらない。 図:「動産」の外側に3つある

  • ①登録済み自動車②金銭③伐採前の立木
  • いずれも即時取得の対象になる「動産」にあたらない

まず①の動産です。即時取得の対象は動産に限られます。不動産や債権には、192条は使えません。ここからは、動産に見えて、実は対象にならない3つの場面を見ていきます。前回、登録を受けている自動車は178条の枠外で、登録が対抗要件になる、という話をしました。実は、192条でも同じ理屈が働きます。

自動車の結論表。登録済み自動車=「動産」にあたらない(最判)。未登録自動車=「動産」にあたる(最判)。抹消登録車も未登録と同様。 図:自動車の結論表

  • 登録済み自動車=「動産」にあたらない(最判)
  • 未登録自動車=「動産」にあたる(最判)
  • 抹消登録車も未登録と同様

判例最高裁判決

登録済み自動車は「動産」にあたらない 道路運送車両法による登録を受けている自動車については、登録が所有権の得喪並びに抵当権の得喪及び変更の公示方法とされているのであるから(同法五条一項、自動車抵当法五条一項)、民法一九二条の適用はないものと解するのが相当であり、また、商法五二一条所定の留置権は、法律上当然に発生し、当事者間の取引により取得される権利ではないから、民法一九二条にいう動産の上に行使する権利には当たらないものと解するのが相当である。

判例は、登録を受けている自動車について、登録が所有権の得喪の公示方法になっているから、192条の適用は無い、としています。判決の後半にある商事留置権の話は、この事件特有の争点なので、深入りしません。今日押さえるのは、登録済み自動車は192条の「動産」にあたらないという部分です。

判例最高裁判決

未登録自動車は「動産」にあたる 道路運送車両法による登録を受けていない自動車は、同法五条一項および自動車抵当法五条(昭和四四年法律第六八号による改正前のもの)の規定により所有権の得喪ならびに抵当権の得喪および変更につき登録を対抗要件とするものではなく、また同法二〇条により質権の設定を禁じられるものではないのであるから、取引保護の要請により、一般の動産として民法一九二条の規定の適用を受けるべきものと解するのを相当とする。そして、この理は、道路運送車両法により登録を受けた自動車が、同法一六条(昭和四四年法律第六八号による改正前のもの)の規定により抹消登録を受けた場合においても同様である。

反対に、まだ登録されていない自動車は、普通の動産として192条が使えます。判例は、一度登録された自動車が、抹消登録を受けた場合も同じだとしています。前回見た理屈が、そのまま繰り返されています。たとえば登録済みの中古車を買うなら、登録を見れば、持ち主が誰かを確かめられます。確かめる手段があるのに、占有だけを信じた人まで守る必要はありません。帳簿がある物は帳簿で、帳簿の無い物は占有で確認する、という分け方です。

金銭は192条の問題にならない

金銭の結論。金銭は物としての個性を持たず価値そのもの。占有者=所有者が常に一致する(最判)。盗んだ金で弁済を受けても受領者が所有者となり、被害者は盗んだ者に不当利得返還・損害賠償を求める。 図:金銭の結論

  • 金銭は物としての個性を持たず価値そのもの
  • 占有者=所有者が常に一致する(最判)
  • 盗んだ金で弁済を受けても受領者が所有者となり、被害者は盗んだ者に不当利得返還・損害賠償を求める

動産の外側にある2つ目が、金銭です。金銭は、物としての個性を持たない、価値そのものだと考えられています。

判例最高裁判決

金銭の所有者は占有者と一致する 金銭は、特別の場合を除いては、物としての個性を有せず、単なる価値そのものと考えるべきであり、価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権者は、特段の事情のないかぎり、その占有者と一致すると解すべきであり、また金銭を現実に支配して占有する者は、それをいかなる理由によつて取得したか、またその占有を正当づける権利を有するか否かに拘わりなく、価値の帰属者即ち金銭の所有者とみるべきものである

判例は、金銭の所有者は、特段の事情がない限り、占有者と一致する、としています。今、持っている人が、そのまま所有者になる、という考え方です。Aが、債務者Bから受け取った1万円札が、実はBがCから盗んできたものだったとしても、Aは、その1万円札の所有権をそのまま取得します。占有と所有がいつも一致するので、192条の出番がありません。盗まれたCは、1万円札そのものを取り戻すのではなく、盗んだBに対して、不当利得の返還や損害賠償を求めることになります。

立木を伐って手に入れた場合

立木の結論。非所有者から伐採前の立木を買い自分で伐採しても即時取得しない。理由は二重=伐採前の立木は動産でない(土地の一部)、かつ伐採は取引行為でない。 図:立木の結論

  • 非所有者から伐採前の立木を買い自分で伐採しても即時取得しない
  • 理由は二重=伐採前の立木は動産でない(土地の一部)、かつ伐採は取引行為でない

動産の外側にある3つ目が、伐採前の立木です。Bが、無権利者Aから、まだ立っている木のまま譲り受けて、自分で伐採したとします。この場合、即時取得は成立しません。理由は2つあります。1つ目は、前回見たとおり、伐採前の立木は土地の一部として扱われ、動産ではないこと。2つ目は、伐採という行為そのものが、取引行為ではないこと。動産でもなく、取引でもない、二重に外側にあたります。

「取引行為」にあたるもの・あたらないもの

取引行為の範囲。あたる=売買・贈与・弁済・代物弁済・質権設定・競売(最判)。あたらない=相続・伐採。 図:取引行為の範囲

  • あたる=売買・贈与・弁済・代物弁済・質権設定・競売(最判)
  • あたらない=相続・伐採

次は②の取引行為です。192条は取引の安全を守る制度なので、取引行為によって占有を得たことが必要です。売買、贈与、弁済、お金の代わりに物で払う代物弁済、借金の担保として物を預ける質権の設定は、いずれも取引行為にあたります。

判例最高裁判決

競売も取引行為にあたる 執行債務者の所有に属さない動産が強制競売に付された場合であつても、競落人は、民法一九二条の要件を具備するときは、同条によつて右動産の所有権を取得できるものと解すべきである。

判例は、差し押さえられて競売にかけられた動産が、実は債務者の物でなかった場合でも、192条の要件を満たせば、買い受けた人は所有権を取得できるとしています。競売も、代金を払って物を買い受ける点では、売買と変わりません。債務者の物だと信じて買った人を守る必要は、普通の売買と同じだからです。取引行為にあたらない代表は、相続です。たとえば、亡くなった父の部屋にあったカメラを、息子が受け継いだとします。実はそのカメラは、父が友人から借りていた物でした。息子が父の物だと信じていても、192条で所有者にはなれません。人が代わっただけで、取引によって占有を得たわけではないからです。さきほどの伐採も同じです。

192条が埋めるのは、たった1つの欠陥だけ

192条の守備範囲。①動産②取引行為をクリアしても、取引そのものが無効・取消し・本人に届かない(無権代理)なら192条は使えない。192条が埋めるのは「前主が無権利だった」ことだけ。 図:192条の守備範囲

  • ①動産②取引行為をクリアしても、取引そのものが無効・取消し・本人に届かない(無権代理)なら192条は使えない
  • 192条が埋めるのは「前主が無権利だった」ことだけ

どんな取引でも192条で守られるのか。そこが、今日いちばんの山場です。①動産と②取引行為をクリアしても、その取引そのものに欠陥があれば、192条は使えません。未成年者が一人でした売買や、騙されてした売買のように、取り消される取引。見せかけだけの売買のように、初めから無効な取引。代理権の無い人が結んだせいで、本人に効果が届かない取引。こうした取引の直接の相手方は、192条では保護されません。192条が埋めるのは、「前の人が権利を持っていなかった」ということ、ただ一点だけです。取引そのものに欠陥がある場合は、そもそも「取引行為によって」占有を始めたとは言えません。無効・取消しの欠陥までは、192条は埋めてくれないんです。

たとえば、未成年者が親に黙って、自分のゲーム機を売ったとします。未成年者は、この売買を取り消せます。ところが、買った人が相手を大人だと信じていたからといって192条で守られるなら、取り消してもゲーム機は戻りません。取消しも、無効も、本人に届かないという扱いも、それぞれの制度が、守るべき人を守るために用意したものです。192条は、その判断を上書きしません。代理権があると信じた相手を守るかどうかは、以前見た表見代理の問題です。192条が埋めるのは、前の人が持ち主でなかった、という欠陥だけです。

一段先の取得者は救われる

無権代理の事案。Dが所有するカメラについて、無権代理人Aが代理権を装いBに売却(本人Dに効果が届かない)。BはAから直接192条で保護されない。 図:無権代理の事案

  • Dが所有するカメラについて、無権代理人Aが代理権を装いBに売却(本人Dに効果が届かない)
  • BはAから直接192条で保護されない

ところが、ここからもう一段先に進むと、話が変わります。事例で見ましょう。Dが所有するカメラについて、Dの代理人だと偽ったAが、Bに売却したとします。Dが追認しない限り、カメラはBの物にならず、Bは192条でも保護されません。ところが、Bが、そのカメラを、善意無過失のCに転売し、引き渡したとします。

無権代理の事案・二段目。BがさらにCに転売。BC間の売買は他人物売買として有効な取引行為。Cは192条で保護される。 図:無権代理の事案・二段目

  • BがさらにCに転売
  • BC間の売買は他人物売買として有効な取引行為
  • Cは192条で保護される

この場合、Cは192条によって保護されます。BC間の売買は、他人物売買として、それ自体は有効な取引行為だからです。Cから見れば、無権利者Bから、取引行為によって、占有を始めた、という192条本来の場面が、そのまま成立しています。

詐欺取消しの事案。Yの詐欺でXがYにカメラを売却。Xが取消し「前」に、Yが善意無過失のZに転売。 図:詐欺取消しの事案

  • Yの詐欺でXがYにカメラを売却
  • Xが取消し「前」に、Yが善意無過失のZに転売

もう1つ、事例を見ます。Yの詐欺によって、Xが、自分のカメラをYに売却しました。ただし、Xが取り消す前に、Yが、善意無過失のZに転売していたとします。

詐欺取消しの事案・二段目。Xが取消し。取消しの遡及効でYZ間も遡って他人物売買になるが有効な取引行為。Zは96条3項に加え192条でも保護される。 図:詐欺取消しの事案・二段目

  • Xが取消し
  • 取消しの遡及効でYZ間も遡って他人物売買になるが有効な取引行為
  • Zは96条3項に加え192条でも保護される

この後でXが売買を取り消したとしても、Zは96条3項はもちろん、192条によっても保護されます。取消しには遡る効果があるので、結果的にYZ間の売買は、さかのぼって他人物売買になりますが、これもやはり有効な取引行為だからです。

転得者が救われる形の総括。一段目の取引に欠陥があっても、二段目の取引は他人物売買として別個に有効。転得者から見れば192条本来の場面がそのまま成立する。 図:転得者が救われる形の総括

  • 一段目の取引に欠陥があっても、二段目の取引は他人物売買として別個に有効
  • 転得者から見れば192条本来の場面がそのまま成立する

一段目の取引に欠陥があっても、二段目の取引は、それ自体は別物として有効という同じ形が、繰り返されています。取消しのあとに転売された場合は、話が変わります。取り消した時点で、カメラはYからXに戻ります。そのあとにYがZに売ると、Yから、XとZの二人に渡ったのと同じ形になります。そこで192条ではなく、どちらが先に引渡しを受けたかという、対抗要件の問題として扱われます。本体は、また別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

まとめの板。192条=①動産②取引行為③平穏・公然・善意・無過失④占有を始めた(③④は次回)。動産の外側=登録済み自動車/金銭/伐採前の立木。取引行為の外側=相続/伐採。192条が埋めるのは前主の無権利だけ、直接の相手方は救えないが転得者は救われうる。 図:まとめの板

  • 192条=①動産②取引行為③平穏・公然・善意・無過失④占有を始めた(③④は次回)
  • 動産の外側=登録済み自動車/金銭/伐採前の立木
  • 取引行為の外側=相続/伐採
  • 192条が埋めるのは前主の無権利だけ、直接の相手方は救えないが転得者は救われうる

今日の話をまとめます。192条が守るのは、動産を、取引で手に入れ、平穏・公然・善意・無過失のまま占有を始めた人でした。動産の外側には、登録済み自動車、金銭、伐採前の立木があり、いずれも即時取得の対象になりません。そして今日いちばん大事なのは、192条が埋めるのは、前の人が権利を持っていなかったという一点だけで、取引そのものの欠陥までは埋めない、ということです。直接の相手方は救えなくても、その先の転得者は、有効な取引によって救われうる。Aは、Cが残りの条件を満たしていれば、Cに返せとは言えません。

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#101単独ページ動画

即時取得の要件②善意無過失と占有改定

第2章 物権 #101/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

同じカメラを2人に売った

冒頭の場面。AはカメラをBに売り、しばらく使いたいのでBから借りる形でそのまま手元に置いた(占有改定)。ところがAは同じカメラをCにも売り、Cも同じく「しばらくAに預けておく」ことにした(占有改定)。カメラはBとC、どちらのものか。 図:冒頭の場面

  • AはカメラをBに売り、しばらく使いたいのでBから借りる形でそのまま手元に置いた(占有改定)
  • ところがAは同じカメラをCにも売り、Cも同じく「しばらくAに預けておく」ことにした(占有改定)
  • カメラはBとC、どちらのものか

前回は、持ち主でなかった人からカメラを買った人が、所有者になれるかどうかを見ました。今日は、登場人物の役回りを変えます。Aは、自分のカメラをBに売りました。ただしAは、しばらく使いたかったので、Bから借りる形で、そのままカメラを手元に置いておきました。ところがAは、同じカメラを、Cにも売ってしまいました。Cは、Aが持ち主だと信じて疑う理由もなく、代金を払いました。そしてCも、やはり「しばらくAに預けておく」ことにしたんです。先に答えを言うと、カメラはBのものです。Cは、Aが持ち主だと信じていても、即時取得できません。Cが受けたのは占有改定で、外から見て何も変わっていないからです。今日は、即時取得の残りの2つの条件、何を信じればよいのか、そしてどうやって占有を始めればよいのか、を掘ります。

平穏・公然・善意・無過失とは

要件③の定義板。平穏=暴行強迫によらない。公然=隠さない。善意=前主が権利者だと信じたこと。無過失=そう信じたことに落ち度がないこと。 図:要件③の定義板

  • 平穏=暴行強迫によらない
  • 公然=隠さない
  • 善意=前主が権利者だと信じたこと
  • 無過失=そう信じたことに落ち度がないこと

③に入る前に、1つ思い出してください。以前、取得時効の回で、10年の取得時効の無過失は推定されるかどうかを見ました。どうでしたか?無過失だけは推定されなくて、占有者が自分で証明しなければならない、でした。今日は、その対比が効いてきます。まず、③の4つの言葉の意味を確認します。平穏は、暴行や強迫によらないこと。公然は、隠さないことです。善意は、前の持ち主が権利者だと信じたことです。無過失は、そう信じたことに、落ち度がないことです。ただし、同じ善意という言葉でも、取得時効の善意とは意味が違います。取得時効の善意は、自分が所有者だと積極的に信じていることでした。今日の善意は、前の持ち主が権利者だと信じたことです。誰について信じるかが違うんです。冒頭のカメラで言えば、CはAが持ち主だと信じていました。これが即時取得の善意です。

前の持ち主を信じたかどうかが問題になるのは、前回見たとおり、192条が埋めるのは、前の人が権利を持っていなかった、という一点だけだからです。だから信じる中身も、前の人に権利があるかどうか、になります。例えば、Aが毎日首から下げて使っていたカメラなら、Aの物だと信じるのは自然です。ところが、カメラの底に別の人の名前と「貸し出し用」というシールが貼ってあったのに、何も確かめずに買ったなら、信じたことに落ち度がある、つまり過失あり、となりえます。

推定の構造——証明するのはどちらか

推定の構造。186条1項→平穏・公然・善意を推定。188条→無過失も推定(判例)。取得したい側は何も証明しなくてよく、取り返したい側が悪意・過失を証明する。 図:推定の構造

  • 186条1項→平穏・公然・善意を推定
  • 188条→無過失も推定(判例)
  • 取得したい側は何も証明しなくてよく、取り返したい側が悪意・過失を証明する

ここからが、今日いちばんの山場のひとつです。まず、平穏・公然・善意ですが、これは取得時効の回ですでに見た条文で、推定されます。

条文民法186条1項

民法 第186条 第一項 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。

186条1項です。占有者は、平穏・公然・善意で占有していると推定されます。問題は、残る無過失です。無過失は、186条1項には書かれていません。ところが、即時取得の場面に限って、判例は、無過失も推定されるとしています。根拠になるのが、この条文です。

条文民法188条

民法 第188条 占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。

188条は、占有者が物の上に持っている権利は、適法だと推定する、という条文です。この条文を根拠に、判例は、譲受人が前主に権利があると信じたことについて、無過失であることも推定されると導きます。

判例最高裁判決

無過失は188条を根拠に推定される 右法条にいう「過失なきとき」とは、物の譲渡人である占有者が権利者たる外観を有しているため、その譲受人が譲渡人にこの外観に対応する権利があるものと誤信し、かつこのように信ずるについて過失のないことを意味するものであるが、およそ占有者が占有物の上に行使する権利はこれを適法に有するものと推定される以上(民法一八八条)、譲受人たる占有取得者が右のように信ずるについては過失のないものと推定され、占有取得者自身において過失のないことを立証することを要しないものと解すべきである。

188条は、持っている人の権利を適法だと推定するだけの条文です。判例の理屈は、こうです。法律自身が、物を持っている人は権利を持っているものと見てよい、と言っています。そうであれば、持っている前の人を権利者だと信じた譲受人は、法律が推定するとおりのことを信じただけです。法律と同じ見方をした人に、落ち度があるとは言えません。だから、無過失も推定されるんです。カメラで言えば、Aが手元に置いて使っていれば、188条はAに権利があると推定します。それを信じたCは、法律と同じ見方をしたにすぎません。結論として、即時取得を主張する側は、善意無過失を自分で証明する必要がありません。取り返したい元の持ち主のほうが、悪意か過失があったことを証明しなければなりません。裁判の場面で言うと、こうなります。例えば、Aから現実にカメラを受け取ったCに対して、持ち主のBが「返せ」と訴えたとします。Cは、自分が善意無過失だったことを証明しなくてかまいません。Bのほうが、Cは知っていた、あるいは調べれば分かったはずだ、と示さなければならないんです。

10年の取得時効では、無過失は推定されず、占有者が自分で証明しなければなりませんでした。理由は、取得時効の回で確認したとおり、推定は、それを支える理由があるところにしか及ばないからです。取得時効には、取引という土台がありません。即時取得は、取引によって前主の占有を信じて物を受け取る場面なので、188条の推定を及ぼせます。取得時効は、取引による占有とは限らないので、及ぼせません。

推定は覆ることもある

推定が破れる具体例。所有権留保付き割賦販売が広く行われていることを知っているはずの業者が、面識のない者から新車同然の自動車を、処分権限を確認せず買い受けた場合、過失ありとされた(最判)。 図:推定が破れる具体例

推定は、相手方が具体的な事情を示せば覆ります。ある判例では、質屋と金融業を営む業者が、面識のない人から、新車同然の軽自動車を、持ち主かどうか確かめずに買い受けた事案がありました。自動車の販売では、代金を分割で払い終えるまで所有権を売主に残しておく取引が広く行われています。それを知っているはずの業者が、何も確かめずに買ったことが、過失ありと判断されました。推定は、取り返したい側が何も示さない限り、買った人を有利にするだけです。示せる事情があれば、当然に覆ります。

判断の基準時

基準時。平穏・公然・善意・無過失は、占有を始めた時点で備わっていればよい。あとで悪意になっても、いったん成立した即時取得は崩れない。 図:基準時

  • 平穏・公然・善意・無過失は、占有を始めた時点で備わっていればよい
  • あとで悪意になっても、いったん成立した即時取得は崩れない

もう1つ、押さえておきたいのが、判断の基準時です。平穏・公然・善意・無過失は、占有を始めた時点で備わっていればよく、あとで悪意に変わっても構いません。192条は、「占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないとき」と書いています。見るのは、占有を始めたその時点なんです。例えば、Aから現実にカメラを受け取ったCが、その翌週に、実はBのカメラだったと知ったとしても、受け取ったときに善意無過失なら、Cの即時取得は崩れません。この基準時の考え方は、このあと④を掘るときの伏線になります。それでは、④の「占有を始めた」を見ていきます。

「占有を始めた」とは——問題は占有改定

「占有を始めた」の中身。現実の引渡し・簡易の引渡しは問題なく該当。問題になるのは占有改定と指図による占有移転。 図:「占有を始めた」の中身

  • 現実の引渡し・簡易の引渡しは問題なく該当
  • 問題になるのは占有改定と指図による占有移転

動産の引渡しには、前々回見たとおり4つの態様がありました。現実の引渡し、簡易の引渡し、占有改定、指図による占有移転です。現実の引渡しと簡易の引渡しは、誰が持っているかという事実が外から見て変わるので、問題なく「占有を始めた」にあたります。問題になるのは、残る占有改定と、指図による占有移転です。ここで、冒頭のカメラの話に戻ります。

占有改定では「占有を始めた」にあたらない

冒頭の設例の整理。AがBに売却し占有改定→この時点で178条の引渡しがあり、Bが完全な権利者・Aは無権利者になる。その後AがCにも売却し占有改定→Cは即時取得できるか。 図:冒頭の設例の整理

  • AがBに売却し占有改定→この時点で178条の引渡しがあり、Bが完全な権利者・Aは無権利者になる
  • その後AがCにも売却し占有改定→Cは即時取得できるか

冒頭の場面を、順番に整理します。Aが、カメラをBに売り、占有改定を受けさせました。ここで、前々回確認したとおり、占有改定も178条の引渡しにあたります。ですから、この時点で、Bは完全な権利者になり、Aは完全な無権利者になります。その後、Aは、無権利者のまま、同じカメラをCにも売り、Cも占有改定を受けました。Cが、即時取得によってカメラの所有者になれるかどうかが、今日いちばんの問題です。

判例の結論。最判は占有改定による取得を否定。理由=占有改定は占有の外観に一切変化がなく、真の権利者Bの安全を害する。 図:判例の結論

  • 最判は占有改定による取得を否定
  • 理由=占有改定は占有の外観に一切変化がなく、真の権利者Bの安全を害する

判例の答えは、否定です。

判例最高裁判決

占有改定による取得は「占有を始めた」にあたらない 無権利者から動産の譲渡を受けた場合において、譲受人が民法一九二条によりその所有権を取得しうるためには、一般外観上従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を取得することを要し、かかる状態に一般外観上変更を来たさないいわゆる占有改定の方法による取得をもつては足らないものといわなければならない。

理由は、占有改定という方法には、外から見た占有の状態に、一切変化が無いからです。カメラは、ずっとAの手元にあり続けています。BもCも、Aから何かを持って帰ったわけではありません。すでに完全な権利者になっているBを、目に見える変化が何も無いまま、権利を奪うことになってしまいます。真の権利者を犠牲にしてまで、動産取引の安全を守るのが即時取得ですが、その犠牲があまりに大きすぎる、ということです。

178条ではあたるのに、192条ではあたらない

非対称の整理。占有改定=178条の引渡しにはあたる(前々回)が、192条の占有を始めたにはあたらない。178条は権利を持つ者どうしの優劣、192条は真の権利者から権利を奪う場面という場面の違いによる。 図:非対称の整理

  • 占有改定=178条の引渡しにはあたる(前々回)が、192条の占有を始めたにはあたらない
  • 178条は権利を持つ者どうしの優劣、192条は真の権利者から権利を奪う場面という場面の違いによる

占有改定は、178条の引渡しにはあたります。ところが、192条の「占有を始めた」にはあたりません。同じ占有改定なのに、条文によって扱いが違うんです。178条が決めるのは、すでにそれぞれ取引によって権利を取得しようとした者どうしの、優劣です。Bが先に占有改定を受けていれば、Bが勝つ。それだけの話で、誰かから権利を無理やり奪うわけではありません。ところが192条は違います。無権利者から、真の権利者を犠牲にして、権利を作り出す場面です。同じ占有改定という手段でも、必要とされる見た目の変化の強さが違うんです。

肯定説・折衷説——同じ設例で比べる

3説比較。設例=善意無過失で占有改定を受け、その後悪意になって現実の引渡しを受けた場合。否定説(判例)=不成立。肯定説=占有改定の時点で成立。折衷説=現実の引渡しの時点で成立。 図:3説比較

  • 設例=善意無過失で占有改定を受け、その後悪意になって現実の引渡しを受けた場合
  • 否定説(判例)=不成立
  • 肯定説=占有改定の時点で成立
  • 折衷説=現実の引渡しの時点で成立

判例・通説はこの否定説ですが、少数説も紹介します。占有改定でも「占有を始めた」にあたるとする説と、あたるけれども、それだけでは足りず、その後の現実の引渡しが必要だとする説です。同じ設例で比べると分かりやすいです。Cが、Aから、善意無過失で占有改定を受け、その後、悪意になってから、Aから現実の引渡しを受けたとします。否定説、つまり判例の立場では、占有改定の時点は「占有を始めた」にあたらず、現実の引渡しの時点では「占有を始めた」にあたりますが、そのときにはもう悪意なので、即時取得は成立しません。

次に肯定説です。占有改定の時点ですでに「占有を始めた」にあたり、そのとき善意無過失でしたから、占有改定の時点で即時取得が成立します。肯定説は、取引の安全を重く見る立場です。Cは、Aが持ち主だと信じて代金を払っています。その信頼は、引渡しの方法が占有改定だったからといって、小さくなるわけではありません。否定説がBの犠牲を重く見るのに対して、肯定説は、信じて買ったCの側を重く見るんです。綱引きのどちら側を重く見るかの違いです。折衷説は、占有改定の時点で条文上の要件は満たすものの、それだけでは足りず、その後の現実の引渡しが必要だと考えます。ですから、現実の引渡しの時点で即時取得が成立します。理由は、二重譲渡でBもCも占有改定しか受けていないなら、2人は同じように扱うべきだ、という点にあります。占有改定だけでは決着させず、現実の引渡しを待つんです。

短答式では、この「いつ成立するか」の違いがよく問われます。そのうえで、判例・通説が否定説を採るのは、さきほど見たとおり、外から何も変わらない占有改定で真の権利者から権利を奪うのは、犠牲が大きすぎるからです。

指図による占有移転は「占有を始めた」にあたる

指図による占有移転の設例。倉庫に預けている物について、預け先の帳簿上の名義を書き換えることで占有移転を認めた判例。占有改定と違い、外部の記録に変化が残る。 図:指図による占有移転の設例

  • 倉庫に預けている物について、預け先の帳簿上の名義を書き換えることで占有移転を認めた判例
  • 占有改定と違い、外部の記録に変化が残る

占有改定とは対照的に、指図による占有移転は、判例上、「占有を始めた」にあたるとされています。ある判例の事案では、倉庫に預けられていた物について、預け先の帳簿に記録されている預け主の名前を書き換えることで、占有の移転が認められました。

判例最高裁判決

指図による占有移転は「占有を始めた」にあたる 被上告人が右寄託者台帳上の寄託者名義の変更によりF商店から本件豚肉につき占有代理人をE水産とする指図による占有移転を受けることによつて民法一九二条にいう占有を取得したものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。

占有改定も指図による占有移転も、物の置き場所が動かない点は、同じです。違うのは、当事者以外の誰かの手元に、変化の跡が残るかどうかです。占有改定は、AとBの間の意思表示だけで完結します。カメラで言えば、Aが自分の日記に「今日からBのために持つ」と書き込むようなもので、周りの誰にも分かりません。ところが指図による占有移転には、預け先という第三者が関わります。例えば、Aがカメラを貸しロッカーの管理人に預けていて、「今後はCのために預かってくれ」と伝え、Cが承諾すると、管理人の名簿にCの名前が書き込まれます。カードにある「占有代理人」とは、本人のために物を預かって持っている人のことで、この事案では、豚肉を預かっていた冷蔵倉庫の会社、E水産がそれにあたります。そのE水産の帳簿で、名義が書き換えられました。判例が指図による占有移転を認めるのは、占有改定と比べて、外部から占有の移転を認識しやすいから、と説明されます。

二重譲渡の動産版を1枚に整理する

二重譲渡の動産版整理板。①双方が占有改定=先に占有改定を受けたBが178条で勝ち、Cは192条でも占有改定では即時取得できない。②Bが占有改定・Cが現実の引渡しまたは指図で善意無過失=Cが192条で即時取得。③Cが現実の引渡しを受けた時点で悪意=Bが勝つ。 図:二重譲渡の動産版整理板

  • ①双方が占有改定=先に占有改定を受けたBが178条で勝ち、Cは192条でも占有改定では即時取得できない
  • ②Bが占有改定・Cが現実の引渡しまたは指図で善意無過失=Cが192条で即時取得
  • ③Cが現実の引渡しを受けた時点で悪意=Bが勝つ

ここまでの内容を、二重譲渡の場面で1枚に整理します。1つめ、BもCも占有改定しか受けていない場合。先に占有改定を受けたBが、178条によって完全な権利者になっていて、Cは192条によっても、占有改定では即時取得できません。Bが勝ちます。Cの占有改定は、外から見て何も変わらないので、192条の「占有を始めた」にあたらないからです。2つめ、Bが占有改定を受け、Cが現実の引渡しか、指図による占有移転を受け、Cが善意無過失だった場合。例えば、Aが、Bに占有改定をしたあとで、カメラをCの家に届けて手渡した場合です。この場合は、Cが192条によって即時取得します。現実の引渡しや指図は、外から見える変化を伴うので、「占有を始めた」にあたるからです。Bは無権利者になってしまいます。

ただし3つめ、Cが現実の引渡しを受けた時点で、すでに悪意だった場合は、Cは即時取得できず、Bが勝ちます。基準時は占有を始めた時点、という話が、ここでも効いてきます。占有改定どうしがぶつかるときは178条だけの問題で、片方が現実の引渡しや指図まで進んだときに初めて、192条の出番が来ます。

今日の地図(保存版)

まとめの板。192条4要件=①動産②取引行為(前回)③平穏公然善意無過失=186条1項・188条で推定・証明は取り返したい側④占有を始めた=占有改定は×(最判)・指図による占有移転は○(最判)。二重譲渡は占有改定どうしなら178条で先着、片方が現実の引渡し・指図まで進めば192条の出番。 図:まとめの板

  • 192条4要件=①動産②取引行為(前回)③平穏公然善意無過失=186条1項・188条で推定・証明は取り返したい側④占有を始めた=占有改定は×(最判)・指図による占有移転は○(最判)
  • 二重譲渡は占有改定どうしなら178条で先着、片方が現実の引渡し・指図まで進めば192条の出番

今日の話をまとめます。③平穏・公然・善意は186条1項で、無過失は188条を根拠に、いずれも推定されます。即時取得を主張する側は何も証明しなくてよく、取り返したい側が悪意・過失を証明しなければなりません。そして④占有を始めたことは、占有改定では足りず、指図による占有移転なら足ります。理由は、外から見た占有の変化が、あるかないかでした。これで、192条の4つの要件が、すべて埋まりました。

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#102単独ページ動画

即時取得の効果と盗品・遺失物の特則

第2章 物権 #102/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

盗まれたカメラの行方

冒頭の場面。Aは自分のカメラを盗まれた。盗んだ犯人はそのカメラを中古カメラ店Dに売った。客Cは、そのカメラが盗品だとは知らず、Dの店頭で相場どおりの代金を払って買い受けた。Cは即時取得の要件をすべて満たしている。 図:冒頭の場面

  • Aは自分のカメラを盗まれた
  • 盗んだ犯人はそのカメラを中古カメラ店Dに売った
  • 客Cは、そのカメラが盗品だとは知らず、Dの店頭で相場どおりの代金を払って買い受けた
  • Cは即時取得の要件をすべて満たしている

Aは、自分のカメラを盗まれました。盗んだ犯人は、そのカメラを、中古カメラ店Dに売りました。そして、その店の客であるCが、Dの店頭で、そのカメラを買いました。Cは、盗品だとは知らず、相場どおりの代金を払って買い受けました。前回までに見た4つの条件を、Cはすべて満たしています。先に答えを言うと、Aは取り返せます。ただし条件があります。盗まれたときから2年以内であること、そしてCが払った代金を弁償すること、この2つです。今日は、即時取得が成立したあとに何が起きるのか、そしてそれを2年間だけひっくり返せる特別なルールを見ていきます。

効果は原始取得——まっさらな権利を手に入れる

効果総論の板。192条は「行使する権利」を取得すると定める。①所有権として取得する場合と②質権として取得する場合の2通りがある。取得は原始取得=前主に付いていた担保・制限を引き継がない。 図:効果総論の板

  • 192条は「行使する権利」を取得すると定める
  • ①所有権として取得する場合と②質権として取得する場合の2通りがある
  • 取得は原始取得=前主に付いていた担保・制限を引き継がない

まず、192条をもう一度確認します。

条文民法192条

民法 第192条 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

条文は、「行使する権利を取得する」と書いています。多くの場合、取得するのは所有権です。ただ、192条の文言が「行使する権利」となっているのには理由があって、取得するのは所有権だけとは限りません。質権を即時取得する場合もあるんです。質権も、取引の安全を守る対象になるんですか。なります。例えば、XがAに時計を預けていたとします。Aは、その時計を自分の物であるかのように装って、Bからお金を借りる際、時計に質権を設定してBに引き渡しました。Bが、Aを持ち主だと信じて疑う理由もなく、無過失だったとします。この場合、Bは時計の質権を即時取得します。

Aは無権利者ですが、Bは占有という外観を信じて取引したので、192条によって保護されます。そして、こうして得る権利は、原始取得です。前の人が持っていた権利を、そのまま引き継ぐのではなく、前の人に付いていた担保や制限を切り離した、まっさらな権利を新しく手に入れる、という意味です。前の持ち主に借金の担保が付いていても、関係ないんですか。関係ありません。取得時効の回で、時効で土地を手に入れた人のところでは、前の持ち主が付けていた銀行の抵当権が消える、という話をしました。それと同じ原始取得です。即時取得者も、そうした負担を引き継がない、新しい権利を取得します。ここまでが、即時取得が成立したときの効果です。

193条——盗品・遺失物は2年間だけ取り返せる

193条の構造図。192条が成立していても、占有物が盗品・遺失物なら、被害者・遺失者は盗難・遺失の時から2年間、占有者に回復請求できる。 図:193条の構造図

あれ、でも前回までの話だと、Cさんは要件を全部満たしてるから即時取得が成立するはずですよね。それなのに、Aさんは取り返せるんですか。ここが今日いちばんの山場です。即時取得は、確かに成立しています。ただ、盗まれた物や落とし物は、持ち主が自分の意思とは無関係に手放した物です。そういう持ち主を守るために、成立した即時取得を、2年間だけひっくり返せる特別なルールがあるんです。それが193条です。

条文民法193条

民法 第193条 前条の場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から二年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる。

192条の要件をすべて満たしていても、占有物が盗品か遺失物であれば、被害者や遺失者は、盗難または遺失のときから2年間、占有者に対して回復を請求できます。「盗品」は、窃盗や強盗によって、持ち主の意思に反して奪われた物です。「遺失物」は、窃盗や強盗以外の方法で、持ち主の意思によらずに占有を離れた物、落とし物のことです。騙されて渡してしまった物や、預けていた物を持ち逃げされた場合も、盗品にあたるんですか。あたりません。詐取された物、つまり騙し取られた物、横領された物、そして喝取された物、つまり脅し取られた物は、盗品にも遺失物にも含まれません。

持ち主が損をしている点は同じでも、騙し取られた物や横領された物は、193条の外に置かれます。さっき言ったとおり、193条が守るのは、自分の意思とは無関係に占有を失った持ち主です。騙されて渡した場合も、預けた相手に持ち逃げされた場合も、持ち主は、いったんは自分の意思でその人に物を渡しています。自分の意思で占有を手放している以上、193条が守る場面にはあたりません。冒頭のAのカメラは、盗まれたものですから、盗品にあたります。もう1つ、2年間には性質があります。この2年間は除斥期間と解されていて、途中で止まったり延びたりしません。そして起算点に注意してください。カメラが盗まれた時点から数えます。Cが買い受けた時点からではありません。

盗まれてから1年半後にCが買った場合も、起算点はあくまでカメラが盗まれた時点なので、Aが取り返せるのはあと半年だけです。Cが買ってから2年、ではありません。

2年間、所有権はどちらにあるか

所有権の所在の板。盗難の時点=原権利者。即時取得が成立してからも盗難の時から2年以内は、判例・通説は原権利者に残ると解する。盗難から2年が経過して初めて占有者に確定する。 図:所有権の所在の板

  • 盗難の時点=原権利者
  • 即時取得が成立してからも盗難の時から2年以内は、判例・通説は原権利者に残ると解する
  • 盗難から2年が経過して初めて占有者に確定する

193条の条文は、「回復を請求できる」としか書いていません。この2年間、所有権が誰にあるかは、条文に直接書かれていないんです。いったんCに所有権が移り、Aが回復請求すると所有権がAに戻る、という見方もできます。ただ、判例・通説は、もっと単純に考えます。この2年間、所有権は最初から原権利者、つまりAに残ったままだと解するんです。さっきの見方だと、Aが取り返す場面では、カメラの所有権は、AからCへ移って、またAへ戻る。A、C、Aと一回りして、元の場所に帰ってくるだけです。わざわざ一回りさせる意味は乏しいので、2年間はずっとAのところにある、と考えるほうが話がすっきりします。そして、2年たっても取り返されなければ、そこで初めて、Cの所有権が確定します。回復請求の相手方にも触れておきます。回復請求できる相手は占有者です。カメラを今持っている人だけでなく、その人から相続などで受け継いだ人や、さらに買い受けた人も含みます。

ここは、時効の回で名前が出てきた占有回収の訴え——占有を奪われた人が、奪った相手に返してくれと求める訴え——と対照的です。あちらは、奪った人から、奪われた事情を知らずに買い受けた人には、請求できません。193条の回復請求は、そこまで及びます。占有回収の訴えの中身は別の回で扱いますので、今日はこの違いだけ押さえておいてください。

194条——代価を弁償しないと取り返せない

194条要件板。占有者が、競売・公の市場・同種の物を販売する商人から、善意(無過失込み)で買い受けたときは、被害者・遺失者は代価を弁償しなければ回復できない。冒頭のCは中古カメラ店Dの店頭(公の市場に含まれる普通の店舗)で買っている。 図:194条要件板

  • 占有者が、競売・公の市場・同種の物を販売する商人から、善意(無過失込み)で買い受けたときは、被害者・遺失者は代価を弁償しなければ回復できない
  • 冒頭のCは中古カメラ店Dの店頭(公の市場に含まれる普通の店舗)で買っている

ところが、193条にも、さらに例外があります。今度は、買った人の側を守るための例外です。それが194条です。

条文民法194条

民法 第194条 占有者が、盗品又は遺失物を、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたときは、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない。

占有者が、盗品や遺失物を、競売、公の市場、またはその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたときは、被害者・遺失者は、占有者が払った代金を弁償しなければ、取り返せません。市場そのものに加えて、広く一般の人を相手にする普通の店舗も含みます。冒頭のCも、中古カメラ店Dの店頭で買っていますから、この「公の市場」にあたります。もう一つ、「同種の物を販売する商人」という類型もあります。こちらは、店舗を持たずに同じ種類の物を売る商人のことで、行商人が典型です。店舗があるかどうかで、条文上は言葉が分かれていますが、どちらに入っても、194条が適用される場面に変わりはありません。

いえ、ここでの「善意」は無過失も含む意味です。194条は192条・193条の特則ですから、192条で要求される無過失が、ここでも当然に求められます。条文には「善意」としか書いていないので、読み落とさないでください。「買い受けた」というのは、もらった場合も含みますか。含みません。贈与で受け取った場合には、194条は適用されません。買い受けた、つまり代金を払った場合に限られます。趣旨はこうです。競売や、ちゃんとした市場や、その道の商人から買った人は、普通、その物が盗品や遺失物だとは考えません。買った人にとって、いちばん疑いようのない買い方をしたのに、それでも無償で取り上げられるのでは、金銭的な損害を受けてしまいます。それを避けるために、被害者側に、代価の弁償という負担を分担させるんです。冒頭のCも、相場どおりの代金を払って、Dの店頭で買っています。だから、Aは、Cが払った代金を弁償しなければ、カメラを取り返せません。

もしCが、Dの店を通さずに犯人から直接買っていた場合は、194条は使えません。競売でも、公の市場でも、同種の物を販売する商人からでもないからです。そのときは193条だけが問題になり、Aは代価を払わずに、そのままカメラを取り返せます。買った場所や相手によって、代価の弁償が要るかどうかが変わるんです。

弁償があるまで、占有者は使ってよい

所有権と使用収益権の区別の板。2列の対比。左「所有権はどこにあるか」=A(原権利者)に残る(判例・通説)。右「今使ってよいのは誰か」=194条が効く場面では代価弁償の提供があるまでC(占有者)・使用利益も返さなくてよい(最判)。下に一言「2つは別のレーン」。 図:所有権と使用収益権の区別の板

  • 2列の対比
  • 左「所有権はどこにあるか」=A(原権利者)に残る(判例・通説)
  • 右「今使ってよいのは誰か」=194条が効く場面では代価弁償の提供があるまでC(占有者)・使用利益も返さなくてよい(最判)
  • 下に一言「2つは別のレーン」

代金を弁償するまでの間、Cさんはそのカメラ、使っていいんですか。ここは、ある判例で扱われた問題です。盗まれた土木機械を、無店舗で中古の機械を売る業者から、善意無過失で買い受けた人がいました。持ち主が、その機械の引き渡しと、それまでの使用利益の返還を求めて訴えました。

判例最高裁判決

代価弁償があるまで占有者は使用収益できる 盗品又は遺失物(以下「盗品等」という。)の被害者又は遺失主(以下「被害者等」という。)が盗品等の占有者に対してその物の回復を求めたのに対し、占有者が民法一九四条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合には、占有者は、右弁償の提供があるまで盗品等の使用収益を行う権限を有すると解するのが相当である。

最高裁は、占有者は、代価の弁償の提供があるまで、その物を使ってよい権限を持つと判断しました。194条は、占有者と被害者側の、保護のバランスを取るための規定です。被害者側は、代価を払って取り返すか、取り返すのをあきらめるか、自分で選べる立場にあります。それなのに、占有者だけが、弁償があるまでの使用利益まで失うのでは、バランスが崩れてしまいます。だから、弁償があるまでは、占有者に使う権限を認めるんです。さっき、所有権はAさんに残ったまま、っていう話でしたよね。今度は使っていいのはCさん。これ、矛盾してないですか。矛盾していません。ここは、はっきり分けて整理してください。所有権が誰にあるかという話と、今この物を使ってよいかという話は、別の問題です。所有権は原権利者に残ったままでも、194条が効く場面では、代価弁償までの使用収益「権限」は、占有者に別に認められます。この2つを重ねずに、別のレーンとして見てください。

もしCさんが犯人から直接買っていたら、それでも弁償まではカメラを使っていいんですか。違います。判例が認めたのは、194条によって、代価の弁償があるまで引き渡しを拒める場合です。193条だけが問題になる場面では、弁償を待つ必要がないので、この使用収益権も出てきません。

今日の地図(保存版)

まとめ板。要件①動産②取引行為③平穏公然善意無過失④占有を始めた→効果=原始取得(所有権/質権)→盗品遺失物なら193条=2年間・原権利者が回復請求可(所有権も原権利者に残る)→競売・公の市場・商人から善意で買った場合は194条=代価弁償が必要→弁償までは占有者に使用収益権(判例)。 図:まとめ板

今日の話をまとめます。即時取得が成立すると、占有者は原始取得によって、所有権、あるいは質権を、まっさらな形で取得します。盗品・遺失物であれば、193条により、盗難・遺失のときから2年間、被害者・遺失者が回復請求できます。この2年間、所有権は原権利者に残ったままです。占有者が、競売、公の市場、あるいは同種の物を販売する商人から善意で買い受けていた場合は、194条により、被害者側は代価を弁償しないと取り返せません。そして、その弁償があるまでは、占有者はその物を使ってよく、使用利益を返す必要もありません。

これで、192条から194条までの即時取得の全体像がそろいました。要件を満たして成立し、原始取得という効果を持ち、それでも盗品・遺失物には2年間の特則がある。

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#103単独ページ動画

占有権の成立と承継

第2章 物権 #103/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

露店で犯人を見つけたAは、その場で奪い返してよいか

冒頭の場面。Aは自分のカメラを盗まれた。数日後、街の露店で、盗んだ犯人がそのカメラを売っているのを見つけた。Aはその場で犯人からカメラを奪い返してよいか。 図:冒頭の場面

  • Aは自分のカメラを盗まれた
  • 数日後、街の露店で、盗んだ犯人がそのカメラを売っているのを見つけた
  • Aはその場で犯人からカメラを奪い返してよいか

Aは、自分のカメラを盗まれました。数日後、街の露店で、盗んだ犯人がそのカメラを売っているのを見つけました。先に答えを言うと、Aはその場で奪い返してはいけません。意外に思うかもしれませんが、盗んだ犯人にも、法律上は占有権という権利が認められているからです。なぜ泥棒にまで権利が認められるのか、そして、その権利はどうやって生まれ、どうやって引き継がれるのか。今日から4回に分けて占有権を学びますが、今日はその最初の入口です。

180条——占有権はどうすれば成立するか

180条要件分解板。占有権は所持+自己のためにする意思の2要件で成立する。所持=物に対する事実上の支配で、社会通念で判断する。自己のためにする意思=占有取得の原因から客観的・外形的に判断し、内心は見ない。 図:180条要件分解板

  • 占有権は所持+自己のためにする意思の2要件で成立する
  • 所持=物に対する事実上の支配で、社会通念で判断する
  • 自己のためにする意思=占有取得の原因から客観的・外形的に判断し、内心は見ない

占有権が何によって成立するか、まず条文を見ましょう。

条文民法180条

民法第百八十条 占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。

要件は2つです。所持と、自己のためにする意思。所持はなんとなく分かりますけど、自己のためにする意思って何ですか。まず所持から。所持とは、物に対する事実上の支配をいいます。権利があるかどうかは関係なく、実際にその物を自分の支配下に置いているかどうかで決まる。社会通念、つまり普通の感覚で見て、その人が支配していると言えるかどうかで判断されます。こちらは、自分の利益のために物を支配する意思のことです。ここで注意してほしいのは、この意思は、占有している人の内心の気持ちを見て判断するのではないということです。

取得時効の所有の意思と同じで、自己のためにする意思の有無も、内心ではなく、占有を取得した原因から、客観的・外形的に判断されます。例えば、親権者が子の財産を管理している場合を考えてください。親権者は、子のために財産を管理していますが、それと同時に、自分自身の利益のために支配する意思も併存していると扱われます。子のためにする意思があるからといって、自己のためにする意思が打ち消されるわけではない、という考え方です。判例も、この考え方をとっています。

占有・本権・準占有——泥棒にあって、泥棒にないもの

占有・本権の対比板。占有=所持+自己のためにする意思により成立する事実。本権=占有を正当化する権利で、占有権原とも呼ぶ。所有権・地上権・賃借権など。泥棒は占有はあるが本権はない。準占有=物以外の財産権の事実上の支配。 図:占有・本権の対比板

  • 占有=所持+自己のためにする意思により成立する事実
  • 本権=占有を正当化する権利で、占有権原とも呼ぶ
  • 所有権・地上権・賃借権など
  • 泥棒は占有はあるが本権はない
  • 準占有=物以外の財産権の事実上の支配

厳密には区別します。占有とは、所持と自己のためにする意思によって成立する事実そのものです。この占有という事実が認められると、占有権という権利が発生する、という関係です。占有権があれば、その物を持っていていい正当な理由もあるってことですか。そこが今日いちばんの急所です。占有権があることと、その物を持っていてよい正当な理由があることは、別問題です。この正当な理由は、物権的請求権の回で占有権原と呼んだものです。占有の話では、これを本権とも呼びます。所有権が典型ですが、地上権や、債権である賃借権も本権にあたります。物権の全体像の回では、占有権以外の物権をまとめて本権と呼びましたが、持つことを正当化する権利という意味では、債権の賃借権も入ります。

例えば、教室で、AさんがBさんの消しゴムを勝手に使っているとします。今、消しゴムを実際に握っているのはAさんです。これが占有です。でも、消しゴムを買ったのはBさんで、本当の持ち主として扱われるべきなのもBさんです。これが本権です。「今それを使っているのは誰か」と聞かれれば答えはA、「本当は誰の物か」と聞かれれば答えはBです。泥棒は、盗品に対する本権を持ちません。でも、事実として支配し、自己のためにする意思を持って所持している以上、占有は認められるので、占有権は持っています。占有権が「きわめて特殊な物権」と呼ばれるのは、この点にあります。では、なぜ法は、泥棒の占有まで守るのでしょうか。物権の全体像を見た回や、物権的請求権の回で、理由を出しました。思い出せますか?

たしか……本当の持ち主でも、力ずくで取り返すのは駄目、という話でした。自力救済の禁止です。「これは自分の物だ」と信じる人がみな実力で取り返し始めたら、社会は収拾がつきません。だから法は、今持っているという事実をいったんそのまま守り、本当は誰の物かは裁判で決めさせます。占有権は、正しさを判定する権利ではなく、今持っているという事実を守るための権利なんです。Aが取り戻したいなら、力ずくではなく、物権的請求権の回で見た返還請求を、裁判で求めます。これが今日の答えの1段目です。もう1つだけ。準占有という言葉は、所有権以外の権利を時効で取る回で、一言だけ出てきました。物ではなく権利を、自分のために事実上使っている状態のことです。物以外の財産権、たとえば債権についてこの状態があれば、占有の規定が準用されます。

181条——直接持っていなくても占有はできる

代理占有の関係図。賃貸人Aは間接占有、賃借人Bは代理人として直接占有、その間に目的物。Aは自分で物に触れていなくても、Bを通じて目的物を占有している。 図:代理占有の関係図

  • 賃貸人Aは間接占有、賃借人Bは代理人として直接占有、その間に目的物
  • Aは自分で物に触れていなくても、Bを通じて目的物を占有している

所持というと、自分の手で直接持っていることを思い浮かべるかもしれませんが、そうとは限りません。

条文民法181条

民法第百八十一条 占有権は、代理人によって取得することができる。

自分で直接物を支配していなくても、占有権は認められます。これを代理占有、あるいは間接占有と呼びます。条文の「代理人」は、動産の対抗要件の回で、占有改定や指図による占有移転の条文に出てきたのと同じ意味です。本人に代わって契約を結ぶ人ではなく、本人のために物を手元で持っている人のことでした。賃貸人が典型です。賃貸人が本人、賃借人がこの意味の代理人にあたり、賃貸人は、賃借人を通じて目的物を占有しているとして扱われます。賃借人自身の占有は自己占有・直接占有、賃貸人の占有は代理占有・間接占有と呼ばれます。

占有は、かなり抽象化された概念だということが、ここからも分かります。この自己占有と代理占有の区別を詳しく使う場面は後の回で扱います。今日は、直接支配していなくても占有権が成立しうる、という点だけ押さえてください。

占有補助者——手足として持っているだけでは足りない

占有補助者の関係図。店主や会社がA、店員や代表者個人がBで占有補助者、第三者がC。物権的請求権の相手方はAであってBではない。占有補助者には独自の占有が認められず、占有訴権の主体にもなれない。 図:占有補助者の関係図

  • 店主や会社がA、店員や代表者個人がBで占有補助者、第三者がC
  • 物権的請求権の相手方はAであってBではない
  • 占有補助者には独自の占有が認められず、占有訴権の主体にもなれない

物を支配しているように見えても、それが他人の手足として、補助的に支配しているにとどまる場合には、独自の占有は認められません。これを占有補助者、または占有機関と呼びます。店舗の店員が典型です。店員は、店主の指示どおりに商品を扱っているだけで、自分の利益のために商品を支配しているとは評価されません。もう1つ、会社の代表者個人も、多くの場合、占有補助者にあたるとされます。ここに、実際の判例があります。

判例最判昭32・2・15

会社代表者は独自の占有者ではない 本件土地の占有者は右訴外会社であつて上告人は訴外会社の機関としてこれを所持するに止まり、したがつてこの関係においては本件土地の直接占有者は訴外会社であつて上告人は直接占有者ではないものといわなければならない。

この事件では、会社の代表取締役が、会社のために土地を占有していました。最高裁は、占有者は会社であって、代表者個人は直接占有者ではないと判断しました。代表者は、会社の機関として土地を所持しているにすぎず、自分個人のために所持しているわけではない、という理由です。占有補助者には、独自の占有が認められないことから、2つの特徴が導かれます。1つ目、占有の訴えを行使する権限を持ちません。占有の訴えとは、占有を奪われたり邪魔されたりしたときに、占有していたという事実を根拠に、取り戻しや排除を求める訴えです。細かい要件は別の回で扱いますが、占有補助者はそもそも訴権の主体になれない、とだけ押さえてください。2つ目、物権的請求権の相手方にもなりません。これは以前、物権的請求権の相手方の回で確認した結論です。相手方になるのは、実際に自ら物を占有している者、この場合は店主や会社であって、その手足にすぎない店員や代表者個人ではありません。

所持はしていても、自己のためにする意思が外形的に認められない——占有補助者は、180条の要件そのものでふるい落とされている、という位置づけです。賃借人は違います。賃借人は、自分が住む、自分が使う、という自分の利益のために物を持っています。店主の指示どおりに扱うだけの店員とは、ここが違います。だから自己のためにする意思があり、占有権を持ちます。取得時効の回で見た所有の意思、つまり自分の物として持つ意思は、借りていると分かって持っている賃借人にはありません。でも180条が求めているのは所有の意思ではなく、自分の利益のために持つ意思です。この2つは別の物差しです。

占有の承継——特定承継と包括承継

承継の分類一覧板。特定承継=個々の占有の譲渡に伴う承継で、売買の引渡しが典型。包括承継=占有者の地位の承継に伴う移転で、相続が典型。 図:承継の分類一覧板

  • 特定承継=個々の占有の譲渡に伴う承継で、売買の引渡しが典型
  • 包括承継=占有者の地位の承継に伴う移転で、相続が典型

ここから後半です。占有権は、成立するだけでなく、承継されることもあります。承継の仕方には、2種類があります。1つは特定承継です。個々の占有の譲渡に伴って承継される場合で、物の売買に伴う引渡しが典型です。引渡しの具体的な方法自体は、以前、動産の対抗要件の回で扱いました。もう1つが包括承継です。占有者の地位そのものの承継に伴って、占有が移転する場合です。相続が典型です。相続は、まさに人の生活や財産の状態を丸ごと引き継ぐという意味で、包括承継にあたります。

相続による占有の承継

相続による占有承継の板。占有も相続の対象となる。相続人の知・不知を問わない。 最判昭44・10・30 図:相続による占有承継の板

  • 占有も相続の対象となる
  • 相続人の知・不知を問わない
  • 最判昭44・10・30

今日は、その承継のしくみをもう少し体系的に見ていきます。占有も、財産権と同じように相続の対象になります。判例でも、はっきり認められています。

判例最判昭44・10・30

占有権も相続によって承継される 被相続人の事実的支配の中にあつた物は、原則として、当然に、相続人の支配の中に承継されるとみるべきであるから、その結果として、占有権も承継され、被相続人が死亡して相続が開始するときは、特別の事情のないかぎり、従前その占有に属したものは、当然相続人の占有に移ると解すべきである。

被相続人が事実上支配していた物は、原則として当然に相続人の支配の中に承継され、占有権も承継される、としています。気づいていなくても、占有は承継されます。理由は以前も触れたとおり、相続が起きるたびに時効の進行が振り出しに戻ってしまうと、権利関係がいつまでも安定しないからです。

相続でも187条1項は使えるのか

187条の再確認と、相続への適用の板。187条1項=承継人は自己の占有のみ、または前の占有者の占有を併せて主張できる。2項=併せる場合は瑕疵も承継。対立点=相続という包括承継でも1項の分離主張ができるか。A説は否定、B説は肯定で判例通説。 図:187条の再確認と、相続への適用の板

  • 187条1項=承継人は自己の占有のみ、または前の占有者の占有を併せて主張できる
  • 2項=併せる場合は瑕疵も承継
  • 対立点=相続という包括承継でも1項の分離主張ができるか
  • A説は否定、B説は肯定で判例通説

ここで、以前に確認した条文をもう一度出します。

条文民法187条

民法第百八十七条 占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。 2 前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。

1項は、承継人が自己の占有だけを主張するか、前の占有者の占有を併せて主張するかを選べる、というルールでした。2項は、併せる場合は瑕疵も一緒に引き継ぐ、というルールです。ここまでは、以前に確認済みです。相続でも前の占有者の占有を併せて主張できる、という結論はそのとおりです。今日は、その結論の裏にある対立を見ます。187条1項は、個々の物を選んで引き継ぐ特定承継を念頭に置いた規定に見えます。では、地位そのものを丸ごと引き継ぐ包括承継、つまり相続の場合にも、この「分離して主張できる」というルールはそのまま使えるのでしょうか。

自分の占有だけを切り離すのは変だ、という感覚が、A説の理屈です。A説(否定説)は、相続人は被相続人の占有を包括承継するのだから、そこから自分の占有だけを切り離して選ぶ余地がない、と考えます。B説(肯定説)は違う理屈を立てます。187条1項の文言をもう一度見てください。「占有者の承継人」としか書いていません。特定承継か包括承継かを区別する言葉は、条文のどこにもないんです。そして、判例・通説はB説に立ちます。最高裁も、187条1項の分離主張のルールは相続にも及び、相続人は自己の占有のみを主張することも認められる、と判断しています。

例えば、先代が、他人の土地だと知りながら、自分の物として5年間使っていたとします。先代が亡くなり、相続人は、親の土地だと信じて、落ち度もなく、11年間使い続けました。しかも併せれば、先代の悪意という瑕疵も引き継ぎます。A説なら、相続人は先代の占有を切り離せないので、20年がたつのを待つしかありません。B説なら、相続人は自分の占有だけを選べます。善意無過失で11年、10年の取得時効に届きます。どちらに立つかで結論が変わるんです。そして、選べるようになっても、併せるなら瑕疵も引き継ぐという2項のルールは、相続でもそのままです。

今日の地図(保存版)

まとめ板。180条は所持+自己のためにする意思→占有と本権の区別、泥棒は占有はあるが本権はない→181条の代理占有→占有補助者は独自の占有を持たず、占有訴権もなく物権的請求権の相手方にもならない→占有の承継は特定承継と包括承継、相続は包括承継→相続にも187条1項が及ぶのが判例通説。続きは占有の種類と推定。 図:まとめ板

  • 180条は所持+自己のためにする意思→占有と本権の区別、泥棒は占有はあるが本権はない→181条の代理占有→占有補助者は独自の占有を持たず、占有訴権もなく物権的請求権の相手方にもならない→占有の承継は特定承継と包括承継、相続は包括承継→相続にも187条1項が及ぶのが判例通説
  • 続きは占有の種類と推定

今日の話をまとめます。占有権は、所持と自己のためにする意思という2つの要件で成立します。この意思は内心ではなく、外形的・客観的に判断されます。占有権があっても本権があるとは限りません。そして、直接支配していなくても、代理人を通じた代理占有が認められます。そして、占有は承継されます。個々の譲渡による特定承継と、地位の承継による包括承継、その典型が相続です。占有も相続の対象になり、相続人の知・不知は問いません。冒頭のAも、これで説明がつきます。犯人にも占有権があるので、Aはその場で実力行使をしてはいけません。取り戻すなら、裁判で返還を求める道を使います。この続きでは、占有の種類と推定——自主占有・他主占有の区別や、186条の推定のしくみに話を進めます。

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#104単独ページ動画

占有の種類と推定

第2章 物権 #104/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

父から引き継いだ土地、Aは自分の物にできるか

冒頭の場面。Aは、亡くなった父からずっと住んできた家と土地を引き継いだ。実は父はその土地をBから借りていただけで、所有者ではなかった。Aはこのまま住み続ければ、いつか自分の物にできるか。 図:冒頭の場面

  • Aは、亡くなった父からずっと住んできた家と土地を引き継いだ
  • 実は父はその土地をBから借りていただけで、所有者ではなかった
  • Aはこのまま住み続ければ、いつか自分の物にできるか

Aは、亡くなった父から、ずっと住んできた家と土地を引き継ぎました。ところが実は、父はその土地を、Bという人から借りていただけで、所有者ではありませんでした。先に答えを言うと、借りていた父は、何年住んでも、そのままでは自分の物にできませんでした。でも、Aの代になると、話が変わることがあります。ただし条件つきです。しかもその条件は、A自身が証明しなければなりません。同じ土地なのに、なぜ親の代ではだめで、子の代になると可能性が出てくるのか。今日は、占有に隠れている複数の分類と、相続のときだけ働く特別なルールを見ていきます。

占有にはこんなに分類がある

占有の分類一覧板。自己占有/代理占有・自主占有/他主占有・善意占有/悪意占有・過失の有無・平穏公然/強暴隠秘・単独占有/共同占有を1枚に整理。 図:占有の分類一覧板

占有は、一つの事実です。でも、見る角度を変えるたびに、違う名前がつきます。「誰が実際に支配しているか」で見れば、自己占有と代理占有。これは前回、賃貸人と賃借人の関係で見ましたね。「何のために占有を始めたか」で見れば、自主占有と他主占有。こちらは、取得時効の回で見ました。ここに、今日新しく2つの軸を足します。「本権があると思っているか」で見れば、善意占有と悪意占有。「その思い込みに、うっかりミスがあるか」で見れば、過失の有無です。あと2つだけ。占有を始めた経緯が平和的かどうかで、平穏・公然と強暴・隠秘。一人で持っているか複数人で持っているかで、単独占有と共同占有です。強暴・隠秘は、暴力ずくで奪ったり、こっそり隠れて占有したりする場合を指します。

たとえるなら、同じ占有という事実を、身長・利き手・視力のように、別々の物差しで測っていると思ってください。今日はこのうち、善意と悪意の物差しと、自主占有と他主占有の物差しを中心に掘り下げます。

自主占有と他主占有、もう一度

自主占有・他主占有の実益の板。所有の意思の有無は占有取得原因から客観的に判断。賃借人・使用借人・受寄者は他主占有。他人物売買の買主・不法占拠者・窃盗犯人は所有の意思のある自主占有。実益は取得時効。 図:自主占有・他主占有の実益の板

  • 所有の意思の有無は占有取得原因から客観的に判断
  • 賃借人・使用借人・受寄者は他主占有
  • 他人物売買の買主・不法占拠者・窃盗犯人は所有の意思のある自主占有
  • 実益は取得時効

ここで一度、思い出してください。取得時効の要件の中に、所有の意思というものがありましたよね?この中の「所有の意思」があるかどうかが、自主占有と他主占有の分かれ目です。判断は、占有している人の内心ではなく、占有を取得した原因から客観的に決まります。賃借人、ただで借りている使用借人、物を預かっている受寄者は、契約の性質上、所有の意思がないとされます。逆に、他人のものだと知らずに買ってしまった買主や、不法占拠者、窃盗犯人は、所有の意思のある自主占有です。内心で「自分の物だ」と信じているかは関係ありません。どういう原因で占有を始めたのか、その性質を外形的に見るだけです。そして、この区別の実益はただ一つ。他主占有では、いくら長く占有しても時効取得できない。これが今日の土台になります。

善意占有と悪意占有——知らなかっただけでは決まらない

善意占有・悪意占有の定義板。善意占有=本権がないのに本権があると確信して占有すること。悪意占有=本権がないと知り、または疑いながら(半信半疑を含む)占有すること。通常の善意・悪意(単なる知・不知)とは意味が異なる。 図:善意占有・悪意占有の定義板

  • 善意占有=本権がないのに本権があると確信して占有すること
  • 悪意占有=本権がないと知り、または疑いながら(半信半疑を含む)占有すること
  • 通常の善意・悪意(単なる知・不知)とは意味が異なる

ここから新しい分類です。善意占有と悪意占有。実は、占有の善意・悪意は、単なる知・不知とは意味が違うんです。10年の取得時効で見た、線のズレです。一言でいえば、疑いの余地なく思い込んでいるかどうか、です。本権が無いにもかかわらず、自分には本権があると疑わずに占有している状態、これが善意占有です。悪意占有とは、本権がないことを知っている場合、または本権があるかどうか疑いながら占有している場合です。半信半疑の状態も、悪意占有に含まれます。例えば、他人の土地を、自分が買った土地だと勘違いして住んでいる人は、善意占有。一方、本当は他人のものかもしれないと薄々気づきながら住み続けている人は、確信がないので悪意占有です。単なる不知では足りない、という点を押さえてください。

185条——他主占有から自主占有への転換

185条要件分解板。他主占有はそのままでは自主占有に変わらない。転換の要件は2つ、①所有の意思の表示、②新たな権原による占有開始。どちらかを満たせば占有の性質が変わる。 図:185条要件分解板

  • 他主占有はそのままでは自主占有に変わらない
  • 転換の要件は2つ、
  • ①所有の意思の表示、
  • ②新たな権原による占有開始
  • どちらかを満たせば占有の性質が変わる

他主占有では時効取得できない、と言いましたが、他主占有のまま一生変わらないわけではありません。取得時効の要件の回で見たカードを、もう一度出します。

条文民法185条

民法第百八十五条 権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない。

他主占有を自主占有に変える方法は2つです。1つ目は表示。賃借人が賃貸人に対して、これからは自分が所有者のつもりで持ち続ける、と意思を示す場合です。2つ目は、新たな権原により、あらためて所有の意思をもって占有を始める場合です。例えば、賃借人が、借りていた物を賃貸人から買い受ける場合ですね。この2つのどちらかがなければ、占有の性質は変わりません。ここまでが土台です。ここから、今日いちばんの急所に入ります。

相続は「新たな権原」にあたるか

相続と新権原の事案図。所有者は他人に土地建物の管理を任せていた。管理していた人が死亡し、相続人が管理を引き継ぐと同時に、新たに自分の力で土地建物を支配し始めた場面。 図:相続と新権原の事案図

  • 所有者は他人に土地建物の管理を任せていた
  • 管理していた人が死亡し、相続人が管理を引き継ぐと同時に、新たに自分の力で土地建物を支配し始めた場面

185条の「新たな権原」に、相続はあたるのでしょうか。相続は、地位をまるごと引き継ぐだけですよね。前回、包括承継と呼んでいました。前回の187条1項が使えます。相続人は、父の占有を併せて主張することも、自分の占有だけを主張することもできます。併せれば、父の「借りている」という性質、つまり他主占有の性質も、そのままついてきます。では、自分の占有だけならどうか。その占有を始めた原因は、相続、つまり父の地位の引き継ぎです。占有の性質は、始めた原因から客観的に決まるのでしたね。地位を引き継いだだけなら、性質も借りている立場のままです。ですから、どちらを選んでも、相続しただけでは他主占有のままです。

原則として、相続だけでは新たな権原になりません。でも、取得時効の回で結論だけ触れたとおり、ある事情が加われば話は変わります。判例の答えは二段です。どんな事情があれば変わるか。そして、その事情を誰が示すか。まず一段目です。ある事案を見てください。所有者から、土地建物の管理を任されていた人がいました。この人が亡くなり、相続人が管理を引き継ぎます。管理を引き継いだだけなら、他主占有のままです。話が変わるのはここからです。相続人は、管理を引き継いだだけでなく、自分の力で新たに土地建物を支配し始めたんです。

判例最判昭46・11・30

相続でも新たな権原になりうる 上告人らは、右訴外人の死亡により、本件土地建物に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく、新たに本件土地建物を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものというべく、したがつて、かりに上告人らに所有の意思があるとみられる場合においては、上告人らは、右訴外人の死亡後民法一八五条にいう「新権原ニ因リ」本件土地建物の自主占有をするに至つたものと解するのを相当とする。

判決の言う訴外人は、亡くなった管理人のことです。最高裁の規範はこうです。相続人が①新たに事実上の支配を開始し、②所有の意思があるとみられる事情があれば、被相続人が他主占有でも、相続人は185条の新権原により自主占有に至る、としました。決め手は、父の占有を引き継いだだけでなく、相続人自身の占有が新しく始まった点です。新しく始まった占有だから、その性質を改めて見直せる、というわけです。ただし、この事案では、相続人が建物の一部について所有者に家賃を払っていたことなどから、所有の意思があったとはいえないとされ、時効取得は認められませんでした。冒頭の、父がBから借りていた土地をAが引き継いだ話は、この判例の事案とは別の例です。

規範は分かりましたが、その2つの事情は、誰が示すんですか。そこが今日いちばんの急所です。186条1項を思い出してください。占有者は所有の意思があると推定されるので、普通は、時効取得を争う相手のほうが、他主占有だったことを証明しなければなりません。ところが、相続人が独自の自主占有を主張するこの場面だけは、逆転します。別の最高裁判決が、こう判示しています。相続人のほうが、その事情を自ら証明しなければならない、と。

立証責任逆転の板。通常は186条1項により占有者は所有の意思ありと推定され、争う相手が他主占有であることの立証責任を負う。相続人が独自の自主占有を主張する場面だけは逆転し、相続人自身が新たな支配の開始と所有の意思の事情を証明する。最判平8・11・12。 図:立証責任逆転の板

  • 通常は186条1項により占有者は所有の意思ありと推定され、争う相手が他主占有であることの立証責任を負う
  • 相続人が独自の自主占有を主張する場面だけは逆転し、相続人自身が新たな支配の開始と所有の意思の事情を証明する
  • 最判平8・11・12

理由は2つ示されています。新たな支配の開始で占有の性質が変わったのだから、その変更は主張する側が立証すべきこと。そして、相続という取得原因だけからは、所有の意思の有無を決められないことです。この判決の事案では、相続人が権利証を手元に持ち、固定資産税を払い続け、借りている人たちから賃料を取り立てていました。こうした事情を相続人の側が示せたので、時効取得が認められました。規範を立てたのはさっきの判決、立証責任の所在を示したのはこの判決です。この2つの判例を混同しないでください。これが、冒頭のAへの答えの核心です。

186条——占有には強い味方がある

186条全体像の板。1項は所有の意思・善意・平穏・公然の推定。2項は前後2時点の占有の証拠があれば継続を推定。取得時効の証明負担を大きく減らす条文。 図:186条全体像の板

  • 1項は所有の意思・善意・平穏・公然の推定
  • 2項は前後2時点の占有の証拠があれば継続を推定
  • 取得時効の証明負担を大きく減らす条文

ここで、今出てきた条文を、もう一度全文で見ておきましょう。

条文民法186条

民法第百八十六条 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。 2 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。

1項は、所有の意思・善意・平穏・公然という4つを、まとめて推定します。2項は、前後2つの時点で占有していた証拠さえあれば、その間ずっと占有し続けていたと推定します。取得時効を主張する側の証明負担を、大きく減らしてくれる条文です。ただし、さっき見たとおり、相続人が独自の自主占有を主張する場面だけは、この1項の推定の外に置かれます。原則と例外を、セットで覚えておいてください。

188条——本権の推定と登記との対比

188条と登記の推定力の対比板。即時取得では186条1項に188条が加わり無過失まで推定される。取得時効では無過失は推定されない。登記名義人は所有者と推定される事実上の推定で、公信力ではない。 図:188条と登記の推定力の対比板

  • 即時取得では186条1項に188条が加わり無過失まで推定される
  • 取得時効では無過失は推定されない
  • 登記名義人は所有者と推定される事実上の推定で、公信力ではない

もう一つ、推定の条文があります。

条文民法188条

民法第百八十八条 占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。

占有者には、その物について本権があるものと推定される、という条文です。占有者に権利がないと主張する側が、証明責任を負います。動産の即時取得では、186条1項に188条が加わり、無過失まで推定される、という理屈でしたね。取得時効でも、同じように無過失まで推定されるんですか。そこは違います。取得時効の回で見たとおり、無過失は推定されません。前主を信頼して取引した、という土台がいつもあるとは限らないからでした。即時取得と取得時効とで、推定の強さが違うんです。登記には、登記の制度の回で見た推定力があります。登記名義人は所有者だろう、と一応扱ってもらえます。ただし、これは事実上の推定であって、権利があるように見せかけた人を信じた第三者を守る公信力とは別物でした。188条の本権の推定は占有という事実から、登記の推定力は登記という事実から、それぞれ推定を働かせるもので、推定の出どころが違います。ですが、どちらも「今ある事実状態から権利をひとまず推定する」という発想は共通しています。

占有権ブロック、ここまでの地図

まとめ板 占有の見方と転換要件。占有の分類(自己/代理・自主/他主・善意/悪意・過失の有無・平穏公然/強暴隠秘・単独/共同)→185条で他主占有から自主占有へ転換(表示・新権原)→相続は新権原になりうる(最判昭46・11・30)。 図:まとめ板 占有の見方と転換要件

今日の話をまとめます。占有には、自己占有と代理占有、自主占有と他主占有、善意占有と悪意占有、過失の有無、平穏・公然と強暴・隠秘、単独占有と共同占有という、いくつもの分類の軸がありました。185条は、他主占有を自主占有に変える条文でしたね。表示か新たな権原のどちらかが必要でした。

まとめ板 相続の証明と推定。相続は新権原になりうるが、その証明は相続人の側(最判平8・11・12、186条1項の推定は働かない)→186条の推定→188条の本権の推定と登記の推定力の対比。 図:まとめ板 相続の証明と推定

186条は、所有の意思・善意・平穏・公然と占有の継続を推定してくれる条文でした。188条は、占有者に本権があると推定してくれる条文でしたね。この続きでは、占有が生み出す果実や、占有にかかった費用の扱いを見ていきます。

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#105単独ページ動画

果実・費用償還請求権

第2章 物権 #105/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

隣の畑で10年、野菜を売って暮らしていたら

冒頭の場面。Aは、ずっと放置されていた隣の畑を自分の土地だと思い込み、10年間、そこで採れた野菜を売って生活していた。ある日、本当の持ち主Bが現れる。 図:冒頭の場面

  • Aは、ずっと放置されていた隣の畑を自分の土地だと思い込み、10年間、そこで採れた野菜を売って生活していた
  • ある日、本当の持ち主Bが現れる

Aは、隣の畑がずっと放置されているのを見て、自分の土地だと思い込みました。そこで10年間、採れた野菜を売って生活していました。ある日、本当の持ち主Bが現れます。先に答えを言います。Aが「自分の土地だ」と信じていたなら、これまで売ったお金は返さなくてよいんです。話はまったく変わります。同じ10年間なのに、なぜ結論がここまで分かれるのか。今日は、占有をめぐる果実・損害賠償・費用の清算ルールを、善意・悪意という1本の軸で見ていきます。

まず果実とは何か

果実の定義の一言板。天然果実は物の用法に従い収取する産出物。法定果実は物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物。畑の野菜は天然果実。 図:果実の定義の一言板

  • 天然果実は物の用法に従い収取する産出物
  • 法定果実は物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物
  • 畑の野菜は天然果実

189条に入る前に、物の分類の回で見た果実を一言だけ確認します。果実には2種類あります。畑の野菜のように、物の用法に従って収穫される産出物が天然果実。家賃のように、貸したことの対価として受け取るお金が法定果実です。今日のAの野菜は天然果実です。野菜を売った代金そのものは果実ではありませんが、野菜がAのものになれば、売った代金もAのものとして手元に残ります。

189条——善意の占有者は果実を取得する

189条全文カードの背景。1項は善意の占有者による果実の取得。2項は本権の訴えで敗訴したときは訴え提起の時から悪意の占有者とみなす。 図:189条全文カードの背景

  • 1項は善意の占有者による果実の取得
  • 2項は本権の訴えで敗訴したときは訴え提起の時から悪意の占有者とみなす

ここで条文を見てみましょう。

条文民法189条

民法第百八十九条 善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。 2 善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

Aは「自分の土地だ」と信じて畑を占有していました。これは善意占有です。1項がそのまま当てはまります。2項も見ておきましょう。仮にBがAを訴えて、Aが裁判で負けたとします。負けが確定した時から、悪意になるんですか。そこが急所です。判決が確定した時ではなく、訴えを起こされた時から悪意の占有者とみなされます。訴えられた時点で、Aは「本当は他人の土地かもしれない」と気づく機会を持ったから、という理屈です。この時点から、このあと見る190条の世界に切り替わります。

なぜ189条は不当利得より占有者に有利なのか

189条と703条の対比板。703条は法律上の原因なく利益を受けた者は利益の存する限度で返還。189条の善意占有者は現存利益を問わず果実を全部取得できる。189条は703条の特則。 図:189条と703条の対比板

  • 703条は法律上の原因なく利益を受けた者は利益の存する限度で返還
  • 189条の善意占有者は現存利益を問わず果実を全部取得できる
  • 189条は703条の特則

ここで、少し立ち止まります。実は、他人のものから利益を得た場合の一般ルールとして、703条という条文があります。法律上の原因なく利益を受けた者は、利益の存する限度で返還する義務を負う、というルールです。今も手元に残っている分だけ返せばよい、という考え方ですね。実は189条は、703条よりもさらに占有者に有利です。703条なら「今も残っている分だけ」ですが、189条の善意占有者は、残っているかどうかすら問われず、全部取得してよいんです。なぜそこまで有利にするんですか。果実は、日常的に消費されてしまうのが普通だからです。野菜を売ったお金は、生活費に消えているのが通常ですよね。何年も前の分まで「返せ」と言われたら、善意で暮らしていたAには酷です。だから189条は、善意占有者の生活の安定を守るために、703条よりも手厚い特別ルールを置いています。

この「善意占有者の生活を守る」という理由が、あとで191条を理解するときの鍵になります。

190条——悪意の占有者は代価まで償還する

190条全文カードの背景。悪意の占有者は果実を返還し、既に消費・過失で損傷・収取を怠った果実の代価を償還する。2項は暴行・強迫・隠匿によって占有する者にも準用。 図:190条全文カードの背景

  • 悪意の占有者は果実を返還し、既に消費・過失で損傷・収取を怠った果実の代価を償還する
  • 2項は暴行・強迫・隠匿によって占有する者にも準用

今度は、Aが「実は他人の土地かもしれない」と薄々気づきながら野菜を売っていた場合を考えます。

条文民法190条

民法第百九十条 悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。 2 前項の規定は、暴行若しくは強迫又は隠匿によって占有をしている者について準用する。

この場合、Aは果実を返還するだけでなく、もう食べてしまった分や、過失で腐らせてしまった分、収穫を怠った分についても、お金で償還する義務を負います。189条は全部取得、190条は代価まで償還。この落差が、善意・悪意の分かれ目です。189条の理由を裏返すと分かります。薄々気づいていたAは、いつか返すことになると分かっていました。それなのに使ってしまったのなら、守る理由がありません。2項も見ておきましょう。暴行や強迫、こっそり隠れて占有している者にも、同じ義務が準用されます。暴力やこっそり隠すやり方で占有を始めた人に、「自分の物だと信じていた」という言い分を持ち出させない、という趣旨です。

191条——滅失・損傷の損害賠償

191条全文カードの背景。占有物が占有者の責めに帰すべき事由で滅失・損傷したとき、悪意の占有者は全部賠償、善意の占有者は現に利益を受けている限度で賠償。ただし所有の意思のない占有者は善意でも全部賠償。 図:191条全文カードの背景

  • 占有物が占有者の責めに帰すべき事由で滅失・損傷したとき、悪意の占有者は全部賠償、善意の占有者は現に利益を受けている限度で賠償
  • ただし所有の意思のない占有者は善意でも全部賠償

次は、占有している物そのものを、占有者が壊してしまった場合です。

条文民法191条

民法第百九十一条 占有物が占有者の責めに帰すべき事由によって滅失し、又は損傷したときは、その回復者に対し、悪意の占有者はその損害の全部の賠償をする義務を負い、善意の占有者はその滅失又は損傷によって現に利益を受けている限度において賠償をする義務を負う。ただし、所有の意思のない占有者は、善意であるときであっても、全部の賠償をしなければならない。

基本の構図は、これまでと同じです。悪意の占有者は全部賠償。善意の占有者は、現に利益を受けている限度でよい。例えば、壊れた家の材料がまだ手元にあるなら、その材料を返せば足ります。もう売ってしまったなら、売った代金が残っている限度で償還すれば足ります。ここで、ただし書に注目してください。所有の意思のない占有者は、善意であっても全部賠償しなければなりません。前回までに見た、自主占有と他主占有の区別を覚えていますか。所有権を移す契約なら自主占有、借りているだけなら他主占有、でしたね。ここで、その区別が初めて損害賠償の場面で効いてきます。

なぜ他主占有者だけ善意でも全部賠償なのか

事案図。Aは、自分の畑だと信じて、畑の隅の小屋をCに貸していた。Cは、Aが持ち主だと信じて借りていた(善意の他主占有)。Cは不注意で小屋を壊した。本当の持ち主はB。 図:事案図

  • Aは、自分の畑だと信じて、畑の隅の小屋をCに貸していた
  • Cは、Aが持ち主だと信じて借りていた(善意の他主占有)
  • Cは不注意で小屋を壊した
  • 本当の持ち主はB

具体例で見てみましょう。冒頭のAが、自分の畑だと信じて、畑の隅の小屋をCに貸していたとします。ある日、Cは不注意で、その小屋を壊してしまいました。そこへ本当の持ち主Bが現れて、賠償を求めます。ところが、Cは他主占有者です。191条ただし書により、Cは全部賠償しなければなりません。さっき189条のところで見た理由を思い出してください。善意占有者を手厚く守るのは、なぜでしたか。自分の物だと信じて生活していたから、でした。でも、他主占有者は最初から「自分の物ではない」と分かって持っています。Cは最初から、小屋はいつか返す借り物だと分かって預かっていました。壊せば全部弁償するのが当然の立場です。善意占有者を守る理由は、Cには及びません。比べてみましょう。もしA自身が、自分の小屋だと信じたまま、不注意で壊していたらどうでしょう。

同じ善意でも、自分の物として持っていたAは限度で済み、借り物として持っていたCは全部賠償です。まとめると、結論は3つです。悪意の占有者は全部賠償。善意の他主占有者も全部賠償。善意の自主占有者だけが、現存利益の限度で済みます。

196条——費用を払った分は取り返せるか

196条全文カードの背景。1項は必要費を回復者から償還させることができる。ただし果実を取得したときは通常の必要費は占有者の負担。2項は有益費、値上がり分が今も残っていれば、Bが選んだ額を償還。悪意の占有者には裁判所が期限を許与できる。 図:196条全文カードの背景

  • 1項は必要費を回復者から償還させることができる
  • ただし果実を取得したときは通常の必要費は占有者の負担
  • 2項は有益費、値上がり分が今も残っていれば、Bが選んだ額を償還
  • 悪意の占有者には裁判所が期限を許与できる

最後に、占有者が物のために支出したお金の話です。

条文民法196条

民法第百九十六条 占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。 2 占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

まず1項。物を保存するために支払ったお金、つまり必要費は、善意でも悪意でも、原則として全額請求できます。必要費は、そもそも物の持ち主であるBが本来払うべきお金だからです。占有者が善意か悪意かとは、関係がありません。ただし、ただし書があります。占有者が果実を取得していたときは、通常の必要費は占有者の負担になります。畑の通常の手入れ費用くらいは、野菜を売った利益でまかなえるはずだから、二重取りにならないよう占有者の負担にする、という発想です。通常ではない必要費もあるんですか。あります。草取りや毎年の小さな補修のように、ふだんから繰り返しかかるのが通常の必要費。台風で急に壊れた所を直すような、臨時で大きな修繕費は特別の必要費といい、果実でまかなえる範囲を超えるので、ただし書の対象外。占有者は請求できます。次に2項。物の価値を高めるために支払ったお金、有益費です。こちらは、その価値の増加が今も残っている場合に限って、支払った金額か増えた価値のどちらかを、回復者Bが選んで償還します。

原則は関係ありません。ただし、悪意の占有者に対してだけ、もう1つ、ただし書があります。

悪意占有者の有益費と、支払いの先延ばし

具体例。薄々気づいていたAは、台風で崩れた畑の石垣を積み直し、さらに畑に水を引く用水路を新しく作った。石垣の修理は必要費、用水路は有益費。 図:具体例

  • 薄々気づいていたAは、台風で崩れた畑の石垣を積み直し、さらに畑に水を引く用水路を新しく作った
  • 石垣の修理は必要費、用水路は有益費

例えば、Aが「他人の土地かもしれない」と薄々気づきながら、台風で崩れた畑の石垣を積み直し、さらに畑に水を引く用水路を新しく作ったとします。石垣の修理は、台風で急に崩れた所を直す臨時の費用なので、さっきの特別の必要費です。Aが果実を取っていても、悪意でも、全額請求できます。一方、用水路は有益費なので、畑の価値の増加が残っていれば請求できます。ここでもう1つのただし書が効いてきます。裁判所は、回復者Bの請求により、この有益費の支払いに、相当な期限を許与できます。悪意の占有者が相手のときだけ、回復者Bを守るために認められた仕組みです。他人のものだと分かっていながら高いお金をかけて手を加え、その費用を一度に払えと迫るのは、Bに酷だからです。

支払いの先延ばしが、留置権を失わせる

留置権とのつながりのフロー板。Aが有益費を支出し、Bが期限の許与を裁判所に申し立てる。期限が許与されると弁済期が来ていない状態になり、Aは留置権を主張できなくなる。占有する権原がないと知っていた者や、知らなかったことに過失がある者が費用を支出した場合は、295条2項の類推適用により、期限の許与を待たずに留置権は認められない。 図:留置権とのつながりのフロー板

  • Aが有益費を支出し、Bが期限の許与を裁判所に申し立てる
  • 期限が許与されると弁済期が来ていない状態になり、Aは留置権を主張できなくなる
  • 占有する権原がないと知っていた者や、知らなかったことに過失がある者が費用を支出した場合は、295条2項の類推適用により、期限の許与を待たずに留置権は認められない

この支払いの先延ばしには、もう一つ意味があります。物についてお金を請求できる人がその物を占有していると、本来は、留置権という権利を使えます。お金を払ってもらうまで、物を渡さずに留めておける権利です。留置権には、条件があります。その債権が、まだ支払期限に達していないときは、留置権は成立しません。裁判所が有益費の支払いに期限を許与すると、Aの有益費の債権は、まだ支払期限に達していない状態になります。期限の許与は、単なる支払いの先延ばしではなく、悪意占有者から留置権という盾を奪う効果も持っています。期限の許与がなければ、悪意の占有者でも留置権を使えるんですか。そこは判例もはっきりしています。占有する権原がないと知っていた者だけでなく、知らなかったことに過失がある者についても、295条2項を類推して、期限の許与を待たずに、そもそも留置権を認めていません。ですから、薄々気づいていたAも留置権は使えません。短答では、この結論を押さえておいてください。

果実・損害賠償・費用償還のまとめ

まとめ板。果実収取(189・190条)は善意なら全部取得、悪意なら返還+代価償還。損害賠償(191条)は悪意と善意の他主占有が全部賠償、善意の自主占有だけ現存利益。費用償還(196条)は必要費が原則善意・悪意を問わず、有益費に悪意占有者への期限の許与がある。 図:まとめ板

  • 果実収取(189・190条)は善意なら全部取得、悪意なら返還+代価償還
  • 損害賠償(191条)は悪意と善意の他主占有が全部賠償、善意の自主占有だけ現存利益
  • 費用償還(196条)は必要費が原則善意・悪意を問わず、有益費に悪意占有者への期限の許与がある

今日の話をまとめます。果実は、善意なら全部取得、悪意なら返還したうえで代価まで償還する義務を負いました。189条は、703条よりも占有者に有利な特別ルールでしたね。損害賠償は、悪意の占有者と、善意でも他主占有者は全部賠償。善意の自主占有者だけが現存利益の限度で済みました。費用償還は、必要費が善意・悪意を問わず原則もらえる点が、これまでの「善意なら有利」という構図の例外でした。有益費だけ、悪意占有者に支払いの先延ばしという不利益があって、それが留置権を失わせる場面にもつながっていました。冒頭のAも、これで説明がつきますね。信じ込んで暮らしていたなら、10年分のお金は返さなくていい。でも薄々気づいていたなら、話は変わる。この続きでは、占有そのものを妨害されたときに使える、占有の訴えを見ていきます。

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#106単独ページ動画

占有の訴えと本権の訴え

第2章 物権 #106/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

盗んだ自転車を取り返されたAが、逆に裁判所に訴え出た

冒頭の場面。Aは、Bの自転車を盗んだ。数日後、Bは駅前の駐輪場で自分の自転車を見つけ、そのまま乗って帰った。ところがAは、Bに対して「自転車を返せ」と裁判所に訴えを起こした。 図:冒頭の場面

  • Aは、Bの自転車を盗んだ
  • 数日後、Bは駅前の駐輪場で自分の自転車を見つけ、そのまま乗って帰った
  • ところがAは、Bに対して「自転車を返せ」と裁判所に訴えを起こした

Aが、Bの自転車を盗みました。数日後、Bは駅前の駐輪場で自分の自転車を見つけて、そのまま乗って帰りました。ところがAは、Bに対して「自転車を返せ」と裁判所に訴えを起こしたんです。先に答えを言います。Aの訴えは認められます。裁判所は、Aが窃盗犯人であることを理由に、この訴えを退けることはできないんです。いえ、Bにも打つ手が残っています。同じ場面なのに、なぜ泥棒の訴えが通り、それでも被害者が最終的に自転車を取り戻せるのか。今日は、占有権の最後のテーマ、占有の訴えと本権の訴えの関係を見ていきます。

197条——占有者は誰でも訴えられる

197条全文カードの背景。占有者は198条から202条までの規定に従い占有の訴えを提起できる。他人のために占有する者も同様。占有の種類・善意悪意・本権の有無を問わない。占有補助者だけは除く。 図:197条全文カードの背景

  • 占有者は198条から202条までの規定に従い占有の訴えを提起できる
  • 他人のために占有する者も同様
  • 占有の種類・善意悪意・本権の有無を問わない
  • 占有補助者だけは除く

まず条文を見ましょう。

条文民法197条

民法第百九十七条 占有者は、次条から第二百二条までの規定に従い、占有の訴えを提起することができる。他人のために占有をする者も、同様とする。

占有の種類、つまり自主占有か他主占有か、自己占有か代理占有か、善意占有か悪意占有かは問いません。どれも#79・#103・#104で見た区別です。本権、つまり#103で見た、所有権や賃借権のように物を持つことを正当化する権利があるかどうかも問いません。後段にあるとおり、他人のために占有する者も同じように訴えられます。例えば、友人からカメラを借りている人がそのカメラを奪われたら、借りている本人も訴えられるわけです。占有補助者は、そもそも197条の「占有者」にあたらないので、占有の訴えを起こせません。

なぜ泥棒にまで訴える権利があるのか

自力救済の禁止のフロー板。Aが自転車を占有→Bが自力で取り返す→Aが占有回収の訴えを提起できる→Bの自力救済は無意味になる→実力行使のモチベーションが下がる。 図:自力救済の禁止のフロー板

#103で見た、占有権全体の趣旨を思い出してください。自力救済の禁止でしたね。今日はその趣旨が、具体的にどういう訴権として実現されているかを見ていきます。もしAに占有の訴えが認められなければ、Bは実力で取り返しさえすれば、それで決着がついてしまいます。そこで法は、窃盗犯人のAにも占有の訴えを認めます。そうすると、Bが自力で取り返しても、Aが訴えを起こせば自転車はいったんAの元に戻ることになる。Bの自力救済を無意味にすることで、実力行使に出ようとするモチベーションそのものを下げる。これが、自力救済の禁止を確保するという趣旨の具体的な中身です。取り戻しとあわせて、損害の賠償も求められる場合があります。その賠償請求権は不法行為に基づくもので、相手方に故意・過失が必要です。#105で見た191条とは向きが逆です。あちらは占有者が回復者に払う賠償でした。

占有訴権の3類型を一枚に

占有訴権の3類型と物権的請求権3類型の対比板。占有回収の訴え(200条)=奪われたとき⇔返還請求権、占有保持の訴え(198条)=妨害されたとき⇔妨害排除請求権、占有保全の訴え(199条)=妨害されるおそれがあるとき⇔妨害予防請求権として、両者の対応を対比で示す。 図:占有訴権の3類型と物権的請求権3類型の対比板

占有の訴えには、3つの種類があります。占有を奪われたときの占有回収の訴え、妨害されたときの占有保持の訴え、妨害されるおそれがあるときの占有保全の訴えです。完全に所持を失ったか、所持は残っているけど邪魔されているか、まだ何も起きていないか、この3段階です。なぜ3つに分けるんですか。侵害の程度が違えば、求めることも違うからです。奪われたなら物を返してもらう、邪魔されているならやめてもらう、まだなら前もって防いでもらう。求める中身に応じて、訴えが3つに分かれているんです。#85で見た返還請求権・妨害排除請求権・妨害予防請求権に、そのままそれぞれ対応します。占有回収は返還請求権、占有保持は妨害排除請求権、占有保全は妨害予防請求権にあたる形です。今日は、この3つが占有の世界にもそのまま現れる、とだけ押さえてください。

200条——占有回収の訴え

200条全文カードの背景。占有者が占有を奪われたときは占有回収の訴えにより物の返還及び損害賠償を請求できる。2項は侵奪者の特定承継人には提起できないが、承継人が侵奪の事実を知っていたときは提起できる。 図:200条全文カードの背景

  • 占有者が占有を奪われたときは占有回収の訴えにより物の返還及び損害賠償を請求できる
  • 2項は侵奪者の特定承継人には提起できないが、承継人が侵奪の事実を知っていたときは提起できる

まず、占有回収の訴えです。

条文民法200条

民法第二百条 占有者がその占有を奪われたときは、占有回収の訴えにより、その物の返還及び損害の賠償を請求することができる。 2 占有回収の訴えは、占有を侵奪した者の特定承継人に対して提起することができない。ただし、その承継人が侵奪の事実を知っていたときは、この限りでない。

占有侵奪、つまり占有者の意思に反して所持を奪われたことが要件です。ここが急所で、詐取された物や、うっかり落とした遺失物は対象になりません。あくまで意思に反して奪われた場合だけが対象です。2項も見ておきましょう。占有を奪った本人だけでなく、その後、物を譲り受けた特定承継人にも訴えを起こせる場合があります。承継人が、侵奪の事実を知っていた場合、つまり悪意の特定承継人にだけ、この訴えを起こせます。裏を返すと、善意の特定承継人にはもう提起できません。例えば、Bが取り返した自転車を、事情を知らないCに売ってしまったとします。Cは、奪い返された物だとは知らずに手に入れて、落ち着いて持っています。条文は、事情を知っている承継人にしか訴えを向けていません。事情を知らずに手に入れたCの取引までは、覆さないという線引きです。

冒頭のAとBの場面も、1項の「奪われた」にまさに当てはまります。Aが占有していた自転車を、Bが自力で奪い返しました。Aの意思に反して所持が奪われた以上、占有侵奪の要件を満たします。だからAは、Bに対して占有回収の訴えを起こせるんです。この訴えには、期間の制限もあります。占有を奪われた時から1年以内に起こさなければなりません。

198条——占有保持の訴え

198条全文カードの背景。占有者が占有を妨害されたときは占有保持の訴えにより妨害の停止及び損害賠償を請求できる。妨害は騒音や振動のような無形の侵害も含む。 図:198条全文カードの背景

  • 占有者が占有を妨害されたときは占有保持の訴えにより妨害の停止及び損害賠償を請求できる
  • 妨害は騒音や振動のような無形の侵害も含む

次は、占有保持の訴えです。

条文民法198条

民法第百九十八条 占有者がその占有を妨害されたときは、占有保持の訴えにより、その妨害の停止及び損害の賠償を請求することができる。

所持そのものは失っていないけれど、邪魔をされている状態です。ゴミの不法投棄のような目に見える侵害だけでなく、騒音や振動が敷地に入り込んでくるような、無形の侵害も含まれます。妨害が続いている間、または妨害がやんでから1年以内です。工事によって損害が生じた場合には特則もありますが、これは後で条文をまとめて確認します。

199条——占有保全の訴え

199条全文カードの背景。占有者が占有を妨害されるおそれがあるときは占有保全の訴えにより妨害の予防又は損害賠償の担保を請求できる。まだ損害が発生していないため賠償ではなく担保を求める。 図:199条全文カードの背景

  • 占有者が占有を妨害されるおそれがあるときは占有保全の訴えにより妨害の予防又は損害賠償の担保を請求できる
  • まだ損害が発生していないため賠償ではなく担保を求める

最後に、占有保全の訴えです。

条文民法199条

民法第百九十九条 占有者がその占有を妨害されるおそれがあるときは、占有保全の訴えにより、その妨害の予防又は損害賠償の担保を請求することができる。

効果にも注目してください。妨害の予防、または損害賠償の担保です。まだ損害が発生していないので、実際に払うお金を請求するのではなく、将来に備えた担保を求める形になります。この言葉の違いに注意してください。隣の家のブロック塀がひび割れて、こちらの庭に傾いてきているとします。まだ倒れてはいませんが、倒れれば庭が壊されます。この段階で、塀を直すよう求めたり、倒れたときの賠償に備えて担保を出させたりできるわけです。

3つの訴えの期間制限をまとめて

201条全文カードの背景。占有保持の訴えは妨害の存する間または消滅後1年以内、工事による損害は着手から1年経過または完成後は提起できない。占有保全の訴えは妨害の危険の存する間、工事の場合は前項ただし書を準用。占有回収の訴えは奪われた時から1年以内。 図:201条全文カードの背景

  • 占有保持の訴えは妨害の存する間または消滅後1年以内、工事による損害は着手から1年経過または完成後は提起できない
  • 占有保全の訴えは妨害の危険の存する間、工事の場合は前項ただし書を準用
  • 占有回収の訴えは奪われた時から1年以内

3つの訴えの期間制限を、条文でまとめて確認しておきます。

条文民法201条

民法第二百一条 占有保持の訴えは、妨害の存する間又はその消滅した後一年以内に提起しなければならない。ただし、工事により占有物に損害を生じた場合において、その工事に着手した時から一年を経過し、又はその工事が完成したときは、これを提起することができない。 2 占有保全の訴えは、妨害の危険の存する間は、提起することができる。この場合において、工事により占有物に損害を生ずるおそれがあるときは、前項ただし書の規定を準用する。 3 占有回収の訴えは、占有を奪われた時から一年以内に提起しなければならない。

これは、工事によって占有物に損害が生じた場合の特則です。工事の着手から1年経過するか、工事が完成すると、それ以降はもう提起できなくなる、というルールです。条文の存在だけ押さえておいてください。整理すると、占有回収は奪われた時から1年、占有保持は妨害の存する間か消滅後1年、占有保全は妨害の危険がある間、ということですね。期間が短いのは、占有権が仮の権利だからです。本当の権利関係は、本権の訴えで決めます。だから、占有の訴えでは、長い間の救済までは認めない、という発想です。

窃盗犯人の訴えを、被害者は永遠に止められないのか

問いかけの板。窃盗犯人にも占有回収の訴えが認められるなら、被害者は永遠に取り返せないのだろうか。 図:問いかけの板

ここで一度、立ち止まって考えてみましょう。窃盗犯人のAにも占有回収の訴えが認められるとしたら、被害者のBは、永遠に取り返せないのでしょうか。さっきの趣旨からすると、Aの訴えは通ってしまいますよね。だとしたら、Bはずっと不利なままじゃないですか。そこを整理するのが、今日の急所です。占有の訴えは、権利関係の正しさを決める場ではありません。今の事実状態をいったん元に戻すための、いわば応急処置です。最終的にどちらが正しいかを決める本裁判は、また別にあります。

202条——占有の訴えと本権の訴えの関係

202条全文カードの背景。1項は占有の訴えと本権の訴えは互いに妨げない。2項は占有の訴えについて本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない。 図:202条全文カードの背景

  • 1項は占有の訴えと本権の訴えは互いに妨げない
  • 2項は占有の訴えについて本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない

条文を見ましょう。

条文民法202条

民法第二百二条 占有の訴えは本権の訴えを妨げず、また、本権の訴えは占有の訴えを妨げない。 2 占有の訴えについては、本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない。

202条は、#85でも、物権的請求権があることの手がかりとして一度見ました。今日はその本題です。占有の訴えと本権の訴えは、まったく別個の請求です。別々に存在できるのは、いわば当然のことです。占有の訴えについては、本権に関する理由で裁判をすることができません。冒頭のAとBの場面に当てはめましょう。Aが占有回収の訴えを起こしたのに対して、Bが「自分が本当の持ち主だ」と主張しても、裁判所は、Bの本権を理由にAの訴えを退けることはできません。自転車は、いったんAのもとに戻る判決が出ます。

なぜ本権を理由にできないのか

会社の座席のたとえ図。フリーアドレスの職場で、Aの作業スペースにBが無断で荷物を置いて居座った。総務窓口は、今実際に使っていたのは誰かだけを見て、Bに退去を求める。Bが座席予約の権利を主張しても、窓口はその理由で申し出を却下できない。 図:会社の座席のたとえ図

  • フリーアドレスの職場で、Aの作業スペースにBが無断で荷物を置いて居座った
  • 総務窓口は、今実際に使っていたのは誰かだけを見て、Bに退去を求める
  • Bが座席予約の権利を主張しても、窓口はその理由で申し出を却下できない

会社のオフィスに例えてみましょう。フリーアドレス制の職場で、Aがいつも使っている作業スペースに、ある日Bが無断で自分の荷物を置いて居座ったとします。Aが総務窓口に「元の状態に戻してほしい」と申し出ると、窓口は、今実際に使っていたのはAだと見て、Bに退去を求めます。Bが「本当は自分の方が座席予約システム上の権利者だ」と言い出しても、その言い分を理由に、窓口はAの申し出を却下できません。もしそれを認めてしまったら、無断で居座った者が「自分の方が正しい」と言い張るだけで居座り続けられることになり、まず今の状態を戻す、という窓口対応そのものが意味をなさなくなってしまいます。

自力救済の禁止を確保するために、占有の訴えの場では、本権という材料を持ち込ませない。これが202条2項の意味です。

それでも被害者に打つ手が残るのはなぜか

循環のフロー板。Bが自力で自転車を取り返す→Aが占有回収の訴えを提起→裁判所は本権を理由に退けられない→自転車はいったんAに戻る→Bが所有権に基づく返還請求権を行使→最終的にBが自転車を取り戻す。 図:循環のフロー板

いえ、そこで先ほどの1項が効いてきます。占有の訴えと本権の訴えは、互いに妨げない別個の請求でしたね。Bは、所有権に基づく返還請求権を行使すれば、今度は本権に関する理由がまさに争点になりますから、最終的には自転車を取り戻せます。無駄な手間ではありません。Bは自力救済の禁止に反した以上、占有の訴えでいったんそれを無力化される。そのうえで、法が認めた正規の手続、つまり本権に基づく返還請求権で、あらためて権利の正常な回復を図る。これが、この制度全体の構造です。

本権が抗弁にならないのに、反訴はできる理由

反訴の位置づけ図。占有回収の訴え(A→B)に対し、Bが本権に基づく反訴(B→A・所有権に基づく返還請求)を同一手続内で提起する。根拠は、202条2項が禁じるのは本権を理由に占有の訴えを裁判することだけで、反訴までは禁じていないこと。 図:反訴の位置づけ図

  • 占有回収の訴え(A→B)に対し、Bが本権に基づく反訴(B→A・所有権に基づく返還請求)を同一手続内で提起する
  • 根拠は、202条2項が禁じるのは本権を理由に占有の訴えを裁判することだけで、反訴までは禁じていないこと

ただ、Bにはもう1つ、道が残っています。占有回収の訴えに対して、Bが本権に基づいて反訴を起こすことは認められています。さっき、本権は理由にできないと言ったばかりですよね。反訴なら、なぜ本権を使えるんですか。ここが大事な区別です。さっき使えないと言ったのは、本権をAの訴えを退けるための言い分、つまり抗弁として持ち出す場合でした。反訴は違います。反訴は、Aの訴えとは別に、Bが新しく自分の請求を立てるものです。占有の訴えの結論、つまりいったんAに戻すという結論はそのまま維持しつつ、同じ裁判手続の中で、本権に基づく決着も同時につけられる。占有の訴えに対して本権に基づく反訴を起こせることは、判例も認めています。

判例最判昭40・3・4

占有の訴えに対する反訴の可否 民法二〇二条二項は、占有の訴において本権に関する理由に基づいて裁判することを禁ずるものであり、従つて、占有の訴に対し防禦方法として本権の主張をなすことは許されないけれども、これに対し本権に基づく反訴を提起することは、右法条の禁ずるところではない。

202条2項が禁じているのは、あくまで本権に関する理由に基づいて占有の訴えそのものについて裁判をすることです。反訴という別の請求を立てることまでは禁じていない、というのがこの判決の考え方です。抗弁としては使えないが、反訴なら同時に持ち込める。この場所の違いが、今日いちばんの急所です。

占有権の消滅——203条

203条全文カードの背景。占有権は占有意思の放棄または占有物の所持の喪失によって消滅する。ただし書は占有回収の訴えの提起に触れるが、判例はこれを、提起して勝訴し現実に占有を回復したときに占有の継続を擬制する規定と読む。 図:203条全文カードの背景

  • 占有権は占有意思の放棄または占有物の所持の喪失によって消滅する
  • ただし書は占有回収の訴えの提起に触れるが、判例はこれを、提起して勝訴し現実に占有を回復したときに占有の継続を擬制する規定と読む

最後に、占有権がどうやって消えるかを見ておきます。

条文民法203条

民法第二百三条 占有権は、占有者が占有の意思を放棄し、又は占有物の所持を失うことによって消滅する。ただし、占有者が占有回収の訴えを提起したときは、この限りでない。

203条の「占有の意思」は、この自己のためにする意思のことです。だから、どちらかが欠ければ、占有権は消滅します。ここで、ただし書に注目してください。「占有回収の訴えを提起したときは、この限りでない」とありますね。訴えを起こしさえすれば、それで消滅しないんですか。そこは条文の文言だけだと誤解しやすいところです。判例は、もう一段厳しく読んでいます。

判例最判昭44・12・2

占有回収の訴えと占有の継続の擬制 民法二〇三条本文によれば、占有権は占有者が占有物の所持を失うことによつて消滅するのであり、ただ、占有者は、同条但書により、占有回収の訴を提起して勝訴し、現実にその物の占有を回復したときは、右現実に占有しなかつた間も占有を失わず占有が継続していたものと擬制されると解するのが相当である。

訴えを起こした時点ではまだ占有権は失われたままで、後になって勝訴し、現実にその物を取り戻したときに、失っていた間も占有が続いていたことにする、という扱いです。冒頭のAでいえば、Bに取り返されたあと、Aが占有回収の訴えを起こして勝ち、自転車を実際に取り戻して初めて、その間も占有が続いていたと扱われるわけです。

占有権の消滅——204条

204条全文カードの背景。代理占有は、本人が代理させる意思を放棄したとき、代理人が本人以外のために所持する意思を表示したとき、代理人が所持を失ったときに消滅する。代理権の消滅だけでは占有権は消滅しない。 図:204条全文カードの背景

  • 代理占有は、本人が代理させる意思を放棄したとき、代理人が本人以外のために所持する意思を表示したとき、代理人が所持を失ったときに消滅する
  • 代理権の消滅だけでは占有権は消滅しない

代理占有の場合には、別の条文があります。

条文民法204条

民法第二百四条 代理人によって占有をする場合には、占有権は、次に掲げる事由によって消滅する。 一 本人が代理人に占有をさせる意思を放棄したこと。 二 代理人が本人に対して以後自己又は第三者のために占有物を所持する意思を表示したこと。 三 代理人が占有物の所持を失ったこと。 2 占有権は、代理権の消滅のみによっては、消滅しない。

本人が代理させる意思を放棄したとき、代理人が本人以外のために持つという意思を示したとき、代理人が所持を失ったとき、この3つのいずれかで消滅します。2項が急所です。代理権が消滅しただけでは、代理占有は消滅しません。例えば、Aが所有する土地をBに賃貸して引き渡していたとします。AB間の賃貸借契約が終了して、Bの占有代理権が消滅したとしても、それだけではAの占有権は消滅しません。例えば、Bが実際に土地から退去して所持を失えば、1項3号にあたり、そこで初めてAの占有権が消滅します。

占有権ブロックのまとめ

まとめ板。197条は占有者なら誰でも訴えられる→3類型は占有回収・占有保持・占有保全で侵害の程度が対応→202条2項は本権を抗弁にできないが反訴は可能→203条は占有回収の訴えに勝訴し現実に占有を回復すれば占有の継続が擬制される→204条2項は代理権消滅だけでは消滅しない。占有権ブロック全体は、本権が無くても事実状態を守るという1本の軸で貫かれている。 図:まとめ板

  • 197条は占有者なら誰でも訴えられる→3類型は占有回収・占有保持・占有保全で侵害の程度が対応→202条2項は本権を抗弁にできないが反訴は可能→203条は占有回収の訴えに勝訴し現実に占有を回復すれば占有の継続が擬制される→204条2項は代理権消滅だけでは消滅しない
  • 占有権ブロック全体は、本権が無くても事実状態を守るという1本の軸で貫かれている

今日の話をまとめます。占有者であれば、占有の種類や本権の有無を問わず、占有の訴えを起こせました。侵害の程度に応じて、占有回収・占有保持・占有保全の3つの訴えがありましたね。202条2項では、占有の訴えの中で本権を理由に裁判することはできませんでしたが、それとは別に、本権に基づく反訴を起こすことは認められていました。そして、占有回収の訴えに勝訴して現実に占有を取り戻せば占有の継続が擬制され、代理占有では、代理権が消滅しただけでは占有権は消滅しませんでした。冒頭のAとBも、これで説明がつきますね。Aの訴えはいったん認められるけれど、Bは本権に基づく反訴で、最終的に自転車を取り戻せる。占有の成立から始まって、種類と推定、果実と費用の清算、そして今日の占有の訴え。占有権という制度を貫いているのは、本権が無くても、今持っているという事実そのものを法が守るという1本の軸でした。ただし、その保護はあくまで仮のもので、最終的な決着は本権の訴えでつけられる、という構造です。

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#107単独ページ動画

所有権の内容と相隣関係

第2章 物権 #107/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

空き家の庭木の枝、Aさんは自分で切ってよいか

冒頭の場面。Aさんの庭に、隣の空き家の庭木の枝が大きく伸びてきて、雨どいを詰まらせている。空き家の持ち主が誰なのか、どこに住んでいるのかも分からない。 図:冒頭の場面

  • Aさんの庭に、隣の空き家の庭木の枝が大きく伸びてきて、雨どいを詰まらせている
  • 空き家の持ち主が誰なのか、どこに住んでいるのかも分からない

Aさんの庭に、隣の空き家の庭木の枝が伸びてきました。雨どいに枝が詰まって、水があふれています。持ち主に頼むのが筋ですが、その持ち主が誰なのか、どこにいるのかも分からないんです。先に答えを言います。今の民法なら、Aさんは自分でこの枝を切れます。持ち主が分からないときは、自分で切り取ってよいと条文に書いてあるんです。でも、土地の所有権はいちばん強い権利のはずですよね。なぜ、隣の人の所有物に手を出せるのか。逆に、持ち主が分かっているときは、なぜお願いから始めないといけないのか。今日は、所有権の中身と、隣り合う所有権どうしを調整するルールを見ていきます。

206条・207条——所有権の中身

206条・207条全文カードの背景。所有者は法令の制限内において自由に所有物の使用・収益・処分をする権利を有する。土地の所有権は法令の制限内において土地の上下に及ぶ。 図:206条・207条全文カードの背景

  • 所有者は法令の制限内において自由に所有物の使用・収益・処分をする権利を有する
  • 土地の所有権は法令の制限内において土地の上下に及ぶ

まず、所有権そのものを定めた条文です。

条文民法206条

民法第二百六条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

#7で、所有権の中身を3つに分解しましたね。何と何と何だったか、思い出せますか?使う・利益を得る・手放す、この3つでした。そのときも見た206条を、今日は正面から読み直します。「法令の制限内において」、ここが今日いちばんの急所です。所有権は、物に対するいちばん強い権利ですが、最初から限界付きの権利なんです。建築基準法のような公法上の制限もそうですし、今日これから見る相隣関係の規定も、この限界の一種です。土地についてはもう一条あります。

条文民法207条

民法第二百七条 土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。

土地の所有権は、地面の表面だけでなく、上空や地下にも及ぶということです。ただし、ここでも「法令の制限内において」です。大深度地下の利用を認める特別な法律などが、その制限にあたります。

所有権の性質——強いのに、消えない

所有権の性質の板。絶対性(誰に対しても主張できる)と、時効で消えないこと(物権的請求権も時効で消えない)。 図:所有権の性質の板

所有権の性質を、もう1つだけ押さえます。まず、以前確認した絶対性、つまり誰に対しても主張できるという性質は、所有権にもそのまま当てはまります。もう1つの性質は、所有権は時効で消えることがない、という点です。#83で見た166条2項を思い出してください。20年で消えるのは、所有権以外の財産権でした。条文が、所有権をわざわざ外しているんです。所有権から出てくる物権的請求権のほうも、時効では消えません。

相隣関係とは何か——所有権どうしの通用口

城壁の比喩の板。所有権を壁で囲まれた自分の城に例える。隣の城とぴったり接している以上、通行のための門、設備のための配管口、越境した枝を切るための小窓など、あらかじめ小さな通用口が壁に開けられている。 図:城壁の比喩の板

  • 所有権を壁で囲まれた自分の城に例える
  • 隣の城とぴったり接している以上、通行のための門、設備のための配管口、越境した枝を切るための小窓など、あらかじめ小さな通用口が壁に開けられている

今日の中心テーマである相隣関係を、たとえ話にして見ましょう。所有権を、壁でぐるりと囲まれた自分の城だと考えてください。自分の土地は自分の城です。でも、隣の土地もまた誰かの城で、境界線でぴったり接しています。もし両方が「ここは自分の城だから、何をしても自由だ」と言い張ったら、境界のところで必ずぶつかってしまいます。そこで民法は、隣り合う城どうしのために、壁にあらかじめ小さな通用口を用意しています。道路に出られない城のための通行の門、電気や水道を通すための配管口、越境した枝を切るための小窓、こういったものです。これが、相隣関係と呼ばれる規定のグループです。互いに一定の我慢を課すことで、両方の城の利用を成り立たせる仕組みです。今日は、この中でも試験でよく問われる、隣地の使用・囲繞地通行権・ライフライン設備・竹木の枝と根を中心に見ていきます。

隣地を使う通用口

209条全文カードの背景。工作物の築造・収去・修繕、境界標の調査・測量、枝の切取り、の3つの目的に限って隣地を使用できる。損害最小・事前通知・償金。 図:209条全文カードの背景

  • 工作物の築造・収去・修繕、境界標の調査・測量、枝の切取り、の3つの目的に限って隣地を使用できる
  • 損害最小・事前通知・償金

まず、隣地使用権です。隣の土地に立ち入るための通用口です。

条文民法209条1項

民法第二百九条 1 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。 一 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕 二 境界標の調査又は境界に関する測量 三 第二百三十三条第三項の規定による枝の切取り

目的はこの3つに限られています。塀や建物の工事、境界標の調査や測量、そして後で見る、越境した枝の切取りです。境界標は、土地の境目を示すために埋める杭や石のことです。例えば、Aさんが自宅の外壁を修理するのに、脚立をどうしても隣のBさんの庭に置かないといけない場面が、1号にあたります。旧条文は、「隣地の使用を請求することができる」という文言でした。今は「使用することができる」に変わっています。使用する権利そのものが明文化されたんです。ただし、隣の人が拒めば、実力で押し入るのではなく、裁判所の手続で解決することになります。続きの項も見ましょう。

条文民法209条2項〜4項

民法第二百九条 2 前項の場合には、使用の日時、場所及び方法は、隣地の所有者及び隣地を現に使用している者(以下この条において「隣地使用者」という。)のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。 3 第一項の規定により隣地を使用する者は、あらかじめ、その目的、日時、場所及び方法を隣地の所有者及び隣地使用者に通知しなければならない。ただし、あらかじめ通知することが困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる。 4 第一項の場合において、隣地の所有者又は隣地使用者が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。

損害が最も少ない方法を選ぶこと、あらかじめ通知すること、この2つが原則です。通知が難しい場面は、3項のただし書です。あらかじめ通知するのが困難なときは、使用を始めたあと、遅滞なく通知すればよいとされています。そして、隣の人が損害を受けたときは、償金を請求できます。償金は、受けた損害を埋め合わせるお金です。

道に出るための通行権

袋地・囲繞地の関係図。Aの土地は周りをBの土地に囲まれて公道に出られない(袋地)。Aは公道に至るため、必要かつ損害が最も少ない場所・方法で、Bの土地を通行できる(囲繞地通行権)。 図:袋地・囲繞地の関係図

  • Aの土地は周りをBの土地に囲まれて公道に出られない(袋地)
  • Aは公道に至るため、必要かつ損害が最も少ない場所・方法で、Bの土地を通行できる(囲繞地通行権)

次の通用口は、道路に出るための通行権です。

条文民法210条

民法第二百十条 他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる。 2 池沼、河川、水路若しくは海を通らなければ公道に至ることができないとき、又は崖があって土地と公道とに著しい高低差があるときも、前項と同様とする。

周りを囲んでいる他の土地のことを囲繞地、この通行権を囲繞地通行権と呼びます。2項は準袋地と呼ばれる場面です。池や川、崖のせいで実質的に道に出られない土地も、同じように扱われます。通行できるとして、では、どこをどう通れるのか。次の条文です。

条文民法211条

民法第二百十一条 前条の場合には、通行の場所及び方法は、同条の規定による通行権を有する者のために必要であり、かつ、他の土地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。 2 前条の規定による通行権を有する者は、必要があるときは、通路を開設することができる。

自分にとって最短でも、相手の土地に大きな被害を与える経路は選べません。逆に、被害が小さくても、実際に道に出るのに足りない経路も認められません。この2つを満たす場所・方法だけが認められる、必要最小限の通行権です。#7で見た通行地役権とは、違うんですか。あちらは、隣の人との約束で設定する権利です。こちらは、袋地なら約束がなくても通れます。もっと広く通りたいなら、通行地役権を設定する道があります。償金についても条文があります。

条文民法212条

民法第二百十二条 第二百十条の規定による通行権を有する者は、その通行する他の土地の損害に対して償金を支払わなければならない。ただし、通路の開設のために生じた損害に対するものを除き、一年ごとにその償金を支払うことができる。

通路を開ける工事の損害は一回きりなので、一括で払います。通行の損害は、通るかぎり続きます。だから、1年ごとに払えばよいんです。

囲繞地通行権は登記が無くても主張できる

Bの登記の関係図。Bは周りを他人の土地に囲まれた土地を買ったが、登記はまだ済ませていない。Bは、囲繞地の所有者Cに対して、登記が無くても囲繞地通行権を主張できる。 図:Bの登記の関係図

  • Bは周りを他人の土地に囲まれた土地を買ったが、登記はまだ済ませていない
  • Bは、囲繞地の所有者Cに対して、登記が無くても囲繞地通行権を主張できる

もう1つ、通行権について大事な判例があります。Bさんが、周りをぐるりと他人の土地に囲まれ、道路に出られない土地を買ったとします。売買代金は払いましたが、登記はまだ済ませていません。登記が無いと、第三者に主張できない。#90で見た177条ですね。それなら、Bさんは囲繞地の所有者Cさんに、通行権を主張できないんじゃないか、と思いますよね。結論から言うと、Bさんは登記が無くても通行権を主張できます。

判例最判昭47・4・14

囲繞地通行権は登記なくして主張できるか このような趣旨に照らすと、袋地の所有者が囲繞地の所有者らに対して囲繞地通行権を主張する場合は、不動産取引の安全保護をはかるための公示制度とは関係がないと解するのが相当であり、したがつて、実体上袋地の所有権を取得した者は、対抗要件を具備することなく、囲繞地所有者らに対し囲繞地通行権を主張しうるものというべきである。

登記という制度は、取引の安全を守るためのものです。ところが、囲繞地通行権は、隣り合う土地どうしの利用を調整するための制度で、取引の安全とは関係がありません。だから、袋地の所有権を実体として取得していれば、登記が無くても通行権を主張できる、という理由づけです。

自動車で通れるとは限らない

自動車通行の判断枠組みの板。自動車による通行を前提とする通行権の成否は、必要性・周辺の土地の状況・他の土地の所有者が被る不利益、を総合考慮して判断する。 図:自動車通行の判断枠組みの板

通行権について、もう1つ注意することがあります。自動車での通行は、当然には認められません。

判例最判平18・3・16

自動車による通行を前提とする通行権 自動車による通行を前提とする210条通行権の成否及びその具体的内容は,他の土地について自動車による通行を認める必要性,周辺の土地の状況,自動車による通行を前提とする210条通行権が認められることにより他の土地の所有者が被る不利益等の諸事情を総合考慮して判断すべきである。

必要性・周辺の土地の状況・相手の不利益、この3つを総合的に考慮して判断するという枠組みです。自動車が通れるかどうかは、一律には決まりません。この判決は、自動車で通れると決めた判決ではありません。周辺の事情をあらためて検討させるために、判断を差し戻しています。自動車を通すには、より広い土地を割く必要がありますし、事故の危険も生まれます。そのぶん、慎重に判断されるわけです。

土地を分けたときは、償金なしで隣の分割地だけ

213条の関係図。Dが道路沿いの土地の奥半分をEに売った。奥の土地は袋地になり、EはDの手前の土地だけを償金なしで通行できる。売買と無関係な裏手の隣人の土地は通れない。 図:213条の関係図

  • Dが道路沿いの土地の奥半分をEに売った
  • 奥の土地は袋地になり、EはDの手前の土地だけを償金なしで通行できる
  • 売買と無関係な裏手の隣人の土地は通れない

通行権には、もう1つ特別な条文があります。

条文民法213条

民法第二百十三条 分割によって公道に通じない土地が生じたときは、その土地の所有者は、公道に至るため、他の分割者の所有地のみを通行することができる。この場合においては、償金を支払うことを要しない。 2 前項の規定は、土地の所有者がその土地の一部を譲り渡した場合について準用する。

急所は2つです。通れるのは他の分割者の土地だけで、しかも償金が要りません。1項の分割は、共有の土地を分ける場面です。例えば、Dさんが道路沿いの土地の奥半分を、Eさんに売ったとします。これは、2項の一部譲渡の場面です。奥の土地は、道路に出られなくなりました。それでもEさんが通れるのは、Dさんの手前の土地だけです。裏手の別の隣人の土地は、通れません。売る前は、もともと1つの土地でした。袋地が生まれたのは、DさんとEさんの間の事情です。売買に関係のない隣人に迷惑をかけない、という発想がここに表れています。この条文をめぐる、大事な判例があります。元は一筆の土地を分筆したうえで、その全部を、同時に複数人へ譲渡した場合です。一筆は、登記簿で1つと数える土地です。分筆は、それを登記の上で分けることです。

一部譲渡の条文を、全部同時の譲渡に使えるか。そこがこの判決の急所です。

判例最判昭37・10・30

分筆して全部を同時に譲渡した場合の213条 民法二一三条二項は、土地の所有者がその土地の一部を譲渡し残存部分をなお保留する場合に生ずる袋地についてのみ適用ありと解すべきではなく、本件の如く、土地の所有者が一筆の土地を分筆のうえ、そのそれぞれを全部同時に数人に譲渡しよつて袋地を生じた場合においても、同条項の趣旨に徴し、袋地の取得者は、右分筆前一筆であつた残余の土地についてのみ囲繞地通行権を有するに過ぎないと解すべきであるとした原審の判断は首肯できる。

決め手は、この条文の趣旨です。213条の趣旨は、さっき見た発想でしたね。関係のない隣人に、迷惑をかけないことです。判決は、条文の趣旨を理由に、残りの土地だけを通れるとした原審の判断を認めました。文言どおりの直接適用ではなく、趣旨からの拡張です。

電気・ガス・水道を通す通用口

通行権と設備権の対比板。囲繞地通行権(210〜212条)とライフライン設備の設置・使用権(213条の2)は損害最小・通知・償金という同じ発想。分割・一部譲渡で生じた場合(213条・213条の3)だけ他の分割者の土地のみで償金不要という違い。 図:通行権と設備権の対比板

  • 囲繞地通行権(210〜212条)とライフライン設備の設置・使用権(213条の2)は損害最小・通知・償金という同じ発想
  • 分割・一部譲渡で生じた場合(213条・213条の3)だけ他の分割者の土地のみで償金不要という違い

もう1つ、新しい通用口が明文化されました。

条文民法213条の2第1項〜第3項

民法第二百十三条の二 第一項から第三項 1 土地の所有者は、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付(以下この項及び次条第一項において「継続的給付」という。)を受けることができないときは、継続的給付を受けるため必要な範囲内で、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用することができる。 2 前項の場合には、設備の設置又は使用の場所及び方法は、他の土地又は他人が所有する設備(次項において「他の土地等」という。)のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。 3 第一項の規定により他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用する者は、あらかじめ、その目的、場所及び方法を他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者に通知しなければならない。

以前は、こういう明文の規定がありませんでした。209条や210条を類推して対応していたんです。明文が無いと、相手が応じてくれないときの対応が難しかったり、通知や償金が要るのかどうかもはっきりしませんでした。そこで、設備を設置する権利と使用する権利を、明文で定めたんです。中身は、隣地使用権と同じ発想です。損害が最も少ない場所・方法、そしてあらかじめの通知です。残りの項も見ましょう。

条文民法213条の2第4項〜第7項

民法第二百十三条の二 第四項から第七項 4 第一項の規定による権利を有する者は、同項の規定により他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用するために当該他の土地又は当該他人が所有する設備がある土地を使用することができる。この場合においては、第二百九条第一項ただし書及び第二項から第四項までの規定を準用する。 5 第一項の規定により他の土地に設備を設置する者は、その土地の損害(前項において準用する第二百九条第四項に規定する損害を除く。)に対して償金を支払わなければならない。ただし、一年ごとにその償金を支払うことができる。 6 第一項の規定により他人が所有する設備を使用する者は、その設備の使用を開始するために生じた損害に対して償金を支払わなければならない。 7 第一項の規定により他人が所有する設備を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて、その設置、改築、修繕及び維持に要する費用を負担しなければならない。

工事のための一時的な損害は一括払いです。継続的な損害は、1年ごとでもよい構造です。費用の負担についても定めがあって、利益を受ける割合に応じて分担します。この条文にも、土地の分割・一部譲渡の場合の特則があります。

条文民法213条の3

民法第二百十三条の三 分割によって他の土地に設備を設置しなければ継続的給付を受けることができない土地が生じたときは、その土地の所有者は、継続的給付を受けるため、他の分割者の所有地のみに設備を設置することができる。この場合においては、前条第五項の規定は、適用しない。 2 前項の規定は、土地の所有者がその土地の一部を譲り渡した場合について準用する。

分割で生じた場合は、他の分割者の土地にだけ設備を設置でき、償金も要りません。

越境した枝と根——冒頭の空き家に戻る

枝と根の対比板。枝(233条1項・3項)は原則竹木の所有者に切除させ、催告に応じない・所有者不明・急迫のいずれかで自ら切り取れる。根(233条4項)は原則例外の区別なく最初から自ら切り取れる。 図:枝と根の対比板

  • 枝(233条1項・3項)は原則竹木の所有者に切除させ、催告に応じない・所有者不明・急迫のいずれかで自ら切り取れる
  • 根(233条4項)は原則例外の区別なく最初から自ら切り取れる

ここで、冒頭の空き家に戻りましょう。もう一度問います。この枝、Aさんは自分で切ってよいでしょうか。

条文民法233条1項・2項

民法第二百三十三条 1 土地の所有者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。 2 前項の場合において、竹木が数人の共有に属するときは、各共有者は、その枝を切り取ることができる。

1項を見ると、切るのは持ち主で、Aさんは切除させるだけなんですね。原則は、竹木の所有者に切除させるのであって、土地の所有者が自分で切ることはできません。1項だけなら、Aさんは切れないのが原則です。でも、例外があります。

条文民法233条3項

民法第二百三十三条 3 第一項の場合において、次に掲げるときは、土地の所有者は、その枝を切り取ることができる。 一 竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき。 二 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき。 三 急迫の事情があるとき。

3項の例外は、催告しても切ってくれないとき、持ち主が分からないとき、そして急を要するとき、の3つです。空き家の持ち主が誰なのか、どこにいるのかも分からないんでしたね。これは2号にあたります。竹木の所有者を知ることができず、所在も分からないときです。だから、Aさんは自分でこの枝を切り取ってよいんです。持ち主が分かるなら、まず1項どおり、持ち主にお願いして切除させるのが原則です。枝も、隣の人の所有物だからです。自分の物をどうするかは、まず持ち主が決めます。それでも、催告したのに相当な期間切ってくれないなら、1号に当たって自分で切れます。逆に、まだ何も催告していない段階では、勝手には切れません。3項の3つは、どれもお願いでは片づかない場面です。応じない、相手が分からない、待つ暇がない、です。もう1つ、根についての条文もあります。

条文民法233条4項

民法第二百三十三条 4 隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。

条文の書き方として、枝と根とでは扱いが異なります。根の規定は、今回の改正より前からある部分です。枝は原則として持ち主に切らせ、根は最初から自分で切れる。この対比を押さえておいてください。今回の改正では、3項の例外と、2項の共有者による単独での切取りが新しく加わりました。改正の前は、持ち主が応じないたびに訴えを起こし、判決を得るしかなく、手続として重すぎたんです。また、竹木が共有のときは、共有者全員の同意が要ると考えられていて、対応が進みにくいという問題もありました。この2つの不便を解消するために、隣地使用権と同じ2023年4月から改正されました。

建物の区分所有——名前だけ

建物の区分所有の板。一棟の建物のうち構造上区分された各部分(専有部分)を、それぞれ独立して所有できる。区分所有法という特別法が定める。 図:建物の区分所有の板

  • 一棟の建物のうち構造上区分された各部分(専有部分)を、それぞれ独立して所有できる
  • 区分所有法という特別法が定める

最後に、#84で名前だけ出した制度に戻ります。マンションやビルのように、1つの建物を複数人で所有する場面には、特別な法律があります。

条文建物の区分所有等に関する法律1条

建物の区分所有等に関する法律第一条 一棟の建物に構造上区分された数個の部分で独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用途に供することができるものがあるときは、その各部分は、この法律の定めるところにより、それぞれ所有権の目的とすることができる。

この専有部分ごとの所有権を扱うのが、区分所有法という特別な法律です。試験での重要性は高くないので、今日は名前だけ押さえておいてください。

所有権は強いが、隣と共存するための我慢が組み込まれている

まとめ板。206・207条は所有権の中身と「法令の制限内」という限界。相隣関係は隣り合う所有権どうしの通用口。隣地使用権・囲繞地通行権・ライフライン設備・枝と根の切取りを1本の軸で振り返る。 図:まとめ板

  • 206・207条は所有権の中身と「法令の制限内」という限界
  • 相隣関係は隣り合う所有権どうしの通用口
  • 隣地使用権・囲繞地通行権・ライフライン設備・枝と根の切取りを1本の軸で振り返る

今日の話をまとめます。所有権は、使用・収益・処分を丸ごと持つ、いちばん強い権利でした。ただし、「法令の制限内において」という限界が、最初から組み込まれていましたね。道に出られない土地には囲繞地通行権、電気やガスには設備の設置権、越境した枝には切取りの規定、それぞれ隣り合う土地どうしの利用を調整する規定でした。そして冒頭のAさんも、これで説明がつきます。空き家の持ち主が分からない以上、233条3項2号にあたるからです。だから、Aさんは自分で枝を切り取ってよいんです。所有権は強い権利ですが、隣と共存するための我慢が、あらかじめルールとして組み込まれている。これが今日の1本の軸です。

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#108単独ページ動画

原始取得と不動産の付合

第2章 物権 #108/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

増築した部屋は誰のものか

冒頭の場面。Aさんが借りているアパートの部屋は、もともと平屋だった建物の屋上に、前の借主が大家の承諾を得て建て増した「離れ」のような一室だった。 図:冒頭の場面

Aさんが借りているアパートの部屋は、少し変わった作りをしています。もともと平屋だった建物の屋上に、前の借主が建て増した一室なんです。しかも、建て増すときには、大家の承諾もちゃんと取っていました。では、この部屋の持ち主は誰でしょうか。大家でしょうか、それとも建て増した人でしょうか。先に答えを言います。承諾があっても、大家の物になることがあります。土地や建物という「不動産」にくっついた物は、原則としてその不動産の持ち主の物になるんです。承諾があってもです。ただし、たった一つ、これを覆せる場合があります。今日は、持ち主のいない物を拾ったときのルールから始めて、不動産にくっついた物は誰の物かという、このルールの原則と例外を見ていきます。

所有権を手に入れる2つの道

所有権の取得原因の地図。承継取得(売買・相続などの引き継ぎ)と原始取得(新しく所有権が発生する)の対比。原始取得には時効取得・即時取得・添付・そのほか(無主物先占・遺失物拾得・埋蔵物発見)がある。 図:所有権の取得原因の地図

  • 承継取得(売買・相続などの引き継ぎ)と原始取得(新しく所有権が発生する)の対比
  • 原始取得には時効取得・即時取得・添付・そのほか(無主物先占・遺失物拾得・埋蔵物発見)がある

所有権を手に入れる道は、大きく2つに分かれます。売買や相続のように、前の持ち主から引き継ぐのが、1つ目の承継取得です。誰かが持っていた所有権を、そのまま受け継ぎます。もう1つが、原始取得です。誰からも引き継がず、新しく所有権が発生する場面です。以前見た時効取得や即時取得も、原始取得の仲間でした。今日は、そのほかの原始取得を見ていきます。持ち主のいない物を拾う場面と、物どうしがくっついてしまう場面です。

持ち主のいない物は誰の物か

239条全文カードの背景。持ち主のいない動産は先に占有した人の物になり、持ち主のいない不動産は国のものになる。 図:239条全文カードの背景

条文民法239条1項・2項

民法第二百三十九条 1 所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。 2 所有者のない不動産は、国庫に帰属する。

例えば、誰も飼い主のいない野生の魚や、捨てられた空き缶のような物です。1項では、そういう動産を、所有の意思を持って占有した人が取得します。これを先占と呼びます。ただし、2項を見てください。不動産のほうは、少し違います。持ち主のいない土地は、早い者勝ちにならないんですか。なりません。所有者のいない不動産は、国のものになります。動産と不動産で、扱いが分かれているところが急所です。

落とし物のルール

240条全文カードの背景。遺失物は公告後3か月以内に所有者が判明しなければ、拾得した人が所有権を取得する。 図:240条全文カードの背景

次は、落とし物を拾ったときのルールです。

条文民法240条

民法第二百四十条 遺失物は、遺失物法(平成十八年法律第七十三号)の定めるところに従い公告をした後三箇月以内にその所有者が判明しないときは、これを拾得した者がその所有権を取得する。

まず、遺失物法という別の法律に従って、公告をします。落とし物があったことを、届け出て知らせる手続です。公告のあと、3か月です。この3か月の間に、持ち主が名乗り出なければ、拾った人が所有権を取得します。

埋まっていた物のルール

241条全文カードの背景。埋蔵物は公告後6か月以内に所有者が判明しなければ発見者が取得する。他人の物の中から発見された場合は発見者とその他人が等しい割合で取得する。 図:241条全文カードの背景

  • 埋蔵物は公告後6か月以内に所有者が判明しなければ発見者が取得する
  • 他人の物の中から発見された場合は発見者とその他人が等しい割合で取得する

似た条文が、埋蔵物にもあります。

条文民法241条

民法第二百四十一条 埋蔵物は、遺失物法の定めるところに従い公告をした後六箇月以内にその所有者が判明しないときは、これを発見した者がその所有権を取得する。 ただし、他人の所有する物の中から発見された埋蔵物については、これを発見した者及びその他人が等しい割合でその所有権を取得する。

土の中や、古い建物の中から出てくる物です。こちらも公告をしますが、待つ期間は6か月です。この6か月の間に持ち主が分からなければ、発見者が取得します。ただし書も見てください。例えば、Aさんが、Bさんの倉庫の中で埋蔵物を見つけたとします。その場合は、発見者のAさんと、物が入っていた側のBさんが、半分ずつ取得します。発見しただけの人と、場所を提供していた人、両方に取り分がある、という発想です。

くっついた物をどう扱うか——添付という制度

添付の板。添付は付合・混和・加工の総称。物理的にくっついてしまった以上、無理に分離すると社会経済上の損失になるため、1個の物として1人の所有物にし、損をした側には償金で調整する。 図:添付の板

  • 添付は付合・混和・加工の総称
  • 物理的にくっついてしまった以上、無理に分離すると社会経済上の損失になるため、1個の物として1人の所有物にし、損をした側には償金で調整する

ここから、今日の本題である添付に入ります。添付とは、付合・混和・加工をまとめた呼び方です。物と物とが、くっついたり、混ざったり、作り変えられたりして、切り離せなくなる場面のことです。混和は、持ち主の違うおこめどうしが混ざって、分けられなくなるような場面です。工作で使う木の板を思い浮かべてください。その板に、強い接着剤でタイルを貼り付けると、剥がした瞬間に板まで割れてしまいます。無理に引き剥がせば、社会全体で見ても損になります。だから法律は、最初から分離しないという前提に立ちます。1個の物として扱います。そして所有権は、1人に決めてしまうんです。

損をした側には、あとで償金、つまり埋め合わせのお金を請求する道が用意されています。

条文民法248条

民法第二百四十八条 第二百四十二条から前条までの規定の適用によって損失を受けた者は、第七百三条及び第七百四条の規定に従い、その償金を請求することができる。

償金の中身は不当利得のルールに従いますが、それは別の回で扱います。今日は、償金という調整の道があることまで押さえておいてください。

不動産にくっついた物は誰の物か

242条本文の全文カードの背景。不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。 図:242条本文の全文カードの背景

添付のうち、今日の中心が不動産の付合です。

条文民法242条本文

民法第二百四十二条 不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。

不動産にくっついて、その一部のようになった物のことです。例えば、土地に植えた木や、建物に取り付けた設備がそうです。冒頭のAさんの部屋も、建物にくっついた増築部分です。原則は、不動産の所有者が取得します。ここに、大事な例外が続きます。

承諾だけでは足りない

242条ただし書の全文カードの背景。権原(賃借権など適法に付ける法律上の理由)があっても、独立性が無ければ留保されない。 図:242条ただし書の全文カードの背景

条文民法242条ただし書

民法第二百四十二条 ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。

権原があれば、原則が覆ります。賃借権や地上権のような、適法に物をくっつけてよいという法律上の理由です。適法にくっつけた人の権利まで奪う理由は無い、というのが例外の理由です。冒頭のAさんの部屋にあてはめると、大家の承諾は、この権原にあたります。ここで、もう1つ条件があります。木の板とタイルの話を、思い出してください。接着剤で貼ったタイルは、板の一部になってしまうんでしたね。でも、板の上にただ置いただけの積み木は、いつでもそのまま持ち上げられます。では、屋上に建て増した部屋はどうでしょう。部屋は、積み木のように持ち上げては外せません。ですから建物では、持ち上げられるかでは決めません。それだけで1つの建物として使えるか、で決めます。前回、区分所有という制度を名前だけ見ましたね。建物の中でも、構造上区切られて住める部分は、別々に持てるんでした。

それだけで独立した建物として使え、取引できる形かどうか、これを独立性と呼びます。ここが今日いちばんの急所です。権原があっても、独立性が無ければ、なお付合してしまいます。承諾という条件だけでは、足りないんです。独立性の無い部分は、それだけでは売ることも、別に使うこともできません。そこに別の持ち主を認めても、接着剤で貼ったタイルと同じで、切り離しようがないんです。

大家の承諾があっても大家の物になった判例

増築部分の関係図。既存建物の賃貸人Eが、建物の一部を賃借人Dに貸していた。Dは大家Eの承諾を得て建物の屋上に4畳半の部屋を増築したが、その部屋は独自の出入口を持たず、既存建物内の梯子段からしか出入りできない。 図:増築部分の関係図

  • 既存建物の賃貸人Eが、建物の一部を賃借人Dに貸していた
  • Dは大家Eの承諾を得て建物の屋上に4畳半の部屋を増築したが、その部屋は独自の出入口を持たず、既存建物内の梯子段からしか出入りできない

この2つの条件を、実際にあてはめた判例があります。賃借人Dが、借りていた建物の屋上に、四畳半の部屋を増築しました。増築には、大家Eの承諾がありました。ところが、この増築部分には、独自の出入口がありませんでした。既存の建物の中にある、梯子段を使うしかなかったんです。

判例最判昭44・7・25 民集23巻8号1627頁(最高裁判所第三小法廷)

賃借人が増築した部分の独立性 第三建物は、既存の第二建物の上に増築された二階部分であり、その構造の一部を成すもので、それ自体では取引上の独立性を有せず、建物の区分所有権の対象たる部分にはあたらないといわなければならず、たとえDが第三建物を構築するについて右第二建物の一部の賃貸人Eの承諾を受けたとしても、民法二四二条但書の適用はないものと解するのが相当であり、その所有権は構築当初から第二建物の所有者Eに属したものといわなければならない。

決め手はどこだと思いますか。梯子段からしか出入りできない以上、それ自体で独立した建物とは言えない、という判断です。判決は、承諾があったかどうかを判断するまでもなく、ただし書の適用を否定しました。増築した当初から、Eさんの物だった、という結論です。冒頭のAさんの部屋はどうでしょう。出入りが下の建物の中からしかできないなら、判例と同じ結論です。外階段と自分の玄関があって、それだけで住める部屋なら、独立性があります。承諾という権原もあるので、建て増した人の物のままです。大家の承諾があっても、独立性が無い以上、なお大家の物になるんです。

建物は土地とは別の不動産

土地と建物の関係の板。86条1項により、土地及びその定着物が不動産。日本法では、建物は土地の定着物であっても、土地とは別個独立の不動産として扱われる。だから建物が土地に付合することはない。 図:土地と建物の関係の板

  • 86条1項により、土地及びその定着物が不動産
  • 日本法では、建物は土地の定着物であっても、土地とは別個独立の不動産として扱われる
  • だから建物が土地に付合することはない

もう1つ、不動産の付合について、日本法ならではの特徴があります。

条文民法86条1項

民法第八十六条 1 土地及びその定着物は、不動産とする。

建物は、土地に固定された定着物の1つです。ところが、日本法では、建物は土地とは別個独立の不動産として扱われます。定着物なのに、土地と別扱いなんですか。これは、日本の民法が選んだ決まりです。民法自身も、土地と建物を分けて書いています。土地を借金の担保にする、抵当権という権利があります。その370条は、「抵当地の上に存する建物を除き」と定めています。土地と建物を分けるこの決まりの結果として、建物には土地と別の登記があり、建物だけを売ることもできます。242条は、不動産の一部になってしまう物の話でした。建物は、それ自体が1つの不動産なので、土地の一部にはなりません。だから、建物が土地に付合するということは起きません。例えば、他人の土地に家を建てても、家は建てた人の物のままです。

この点は、ぜひ覚えておいてください。

建築途中の家を完成させたら誰の物か

建前の完成の時系列図。元請けから下請けした請負人Aが建前(棟上げと屋根下地板張りまで)を築造して放置。注文者Bが元請けとの契約を解除し、別業者Cに工事を引き継がせる。Cが自己の材料で工事を続け、工事差止め時点までに未完成ながら独立の不動産である建物に仕上げた。 図:建前の完成の時系列図

  • 元請けから下請けした請負人Aが建前(棟上げと屋根下地板張りまで)を築造して放置
  • 注文者Bが元請けとの契約を解除し、別業者Cに工事を引き継がせる
  • Cが自己の材料で工事を続け、工事差止め時点までに未完成ながら独立の不動産である建物に仕上げた

最後に、もう1つ別の場面を見ましょう。Bの家の建築を請け負った会社から、さらに下請けをした請負人Aが、建築を始めました。棟上げを終え、屋根の下地板まで張りましたが、元請けの会社から報酬をもらえず、そこで工事を放り出しました。この、まだ独立の不動産に至っていない状態を、建前と呼びます。注文者Bは元請けの会社との契約を解除し、別の業者Cに工事を引き継がせました。Cは、自分の材料で工事を続け、屋根を葺き、壁を塗り、未完成ながら独立の不動産である建物に仕上げました。ここで問題になるのが、どの条文を使うかです。動産の付合のルールでは、くっついた物の持ち主どうしで決めます。Cが工事に注いだ技術の価値は、考えに入りません。判例は、そうではないと判断しました。

判例最判昭54・1・25 民集33巻1号26頁(最高裁判所第一小法廷)

建前の完成と加工の適用 建物の建築工事請負人が建築途上において未だ独立の不動産に至らない建前を築造したままの状態で放置していたのに、第三者がこれに材料を供して工事を施し、独立の不動産である建物に仕上げた場合においての右建物の所有権が何びとに帰属するかは、民法二四三条の規定によるのではなく、むしろ、同法二四六条二項の規定に基づいて決定すべきものと解する。けだし、このような場合には、動産に動産を単純に附合させるだけでそこに施される工作の価値を無視してもよい場合とは異なり、右建物の建築のように、材料に対して施される工作が特段の価値を有し、仕上げられた建物の価格が原材料のそれよりも相当程度増加するような場合には、むしろ民法の加工の規定に基づいて所有権の帰属を決定するのが相当であるからである。

246条2項という、加工の規定を使うというのが結論です。

条文民法246条1項・2項

民法第二百四十六条 1 他人の動産に工作を加えた者(以下この条において「加工者」という。)があるときは、その加工物の所有権は、材料の所有者に帰属する。ただし、工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは、加工者がその加工物の所有権を取得する。 2 前項に規定する場合において、加工者が材料の一部を供したときは、その価格に工作によって生じた価格を加えたものが他人の材料の価格を超えるときに限り、加工者がその加工物の所有権を取得する。

1項は、他人の材料に手を加えた場合の原則です。2項は、手を加えた人が、材料の一部も自分で出した場合です。だから2項の場面になります。焼き物にたとえると分かりやすいかもしれません。ろくろで途中まで形を作った粘土を、職人が放置してしまい、別の職人がそれに手を入れて仕上げ、焼き上げたとします。仕上げに加えられた工作の価値が、もとの材料をはるかに超えているからこそ、加工の規定で決めるのが妥当だ、という理由づけです。反対に、材料をただくっつけただけの場面もあります。工事の値打ちが小さいなら、動産の付合のルールで決まります。加工の規定では、Cの材料と工事の値打ちが、もとの建前を超えるかを比べます。建前は、高く見積もっても90万円ほどでした。工事が止められた時点で、建物は少なくとも418万円でした。だから、加工者であるCに、いったん所有権が帰属します。

CとBの間には、工事が進むにつれて、建築途中の建物の所有権をBのものにするという特約がありました。この特約によって、結局、注文者Bの物になったんです。

承諾があっても、対抗するには公示が要る

明認方法の板。242条ただし書で所有権が留保されても、その留保を第三者に対抗するには明認方法などの公示が必要。土地の一部にしか見えない付合物について、外から見た第三者を守るための取引の安全という理由。 図:明認方法の板

  • 242条ただし書で所有権が留保されても、その留保を第三者に対抗するには明認方法などの公示が必要
  • 土地の一部にしか見えない付合物について、外から見た第三者を守るための取引の安全という理由

最後にもう1つだけ、注意点を確認します。権原があり、独立性もあって、ただし書で所有権が留保されたとします。ただし、その留保を第三者に対抗するには、公示が要ります。権原で留保された物は、見た目では不動産の一部にしか見えません。例えば、土地を借りた人が、権原に基づいて木を植えたとします。この土地を、事情を知らない人が買ったとします。取引の安全のために、留保を外から分かる形で示す必要があるんです。以前、動産の対抗要件のところで、立木の所有権を示す方法を見ましたね。何という方法だったでしょうか。

明認方法でした。木の皮を削って、持ち主の名前を書く方法ですね。権原に基づいて土地に木を植えても、その木の所有権を留保していることを第三者に示すには、明認方法のような公示が必要になります。

承諾だけでは決まらない、というルール

まとめ板。所有権の取得原因は承継取得と原始取得。原始取得のうち無主物先占・遺失物拾得・埋蔵物発見・添付を確認。不動産の付合は原則不動産の所有者が取得し、権原と独立性が揃えば留保される。建物は土地と別個の不動産。建前の完成は加工の規定で決める。 図:まとめ板

  • 所有権の取得原因は承継取得と原始取得
  • 原始取得のうち無主物先占・遺失物拾得・埋蔵物発見・添付を確認
  • 不動産の付合は原則不動産の所有者が取得し、権原と独立性が揃えば留保される
  • 建物は土地と別個の不動産
  • 建前の完成は加工の規定で決める

今日の話をまとめます。所有権には、承継取得と原始取得がありました。原始取得のうち、持ち主のいない物を拾う場面では、動産は先占、不動産は国庫、遺失物は3か月、埋蔵物は6か月という期間がありましたね。添付は、分離による損失を避けるための制度でした。ただし、権原があり、なおかつ独立性を保っていれば、所有権は留保されます。冒頭のAさんの部屋のように、承諾だけでは足りません。建物は土地とは別個の不動産なので、建物が土地に付合することもありませんでしたね。仕上げに加えられた工作の価値が、材料の価値をはるかに超えるときは、加工者に所有権が帰属します。

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#109単独ページ動画

動産の付合・混和・加工と償金

第2章 物権 #109/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

革のかばんは誰の物か

冒頭の場面。革細工が趣味のBが、友人Aが工房に置き忘れていった一枚の革を自分の物と思い込んで使い、夜なべしてかばんに仕立てた。材料の革はAの物、手間をかけて形にしたのはB。 図:冒頭の場面

  • 革細工が趣味のBが、友人Aが工房に置き忘れていった一枚の革を自分の物と思い込んで使い、夜なべしてかばんに仕立てた
  • 材料の革はAの物、手間をかけて形にしたのはB

革細工が趣味のBさんの話です。ある日、友人のAさんが、工房に革を一枚、置き忘れていきました。Bさんは、それを自分の革だと思い込みました。そして夜なべして、かばんに仕立ててしまったんです。このかばんは、いったい誰の物になるでしょうか。先に答えを言います。原則は、材料を持っていたAさんの物です。ただし、Bさんの手間が生んだ値打ちが、材料の値打ちを大きく上回るときは、逆になります。その場合は、Bさんの物になります。そして、どちらの物になっても、損をした側にはお金で埋め合わせをする道があります。今日は、動産どうしがくっついた・混ざった・作り変えられたときの、行き先のルールを見ていきます。

添付のおさらい

添付の板。添付は付合・混和・加工の総称。前回は不動産(242条)、今回は動産どうし(243〜246条)を扱う。 図:添付の板

  • 添付は付合・混和・加工の総称
  • 前回は不動産(242条)、今回は動産どうし(243〜246条)を扱う

前回、物どうしがくっついてしまう制度を見ました。何という名前でしたか?添付、でした。添付は、付合・混和・加工をまとめた呼び方でした。分離すると社会経済上の損失になるから、1個の物として1人の所有物にし、損をした側は償金で調整する。この発想は、今日も変わりません。前回は、不動産にくっついた場合を見ました。今日は、動産どうしがくっつく場合に入ります。

動産どうしがくっつく

243条全文カードの背景。所有者の違う数個の動産が、損傷しなければ分離できない、または分離に過分の費用を要するときは、合成物の所有権は主たる動産の所有者に帰属する。 図:243条全文カードの背景

条文民法243条

民法第二百四十三条 所有者を異にする数個の動産が、付合により、損傷しなければ分離することができなくなったときは、その合成物の所有権は、主たる動産の所有者に帰属する。 分離するのに過分の費用を要するときも、同様とする。

持ち主の違う動産どうしが、くっついてしまう場面です。くっついた、と言える状態は、2通りあります。1つ、傷つけないと分離できなくなったこと。もう1つ、分離に費用がかかりすぎること。どちらかを満たせば、合成物、つまりくっついてできた物の所有権は、主たる動産の所有者に決まります。どちらも、無理に分ければ、社会全体で損になる場面です。前回見た添付の発想そのままですね。「主たる」は、くっついてできた物の、中心になっている側という意味です。決め方の物差しまでは、条文に書かれていません。例えば、腕時計の本体に、他人のベルトを接着してしまい、外せなくなったとします。

誰が見ても、中心は時計本体のほうですね。だから、この場合の主たる動産は、時計本体です。ベルトの持ち主は、所有権を失いますが、あとで償金を請求できます。例えば、自転車のフレームに、他人が特殊な塗装を吹き付けたとします。塗装だけを剥がすには、全体を塗り直すほどの費用がかかるとします。この場合も、傷つけずには分離できないのと同じ扱いになります。主たる動産はフレームなので、塗装ごと、自転車の持ち主の物になります。

主従が分からないとき

244条全文カードの背景。付合した動産の主従の区別がつかないときは、各所有者が付合の時の価格の割合で合成物を共有する。 図:244条全文カードの背景

条文民法244条

民法第二百四十四条 付合した動産について主従の区別をすることができないときは、各動産の所有者は、その付合の時における価格の割合に応じてその合成物を共有する。

例えば、同じくらいの価値の金属板を2枚、溶接して1枚にしてしまったとします。その場合は、付合した時の価格の割合で、共有になります。例えば、付合した時に、どちらも1万円の値打ちだったなら、持分は半分ずつです。どちらかの単独の物にはなりません。持分に応じて、みんなで持つ形です。今日は、244条で共有になる場面がある、というところまで押さえてください。

混ざって区別できないとき

245条全文カードの背景。前二条の規定は所有者を異にする物が混和して識別できなくなった場合について準用する。固形物どうしの混合も液体どうしの融和も含む。 図:245条全文カードの背景

  • 前二条の規定は所有者を異にする物が混和して識別できなくなった場合について準用する
  • 固形物どうしの混合も液体どうしの融和も含む

条文民法245条

民法第二百四十五条 前二条の規定は、所有者を異にする物が混和して識別することができなくなった場合について準用する。

次は、混和です。おこめの例が、まさに混和です。245条は、混和にも、243条と、244条を準用する、という条文です。主従があれば、主たる物の所有者の物になります。主従が分からないときは、共有です。持分は、価格の割合で決まります。おこめのような固形物だけでなく、液体どうしにも当てはまります。例えば、持ち主の違う醤油どうしが、同じ容器に注がれて混ざり、分けられなくなったとします。主従が決められなければ、混ざった時の価格の割合で、共有になります。固形物でも液体でも、考え方は同じです。

くっつくのと、作り変えるのとの違い

付合・混和と加工の対比の板。付合・混和は、どちらが主たる物かで決まり、手間の値打ちは数えない。加工だけは、材料の値打ちと工作で生まれた値打ちのどちらが上回るかで決まる。 図:付合・混和と加工の対比の板

  • 付合・混和は、どちらが主たる物かで決まり、手間の値打ちは数えない
  • 加工だけは、材料の値打ちと工作で生まれた値打ちのどちらが上回るかで決まる

ここまでの3つの条文には、共通点があります。付合も混和も、どちらが主たる物かで決まっていました。単に物どうしがくっついた・混ざった場面を想定した規定なので、誰かの手間の値打ちは数えないんです。時計にベルトを接着するのに、腕前はほとんど要りませんね。ここから見る加工は、事情が違います。材料に、新しい価値を加える工程が入るからです。一枚の革をかばんに仕立てるには、Bさんの技術が要ります。だから、比べるものも変わります。材料の値打ちと、工作で生まれた値打ちの、どちらが上回るかで決まるんです。

作り変えたら誰の物か

246条全文カードの背景。他人の動産に工作を加えた加工者があるときは加工物の所有権は材料の所有者に帰属する。ただし工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは加工者が取得する。 図:246条全文カードの背景

  • 他人の動産に工作を加えた加工者があるときは加工物の所有権は材料の所有者に帰属する
  • ただし工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは加工者が取得する

ここから、今日の中心である加工に入ります。

条文民法246条1項・2項

民法第二百四十六条 1 他人の動産に工作を加えた者(以下この条において「加工者」という。)があるときは、その加工物の所有権は、材料の所有者に帰属する。ただし、工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは、加工者がその加工物の所有権を取得する。 2 前項に規定する場合において、加工者が材料の一部を供したときは、その価格に工作によって生じた価格を加えたものが他人の材料の価格を超えるときに限り、加工者がその加工物の所有権を取得する。

革という他人の動産に、Bさんが工作を加えました。1項の本文を見てください。原則は、材料の所有者に帰属します。これを材料主義と呼びます。ただ、Bさんの手間が、無駄になるわけではありません。Aさんの物になっても、Bさんは、Aさんに償金を請求できます。さらに、ただし書があります。それでも原則どおり、Aさんの物になるでしょうか。ここが今日いちばんの急所です。工作によって生じた価格が、材料の価格を著しく超えるときは、加工者の物になります。工作で生まれた値打ちが材料をそこまで上回るなら、その物の値打ちを作ったのは、材料よりBさんの工作のほうです。だから、材料主義の原則を外して、Bさんの工作の値打ちを重く見るんです。

条文に、具体的な数字の基準はありません。事案ごとに、材料と完成品の価格を見て判断されます。冒頭のかばんで、数字を入れてみましょう。革の値打ちは、3,000円だったとします。かばんの完成品の値打ちは、なんと、50,000円だったとします。工作によって生じた価格は、完成品から材料を引いた金額です。50,000円から3,000円を引くと、47,000円になります。材料の価格を、大きく上回っていますね。だから、このかばんはBさんの物になります。代金の埋め合わせは、もらえます。Aさんは、あとで償金を請求できます。反対の場合も見ておきましょう。もし完成品が、3,500円程度の値打ちにとどまったとします。工作によって生じた価格は、わずか500円です。

その場合は、原則どおりAさんの物にとどまります。

加工者も材料を出した場合

246条2項の計算板。完成品の価格から全材料費を引いて工作によって生じた価格を出し、加工者の材料費と合算して他人の材料の価格と比較する。 図:246条2項の計算板

次は、Bさんが革だけでなく、自分の金具や糸も使った場合です。これが2項の場面です。比べる相手が、少し変わります。加工者が出した材料の価格に、工作によって生じた価格を足します。それが、他人の材料の価格を超えるかどうかで決まります。まず、加工者が勝つ例を見ましょう。Aさんの革が、6,000円だったとします。Bさんが出した金具と糸は、合わせて3,000円だったとします。かばんの完成品は、13,000円だったとします。工作で生じた価格は、完成品の値段から、全部の材料費を引いて出します。13,000円から9,000円を引くと、4,000円です。

1項ただし書だけでは、Bさんの物になりません。ですが、Bさんは材料の一部を出しています。だから、2項の物差しで比べ直します。Bさんの取り分を出します。自分の材料の3,000円に、工作の4,000円を足します。合わせて、7,000円になります。6,000円を超えています。だから、かばんはBさんの物になります。念のため、検算しておきましょう。6,000円と3,000円と4,000円を足すと、13,000円です。完成品の価格と、ぴったり一致しますね。次に、材料の所有者が勝つ例です。Aさんの革が、8,000円だったとします。Bさんが出した金具と糸は、合わせて1,000円だったとします。かばんの完成品は、11,000円だったとします。

11,000円から9,000円を引くと、2,000円になります。1,000円に、2,000円を足します。Bさんの取り分は、3,000円です。8,000円を超えていません。だから、このかばんは原則どおりAさんの物です。こちらも検算します。8,000円と1,000円と2,000円を足すと、11,000円です。やはり完成品の価格と一致します。2つの例とも、比べる順番は同じです。完成品から全材料費を引いて工作の価格を出し、加工者の取り分に足して比べる。この順番さえ押さえれば、数字が変わっても解けます。

くっつけただけか、作り変えたか

付合と加工の分かれ目の板。単にくっつけただけなら動産の付合、材料に工作を加えて新しい物を作り出したなら加工で評価する。 図:付合と加工の分かれ目の板

前半で見たとおり、付合は、単に動産どうしがくっついた場面を想定した規定です。だから、材料に工作を加えて、新しい物を作り出したなら、付合ではなく加工で評価します。例えば、Bさんが、Aさんの革の切れ端を、自分のかばんの破れ目に強く貼り付けて、剥がせなくなっただけなら、付合です。かばんはBさんの物のままで、Aさんは償金を請求できます。一方、一枚の革を裁って縫い、かばんに仕立てたなら、革から新しい物を作り出しています。だから加工です。前回、建前を第三者が完成させた事件を見ましたね。あの事件も、単純にくっついた話ではありませんでした。工作の値打ちを重く見て、裁判所は246条2項で判断したんです。詳しい事案は、前回のとおりです。

誰が誰に償金を請求するか

248条当てはめの板。243条の場面は従たる動産を失った者が主たる動産の所有者に、246条の場面は材料を失った者が加工者に請求する。原則どおり材料の所有者の物になれば、加工者が材料の所有者に請求する。244条の場面は各自が持分を得るので償金は問題にならない。 図:248条当てはめの板

  • 243条の場面は従たる動産を失った者が主たる動産の所有者に、246条の場面は材料を失った者が加工者に請求する
  • 原則どおり材料の所有者の物になれば、加工者が材料の所有者に請求する
  • 244条の場面は各自が持分を得るので償金は問題にならない

前回見た248条を、今日の場面に当てはめてみましょう。243条の場面では、従たる動産の所有権を失った人が、主たる動産の所有者に請求します。246条の場面では、材料の所有権を失った人が、加工物の所有者に請求します。ただし書や2項でBさんが所有権を取ったときは、Aさんが償金を請求できます。反対に、原則どおりAさんの物になったときは、Bさんが、Aさんに償金を請求できます。244条は、みんなが価格の割合で持分を得るだけです。誰かが所有権を丸ごと失うわけではないので、そのままでは償金は問題になりません。償金の中身、つまり、703条と、704条の要件は、別の回で扱います。今日は、誰が誰に請求するかの当てはめまで押さえてください。

どこまで動かせないルールか

強行規定と任意規定の板。物を1個として扱い分離を許さない部分は強行規定。所有権の帰属と償金請求の可否は任意規定。 図:強行規定と任意規定の板

  • 物を1個として扱い分離を許さない部分は強行規定
  • 所有権の帰属と償金請求の可否は任意規定

最後に、添付の規定のどこまでが動かせないルールか、整理します。#34で見た言葉を使います。当事者の合意で上書きできない規定を強行規定、上書きできる規定を任意規定と呼びました。まず、「物を1個として扱い、分離を許さない」という部分は、強行規定です。分離による社会経済上の損失を避けるという趣旨は、当事者の合意では動かせません。一方、「所有権を誰の物にするか」「償金を請求できるか」は、任意規定です。任意規定の部分は、合意で変えられます。誰の物にするか、償金をどうするかを合意で決めても、分離による損失そのものは生じないからです。例えば、かばんができた後で、AさんとBさんが話し合い、「かばんはAさんの物にして、償金は無しにする」と決めることもできます。

くっついた・混ざった・作り変えられた、という事実は動かせません。でも、その後の所有権や償金の扱いは、当事者どうしで調整できるんです。

今日のルールを振り返る

まとめ板。動産の付合は主たる動産の所有者、主従不明なら価格割合で共有、混和は準用、加工は原則材料の所有者だが工作の価格が著しく超えれば加工者。損をした側は償金で調整。物を1個として扱う部分は強行規定、帰属と償金は任意規定。 図:まとめ板

  • 動産の付合は主たる動産の所有者、主従不明なら価格割合で共有、混和は準用、加工は原則材料の所有者だが工作の価格が著しく超えれば加工者
  • 損をした側は償金で調整
  • 物を1個として扱う部分は強行規定、帰属と償金は任意規定

今日の話をまとめます。動産どうしがくっついたときは、主たる動産の所有者の物になりました。混和も、同じ考え方が準用されました。ここまでは、どちらが主たる物かで決まる話でしたね。作り変えられたときは、原則は材料の所有者でした。材料の一部を加工者が出した場合も、同じ順番で計算できましたね。どちらの場合も、損をした側には償金という埋め合わせの道がありました。そして、「物を1個として扱う」部分は強行規定でしたが、誰の物になるか、償金を請求できるかは、任意規定でした。冒頭のBさんのかばんは、どうなったでしょうか。

工作の値打ちが材料を著しく超えるので、かばんはBさんの物になります。ただし、Aさんは償金を請求できます。今日、244条と245条で「共有」になる場面を見ましたね。

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#110単独ページ動画

共有の持分と使用・管理・変更

第2章 物権 #110/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

実家を1人で貸していいか

冒頭の場面。3人姉弟A・B・Cが、亡くなった親から実家を相続した。持分はそれぞれ等しい。Aは、BとCに相談せず、実家を他人に貸す契約を結んだ。 図:冒頭の場面

  • 3人姉弟A・B・Cが、亡くなった親から実家を相続した
  • 持分はそれぞれ等しい
  • Aは、BとCに相談せず、実家を他人に貸す契約を結んだ

3人姉弟A・B・Cが、亡くなった親の実家を相続した場面です。持分は、3人とも等しく分けられています。ところがAが、BとCに一言も相談せず、実家を他人に貸す契約を結んでしまいました。Aは、1人で決めて貸してよかったのでしょうか。先に答えを言います。Aは、1人では決められません。家を貸すには、他の共有者の同意が要ります。期間が短く、終わりのはっきりした貸し方なら、持分の過半数で足ります。そうでない普通の貸し方なら、全員の同意が要ります。Aの持分だけでは、どちらの基準にも届きません。今日は、共有物を守る・使う・変える、それぞれにどれだけの同意が要るのかを見ていきます。

前回の共有を思い出す

前回のおさらいの板。前回は動産の付合で、持ち主の違う動産が共有になる場面を見た。今日はその共有そのものの中身に入る。 図:前回のおさらいの板

  • 前回は動産の付合で、持ち主の違う動産が共有になる場面を見た
  • 今日はその共有そのものの中身に入る

前回は、持ち主の違う動産どうしがくっついた場面を見ました。主従が分からないときは、どうなるのでしたか?価格の割合で、共有になるんでしたね。244条の共有でした。今日は、その共有そのものの中身に入っていきます。共有とは、複数の人が、1つの物を一定の割合で持ち合う状態のことです。共有は、そのうちの原則の形です。合有は、組合の財産のように、抜けるときに払い戻しを受けるだけの形でした。総有は、権利能力なき社団の財産のように、持分そのものが無い形でした。持分の処分も分割の請求も自由にできる、という点が、合有や総有と違うところでした。今日は、この共有そのもののルールに入ります。

持分は自由に処分できる

250条の全文カード(持分の割合の推定) 図:250条の全文カード(持分の割合の推定)

条文民法250条

民法第二百五十条 各共有者の持分は、相等しいものと推定する。

各共有者が持っている割合を、持分と呼びます。持分の割合が分からないときは、この250条で、相等しいと推定されます。そして、持分は各共有者が自由に処分できます。自分の持分だけなら、他の共有者の同意なく、売ったり譲ったりできる、ということです。合有では、脱退のときにしか持分が問題になりませんでした。共有は、そこが大きく違います。

持分が消えたら誰の物になるか

255条全文カードの背景。共有者の1人が持分を放棄した、または相続人なく死亡したとき、その持分は他の共有者に帰属する。 図:255条全文カードの背景

条文民法255条

民法第二百五十五条 共有者の一人が、その持分を放棄したとき、又は死亡して相続人がないときは、その持分は、他の共有者に帰属する。

共有者の1人が持分を手放したら、その持分はどこへ行くのでしょうか。国の物になったりは、しないんですか。しません。255条により、他の共有者に帰属します。放棄したときだけでなく、死亡して相続人がいないときも同じです。これは、共有の「弾力性」と呼ばれる性質です。各共有者は、もともと物全部について所有権を持っていて、他の共有者の持分によって制約されているだけ、というイメージです。制約が外れると、残った共有者の持分が、その分だけ伸びるんです。たとえば、Cが持分を放棄したとします。AとBは、2分の1ずつになります。

相続人がいない持分は、まずどこへ行くか

弾力性の流れ図。共有者が相続人なく死亡すると、相続人の不存在が確定し、清算手続が終わる。そこで先に958条の2の特別縁故者への財産分与が検討される。分与されず残ったときにはじめて、255条により他の共有者に帰属する。 図:弾力性の流れ図

  • 共有者が相続人なく死亡すると、相続人の不存在が確定し、清算手続が終わる
  • そこで先に958条の2の特別縁故者への財産分与が検討される
  • 分与されず残ったときにはじめて、255条により他の共有者に帰属する

255条だけ見るとそう読めますが、実は単純ではありません。相続人がいない人の財産には、別の制度もあります。958条の2の、財産分与という制度です。被相続人と特別な縁故があった人に、家庭裁判所が相続財産を分け与える制度です。では、共有持分ならどうでしょう。255条と958条の2、どちらが先に働くのでしょうか。判例は、まず958条の2の財産分与を検討すべきだ、としました。分与されずに残ったときに、はじめて255条により他の共有者に帰属する、という順番です。なぜ、その順番になるんですか。共有持分だけ財産分与の対象から外してしまうと、同じ相続財産なのに、扱いを分ける理由がなく不合理だからです。

判例最高裁判所第二小法廷判決 平成元年11月24日(民集43巻10号1220頁)

共有持分と特別縁故者への財産分与 共有持分も特別縁故者への財産分与の対象となり、右分与がされなかった場合にはじめて他の共有者に帰属すると解する場合には、特別縁故者を保護することが可能となり、被相続人の意思にも合致すると思われる場合があるとともに、家庭裁判所における相当性の判断を通して特別縁故者と他の共有者のいずれに共有持分を与えるのが妥当であるかを考慮することが可能となり、具体的妥当性を図ることができるのである。

「右分与」とは、958条の2の財産分与のことです。分与を先に検討することで、特別縁故者の保護にもつながりますし、家庭裁判所が事情を見て、共有持分をどちらに与えるべきかを判断できる、という利点もあります。だから判例では、まず958条の2の分与を見ます。分与されずに残ったとき、はじめて255条が働きます。持分を放棄したときも、同じ順番になるんですか。違います。財産分与は、相続人がいないときの制度です。放棄なら、255条でそのまま他の共有者に帰属します。

共有物にすることの3段階

共有物に対する行為の3段階の板。保存は各自単独・管理は持分の過半数・変更は全員の同意。どれだけ現状を動かすかで重さが変わる。 図:共有物に対する行為の3段階の板

  • 保存は各自単独・管理は持分の過半数・変更は全員の同意
  • どれだけ現状を動かすかで重さが変わる

⭐ 論文で書く規範:共有物に対する行為の3段階 保存行為=各自単独でできる/管理行為=持分の過半数で決める/変更行為=全員の同意が要る (252条5項・252条1項・251条1項)

ここから、共有物に対して何かをするときの話に入ります。共有物にすることは、重さによって3段階に分かれます。雨漏りの修理のように、現状を守るだけの保存行為は、各自が単独でできます。人に貸すように、今の枠の中で使い方を決める管理行為は、持分の過半数で決めます。実家を取り壊して駐車場にするように、物の形や使い道を変える変更行為は、全員の同意が要ります。物を大きく動かし、元に戻しにくい行為ほど、必要な同意も重くなる、という発想です。

現状を守るだけなら1人でできる

252条5項全文カードの背景。各共有者は保存行為を単独ですることができる。 図:252条5項全文カードの背景。各共有者は保存行為を単独ですることができる。

条文民法252条5項

民法第二百五十二条第五項 各共有者は、前各項の規定にかかわらず、保存行為をすることができる。

まず、いちばん軽い保存行為です。実家の屋根が雨漏りしているとします。だから、Aが1人で修理業者を呼んで、直させることができます。他の共有者にとっても不利益にならない行為だからです。不法に占拠している人への引渡し請求や、勝手にされた登記を消す請求も、保存行為の例とされています。どちらも、物を元の状態に戻すだけで、他の共有者を害さないからです。

形や使い道を変えるには全員の同意

251条1項の全文カード(変更には全員の同意・軽微変更は除く) 図:251条1項の全文カード(変更には全員の同意・軽微変更は除く)

条文民法251条1項

民法第二百五十一条第一項 各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。次項において同じ。)を加えることができない。

次に、いちばん重い変更行為です。実家を取り壊して、駐車場に建て替えることを考えてください。このような変更には、他の共有者全員の同意が要ります。家の形を作り替えると、簡単には元に戻せません。全員の財産に直接響くので、全員の同意が要るんです。昔は、どんなに小さな変更でも全員の同意が必要でした。そこで令和3年の改正で、線が動きました。形や効用、つまり使い道を、大きく変えないものは、変更行為から外れました。これを軽微変更と呼びます。例えば、屋根全体を葺き替えるような大がかりな修繕でも、家の形や使い道は変わりません。だから、軽微変更にあたります。さっきの、駐車場に建て替える話とは、そこが違います。

次に見る管理行為のほうに入ります。過半数で決められるようになったんです。傷んだところを元に戻すだけなら、保存行為です。屋根全体を新しくするのは、それを超えるので、過半数が要ります。

使い方を決めるのは持分の過半数

252条1項前段の全文カード(管理は持分の価格の過半数) 図:252条1項前段の全文カード(管理は持分の価格の過半数)

条文民法252条1項

民法第二百五十二条第一項(前段) 共有物の管理に関する事項(次条第一項に規定する共有物の管理者の選任及び解任を含み、共有物に前条第一項に規定する変更を加えるものを除く。次項において同じ。)は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。

保存でも変更でもない、真ん中の管理行為です。共有物の管理に関する事項は、持分の価格の過半数で決めます。頭数の過半数、ではないんですか。そこが誤解しやすいところです。頭数ではありません。持分の価格の過半数です。仮に、Aの持分が2分の1だとします。BとCは、4分の1ずつです。BとCの2人が賛成しても、合わせて2分の1です。ちょうど半分では、過半数に届きません。逆に、実家のように3分の1ずつなら、2人で3分の2になり、決まります。さっきの軽微変更や、共有物を人に貸すことも、管理行為の典型です。貸すのをやめて契約を解除するのも、使い方を決め直すことなので、同じく管理行為です。

実家に住み続けている人は、お金を払うのか

249条全文カードの背景。1項は各共有者が持分に応じて共有物の全部を使用できるという原則。2項は使用する共有者が持分を超える分の使用の対価を償還する義務。3項は善良な管理者の注意義務。 図:249条全文カードの背景

  • 1項は各共有者が持分に応じて共有物の全部を使用できるという原則
  • 2項は使用する共有者が持分を超える分の使用の対価を償還する義務
  • 3項は善良な管理者の注意義務

実家に1人で住み続けている共有者は、他の共有者にお金を払う必要があるんですか。それを決めるのが249条です。見ていきましょう。

条文民法249条

民法第二百四十九条 1 各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる。 2 共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負う。 3 共有者は、善良な管理者の注意をもって、共有物の使用をしなければならない。

1項は、各共有者は持分に応じて共有物の全部を使える、という原則です。これは、改正の前からある規定です。実家に、Aが1人でBとCの了承を得て住み続けているとします。Aは、家全体に住んでいますが、持分は3分の1しかありません。2項が、令和3年改正で新しく入りました。別段の合意がなければ、持分を超えて使っている分について、対価を払う義務を負います。家の残り3分の2は、BとCの持分にあたる部分です。Aはそこもタダで使っていることになるので、その分の使用料を払う、という仕組みです。別段の合意とは、たとえば「タダで住んでいい」という取り決めです。そういう合意があれば、Aは払わなくて済みます。

合意がなければ、使用料を払います。3項も新設です。共有物を使うときは、善良な管理者としての注意を払わなければなりません。自分の物以上に、丁寧に扱う義務がある、ということです。なお、これは共有者どうしの内部の話です。第三者に貸して得た賃料の分配は、別の回で扱います。

住んでいる人がいても過半数で決められる

252条1項後段の全文カードの背景。共有物を使用する共有者があるときも、管理に関する事項は同様に持分の過半数で決する。 図:252条1項後段の全文カードの背景

条文民法252条1項

民法第二百五十二条第一項(後段) 共有物を使用する共有者があるときも、同様とする。

Aが住んでいるとき、Aの同意なしで決められるか。そこも、改正前は不明確でした。今は、この後段で、はっきりしています。共有物を使用する共有者がいても、管理事項は同じく過半数で決められます。BとCの持分を合わせれば過半数になるので、Aの同意がなくても、実家を貸す決定ができます。ただし、住んでいるAの暮らしを大きく変える決定には、歯止めがあります。少しあとで見ます。

連絡が取れない共有者がいたら

252条2項の全文カードの背景。共有者を知ることができない、または所在が分からないとき、あるいは催告しても賛否を示さないときは、裁判所の決定を得て残りの共有者の過半数で管理事項を決められる。 図:252条2項の全文カードの背景

条文民法252条2項

民法第二百五十二条第二項 裁判所は、次の各号に掲げるときは、当該各号に規定する他の共有者以外の共有者の請求により、当該他の共有者以外の共有者の持分の価格に従い、その過半数で共有物の管理に関する事項を決することができる旨の裁判をすることができる。  一 共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき。  二 共有者が他の共有者に対し相当の期間を定めて共有物の管理に関する事項を決することについて賛否を明らかにすべき旨を催告した場合において、当該他の共有者がその期間内に賛否を明らかにしないとき。

BかCの連絡先が、長年分からないとします。そこで、この2項が使えます。他の共有者を知ることができない、または所在が分からないときは、裁判所の決定を得て、残りの共有者の過半数で決められます。もう1つの型もあります。連絡はつくけれど、何度催告しても返事がないときも、同じく裁判所の決定を得て決められます。変更のほうにも、似た裁判の手続はあるんですか。あります。251条2項です。

条文民法251条2項

民法第二百五十一条第二項 共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、裁判所は、共有者の請求により、当該他の共有者以外の他の共有者の同意を得て共有物に変更を加えることができる旨の裁判をすることができる。

ただし、こちらは、所在等が分からないときだけです。催告しても返事がないときの手続は、ありません。Cの行方が分からないなら、AとBの同意で、裁判を経て建て替えできます。Cが返事をしないだけなら、建て替えはできません。変更は全員の同意が原則なので、黙っている人を賛成と同じには扱わないんです。

⭐ 論文で書く規範:251条2項と252条2項の違い 所在等が分からないとき=どちらの条文にも裁判の手続がある/催告しても返事がないとき=252条2項だけにある (民法251条2項・252条2項)

住んでいる人に重い影響が出る決定には承諾が要る

252条3項の全文カードの背景(決定に基づいて使う共有者への特別の影響)。 図:252条3項の全文カードの背景(決定に基づいて使う共有者への特別の影響)。

条文民法252条3項

民法第二百五十二条第三項 前二項の規定による決定が、共有者間の決定に基づいて共有物を使用する共有者に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない。

過半数の決定でも、さっきの裁判の手続でも、なんでも決められるわけではありません。共有者どうしの決定に基づいて共有物を使っている共有者に、特別の影響を及ぼす決定には、その人の承諾が要ります。決定なしに使っているだけの共有者なら、この承諾は要りません。その決定の必要性と、Aが受ける不利益を比べて、我慢すべき限度を超えるなら、Aの承諾が要ります。

短期の貸し方なら過半数で足りる

252条4項の全文カードの背景。持分の過半数の決定で設定できる短期賃借権等の期間。山林10年・その他土地5年・建物3年・動産6か月。 図:252条4項の全文カードの背景

  • 持分の過半数の決定で設定できる短期賃借権等の期間
  • 山林10年・その他土地5年・建物3年・動産6か月

条文民法252条4項

民法第二百五十二条第四項 共有者は、前三項の規定により、共有物に、次の各号に掲げる賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利(以下この項において「賃借権等」という。)であって、当該各号に定める期間を超えないものを設定することができる。  一 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃借権等十年  二 前号に掲げる賃借権等以外の土地の賃借権等五年  三 建物の賃借権等三年  四 動産の賃借権等六箇月

賃貸も管理行為だと言いましたが、実は上限があります。この4項が、期間の上限を決めています。

⭐ 論文で書く規範:短期賃借権等の期間 山林の賃借権等=10年/土地の賃借権等=5年/建物の賃借権等=3年/動産の賃借権等=6か月 (民法252条4項)

建物なら、3年を超えない期間の賃貸なら、過半数で設定できます。3年を超えて貸したい場合は、全員の同意が要ります。そして、実は3年以内であれば何でもいいわけでもありません。普通の建物賃貸借には、借地借家法という法律が適用されます。この法律の下では、約束した期間で確実に終わるとは限りません。だから、終わりが確保されない普通の貸し方は、実質的に3年を超える拘束と同じで、全員の同意が要ります。一時的な使用が目的の貸し方や、更新のない短期の定期契約なら、過半数で足ります。実家なら、更新のない2年の契約で貸すのは、過半数で足ります。同じ2年でも、普通の借家契約なら、全員の同意が要ります。ここで、冒頭のAさんの場面に戻りましょう。Aの持分は、3分の1でした。

短期の貸し方でも、普通の貸し方でも、Aの持分だけでは足りません。だから、Aは1人で決めて貸すことはできなかったんです。

管理を1人に任せる

252条の2の全文カードの背景。共有物の管理者は管理行為をできるが、著しい変更には全員の同意が要る。共有者の決定に従う義務があり、違反行為は共有者に効力を生じないが善意の第三者には対抗できない。 図:252条の2の全文カードの背景

  • 共有物の管理者は管理行為をできるが、著しい変更には全員の同意が要る
  • 共有者の決定に従う義務があり、違反行為は共有者に効力を生じないが善意の第三者には対抗できない

実家の管理を、Aに一任することもできます。この場合、Aは共有物の管理者と呼ばれます。

条文民法252条の2第1項

民法第二百五十二条の二第一項 共有物の管理者は、共有物の管理に関する行為をすることができる。ただし、共有者の全員の同意を得なければ、共有物に変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。次項において同じ。)を加えることができない。

管理者の選任や解任も、管理事項の1つなので、過半数で決められます。管理者は、管理行為はできますが、著しい変更をするには、やはり全員の同意が要ります。

条文民法252条の2第3項・第4項

民法第二百五十二条の二第三項・第四項 3 共有物の管理者は、共有者が共有物の管理に関する事項を決した場合には、これに従ってその職務を行わなければならない。 4 前項の規定に違反して行った共有物の管理者の行為は、共有者に対してその効力を生じない。ただし、共有者は、これをもって善意の第三者に対抗することができない。

管理者は、共有者が決めた事項に従う義務を負います。たとえば、BとCが「貸さない」と決めたのに、管理者のAが実家を貸したとします。従わずにした行為は、共有者に対しては効力を生じません。ただし、事情を知らない借主には、その無効を主張できません。取引の相手方を、不意打ちで害さないための調整です。

費用を払わない共有者がいたら

253条・254条の全文カードの背景。各共有者は持分に応じて管理の費用を負担する。1年不履行なら他の共有者が償金を払ってその持分を取得できる。共有物についての債権は特定承継人にも行使できる。 図:253条・254条の全文カードの背景

  • 各共有者は持分に応じて管理の費用を負担する
  • 1年不履行なら他の共有者が償金を払ってその持分を取得できる
  • 共有物についての債権は特定承継人にも行使できる

条文民法253条

民法第二百五十三条 1 各共有者は、その持分に応じ、管理の費用を支払い、その他共有物に関する負担を負う。 2 共有者が一年以内に前項の義務を履行しないときは、他の共有者は、相当の償金を支払ってその者の持分を取得することができる。

修繕費や固定資産税のような費用も、持分に応じて負担します。Aだけが立て替えているのに、Bが1年間払わないとします。この場合、Aは相当の償金を払って、Bの持分を取得できます。Bの持分がAに移るので、払わないBは、この家の共有から外れます。ただ、タダで取り上げるのではありません。持分に見合うお金を、Aが払います。1年待っても払わないBが残ると、Aはこの先も、Bの分を立て替え続けることになります。持分を買い取れば、その立て替えを終わらせられます。

条文民法254条

民法第二百五十四条 共有者の一人が共有物について他の共有者に対して有する債権は、その特定承継人に対しても行使することができる。

たとえば、修繕費30万円をAが全額立て替えたとします。Bの分の10万円を、AはBに請求できます。この権利は、家という共有物について生まれたものです。だから、Bが持分をDに売った後も、AはDに10万円を請求できます。

相続した家にも同じルールが使える

898条2項の全文カードの背景(相続財産の共有持分は相続分で決まる)。 図:898条2項の全文カードの背景(相続財産の共有持分は相続分で決まる)。

条文民法898条2項

民法第八百九十八条第二項 相続財産について共有に関する規定を適用するときは、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分をもって各相続人の共有持分とする。

共同相続と登記の回で見たように、相続財産は、遺産分割までは共有になります。そこに今日のルールを使うときは、この898条2項が効きます。各相続人の相続分が、そのまま持分になります。相続分は、ふつうは法定相続分です。遺言で相続分の指定があれば、その指定相続分です。だから、A・B・Cの実家にも、今日見た保存・管理・変更のルールが、そのまま使えます。

今日のルールを振り返る

まとめ板。共有物への行為は保存・管理・変更の3段階。保存は各自単独、管理は持分の過半数、変更は全員の同意。軽微変更は管理へ、賃貸には期間の上限、249条2項で使用の対価、253・254条は費用負担。 図:まとめ板

  • 共有物への行為は保存・管理・変更の3段階
  • 保存は各自単独、管理は持分の過半数、変更は全員の同意
  • 軽微変更は管理へ、賃貸には期間の上限、249条2項で使用の対価、253・254条は費用負担

今日の話をまとめます。共有物への行為は、保存・管理・変更の3段階に分かれました。令和3年改正で、軽微な変更は変更から外れ、管理のほうに移りました。249条では、使う共有者に持分を超える分の対価を払う義務が新設されました。賃貸には期間の上限があり、それを超える普通の貸し方には全員の同意が要りました。連絡が取れない共有者がいるときは、裁判所の決定を経て、残りの共有者の過半数で決められました。冒頭のAさんは、どうだったでしょうか。Aの持分は3分の1で、過半数にも全員にも足りませんでした。Aは1人では、実家を貸せませんでした。

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#111単独ページ動画

共有者間の明渡請求と共有物分割

第2章 物権 #111/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

実家に住み着いた弟

冒頭の場面。3人姉弟A・B・Cが、遺産分割の話し合いを終えて実家を3分の1ずつの共有にした。Bが1人でその家に住み着いてしまった。AとCの持分を合わせれば3分の2になる。 図:冒頭の場面

  • 3人姉弟A・B・Cが、遺産分割の話し合いを終えて実家を3分の1ずつの共有にした
  • Bが1人でその家に住み着いてしまった
  • AとCの持分を合わせれば3分の2になる

前回に続いて、3人きょうだいのA・B・Cの実家です。前回は遺産分割が終わっていない状態でしたが、今回は話し合いが終わって、3人が3分の1ずつの共有ということになりました。持分は、3人とも3分の1ずつです。今回は、Bが1人でその実家に住み着いてしまいました。AとCの持分を足すと、3分の2になります。3分の2は過半数です。AとCは、過半数を持っているのだから、Bに出て行けと言えるでしょうか。先に答えを言います。AやCが、何も決めないまま「出て行け」と言うことはできません。Bにも、実家を使う権利があるからです。でも、AとCは2人で過半数です。2人で使い方を決めれば、話が変わります。今日は、共有者どうしで何を求め合えるのか、外部に対しては何ができるのか、そして共有をやめたいときにどう分けるのかを見ていきます。

使い方の決定と、使う権利は別

前回のおさらいの板。249条1項は各共有者に使用権原を与える。252条1項後段は、共有物を使用する共有者がいても、使い方そのものを過半数で決定できることを確認する。 図:前回のおさらいの板

  • 249条1項は各共有者に使用権原を与える
  • 252条1項後段は、共有物を使用する共有者がいても、使い方そのものを過半数で決定できることを確認する

前回見た保存・管理・変更の3段階、覚えていますか?保存は単独、管理は過半数、変更は全員の同意でしたね。そして249条1項では、各共有者は持分に応じて共有物の全部を使用できる、と習いました。ここが今日の出発点です。前回見たとおり、Bが住んでいても、使い方そのものは過半数で決められました。252条1項の過半数は、共有物をどう使うかという、使い方のルールを決める権限です。たとえば、実家を人に貸すかどうか、実家をAとCが使う、というような決定です。249条1項の使用権原は、それとは別に、各共有者に与えられているものです。

過半数を持っている、というだけで、Bの使う権利が消えるわけではありません。使い方を変えるには、きちんと決める手続が要ります。ここを混同すると、今日の話全体が分からなくなります。

何も決めていなければ、明渡しは求められない

共有者の1人が単独で共有物を占有・使用している場面。まだ使い方について何も決めていない状態では、他の共有者が過半数を持っていても、当然には明渡しを請求できない。占有する共有者にも自己の持分による使用権原がある。 図:共有者の1人が単独で共有物を占有・使用している場面

  • まだ使い方について何も決めていない状態では、他の共有者が過半数を持っていても、当然には明渡しを請求できない
  • 占有する共有者にも自己の持分による使用権原がある

Bが実家に1人で住んでいる状態を、法律的に見てみましょう。まだ、AもCも、使い方について何も決めていません。判例は、少数持分権者であっても、当然には明渡しを請求されないとしました。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和41年5月19日(民集20巻5号947頁)

明渡請求には理由の主張立証がいる 思うに、共同相続に基づく共有者の一人であつて、その持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下単に少数持分権者という)は、他の共有者の協議を経ないで当然に共有物(本件建物)を単独で占有する権原を有するものでないことは、原判決の説示するとおりであるが、他方、他のすべての相続人らがその共有持分を合計すると、その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといつて(以下このような共有持分権者を多数持分権者という)、共有物を現に占有する前記少数持分権者に対し、当然にその明渡を請求することができるものではない。けだし、このような場合、右の少数持分権者は自己の持分によつて、共有物を使用収益する権原を有し、これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである。従つて、この場合、多数持分権者が少数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには、その明渡を求める理由を主張し立証しなければならないのである。

判例の答えは、2段になっています。1つ目、Bのほうも、ほかの共有者と相談せずに独り占めしてよいわけではありません。2つ目、それでもAとCは、当然にはBを追い出せません。少数持分権者にも、自己の持分による使用権原があります。だから、多数持分権者が明渡しを求めるには、その理由を主張し立証しなければなりません。実家の例なら、AとCは、なぜBを住まわせておけないのか、その理由を示す必要があります。なお「当然には請求できない」という言い方に注目してください。理由さえ示せれば、明渡しが認められる余地は残されています。

たとえば、実家がひどく老朽化して倒壊の危険があり、住み続けることがB自身や周囲の安全を脅かすような場合です。そのような具体的な理由があれば、明渡しが認められる余地が出てきます。ただ、単にAとCが「自分たちも住みたい」というだけでは、その理由には足りません。前回見た249条2項で、持分を超えて使っている分の使用料をBに求められます。共有そのものをやめたいなら、このあと見る分割請求です。

決めないまま使っている第三者にも、同じ理屈が及ぶ

多数持分権者が協議を経ずに共有物を占有し、その多数持分権者から占有を承認された第三者がいる場面。少数持分権者は、いずれに対しても当然には明渡しを請求できない。

次は、第三者が絡む場面です。判例の事件では、土地を4分の1ずつ持つ4人のうち3人が、残る1人と話し合わないまま、第三者に土地を売って使わせていました。持分の少ない共有者は、その第三者に、出て行けと言えるでしょうか。今の判例と同じ考え方だと、言えない気がします。判例は、多数持分権者から占有を認められた第三者にも、同じ理屈が及ぶとしました。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和57年6月17日

協議なしに承認された第三者にも当然には明渡請求できない 共有地の多数持分権者が共有者の協議を経ないで共有地を占有使用している場合であつても、少数持分権者は当然には多数持分権者に対して共有地の明渡を請求することはできないところ……、この理は、多数持分権者から共有者の協議を経ないで共有地を占有使用することを承認された第三者と少数持分権者との関係にも妥当すると解されるのであり……

その第三者は、承認した共有者たちが持分に基づいて持っている、使う権利の上で使っています。第三者を追い出せば、承認した共有者たちの使う権利まで否定することになるんです。ただし、2つの判例はどちらも「協議を経ないで」使っている場面の話です。過半数できちんと使い方を決めた場合は、次に見るとおり話が変わります。

過半数で使い方を決めれば、話が変わる

過半数の共有者が「この家はAとCが使う」と決定した場面。決定に基づけば、明渡しを求める道が開ける。決定に基づいて住んでいた共有者には、252条3項の承諾が必要になることもある。 図:過半数の共有者が「この家はAとCが使う」と決定した場面

  • 決定に基づけば、明渡しを求める道が開ける
  • 決定に基づいて住んでいた共有者には、252条3項の承諾が必要になることもある

では、AとCが、過半数で「この家は今後、AとCが使う」と決めたら、どうなるでしょうか。これは、252条1項後段で認められている、使い方についての決定です。ここまでの2つの判例は、どちらも「まだ何も決めていない」場面の話でした。決定なしにただ住んでいるだけのBに対しては、この決定に基づいて明渡しを求める道が開けます。ただし、Bが以前から、共有者どうしの決定に基づいて実家を使っていた場合は別です。その決定を変えることがBに特別の影響を及ぼすなら、Bの承諾が要ります。前回見た252条3項です。決定の必要性と、Bが受ける不利益を比べて、我慢すべき限度を超えるときです。

冒頭の問いに戻りましょう。AとCは、何も決めないままでは、Bにいますぐ出て行けとは言えません。でも、過半数で使い方を決めれば、明渡しを求める道が開けます。

外部への請求は3つに分かれる

対外的請求の3類型の板。妨害排除・返還請求は各共有者が単独でできる。共有関係の確認は共有者全員で行う。損害賠償は各自の持分の割合の限度でのみ請求できる。 図:対外的請求の3類型の板

  • 妨害排除・返還請求は各共有者が単独でできる
  • 共有関係の確認は共有者全員で行う
  • 損害賠償は各自の持分の割合の限度でのみ請求できる

⭐ 論文で書く規範:対外的請求の3類型 妨害排除・返還請求=単独でできる/共有関係の確認=共有者全員で/損害賠償=持分割合の限度でのみ (民法252条5項・最判昭51年9月7日)

ここからは、共有者どうしではなく、外部の第三者に対する請求です。実家が、無関係の第三者に不法に占拠されたとします。この場合、A・B・Cの誰か1人でも、単独で明渡しを求められます。前回見た、保存行為にあたるからです。物を元の状態に戻すだけで、他の共有者を害さない行為でしたね。一方で「この実家はA・B・Cの共有物だ」という共有関係そのものの主張は、A・B・Cの全員でなければできません。たとえば、隣の人が「庭の半分はうちの土地だ」と言い出し、「ここは3人の共有地だ」と裁判で確かめる場面です。共有関係は、A・B・C全員の権利関係が組み合わさった1つの状態です。1人だけの主張では、残りの持分がどうなっているかまで確定できないからです。訴訟の細かい手続の話は、また別の回で扱います。最後に、第三者の不法占拠によって損害が出た場合の賠償請求です。

判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和51年9月7日

損害賠償は持分割合の限度でのみ 共有にかかる土地が不法に占有されたことを理由として、共有者の全員又はその一部の者から右不法占有者に対してその損害賠償を求める場合には、右共有者は、それぞれその共有持分の割合に応じて請求をすべきものであり、その割合を超えて請求をすることは許されないものといわなければならない。

たとえば、占拠されていた間の賃料相当額が90万円なら、Aが請求できるのは30万円までです。自分の持分に応じた分しか、損害は生じていないからです。共有者どうしでは求め合えなかった明渡しが、外部に対しては単独で求められる。逆に、賠償は持分割合に縛られる。相手が誰かで、請求の形が変わることを、まとめて押さえておきましょう。

共有をやめる自由は保障されている

256条全文カードの背景。各共有者はいつでも共有物の分割を請求できる。5年を超えない不分割特約は可能で、更新もできるが期間は更新の時から5年を超えられない。 図:256条全文カードの背景

  • 各共有者はいつでも共有物の分割を請求できる
  • 5年を超えない不分割特約は可能で、更新もできるが期間は更新の時から5年を超えられない

ここからは、共有をやめたいときの話です。共有は、単独所有に対する例外的な制約です。256条が、それを保障しています。

条文民法256条

民法第二百五十六条 1 各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし、五年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない。 2 前項ただし書の契約は、更新することができる。ただし、その期間は、更新の時から五年を超えることができない。

各共有者は、いつでも分割を請求できます。ただし、5年を超えない期間なら、分割をしない特約を結ぶこともできます。特約は更新できますが、更新の時から5年を超える期間にはできません。できます。ただ、その特約がなければ、誰でもいつでも分割を求められます。共有は、複数人の意見が対立しやすく、物の管理や利用が滞りがちです。だから、いつでも単独所有に戻れる道を、民法は保障しているんです。

協議が整わなければ裁判所に

258条の板。協議が調わないときは裁判所に分割を請求できる。分割の方法は現物分割・賠償分割(1人が持分を取得し、ほかの共有者にお金を払う方法)・競売の順で検討され、裁判所は給付を命じることもできる。 図:258条の板

  • 協議が調わないときは裁判所に分割を請求できる
  • 分割の方法は現物分割・賠償分割(1人が持分を取得し、ほかの共有者にお金を払う方法)・競売の順で検討され、裁判所は給付を命じることもできる

A・B・Cの協議で分割の方法が決まればよいのですが、決まらないこともあります。258条が、裁判による分割の手続を定めています。

条文民法258条

民法第二百五十八条 1 共有物の分割について共有者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、その分割を裁判所に請求することができる。 2 裁判所は、次に掲げる方法により、共有物の分割を命ずることができる。  一 共有物の現物を分割する方法  二 共有者に債務を負担させて、他の共有者の持分の全部又は一部を取得させる方法 3 前項に規定する方法により共有物を分割することができないとき、又は分割によってその価格を著しく減少させるおそれがあるときは、裁判所は、その競売を命ずることができる。 4 裁判所は、共有物の分割の裁判において、当事者に対して、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができる。

協議が調わない、あるいは協議自体ができないときは、裁判所に分割を請求できます。裁判所が命じられる方法は、2つあります。1つは、共有物の現物をそのまま分割する方法です。もう1つは、共有者に債務を負担させて、他の共有者の持分を取得させる方法です。この2つのどちらもできない、あるいは価格を著しく減らしてしまうときに限って、競売が命じられます。なぜ、競売はいちばん最後なんですか。競売にかけると、実際の価値より安く売れてしまうことが多いからです。できるだけ、現物のまま分けるか、お金で調整するかを先に考えて、それでも無理なときだけ競売に進む、という順番です。そして裁判所は、金銭の支払や、登記の履行なども、あわせて命じることができます。

現物を切らずに、お金で調整する方法です。この方法を、賠償分割と呼びます。実は、この賠償分割が、今の形で条文に書かれたのは、令和3年の改正からです。それまでは、明文がなく、判例が積み重ねてきた方法でした。判例は、お金で調整する分け方を、2段階で認めてきました。まずは、切り分けたうえでの差額の調整です。

現物分割でも過不足はお金で調整できる

現物分割の場面。持分の価格に応じて分割しても、取得する現物の価格に過不足が出ることがある。超過分を取得した共有者が、その分の対価を他の共有者に支払うことも、現物分割の一態様として許される。 図:現物分割の場面

  • 持分の価格に応じて分割しても、取得する現物の価格に過不足が出ることがある
  • 超過分を取得した共有者が、その分の対価を他の共有者に支払うことも、現物分割の一態様として許される

実家を面積で厳密に3等分できるとは限りません。持分の価格どおりに分けようとしても、取得する現物の価値に差が出ることは、避けられません。この場合、最高裁は、超過分をお金で調整することも認めています。

判例最高裁判所大法廷判決 昭和62年4月22日(民集41巻3号408頁)

過不足はお金で調整できる 現物分割をするに当たつては、当該共有物の性質・形状・位置又は分割後の管理・利用の便等を考慮すべきであるから、持分の価格に応じた分割をするとしても、なお共有者の取得する現物の価格に過不足を来す事態の生じることは避け難いところであり、このような場合には、持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることも現物分割の一態様として許されるものというべきであり……

多く現物を取った共有者が、その差額を他の共有者に払う。これも、現物分割の1つのやり方として認められます。これを、一部価格賠償と呼びます。あくまで現物分割の一種で、切り分けたうえでの金額の調整です。だから、258条2項1号の現物分割に含まれる方法として位置づけられます。

現物を切らずに1人が丸ごと取得する方法

現物分割ができない、あるいはできても価格を著しく損なう場合の板。共有者の1人に取得させるのが相当な事情があるとき、他の共有者への持分の価格の賠償によって分割することが許される。 図:現物分割ができない、あるいはできても価格を著しく損なう場合の板

実家に長年、Cだけが住み続けているとします。建物なので、そもそも物理的に切り分けることが難しい場合もあります。最高裁は、一定の要件のもとで、Cが丸ごと取得し、AとBに代金を払う方法も認めました。

判例最高裁判所第一小法廷判決 平成8年10月31日

全面的価格賠償が許される要件 当該共有物の性質及び形状、共有関係の発生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存するときは、共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる方法、すなわち全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである。

この方法は、全面的価格賠償と呼ばれます。さっきの一部価格賠償とは違います。現物を切るのをやめて、1人が丸ごと取得します。競売にすると安く売れてしまい、住み続けてきたCは家を失います。Cが適正な値段で買い取れば、AとBも持分の価値をきちんと受け取れます。取得させるのが相当だと言える事情、価格が適正に評価されていること、そして取得する側に支払う能力があることが必要です。他の共有者にとっても、実質的に公平だと言えることも欠かせません。Cに支払う能力がなければ、AとBは代金を受け取れないままになってしまいます。だから、支払能力は特に重要な要件です。

だからこそ、要件が細かく決められているんです。この全面的価格賠償の考え方が、改正で258条2項2号の賠償分割として条文になりました。

遺産共有には特別な扱いがある

258条の2の板。共有物の全部または持分が相続財産に属し、遺産分割をすべきときは、通常の共有物分割はできない。相続開始から10年経過すれば通常の分割ができるが、遺産分割の請求があり異議の申出があれば10年経過後も通常の分割はできない。 図:258条の2の板

  • 共有物の全部または持分が相続財産に属し、遺産分割をすべきときは、通常の共有物分割はできない
  • 相続開始から10年経過すれば通常の分割ができるが、遺産分割の請求があり異議の申出があれば10年経過後も通常の分割はできない

ここからは、令和3年改正で新しくできた制度を見ていきます。まず、共有物の持分が、相続財産に属している場合です。冒頭のA・B・Cの実家も、もし遺産分割の話し合いがまだ済んでいなければ、この状態でした。この場合、今日見てきた258条の分割は、そのままでは使えません。遺産分割は、生前にもらった分なども考えて、相続人の間で公平に分ける手続です。

条文民法258条の2

民法第二百五十八条の二(第一項・第二項) 1 共有物の全部又はその持分が相続財産に属する場合において、共同相続人間で当該共有物の全部又はその持分について遺産の分割をすべきときは、当該共有物又はその持分について前条の規定による分割をすることができない。 2 共有物の持分が相続財産に属する場合において、相続開始の時から十年を経過したときは、前項の規定にかかわらず、相続財産に属する共有物の持分について前条の規定による分割をすることができる。ただし、当該共有物の持分について遺産の分割の請求があった場合において、相続人が当該共有物の持分について同条の規定による分割をすることに異議の申出をしたときは、この限りでない。

だから、遺産分割をすべきときは、通常の共有物分割ではなく、遺産分割の手続によります。遺産分割そのものの中身は、また別の回で扱います。ここで押さえてほしいのは、相続開始から10年が経つと、通常の分割ができるようになるという点です。遺産分割の手続をいつまでも優先させると、遺産共有が半永久的に固定されてしまいます。そこで、一定の期間が過ぎたら、通常の共有物分割に切り替えられるようにしたんです。ただし、10年が経っていても、例外があります。遺産分割の請求があって、相続人が異議を申し出たときは、通常の分割には切り替わりません。

10年という区切りだけで、機械的に扱いが変わるわけではないんです。

連絡が取れない共有者の持分を動かす

262条の2・262条の3の板。所在等不明共有者の持分を、裁判所の裁判で他の共有者に取得させる制度と、特定の者への譲渡を可能にする制度。持分そのものが動き、共有関係が解消される。 図:262条の2・262条の3の板

  • 所在等不明共有者の持分を、裁判所の裁判で他の共有者に取得させる制度と、特定の者への譲渡を可能にする制度
  • 持分そのものが動き、共有関係が解消される

実家の共有者の1人、Cの所在が長年わからないとします。そこで使えるのが、262条の2です。

条文民法262条の2第1項

民法第二百六十二条の二(第一項) 不動産が数人の共有に属する場合において、共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、裁判所は、共有者の請求により、その共有者に、当該他の共有者(以下この条において「所在等不明共有者」という。)の持分を取得させる旨の裁判をすることができる。この場合において、請求をした共有者が二人以上あるときは、請求をした各共有者に、所在等不明共有者の持分を、請求をした各共有者の持分の割合で按分してそれぞれ取得させる。

裁判所の裁判で、AとBが、Cの持分を取得できます。ただし、タダで取るわけではありません。

条文民法262条の2第4項

民法第二百六十二条の二(第四項) 第一項の規定により共有者が所在等不明共有者の持分を取得したときは、所在等不明共有者は、当該共有者に対し、当該共有者が取得した持分の時価相当額の支払を請求することができる。

Cは、後から現れれば、時価相当額の支払いを請求できます。実は、もう1つ別の制度もあります。

条文民法262条の3第1項

民法第二百六十二条の三(第一項) 不動産が数人の共有に属する場合において、共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、裁判所は、共有者の請求により、その共有者に、当該他の共有者(以下この条において「所在等不明共有者」という。)以外の共有者の全員が特定の者に対してその有する持分の全部を譲渡することを停止条件として所在等不明共有者の持分を当該特定の者に譲渡する権限を付与する旨の裁判をすることができる。

262条の3という制度です。こちらは、実家を売却するときに使う制度です。AとBが実家を第三者に売ると決めたとき、Cの持分もあわせて売却できる権限を、裁判所がAかBに与えます。この場合も、Cは後から時価相当額を請求できます。AとBが自分たちで持ち続けたいときに使うのが、262条の2でした。第三者に売りたいときに使うのが、こちらの制度です。どちらも、相続開始から10年が経っていないと、遺産共有には使えない点は共通です。

決め方を変える制度と、持分を動かす制度は別

整理板。252条2項は、裁判所の決定を得て、所在等不明の共有者がいても残りの共有者の過半数で管理事項を決められるようにする制度で、共有関係そのものは変わらない。262条の2・262条の3は、持分そのものを取得・譲渡させる制度で、共有関係が解消される。 図:整理板

  • 252条2項は、裁判所の決定を得て、所在等不明の共有者がいても残りの共有者の過半数で管理事項を決められるようにする制度で、共有関係そのものは変わらない
  • 262条の2・262条の3は、持分そのものを取得・譲渡させる制度で、共有関係が解消される

⭐ 論文で書く規範:252条2項と262条の2と262条の3の違い 252条2項=共有のまま、決め方だけ融通する制度/262条の2と262条の3=共有そのものを解消する制度 (民法252条2項・262条の2・262条の3)

前回、252条2項という制度を見ました。あの制度は、共有関係そのものは変えません。一方、今日見た2つの制度は、持分そのものを取得したり、譲渡したりするものでした。たとえば、Cの行方が分からないまま実家を人に貸すと決めるだけなら、252条2項で足ります。Cの持分はCのままです。Cの持分そのものをAとBのものにしたいなら、262条の2です。この違いを混同しないようにしましょう。

管理人を置く4つの制度

所有者不明・管理不全の土地建物管理命令の板。所有者不明土地管理命令・所有者不明建物管理命令・管理不全土地管理命令・管理不全建物管理命令の4制度。利害関係人の請求により裁判所が管理人を選ぶ。 図:所有者不明・管理不全の土地建物管理命令の板

  • 所有者不明土地管理命令・所有者不明建物管理命令・管理不全土地管理命令・管理不全建物管理命令の4制度
  • 利害関係人の請求により裁判所が管理人を選ぶ

⭐ 論文で書く規範:所有者不明・管理不全の管理命令 所有者不明土地管理命令/所有者不明建物管理命令/管理不全土地管理命令/管理不全建物管理命令 (民法264条の2〜264条の14)

最後に、もう1つだけ、令和3年改正の制度に触れます。264条の2以下に、管理人を置く4つの制度があります。名前だけ押さえておきましょう。所有者不明土地管理命令、所有者不明建物管理命令、管理不全土地管理命令、管理不全建物管理命令です。所有者や所在がわからない土地・建物が対象のものと、所有者はわかっていても管理が不適当なものが対象のものに分かれます。空き家が壊れかけて、隣の家に危険が及びそうな場合などです。所有者がはっきりしていても、放置されていれば対象になります。どちらも、利害関係人の請求で、裁判所が管理人を選びます。管理人は、保存行為や、性質を変えない範囲の利用・改良ならできますが、それを超える行為には裁判所の許可が要ります。

さっき見た、持分を取得したり譲渡したりする制度とは、別ですか。あちらは持分そのものを動かす制度でした。こちらは、管理人を置くだけで、持分の帰属は動きません。

今日のルールを振り返る

まとめ板。何も決めていなければ、共有者どうしの明渡請求は原則できない。過半数で使い方を決めれば道が開ける。外部への請求は保存行為なら単独、確認は全員、損害賠償は持分割合。分割は現物分割・賠償分割・競売の順で検討する。 図:まとめ板

  • 何も決めていなければ、共有者どうしの明渡請求は原則できない
  • 過半数で使い方を決めれば道が開ける
  • 外部への請求は保存行為なら単独、確認は全員、損害賠償は持分割合
  • 分割は現物分割・賠償分割・競売の順で検討する

今日の話をまとめます。共有者どうしでは、何も決めていなければ、明渡しを当然には求められませんでした。使う共有者には、持分による使用権原がありました。でも、過半数で使い方を決めれば、明渡しを求める道が開けました。外部の第三者に対しては、妨害排除・返還請求は単独でできました。共有をやめたいときは、いつでも分割を請求でき、協議が調わなければ裁判所に請求できました。方法は、現物分割、賠償分割、そして最後に競売という順で検討されました。現物分割では、過不足をお金で調整することも認められ、場合によっては1人が丸ごと取得する全面的価格賠償も認められました。令和3年改正では、新しい制度もできました。遺産共有についての、10年のルール。所在等不明共有者の持分を、取得・譲渡する制度。そして、管理人を置く4つの制度です。冒頭のAとCは、どうだったでしょうか。

何も決めないままでは、Bにいますぐ出て行けとは言えませんでした。でも、過半数で決めれば、話は変わるんでしたね。これで、所有権のブロックが終わりました。

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#112単独ページ動画

地上権と永小作権

第2章 物権 #112/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「借地権」と「地上権」、何が違う

冒頭設例の関係図。Aが「Bの土地を借りて家を建てたい」と不動産屋に相談する場面。不動産屋は「借地権」で借りる道と「地上権」を設定してもらう道の2つを示す。まだ答えの出ていない問い(点線「同じ話なのに、なぜ2つ?」)。 図:冒頭設例の関係図

  • Aが「Bの土地を借りて家を建てたい」と不動産屋に相談する場面
  • 不動産屋は「借地権」で借りる道と「地上権」を設定してもらう道の2つを示す
  • まだ答えの出ていない問い(点線「同じ話なのに、なぜ2つ?」)

Aさんは、Bさんの土地を借りて、自分の家を建てたいと考えています。不動産屋に相談すると、こう言われました。「借地権」で借りる方法と、「地上権」を設定してもらう方法があります、と。どちらも、他人の土地に建物を建てて住む、という点では同じです。でも、なぜ2つの制度があるのか。今日の問いです。先に、答えを言っておきます。「借地権」という言葉は、実は2つの権利をまとめて指す通称です。1つは今日学ぶ地上権。これは物権です。もう1つは、賃貸借契約に基づく土地の賃借権。これは債権です。どちらも、建物を所有する目的で他人の土地を使う点は同じですが、権利の強さが違います。今日は、他人の土地を使う権利、用益物権の地図を一望したうえで、地上権が賃借権とどう違うのかを見ます。そして最後に、地上権の仲間である永小作権も見ていきましょう。

制限物権のもう一方の系統

一言板。物権の地図の再掲(占有権・所有権・制限物権)。制限物権は2系統に分かれる。使う面を切り出した用益物権(今日から)と、価値の面を切り出した担保物権(抵当権等・別のブロック)。 図:一言板

  • 物権の地図の再掲(占有権・所有権・制限物権)
  • 制限物権は2系統に分かれる
  • 使う面を切り出した用益物権(今日から)と、価値の面を切り出した担保物権(抵当権等・別のブロック)

前に見た物権の地図を思い出してください。所有権の周りにある制限物権は、どんな2つの系統に分かれていたでしょうか?所有権を真ん中に置いて、使う面を切り出したのが用益物権、価値の面を切り出したのが担保物権、というお話でした。前回までで、所有権と共有のブロックが終わりました。今日から入るのが、その用益物権です。他人の物の交換価値を把握する権利で、抵当権などが入ります。担保物権の中身は、また別のブロックでじっくり扱います。今日は、使う権利、用益物権のほうに集中しましょう。

用益物権4種類の地図

用益物権4種類の一覧板。地上権=工作物・竹木の所有のために使う(265条)。永小作権=耕作・牧畜のために使う(270条)。地役権=自分の土地の便益のために使う(280条・次回)。入会権=一定地域の住民が山林等を共同で利用する慣習上の権利(次々回)。 図:用益物権4種類の一覧板

  • 地上権=工作物・竹木の所有のために使う(265条)
  • 永小作権=耕作・牧畜のために使う(270条)
  • 地役権=自分の土地の便益のために使う(280条・次回)
  • 入会権=一定地域の住民が山林等を共同で利用する慣習上の権利(次々回)

用益物権は、所有権のうち使用と収益の面を切り出して、他人の土地を使わせる物権です。種類は4つあります。1つめ、地上権。工作物または竹木を所有するために、他人の土地を使う権利です。今日の中心です。2つめ、永小作権。耕作または牧畜のために、他人の土地を使う権利です。今日、地上権のあとに見ます。3つめ、地役権。自分の土地の便益のために、他人の土地を使う権利です。例えば、自分の土地から公道に出るために、隣の土地を通らせてもらう権利です。4つめ、入会権。一定地域の住民が、山林などを共同で利用する、慣習上の権利です。こちらは次々回です。

まず、地上権から見ていきましょう。

265条を読む——地上権とは何か

265条の全文カードの背景。地上権者は、他人の土地において工作物または竹木を所有するため、その土地を使用する権利を有する。 図:265条の全文カードの背景

まず、条文そのものを見てみましょう。265条です。

条文民法265条

民法第265条 地上権者は、他人の土地において工作物又は竹木を所有するため、その土地を使用する権利を有する。

建物が典型ですが、地上と地下の一切の建造物を指します。トンネルや橋も含まれます。「竹木」は、文字どおり、竹や木のことです。植林のために土地を使う場合を想定しています。Aが地上権の設定を受けて、家を建てたとします。この場合、土地についてはBの所有権とAの地上権が、別々に存在します。地上権は、土地の所有権を奪う権利ではなく、他人の土地を使わせてもらう権利にすぎません。そして建物については、Aの所有権が単独で成立します。土地と建物は、別の不動産として扱われるからです。地上権も物権なので、Aは地上権そのものを根拠に、誰かが土地の利用を妨げてくれば、直接、妨害排除を求められます。これが物権的請求権です。

A・B関係図。土地にはBの所有権とAの地上権が別々に存在する。建物にはAの所有権が単独で存在する。 図:A・B関係図

  • 土地にはBの所有権とAの地上権が別々に存在する
  • 建物にはAの所有権が単独で存在する

地上権は、どうやって成立するのでしょうか。多くは、土地の持ち主との地上権設定契約で生まれます。物権変動は意思表示だけで生じるので、契約が結ばれれば、それだけで地上権は発生します。時効によって取得されることもあります。これらは、当事者の意思に基づいて成立する場合です。あとで名前だけ触れますが、法定地上権という制度があります。当事者の意思表示によらず、法律上当然に成立する地上権です。まずは、契約で成立する地上権を、賃借権と比べてみましょう。

地上権と賃借権、どちらが有利か

一言板。地上権は物権、土地の賃借権は債権。この違いから、対抗要件・譲渡に承諾が要るか・地代の要否は、それぞれどちらが有利になるか、答えを明かす前に考える。 図:一言板

  • 地上権は物権、土地の賃借権は債権
  • この違いから、対抗要件・譲渡に承諾が要るか・地代の要否は、それぞれどちらが有利になるか、答えを明かす前に考える

ここで、1つ考えてみてください。地上権は物権、土地の賃借権は債権です。物権は、物を直接に支配できる権利で、誰に対しても主張できます。債権は、特定の人に、何かをしてもらうよう請求できる権利です。この性質の違いから、対抗要件・譲渡に承諾が要るか・地代の要否は、それぞれどちらが有利になると思いますか。物権のほうが強いはずだから、地上権のほうが全部有利な気がします。1つずつ、確かめていきましょう。

地上権と賃借権の比較板(原則)。性質=地上権は物権/賃借権は債権。対抗要件=地上権は登記(177条・設定者に登記協力義務あり)/賃借権は登記すれば対抗できるが賃貸人に協力義務は原則ない(605条)。譲渡転貸=地上権は自由/賃借権は賃貸人の承諾が必要(612条)。地代=地上権は無償も可/賃借権は支払が必須(601条)。存続期間=地上権は上限下限なし/賃借権は原則50年が上限(604条1項)。妨害排除=地上権は物権的請求権に基づき直接できる/賃借権は対抗要件を備えれば妨害排除請求ができる(605条の4等)。 図:地上権と賃借権の比較板

  • 原則
  • 性質=地上権は物権
  • 賃借権は債権。対抗要件=地上権は登記(177条・設定者に登記協力義務あり)
  • 賃借権は登記すれば対抗できるが賃貸人に協力義務は原則ない(605条)。譲渡転貸=地上権は自由
  • 賃借権は賃貸人の承諾が必要(612条)。地代=地上権は無償も可
  • 賃借権は支払が必須(601条)。存続期間=地上権は上限下限なし
  • 賃借権は原則50年が上限(604条1項)。妨害排除=地上権は物権的請求権に基づき直接できる
  • 賃借権は対抗要件を備えれば妨害排除請求ができる(605条の4等)。

1つめ、権利の性質です。地上権は物権、賃借権は債権。ここは、そのままです。2つめ、対抗要件です。地上権は登記です。177条の対抗要件で、しかも土地の所有者、つまり設定者には、登記に協力する義務があります。一方、賃借権は、登記すれば対抗できますが、賃貸人に登記協力義務は原則ありません。実務では、賃借権の登記はほとんど行われません。3つめ、譲渡と転貸です。地上権は自由です。譲渡禁止特約をつけても、地上権の譲受人には対抗できません。賃借権は、賃貸人の承諾が必要です。612条ですね。例えば、Aさんが家をDさんに売って引っ越すとします。家を使い続けるには、土地を使う権利も一緒にDさんへ移す必要があります。地上権なら、Bさんの承諾なしに、家と一緒に移せます。物権は、持ち主が自分の判断で処分できる権利だからです。特約で縛っても、Dさんには効きません。賃借権だと、Bさんが「Dさんには貸したくない」と言えば承諾が得られず、そのままでは移せません。

4つめ、地代です。地上権は、契約で無償にしても有効です。短答でよく問われる知識です。地代は、地上権の要素ではありません。一方、賃借権は、地代の支払が必須です。601条です。5つめ、存続期間です。地上権は、上限も下限もありません。永久の地上権も、判例上認められてきました。一方、賃借権は、原則50年が上限です。604条1項です。借地借家法が適用される場面は、あとで見ます。6つめ、妨害排除です。地上権は、物権的請求権に基づいて、直接に妨害排除を求められます。賃借権は、対抗要件を備えていれば妨害排除請求ができますが、それは物権的請求権そのものではありません。

冒頭のAさんに戻りましょう。もしAさんが地上権の設定を受けていれば、登記の協力も得られ、譲渡も自由で、期間の縛りもありません。地上権のほうが強いなら、みんな地上権を選びそうに思えますが、そこが、今日いちばん大事なところです。実は、世の中で圧倒的に使われているのは、地上権ではなく賃借権のほうなんです。

一言板。地上権の重さを、土地の所有者Bの側から見る。登記に協力する義務を負う/Aが誰に譲っても止められない(特約も効かない)→ほとんど土地を手放すのに近い→貸す側は主導権を残せる賃貸借を選び、実務では賃借権が主流になった。 図:一言板

  • 地上権の重さを、土地の所有者Bの側から見る
  • 登記に協力する義務を負う/Aが誰に譲っても止められない(特約も効かない)→ほとんど土地を手放すのに近い→貸す側は主導権を残せる賃貸借を選び、実務では賃借権が主流になった

地上権を設定すると、土地の所有者、つまりBさんの側が、とても重い負担を背負うことになります。登記に協力しなければならず、さっきのDさんのように、Aさんが家ごと誰に売っても止められません。知らない人が、自分の土地を使う人になりうるわけです。だから、土地を貸す側は、主導権を残せる賃貸借を選びたがります。結果として、建物を建てて土地を借りる場面でも、実際に使われるのは、弱いはずの賃借権のほうになりました。

借地借家法で、差が縮む

借地借家法による接近の板。2条1号=建物所有目的の地上権・土地の賃借権はどちらも「借地権」。10条1項=建物の登記があれば、地上権・賃借権いずれも第三者に対抗できる。3条=借地権の存続期間は30年。 図:借地借家法による接近の板

  • 2条1号=建物所有目的の地上権・土地の賃借権はどちらも「借地権」
  • 10条1項=建物の登記があれば、地上権・賃借権いずれも第三者に対抗できる
  • 3条=借地権の存続期間は30年

そこで登場するのが、借地借家法です。まず、2条1号を見てみましょう。

条文借地借家法2条1号

借地借家法第2条第1号 借地権 建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権をいう。

建物所有目的なら、性質が違っても、同じ「借地権」という枠に入ります。次に、10条1項です。

条文借地借家法10条1項

借地借家法第10条第1項 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。

本来なら、物権である地上権は土地の登記で対抗し、債権である賃借権は登記が得られにくくて対抗できない、という差があったはずです。でも借地借家法は、建物の所有権登記という共通の入口を用意しました。賃借権が、対抗要件の面で、地上権に近づいたわけです。具体的に見てみましょう。Aさんが、Bさんの土地を賃借権で借りて家を建てたあと、BさんがCさんに土地を売ったとします。賃借権は債権なので、約束の相手はBさんだけです。賃借権の登記も無ければ、本来、新しい持ち主のCさんには対抗できません。でも、Aさんが自分の家を自分の名前で登記していれば、10条1項によって、Cさんに借地権を対抗できます。

逆に、家を建てたのにまだ登記していなければ、この条文は使えません。Cさんに対抗できず、出て行くしかなくなります。もう1つ、存続期間も見ておきましょう。

条文借地借家法3条

借地借家法第3条 借地権の存続期間は、三十年とする。ただし、契約でこれより長い期間を定めたときは、その期間とする。

上限の50年とは、別の話です。借地借家法が適用される借地権は、期間の下限を30年に固定して、賃借人が短期間で追い出されないようにしています。なぜ、こんなふうに賃借権を物権に近づけたのか。なぜですか。賃借権のほうが圧倒的に使われるからです。使われる側の保護が薄いままでは困ります。だから、借地借家法が賃貸人ではなく賃借人を守る方向に、原則の差を縮めているんです。ただし、賃料の増減請求や更新、定期借地権といった、借地借家法の本体は、別の回でじっくり扱います。今日は、地上権と賃借権の差が、建物登記によって縮む、という骨格までにとどめます。

地上権が消える場面

地上権の消滅場面の板。268条=期間の定めがなければ地上権者はいつでも放棄できる(地代があれば1年前予告か1年分支払)。放棄しないときは裁判所が20年以上50年以下で期間を定める。266条=地代は任意で、有償なら賃貸借等の規定を準用。269条=消滅時に収去できるが、土地所有者が時価で買い取る旨を通知すれば正当な理由なく拒めない。 図:地上権の消滅場面の板

  • 268条=期間の定めがなければ地上権者はいつでも放棄できる(地代があれば1年前予告か1年分支払)
  • 放棄しないときは裁判所が20年以上50年以下で期間を定める
  • 266条=地代は任意で、有償なら賃貸借等の規定を準用
  • 269条=消滅時に収去できるが、土地所有者が時価で買い取る旨を通知すれば正当な理由なく拒めない

次は、地上権が、いつどうやって終わるかを見ましょう。まず、存続期間を定めなかった場合です。

条文民法268条

民法第268条 1 設定行為で地上権の存続期間を定めなかった場合において、別段の慣習がないときは、地上権者は、いつでもその権利を放棄することができる。ただし、地代を支払うべきときは、一年前に予告をし、又は期限の到来していない一年分の地代を支払わなければならない。 2 地上権者が前項の規定によりその権利を放棄しないときは、裁判所は、当事者の請求により、二十年以上五十年以下の範囲内において、工作物又は竹木の種類及び状況その他地上権の設定当時の事情を考慮して、その存続期間を定める。

ただし、地代を払っていた場合は、1年前に予告するか、まだ来ていない1年分の地代を払う必要があります。地上権者が放棄しないなら、裁判所が請求を受けて、20年から50年の範囲で期間を定めます。上限がないのは、契約で自由に定められる、という意味です。裁判所が後から定める場合には、上限と下限が置かれています。次に、地代です。

条文民法266条

民法第266条 1 第二百七十四条から第二百七十六条までの規定は、地上権者が土地の所有者に定期の地代を支払わなければならない場合について準用する。 2 地代については、前項に規定するもののほか、その性質に反しない限り、賃貸借に関する規定を準用する。

この条文は、地代を払うと決めた場合のルールを定めているだけで、地代そのものを義務づけてはいません。だから、さっき見たとおり、無償の地上権設定契約も有効です。最後に、地上権が消えたときの後始末です。

条文民法269条

民法第269条 1 地上権者は、その権利が消滅した時に、土地を原状に復してその工作物及び竹木を収去することができる。ただし、土地の所有者が時価相当額を提供してこれを買い取る旨を通知したときは、地上権者は、正当な理由がなければ、これを拒むことができない。 2 前項の規定と異なる慣習があるときは、その慣習に従う。

建てた家は、原則として、Aが取り壊して持ち帰ることができます。Aの地上権が消滅すれば、Aは家を取り壊して、土地を更地に戻したうえで、返す権利があります。ただし、Bが「時価で買い取ります」と通知すれば、Aは正当な理由がない限り、これに応じなければなりません。Aに収去する権利がある一方、Bにも買い取る権利がある。この2つがセットになっています。

地下や空間だけを使う地上権

区分地上権のイメージ図。地表・地下・上空を3層に分け、地下鉄のトンネルや送電線が通る層だけを目的とする地上権として、区分地上権が使われる場面を示す。 図:区分地上権のイメージ図

もう1つ、地上権には特殊な形があります。区分地上権です。

条文民法269条の2

民法第269条の2 1 地下又は空間は、工作物を所有するため、上下の範囲を定めて地上権の目的とすることができる。この場合においては、設定行為で、地上権の行使のためにその土地の使用に制限を加えることができる。 2 前項の地上権は、第三者がその土地の使用又は収益をする権利を有する場合においても、その権利又はこれを目的とする権利を有するすべての者の承諾があるときは、設定することができる。この場合において、土地の使用又は収益をする権利を有する者は、その地上権の行使を妨げることができない。

普通の地上権は、土地全体を使う権利ですが、区分地上権は、地下や空間の一部の層だけを目的にできます。例えば、地下鉄のトンネルや、送電線が通る地下・上空の空間などに使われます。1項の後ろ半分は、例えばトンネルの真上に重いビルを建てられては困るので、「地表には重い建物を建てない」といった制限を、設定のときに付けられる、という意味です。2項は、例えば地表をすでに誰かが借りて畑にしている場合です。その人を含めて、土地を使う権利を持つ全員が承諾すれば、地下だけに区分地上権を設定できます。承諾した人は、あとからトンネルの利用を妨げることはできません。

法定地上権への布石

一言板。土地と建物が同一人の所有で、一方に抵当権が設定され実行で所有者が分かれたときは、法律上当然に地上権が成立したものとみなされる。名前と趣旨までにとどめ、本体は別回。 図:一言板

  • 土地と建物が同一人の所有で、一方に抵当権が設定され実行で所有者が分かれたときは、法律上当然に地上権が成立したものとみなされる
  • 名前と趣旨までにとどめ、本体は別回

ここまでの地上権は、当事者の契約で成立するものでした。最後に、名前だけ触れておく制度があります。法定地上権です。土地と、その上の建物が同一の人の所有だった場合に、その土地か建物のどちらかに抵当権が設定され、実行によって所有者が分かれてしまったときに成立します。なぜ、こんな制度があるのか。建物を取り壊さずに済むようにするためです。建物だけ残して土地の権利がなくなれば、取り壊すしかなくなります。それは社会経済上の大きな損失なので、法律が地上権をみなして成立させます。この制度の要件の細かい成否は、抵当権を学ぶ回で、じっくり扱います。今日は名前と趣旨までにとどめます。

耕作のための物権、永小作権

永小作権の板。270条=小作料を支払って他人の土地で耕作・牧畜をする権利。278条=存続期間20年以上50年以下、更新も50年まで、定めなければ30年。272条=譲渡・賃貸は原則自由だが特約で禁止できる。 図:永小作権の板

  • 270条=小作料を支払って他人の土地で耕作・牧畜をする権利
  • 278条=存続期間20年以上50年以下、更新も50年まで、定めなければ30年
  • 272条=譲渡・賃貸は原則自由だが特約で禁止できる

ここからは、用益物権の2つめ、永小作権です。

条文民法270条

民法第270条 永小作人は、小作料を支払って他人の土地において耕作又は牧畜をする権利を有する。

地上権とは違い、永小作権は地代の支払が必須です。そこが、いちばん大事な違いです。地上権のような無償の設定契約はできません。例えば、Fさんが、Eさんの畑を借りてお米を作るとします。「小作料はいらないよ」という約束なら、それは永小作権にはなりません。ただで借りる、別の契約の話になります。存続期間も見てみましょう。

条文民法278条

民法第278条 1 永小作権の存続期間は、二十年以上五十年以下とする。設定行為で五十年より長い期間を定めたときであっても、その期間は、五十年とする。 2 永小作権の設定は、更新することができる。ただし、その存続期間は、更新の時から五十年を超えることができない。 3 設定行為で永小作権の存続期間を定めなかったときは、その期間は、別段の慣習がある場合を除き、三十年とする。

Fさんが60年と定めても、自動的に50年に縮められます。更新はできますが、更新のたびに50年を超えることはできません。なぜ、永小作権だけ、こんなに縛られているんですか。耕作や牧畜のために土地を長期間占有し続けると、土地が使われないまま荒れたり、土地の状況を所有者が把握できなくなったりする不都合があるからです。だから、地代の支払を必須にして所有者との関係を切らさず、期間にも区切りを設けて、定期的に見直せるようにしています。最後に、処分の自由を見ましょう。

条文民法272条

民法第272条 永小作人は、その権利を他人に譲り渡し、又はその権利の存続期間内において耕作若しくは牧畜のため土地を賃貸することができる。ただし、設定行為で禁じたときは、この限りでない。

譲渡や賃貸は、原則として自由にできます。ただし、設定行為で禁止する特約をつけることができます。この点は、地上権とは違います。地上権は、特約をつけても譲受人には対抗できませんでしたね。永小作権の場合、設定行為での禁止特約は、有効な制限として働きます。なお、永小作権は、現代ではほとんど使われていません。今でも民法に残る制度として、名前と仕組みを押さえておきましょう。

地上権と永小作権、並べてみる

地上権と永小作権の比較板。対象=地上権は工作物・竹木の所有目的/永小作権は耕作・牧畜目的。存続期間=地上権は制限なし(永久も可)/永小作権は20年以上50年以下。地代=地上権は契約による(無償も可)/永小作権は小作料の支払が必須。譲渡性=地上権は自由(特約は譲受人に対抗できない)/永小作権は原則自由だが特約で禁止できる。 図:地上権と永小作権の比較板

  • 対象=地上権は工作物・竹木の所有目的/永小作権は耕作・牧畜目的
  • 存続期間=地上権は制限なし(永久も可)/永小作権は20年以上50年以下
  • 地代=地上権は契約による(無償も可)/永小作権は小作料の支払が必須
  • 譲渡性=地上権は自由(特約は譲受人に対抗できない)/永小作権は原則自由だが特約で禁止できる

最後に、地上権と永小作権を並べてみましょう。対象は、地上権が工作物・竹木の所有目的、永小作権が耕作・牧畜目的です。存続期間は、地上権に制限がなく、永小作権は20年以上50年以下です。地代は、地上権が契約次第で無償も可、永小作権は小作料の支払が必須です。譲渡性は、地上権が完全に自由で特約をつけても効きません。永小作権は原則自由ですが、特約で禁止できます。用益物権の中で、この2つの縛りを両方とも必ず持つのは、永小作権だけです。265条を読み直してみてください。地上権の定義には、期間も地代も出てきません。工作物や竹木を所有するために土地を使う権利だ、とだけ定めています。だから期間も地代も当事者の合意に委ねられ、268条も、期間を定めなかったときの後始末を書いているだけです。合意すれば無期限・無償の地上権も成立します。

270条は「小作料を支払って」耕作・牧畜をする権利だ、と定義そのものに有償という縛りを組み込んでいます。そして278条は、期間を定めなかった場合の話ではなく、永小作権の存続期間そのものを、20年以上50年以下と直接定めています。耕作や牧畜に使う土地は、長期間占有されたままだと荒れたり、所有者が状況を把握できなくなったりします。だから条文の設計そのものが、有償と期限で所有者との関係を切らさないようにしているんです。覚えるときの軸にしてください。

今日の骨格を、もう一度

まとめ板。「借地権」は地上権(物権)と土地の賃借権(債権)の通称。地上権は物権として強いが、その強さゆえに土地所有者には使いにくく、実務では賃借権が主流になった。借地借家法は、建物登記による対抗を軸に、その差を縮めている。用益物権は4種類。今日は地上権と永小作権を扱った。 図:まとめ板

  • 「借地権」は地上権(物権)と土地の賃借権(債権)の通称
  • 地上権は物権として強いが、その強さゆえに土地所有者には使いにくく、実務では賃借権が主流になった
  • 借地借家法は、建物登記による対抗を軸に、その差を縮めている
  • 用益物権は4種類
  • 今日は地上権と永小作権を扱った

今日の骨格を、もう一度お願いします。冒頭のAさんに戻りましょう。「地上権」を設定してもらえば、登記の協力も譲渡の自由も手に入りますが、Bさんにとっては重い負担です。土地の賃借権で借りても、家さえ登記しておけば、借地権として第三者に対抗できます。用益物権は、地上権・永小作権・地役権・入会権の4種類でした。今日は、地上権と永小作権を扱いました。

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#113単独ページ動画

地役権の意義と対抗

第2章 物権 #113/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

私道は、買った人にも通れるか

冒頭設例の関係図。AとBが20年前に「Aはこの私道を通ってよい」と約束した(登記なし)。Aは毎日この道を通ってきた。ある日BがこのB土地をCに売り、Cは「登記の無い権利なんて知らない」と通行を拒否する。まだ答えの出ていない問い(点線「Aはこれからも通れるか」)。 図:冒頭設例の関係図

  • AとBが20年前に「Aはこの私道を通ってよい」と約束した(登記なし)
  • Aは毎日この道を通ってきた
  • ある日BがこのB土地をCに売り、Cは「登記の無い権利なんて知らない」と通行を拒否する
  • まだ答えの出ていない問い(点線「Aはこれからも通れるか」)

Aさんの家から駅へ出るには、隣のBさんの土地にある細い私道を通るのが、一番近い道です。AさんとBさんは、20年前に「この私道を通ってよい」と約束しました。Aさんは、毎日そこを通ってきました。いい話ですね。ただ、その約束、登記はしてあるんですか。していません。口約束と、実際に通い続けてきた事実だけです。ある日、BさんはこのB土地をCさんに売りました。Cさんはこう言います。「登記の無い権利なんて知らない。もう通らないでくれ」。先に答えを言っておきます。登記が無くても、通れることがあります。カギは2つです。その私道が、見れば通路だと分かる状態だったか。そして、Cさんがそれを知っていたか、知ることができたか。

今日は、Aさんが持っているこの権利、地役権がどんなものかを見たうえで、この問いを最高裁の判断で確かめます。

280条を読む——地役権とは何か

280条の全文カードの背景。地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する。ただし所有権の限界の規定(公の秩序に関するもの)に違反してはならない。 図:280条の全文カードの背景

  • 地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する
  • ただし所有権の限界の規定(公の秩序に関するもの)に違反してはならない

条文そのものを見てみましょう。280条です。

条文民法280条

民法第280条 地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する。ただし、第三章第一節(所有権の限界)の規定(公の秩序に関するものに限る。)に違反しないものでなければならない。

地上権も永小作権も、権利を持つのは「人」でした。でも地役権は、便益を受けるのは「土地」です。この条文には、2つの土地が出てきます。便益を受ける土地と、便益を提供する土地です。それぞれに、名前がついています。

要役地・承役地の関係図。A(要役地の所有者)とB(承役地の所有者)の間に、地役権という別個の物権を設定する。要役地=便益を受ける土地(冒頭の私道の場面のA土地)。承役地=便益を提供する土地(冒頭の私道の場面のB→C土地)。所有権の矢印と地役権の矢印を区別する。 図:要役地・承役地の関係図

  • A(要役地の所有者)とB(承役地の所有者)の間に、地役権という別個の物権を設定する
  • 要役地=便益を受ける土地(冒頭の私道の場面のA土地)
  • 承役地=便益を提供する土地(冒頭の私道の場面のB→C土地)
  • 所有権の矢印と地役権の矢印を区別する

便益を受ける、Aさんの土地。これを要役地と呼びます。便益を提供する、Bさん、そして今はCさんの土地。これを承役地と呼びます。「要る」役目の土地か、「承る」役目の土地か、と覚えるといいでしょう。地役権は、要役地の所有者であるAさんが、承役地であるB土地を使わせてもらう権利です。Bさんの土地の所有権を奪うわけではありません。土地については、Bさんの所有権とAさんの地役権が、別々に存在します。ここは、地上権のときと同じ構造です。

「土地の便益」とは何か

一言板。地役権は要役地の使用価値を高めるものでなければならない。所有者個人の趣味・好みを満たすだけのものは地役権にならない(その場合は賃貸借・使用貸借になる)。地役権の種類=通行・引水・眺望・日照など。 図:一言板

  • 地役権は要役地の使用価値を高めるものでなければならない
  • 所有者個人の趣味・好みを満たすだけのものは地役権にならない(その場合は賃貸借・使用貸借になる)
  • 地役権の種類=通行・引水・眺望・日照など

便益とは、要役地の使用価値を高めることです。ここが地役権になるかどうかの分かれ目です。例えば、Aさんの土地から、Bさんの土地越しに海が見えるとします。Aさんが「Bさんの土地に高い建物を建てないでほしい」とBさんと取り決めたとしましょう。この取り決めが、Aさんの土地の眺望や日照を確保し、要役地であるA土地そのものの使用価値を高めるものであれば、地役権になりえます。一方、こういう場合はどうでしょう。「Aさんが、個人的にBさんの土地の庭でバーベキューを楽しみたい」というだけの約束だったら。A土地自体の使用価値には関わらない、Aさん個人の趣味を満たすだけの取り決めは、地役権にはなりません。その場合は、Bさんの土地を借りる、賃貸借や使用貸借という別の契約になります。地役権になりうる種類としては、通行のほか、水を引く引水、景色を守る眺望、日当たりを守る日照などがあります。目的は、契約で自由に定められます。

囲繞地通行権との違い——なぜ地役権を結ぶ意味があるのか

一言板の問い。「Aさんは、私道の約束をしなくても、囲繞地通行権で通れるのではないか」という疑問を一度立てる。 図:一言板の問い

ここで、1つ疑問が浮かびます。前に、囲繞地通行権を学びました。公道に出られない土地の所有者が、周りの土地を通れる権利でしたね。実は、地役権と囲繞地通行権は、重なる場面もあります。だからこそ、違いを押さえておく必要があります。

囲繞地通行権との比較板。発生原因=地役権は契約または時効取得/囲繞地通行権は法律上当然に発生。性質=地役権は所有権とは別個の物権/囲繞地通行権は所有権の内容そのもの(相隣関係)。場所の決まり方=地役権は契約で自由に定める/囲繞地通行権は必要かつ損害が最も少ない場所に限られる。有償か=地役権は契約次第(無償も可)/囲繞地通行権は原則として償金の支払が必要。登記の要否=地役権は必要/囲繞地通行権は不要。 図:囲繞地通行権との比較板

  • 発生原因=地役権は契約または時効取得/囲繞地通行権は法律上当然に発生
  • 性質=地役権は所有権とは別個の物権/囲繞地通行権は所有権の内容そのもの(相隣関係)
  • 場所の決まり方=地役権は契約で自由に定める/囲繞地通行権は必要かつ損害が最も少ない場所に限られる
  • 有償か=地役権は契約次第(無償も可)/囲繞地通行権は原則として償金の支払が必要
  • 登記の要否=地役権は必要/囲繞地通行権は不要

1つめ、発生の原因です。地役権は、当事者の契約、または時効取得によって生まれます。囲繞地通行権は、法律上当然に発生します。合意が無くても、袋地であるという事実だけで認められます。2つめ、権利の性質です。地役権は、所有権とは別個の物権です。囲繞地通行権は、所有権の内容そのもの、相隣関係の一部でしたね。3つめ、通る場所の決まり方です。地役権は、契約で自由に定められます。庭のどこを通ってもいいですし、幅も自由です。囲繞地通行権は、公道に出るために必要で、かつ他の土地のために損害が最も少ない場所と方法に限られます。4つめ、有償かどうかです。地役権は契約次第で無償も可能です。囲繞地通行権は、原則として償金の支払が必要でしたね。5つめ、登記の要否です。地役権は、対抗要件として登記が必要です。囲繞地通行権は、所有権の内容そのものなので、登記は不要です。

囲繞地通行権は、緊急避難のような、必要最小限の通行しか認めません。Aさんが望むとおりの場所と幅で、安定して通り続けたいなら、内容を自由に定められる地役権を結ぶ意味があるんです。まず、冒頭のAさんは、駅へ出るのにこの私道が一番近いというだけで、遠回りをすれば公道には出られます。袋地ではない土地には、囲繞地通行権はそもそも生まれません。それに、囲繞地通行権で認められるのは、公道に出るために必要な範囲に限られた、狭い通路です。Aさんが20年間使ってきた道が、その最小限の範囲より広かったり、別の場所にあったりすれば、囲繞地通行権だけでは足りません。しかも、囲繞地通行権は原則として償金を払う必要がありますが、Aさんは20年前の約束で、無償で通ってきました。

囲繞地通行権は、あくまで最低限の保険です。Aさんが今日問題にしているのは、20年前に結んだ、地役権という約束のほうです。

地役権の性質——3つの「くっつき方」

地役権の性質の一覧板。随伴性(281条1項)=要役地の所有権が移ると地役権もついていく。付従性(281条2項)=地役権だけを切り離して譲渡できない。不可分性(282条)=共有者の1人だけが持分について地役権を消滅させることはできない。返還請求権なし=占有を伴わないため妨害排除・妨害予防だけ。 図:地役権の性質の一覧板

  • 随伴性(281条1項)=要役地の所有権が移ると地役権もついていく
  • 付従性(281条2項)=地役権だけを切り離して譲渡できない
  • 不可分性(282条)=共有者の1人だけが持分について地役権を消滅させることはできない
  • 返還請求権なし=占有を伴わないため妨害排除・妨害予防だけ

ここからは、地役権の性質を見ます。地役権を、要役地にくっついた付箋だと考えてみてください。要役地という「本体」に貼られた付箋が、地役権です。まず条文を見ましょう。

条文民法281条

民法第281条 1 地役権は、要役地(地役権者の土地であって、他人の土地から便益を受けるものをいう。以下同じ。)の所有権に従たるものとして、その所有権とともに移転し、又は要役地について存する他の権利の目的となるものとする。ただし、設定行為に別段の定めがあるときは、この限りでない。 2 地役権は、要役地から分離して譲り渡し、又は他の権利の目的とすることができない。

1項が随伴性です。要役地の所有権が、誰かに移転すると、付箋である地役権も、本体と一緒に移っていきます。要役地の所有権移転登記があれば、原則として地役権も、承役地の所有者などに対抗できます。2項が付従性です。地役権だけを本体から剥がして、単独で売ったり、他の権利の目的にしたりすることはできません。次に、不可分性です。

条文民法282条

民法第282条 1 土地の共有者の一人は、その持分につき、その土地のために又はその土地について存する地役権を消滅させることができない。 2 土地の分割又はその一部の譲渡の場合には、地役権は、その各部のために又はその各部について存する。ただし、地役権がその性質により土地の一部のみに関するときは、この限りでない。

土地が共有だった場合、共有者の1人だけが、自分の持分について地役権を消滅させる、ということはできません。2項は、土地が分けられた場合です。例えば、Aさんが要役地を半分に分けて一方を売っても、通行地役権は、分かれた両方の土地のために残ります。今日は、1人だけでは消せない、土地を分けても残る、という2点を押さえてください。最後に、返還請求権が無い、という性質です。地役権は、承役地を「占有」する権利ではありません。だから、承役地を明け渡せと請求する権利、物権的返還請求権は認められません。認められるのは、妨害排除請求権と、妨害予防請求権だけです。通行を邪魔されたら、やめるよう求められますが、土地そのものを返してもらう話にはなりません。

地役権はどうやって成立するか

一言板。地役権は多くの場合、地役権設定契約(176条・意思表示のみで成立)によって生まれる。時効取得(283条)は、継続的に行使され、かつ外形上認識できるものに限られ、通路の開設は要役地所有者によることを要する(詳細は第1章・時効取得の回)。 図:一言板

  • 地役権は多くの場合、地役権設定契約(176条・意思表示のみで成立)によって生まれる
  • 時効取得(283条)は、継続的に行使され、かつ外形上認識できるものに限られ、通路の開設は要役地所有者によることを要する(詳細は第1章・時効取得の回)

地役権は、多くの場合、要役地の所有者と承役地の所有者の間の、地役権設定契約で成立します。物権の変動は、意思表示だけで生じますから、契約が結ばれれば、それだけで地役権は発生します。もう1つ、時効によって取得できる場合もあります。283条ですね。「継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り」時効取得できるという要件と、通路については要役地の所有者自身が開設したことが要る、という判例の考え方は、第1章の、賃借権や地役権の時効取得の回でじっくり扱いました。今日は、この名前だけ思い出してください。冒頭のAさんの場合は、時効ではなく、20年前の契約によって、すでに地役権が成立していると考えていいでしょう。

対抗要件は登記——原則を一度立てる

一言板。地役権も物権である以上、対抗要件は登記(177条)。177条の趣旨は取引の安全と公示。第三者とは登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者(前に学んだ定義)。原則どおりなら、登記の無いAは、承役地を買ったCに対して地役権を主張できないはず。 図:一言板

  • 地役権も物権である以上、対抗要件は登記(177条)
  • 177条の趣旨は取引の安全と公示
  • 第三者とは登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者(前に学んだ定義)
  • 原則どおりなら、登記の無いAは、承役地を買ったCに対して地役権を主張できないはず

さて、地役権も物権です。物権の対抗要件は、以前学んだとおり、登記でしたね。なぜ、登記が対抗要件になるのか、思い出してください。土地を買おうとする人は、登記を見て、その土地にどんな負担があるかを確認します。登記の無い権利まで、後から出てきて主張できてしまうと、誰も安心して土地を買えなくなってしまいます。取引の安全を守るための原則です。そして、177条の「第三者」とは、以前見たように、単に権利や利益を持つ人全員ではなく、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者のことでしたね。欠缺とは、欠けていることです。つまり、「あなたには登記が無い」と言って争える、正当な立場にある人だけが第三者です。登記を信じて取引に入ってきた人を守るための線引きです。

原則どおりに考えると、冒頭のAさんは地役権の登記をしていませんから、承役地を買ったCさんに対して、地役権を対抗できないはずです。原則だけを見れば、登記の無いAさんは、Cさんに負けることになります。でも、実際には、そう単純にはいきません。ここで、最高裁判所の判断を見てみましょう。

通行地役権と承役地の買主——原則が破られる場面

冒頭の私道の場面の回収図。A(要役地・地役権者)とB→C(承役地の譲渡)の関係図に、①承役地が通路として使われていることが位置・形状・構造等から客観的に明らかか②Cがそれを認識していたか認識できたか、という2つの条件を吹き出しで添える。 図:冒頭の私道の場面の回収図

事案は、冒頭のAさんと同じ構造です。通行地役権の登記が無いまま、承役地が第三者に譲渡されたとき、地役権者は、その譲受人に地役権を主張できるか、という問題です。

判例最判平成10年2月13日 民集52巻1号65頁

通行地役権と承役地の買主 承役地の譲渡の時に、承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることが、その位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは、譲受人は、通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない。

条件は2つです。1つめ、承役地が通路として継続的に使われていることが、位置や形状、構造から見て客観的に明らかであること。2つめ、譲受人がそのことを認識していたか、認識することが可能であったこと。実際に知っていた場合だけでなく、知ろうと思えば知れた場合も含まれる。そこが、この判例の最大のポイントです。もう一度、判旨の言葉を見てください。「通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても」とあります。Cさんが本当に知らなかったとしても、この2つの条件がそろえば、譲受人は「登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者」にあたらない、とされます。

背信的悪意者論との違いの一言板。この判決は「譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではない」と明言する。背信的悪意者排除論=知っていて、信義則に反する態度を理由に第三者性を否定する。この判例=知らなかった場合でも、認識できたことを理由に第三者性を否定する。別の筋。 図:背信的悪意者論との違いの一言板

  • この判決は「譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではない」と明言する
  • 背信的悪意者排除論=知っていて、信義則に反する態度を理由に第三者性を否定する
  • この判例=知らなかった場合でも、認識できたことを理由に第三者性を否定する
  • 別の筋

ここで、以前学んだ背信的悪意者排除論を思い出してください。「第三者」とは、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者、という定義でしたね。背信的悪意者は、その正当な利益が無いから、177条の「第三者」にあたらない、というお話でした。では、この判例は、Cさんを背信的悪意者と認定したのでしょうか。ところが、判決はそう述べていません。「このように解するのは、譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではない」と、はっきり言っています。背信的悪意者排除論は、知っていて、なおかつ信義則、つまり誠実に振る舞うべきだという原則に反する態度を取ったことを理由に、第三者性を否定する理論です。悪意すら要ります。問われているのは、買った人の心と態度です。でもこの判例は、Cさんが本当に知らなかった場合、つまり悪意ですらない場合でも、認識できたはずだという一点だけで、第三者性を否定できる、と言っているんです。こちらで問われているのは、買った人の心ではなく、現地を見れば分かったかどうかです。

「第三者=登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」という定義そのものに、背信的悪意者論とは別の入り口から切り込んだ判例、として位置づけてください。なぜ、こんな結論になるのか。通路は、現地を見れば分かることが多いですよね。土地を買う人が、現地を確認するのは、通常のことです。一方で、地役権は登記されないことが多いのが実情です。だから、通路の存在が客観的に明らかなのに確認しなかった譲受人に、地役権の負担を認識していたと扱っても、酷ではない、という考え方です。「認識することが可能であった」とは、例えば、私道の入口に轍や、踏み固められた跡があって、見ればそこが通路だと分かる状態です。仲介業者に確認したり、現地を歩いてみれば気づけるような状況であれば、認識可能性があったと判断されやすくなります。

雑草に埋もれていて、見ても通路だと分からない私道なら、1つめの条件、通路としての使用が客観的に明らかという条件を満たしません。その場合、Cさんは登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にあたり、登記の無いAさんが負けることになります。

一言板。付箋の喩えの回収。私道が机の表側にあって誰の目にも見える位置に貼ってあれば、新しい持ち主は「付箋は無かった」とは言えない。逆に机の裏側に隠れていて見つけられない位置にあれば、気づけとは言えない。 図:一言板

  • 付箋の喩えの回収
  • 私道が机の表側にあって誰の目にも見える位置に貼ってあれば、新しい持ち主は「付箋は無かった」とは言えない
  • 逆に机の裏側に隠れていて見つけられない位置にあれば、気づけとは言えない

さっきの付箋の喩えに戻ります。承役地という机に貼られた付箋が、誰の目にも見える場所に貼ってあったなら、机を買った人は「付箋は無かった」とは言えません。逆に、付箋が机の裏側に隠れていて、どんなに注意しても見つけられない位置にあったなら、買った人に「気づけ」とは言えません。その場合は、原則どおり、登記の無い地役権者が負けます。冒頭のAさんに戻りましょう。Aさんが20年間、毎日通ってきた私道が、位置や形状から見て、誰の目にも通路だと分かる状態だったとします。そして、Cさんが土地を買うときに、その私道に気づいていたか、気づけるはずだったなら、Cさんは「登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者」にはあたりません。

Cさんが「本当に知らなかった」と言っても、それだけでは結論は変わらないんです。

競売された承役地と通行地役権——基準になる人と時

平10と平25の比較板。基準時=承役地譲渡時/最先順位の抵当権設定時。基準となる人=譲受人/最先順位の抵当権者。効果=第三者にあたらない(地役権を対抗できる)/通行地役権は売却によっては消滅しない(買受人に対抗できる)。 図:平10と平25の比較板

  • 基準時=承役地譲渡時/最先順位の抵当権設定時
  • 基準となる人=譲受人/最先順位の抵当権者
  • 効果=第三者にあたらない(地役権を対抗できる)/通行地役権は売却によっては消滅しない(買受人に対抗できる)

もう1つ、似た場面を見ておきましょう。承役地が、通常の売買ではなく、抵当権の実行によって競売にかけられた場合です。抵当権が実行されて、土地が競売で売られる、というお話です。登記の無い通行地役権が設定された土地が競売にかけられたとき、地役権者は、その土地を競り落とした買受人に、地役権を主張できるでしょうか。

判例最判平成25年2月26日 民集67巻2号297頁

競売された承役地と通行地役権 通行地役権の承役地が担保不動産競売により売却された場合において、最先順位の抵当権の設定時に、既に設定されている通行地役権に係る承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、上記抵当権の抵当権者がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは、特段の事情がない限り、登記がなくとも、通行地役権は上記の売却によっては消滅せず、通行地役権者は、買受人に対し、当該通行地役権を主張することができる。

形はよく似ていますが、1か所、重要な違いがあります。基準になる「人」と「時点」です。先ほどの判例は、承役地の譲受人が、譲渡の時に認識していたか、認識できたかを見ました。この判例は、買受人ではなく、最先順位の抵当権者が、抵当権を設定した時に認識していたか、認識できたかを見ます。最先順位の抵当権者とは、その土地にいちばん先に抵当権を設定した人のことです。競売では、この人に対抗できない負担は、売却で消えるのが原則です。登記の無い地役権も、本来はここに入ります。だから、この人が通路に気づけたかどうかが、分かれ目になるんです。

抵当権を設定した後になって、通行地役権が新しく現れた場合でも、同じ話になるんですか。違います。そこは要件です。この判例が対象にしているのは、抵当権を設定した時点で、通行地役権がすでに設定されていた場合に限られます。地役権のほうが後から出てきたのなら、そもそもこの判断の話ではありません。抵当権者は、お金を貸す担保として土地を取るとき、その土地の価値を評価しますよね。そのときに、通行の負担があるかどうかを含めて、担保価値を把握しておくべき立場にあります。買受人ではなく、この抵当権者を基準にするんです。

具体的に考えてみましょう。抵当権者が3000万円を貸すとき、土地の担保価値を、更地として評価するか、通路の負担がある土地として評価するかで、貸せる金額が変わります。だから、抵当権を設定する、まさにその時点で、通路の存在を確認しておくべき立場にあるんです。逆に言えば、抵当権設定の時点で、通路の存在が客観的に明らかで、抵当権者がそれを認識していたか認識できたのなら、その抵当権者は、最初から通路の負担を織り込んで貸したはずだ、と扱われるんです。買受人が、競売で買うときに通路があると気づいていたら、地役権を主張されてしまうんですか。違います。そこが短答式の狙われどころです。買受人が売却の時点で通路に気づいていたとしても、それだけでは結論を左右しません。決め手は、あくまで最先順位の抵当権を設定した時点で、抵当権者が気づいていたか、気づけたかどうかです。この判例は、短答式でよく問われます。基準になる人と時点が、先ほどの判例とは違う、という点を押さえておいてください。

今日の骨格を、もう一度

まとめ板。地役権は要役地の使用価値を高めるために承役地を使う別個の物権。280条(要役地・承役地)、性質(付従性・随伴性・不可分性)、対抗要件は登記が原則。最判平10・2・13は、客観的に明らかな通路使用と認識可能性があれば、譲受人は知らなくても第三者にあたらない(背信的悪意者論とは別の筋)。最判平25・2・26は競売版で、基準は買受人ではなく最先順位の抵当権者。 図:まとめ板

  • 地役権は要役地の使用価値を高めるために承役地を使う別個の物権
  • 280条(要役地・承役地)、性質(付従性・随伴性・不可分性)、対抗要件は登記が原則
  • 最判平10・2・13は、客観的に明らかな通路使用と認識可能性があれば、譲受人は知らなくても第三者にあたらない(背信的悪意者論とは別の筋)
  • 最判平25・2・26は競売版で、基準は買受人ではなく最先順位の抵当権者

最後に、今日の骨格を振り返りましょう。冒頭のAさんに戻りましょう。Aさんが20年間通ってきた私道が、誰の目にも通路だと分かる状態で、Cさんがそれに気づいていたか、気づけるはずだったなら、Aさんは登記が無くても、この私道を通り続けられます。

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#114単独ページ動画

地役権の効力・消滅と入会権

第2章 物権 #114/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

Bさんは何もしていないのに、地役権を取得できるのか

冒頭設例の関係図。甲土地はA・Bの2人の共有。Aは長年、隣の乙土地(C所有)を通路として使い続け、地役権の時効取得の要件をすでに満たしている。Bは乙土地をほとんど利用したことがなく、通行の事実に一切関わっていない。点線の問い「地役権を時効取得できるのはAだけで、Bは対象外になるのか」。 図:冒頭設例の関係図

  • 甲土地はA・Bの2人の共有
  • Aは長年、隣の乙土地(C所有)を通路として使い続け、地役権の時効取得の要件をすでに満たしている
  • Bは乙土地をほとんど利用したことがなく、通行の事実に一切関わっていない
  • 点線の問い「地役権を時効取得できるのはAだけで、Bは対象外になるのか」

甲土地は、AさんとBさんの2人で共有している土地です。Aさんは長年、隣の乙土地、Cさんの土地を通路として使い続けてきました。地役権を時効で取得するための要件は、もう満たしています。この場合、地役権を時効取得できるのは、実際に通ってきたAさんだけで、Bさんは対象外になるのでしょうか。先に答えを言っておきます。Bさんも一緒に地役権を取得します。共有者の1人について時効取得の要件がそろえば、それは共有者全員に及ぶんです。今日は、地役権が効力を持ち続け、そして消えていく仕組みと、この共有の特則、そして地役権によく似た「入会権」という権利を見ていきます。

前回の確認

一言板。前回(地役権①)で確認した内容。地役権=要役地(便益を受ける土地)のために承役地(便益を提供する土地)を使う物権。性質=随伴性・付従性・不可分性。対抗要件は登記が原則だが、通路使用が客観的に明らかで譲受人が認識可能なら登記が無くても対抗できる(最判平10・2・13)。 図:一言板

  • 前回(地役権①)で確認した内容
  • 地役権=要役地(便益を受ける土地)のために承役地(便益を提供する土地)を使う物権
  • 性質=随伴性・付従性・不可分性
  • 対抗要件は登記が原則だが、通路使用が客観的に明らかで譲受人が認識可能なら登記が無くても対抗できる(最判平10・2・13)

前回、地役権は、便益を受ける要役地のために、負担を負う承役地を使う権利で、3つの性質を持ち、対抗要件は登記が原則だと確認しました。前回見た性質のうち、随伴性と付従性のほかに、残りの性質は何でしたか?共有者の1人が、自分の持分についてだけ地役権を消すことはできない、という不可分性です。今日は、この不可分性の考え方が、時効の場面でどう働くかを見ていきます。

地役権の効力——内容は自由、期間の制限は無い

一言板。地役権の内容は280条の目的の範囲で自由に設定できる(通行・引水・眺望・日照など)。対価は契約次第で無償の地役権も可能。存続期間の制限はなく永久地役権も可(地上権・永小作権と異なり期間の上限規定が無い)。 図:一言板

  • 地役権の内容は280条の目的の範囲で自由に設定できる(通行・引水・眺望・日照など)
  • 対価は契約次第で無償の地役権も可能
  • 存続期間の制限はなく永久地役権も可(地上権・永小作権と異なり期間の上限規定が無い)

地役権が実際にどう働くか、効力を見ていきましょう。内容は、前回見た280条のとおり、設定行為で定めた目的の範囲で自由に決められます。対価をつけるかどうかも契約次第で、無償の地役権も認められます。もう1つ、地役権には存続期間の制限がありません。地上権や永小作権には期間の上限がありましたが、地役権には無いので、永久地役権も可能です。

水が足りないときの優先順位——用水地役権

285条の全文カードの背景。用水地役権の承役地で水が要役地・承役地双方の需要に対して不足するとき、まず生活用に供し、残りを他の用途に供する。同一の承役地に複数の用水地役権が設定されたときは、後の地役権者は前の地役権者の水の使用を妨げない。 図:285条の全文カードの背景

  • 用水地役権の承役地で水が要役地・承役地双方の需要に対して不足するとき、まず生活用に供し、残りを他の用途に供する
  • 同一の承役地に複数の用水地役権が設定されたときは、後の地役権者は前の地役権者の水の使用を妨げない

用水地役権という種類を、条文で見てみましょう。285条です。

条文民法285条

民法第285条 1 用水地役権の承役地(地役権者以外の者の土地であって、要役地の便益に供されるものをいう。以下同じ。)において、水が要役地及び承役地の需要に比して不足するときは、その各土地の需要に応じて、まずこれを生活用に供し、その残余を他の用途に供するものとする。ただし、設定行為に別段の定めがあるときは、この限りでない。 2 同一の承役地について数個の用水地役権を設定したときは、後の地役権者は、前の地役権者の水の使用を妨げてはならない。

飲み水や炊事といった生活用が最優先で、余った分をそれ以外の用途に回します。2項は、同じ承役地に用水地役権が何個も設定されたときのルールです。あとから設定した地役権者は、先に設定した地役権者の水の使用を邪魔してはいけません。

承役地の所有者にも義務がある——工作物の設置

一言板。286条=設定行為または設定後の契約で承役地の所有者が自己の費用で工作物を設置・修繕する義務を負ったときは、その義務は承役地の特定承継人にも引き継がれる。287条=承役地の所有者はいつでもその土地部分の所有権を放棄して地役権者に移転すれば、この義務を免れる。288条=承役地の所有者は地役権の行使を妨げない範囲でその工作物を使用でき、利益を受ける割合に応じて費用を分担する。 図:一言板

  • 286条=設定行為または設定後の契約で承役地の所有者が自己の費用で工作物を設置・修繕する義務を負ったときは、その義務は承役地の特定承継人にも引き継がれる
  • 287条=承役地の所有者はいつでもその土地部分の所有権を放棄して地役権者に移転すれば、この義務を免れる
  • 288条=承役地の所有者は地役権の行使を妨げない範囲でその工作物を使用でき、利益を受ける割合に応じて費用を分担する

もう1つ、承役地の所有者の側に義務が生じる場合があります。286条から見ていきましょう。

条文民法286条

民法第286条 設定行為又は設定後の契約により、承役地の所有者が自己の費用で地役権の行使のために工作物を設け、又はその修繕をする義務を負担したときは、承役地の所有者の特定承継人も、その義務を負担する。

設定契約などで、承役地の所有者が自分の費用で、水路や柵といった工作物を作ったり修理したりする義務を負うことがあります。この義務は、承役地を後から買った人にも引き継がれます。地役権が土地についてくるのと同じ発想で、負担のほうも土地についてきます。この義務から逃れる方法もあります。287条です。

条文民法287条

民法第287条 承役地の所有者は、いつでも、地役権に必要な土地の部分の所有権を放棄して地役権者に移転し、これにより前条の義務を免れることができる。

承役地の所有者は、その必要な部分の所有権を放棄して地役権者に渡してしまえば、この義務を免れることができます。そして288条です。

条文民法288条

民法第288条 1 承役地の所有者は、地役権の行使を妨げない範囲内において、その行使のために承役地の上に設けられた工作物を使用することができる。 2 前項の場合には、承役地の所有者は、その利益を受ける割合に応じて、工作物の設置及び保存の費用を分担しなければならない。

承役地の所有者自身も、地役権の行使を邪魔しない範囲で、その工作物を使うことができます。その代わり、利益を受ける割合に応じて、設置や維持の費用を分担しなければなりません。

承役地そのものが時効取得されると、地役権は消える

一言板。289条=承役地の占有者が承役地そのものについて取得時効の要件を満たす占有をしたとき、その負担である地役権は消滅する。290条=この消滅時効は、地役権者が権利を行使することで中断する(164条の占有中断と同じ意味の中断で、2017年改正で更新に置き換わった中断とは別物)。 図:一言板

  • 289条=承役地の占有者が承役地そのものについて取得時効の要件を満たす占有をしたとき、その負担である地役権は消滅する
  • 290条=この消滅時効は、地役権者が権利を行使することで中断する(164条の占有中断と同じ意味の中断で、2017年改正で更新に置き換わった中断とは別物)

次は、地役権が消える場面です。まず、承役地そのものが時効取得された場合を見ましょう。

条文民法289条

民法第289条 承役地の占有者が取得時効に必要な要件を具備する占有をしたときは、地役権は、これによって消滅する。

例えば、承役地を占有している人が、地役権の負担を知らないまま、その土地全体について取得時効の要件を満たす占有を続けたとします。その場合、地役権という負担ごと消えてしまいます。この消滅時効について、もう1つ条文があります。290条です。

条文民法290条

民法第290条 前条の規定による地役権の消滅時効は、地役権者がその権利を行使することによって中断する。

似ているようで、別物です。一般の時効については、2017年の改正で「中断」から「更新」に呼び方が変わりました。でも、290条の「中断」は、その言い換えられた中断ではありません。以前、占有による取得時効の回で見た、占有が途切れることで時効の進行そのものが止まる、という意味の中断と同じです。改正で無くなった中断とは別の種類なので、条文もそのまま「中断」の文言を残しています。ここは言い換えずに、条文どおり「中断」と読んでください。地役権者が権利を行使すれば、承役地の占有者がその土地全体を時効取得したとしても、地役権は消えずに残ります。占有者は、地役権の負担がついたままの土地を取得する、という意味です。

ここまでは、地役権の負担を「負う」側の承役地が時効取得されて、地役権が消えるという話でした。では逆に、地役権を「取得する」側の土地が共有だったら、どうなるでしょう。冒頭のAさんとBさんを思い出してください。

共有者の1人が時効取得すれば、全員に及ぶ

冒頭設例の回収図。甲土地の共有者A・Bのうち、Aだけが乙土地(C所有)への通行について時効取得の要件を満たした。284条1項により、地役権を行使していないBにも地役権が及ぶ。前回の不可分性(282条=共有者の1人が自分の持分についてだけ地役権を消せない)の延長として位置づける矢印を添える。 図:冒頭設例の回収図

  • 甲土地の共有者A・Bのうち、Aだけが乙土地(C所有)への通行について時効取得の要件を満たした
  • 284条1項により、地役権を行使していないBにも地役権が及ぶ
  • 前回の不可分性(282条=共有者の1人が自分の持分についてだけ地役権を消せない)の延長として位置づける矢印を添える

ここからが、今日いちばんの核です。冒頭のAさんとBさんの問いに、条文で答えます。前回学んだ不可分性を思い出してください。共有者の1人が、自分の持分についてだけ地役権を消すことはできませんでしたね。実は、生まれるときも同じ発想です。地役権は、AさんやBさんという「人」ではなく、甲土地という「土地」のためにある権利です。持分ごとに付けたり外したりできないので、「Aさんの持分のためだけの地役権」という形は作れません。すると、成立させるなら甲土地全体のため、つまり共有者全員のために成立させるしかありません。逆に、Bさんが通っていないことを理由に全員分を否定すれば、要件を満たしたAさんまで道を失います。だから民法は、成立させる側に揃えました。地役権はできるだけ成立させ、できるだけ消滅させない、という一貫した方向性です。条文で確かめましょう。

条文民法284条

民法第284条 1 土地の共有者の一人が時効によって地役権を取得したときは、他の共有者も、これを取得する。 2 共有者に対する時効の更新は、地役権を行使する各共有者に対してしなければ、その効力を生じない。 3 地役権を行使する共有者が数人ある場合には、その一人について時効の完成猶予の事由があっても、時効は、各共有者のために進行する。

1項を見てください。共有者のうちの1人が時効によって地役権を取得すれば、それ以外の共有者も、あわせてこれを取得すると書かれています。冒頭の答えは、これです。

284条2項・3項の場合分け板。場合①Aだけが通行=CはAに更新の手続きを取れば足り、通行していないBへの手続きは不要。場合②A・Bとも通行=Aにだけ更新してもBの時効は進み、Bが取得すれば1項でAも取得する→止めるには通行している全員に更新が必要(2項)。3項=Aに完成猶予の事由があっても、時効は各共有者のために進行する(Bの時効は止まらない)。いずれも地役権に有利な方向。 図:284条2項・3項の場合分け板

  • 場合①Aだけが通行=CはAに更新の手続きを取れば足り、通行していないBへの手続きは不要
  • 場合②A・Bとも通行=Aにだけ更新してもBの時効は進み、Bが取得すれば1項でAも取得する→止めるには通行している全員に更新が必要(2項)
  • 3項=Aに完成猶予の事由があっても、時効は各共有者のために進行する(Bの時効は止まらない)
  • いずれも地役権に有利な方向

続けて2項です。時効の更新の効力を生じさせるには、地役権を行使している共有者の、一人ひとりに対して、その手続きを取らなければなりません。Cさんが、時効取得を止めたいとします。時効の回で見たとおり、更新は、それまでのカウントをリセットすることでした。Cさんは、地役権を行使している共有者、つまり実際に通行している人全員に、この更新の手続きを取らなければなりません。通行していないBさんに手続きを取る必要はありません。2項が効いてくるのは、AさんとBさんの両方が通行している場面です。このとき、Aさんにだけ更新の手続きを取っても、Bさんの時効は進み続けます。そしてBさんが取得すれば、1項によってAさんも取得してしまいます。だから、止めたいなら通行している全員に手を打たなければなりません。取得を止めるほうを難しくする、ここでも地役権に有利な方向です。最後に3項です。地役権を行使する共有者が数人いる場合、その1人について完成猶予の事由、つまり時効の完成を一時先送りにする事由があっても、時効は各共有者のために個別に進行します。

2項と同じ形です。Aさんの事情ではBさんの時効は止まらず、Bさんが取得すれば、1項でAさんも取得します。1項の効果が核になる、それが284条の設計です。共有者の誰か1人でも要件を満たせば、地役権はできるだけ成立する方向に働くようになっているんです。

消す側にも同じ発想がある——要役地共有の消滅時効

284条と292条の対比板。284条=取得時効の特則、共有者の1人が取得すれば他の共有者も取得する(全員に有利な方向)。292条=消滅時効の特則、要役地共有の場合、共有者の1人についての完成猶予・更新は他の共有者にも効力を生ずる(絶対効・これも全員に有利な方向)。 図:284条と292条の対比板

  • 284条=取得時効の特則、共有者の1人が取得すれば他の共有者も取得する(全員に有利な方向)
  • 292条=消滅時効の特則、要役地共有の場合、共有者の1人についての完成猶予・更新は他の共有者にも効力を生ずる(絶対効・これも全員に有利な方向)

284条は、地役権を「取得」する側、つまり承役地の時効取得ではなく、地役権そのものの時効取得についての特則でした。今度は逆に、地役権が「消える」側、消滅時効について、要役地が共有だった場合の特則を見ます。292条です。

条文民法292条

民法第292条 要役地が数人の共有に属する場合において、その一人のために時効の完成猶予又は更新があるときは、その完成猶予又は更新は、他の共有者のためにも、その効力を生ずる。

ここで284条2項は、更新の効力が及ぶには各共有者に対して手続きが要る、という限定でした。292条は逆に、1人についての完成猶予や更新が、他の共有者にも当然に及ぶ、という絶対効です。時効の完成猶予と更新の回で、猶予や更新の効果は、その事由が生じた当事者と承継人の間でしか効かない、という相対効の原則を見ました。その回で、例外は3つだけと言って、保証人、物上保証人、そして要役地が共有の場合の地役権を挙げました。292条が、その3つ目です。例えば、甲土地をAさんとBさんが共有していて、乙土地の通行地役権を持っているのに、しばらく2人とも使っていなかったとします。Aさんが乙土地の所有者Cさんを相手に裁判を起こせば、Aさんのための完成猶予、判決が確定すれば更新は、Bさんのためにも効力を生じます。Bさんの分だけ地役権が消える、ということは起きません。

284条は地役権を新しく生み出す取得時効の話、292条は既にある地役権が消えてしまう消滅時効の話です。どちらの場面でも、地役権に有利な方向に働くように作られています。取得のときは全員が一緒に取得しやすく、消滅を止めるときも1人の行動で全員分の消滅が止まりやすい。方向はそれぞれですが、地役権をできるだけ存続させるという目的は共通しています。

一言板。283条の確認。地役権の時効取得=継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限る。通行地役権の「継続」=承役地の上に通路が開設されていること。開設は要役地の所有者によることを要する(最判昭30・12・26)。要役地の所有者が自己所有地の提供等の負担をして共同で拡幅し、承役地がその一部となった場合も開設にあたる(最判平6・12・16)。∵好意による通行と権利としての通行を区別する。 図:一言板

  • 283条の確認
  • 地役権の時効取得=継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限る
  • 通行地役権の「継続」=承役地の上に通路が開設されていること
  • 開設は要役地の所有者によることを要する(最判昭30・12・26)
  • 要役地の所有者が自己所有地の提供等の負担をして共同で拡幅し、承役地がその一部となった場合も開設にあたる(最判平6・12・16)
  • ∵好意による通行と権利としての通行を区別する

さっきの284条は、そもそも地役権が時効で取得できることが前提でした。その要件を、少しだけ思い出しておきましょう。283条は、地役権を時効で取得できるのは、継続的に行使され、かつ外形上認識できるものに限る、と定めています。承役地の上に、通路が作られていることです。これを通路の開設といいます。そして判例は、その開設が要役地の所有者自身によることを要求しています。どちらも、以前の回でじっくり扱いました。開設の要件について、1つだけ付け加える判例を紹介します。要役地の所有者たちが、承役地の所有者に土地の一部を道路用に出すよう働きかける一方、自分たちも所有地の一部を差し出すなどの負担をして、共同で道路を広げた。その結果、承役地が通路の一部になった、という事案がありました。最高裁は、この場合も「要役地の所有者による通路の開設」にあたると認めています。

開設を要役地の所有者に求めるのは、隣人の好意で通らせてもらっているだけの通行と、権利としての通行を区別するためでした。自分の土地を差し出すなどの負担をして道づくりに加わったなら、好意に甘えていただけとはいえません。だから、開設にあたると認められたのです。

いつから数えるか、一部だけ消えることもある

一言板。291条=消滅時効の起算点。継続的でない地役権(例:年に数回だけ通る)は最後に行使した時から、継続的な地役権(例:日常的に通る)は行使を妨げる事実(通路の閉鎖など)が生じた時から起算する。293条=地役権者がその権利の一部を行使しないときは、その部分のみが時効消滅する(例:幅3mの通行地役権のうち2mしか使っていなければ、残り1m分だけが対象)。 図:一言板

  • 291条=消滅時効の起算点
  • 継続的でない地役権(例:年に数回だけ通る)は最後に行使した時から、継続的な地役権(例:日常的に通る)は行使を妨げる事実(通路の閉鎖など)が生じた時から起算する
  • 293条=地役権者がその権利の一部を行使しないときは、その部分のみが時効消滅する(例:幅3mの通行地役権のうち2mしか使っていなければ、残り1m分だけが対象)

消滅時効がいつから進み始めるか、起算点を見ておきましょう。291条です。

条文民法291条

民法第291条 第百六十六条第二項に規定する消滅時効の期間は、継続的でなく行使される地役権については最後の行使の時から起算し、継続的に行使される地役権についてはその行使を妨げる事実が生じた時から起算する。

日常的に通行しているような継続的な地役権は、通路を塞がれるなど、行使を妨げる事実が起きた時から数えます。逆に、年に数回だけ使うような継続的でない地役権は、最後に実際に使った時から数えます。もう1つだけ、293条を見てください。

条文民法293条

民法第293条 地役権者がその権利の一部を行使しないときは、その部分のみが時効によって消滅する。

地役権の一部だけを使わなくなった場合、その使っていない部分だけが消えます。例えば、幅3メートルの通行地役権を設定していたのに、実際には道の端の幅2メートルしか使っていなかったとします。この場合、使われていない残り1メートル分だけが、時効によって消滅する対象になります。現に使っている範囲だけは残り、使っていない部分だけが縮んでいく、というイメージです。

地役権が消える理由、まとめて確認

消滅原因の一覧板。①放棄(一般の物権の消滅原因)②承役地の時効取得による消滅(289条)③消滅時効(291条の起算点・293条の一部消滅)④存続期間の満了(原則なし・永久地役権も可)。284条・292条・282条(不可分性)・289条・290条を貫く方向性=地役権はできるだけ存続させる。 図:消滅原因の一覧板

  • ①放棄(一般の物権の消滅原因)②承役地の時効取得による消滅(289条)③消滅時効(291条の起算点・293条の一部消滅)④存続期間の満了(原則なし・永久地役権も可)
  • 284条・292条・282条(不可分性)・289条・290条を貫く方向性=地役権はできるだけ存続させる

ここまで見てきた、地役権が消える理由をまとめておきましょう。1つめは、地役権者が自分から手放す放棄です。2つめは、承役地そのものが時効取得された場合、その負担である地役権が消えるという289条です。ただし290条により、地役権者が権利を行使し続ければ、この消滅時効は中断します。3つめが、291条の起算点から始まる消滅時効と、293条の一部消滅です。そして4つめ、存続期間の満了です。ただし地役権には原則として期間の制限が無いので、永久地役権であれば、この理由では消えません。並べると、284条、292条、そして前回の不可分性、さらに290条の中断まで、どれも地役権をできるだけ存続させる方向で設計されていることが分かります。

地役権に似た慣習上の権利——入会権

入会権の比較板。共有の性質を有する入会権(263条)=入会地の所有権自体が入会集団にある場合、慣習に加えて共有の規定を適用。共有の性質を有しない入会権(294条)=入会地の所有権は入会集団になく利用権にとどまる場合、慣習に加えて地役権の規定を準用。いずれも各地方の慣習が第一で民法の規定は補充。 図:入会権の比較板

  • 共有の性質を有する入会権(263条)=入会地の所有権自体が入会集団にある場合、慣習に加えて共有の規定を適用
  • 共有の性質を有しない入会権(294条)=入会地の所有権は入会集団になく利用権にとどまる場合、慣習に加えて地役権の規定を準用
  • いずれも各地方の慣習が第一で民法の規定は補充

用益物権ブロックの最後に、地役権とよく似た、もう1つの権利を見ておきましょう。入会権です。入会権とは、村落の住民が、慣習に基づいて山林や原野などを共同で利用する権利です。まきを集めたり、山菜を採ったりする、昔ながらの共同利用のかたちですね。民法には263条と294条の2か所に規定がありますが、どちらも共通しているのは、まず各地方の慣習が適用され、民法の規定は補充的な位置づけにとどまる、という点です。

条文民法263条

民法第263条 共有の性質を有する入会権については、各地方の慣習に従うほか、この節の規定を適用する。

条文民法294条

民法第294条 共有の性質を有しない入会権については、各地方の慣習に従うほか、この章の規定を準用する。

入会地の所有権そのものが、入会集団にあるかどうかの違いです。263条は、所有権自体が村の住民たちにある場合で、慣習に加えて共有の規定を適用します。294条は、所有権は入会集団になく、他人の土地を利用する権利にとどまる場合です。この場合は、慣習に加えて地役権の規定を準用します。だから294条は、地役権の規定を準用する、という作りになっているんです。もう1つ押さえておきたいのは、入会集団の法律上の扱いです。多くの場合、入会集団には法人格が無く、権利能力なき社団として扱われます。入会地は、構成員全員に総有的に帰属すると扱われます。総有は、権利能力なき社団の回で見た、具体的な持分も潜在的な持分も無い持ち方でしたね。持分が無いので、1人が自分の分だけを処分することはできず、入会権を処分するには構成員全員の同意が要ります。訴訟も同じ発想です。入会権そのものがあることの確認を求める訴訟は、原則として入会集団の構成員全員でなければ提起できません。全員が一緒に訴える必要がある、固有必要的共同訴訟という形です。

今日の骨格を、もう一度

まとめ板。地役権の効力=内容は自由・期間の制限なし・用水地役権(285条)・工作物の負担(286-288条)。消滅=承役地の時効取得(289条・290条の中断)・消滅時効(291条の起算点・293条の一部消滅)・放棄。共有の特則=284条(取得は全員に及ぶ)・292条(消滅時効の完成猶予・更新は絶対効)。地役権はできるだけ成立させ、できるだけ消滅させない、という一貫した方向性。入会権(263・294条)=慣習が第一、民法は補充。 図:まとめ板

  • 地役権の効力=内容は自由・期間の制限なし・用水地役権(285条)・工作物の負担(286-288条)
  • 消滅=承役地の時効取得(289条・290条の中断)・消滅時効(291条の起算点・293条の一部消滅)・放棄
  • 共有の特則=284条(取得は全員に及ぶ)・292条(消滅時効の完成猶予・更新は絶対効)
  • 地役権はできるだけ成立させ、できるだけ消滅させない、という一貫した方向性
  • 入会権(263・294条)=慣習が第一、民法は補充

最後に、今日の骨格を振り返りましょう。そして今日の核は、共有の特則でした。284条により、共有者の1人が時効取得すれば他の共有者も一緒に取得します。292条により、要役地共有の場合、消滅時効の完成猶予や更新は他の共有者にも絶対的に及びます。冒頭のAさんとBさんに戻りましょう。Aさんが時効取得の要件を満たせば、通行に一切関わっていなかったBさんも、一緒に地役権を取得します。そして最後に、地役権とよく似た入会権も見ました。これで、地役権、そして用益物権ブロック全体が終わります。まずは、担保物権全体の地図からです。

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第3章担保物権

#115単独ページ動画

担保物権総論と4つの通有性

第3章 担保物権 #115/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

Dさんに300万円ずつ貸していた3人

冒頭設例の関係図。DさんはA・B・Cの3人からそれぞれ300万円ずつ借りていた(合計900万円)。Dさんの財産は事業失敗で300万円しか残っていない。3人はいくら回収できるかという問い。 図:冒頭設例の関係図

  • DさんはA・B・Cの3人からそれぞれ300万円ずつ借りていた(合計900万円)
  • Dさんの財産は事業失敗で300万円しか残っていない
  • 3人はいくら回収できるかという問い

Dさんという人に、A・B・Cという3人が、それぞれ300万円ずつお金を貸していました。ところが、Dさんは事業に失敗してしまい、財産を全部お金に換えても、残ったのは300万円だけです。もう1つ、条件を足します。もし、Aさんだけが、お金を貸すときにDさんの土地に「担保」を付けてもらっていたら。結果はどう変わるでしょうか。先に答えを言っておきます。担保が無ければ、3人は平等に100万円ずつしか回収できません。でも、担保を付けていたAさんは、土地の価値から先に、満額の300万円を回収できます。この「先に取れる」という力を、法律がどう作っているのか。今日から始まる、担保物権という世界のいちばん最初の話です。

平等に分け合う原則と、それを破る仕組み

一言板。債権には優先的効力も排他性も無く、同じ債務者に対する複数の債権は発生の先後を問わず平等に扱われる(債権者平等の原則)。900万円の債権に対し財産300万円を1:1:1で按分し各自100万円。 図:一言板

  • 債権には優先的効力も排他性も無く、同じ債務者に対する複数の債権は発生の先後を問わず平等に扱われる(債権者平等の原則)
  • 900万円の債権に対し財産300万円を1:1:1で按分し各自100万円

まず、担保が無い場合、どうなるかを見ましょう。債権には、優先的効力も、排他性もありません。同じ債務者に対する複数の債権は、発生した順番に関係なく、全部平等に扱われる、ということです。これを債権者平等の原則と呼びます。もう1つの排他性は、同じ物の上に同じ物権は1つしか成り立たない、という物権の性質でした。債権にはそれが無いので、Dさん1人に対して、A・B・Cの3本の債権が、並んで成立できます。A・B・Cの3人が、合わせて900万円の債権を持っているのに、Dさんの財産は300万円しかありません。この場合、財産は債権額の割合で按分されます。

3人とも同じ300万円ずつ貸していたから、300万円を3人で均等に分けて、1人あたり100万円です。誰も、満額の300万円は回収できません。なぜ、こんな扱いになるのでしょうか。債権は、「払え」と言えるだけの権利で、Dさんの財産のどこかを直接つかんでいる権利ではないからです。この平等を破るには、特定の物を直接つかむ権利、つまり物権を作るしかありません。物権には優先的効力があって、同じ物の上では、物権を持つ人が、ただの債権者より先に取れるからです。土地に担保を付けていたAさんだけが、物権の優先的効力によって先に取れました。その担保が、今日からの担保物権です。

人を当てにするか、物を当てにするか

対比板。人的担保(保証)=相手の資力全体(責任財産)をあてにする、保証人も無資力なら回収できない。物的担保(担保物権)=特定の物の価値をあてにする、債務者が倒産しても物の価値から優先回収できる。 図:対比板

  • 人的担保(保証)=相手の資力全体(責任財産)をあてにする、保証人も無資力なら回収できない
  • 物的担保(担保物権)=特定の物の価値をあてにする、債務者が倒産しても物の価値から優先回収できる

担保の取り方には、大きく2つの方向があります。1つは、以前見た保証です。保証は、保証人という「人」の資力、つまりその人の財産全体を当てにする方法でした。これを人的担保と呼びます。保証も担保物権も、目的は同じ、債権の履行確保です。保証人自身が無資力になれば、当てにしていた人の財産が無くなるので、保証も一緒に効かなくなります。保証の中身は、また別の回でたっぷり扱います。もう1つの方向が、今日からの担保物権です。人ではなく、特定の「物」の価値を当てにします。これを物的担保と呼びます。物権のカタログの回で、所有権の3つの力のうち、処分の裏にある価値だけを取り出したのが担保物権だ、と見ましたね。

物的担保なら、Dさんが事業に失敗して無資力になっても、担保に取った物の価値そのものから、優先して回収できます。人の懐具合に左右されません。

担保物権は4つ、分かれ目は「合意が要るか」

切り分け板。合意が要るかを軸に左(法定担保物権=留置権・先取特権)と右(約定担保物権=質権・抵当権)に分岐。物権の種類は175条(物権法定主義)により法律で決まっている。判例・慣習が育てた非典型担保(譲渡担保など)は別枠で存在。 図:切り分け板

  • 合意が要るかを軸に左(法定担保物権=留置権・先取特権)と右(約定担保物権=質権・抵当権)に分岐
  • 物権の種類は175条(物権法定主義)により法律で決まっている
  • 判例・慣習が育てた非典型担保(譲渡担保など)は別枠で存在

担保物権には、全部で4種類あります。留置権、先取特権、質権、抵当権です。丸暗記の前に、分かれ目を1つだけ、押さえ直しましょう。合意が要るかどうか、これだけです。以前、物権の種類は法律だけが決められる、という話をしました。何という原則だったか、思い出せますか?あっ、覚えています。物権法定主義、175条でしたね。担保物権も同じで、種類は法律が決めています。そのうち、留置権と先取特権は、法律の要件さえ満たせば、当事者の合意が無くても発生します。物権のカタログの回で見た、修理代を払ってもらうまで自動車を返さない整備士。あれが留置権でした。客との間に、担保の約束はありませんでしたね。これを法定担保物権と呼びます。一方、質権と抵当権は、当事者の合意が無ければ発生しません。これを約定担保物権と呼びます。

土地に付ける担保なので、抵当権です。Dさんとの合意があって、初めて成立します。なお、この4つ以外にも、判例や慣習が育てた担保のやり方があります。譲渡担保などです。これは非典型担保と呼ばれ、本体は第3章の後半で扱います。今日は、存在だけ知っておいてください。

2つの効力——優先弁済的効力と留置的効力

一言板。優先弁済的効力=目的物を競売にかけ現金化し他の債権者に先立って弁済を受ける力(先取特権・質権・抵当権にあり留置権には無い)。留置的効力=弁済を受けるまで目的物を手元に留め心理的に弁済を促す力(留置権・質権にあり先取特権・抵当権〔非占有担保〕には無い)。 図:一言板

  • 優先弁済的効力=目的物を競売にかけ現金化し他の債権者に先立って弁済を受ける力(先取特権・質権・抵当権にあり留置権には無い)
  • 留置的効力=弁済を受けるまで目的物を手元に留め心理的に弁済を促す力(留置権・質権にあり先取特権・抵当権〔非占有担保〕には無い)

担保物権が持つ、一般的な効力を2つ、先に押さえておきましょう。1つめは優先弁済的効力。目的物を競売にかけて現金化し、他の債権者に先立って、自分の債権に充てる力です。もう1つが留置的効力。弁済を受けるまで、目的物を手元に留めておく力です。相手にとって「その物が無いと困る」という状態を作って、心理的に弁済を促します。修理代を払うまで車を返さない整備士が、まさにこれです。どちらの効力を持つかは、担保物権ごとに違います。先取特権と抵当権は、物を預からない非占有担保なので、留置的効力はありません。質権は、物を預かるので、優先弁済的効力と留置的効力の両方を持ちます。

留置権は、名前のとおり留置的効力しか持ちません。ここは、あとの節でじっくり見ます。

留置権には無い……はずなのに、事実上効く

留置権の事実上の優先弁済的効力を示す板。留置権には法律上の優先弁済的効力は無いが、不動産の競売で目的物を買い受けた買受人にも留置権を主張できる(民事執行法59条4項)。買受人は留置権で担保される債権を弁済しなければ物を受け取れない=事実上、優先して回収できる。 図:留置権の事実上の優先弁済的効力を示す板

  • 留置権には法律上の優先弁済的効力は無いが、不動産の競売で目的物を買い受けた買受人にも留置権を主張できる(民事執行法59条4項)
  • 買受人は留置権で担保される債権を弁済しなければ物を受け取れない=事実上、優先して回収できる

留置権には優先弁済的効力が無い、と言いました。でも、実際には、似たようなことが起きます。今度は、建物で考えます。工務店がDさんの建物の大規模な修繕を請け負ったのに、代金を払ってもらえず、工事を終えた建物を引き渡さずにいるとします。この建物が、他の債権者の申立てで競売にかけられ、別の人が買い受けたとしましょう。留置権者は、この新しい持ち主、つまり買受人に対しても、留置権を主張できます。条文で確認しましょう。

条文民事執行法59条4項

民事執行法第59条4項 不動産の上に存する留置権並びに使用及び収益をしない旨の定めのない質権で第二項の規定の適用がないものについては、買受人は、これらによつて担保される債権を弁済する責めに任ずる。

条文の前半には質権の話も入っていますが、今日見るのは、留置権の部分です。買受人は、留置権で担保されている修繕代金を払わなければ、その建物を受け取れない、という意味です。だから買い手は、競売で値段を付けるとき、この修繕代金の分を差し引いた額しか出しません。安くなった代金を、他の債権者たちで分け合います。工務店は、その列に並ばずに、修繕代金の全額を、買受人から受け取れるわけです。これを事実上の優先弁済的効力と呼びます。法律上の優先順位は無いのに、結果としては、払ってもらえないと物が回らないので、先に回収できるのと同じ効果が生まれます。

留置権が「効力が無い」で終わる権利ではない、ということを、まず押さえておいてください。この理由は、あとの物上代位性の節で、もう一度つながってきます。

担保は債権の影——付従性

一言板。成立における付従性=被担保債権が発生しなければ担保物権も発生しない。消滅における付従性=被担保債権が消滅すれば担保物権も消滅する。担保物権は被担保債権のための道具であり単独では存在できない。 図:一言板

  • 成立における付従性=被担保債権が発生しなければ担保物権も発生しない
  • 消滅における付従性=被担保債権が消滅すれば担保物権も消滅する
  • 担保物権は被担保債権のための道具であり単独では存在できない

ここから、4つの担保物権すべてに共通する性質、通有性を見ていきます。1つめは、以前も名前だけ見た付従性です。まず、もとになる債権が発生していなければ、担保物権も発生しません。これを成立における付従性と呼びます。そして、もとの債権が消えれば、担保物権も一緒に消えます。これを消滅における付従性と呼びます。担保物権が押さえているのは、「特定の債権のための」価値です。その債権が無ければ、押さえる理由がそもそもありません。影は、本体が無ければ存在できません。この発想が、これから見る残りの3つの性質にも、全部つながっていきます。

影は本体について歩く——随伴性

一言板。随伴性=被担保債権が第三者に譲渡されれば担保物権もそれに伴って移転する。押さえている対象は債権そのものではなく債権のための価値であるため、債権が移転すればついていく。 図:一言板

  • 随伴性=被担保債権が第三者に譲渡されれば担保物権もそれに伴って移転する
  • 押さえている対象は債権そのものではなく債権のための価値であるため、債権が移転すればついていく

2つめは随伴性です。被担保債権が、Aさんから別の人に譲渡されたとします。お金を貸している立場が誰かに移る、つまり被担保債権が譲渡されると、そのとき、担保物権も一緒に、その譲受人に移転します。担保だけが元の場所に取り残される、ということは起きません。さっきの「影」の話でいうと、本体である債権が動けば、影である担保も一緒に動きます。押さえているのは、債権そのものではなく、「その債権のための」価値だからです。債権が移れば、価値を押さえる理由も一緒に移ります。例えば、AさんがDさんに対する300万円の債権を、Eさんに売ったとします。抵当権も一緒に移るので、Eさんは、Dさんの土地から先に回収できます。

担保付きだと思って買った債権が、ただの債権になってしまいます。

全部の弁済を受けるまで——不可分性

296条の全文カードの背景。留置権者は債権の全部の弁済を受けるまで留置物の全部について権利を行使できる(不可分性)。一部弁済があっても目的物を按分して縮めることはできない。305条(先取特権)・350条(質権)・372条(抵当権)が296条を準用する。 図:296条の全文カードの背景

  • 留置権者は債権の全部の弁済を受けるまで留置物の全部について権利を行使できる(不可分性)
  • 一部弁済があっても目的物を按分して縮めることはできない
  • 305条(先取特権)・350条(質権)・372条(抵当権)が296条を準用する

3つめは不可分性です。条文で確認しましょう。留置権の条文、296条です。

条文民法296条

民法第296条 留置権者は、債権の全部の弁済を受けるまでは、留置物の全部についてその権利を行使することができる。

例えば、300万円の債権のうち、100万円だけ弁済されたとします。それでも、担保物権は、残りの200万円のために、目的物の全部について、権利を行使できます。押さえているのは「債権全部が満足されるまで」の価値なので、一部弁済があっても、担保は縮みません。これも、担保物権の存在理由そのものから出てくる性質です。この296条は、留置権の条文ですが、他の3つの担保物権にも準用されています。

準用の板。305条(先取特権)=「第二百九十六条の規定は、先取特権について準用する。」。350条(質権)=「第二百九十六条から第三百条まで及び第三百四条の規定は、質権について準用する。」。372条(抵当権)=「第二百九十六条、第三百四条及び第三百五十一条の規定は、抵当権について準用する。」。いずれも296条(不可分性)を準用する構造。 図:準用の板

  • 305条(先取特権)=「第二百九十六条の規定は、先取特権について準用する。」
  • 350条(質権)=「第二百九十六条から第三百条まで及び第三百四条の規定は、質権について準用する。」
  • 372条(抵当権)=「第二百九十六条、第三百四条及び第三百五十一条の規定は、抵当権について準用する。」
  • いずれも296条(不可分性)を準用する構造

305条は先取特権に、350条は質権に、372条は抵当権に、それぞれ296条を準用する、と定めています。留置権を土台にして、他の3つが同じ発想を借りている、という条文の作りになっています。

物が形を変えても価値は生きている——物上代位性

304条の全文カードの背景。先取特権はその目的物の売却・賃貸・滅失または損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても行使できる(物上代位性)。ただし先取特権者はその払渡しまたは引渡しの前に差押えをしなければならない。350条・372条が準用する。 図:304条の全文カードの背景

  • 先取特権はその目的物の売却・賃貸・滅失または損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても行使できる(物上代位性)
  • ただし先取特権者はその払渡しまたは引渡しの前に差押えをしなければならない
  • 350条・372条が準用する

4つめは物上代位性です。以前、混同の回で、抵当権の付いた倉庫が落雷で全焼しても、抵当権は消えずに、火災保険金を受け取る権利へ乗り移る、という話をしたのを覚えていますか。あっ、覚えています。物上代位、という名前だけ出てきましたね。今日は、あの仕組みを条文で確かめます。条文は先取特権のところにある、304条ですが、質権の350条と、抵当権の372条で準用されています。準用の構造は、さっきの296条と同じです。だから、抵当権の話にも、この条文がそのまま使えます。

条文民法304条

民法第304条 1 先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。 2 債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。

「売却、賃貸、滅失又は損傷」というのは、目的物が、売られて代金に変わったり、貸されて賃料に変わったり、壊れて保険金や損害賠償金に変わったりする場面です。そのどれについても、担保物権の効力が及びます。2項は、目的物に地上権などを設定して受け取る対価のことです。担保物権が押さえているのは、物そのものではなく、物が持つ価値だからです。物という器が変わっても、その中身の価値が同じなら、押さえている対象は変わりません。冒頭のDさんで考えてみましょう。今度は、Aさんの抵当権が、土地ではなくDさんの建物に付いていたとします。その建物が燃えて、Dさんに火災保険金が入ることになりました。

保険金は、Dさんのただの財産になって、BさんやCさんと平等に按分されてしまいます。物上代位があるから、Aさんは、その保険金から先に回収できるんです。ただし条文には、ただし書があります。払渡しまたは引渡しの前に、差押えをしなければなりません。この差押えが具体的に何を意味するか、判例をめぐってどんな議論があるかは、抵当権の物上代位を扱う回で、じっくり見ます。今日は、条文にこの一文があることだけ、押さえておいてください。

なぜ留置権だけ、物上代位性が無いのか

留置権の例外を示す対比板。留置権には物上代位性が無い。理由=物上代位性は「先取りする価値」が形を変えて出てきたときそれを追いかける性質だが、留置権にはそもそも「先取りする価値」=優先弁済的効力が無いため追いかける対象が無い。優先弁済的効力が無い理由と物上代位性が無い理由は同じ一つの根っこ。 図:留置権の例外を示す対比板

  • 留置権には物上代位性が無い
  • 理由=物上代位性は「先取りする価値」が形を変えて出てきたときそれを追いかける性質だが、留置権にはそもそも「先取りする価値」=優先弁済的効力が無いため追いかける対象が無い
  • 優先弁済的効力が無い理由と物上代位性が無い理由は同じ一つの根っこ

では、通有性4つ、留置権にはこの4つ、全部そろっているでしょうか?留置権には、物上代位性がありません。物上代位性は、「先に取れる価値」が形を変えて出てきたとき、その変わった後ろまで追いかけていく性質でした。例えば、さっきの工務店が引き渡さずにいた建物が、火事で燃えてしまったとします。Dさんには火災保険金が入りますが、工務店は、その保険金から先に取ることはできません。留置権は、物の価値を先取りする権利ではなく、物を留め置いて心理的な圧力をかける権利でした。価値を先取りしていないのだから、その価値が形を変えても、追いかけようがありません。

さっき見た、事実上の優先弁済的効力とは、話が別なんですか。別です。あれは、競売の買受人に対して留置権を主張できる、という民事執行法の効果でした。今日の物上代位性は、目的物が金銭などに形を変えたときに、その金銭自体に担保の効力が及ぶかという話です。留置権には、後者は認められません。

4担保×6項目、総まとめ表

4担保×6項目の総まとめ表。行=留置権・先取特権・質権・抵当権。列=付従性・随伴性・不可分性・物上代位性・優先弁済的効力・留置的効力。留置権列=付従性○随伴性○不可分性○物上代位性×優先弁済的効力×(事実上の優先弁済的効力あり)留置的効力○。先取特権列=付従性○随伴性○不可分性○物上代位性○優先弁済的効力○留置的効力×。質権列=全部○。抵当権列=付従性○随伴性○不可分性○物上代位性○優先弁済的効力○留置的効力×(非占有担保)。 図:4担保×6項目の総まとめ表。行=留置権・先取特権・質権・抵当権。列=付従性・随伴性・不可分性・物上代位性・優先弁済的効力・留置的効力。留置権列=付従性○随伴性○不可分性○物上代位性×優先弁済的効力×(事実上の優先弁済的効力あり)留置的効力○。先取特権列=付従性○随伴性○不可分性○物上代位性○優先弁済的効力○留置的効力×。質権列=全部○。抵当権列=付従性○随伴性○不可分性○物上代位性○優先弁済的効力○留置的効力×(非占有担保)。

では、今日いちばんの核、4つの担保物権と6つの項目を、1枚の表に並べましょう。付従性・随伴性・不可分性は、4つの担保物権すべてに共通して○が付きます。ここまでは、全部の担保物権に共通する土台です。影の話や、全部の弁済を受けるまでという話が、どれにも当てはまるからですね。ここから先、3つの項目で違いが出ます。物上代位性は、先取特権・質権・抵当権には○ですが、留置権だけ×。優先弁済的効力も、先取特権・質権・抵当権には○ですが、留置権だけ×です。ただし、留置権には事実上の優先弁済的効力があるので、そこは括弧書きで添えておきます。

留置的効力は、物を預かる担保物権にしかありません。留置権と質権には○ですが、先取特権と抵当権は非占有担保なので×です。表にすると、留置権だけ他の3つと形が違う列になっていますね。この表が、今日の到達点です。留置権は「価値を先取りしない代わりに、物を留めて圧力をかける」という、他の3つとは違う攻め方をする担保物権だ、ということを、この表1枚で持ち帰ってください。担保物権は、特定の物の価値を、特定の債権のために、先に押さえておく権利です。冒頭でAさんが先に取れたのも、この表の○と×も、全部この一点から出てきます。

今日の地図(保存版)

第3章の解説順の地図。総論(本回)→抵当権→根抵当権→質権→留置権→先取特権→非典型担保、の順で進む。今日の4担保×6項目の表が、各回で「この担保物権はどの列が○/×だったか」を思い出す土台になる。 図:第3章の解説順の地図

  • 総論(本回)→抵当権→根抵当権→質権→留置権→先取特権→非典型担保、の順で進む
  • 今日の4担保×6項目の表が、各回で「この担保物権はどの列が○/×だったか」を思い出す土台になる

最後に、これから第3章がどう進むかを、1枚の地図で見ておきましょう。今日の総論のあと、まず抵当権を、設定から実行まで詳しく見ていきます。続いて、抵当権によく似た根抵当権。そのあと、質権、留置権、先取特権の順で、それぞれの中身を詳しく見ます。最後に、判例や慣習が育てた非典型担保も扱います。そして、これから各回で「この担保物権は、今日の表のどの列が○だったか、×だったか」と振り返ることになります。今日渡した表が、第3章全体の道具箱です。

冒頭の答えを、もう一度

まとめ板。債権者平等の原則(優先的効力・排他性なし)→物的担保(担保物権)vs人的担保(保証)→4つの担保物権(法定=留置権・先取特権/約定=質権・抵当権)→2つの効力(優先弁済的効力・留置的効力)→4つの通有性(付従性・随伴性・不可分性・物上代位性)→留置権だけ物上代位性・優先弁済的効力が無い(事実上の優先弁済的効力はある)。 図:まとめ板

今日の骨格を振り返りましょう。人を当てにする人的担保と、物を当てにする物的担保の対比、法定・約定の2分類、4つの担保物権の名前も見ました。では、冒頭のDさんの話に戻りましょう。A・B・Cの3人は、担保が無ければ、財産300万円を平等に按分して、100万円ずつしか回収できません。Aさんは、その土地の価値から、他の2人に先立って、300万円全額を回収できます。これが、優先弁済的効力です。この「先に取れる」仕組みを、法律がどう作っているか。今日は、その土台となる考え方と、4つの担保物権の地図を渡しました。

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#116単独ページ動画

抵当権の設定・対抗と物上保証人

第3章 担保物権 #116/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

家に住み続けるAさんと、父Bさんの決断

冒頭設例の関係図。Aさん(息子・主債務者)が銀行から3000万円を借りて家を買い抵当権を設定。Aさんはその家に住み続けている。父Bさんが「息子の借金のために自分の土地にも抵当権を付けよう」と言っている場面。 図:冒頭設例の関係図

  • Aさん(息子・主債務者)が銀行から3000万円を借りて家を買い抵当権を設定
  • Aさんはその家に住み続けている
  • 父Bさんが「息子の借金のために自分の土地にも抵当権を付けよう」と言っている場面

Aさんは、銀行から3000万円を借りて、家を買いました。その家には、銀行のために抵当権が付いています。Aさんは、今日もその家に住んでいます。銀行は、担保を取ったのに、なぜ家を取り上げないんでしょうか。もう1つ、条件を足します。Aさんの父Bさんが、「息子の借金のために、自分の土地にも抵当権を付けよう」と言いました。Bさんは、これで息子の借金を背負うことになるんでしょうか。先に答えを言っておきます。抵当権は、家を「使う権利」には手を付けず、「売ったらいくらになるか」という価値だけを押さえる担保です。だから、Aさんは住み続けられます。そして、Bさんは借金そのものは背負いませんが、土地は失うかもしれません。この2つを、今日は条文から組み立てます。

前回の表の、抵当権の欄

前回(#3-1)の4担保×6項目の表のうち抵当権の欄だけを再掲。付従性○随伴性○不可分性○物上代位性○優先弁済的効力○留置的効力×。留置的効力の×だけ強調枠。

前回、4つの担保物権を表にまとめました。抵当権の欄は、付従性・随伴性・不可分性・物上代位性・優先弁済的効力、すべて○でしたが、1つだけ×がありましたね。留置的効力、つまり、物を手元に留め置いて心理的に圧力をかける力が、抵当権には無い。今日は、なぜそうなるのかを、条文から組み立てていきます。

抵当権とは何か——369条1項

369条1項の全文カードの背景。「占有を移転しないで」と「他の債権者に先立って」の2箇所に下線。 図:369条1項の全文カードの背景

抵当権の定義を、条文で読みましょう。

条文民法369条1項

民法第369条1項 抵当権者は、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

「占有を移転しないで」とは、目的物を、抵当権者に渡さない、ということです。持ち主の手元に、そのまま残ります。もう1か所、「他の債権者に先立って」にも注目してください。他の債権者より先に、弁済を受けられる、という意味です。「占有を移さない」がAさんの住み続ける理由に、「他の債権者に先立って」が優先弁済的効力に、それぞれつながっていきます。

占有は残したまま、価値だけを押さえる

分離図。1つの家を「使う権利(占有・居住)」と「売ったらいくらになるかという価値(交換価値)」の2レイヤーに分け、前者はAさんに残る・後者だけを銀行が押さえる、という矢印表現。 図:分離図

369条1項から読み取れることを、2つに整理します。1つめは、占有が設定者に残ること。2つめは、抵当権者が押さえているのは、物そのものではなく、物の交換価値だということです。交換価値とは、その物を売ったら、いくらになるか、という価値です。弁済が無ければ、抵当権者は目的物を競売にかけて現金化し、他の債権者より先に、自分の債権に充てます。これが優先弁済的効力でしたね。占有には、まったく手を付けません。だから、Aさんは家に住み続けられますし、賃貸に出して家賃を受け取ることもできます。留置的効力は、物を手元に留め置いて、「その物が無いと困る」という圧力をかける力でした。抵当権者は、そもそも物を預からないので、留め置きようがありません。占有を移さないという抵当権の本質そのものから、留置的効力の×が出てきます。

そして、占有を移さずに済むということが、抵当権が担保として最も広く使われている理由でもあります。住宅ローンも、企業の設備投資も、担保に入れた物を使い続けながら、お金を借りられるからです。

何に付けられるか——目的は不動産・地上権・永小作権

目的の一覧板。369条1項=不動産。369条2項=地上権・永小作権にも準用。動産には抵当権を設定できない(公示方法=登記が無いため)。この穴を埋める仕組みとして譲渡担保が存在する(本体は別回)。 図:目的の一覧板

  • 369条1項=不動産
  • 369条2項=地上権・永小作権にも準用
  • 動産には抵当権を設定できない(公示方法=登記が無いため)
  • この穴を埋める仕組みとして譲渡担保が存在する(本体は別回)

抵当権を付けられる対象、つまり目的を見ましょう。369条1項が定めるのは、不動産です。

条文民法369条2項

民法第369条2項 地上権及び永小作権も、抵当権の目的とすることができる。この場合においては、この章の規定を準用する。

例えば、他人の土地を借りてビルを建てるための地上権にも、抵当権を付けてお金を借りられます。一方、動産には抵当権を設定できません。抵当権は、占有を移さないので、外から見ても、誰がその物を持っているか変わりません。不動産なら、登記という公示方法があるので、「この土地には抵当権が付いている」と誰でも確認できます。動産には、そういう公示方法がありません。担保が付いているのに外から見えないと、取引の安全を害してしまいます。だから、動産は抵当権の目的になりません。ただし、この穴を埋めるために、判例が育てた仕組みがあります。譲渡担保です。今日は、存在だけ知っておいてください。本体は、別の回で扱います。

設定契約は、誰と誰の合意か

設定契約の板。176条=物権の設定及び移転は当事者の意思表示のみで効力を生ずる(諾成・書面不要)。当事者=抵当権者(債権者)と抵当権設定者。設定者は債務者本人でも第三者でもよい。設定者は目的物について所有権等を有していることを要する。抵当不動産の譲受人を第三取得者と呼ぶ。 図:設定契約の板

  • 176条=物権の設定及び移転は当事者の意思表示のみで効力を生ずる(諾成・書面不要)
  • 当事者=抵当権者(債権者)と抵当権設定者
  • 設定者は債務者本人でも第三者でもよい
  • 設定者は目的物について所有権等を有していることを要する
  • 抵当不動産の譲受人を第三取得者と呼ぶ

抵当権は、当事者の合意で成立する約定担保物権でした。この合意を、抵当権設定契約と呼びます。176条にいう物権契約、つまり、合意そのものによって、物についての権利を生み出す契約の1つです。契約書が要るんですか。違います。意思表示だけで成立する諾成契約で、書面は要りません。銀行とAさんが「この家に抵当権を付けます」と合意した時点で、抵当権は生まれます。当事者は、抵当権者、つまり債権者と、抵当権設定者、つまり担保を差し出す人です。設定者は、お金を借りた本人でもよいですし、本人以外の第三者でもかまいません。ただし、合意だけで物についての権利を生み出す契約ですから、設定者は、目的物について所有権などの権利を持っている必要があります。自分が持っていない権利を、他人に与えることはできないからです。

なお、抵当権が付いた不動産は、そのまま譲渡することもできます。この不動産を買い受けた人を、第三取得者と呼びます。抵当権付きだと知らずに買ってしまうと厄介ですが、この話は別の回で扱います。ここで少し立ち止まります。前回、担保には2つの方向がある、と見ましたね。保証人に頼る担保は、何を当てにする担保でしたか?保証人という人の、財産全体です。人的担保でした。抵当権のような物的担保は、特定の物の価値だけを当てにします。その「特定の物の価値」は、借りた本人の物でなくてもかまいません。父Bさんが、自分の土地の価値を差し出す。次は、その話です。

第三者が担保に入るとき——物上保証人

物上保証人の関係図。銀行(債権者)がAさん(息子・主債務者)に3000万円を貸す。父Bさんが、息子の借金のために自分の土地に抵当権を設定した(物上保証人)。債務の矢印は銀行からAさんまでしか届かず、責任の矢印だけがBさんの土地に伸びる。 図:物上保証人の関係図

  • 銀行(債権者)がAさん(息子・主債務者)に3000万円を貸す
  • 父Bさんが、息子の借金のために自分の土地に抵当権を設定した(物上保証人)
  • 債務の矢印は銀行からAさんまでしか届かず、責任の矢印だけがBさんの土地に伸びる

冒頭の父Bさんのように、他人の債務のために、自分の不動産に抵当権を設定した人を、物上保証人と呼びます。保証人と、何が違うんですか。そこが今日の核心です。物上保証人は、被担保債権の債務者ではありません。銀行から「払え」と言われる立場にはならない、ということです。息子のAさんが返済できなければ、銀行は、Bさんの土地に設定された抵当権を実行できます。競売にかけられて、Bさんは土地を失う可能性があります。この定式を、「債務なき責任」と呼びます。Bさんは、債務は負っていませんが、その土地の限度で、責任だけを負っています。銀行が押さえているのは、Bさんの土地の、売ったらいくらになるかという価値だけです。だから、Bさん本人に「払え」とは言えず、その土地の価値から回収するしかありません。

対比表。保証人=人的担保、自分の全財産(責任財産)を引当てにする。物上保証人=物的担保、自分が差し出した特定の物の限度でしか責任を負わない。 図:対比表

  • 保証人=人的担保、自分の全財産(責任財産)を引当てにする
  • 物上保証人=物的担保、自分が差し出した特定の物の限度でしか責任を負わない

以前見た保証人と、対比してみましょう。保証人は、自分の全財産、つまり責任財産全体を引当てにします。だから、保証債務を履行できなければ、財産のどこからでも差し押さえられます。物上保証人が引き受けるリスクは、自分が差し出した、その物の限度に止まります。Bさんなら、土地を失うだけで、それ以上、自分の預金や給料まで持っていかれることはありません。時効の援用の回で、物上保証人は被担保債権の消滅時効を、自分の権利として援用できる、と見ましたね。自分の財産に負担を負っている以上、その負担の元になる債権が消えれば、直接、利益を受けるからでした。今日は、その物上保証人という立場そのものを、正面から立てています。では、Bさんが実際に、抵当権を実行されて土地を失ったとします。この場合、Bさんは何も取り返せないんでしょうか。

求償権の準用構造の板。372条が351条を準用し、351条が保証債務に関する規定(459条以下)に従うとする。物上保証人は債務を弁済し、または抵当権の実行によって目的物の所有権を失ったときは、債務者に対して求償権を持つ。事前求償権は認められない。 図:求償権の準用構造の板

  • 372条が351条を準用し、351条が保証債務に関する規定(459条以下)に従うとする
  • 物上保証人は債務を弁済し、または抵当権の実行によって目的物の所有権を失ったときは、債務者に対して求償権を持つ
  • 事前求償権は認められない

取り返す手段はあります。物上保証人には、求償権が認められています。求償権とは、他人の借金のために自分の財産を出した人が、その分を本来の債務者に「返して」と請求できる権利です。条文を見ましょう。

条文民法351条

民法第351条 他人の債務を担保するため質権を設定した者は、その債務を弁済し、又は質権の実行によって質物の所有権を失ったときは、保証債務に関する規定に従い、債務者に対して求償権を有する。

372条が、351条を抵当権に準用しています。だから、物上保証人が弁済したり、抵当権の実行で土地の所有権を失ったりしたときは、保証債務に関する規定、つまり、459条以下に従って、債務者に求償できます。ただし、保証人にある事前求償権、つまり、まだ払っていない段階で先に請求する権利は、物上保証人には認められていません。物上保証人は債務を負っていないので、抵当権が実行されるまでは、土地がいくらで売れて、いくら失うのかが決まらないからです。実際に払った、または物を失った後でなければ請求できません。もう1つだけ触れておきます。Bさんが弁済して、Aさんの債務を消滅させた場合、Bさんは、銀行が持っていた債権者としての地位に、代わって入ることができます。これを弁済による代位と呼びますが、本体は別の回でたっぷり扱います。今日は、そういう仕組みが後ろに控えている、とだけ知っておいてください。

抵当権は、被担保債権があってこそ——成立要件

一言板。抵当権の成立要件=抵当権設定契約+被担保債権の存在(成立における付従性)。被担保債権の種類は問わない(金銭債権に限らない)。1個の債権の一部を被担保債権とすることも、複数の債権をまとめて1個の抵当権で担保することも可。 図:一言板

  • 抵当権の成立要件=抵当権設定契約+被担保債権の存在(成立における付従性)
  • 被担保債権の種類は問わない(金銭債権に限らない)
  • 1個の債権の一部を被担保債権とすることも、複数の債権をまとめて1個の抵当権で担保することも可

抵当権が成立するには、設定契約に加えて、もう1つ要ります。被担保債権の存在です。もとになる債権が無ければ、担保物権も発生しません。ここで大事なのは、被担保債権の種類は問わない、ということです。通常は金銭債権ですが、それ以外の債権、例えば物を引き渡してもらう債権でも、抵当権を付けられます。履行されなければ、損害賠償という金銭債権に姿を変えるからです。1個の債権のうち一部だけを被担保債権にすることも、逆に、複数の債権をまとめて1個の抵当権で担保することもできます。例えば、Aさんへの3000万円の貸金のうち、1000万円分だけを担保する、という形です。

まだ発生していない債権のために、設定できるか

付従性の緩和の板。被担保債権の発生時期はゆるやかに解される。将来発生する債権・条件付き債権でも、発生の基礎となる具体的な法律関係が既にあれば設定できる(大判昭5・11・19、大判昭6・2・27)。理由=登記を先に済ませてから融資を実行するのが実務の通常であり、これを認めないと債権者に酷。 図:付従性の緩和の板

  • 被担保債権の発生時期はゆるやかに解される
  • 将来発生する債権・条件付き債権でも、発生の基礎となる具体的な法律関係が既にあれば設定できる(大判昭5・11・19、大判昭6・2・27)
  • 理由=登記を先に済ませてから融資を実行するのが実務の通常であり、これを認めないと債権者に酷

ここで、付従性について、もう1歩踏み込みます。被担保債権は、抵当権を設定する時点で、必ずもう発生していなければならないでしょうか。判例は、被担保債権が設定の時点ですでに発生していることまでは、厳格に要求していません。将来発生する債権や、条件付きの債権であっても、その発生の基礎となる具体的な法律関係が、すでに存在していれば、抵当権を設定できるとしています。例えば、保証人が将来、代わりに支払って取得するかもしれない求償権のために、あらかじめ抵当権を設定しておく、という実務が広く行われています。まだ求償権自体は発生していませんが、保証契約という法律関係はすでに存在しています。

なぜ、そこまで緩めるんですか。実務では、まず抵当権の設定登記を済ませてから、実際にお金を貸す、という順番が一般的だからです。Aさんの住宅ローンで、銀行が先に3000万円を渡して、登記は後回し、としたらどうなるでしょう。渡してから登記するまでの間に、Aさんが別の貸主のために、先に抵当権の登記をしてしまうかもしれません。そうなると、銀行はお金を渡したのに、後回しにされてしまいます。だから、お金を渡す前に、登記を先に済ませておきたいんです。もし、金銭を受け取る前の設定を無効としてしまうと、この実務の順番そのものが成り立たなくなり、債権者にとって酷です。だから、付従性は、この場面で緩やかに解されています。

よいところに気づきました。お金の貸し借りは、お金を受け取って初めて成立するのではないか、という疑問ですね。要物契約として成立する消費貸借を前提にすると、たしかに、お金を受け取る前は、契約自体がまだ成立していないことになります。ただし、書面でする消費貸借は、合意だけで成立します。この形なら、契約の時点ですでに貸金を返す関係ができているので、金銭交付前かどうかという問題自体が生じにくくなります。金銭交付前の設定が問題になるのは、金銭の交付があって初めて成立する消費貸借を前提にした場合、と条件を付けて理解してください。詳しくは、消費貸借を扱う回に譲ります。なお、根抵当権という仕組みでは、この付従性そのものを否定するところまで進みますが、それはまた段階が違う話です。別の回で扱います。

誰に対しても主張するには——対抗要件と順位

対抗要件・順位の板。抵当権も不動産物権なので177条が適用され、登記をしなければ第三者に対抗できない。同一不動産に複数の抵当権が設定されたとき、順位は登記の前後で決まる(373条)。1番抵当権・2番抵当権という呼び方。複数の抵当権が併存しても一物一権主義に反しない(価値という抽象的対象を分割して押さえているため)。 図:対抗要件・順位の板

  • 抵当権も不動産物権なので177条が適用され、登記をしなければ第三者に対抗できない
  • 同一不動産に複数の抵当権が設定されたとき、順位は登記の前後で決まる(373条)
  • 1番抵当権・2番抵当権という呼び方
  • 複数の抵当権が併存しても一物一権主義に反しない(価値という抽象的対象を分割して押さえているため)

抵当権も、不動産についての物権です。以前、登記制度の回で読んだ177条が、ここでも適用されます。登記をしなければ、第三者に抵当権を対抗できません。契約は当事者間の話にすぎず、第三者に主張するには登記が要ります。もう1つ、同じ不動産に複数の抵当権が設定されたときの順位を、条文で確認しましょう。

条文民法373条

民法第373条 同一の不動産について数個の抵当権が設定されたときは、その抵当権の順位は、登記の前後による。

1つの家に、複数の抵当権が乗ることもあるんですか。あります。先に登記された抵当権を1番抵当権、後から登記された抵当権を2番抵当権、と呼びます。物権の地図の回で見た先順位・後順位と同じ話で、1番が先順位、2番が、後順位です。例えば、Aさんの家が競売で3500万円で売れたら、1番の銀行が先に3000万円を取り、残りの500万円を2番の抵当権者が取ります。1つの物に1つの物権しか成り立たない、という原則を一物一権主義と呼びます。ただ、抵当権が押さえているのは、物そのものではなく、価値という抽象的な対象でした。さっきの3500万円のように、価値を順番に分けて取る形で、順位を付けて重ねられます。物の所有権が2つ成り立つわけではないので、一物一権主義には反しません。

消えた抵当権の登記、使い回せるか

登記の流用・時系列フロー。①銀行とAさんの間で債権が発生→②抵当権を設定・登記→③弁済で抵当権が消滅→④再び同額の債権が発生→⑤同じ登記を流用する。途中に後順位抵当権者Cが登場するパターンと、登場しないパターンの2本を並べる。 図:登記の流用・時系列フロー

  • ①銀行とAさんの間で債権が発生→②抵当権を設定・登記→③弁済で抵当権が消滅→④再び同額の債権が発生→⑤同じ登記を流用する
  • 途中に後順位抵当権者Cが登場するパターンと、登場しないパターンの2本を並べる

最後に、実務でよく問題になる論点を見ておきます。Aさんが、銀行への借金を全額返したとします。ここで、Aさんが銀行から、また新たにお金を借りることになったとします。金額は、前と同じだったとしましょう。登記をいったん消して、新しく登記し直すのは、手間も費用もかかりますよね。そこで、消えたはずの抵当権の登記を、抹消しないまま、新しい債権のために使い回せないか、という話が出てきます。これを登記の流用と呼びます。登記を使い回せるかどうかは、結論から言うと、流用より前に、正当な利害関係を持つ第三者が登場していたかどうかで、結論が分かれます。

例えば、銀行の抵当権が消えた後、登記だけは抹消されずに残っている間に、別の債権者Cが、その家に新しく抵当権を設定した場合の、Cのことです。登記簿の上では、Cは2番に見えます。でも、前にある登記は、もう消えた抵当権のものです。Cは、その登記が抹消されれば、自分が1番になると期待できる立場にいます。この場合、流用登記は、Cには対抗できません。順位が上がるというCの期待を、害してしまうからです。一方、流用の後になって初めて登場した第三者には、対抗できます。その人は、最初から、流用された抵当権が乗っている状態を前提に、取引に入っているからです。

この考え方は、判例でも支持されています。この登記の流用は、論文でも論点になりうる形の問題です。

冒頭の答えを、もう一度

まとめ板。369条1項(占有を移さない・他の債権者に先立って)→目的(不動産・地上権・永小作権/動産不可)→設定契約(諾成・設定者は債務者でも第三者でも可)→物上保証人(債務なき責任・求償権)→成立要件(被担保債権の存在・種類は問わない)→付従性の緩和(将来債権・金銭交付前)→対抗要件(177条・373条)→登記の流用(利害関係人の前後)。 図:まとめ板

今日の骨格を振り返りましょう。抵当権は、占有を移さず、交換価値だけを押さえる担保でしたね。目的は不動産・地上権・永小作権で、動産には設定できません。設定契約は諾成の物権契約で、設定者は債務者でも、第三者でもかまいません。父Bさんは、息子の借金を背負うことはありませんが、抵当権が実行されれば、自分の土地を失う可能性があります。ただし、弁済すれば求償権で取り返せます。将来の債権や、金銭交付前の設定も、取引の実情から有効とされます。最後に、対抗要件は登記で、順位は登記の前後、そして登記の流用は、利害関係人が現れた前か後かで結論が分かれる、という話でした。

Aさんが住み続けられるのは、抵当権が価値だけを押さえる権利だから。Bさんが借金を背負うことにならないのは、物上保証人が債務ではなく責任だけを負う立場だからです。

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#117単独ページ動画

抵当権の被担保債権の範囲と375条

第3章 担保物権 #117/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

銀行Aと、後順位のCさん

冒頭設例の関係図。1番抵当権者A(銀行)がB(債務者・土地所有者)に元本1000万円・年利6%で貸付。2番抵当権者C(元本1500万円)。土地が競売され、売却代金2000万円の配当の流れを矢印で示す。 図:冒頭設例の関係図

  • 1番抵当権者A(銀行)がB(債務者・土地所有者)に元本1000万円・年利6%で貸付
  • 2番抵当権者C(元本1500万円)

銀行Aは、Bさんの土地に1番抵当権を付けて、1000万円を貸しました。利率は年6パーセントです。Aより後から、Cさんが同じ土地に2番抵当権を登記して、1500万円を貸しています。ところが、Bさんは何年も利息を払わないまま、土地が競売にかけられました。5年間、利息だけが未払いのまま溜まって、300万円になりました。土地は、2000万円で売れました。ところが銀行Aは、配当の場で、「元本1000万円に、5年分の利息300万円を足した、1300万円」を請求しました。Cさんの取り分は、2000万円から、1300万円を引いた、700万円しか残りません。

先に答えを言っておきます。今日の主役は、375条という条文です。この条文があるおかげで、銀行Aが先取りできる利息には上限があり、Cさんの取り分は700万円より増えます。ただし、Bさん本人に対しては、銀行Aは利息も遅延損害金も、全額を主張できます。なぜ、相手によって結論が違うのか。今日は、375条の中身と趣旨から、この違いを組み立てます。

前回の約束、被担保債権の範囲へ

前回の確認板。抵当権の成立要件=設定契約+被担保債権の存在(付従性)。被担保債権の種類は問わない・一部でも複数でも可。今日の問い=「では、担保される範囲はどこまでか」。 図:前回の確認板

  • 抵当権の成立要件=設定契約+被担保債権の存在(付従性)
  • 被担保債権の種類は問わない・一部でも複数でも可
  • 今日の問い=「では、担保される範囲はどこまでか」

前回、抵当権が成立するには、設定契約に加えて、被担保債権が存在していなければならない、と見ましたね。被担保債権は、種類を問わず、一部でも複数でもかまいません。今日は、この成立要件の話から、もう一歩進みます。被担保債権が「ある」ことは分かった。では、その抵当権は、いくらまでを担保するのか。これが今日の問いです。担保されるのは借りた金額だけ、と考えたくなりますよね。でも、さっきのBさんのように、利息が何年も溜まることがあります。この利息や、期限に払わなかったことへの遅延損害金まで、抵当権はどこまで担保するのか。順番に見ていきましょう。

元本は、全額担保される

一言板。元本債権は制限なく全額が抵当権によって担保される。制限がかかるのは利息・遅延損害金の側だけ(375条)。 図:一言板

  • 元本債権は制限なく全額が抵当権によって担保される
  • 制限がかかるのは利息・遅延損害金の側だけ(375条)

まず、大原則を確認します。元本、つまり借りたお金そのものは、金額に制限なく、全額が抵当権によって担保されます。1000万円を貸したなら、1000万円全部が担保の対象です。制限がかかるのは、これから見ていく利息と遅延損害金の側だけです。この切り分けを、まず頭に入れてください。

利息と遅延損害金は、何が違うか

利息・遅延損害金の対比板。利息=約定の利率(無ければ法定利率)で、弁済期までの間、元本を使わせてもらう対価として発生する。遅延損害金=弁済期を過ぎても払わなかったこと(履行遅滞)に対する損害賠償(415条1項本文)。利息の利率は特約があればその率、無ければ法定利率(404条)。遅延損害金は法定利率、約定利率がそれを超えるときは約定利率(419条1項)。 図:利息・遅延損害金の対比板

  • 利息=約定の利率(無ければ法定利率)で、弁済期までの間、元本を使わせてもらう対価として発生する
  • 遅延損害金=弁済期を過ぎても払わなかったこと(履行遅滞)に対する損害賠償(415条1項本文)
  • 利息の利率は特約があればその率、無ければ法定利率(404条)
  • 遅延損害金は法定利率、約定利率がそれを超えるときは約定利率(419条1項)

375条を読む前に、利息と遅延損害金の違いを、最小限だけ押さえておきます。利息と遅延損害金は、発生する理由が違います。利息は、弁済期が来るまでの間、元本を使わせてもらっていることへの対価です。お金を借りている間、ずっと発生します。家賃に近いイメージです。土地を借りて地代を払うように、お金を借りて利息を払う、という関係です。一方、遅延損害金は、弁済期を過ぎても払わなかったこと、つまり履行遅滞に対する損害賠償です。利息は「使わせてもらった対価」、遅延損害金は「約束を破ったことの埋め合わせ」です。利率は、契約で特約があればその利率、無ければ法定利率に従います。この2つの区別と法定利率の中身は、後の回でたっぷり扱いますので、今日は「払う理由が違う」ということだけ持ち帰ってください。

利息の限度——375条1項

375条1項の全文カードの背景。「満期となった最後の2年分」と「特別の登記」の2箇所に下線。 図:375条1項の全文カードの背景

では、375条を条文で読みましょう。まず1項です。

条文民法375条1項

民法第375条1項 抵当権者は、利息その他の定期金を請求する権利を有するときは、その満期となった最後の二年分についてのみ、その抵当権を行使することができる。ただし、それ以前の定期金についても、満期後に特別の登記をしたときは、その登記の時からその抵当権を行使することを妨げない。

「満期となった最後の2年分」の意味を、言葉を1つずつ見ていきます。条文の「利息その他の定期金」とは、利息のように、一定の期間ごとに支払うお金のことです。今日は、その代表である利息で見ていきます。そして「満期」とは、その利息の支払期日が来て、請求できる状態になったことです。抵当権者が優先弁済を受けられるのは、その満期が来た利息のうち、直近の2年分だけ、ということです。5年分あっても、抵当権として先取りできるのは、そのうち直近の2年分だけです。残りの3年分は、抵当権では担保されません。5年分も溜まっているのに、なぜその2年分で切られるんですか。2年分で切る理由を一言だけ先に言うと、後ろに並ぶCさんからは、Aの利息が何年分溜まっているのか、外から見えないからです。詳しい理由は、数字で効き目を確かめたあとで組み立てます。

「特別の登記」とは、それより前の分についても、満期のあとに特別な登記をしておけば、その登記の時から抵当権を行使できる、という例外です。逆に言うと、この特別な登記をしていなければ、2年より前の分は、抵当権による優先弁済を受けられません。実務ではほとんど使われませんが、条文の仕組みとしては押さえておいてください。

配当計算で見る、375条の効き目①

配当計算板①(375条なしの場合)。1番抵当権者A:元本1000万円・年利6%・5年間未払い。未払利息=1000万×6%×5年=300万円。Aの債権総額=1300万円。2番抵当権者C:元本1500万円。売却代金2000万円。375条が無いとしたら、Aが1300万円を取り、Cは残り700万円しか受け取れない。 図:配当計算板①

  • 375条なしの場合
  • 1番抵当権者A:元本1000万円・年利6%・5年間未払い。未払利息=1000万×6%×5年=300万円。Aの債権総額=1300万円。2番抵当権者C:元本1500万円。売却代金2000万円。375条が無いとしたら、Aが1300万円を取り、Cは残り700万円しか受け取れない。

冒頭のBさんの例で、実際に数字を追ってみましょう。Aの元本は、1000万円、利率は年6パーセントで、5年間、利息が未払いのまま競売が実行されました。Aの債権総額は、元本1000万円に利息300万円を足して、1300万円です。Cの元本は、1500万円、売却代金は、2000万円でした。Aが1300万円を取ると、Cに残るのは700万円です。Cは、せっかく1500万円も貸したのに、800万円が回収不能になります。

配当計算板①(375条ありの場合)。Aが先取りできる利息は最後の2年分=1000万×6%×2年=120万円のみ。Aの取り分=1120万円(元本1000万円+利息120万円)。Cの取り分=2000万円-1120万円=880万円(1500万円には届かないが、375条なしの700万円より180万円多く回収できる)。 図:配当計算板①

  • 375条ありの場合
  • Aが先取りできる利息は最後の2年分=1000万×6%×2年=120万円のみ。Aの取り分=1120万円(元本1000万円+利息120万円)。Cの取り分=2000万円-1120万円=880万円(1500万円には届かないが、375条なしの700万円より180万円多く回収できる)。

375条があると、Aが優先弁済を受けられる利息は、最後の2年分だけです。1000万円かける6パーセントかける2年で、120万円です。Aの取り分は、元本の1000万円に120万円を足した、1120万円です。Cの取り分は、2000万円からこの1120万円を引いた、880万円になります。まだ1500万円には届きませんが、375条が無い場合より180万円多く回収できています。この差が、375条が後順位抵当権者を守っている中身です。

遅延損害金にも及ぶ——375条2項

375条2項の全文カードの背景。「その最後の2年分」と「通算して2年分」の2箇所に下線。 図:375条2項の全文カードの背景

今の話は、利息だけの場合でした。次は、遅延損害金が混じる場合です。条文の2項を見ましょう。

条文民法375条2項

民法第375条2項 前項の規定は、抵当権者が債務の不履行によって生じた損害の賠償を請求する権利を有する場合におけるその最後の二年分についても適用する。ただし、利息その他の定期金と通算して二年分を超えることができない。

遅延損害金についても、最後の2年分に制限されます。ただし書に注目してください。「利息その他の定期金と通算して2年分」とあります。利息の分と、遅延損害金の分を、別々に2年分ずつ数えるのではなく、種類をまたいで時系列でつなげて、合わせて2年分まで、という意味です。1つの元本について、弁済期までは利息が、弁済期を過ぎると遅延損害金が、途切れずに続けて発生します。性質は違っても、時間の上ではずっと1本の線につながっているわけです。そして、さっき言ったとおり、後ろに並ぶCさんからは、何年分溜まっているのか外から見えません。だから、利息か遅延損害金かを問わず、先に取れるのは、その線の最後の2年分までに抑えるのです。数字で確かめましょう。

配当計算で見る、375条の効き目②

配当計算板②(375条なしの場合)。1番抵当権者A:元本1000万円、弁済期3年後、利率年6%。弁済期到来後、1年間履行遅滞(遅延損害金年14%)。利息総額(3年分)=180万円。遅延損害金総額(1年分)=140万円。Aの債権総額=1320万円(1000万+180万+140万)。2番抵当権者C:元本800万円。売却代金2000万円。375条が無いとしたら、Aが1320万円を取り、Cは残り680万円しか受け取れない。 図:配当計算板②

  • 375条なしの場合
  • 1番抵当権者A:元本1000万円、弁済期3年後、利率年6%。弁済期到来後、1年間履行遅滞(遅延損害金年14%)。利息総額(3年分)=180万円。遅延損害金総額(1年分)=140万円。Aの債権総額=1320万円(1000万+180万+140万)。2番抵当権者C:元本800万円。売却代金2000万円。375条が無いとしたら、Aが1320万円を取り、Cは残り680万円しか受け取れない。

今度は、別の設例で見ましょう。Aの元本は1000万円、弁済期は3年後、利率は年6パーセントです。弁済期が来ても払われず、そこから1年間、履行遅滞が続きました。遅延損害金の利率は年14パーセントです。利息の総額は、1000万円かける6パーセントかける3年で、180万円。遅延損害金の総額は、1000万円かける14パーセントかける1年で、140万円です。Aの債権総額は、元本1000万円に、180万円と140万円を足して、合計1320万円になります。もし375条が無ければ、Aが、その1320万円を取り、Cは残りの680万円しか受け取れません。800万円のうち、120万円が回収不能になります。

配当計算板②(375条ありの場合)。「最後の2年分」を時系列で遡って数える。履行遅滞の1年分(140万円)がまず全部含まれ、あと1年分足りないので、遡って利息の直近1年分(1000万×6%×1年=60万円)を足す。通算した2年分=200万円(140万円+60万円)。Aの取り分=1200万円(1000万円+200万円)。Cの取り分=2000万円-1200万円=800万円(全額回収)。 図:配当計算板②

  • 375条ありの場合
  • 「最後の2年分」を時系列で遡って数える。履行遅滞の1年分(140万円)がまず全部含まれ、あと1年分足りないので、遡って利息の直近1年分(1000万×6%×1年=60万円)を足す。通算した2年分=200万円(140万円+60万円)。Aの取り分=1200万円(1000万円+200万円)。Cの取り分=2000万円-1200万円=800万円(全額回収)。

375条があると、ここで「通算」が効いてきます。競売の時点から、時系列を遡って、直近2年分を数えます。遅延損害金の1年分、140万円は、まるごと含まれます。でも、まだ2年分には1年足りません。そこで、さらに遡って、利息の直近1年分を足します。通算した2年分は、まず140万円に60万円を足して、200万円になります。Aの取り分は、元本1000万円に200万円を足して、1200万円です。利息と遅延損害金は、種類は違っても、時系列でつながる1本の2年分として合算される。これが、375条2項ただし書の「通算」の意味です。

別々に2年分ずつ数えると、利息の2年分で120万円、遅延損害金の1年分で140万円、合わせて260万円です。Aの取り分は1260万円になり、Cさんは740万円しか受け取れません。期間で言えば、3年分を先に取られたことになります。「最後の2年分まで」という枠を超えてしまうので、通算して、1本の2年分にまとめるのです。

なぜ2年で切るのか——375条の趣旨

趣旨の図解。登記簿には元本額と利率だけが記載され、未払い年数は記載されない。後順位抵当権者・一般債権者は、登記簿から「最悪でも元本+最後の2年分まで」しか先取りされないと見積もって取引に入る。無制限に認めると、この見積もりが崩れる。 図:趣旨の図解

  • 登記簿には元本額と利率だけが記載され、未払い年数は記載されない
  • 後順位抵当権者・一般債権者は、登記簿から「最悪でも元本+最後の2年分まで」しか先取りされないと見積もって取引に入る
  • 無制限に認めると、この見積もりが崩れる

ここまで、375条の中身を数字で見てきました。では、なぜこんな制限があるんでしょうか。375条の制限は、Aさんに損をさせるための決まりではありません。この制限は、Cさんのような後順位抵当権者や、担保を持たずにBさんにお金を貸している一般債権者を守るための制限です。Cさんは、この土地の順位に並ぶかどうかを決めるとき、登記簿を見ます。登記簿に載っているのは、Aの元本額と利率、つまり「1000万円・年6パーセント」という情報だけです。何年分の利息が実際に溜まっているかは、登記簿には出てきません。もし、Aが溜まった利息を無制限に先取りできるとしたら、Cは自分の取り分がいくら残るのか、まったく見積もれません。見積もれないのに、後ろに並んでお金を貸すのは怖いですよね。

だから、民法の375条は、登記簿から読み取れる範囲、つまり元本と、直近2年分の利息・遅延損害金までしか、先順位者が先取りできないようにしています。こうすることで、後順位抵当権者や一般債権者は、「最悪でもこれくらいまでしか持っていかれない」という見積もりを立てて、安心して取引に入れます。

この制限が及ばない相手

375条が働く相手/働かない相手の対比板。左=後順位抵当権者・一般債権者(制限が効く=375条の壁)。右=債務者・物上保証人・その承継人たる第三取得者(制限が効かない=全額主張できる)。

  • 375条が働く相手/働かない相手の対比板
  • 左=後順位抵当権者・一般債権者(制限が効く=375条の壁)
  • 右=債務者・物上保証人・その承継人たる第三取得者(制限が効かない=全額主張できる)

前回、他人の借金のために、自分の不動産を担保に差し出す人を、物上保証人と呼びました。債務は負わず、責任だけを負う立場でしたね。この物上保証人に対して、抵当権者はどこまで請求できるでしょうか?物上保証人に対しても、375条の制限がかかりそうに見えますが、実は、そうはなりません。この375条の制限が及ぶのは、後順位抵当権者や一般債権者との関係だけです。債務者本人、そして物上保証人、さらに、Bさんから抵当権が付いたまま土地を買って、その立場を引き継いだ第三取得者との関係では、この制限は働きません。さっきの登記簿の話を思い出してください。375条が守っているのは、「登記簿を見て、見積もりを立てて取引に入ってくる第三者」でした。債務者本人は、自分の借金の中身を最初から知っている立場です。物上保証人も、「他人の借金のために、自分の不動産を差し出す」と決めた当事者です。どちらも、375条が守ろうとしている「見積もりを立てる第三者」には当たりません。

判例大判大正4年9月15日

債務者・物上保証人・第三取得者には及ばない375条の制限 375条は後順位抵当権者や一般債権者のような第三者を保護するための規定であるから、債務者・物上保証人・その承継人である第三取得者に対しては、抵当権者は利息・遅延損害金を含めた債権の全額について抵当権を行使できる。

Bさん本人に対しては、銀行Aは、元本1000万円だけでなく、未払いの利息300万円、そして遅延損害金があればそれも含めて、全額を主張できます。抵当権を消して土地を守りたければ、Bさんは全額を弁済しなければなりません。もし、Cさんのような後順位の抵当権者も、配当を求めてくる一般債権者もいなければ、2000万円の売却代金から、Aは元本と5年分の利息を合わせて、1300万円を全部受け取れます。冒頭の問いに戻ると、Cさんとの関係では375条の壁があるので、Aが先に取れる利息は120万円までで、Cさんの取り分は880万円に増えました。一方、Bさん本人との関係では、取り切れなかった残り180万円の利息も消えるわけではなく、Aは全額を請求できる立場のままです。

第三取得者との関係

一言板。抵当不動産を買い受けた第三取得者に対しても、375条の制限は及ばない(全額主張できる)。理由は物上保証人と同じ趣旨(375条は後順位抵当権者・一般債権者という「第三者」を保護する規定であって、当事者側の地位を引き継いだ者を保護する規定ではない)。第三取得者には代価弁済・抵当権消滅請求という別の保護制度がある。 図:一言板

  • 抵当不動産を買い受けた第三取得者に対しても、375条の制限は及ばない(全額主張できる)
  • 理由は物上保証人と同じ趣旨(375条は後順位抵当権者・一般債権者という「第三者」を保護する規定であって、当事者側の地位を引き継いだ者を保護する規定ではない)
  • 第三取得者には代価弁済・抵当権消滅請求という別の保護制度がある

もう1つ、抵当権付きの不動産を買い受けた第三取得者との関係も確認しておきます。たとえば、競売になる前に、BさんがDさんに土地を売っていたとします。Dさんが抵当権を消したいなら、元本1000万円と5年分の利息として300万円、合わせて1300万円を払う必要があります。Dさんも、買う前に登記簿は見ています。でもDさんは、後ろに並んで自分の取り分を見積もる人ではありません。抵当権の負担が付いたまま、Bさんの所有者としての立場をそっくり引き継いだ人です。だから、375条が守る「後ろに並ぶ第三者」には当たらず、抵当権者は全額を主張できます。

375条による保護はありませんが、別の仕組みで守られています。代価弁済や、抵当権消滅請求という制度です。本体は別の回で扱います。今日は、375条とは別の話がある、とだけ知っておいてください。

元本の範囲と、根抵当権との違い

一言板。被担保債権の元本は、種類を問わず、一部でも複数でも抵当権で担保できる。375条の2年分の制限は、この元本に付く利息・遅延損害金にかかる話。根抵当権は、375条ではなく極度額で担保の上限を切る仕組み(本体は別の回)。 図:一言板

  • 被担保債権の元本は、種類を問わず、一部でも複数でも抵当権で担保できる
  • 375条の2年分の制限は、この元本に付く利息・遅延損害金にかかる話
  • 根抵当権は、375条ではなく極度額で担保の上限を切る仕組み(本体は別の回)

前回、被担保債権は種類を問わず、一部でも複数でも1つの抵当権で担保できる、と見ましたね。今日見た375条の2年分の制限は、この元本に付いてくる利息・遅延損害金にかかる話です。元本そのものの範囲を、375条が変えるわけではありません。なお、根抵当権という仕組みでは、375条ではなく、極度額という別の方法で担保の上限を切ります。これは段階が違う話なので、別の回で扱います。

冒頭の答えを、もう一度

まとめ板。元本は全額担保される→利息と遅延損害金は最後の2年分(通算)に制限される(375条1項・2項)→趣旨は後順位抵当権者・一般債権者の予測可能性(登記簿から読める上限)→ただし債務者・物上保証人・第三取得者には全額を主張できる(大判大正4・9・15)。 図:まとめ板

今日の骨格を振り返りましょう。元本は、金額の制限なく全額が担保されます。375条1項で利息は最後の2年分、2項で遅延損害金も同じ制限を受け、しかも利息と通算して2年分が上限になります。2年で切るのは、登記簿を見て取引に入ってくる後順位抵当権者や一般債権者が、自分の取り分を見積もれるようにするためでした。だからこそ、この制限は、そういう第三者との関係だけで働きます。債務者本人や物上保証人、第三取得者に対しては、抵当権者は元本・利息・遅延損害金、すべて全額を主張できます。冒頭のCさんは、375条のおかげで、取り分が700万円から880万円へと、180万円増えました。一方、Bさん本人に対しては、Aは最初から全額を請求できる立場でした。相手が変われば結論が変わる、という375条の仕組みが、これでつながりましたね。

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#118単独ページ動画

抵当権の効力が及ぶ範囲と付加一体物・従物

第3章 担保物権 #118/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

エアコンと庭石は、誰の物か

冒頭設例の関係図。A(抵当権者・銀行)がB(債務者・土地建物の所有者)に融資し抵当権を設定。返済できず競売、C(買受人)が家を買い受ける。家の中にエアコン、庭に庭石、屋根裏に増築した子ども部屋を配置。庭石は抵当権設定前から、エアコンは設定後に取り付けた物。 図:冒頭設例の関係図

  • A(抵当権者・銀行)がB(債務者・土地建物の所有者)に融資し抵当権を設定
  • 返済できず競売、C(買受人)が家を買い受ける
  • 家の中にエアコン、庭に庭石、屋根裏に増築した子ども部屋を配置
  • 庭石は抵当権設定前から、エアコンは設定後に取り付けた物

Bさんは、自宅の土地と建物に、銀行Aのために抵当権を設定して、お金を借りました。返済できないまま、家は競売にかけられて、Cさんが買い受けました。庭の大きな庭石は、抵当権を付ける前から、ずっと庭に置いてあった物です。リビングのエアコンは、抵当権を付けた後で、Bさんが新しく買って取り付けた物でした。ところが、引っ越しの日に、Bさんがこう言いました。「リビングのエアコンと、庭の大きな庭石は、自分の物だから持っていく」と。Cさんは「家と一緒に買ったはずだ」と言い返しました。どちらが正しいんでしょうか。先に答えを言っておきます。抵当権の効力が及んでいれば、エアコンも庭石も、競売でそのままCさんの物になります。

ポイントは2つです。1つは、それが家の「一部」になった物か、独立したまま家に仕える「従物」か。もう1つは、抵当権を付けた前からあったのか、後から足したのかです。今日は、この2つの軸を、370条という条文から組み立てます。

前回は「どの債権を」、今日は「どの物に」

前回の確認板。前回=抵当権が担保する債権の範囲(375条・利息と遅延損害金は最後の2年分)。今日=抵当権の効力が及ぶ目的物の範囲(370条)。問いの軸が「債権」から「物」に変わる。 図:前回の確認板

  • 前回=抵当権が担保する債権の範囲(375条・利息と遅延損害金は最後の2年分)
  • 今日=抵当権の効力が及ぶ目的物の範囲(370条)
  • 問いの軸が「債権」から「物」に変わる

前回、抵当権が担保する「債権」の範囲を見ました。利息と遅延損害金は、いつからいつまでの分しか先取りできない、と言ったか、覚えていますか?最後の2年分でした。375条で制限されるんでしたね。今日は、問いの向きを変えます。「どの物に、抵当権の効力が及ぶか」です。土地と建物に抵当権を付けたとき、その上に置いてある物、取り付けた物にまで、効力は及ぶんでしょうか。

370条を読む

370条全文カードの背景。「抵当地の上に存する建物を除き」と「付加して一体となっている物」の2箇所に下線。 図:370条全文カードの背景

条文を読みましょう。

条文民法370条

民法第370条 抵当権は、抵当地の上に存する建物を除き、その目的である不動産(以下「抵当不動産」という。)に付加して一体となっている物に及ぶ。ただし、設定行為に別段の定めがある場合及び債務者の行為について第四百二十四条第三項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合は、この限りでない。

この物のことを、付加一体物と呼びます。今日一日、この言葉が繰り返し出てきます。まず、条文の骨格だけ確認しておきましょう。本文で「原則、及ぶ」と定め、ただし書で2つの場合に「及ばない」と定める。この構造です。まずは本文の「及ぶ」の中身から詰めていきます。

土地の抵当権は、建物に及ばない

一言板。「抵当地の上に存する建物を除き」=日本法では土地と建物は別個独立の不動産。土地の抵当権は、その上の建物には及ばない。土地と建物を別の人が持てることの伏線として、法定地上権という論点が後の回で出てくる。 図:一言板

  • 「抵当地の上に存する建物を除き」=日本法では土地と建物は別個独立の不動産
  • 土地の抵当権は、その上の建物には及ばない
  • 土地と建物を別の人が持てることの伏線として、法定地上権という論点が後の回で出てくる

まず、370条本文の冒頭にある「建物を除き」です。これは、もう理由まで知っている話ですね。土地と建物が別々の不動産だから、Bさんの土地に付けた抵当権は、その上に建つ建物には、そもそも及びません。「不動産」という言葉自体が、土地と建物で別々に数えられるからです。冒頭の設例では、土地と建物、両方に抵当権を設定していたので、この例外は問題になりません。ただ、実際には、土地にしか抵当権を付けていなかった、という場面もあります。すると、土地は競売で他人のものになるのに、建物だけがBさんの手元に残る、というねじれが起こります。

土地と建物を別々の人が持つことになると、建物を使う法的な根拠がなくなってしまいます。この問題を解決する仕組みが、後の回で扱う法定地上権です。今日は、「土地と建物が別だから、後でこういう問題が起きる」という伏線だけ張っておきます。

付合物には、設定の前後を問わず及ぶ

付合物の受け板。壁紙・増築部分などの付合物(242条で不動産の一部になった物)は、370条本文の付加一体物に含まれ、設定の前後を問わず抵当権の効力が及ぶ。理由=法律上すでに不動産そのものだから。 図:付合物の受け板

  • 壁紙・増築部分などの付合物(242条で不動産の一部になった物)は、370条本文の付加一体物に含まれ、設定の前後を問わず抵当権の効力が及ぶ
  • 理由=法律上すでに不動産そのものだから

次に、付合物です。壁紙や、冒頭の設例にあった増築した子ども部屋のように、不動産にくっついて、法律上その一部になってしまった物ですね。付合物は、すでに法律上「不動産そのもの」の一部です。だから、370条本文の付加一体物に、当然含まれます。抵当権を設定した前に付合していても、後に付合していても、関係ありません。なぜ、前後を問わないんですか。付合してしまった以上、それはもう独立した別の物ではなく、抵当不動産という1つの物の一部になっているからです。不動産を1個の物として押さえている以上、その一部であるかぎり、いつ付いたかは問題になりません。冒頭のBさんの家なら、増築した子ども部屋は、この付合物にあたります。設定の前後を問わず、Cさんの物です。

従物とは、独立したまま主物に仕える物

従物の受け板。従物とは、常用に供する・附属させた・独立の物・同一所有者という4条件(87条1項)を満たし、独立の物のまま主物に仕える物。付合物と違い、物としては主物と別のまま。エアコンが典型例。 図:従物の受け板

  • 従物とは、常用に供する・附属させた・独立の物・同一所有者という4条件(87条1項)を満たし、独立の物のまま主物に仕える物
  • 付合物と違い、物としては主物と別のまま
  • エアコンが典型例

ここまでは、付合物、つまり「不動産そのものの一部になった物」の話でした。ここからは、様子が違う物が出てきます。従物です。土地の上に置かれた石灯籠や、取り外せる庭石を、土地の従物と認めた判例で、その4条件を確認しました。冒頭のエアコンに当てはめてみましょう。家を快適に住める状態に保つために、継続して使う物です。壁に取り付けてあります。取り外せば別の部屋にも付け替えられる、独立した物です。そして、Bさん自身が買った物です。4つとも満たすので、エアコンは家の従物です。庭石も、埋め込まれて動かせないのではなく、置いてあって動かせるなら、判例のとおり土地の従物です。

ここで、今日はじめて扱う問いが出てきます。付合物と違って、独立した物のままの従物にも、抵当権の効力は及ぶんでしょうか。

付加一体物に、従物は含まれるか

学説対立の対比板。A説=物理的一体性説(判例)。従物は独立の物なので370条本文には含まれないが、87条2項の「処分」を設定行為と捉え、設定当時の従物には効力が及ぶとする。B説=経済的一体性説(通説)。抵当権は交換価値を把握する権利であり、一体性を物理的なくっつき方だけで測るのは妥当でない。従物は経済的価値的一体性を有するので、370条本文の付加一体物に含まれる。 図:学説対立の対比板

  • A説=物理的一体性説(判例)
  • 従物は独立の物なので370条本文には含まれないが、87条2項の「処分」を設定行為と捉え、設定当時の従物には効力が及ぶとする
  • B説=経済的一体性説(通説)
  • 抵当権は交換価値を把握する権利であり、一体性を物理的なくっつき方だけで測るのは妥当でない
  • 従物は経済的価値的一体性を有するので、370条本文の付加一体物に含まれる

ここが、今日いちばんの山場です。370条本文の「付加一体物」に、従物は含まれるでしょうか。答えは、学説が分かれます。出発点に戻りましょう。抵当権の設定を学んだ回で見た、抵当権の本質です。抵当権は、どういう権利でしたか。占有には手を付けず、「売ったらいくらになるか」という交換価値だけを押さえる権利です。この1点から、2つの説が生まれます。まず、A説、物理的一体性説です。これは、判例が伝統的に採ってきた立場です。370条の「付加して一体となっている物」とは、物理的にくっついて一体化した物に限る、と考えます。条文の「付加して一体となっている」という言葉を、文字どおり、くっついて1つになった状態と読むからです。

だから、A説からは、従物は370条本文には含まれません。そこで、A説は別の条文を持ち出します。87条です。

条文民法87条

民法第87条 物の所有者が、その物の常用に供するため、自己の所有に属する他の物をこれに附属させたときは、その附属させた物を従物とする。 2 従物は、主物の処分に従う。

「処分」の読み方板。87条2項「従物は、主物の処分に従う」。A1=処分を抵当権の設定と読む→設定当時にあった従物に及ぶ。A2=処分を抵当権の実行と読む→実行時にある従物に及ぶ(設定後に付けた物も)。 図:「処分」の読み方板

  • 87条2項「従物は、主物の処分に従う」
  • A1=処分を抵当権の設定と読む→設定当時にあった従物に及ぶ
  • A2=処分を抵当権の実行と読む→実行時にある従物に及ぶ(設定後に付けた物も)

1項は、従物とは何かの定義でした。今日の鍵になるのは2項です。「従物は、主物の処分に従う」。この「処分」という言葉を、どの時点の行為と読むかで、説明が変わってきます。読み方が、複数あるんですか。あります。1つは、「処分」を、抵当権の設定行為そのものと読む考え方です。これをA1と呼びましょう。物の分類の回で、処分とは、売買のように、権利関係を動かす行為だと見ました。抵当権を設定することも、家の交換価値を銀行に押さえさせるという形で、権利関係を動かす処分です。この読み方に立つと、設定という処分によって、その時点に存在した従物にも、抵当権の効力が及ぶ、と説明できます。実際の判例も、抵当権を設定した当時に存在した従物については、この87条2項の適用で効力が及ぶとしています。

もう1つは、「処分」を、もっと広く、抵当権を実行して売り払う段階の行為と読む考え方です。これをA2と呼びましょう。競売で家の持ち主がCさんに移るのは、売買と同じく、まさに持ち主を変える処分だからです。この読み方なら、設定より後に付け加えた従物でも、実行の時点で存在してさえいれば、処分の対象に含めて説明できそうです。理屈のうえでは、A2の読み方なら設定後のエアコンにも及ぶ、と言えます。ただ、判例が実際にA2の読み方まで踏み込んだかどうかは、確定していません。だから、A説に立つ限り、設定後に付けた従物については、はっきりした結論が出せない、という状態が残ります。

これが、A説の条文操作です。

B説の板。B説=経済的一体性説(通説)。抵当権は占有を設定者に残して交換価値を押さえる権利→一体性は物理的なくっつき方ではなく経済的な価値のまとまりで測る→従物も370条本文の付加一体物に含まれる(設定の前後を問わない)。 図:B説の板

  • B説=経済的一体性説(通説)
  • 抵当権は占有を設定者に残して交換価値を押さえる権利→一体性は物理的なくっつき方ではなく経済的な価値のまとまりで測る→従物も370条本文の付加一体物に含まれる(設定の前後を問わない)

一方、B説、経済的一体性説は、通説の立場です。抵当権は、占有ではなく交換価値を押さえる権利です。だとすれば、一体性を物理的なくっつき方だけで測るのは、おかしいのではないか。B説はそう考えます。従物は、主物の経済的な効用を助け、主物と経済的に一体をなす物です。だから、物理的にくっついていなくても、370条本文の付加一体物に、最初から含まれる、と説明します。同じ「及ぶ」という結論にたどり着くための、通り道が違います。

⭐ 論文で書く規範:付加一体物に従物を含むか(規範・B説=経済的一体性説=通説) 抵当権は、目的物の占有を設定者に残したまま交換価値を把握する担保物権であるから、付加一体物とは物理的一体性を有する物に限られず、経済的価値的一体性を有する物をいうと解する。そして、主物の経済的な働きを支える従物も、主物と経済的価値的一体性を有する以上、付加一体物に当たる。 (出どころ=抵当権の本質(交換価値把握権)からの解釈(通説))

この規範自体は、論文でも問われうる骨格です。規範の境界を、冒頭の設例で確認しましょう。例えば、エアコンは、家を住まいとして使うために取り付けられ、家の経済的な効用を助けています。だから、経済的価値的一体性があり、付加一体物に含まれます。これに対して、Bさんがリビングに置いていたテレビやソファはどうでしょう。これは、Bさん個人の暮らしのための家財で、家そのものの効用を助ける物ではありません。従物にあたらず、付加一体物にも含まれないので、Bさんが持っていけます。では、この規範は、設定の前後で結論を変えるのか。次の板で確かめます。

設定前の従物と設定後の従物

設定前後の従物を比べる表。行=付合物/設定前の従物/設定後の従物。列=A説(物理的一体性説・判例)/B説(経済的一体性説・通説)。付合物=両説とも370条本文で及ぶ。設定前の従物=A説87条2項(処分=設定)で及ぶ/B説370条本文で及ぶ。設定後の従物=A説は判例の到達点が不確定/B説370条本文で及ぶ(前後を問わない)。 図:設定前後の従物を比べる表。行=付合物/設定前の従物/設定後の従物。列=A説(物理的一体性説・判例)/B説(経済的一体性説・通説)。付合物=両説とも370条本文で及ぶ。設定前の従物=A説87条2項(処分=設定)で及ぶ/B説370条本文で及ぶ。設定後の従物=A説は判例の到達点が不確定/B説370条本文で及ぶ(前後を問わない)。

この対立を、一枚の板に整理します。その前に、1つ考えてみてください。冒頭のエアコンは、抵当権を設定した後で、Bさんが買って取り付けた物でした。設定前からあった庭石と、同じ結論になるでしょうか。うーん、考えてみます。設定前の物と、後から付けた物とでは、何か違いそうな気がします。では、板で確認しましょう。まず付合物は、A説でもB説でも、370条本文で及びます。ここは争いがありません。設定前からあった従物、つまり庭石のような物です。A説は、87条2項の「処分」を設定行為と見て、設定当時に存在した従物には及ぶとします。B説は、370条本文で及ぶとします。どちらの説でも、結論は「及ぶ」で一致します。

設定後に付けたエアコンのような従物で、結論が分かれます。B説だと、370条本文に「設定の前後を問わない」という縛りがそもそもないので、設定後に付けたエアコンでも、経済的な一体性さえあれば、及びます。A説は、87条2項の「処分」を設定行為だと理解している以上、設定の時点でまだ存在していないエアコンは、その処分の対象になりません。実行の段階を「処分」と捉え直せば救える、という理屈も学説上はありますが、判例がそこまで踏み込んだかどうかは、確定していません。付合物と、設定前の従物は、どちらの説でも結論は同じ。違いが出るのは、設定後の従物、この一点だけです。冒頭のBさんの家で言えば、庭石は設定前からあったので、庭石は争いなくCさんの物。エアコンは設定後に付けた物なので、通説に立てば迷わずCさんの物ですが、判例の立場だと、読み方で結論が割れます。A1の読み方なら、設定のときに無かったエアコンには及ばず、Bさんが持っていけます。A2の読み方なら、競売のときにあるので及び、Cさんの物です。

効力が及ばない3つの場合

効力が及ばない3類型の対比板。①権原に基づいて付属させた独立性のある物(242条ただし書・弱い付合)②設定行為で別段の定めをした場合(370条ただし書前段・登記で対抗)③詐害行為となる付加(424条3項・370条ただし書後段)。 図:効力が及ばない3類型の対比板

ここまでは「及ぶ」場面でした。最後に、効力が及ばない場合を見ておきます。242条ただし書の場合と、370条ただし書の2つで、合わせて3つです。1つ目は、242条ただし書のケースです。借りている人が、権原に基づいて取り付けた、独立性のある物です。例えば、Bさんから庭の一部を借りた人が、Bさんの承諾を得て果樹を植えた場合、それは他人のもののままで、抵当不動産の所有者の物にはなりません。このように、くっついても独立性を保ったまま、他人のもののまま残る場合を、弱い付合と呼びます。当然、抵当権の効力も及びません。ここで2つ目、370条ただし書前段です。設定行為に別段の定めがある場合を指します。

特約で、一部の物を効力の範囲から外すことはできます。もっとも、買受人など第三者にこの特約を対抗したいなら、登記しておかなければなりません。そして3つ目、370条ただし書後段です。債務者の行為が、詐害行為取消請求の対象になる場合を指します。債権者を害すると知りながらした行為を、あとから取り消せる仕組みです。中身は別の回で扱いますが、今日は「債権者を害すると知りながら物を付け加えても、抵当権の効力の拡張という利益は与えない」という最小限の理解にとどめてください。例えば、競売を前に、通謀して高価な物をわざと建物に埋め込んでも、その部分には抵当権の効力は及びません。

従物にも、抵当権の登記で対抗できる

対抗の板。抵当権の効力が従物に及ぶ場合、抵当不動産の登記(対抗要件)で、従物についても第三者に対抗できる。石灯籠・庭石の判例を、抵当権の場面で回収する。 図:対抗の板

  • 抵当権の効力が従物に及ぶ場合、抵当不動産の登記(対抗要件)で、従物についても第三者に対抗できる
  • 石灯籠・庭石の判例を、抵当権の場面で回収する

最後に、対抗の問題です。物の分類を学んだ回で、主物の登記が従物のぶんまで働く、という話をしましたね。この考え方は、抵当権の場面でもそのまま働きます。なぜかというと、設定前からある従物には、A説なら87条2項で、B説なら370条本文で、どちらの説でも抵当権の効力が及ぶからです。効力が及ぶ以上、抵当不動産の登記を見た人は、「この不動産には、付加一体物として従物も含まれているかもしれない」と、登記から読み取れるはずです。従物だけを別に公示する手段は、そもそもありません。だから、抵当不動産についての登記1つで、従物についても第三者に対抗できるんです。

冒頭のBさんの例で考えましょう。もし、Bさんが競売にかけられる前に、庭石だけを、こっそり第三者Dさんに売っていたとします。Dさんは「自分が買ったのだから、庭石は自分の物だ」と言いたくなりますよね。抵当権者Aは、土地建物の登記によって、この庭石についても対抗要件をすでに備えています。だから、Dさんが後から庭石だけを買い受けても、Aの抵当権には対抗できません。抵当権が実行されれば、庭石ごとCさんの物になります。新しく覚えることはありません。抵当不動産の登記1つで、従物のぶんまでカバーされる、と押さえておいてください。

冒頭の答えを、もう一度

まとめ板。370条本文(建物を除き・付加一体物に及ぶ)→建物は別個不動産で及ばない→付合物は設定前後問わず及ぶ→従物は学説対立(A説=物理的一体性説・87条2項/B説=経済的一体性説・370条本文)→設定前の従物はどちらの説でも及ぶ・設定後の従物はB説なら及ぶがA説は不確定→効力が及ばない3類型→従物への対抗も登記でカバー。 図:まとめ板

今日の骨格を振り返りましょう。抵当権の効力は、370条本文により、抵当不動産に付加して一体となっている物に及びます。ただし、建物は別個独立の不動産なので、そもそも及びません。問題は従物でした。物理的一体性説は、従物を370条本文には含めず、条文でいう87条2項の「処分」を設定行為と捉えて、設定当時の従物に及ぼす。経済的一体性説は、抵当権が交換価値を押さえる権利であることから、従物も370条本文に含めて、設定の前後を問わず及ぼす。冒頭に戻りましょう。増築した子ども部屋は付合物です。設定の前後を問わず、Cさんの物です。庭石は設定前からあったので、どちらの説でも、争いなくCさんの物です。

設定後に取り付けたエアコンは、通説に立てば、Cさんの物です。判例の立場では、処分の読み方次第で、答えが割れる場面です。これが、Bさんの「エアコンと庭石は自分の物だ」という言い分への答えです。権原に基づく付属物、別段の定め、詐害行為の3つは効力が及ばず、逆に効力が及ぶ従物には、抵当不動産の登記でそのまま対抗できます。

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#119単独ページ動画

抵当権の効力と従たる権利・分離物・果実

第3章 担保物権 #119/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

山から切り出した木は、まだ抵当権の中か

冒頭設例の関係図。A(抵当権者・銀行)がB(山林所有者)の山林に抵当権を設定。返済が遅れる。B→伐採・搬出→トラック→C(材木店)。山林上に残る木と、搬出されてCの倉庫にある木の2場面を並べる。 図:冒頭設例の関係図

  • A(抵当権者・銀行)がB(山林所有者)の山林に抵当権を設定
  • 返済が遅れる
  • B→伐採・搬出→トラック→C(材木店)
  • 山林上に残る木と、搬出されてCの倉庫にある木の2場面を並べる

Bさんは、自分の山林に、銀行Aのための抵当権を付けて、事業資金を借りました。ところが、返済が遅れ始めたころ、Bさんは山の杉を伐り出して、トラックで運び出しました。そして、材木店のCさんに売ってしまいました。山は丸裸になっています。Aさんはこう言いました。「その木は、抵当に入っていた山の木だ。返してもらう」。この主張は通るんでしょうか。先に答えを言っておきます。伐った木にも、抵当権の効力は及んでいます。ただ、山から運び出されてCさんの手に渡ると、AはそれをCさんには主張できません。山の上にある間なら、運び出しそのものを止められます。

今日は、その違いがどこで生まれるかを見ていきます。

前回の2つの説を、1枚で思い出す

前回の確認板。A説=物理的一体性説(判例)。従物は独立の物なので370条本文には含まれないが、87条2項の「処分」を設定当時の行為と読んで及ぶとする。B説=経済的一体性説(通説)。抵当権は交換価値を把握する権利であり、経済的な一体性があれば370条本文の付加一体物に含まれるとする。 図:前回の確認板

  • A説=物理的一体性説(判例)
  • 従物は独立の物なので370条本文には含まれないが、87条2項の「処分」を設定当時の行為と読んで及ぶとする
  • B説=経済的一体性説(通説)
  • 抵当権は交換価値を把握する権利であり、経済的な一体性があれば370条本文の付加一体物に含まれるとする

前回、抵当権が370条の「付加して一体となっている物」に従物を含むかで、2つの説が対立していました。覚えていますか?物理的にくっついているかを見る説と、経済的な価値のまとまりを見る説でした。A説、物理的一体性説は判例の立場です。従物は主物とは別の独立した物なので、370条本文には含まれない、とします。そこで持ち出したのが、87条2項の「従物は、主物の処分に従う」という条文でした。抵当権を設定することも、主物の権利関係を動かす「処分」だと読めば、設定したときにあった従物も、その処分に従うことになります。こうして、設定当時の従物にも及ぶという結論を導きました。B説、経済的一体性説は通説の立場で、抵当権が交換価値を押さえる権利であることから、物理的にくっついていなくても、経済的に一体なら370条本文にそのまま含まれる、としました。

今日も、この2つの説が出てくるんですか。出てきます。実は、今日の最初のテーマ、従たる権利の説明にも、この2つの説がそのまま使えます。今日は、前回とは違う物や権利や利益に、抵当権の効力がどこまで広がるかを見ていきます。

借地上の建物の抵当権は、借地権にも及ぶ

借地上建物の関係図。X(地主)がB(建物所有者)に土地を賃貸。Bはその土地の上に建物を所有し、建物にA(抵当権者)のための抵当権を設定。抵当権の効力は建物だけでなく、Bが持つ土地の賃借権にも及ぶ。 図:借地上建物の関係図

  • X(地主)がB(建物所有者)に土地を賃貸
  • Bはその土地の上に建物を所有し、建物にA(抵当権者)のための抵当権を設定
  • 抵当権の効力は建物だけでなく、Bが持つ土地の賃借権にも及ぶ

ここからは、今日はじめて扱う場面です。Xさんの土地を借りて、その上に建物を持っているBさんがいたとします。Bさんが、この建物に、Aさんのための抵当権を設定しました。前回学んだとおり、土地と建物は別個の不動産なので、この抵当権は建物にしか付いていません。ところが、判例は、この抵当権の効力が、建物だけでなく、Bさんが持っている土地の賃借権、つまり借地権にも及ぶ、としています。考えてみてください。借地の上に建つ建物を、競売でCさんが買い受けたとして、借地権が付いてこなければ、Cさんはどうなりますか。その土地を使う権利がないので、建物があっても、すぐに出ていけと言われてしまいそうです。借地権が付いてこなければ、建物の交換価値は、ほとんど実現できません。だから、判例は、建物の抵当権の効力を、借地権にも及ぼすんです。ここで、前回の2つの説が、また出てきます。

A説、物理的一体性説からは、借地権は建物にくっついている「物」ではないので、370条本文には乗りません。そこで、87条2項を類推適用します。「従物は主物の処分に従う」という考え方を、「建物に従う借地権」というかたちで借りてくるわけです。一方、B説、経済的一体性説からは、借地権は建物の経済的な価値と一体をなす権利なので、370条本文を類推適用して、直接及ぶと説明できます。地上権が敷地の権利だった場合も、同じように及びます。

効力が及んでも、そのまま使えるとは限らない

承諾の板。地上権なら譲渡自由。賃借権は612条1項により賃貸人の承諾が必要。競売の買受人は、承諾が得られなければ借地借家法20条で裁判所に承諾に代わる許可を求める。 図:承諾の板

  • 地上権なら譲渡自由
  • 賃借権は612条1項により賃貸人の承諾が必要
  • 競売の買受人は、承諾が得られなければ借地借家法20条で裁判所に承諾に代わる許可を求める

ただ、ここで注意が要ります。「借地権に効力が及ぶ」ことと、「買受人がそのまま土地を使える」ことは、別の問題です。敷地の権利が地上権なら、地上権は自由に譲渡できる権利なので、問題は起きません。以前、地上権を扱った回で見たとおりです。ところが、敷地の権利が賃借権の場合は、話が変わります。条文を見てみましょう。

条文民法612条1項

民法第612条第1項 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。

借地権が賃借権の場合、競売でCさんが建物を買い受けても、地主Xさんの承諾がなければ、Cさんはその借地権を使えません。もっとも、Xさんがどうしても承諾してくれない場合のために、借地借家法20条という制度があります。Cさんが裁判所に申し立てれば、Xさんの承諾に代わる許可を出してもらえる、という仕組みです。地上権なら譲渡自由、賃借権なら承諾か裁判所の許可が要る。この対比だけ、押さえておいてください。

山から切り出された木にも、抵当権は及ぶか

分離物の板。Aの抵当権が付いたB所有の山林の立木が伐採された場合、伐採されて動産になった木(分離物)にも、抵当権の効力はなお及ぶか、という論点。抵当権は不動産を丸ごと把握する物権であることから考える。 図:分離物の板

  • Aの抵当権が付いたB所有の山林の立木が伐採された場合、伐採されて動産になった木(分離物)にも、抵当権の効力はなお及ぶか、という論点
  • 抵当権は不動産を丸ごと把握する物権であることから考える

ここからが、今日の本題です。冒頭のBさんの山林を、もう一度思い出してください。山林の上に生えている立木は、土地にくっついている付加一体物として、抵当権の効力が及んでいます。立木に効力が及ぶところまでは、前回と同じです。今日新しく問うのは、その立木が伐採されて、山林から切り離された場合です。切り離された木材、これを分離物と呼びます。分離物になっても、なお抵当権の効力は及ぶんでしょうか。切り離されて動産になった木にも、抵当権の効力は及ぶのか。これが、今日いちばんの問いです。結論から言うと、及びます。理由を考えてみましょう。抵当権は、どういう権利でしたか。

目的物全体を、丸ごと支配する物権です。抵当権は、山林という目的物を、丸ごと把握する物権です。その一部だった木が切り離されたからといって、抵当権という権利そのものが、その部分だけ消えてなくなる理由にはなりません。だから、伐採された木にも、抵当権の効力はそのまま及びます。

及ぶとして、誰に対抗できるか

公示の板。抵当権は登記を対抗要件とする物権(177条)。第三者に主張できるのは分離物が登記された不動産の上にある間だけ。山林上なら主張できるが、山林の外に出ると主張できなくなる。 図:公示の板

  • 抵当権は登記を対抗要件とする物権(177条)
  • 第三者に主張できるのは分離物が登記された不動産の上にある間だけ
  • 山林上なら主張できるが、山林の外に出ると主張できなくなる

ただし、話はここで終わりません。「効力が及ぶ」ことと、「その効力を誰にでも主張できる」ことは、別の問題です。効力が及んでいても、誰にでも言えるとは限りません。抵当権は、登記を対抗要件とする物権でした。登記が示しているのは、あくまでその土地です。だから、第三者に向かって「この木にも抵当権が及んでいる」と言えるのは、木が、登記された土地の上にある間だけだ、と考えられています。登記は土地に付いていて、木材そのものには付いていない。そこがポイントです。木材そのものを公示する手段はありません。だから、抵当権の登記という公示が届く範囲、つまり山林の上にある間は、抵当権の効力を誰にでも対抗できます。前回、従物についても、抵当不動産の登記1つで第三者に対抗できる、と見ましたね。それと同じ理屈です。ところが、山林の外に搬出されてしまうと、その木材を見ても、もう「この山の登記が及んでいる物だ」とは分からなくなります。公示が届かなくなった以上、そこから先は対抗できない、と考えるわけです。

⭐ 論文で書く規範:分離物への効力と対抗(規範) 抵当権は、抵当不動産を丸ごと把握する物権である。そのため、不動産から切り離された物にも、効力は及ぶと解する。もっとも、抵当権の公示は登記によるから、第三者に効力を主張できるのは、分離物が登記された不動産の上にある間に限られると解する。 (出どころ=抵当権の性質(不動産全体を支配する物権性・登記による公示)からの解釈(通説))

このあと、伐採された木がどこにあり、相手が誰かによって、結論が分かれていきます。1つ、考えてみてください。もし、山の上にまだ木がある間に、無権利の第三者がその木を運び出そうとしているのを見つけたら、Aさんは何ができるでしょうか。搬出されたあとと、同じ結論になるでしょうか。うーん、山の上にある間なら、まだ公示は届いていますよね。搬出されたあととは、違う結論になりそうな気がします。では、場面を分けて確認していきましょう。

177条の「第三者」で、結論が分かれる

伐った木はどこにあり、相手は誰か。行=(a)山林上にある/(b)搬出後・相手が設定者B/(c)搬出後・相手が無権利の不法行為者/(d)搬出後・相手が譲受人C。列=177条の第三者にあたるか/Aは対抗できるか。(a)登記が届いている・誰にでも対抗可・搬出の差止め可。(b)当事者なので第三者にあたらない・対抗できる。(c)不法行為者は第三者にあたらない・対抗できる。(d)第三者にあたる(背信的悪意者を除く)・対抗できない。下段に注記:最判昭和57年3月12日は工場抵当法という特別法の事案で、備付動産が搬出され即時取得の保護を受けない第三者には返還を請求できるとした別枠のルール。一般の抵当権の伐木とは別の枠組み。 図:伐った木はどこにあり、相手は誰か。行=(a)山林上にある/(b)搬出後・相手が設定者B/(c)搬出後・相手が無権利の不法行為者/(d)搬出後・相手が譲受人C。列=177条の第三者にあたるか/Aは対抗できるか。(a)登記が届いている・誰にでも対抗可・搬出の差止め可。(b)当事者なので第三者にあたらない・対抗できる。(c)不法行為者は第三者にあたらない・対抗できる。(d)第三者にあたる(背信的悪意者を除く)・対抗できない。下段に注記:最判昭和57年3月12日は工場抵当法という特別法の事案で、備付動産が搬出され即時取得の保護を受けない第三者には返還を請求できるとした別枠のルール。一般の抵当権の伐木とは別の枠組み。

分かれ目は、177条の「第三者」にあたるかどうかです。当事者やその包括承継人以外で、登記が無いことを主張する正当な利益を持つ人、でしたね。まず、(a)伐木が、まだ登記された山林の上にある場合です。この場合、公示はまだ届いているので、Aさんは誰に対してでも効力を対抗できます。搬出しようとしている者がいれば、その搬出行為を差し止める請求もできます。さっきの問いへの答えは、これです。山の上にある間なら、無権利の第三者による搬出も止められます。搬出された後は、相手によって分かれます。(b)相手が設定者のBさん自身の場合。Bさんは、抵当権を設定した当事者そのものであって、177条の「第三者」にはあたりません。だから、Aさんは山林への返還を求められます。(c)相手が、権利もないのに勝手に持ち出した不法行為者の場合も、同じです。不法行為者も177条の「第三者」にはあたらないので、Aさんは対抗できます。

ところが、(d)搬出された木を、材木店のCさんのような譲受人が買い受けた場合は、話が変わります。このCさんは、177条の「第三者」にあたります。抵当に入っていた山の木だと知って買っていたとしても、それだけでは変わりません。Aさんはこの効力を対抗できず、山林へ戻すよう求めることはできません。ただし、Aさんへの嫌がらせを目的に買ったような背信的悪意者なら、第三者にあたらないので、Aさんは対抗できます。ここで、1つだけ注意しておきたい判例があります。工場に置かれた機械などの備付動産について、それが搬出され、第三者に譲渡された事案で、その第三者が即時取得の保護を受けない限り、元の場所に戻すよう請求できるとした判例です。

さっきの(d)と似た場面ですが、これは工場抵当法という特別な法律のもとでの話です。一般の抵当権の伐木では、(d)のとおり、譲受人が177条の第三者にあたれば、それだけでAさんは対抗できません。工場抵当の事案では、譲受人が即時取得の保護まで受けていなければ戻させられる、という別の枠組みです。なお、搬出そのものを実力で止める請求の中身は、抵当権に基づく妨害排除として、別の回で詳しく扱います。今日は、そういう請求ができる、という結論だけ押さえておいてください。山の上にある間なら止められ、Cさんの手に渡れば言えない。これが、冒頭の問いへの答えです。

効力が及ばない物

及ばない物の板。第三者が所有する物(従物を含む)、付合物でも従物でもない独立した動産には、抵当権の効力は及ばない。 図:及ばない物の板

ここで、逆に効力が及ばない物も、1枚で確認しておきます。第三者が所有する物には、そもそも効力は及びません。これは、従物についても前回見たとおりです。また、付合物でも従物でもない、ただそこにあるだけの独立した動産にも、効力は及びません。ここまでが、山という不動産にまつわる「物」と「権利」の話でした。最後に、不動産そのものが生み出す「利益」の話に移ります。

果実には、不履行の後から及ぶ

371条の板。「抵当権は」「その担保する債権について不履行があったときは」「その後に生じた抵当不動産の果実に及ぶ」の3箇所を区切って示す。平時は及ばない、不履行後だけ及ぶ、という構造。 図:371条の板

  • 「抵当権は」「その担保する債権について不履行があったときは」「その後に生じた抵当不動産の果実に及ぶ」の3箇所を区切って示す
  • 平時は及ばない、不履行後だけ及ぶ、という構造

抵当権を設定した山林や建物から、賃料や収穫物のような利益が生まれることがあります。これを果実と呼ぶのは、以前学んだとおりです。この果実に、抵当権の効力は及ぶんでしょうか。条文を読みましょう。

条文民法371条

民法第371条 抵当権は、その担保する債権について不履行があったときは、その後に生じた抵当不動産の果実に及ぶ。

この条文を裏から読むと、不履行がない平時は、果実には及ばないのが原則だと分かります。なぜかというと、抵当権は、目的物の占有を設定者のもとに残したままの、非占有担保物権だからです。設定者は、返済をきちんと続けている限り、自分の山林や建物を自由に使い、そこから利益を得てよいはずです。ところが、被担保債権について不履行があると、話が変わります。設定者に使わせておいてよい、という前提そのものが崩れるからです。不履行があった後に生じた果実には、抵当権の効力が及ぶようになります。

果実には、賃料も収穫物も含まれる

果実の種類の板。天然果実(物の用法に従って生まれる産出物・山で採れる栗やきのこなど)と法定果実(使用の対価・賃料)、どちらも371条の果実に含まれる。賃料を実際に取りにいく道具は物上代位、次回。 図:果実の種類の板

  • 天然果実(物の用法に従って生まれる産出物・山で採れる栗やきのこなど)と法定果実(使用の対価・賃料)、どちらも371条の果実に含まれる
  • 賃料を実際に取りにいく道具は物上代位、次回

果実には、天然果実と法定果実の、両方が含まれます。物の回で見たとおり、天然果実は木になる果物のような産出物、法定果実は物を使わせた対価でしたね。抵当不動産が人に貸されている場合の賃料は、法定果実の典型です。371条の理屈を思い出してください。不履行の後は、設定者に不動産の利益を自由に使わせておく、という前提が崩れるからでした。山で採れる実りでも、山を貸して得る賃料でも、この理屈は同じように当てはまります。だから条文も、果実の種類を分けていません。今日は、冒頭の杉を、山の一部が切り離された分離物として見てきました。ここでいう果実は、山を壊さずに、その用法に従って生まれる実りや、貸して得る賃料のほうです。

ただし、この条文、371条は、あくまで「効力が及ぶ」ことを定めているだけです。Aさんが、実際にその賃料を自分の手元に取り込むには、もう1つ道具が要ります。それが、物上代位という手続です。

冒頭の答えを、もう一度

まとめ板。従たる権利=借地上建物の抵当権は借地権にも及ぶ(A説87条2項類推/B説370条類推)、賃借権は612条の承諾が要る→分離物=抵当権は不動産を丸ごと把握する物権であり及ぶ、対抗できるかは登記された不動産の上にある間だけ(公示の衣)→177条の第三者で(a)山林上は誰にでも対抗可(b)(c)当事者・不法行為者に対抗可(d)譲受人には対抗不可(背信的悪意者を除く)→371条=平時は及ばない・不履行後は果実に及ぶ。 図:まとめ板

今日の骨格を振り返りましょう。抵当権は、目的物にくっついている物だけでなく、その外側に広がる権利や、切り離された物、生み出される利益にまで、効力が及ぶ場面がありました。条文操作は、前回のA説、B説がそのまま使えました。賃借権の場合は、612条の承諾か、借地借家法20条の許可が要る、という点も押さえておいてください。抵当権は、山林を丸ごと把握する物権なので、分離物にも効力は及びます。ただ、対抗できるのは、その分離物が登記された不動産の上にある間だけです。山の上にある間はAさんが誰にでも対抗でき、搬出しようとする者は止められます。搬出された後も、相手が設定者や不法行為者なら対抗できますが、譲受人には、背信的悪意者でない限り対抗できません。

Bさんが山の杉を伐り出して、材木店のCさんに売ってしまった時点で、Aさんはその木を取り戻せなくなっています。もし、Bさんが搬出しようとしている段階でAさんが気づいていれば、話は違っていました。抵当権が、占有ではなく交換価値を押さえる権利だという、この1本の軸で、今日の3つとも説明がつきます。

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#120単独ページ動画

抵当権の物上代位の対象と賃料・保険金

第3章 担保物権 #120/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

家が焼けても、抵当権は消えるのか

冒頭設例の関係図。A(抵当権者・銀行)がB(所有者)のアパートに抵当権を設定。隣家からのもらい火で夜間に全焼。建物は失われたが、保険会社からBに火災保険金が下りる。Aの抵当権はどこへ向かうかを問いかける構図。 図:冒頭設例の関係図

  • A(抵当権者・銀行)がB(所有者)のアパートに抵当権を設定
  • 隣家からのもらい火で夜間に全焼
  • 建物は失われたが、保険会社からBに火災保険金が下りる
  • Aの抵当権はどこへ向かうかを問いかける構図

Bさんは、自分のアパートに、銀行Aのための抵当権を付けて、お金を借りていました。ところが、ある夜、隣の家からのもらい火で、Bさんのアパートは全焼してしまいました。建物そのものは、もう跡形もありません。建物は消えましたが、Bさんには、保険会社から火災保険金が下りることになりました。Bさんには、ほかにも借金があります。Aさんは、建物が無くなったのだから、もう抵当権もおしまいで、ほかの債権者と同じ列に並ぶしかないんでしょうか。先に答えを言っておきます。Aさんの抵当権は、焼けた建物の代わりに、この保険金へ追いかけていけます。これが物上代位です。ただし、追いかけていける先には、判例が線を引いた場面もあります。今日は、その中身を1つずつ見ていきます。

前回の最後の話と、物上代位という名前を思い出す

前回までの確認板。371条=「抵当権は、その担保する債権について不履行があったときは、その後に生じた抵当不動産の果実に及ぶ。」効力が及ぶことを定めるだけで、実際に取り込む道具は別に要る、と前回終わった。総説の回では、倉庫が落雷で全焼して火災保険金に乗り移る例で、物上代位という名前と、器が変わっても価値は同じという理由を、先に出していた。 図:前回までの確認板

  • 371条=「抵当権は、その担保する債権について不履行があったときは、その後に生じた抵当不動産の果実に及ぶ。」効力が及ぶことを定めるだけで、実際に取り込む道具は別に要る、と前回終わった
  • 総説の回では、倉庫が落雷で全焼して火災保険金に乗り移る例で、物上代位という名前と、器が変わっても価値は同じという理由を、先に出していた

前回、371条という条文で、不履行があった後の賃料には、抵当権の効力が及ぶ、というところまで見ました。なぜ別の道具が要るかというと、効力が及ぶと言っても、賃料は、放っておけばそのままBさんの手元に入ってしまうからです。Aさんが先に取るには、Bさんが賃料を受け取る権利そのものを押さえる手続が要ります。その道具が、今日のテーマ、物上代位です。名前と理由は、もっと前、担保物権の総説の回で出てきています。思い出せますか? 倉庫が落雷で全焼して、その代わりに火災保険金を受け取る権利へ、抵当権が乗り移る、という例でした。

今日は、あの仕組みを、条文でもう一度確かめて、賃料や代金や保険金といった、それぞれの場面で、実際にどこまで追いかけていけるのかを、じっくり見ていきます。

372条は304条を借りてくる

372条の全文カードの背景。抵当権は296条・304条・351条を準用する構造。今日扱うのは304条(物上代位)。 図:372条の全文カードの背景

  • 抵当権は296条・304条・351条を準用する構造
  • 今日扱うのは304条(物上代位)

まず、条文を確認します。抵当権に物上代位が使えるのは、抵当権そのものにそう書いてあるからではありません。

条文民法372条

民法第372条 第二百九十六条、第三百四条及び第三百五十一条の規定は、抵当権について準用する。

372条は、296条、304条、351条という、もともと留置権、先取特権、質権のために作られた条文を、そのまま抵当権にも当てはめる、という構造です。今日扱うのは、この中の304条です。

条文民法304条

民法第304条 1 先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。 2 債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。

そこで、読み替えが要ります。この304条は、もともと、先取特権という別の担保物権のために書かれた条文です。先取特権というのは、法律が決めた特別な場面で、他の債権者に優先して弁済を受けられる担保物権の一種です。372条がこの304条を借りてくるとき、「先取特権」は「抵当権」に、「債務者」は「抵当権の目的物の所有者」に読み替えます。

読み替えの対応表。304条の文言=抵当権での読み方。「先取特権」→「抵当権」。「債務者」→「抵当権の目的物の所有者」。※所有者と債務者が別人の場合(物上保証人)は、所有者のほうを指す。 図:読み替えの対応表

  • 304条の文言=抵当権での読み方
  • 「先取特権」→「抵当権」
  • 「債務者」→「抵当権の目的物の所有者」
  • ※所有者と債務者が別人の場合(物上保証人)は、所有者のほうを指す

抵当権の設定の回で、物上保証人という言葉が出てきました。自分は借金をしていないのに、他人の借金のために自分の不動産へ抵当権を設定する人のことでしたね。この場合、お金を借りているのは債務者ですが、抵当に入っている不動産の持ち主は物上保証人です。304条を抵当権に読み替えるときは、「その目的物の所有者」が受け取るべき金銭その他の物、という意味になります。たとえば、息子さんの借金のために、お父さんが自分の家に抵当権を付けた場合、その家が焼けて保険金を受け取るのはお父さんです。追いかける先は、このお父さんの保険金です。

この読み替えを頭に入れたうえで、なぜこんな効力が認められるのか、趣旨を確認しましょう。

なぜ、姿を変えたお金にまで効力が及ぶのか

趣旨の板。抵当権が押さえているのは不動産そのものではなく、不動産が持つ交換価値。売却・賃貸・滅失・損傷によって目的物が姿を変えても、価値そのものは同じところにある(価値代表物)。物上代位が無ければ、代位物は所有者の一般財産に混ざり、他の債権者と平等に按分されてしまう。 図:趣旨の板

  • 抵当権が押さえているのは不動産そのものではなく、不動産が持つ交換価値
  • 売却・賃貸・滅失・損傷によって目的物が姿を変えても、価値そのものは同じところにある(価値代表物)
  • 物上代位が無ければ、代位物は所有者の一般財産に混ざり、他の債権者と平等に按分されてしまう

抵当権が押さえているのは、不動産という物そのものではなく、その物が持つ交換価値です。これは、抵当権の設定の回で見た、抵当権の一番の特徴でしたね。例えば1万円札を、千円札10枚に崩したとします。お札という器は変わっても、合計1万円という価値そのものは変わりません。物上代位は、これと同じ発想です。目的物という器が、代金や賃料や保険金というお金に姿を変えても、その中に入っている価値は同じところにある。だから抵当権は、その価値が形を変えた先まで、追いかけていくんです。保険金や代金は、ただのBさんの財産になって、ほかの債権者とも平等に按分されてしまいます。物上代位があるからこそ、Aさんは、その中から先に回収できるんです。この1本の軸を頭に置いて、目的物が姿を変える場面を、売却、賃貸、滅失・損傷の3つに分けて、順番に見ていきましょう。

①売却代金にも及ぶか

売却代金の対立板。抵当権には追及力(目的物が第三者に渡っても、抵当権は付いたまま消えない性質)がある。否定説(柚木)=追及力があるので物上代位を認める実益がない。肯定説(我妻・通説)=売却代金も交換価値の具体化であり、明文に反してまで否定する理由がない。追及力と物上代位は競合しうる。 図:売却代金の対立板

  • 抵当権には追及力(目的物が第三者に渡っても、抵当権は付いたまま消えない性質)がある
  • 否定説(柚木)=追及力があるので物上代位を認める実益がない
  • 肯定説(我妻・通説)=売却代金も交換価値の具体化であり、明文に反してまで否定する理由がない
  • 追及力と物上代位は競合しうる

1つめの場面は、目的物の売却によって受け取る代金です。ここでは、まず「追及力」という言葉を確認しておきます。抵当権のような物権は、目的物が誰の手に渡っても、その物に付いたまま消えない、という性質を持っています。これを追及力と呼びます。そこで争いになります。抵当権には、もともと追及力があって、目的物に付いていけるのに、その上さらに、売却代金にも物上代位を認める必要があるんでしょうか。この疑問から、否定説が出てきます。追及力があるのだから、代金にまで物上代位を認める実益はない、という考え方です。これに対して、通説は肯定説を採ります。売却代金も、目的物の交換価値が具体化したものにほかならない、304条の条文にも「売却」とはっきり書いてある、明文に反してまで否定する理由がない、というわけです。

通説では、追及力と物上代位は競合しうる、と考えます。抵当権者は、目的物そのものを追いかけることもできますし、売却代金を差し押さえることもできます。たとえば、Bさんが焼ける前のアパートを、買主に3000万円で売ったとします。Aさんは、買主の手に渡ったアパートに抵当権を実行することもできますし、買主がBさんに支払う前の、3000万円の代金を差し押さえることもできます。どちらを使うかは、抵当権者の選択です。

②賃料にも及ぶ

賃料の板。実は、Aさんは、Bさんが持っているもう一棟のアパートにも、抵当権を設定していた。このアパートには入居者Cが住み、Bに家賃を払っている。371条で不履行後の賃料に効力が及ぶことを前回確認済み。304条によって、その賃料を実際に取り込む道具が物上代位。用益物権の対価(地代)も304条2項で同様。 図:賃料の板

  • 実は、Aさんは、Bさんが持っているもう一棟のアパートにも、抵当権を設定していた
  • このアパートには入居者Cが住み、Bに家賃を払っている
  • 371条で不履行後の賃料に効力が及ぶことを前回確認済み
  • 304条によって、その賃料を実際に取り込む道具が物上代位
  • 用益物権の対価(地代)も304条2項で同様

2つめの場面は、賃貸によって受け取る賃料です。ここで、前回の話とつながります。前回、抵当権の効力が及ぶ果実とは何でしたか? 平時と、不履行の後とで、答えは変わりましたね?平時は及ばず、不履行があった後に生じた果実にだけ、抵当権の効力が及ぶ、という話でした。賃料も、この果実に含まれるんでしたね。実は、Aさんは、燃えてしまったアパートとは別に、Bさんが持っているもう一棟のアパートにも、抵当権を設定していました。このアパートには、Cさんが入居していて、毎月Bさんに家賃を払っています。371条によって、不履行後の賃料には抵当権の効力が及びます。ただ、効力が及ぶことと、実際に取り込めることは別問題でした。ここで、304条の物上代位が働きます。効力が及んでいる賃料債権を、Aさんが実際に差し押さえて取り込む道具が、物上代位です。

賃料を差し押さえても、Bさんが建物を使うことも、Cさんに貸すことも、何も妨げられません。使う権利はBさんに残ったままだから、価値だけを押さえるという抵当権の性質とは、ぶつからないんです。最高裁も、そう考えて、賃料のような法定果実への物上代位を認めています。抵当権が把握している交換価値が、形を変えて賃料になっただけだ、という、さっきの1万円札の理屈と同じ軸です。なお、地上権のような用益物権を設定した対価、つまり土地の使用料についても、304条2項によって、同じように物上代位できます。ただ、この賃料の場面には、判例が細かく線を引いた3つの争いがあります。1つずつ見ていきましょう。

転貸賃料には、原則、及ばない

転貸の関係図。A(抵当権者)がBのアパートに抵当権。BはCに賃貸。Cは、B(所有者)の承諾を得て、部屋の一室をD(転借人)へ転貸。原則、AはC→Dの転貸賃料債権に物上代位できない(×印)。例外=Cを所有者Bと同視すべき場合(法人格の濫用・賃貸借の仮装など)。 図:転貸の関係図

  • A(抵当権者)がBのアパートに抵当権
  • BはCに賃貸
  • Cは、B(所有者)の承諾を得て、部屋の一室をD(転借人)へ転貸
  • 原則、AはC→Dの転貸賃料債権に物上代位できない(×印)
  • 例外=Cを所有者Bと同視すべき場合(法人格の濫用・賃貸借の仮装など)

たとえば、Cさんが、自分の部屋の一室を、Dさんに又貸ししていたとします。この場合、DさんがCさんに払う転貸賃料に、Aさんは物上代位できるでしょうか。判例は、原則としてできない、としました。理由は2つあります。1つめは、条文の文言です。さきほど、304条を、「所有者」が受け取るべき金銭、と読み替えました。転貸人であるCさんは、所有者ではありません。文理上、含めるのは無理があります。2つめは、実質的な理由です。Cさんは、抵当権の負担を負う立場にありません。BさんとCさんの間の、正常な賃貸借から生まれた転貸関係で、Cさん自身の商売の利益に近い転貸賃料まで持っていかれるのでは、Cさんの利益を不当に害してしまいます。

Cさんの転貸賃料は、Cさんが自分の判断で又貸しして生み出した、Cさん自身の儲けに近いものです。Bさんの手元に入るお金でもありません。ただし、例外もあります。Cさんが、実はBさんのご家族だけが役員をしている会社で、名目だけの賃貸借契約を結んでいたような場合です。こういうときは、Cさんを所有者Bさんと同視することが相当な場合として、物上代位が認められます。

⭐ 論文で書く規範:転貸賃料債権への物上代位(規範) 抵当権者は、抵当不動産の賃借人(転貸人)を所有者と同視することを相当とする場合を除き、賃借人が取得する転貸賃料債権について物上代位権を行使することができない。 (出どころ=判例(最高裁決定))

ここは論文で論点になりうる場面です。原則否定と、その例外の線引きを押さえておいてください。

賃料を差し押さえた後、相殺は通るか

相殺の時系列図。①抵当権設定登記→②Bが Cへ賃貸→③CがBに対する金銭債権を取得(登記の後に、CがBへお金を貸した)→④Aが物上代位で賃料債権を差し押さえる。この順番なら、Cは③の債権を自働債権とする相殺で、Aに対抗できない。 図:相殺の時系列図

  • ①抵当権設定登記→②Bが Cへ賃貸→③CがBに対する金銭債権を取得(登記の後に、CがBへお金を貸した)→④Aが物上代位で賃料債権を差し押さえる
  • この順番なら、Cは③の債権を自働債権とする相殺で、Aに対抗できない

もう1つ、別の争いを見てみましょう。たとえば、Aさんの抵当権の登記がされた後で、Cさんが、大家であるBさんに、個人的にお金を貸していたとします。Aさんが、この賃料債権を差し押さえた後になって、Cさんが「実は私、Bさんにお金を貸していたので、それと相殺します」と言ってきたら、Aさんは賃料を受け取れなくなるでしょうか?判例は、これを認めませんでした。抵当権設定登記の後にCさんが取得した債権であれば、Aさんの差押えの後は、その債権を自働債権とする相殺を、Aさんに対抗できない、としたんです。自働債権というのは、保証と相殺を扱った回で見たとおり、相殺を持ち出す側、ここではCさんの貸金の債権のことです。

理由は、公示です。賃料債権にまで抵当権の力が届くことは、抵当権の登記がされた時点で、外から分かる形になっています。Cさんが後になって取得した債権による相殺は、Cさんが差押えの後になって持ち出す、いわば後出しの精算です。先に公示されていた抵当権の効力を、後から出てきた個人的な期待に優先させる理由はありません。なお、もしCさんの相殺が、Aさんの差押えよりも前に済んでいれば、話は別です。その場合、Cさんは相殺をAさんに対抗できます。時系列の順番が、結論を決めます。

⭐ 論文で書く規範:差押え後の相殺の可否(規範) 抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえた後は、賃借人は、抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって、抵当権者に対抗することができない。 (出どころ=判例(最高裁判決))

敷金は、差し引かれて当然に消える

敷金充当の板。Cさんは入居のとき、Bさんに敷金を差し入れていた。Aが賃料債権を差し押さえた後、賃貸借が終了しCがBへ明渡しをすると、賃料債権は敷金の充当により当然に消滅する(その限度でAは回収できない)。敷金は、賃料の不払いなどに備えて賃借人が賃貸人に預ける担保。 図:敷金充当の板

  • Cさんは入居のとき、Bさんに敷金を差し入れていた
  • Aが賃料債権を差し押さえた後、賃貸借が終了しCがBへ明渡しをすると、賃料債権は敷金の充当により当然に消滅する(その限度でAは回収できない)
  • 敷金は、賃料の不払いなどに備えて賃借人が賃貸人に預ける担保

もう1つ、敷金の場面です。Cさんは、この部屋に入居するとき、Bさんに敷金を差し入れていました。敷金というのは、家賃の不払いなどに備えて、賃借人があらかじめ賃貸人に預けておくお金のことです。Aさんが賃料債権を差し押さえた後、CさんとBさんの賃貸借契約が終わって、Cさんが部屋を明け渡したとします。このとき、未払いの賃料に、敷金が充てられます。ところが、判例は、この敷金の充当を認めました。賃料債権は、敷金の充当によって、その限度で当然に消滅する、としたんです。つまり、Aさんは、敷金が充てられた分だけ、回収できなくなります。たとえば、敷金が20万円で、未払いの家賃が30万円だとすると、20万円分は敷金で消えます。Aさんが取れるのは、残りの分の10万円だけです。

⭐ 論文で書く規範:差押え後の敷金による充当(規範) 抵当権者が物上代位権の行使により賃料債権を差し押さえた場合であっても、賃貸借契約が終了して目的物が明け渡されたときは、賃料債権は敷金の充当によりその限度で当然に消滅する。 (出どころ=判例(最高裁判決))

相殺は対抗できないのに、敷金の充当は通る。この逆になる結論を、次に対比して整理しましょう。

なぜ相殺はダメで、敷金充当はOKなのか

対比板。相殺=賃借人の意思表示による能動的な債権消滅。差押え後の後出しの精算であり、先に公示された抵当権の効力に劣後する→対抗できない。敷金充当=敷金契約から当然に生じる受動的な消滅であり、賃借人の意思表示による相殺ではない。抵当権設定者は、目的物を自由に賃貸し敷金契約も結べる立場にあり、抵当権者もその制約を当初から織り込み済み→対抗できる。 図:対比板

  • 相殺=賃借人の意思表示による能動的な債権消滅
  • 差押え後の後出しの精算であり、先に公示された抵当権の効力に劣後する→対抗できない
  • 敷金充当=敷金契約から当然に生じる受動的な消滅であり、賃借人の意思表示による相殺ではない
  • 抵当権設定者は、目的物を自由に賃貸し敷金契約も結べる立場にあり、抵当権者もその制約を当初から織り込み済み→対抗できる

相殺は、Cさんが差押えの後になって、「実はこういう債権も持っていました」と、自分の意思表示で後から持ち出す、いわば後出しジャンケンです。これに対して、敷金の充当は、CさんとBさんが賃貸借契約を結んだ最初の時点から、「賃貸借が終わったら、未払い分に敷金を充てます」と決まっていた、契約上の自動引き落としです。Cさんの意思表示は要りません。もう1つの見方をすると、Bさんは、抵当に入れた不動産を、自由に賃貸することができますし、その賃貸借に敷金を付けることもできる立場にあります。抵当権者のAさんも、賃貸借に敷金が付くことは、いわば最初から織り込み済みのはずです。だから、敷金の充当は、Aさんに対抗できます。一方、Cさんが差押えの後に持ち出す個人的な相殺は、Aさんが先に登記で公示していた効力に、後から割り込むものです。だから、対抗できません。

同じ「賃借人の側から賃料を消す話」に見えても、その中身が能動的な後出しか、契約上の当然の帰結かで、結論が逆になります。この対比だけ、押さえておいてください。

③滅失・損傷によって受けるべき金銭

滅失・損傷の板。第三者が目的物を壊した場合=損害賠償請求権(709条)にも物上代位できる。火災保険金請求権にも物上代位できる(判例・通説)。反対の筋=保険金は保険料の対価であって目的物の価値そのものではない。肯定の理由=①抵当権者の最後のよりどころ②保険金も交換価値の具体化といえる。実務では、この手続を避けるため保険金請求権に質権を設定するのが通例。 図:滅失・損傷の板

  • 第三者が目的物を壊した場合=損害賠償請求権(709条)にも物上代位できる
  • 火災保険金請求権にも物上代位できる(判例・通説)
  • 反対の筋=保険金は保険料の対価であって目的物の価値そのものではない
  • 肯定の理由=①抵当権者の最後のよりどころ②保険金も交換価値の具体化といえる
  • 実務では、この手続を避けるため保険金請求権に質権を設定するのが通例

ここで、冒頭の火災保険金に戻ります。3つめの場面は、目的物の滅失・損傷によって受け取る金銭です。まず、単純な場合として、たとえば、トラックが突っ込んでアパートの壁を壊したように、第三者が目的物を壊した場合は、Bさんに損害賠償請求権が生まれます。この請求権にも、物上代位できます。それは、なんとなく分かります。壊した人への賠償請求権も、交換価値の姿を変えたものです。では、冒頭のBさんのように、火事で焼けて、保険会社から保険金が下りる場合はどうでしょうか。実は、ここには反対の筋もあります。火災保険金は、Bさんが保険料を払い続けてきたことの対価であって、アパートそのものの価値ではないのではないか、という考え方です。

保険金は保険料の対価で、目的物の価値そのものではない、という疑問はもっともです。ですが、判例・通説は、この火災保険金請求権にも、物上代位を認めています。理由は2つです。1つめは、目的物そのものが無くなってしまった以上、火災保険金は、抵当権者にとって最後のよりどころだということ。2つめは、火災保険金も、目的物が持っていた交換価値が、形を変えて具体化したものだと言えることです。だから、Aさんは、冒頭の答えのとおり、この火災保険金に物上代位できます。ただし、実際の実務では、こうした煩雑な手続を避けるため、あらかじめ保険金請求権そのものに、総説の回で見た4つの担保物権の1つ、質権を設定しておくことが多いです。

お金を受け取る前に、自分で差し押さえる

差押えの確認板。304条1項ただし書=「先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。」抵当権に読み替えても同様。この差押えが具体的に何を意味するか、なぜ必要とされるかの議論は、次回。 図:差押えの確認板

  • 304条1項ただし書=「先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。」抵当権に読み替えても同様
  • この差押えが具体的に何を意味するか、なぜ必要とされるかの議論は、次回

最後に、もう一度、304条のただし書を思い出してください。物上代位を行使するには、払渡しまたは引渡しの前に、自分で差押えをしなければなりません。Bさんが保険金を受け取ってしまってから、Aさんが「その保険金は自分のものだ」と後追いすることはできません。では、なぜ払われる前でなければならないのでしょうか。冒頭の場面で、保険会社が先に、Bさんの預金口座へ保険金を振り込んでしまったら、どうなると思いますか。Bさんの口座には、ほかのお金も入っていますよね。どこまでが保険金だったのか、もう分からなくなりそうです。代表的な見方が2つあります。1つめは、今のように、Bさんの手元のお金に混ざってしまうと、焼けたアパートの代わりだった部分を区別できなくなるから、混ざる前に押さえておく、という見方です。2つめは、払う側の保険会社から見る見方です。Bさんに払えば済むのか、Aさんに払わなければならないのかが分からないと、Bさんに払った後で、Aさんからも請求されかねません。差押えがあれば、誰に払えばよいかがはっきりします。この2つのどちらを重く見るかで、差押えの意味の理解が変わってきます。今日は、払われる前に自分で差し押さえる、という一文と、その裏にこの2つの見方があることを押さえておいてください。

冒頭の答えを、もう一度

まとめ板。372条・304条=抵当権への読み替え(債務者→所有者)。趣旨=価値代表物(器が変わっても価値は同じ)。①売却代金=追及力と競合しうる(通説)。②賃料=371条とつながり物上代位で取り込む。転貸賃料は原則否定・例外は所有者と同視すべき場合。差押え後の相殺は対抗不可、敷金充当は当然に優先。③滅失・損傷=損害賠償請求権・火災保険金請求権にも及ぶ。差押えが要る(304条1項ただし書、次回)。 図:まとめ板

  • 372条・304条=抵当権への読み替え(債務者→所有者)
  • 趣旨=価値代表物(器が変わっても価値は同じ)
  • ①売却代金=追及力と競合しうる(通説)
  • ②賃料=371条とつながり物上代位で取り込む
  • 転貸賃料は原則否定・例外は所有者と同視すべき場合
  • 差押え後の相殺は対抗不可、敷金充当は当然に優先
  • ③滅失・損傷=損害賠償請求権・火災保険金請求権にも及ぶ
  • 差押えが要る(304条1項ただし書、次回)

今日の骨格を振り返りましょう。抵当権は、372条によって304条を借りてきて、目的物が姿を変えたお金にまで効力を及ぼしていました。押さえているのは物そのものではなく交換価値だから、という1本の軸でしたね。賃料については、前回の371条とつながって、効力が及んだ賃料を実際に取り込む道具が物上代位でした。転貸賃料には原則として及ばず、所有者と同視すべき場合だけ例外的に及ぶ。差押え後の相殺は対抗できないけれど、敷金の充当は当然に優先する。この2つの対比が、今日いちばんの山場でしたね。そして、滅失・損傷による損害賠償請求権にも、冒頭の火災保険金請求権にも、物上代位は及びます。Aさんの抵当権は、焼けたアパートの代わりに、この保険金へ追いかけていけます。ほかの債権者と同じ列に並ぶ必要はありません。

ただし、Aさんがこの保険金を実際に受け取るには、払渡しの前に、自分で差し押さえておく必要がありました。

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#121単独ページ動画

物上代位の差押えの趣旨と3つの説

第3章 担保物権 #121/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

なぜ、受け取る前に差し押さえないといけないのか

前回の続きの確認板。Aさん(抵当権者・銀行)、Bさん(所有者)、Bのアパートは全焼し保険会社から火災保険金。Aの抵当権は保険金に物上代位できるところまで前回確認済み。304条ただし書=「払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない」。前回末尾で「代表的な見方が2つある」と予告し名前を伏せたまま終わっている。今回はこの2つに名前を与え、3つ目を加える。 図:前回の続きの確認板

  • Aさん(抵当権者・銀行)、Bさん(所有者)、Bのアパートは全焼し保険会社から火災保険金
  • Aの抵当権は保険金に物上代位できるところまで前回確認済み
  • 304条ただし書=「払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない」
  • 前回末尾で「代表的な見方が2つある」と予告し名前を伏せたまま終わっている
  • 今回はこの2つに名前を与え、3つ目を加える

前回、Bさんのアパートが全焼して、Aさんの抵当権はその保険金に物上代位できるところまで確認しました。前回の最後に代表的な見方が2つあると予告しました。覚えていますか?1つは、Bさんの手元のお金に混ざってしまう前に押さえておくという見方。もう1つは保険会社がBさんとAさんのどちらに払えばいいか分からなくなる、という見方でした。実は見方はもう1つあって、全部で3つに分かれます。そして、どの見方に立つかによってAさんが自分で差し押さえないといけないのかという次の問題の答えまで変わってきます。今日はこの3つの見方の中身と、その先にある問題を順番に見ていきましょう。

304条ただし書、もう一度

304条の確認板。372条で「先取特権者」を抵当権者に、「債務者」を所有者に読み替える。今日扱うのはただし書の「払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない」の部分。 図:304条の確認板

  • 372条で「先取特権者」を抵当権者に、「債務者」を所有者に読み替える
  • 今日扱うのはただし書の「払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない」の部分

条文民法304条

民法第304条 1 先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。 2 債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。

前回にも見たこの条文でしたね。372条の規定によって「先取特権者」は抵当権者に、「債務者」は目的物の所有者に読み替えるんでしたね。この一文だけを見ても、なぜ差押えが要るのかは書いてありません。だからこそ説明の仕方が分かれるんです。

なぜ差押えが要るのか、3つの説

3説の比較板。①優先権保全説=物上代位は法が担保権者に与えた政策的な恩恵であり、差押えは他の債権者・譲受人との利害調整のための資格要件。②特定性維持説=物上代位は担保物権が交換価値を把握する権利として当然に認められる権能であり、差押えは目的物が一般財産に混ざるのを防ぐ要件にすぎない。③第三債務者保護説=差押えは、弁済先を誤ると二重弁済を強いられる第三債務者を保護するための対抗要件。 図:3説の比較板

  • ①優先権保全説=物上代位は法が担保権者に与えた政策的な恩恵であり、差押えは他の債権者・譲受人との利害調整のための資格要件
  • ②特定性維持説=物上代位は担保物権が交換価値を把握する権利として当然に認められる権能であり、差押えは目的物が一般財産に混ざるのを防ぐ要件にすぎない
  • ③第三債務者保護説=差押えは、弁済先を誤ると二重弁済を強いられる第三債務者を保護するための対抗要件

差押えがなぜ要るのか、代表的な説明は3つあります。まずたとえ話をはさみます。スーパーの特売で「先着100名限定・整理券が要ります」という掲示を見たことはありますか。この「なぜ」にも、いくつかの説明が考えられます。1つは整理券を持つ人だけが特典を受ける資格を得るという説明です。2つめは整理券がどの客の商品かを区別する目印に過ぎないという説明です。3つめはレジ係が後から来た別の客にも同じ商品を渡すよう求められないための証明書だという説明です。304条の差押えも、これと同じです。1つめの見方が①優先権保全説です。物上代位は法が担保権者に特別に与えた政策的な恩恵だと考えます。だとすれば差押えは、この恩恵を受けるための資格要件だということになります。

2つめが②特定性維持説です。物上代位は、抵当権が交換価値を把握する権利である以上当然に認められる権能だと考えます。だとすれば差押えは、保険金がBさんの一般財産に混ざって区別できなくなるのを防ぐ技術的な要件に過ぎないということになります。そして3つめが③第三債務者保護説です。差押えは弁済先を誤ると二重弁済を強いられかねない保険会社、つまり第三債務者を保護するための対抗要件だと考えます。二重弁済というのは、保険会社がBさんに保険金を払ったあとで、Aさんからも「それは私の抵当権が及ぶお金です」と請求されて、もう一度払わされることです。

前回の2つの見方は②特定性維持説と③第三債務者保護説のことだったんです。今日はそこに①優先権保全説を加えて3つとも見ていきます。

同じ保険金の設例に、3つの説を当てはめる

設例あてはめ図。A(抵当権者・銀行)、B(所有者)、アパート全焼、保険会社から保険金。①優先権保全説=Aが自ら差し押さえて初めて優先的に取れる資格を得る。②特定性維持説=保険金がBの手元の他の財産と混ざる前に押さえる。③第三債務者保護説=保険会社がBに払うべきかAに払うべきか分からず困る。 図:設例あてはめ図

  • A(抵当権者・銀行)、B(所有者)、アパート全焼、保険会社から保険金
  • ①優先権保全説=Aが自ら差し押さえて初めて優先的に取れる資格を得る
  • ②特定性維持説=保険金がBの手元の他の財産と混ざる前に押さえる
  • ③第三債務者保護説=保険会社がBに払うべきかAに払うべきか分からず困る

では冒頭の設例に3つの説を当てはめてみましょう。Aさんの抵当権付きのアパートが全焼して、保険会社からBさんに保険金が下りる場面でしたね。①優先権保全説なら、こう説明します。Aさんが自分で保険金請求権を差し押さえて初めて、他の債権者に優先して取れる資格を得る。差押えはいわばAさんが恩恵を受けるための手続です。②特定性維持説では、保険金がBさんの口座で他のお金と混ざる前に押さえておくことが、差押えの役目です。保険金という中身さえ特定できていれば、それでよいという発想です。そして③第三債務者保護説なら、こうなります。保険会社はBさんに払うべきなのかAさんに払うべきなのか、放っておいては分かりません。差押えがあって初めて保険会社は「Aさんに払えばよい」と分かるんです。

この視点の違いを頭に入れておくと、この先の問題の答えがなぜ説によって分かれるのかがすっと見えてきます。

判例は、どの説に立つか

判例の立場板。差押えの趣旨について、現在の判例(取立債権事件)は③第三債務者保護説に立つ。決め手=差押え前ならBに払えば足りる=保険会社を二重弁済から守る。 図:判例の立場板

  • 差押えの趣旨について、現在の判例(取立債権事件)は③第三債務者保護説に立つ
  • 決め手=差押え前ならBに払えば足りる=保険会社を二重弁済から守る

ここで判例がどの説に立つかを確認しておきましょう。現在の判例は③の第三債務者保護説に立っています。差押えは、保険会社のような第三債務者が誰に払えばよいか分からないまま二重の請求を受けることのないようにするための対抗要件だ、という理解です。なぜ判例はこの説を採るのか。抵当権の効力が保険金にまで及ぶ以上、保険会社は、Bさんに払っても、その支払いをAさんに主張できないかもしれない不安定な立場に置かれます。そこで、差押えが届く前ならBさんに払えば済む、という線を引いて、保険会社を二重弁済の危険から守ったんです。

3つめだけ知っていても、なぜ3つめが選ばれているのかは見えてきません。1つめや2つめと比べて、初めて3つめのどこが違うのかが分かります。3つとも、しっかり押さえておいてください。それでは、この3つの説が実際に答えを分ける問題に進みましょう。

自分で差し押さえないといけないのか

抵当権者自身による差押えの要否の設例図。Aが保険金請求権を差し押さえる前に、Bの別の債権者Eが、同じ保険金請求権を先に差し押さえた。Aは、Eの差押事件に配当要求をするだけで足りるか、それとも自分で(別途)差し押さえる必要があるか。 図:抵当権者自身による差押えの要否の設例図

  • Aが保険金請求権を差し押さえる前に、Bの別の債権者Eが、同じ保険金請求権を先に差し押さえた
  • Aは、Eの差押事件に配当要求をするだけで足りるか、それとも自分で(別途)差し押さえる必要があるか

ここでもう1つ場面を加えます。Aさんが差し押さえる前に、Bさんの別の債権者であるEさんが、同じ保険金請求権を先に差し押さえていたとします。Eさんの差押事件はもう手続が進んでいます。Aさんはこの事件に「私にも優先して配当してください」と配当要求をするだけで足りるでしょうか。それとも、Aさんは自分でも別に保険金請求権を差し押さえないといけないんでしょうか。ここでさっきの3つの説が効いてきます。順番に見ていきましょう。

抵当権者自身による差押えの要否の帰結表。優先権保全説=必要(恩恵を受けるのは自ら差し押さえた者だけ)。特定性維持説=不要(誰が差し押さえても保険金は特定される)。ただし特定性維持説に立ちつつ必要説を採る論者もいる。第三債務者保護説=必要(自ら差し押さえて初めて保険会社にAへの優先権が伝わる)。 図:抵当権者自身による差押えの要否の帰結表

  • 優先権保全説=必要(恩恵を受けるのは自ら差し押さえた者だけ)
  • 特定性維持説=不要(誰が差し押さえても保険金は特定される)
  • ただし特定性維持説に立ちつつ必要説を採る論者もいる
  • 第三債務者保護説=必要(自ら差し押さえて初めて保険会社にAへの優先権が伝わる)

まず①優先権保全説です。差押えは恩恵を受けるための資格要件でした。だとすれば恩恵を受けられるのは、自分でルールどおり差し押さえた人だけです。Eさんの差押えに乗っかるだけでは、Aさんは資格を得られません。結論は必要です。次に②特定性維持説です。差押えは保険金がBさんの一般財産に混ざらないようにするための要件でした。だとすれば誰が差し押さえたかは関係ありません。Eさんが差し押さえた時点で保険金請求権はもう特定されています。結論は不要です。ただし②特定性維持説に立ちながらも必要説を採る論者もいます。ここは深追いせず、こういう立場もあると知っておくだけで十分です。最後に③第三債務者保護説です。差押えは保険会社が誰に払えばよいか分かるようにするための要件でした。Eさんが差し押さえても保険会社に分かるのは「Eさんに払えばよい」ということだけです。Aさんが優先権を持っていることは保険会社には伝わりません。

3つめの説からも、Aさんは自分で差し押さえる必要がある、という結論になります。1つめも3つめも必要、2つめは原則として不要。同じ「差押えが要るか」という一文の理解の違いが、この結論の分かれ方を生んでいるんです。

判例の結論

判例の結論板。物上代位権者は、他の債権者の申し立てた債権差押事件に配当要求をする方法によっては優先弁済を受けられない。自ら差し押さえる方法によるほかない(配当異議事件)。射程=方法の話であって、いつまでに差し押さえればよいかという時期の話ではない。 図:判例の結論板

  • 物上代位権者は、他の債権者の申し立てた債権差押事件に配当要求をする方法によっては優先弁済を受けられない
  • 自ら差し押さえる方法によるほかない(配当異議事件)
  • 射程=方法の話であって、いつまでに差し押さえればよいかという時期の話ではない

判例は、③第三債務者保護説の立場と同じ結論を採っています。抵当権に基づいて物上代位権を行使する債権者は、他の債権者が申し立てた債権差押事件に配当要求をするという方法によっては優先弁済を受けることができません。

⭐ 論文で書く規範:物上代位権者自身による差押えの要否(規範) 抵当権者が物上代位権を行使するには、他の債権者の申し立てた債権差押事件に配当要求をする方法によっては優先弁済を受けることができず、目的債権を自ら差し押さえる方法によるほかない。 (出どころ=判例(最高裁判決))

理由づけも第三債務者保護説の説明とつながっています。372条で準用している304条ただし書の「差押え」に配当要求は含まれない、という条文の文理からこのように判断されています。ただしこの判例が言っているのは、あくまで「配当要求では足りず、自ら差し押さえるという方法によるほかない」という方法の話です。「では、いつまでに差し押さえればよいのか」という時期の問題は、この判例が直接答えたものではありません。たとえば、Aさんが差し押さえる前に、Bさんが保険金請求権を別の人に譲り渡してしまっていたら、Aさんはもう間に合わないのか。これが時期の問題です。方法と時期を混同しないよう注意してください。

今日の答えを、もう一度

まとめ板。304条ただし書=差押えが必要。なぜ要るかは3説(①優先権保全説=資格要件②特定性維持説=特定のための要件③第三債務者保護説=第三債務者保護のための対抗要件・判例)。抵当権者自身による差押えの要否=Eが先に差し押さえても、Aは自ら(別途)差し押さえる必要がある(①③必要・②原則不要)。次回=差押えの前に保険金請求権が譲渡されていたら。 図:まとめ板

  • 304条ただし書=差押えが必要
  • なぜ要るかは3説(①優先権保全説=資格要件②特定性維持説=特定のための要件③第三債務者保護説=第三債務者保護のための対抗要件・判例)
  • 抵当権者自身による差押えの要否=Eが先に差し押さえても、Aは自ら(別途)差し押さえる必要がある(①③必要・②原則不要)
  • 次回=差押えの前に保険金請求権が譲渡されていたら

今日の骨格を振り返りましょう。304条ただし書は、払渡しまたは引渡しの前に差押えをしなければならない、と定めていました。なぜ差押えが要るかについて、①優先権保全説は資格要件だと考え、②特定性維持説は保険金が混ざるのを防ぐための要件だと考え、③第三債務者保護説は保険会社を守るための対抗要件だと考えます。そして、Bさんの別の債権者Eさんが先に差し押さえていた場合でも1つめの立場と3つめの立場からは、Aさんは自分で別に差し押さえる必要があります。判例も同じ結論です。Eさんの差押事件に乗っかるだけでは、Aさんは優先弁済を受けられません。

冒頭の疑問もこれでつながりました。混ざる前に押さえる、誰に払えばいいか分かるようにする、資格を得る。この3つの見方の違いが、次の問題の答えまで変えていたんです。差押えの前に、この保険金請求権そのものが別の人に譲り渡されていたら、Aさんはまだ差し押さえられるのか。譲渡が304条の「払渡し又は引渡し」に当たるのかどうか、そこでも今日の第三債務者保護説が答えを決めます。

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#122単独ページ動画

債権譲渡・転付命令と物上代位

第3章 担保物権 #122/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

先に売られていたら、もう負けなのか

前回の続きの確認板。前回末尾で「差押えの前に保険金請求権そのものが別の人に譲り渡されていたら」という問いを残した。実際にこの問題が最高裁まで争われたのは、保険金ではなく家賃の場面だった。 図:前回の続きの確認板

  • 前回末尾で「差押えの前に保険金請求権そのものが別の人に譲り渡されていたら」という問いを残した
  • 実際にこの問題が最高裁まで争われたのは、保険金ではなく家賃の場面だった

前回の最後に、1つ問いを残しました。Aさんが差し押さえる前に、保険金請求権そのものが別の人に譲り渡されていたら、Aさんはまだ間に合うのか、という問いです。覚えていますか?実は、この問題が実際に最高裁まで争われたのは、保険金ではありません。前々回に見た、Bさんのもう一棟のアパートの家賃でした。Aさんが差し押さえる前に、Bさんはこの先の家賃をまとめてFさんに売ってしまいました。そしてCさんにも、確定日付のある通知が届いています。Aさんは、もう負けなのでしょうか。先に言っておきます。売られていても、Aさんは負けません。ところが、これとよく似た場面で、今度はAさんが負けてしまう場合もあります。この違いがどこから来るのかが、今日の中心です。

304条ただし書、もう一度

304条の再確認板。372条で「先取特権者」を抵当権者に、「債務者」を所有者に読み替える。前回・前々回で確認済み。今日の主役は「払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない」の"いつまでに"の部分。 図:304条の再確認板

  • 372条で「先取特権者」を抵当権者に、「債務者」を所有者に読み替える
  • 前回・前々回で確認済み
  • 今日の主役は「払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない」の”いつまでに”の部分

条文民法304条

民法第304条 1 先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。 2 債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。

これまで何度も見てきた条文ですね。372条の読み替えによって、抵当権にもこのただし書がそのまま働きます。典型は、Cさんが実際にBさんへ家賃を払ってしまう場面です。その払渡しより前に、Aさんは差し押さえておかなければなりません。Bさんが家賃をFさんに売ってしまうことが、「払渡し又は引渡し」に入るのかどうか。そこが今日の1つめの論点です。

債権譲渡は「払渡し又は引渡し」にあたるか

債権譲渡と物上代位の事案図。A(抵当権者・銀行、抵当権設定登記あり)がBのアパートに抵当権。B(所有者)はC(入居者)に賃貸。BがこのCへの家賃債権をまとめてFへ譲渡し、BがCに確定日付のある通知をして、Fは第三者対抗要件を備えた。Cはまだ実際には払っていない。Aはまだ差し押さえていない。 図:債権譲渡と物上代位の事案図

  • A(抵当権者・銀行、抵当権設定登記あり)がBのアパートに抵当権
  • B(所有者)はC(入居者)に賃貸
  • BがこのCへの家賃債権をまとめてFへ譲渡し、BがCに確定日付のある通知をして、Fは第三者対抗要件を備えた
  • Cはまだ実際には払っていない
  • Aはまだ差し押さえていない

Bさんはこの先Cさんから受け取るはずの家賃債権を、まとめてFさんに売りました。そしてBさんからCさんに確定日付のある通知がされて、Fさんは467条2項の対抗要件を備えています。日付を公的に証明してもらった通知のことです。たとえば、Bさんが内容証明郵便で、Cさんに『この家賃債権はFさんに譲りました』と知らせると、これにあたります。理屈はまた別の回で見ますが、要は「Fさんがこの家賃債権の持ち主だ」と、対外的にきちんと主張できる状態になった、ということです。ここでAさんが差し押さえていないまま、Cさんが実際にFさんへ家賃を払ってしまったら、もうAさんは間に合いません。問題は、Cさんが実際に払う前なら、Aさんはまだ差し押さえられるのか、それとも、Fさんが対抗要件を備えた時点でもうアウトなのか、という点です。

債権譲渡と物上代位の結論1と理由の板。結論1=債権譲渡は「払渡し又は引渡し」にあたらない。理由①第三債務者保護説(前回)=弁済前なら物上代位を認めてもCは二重弁済の危険を負わない②文言=「払渡し又は引渡し」は当然には債権譲渡を含まない③抵当権の効力が家賃債権に及ぶことは抵当権設定登記で公示されておりFは不測の損害を受けない。 図:債権譲渡と物上代位の結論1と理由の板

  • 結論1=債権譲渡は「払渡し又は引渡し」にあたらない
  • 理由①第三債務者保護説(前回)=弁済前なら物上代位を認めてもCは二重弁済の危険を負わない②文言=「払渡し又は引渡し」は当然には債権譲渡を含まない③抵当権の効力が家賃債権に及ぶことは抵当権設定登記で公示されておりFは不測の損害を受けない

判例の結論は2つあります。結論1は、債権譲渡は「払渡し又は引渡し」にあたらない、ということ。結論2は、それが成り立つための条件です。まず結論1です。Fさんが対抗要件を備えた後でも、Cさんが実際にFさんへ弁済する前なら、Aさんは差し押さえて物上代位できます。たとえば、家賃が月10万円だとしましょう。8月分をCさんがもうFさんに払ってしまっていたら、Aさんはその8月分の10万円はもう取れません。ですが、9月分をCさんがまだ払っていなければ、Aさんはその9月分の10万円を差し押さえて物上代位できます。境目は、あくまでCさんが実際に払ったかどうかです。

理由は3つあります。1つめは、前回確立した第三債務者保護説です。差押えは、誰に払えばよいか分からず二重弁済を強いられかねない第三債務者を守るための対抗要件でした。Cさんの視点で見ると、Cさんが実際に払う前であれば、そのあとでAさんの差押えが割り込んできても、Cさんはまだ何も払っていないのですから、二重に払わされる危険を負いません。2つめは、条文の文言です。「払渡し又は引渡し」という言葉は、お金や物を実際に相手の手に渡すことを指しています。債権を譲渡するという契約行為それ自体は、Cさんの財布からお金が出ていく話ではありません。当然には債権譲渡を含む言葉ではないんです。

そして3つめが、抵当権ならではの理由です。抵当権の効力が、この家賃債権にまで及ぶことは、抵当権設定登記によって、あらかじめ外から分かる形になっています。Fさんは、この家賃債権を買う前に、登記を確認しようと思えば確認できたはずです。だから、Aさんの差押えを後から認めても、Fさんは不測の損害を受けません。もう1つ付け加えると、もし債権譲渡だけで確定的にAさんが負けるとすると、Bさんは家賃債権を誰かに売ってしまうだけで、簡単にAさんの抵当権を振り切れることになってしまいます。それでは、せっかく登記まで備えたAさんの立場が、あまりにも弱くなりすぎます。

債権譲渡と物上代位の結論2の板。結論2=Fが対抗要件を備えるより前に、Aの抵当権設定登記が済んでいることが条件。理由=物上代位できることは登記で初めて公示されるから。登記が後なら、Fは気づきようが無い。 図:債権譲渡と物上代位の結論2の板

  • 結論2=Fが対抗要件を備えるより前に、Aの抵当権設定登記が済んでいることが条件
  • 理由=物上代位できることは登記で初めて公示されるから
  • 登記が後なら、Fは気づきようが無い

そこで結論2の条件です。Fさんが対抗要件を備えるより先に、抵当権の設定登記が済んでいる必要があります。さっきの3つめの理由を思い出してください。Fさんが不測の損害を受けないのは、あらかじめ登記を見れば分かる状態だったからでした。もし登記がFさんの対抗要件具備よりも遅かったら、Fさんが家賃債権を買った時点では、まだ抵当権の効力が及ぶことは公示されていません。そのFさんに、後から差押えで割り込むのでは、Fさんは気づきようがない不意打ちになってしまいます。今日の設例では、Aさんの登記は、Bさんの融資の当初からずっと先にありますから、この条件は満たされています。Cさんが実際にFさんへ払う前なら、Aさんは差し押さえて物上代位できます。

判例最高裁判所第二小法廷判決 平成10年1月30日(民集52巻1号1頁)

債権譲渡と物上代位 「民法三〇四条一項の趣旨目的に照らすと、同項の「払渡又ハ引渡」には債権譲渡は含まれず、抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。」

Aさん、Fさん、Cさんに置き換えると、さっきまで話してきた内容とそのまま重なります。

⭐ 論文で書く規範:債権譲渡と物上代位(規範) 「払渡し又は引渡し」の前に差し押さえなければならないところ、債権譲渡は「払渡し又は引渡し」にあたらない。第三債務者保護の見地からは弁済前であれば物上代位を認めても支障はなく、「払渡し又は引渡し」の文言も当然には債権譲渡を含まない。ただし、この物上代位ができることは、抵当権設定登記があって初めて外部に公示される。したがって、Fの対抗要件具備よりも先に登記が済んでいなければならない。 (出どころ=判例(最高裁判決))

ここは論文で論点になりうる場面です。結論1と結論2、そして理由の中身を押さえておいてください。

対比、動産売買先取特権ならもう負ける

対比板。同じ304条の場面でも、動産売買先取特権者は、目的債権が譲渡され対抗要件が備わった後はもう差し押さえて物上代位できない。理由の軸=抵当権には登記という公示があるが、動産売買先取特権には公示が無い。公示が無いぶん、304条の「差押え」に、第三債務者保護だけでなく譲受人など第三者の利益の保護の趣旨まで読み込む必要がある。 図:対比板

  • 同じ304条の場面でも、動産売買先取特権者は、目的債権が譲渡され対抗要件が備わった後はもう差し押さえて物上代位できない
  • 理由の軸=抵当権には登記という公示があるが、動産売買先取特権には公示が無い
  • 公示が無いぶん、304条の「差押え」に、第三債務者保護だけでなく譲受人など第三者の利益の保護の趣旨まで読み込む必要がある

ここで、あえて対比を1つ挟みます。同じ304条が使われる場面に、動産売買先取特権という担保物権があります。たとえば、メーカーが販売店に機械を売ったのに、まだ代金をもらっていないとき、メーカーには法律上当然に、その代金について優先権が与えられます。販売店がその機械をお客さんに転売すれば、メーカーは304条で、お客さんが払う転売代金にも手を伸ばせます。ところがこちらでは、結論がまるごと逆になります。販売店が、お客さんに対する転売代金の債権を別の人に譲渡して、譲受人が対抗要件まで備えてしまうと、メーカーはもう差し押さえて物上代位できません。さっきのAさんの場合、締め切りはCさんが実際に払う時でしたが、こちらは、譲渡の対抗要件が備わった時点で、もう締め切りが来てしまうんです。

軸は1つです。抵当権には登記という公示がありますが、動産売買先取特権には、そもそも公示の制度がありません。公示が無いので、譲受人は、この目的物に先取特権の効力が及んでいることを、事前に知りようがありません。そこで304条の「差押え」という要件には、第三債務者を守る趣旨だけでなく、譲受人のような第三者の利益を守る趣旨まで読み込む必要が出てきます。その結果、締め切りが早まり、対抗要件が備わった時点でアウトになるんです。ここは論文で比較として問われやすい場面なので、この1軸だけは持ち帰ってください。動産売買先取特権そのものの細かい要件は、また別の回で扱います。

判例最高裁判所第三小法廷判決 平成17年2月22日(民集59巻2号314頁)

動産売買先取特権と債権譲渡 「民法304条1項ただし書は,先取特権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要する旨を規定しているところ,この規定は,抵当権とは異なり公示方法が存在しない動産売買の先取特権については,物上代位の目的債権の譲受人等の第三者の利益を保護する趣旨を含むものというべきである。そうすると,動産売買の先取特権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においては,目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。」

メーカーの視点で見ると、譲受人が対抗要件を備えた時点で、もう差し押さえる余地が無くなる、という結論です。

Eさんの差押えと転付命令

一般債権者Eの登場と語の説明の板。BのCに対する家賃債権を、Bの別の債権者Eが差し押さえた。差押え=裁判所が債務者の財産の処分を禁じる強制執行の入口(詳しくは別の回)。転付命令=差し押さえた債権を差押債権者に強制的に移す、いわば強制的な債権譲渡。 図:一般債権者Eの登場と語の説明の板

  • BのCに対する家賃債権を、Bの別の債権者Eが差し押さえた
  • 差押え=裁判所が債務者の財産の処分を禁じる強制執行の入口(詳しくは別の回)
  • 転付命令=差し押さえた債権を差押債権者に強制的に移す、いわば強制的な債権譲渡

ここでもう1つ場面を加えます。前回登場した、Bさんの別の債権者Eさんを覚えていますか。今回は、Eさんが、この家賃債権を差し押さえます。ここで2つの言葉を確認しておきます。差押えとは、裁判所が債務者の財産の処分を禁じる強制執行の入口です。詳しい手続は、また別の回に譲ります。そしてEさんは、差し押さえたこの家賃債権について、転付命令というものを得ました。転付命令とは、差し押さえた債権そのものを、差押債権者に強制的に移してしまう命令です。いわば、裁判所による、強制的な債権譲渡だと考えてください。この転付命令は、Cさんに送達されました。送達とは、裁判所の書類が、法律の決めた方式で正式に届けられることです。

転付命令も債権譲渡の一種と見れば、Cさんが払う前ならまだ間に合う、という同じ結論になりそうにも思えます。実際、そう考える見解も有力です。ところが、判例はここで違う結論を採りました。

転付命令の結論板。判例=転付命令が第三債務者Cに送達される時までに、抵当権者Aが差し押さえなかったときは、転付命令の効力は妨げられない。つまり送達されたらAはもう物上代位できない。債権譲渡の場合と結論が異なる。 図:転付命令の結論板

  • 判例=転付命令が第三債務者Cに送達される時までに、抵当権者Aが差し押さえなかったときは、転付命令の効力は妨げられない
  • つまり送達されたらAはもう物上代位できない
  • 債権譲渡の場合と結論が異なる

判例の結論はこうです。転付命令がCさんに送達される時までに、Aさんが差し押さえていなければ、転付命令はそのまま効力を持ちます。つまり、送達された時点で、Aさんはもう物上代位できません。債権譲渡のときよりも、締め切りがはっきりと早まります。なぜこう違うのか、条文で確認しましょう。

判例最高裁判所第三小法廷判決 平成14年3月12日(民集56巻3号555頁)

転付命令と物上代位 「転付命令に係る金銭債権(以下「被転付債権」という。)が抵当権の物上代位の目的となり得る場合においても,転付命令が第三債務者に送達される時までに抵当権者が被転付債権の差押えをしなかったときは,転付命令の効力を妨げることはできず,差押命令及び転付命令が確定したときには,転付命令が第三債務者に送達された時に被転付債権は差押債権者の債権及び執行費用の弁済に充当されたものとみなされ,抵当権者が被転付債権について抵当権の効力を主張することはできないものと解すべきである。」

Aさんが送達までに差し押さえていなければ、Eさんの転付命令がそのまま効力を持つ、という言い方をしています。

条文民事執行法159条3項

民事執行法第159条3項 転付命令が第三債務者に送達される時までに、転付命令に係る金銭債権について、他の債権者が差押え、仮差押えの執行又は配当要求をしたときは、転付命令は、その効力を生じない。

この条文が、転付命令の締め切りをそのまま定めています。送達の時までに、他の債権者が差押えなどをしていなければ、転付命令は効力を生じます。では、Aさんはなぜこの条文の「他の債権者」に入るのでしょうか。前回見たとおり、Aさんが物上代位するには、Eさんの事件に配当要求をするだけでは足りず、自分でこの家賃債権を差し押さえるしかありませんでした。つまりAさんも、Eさんとは別に、同じ家賃債権を差し押さえる債権者の1人です。判例も、Aさんの物上代位のための差押えにこの条文をそのまま当てはめました。送達の時までに自分で差し押さえておかなければ、そのあとは、もう割り込めません。

債権譲渡の場面には、締め切りを直接定める条文がありませんでした。だから304条ただし書の趣旨に戻って考えるしかなかったんです。ところが転付命令の場面には、民事執行法という別の法律が、締め切りをそのまま条文で用意しています。趣旨解釈をするまでもなく、条文が答えを出しているんです。

条文民事執行法160条

民事執行法第160条 転付命令が効力を生じた場合においては、差押債権者の債権及び執行費用は、転付命令に係る金銭債権が存する限り、その券面額で、転付命令が第三債務者に送達された時に弁済されたものとみなす。

転付命令が効力を生じた場合には、Eさんの債権は、送達の時に、券面額、つまり転付命令で移った家賃債権の額面どおりの金額で、弁済されたものとみなされます。たとえば、EさんがBさんに30万円を貸していて、家賃3か月分、30万円に転付命令を得たとします。送達の瞬間に、Eさんの30万円の貸金は、もう返してもらったのと同じ扱いになり、法律上消えてしまうんです。任意の債権譲渡は、家賃債権の持ち主がBさんからFさんに変わるだけで、誰かの取立てが終わったわけではありません。ですが転付命令は、強制執行の手続として、送達の瞬間にEさんの取立てを終わらせ、Eさんだけに満足を与えてしまいます。お金の取り合いは、送達の時点でもう決着しているんです。ここが、転付命令が単なる債権譲渡と同視できない理由です。

Eさんの差押えだけなら、どうなるか

一般債権者の差押えのみの板。転付命令が付いていない場合、Eの差押えの処分禁止効は、差押命令がCに送達された時に生じる。他方、Aが抵当権を対抗するには登記が必要。優劣は差押命令のCへの送達と、抵当権設定登記の先後で決まる(送達が先なら抵当権者は配当を受けられない)。 図:一般債権者の差押えのみの板

  • 転付命令が付いていない場合、Eの差押えの処分禁止効は、差押命令がCに送達された時に生じる
  • 他方、Aが抵当権を対抗するには登記が必要
  • 優劣は差押命令のCへの送達と、抵当権設定登記の先後で決まる(送達が先なら抵当権者は配当を受けられない)

転付命令がなければ、160条の弁済とみなす効果は働きません。この場合は、Aさんの物上代位とEさんの差押えが、対抗要件同士の優劣という同じ土俵で争われます。まず前提として、ここでもAさんは、前回見たとおり、自分でこの家賃債権を差し押さえて物上代位します。Eさんの事件に乗っかるだけでは足りません。そのうえで、Eさんの差押えが効力を持つのは、差押命令がCさんに送達された時です。一方、Aさんが抵当権を対抗するには、抵当権設定登記が必要です。優劣は、この差押命令の送達と、抵当権設定登記の先後で決まります。送達の方が先なら、Aさんは配当を受けられません。登記の方が先なら、Aさんが勝ちます。

登記が先にあるかどうかで、公示されていたかどうかを見る、という軸は共通しています。ただし、転付命令が付いた場合とは違って、160条の弁済擬制が働かない分、締め切りが「時点」ではなく「先後」という形になる点だけ、注意してください。

判例最高裁判所第一小法廷判決 平成10年3月26日(民集52巻2号483頁)

一般債権者との差押え競合 「債権について一般債権者の差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えが競合した場合には、両者の優劣は一般債権者の申立てによる差押命令の第三債務者への送達と抵当権設定登記の先後によって決せられ、右の差押命令の第三債務者への送達が抵当権者の抵当権設定登記より先であれば、抵当権者は配当を受けることができないと解すべきである。」

Eさんの差押命令の送達と、Aさんの登記、この2つの先後だけで優劣が決まる、という言い方をしています。

いつまでに差し押さえれば勝てるか

比較板。相手ごとの締め切り。債権譲渡(F)=Cの弁済時まで(ただし登記が譲渡の対抗要件具備より先であることが前提)。転付命令(E)=転付命令のCへの送達時まで。一般債権者の差押えのみ(E)=差押命令のCへの送達と抵当権設定登記の先後。動産売買先取特権と債権譲渡=譲受人の対抗要件具備まで(公示が無いため基準が早い)。 図:比較板

  • 相手ごとの締め切り
  • 債権譲渡(F)=Cの弁済時まで(ただし登記が譲渡の対抗要件具備より先であることが前提)
  • 転付命令(E)=転付命令のCへの送達時まで
  • 一般債権者の差押えのみ(E)=差押命令のCへの送達と抵当権設定登記の先後
  • 動産売買先取特権と債権譲渡=譲受人の対抗要件具備まで(公示が無いため基準が早い)

ここまでの4つの場面を、1枚の板にまとめます。相手ごとに、担保を持つ側が動くべき締め切りが違うことが、この表で一目で分かります。債権譲渡なら、Cさんの弁済の時までです。次に、転付命令のEさんが相手なら、転付命令がCさんへ送達される時までです。ここは民事執行法159条3項という条文がそのまま決めていました。転付命令の付かない差押えだけの場面は、他の3つと違って、「いつまで」という時点の話ではなく、「どちらが先か」という先後の話になっています。そして最後に、動産売買先取特権の場合は、転売代金の債権を譲り受けた人が、対抗要件を備えた時までです。公示が無いぶん、抵当権のときよりも締め切りが早いんでしたね。

今日の答えを、もう一度

まとめ板。冒頭の答え=賃料債権を先にFへ売られていても、Cが実際に払う前ならAは負けない(結論1・結論2の条件付き)。ところが転付命令だと、送達されたらもう負ける。締め切りの根拠が場面ごとに違う(304条の趣旨解釈か、民執法の明文か、公示の有無か)。物上代位3回の流れ=物上代位がどこまで及ぶか→なぜ差押えが要るか→いつまでに差し押さえるか。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=賃料債権を先にFへ売られていても、Cが実際に払う前ならAは負けない(結論1・結論2の条件付き)
  • ところが転付命令だと、送達されたらもう負ける
  • 締め切りの根拠が場面ごとに違う(304条の趣旨解釈か、民執法の明文か、公示の有無か)
  • 物上代位3回の流れ=物上代位がどこまで及ぶか→なぜ差押えが要るか→いつまでに差し押さえるか

今日の骨格を振り返ります。冒頭の問いに戻ると、賃料債権を先にFさんに売られていても、Cさんが実際に払う前なら、Aさんは負けません。ただし、抵当権設定登記がFさんの対抗要件具備より先であることが条件でした。似た場面に見えても、締め切りの根拠がまるで違いました。債権譲渡には締め切りを定める条文が無いので、304条ただし書の趣旨、つまり前回確立した第三債務者保護説に戻って考えました。転付命令には、159条3項という民事執行法の条文が、締め切りをそのまま用意していました。そして動産売買先取特権は、公示があるかどうかという、もう1つの軸で結論が分かれていましたね。

これで、物上代位の話が一区切りつきました。前々回では、物上代位がどこまで及ぶかを、売却代金、賃料、保険金という場面で見ました。前回では、なぜ差押えが必要なのか、3つの説の中身を見ました。そして今日は、その差押えを、いつまでにすればよいのかを見ました。この債権譲渡と物上代位の場面は、論文でも問われうる場面です。

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#123単独ページ動画

抵当権の実行と法定地上権の趣旨

第3章 担保物権 #123/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

家を取り壊されてしまうのか

冒頭の場面板。Bは自分の土地に自分の家を建てて住んでいる。事業資金を銀行Aから借りるとき、土地にだけ抵当権を設定した。返済が滞り土地が競売にかけられ、Cが買い受けた。 図:冒頭の場面板

  • Bは自分の土地に自分の家を建てて住んでいる
  • 事業資金を銀行Aから借りるとき、土地にだけ抵当権を設定した
  • 返済が滞り土地が競売にかけられ、Cが買い受けた

地上権を学んだ回の最後に、1つ約束をしました。当事者の意思表示によらず、法律上当然に成立する地上権があると話したのを、覚えていますか。今日がその回です。Bは自分の土地に自分の家を建てて住んでいます。事業資金を銀行Aから借りるとき、Bは土地にだけ抵当権を設定しました。返済が滞り、土地が競売にかけられ、Cが買い受けます。Cは「ここは私の土地です。家を取り壊して出て行ってください」と言えるでしょうか。先に答えを言っておきます。Cは家を取り壊せません。法律が、Bの家のために地上権があったものとみなすからです。今日はその中身を、なぜそんな”みなし”が必要なのかも含めて、競売の仕組みから順に見ていきます。

抵当権の実行、2つの方法

実行の2方法の板。担保不動産競売=不動産を売って、その代金から優先的に弁済を受ける方法。担保不動産収益執行=不動産を売らずに、賃料などの収益から弁済を受ける方法。371条の「不履行後の果実に及ぶ」を実際に取りにいく手続。 図:実行の2方法の板

  • 担保不動産競売=不動産を売って、その代金から優先的に弁済を受ける方法
  • 担保不動産収益執行=不動産を売らずに、賃料などの収益から弁済を受ける方法
  • 371条の「不履行後の果実に及ぶ」を実際に取りにいく手続

ここまで抵当権は、使う権利は設定者に残したまま、価値だけを押さえる権利として見てきました。では、実際に返済が滞ったとき、その価値をどうやって取るのでしょうか。方法は2つあります。1つは、担保不動産競売です。不動産そのものを売って、その代金から優先的に弁済を受けます。もう1つは、担保不動産収益執行です。こちらは不動産を売らずに、そこから生まれる賃料などの収益から弁済を受けます。たとえば抵当権の付いた賃貸マンションなら、売らずに、毎月入る家賃から返してもらうのが収益執行です。371条は、不履行があった後は抵当不動産の果実に抵当権の効力が及ぶ、という条文でした。収益執行は、その果実を実際に取りにいく手続の1つです。もう1つの道が、物上代位で賃料債権を差し押さえる方法でしたね。

今日はこの先、話をもう1つの道、不動産そのものを売る担保不動産競売のほうに絞ります。収益執行の細部には立ち入りません。

実行の要件と手続の流れ

実行の要件と流れの板。要件=抵当権の存在・被担保債権の存在・履行遅滞(弁済期の到来)。流れ=抵当権者の申立て→開始決定(債務者に送達)→差押え→売却(入札)→代金納付(買受人が取得)→配当。 図:実行の要件と流れの板

  • 要件=抵当権の存在・被担保債権の存在・履行遅滞(弁済期の到来)
  • 流れ=抵当権者の申立て→開始決定(債務者に送達)→差押え→売却(入札)→代金納付(買受人が取得)→配当

競売を始めるための要件は3つです。抵当権が存在すること、被担保債権が存在すること、そして履行遅滞、つまり弁済期が来ているのに払われていないことです。抵当権者の申立てで始まります。1番抵当権者だけでなく、後順位の抵当権者にも申立ての権利があり、先順位者の承諾は要りません。申立てのあと、裁判所が開始決定を出します。この開始決定は債務者に送達されます。それから不動産が差し押さえられ、入札などの方法で売却されます。買受人が代金を納付した時点で、不動産の所有権は買受人に移ります。そして、複数の抵当権者がいれば、順位に従って配当が行われます。冒頭の場面なら、銀行Aが裁判所に申し立て、Bの土地が差し押さえられ、入札でCが買い受けて代金を納め、その代金がAに配当されます。

消除主義、買受人はきれいな所有権を得る

消除主義の板。競売による売却で、不動産の上の先取特権・使用収益をしない旨の定めのある質権・抵当権は消滅する。抵当権設定登記より後に対抗要件を備えた利用権も、その効力を失う。基準は抵当権者に対抗できるかどうか、つまり抵当権設定登記の先後。 図:消除主義の板

  • 競売による売却で、不動産の上の先取特権・使用収益をしない旨の定めのある質権・抵当権は消滅する
  • 抵当権設定登記より後に対抗要件を備えた利用権も、その効力を失う
  • 基準は抵当権者に対抗できるかどうか、つまり抵当権設定登記の先後

ここが本題への分かれ道です。競売で不動産が売却されると、その不動産の上に付いていた先取特権や、使用収益をしない旨の定めのある質権、そして抵当権は、売却によって消滅します。売却代金が被担保債権の額に満たなくても同じです。この仕組みを消除主義と呼びます。さらにもう1段広く働きます。抵当権に対抗できない利用権も、売却によって効力を失います。対抗要件とは、自分の権利を第三者にも主張するための備えで、土地を借りる権利なら登記などがそれに当たります。この備えが抵当権の設定登記より後になった利用権は、抵当権者に対抗できません。基準は、抵当権設定登記との先後です。

買受人の立場で考えてください。もし「知らない権利がまだ付いてくるかもしれない」と不安なら、誰も高い値段を付けて買おうとしません。売却で権利をきれいに消してしまえば、買受人は安心して買えます。高く売れれば、それだけ配当も増えますから、抵当権者にとっても、設定者にとっても得なんです。ところが、この消除主義が強力であるがゆえに、2つの問題が生まれます。1つは、土地の上に建っている建物はどうなるのか。もう1つは、そこに住んでいる賃借人はどうなるのか、という問題です。賃借人の問題は、また別の回でじっくり扱います。

実はその問いへの答えが、冒頭で予告した、法定地上権です。まず、条文を確認しましょう。

388条、全文で確認する

388条の板。前段=土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。後段=地代は当事者の請求により裁判所が定める。 図:388条の板

  • 前段=土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす
  • 後段=地代は当事者の請求により裁判所が定める

条文民法388条

民法第388条 土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。この場合において、地代は、当事者の請求により、裁判所が定める。

これが法定地上権の根拠条文です。前段を読みます。土地と、その上に建っている建物が同一の所有者に属している場合に、その土地か建物のどちらかに抵当権が設定され、その実行によって所有者が別々になったときは、その建物について地上権が設定されたものとみなす、とあります。誰かが契約で地上権を設定したわけではないのに、法律が「設定されたことにする」と言い切っています。ここが今日いちばん深く掘るところです。地代は、当事者の請求によって裁判所が定める、とだけ定めています。地代の具体的な決め方や、地上権の存続期間の中身には、別の回で立ち入ります。今日はこの後段の位置だけ確認しておいてください。なお、この388条は強行規定です。抵当権を設定する当事者どうしが特約で「法定地上権を成立させない」と決めても、その特約は効力を持ちません。この仕組みが守っているのは、当事者2人の都合ではなく、建物を壊さずに済ませるという社会全体の利益だからです。

なぜ法定地上権が必要か

別個の不動産と利用権の板。日本法では土地と建物は別個の不動産。他人の土地の上に建物を持つには、地上権や賃借権のような土地の利用権が要る。利用権が無ければ、建物は収去(取り壊し)を求められる。 図:別個の不動産と利用権の板

  • 日本法では土地と建物は別個の不動産
  • 他人の土地の上に建物を持つには、地上権や賃借権のような土地の利用権が要る
  • 利用権が無ければ、建物は収去(取り壊し)を求められる

ここから、今日の本題です。なぜ、法律はこんな”みなし”を用意してまで、建物を守るのでしょうか。出発点は、日本法の1つの前提にあります。日本では、土地と建物は別個の不動産です。別個の不動産だからこそ、土地だけに、あるいは建物だけに抵当権を付けられますし、競売の結果、土地と建物の所有者が分かれることも起こり得ます。ここで、もう1つ大事な原則を思い出してください。他人の土地の上に建物を持つには、その土地を使う権利、つまり地上権や賃借権のような利用権が要ります。利用権が無ければ、建物は収去、つまり取り壊しを求められてしまいます。土地の持ち主からすれば、自分の土地の上に、権利も無く他人の建物が建っている状態だからです。

自己借地権が作れない理由の板。抵当権を設定する時点で、Bは土地も建物も両方所有している。Bが自分の土地に自分のための地上権を設定しようとしても、所有権と地上権が同一人に帰属した瞬間、179条1項本文の混同で地上権は消滅する。だから設定時に権原を用意できない。 図:自己借地権が作れない理由の板

  • 抵当権を設定する時点で、Bは土地も建物も両方所有している
  • Bが自分の土地に自分のための地上権を設定しようとしても、所有権と地上権が同一人に帰属した瞬間、179条1項本文の混同で地上権は消滅する
  • だから設定時に権原を用意できない

では、ここで1つ考えてみてください。Bは、抵当権を設定する時点で、土地も建物も両方持っています。だったら、将来に備えて「自分の土地に、自分の建物のための地上権を、あらかじめ設定しておく」ことはできないのでしょうか。物権の消滅を学んだ回を思い出してください。所有権と、他の物権が同一人に帰属したら、その物権はどうなりましたか?179条1項でしたね。他の物権のほうが消滅する、混同という仕組みでした。地上権というのは、他人の土地を使わせてもらう権利です。土地の持ち主と、それを使う人がいて、はじめて成り立つ関係です。たとえるなら、自分の右手が、自分の右手に向かって「貸してください」と言うようなものです。貸す側と借りる側が同じ1人なら、そもそも”貸し借り”という関係が成り立ちません。

Bが、自分の土地に自分のための地上権を設定しようとしても、その瞬間、所有権と地上権が同じBの手に帰属して、179条1項本文の混同で地上権は消えてしまいます。だから、自分の土地に自分のための地上権、いわゆる自己借地権は、原則として作れません。1つだけ例外があります。借地借家法15条です。他の人と共有的に地上権や賃借権を持つ場合に限って、自己借地権が認められます。単独で自分のためだけに持つことは、それでもできません。この例外の細部には立ち入りません。今日は、原則として自己借地権は作れない、という1点だけ押さえてください。

比較の板。設定当時、土地と建物の持ち主が別々=土地の持ち主と契約して借地権を用意できる。抵当権の登記より前に対抗要件を備えれば、競売の後も消えない。設定当時、土地も建物も同じ1人=混同で自分のための借地権は作れない。備える道が無いので、法律がみなす。 図:比較の板

  • 設定当時、土地と建物の持ち主が別々=土地の持ち主と契約して借地権を用意できる
  • 抵当権の登記より前に対抗要件を備えれば、競売の後も消えない
  • 設定当時、土地も建物も同じ1人=混同で自分のための借地権は作れない
  • 備える道が無いので、法律がみなす

比べてみましょう。もし抵当権を設定した当時、土地はBのもの、建物は別の人Eのものだったらどうでしょう。EはBと契約して、借地権を持てます。その借地権が抵当権の登記より前に対抗要件を備えていれば、さっきの消除主義の基準で、競売の後も消えません。Eには、自分で備える道があるんです。

必要性のまとめ板。設定の時点で、Bは建物のための権原をあらかじめ用意しておく方法が無い。何も手当てしなければ、実行のたびに建物は収去の危機にさらされる。それは社会経済上の大きな損失。だから法律が地上権を設定されたものとみなす。 図:必要性のまとめ板

  • 設定の時点で、Bは建物のための権原をあらかじめ用意しておく方法が無い
  • 何も手当てしなければ、実行のたびに建物は収去の危機にさらされる
  • それは社会経済上の大きな損失
  • だから法律が地上権を設定されたものとみなす

ここまでをつなげます。抵当権を設定する時点で、Bは土地と建物を両方持っています。将来、土地だけが競売にかけられるかもしれません。そのときのために、あらかじめ建物のための利用権を用意しておきたくても、混同のせいでそれができません。もし法律が何もしなければ、抵当権が実行されるたびに、土地の持ち主が変わり、建物は収去を求められることになります。建物を壊してしまうのは、社会経済上の大きな損失です。だから法律は、実行によって所有者が分かれた時点で、地上権が設定されたものとみなすことにしました。これが388条が「みなす」という強い言葉を使っている理由です。誰かの意思表示ではなく、法律が直接、地上権を発生させています。

要件4つの列挙

要件4つの板。①抵当権設定当時、土地の上に建物が存在すること②設定当時、土地と建物の所有者が同一であること③土地または建物に抵当権が設定されたこと④競売の結果、所有者が異なるに至ったこと。 図:要件4つの板

388条の中身を、要件として4つに分けます。1つめ、抵当権を設定した当時、土地の上に建物が存在すること。2つめ、設定当時、土地と建物の所有者が同一であること。3つめ、土地または建物に抵当権が設定されたこと。4つめ、競売の結果、土地と建物の所有者が異なるに至ったこと。建物のほうに抵当権が付いた場合も、同じように成立します。建物にだけ抵当権が付いて、競売でCが建物を買ったときは、建物の新しい持ち主Cのために、Bの土地に地上権があったものとみなされます。地上権を得るのは、いつも建物の側です。やってみましょう。Bが土地に抵当権を設定する前から、その土地の上にはBの家が建っていました。1つめの要件を満たします。抵当権を設定した当時、土地も建物もBの所有でした。これで2つめも満たします。抵当権が付いたのは土地です。これで3つめも満たします。そして競売の結果、土地だけがCの所有になりました。4つめも満たします。

だからBのために法定地上権が成立し、Cは家を取り壊せません。ただ、これらの要件は、いつも今日の場面のようにきれいに揃うとは限りません。たとえば、更地に抵当権を設定した後で建物を建てた場合はどうか。抵当権を設定した後に土地や建物の所有者が変わった場合はどうか。同じ土地に2番目の抵当権が付いていた場合はどうか。土地や建物が共有だった場合はどうか。こうした場合に法定地上権が成立するかどうかは、要件ごとに1つずつ答えを出していく必要があります。

今日の答えを、もう一度

まとめ板。Cは家を取り壊せない。Bが土地と建物を両方持っていた時点で土地に抵当権が設定され、実行でCが土地だけを取得した=4要件を満たすので、法定地上権が成立する。必要性=土地と建物は別個の不動産で、自分の土地に自分のための地上権は混同で作れない、という2つの事実から出てくる必然。 図:まとめ板

  • Cは家を取り壊せない
  • Bが土地と建物を両方持っていた時点で土地に抵当権が設定され、実行でCが土地だけを取得した=4要件を満たすので、法定地上権が成立する
  • 必要性=土地と建物は別個の不動産で、自分の土地に自分のための地上権は混同で作れない、という2つの事実から出てくる必然

今日の骨格を振り返ります。冒頭の問いに戻ると、Cは家を取り壊せません。Bが土地と建物を両方持っていた時点で、土地に抵当権が設定され、実行によってCが土地だけを取得しました。4つの要件をすべて満たすので、Bのために法定地上権が成立します。契約で備える道が閉ざされているからこそ、法律が代わりに地上権を発生させます。これで、地上権の回に残した約束を、1つ回収できました。

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#124単独ページ動画

法定地上権の要件①建物の存在

第3章 担保物権 #124/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今回も成立するのか

冒頭の場面板。Bは何も建っていない自分の土地(更地)に、銀行Aのための抵当権を付けて事業資金を借りた。そのお金でその土地に自宅を建てた。返済が滞り土地が競売にかけられ、Cが買い受けた。 図:冒頭の場面板

  • Bは何も建っていない自分の土地(更地)に、銀行Aのための抵当権を付けて事業資金を借りた
  • そのお金でその土地に自宅を建てた
  • 返済が滞り土地が競売にかけられ、Cが買い受けた

前回、法定地上権が成立するための要件は、全部でいくつありましたか?4つでした。①設定当時、建物が存在すること。②設定当時、土地と建物の所有者が同一であること。③土地または建物に抵当権が設定されたこと。④競売の結果、所有者が異なるに至ったこと。今日はその1つめ、要件①から潰していきます。場面を見てください。Bは、何も建っていない自分の土地に、銀行Aのための抵当権を付けて事業資金を借りました。そのお金で、その土地に自宅を建てました。返済が滞り、土地が競売にかけられ、Cが買い受けます。先に答えを言っておきます。今回は成立しません。理由は、銀行が抵当権を付けたとき、この土地を「何も建っていない土地」として値踏みしたからです。前回と何が違うのか、今日はそこを積み上げていきます。

要件①はどこから来るのか

388条前段の板。土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。「存する建物」に下線。 図:388条前段の板

  • 土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす
  • 「存する建物」に下線

条文民法388条前段

民法第388条 土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。

前回、全文を確認した条文です。よく見てください。「その上に存する建物」とあります。存する、つまり存在する建物、です。ここは解釈です。条文の組み立てを追うと、まず土地と建物が同一の所有者に属していて、そのうえで抵当権が設定される、という順番になっています。抵当権が設定される、そのときすでに建物が存在していなければ、「その上に存する建物」とは呼べません。だから、要件①「抵当権設定当時、建物が存在すること」は、この一言から読み取られています。この基準時を頭に置いて、今日の場面に戻りましょう。

更地の後の建築、成立しない

更地の後の建築の板。Bは更地にAのための抵当権を設定→その後Bが建物を建てた→土地の抵当権が実行された。抵当権設定当時、建物は存在しない=要件①を満たさない。結論=法定地上権は成立しない。 図:更地の後の建築の板

  • Bは更地にAのための抵当権を設定→その後Bが建物を建てた→土地の抵当権が実行された
  • 抵当権設定当時、建物は存在しない=要件①を満たさない
  • 結論=法定地上権は成立しない

判例大判大正4年7月1日、大判昭和11年12月15日(同旨)/判旨の要旨

更地への抵当権設定後の建築 更地に抵当権が設定された後に建物が建てられた場合、その建物のために法定地上権は成立しない。

冒頭の場面に、388条を当てはめてみます。Bが土地に抵当権を設定した時点で、そこに建物はありましたか。ありませんでした。更地で、建物が建ったのは、抵当権を設定したあとです。抵当権設定当時、建物は存在しません。要件①を満たさないので、法定地上権は成立しません。ではなぜ、判例はここまではっきり「成立しない」と言い切るのでしょうか。理由を数字で見てみましょう。

評価額の比較板。たとえば更地の評価額が1億円だとする。地上権付きの土地は、その2〜3割程度、たとえば2千万〜3千万円程度の値しか付かない。地上権が成立すると、担保の価値が大きく目減りする。 図:評価額の比較板

  • たとえば更地の評価額が1億円だとする
  • 地上権付きの土地は、その2〜3割程度、たとえば2千万〜3千万円程度の値しか付かない
  • 地上権が成立すると、担保の価値が大きく目減りする

銀行Aは、Bに融資するとき、目の前の土地を「更地」として評価します。たとえば、更地としての評価額が1億円だったとします。ところが、地上権が付いた土地は、更地よりずっと安くしか売れません。目安として、更地の2割から3割程度、たとえば2千万円から3千万円程度の値しか付かないと言われています。もし後から建てた建物にも地上権が成立するとしたら、Aは1億円のつもりで貸したのに、競売で回収できるのは、2千万円から3千万円程度、ということになりかねません。これはAの設定時の期待に真っ向から反します。Cは、抵当権が付いたときこの土地は更地だった、という前提で値を付けます。そこへ後出しで地上権が付いてくるなら、Cは当てが外れます。逆に、それを見越してCが安くしか入札しなければ、今度はAに回る配当が減ります。どちらに転んでも誰かが損をかぶる。だから、更地は更地のまま実行されるべきなんです。

設定者は建ててよい、ただし危険が残るの板。Bは所有者のままなので、抵当権を付けたあとも土地を使い、建物を建ててよい(使用収益権は設定者に残る)。ただし競売後、その建物は土地を使う権原を持てない=取り壊しの危険が残る。手当ては一括競売(389条)、別の回で扱う。 図:設定者は建ててよい、ただし危険が残るの板

  • Bは所有者のままなので、抵当権を付けたあとも土地を使い、建物を建ててよい(使用収益権は設定者に残る)
  • ただし競売後、その建物は土地を使う権原を持てない=取り壊しの危険が残る
  • 手当ては一括競売(389条)、別の回で扱う

抵当権を付けたあとでも、Bは建物を建ててかまいません。抵当権の入口の回で見たとおり、抵当権は、目的物を使う権利は設定者に残したまま、価値だけを押さえる権利です。Bは土地の所有者のままなので、そこに建物を建てるのは自由です。法定地上権が成立しない以上、この建物は競売後に土地を使う権原を持てません。取り壊しの危険が残ります。この危険への法律の手当てとして、一括競売という制度がありますが、中身は別の回で扱います。Aが抵当権を付けたときに更地として値踏みした、その前提どおりに実行されます。

承諾があっても、成立しない

承諾があった場合の板。同じく更地に抵当権を設定→ただし今度はAがあらかじめ「建ててよい」と承諾していた→その後Bが建築→実行。結論=それでも法定地上権は成立しない。 図:承諾があった場合の板

  • 同じく更地に抵当権を設定→ただし今度はAがあらかじめ「建ててよい」と承諾していた→その後Bが建築→実行
  • 結論=それでも法定地上権は成立しない

では、もし銀行があらかじめ「建ててもいいですよ」と言っていたら、結論は変わるでしょうか。実は、それでも成立しません。

判例最判昭和36年2月10日

承諾があった場合の法定地上権 ……本件建物の築造を予め承認した事実があつても、原判決認定の事情に照し本件抵当権は本件土地を更地として評価して設定されたことが明らかであるから、民法三八八条の適用を認むべきではなく、この点に関する原審の判断は正当である。

判決の理由は、この一文です。この事件の事情からすると、承諾があっても、Aが土地を更地として値踏みして抵当権を付けたこと自体は変わらない、というわけです。しかも、さっき見たとおり、Bは承諾が無くても、そもそも建ててよかったんでした。だから「建ててよい」という承諾は、土地の使い方を認めただけです。Aが土地を、地上権付きの安い土地として値踏みし直した、という意味までは持ちません。貸した額は、更地の値段を前提にしたままなんです。ここにもう1つ、別の角度からの説明を足しておきます。仮にA自身の利益は考えなくてよいとしても、法定地上権の成立を認めると、今度は登記簿を見て入札した買受人Cを害してしまいます。

AとBがどれだけ約束を交わしても、その約束は登記簿に現れません。買受人Cには、その約束の存在を知りようがないんです。当事者どうしの合意は、それに気づけない第三者を害してまで通用させることはできません。私的自治にも限界がある、という形でここは覚えておいてください。

未登記の建物があれば、成立する

未登記建物の板。抵当権設定当時、建物はすでに存在していたが、まだ保存登記されていなかった。結論=法定地上権は成立する。理由=抵当権者は融資の前に現地を調査するのが通常で、建物の存在は分かる。 図:未登記建物の板

  • 抵当権設定当時、建物はすでに存在していたが、まだ保存登記されていなかった
  • 結論=法定地上権は成立する
  • 理由=抵当権者は融資の前に現地を調査するのが通常で、建物の存在は分かる

逆に、抵当権を設定した時点で、建物はすでに建っていたけれど、まだ保存登記、つまり建物を建てたときに初めて持ち主の名前を登記簿に載せる登記だけが、済んでいなかった場合はどうでしょうか。

判例大判昭和14年12月19日/判旨の要旨

未登記の建物と法定地上権 抵当権設定当時、建物が未登記であっても、法定地上権は成立する。

ここは逆に、成立します。抵当権者は、お金を貸す前に、現地に行って土地の状態を調査するのが通常です。建物がそこに建っていれば、登記があろうとなかろうと、現地に行けば分かります。「不測の損害」にはあたりません。抵当権設定当時、要件①が求める「建物が存在すること」自体は、すでに満たされていたわけです。登記は要件①には要求されていません。前回の、抵当権の登記との先後で決まる対抗の話とは別物です。要件①が見ているのは、設定の時点で建物がそこに建っていたかどうか、という事実だけです。

対比の板。承諾の場面=買受人は登記簿しか見られない、承諾は登記簿に載らないから知りようがない。未登記建物の場面=抵当権者は融資前に現地を見て判断する、建物の存在は現地で分かる。誰が・何を見て判断するかが逆になっている。 図:対比の板

  • 承諾の場面=買受人は登記簿しか見られない、承諾は登記簿に載らないから知りようがない
  • 未登記建物の場面=抵当権者は融資前に現地を見て判断する、建物の存在は現地で分かる
  • 誰が・何を見て判断するかが逆になっている

ここで、さっきの承諾の場面と並べてみましょう。承諾の場面では、買受人は登記簿しか見られませんでした。承諾は登記簿に載らないから、買受人には分かりません。今度の場面では、抵当権者自身が、融資の前に現地を見て判断します。建物の存在は、現地に行けば分かります。この「誰が・何を見るか」という物差しを持っていれば、この2つの場面を混同しなくなります。

共同抵当の建て替え、判例が変わった論点

共同抵当の場面板。AはBの土地と建物の両方に抵当権(共同抵当)を持っていた。その建物が取り壊され、同じ土地の上に新しい建物が建てられた(新建物には抵当権なし)。その後、土地の抵当権が実行された。 図:共同抵当の場面板

  • AはBの土地と建物の両方に抵当権(共同抵当)を持っていた
  • その建物が取り壊され、同じ土地の上に新しい建物が建てられた(新建物には抵当権なし)
  • その後、土地の抵当権が実行された

最後に、もう少し複雑な場面を見ます。Aが、Bの土地と建物の両方に、1つの債権を担保するための抵当権を持っていたとします。これを共同抵当と呼びます。ここで、共同抵当の付いた建物が取り壊され、同じ土地の上に新しい建物が建てられました。新しい建物には、抵当権は付いていません。その後、土地の抵当権が実行されました。

判例大判昭和13年5月25日/判旨の要旨

個別価値考慮説(旧判例) 土地と建物に共同抵当が設定された後、建物が取り壊されて再築された場合でも、土地の抵当権の実行により法定地上権は成立する。

かつての判例は、成立すると考えていました。建物の抵当権は「地上権付きの建物」としての高い価値を、土地の抵当権は「地上権の負担が付いた、低い」土地としての価値を、それぞれ個別に把握している、という考え方です。建物の抵当権が取り壊しで消え、土地の抵当権だけが実行された以上、地上権が成立するのは当然だ、というわけです。これを個別価値考慮説と呼びます。

個別価値考慮説の数字板。更地なら1億円の土地。建物がある間、土地の抵当権がつかむのは地上権の負担付きの土地=2千万〜3千万円。残りの7千万〜8千万円分は、地上権とともに建物の抵当権の側がつかむ。建物が壊されると、建物の抵当権ごとこの分が消える。 図:個別価値考慮説の数字板

  • 更地なら1億円の土地
  • 建物がある間、土地の抵当権がつかむのは地上権の負担付きの土地=2千万〜3千万円
  • 残りの7千万〜8千万円分は、地上権とともに建物の抵当権の側がつかむ
  • 建物が壊されると、建物の抵当権ごとこの分が消える

さっきの数字で見てみます。更地なら1億円の土地です。上に建物がある間、土地の抵当権がつかんでいるのは、地上権の負担が付いた土地、つまり2千万円から3千万円ほどです。残りの7千万円から8千万円ほどは、地上権と一緒に、建物の抵当権の側がつかんでいます。ところが建物が壊されると、建物の抵当権ごと、その7千万円から8千万円分が消えてしまいます。この考え方のままだと、Bが建物を取り壊して建て直すだけで、Aが押さえていたはずの担保価値の一部が消えてしまいます。抵当権の対象からわざと外れた新しい建物のために地上権が成立するなら、Aは踏んだり蹴ったりです。この抜け道が使われる危険が、繰り返し指摘されるようになりました。

判例最判平成9年2月14日・民集51巻2号375頁

全体価値考慮説(現在の判例) 新建物の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、新建物が建築された時点での土地の抵当権者が新建物について土地の抵当権と同順位の共同抵当権の設定を受けたとき等特段の事情のない限り、新建物のために法定地上権は成立しない。

全体価値考慮説の板。原則は不成立。ただし新建物が建った時点で、土地の抵当権者が新建物にも土地と同順位の共同抵当を設定し直してもらえたときなど、特段の事情があれば成立する。 図:全体価値考慮説の板

  • 原則は不成立
  • ただし新建物が建った時点で、土地の抵当権者が新建物にも土地と同順位の共同抵当を設定し直してもらえたときなど、特段の事情があれば成立する

いま読んだのが、今の判例です。土地と建物のセットで担保価値をひとまとめに見るので、全体価値考慮説と呼びます。原則は不成立、例外的に、新しい建物にもきちんと同じ順位で抵当権を設定し直してもらえた場合などに限って成立する、という組み立てです。この判例変更の理由を、さっきの値踏みの物差しで見てみましょう。Aは、共同抵当を設定した時点で、土地と建物をワンセットで評価しています。建物が存続している間は、その建物のために地上権が成立することも織り込み済みです。しかし、建物が取り壊されたら、Aは土地について、地上権の制約のない更地としての担保価値を確保しようとするのが、抵当権を設定した当事者の合理的な意思です。抵当権の設定されない新しい建物のために地上権の成立を認めると、Aは思わぬ不利益を受けます。建物を保護すべきだという要請にも一理ありますが、当事者の合理的な意思に反してまで、それを優先すべきとは言えません。

個別価値考慮説のままだと、建て替えという行為だけで、Aの押さえていた価値がこっそり抜け落ちてしまいます。全体価値考慮説は、その抜け道をふさぎました。例外の理由も同じ物差しで読めます。新しい建物にも同じ順位で抵当権を付け直せば、Aは土地と建物のセット、1億円分をもう一度まるごと押さえ直せます。だからその場合は、地上権を認めてもAは困りません。

4つの場面を1枚に整理する

4場面の比較表。更地の後の建築=設定時に建物なし・評価は更地・害される相手は銀行と買受人・不成立。承諾あり=設定時に建物なし・評価は更地(承諾は登記簿に載らない)・害される相手は買受人・不成立。未登記建物あり=設定時に建物あり・評価は現地調査込み・害される相手なし・成立。共同抵当の建替え=旧建物はセットで評価・害される相手は銀行・原則不成立。 図:4場面の比較表

  • 更地の後の建築=設定時に建物なし・評価は更地・害される相手は銀行と買受人・不成立
  • 承諾あり=設定時に建物なし・評価は更地(承諾は登記簿に載らない)・害される相手は買受人・不成立
  • 未登記建物あり=設定時に建物あり・評価は現地調査込み・害される相手なし・成立
  • 共同抵当の建替え=旧建物はセットで評価・害される相手は銀行・原則不成立

今日見た4つの場面を、1枚の表にまとめます。更地の後の建築は、設定当時に建物が無く、評価は更地としての価値、害される相手は抵当権者と買受人、結論は不成立です。承諾があった場合も、設定当時に建物は無く、評価はやはり更地のまま、害される相手は買受人、結論は不成立です。未登記の建物があった場合は、設定当時にすでに建物があり、評価には現地調査で建物の存在が織り込まれていて、誰も害さないので、結論は成立です。共同抵当の建て替えは、旧建物を含めてセットで評価されていたので、害される相手は抵当権者、結論は原則不成立です。

建物の有無そのものより、抵当権者がその時点で何を評価に織り込んでいたか、それによって誰の信頼が壊れるか、で結論が決まります。

今日の答えを、もう一度

まとめ板。冒頭のBの場合、更地に抵当権を設定した後で建てた家だから、法定地上権は成立しない。Cは土地を更地として買い受けたことになる。4つの場面を貫く物差し=抵当権者が設定時にその土地をどう評価していたか、で誰の信頼を壊すかが決まる。 図:まとめ板

  • 冒頭のBの場合、更地に抵当権を設定した後で建てた家だから、法定地上権は成立しない
  • Cは土地を更地として買い受けたことになる
  • 4つの場面を貫く物差し=抵当権者が設定時にその土地をどう評価していたか、で誰の信頼を壊すかが決まる

冒頭の問いに戻ります。Bは更地に抵当権を設定した後で家を建てました。だから、法定地上権は成立しません。Cは、土地を更地として買い受けたことになります。今日見た4つの場面は、すべて同じ1本の物差しで測れます。抵当権者が設定の時点で、その土地をどう評価していたか。それによって、誰の信頼を壊すことになるか。この物差しさえ持っていれば、場面が増えても迷いません。要件②は、設定当時、土地と建物の所有者が同一であること、です。

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#125単独ページ動画

法定地上権の要件②所有者の同一

第3章 担保物権 #125/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の約束を、思い出してください

冒頭の場面板。EはBの土地を借りて家を建てている。Eはその家に銀行Aのための抵当権を付けて融資を受けた。その後、BがEに土地を売り、土地も建物もEのものになった。返済が滞り、建物の抵当権が実行されCが買い受けた。 図:冒頭の場面板

  • EはBの土地を借りて家を建てている
  • Eはその家に銀行Aのための抵当権を付けて融資を受けた
  • その後、BがEに土地を売り、土地も建物もEのものになった
  • 返済が滞り、建物の抵当権が実行されCが買い受けた

前回の最後に、要件②の名前だけ挙げて終わりました。覚えていますか。今日はその要件②を潰していきます。場面を見てください。Eは、Bの土地を借りて、そこに自分の家を建てています。Eは、その家に銀行Aのための抵当権を付けて、お金を借りました。その後、BがEに土地を売り、土地も建物もEのものになりました。返済が滞り、建物の抵当権が実行されて競売にかけられ、Cが買い受けます。先に答えを言っておきます。法定地上権は成立しません。でも、Cは建物を壊さなくていいんです。理由は、Eがもともと持っていた借地権が、消えずに残っているからです。今日は、この一見矛盾した結論を、順番に積み上げていきます。

要件②はどこにあるのか

388条前段の板。土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において。「同一の所有者に属する場合」に下線。 図:388条前段の板

  • 土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において
  • 「同一の所有者に属する場合」に下線

条文民法388条前段

民法第388条前段 土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。

前に全文を確認した条文です。「同一の所有者に属する場合」、この一言が要件②の根拠です。前回と同じで、ここも解釈です。条文の組み立てでは、まず所有者が同一である状態があって、そこに抵当権が設定される、という順番になっています。だから、判断の基準時は「抵当権が設定されたとき」だと読み取られています。この基準時を、今日もずっと使い続けます。

持ち主が別々なら、法定地上権は要らない

前提の板。土地はB所有、建物はE所有。EはBと契約して借地権(地上権または賃借権)を持っている。借地権が無ければ、Eはただの無権原の占有者で、法定地上権で救う対象にすら入らない。 図:前提の板

  • 土地はB所有、建物はE所有
  • EはBと契約して借地権(地上権または賃借権)を持っている
  • 借地権が無ければ、Eはただの無権原の占有者で、法定地上権で救う対象にすら入らない

まず、設定当時からBが土地、Eが建物を持つ、別人所有の場面を考えます。この場合、EはBと契約して、借地権を持てます。地上権でも、賃借権でも構いません。その場合、Eはただ他人の土地の上に建物を持っているだけの、無権原の占有者です。法定地上権はそもそも建物を守るための制度なので、権原が最初から無い建物は、救う対象にすら入りません。ここから、抵当権がどちらに付いたかで、2つの場面に分けます。

場面①建物に抵当権の板。Eの建物にAの抵当権を設定。抵当権は建物の従たる権利である借地権にも及ぶ(87条2項類推)。実行後、Cは建物と借地権をセットで取得する。 図:場面①建物に抵当権の板

  • Eの建物にAの抵当権を設定
  • 抵当権は建物の従たる権利である借地権にも及ぶ(87条2項類推)
  • 実行後、Cは建物と借地権をセットで取得する

場面①、建物にAの抵当権が付いた場合です。前に確認したとおり、建物の抵当権の効力は、Eが持つ借地権にも及びます。87条2項は「従物は、主物の処分に従う」という条文でした。借地権は物ではありませんが、この考え方を借りて、借地権を、建物に従う権利として扱います。借地権が付いてこなければ、競売で建物を買った人は、すぐに出ていけと言われてしまい、建物の値打ちが実現できないからです。だから、抵当権が実行されると、Cは建物の所有権と一緒に、借地権も手に入れます。建物を支える権利は、もう用意されているんです。

場面②土地に抵当権の板。Bの土地にAの抵当権を設定。Eの借地権が抵当権の設定登記より前に対抗要件を備えていれば、実行後もEはその借地権をA・Cに対抗できる。 図:場面②土地に抵当権の板

  • Bの土地にAの抵当権を設定
  • Eの借地権が抵当権の設定登記より前に対抗要件を備えていれば、実行後もEはその借地権をA・Cに対抗できる

場面②、Bの土地にAの抵当権が付いた場合です。ここで大事なのは、Eの借地権が、いつ対抗要件を備えていたかです。賃借権なら、605条の登記か、借地借家法10条1項の、自分名義の建物の登記でも足ります。

条文民法605条

民法第605条 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

条文借地借家法10条1項

借地借家法第10条1項 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。

Eの借地権が、Aの抵当権設定登記より前にこの対抗要件を備えていれば、実行の後も、EはA、そしてCに対して借地権を主張できます。設定当時から持ち主が別々なら、抵当権がどちらに付いていても、建物のための利用権は、契約の側ですでに用意できています。だから、法定地上権という法律の後付けの手当ては要りません。設定当時は別人所有だったけれど、そのあとで、同じ持ち主の物になったら結論は変わるか、次はそこを見ていきましょう。

後から同じ持ち主の物になっても、成立しない

趣旨その2、場面(a)の板。Eの建物にAの抵当権を設定(B所有地)。その後BがEに土地を売る。Eが土地・建物両方の所有者に。建物の抵当権が実行されCが買受け。

判断時点は、いつも「抵当権設定当時」です。設定当時に別人所有だった以上、そのあとで同一人所有になっても、結論は変わりません。Eの建物にAの抵当権が設定された時点で、土地はB、建物はEの別人所有でした。その後、BがEに土地を売り、Eが土地・建物の両方の持ち主になりました。建物の抵当権が実行され、Cが買い受けます。今は同じ人の持ち物になっているのに、成立しないんですか。成立しません。もう1つ、逆の場面も見ておきます。

趣旨その2、場面(b)の板。Bの土地にAの抵当権を設定(E所有建物・借地権は対抗要件済み)。その後EがBに建物を売る。Bが土地・建物両方の所有者に。土地の抵当権が実行されCが買受け。

場面(b)です。Bの土地にAの抵当権が設定された時点で、土地はB、建物はE。Eの借地権は対抗要件も備えていました。その後、EがBに建物を売り、Bが土地・建物の両方の持ち主になりました。土地の抵当権が実行され、Cが買い受けます。どちらの場面も、結論は不成立です。

最判昭44・2・14の板。抵当権設定当時に土地と建物の所有者が各別であれば、たまたま競落の際に所有権が同一人に帰していても、388条は適用または準用されない、と判示した。 図:最判昭44・2・14の板

判例最判昭和44年2月14日

抵当権設定当時に別人所有だった場合の判例 本件のように、抵当権設定当時において土地および建物の所有者が各別である以上、その土地または建物に対する抵当権の実行による競落のさい、たまたま、右土地および建物の所有権が同一の者に帰していたとしても、民法三八八条の規定が適用または準用されるいわれはなく

この判決の結論は、この一文に尽きます。注目してほしいのは「たまたま」という言葉です。設定の後で起きた成り行きは、要件②の判断に入れない、ということです。言葉も確認します。「各別」は別々、「競落」は競売で買い受けること、「いわれはなく」は当てはめる理由が無い、という意味です。判決文自体は、なぜ適用されないかの理由までは書いていません。理由は、次に見ていきましょう。Aは、抵当権を設定した時点で、担保の値打ちを見積もっています。前回と同じく、更地なら1億円の土地で考えてみます。場面(b)なら、Aが見たのは借地権の負担が付いた土地です。たとえば、2千万円から3千万円ほどと値踏みして貸しています。場面(a)なら、Aが見たのは借地権ごとの建物で、残りの値打ちはこちらの側にあります。その後、たまたま持ち主が1人にまとまっても、Aが設定のときにした値踏みは変わりません。だから、法定地上権で後から手当てをする理由はありません。

設定当時にどう値踏みされたかが、ずっと基準になり続けます。成立しないなら、Cは建物を壊さなければならないんじゃないですか。そこが今日いちばん大事なところです。1つ、思い出してほしい条文があります。179条1項のただし書を、思い出してください。物権が消える回で見た条文です。物権が消えずに残るのは、その物や権利が、誰の権利の目的になっているときでしたか?第三者の権利の目的になっているとき、でした。ここでの「第三者」は、その物や権利の上に、自分の権利を乗せている人のことです。さっき605条などで見た、対抗できるかを争う相手の第三者とは、役回りが違います。今日は、その道具を使い切ります。

なぜ要らないのに、建物は守られるのか

179条1項の板。同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は消滅する。ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。 図:179条1項の板

  • 同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は消滅する
  • ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない

条文民法179条1項

民法第179条1項 同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は、消滅する。ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。

場面(a)の混同の板。EはBから土地を買い、借地権と土地所有権が同じEの手にそろう。借地権にAの抵当権が乗っているときは179条1項ただし書により借地権は消えない。抵当権が先に消えていれば、本文どおり借地権は混同で消える。

まず、場面(a)です。EはBから土地を買って、土地所有権も持つに至りました。原則どおりなら、Eの借地権は、土地所有権と同じEの手にそろった瞬間、179条1項本文の混同で消えます。さっき見たとおり、抵当権は借地権にも及んでいます。Eの借地権には、Aの抵当権が乗っています。Eの借地権を消してしまうと、その上に乗っていたAの抵当権が、土台を失ってしまいます。だから、Eの借地権は、179条1項のただし書に当たって、消えません。逆に、EがAにお金を全部返して、抵当権が消えた後で土地を買っていたら、どうでしょう。

その場合は本文どおり、借地権は混同で消えます。土地も建物もEの物なので、困る人もいません。

場面(b)の混同の板。BはEから建物を買い、建物に従う借地権も受け取る。土地がAの抵当権の目的になっているので、この借地権も179条1項ただし書により消えない。消せばAが値踏み以上の得をしてしまう。

場面(b)も同じ考え方です。BはEから建物を買い、そのとき、建物に従う借地権も一緒に受け取ります。この借地権も、土地がAの抵当権の目的になっている以上、ただし書に当たって、消えません。ただ、ここで残す意味は、場面(a)と少し違います。借地権が消えると、Aは2千万円から3千万円と値踏みした土地を、1億円の更地として売れてしまいます。Aは最初から借地権の負担付きで値踏みしていたので、残してもAは困りません。消せば、建物だけが足場を失います。だから、残す意味があるんです。どちらの場面も、借地権は消えません。場面(a)を、イメージで言うと、EはBから傘を借りていて、そこにAがキーホルダーを掛けているようなものです。Eがその傘を自分の物として買い取っても、キーホルダーごと消してしまうと、Aが困ります。だから、傘に「借り物」という扱いそのものは、Aのキーホルダーが掛かっている間、残り続けるんです。

地上権と賃借権の板。借地権が地上権なら179条1項がそのまま直接適用される。賃借権は所有権・他の物権の混同を定めた179条1項の対象に入らないため、類推適用で同じ結論を導く。 図:地上権と賃借権の板

  • 借地権が地上権なら179条1項がそのまま直接適用される
  • 賃借権は所有権・他の物権の混同を定めた179条1項の対象に入らないため、類推適用で同じ結論を導く

賃借権の場合は、少し違います。179条1項は「所有権及び他の物権」の混同を定めた条文なので、賃借権という債権は、そのままでは対象に入りません。残す意味は、借地権が地上権でも賃借権でも変わりません。消せばAが困る、あるいはAに思わぬ得をさせる、という事情は、物権か債権かで違わないからです。ここは、類推適用という形で同じ結論を導きます。

179条1項の本文とただし書の板。本文は自分の土地に自分のための地上権を作れないという形で自己借地権を封じる。ただし書は第三者の権利の目的であるときに他の物権を残し、借地権を生かす。 図:179条1項の本文とただし書の板

  • 本文は自分の土地に自分のための地上権を作れないという形で自己借地権を封じる
  • ただし書は第三者の権利の目的であるときに他の物権を残し、借地権を生かす

もう1つ、思い出してほしいことがあります。前々回、法定地上権がなぜ必要かを考えたとき、179条1項の「本文」が出てきました。あのときは、混同の本文が、自己借地権を封じる方向に働きました。今日は、同じ条文の「ただし書」が、借地権を生かす方向に働いています。法定地上権は成立しませんが、Cは建物を壊さなくて済みます。Eがもともと持っていた借地権は、混同で消えずに残っていて、建物の競売とともにCへ移るからです。

3つの場面を1枚に

3行の比較表。設定当時「別人所有・建物に抵当」=建物を支える権利は約定の借地権(セットで移転)・結論は不要。「別人所有・土地に抵当」=建物を支える権利は約定の借地権(対抗要件で存続)・結論は不要。「別人所有→設定後に同一人所有」=建物を支える権利は混同を免れた借地権・結論は不成立。 図:3行の比較表

  • 設定当時「別人所有・建物に抵当」=建物を支える権利は約定の借地権(セットで移転)・結論は不要
  • 「別人所有・土地に抵当」=建物を支える権利は約定の借地権(対抗要件で存続)・結論は不要
  • 「別人所有→設定後に同一人所有」=建物を支える権利は混同を免れた借地権・結論は不成立

今日見た3つの場面を、1枚の表にまとめます。別人所有で建物に抵当権が付いた場合、建物を支える権利は約定、つまり契約で結んだ借地権で、抵当権とセットでCに移ります。結論は不要です。別人所有で土地に抵当権が付いた場合も、建物を支える権利は約定の借地権で、対抗要件のおかげで生き残ります。結論は不要です。設定後に同一人所有になった場合は、建物を支える権利は、混同を免れた借地権です。結論は不成立です。法定地上権は、利用権の無い建物を救うための後付けの手当てです。設定当時すでに、あるいは混同の例外によって、利用権があるなら、その手当ては要りません。

今日の答えを、もう一度

まとめ板。冒頭のEの場合、建物に抵当権が設定された当時、土地はB、建物はEの別人所有だった。その後EがBから土地を買い取って同一人所有になっても、法定地上権は成立しない。それでもCは建物を壊さなくてよい。Eの借地権は179条1項ただし書で混同を免れ、競売とともにCへ移る。 図:まとめ板

  • 冒頭のEの場合、建物に抵当権が設定された当時、土地はB、建物はEの別人所有だった
  • その後EがBから土地を買い取って同一人所有になっても、法定地上権は成立しない
  • それでもCは建物を壊さなくてよい
  • Eの借地権は179条1項ただし書で混同を免れ、競売とともにCへ移る

冒頭の問いに戻ります。Aが抵当権の設定を受けたとき、土地はB、建物はEの別人所有でした。その後、EがBから土地を買い取って、同一人所有になりましたが、法定地上権は成立しません。Aの抵当権は、Eの借地権にも及んでいました。Eが土地を買った時点で、その借地権は179条1項ただし書により、混同で消えずに残ります。競売の結果、Cは建物と一緒に、その借地権を手に入れます。今日押さえてほしいのは1点だけです。要件②は、いつも「抵当権設定当時」で判断します。今日は抵当権が1つの場面でした。

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#126単独ページ動画

2番抵当と法定地上権

第3章 担保物権 #126/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の続きを、思い出してください

冒頭の場面板。BはEに土地を貸し、Eはそこに家を建てている。BはAのために土地に抵当権を付けた(1番)。その後EがBに家を売り、土地も建物もBのものになった。そこでBは、土地にもう1つ、Fの抵当権を付けた(2番)。返済が滞り、土地が競売されCが買い受けた。 図:冒頭の場面板

  • BはEに土地を貸し、Eはそこに家を建てている
  • BはAのために土地に抵当権を付けた(1番)
  • その後EがBに家を売り、土地も建物もBのものになった
  • そこでBは、土地にもう1つ、Fの抵当権を付けた(2番)
  • 返済が滞り、土地が競売されCが買い受けた

前回の最後に、宿題を残しました。覚えていますか?抵当権が2つ、1番と2番であって、設定当時の所有関係が違っていたらどうなるか、でした。今日はその場面を見ていきます。例えば、BはEに土地を貸していて、Eはそこに自分の家を建てています。Bは、その土地に銀行Aのための抵当権を付けました。これが1番です。その後、EがBに家を売り、土地も建物もBのものになりました。そこでBは、同じ土地に、さらに抵当権を1つ付けます。Fのための抵当権です。これが2番です。返済が滞り、土地が競売されて、Cが買い受けます。法定地上権は成立するでしょうか。先に答えを言っておきます。土地のこの場面は、成立しません。ところが、同じことが建物で起きると、今度は成立します。今日はこの逆転の理由を、一本の軸で説明します。

抵当権が2つあると、何が問題になるのか

順位の復習板。同一の不動産に抵当権は何個でも付けられる。順位は登記の前後で決まる(373条)。先に登記されたものが1番抵当権、後から登記されたものが2番抵当権。配当は1番から先に受け取る。どの順位の抵当権者でも、単独で実行できる。 図:順位の復習板

  • 同一の不動産に抵当権は何個でも付けられる
  • 順位は登記の前後で決まる(373条)
  • 先に登記されたものが1番抵当権、後から登記されたものが2番抵当権
  • 配当は1番から先に受け取る
  • どの順位の抵当権者でも、単独で実行できる

どちらが先に配当を受け取るかは、登記の前後で決まりましたね。先に登記された方が1番抵当権、後から登記された方が2番抵当権で、1番から先に配当を受け取ります。前に条文で確認した順位の話です。今日はこの複数の抵当権が問題になる場面を扱います。1番の抵当権者でも、2番の抵当権者でも、単独で競売を申し立てられます。ここが今日の出発点です。大事なのは、2番のFが実行しても、1番のAの抵当権も一緒に消えて、土地は抵当権の付いていない状態でCに渡ることです。以前見た消除主義の仕組みでしたね。法定地上権の要件②、所有者が同一だったかどうかを判断するとき、Aの設定当時を見るのか、Fの設定当時を見るのか、どちらなんですか。そこです。同じ土地の上で、1番の設定当時は別人所有、2番の設定当時は同一人所有、というように答えが割れることがあります。今日は、この場合にどちらを基準にするかを見ていきます。

388条前段の板。土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。「同一の所有者に属する場合」と「抵当権が設定され」に下線。 図:388条前段の板

  • 土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす
  • 「同一の所有者に属する場合」と「抵当権が設定され」に下線

条文民法388条前段

民法第388条前段 土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。

条文をもう一度見ておきます。「同一の所有者に属する場合において」「抵当権が設定され」とあるだけで、抵当権が2つあるとき、どちらの設定を見るのかは書いてありません。

土地の2番抵当は、1番が基準

土地2番抵当の場面板。BがAに1番(土地)を設定した時点では、土地はB、建物はE。その後EがBに建物を売り、Bが土地・建物を両方持つ。そこでBがFに2番(土地)を設定。土地が競売されCが買い受ける。 図:土地2番抵当の場面板

  • BがAに1番(土地)を設定した時点では、土地はB、建物はE
  • その後EがBに建物を売り、Bが土地・建物を両方持つ
  • そこでBがFに2番(土地)を設定
  • 土地が競売されCが買い受ける

冒頭の場面をもう一度整理します。Bの土地にAの1番抵当権が付いたとき、土地はB、建物はEの別人所有でした。その後、EがBに建物を売り、Bが土地と建物の両方の持ち主になりました。そこでBは、同じ土地に、Fの2番抵当権を付けます。どちらを基準にするかで、結論が変わってしまいます。この場面について、判例があります。

判例最高裁判所第二小法廷判決 平成2年1月22日

土地の2番抵当権の場合の判例 土地について一番抵当権が設定された当時土地と地上建物の所有者が異なり、法定地上権成立の要件が充足されていなかった場合には、土地と地上建物を同一人が所有するに至った後に後順位抵当権が設定されたとしても、その後に抵当権が実行され、土地が競落されたことにより一番抵当権が消滅するときには、地上建物のための法定地上権は成立しないものと解するのが相当である。

判例は、1番抵当権を基準にして、法定地上権の成立を否定しました。今回の場面なら、Aの設定当時を基準にする、ということです。後から同一人所有になって、さらに2番が付いても、答えは変わらない、と言っています。理由を考えましょう。Aは、1番抵当権を設定したとき、この土地を「法定地上権の負担が付かない土地」として値踏みしています。そのときEが持っていたのは、Bと契約した借地権だけです。Aが織り込んだ負担は、その借地権の分までです。法定地上権は、借地権よりも強い権利です。これが付くと、土地の値打ちは、Aが見積もったところより、さらに下がってしまいます。

Aが関与していない、あとから起きた事情によって、Aの評価を崩すわけにはいきません。だから、Aの設定当時、つまり1番を基準にします。成立しないなら、Cは建物を壊さなければならないんじゃないですか。そこは前回と同じです。同じ物の所有権と、その物の上の別の権利が、1人の手にそろうと、別の権利は消えるのが原則です。これを混同と言います。179条1項本文の定めです。

179条1項の板。同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は、消滅する。ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。 図:179条1項の板

  • 同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は、消滅する
  • ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない

条文民法179条1項

民法第179条1項 同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は、消滅する。ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。

ここでは、BがEから建物を買ったとき、建物に従う借地権もBに来て、土地所有権と同じBの手にそろいます。ただ、土地がAの抵当権の目的になっている以上、179条1項のただし書に当たって、借地権は混同で消えません。消してしまうと、Aは、借地権の負担付きで値踏みした土地を、更地として売れてしまい、思わぬ得をするからです。では、残った借地権は、買い受けたCにも通用するのでしょうか。契約の相手ではない第三者にも自分の権利を主張するための条件を、対抗要件と言います。借地権なら、その登記か、借地の上の自分名義の建物の登記です。これを、Aの抵当権の設定登記より前に備えていれば、実行の後もCに対抗できます。「不成立」は「建物を壊す」ことを意味しません。

では、これで話は終わりでしょうか

例外の場面板。土地2番抵当と同じ場面で、Aの1番抵当権が競売より前に弁済または解除で消滅している。その後Fの2番抵当権が実行され、土地が競売されCが買い受ける。 図:例外の場面板

  • 土地2番抵当と同じ場面で、Aの1番抵当権が競売より前に弁済または解除で消滅している
  • その後Fの2番抵当権が実行され、土地が競売されCが買い受ける

実は、そこにもう1つ判例があります。Aの1番抵当権が、弁済や設定契約の解除などで、競売より前にすでに消滅していた場合です。

判例最高裁判所第二小法廷判決 平成19年7月6日

1番抵当権が競売より前に消えていた場合の判例 土地を目的とする先順位の甲抵当権と後順位の乙抵当権が設定された後、甲抵当権が設定契約の解除により消滅し、その後、乙抵当権の実行により土地と地上建物の所有者を異にするに至った場合において、当該土地と建物が、甲抵当権の設定時には同一の所有者に属していなかったとしても、乙抵当権の設定時に同一の所有者に属していたときは、法定地上権が成立するというべきである。

この判決は、甲、つまり先順位の抵当権が、設定契約の解除によって消滅し、そのあとで、乙、つまり後順位の抵当権が実行された場合を扱っています。判決の理由づけは「抵当権は被担保債権を担保する限度でしか存続しない」という抵当権の性質そのものに向けられています。消える原因が弁済でも、同じ理由がそのまま当てはまります。この場合は、2番を基準にして、法定地上権が成立します。理由は2つあります。1つ目、抵当権は、被担保債権を担保する目的の限度でしか存続しません。1番が弁済や解除でいずれ消えることは、抵当権である以上、当然にありうることです。Fは、2番の抵当権を設定するとき、そのことをあらかじめ織り込んで、値踏みすべき立場にありました。

だから、成立させてもFに不意打ちはありません。2つ目、競売のときにはもうAの1番抵当権は存在しません。守るべきAが、そこにはもういないんです。これで、土地の抵当権についてのルールが、1本にまとまります。競売によって消える抵当権のうち、いちばん順位が上の抵当権の設定当時を基準にする。1番が残っていれば1番、1番が先に消えていれば2番です。

建物の2番抵当は、2番が基準

建物2番抵当の場面板。EがAに1番(建物)を設定した時点では、土地はB、建物はE。その後BがEに土地を売り、Eが土地・建物を両方持つ。そこでEがFに2番(建物)を設定。建物が競売されCが買い受ける。 図:建物2番抵当の場面板

  • EがAに1番(建物)を設定した時点では、土地はB、建物はE
  • その後BがEに土地を売り、Eが土地・建物を両方持つ
  • そこでEがFに2番(建物)を設定
  • 建物が競売されCが買い受ける

今度は、同じことが建物で起きた場合です。Eの建物にAの1番抵当権が付いたとき、土地はB、建物はEの別人所有でした。その後、BがEに土地を売り、Eが土地と建物の両方の持ち主になりました。そこでEは、同じ建物に、Fの2番抵当権を付けます。ここで、判例の結論を聞いてください。

建物2番抵当の結論の板。建物の抵当権は、2番抵当権の設定当時を基準にする=法定地上権は成立する。成立しても、2番のFはもちろん、1番のAも害されない。借地権より強い地上権が付いた建物は、むしろ高く売れる。 図:建物2番抵当の結論の板

  • 建物の抵当権は、2番抵当権の設定当時を基準にする=法定地上権は成立する
  • 成立しても、2番のFはもちろん、1番のAも害されない
  • 借地権より強い地上権が付いた建物は、むしろ高く売れる

判例大判昭和14年7月26日/判旨の要旨

建物の2番抵当権の場合の判例 建物に設定された1番抵当権の設定当時は土地と建物の所有者が異なっていたが、2番抵当権の設定当時には同一の所有者に属していた場合、建物の抵当権が実行されれば、建物の買受人のために法定地上権が成立する。

建物の抵当権については、2番抵当権を基準にして、法定地上権の成立を認めます。判例の立場です。土地の場合とは、正反対の結論です。理由を考えると、逆転する仕組みが見えてきます。建物の抵当権については、2番を基準にして成立させても、2番のFはもちろん、1番のAも困りません。それどころか、借地権よりも強い利用権、つまり地上権が付いた建物のほうが、高く売れます。Aにとっても、むしろありがたい話です。ここで、1つ確認しておきたいことがあります。前回、抵当権が1つの場面で、「設定後に同一人所有になっても不成立」という結論を見ましたね。

今日の建物の場面は、あれと矛盾しているように見えるかもしれません。でも、違います。前回は、抵当権が1つ、Aだけの場面でした。今回は、同一人所有になったあとで、さらにFの2番抵当権が新しく設定された場面です。建物なら成立させても、誰も困らないはずですよね。抵当権が1つのときも、成立させてよいのではありませんか。そこが分かれ目です。388条が求めるのは、抵当権の設定当時に、土地と建物が同じ持ち主のものだったことでした。抵当権がAの1つだけなら、その設定当時は別人所有です。条文の要件を満たす時点が、どこにもありません。だから、誰も困らなくても不成立のままです。2番が付くと、Fの設定当時という、要件を満たす時点が新しく生まれます。そこで初めて、1番と2番のどちらで測るかが問題になります。建物ではAが困らないので、Fの設定当時で測ってよい、となるんです。

土地と建物で、なぜ逆になるのか

一本の軸の板。土地と建物を比較する。法定地上権が成立すると、その抵当権者は損をするか、得をするか。土地の抵当権者=土地の価値が下がる=損。だから損をする1番を守るため1番基準。建物の抵当権者=建物の価値が上がる=得。誰も損をしないので2番基準で成立させてよい。 図:一本の軸の板

  • 土地と建物を比較する
  • 法定地上権が成立すると、その抵当権者は損をするか、得をするか
  • 土地の抵当権者=土地の価値が下がる=損
  • だから損をする1番を守るため1番基準
  • 建物の抵当権者=建物の価値が上がる=得
  • 誰も損をしないので2番基準で成立させてよい

ここまでの2つの場面を、1本の軸でまとめます。「法定地上権が成立すると、その抵当権者は損をするか、得をするか」です。たとえば、前に見た数字で考えます。更地ならば1億円の土地に地上権が付くと、土地の値打ちは、2千万円から3千万円ほどに下がり、残りの7千万円から8千万円ほどは、建物の側に移ります。土地の抵当権者にとって、法定地上権が成立すると、土地の価値は下がります。損をします。だから、損をする1番の抵当権者を守るために、1番を基準にします。建物の抵当権者にとって、法定地上権が成立すると、建物の価値は上がります。得をします。誰も損をしないので、2番を基準にして、成立させてよいんです。

Fが設定を受けたとき、土地と建物はもうBのもの、同一人所有でした。Fは、法定地上権が付くかもしれない土地として、はじめから値踏みできた立場です。成立しても、Fの見込みは崩れません。崩れるのは、別人所有の土地として値踏みしたAだけです。損か得かは、設定したときの値踏みと比べて測ります。値踏みより下がる人がいれば、その人の設定当時を基準にするんです。害される側、つまり損をする抵当権者の設定当時を基準にする。この一言に尽きます。土地でも建物でも、この軸は変わりません。

設定のあとで、別人所有になったら

設定後別人所有の場面板。設定当時、Bが土地と建物を両方持っている。Bは土地にAの抵当権を設定する。その後Bは建物をEに売り、土地と建物が別人所有になる。土地の抵当権が実行されCが買い受ける。 図:設定後別人所有の場面板

  • 設定当時、Bが土地と建物を両方持っている
  • Bは土地にAの抵当権を設定する
  • その後Bは建物をEに売り、土地と建物が別人所有になる
  • 土地の抵当権が実行されCが買い受ける

もう1つ、逆の順番の場面も見ておきます。設定当時、Bが土地と建物の両方を持っていて、Bが土地にAの抵当権を設定します。設定の時点では、要件②を満たしています。その後、Bが建物をEに売り、土地と建物が別人所有になりました。土地の抵当権が実行され、Cが買い受けます。

設定後別人所有の結論の板。この場合は法定地上権が成立する。設定当時に同一人所有であれば、抵当権者は法定地上権が発生しうることをすでに織り込んで評価している。その後の所有者の変動は、その評価を狂わせない。 図:設定後別人所有の結論の板

  • この場合は法定地上権が成立する
  • 設定当時に同一人所有であれば、抵当権者は法定地上権が発生しうることをすでに織り込んで評価している
  • その後の所有者の変動は、その評価を狂わせない

判例大連判大正12年12月14日/判旨の要旨

設定後に別人所有となった場合の判例 抵当権設定当時に土地と建物が同一の所有者に属していれば、その後に土地と建物が別人の所有となっても、抵当権の実行により法定地上権が成立する。

設定のときは同一人所有だったのに、その後で別々になってしまうんですね。逆に不成立になったりしませんか。成立します。判例の考え方です。理由は、設定当時の評価にさかのぼります。Aが抵当権を設定したとき、土地と建物は同一人所有、Bの持ち物でした。この時点でAは、いずれ所有者が分かれて法定地上権が発生するかもしれないことを、あらかじめ織り込んで評価しています。だから、その後にBが建物を売って所有者が分かれても、Aの評価そのものは、最初から崩れていません。だから成立させても、Aは困らないんです。今日見たすべての場面は、同じ1つの問い、「誰の評価を、あとから崩すことになるか」で説明できます。

今日の判断を、1枚の表に

判断表。4つの場面を区別する。1つの抵当権・別人所有→設定後同一人所有=不成立(抵当権が1つだけの場面)。土地・1番別人所有→2番同一人所有=不成立(1番消滅後の実行は成立)。建物・1番別人所有→2番同一人所有=成立。同一人所有→設定後別人所有=成立。共通の問い=法定地上権が成立すると、この抵当権者は損をするか、得をするか。 図:判断表

  • 4つの場面を区別する
  • 1つの抵当権・別人所有→設定後同一人所有=不成立(抵当権が1つだけの場面)
  • 土地・1番別人所有→2番同一人所有=不成立(1番消滅後の実行は成立)
  • 建物・1番別人所有→2番同一人所有=成立
  • 同一人所有→設定後別人所有=成立
  • 共通の問い=法定地上権が成立すると、この抵当権者は損をするか、得をするか

今日見た場面を、1枚の表にまとめます。抵当権が1つで、設定当時は別人所有、あとで同一人所有になった場合は、前回見たとおり不成立です。条文が求める設定当時の同一が、どの時点にもないからです。土地に1番・2番があって、1番は別人所有、2番は同一人所有のときは、1番を基準にして不成立。Aの評価を守るためです。ただし、1番がすでに消えたあとの実行なら、守るべきAがいないので、2番を基準にして成立します。建物に1番・2番があって、同じように1番は別人所有、2番は同一人所有のときは、2番を基準にして成立します。成立させてもAもFも困らないからです。設定当時は同一人所有で、そのあとに別人所有となった場合は、成立します。設定当時のAの評価に、すでに織り込み済みだからです。

表の形は増えても、考え方は1つです。

今日の答えを、もう一度

まとめ板。冒頭の場面、AはBの土地に別人所有の時点で1番抵当権を設定し、Fは同一人所有になった後で2番抵当権を設定した。土地の抵当権なので1番のAを基準にし、法定地上権は成立しない。Eの借地権が対抗要件を備えていれば、建物は壊されず残る。 図:まとめ板

  • 冒頭の場面、AはBの土地に別人所有の時点で1番抵当権を設定し、Fは同一人所有になった後で2番抵当権を設定した
  • 土地の抵当権なので1番のAを基準にし、法定地上権は成立しない
  • Eの借地権が対抗要件を備えていれば、建物は壊されず残る

冒頭の問いに戻ります。Aが1番の抵当権の設定を受けたとき、土地はB、建物はEの別人所有でした。その後、Fが2番の抵当権の設定を受けたときは、すでに土地も建物もBの同一人所有でした。この場面は、土地の抵当権です。だから、1番のAを基準にして、法定地上権は成立しません。今日押さえてほしいのは1点だけです。抵当権が2つあるときは、「法定地上権が成立すると、その抵当権者は損をするか得をするか」を考えて、損をする側の設定当時を基準にします。今日までは、土地や建物の持ち主が、いつも1人でした。

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#127単独ページ動画

共有と法定地上権・一括競売

第3章 担保物権 #127/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の続きを、思い出してください

冒頭の場面板。土地はBとGの共有。その土地の上にBが1人で家を建てている。Bは土地の自分の持分にAの抵当権を付けた(Gには相談していない)。返済が滞り、Bの持分が競売されCが買い受けた。 図:冒頭の場面板

  • 土地はBとGの共有
  • その土地の上にBが1人で家を建てている
  • Bは土地の自分の持分にAの抵当権を付けた(Gには相談していない)
  • 返済が滞り、Bの持分が競売されCが買い受けた

前回の最後に、1つ宿題を残しました。覚えていますか。今日までの話は、土地や建物の持ち主が、いつも1人でした。もし共有だったら、法定地上権はどうなるか、でした。今日はその場面を見ていきます。土地は、BとGの2人が共有しています。その土地の上に、Bが1人で自分のお金だけで家を建てました。Bはお金を借りるため、土地の自分の持分に、銀行Aの抵当権を付けます。Gには一言も相談していません。理由はこのあと確かめます。返済が滞り、Bの持分が競売されて、Cが買い受けました。Bの家のために、法定地上権は成立するでしょうか。先に答えを言っておきます。土地が共有のこの場面は、成立しません。ところが、共有なのが建物のほうなら、今度は成立します。分かれ目は、抵当権の設定に関わっていないGが、損をするかどうかです。

持分は自分だけで動かせる、だから起きること

共有の復習板。持分は各共有者が単独で自由に処分できる(249条以下)。土地全体に地上権・抵当権などの負担を付けると、他の共有者の持分にも負担が及ぶので、共有者全員の同意が要る。持分への抵当権設定は「処分」に当たるので、その持分の持ち主が1人でできる。 図:共有の復習板

  • 持分は各共有者が単独で自由に処分できる(249条以下)
  • 土地全体に地上権・抵当権などの負担を付けると、他の共有者の持分にも負担が及ぶので、共有者全員の同意が要る
  • 持分への抵当権設定は「処分」に当たるので、その持分の持ち主が1人でできる

大いに関係があります。持分は、各共有者が単独で自由に処分できましたね。一方で、土地全体に地上権や抵当権のような負担を付けるとなると、他の共有者の持分にまで負担が及びます。だから、共有者全員の同意が要ります。自分の持分に抵当権を付けるのは、持分の「処分」に当たります。だから、その持分の持ち主が1人でできてしまいます。他の共有者の持分には、何の負担も付けていないからです。ここに、今日のテーマが生まれます。持分への抵当権設定は1人でできてしまう。だから、抵当権の設定に、まったく関わっていない共有者が必ず生まれます。冒頭の場面なら、Gです。

もう一人の共有者を、これからGと呼びます。このGを、法定地上権の成否でどう扱うか。これが今日いちばんの問いです。

土地が共有だと、なぜ成立しないのか

土地共有の場面板。土地はBとGの共有、建物はBの単独所有。Bが土地のB持分にAの抵当権を設定し、実行されてCが買い受ける。結論=法定地上権は成立しない。 図:土地共有の場面板

  • 土地はBとGの共有、建物はBの単独所有
  • Bが土地のB持分にAの抵当権を設定し、実行されてCが買い受ける
  • 結論=法定地上権は成立しない

冒頭の場面を、もう一度整理します。土地はBとGの共有、建物はBの単独所有です。Bが、土地の自分の持分にAの抵当権を付け、実行されてCが買い受けました。この場面については、判例があります。

判例最判昭29・12・23 民集8巻12号2235頁

土地が共有の場合の判例 共有地全体に対する地上権は共有者全員の負担となるのであるから、共有地全体に対する地上権の設定には共有者全員の同意を必要とする……この理は民法三八八条のいわゆる法定地上権についても同様であり……当該共有土地については地上権を設定したと看做すべきでないものといわなければならない。

判例は、法定地上権の成立を否定しました。理由を、庭にたとえて考えてみます。BとGが半分ずつ持っている庭があり、その隅にBが自分のお金だけで物置を建てたと考えてください。Bは、庭の自分の持分だけを担保に借金をしました。ここまでは、Gの財布に何の影響もありません。ところが、法定地上権が成立すると、物置のために庭を使い続ける強い権利が、庭全体に乗っかります。この権利が付いた庭は、更地の庭より安くしか売れません。Gは、Bが自分の判断でした借金の尻拭いを、自分の財産が目減りするという形で、同意もなく押し付けられることになります。だから、成立させません。判例の言葉で言えば、地上権は共有地全体の負担になります。共有物全体に負担を付けるには、さっき確認したとおり、共有者全員の同意が要ります。Gの同意が無い以上、法律がみなして付けることもできない、ということです。Bが土地ではなく建物に抵当権を付けた場合も、同じ理由で成立しないと解されています。庭の値打ちが下がってGが損をする、という構造は変わらないからです。

建物が共有だと、どうなると思いますか

予告板。土地が共有なら不成立でした。では建物のほうが共有だったら、結論はどうなるでしょうか。 図:予告板

  • 土地が共有なら不成立でした
  • では建物のほうが共有だったら、結論はどうなるでしょうか

ここで、少し考えてみてください。土地が共有なら、不成立でした。では、共有なのが建物のほうだったら、結論はどうなると思いますか。損をするのは土地の側で、建物の共有者は損をしない。その読みが当たっているか、結論を見てみましょう。

建物が共有だと、なぜ成立するのか

建物共有の場面板。土地はBの単独所有、建物はBとGの共有。Bが土地にAの抵当権を設定し、実行されてCが土地を買い受ける(判例の事案)。建物のB持分に抵当権を設定した場合も、同じ理由で成立すると解されている。結論=法定地上権は成立する。 図:建物共有の場面板

  • 土地はBの単独所有、建物はBとGの共有
  • Bが土地にAの抵当権を設定し、実行されてCが土地を買い受ける(判例の事案)
  • 建物のB持分に抵当権を設定した場合も、同じ理由で成立すると解されている
  • 結論=法定地上権は成立する

今度は逆に、土地はBの単独所有、建物はBとGの共有です。判例の事案では、Bは土地のほうにAの抵当権を付け、実行されてCが土地を買い受けました。この場面について、判例があります。

判例最判昭46・12・21 民集25巻9号1610頁

建物が共有の場合の判例 建物の共有者の一人がその建物の敷地たる土地を単独で所有する場合においては、同人は、自己のみならず他の建物共有者のためにも右土地の利用を認めているものというべきであるから、同人が右土地に抵当権を設定し、この抵当権の実行により、第三者が右土地を競落したときは、民法三八八条の趣旨により、抵当権設定当時に同人が土地および建物を単独で所有していた場合と同様、右土地に法定地上権が成立するものと解するのが相当である。

判例は、成立を認めました。「右土地」はその土地、「競落」は競売で買い受けること、という意味です。理由は、さっきの庭のたとえで言い直せます。今度は、物置のほうをBとGが共同で建てていた場合です。土地を1人で持っているBは、自分だけでなく、物置の共有者Gのためにも、その庭を使わせているのと同じだ、と判例は見ています。成立すると、庭の値打ちは下がります。でも、その庭を持っているのはB本人で、B自身が抵当権を付けたのですから、その不利益は自分で引き受けたものです。庭を買い受けたCも、物置の建っている庭だと分かって値踏みして買っているので、覚悟のうえです。Gは物置の共有者として、庭を使い続けられる強い権利を手に入れる側です。

成立しても、思わぬ損を押し付けられる人が、どこにもいないんです。建物のBの持分に抵当権を設定した場合も、同じ理由で成立すると解されています。

土地も建物も共有だと、どうなるのか

両方共有の場面板(人数を減らした設例)。土地はBとGの共有(GはBの家族)、建物はBとBのきょうだいたちの共有。土地の共有者B・Gが、Bの借金の担保として、共同でそれぞれの持分にAの抵当権を設定し、実行されてCが土地全体を買い受ける。結論=法定地上権は原則不成立。 図:両方共有の場面板

  • 人数を減らした設例
  • 土地はBとGの共有(GはBの家族)、建物はBとBのきょうだいたちの共有。土地の共有者B・Gが、Bの借金の担保として、共同でそれぞれの持分にAの抵当権を設定し、実行されてCが土地全体を買い受ける。結論=法定地上権は原則不成立。

最後に、土地も建物も共有の場面です。実際の判例の事案は人数がもっと多いので、骨格を残して人数を減らした設例で説明します。土地はBとGの共有です。GはBの家族です。建物のほうは、Bと、Bのきょうだいたちの共有です。今度は、Bの借金の担保として、BだけでなくGも、自分の持分にAの抵当権を設定しました。BとGが共同で設定したわけです。実行されて、Cが土地全体を買い受けました。Gも設定に加わっている、というところが、この場面の1番のポイントです。判例を見てみましょう。

判例最判平6・12・20 民集48巻8号1470頁

土地・建物とも共有の場合の判例 土地共有者の一人だけについて民法三八八条本文により地上権を設定したものとみなすべき事由が生じたとしても、他の共有者らがその持分に基づく土地に対する使用収益権を事実上放棄し、右土地共有者の処分にゆだねていたことなどにより法定地上権の発生をあらかじめ容認していたとみることができるような特段の事情がある場合でない限り、共有土地について法定地上権は成立しないといわなければならない

判例は、原則として成立を否定しました。ただし、「特段の事情がある場合でない限り」という限定が付いています。Gも抵当権の設定に加わっているのに、それでも成立しないんですか。そこが今日いちばん深いところです。Gが同意したのは、庭の自分の持分を担保に差し出すことです。でも、それは「担保に入れた庭に、あとから物置のための強い権利が生えて、庭がさらに安くなること」まで同意したことにはなりません。担保にする話と、地上権という負担を背負う話は、別の話です。判決の言葉も確かめます。「使用収益権」は、土地を自分で使ったり、貸して収入を得たりする権利です。判例が例に挙げるのは、Gがその権利を事実上手放し、土地の扱いをBに任せきっていた、というような場合です。そこまでの事情があって初めて、Gは地上権が付くことまで受け入れていた、と見られます。

理由はもう1つあります。「Gが実は容認していた」というような家族関係や内輪の事情は、登記簿を見ても外からは分かりません。もしそれで成否が変わってしまうと、買受人や後順位の抵当権者、一般の債権者の予測を裏切ることになり、競売の手続そのものが不安定になります。だから、「特段の事情」は、外から見て分かる客観的な事実がある場合に限られます。土地が共有である以上、Gが損をするという土地共有の側面は消えません。建物も共有であることは、この結論を変えないんです。

3つをつなぐ一本の軸

一本の軸の板。法定地上権が成立すると、抵当権の設定に関わっていない共有者Gは損をするか、得をするか。土地が共有=Gの持分の値打ちが下がる=損=不成立。建物が共有=Gは土地を使い続ける権利を得る側=得=成立。両方共有=土地共有の側面が残る限りGは損=原則不成立。前回の軸「その抵当権者は損か得か」と同じ形の問い。 図:一本の軸の板

  • 法定地上権が成立すると、抵当権の設定に関わっていない共有者Gは損をするか、得をするか
  • 土地が共有=Gの持分の値打ちが下がる=損=不成立
  • 建物が共有=Gは土地を使い続ける権利を得る側=得=成立
  • 両方共有=土地共有の側面が残る限りGは損=原則不成立
  • 前回の軸「その抵当権者は損か得か」と同じ形の問い

3つの場面を、1本の軸でまとめます。「法定地上権が成立すると、抵当権の設定に関わっていない共有者Gは、損をするか、得をするか」です。土地が共有なら、Gの持分の値打ちが下がる。損をするから、不成立。建物が共有なら、Gは庭を使い続ける権利を得る側。得をするだけだから、成立。両方共有なら、土地共有の側面が残る限り、Gは損をする。だから原則不成立です。前回は、「法定地上権が成立すると、その抵当権者は損をするか得をするか」を基準に、損をする抵当権者の設定当時を選びました。今回は、主語が抵当権者から、抵当権の設定に関わっていない共有者に変わっただけです。

丸暗記ではなく、いつも「損をするのは誰か」を考え直すこと。これが2回にわたって見てきた軸です。前回、2番抵当でも、条件がそろえば法定地上権が成立し得ることを見ましたね。今回、土地と建物の両方に抵当権が設定されていたら、結論はどうなるでしょうか?

要件③、抵当権は土地と建物の両方でもよい

要件③の場面板。Bが所有する土地と建物の双方にAの抵当権を設定し、実行されて土地はC、建物は別の買受人が買い受けた。建物の買受人のために法定地上権が成立する。(最判昭37・9・4) 図:要件③の場面板

  • Bが所有する土地と建物の双方にAの抵当権を設定し、実行されて土地はC、建物は別の買受人が買い受けた
  • 建物の買受人のために法定地上権が成立する
  • (最判昭37・9・4)

要件③は、土地か建物の少なくとも一方に抵当権が付いていること、でした。土地だけ、建物だけに付いた場合に加えて、土地と建物の両方に抵当権が付いた場合、つまり共同抵当の場合でも、この要件を満たします。Bが持つ土地と建物の両方にAの抵当権を設定し、実行されて、土地はC、建物は別の買受人が買い受けたとします。この場合、建物の買受人のために法定地上権が成立します。法定地上権の趣旨は、建物を取り壊さずに済ませることでした。両方に抵当権が付いていても、土地と建物を別々の人が買い受ければ、建物の持ち主には土地を使う権利がありません。建物が取り壊されるおそれは、片方だけに付いた場合と同じです。だから、この趣旨がそのまま当てはまります。

前回の、1番か2番かという話は、ここでは関係しないんですか。関係しません。要件③が問うのは、土地か建物に抵当権が付いたかどうか、それだけです。先に登記された1番か、後から登記された2番かという順位は、前回見たとおり、要件②の「設定当時」を、どの抵当権で見るかの話でした。要件③の段階では、順位は問題になりません。

要件④、競売は強制競売でもよい

要件④の板。要件④「競売の結果、所有者が異なるに至ったこと」は、抵当権の実行としての競売だけでなく、他の債権者の申立てによる強制競売でも満たす。(大判大3・4・14)。当事者どうしの任意売却では要件④を満たさない。 図:要件④の板

  • 要件④「競売の結果、所有者が異なるに至ったこと」は、抵当権の実行としての競売だけでなく、他の債権者の申立てによる強制競売でも満たす
  • (大判大3・4・14)
  • 当事者どうしの任意売却では要件④を満たさない

要件④は、競売が行われて、土地と建物の持ち主が別々の人になること、でした。この競売には、抵当権の実行としての競売だけでなく、抵当権者ではない他の債権者が申し立てた強制競売も含まれます。強制競売でも、売却されれば、土地に付いていたAの抵当権は消えます。抵当権の実行の回で見た仕組みです。抵当権が実行されたのと同じ結果になるので、要件④を満たします。逆に、当事者が普通に土地や建物を売買する任意売却では、要件④を満たしません。388条は「その実行により」所有者が異なるに至ったときと定めているからです。競売という手続を経ることが条文上求められています。

法定地上権の中身、有償で、対抗要件が要る

388条後段の板。この場合において、地代は、当事者の請求により、裁判所が定める。地代はまず当事者の協議で決め、調わなければ裁判所が定める。法定地上権は無償ではなく有償。 図:388条後段の板

  • この場合において、地代は、当事者の請求により、裁判所が定める
  • 地代はまず当事者の協議で決め、調わなければ裁判所が定める
  • 法定地上権は無償ではなく有償

条文民法388条後段

民法第388条後段 この場合において、地代は、当事者の請求により、裁判所が定める。

ここまでで、法定地上権が成立するかどうかを見てきました。ここからは、成立した法定地上権の中身です。388条の後段を見てください。地代は、当事者の請求によって裁判所が定める、とあります。法定地上権は、無償ではなく有償です。まず当事者どうしの協議で地代を決め、それが調わなければ、当事者の請求で裁判所が定めます。

存続期間の板。法定地上権も「建物の所有を目的とする地上権」であり、借地借家法上の借地権に当たるので、借地借家法3条がそのまま適用される。協議で存続期間を決めなければ30年。 図:存続期間の板

  • 法定地上権も「建物の所有を目的とする地上権」であり、借地借家法上の借地権に当たるので、借地借家法3条がそのまま適用される
  • 協議で存続期間を決めなければ30年

条文借地借家法3条

借地借家法第3条 借地権の存続期間は、三十年とする。ただし、契約でこれより長い期間を定めたときは、その期間とする。

存続期間はどうでしょうか。法定地上権も、建物を持つための地上権である以上、借地借家法上の借地権に当たります。だから、借地借家法3条がそのまま適用されます。協議で存続期間を決めなければ、30年です。契約でこれより長い期間を定めれば、その期間になります。

対抗要件の板。法定地上権も物権であり、第三者に対抗するには対抗要件が要る。地上権の登記(177条)、または借地借家法10条1項による建物の登記のどちらかがあればよい。 図:対抗要件の板

  • 法定地上権も物権であり、第三者に対抗するには対抗要件が要る
  • 地上権の登記(177条)、または借地借家法10条1項による建物の登記のどちらかがあればよい

法定地上権も、契約で生まれる地上権と同じ物権です。第三者に対抗するには、対抗要件が要ります。地上権の登記のほかに、もう1つ道があります。借地借家法10条1項です。

条文借地借家法10条1項

借地借家法第10条第1項 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。

土地の上に、自分名義で登記した建物を持っていれば、地上権自体の登記がなくても対抗できます。具体例で確認します。Bの土地に抵当権が実行されて、Cが土地の買受人になり、建物の持ち主Bのために法定地上権が成立したとします。その後、Cがこの土地を、さらに別の人に売ったとします。地上権の登記か、建物の登記のどちらかを、あらかじめ備えていれば対抗できます。どちらも備えていなければ、新しい持ち主には対抗できません。

389条、一括競売で建物を守る

一括競売の場面板。Bの更地にBがAの抵当権を設定した後、その土地に建物が建てられた(Bまたは土地を借りたEが建てる)。要件①を欠くため法定地上権は成立しない。Aは土地と一緒に建物も競売できるが、優先弁済は土地の代金からだけ。 図:一括競売の場面板

  • Bの更地にBがAの抵当権を設定した後、その土地に建物が建てられた(Bまたは土地を借りたEが建てる)
  • 要件①を欠くため法定地上権は成立しない
  • Aは土地と一緒に建物も競売できるが、優先弁済は土地の代金からだけ

最後に、成立しない場合の後始末を見ておきます。以前、更地に抵当権を設定した後で建物が建てられた場合、法定地上権は成立しない、という結論を見ましたね。法定地上権が成立しなければ、建物の所有者は、土地の買受人に建物を取り壊して土地を明け渡さなければなりません。でも、建物の取り壊しは、社会経済上の大きな損失です。

条文民法389条1項

民法第389条第1項 抵当権の設定後に抵当地に建物が築造されたときは、抵当権者は、土地とともにその建物を競売することができる。ただし、その優先権は、土地の代価についてのみ行使することができる。

そこで389条1項は、抵当権者に、土地と一緒にその建物も競売できる道を用意しています。これを一括競売と呼びます。土地だけを競売すると、土地の買受人と建物の所有者が別々になり、また取り壊しの問題が起きかねません。一括競売なら、1人の買受人が土地と建物の両方を買い受けるので、取り壊さずに済みます。ただし、ただし書に注意してください。抵当権者が優先して弁済を受けられるのは、土地の代金からだけです。抵当権は、もともと土地にしか付いていないからです。建物の代金にまでは及びません。

条文民法389条2項

民法第389条第2項 前項の規定は、その建物の所有者が抵当地を占有するについて抵当権者に対抗することができる権利を有する場合には、適用しない。

一括競売には要件もあります。建物の所有者が、抵当地の占有について、抵当権者に対抗できる権利を持っていないことです。建物は、抵当権を設定したB自身が建ててもいいですし、Bの土地を借りたEのような第三者が建てても構いません。どちらの場合も、対抗できる権利さえなければ、Aは土地と建物を一括で競売できます。

今日の判断を、1枚の地図に

まとめ板。冒頭の場面、土地はBとGの共有、建物はBの単独所有。土地の共有者Gは、法定地上権が成立すると損をするので、成立しない。要件①=建物の存在。要件②=設定当時に土地と建物が同一人所有(共有の場面は、設定に関わっていない共有者が損をするかで判断)。要件③=土地・建物いずれかまたは双方。要件④=競売(強制競売も含む)。成立後=有償・存続期間30年・対抗要件2類型。不成立の後始末=389条一括競売。 図:まとめ板

  • 冒頭の場面、土地はBとGの共有、建物はBの単独所有
  • 土地の共有者Gは、法定地上権が成立すると損をするので、成立しない
  • 要件①=建物の存在
  • 要件②=設定当時に土地と建物が同一人所有(共有の場面は、設定に関わっていない共有者が損をするかで判断)
  • 要件③=土地・建物いずれかまたは双方
  • 要件④=競売(強制競売も含む)
  • 成立後=有償・存続期間30年・対抗要件2類型
  • 不成立の後始末=389条一括競売

冒頭の問いに戻ります。土地はBとGの共有、建物はBの単独所有でした。Bが土地の自分の持分にAの抵当権を付け、実行されてCが買い受けました。抵当権の設定に関わっていないGは、成立すれば損をします。だから、法定地上権は成立しません。ここで、法定地上権の話全体を、1枚の地図にまとめます。要件①は、設定当時に建物が存在すること。要件②は、設定当時に土地と建物が同一人所有であること。今日見た共有は、この要件②の広がりでした。要件③は、抵当権が設定されたこと。土地だけ、建物だけでも、両方でも構いません。要件④は、競売の結果、所有者が異なるに至ったこと。抵当権の実行としての競売だけでなく、強制競売でも構いません。この4つが揃えば、法定地上権が成立します。成立すると、有償で、存続期間は30年、対抗要件は地上権の登記か建物の登記のどちらかです。要件①が欠けて成立しないときの後始末が、389条の一括競売でした。

丸暗記するのではなく、いつも、前回見た「誰の評価を、あとから崩すことになるか」と、今日の「誰が損をするか」を考え直す。これが、抵当権の実行と法定地上権の話、全体を貫く考え方です。

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#128単独ページ動画

明渡し猶予と占有屋

第3章 担保物権 #128/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

残してきた2つの約束を、回収します

冒頭の場面板。B所有の建物にAの抵当権設定登記。Bはこの建物をDに賃貸し、Dが賃借権の対抗要件を備えたのは登記より後だった。返済が滞り競売にかけられ、Cが買い受けた。Dは今日、Cに明け渡さなければならないか。 図:冒頭の場面板

  • B所有の建物にAの抵当権設定登記
  • Bはこの建物をDに賃貸し、Dが賃借権の対抗要件を備えたのは登記より後だった
  • 返済が滞り競売にかけられ、Cが買い受けた
  • Dは今日、Cに明け渡さなければならないか

抵当権の実行と消除主義の話をしたとき、賃借人の問題は、また別の回でじっくり扱うと言いました。前回の最後には、抵当に入った建物に、実は住んでいる人がいたらどうなるでしょうか、という宿題も残しました。今日は、その2つをまとめて回収します。Bが所有する建物に、銀行Aの抵当権が設定登記されています。Bはこの建物をDに貸していました。Dが賃借権の対抗要件を備えたのは、Aの抵当権設定登記より後です。返済が滞り、建物が競売にかけられ、Cが買い受けました。先に答えを言っておきます。Dは今日は出ていかなくていいんです。買受けから6か月間は、明け渡さなくてよいという制度があるからです。ところが、賃借人ではなく、競売そのものを妨害する目的で居座る占有屋が相手だと、話はまったく違ってきます。

Dは、なぜ対抗できないのか

消除主義の1行復習板。抵当権に対抗できない利用権は、売却によって効力を失う。基準は抵当権設定登記との先後。Dの対抗要件具備はAの登記より後なので、Dは対抗できない。 図:消除主義の1行復習板

  • 抵当権に対抗できない利用権は、売却によって効力を失う
  • 基準は抵当権設定登記との先後
  • Dの対抗要件具備はAの登記より後なので、Dは対抗できない

消除主義のところで確認した基準を思い出してください。抵当権に対抗できない利用権は、売却によって効力を失います。基準は、抵当権設定登記との先後です。対抗要件は、自分の権利を、契約の相手以外の人にも言えるようにするための条件でした。建物を借りた人なら、賃借権を登記していなくても、建物の引渡しを受けた、つまり鍵を受け取って住み始めた時点で、この条件を備えます。借地借家法31条のルールです。Dが住み始めたのは、Aが抵当権を登記したあとだった、ということです。だからDは、買受人Cに賃借権を対抗できません。原則どおりに考えると、Dは競売の日にすぐ出ていかなければならないことになります。

だから民法は、対抗できない賃借人のために、2つの緩和策を用意しています。まず1つ目、395条を見てみましょう。

395条、6か月は明け渡さなくていい

条文民法395条1項

民法第395条第1項 抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。一 競売手続の開始前から使用又は収益をする者 二 強制管理又は担保不動産収益執行の管理人が競売手続の開始後にした賃貸借により使用又は収益をする者

395条1項の板。抵当建物使用者=①競売手続の開始前から使用収益する者、②強制管理・担保不動産収益執行の管理人が開始後にした賃貸借による使用収益者。買受けの時から6か月は引き渡さなくてよい。Dは①に当たる。 図:395条1項の板

  • 抵当建物使用者=①競売手続の開始前から使用収益する者、②強制管理・担保不動産収益執行の管理人が開始後にした賃貸借による使用収益者
  • 買受けの時から6か月は引き渡さなくてよい
  • Dは①に当たる

条文を確認します。抵当権に対抗できない賃貸借で建物を使っている人のうち、条文が指定する2種類の人は、買受人の買受けの時から6か月を経過するまで、建物を引き渡さなくてよいとされています。1つ目は、競売手続が始まる前から、建物を使ったり収益を上げたりしている人です。2つ目は、競売手続が始まったあとに、強制管理や担保不動産収益執行という手続で選ばれた管理人が、新しく結んだ賃貸借で使っている人です。強制管理も担保不動産収益執行も、建物を売らずに、裁判所に選ばれた管理人が建物を貸して、その家賃を返済に回す手続です。Dは、競売が始まる前から住んでいたので、1つ目に当たります。

1つ目には当たりません。たとえば、手続が始まったあとに、BがFに部屋を貸し、Fが住み始めたとします。Fには、6か月の猶予はありません。なぜ、始まる前か後かで線を引くんですか。手続が始まってから入り込む人の中には、明渡しを引き延ばすために、わざと入ってくる人がいるからです。前から普通に暮らしていたDは守り、始まってから入ってきたFは守らない。線はそこに引かれています。ただし、注意してほしいことが1つあります。猶予されるのは明渡しだけで、Bとの賃貸借契約そのものが復活するわけではありません。あくまで、追い出されるまでの時間が延びるだけです。

CがDの大家さんになるわけではありません。だから、この6か月の間にDがCに払うお金は、家賃ではなく、建物を使わせてもらったことの対価です。この対価が、次の2項で効いてきます。

タダで6か月、住めるわけではありません

条文民法395条2項

民法第395条第2項 前項の規定は、買受人の買受けの時より後に同項の建物の使用をしたことの対価について、買受人が抵当建物使用者に対し相当の期間を定めてその一箇月分以上の支払の催告をし、その相当の期間内に履行がない場合には、適用しない。

395条2項の板。買受け後の使用の対価につき、買受人が相当期間を定めて1か月分以上の支払を催告し、その期間内に履行がなければ、猶予は適用されない。家賃相当額を払わなければ猶予は打ち切られる。 図:395条2項の板

  • 買受け後の使用の対価につき、買受人が相当期間を定めて1か月分以上の支払を催告し、その期間内に履行がなければ、猶予は適用されない
  • 家賃相当額を払わなければ猶予は打ち切られる

そこで働くのが、2項です。買受人は、買受け後にDが建物を使ったことの対価、つまり家賃相当額について、1か月分以上の支払いを、期間を決めて催告できます。その期間内にDが払わなければ、1項の猶予は適用されなくなります。たとえば、Bに毎月10万円の家賃を払っていたなら、買受けの後は、それと同じくらいの額をCに払うことになります。Cは代金を払って建物を手に入れたのに、6か月もタダで使われたら、その分をまるごと損します。2項は、その損を防ぐ仕組みです。つまり、395条は、賃借人をただ甘やかす制度ではなく、家賃相当額を払い続けることを条件に、明渡しまでの時間を稼がせる制度なんです。

なぜこの制度があるのか

趣旨と経緯の板。趣旨=賃借人保護と買受人の利益の調和。かつては短期賃貸借保護制度(旧395条)があったが、執行妨害目的で濫用されたため2003年改正で廃止し、現行395条(明渡猶予)に置き換えられた。 図:趣旨と経緯の板

  • 趣旨=賃借人保護と買受人の利益の調和
  • かつては短期賃貸借保護制度(旧395条)があったが、執行妨害目的で濫用されたため2003年改正で廃止し、現行395条(明渡猶予)に置き換えられた

この制度の趣旨は、賃借人の保護と、買受人の利益との調和です。完全に対抗させてしまうと、抵当権者や買受人の期待を裏切りますし、逆に即時の明渡しを求めるのは、賃借人には酷です。だから、期間を区切って折り合いをつけています。かつては、短期の賃貸借を保護する制度がありました。ところが、この制度が競売の妨害に濫用されるようになり、2003年の改正で廃止され、今の395条に置き換えられました。たとえば返済が危なくなったころに、形だけの短い賃貸借を結んで人を住まわせ、競売で買った人に、立ち退いてほしければお金を払え、と迫る。こうして居座る例が後を絶たなかったんです。居座る占有屋の問題は、今日の後半でもう一度出てきます。覚えるのは、現行のこの規定だけで大丈夫です。

387条、全員が同意すれば恒久的に対抗できる

条文民法387条1項

民法第387条第1項 登記をした賃貸借は、その登記前に登記をした抵当権を有するすべての者が同意をし、かつ、その同意の登記があるときは、その同意をした抵当権者に対抗することができる。

条文民法387条2項

民法第387条第2項 抵当権者が前項の同意をするには、その抵当権を目的とする権利を有する者その他抵当権者の同意によって不利益を受けるべき者の承諾を得なければならない。

387条の板。登記した賃貸借は、登記前に登記した抵当権者全員が同意し、かつ同意の登記があれば、その同意した抵当権者に対抗できる。2項=抵当権者が同意するには、その抵当権を目的とする権利者や不利益を受ける者の承諾が要る。 図:387条の板

  • 登記した賃貸借は、登記前に登記した抵当権者全員が同意し、かつ同意の登記があれば、その同意した抵当権者に対抗できる
  • 2項=抵当権者が同意するには、その抵当権を目的とする権利者や不利益を受ける者の承諾が要る

395条とは別に、もう1つ道があります。387条です。賃貸借を登記していて、その登記より前に登記していた抵当権者が全員同意し、その同意まで登記していれば、その同意した抵当権者に対して、賃貸借を対抗できます。同意したほうが得な場面があるんです。たとえば、人気のお店が長く入っている店舗ビルなら、お店を追い出して売るより、お店が入ったまま売ったほうが、毎月の家賃が見込める分、高く売れることがあります。そういうとき、抵当権者は同意します。この道を通れば、恒久的に対抗できるようになります。ただし、条件は重いです。抵当権者が同意するには、その抵当権を目的とする権利を持つ人や、同意によって不利益を受ける人の承諾も要ります。ただ、同意すれば必ず高く売れるとは限らず、かえって建物の値段が下がることもあります。そうなると、Aの抵当権をあてにしている人、たとえばAの抵当権そのものを自分の貸金の担保にとっている人の取り分が減りかねない。だから、その人たちの承諾も要るんです。

これで賃借人は完全に守られたと思いますか

対比板。395条=法律上当然に生じる、賃借人側の手続不要、6か月だけの一時的な保護。387条=抵当権者全員の同意+同意の登記という重い手続、しかし恒久的に対抗できる。387条は全員の同意を得るのが難しく、実務で使われる場面は限られる。 図:対比板

  • 395条=法律上当然に生じる、賃借人側の手続不要、6か月だけの一時的な保護
  • 387条=抵当権者全員の同意+同意の登記という重い手続、しかし恒久的に対抗できる
  • 387条は全員の同意を得るのが難しく、実務で使われる場面は限られる

ここで2つを並べてみます。395条は、賃借人が何もしなくても法律上当然に生まれる保護ですが、6か月だけの一時的なものです。387条は、全員の同意と登記という重い手続を踏めば、恒久的に対抗できます。実際には、そうとも言い切れません。387条は、先に登記している抵当権者が2人も3人もいれば、その全員から同意を取り付けなければなりません。1人でも同意していない抵当権者が残っていれば、その人が競売を申し立てたとたんに賃借権は消えてしまい、恒久的とは言えないからです。1人でも拒めば使えないので、実務で使われる場面は限られています。

丸暗記するのではなく、一時的な保護と恒久的な保護という、2つの役割の違いとして押さえてください。

賃借人ではない、もう1つの相手

占有屋への転換板。抵当権は非占有担保物権であり、抵当権者は原則、設定者による使用収益に干渉できない。しかし対抗力の無い占有者の中には、賃借人ではなく、競売手続を妨害する目的で居座る占有屋がいる。買受け希望者が入札をためらい、競売が進まなくなる。 図:占有屋への転換板

  • 抵当権は非占有担保物権であり、抵当権者は原則、設定者による使用収益に干渉できない
  • しかし対抗力の無い占有者の中には、賃借人ではなく、競売手続を妨害する目的で居座る占有屋がいる
  • 買受け希望者が入札をためらい、競売が進まなくなる

ここで、話を切り替えます。今日の最初に確認した、消除主義の基準を覚えていますか?抵当権設定登記より後に対抗要件を備えた利用権は、対抗できない、というものでした。ただし、対抗できない占有者は、Dのような賃借人だけとは限りません。中には、賃借人ですらなく、競売の手続そのものを妨害する目的で居座る不法占有者がいます。占有屋と呼ばれる存在です。狙いは、居座ることで立ち退きのお金を払わせたり、買い手を遠ざけて安く手に入れたりすることです。さっきの短期賃貸借の濫用と同じ発想です。占有屋がいると分かった不動産には、誰も高い値段を付けて入札しようとしません。買受け希望者が尻込みして、競売そのものが進まなくなってしまうんです。

抵当権は、不動産の占有を伴わない担保物権です。だから抵当権者は、原則として、所有者による使用収益に干渉できません。ここで一度、行き詰まります。この行き詰まりを破ったのが、最高裁の大法廷判決です。

抵当権者が持つ、担保価値維持請求権

判決の事案を単純化した関係図。B(所有者・設定者)の建物にA(抵当権者)が抵当権を持ち、Bへの貸金債権を担保している。Hが権原なく建物を占有し、買受け希望者が入札をためらい競売が進まない。 図:判決の事案を単純化した関係図

  • B(所有者・設定者)の建物にA(抵当権者)が抵当権を持ち、Bへの貸金債権を担保している
  • Hが権原なく建物を占有し、買受け希望者が入札をためらい競売が進まない

判決の事案を単純化して説明します。Bが所有する建物にAの抵当権があり、Bへの貸金を担保しています。Hが、権原なくこの建物を占有していて、買受け希望者が入札をためらい、競売が進みません。Aは、この状況にどう対処できるでしょうか。

判例最大判平11・11・24 民集53巻8号1899頁

大法廷判決、担保価値維持請求権と代位行使 抵当権は、競売手続において実現される抵当不動産の交換価値から他の債権者に優先して被担保債権の弁済を受けることを内容とする物権であり、不動産の占有を抵当権者に移すことなく設定され、抵当権者は、原則として、抵当不動産の所有者が行う抵当不動産の使用又は収益について干渉することはできない。しかしながら、第三者が抵当不動産を不法占有することにより、競売手続の進行が害され適正な価額よりも売却価額が下落するおそれがあるなど、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、これを抵当権に対する侵害と評価することを妨げるものではない。そして、抵当不動産の所有者は、抵当権に対する侵害が生じないよう抵当不動産を適切に維持管理することが予定されているものということができる。したがって、右状態があるときは、抵当権の効力として、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対し、その有する権利を適切に行使するなどして右状態を是正し抵当不動産を適切に維持又は保存するよう求める請求権を有するというべきである。そうすると、抵当権者は、右請求権を保全する必要があるときは、民法四二三条の法意に従い、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することができると解するのが相当である。

カードの「右状態」「右請求権」の「右」は、判決文の古い言い回しで、前に書いた、という意味です。この判決の判断は、大きく二つです。一つ目は、AがBの権利を借りてHを追い出せるか。二つ目は、追い出したあと、建物を誰に渡させるか。一つ目はさらに、侵害と言えるか、AはBに何を求められるか、どの条文の考え方を借りるか、の3段で進みます。出発点は、さっき確認した、干渉できないという原則です。判決は続けます。占有屋のような第三者の不法占有によって、競売の進行が害され、交換価値の実現が妨げられ、優先弁済請求権の行使が困難になるような状態があるなら、それを抵当権に対する侵害と評価できる、としました。

直接、占有を奪われたわけではなくても、担保としての価値が発揮できなくなっている以上、侵害と評価する、ということです。そして、所有者Bは、抵当権に対する侵害が生じないよう、不動産を適切に維持管理することが予定されている、と判決は言います。担保に差し出した以上、その価値を損なわないように管理する立場にある、ということです。抵当権者は、所有者に対し、その状態を是正し、不動産を適切に維持又は保存するよう求める請求権を持ちます。これを、担保価値を維持するための請求権と呼びます。Hを追い出すこと自体は、本来はBが自分ですればいい話です。所有者Bは、所有権に基づいて、Hに出て行けと言えます。ですが、返済に行き詰まったBには、もう建物を守る気がないことが多いんです。放っておいて困るのは、売却代金が減るAのほうです。

本来Bがすべき片付けを、担保の価値を守るために、Aが代わりにやる。ただしAには、自分の名前でHに出て行けと言う根拠がありません。抵当権は占有を伴わないからです。そこで、Bが持っている権利を借りる、という発想になります。

条文民法423条1項

民法第423条第1項 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。

423条1項の対比板。本来の債権者代位権は、自己の債権(貸したお金など)を保全するために使う制度。今回、Aが保全しようとしているのは貸金債権そのものではなく、いま確認した担保価値維持請求権である。だから判決は「423条」ではなく「423条の法意」という言い方をしている。 図:423条1項の対比板

  • 本来の債権者代位権は、自己の債権(貸したお金など)を保全するために使う制度
  • 今回、Aが保全しようとしているのは貸金債権そのものではなく、いま確認した担保価値維持請求権である
  • だから判決は「423条」ではなく「423条の法意」という言い方をしている

ここで、いったん別の条文を確認します。423条1項です。本来この制度は、お金を貸した人が、自分の貸金債権を守るために、借り主の権利を代わりに行使する制度です。担保物権のところで見た物上代位とは、名前は似ていますが別の仕組みです。物上代位は抵当権が形を変えた価値に及ぶ話、こちらは他人の権利を代わりに行使する話です。だから判決は、423条をそのまま適用するとは言わず、423条の法意に従う、という言い方をしています。423条という制度の考え方だけを借りて、担保価値維持請求権を保全するために、Bが持つ妨害排除請求権を、Aが代わりに行使できる、と結論づけたんです。条文にあった被代位権利というのは、この、代わりに行使される側の権利のことで、今回なら、Bの妨害排除請求権がそれにあたります。この代位行使の要件そのものの細かい話は、別の回で扱います。

これが、要旨第一の中身です。ただし、この道には限界があります。Aが借りられるのは、Bが持っている権利だけです。もしHが、Bから正式に部屋を借りて住んでいる人だったら、B自身がHを追い出せないので、Aが借りる権利もありません。この判決が相手にしたのは、占有する権利をまったく持たない不法占有者です。

直接、自分に明け渡させることもできる

判例最大判平11・11・24 民集53巻8号1899頁

大法廷判決、抵当権者への直接引渡し 被上告人は、所有者であるEに対して本件不動産の交換価値の実現を妨げ被上告人の優先弁済請求権の行使を困難とさせている状態を是正するよう求める請求権を有するから、右請求権を保全するため、Eの上告人らに対する妨害排除請求権を代位行使し、Eのために本件建物を管理することを目的として、上告人らに対し、直接被上告人に本件建物を明け渡すよう求めることができるものというべきである。

直接引渡しの板。代位行使の効果は所有者への引渡しに限られない。この事案で判決は、抵当権者は、所有者のために建物を管理する目的で、不法占有者に、自分へ直接明け渡すよう求めることができる、とした。 図:直接引渡しの板

  • 代位行使の効果は所有者への引渡しに限られない
  • この事案で判決は、抵当権者は、所有者のために建物を管理する目的で、不法占有者に、自分へ直接明け渡すよう求めることができる、とした

カードの被上告人が抵当権者A、Eが所有者B、上告人らが占有屋Hにあたります。代位行使しても、明け渡す先はBだと考えるのが普通です。ですが判決は、この事件で、もう1歩踏み込みました。抵当権者は、所有者のために建物を管理する目的で、不法占有者に対して、直接自分に明け渡すよう求めることができる、としたんです。占有屋を追い出した意味を保つために、Aが直接建物を引き取れる道まで、この判決は認めました。これが要旨第二です。

今日の判断を、1枚の地図に

まとめ板。対抗できない占有者への対応の地図。賃借人向け=395条(6か月の明渡猶予)・387条(全員の同意と登記で恒久的に対抗)。不法占有者(占有屋)向け=担保価値維持請求権を保全するため、423条の法意に従い、所有者の妨害排除請求権を代位行使(場合により直接引渡し)。 図:まとめ板

  • 対抗できない占有者への対応の地図
  • 賃借人向け=395条(6か月の明渡猶予)・387条(全員の同意と登記で恒久的に対抗)
  • 不法占有者(占有屋)向け=担保価値維持請求権を保全するため、423条の法意に従い、所有者の妨害排除請求権を代位行使(場合により直接引渡し)

冒頭の問いに戻ります。Dは、Aの抵当権に対抗できませんが、395条によって、Cの買受けから6か月間は明け渡さなくてよい、という結論でした。もし387条の要件まで満たしていれば、恒久的に対抗できる道もあります。今日の地図をまとめます。対抗できない占有者への対応は、相手が賃借人か不法占有者かで、まったく別の道になります。賃借人には395条と387条、不法占有者には、代位行使という道です。ただし、今日見た代位行使は、あくまで所有者の権利を借りる形でした。

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#129単独ページ動画

抵当権に基づく妨害排除請求

第3章 担保物権 #129/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

Bの権利を借りられないとき

冒頭の場面板。B所有の建物にAの抵当権設定登記。その後、競売妨害の目的で、Bが暴力団構成員Cにこの建物を賃貸し、Cが占有している。Cは正式な賃借人であり、不法占有者ではない。Aは、抵当権に基づいて、Cに明渡しを求められるか。 図:冒頭の場面板

  • B所有の建物にAの抵当権設定登記
  • その後、競売妨害の目的で、Bが暴力団構成員Cにこの建物を賃貸し、Cが占有している
  • Cは正式な賃借人であり、不法占有者ではない
  • Aは、抵当権に基づいて、Cに明渡しを求められるか

前回、抵当権者Aが、所有者Bの権利を借りて、不法占有者Hを追い出す道を確認しました。今日は、その借り方が使えない相手を見ます。Bが所有する建物に、Aの抵当権が設定登記されています。ところが今回Bは、競売を邪魔する目的で、暴力団の構成員Cにこの建物を貸し、Cが住み着いています。Cは、前回のHと違って、Bから正式に部屋を借りている人です。Bが追い出せないなら、Aは、Bの権利を借りることもできません。今日のテーマは、この行き詰まりを、Aがどう突破するかです。

代位構成は、なぜCに届かないのか

代位構成の限界板。前回の代位行使は、Bの妨害排除請求権を423条の法意によりAが代わりに行使する構成。借りられるのはBが実際に持っている権利だけ。CはBから適法に部屋を借りているため、B自身がCに出て行けと言う権利を持たない。したがってAが借りる権利も存在しない。 図:代位構成の限界板

  • 前回の代位行使は、Bの妨害排除請求権を423条の法意によりAが代わりに行使する構成
  • 借りられるのはBが実際に持っている権利だけ
  • CはBから適法に部屋を借りているため、B自身がCに出て行けと言う権利を持たない
  • したがってAが借りる権利も存在しない

前回の道を思い出してください。Aは、Bが持つ妨害排除請求権を、423条の法意に従って、代わりに行使していました。Bの権利を借りて使うので、これを代位構成と呼んでおきます。借りられるのは、あくまでBが実際に持っている権利だけです。ところが今回のCは、Bから適法に部屋を借りている人です。B自身、Cに出て行けと言う権利を持っていません。代位構成は、ここで壁にぶつかります。では、Aには、もう打つ手がないのでしょうか。ここから、判例は発想を変えます。Bの権利を借りるのではなく、Aが自分自身の権利として動けないか、という方向です。

占有そのものが、抵当権への侵害になるとき

抵当権侵害の評価板。抵当不動産の所有者は、抵当不動産を使用又は収益するにあたり、抵当不動産を適切に維持管理することが予定されている。競売手続を妨害するような占有権原の設定は許されない。要件①占有権原の設定に競売妨害目的があること/要件②その占有により交換価値の実現が妨げられ優先弁済請求権の行使が困難な状態にあること。両方そろって初めて抵当権に対する侵害と評価できる。 図:抵当権侵害の評価板

  • 抵当不動産の所有者は、抵当不動産を使用又は収益するにあたり、抵当不動産を適切に維持管理することが予定されている
  • 競売手続を妨害するような占有権原の設定は許されない
  • 要件①占有権原の設定に競売妨害目的があること/要件②その占有により交換価値の実現が妨げられ優先弁済請求権の行使が困難な状態にあること
  • 両方そろって初めて抵当権に対する侵害と評価できる

抵当権は占有を伴わない担保物権ですから、普通に考えると、Bが誰に部屋を貸しても、Aは口を出せないはずです。この原則を、判例はどう乗り越えたのか。判決は、こう考えます。抵当不動産の所有者は、その不動産を使ったり収益を上げたりするにあたって、抵当不動産を適切に維持管理することが予定されている。だから、競売手続を妨害するような占有権原の設定は、そもそも許されない。普通に部屋を貸しているだけなら、Bの自由です。ただ、Bにあるのは、担保の価値を保ちながら使う自由であって、競売を邪魔するために貸す自由ではありません。Aが口を出せるのは、①その占有権原の設定に、競売手続を妨害する目的が認められ、②その占有によって、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ、Aの優先弁済請求権の行使が困難になっているような状態があるとき、この2つがそろったときだけです。

抵当権の入門の回で見たとおり、交換価値は売ったらいくらかという価値で、Aはその代金から他の債権者より先に回収できます。ところが、Cのような人が住み着いた建物は、買い手に敬遠され、競売で値がつかなかったり、ずっと安くなったりします。Aが先に回収できるはずの代金そのものがしぼんで、回収が危うくなる。これが②の状態です。目的だけなら、まだBの自由の範囲内かもしれません。逆に、たまたま実害が出ていても、目的がなければ単なる不運です。①と②が両方そろって初めて、これは単なる賃貸ではなく、抵当権そのものへの侵害だと評価できます。

境界の板。妨害目的の有無で分かれる2人を並べる。D=抵当権設定登記の後に相場の家賃で借りて住む賃借人(目的は住むこと=①に当たらない=競売前に排除できない。買受人には対抗できない)。C=競売の直前に、相場よりずっと安い家賃・長期間の契約で住まわせた占有者(買い手を遠ざける目的=①に当たる)。見るのは契約書の有無ではなく、何のために結ばれたか。 図:境界の板

  • 妨害目的の有無で分かれる2人を並べる
  • D=抵当権設定登記の後に相場の家賃で借りて住む賃借人(目的は住むこと=①に当たらない=競売前に排除できない。買受人には対抗できない)
  • C=競売の直前に、相場よりずっと安い家賃・長期間の契約で住まわせた占有者(買い手を遠ざける目的=①に当たる)
  • 見るのは契約書の有無ではなく、何のために結ばれたか

具体的に並べてみましょう。前回のDのように、Aの登記の後に、相場の家賃で部屋を借りて普通に暮らしている人がいたとします。Dは買受人には対抗できませんが、借りた目的は住むことだけで、①に当たりません。だから競売の前に、AがDを追い出すことはできません。これに対して、返済が危なくなったBが、競売の直前に、Cと、相場よりずっと安い家賃で長い期間の契約を結び、住まわせたとします。契約書はあっても、中身は、買い手を遠ざけて担保の価値を壊すためのものです。こちらは①に当たります。見るのは、契約書があるかどうかではなく、その契約が何のために結ばれたかです。

判例最判平17・3・10 民集59巻2号356頁

占有権原がある占有者への妨害排除 抵当権設定登記後に抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者についても、その占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ、その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができるものというべきである。なぜなら、抵当不動産の所有者は、抵当不動産を使用又は収益するに当たり、抵当不動産を適切に維持管理することが予定されており、抵当権の実行としての競売手続を妨害するような占有権原を設定することは許されないからである。

この判決の意味は、Aが、Bの権利を借りるのではなく、Aの抵当権そのものの効力として、妨害排除を求められる、というところにあります。代位構成に対して、これを直接構成と呼びます。占有権原を持っていることが、関係ないわけではありません。占有権原がある相手なら、1つめの妨害目的と、2つめの行使困難の両方が要ります。その2つがそろえば、権原があっても排除できます。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】抵当権に基づく妨害排除請求の要件 抵当権設定登記後に抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者についても、①その占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ、②その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる。なお、占有権原が全く無い不法占有の場合は、①の要件は不要である。 (規範(最判平17・3・10))

前回の最後に残した問いでもありますね。占有権原の設定という事実自体が無いので、①は端から問題になりません。②の状態、つまり優先弁済請求権の行使が困難になっているかどうかだけで判断します。前回の判決が抵当権への侵害と評価したのも、この②の状態でした。

直接、自分に明け渡させることもできる

直接引渡しの板。抵当権者が妨害排除請求権を行使するにあたり、所有者において抵当権への侵害が生じないように不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当権者は、占有者に対し、直接自己への明渡しを求めることができる。前回の代位行使の事案と同じ理由づけ。 図:直接引渡しの板

  • 抵当権者が妨害排除請求権を行使するにあたり、所有者において抵当権への侵害が生じないように不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当権者は、占有者に対し、直接自己への明渡しを求めることができる
  • 前回の代位行使の事案と同じ理由づけ

妨害排除ができるとして、では、Cを追い出したあと、建物はどこへ戻るべきでしょうか。建物は、所有者であるBのところへ戻すのが原則です。ですが、Bが、抵当権への侵害が生じないように不動産を適切に維持管理することを期待できないなら、話は別です。この場合、Aは、Cに対して、直接自分へ明け渡すよう求めることができます。前回、不法占有者Hを追い出したときも、同じ理由でAへの直接引渡しが認められました。今回も、考え方は同じです。

判例最判平17・3・10 民集59巻2号356頁

抵当権者への直接引渡し 抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり、抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当権者は、占有者に対し、直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができるものというべきである。

これで、③維持管理を期待できないこと、という要件が加われば、Aは直接自分への明渡しまで求められることになります。

もらえるのは、管理であって稼ぐ権利ではない

直接引渡しの限界板。抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではない。理由=抵当権者は不動産を自ら使用できず、民事執行法上の手続によらずにその使用による利益を取得することもできない。妨害排除請求により取得する占有は、所有者に代わり維持管理することを目的とするものであって、使用及びその使用による利益の取得を目的とするものではない。 図:直接引渡しの限界板

  • 抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではない
  • 理由=抵当権者は不動産を自ら使用できず、民事執行法上の手続によらずにその使用による利益を取得することもできない
  • 妨害排除請求により取得する占有は、所有者に代わり維持管理することを目的とするものであって、使用及びその使用による利益の取得を目的とするものではない

建物を貸して家賃を稼ぐことはできません。判決は、抵当権者は、第三者の占有によって賃料相当額の損害を被るわけではない、とはっきり述べています。理由はこうです。抵当権者は、そもそも不動産を自分で使うことができませんし、民事執行の手続を通さずに、その使用による利益を得ることもできません。妨害排除請求で得る占有は、所有者に代わって不動産を維持管理するための占有であって、使ったり、その使用で利益を得たりするための占有ではないんです。マンションの管理会社を思い浮かべてください。管理不全になった部屋を、緊急に引き取って掃除したり鍵を管理したりすることはできます。でも、引き取ったついでに、その部屋を勝手に又貸しして家賃を稼ぐことは許されません。Aが得る占有も、これと同じ性質です。

判例最判平17・3・10 民集59巻2号356頁

賃料相当損害の否定 抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではないというべきである。なぜなら、抵当権者は、抵当不動産を自ら使用することはできず、民事執行法上の手続等によらずにその使用による利益を取得することもできないし、また、抵当権者が抵当権に基づく妨害排除請求により取得する占有は、抵当不動産の所有者に代わり抵当不動産を維持管理することを目的とするものであって、抵当不動産の使用及びその使用による利益の取得を目的とするものではないからである。

前回と今回、2つの構成を並べる

代位構成と直接構成の比較表。誰の権利=代位構成はBの権利/直接構成はA自身の権利。相手の範囲=代位構成は所有者Bが権利を持つ相手にしか届かない(不法占有者のみ)/直接構成は占有権原の有無を問わない(要件①と②を満たせば占有権原がある占有者にも届く)。引渡し先=代位構成はこの事件で所有者のための管理目的による直接引渡しを認めた/直接構成は所有者に管理を期待できない場合という一般的な基準で直接引渡しを認める。 図:代位構成と直接構成の比較表

  • 誰の権利=代位構成はBの権利/直接構成はA自身の権利
  • 相手の範囲=代位構成は所有者Bが権利を持つ相手にしか届かない(不法占有者のみ)/直接構成は占有権原の有無を問わない(要件①と②を満たせば占有権原がある占有者にも届く)
  • 引渡し先=代位構成はこの事件で所有者のための管理目的による直接引渡しを認めた/直接構成は所有者に管理を期待できない場合という一般的な基準で直接引渡しを認める

ここで、前回と今回を並べてみます。前回の代位構成は、Bの権利を借りる構成でした。借りられる範囲は、Bが実際に持っている権利の範囲に限られます。だから、届くのは、占有権原をまったく持たない不法占有者だけでした。直接構成はAの抵当権そのものの効力ですから、要件①と②さえ満たせば、占有権原があるかどうかを問わずに届きます。相手の範囲は、こちらのほうが広いことになります。前回の代位構成では、この事件に限って、所有者のために建物を管理する目的で、直接自分への明渡しが認められました。今回の直接構成では、より一般的に、所有者に管理を期待できない事情があれば、抵当権者への直接引渡しがありえます。誰の権利を使うかで、届く相手が変わり、直接引渡しの認め方にも、この事件限りか、一般的な基準かという違いがあります。

建物が壊されたら、賠償を求められるか

709条の数値例板。被担保債権300万円・建物500万円相当の場合。近隣の工事現場から資材が飛んできて建物が350万円まで下落=優先弁済で全額回収できるため損害なし。建物が90万円まで下落=300万円の債権のうち210万円分が回収できず、その210万円が損害となる。担保割れが生じて初めて損害が発生する。 図:709条の数値例板

  • 被担保債権300万円・建物500万円相当の場合
  • 近隣の工事現場から資材が飛んできて建物が350万円まで下落=優先弁済で全額回収できるため損害なし
  • 建物が90万円まで下落=300万円の債権のうち210万円分が回収できず、その210万円が損害となる
  • 担保割れが生じて初めて損害が発生する

ここからは、占有ではなく、抵当不動産そのものが壊されたり、傷つけられたりする侵害に移ります。今度は、Bとは関係のない第三者Eが、近くの工事現場で不注意に資材を飛ばし、建物を壊してしまったとします。この場合、Aは、Eに対して、709条の不法行為に基づく損害賠償を求められるでしょうか。建物の値段が下がった分が、そのまま損害になるわけではありません。抵当権者が持っているのは、あくまで優先弁済請求権です。建物の価値が下がっても、被担保債権を全額回収できるなら、Aには損害が生じていません。数字で見てみましょう。被担保債権が300万円、建物はおよそ500万円相当のケースです。Eの不注意で、建物が一部壊れ、350万円まで下がっても、Aは優先弁済で300万円を丸ごと回収できるので、損害はありません。ところが、もし90万円にまで下がってしまうと、Aが回収できるのは90万円だけになり、残りの210万円が、まさにAの損害になります。

もう1つ問題になるのは、この損害賠償を、抵当権の実行、つまり競売による売却価格が確定する前に、Aが請求できるかどうかです。実行前に請求できるかどうかは、判例が答えを出しています。抵当権の実行前でも、被担保債権の弁済期がすでに到来しているなら、Aは損害賠償を請求できます。損害の算定自体は、実行を待たなくても可能だからです。実行を待って初めて請求できるとすると、Aは、建物が壊されてから何年も待たされることになり、あまりに酷だからです。

担保が傷んだときの、2つの武器

条文民法137条

民法 第137条(期限の利益の喪失) 次に掲げる場合には、債務者は、期限の利益を主張することができない。一 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。二 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき。三 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。

137条の板。2号=債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたときは、期限の利益を主張できない。抵当権者は、弁済期を待たずに、直ちに抵当権を実行できる。増担保請求=明文はないが、債務者が自分の落ち度で担保を傷めたときは、追加の担保(増担保・代担保)を請求できる(通説)。特約があれば、その特約に基づいても請求できる。 図:137条の板

  • 2号=債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたときは、期限の利益を主張できない
  • 抵当権者は、弁済期を待たずに、直ちに抵当権を実行できる
  • 増担保請求=明文はないが、債務者が自分の落ち度で担保を傷めたときは、追加の担保(増担保・代担保)を請求できる(通説)
  • 特約があれば、その特約に基づいても請求できる

今度は、建物を傷めたのが第三者Eではなく、債務者であるB自身だった場合です。このとき、債権者であるAには、もう1つの武器があります。それが137条2号です。条文を確認します。債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたときは、債務者は、期限の利益を主張できない、とされています。民法総則の期限の回で見たとおり、期限の利益は、期限まで返さなくてよい債務者の利益で、担保はその猶予の前提でした。その前提を、B自身が崩したので、利益も失われます。つまりAは、弁済期を待たずに、直ちに抵当権を実行できるようになります。

もう1つの武器が、増担保請求です。明文の規定はありません。それでも、債務者が自分の落ち度で担保を傷めたときは、追加の担保を積むよう請求できる、とするのが通説です。特約で定めてあれば、その特約に基づいても請求できます。通説が挙げる理由は、担保を差し出した側は、その価値を適切に保つ立場にある以上、自分の落ち度で担保を傷めたなら、その分を埋め合わせるべきだ、という考え方です。実行を早めるか、担保を積み増すか。Bが自分で担保を傷めたとき、Aにはこの2つの選択肢があります。数字で比べてみましょう。さっきと同じ、被担保債権300万円、建物500万円のケースで、今度はB自身が建物の一部を壊し、250万円まで下がったとします。137条2号で今すぐ実行すれば、回収できるのは250万円までで、残りの50万円には担保がありません。これに対して、増担保を求め、足りない分を埋める別の土地などを追加で差し出させれば、返済の期限はそのままにしておいて、300万円全額を、担保で押さえ直せます。

今日の判断を、1枚の地図に

まとめ板。抵当権侵害への対応の地図。占有=占有権原なしなら代位構成(Bの権利を借りる)、占有権原ありでも競売妨害目的+行使困難なら直接構成(Aの権利で妨害排除、要件が揃えば直接引渡しも可、ただし賃料相当損害は取れない)。毀損=担保割れがあれば709条の損害賠償(実行前でも弁済期到来後なら可)。債務者Bが担保を傷めたとき=137条2号で期限の利益喪失、自分の落ち度なら増担保請求も可能(通説)。 図:まとめ板

  • 抵当権侵害への対応の地図
  • 占有=占有権原なしなら代位構成(Bの権利を借りる)、占有権原ありでも競売妨害目的+行使困難なら直接構成(Aの権利で妨害排除、要件が揃えば直接引渡しも可、ただし賃料相当損害は取れない)
  • 毀損=担保割れがあれば709条の損害賠償(実行前でも弁済期到来後なら可)
  • 債務者Bが担保を傷めたとき=137条2号で期限の利益喪失、自分の落ち度なら増担保請求も可能(通説)

冒頭の問いに戻ります。Cが正式な賃借人でも、その占有権原の設定に競売妨害目的があり、Aの優先弁済請求権の行使が困難になっているなら、Aは、自分自身の権利として、Cに妨害排除を求められます。所有者に管理を期待できなければ、直接自分への明渡しも求められますが、賃料相当額まではAのものになりません。加えて、B自身が担保を傷めたなら、137条2号で期限の利益を失わせて、すぐに実行することもできますし、増担保を求めることもできます。今日で、抵当権侵害への対応は一通り揃いました。占有を奪われたとき、壊されたとき、それぞれに、Aが自分の権利として動ける道があります。

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#130単独ページ動画

抵当権消滅請求と代価弁済

第3章 担保物権 #130/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

買った家に、知らない抵当権が

冒頭の場面板。B所有の家にAの抵当権設定登記。Bはその家をCに売却。Cはこの事実を知らずに買った第三取得者。Bの借金が返されなければ、この家は競売にかけられ、Cは代金とは無関係に所有権を失う。Cにできることは何かない。 図:冒頭の場面板

  • B所有の家にAの抵当権設定登記
  • Bはその家をCに売却
  • Cはこの事実を知らずに買った第三取得者
  • Bの借金が返されなければ、この家は競売にかけられ、Cは代金とは無関係に所有権を失う
  • Cにできることは何かない

抵当権の入り口の回で予告した場面です。家を買ったら、知らない人の抵当権が付いていました。売主の借金が返されなければ、この家は競売にかけられ、買った人は払った代金とは関係なく家を取り上げられます。何もできないわけではありません。民法は、こういう立場に置かれた第三取得者のために、いくつかの道を用意しています。今日はその道と、もう1つ、抵当権そのものがどうやって消えるかを見ていきます。

第三取得者に用意された3つの道

3つの道の板。抵当付き不動産を買った第三取得者Cが取りうる道。1、抵当権消滅請求(379条以下)。Cが言い出す。2、代価弁済(378条)。Aが言い出す。3、自ら競売に参加して買い受ける(民事執行法上の道)。 図:3つの道の板

  • 抵当付き不動産を買った第三取得者Cが取りうる道
  • 1、抵当権消滅請求(379条以下)
  • Cが言い出す
  • 2、代価弁済(378条)
  • Aが言い出す
  • 3、自ら競売に参加して買い受ける(民事執行法上の道)

Cに用意された道は3つあります。1つめは抵当権消滅請求、Cの側から言い出す道です。2つめは代価弁済、こちらはAの側から言い出す道です。3つめは、Cが競売そのものに参加して自分で買い受けてしまう道で、これは民事執行法の手続の話になるので、名前だけ押さえておいてください。1つめと2つめ、どちらも払えば抵当権が消える制度ですよね。何が違うんですか。そこが今日の核心です。フリマアプリの値下げ交渉を思い浮かべてください。出品者が自分から「これだけ値引きすれば手放す」と言ってくる交渉と、買い手が自分から「この値段でなら払う」と提示して、出品者が黙っていれば成立してしまう交渉、この2つは似ているようで主導権がまったく逆です。代価弁済は前者、抵当権消滅請求は後者にあたります。

代価弁済、抵当権者が言い出す道

代価弁済の関係図。B所有の家にAの抵当権設定登記(1)。BがCに売却(2)。AがCに代価の支払いを請求(3)。Cが代価を弁済(4)。弁済によりCとの関係で抵当権消滅。 図:代価弁済の関係図

  • B所有の家にAの抵当権設定登記(1)
  • BがCに売却(2)
  • AがCに代価の支払いを請求(3)
  • Cが代価を弁済(4)
  • 弁済によりCとの関係で抵当権消滅

378条を確認します。

条文民法378条

民法 第378条(代価弁済) 第三百七十八条 抵当不動産について所有権又は地上権を買い受けた第三者が、抵当権者の請求に応じてその抵当権者にその代価を弁済したときは、抵当権は、その第三者のために消滅する。

この制度の主導権はAにあります。Aが、Cに向かって代価の支払いを請求し、Cがそれに応じて弁済すれば、抵当権が消えます。全額である必要はありません。被担保債権の額に満たなくても構いません。数字で見てみましょう。被担保債権が500万円あるとして、AがCに400万円の代価弁済を請求し、Cがそれに応じたとします。この400万円で抵当権はCとの関係で消滅しますが、残りの100万円は、担保のない普通の債権としてBに対して残ります。それでも代価弁済を使うメリットはあります。物上代位の回で見たとおり、CがBに払う代金債権を差し押さえて回収する方法もありますが、差押えの手続が要ります。代価弁済なら、差押えを経ずに直接回収できるぶん、簡便で、実行するより多く回収できる可能性もあります。

378条には「所有権又は地上権」とありますが、地上権のときは何か違うんですか。違います。Cが買ったのが所有権なら、抵当権はCとの関係で全部消えます。Cが買ったのが地上権なら、抵当権が消えるのはその地上権との関係だけです。不動産そのものへの抵当権はまだ生きていて、Aは実行できますが、実行してもその地上権には対抗できません。地上権が生き残る、というわけです。もう1つ、Cは代価としてAに払った分を、無駄にはできません。抵当権などの負担がある不動産を買った買主が、その負担を消すために費用を支出して所有権を守ったときは、売主にその費用の償還を求められるという条文があります。570条です。Cは、Aに払った代価をこの費用として、売主Bに償還を請求でき、これをBへの代金債務と相殺できます。払った代価の分だけ、Bへの支払いを免れられる、ということです。

抵当権消滅請求、第三取得者が言い出す道

抵当権消滅請求の意義板。抵当不動産の所有権を取得した第三取得者Cが、383条所定の書面で自分が決めた金額を提示。抵当権者Aが2か月以内に競売を申し立てなければ、その額の支払いで抵当権が消滅する。主導権はC側。 図:抵当権消滅請求の意義板

  • 抵当不動産の所有権を取得した第三取得者Cが、383条所定の書面で自分が決めた金額を提示
  • 抵当権者Aが2か月以内に競売を申し立てなければ、その額の支払いで抵当権が消滅する
  • 主導権はC側

続いて、抵当権消滅請求の話です。379条を確認します。

条文民法379条

民法 第379条(抵当権消滅請求) 第三百七十九条 抵当不動産の第三取得者は、第三百八十三条の定めるところにより、抵当権消滅請求をすることができる。

こちらは、Cが自分で決めた金額を提示し、Aがそれを受け入れるかどうかを迫られる制度です。フリマアプリの喩えでいえば、買い手が値段を決めて持ちかける交渉にあたります。対象も違います。代価弁済は所有権でも地上権でも使えましたが、抵当権消滅請求は、Cが所有権を取得した場合に限られます。

消滅請求ができない人、できない場面

主体制限の板。380条、主たる債務者B、保証人、これらの承継人は抵当権消滅請求ができない。381条、停止条件付第三取得者は条件成否未定の間はできない。382条、競売による差押えの効力が発生する前にしなければならない。 図:主体制限の板

  • 380条、主たる債務者B、保証人、これらの承継人は抵当権消滅請求ができない
  • 381条、停止条件付第三取得者は条件成否未定の間はできない
  • 382条、競売による差押えの効力が発生する前にしなければならない

ここで、抵当権消滅請求ができない人と場面を確認します。今日から新しい人物が出てきます。Bの借金を保証している保証人です。380条を見てみましょう。

条文民法380条

民法 第380条(抵当権消滅請求をすることができない者) 第三百八十条 主たる債務者、保証人及びこれらの者の承継人は、抵当権消滅請求をすることができない。

抵当権消滅請求は、被担保債権の全額を返す義務を負わない第三者のために、抵当権という重荷を軽くしてあげる制度です。ところが主たる債務者Bと保証人は、そもそも被担保債権の全額を返す義務を、最初から自分の債務として負っています。重荷を軽くしてもらう筋合いがそもそもない人たちですから、この制度からは外れます。Cは全額を返す義務を負わない、単なる不動産の買い主です。だからこそ、抵当権を軽くしてもらう資格があります。例えば、Bの借金を保証している保証人が、この家をBから買い取ったとします。立場は買い主ですが、もともと借金の全額を返す義務を負っているので、やはり消滅請求はできません。同じ家を買っても、Cならできて、保証人ならできない、ということです。あと2つ、請求できない場面があります。381条です。

条文民法381条

民法 第381条(停止条件付第三取得者による抵当権消滅請求) 第三百八十一条 抵当不動産の停止条件付第三取得者は、その停止条件の成否が未定である間は、抵当権消滅請求をすることができない。

例えば、「来年の春に転勤が決まったら、この家を買う」という約束でCが買ったとします。転勤が決まるかどうか分からない間は、Cが本当に所有権を取得できるかも未確定です。そんな不安定な立場の人に、請求権を使わせるわけにはいきません。もう1つ、382条です。

条文民法382条

民法 第382条(抵当権消滅請求の時期) 第三百八十二条 抵当不動産の第三取得者は、抵当権の実行としての競売による差押えの効力が発生する前に、抵当権消滅請求をしなければならない。

できます。制限があるのは弁済期の前後ではなく、差押えの前後です。競売の手続が動き出して差押えの効力が生じたあとでは、もう請求できません。そのあとに、Cが別の値段を持ち込めるとすると、進んでいる手続も、配当を待つほかの債権者の見通しも崩れてしまいます。だから差押えが線になっています。

消滅請求の手続、書面と2か月

消滅請求の手続フロー板。Cが登記済み各債権者に383条の3つの書面を送付。1、取得の原因や代価等を記載した書面。2、登記事項証明書。3、2か月以内に競売を申し立てなければ提示額を弁済供託する旨の書面。債権者は2か月以内に競売を申し立てるか、黙って提示額を承諾したとみなされるかの二択。 図:消滅請求の手続フロー板

  • Cが登記済み各債権者に383条の3つの書面を送付
  • 1、取得の原因や代価等を記載した書面
  • 2、登記事項証明書
  • 3、2か月以内に競売を申し立てなければ提示額を弁済供託する旨の書面
  • 債権者は2か月以内に競売を申し立てるか、黙って提示額を承諾したとみなされるかの二択

383条を見ます。Cは、登記をした各債権者に、次の書面を送らなければなりません。

条文民法383条

民法 第383条(抵当権消滅請求の手続) 第三百八十三条 抵当不動産の第三取得者は、抵当権消滅請求をするときは、登記をした各債権者に対し、次に掲げる書面を送付しなければならない。 一 取得の原因及び年月日、譲渡人及び取得者の氏名及び住所並びに抵当不動産の性質、所在及び代価その他取得者の負担を記載した書面 二 抵当不動産に関する登記事項証明書(現に効力を有する登記事項のすべてを証明したものに限る。) 三 債権者が二箇月以内に抵当権を実行して競売の申立てをしないときは、抵当不動産の第三取得者が第一号に規定する代価又は特に指定した金額を債権の順位に従って弁済し又は供託すべき旨を記載した書面

1号で取得の経緯を、2号で登記の状況を明らかにしたうえで、3号で、自分が決めた金額を宣言します。ここから2か月、Aの側が試されます。384条です。

条文民法384条

民法 第384条(債権者のみなし承諾) 第三百八十四条 次に掲げる場合には、前条各号に掲げる書面の送付を受けた債権者は、抵当不動産の第三取得者が同条第三号に掲げる書面に記載したところにより提供した同号の代価又は金額を承諾したものとみなす。 一 その債権者が前条各号に掲げる書面の送付を受けた後二箇月以内に抵当権を実行して競売の申立てをしないとき。 二 その債権者が前号の申立てを取り下げたとき。 三 第一号の申立てを却下する旨の決定が確定したとき。 四 第一号の申立てに基づく競売の手続を取り消す旨の決定(民事執行法第百八十八条において準用する同法第六十三条第三項若しくは第六十八条の三第三項の規定又は同法第百八十三条第一項第二号ニに掲げる文書が提出された場合における同条第二項の規定による決定を除く。)が確定したとき。

ここが制度の核心です。書面を受け取ったAは、2か月以内に競売を申し立てるか、黙っているか、二択を迫られます。黙っていれば、Cが提示した金額を承諾したものとみなされます。フリマアプリの喩えでいえば、買い手の提示額に、出品者が期限内に返事をしなければ自動的に成立してしまう交渉です。伝える必要があります。385条です。

条文民法385条

民法 第385条(競売の申立ての通知) 第三百八十五条 第三百八十三条各号に掲げる書面の送付を受けた債権者は、前条第一号の申立てをするときは、同号の期間内に、債務者及び抵当不動産の譲渡人にその旨を通知しなければならない。

そして、承諾がそろい、Cが金額を払い渡すか供託すれば、抵当権は消えます。386条です。

条文民法386条

民法 第386条(抵当権消滅請求の効果) 第三百八十六条 登記をしたすべての債権者が抵当不動産の第三取得者の提供した代価又は金額を承諾し、かつ、抵当不動産の第三取得者がその承諾を得た代価又は金額を払い渡し又は供託したときは、抵当権は、消滅する。

1人でも競売を申し立てれば、その手続に乗ります。全員が承諾し、Cが実際に払い渡すか供託して、初めて抵当権が消えます。ここで一度止めます。代価弁済と抵当権消滅請求、言い出すのはそれぞれ誰でしたか。頭の中で並べてから、次の板を見てください。

代価弁済と抵当権消滅請求を並べる

代価弁済と抵当権消滅請求の比較板。言い出すのは誰か=代価弁済はA/消滅請求はC。金額を決めるのは誰か=代価弁済はAの請求額/消滅請求はCの提示額。対象=代価弁済は所有権または地上権の買受人/消滅請求は所有権の買受人のみ。Aが応じないと=代価弁済はそもそもAの請求で始まる/消滅請求はAが2か月以内に競売を申し立てないと承諾したとみなされる。効果の及ぶ範囲=代価弁済は弁済した第三者との関係でのみ消滅/消滅請求は登記済み全債権者が承諾し支払供託して消滅。主たる債務者保証人その承継人=代価弁済はそもそも対象外/消滅請求は380条によりできない。 図:代価弁済と抵当権消滅請求の比較板

  • 言い出すのは誰か=代価弁済はA/消滅請求はC
  • 金額を決めるのは誰か=代価弁済はAの請求額/消滅請求はCの提示額
  • 対象=代価弁済は所有権または地上権の買受人/消滅請求は所有権の買受人のみ
  • Aが応じないと=代価弁済はそもそもAの請求で始まる/消滅請求はAが2か月以内に競売を申し立てないと承諾したとみなされる
  • 効果の及ぶ範囲=代価弁済は弁済した第三者との関係でのみ消滅/消滅請求は登記済み全債権者が承諾し支払供託して消滅
  • 主たる債務者保証人その承継人=代価弁済はそもそも対象外/消滅請求は380条によりできない

対象も違って、代価弁済は所有権と地上権の両方に使えますが、消滅請求は所有権に限られます。効果の範囲も、代価弁済は弁済した相手との関係でのみ消滅するのに対して、消滅請求は登記済みの全債権者が絡む分、消滅すれば抵当権そのものが消えます。同じ家で試してみましょう。Cが買ったのが家の所有権なら、Aに請求されて代価弁済で応じる道も、自分から消滅請求をする道も、両方開いています。ところがCが買ったのが地上権だけなら、代価弁済の道は開いていても、消滅請求の道は閉じています。

抵当権はどうやって消えるか

抵当権の消滅原因総論板。放棄、所有権との混同、代価弁済抵当権消滅請求、競売による実行、そして被担保債権の消滅による付従性の消滅。競売手続そのものは民事執行の範囲で名前のみ。 図:抵当権の消滅原因総論板

  • 放棄、所有権との混同、代価弁済抵当権消滅請求、競売による実行、そして被担保債権の消滅による付従性の消滅
  • 競売手続そのものは民事執行の範囲で名前のみ

ここからは、抵当権そのものがどうやって消えるかという話に移ります。放棄は、抵当権者が自分の意思で権利を手放すことです。所有権との混同は、抵当権者が同じ不動産の所有権まで手に入れて、1人の中で抵当権と所有権が一体になってしまうことを指します。この2つに、いま見た代価弁済と抵当権消滅請求、そして競売による実行を加えたものが、すでに見た話も含めた抵当権の消滅原因です。競売の手続自体は民事執行法の領域なので、ここでは名前だけにとどめます。今日新しく押さえるのは、被担保債権の消滅による付従性の消滅、そして時効による消滅、この2つです。

付従性による消滅、消えない場合もある

付従性による消滅とひっかけの板。被担保債権が弁済や消滅時効の援用や混同で消えれば、抵当権も消える。ただし第三者弁済により弁済による代位が生じる場合は、抵当権は消滅せず代位者に移転する。 図:付従性による消滅とひっかけの板

  • 被担保債権が弁済や消滅時効の援用や混同で消えれば、抵当権も消える
  • ただし第三者弁済により弁済による代位が生じる場合は、抵当権は消滅せず代位者に移転する

抵当権は、被担保債権が消えれば一緒に消えます。弁済でも、消滅時効の援用でも構いませんし、債権者と債務者が同じ人物になる混同でも構いません。さっき見た所有権との混同は抵当権自体が消える話でしたが、ここでの混同は被担保債権のほうが消える話です。これを消滅における付従性と呼びます。ここに1つ、ひっかけがあります。第三者が代わりにBの借金を弁済して、弁済による代位という仕組みが働く場合です。この場合、被担保債権は消えたように見えても、抵当権は消滅しません。代わりに弁済した人に移転します。例えば、さっきの保証人が、Bに代わってAに500万円を払ったとします。Aは満足しますが、抵当権は消えずに、払った保証人の側に移り、保証人がBから取り戻すための担保になります。中身は別の回で扱いますが、今日は「必ず消えるとは限らない」ということだけ押さえてください。次の396条に入る前に、思い出してください。抵当権の入り口の回で、物上保証人は、自分の債務を負わず、担保の限度で責任だけを負う立場だと見ました。この物上保証人は、396条の「抵当権設定者」に含まれるでしょうか?

396条、債務者と設定者には特別ルールがある

396条の板。抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。物上保証人も抵当権設定者に含まれる。自分で担保に差し出した以上、被担保債権が生きている限り抵当権も生きているのが筋。 図:396条の板

  • 抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない
  • 物上保証人も抵当権設定者に含まれる
  • 自分で担保に差し出した以上、被担保債権が生きている限り抵当権も生きているのが筋

ここで、前提を1つ確認します。抵当権も財産権の1つなので、本来なら、長く使わずにいれば、借金とは別に時効で消えうる権利です。その原則を、債務者と設定者に対してだけ止めているのが396条です。借金のカタに入った不動産に貼られた、差し押さえ予約の張り紙を思い浮かべてください。その張り紙を自分で貼った本人、つまり債務者Bや、物上保証人のような設定者が、そのまま住み続けているのに、長年放っておかれたから張り紙は無効だ、と言い出すのは筋が通りません。自分の借金が消えていない以上、自分で貼った張り紙も生きているのが当然です。396条を確認しましょう。

条文民法396条

民法 第396条(抵当権の消滅時効) 第三百九十六条 抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。

397条、及ぶのは誰か

397条と166条2項の対比板。左側、債務者と設定者、396条により被担保債権と同時でなければ抵当権は時効消滅しない。右側上、166条2項、抵当権自体が単独で20年の消滅時効にかかりうる道で、これは第三取得者Cにも開かれている。右側下、397条、抵当権と無関係に独立して占有してきた者(例:D)が取得時効の要件を満たしたとき、原始取得の反射として抵当権が消滅する道。抵当権の負担を引き受けて買った通常の第三取得者Cには原則として及ばないと整理される。 図:397条と166条2項の対比板

  • 左側、債務者と設定者、396条により被担保債権と同時でなければ抵当権は時効消滅しない
  • 右側上、166条2項、抵当権自体が単独で20年の消滅時効にかかりうる道で、これは第三取得者Cにも開かれている
  • 右側下、397条、抵当権と無関係に独立して占有してきた者(例:D)が取得時効の要件を満たしたとき、原始取得の反射として抵当権が消滅する道
  • 抵当権の負担を引き受けて買った通常の第三取得者Cには原則として及ばないと整理される

では、その不動産がCの手に渡ったあとはどうでしょうか。張り紙を貼っていないCとの関係では、話が変わります。まず、抵当権そのものが独立して時効にかかる場合があります。166条2項です。

条文民法166条2項

民法 第166条第2項(債権等の消滅時効) 第百六十六条第二項 債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。

抵当権は、この「債権又は所有権以外の財産権」にあたります。抵当権を行使する、つまり競売を申し立てられるようになるのは、被担保債権の弁済期が来て、Bが払わなかったときです。そこから20年間行使されなければ、抵当権は単独で時効消滅しえます。判例も、第三取得者との関係でこの結論を認めています。もう1つ、397条にはこれとは別の消滅の仕方が書かれています。ただし、こちらは原則としてCには使えません。

条文民法397条

民法 第397条(抵当不動産の時効取得による抵当権の消滅) 第三百九十七条 債務者又は抵当権設定者でない者が抵当不動産について取得時効に必要な要件を具備する占有をしたときは、抵当権は、これによって消滅する。

Cには使えない、というのはどういうことですか。20年たてば自動的に消えるという話とは違うんですか。違います。397条が対象にしているのは、債務者でも設定者でもなく、抵当権とは無関係に、その不動産を自分のものとして占有してきた人です。例えば、抵当権とは関わりなく、その土地を長年自分のものとして占有してきたDがいたとします。Dが取得時効の要件を満たせば、時効取得という原始取得、つまり前の権利者の負担を引き継がずにまっさらな所有権を手に入れる制度によって、抵当権の負担も反射的に消えます。Cも、抵当権が付いていることを知っていて買っているんですから、Dと同じじゃないんですか。そこは知っていたかどうかでは決まりません。抵当権の存在を知っていても、それとは無関係に自分のものとして占有してきたと言えれば、時効取得はできます。分かれ目は、抵当権の負担を引き受けて買ったかどうかです。Cは、その不動産に抵当権が付いていることを前提として、その負担ごと引き受けて買っています。この立場は、設定者と同じ側に立つと扱われます。抵当権の負担を引き受けて買った第三取得者には397条を使わせない、という古い判例があり、Cにはこの397条のルートは使えないと整理するのが一般的です。ただ、この点の判例の立場は完全には固まっていません。時効の面でCに開かれているのは、さっき見た166条2項の単独消滅時効のルートです。

逆に、B自身が自分の不動産を時効取得しても、抵当権は消えないんですか。消えません。397条は「債務者又は抵当権設定者でない者」に限っています。Bは最初から自分の不動産を占有しているにすぎず、原始取得と呼べるだけの実質がないからです。まとめると、166条2項のルートは、Cにも開かれた、抵当権という権利そのものが単独で古びて消える道です。397条のルートは、抵当権と無関係に占有してきたDのような人が、時効取得の反射として抵当権を消す道で、負担を引き受けて買ったCには原則として使えません。

今日の判断を、1枚の地図に

まとめ板。第三取得者に用意された3つの道、抵当権消滅請求はCが言い出しCが金額を決める、代価弁済はAが言い出しAが金額を決める、380条により主たる債務者保証人その承継人はできない。抵当権の消滅原因、付従性代価弁済消滅請求競売、ただし弁済による代位は消えず移転。396条、債務者設定者には被担保債権と同時でなければ時効消滅しない。166条2項により第三取得者Cにも抵当権単独の消滅時効が及びうるが、397条の時効取得の反射による消滅は抵当権と無関係に占有してきた者に限られ、負担を引き受けて買ったCには原則として及ばないと整理される。 図:まとめ板

  • 第三取得者に用意された3つの道、抵当権消滅請求はCが言い出しCが金額を決める、代価弁済はAが言い出しAが金額を決める、380条により主たる債務者保証人その承継人はできない
  • 抵当権の消滅原因、付従性代価弁済消滅請求競売、ただし弁済による代位は消えず移転
  • 396条、債務者設定者には被担保債権と同時でなければ時効消滅しない
  • 166条2項により第三取得者Cにも抵当権単独の消滅時効が及びうるが、397条の時効取得の反射による消滅は抵当権と無関係に占有してきた者に限られ、負担を引き受けて買ったCには原則として及ばないと整理される

冒頭の問いに戻ります。抵当付きの家を買ってしまったCには、Aに代価弁済を求められて応じる道、自分から抵当権消滅請求をする道、そして自ら競売に参加する道があります。主たる債務者や保証人には、この重荷を軽くしてもらう筋合いがないので、消滅請求は使えません。そして、時効による消滅は、張り紙を貼った本人であるBや設定者には及びません。166条2項の単独消滅時効はCとの関係でも開かれていますが、397条の時効取得による消滅は、抵当権と無関係に占有してきた人に限られ、負担を引き受けて買ったCには原則として及びません。第三取得者の保護と、抵当権の消滅、この2つが今日で一通りつながりました。

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#131単独ページ動画

転抵当と抵当権の譲渡・放棄

第3章 担保物権 #131/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

担保を、担保に入れられるか

冒頭の場面板。銀行A(1番抵当権者)がB所有の土地に抵当権を持つ。Aが今度は自分でお金を借りたい。手元の一番の財産は「Bの土地への抵当権」そのもの。これを他人への担保に差し出せるかという問い。 図:冒頭の場面板

  • 銀行A(1番抵当権者)がB所有の土地に抵当権を持つ
  • Aが今度は自分でお金を借りたい
  • 手元の一番の財産は「Bの土地への抵当権」そのもの
  • これを他人への担保に差し出せるかという問い

銀行Aは、Bの土地に1番抵当権を持っています。ここまでの回で見てきたとおり、Bが借金を返さなければ、この土地を競売にかけて優先的にお金を受け取れる立場です。ところが、Aにも自分の都合でお金が必要になる場面があります。手元にある一番の財産は、まさにこの「Bの土地への抵当権」そのものです。この抵当権を、誰か別の人への担保として差し出すことはできるのでしょうか。抵当権って、借金があるからくっついている権利です。それ自体をさらに担保にする、というのが想像しにくいです。今日はそこから組み立てます。抵当権も、優先的にお金を受け取れる価値を持つ、一種の財産です。財産である以上、それ自体を動かして使うことができます。ただし、どう動かしても、Aが持っている優先の枠の中だけの話で、枠の外にいる人の取り分は変わりません。今日はその動かし方を見ていきます。

抵当権者は、自分の抵当権を動かせる

376条の全文カードの背景。5類型を色分け。転抵当(他の債権の担保とする)、抵当権の譲渡(抵当権自体を一般債権者に渡す)、抵当権の放棄(優先権を一般債権者と分け合う)、順位の譲渡、順位の放棄(次回・他の抵当権者が相手)。 図:376条の全文カードの背景

376条1項を確認します。

条文民法376条1項

民法第376条1項 抵当権者は、その抵当権を他の債権の担保とし、又は同一の債務者に対する他の債権者の利益のためにその抵当権若しくはその順位を譲渡し、若しくは放棄することができる。

整理すると5つあります。1つめ、自分の抵当権を他の債権の担保にする「転抵当」。2つめと3つめ、抵当権そのものを他の債権者のために譲渡する、または放棄する。4つめと5つめ、抵当権の順位を他の債権者のために譲渡する、または放棄する。そしてもう1つ大事な区別があります。抵当権の譲渡と抵当権の放棄の相手は、同じBにお金を貸しているけれど、抵当権を持っていない一般債権者です。一方、順位の譲渡と順位の放棄の相手は、同じBの土地に抵当権を持つ、他の抵当権者です。転抵当は、Aが自分の抵当権を、Eという別の人への借金の担保にする話です。Eは、Bにお金を貸している人ではなく、Aにお金を貸す人です。しかも、抵当権そのものを渡すのではなく、担保として差し出す、という違いがあります。この違いは、あとで詳しく見ます。もう1つ、376条2項も確認しておきます。

条文民法376条2項

民法第376条2項 前項の場合において、抵当権者が数人のためにその抵当権の処分をしたときは、その処分の利益を受ける者の権利の順位は、抵当権の登記にした付記の前後による。

たとえば転抵当と抵当権の譲渡を同時に別の相手にしたようなときに、その受益者同士の間で優劣を決める必要が出てきます。その優劣は、登記にした付記の前後、つまり登記した順番で決まります。今日はこの2項は名前だけ押さえておけば十分です。

転抵当の意義、設定者の承諾がいらない理由

転抵当の構図。B所有の土地にAの1番抵当権(原抵当権)。Eが、Aに対する貸金の担保として、Aの抵当権の上に転抵当の設定を受ける。矢印はA→B(原抵当権)、E→A(転抵当)の2本。設定者Bの承諾は不要。 図:転抵当の構図

  • B所有の土地にAの1番抵当権(原抵当権)
  • Eが、Aに対する貸金の担保として、Aの抵当権の上に転抵当の設定を受ける
  • 矢印はA→B(原抵当権)、E→A(転抵当)の2本
  • 設定者Bの承諾は不要

転抵当とは、抵当権者が自分の抵当権を、他の債権の担保とすることです。冒頭のAが、Eという人からお金を借りるとします。Aは、自分がBに対して持っている抵当権を、Eへの借金の担保として差し出せます。このとき、AがBの土地に元から持っている抵当権を「原抵当権」と呼びます。性質については学説の対立がありますが、まずは「Aの抵当権の上に、Eのための抵当権がもう1つ乗っている」と捉えておけば十分です。実は、Bの承諾は不要です。ここが今日の最初のポイントです。転抵当は、あくまでAが自分の抵当権をどう扱うかという、A側だけで完結する処分です。Bから見れば、優先的にお金を持っていかれる相手が誰であっても、自分がいくらまで負担するかという限度は変わりません。Bの立場に変更が生じないので、Bの承諾を得る必要がないのです。

転抵当を第三者に対抗するには

対抗要件の板。177条=不動産物権変動の一般原則(登記で第三者に対抗)。377条1項=主たる債務者B・保証人・設定者・その承継人に対抗するには、Aが原債務者Bに通知するか、Bが承諾することが必要(467条の規定に従う)。 図:対抗要件の板

  • 177条=不動産物権変動の一般原則(登記で第三者に対抗)
  • 377条1項=主たる債務者B・保証人・設定者・その承継人に対抗するには、Aが原債務者Bに通知するか、Bが承諾することが必要(467条の規定に従う)

転抵当を確認したところで、少し思い出してください。抵当権の設定そのものを見た回で、抵当権にも登記が必要だとお話ししました。あれは何のための登記でしたか?対抗要件、でしたよね。登記をしないと、第三者に対抗できない、という話でした。ここでも同じ考え方が2段構えで出てきます。1段目は177条です。不動産に関する物権の変動は、登記をしなければ第三者に対抗できません。転抵当も抵当権に関する変動なので、この一般原則がまず及びます。2段目が、転抵当に特有の377条1項です。

条文民法377条1項

民法第377条1項 前条の場合には、第四百六十七条の規定に従い、主たる債務者に抵当権の処分を通知し、又は主たる債務者がこれを承諾しなければ、これをもって主たる債務者、保証人、抵当権設定者及びこれらの者の承継人に対抗することができない。

177条の登記だけでは足りないんですか。足りません。原債務者Bや保証人、設定者、その承継人に対抗するためには、Aが原債務者Bに転抵当の設定を通知するか、Bが承諾することが必要です。ここで名前が出ている467条は、債権を譲るときの対抗要件を定めた条文で、今日は名前だけ押さえてください。詳しくは別の回で扱います。承諾が要るかどうかは、設定の場面と、Bに主張する場面とで別の話です。転抵当を設定するのに、Bの同意はいりません。ただ、設定した転抵当をBに主張するには、Bに知らせるか、Bが知ったと認めるかが要ります。設定の話と、Bに主張できるかの話を、分けて考えてください。

理由は、二重弁済を防ぐためです。もしBが転抵当の存在をまったく知らなければ、Bはいつもどおり、原債務者としてAに直接弁済してしまいます。ところが転抵当が設定されている以上、本当はEの利益を守りながら弁済しなければなりません。Bに転抵当の存在を知らせることで、Aへの弁済がEを害する形にならないようにする、というのがこの通知・承諾の狙いです。

通知・承諾のあと、弁済にはリスクが生じる

377条2項の板。Bが通知を受け、または承諾した後は、Bらが転抵当権者Eの承諾を得ないでAにした弁済は、Eに対抗できない。以後、BはAへの弁済に注意が必要になる。 図:377条2項の板

  • Bが通知を受け、または承諾した後は、Bらが転抵当権者Eの承諾を得ないでAにした弁済は、Eに対抗できない
  • 以後、BはAへの弁済に注意が必要になる

377条2項も見ておきましょう。

条文民法377条2項

民法第377条2項 主たる債務者が前項の規定により通知を受け、又は承諾をしたときは、抵当権の処分の利益を受ける者の承諾を得ないでした弁済は、その受益者に対抗することができない。

通知を受けた、または承諾をしたあとのBは、もう無防備にAへ弁済できなくなります。Eの承諾を得ずにAへ弁済しても、その弁済はEに対抗できません。つまり、Bは自分では払ったつもりでも、Eとの関係では払っていないのと同じ扱いを受けるおそれがあります。二重に払わされるかもしれない、ということですか。そうなりかねません。だからこそBは、通知や承諾のあとは、Eの利益を害さない形で弁済する必要に迫られます。これが、二重弁済を防ぐという377条の趣旨の中身です。

転抵当の被担保債権額は、原抵当権の額を超えてもよい

転抵当の設例板。土地の価額2000万円。A(1番抵当・対Bの被担保債権1200万円)、C(2番抵当・被担保債権800万円)。EはAに融資し、Eの転抵当の被担保債権(対A)は1500万円。転抵当の設定自体は有効だが、Eが原抵当権から優先弁済を受けられるのは1200万円が上限。 図:転抵当の設例板

  • 土地の価額2000万円
  • A(1番抵当・対Bの被担保債権1200万円)、C(2番抵当・被担保債権800万円)
  • EはAに融資し、Eの転抵当の被担保債権(対A)は1500万円
  • 転抵当の設定自体は有効だが、Eが原抵当権から優先弁済を受けられるのは1200万円が上限

ここで、転抵当の要件を数字で確認します。今日ずっと使う土地を出します。B所有の土地の価額は2000万円です。1番抵当権者Aの被担保債権は、1200万円。2番抵当権者Cの被担保債権は、800万円です。ここにEが登場します。EはAにお金を貸し、Aの抵当権に転抵当の設定を受けます。Eの転抵当の被担保債権、つまりAがEに返さなければいけない額は、1500万円だとします。EからAへの貸付けの1500万円は、Aの原抵当権の被担保債権である1200万円を上回っていますが、それでも転抵当の設定自体は問題なく成立します。転抵当は、AとEの間の別の契約なので、金額が一致している必要はないのです。

転抵当が設定できることと、Eが優先して受け取れる額とは別で、受け取れる額には上限があります。これが要件のもう半分です。Eが原抵当権を通じて優先弁済を受けられるのは、Aの原抵当権の被担保債権額、つまり1200万円が上限です。Aが持っている優先弁済の枠を超えて、Eに渡すことはできません。超えた300万円は、Aに対する普通の債権として残るだけです。2番抵当権者のCの取り分は、これで変わるんですか。変わりません。Cは、Aの1200万円の枠の外にいる後順位者です。Aの枠の中で、EがどれだけAから引き継ごうと、Cの800万円という取り分には一切影響しません。この「当事者以外には影響しない」という考え方は、今日ずっと出てきます。

転抵当権者は、原抵当権を実行できる

転抵当の効果板。転抵当権者Eは原抵当権を実行できる(判例)。実行の要件は2つ、①Eの転抵当の被担保債権(対A)の弁済期到来、②Aの原抵当権の被担保債権(対B)の弁済期到来、の両方が必要(二重の弁済期)。 図:転抵当の効果板

  • 転抵当権者Eは原抵当権を実行できる(判例)
  • 実行の要件は2つ、
  • ①Eの転抵当の被担保債権(対A)の弁済期到来、
  • ②Aの原抵当権の被担保債権(対B)の弁済期到来、の両方が必要(二重の弁済期)

転抵当の効果を見ます。転抵当権者Eは、Aの原抵当権そのものを実行することができます。抵当権の実行を見た回で、抵当権者が土地を担保不動産競売にかけ、その代金から優先的に受け取る手続を確認しました。Eは、その競売を自分で申し立てられるのです。これは判例が認めているところです。担保は、相手が返さないときに、担保に取ったものをお金に換えて回収するための仕組みです。Eが担保に取っているのは、土地そのものではなく、Aの抵当権、つまり「土地を競売にかけて、1200万円の枠から優先的に受け取る力」です。この力をお金に換えるには、原抵当権を実行するしかありません。Aが実行してくれるかどうかに任せていたら、Eの担保は、いざというときに働きません。だから、Eは自分でその力を使えるとされているのです。

ただし、いつでも実行できるわけではありません。実行するためには、2つの条件がそろう必要があります。1つめ、EがAに対して持っている転抵当の被担保債権の弁済期が来ていること。2つめ、Aが本来Bに対して持っている原抵当権の被担保債権の弁済期も来ていること。この2つの弁済期が両方とも来て初めて、Eは原抵当権を実行できます。たとえば、EがAに貸した1500万円の返済期限は来たのに、AがBに貸した1200万円の期限がまだ先なら、Eはまだ実行できません。Bは、約束の期限までは払わなくてよい立場です。Eの都合で期限前に土地を競売にかけられては、Bに約束以上の負担を負わせることになるからです。ここに、さっき見た377条2項の保護も重なります。二重の弁済期という要件と、この保護が合わさって、Eは自分の債権を回収できる仕組みになっています。

抵当権の譲渡、Dが先に取る道

抵当権の譲渡の板。抵当権者Aが、一般債権者Dのために抵当権を譲る。Dに回した分だけ、Aは優先の立場を失う。効果は、Dが譲渡された枠の中から自分の債権額を上限に先に優先弁済を受け、Aは残りを取得する。対抗要件は転抵当と同じ(177条+377条1項)。当事者以外(C)には影響しない。 図:抵当権の譲渡の板

  • 抵当権者Aが、一般債権者Dのために抵当権を譲る
  • Dに回した分だけ、Aは優先の立場を失う
  • 効果は、Dが譲渡された枠の中から自分の債権額を上限に先に優先弁済を受け、Aは残りを取得する
  • 対抗要件は転抵当と同じ(177条+377条1項)
  • 当事者以外(C)には影響しない

続いて、抵当権の譲渡です。転抵当が「担保として差し出す」処分だったのに対して、譲渡と放棄は「抵当権そのものを一般債権者のために使う」処分です。抵当権の譲渡とは、抵当権者Aが、抵当権を持たない一般債権者Dのために、自分の抵当権を譲渡することです。効果は2つに分かれます。Dに回した限度で、Aは優先して受け取れる立場を失い、その部分については担保のない一般債権者と同じ扱いになります。Dは、Aが持っていた順位の抵当権を、自分の債権額の限度で取得します。ただし、Dが受け取れるのは自分の債権額まで、しかもAが持っていた枠の中に限られます。対抗要件は、転抵当と同じで、177条の登記と377条1項の通知・承諾です。この対抗要件の作り自体は転抵当と共通なので、覚え直す必要はありません。Dが実際にいくら受け取るかは、このあと放棄と並べて、同じ土地の数字で確かめます。

抵当権の放棄、分け合う道

抵当権の放棄の板。抵当権者Aが、一般債権者Dの利益のために自分の優先弁済権を放棄し、優先弁済の利益を債権額の比で分け合う。譲渡とは違い、先取りではなく按分になる。対抗要件は転抵当と同じ。当事者以外(C)には影響しない。 図:抵当権の放棄の板

  • 抵当権者Aが、一般債権者Dの利益のために自分の優先弁済権を放棄し、優先弁済の利益を債権額の比で分け合う
  • 譲渡とは違い、先取りではなく按分になる
  • 対抗要件は転抵当と同じ
  • 当事者以外(C)には影響しない

最後に、抵当権の放棄です。抵当権そのものを手放すわけではありません。抵当権の放棄とは、抵当権者Aが、一般債権者Dの利益のために、自分の優先弁済権を放棄し、その優先弁済の利益をDと分け合うことです。譲渡は、Dが先に取り切る話でしたよね。放棄は違うんですか。そこが今日いちばんの分かれ目です。譲渡は、Dが先に自分の債権額の分だけ取り切って、Aは残りを取ります。放棄は、AとDが、それぞれの債権額の比に応じて、按分して分け合います。Aは、Dに対しては自分の優先を主張しないと約束するので、Aの枠の中では、AとDが同じ順位に並ぶことになります。同じ順位の債権者どうしは、債権額の比で分けるしかありません。先に取り切るか、比で分け合うか、この違いです。対抗要件は、譲渡や転抵当と同じです。

では、数字で確かめましょう。

譲渡と放棄、数字で比べる

配当設例①(原則)。土地の価額2000万円。A(1番抵当・1200万円)、C(2番抵当・800万円)、D(一般債権者・400万円、抵当権なし)。処分がない場合、Aが1200万円、Cが800万円を優先弁済で取得。Dは無担保のため取り分0円。 図:配当設例①

  • 原則
  • 土地の価額2000万円。A(1番抵当・1200万円)、C(2番抵当・800万円)、D(一般債権者・400万円、抵当権なし)。処分がない場合、Aが1200万円、Cが800万円を優先弁済で取得。Dは無担保のため取り分0円。

さっきの土地をもう一度使います。価額2000万円、Aの被担保債権1200万円、Cの被担保債権800万円です。ここにDという、抵当権を持たない一般債権者がいて、Bに対して400万円の債権を持っているとします。何も処分がなければ、Aが1200万円、Cが800万円を優先弁済で受け取り、Dは無担保のため取り分0円です。ここから、Aが抵当権をDのために処分すると、どう変わるか見ていきます。

配当設例②(放棄)。Aが自分の1200万円の枠をDのために放棄。AとDの債権額の比(A:1200万円、D:400万円=比3:1)で按分する。A=1200万円×1200/1600=900万円。D=1200万円×400/1600=300万円。Cは不変=800万円。 図:配当設例②

  • 放棄
  • Aが自分の1200万円の枠をDのために放棄。AとDの債権額の比(A:1200万円、D:400万円=比3:1)で按分する。A=1200万円×1200/1600=900万円。D=1200万円×400/1600=300万円。Cは不変=800万円。

まず、Aが自分の1200万円の枠を、Dのために放棄したとします。放棄は按分でしたね。債権額の比は、Aが1200万円、Dが400万円、つまり3対1です。この比で、Aの枠の1200万円を分けます。Aの取り分は、1200万円かける1600分の1200で、900万円です。Dの取り分は、同じく1200万円かける1600分の400で、300万円になります。合わせるとちょうど1200万円で、元の枠におさまっています。

配当設例③(譲渡)。Aが自分の1200万円の枠をDに譲渡。Dは、Aの枠のうち自分の債権額(400万円)を限度に先に優先弁済を受ける=D400万円。Aは残り(1200-400=800万円)を取得。Cは不変=800万円。 図:配当設例③

  • 譲渡
  • Aが自分の1200万円の枠をDに譲渡。Dは、Aの枠のうち自分の債権額(400万円)を限度に先に優先弁済を受ける=D400万円。Aは残り(1200-400=800万円)を取得。Cは不変=800万円。

答え合わせをします。譲渡は、按分ではなく先取りでした。Dは、Aの1200万円の枠のうち、自分の債権額である400万円を限度に、先に優先弁済を受けます。Dの取り分は、そのまま400万円です。Aの取り分は、残りの1200万円引く400万円で、800万円になります。譲渡でも放棄でも、AとDの合計は、ちょうど1200万円で、Aの枠の外に出ることはありません。後順位のCが、処分の計算の中に、まったく出てこないこと。そこが今日いちばん確認したかったところです。放棄でも譲渡でも、Cの取り分は800万円のまま、1円も動いていません。処分の当事者はAとDだけで、その効力は当事者の間にとどまり、後順位のCには一切及ばないからです。譲渡はDが先取りする、放棄はDと按分する、この一点だけが違って、Cへの影響がゼロという結論は共通しています。

今日の地図(保存版)

まとめ板。376条1項の5類型(転抵当・抵当権の譲渡・抵当権の放棄・順位の譲渡・順位の放棄)。転抵当=Bの承諾不要・177条と377条1項の通知承諾が対抗要件・被担保債権額は超過可だが優先弁済は原抵当権の枠が上限・判例により二重の弁済期で原抵当権を実行できる。譲渡=Dが先取り。放棄=AとDが按分。いずれも後順位者Cには影響しない。順位の譲渡・放棄は次回。 図:まとめ板

  • 376条1項の5類型(転抵当・抵当権の譲渡・抵当権の放棄・順位の譲渡・順位の放棄)
  • 転抵当=Bの承諾不要・177条と377条1項の通知承諾が対抗要件・被担保債権額は超過可だが優先弁済は原抵当権の枠が上限・判例により二重の弁済期で原抵当権を実行できる
  • 譲渡=Dが先取り
  • 放棄=AとDが按分
  • いずれも後順位者Cには影響しない
  • 順位の譲渡・放棄は次回

今日の骨格を振り返ります。抵当権者Aは、376条1項によって、自分の抵当権を5つの型で動かせます。今日見たのは、そのうちの転抵当と、抵当権の譲渡・放棄でした。転抵当は、抵当権の上にもう一段抵当権を乗せる話でした。設定者Bの承諾はいらないけれど、Bに対抗するには通知か承諾が必要でした。その通知・承諾は、二重弁済を防ぐためのものでした。そして転抵当権者Eは、Eの債権とAの債権の、2つの弁済期がそろったときに、原抵当権を自分で実行できます。冒頭の問いに戻ります。Aは、自分の抵当権を、転抵当という形で他人への担保に差し出すこともできますし、譲渡や放棄という形で一般債権者のために使うこともできます。どの処分も、Aの持ち分という決まった枠の中で完結し、その枠の外にいる後順位者には及びません。

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#132単独ページ動画

抵当権の順位の譲渡・放棄・変更

第3章 担保物権 #132/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

順番を譲ると、配当はいくらになるか

冒頭の場面板。B所有の土地に、A(1番抵当権者)・C(2番抵当権者)・E(3番抵当権者)の3人の抵当権が付いている。Aは自分の分を確実に回収できる立場。Eはこのままだと債権の半分ほどしか取れない。Aが「順番をEに譲る」と言い出す場面。 図:冒頭の場面板

  • B所有の土地に、A(1番抵当権者)・C(2番抵当権者)・E(3番抵当権者)の3人の抵当権が付いている
  • Aは自分の分を確実に回収できる立場
  • Eはこのままだと債権の半分ほどしか取れない
  • Aが「順番をEに譲る」と言い出す場面

1番抵当権者のAは、Bの土地から自分の取り分を確実に回収できる立場です。ところが3番のEは、このままだと自分の債権の半分ほどしか回収できません。なお、このEは、前回の転抵当の話に出てきたEとは別の人で、今日は3番の抵当権者です。3番だと、前の2人が先に持っていってしまうから、ということです。ここでAが、Eに「自分の順番を譲る」と言い出したらどうなるでしょうか。配当はいくらに変わるのか、そして間にいる2番のCの取り分は動くのか。先に答えの形だけ言っておくと、譲渡や放棄なら間のCの取り分は動かず、Cまで動くのは374条の順位の変更だけです。今日はこれを数字で確かめます。

「抵当権の」処分と「順位の」処分、相手が違う

相手方比較板。抵当権の譲渡(相手=一般債権者D、Dが先取り)・抵当権の放棄(相手=一般債権者D、AとDが按分)・順位の譲渡(相手=後順位抵当権者E、Eが先取り)・順位の放棄(相手=後順位抵当権者E、AとEが按分)の4行表。 図:相手方比較板

前回、抵当権の譲渡と放棄を扱いました。あのときの相手は、Bにお金を貸してはいるものの、抵当権を持たない一般債権者Dでした。今日の「順位の譲渡」「順位の放棄」は、相手が変わります。相手は、同じ土地に抵当権を持っている、後順位の抵当権者です。今日はこれをEとします。混同を避けるコツは1つだけです。相手が抵当権を持たない一般債権者なら「抵当権の」処分、相手が他の抵当権者なら「順位の」処分。これで区別してください。効果の作りは前回と同じで、譲渡は先取り、放棄は按分です。今日はこの型を、相手がEに変わった形で見ていきます。

抵当権者は、順位も動かせる

376条1項の全文カード背景。5類型のうち、今日扱う順位の譲渡・順位の放棄をハイライト。相手は後順位抵当権者。 図:376条1項の全文カード背景

  • 5類型のうち、今日扱う順位の譲渡・順位の放棄をハイライト
  • 相手は後順位抵当権者

根拠条文をもう一度確認します。

条文民法376条1項

民法第376条1項 抵当権者は、その抵当権を他の債権の担保とし、又は同一の債務者に対する他の債権者の利益のためにその抵当権若しくはその順位を譲渡し、若しくは放棄することができる。

抵当権そのものではなく、抵当権の「順位」を動かす処分です。対抗要件も前回と同じ仕組みで、177条の登記に加えて、377条1項の通知・承諾が必要になります。登記は、処分を第三者に主張するためのものです。通知・承諾は、処分があったことを債務者のBに知らせるか、Bが承諾することで、Bが事情を知らないままAに払ってしまい、処分を受けた人の利益が消えてしまうのを防ぐためのものです。

順位の譲渡、Eが先に取る道

順位の譲渡の構図板。B所有の土地にA(1番)・C(2番)・E(3番)の抵当権。AがEのために順位を譲渡する。AとEの取り分の合計をつくり、その合計からEが自分の債権額まで先に取り、残りをAが取る。Cには一切影響しない。 図:順位の譲渡の構図板

  • B所有の土地にA(1番)・C(2番)・E(3番)の抵当権
  • AがEのために順位を譲渡する
  • AとEの取り分の合計をつくり、その合計からEが自分の債権額まで先に取り、残りをAが取る
  • Cには一切影響しない

順位の譲渡とは、抵当権者Aが、後順位の抵当権者Eのために、自分の順位を譲ることです。効果は、AとEがそれぞれ受けられるはずだった配当額の合計をいったんつくり、その合計から、譲り受けたEが自分の債権額まで先に取り、残りを譲ったAが取る、という形になります。前回はAとD(一般債権者)の合計から、Dが先取りしていました。今日はAとE(後順位抵当権者)の合計から、Eが先取りします。相手が変わっただけで、先取りという効果の作りは同じです。間にいる2番のCは、この譲渡から一切影響を受けません。譲渡はAとEの間だけの取引で、2人の取り分の合計を材料にしているだけです。Cの取り分は、この合計にそもそも入っていません。数字は、あとでまとめて確認します。

順位の放棄、比で分け合う道

順位の放棄の構図板。AがEのために順位を放棄する。AとEの取り分の合計を、両者の債権額の比で按分する。Cには一切影響しない。 図:順位の放棄の構図板

  • AがEのために順位を放棄する
  • AとEの取り分の合計を、両者の債権額の比で按分する
  • Cには一切影響しない

順位の放棄は、Aが、後順位のEのために自分の優先弁済を受ける利益を放棄することです。放棄した瞬間、AとEは同じ順位に並んだものとして扱われます。効果は、AとEの取り分の合計を、両者の債権額の比で按分することです。相手がDからEに変わっただけで、按分という考え方はまったく同じです。対抗要件も、順位の譲渡と同じ仕組みです。放棄でも、Cへの影響は譲渡と同じです。放棄も、AとEの2人だけで完結する取引なので、Cの取り分は動きません。ここまでで型は出そろいました。次は、この土地で実際に数字を出して確認します。

同じ土地で、4パターンを計算する

配当設例①(処分なし)。土地の価額2300万円(前回の2000万円から変更)。A(1番・被担保債権1200万円)、C(2番・800万円)、E(3番・600万円)。処分がなければ、A1200万円(全額)、C800万円(全額)、E300万円(600万円のうち300万円しか取れない)。合計2300万円。 図:配当設例①

  • 処分なし
  • 土地の価額2300万円(前回の2000万円から変更)。A(1番・被担保債権1200万円)、C(2番・800万円)、E(3番・600万円)。処分がなければ、A1200万円(全額)、C800万円(全額)、E300万円(600万円のうち300万円しか取れない)。合計2300万円。

前回と同じ、Aの1200万円とCの800万円を引き継ぎ、今日は3番のEを足します。Eの被担保債権は600万円です。土地の価額は、前回の2000万円から変えて、今回は2300万円とします。3番のEにも、処分がなくても一部だけ配当が回るようにするためです。何も処分がなければ、Aが1200万円をまるごと、Cも800万円をまるごと受け取り、残り300万円をEが受け取ります。Eは600万円の債権のうち、300万円しか回収できません。

配当設例②(順位の譲渡)。AからEへ順位の譲渡。AとEの合計は1200+300=1500万円。Eが自分の債権額600万円まで先に取り、残り900万円をAが取得。A900万円・C800万円(不変)・E600万円。合計2300万円。 図:配当設例②

  • 順位の譲渡
  • AからEへ順位の譲渡。AとEの合計は1200+300=1500万円。Eが自分の債権額600万円まで先に取り、残り900万円をAが取得。A900万円・C800万円(不変)・E600万円。合計2300万円。

ここでAが、Eのために順位を譲渡したとします。AとEの、処分がないときの取り分を合わせると、1200万円に300万円を足して、1500万円です。この合計から、Eが自分の債権額である600万円まで先に取ります。合計の1500万円から600万円を引くと、900万円がAの取り分になります。Cは、この取引にまったく関わっていないので、800万円のままです。合計は900足す800足す600で、ちょうど2300万円です。では、同じ合計1500万円を、今度は放棄で按分するとしたら、AとEはいくらずつになるでしょうか。Aの債権額1200万円とEの債権額600万円の比を思い出して、一度自分で計算してみてください。

配当設例③(順位の放棄)。AからEへ順位の放棄。AとEの合計1500万円を、債権額の比(A1200:E600=2:1)で按分。A1000万円・E500万円・C800万円(不変)。合計2300万円。 図:配当設例③

  • 順位の放棄
  • AからEへ順位の放棄。AとEの合計1500万円を、債権額の比(A1200:E600=2:1)で按分。A1000万円・E500万円・C800万円(不変)。合計2300万円。

答え合わせをします。AとEの債権額の比は、1200対600、つまり2対1です。この比で合計1500万円を分けると、Aは3分の2で1000万円、Eは、3分の1で500万円になります。先に取り切るか、比で分けるかの違いが、そのまま金額の差になります。ここでもCは800万円のまま、まったく動いていません。合計は1000足す500足す800で、やはり2300万円です。

374条の順位の変更、表そのものを書き換える

374条の要件板。要件は3つ。①各抵当権者の合意、②利害関係を有する者(転抵当権者・不動産質権者・差押債権者など)があるときはその承諾、③登記(登記をしなければ効力を生じない=効力要件)。 図:374条の要件板

  • 要件は3つ
  • ①各抵当権者の合意、
  • ②利害関係を有する者(転抵当権者・不動産質権者・差押債権者など)があるときはその承諾、
  • ③登記(登記をしなければ効力を生じない=効力要件)

ここまでの譲渡と放棄は、AとEという当事者2人の話でした。ここからは、374条が定める「順位の変更」を見ます。

条文民法374条1項

民法第374条1項 抵当権の順位は、各抵当権者の合意によって変更することができる。ただし、利害関係を有する者があるときは、その承諾を得なければならない。

条文民法374条2項

民法第374条2項 前項の規定による順位の変更は、その登記をしなければ、その効力を生じない。

ただし譲渡や放棄と違って、要件が3つそろう必要があります。1つめ、変更に関わる各抵当権者の合意。2つめ、転抵当権者、つまりその抵当権をさらに担保に取っている人や、不動産質権者、つまり土地に質権を持っている債権者、それに被担保債権を差し押さえた債権者など、利害関係を持つ人がいれば、その人の承諾。3つめ、登記です。374条の2項が定める登記は、これまで何度も出てきた対抗要件とは違います。ここが今日いちばんの注意点で、この登記は、対抗要件ではなく、効力要件です。登記をしなければ、そもそも順位の変更という効力自体が生まれません。177条の登記が「第三者に主張できるかどうか」の話だったのに対し、374条の2項の登記は「変更が成立するかどうか」の話です。

合意だけして、登記をしないうちに土地が競売になった場合、順位の変更は、まだ生まれていません。配当は元の順位のまま、Aが1200万円、Cが800万円、Eが300万円です。合意した抵当権者どうしの間でも、変更を持ち出すことはできません。登記がなくても当事者の間では効力が生じ、第三者に主張するときに登記が問われる順位の譲渡とは、ここが違います。

なぜ順位の変更だけ、こんなに要件が重いのか

374条の順位入れ替え図。変更前(A1番・C2番・E3番)と変更後(E1番・A2番・C3番)を並べる。順位表そのものが書き換わるので、Cの位置も動く=Cも合意の当事者になる。 図:374条の順位入れ替え図

  • 変更前(A1番・C2番・E3番)と変更後(E1番・A2番・C3番)を並べる
  • 順位表そのものが書き換わるので、Cの位置も動く=Cも合意の当事者になる

譲渡や放棄はAとEの合意だけで足りるのに、変更の要件が重いのはなぜか。そこが、譲渡・放棄と変更の決定的な違いです。譲渡と放棄は、AとEの取り分の合計を材料にして、その中で分け方を変えるだけの取引でした。合計の外にいるCは、材料にすら入っていません。ところが順位の変更は、土地にかかっている抵当権の順位表そのものを書き換えます。たとえば、順位をE・A・Cの順に入れ替えたとします。Eが上がるだけでなく、Aは1つ下がり、2番だったCも3番に下がります。表が書き換わった以上、Cの取り分も、新しい順位表で計算し直されます。譲渡や放棄では材料にすら入っていなかったCが、ここでは当事者になるのです。だからこそ374条は、順位が動く抵当権者全員、この例ならE・A・Cの3人の合意を求め、さらに誰からも見える登記を、変更が成立する条件そのものにしています。

配当設例④(374条の順位の変更)。E→1番・A→2番・C→3番に変更。新しい順位で計算し直す。E600万円(1番として全額)、A1200万円(2番として残り1700万円のうち全額)、C500万円(3番として残り500万円のうち全額)。合計2300万円。 図:配当設例④

  • 374条の順位の変更
  • E→1番・A→2番・C→3番に変更。新しい順位で計算し直す。E600万円(1番として全額)、A1200万円(2番として残り1700万円のうち全額)、C500万円(3番として残り500万円のうち全額)。合計2300万円。

数字で確認します。順位を、Eが1番、Aが2番、Cが3番に入れ替えたとします。新しい順位のとおりに、頭から計算し直します。まずEが1番として、自分の債権額600万円をまるごと取ります。残り1700万円のうち、2番になったAが1200万円をまるごと取ります。さらに残り500万円のうち、3番になったCが500万円を取ります。変更の後、Cの取り分は800万円から500万円に減りました。そこが今日いちばん見せたかった対比です。順位の譲渡や放棄では、Cの取り分はずっと800万円のまま動きませんでした。ところが順位の変更では、Cの取り分は、800万円から500万円まで動きます。合計は600足す1200足す500で、やはり2300万円ですが、内訳がCまで巻き込んで変わっています。

今日の骨格を、もう一度

まとめ板。順位の譲渡=AとEの合計からEが先取り。順位の放棄=AとEの合計を債権額比で按分。いずれもCは不変。374条の順位の変更=順位表そのものを書き換えるため、各抵当権者の合意+利害関係人の承諾+登記(効力要件)が必要で、Cの取り分も動きうる。 図:まとめ板

  • 順位の譲渡=AとEの合計からEが先取り
  • 順位の放棄=AとEの合計を債権額比で按分
  • いずれもCは不変
  • 374条の順位の変更=順位表そのものを書き換えるため、各抵当権者の合意+利害関係人の承諾+登記(効力要件)が必要で、Cの取り分も動きうる

今日の骨格を振り返ります。抵当権の処分の相手が一般債権者なら「抵当権の」譲渡・放棄、相手が他の抵当権者なら「順位の」譲渡・放棄でした。AとEの取り分の合計を材料にする取引だから、合計の外にいるCには及びません。一方、374条の順位の変更は、順位表そのものを書き換える処分でした。冒頭の問いに戻ります。Aが3番のEに「順番を譲る」と言えば、譲渡なら合計1500万円のうちEが600万円、放棄なら比で分けて500万円を受け取ります。そして、どちらの処分でも、間にいるCの取り分は800万円のまま動きません。Cの取り分が動くのは、AとEだけでなく、Cも合意の当事者に加わって、順位表そのものを書き換えたときだけです。

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#133単独ページ動画

共同抵当の同時配当と異時配当

第3章 担保物権 #133/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

売る順番で、後順位の取り分は変わるのか

冒頭の場面板。B所有の甲土地・乙建物の両方に、A(共同抵当・1番)の抵当権が付いている。甲土地にはさらにC(2番)の抵当権が付いている。Aが「甲だけ先に売る」と言い出す場面。 図:冒頭の場面板

  • B所有の甲土地・乙建物の両方に、A(共同抵当・1番)の抵当権が付いている
  • 甲土地にはさらにC(2番)の抵当権が付いている
  • Aが「甲だけ先に売る」と言い出す場面

Aは、Bの土地と建物の両方に、1つの債権のための抵当権を持っています。土地にはもう1人、2番の抵当権者Cがいます。ここでAが「土地だけ先に売る」と決めたら、Cの取り分は、土地と建物を一緒に売ったときより減るのでしょうか。先に結論の形だけ言っておくと、Cには、その不安定さを埋め合わせる仕組みが用意されています。今日はこれを数字で確かめます。

なぜ土地と建物の両方に抵当権を付けるのか

共同抵当の意義板。土地と建物は法律上別個の不動産。片方だけに抵当権を設定すると、その不動産の値下がりや法定地上権の成否によって担保価値が目減りするリスクがある。両方に設定しておけば、どちらからでも回収できる。 図:共同抵当の意義板

  • 土地と建物は法律上別個の不動産
  • 片方だけに抵当権を設定すると、その不動産の値下がりや法定地上権の成否によって担保価値が目減りするリスクがある
  • 両方に設定しておけば、どちらからでも回収できる

1つの債権を守るために、2つ以上の不動産それぞれに抵当権を設定しておくこと、これを共同抵当といいます。典型的なのは、土地と建物の両方に抵当権を設定する場合です。土地と建物を別々に扱うことが、共同抵当を使う理由につながります。土地と建物は、法律上まったく別個の不動産です。もし土地だけに抵当権を設定していると、土地の値下がりにそのまま振り回されます。しかも土地の上にBの建物が建っていれば、土地が競売されたとき、建物のために法定地上権が成立して、土地は建物に使われ続ける土地として安くしか売れません。両方にあらかじめ抵当権を設定しておけば、どちらの不動産からでも回収できるので、Aにとってはより安全です。

そしてここが今日の出発点なのですが、共同抵当権者Aには、甲・乙をまとめて競売する道と、どちらか一方だけを競売する道の、2つの選択肢があります。この選択の自由が、これから見る392条の仕組みを生みます。

今日の地図(保存版)

392条1項の全文カード背景。同時配当。各不動産の価額に応じて債権の負担を按分する。 図:392条1項の全文カード背景

  • 同時配当
  • 各不動産の価額に応じて債権の負担を按分する

まず、甲・乙をまとめて競売する場合、つまり同時配当から見ます。条文を確認しましょう。

条文民法392条1項

民法第392条1項 債権者が同一の債権の担保として数個の不動産につき抵当権を有する場合において、同時にその代価を配当すべきときは、その各不動産の価額に応じて、その債権の負担を按分する。

按分とは、各不動産の価額の比で、1つの債権を複数の代価に割り振ることです。たとえば甲の価額が乙の2倍なら、Aの債権も甲から2、乙から1の比で回収する、という考え方になります。実際の数字は、あとでまとめて計算します。どの不動産も、自分の値打ちに見合った分だけAの債権を背負う、ということです。こう決めておけば、甲の2番抵当権者Cは、Aに甲からいくら取られるかを、価額の比から前もって計算できます。後順位者にとって、残る額があらかじめ読める。これが同時配当の意味で、あとで出てくる公平の物差しになります。

1つだけ先に売るなら、そこから全額取れる

392条2項前段の板。異時配当。1つの不動産の代価のみを配当するときは、抵当権者はその代価から債権の全部の弁済を受けることができる。 図:392条2項前段の板

  • 異時配当
  • 1つの不動産の代価のみを配当するときは、抵当権者はその代価から債権の全部の弁済を受けることができる

次に、甲だけ、あるいは乙だけを先に競売する場合、つまり異時配当を見ます。

条文民法392条2項前段

民法第392条2項前段 債権者が同一の債権の担保として数個の不動産につき抵当権を有する場合において、ある不動産の代価のみを配当すべきときは、抵当権者は、その代価から債権の全部の弁済を受けることができる。

異時配当では按分をしません。1つの不動産しか売られない以上、そこから債権の全額を回収できます。共同抵当権者にとっては、どちらを先に売っても自分の債権を全額回収できる点で、有利な仕組みです。先に売られる不動産に後順位の抵当権者がいる場面こそ、今日の中心です。Aが甲を先に売って全額を持って行くと、Cは甲の残りしか取れません。しかもその残りの額は、Aがどちらを先に売るかという選択次第で変わってしまいます。この不公平をどう埋め合わせるのかを、次に見ます。

売る順番でCの運命が変わってはいけない

392条2項後段の板。異時配当・代位。先に売られた不動産の後順位抵当権者は、同時配当だったら共同抵当権者が他の不動産から弁済を受けられたはずの金額を限度として、共同抵当権者に代位して他の不動産の抵当権を行使できる。 図:392条2項後段の板

  • 異時配当・代位
  • 先に売られた不動産の後順位抵当権者は、同時配当だったら共同抵当権者が他の不動産から弁済を受けられたはずの金額を限度として、共同抵当権者に代位して他の不動産の抵当権を行使できる

条文民法392条2項後段

民法第392条2項後段 この場合において、次順位の抵当権者は、その弁済を受ける抵当権者が前項の規定に従い他の不動産の代価から弁済を受けるべき金額を限度として、その抵当権者に代位して抵当権を行使することができる。

ここが今日いちばんの山場です。甲が先に売られてAが全額を持って行くと、Cは甲の残りしか取れません。しかし、もしAが甲と乙を同時に売っていたら、Aは乙からも一部を回収していたはずです。その乙からの回収分は、Cが甲で受け取れなかった不足を埋め合わせられたはずの金額でもあります。そこで法は、Cに、Aが同時配当だったら乙から受けられたはずの金額を限度として、Aの乙に対する抵当権に代位することを認めています。代位とは、本来Aが持っていた乙の抵当権が、その限度でCに移り、CがAに代わって行使できるようになる、という意味です。

代位の趣旨も、同じところにあります。共同抵当権者に競売の順序を選ぶ自由を認める以上、その選択によって後順位抵当権者の取り分が変動してしまうのは不公平です。代位によって、「同時配当だったらどうなっていたか」という基準に、Cの取り分を揃え直しているんです。ここまでを、実際の数字で確かめましょう。

同じ設例で、4パターンを計算する

配当設例の前提板。B所有の甲土地(価額2000万円)・乙建物(価額1000万円)。A(共同抵当・1番・被担保債権1500万円)。甲にはさらにC(2番・被担保債権1000万円)。今回の数字は前回とは別の新しい設例。 図:配当設例の前提板

  • B所有の甲土地(価額2000万円)・乙建物(価額1000万円)
  • A(共同抵当・1番・被担保債権1500万円)
  • 甲にはさらにC(2番・被担保債権1000万円)
  • 今回の数字は前回とは別の新しい設例

今日は新しい設例を使います。具体的には、Bの甲土地の価額を2000万円、乙建物の価額を1000万円とします。Aは甲・乙の両方に1番抵当権を持ち、被担保債権は1500万円です。さらに甲土地には、Cの2番抵当権があり、Cの被担保債権は1000万円です。前回は土地1本の話でしたが、今日は土地と建物の2本立てなので、数字も新しく設定し直しています。この前提で、①まとめて売る同時配当、②甲を先に売る異時配当、③もし代位が無かったらという仮定、④乙を先に売る異時配当、の4パターンを順に計算します。

配当設例①(同時配当)。甲:乙=2000:1000=2:1の比で1500万円を按分。甲から1000万円・乙から500万円。甲の残り1000万円はCが全額回収。乙の残り500万円はBの手元に残る。合計3000万円(甲2000+乙1000)。 図:配当設例①

  • 同時配当
  • 甲:乙=2000:1000=2:1の比で1500万円を按分。甲から1000万円・乙から500万円。甲の残り1000万円はCが全額回収。乙の残り500万円はBの手元に残る。合計3000万円(甲2000+乙1000)。

まず①、甲・乙をまとめて売る同時配当です。甲の価額は2000万円、乙の価額は1000万円なので、価額の比は2対1です。この比でAの1500万円を按分すると、甲からは1000万円、乙からは残りの500万円になります。甲の残りは、2000万円からAの1000万円を引いた1000万円です。ここをCが全額回収します。乙の残りは、1000万円からAの500万円を引いた500万円で、これはBの手元に残ります。Aの合計は1500万円で全額、Cの合計は1000万円で全額です。次に②、Aが甲を先に売る異時配当を計算してみてください。ヒントは、Aは甲の代価から全額を取れる、という392条2項前段です。

配当設例②(甲を先に売る異時配当・代位あり)。Aは甲の代価から1500万円全額を回収。甲の残り500万円をCが取るが、Cの債権1000万円のうち500万円しか回収できない。①の同時配当ならAが乙から受けられたはずの500万円を限度に、Cが代位してAの乙の抵当権を行使し、乙から500万円を回収。Cの合計1000万円(①と同額)。乙の残り500万円はBの手元に残る。 図:配当設例②

  • 甲を先に売る異時配当・代位あり
  • Aは甲の代価から1500万円全額を回収。甲の残り500万円をCが取るが、Cの債権1000万円のうち500万円しか回収できない。①の同時配当ならAが乙から受けられたはずの500万円を限度に、Cが代位してAの乙の抵当権を行使し、乙から500万円を回収。Cの合計1000万円(①と同額)。乙の残り500万円はBの手元に残る。

答え合わせです。Aはまず、甲の代価から、1500万円を全額回収します。甲の残りは、2000万円から1500万円を引いた500万円です。ここをCが取りますが、Cの債権は1000万円ですから、回収できるのは半分の500万円だけです。①の同時配当だったら、Aは乙から500万円を受け取れたはずでした。Cは、その500万円を限度として、Aの乙に対する抵当権に代位し、乙から500万円を回収します。Cの合計は500万円足す500万円で1000万円、①とまったく同じ額です。乙の残り500万円は、①と同じくBの手元に残ります。ここで一度立ち止まります。もし392条2項後段の代位という仕組みがなかったら、Cはいくらで終わってしまうと思いますか。

配当設例③(代位が無かった場合・比較のための仮定)。代位が無いとすると、Cは甲の残り500万円しか回収できず終わる。乙には手を出せず、乙の1000万円は丸ごとBの手元に残る。Cの合計500万円は、①の1000万円より500万円少ない。 図:配当設例③

  • 代位が無かった場合・比較のための仮定
  • 代位が無いとすると、Cは甲の残り500万円しか回収できず終わる。乙には手を出せず、乙の1000万円は丸ごとBの手元に残る。Cの合計500万円は、①の1000万円より500万円少ない。

代位が無いなら、Cが受け取れるのは甲の残りの500万円だけで、そこで終わりだと思います。代位が無ければ、Cは甲の500万円で打ち止めになり、乙にはまったく手を出せません。乙の1000万円は丸ごとBの手元に残ります。Cの合計は500万円で、①の1000万円より500万円少なくなります。これが、代位という仕組みが無かったら起きてしまう不公平です。共同抵当権者がどちらを先に売るかという、Cにはどうにもできない一存によって、Cの取り分が変わってしまいます。だからこそ392条2項後段の代位が必要になるんです。最後に④、今度はAが乙を先に売る異時配当を見ます。

配当設例④(乙を先に売る異時配当)。Aは乙の代価から1000万円を回収(残債500万円)。乙にはCがいないため代位の問題は生じない。続いて甲が競売され、Aは残債500万円を回収。甲の残り1500万円のうちCが債権全額1000万円を回収、さらに残り500万円はBの手元に残る。Aの合計1500万円(全額)、Cの合計1000万円(全額)。 図:配当設例④

  • 乙を先に売る異時配当
  • Aは乙の代価から1000万円を回収(残債500万円)。乙にはCがいないため代位の問題は生じない。続いて甲が競売され、Aは残債500万円を回収。甲の残り1500万円のうちCが債権全額1000万円を回収、さらに残り500万円はBの手元に残る。Aの合計1500万円(全額)、Cの合計1000万円(全額)。

乙を先に売ると、Aは乙の代価である1000万円から一部の弁済を受けます。乙の価額が上限なので、Aの回収は1000万円、残った債権は500万円です。乙にはCのような後順位者がいないので、ここでは代位の問題は起きません。続いて甲が競売され、Aは残った債権の500万円を回収します。甲の残りは、2000万円から500万円を引いた1500万円です。このうちCが、その債権全額の1000万円を回収し、最後に残った500万円がBの手元に残ります。Aの合計は、乙の1000万円足す甲の500万円で1500万円、つまり全額です。Cの合計も1000万円で、こちらも全額です。

4パターンの比較表。①同時配当=A1500・C1000・B500。②異時配当(甲先・代位あり)=A1500・C1000・B500。③代位が無かったら=A1500・C500・B1000。④異時配当(乙先)=A1500・C1000・B500。①②④は一致、③だけCが500万円少なくBに500万円多く残る。 図:4パターンの比較表

  • ①同時配当=A1500・C1000・B500
  • ②異時配当(甲先・代位あり)=A1500・C1000・B500
  • ③代位が無かったら=A1500・C500・B1000
  • ④異時配当(乙先)=A1500・C1000・B500
  • ①②④は一致、
  • ③だけCが500万円少なくBに500万円多く残る

4つを並べます。①の同時配当と、②の代位ありの異時配当、それに④の乙を先に売る異時配当は、AもCもBも、まったく同じ数字になります。③の代位が無かったらという仮定だけ、Cが500万円少なく、その分Bの手元に多く残ってしまいます。これが、392条2項後段が置かれた理由です。共同抵当権者が売る順序を自由に選べる以上、その選択によって後順位抵当権者の運命が変わってはいけない。代位という仕組みが、その公平さを支えています。

代位が使えるのは、持ち主が同じときだけ

適用範囲の板。392条2項後段の代位が働くのは、共同抵当の目的である不動産がすべて債務者の所有である場合、または、すべて同一の物上保証人の所有である場合に限る。所有者が異なる場合(債務者所有と物上保証人所有が混在)は、この規定ではなく別の規定が優先する。 図:適用範囲の板

  • 392条2項後段の代位が働くのは、共同抵当の目的である不動産がすべて債務者の所有である場合、または、すべて同一の物上保証人の所有である場合に限る
  • 所有者が異なる場合(債務者所有と物上保証人所有が混在)は、この規定ではなく別の規定が優先する

ここまでの代位は、甲・乙の両方をBが所有している、という前提で成り立っています。この代位が働くのは、共同抵当の目的である不動産が、すべて債務者の所有である場合、または、すべて同一の人の所有である場合に限られます。他人の借金のために自分の不動産を担保に入れる人のことを、物上保証人と呼びます。共同抵当の目的物が、すべて同一の物上保証人の所有であるときも、今日見た代位の規定が及びます。

判例最判平成4年11月6日・最高裁第二小法廷判決

物上保証人が同じ場合の代位 共同抵当権の目的たる甲・乙不動産が同一の物上保証人の所有に属し、甲不動産に後順位の抵当権が設定されている場合において、甲不動産の代価のみを配当するときは、後順位抵当権者は、民法三九二条二項後段の規定に基づき、先順位の共同抵当権者が同条一項の規定に従い乙不動産から弁済を受けることができた金額に満つるまで、先順位の共同抵当権者に代位して乙不動産に対する抵当権を行使することができると解するのが相当である。

甲・乙がともに、Bとは別の1人の物上保証人の所有だった場合でも、今日見た392条2項後段の代位がそのまま及ぶ、と判例が確認しています。判旨の「満つるまで」は、その金額に達するまで、という意味です。所有者が同じ1人なら、甲と乙のどちらが先に売られても、負担を背負うのは同じその人で、所有者どうしの利害はぶつかりません。Bが持ち主のときと状況が変わらないので、同じ代位を当ててよい、ということです。ここで注意したいのは、甲がBの所有で乙が物上保証人の所有、というように所有者が入り交じる場合です。この場合は、392条2項後段ではなく、これまでに何度か出てきた弁済による代位の規定が優先して適用されます。同じ代位という言葉ですが、今日の代位は後順位抵当権者が使うもの、弁済による代位は代わりに弁済した人が使うもので、別の仕組みです。この先の優劣関係は、後の回で扱います。

代位権はあるが、行使できるのは完済のあと

一部弁済の板。異時配当でAが一部の弁済しか受けられなかった場合も、392条2項後段の代位権自体は発生する。ただし後順位抵当権者が現実に他の不動産の抵当権を行使できるのは、共同抵当権者が被担保債権の完済を受けたときに限られる(判例)。 図:一部弁済の板

  • 異時配当でAが一部の弁済しか受けられなかった場合も、392条2項後段の代位権自体は発生する
  • ただし後順位抵当権者が現実に他の不動産の抵当権を行使できるのは、共同抵当権者が被担保債権の完済を受けたときに限られる(判例)

もう1つだけ付け加えます。今日の設例ではAは全額を回収できましたが、異時配当でAが一部しか回収できなかった場合はどうなるでしょうか。代位という権利自体は、その時点で発生します。ただ、Aにはまだ回収しきれていない残りがあり、Aは乙の抵当権でその残りを取りに行きます。そこへCが先に乙の抵当権を使えたら、Aの回収を横から邪魔することになります。そこで、Cが実際にその抵当権を行使できるのは、Aが被担保債権の完済を受けたときに限られる、というのが判例の考え方です。一部弁済の段階では、Cはまだ他の不動産の抵当権を実行できません。

今日の骨格を、もう一度

まとめ板。共同抵当=1つの債権のために複数の不動産に抵当権。同時配当(392条1項)=価額の比で按分。異時配当(392条2項前段)=先に売った不動産から全額。後順位抵当権者の代位(392条2項後段)=同時配当だったら受けられたはずの金額を限度に、共同抵当権者の抵当権に代位。代位があるから売る順序が変わっても後順位者の取り分は一定。適用範囲は所有者が同一の場合に限る。 図:まとめ板

  • 共同抵当=1つの債権のために複数の不動産に抵当権
  • 同時配当(392条1項)=価額の比で按分
  • 異時配当(392条2項前段)=先に売った不動産から全額
  • 後順位抵当権者の代位(392条2項後段)=同時配当だったら受けられたはずの金額を限度に、共同抵当権者の抵当権に代位
  • 代位があるから売る順序が変わっても後順位者の取り分は一定
  • 適用範囲は所有者が同一の場合に限る

今日の骨格を振り返ります。共同抵当は、1つの債権のために複数の不動産に抵当権を設定する仕組みでした。まとめて売る同時配当は、392条1項で価額の比に応じて按分します。異時配当でも後順位のCの取り分がぶれないように、392条2項後段が、Cに、同時配当だったら受けられたはずの金額を限度として、Aの抵当権に代位することを認めていました。今日の数字で見たとおり、代位があるおかげで、Aがどちらを先に売っても、Cの取り分は変わりません。代位という仕組みが、共同抵当権者の自由な選択と、後順位抵当権者の取り分の安定を両立させています。ただし、これが働くのは目的不動産の所有者が同一の場合に限られる、という点は覚えておいてください。

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#134単独ページ動画

共同抵当の放棄と物上保証人の代位

第3章 担保物権 #134/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

守りは崩されないのか

冒頭の場面板。前回の結論(甲2000万・乙1000万・A1500万・C1000万・代位でCの取り分は常に1000万)を1行で示したあと、Aが乙の抵当権を「放棄」しようとしている場面。 図:冒頭の場面板

前回、Aがどちらの不動産を先に売っても、Cの取り分は代位のおかげで変わらないと確認しました。今日は、その守りが崩れそうになる場面を2つ見ていきます。1つ目は、Aが乙の抵当権そのものを消してしまう場面。2つ目は、乙の持ち主がBではなく別の人だった場面です。どちらも、答えを決めるのは同じ一つの物差しです。その負担を最終的に負うべきなのは誰か、という物差しです。

Aは自分の抵当権を消せるのか

放棄の意義板。抵当権者は自分の抵当権を放棄して消滅させることができる(抵当権の消滅原因の一つ)。共同抵当権者Aが乙の抵当権だけを放棄すると、Aの乙に対する1番抵当権はそこで消える。376条の「処分」としての放棄(一般債権者に按分させる制度)とは別物であることに触れる。 図:放棄の意義板

  • 抵当権者は自分の抵当権を放棄して消滅させることができる(抵当権の消滅原因の一つ)
  • 共同抵当権者Aが乙の抵当権だけを放棄すると、Aの乙に対する1番抵当権はそこで消える
  • 376条の「処分」としての放棄(一般債権者に按分させる制度)とは別物であることに触れる

抵当権者は、自分の抵当権をやめてしまうことができます。これを放棄といい、抵当権が消える原因の一つです。共同抵当権者Aが、乙に対する1番抵当権だけを放棄すると、Aの乙への抵当権はそこで消滅します。前に見た376条の「処分」としての放棄は、Aが抵当権を持たない一般債権者のために、優先して受け取れる利益を分け合うものでした。今日扱うのは、抵当権そのものをやめてしまう、より単純な放棄です。困るのはAではなく、甲の2番抵当権者Cです。放棄がなければ、Aが甲を先に売ったとき、Cは代位でAの乙の抵当権に乗り移れたはずでした。ところがAが先に放棄してしまうと、乗り移る先の抵当権そのものが消えています。Cが本来もらえたはずの代位の道が、Aの一存でふさがれてしまうんです。

自分の都合で他人の期待を壊せない

504条の全文カード背景。担保保存義務。債権者が故意又は過失で担保を喪失・減少させたときは、代位権者はその分だけ責任を免れる。 図:504条の全文カード背景

  • 担保保存義務
  • 債権者が故意又は過失で担保を喪失・減少させたときは、代位権者はその分だけ責任を免れる

ここで、504条を確認します。担保保存義務を定めた条文です。

条文民法504条1項

民法第504条1項 弁済をするについて正当な利益を有する者(以下この項において「代位権者」という。)がある場合において、債権者が故意又は過失によってその担保を喪失し、又は減少させたときは、その代位権者は、代位をするに当たって担保の喪失又は減少によって償還を受けることができなくなる限度において、その責任を免れる。その代位権者が物上保証人である場合において、その代位権者から担保の目的となっている財産を譲り受けた第三者及びその特定承継人についても、同様とする。

この504条は、本来は弁済による代位の場面で、債権者が担保を勝手に失わせたら代位権者はその分だけ責任を免れる、という規定です。判例は、この504条と392条を組み合わせて、共同抵当権の放棄にも同じ考え方を及ぼしています。直接使うのではなく、同じ考え方を当てはめる、という意味で類推適用といいます。当てはめ方はこうです。504条の「債権者」に当たるのが共同抵当権者A、「代位権者」に当たるのが、392条2項後段で乙の抵当権に乗り移れたはずのC、「担保を喪失させた」に当たるのが、Aによる乙の抵当権の放棄です。そして「責任を免れる」は、ここでは、AがCに優先できなくなる、という形で表れます。392条がCに代位の道を与え、504条がその道を勝手にふさぐことを許さない。この2つを組み合わせているわけです。

判例最判昭和44年7月3日・最高裁第一小法廷判決

共同抵当の放棄と後順位抵当権者の優先制限 共同抵当権者が、右抵当権の実行より前に乙不動産上の抵当権を放棄し、これを消滅させた場合には、放棄がなかつたならば第二順位の抵当権者が乙不動産上の右抵当権に代位できた限度で、右第二順位の抵当権者に優先することができないと解すべきである。

判例はこう述べています。共同抵当権者が抵当権を放棄した場合、放棄さえなければ後順位抵当権者が代位できたはずの限度で、共同抵当権者はもう優先できない、というものです。趣旨は一点に尽きます。共同抵当権者は、自分の都合で放棄しておきながら、それによって他人の代位への期待まで一方的に踏みにじることは許されない、ということです。

放棄すると、いくら削られるか

放棄の場面の配当設例板。前回と同じ甲2000万円(B所有)・乙1000万円(B所有)・A(共同抵当・1番・1500万円)・C(甲の2番・1000万円)。今回はAが乙の抵当権を放棄してから甲を競売する。 図:放棄の場面の配当設例板

  • 前回と同じ甲2000万円(B所有)・乙1000万円(B所有)・A(共同抵当・1番・1500万円)・C(甲の2番・1000万円)
  • 今回はAが乙の抵当権を放棄してから甲を競売する

前回と同じ設例で計算します。甲2000万円、乙1000万円、Aは1500万円の共同抵当権者、Cは甲の2番で1000万円です。今回はAが乙の抵当権を放棄してから、甲を競売にかけます。

代位できたはずの額の計算板。同時配当だったらAが乙から受けられた額=1500万円×(1000万円÷(2000万円+1000万円))=500万円。 図:代位できたはずの額の計算板

まず、放棄さえなければCが代位できたはずの額を出します。これは、前回の同時配当と同じ計算で、Aが乙から受けられたはずの金額です。甲2000万円と乙1000万円の比は2対1なので、1500万円を按分すると、乙からの取り分は500万円になります。

放棄後の配当板。Aの優先限度=1500万円-500万円=1000万円(残り500万円は無担保の一般債権として残る)。Cの取り分=甲2000万円-1000万円=1000万円(債権全額を回収)。検算:A1000万円+C1000万円=甲の代価2000万円。比較(判例の制限がなかったら)=A1500万円・C500万円。 図:放棄後の配当板

  • Aの優先限度=1500万円-500万円=1000万円(残り500万円は無担保の一般債権として残る)
  • Cの取り分=甲2000万円-1000万円=1000万円(債権全額を回収)
  • 検算:A1000万円+C1000万円=甲の代価2000万円
  • 比較(判例の制限がなかったら)=A1500万円・C500万円

Aが甲で優先できるのは、1500万円からその500万円を引いた1000万円までです。残りの500万円は、担保のない普通の債権として残るだけになります。甲の残り1000万円を、Cが全額回収します。Cの取り分は結局いくらになるんですか。1000万円です。実は、放棄が無かったとき、つまり前回の同時配当や異時配当でのCの取り分と、まったく同じ額になっています。そうなるように、判例の規範が設計されています。もし判例の制限が無かったら、Aは1500万円を全額優先し、Cは残りの500万円にとどまるところでした。その差の500万円が、判例によって守られているんです。

ここから乙の持ち主を変える

場面転換板。ここから乙の持ち主がBではなく、物上保証人Dに変わる。Dは他人(B)の借金のために自分の乙を担保に入れた人。以前は一般債権者の役だったDだが、今日は物上保証人として登場する。 図:場面転換板

  • ここから乙の持ち主がBではなく、物上保証人Dに変わる
  • Dは他人(B)の借金のために自分の乙を担保に入れた人
  • 以前は一般債権者の役だったDだが、今日は物上保証人として登場する

ここから、乙の持ち主を変えます。これまで乙はBの持ち物でしたが、これからは、Bとは別の人であるDが乙を所有していることにします。今日のDは一般債権者ではなく、他人の借金のために自分の不動産を担保に入れる、物上保証人という立場で登場します。物上保証人が乙を持っているだけで、何が変わるんですか。大きく変わります。乙の持ち主がBでない以上、これまで見てきた392条2項後段の代位は使えません。あの代位は、目的の不動産がすべて同じ人の持ち物であることが前提だったからです。代わりに主役になるのが、これから見る弁済による代位です。

他人の借金を肩代わりした人の権利

499条・501条の全文カード背景。弁済による代位の骨格。他人の借金を肩代わりして払った人は、債権者が持っていた被担保債権と抵当権をそのまま引き継いで使える。 図:499条・501条の全文カード背景

  • 弁済による代位の骨格
  • 他人の借金を肩代わりして払った人は、債権者が持っていた被担保債権と抵当権をそのまま引き継いで使える

弁済による代位を定めた条文を確認します。

条文民法499条

民法第499条 債務者のために弁済をした者は、債権者に代位する。

条文民法501条1項・2項

民法第501条1項・2項 前二条の規定により債権者に代位した者は、債権の効力及び担保としてその債権者が有していた一切の権利を行使することができる。 前項の規定による権利の行使は、債権者に代位した者が自己の権利に基づいて債務者に対して求償をすることができる範囲内(保証人の一人が他の保証人に対して債権者に代位する場合には、自己の権利に基づいて当該他の保証人に対して求償をすることができる範囲内)に限り、することができる。

499条は、債務者のために弁済をした人は、債権者に代位する、と定めています。501条は、その代位した人が、債権者が持っていた権利をそのまま使えることを定めています。骨格は一点です。他人の借金を肩代わりして支払った人は、もともとその債権者が持っていた被担保債権と抵当権を、そのまま引き継いで使えるようになる、ということです。あちらは後順位抵当権者が使う代位、こちらは弁済をした人が使う代位で、別の仕組みです。今日は名前が同じ2つの代位を、しっかり区別しながら進めます。

弁済による代位の骨格図。Aが債権者、Bが債務者、Dが物上保証人(乙の抵当権を実行された)。Dの乙が競売されてAが全額の弁済を受けると、Dは①Bに対する求償権と、②Aが甲に持っていた1番抵当権の両方を手に入れる。 図:弁済による代位の骨格図

  • Aが債権者、Bが債務者、Dが物上保証人(乙の抵当権を実行された)
  • Dの乙が競売されてAが全額の弁済を受けると、Dは①Bに対する求償権と、②Aが甲に持っていた1番抵当権の両方を手に入れる

今日の場面に当てはめます。Aの抵当権がDの乙で実行されて、Aが全額の弁済を受けると、Dは、Bに対する求償権を手に入れます。求償権とは、以前見たとおり、肩代わりした分をBに「返して」と請求できる権利です。それと同時に、Aが甲に持っていた1番抵当権も、そのまま代位で手に入れます。求償権をきちんと回収できるように、Aの担保ごと引き継がせる。これが弁済による代位の狙いです。この土台の上で、甲の2番抵当権者Cとの優劣を見ていきます。

甲が先に売られたら

パターン①板。甲2000万円(B所有・Cの2番=1000万円)・乙1500万円(D所有・2番なし)にA(1500万円・1番・共同抵当)。甲を先に競売すると、Aは甲の代価から1500万円全額の優先弁済を受け(392条2項前段)、甲の残り500万円をCが取る(Cの債権1000万円のうち500万円しか回収できない)。Cは乙に代位できない(392条2項後段は目的物の所有者が同じ場合に限る)。乙1500万円はそのままDの手元に残る。 図:パターン①板

  • 甲2000万円(B所有・Cの2番=1000万円)・乙1500万円(D所有・2番なし)にA(1500万円・1番・共同抵当)
  • 甲を先に競売すると、Aは甲の代価から1500万円全額の優先弁済を受け(392条2項前段)、甲の残り500万円をCが取る(Cの債権1000万円のうち500万円しか回収できない)
  • Cは乙に代位できない(392条2項後段は目的物の所有者が同じ場合に限る)
  • 乙1500万円はそのままDの手元に残る

新しい設例です。甲は2000万円でB所有、2番のCは1000万円です。乙はD所有で、1500万円です。Aは1500万円の共同抵当権者です。まず、甲を先に競売する場合を考えます。甲を先に売る異時配当なので、Aは甲の代価から1500万円を全額回収できます。甲の残りは500万円で、ここをCが取りますが、Cの債権は1000万円ですから、半分の500万円で終わってしまいます。甲・乙がともにBの持ち物だった前回とは、ここで結論が分かれます。乙の持ち主はBではなくDなので、392条2項後段の代位は使えません。Cは乙にはまったく手が出せず、500万円で打ち止めになります。乙の1500万円は、誰にも取られずDの手元にそのまま残ります。

乙が先に売られたら

パターン②板。同じ設例で乙が先に競売される場合。乙の価額1500万円はAの被担保債権額と一致するため、Aは乙の代価から1500万円全額を回収(乙の残りは0円)。Dは①Bへの求償権1500万円、②499条・501条によりAが甲に持っていた1番抵当権を代位取得する。 図:パターン②板

  • 同じ設例で乙が先に競売される場合
  • 乙の価額1500万円はAの被担保債権額と一致するため、Aは乙の代価から1500万円全額を回収(乙の残りは0円)
  • Dは①Bへの求償権1500万円、②499条・501条によりAが甲に持っていた1番抵当権を代位取得する

今度は逆に、乙を先に競売する場合です。乙の価額はちょうど1500万円なので、Aはここから1500万円を全額回収し、乙の残りはゼロになります。少し考えてみてください。乙が競売されてAが全額回収したあと、物上保証人Dは何を手に入れると思いますか。今日の弁済による代位の骨格をヒントにしてみてください。Dは、Bへの求償権1500万円と、甲に対するAの1番抵当権を代位で取得します。

パターン②の甲の配当板。甲2000万円が競売され、Dの代位取得した1番抵当権が優先(1500万円回収)。甲の残り(2000万円-1500万円=500万円)をCが取る(Cの債権1000万円のうち500万円)。検算:D1500万円+C500万円=甲2000万円。全体の配当合計=A1500万円(乙から)+D1500万円+C500万円(甲から)=3500万円=売却代金合計(乙1500万円+甲2000万円)。 図:パターン②の甲の配当板

  • 甲2000万円が競売され、Dの代位取得した1番抵当権が優先(1500万円回収)
  • 甲の残り(2000万円-1500万円=500万円)をCが取る(Cの債権1000万円のうち500万円)
  • 検算:D1500万円+C500万円=甲2000万円
  • 全体の配当合計=A1500万円(乙から)+D1500万円+C500万円(甲から)=3500万円=売却代金合計(乙1500万円+甲2000万円)

続いて甲が競売されると、Dが代位で手に入れた1番抵当権が優先します。Dはここから1500万円を回収し、甲の残り500万円をCが取ります。Cの債権は1000万円ですから、やはり500万円で終わります。乙を先に売られても後から売られても、Cの取り分は変わりません。甲の配当を検算すると、Dの1500万円とCの500万円を足して2000万円になります。全体では、Aの1500万円とDの1500万円とCの500万円を足して3500万円です。これは、乙1500万円と甲2000万円を足した売却代金の合計と一致します。

なぜCではなくDが優先するのか

判旨の要点板。物上保証人は、他の共同抵当物件(甲)から求償の満足を得られるという期待をもって担保を差し出している。後から甲に後順位抵当権が設定されても、その期待は害されない。 図:判旨の要点板

  • 物上保証人は、他の共同抵当物件(甲)から求償の満足を得られるという期待をもって担保を差し出している
  • 後から甲に後順位抵当権が設定されても、その期待は害されない

ここで気になるのは、なぜCではなくDが優先するのか、という理由です。判例の理由は、大きく二つです。一つはDの期待を守ること、もう一つは、Cはもともと損をする立場にない、ということです。ここは論文でも論点になりうるところです。

判例最判昭和44年7月3日・最高裁第一小法廷判決

物上保証人と後順位抵当権者の優劣 第二順位の抵当権者と物上保証人との関係についてみるに……物上保証人としては、他の共同抵当物件である甲不動産から自己の求償権の満足を得ることを期待していたものというべく、その後に甲不動産に第二順位の抵当権が設定されたことにより右期待を失わしめるべきではない……第二順位の抵当権者のする代位と物上保証人のする代位とが衝突する場合には、後者が保護されるのであつて、甲不動産について競売がされたときは、もともと第二順位の抵当権者は、乙不動産について代位することができないものであり、共同抵当権者が乙不動産の抵当権を放棄しても、なんら不利益を被る地位にはないのである。

物上保証人は、自分の乙がダメになったときは、もう一つの共同抵当物件である甲から、求償の満足を得られるはずだと期待して担保を差し出しています。その後になって甲に2番抵当権が設定されたからといって、その期待を壊してよい理由にはなりません。ただ判例はこう続けます。甲がもし先に競売されていたら、Cはもともと乙に代位することなどできない立場でした。だから、Dが乙から代位して甲に来たとしても、Cは何か特別に不利益を受ける地位にあったわけではない、ということです。判旨の最後の一文も、同じ理屈です。乙がDの持ち物なら、Aが乙の抵当権を放棄しても、Cはもともと乙に代位できません。ですから、前半で見たようにAの優先が削られることもないんです。

それに、もしここでCを優先させてしまうと、物上保証人を害するために、わざと債務者の不動産にだけ後順位抵当権を設定する、という濫用的なやり方を許すことにもなりかねません。だから判例は、Dを優先させているんです。この借金を最終的に負担すべきなのは、債務者のBです。Dは、Bの借金のために自分の乙を差し出しただけの人です。だから、肩代わりした分を、Bの持ち物である甲から取り戻せるようにするのが筋です。その負担を最終的に負うべきなのは誰か。この物差しで見ると、Dが優先するのは自然な結論なんです。

乙にも後順位者がいたら

パターン③板。同じ甲2000万円(B所有・Cの2番=1000万円)・乙1500万円(D所有)の設例に、さらに乙にE(D所有不動産の2番・被担保債権600万円)が加わる。乙が先に競売されると、Aが乙の代価1500万円全額を回収し、Eはこの時点では乙から一切回収できない。 図:パターン③板

  • 同じ甲2000万円(B所有・Cの2番=1000万円)・乙1500万円(D所有)の設例に、さらに乙にE(D所有不動産の2番・被担保債権600万円)が加わる
  • 乙が先に競売されると、Aが乙の代価1500万円全額を回収し、Eはこの時点では乙から一切回収できない

もう一つ、条件を足します。乙にも後順位の抵当権者がいる場合です。乙に、Dが自分で設定した2番抵当権があり、その持ち主をEとします。今日のEは、この乙の2番抵当権者という立場で登場します。被担保債権は600万円です。乙の価額は1500万円です。Aの被担保債権も1500万円ちょうどなので、Aが全額を持っていってしまいます。この時点でEはまったく回収できません。本来なら、Eの2番抵当権は乙の売却で消滅してしまうところです。

判例最判昭和53年7月4日・最高裁第三小法廷判決

物上保証人所有不動産の後順位抵当権者の優先 後順位抵当権者は、共同抵当の目的物のうち債務者所有の不動産の担保価値ばかりでなく、物上保証人所有の不動産の担保価値をも把握しうるものとして抵当権の設定を受けているのであり、一方、物上保証人は、自己の所有不動産に設定した後順位抵当権による負担を右後順位抵当権の設定の当初からこれを甘受しているものというべきであつて……物上保証人に移転した一番抵当権は後順位抵当権者の被担保債権を担保するものとなり、後順位抵当権者は、あたかも、右一番抵当権の上に民法三七二条、三〇四条一項本文の規定により物上代位をするのと同様に、その順位に従い、物上保証人の取得した一番抵当権から優先して弁済を受けることができるものと解すべきであるからである。

そこで判例は、Eを救う道を用意しています。Eの抵当権が付いていた乙は、売られてなくなりました。けれども、乙の代金でAに払った代わりに、Dは甲の1番抵当権を手に入れています。いわば乙が姿を変えたものです。そこでEは、その甲の1番抵当権の上に、まるで372条・304条1項の物上代位のような形で乗り移り、Dより先に弁済を受けられるとしているんです。判旨のいう理由も一点です。Eは、乙という不動産だけでなく、共同抵当のもう一方の甲の担保価値にも及ぶことを期待して抵当権の設定を受けています。一方でDは、自分で乙にEのための2番抵当権を設定した以上、その負担を最初から引き受けているはずだ、という考え方です。だからEはDより優先されます。

パターン③の甲の配当板。甲2000万円の配当は、Eが優先して600万円(乙の2番の被担保債権額)を取り、残り(1500万円-600万円=900万円)をDが取り、さらに甲の残り(2000万円-600万円-900万円=500万円)をCが取る。検算:E600万円+D900万円+C500万円=甲2000万円。全体の配当合計=A1500万円(乙から)+E600万円+D900万円+C500万円(甲から)=3500万円=売却代金合計(乙1500万円+甲2000万円)。 図:パターン③の甲の配当板

  • 甲2000万円の配当は、Eが優先して600万円(乙の2番の被担保債権額)を取り、残り(1500万円-600万円=900万円)をDが取り、さらに甲の残り(2000万円-600万円-900万円=500万円)をCが取る
  • 検算:E600万円+D900万円+C500万円=甲2000万円
  • 全体の配当合計=A1500万円(乙から)+E600万円+D900万円+C500万円(甲から)=3500万円=売却代金合計(乙1500万円+甲2000万円)

数字で確かめます。甲2000万円の配当は、まずEが600万円を優先して受け取り、残り900万円をDが取ります。甲のさらに残り500万円をCが取ります。パターン②との違いは、Eがいるかどうかです。Eがいなければ、Dは甲から1500万円を満額回収できました。Eがいると、Dの取り分はEの分だけ削られて900万円になります。Dが自分でEのために抵当権を設定した以上、その負担からは逃れられません。甲の配当を検算すると、Eの600万円とDの900万円とCの500万円を足して2000万円になります。全体では、Aの1500万円とEの600万円とDの900万円とCの500万円を足して3500万円になり、売却代金の合計と一致します。

一本の物差しで振り返る

まとめ板。放棄の場面=共同抵当権者は自分の都合で後順位抵当権者の代位の期待を壊せない(504条類推)。物上保証人の場面=物上保証人は他人の借金のために財産を提供した者であり、債務者所有不動産から回収できるという期待は保護される(後順位抵当権者Cに優先)一方、自分で設定した後順位抵当権の負担からは逃れられない(後順位抵当権者Eには劣後)。共通するのは「誰が最終的にその負担を負うべきか」という一点。 図:まとめ板

  • 放棄の場面=共同抵当権者は自分の都合で後順位抵当権者の代位の期待を壊せない(504条類推)
  • 物上保証人の場面=物上保証人は他人の借金のために財産を提供した者であり、債務者所有不動産から回収できるという期待は保護される(後順位抵当権者Cに優先)一方、自分で設定した後順位抵当権の負担からは逃れられない(後順位抵当権者Eには劣後)
  • 共通するのは「誰が最終的にその負担を負うべきか」という一点

今日見た2つの場面を振り返ります。放棄の場面では、共同抵当権者は自分の都合で放棄しておきながら、それによって後順位抵当権者の代位への期待を一方的に壊すことはできませんでした。物上保証人は、他人の借金のために自分の財産を差し出した人です。その財産が競売されて肩代わり弁済をしたら、債務者の財産から回収できるという期待は保護され、その財産の後順位抵当権者よりも優先されます。ただし、自分で自分の財産に設定した後順位抵当権の負担からは、逃れられません。放棄の場面も物上保証人の場面も、根っこにあるのは「誰が最終的にその負担を負うべきか」という一つの物差しです。この物差しに沿って、代位できる範囲や優劣が決まっているんです。

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#135単独ページ動画

根抵当権の意義と性質

第3章 担保物権 #135/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

そのたびに登記をするのか

冒頭の場面板。卸売業者Aが小売店Bに毎月商品を卸し、Bが翌月末に代金を払う継続的な取引。月ごとに代金債権が生まれては消える様子を矢印の点滅イメージで示す。 図:冒頭の場面板

  • 卸売業者Aが小売店Bに毎月商品を卸し、Bが翌月末に代金を払う継続的な取引
  • 月ごとに代金債権が生まれては消える様子を矢印の点滅イメージで示す

今までの抵当権は、1つの決まった債権のための担保でした。でもこの関係では、代金債権が毎月生まれては消えるを繰り返します。1月分の債権のために抵当権を設定しても、Bが払い終えれば、付従性でその抵当権は消えてしまいます。それでは現実に回りません。今日学ぶ根抵当権は、この困りごとをまるごと解決する、まったく別の設計の担保です。

特定の1個の債権のためではない担保

398条の2第1項の全文カード背景。根抵当権=一定の範囲に属する不特定の債権を、極度額の限度で担保する抵当権。 図:398条の2第1項の全文カード背景

根抵当権を定める条文を読みます。

条文民法398条の2第1項

民法第398条の2第1項 抵当権は、設定行為で定めるところにより、一定の範囲に属する不特定の債権を極度額の限度において担保するためにも設定することができる。

普通の抵当権は、「AがBに貸した1000万円」という、特定の1個の債権のために設定されます。これに対して根抵当権は、特定の1個の債権のためではなく、「A・B間の卸売取引から生じる債権」という範囲そのものに対して設定されます。この範囲の中でどの債権が生まれてどの債権が消えても、根抵当権という枠自体は残り続けます。この枠のおかげで、極度額という上限さえ決めておけば、個々の代金債権のたびに抵当権を設定し直す必要がなくなります。

消えても、枠は残る

付従性否定の一言板。成立における付従性の否定=被担保債権がまだ発生していなくても根抵当権を設定できる。消滅における付従性の否定=ある月の代金債権がゼロになっても根抵当権は消えず、翌月の新しい代金債権を担保し続ける。 図:付従性否定の一言板

  • 成立における付従性の否定=被担保債権がまだ発生していなくても根抵当権を設定できる
  • 消滅における付従性の否定=ある月の代金債権がゼロになっても根抵当権は消えず、翌月の新しい代金債権を担保し続ける

以前、担保物権の通有性として、成立における付従性と消滅における付従性を学びました。根抵当権では、この両方が働きません。成立における付従性の否定とは、被担保債権がまだ1個も発生していなくても、根抵当権をあらかじめ設定できる、ということです。AB間の卸売取引を始める前、まだ代金債権が1つも生まれていない段階で、A は根抵当権を先に設定しておけます。ある月末に B が全部払って、その月の代金債権がゼロになったとします。普通の抵当権なら、消滅における付従性でここに抵当権も消えます。ですが根抵当権は消えません。翌月にまた新しい代金債権が生まれれば、同じ根抵当権がそれを担保し続けます。

根抵当権が押さえているのは、特定の1個の債権ではなく、「範囲」そのものです。中身の債権が入れ替わっても、枠自体は影ではないので、消える理由がないんです。

1本だけ持ち出すことはできない

随伴性否定の場面板。元本確定前に、Aがある月の売掛代金債権を第三者Xに譲渡しても、Xはその債権について根抵当権を行使できない。第三者YがBに代わってその月の代金を弁済しても、弁済による代位で根抵当権を行使できない。 図:随伴性否定の場面板

  • 元本確定前に、Aがある月の売掛代金債権を第三者Xに譲渡しても、Xはその債権について根抵当権を行使できない
  • 第三者YがBに代わってその月の代金を弁済しても、弁済による代位で根抵当権を行使できない

続いて随伴性です。普通の抵当権なら、被担保債権が譲渡されると、抵当権も一緒に、譲り受けた人へ移ります。根抵当権では、ここも否定されます。条文に出てくる「元本の確定」とは、担保される債権の顔ぶれが、ある時点で締め切られて固まることです。確定前というのは、まだ債権が枠に出入りしている途中、という意味です。では、398条の7第1項を読みます。

条文民法398条の7第1項

民法第398条の7第1項 元本の確定前に根抵当権者から債権を取得した者は、その債権について根抵当権を行使することができない。元本の確定前に債務者のために又は債務者に代わって弁済をした者も、同様とする。

元本確定前に、A がある月の売掛代金債権を第三者に譲渡したとします。普通の抵当権なら抵当権も一緒に移るはずでしたが、根抵当権では、譲り受けた人はその債権について根抵当権を使えません。第三者が B に代わってその月の代金を払っても、弁済による代位によって根抵当権を代位行使することはできません。理由は付従性のときと同じです。根抵当権は特定の1個の債権のためのものではなく、範囲全体に対する枠なので、1本の債権だけを取り出して、根抵当権と一緒に持ち出すことができないんです。今の説明のとおり、行使できません。X が手に入れるのは、根抵当権の付いていない、ただの代金債権だけです。

今日は、確定前は枠に債権の出入りがある、とだけ押さえておいてください。

範囲を絞らないと、際限なく縛られる

範囲の限定と包括根抵当否定の板。根抵当権の被担保債権は一定の範囲に属する債権に限定しなければならない。当事者間に生ずる一切の債権を担保する包括根抵当は認められない。 図:範囲の限定と包括根抵当否定の板

  • 根抵当権の被担保債権は一定の範囲に属する債権に限定しなければならない
  • 当事者間に生ずる一切の債権を担保する包括根抵当は認められない

根抵当権にはもう1つ、大事な縛りがあります。398条の2の第2項と第3項です。

条文民法398条の2第2項・第3項

民法第398条の2第2項・第3項 前項の規定による抵当権(以下「根抵当権」という。)の担保すべき不特定の債権の範囲は、債務者との特定の継続的取引契約によって生ずるものその他債務者との一定の種類の取引によって生ずるものに限定して、定めなければならない。 特定の原因に基づいて債務者との間に継続して生ずる債権、手形上若しくは小切手上の請求権又は電子記録債権(電子記録債権法(平成十九年法律第百二号)第二条第一項に規定する電子記録債権をいう。次条第二項において同じ。)は、前項の規定にかかわらず、根抵当権の担保すべき債権とすることができる。

当事者間に生じる一切の債権をまとめて担保する設定は、包括根抵当と呼ばれ、認められていません。範囲の例は、AB間の卸売取引契約のような特定の継続的取引契約や、売買取引一般のような一定の種類の取引、それに手形・小切手上の請求権や電子記録債権です。なぜ、一切の債権を担保する設定は禁止されているんですか。範囲を絞らないと、B が際限なく縛られてしまうからです。もし包括根抵当が許されると、A・B間の卸売取引とはまったく関係のない、B の個人的な借金までいつの間にか同じ根抵当権で担保されることになりかねません。範囲を「この取引から生じる債権」に限定することで、B が自分でも把握できる形に縛りを収めているんです。

必ず決めること・決めなくてもよいこと

設定行為の一覧板。必ず決める=担保する不動産・債権の範囲・債務者・極度額。決めなくてもよい=確定期日(決める場合は5年以内)。 図:設定行為の一覧板

  • 必ず決める=担保する不動産・債権の範囲・債務者・極度額
  • 決めなくてもよい=確定期日(決める場合は5年以内)

根抵当権を設定するときに、必ず決めなければならないことと、決めなくてもよいことを整理します。必ず決めるのは、担保する不動産、債権の範囲、債務者、そして極度額です。冒頭の場面なら、Bの土地、AB間の卸売取引から生じる債権、債務者のB、そして極度額、たとえば3000万円。この4つを決めることになります。決めなくてもよいものもあるんですか。あります。確定期日です。これは、元本がいつ確定するかをあらかじめ決めておく期日で、決めても決めなくてもかまいません。ただし決める場合は、その日から5年以内でなければなりません。

条文民法398条の6第1項・第3項

民法第398条の6第1項・第3項 根抵当権の担保すべき元本については、その確定すべき期日を定め又は変更することができる。 第一項の期日は、これを定め又は変更した日から五年以内でなければならない。

この対比は、このあと見る確定前の変更のルールに、そのままつながっていきます。ここで、375条の回を思い出してください。普通の抵当権で、利息や遅延損害金は、どこまで優先弁済を受けられましたか?375条で、最後の2年分まででした。後順位者や一般債権者が、登記簿だけを見て、これくらいまでしか持っていかれないと見積もれるようにするための制限でしたね。それが今日の話と関係あるんですか。大ありです。根抵当権では、この375条がまったく働きません。なぜそうなるのか、これから見ていきましょう。

極度額まるごとで担保する

398条の3第1項の全文カード背景。極度額を限度として、確定した元本と、利息その他の定期金及び債務不履行による損害賠償の全部を担保する。375条の「最後の2年分」の制限は適用されない。 図:398条の3第1項の全文カード背景

  • 極度額を限度として、確定した元本と、利息その他の定期金及び債務不履行による損害賠償の全部を担保する
  • 375条の「最後の2年分」の制限は適用されない

条文民法398条の3第1項

民法第398条の3第1項 根抵当権者は、確定した元本並びに利息その他の定期金及び債務の不履行によって生じた損害の賠償の全部について、極度額を限度として、その根抵当権を行使することができる。

根抵当権者は、確定した元本と、利息やその他の定期金、それに損害賠償を、極度額を限度として全部、優先弁済を受けられます。普通の抵当権のように、利息・損害金を最後の2年分に切る、という制限はありません。375条が2年分に制限していた理由は、後順位者が登記簿だけを見ても、未払いの利息が何年分溜まっているか読み取れないからでした。ところが根抵当権では、極度額そのものが登記されています。後順位者のCは、最初から「Aはこの土地から、この極度額までは優先的に持っていく」と分かった上で、後から抵当権を設定しているんです。375条が守ろうとした予測可能性を、極度額の登記という別の方法で、しかもより直接的に確保しているので、375条の出番がないんです。

極度額3000万円で、数字を確かめる

数字例の設定板。Bの土地に、Aが1番で根抵当権(極度額3000万円)、Cが2番抵当権を設定。元本確定時にAの売掛代金の元本が2400万円。 図:数字例の設定板

  • Bの土地に、Aが1番で根抵当権(極度額3000万円)、Cが2番抵当権を設定
  • 元本確定時にAの売掛代金の元本が2400万円

数字で確かめましょう。Bの土地に、Aが1番で根抵当権を設定し、極度額は3000万円です。Cが2番抵当権を持っています。元本確定時に、Aの売掛代金の元本が2400万円だったとします。支払いが遅れた分の遅延損害金です。まず、年200万円ずつ、3年分の支払いが遅れていたケースを見ます。

ケース①板。遅延損害金=年200万円×3年=600万円。合計=2400万円+600万円=3000万円=極度額ちょうど。Aは3000万円全額について優先弁済を受けられる。 図:ケース①板

  • 遅延損害金=年200万円×3年=600万円
  • 合計=2400万円+600万円=3000万円=極度額ちょうど
  • Aは3000万円全額について優先弁済を受けられる

200万円かける3年で、遅延損害金は600万円です。元本の2400万円と足すと、ちょうど3000万円、極度額と一致します。Aは、この3000万円の全額について、優先弁済を受けられます。375条なら、損害金は最後の2年分、400万円までしか担保されません。2400万円と400万円で、合計2800万円です。3年目の分の200万円は、無担保になります。つまり、極度額の枠の中では、根抵当権のほうがAをより厚く保護しているんです。その代わり、枠の外は一切担保されません。

ケース②板。遅延損害金が4年分に伸びた場合=年200万円×4年=800万円。合計=2400万円+800万円=3200万円。極度額3000万円を超えるため、根抵当権でも3000万円で頭打ちになり、超える200万円は無担保の一般債権にとどまる。 図:ケース②板

  • 遅延損害金が4年分に伸びた場合=年200万円×4年=800万円
  • 合計=2400万円+800万円=3200万円
  • 極度額3000万円を超えるため、根抵当権でも3000万円で頭打ちになり、超える200万円は無担保の一般債権にとどまる

4年分、800万円まで膨らんだとします。元本の2400万円と足して、合計で3200万円。極度額の3000万円を超えてしまいます。この場合、根抵当権でも3000万円で頭打ちです。超えた200万円は、担保のない普通の債権として残るだけになります。

土地の売却代金での検算板(損害金4年分・Aの債権3200万円のケースの続き)。土地の売却代金3200万円、Cの債権額500万円とすると、Aが極度額の範囲で3000万円を優先取得し、残り200万円をCが取得する(Aの債権のうち200万円、Cの債権500万円のうち300万円は無担保のまま残る)。Aの3000万円とCの200万円で合計3200万円となり、売却代金と一致する。 図:土地の売却代金での検算板

  • 損害金4年分・Aの債権3200万円のケースの続き
  • 土地の売却代金3200万円、Cの債権額500万円とすると、Aが極度額の範囲で3000万円を優先取得し、残り200万円をCが取得する(Aの債権のうち200万円、Cの債権500万円のうち300万円は無担保のまま残る)。Aの3000万円とCの200万円で合計3200万円となり、売却代金と一致する。

この4年分のケースのまま、土地の売却代金で検算してみましょう。Aの債権は3200万円、売却代金も同じく3200万円、Cの債権が500万円だとします。Aは極度額の範囲で3000万円を優先取得し、残りの200万円をCが取ります。Cの債権500万円のうち、300万円は無担保のまま残ります。Aの3000万円とCの200万円で、売却代金とぴったり一致しますね。

中身が変わっても、枠は動かない

398条の4の全文カード背景。元本確定前は担保すべき債権の範囲・債務者を変更できる。後順位抵当権者その他の第三者の承諾は不要。ただし元本確定前に登記をしなければ、変更をしなかったものとみなされる。 図:398条の4の全文カード背景

  • 元本確定前は担保すべき債権の範囲・債務者を変更できる
  • 後順位抵当権者その他の第三者の承諾は不要
  • ただし元本確定前に登記をしなければ、変更をしなかったものとみなされる

条文民法398条の4

民法第398条の4 元本の確定前においては、根抵当権の担保すべき債権の範囲の変更をすることができる。債務者の変更についても、同様とする。 前項の変更をするには、後順位の抵当権者その他の第三者の承諾を得ることを要しない。 第一項の変更について元本の確定前に登記をしなかったときは、その変更をしなかったものとみなす。

さっき必ず決めると言ったもののうち、債権の範囲と債務者は、元本確定前なら後から変更できます。しかもこの変更には、後順位抵当権者その他の第三者の承諾がいりません。ここで、冒頭の2つ目の言葉、見えている上限額が効いてきます。範囲や債務者が変わっても、極度額、つまりCから見た上限額そのものは動きません。Cが最初に登記を見て見積もっていた「取られる上限」は変わらないので、Cの承諾は不要なんです。たとえば、卸売取引に加えて、AがBにお金を貸す取引まで範囲を広げたとします。担保される債権の種類は増えますが、Aが持っていけるのは3000万円まで。Cが最初に覚悟していた「最悪でも3000万円まで」という線は動きません。

ただし1つ条件があります。この変更は、元本確定前に登記をしなければ、変更をしなかったものとみなされます。つまりこの登記は、単なる対抗要件ではなく、変更が効力を持つための要件そのものです。

上限額が動くときだけ、承諾がいる

398条の5の全文カード背景。極度額の変更は利害関係を有する者の承諾を得なければすることができない。増額なら後順位抵当権者・差押債権者、減額なら転抵当権者などが「利害関係を有する者」にあたる。 図:398条の5の全文カード背景

  • 極度額の変更は利害関係を有する者の承諾を得なければすることができない
  • 増額なら後順位抵当権者・差押債権者、減額なら転抵当権者などが「利害関係を有する者」にあたる

条文民法398条の5

民法第398条の5 根抵当権の極度額の変更は、利害関係を有する者の承諾を得なければ、することができない。

極度額の変更は、利害関係を有する者の承諾がなければできません。増やせば、後ろにいる後順位抵当権者や差押債権者の取り分が削られます。減らせば、この根抵当権を自分の債権の担保に取っている転抵当権者の取り分が削られます。だから、それぞれの人が、この利害関係を有する者にあたります。極度額は、Cから見える「上限額」そのものです。範囲や債務者の変更とは違って、これが動くと、Cが最初に立てていた見積もりそのものが崩れてしまいます。だから承諾が必要になる。範囲・債務者の変更とは、要件がまったく別なんです。さっきの検算を使います。Aの債権が3200万円、売却代金も3200万円のとき、極度額が3000万円なら、Cは200万円を受け取れました。もしCの承諾なしに、極度額が4000万円まで上げられたら、Aが3200万円を全部取り、Cの取り分はゼロになります。だから、Cの承諾が要るんです。

確定した瞬間、範囲は固まる

元本の確定を名前だけ立てる板。元本の確定=ある時点で、そのとき残っている債権だけに担保される状態に固まること。確定事由・確定後の効果は次回。 図:元本の確定を名前だけ立てる板

  • 元本の確定=ある時点で、そのとき残っている債権だけに担保される状態に固まること
  • 確定事由・確定後の効果は次回

ここまで、「元本確定前」という言葉を何度も使ってきました。最後に、確定の中身を例で確かめます。たとえば確定の瞬間に、3月分と4月分の代金債権が残っていたとします。担保されるのはこの2本だけで、5月分以降の新しい代金債権は、もう枠に入ってきません。固まった後は、普通の抵当権に近い性質に変わっていきます。

対抗要件と、もう1つの根抵当権

登記と共同根抵当の一言板。根抵当権も物権であり対抗要件は登記(177条)。共同根抵当は、設定と同時に数個の不動産に根抵当権を設定した旨の登記をした場合に限り、共同抵当のルールが適用される(398条の16)。 図:登記と共同根抵当の一言板

  • 根抵当権も物権であり対抗要件は登記(177条)
  • 共同根抵当は、設定と同時に数個の不動産に根抵当権を設定した旨の登記をした場合に限り、共同抵当のルールが適用される(398条の16)

最後に2点だけ、短く触れておきます。根抵当権も物権である以上、対抗要件は登記です。もう1点、根抵当権を複数の不動産にまとめて設定することもできます。これを共同根抵当といいますが、設定と同時に、同一の債権を担保するために数個の不動産に根抵当権を設定した旨の登記をした場合に限って、共同抵当のルールが適用されます。この登記がない場合にどうなるかは、また別の機会に扱います。

範囲をまとめる枠と、見えている上限額

普通の抵当権と根抵当権(元本確定前)の比較板。列=普通の抵当権/根抵当権(元本確定前)/理由。行=被担保債権(特定の1個の債権/一定の範囲に属する不特定の債権)、付従性(あり/なし=範囲をまとめる枠で特定の債権の影ではない)、随伴性(あり/なし=1本の債権だけを持ち出せない)、375条(適用あり=最後の2年分/適用なし=極度額が登記で見えている)、担保する範囲(—/一定の範囲に限定・包括根抵当は不可=際限なく縛られない)、変更の承諾(—/範囲・債務者=不要・極度額=利害関係人の承諾が必要=上限額が動くか)。 図:普通の抵当権と根抵当権(元本確定前)の比較板。列=普通の抵当権/根抵当権(元本確定前)/理由。行=被担保債権(特定の1個の債権/一定の範囲に属する不特定の債権)、付従性(あり/なし=範囲をまとめる枠で特定の債権の影ではない)、随伴性(あり/なし=1本の債権だけを持ち出せない)、375条(適用あり=最後の2年分/適用なし=極度額が登記で見えている)、担保する範囲(—/一定の範囲に限定・包括根抵当は不可=際限なく縛られない)、変更の承諾(—/範囲・債務者=不要・極度額=利害関係人の承諾が必要=上限額が動くか)。

今日見てきたことを、普通の抵当権と並べて振り返ります。根抵当権は、一定の範囲に属する不特定の債権を、極度額の限度で担保する枠でした。この枠だからこそ、付従性も随伴性も働きません。極度額の登記そのものが、後順位者にとっての予測可能性を確保しているので、最後の2年分に切る375条の出番がないんです。範囲を絞らなければならず、包括根抵当が許されないのも、B が際限なく縛られないようにするためでした。確定前の変更で、承諾がいる場合といらない場合が分かれるのも、結局は同じ話ですね。上限額そのものが動くかどうか。範囲をまとめる枠であることと、その上限額が後順位者から見えていること。この2つで、今日見た違いは全部説明がつきます。冒頭で悩んでいた、毎月登記をし直すのかという問題も、この枠の仕組みのおかげで解決していましたね。

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#136単独ページ動画

根抵当権の元本の確定

第3章 担保物権 #136/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

いつ、ただの抵当権に戻るのか

冒頭の場面板。BがAとの卸売取引をやめたいと思っている。Bの土地には、Aの根抵当権(1番・極度額3000万円)とCの2番抵当権が付いたまま。枠は開いたままなのか、という問い。 図:冒頭の場面板

  • BがAとの卸売取引をやめたいと思っている
  • Bの土地には、Aの根抵当権(1番・極度額3000万円)とCの2番抵当権が付いたまま
  • 枠は開いたままなのか、という問い

前回、根抵当権は、債権が出入りする枠だと見ました。ですがその出入りには、必ず終わりが来ます。今日は、その終わりの瞬間、元本の確定を扱います。確定した瞬間に、根抵当権はただの抵当権に近づいていきます。何が締め切られて、何がそのまま残るのか、順番に見ていきましょう。

締め切られた瞬間に、何が固まるのか

確定の意味の板。確定=その時点で残っている債権だけが担保される状態に固まること。以後の新しい代金債権はもう枠に入らない。確定後に発生する利息・遅延損害金は、極度額の限度でなお担保される。 図:確定の意味の板

  • 確定=その時点で残っている債権だけが担保される状態に固まること
  • 以後の新しい代金債権はもう枠に入らない
  • 確定後に発生する利息・遅延損害金は、極度額の限度でなお担保される

冒頭の場面に戻ります。仮に、確定の瞬間に、まだBが払っていない売掛代金の元本が2400万円残っていたとします。確定の瞬間に残っていた債権は、そのまま担保され続けます。大事なのは、その先です。確定した後、Bがもし新しい商品をAから仕入れても、その新しい代金債権は、もうこの根抵当権には入ってきません。締め切られた後に残るのは、その時点で残っていた2400万円だけです。ただし、この2400万円の支払いがさらに遅れて、遅延損害金が発生することはあります。この損害金は、確定後に生まれた金額でも、極度額の限度でなお担保されます。この点は、後でもう一度数字で確かめます。

締め切りの合図は3つある

確定の3つのルート一覧板。①確定期日の到来(あらかじめ決めた日)②確定請求(設定者は3年経過後、根抵当権者はいつでも)③確定事由の発生(競売・差押え・破産など、取引を続けられない状態)。 図:確定の3つのルート一覧板

締め切りの合図は、3つに整理できます。1つ目は、あらかじめ決めておいた期日が来ること。2つ目は、当事者が締め切りを求めること。3つ目は、取引を続けられない出来事が起きることです。1つずつ、なぜそれが締め切りの合図になるのかまで見ていきましょう。

あらかじめ日付を決めておく

398条の6の全文カード背景。根抵当権者と設定者は確定すべき期日を定め・変更できる。期日は定め又は変更した日から5年以内。期日の変更に第三者の承諾は不要。変更前の期日より前に登記をしなければ、変更前の期日に確定する。 図:398条の6の全文カード背景

  • 根抵当権者と設定者は確定すべき期日を定め・変更できる
  • 期日は定め又は変更した日から5年以内
  • 期日の変更に第三者の承諾は不要
  • 変更前の期日より前に登記をしなければ、変更前の期日に確定する

以前、確定期日は決めても決めなくてもよいと見ました。この期日そのものを定めた条文を読みます。

条文民法398条の6

民法第398条の6 根抵当権の担保すべき元本については、その確定すべき期日を定め又は変更することができる。 第三百九十八条の四第二項の規定は、前項の場合について準用する。 第一項の期日は、これを定め又は変更した日から五年以内でなければならない。 第一項の期日の変更についてその変更前の期日より前に登記をしなかったときは、担保すべき元本は、その変更前の期日に確定する。

5年以内、というのは、なぜですか。期日を何十年も先に設定できると、根抵当権が事実上ずっと固定されてしまうからです。5年ごとに、当事者が改めて期日を見直す機会を作っています。期日が動いても、極度額という上限額そのものは動きません。Cが登記で見積もっていた最悪の金額は変わらないので、承諾はいらないんです。範囲・債務者の変更と似ていますが、効果が少し違います。範囲や債務者の変更は、登記をしなければ「変更しなかったもの」とみなされました。期日の変更は、登記をしなければ「変更前の期日に確定してしまう」んです。どちらも登記が効力の要件になっている点は同じですが、結果の出方が違います。

縛られる年数が、AとBで違う理由

398条の19の全文カード背景。確定期日の定めがない場合に適用。設定者Bは設定から3年経過で確定請求でき、請求から2週間で確定。根抵当権者Aはいつでも確定請求でき、請求の時に確定。 図:398条の19の全文カード背景

  • 確定期日の定めがない場合に適用
  • 設定者Bは設定から3年経過で確定請求でき、請求から2週間で確定
  • 根抵当権者Aはいつでも確定請求でき、請求の時に確定

確定期日を決めていなかった場合、当事者は「確定してほしい」と請求することができます。読んでみます。

条文民法398条の19

民法第398条の19 根抵当権設定者は、根抵当権の設定の時から三年を経過したときは、担保すべき元本の確定を請求することができる。この場合において、担保すべき元本は、その請求の時から二週間を経過することによって確定する。 根抵当権者は、いつでも、担保すべき元本の確定を請求することができる。この場合において、担保すべき元本は、その請求の時に確定する。 前二項の規定は、担保すべき元本の確定すべき期日の定めがあるときは、適用しない。

Bだけが長く待たされるのは一見不公平に見えますが、それぞれの立場を考えると理由があります。Bは自分の土地が枠に縛られている立場です。枠に出入りがある限り、土地を自由に使いにくいですし、後順位の抵当権を設定しようとしても評価が下がります。ただし請求された瞬間に確定すると、Aは取引をどう続けるかや、別の担保を用意するかを考える間もありません。Aへの不意打ちを避けるために、請求から2週間の猶予を置いています。Aが確定を急いでも、枠が縮んで新しい債権が入らなくなるだけで、Bに不利益は生じません。むしろ担保される債権が減る方向なので、期間の制限も猶予も必要ないんです。

取引を続けられなくなったとき

398条の20の全文カード背景。競売・担保不動産収益執行・304条差押えの申立て(手続開始・差押えがあった場合)、滞納処分による差押え、それを知ってから2週間経過、債務者・設定者の破産手続開始決定。いずれも取引継続の前提が崩れたことの現れ。 図:398条の20の全文カード背景

  • 競売・担保不動産収益執行・304条差押えの申立て(手続開始・差押えがあった場合)、滞納処分による差押え、それを知ってから2週間経過、債務者・設定者の破産手続開始決定
  • いずれも取引継続の前提が崩れたことの現れ

3つ目の合図は、当事者の意思とは関係なく、一定の出来事が起きることで確定する場合です。

条文民法398条の20第1項

民法第398条の20第1項 次に掲げる場合には、根抵当権の担保すべき元本は、確定する。 一 根抵当権者が抵当不動産について競売若しくは担保不動産収益執行又は第三百七十二条において準用する第三百四条の規定による差押えを申し立てたとき。ただし、競売手続若しくは担保不動産収益執行手続の開始又は差押えがあったときに限る。 二 根抵当権者が抵当不動産に対して滞納処分による差押えをしたとき。 三 根抵当権者が抵当不動産に対する競売手続の開始又は滞納処分による差押えがあったことを知った時から二週間を経過したとき。 四 債務者又は根抵当権設定者が破産手続開始の決定を受けたとき。

競売や差押え、破産といった出来事ですね。なぜこれらが起きると、締め切られるんですか。どれも、もう通常どおり取引を続けられる状態ではない、という現れだからです。競売にかけられれば土地は売られていきますし、破産すれば債務者の財産関係は清算に向かいます。こうなった以上、配当や換価をするためには、その時点で担保される元本をどこかで固定する必要があります。2号の滞納処分とは、税金などの滞納に対して、国や自治体が裁判所を通さずに行う差押えのことです。例えば、2番抵当権者のCが、Bの土地の競売を申し立てたとします。Aが自分で申し立てたわけではないので、Aは気づかないまま、Bに商品を売り続けているかもしれません。開始の瞬間に確定させると、担保があるつもりで売った代金が、実は枠に入っていなかったことになってしまいます。だから、Aが知ってから2週間という区切りを置いて確定させるんです。

相続が起きたときの締め切り

398条の8の一言板(薄)。元本確定前に根抵当権者・債務者について相続が開始したとき、相続開始時に存する債権に加え、相続人と設定者の合意で定めた相続人が相続開始後に取得する債権も担保できる。合意についての登記を相続開始後6か月以内にしなければ、相続開始の時に確定したものとみなされる。 図:398条の8の一言板

  • 薄
  • 元本確定前に根抵当権者・債務者について相続が開始したとき、相続開始時に存する債権に加え、相続人と設定者の合意で定めた相続人が相続開始後に取得する債権も担保できる。合意についての登記を相続開始後6か月以内にしなければ、相続開始の時に確定したものとみなされる。

もう1つだけ、軽く触れておきます。元本確定前に、AやBについて相続が起きた場合です。そのままでは確定しません。例えば、卸売をしていたAが亡くなり、息子がAの店を継いで、これからもBに商品を売り続けるとします。売り手が替わっても取引が続くなら、枠を閉じる理由はありませんよね。そこで、相続人と設定者の合意で、店を継いだ相続人が相続後に取得する債権も、この枠で担保する扱いにできます。ただし、この合意について、相続開始から6か月以内に登記をしないと、相続が開始した時にさかのぼって確定したものとみなされてしまいます。店を継ぐかどうかを決める猶予は与えつつ、枠が閉じたのか開いたままなのか分からない状態を、後順位のCなどのために、いつまでも放置しないための期限です。

合意しただけで安心せず、期限内に登記まで済ませないと、締め切りの効果が発生してしまう。確定が擬制される一例として押さえておいてください。

枠が開いている間しかできないこと

確定の前にだけできること・後もできることの一覧板。範囲・債務者の変更(398条の4)/確定期日の変更(398条の6)/根抵当権の譲渡(全部・分割・一部)。理由=枠に出入りがある前提の制度だから。一方、確定の前後を問わずできること=極度額の変更(398条の5・利害関係を有する者の承諾が必要)/転抵当(確定前は376条1項の処分のうちこれだけ・398条の11)。 図:確定の前にだけできること・後もできることの一覧板

  • 範囲・債務者の変更(398条の4)/確定期日の変更(398条の6)/根抵当権の譲渡(全部・分割・一部)
  • 理由=枠に出入りがある前提の制度だから
  • 一方、確定の前後を問わずできること=極度額の変更(398条の5・利害関係を有する者の承諾が必要)/転抵当(確定前は376条1項の処分のうちこれだけ・398条の11)

ここで一度、確定前にしかできないことを整理します。以前見た、範囲・債務者の変更や、今日見た確定期日の変更、これらは、確定前でなければできません。一方、極度額の変更は、確定の後でも、利害関係を有する者の承諾があればできます。上限額を動かす話で、枠への出入りとは関係がないからです。なぜ確定前に限られるんですか。これらの制度は、枠にまだ出入りがある、という前提があって初めて意味を持つからです。確定した後は、担保される債権はもう固定されているので、範囲や債務者を変える必要も、変える余地もありません。加えて、根抵当権そのものを他人に譲ることもできます。読んでみます。

条文民法398条の12

民法第398条の12 元本の確定前においては、根抵当権者は、根抵当権設定者の承諾を得て、その根抵当権を譲り渡すことができる。 根抵当権者は、その根抵当権を二個の根抵当権に分割して、その一方を前項の規定により譲り渡すことができる。この場合において、その根抵当権を目的とする権利は、譲り渡した根抵当権について消滅する。 前項の規定による譲渡をするには、その根抵当権を目的とする権利を有する者の承諾を得なければならない。

条文民法398条の13

民法第398条の13 元本の確定前においては、根抵当権者は、根抵当権設定者の承諾を得て、その根抵当権の一部譲渡(譲渡人が譲受人と根抵当権を共有するため、これを分割しないで譲り渡すことをいう。以下この節において同じ。)をすることができる。

全部を渡す、2つに分けて片方を渡す、それに、分けずに共有する形で一部を渡す。どの形でも、設定者の承諾が必要です。分割譲渡は、さらに転抵当権者など、その根抵当権を目的とする権利を持つ人の承諾もいります。確定前の根抵当権は、枠そのものです。譲渡は、その枠ごと、あるいは枠の一部を渡す行為です。確定後は、すでに特定の債権に固まっているので、これはもう根抵当権付きの債権の譲渡の話です。債権が移れば担保も一緒に移る、つまり随伴性で片がつくので、この譲渡の制度は使えなくなります。もう1つ、抵当権の処分についても復習します。

条文民法398条の11

民法第398条の11 元本の確定前においては、根抵当権者は、第三百七十六条第一項の規定による根抵当権の処分をすることができない。ただし、その根抵当権を他の債権の担保とすることを妨げない。 第三百七十七条第二項の規定は、前項ただし書の場合において元本の確定前にした弁済については、適用しない。

確定前は、転抵当だけができて、それ以外の376条1項の処分はできません。理由は、譲渡のときと同じです。根抵当権は、特定の1個の債権のためのものではなく、範囲全体に対する枠なので、1本の債権だけを取り出して一緒に持ち出すことができないんです。転抵当だけが許されるのは、枠から債権を取り出さないからです。以前見たとおり、転抵当は、Aが自分の抵当権そのものを、自分の借金の担保に差し入れることでした。根抵当権なら、枠をまるごと差し入れるだけなので、中の債権の出入りは、そのまま続けられます。

締め切られた後、性質はどう変わるか

確定後に戻る性質・残る性質の板。戻る=付従性(弁済すれば消える)・随伴性(譲渡で移る、代位弁済で代位できる)。残る=極度額の枠・375条不適用(確定後に生じた利息・損害金も極度額まで担保される)。 図:確定後に戻る性質・残る性質の板

  • 戻る=付従性(弁済すれば消える)・随伴性(譲渡で移る、代位弁済で代位できる)
  • 残る=極度額の枠・375条不適用(確定後に生じた利息・損害金も極度額まで担保される)

ここからが今日の一番大事なところです。確定した後、根抵当権の性質はどう変わるでしょうか。以前、確定前に売掛代金債権を第三者Xに譲渡しても、Xはその根抵当権を行使できないと見ました。確定後はどうなるでしょうか。できます。確定した以上、担保されるのはもう「2400万円の、この特定の債権」に固まっています。この特定の債権が譲渡されれば、根抵当権も一緒にXへ移ります。付従性や随伴性が働かなかったのは、範囲全体という枠のままだったからで、確定して中身が固まった今は、もう普通の抵当権付きの債権と同じです。確定後にYがBの代わりに弁済した場合は、弁済による代位によって、Yはこの根抵当権を代位行使できます。確定前はできませんでしたが、確定後はできる。結論が完全に逆転していますね。

確定後に、Bが2400万円を全額払ってしまったら、根抵当権はどうなりますか。消えます。担保する債権が確定して固まっている以上、その債権を弁済すれば、付従性によって根抵当権も消滅します。ただし、確定しても変わらないものが2つあります。極度額という上限額と、375条が働かないという性質です。極度額は、根抵当権が枠だったから付いていたものではなく、Cのような後順位者に対して「ここまでしか持っていきません」と登記で見せている、性質そのものです。この性質は、確定の前後で変わる理由がありません。だから、確定後に生じた利息や損害金も、375条のように最後の2年分に切られることなく、極度額の限度でなお担保され続けます。

極度額3000万円で、もう一度確かめる

数字例の板。Bの土地、Aの根抵当権(極度額3000万円)、Cの2番抵当権。確定時の元本2400万円。確定後に生じた遅延損害金で確かめる。ケース①=年200万円×3年、ケース②=年200万円×4年。 図:数字例の板

  • Bの土地、Aの根抵当権(極度額3000万円)、Cの2番抵当権
  • 確定時の元本2400万円
  • 確定後に生じた遅延損害金で確かめる
  • ケース①=年200万円×3年、ケース②=年200万円×4年

前回と同じ数字で確かめましょう。Bの土地に、Aの根抵当権、極度額3000万円。確定時の元本は2400万円でした。確定後、Bの支払いがさらに遅れて、遅延損害金が発生したとします。

ケース①板。遅延損害金=年200万円×3年=600万円。合計=2400万円+600万円=3000万円=極度額ちょうど。確定後に生じた損害金でも、極度額まで全部担保される。 図:ケース①板

  • 遅延損害金=年200万円×3年=600万円
  • 合計=2400万円+600万円=3000万円=極度額ちょうど
  • 確定後に生じた損害金でも、極度額まで全部担保される

まず、年200万円の損害金が3年分たまったとします。600万円ですね。元本2400万円と足すと、ちょうど3000万円、極度額と一致します。これは確定後に生まれた損害金ですが、375条の2年分という制限は働かず、極度額まで全額担保されます。

ケース②板。遅延損害金が4年分に伸びた場合=年200万円×4年=800万円。合計=2400万円+800万円=3200万円。極度額3000万円を超えるため、確定後でも3000万円で頭打ちになり、超える200万円は無担保の一般債権にとどまる。 図:ケース②板

  • 遅延損害金が4年分に伸びた場合=年200万円×4年=800万円
  • 合計=2400万円+800万円=3200万円
  • 極度額3000万円を超えるため、確定後でも3000万円で頭打ちになり、超える200万円は無担保の一般債権にとどまる

4年分、800万円まで膨らんだとします。元本2400万円と足すと、合計は3200万円になり、極度額3000万円を上回ります。この場合、確定したあとであっても3000万円で頭打ちです。超えた200万円は、担保のない普通の債権として残ります。極度額は、Cから見た「最悪でもここまで」という上限でした。Aがどれだけ損害金を積み増しても、Cの見積もりである3000万円という線は動きません。この後、その線が動く場面を見ていきます。

使わない枠を、縮めさせる

398条の21の全文カード背景。元本確定後、設定者は極度額を「現に存する債務の額+以後2年間に生ずべき利息その他の定期金及び債務不履行による損害賠償の額」に減額請求できる。共同根抵当は1個の不動産についてすれば足りる。 図:398条の21の全文カード背景

  • 元本確定後、設定者は極度額を「現に存する債務の額+以後2年間に生ずべき利息その他の定期金及び債務不履行による損害賠償の額」に減額請求できる
  • 共同根抵当は1個の不動産についてすれば足りる

確定した後、Bには2つの新しい請求権が用意されています。まず1つ目、極度額の減額請求です。

条文民法398条の21

民法第398条の21 元本の確定後においては、根抵当権設定者は、その根抵当権の極度額を、現に存する債務の額と以後二年間に生ずべき利息その他の定期金及び債務の不履行による損害賠償の額とを加えた額に減額することを請求することができる。 第三百九十八条の十六の登記がされている根抵当権の極度額の減額については、前項の規定による請求は、そのうちの一個の不動産についてすれば足りる。

確定後は、担保される元本の顔ぶれはもう固定されて、これ以上増えません。それなのに、極度額いっぱいの枠が、そのままBの土地を押さえ続けると、Bは新しく後順位の抵当権を設定する余地や、土地の担保としての余力を、不当に奪われたままになってしまいます。

減額請求の数字例板。確定後、現に存する債務(元本)が1800万円に減った場面。今後2年分の利息等を年200万円×2年=400万円と見積もる。合計1800万円+400万円=2200万円。Bはこの2200万円まで極度額3000万円の減額を請求できる。 図:減額請求の数字例板

  • 確定後、現に存する債務(元本)が1800万円に減った場面
  • 今後2年分の利息等を年200万円×2年=400万円と見積もる
  • 合計1800万円+400万円=2200万円
  • Bはこの2200万円まで極度額3000万円の減額を請求できる

数字で確かめます。確定後、元本の一部が弁済されて、現に存する債務が1800万円に減っていたとします。今後2年間に生じる見込みの利息や損害金を、さっきと同じ年200万円で見積もると、2年分で400万円です。Bは、合計2200万円まで、極度額3000万円の減額を請求できます。もう使われない800万円分の枠を、Bは自分の判断で縮めさせられるんです。なお、2項にある398条の16の登記とは、前回見た共同根抵当の登記のことです。1つの枠を複数の土地にかけている場合も、減額の請求は、そのうち1つの土地についてすれば足ります。

極度額を払って、根抵当権を消す

398条の22の全文カード背景。元本確定後、現に存する債務が極度額を超えるとき、物上保証人本人または第三取得者等は、極度額に相当する金額を払い渡し又は供託して根抵当権の消滅請求ができる。この払渡し・供託は弁済の効力を持つ。 図:398条の22の全文カード背景

  • 元本確定後、現に存する債務が極度額を超えるとき、物上保証人本人または第三取得者等は、極度額に相当する金額を払い渡し又は供託して根抵当権の消滅請求ができる
  • この払渡し・供託は弁済の効力を持つ

2つ目の請求権が、根抵当権消滅請求です。今度は、現に存する債務が極度額を超えてしまっている場面を考えます。

条文民法398条の22第1項

民法第398条の22第1項 元本の確定後において現に存する債務の額が根抵当権の極度額を超えるときは、他人の債務を担保するためその根抵当権を設定した者又は抵当不動産について所有権、地上権、永小作権若しくは第三者に対抗することができる賃借権を取得した第三者は、その極度額に相当する金額を払い渡し又は供託して、その根抵当権の消滅請求をすることができる。この場合において、その払渡し又は供託は、弁済の効力を有する。

ここで、Bの土地を買った人を登場させましょう。この人をDと呼びます。

消滅請求の関係図。A(根抵当権者)-B(債務者兼設定者)-D(Bの土地を買った第三取得者)。Aの根抵当権が付いたままの土地をDが買った。現存債務3200万円が極度額3000万円を超えている。Dが極度額相当額の3000万円をAに払い渡す(または供託する)と、根抵当権が消滅する。 図:消滅請求の関係図

  • A(根抵当権者)-B(債務者兼設定者)-D(Bの土地を買った第三取得者)
  • Aの根抵当権が付いたままの土地をDが買った
  • 現存債務3200万円が極度額3000万円を超えている
  • Dが極度額相当額の3000万円をAに払い渡す(または供託する)と、根抵当権が消滅する

Dは、Aの根抵当権が付いたままのBの土地を買った第三取得者です。現存する債務は3200万円、極度額は3000万円で、極度額を超えています。この場合、Dは極度額に相当する3000万円を、Aに払い渡すか、供託します。そうすると、根抵当権は消滅します。払う金額が極度額に決まっている点が、以前見た第三取得者の抵当権消滅請求との違いです。あちらは、第三取得者が自分で決めた金額を提示して、抵当権者が2か月以内に競売を申し立てなければその額で消滅する、という制度でした。金額は交渉の余地があります。根抵当権の消滅請求では、金額は極度額に固定されていて、交渉の余地はありません。その代わり、請求できる人の範囲は広く、Dのような第三取得者だけでなく、他人の債務のために自分の土地に根抵当権を設定した物上保証人も、この消滅請求を使えます。

債務者のBさん本人も、3000万円を払えば根抵当権を消せるんですか。違います。Bは使えないんです。398条の22の第3項が、主たる債務者は消滅請求できないという380条を準用しているからです。Bは3200万円の全部を払う義務を負う本人なので、3000万円だけ払って土地を解放させるのは筋が通らないんです。

枠が閉じる瞬間、何が起きたか

全体の比較まとめ板。列=確定前/確定後/理由。行=範囲・債務者・確定期日の変更(できる/できない=枠に出入りがある前提が消えたから)、極度額の変更(できる/できる=承諾が要るのは同じ・上限額の性質は変わらないから)、根抵当権の譲渡(できる/できない=枠ごと渡す制度だから)、376条1項の処分(転抵当だけ/すべてできる=特定の債権に固まったから)、付従性・随伴性(働かない/戻る)、極度額までの優先弁済・375条の2年分の制限なし(極度額まで/なお極度額まで)。 図:全体の比較まとめ板。列=確定前/確定後/理由。行=範囲・債務者・確定期日の変更(できる/できない=枠に出入りがある前提が消えたから)、極度額の変更(できる/できる=承諾が要るのは同じ・上限額の性質は変わらないから)、根抵当権の譲渡(できる/できない=枠ごと渡す制度だから)、376条1項の処分(転抵当だけ/すべてできる=特定の債権に固まったから)、付従性・随伴性(働かない/戻る)、極度額までの優先弁済・375条の2年分の制限なし(極度額まで/なお極度額まで)。

今日見てきたことを、確定前と確定後で並べて振り返ります。確定前は、範囲・債務者・確定期日を変更でき、根抵当権そのものを譲渡できました。376条1項の処分は、転抵当だけに限られていました。どれも、枠にまだ出入りがある、という前提があったからです。確定すると、担保される債権はその時点のものに固まります。中身が特定の債権に固まった以上、付従性・随伴性が戻り、弁済で消え、譲渡や代位弁済で移るようになります。確定しても極度額の枠と375条の不適用だけは残る、ここが今日の一番のポイントです。極度額という上限額が登記で見えている、という性質は、枠が開いていようが閉じていようが関係のない、根抵当権そのものの性質だからです。だからこそ、確定後に、必要な額より極度額が大きく余っていれば減額請求、債務が極度額を超えて足りなくなっていれば消滅請求という形で、その上限額そのものを使った調整が用意されているんです。

枠は、確定という締め切りを迎えれば、特定の債権に固まって、普通の抵当権に近づいていきます。ただし、上限額が見えているという性質だけは、最初から最後まで変わらないんです。

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#137単独ページ動画

質権の要物性と転質

第3章 担保物権 #137/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

預けないと成立しない担保

冒頭の場面板。質屋の店先。Bが腕時計を差し出し、Aがそれを受け取ってお金を渡している。吹き出しに「返せば時計は戻る、返せなければAが時計から回収する」。抵当権はここで物を受け取らなかった、という対比の一言。 図:冒頭の場面板

  • 質屋の店先
  • Bが腕時計を差し出し、Aがそれを受け取ってお金を渡している
  • 抵当権はここで物を受け取らなかった、という対比の一言

これまで見てきた抵当権は、物を取り上げない担保でした。Bが土地に抵当権を設定しても、Bはその土地に住み続けられましたし、自由に使えました。抵当権者は、いざというときに競売にかけられる権利を持っているだけで、普段は何も持っていない、という話でした。今日見る質権は、そこが正反対です。まずは場面から入ります。BがAの質屋に腕時計を持ち込んで、80万円を借ります。Aは腕時計を受け取り、その場でBにお金を渡します。今日のAやB、このあと出てくる人たちは、抵当権の回に出てきた人とは別の人物です。借りたお金を返せば、時計は戻ってきます。返せなければ、Aは預かっている時計から回収します。ここで大事なのは、預けている間、Bはその時計を使えないということです。

時計を使えないことは、この担保で大きな意味を持ちます。今日は、「預けないと成立しない」とはどういうことか、そして預けることが何を変えるのかを、順番に見ていきます。

質権とは何か、抵当権との決定的な違い

342条の全文カード背景。質権者は、その債権の担保として債務者又は第三者から受け取った物を占有し、かつ、その物について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。抵当権との対比=抵当権は非占有担保、質権は占有担保(留置的効力あり)。 図:342条の全文カード背景

  • 質権者は、その債権の担保として債務者又は第三者から受け取った物を占有し、かつ、その物について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する
  • 抵当権との対比=抵当権は非占有担保、質権は占有担保(留置的効力あり)

質権の中身を定めた条文を読みます。

条文民法342条

民法第342条 質権者は、その債権の担保として債務者又は第三者から受け取った物を占有し、かつ、その物について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

物を占有するかどうか、これが質権と抵当権の決定的な違いです。抵当権は、価値だけを先に押さえて、物そのものは取り上げませんでした。質権は、物を実際に占有します。Bの時計を預かっている間、Bはその時計を使えません。使えないこと自体が、「早く返さなければ」という心理的な圧迫になります。この、物を留め置いて圧力をかける効力を留置的効力と呼びます。抵当権は非占有担保なので、留置的効力を持ちません。質権は、抵当権が持っていなかったこの占有を足した担保だ、という見方で、今日はずっと進んでいきます。

4つの担保物権を、もう一度並べてみる

4担保×6項目の表(再掲)。行=留置権・先取特権・質権・抵当権。列=付従性・随伴性・不可分性・物上代位性・優先弁済的効力・留置的効力。質権の行だけ6項目すべてに○。抵当権の行は留置的効力だけ×。 図:4担保×6項目の表(再掲)。行=留置権・先取特権・質権・抵当権。列=付従性・随伴性・不可分性・物上代位性・優先弁済的効力・留置的効力。質権の行だけ6項目すべてに○。抵当権の行は留置的効力だけ×。

以前、担保物権の総論の回で、4つの担保物権を6つの項目で並べた表を作りました。覚えていますか。留置権だけ、優先弁済的効力に×が付いていた表ですね。あの表で、質権のところだけがすべての項目に○が付いていました。前半の4列は、総論の回で見た通有性、担保物権に共通する性質でしたね。債権が消えれば一緒に消える付従性、債権が移ればついていく随伴性、全部払われるまで物の全体に及ぶ不可分性、物が形を変えても代わりの金銭に及ぶ物上代位性です。質権はこの4つに加えて、優先弁済的効力と留置的効力の両方を持っていました。

抵当権は、優先弁済的効力はあるけれど、留置的効力だけが×でした。なぜ質権だけが全部そろうのか。質権は、抵当権と同じく優先して回収できる枠を押さえたうえで、物そのものを預かって手元に留め置くからです。留置権も物を留め置きますが、優先して回収できる枠は持ちません。この2つを1つで持つのが質権、という位置です。この位置を頭に入れたうえで、成立要件を見ていきましょう。

合意だけでは足りない、要物契約

344条の全文カード背景。質権の設定は、債権者にその目的物を引き渡すことによって、その効力を生ずる。要物契約=合意+引渡しで成立。176条(意思主義)の例外。なぜ引渡しが要るか=預かること自体が制度の本体だから。 図:344条の全文カード背景

  • 質権の設定は、債権者にその目的物を引き渡すことによって、その効力を生ずる
  • 要物契約=合意+引渡しで成立
  • 176条(意思主義)の例外
  • なぜ引渡しが要るか=預かること自体が制度の本体だから

質権は、AとBの合意によって設定される担保物権です。物権の変動は合意だけで起きる、という176条の原則を以前見ましたね。ところが質権には、その原則の例外があります。読んでみます。

条文民法344条

民法第344条 質権の設定は、債権者にその目的物を引き渡すことによって、その効力を生ずる。

合意しただけでは、質権はまだ生まれないんですか。生まれません。質権が成立するには、AB間の合意に加えて、Bが実際に時計をAに引き渡すことが必要です。合意プラス引渡しで初めて効力が生じる契約を、要物契約と呼びます。なぜ、質権だけ引渡しが要るんですか。占有を取ることそのものが、この担保の本体だからです。もし合意だけで質権が成立するとしたら、Bが時計を持ったままの質権が生まれてしまいます。それでは、預かることによる圧迫という質権の本体が、最初から失われた質権になってしまう。だから、実際に物を渡した瞬間まで、質権はまだ存在しないことにしてあるんです。

形だけ預かったことにしてもダメ

345条の全文カード背景。質権者は、質権設定者に、自己に代わって質物の占有をさせることができない。占有改定(183条)は344条の引渡しに含まれない。BがAのために時計を持ち続ける約束をしても質権不成立。 図:345条の全文カード背景

  • 質権者は、質権設定者に、自己に代わって質物の占有をさせることができない
  • 占有改定(183条)は344条の引渡しに含まれない
  • BがAのために時計を持ち続ける約束をしても質権不成立

引渡しにはいくつか種類があったのを覚えていますか。現実の引渡し・簡易の引渡し・指図による占有移転・占有改定のうち、質権の設定では占有改定だけが使えません。読んでみます。

条文民法345条

民法第345条 質権者は、質権設定者に、自己に代わって質物の占有をさせることができない。

Bが「時計はこのまま自分が持っているけれど、今日からAのために持っていることにする」と約束する場面です。この約束だけでは、質権は成立しません。時計が現実にBの手元に残っている限り、Bは相変わらずその時計を使えてしまいます。占有改定は、名目の上でAのために持っているだけで、実際の圧迫は何も生まれません。留置的効力が働かない質権を認めてしまうと、質権から質権らしさが失われてしまうんです。抵当権はもともと占有を取らない担保なので、占有改定のような抜け道自体が問題になりません。質権だけが、占有を取ることを制度の本体としているからこそ、占有改定という抜け道を条文でふさいでいるんです。

第三者が自分の物で担保になる、物上保証

物上保証人の関係図。A(質権者)-B(債務者)、A-D(質権設定・Dの指輪)。BはAから80万円を借りる。DはBの借金のため、自分の指輪をAに預けて質権を設定する(物上保証)。Dが指輪の所有権を失えばBに求償できる。 図:物上保証人の関係図

  • A(質権者)-B(債務者)、A-D(質権設定・Dの指輪)
  • BはAから80万円を借りる
  • DはBの借金のため、自分の指輪をAに預けて質権を設定する(物上保証)
  • Dが指輪の所有権を失えばBに求償できる

質権を設定するのは、必ずしも借りた本人とは限りません。同じ80万円の借金に、Bの時計ではなく、Bとは別のDが、自分の指輪をAに預けて質権を設定することもできます。このDを物上保証人と呼びます。以前、抵当権の回でも出てきた立場です。読んでみます。

条文民法351条

民法第351条 他人の債務を担保するため質権を設定した者は、その債務を弁済し、又は質権の実行によって質物の所有権を失ったときは、保証債務に関する規定に従い、債務者に対して求償権を有する。

Dは、指輪の所有権を失った分だけ、Bに対して求償できます。自分の物を差し出して肩代わりした以上、その分をBに請求できるのは、保証人の場合と同じ考え方です。

質権が付けられる物、3つの種類

質権の目的の一言板(薄)。質権の目的は動産・不動産・権利の3種(343条・352条以下・362条以下)。343条=譲り渡すことができない物は目的にできない。詳細な対抗要件・使用収益権・取立権は次回。 図:質権の目的の一言板

  • 薄
  • 質権の目的は動産・不動産・権利の3種(343条・352条以下・362条以下)。343条=譲り渡すことができない物は目的にできない。詳細な対抗要件・使用収益権・取立権は次回。

質権の目的になる物にも触れておきます。質権は、動産だけでなく、不動産や、債権のような権利にも設定できます。抵当権の目的は、不動産と、地上権・永小作権に限られています。質権は動産・不動産・権利の3種類に設定できる点が、抵当権との違いです。ただし、譲り渡すことができない物には質権を設定できません。持ち主がそもそも手放せない物を、優先弁済のために質入れすることはできないからです。今日は、質権にはこの3種類があるとだけ押さえてください。

弁済期の前後で、結論が変わる約束

349条の全文カード背景。質権設定者は、設定行為又は債務の弁済期前の契約において、質権者に弁済として質物の所有権を取得させ、その他法律に定める方法によらないで質物を処分させることを約することができない。趣旨=弱い立場の債務者の保護(暴利行為の防止)。 図:349条の全文カード背景

  • 質権設定者は、設定行為又は債務の弁済期前の契約において、質権者に弁済として質物の所有権を取得させ、その他法律に定める方法によらないで質物を処分させることを約することができない
  • 趣旨=弱い立場の債務者の保護(暴利行為の防止)

質権には、もう1つ大事な禁止があります。Bが「返せなかったら時計はAのものになる」とあらかじめ約束することです。約束は本来自由に結べるはずですが、お金に困っている瞬間のBには、その自由が十分に働きません。読んでみます。

条文民法349条

民法第349条 質権設定者は、設定行為又は債務の弁済期前の契約において、質権者に弁済として質物の所有権を取得させ、その他法律に定める方法によらないで質物を処分させることを約することができない。

これを流質契約と呼びます。禁止される理由は、以前見た暴利行為の防止と同じ発想です。お金に困って質入れしに来たBは、弱い立場に置かれています。その弱みにつけこんで、時計の本当の価値よりずっと安い借金の形に、時計を持っていかれてしまう危険があるからです。弁済期が来てから同じ約束をするのは、どうなんですか。それは有効です。349条が禁止しているのは、あくまで弁済期前の契約です。弁済期が来たあとにBが「時計で払う」と合意するのは自由です。困窮につけこまれる場面ではなく、Bの判断力が正常に働く場面だからです。

質屋営業法という特別法によって、質屋はあらかじめ流質を予定した営業形態として認められています。質屋は許可を受けて行政の監督のもとで営業し、流質になるまでの期間も法律で確保されているので、個人どうしの約束のように弱みにつけこまれる危険が、制度として抑えられているからです。もう1つ、適用が除外される場面があります。

条文商法515条

商法第515条 民法第三百四十九条の規定は、商行為によって生じた債権を担保するために設定した質権については、適用しない。

商人同士は、専門的な立場でお互い対等に交渉できると考えられているので、弱い立場の保護という349条の趣旨があてはまりません。だから商行為から生まれた債権を担保する質権には、349条自体が適用されないんです。

預かった物を、さらに預ける

転質の関係図。B→A「原質権(80万円)」、A→E「転質(100万円)」の2本の矢印を重ねて描く。AがEから100万円を借り、預かっているBの時計をEにさらに質入れする。 図:転質の関係図

  • B→A「原質権(80万円)」、A→E「転質(100万円)」の2本の矢印を重ねて描く
  • AがEから100万円を借り、預かっているBの時計をEにさらに質入れする

今日の後半は、転質です。Aは、Bの時計を預かる質権者ですが、Aにもお金が必要になる場面があります。Aも、誰かからお金を借りることがあるんですか。あります。Aが、Eという人から100万円を借りるとします。手元にあるBの時計を、そのままEへの担保にできないでしょうか。これが転質です。転抵当は、抵当権の回で見たとおり、抵当権者が自分の抵当権を、他の債権の担保とすることでした。転質は、それを質権で行うものです。Aがもともと持っている、Bの時計の上の質権を原質権、Eが新しく得る質権を転質権と呼びます。転質には、2つの型があります。1つは、Bの承諾を得て行う承諾転質。もう1つは、Bの承諾なしにAが自分の責任で行う責任転質です。それぞれ見ていきましょう。

承諾を得れば、別個の新しい質権になる

承諾転質の板。根拠=350条が準用する298条2項(担保に供することの承諾)。要件=設定者Bの承諾。効果=原質権とは別個の新たな質権設定(通説)。Aは過失責任のみ、不可抗力責任は負わない。原質権が消えても転質権は当然には消えない。 図:承諾転質の板

  • 根拠=350条が準用する298条2項(担保に供することの承諾)
  • 要件=設定者Bの承諾
  • 効果=原質権とは別個の新たな質権設定(通説)
  • Aは過失責任のみ、不可抗力責任は負わない
  • 原質権が消えても転質権は当然には消えない

まず、承諾転質の根拠となる条文です。

条文民法350条・298条2項

民法第350条・第298条第2項 第二百九十六条から第三百条まで及び第三百四条の規定は、質権について準用する。 (350条が準用する298条2項)留置権者は、債務者の承諾を得なければ、留置物を使用し、賃貸し、又は担保に供することができない。ただし、その物の保存に必要な使用をすることは、この限りでない。

Bの承諾を得て、この「担保に供する」ことを行うのが承諾転質です。要件はシンプルで、設定者Bの承諾、それだけです。承諾転質の効果は、原質権とは別個の新しい質権が生まれることです。原質権による制限を受けません。Bが、時計をEの担保に入れること自体を認めているので、AはBから新しく質権を設定する権限をもらったのと同じだからです。Aは、預かった時計の管理について、普通の過失責任しか負いません。不可抗力による損害までは、Aは責任を負わないんです。原質権が何らかの理由で消えても、転質権はそれとは別個に生まれたものなので、当然には消えず、Eは独自に実行できます。

承諾なしでも転質できる、その代わり

348条前段の板。質権者は、その権利の存続期間内において、自己の責任で、質物について、転質をすることができる。要件=①通常の質権の要件を満たすこと(占有改定以外の引渡し)②設定者Bの承諾は不要③被担保債権額・存続期間を超える転質も有効だが、行使は原質権の範囲内。 図:348条前段の板

  • 質権者は、その権利の存続期間内において、自己の責任で、質物について、転質をすることができる
  • 要件=①通常の質権の要件を満たすこと(占有改定以外の引渡し)②設定者Bの承諾は不要③被担保債権額・存続期間を超える転質も有効だが、行使は原質権の範囲内

もう1つの型、責任転質です。まず条文を読みます。

条文民法348条

民法第348条 質権者は、その権利の存続期間内において、自己の責任で、質物について、転質をすることができる。この場合において、転質をしたことによって生じた損失については、不可抗力によるものであっても、その責任を負う。

責任転質は、設定者Bの承諾は不要です。転抵当でも、Bの承諾はいりませんでした。ただ、転抵当と違って、質権では時計そのものがEの手元に移ります。そのリスクをどう手当てするかが、このあと見る重い責任です。責任転質はAの判断だけでできますが、無制限ではありません。ここで数字を使います。BがAから借りたのは、冒頭で見た80万円です。AがEから借りるお金、つまり転質の被担保債権のほうは、100万円だとします。転質の額のほうが、原質権の額より多いですね。それでも成立するんですか。成立します。AE間の転質は、原質権とは別の契約なので、金額が一致している必要はありません。ただし、Eが原質権を通じて優先弁済を受けられるのは80万円が上限です。転抵当のときと、まったく同じ構造です。超えた20万円は、Aに対する普通の債権として残るだけです。

立ち止まって考える

数字確認の板。原質権(A→B)の被担保債権80万円。転質(E→A)の被担保債権100万円。転質の設定は有効/優先弁済の上限は80万円、という問いを一度止めて確認する。 図:数字確認の板

  • 原質権(A→B)の被担保債権80万円
  • 転質(E→A)の被担保債権100万円
  • 転質の設定は有効/優先弁済の上限は80万円、という問いを一度止めて確認する

ここで一度、立ち止まって考えてみてください。Eの被担保債権は100万円、原質権の被担保債権は80万円でした。転質の設定自体は有効でしょうか。Eが優先弁済を受けられる額はいくらでしょうか。転質は、原質権と別の契約だから、設定自体は有効ですよね。優先弁済を受けられるのは、原質権の80万円が上限だと思います。この考え方が、このあと転抵当との比較でもう一度出てきます。

自由に転質できる反面、全責任を負う

348条後段の板。転質をしたことによって生じた損失については、不可抗力によるものであっても、その責任を負う。承諾転質(過失責任)との対比。実行要件=転質の被担保債権(E→A)+原質権の被担保債権(A→B)の両方の弁済期到来が必要(二重の弁済期)。 図:348条後段の板

  • 転質をしたことによって生じた損失については、不可抗力によるものであっても、その責任を負う
  • 承諾転質(過失責任)との対比
  • 実行要件=転質の被担保債権(E→A)+原質権の被担保債権(A→B)の両方の弁済期到来が必要(二重の弁済期)

責任転質には、もう1つ重い性質があります。もう一度348条の後段を見てください。転質をしたことによって生じた損失は、不可抗力によるものであってもAが責任を負う、とありました。承諾転質が過失責任にとどまるのに対し、責任転質は不可抗力でも責任を負う。ここが決定的な違いです。承諾転質は、Bの承諾を得たうえでの転質なので、責任は普通の過失責任で足ります。責任転質は、Bの承諾を得ずにAが一存で時計を外に持ち出した処分です。承諾を得ずにリスクを外へ持ち出した以上、そのリスクは持ち出した本人が引き受ける、という考え方です。だから、Eのもとで地震のような不可抗力によって時計が壊れても、AはBに対して責任を負います。

実行には2つの弁済期が要ります。1つは、EのAに対する転質権の被担保債権の弁済期。もう1つは、AのBに対する原質権の被担保債権の弁済期です。この両方が到来して初めて、Eは実行できます。2つの弁済期がそろうまで待つのは、片方の期限しか来ていない段階で、Bに約束以上の負担を負わせるわけにはいかないからです。転質権は、その被担保債権が消滅すれば消滅しますし、原質権そのものが消えれば、それに乗っている転質権も一緒に消えます。

責任転質は何を質入れしているのか

責任転質の法的性質、4学説の一覧板。①債権・質権共同質入説=原質権の被担保債権の質入れ(批判:自分の債権を質入れできるのは当然)。②質権再度設定説=原質権そのものの質入れ(批判:①と同じ)。③質権移転説=原質権の移転、被担保債権消滅を解除条件(批判:譲渡と見るのは妥当でない)。④質物再度質入説(通説)=質物の再度の質入れ(348条の文言から。批判:所有者でないAになぜ質入れの権原があるのか説明できない)。 図:責任転質の法的性質、4学説の一覧板

  • ①債権・質権共同質入説=原質権の被担保債権の質入れ(批判:自分の債権を質入れできるのは当然)
  • ②質権再度設定説=原質権そのものの質入れ(批判:①と同じ)
  • ③質権移転説=原質権の移転、被担保債権消滅を解除条件(批判:譲渡と見るのは妥当でない)
  • ④質物再度質入説(通説)=質物の再度の質入れ(348条の文言から。批判:所有者でないAになぜ質入れの権原があるのか説明できない)

最後に、責任転質が理論的に何をしているのか、という議論に軽く触れておきます。ここは、読んで理解できれば足りる水準で、暗記は必要ありません。責任転質でAが質入れしているものの正体です。学説は大きく4つに分かれます。1つ目は、債権・質権共同質入説です。転質は、Aが持つ原質権の被担保債権を質入れするものであり、原質権は付従性によってついてくる、という考え方です。ただ、自分の債権を質入れできるのは当然のことで、348条をわざわざ置いた理由が説明できない、という批判があります。2つ目は、質権再度設定説です。転質は原質権そのものの質入れだ、という考え方ですが、こちらも1つ目と同じ批判を受けます。3つ目は、質権移転説です。転質は、原質権をEに移転させるものであり、転質の被担保債権が消えることを解除条件としてつけている、という考え方です。ただ、質入れのはずが譲渡だと見るのは不自然ですし、原質権者のAが権利を失う結果になるのもおかしい、という批判があります。4つ目、質物再度質入説が通説です。転質は、時計そのものをもう一度質入れするのだ、という考え方です。348条が「質物について、転質をすることができる」と書いていることが根拠です。ただ、Aは時計の所有者ではないのに、なぜ質入れする権原を持つのかを説明できない、という批判が残ります。

通説の根拠は、いま見た348条の言葉です。そのうえで並べてみると、1つ目と2つ目は348条をわざわざ置いた意味が説明できず、3つ目はAが原質権を失ってしまいます。4つ目は、この2つの弱点をどちらも抱えず、条文の言葉どおりに読めます。権原の説明という弱点は残りますが、4つの中でいちばん無理が少ない、という位置です。

転抵当と、同じ骨格・違う中身

比較表板。項目=設定者の承諾/被担保債権額の超過/存続期間/不可抗力責任/実行の弁済期/対抗要件。責任転質列=不要/超えてもよいが原質権の範囲内/あり(原質権の存続期間内)/ある/2つとも必要/占有の継続(352条・次回)。転抵当列=不要/超えてもよいが原抵当権の額まで/なし/ない/2つとも必要(二重の弁済期)/177条の登記+377条1項の通知・承諾。共通=原担保権者の枠の中でしか優先を渡せない、実行には2つの弁済期が要る、設定者の承諾は要らない。 図:比較表板

  • 項目=設定者の承諾/被担保債権額の超過/存続期間/不可抗力責任/実行の弁済期/対抗要件
  • 責任転質列=不要/超えてもよいが原質権の範囲内/あり(原質権の存続期間内)/ある/2つとも必要/占有の継続(352条・次回)
  • 転抵当列=不要/超えてもよいが原抵当権の額まで/なし/ない/2つとも必要(二重の弁済期)/177条の登記+377条1項の通知・承諾
  • 共通=原担保権者の枠の中でしか優先を渡せない、実行には2つの弁済期が要る、設定者の承諾は要らない

転質を一通り見終えたところで、以前扱った転抵当を思い出してみましょう。転抵当の被担保債権額は、原抵当権の額を超えて設定できましたか? そのとき優先弁済は、どこまででしたか?超えて設定できました。ただ、優先して受け取れるのは、原抵当権の額までだったと思います。あのときのA・B・Eと、今日のA・B・Eは、同じ役の位置にそろえてあります。転抵当も責任転質も、設定者Bの承諾は要りません。これがまず共通点です。どちらも、原担保権者A自身が完結させる処分だからです。ただし優先弁済の上限は、転抵当が原抵当権の額まで、責任転質は原質権の範囲内です。

実行に2つの弁済期が要る点も共通です。転質権の被担保債権と、原質権の被担保債権、転抵当の被担保債権と原抵当権の被担保債権、それぞれ両方の弁済期が到来しないと実行できません。この、原担保権者の枠の中でしか優先を渡せないという骨格と、2つの弁済期が要るという骨格は、質権でも抵当権でもまったく同じです。違うところは、どこですか。3つあります。1つ目、責任転質には348条後段の不可抗力責任がありますが、転抵当にこれに相当する重い責任規定はありません。転抵当では土地はBのもとに残ったままで、物がEの手元へ移るリスクが生まれないからです。2つ目、責任転質には存続期間の制限が明記されていますが、転抵当の要件にはその言葉がありません。抵当権には、そもそも存続期間の定めが無いからです。3つ目、質権には承諾転質という別の型が並んでいますが、転抵当のような処分に、承諾の有無で型が分かれる制度はありません。

動産質の対抗要件は占有の継続で、352条という条文があります。転抵当の対抗要件は、177条の登記と、377条1項の通知・承諾でしたね。質権は占有そのものが外から見える印になり、占有を取らない抵当権は登記で示すしかない、という違いがそのまま出ています。今日は、この違いがあるとだけ押さえておいてください。

占有を足した担保、その締めくくり

全体の振り返り板。抵当権(非占有)に占有(留置的効力)を足したのが質権。だから成立に引渡しが要り、占有改定は使えず、流質は弱い立場を守るために弁済期前だけ禁止される。転質は原担保権者の枠の中でしか優先を渡せないという転抵当と同じ骨格を持つ。 図:全体の振り返り板

  • 抵当権(非占有)に占有(留置的効力)を足したのが質権
  • だから成立に引渡しが要り、占有改定は使えず、流質は弱い立場を守るために弁済期前だけ禁止される
  • 転質は原担保権者の枠の中でしか優先を渡せないという転抵当と同じ骨格を持つ

今日見てきたことを、1本の線で振り返ります。質権は、抵当権が持たなかった占有を足した担保物権でした。占有を取ることが本体だからこそ、合意だけでは成立せず、実際に引渡しをして初めて質権が生まれます。物が設定者の手元に残ったままでは、圧迫という本体が働きません。流質契約が弁済期前だけ禁止されるのも、判断力の落ちた瞬間だけを狙い撃ちして、弱い立場の債務者を守るためでした。原担保権者の枠の中でしか優先を渡せない、実行には2つの弁済期が要る。この骨格は、質権でも抵当権でも変わりません。違うのは、責任転質だけが背負う不可抗力責任と、承諾転質という別の型があることでした。

時計を預けたその瞬間から、質権のすべてが始まっています。

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#138単独ページ動画

動産質・不動産質・権利質

第3章 担保物権 #138/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

盗まれた時計、質権はどうなるか

冒頭の場面板。質屋の店先でBがAに腕時計を渡し80万円を受け取っている前回の場面を小さく再掲し、その隣に「盗難」を示す影の人物のシルエットが時計を持ち去る絵。吹き出しに「質権は消えるのか、取り返せるのか」。 図:冒頭の場面板

前回、質権は預けないと成立しない担保だと見ました。BがAに腕時計を渡して80万円を借りる、あの場面です。今日はその続きです。もしAの店から、預かっていたその時計が盗まれてしまったらどうなるでしょうか。質権が消えてしまう、ということはないんですか。そこがまさに今日の入口です。答えを先に言うと、質権そのものは消えません。ただし、盗まれた時計を取り戻す手段には、大きな制限がかかります。今日は、動産質・不動産質・権利質という3つの質権を並べながら、この「なぜ」を解いていきます。

3つの質権を一枚の比較板で見る

比較板(予告・空欄多め)。列=動産質/不動産質/権利質。行=目的物/成立要件/対抗要件/使用収益権/果実収取/利息/存続期間/375条準用。今回は列見出しと行見出しだけを示し、中身はこれから埋めていくことを示す矢印つき。 図:比較板(予告・空欄多め)。列=動産質/不動産質/権利質。行=目的物/成立要件/対抗要件/使用収益権/果実収取/利息/存続期間/375条準用。今回は列見出しと行見出しだけを示し、中身はこれから埋めていくことを示す矢印つき。

質権の目的になる物には、動産・不動産・権利の3種類があると前回触れました。今日は、この3つを同じ物差しで並べます。目的物、成立要件、対抗要件、使用収益権と果実収取、利息、存続期間、それに375条が準用されるかどうか。この7つの軸です。今はまだ空欄ですが、論点を1つ進めるごとに、この板の該当欄が埋まっていくとイメージしてください。最後にもう一度この板を出して、埋まった状態を見ます。まずは動産質から、成立と対抗の話です。

成立は引渡し、対抗は占有の継続

352条の全文カード背景。動産質権者は、継続して質物を占有しなければ、その質権をもって第三者に対抗することができない。前回の344条(成立=引渡し)との対比を上下に並べ、「成立」と「対抗」で矢印の色を変える。 図:352条の全文カード背景

動産質は、動産を目的とする質権です。ここで前回の復習を1つ挟みます。占有改定という引渡し方法だけは、質権の設定では使えませんでしたね。なぜ、占有改定では質権が成立しないのでしたか?時計が現実にBの手元に残ったままだと、Bを圧迫する効果が生まれないから、でした。要物契約として、実際に物を渡すことそのものが質権の本体でした。この引渡しには、実はもう1つの役割があります。読んでみます。

条文民法352条

民法第352条 動産質権者は、継続して質物を占有しなければ、その質権をもって第三者に対抗することができない。

動産質の引渡しには、成立要件としての役割と、対抗要件としての役割の両方が乗っています。占有した瞬間に質権は生まれ、その後も占有を続けている限り、第三者に「これは自分が預かっている質物だ」と主張できます。「成立は引渡し、対抗は占有の継続」という二段構えで覚えてください。この二段構えを頭に入れたうえで、冒頭の問いに戻ります。Aの店から時計が盗まれたら、この「占有の継続」が途切れます。では質権はどうなるのか。次で見ていきます。

占有を失ったら何が起きるか

353条の全文カード背景。動産質権者は、質物の占有を奪われたときは、占有回収の訴えによってのみ、その質物を回復することができる。352条(対抗要件)から353条(回復手段)への流れを矢印でつなぐ。 図:353条の全文カード背景

  • 動産質権者は、質物の占有を奪われたときは、占有回収の訴えによってのみ、その質物を回復することができる
  • 352条(対抗要件)から353条(回復手段)への流れを矢印でつなぐ

結論から言います。占有を失っても、動産質権そのものは消えません。352条が失わせるのは、あくまで第三者への対抗力だけです。古い大審院の判断でも、占有を失った質権者は対抗要件を失うにとどまり、質権自体は消滅しないとされています。質権はあるけれど、対抗できない状態になる、ということです。では、消えていない質権を使って、Aは時計を取り戻せるのでしょうか。ここで条文がもう1つ出てきます。

条文民法353条

民法第353条 動産質権者は、質物の占有を奪われたときは、占有回収の訴えによってのみ、その質物を回復することができる。

第三者に占有を奪われた場面では、使えません。ここが今日いちばんつまずきやすいところです。質権に基づいて「返せ」と請求する権利、これは物権的請求権と呼ばれる仕組みですが、第三者に占有を奪われた動産質権者は、この物権的請求権でその第三者から取り戻すことができません。使えるのは、占有回収の訴えだけです。占有の訴えの回で見た、占有を奪われた人が「返せ」と求める、200条の訴えです。さっき見た352条を思い出してください。動産質は、対抗要件を占有そのものに置く設計でした。占有こそが「これは自分の質物だ」という唯一のサインです。そのサインを失った人に、物権に基づく強い請求権まで認めてしまうと、占有という外から見えるサインだけを頼りに取引した第三者が、思わぬ形で不利益を受けてしまいます。だから、第三者から取り戻す手段は、あえて占有回収の訴えという、より限定された手段に絞られているんです。占有に賭けた制度だからこそ、占有を失った後は不利になる、これが353条の理由です。

立ち止まって考える

問いの板。時計を盗まれた場合と、落として拾われた場合とで、Aが使える手段は同じかを問いかけるシンプルな一言板。 図:問いの板

ここで一度考えてみてください。時計を盗まれた場合と、うっかり落として誰かに拾われた場合とで、Aが使える手段は同じでしょうか。占有回収の訴えは「占有を奪われたとき」の話でしたよね。盗まれたのと落としたのとでは、違いそうな気がします。実際に結論が変わります。誰に対して、どんな奪われ方をしたかで、3つのパターンに分けて見ていきましょう。

誰に対して、どう奪われたか、3パターンの検算

占有喪失3パターンの図(1枚に3コマ)。①A-時計←G(奪う・侵奪)、注記「占有回収の訴え〇・質権に基づく返還請求×」。②A→時計→B(任意に返す)、注記「質権に基づく返還請求〇」。③A…時計(落とす)→G(拾う・遺失)、注記「占有回収の訴え×・423条代位で対応」。 図:占有喪失3パターンの図

  • 1枚に3コマ
  • ①A-時計←G(奪う・侵奪)、注記「占有回収の訴え〇・質権に基づく返還請求×」。②A→時計→B(任意に返す)、注記「質権に基づく返還請求〇」。③A…時計(落とす)→G(拾う・遺失)、注記「占有回収の訴え×・423条代位で対応」。

1つ目、Gという第三者が、Aの店から時計を盗んだ場合です。これは典型的な侵奪にあたります。Aは、質権に基づく返還請求はできませんが、占有回収の訴えによって、Gから時計を取り戻せます。2つ目、AがうっかりBに時計を返してしまった場合です。返した相手は、質権の設定者本人であるBです。Bに対しても、占有回収の訴えしか使えないんですか。違います。相手が設定者Bであれば、Aは質権に基づく返還請求ができます。353条が制限しているのは、占有を失った後の回復手段のうち、外部の第三者との関係で対抗力を失うという場面です。設定者B自身に対しては、質権はもともと存続していますし、Bとの間で対抗力を云々する必要もありません。だから、当事者間では通常どおり請求できるんです。

3つ目、Aが時計を落として、それをGが拾った場合です。これは遺失であって、誰かに奪われたわけではありません。353条、そして条文が引く200条は、いずれも「占有を奪われたとき」に限定しています。遺失はこれに当たらないので、占有回収の訴えは使えません。Aに直接の手段はありません。ですが、Bは時計の所有者として、Gに対する返還請求権を持っています。AはこのBの権利を、423条の債権者代位権によって代位行使することで、間接的に時計を取り戻す道が残されています。債権者代位権は、責任財産の回で見た制度です。動こうとしない相手に代わって、その人が持っている権利を自分が使う、という仕組みでした。ここでは、Aが動かないBに代わって、Bの返還請求権を使い、Gに「時計を返せ」と求めるわけです。奪われたか、落としたか、この違いだけで使える手段がここまで変わるんです。どのパターンでも、質権そのものは消えていません。変わるのは、取り戻す手段だけです。

預かっている間、Aは何をしてよいか

350条準用の一覧板。297条(果実収取・利息への充当)、298条(善管注意義務・使用制限・違反時の消滅請求)、299条(費用償還請求権)を留置権の条文群として提示し、「詳細は留置権の回で」と注記。目的物の範囲は全部に及び、従物には、87条2項(従物は主物の処分に従う)があっても、引渡しがなければ及ばないことを併記。375条は動産質に不適用と明記。 図:350条準用の一覧板

  • 297条(果実収取・利息への充当)、298条(善管注意義務・使用制限・違反時の消滅請求)、299条(費用償還請求権)を留置権の条文群として提示し、「詳細は留置権の回で」と注記
  • 目的物の範囲は全部に及び、従物には、87条2項(従物は主物の処分に従う)があっても、引渡しがなければ及ばないことを併記
  • 375条は動産質に不適用と明記

時計を預かっている間、Aにはどんな権利義務があるのでしょうか。動産質権の効力は、付従性・随伴性・不可分性・物上代位性という通有性を全部持ちます。前回見た4担保の表で、質権だけが留置的効力と優先弁済的効力の両方に丸がついていたのを覚えていますか。質権者Aが預かった時計について何をしてよいかは、実は留置権の条文をそのまま借りる形で決まっています。350条という条文が、296条から300条や304条までを質権に準用しています。中身を3つだけ紹介します。まず、質物から生まれる果実を収取して、利息、次に元本の順で自分の債権に充てられる権利。次に、善良な管理者の注意で占有する義務と、設定者の承諾なしに使ったり貸したりしてはいけないという制限、これに違反すると設定者は質権の消滅を請求できます。最後に、時計の保存にかかった必要費や、価値を上げた有益費を、あとで償還してもらえる権利です。

どの条文も本拠地は留置権なので、詳しい中身は、留置権を扱う回で本格的に見ます。今日は、質権がこの条文群をまるごと借りているとだけ押さえてください。もう2つ、押さえておきたい点があります。1つは、質権の効力は目的物の全部に及ぶことです。ただし、従物には引渡しがない限り及びません。従物は主物の処分に従うという87条2項があっても、質権では現実に占有していない物にまで効力を広げることはできないからです。もう1つは、375条です。抵当権では、後順位の抵当権者を保護するために、利息などは満期後の最後の2年分に限られるという話をしましたね。

あの375条は、動産質には適用されません。動産に後順位の質権が競合する場面が、実務上ほとんど想定されていないからです。この違いは、このあと不動産質と比べるときにもう一度効いてきます。ここまでで、比較板の動産質の列がほぼ埋まりました。次は不動産質です。

対抗要件だけが違う、不動産質

不動産質の関係図。B(アパート一室)→A、対抗要件の吹き出しを「登記(177条)」に差し替え、動産質の「占有の継続」との対比を横に並べる。 図:不動産質の関係図

次は不動産質です。Bが所有するアパートの一室を、Aに質入れして500万円を借りる場面で考えます。アパートの一室も、質権の目的になります。成立要件は動産質と同じで、質権設定契約に加えて、実際の引渡しが必要です。占有改定が使えないのも同じです。対抗要件も、占有の継続なんですか。違います。不動産質の対抗要件は、占有ではなく登記です。アパートは動かせない不動産で、しかもAが自分では住まずに人へ貸してしまうこともあります。その場合、部屋の外から見ただけでは、誰がそこに質権を持っているかは分かりません。だから不動産質では、占有という見た目のサインではなく、177条の登記という記録で公示する仕組みに乗るんです。動産質は占有の継続が対抗要件でしたが、不動産質は登記さえ備えていれば、占有を一時的に離れても対抗力は落ちません。同じ「占有を要求される質権」でも、対抗の仕組みは目的物の性質でこう変わります。

使ってよい代わりに、利息はいらない

356〜359条の表裏板。使用収益権(356条)と利息禁止(358条)を天秤の左右に置き、357条(管理費用)を天秤の下に、359条(特約で外せる)を全体の枠外に注記。 図:356〜359条の表裏板

不動産質のいちばんの特徴です。読んでみます。

条文民法356条

民法第356条 不動産質権者は、質権の目的である不動産の用法に従い、その使用及び収益をすることができる。

動産質の時計と違って、Aはこのアパートを実際に使ってよいことになっています。ただし、その代わりがあります。

条文民法358条

民法第358条 不動産質権者は、その債権の利息を請求することができない。

使うことそのものが、利息の代わりだと考えてください。Aは家賃を得たり住んだりする利益を受け取る代わりに、貸したお金の利息は請求できません。使用収益権と利息禁止は、表と裏の関係にあるんです。動産質の果実収取は、留置権の準用によって、あくまで自分の債権の弁済に充当するためのものでした。不動産質の使用収益権は、それとは別に、利息の代わりとして与えられる利益です。優先弁済に充てるための収取ではなく、利息をもらわない代わりの使用収益、という位置づけの違いがあります。もう1つ、負担の話もセットです。

条文民法357条

民法第357条 不動産質権者は、管理の費用を支払い、その他不動産に関する負担を負う。

使わせてもらえる代わりに、管理コストもA持ちになります。ここまでの3つの条文には、抜け道があります。

条文民法359条

民法第359条 前三条の規定は、設定行為に別段の定めがあるとき、又は担保不動産収益執行(民事執行法第百八十条第二号に規定する担保不動産収益執行をいう。以下同じ。)の開始があったときは、適用しない。

使用収益・利息禁止・管理費用の3つはいずれも任意規定です。「利息は請求できる代わりに使用収益はしない」という設計に、AB間で変えることもできます。ここまでで、不動産質の使用収益・利息・管理費用の欄が埋まりました。次は存続期間と、抵当権とのつながりです。

10年の上限と、抵当権規定の準用

361条の準用板。不動産質→抵当権の規定を準用する矢印を太く描き、その中に375条(利息は最後の2年分)を含めて示す。動産質には375条が及ばないことを×印で対比。 図:361条の準用板

  • 不動産質→抵当権の規定を準用する矢印を太く描き、その中に375条(利息は最後の2年分)を含めて示す
  • 動産質には375条が及ばないことを×印で対比

不動産質には、動産質にはない期間の制限があります。

条文民法360条

民法第360条 不動産質権の存続期間は、十年を超えることができない。設定行為でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、十年とする。 不動産質権の設定は、更新することができる。ただし、その存続期間は、更新の時から十年を超えることができない。

更新はできますが、更新のたびに10年が上限です。占有していない設定者Bが、いつまでも自分の不動産を使えない状態に縛られすぎないための配慮です。もう1つ、大事な条文があります。

条文民法361条

民法第361条 不動産質権については、この節に定めるもののほか、その性質に反しない限り、次章(抵当権)の規定を準用する。

不動産質には、性質に反しない限り抵当権の規定がまるごと準用されます。ここに含まれるのが、さっき動産質のところで名前だけ出した375条です。動産質には及ばなかったこの375条が、不動産質には361条を通じて及びます。同じ質権でも、目的物が動産か不動産かで、この扱いが分かれるんです。

一問、思い出してください

想起確認の板。「抵当権者が利息を請求できるのは、満期となった最後の何年分までだったか」という問いかけの一言板。 図:想起確認の板

ここで1つ聞いてみます。抵当権者が請求できる利息は、満期となった最後の何年分までだったか、覚えていますか。たしか、最後の2年分でした。その375条が、不動産質にはそのまま準用されている、というつながりです。もう1つ、実務上の話に触れておきます。不動産質は、抵当権と同じ不動産を目的とする担保なのに、実際にはほとんど使われません。なぜですか。質権者が管理の負担を負い、しかも利息が取れないからです。抵当権であれば、占有も管理も設定者側に残したまま、利息も普通に請求できます。金融機関からすれば、特約なしの不動産質を選ぶ理由がありません。使用収益権という一見得な権利が、かえって不動産質を使いにくくしている、という一言だけ押さえてください。ここまでで、比較板の不動産質の列も埋まりました。最後は権利質です。

物の無い質権、権利質

権利質総論の板。362条1項(財産権を目的にできる)、2項(総則・動産質・不動産質を準用)、目的の限界として譲渡できる財産権に限る(343条準用)ことを示し、譲渡できない例として扶養請求権(881条・名前のみ)を注記。 図:権利質総論の板

ここまでの動産質・不動産質は、どちらも手で触れる「物」を預かる質権でした。権利質は違います。

条文民法362条

民法第362条 質権は、財産権をその目的とすることができる。 前項の質権については、この節に定めるもののほか、その性質に反しない限り、前三節(総則、動産質及び不動産質)の規定を準用する。

動産にも不動産にも当たらない財産権であれば、広く質権の目的にできます。ただし限界があります。譲渡できる権利でなければいけません。譲渡できない権利の典型例が、扶養請求権です。譲渡すること自体が認められていない権利を、優先弁済のために質入れすることはできません。持ち主が手放せない権利まで担保に取れてしまうと、制度として筋が通らないからです。権利質のうち、試験で問われるのはほとんどが債権質です。ここから債権質に絞って見ていきます。

債権譲渡と同じ対抗要件

債権質の関係図。B(設定者・原債権者)→F(第三債務者、300万円の債権)、A(質権者、対Bの被担保債権200万円)の三者関係。364条の対抗要件として、通知または承諾の矢印をB→Fに重ねて示す。 図:債権質の関係図

  • B(設定者・原債権者)→F(第三債務者、300万円の債権)、A(質権者、対Bの被担保債権200万円)の三者関係
  • 364条の対抗要件として、通知または承諾の矢印をB→Fに重ねて示す

設例で考えます。Bは、Fという人に対して300万円の貸金債権を持っています。この債権を目的に、AB間で質権を設定して、AがBに200万円を貸します。時計のような物ではなく、Bが持つ「Fに300万円を請求できる」という権利そのものを、質権の目的にします。ここで大事なのは対抗要件です。

条文民法364条

民法第364条 債権を目的とする質権の設定(現に発生していない債権を目的とするものを含む。)は、第四百六十七条の規定に従い、第三債務者にその質権の設定を通知し、又は第三債務者がこれを承諾しなければ、これをもって第三債務者その他の第三者に対抗することができない。

債権には占有できる実体がありません。だから対抗要件は、まだ扱っていない467条という条文、債権譲渡の対抗要件と同じ仕組みに乗り換わります。第三債務者Fに通知するか、Fが承諾するか、このどちらかが要ります。Fだけでなく、他の第三者にまで対抗するには、確定日付のある証書、たとえば内容証明郵便でこれを行う必要があります。詳しい中身は、債権譲渡を扱う別の回で見ることになります。今日は、債権質の対抗要件が債権譲渡と同じ構造だ、ということだけ押さえてください。

他の担保にはない、直接取立てという強さ

直接取立ての検算板。F→A(300万円のうち200万円を取立て)、F→B(残り100万円)の2本の矢印。366条3項の供託パターンも1枠で図解し、Fの弁済期3月1日、Aの被担保債権の弁済期6月1日という日付を添える。 図:直接取立ての検算板

  • F→A(300万円のうち200万円を取立て)、F→B(残り100万円)の2本の矢印
  • 366条3項の供託パターンも1枠で図解し、Fの弁済期3月1日、Aの被担保債権の弁済期6月1日という日付を添える

債権質には、動産質にも不動産質にもない強い効力があります。

条文民法366条

民法第366条 質権者は、質権の目的である債権を直接に取り立てることができる。 債権の目的物が金銭であるときは、質権者は、自己の債権額に対応する部分に限り、これを取り立てることができる。 前項の債権の弁済期が質権者の債権の弁済期前に到来したときは、質権者は、第三債務者にその弁済をすべき金額を供託させることができる。この場合において、質権は、その供託金について存在する。 債権の目的物が金銭でないときは、質権者は、弁済として受けた物について質権を有する。

裁判所の手続を経る必要はなく、設定者Bも間に入りません。ここが、他の担保物権には見られない強さです。なぜこんな強い力が認められるのか。債権は、時計のように手元に預かっておける物ではありません。預かれない代わりに、支払われるお金そのものを押さえる、それが債権質の実行のしかただからです。ただし無制限ではありません。数字で検算してみましょう。AがBに対して持つ被担保債権は200万円で、BのFに対する債権は300万円でした。Aが取り立てられるのは、いくらまでだと思いますか。Aは自分の債権額に当たる200万円分までしか取り立てられません。その差額の100万円は、Bに支払われます。Aが300万円全額を独り占めすることはできません。

そこで3項が効きます。たとえば、Fの弁済期が3月1日、Aの被担保債権の弁済期が、6月1日だとしましょう。3月1日の時点では、Aはまだ取り立てる立場にありません。この場合、Aは、第三債務者Fに300万円全額を供託させることができます。供託されたお金の上に質権が乗り、6月1日になったら、その供託金から200万円分の権利を行使できます。最後にもう1つだけ。目的物が金銭ではなく物だった場合は、Aは受け取ったその物について質権を持つことになります。ここは名前だけ押さえておいてください。なお、設定者Bのほうは、質権のついた債権を勝手に免除したり相殺したりして、その価値を損なうことは許されないと考えられています。ここまでで、比較板の権利質の列も埋まりました。最後に、3つを並べながらまとめます。

3つの質権、占有の扱いはこう変わる

比較板(完成版)。列=動産質/不動産質/権利質。行=目的物(動産/不動産/財産権)、成立要件(引渡し/引渡し/契約)、対抗要件(占有の継続352/登記177/通知・承諾364)、使用収益権(なし/あり356/なし)、果実収取(あり350準用297/使用収益として吸収/該当なし)、利息(請求可・375不適用/請求不可358/直接取立て366)、存続期間(制限なし/10年360)、375条準用(不適用/361条経由で適用/該当なし)。 図:比較板(完成版)。列=動産質/不動産質/権利質。行=目的物(動産/不動産/財産権)、成立要件(引渡し/引渡し/契約)、対抗要件(占有の継続352/登記177/通知・承諾364)、使用収益権(なし/あり356/なし)、果実収取(あり350準用297/使用収益として吸収/該当なし)、利息(請求可・375不適用/請求不可358/直接取立て366)、存続期間(制限なし/10年360)、375条準用(不適用/361条経由で適用/該当なし)。

最初に出した比較板を、埋まった状態でもう一度見てみましょう。動産質は、占有の継続が対抗要件そのものでした。占有を失っても質権は消えませんが、対抗力が落ちます。第三者に奪われたときに取り戻す手段は、占有回収の訴えに限られます。不動産質は、占有に使用収益権までついてきます。使ってよい代わりに利息は請求できず、管理費用を負い、10年という期間の縛りもあります。抵当権の規定を準用する結果、375条という制限もここに及んできます。そして権利質は、そもそも預かる「物」がありません。だから対抗要件は債権譲渡と同じ仕組みに乗り換わり、その代わりに、他の担保にはない直接取立てという強い効力が与えられます。抵当権を占有ゼロの原点だとすると、動産質は占有をサインとして使い、不動産質は占有を使用収益にまで広げ、権利質は占有という道具そのものを手放して直接取立てに乗り換える。この一本の流れが、今日見てきた3つの質権のすべてです。

占有こそが動産質の対抗要件だからこそ、それを失った質権者には、限られた回復手段しか与えられません。今日の3つの質権は、これで一区切りです。

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#139単独ページ動画

留置権と同時履行の抗弁権

第3章 担保物権 #139/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

直した時計を、返さなくていいのか

冒頭の関係図。B(依頼主)がAの時計店に腕時計を持ち込み修理を依頼→Aが修理完了→Bが「代金は後で払うから時計を返して」と要求。矢印は債権(claim・->・青、修理代金3万円 A→B=AがBに請求)と占有(transfer・=>・金、時計 B→A、修理後もAが占有継続)の2本。吹き出しに「Aは突っぱねていいのか」。 図:冒頭の関係図

  • B(依頼主)がAの時計店に腕時計を持ち込み修理を依頼→Aが修理完了→Bが「代金は後で払うから時計を返して」と要求
  • 矢印は債権(claim・->・青、修理代金3万円 A→B=AがBに請求)と占有(transfer・=>・金、時計 B→A、修理後もAが占有継続)の2本

Bが、自分の腕時計をAの時計店に持ち込んで、修理を頼んだとします。修理代金は3万円。Aは無事に直しましたが、Bは「お金は後で払うから、先に時計を返してほしい」と言ってきました。Aは、代金を受け取るまで時計を渡さずにいることができるでしょうか。結論から言うと、Aは代金を受け取るまで時計を留めておくことができます。前回・前々回で見た質権は、最初にBとAが「質権を設定する」と合意して、実際に物を渡さないと成立しない担保でした。今日見る留置権は、そういう約束が一切なくても、要件さえ満たせば法律が勝手に認めてくれる担保です。この違いから始めます。

約束なしに発生する担保、留置権の意義

295条1項本文の全文カード背景。「他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。」の3つの要素(占有・その物に関して生じた債権・弁済を受けるまで)にそれぞれ下線。 図:295条1項本文の全文カード背景

まず条文を読みます。

条文民法295条

民法第295条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。 2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

時計の占有と修理代金の債権、この2つが揃うと、Aは代金の弁済を受けるまで時計を留置できます。ここで大事なのは、この権利が発生するのに、AB間の合意が一切要らないという点です。たとえば、AがBに別に5万円を貸していて、その返済が無い、というだけなら、修理で預かった時計を留めることはできません。5万円は、時計とは関係のないところで生まれた借りだからです。この線引きは、最後に牽連性という要件として見ます。質権は、当事者が約束して初めて成立する担保物権、約定担保物権でした。それに対して留置権は、当事者が何も約束していなくても、法律が定める要件さえ満たせば当然に発生する担保物権です。これを法定担保物権と呼びます。

Aは「代金を払ってもらうまで返さない」と思っただけで、法律用語すら知らなくてもかまいません。要件を満たした事実さえあれば、法律の力でこの権利が生まれます。この「約束なしに発生する」という発生原因の違いが、留置権を理解する最初の一歩です。趣旨は、当事者間の公平です。物を直したり、代金を立て替えたりした人が、相手にお金を払わせる手立てもないまま物を先に取り上げられてしまうのでは、あまりに不公平だからです。

留置権にあるもの・ないもの

通有性一覧板。付従性・随伴性・不可分性(296条)に丸、物上代位性に×。効力欄は留置的効力に丸、優先弁済的効力に×。前回までの担保物権比較表の該当行を再掲する形で示す。 図:通有性一覧板

  • 付従性・随伴性・不可分性(296条)に丸、物上代位性に×
  • 効力欄は留置的効力に丸、優先弁済的効力に×
  • 前回までの担保物権比較表の該当行を再掲する形で示す

留置権にあるものと無いものを整理します。担保物権に共通する性質のうち、付従性・随伴性・不可分性は留置権にもあります。ただし物上代位性だけは、留置権にはありません。物上代位性は、担保に取った物が燃えたり売られたりしてお金に形を変えたとき、そのお金にまで担保の力が追いかけていく性質でした。留置権だけそれが無い理由は、もう1つの軸、効力の種類から見えてきます。留置権が持っているのは留置的効力、つまり目的物を留めておいて相手にプレッシャーをかける力だけです。時計を返してほしいBは、結局3万円を払うしかなくなる、という力です。優先弁済的効力、つまり目的物を競売にかけて優先的にお金を回収する力は、留置権にはありません。

留置権の力は時計を留めておくところにあるので、留める時計が無くなれば、その先のお金に及ぶ力もありません。質権や抵当権のように、優先して回収する力を持つ担保だから、形を変えた先まで追いかけられるわけです。ただし、ここに面白い逆転があります。優先弁済的効力が無いはずなのに、結果としてお金を優先的に回収できてしまう場面があるんです。その前に、なぜ無いのかを確認しておきます。

質問です

想起確認の板。「留置権に優先弁済的効力が無いのは、なぜでしたか?」という一言板。 図:想起確認の板。「留置権に優先弁済的効力が無いのは、なぜでしたか?」という一言板。

担保物権の全体像を見た回で、担保物権を4つとも表に並べて、留置権にだけ優先弁済的効力が無い理由を確かめました。思い出してください。なぜ無いのでしたか?留置権は、物の価値を先取りする権利ではなく、物を留めて相手に圧力をかける権利だから、でした。同じように物を手元に置く担保でも、質権は価値を先取りし、留置権は留めて迫るだけです。この違いを頭に入れたまま、次の話を聞いてください。

無いはずの効力が、事実上生まれる場面

競売と留置権の関係図。工務店が留置する建物を、所有者の他の債権者Gが差し押さえて競売を申し立てる(Gから建物へ向かう線・債権矢印ではない)→買受人Fが登場。Fの吹き出しに「留置権者に修繕代金を払わないと建物が受け取れない」。工務店が買受人Fに修繕代金の弁済を求める向き(claim・->・青、工務店→F)。 図:競売と留置権の関係図

  • 工務店が留置する建物を、所有者の他の債権者Gが差し押さえて競売を申し立てる(Gから建物へ向かう線・債権矢印ではない)→買受人Fが登場
  • 工務店が買受人Fに修繕代金の弁済を求める向き(claim・->・青、工務店→F)

ここは時計ではなく、建物で考えます。担保物権の全体像を見た回で、修繕代金を払ってもらえない工務店が、直した建物を引き渡さずにいる話をしました。その建物を、所有者の他の債権者Gが差し押さえて競売にかけ、Fが買い受けたとしましょう。競売にかけられても、工務店が黙って建物を明け渡すことにはなりません。その回で見た条文をもう一度確認します。不動産の留置権については、買受人は、留置権者が持つ債権を弁済する責任を負います。買受人に弁済の責任を負わせるこの条文が、民事執行法59条4項です。この条文があるおかげで、Fは修繕代金を工務店に支払わない限り、建物の引渡しを受けることができません。留置権自体には、法律上、優先的にお金を取ってくる力はありません。それでも、留置権者に弁済しない限り物を渡してもらえないという結果になるので、実質的には優先弁済を受けたのと同じことが起きます。これを事実上の優先弁済的効力と呼びます。

なお、時計のような動産の場合は、そもそもAが差し出すことに応じない限り、他の債権者は時計を差し押さえられません。もう1つ、今日新しく押さえておきたい条文があります。留置権者には、自分から競売を申し立てる権利もあります。

条文民事執行法195条

民事執行法第195条 留置権による競売及び民法、商法その他の法律の規定による換価のための競売については、担保権の実行としての競売の例による。

留置権者のAが、自分から時計の競売を申し立てることもできます。たとえばBが修理代を払わないまま、何年も時計を取りに来ないとします。Aは払ってもらうまで留め続けられますが、そのあいだ保管の手間はずっと続きます。そこでA自身が競売を申し立てて、時計をお金に換える道が用意されています。ただし、この競売で得たお金についても、Aが他の債権者より優先して取り分を確保できるわけではありません。あくまで、物を留め続けるだけでは決着がつかない場面に、換価の手段を与えているだけです。優先弁済的効力が無いという建前と、事実上お金が回収できるという実際の結果、この2つは矛盾していません。留置的効力を徹底することで、結果的に優先弁済に近い状態が生まれている、という理解で押さえてください。

似ているのに別物、同時履行の抗弁権との違い

留置権と同時履行の抗弁権の比較表(4行2列)。行=①法的性質(物権/債権に伴う権利)②不可分性(あり296条/なし)③代担保による消滅請求(あり301条/なし)④競売申立権(あり民執195条/なし)。表の上に共通点2つ(履行の拒絶・趣旨は公平)を注記。 図:留置権と同時履行の抗弁権の比較表

  • 4行2列
  • 行=①法的性質(物権/債権に伴う権利)②不可分性(あり296条/なし)③代担保による消滅請求(あり301条/なし)④競売申立権(あり民執195条/なし)。表の上に共通点2つ(履行の拒絶・趣旨は公平)を注記。

留置権とよく似た制度に、同時履行の抗弁権があります。以前扱った533条です。留置権も同時履行の抗弁権も、相手が払うまで自分の側の引渡しを拒めるという点は共通しています。趣旨も、当事者間の公平という点で同じです。ここまでは似ています。いちばん大きな違いは、法的性質です。留置権は物権なので、誰に対してでも主張できます。今日の例で言えば、Aは、Bに対してだけでなく、時計について権利を主張してくる第三者に対しても留置権を主張できます。同時履行の抗弁権は債権に伴う権利なので、契約の相手方に対してしか主張できません。ここが1つ目の違いです。ほかの3つは、留置権の側にだけ条文がある、という差です。時計の例で見ます。まず不可分性です。Bが3万円のうち2万円だけ払ってきても、Aは残り1万円の弁済を受けるまで、時計の全部を留め続けられます。296条です。同時履行の抗弁権では、相手が一部を履行すれば、拒める範囲もその割合に応じて小さくなるのが基本で、全部を拒み続ける仕組みはありません。

そこで2つ目が301条です。たとえば時計が50万円の品なら、Bは3万円に見合う別の担保を差し出して、留置権を消してほしいと請求できます。約束なしに発生し、しかも全部を留め続けられる強い権利なので、債務者の側に出口が用意されているわけです。同時履行の抗弁権には、これに当たる規定がありません。最後に、さっき見た競売申立権も、留置権にはあっても同時履行の抗弁権にはありません。共通点が2つ、相違点が4つですね。両方の要件を満たす場面もあるんですか。あります。たとえば売買契約の売主が、まだ代金を受け取っていない目的物を占有しているような場合です。この場合、留置権と同時履行の抗弁権の両方が成立しえます。両方が成立する場合は、どちらを行使してもかまわないと理解されています。物権としての強さを使いたいなら留置権、契約関係の中で処理したいなら同時履行の抗弁権、と場面に応じて使い分けられる、というイメージです。

成立要件①、他人の物の占有

302条の全文カード背景。「留置権は、留置権者が留置物の占有を失うことによって、消滅する。」の下に、298条2項による例外(賃貸・質入れ)を注記の吹き出しで添える。上段に自己占有・代理占有どちらでもよいことを示す小さな図。 図:302条の全文カード背景

ここから、留置権が成立するための要件を見ていきます。要件は全部で4つありますが、今日はそのうち2つ、他人の物の占有と、牽連性を扱います。まず1つ目、他人の物の占有です。295条の「占有」には、自分で直接持っている自己占有だけでなく、代理占有も含まれます。以前、賃貸人が賃借人を通じて物を占有している場面を見ましたが、あれと同じ考え方です。Aが誰かに保管を頼んでいても、占有という要件は満たされます。占有は、最初に成立するときだけ要るんですか。それとも、ずっと持っていないといけないんですか。両方です。占有は成立要件であると同時に、存続要件でもあります。ここで条文を読みます。

条文民法302条

民法第302条 留置権は、留置権者が留置物の占有を失うことによって、消滅する。ただし、第二百九十八条第二項の規定により留置物を賃貸し、又は質権の目的としたときは、この限りでない。

Aが時計をうっかりBに返してしまったら、それだけで留置権は消えてしまうんですか。消えます。占有を失った時点で、留置権そのものが消滅します。例外は、298条2項に基づいて留置物を賃貸したり質入れしたりした場合だけです。この場合はBの承諾のもとで占有の形が変わっているだけなので、留置権は消えません。298条は、留置している物の扱い方を定めた条文で、Bの承諾なしに使ったり貸したりしてはいけない、としています。質権のときに見た352条は、占有を失っても質権自体は消えず、対抗力だけが落ちるという話でしたよね。留置権は違うんですか。そこが対照的なところです。動産質は、占有を失っても権利自体は残り、対抗力だけを失いました。留置権は、占有を失うと権利そのものが消えてしまいます。占有の重みが、留置権のほうがより大きいと考えてください。

奪われた場合には、以前見た占有回収の訴えによって取り戻す道が残っています。訴えを起こして実際に取り戻せば、占有はずっと続いていたものとみなされるので、留置権も途中で消えたことにはなりません。203条ただし書の働きです。もう1つ、この占有には別の役割もあります。不動産を留置している場合、以前見たとおり、この占有そのものが第三者への対抗要件の役割を果たすので、登記が無くても第三者に留置権を主張できます。

成立要件②、その物に関して生じた債権であること

牽連性の3類型一覧板。①土地の売買代金債権(売主が土地を占有)②必要費・有益費の償還請求権(196条・占有者が費用を投じた物を占有)③修理代金債権(Aが時計を占有)。3つとも「物」と「債権」を結ぶ矢印を同じ図式で並べる。 図:牽連性の3類型一覧板

  • ①土地の売買代金債権(売主が土地を占有)②必要費・有益費の償還請求権(196条・占有者が費用を投じた物を占有)③修理代金債権(Aが時計を占有)
  • 3つとも「物」と「債権」を結ぶ矢印を同じ図式で並べる

もう1つの要件が、「その物に関して生じた債権」であること、これを牽連性と呼びます。留置権の要件の中でも、いちばん重要な要件です。「その物をめぐって生まれた借り」と言い換えてください。今日の設例で言えば、修理代金債権は、まさに時計そのものを直したことから生まれた債権です。時計と修理代金債権は、切っても切り離せない関係にあります。典型例が3つあります。1つ目は、土地の売主が持つ売買代金債権です。売主が土地を占有したまま代金を受け取っていない場合、その土地と代金債権には牽連性があります。2つ目は、以前見た必要費や有益費の償還請求権です。

占有者が物のために支出した費用と、その物自体に牽連性が認められます。3つ目が、今日の設例そのもの、修理契約に基づく修理代金債権です。売買代金債権、費用償還請求権、修理代金債権、この3つはいずれも「物からお金の話が生まれた」という一本の筋で説明できます。最初に見た、AがBに貸した5万円のように、時計とは関係のないところで生まれた借りを理由に、たまたま手元にある時計を留めておくことは、牽連性が無いのでできません。牽連性がある物にだけ、当事者の約束なしに留置権という強い権利が発生する。だからこそ、この要件は厳格に見られます。牽連性をめぐっては、第三者に転売された物を留置できるかといった、もう一段踏み込んだ論点もあります。今日はまず、この3つの典型例で牽連性のイメージを固めてください。

約束なしに生まれ、留めるだけで効く

今日のまとめ板。「法定担保物権(合意不要)」「優先弁済的効力なし・留置的効力のみ」「事実上の優先弁済(民執59条4項・195条)」「同時履行の抗弁権との違い(物権か債権に伴う権利か)」「成立要件(295条)=①他人の物の占有②その物に関して生じた債権(牽連性)」の5項目を1枚に並べる。 図:今日のまとめ板

今日の内容を振り返ります。留置権は、質権のような合意を経ずに、要件さえ満たせば当然に発生する法定担保物権でした。留置権にあるのは留置的効力だけで、優先弁済的効力そのものはありません。それでも、買受人が弁済しない限り物を受け取れないという規律のおかげで、事実上優先弁済を受けたのと同じ結果が生まれます。留置権者自身が競売を申し立てる道も用意されています。誰にでも主張できるか、契約の相手方にしか主張できないか、この根っこの違いに加えて、不可分性、代担保による消滅請求、競売申立権という3つの差がありました。そして成立要件のうち、他人の物の占有は自己占有でも代理占有でもよく、占有を失えば留置権そのものが消滅します。牽連性は、物とお金の話が同じ出来事から生まれているかどうかで判断される要件でした。

約束なしに生まれ、優先的にお金を取ることはできなくても、物を留めているだけで相手を動かす。これが留置権の骨格です。

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#140単独ページ動画

牽連性と留置権の範囲

第3章 担保物権 #140/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

建物は留置できるのに、部屋は無理なのか

冒頭の対比図。左側に「土地を返す場面」でAが建てた建物とB所有の土地、右側に「部屋を出る場面」でAが取り付けたエアコンとB所有の部屋を並べる。両方に共通の吹き出し「代金を払ってもらうまで、居座っていいのか」を配置。 図:冒頭の対比図

借りていた土地を返すとき、建てた建物の代金を払ってもらうまでは、建物だけでなく土地にまで居座っていいのか。今日はこの問いから始めます。もう1つ、似た形の問いがあります。借りていた部屋を出るとき、取り付けたエアコンの代金を払ってもらうまでは、エアコンだけでなく部屋そのものに居座っていいのか。そっくりな形をしていますが、法律の答えは正反対になります。土地のほうは居座れて、部屋のほうは居座れません。今日は、この2つの場面を比べながら、なぜ結論が分かれるのかを見ていきます。

借地を返すとき、建物はどうなるのか

借地借家法13条1項の全文カード背景。「建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる」に下線。 図:借地借家法13条1項の全文カード背景

まず前提を確認します。Aが、建物を建てる目的でBから土地を借りていたとします。これを借地権と呼びます。この借地契約の期間が満了して、更新もされなかったとします。Bは「土地を返してほしい」と言えますが、Aが建てた建物はどうなるのでしょうか。そこで条文があります。

条文借地借家法13条1項

借地借家法第13条第1項 借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。

条文の『権原により』は、借地権という正当な権利に基づいて、という意味です。Aは、建物を時価で買い取るようBに請求できます。この請求権を建物買取請求権と呼びます。この権利は形成権と呼ばれる種類の権利で、Aが請求した瞬間に、当然に建物の売買契約が成立します。Aは建物の所有権をBに渡す代わりに、建物の代金債権を取得します。たとえば建物の時価が600万円だったとすると、Aは600万円の代金債権を持つことになります。Aは、この代金債権を被担保債権として、建物に対する留置権を取得します。前回見た295条の要件、つまり他人のものを占有していることと、債権がその物に関して生じていること、が、ここでも成り立っています。なお、第三者が建物を譲り受けた場合にも同じような買取請求権が認められていますが、今日はこの借地借家法13条の場面で考えます。

建物だけ留置して、土地は返せるのか

反射的効力の関係図。Aが建物を留置しつつ、Bが「代金は後で払う。まず土地を明け渡せ」と要求する構図。建物と敷地が一体で分離できないことを矢印や網掛けで示し、建物の留置(留置的効力)から敷地への矢印(反射)を点線で描く。 図:反射的効力の関係図

  • Aが建物を留置しつつ、Bが「代金は後で払う。まず土地を明け渡せ」と要求する構図
  • 建物と敷地が一体で分離できないことを矢印や網掛けで示し、建物の留置(留置的効力)から敷地への矢印(反射)を点線で描く

建物はもうBの物ですが、Aは600万円をもらうまで建物を留置できます。そこでBが「代金は後で払う。まず土地を明け渡せ」と言ってきたとします。土地についてはどうでしょうか。条文上、留置権が発生しているのは建物だけです。ですが、建物を留置しながら、土地だけをBに明け渡すことは、実際にはできません。建物の留置を認めた意味そのものが、土地を明け渡した瞬間に失われてしまいます。そこで、建物の引渡しを拒める効力が、その敷地にも及ぶと考えます。これを反射的効力と呼びます。建物を守るために発生した効力が、そのおまけとして敷地にも跳ね返ってくる、というイメージです。

判例の結論板。「建物の代金を受け取るまでは、建物だけでなく敷地の明渡しも拒める」という判例の結論を大きく示す(判旨の引用の形にせず、「効力が及ぶ」という理由づけは板に書かない)。判例名は隅に小さく表示(大判昭14・8・24)。 図:判例の結論板

  • 「建物の代金を受け取るまでは、建物だけでなく敷地の明渡しも拒める」という判例の結論を大きく示す(判旨の引用の形にせず、「効力が及ぶ」という理由づけは板に書かない)
  • 判例名は隅に小さく表示(大判昭14・8・24)

判例も、建物の代金を受け取るまでは、敷地の明渡しも拒めるという結論をとっています。この結論を説明するのが、今見た反射的効力という考え方です。建物と敷地を切り離せない以上、建物の留置権の効力が敷地にも反射的に及ぶ、と考えるわけです。

居座ってよいことと、タダでよいことは別問題

一言板。「留置できる≠タダで使える」を大見出しにし、地代を月3万円と仮定した場合、敷地を使い続ける間はその地代相当額の不当利得返還義務が発生する、という注記を添える。判例名は隅に小さく表示(最判昭35・9・20)。 図:一言板

  • 「留置できる≠タダで使える」を大見出しにし、地代を月3万円と仮定した場合、敷地を使い続ける間はその地代相当額の不当利得返還義務が発生する、という注記を添える
  • 判例名は隅に小さく表示(最判昭35・9・20)

ただし、ここで注意が必要です。Aは敷地を留置できても、その間タダで使ってよいわけではありません。たとえば地代がひと月3万円だったとすると、Aは敷地を使い続けるあいだ、その月3万円に相当する金額をBに返す義務を負います。借地契約が終わった以上、Aにはもう土地を使う法律上の理由がありません。理由なく他人の土地で得をした分は返す、というのが不当利得の考え方で、その詳しい中身は改めて扱います。留置権は居座る権利であって、無償で使う権利ではありません。

同じ形の問いを、部屋で考える

想起・予想の板。「さっきの建物と敷地の話と同じように考えると、エアコンの代金を理由に建物まで留置できそうに思えますが、どうでしょうか?」という一言問いかけ板。 図:想起・予想の板

ここで場面を変えます。今度は、Aが建物を借りて住んでいる場合です。Aは、Bの同意を得て、部屋にエアコンを取り付けました。このように、建物に付け加えた、あとから取り外せる設備を造作と呼びます。さっきと違って、今度は建物自体を借りているんです。建物の賃貸借契約が終了したとき、Aはこのエアコンをどうすればよいでしょうか。そこで、造作買取請求権という条文があります。

条文借地借家法33条1項

借地借家法第33条第1項 建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳、建具その他の造作がある場合には、建物の賃借人は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときに、建物の賃貸人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができる。建物の賃貸人から買い受けた造作についても、同様とする。

Aが請求すると、エアコンについて当然に売買契約が成立し、Aはエアコンの所有権を失う代わりに、エアコンの代金債権を取得します。たとえばエアコンの時価が5万円だったとすると、Aは5万円の代金債権を持ちます。この代金債権を被担保債権として、エアコンに対する留置権を取得します。ここまでは、さっきの建物買取請求権とまったく同じ構造です。実は、ここで結論が変わります。判例は、エアコンの代金債権を理由に建物を留置することを認めていません。

判例の要旨紹介板。「造作の代金債権は、造作に関して生じた債権であって、建物に関して生じた債権ではない」という判示の要旨を大きく示す。判例名は隅に小さく表示(最判昭29・1・14)。 図:判例の要旨紹介板

  • 「造作の代金債権は、造作に関して生じた債権であって、建物に関して生じた債権ではない」という判示の要旨を大きく示す
  • 判例名は隅に小さく表示(最判昭29・1・14)

判例は、造作の代金債権は、あくまで造作に関して生じた債権であって、建物に関して生じた債権ではない、としています。つまり、建物との牽連性が認められない、という判断です。Aはエアコンについては留置権を主張できますが、建物についてはBの明渡し請求に応じるしかありません。

結論が割れる2つの物差し

2軸整理の比較表。縦軸に「分離可能性」「価格の釣り合い」、横軸に「建物と敷地(できる)」「造作と建物(できない)」。各セルに一言理由(一体不可分/分離可能、問題にしない(押さえないと建物の留置が無意味)/著しい価格差)を入れ、建物代金600万円・地代月3万円・造作代金5万円・借家の建物 時価500万円の数字も添える。 図:2軸整理の比較表

  • 縦軸に「分離可能性」「価格の釣り合い」、横軸に「建物と敷地(できる)」「造作と建物(できない)」
  • 各セルに一言理由(一体不可分/分離可能、問題にしない(押さえないと建物の留置が無意味)/著しい価格差)を入れ、建物代金600万円・地代月3万円・造作代金5万円・借家の建物 時価500万円の数字も添える

同じ「買取請求権の代金債権で、隣にある別の物まで留置できるか」という問いなのに、結論が正反対になりました。理由を2つの物差しで整理します。その前に1つ確認します。判例は造作の場面で「建物に関して生じた債権ではない」と言いましたが、実は建物買取の場面でも、あの600万円という代金は建物に対して払われるもので、土地に対してではありません。どちらも、隣の物との牽連性はありません。違いは、それでも隣の物まで押さえさせるかどうかで、それを決めるのが次の2つの物差しです。1つ目は、物理的な分離可能性です。建物と土地は、建物を留置しながら土地だけ明け渡すことが現実にできません。一体になっていて、切り離せないんです。

エアコンだけを取り外して留置し、建物のほうは明け渡すことが物理的に可能です。切り離せる以上、エアコンの留置権の効力を建物にまで広げる必要がありません。2つ目の物差しは、価格の釣り合いです。ただし、これは単独で働く物差しではなく、1つ目の物差しで切り離せると分かった場面で効いてきます。さっきの数字で比べてみます。エアコンの代金は5万円でしたが、建物の時価はおよそ500万円と仮定します。この著しい価格差があるのに、5万円の代金を確保するためだけに、500万円の建物全体を留置できるとしたら、Bにとって酷すぎます。

実は、土地のほうが建物よりずっと高いことも珍しくありません。それでも敷地まで留置できるのは、敷地を押さえないと、建物の留置権そのものが意味を失うからです。値段の差だけなら、前回の時計の話と同じで、3万円の修理代のために50万円の時計を丸ごと留め続けることも認められていました。つまり価格の差は、それだけでは留置を否定する理由になりません。切り離せる物のために、はるかに高い別の物まで押さえるのは、公平に反します。隣の別の物まで留置できるのは、それを押さえないと本来の留置権が意味を失う場合だけです。建物と敷地はこれに当たり、エアコンと建物は当たりません。敷地の側でBが損をしすぎないように調整しているのが、さっきの地代相当額の不当利得です。

牽連性は、範囲まで一枚岩ではない

今日のまとめ板。「建物買取請求権→敷地まで留置できる(反射的効力)」「留置できる≠タダ(地代相当額の不当利得)」「造作買取請求権→建物までは留置できない(造作の留置は可)」「分かれ目は分離可能性(切り離せる物で高い物まで押さえるのは公平に反する)」の4項目を1枚に並べる。 図:今日のまとめ板

今日の内容を振り返ります。建物買取請求権を行使したAは、建物の代金債権を理由に建物を留置でき、反射的効力によって敷地まで留置できます。ただし、敷地を使い続ける間は地代相当額の不当利得返還義務を負います。一方、造作買取請求権を行使したAは、造作の代金債権を理由に造作は留置できますが、建物までは留置できません。牽連性は、物とお金が同じ出来事から生まれているかを見る要件でしたが、隣接する別の物にまで効果を広げられるかどうかは、この2つの物差しでさらに絞られます。

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#141単独ページ動画

二重譲渡と留置権・不法占有

第3章 担保物権 #141/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

代金を払った買主は、居座れるのか

冒頭の対比図。左に「代金を全額払い、鍵をもらって住んでいる家」を描き、右にその家の登記簿の名義が別の人に移っている様子を描く。中央に吹き出し「出て行けと言われたら、払ったお金を理由に居座れるのか」。 図:冒頭の対比図

代金を全部払って、鍵ももらって、もう何年も住んでいる家があるとします。ところが、その家の売主が、同じ家を別の人にも売っていて、その人が先に登記を備えてしまいました。登記を備えた人が家の所有者になり、先に住んでいた人は所有権を失います。所有者になった人から「出て行け」と言われたとき、「払ったお金を返してもらうまでは出ていかない」と言えるでしょうか。結論から言うと、言えません。今日はその理由を、前回・前々回で固めた牽連性という要件を使って解き明かします。

時計の続き、留置権はいつ生まれたかで決まる

時計の関係図(前々回の延長)。Bが時計店Aに修理を依頼→Aが修理完了し、代金債権が発生(claim・->・青、A→B)→この時点でBは債務者であり、時計の返還を求める立場でもある→その後、Bが代金を払わないまま時計をFに譲渡(transfer・=>・金、B→F)→Fが引渡しを請求→Aは留置権をFにも主張できる(OK)。 図:時計の関係図

  • 前々回の延長
  • Bが時計店Aに修理を依頼→Aが修理完了し、代金債権が発生(claim・->・青、A→B)→この時点でBは債務者であり、時計の返還を求める立場でもある→その後、Bが代金を払わないまま時計をFに譲渡(transfer・=>・金、B→F)→Fが引渡しを請求→Aは留置権をFにも主張できる(OK)。

前々回、Bが時計の修理をAに依頼し、Aが修理を終えた時点で、Aは修理代金債権を取得し、その時計に留置権を取得する、と見ました。この瞬間、時計を返してほしいと言えるのはBで、代金を払うべきなのもBです。ここが今日いちばん大事な出発点です。留置権が発生したこの瞬間、被担保債権の債務者と、物の返還を求める立場の人が、同じBだったんです。この状態のあと、Bが代金を払わないまま、この時計をFに譲渡したとします。Fが「時計を渡せ」と言ってきても、Aは留置権をFに対しても主張できます。ただ、今日はその理由をもう一歩深く言葉にします。留置権は、物を返さないことで、払うべき人に圧力をかける権利でした。この圧力が効くのは、物を返してほしい人と、払うべき人が同じだからです。

295条の「その物に関して生じた債権」、つまり牽連性は、この結びつきを求めています。そして、この結びつきがあるかは、留置権が生まれた時点で確かめます。生まれた時点で債務者と返還請求権者が同じ人物だったからこそ、その後にその物が誰の手に渡ろうと、Aの留置権は揺らぎません。この「生まれた時点で同じ人物か」という視点を、これから軸として使っていきます。

転売されても、売主は留置できる

転売の関係図。売主Aが商品(バイク、代金80万円)をBに売却・未引渡しでAが占有を続ける、代金債権を取得(claim・->・青、A→B)→この時点でBは債務者であり、商品の返還を求める立場でもある→Bが代金を払わないまま商品をFに転売(transfer・=>・金、B→F)→Fが引渡しを請求→Aは留置権をFにも主張できる(OK・最判昭47・11・16)。 図:転売の関係図

この軸を、売買代金債権の場面で確認します。売主Aが、中古のバイクを80万円でBに売りましたが、代金がまだ払われていないので、バイクはまだAの手元にあります。だからAは、代金を払ってもらうまでバイクを留置できます。この瞬間、Aは代金債権の債権者、Bはその債務者であり、かつバイクを渡してと求める立場でもあります。ここでBが、代金を払わないままこのバイクをFに転売したとします。Fが引渡しを求めてきても、Aは留置権をFにも主張できます。判例もこの結論をとっています。

判例最判昭47・11・16 民集26巻9号1619頁

留置権の物権としての効力 この残代金債権は本件土地建物の明渡請求権と同一の売買契約によつて生じた債権であるから、民法二九五条の規定により、上告人はDに対し、残代金の弁済を受けるまで、本件土地建物につき留置権を行使してその明渡を拒絶することができたものといわなければならない。ところで、留置権が成立したのち債務者からその目的物を譲り受けた者に対しても、債権者がその留置権を主張しうることは、留置権が物権であることに照らして明らかである。

判決の「上告人」が売主のA、「D」が買主のBにあたります。Aが留置しているあいだ、Fは商品を受け取れません。Fが本当に商品を欲しければ、Bに代わって80万円を立て替えるか、Bに払ってもらうしかなく、結果としてBに払わせる圧力がかかります。なお、この場面でAが留置権を主張すると、判決は単に請求を退けるのではなく、代金の支払いと引き換えに商品を渡すよう命じる形になります。この引換給付判決という仕組みの詳しい中身は、別の回で扱います。今日押さえてほしいのは、留置権が生まれた瞬間、債務者と返還請求権者がBという同じ人物だった、という一点です。

質問です

想起の板。「留置権が生まれた瞬間、代金を払うべき人と、物を返してと言える人は、同じ人でしたか?」という一言問い板。 図:想起の板

ここでも、留置したい人がA、払うべき人がB、後から返してと言ってくる人がFです。売主Bが家をAに売って引き渡しました。Aは代金を全額払っていますが、まだ登記はしていません。その後、Bが同じ家をFにも売り、Fが先に登記を備えました。Fが完全な所有者になり、Aは所有権を失います。Fが、Aに家の明渡しを求めてきました。Aは、Bに対する損害賠償請求権で留置権を主張できるでしょうか。

二重譲渡で負けた買主は、留置できない

二重譲渡の関係図。売主Bが家をAに売却・引渡し(transfer・=>・金、B→A)、Aは代金全額を支払済み(claim・->・青、A→B、支払済みで消滅)→Bが同じ家をFにも売却(transfer・=>・金、B→F)→Fが登記を具備(アイコンで強調)→この時点でAに損害賠償請求権が発生(claim・->・青、A→B、発生時点="Fの登記具備の後"と注記)→Fが明渡しを請求(A→Fへの矢印)→Aの留置権主張はNG。 図:二重譲渡の関係図

Aが留置権の根拠にできそうなのは、Bに対する損害賠償請求権です。Bは、Aに家を売ったのに、Fにも売ってFに登記を取られてしまい、Aに家の所有権を移す義務を果たせなくなりました。この履行不能によって、Aは損害賠償請求権を取得します。詳しい中身は別の回で扱いますが、この請求権自体は発生します。ここが分かれ目です。この損害賠償請求権が発生するのは、いつでしょうか。Bが履行できなくなった時、つまりFが登記を備えた時、ですね。Fが登記を備えたその瞬間、Aは所有権を失うと同時に、Bに対する損害賠償請求権を取得します。ところが、その同じ瞬間、家の返還を求めてくる立場に立っているのは、もうBではなくFです。

時計とバイクの場合は、留置権が生まれた瞬間、債務者と返還請求権者が同じ人物でした。その後に別人に変わっても、留置権はいったん成立した以上、揺らぎません。ですが今回は、留置権の根拠にしようとしている債権が生まれた、まさにその瞬間に、すでに債務者と返還請求権者が別人になっているんです。Aが家を返さずにいても、困るのは家を受け取れないFだけです。払うべきBのほうは、そもそも家を返してもらう立場にないので、Aが家を押さえていても、何も困りません。これでは、Bに払わせる圧力になりません。判例もこの結論をとっています。

判例最判昭43・11・21

二重譲渡と留置権の否定 上告人ら主張の債権はいずれもその物自体を目的とする債権がその態様を変じたものであり、このような債権はその物に関し生じた債権とはいえない旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できる。

判決の言い方を平たくすると、Aの損害賠償請求権は、もとは「家の所有権を移せ」という債権が、Fの登記で果たせなくなり、お金に形を変えたものにすぎず、形を変えただけの債権は家に関して生じた債権とは言えない、ということです。今日の軸で言い直せば、その債権が生まれたとき、家の返還を求めてくるのはもうFだった、となります。Aは損害賠償請求権自体は持てますが、それで家を留置することはできません。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】牽連性の判断時点 牽連性が認められるためには、留置権の成立が問題となる時点において、被担保債権の債務者と目的物の返還請求権者とが同一人であることを要する。 (規範(最判昭43・11・21等))

2つの場面を並べる

2列比較の一覧板。見出し「留置権が成立するその時点で、債務者と返還請求権者は同じ人か」。左列(OK)=時計・バイクの転売=成立時点で同一人(B)、後で別人化してもよい。右列(NG)=二重譲渡=成立が問題となる時点ですでに別人(債務者B、返還請求権者F)。 図:2列比較の一覧板

  • 見出し「留置権が成立するその時点で、債務者と返還請求権者は同じ人か」
  • 左列(OK)=時計・バイクの転売=成立時点で同一人(B)、後で別人化してもよい
  • 右列(NG)=二重譲渡=成立が問題となる時点ですでに別人(債務者B、返還請求権者F)

2つの場面を並べます。時計とバイクの転売は、留置権が成立した時点では債務者と返還請求権者が同じ人物で、その後に別人になっても留置権は揺らぎませんでした。二重譲渡は、留置権の根拠にしようとする債権そのものが、返還請求権者と債務者がすでに別人になっている時点で発生しています。同じ「後から出てきた第三者に対して留置権を主張できるか」という形をしていても、決め手は、留置権が成立する、まさにその時点で、両者が同一人だったかどうかです。

他人物売買の買主にも、同じ理屈が働く

他人物売買の関係図。売主Bが、実は他人Fの所有物である品を、自分の物として買主Aに売る契約を結ぶ→Bは目的物をAに引き渡したが、所有権を移せず履行不能→Aに損害賠償請求権が発生(claim・->・青、A→B)→真の所有者Fが目的物の返還を請求(F→A)→Aの留置権主張はNG(最判昭51・6・17第二点)。 図:他人物売買の関係図

同じ軸は、他人物売買にも及びます。売主Bが、実は他人Fの所有物を、自分の物であるかのように買主Aに売る契約です。Bは品をAに渡しましたが、所有権を移すことはできず、Aに損害賠償請求権が発生したとします。ここに、真の所有者Fが登場して、Aに目的物の返還を求めてきました。Aは、Bに対する損害賠償請求権で留置権を主張できるでしょうか。結論も同じで、できません。ただ、理由は少し違う角度から説明されます。他人物売買の売主Bは、そもそも目的物の所有者ではありません。だから、たとえ契約どおり履行されたとしても、Bが買主Aに対して物の返還を求める立場に立つことは、最初からありえないんです。

判例最判昭51・6・17

他人物売買と留置権の否定 他人の物の売買における買主は、その所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償債権をもつて、所有者の目的物返還請求に対し、留置権を主張することは許されないものと解するのが相当である。蓋し、他人の物の売主は、その所有権移転債務が履行不能となつても、目的物の返還を買主に請求しうる関係になく、したがつて、買主が目的物の返還を拒絶することによつて損害賠償債務の履行を間接に強制するという関係は生じないため、右損害賠償債権について目的物の留置権を成立させるために必要な物と債権との牽連関係が当事者間に存在するとはいえないからである。

角度は違いますが、どちらも「Aの占有を通じて、まさに債務者に弁済を強制できる関係」が成り立っていない、という同じ根っこに行き着きます。なお、対抗要件を備えていない借地人が、新しい地主から明渡しを求められた場合も、同じ理屈が働きます。借地の対抗要件の詳しい中身は、別の回で扱います。

弁済期がまだ来ていない債権では、留置できない

295条の全文カード背景(前々回の1項本文に、ただし書と2項を太字で加える)。「その債権が弁済期にないときは、この限りでない」「占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない」に下線。 図:295条の全文カード背景

  • 前々回の1項本文に、ただし書と2項を太字で加える
  • 「その債権が弁済期にないときは、この限りでない」「占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない」に下線。

ここから、前々回積み残していた要件③と④を見ます。まず条文をもう一度読みます。

条文民法295条

民法第295条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。 2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

まず1項ただし書、要件③です。被担保債権の弁済期が来ていなければ、留置権は成立しません。理由は、留置権が持つ力そのものにあります。留置権は、物を留めることで債務者に圧力をかけ、弁済を促す権利でした。弁済期が来ていない債権は、そもそもまだ払わせるべき弁済自体が存在しません。強制すべきものが無いのに、圧力をかける権利だけが先に生まれるのはおかしい、ということです。

質問です

想起の板。「悪意の占有者が支出した有益費に、裁判所が期限を許与すると、留置権はどうなりましたか?」という一言問い板。 図:想起の板

占有の章の、果実と費用償還の回を思い出してください。悪意の占有者が有益費を支出し、裁判所がその償還に相当の期限を許与すると、留置権はどうなるのでしたか?期限が来るまでは弁済期にない状態になるので、留置権は成立しない、という話でした。有益費30万円を支出した悪意の占有者に、裁判所が3か月後を期限として許与したとすると、その3か月のあいだは弁済期が来ていない状態が続き、留置権は成立しません。期限が到来して初めて、要件③が満たされます。これがまさに、今日見た1項ただし書の働きです。

不法な占有には、留置権を与えない

泥棒の設例の板。他人の物を盗んだ占有者が、その物に必要費や有益費を投じても、費用償還請求権自体は発生するが留置権は成立しない、という対比を示す。 図:泥棒の設例の板

次に2項、要件④です。占有そのものが不法行為によって始まった場合、留置権は成立しません。典型は泥棒です。仮に泥棒が盗んだ物に必要費や有益費を投じたとしても、費用の償還請求権自体は196条によって発生します。ですが、その債権を根拠に留置権を主張することはできません。趣旨は公平です。不法に占有を始めた者を、法律がわざわざ保護してあげる必要はありません。

途中から不法占有になった場合はどうか

賃貸借解除後の不法占有の関係図。AがBから建物を賃借→賃料滞納→Bが契約を解除→Aがそのまま建物に居座り続ける(不法占有・アイコンで強調)→Aが有益費20万円を支出→Aの留置権主張はBに対してNG(295条2項類推)。 図:賃貸借解除後の不法占有の関係図

ここで少しひねった場面を考えます。AがBから建物を賃借していましたが、賃料を滞納したため、Bが契約を解除しました。ところがAはそのまま建物に住み続け、その間に有益費20万円を支出したとします。Aは、この有益費償還請求権で留置権を主張できるでしょうか。解除の後の占有が不法だというだけで、泥棒と同じに扱えるほど単純ではありません。泥棒の場合は、占有が始まった、その瞬間から不法でした。ですがAの占有は、賃貸借契約のもとで適法に始まっています。不法になったのは、契約が解除された後です。2項の条文は、占有が「始まった」時から不法な場合しか定めていません。

2項の文言をそのまま当てはめることはできません。ですが、2項の趣旨、つまり不法な占有者を保護する必要はないという公平の考え方は、途中から不法占有者になった人にも同じように当てはまります。そこで、2項を類推適用します。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】占有権原喪失後の295条2項類推適用 占有が不法行為によって始まったものでなくても、占有者が権原を失った後に故意または過失によりなお占有を継続した場合には、295条2項の趣旨に照らし、同項を類推適用し、その間に生じた費用償還請求権に基づく留置権の主張は認められない。 (規範(最判昭46・7・16、最判昭51・6・17第三点))

権原がないと知りながら占有を続けた場合(故意)と、権原を失ったかもしれないと疑わなかったことに落ち度がある場合(過失)の、どちらか一方があれば足りる、という意味です。判例はこの2つの型で類推適用を認めています。

判例最判昭46・7・16 民集25巻5号749頁

悪意で占有権原喪失後の類推適用 亡Dが、本件建物の賃貸借契約が解除された後は右建物を占有すべき権原のないことを知りながら不法にこれを占有していた旨の原判決の認定・判断は、挙示の証拠関係に徴し首肯することができる。そして、Dが右のような状況のもとに本件建物につき支出した有益費の償還請求権については、民法二九五条二項の類推適用により、上告人らは本件建物につき、右請求権に基づく留置権を主張することができないと解すべきである。

判例最判昭51・6・17

善意有過失で占有権原喪失後の類推適用 買主が有益費を支出した当時右買収・売渡処分の無効に帰するかもしれないことを疑わなかつたことに過失がある場合には、買主は、民法二九五条二項の類推適用により、右有益費償還請求権に基づき土地の留置権を主張することはできないと解するのが相当である。

1つ目の判決の「亡D」は、賃貸借を解除された後も住み続けた借主で、権原が無いと知っていた型です。2つ目は、国の買収・売渡処分を経た農地を買った人が、その処分が無効になるかもしれないと疑わなかったことに落ち度があった型です。今日の建物の例で言えば、Aは賃料を滞納して契約を解除された以上、通常は「もう権原がない」と知っていた、あるいは知らなかったことに落ち度があったと評価されます。ですから、Aは20万円の有益費償還請求権があっても、建物の留置権は主張できません。果実と費用償還の回で、悪意の占有者や善意でも過失のある占有者について、期限の許与を待たずに留置権が認められないと触れましたが、それを支えているのが、いま見た類推適用です。

文言どおりではなくても、同じ趣旨が及ぶ場面には、同じ結論を及ぼす。これが類推適用という解釈の型です。

牽連性は、成立の瞬間で決まる

今日のまとめ板。「軸=留置権の成立が問題となる時点で、債務者と返還請求権者が同一人か」「転売はOK・二重譲渡と他人物売買はNG」「要件③弁済期(196条2項ただし書の期限の許与で不成立)」「要件④不法な占有開始でないこと(泥棒は不成立)」「途中から不法占有になった場合は295条2項類推(悪意・善意有過失で不成立)」の5項目を1枚に並べる。 図:今日のまとめ板

今日の内容を振り返ります。留置権の成立が問題となる時点で、被担保債権の債務者と物の返還請求権者が同一人であることが、牽連性の核心でした。時計やバイクの転売は、成立の時点で同一人だったからその後もセーフ。二重譲渡と他人物売買は、成立が問題となる時点ですでに別人だったからアウトでした。弁済期がまだ来ていない債権には強制すべき弁済そのものが無く、不法に占有を始めた者は公平の観点から保護されません。そして、占有の始まりは適法でも、途中から権原を失って居座り続けた者には、295条2項の趣旨を及ぼして、同じように留置権を否定する。これで、留置権の成立要件がすべてそろいました。

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#142単独ページ動画

留置権の効力と消滅

第3章 担保物権 #142/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

直した家に、住み続けていいのか

冒頭の関係図。B(所有者)の空き家をA(賃借人)が借りていた→賃貸借契約が終了→AはBに対して屋根の修理費(必要費)40万円と給湯設備の交換費(有益費)の債権を持つ→Bが家屋の明渡しを求める→Aが「費用を払ってもらうまで住み続ける」と主張。吹き出しに「住み続けていいのか、人に貸してもいいのか、時効はどうなるのか」。 図:冒頭の関係図

Aが、Bから借りていた空き家に住んでいたとします。契約が終わって、Aは屋根の修理費として40万円、給湯設備を新しくした費用として、さらにお金をかけていました。Bはお金を払わないまま「家を明け渡してほしい」と言ってきます。Aは、費用を払ってもらうまで家に住み続けている、という状況です。今日はその先を扱います。留置権が成立した後、Aは何をしてよくて、何をしてはいけないのか。そして、この権利はどうなれば消えるのか。住み続けていいのか、人に貸して家賃を取ってもいいのか、何年も押さえ続ければ費用の請求権はずっと守られるのか。この3つの問いに、今日1本で答えを出します。

明け渡し訴訟で、留置権を主張するとどうなるか

引換給付判決の関係図。Bが原告としてAに家屋明渡請求訴訟を起こす→Aが被告として留置権の抗弁を提出→裁判所の判決文の吹き出し「費用〇〇円の支払と引換に、家屋を明け渡せ」。矢印は債権(claim・->・青、費用債権 A→B)と占有(transfer・=>・金、家屋 B→A)。 図:引換給付判決の関係図

Aが留置権の抗弁を出して、それが認められると、裁判所は明渡し請求を退けるわけではなく、費用の支払と引換に家屋を明け渡すよう命じる判決を出します。これを引換給付判決と呼びます。判例の言い回しを見てみます。

判例最高裁判所判決・昭和33年3月13日

留置権の抗弁と引換給付判決 留置権は、物の占有者がその物に関して生じた債権の弁済を受けるまでその物を留置することを得るに過ぎないものであつて、物に関して生じた債権を他の債権に優先して弁済を受けしめることを趣旨とするものではない。従つて、裁判所は、物の引渡請求に対する留置権の抗弁を理由ありと認めるときは、その引渡請求を棄却することなく、その物に関して生じた債権の弁済と引換に物の引渡を命ずべきものと解するを相当とする。

この判旨の中に、大事な点が2つ入っています。1つは、留置権が物に関して生じた債権を他の債権より優先して弁済を受けさせる権利ではない、という優先弁済的効力の否定です。もう1つは、だからこそ請求を棄却するのではなく、弁済と引換に引渡しを命じる、という結論です。なぜ棄却しないのか。棄却してしまうと、Bは費用を払うつもりがあっても家を返してもらう判決を得られず、改めて訴え直すしかありません。留置権は払ってもらうまで渡さない権利にすぎないので、払えば渡す、という判決で目的は十分に果たせるからです。Aが黙って家に住み続けているだけでも、この扱いになるんですか。そこは注意が必要です。留置権を単に持っているだけでなく、訴訟の中で現実に抗弁として主張することが必要だ、という判例もあります。詳しくは民事訴訟のほうで扱います。

自分から競売にかけても、優先弁済は受けられない

競売の関係図の再掲。前回までに見た民執59条4項・195条の要点を1枚に集約(留置権者自身が競売を申し立てられる/買受人は留置権者に弁済しない限り引渡しを受けられない)。新規要素として、留置権者自身が申し立てた競売でも同じ結論になることを吹き出しで追加。 図:競売の関係図の再掲

留置権者が自分から目的物を競売にかけられること、そして買受人が留置権者に弁済しない限り物を受け取れないことは、前回までに確認済みです。今日はここに1つだけ付け加えます。この扱いは、他の債権者が競売を申し立てた場合だけでなく、留置権者自身が競売を申し立てた場合の買受人に対しても同じように及びます。ですから、Aにとって競売は、費用が返ってこないまま物を失う手段ではありません。優先的に配当を受けられるわけではありませんが、買受人が費用を払わない限り物を受け取れないという構造は変わらないので、事実上お金を回収できる状況が保たれます。

貸した部屋の家賃は、誰のものになるか

果実充当の計算板。被担保債権(必要費)元本40万円、利息1万円、Aが得た家賃(法定果実)12万円→まず利息1万円に充当→残り11万円を元本に充当→元本は29万円に減少、という数値の流れ。 図:果実充当の計算板

ここで少し設定を足します。Aは家に住みながら、空いている1部屋をBの承諾を得て人に貸し、家賃を受け取っていたとします。この家賃のような、物から生まれる利益を果実と呼びます。留置権者は、この果実を収取して、他の債権者に優先して自分の債権の弁済に充てることができます。ここが唯一の例外です。条文を読みます。

条文民法297条

民法第297条 留置権者は、留置物から生ずる果実を収取し、他の債権者に先立って、これを自己の債権の弁済に充当することができる。 2 前項の果実は、まず債権の利息に充当し、なお残余があるときは元本に充当しなければならない。

果実は、留置権者が物を管理している間に自然と生まれてくる利益です。これを債務者に返してしまうより、留置権者の債権にそのまま充ててしまうほうが、双方にとって手間がかからず合理的だからです。例外といっても、物の価値そのものを取り込むわけではありません。管理している間に自然に生まれた果実に限った、小さな調整だと考えてください。まず利息、残りがあれば元本、という順です。数字で見ます。修理費40万円を被担保債権として、利息が1万円生じていたとします。Aが受け取った家賃が12万円だったとすると、まず利息の1万円に充て、残りの11万円を元本に充てます。元本は40万円から29万円に減ります。

住み続けてよいことと、儲けてよいことは別問題

使用制限の分岐図。家屋に「住み続ける」(保存に必要な使用=可)/「人に貸して家賃を取る」(賃貸=Bの承諾なしは不可、承諾があれば可)/「担保に入れる」(担保供与=原則不可)の3分岐を1枚の比較表で並べる。 図:使用制限の分岐図

Aは、預かっている家をどこまで自由に使ってよいのでしょうか。条文を読みます。

条文民法298条

民法第298条 留置権者は、善良な管理者の注意をもって、留置物を占有しなければならない。 2 留置権者は、債務者の承諾を得なければ、留置物を使用し、賃貸し、又は担保に供することができない。ただし、その物の保存に必要な使用をすることは、この限りでない。 3 留置権者が前二項の規定に違反したときは、債務者は、留置権の消滅を請求することができる。

1項の善管注意義務、つまり、その立場の人に一般に求められる注意を尽くす義務です。自分の物を扱うときの注意より重いものです。質権の回で、時計を預かる質権者が負うと見た義務と同じです。ポイントは2項です。Aが家に住み続けて傷ませないようにすること、これは保存に必要な使用にあたるので、Bの承諾が無くても許されます。さっきの1部屋を貸して家賃を取る話は、大丈夫だったんですか。あれはBの承諾を得ていた、という前提でした。承諾が無ければ、賃貸は2項本文にそのまま引っかかります。担保に供することも同じで、原則として許されません。

住み続けることと、人に貸して家賃を取ることの違いを、自分の言葉で考えてみましょう。留置権の入門の回を思い出してください。留置権は、何のための権利でしたか?弁済を受けるまで物を留めておいて、相手にプレッシャーをかける権利、でした。だとすれば、住み続けて家を傷ませないようにすることは、留置という目的の範囲内です。ですが、人に貸して家賃という利益を得ることは、留置ではなく、物を使って稼ぐ行為です。留置権は物の価値を取り込む権利ではないので、Bの承諾なしにこれをやると、留置という目的を超えてしまいます。古い判例も、住み続けることは保存に必要な使用にあたる、と扱っています。ただし、住み続けること自体は許されても、その分の利益をただで受け取ってよいわけではありません。法律上の原因なくその利益を得ている以上、Bに不当利得として返す必要がある点は、建物買取請求権の回で見た、敷地の地代相当額の不当利得の話と同じです。

違反したら、何が起きるか

論点の要旨板。「保存に必要な使用の範囲を超えても、それだけでは留置権は当然に消えない」「消滅するのは、債務者が実際に消滅を請求したとき」という2文を大きく示す。判例名は隅に小さく表示(最判昭33・1・17)。 図:論点の要旨板

  • 「保存に必要な使用の範囲を超えても、それだけでは留置権は当然に消えない」「消滅するのは、債務者が実際に消滅を請求したとき」という2文を大きく示す
  • 判例名は隅に小さく表示(最判昭33・1・17)

298条3項の話になります。ここで重要な判例があります。浴場の建物を巡る事件で、承諾の範囲を超えた使用があったとしても、それだけで留置権が当然に消えるわけではない、という判断を示しています。判旨を見ます。

判例最高裁判所判決・昭和33年1月17日

保存に必要な使用の範囲を超えた場合の効果 所論の浴場経営が民法二九八条二項但書の物の保存に必要な使用の範囲を逸脱するものかどうかは、同条三項の留置権消滅の請求権を生ぜしめるか否かの問題となるに止まるのであるから、その消滅請求権を行使した事実のない本件においては、前段説示のとおり留置権の存続を認むるの外ないことは明らかである。

3項は「消滅を請求することができる」と定めて、留置権を消すかどうかをBの選択に委ねています。違反の事実は、消滅請求権をBに発生させるだけです。Bがその請求権を行使するまでは、留置権は存続します。ですから、Aが無断で貸して家賃を得ていたとしても、Bが何も言わなければ留置権は残ったままです。これに加えて、Bは違反によって生じた損害については、債務不履行に基づく損害賠償も請求できます。

かけた費用は、どこまで返してもらえるか

必要費・有益費の比較板。必要費(留置中の窓の修理・10万円)=全額請求可、196条1項との違いとして果実を充当していても別枠で常に請求可、という注記。有益費(留置中の断熱パネル設置・支出20万円、増価額15万円が現存)=所有者が支出額か増価額かを選択、裁判所が期限を許与できる、という注記。 図:必要費・有益費の比較板

  • 必要費(留置中の窓の修理・10万円)=全額請求可、196条1項との違いとして果実を充当していても別枠で常に請求可、という注記
  • 有益費(留置中の断熱パネル設置・支出20万円、増価額15万円が現存)=所有者が支出額か増価額かを選択、裁判所が期限を許与できる、という注記

ここで、費用の話を整理します。冒頭で見た屋根の修理費と給湯設備の交換費は、Aが借りている間にかけたものなので、その返還は賃貸借のルールである608条で決まります。これから見る299条は、それとは別の場面です。契約が終わって家を押さえ続けている間に、Aがさらに費用をかけた場合の話です。条文を読みます。

条文民法299条

民法第299条 留置権者は、留置物について必要費を支出したときは、所有者にその償還をさせることができる。 2 留置権者は、留置物について有益費を支出したときは、これによる価格の増加が現存する場合に限り、所有者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、裁判所は、所有者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

窓の修理代の10万円のような必要費は全額を請求できます。ここで注意してほしいのは、さっき見た果実の話との関係です。Aが家賃を収取して債権の弁済に充てていたとしても、必要費の償還請求権はそれとは別枠で、常に全額を請求できます。占有者の費用償還請求権を見た回の196条1項では、果実を取得した占有者は、通常の必要費を請求できませんでした。果実を自分のものにした以上、ふだんの維持費はその果実でまかなえる、という考えからです。留置権者の場合は違います。果実を取っても自分の儲けにはならず、債権の弁済に充てられて、そのぶんBの支払が減るだけです。ですから必要費は別枠で請求でき、果実収取と両立する、という点がポイントです。

断熱パネルを取り付けるのに20万円かけて、今もその増加分の価値が15万円残っているとします。この場合、Bは、支出した20万円と増加分の15万円のどちらを払うかを選べます。Bにとって有利なほうを選べる仕組みです。さらに、裁判所はBの請求によって、支払の期限を後ろに延ばすことができます。この償還請求権も「その物に関して生じた債権」にあたるので、これを被担保債権として、Aはさらに留置権を取得します。この点も、さっきと同じ判例が明言しています。ただし、裁判所が期限を許与した場合は別です。弁済期が先に延びる以上、その間は、この債権を理由に家を留めることはできません。

判例最高裁判所判決・昭和33年1月17日

費用償還請求権による留置権の成立 この償還請求権もまた民法二九五条の所謂その物に関し生じた債権に外ならないものである。従つて契約終了前既に生じた費用償還請求権と共に、その弁済を受くるまでは、該浴場建物を留置し明渡を拒み得るものというべきである。

冒頭で見た、借りていた間の費用の債権に加えて、留置中にかけたこの費用の償還請求権も被担保債権になり、留置権を支え続けます。契約が終わる前から既にあった債権と一緒に、留置権は続いていく仕組みだと考えてください。ここまでが効力の話です。ここからは、この留置権がどうなれば消えるのか、4つの原因を見ていきます。

押さえていても、時効は進む

時効進行の関係図。時計の針が進むイラストに「留置権を行使中」の吹き出しを添え、それでも被担保債権の消滅時効の針は止まらないことを示す。別枠で、訴訟の中で抗弁として主張した場合は完成猶予が生じることを注記。 図:時効進行の関係図

1つ目の消滅原因は、被担保債権の消滅時効です。条文を読みます。

条文民法300条

民法第300条 留置権の行使は、債権の消滅時効の進行を妨げない。

ところが、家を押さえ続けていても、費用の請求権は安全ではありません。留置権を行使しているだけでは、被担保債権の消滅時効の進行は止まりません。押さえておくことと、債権そのものを守ることは、別の話だからです。Bの起こした訴訟で、Aが留置権を抗弁として出した場合は、話が変わります。訴訟の中で現実に権利主張をしていることになるので、裁判上の催告、つまり裁判の中で支払を求め続けているのと同じだと扱われ、時効の完成が猶予されます。これを認めた判例があります。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和38年10月30日

訴訟上の留置権の抗弁と時効の完成猶予 訴訟上の留置権の抗弁は、これを撤回しない限り、当該訴訟の係属中継続して目的物の引渡を拒否する効力を有するものであり、従つて、該訴訟が被担保債権の債務者を相手方とするものである場合においては、右抗弁における被担保債権についての権利主張も継続してなされているものといい得べく、時効中断の効力も訴訟係属中存続するものと解すべきである。そして、当該訴訟の終結後六ケ月内に他の強力な中断事由に訴えれば、時効中断の効力は維持されるものと解する。

さっきの300条と、矛盾していないんですか。矛盾していません。300条が言っているのは、ただ物を留めているだけでは足りない、ということです。この判例が扱っているのは、訴訟の中で抗弁として権利主張を続けている場面です。抗弁を撤回しない限り、その主張は訴訟が続いている間ずっと生きているので、催告を続けているのと同じ状態が生まれます。ただし催告には期限があるので、訴訟が終わってから6か月以内に、訴えを起こすなど、より強い形で時効を止め直す必要があります。なお、判旨の「時効中断」は改正前の言葉で、この場面では今の条文でいう完成猶予にあたります。

訴訟が終われば、その6か月の間に次の手を打たなければなりません。ここは論文でも問われうる論点です。留置権を行使しているだけの場面と、訴訟で現実に主張している場面を分けて、300条とこの判例の関係を説明できるようにしてください。

別の担保に差し替えれば、留置権は消える

代担保による消滅請求の関係図。Bが代わりの担保(F名義の不動産など)を用意してAに提示→Aが承諾するか、または裁判所の裁判でAの承諾に代わる扱いがされる→留置権が消える、という流れ。「Aの承諾、または承諾に代わる裁判が必要」という吹き出しを添える。 図:代担保による消滅請求の関係図

2つ目の消滅原因です。条文を読みます。

条文民法301条

民法第301条 債務者は、相当の担保を供して、留置権の消滅を請求することができる。

安い債権のために高い家をずっと留置され続けるのは、Bにとって不公平です。そこで、留置権の目的である弁済のプレッシャーを、同じくらい果たせる別の担保に差し替えられれば、留置権を維持する理由が無くなります。ただし、ここは注意が必要です。この消滅請求は、Bが一方的に主張するだけでは効果が生じません。さっきの298条3項も「消滅を請求できる」でしたが、違うんですか。違います。301条の消滅請求は、Aの承諾を得るか、それが得られない場合は承諾に代わる裁判を得ることで、初めて効力が生じます。裁判で承諾に代える手続は、民事執行法177条に定めがあります。Bが担保を差し出しただけでは、まだ留置権は消えていません。

なぜ301条だけ、Aの同意が要るんですか。Bが提供した担保が、本当に「相当」と言えるだけの価値と確実性を持つかどうかは、争いが起こりうるところだからです。Aの財産権を一方的に奪う話なので、Aの同意か、裁判所の判断という手続を挟むわけです。

ルールを破ると、消滅を請求される

298条3項の再確認板。「留置権者が善管注意義務・使用制限に違反したとき」「債務者の請求だけで消滅する(相手の同意は不要)」という2文を、301条との対比の形で並べる。左に298条3項(請求のみで足りる)、右に301条(承諾または裁判が必要)。 図:298条3項の再確認板

  • 「留置権者が善管注意義務・使用制限に違反したとき」「債務者の請求だけで消滅する(相手の同意は不要)」という2文を、301条との対比の形で並べる
  • 左に298条3項(請求のみで足りる)、右に301条(承諾または裁判が必要)

3つ目の消滅原因は、さっき見た298条3項です。Aが承諾なしに部屋を貸したり、担保に入れたりして違反があったとき、Bはこの規定に基づいて留置権の消滅を請求できます。298条3項と301条の違いは、今日いちばん押さえてほしい対比です。298条3項の消滅請求は、Bが請求するだけで足ります。Aの同意は要りません。これに対して301条の消滅請求は、Aの承諾か、それに代わる裁判が無ければ効力を生じません。理由を考えてみてください。298条3項は、Aがルールを破ったことへの制裁です。留置という目的を超えて物を使った以上、その権利を一方的に失わせても不公平ではありません。一方、301条は、Aに何の落ち度も無いのに、Bの都合で担保を差し替えようとする場面です。Aに落ち度が無い以上、Aの同意か裁判所の判断という手続を通さなければ、勝手に権利を奪うことはできません。ルールを破ったかどうかで、必要な手続の重さが変わる、と理解してください。どちらの違いも、留置権が物を押さえておく権利にすぎない、という性格から出てくる違いです。

家を手放せば、留置権も終わる

占有喪失の関係図。Aが家の占有を失う場面(左=単に鍵を返してしまう→留置権消滅)と、Bの承諾を得てAが家を賃貸・質入れする場面(右=占有の形が変わるだけ→留置権は存続)を並べる。左下に203条ただし書への橋渡しの注記(占有回収の訴えで取り戻せば消滅しない)。 図:占有喪失の関係図

  • Aが家の占有を失う場面(左=単に鍵を返してしまう→留置権消滅)と、Bの承諾を得てAが家を賃貸・質入れする場面(右=占有の形が変わるだけ→留置権は存続)を並べる
  • 左下に203条ただし書への橋渡しの注記(占有回収の訴えで取り戻せば消滅しない)

4つ目の消滅原因です。条文を読みます。

条文民法302条

民法第302条 留置権は、留置権者が留置物の占有を失うことによって、消滅する。ただし、第二百九十八条第二項の規定により留置物を賃貸し、又は質権の目的としたときは、この限りでない。

占有は、留置権の成立要件であると同時に、存続要件でもある、という話でした。Aが単純に家の占有を手放せば、その時点で留置権は消えます。Bの承諾を得て賃貸したり、質権の目的にしたりした場合は、占有の形が変わっているだけなので、留置権は消えません。この賃貸というのは、さっき見た298条2項に基づく賃貸のことです。無断ではなく、承諾があるという前提が同じです。以前見たとおり、占有回収の訴えを起こして実際に取り戻せば、占有はずっと続いていたものとみなされるので、留置権も途中で消えたことにはなりません。

1つの理由から、できることとできないことを導く

今日のまとめ板。「留置権は弁済を促すために物を押さえておく権利にすぎない」を中心に置き、そこから5本の矢印で「果実以外で儲けてはいけない(297・298条)」「押さえていても時効は進む(300条)」「別の担保で代えられる(301条)」「物を手放せば消える(302条)」「ルールを破れば一方的に消される(298条3項)」を放射状に配置する。 図:今日のまとめ板

今日の内容を1つの理由から振り返ります。留置権は、弁済を促すために物を押さえておく権利にすぎません。だからこそ、果実という例外を除いて、物を使って儲けることは許されません。住み続けて傷ませないようにするのは留置の範囲内ですが、貸して家賃を得るには承諾が要ります。そして、費用の償還請求権そのものが新しい被担保債権になって、留置権を支え続けます。消滅の場面でも、同じ理由が効いています。物を押さえているだけでは債権そのものは守られないので、時効は進みます。訴訟で現実に主張していれば話は別で、完成猶予が生じます。

ただし、代わりの担保による消滅にはAの同意か裁判が必要で、ルール違反による消滅はBの請求だけで足ります。Aに落ち度があるかどうかで、必要な手続の重さが変わっていました。そして、押さえている物そのものを手放せば、権利の土台が無くなるので消えます。留置権は、物を押さえるだけの控えめな権利です。だからこそ、できることとできないことの線引きが、常にこの1つの理由に戻ってきます。

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#143単独ページ動画

先取特権の3類型

第3章 担保物権 #143/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

会社が倒れたら、誰が先に取れるのか

冒頭の対比板。会社Bの財産(工場・機械・建物)を1つの円で示し、その周りに「未払いの給料を求める労働者A」「融資を回収したい銀行F」「代金を回収したい取引先G」を並べる。財産は全員分には足りないという注記を添える。 図:冒頭の対比板

  • 会社Bの財産(工場・機械・建物)を1つの円で示し、その周りに「未払いの給料を求める労働者A」「融資を回収したい銀行F」「代金を回収したい取引先G」を並べる
  • 財産は全員分には足りないという注記を添える

会社の財産は、銀行からの借入れや取引先への支払いにも回さなければいけません。全員分には足りないことが普通です。ところが、法律はそうしていません。給料の債権には、他の債権者より先に取ってよい、という特別な地位が与えられています。なぜ給料だけ、そんなに優遇されるんですか。答えを先に言うと、給料は労働者の生活の糧だからです。先に取れる理由は、実は3つの物差しに整理できます。そして、その債権がどの物と結びついているかで、先に取れる財産の広さが変わります。先に取れるのは労働者だけではありません。会社の機械を売った業者や、工場を建て増しした工務店にも、それぞれ別の理由で先取りできる場面があります。今日は、この先取特権という制度を、3つの型に整理して見ていきます。

先取特権とは何か

303条全文カード背景。「先取特権者は、この法律その他の法律の規定に従い、その債務者の財産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する」に下線。 図:303条全文カード背景

先取特権の根拠になる条文がこれです。

条文民法303条

民法303条(先取特権の内容) 先取特権者は、この法律その他の法律の規定に従い、その債務者の財産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

先取特権とは、法律が定めた特殊な債権について、当事者の合意なしに、他の債権者より先に弁済を受けられる地位を与える制度です。抵当権のように当事者が契約で設定するものではなく、条文が定める原因に当てはまれば当然に発生します。これを法定担保物権と呼びます。

留置権と比べると、何が違うのか

通有性の対比表。縦に付従性・随伴性・不可分性・物上代位性・優先弁済的効力・留置的効力の6項目、横に留置権・先取特権を並べる。留置権は物上代位性と優先弁済的効力が×、先取特権は留置的効力だけ×とし、優先弁済的効力と留置的効力の2行を強調する。 図:通有性の対比表

  • 縦に付従性・随伴性・不可分性・物上代位性・優先弁済的効力・留置的効力の6項目、横に留置権・先取特権を並べる
  • 留置権は物上代位性と優先弁済的効力が×、先取特権は留置的効力だけ×とし、優先弁済的効力と留置的効力の2行を強調する

果実だけは先に充当できるという297条の例外はありましたが、留置権そのものには優先弁済的効力がありません。先取特権は、この点がちょうど逆になります。先取特権には優先弁済的効力があります。会社の財産が処分され、配当される場面で、他の債権者より先に取り分をもらえます。その代わり、留置権のように物を占有して返さずにいる、という効力は持っていません。物を押さえないのに、なぜ先に取れるんですか。物を預かる代わりに、法律があらかじめ「この債権は先に取ってよい」と順番を決めているからです。だから物を預からない担保、つまり非占有担保でも優先できます。付従性・随伴性・不可分性は留置権と同じです。違いの中心は、優先弁済的効力と、留置的効力の2つです。そして先に取れる力があるので、担保に取った物がお金に形を変えても、そのお金に優先権が追いかけていく物上代位性も、先取特権にはあります。留置権には無かった性質です。では、法律はなぜその債権を選んだのか。それが次の話です。

なぜこの債権だけ優先されるのか

趣旨の3系統をまとめた板。「公平(みんなの利益になった費用や、物の価値を維持・増加させた人の費用を先に払う)」「社会政策(生活の糧を守る)」「当事者の意思の推測(その物を当てにして取引した人を保護)」の3項目を並べ、それぞれに該当する原因の名前を添える。 図:趣旨の3系統をまとめた板

ここが今日いちばん大事な軸です。先取特権が認められる理由は、条文によって同じではありません。大きく3つの系統に分かれます。暗記というより、この後どの原因を見ても、必ずこの3つのどれかに当てはまる、という物差しとして使ってください。1つ目は公平です。みんなの利益になることをした人や、目的物の価値を維持・増やした人の費用は、その恩恵を受ける他の債権者より先に払うべきだという考え方です。2つ目は社会政策です。生活の糧に直結する債権者、たとえば労働者や、日用品の代金を受け取る商店を保護する必要があるという考え方です。3つ目は当事者の意思の推測です。その物を当てにして取引した人を守るのが、当事者の意思に合うという考え方です。冒頭の話で言えば、労働者の給料は2つ目、工場を建て増しした工務店の費用は1つ目の物差しで説明できます。

では、この物差しを使いながら、先取特権を3つの型に分けていきます。

一般先取特権——対象は会社の財産全部

306条全文カード背景。「次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の総財産について先取特権を有する。一 共益の費用 二 雇用関係 三 子の監護の費用 四 葬式の費用 五 日用品の供給」に下線。 図:306条全文カード背景

1つ目の型は一般先取特権です。対象が特定の物ではなく、債務者の財産全部という点が特徴です。給料や葬式の費用は、会社の特定の機械や建物から生まれた債権ではありません。結びつく物が無いので、財産全部を対象にするしかない、というわけです。

条文民法306条

民法306条(一般の先取特権) 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の総財産について先取特権を有する。一 共益の費用 二 雇用関係 三 子の監護の費用 四 葬式の費用 五 日用品の供給

さっきの労働者の給料は、この中のどれに当たるんですか。雇用関係です。給料だけでなく、賞与や退職金もここに含まれます。特定の機械や建物ではなく、会社の財産全部から優先して回収できます。

一般先取特権の地図板。5つの原因を列挙し、それぞれに一言理由を添える。①共益の費用(みんなの財産保存の費用・公平)②雇用関係(給料・賞与・退職金・社会政策)③子の監護の費用(養育費・社会政策・令和6年改正で新設)④葬式の費用(相当な額・社会政策)⑤日用品の供給(直近6か月の生活必需品の代金・社会政策)。 図:一般先取特権の地図板

  • 5つの原因を列挙し、それぞれに一言理由を添える
  • ①共益の費用(みんなの財産保存の費用・公平)②雇用関係(給料・賞与・退職金・社会政策)③子の監護の費用(養育費・社会政策・令和6年改正で新設)④葬式の費用(相当な額・社会政策)⑤日用品の供給(直近6か月の生活必需品の代金・社会政策)

5つとも、さっきの3系統に当てはめてみます。共益の費用は、たとえば会社の財産を守るための保存費用や、みんなの取り分を確保する行為にかかった費用です。この費用のおかげで財産が保たれ、みんなが得をするので、公平の考え方で説明できます。残りの4つ、雇用関係、子の監護の費用、葬式の費用、日用品の供給は、いずれも生活の糧に直結する債権者を守る社会政策です。債務者のための葬式費用のうち相当な額に限られますが、扶養すべき親族の葬式費用も同じ扱いです。日用品の供給も、直近6か月分の飲食料品や燃料、電気の代金に限られます。無制限に優先されるわけではありません。

2026年に施行された改正で、養育費が支払われない場合に備えて、子の監護の費用にも一般先取特権が認められるようになりました。夫婦間の扶助義務や、離婚後の養育費といった、確定期限のある定期金債権、たとえば期日と金額を「毎月末に5万円」と決めた養育費のうち、子の監護に必要な相当額の部分に発生します。今日は、この子の監護の費用が3号として加わって、一般先取特権が5種類になったことだけ押さえてください。

一般先取特権は登記なしで対抗できるのか

336条全文カード背景。「一般の先取特権は、不動産について登記をしなくても、特別担保を有しない債権者に対抗することができる。ただし、登記をした第三者に対しては、この限りでない」に下線。 図:336条全文カード背景

よいところに気づきました。ここは177条の原則が修正されている場面です。

条文民法336条

民法336条(一般の先取特権の対抗力) 一般の先取特権は、不動産について登記をしなくても、特別担保を有しない債権者に対抗することができる。ただし、登記をした第三者に対しては、この限りでない。

一般先取特権は、登記をしなくても、担保を持たない一般の債権者には対抗できます。ただし、登記をした第三者、たとえば抵当権を登記した銀行には対抗できません。なぜ登記が原則どおり要求されないんですか。給料や葬式費用のような債権は、金額が小口で、そのたびに登記するのは現実的ではないからです。その代わり、登記さえされていれば、その第三者には劣後する、という形でバランスを取っています。

動産先取特権——対象は特定の動産

311条全文カード背景。「次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する。一 不動産の賃貸借 二 旅館の宿泊 三 旅客又は荷物の運輸 四 動産の保存 五 動産の売買 六 種苗又は肥料(蚕種又は蚕の飼養に供した桑葉を含む。以下同じ。)の供給 七 農業の労務 八 工業の労務」の8号のうち、四(動産の保存)と五(動産の売買)を強調表示。 図:311条全文カード背景

2つ目の型は動産先取特権です。対象が会社の財産全部ではなく、特定の動産だけになります。売った機械、直した機械、貸した建物に置かれた機械のように、その動産と特別な関係がある債権だからです。関係のある物から取れれば足りるので、対象はその物に絞られます。

条文民法311条

民法311条(動産の先取特権) 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する。一 不動産の賃貸借 二 旅館の宿泊 三 旅客又は荷物の運輸 四 動産の保存 五 動産の売買 六 種苗又は肥料(蚕種又は蚕の飼養に供した桑葉を含む。以下同じ。)の供給 七 農業の労務 八 工業の労務

全部で8種類ですが、旅館の宿泊、運輸、種苗や肥料の供給、農業や工業の労務は、名前だけ知っていれば十分です。試験で効くのは、不動産の賃貸借と、動産の保存、動産の売買の3つです。今日は特に、不動産の賃貸借と動産の売買を厚く見ていきます。

不動産賃貸の先取特権——賃借人の持ち物が対象

313条全文カード背景。「土地の賃貸人の先取特権は、その土地又はその利用のための建物に備え付けられた動産、その土地の利用に供された動産及び賃借人が占有するその土地の果実について存在する。2 建物の賃貸人の先取特権は、賃借人がその建物に備え付けた動産について存在する」に下線。 図:313条全文カード背景

まず不動産の賃貸借です。会社Bが、工場の建物を賃貸人から借りているとします。賃料が未払いのまま滞納が続いたら、賃貸人にはどんな担保があるでしょうか。賃貸人は、まず受け取っている敷金から充当できます。先取特権が発生するのは、敷金で弁済を受けられない部分についてだけです。では、何を対象にできるのかというと、これが313条です。

条文民法313条

民法313条(不動産賃貸の先取特権の目的物の範囲) 土地の賃貸人の先取特権は、その土地又はその利用のための建物に備え付けられた動産、その土地の利用に供された動産及び賃借人が占有するその土地の果実について存在する。 2 建物の賃貸人の先取特権は、賃借人がその建物に備え付けた動産について存在する。

会社Bが工場の建物を借りているなら、その建物に備え付けた機械や什器が対象になります。ここでいう「備え付けた」とは、一時的に持ち込んだのではなく、継続して置いておくために搬入した動産という意味だと理解されています。建物の中で使う什器や備品が典型ですが、判例は、持ち込まれた金銭や有価証券、宝石のような物まで含むと広く解しています。これは3つ目の物差しです。建物の貸主は、賃料が滞ったら中に備え付けられた機械が当てにできる、と考えて貸しているはずだ、という推測です。さらに、賃借権を譲渡したり転貸したりした場合には、譲受人や転借人の動産、譲渡人や転貸人が受け取るべき金銭にも効力が及びます。314条の定めです。加えて、これらの動産の中に他人のものが混ざっていても、たとえば会社Bがリース会社から借りて置いているコピー機でも、192条から195条の即時取得の規定が準用されるので、賃貸人が善意無過失であれば、他人の動産にも先取特権が成立する場合があります。319条の定めです。

即時取得は、動産を持っている人を持ち主だと信じて取引した人を守る仕組みでしたね。賃貸人も、建物に備え付けられた機械を賃借人の物だと過失なく信じて、それを当てにして貸しています。その信頼を、動産を買った人と同じように守ろう、というのが準用の理由です。いわば、3つ目の物差しが他人のものにまで及んだ形です。

動産売買の先取特権——引渡し後こそ実益がある

動産売買先取特権の設例。機械を売った取引先Gと会社Bの間で、代金債権(claim・矢印は青・G→B)と機械の引渡し(transfer・矢印は金色・G→B)を描き、「引渡し後も代金債権には先取特権が残る」という吹き出しを添える。 図:動産売買先取特権の設例

次に動産の売買です。会社Bが、工場で使う機械を取引先Gから買ったとします。代金がまだ支払われていない場合、Gにはどんな手段があるでしょうか。

条文民法321条

民法321条(動産売買の先取特権) 動産の売買の先取特権は、動産の代価及びその利息に関し、その動産について存在する。

機械の引渡し前なら、留置権や同時履行の抗弁権で、代金をもらうまで渡さない、という主張ができそうです。引渡し前であれば、その2つで十分に保護されます。ところが、いったん機械を引き渡してしまうと、留置権も同時履行の抗弁権も、もう主張できません。そこで実益が出るのが、この動産売買の先取特権です。引渡し後も、機械そのものに対して先取特権が残り続けます。会社Bが倒産した場合でも、Gはこの機械の価値から、他の債権者に先立って代金を回収できます。留置権が使えなくなった後にこそ、この先取特権が効いてくる、というのがポイントです。物差しで言えば、売主の機械が会社Bの財産に加わったのに、代金だけ他の債権者と山分けにされるのは不公平だ、という考え方です。

なお、動産の保存費用を支出した人にも先取特権が認められていて、これは留置権や、さっき見た共益の費用の一般先取特権と対象が重なることがあります。

不動産先取特権——対象は特定の不動産、登記で効力を保存

325条全文カード背景。「次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の不動産について先取特権を有する。一 不動産の保存 二 不動産の工事 三 不動産の売買」に下線。 図:325条全文カード背景

3つ目の型は不動産先取特権です。対象は特定の不動産、原因は3種類だけです。

条文民法325条

民法325条(不動産の先取特権) 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の不動産について先取特権を有する。一 不動産の保存 二 不動産の工事 三 不動産の売買

種類は少ないですが、代わりに共通の重いハードルがあります。それが登記です。

3つとも登記をしないと効力が生まれない

保存・工事・売買の登記時期を比較する表。縦に不動産の保存/不動産の工事/不動産の売買、横に登記の時期と条文を並べる。保存=保存行為完了後直ちに(337条)、工事=工事を始める前に費用の予算額(338条)、売買=売買契約と同時に(340条)。 図:保存・工事・売買の登記時期を比較する表

  • 縦に不動産の保存/不動産の工事/不動産の売買、横に登記の時期と条文を並べる
  • 保存=保存行為完了後直ちに(337条)、工事=工事を始める前に費用の予算額(338条)、売買=売買契約と同時に(340条)

不動産先取特権は、動産や一般の先取特権と違って、決められた時期に登記をしなければ効力を保てません。条文が、効力を保存するためには登記をしなければならない、と書いているからです。3つの原因ごとに、登記をする時期が決まっています。不動産には、銀行のように登記を見てお金を貸す人がたくさんいます。登記に出ていない優先権が後から出てきたら、その人たちは不意打ちを受けます。価値が大きく、影響を受ける人も多いので、登記という重い代償を課しているのです。

条文民法337条

民法337条(不動産保存の先取特権の登記) 不動産の保存の先取特権の効力を保存するためには、保存行為が完了した後直ちに登記をしなければならない。

工事はこれと逆で、始める前に登記します。

条文民法338条

民法338条(不動産工事の先取特権の登記) 不動産の工事の先取特権の効力を保存するためには、工事を始める前にその費用の予算額を登記しなければならない。この場合において、工事の費用が予算額を超えるときは、先取特権は、その超過額については存在しない。 2 工事によって生じた不動産の増価額は、配当加入の時に、裁判所が選任した鑑定人に評価させなければならない。

工務店が、工事前に予算額1000万円を登記したのに、実際は1200万円かかったなら、超えた200万円には先取特権がありません。さらに、先取特権が及ぶのは工事で建物の価値が上がった分だけです。工場の価値が800万円しか上がっていなければ、先に取れるのは800万円までです。売買はまた別のタイミングです。

条文民法340条

民法340条(不動産売買の先取特権の登記) 不動産の売買の先取特権の効力を保存するためには、売買契約と同時に、不動産の代価又はその利息の弁済がされていない旨を登記しなければならない。

共通しているのは、どの条文も「効力を保存するためには」登記をしなければならない、と書いている点です。177条の登記は、第三者に対抗するための要件でした。これに対して判例は、工事の先取特権について、この登記を単なる対抗要件ではなく、効力そのものの要件と読んでいます。もっとも、学説には、これも対抗要件にすぎないと読む見解が有力です。

なぜ抵当権にまで優先させるのか

339条全文カード背景。「前二条の規定に従って登記をした先取特権は、抵当権に先立って行使することができる」に下線。 図:339条全文カード背景

ここで、工場を建て増しした工務店Hの例に戻ります。会社Bの工場には、すでに銀行Fが抵当権を登記していたとします。その後、Hが建て増し工事をして、338条の登記をしました。この場合、HとFのどちらが優先するでしょうか。通常の対抗関係なら、先に登記した抵当権が勝ちます。ですが、ここには特則があります。

条文民法339条

民法339条(登記をした不動産保存又は不動産工事の先取特権) 前二条の規定に従って登記をした先取特権は、抵当権に先立って行使することができる。

保存と工事の先取特権は、登記さえしていれば、登記の前後を問わず抵当権に優先します。工務店の工事のおかげで、工場の建物の価値が保たれたり、増えたりしています。その価値の増加分は、抵当権者である銀行にとっても利益になります。工事がなければ建物が老朽化して、抵当権の担保価値そのものが下がっていたかもしれません。工務店を保護することが、結果として抵当権者を害しない、というのがこの優先の理由です。1つ目の物差し、価値を維持・増やした人の費用を先に払うのが公平だという考え方が、ここで一番強く働いているわけです。

不動産売買には339条が及ばない注意板。339条が優先させるのは登記した不動産保存・不動産工事の先取特権だけで、不動産売買の先取特権には及ばないことを明示する。 図:不動産売買には339条が及ばない注意板

不動産の売買の先取特権にも、この優先は及ぶんですか。違います。売買の先取特権と銀行Fの抵当権は、ふつうの担保どうしと同じく、登記の早い順で決まります。339条が優先させるのは、保存と工事の先取特権だけです。売買の先取特権には、この特則は及びません。価値を維持・増加させたわけではない売買の先取特権まで、抵当権より優先させる理由はないからです。

3類型を1枚の地図にする

まとめ板。「一般先取特権(306条・総財産・登記原則不要+336条特則)」「動産先取特権(311条・特定の動産・登記不要)」「不動産先取特権(325条・特定の不動産・登記で効力を保存・保存工事は339条で抵当権に優先)」の3項目を対象と対抗要件の2軸で並べる。 図:まとめ板

今日の内容を1枚の地図にまとめます。先取特権は、法律が特定の債権に、他の債権者より先に取れる地位を与える制度でした。対象の広さによって3つの型に分かれます。一般先取特権は債務者の財産全部が対象で、共益の費用、雇用関係、子の監護の費用、葬式の費用、日用品の供給の5つ、登記は原則不要ですが登記した第三者には劣後します。動産先取特権は特定の動産が対象で、不動産の賃貸借と動産の売買が特に重要、登記は不要です。不動産先取特権は特定の不動産が対象で、保存・工事・売買の3つ、いずれも決められた時期の登記で効力を保存するのでした。

そして、保存と工事の先取特権だけは、登記さえすれば抵当権にも優先するという、強い保護まで受けていました。理由は、それぞれの原因が、公平、社会政策、当事者の意思の推測という3つの物差しのどれかに当てはまるからです。今日見た、労働者の給料、機械を売った取引先の代金、工事をした工務店の費用は、それぞれ違う理由で守られていますが、根っこにあるのは、他の債権者より先に取ってよい、という同じ地位です。

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#144単独ページ動画

先取特権の競合と333条

第3章 担保物権 #144/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

売った物は、もう追えないのか

冒頭の場面図。機械の売主Gが債務者Bに機械を引き渡す(transfer)。代金債権が残る(claim・青、G→B)。Bはその機械をすでに第三者Dへ転売してしまっている。Gの吹き出し「代金をもらう前に、機械を持っていかれた」。 図:冒頭の場面図

  • 機械の売主Gが債務者Bに機械を引き渡す(transfer)
  • 代金債権が残る(claim・青、G→B)
  • Bはその機械をすでに第三者Dへ転売してしまっている

Gさんは、機械をBさんに売って引き渡しました。でも、代金はまだもらっていません。ところが、Bさんはその機械を、もう別の会社Dさんに転売してしまっていました。Gさんは、この機械を取り戻せるでしょうか。実は、先取特権があっても、機械そのものを取り戻せないことがあります。結論を先に言うと、機械そのものはもう追えません。でも、その機械の転売代金なら、まだ追いかけられます。今日は、その理由を見ていきます。

なぜ条文が機械的に順位を決めるのか

総論の板。1つの財産に複数の担保が付くこと自体は珍しくないが、先取特権は法定担保物権であり、当事者の合意で順位を決められない。だから329条から332条までの条文が、あらかじめ機械的に順位を決めている。 図:総論の板

  • 1つの財産に複数の担保が付くこと自体は珍しくないが、先取特権は法定担保物権であり、当事者の合意で順位を決められない
  • だから329条から332条までの条文が、あらかじめ機械的に順位を決めている

そもそも、1つの財産の上に複数の担保が競合すること自体は、珍しくありません。ただ、先取特権は当事者の合意で生まれる担保ではなく、法律が一定の場面で自動的に発生させる担保でした。合意で決められない以上、誰かが順番を決めなければなりません。それを条文があらかじめ決めているのが、これから見る329条から332条までです。

一般どうしの順位は306条の順そのまま

329条1項の全文カード背景。一般の先取特権が互いに競合する場合は、306条各号の順序(共益の費用・雇用関係・子の監護の費用・葬式の費用・日用品の供給)による。 図:329条1項の全文カード背景

まず、一般の先取特権どうしがぶつかった場面です。

条文民法329条1項

民法第329条第1項 一般の先取特権が互いに競合する場合には、その優先権の順位は、第三百六条各号に掲げる順序に従う。

329条1項は、新しい基準を作っているわけではありません。前回確認した306条の列挙順、共益の費用、雇用関係、子の監護の費用、葬式の費用、日用品の供給、この順番を、そのまま競合の場面にも当てはめているだけです。

一般と特別がぶつかったら、特別が勝つ

329条2項の全文カード背景。一般の先取特権と特別の先取特権が競合する場合は特別が優先する。ただし共益の費用の先取特権は、その利益を受けたすべての債権者に対して優先する。 図:329条2項の全文カード背景

  • 一般の先取特権と特別の先取特権が競合する場合は特別が優先する
  • ただし共益の費用の先取特権は、その利益を受けたすべての債権者に対して優先する

次に、一般の先取特権と、動産や不動産に結びついた特別の先取特権がぶつかった場面です。

条文民法329条2項

民法第329条第2項 一般の先取特権と特別の先取特権とが競合する場合には、特別の先取特権は、一般の先取特権に優先する。ただし、共益の費用の先取特権は、その利益を受けたすべての債権者に対して優先する効力を有する。

たとえば、Bさんの従業員の未払い給料と、機械を売ったGさんの代金が、この機械の上でぶつかったら、機械についてはGさんが先です。特定の物と強く結びついた特別の先取特権のほうが、その物については筋がいい、という発想です。ただし、ただし書に1つだけ例外があります。共益の費用の先取特権だけは、特別の先取特権を含めて、すべての債権者に優先します。共益の費用というのは、債務者の財産を保存したり、増加させたりするために使われた費用でしたね。この費用のおかげで、財産がそもそも残っている、あるいは増えている以上、特別の先取特権者も含めて、みんながその恩恵を受けています。恩恵を受けている以上、共益の費用には全員が劣後するのが公平だ、という理屈です。

動産どうしの順位、保存が売買より強い理由

動産先取特権の競合設例。会社Bが使っている機械の上に、家主I(不動産賃貸)・修理業者H(動産保存)・売主G(動産売買)の3つの先取特権が並ぶ。330条1項=第1順位は不動産賃貸・旅館宿泊・運輸、第2順位は動産保存、第3順位は動産売買等。 図:動産先取特権の競合設例

  • 会社Bが使っている機械の上に、家主I(不動産賃貸)・修理業者H(動産保存)・売主G(動産売買)の3つの先取特権が並ぶ
  • 330条1項=第1順位は不動産賃貸・旅館宿泊・運輸、第2順位は動産保存、第3順位は動産売買等

今度は、動産の先取特権どうしがぶつかった場面です。Bさんが使っている機械の上に、3人の先取特権者がいるとします。建物を貸している家主のIさん、機械を修理した業者のHさん、そして機械を売った売主のGさんです。

条文民法330条1項

民法第330条第1項 同一の動産について特別の先取特権が互いに競合する場合には、その優先権の順位は、次に掲げる順序に従う。この場合において、第二号に掲げる動産の保存の先取特権について数人の保存者があるときは、後の保存者が前の保存者に優先する。 一 不動産の賃貸、旅館の宿泊及び運輸の先取特権 二 動産の保存の先取特権 三 動産の売買、種苗又は肥料の供給、農業の労務及び工業の労務の先取特権

ここでも、さっきの物差しが働きます。修理業者のHさんは、機械という既にある価値を、壊れないように守った人です。既にある価値を守った働きは、後から現れても、先の担保権者より優先させるべきだ、という発想です。だから、動産の保存は、動産の売買より強くなります。売買によって機械という価値がBさんの手元に来たこと自体は大事ですが、その価値を維持したのは、あとから来た修理業者のHさんです。だから2番目に強くなります。1番目の不動産賃貸が最も強いのは、もう1つの物差し、当事者の意思の推測です。前回見たとおり、家主のIさんは、賃料が滞ったら建物に備え付けられた機械を当てにできる、と考えて貸しているはずだからです。

知っていた第1順位者は劣後する

330条2項の設例分岐図。家主I(第1順位)が、自分の債権を取得した時点で、修理業者H(第2順位)の存在を知っていた場合と知らなかった場合を並べる。知っていた場合、IはHに優先できない。知らなかった場合は原則どおりIが優先する。 図:330条2項の設例分岐図

  • 家主I(第1順位)が、自分の債権を取得した時点で、修理業者H(第2順位)の存在を知っていた場合と知らなかった場合を並べる
  • 知っていた場合、IはHに優先できない
  • 知らなかった場合は原則どおりIが優先する

ここに、もう1つ条件が付きます。

条文民法330条2項

民法第330条第2項 前項の場合において、第一順位の先取特権者は、その債権取得の時において第二順位又は第三順位の先取特権者があることを知っていたときは、これらの者に対して優先権を行使することができない。第一順位の先取特権者のために物を保存した者に対しても、同様とする。

Iさんが、自分の債権を取得した時点で、すでにHさんが機械を修理していて、修理代の先取特権を持っていると知っていたとします。この場合、Iさんはもう1番手として振る舞えません。Hさんに優先できなくなります。ここで働くのは、さっき家主のIさんのところで出た、もう1つの物差し、当事者の意思の推測です。知らなかったIさんは、Hさんのような先取特権者はいない、自分が1番手だと考えて取引しているので、そのとおり保護してよい。でも、知っていたIさんは、Hさんの存在を織り込んだうえで取引しているはずなので、あえて1番手として保護する必要がありません。なお、条文の後段にあるとおり、Iさんのために機械を保存した人がいた場合も、Iさんはその人にも優先できません。なお、330条には3項もあって、果実についての順位も定めていますが、これは短答で名前だけ押さえておけば足ります。

不動産どうしの順位も、同じ物差しの延長

331条の全文カード背景。同一不動産について特別の先取特権が競合する場合は325条各号の順序(保存・工事・売買)による。2項=同一不動産の順次売買では、売買の前後で決まる。 図:331条の全文カード背景

  • 同一不動産について特別の先取特権が競合する場合は325条各号の順序(保存・工事・売買)による
  • 2項=同一不動産の順次売買では、売買の前後で決まる

次は、不動産の先取特権どうしがぶつかった場面です。

条文民法331条

民法第331条 同一の不動産について特別の先取特権が互いに競合する場合には、その優先権の順位は、第三百二十五条各号に掲げる順序に従う。 2 同一の不動産について売買が順次された場合には、売主相互間における不動産売買の先取特権の優先権の順位は、売買の前後による。

前回、保存と工事の先取特権だけは、登記さえすれば抵当権にも優先する、という話をしました。たとえば、家主のIさんの建物について、修理した業者、建て増しした工務店、その建物をIさんに売った売主がぶつかれば、この順です。保存した人、工事をして価値を増やした人を、あとから来ても優先させる、というのは、さっきの動産の話とまったく同じ物差しです。2項は、同じ不動産が何度も売買された場合の売主どうしの順位で、これは売買の前後、つまり早い者勝ちで決まります。

同じ順位どうしは、額で割る

332条の全文カード背景。同一目的物について同一順位の先取特権者が複数あるときは、各自の債権額の割合に応じて弁済を受ける。 図:332条の全文カード背景

最後に、同じ順位の先取特権者が複数いる場合です。

条文民法332条

民法第332条 同一の目的物について同一順位の先取特権者が数人あるときは、各先取特権者は、その債権額の割合に応じて弁済を受ける。

誰の働きが優れているとも言えない以上、公平に、債権額の割合で按分します。たとえば、従業員2人の未払い給料が、それぞれ300万円と100万円で、Bさんの財産から200万円しか取れないなら、150万円と50万円に分けます。この332条は、あとで見る動産質権との競合でも、もう一度出てきます。

先取特権は、どうやって実現するのか

優先弁済的効力の板。303条=先取特権者は他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。実際には民事執行法の競売手続を申し立て、売却代金の配当で先に受け取る形で実現する(手続の細部は範囲外・イメージのみ)。 図:優先弁済的効力の板

  • 303条=先取特権者は他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する
  • 実際には民事執行法の競売手続を申し立て、売却代金の配当で先に受け取る形で実現する(手続の細部は範囲外・イメージのみ)

ここまでで、順位の決め方を一通り見ました。ここからは、その先取特権が、実際にどんな力を持つのかを見ていきます。まず、中核になるのが優先弁済的効力です。前回見た303条のとおり、先取特権者は他の債権者に先立って自分の債権の弁済を受けられます。目的物を競売にかけて、その売却代金の配当のときに、他の債権者より先に取り分をもらう、という形で実現します。手続の細かい流れは民事執行法の範囲になるので、今日は「配当で先に取る」というイメージだけで十分です。

物上代位、なぜ先取特権で出番が多いのか

304条の全文カード背景。先取特権は目的物の売却・賃貸・滅失・損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物にも行使できる。ただし払渡し又は引渡しの前に差押えが必要。一般先取特権は債務者の総財産に及ぶため物上代位の実益がなく、動産・不動産先取特権で問題になる。 図:304条の全文カード背景

  • 先取特権は目的物の売却・賃貸・滅失・損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物にも行使できる
  • ただし払渡し又は引渡しの前に差押えが必要
  • 一般先取特権は債務者の総財産に及ぶため物上代位の実益がなく、動産・不動産先取特権で問題になる

もう1つ、先取特権には物上代位性があります。

条文民法304条

民法第304条 先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。 2 債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。

ここでも同じ要件が働きます。たとえば、Gさんが売った機械を誰かが壊して、Bさんがその人から損害賠償金を受け取れるなら、Gさんはその賠償金の請求権に先取特権を行使できます。ただ、1つ確認しておきたいことがあります。前回見たとおり、一般の先取特権は、特定の物ではなく、債務者の財産全部、つまり総財産に効力が及んでいます。だから、目的物の1つが姿を変えたところで、物上代位を考える実益は、あまりありません。物上代位が本当に問題になるのは、動産や不動産に絞られた特別の先取特権のほうです。中でも動産の先取特権は、目的物が第三者に引き渡されてしまうと、もうその物には行使できません。これを定めるのが、次に見る333条です。物そのものを追えないからこそ、物の代わりに生まれた代金などを押さえる物上代位が、ほとんど唯一の頼みになります。出番が特に多いのは、そのためです。

引き渡してしまったら、もう追えない

333条の全文カード背景。先取特権は、債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後は、その動産について行使することができない。 図:333条の全文カード背景

ここで、冒頭のGさんの話に戻ります。

条文民法333条

民法第333条 先取特権は、債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後は、その動産について行使することができない。

抵当権の物上代位の回で、追及力という言葉を確認しましたね。目的物が誰の手に渡っても、その物に付いたまま追いかけていける力です。動産の先取特権には、抵当権と違って、この追及力がありません。理由は、動産には登記のような公示方法がないからです。買った人からすれば、その動産に担保が付いているかどうか、外から判断できません。だから、いったん第三取得者に引き渡されたら、先取特権のほうが身を引く、という設計になっています。ただし、条文の「第三取得者」には限定があります。この動産の所有権を取得した人に限られます。単に借りているだけの賃借人や、預かっているだけの受寄者は含まれません。たとえば、Bさんが機械をDさんに売ったのではなく貸しただけなら、機械がDさんの工場にあっても、Gさんはまだ機械に先取特権を行使できます。333条の保護は、所有権を得ていない人には及ばないからです。なお、判例・通説では、この第三取得者が、Gさんの先取特権を知っていたか知らなかったかは問われません。文言に、そうした限定がないためです。

占有改定の設例図。BはDに機械を現実には渡さず、以後Dのために占有するという意思表示だけで引渡しを済ませたことにする(占有改定)。それでも333条の「引渡し」にあたるか。 図:占有改定の設例図

  • BはDに機械を現実には渡さず、以後Dのために占有するという意思表示だけで引渡しを済ませたことにする(占有改定)
  • それでも333条の「引渡し」にあたるか

機械を現実には動かさず、意思表示だけで引渡しを済ませたことにする、これが以前見た占有改定という引渡し方法です。333条の「引渡し」に、この占有改定も含まれるかが問題になります。判例は、333条の「引渡し」には占有改定の場合も含まれる、としています。

⭐ 論文で書く規範:333条の「引渡し」と占有改定(規範) 民法333条の「引渡し」には占有改定も含まれる(判例)。占有改定は外から見て引渡しがあったと分からない移転方法だが、占有自体は移っている。そもそも第三取得者は、目的物に先取特権が付いているかを見分けにくい立場にあるから、占有改定で取得した者だけを保護から外す理由はない。 (出どころ=判例(大審院判決・大判大6・7・26))

ここは論文で論点になりうる場面です。今の理由づけと、セットで覚えておいてください。

では、Gさんに残された道は何か

立ち止まりの問いかけ板。「この機械はもう追いかけられないとして、Gさんに残された道は何でしょうか」という一言問い。 図:立ち止まりの問いかけ板

ここで、1つ立ち止まって考えてみましょう。この機械は、もう追いかけられません。では、Gさんに残された道は何でしょうか。機械という物そのものは追えなくても、Bさんの手元には、DさんからBさんへの転売代金債権が残っています。この代金債権に、Gさんは物上代位できます。

物上代位への接続図。BがDに機械を転売した代金債権(青、B→D)が残る。この代金債権に、Gが物上代位のために差押えをかける様子を描く。 図:物上代位への接続図

  • BがDに機械を転売した代金債権(青、B→D)が残る
  • この代金債権に、Gが物上代位のために差押えをかける様子を描く

ただ、304条ただし書のとおり、Dさんが実際に代金をBさんに支払ってしまう前に、Gさんは自分でこの代金債権を差し押さえておく必要があります。333条で目的物そのものは追えなくなった代わりに、304条で転売代金債権を押さえに行く。この2つは、切り離された別々の制度ではなく、1本の線でつながっています。動産の先取特権に物上代位の出番が特に多いのは、まさにこの333条があるからです。

抵当権とは、なぜここが違うのか

対比表。動産先取特権(公示なし・追及力なし・333条・物上代位の実益大)と、抵当権(登記による公示あり・追及力あり・物上代位は補助的)を2列で並べる。 図:対比表

抵当権には登記という公示があるので、目的物が誰の手に渡っても、その物に付いたまま追いかけていけます。だから抵当権にとって、物上代位はいわば補助的な道具です。ところが、動産の先取特権には公示方法がありません。だからこそ、333条で追及力そのものが否定され、その分、物上代位が主役級の重要性を持つことになります。

判例最高裁判決・最判平17・2・22(民集59巻2号314頁)

動産売買先取特権の物上代位と目的債権の譲渡の優劣 民法304条1項ただし書は,先取特権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要する旨を規定しているところ,この規定は,抵当権とは異なり公示方法が存在しない動産売買の先取特権については,物上代位の目的債権の譲受人等の第三者の利益を保護する趣旨を含むものというべきである。そうすると,動産売買の先取特権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においては,目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。

この判例が、まさにその公示の有無を理由にしています。たとえば冒頭の話で言えば、BさんがDさんへの転売代金債権を、資金繰りのために別の会社に売り、Dさんに確定日付のある通知まで済ませてしまった場面です。動産売買の先取特権者は、転売代金債権が第三者に譲渡されて、対抗要件まで備えられた後は、その債権を差し押さえて物上代位することができない、としました。抵当権の物上代位の回で、同じ304条ただし書について、抵当権では逆の結論を見ましたね。抵当権の場合は、債権譲渡は304条の「払渡し又は引渡し」にあたらないとして、譲受人が対抗要件を備えた後でも、実際に弁済される前なら、抵当権者は差し押さえて物上代位できるとされていました。理由は登記です。代金債権を譲り受けようとする人は、登記を見れば、その債権に抵当権の物上代位が及びうることを、あらかじめ知ることができます。知ることができた人を、ただし書でわざわざ守る必要はない、というわけです。

⭐ 論文で書く規範:動産売買先取特権の物上代位と目的債権譲渡の優劣(規範) 動産売買の先取特権者は、物上代位の目的債権が譲渡され、第三者に対する対抗要件が備えられた後においては、目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできない。動産売買の先取特権には公示方法が存在しないため、304条1項ただし書の差押えは、目的債権の譲受人等の第三者を保護する趣旨を含むからである。 (出どころ=判例(最高裁判決・最判平17・2・22))

抵当権では、登記を見れば分かった譲受人を守る必要はありません。ところが、動産の先取特権には公示方法がないので、譲受人は先取特権が付いていることを知りようがなく、その保護を優先させます。同じ条文の同じただし書から、公示の有無という1つの違いだけで、正反対の結論が導かれているわけです。

一般債権者の差押えでは、負けない

一般債権者の差押えとの優劣の板。GがBのDに対する転売代金債権に物上代位しようとしている間に、一般債権者Fがその代金債権に差押えや仮差押えをしていた場合でも、Gは差押えによる物上代位権の行使を妨げられない。 図:一般債権者の差押えとの優劣の板

もう1つ、別の場面を見ておきます。先取特権者のGさんが物上代位しようとしている転売代金債権に、一般債権者のFさんが先に差押えや仮差押えをかけていたとします。この場合、Gさんはもう物上代位できないのでしょうか。

判例最高裁判決・最判昭60・7・19(民集39巻5号1326頁)

一般債権者の差押え・仮差押えと物上代位の優劣 ……先取特権者が物上代位権を行使するためには物上代位の対象となる金銭その他の物の払渡又は引渡前に差押をしなければならないものと規定されている趣旨は、先取特権者のする右差押によつて、第三債務者が金銭その他の物を債務者に払い渡し又は引き渡すことを禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取り立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、物上代位の目的となる債権(以下「目的債権」という。)の特定性が保持され、これにより、物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面目的債権の弁済をした第三債務者又は目的債権を譲り受け若しくは目的債権につき転付命令を得た第三者等が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあるから、目的債権について一般債権者が差押又は仮差押の執行をしたにすぎないときは、その後に先取特権者が目的債権に対し物上代位権を行使することを妨げられるものではないと解すべきである。

判例はこう述べています。一般債権者が目的債権に差押えや仮差押えをしただけでは、先取特権者はその後でも物上代位権を行使できる、というものです。理由は、304条ただし書の趣旨に戻ります。この規定の趣旨は、目的債権が誰のものか特定されたままにしておくことと、代金を実際に払う第三債務者や、債権を譲り受けた第三者が不測の損害を受けないようにすることにあります。一般債権者が差押えをしただけでは、目的債権はまだ誰かに移っているわけではありません。だから、先取特権者の物上代位を妨げる理由がないんです。これに対して、さっきの譲渡の場面では、対抗要件を備えた譲受人という、保護すべき新しい第三者がすでに現れています。この違いが結論を分けています。

動産質権とぶつかったら

334条の全文カード背景。先取特権と動産質権が競合する場合、動産質権者は330条の第1順位の先取特権者と同一の権利を有する。同一順位となった場合は332条で按分する。 図:334条の全文カード背景

  • 先取特権と動産質権が競合する場合、動産質権者は330条の第1順位の先取特権者と同一の権利を有する
  • 同一順位となった場合は332条で按分する

最後に、動産の先取特権と、動産質権がぶつかった場面です。

条文民法334条

民法第334条 先取特権と動産質権とが競合する場合には、動産質権者は、第三百三十条の規定による第一順位の先取特権者と同一の権利を有する。

動産質権者は、機械を実際に預かり、それを当てにしてお金を貸しています。家主と同じく、当事者の意思の推測で守られる立場なので、1番手の列に並べられます。たとえば、BさんがGさんから買った機械を、お金を借りるために質入れして引き渡していたら、その機械の上では、質権者がGさんより先です。質権者は所有権を取得していないので、333条の第三取得者には当たらず、Gさんの先取特権そのものは消えません。つまり、動産質権者は、不動産賃貸や旅館の宿泊などと同じ列に並び、動産保存や動産売買の先取特権者より優先します。もし動産質権者と、本当の1番手である不動産賃貸の先取特権者とがぶつかった場合は、さっき見た332条によって、債権額の割合で按分することになります。

今日の骨格を振り返る

まとめ板。329〜332条=順位は「価値を守った・生んだか」と「当てにしていたか・知っていたか」の2つの物差しで決まる。303条=優先弁済(配当で先に取る)。304条=物上代位(一般は実益なし・特別で問題になる)。333条=動産は引渡し後もう追えない(占有改定を含む)。だからこそ304条で転売代金を追う。動産先取特権(公示なし)と抵当権(登記で公示)の対比。334条=動産質権は330条の第1順位者と同順位。 図:まとめ板

  • 329〜332条=順位は「価値を守った・生んだか」と「当てにしていたか・知っていたか」の2つの物差しで決まる
  • 303条=優先弁済(配当で先に取る)
  • 304条=物上代位(一般は実益なし・特別で問題になる)
  • 333条=動産は引渡し後もう追えない(占有改定を含む)
  • だからこそ304条で転売代金を追う
  • 動産先取特権(公示なし)と抵当権(登記で公示)の対比
  • 334条=動産質権は330条の第1順位者と同順位

今日の内容を振り返ります。先取特権どうしの順位は、329条から332条まで、条文が機械的に決めますが、その中身は主に、価値を守った・生んだ働きへの評価と、当事者がその物を当てにしていたか、相手の存在を知っていたかという意思の推測、この2つの物差しに還元できました。そして、333条によって、動産の先取特権には追及力がなく、引渡し後は、占有改定であっても、もう目的物を追えなくなります。だからこそ、304条の物上代位で、形を変えた代金債権を追いかける実益が大きくなるんです。ただし、Dさんが実際に代金を払ってしまう前に、自分で差し押さえておく必要があります。動産売買の先取特権と、集合物譲渡担保が絡む、もう少し複雑な衝突の場面は、別の回で扱います。

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#145単独ページ動画

譲渡担保の法的性質

第3章 担保物権 #145/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

機械は担保にできないのか

冒頭の場面図。工場でBが機械を使っている。Bの吹き出し「この機械を担保にお金を借りたい」。周りに×印つきで抵当権(369条)と質権(344条・345条)が並ぶ。 図:冒頭の場面図

  • 工場でBが機械を使っている
  • 周りに×印つきで抵当権(369条)と質権(344条・345条)が並ぶ

抵当権の目的物は、不動産に限られています。機械のような動産には、そもそも設定できません。質権なら、動産でも担保にできます。ただ、質権は目的物を債権者に引き渡さないと成立しませんし、設定後も債務者に使わせることができません。機械を取り上げられたら、Bさんの工場は止まってしまいます。実は、条文には一言も出てこない方法で、実務では毎日、機械や在庫が担保に入っています。その名前が、譲渡担保です。今日は、この譲渡担保の正体と、法的にどう説明されているかを見ていきます。先に答えを言うと、譲渡担保は、契約書の形では所有権を移しているのに、中身はお金を借りるための担保にすぎない、という形と中身がズレた契約です。このズレを形で読むか、中身で読むかで、場面ごとの答えが変わってきます。

典型担保に空いている穴

抵当権・質権の限界の板。①抵当権(369条1項)は目的物が不動産に限られる②質権(344条・345条)は引渡しが要件で、設定者に占有させられない③競売による実行は時間も費用もかかる。 図:抵当権・質権の限界の板

まず、なぜ典型担保では足りないのかを、条文で確認します。

条文民法369条1項

民法第369条第1項 抵当権者は、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

抵当権の目的物は、条文上、不動産に限られています。機械のような動産は、最初から対象外なんです。344条で、質権は目的物を引き渡さないと成立しません。345条で、設定者に代わりに占有させることも禁止されています。だから質権に入れると、機械は文字どおり取り上げられます。抵当権にせよ質権にせよ、実行するには競売の手続を通す必要があります。時間もかかりますし、費用もかかります。この3つの穴、つまり動産に付けられない、使いながら担保にできない、実行が重い、この全部を一度に解決したのが、譲渡担保をはじめとする非典型担保です。

非典型担保の地図

非典型担保の一覧板。譲渡担保(あらかじめ所有権を移転)/売渡担保(同じく所有権移転型)/仮登記担保(弁済がなければ所有権移転の予約)/所有権留保(所有権を売主に留める)/代理受領(債権の受領を代理させる)。詳細は各回で扱う旨を添える。 図:非典型担保の一覧板

  • 譲渡担保(あらかじめ所有権を移転)/売渡担保(同じく所有権移転型)/仮登記担保(弁済がなければ所有権移転の予約)/所有権留保(所有権を売主に留める)/代理受領(債権の受領を代理させる)
  • 詳細は各回で扱う旨を添える

条文に規定のない担保、つまり非典型担保には、いくつかの種類があります。今日は地図として、名前と考え方だけ押さえておきましょう。整理すると3系統です。1つめは、契約の最初から所有権を移してしまう系統。譲渡担保と売渡担保です。2つめは、弁済がなければ所有権を移すという予約にしておく系統。仮登記担保です。3つめは、そもそも所有権を売主のもとに留めておく系統。所有権留保です。ほかに、代金の受け取りを代理させる代理受領という方法もあります。今日は、この譲渡担保だけを深く掘り下げます。ほかの種類は、それぞれ別の回で扱います。

譲渡担保とは何か、なぜ所有権移転の形を借りるのか

譲渡担保の意義の板。形式=所有権移転の契約、実質=担保としての機能。物権法定主義(175条)により新しい物権を自由に作れないため、既にある所有権移転の形を借りている。機能2つ=①非占有のまま動産に担保権を設定できる(動産抵当の実現)②競売を通さずに実行できる(私的実行の実現)。 図:譲渡担保の意義の板

  • 形式=所有権移転の契約、実質=担保としての機能
  • 物権法定主義(175条)により新しい物権を自由に作れないため、既にある所有権移転の形を借りている
  • 機能2つ=①非占有のまま動産に担保権を設定できる(動産抵当の実現)②競売を通さずに実行できる(私的実行の実現)

譲渡担保とは、権利移転という形式をとりながら、実質は担保としての機能を果たす制度です。所有権を移す形を借りるのには理由があります。

条文民法175条

民法第175条 物権は、この法律その他の法律に定めるもののほか、創設することができない。

物権は、法律が定めた種類しか作れません。これを物権法定主義といいます。当事者どうしが新しい担保権を作ろうと合意しても、それだけでは物権にはなりません。そこで実務は、すでに法律が認めている所有権の移転という形を借りました。例えば、Bさんが機械の所有権をAさんに移す契約をすること自体は、普通の所有権移転にすぎません。その上で、弁済すれば所有権を戻すという約束を、当事者間の合意として付け加えます。この譲渡担保には、大きな機能が2つあります。1つは、占有を移さないまま、動産に担保権を設定できること。いわば、動産版の抵当権を実現しています。

もう1つは、裁判所の複雑な競売手続を経ずに、実行できることです。具体的には、Bさんが弁済できなければ、Aさんは競売を申し立てずに、機械を売却するなどして代金を回収できます。この私的実行という機能は、動産だけでなく、不動産の譲渡担保にも当てはまります。典型担保にあった3つの穴を、譲渡担保はまとめて埋めているわけです。

法的性質、形式で見るか実質で見るか

山場の図。工場でBが機械を使い続けている。所有権の矢印(transfer)はBからAへ。占有(機械そのものの位置)はBの工場に残ったまま。所有権の移転と占有が別方向であることを1枚で示す。 図:山場の図

  • 工場でBが機械を使い続けている
  • 所有権の矢印(transfer)はBからAへ
  • 占有(機械そのものの位置)はBの工場に残ったまま
  • 所有権の移転と占有が別方向であることを1枚で示す

ここからが、今日いちばんの山場です。Bさんが、A さんから融資を受けて、機械を譲渡担保に供しました。契約上、機械の所有権はAさんに移っています。でも機械そのものは、Bさんの工場に残ったまま、Bさんが毎日使い続けます。所有権はAさんに移ったのに、機械はBさんの手元にある。所有権の矢印と、機械そのものの場所が、別方向になっているんです。この状態を、法律上どう説明するか。ここで2つの考え方が対立します。例えば、友人同士の車の名義貸しを思い浮かべてください。車検証の名義だけをAさんに書き換えて、お金を借りる。車自体はBさんの家にあって、Bさんが毎日乗る。書類の上の名義と、実際に使っている人がズレているんです。

名義だけを移す点は虚偽表示に似ていますが、虚偽表示とは違います。虚偽表示は、本当は移す気が無いのに、移したふりをする契約でした。譲渡担保では、担保にするために所有権を移すことを、当事者が本気で合意しています。仮装ではないので、契約として有効です。契約書に書いてあるとおり、形式を額面どおり読む立場が、所有権的構成です。少なくとも対外的には、Aさんが所有権を取得すると考えます。

⭐ 論文で書く規範:譲渡担保の法的性質(所有権的構成の規範) 契約書上の所有権移転をそのまま重視する立場に立つと、譲渡担保権者は、少なくとも対外的にはその目的物の所有権を取得すると考える。当事者間の約束が書面上どう定めているかを、そのまま読み取る立場である。 (出どころ=対立型(所有権的構成の規範))

形式は方便であって、当事者の本当の目的、つまり実質を額面どおり読む立場です。譲渡担保の実質は担保権の設定にすぎないから、Aさんが取得するのは担保権にとどまり、所有権はBさんのもとに残る、と考えます。

⭐ 論文で書く規範:譲渡担保の法的性質(担保的構成の規範) 契約書の文言より、当事者が本当に望んだ結果を重視する立場に立つと、譲渡担保権者が手に入れるのは、目的物に対する担保権にとどまると考える。所有権の移転という形は、あくまで手段にすぎないとみる立場である。 (出どころ=対立型(担保的構成の規範))

名義を見るか、実際の使用者を見るか、車の例と同じですね。ただ、結局どちらが正しいんですか。そこが、この論点のいちばん大事なところです。判例は、基本的には所有権的構成をとる場面が多いのですが、それを一貫させているわけではありません。場面によっては、担保の実質を重視した処理もしています。理論的な立場は、実は1つに定まっていないんです。

同じ機械で4つの場面を追う

4場面の帰結を比較する対比表。縦軸=所有権的構成/担保的構成。横軸=①弁済期前にAが機械をDに売った②Bが勝手に機械をFに売った③弁済期前にAの一般債権者が機械を差し押さえた(弁済期後は結論が変わる)④Bが弁済した。各セルに結論を短く記載。詳細な確定的結論は別の回で扱う旨を注記。 図:4場面の帰結を比較する対比表

  • 縦軸=所有権的構成/担保的構成
  • 横軸=①弁済期前にAが機械をDに売った②Bが勝手に機械をFに売った③弁済期前にAの一般債権者が機械を差し押さえた(弁済期後は結論が変わる)④Bが弁済した
  • 各セルに結論を短く記載
  • 詳細な確定的結論は別の回で扱う旨を注記

では、同じ機械を使って、4つの場面を見てみましょう。具体的には、弁済期の前に、Aさんが機械を第三者Dさんに売ってしまった場合です。担保的構成では逆に、所有権はあくまでBさんに残っているので、Aさんが売ったのは他人のものということになり、Dさんは原則として所有権を取得できません。2つめ、今度はBさんが勝手に機械を第三者Fさんに売った場合です。所有権的構成では、所有権はもうAさんにあるので、Bさんが売ったのは他人のものになります。担保的構成だと逆に、Bさんは自分の権利を持っているので、それをFさんに売ること自体はできます。ただしFさんが手に入れるのは、Aさんの担保がくっついたままの機械です。3つめ、弁済期の前に、Aさんの一般債権者が、機械をAさんの財産として差し押さえてきた場合です。

これは、どちらの構成で考えるべきなんですか。ここは弁済期の前かどうかで結論が変わります。弁済期の前なら、担保の実質を重く見て考えるのが一般的です。Aさんが持っているのはあくまで担保権であって、機械そのものはAさんの一般財産ではないからです。Bさんが弁済して受け戻せば、差押えを退けることができます。弁済期を過ぎたあとの差押えになると話は別で、その先の細かい場合分けは、別の回で扱います。4つめ、Bさんが弁済した場合です。弁済すれば、どちらの構成でも機械はBさんの元に戻ります。ただし、説明が違います。所有権的構成では、いったんAさんに移っていた所有権が、弁済を条件にBさんへ戻ってきます。担保的構成では、所有権は最初からBさんにあったので、Aさんの担保権が消えるだけです。この4つの場面、確定的な結論のさらに細かい場合分けは、別の回で扱います。今日は、構成によって出発点の説明が変わる、ということをつかんでおいてください。

判例は場面ごとに使い分けている

判例の使い分けの板。判例は所有権的構成を基調としつつ、場面によって担保の実質を重視した処理も行っている。理論的な立場は1つに固定されていない。代表例:最判昭62・11・12=譲渡担保権者名義の不動産を、被担保債権弁済後に譲渡担保権者から譲り受けた者との関係は対抗問題(設定者は登記なしに対抗できない)/最判昭41・4・28=設定者の会社更生で、譲渡担保権者は取戻権を持たず更生担保権者として扱われる/最判昭57・9・28=設定者は目的物を不法占有する第三者に返還を請求できる/最判平7・11・10=譲渡担保権者は(確定的に所有権を取得するまでは)抵当権消滅請求(旧滌除)をできる第三取得者に当たらない。 図:判例の使い分けの板

  • 判例は所有権的構成を基調としつつ、場面によって担保の実質を重視した処理も行っている
  • 理論的な立場は1つに固定されていない
  • 代表例:最判昭62・11・12=譲渡担保権者名義の不動産を、被担保債権弁済後に譲渡担保権者から譲り受けた者との関係は対抗問題(設定者は登記なしに対抗できない)/最判昭41・4・28=設定者の会社更生で、譲渡担保権者は取戻権を持たず更生担保権者として扱われる/最判昭57・9・28=設定者は目的物を不法占有する第三者に返還を請求できる/最判平7・11・10=譲渡担保権者は(確定的に所有権を取得するまでは)抵当権消滅請求(旧滌除)をできる第三取得者に当たらない

実際の判例を見ても、この使い分けは裏づけられます。対外的な所有権の帰属が問題になった場面、例えば弁済後に譲渡担保権者から目的物を譲り受けた人との関係では、登記のような外から見える名義で優劣を決める対抗問題として扱われ、判例は所有権的構成を基調とした説示をしています。反対に、設定者が倒産した場面や、第三者が勝手に機械を持ち去った場面、抵当権の消滅を求める場面では、実質を重んじる判断が示されています。目安になるのは、その場面をどう性質決定するかです。例えば1つめの場面のDさんのように、外から取引に入ってくる人との関係では、登記のような外から見える名義で画一的に優劣を決める対抗問題として扱われやすいので、形式、つまり所有権的構成が前に出やすくなります。反対に3つめの場面のように、弁済期前の差押えで機械の値打ちが本当は誰のものかが問われると、Aさんの財産でないものまでAさんの一般債権者に取らせる理由は無いので、実質、つまり担保的構成が前に出ます。形式を通したほうが妥当な場面では形式を、実質を通したほうが妥当な場面では実質を選ぶ。条文の無い制度を、判例がこうやって場面ごとに形づくってきたんです。

だからこそ、後半で見る2025年の新しい法律で、この積み重ねがどう条文化されたかに意味が出てきます。その前に、設定したあとのBさんの立場と、対抗要件を確認しておきましょう。

機械を使い続けるBを守るもの

使用収益と侵害の板。設定者Bは目的物を使用収益できる(抵当権と同様)。第三者が機械を侵害したとき、Aも Bも物権的請求権を行使できる。 図:使用収益と侵害の板

  • 設定者Bは目的物を使用収益できる(抵当権と同様)
  • 第三者が機械を侵害したとき、Aも Bも物権的請求権を行使できる

譲渡担保に供したあとも、Bさんは、これまでどおり機械を使い続けられます。抵当権と同じ考え方です。その場合は、Aさんも、Bさんも、それぞれ物権的請求権を行使できます。名義を持つAさんだけでなく、実際に使っているBさんの側からも、返還を求めることができるんです。名義はAさんにあっても、Bさんには担保の負担付きの権利が残っていると見ているからで、ここでも実質が顔を出しています。

設定と対抗要件、178条の引渡し

178条の全文カード背景。動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。占有改定(183条)による引渡しも含まれる。 図:178条の全文カード背景

  • 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない
  • 占有改定(183条)による引渡しも含まれる

譲渡担保の設定は、AさんとBさんの契約で成立します。問題は対抗要件です。目的物が不動産なら177条の登記、動産なら178条の引渡しです。

条文民法178条

民法第178条 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。

「引渡し」というと、機械を実際にAさんへ持っていかないといけないんですか。そこがポイントです。Bさんが機械を使い続けたいので、実際にはこの引渡しは、占有改定という方法で済ませます。

条文民法183条

民法第183条 代理人が自己の占有物を以後本人のために占有する意思を表示したときは、本人は、これによって占有権を取得する。

345条は、質権者に代わって設定者に占有させることを禁止していました。ところが178条の引渡しには、占有改定も含まれます。ここが、質権と譲渡担保の大きな違いです。だからこそ、機械を手放さずに担保に入れられるんです。不動産の場合は177条の登記です。現在の登記実務では、「譲渡担保」という登記原因での登記が認められています。

条文動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律3条1項

動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律第3条第1項 法人が動産(当該動産につき倉荷証券、船荷証券又は複合運送証券が作成されているものを除く。以下同じ。)を譲渡した場合において、当該動産の譲渡につき動産譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされたときは、当該動産について、民法第百七十八条の引渡しがあったものとみなす。

もう1つ道があります。会社のような法人が動産を譲渡担保に供するときは、動産譲渡登記ファイルへ登記を済ませれば、それだけで178条の引渡しがあったものとして扱われます。占有改定と、この動産譲渡登記、どちらも対抗要件になり得る、ということを押さえておいてください。

即時取得の対象にもなる

即時取得の板。譲渡担保も所有権移転の形式をとる以上、無権利者が目的動産を譲渡担保に供した場合、192条の要件を満たせば即時取得の対象になる。 図:即時取得の板

もう1点だけ、短く確認しておきます。譲渡担保も所有権移転の形式をとる以上、無権利者が目的物を譲渡担保に供した場合には、以前の回で見た即時取得の対象になります。いえ、要件はそのままです。ただ、以前の回で見たとおり、占有改定だけでは即時取得はできません。占有改定では、外から見て何も変わらないからです。機械をBさんの工場に置いたままの、ふつうの譲渡担保では、Aさんは即時取得に頼れません。頼れるのは、実際に機械の引渡しを受けたような場合です。

2025年、判例の積み重ねが条文になった

新法の総論板。譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律(令和7年法律第56号)は2025年に成立し、公布も済んでいる。施行は、公布から2年半を超えない範囲で政令で定める日からで、まだこれから。 図:新法の総論板

  • 譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律(令和7年法律第56号)は2025年に成立し、公布も済んでいる
  • 施行は、公布から2年半を超えない範囲で政令で定める日からで、まだこれから

ここまで見てきた譲渡担保は、条文が無いまま、判例の積み重ねで作られてきた制度でした。ところが2025年に、この積み重ねを条文にする新しい法律が成立しています。名前は、譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律です。いえ、成立して公布はされていますが、施行はまだこれからです。公布から2年半を超えない範囲で、政令で定める日から施行されることになっています。施行前なら、今日ここまで見てきた判例の話は、もう古くなるんですか。そこが大事なところです。答えは、場面によります。ここから、法的性質にかかわる部分を中心に見ていきましょう。

新法は担保権としてはっきり書いた

新法3条・5条・6条の全文カード背景。3条=譲渡担保権者は他の債権者に先立って弁済を受ける権利を有する(担保権として構成)。5条=実行手続によらなければ譲渡できない(丸取りの禁止)。6条=設定者は自分の権利を第三者に譲渡できる(処分権限)。 図:新法3条・5条・6条の全文カード背景

  • 3条=譲渡担保権者は他の債権者に先立って弁済を受ける権利を有する(担保権として構成)
  • 5条=実行手続によらなければ譲渡できない(丸取りの禁止)
  • 6条=設定者は自分の権利を第三者に譲渡できる(処分権限)

まず、新法が譲渡担保をどう位置づけたかです。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律3条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第3条 譲渡担保権者は、譲渡担保財産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

新法は、譲渡担保権者の権利を、担保権として書いています。さっきの対立で言えば、担保的構成に近い書き方です。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律5条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第5条 譲渡担保権者は、次節の規定による実行手続によらなければ、譲渡担保財産を譲渡することができない。

新法のもとでは、Aさんは決められた実行手続を踏まないかぎり、機械を勝手に売ることができません。これまで、所有権的構成なら自分の物の売買として有効になり得た場面が、条文で縛られたことになります。質権では、払えなければ質物をそのまま渡すという約束を、弱い立場の債務者を守るために禁止していました。譲渡担保でも、貸したお金より値打ちのある機械を丸ごと取られる危険は同じです。5条が実行手続を踏ませるのは、その危険を条文で抑えるためです。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律6条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第6条 譲渡担保権設定者は、その有する譲渡担保財産についての権利を第三者に譲渡することができる。

新法は、Bさんに自分の権利を処分する権限があることを、正面から認めています。ただし、Bさんが譲れるのは、自分が持っている権利だけです。Fさんが手に入れるのは、Aさんの譲渡担保がくっついたままの機械で、Bさんが弁済しなければ、Aさんは担保を実行できます。3つの条文を並べると、新法は全体として、担保的構成が示してきた答えに近い形で、条文を作ったと言えます。

それでも所有権的構成を学ぶ理由

適用範囲の板。第2条1号イ、抵当権の目的とすることができる財産(=不動産・地上権・永小作権。農業用動産・登録自動車は例外)は、譲渡担保契約の定義から除かれる。不動産の譲渡担保は新法の対象外で、施行後も判例法理のまま。 図:適用範囲の板

  • 第2条1号イ、抵当権の目的とすることができる財産(=不動産・地上権・永小作権。農業用動産・登録自動車は例外)は、譲渡担保契約の定義から除かれる
  • 不動産の譲渡担保は新法の対象外で、施行後も判例法理のまま

所有権的構成と担保的構成の対立は、新法ができても、なくなりません。新法には、大事な適用範囲の限定があります。不動産のように、そもそも抵当権を設定できる財産は、新法の譲渡担保契約の定義から外されているんです。不動産の譲渡担保は、施行後も、これまでどおり判例の積み重ねで説明されます。だから、今日見た所有権的構成と担保的構成の対立は、これからも生き続けます。新法がカバーするのは、主に動産や債権の譲渡担保だと考えてください。

施行前の契約はどうなるのか

経過措置の板。附則2条=新法は原則として施行日前に締結された譲渡担保契約にも適用する(ただし施行日前に生じた効力は妨げない)。 図:経過措置の板

新法が施行される前に、もう機械を譲渡担保に入れてしまっていたら、その契約はどうなるんですか。ここは誤解しやすいところです。新法は、原則として、施行日より前に結ばれた契約にも適用されます。施行日より前にすでに生じていた効力までは、さかのぼって覆されませんが、それ以外は新法のルールに乗ることになります。

占有改定は、実は弱い対抗要件になる

36条1項の設例図。Aは占有改定で対抗要件を備えた。その後Bが、別の債権者Eのためにも機械を譲渡担保に供し、Eは動産譲渡登記(特例法3条1項のみなし引渡し)で対抗要件を備えた。占有改定より後に対抗要件を備えたEが、Aに優先する。 図:36条1項の設例図

  • Aは占有改定で対抗要件を備えた
  • その後Bが、別の債権者Eのためにも機械を譲渡担保に供し、Eは動産譲渡登記(特例法3条1項のみなし引渡し)で対抗要件を備えた
  • 占有改定より後に対抗要件を備えたEが、Aに優先する

対抗要件についても、新法は新しいルールを持ち込みました。178条の引渡しに占有改定が含まれること自体は、これまでどおりです。ただ、占有改定で対抗要件を備えた動産譲渡担保権には、1つ弱点が付きます。具体的には、Aさんが占有改定で対抗要件を備えたとします。その後、Bさんが同じ機械を、別の債権者Eさんのためにも譲渡担保に供し、Eさんが動産譲渡登記で対抗要件を備えたとします。この場合、時間の順序ではAさんが先です。ところが新法のもとでは、占有改定以外の方法で対抗要件を備えたEさんが、占有改定にとどまるAさんに優先します。

理由は、占有改定が外から見えにくい方法だからです。占有改定以外の方法で確認した人を、より強く保護するという設計です。占有改定は、対抗要件にはなるけれど、いちばん弱い対抗要件になる、と理解しておいてください。

今日の骨格を振り返る

まとめ板。典型担保の穴3つ(369条・344条・345条・競売の重さ)→非典型担保の地図(3系統)→物権法定主義(175条)と譲渡担保の機能2つ(動産抵当の実現・私的実行の実現)→法的性質(所有権的構成/担保的構成、判例は場面ごとに使い分け)→対抗要件(178条・占有改定・動産譲渡登記)→新法(3条・5条・6条で担保権として構成、不動産は対象外、施行前契約にも原則適用、占有改定は弱い対抗要件)。 図:まとめ板

今日の内容を振り返ります。動産には抵当権を付けられず、質権では占有を取り上げられてしまう、この穴を埋めるのが譲渡担保でした。契約の形式は所有権移転ですが、実質は担保です。判例は所有権的構成を基調としながら、場面によっては担保の実質を重視する、使い分けをしていました。対抗要件は178条の引渡しで、占有改定も含まれます。ただし、不動産の譲渡担保には新法は及ばず、これまでどおり判例法理で説明されます。だからこそ、今日見た2つの構成の対立は、これからも学び続ける価値があります。冒頭のBさんの機械も、譲渡担保という、条文に無かった方法で、ちゃんと担保に入れられます。

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#146単独ページ動画

譲渡担保の清算義務と受戻権

第3章 担保物権 #146/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

土地は丸ごと取られるのか

冒頭の場面図。Bが1000万円の土地を担保に、Aから100万円を借りている。Bの吹き出し「返せなかったら、土地は丸ごとAさんのものですか」。 図:冒頭の場面図

借りたのは100万円です。担保に出したのは、1000万円の土地です。返せなかったら、土地は丸ごとAさんのものになるんですか。形式だけ見れば、そう見えます。前回見たとおり、譲渡担保は契約上、所有権をAさんに移す形をとっているからです。やっぱり丸取りされてしまうんですか。違います。譲渡担保の実質は、あくまで担保です。担保である以上、Aさんが手にしてよいのは、貸したお金の分だけです。今日は、この「丸取りは許されない」という原則が、実行の場面でどう条文と判例に落とし込まれているかを見ていきます。

清算義務、丸取りは許されない

清算義務の板。土地の価額1000万円、被担保債権額100万円、差額900万円が清算金。譲渡担保権者Aは、目的物の価額が債務額を上回る場合、その差額を清算金として設定者Bに支払う義務を負う。 図:清算義務の板

  • 土地の価額1000万円、被担保債権額100万円、差額900万円が清算金
  • 譲渡担保権者Aは、目的物の価額が債務額を上回る場合、その差額を清算金として設定者Bに支払う義務を負う

結論から言います。Aさんは、土地の価額とBさんの借金の額との差額を、清算金としてBさんに支払わなければなりません。形式上は所有権が移っていても、Aさんが実際に手にしてよい価値は、貸した100万円の分だけです。それを超える900万円は、Bさんのものとして返す。これが清算義務です。

⭐ 論文で書く規範:譲渡担保の清算義務(規範) いずれの方法による場合であっても、目的物の適正評価額ないし売却代金が債務額を上回る場合は、譲渡担保権者は設定者にその差額を清算金として支払う義務がある。 (出どころ=判例型(最判昭和46年3月25日・民集25巻2号208頁))

判例最判昭46・3・25(民集25巻2号208頁)

清算金の支払義務と、清算金と引渡しの引換給付 債権者は、債務者が弁済期に債務の弁済をしない場合においては、目的不動産を換価処分し、またはこれを適正に評価することによつて具体化する右物件の価額から、自己の債権額を差し引き、なお残額があるときは、これに相当する金銭を清算金として債務者に支払うことを要するのである。……債務者が右清算金の支払と引換えにその履行をなすべき旨を主張したときは、特段の事情のある場合を除き、債権者の右請求は、債務者への清算金の支払と引換えにのみ認容されるべきものと解するのが相当である

判決文の言う「差し引き、なお残額があるとき」の残額が、今回で言えば900万円にあたります。判決文にある「換価処分」は売ってお金に換えること、「適正に評価する」は値打ちを見積もることです。これが、このあと見る実行の2つのやり方で、どちらでも差額を返す点は変わりません。借金の100万円に届かないので、返すべき差額がありません。清算金はゼロです。値打ちはAさんの言い値ではなく、適正に評価した額で測ります。このときAさんは、清算金が無いことをBさんに通知します。所有権的構成をとっても、譲渡担保である以上、実質は担保だという性格は消えません。契約の趣旨は、最初から「借金の担保にする」という一点にあります。だから、たとえ所有権的構成に立っても、担保としての枠、つまり清算義務からは逃れられないんです。

実行の2類型、帰属清算と処分清算

2類型の板。帰属清算型=Aが土地を自分のものにして、清算金を払う方法。処分清算型=Aが土地を第三者Dに売って、代金から清算金を払う方法。違いは所有権が確定的に移るタイミング。 図:2類型の板

  • 帰属清算型=Aが土地を自分のものにして、清算金を払う方法
  • 処分清算型=Aが土地を第三者Dに売って、代金から清算金を払う方法
  • 違いは所有権が確定的に移るタイミング

清算義務を果たしながら実行する方法には、2つの型があります。1つは帰属清算型です。Aさんが土地を自分のものにして、代わりに清算金900万円をBさんに払う方法です。Aさんが土地を第三者Dさんに売却して、その代金から借金の分を引いた残りを、清算金としてBさんに払います。どちらも、Bさんが最終的に受け取るのは差額の清算金という点は同じです。違うのは、土地の所有権がいつ確定的に移るかです。帰属清算型では、Aさんが自分のものにするタイミング。処分清算型では、第三者Dさんに実際に売却するタイミングです。この「所有権がいつ確定するか」が、このあと見る受戻権の話に直結します。

清算金の支払と土地の引渡しは同時履行

同時履行の板。Aは清算金900万円の支払義務を、Bは土地の明渡し義務を負う。実行という同じ出来事から生まれた対の義務として、どちらの履行も相手の履行と引換えでなければ拒める。 図:同時履行の板

  • Aは清算金900万円の支払義務を、Bは土地の明渡し義務を負う
  • 実行という同じ出来事から生まれた対の義務として、どちらの履行も相手の履行と引換えでなければ拒める

もう1つ、実行の場面で押さえておきたいのが、清算金の支払と、土地の明渡しの関係です。Aさんが先に土地を明け渡すよう求めてきたら、Bさんはそれに応じないといけないんですか。違います。判例は、Aさんが明渡しを求める訴えの中で、Bさんが清算金の支払を主張したときは、特段の事情がない限り、清算金の支払と引換えでなければ明渡しを認めない、としています。清算金を払う義務と、土地を渡す義務は、同じ実行という出来事から生まれた、対になる義務だからです。片方だけ先に履行させるのは不公平なので、引換えにするんです。

条文民法533条

民法第533条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

実行の場面に契約の条文を持ち込んでよいのかは、大事な点です。双務契約は、以前、冷蔵庫の売買で見たように、お互いが債務を負い合う契約でした。清算金の支払と目的物の引渡しが、実行という1つの出来事から生まれた対の義務だという点で、双務契約の対価関係と同じ扱いをしているんです。出典は、さきほどの清算義務のときと同じ判例です。引き換えにするお金がありませんから、Bさんは清算金を理由に明渡しを拒めません。引換えで守られるのは、返してもらうべき差額があるときだけです。

受戻権、いつまで土地を取り戻せるか

受戻権はいつまで存続するかの表。時間の流れ=弁済期→実行の意思表示→確定(受戻権消滅)。帰属清算型は清算金の支払・提供または清算金が無い旨の通知で、処分清算型は第三者Dへの処分で受戻権が消える。意思表示だけでは終わらず、それまでは受戻せる。 図:受戻権はいつまで存続するかの表

  • 時間の流れ=弁済期→実行の意思表示→確定(受戻権消滅)
  • 帰属清算型は清算金の支払・提供または清算金が無い旨の通知で、処分清算型は第三者Dへの処分で受戻権が消える
  • 意思表示だけでは終わらず、それまでは受戻せる

ここが、今日いちばんの山場です。Bさんは、実行が終わるまでは、借金の全額を払えば土地を取り戻せます。これを受戻権といいます。具体例で考えましょう。友人に、家にある古い腕時計を担保として預けて10万円を借りたとします。時計の査定額は30万円です。友人が「もうこの時計は俺のものにする」と口で言っただけでは、まだ終わりません。友人が差額の20万円を用意して「受け取って」と差し出すか、実際に払うかして、初めて時計は友人のものに確定します。それまでは、あなたが10万円を耳をそろえて持っていけば、時計を取り戻せるんです。これを土地の話に置き換えると、帰属清算型では、Aさんが土地を自分のものにする意思表示をしただけでは終わりません。清算金900万円の支払か提供、さっきの80万円の土地のように清算金が無いときはその旨の通知をして、初めて所有権が確定します。提供とは、お金を用意して「受け取ってください」と差し出すことで、Bさんが受け取らなくても、そこで区切りがつきます。

Aさんが「土地は俺のものにする」と言っただけで、清算金の支払も通知も無いとき、Bさんはまだ受戻せますか。受戻せます。もし口で言っただけで受戻権が消えるとしたら、Bさんは土地を失ったのに、900万円はまだ1円も受け取っていない、という状態になります。それでは丸取りと変わりません。だから、清算金が確かにBさんの手に届く段階、つまり支払か提供があるまでは、受戻せるとしているんです。処分清算型のほうは、もっとはっきりしています。Aさんが第三者Dさんに実際に土地を売ってしまったら、その時点でBさんは受戻権を、ひいては土地の所有権を終局的に失います。お金を払って買ったDさんの立場を、いつまでも不安定にしておけないからです。

⭐ 論文で書く規範:受戻権の時的限界(規範) 帰属清算型の譲渡担保においては、譲渡担保権者が目的物を確定的に自己に帰属させる旨の意思表示をしても、譲渡担保権者が設定者に対して清算金の支払若しくはその提供又は目的物の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をしない限り、設定者は受戻権を有し、債務の全額を弁済して譲渡担保権を消滅させることができる。ただし、譲渡担保権者が目的物を第三者に売却等をしたときは、設定者はその時点で受戻権ひいては目的物の所有権を終局的に失う。処分清算型の譲渡担保においては、目的物を第三者に処分するまでの間、設定者は受戻権を有する。 (出どころ=判例型(最判昭和62年2月12日・民集41巻1号67頁))

判例最判昭62・2・12(民集41巻1号67頁)

受戻権の消滅時期 弁済期の経過後であつても、債権者が担保権の実行を完了するまでの間、すなわち、(イ)債権者が目的不動産を適正に評価してその所有権を自己に帰属させる帰属清算型の譲渡担保においては、債権者が債務者に対し、目的不動産の適正評価額が債務の額を上回る場合にあつては清算金の支払又はその提供をするまでの間、目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない場合にあつてはその旨の通知をするまでの間、(ロ)目的不動産を相当の価格で第三者に売却等をする処分清算型の譲渡担保においては、その処分の時までの間は、債務者は、債務の全額を弁済して譲渡担保権を消滅させ、目的不動産の所有権を回復すること(以下、この権能を「受戻権」という。)ができるものと解するのが相当である

土地の場合も同じで、弁済期を過ぎたあとにAさんが土地を処分してしまうと、帰属清算型の約束だったとしても、また買った人の事情にかかわらず、Bさんは受戻権を失います。こう考えないと、土地が誰のものかがいつまでも決まらない状態が続いてしまうからです。似ていますが、別物です。抵当権消滅請求は、抵当に入った不動産を買った第三取得者が、自分で決めた金額を提示して、抵当権という負担を消す制度でした。受戻権は、担保に入れた本人であるBさんが、借金を全額払って、いったん移した所有権そのものを取り戻す権能です。誰が、何を払って、何を取り戻すのか、そこがまるで違います。受戻権が消えたあとも、Bさんには、差額の900万円を清算金として受け取る権利が残ります。土地は戻らなくても、丸取りはされません。Aさんが手にしてよいのは貸したお金の分だけ、という今日の原則は、時間の線の上でも貫かれています。

受戻権を放棄して清算金だけは請求できない

受戻権放棄の板。Bが受戻権を放棄して清算金だけ請求しても認められない。理由=清算金支払請求権と受戻権は発生原因を異にする別個の権利/認めるとBが実行時期を一方的に決められてしまう。 図:受戻権放棄の板

  • Bが受戻権を放棄して清算金だけ請求しても認められない
  • 理由=清算金支払請求権と受戻権は発生原因を異にする別個の権利/認めるとBが実行時期を一方的に決められてしまう

さっきの腕時計の話に戻ります。あなたが「時計はもう諦めるから、20万円だけちょうだい」と言ったら、それは通るんですか。通りません。判例は、これを認めていません。理由は2つあります。1つは、清算金支払請求権と受戻権は、発生原因を異にする別個の権利だということです。受戻権を放棄しても、それだけで清算金支払請求権が生まれるわけではありません。清算金を請求する権利は、Aさんが実行を終えたとき、つまり土地を自分のものにするか、第三者に売ることによって、初めて生まれる権利です。受戻権は逆に、Bさんが借金を全額払うことで、土地を取り戻す権利です。生まれるきっかけがまったく違うので、片方を放棄しても、もう片方が自動的に生まれるわけではないんです。

⭐ 論文で書く規範:受戻権放棄による清算金請求の可否(規範) 譲渡担保権設定者の清算金支払請求権と受戻権とは発生原因を異にする別個の権利であるから、設定者が受戻権を放棄しても、これにより清算金支払請求権を取得することにはならない。また、これを認めると、設定者が受戻権を放棄することにより、本来譲渡担保権者が有する実行時期決定の自由を一方的に制約し得ることになり、相当でない。 (出どころ=判例型(最判平成8年11月22日・民集50巻10号2702頁))

判例最判平8・11・22

受戻権放棄と清算金請求 譲渡担保権設定者は、譲渡担保権者が清算金の支払又は提供をせず、清算金がない旨の通知もしない間に譲渡担保の目的物の受戻権を放棄しても、譲渡担保権者に対して清算金の支払を請求することはできないものと解すべきである。……譲渡担保権設定者の清算金支払請求権は、……その価額から被担保債権額を控除した残額の支払を請求する権利であり、他方、譲渡担保権設定者の受戻権は、……弁済等によって被担保債務を消滅させることにより譲渡担保の目的物の所有権等を回復する権利であって、両者はその発生原因を異にする別個の権利であるから、……また、このように解さないと、譲渡担保権設定者が、受戻権を放棄することにより、本来譲渡担保権者が有している譲渡担保権の実行の時期を自ら決定する自由を制約し得ることとなり、相当でないことは明らかである。

もう1つは、実行の主導権の問題です。いつ実行するかを決めるのは、本来Aさんの自由です。Bさんが「もう受戻さない、清算金だけくれ」と言えてしまうと、Bさんのほうが実行の時期を一方的に決められることになってしまいます。それでは、実行時期についてのAさんの自由が奪われてしまうので、認められません。ただし、判例が否定したのは、Aさんが清算金の支払も通知もしていない段階で、Bさんのほうから言い出す場合です。Aさんが自分から、土地を自分のものにする、あるいはDさんに売ると動いたなら、Bさんは900万円の清算金を請求できます。いつ実行するかを決めたのが、Aさんだからです。

効力の及ぶ範囲と物上代位

範囲・物上代位の板。効力の及ぶ範囲は抵当権と同じ枠組み(370条類推)=付加一体物・従物・従たる権利にも及ぶ。目的物が売却・滅失・損傷した場合、譲渡担保権者は物上代位もできる(動産譲渡担保につき肯定した判例あり)。 図:範囲・物上代位の板

  • 効力の及ぶ範囲は抵当権と同じ枠組み(370条類推)=付加一体物・従物・従たる権利にも及ぶ
  • 目的物が売却・滅失・損傷した場合、譲渡担保権者は物上代位もできる(動産譲渡担保につき肯定した判例あり)

ここは軽く確認します。譲渡担保の効力が及ぶ目的物の範囲は、抵当権と同じ枠組みで考えます。370条を類推して、付加一体物や従物、従たる権利にも効力が及びます。詳しくはその回で扱ったので、ここでは同じ枠組みが使い回されている、とだけ押さえてください。もう一点、目的物が売却されたり、滅失・損傷したりして、Bさんが金銭を受け取る立場になったときは、Aさんはその金銭にも物上代位できます。差押えの要否や細かい要件は、物上代位を扱った回で見たとおりです。動産の譲渡担保についても、この物上代位を認めた判例があります。担保である以上、目的物が姿を変えても、その価値を追いかけられるということです。

動産なら、新法はどう書いたか

新法対比の板。前回の工場の機械の例。土地=不動産=新法の対象外(2条1号イ)=判例法理のまま。動産の譲渡担保は施行されると、60条=帰属清算方式、61条=処分清算方式、65条=清算金支払請求権の処分禁止、9条=物上代位、を条文で定める。 図:新法対比の板

  • 前回の工場の機械の例
  • 土地=不動産=新法の対象外(2条1号イ)=判例法理のまま
  • 動産の譲渡担保は施行されると、60条=帰属清算方式、61条=処分清算方式、65条=清算金支払請求権の処分禁止、9条=物上代位、を条文で定める

前回見た2025年の新しい法律は、今日の話にも関係するんですか。関係します。ただし、今日の設例の土地は不動産なので、新法の対象外です。前回確認したとおり、不動産の譲渡担保は新法の定義から外れているので、これまでどおり判例法理で説明されます。前回登場した、工場の機械のような動産です。新法が施行されると、動産の譲渡担保の実行は、条文で定められることになります。呼び名は「型」から「方式」に変わりますが、中身は今日見た帰属清算型・処分清算型と同じ枠組みです。帰属清算方式は60条、処分清算方式は61条です。Aさんが「機械をもって弁済に充てること」、見積価額とその算定根拠、被担保債権の額を通知すると、通知から2週間が経つか、機械の引渡しを受けるかの早いほうの時点で、被担保債権が消滅します。その時点の価額が債務額を超えていれば、差額を清算金として払わなければなりません。処分清算方式も、第三者への譲渡を基準に、同じ構造で定められています。

新法は、判例が積み重ねてきたこの構造を、条文にしたと言えます。清算金の支払と目的物の引渡しについて533条を準用すると明文で定め、さらに、Bさんは清算金の支払を受けるまで機械を留置できる、とも定めています。判例も、土地の例でいえば、AさんがDさんに土地を売ったあと、Dさんから明渡しを求められたBさんは、清算金を受け取るまで留置権を主張できる、と認めています。新法は、こうした設定者の守りを、条文ではっきりさせたわけです。新法の条文には、受戻という言葉そのものは出てきません。ただ、60条や61条が「清算の時点になって初めて被担保債権が消滅する」と定めている以上、その時点に至るまでは、Bさんは普通に弁済して債務を消滅させることができます。これが、判例法理の受戻権と同じ働きをしています。65条は、清算の時点までは清算金支払請求権を譲渡そのほかの処分の対象にできないと定めています。9条は、目的物の物上代位を条文で定めたものです。土地なら判例法理、機械なら新法の条文、と場面で切り替えて考えてください。

今日の地図(保存版)

まとめ板。清算義務(差額を清算金として支払う)→実行の2類型(帰属清算型/処分清算型、違いは所有権確定のタイミング)→清算金と引渡しの同時履行(533条)→受戻権(実行が終わるまで全額弁済で取り戻せる、時点は帰属清算=清算金支払/通知、処分清算=第三者への処分)→受戻権放棄による清算金請求は否定→範囲は370条類推・物上代位も可→新法(動産は60条・61条・65条・9条で条文化、土地は判例法理のまま)。 図:まとめ板

今日の内容を振り返ります。譲渡担保の実質は担保だから、Aさんが手にしてよいのは貸した分だけ。超えた分は清算金として返さなければならない、これが清算義務でした。実行のやり方には、帰属清算型と処分清算型の2つがあって、違いは土地の所有権がいつ確定するかでした。清算金の支払と土地の明渡しは、対になる義務として同時履行の関係に立ちます。そして今日の山場、受戻権は、その所有権が確定する時点まで存続します。帰属清算型なら清算金の支払・提供または通知まで、処分清算型なら第三者への処分までです。実行時期を決める自由は、あくまでAさんにあるからです。効力の及ぶ範囲や物上代位は、抵当権と同じ枠組みの使い回しでした。そして、動産の場合は、新法が施行されると、この構造が条文になります。冒頭のBさんの土地は、900万円の清算金を受け取る権利と、それまでの受戻権に守られています。

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#147単独ページ動画

譲渡担保と第三者

第3章 担保物権 #147/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

土地を勝手に売られたら

冒頭の場面図。1000万円の土地を担保にAから100万円を借りているB。Bの吹き出し「返済の期限より前に、Aさんが土地を勝手に売ってしまった」。土地からDへ向かう矢印(transfer)。 図:冒頭の場面図

  • 1000万円の土地を担保にAから100万円を借りているB
  • 土地からDへ向かう矢印(transfer)

前回、1000万円の土地を担保に取っていたAさんから、100万円を借りたBさんが、返済すれば土地を取り戻せるという話を聞きました。もし、その返済の期限より前に、Aさんが土地を勝手に売ってしまっていたら、どうなるんですか。それが今日のテーマです。担保に取っていた人が、期限より前に目的物を第三者へ売ってしまうことがあります。逆に、担保に出したはずのBさんのほうが、勝手に第三者へ売ってしまうこともあります。誰が売ったかによって、結論は変わるんですか。変わります。さらに、いつ売ったか、つまり弁済期の前か後かによっても、結論が変わります。今日は、この「誰が」と「いつ」を組み合わせた場面を、順番に整理していきます。

4マスの地図

4マスの枠組みだけの表。縦軸=処分したのがAかBか。横軸=弁済期の前か後か。中身はまだ空欄。 図:4マスの枠組みだけの表

  • 縦軸=処分したのがAかBか
  • 横軸=弁済期の前か後か
  • 中身はまだ空欄

まず、枠組みを確認します。縦の軸は、処分したのがAさんかBさんか。横の軸は、それが弁済期の前か後かです。先に鍵を言っておくと、担保の実行がもう終わっているかどうかで、答えの決め方そのものが切り替わります。今日はこの4つのマスを、1つずつ埋めていきます。まずは、弁済期の前に、Aさんが土地を処分した場面からです。

弁済期前にAが処分した場合

①のマス。所有権的構成なら自己物売買として有効(善意悪意を問わない)。担保的構成なら他人物売買として原則無効(動産なら即時取得の余地)。根拠は古い大審院の判例。 図:①のマス

  • 所有権的構成なら自己物売買として有効(善意悪意を問わない)
  • 担保的構成なら他人物売買として原則無効(動産なら即時取得の余地)
  • 根拠は古い大審院の判例

Aさんが、弁済期より前に、土地を第三者Dさんに売ってしまいました。所有権的構成に立てば、契約書のうえで既にAさんが所有者ですから、Aさんが土地を売ることは、自分の物を売る自己物売買にあたります。この場合、Dさんは、Bさんが担保に入れていた事情を知っていたかどうかにかかわらず、有効に所有権を取得します。自己物売買である以上、そもそも他人の権利を害していません。この結論を支えているのが、古い時期の大審院の判例です。担保的構成に立てば、所有権は実質どおりBさんに残っています。Aさんが売ったのは、自分の物ではなく、他人のものになります。他人物売買は、それだけでは所有権を移す効力を持ちません。原則として、Dさんは所有権を取得できないことになります。

土地ではなく、前々回の機械のような動産だったとします。担保的構成のもとでも、Dさんが平穏かつ公然と占有を始め、Aさんの権利を疑うべき事情もなく信じていたのであれば、即時取得によって救済される余地があります。要件の細かい内容は、即時取得を扱った回で確認したとおりです。即時取得は動産に限られた制度なので、不動産では使えません。土地の場合、担保的構成に立つと、Dさんを救う道はかなり狭くなります。

弁済期後にAが処分した場合

②のマス。構成を問わず、譲受人が確定的に取得しBは受戻権を失う。譲受人の善意悪意・背信的悪意者かは問わない。理由=受戻権は実行完了まで、処分清算型は第三者への処分が実行完了時点にあたる。 図:②のマス

  • 構成を問わず、譲受人が確定的に取得しBは受戻権を失う
  • 譲受人の善意悪意・背信的悪意者かは問わない
  • 理由=受戻権は実行完了まで、処分清算型は第三者への処分が実行完了時点にあたる

前回見た受戻権、つまり、実行が終わるまでは借金の全額を払えば土地を取り戻せるBさんの権利が、消える2つのタイミング、覚えていますか?帰属清算型なら清算金の支払か提供、あるいは清算金が無いという通知まで。処分清算型なら、第三者に処分されるまで、でした。今日はその続きです。弁済期を過ぎたあとに、Aさんが土地を第三者Dさんに売ってしまった場合を考えます。これは、さっきの①とは何が違うんですか。大きく違います。①では、所有権的構成か担保的構成かで、結論が正反対に分かれていました。ところが弁済期後のこの場面では、どちらの構成に立っても、結論は同じです。Dさんは確定的に土地の所有権を取得し、Bさんは受戻権を失います。

前回確認したとおり、受戻権は、実行が終わるまでしか存在しない権利です。処分清算型では、第三者への処分こそが、実行が終わる瞬間にあたります。約束が帰属清算型だった場合も同じで、前回の判例のただし書きのとおり、Aさんが第三者に売った時点で、Bさんは受戻権を失います。受戻権が消えれば、Bさんにはもう、お金を払って土地を取り戻す道が残っていません。だから、この時点でDさんの取得が確定します。ここでもし、Dさんが事情を知っていたかどうかで結論を変えてしまうと、実行がいつ終わったのかが、後から人の内心しだいでひっくり返ることになります。

担保という制度は、いつかは必ず関係を終わらせる制度です。その終わらせ方を、譲受人の主観のような、外からは分からない事情に左右させるわけにはいきません。だから判例は、弁済期後にAさんが処分した場合、譲受人が善意か悪意か、さらにはいわゆる背信的悪意者にあたるかどうかさえ、問わないとしています。

⭐ 論文で書く規範:弁済期後の譲渡担保権者による処分の効力(規範) 弁済期の経過後に譲渡担保権者が目的物を第三者に譲渡した場合、譲受人が善意であるか悪意であるか、いわゆる背信的悪意者に当たるかどうかを問わず、譲受人は確定的に所有権を取得し、設定者は受戻権を失う。 (出どころ=判例型(最判平成6年2月22日))

弁済期を過ぎてからAさんに売ってもらった以上、たとえDさんがBさんを困らせる目的で買ったのだとしても、土地は確定的にDさんのものになります。背信的悪意者は、177条の回で見た、嫌がらせなどの目的で入り、信義則上、相手の登記の無さを言い立てられない人です。ただ、ここでの話は177条の対抗問題とは別物です。177条の場面は、権利変動そのものは成立していて、あとは誰が先に登記を備えたかを競う話でした。今日のこの場面は、担保の実行が完了したかどうかという、もっと手前の話です。実行が完了した以上、対抗問題を持ち出すまでもなく、Dさんの取得は確定します。

受戻し後にAが処分した場合

4マスの外側の場面。Bが弁済して実質的な所有権は戻っているが、登記名義はまだAに残っている。その間にAが第三者Dへ譲渡すると、177条の対抗問題として扱われる。背信的悪意者なら例外的にBが対抗できる。 図:4マスの外側の場面

  • Bが弁済して実質的な所有権は戻っているが、登記名義はまだAに残っている
  • その間にAが第三者Dへ譲渡すると、177条の対抗問題として扱われる
  • 背信的悪意者なら例外的にBが対抗できる

弁済が終われば、実質的には土地の所有権は、もうBさんに戻っています。ただ、登記の名義は、まだAさんに残っていることがあります。この状態で、Aさんが土地を第三者Dさんに売ってしまうと、また別の場面になります。さっきの①や②とは、違う場面なんですか。違います。①と②は、まだ担保の関係が続いている場面でした。この場面は、担保の関係がもう終わったあとの、いわば二重譲渡に似た対抗問題です。前々回、判例は場面ごとに使い分けているという例として、この判例に軽く触れました。今日はその中身を見ます。

判例最判昭62・11・12

受戻し後の譲渡と対抗要件 不動産が譲渡担保の目的とされ、設定者から譲渡担保権者への所有権移転登記が経由された場合において、被担保債務の弁済等により譲渡担保権が消滅した後に目的不動産が譲渡担保権者から第三者に譲渡されたときは、右第三者がいわゆる背信的悪意者に当たる場合は格別、そうでない限り、譲渡担保設定者は、登記がなければ、その所有権を右第三者に対抗することができない

登記が無い以上、177条の対抗問題として扱われます。ただし、Dさんがいわゆる背信的悪意者にあたる場合は別です。その場合は、Bさんは登記が無くても、自分の所有権をDさんに対抗できます。

⭐ 論文で書く規範:受戻し後の譲渡と対抗要件(規範) 被担保債務の弁済等によって譲渡担保権が消滅した後に、譲渡担保権者が目的不動産を第三者に譲渡した場合、譲受人が背信的悪意者に当たらない限り、設定者は登記がなければその所有権を譲受人に対抗することができない。 (出どころ=判例型(最判昭和62年11月12日))

②は、まだ担保が実行されている最中の場面で、実行を画一的に終わらせる要請が優先されました。この場面は、担保の関係が既に終わったあとの、普通の対抗問題です。177条の枠組みがそのまま働くので、背信的悪意者の法理もまた生きています。今度はBさんが勝ちます。担保の関係はもう終わっていて、普通の対抗問題になるので、Bさんを困らせる目的で買ったようなDさんは、背信的悪意者として、Bさんの登記が無いことを言い立てられません。ここで少し振り返ります。①では、Aさんが弁済期前に処分した場合を見ました。所有権的構成では、Aさんの処分は自己物売買として有効でした。①とこれから見る③、Bさんが弁済期前に処分した場合、所有権的構成での結論はどちらが逆になるでしょうか?

考えてみます。Aさんが所有者だとすると、逆にBさんは無権利者になりますよね。だとすると、③ではBさんの処分は他人物売買になって、原則、第三者は取得できなくなりそうです。それでは、実際に③を見ていきましょう。

弁済期前にBが処分した場合

③のマス。所有権的構成なら他人物売買として原則無効(不動産未登記=二重譲渡類似の対抗問題・既登記=94条2項類推の余地、動産占有改定前=二重譲渡類似の対抗問題・改定後=即時取得の余地)。担保的構成なら自己物売買として有効(担保付きのまま譲受人が取得)。 図:③のマス

  • 所有権的構成なら他人物売買として原則無効(不動産未登記=二重譲渡類似の対抗問題・既登記=94条2項類推の余地、動産占有改定前=二重譲渡類似の対抗問題・改定後=即時取得の余地)
  • 担保的構成なら自己物売買として有効(担保付きのまま譲受人が取得)

弁済期の前に、Bさんが土地を、第三者Fさんに売ってしまった場合です。所有権はAさんに移っているので、Bさんが売ったのは他人のものになります。ただし、不動産の場合、Aさんへの所有権移転の登記が済んでいるかどうかで、扱いが変わります。譲渡担保の登記がまだ済んでいなければ、AさんとFさんは、実質、同じ土地について二重に権利を主張し合う関係になります。

条文民法177条

民法第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

不動産の物権変動は、登記をしなければ第三者に対抗できません。Aさんも、Fさんも、まだ登記を備えていない段階であれば、先に登記を備えたほうが優先します。Aさんが既に登記を備えていたなら、対抗の勝負にはなりません。Bさんの処分は、はっきりと他人物売買になります。原則として、Fさんは所有権を取得できません。ただし、94条2項は、以前の回で見たとおり、本当の持ち主が嘘の外観に責められるだけの関わりを持っていれば、それを信じた第三者を守る規定です。Aさんの登記そのものは、Bさんが所有者だという外観にはなりません。ここで外観になりうるのは、Aさんの登記のあと、Bさんが無断でB名義に登記を戻すなどして虚偽の外観を作り、Aさんがそれを知りながら放置していた場合です。Fさんが、そのB名義の登記を信じていたのなら、94条2項を類推して、Fさんが保護される余地があります。

動産の場合、177条ではなく178条の話になります。Bさんが機械を工場で使い続けたまま、以後はAさんのために持つことにする、この占有改定によってAさんが対抗要件を備える前なら、AさんとFさんは、やはり二重譲渡に似た対抗関係に立ちます。占有改定が既に済んでいれば、Bさんの処分ははっきり他人物売買になりますが、Fさんが実際に機械の引渡しを受けていれば、即時取得によって救済される余地があります。担保的構成なら、Bさんはまだ自分の権利、担保の負担が付いた所有権を持っています。だから、Bさんの処分は、自分の物を売る自己物売買として、そのまま有効です。ただし、Fさんが手に入れるのは、Aさんの譲渡担保が付いたままの土地です。Bさんが弁済しなければ、Aさんは変わらず担保を実行できます。

一般債権者の差押え

④のマス。設定者Bの一般債権者Gが機械を差し押さえた場合、Aは第三者異議の訴え(民事執行法38条)を提起できる。譲渡担保権者Aの一般債権者が差し押さえた場合、弁済期前ならBは受け戻して排除できる/弁済期後は差押え後に弁済しても排除できない(最判平18・10・20)。 図:④のマス

  • 設定者Bの一般債権者Gが機械を差し押さえた場合、Aは第三者異議の訴え(民事執行法38条)を提起できる
  • 譲渡担保権者Aの一般債権者が差し押さえた場合、弁済期前ならBは受け戻して排除できる/弁済期後は差押え後に弁済しても排除できない(最判平18・10・20)

一般債権者が差し押さえてくる場合は、どうなるんですか。ここは2つの場面があります。まずは、Bさんの一般債権者Gさんが、機械をBさんの財産として差し押さえてきた場合です。判例の所有権的構成では、実質はAさんに所有権が移っていますから、Aさんは、譲渡担保権者という立場に基づいて、この差押えを排除できます。使う手段は、第三者異議の訴えです。差押えの対象が、実は債務者の物ではないと主張して、その強制執行を排除してもらう訴えです。Aさんが譲渡担保権者という立場に基づいて、この訴えを起こせる、という結論を、今日は押さえておいてください。

もう1つは、逆にAさんの一般債権者が、土地をAさんの財産として差し押さえてくる場合です。前々回、弁済期の前なら、Bさんが受け戻せば差押えを退けられる、というところまで見ました。弁済期を過ぎてから差し押さえられた場合は、判例は、Bさんがそのあと全額を返しても、第三者異議の訴えで差押えを退けることはできない、としています。弁済期を過ぎれば、Aさんは土地を処分できる立場にあるので、②と同じく、受け戻せる時間はもう終わっている、と見るわけです。

4つの場面をまとめて見る

完成版の対比表。縦軸=A処分/B処分、横軸=弁済期前/弁済期後。①弁済期前・A処分=所有権的構成なら自己物売買・有効/担保的構成なら他人物売買・原則無効。②弁済期後・A処分=構成を問わず確定的にD取得・B受戻権喪失。③弁済期前・B処分=所有権的構成なら他人物売買・原則無効/担保的構成なら自己物売買・有効。右下(弁済期後・B処分)は成立しないため空欄。 図:完成版の対比表

  • 縦軸=A処分/B処分、横軸=弁済期前/弁済期後
  • ①弁済期前・A処分=所有権的構成なら自己物売買・有効/担保的構成なら他人物売買・原則無効
  • ②弁済期後・A処分=構成を問わず確定的にD取得・B受戻権喪失
  • ③弁済期前・B処分=所有権的構成なら他人物売買・原則無効/担保的構成なら自己物売買・有効
  • 右下(弁済期後・B処分)は成立しないため空欄

ここまでの結論を、4マスの表にまとめます。左上、弁済期前にAさんが処分した場合は、所有権的構成なら自己物売買で有効、担保的構成なら他人物売買で原則無効でした。右うえ、弁済期後にAさんが処分した場合は、どちらの構成でも、確定的にDさんが取得します。左下、弁済期前にBさんが処分した場合は、所有権的構成なら他人物売買で原則無効、担保的構成なら自己物売買で有効でした。弁済期を過ぎて実行が終わってしまえば、Bさんはもう土地に対する権利を失っています。だから、右下のマスは、そもそも成り立ちません。Bさんが処分できるのは、弁済期前に限られます。

2025年、動産だけがズレる

新法対比の板。不動産の譲渡担保は新法の対象外(2条1号イ)で判例法理のまま。動産の場合、①=5条(実行手続によらない処分の禁止)で判例とズレる方向。③=6条(設定者の処分権限)で担保的構成に近づく方向。④=73条(動産譲渡担保権者による第三者異議の訴え)で明文化。施行前契約にも原則適用(附則2条)。 図:新法対比の板

  • 不動産の譲渡担保は新法の対象外(2条1号イ)で判例法理のまま
  • 動産の場合、①=5条(実行手続によらない処分の禁止)で判例とズレる方向
  • ③=6条(設定者の処分権限)で担保的構成に近づく方向
  • ④=73条(動産譲渡担保権者による第三者異議の訴え)で明文化
  • 施行前契約にも原則適用(附則2条)

前々回確認した新しい法律は、今日の話にも関係するんですか。関係します。ただし、前々回と前回で確認したとおり、不動産の譲渡担保は新法の対象外です。今日ずっと使ってきた土地の場面は、これからも判例法理のままです。新法が関係するのは、前々回登場した機械のような動産です。ここからは、動産の場合に置き換えて、新法がどう書いたかを見ていきます。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律5条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第5条 譲渡担保権者は、次節の規定による実行手続によらなければ、譲渡担保財産を譲渡することができない。

ここで効いてくるのは、まさに①の場面です。新法のもとでは、Aさんは、決められた実行手続を踏まないかぎり、機械を勝手に処分できません。①で、所有権的構成をとれば当然に有効だった、Aさんの処分の自由が、条文で縛られることになります。新法は、譲渡担保をAさんの所有権ではなく、担保権として組み立てたからです。担保である以上、Aさんに許されるのは、決められた手続で売って回収することだけ、という考え方です。①の場面だけは、判例法理と新法とで、方向性がはっきり分かれます。今日の4マスの中でも、ここは注意しておくべき箇所です。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律6条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第6条 譲渡担保権設定者は、その有する譲渡担保財産についての権利を第三者に譲渡することができる。

6条は、Bさんが自分の持つ権利を第三者に譲渡できることを、条文でそのまま認めています。③で担保的構成が示していた結論を、動産について明文化した形です。たとえばBさんが機械をFさんに売っても、それは有効で、Fさんは、Aさんの担保が付いたままの機械を手に入れることになります。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律73条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第73条 動産譲渡担保権者は、動産譲渡担保権設定者を債務者又は動産の所有者として、譲渡担保動産に対する強制執行又は当該動産譲渡担保権者が有する動産譲渡担保権に劣後する先取特権、質権若しくは動産譲渡担保権に基づく担保権の実行としての競売による差押えがあったときは、民事執行法第三十八条第一項(同法第百九十四条において準用する場合を含む。以下この条において同じ。)に規定する第三者異議の訴えを提起することができる。ただし、その売得金の額が執行費用のうち共益費用であるもの、被担保債権及びこれに優先する債権のうち配当要求があったものの額の合計額以上となる見込みがあるときは、同項に規定する第三者異議の訴えを提起することができない。

④の場面には、何か条文はあるんですか。あります。73条は、④の機械の場面が、そのまま条文になったものです。動産の譲渡担保権者は、設定者を債務者または所有者とする差押えがあったときに、第三者異議の訴えを提起できると定められています。ただし書きは、売った代金で、手続の費用のうち共益費用と、Aさんの債権、それより優先する債権の合計がまかなえる見込みがあるときは、この訴えを起こせないというものです。それだけの代金が見込めるなら、差押えを止めなくても、Aさんは配当で回収できるので困らないからです。

今日の骨格を振り返る

まとめ板。4マス(①弁済期前・A処分=構成で結論が正反対/②弁済期後・A処分=構成を問わず確定的取得・受戻権喪失/③弁済期前・B処分=①と鏡合わせ/④一般債権者の差押え=B側はAの第三者異議、A側は弁済期前ならBが受け戻して排除・弁済期後は排除できない)→受戻し後の処分は177条の対抗問題として別枠→2025年新法は動産のみ対象で①だけ判例とズレる。 図:まとめ板

今日の内容を振り返ります。4マスの軸は、誰が処分したかと、弁済期の前か後かでした。①弁済期前にAさんが処分した場合は、所有権的構成と担保的構成で、結論が正反対に分かれました。②弁済期後にAさんが処分した場合は、どちらの構成でも、Dさんが確定的に取得し、Bさんは受戻権を失いました。③弁済期前にBさんが処分した場合は、①とちょうど逆の結論になりました。不動産なら177条、動産なら178条の対抗問題や、94条2項、即時取得が、それぞれの場面で顔を出しました。④一般債権者の差押えは、Bさん側ならAさんが第三者異議の訴えで排除でき、Aさん側の場合は、弁済期の前ならBさんが受け戻して退けられ、弁済期を過ぎたあとは退けられませんでした。

受戻し後にAさんが処分してしまう場面は、担保の関係が終わったあとの、普通の対抗問題でした。そして最後に、2025年の新法は、動産についてだけこの話を条文にし、①の場面だけ、判例とは違う方向を示しました。冒頭のBさんの土地は、①のマスにあたります。古い判例が支えてきた所有権的構成に立てば、Dさんが土地を手に入れ、Bさんは土地そのものは取り戻せません。担保的構成に立てば、Dさんは所有権を取得できず、Bさんは返済すれば取り戻せます。

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#148単独ページ動画

集合物譲渡担保

第3章 担保物権 #148/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

倉庫の中身は毎日入れ替わる

冒頭の場面図。自転車卸売業者Bの第一倉庫。段ボールに入った自転車と部品が並ぶ。今日の在庫アイコンと、来月の在庫アイコン(中身が半分入れ替わっている)を左右に並べる。 図:冒頭の場面図

  • 自転車卸売業者Bの第一倉庫
  • 段ボールに入った自転車と部品が並ぶ

自転車の卸売業者Bさんが、銀行Aさんから融資を受けようとしています。担保にできそうなのは、倉庫にある自転車と部品の在庫です。でも、在庫って毎日出入りします。今日並んでいる自転車が、来月にはもう1台も残っていない、なんてこともあります。それでも、この倉庫の在庫を、全部まとめて担保に取ることはできるのか。今日はこの問題を見ていきます。中身がころころ変わる物を、まとめて1個の担保にできるんですか。物権では、対象がはっきり特定していないといけないんじゃなかったでしたか。それが今日の出発点です。それに加えて物権には、複数の物のまとまりの上に1個の物権は認めない、という一物一権主義の原則があります。この原則からすると、中身の入れ替わる在庫の集まりを担保にするのは、一見おかしく見えます。ところが実務では、この形の担保が日常的に使われています。名前を、集合物譲渡担保といいます。

1個の物として扱えるか

一物一権主義との緊張関係の板。物権の客体は1個の独立した物。複数の物のまとまり(集合物)の上に1個の物権は認めない(一物一権主義・#2-1)。在庫は入れ替わり続けるのに、まとめて1個の担保にできるか。 図:一物一権主義との緊張関係の板

  • 物権の客体は1個の独立した物
  • 複数の物のまとまり(集合物)の上に1個の物権は認めない(一物一権主義・#2-1)
  • 在庫は入れ替わり続けるのに、まとめて1個の担保にできるか

まず、一物一権主義との関係です。物権の回で見たとおり、物権の対象は1個の独立した物で、複数の物のまとまり、つまり集合物の上に1個の物権は認めない、という原則がありました。この原則を素直に当てはめると、Bさんの倉庫にある100台の自転車を担保にするには、1台ごとに別々の譲渡担保を設定しないといけないように思えます。しかも在庫は毎日入れ替わりますから、そのたびに設定をやり直す必要が出てきます。そこで判例は、発想を変えました。そもそも、ある物が1個か複数かというのは、物理的にどう分かれているかではなく、取引の世界でどう扱われているか、つまり取引通念によって決まる問題だと考えるんです。

判例最判昭54・2・15

集合物論の規範 構成部分の変動する集合動産についても、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するなどなんらかの方法で目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物として譲渡担保の目的となりうるものと解するのが相当である。

この規範を最初に立てたのが、これから何度も出てくる判決です。中身が入れ替わる在庫であっても、種類・所在場所・量的範囲を指定するなどして範囲が特定されていれば、その集合物を丸ごと1個の物として譲渡担保の目的にできる、としました。

集合物論のイメージ板。サッカーチームの比喩=所属選手(個々の自転車)は入れ替わるが「このチーム」という枠(集合物)は同一性を保つ。扱える例=「Bの第一倉庫にある自転車在庫」(枠が特定)。扱えない例=「Bが日本のどこかに持つ自転車全部」(枠が漠然・特定されない)。理由づけ=取引の実情に合致し法律構成が簡明。 図:集合物論のイメージ板

  • サッカーチームの比喩=所属選手(個々の自転車)は入れ替わるが「このチーム」という枠(集合物)は同一性を保つ
  • 扱える例=「Bの第一倉庫にある自転車在庫」(枠が特定)
  • 扱えない例=「Bが日本のどこかに持つ自転車全部」(枠が漠然・特定されない)
  • 理由づけ=取引の実情に合致し法律構成が簡明

個々の自転車を1台ずつ担保に入れるのではなく、「Bさんの第一倉庫にある自転車在庫」という枠そのものを、1個の物として扱います。喩えるなら、サッカーチームのようなものです。所属選手は毎年入れ替わりますが、「このチーム」という枠自体は同一性を保ったまま存在し続けますよね。個々の自転車が選手にあたります。新しく仕入れた自転車は新加入の選手として自動的にチームの一員になり、売れて出ていった自転車は退団した選手としてチームの一員でなくなる。担保が及ぶのは「チームという枠」であって、個々の選手そのものではありません。この発想が分かると、後半で見る占有改定の話も、通常の営業の範囲の話も、全部つながります。

たとえば、「Bさんが日本のどこかに持っている自転車全部」のような、倉庫も指定せず、量もはっきりしない漠然とした集まりでは、枠そのものが定まっていないので、1個の物として扱う土台がありません。枠が特定されて初めて、集合物として扱えます。この特定の条件は、あとの節で詳しく見ます。理由づけとして判例が挙げているのは、取引通念に照らして集合物を1個の物と解するのが取引の実情に合致し、法律構成としても簡明になる、という点です。実務では在庫全体を担保に取りたいという需要が強くあります。物権の回で見た、例外を認める二つの条件でいえば、この需要が必要性にあたり、次の節で見る範囲の特定が、外から見える形にする公示の手段にあたります。1台ずつ個別に譲渡担保を設定するという構成をとる考え方も理論上はありえますが、判例・通説はこの構成を採っていません。

⭐ 論文で書く規範:集合物論(規範) 構成部分が変動する集合動産であっても、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するなどなんらかの方法で目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物として譲渡担保の目的となりうる。 (出どころ=規範創出型(最判昭和54年2月15日))

昭54・2・15と昭62・11・10の関係を示す板。昭54・2・15=集合物論の規範を最初に定立。昭62・11・10=同じ規範を先例として引用したうえで、特定性・対抗要件・333条の3つの場面にあてはめた判決。 図:昭54・2・15と昭62・11・10の関係を示す板

  • 昭54・2・15=集合物論の規範を最初に定立
  • 昭62・11・10=同じ規範を先例として引用したうえで、特定性・対抗要件・333条の3つの場面にあてはめた判決

今見た規範は、のちに出てくる別の判決でも、そのまま引用され再確認されています。今日はこの2つの判決を、繰り返し行き来することになります。規範を立てたのが先の判決、その規範を具体的な場面にあてはめて答えを出したのが、あとの判決、と押さえておいてください。

特定性の3要素

通し設例。自転車卸売業者Bが、銀行Aから融資を受けるにあたり、Bの第一倉庫内にある自転車及び自転車部品の在庫全部を目的として譲渡担保を設定し、占有改定がされた。以後この設例を使う。 図:通し設例

  • 自転車卸売業者Bが、銀行Aから融資を受けるにあたり、Bの第一倉庫内にある自転車及び自転車部品の在庫全部を目的として譲渡担保を設定し、占有改定がされた
  • 以後この設例を使う

ここから、今日ずっと使う設例です。Bさんが、Aさんから融資を受けるにあたり、Bさんの第一倉庫の中にある自転車及び自転車部品の在庫全部を目的として譲渡担保を設定し、占有改定がされました。この3要素で範囲が特定されていることが、集合物譲渡担保が有効であるための条件になります。特定されていれば、一般債権者や取引に入ってくる第三者も、譲渡担保がどこまで及んでいるかを外から判断でき、不意打ちを受けません。

特定性の肯定例・否定例の対比板。肯定例(最判昭62・11・10)=「第一ないし第四倉庫内及び同敷地・ヤード内を保管場所とし、現にこの保管場所内に存在する普通棒鋼、異形棒鋼等一切の在庫商品」。否定例(最判昭54・2・15)=倉庫会社に寄託中の乾燥ネギ44.303トンのうち28トンを譲渡担保に供した事案(数量だけを切り取り、区別する手立てがなかった)。 図:特定性の肯定例・否定例の対比板

  • 肯定例(最判昭62・11・10)=「第一ないし第四倉庫内及び同敷地・ヤード内を保管場所とし、現にこの保管場所内に存在する普通棒鋼、異形棒鋼等一切の在庫商品」
  • 否定例(最判昭54・2・15)=倉庫会社に寄託中の乾燥ネギ44.303トンのうち28トンを譲渡担保に供した事案(数量だけを切り取り、区別する手立てがなかった)

特定性が認められた例を見てみましょう。倉庫にある普通棒鋼、異形棒鋼など一切の在庫商品を、保管場所である第一から第四までの倉庫の中と敷地の中という範囲で特定していた事案です。種類は「棒鋼等の在庫商品」、所在場所は「特定の倉庫」、量的範囲は「そこにある一切」です。この3つがそろっていれば、特定性は満たされます。「一切の在庫商品」というと、量を絞っていないような気もしますが、それでも量的範囲の指定になるんですか。なります。量的範囲というのは、個数や重さの上限を切ることだけを意味しません。「その倉庫にある全部」という形でも、量的範囲の指定として十分です。

ある会社が、倉庫会社に預けていた乾燥ネギ44トンあまりのうち、28トンを別の債権者に譲渡担保として提供した事案です。この事案では、寄託先の倉庫会社が発行した在庫証明書はあくまで在庫確認の趣旨で作られたにとどまり、実際の搬出もそのつど別の指示によっていたため、どの28トンが担保の対象なのかを、あらかじめ区別する手立てがありませんでした。数量を切り取っただけで、場所や印などで区別する手立てが無かった点が、否定の決め手になりました。単に量を数字で示すだけでは足りず、外から見てその範囲が分かるように特定されている必要があるんです。

通し設例へのあてはめ板。「Bの第一倉庫内に存する自転車及び自転車部品一切」=種類・所在場所・量的範囲がそろい特定性を満たす。仮に「Bが保有する自転車のうち300台」とだけ定めた場合=どの自転車が対象か外から分からず特定性を欠く。 図:通し設例へのあてはめ板

  • 「Bの第一倉庫内に存する自転車及び自転車部品一切」=種類・所在場所・量的範囲がそろい特定性を満たす
  • 仮に「Bが保有する自転車のうち300台」とだけ定めた場合=どの自転車が対象か外から分からず特定性を欠く

今日の設例に当てはめると、「Bさんの第一倉庫の中にある自転車及び自転車部品一切」であれば、所在場所・種類・量的範囲がそろい、特定性を満たします。仮に、「Bさんが保有する自転車のうち300台」とだけ定めていたら、どの自転車が対象か外から分からず、乾燥ネギ事件と同じ構造で特定性を欠くことになります。

占有改定1回で、後から入る在庫まで押さえられる理由

倉庫の枠に在庫が入って出ていく図。横軸=時間。倉庫の枠の中にBの在庫アイコンが流入・流出する。設定時にB→Aへ占有改定(transfer)の矢印。流入した動産には「対抗力及ぶ」、流出した動産には「対抗力及ばない」の注記。 図:倉庫の枠に在庫が入って出ていく図

  • 横軸=時間
  • 設定時にB→Aへ占有改定(transfer)の矢印
  • 流入した動産には「対抗力及ぶ」、流出した動産には「対抗力及ばない」の注記

ここで、もう1つの問題があります。在庫が毎日入れ替わるのに、対抗要件をどう維持するのか、という問題です。占有改定は、集合物のどの範囲に対して1回で足りるでしょうか。個々の在庫ごとに、そのつどやり直す必要があるでしょうか。さっきのチームの喩えでいうと、選手が入れ替わるたびに、契約書を書き直す必要があるのか、ということです。答えは、やり直す必要はありません。集合物という枠は1個の物ですから、その枠に対して占有改定を1回すれば、対抗要件は具備されます。

⭐ 論文で書く規範:集合物譲渡担保の対抗要件(規範) 設定時における集合物自体の占有改定によって対抗要件が具備された効力は、その後構成部分が変動したとしても、集合物としての同一性が損なわれない限り、新たにその構成部分となった動産を包含する集合物について及ぶ。 (出どころ=規範創出型(最判昭和62年11月10日))

新しく入ってきた自転車には、あらためて占有改定をしなくていいんですか。しなくていいんです。理由は、譲渡担保の目的物が「集合物という1個の物」だからです。新たに流入した自転車は、その集合物という枠の構成部分になる、というだけのことです。個別の動産が新しく担保に入るのではなく、もとから枠の一部として扱われます。だから、流入のたびに占有改定をやり直す必要がありません。倉庫から出ていった自転車は、集合物の構成部分でなくなる以上、譲渡担保の目的物からも当然に外れます。チームでいえば、退団した選手にもうチームの規約は及びません。流入には及ぶ、流出には及ばない、この非対称な扱いが、集合物論のいちばんの実益です。

具体的な自転車で確認したいのですが、たとえば来週Bさんが新しく仕入れる自転車Xと、今日お客さんに売れて店を出た自転車Yでは、扱いが違うんですか。違います。自転車Xは、倉庫という枠に入ってきた時点で、あらためて占有改定をしなくても、そのままAさんの譲渡担保の対象になります。自転車Yは、枠から出た時点で、もう対象から外れます。この「入ったら対象・出たら対象外」という境目が、集合物譲渡担保の基本形です。

通常の営業の範囲内の処分と、枠からの離脱

処分権限の板。集合物の内容は設定者の営業活動を通じて当然に変動することが予定されているから、設定者には通常の営業の範囲内で処分する権限が付与されている。この権限内の処分の相手方は、譲渡担保の拘束を受けることなく確定的に所有権を取得できる。 図:処分権限の板

  • 集合物の内容は設定者の営業活動を通じて当然に変動することが予定されているから、設定者には通常の営業の範囲内で処分する権限が付与されている
  • この権限内の処分の相手方は、譲渡担保の拘束を受けることなく確定的に所有権を取得できる

もう1つ、実務上とても大事な論点があります。Bさんは、担保に入れた在庫でも、毎日の商売として自転車を売り続けますよね。そこで判例は、設定者には通常の営業の範囲内で、集合物を構成する動産を処分する権限が付与されている、としています。

判例最判平18・7・20

通常の営業の範囲内の処分と、枠からの離脱 譲渡担保設定者には、その通常の営業の範囲内で、譲渡担保の目的を構成する動産を処分する権限が付与されており、この権限内でされた処分の相手方は、当該動産について、譲渡担保の拘束を受けることなく確定的に所有権を取得することができると解するのが相当である。……譲渡担保契約に定められた保管場所から搬出されるなどして当該譲渡担保の目的である集合物から離脱したと認められる場合でない限り、当該処分の相手方は目的物の所有権を承継取得することはできない。

この場合、買った客は、譲渡担保の負担を気にせず、確定的に自転車の所有権を取得できます。逆に、通常の営業の範囲を超える処分、例えば、Bさんが倒産直前に在庫の自転車を一括して同業のFさんにまとめ売りするような場合は、この処分権限に基づかないものですから、相手方は原則として所有権を取得できません。範囲を超えた一括売りでは、Fさんは担保付きの自転車を受け取るのでもなく、原則として自転車の所有権そのものを取得できません。ただし例外があります。

⭐ 論文で書く規範:通常の営業の範囲内の処分(規範) 譲渡担保設定者には、その通常の営業の範囲内で、譲渡担保の目的を構成する動産を処分する権限が付与されており、この権限内でされた処分の相手方は、当該動産について、譲渡担保の拘束を受けることなく確定的に所有権を取得することができる。 (出どころ=規範創出型(最判平成18年7月20日))

⭐ 論文で書く規範:離脱による例外(規範) 通常の営業の範囲を超える処分であっても、譲渡担保契約に定められた保管場所から搬出されるなどして、当該譲渡担保の目的である集合物から離脱したと認められる場合は別であり、その場合でない限り、当該処分の相手方は目的物の所有権を承継取得することはできない。 (出どころ=規範創出型(最判平成18年7月20日))

倉庫から現実に搬出されて、集合物という枠から離脱したと認められる自転車は、もう集合物の構成部分ではありません。構成部分でない以上、譲渡担保の効力もそもそも及んでいません。だから、範囲を超える処分であっても、その自転車が実際に枠の外に出ていれば、Fさんが所有権を取得できる余地が出てきます。これは新しい理屈ではなく、さっき見た「流出動産には対抗力が及ばない」という結論の応用です。

動産売買の先取特権との関係、333条の第三取得者

復習カード。333条=先取特権は、債務者がその目的である動産を第三取得者に引き渡した後は、その動産について行使できない。第三取得者=目的動産の所有権を取得した者に限る。333条の「引渡し」には占有改定も含まれる(以前の回で確認済み)。 図:復習カード

  • 333条=先取特権は、債務者がその目的である動産を第三取得者に引き渡した後は、その動産について行使できない
  • 第三取得者=目的動産の所有権を取得した者に限る
  • 333条の「引渡し」には占有改定も含まれる(以前の回で確認済み)

動産売買の先取特権の回で、後回しにした場面を、ここで扱います。集合物譲渡担保が絡む、もう少し複雑な衝突の場面を思い出せますか?動産の先取特権には追及力がなく、333条の「引渡し」には占有改定も含まれる、と確認しましたね。ここでもう1人、登場人物を増やします。自転車部品を卸すGさんが、Bさんに未払いのままタイヤを売り渡し、そのタイヤがBさんの第一倉庫、つまりAさんの集合物譲渡担保の対象範囲に搬入されたとします。

G・B・Aの三者図。GがBにタイヤを売り渡した(引渡し・代金未払い)。BはAのために集合物全体を占有改定済み。搬入されたタイヤにもAの譲渡担保の効力が及ぶ。Gの動産売買先取特権(311条5号・321条)は行使できるか。 図:G・B・Aの三者図

  • GがBにタイヤを売り渡した(引渡し・代金未払い)
  • BはAのために集合物全体を占有改定済み
  • 搬入されたタイヤにもAの譲渡担保の効力が及ぶ
  • Gの動産売買先取特権(311条5号・321条)は行使できるか

タイヤは、Gさんが売った先取特権付きの動産ですよね。それなのに、Aさんの譲渡担保の対象にもなってしまうんですか。そこが、今日いちばんの山場です。さっき見た対抗要件の規範を思い出してください。集合物への流入があった動産には、設定時の占有改定の効力が及びます。このタイヤも、倉庫に搬入された時点で、Aさんの集合物の構成部分になります。すると、Gさんの先取特権とAさんの譲渡担保が、同じタイヤの上でぶつかります。以前確認したとおり、第三取得者とは、目的動産の所有権を取得した人に限られました。たとえば、Aさんがまだ占有改定を受けていない段階なら、Aさんはまだ引渡しを受けていないので、そもそもこの333条の土俵にすら乗りません。占有改定を受けて初めて、この論点が問題になります。この論点は、譲渡担保の性質の回で見た、所有権的構成と担保的構成という2つの立場の対立の応用問題になります。所有権的構成は、形式どおりAさんが所有権を取得すると見る立場、担保的構成は、Aさんが取得するのは担保権だけで、所有権はBさんに残ると見る立場でした。

⭐ 論文で書く規範:333条第三取得者論点(所有権的構成の帰結) 所有権的構成を前提とすれば、譲渡担保権者は目的動産の譲受人にあたるから、333条の「第三取得者」にあたる。占有改定による引渡しも333条の「引渡し」に含まれるから、Gの先取特権は行使できなくなる。 (出どころ=対立型(所有権的構成からの帰結))

所有権的構成に立てば、Aさんは目的動産の譲受人、つまり買主にあたりますから、333条の「第三取得者」に該当します。そして、333条の「引渡し」には占有改定も含まれることは以前確認済みですから、占有改定によってAさんはタイヤの引渡しを受けたことになります。そうすると、333条によって、Gさんの先取特権はもう行使できなくなります。判例も、このように考えます。

判例最判昭62・11・10

333条と占有改定の効力 動産売買の先取特権の存在する動産が右譲渡担保権の目的である集合物の構成部分となつた場合においては、債権者は、右動産についても引渡を受けたものとして譲渡担保権を主張することができ、当該先取特権者が右先取特権に基づいて動産競売の申立をしたときは、特段の事情のない限り、民法三三三条所定の第三取得者に該当するものとして、訴えをもつて、右動産競売の不許を求めることができるものというべきである。

⭐ 論文で書く規範:333条と占有改定の効力(判例規範) 動産売買の先取特権の存在する動産が譲渡担保権の目的である集合物の構成部分となった場合、債権者は当該動産についても引渡しを受けたものとして譲渡担保権を主張することができ、当該先取特権者が動産競売の申立てをしたときは、特段の事情のない限り、333条所定の第三取得者に該当するものとして、動産競売の不許を求めることができる。 (出どころ=規範創出型(最判昭和62年11月10日))

担保的構成に立つと、譲渡担保権者は目的動産の譲受人、つまり買主ではないと考えますから、Aさんは「第三取得者」にあたらず、333条は適用されません。ただし、この場合はGさんの先取特権が丸ごと残るわけではなく、残存する先取特権と集合物譲渡担保との優劣が、別のルールで問題になります。2つの見解があります。1つは、動産質権にいちばん近いとして334条を類推する見解。もう1つは、動産抵当にいちばん近いとして、自動車抵当法のような特別法に照らし、330条1項の第1順位の動産先取特権と同順位とする見解です。いずれの見解でも、結論としては譲渡担保が優先します。

先取特権の回で見たとおり、334条は動産質権者を、330条1項の第1順位の先取特権者と同じに扱います。一方、動産売買の先取特権は第3順位でした。どちらの見解でも譲渡担保は第1順位の側に立つので、第3順位のGさんより先になるんです。理由づけの経路が違うだけで、結論は同じです。この333条の第三取得者論点は、論文でも問われうる論点です。

債権譲渡担保・集合債権譲渡担保

債権譲渡担保の板。動産に限らず、債権も譲渡担保に供することができる(大判昭和5年10月8日)。対抗要件は、動産の占有改定ではなく、債権譲渡の対抗要件(467条)になる。法人が指名債権を譲渡担保に供する場合は、動産債権譲渡特例法4条1項により、債権譲渡登記でも467条2項の確定日付ある通知があったものとみなされる。 図:債権譲渡担保の板

  • 動産に限らず、債権も譲渡担保に供することができる(大判昭和5年10月8日)
  • 対抗要件は、動産の占有改定ではなく、債権譲渡の対抗要件(467条)になる
  • 法人が指名債権を譲渡担保に供する場合は、動産債権譲渡特例法4条1項により、債権譲渡登記でも467条2項の確定日付ある通知があったものとみなされる

ここまでは動産の話でしたが、担保に入れられるのは動産だけではありません。売掛金のような債権も、譲渡担保の形で担保に差し出せます。判例も戦前からこれを認めてきました。いえ、対象が債権に変わると、対抗要件の枠組みも、動産の占有改定から、債権譲渡の対抗要件に切り替わります。467条の世界です。法人が債権を譲渡担保に供する場合には、動産債権譲渡特例法4条1項により、債権譲渡登記ファイルへの登記で、467条2項の確定日付のある通知があったものとみなされる道もあります。できます。たとえばBさんが、取引先の自転車店に卸した代金を受け取る権利、つまり売掛金を、今月の分から来年の分までまとめて担保に入れる形です。集合債権譲渡担保といって、個別の債権だけでなく、将来にわたって発生する複数の債権をまとめて譲渡担保に供することも認められています。対抗要件は、個別の債権譲渡担保と同じです。467条や将来債権譲渡の詳しい理屈は、債権総論のシリーズで扱います。今日は、中身が入れ替わる集まりを、範囲を決めてまとめて担保にする、という骨組みは倉庫の在庫と同じだ、という接続だけをつかんでおいてください。

2025年、この積み重ねが条文になった

新法総論板。譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律(令和7年法律第56号)は未施行。不動産の譲渡担保は新法の対象外(以前の回で確定済み)だが、集合動産譲渡担保は動産のみを対象とするので、まるごと新法の射程に入る。 図:新法総論板

  • 譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律(令和7年法律第56号)は未施行
  • 不動産の譲渡担保は新法の対象外(以前の回で確定済み)だが、集合動産譲渡担保は動産のみを対象とするので、まるごと新法の射程に入る

ここまで見てきた集合物譲渡担保のルールは、全部、判例の積み重ねでできていました。2025年に成立した新しい法律は、このルールを条文にしています。以前の回で確認したとおり、不動産の譲渡担保は新法の対象外でしたが、集合動産譲渡担保は動産だけを対象にする制度なので、まるごと新法の射程に入ります。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律附則2条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律附則第2条 この法律の規定は、この附則に特別の定めがある場合を除き、この法律の施行の日(以下「施行日」という。)前に締結された譲渡担保契約及び所有権留保契約についても適用する。ただし、施行日前に生じた効力を妨げない。

すでにある集合物譲渡担保契約にも、原則として新法が適用されます。では、条文を1つずつ見ていきましょう。

40条・41条の対応板。40条=集合物論を明文化。41条1項=対抗要件(占有改定1回で流入動産まで及ぶこと)を明文化。判例の枠組みと結論が一致する。 図:40条・41条の対応板

  • 40条=集合物論を明文化
  • 41条1項=対抗要件(占有改定1回で流入動産まで及ぶこと)を明文化
  • 判例の枠組みと結論が一致する

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律40条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第40条 動産譲渡担保契約は、次に掲げる事項を指定することにより、将来において属する動産を含むものとして定められた範囲(以下「動産特定範囲」という。)によって特定された動産(以下「特定範囲所属動産」という。)を、一体として、その目的とすることができる。 一 譲渡担保動産の種類 二 譲渡担保動産の所在場所その他の事項

種類・所在場所を指定して特定した範囲を、「動産特定範囲」と呼び、その範囲に属する動産を「特定範囲所属動産」と呼びます。判例が作ってきた集合物論と、特定性の3要素を、そのまま明文で認めた条文です。「集合物」という判例の言葉が、「動産特定範囲」という新法の言葉に置き換わった、とイメージしてください。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律41条1項

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第41条第1項 特定範囲所属動産を一体として目的とする動産譲渡担保契約(以下「集合動産譲渡担保契約」という。)に基づく動産譲渡担保権(以下「集合動産譲渡担保権」という。)を有する者(以下「集合動産譲渡担保権者」という。)は、動産特定範囲に属する動産の全部の引渡しを受けたときは、当該動産特定範囲に将来において属する動産(次項において「特定範囲加入動産」という。)についても、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有することを第三者に対抗することができる。

動産特定範囲全部の引渡し、つまり集合物全体の占有改定を受ければ、後から加入してくる動産、条文でいう「特定範囲加入動産」にも対抗できます。判例の結論が、そのまま明文化されています。40条と41条については、判例の枠組みと新法の結論はずれません。

42条の対比板。判例の基準=通常の営業の範囲内かどうか(客観基準)。新法42条の基準=設定者が譲渡担保権者を害することを知っていたかどうか(主観・害意基準)。原則は処分できる、というデフォルトが逆転している。 図:42条の対比板

  • 判例の基準=通常の営業の範囲内かどうか(客観基準)
  • 新法42条の基準=設定者が譲渡担保権者を害することを知っていたかどうか(主観・害意基準)
  • 原則は処分できる、というデフォルトが逆転している

ここからは、判例と新法で基準がずれる条文です。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律42条1項

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第42条第1項 集合動産譲渡担保契約における動産譲渡担保権設定者(以下「集合動産譲渡担保権設定者」という。)は、動産特定範囲に属する動産の処分をすることができる。ただし、集合動産譲渡担保権設定者が集合動産譲渡担保権者を害することを知っていたときは、この限りでない。

判例の基準は「通常の営業の範囲内かどうか」という客観的な基準でした。ところが新法42条は、設定者が譲渡担保権者を害することを知っていたかどうかという、設定者の主観、いわば害意を基準にしています。判例では、範囲を超える処分は原則として所有権を取得できませんでした。新法では逆に、設定者は原則として処分でき、害意があった場合だけ例外的に扱われます。デフォルトが逆転しているんです。さらに、42条には3項があって、設定者が害意で処分した場合や、契約で決めた権限を超えて処分した場合でも、買主が即時取得によって保護される要件を、192条の「善意であり、かつ過失がない」から「善意である」だけに緩めています。買主の保護を、より厚くする方向です。

買う側から見ると、Bさんの処分が通常の営業の範囲内かどうかを見極めなくても、Bさんの害意を知らなければ保護される、ということです。さっきのFさんへの一括売りでいえば、判例では「通常の営業の範囲を超えるか」を見ましたが、新法では「BさんがAさんを害すると知っていたか」を見ることになります。

43条・44条・45条のまとめ板。43条=設定者は正当な理由がある場合を除き、動産の補充等によって特定範囲所属動産の価値を、譲渡担保権者を害しないと認められる範囲を超えて減少させないよう維持する義務を負う。44条=43条の義務を履行できると認められる間は、通常の売却等で設定者が受けるべき金銭に物上代位できない。45条=動産を動産特定範囲に属させる行為は担保の供与とみなされ、424条の3(詐害行為取消しの特則)が適用される。 図:43条・44条・45条のまとめ板

  • 43条=設定者は正当な理由がある場合を除き、動産の補充等によって特定範囲所属動産の価値を、譲渡担保権者を害しないと認められる範囲を超えて減少させないよう維持する義務を負う
  • 44条=43条の義務を履行できると認められる間は、通常の売却等で設定者が受けるべき金銭に物上代位できない
  • 45条=動産を動産特定範囲に属させる行為は担保の供与とみなされ、424条の3(詐害行為取消しの特則)が適用される

42条に関連して、新法は3つの条文を追加しています。43条は、設定者に、在庫の補充などによって集合物の価値を維持する義務を課しています。44条は、この43条の義務を設定者が履行できると認められる間は、譲渡担保権者は通常の売却で設定者が受け取る金銭に物上代位できない、としています。在庫を補充して営業を続けている限り、売れた代金にまで担保が追いかけてこない、という形です。45条は少し毛色が違って、動産を集合物に加える行為自体が担保の供与とみなされ、424条の3、つまり既存の債務についての担保の供与に関する詐害行為取消しの特則が適用される、というものです。こちらは、詐害行為取消しの仕組みそのものを前提にする条文なので、今日は名前だけ押さえておいてください。

34条の板。同一の動産について動産譲渡担保権と先取特権とが競合する場合、動産譲渡担保権者は330条の規定による第1順位の先取特権者と同一の権利を有する。333条の第三取得者論点を経由しない。 図:34条の板

  • 同一の動産について動産譲渡担保権と先取特権とが競合する場合、動産譲渡担保権者は330条の規定による第1順位の先取特権者と同一の権利を有する
  • 333条の第三取得者論点を経由しない

最後に、さっき山場だった333条の論点に対応する条文です。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律34条1項

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第34条第1項 同一の動産について動産譲渡担保権と先取特権とが競合する場合には、動産譲渡担保権者は、民法第三百三十条の規定による第一順位の先取特権者と同一の権利を有する。

34条は、Aさんが333条の「第三取得者」にあたるかどうかを経由せず、いきなり動産譲渡担保権者を、民法330条1項の第1順位の先取特権者、つまり不動産賃貸や旅館宿泊、運輸の先取特権と同じ順位にあると位置づけます。担保的構成のもとで紹介した2つの見解は、どちらも最後は第1順位にたどり着いていました。34条は、その行き着く先を、類推を経ずに条文で直接書いたものです。動産譲渡担保に関する限り、新法のもとでは333条の議論は要らなくなります。所有権的構成か担保的構成かという対立を経由しなくても、34条を見れば答えが出ます。ただし結論そのものは、判例のもとでも新法のもとでも変わりません。どちらの経路でも、Aさんの譲渡担保がGさんの先取特権に優先します。理由づけの構造が変わるだけです。

今日の骨格を振り返る

まとめ板。①集合物論(取引通念で1個の物と扱う)→②特定性(種類・所在場所・量的範囲)→③対抗要件(占有改定1回、流入に及ぶ・流出に及ばない)→④通常の営業の範囲内の処分(範囲内は確定的取得、範囲外でも離脱すれば別)→⑤333条第三取得者(所有権的構成/担保的構成どちらでも譲渡担保が優先)→⑥債権譲渡担保(467条の枠組み)→⑦新法(40条・41条は明文化、42条・34条は基準や経路が変わる)。 図:まとめ板

今日の内容を振り返ります。中身が入れ替わる在庫でも、種類・所在場所・量的範囲で特定されていれば、集合物という1個の物として譲渡担保の目的にできる。これが出発点でした。そして、設定者には通常の営業の範囲内で処分する権限が認められていて、範囲を超えた処分でも、現実に枠から離脱していれば話が変わる。さらに、動産売買の先取特権が絡む場面では、所有権的構成でも担保的構成でも、結論としては譲渡担保が優先する。集合物論と占有改定の結論は、40条と41条でそのまま明文化されました。一方で、通常の営業の範囲内かどうかという客観基準は、42条で設定者の害意という主観基準に置き換わり、333条の第三取得者論点は、34条によって迂回されるようになりました。結論が同じところと、理由づけの経路が変わるところを、分けて押さえておいてください。冒頭のBさんの倉庫も、種類・所在場所・量的範囲で特定されている限り、中身が毎日入れ替わっても、丸ごと担保にできます。

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#149単独ページ動画

所有権留保

第3章 担保物権 #149/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

車検証の名義は、自分ではなかった

車検証のイメージ板。「使用者」欄=買主Bの名前。「所有者」欄=売主Aの名前。占有=B、所有権=Aという分離を1枚で示す。 図:車検証のイメージ板

  • 「使用者」欄=買主Bの名前
  • 「所有者」欄=売主Aの名前
  • 占有=B、所有権=Aという分離を1枚で示す

ローンで車を買って、毎月きちんと払っている。車検証を見ると、所有者の欄に書いてあるのは自分の名前ではありません。この車は、いったい誰の物なのか。今日はこの問いから、所有権留保という担保の仕組みに入っていきます。先に答えを言っておくと、車を使っているのは自分でも、代金を払い終えるまでは、所有権という最後のカードを売主の側が握っています。そのカードをどこまで強く切れるのかが、今日の判例3件に共通する問いです。

占有は先に、所有権はあとで

所有権留保の基本形。売主Aは自動車を買主Bに引き渡す(占有移転)が、代金完済までは自動車の所有権をAの手元に留める旨の特約を、売買契約の際に付ける。占有=B、所有権=A。 図:所有権留保の基本形

  • 売主Aは自動車を買主Bに引き渡す(占有移転)が、代金完済までは自動車の所有権をAの手元に留める旨の特約を、売買契約の際に付ける
  • 占有=B、所有権=A

まず基本形です。自動車の割賦販売を考えましょう。売主のAさんは、買主のBさんに自動車を引き渡します。占有は先にBさんへ渡ります。ところが、代金を完済するまでは、自動車の所有権をAさんの手元に留める、という特約を売買契約に付けます。これが所有権留保です。なぜ、占有だけ先に渡して、所有権はあとに残すんですか。普通の担保みたいに、抵当権を設定すればいいんじゃないですか。そこが出発点です。自動車のような動産には、抵当権を設定できません。ではBさんの手元にすでに引き渡した後、Aさんに何か担保の手立てが残っているかというと、ほとんど残っていません。同時履行の抗弁は、引渡しが終わった後ではもう働きませんし、動産の先取特権も、先取特権の回で見たとおり、Bさんが車を第三者に売って引き渡してしまうと、もう追いかけられません。そこで売主は、いちばん強力な手立てを使います。自分がもともと持っている所有権そのものを、代金完済まで手放さない、という方法です。

よく整理できていますね。譲渡担保は、もとは買主(設定者)の所有物を、担保のために債権者へ移す構成です。所有権留保は逆に、もとから売主の所有物である自動車について、その所有権を移さずに、そのまま留める構成です。移す担保と、留める担保。この向きの違いが、所有権留保のいちばんの特徴です。

売主の地位の板。占有はBに渡っているが、Aは自動車の間接占有(代理占有)を有する。代理占有に基づき、178条の引渡しを備えているものとして、留保所有権を第三者にも対抗できる(最判昭49・7・18=第三者異議の訴えの根拠として名前出しのみ)。 図:売主の地位の板

  • 占有はBに渡っているが、Aは自動車の間接占有(代理占有)を有する
  • 代理占有に基づき、178条の引渡しを備えているものとして、留保所有権を第三者にも対抗できる(最判昭49・7・18=第三者異議の訴えの根拠として名前出しのみ)

できます。占有改定のときと同じ理屈で、Aさんは買主Bさんを介した間接占有、つまり代理占有を持っていると扱われます。178条の引渡しを備えている以上、留保所有権を第三者にも対抗できます。たとえば、この自動車に対してBさんの一般債権者が差押えをかけてきたような場面で、Aさんが「これは自分の物だ」と主張する根拠になります。このときAさんが使うのは、譲渡担保の回で見た第三者異議の訴えです。手続の中身は民事執行の話なので、名前だけ押さえておいてください。

判例は所有権的構成をとる

法的性質の板。問題の所在=形式は所有権留保・実質は担保。所有権的構成=Aが所有権をそのまま持つと見る/担保的構成=Aが持つのは担保権にすぎず所有権はBに残ると見る。判例=所有権的構成を一貫してとる。 図:法的性質の板

  • 問題の所在=形式は所有権留保・実質は担保
  • 所有権的構成=Aが所有権をそのまま持つと見る/担保的構成=Aが持つのは担保権にすぎず所有権はBに残ると見る
  • 判例=所有権的構成を一貫してとる

前の回で見た、譲渡担保の法的性質が場面ごとに使い分けられていたこと、覚えていますか?所有権的構成と担保的構成の対立です。所有権留保にも、同じ対立があります。ところが所有権留保では、判例は一貫して所有権的構成をとります。理由は、もとから売主の物だったという点にあります。譲渡担保は、もともと設定者の物だった所有権を、わざわざ債権者へ移すところから始まります。だから、形式と実質のずれが最初から大きく、場面によって実質を重く見る必要が出てきます。所有権留保は逆に、売主が所有権を移さないという形式を自分で選び、買主もそれを承知で買っています。その選んだ形式を尊重するので、原則として、転売されても売主は取り戻せる、という所有権どおりの結論になります。ただ、この後の判例で見るとおり、留保所有権が代金の担保のためにあるという実質は、撤去義務や倒産の場面で顔を出します。

弁済期の前か後かで、義務の重さが変わる

撤去義務事案の板。駐車場所有者Cが、自動車の代金を立替払いして所有権を留保している信販会社Aに対し、土地所有権に基づき自動車の撤去と駐車場明渡しを求めた。原審=留保所有権は担保権にすぎないとして請求棄却→最高裁が破棄差戻し。 図:撤去義務事案の板

  • 駐車場所有者Cが、自動車の代金を立替払いして所有権を留保している信販会社Aに対し、土地所有権に基づき自動車の撤去と駐車場明渡しを求めた
  • 原審=留保所有権は担保権にすぎないとして請求棄却→最高裁が破棄差戻し

ここからは、留保所有権をめぐる判例3件に入ります。1件目は、留保所有権者が負う撤去義務についてです。駐車場の土地所有者Cさんが、自分の土地に放置された自動車の撤去と、駐車場の明渡しを求めた事案です。相手は、その自動車の代金を立て替えて支払い、所有権を留保している信販会社Aさんでした。信販会社は、車を使ってもいないし、放置したのも自分ではないのに、それでも撤去する義務を負うんですか。そこが、この判決の核心です。原審は、留保所有権は実質的に担保権にすぎないから、撤去義務を負わないとして、Cさんの請求を退けました。ところが最高裁は、これを破棄して審理を差し戻しました。

判例最判平21・3・10

留保所有権者の撤去義務(規範) 動産の購入代金を立替払する者が立替金債務が完済されるまで同債務の担保として当該動産の所有権を留保する場合において,所有権を留保した者(以下,「留保所有権者」といい,留保所有権者の有する所有権を「留保所有権」という。)の有する権原が,期限の利益喪失による残債務全額の弁済期(以下「残債務弁済期」という。)の到来の前後で上記のように異なるときは,留保所有権者は,残債務弁済期が到来するまでは,当該動産が第三者の土地上に存在して第三者の土地所有権の行使を妨害しているとしても,特段の事情がない限り,当該動産の撤去義務や不法行為責任を負うことはないが,残債務弁済期が経過した後は,留保所有権が担保権の性質を有するからといって上記撤去義務や不法行為責任を免れることはないと解するのが相当である。

判例最判平21・3・10

留保所有権者の撤去義務(理由・不法行為の要件) なぜなら,上記のような留保所有権者が有する留保所有権は,原則として,残債務弁済期が到来するまでは,当該動産の交換価値を把握するにとどまるが,残債務弁済期の経過後は,当該動産を占有し,処分することができる権能を有するものと解されるからである。もっとも,残債務弁済期の経過後であっても,留保所有権者は,原則として,当該動産が第三者の土地所有権の行使を妨害している事実を知らなければ不法行為責任を問われることはなく,上記妨害の事実を告げられるなどしてこれを知ったときに不法行為責任を負うと解するのが相当である。

まず言葉を確認すると、残債務弁済期とは、Bさんの支払が滞って、期限の回で見た期限の利益、つまり分割で払ってよい利益を失い、残りを一括で払うべき時のことです。弁済期が来るまで、留保所有権者が持っているのは、動産の交換価値を把握しているだけの状態です。担保としての性質が前面に出ている段階ですから、撤去義務は原則としてありません。ところが弁済期が経過すると、留保所有権者は、その動産を占有し処分できる権能を持つ主体に変わります。もう所有者として振る舞える段階に入るので、撤去義務を免れなくなります。決め手は、物権的請求権の相手方の回で見た物差し、つまり、誰が今その物を動かす権限を持っているかです。弁済期前は、Bさんが約束どおり車を使う権利を持っていて、留保所有権者は車を勝手に引き揚げられません。動かす権限の無い者に、どけろとは言えない。弁済期を過ぎれば、引き揚げて売ることができるので、動かせる者として撤去の責任を負います。

⭐ 論文で書く規範:留保所有権者の撤去義務(規範) 留保所有権者は、残債務弁済期が到来するまでは、当該動産が第三者の土地所有権の行使を妨害しているとしても、特段の事情がない限り、撤去義務や不法行為責任を負わないが、残債務弁済期が経過した後は、留保所有権が担保権の性質を有するからといって撤去義務や不法行為責任を免れない。 (出どころ=規範創出型(最判平成21年3月10日))

撤去義務の時間軸板。残債務弁済期の前=撤去義務・不法行為責任を負わない(特段の事情がない限り)/残債務弁済期の後=撤去義務を負う・不法行為責任は妨害の事実を知ったときから。 図:撤去義務の時間軸板

たとえば、Bさんの支払が滞り、残りを一括で払うべき残債務弁済期が来年の3月に来るとします。今年の10月の時点で、この自動車が第三者の土地に放置されていても、まだ弁済期前ですから、信販会社に撤去義務は原則として生じません。ところが、3月の弁済期を過ぎてもなお放置されたままなら、今度は撤去義務を負います。同じ「放置されている」という状態でも、弁済期をまたぐだけで結論が入れ替わります。弁済期経過後であっても、留保所有権者は、原則として、動産が第三者の土地所有権の行使を妨害している事実を知らなければ、不法行為責任を問われません。妨害の事実を告げられるなどして知ったときに、初めて不法行為責任を負います。知らないうちに勝手に責任を負わされることはない、という形の過失責任の枠です。

譲渡担保でも、弁済期の前か後かで、設定者や第三者との関係が変わる場面を見ました。ここでも同じで、「担保としての権利にとどまる段階」と「所有者として振る舞える段階」の境目が、弁済期にある、という構造は共通しています。もう1つ、この判決の射程です。最高裁が判断したのは、信販会社が代金を立て替えて所有権を留保する型でした。売主自身が留保する型に同じ結論がそのまま及ぶかまでは、この判決は述べていません。

誰の名前で、誰の債権を担保しているか

三者契約の板。上告人(買主)・販売会社・被上告人(信販会社)の三者契約。信販会社は買主に対する立替金債権を担保するため自動車の所有権を留保。買主が個人再生手続開始決定を受け、信販会社が別除権として自動車の引渡しを請求。買主は「登録名義は販売会社のまま、信販会社は登録を得ていない」と主張。 図:三者契約の板

  • 上告人(買主)・販売会社・被上告人(信販会社)の三者契約
  • 信販会社は買主に対する立替金債権を担保するため自動車の所有権を留保
  • 買主が個人再生手続開始決定を受け、信販会社が別除権として自動車の引渡しを請求
  • 買主は「登録名義は販売会社のまま、信販会社は登録を得ていない」と主張

2件目の判例です。信販会社が代金を立て替えて、自ら所有権を取得する型を見ます。買主、販売会社、信販会社の三者契約です。販売会社が買主に自動車を販売し、信販会社がその代金を立て替えて支払う。信販会社は、この立替金債権を担保するために、自動車の所有権を留保します。販売会社が持っていた留保所有権を、信販会社がそのまま引き継ぐ、というイメージでいいですか。そこが、この判決でいちばん大事なポイントです。原審はまさにそのイメージで判断しました。販売会社が留保していた所有権が、代位によって信販会社へ当然に移転する、だから販売会社が対抗要件を備えていれば、信販会社は自分で対抗要件を備える必要はない、という理屈です。この事案で買主は個人再生手続の開始決定を受け、信販会社が別除権として自動車の引渡しを求めました。別除権というのは、倒産手続の中でも、担保権者として目的物から優先的に回収できる地位のことです。買主側は、登録名義がまだ販売会社のままで、信販会社は登録を得ていないから、別除権の行使は許されないと争いました。原審は信販会社を勝たせましたが、最高裁はこれを破棄します。

判例最判平22・6・4

三者契約の法的構成 本件三者契約は,販売会社において留保していた所有権が代位により被上告人に移転することを確認したものではなく,被上告人が,本件立替金等債権を担保するために,販売会社から本件自動車の所有権の移転を受け,これを留保することを合意したものと解するのが相当であり,被上告人が別除権として行使し得るのは,本件立替金等債権を担保するために留保された上記所有権であると解すべきである。

信販会社が担保するのは、販売会社の債権ではなく、信販会社自身の立替金等債権です。だから信販会社が別除権として行使できるのは、その自分の債権を担保するために留保した、自分自身の所有権です。販売会社から代位で受け継いだものではありません。

判例最判平22・6・4

別除権行使に必要な登録 再生手続が開始した場合において再生債務者の財産について特定の担保権を有する者の別除権の行使が認められるためには,個別の権利行使が禁止される一般債権者と再生手続によらないで別除権を行使することができる債権者との衡平を図るなどの趣旨から,原則として再生手続開始の時点で当該特定の担保権につき登記,登録等を具備している必要があるのであって(民事再生法45条参照),本件自動車につき,再生手続開始の時点で被上告人を所有者とする登録がされていない限り,販売会社を所有者とする登録がされていても,被上告人が,本件立替金等債権を担保するために本件三者契約に基づき留保した所有権を別除権として行使することは許されない。

足りません。理由は、再生手続の中では、個別に権利行使ができない一般の債権者と、再生手続によらずに担保として優先回収できる債権者との間で、公平を図る必要があるからです。そのため、原則として再生手続開始の時点で、その担保権について登記・登録を備えている必要があります。信販会社自身が留保しているのは、販売会社とは別の、自分固有の所有権ですから、販売会社名義の登録では、信販会社自身の担保について登記・登録を備えたことにはなりません。倒産手続の細かい用語よりも、「誰の債権を担保しているかに対応する形で、誰の名義で登録するかが決まる」という一点をつかんでおいてください。ただし、最高裁が判断したのは、この事件の三者契約をどう読むか、でした。契約の組み方が違って、販売会社の権利を代位で受け継ぐと読める場合まで、同じ結論になるとは言っていません。

転売に協力しておいて、あとから取り戻すのは筋が通らない

サブディーラー事例の三者図。ディーラーA→サブディーラーD→ユーザーC。DがCに自動車を販売し(AはDC間売買の履行に協力)、CはDに代金を完済して引渡しを受けた。その8日後、AはDに同じ自動車を所有権留保付きで売却。Dが不払いのためAはDとの契約を解除し、留保所有権に基づきCに返還請求。 図:サブディーラー事例の三者図

  • ディーラーA→サブディーラーD→ユーザーC
  • DがCに自動車を販売し(AはDC間売買の履行に協力)、CはDに代金を完済して引渡しを受けた
  • その8日後、AはDに同じ自動車を所有権留保付きで売却
  • Dが不払いのためAはDとの契約を解除し、留保所有権に基づきCに返還請求

3件目の判例です。ディーラーAさんが、サブディーラーのDさんに自動車を卸し、DさんがユーザーのCさんに販売する、という三層の流通です。Cさんは、Dさんから自動車を買い受けて、代金を完済し、引渡しも受けました。ディーラーのAさんは、このDさんとCさんの間の売買契約の履行に協力していて、車検手続や自動車税の手続なども代行していました。ところが話はここで終わりません。それから日が経って、Aさんは、Dさんとの間で、同じ自動車について、代金完済まで所有権を留保する旨の約定を付けて売却する契約を結びます。Dさんが割賦金の支払を怠ったため、Aさんはこの契約を解除し、留保された所有権に基づいて、すでに代金を完済しているCさんに対して、自動車の引渡しを求めました。

判例最判昭50・2・28

サブディーラー事例と権利濫用 上告人は、デイーラーとして、サブデイーラーであるDが本件自動車をユーザーである被上告人に販売するについては、前述のとおりその売買契約の履行に協力しておきながら、その後Dとの間で締結した本件自動車の所有権留保特約付売買について代金の完済を受けないからといつて、すでに代金を完済して自動車の引渡しを受けた被上告人に対し、留保された所有権に基づいてその引渡しを求めるものであり、右引渡請求は、本来上告人においてサブデイーラーであるDに対してみずから負担すべき代金回収不能の危険をユーザーである被上告人に転嫁しようとするものであり、自己の利益のために代金を完済した被上告人に不測の損害を蒙らせるものであつて、権利の濫用として許されないものと解するを相当とする。

できません。最初に、所有権留保では転売されても原則は取り戻せる、と言いました。この事件は、その原則が通らなかった例です。最高裁は、この請求を、権利濫用の回で見た1条3項の権利の濫用として退けました。Aさんは、DさんとCさんの間の売買契約の履行に協力しておきながら、その後Dさんとの間だけで所有権留保を付けています。それなのに、Dさんが払えなくなったからといって、すでに代金を完済したCさんに対して留保所有権を持ち出すのは、本来Aさんが自分でDさんに対して負うべき代金回収不能のリスクを、無関係なCさんに押し付けるものだ、という理由です。

⭐ 論文で書く規範:サブディーラー事例の権利濫用(規範) 留保所有権に基づく引渡請求は、①売主が転売の履行に協力し、②買主が代金を完済し、③所有権留保がその転売の後に付されたこと等の事情から、代金回収不能の危険を買主に転嫁し、自己の利益のために代金を完済した者に不測の損害を蒙らせるものと評価できるときは、権利の濫用(1条3項)として許されない。 (出どころ=規範創出型(最判昭和50年2月28日))

①売主が転売に協力したこと、②買主が代金を完済していること、③所有権留保がその転売の後に付されたこと、これらの事情から、代金回収不能の危険を買主に転嫁するものだと評価されて、権利濫用になりました。実は、留保を付けた順番そのものが決め手ではありません。最初から所有権留保を付けたうえで転売を容認し、買主が留保の存在を知らないまま代金を完済していた、という事案でも、同じように権利濫用が認められた判決があります。危険を誰に押し付けるのかという実質が変わらなければ、順番が入れ替わっても結論は変わらないということです。

いま見た規範の枠組みが、留保所有権の行使を権利濫用として論じるときの骨格になります。もう一つ押さえておきたいのが、転得者が所有権留保の存在を知っていたか、という第4の要素です。転得者がそれを知りながら買い受けていた場合には、権利濫用が認められず、留保所有権に基づく引渡請求が通った判決もあります。転得者が留保を知らずに代金を完済しているほど、権利濫用が認められやすくなる、という傾向です。

2025年、所有権留保も条文になった

新法総論板。譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律(令和7年法律第56号)は未施行。所有権留保は2条16号で正面から定義されている。イ型=売主が留保する型(通常の割賦販売)。ロ型=第三者(信販会社等)が代金を支払って所有権を取得する型(さっきの平22判決の構図)。 図:新法総論板

  • 譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律(令和7年法律第56号)は未施行
  • 所有権留保は2条16号で正面から定義されている
  • イ型=売主が留保する型(通常の割賦販売)
  • ロ型=第三者(信販会社等)が代金を支払って所有権を取得する型(さっきの平22判決の構図)

ここまで見てきた判例の積み重ねが、2025年に成立した新しい法律で条文になりました。以前の回で確認したとおり、不動産の譲渡担保は新法の対象外ですが、所有権留保はこの新法で正面から定義されています。まずは定義から見ましょう。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律2条16号

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第2条第16号 十六 所有権留保契約 次に掲げる契約をいう。イ 動産(抵当権の目的とすることができるもの(第一号イ(1)及び(2)に掲げるものを除く。)を除く。以下同じ。)の所有権を移転することを内容とする売買その他の契約(ロにおいて「売買契約等」という。)であって、当該動産の代金の支払債務その他の金銭債務を担保するため、その金銭債務の全部の履行がされるまでの間は、当該動産の所有権を当該動産の所有権を移転すべき者に留保する旨の定めのあるもの ロ 売買契約等の当事者のうち当該売買契約等の目的である動産の所有権の移転を受けるべき者が、第三者に対し、当該動産の所有権を移転すべき者に対する当該動産の代金その他の金銭の支払を委託し、当該者が、その支払を受けたときに、当該金銭の償還債務その他の金銭債務の担保として、当該第三者に当該動産の所有権を取得させることを約する契約であって、その金銭債務の全部の履行がされるまでの間は、当該動産の所有権を当該第三者に留保する旨の定めのあるもの

ロ型は、さっき見た平成22年判決の三者契約の構図がそのまま条文になった形です。第三者、つまり信販会社が、買主に代わって代金の支払を引き受け、その支払を受けたときに、償還債務を担保として自動車の所有権を取得する。この「第三者に所有権を取得させることを約する契約」が、まさにあの三者契約でした。定義の中に、判例の構図がそのまま書き込まれています。イの冒頭、動産の定義がやけに入り組んでいますね。「抵当権の目的とすることができるものを除く」って、何を言っているんですか。ここが、今日いちばん大事な結論に関わります。「抵当権の目的とすることができるもの」というのは、不動産や、登録された船舶・航空機のような、不動産に準じて抵当権を設定できる特別な動産のことです。それを除く、と言っているだけなら、普通の動産だけが対象になりそうです。ところが、その中の「第一号イ(1)及び(2)に掲げるものを除く」という一文が付いています。これは「除くものを、さらに除く」という二重否定です。第一号イ(1)は農業用動産、(2)は登録された自動車です。つまり、いったん「抵当権の目的にできるもの」として除外の対象に入れておきながら、農業用動産と登録自動車だけは、その除外からさらに除く、つまり戻すという書き方になっています。

二重否定の板。「動産(抵当権の目的とすることができるもの(第一号イ(1)農業用動産・(2)登録自動車を除く)を除く)」=抵当権の目的にできる物は除外だが、農業用動産・登録自動車はその除外からさらに除かれる=戻される。結論=登録自動車は所有権留保契約の対象動産に含まれる。 図:二重否定の板

  • 「動産(抵当権の目的とすることができるもの(第一号イ(1)農業用動産・(2)登録自動車を除く)を除く)」=抵当権の目的にできる物は除外だが、農業用動産・登録自動車はその除外からさらに除かれる=戻される
  • 結論=登録自動車は所有権留保契約の対象動産に含まれる

最初の線引きで「抵当権の目的にできる物」を丸ごと除外の輪に入れ、次の線引きで、その輪の中から農業用動産と登録自動車だけを外に出す。結果として、農業用動産と登録自動車は、除外されず、所有権留保契約の対象動産に含まれることになります。ここで一度、「自動車は新法の対象に入る」という結論を押さえておいてください。あとで、この結論をもう一段別の条文からも確認します。

対抗要件は、登録を要する動産なら登録

109条の板。1項=所有権留保の対抗要件は留保買主等から留保売主等への引渡し。登記・登録を要する動産(自動車など)は留保売主等名義の登記・登録。2項=代金債務のみを担保する型は引渡しなしで対抗できるが、登録を要する動産は2項の例外からも除外される。 図:109条の板

  • 1項=所有権留保の対抗要件は留保買主等から留保売主等への引渡し
  • 登記・登録を要する動産(自動車など)は留保売主等名義の登記・登録
  • 2項=代金債務のみを担保する型は引渡しなしで対抗できるが、登録を要する動産は2項の例外からも除外される

次は、対抗要件を定めた条文です。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律109条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第109条 所有権留保契約に基づく動産の所有権の留保は、所有権留保動産の留保買主等から留保売主等への引渡し(登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない動産にあっては、留保売主等を所有者とする登記又は登録)がなければ、第三者に対抗することができない。2 前項の規定にかかわらず、次に掲げる債務(その利息、違約金、留保所有権の実行の費用及び債務の不履行によって生じた損害の賠償を含む。)のみを担保するために締結された所有権留保契約に基づく動産の所有権の留保は、所有権留保動産(登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない動産を除く。以下この項において同じ。)の引渡しがなくても、第三者に対抗することができる。一 第二条第十六号イに規定する所有権留保契約における所有権留保動産の代金の支払債務 二 第二条第十六号ロに規定する所有権留保契約における償還債務(所有権留保動産の代金の支払債務を履行したことによって生ずるものに限る。)

さきほどの三者契約でいえば、信販会社自身の名義での登録が要る、という判例の結論が、そのまま明文化されています。2項はさらに踏み込んでいます。代金債務だけを担保する単純な留保、つまりイ型のような場合は、本来なら引渡しなしでも対抗できる例外が認められています。ところが、登録を要する動産は、この2項の例外からも除かれます。代金債務だけの単純な留保だから登録を省略できる、ということは無い。登録を要する動産は、常に登録が要る、という形に条文上も明確化されています。

110条の板。留保買主等について再生手続開始・更生手続開始の申立てがあったとき、またはその原因となる事実が生じたときに所有権留保契約が解除される旨の特約、または解除権を付与する特約は無効。対象は2条16号イ(売主自身が留保する型)に限られる。 図:110条の板

  • 留保買主等について再生手続開始・更生手続開始の申立てがあったとき、またはその原因となる事実が生じたときに所有権留保契約が解除される旨の特約、または解除権を付与する特約は無効
  • 対象は2条16号イ(売主自身が留保する型)に限られる

もう1つ、110条も見ておきます。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律110条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第110条 次に掲げる場合に所有権留保契約(第二条第十六号イに規定するものに限る。以下この条において同じ。)が解除される旨の特約又は次に掲げる場合に該当することを理由として留保売主等に対し所有権留保契約の解除権を付与する特約は、無効とする。一 留保買主等について再生手続開始の申立て又は更生手続開始の申立てがあったとき。二 留保買主等に再生手続開始の原因となる事実又は更生手続開始の原因となる事実が生じたとき。

そうした特約を有効にしてしまうと、倒産手続に入った途端に留保所有権者だけが一方的に契約を打ち切って自動車を引き上げられることになり、他の債権者との公平が崩れます。それを防ぐための無効規定です。さっきの信販会社の三者契約、つまりロ型には、この無効規定は効かないんですか。効きません。110条が対象にしているのは、条文の冒頭にあるとおり、売主自身が留保するイ型に限られます。ロ型については、110条のような解除無効の規定は置かれていません。

自動車にも新法は効くのか——除外リストを数える

111条の除外リストと46条の関係を示す板。111条1項=前章(31条1項・38条・第一節第三款〈債権の効力〉及び第四款〈その他財産の効力〉・第二節第二款〈債権の実行〉及び第三款〈その他財産の実行〉を除く)の規定を留保所有権に準用する。46条は第一節第二款〈動産譲渡担保契約の効力〉の第三目にあり(直前の第二目=集合動産〈倉庫の在庫のように中身が入れ替わる動産のまとまり〉の規定40条〜45条)、除外リストのどの款にも入っていない=46条自体は準用される。準用の結果、31条・35条から37条まで・集合動産の規定(40条〜45条)は、登録を要する動産(登録自動車など)を目的とする留保所有権には適用されない。 図:111条の除外リストと46条の関係を示す板

  • 111条1項=前章(31条1項・38条・第一節第三款〈債権の効力〉及び第四款〈その他財産の効力〉・第二節第二款〈債権の実行〉及び第三款〈その他財産の実行〉を除く)の規定を留保所有権に準用する
  • 46条は第一節第二款〈動産譲渡担保契約の効力〉の第三目にあり(直前の第二目=集合動産〈倉庫の在庫のように中身が入れ替わる動産のまとまり〉の規定40条〜45条)、除外リストのどの款にも入っていない=46条自体は準用される
  • 準用の結果、31条・35条から37条まで・集合動産の規定(40条〜45条)は、登録を要する動産(登録自動車など)を目的とする留保所有権には適用されない

ここから、今日いちばんの山場です。冒頭の自動車の設例に戻ります。登録された自動車には、新法は効くのでしょうか。この問いに直接答える条文はありません。代わりに、111条が準用の除外リストという形で答えを持っています。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律111条1項

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第111条第1項冒頭 前章(第三十一条第一項、第三十八条、第一節第三款及び第四款並びに第二節第二款及び第三款を除く。)の規定(動産譲渡担保契約に係る部分に限る。)は、留保所有権について準用する。

ただし、いくつかの規定は除外されています。この除外リストの中を数えてみましょう。31条1項、38条、第一節の第三款と第四款、第二節の第二款と第三款。第二節は、譲渡担保権を実行する段階の規定です。第二款が債権の実行、第三款がその他財産の実行についての手続を定めています。所有権留保の対象は自動車のような特定の動産ですから、債権やその他財産の実行手続はそもそも馴染みません。だから除外されています。第一節第三款・第四款も同じ理由です。こちらは債権やその他財産についての効力の規定で、動産を対象にする所有権留保には馴染まないので、これも除外されています。

46条本文の確認板。第一節第二款「動産譲渡担保契約の効力」のうち、第二目「集合動産譲渡担保契約」に続く第三目「登記又は登録を要する動産についての適用除外」の規定。第一節第二款は111条の除外リストのどこにも入っていない。 図:46条本文の確認板

  • 第一節第二款「動産譲渡担保契約の効力」のうち、第二目「集合動産譲渡担保契約」に続く第三目「登記又は登録を要する動産についての適用除外」の規定
  • 第一節第二款は111条の除外リストのどこにも入っていない

46条はどこにあるんですか。ここが、条文を数える作業の核心です。46条は、条文の並びとしては第一節第二款、つまり前の回で見た、倉庫の在庫のように中身が入れ替わる動産をまとめて担保にする、集合動産譲渡担保の規定(40条から45条)が置かれている款の、第三目に位置しています。この第一節第二款は、さっき数えた除外リストのどこにも入っていません。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律46条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律第46条 第三十一条、第三十五条から第三十七条まで及び前目の規定は、登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない動産を目的とする動産譲渡担保契約については、適用しない。

ただし、46条自身は、いま見たとおり除外リストの外にあります。だから46条は、111条によってそのまま留保所有権に準用されます。

結論の板。111条の除外リスト=31条1項・38条・第一節第三款(債権の効力)・第四款(その他財産の効力)・第二節第二款(債権の実行)・第三款(その他財産の実行)。46条の所属=第一節第二款(動産譲渡担保契約の効力)の第三目(直前の第二目=集合動産40条〜45条)=除外リストに入っていない=46条自体が留保所有権に準用される。46条の効果=登記・登録を要する動産(登録自動車など)を目的とする留保所有権には、31条・35条から37条まで・前目(集合動産40条〜45条)の規定を適用しない。結論=登録自動車の留保所有権には、集合動産の規定と占有改定の順位特例などが適用されないが、2条16号の定義・109条の対抗要件・110条の解除無効特約という新法の骨格はそのまま及ぶ。 図:結論の板

  • 111条の除外リスト=31条1項・38条・第一節第三款(債権の効力)・第四款(その他財産の効力)・第二節第二款(債権の実行)・第三款(その他財産の実行)
  • 46条の所属=第一節第二款(動産譲渡担保契約の効力)の第三目(直前の第二目=集合動産40条〜45条)=除外リストに入っていない=46条自体が留保所有権に準用される
  • 46条の効果=登記・登録を要する動産(登録自動車など)を目的とする留保所有権には、31条・35条から37条まで・前目(集合動産40条〜45条)の規定を適用しない
  • 結論=登録自動車の留保所有権には、集合動産の規定と占有改定の順位特例などが適用されないが、2条16号の定義・109条の対抗要件・110条の解除無効特約という新法の骨格はそのまま及ぶ

準用された結果、登録を要する動産、つまり自動車のような登録動産を目的とする留保所有権には、31条・35条から37条まで、そして集合動産の規定(40条から45条)が適用されなくなります。ただし、ここで押さえてほしいのは、これで新法の骨格まで失われるわけではないという点です。2条の定義・109条の対抗要件・110条の解除無効特約は、46条が適用除外にする規定の中に含まれていません。だから、これらは登録自動車の留保所有権にもそのまま及びます。つまり、登録された自動車にも、新法の所有権留保の規定そのものは効くけれど、引渡しを基準にする規定と集合動産の規定だけが、性質上なじまないので適用されない、ということです。では、なぜなじまないのか。31条と35条から37条は、引渡しや占有改定を基準に、対抗できるか、どちらが優先するかを決める規定です。登録自動車は、109条で見たとおり、登録でしか対抗できません。引渡しを基準にする規定は、出番がないのです。集合動産の規定も、さっきの在庫のようにまとめて押さえる仕組みで、1台ずつ登録する自動車とは噛み合いません。逆に、登録の無い動産、たとえば分割払いで買ったパソコンの所有権留保なら、46条の外なので、占有改定の順位を決める36条なども準用されます。ここで、さっき二重否定で確認した「登録自動車は所有権留保契約の対象動産に含まれる」という結論と、109条で確認した「登録動産は常に登録が要る」という結論、この2つとあわせて、冒頭の自動車の設例に戻ってください。Bさんの車検証の所有者欄にAさんの名前があるという状態は、まさに109条が求める登録そのものです。新法のもとでも、この車検証の仕組みはそのまま続きます。

附則の板。附則2条=この法律の規定は、施行日前に締結された譲渡担保契約及び所有権留保契約についても、原則として適用する(施行前に生じた効力は妨げない)。附則5条2項=施行日前に占有改定で対抗要件を備えていた留保所有権について、施行から2年以内に所有権留保登記をすれば、占有改定以外の方法で対抗要件を備えたものとみなす経過措置を準用。 図:附則の板

  • 附則2条=この法律の規定は、施行日前に締結された譲渡担保契約及び所有権留保契約についても、原則として適用する(施行前に生じた効力は妨げない)
  • 附則5条2項=施行日前に占有改定で対抗要件を備えていた留保所有権について、施行から2年以内に所有権留保登記をすれば、占有改定以外の方法で対抗要件を備えたものとみなす経過措置を準用

最後に、附則も確認しておきます。

条文譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律附則2条

譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律附則第2条 この法律の規定は、この附則に特別の定めがある場合を除き、この法律の施行の日(以下「施行日」という。)前に締結された譲渡担保契約及び所有権留保契約についても適用する。ただし、施行日前に生じた効力を妨げない。

所有権留保契約についても、この原則は変わりません。附則にはもう1つ、経過措置があります。施行日より前に、占有改定によって留保所有権の対抗要件を備えていたケースについて、施行から2年以内に所有権留保の登記をすれば、占有改定以外の方法で対抗要件を備えたものとみなす、という規定です。ここでは結論だけ押さえます。既存の所有権留保契約が、新法の登記の仕組みに乗り換えられるようにする配慮だと理解しておいてください。

所有権留保の結論を、1枚でつなぐ

前編まとめの対比板。判例法理と新法の対応関係を1行ずつ並べる。①撤去義務(最判平21・3・10)=弁済期前は原則撤去義務なし・弁済期後は撤去義務あり(判例法理のまま・新法に明文なし)。②第三者与信型(最判平22・6・4)=信販会社は自己名義の登録が必要→新法109条1項で明文化。③サブディーラー事例(最判昭50・2・28)=転売協力後の留保主張は権利濫用1条3項(一般法理のまま・新法に明文なし)。④新法の骨格(2条16号・109条・110条)は46条の適用除外に入らず、登録自動車にもそのまま及ぶ。 図:前編まとめの対比板

  • 判例法理と新法の対応関係を1行ずつ並べる
  • ①撤去義務(最判平21・3・10)=弁済期前は原則撤去義務なし・弁済期後は撤去義務あり(判例法理のまま・新法に明文なし)
  • ②第三者与信型(最判平22・6・4)=信販会社は自己名義の登録が必要→新法109条1項で明文化
  • ③サブディーラー事例(最判昭50・2・28)=転売協力後の留保主張は権利濫用1条3項(一般法理のまま・新法に明文なし)
  • ④新法の骨格(2条16号・109条・110条)は46条の適用除外に入らず、登録自動車にもそのまま及ぶ

最後に、今日見た3件の判例と新法の関係を、1枚の板でつなぎ合わせます。撤去義務の判例は、弁済期の前後で結論が分かれるという規範を打ち立てましたが、この規範自体は新法には明文化されていません。今後もこの判例法理がそのまま使われます。第三者与信型の判例は、信販会社が自己名義の登録を備える必要があるという結論を導きましたが、こちらは新法109条1項でそのまま条文になりました。サブディーラー事例の権利濫用も、撤去義務の判例と同じく、新法には明文の規定がなく、1条3項の一般法理として今後も生き続けます。そして、新法の骨格である2条16号の定義・109条の対抗要件・110条の解除無効特約は、46条が外す規定に入っていないので、登録された自動車にもそのまま及びます。

今日の冒頭の問いに戻りましょう。車検証の所有者欄に、自分ではない名前が書いてある。それは、占有はもう自分の手元にあるけれど、所有権という最後のカードを、代金を完済するまで、売主か、あるいは信販会社が握り続けている、という状態です。弁済期の前か後か、誰がそのカードを握っているか、誰に対してそれを主張するのかによって、留保所有権の強さは変わってきます。そして2025年の新法は、この積み重ねの骨格部分を明文化しつつ、引渡しを基準にする規定と集合動産の規定だけを、登録動産にはなじまないものとして外しています。

担保物権には、所有権留保のほかにも、まだ姿があるんですか。あります。契約の形式自体を売買にする売渡担保、代物弁済の予約に仮登記を付ける仮登記担保、そして債権の取立権限を委任される代理受領です。回収の仕方が、それぞれ違う形をしています。

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#150単独ページ動画

仮登記担保・売渡担保・代理受領

第3章 担保物権 #150/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

名前だけ聞いた3つの担保

冒頭の板。前回末尾で名前だけ出てきた売渡担保・仮登記担保・代理受領を、今日はこの順で検討する。 図:冒頭の板

前回の最後に、契約の形式自体を売買にする売渡担保、代物弁済の予約に仮登記を付ける仮登記担保、そして債権の取立権限を委任される代理受領という3つの名前が出てきました。今日はこの3つを、同じ問いで整理します。回収するために、何を使っているか。売買という契約の形を使う。仮登記という登記の仕組みを使う。他人の債権を取り立てる権限を使う。使う道具が違うだけで、目指すところはどれも同じです。貸したお金を確実に返してもらうことです。

契約の形式そのものを売買にする

売渡担保の基本形。Bが100万円を必要とし、土地をAへ売却する形をとる。代金100万円と引き換えに所有権はAへ移る。一定期間内は買戻し・再売買の予約により取り戻せる。 図:売渡担保の基本形

  • Bが100万円を必要とし、土地をAへ売却する形をとる
  • 代金100万円と引き換えに所有権はAへ移る
  • 一定期間内は買戻し・再売買の予約により取り戻せる

売渡担保は、契約の形式そのものを売買にしてしまう担保です。Bさんが100万円必要だとします。Aさんから借金をして土地を担保に入れる代わりに、Bさんはこの土地をAさんに売ってしまいます。売買代金として受け取るのが、実質的な借入金の100万円です。そこで特約を付けます。一定の期間内であれば、Bさんは代金と契約の費用を返して、この売買を解除できるという特約です。これが買戻しです。

条文民法579条

民法第579条 不動産の売主は、売買契約と同時にした買戻しの特約により、買主が支払った代金(別段の合意をした場合にあっては、その合意により定めた金額。第五百八十三条第一項において同じ。)及び契約の費用を返還して、売買の解除をすることができる。この場合において、当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなす。

当事者が別段の合意をしていれば、その金額で買い戻せます。何も決めていなければ、支払った代金と契約の費用がそのまま返還額になります。この買戻しには、もう1つ別の形があります。再売買の予約です。

買戻しと再売買の予約、条文で縛るか契約自由に任せるか

対比表。対象・特約のタイミング・返還額・対抗要件・権利行使期間の5項目で、買戻し(579条)と再売買の予約を対比する。買戻し=不動産限定・売買と同時の特約・代金(別段の合意があればその額)+契約の費用(果実と利息は相殺とみなす)・売買と同時の登記・10年以下で伸長不可。再売買の予約=対象制約なし・特約に制約なし・返還額も予約で自由に決められる・仮登記・消滅時効に従う。 図:対比表

  • 対象・特約のタイミング・返還額・対抗要件・権利行使期間の5項目で、買戻し(579条)と再売買の予約を対比する
  • 買戻し=不動産限定・売買と同時の特約・代金(別段の合意があればその額)+契約の費用(果実と利息は相殺とみなす)・売買と同時の登記・10年以下で伸長不可
  • 再売買の予約=対象制約なし・特約に制約なし・返還額も予約で自由に決められる・仮登記・消滅時効に従う

この表を見てください。買戻しは、579条にあるとおり不動産だけが対象で、売買契約と同時に特約を付けなければなりません。返還額は、代金と契約の費用です。当事者が別段の意思表示をしなければ、不動産の果実と代金の利息は相殺したものとみなされます。対抗要件は、売買契約と同時にする登記です。権利を行使できる期間は10年以下と決まっていて、あとから伸ばすこともできません。だからこそ実務では再売買の予約が使われることが多いです。こちらは対象に制約がなく、動産でも構いません。特約の内容にも縛りがなく、返還額も予約の中で自由に決められます。対抗要件は仮登記で足りますし、権利を行使できる期間も普通の消滅時効に従うだけです。同じ「売った物を買い戻す」形でも、条文で縛られた買戻しと、契約の自由に任された再売買の予約とでは、使い勝手がかなり違います。

借金が残るのか、売買で精算されるのか

売渡担保と譲渡担保の区別の板。譲渡担保=金銭消費貸借上の貸金債権がそのまま存続する。売渡担保=代金債権がいったん発生し履行で消滅し、買戻代金・予約完結の対価が新たに発生する。区別の軸=被担保債権が残るか。 図:売渡担保と譲渡担保の区別の板

  • 譲渡担保=金銭消費貸借上の貸金債権がそのまま存続する
  • 売渡担保=代金債権がいったん発生し履行で消滅し、買戻代金・予約完結の対価が新たに発生する
  • 区別の軸=被担保債権が残るか

見分け方は1つです。被担保債権が残るかどうかです。譲渡担保は、AさんがBさんに貸した100万円の金銭消費貸借上の債権が、契約の間ずっと存在し続けます。所有権を形の上で移しているだけで、貸金債権そのものは消えません。売渡担保は、売買という契約を組むので、いったん代金債権が発生して、それが履行によって消滅します。もとの金銭消費貸借上の債権というものが、そもそも存在しません。買い戻すときにBさんが払うのは、新しく発生する買戻代金や、予約完結のときの対価であって、最初の貸金を返しているわけではないんです。

名前は似ていても、契約の骨組みがまったく違います。今日は非典型担保の一種としての位置づけだけ押さえてください。

代物弁済の予約に、仮登記を付ける

仮登記担保の基本形。BがAから借入をし、返せなければ土地の所有権で弁済に代える旨の代物弁済予約を結ぶ。この所有権移転請求権を保全するため仮登記(不登105条2号)を付す。仮登記担保契約に関する法律(昭和53年法律第78号)が適用される。 図:仮登記担保の基本形

  • BがAから借入をし、返せなければ土地の所有権で弁済に代える旨の代物弁済予約を結ぶ
  • この所有権移転請求権を保全するため仮登記(不登105条2号)を付す
  • 仮登記担保契約に関する法律(昭和53年法律第78号)が適用される

次は仮登記担保です。まず形を確認します。BさんがAさんにお金を借りるとき、もし返せなかったらこの土地の所有権でお金の代わりに弁済する、という約束をあらかじめ結んでおきます。これが代物弁済の予約、あるいは停止条件付きの代物弁済契約です。そのうえで、この土地の所有権が将来Aさんに移ることを保全するため、仮登記を付けます。本登記の前に、順位だけを確保しておく登記です。不動産登記法105条2号にあるとおり、所有権移転請求権を保全するために使います。この仮登記が付いた代物弁済予約のことを、まとめて仮登記担保と呼びます。この仮登記担保には、仮登記担保契約に関する法律という専用の法律が適用されます。

条文仮登記担保契約に関する法律1条

仮登記担保契約に関する法律第1条 この法律は、金銭債務を担保するため、その不履行があるときは債権者に債務者又は第三者に属する所有権その他の権利の移転等をすることを目的としてされた代物弁済の予約、停止条件付代物弁済契約その他の契約で、その契約による権利について仮登記又は仮登録のできるもの(以下「仮登記担保契約」という。)の効力等に関し、特別の定めをするものとする。

譲渡担保の清算を扱った回で見た清算義務と、名前が近い気がします。何が違うんですか。ここが今日、仮登記担保でいちばん大事な軸です。あの回の譲渡担保では、清算義務も受戻権も、条文には一言も書かれていなかったのに、判例が作り出したルールでした。仮登記担保では、同じ発想を法律が最初から条文にして持っています。

通知から2か月、清算金は判例と同じ計算

あの回の譲渡担保では受戻権がいつ消えるかを@metanに問わせてから清算義務・清算期間へ入る導入の板。清算金を払うまで土地を取り戻せる権利の名前を思い出させたうえで、今日の仮登記担保法の枠に置き直す。

受戻権でしたね。今日はこの受戻権を含めて、仮登記担保法がどこまで条文で固めているかを見ていきます。まずは清算義務からです。

数値設例の板。あの回の譲渡担保と同じ1000万円の土地・100万円の借金。Bが弁済期に払えずAが予約完結の意思表示をする。清算期間経過時の価額1000万円から債権額100万円を引いた差額900万円が清算金。清算期間=通知到達日から2か月。 図:数値設例の板

  • あの回の譲渡担保と同じ1000万円の土地・100万円の借金
  • Bが弁済期に払えずAが予約完結の意思表示をする
  • 清算期間経過時の価額1000万円から債権額100万円を引いた差額900万円が清算金
  • 清算期間=通知到達日から2か月

あの回の譲渡担保と同じ数字で考えましょう。1000万円の土地を、100万円の借金の代物弁済予約に入れていたとします。Bさんが弁済期に払えず、Aさんが予約完結の意思表示、つまり「約束どおり、この土地で払ってもらいます」という通告をしました。

条文仮登記担保契約に関する法律2条1項

仮登記担保契約に関する法律第2条第1項 仮登記担保契約が土地又は建物(以下「土地等」という。)の所有権の移転を目的とするものである場合には、予約を完結する意思を表示した日、停止条件が成就した日その他のその契約において所有権を移転するものとされている日以後に、債権者が次条に規定する清算金の見積額(清算金がないと認めるときは、その旨)をその契約の相手方である債務者又は第三者(以下「債務者等」という。)に通知し、かつ、その通知が債務者等に到達した日から二月を経過しなければ、その所有権の移転の効力は、生じない。

ここがあの回の譲渡担保と違う、いちばん大きな点です。あの回の譲渡担保では、清算金の支払や提供があった時点ですぐに所有権が確定しました。仮登記担保では、まず清算金の見積額をBさんに通知して、その通知が届いた日から2か月という決まった長さの期間を置かなければ、所有権移転の効力そのものが生じません。判例が作った受戻権には、こういう固定の期間はありませんでした。仮登記担保法は、この2か月という清算期間を条文ではっきり区切ったんです。この2か月は、Bさんにとっては借金を返して土地を守るための猶予で、あとから登記した担保権者にとっては手を打つための時間です。

条文仮登記担保契約に関する法律3条1項

仮登記担保契約に関する法律第3条第1項 債権者は、清算期間が経過した時の土地等の価額がその時の債権等の額を超えるときは、その超える額に相当する金銭(以下「清算金」という。)を債務者等に支払わなければならない。

清算期間が経過した時点の土地の価額が1000万円で、債権の額が100万円なら、その差額の900万円が清算金です。あの回で見た清算金の計算と、中身はまったく同じです。

条文仮登記担保契約に関する法律3条2項

仮登記担保契約に関する法律第3条第2項 民法(明治二十九年法律第八十九号)第五百三十三条の規定は、清算金の支払の債務と土地等の所有権移転の登記及び引渡しの債務の履行について準用する。

清算金の支払と、土地の所有権移転登記・引渡しの債務は、同時履行の関係に立ちます。あの回では判例がこの構成をとりましたが、仮登記担保法は533条の準用として条文に書き込んでいます。

受戻せる期限には、判例に無かった上限がある

受戻権の対比板。あの回の譲渡担保の判例=帰属清算型は清算金支払・提供または通知まで、処分清算型は第三者への処分まで、という区切りのみで年数上限なし。仮登記担保法11条=清算金支払の弁済を受けるまで受戻せるが、清算期間経過時から5年経過または第三者が所有権を取得したときは不可。 図:受戻権の対比板

  • あの回の譲渡担保の判例=帰属清算型は清算金支払・提供または通知まで、処分清算型は第三者への処分まで、という区切りのみで年数上限なし
  • 仮登記担保法11条=清算金支払の弁済を受けるまで受戻せるが、清算期間経過時から5年経過または第三者が所有権を取得したときは不可

受戻権も見ましょう。

条文仮登記担保契約に関する法律11条

仮登記担保契約に関する法律第11条 債務者等は、清算金の支払の債務の弁済を受けるまでは、債権等の額(債権が消滅しなかつたものとすれば、債務者が支払うべき債権等の額をいう。)に相当する金銭を債権者に提供して、土地等の所有権の受戻しを請求することができる。ただし、清算期間が経過した時から五年が経過したとき、又は第三者が所有権を取得したときは、この限りでない。

債務を払えば土地を取り返せる期間がある点では、判例の受戻権と変わりません。ただ、仮登記担保法には判例の受戻権に無かった上限が付いています。清算期間が経過した時から5年が経過したとき、または第三者が所有権を取得したときは受戻せません。あの回の判例では、帰属清算型なら清算金の支払・提供・通知まで、処分清算型なら第三者への処分まで、という区切りだけで、年数による上限そのものはありませんでした。清算金さえ払えばいつまでも取り戻せる、という状態を無限に続けさせないための歯止めです。この5年という上限と、第三者取得による消滅は、あの回の判例には出てこなかった、仮登記担保法だけの条文上のルールとして押さえておいてください。

通知が4月1日にBさんに届いたとします。2か月の清算期間が過ぎると、土地の所有権はAさんに移ります。それでもAさんが900万円の清算金をまだ払っていなければ、Bさんは借金の100万円に利息などを足した額をAさんに差し出して、土地を取り戻せます。ところが、清算期間が過ぎてから5年が経ったとき、あるいはAさんがこの土地をDさんに売ってDさんが所有権を取得したときは、清算金をまだ受け取っていなくても、もう取り戻せません。Bさんに残るのは、清算金を払ってもらう道だけです。

後順位の担保権者も、清算金から先に取れる

薄い一言板。仮登記担保契約に関する法律4条1項=担保仮登記後に登記した先取特権者・質権者・抵当権者が清算金に物上代位できる(払渡し前に差押えが必要)。同2項=後順位の担保仮登記権者も同様に物上代位できる。5条=仮登記担保権者は清算金の見積額などをこれらの後順位の権利者に通知する。12条=4条1項の先取特権者・質権者・抵当権者は、清算期間内なら担保仮登記された土地等の競売を請求できる(後順位の担保仮登記権者は含まれない)。10条=土地と建物が同一所有者で、その土地にだけ担保仮登記がされているとき、本登記の際に法定借地権が成立するとみなす。 図:薄い一言板

  • 仮登記担保契約に関する法律4条1項=担保仮登記後に登記した先取特権者・質権者・抵当権者が清算金に物上代位できる(払渡し前に差押えが必要)
  • 同2項=後順位の担保仮登記権者も同様に物上代位できる
  • 5条=仮登記担保権者は清算金の見積額などをこれらの後順位の権利者に通知する
  • 12条=4条1項の先取特権者・質権者・抵当権者は、清算期間内なら担保仮登記された土地等の競売を請求できる(後順位の担保仮登記権者は含まれない)
  • 10条=土地と建物が同一所有者で、その土地にだけ担保仮登記がされているとき、本登記の際に法定借地権が成立するとみなす

仮登記担保法には、ほかにも条文があります。担保仮登記のあとに登記した先取特権者や質権者、抵当権者は、清算金から物上代位できます。後順位の担保仮登記権者も、同じように清算金から物上代位できます。なぜ清算金から取れるのか。仮登記で順位を先に押さえてあるので、本登記がされると、あとから登記したこの人たちの担保は、土地からは消えてしまいます。そこで、土地の代わりにBさんへ払われる清算金に、担保を乗り移らせるんです。ただし、清算金がBさんに払われる前に、差し押さえておく必要があります。仮登記担保権者は、清算金の見積額などをこれらの後順位の権利者に通知することになっています。さらに、先取特権者や質権者、抵当権者は、清算期間の間であれば、担保仮登記された土地の競売を請求することもできます。こちらは後順位の担保仮登記権者には認められていません。これが4条・5条・12条の内容で、後順位の担保権者を保護する規定です。ここで念のため確認しておきますが、この12条は仮登記担保契約に関する法律の12条で、このあと出てくる2025年の新しい法律の12条とは別物です。名前が同じ条番号でも、中身が違うので区別してください。

10条は、土地と建物が同じ人の持ち物で、土地にだけ担保仮登記が付いていた場合の規定です。仮登記に基づく本登記がされて土地がAさんのものになっても、建物の持ち主には、建物を持つために土地を借りている、という賃貸借があったものとみなされます。これが法定借地権で、建物を取り壊さずに土地を使い続けられます。期間と地代は、当事者が求めれば裁判所が決めます。抵当権の回で見た法定地上権と似た発想が、仮登記担保にも用意されています。

2025年新法は、この法律を質権に接続する

新法接続の一言板。2025年新法(譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律・令和7年法律第56号・未施行)12条=譲渡担保権は質権とみなして仮登記担保契約に関する法律の規定を適用する。施行後は4条・5条・12条で質権者に与えられている物上代位・通知・競売請求の扱いを、譲渡担保権者も受ける。 図:新法接続の一言板

  • 2025年新法(譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律・令和7年法律第56号・未施行)12条=譲渡担保権は質権とみなして仮登記担保契約に関する法律の規定を適用する
  • 施行後は4条・5条・12条で質権者に与えられている物上代位・通知・競売請求の扱いを、譲渡担保権者も受ける

最後にもう1つだけ、2025年に成立した新しい法律との接続です。この法律の12条は、譲渡担保権を質権とみなして、仮登記担保契約に関する法律の規定を適用する、と定めています。施行されれば、さっき見た4条・5条・12条で質権を持つ人に与えられている扱い、物上代位や通知、競売の請求といったものを、譲渡担保権者も受けることになります。この法律はまだ施行されていません。条文番号だけ、頭の片隅に置いておいてください。

他人の債権を、取り立てる権限をもらう

代理受領の基本形。B(建設業者)はC(発注者)に対する工事代金債権(β債権)を持つ。A(融資者)はBから、Cに対する取立て・受領の権限を委任される。Cがこれを承諾して初めて機能する。 図:代理受領の基本形

  • B(建設業者)はC(発注者)に対する工事代金債権(β債権)を持つ
  • A(融資者)はBから、Cに対する取立て・受領の権限を委任される
  • Cがこれを承諾して初めて機能する

3つ目、代理受領です。今度は、Bさんが持っている自分の物ではなく、Bさんが別の誰かに対して持っている債権を使います。たとえば、Bさんが建設業者で、発注者のCさんに対して工事の代金を請求できる債権を持っているとします。Aさんは、Bさんに融資する代わりに、この工事代金債権についてCさんから取立てと受領をする権限を、Bさんから委任してもらいます。Cさんがこの代理受領を承諾すれば、初めてこの仕組みが機能します。メリットが2つあります。1つは、この工事代金債権に譲渡禁止の特約が付いていても、代理受領なら使えることです。正式な権利の移転を伴わないので、特約に触れません。もう1つは、質権の設定や譲渡担保の設定手続を踏まなくていいので、実務上の手続きが簡単に済むことです。

取り立てる権限だけで、直接の請求権は無い

代理受領権者の地位の板。Aが取得するのは工事代金債権の取立権限のみ。β債権そのものはBに帰属したまま。AはCに対する直接請求権を持たない。Cが実際にAへ支払えばAの被担保債権に充当される。 図:代理受領権者の地位の板

  • Aが取得するのは工事代金債権の取立権限のみ
  • β債権そのものはBに帰属したまま
  • AはCに対する直接請求権を持たない
  • Cが実際にAへ支払えばAの被担保債権に充当される

できません。通説によれば、Aさんが手にするのは、工事代金債権を取り立てる権限にとどまります。債権そのものは、あくまでBさんに帰属したままです。ですから、Bさんが直接Cさんから弁済を受けても、その弁済は有効です。Bさんが時効の完成を止めるために催告をしても、これも有効です。Aさんは、Cさんに対して直接の請求権を持ちません。Cさんが実際にAさんへ支払えば、その金額はAさんの持つ被担保債権に充てられます。実質的には相殺と同じような効果が生まれます。

承諾しておいて、直接払ってしまったら

三者図。A(代理受領権者)・B(債務者)・C(第三債務者)。B->C「工事代金債権(β債権)」実線(claim・青)。B=>A「取立て・受領の委任」実線(transfer)。Cはこれを承諾。ところがC=>B「誤った直接弁済」が実線で生じ、本来のC=>A(受領されるべき弁済)は破線で対比する。 図:三者図

  • A(代理受領権者)・B(債務者)・C(第三債務者)
  • B->C「工事代金債権(β債権)」実線(claim・青)
  • B=>A「取立て・受領の委任」実線(transfer)
  • Cはこれを承諾
  • ところがC=>B「誤った直接弁済」が実線で生じ、本来のC=>A(受領されるべき弁済)は破線で対比する

ここで問題になるのが、Cさんが代理受領を承諾しておきながら、Bさんに直接工事代金を払ってしまった場合です。AさんとCさんの間に直接の契約が無くても、Cさんの承諾を通じて何らかの責任が生じるか、そこが、この判例の核心です。

判例最判昭44・3・4

第三債務者の承諾の意味 右承認は、単に代理受領を承認するというにとどまらず、代理受領によつて得られる被上告人の右利益を承認し、正当の理由がなく右利益を侵害しないという趣旨をも当然包含するものと解すべきであり、したがつて、同建設部としては、右承認の趣旨に反し、被上告人の右利益を害することのないようにすべき義務があると解するのが相当である。

Cさんが代理受領を承諾したことには、代理受領によってAさんが得られる利益を承認して、正当な理由なくその利益を侵害しない、という趣旨が当然に含まれます。Cさんがこれに反してBさんへ直接払ってしまい、Aさんが工事代金を受け取れなくなったときは、Cさんはこの義務に違反したことになります。Aさんは、Cさんが承諾したからこそ、この工事代金から返してもらえると信じてBさんにお金を貸しています。承諾しておいて黙ってBさんに払えば、その信頼を裏切ってAさんの回収の手段を奪うことになるからです。

⭐ 論文で書く規範:第三債務者の承諾に伴う義務と責任(規範) 第三債務者が代理受領を承諾した場合、その承諾は、代理受領によって得られる利益を承認し、正当な理由がなくこれを侵害しないという趣旨を当然に含む。第三債務者がこれに反して正当な理由なく債務者へ直接弁済し、代理受領権者が受領できなくなったときは、過失により代理受領権者の利益を侵害したものとして不法行為責任(709条)を負う。 (出どころ=規範創出型(最判昭和44年3月4日))

AさんとCさんの間には契約関係がありません。承諾によって生じた、正当な理由なく利益を侵害しない義務に違反したことが過失と評価され、契約上の義務違反ではなく709条の不法行為責任になる、という構成です。正当な理由もなくBさんへ直接払ってしまえば、Cさんはこの過失による不法行為責任を負い、Aさんに生じた損害を賠償しなければなりません。その場合、CさんがBさんに工事代金を払うのは、自分の債権者に払うだけの当たり前の弁済です。Aさんの利益を害さない義務は承諾から生まれるので、承諾が無ければCさんは責任を負いません。代理受領が、第三債務者の承諾があって初めて担保として働くのは、このためです。

担保の全体、最後の地図

板①典型担保4種の圧縮再掲。法定担保物権(留置権・先取特権)=合意なしに法律の要件で発生。約定担保物権(質権・抵当権)=当事者の合意で発生。抵当権=占有を移さず価値だけを押さえる非占有担保(369条1項)。質権=物を占有して留め置く占有担保(342条・留置的効力あり)。留置権=物に関して生じた債権の弁済を受けるまで留置できる法定担保物権(295条1項)。先取特権=法律が定めた特殊な債権について合意なしに他の債権者より先に弁済を受けられる地位(303条・法定担保物権)。 図:板①典型担保4種の圧縮再掲

  • 法定担保物権(留置権・先取特権)=合意なしに法律の要件で発生
  • 約定担保物権(質権・抵当権)=当事者の合意で発生
  • 抵当権=占有を移さず価値だけを押さえる非占有担保(369条1項)
  • 質権=物を占有して留め置く占有担保(342条・留置的効力あり)
  • 留置権=物に関して生じた債権の弁済を受けるまで留置できる法定担保物権(295条1項)
  • 先取特権=法律が定めた特殊な債権について合意なしに他の債権者より先に弁済を受けられる地位(303条・法定担保物権)

ここで、第3章全体を1枚の地図にまとめ直します。まず典型担保4種です。合意なしに法律の要件だけで発生するのが法定担保物権、当事者の合意で発生するのが約定担保物権でした。抵当権は、占有を移さずに、売ったらいくらになるかという価値だけを押さえる担保でした。質権は、物を実際に占有して留め置く担保です。留置権は、合意がなくても、物に関して生じた債権の弁済を受けるまで物を留置できる法定担保物権でした。先取特権は、法律が定めた特殊な債権について、合意がなくても他の債権者より先に弁済を受けられる地位です。

板②非典型担保5本の地図。譲渡担保(4本)・所有権留保・売渡担保・仮登記担保・代理受領を「何を使って回収するか」の1行で並べる。譲渡担保=目的物の所有権を形式的に移す。所有権留保=もとから持っている所有権を留めておく。売渡担保=契約の形式自体を売買にする。仮登記担保=代物弁済予約に仮登記を付ける。代理受領=債権の取立権限を委任される。 図:板②非典型担保5本の地図

  • 譲渡担保(4本)・所有権留保・売渡担保・仮登記担保・代理受領を「何を使って回収するか」の1行で並べる
  • 譲渡担保=目的物の所有権を形式的に移す
  • 所有権留保=もとから持っている所有権を留めておく
  • 売渡担保=契約の形式自体を売買にする
  • 仮登記担保=代物弁済予約に仮登記を付ける
  • 代理受領=債権の取立権限を委任される

典型の4種に加えて、判例と実務が育て、一部はあとから法律が固めた非典型担保が5つあります。ここまでの回を、1行ずつ振り返りましょう。譲渡担保は、目的物の所有権を形式的に移す担保でした。所有権留保は逆に、もとから持っている所有権を、手放さずに留めておく担保でした。今日見た売渡担保は、契約の形式そのものを売買にする担保でした。仮登記担保は、代物弁済の予約に仮登記を付ける担保でした。そして代理受領は、債権の取立てと受領の権限を委任される担保でした。

第3章全体の締め板。典型担保4種(法定2+約定2)と非典型担保5種(譲渡担保・所有権留保・売渡担保・仮登記担保・代理受領)で第3章担保物権が組み立てられている。第4章債権総論では、この担保が押さえていた債権そのものを扱う。 図:第3章全体の締め板

  • 典型担保4種(法定2+約定2)と非典型担保5種(譲渡担保・所有権留保・売渡担保・仮登記担保・代理受領)で第3章担保物権が組み立てられている
  • 第4章債権総論では、この担保が押さえていた債権そのものを扱う

第3章は、法律があらかじめ用意した典型担保4種と、判例と実務が育て、一部は法律が固めた非典型担保5種で組み立てられていました。ここまでで、担保物権という章を、ひとまず締めくくります。これから見ていくのは、この担保が押さえていた、そもそもの中身である債権そのものです。誰が誰に何を請求できるのか、その請求権をどう譲り渡し、どう消滅させるのか。第4章は、この債権そのものの世界に入っていきます。

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第4章債権総論

#151単独ページ動画

債権とは何か

第4章 債権総論 #151/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

本が届かない、あなたは誰に言えるか

冒頭の板。ネット書店Bに本を注文したAが、届かない。Aが言える相手は誰か、という問いだけを残す板。 図:冒頭の板

  • ネット書店Bに本を注文したAが、届かない
  • Aが言える相手は誰か、という問いだけを残す板

Aさんが、ネット書店Bで本を1冊注文しました。代金はもう払ってあります。ところが、届く日を過ぎても本が届きません。本が届かないとき、Aさんが文句を言えるのは、注文したBだけです。たまたま同じ本を隣の書店で買った、見ず知らずの客には何も言えません。この「特定の相手にしか言えない」という輪郭こそが、今日から63本かけて扱う債権という権利の入り口です。

債権法の構造、共通ルールをもう一段くくり出す

債権法の構造の板。民法第3編「債権」。第1章 総則(債権総論・どの発生原因の債権にも共通するルール)。第2章 契約・第3章 事務管理・第4章 不当利得・第5章 不法行為(債権各論・発生原因ごとの個別ルール)。 図:債権法の構造の板

  • 民法第3編「債権」
  • 第1章 総則(債権総論・どの発生原因の債権にも共通するルール)
  • 第2章 契約・第3章 事務管理・第4章 不当利得・第5章 不法行為(債権各論・発生原因ごとの個別ルール)

民法には第3編「債権」という部屋があります。この部屋は、さらに2つに分かれています。第1章、総則です。ここが今日から入る債権総論で、契約から生まれた債権でも、事故から生まれた債権でも、どんな発生原因の債権にも共通するルールを置いてあります。残りの第2章から第5章、契約・事務管理・不当利得・不法行為は、債権各論と呼ばれます。こちらは発生原因ごとの個別ルールです。総則を先に置く作り方は、民法全体でも同じでした。民法全体の第1編総則が、財産法にも家族法にも共通するルールを先にくくり出していた、あの作り方です。今日から歩く債権法の中でも、もう一段同じことが繰り返されています。共通ルールを先に押さえておけば、あとの契約や不法行為を見るときに、いちいち同じ説明を繰り返さずに済みます。

第4章、63本の地図

第4章の地図。目的(#151〜154・債権の中身は何か、どんな種類があるか)→効力(#155〜164・履行されないとき何ができるか)→移転(#165〜173・債権債務を他人に渡せるか)→消滅(#174〜188・どうやって債権は終わるのか)→保全(#189〜201・債務者が財産を減らしたとき債権者は何ができるか)→多数当事者・保証(#202〜213・当事者が複数いたり保証人がいたりするとどうなるか)。各ブロックは問いだけ。 図:第4章の地図

  • 目的(#151〜154・債権の中身は何か、どんな種類があるか)→効力(#155〜164・履行されないとき何ができるか)→移転(#165〜173・債権債務を他人に渡せるか)→消滅(#174〜188・どうやって債権は終わるのか)→保全(#189〜201・債務者が財産を減らしたとき債権者は何ができるか)→多数当事者・保証(#202〜213・当事者が複数いたり保証人がいたりするとどうなるか)
  • 各ブロックは問いだけ

この債権総論という部屋の中を、6つのブロックに分けて歩きます。まず、目的。債権の中身は何か、どんな種類があるのか。次に、効力。約束どおり履行されなかったとき、債権者は何ができるのか。そのあと、移転。債権や債務を、他人に渡すことはできるのか。消滅。どうやって債権は終わるのか。保全。債務者が財産を減らそうとしたとき、債権者は何ができるのか。最後に、多数当事者と保証。債権者や債務者が複数いるとき、保証人がいるときはどうなるのか。今日はこの6つの場所がどこにあるか、地図を頭に入れるところまでです。中身は、それぞれの場所に着いたときに、じっくり見ていきます。今日この場で扱うのは、最初の場所、目的の入り口だけです。

債権と債務の意義

定義の板。債権=特定の人(債権者)が特定の人(債務者)に対して特定の行為(給付)を請求できる権利。債務=その裏返し(給付をする義務)。 図:定義の板

  • 債権=特定の人(債権者)が特定の人(債務者)に対して特定の行為(給付)を請求できる権利
  • 債務=その裏返し(給付をする義務)

では、目的の入り口として、債権そのものを定義します。債権とは、特定の人である債権者が、他の特定の人である債務者に対して、特定の行為をすること、あるいはしないことを、請求できる権利です。この特定の行為のことを、給付と呼びます。債務者の側から見れば、その給付をする義務が債務です。同じ関係を、請求する側から見れば債権、義務を負う側から見れば債務と呼び分けているだけです。冒頭のAさんに戻ります。Aさんは、Bさんに対して、本を届けろと請求できる債権を持っています。Bさんは、Aさんに本を届ける債務を負っています。

物権とどう違うか、直接性

関係図。Aさん(債権者)からBさん(債務者)への矢印。Bさんの行為(届ける)を経由しないとAさんは本を得られないことを示す図。「Aさんは自分で取りに行けない」の一言。 図:関係図

  • Aさん(債権者)からBさん(債務者)への矢印
  • Bさんの行為(届ける)を経由しないとAさんは本を得られないことを示す図
  • 「Aさんは自分で取りに行けない」の一言

この債権を、物権の3つの性質と1つずつ比べていきます。覚えていますか。あのとき、物権の一番の性質は何でしたか。物そのものを直接支配する権利、でした。誰の行為も挟まらずに使える、という話でした。この性質を、直接性と呼びました。一方、債権はそうはいきません。Aさんが本を手に入れられるかどうかは、すべてBさんの行為にかかっています。Aさんが自分で倉庫から持ち出すことはできません。Aさんが持っているのは、Bさんに届けてもらう約束だけです。Bさんが届けるという行為をしない限り、Aさんは本を手に入れられません。物権のように、他人を介さず物へ直接手を伸ばせる性質を、債権は持っていません。

物権とどう違うか、排他性

関係図。A->Bの矢印とC->Bの矢印が並んで成立している。同じタイトルの本を2人が同時に注文している場面。 図:関係図

  • A->Bの矢印とC->Bの矢印が並んで成立している
  • 同じタイトルの本を2人が同時に注文している場面

次の性質です。思い出してみましょう。同じ物に、同じ内容の物権が2つ成り立たない。この性質を、物権の回で何と呼びましたか?債権は逆です。同じ内容の債権が、同時に2つ以上成立しても、何も矛盾しません。同じタイトルの本を、Aさんも、別の客Cさんも、同時にBさんへ注文したとします。Bさんの手元に在庫が1冊しかなくても、Aさんの債権とCさんの債権は、どちらも有効に成立します。債権は「これから届けてもらう約束」であって、物そのものではありません。約束を交わすことと、実際に1冊しかない在庫をどちらに渡すかは、別の問題です。約束の段階では、何本でも重ねて成立します。債権には、物権にあった排他性がありません。

在庫の1冊をAさんとCさんのどちらに先に渡すかは、Bさんが決めることです。渡せなかった側との約束も、消えません。同じタイトルの本なら、Bさんは別の1冊を仕入れて届けなければなりません。物権と債権の回で見た、1台しかないカメラとは、ここが違います。この排他性が無いことから、もう1つだけ触れておきます。Bさんが倒産して、AさんとCさんへの約束を両方とも果たせなくなったとき、どちらの債権が優先するかというと、先に注文したかどうかでは決まりません。物を押さえているわけではないので、割り込む根拠が無いからです。担保の最初の回で見た、債権者平等の原則です。分配の中身は、債務者の財産を確保する場面で正面から扱います。

物権とどう違うか、絶対性

関係図。A(債権者)->B(債務者)の矢印1本。他の客への矢印は無い。「Aが言えるのはBだけ」の一言。 図:関係図

  • A(債権者)->B(債務者)の矢印1本
  • 他の客への矢印は無い
  • 「Aが言えるのはBだけ」の一言

もう1つの性質です。物権の回で、誰に対しても主張できる、という性質がありましたね。一方、Aさんが持っている債権は、Bさんに対してしか主張できません。これを相対性と呼びます。Aさんの債権は、Bさんとの関係でしか意味を持ちません。物権にあった絶対性を、債権は持っていません。直接手を伸ばせない、同じ内容で何本も重ねられる、誰に対しても主張できるわけではない。3つとも、債権がまだ実現していない約束だ、というところから出てきます。

給付の要件、金銭に見積もれなくてもよい

給付の要件の板。①適法であること②確定していること、または将来確定できること。関門に立たないもの=実現可能かどうか(412条の2第2項)・金銭に見積もれるか(399条)。 図:給付の要件の板

  • ①適法であること②確定していること、または将来確定できること
  • 関門に立たないもの=実現可能かどうか(412条の2第2項)・金銭に見積もれるか(399条)

債権の中身、給付には、法律行為の回で見た関門がそのまま掛かります。条文がはっきり禁じている約束も、条文は禁じていないのに社会が許さない約束も、通りません。違法な薬物を届ける約束には、債権は生まれません。そして、何をすればいいのかが確定できること。あの回の「近いうちに、いい感じの物件を紹介する」のように、調べても中身が出てこない約束では足りません。逆に、あの回で関門に立たなかったものが2つありました。実現できるかどうかと、お金に見積もれるかどうかです。実は、金銭に見積もれない給付でも、債権の目的になれます。

条文民法399条

民法第399条 債権は、金銭に見積もることができないものであっても、その目的とすることができる。

謝罪広告を出してもらう、演奏をしてもらう。こうした、お金に換算しにくい給付でも、399条によって債権の目的にできます。

契約した時点で不能でも、契約は無効にならない

一言板。契約成立時にすでに不能だった場合(原始的不能)でも契約自体は無効にならず、415条の債務不履行として扱われる(412条の2第2項)。深掘りは別の回。 図:一言板

  • 契約成立時にすでに不能だった場合(原始的不能)でも契約自体は無効にならず、415条の債務不履行として扱われる(412条の2第2項)
  • 深掘りは別の回

契約した時点で目的物がもう無かったら契約は無効になる。かつてはそう考えられていましたが、今の条文はそうなっていません。法律行為の回で、焼け落ちた倉庫の売買として見た条文です。

条文民法412条の2第2項

民法第412条の2第2項 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。

契約を結んだ時点で、すでにその給付が不可能だったとしても、それだけで契約が無効になるわけではありません。この点は、論点として問題になりうる場面ですが、深掘りは別の回でします。無い本を届けろとは言えませんが、代わりに損害の賠償を求める道は残ります。今日は、契約が当然に無効になるわけではない、という結論だけ持ち帰ってください。

債権の種類の地図

債務の分類の板。作為債務/不作為債務。与える債務(物を引き渡す)/なす債務(それ以外の行為)。結果債務(結果の実現自体が内容)/手段債務(結果に向けた注意・努力が内容)。 図:債務の分類の板

  • 作為債務/不作為債務
  • 与える債務(物を引き渡す)/なす債務(それ以外の行為)
  • 結果債務(結果の実現自体が内容)/手段債務(結果に向けた注意・努力が内容)

最後に、これから先の回で何度も出てくる、債務の分類の軸を見ておきます。まず、何かをする作為債務と、何かをしない不作為債務。次に、物を引き渡す与える債務と、それ以外の行為をするなす債務。そして、結果そのものの実現を約束する結果債務と、結果に向けて注意や努力を尽くすことを約束する手段債務です。たとえば、Bさんが本を届けるのは、作為であり、与える債務です。本が届かなければ、どれだけ頑張っても約束を果たしたことにはなりません。こういう債務が結果債務です。演奏をしてもらう約束は、なす債務にあたります。これに対して、医者は、病気が治ることまでは約束できません。約束しているのは、治すために必要な注意と努力を尽くすことです。こういう債務が手段債務です。

ただ、なぜ分けるのかだけ言っておきます。結果債務なら、結果が出なければ約束を破ったことになります。手段債務なら、注意と努力を尽くしていれば、治らなくても約束を破ったことにはなりません。約束を破ったといえるかどうかの判断は、あとの回で扱います。今日は、この先どんな軸で債務が分類されるのか、見出しだけ持ち帰ってください。

持参債務が原則

関係図。持参債務=債務者Bが債権者Aの住所へ持っていく矢印。取立債務=債権者Aが債務者Bの住所へ取りに行く矢印。2枚を対比。 図:関係図

  • 持参債務=債務者Bが債権者Aの住所へ持っていく矢印
  • 取立債務=債権者Aが債務者Bの住所へ取りに行く矢印
  • 2枚を対比

もう1つ、給付の場所による分類です。債務者が債権者の住所まで持っていく持参債務。債権者が債務者の住所まで取りに行く取立債務。荷物を送る形をとる送付債務もあります。

条文民法484条1項

民法第484条第1項 弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。

484条1項が答えです。別段の意思表示がなければ、特定物の引渡しは、債権が発生した時にその物があった場所で行います。それ以外の弁済は、債権者の今の住所で行います。何も決めていなければ、債務者が債権者のところまで持っていく、持参債務が原則になります。冒頭のBさんも、特に合意がなければ、Aさんの住所まで本を届ける義務を負います。

今日の地図(保存版)

第4章の地図の再掲板と、今日確定した3点(債権の定義・3つの性質・持参債務の原則)の一覧板。

今日の中身を振り返ります。債権とは、特定の人が特定の人に対して特定の行為を請求できる権利でした。物権と比べたとき、物権にある直接性・排他性・絶対性を、債権はどれも持っていませんでした。給付は、金銭に見積もれなくても399条によって目的になれます。そして、給付の場所は、何も決めていなければ484条1項により持参債務が原則でした。今日確定したのは、最初の場所である目的の入り口だけです。ここから先、1つずつ場所を進んでいきます。

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#152単独ページ動画

特定物債権と種類債権

第4章 債権総論 #152/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

倉庫が焼けたら、AさんとCさんは

冒頭の板。中古カメラ店Bの倉庫が全焼。中古の1台を買ったAと、新品を型番で注文したCが、Bに対して何を言えるかという問いだけを残す板。 図:冒頭の板

  • 中古カメラ店Bの倉庫が全焼
  • 中古の1台を買ったAと、新品を型番で注文したCが、Bに対して何を言えるかという問いだけを残す板

中古カメラ店を営むBさんのところへ、客が2人来ました。Aさんは、棚に並んでいた中古の1台を買う契約をしました。製造番号まで確かめて、この1台をください、と言った買い物です。もう1人のCさんは、新品を注文しました。こちらは、この型番のカメラを1台、という頼み方だけです。ところが引渡しの前日、Bさんの倉庫が火事になりました。Aさんの中古の1台も、新品の在庫も、すべて焼けてしまいました。全部焼けても、結論は分かれます。Aさんは、もうそのカメラを渡せとは言えません。Cさんは、Bさんに別の1台を用意して届けろと言えます。

分かれ目は1本だけです。約束のとき、その物の個性に着目していたかどうか。今日はこの一本で、特定物と種類物の違いを最後まで通します。

特定物と不特定物、個性に着目したか

区別の板。物の引渡しを目的とする債権は、約束のとき個性に着目したかで分かれる。着目した=特定物(特定物債権)。着目しない=不特定物・種類物(不特定物債権=種類債権)。 図:区別の板

  • 物の引渡しを目的とする債権は、約束のとき個性に着目したかで分かれる
  • 着目した=特定物(特定物債権)
  • 着目しない=不特定物・種類物(不特定物債権=種類債権)

まず言葉を決めます。カメラを引き渡す債権のように、物の引渡しを目的とする債権は、その物をどう約束したかで2つに分かれます。当事者が、その物の個性に着目して取引の目的とした物が、特定物にあたります。それを目的とする債権が、特定物債権です。Aさんにとっては、同じ型のほかの中古では意味がありません。傷の位置もシャッターの使用回数も含めて、その1台を買ったからです。これに対して、個性に着目せず、種類と数量だけで指定した物が、不特定物にあたります。種類物とも呼びます。それを目的とする債権が、不特定物債権、つまり種類債権です。

Cさんは、どの個体が届いても、その型番の新品であれば構いません。約束したのは、型番と1台という種類と数量だけです。所有権が移る時期の話でも、特定物という言葉は出てきました。あちらで鍵になったのは、注文のあとで渡す1台が決まる、特定という出来事でした。今日の特定物は、約束のときに個性に着目したかという区別です。似た言葉ですが、別の問いです。特定という出来事は、今日は扱いません。

新品でも特定物になる、代替物とは別の軸

2つの軸の板。特定物・不特定物=当事者が約束のときその物をどう見たか(当事者の意思)。代替物・不代替物=物そのものが取引上置き換えられるか(物の性質)。新品の量産カメラも「これ」と決めれば特定物。 図:2つの軸の板

  • 特定物・不特定物=当事者が約束のときその物をどう見たか(当事者の意思)
  • 代替物・不代替物=物そのものが取引上置き換えられるか(物の性質)
  • 新品の量産カメラも「これ」と決めれば特定物

ここで一問です。新品のカメラでも、売り場に並んだ1台を指して、これをください、と買ったとします。特定物でしょうか、不特定物でしょうか。新品かどうかは、軸ではありません。軸は、当事者がその物の個性に着目したかどうかです。売り場の1台を指して、これ、と決めたなら、その1台が約束の対象になります。逆に、中古でも、この型の中古を1台、と頼んだだけなら、種類物になりえます。個性を問わず、種類と数量で頼んだ約束だからです。新旧や外見で決まるのではありません。決め手は、当事者が何を約束したのか、という一点です。

代替物は、取引上、個性が重視されず、同じ種類の別の物で置き換えられる物です。そうでない物が、不代替物です。新品の量産カメラは、代替物の典型です。特定物と不特定物は、それとは軸が違います。当事者が、その物をどう見て約束したかという区別で、決めるのは当事者です。両者は一致しやすいのですが、片方は物の性質、もう片方は約束の仕方を見ています。混ぜないでください。

特定物債権の特徴、引渡しまで保存する義務

関係図。A(中古の客)がB(カメラ店)に引渡しを請求。Bは引渡しまで、カメラを標準的な人が払う注意で保存する義務を負う。 図:関係図

  • A(中古の客)がB(カメラ店)に引渡しを請求
  • Bは引渡しまで、カメラを標準的な人が払う注意で保存する義務を負う

ここから、特定物債権の3つの特徴です。1つめは、引渡しまで大事に保管する義務です。Aさんが買った中古の1台は、契約から引渡しまでの間、Bさんの倉庫にあります。そのあいだBさんが雑に扱ってよいなら、Aさんは安心して代金を払えません。そこで法律は、保存する義務を当然に課しています。

条文民法400条

民法第400条 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。

善良な管理者の注意、略して善管注意とは、その立場にいる標準的な人が払うべき注意のことです。特別に慎重な人の注意ではなく、その立場の普通の人の注意です。その水準は、契約その他の発生原因と、取引上の社会通念で決まります。中古の精密機器を預かる店なら、湿気の対策まで含むのが標準でしょう。この規定は、当事者の合意で内容を変えられます。合意が無いときに働く基準を置いている、と考えてください。法律が軽くしている場面もあります。報酬をもらわずに物を預かる人は、659条で、自分の物と同じ程度の注意で足りるとされています。善管注意は、それより重い基準です。具体例です。Bさんが、引渡しまで湿った倉庫に放置して、Aさんのカメラにカビが生えたとします。標準的な店なら、防湿ケースに入れるはずです。それを怠ったのですから、善管注意義務に違反します。

防湿ケースに入れていたのに雷で火事になった場合でも、標準的な管理をしていたのですから、保存の義務を怠ったとは言えません。ただ、カメラが渡せなくなったこと自体の扱いは、また別の問題です。あとで見ます。

特定物債権の特徴、何を渡せば履行か

読む順序の板。①契約等から引渡しをすべき時の品質を定められるか。定められる→その品質の物を渡す(原則)。定められない→引渡しをすべき時の現状で渡す(483条だけの例外)。 図:読む順序の板

  • ①契約等から引渡しをすべき時の品質を定められるか
  • 定められる→その品質の物を渡す(原則)
  • 定められない→引渡しをすべき時の現状で渡す(483条だけの例外)

2つめの特徴は、何を渡せば約束を果たしたことになるか、です。現状のまま渡せば足りるように見えます。ただ、Aさんが、シャッターが正常に動く中古のつもりで買ったとします。傷は写真どおりでも、シャッターが動かない1台を、そのままの状態で渡して、約束を果たしたことになるでしょうか。品質も約束の中身になります。契約その他から、引渡しをすべき時の品質を定められるなら、その品質の物を渡す義務があります。これが原則です。

条文民法483条

民法第483条 債権の目的が特定物の引渡しである場合において、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができないときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。

483条が働くのは、契約や取引の社会通念に照らしても、品質を定められない、そのときだけです。その場合に限って、引渡しをすべき時の現状、つまりその時の状態のままで渡せば足ります。品質を定められないのは、たとえばこんな場面です。店の奥にあった古いカメラを、動くかどうかも確かめず、状態の話を何もしないまま、この1台を、とだけ言って買った。契約からも取引の社会通念からも、どんな状態で渡すべきかが出てきません。実際には、まれな場面です。その時の状態のままで足りるのは、約束の中身が、その1台そのものしか無いからです。ほかの物に取り替える余地はなく、品質の約束もありません。ですから、引渡しの時点のその物を渡す以外に、求められることが残らないのです。ただし、引渡しまでは400条の善管注意で保存しておく必要があります。放置してカビを生やしたなら、現状のまま渡しても、保存の義務に違反した責任は残ります。

特定物という言葉だけで結論を決めるのは危険です。特定物なら現状のままでよい、という一般則ではありません。まず約束した品質があり、それを定められないときだけ、現状で渡します。

特定物ドグマの板。かつての考え方=性質は約束の中身にならず、その物をそのまま渡せば履行。現在=性質も約束の中身になり、契約に適合した物を渡す義務がある。合わない物は契約不適合責任の問題。 図:特定物ドグマの板

  • かつての考え方=性質は約束の中身にならず、その物をそのまま渡せば履行
  • 現在=性質も約束の中身になり、契約に適合した物を渡す義務がある
  • 合わない物は契約不適合責任の問題

かつては、特定物は個性に着目した物なので、その物をそのまま渡せば履行になる、性質は約束の内容にならない、という考え方がありました。特定物ドグマと呼ばれます。現在は、特定物ドグマをとりません。決め手は、買主が約束したのは、性質も含めたその物だという点です。動くカメラを買ったのに動かない物を渡されて、約束どおりとは言えません。性質も約束の中身になります。契約に合わない物を渡したときの責任は、契約不適合責任と呼ばれます。これは別の回で扱います。

特定物債権の特徴、焼けたら履行不能

関係図。A(中古の客)からB(カメラ店)へ「この1台を渡せ」。その1台が焼ければ、代わりの物では約束を果たせない=履行不能。 図:関係図

  • A(中古の客)からB(カメラ店)へ「この1台を渡せ」
  • その1台が焼ければ、代わりの物では約束を果たせない=履行不能

3つめは、焼けてしまったときです。冒頭に戻ります。Aさんの約束は、その1台を渡すことでした。その1台が火事で焼けたなら、Bさんが同じ型の別の中古を用意しても、約束を果たしたことにはなりません。Aさんが納得して受け取るなら別の話ですが、Bさんにその義務はありません。Aさんが買ったのは、傷の位置も製造番号も含めた、その1台だからです。代わりの物は、別の物です。このように、その物でしか約束を果たせないのに、その物が滅失して渡せなくなることを、履行不能と言います。特定物が滅失すれば、直ちに履行不能です。民法412条の2第1項は、履行が不能のときは、債権者はその債務の履行を請求できない、と定めています。果たしようのないことを求める権利を残しても、実現のしようが無いからです。Aさんは、もうそのカメラを渡せとは言えません。

履行の請求はできなくなります。ただ、損害賠償は415条、契約の解除は542条、代金を払う義務がどうなるかは536条の問題として残ります。誰がどこまで負担するかは、別の回で扱います。ここは、論文で論点になりうる入口です。もう1つ、特定物と種類物とで違いが出る場面があります。前回の本の話を思い出してください。ネットで買った本は、何も決めていなければ、どこで渡すのが原則でしたか?債務者が、債権者の住所まで持っていく。これが484条1項の原則です。同じ484条1項は、もう1つ書いています。特定物の引渡しは、債権が発生した時に、その物があった場所でする、という部分です。Aさんの中古の1台は、契約のときに店にありました。その1台がどこにあるかは、約束のときに双方が分かっています。何も決めていなければ、その場所で受け渡すつもりだった、と見るのが自然です。ですから、Aさんが店まで受け取りに行く形です。Cさんの新品は、特定物の引渡しではないので、前回の原則どおり、Cさんの住所まで持っていく形です。

種類債権の特徴、調達義務

関係図。C(新品の客)がB(カメラ店)に「この型番で1台」。Bの手元の物が焼けても、B は仕入先Dから別の1台を仕入れて届ける=調達義務。 図:関係図

  • C(新品の客)がB(カメラ店)に「この型番で1台」
  • Bの手元の物が焼けても、B は仕入先Dから別の1台を仕入れて届ける=調達義務

種類債権の側に移ります。Cさんの約束は、この型番で1台、でした。倉庫の新品が、全部焼けたとします。Cさんは、何を言えるでしょうか。渡せる物が手元に無くなっても、種類物は特定物と事情が違います。Cさんと約束したのは、どの個体か、という話ではなく、この型番の新品を1台、という種類と数量でした。同じ型番の新品が世の中にあるなら、Bさんは、仕入先のDさんから別の1台を仕入れて、Cさんに届けられます。この、別の物を調達して届ける義務を、調達義務と言います。前回は、在庫が無くても約束は消えない、という入口でした。今日は理由まで言えます。種類と数量を約束しただけだから、どの個体でも果たせるのです。結論です。種類債権は、同じ種類の物が市場にある限り、原則として履行不能になりません。履行不能になるのは、同じ種類の物が世の中から無くなったような、例外的な場合だけです。たとえば、Cさんの型番がとうに製造を終えていて、メーカーにも、どの店にも新品が1台も残っていないなら、Bさんがいくら探しても仕入れられません。こちらが例外の側です。

400条は、特定物の引渡しの条文です。Cさんとの約束は、型番と1台だけで、手元のどの1台を渡すかまでは決めていません。手元のある1台を保存すると約束したわけではないので、渡す1台が決まる前は、特定物債権のような保存の義務は出てきません。その代わり、手元の物が傷んだり焼けたりしても、別の物で埋め合わせる義務が残ります。調達義務は、それだけ重い義務です。手元の物が何度焼けても、そのたびに調達し直さなければなりません。Aさんとの分かれ目は、ここでも、約束のとき個性に着目したかどうかでした。ここで、今日は答えを出さない問いを2つ残します。1つめは、Cさんの注文が、Bさんの店にある在庫の中から1台、というものだったら、倉庫が焼けたときどうなるか。2つめは、Bさんがある1台をCさんに渡す物と決めたあとで、その1台が焼けたら、Bさんはまだ別の1台を調達しなければならないのか、という問いです。

どちらも別の回で扱います。

種類債権の特徴、品質は中等

読む順序の板。①法律行為の性質・当事者の意思から品質を定められるか。定められる→その品質の物(原則)。定められない→中等の品質(401条1項)。483条と同じ形。 図:読む順序の板

  • ①法律行為の性質・当事者の意思から品質を定められるか
  • 定められる→その品質の物(原則)
  • 定められない→中等の品質(401条1項)
  • 483条と同じ形

もう1つ、種類債権の品質です。たとえば、りんごを10個、とだけ注文して、品質の取り決めが何も無かったとします。上等なりんごでも、傷みかけのりんごでも、よいのでしょうか。

条文民法401条1項

民法第401条第1項 債権の目的物を種類のみで指定した場合において、法律行為の性質又は当事者の意思によってその品質を定めることができないときは、債務者は、中等の品質を有する物を給付しなければならない。

条文の、種類のみで指定した、というのが種類債権のことです。そして、中等の品質の物を給付せよ、と答えています。ただ、読む順序は483条と同じです。まず、法律行為の性質や当事者の意思から品質を定められるなら、その品質の物を渡す義務があります。贈答用の上等なりんご、と決まっていれば、それです。中等の品質になるのは、それでも品質を定められないときだけです。中等とは、上でも下でもない、平均的な品質という意味です。実際に品質を定められない場面は、まれです。決め手は、当事者の約束を第一に尊重し、決まらないときだけ、どちらにも極端に有利にならない基準を置く点です。上等な物を求められる債権者も、傷んだ物を渡される債権者も、出ないようにしています。

冒頭の答え、一本の軸から出る5つの違い

比較の板。特定物債権と種類債権。個性に着目したか/目的物が焼けたら(履行不能か調達か)/保存の注意(400条か手元の1台の保存は約束していない)/品質が定まらないとき(483条か401条1項)/引渡場所(物のあった場所か債権者の住所)。 図:比較の板

  • 特定物債権と種類債権
  • 個性に着目したか/目的物が焼けたら(履行不能か調達か)/保存の注意(400条か手元の1台の保存は約束していない)/品質が定まらないとき(483条か401条1項)/引渡場所(物のあった場所か債権者の住所)

冒頭に戻ります。Aさんの中古の1台は、その物でしか約束を果たせません。ですから、焼ければ履行不能で、もうそのカメラを渡せとは言えません。Cさんの新品は、型番と1台という種類と数量の約束です。ですから、Bさんが別の1台を調達して届けます。表で見ると、5つの違いが、すべてその一本から出ています。特定物債権は、その1個を約束したので、引渡しまで善管注意で保存し、品質が定まらなければ現状で渡し、焼ければ履行不能です。引渡場所は、その物があった場所でした。種類債権は、種類と数量を約束したので、別の物を調達でき、品質が定まらなければ中等の品質です。引渡場所は、債権者の住所でした。

残した2つの問い、在庫だけが約束の対象だったらどうなるか、渡す1台を決めたあとに焼けたらどうなるか、は別の回で扱います。

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#153単独ページ動画

種類債権の特定と選択債権

第4章 債権総論 #153/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

箱に入れた1台が、倉庫ごと焼けたら

冒頭の板。カメラ店Bが新品の1台を箱に入れ、Cに「取りに来てください」と連絡した夜、倉庫が全焼。問い2つ=箱に入れたあとでもBは別の1台を調達するのか/注文が「店の在庫の中から1台」だったらどうなるか。 図:冒頭の板

  • カメラ店Bが新品の1台を箱に入れ、Cに「取りに来てください」と連絡した夜、倉庫が全焼
  • 問い2つ=箱に入れたあとでもBは別の1台を調達するのか/注文が「店の在庫の中から1台」だったらどうなるか

前回の続きです。中古カメラ店のBさんのところへ、Cさんが、この型番の新品を1台、と注文していました。Bさんは倉庫の在庫から1台を取り出して、Cさん宛の箱に入れ、店の入り口に置きました。そして、取りに来てください、と連絡しました。ところがその夜、倉庫と店が火事になり、箱に入れた1台も、残りの在庫もすべて焼けてしまいました。箱に入れて連絡したあとでも、Bさんはまだ調達しなければならないのか。これが、前回、答えを出さずに残した問いの1つです。もう1つあります。もしCさんの注文が、最初から、Bさんの店にある在庫の中から1台、だったら、在庫が全部焼けたときどうなるのか。

在庫の中から、という頼み方の違いで、結論が変わるんですか。変わります。今日は、この2つの問いに、はっきり答えます。手がかりは1本です。約束が、いつ、どの範囲で、1つに決まっているか。

特定の2つのルート

401条2項の板。種類債権(型番で1台)→[必要な行為の完了]または[債権者の同意を得て指定]→特定(この1台)。「特定物」(約束のとき個性に着目した物)と「特定」(種類債権の目的物が1個に定まること)は別のもの。 図:401条2項の板

  • 種類債権(型番で1台)→[必要な行為の完了]または[債権者の同意を得て指定]→特定(この1台)
  • 「特定物」(約束のとき個性に着目した物)と「特定」(種類債権の目的物が1個に定まること)は別のもの

最初に、言葉を分けます。前回の特定物は、約束のときに、個性に着目した物でした。今日の特定は、種類債権の目的物が、1個に定まることです。字面は似ていますが、別の言葉です。Cさんの約束は、型番で1台でした。渡す1台は、まだどれでもよい状態です。これが、どこかで、この1台、に変わる。その条件を定めたのが、401条2項です。

条文民法401条2項

民法第401条第2項 前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。

条文には、2つのルートが書かれています。1つめは、債務者が、物の給付をするのに必要な行為を完了したとき。2つめは、債権者の同意を得て、給付すべき物を指定したときです。2つめは分かりやすいので、先に片づけます。店員が棚から選んだ1台を、お客さんが、それでいいです、と了承する。これが、債権者の同意を得た指定です。丸が付くまでは、棚のどの1台でもよかった。丸が付いたら、その1台が約束の物になります。問題は1つめです。必要な行為の完了とは、何をどこまでやれば、なのか。ここに、債権の種類の見取り図を見た回で出てきた、持参債務と取立債務の区別が効いてきます。債務者が債権者の住所まで持っていくか、債権者が債務者の住所まで取りに行くか、の違いです。

完了の中身は、債務の場所で変わる

3つの債務の板。持参債務=債権者の住所で現実の提供をして完了/取立債務=分離し、取りに来られるよう準備し、債権者に通知して完了/送付債務=第三地が履行の場所ならそこで現実の提供をして完了/履行の場所は債務者の住所のまま好意で送るなら発送で完了。 図:3つの債務の板

前回、484条1項の原則を確かめました。何も決めていなければ、種類債権は、債務者が債権者の住所まで持っていく、持参債務です。持参債務なら、必要な行為の完了とは、債権者の住所で、現実の提供をすることです。現実の提供とは、実際に物を持って行って、はい、どうぞ、と、相手がすぐ受け取れる状態にすることです。相手が不在で受け取られなくても、それをやったなら、完了です。倉庫で、Cさん用に1台を取り分けただけでは、足りませんか。足りません。持参の約束なら、まだBさんは、Cさんの住所へ動いていないからです。約束の中身は、持って行くことまでで、倉庫での取り分けは、その手前の準備です。次に、取立債務です。債権者が、債務者のところへ取りに来る約束です。取りに来るのが約束ですから、債務者が債権者の住所まで持っていく必要はありません。取立債務の完了は、3つの段階で言います。分離、準備、通知です。分離は、その1台を、ほかの在庫と区別して取り分けること。準備は、債権者がいつでも受け取れる状態にしておくこと。通知は、それを債権者に知らせることです。

分離、準備、通知の3つが、全部そろっています。Cさんが店に取りに来る約束だったなら、箱に入れたのが分離と準備、取りに来てくださいという連絡が通知です。この時点で、特定が生じます。もう1つ、同じ見取り図の回で名前だけ出た、送付債務があります。債権者の住所でも、債務者の店でもない、別の場所へ送る債務です。その場所が、約束で決めた履行の場所なら、そこで現実の提供をして、完了です。これに対して、履行の場所は債務者の店のままで、頼まれて好意で送るだけなら、発送した時に完了します。現実の提供という言葉は使いましたが、弁済の提供そのものの話は、ここでは深入りしません。ここで押さえるのは、特定に必要な行為の中身が、債務の場所で変わる、という点です。一度、立ち止まってください。Bさんが、1台を取り分けて、箱に入れました。ただ、Cさんには、まだ連絡していません。取立債務なら、これで特定したでしょうか。

分離と準備はしたけれど、通知がまだ。だから、特定していない、ですか。取り分けて、準備した。でも、Cさんが、取りに行けることを知りません。ここで火事になれば、まだ特定前ですから、Bさんは別の1台を調達する義務を負ったままです。持参の約束なら、箱に入れて店の入り口に置いただけで、特定していません。取立の約束なら、連絡したあとで、特定しています。

傷んだ物を提供しても特定しない

板。前段・後段のどちらに当たっても、約束の品質に合わない物では特定しない。新品の約束に、傷みのある展示品の1台を箱に入れて提供しても、Bは別の良い1台を届ける義務を負ったまま。 図:板

  • 前段・後段のどちらに当たっても、約束の品質に合わない物では特定しない
  • 新品の約束に、傷みのある展示品の1台を箱に入れて提供しても、Bは別の良い1台を届ける義務を負ったまま

もう1つ、特定が起きない場面があります。約束した品質に合わない物を、提供した場合です。たとえば、Cさんは新品を注文したのに、Bさんが箱に入れたのは、傷みのある展示品の1台でした。持参して、現実に提供しても、特定は生じないと解されています。約束した種類と品質に合わない物は、約束の目的物になりえないからです。それを、これです、と決められても、約束を果たす物ではありません。Bさんは、別の良い1台を届ける義務を負ったままです。

特定の効果、特定物とほぼ同じになる

特定の効果の板。①調達義務が消え、この1台の債務になる②善管注意義務(400条)が始まる③焼ければ履行不能④特約がなければ所有権が移りうる。特定物との違いは変更権だけ。 図:特定の効果の板

  • ①調達義務が消え、この1台の債務になる②善管注意義務(400条)が始まる③焼ければ履行不能④特約がなければ所有権が移りうる
  • 特定物との違いは変更権だけ

特定が起きると、債権の目的物は、その1台に定まります。以後は、ほぼ、前回の特定物債権と同じ扱いです。4つ並べます。1つめ。調達義務が消えます。同じ型の別の1台を、仕入れて届ける義務は、もうありません。約束の中身が、その1台になったからです。2つめ。債務者は、400条の善管注意義務を負い始めます。前回、種類物の保存義務は、特定前には無い、と確認しました。その裏側です。特定して初めて、その1台を保存する義務が生じます。決まる前は、どの1台を守るのか、約束に無いのです。3つめ。目的物が焼ければ、履行不能です。代わりの1台を仕入れ直す義務は、ありません。冒頭の1つめの問いに、この結論で答えます。取立の約束で、連絡まで済んでいたなら、Cさんは、原則として、別の1台を調達しろとは言えません。

特定した1台が焼けたことで、Cさんが失うのは、履行を請求する権利です。損害賠償や代金がどうなるかは、Bさんに落ち度があったかどうかで分かれます。それは、履行不能を扱う回に譲ります。4つめ。特約が無ければ、特定の時に、所有権が移りうることです。所有権の移転時期の回で、不特定物は、どの1台か決まるまでは所有権を移しようがない、と見ました。特定で渡す1台が決まるので、その時に移りうるのです。なお、Bさんが履行の提供をしたのに、Cさんが受け取らない、あるいは受け取れない状態を、受領遅滞と言います。このときは、Bさんの保存の注意は、自分の財産と同じ程度に軽くなります。これも、別の回で扱います。

特定物との唯一の違い、変更権

変更権の板。特定後でも、債権者に不利益がなければ、債務者は信義則上、別の同種の物に取り替えられる。例=Cが受け取らなかった1台を店で売り、直ちに同じ型番の別の1台を用意してCに届ける。 図:変更権の板

  • 特定後でも、債権者に不利益がなければ、債務者は信義則上、別の同種の物に取り替えられる
  • 例=Cが受け取らなかった1台を店で売り、直ちに同じ型番の別の1台を用意してCに届ける

特定物債権との違いが、1つだけあります。変更権です。特定したあとでも、債権者に不利益が無いなら、債務者は、信義則上、別の同じ種類の物に取り替えられる、と解されています。債権者は何も損をしないのに、債務者だけを、特定した1台に縛り続けるのは公平ではない、という考え方です。判例も、この変更権を認めています。特定物は、その1台でしか約束を果たせないので、取り替えは、できません。種類物の特定は、もともと、どの1台でもよい約束だったところから決まっただけです。具体例です。Cさんが受け取りに来ないので、Bさんは、箱に入れた1台を、店で他の客に売ってしまいました。すぐに、同じ型番の別の1台を用意して、Cさんに届けるなら、Cさんは、最初の1台を渡せ、とは言えません。同じ型番の新品なら、Cさんは損をしないからです。

焼けたあとで、取り替えることは、できないんですか。取り替えられます。特定した1台が焼けたあとでも、Bさんは、同じ型番の別の1台を届けて、債務を果たすことができます。変更権は、債務者の側の権利だからです。ただし、Cさんの側から、代わりの1台を調達しろ、と求めることはできません。Bさんはできるが、Cさんからは求められない、という対比で押さえてください。

制限種類債権、在庫の中から

板。制限種類債権=種類債権のうち、給付すべき物の範囲が、場所や在庫などで限られたもの。Cの注文が「Bの店の倉庫にある新品の在庫の中から1台」。範囲内が全部なくなれば履行不能。外から調達する義務は無い。 図:板

  • 制限種類債権=種類債権のうち、給付すべき物の範囲が、場所や在庫などで限られたもの
  • Cの注文が「Bの店の倉庫にある新品の在庫の中から1台」
  • 範囲内が全部なくなれば履行不能
  • 外から調達する義務は無い

冒頭の2つめの問いに入ります。その前に、1問だけ、前回の確認です。型番で1台と頼んだCさんの新品が、Bさんの倉庫で全部焼けたら、Bさんは、どうしなければなりませんでしたか?同じ型番が世の中にある限り、仕入先のDさんから調達して、届けるんでした。では、Cさんの注文が、Bさんの店の倉庫にある新品の在庫の中から1台、だったらどうでしょう。このように、給付すべき物の範囲が、場所や在庫などで限られた種類債権を、制限種類債権と言います。約束の範囲が違います。型番で1台なら、世の中にある、その型番のどれでもよい。在庫の中から1台なら、Bさんの倉庫にある物の中から、です。ですから、倉庫が全焼して、範囲内の物が全部なくなれば、履行不能になります。Bさんは、仕入先のDさんから仕入れてまで届ける義務を負いません。範囲の外から調達する約束を、していないからです。

債務は残ります。範囲内の物が一部減っても、残りで足りる限り、Bさんは、その中から渡します。制限種類債権にも、特定はあります。範囲の中で、この1台に決めた時です。ここでの決め方は、さっきの特定と同じです。履行不能になる時は、通常の種類債権では、その型番が世の中から消えるまで、なりません。制限種類債権では、約束の範囲が尽きた時に、なります。

選択債権、甲か乙か

選択債権の板。いくつかの給付のうち、どれを渡すかを選ぶことで中身が決まる債権。Bの店の中古2台、甲か乙のどちらか1台をAに渡す約束(どちらも製造番号まで確認済み)。選択前は目的が不確定。選択で1つの給付に定まる。 図:選択債権の板

  • いくつかの給付のうち、どれを渡すかを選ぶことで中身が決まる債権
  • Bの店の中古2台、甲か乙のどちらか1台をAに渡す約束(どちらも製造番号まで確認済み)
  • 選択前は目的が不確定
  • 選択で1つの給付に定まる

次は、選択債権です。設例を変えます。Bさんの店に、中古のカメラが2台あります。甲と乙とします。どちらも、製造番号まで確かめてあり、個性のある物です。Aさんは、この甲か乙のどちらか1台をください、とBさんに約束してもらいました。これが、選択債権です。いくつかの給付のうち、どれを渡すかを選ぶことで、中身が決まる債権です。似て見えますが、あとで区別します。先に、選択債権の仕組みを、条文で見ます。選ぶ前は、どちらを渡すのかが決まっていないので、目的が定まらず、履行を求めることも、強制執行もできません。選択で、1つの給付に定まります。まず、誰が選ぶのか、です。

条文民法406条

民法第406条 債権の目的が数個の給付の中から選択によって定まるときは、その選択権は、債務者に属する。

原則は、債務者が選びます。Bさんです。特約があれば、債権者のAさんが選んでもよく、第三者が選ぶ約束にもできます。

条文民法407条

民法第407条 前条の選択権は、相手方に対する意思表示によって行使する。 2 前項の意思表示は、相手方の承諾を得なければ、撤回することができない。

選択権は、相手方への意思表示で行使します。Bさんなら、Aさんに、甲にします、と伝える。そして、いったん伝えたら、Aさんの承諾がなければ、撤回できません。

条文民法408条

民法第408条 債権が弁済期にある場合において、相手方から相当の期間を定めて催告をしても、選択権を有する当事者がその期間内に選択をしないときは、その選択権は、相手方に移転する。

Bさんが選ばないまま、弁済期が来たとします。Aさんは、相当の期間を定めて、選んでください、と催告できます。その期間内に、Bさんが選ばなければ、選択権はAさんに移ります。Aさんが、甲か乙かを選べるようになります。

条文民法409条

民法第409条 第三者が選択をすべき場合には、その選択は、債権者又は債務者に対する意思表示によってする。 2 前項に規定する場合において、第三者が選択をすることができず、又は選択をする意思を有しないときは、選択権は、債務者に移転する。

第三者の選択は、債権者か債務者のどちらかへの意思表示でします。第三者が選べない、あるいは選ぶ気がないときは、選択権は債務者に移転します。Bさんに戻る、と覚えてください。最後に、選んだ効力です。

条文民法411条

民法第411条 選択は、債権の発生の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

Bさんが甲を選んだなら、最初から、甲だけを渡す債権だったことになります。たとえば、3月1日に約束して、4月1日にBさんが甲を選んだなら、3月1日の時点から、甲を渡す債権だったと扱われます。さかのぼる、遡及効です。ただし、選ぶ前に、その物について第三者が権利を得ていたなら、その権利は害されません。

一部が不能になったとき、410条

410条の板。甲か乙かの選択債権(選択権者はB)。Bの過失で甲が焼けた→乙に特定(債権は残存するものについて存在)。Aの過失で甲が壊れた/誰の過失でもなく甲が焼けた→特定しない。 図:410条の板

  • 甲か乙かの選択債権(選択権者はB)
  • Bの過失で甲が焼けた→乙に特定(債権は残存するものについて存在)
  • Aの過失で甲が壊れた/誰の過失でもなく甲が焼けた→特定しない

甲か乙かの途中で、片方が使えなくなったらどうなるか。それを定めたのが、410条です。

条文民法410条

民法第410条 債権の目的である給付の中に不能のものがある場合において、その不能が選択権を有する者の過失によるものであるときは、債権は、その残存するものについて存在する。

読み方です。給付の中に不能のものがあり、その不能が、選択権を有する者の過失による場合に限って、残る給付に絞られます。選択権者はBさんとして、3つの場面を並べます。1つめ。Bさんの過失で、甲が焼けた。この場合、債権は、残る乙について存在します。Aさんは、乙をもらえます。選択権を持つ人が、自分の過失で不能にしておいて、その不能な方を選ぶことは、許されません。だから、残る乙に絞られます。2つめ。選択権を持たないAさんの過失で、甲が壊れた。この場合は、特定しません。Bさんは、乙を選んでもよいし、壊れた甲を選ぶこともできます。甲を選んだときの処理は、履行不能を扱う回で見ます。3つめ。誰の過失でもなく、甲が焼けた。これも、特定しません。

410条が絞るのは、選択権を有する者の過失による不能だけです。選ぶ権利は、選ぶ人のための権利です。選ぶ人に落ち度が無いのに、相手の過失や偶然で、選ぶ余地を取り上げる理由はありません。だから、2つめと3つめでは、Bさんは選ぶ権利を持ったままです。

制限種類債権と選択債権の区別、冒頭の答え

比較の板。給付の1つ1つに個性があるか(種類債権=ない/制限種類債権=ない/選択債権=ある)、範囲、履行不能、決める仕組み(特定=401条2項/範囲内で特定/選択=406条以下)。 図:比較の板

制限種類債権と選択債権を、区別します。物差しは、前回と同じ、給付の対象の個性に着目したか、です。制限種類債権は、倉庫の在庫の中のどれでもよく、1つ1つに個性がありません。選択債権は、甲か乙か、製造番号まで確かめた、個性のある給付から選びます。個性が無ければ、在庫のどの1台も、互いの代わりになります。だから、制限種類債権は、範囲の中からどれか1台に決める、特定で足ります。個性があれば、甲と乙は、互いの代わりになりません。だから、選択債権は、どちらの給付にするかを、406条以下の選択で決めます。特定は、この型番のうちのこの1台。選択は、甲か乙か、です。履行不能の時期も違います。通常の種類債権は、原則なりません。制限種類債権は、範囲内が尽きた時です。選択債権は、全部が不能なら不能で、一部の不能は410条でした。それでは、冒頭に立てた2つの問いに、順に答えます。まず、箱に入れて連絡したあとの1台が焼けた場合です。取立の約束で、分離、準備、通知まで済んでいれば、特定しています。履行不能になり、Bさんは別の1台を調達する義務を負いません。まだ倉庫にあっただけなら、特定前です。別の1台を調達して届ける義務が、残ります。次に、注文が在庫の中から1台なら、制限種類債権です。在庫が全部焼ければ、履行不能です。Bさんは、外から調達する義務を負いません。

3つとも、約束が、いつ、どの範囲で、1つに決まっているか、で考えるんです。特定は、いつ決まるか。制限種類債権は、どの範囲で決まるか。選択債権は、個性のある給付から選んで決まる、です。この一本で、今日の内容は通ります。

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#154単独ページ動画

金銭債権・利息・法定利率・利息制限法

第4章 債権総論 #154/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

大地震で店が潰れても、返済の遅れに賠償は付くか

冒頭の板。カメラ店Bが改装資金として仕入先Dから百万円を借りた(利息あり・返済期日あり)。期日の前に大地震が起き店が潰れ、返済が遅れた。問い=遅れた分の遅延損害金は付くのか。 図:冒頭の板

  • カメラ店Bが改装資金として仕入先Dから百万円を借りた(利息あり・返済期日あり)
  • 期日の前に大地震が起き店が潰れ、返済が遅れた
  • 問い=遅れた分の遅延損害金は付くのか

中古カメラ店のBさんは、店の改装資金として、仕入先のDさんから百万円を借りました。利息の約束があり、返済の期日も決まっています。ところが期日の前に、大地震が起きて、店が潰れてしまいました。Bさんは期日に返せず、返済は遅れました。今日の問いは、本人のせいではない地震でも、遅れの賠償を負うのか、です。Dさんは、遅れた分の遅延損害金を、Bさんに請求できるのか。前に、物の債務は、焼けたら不能になって、責任が消える場面があると聞きました。お金も同じでは、ないんですか。そこが分かれ目です。先に答えを言うと、遅延損害金は付きます。なぜか。手がかりは1本です。お金は、世の中から無くならない。この一点から、遅延損害金も、利息も、法定利率も、通して整理します。

お金の債務には、不能が無い

対比の板。特定物=焼ければ不能/種類債権=特定までは調達義務・型番が世の中から消えなければ不能にならない/制限種類債権=範囲内が尽きれば不能/金銭債権=不能は無い(遅滞だけがある)。 図:対比の板

入る前に、前の回の確認を1問です。Cさんが、Bさんの店の倉庫にある新品の在庫の中から1台、と注文していたとします。倉庫の在庫が全部焼けたら、Bさんは、仕入先から仕入れてまで届ける義務を負うでしょうか?在庫の中から、という約束ですから、範囲の外から調達する約束はしていません。だから、履行不能になって、届ける義務は無いです。では、お金の債務ではどうか。前の回までに、特定物債権、種類債権、そして今の、在庫の中から1台、という制限種類債権を見ました。お金の債務は、この3つのどれにも当たりません。まず、金銭債権とは、金額で決まった額のお金を払わせることを内容とする債権です。貸金債権も、売買代金債権も、損害賠償の債権も、金額で決まっていれば、これに入ります。

この1枚、と決めるような約束は、特別に結ばない限り、ありません。目的は、その紙幣や硬貨ではなく、金額という価値です。だから、どの1万円札か、という特定は起きません。そしてもう1つ。世の中から、お金が無くなることは考えられません。物のように、焼けて世の中から消えるということが無い。だから、履行不能を観念しないのです。手元に今、お金が無い、という場合はどうなるんですか。それは、不能ではなく、遅れです。払えない事情があっても、債務そのものは残り、払うのが遅れた、という扱いになります。ここを混ぜないでください。なお、どの通貨で払うかは、402条1項が定めます。債務者は、特に決めていなければ、各種の通貨で払えます。403条は、外国の通貨で金額を決めたときでも、履行地の為替相場で、日本の通貨で払える、という条文です。ここは、この程度で足ります。

419条、金銭債務の3つの特則

419条の3つの特則の板。1項=賠償額は遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率(約定利率が高ければそれ)/2項=損害の証明は不要/3項=不可抗力を抗弁にできない。軸=お金は無くならない、だから払えないのは債務者の負担。 図:419条の3つの特則の板

  • 1項=賠償額は遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率(約定利率が高ければそれ)/2項=損害の証明は不要/3項=不可抗力を抗弁にできない
  • 軸=お金は無くならない、だから払えないのは債務者の負担

金銭債務には、不能が無い。その裏返しが、419条です。金銭債務の不履行に限った、3つの特則があります。

条文民法419条

民法第419条 金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。 2 前項の損害賠償については、債権者は、損害の証明をすることを要しない。 3 第一項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。

1つずつ見ます。1つめ、賠償額です。遅れた分の損害は、返済が遅れた最初の時点の法定利率で計算します。ただし、契約で決めた約定利率が、それより高いなら、約定利率で計算します。賠償額は、この利率で定型化されています。ですから、実際の損害がそれより大きくても、超えた分は、原則として請求できません。詳しくは、損害賠償の回で扱います。2つめ。債権者は、損害の証明をしなくてよい。本来、賠償を求めるなら、いくら損をしたかを示す必要があります。しかし金銭債務では、実際の損害があってもなくても、この利率の額を請求できます。3つめ。ここが中心です。債務者は、不可抗力を抗弁にできません。

ふつう、債務不履行の賠償は、債務者の責めに帰することができない事由があれば、負いません。物の債務が焼けて不能になると、まず、渡せとは言えなくなります。そのうえで、債務者の落ち度なく焼けたのなら、賠償の責任も負いません。賠償を免れるのは、不能だからではなく、落ち度が無いからです。しかし金銭債務では、その抗弁が使えません。地震でも、銀行の事故でも、同じです。お金は無くならないのですから、払えないのは、払えない側が抱える負担だ、という整理です。短く覚えるなら、お金は無くならない、だから払えないのは債務者の負担、です。

具体例で当てる

関係図。DがBに百万円を貸す(利息年十パーセントの約束)。返済期日にBの返済が遅れる。法定利率は年三パーセント。 図:関係図

  • DがBに百万円を貸す(利息年十パーセントの約束)
  • 返済期日にBの返済が遅れる
  • 法定利率は年三パーセント

冒頭の設例に、3つの特則を1つずつ当てます。DさんはBさんに百万円を貸しました。利息は年十パーセントの約束です。一度、立ち止まって考えてください。Bさんの返済が遅れたとき、遅延損害金の利率は、法定利率の年三パーセントか、約定の年十パーセントか。Dさんは、これだけ損をした、と証明しなければならないか。Bさんは、大地震で店が潰れた、自分のせいではない、と言って免れるか。利率は、約定のほうが法定より高いので、年十パーセント。証明はいらなくて、地震を言っても、免れない、です。約定利率が法定利率を超えるので、1項ただし書で年十パーセント。2項で、証明は不要。3項で、不可抗力は抗弁になりません。

債務者に酷だ、という見方は分かります。ただ、この場面で守られているのは、貸したDさんの、お金を回収できるという期待です。もし、不可抗力で払えないことが抗弁になれば、貸すたびに、貸し手が災害の危険を負うことになります。そうなれば、お金は貸されにくくなります。

利息と遅延損害金は、別のもの

対比表。利息=利息の約束(利息契約)から生じる・元本を使う対価・利率は約定、無ければ404条/遅延損害金=債務不履行から生じる・遅れたことの賠償・利率は419条1項(約定が高ければ約定)。 図:対比表

ここで、混同されやすい2つを分けます。利息と、遅延損害金です。増え方は似ています。しかし、生まれる理由が違います。利息は、利息の約束から生まれます。お金を借りて使っている、その元本を使う対価です。遅延損害金は、返済が遅れたことの賠償です。債務不履行、つまり遅れたことから生まれます。だから、期日までは利息だけが付き、期日を過ぎたら、利息とは別に、遅延損害金が問題になります。利率が同じに見えることが、混同の元です。419条1項は、遅延損害金の額を決めるために、約定利率や法定利率を借りているだけです。借りているだけで、利息そのものになったわけではありません。さらに、利息の債権は、2つの段階に分けて呼びます。

基本権と支分権の板。元本百万円・年十パーセントの貸金。基本権たる利息債権=期間が経てば利息が生まれるという基本的な債権(元本債権への付従性が強い)/支分権たる利息債権=一年たって現に発生した「十万円の利息を払え」という具体的な債権(付従性が弱い)。 図:基本権と支分権の板

  • 元本百万円・年十パーセントの貸金
  • 基本権たる利息債権=期間が経てば利息が生まれるという基本的な債権(元本債権への付従性が強い)/支分権たる利息債権=一年たって現に発生した「十万円の利息を払え」という具体的な債権(付従性が弱い)

元本の債権から生まれる、利息の債権です。基本権たる利息債権と、支分権たる利息債権に分かれます。百万円を、年十パーセントで貸したとします。この貸金には、期間が経てば、利息が生まれる、という基本的な債権が付いています。これが基本権です。元本の債権との結び付きが強く、元本があってこその債権です。そして、1年たつと、十万円の利息を払え、という具体的な債権が、現に生まれます。これが支分権です。基本権から枝分かれした、個別の債権で、元本との結び付きは弱くなります。分けて呼ぶのは、元本と一緒に動くかどうかが違うからです。基本権は、元本の債権が消えれば一緒に消え、元本の債権が譲り渡されれば一緒に移ります。一方、すでに生まれた十万円の支分権は、元本から独り立ちしています。それだけを別に譲り渡せますし、時効も、1回分ごとに、それぞれの弁済期から数えます。あとで見る重利で、元本に組み入れるのも、この生まれた1回分の利息です。

法定利率、3年ごとに見直す変動制

404条の板。利息の利率=約束があればそれ、無ければ利息が生じた最初の時点の法定利率(1項)/出発点は年3%(2項)/3年を1期とし期ごとに見直す(3項)。 図:404条の板

利息の利率は、約束で決められます。では、約束が無かったら。ここで出てくるのが、法定利率、404条です。

条文民法404条

民法 第404条第1項〜第3項(法定利率) 利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。 2 法定利率は、年三パーセントとする。 3 前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、三年を一期とし、一期ごとに、次項の規定により変動するものとする。

2017年の改正で、法定利率は、固定から変動制になりました。以前は、年五パーセントで固定で、商売の取引、つまり商行為から生じた債務は、年六パーセントでした。今は、民法の法定利率に一本化されています。商売の取引だけ高い、ということは、ありません。なぜ変えたのか。固定の年五パーセントは、世の中の金利が下がっても動かず、実際の相場と大きく離れていました。そこで、世の中の金利に合わせて動く仕組みにしたのです。ここで押さえるのは、数字ではなく、仕組みです。出発点は年三パーセント。3年を1期とします。そして、期ごとに、見直しが入ります。

3年ごとに、毎回、利率が変わるんですか。違います。ここが大事です。見直しをしても、たいてい動きません。見直しの物差しは、4項と5項に書いてあります。

条文民法404条

民法 第404条第4項・第5項(法定利率の変動) 4 各期における法定利率は、この項の規定により法定利率に変動があった期のうち直近のもの(以下この項において「直近変動期」という。)における基準割合と当期における基準割合との差に相当する割合(その割合に一パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)を直近変動期における法定利率に加算し、又は減算した割合とする。 5 前項に規定する「基準割合」とは、法務省令で定めるところにより、各期の初日の属する年の六年前の年の一月から前々年の十二月までの各月における短期貸付けの平均利率(当該各月において銀行が新たに行った貸付け(貸付期間が一年未満のものに限る。)に係る利率の平均をいう。)の合計を六十で除して計算した割合(その割合に〇・一パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)として法務大臣が告示するものをいう。

見直しの流れの板。①基準割合(過去五年分の短期貸付けの平均利率の平均を法務大臣が告示)→②直近に変動があった期の基準割合と当期の基準割合の差を出す→③差が1%以上のときだけ、その差(1%未満は切り捨て)を法定利率に加減→1%未満なら法定利率は変わらない。例=第1期の基準割合0.7%・次の期1.9%なら差1.2%→1%→年4%/次の期1.2%なら差0.5%→年3%のまま。 図:見直しの流れの板

  • ①基準割合(過去五年分の短期貸付けの平均利率の平均を法務大臣が告示)→②直近に変動があった期の基準割合と当期の基準割合の差を出す→③差が1%以上のときだけ、その差(1%未満は切り捨て)を法定利率に加減→1%未満なら法定利率は変わらない
  • 例=第1期の基準割合0.7%・次の期1.9%なら差1.2%→1%→年4%/次の期1.2%なら差0.5%→年3%のまま

見直しの流れです。まず、基準割合というものが、期ごとに、法務大臣から告示されます。これは、過去5年分ほどの、銀行の短期の貸付けの平均利率を、平均したものです。次に、直近に法定利率が変わった期の基準割合と、今の期の基準割合を比べて、差を出します。差が一パーセント以上のときだけ、その差、一パーセント未満は切り捨てて、法定利率に足すか、引くかします。差が一パーセントに届かなければ、法定利率は、そのままです。たとえば、最初の期の基準割合が、〇・七パーセントだったとします。次の期の基準割合が、一・九パーセントなら、差は一・二パーセントです。一パーセント未満を切り捨てて、一パーセント。法定利率は、年三パーセントから、年四パーセントになります。次の期の基準割合が一・二パーセントなら、差は〇・五パーセントです。一パーセントに届かないので、法定利率は、年三パーセントのままです。

現在の法定利率の板。第1期(令和2年4月1日から令和5年3月31日)基準割合0.7%/第2期(令和5年4月1日から令和8年3月31日)0.5%/第3期(令和8年4月1日から令和11年3月31日)0.4%。いずれも第1期からの変動が1%未満のため法定利率は年3%。第3期の基準割合=令和7年法務省告示第73号。次の見直しは令和11年4月1日以降。出典=法務省民事局「令和8年4月1日以降の法定利率について」。 図:現在の法定利率の板

  • 第1期(令和2年4月1日から令和5年3月31日)基準割合0.7%/第2期(令和5年4月1日から令和8年3月31日)0.5%/第3期(令和8年4月1日から令和11年3月31日)0.4%
  • いずれも第1期からの変動が1%未満のため法定利率は年3%
  • 第3期の基準割合=令和7年法務省告示第73号
  • 次の見直しは令和11年4月1日以降
  • 出典=法務省民事局「令和8年4月1日以降の法定利率について」

動くのは、基準割合が、比べる相手から一パーセント以上、離れたときだけなんです。実際の値です。最初の期の基準割合は〇・七パーセント。次の期は〇・五パーセント。今の期は〇・四パーセントです。どの期も、最初の期からの変動が一パーセント未満です。だから、法定利率は、年三パーセントのまま。数字を暗記するより、なぜ動いていないのか、を言えるようにしてください。次の見直しでは、値が変わることもありえます。

固定の板。利息が生じた最初の時点の法定利率で固定=あとで法定利率が上がっても下がっても、その貸金の利率は変わらない。例=2027年に利息が生じ始め法定利率が3%なら、その後の期で4%に上がってもこの貸金は3%のまま。 図:固定の板

  • 利息が生じた最初の時点の法定利率で固定=あとで法定利率が上がっても下がっても、その貸金の利率は変わらない
  • 例=2027年に利息が生じ始め法定利率が3%なら、その後の期で4%に上がってもこの貸金は3%のまま

すでに貸したお金の利率は、途中で法定利率が上がっても、上がりません。404条1項を、もう一度見てください。その利率は、利息が生じた最初の時点における法定利率による、とあります。一度決まった利率は、その後の見直しで、動かない。たとえば、ある貸金で、利息が生じ始めた時の法定利率が年三パーセントなら、あとの期で法定利率が年四パーセントに上がっても、この貸金の利率は、年三パーセントのままです。

基準時の比較板。利息(404条1項)=利息が生じた最初の時点の法定利率/遅延損害金(419条1項)=遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率。基準になる時点が別。適用場面=利息の利率の定めが無いとき/金銭債務の遅延損害金。 図:基準時の比較板

  • 利息(404条1項)=利息が生じた最初の時点の法定利率/遅延損害金(419条1項)=遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率
  • 基準になる時点が別
  • 適用場面=利息の利率の定めが無いとき/金銭債務の遅延損害金

そして、419条との違いです。利息の法定利率の基準は、利息が生じた最初の時点。遅延損害金の法定利率の基準は、遅滞の責任を負った最初の時点です。利息は利息が生じた時点、遅延損害金は遅れが始まった時点、つまり、Bさんのように返済の期日が決まっていれば、その期日が来た時から、です。たとえば、利息は付けるが、利率は決めていない貸金で、利息が生じ始めた時の法定利率が年三パーセント、その後の見直しで年四パーセントに上がった期に、返済が遅れたとします。期日までの利息は年三パーセント、遅れてからの遅延損害金は年四パーセントです。ここで、答案の数字が変わります。なお、損害賠償の額から、将来の利益に対する利息を引く場面でも、法定利率が使われます。これは、損害賠償の回で扱います。

重利、利息を元本に組み入れる

重利の流れの板。元本200万円・年10%→利息1年分20万円を払わない→Dが催告してもなお払わない→20万円を元本に組入れ→元本220万円→以後の利息は年22万円。単利=元本にだけ利息が付く/重利=利息にも利息が付く。 図:重利の流れの板

  • 元本200万円・年10%→利息1年分20万円を払わない→Dが催告してもなお払わない→20万円を元本に組入れ→元本220万円→以後の利息は年22万円
  • 単利=元本にだけ利息が付く/重利=利息にも利息が付く

次は、利息が利息を生む、重利です。まず、単利と重利の違いから、合意が無ければ、利息は単利です。元本にだけ、利息が付きます。ここに、利息を元本へ組み入れて、その全体に利息を付ける、という計算を加えると、利息が利息を生みます。これが重利です。利息が利息を生むのは、借り手に重い負担になります。だから、条文が、条件を絞っています。当事者が、あらかじめ合意する約定重利と、条文で認められる法定重利があります。法定重利が、405条です。

条文民法405条

民法第405条 利息の支払が一年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる。

条文どおり、3つの要件です。まず1つめ。利息の支払が、一年分以上、延滞している。2つめ、債権者が催告をした。3つめ、それでも債務者が払わない。この3つが、そろえば、債権者が一方的に、元本に組み入れられます。なぜ、こんな組入れを認めるのか。利息を長く払ってもらえず、その利息に利息も付けられないとすると、貸し手は受け取るはずのお金を使えないまま、損をします。延滞された貸し手を守るための条文です。数字で見ます。BさんがDさんから二百万円を借り、利息は年十パーセント。Bさんは、1年分の利息二十万円を払わず、Dさんが催告をしても、なお払いません。Dさんは、この二十万円を元本に組み入れます。以後は、二百二十万円に利息が付き、1年で二十二万円です。

405条の条文を読めば出てくる要件です。次の問いです。この重利は、遅延損害金にも及ぶのか。

405条が遅延損害金に及ぶかの板。貸金債務の履行遅滞の遅延損害金=及ぶ(405条の趣旨が当てはまる)/不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金=及ばない(債務額が定かでないことが多く払わなくても一概に責められない/不法行為の時から催告なしに遅延損害金が発生するので組入れで債権者を保護する必要が乏しい)。 図:405条が遅延損害金に及ぶかの板

貸金の返済が遅れて生じた遅延損害金には、及びます。古くからの判例です。延滞された貸し手を守る、という405条の趣旨が、そのまま当てはまるからです。一方、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金には、及びません。

判例最判令4・1・18 民集76巻1号1頁

不法行為の損害賠償債務の遅延損害金は、元本に組み入れられない 不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は,民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできないと解するのが相当である。

決め手は2つです。不法行為の賠償は、債務の額が定かでないことが多く、払わなくても、一概に責められません。しかも、不法行為の時から、催告を待たずに遅延損害金が発生します。だから、組入れで債権者を守る必要が乏しいのです。貸金は、額が決まっていて、払うべきものを払わない、という遅れです。ここが、境界です。もう1点。利息の支払そのものが遅れたときは、419条の遅延損害金ではなく、405条の要件をそろえたときだけ、利息が利息を生みます。419条を当てはめると、利息が利息を生むことが当然になり、405条の要件が意味を失うからです。

利息制限法、上限と超過部分

利息制限法の上限の板。元本10万円未満=年2割/10万円以上100万円未満=年1割8分/100万円以上=年1割5分。超過部分だけが無効(契約全体は無効にならない)。趣旨=高利貸しから弱い立場の債務者を守る特別法・契約自由の例外(強行規定)。 図:利息制限法の上限の板

  • 元本10万円未満=年2割/10万円以上100万円未満=年1割8分/100万円以上=年1割5分
  • 超過部分だけが無効(契約全体は無効にならない)
  • 趣旨=高利貸しから弱い立場の債務者を守る特別法・契約自由の例外(強行規定)

最後の山です。約定利率は自由に決められるのか。利息制限法が、上限を掛けています。高い利息で、弱い立場の債務者が苦しむのを防ぐ、契約自由の例外です。

条文利息制限法1条

利息制限法第1条 金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする。 一 元本の額が十万円未満の場合 年二割 二 元本の額が十万円以上百万円未満の場合 年一割八分 三 元本の額が百万円以上の場合 年一割五分

上限は、元本の額で、3段階です。十万円未満は年二割。十万円以上、百万円未満は、年一割八分。百万円以上は、年一割五分です。大事なのは、超過部分だけが、無効という点です。約束の全体が、無効になるのではありません。上限を超えた分だけが、無かったことになります。

4条の板。賠償額の予定=金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行の賠償額の予定は、賠償額の元本に対する割合が上限利率の1.46倍を超えるとき、その超過部分は無効(4条1項)/違約金は賠償額の予定とみなす(4条2項)。出典=最大判昭43・7・17 民集22巻7号1505頁。例=元本100万円なら上限は年1割5分×1.46=年2割1分9厘。遅延損害金の整理=賠償額の予定があるとき→1.46倍/予定が無く利息の約定だけのとき→約定利率で算定するが、約定利率が上限を超えていれば上限の利率まで減縮される。 図:4条の板

  • 賠償額の予定=金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行の賠償額の予定は、賠償額の元本に対する割合が上限利率の1.46倍を超えるとき、その超過部分は無効(4条1項)/違約金は賠償額の予定とみなす(4条2項)
  • 出典=最大判昭43・7・17 民集22巻7号1505頁
  • 例=元本100万円なら上限は年1割5分×1.46=年2割1分9厘
  • 遅延損害金の整理=賠償額の予定があるとき→1.46倍/予定が無く利息の約定だけのとき→約定利率で算定するが、約定利率が上限を超えていれば上限の利率まで減縮される

遅延損害金の上限も、押さえます。賠償額の予定、つまり、遅れたらいくら払う、と前もって決めておく約束には、4条が、別の上限を置いています。上限利率の一・四六倍を超える部分は、無効です。たとえば、元本が百万円なら、上限は年一割五分の一・四六倍で、年二割一分九厘です。違約金も、賠償額の予定とみなされます。賠償額の予定そのものは、別の回で扱います。

条文利息制限法4条

利息制限法第4条 金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定は、その賠償額の元本に対する割合が第一条に規定する率の一・四六倍を超えるときは、その超過部分について、無効とする。 2 前項の規定の適用については、違約金は、賠償額の予定とみなす。

賠償額の予定が無く、利息の約定だけがあるときは、419条1項ただし書で、約定利率で、遅延損害金を計算します。ただし、その約定利率が、利息制限法の上限を超えているなら、遅延損害金の利率も、上限まで下げられます。上限を超えた部分の約定利率は無効なので、419条が借りてこられるのも、有効に残った上限までの利率だけだからです。これが、最高裁の大法廷判決の考え方です。では、上限を超える利息を、債務者が実際に払ってしまったら、どうなるのか。ここが、試験で聞かれる山です。

充当の設例板。BがDから50万円を年30%で借り毎月払い続けた。上限(年1割8分)を超える部分=無効→払っても弁済の効力が生じない→残っている元本の返済に充当(民法489条=判決当時の491条)→いずれ元本は完済→なお払い続けた分は不当利得として返還請求できる(過払金)。 図:充当の設例板

  • BがDから50万円を年30%で借り毎月払い続けた
  • 上限(年1割8分)を超える部分=無効→払っても弁済の効力が生じない→残っている元本の返済に充当(民法489条=判決当時の491条)→いずれ元本は完済→なお払い続けた分は不当利得として返還請求できる(過払金)

設例です。BさんがDさんから、五十万円を、年三十パーセントで借りました。上限は、十万円以上百万円未満なので、年一割八分です。Bさんは、この年三十パーセントを、毎月、払い続けました。

判例最大判昭39・11・18 民集18巻9号1868頁

制限超過の利息・損害金を任意に払ったときは、残っている元本に充当される 債務者が、利息制限法(以下本法と略称する)所定の制限をこえる金銭消費貸借上の利息、損害金を任意に支払つたときは、右制限をこえる部分は民法四九一条により残存元本に充当されるものと解するを相当とする。

制限を超えた分は、無効なんですよね。無効なら、払っても意味が無い、ということですか。そこがつまずきどころです。超過部分の債務は、無効ですから、存在しません。存在しない債務への払いは、弁済の効力を生じません。払う側が、これは利息に充てる払いです、と指定しても、その指定に意味はありません。では、払ったお金は、どこへ行くのか。この貸金で、有効に残っている債務は、上限までの利息と、元本です。Bさんの設例なら、上限の年一割八分までの利息は、毎月払った中の、上限までの部分で、もう払い終えています。だから、超えた分の払いは、有効に残っている元本の返済に回ります。これが、元本への充当です。この判決は、民法491条を根拠にしました。これは平成29年改正前の条番号で、今の条文では489条です。元本、利息、費用を払うべき場合に、足りない払いは費用、利息、元本の順に充てる、という規定です。弁済の充当の細かい規則は、別の回で扱います。無効な請求書に払ったつもりでも、その分が、貸金の残高を減らす払いに、化けるわけです。

判例最大判昭43・11・13 民集22巻12号2526頁

元本が完済となった後に支払った分は、不当利得として返還を請求できる 債務者が利息制限法所定の制限をこえて任意に利息・損害金の支払を継続し、その制限超過部分を元本に充当すると、計算上元本が完済となつたとき、その後に支払われた金額は、債務が存在しないのにその弁済として支払われたものに外ならないから、この場合には、右利息制限法の法条の適用はなく、民法の規定するところにより、不当利得の返還を請求することができるものと解するのが相当である。

完済のあとは、債務そのものが、無くなっています。無いのを知らずに払った分は、不当利得として、返してもらえます。これが、いわゆる過払金の返還です。Bさんの設例なら、五十万円の元本が、超過分の充当で、いずれ計算上ゼロになります。それでも払い続けた分は、Dさんの不当な利得として、返還を請求できます。最後に、現行法の前提です。かつては、任意に払った超過分は、返還請求できない、という規定が、利息制限法にありました。今は、その規定は削除されています。貸金業法の、超過利息を有効な弁済とみなす制度も、廃止されました。だから、今は、上限を超えた利息は無効、払った分は元本に充当、完済後は返還、という結論が、そのまま現行の扱いです。消費貸借そのものの詳しい話は、別の章で扱います。

冒頭の答えと、今日の地図

まとめの板。金銭債務=不能なし(遅滞だけ)/419条=賠償額は法定利率か約定利率の高いほう・損害の証明不要・不可抗力の抗弁不可/利息=元本使用の対価≠遅延損害金=遅れの賠償/法定利率=年3%・3年1期・基準割合の差が1%以上のときだけ変動・利息が生じた最初の時点で固定(遅延損害金は遅滞の責任を負った最初の時点)/重利=1年分以上延滞・催告・組入れ(貸金の遅延損害金には及ぶ・不法行為には及ばない)/利息制限法=3段階の上限・超過部分は無効・元本充当・完済後は過払金返還。 図:まとめの板

冒頭の問いに、答えます。Bさんの返済が、地震のせいで遅れても、Dさんの遅延損害金は付きます。理由は2つです。お金の債務には、不能が無く、払えないのは遅れです。そして、419条3項で、不可抗力を抗弁にできません。賠償額は、法定利率か、約定利率の高いほうです。ただし、利息制限法の上限の範囲で、です。Dさんは、損害の証明も要りません。整理します。利息は、元本を使う対価。遅延損害金は、遅れの賠償。法定利率は、年三パーセントから始まり、3年ごとに見直され、動くのは、基準割合の差が一パーセント以上のときだけです。利息の利率は、利息が生じた最初の時点で、固定されます。重利は、1年分以上の延滞、催告、なお不払、の3つで組入れができ、貸金の遅延損害金には及びますが、不法行為の賠償債務の遅延損害金には及びません。利息制限法は、超過部分だけが無効で、払った分は元本に充当され、完済後は返してもらえます。論文では、金銭債務では不可抗力で免責されないこと、利息制限法の超過分の充当と過払金の返還が、論点になりえます。

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#155単独ページ動画

債権の効力と強制執行

第4章 債権総論 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

裁判に勝っても、相手が払わない

冒頭の板。カメラ店Bが仕入先Dから改装資金百万円を借りて返さない→Dが裁判を起こして勝訴→判決は確定→それでもBは払わない。問い=勝ったのに払わない相手に、次に何が起きるのか。 図:冒頭の板

  • カメラ店Bが仕入先Dから改装資金百万円を借りて返さない→Dが裁判を起こして勝訴→判決は確定→それでもBは払わない
  • 問い=勝ったのに払わない相手に、次に何が起きるのか

中古カメラ店のBさんは、店の改装資金として、仕入先のDさんから百万円を借りました。前の回の続きです。ところがBさんは、期日が過ぎても返しません。Dさんは裁判を起こしました。そして勝ちました。Bさんに百万円の支払いを命じる判決が、確定したのです。それでもBさんは、払いません。判決が出れば、裁判所が取り立ててくれる、と考える人は多いものです。しかし判決は、払え、と命じる紙です。命じられたBさんが動かなければ、判決だけでは、1円も入りません。今日の問いは、勝ったのに払わない相手に、次に何が起きるのか、です。答えは最後に出します。手がかりは、債権には、どんな力が備わっているのか。その力を1段ずつ積むと、判決の先に何があるのかが見えてきます。

債権の4つの力

4つの力の階段の板。①請求力=履行せよと請求できる→②給付保持力=任意に払われた物を受け取って保持できる(不当利得として返さなくてよい)→③訴求力=裁判で履行を請求できる(勝訴判決)→④執行力=国の手で実現できる(強制執行)。訴求力と執行力は別の段。DがBに貸した百万円で通す。 図:4つの力の階段の板

  • ①請求力=履行せよと請求できる→②給付保持力=任意に払われた物を受け取って保持できる(不当利得として返さなくてよい)→③訴求力=裁判で履行を請求できる(勝訴判決)→④執行力=国の手で実現できる(強制執行)
  • 訴求力と執行力は別の段
  • DがBに貸した百万円で通す

債権の力は、全部で4段あります。DさんがBさんに貸した百万円で、順に上ります。1段目は、請求力です。返してください、と請求できる力。裁判の外でも言えます。請求そのものが、それだけで違法になることは、権利の濫用にならない限り、ありません。2段目は、給付保持力です。Bさんが自分から、百万円を払ったとします。Dさんは、それを受け取って、持っていてよい。あとからBさんに、あれは不当利得だから返せ、と言われても、返す必要はありません。703条の返還義務が、生じないのです。当たり前に見えますが、債権の力として最小限のものです。債権があることが、受け取ったお金を持っていてよい、法律上の理由になるからです。理由の無い利益なら、返さなければなりません。あとで、この力が欠けた債権を見ます。3段目は、訴求力です。Bさんが払わないとき、裁判に訴えて、履行を請求できる力。勝訴判決、つまり請求を認める判決を得られる力です。4段目が、執行力です。判決を得ても払わないBさんに対して、国の機関の手で、債権の内容を実現できる力。銀行口座を差し押さえてもらう、といった強制執行のことです。

訴求力と執行力は、別の段です。裁判に勝てば、その先の取り立てまで一続きで済む、と考えてしまうのが、冒頭の誤解の正体です。訴求力の成果は、請求が認められた、という判決までです。実際に取り立てるのは、執行力の仕事で、別の手続です。階段の別の段、と覚えてください。もう1つだけ。債権者は、債務者の財産から満足を受けられます。この、財産に手が届く力を、掴取力と呼ぶ言い方があります。その財産のほうは、このあと見ます。なお、債務者が履行しないとき、債権者にできることの地図も、先に置きます。履行の強制、損害賠償の請求、契約の解除です。今日は、最初の履行の強制を扱います。損害賠償と解除は、別の回で扱います。

力の欠けた債権の3つの形

比較表の板。通常の債権=請求力○・給付保持力○・訴求力○・執行力○/責任なき債務=○○○×(不執行の合意)/自然債務=○○××(不訴求の合意・カフェー丸玉事件)/道義上の債務=法的な効力の無い約束(請求も訴えも強制もできない)。見分け=裁判所に持ち込めるか(訴求力)・差し押さえられるか(執行力)。 図:比較表の板

  • 通常の債権=請求力○・給付保持力○・訴求力○・執行力○/責任なき債務=○○○×(不執行の合意)/自然債務=○○××(不訴求の合意・カフェー丸玉事件)/道義上の債務=法的な効力の無い約束(請求も訴えも強制もできない)
  • 見分け=裁判所に持ち込めるか(訴求力)・差し押さえられるか(執行力)

ふつうの債権は、4つの力が全部揃います。ところが、どれかが欠けた債権があります。何が欠けて、何が残るかで、3つに分かれます。1つめは、道義上の債務です。法的な効力の無い約束から生じる債務のことです。たとえば、今度ごちそうするよ、という社交上の約束。守らなくても、法律上は、請求も訴えも強制もできません。2つめが、自然債務です。給付保持力はあるが、訴求力が無い債務です。債務者が自分から払えば、債権者は受け取ってよく、払ったほうは、返せと言えません。ところが、債務者が払わないとき、債権者は、裁判で請求することができません。訴求力が無いので、当然、強制執行もできません。例を作ります。DさんとBさんが、この貸金は、裁判所には持ち込まない、と約束したとします。不訴求の合意です。Bさんが自分から払えば有効な弁済です。しかしBさんが払わなくても、Dさんは訴えられません。判例の典型は、カフェー丸玉事件です。カフェーの客が、店の女給の気を引くために、相当な額のお金をあげると約束しました。のちに女給が、その支払いを求めた事件です。大審院は、そうした事情の約束を、裁判で請求できる権利を与える趣旨だと、決めつけるのは相当でない、としました。約束した側が自分から進んで払えば、弁済として有効です。しかし相手方が、払えと強く求めることはできない。そういう特殊な債務関係が生じる、と述べたのです。自然債務の典型例として、整理されます。

判例の板。カフェー丸玉事件=カフェーの客が女給の気を引くために相当な額の金銭を与えると約束→女給が支払を求めた→約束した側が自ら履行すれば弁済として有効/相手方が履行を強要することはできない特殊の債務関係(自然債務の典型例)。 図:判例の板

決め手は、その約束が、裁判所に強制してもらう性質のものではない、という点です。その場の気持ちで交わした約束を、国の力で取り立てさせるのは、行き過ぎだ、という感覚が背景にあります。3つめは、責任なき債務です。執行力が無い債務です。裁判で払え、という判決は取れます。訴求力はあるのです。ただ、その判決をもとにした強制執行はできません。例は、DさんとBさんが、判決を取ってもいいが、差押えはしない、と約束した場合です。不執行の合意です。ほかに、差し押さえられる財産が一部に限られる例として、相続の限定承認があります。亡くなった人の借金は引き継ぐが、払うのは、相続で得た財産の限度まで、と留保して相続することです。相続人自身の財産には、手が届きません。これは、相続の科目で詳しく扱います。一度、立ち止まって考えてください。DさんとBさんが、この貸金は裁判所に持ち込まない、と約束した債務と、判決は取ってよいが差押えはしない、と約束した債務。どちらが自然債務で、どちらが責任なき債務でしょうか。

持ち込まない約束は、訴求力が無いから、自然債務。判決は取れるけれど差押えしない約束は、執行力が無いから、責任なき債務です。見分け方は、裁判所に持ち込めるか、差し押さえられるか、の2つを順に聞くことです。訴えられないのが自然債務、訴えられても差し押さえられないのが責任なき債務です。

債務と責任、責任財産と債権者平等

責任財産の板。責任=自己の財産が債務の履行の引当てになること/責任財産=債務者の総財産から差押えが禁じられた財産を除いたもの/差押禁止の例=生活に欠かせない衣服・寝具・家具・台所用具(民事執行法131条1号)、給料などの原則4分の3(同法152条1項2号)/債務なき責任=物上保証人。 図:責任財産の板

ここで、責任という言葉を整理します。責任は多義的ですが、ここでは、自己の財産が、債務の履行の引当てになることを言います。前にも出てきた責任財産という言葉を、ここで正確にします。強制執行の対象になる財産を、責任財産と呼びます。債務者の総財産から、差押えが禁じられた財産を除いたものです。生活に欠かせない、衣服、寝具、家具、台所用具などです。民事執行法131条1号が挙げています。給料なども、原則として4分の3は差し押さえられません。152条1項2号です。生活を、丸ごと奪わないための線引きです。ふつうの債務には、責任が伴います。債務があって、責任もある。例外が2つあります。債務はあるのに引当てが無いのが、さっきの責任なき債務。逆に、債務者ではないのに、引当てだけがあるのが、債務なき責任で、物上保証人がその例です。担保物権で見た、他人の債務のために自分の財産を担保に出した人です。そして、責任財産が足りないときの原則が、担保の最初の回で見た、債権者平等の原則です。

債権者平等の数値例の板。Bの財産は90万円しか残っていない。債権者=Dの貸金100万円・Cの前払代金の返還50万円(合計150万円)。債権額に比例して按分→Dは60万円・Cは30万円。先に貸したか・先に注文したかでは優先しない。債権に優先的な力は無い。 図:債権者平等の数値例の板

  • Bの財産は90万円しか残っていない
  • 債権者=Dの貸金100万円・Cの前払代金の返還50万円(合計150万円)
  • 債権額に比例して按分→Dは60万円・Cは30万円
  • 先に貸したか・先に注文したかでは優先しない
  • 債権に優先的な力は無い

数字で見ます。Bさんの財産が、90万円しか残っていない。Bさんに対する債権者は、Dさんの貸金100万円と、Cさんです。Cさんは新品を1台注文して、代金を前払いしたのに、届かなかったので、50万円の返還を求めています。合計150万円です。先に貸したDさんが、先に取れるんじゃないんですか。違います。原則として、各債権者は、債権額に比例して、弁済を受けます。90万円を、合計の150万円で按分して、Dさんは60万円、Cさんには、30万円です。先に貸したか、先に注文したかでは、決まりません。前にも確かめたとおり、債権には排他性が無く、物を押さえているわけではないので、割り込む根拠が無いのです。

そもそも、Bさんの財産が空っぽだったら、判決も意味がなくなります。そこを突いています。責任財産が空っぽなら、強制執行は空振りに終わります。だから民法は、債務者の責任財産を保全する手段を用意しています。責任財産の回で見た、債権者代位権と詐害行為取消権です。債務者が放っておく権利を代わりに使ったり、財産を減らす行為を取り消したりして、責任財産を守る道具でした。守った財産は、最後に強制執行で取るためのものです。強制執行で実現できない債権は、この道具の対象にならないと、423条3項と424条4項が定めています。だから、執行力の無い自然債務と責任なき債務は、この道具の土台になれません。本体は、保全を扱う回で改めて見ます。

履行の強制、自力救済の禁止の代償

414条の板。債務者が任意に履行しないとき→債権者は裁判所に履行の強制を請求できる(直接強制・代替執行・間接強制その他の方法)/ただし債務の性質が許さないときは不可(1項ただし書)/損害賠償の請求を妨げない(2項)。趣旨=自分でやるな、そのかわり国がやる。 図:414条の板

  • 債務者が任意に履行しないとき→債権者は裁判所に履行の強制を請求できる(直接強制・代替執行・間接強制その他の方法)/ただし債務の性質が許さないときは不可(1項ただし書)/損害賠償の請求を妨げない(2項)
  • 趣旨=自分でやるな、そのかわり国がやる

ここから本題です。勝訴したDさんが、Bさんの店に乗り込んで、レジのお金を持って帰ることは、できません。それは、自力救済の禁止があるからです。占有の回で見ました。実力で取り返しても、占有の訴えで無力化されます。では、実力を禁じたら、債権者は、泣き寝入りなのか。そうではありません。その代わりに、国が強制してくれます。それが、414条です。

条文民法414条

民法第414条 債務者が任意に債務の履行をしないときは、債権者は、民事執行法その他強制執行の手続に関する法令の規定に従い、直接強制、代替執行、間接強制その他の方法による履行の強制を裁判所に請求することができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。 2 前項の規定は、損害賠償の請求を妨げない。

短く言えば、自分でやるな。そのかわり、国がやる、です。この条文は、方法の名前を3つ挙げて、手続の細目は、民事執行法に委ねています。だから民法は、方法の名前と、強制できる範囲だけを定めます。2項は、履行の強制と損害賠償は、両立する、という規定です。強制を求めても、損害賠償を請求できます。損害賠償の中身は、次の回以降です。1項のただし書は、債務の性質が許さないときは、強制できない、という例外です。あとで見ます。

手続の流れの板。①債務名義を得る(典型は訴訟=確定判決・仮執行宣言付判決/執行証書は判決手続を経ない債務名義)→②執行手続=執行文の付された債務名義の正本に基づき裁判所に強制執行を申し立てる→差押え→売却→配当。強制執行には債務名義が必要。 図:手続の流れの板

  • ①債務名義を得る(典型は訴訟=確定判決・仮執行宣言付判決/執行証書は判決手続を経ない債務名義)→②執行手続=執行文の付された債務名義の正本に基づき裁判所に強制執行を申し立てる→差押え→売却→配当
  • 強制執行には債務名義が必要

手続は、2段階です。1段目は、債務名義を得ることです。典型は、訴えを起こして、判決手続で得る方法です。債務名義は、時効の回にも出てきた言葉です。この請求権が確かにある、と国が認めた文書のことです。確定判決。確定する前でも執行してよい、という宣言が付いた判決、つまり仮執行宣言付判決。そして、公証人が作る公正証書のうち、債務者が直ちに強制執行に従う、と書き込んだもの、執行証書などです。執行証書は、判決手続を経ずに得られる債務名義です。2段目は、執行手続。執行文、つまり、この債務名義で強制執行をしてよい、という証明の文言が付いた、債務名義の正本をもとに、裁判所に、強制執行を申し立てます。強制執行をするには、債務名義が必要です。冒頭のDさんの確定判決は、この債務名義に当たります。

判決は、訴求力の段。強制執行は、執行力の段。冒頭の誤解は、この別々の段を、一続きだと思ったところにありました。

3つの方法と、債務の種類の対応表

3つの方法の板。直接強制=債務の内容をそのまま実現する(金銭=差押え・競売・配当、不動産の明渡し=執行官が占有を解く、動産の引渡し=執行官が取り上げて渡す)/代替執行=誰がやっても同じ作為を債務者の費用で第三者にやらせる/間接強制=履行するまで一定の金額を払わせて圧力をかける。 図:3つの方法の板

方法に入る前に、前の回の確認を1問です。地震で店が潰れて、返済が遅れても、遅延損害金は付きました。それはなぜでしたか?お金は世の中から無くならないので、履行不能にならなくて、不可抗力も抗弁にできないからです。お金は無くならず、払えないのは債務者の負担でした。では、そのお金を、実際に取り立てる方法は。ここから、3つの方法です。1つめは、直接強制です。債務の内容を、そのまま実現する。国が、債務者の財産や占有を、直接動かします。金銭債権なら、債務者の財産を差し押さえて、売って、その代金から弁済を受けます。差押えの対象ごとに、やり方が違います。不動産なら、売って代金から取る強制競売や、売らずに賃料などの収益から取る強制管理。動産なら、執行官が差し押さえます。預金などの債権なら、執行裁判所が差押命令を出します。これが、冒頭の問いの答えの中身です。物の引渡しも、直接強制です。不動産の明渡しは、執行官が、債務者の占有を解いて、債権者に取得させます。動産の引渡しは、執行官が、債務者から取り上げて、債権者に渡します。たとえば、特定物の回のAさんです。Bさんの店で、製造番号まで確かめて、中古カメラのこの1台を買いました。その1台を、Bさんが渡さない。執行官が取り上げて、Aさんに渡します。BさんがDさんから借りた倉庫を、期限が過ぎても明け渡さず居座る。執行官が、Bさんの占有を解きます。

代替執行の板。代替執行=なす債務のうち、誰がやっても同じ作業を、債務者の費用で第三者にやらせる(民事執行法171条1項1号)/例=看板を外す・家屋の取壊しを解体業者にやらせる/費用は債務者に負担させる/不作為債務=債務者の費用で、債務者がした行為の結果を除去し、又は将来のため適当な処分をすべき旨を命ずる(同項2号)。 図:代替執行の板

2つめの、代替執行です。なす債務、つまり、物を渡すこと以外の行為をする債務のうち、誰がやっても同じ、という作業のとき、債務者の費用で、第三者にやらせます。

条文民事執行法171条1項

民事執行法第171条第1項(柱書・第1号) 次の各号に掲げる強制執行は、執行裁判所がそれぞれ当該各号に定める旨を命ずる方法により行う。 一 作為を目的とする債務についての強制執行 債務者の費用で第三者に当該作為をさせること。

例です。契約が終わったので、Bさんは、店に掲げているDさんの取扱ブランドの看板を、外す債務を負っています。誰が外しても同じ作業です。Bさんが外さなければ、業者に外させて、その費用をBさんに負担させます。家屋の取壊しを解体業者にやらせる、というのが典型です。

間接強制の板。間接強制=履行するまで一定の金額を払わせて心理的に圧力をかける(民事執行法172条)/使う場面=本人でなければできない作業(不代替的な作為債務)/例=腕を見込んだ修理・1日につき何円/金額が損害額に足りなければ超える損害賠償も請求できる。 図:間接強制の板

そこで、3つめの、間接強制です。

条文民事執行法172条1項

民事執行法第172条第1項 作為又は不作為を目的とする債務で前条第一項の強制執行ができないものについての強制執行は、執行裁判所が、債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる方法により行う。

期限までに履行しないなら、1日につきいくら払え、と命じます。遅れるたびに、料金メーターが回るようなものです。心理的な圧力で、履行を促す方法です。例です。Cさんは、Bさんの腕を見込んで、修理を頼みました。Bさん本人の技量が、約束の中身です。代わりの人が直しても、約束を果たしたことになりません。こういう債務を、不代替的な作為債務と呼びます。だから、期限までにやらなければ1日につき何円を払え、と命じるのです。決め手は、代わりの人がやっても、債務の中身が実現されるか、です。間接強制の金額は、債務の履行を確保するために相当と認める額です。払わせた額が、損害の額に足りないなら、超える額の損害賠償を請求できます。もう1つ大事なのは、直接強制や代替執行ができる債務でも、債権者が申し立てれば、間接強制を選べる、という点です。直接強制や代替執行は、手間も時間もかかります。1日いくらの圧力のほうが、早く確実に片付く場面があるからです。金銭債務は、原則として、間接強制の対象になりません。お金は、差し押さえて直接取れるからです。例外として、扶養義務に関する金銭債権は、間接強制を選べます。養育費のように、毎月の暮らしに直結するお金は、早く確実に払わせる必要が大きいからです。子の引渡しの強制執行にも、間接強制が使われる場面があります。これは、名前だけです。

対応表の板。与える債務(金銭・特定物・不特定物)=直接強制○・代替執行×・間接強制○(金銭は例外を除き×)/なす債務・代替的作為=×・○・○/なす債務・不代替的作為=×・×・○/なさない債務(不作為)=×・○(違反の結果の除去)・○/意思表示をする債務=判決の確定で代用。 図:対応表の板

ここで、対応表にまとめます。債務の種類は、債権の最初の回で分けた、与える債務となす債務、作為と不作為の区別を使います。種類ごとに、どの方法が使えるか。物を渡す債務、つまり与える債務は、直接強制ができます。代替執行はありません。間接強制は選べますが、金銭債務は、原則として使えません。なす債務のうち、誰がやっても同じ作業は、代替執行ができます。間接強制も選べます。直接強制はありません。本人でなければできない作業は、間接強制だけです。なさない債務、つまり、何かをしない、と約束した不作為の債務です。たとえばBさんが、借りた倉庫の前の通路に物を置かない、とDさんに約束したのに、荷物を積み上げた。この荷物を業者に片付けさせるのが、違反の結果を取り除く代替執行です。これからも置かせないために、間接強制も選べます。

代替執行が使えるのは、なす債務のうち誰がやっても同じ作業と、なさない債務の違反の結果の除去、この2つの場面だけです。表を、口に出して言えるようにしておいてください。

強制執行が認められない債務

強制できない債務の板。夫婦の同居義務(752条)=性質上、強制執行できない(大決昭5・9・30)/意思表示をする債務(登記手続への協力など)=強制執行は不要で認められない・原則として判決の確定の時に意思表示をしたものとみなす(民事執行法177条1項本文)/ただし書=条件付き・引換えの場合は執行文付与の時。 図:強制できない債務の板

414条1項ただし書に戻ります。債務の性質がこれを許さないとき、強制はできません。1つめの例は、夫婦の同居義務です。ここだけは、BさんとDさんの話を離れて、夫と妻で考えます。

条文民法752条

民法第752条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

同居する義務は、この条文で定められた、れっきとした義務です。しかし、性質上、強制執行はできない、という古い判例があります。決め手は、中身が実現しないからです。無理やり連れてきて同居させても、夫婦の協力や信頼という、同居の中身は実現されません。だから、国の力を使っても意味が無いのです。2つめの例は、意思表示をする債務です。たとえば、Bさんが、自分の持つ別の建物をDさんに売る約束をしたのに、所有権移転の登記手続に、協力しない。この協力は、意思表示をする債務です。この債務には、強制執行は不要で、認められません。原則として、判決が確定すれば、足りるからです。

条文民事執行法177条1項

民事執行法第177条第1項本文 意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決その他の裁判が確定し、又は和解、認諾、調停若しくは労働審判に係る債務名義が成立したときは、債務者は、その確定又は成立の時に意思表示をしたものとみなす。

判決が確定した時に、Bさんが、意思表示をしたことにします。本人がサインをしたことにする、と考えると分かりやすいです。Dさんは、原則として勝訴判決の確定だけで足り、登記の手続は、その判決を使って進められます。ただし、Bさんの意思表示が条件付きだったり、Dさんの反対給付と引換えだったりする場合は、執行文が付与された時に、意思表示をしたことになります。取り上げる作業が要るか、判決で足りるか、が分かれ目です。

冒頭の答えと、今日の地図

まとめの板。債権の4つの力=請求力・給付保持力・訴求力・執行力/欠けた3つの形=道義上の債務(請求も訴えも強制もできない)・自然債務(訴求力なし)・責任なき債務(執行力なし)/責任財産=総財産−差押禁止財産・債権者平等の原則=債権額に比例/履行の強制(414条)=自力救済禁止の代償・債務名義が必要/3つの方法と対応表/強制できない債務=夫婦の同居義務・意思表示は原則として判決で代用。 図:まとめの板

冒頭の問いに、答えます。勝訴判決を取っても、Bさんが払わないとき、Dさんは、その確定判決、つまり債務名義をもとに、裁判所に強制執行を申し立てます。国が、Bさんの財産、つまり責任財産を差し押さえて、売って、その代金からDさんに払います。これが直接強制です。判決を取っただけでは、入金されません。強制執行という別の手続が要ります。整理します。債権の力は、請求力、給付保持力、訴求力、執行力の4段です。訴えられない債務が自然債務、差し押さえられない債務が責任なき債務で、請求も訴えも強制もできない約束が道義上の債務です。責任財産は、総財産から差押禁止財産を除いたもの。足りなければ、債権者平等の原則で、債権額に比例して分けます。履行の強制は、自力救済の禁止の代わりに、国がやるもので、債務名義が要ります。方法は、直接強制、代替執行、間接強制の3つ。渡す債務は直接強制、誰がやっても同じ作業は代替執行、本人でなければできない作業は間接強制です。夫婦の同居義務は性質上できず、意思表示の債務は、原則として判決の確定で足ります。論文では、自然債務の意義と、履行の強制の方法の使い分けが、論点になりえます。

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#156単独ページ動画

債務不履行の3類型と履行遅滞の起算点

第4章 債権総論 #156/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

約束の日を過ぎたら、遅れなのか

冒頭の板。DがBに百万円を貸す3通りの約束。①「来月末に返す」②「Dの父が亡くなったら返す」③「返す日は決めなかった」。問い=それぞれ、いつから「遅れ」になるのか。 図:冒頭の板

  • DがBに百万円を貸す3通りの約束
  • ①「来月末に返す」②「Dの父が亡くなったら返す」③「返す日は決めなかった」
  • 問い=それぞれ、いつから「遅れ」になるのか

中古カメラ店のBさんは、仕入先のDさんから百万円を借りました。今日は、その貸し借りを、3通りの約束で考えます。1つめは、来月末に返す、という約束。2つめは、Dさんのお父さんが亡くなったら返す、という約束。3つめは、返す日は決めなかった、という約束です。1つめは、そのとおりです。ただ、2つめは、お父さんが亡くなる日が、いつか分かりません。3つめは、そもそも返す日がありません。日付が無いのに、過ぎた、とは言えませんね。今日の問いは、この3つの借金が、それぞれ、いつから遅れになるのか、です。答えは最後に出します。手がかりは、遅れの始まりを決める条文は、たった1本、ということです。その前に、遅れも含めた債務不履行の全体を、地図にしておきます。

債務不履行と415条

415条1項の板。債務者が「債務の本旨に従った履行をしない」とき/「債務の履行が不能である」とき→債権者は損害賠償を請求できる。ただし書=その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。例=BがAに中古カメラの「この1台」を渡す約束(Bが債務者・Aが債権者)。 図:415条1項の板

  • 債務者が「債務の本旨に従った履行をしない」とき/「債務の履行が不能である」とき→債権者は損害賠償を請求できる
  • ただし書=その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない
  • 例=BがAに中古カメラの「この1台」を渡す約束(Bが債務者・Aが債権者)

まず、債務不履行とは何か。債務者が、約束した債務を、約束どおりに果たさないことです。条文は、415条1項です。

条文民法415条1項

民法第415条第1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

本旨は、約束の中身、という意味です。たとえば、Aさんが、Bさんの店で、製造番号まで確かめて、中古カメラのこの1台を買いました。本旨に従った履行とは、その1台を、約束の日に、傷や不具合が無い状態で、Aさんに渡すことです。遅れて渡す、渡せない、不具合のある物を渡す。どれも、本旨に従った履行ではありません。どれも、債務不履行です。債権者は、履行がされなかった、という事実を挙げれば、賠償請求の入口に立てます。ただし書が、その先の話です。債務者が、自分の責めに帰することができない事由によるものだった、と示せたときは、賠償責任を免れます。免れる主張と立証は、債務者の側に置かれています。この事由の中身は、別の回で扱います。なお、契約の債務が果たされないときは、損害賠償に加えて、契約を解除する権利も生じます。解除は、契約の章で扱います。

契約でも、事務管理でも、不当利得でも、債務があれば成り立ちます。発生原因は、問いません。

債務不履行の3つの類型

3類型の対比板。履行遅滞=履行が可能なのに履行期に履行しない(例=Aの「この1台」を期日になってもBが渡さない)/履行不能=履行が不可能(例=期日前にBの店の火事で1台が焼けた)/不完全履行=履行はしたが本旨に従っていない(例=渡されたカメラが不良品だった)。付随義務違反=信義則上の義務の違反。条文の入口は「本旨に従った履行をしないとき」と「履行が不能であるとき」の2つ(遅滞と不完全履行は前者、不能は後者)。 図:3類型の対比板

  • 履行遅滞=履行が可能なのに履行期に履行しない(例=Aの「この1台」を期日になってもBが渡さない)/履行不能=履行が不可能(例=期日前にBの店の火事で1台が焼けた)/不完全履行=履行はしたが本旨に従っていない(例=渡されたカメラが不良品だった)
  • 付随義務違反=信義則上の義務の違反
  • 条文の入口は「本旨に従った履行をしないとき」と「履行が不能であるとき」の2つ(遅滞と不完全履行は前者、不能は後者)

債務不履行には、3つの類型があります。Aさんの、この1台で見ます。1つめは、履行遅滞です。期日になっても、Bさんが渡さない。1台は、まだ店にあります。履行は可能なのに、していない状態です。2つめは、履行不能です。期日の前に、店が火事になって、その1台が焼けてしまった。特定物、つまり、その1台にしかない物の引渡しは、もう履行できません。3つめは、不完全履行です。約束の日に、カメラは渡されました。ところが、シャッターが動かない不良品だった。履行はした、しかし本旨に従っていない、という形です。条文の入口は、たしかに2つです。遅滞と不完全履行は、どちらも前者から入ります。それでも3つに分けるのは、類型ごとに、何を問題にするかが変わるからです。遅滞は、まだ履行できるので、本来の履行を求めることと、遅れた分の損害の賠償を、両方考えます。本来の履行は、応じなければ、前の回の履行の強制で実現できます。しかも、いつから遅れたのか、という時点が問題になります。不能は、もう履行できないので、物の代わりに、その値打ちをお金で払う、履行に代わる賠償が中心です。不完全履行は、渡した物を直すのか、代わりを渡すのか、という話になります。不能と不完全履行の詳しい中身は、別の回で扱います。

契約の中心の約束とは別に、信義則から生じる、周辺の義務です。たとえば、取引に必要な説明をする義務や、相手の安全に配慮する義務です。これに違反することも、債務不履行になる、と考えます。2017年の民法改正で、履行不能の場合も、条文の文言が、履行が不能であるとき、に整えられ、免れる事由は、ただし書に置かれました。解釈上の3つの分け方は、今も維持されています。なお、近年は、類型に分けず、一元的に債務不履行を見る立場も有力です。ただ、まずは3類型で、頭を整理してください。

債務不履行と不法行為、両方成り立つとき

関係図の板。B(債務者・加害者)→A(債権者・被害者)に2本の線=契約上の債務の不履行(415条)/不注意による権利侵害(709条)。Aはどちらの請求権も選べる。 図:関係図の板

  • B(債務者・加害者)→A(債権者・被害者)に2本の線=契約上の債務の不履行(415条)/不注意による権利侵害(709条)
  • Aはどちらの請求権も選べる

次は、債務不履行と不法行為の関係です。設例を作ります。Bさんが、Aさんに、この1台を運ぶ途中で、うっかり落として、壊してしまいました。この壊れたカメラは、債務不履行と不法行為の両方に当たります。この1台を、無傷で渡す契約上の債務を果たしていないので、債務不履行です。同時に、不注意で、他人の持ち物を壊したので、不法行為にも当たります。

条文民法709条

民法第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

同じ事実が、415条の要件も、709条の要件も満たしています。このとき、Aさんは、どちらの請求権を使ってもよい、というのが、判例の立場です。請求権が競合している、と言います。請求権が競合するときこそ、ふたつの違いが効いてきます。ふたつの請求権は、要件も効果も違います。どちらを使ってもよいからこそ、有利なほうを選ぶ必要があります。両方使えると言える理由は、ふたつは別々の条文が定める別々の権利で、一方を使うと他方が使えなくなる、という規定が無いことです。それなら、有利なほうを選べます。

比較表の板。債務不履行(415条)と不法行為(709条)。立証責任=債権者は債務の本旨に従った履行が無かったことを言えばよく債務者が責めに帰することができない事由を立証して免れる/被害者が加害者の故意・過失を立証する。消滅時効=権利を行使できることを知った時から5年・行使できる時から10年(166条1項。人の生命・身体の侵害は行使できる時から20年=167条)/損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年(724条。人の生命・身体の侵害は3年が5年=724条の2)。遅延損害金の起算点=412条/不法行為の時(最判昭37・9・4)。前提=債務の存在が必要/債務の存在を要しない。 図:比較表の板

  • 債務不履行(415条)と不法行為(709条)
  • 立証責任=債権者は債務の本旨に従った履行が無かったことを言えばよく債務者が責めに帰することができない事由を立証して免れる/被害者が加害者の故意・過失を立証する
  • 消滅時効=権利を行使できることを知った時から5年・行使できる時から10年(166条1項。人の生命・身体の侵害は行使できる時から20年=167条)/損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年(724条。人の生命・身体の侵害は3年が5年=724条の2)
  • 遅延損害金の起算点=412条/不法行為の時(最判昭37・9・4)
  • 前提=債務の存在が必要/債務の存在を要しない

比較の第1は、立証責任です。債務不履行は、Aさんが、本旨に従った履行が無かったと言えば足ります。Bさんのほうが、責めに帰することができない事由があった、と示さない限り、責任を負います。不法行為は逆で、Aさんが、Bさんに、故意か過失があったことを、立証しなければなりません。第2は、消滅時効です。債務不履行は、権利を行使できると知った時から5年、行使できる時から10年。不法行為は、損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年です。今回は、壊れたのはカメラで、人の生命や身体ではないので、この数字で比べます。第3は、遅延損害金の起算点です。前の回で、遅延損害金の利率は、遅滞の責任を負った最初の時点で決まる、と見ました。その時点を決めるのが、このあと見る412条です。不法行為は、不法行為の時からです。これも、後半で回収します。第4は、前提です。債務不履行は、債務の存在が前提です。不法行為は、誰に対しても成り立ちます。

立証は、債務不履行のほうが軽く済みます。時効も、5年と3年で、債務不履行が長い。この設例では、415条のほうが有利になりやすいです。論文では、この比較、立証責任と時効が、よく問われます。

履行遅滞の要件の地図

債務不履行の骨格の板。債務の存在→事実としての不履行→帰責事由(債務者に責めに帰することができない事由が無いこと)→損害の発生→不履行と損害の因果関係。 図:債務不履行の骨格の板

ここから、遅れの話に入ります。その前に、債務不履行全体の骨格です。債務があること。事実として、履行されていないこと。債務者に、免れる事由が無いこと。損害が生じたこと。そして、不履行と損害に因果関係があること。

履行遅滞の要件6つの板。①履行期に履行が可能②履行期を経過した(①②で履行遅滞といえる=今日の対象)③損害が発生した④遅滞と損害に因果関係がある⑤遅滞が違法でない場合ではない(弁済の提供・同時履行の抗弁権・留置権があれば違法でない)⑥債務者の責めに帰することができない事由によるのではない(415条1項ただし書)。 図:履行遅滞の要件6つの板

履行遅滞に絞ると、賠償を請求できる要件は6つです。1つめ、履行期に、履行が可能であること。2つめ、履行期を過ぎたこと。この2つで、履行遅滞と言えます。今日の主役は、この2つです。3つめは、損害が出たこと。4つめは、遅れと損害の間の因果関係。賠償は、遅れで生じた損害を埋めるものなので、この2つが要ります。5つめは、遅れを正当にする事情が無いこと。6つめは、債務者の責めに帰することができない事由によるのではないこと、つまり、415条1項ただし書です。免れる事由を、債務者が示せないことです。さっきの骨格と比べます。履行されていないこと、が、遅滞では1つめと2つめの2つに分かれました。そして、5つめが、新しく足されています。債務があることは、前提のままです。

1つめの、履行が可能、というのは、どうして要るんですか。履行不能と、区別するためです。もう履行できないなら、遅れではなく、不能です。焼けた1台を、期日が過ぎたから遅れだ、とは言いません。たとえば、Aさんが代金を払わないまま、引渡しを求めているとします。Bさんは、代金と引換えでなければ渡さない、と言えます。同時履行の抗弁権です。この主張ができる間は、渡さなくても、遅れは違法になりません。遅れても責められない事情があれば、賠償の理由が無いからです。ここは、名前だけ覚えてください。遅滞という言葉は、履行期を過ぎた、という状態の名前です。では、履行期を過ぎたとは、いつからか。ここが、後半の主役です。

履行期の経過は、いつか

3つの借金の時間軸の板。①確定期限=来月末→期限の日の翌日から遅れ/②不確定期限=Dの父の死→死のあとに請求を受けた時か死を知った時の早い方から遅れ/③期限の定めなし=貸した日→Dの請求を受けた時から遅れ(消費貸借の返還債務は請求後に相当期間が経った時から)。 図:3つの借金の時間軸の板

  • ①確定期限=来月末→期限の日の翌日から遅れ
  • ②不確定期限=Dの父の死→死のあとに請求を受けた時か死を知った時の早い方から遅れ
  • ③期限の定めなし=貸した日→Dの請求を受けた時から遅れ(消費貸借の返還債務は請求後に相当期間が経った時から)

遅れの始まりを決めるのは、412条です。1項から3項まで、3つの場合に分けています。

条文民法412条

民法第412条 債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。 2 債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した後に履行の請求を受けた時又はその期限の到来したことを知った時のいずれか早い時から遅滞の責任を負う。 3 債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。

1項は、確定期限です。来月末、というように、来る日が、はっきり決まっている期限です。期限が来た時から、遅滞の責任を負います。条文は、到来した時、と書きますが、期限の日の当日に履行すれば、遅れではありません。期限の日が過ぎた時、つまり翌日になった時から、遅滞です。期間の計算の回では、4月11日で満了なら、4月12日から遅滞、という考え方と同じです。決め手は、期限の日いっぱいまでは、履行してよい日だからです。冒頭の1つめは、来月末の翌日から遅れです。日付が決まっているので、債務者は、自分がいつ遅れるのか、分かります。2項は、不確定期限です。来ることは確実だが、いつ来るかは分からない期限です。人が亡くなること、が典型です。Dさんのお父さんが亡くなったら返す、という約束が、これです。遅滞になるのは、次の2つのうち、早いほうからです。1つは、期限が到来した後に、履行の請求を受けた時。もう1つは、期限が到来したことを、知った時です。

どうして、2つもあるんですか。不確定期限は、期限が来たことを、債務者が知っているとは限らないからです。Bさんは遠くにいて、Dさんのお父さんが亡くなったことを、知らないかもしれません。知らないうちは、いつ遅れているのか、分かりません。そこで、知った時、または、請求を受けた時の、早いほうにします。注意点が1つあります。2017年の改正で、請求を受けた時、が加わりました。改正の前は、条文には、知った時、しか書かれていませんでした。今は、条文の上でも、Bさんが知らなくても、期限が来たあとに請求を受ければ、その時から遅滞です。知った時だけ、という覚え方は、改めてください。また、請求は、期限が到来した後のものでなければなりません。お父さんが存命の間にした請求は、数えません。3項の前に、思い出してほしい問いが1問あります。消滅時効の回で見たとき、期限の定めのない債権の消滅時効は、いつから進み始めましたか?

債権が成立した時から、です。時効は、権利を使える時から数えます。期限が無ければ、成立した時から、いつでも請求できるからです。不確定期限でも、時効の10年のほうは、期限が来た時から、知らなくても進みました。ところが遅滞は、期限が無ければ、請求を受けた時から。不確定期限なら、請求を受けた時か、知った時の、早いほうからです。時効と遅滞は、測っているものが違います。3項は、期限の定めなし、です。債務者は、履行の請求を受けた時から、遅滞の責任を負います。期限が無いので、請求が、今すぐ払ってください、という合図になるのです。3つを並べると、軸が見えます。債務者が、もう遅れている、と知れる時点です。日付があれば、その日が過ぎた時。いつ来るか分からなければ、知った時か、請求された時。何も決めていなければ、請求された時です。冒頭の3つめは、原則なら、Dさんが請求した時から遅れ、となりそうです。ところが、この借金には、例外が効いてきます。

3項に効く2つの例外

2つの例外の板。消費貸借の返還債務(期限の定めなし)=請求を受けた時から相当の期間が経過した時に遅滞(591条1項。借りた物は消費済みで、同種・同量の物を調達する猶予が要る)/不法行為による損害賠償債務=不法行為の時から当然に遅滞(被害者救済。最判昭37・9・4)。 図:2つの例外の板

1つめの例外は、消費貸借の返還債務です。お金や小麦粉のように、借りて、消費して、同じ種類、同じ量を返す契約です。借りた物は、消費してしまっています。請求されて、その場で、同じ種類、同じ量を返すのは、難しい。そこで条文は、返す側に、時間を与えています。

条文民法591条1項

民法第591条第1項 当事者が返還の時期を定めなかったときは、貸主は、相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。

返還の時期を定めなかったとき、貸主は、相当の期間を定めて、返還の催告ができます。条文は、催告に、相当の期間を付けることを求めているのです。その期間が終わるまでは、借主は、返さなくても約束違反になりません。つまり、412条3項の、請求を受けた時、が、ここでは、請求から相当の期間が過ぎた時、に置き換わります。冒頭の3つめの答えは、これです。消滅時効の回でも、返済期限を決めなかったお金の貸し借りだけは、例外でした。契約の成立から、相当な期間が経った時が、起算点でした。時効でも遅滞でも、借りた側の猶予が、同じように見られています。2つめの例外は、不法行為による損害賠償債務です。709条の債務は、不法行為の時から、当然に遅滞になります。不法行為には、返す日の約束が、そもそもありません。請求を待つ理由が無いのです。もし請求を待つなら、壊された側が請求するまで、遅延損害金が付きません。被害を受けたほうが、損をします。判例も、不法行為の時から遅滞になる、としています。詳しい遅延損害金の話は、不法行為の章で扱います。さっきの競合の設例でいえば、Bさんがカメラを落とした時から、遅れが始まります。債務不履行なら、412条の3類型で始まる。ここが、遅延損害金の起算点の違いでした。

起算点まとめ表と、冒頭の答え

起算点まとめ表。確定期限(412条1項)=期限の到来した時(期限の日の翌日)から/不確定期限(2項)=期限到来後に請求を受けた時か到来を知った時の、いずれか早い時から/期限の定めなし(3項)=請求を受けた時から。例外=消費貸借の返還債務(591条1項)は請求後に相当の期間が経った時から/不法行為による損害賠償債務は不法行為の時から。 図:起算点まとめ表

  • 確定期限(412条1項)=期限の到来した時(期限の日の翌日)から/不確定期限(2項)=期限到来後に請求を受けた時か到来を知った時の、いずれか早い時から/期限の定めなし(3項)=請求を受けた時から
  • 例外=消費貸借の返還債務(591条1項)は請求後に相当の期間が経った時から/不法行為による損害賠償債務は不法行為の時から

立ち止まって、考えてください。Dさんのお父さんが亡くなりました。Bさんは、それを知りません。Dさんが、返してください、と言いました。Bさんは、いつから遅れでしょうか。Dさんの請求を受けた時、です。Bさんが知らなくても、期限の到来の後の請求を受けたら、遅滞になります。では、表で言い切ります。確定期限は、期限が過ぎた翌日から。不確定期限は、請求を受けた時か、知った時の、早いほう。期限の定めなしは、請求を受けた時から。例外が2つで、消費貸借の返還債務は、請求から相当の期間が経った時。不法行為は、不法行為の時、です。冒頭の問いに、答えます。1つめ、来月末に返す借金は、来月末の期限が過ぎた時、つまり翌日から遅れです。2つめ、お父さんが亡くなったら返す借金は、亡くなったあとに、Dさんの請求を受けた時か、Bさんがお父さんの死を知った時か、早いほうから遅れです。3つめ、返す日を決めなかった借金は、Dさんに請求されて、そこから、相当の期間が経った時から遅れです。請求を受けた時、ではありません。

軸は、債務者が、もう遅れていると知れる時点はいつか、でしたね。整理します。債務不履行は、本旨に従った履行をしない、または、履行が不能のとき、損害賠償の入口に立てる。免れる主張と立証は、債務者側です。類型は、遅滞、不能、不完全履行。同じ事実で、不法行為も成り立つとき、どちらも選べて、立証責任と時効が違います。履行遅滞の要件は6つで、履行が可能なことと、履行期を過ぎたことで、遅滞と言えます。過ぎたのはいつかは、412条の3つで、確定期限、不確定期限、期限の定めなし。例外は、消費貸借と、不法行為です。論文では、不確定期限の2項、請求を受けた時が加わった点と、消費貸借の例外が、論点になりえます。

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#157単独ページ動画

履行遅滞の要件 損害・因果関係・違法性

第4章 債権総論 #157/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

渡さなかったのは、遅れなのか

冒頭の板。AがB(中古カメラ店)で「この1台」を10万円で買った。約束の日、Aは代金を持たずに来店し「品物を渡せ」と言う。Bは渡さない(1台は店にある)。Aの言い分=「約束の日に渡さなかったBは遅れた。撮影の仕事に間に合わなかった損害を払え」。問い=Bは遅れたことになるのか。 図:冒頭の板

  • AがB(中古カメラ店)で「この1台」を10万円で買った
  • 約束の日、Aは代金を持たずに来店し「品物を渡せ」と言う
  • Bは渡さない(1台は店にある)
  • Aの言い分=「約束の日に渡さなかったBは遅れた。撮影の仕事に間に合わなかった損害を払え」
  • 問い=Bは遅れたことになるのか

Aさんが、Bさんの中古カメラ店で、この1台を10万円で買いました。約束の日、Aさんは代金を持たずに店へ来て、品物を渡してください、と言います。Bさんは、渡しません。1台は、店にあります。するとAさんは、約束の日に渡さなかったBさんは遅れた、撮影の仕事に間に合わなかった損害を払え、と言い出しました。代金を払わない買主が、渡さない売主を責めるのはおかしい。その感覚は、方向として正しいです。ただ、なぜおかしいのかを、要件で言えないと、答案になりません。今日の問いは、Bさんは遅れたことになるのか、です。答えは最後に出します。手がかりは、Aさんが代金を払っていない、という一点です。

履行遅滞の要件と、今日の3つ

履行遅滞の要件6つの板。①履行期に履行が可能②履行期を経過した(①②で履行遅滞といえる)③損害が発生した④遅滞と損害に因果関係がある⑤遅滞が違法である(正当化する事由がない。弁済の提供・同時履行の抗弁権・留置権があれば違法でない)⑥債務者の責めに帰することができない事由によるのではない。今日の対象=③④⑤に印。 図:履行遅滞の要件6つの板

  • ①履行期に履行が可能②履行期を経過した(①②で履行遅滞といえる)③損害が発生した④遅滞と損害に因果関係がある⑤遅滞が違法である(正当化する事由がない。弁済の提供・同時履行の抗弁権・留置権があれば違法でない)⑥債務者の責めに帰することができない事由によるのではない
  • 今日の対象=③④⑤に印

要件を、もう一度並べます。1つめ、履行期に履行が可能なこと。2つめ、履行期を過ぎたこと。この2つで、履行遅滞と言えます。ここまでは、前の回の話です。3つめは、損害が発生したこと。4つめは、遅れと損害の間に、因果関係があること。5つめは、遅れが違法であること。遅れを正当にする事情、たとえば、同時履行の抗弁権があれば、この5つめを欠きます。今日は、この3つめから5つめです。6つめの、免れる事由を債務者が示せないこと、は別の回で扱います。遅れているだけでは、賠償請求権は生まれません。3つめ以降の要件がそろって、はじめて賠償の話になります。今日の3つは、その入口にあたります。

損害とは何か、差額説

差額説の数字板。条件を変える=Aが代金10万円を先に払っていた。Bが1か月渡さなかった。約束の日に履行されていたなら=その1か月もカメラを使える+報酬5万円が入る。実際=1か月カメラなし(カメラは遅れて届くので差に入れない)・代用機の借り賃2万円が出ていき(積極的損害)・報酬5万円が入らず(消極的損害)。代金10万円はどちらでも払済みなので差に出ない。差額=7万円。差額説=債務不履行がなかったとしたら債権者が持っていたはずの財産と、いま持っている財産の差額。 図:差額説の数字板

  • 条件を変える=Aが代金10万円を先に払っていた
  • Bが1か月渡さなかった
  • 約束の日に履行されていたなら=その1か月もカメラを使える+報酬5万円が入る
  • 実際=1か月カメラなし(カメラは遅れて届くので差に入れない)・代用機の借り賃2万円が出ていき(積極的損害)・報酬5万円が入らず(消極的損害)
  • 代金10万円はどちらでも払済みなので差に出ない
  • 差額=7万円
  • 差額説=債務不履行がなかったとしたら債権者が持っていたはずの財産と、いま持っている財産の差額

損害を、数字で見ます。冒頭の設例を、少し変えます。Aさんは、代金10万円を、先に払っていました。それなのに、Bさんが、1台を1か月渡さなかったとします。Aさんは、この1台を、撮影の仕事に使う予定でした。ある日の仕事は、代用のカメラを2万円で借りて、こなしました。別の日の仕事は、代用のカメラが手に入らず、断りました。その報酬は、5万円でした。判例、通説の考え方は、差額説です。債務不履行がなかったとしたら、債権者が持っていたはずの財産と、債務不履行の結果いま持っている財産を、比べます。その差額が、損害です。約束の日に履行されていたなら、Aさんは、その1か月も、カメラを使えて、5万円の報酬も入っていました。実際は、カメラは1か月遅れて届きます。カメラそのものは届くので、差には入れません。その1か月の間に、代用機の借り賃で2万円が出ていき、5万円は入ってきていません。代金の10万円は、どちらの場合でも払い済みなので、差には出ません。差額は、2万円と5万円で、7万円です。

損害事実説という、有力な説があります。損害を、個々の不利益な事実そのものと見ます。ただ、賠償はお金で行うので、事実を金額に直す作業は、結局必要です。両説の違いが出るのは、原告が何を主張し、立証するかです。Aさんで言えば、差額説なら、7万円という差額を示します。損害事実説なら、代用機を借りたこと、仕事を断ったこと、という事実を示すことになり、金額への換算は、それとは別に必要になります。まずは、判例、通説の差額説で整理してください。損害が生じたことの主張と立証は、原則として、債権者の側です。たとえばAさんなら、7万円の損害が出たことを示します。例外は、お金を払う債務の遅れです。金銭債務の遅滞は、損害の証明が要りません。前の回までに見た、419条2項です。

損害の種類、2本の軸

損害の分類板。軸①=財産的損害(金銭的な不利益。例=撮影料の返金・代用機の借り賃)/非財産的損害(精神的苦痛を金銭に換算したもの=慰謝料。例=撮り直せない結婚式の写真を失った苦痛)。分類は生じた損害の内容による。軸②=財産的損害の内訳。積極的損害(既存の利益の滅失・減少=出ていった金。例=代用機2万円)/消極的損害=逸失利益(得られたはずの利益を得られなかった=入ってこなくなった金。例=断った撮影の報酬5万円)。 図:損害の分類板

  • 軸①=財産的損害(金銭的な不利益。例=撮影料の返金・代用機の借り賃)/非財産的損害(精神的苦痛を金銭に換算したもの=慰謝料。例=撮り直せない結婚式の写真を失った苦痛)
  • 分類は生じた損害の内容による
  • 軸②=財産的損害の内訳
  • 積極的損害(既存の利益の滅失・減少=出ていった金。例=代用機2万円)/消極的損害=逸失利益(得られたはずの利益を得られなかった=入ってこなくなった金。例=断った撮影の報酬5万円)

損害には、種類があります。分け方は、2本の軸です。1本目は、財産的損害と、非財産的損害です。結婚式で見ます。Aさんが、結婚式の出張撮影を、Bさんの店に頼みました。ところが、Bさんのミスで、写真が1枚も残りませんでした。撮影料の返金は、お金の不利益なので、財産的損害です。もう撮り直せない式の写真を失った苦痛は、精神的な損害です。これが非財産的損害で、金銭に換算したものが、慰謝料です。分類は、何に対して加えられたかではなく、生じた損害の内容で決まります。不法行為、710条では、認められやすいです。債務不履行では、認められないことが多いです。ただ、債務不履行と不法行為が競合する事案、たとえば、手術のミスで患者がけがをした、医療過誤が典型ですが、そこでは債務不履行でも認められうる、とされます。前の回で見た請求権競合が、ここにつながります。2本目の軸は、財産的損害の内訳です。積極的損害と、消極的損害です。積極的損害は、すでにあった利益が、なくなったり減ったりすること。出ていったお金です。代用機の2万円が、これです。消極的損害は、得られたはずの利益を、得られなかったこと。入ってこなくなったお金です。逸失利益とも言います。断った撮影の5万円が、これです。

出ていったお金と、入ってこなくなったお金、と覚えればいいですか。十分です。先ほどの差額7万円は、積極的損害2万円と、消極的損害5万円の合計でした。

因果関係、あれなければこれなし

因果関係の対比板。415条1項本文「これによって生じた損害」。第1の問い=事実的因果関係(その遅れがなければ、その損害は生じなかったか=あれなければこれなし)。代用機代2万円=遅れがなければ払わなかった→あり/病気で寝込み、どのみち断っていた撮影の5万円=遅れがなくても入らなかった→なし。第2の問い=どこまで賠償させるか(範囲・416条)=別の問い。 図:因果関係の対比板

  • 415条1項本文「これによって生じた損害」
  • 第1の問い=事実的因果関係(その遅れがなければ、その損害は生じなかったか=あれなければこれなし)
  • 代用機代2万円=遅れがなければ払わなかった→あり/病気で寝込み、どのみち断っていた撮影の5万円=遅れがなくても入らなかった→なし
  • 第2の問い=どこまで賠償させるか(範囲・416条)=別の問い

4つめの要件、因果関係です。415条1項の本文に、これによって生じた損害、とありました。遅れと損害の間に、つながりが要ります。第一に問うのは、事実のつながりです。その遅れがなければ、その損害は生じなかったか。あれなければこれなし、という関係です。これを、事実的因果関係と言います。先ほどの例です。代用機の2万円は、Bさんが渡していれば、払わなくて済みました。つながりがあります。では、断った撮影の日に、Aさんが病気で寝込んでいて、どのみち行けなかったなら、どうでしょう。5万円は、Bさんの遅れがなくても入らなかった。あれなければこれなし、の関係がありません。この5万円は、遅れによる損害ではありません。

つながりがあれば、どんな損害でもBさんが払うんですか。そこが、もう1つの問いです。事実のつながりがある損害のうち、どこまでを債務者に賠償させるか。これは別の問いで、賠償の範囲の問題です。基準を定めるのは、416条です。範囲は、別の回で扱います。今日は、事実のつながりと、範囲は別の問い、という区別を持ち帰ってください。

違法であること、533条と295条1項

違法性の板。要件⑤=遅れが違法である(正当化する事由がない)。履行遅滞が違法でない場合は、損害賠償請求権は発生しない(従来の通説)。違法でない場合の典型=同時履行の抗弁権(533条)/留置権(295条1項)。どちらも、弁済期にあることが要る(ただし書)。533条は相手方の債務、295条1項は自分の債権(被担保債権)。 図:違法性の板

  • 要件⑤=遅れが違法である(正当化する事由がない)
  • 履行遅滞が違法でない場合は、損害賠償請求権は発生しない(従来の通説)
  • 違法でない場合の典型=同時履行の抗弁権(533条)/留置権(295条1項)
  • どちらも、弁済期にあることが要る(ただし書)
  • 533条は相手方の債務、295条1項は自分の債権(被担保債権)

5つめの要件の前に、思い出してほしい問いが1問あります。留置権と同時履行の抗弁権に共通する働きは、何でしたか?相手が払うまで、自分の側の引渡しを拒める、ということです。趣旨は、当事者間の公平でした。今日は、その働きが、遅れの責任にどう効くかを見ます。5つめは、遅れが違法であることです。ほかの要件がそろっていても、遅れが違法でなければ、損害賠償請求権は発生しません。従来の通説、つまり、長く通説とされてきた考え方です。遅れても責められない事情がある、ということです。違法でない場合の典型が、同時履行の抗弁権と、留置権です。533条を、全文で見ます。

条文民法533条

民法第533条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

双務契約、つまり第1章で見た、売買のようにお互いが債務を負う契約の当事者の一方は、相手方が履行を提供するまでは、自分の債務の履行を拒める、という規定です。冒頭の設例で言えば、売主のBさんは、買主のAさんが代金を提供するまで、品物を渡すことを拒めます。もう1つ、留置権の295条1項です。

条文民法295条1項

民法第295条第1項 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。

他人のものを持っている人は、その物について生じた債権の支払を受けるまで、その物を手元にとどめておける、という規定です。売主が、代金をまだ受け取っていない目的物を占有している場合には、留置権と同時履行の抗弁権の両方が成り立ちえます。どちらを使ってもかまいません。今日は、同時履行の抗弁権を中心に見ます。相手の債務、または債権が、弁済期にないときは、この限りでない、とあります。冒頭の設例では、Bさんの代金債権は、約束の日で弁済期にあります。だから、抗弁権が成り立ちます。もし、代金は来月払い、という約束だったなら、Bさんは、渡さないと言えません。

抗弁権の存在効果

存在効果の説明板。行使上の効果=実際に「代金と引換えでなければ渡さない」と主張して履行を拒む効果(訴訟では引換給付判決。同時履行の抗弁権の本体の話)/存在効果=行使しなくても、権利が付いているだけで生じる効果(例=履行遅滞の違法性がなくなる)。図=Bの引渡債務に「同時履行の抗弁権」が付いている。損害賠償・違約金の責任を負わない。 図:存在効果の説明板

  • 行使上の効果=実際に「代金と引換えでなければ渡さない」と主張して履行を拒む効果(訴訟では引換給付判決。同時履行の抗弁権の本体の話)/存在効果=行使しなくても、権利が付いているだけで生じる効果(例=履行遅滞の違法性がなくなる)
  • 図=Bの引渡債務に「同時履行の抗弁権」が付いている
  • 損害賠償・違約金の責任を負わない

抗弁権の効果は、2つに分けて考えます。1つは、行使上の効果です。実際に、代金と引換えでなければ渡さない、と主張して、履行を拒む効果です。裁判なら、留置権の回でも同じ形を見た、引換給付判決、つまり、代金と引換えに渡せ、と命じる判決になります。これは、同時履行の抗弁権の本体の話なので、別の章で扱います。もう1つが、存在効果です。行使しなくても、権利が付いているだけで生じる効果です。その1つが、履行遅滞の違法性をなくすことです。抗弁権を持つ債務者は、履行しなくても、抗弁権を口にしなくても、遅滞の責任を負いません。損害賠償も、違約金、つまり、約束を破ったときに払うと決めておいたお金も、生じません。解除の原因にもなりません。通説です。

口にしたかどうかで、遅れの責任が分かれるのは、不公平です。履行を拒める正当な立場にあること自体が、遅れを正当にします。遅れても責められない事情があれば、賠償の理由は無い、ということです。ここで、冒頭の問いに答えます。約束の日は過ぎていますから、1つめと2つめはそろっています。それでも、Bさんは、遅れの責任を負いません。Aさんから代金の提供が無い間、Bさんの引渡債務には、同時履行の抗弁権が付いています。Bさんが、引換えでなければ渡さない、と一度も言っていなくても、遅れは違法ではありません。5つめの要件を欠くので、Aさんの、損害を払え、は通りません。立ち止まって、考えてください。抗弁権を一度も口にしていないBさんでも、遅れの責任を負わないのですか?

負いません。抗弁権は、口にしなくても付いているだけで、遅れは違法でなくなるからです。では、Bさんの遅れを責めたいAさんは、どうすればよいでしょうか。Aさんが、自分の代金債務の履行を提供します。そうすれば、Bさんの抗弁権の、遅れを正当にする働き、つまり存在効果は効かなくなり、以後のBさんの遅れは、違法になります。この働きを止めるには、1度提供すれば足りる、というのが通説です。ここで問われているのは、遅れを責めて、賠償などの救済を与えてよいか、です。履行を無理にさせる場面とは、別の問題だからです。Bさんが履行を拒めるかどうか、つまり行使上の効果のほうは、また別の話で、提供の中身とあわせて、弁済の提供の回で扱います。ここでは、Aさんが代金を持って店に来て差し出せば、そこからBさんの遅れが責められる、と押さえてください。

同じ理屈が、Aさんの側にも及びます。Bさんが品物を提供していない間は、Aさんの代金債務にも、同時履行の抗弁権が付いています。ですから、Aさんも遅滞の責任を負わない、と考えられます。双方が互いに待っている間は、どちらも遅滞の責任を負わず、先に提供したほうが、相手の遅れを責められるようになる、という形です。存在効果には、ほかにも側面があります。抗弁権が付いた債権を、相殺に使えない、という効果です。これは、相殺の回で扱います。

取立債務の場合

取立債務の板。取立債務=債権者が債務者のところへ取りに来る債務。債権者が取りに来ないまま履行期が過ぎても、履行遅滞の損害賠償請求権は認められない(結論)。理由づけは、違法性が阻却される説/そもそも履行期を経過していない説に分かれる。試験ではどちらでもよい。 図:取立債務の板

  • 取立債務=債権者が債務者のところへ取りに来る債務
  • 債権者が取りに来ないまま履行期が過ぎても、履行遅滞の損害賠償請求権は認められない(結論)
  • 理由づけは、違法性が阻却される説/そもそも履行期を経過していない説に分かれる
  • 試験ではどちらでもよい

もう1つ、遅れが責められない場面があります。取立債務です。債権の種類の回で見た、債権者が、債務者のところへ取りに行く債務です。債権者が取りに来ないまま、履行期が過ぎても、履行遅滞による損害賠償請求権は認められません。説明の仕方は、2つに分かれます。5つめの要件を欠く、つまり違法性が阻却される、違法でなくなる、と見る説と、2つめの要件を欠く、そもそも履行期を経過していない、と見る説です。試験では、どちらでもかまいません。たとえば、代金を先に払ったAさんが、約束の日に店までカメラを取りに行く約束だったとします。Bさんは、取りに来ればいつでも渡せるように、準備を済ませていました。Aさんが来ないまま、その日が過ぎても、Bさんに遅れの賠償は求められません。

冒頭の答えと、まとめ

まとめ板。①損害=差額説(あったはずの財産といまの財産の差額)・主張立証は債権者・金銭債務は例外(419条2項)②種類=財産的/非財産的(慰謝料)・積極的/消極的(逸失利益)③因果関係=事実的因果関係(あれなければこれなし)・範囲(416条)は別の問い④違法性=同時履行の抗弁権・留置権があれば存在効果で、行使しなくても遅滞の責任を負わない。冒頭の答え=Bは遅滞の責任を負わない。 図:まとめ板

  • ①損害=差額説(あったはずの財産といまの財産の差額)・主張立証は債権者・金銭債務は例外(419条2項)②種類=財産的/非財産的(慰謝料)・積極的/消極的(逸失利益)③因果関係=事実的因果関係(あれなければこれなし)・範囲(416条)は別の問い④違法性=同時履行の抗弁権・留置権があれば存在効果で、行使しなくても遅滞の責任を負わない
  • 冒頭の答え=Bは遅滞の責任を負わない

冒頭の答えを、もう一度言い切ります。Bさんは、遅滞の責任を負いません。Aさんが代金を払っていない間、Bさんの引渡債務には同時履行の抗弁権が付いていて、行使していなくても、遅れは違法ではありません。Bさんに責任を負わせたいなら、Aさんが、自分の代金債務の履行を提供する必要があります。整理します。損害は、差額説で、債務不履行がなかったら持っていたはずの財産と、いまの財産の差額です。発生の主張と立証は債権者の側で、金銭債務だけが例外です。種類は2本の軸です。財産的損害と非財産的損害で、慰謝料は後者です。財産的損害の内訳が、積極的損害と、消極的損害、つまり逸失利益です。因果関係は、あれなければこれなし、の事実的因果関係です。どこまで払わせるかの範囲は、別の問いで、416条です。

違法性は、抗弁権が付いているだけで、遅れが違法にならない、でしたね。同時履行の抗弁権と留置権があれば、行使しなくても、遅滞は違法ではありません。存在効果です。論文では、履行遅滞に基づく損害賠償の請求に対して、被告が、同時履行の抗弁権の存在を挙げて、違法性がないと反論する、という筋が、論点になりえます。

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#158単独ページ動画

帰責事由と履行補助者

第4章 債権総論 #158/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

運送業者が壊したら、誰の責任か

冒頭の関係図。買主A・売主B(中古カメラ店)・運送業者F。AはBから中古カメラ「この1台」を10万円で買い、代金も払った。Bは「約束の日にお宅までお届けします」と約束し、配送をFに頼んだ。Fの運転手がわき見運転で事故を起こし、荷物のカメラが壊れ、約束の日にAの手元に届かなかった。AとFの間に線は無い(契約が無い)。問い=Aに対して責任を負うのはBかFか。 図:冒頭の関係図

  • 買主A・売主B(中古カメラ店)・運送業者F
  • AはBから中古カメラ「この1台」を10万円で買い、代金も払った
  • Bは「約束の日にお宅までお届けします」と約束し、配送をFに頼んだ
  • Fの運転手がわき見運転で事故を起こし、荷物のカメラが壊れ、約束の日にAの手元に届かなかった
  • AとFの間に線は無い(契約が無い)
  • 問い=Aに対して責任を負うのはBかFか

Aさんが、Bさんの中古カメラ店で、この1台を10万円で買いました。代金も払い済みです。Bさんは、約束の日にお宅までお届けします、と約束して、配送を運送業者のFに頼みました。ところが、Fの運転手がわき見運転で事故を起こし、荷物のカメラが壊れました。約束の日に、カメラはAさんの手元に届きませんでした。実際に壊した側が責任を負う、という感覚は、日常では自然です。ただ、答案でそう書くと、外れます。今日の問いは、Aさんに対して責任を負うのは、BさんかFか、です。答えは最後に出します。手がかりは、Aさんと契約を結んだのは誰か、という一点です。

履行遅滞の要件6つ、今日は6つめ

履行遅滞の要件6つの板。①履行期に履行が可能②履行期を経過した(①②で履行遅滞といえる)③損害が発生した④遅滞と損害に因果関係がある⑤遅滞が違法である(正当化する事由がない。同時履行の抗弁権・留置権があれば違法でない)⑥免責事由(債務者の責めに帰することができない事由)によるのではない(415条1項ただし書・立証は債務者)。今日の対象=⑥に印。 図:履行遅滞の要件6つの板

  • ①履行期に履行が可能②履行期を経過した(①②で履行遅滞といえる)③損害が発生した④遅滞と損害に因果関係がある⑤遅滞が違法である(正当化する事由がない。同時履行の抗弁権・留置権があれば違法でない)⑥免責事由(債務者の責めに帰することができない事由)によるのではない(415条1項ただし書・立証は債務者)
  • 今日の対象=⑥に印

履行遅滞の要件を、もう一度並べます。1つめ、履行期に履行が可能なこと。2つめ、履行期を過ぎたこと。この2つで、履行遅滞と言えます。3つめは損害、4つめは因果関係、5つめは、遅れを正当にする事情が無いこと。ここまでが、前の2回でした。今日は、6つめ、債務者の責めに帰することができない事由によるのではないこと、です。債務者が、免れる事由を示せないこと、と言い換えられます。前に、免れる主張と立証は債務者の側、と言いました。今日は、その事由の中身を見ます。

415条1項ただし書の物差し

物差しの分解板。415条1項ただし書を3つに分ける。「契約その他の債務の発生原因」(契約なら契約の内容・性質・目的・締結の経緯など)+「取引上の社会通念」→「照らして」→「債務者の責めに帰することができない事由」。判断の軸=債務者が契約で何を引き受けたか。 図:物差しの分解板

  • 415条1項ただし書を3つに分ける
  • 「契約その他の債務の発生原因」(契約なら契約の内容・性質・目的・締結の経緯など)+「取引上の社会通念」→「照らして」→「債務者の責めに帰することができない事由」
  • 判断の軸=債務者が契約で何を引き受けたか

まず、条文をもう一度、全文で見ます。

条文民法415条1項

民法第415条第1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

注目するのは、ただし書の、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして、という部分です。これが、免れるかどうかを決める物差しです。契約その他の債務の発生原因、というのは、債務が生まれた原因、という意味です。今日の設例のように契約から生まれた債務なら、その契約の内容、有償か無償か、目的、契約に至る経緯など、一切の事情を見ます。そこに、取引の世界の常識、取引上の社会通念を合わせて判断します。まとめると、債務者は、その契約で何を引き受けたのか、という問いです。3つの場面で見ます。AさんとBさんの、この1台です。

3つの場面の比較板。①約束の日の朝、想定外の大地震でBの店が崩れ、この1台が壊れた→Bが引き受けた範囲の外→通常は免責。②Bの不注意で店から火が出て、この1台が焼けた→Bが引き受けた店の管理の範囲の出来事→責任あり。③配送の途中でFの運転手のわき見運転の事故で壊れた(冒頭)→配送はBが引き受けた履行の一部→責任あり(後半で扱う)。対比行=「約束の日にこの1台を必ずお渡しします」(結果を約束)/「この型の中古カメラを探して、見つかったらお知らせします」(探すことを約束)。 図:3つの場面の比較板

  • ①約束の日の朝、想定外の大地震でBの店が崩れ、この1台が壊れた→Bが引き受けた範囲の外→通常は免責
  • ②Bの不注意で店から火が出て、この1台が焼けた→Bが引き受けた店の管理の範囲の出来事→責任あり
  • ③配送の途中でFの運転手のわき見運転の事故で壊れた(冒頭)→配送はBが引き受けた履行の一部→責任あり(後半で扱う)
  • 対比行=「約束の日にこの1台を必ずお渡しします」(結果を約束)/「この型の中古カメラを探して、見つかったらお知らせします」(探すことを約束)

1つめ。約束の日の朝、想定外の大地震で、Bさんの店が崩れて、この1台が壊れました。Bさんが引き受けたのは、通常の注意で店を守り、約束の日に渡すことです。想定外の大地震の危険まで、Bさんに負わせる契約とは言えません。この場合は、通常、責めに帰することができない事由と言えて、免れます。2つめ。Bさんの不注意で、店から火が出て、この1台が焼けました。店の管理は、Bさんが引き受けた範囲の中の話です。責めに帰することができない事由とは言えず、責任を負います。3つめが、冒頭の運送事故です。これは、あとで扱います。

「過失があったかどうか」で決めるんじゃないんですか。そこが大事なところです。条文の言葉は、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念、でした。過失の有無だけで決めるのではありません。反対に、結果が出なかったから、一律に責任を負わせる、というのでもありません。契約で何を引き受けたか、を軸に決めます。引き受けの中身で結論が変わる例を、もう1つ。Bさんが、約束の日にこの1台を必ずお渡しします、と約束した場合と、この型の中古カメラを探して、見つかったらお知らせします、と約束した場合です。同じ渡せなかったでも、引き受けた中身が違います。たとえば、手を尽くして探したのに見つからなかった場合。探す約束なら、Bさんは責任を問われにくい。必ず渡す約束なら、手を尽くした、というだけでは免れません。だから、責めに帰することができない事由と言えるかも、変わりえます。

必ず渡す約束をしたからといって、いつでも責任を負う、というわけではありません。大地震のような事情は、その約束でも、別に検討されます。約束の中身は、判断の出発点です。結論を自動で決めるものではありません。

改正前の考え方との違い

改正前後の比較板。左=改正前(条文ではなく当時の通説の解釈)/右=現行(条文)。行①責任の根拠:過失責任主義/契約で引き受けたこと(契約の拘束力)。行②帰責事由:債務者の故意・過失、または信義則上これと同視すべき事由/契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして判断。行③履行補助者:補助者の故意・過失を債務者のものと同視できるか/契約の趣旨から判断する中の一要素。 図:改正前後の比較板

  • 左=改正前(条文ではなく当時の通説の解釈)/右=現行(条文)
  • 行①責任の根拠:過失責任主義/契約で引き受けたこと(契約の拘束力)
  • 行②帰責事由:債務者の故意・過失、または信義則上これと同視すべき事由/契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして判断
  • 行③履行補助者:補助者の故意・過失を債務者のものと同視できるか/契約の趣旨から判断する中の一要素

次に、2017年の民法改正の前の考え方と比べます。改正の前は、債務者に責任を負わせる根拠を、過失責任主義、つまり、落ち度がなければ責任を負わない、という原則に置くのが、通説でした。帰責事由、つまり責めに帰すべき事由は、債務者の故意、過失、または、信義則上これと同視すべき事由、と考えられていました。信義則上同視する、というのは、他人の落ち度を、債務者自身の落ち度とみなす、という意味です。ここで注意が要ります。この故意、過失、という言い回しは、条文の文言ではなく、当時の通説の解釈です。改正前の415条を、そのまま見ます。

改正前の415条の小板(平成29年改正前・令和2年3月31日まで)。前段「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」/後段「債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」 図:改正前の415条の小板

  • 平成29年改正前・令和2年3月31日まで
  • 前段「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」
  • 後段「債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」

前段は、債務者が本旨に従った履行をしないときは、債権者は損害の賠償を請求できる、というだけです。責めに帰すべき事由という言葉が出てくるのは、後段、履行ができなくなったとき、の部分だけでした。遅れや不完全履行にも、同じ理屈が当てはまる、と解釈されていたのです。現行法は、これをただし書に置いて、どの類型にも通じる免れる要件にしました。そして、判断の物差しを、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念、と条文に明記しました。責任の根拠は、契約したことに拘束される、という契約の拘束力です。さっきの場面で比べます。大地震のときは、改正前なら、Bさんに落ち度が無いから免れる、と説明しました。今は、大地震の危険は、Bさんが引き受けた範囲の外だから免れる、と説明します。不注意の火事は、改正前は落ち度があるから責任、今は引き受けた店の管理の中だから責任、です。前に金銭債務の回で、落ち度なく焼けたなら賠償を負わない、と短く言いました。今日の物差しで言い直すと、引き受けた範囲の外で焼けたなら、です。

実務が根本から変わった、と言うほどではありません。実務は、もともと契約や社会通念を見て判断してきた面があります。それを条文に書いた面が大きい、とされます。答案の書き方は、はっきりしています。故意、過失の有無ではなく、契約の趣旨と社会通念で判断する、と書くことです。

立証責任は債務者

立証責任の対比板。債権者が示す=債務の本旨に従った履行がなかったこと(と損害・因果関係)/債務者が示す=不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして責めに帰することができない事由によること。参考=不法行為(709条)は被害者が故意・過失を立証。例外=金銭債務は不可抗力を抗弁にできない(419条3項)。 図:立証責任の対比板

  • 債権者が示す=債務の本旨に従った履行がなかったこと(と損害・因果関係)/債務者が示す=不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして責めに帰することができない事由によること
  • 参考=不法行為(709条)は被害者が故意・過失を立証
  • 例外=金銭債務は不可抗力を抗弁にできない(419条3項)

次は、立証責任です。ただし書は、免れる事由です。責めに帰することができない事由による、と、主張して立証するのは、債務者です。債権者のAさんは、本旨に従った履行が無かったこと、そして損害と因果関係を示せば、入口に立てます。前に見た不法行為では、709条の故意、過失を、被害者が立証するのでした。ここは、逆です。契約で何を引き受けたか、どんな社会通念があったか、そして事故がどう起きたか。これは、債務者の側の事情に近いからです。Fの運転手がどんな運転をしたか、Aさんには知りようがありません。債務者に示させるほうが、公平です。例外が1つあります。前に見た、金銭債務です。お金を払う債務の遅れは、不可抗力があっても、抗弁にできません。419条3項です。ただし書の免れる事由が、金銭債務では働かない、ということです。

履行補助者の行為による不履行

冒頭の関係図(再掲)。買主A・売主B・運送業者F。AとBは売買と配送の約束、BとFは運送の契約、Fが荷物のカメラを壊す。AとFの間に線は無い。履行補助者=債務者が自分の債務を履行するために使う第三者(冒頭では運送業者F)。 図:冒頭の関係図

  • 再掲
  • 買主A・売主B・運送業者F。AとBは売買と配送の約束、BとFは運送の契約、Fが荷物のカメラを壊す。AとFの間に線は無い。履行補助者=債務者が自分の債務を履行するために使う第三者(冒頭では運送業者F)。

いよいよ、冒頭の設例です。Bさんが、自分の債務、つまりカメラの引渡しを果たすために使った第三者を、履行補助者と言います。冒頭では、運送業者のFです。改正の前は、こう考えられていました。履行補助者の故意、過失は、信義則上、債務者自身の故意、過失と同視される。つまり、Fの落ち度を、Bさんの落ち度とみなして、Bさんに責任を負わせる、という筋です。現行では、同視という別枠の理論には頼りません。一般の場合と同じく、ただし書の物差しで判断します。契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして、Bさんの責めに帰することができない事由と言えるか。Fの行為は、その判断の中の、1つの事情です。ここで、立ち止まって、考えてください。Bさんは、配送はFに頼んだ、Fがやったことだ、と言いました。これで、Bさんは免れますか?

免れないと思います。Fのせい、というだけでは、Bさんの責めに帰することができない事由とは言えないからです。当てはめます。Bさんは、約束の日にお届けします、と約束し、代金も受け取っています。運送の手配は、Bさんが引き受けた履行の一部です。誰に運ばせるかを決めたのはBさんで、Aさんは口を出せません。Fは、Bさんが約束を果たすための手足です。運送中のFの事故は、通常、Bさんの責めに帰することができない事由とは言えません。Bさんは、責任を負います。Aさんは、代用機代2万円を、Bさんに請求できます。損害と因果関係は、前の回で見た要件です。

Aさん自身は、Fと契約を結んでいません。Aさんと契約したのは、Bさんだけです。FはAさんに、契約上の約束をしていません。民法の中で、AさんがFに直接責任を問うなら、不法行為の筋です。それは、不法行為の章で扱います。なお、運送については、商法に、届け先の人が、運送の契約上の権利を取得する、という特別の規定もあります。BさんがFに責任を問うのは、BさんとFの契約の話で、Aさんとの関係とは別です。もう1つ、変形です。Aさんが、運送は必ずこの業者Fで、と指定して、Bさんがその指示どおりFに任せたとします。この場合は、誰に運ばせるかを決めたのは、Aさんの側です。Bさんが運ぶ業者を選んだ、という点が弱まるので、契約の趣旨次第で、Bさんが免れるかの判断が変わりえます。結論は、一律ではありません。なお、論文では、履行補助者の過失の論点として、ただし書の当てはめの中で処理する筋が、論点になりえます。

履行遅滞の要件まとめ表

履行遅滞の要件まとめ表。①履行期に履行が可能=履行不能との区別/②履行期を経過=412条・期限の定めなしの消費貸借と不法行為は例外/③損害の発生=差額説・金銭債務では不問(419条2項)/④因果関係=あれなければこれなし・範囲は416条/⑤違法である(正当化する事由がない)=同時履行の抗弁権・留置権があれば違法でない・取立債務で債権者が取りに来ない場合も/⑥免責事由(責めに帰することができない事由)によるのではない=契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして判断・履行補助者の行為も同じ・立証責任は債務者・金銭債務では不問(419条3項)。①②で遅滞と言える/③〜⑥で賠償請求権が発生。 図:履行遅滞の要件まとめ表

  • ①履行期に履行が可能=履行不能との区別
  • ②履行期を経過=412条・期限の定めなしの消費貸借と不法行為は例外
  • ③損害の発生=差額説・金銭債務では不問(419条2項)
  • ④因果関係=あれなければこれなし・範囲は416条
  • ⑤違法である(正当化する事由がない)=同時履行の抗弁権・留置権があれば違法でない・取立債務で債権者が取りに来ない場合も
  • ⑥免責事由(責めに帰することができない事由)によるのではない=契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして判断・履行補助者の行為も同じ・立証責任は債務者・金銭債務では不問(419条3項)
  • ①②で遅滞と言える
  • ③〜⑥で賠償請求権が発生

要件のまとめ表を作る前に、前の回の問いを1問。Aさんが代金を払っていません。Bさんが、代金と引換えでなければ渡さない、と、口にしなくても、遅れの責任を負わないのは、なぜでしょうか?同時履行の抗弁権が付いているだけで、遅れが違法でなくなるからです。行使しなくても、存在効果があります。権利が付いているだけで生じる効果、でした。では、6つを、1枚にまとめます。1つめ、履行期に履行が可能なこと。もう履行できなくなった、履行不能とは、ここで区別します。2つめ、履行期を過ぎたこと。412条で見ました。この2つで、遅滞と言えます。3つめ、損害の発生。差額説、つまり、遅れが無ければあったはずの財産と、今の財産との差です。金銭債務では、損害の証明は要りません。4つめ、因果関係。遅れが無ければ、その損害も無かったか。あれなければこれなし、の関係で、どこまで払わせるかの範囲は、別の問いでした。5つめ、遅れが違法であること。同時履行の抗弁権や留置権があれば、遅れは違法になりません。取立債務、つまり債権者が取りに行く約束なのに、取りに来ないときも、賠償は認められません。Bさんが準備して待っているのに、遅れだとは言えないからです。6つめ、責めに帰することができない事由によるのではないこと。物差しは、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念です。履行補助者の行為による場合も同じです。立証責任は債務者で、金銭債務では、不可抗力も抗弁になりません。

1つめと2つめで遅滞となり、3つめから6つめで、賠償請求権が生まれる、という整理ですね。この表が、履行遅滞の答案の骨格になります。

賠償の種類、遅延賠償と填補賠償

賠償の種類の対比板。遅延賠償=履行が遅れたことによって生じた損害の賠償(例=代わりのカメラを借りた費用2万円)。本来の給付(この1台の引渡し)とあわせて請求できる(414条2項)。填補賠償=債務の履行に代わる損害賠償(415条2項)(例=この1台を渡してもらう代わりに10万円相当を払わせる)。履行遅滞による賠償は原則として遅延賠償にとどまる。填補賠償ができる場面は次の回。 図:賠償の種類の対比板

  • 遅延賠償=履行が遅れたことによって生じた損害の賠償(例=代わりのカメラを借りた費用2万円)
  • 本来の給付(この1台の引渡し)とあわせて請求できる(414条2項)
  • 填補賠償=債務の履行に代わる損害賠償(415条2項)(例=この1台を渡してもらう代わりに10万円相当を払わせる)
  • 履行遅滞による賠償は原則として遅延賠償にとどまる
  • 填補賠償ができる場面は次の回

要件がそろうと、債権者に、損害賠償請求権が発生します。その賠償には、遅延賠償と、填補賠償があります。遅延賠償は、履行が遅れたことによって生じた損害の賠償です。Bさんが、この1台を、1か月渡さなかったとします。Aさんが代わりのカメラを借りた費用2万円が、遅延賠償です。遅延賠償は、本来の給付、つまり、この1台を渡せ、という請求と、あわせて言えます。414条2項です。

条文民法414条2項

民法第414条第2項 前項の規定は、損害賠償の請求を妨げない。

前項とは、前に見た、履行の強制のことです。無理にでも渡させることと、遅れた分の賠償を求めることは、両立します。もう1つが、填補賠償です。債務の履行に代わる損害賠償です。この1台を渡してもらう代わりに、10万円相当を払え、という請求が、これにあたります。これは、条文で、415条2項に置かれています。

条文民法415条2項

民法第415条第2項 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。 一 債務の履行が不能であるとき。 二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

履行遅滞による賠償は、原則として、遅延賠償にとどまります。遅れているだけなら、この1台は、まだ渡せます。Aさんの一言で、いきなり10万円の支払いに切り替わると、Bさんが遅れを取り戻して渡す機会がなくなります。だから、切り替えられる場面を、条文が絞っています。履行に代わる賠償を請求できるのは、この条文が挙げる場面です。その3つの場面の中身は、次の回で扱います。今日は、遅れの賠償は、本来の給付とあわせて請求できる、履行に代わる賠償は、原則できない、と押さえてください。混同しないでください。お金を払う債務の遅れの賠償、遅延損害金は、419条という特則が、額を決めます。実際の損害を示さなくても、法定利率などで計算した額になる、という特則でした。ここで言う遅延賠償は、債務不履行一般の話です。

金銭賠償の原則

417条の板。損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。壊れたカメラを元に戻せ(原状回復)は不便。当事者の合意があれば別の方法も可。設例の2万円・10万円相当はすべて金銭で算定する。 図:417条の板

  • 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める
  • 壊れたカメラを元に戻せ(原状回復)は不便
  • 当事者の合意があれば別の方法も可
  • 設例の2万円・10万円相当はすべて金銭で算定する

最後に、賠償の方法です。417条です。

条文民法417条

民法第417条 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。

損害賠償は、金銭で額を決めるのが原則です。壊れたカメラを元に戻せ、という賠償は、不便です。そのため、原則を金銭にしています。別段の意思表示とは、金銭以外の方法にする、という当事者の合意です。壊れたら、同じ型の別の1台で返す、と約束しておくような場合です。それがあれば、別の方法も可能です。今日のAさんの2万円も、10万円相当も、すべて金銭で算定します。

冒頭の答えと、まとめ

まとめ板。冒頭の答え=責任を負うのはB。理由=①ただし書の物差しは契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念②履行補助者の行為は同視ではなく契約の趣旨から判断③免れる立証は債務者。改正前後=過失の有無→契約で引き受けたこと。賠償の種類=遅延賠償(本来の給付とあわせて請求可)/填補賠償(原則不可・次の回)。金銭賠償が原則(417条)。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=責任を負うのはB
  • 理由=①ただし書の物差しは契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念②履行補助者の行為は同視ではなく契約の趣旨から判断③免れる立証は債務者
  • 改正前後=過失の有無→契約で引き受けたこと
  • 賠償の種類=遅延賠償(本来の給付とあわせて請求可)/填補賠償(原則不可・次の回)
  • 金銭賠償が原則(417条)

冒頭の答えを、言い切ります。Aさんに対して責任を負うのは、Bさんです。Aさんと契約したのは、Bさんだけで、FはAさんに契約上の約束をしていません。Bさんは、配送をFに頼んだ、と言うだけでは免れません。Fの行為を含めて、契約の趣旨に照らして、Bさんの責めに帰することができない事由と言えるかを判断します。配送を約束して、代金も受け取ったBさんが、運送業者のわき見運転で届けられなかった場合は、通常、これにあたりません。免れると言える事情の立証は、Bさんの側です。整理します。6つめの要件は、責めに帰することができない事由によるのではないこと。物差しは、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念で、債務者が契約で何を引き受けたかを軸にします。改正前の、故意、過失の有無から、契約の趣旨へ、という違いでした。

補助者の過失を債務者の過失とみなす、という筋ではなく、契約の趣旨から判断します。賠償には、遅れの損害の遅延賠償と、履行に代わる填補賠償があり、遅延賠償は、本来の給付とあわせて請求できます。賠償は、金銭で額を定めるのが原則です。次の回は、填補賠償ができる場面、履行不能を見ます。

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#159単独ページ動画

履行不能と原始的不能・填補賠償

第4章 債権総論 #159/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

契約の前夜に焼けていた別荘

冒頭の関係図。買主Gと売主Hが、山の別荘を3,000万円で買う売買契約を結んだ。別荘は契約の前夜に、Hの庭の焚き火の不始末で全焼していた。二人ともそれを知らずに契約した。別荘の時価は契約前で4,000万円、代金は3,000万円で未払い。問い=この契約は無効か。GはHに何か請求できるか。 図:冒頭の関係図

  • 買主Gと売主Hが、山の別荘を3,000万円で買う売買契約を結んだ
  • 別荘は契約の前夜に、Hの庭の焚き火の不始末で全焼していた
  • 二人ともそれを知らずに契約した
  • 別荘の時価は契約前で4,000万円、代金は3,000万円で未払い
  • 問い=この契約は無効か
  • GはHに何か請求できるか

Gさんは、Hさんから、山の別荘を3,000万円で買う契約を結びました。ところが、契約の前夜に、その別荘は、Hさんの庭の焚き火の不始末で、全焼していました。二人とも、それを知らないまま契約しています。存在しない物の売買は、成り立ちようがない。そう考えるのは自然です。改正前の考え方も、まさにそちらでした。今日の問いは2つです。この契約は無効か。そして、GさんはHさんに、何か請求できるか。答えは最後に出します。前の回で、履行に代わる賠償ができる場面の1つとして、履行不能が出てきました。その履行不能とは何か。そして、以前に名前だけ出した、契約の時にすでに不能だった場合、原始的不能とは何か。今日は、この2つを受け止めます。

履行不能とは何か

不能の物差しの分解板。412条の2第1項を2つに分ける。「契約その他の債務の発生原因」(契約の内容・目的・経緯など)+「取引上の社会通念」→照らして不能かどうか。左=物理的に壊れた(別荘が全焼した=灰は別荘ではない)。右=社会通念上の不能(二重譲渡で相手が登記を備えた/敷地ごと地滑りで埋まり、掘り出す工事費が別荘の値段をはるかに超える)。不能になった債権は履行を請求できない。 図:不能の物差しの分解板

  • 412条の2第1項を2つに分ける
  • 「契約その他の債務の発生原因」(契約の内容・目的・経緯など)+「取引上の社会通念」→照らして不能かどうか
  • 左=物理的に壊れた(別荘が全焼した=灰は別荘ではない)
  • 右=社会通念上の不能(二重譲渡で相手が登記を備えた/敷地ごと地滑りで埋まり、掘り出す工事費が別荘の値段をはるかに超える)
  • 不能になった債権は履行を請求できない

まず、不能の物差しを、条文で確認します。

条文民法412条の2第1項

民法第412条の2第1項 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。

ここで見るのは、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして、という部分です。物理的にできるかどうかだけで決めるのではありません。契約の趣旨と、取引の世界の常識で決めます。前の回の、責めに帰することができない事由の物差しと、同じ言葉です。壊れて渡せなくなる場合も、もちろん不能です。冒頭の別荘が全焼して、灰になったなら、渡せません。灰は、別荘ではありません。前に、特定物が焼ければ履行不能になる、と見ました。それと同じです。ただ、不能は、壊れた場合だけではありません。物理的には渡せるのに、不能とされる場合があります。たとえば、別荘が建つ敷地ごと、地滑りで深い土の下に埋まったとします。掘り出せば、物理的には渡せるかもしれません。ただ、掘り出す工事費が、別荘の値段をはるかに超えるなら、どうでしょう。取引の常識は、そこまでして渡すことを債務者に求めませんし、契約の内容からも、そこまでの負担を引き受けたとは読めません。こうした場合は、不能とされます。見るのは、契約の趣旨と、取引の常識の両方です。

二重譲渡の場合も、不能になりえます。それは次の判例で見ます。その前に、結論を1つ。不能になった債権は、履行を請求できません。もう渡せないものを、渡せとは言えない、という当然のことを、条文が書いています。冒頭のGさんは、別荘そのものを渡せ、とは言えません。なお、金銭債務は、不能になりません。世の中からお金がなくなることは、社会通念上ありえないからです。お金がなくて払えないときは、履行遅滞でした。前に見たとおりです。

二重譲渡と履行不能の判例

二重譲渡の関係図。売主Hが、同じ別荘を買主Gに売り(先の契約)、もう一人の買主にも売った(あとの契約)。もう一人の買主に所有権移転登記が完了した時に、Gに対するHの債務は履行不能に確定する。 図:二重譲渡の関係図

  • 売主Hが、同じ別荘を買主Gに売り(先の契約)、もう一人の買主にも売った(あとの契約)
  • もう一人の買主に所有権移転登記が完了した時に、Gに対するHの債務は履行不能に確定する

事案は、こうです。Hさんが、同じ別荘を、Gさんに売り、もう一人の買主にも売りました。そして、もう一人の買主に、先に登記を移しました。二重に売られたとき、先に登記を備えた方が所有権を主張できる、という結論は、前に見ました。今日の問いは、その結果、Gさんへの債務がどうなるか、です。判例の判断を、見てください。

判例最判昭35・4・21 民集14巻6号930頁

不動産の二重売買と履行不能 不動産の二重売買の場合において、売主の一方の買主に対する債務は、特段の事情のないかぎり、他の買主に対する所有権移転登記が完了した時に履行不能になるものと解すべきである。

決め手は、登記が完了した時です。登記が移れば、もう一人の買主が、確定的に所有権を主張できます。Hさんは、もうGさんに、別荘の所有権を移せません。だから、この時に、Gさんへの債務は、履行不能に確定します。登記が移る前は、まだ、Hさんが、もう一人の買主との契約を解消して、Gさんに渡す余地が残っています。だから、登記が移る前の出来事では、不能とは言えません。登記が完了して、初めて、不能に確定する、という意味です。なお、別の判決に、こういう考え方があります。登記を受けた人が、さらに転売した事案です。売主が、買い戻して、もう一方の買主に移せる特別の事情があるなら別です。そうでなければ、履行は不能とされます。そして、その特別の事情を主張して立証するのは、買主の側、とされました。ここは、結論だけ持ち帰ってください。

原始的不能でも契約は有効

原始的不能の比較板。行=契約の効力/賠償の根拠/賠償の範囲。左=改正前(条文ではなく伝統的な通説の解釈)=契約の効力が生じないと考えられた/契約締結上の過失/信頼利益(契約が有効だと信じて使った費用。測量・登記の準備・下見の交通費など50万円)。右=現行(412条の2第2項)=契約は有効に成立する/債務不履行として415条/履行利益(約束どおり別荘が手に入っていれば得られた価値。4,000万円−3,000万円=1,000万円)まで請求できる。 図:原始的不能の比較板

  • 行=契約の効力/賠償の根拠/賠償の範囲
  • 左=改正前(条文ではなく伝統的な通説の解釈)=契約の効力が生じないと考えられた/契約締結上の過失/信頼利益(契約が有効だと信じて使った費用。測量・登記の準備・下見の交通費など50万円)
  • 右=現行(412条の2第2項)=契約は有効に成立する/債務不履行として415条/履行利益(約束どおり別荘が手に入っていれば得られた価値。4,000万円−3,000万円=1,000万円)まで請求できる

ここから、冒頭の問いの核心です。契約を結んだ時に、すでに不能だったことを、原始的不能と言います。契約のあとで不能になる場合と区別する言葉です。立ち止まって考えてください。別荘は前夜に焼けていました。それでも契約は有効に成立する、と言えるのはなぜか。そして、Gさんは何を請求できるのか。まず、条文です。

条文民法412条の2第2項

民法第412条の2第2項 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。

契約の成立の時に不能であっても、後から不能になった場合と同じく、415条で損害賠償を請求できる、と言っています。つまり、原始的不能でも、契約は有効に成立します。そして、債務不履行の問題として処理されます。Gさんは、別荘そのものは請求できませんが、賠償は請求できます。改正前と比べます。まず、改正前の民法には、原始的不能を定めた条文は、ありませんでした。ですから、当時の扱いは、条文ではなく、解釈です。伝統的な通説は、契約の時にすでに不能なら、契約の効力は生じない、と考えました。契約に基づく請求は、できません。

契約に基づく請求はできません。ただ、契約締結上の過失、という考え方で、救済が図られました。契約を結ぶ段階での落ち度、たとえば、焼けていないかを確かめずに売った落ち度を理由に、賠償させる考え方です。契約が有効だと信じて出した費用の賠償です。これを信頼利益と言い、伝統的な通説では、賠償はそこにとどまりました。

賠償額の比較板。行=賠償の種類/意味/中身/設例の額。左=改正前=信頼利益(契約が有効だと信じて使った費用。測量・登記の準備・下見の交通費)=50万円。右=現行=履行利益(約束どおり別荘が手に入っていれば得られた価値。4,000万円−3,000万円)=1,000万円。 図:賠償額の比較板

  • 行=賠償の種類/意味/中身/設例の額
  • 左=改正前=信頼利益(契約が有効だと信じて使った費用。測量・登記の準備・下見の交通費)=50万円
  • 右=現行=履行利益(約束どおり別荘が手に入っていれば得られた価値。4,000万円−3,000万円)=1,000万円

冒頭の例で、Gさんが、契約を有効と信じて、測量、登記の準備、下見の交通費に使った費用が、合わせて50万円だとします。その考え方なら、賠償の中身は、この50万円が中心でした。現行法は、違います。契約は有効に成立し、債務不履行として、415条で賠償を請求できます。賠償の範囲は、契約どおりに履行されていれば得られた利益、履行利益まで広がります。別荘の時価が4,000万円で、代金が3,000万円なら、その差の1,000万円です。焼けたのが、契約の前夜か、翌朝かは、たまたまの違いです。翌朝に焼けたなら、後から不能になった場合として、415条で履行利益まで請求できます。前夜だったというだけで、50万円に縮むのは、釣り合いません。Hさんは、別荘を渡すと約束しています。不能になった時期ではなく、契約で何を約束したかで決める、というのが、現行法の考え方です。

有効であることと、賠償を請求できることは、別の問題です。415条1項ただし書、つまり、責めに帰することができない事由による不履行なら賠償を免れる、という定めは、原始的不能でも使えます。今日の設例では、別荘が焼けたのはHさんの不注意です。責めに帰することができない事由とは言えませんから、Hさんは免れません。もし、焼けた原因が、Hさんに責任のない落雷だったなら、どうでしょう。ここでも物差しは、契約でHさんが何を引き受けたか、です。その中身しだいでは、賠償を負わない結論になる余地もあります。もう1つ、別の道があります。別荘が存在するという前提が、真実に反していたことを理由に、錯誤による取消しを選べる可能性があります。ただし、取り消せば、契約は初めから無かったことになります。そうすると、債務不履行の賠償は、請求できません。95条の中身は、別の回で扱います。

履行不能による損害賠償の要件

履行不能による損害賠償の要件まとめ表。要件5つ。①履行が不能であること(412条の2=契約の時に不能でも可)②損害の発生(差額説)③因果関係(あれなければこれなし。範囲は416条)④違法であること(条文に無く通説が立てる要件・正当化する事由が無い。試験上ほぼ問題にならない)⑤責めに帰することができない事由によるのではない(415条1項ただし書・立証は債務者・履行補助者の行為による場合も同じ)。履行遅滞の要件は6つで別物。 図:履行不能による損害賠償の要件まとめ表

  • 要件5つ
  • ①履行が不能であること(412条の2=契約の時に不能でも可)②損害の発生(差額説)③因果関係(あれなければこれなし。範囲は416条)④違法であること(条文に無く通説が立てる要件・正当化する事由が無い。試験上ほぼ問題にならない)⑤責めに帰することができない事由によるのではない(415条1項ただし書・立証は債務者・履行補助者の行為による場合も同じ)
  • 履行遅滞の要件は6つで別物

賠償の要件に入る前に、前の回の問いを1問。債務者が、責めに帰することができない事由によるものと言えるかは、何に照らして判断するのでしたか?契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念、です。過失の有無だけではなく、契約で何を引き受けたかを軸に見ます。この物差しを、そのまま使います。まず、条文を確認します。

条文民法415条1項

民法第415条第1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

履行不能による損害賠償の要件は、5つです。履行遅滞は6つでしたので、混ぜないでください。1つめ、履行が不能であること。契約の時に不能でも構いません。2つめ、損害の発生。3つめ、因果関係。この2つは、前に見た内容です。損害は差額説、つまり、不能が無ければあったはずの財産と、今の財産との差です。因果関係は、あれなければこれなし、の事実のつながりで、どこまで払わせるかの範囲は、416条という別の問いでした。4つめ、違法であること。正当化する事由が無い、という意味です。これは、条文には書かれていない、通説が立てる要件です。ただ、履行不能で、これが問題になるのは、緊急避難、つまり、差し迫った危険を避けるために、やむを得ず壊した場合など、きわめて例外的です。試験では、ほぼ問われません。5つめ、責めに帰することができない事由によるのではないこと。ただし書の物差しで判断します。履行補助者の行為による場合も同じです。免れると言える事情を示すのは、債務者です。冒頭の別荘に当てます。焼けて渡せないので、1つめを満たします。別荘の時価と代金の差、1,000万円が、2つめの損害です。渡せていれば、その差が手に入ったので、3つめの因果関係も満たします。4つめの違法性も、問題になりません。5つめは、Hさんの不注意ですから、免れません。

入口が違います。履行遅滞は、履行期に履行が可能であること、その期を過ぎたこと、の2つが入口なので、6つになります。履行不能は、履行が不能であること、1つが入口なので、5つです。そこから先の、損害、因果関係、違法、責めに帰することができない事由は、共通の型です。冒頭の別荘で言えば、期日に別荘が建っているのに、Hさんが渡さないなら、履行遅滞。焼けて、もう無いなら、履行不能です。

遅れている間に不能になったら

遅滞中の不能の時間軸図。引渡期日→(Hが遅滞)→大地震で別荘が崩れて不能。地震はG・Hどちらの責めにも帰することができない事由。それでも、遅滞の責任を負っている間の不能なので、Hの責めに帰すべき事由によるものとみなす。 図:遅滞中の不能の時間軸図

  • 引渡期日→(Hが遅滞)→大地震で別荘が崩れて不能
  • 地震はG・Hどちらの責めにも帰することができない事由
  • それでも、遅滞の責任を負っている間の不能なので、Hの責めに帰すべき事由によるものとみなす

次は、遅れている間に不能になった場合です。今度は、契約のあとの別荘の話です。Hさんが、引渡期日を過ぎても、別荘を渡さずにいました。そのうちに、大地震で、別荘が崩れました。双方に責任のない出来事ですから、免れるように見えます。でも、条文は、違う扱いをします。

条文民法413条の2第1項

民法第413条の2第1項 債務者がその債務について遅滞の責任を負っている間に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

地震は、どちらのせいでもありません。しかし、Hさんは、遅滞の責任を負っている間でした。その間に起きた不能は、Hさんの責めに帰すべき事由によるものと、みなされます。415条1項のただし書は使えません。だから、Gさんは、賠償を請求できます。趣旨は、こうです。約束の期日に渡していれば、地震の前に、Gさんの手元に別荘があったはずです。遅れた人に、その後の不能の危険を負わせる、という考え方です。遅れたことで背負った危険が、その後に起きた不能にまで及ぶ、ということです。みなす、とは、そう決める、という意味です。Hさんが、地震は自分のせいではない、と言っても、覆りません。なお、逆向きの場面もあります。Hさんが別荘を引き渡そうとしたのに、Gさんが受け取らずにいる間に、地震で崩れた場合です。このときは、413条の2第2項で、Gさんの責めに帰すべき事由によるものと、みなされます。

填補賠償ができる3つの場面

填補賠償3場面の比較板。①履行不能(415条2項1号)=別荘が焼けた。もう渡せないので、渡す代わりの賠償しかない。②明確な履行拒絶(2号)=Hが「別荘は誰にも渡さない。裁判になっても渡さない」とはっきり言った。待っても履行される見込みがない。③契約の解除または解除権の発生(3号)=Gが期間を定めて催告したがHが渡さず、契約を解除できる状態になった。契約から生じた債務に限る。共通項=もう履行が望めない場面。填補賠償=別荘を渡す代わりに、別荘の価値相当(1,000万円)を金銭で払わせる。 図:填補賠償3場面の比較板

  • ①履行不能(415条2項1号)=別荘が焼けた
  • もう渡せないので、渡す代わりの賠償しかない
  • ②明確な履行拒絶(2号)=Hが「別荘は誰にも渡さない。裁判になっても渡さない」とはっきり言った
  • 待っても履行される見込みがない
  • ③契約の解除または解除権の発生(3号)=Gが期間を定めて催告したがHが渡さず、契約を解除できる状態になった
  • 契約から生じた債務に限る
  • 共通項=もう履行が望めない場面
  • 填補賠償=別荘を渡す代わりに、別荘の価値相当(1,000万円)を金銭で払わせる

最後は、効果です。履行に代わる損害賠償、填補賠償です。前の回で、条文は一度見ました。今日は、3つの場面の中身と、なぜ場面が絞られているのかを見ます。

条文民法415条2項

民法第415条第2項 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。 一 債務の履行が不能であるとき。 二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

填補賠償は、別荘を渡す代わりに、別荘の価値を金銭で払わせる賠償です。冒頭の例なら、履行利益の1,000万円です。1号は、履行不能です。別荘が焼けた設例です。もう渡せない以上、渡せの代わりに求められるのは、賠償しかありません。2号は、債務者が、履行を拒絶する意思を明確に表示したときです。Hさんが、別荘は誰にも渡さない、裁判になっても渡さない、とはっきり言った場合です。待っても、履行される見込みがありません。催告を重ねても、意味がありません。3号は、契約が解除され、または、解除権が発生したときです。Gさんが、期間を定めて催告したのに、Hさんが渡さない。そうすると、解除権が発生します。この状態になれば、契約を解除しなくても、別荘はもういいから、価値相当の金銭を払え、と請求できます。

債務不履行による解除に限りません。債務不履行以外の解除、たとえば合意で解除した場合も指すと解されています。もう1点。3号は、債務が契約によって生じたものである場合に限ります。不法行為など、契約以外から生じた債務には、使えません。解除の中身は、第5章で扱います。料理が出てくるのを待っているお客が、もう作らなくていい、お金で返して、と一方的に言う場面を想像してください。店は、まだ作れるのに、作る機会を奪われます。遅れているだけなら、債務者はなお履行できます。債権者の一言で、履行に代わる賠償に切り替えられると、その機会がなくなる、と説明されます。不能、拒絶、解除できる状態。この3つに共通するのは、もう履行が望めない、ということです。そのため、条文は、この3つに絞られている、と説明されます。遅れているだけなら、原則として、遅れた分の賠償、遅延賠償にとどまる、というのが前の回の結論でした。

冒頭の答えと、まとめ

まとめ板。冒頭の答え=契約は有効に成立する(412条の2第2項)。Gは別荘そのものは請求できない(412条の2第1項)。Hの不注意で焼けたので、415条の損害賠償を請求できる。履行利益1,000万円まで。①412条の2第1項=物差しは契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念・不能なら履行請求できない②412条の2第2項=契約の時に不能でも契約は有効・415条で賠償③要件5つ+遅滞中の不能はHの責めに帰すべき事由とみなす(413条の2第1項)④填補賠償の3場面=不能/明確な履行拒絶/解除または解除権の発生。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=契約は有効に成立する(412条の2第2項)
  • Gは別荘そのものは請求できない(412条の2第1項)
  • Hの不注意で焼けたので、415条の損害賠償を請求できる
  • 履行利益1,000万円まで
  • ①412条の2第1項=物差しは契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念・不能なら履行請求できない②412条の2第2項=契約の時に不能でも契約は有効・415条で賠償③要件5つ+遅滞中の不能はHの責めに帰すべき事由とみなす(413条の2第1項)④填補賠償の3場面=不能/明確な履行拒絶/解除または解除権の発生

冒頭の答えを、言い切ります。契約は、有効に成立します。契約の時に不能だったことは、それだけでは契約を無効にしません。Gさんは、別荘そのものは請求できません。でも、Hさんの不注意で焼けたのですから、責めに帰することができない事由とは言えず、415条で損害賠償を請求できます。賠償は、履行利益、1,000万円まで請求できます。ただし、火事の原因が、Hさんに責任のない落雷だったなら、話は変わります。Hさんが契約で何を引き受けたかしだいでは、賠償を負わない結論になる余地もあります。また、錯誤による取消しを選ぶ余地は、別に残ります。整理します。1つめ、412条の2第1項。不能かどうかは、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念で決めます。不能になった債権は、履行を請求できません。二重譲渡では、他の買主への登記が完了した時に、不能になります。2つめ、412条の2第2項。契約の時に不能でも、契約は有効で、415条で賠償を請求できます。改正前の、契約の効力が生じない、というかつての通説の考え方から、賠償が履行利益まで広がりました。3つめ、要件は5つ。遅れている間に、双方に責任のない事由で不能になったら、債務者の責めに帰すべき事由とみなされます。

4つめが、填補賠償の3場面ですね。不能、明確な履行拒絶、解除できる状態。もう履行が望めない場面に絞られている、と覚えてください。次の回は、不完全履行を見ます。

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#160単独ページ動画

不完全履行と付随義務・安全配慮義務

第4章 債権総論 #160/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

取付けは完璧だったのに、壁に穴が開いた

冒頭の関係図。注文者Jが、取付業者Kに、居間のエアコンの取付けを頼んだ。取付けそのものは完璧で、部屋はよく冷える。ところが、作業員が脚立を運び入れて立てかけたとき、取付けとは無関係な廊下の壁に穴を開けた。Kは「頼まれた取付けは、きちんとやった」と言う。問い=Kに責任はあるか。 図:冒頭の関係図

  • 注文者Jが、取付業者Kに、居間のエアコンの取付けを頼んだ
  • 取付けそのものは完璧で、部屋はよく冷える
  • ところが、作業員が脚立を運び入れて立てかけたとき、取付けとは無関係な廊下の壁に穴を開けた
  • Kは「頼まれた取付けは、きちんとやった」と言う
  • 問い=Kに責任はあるか

Jさんは、Kさんに、居間のエアコンの取付けを頼みました。取付けそのものは完璧で、部屋はよく冷えます。ところが、作業員が脚立を運び入れて立てかけたとき、取付けとは関係のない廊下の壁に、穴を開けてしまいました。今日の問いは、Kさんに責任はあるか、です。エアコンの取付けという、約束の中心は果たされています。それでも、責任を負うことがあるのか。答えは最後に出します。前の回で、債務不履行の3つの類型のうち、履行不能まで見ました。残る1つが、履行はしたのに、その中身が約束に届いていない、不完全履行です。今日は、その中身と、契約書に書かれていない周辺の義務、付随義務、その代表である安全配慮義務を見ます。

不完全履行の2つの形

不完全履行の分かれ道。履行はした→債務の本旨に従っているか。(a)給付の内容が不完全=契約の内容に適合しない(例=取り付けた室外機の型番が契約と違い、性能が足りない)→売買などでは契約不適合の規定が先に働く(別の回で扱う)。(b)履行の方法が不完全=必要な注意を欠いた(例=養生をせず、粉じんで隣の書斎のパソコンが故障/固定が甘く室外機が落下して家族が怪我)→拡大損害=給付の目的物以外の財産・生命身体に広がった損害。どちらも415条1項の入口。 図:不完全履行の分かれ道

  • 履行はした→債務の本旨に従っているか
  • (a)給付の内容が不完全=契約の内容に適合しない(例=取り付けた室外機の型番が契約と違い、性能が足りない)→売買などでは契約不適合の規定が先に働く(別の回で扱う)
  • (b)履行の方法が不完全=必要な注意を欠いた(例=養生をせず、粉じんで隣の書斎のパソコンが故障/固定が甘く室外機が落下して家族が怪我)→拡大損害=給付の目的物以外の財産・生命身体に広がった損害
  • どちらも415条1項の入口

まず、入口の条文を確認します。前の回までに、何度も見た条文です。

条文民法415条1項

民法第415条第1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

不完全履行とは、債務者が履行をしたけれど、その履行が不完全で、債務の本旨に従った履行とは言えない場合です。入口は、この、本旨に従った履行をしないとき、です。免れる事由を、訴訟で主張して証拠で示すこと、これを主張立証と言います。それを負うのは債務者側で、ただし書が使われます。現れ方は、大きく2つです。1つめは、給付の内容が不完全な場合。Jさんの設例で、契約で決めたものと違う型番の室外機を取り付けた、としましょう。性能が足りません。約束した物と、届けた物の中身が合っていません。前に見た、不良品のカメラと同じ形です。ただ、売買で引き渡された物が、種類、品質、数量で契約の内容に合っていない場合は、契約不適合という別の規定が先に働きます。その中身は、別の回で扱います。今日は、名前と位置づけだけ持ち帰ってください。2つめが、履行の方法が不完全な場合です。給付そのものは済んでいる。ただ、そのやり方が、乱暴だったり不注意だったりする。取付けの際に、養生をしなかったとします。粉じんが隣の書斎に流れ込み、Jさんのパソコンが壊れました。エアコンは正しく付いています。でも、パソコンという、給付の目的物とは別の財産が傷つきました。もう1つ。室外機を吊り上げる作業で、固定が甘く、落下して、Jさんの家族が怪我をした場合もあります。この、給付の目的物以外の財産や生命、身体にまで広がった損害を、拡大損害と言います。

2つめ、履行の方法の側です。取付けは終わっています。ただ、その際に、壁を傷つけない注意を欠きました。どちらの形かを先に決めることに、あまり神経質にならなくて大丈夫です。分け方は、契約の内容と取引の常識に照らして、本旨に従った履行があったか、を個別に見るための道具です。型を暗記することが目的ではありません。問うのは、いつも、約束に届いているか、です。

付随義務は、なぜ生まれるのか

付随義務の輪郭。中心=本来の給付義務(エアコンを取り付ける/代金を払う)。周辺=付随義務(壁や床を傷つけない・必要な説明をする・作業の安全に注意する)。周辺の義務の根拠=信義則(1条2項)。周辺の義務に違反しても、415条1項の入口に乗る。 図:付随義務の輪郭

  • 中心=本来の給付義務(エアコンを取り付ける/代金を払う)
  • 周辺=付随義務(壁や床を傷つけない・必要な説明をする・作業の安全に注意する)
  • 周辺の義務の根拠=信義則(1条2項)
  • 周辺の義務に違反しても、415条1項の入口に乗る

壁の穴の話に戻ります。Kさんの言い分は、取り付けるという約束は果たした、です。でも、穴を開けない、という約束は、契約書のどこにも書かれていません。引っ越し業者で考えてみましょう。荷物を運ぶのが、契約の中心です。玄関の柱にぶつけない、床を傷つけない、というのは、契約書に1行も無くても、当然の前提ですよね。ぶつけて傷をつけたら、運んだから良い、とはなりません。この、中心の約束の周りにある義務が、付随義務です。前に、信義則から生じる周辺の義務と、一言で見ました。前に見た板では、3つの類型の横に、別に並べていました。今日の壁の穴のように、履行をしたときに周りの義務を破れば、履行の方法が不完全な形、つまり不完全履行として現れます。今日は、その根拠を確認します。

条文民法1条2項

民法第1条第2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

義務の履行は、信義に従い、誠実にしなければならない。この、誠実に、が、周辺の義務の根拠です。取り付けるという義務を履行するときは、相手の家を傷つけないよう誠実にやる。そこから、壁や床を傷つけない義務、必要な説明をする義務が、契約の周りに生まれます。周辺の義務に違反すれば、それも債務不履行です。つまり、415条1項の入口に乗ります。そして、免れる事由を示すのは、ここでも債務者側です。目安は、対価と結びつく中心の約束か、その実現を準備し、配慮し、補助する周りの義務か、です。取り付ける、代金を払う、は中心。壁を傷つけない、作業の安全に注意する、必要な説明をする、は周りです。相手の生命、身体、財産を守る義務、保護義務と呼ばれるものも、この周りの義務の一群として扱われます。試験では、付随義務の違反、と書けば足ります。

立ち止まる問いの板。冒頭の壁の穴は、①本来の給付義務の違反か、②付随義務の違反か。 図:立ち止まる問いの板

  • 冒頭の壁の穴は、
  • ①本来の給付義務の違反か、
  • ②付随義務の違反か

ここで1問。冒頭の壁の穴は、本来の給付義務の違反でしょうか、付随義務の違反でしょうか?取付けは済んでいるので、本来の給付義務の違反ではありません。穴を開けない注意は周りの義務なので、付随義務の違反だと思います。給付は果たされていて、その際の注意が足りなかった。だから、付随義務の違反として、415条の入口に乗ります。

履行段階の説明義務

履行段階の説明義務の図。売主が買主に住戸を引き渡した。火災のとき自動で区画を閉じる設備は、電源スイッチが入っていないと作動しない。売主は、そのスイッチの位置や操作方法を説明しないまま引き渡した→説明義務=売買契約の付随義務。引渡しの義務は果たしたが、説明という付随義務が残っていた。売主から販売の一切の事務を任された宅建業者=売主と一体で動き、買主も信頼していたなら、信義則上、売主と同様の義務→違反は不法行為による賠償義務。 図:履行段階の説明義務の図

  • 売主が買主に住戸を引き渡した
  • 火災のとき自動で区画を閉じる設備は、電源スイッチが入っていないと作動しない
  • 売主は、そのスイッチの位置や操作方法を説明しないまま引き渡した→説明義務=売買契約の付随義務
  • 引渡しの義務は果たしたが、説明という付随義務が残っていた
  • 売主から販売の一切の事務を任された宅建業者=売主と一体で動き、買主も信頼していたなら、信義則上、売主と同様の義務→違反は不法行為による賠償義務

付随義務の代表は、説明義務と、安全配慮義務です。まず、説明義務から。判例を見ます。事案を、自分の言葉で言い換えます。マンションの売主が、住戸を買主に引き渡しました。その住戸には、火災のときに自動で区画を閉じる設備が付いていて、電源スイッチが入っていないと動きません。売主は、そのスイッチの位置や操作方法を、買主に説明しないまま引き渡しました。その後、火災が起き、設備が作動せず、被害が広がった、という事件です。判決は、2つのことを言っています。売主の義務と、販売を任された業者の義務です。判決の言葉を、見てください。

判例最判平17・9・16 集民217号1007頁

売買契約上の付随義務としての説明義務 上記アの事実関係に照らすと,被上告人B不動産には,Dに対し,少なくとも,本件売買契約上の付随義務として,上記電源スイッチの位置,操作方法等について説明すべき義務があったと解されるところ,上記イの事実関係が認められるものとすれば,宅地建物取引業者である被上告人B不動産販売は,その業務において密接な関係にある被上告人B不動産から委託を受け,被上告人B不動産と一体となって,本件売買契約の締結手続のほか,E号室の販売に関し,Dに対する引渡しを含めた一切の事務を行い,Dにおいても,被上告人B不動産販売を上記販売に係る事務を行う者として信頼した上で,本件売買契約を締結してE号室の引渡しを受けたこととなるのであるから,このような事情の下においては,被上告人B不動産販売には,信義則上,被上告人B不動産の上記義務と同様の義務があったと解すべきであり,その義務違反によりDが損害を被った場合には,被上告人B不動産販売は,Dに対し,不法行為による損害賠償義務を負うものというべきである。

1つめ、売主です。判決は、売買契約の付随義務として、スイッチの位置や操作方法を説明すべき義務があった、としました。なぜか。設備の仕組みを知っているのは、売る側です。買主は、教えられなければ、スイッチがどこにあるかも分かりません。知らないまま住めば、火事のときに、その設備を働かせることができない。だから、引き渡したから、義務は終わり、ではありません。引渡しという中心の義務は済んでいます。ただ、その物を安全に使えるよう説明する、という周りの義務が残っていました。壁の穴と同じ構造です。中心は果たした。周りが足りなかった。だから、この説明義務の違反は、本来の引渡債務とは別の、債務不履行になります。

売主から、販売の一切の事務を任された宅建業者です。売主と一体で動き、買主もその業者を頼りにしていたなら、信義則上、売主と同様の義務を負う。そして、この業者は売主と違い、買主と売買契約を結んだ当事者ではないので、義務違反は、不法行為による賠償義務になる、とされました。契約の当事者なら債務不履行、そうでなければ不法行為、という対比です。ここは、次の表の伏線になります。

安全配慮義務

安全配慮義務の対比図。給付義務=国は給与を支払う・公務員は職務に専念する。それにとどまらず=国は公務員の生命・健康を危険から保護するよう配慮する義務(安全配慮義務)。根拠=ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間の付随義務・信義則上の義務。契約でなくても成り立つ(国と公務員=任用関係)。私人間の例=配送センターと作業員(雇用契約・労働契約法5条)。 図:安全配慮義務の対比図

  • 給付義務=国は給与を支払う・公務員は職務に専念する
  • それにとどまらず=国は公務員の生命・健康を危険から保護するよう配慮する義務(安全配慮義務)
  • 根拠=ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間の付随義務・信義則上の義務
  • 契約でなくても成り立つ(国と公務員=任用関係)
  • 私人間の例=配送センターと作業員(雇用契約・労働契約法5条)

付随義務の代表、2つめが、安全配慮義務です。判例の事案は、自衛隊員の事故です。公務中の事故で、隊員が亡くなり、遺族が国に損害賠償を請求しました。原審は、隊員は特別権力関係、つまり、国家の特別な支配に服する関係に基づいて国のために服務していた、という理由だけで請求を退けました。最高裁は、これを破棄して差し戻しました。契約が無い関係でも義務が生まれるのか、そこが大事な点です。まず、判旨の前半を見てください。

判例最判昭50・2・25 民集29巻2号143頁

国の安全配慮義務 国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。

国は、給与を払う、という給付義務にとどまらず、公務員の生命と健康を、危険から保護するよう配慮する義務を負う。これが、安全配慮義務です。なぜ、そう言えるのか。理由の部分です。

判例最判昭50・2・25 民集29巻2号143頁

安全配慮義務の根拠 けだし、右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであつて、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はなく、

分けて読みます。ある法律関係に基づいて。特別な社会的接触の関係に入った当事者間において。当該法律関係の付随義務として。信義則上負う義務。この4つです。道ですれ違うだけの他人と、同じ現場で毎日一緒に働く関係の違いを想像してください。すれ違うだけなら、相手を危険から守る特別な責任は生まれません。でも、国が用意した施設や器具を使って、国の指示で働く公務員は、国の管理の下に身を置いています。相手の安全が、こちらの管理に左右される距離にいる。この距離が、特別な社会的接触の関係です。だから、この義務は、契約関係が無くても成り立ちます。国と公務員の関係は、国が公務員に任命する、任用の関係で、雇用契約ではありません。それでも、安全配慮義務は生まれます。射程は、雇用契約に限られず、特別な社会的接触の関係がある法律関係一般に及びます。

一律ではありません。職種、地位、その場の具体的な状況で、内容が変わります。危険な現場なら、配慮すべきことも増えます。私人間で、いちばん分かりやすいのは、雇用契約です。こちらは、条文になっています。

条文労働契約法5条

労働契約法第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

雇用の場面では、この条文が根拠になります。条文の無い法律関係、たとえば施設の利用や、元請の会社が用意した足場や機械を使い、元請の指示で働く、下請会社の作業員のような関係では、判例の考え方が、なお働きます。もう1点。この判決は、遺族の請求権の時効についても判断しています。当時の民法167条1項で、10年、とされました。今は条文が変わっています。次の比較表で見ます。安全配慮義務の要点を、1文にします。ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間では、その法律関係の付随義務として、相手方の安全に配慮する義務が、信義則上生まれる。この義務に違反すれば、415条1項の、本旨に従った履行をしないとき、にあたる。論文で論点になりうる、大事な規範です。ここは、この文のまま覚えてください。

債務不履行で請求するか、不法行為で請求するか

配送センターの設例。作業員が、劣化した荷役用リフトから転落して重傷を負った。会社は何年もリフトの点検をしていなかった。会社は、賃金の支払い義務は果たしている。作業員は、会社に債務不履行による賠償を請求できるか。 図:配送センターの設例

  • 作業員が、劣化した荷役用リフトから転落して重傷を負った
  • 会社は何年もリフトの点検をしていなかった
  • 会社は、賃金の支払い義務は果たしている
  • 作業員は、会社に債務不履行による賠償を請求できるか

別の設例で見ます。配送センターで働く作業員が、劣化した荷役用リフトから転落して、重傷を負いました。会社は、そのリフトの点検を、何年も行っていませんでした。会社は、賃金の支払い義務は、果たしています。作業員は、会社に、債務不履行による賠償を請求できるでしょうか。賃金は払っているので、本来の給付義務の不履行は、無いです。問題は、そこです。本来の給付義務に不履行が無いのに、債務不履行責任を問えるか。答えは、問えます。雇用契約を結んだ当事者は、特別な社会的接触の関係に入っています。会社は、付随義務として、安全配慮義務を負います。労働契約法5条も同じ方向です。リフトの点検を怠った。これは義務の不履行です。会社が、責めに帰することができない事由を示せないなら、415条1項ただし書は使えません。だから、作業員は、415条1項で、賠償を請求できます。

前に見た要点の復習。415条1項ただし書=免れる事由の主張立証は、債務者と債権者のどちらが負うか。 図:前に見た要点の復習

表に入る前に、前に見た要点を1問。415条1項ただし書で、責めに帰することができない事由を主張立証するのは、債務者と債権者のどちらでしたか?債務者です。免れたいほうが、示します。この点を頭に置いて、次に進みます。ところで、この事故は、不法行為として請求することもできます。709条です。前に見た、請求権の競合です。そのときは、壊れたカメラで比べました。今日は、人の身体の事故で比べ直します。同じ事故を、債務不履行で構成するか、不法行為で構成するか。何が変わるのか。表の前に、1問。事故で作業員が亡くなり、遺族が、遺族自身の慰謝料を請求したいとします。債務不履行と不法行為、どちらの構成が向いているでしょうか?

手がかりは、誰が契約の当事者か、です。遺族の慰謝料が、どちらの構成で認められるのか。理由を、表で確かめましょう。

債務不履行構成と不法行為構成の比較表(その1)。行=義務の内容・違反の事実の主張立証/免責・過失の主張立証/消滅時効(生命・身体)。債務不履行構成(415条)=原告(義務の内容を特定し、義務違反に当たる事実を主張・立証)/債務者(免責の主張立証は債務者)/主観5年・客観20年(166条1項1号・167条)。不法行為構成(709条)=原告(過失・因果関係も原告)/被害者(過失は被害者が主張立証)/主観5年・客観20年(724条の2・724条2号)。 図:債務不履行構成と不法行為構成の比較表

  • その1
  • 行=義務の内容・違反の事実の主張立証
  • 免責・過失の主張立証
  • 消滅時効(生命・身体)。債務不履行構成(415条)=原告(義務の内容を特定し、義務違反に当たる事実を主張・立証)
  • 債務者(免責の主張立証は債務者)
  • 主観5年・客観20年(166条1項1号・167条)。不法行為構成(709条)=原告(過失・因果関係も原告)
  • 被害者(過失は被害者が主張立証)
  • 主観5年・客観20年(724条の2・724条2号)。

表を、1行ずつ見ます。1行目、義務の内容と違反の事実の主張立証です。ここは、あまり差が出ません。

判例最判昭56・2・16 民集35巻1号56頁

安全配慮義務違反の主張立証責任 国が国家公務員に対して負担する安全配慮義務に違反し、右公務員の生命、健康等を侵害し、同人に損害を与えたことを理由として損害賠償を請求する訴訟において、右義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国の義務違反を主張する原告にある、と解するのが相当である。

債務不履行だから、義務違反は債務者が示せばいい、とは、なりません。義務の内容を特定して、違反に当たる事実を示すのは、請求する原告の側です。リフトの点検を怠った、という事実は、作業員側が示します。安全配慮義務の中身は、さっき見たとおり、職種や場面で変わります。何をすべきだったのかを特定できるのは、違反だと言う側です。表の上で差が出るのは、免責の場面です。債務不履行では、責めに帰することができない事由を示すのは、債務者、つまり会社です。不法行為では、過失は、被害者が主張立証します。ここが、2行目です。ただ、1行目を思い出してください。安全配慮義務では、何をすべきだったかを特定して、それを怠った事実を示すのは、作業員の側でした。点検を怠った、と示せれば、それは、不法行為でいう過失を示したのと、ほとんど同じです。だから、2行目の差は、実際には、表の上ほど効きません。前に、カメラの設例で、立証は債務不履行のほうが軽い、と見ました。あのカメラのように、約束の中身がはっきりしている債務なら、そのとおりです。安全配慮義務のように、中身を原告が特定しなければならない義務では、その差が縮みます。3行目、消滅時効です。ここは、大きな変化があった部分です。まず、現在の条文を見ます。

条文民法166条1項

民法第166条第1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。 二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

条文民法167条

民法第167条 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。

債務不履行で、生命や身体の侵害なら、権利を行使できると知った時から5年、権利を行使できる時から20年です。不法行為の側も見ます。

条文民法724条

民法第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。 二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。

条文民法724条の2

民法第724条の2 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。

不法行為でも、生命や身体を害するなら、損害と加害者を知った時から5年、不法行為の時から20年です。同じです。改正前は違いました。債務不履行は、一般の債権として、10年でした。不法行為は、損害と加害者を知った時から3年で、不法行為の時から20年でした。差が大きかったので、当時は、どちらで構成するかに、実益がありました。2017年の改正で、生命や身体の侵害については、両方とも、主観5年、客観20年にそろいました。今は、時効は選ぶ理由にならないんです。生命や身体の侵害なら、そうです。冒頭の壁の穴のような、物の損害なら、話は別です。債務不履行は5年と10年、不法行為は3年と20年のままで、差が残ります。

債務不履行構成と不法行為構成の比較表(続き)。行=遅延損害金の起算点/遺族固有の慰謝料/弁護士費用。債務不履行構成(415条)=履行の請求を受けた時(412条3項)/否定/次の回で扱う。不法行為構成(709条)=損害の発生と同時/肯定(711条=父母・配偶者・子)/次の回で扱う。 図:債務不履行構成と不法行為構成の比較表

  • 続き
  • 行=遅延損害金の起算点
  • 遺族固有の慰謝料
  • 弁護士費用。債務不履行構成(415条)=履行の請求を受けた時(412条3項)
  • 否定
  • 次の回で扱う。不法行為構成(709条)=損害の発生と同時
  • 肯定(711条=父母・配偶者・子)
  • 次の回で扱う。

では、生命や身体の場面で、今も残っている差は、どこか。表の続きを見ます。1行目、遅延損害金です。遅れた分の賠償金は、いつから発生するか。

判例最判昭55・12・18 民集34巻7号888頁

債務不履行の遅延損害金の起算点 債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項によりその債務者は債権者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものというべきであるから

条文民法412条3項

民法第412条第3項 債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。

判例最判昭37・9・4 民集16巻9号1834頁

不法行為の遅延損害金の起算点 右賠償債務は、損害の発生と同時に、なんらの催告を要することなく、遅滞に陥るものと解するのが相当である。

債務不履行の賠償債務は、期限の定めが無い債務です。だから、請求を受けた時から、遅れになります。不法行為の賠償債務は、損害の発生と同時に、催告を要さず、遅れになります。不法行為は、契約の相手でもない人を、いきなり傷つけた場面です。被害者は、傷つけられたその時から損をしています。だから、請求を待たずに、遅れが始まります。配送センターで言えば、同じ転落事故でも、債務不履行で構成するなら、会社に請求した時から。不法行為で構成するなら、転落した時から、遅延損害金がつきます。差は、この起算点の分だけ出ます。2行目、遺族固有の慰謝料です。

判例最判昭55・12・18 民集34巻7号888頁

遺族固有の慰謝料 亡Dと被上告人らとの間の雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係の当事者でない上告人らが雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係上の債務不履行により固有の慰藉料請求権を取得するものとは解しがたいから、上告人らは慰藉料請求権を取得しなかつたものというべく

決め手は、当事者でない、という点です。債務不履行は、契約や、それに準ずる法律関係の当事者の間で問題になります。遺族は、雇用契約の当事者ではありません。だから、債務不履行によって、遺族自身の慰謝料を取得することは、否定されました。否定されたのは、当事者でない遺族自身の分です。亡くなった本人や、怪我をした本人の分は、この判決が否定した範囲ではありません。不法行為なら、条文があります。

条文民法711条

民法第711条 他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。

父母、配偶者、子には、遺族自身の慰謝料が認められます。さっきの問いの答えは、不法行為でした。遺族が請求するなら、不法行為も併せて主張する、というのが、実務の感覚です。最後の弁護士費用は、安全配慮義務の違反では、認められる場合があります。その中身は、次の回で扱います。不法行為の要件そのものも、別の回で扱います。表を、まとめます。時効は、生命や身体なら、そろいました。立証は、免責の点で差が残りますが、義務と違反を原告が示す以上、実際の差は小さい。今も残る実質的な差は、遅延損害金の起算点と、遺族固有の慰謝料です。

契約を結ぶ前の説明義務

締結前と履行段階の時間軸。契約を結ぶ判断→契約成立→履行(引渡し)。上=契約を結ぶ前の説明義務違反=不法行為(709条)。下=履行段階の説明義務違反=契約上の付随義務違反=債務不履行(415条)。設例=Jが中古の分譲住戸を買う前に、売主が「この部屋は上の階の水漏れ被害が繰り返されている」と知りながら伝えず、Jは購入した。 図:締結前と履行段階の時間軸

  • 契約を結ぶ判断→契約成立→履行(引渡し)
  • 上=契約を結ぶ前の説明義務違反=不法行為(709条)
  • 下=履行段階の説明義務違反=契約上の付随義務違反=債務不履行(415条)
  • 設例=Jが中古の分譲住戸を買う前に、売主が「この部屋は上の階の水漏れ被害が繰り返されている」と知りながら伝えず、Jは購入した

説明義務には、もう1つ、大事な場面があります。契約を結ぶ前です。Jさんが、中古の分譲住戸を買おうとしていました。売主は、この部屋が、上の階からの水漏れ被害を、繰り返し受けていると知りながら、Jさんに伝えませんでした。Jさんは、知らないまま、買いました。同じように見えます。でも、判例は、違う結論を出しました。

判例最判平23・4・22 民集65巻3号1405頁

契約締結前の説明義務違反 契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。

決め手は、当該契約の締結に先立ち、です。契約を結ぶ前の説明義務違反は、契約上の債務の不履行ではなく、不法行為による賠償責任になります。考えてみてください。説明義務違反のせいで、契約が結ばれました。つまり、契約は、その違反の結果です。結果として生まれた契約から、その違反を生んだ義務が生じた、とは言えません。原因と結果が、逆向きになってしまいます。整理します。分け目は、時間です。契約を結ぶ判断の前の説明義務は、契約から生じた義務ではないので、違反は不法行為。契約を結んだあとの、履行の段階の説明義務は、その契約の付随義務なので、違反は債務不履行。区画を閉じる設備の判例は後者、水漏れの設例は前者です。前の回の、契約締結上の過失、も、契約を結ぶ段階の落ち度の話でした。この判例は、契約を結ぶ前の説明義務違反について、債務不履行ではなく、不法行為の責任を考えました。なお、契約を結ぶ前に、情報を提供する義務が、いつもあるわけではありません。契約は自由です。信義則上の説明義務が認められる場合に限られます。この不法行為は、水漏れという財産の損害なので、時効は724条に従います。損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年です。

冒頭の答えと、まとめ

まとめ板。冒頭の答え=壁の穴は、取付けという給付そのものの不履行ではなく、取付けに伴う付随義務の違反(不完全履行)。415条で賠償を請求できる。不法行為(709条)でも請求できる。①不完全履行=給付内容の不適合/履行方法の不適切と拡大損害②付随義務=信義則(1条2項)から生じ、違反は415条③安全配慮義務=特別な社会的接触の関係に入った当事者間の信義則上の付随義務④構成の比較=生命・身体なら時効はそろい、遅延損害金と遺族固有の慰謝料に差が残る⑤契約の前の説明義務違反=不法行為。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=壁の穴は、取付けという給付そのものの不履行ではなく、取付けに伴う付随義務の違反(不完全履行)
  • 415条で賠償を請求できる
  • 不法行為(709条)でも請求できる
  • ①不完全履行=給付内容の不適合/履行方法の不適切と拡大損害②付随義務=信義則(1条2項)から生じ、違反は415条③安全配慮義務=特別な社会的接触の関係に入った当事者間の信義則上の付随義務④構成の比較=生命・身体なら時効はそろい、遅延損害金と遺族固有の慰謝料に差が残る⑤契約の前の説明義務違反=不法行為

冒頭の答えを、言い切ります。Kさんは、責任を負います。壁の穴は、取付けという給付そのものの不履行ではありません。取付けに伴う、付随義務の違反、つまり不完全履行です。415条で、損害の賠償を請求できます。不法行為でも、請求できます。Kさんが、頼まれた取付けはやった、と言っても、約束の周りの義務まで果たしたことには、なりません。整理します。1つめ、不完全履行。履行はしたが、本旨に従っていない。給付の内容が合っていない場合と、履行の方法が不注意で、拡大損害が出る場合があります。2つめ、付随義務。信義則、1条2項から生じる、周辺の義務です。違反は、415条1項の入口に乗ります。履行段階の説明義務も、その1つです。3つめ、安全配慮義務。ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間で、付随義務として、信義則上生まれます。契約が無くても、成り立ちます。

4つめが、債務不履行と不法行為の比較ですね。生命や身体なら時効はそろって、遅延損害金と遺族固有の慰謝料に差が残る。5つめは、契約を結ぶ前の説明義務違反です。これは不法行為でした。時間で分ける、と覚えてください。次の回は、賠償の範囲を決める416条を見ます。

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#161単独ページ動画

損害賠償の範囲と416条

第4章 債権総論 #161/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

転売の儲けまで、払わせられるか

冒頭の関係図。小売店Lが、卸Mから、標準品の業務用オーブン10台を1台60万円で仕入れる契約をした。Lはこのオーブンを、すでにNに1台80万円で売る約束をしていた。ところがMは期日に1台も届けず、Nとの転売も流れた。問い=転売で得られるはずだった利益(1台20万円×10台=200万円)まで、LはMに払わせられるか。 図:冒頭の関係図

  • 小売店Lが、卸Mから、標準品の業務用オーブン10台を1台60万円で仕入れる契約をした
  • Lはこのオーブンを、すでにNに1台80万円で売る約束をしていた
  • ところがMは期日に1台も届けず、Nとの転売も流れた
  • 問い=転売で得られるはずだった利益(1台20万円×10台=200万円)まで、LはMに払わせられるか

小売店を営むLさんは、卸のMさんから、標準品の業務用オーブン10台を、1台60万円で仕入れる契約をしました。Lさんは、このオーブンを、すでにNさんに、1台80万円で売る約束をしていました。ところが、Mさんは、期日に1台も届けませんでした。Nさんとの転売も、流れてしまいました。今日の問いは、LさんはMさんに、転売で得られるはずだった利益、1台20万円の10台分で200万円まで、払わせられるか、です。買い直しの損だけなのか、転売の儲けまで含まれるのか。答えは最後に出します。前の回で、不完全履行と付随義務を見ました。そこで予告したとおり、今日は、責任が成立したあとの問い、賠償はどこまで及ぶのか、を扱います。条文は、416条です。あわせて、前の回の最後で、次の回で扱う、とした弁護士費用も見ます。訴えるために弁護士に頼んだ費用も、賠償の範囲に入るのか、という416条の問いだからです。

つながりだけでは、範囲は決まらない

連鎖の図。Mの配送が遅れた→Nとの取引が流れた→Lの資金繰りが苦しくなった→Lが仕入先への支払いを遅らせた→その仕入先が別の取引先への支払いを遅らせた→…。どれも「Mが遅れなければ起きなかった」。事実的因果関係=全部つながる。賠償の範囲=どこかで線を引く(416条)。 図:連鎖の図

  • Mの配送が遅れた→Nとの取引が流れた→Lの資金繰りが苦しくなった→Lが仕入先への支払いを遅らせた→その仕入先が別の取引先への支払いを遅らせた→…
  • どれも「Mが遅れなければ起きなかった」
  • 事実的因果関係=全部つながる
  • 賠償の範囲=どこかで線を引く(416条)

損害と因果関係を扱った回で、事実的因果関係を見ました。その遅れがなければ、その損害は生じなかったか、という関係です。この定義を、今日も使います。ところで、この関係だけで賠償を決めると、どうなるでしょう。Mさんの配送が遅れた。そのせいでNさんとの取引が流れた。Lさんの資金繰りが苦しくなった。Lさんは仕入先への支払いを遅らせた。その仕入先も、別の取引先への支払いを遅らせた。事実のつながりだけを辿れば、損害は際限なく広がります。では、なぜ全部を払わせてはいけないのか。Mさんが約束したのは、オーブン10台を届けることで、Lさんの仕入先や、その先の取引先の事情まで引き受けたわけではないからです。それなのに、たった1回の遅れで、見知らぬ取引先の遅れまで背負わされるのは、酷です。どこかで、線を引く必要があります。事実的因果関係は、つながりがあるかを見る道具です。そのつながりのある損害のうち、どこまでを債務者に払わせるか。これが、賠償の範囲という、別の問いです。線を引く条文が、416条です。

416条の条文と、通常損害・特別損害

416条の読み方の前提。1項=通常生ずべき損害(通常損害)=その種の債務不履行から、一般に生ずると考えられる損害。2項=特別の事情によって生じた損害(特別損害)=当事者(判例=債務者)がその事情を予見すべきであったときだけ。予見の対象は「事情」。 図:416条の読み方の前提

  • 1項=通常生ずべき損害(通常損害)=その種の債務不履行から、一般に生ずると考えられる損害
  • 2項=特別の事情によって生じた損害(特別損害)=当事者(判例=債務者)がその事情を予見すべきであったときだけ
  • 予見の対象は「事情」

条文です。全文を見ます。

条文民法416条

民法第416条 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。 2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

1項から読みます。損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることを目的とする。賠償の中心は、通常生ずべき損害です。その種類の債務不履行があれば、一般に生ずると考えられる損害を、通常損害と言います。個々のケースの珍しさではなく、その種類の債務不履行から、世間一般に生ずると考えられるか、です。たとえば、注文した品物が届かなければ、買い直しで余計にかかる分の損害が生ずるのは、誰が見ても自然です。これが通常損害です。2項です。特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。特別の事情によって生じた損害を、特別損害と言います。ここで、言葉の置き場所に注意してください。予見するのは、損害そのものではなく、その損害を生んだ、特別の事情です。今回の設例なら、Lさんが転売を約束していた、という事情です。Mさんがこの事情を予見すべきであったと言えるときに限って、転売の儲けまで、賠償の対象に入ります。

ここは、条文どおりに当てはめる部分です。覚え込む特別な基準を足しているわけではなく、1項と2項の文言を、そのまま使います。

2017年の改正

2項の改正前後の比較。改正前=「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。」/現行=「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。」/変わった部分=「予見し、又は予見することができたとき」→「予見すべきであったとき」。 図:2項の改正前後の比較

2項は、2017年の債権法の改正で、文言が変わりました。改正前の2項は、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたとき、でした。現行は、予見すべきであったとき、です。改正前の文言は、予見した、予見できた、という言い方でした。現行の文言は、予見すべきであった、と、知っているべきだったか、という評価の形で書いています。たとえば、Mさんが転売の話を、実際には聞いていなかったとします。事実としては、予見していません。でも、契約の内容や取引の状況から、知っているべきだった、と評価されることはありえます。これが、規範的な評価、ということです。予見すべきであったか、は、契約の趣旨に照らして判断します。どんな契約で、どんな取引の流れで、何を債権者が期待していたのか。その契約が債務者に背負わせているリスクの範囲を見る、という発想です。前の回までの、責めに帰すべき事由でも、契約の趣旨に照らす、と言いました。あちらは、責任を負うかどうか。こちらは、責任を負うとして、どこまで払わせるか。同じ言い回しでも、問いが違います。判例はもともと、債務者が特別の事情を予見すべきであったかどうかを、規範的に、客観的に評価してきた、と説明され、改正はその考え方を条文に表したもの、と説明されています。今日は、現行の文言が、予見すべきであったか、を問う、という点を押さえてください。もう1点。条文には、誰が予見するのか、いつの時点で予見するのか、は書かれていません。2項は、当事者、予見すべきであったとき、とだけ書いています。この点は、あとで解釈として見ます。

通常損害と特別損害の仕分け

通常損害と特別損害の区別表(設例L・M・N)。決め手=その種の債務不履行から一般に生ずるか/特別の事情が間に入っているか。①買い直しで余計にかかった分(届かなかったオーブン10台の、市場での値段と約束の代金との差)=通常損害(物が届かなければ、買い直しで余計にかかる分の損害が生ずるのは一般的)。②Nへの転売で得られるはずだった利益=特別損害(Nとの転売の約束はL側の特別の事情。Mが知りえたのはLが店で売ることまで。知るべきであったときに限る)。 図:通常損害と特別損害の区別表

  • 設例L・M・N
  • 決め手=その種の債務不履行から一般に生ずるか
  • 特別の事情が間に入っているか。①買い直しで余計にかかった分(届かなかったオーブン10台の、市場での値段と約束の代金との差)=通常損害(物が届かなければ、買い直しで余計にかかる分の損害が生ずるのは一般的)。②Nへの転売で得られるはずだった利益=特別損害(Nとの転売の約束はL側の特別の事情。Mが知りえたのはLが店で売ることまで。知るべきであったときに限る)。

設例で仕分けます。まず、2つです。①届かなかったオーブン10台を買い直すのに、約束の代金より余計にかかった金額、つまり、市場での値段と約束の代金との差。②Nさんへの転売で得られるはずだった利益。①は、通常損害です。物が届かなければ、買い直しで余計にかかる分の損害が生ずるのは、一般的だからです。いつの時点の値段か、という点は、次の回で扱います。今日は、買い直しで余計にかかった金額、とだけ持ち帰ってください。①は、オーブンを渡す代わりに、お金で払わせる分なので、前に見た、履行に代わる損害賠償、填補賠償の中身です。填補賠償を求められる場面は、あの回で見たとおり、絞られていました。今日は、その場面にあたる前提で、どこまで払わせるかだけを見ます。

②は、特別損害です。Mさんは、Lさんがオーブンを店で売ることまでは、知りえます。でも、Nさんとの転売の約束は、Lさん側の特別の事情です。Mさんが、そこまで知っているとは限りません。その事情を知るべきだったときに限って、2項で、賠償の対象に入ります。決め手は、特別の事情が間に入っているか、です。なお、①と②は同じ10台についての損害なので、足し合わせて二重に取ることはできません。前に見た分け方と、混ぜないでください。①は出ていったお金、積極的損害です。②は入ってこなくなったお金、逸失利益です。通常か特別かは、それとは別の決め手で分けます。

通常損害と特別損害の区別表(続き)。③仮にNとの約束が1台150万円という異例の高値だったら、その値段で得られたはずの利益=特別損害(②に加え、異例の値段という特別の事情。Mがその事情を予見すべきであったかを別に問う)。④納品の遅れでLの店の営業全体が止まり、失った1か月分の売上=特別損害(オーブン1種の遅れで店全体が止まるのはLの店の個別事情)。⑤代わりのオーブンを急いで探すための電話代・交通費=区分は個別に判断する。 図:通常損害と特別損害の区別表

  • 続き
  • ③仮にNとの約束が1台150万円という異例の高値だったら、その値段で得られたはずの利益=特別損害(②に加え、異例の値段という特別の事情。Mがその事情を予見すべきであったかを別に問う)。④納品の遅れでLの店の営業全体が止まり、失った1か月分の売上=特別損害(オーブン1種の遅れで店全体が止まるのはLの店の個別事情)。⑤代わりのオーブンを急いで探すための電話代・交通費=区分は個別に判断する。

続けて、3つです。③仮に、Nさんとの約束が、1台150万円という異例の高値だったとします。その値段で得られたはずの利益。④納品の遅れで、Lさんの店の営業全体が止まり、失った1か月分の売上。⑤代わりのオーブンを急いで探すための、電話代と交通費。③は、特別損害です。②の、Nさんとの約束に加えて、1台150万円という異例の値段が、さらに別の特別の事情になります。Mさんが予見すべきだったのは、Nさんとの約束があることまでなのか、その異例の値段までなのか。事情ごとに、別に問います。④も、特別損害です。オーブンの遅れで、店全体が止まるのは、Lさんの店の個別の事情です。その事情を、Mさんが予見すべきであったかを問います。

⑤は、答えを覚えるのではなく、同じ決め手を当てます。その費用が、物が届かなければ誰にでもかかる程度のものか。それとも、Lさんの側の特別な事情があって膨らんだものか。前なら1項の側、後なら2項の側で、その事情を予見すべきであったかを問います。費用の中身と事情で変わるので、決まった型として覚えるものではありません。なお、転売の利益は、特別損害の典型例です。答案では、転売の約束を特別の事情として2項に当て、債務者がその事情を予見すべきであったかを検討する、と書いてください。

立ち止まる問いの板。LがNに転売する約束をしていたことによる利益は、通常損害か、特別損害か。 図:立ち止まる問いの板

ここで1問。LさんがNさんに転売する約束をしていたことによる利益は、通常損害でしょうか、特別損害でしょうか?転売の予定はLさん側の事情なので、特別損害です。Mさんが、その事情を予見すべきであったときに限って、請求できると思います。転売は、特別の事情です。だから、2項の、予見すべきであったか、が決め手になります。

416条をどう読むか

416条の読み方の対立。A説=相当因果関係説(判例・従来の通説)=1項は、債務不履行と相当因果関係のある損害だけが賠償の対象になることを定め、2項は、その相当性を判断する際に基礎にできる特別の事情の範囲を定める。理由=完全賠償を出発点に、法的な観点から因果関係に限定をかけ、際限のない拡大を防ぐ。批判=日本は完全賠償主義ではなく、416条は予見可能性で範囲を画する制限賠償主義を前提にしている。 図:416条の読み方の対立

  • A説=相当因果関係説(判例・従来の通説)=1項は、債務不履行と相当因果関係のある損害だけが賠償の対象になることを定め、2項は、その相当性を判断する際に基礎にできる特別の事情の範囲を定める
  • 理由=完全賠償を出発点に、法的な観点から因果関係に限定をかけ、際限のない拡大を防ぐ
  • 批判=日本は完全賠償主義ではなく、416条は予見可能性で範囲を画する制限賠償主義を前提にしている

ここは、論文で論点になりうる部分です。416条は、そもそも何を定めた規定なのか。2つの読み方があります。判例と従来の通説が、相当因果関係説です。416条1項は、債務不履行と相当因果関係のある損害だけが、賠償の対象になることを定めている。2項は、その相当性を判断するときに、基礎にできる特別の事情の範囲を定めている、と読みます。事実のつながりに、法的な観点から限定をかけた、という意味で、要は、賠償させるのが相当と言える範囲、のことです。事実のつながりのある損害を、出発点としつつ、際限のない広がりを防ぐために、相当な範囲に絞ります。では、相当かどうかを、何で決めるのか。この説では、それを決めるのが416条そのものです。1項の、通常生ずべき損害か。2項の、債務者が予見すべきであった特別の事情から生じた損害か。この2つに当たれば、相当と言えます。判例は、富喜丸事件と呼ばれる大審院の判決が、416条は相当因果関係の原則を定めたもの、と解しました。近時の最高裁も、相当因果関係、という言葉を使っています。その最高裁の判決は、最後の弁護士費用のところで見ます。富喜丸事件は、不法行為のところで、もう一度出てきます。この説への批判もあります。日本の民法は、因果関係のある損害を全部賠償させる、完全賠償主義ではありません。416条は、当事者の予見可能性で、賠償の範囲を画するという、制限賠償主義を前提にしている。それなのに、ドイツ由来の、相当因果関係、という考えを持ち込むのはおかしい、という批判です。

B説=保護範囲論(近時の有力説)。従来「相当因果関係」で扱われてきた問題は3つ。①債務不履行の事実と損害との事実的因果関係②その損害のうち、債務者にどこまで負担させるのが妥当かという保護範囲③賠償範囲の損害を金銭でどう見積もるかという金銭的評価。416条は②の保護範囲を決める基準。

  • B説=保護範囲論(近時の有力説)
  • 従来「相当因果関係」で扱われてきた問題は3つ
  • ①債務不履行の事実と損害との事実的因果関係②その損害のうち、債務者にどこまで負担させるのが妥当かという保護範囲③賠償範囲の損害を金銭でどう見積もるかという金銭的評価
  • 416条は②の保護範囲を決める基準

もう1つが、保護範囲論です。近時の有力説です。従来、相当因果関係、という1つの言葉で扱われてきた問題には、実は3つが混ざっている、と分けて考えます。1つめが、債務不履行の事実と損害との、事実的因果関係。2つめが、その損害のうち、債務者にどこまで負担させるのが妥当か、という保護範囲。3つめが、賠償すべき範囲の損害を、金銭でいくらと見積もるか、という金銭的評価です。416条が決めているのは、2つめの保護範囲だ、というのがこの説です。オーブンの設例に当てます。Mさんの遅れがなければ、Nさんへの転売は流れなかった。これが、1つめの事実的因果関係です。そのうえで、転売の利益200万円まで、Mさんに払わせるべきか。これが、2つめの保護範囲です。払わせるとして、それを200万円と見積もるのが、3つめの金銭的評価です。相当因果関係説なら、この3つを分けずに、転売の利益200万円が、Mさんの遅れと相当因果関係に立つか、という1つの問いで判断します。

設例の結論は、ほぼ同じになることが多いです。どちらの説も、最後は、416条の、通常か、特別の事情を予見すべきであったか、という同じ文言で線を引くからです。違いは、416条の位置づけです。保護範囲論は、契約で債務者が引き受けたリスクの範囲、という見方と結びつきます。オーブンなら、Mさんが約束したのは、10台を期日に届けることです。Nさんとの約束のような、Lさん側の特別な事情が流れる損まで引き受けたと言えるかは、その事情を知らされていたか、知るべきだったかで決まります。予見すべきであったかを、契約の趣旨に照らして判断する、という先ほどの点とつながります。

⭐ 論文で書く規範:416条の読み方(判例の規範) 416条1項は、債務不履行と相当因果関係を有する損害のみが賠償の対象となることを定め、2項は、相当因果関係を判断するときに基礎とすることのできる特別の事情を、どの範囲に限るかを定めたものと解する。 (出どころ=判例・通説(相当因果関係説。条文に無い基準を条文の読み方として立てたもの))

答案では、判例と通説の立場を規範として書くのが基本です。次の文を、そのまま覚えてください。416条1項は、債務不履行と相当因果関係を有する損害のみが賠償の対象となることを定め、2項は、相当因果関係を判断するときに基礎とすることのできる特別の事情を、どの範囲に限るかを定めたものと解する。この規範は、条文に無い基準を、判例と通説が条文の読み方として立てたものなので、覚えて使います。一言だけ、つまずきやすい点を足します。相当因果関係説を前提にすると、特別損害は、厳密には、特別の事情によって生じた通常損害、と定義されます。特別な事情を基礎にしたとき、通常生ずる、と言える損害、という意味です。オーブンで言えば、Nさんに転売する約束がある、という特別の事情を前提に置けば、届かなかったせいでその儲けを失うのは、普通に起きることです。転売の利益は、その意味で、特別の事情によって生じた通常損害、と呼ばれます。名前と意味だけ、知っておいてください。

予見の主体と時期

予見の主体と時期。問題=誰が、いつ、特別の事情を予見すべきであったか(条文は「当事者」とだけ書く)。判例・通説=主体は債務者・時期は履行期ないし債務不履行時。理由=債務者は、履行すれば損害を避けられた。履行期までに特別の事情を予見すべきだったのに履行しなかったのなら、そのリスクを負わせてよい。対立する考え方=契約締結時を基準に、契約当事者の双方の予見を見る(契約で配分したリスクを重視)。 図:予見の主体と時期

  • 問題=誰が、いつ、特別の事情を予見すべきであったか(条文は「当事者」とだけ書く)
  • 判例・通説=主体は債務者・時期は履行期ないし債務不履行時
  • 理由=債務者は、履行すれば損害を避けられた
  • 履行期までに特別の事情を予見すべきだったのに履行しなかったのなら、そのリスクを負わせてよい
  • 対立する考え方=契約締結時を基準に、契約当事者の双方の予見を見る(契約で配分したリスクを重視)

条文は、当事者が予見すべきであったとき、としか書いていません。誰が、いつの時点で、予見すべきだったのか。判例と通説の答えは、主体は債務者、時期は履行期、つまり債務不履行の時です。判例と通説が債務者を基準にするのは、債務者は、履行さえすれば、損害を避けられたからです。履行期までに、転売の事情を予見すべきだったのに、履行しなかった。それなら、その損害のリスクを、債務者に負わせてよい、という理由です。予見の時期を履行期とみる点は、大審院の判例も同じ結論です。対立する考え方もあります。契約を結んだ時点を基準にして、契約の当事者双方の予見を見る、という立場です。契約で、どんなリスクを配分したかを、重く見る考え方です。ただ、判例と通説は、債務者、債務不履行時、です。

変形設例。ケース1=契約のときMは転売を知らなかった。履行期の1週間前に、Lが「Nに1台80万円で転売することが決まっている。遅れるとNとの契約が切れる」と伝えていた→債務不履行時にMは予見すべきであった→転売利益が賠償される余地(ただし契約の趣旨に照らした判断)。ケース2=Lが転売の話を一切伝えておらず、Mにも知る機会が無かった→Mは予見すべきであったとは言えず、転売利益は請求できない。 図:変形設例

  • ケース1=契約のときMは転売を知らなかった
  • 履行期の1週間前に、Lが「Nに1台80万円で転売することが決まっている。遅れるとNとの契約が切れる」と伝えていた→債務不履行時にMは予見すべきであった→転売利益が賠償される余地(ただし契約の趣旨に照らした判断)
  • ケース2=Lが転売の話を一切伝えておらず、Mにも知る機会が無かった→Mは予見すべきであったとは言えず、転売利益は請求できない

変形設例で確かめます。Mさんは、契約のときは、転売の話を知りませんでした。ところが、履行期の1週間前に、Lさんが、Nさんに1台80万円で転売することが決まっていて、遅れるとNさんとの契約が切れる、とMさんに伝えていました。

立ち止まる問いの板。LがMに転売の事情を伝えたのは、履行期の1週間前だった。Mは、予見すべきであったと言えるか。 図:立ち止まる問いの板

  • LがMに転売の事情を伝えたのは、履行期の1週間前だった
  • Mは、予見すべきであったと言えるか

ここで1問です。Lさんが転売の事情を伝えたのは、履行期の1週間前でした。Mさんは、予見すべきであったと言えるでしょうか?基準は債務不履行時なので、履行期前に知らされているなら、予見すべきであったと言える余地があると思います。契約時に知らなくても、履行期までに知らされていれば、不履行時には予見すべきだった、と言えます。この場合、②の転売利益は、賠償される余地があります。ただし、予見すべきであったか、は契約の趣旨に照らして判断するので、自動的に決まるわけではありません。反対に、Lさんが転売の話を一切伝えておらず、Mさんにも知る機会が無かったなら、Mさんは予見すべきであったとは言えません。転売利益は、請求できません。

416条の読み方の流れ。損害が生じた→事実的因果関係があるか→1項の通常損害か→はい=賠償/いいえ=特別の事情による損害(2項)→債務者がその事情を予見すべきであったか(主体=債務者・時期=債務不履行時・契約の趣旨に照らす)→はい=賠償/いいえ=賠償されない。 図:416条の読み方の流れ

416条の読み方を、流れにします。損害が生じた。まず、事実的因果関係があるか。あれば、通常損害か。通常損害なら、賠償されます。通常損害でなければ、特別の事情による損害です。その事情を、債務者が、債務不履行時に、契約の趣旨に照らして予見すべきであったか。予見すべきであったなら賠償され、予見すべきでなかったなら、賠償されません。

不法行為にも416条を類推する

不法行為への類推。416条は債務不履行の規定。判例=不法行為による損害賠償の範囲にも、416条を類推適用する(大審院の富喜丸事件以来の立場。最判昭48・6・7も同旨)。類推適用=条文は債務不履行用だが、同じ考え方を借りる。特別の事情によって生じた損害=加害者がその事情を予見し、または予見することを得べかりしときに限り賠償。事案=他人の財産に対する仮処分の執行をめぐる損害賠償。反対意見=不法行為では無関係な者の間に突発するので予見可能性を問題にしにくい。 図:不法行為への類推

  • 416条は債務不履行の規定
  • 判例=不法行為による損害賠償の範囲にも、416条を類推適用する(大審院の富喜丸事件以来の立場。最判昭48・6・7も同旨)
  • 類推適用=条文は債務不履行用だが、同じ考え方を借りる
  • 特別の事情によって生じた損害=加害者がその事情を予見し、または予見することを得べかりしときに限り賠償
  • 事案=他人の財産に対する仮処分の執行をめぐる損害賠償
  • 反対意見=不法行為では無関係な者の間に突発するので予見可能性を問題にしにくい

416条は、債務不履行の規定です。ところが、判例は、不法行為による損害賠償の範囲についても、416条を類推適用します。先ほどの富喜丸事件が、その先例で、のちの最高裁もこの立場です。事案は、仮処分をめぐるものです。仮処分とは、裁判の結論が出るまでの間、裁判所に仮の措置をとってもらう手続です。他人の財産に対して、その仮処分が執行されたことをめぐって、損害賠償が争われました。判決の言葉を、見てください。

判例最判昭48・6・7 民集27巻6号681頁

不法行為への416条の類推適用 不法行為による損害賠償についても、民法四一六条が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において、右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべきである

類推適用は、416条をそのまま使うことではありません。そのまま適用するなら、債務不履行の場面です。不法行為でも、事実のつながりを辿れば、損害は際限なく広がります。どこかで線を引かなければならない、という問題は同じです。だから、債務不履行用の416条の線の引き方を、不法行為にも借りてくる。これが類推適用です。内容は、債務不履行の2項と同じ形です。特別の事情によって生じた損害は、加害者がその事情を予見し、または予見することを得べかりしときに限って、賠償する。ここでの、予見することを得べかりしとき、は、予見できたとき、という意味です。改正前の2項と同じ言い方です。この判決は改正より前のもので、現行の、予見すべきであった、という文言の下で不法行為をどう扱うかまでを決めたものではありません。ただし、この立場には反対意見もありました。債務不履行は、契約を結んだ者どうしの間で起こり、特別の事情を前もって相手に知らせることもできます。でも不法行為は、無関係な者の間で突然起こるので、予見可能性を問題にしにくい。だから、416条は類推せず、公平の観点から、広く賠償を認めるべきだ、という反対です。不法行為の損害賠償の範囲は、第6章で本格的に扱います。今日は、判例は類推適用、という結論までです。

弁護士費用

立ち止まる問い(前の回の復習)。安全配慮義務は、何から生じる義務として、判例は認めているか。 図:立ち止まる問い

  • 前の回の復習
  • 安全配慮義務は、何から生じる義務として、判例は認めているか。

弁護士費用に入る前に、前の回の要点を1問。安全配慮義務は、何から生じる義務として、判例は認めているでしょうか?ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間の、付随義務として、信義則上負う義務です。では、前の回で、次の回で扱う、とした弁護士費用です。

弁護士費用の3つの請求根拠。債務不履行一般=原則として賠償の対象外(大審院の判例)/安全配慮義務違反=相当な額の範囲で、相当因果関係に立つ損害として認める(最高裁)/不法行為=相当な額の範囲で認める(最高裁)。 図:弁護士費用の3つの請求根拠

請求のために、弁護士に頼んだ費用は、416条の範囲に入るでしょうか。3つの場面で見ます。債務不履行一般、安全配慮義務違反、不法行為です。債務不履行一般は、原則として、賠償の対象になりません。大審院の判例がそう解してきました。理由は、最高裁の判決を見たあとで、裏返して確かめます。次に、安全配慮義務違反です。事案は、プレス機に両手を挟まれて負傷した労働者が、使用者の安全配慮義務違反による債務不履行の賠償を求めた事件です。原審は、弁護士費用の請求を棄却しました。最高裁は、この部分を破棄して、差し戻しました。理由の核心を、見てください。

判例最判平24・2・24 集民240号111頁

安全配慮義務違反と弁護士費用(その1) そうすると,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は,労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。

判例最判平24・2・24 集民240号111頁

安全配慮義務違反と弁護士費用(その2) したがって,労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである

順に読みます。判決は、労働者が主張立証すべき事実が、不法行為の請求の場合と、ほとんど変わらない、ということも理由にしています。そのうえで、安全配慮義務違反による請求権は、訴訟で行使するには、弁護士に委任しなければ、十分な訴訟活動をするのが難しい類型だ、としました。だから、弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額などの事情を考えて、相当と認められる額の範囲で、義務違反と相当因果関係に立つ損害です。先ほどの、範囲に入る損害、という意味です。416条の線の内側にある、ということです。

弁護士費用の射程と決め手。安全配慮義務の判決の射程=使用者の安全配慮義務違反の事案で、債務不履行一般で認めたものではない。決め手=弁護士に頼まなければ訴訟が難しいか(難しいなら、訴えるために頼むのは普通に続いて起きること。相当な額が416条の線の内側)。債務不履行一般=原則として対象外のまま。学説=医療事故のように同じ事実が不法行為にも債務不履行にも当たる場面では、債務不履行でも弁護士費用の一部を賠償に含めるべきだという見解が有力。 図:弁護士費用の射程と決め手

  • 安全配慮義務の判決の射程=使用者の安全配慮義務違反の事案で、債務不履行一般で認めたものではない
  • 決め手=弁護士に頼まなければ訴訟が難しいか(難しいなら、訴えるために頼むのは普通に続いて起きること。相当な額が416条の線の内側)
  • 債務不履行一般=原則として対象外のまま
  • 学説=医療事故のように同じ事実が不法行為にも債務不履行にも当たる場面では、債務不履行でも弁護士費用の一部を賠償に含めるべきだという見解が有力

ここで、射程に注意してください。この判決は、使用者の安全配慮義務違反の事案です。債務不履行一般で、弁護士費用を認めたものではありません。債務不履行一般は、原則として対象外のままです。この判決が認めたのは、安全配慮義務違反では、不法行為とほとんど変わらない事実を示す必要があり、弁護士に頼まなければ訴訟が難しい、という類型だからです。比較として、不法行為を見ます。こちらは、判例が、相当額を認めています。さきほどの安全配慮義務の判決も、この判例を参照しています。

判例最判昭44・2・27 民集23巻2号441頁

不法行為と弁護士費用 従つて、相手方の故意又は過失によつて自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任するにあらざれば、十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。

判決は、現在の訴訟が専門化しているので、一般の人が単独で十分な訴訟活動をするのは難しい、と言います。だから、被害者が訴えの提起を余儀なくされたときに、弁護士に頼んだ費用は、相当と認められる額の範囲で、不法行為と相当因果関係に立つ損害になります。3つをまとめます。決め手は、弁護士に頼まなければ訴訟が難しいか、です。難しいなら、訴えるために弁護士に頼むのは、普通に続いて起きることです。不法行為の判決が、このようなことが通常と認められる、と言ったのは、この意味です。だから、相当な額が、416条の線の内側に入ります。不法行為は、相当額が認められます。安全配慮義務違反も、最高裁が同じ考え方で、相当額を認めました。一方で、債務不履行一般は、原則として対象外です。学説では、医療事故のように、同じ事実が不法行為にも債務不履行にもあたる場面では、債務不履行でも、弁護士費用の一部を賠償に含めるべきだ、という見解が有力です。

冒頭の答えと、まとめ

まとめ板。冒頭の答え=転売利益は416条2項の特別損害。Mが転売の事情を債務不履行時までに予見すべきであったと、契約の趣旨に照らして言えるときに賠償される(履行期前にLが転売先と価格を知らせていたなら請求できる余地/何も知らせていないなら請求できない)。転売の事情を予見すべきであったと言えないときでも、市場の値段と約束の代金の差は、通常損害として1項で賠償される(同じ10台の損害なので、2つを足して取ることはできない)。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=転売利益は416条2項の特別損害
  • Mが転売の事情を債務不履行時までに予見すべきであったと、契約の趣旨に照らして言えるときに賠償される(履行期前にLが転売先と価格を知らせていたなら請求できる余地/何も知らせていないなら請求できない)
  • 転売の事情を予見すべきであったと言えないときでも、市場の値段と約束の代金の差は、通常損害として1項で賠償される(同じ10台の損害なので、2つを足して取ることはできない)

冒頭の答えを、言い切ります。転売の利益200万円は、416条2項の特別損害です。Mさんが、転売の事情を、債務不履行の時までに予見すべきであった、と契約の趣旨に照らして言えるときに、賠償されます。履行期の前に、Lさんが転売先と価格を知らせていたなら、請求できる余地があります。何も知らせていなかったなら、請求できません。転売の事情を予見すべきであったと言えないときでも、オーブンを買い直すのに余計にかかる金額、つまり市場の値段と約束の代金の差は、通常損害として、1項で賠償されます。同じ10台についての損害なので、2つを足して取ることはできません。

まとめ板(続き)。①事実のつながりとは別に範囲の問いがある②1項=通常損害・2項=特別損害+予見すべきであった③改正=規範的評価④判例=相当因果関係説・主体は債務者・時期は債務不履行時⑤弁護士費用=債務不履行は原則対象外・安全配慮義務違反は相当額・不法行為も相当額。 図:まとめ板

  • 続き
  • ①事実のつながりとは別に範囲の問いがある②1項=通常損害・2項=特別損害
  • 予見すべきであった③改正=規範的評価④判例=相当因果関係説・主体は債務者・時期は債務不履行時⑤弁護士費用=債務不履行は原則対象外・安全配慮義務違反は相当額・不法行為も相当額。

整理します。1つめ、事実のつながりとは別に、賠償の範囲の問いがあります。線を引く条文が416条です。2つめ、1項は通常損害、2項は特別の事情による損害で、その事情を予見すべきであったときに限ります。3つめ、改正で、予見し又は予見することができたが、予見すべきであったに変わりました。事実として知っていたかではなく、知っているべきだったか、という規範的な評価を問います。4つめが、416条の読み方ですね。判例は相当因果関係説で、予見の主体は債務者、時期は債務不履行時。保護範囲論という有力説もあります。5つめは、弁護士費用です。債務不履行一般は原則として対象外、安全配慮義務違反は相当額、不法行為も相当額でした。次の回は、範囲が決まった損害を、いくらと見積もるかを見ます。

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#162単独ページ動画

損害賠償額の算定基準時

第4章 債権総論 #162/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

値上がりした土地は、いつの値段で

冒頭の関係図。買主Pが、売主Qから、宅地(甲地)を2000万円で買う契約をした。代金は引渡しと同時払いで、まだ払っていない。履行期の前にQは甲地をRに売り、登記もRに移した(二重売買)。Pへの引渡しは不能。問い=不能にした時点の時価は2800万円、判決前の最後の審理の時点では4200万円。PはQに、いくら払わせられるか。 図:冒頭の関係図

  • 買主Pが、売主Qから、宅地(甲地)を2000万円で買う契約をした
  • 代金は引渡しと同時払いで、まだ払っていない
  • 履行期の前にQは甲地をRに売り、登記もRに移した(二重売買)
  • Pへの引渡しは不能
  • 問い=不能にした時点の時価は2800万円、判決前の最後の審理の時点では4200万円
  • PはQに、いくら払わせられるか

Pさんは、Qさんから、宅地の甲地を、2000万円で買う契約をしました。代金は、引渡しと同時に払う約束で、まだ払っていません。ところが、履行期の前に、Qさんは甲地をRさんに売り、登記もRさんに移してしまいました。二重売買です。Pさんへの引渡しは、できなくなりました。問題は、値段です。甲地は、近くの再開発で、値上がりが続いています。Qさんが引渡しをできなくした時点の時価は、2800万円。裁判が続く間にも上がり続けて、判決の前の最後の審理の時点では、4200万円になりました。今日の問いは、PさんはQさんに、いくら払わせられるか、です。2800万円の値段で計算するのか、4200万円の値段で計算するのか。答えは最後に出します。前の回で、賠償の範囲を見ました。どこまでの損害が賠償の対象になるかは、416条で決まります。ただ、範囲が決まっても、まだ終わりではありません。その損害を、いくらと見積もるか、という問いが残ります。買い直しの差額について、いつの時点の値段か、と次の回に送っていました。今日が、その回です。

賠償は金銭で、額を定める

417条の位置づけ。416条=どの損害まで賠償の対象にするか(範囲)/417条=その損害を金銭でいくらと定めるか(額)。原則=損害を被ったことと額は債権者が証明する。例外=①金銭債務は損害の証明が要らない(419条2項)②慰謝料は裁判所が自由な心証で量定③損害が生じたことは認められるが額の立証が極めて困難なとき、裁判所が相当な額を認定できる(民事訴訟法248条)。 図:417条の位置づけ

  • 416条=どの損害まで賠償の対象にするか(範囲)/417条=その損害を金銭でいくらと定めるか(額)
  • 原則=損害を被ったことと額は債権者が証明する
  • 例外=①金銭債務は損害の証明が要らない(419条2項)②慰謝料は裁判所が自由な心証で量定③損害が生じたことは認められるが額の立証が極めて困難なとき、裁判所が相当な額を認定できる(民事訴訟法248条)

条文です。全文を見ます。

条文民法417条

民法第417条 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。

損害賠償は、お金で払うのが原則です。別段の意思表示、つまり、当事者が別の方法を約束していれば、それに従います。たとえば、壊した物は同じ物で弁償する、と決めていた場合です。約束がなければ、金銭です。土地そのものを引き渡させる請求は、本来の履行の請求です。ところが、今回は、履行が不能になっています。だから、その代わりに、お金で賠償させる。これが、前に見た、填補賠償です。ここから先は、そのお金の額をどう見積もるか、の話です。整理します。416条は、どの損害まで賠償の対象にするか、という範囲の問いでした。417条の先にあるのは、その損害をいくらと定めるか、という額の問いです。前の回で見た保護範囲論の言葉で言えば、3つめの、金銭的評価にあたります。今日は、この額の問いのうち、時価が動く物で、いつの値段を見るか、を扱います。

原則は、債権者です。損害を被ったこと、その額を、債権者のほうで証明します。ただし、例外が3つあります。1つめは、金銭債務。これは、損害の証明が要らないと419条2項が定めていて、利息の回で見ました。2つめは、慰謝料。裁判所が、自由な心証で額を決めます。3つめは、損害が生じたことは認められるのに、性質上、額の立証が極めて難しいとき。民事訴訟法248条で、裁判所が相当な額を認定できます。いずれも、名前と結論だけ、持ち帰ってください。

履行不能の基準時:原則は、不能にした時の値段

立ち止まる問いの板(前の回の復習)。特別の事情によって生じた損害は、どんなときに賠償を請求できるか。 図:立ち止まる問いの板

  • 前の回の復習
  • 特別の事情によって生じた損害は、どんなときに賠償を請求できるか。

基準時に入る前に、前の回の要点を1問。特別の事情によって生じた損害は、どんなときに賠償を請求できるでしょうか?債務者が、その事情を予見すべきであったときです。416条の全文で、確かめておきます。

条文民法416条

民法第416条 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。 2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

1項が通常損害、2項が特別の事情です。この2項の考え方が、今日は、値段の見方にも出てきます。

基準時の時間軸図。契約→(値上がり)→不能にした時(時価2800万円)→(値上がりが続く)→判決前の最後の審理の時(口頭弁論終結時・時価4200万円)。原則=不能にした時の値段/値上がりが続く事情を債務者が予見すべきであったとき=最後の審理の時の値段。 図:基準時の時間軸図

  • 契約→(値上がり)→不能にした時(時価2800万円)→(値上がりが続く)→判決前の最後の審理の時(口頭弁論終結時・時価4200万円)
  • 原則=不能にした時の値段/値上がりが続く事情を債務者が予見すべきであったとき=最後の審理の時の値段

まず、問題の所在です。物を引き渡す債務が、債務者の処分のせいで履行不能になり、債権者が、填補賠償を求める。この物の時価が動いているとき、どの時点の値段で額を決めるのか。判例が、枠組みを示しています。事案を、自分の言葉で言います。土地を買い戻したとして、登記を求める訴えを起こした人がいました。その裁判の最中に、相手方が、その土地を他に売って、登記を移してしまった。そこで、請求は、損害賠償に変わります。土地の時価は、相手方が処分した当時から、最後の審理のときまで、上がり続けていました。原審は、相手方がそれを知っていたか、予見できたと認定して、最後の審理のときの時価の範囲で、賠償責任を認めました。最高裁は、上告を退けました。判旨の最初の部分を、見てください。

判例最判昭37・11・16 民集16巻11号2280頁

履行不能の賠償額の基準時(原則と例外) 債務の目的物を債務者が不法に処分し債務が履行不能となつたとき債権者の請求しうる損害賠償の額は、原則としてその処分当時の目的物の時価であるが、目的物の価格が騰貴しつつあるという特別の事情があり、かつ債務者が、債務を履行不能とした際その特別の事情を知つていたかまたは知りえた場合は、債権者は、その騰貴した現在の時価による損害賠償を請求しうる。

まず、原則です。請求できる額は、原則として、処分当時の目的物の時価です。設例で言えば、Rさんへの登記が移った時点です。前に見たとおり、二重売買では、他の買主への登記が完了した時に、不能になります。その時点の時価、2800万円です。不能になった時に、甲地を渡せという権利は、お金の賠償に変わります。変わるその時に債権者が失ったのは、その時点の甲地です。だから、その時の値段で見積もります。前の回で見た、416条1項の通常損害、つまり、その種類の債務不履行があれば一般に生ずる損害の見方です。払わずに済む代金を差し引いて、2800万円引く2000万円で、800万円。約束どおりなら得られた値打ちから代金を引く、前に見た、履行利益と同じ引き算です。これが、原則の額です。そして、例外が、後半です。目的物の価格が騰貴しつつある、つまり値上がりが続いている、という特別の事情があり、債務者が不能にしたとき、その事情を知っていたか知りえたなら、騰貴した現在の時価で請求できる。この判決は、当時の416条2項の趣旨を、知っていたか知りえた、という言葉で書いています。当時の2項の文言は、予見し、又は予見することができた、でした。現行の2項は、予見すべきであった、です。前の回で見たとおり、規範的に、知っているべきだったか、を問います。予見する人は債務者、時期は、不能にしたとき、つまり、この場面での債務不履行の時です。時期がその時なのは、前の回のとおり、債務者は、その時に処分をやめれば、損害を避けられたからです。

値上がりが続くとき、なぜ終結時の値段か

例外の理由と中身。例外=特別の事情(価格が値上がりしつつある)+債務者が不能にしたとき予見すべきであった→騰貴した現在(判決前の最後の審理=口頭弁論終結時)の時価。理由=債務不履行がなければ、債権者は騰貴した価格のある物を現に持てたはず。予見の対象=値上がりが続く事情。予見の主体=債務者。予見の時期=不能にしたとき。 図:例外の理由と中身

  • 例外=特別の事情(価格が値上がりしつつある)+債務者が不能にしたとき予見すべきであった→騰貴した現在(判決前の最後の審理=口頭弁論終結時)の時価
  • 理由=債務不履行がなければ、債権者は騰貴した価格のある物を現に持てたはず
  • 予見の対象=値上がりが続く事情
  • 予見の主体=債務者
  • 予見の時期=不能にしたとき

例外の理由は、判旨の、けだし、つまり、なぜなら、に続く部分です。見てください。

判例最判昭37・11・16 民集16巻11号2280頁

騰貴した価格で賠償する理由 けだし、債権者は、債務者の債務不履行がなかつたならば、その騰貴した価格のある目的物を現に保有し得たはずであるから、債務者は、その債務不履行によつて債権者につき生じた右価格による損害を賠償すべき義務あるものと解すべきであるからである。

言い換えます。Qさんが、Rさんに売らなかったなら、Pさんは、甲地を、手元に持ち続けていました。その間に、甲地は、4200万円の値打ちになった。だから、その値打ちの分の損を、賠償させるのが相当、という理由です。不能にした時の2800万円で止めると、Pさんは、値上がりの分だけ、取り戻せずに終わってしまいます。予見の対象は、損害ではなく、値上がりが続く事情です。416条2項の、特別の事情、にあたります。通常の場合、値段が上がり続けることまでは、損害に入りません。だから、そこまで負わせるには、債務者が、その事情を予見すべきであった、と言える必要があります。

変形設例。①予見すべき事情がある例=再開発の計画がすでに公表され、近隣の地価が上がり続けていた時期に、QがRに二重売買して不能にした→Qは値上がりが続く事情を予見すべきであった→終結時4200万円−代金2000万円=2200万円。②予見すべき事情が無い例=不能にした時点では値上がりを示す事情が何も見えていなかった→不能時2800万円で止まる→2800万円−2000万円=800万円。 図:変形設例

  • ①予見すべき事情がある例=再開発の計画がすでに公表され、近隣の地価が上がり続けていた時期に、QがRに二重売買して不能にした→Qは値上がりが続く事情を予見すべきであった→終結時4200万円−代金2000万円=2200万円
  • ②予見すべき事情が無い例=不能にした時点では値上がりを示す事情が何も見えていなかった→不能時2800万円で止まる→2800万円−2000万円=800万円

設例で確かめます。1つめ。再開発の計画が、すでに公表されていて、近隣の地価が上がり続けていた時期に、Qさんが、二重売買で不能にしました。この事情なら、Qさんは、値上がりが続く事情を、予見すべきであったと言えます。最後の審理の時の4200万円から、払わずに済む代金2000万円を引いて、2200万円です。2つめ。不能にした時点では、値上がりを示す事情が、何も見えていませんでした。その場合、Qさんは、予見すべきであったとは言えません。2800万円で止まって、差し引き800万円です。同じ不能でも、予見すべきであったか、で、800万円と2200万円に分かれます。

例外で賠償するのは、Pさんが甲地を持ち続けていたなら、今、手元にあるはずの値打ちです。値上がりが続く限り、その値打ちは、判決の直前まで動きます。裁判所が値段を確かめられる最後の機会が、判決前の最後の審理なので、その時の値段で見ます。権利が賠償に変わるのは不能の時でも、見積もる値打ちは今のもの。ここが、原則との違いです。ここまでが、判旨の例外の、中身です。

途中で処分したはず、いったん下がったとき

変形設例の続き。③PがQの不履行前から「3000万円になったら他に売る」と決めていた場合=その処分時の3000万円で止まる→3000万円−2000万円=1000万円。④途中で4500万円まで上がり、その後3800万円に下がった場合=中間最高価格(いったん上がって下がったうち最も高い価格)4500万円を基準にするには、4500万円のときに転売などで利益を確実に取得したであろうと予想されることが必要。 図:変形設例の続き

  • ③PがQの不履行前から「3000万円になったら他に売る」と決めていた場合=その処分時の3000万円で止まる→3000万円−2000万円=1000万円
  • ④途中で4500万円まで上がり、その後3800万円に下がった場合=中間最高価格(いったん上がって下がったうち最も高い価格)4500万円を基準にするには、4500万円のときに転売などで利益を確実に取得したであろうと予想されることが必要

次の2つは、例外の例外です。まず3つめ。Pさんが、もともと、3000万円になったら他に売る、と決めていたとします。この場合、Pさんは、甲地が3000万円になった時点で手放していたはずです。だから、それ以上の値上がりは、Pさんが持っていても手に入らなかった分で、処分したと予想される時点の3000万円で止まります。3000万円引く2000万円で、1000万円です。4つめです。甲地が、途中で4500万円まで上がって、その後、3800万円に下がったとします。いったん上がってから下がったとき、途中で最も高かった価格を、中間最高価格と言います。4500万円が、それです。

請求するには、条件があります。判旨の、後半です。見てください。

判例最判昭37・11・16 民集16巻11号2280頁

中間最高価格と、現在なお騰貴中のとき また、目的物の価格が一旦騰貴しさらに下落した場合に、その騰貴した価格により損害賠償を求めるためにはその騰貴した時に転売その他の方法により騰貴価格による利益を確実に取得したのであろうと予想されたことが必要であると解するとしても、目的物の価格が現在なお騰貴している場合においてもなお、恰も現在において債権者がこれを他に処分するであろうと予想されたことは必ずしも必要でないと解すべきである。

前半です。いったん騰貴して、下落した場合に、その騰貴した価格で賠償を求めるには、騰貴した時に、転売その他の方法で、騰貴価格による利益を確実に取得したであろうと予想されたことが必要。言い換えると、その4500万円のとき、Pさんが、転売などで、必ず儲けが出たと見られる事情が必要です。4500万円の値段がつく瞬間があっただけでは足りません。この条件を満たすと見られるなら、4500万円引く2000万円で、2500万円が、基準になります。条件を満たさないときに、額をどう見るかは、この判決が直接は述べていません。今日は、ここまでにします。

判旨の後半は、価格が現在なお騰貴している場合の話です。現在なお騰貴しているなら、現在、債権者が、これを他に処分するだろうと予想されたことは、必要ではありません。たとえば、4200万円まで上がり続けている今、Pさんが今すぐ売るつもりだったかは、問いません。上がり続けている以上、その価格で持っていたはずだから、という理由です。下落したときに、なぜ条件が要るのか。Pさんが持ち続けていたなら、今の手元は3800万円の物です。4500万円の値打ちを取れたと言うには、その時に売り抜けていたはずだ、と言える事情が要ります。今なお騰貴中なら、持ち続けているだけで、高値の物が手元にあります。違いは、ここです。

⭐ 論文で書く規範:履行不能の賠償額の基準時(判例の規範) 債務者が目的物を不法に処分して履行不能としたときの損害賠償の額は、原則として処分当時の目的物の時価である。目的物の価格が騰貴しつつあるという特別の事情があり、債務者が不能とした際その事情を予見すべきであったときは、債権者は、騰貴した現在の時価による賠償を請求できる。いったん騰貴して下落した場合に、その騰貴した価格により賠償を求めるには、その騰貴した時に転売その他の方法により騰貴価格による利益を確実に取得したであろうと予想されたことが必要である。 (出どころ=判例(条文に無い基準を、416条の当てはめとして判例が立てたもの。判旨の「知りえた」は、現行2項の文言で「予見すべきであった」と読む))

答案では、この規範を、判例の枠組みとして書きます。条文に無い基準を、判例が立てたものなので、覚えて使います。ここは、論文で論点になりうる部分です。416条2項の、予見すべきであったか、という当てはめが、そのまま値段の基準に出てきます。なお、前の回で、416条を相当因果関係の原則と解した判決として見た、大審院の富喜丸事件は、不法行為で物が失われたあとの値上がりについて、416条を類推して考えた判決です。中間最高価格の考え方の出どころも、この判決です。ここでは、名前と結論だけにします。

立ち止まる問いの板。Qが値上がりが続く事情を、不能にしたとき予見すべきであった。Pの賠償額は、何円の価格を基準にするか。予見すべきでなかったときは。 図:立ち止まる問いの板

  • Qが値上がりが続く事情を、不能にしたとき予見すべきであった
  • Pの賠償額は、何円の価格を基準にするか
  • 予見すべきでなかったときは

ここで1問です。Qさんが、値上がりが続く事情を、不能にしたときに、予見すべきであったとします。Pさんの賠償額は、何円の価格を基準にするでしょうか。予見すべきでなかったときは、どうでしょうか?予見すべきであったなら、最後の審理の時の4200万円から、代金の2000万円を引いた額、2200万円です。予見すべきでなかったときは、不能にした時の2800万円から2000万円を引いて、800万円です。

自分で使う目的でも同じか

自己使用目的の買主。疑問=買主が転売で儲けるためではなく、自分で使うために買った不動産でも、値上がりした価格で請求できるか。結論=同じ理が妥当する(買主は不動産を騰貴した価格のまま現に持てたはずだから)。転売目的かどうかは、騰貴価格で請求できるかの条件ではない。 図:自己使用目的の買主

  • 疑問=買主が転売で儲けるためではなく、自分で使うために買った不動産でも、値上がりした価格で請求できるか
  • 結論=同じ理が妥当する(買主は不動産を騰貴した価格のまま現に持てたはずだから)
  • 転売目的かどうかは、騰貴価格で請求できるかの条件ではない

値上がりの話をすると、転売して儲けるつもりだった人だけの話に見えます。では、自分で使うために買った人は、どうでしょうか。事案です。家を買った買主が、自分で住むつもりでした。ところが、売主の側で契約が解除されたと信じた別の買主に、その家が売られ、引渡しが不能になりました。原審は、不能になったときの価格で額を算定しました。最高裁は、値上がりの事情と、売主の認識を審理していないとして、原審を破棄して、差し戻しました。理由を、見てください。

判例最判昭47・4・20 民集26巻3号520頁

自己の使用に供する目的の買主 そして、この理は、本件のごとく、買主がその目的物を他に転売して利益を得るためではなくこれを自己の使用に供する目的でなした不動産の売買契約において、売主がその不動産を不法に処分したために売主の買主に対する不動産の所有権移転義務が履行不能となつた場合であつても、妥当するものと解すべきである。

この理、というのは、先ほどの、騰貴した価格で請求できるという理のことです。買主が、転売して儲けるためではなく、自分で使うために買った場合でも、同じように妥当する、と言っています。決め手は、転売で儲けるつもりだったかではなく、売主が処分しなければ、買主は、値上がりした価格の不動産を、そのまま持てたはずだ、という点です。住むつもりでも、持っていたはずの物の値打ちは、上がっています。だから、転売目的かどうかは、騰貴価格で請求できるための条件ではありません。ただし、外れるのは、転売目的という条件だけです。値上がりが続く事情を、売主が予見すべきであったか、という条件は、自分で使う目的の買主でも残ります。この事件も、その点を審理させるために、差し戻されました。

契約を解除した場合の基準時

解除した場合の設例。Pは、Qから甲地を2000万円で買う契約をした。Qが履行しないので、Pは契約を解除した。履行期の時価=2600万円、解除した時の時価=3000万円。基準=解除時の時価→3000万円−2000万円=1000万円。履行期の時価を基準にすると2600万円−2000万円=600万円だが、こちらは基準にしない。 図:解除した場合の設例

  • Pは、Qから甲地を2000万円で買う契約をした
  • Qが履行しないので、Pは契約を解除した
  • 履行期の時価=2600万円、解除した時の時価=3000万円
  • 基準=解除時の時価→3000万円−2000万円=1000万円
  • 履行期の時価を基準にすると2600万円−2000万円=600万円だが、こちらは基準にしない

ここまでは、履行不能の場合でした。次に、売主が給付しないため、買主が契約を解除した場合を見ます。数字を変えます。Pさんが、Qさんから甲地を2000万円で買う契約をしました。Qさんが履行しないので、Pさんは契約を解除しました。履行期の時価は2600万円、解除した時の時価は3000万円だったとします。履行に代わる損害賠償の額は、どの時点の値段で見るのでしょうか。判決を見てください。

判例最判昭28・12・18 民集7巻12号1446頁

売買契約が解除された場合の基準時 次に、本件の如く売主が売買の目的物を給付しないため売買契約が解除された場合においては、買主は解除の時までは目的物の給付請求権を有し解除により始めてこれを失うと共に右請求権に代えて履行に代る損害賠償請求権を取得するものであるし、一方売主は解除の時までは目的物を給付すべき義務を負い、解除によつて始めてその義務を免れると共に右義務に代えて履行に代る損害賠償義務を負うに至るものであるから、この場合において買主が受くべき履行に代る損害賠償の額は、解除当時における目的物の時価を標準として定むべきで、履行期における時価を標準とすべきではないと解するのを相当とする。

結論は、解除当時の時価です。履行期の時価ではありません。数字では、解除時の3000万円から、払わずに済む代金の2000万円を引いて、1000万円。履行期の2600万円を基準にした600万円ではありません。買主は、解除の時まで、目的物を給付させる権利を持っています。解除で初めて、その権利を失って、代わりに賠償請求権を取得します。売主のほうも、解除の時まで、給付する義務を負っていて、解除で初めて、その義務が賠償義務に変わります。賠償の権利と義務が生まれるのが解除の時なので、その時の値段を見る、という筋です。なお、この判決は、実際に契約を解除した場合の判断です。解除権が発生しただけで、解除せずに填補賠償を求める場合の基準時までは、述べていません。この判決は、インフレで物価が騰貴していた事案で、解除当時の時価と代金の差額を、416条1項の通常損害としました。あくまで、この事件での判断です。範囲の線は416条、値段を見る時点はこの判決、と、役割を分けて持っておいてください。もう1つ、名前の区別です。訴訟の上で、本来の給付が履行不能や執行不能、つまり、強制執行しても取れない状態になったときに備えて、あらかじめ求めておく、履行に代わる賠償の請求を、訴訟上の代償請求と言います。この場合の基準時は、事実審の口頭弁論終結時、つまり、判決前の最後の審理の時です。詳しくは、民事訴訟法の回で扱います。なお、契約の解除と損害賠償の関係そのものは、第5章で見ます。

基準時のまとめ表(履行不能・解除)。履行不能/原則=不能にした時の時価/値上がりが続く特別の事情+不能にしたとき債務者が予見すべきであった=口頭弁論終結時の時価/値上がりの前に他に処分したと予想される=その処分時の価格/いったん上がって下がった=中間最高価格は、その時に確実に利益を取得したと予想されることが必要/現在なお値上がり中=今、他に処分すると予想されることは不要/自分で使う目的の買主=同じ理が妥当/解除した場合=解除当時の時価。 図:基準時のまとめ表

  • 履行不能・解除
  • 履行不能
  • 原則=不能にした時の時価
  • 値上がりが続く特別の事情+不能にしたとき債務者が予見すべきであった=口頭弁論終結時の時価
  • 値上がりの前に他に処分したと予想される=その処分時の価格
  • いったん上がって下がった=中間最高価格は、その時に確実に利益を取得したと予想されることが必要
  • 現在なお値上がり中=今、他に処分すると予想されることは不要
  • 自分で使う目的の買主=同じ理が妥当
  • 解除した場合=解除当時の時価。

表にまとめます。履行不能なら、原則は、不能にした時の時価。値上がりが続く特別の事情があり、不能にしたとき、債務者が予見すべきであったなら、口頭弁論終結時の時価。ただし、値上がりの前に、他に処分したと予想されるなら、その処分時の価格です。いったん上がって下がったときは、中間最高価格を基準にするのに、確実に利益を取得したという予想が要ります。今なお値上がり中なら、今処分する予想は要りません。自分で使う目的の買主にも、同じ理が妥当します。解除した場合は、解除当時の時価です。取り違えを避ける手がかりは、権利が賠償に変わる時です。履行不能は、不能になった時に変わります。解除した場合は、解除の時に変わります。この手がかりから、履行不能は不能時、解除は解除時、と取り出してください。

冒頭の答えと、まとめ

まとめ板。冒頭の答え=原則は不能にした時の時価2800万円−払わずに済む代金2000万円=800万円。Qが不能にしたとき、値上がりが続く事情を予見すべきであったなら、口頭弁論終結時の4200万円−2000万円=2200万円。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=原則は不能にした時の時価2800万円−払わずに済む代金2000万円=800万円
  • Qが不能にしたとき、値上がりが続く事情を予見すべきであったなら、口頭弁論終結時の4200万円−2000万円=2200万円

冒頭の答えを、言い切ります。原則は、不能にした時の時価、2800万円から、払わずに済む代金2000万円を引いた、800万円です。Qさんが、不能にしたとき、値上がりが続く事情を予見すべきであったなら、最後の審理の時の4200万円から2000万円を引いた、2200万円です。

まとめ板(続き)。①417条=賠償は金銭で額を定める。範囲(416条)の次に額の問いがある②履行不能の基準時=原則は不能時・予見すべきであったなら終結時(昭37)・途中で処分予想なら処分時・中間最高価格は確実取得の予想が要る・今なお騰貴中なら処分予想は不要③自分で使う目的でも同じ(昭47)④解除した場合は解除時(昭28)。 図:まとめ板

  • 続き
  • ①417条=賠償は金銭で額を定める。範囲(416条)の次に額の問いがある②履行不能の基準時=原則は不能時・予見すべきであったなら終結時(昭37)・途中で処分予想なら処分時・中間最高価格は確実取得の予想が要る・今なお騰貴中なら処分予想は不要③自分で使う目的でも同じ(昭47)④解除した場合は解除時(昭28)。

整理します。1つめ、417条です。損害賠償は金銭で額を定めます。範囲の416条の次に、額の問いがあります。2つめ、履行不能の基準時です。原則は、不能にした時の時価。値上がりが続く事情を予見すべきであったなら、最後の審理の時の時価。途中で処分したと予想されるなら、その処分時。いったん下がったときの中間最高価格には、確実に利益を取得したという予想が必要です。3つめは、自分で使う目的の買主でも、同じ理が妥当する、でしたね。4つめ、契約を解除した場合は、解除当時の時価です。値段の見積もりには、まだ続きがあります。続きは、次の回で見ます。

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#163単独ページ動画

賠償額の予定と過失相殺・代償請求権

第4章 債権総論 #163/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

実損より多くても、約束の額か

冒頭の関係図。注文者Sが、請負人Tに、店舗の内装工事を頼んだ。「完成が遅れたら、1日あたり10万円」と、前もって決めていた。Tは20日遅れた。問い=Sの実際の損害が50万円でも、500万円でも、Sは200万円を請求できるか。 図:冒頭の関係図

  • 注文者Sが、請負人Tに、店舗の内装工事を頼んだ
  • 「完成が遅れたら、1日あたり10万円」と、前もって決めていた
  • Tは20日遅れた
  • 問い=Sの実際の損害が50万円でも、500万円でも、Sは200万円を請求できるか

Sさんが、Tさんに、店舗の内装工事を頼みました。契約のとき、完成が1日遅れるごとに10万円を払う、と決めていました。ところが、Tさんは、20日遅れてしまいました。10万円に20日で、200万円です。今日の問いは、そこです。Sさんの実際の損害が、50万円だったとします。あるいは、500万円だったとします。どちらの場合でも、Sさんは、200万円を請求できるのでしょうか。答えは、最後に出します。前の回で、賠償の額を、いつの時点の値段で見るかが決まりました。ただ、値段の見積もりには、まだ続きがありました。見積もった額が、あとから動く場面です。そして、賠償を済ませたあとに、物や権利がどこへ行くのか、という問いも残っています。今日は、その2つを見ます。

賠償額の予定(420条)

立ち止まる問いの板(前の回の復習)。履行不能の賠償額は、原則として、いつの時点の時価で見るか。 図:立ち止まる問いの板

  • 前の回の復習
  • 履行不能の賠償額は、原則として、いつの時点の時価で見るか。

入る前に、前の回の要点を1問。履行不能の賠償額は、原則として、いつの時点の時価で見るでしょうか?不能にした時の時価です。では、本題です。

賠償額の予定。意義=債務不履行があったときに払う額を、当事者が前もって合意する。趣旨=損害の立証の困難を除く。効果=債権者は債務不履行の事実を示せば、実損の大小にかかわらず予定額で決まる。415条の責任の要件(帰責事由など)は予定があっても必要。 図:賠償額の予定

  • 意義=債務不履行があったときに払う額を、当事者が前もって合意する
  • 趣旨=損害の立証の困難を除く
  • 効果=債権者は債務不履行の事実を示せば、実損の大小にかかわらず予定額で決まる
  • 415条の責任の要件(帰責事由など)は予定があっても必要

そもそも、なぜ、額を前もって決めておくんですか。損害の立証が、難しいからです。工事が遅れて、店の開店が遅れたとき、失った売上がいくらか、証明するのは骨が折れます。前もって額を決めておけば、その争いを避けられます。その約束を認めるのが、420条です。条文を見ます。

条文民法420条

民法第420条 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。 2 賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。 3 違約金は、賠償額の予定と推定する。

1項です。債務不履行があったときに払う額を、当事者が前もって決めておけます。冒頭の、1日10万円が、まさにこれです。趣旨は、先ほどの、立証の困難を除くことです。効果です。債権者のSさんは、Tさんの債務不履行の事実を示せば、実損が50万円でも500万円でも、予定額の200万円で決まります。実損を証明する必要がありません。債務者のTさんのほうも、実損は小さかったと言って、額を下げようとすることはできません。額は、約束で決まるのです。払う責任があれば、です。415条の責任の要件は、予定があっても必要です。たとえば、遅れた原因が、Sさんの指示の誤りだけにあって、Tさんに帰責事由が無い、つまり、415条1項ただし書の、責めに帰することができない事由による、といった場面では、Tさんは免責されて、予定額も払いません。予定するのは、額だけです。払う責任そのものは、415条で決まります。2項です。予定があっても、履行の請求や解除はできます。予定額は、賠償の額の取り決めにすぎません。履行を求める権利や、解除する権利を、消すものではないからです。3項です。違約金は、賠償額の予定と推定されます。違約罰、つまり、賠償とは別の制裁として定めた、と言えるなら別ですが、そう言える事情が無ければ、予定として扱います。

420条の旧新対比。旧1項=「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。」→現行1項=「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。」(後段は2017年の改正で削除。2項・3項は旧新とも同じ)。予定額が原則であることは、新旧で同じ。 図:420条の旧新対比

  • 旧1項=「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。」→現行1項=「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。」(後段は2017年の改正で削除。2項・3項は旧新とも同じ)
  • 予定額が原則であることは、新旧で同じ

ここは、2017年の改正で変わりました。改正前の1項には、後段がありました。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない、というものです。現行では、この後段がありません。改正の後も、予定額が原則です。この点は、新旧で同じです。ここで押さえるのは、削除の意味です。暴利行為のように、公序良俗、つまり、公の秩序や善良の風俗に反する予定は、そうした法律行為を無効とする90条で制約される、という点は、改正前から争われていませんでした。後段があると、裁判所による救済が、一切閉ざされているかのように読める。そこで、条文から外して、その余地を隠さないようにした、と説明されています。結果として、現行では、著しく過大な予定は、公序良俗違反などを理由に、一部が無効になる余地があります。たとえば、冒頭の工事で、1日500万円と決めていたら、20日で1億円です。工事の規模に比べて、極端に過大なら、その一部が無効と判断されることがあります。ただし、減額を認める新しい規定が、置かれたわけではありません。90条などの一般の条文に委ねる形です。整理します。予定額が原則。極端に過大なときだけ、90条などで一部が無効になる余地がある。この2段で持ってください。

419条2項は、金銭債務の遅延について、法律が決めた扱いで、利息の回で見ました。420条は、当事者の合意で決める予定です。決める主体が、法律か、合意か、という違いです。もう1つ。利息の回で、利息制限法4条を見ました。消費貸借の遅延賠償の予定は、元本に対して、利息制限法1条の上限利率の、1.46倍までです。あの回では、賠償額の予定の本体は後で、と送っていました。その本体が、今日の420条です。利息制限法は、違約金を賠償額の予定と、みなします。420条3項は、予定と推定するだけです。みなす場合は覆せず、推定する場合は、反対の事情を示せば覆せます。この違いだけ、持って帰ってください。

過失相殺(418条)

過失相殺(418条)。債権者にも落ち度があったとき、裁判所は、責任と額の両方を定めるときに考慮する。趣旨=損害の公平な分担。改正=旧「債務の不履行に関して」→現行「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して」。 図:過失相殺

  • 418条
  • 債権者にも落ち度があったとき、裁判所は、責任と額の両方を定めるときに考慮する。趣旨=損害の公平な分担。改正=旧「債務の不履行に関して」→現行「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して」。

予定の額を離れて、ふつうに損害を賠償する場面に戻ります。債権者にも落ち度があったとき、額は、どう動くのでしょうか。条文です。

条文民法418条

民法第418条 債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。

事例で見ます。Tさんが、Sさんの工場に、機械を納める契約でした。Tさんの納品が遅れて、Sさんの生産ラインが止まりました。ところが、Sさんは、遅れを知った時点で、代わりの機械を借りれば、停止を3日に抑えられました。それなのに、何もせず、2週間止めてしまったとします。遅れたこと自体は、Tさんの債務不履行です。ただ、損害が、大きくなったことには、債権者のSさんの過失が関わっています。418条は、そのとき、裁判所が、これを考慮して、賠償の責任と額を定める、と言います。2週間分の損害を、全部Tさんに負わせず、Sさんが防げた分を、減らします。趣旨は、損害を、公平に分けることです。改正で、文言が増えました。改正前は、債務の不履行に関して債権者に過失があったとき、まででした。現行は、これによる損害の発生、若しくは拡大に関して、が入っています。損害が大きくなったことに対する債権者の過失も、条文に書かれました。今の機械の例が、その場面です。

責任まで、と書いてありますが、額を減らすだけではないんですか。そこが、条文のポイントです。責任及びその額、です。たとえば、Tさんにも、出荷の前に届け先を確かめなかった落ち度はあった。ただ、遅れの主な原因は、Sさんが届け先を間違えて指示したことにあった、とします。先ほどの420条の例のように、原因がSさんの指示だけで、Tさんに帰責事由が無ければ、そもそも415条で責任を負いません。ここは、Tさんにも落ち度がある場面です。それでも、債権者の過失が大きければ、額を減らすだけでなく、責任そのものが否定されることもあります。

418条と722条2項の対比表。債務不履行(418条)=考慮の仕方は「定める」(必ず考慮する)/効果は責任をなくすことも、額を減らすこともできる。不法行為(722条2項)=考慮の仕方は「定めることができる」(考慮するかは裁判所の判断)/効果は額を減らすことだけ。 図:418条と722条2項の対比表

  • 債務不履行(418条)=考慮の仕方は「定める」(必ず考慮する)/効果は責任をなくすことも、額を減らすこともできる
  • 不法行為(722条2項)=考慮の仕方は「定めることができる」(考慮するかは裁判所の判断)/効果は額を減らすことだけ

不法行為の過失相殺と、並べます。不法行為の722条2項は、被害者に過失があったとき、裁判所が、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる、という形です。表のとおり、違いが2つあります。1つめは、考慮の仕方です。418条は、定める。つまり、債権者の過失があれば、必ず考慮します。722条2項は、定めることができる。考慮するかどうかは、裁判所が決めます。2つめは、効果です。418条は、責任そのものをなくすことも、額を減らすこともできます。722条2項は、額を減らすことだけです。不法行為のほうは、被害者の救済が重く見られるため、と説明されています。不法行為の過失相殺は、第6章で詳しく見ます。今日は、この違いだけ持っておいてください。ここで1問です。債務不履行の過失相殺は、責任そのものを否定できるでしょうか?

できます。418条は、責任及びその額を定める、と書いてあるからです。ここは、論文で論点になりうる部分です。債権者の落ち度を、どの条文で、どの効果として主張するか、という場面で出てきます。

損益相殺と中間利息の控除(417条の2)

損益相殺。条文は無い。損害の原因によって、債権者が、損害と同時に利益も受けたとき、その利益分を賠償額から差し引く。根拠=公平。設例=開店が遅れた間、払わずに済んだ食材費・人件費を差し引く。 図:損益相殺

  • 条文は無い
  • 損害の原因によって、債権者が、損害と同時に利益も受けたとき、その利益分を賠償額から差し引く
  • 根拠=公平
  • 設例=開店が遅れた間、払わずに済んだ食材費・人件費を差し引く

まず、損益相殺から見ます。冒頭の内装工事が、遅れたとします。Sさんの飲食店の開店が、遅れました。失った売上の見込みは、月500万円です。ただ、開店が遅れた間、Sさんは、食材費や、従業員の人件費を払わずに済んでいました。その分が、月300万円だったとします。請求できる損害は、売上ではなく、払わずに済んだ費用を引いた、利益の分です。つまり、200万円です。これを、損益相殺と言います。同じ原因で、損害と利益が同時に生じたとき、その利益を賠償から差し引きます。根拠は、公平です。条文は無く、解釈で認められます。何を差し引くかの、個別の判断は、不法行為の判例が中心です。第6章で見ます。今日は、差し引く考え方だけです。

立ち止まる問いの板(前の回の復習)。法定利率は、何年ごとに見直される変動制か。 図:立ち止まる問いの板(前の回の復習)。法定利率は、何年ごとに見直される変動制か。

次の話の前に、利息の回の要点を1問。法定利率は、何年ごとに見直される変動制でしたか?3年を1期として、基準割合が1%以上動いたときに変わります。では、中間利息の控除です。

中間利息の控除。将来得られるはずの利益(逸失利益)・将来負担する費用を、今まとめて受け取るとき、受け取るまでの利息に当たる分を引く。設例=毎年400万円を20年分=総額8000万円。年3%で現在の価値に直すと約5950万円。 図:中間利息の控除

  • 将来得られるはずの利益(逸失利益)・将来負担する費用を、今まとめて受け取るとき、受け取るまでの利息に当たる分を引く
  • 設例=毎年400万円を20年分=総額8000万円
  • 年3%で現在の価値に直すと約5950万円

別の場面です。Sさんは、Tさんの会社で働いていました。Tさんの安全配慮義務違反で、働けなくなり、今後20年、毎年400万円の収入を失ったとします。ただし、額面の合計を、そのまま賠償額にはしません。ここに落とし穴があります。もし20年分を、今、まとめて受け取るなら、本来、20年かけて受け取るはずだった分の、利息に当たる額を、先に受け取ってしまいます。受け取った額を、銀行などで運用すれば、利息がつくからです。そこで、その分を引きます。これが、中間利息の控除です。1年ずつ見ます。まず、1年後の400万円は、今、約388万円あれば、年3%で1年運用して、400万円になります。20年後の400万円なら、今は約221万円で足ります。こうして20年分を、1年ずつ今の額に割り戻して足すと、8000万円より少なくなって、約5950万円です。

先の年の分ほど、今の額は小さくなるんです。条文です。

条文民法417条の2

民法第417条の2 将来において取得すべき利益についての損害賠償の額を定める場合において、その利益を取得すべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率により、これをする。 2 将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合において、その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときも、前項と同様とする。

1項は将来の利益、2項は将来の費用です。たとえば、介護費用です。どちらも、基準は同じです。損害賠償の請求権が生じた時点の法定利率です。利率そのものは変わっていきます。ただ、中間利息の控除では、請求権が生じた時点の率で、固定されます。その後、法定利率が動いても、この計算には影響しません。従来、判例は、逸失利益の中間利息の割合を、民事法定利率によるとしていました。その考え方を条文にしたのが、新設の417条の2です。不法行為にも、同じ規定が準用されますが、それは第6章で見ます。

時点の並び。404条=利息が生じた最初の時点の法定利率/419条=遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率/417条の2=損害賠償の請求権が生じた時点の法定利率。どれも、時点を決めて、その時点の率で固定する。 図:時点の並び

  • 404条=利息が生じた最初の時点の法定利率/419条=遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率/417条の2=損害賠償の請求権が生じた時点の法定利率
  • どれも、時点を決めて、その時点の率で固定する

利息の回で見た、法定利率の基準時と、並べます。404条は、利息が生じた最初の時点。419条は、遅滞の責任を負った最初の時点。そして、417条の2は、賠償請求権が生じた時点です。この3つは、どれも、時点を決めて、その時点の法定利率で固定する、という形です。

賠償者代位(422条)

賠償者代位(422条)の向き。Sが、Tにカメラ(時価全額)を賃貸→盗まれ、Tの管理の不備で返せない→TがSに時価の全額を賠償→後日、盗んだUの手元でカメラが見つかる→カメラについてのSの権利がTに移る→TがUに返還を求められる。矢印の向き=債権者S→債務者T。

ここから、賠償が済んだあとの話です。事例です。Tさんが、Sさんから、撮影用のアンティークカメラを借りました。賃貸借です。ところが、現場で、カメラが盗まれました。Tさんの管理に不備があったので、返せません。履行不能です。Tさんは、Sさんに、カメラの時価の全額を賠償しました。ところが、後日、盗んだUさんの手元で、カメラが見つかりました。カメラは、誰のものとして扱うのでしょうか。条文です。

条文民法422条

民法第422条 債権者が、損害賠償として、その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは、債務者は、その物又は権利について当然に債権者に代位する。

代位とは、債権者の立場に代わって入る、ということです。債権者のSさんが、損害賠償として、カメラの価額の全部の支払を受けました。そのとき、債務者のTさんは、カメラについて、当然に、Sさんの立場に代わって入ります。意思表示も、対抗要件も要りません。だから、Tさんが、カメラについての権利を取得し、Uさんに返還を求められます。債権者のSさんが、時価の全額を賠償で受け取ったうえに、カメラまで戻ってきたら、二重に得をしてしまいます。それを避けるためです。条文にも、価額の全部、とあります。全部を受け取ったときに移る、という形です。価額の一部の支払では、代位は生じません。

代償請求権(422条の2)

代償請求権(422条の2)の設例。Sは、Tから中古ヨットを買った。引渡しの前に、隣のマリーナの火災で全焼(Tに落ち度は無い)。Tは火災保険金を受け取った。SはTに「保険金を渡してほしい」と言える(利益の償還)。第三者Uが壊したなら、TがUに持つ損害賠償請求権の移転を求める(権利の移転)。

逆向きの場面です。Sさんが、Tさんから、中古のヨットを買いました。引渡しの前に、隣のマリーナで火災が起きて、ヨットが全焼しました。Tさんに、落ち度はありません。引き渡せなくなったので、履行不能です。ところが、Tさんは、そのヨットにかけていた、火災保険の保険金を受け取りました。損害賠償の請求は、ここではできません。415条1項のただし書のとおり、責めに帰することができない事由による不履行なら、Tさんは損害賠償を負いません。ただ、保険金は、焼けたヨットの代わりに、Tさんの手元に入ったものです。そのヨットを受け取るはずだったのは、Sさんです。そこで、賠償とは別の道として、代わりに入ったものを債権者に回させるのが、422条の2です。条文です。

条文民法422条の2

民法第422条の2 債務者が、その債務の履行が不能となったのと同一の原因により債務の目的物の代償である権利又は利益を取得したときは、債権者は、その受けた損害の額の限度において、債務者に対し、その権利の移転又はその利益の償還を請求することができる。

要件は、条文のとおり3つです。履行が不能になったこと。その不能と、同一の原因によること。そして、債務者が、目的物の代償である権利や利益を取得したこと。ヨットの例では、火災が、不能の原因であり、保険金が、その代償です。効果は、債権者は、受けた損害の額の限度で、その権利の移転、または、その利益の償還を請求できる、です。保険金のような利益なら、償還、つまり、渡してもらうこと。もし、第三者のUさんがヨットを壊したなら、TさんがUさんに持つ損害賠償請求権の移転を、求めます。趣旨は、当事者間の公平です。Tさんは、ヨットが焼けたのに、保険金を手にしている。Sさんは、代金の義務は別にして、ヨットも保険金も得られない。それなら、代償のほうを、債権者に回すのが公平だ、という考えです。実益は、Tさんに落ち度が無くて、損害賠償を求められない場面でも、使えることです。代金をどうするかは、危険負担の問題で、第5章で見ます。この規定は、2017年の改正で、新しくできました。ただ、考え方は、それより前から、判例が認めていました。焼失した建物の火災保険金の事案です。判決を見てください。

判例最判昭41・12・23 民集20巻10号2211頁

履行不能と同一の原因によって債務者が取得した代償 履行不能が生じたのと同一の原因によつて、債務者が履行の目的物の代償と考えられる利益を取得した場合には、債権者は、右履行不能により受けた損害を限度として、債務者に対し、右利益の償還を求める権利があると解するのが相当である。

これは判決の要旨です。言葉は、少し違いますが、中身は、先ほどの条文と同じです。履行不能を生じさせたのと同じ原因で、債務者が、目的物の代償と考えられる利益を得たなら、債権者は、受けた損害を限度に、その利益の償還を求められる。理由は、公平の観念です。2017年の改正で、この判例の考え方が、422条の2として、明文になりました。

向きの違い。賠償者代位(422条)=賠償した債務者が、物・権利を取得する。向き=債権者→債務者。代償請求権(422条の2)=債務者が得た代償を、債権者が受け取る。向き=債務者→債権者。物上代位(物権)=担保物権の効力が保険金の請求権に及び、担保物権者が優先して弁済を受ける(差押えが要る)。 図:向きの違い

  • 賠償者代位(422条)=賠償した債務者が、物・権利を取得する
  • 向き=債権者→債務者
  • 代償請求権(422条の2)=債務者が得た代償を、債権者が受け取る
  • 向き=債務者→債権者
  • 物上代位(物権)=担保物権の効力が保険金の請求権に及び、担保物権者が優先して弁済を受ける(差押えが要る)

取り違えを避ける手がかりは、向きです。422条は、賠償をした債務者が、物や権利を取る向きです。債権者から、債務者へ動きます。422条の2は、債務者が得た代償を、債権者が受け取る向きです。債務者から、債権者へ動きます。向きが、逆です。2つ、名前の区別を。物上代位は、担保物権の回で見ました。担保物権の効力が、火災保険金の請求権にまで及んで、担保物権者が、そこから優先して弁済を受けられる。物権の効力で、差押えが必要でした。代償請求権は、債権者が債務者に求める、債権の請求です。別の仕組みです。もう1つ、前の回で一言触れた、訴訟上の代償請求は、訴訟の上で、履行に代わる賠償をあらかじめ求めておくことで、422条の2とは、別のものです。

冒頭の答えと、まとめ

まとめ板。冒頭の答え=予定額で決まる。1日10万円×20日=200万円。実損が50万円でも500万円でも、Sは200万円を請求できる(損害の証明は要らない)。ただし、極端に過大な予定は、公序良俗違反などで一部が無効になる余地がある。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=予定額で決まる
  • 1日10万円×20日=200万円
  • 実損が50万円でも500万円でも、Sは200万円を請求できる(損害の証明は要らない)
  • ただし、極端に過大な予定は、公序良俗違反などで一部が無効になる余地がある

冒頭の答えを、言い切ります。Sさんは、実損が50万円でも、500万円でも、200万円を請求できます。予定額で決まるからです。損害の証明は要りません。ただし、極端に過大な予定なら、公序良俗違反などで、一部が無効になる余地があります。

まとめ板(続き)。①420条=予定額が原則。2017年の改正で旧後段(増減できない)を削除。公序良俗で一部無効の余地②418条=債権者の過失を必ず考慮。責任も否定できる(722条2項は額だけ)。損益相殺。417条の2=請求権が生じた時点の法定利率③422条=賠償した債務者が物を取る。422条の2=債務者の得た代償を、債権者が受け取る。 図:まとめ板

  • 続き
  • ①420条=予定額が原則。2017年の改正で旧後段(増減できない)を削除。公序良俗で一部無効の余地②418条=債権者の過失を必ず考慮。責任も否定できる(722条2項は額だけ)。損益相殺。417条の2=請求権が生じた時点の法定利率③422条=賠償した債務者が物を取る。422条の2=債務者の得た代償を、債権者が受け取る。

整理します。1つめ、420条です。予定額が原則です。2017年の改正で、旧後段が削除されましたが、90条などで、極端に過大な予定が一部無効になる余地がある、という点は、変わりません。2つめ、418条は、債権者の過失を必ず考慮して、責任まで否定できます。不法行為の722条2項は、額だけです。損益相殺は、同じ原因で得た利益を引きます。中間利息は、請求権が生じた時点の法定利率で引きます。422条は、賠償した債務者が物を取る向き。422条の2は、債務者の得た代償を、債権者が受け取る向きです。債務不履行による損害賠償は、ここまでです。次の回は、債権者が受け取らない場面、受領遅滞を見ます。

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#164単独ページ動画

受領遅滞の法的性質と効果

第4章 債権総論 #164/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

届けたのに、受け取ってもらえない

冒頭の関係図。売主Vが、買主Wに、古い和箪笥を1棹売った。約束の日にVが運んだが、Wは「置く場所が空いていない」と受け取らない。Vは箪笥を持ち帰り、保管する。運搬費と貸し倉庫代がかかった。問い=Vは、どの程度の注意で保管するのか。増えた費用は誰が負担するのか。 図:冒頭の関係図

  • 売主Vが、買主Wに、古い和箪笥を1棹売った
  • 約束の日にVが運んだが、Wは「置く場所が空いていない」と受け取らない
  • Vは箪笥を持ち帰り、保管する
  • 運搬費と貸し倉庫代がかかった
  • 問い=Vは、どの程度の注意で保管するのか
  • 増えた費用は誰が負担するのか

Vさんが、Wさんに、古い和箪笥を1棹、売りました。約束の日に、Vさんは、Wさんの家まで、箪笥を運びました。ところが、Wさんは、置く場所がまだ空いていないと言って、受け取りません。Vさんは、店の奥の物置に箪笥を戻しました。物置が湿っぽいので、1か月だけ、貸し倉庫も借りました。運び直す費用も、かかっています。今日の問いは2つです。Vさんは、いつまで、どの程度の注意で、この箪笥を保管し続けなければならないのか。そして、余計にかかった運搬費と倉庫代は、誰が負担するのか。答えは、最後に出します。ここまでの回は、債務者が約束を守らない側の話でした。今日は、向きが変わります。債務者は届けたのに、債権者が受け取らない側です。

受領遅滞とは何か

受領遅滞の構図。債務者Vが、債務の本旨に従った提供をした→債権者Wが、受け取らない(拒絶)または受け取れない(不在・入院)。履行は完了していない。債務者の遅れ=履行遅滞/債権者の遅れ=受領遅滞。 図:受領遅滞の構図

  • 債務者Vが、債務の本旨に従った提供をした→債権者Wが、受け取らない(拒絶)または受け取れない(不在・入院)
  • 履行は完了していない
  • 債務者の遅れ=履行遅滞/債権者の遅れ=受領遅滞

まず、意義です。受領遅滞とは、債務者が、約束どおりの中身で、履行の提供をしたのに、債権者が、それを受け取らない、または、受け取れない状態です。約束どおりの中身であることを、債務の本旨に従う、と言います。債務者のほうで、やるべきことをやって、差し出した、ということです。箪笥なら、約束の場所まで持っていって、受け取ってくださいと言える状態にした、という意味です。細かい方法は、別の回で見ます。今日は、差し出した、という一言で足ります。履行遅滞との違いを、1行で置きます。履行遅滞は、債務者が、遅れることです。受領遅滞は、債権者が、受け取らないことです。どちらも、履行が、終わっていない状態ですが、動かないのが、どちらの側かが違います。条文です。2項まで、続けて出します。

条文民法413条

民法第413条 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その債務の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、履行の提供をした時からその引渡しをするまで、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、その物を保存すれば足りる。 2 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないことによって、その履行の費用が増加したときは、その増加額は、債権者の負担とする。

今は、要件だけを読みます。条文の文言は、2つです。1つめは、履行の提供があったこと。2つめは、債権者が、債務の履行を受けることを拒み、または、受けることができないこと。拒絶と、受領不能、と呼びます。拒絶は、受け取れるのに、受け取らないことです。Wさんが、置く場所が無いと断るのが、これです。受領不能は、受け取りたくても、受け取れないことです。Wさんが、旅行中で不在だった、入院していて受け取れなかった、という場面です。どちらも、受領遅滞です。注意点が、1つあります。提供が、債務の本旨に従っていなければ、受領遅滞になりません。たとえば、Vさんが、虫に食われた箪笥を持っていって、Wさんに断られた。これは、本旨に従った提供ではないので、Wさんは、受け取らなくて当然です。もう1点。この条文の文言に、債権者の落ち度は、要件として出てきません。断った理由が、やむを得ないものでも、要件は、満たされます。

提供の効果と、受領遅滞の効果

立ち止まる問いの板(前の回の復習)。債務者が、自分の債務の履行を提供すると、相手方の同時履行の抗弁権の存在効果はどうなるか。 図:立ち止まる問いの板

  • 前の回の復習
  • 債務者が、自分の債務の履行を提供すると、相手方の同時履行の抗弁権の存在効果はどうなるか。

入る前に、以前に見た要点を、1問で思い出してみましょう。債務者が、自分の債務の履行を提供すると、相手方の同時履行の抗弁権の、存在効果は、どうなるでしょうか?効かなくなって、以後の相手の遅れは違法になります。存在効果は、遅れが違法になるかを見た回で扱った働きで、抗弁権を口に出さなくても、付いているだけで、相手の遅れを正当にします。品物と代金を引換えにする関係なので、こちらが差し出してしまえば、相手には、もう待つ理由がありません。だから、その働きが止まるのです。では、今日の話との関係を整理します。

提供の効果の切り分け。左=弁済の提供そのものの効果(債務者の側)=以後、債務を履行しないことによる責任を免れる(492条)・相手方の同時履行の抗弁権の存在効果が止まる。右=受領遅滞で加わる効果(債権者の側)=債務者の保存の注意が軽くなる(413条1項)・増えた費用は債権者の負担(413条2項)。 図:提供の効果の切り分け

  • 左=弁済の提供そのものの効果(債務者の側)=以後、債務を履行しないことによる責任を免れる(492条)・相手方の同時履行の抗弁権の存在効果が止まる
  • 右=受領遅滞で加わる効果(債権者の側)=債務者の保存の注意が軽くなる(413条1項)・増えた費用は債権者の負担(413条2項)

同じ、提供という出来事を、2つの側から見ます。413条は履行の提供、492条は弁済の提供と書きますが、同じ出来事です。まず、債務者の側です。提供をした債務者は、その時から、債務を履行しないことによる責任を免れます。これが、492条です。前に見た、同時履行の抗弁権の存在効果が止まる話も、この側の効果です。次に、債権者の側です。提供をしたのに受け取らない債権者には、保存の注意の軽減と、増加費用の負担、という効果が加わります。これが、今日の、413条の効果です。板の、左と右は、別の効果です。混ぜないでください。なお、提供の効果の残りは、提供の本体を扱う回で見ます。今日は、左右の区別だけです。

法的性質。債権者に、受け取る義務はあるか

問題の所在。受領遅滞の法的性質が争われる場面=債務者が、受領遅滞だけを理由に、損害賠償を請求したり、契約を解除したりできるか。Vの例=Wが受け取らない→VはWに、債務不履行だとして賠償を請求できるか。 図:問題の所在

  • 受領遅滞の法的性質が争われる場面=債務者が、受領遅滞だけを理由に、損害賠償を請求したり、契約を解除したりできるか
  • Vの例=Wが受け取らない→VはWに、債務不履行だとして賠償を請求できるか

ここが、今日の山場です。問題の場面は、こうです。Wさんが、箪笥を受け取らない。Vさんは、それを理由に、Wさんに損害賠償を請求できるのか。あるいは、売買契約を解除できるのか。これが、受領遅滞の法的性質として争われる、中心の場面です。考え方は、2つに分かれます。板を見てください。

2説の対比表。債務不履行責任説=債権者の受領義務は、常にある。受領遅滞の性質は、受領義務の債務不履行。受領遅滞だけで損害賠償・解除が、できる(415条・541条・542条)。/法定責任説=債権者の受領義務は、原則として無い(権利者であって、義務者ではない)。受領遅滞の性質は、公平の観点から法が特に定めた責任。受領遅滞だけでは、損害賠償・解除は、原則としてできない。例外=信義則上の引取義務や、引取の約束があれば、その義務の不履行を理由に、損害賠償・解除ができる。 図:2説の対比表

  • 債務不履行責任説=債権者の受領義務は、常にある
  • 受領遅滞の性質は、受領義務の債務不履行
  • 受領遅滞だけで損害賠償・解除が、できる(415条・541条・542条)
  • 法定責任説=債権者の受領義務は、原則として無い(権利者であって、義務者ではない)
  • 受領遅滞の性質は、公平の観点から法が特に定めた責任
  • 受領遅滞だけでは、損害賠償・解除は、原則としてできない
  • 例外=信義則上の引取義務や、引取の約束があれば、その義務の不履行を理由に、損害賠償・解除ができる

分かれ目は、債権者に、受け取る義務があるか、です。債務不履行責任説は、債権者も、受け取る義務を負う、と考えます。根拠は、信義則です。債権は、債務者が差し出し、債権者が受け取って、初めて目的を達します。だから、受け取る側にも、協力する義務がある、と見るのです。受け取らないのは、その義務の債務不履行です。だから、415条で損害賠償ができ、541条や542条で解除もできます。Vさんの例なら、Wさんが受け取らないこと自体を理由に、Vさんは、損害の賠償を求めることも、売買を解除して、箪笥を別の人に売ることもできます。法定責任説は、逆です。債権者は、権利を持つ人です。権利を使うかどうかは、本来、自由のはずです。常に、受け取る義務を負わせるのは、妥当ではありません。ただ、受け取らないせいで、債務者が、保管を続けて、費用も増えるのは、不公平です。そこで、法が、公平の観点から、特に、責任を定めた。受領遅滞は、義務違反ではなく、そういう、法が定めた責任だ、と見ます。

法定責任説では、受領遅滞だけを理由に、損害賠償や解除をすることは、原則として、できません。ただし、例外があります。受け取る義務が、別に、あるときです。信義則上の引取義務や、引き取るという約束があれば、その義務の不履行として、責任を問えます。Vさんの例では、和箪笥の売買で、引き取る約束もありません。Wさんが受け取らないことだけを理由に、損害賠償も解除も、できません。Vさんに残るのは、このあと見る、条文が決めた効果です。ここで、1問です。受け取らない債権者は、それだけで債務不履行になるでしょうか?法定責任説なら、原則としてならない、です。例外は、引取義務があるときですね。通説は、この法定責任説です。判例の立場も、この説明と、合うものです。2つの判決を見ます。

判例の読み方。左=解除を扱った判決=受領遅滞を理由とする解除を、特段の事由が無ければ認めなかった。右=継続的供給の事案の判決=信義則上の引取義務を認めた。どちらも、事案の範囲で読む。 図:判例の読み方

  • 左=解除を扱った判決=受領遅滞を理由とする解除を、特段の事由が無ければ認めなかった
  • 右=継続的供給の事案の判決=信義則上の引取義務を認めた
  • どちらも、事案の範囲で読む

1つめは、受領遅滞を理由に、契約を解除できるかが争われた判決です。判旨を見てください。

判例最判昭40・12・3 民集19巻9号2090頁

受領遅滞を理由とする解除 債務者の債務不履行と債権者の受領遅滞とは、その性質が異なるのであるから、一般に後者に前者と全く同一の効果を認めることは民法の予想していないところというべきである。

判決は、特段の事由の認められない本件では、受領遅滞を理由に契約を解除することはできない、としました。理由は、引用の部分です。債務者の債務不履行と、債権者の受領遅滞は、性質が異なる。だから、債権者の受領遅滞に、債務不履行と同じ効果まで認めるのは、民法の予想していないところだ、ということです。2点、注意です。判決文には、法定責任説という語は、出てきません。ですから、この立場と、整合的だ、と読むところまでにしてください。そして、この判決が判断したのは、解除です。損害賠償ができるかを、直接判断した判決ではありません。2つめは、別の方向の判決です。鉱石の全量を、継続して売る契約がありました。買主は、市況が悪くなったことを理由に、引取を止めました。売主は、採掘を中止し、すでに採掘した分も、出荷の準備のまま、置くことになりました。判旨です。

判例最判昭46・12・16 民集25巻9号1472頁

継続的供給契約における買主の引取義務 信義則に照らして考察するときは、被上告会社は、右約旨に基づいて、その採掘した鉱石全部を順次上告人に出荷すべく、上告人はこれを引き取り、かつ、その代金を支払うべき法律関係が存在していたものと解するのが相当である。したがつて、上告人には、被上告会社が採掘し、提供した鉱石を引き取るべき義務があつたものというべきであり、上告人の前示引取の拒絶は、債務不履行の効果を生ずるものといわなければならない。

上告人が買主、被上告会社が売主です。約旨は、契約で約束した中身のことです。買主には、信義則上、引き取る義務があり、引取の拒絶は、債務不履行の効果を生ずる、と判断しました。債権者には、受け取る義務があると、判例は言っているんですか。違います。この判決は、債権者一般に受領義務がある、と言ったものではありません。全量を継続的に売る契約、という事案の性質を見て、信義則から、引取義務を導いた判断です。先ほどの、解除を認めなかった判決と、矛盾するものではありません。原則は、受領遅滞だけでは責任を問えない。ただ、事案によっては、別に、引取義務が認められる。この二段で持ってください。

引取義務が認められやすい場面。設例=養鶏場Xが、製パン会社Wのために、W専用の規格の卵を、毎週納める契約(期間3年)。Xは専用の選別設備を新設した。1年後、Wが「売れ行きが落ちた」と、引取を止めた。①継続的な供給で、債務者が投資を済ませている②腐りやすく、長く持てない物③保管に過大な費用がかかる物。 図:引取義務が認められやすい場面

  • 設例=養鶏場Xが、製パン会社Wのために、W専用の規格の卵を、毎週納める契約(期間3年)
  • Xは専用の選別設備を新設した
  • 1年後、Wが「売れ行きが落ちた」と、引取を止めた
  • ①継続的な供給で、債務者が投資を済ませている②腐りやすく、長く持てない物③保管に過大な費用がかかる物

例外の見つけ方を、別の例で確認します。養鶏場のXさんが、製パン会社のWさんのために、Wさん専用の規格の卵を、毎週納める契約をしました。期間は3年です。Xさんは、そのために、専用の選別設備を新しく作りました。1年たって、Wさんが、売れ行きが落ちたからと、引取を止めたとします。この場合、Wさんに、信義則上の引取義務が認められやすいです。決め手は、継続的な供給で、Xさんが、投資を済ませていて、引取が止まると、Xさんの準備が無駄になるからです。ほかに、腐りやすくて長く持てない物や、保管に過大な費用がかかる物も、引取義務が認められやすい場面です。和箪笥のように、保管が簡単で、時間がたっても傷まない物は、Vさんが持ち帰って保管すれば足りるので、義務までは認められにくい、という対比です。

改正との関係。旧413条=「債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないときは、その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。」→現行413条=1項(保存の注意の軽減)・2項(増加費用)として、効果を書いた。損害賠償・解除の可否は、条文に書かれていない→従来どおり、解釈で決まる。 図:改正との関係

  • 旧413条=「債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないときは、その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。」→現行413条=1項(保存の注意の軽減)・2項(増加費用)として、効果を書いた
  • 損害賠償・解除の可否は、条文に書かれていない→従来どおり、解釈で決まる

2017年の改正との関係です。改正前の413条は、債権者が受け取らず、または受け取れないとき、その債権者は、履行の提供があった時から、遅滞の責任を負う、とだけ書いていました。要件は今と同じで、遅滞の責任の中身が、条文に書かれていなかったのです。現行の413条は、その中身として、1項で保存の注意の軽減、2項で増加費用の負担、という具体的な効果を書きました。改正は、効果を明文にしたものです。改正が、どちらの説を採ったかまでは、言えません。条文が書いたのは、効果です。受け取る義務があるか、という法的性質そのものを、条文が決めたとは言えません。受領遅滞だけで損害賠償や解除ができるかは、条文に書かれていませんから、従来どおり、先ほどの、2説や信義則で考えることになります。ここまでを、1行に戻します。債権者に、受け取る義務は、原則として無い。だから、受領遅滞だけでは、損害賠償も解除もできない。引き取る義務が別にあるときだけ、話が変わります。この二段の構造は、論文で論点になりうる部分です。

効果1。保存の注意が軽くなる(413条1項)

立ち止まる問いの板(前の回の復習)。特定物の引渡債務の債務者は、引渡しまで、どの程度の注意で保存するか。 図:立ち止まる問いの板

  • 前の回の復習
  • 特定物の引渡債務の債務者は、引渡しまで、どの程度の注意で保存するか。

効果に入ります。その前に、最初の方で見た要点を1問。特定物の引渡債務の債務者は、引渡しまで、どの程度の注意で保存するのでしたか?善良な管理者の注意です。善管注意義務、400条でした。今日は、その水準が、下がる場面です。特定の効果を見たところで、受け取ってもらえないと保存の注意が軽くなる、と一言だけ触れた、その中身です。

注意の水準の対比。受領遅滞の前=善良な管理者の注意(400条)=契約その他の債権の発生原因と取引上の社会通念に照らして定まる。↓下がる↓ 受領遅滞の後=自己の財産に対するのと同一の注意(413条1項)=債務者が自分の物に払うのと同じ程度。対象=特定物の引渡し(特定後の種類債権を含む)。期間=履行の提供をした時から引渡しまで。 図:注意の水準の対比

  • 受領遅滞の前=善良な管理者の注意(400条)=契約その他の債権の発生原因と取引上の社会通念に照らして定まる
  • ↓下がる↓ 受領遅滞の後=自己の財産に対するのと同一の注意(413条1項)=債務者が自分の物に払うのと同じ程度
  • 対象=特定物の引渡し(特定後の種類債権を含む)
  • 期間=履行の提供をした時から引渡しまで

先ほどの条文の、1項です。債権者が受け取らず、その債務の目的が特定物の引渡しであるとき、債務者は、履行の提供をした時から、引渡しをするまで、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、保存すれば足ります。債務者が、自分の物を扱うときと、同じ程度の注意です。Vさんの例で見ます。Wさんが受け取る前は、Vさんは、箪笥が湿気で傷まないよう、店として標準的な防湿まで、気を配る必要がありました。取引上の社会通念で定まる、善管注意です。たとえば、梅雨の時期には、ときどき扉を開けて風を通し、カビが出ていないか見て回る。店として預かった品なら、そこまで気を配ることが求められます。ところが、Wさんが受け取らなくなった後は、Vさんは、自分の家の家具を保管しているのと同じ程度で、足ります。店の奥に置いて、自分の家具にするのと同じ程度の手入れをすれば、それで十分です。ただし、何をしても責任を負わない、ということではありません。自分の物に対する程度の注意は、必要です。たとえば、自分の家具なら、濡れたら拭いて乾かすのに、Wさんの箪笥だけ、濡れたまま放置した。これは、同一の注意を欠いています。趣旨は、公平です。債権者が受け取らないせいで、保管が長引いています。その間も、債務者に、高い水準の保管を求め続けるのは、公平ではありません。対象は、特定物の引渡しです。特定物とは、この1棹、というように、個性に着目した物です。種類物は、特定した後なら、特定物と同じ扱いになります。特定の回で見たとおりです。

効果2。増えた費用は債権者の負担(413条2項)

増加費用(413条2項)。原則=弁済の費用は、債務者の負担(485条本文)。受領遅滞で履行の費用が増えたら、増加額は、債権者の負担。例=再度の運搬費・保管のための倉庫代。485条ただし書(債権者が住所の移転などで費用を増やしたとき)と同じ発想。 図:増加費用

  • 413条2項
  • 原則=弁済の費用は、債務者の負担(485条本文)。受領遅滞で履行の費用が増えたら、増加額は、債権者の負担。例=再度の運搬費・保管のための倉庫代。485条ただし書(債権者が住所の移転などで費用を増やしたとき)と同じ発想。

2項です。受領遅滞によって、履行の費用が増加したときは、その増加額は、債権者の負担とする、という内容です。履行の費用とは、運送や保管など、債務を果たすためにかかる費用のことです。原則は、弁済の費用は、債務者の負担です。485条の本文に、そう書いてあります。ただ、受領遅滞のせいで、費用が増えたなら、増えた分は、受け取らなかった側が払う。これが、413条2項です。485条には、ただし書があって、債権者が、住所の移転などで、弁済の費用を増やしたときは、その増加額は、債権者の負担とされています。増えた分は、増やした側が持つ、という発想で、同じです。範囲は、たとえばです。Wさんが断ったために、Vさんが、箪笥を運び直す費用が、増えました。保管のために、貸し倉庫を借りた費用も、増加費用に含まれると解されています。もっとも、何が増加費用に含まれるかは、個別に見ることになります。

もう1つの効果と、冒頭の答え、まとめ

もう1つの効果(名前だけ)。危険の移転(413条の2第2項)=受領遅滞の間に、当事者双方の責めに帰することができない事由で履行が不能になったとき、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。 図:もう1つの効果

  • 名前だけ
  • 危険の移転(413条の2第2項)=受領遅滞の間に、当事者双方の責めに帰することができない事由で履行が不能になったとき、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

受領遅滞には、もう1つ、効果があります。危険の移転、413条の2の2項です。受領遅滞の間に、双方の責めに帰することができない事由で、履行が不能になったとき、債権者の責めに帰すべき事由によるものと、みなされます。かみくだくと、受け取らない間に、誰のせいでもない事故で物がだめになったら、その不利益は、受け取らなかった債権者の側に回る、ということです。今日は、名前と、この一言だけです。中身は、別の回で見ます。

まとめ板。冒頭の答え=Vは、自己の財産に対するのと同一の注意で、保管すれば足りる。増えた運搬費と倉庫代は、Wに請求できる。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=Vは、自己の財産に対するのと同一の注意で、保管すれば足りる
  • 増えた運搬費と倉庫代は、Wに請求できる

冒頭の答えを、言い切ります。Vさんは、Wさんが受け取らなくなった後は、自己の財産に対するのと同一の注意で、箪笥を保管すれば足ります。いつまで、は、条文のとおり、Wさんに引き渡すまでです。そして、増えた運搬費と、貸し倉庫代は、Wさんに請求できます。

まとめ板(続き)。①受領遅滞=債務の本旨に従った提供と、債権者の受領拒絶・受領不能(条文どおり2要件)②法的性質の軸=債権者に受け取る義務があるか。原則は受領義務なし。信義則上の引取義務や約束があれば別③効果=保存の注意が下がる(413条1項)・増加費用は債権者負担(413条2項)。改正は効果を明文にした。 図:まとめ板

  • 続き
  • ①受領遅滞=債務の本旨に従った提供と、債権者の受領拒絶・受領不能(条文どおり2要件)②法的性質の軸=債権者に受け取る義務があるか。原則は受領義務なし。信義則上の引取義務や約束があれば別③効果=保存の注意が下がる(413条1項)・増加費用は債権者負担(413条2項)。改正は効果を明文にした。

整理します。1つめ、受領遅滞は、債務の本旨に従った提供と、債権者の受領拒絶、または受領不能、という条文どおりの2つの要件です。2つめ、法的性質の軸は、債権者に受け取る義務があるか、です。原則は、受領義務なし。受領遅滞だけでは、損害賠償も解除もできません。ただし、信義則上の引取義務や、引取の約束があれば、その義務の不履行として、責任を問えます。2017年の改正は、効果を明文にしたもので、法的性質を条文で決めたとは、言えません。受領遅滞の効果として、保存の注意が、善管注意から、自己の財産と同一の注意に下がります。そして、増えた費用は、債権者の負担です。次の回は、危険の移転と、第三者が債権を侵害する場面を見ます。

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#165単独ページ動画

受領遅滞と危険の移転・第三者による債権侵害

第4章 債権総論 #165/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

受け取らない間に、ピアノが焼けた

冒頭の関係図。楽器店Yが、Zに、店の同型ピアノのうち「この1台」を取り分けて売った。約束の日にYがZの自宅へ運んだが、Zは「防音工事が終わっていない」と受け取らない。Yは店へ持ち帰った。翌日、落雷で倉庫ごと焼けた。誰も悪くない。問い=Yは代金を請求できるか。Zは「焼けたのだから払わない」と言えるか。 図:冒頭の関係図

  • 楽器店Yが、Zに、店の同型ピアノのうち「この1台」を取り分けて売った
  • 約束の日にYがZの自宅へ運んだが、Zは「防音工事が終わっていない」と受け取らない
  • Yは店へ持ち帰った
  • 翌日、落雷で倉庫ごと焼けた
  • 誰も悪くない
  • 問い=Yは代金を請求できるか
  • Zは「焼けたのだから払わない」と言えるか

楽器店のYさんが、Zさんに、ピアノを1台、売りました。店には同じ型のピアノが何台かあります。その中から、この1台、と取り分けて売る約束です。約束の日に、Yさんは、そのピアノを、Zさんの家まで運びました。ところが、Zさんは、防音工事がまだ終わっていないと言って、受け取りません。そして、その翌日の夜、落雷がありました。倉庫ごと火が出て、ピアノは焼けてしまいました。Yさんにも、Zさんにも、落ち度はありません。今日の問いです。Yさんは、Zさんに、代金を請求できるのか。Zさんは、焼けたのだから払わない、と言えるのか。答えは、最後に出します。前回までで、債務者の側の話と、受領遅滞の入口を見ました。今日は、その続きとして、受け取らない間に品物がだめになったらどうなるか、を見ます。そのあと、話を広げて、債権者と債務者以外の人が債権を害したときに何を言えるか、まで進みます。

前提。品物が焼けたとき、代金はどうなるか

整理図。不能が起きたとき、債権者は①引渡しを請求できない(412条の2第1項)②帰責事由がなければ損害賠償を請求できない(415条1項ただし書)③解除はできる(542条1項1号)④代金の支払を拒める(536条1項)。双方に責めがない不能=債権者は代金を拒める・解除できる。債権者に責めがある不能=代金を拒めない・解除できない。帰責の有無で結論が逆になる。 図:整理図

  • 不能が起きたとき、債権者は①引渡しを請求できない(412条の2第1項)②帰責事由がなければ損害賠償を請求できない(415条1項ただし書)③解除はできる(542条1項1号)④代金の支払を拒める(536条1項)
  • 双方に責めがない不能=債権者は代金を拒める・解除できる
  • 債権者に責めがある不能=代金を拒めない・解除できない
  • 帰責の有無で結論が逆になる

先に、道具を揃えます。品物が焼けて、引き渡せなくなったとします。これは、履行不能です。履行不能のときに、債権者ができること、できないことを、板に並べました。1つめ。債権者は、引渡しそのものは請求できません。履行不能だからです。2つめ。債務者に落ち度がなければ、損害賠償も請求できません。3つめ。解除は、できます。4つめ。代金の支払は、拒めます。今日の中心は、この4つめです。条文を見ます。

条文民法536条

民法第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。 2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

売買なら、品物を渡す債務に対する、代金を払う債務のことです。今回は、Zさんの代金債務が、反対給付です。1項です。双方に責めがない事由で、品物を渡せなくなったとき、買主は、代金の支払を拒めます。これを履行拒絶権と呼びます。代金を払わなくてよいと言える権利です。前に見た、債務者がはっきり渡さないと言う履行拒絶とは、向きが逆です。ここは、買主が代金を拒む側です。代金債務そのものが消える、とまでは条文に書いていません。条文の語は、拒むことができる、です。2項は逆です。債権者に責めがあって渡せなくなったなら、代金は拒めません。後段もあります。債務者が、自分の債務を免れたことで利益を得たなら、それを債権者に返します。たとえば、焼けたことで、設置の作業費を使わずに済んだ、といった分です。解除の側も見ます。解除の条文は、次です。

条文民法543条

民法第543条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。

双方に責めがなければ、解除できます。542条1項1号は、債務の全部が履行できなくなったときは、催告をせずに、すぐ解除できる、という条文です。解除は、債務者を責めるための制度ではありません。もう果たされない契約から、債権者を解放するための制度です。だから、債務者に落ち度がなくても、解除できます。ところが、債権者に責めがあるなら、543条で、解除できません。自分で不能を招いた人が、契約から抜けて代金も払わない、というのは不公平だからです。板の左右を比べてください。債権者に責めがあるかどうかで、代金も解除も、結論が逆になります。そこで、問いです。受領遅滞の最中に焼けたのは、左でしょうか、右でしょうか。これが、次の山場です。危険負担の本体は、別の回で詳しく見ます。今日は、この2条があれば足ります。

受領遅滞中の不能は、債権者のせいとみなす

立ち止まる問いの板(前の回の復習)。契約の後、債務者が遅れている間に、双方の責めに帰することができない事由で履行が不能になった。誰の責めに帰すべき事由とみなされるか。 図:立ち止まる問いの板

  • 前の回の復習
  • 契約の後、債務者が遅れている間に、双方の責めに帰することができない事由で履行が不能になった。誰の責めに帰すべき事由とみなされるか。

入る前に、前に見た要点を1問、思い出しましょう。契約の後、債務者が遅れている間に、双方の責めに帰することができない事由で、履行が不能になりました。誰の責めに帰すべき事由とみなされるでしょうか?債務者です。413条の2の1項でした。遅れている間の不運は、遅れた債務者が負う。今日は、遅れた側が債権者のときを見ます。

条文民法413条の2第2項

民法第413条の2 2 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

要件を、4つに読みます。1つめ、受領遅滞であること。債権者が受け取らない、または、受け取れないこと。2つめ、履行の提供があった時以後であること。3つめ、当事者双方の責めに帰することができない事由であること。4つめ、その結果、履行が不能になったこと。事実がどうであれ、そう扱う、ということです。Yさんにも、Zさんにも、本当は落ち度がありません。それでも、法は、Zさんの責めに帰すべき事由による不能だ、と扱います。

時間軸。ピアノの例。Yが提供(Zの家へ運ぶ)→Zが受領拒絶=受領遅滞→翌日、落雷で焼失=提供の後の不能。対比=引渡日の前日に焼けた場合=提供の前の不能=双方に責めがない。 図:時間軸

  • ピアノの例
  • Yが提供(Zの家へ運ぶ)→Zが受領拒絶=受領遅滞→翌日、落雷で焼失=提供の後の不能
  • 対比=引渡日の前日に焼けた場合=提供の前の不能=双方に責めがない

ピアノの例を、時間の順に並べます。Yさんが運んで、提供をした。Zさんが拒んだ。その翌日に焼けた。焼けたのは、提供の後です。だから、履行の提供があった時以後の不能で、413条の2の2項に当たります。効果は、2つです。不能は、Zさんの責めに帰すべき事由によるものとみなされます。だから、536条の2項で、Zさんは代金の支払を拒めません。そして、543条で、解除もできません。前回、名前だけ出した、危険の移転です。本来は債務者に降りかかるはずの不利益が、債権者に移る、という意味です。ここで、対比をします。同じ落雷でも、引渡日の前日に焼けていたら、どうでしょう。まだ、提供も受領拒絶もありません。双方に責めがない、ふつうの不能です。Zさんは、代金を拒めますし、解除もできます。問いです。前日に焼ければ、Zさんは代金を拒めた。翌日に焼けると拒めない。この違いを生んだのは、何でしょうか?

先に、受領遅滞になっていたかどうか、です。提供の後の不能は、債権者のせいとみなされるから。決め手は、受領遅滞が先にあったか、です。趣旨は、こうです。Zさんが受け取ってさえいれば、ピアノはZさんの家に入り、Yさんの引渡しは、そこで済んでいました。その後に焼けても、もうYさんが抱える話ではありません。Yさんがピアノを店へ持ち帰り、抱え続けることになったのは、Zさんが拒んだからです。受け取らなかった人に、その後の不運を負わせる、という公平の考え方です。損害賠償は、できるようになるんですか。違います。Zさんに責めがあるとみなされても、引渡しの請求や、履行不能による損害賠償の請求は、できないままです。変わるのは、代金の拒絶と、解除です。

時間軸2本の対比。上=履行遅滞中の不能(413条の2第1項)=債務者の責めに帰すべき事由とみなす。下=受領遅滞中の不能(同第2項)=債権者の責めに帰すべき事由とみなす。どちらも、遅れている側のせいとみなす。 図:時間軸2本の対比

  • 上=履行遅滞中の不能(413条の2第1項)=債務者の責めに帰すべき事由とみなす
  • 下=受領遅滞中の不能(同第2項)=債権者の責めに帰すべき事由とみなす
  • どちらも、遅れている側のせいとみなす

先ほど思い出した1項と、並べます。1項は、債務者が遅れている間の不能で、債務者のせいとみなす。2項は、債権者が受け取らない間の不能で、債権者のせいとみなす。時間の向きは逆ですが、発想は同じです。どちらも、遅れている側のせい、とみなします。なお、受領遅滞が義務違反かどうかは、前回の通りです。ここでは、遅れの責任を遅れた側に負わせる点だけで、並べています。

論証の型(受領遅滞後の履行不能)。①引渡債務が履行不能(412条の2第1項)②債務者に責めがない→債権者は損害賠償を請求できない(415条1項ただし書)③受領遅滞が成立している④提供の後に、双方に責めがない事由で不能→債権者の責めに帰すべき事由とみなす(413条の2第2項)⑤代金の支払を拒めない(536条2項)・解除できない(543条) 図:論証の型

  • 受領遅滞後の履行不能
  • ①引渡債務が履行不能(412条の2第1項)②債務者に責めがない→債権者は損害賠償を請求できない(415条1項ただし書)③受領遅滞が成立している④提供の後に、双方に責めがない事由で不能→債権者の責めに帰すべき事由とみなす(413条の2第2項)⑤代金の支払を拒めない(536条2項)・解除できない(543条)

論文で、この論点が出たときの、書き方を板にしました。順に読みます。引渡債務が履行不能になった。債務者に責めはないので、債権者は損害賠償を請求できない。ここまでは、ふつうの不能です。次に、受領遅滞が成立していることを示す。その後の、双方に責めがない不能は、債権者の責めに帰すべき事由とみなされる。結論として、代金を拒めず、解除もできない。ここは、論文で論点になりうる部分です。

売買の条文。567条2項

567条の整理。1項=売主が、特定した目的物を引き渡した後に、双方に責めがない事由で滅失・損傷したとき、買主は追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・解除ができず、代金の支払を拒めない。2項=引渡しの前でも、売主が契約の内容に適合する物を提供したのに、買主が受け取らないとき、その後の滅失・損傷は、1項と同様。 図:567条の整理

  • 1項=売主が、特定した目的物を引き渡した後に、双方に責めがない事由で滅失・損傷したとき、買主は追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・解除ができず、代金の支払を拒めない
  • 2項=引渡しの前でも、売主が契約の内容に適合する物を提供したのに、買主が受け取らないとき、その後の滅失・損傷は、1項と同様

同じ話が、売買にも、書いてあります。567条です。1項は、引渡しの後の話です。売主が、特定した目的物を、買主に引き渡した後に、双方に責めがない事由で、滅失したり、損傷したりしたとき、買主は、追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求、解除をすることができません。代金の支払も、拒めません。引き渡した後なら、危険は買主が負う、ということです。2項は、その前倒しです。引渡しの前でも、一定の場合には、同じ扱いになります。

条文民法567条2項

民法第567条 2 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。

ここで、押さえるのは、2点です。1つめ。この条文が扱う目的物は、特定したものに限られます。1項に、売買の目的として特定したものに限る、という括弧書きがあります。限る理由は、こうです。特定の前なら、1台が焼けても、売主は、同じ型の別の1台を調達して渡す義務を負ったままです。焼けた損は、売主が負います。買主に危険が移る、という話になるのは、渡す1台が決まったあとだけです。冒頭のピアノは、YさんがZさんの家まで運んで、提供しています。前に見たとおり、持参の約束なら、債権者の住所で現実に提供した時に、特定が生じます。だから、特定済みです。2つめ。対象は、滅失だけでなく、損傷も含みます。全部焼けた場合だけでなく、一部が壊れた場合も、同じ扱いです。413条の2の2項との関係です。413条の2の2項は、債務の履行が不能になった場合の一般規定です。567条2項は、売買の目的物の、滅失や損傷の場合の規定です。冒頭のピアノは、どちらにも当てはまります。結論は、同じ方向です。売買の条文の詳しい中身は、別の回で見ます。今日は、位置づけだけです。

受領遅滞の効果、前回との一覧

受領遅滞の効果の一覧。前回=①413条1項 保存の注意が自己の財産と同一の注意に下がる②413条2項 増加費用は債権者の負担③受領遅滞だけでは、原則として損害賠償も解除もできない(信義則上の引取義務等があれば別)。今回=④413条の2第2項 不能は債権者の責めに帰すべき事由とみなす→代金を拒めず解除できない⑤567条2項 特定した物の滅失・損傷も同様。 図:受領遅滞の効果の一覧

  • 前回=①413条1項 保存の注意が自己の財産と同一の注意に下がる②413条2項 増加費用は債権者の負担③受領遅滞だけでは、原則として損害賠償も解除もできない(信義則上の引取義務等があれば別)
  • 今回=④413条の2第2項 不能は債権者の責めに帰すべき事由とみなす→代金を拒めず解除できない⑤567条2項 特定した物の滅失・損傷も同様

前回見た効果と、今回見た効果を、1枚に並べます。前回の分から。保存の注意が、自己の財産と同一の注意に下がること。増えた費用は債権者の負担になること。そして、受領遅滞だけを理由に、損害賠償や解除をすることは、原則としてできないこと。ここまでは、前回見たとおりです。今回の分です。受領遅滞の最中の不能は、債権者のせいとみなされ、代金を拒めず、解除もできないこと。売買で特定した物の滅失や損傷も、同じ扱いになること。この5つで、受領遅滞の効果は揃いました。区別は、誰が誰に言うか、です。前回の分は、債務者が、受け取らない債権者に、損害賠償や解除を言えるか、でした。今回の分は、債権者が、代金の拒絶や解除を言えるか、です。向きが逆です。

橋渡しと、第三者による債権侵害

債権侵害の構図。A=債権者、B=債務者、C=第三者。AとBは債権で結ばれている。CがBの債務の履行を妨げる(物を壊す・買い取る・引き抜く)。債権の相対性=AからBへの矢印は、Bにしか届かない。 図:債権侵害の構図

  • A=債権者、B=債務者、C=第三者
  • AとBは債権で結ばれている
  • CがBの債務の履行を妨げる(物を壊す・買い取る・引き抜く)
  • 債権の相対性=AからBへの矢印は、Bにしか届かない

ここまでは、債権者と債務者の間の話でした。受け取る、払う、という関係です。ここからは、関係のない第三者が登場します。第三者が、債権者の債権の実現を邪魔したら、債権者は、その第三者に、何が言えるのか。債権の、第三者に対する効力、と呼ばれる論点です。先に、問題の所在を押さえます。債権には、3つの性質があります。1つめは、相対性です。中身は、このあと1問で思い出します。2つめは、非排他性。同じ内容の債権が、複数あっても構いません。同じ絵を、2人に売る約束も、約束としては成り立ちます。3つめは、非公示性。登記も占有もなく、外から見えません。

問いの板(前の回の復習)。債権の相対性とは何か。 図:問いの板(前の回の復習)。債権の相対性とは何か。

ここで、前に見た要点を、1問、思い出してみましょう。債権の相対性とは、何だったでしょうか?債権は、債務者にしか主張できない、ということです。ところが、外から見えない債権を、第三者が知らないことがあります。それに、取引の世界では、誰かの債権を結果的に害さないと、商売ができない場面もあります。自由競争です。この食い違いを、どう整理するかが、今日の後半です。

結論の見取り図。債権者が第三者に言えること=①妨害排除請求=原則としてできない(対抗力を備えた不動産賃借権は例外)②不法行為に基づく損害賠償請求=侵害の類型に応じて、成立要件を調整する。 図:結論の見取り図

結論の地図を、先に見せます。債権者が第三者に言えることは、2つです。1つめは、妨害をやめさせる請求。これは、原則として、できません。ただし、対抗力のある不動産の賃借権は、例外です。2つめは、不法行為による損害賠償です。債権も財産ですから、害されれば、請求できます。ただし、侵害の類型によって、成立の要件を調整します。

妨害排除請求は、原則としてできない

妨害排除の対比。物権=誰に対しても妨害排除を請求できる(物権的請求権)。債権=相対的な権利で、債務者に請求するのが本筋。例外=対抗力を備えた不動産の賃借権(605条の4)。 図:妨害排除の対比

  • 物権=誰に対しても妨害排除を請求できる(物権的請求権)
  • 債権=相対的な権利で、債務者に請求するのが本筋
  • 例外=対抗力を備えた不動産の賃借権(605条の4)

まず、妨害をやめさせる請求です。物権なら、誰に対しても、妨害の排除を請求できました。物権的請求権です。ところが、債権は、相対的な権利です。債務者に請求するのが本筋で、関係のない第三者に、やめろとまでは言えません。原則は、できない、です。ただし、例外があります。不動産の賃借権で、対抗力を備えたものです。条文です。

条文民法605条の4

民法第605条の4 不動産の賃借人は、第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた場合において、次の各号に掲げるときは、それぞれ当該各号に定める請求をすることができる。 一 その不動産の占有を第三者が妨害しているとき その第三者に対する妨害の停止の請求 二 その不動産を第三者が占有しているとき その第三者に対する返還の請求

賃借権の登記や、借地借家法が定める対抗要件のことです。第三者に、自分の権利を主張できる状態にした、ということです。設例です。借りた土地の駐車場が、第三者の車で塞がれています。賃借権に登記があれば、第三者に、妨害の停止を求められます。登記も何もなければ、原則として、求められません。賃借権が、対抗力を備えると、物権に近い強さを持つ、ということです。登記などで、外から見える形になったからです。見えている権利なら、第三者に主張させても、酷ではありません。賃貸借の詳しい中身は、別の回で見ます。

不法行為による損害賠償。類型で要件を変える

不法行為の総論。債権も財産として保護される→原則、709条で損害賠償を請求できる。ただし、債権は外から見えず(非公示性)、取引は自由競争が原則→侵害の類型に応じて、要件を調整する。 図:不法行為の総論

  • 債権も財産として保護される→原則、709条で損害賠償を請求できる
  • ただし、債権は外から見えず(非公示性)、取引は自由競争が原則→侵害の類型に応じて、要件を調整する

次は、不法行為です。条文は、709条です。

条文民法709条

民法第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

債権も、他人の権利、または、法律上保護される利益に当たります。相対的な権利だから保護されない、とは考えません。大審院の判決にも、第三者が他人の債権を故意に害したときは、不法行為が成立しうる、としたものがあります。結論は、債権も、不法行為の保護の対象になる、ということです。

判例の名前と結論。大判大4・3・10(刑録21輯279頁)=第三者が他人の債権を故意に害したとき、不法行為が成立しうる。債権も不法行為の保護の対象になる。 図:判例の名前と結論

  • 大判大4・3・10(刑録21輯279頁)=第三者が他人の債権を故意に害したとき、不法行為が成立しうる
  • 債権も不法行為の保護の対象になる

ただし、債権は、外から見えません。第三者が、債権の存在を知らないこともあります。また、取引は、自由が原則です。そこで、通説は、侵害の類型に応じて、成立の要件を調整します。4つの類型を、順に見ます。

類型の設例4つ。①帰属侵害=画廊が客Aに絵を売った代金債権があるのに、画廊の店員になりすました別人が、客Aから代金を受け取った(支払は有効になり、画廊の代金債権が消える)。②給付侵害・債権が消滅=画廊が客Aに売る約束をした、その1枚の絵を、第三者が壊した。③給付侵害・債権が消滅しない・事実行為=木材業者が買った山林の木を、引渡しの前に、第三者が勝手に切って運び出した(土地は残り、売主は今でも引き渡せる)。④給付侵害・取引行為=同じ絵を別の客にも売り、別の客が先に引渡しを受けた/専属契約のあるピアニストを、別の楽団が引き抜いた。 図:類型の設例4つ

  • ①帰属侵害=画廊が客Aに絵を売った代金債権があるのに、画廊の店員になりすました別人が、客Aから代金を受け取った(支払は有効になり、画廊の代金債権が消える)
  • ③給付侵害・債権が消滅しない・事実行為=木材業者が買った山林の木を、引渡しの前に、第三者が勝手に切って運び出した(土地は残り、売主は今でも引き渡せる)
  • ④給付侵害・取引行為=同じ絵を別の客にも売り、別の客が先に引渡しを受けた/専属契約のあるピアニストを、別の楽団が引き抜いた

1つめは、帰属侵害です。債権そのものを、奪う類型です。画廊が、客Aに絵を売り、代金債権があります。そこへ、画廊の店員になりすました別人が、客Aのところへ来て、代金を受け取ってしまった。客Aが、本物の店員だと信じたことに落ち度がなければ、その支払は有効になり、画廊の代金債権は消えます。債権が、別人に横取りされたわけです。2つめと3つめは、給付侵害です。債務者の給付、つまり、約束した履行を、妨げる類型です。2つめは、債権が消滅する場合です。画廊が、客Aに売る約束をした、その1枚の絵を、第三者が壊した。特定の物が失われて、債務者の債務が、履行不能で消えます。3つめは、債権は消滅しない場合の、事実行為です。木材業者が、木の生えた山林を買ったのに、引渡しの前に、第三者が、勝手に木を切り倒して運び出した。山林という土地そのものは残っていて、売主は、今でも引き渡せます。だから、債務は不能にならず、債権は残ります。ただ、債権者が受けるはずの給付が、妨げられます。4つめは、給付侵害のうち、取引行為です。同じ絵を、別の客にも売り、別の客が、先に引渡しを受けた。あるいは、楽団と専属契約のあるピアニストを、別の楽団が、引き抜いた。これらは、第三者が、取引として動いた場面です。ここだけ、自由競争との線引きが出てきます。

類型表。帰属侵害(債権そのものを奪う)=一般の不法行為の要件(故意・過失)だけで成立。理由=債権そのものを奪う=他人のものを盗むのと同じ形。/給付侵害・債権が消滅(特定の絵を壊す)=一般の要件に加えて、債権の存在の認識が必要。理由=非公示性。/給付侵害・債権は消滅しない事実行為(山林の木の伐採)=同じく債権の存在の認識が必要。/給付侵害・取引行為(二重譲渡・引抜き)=自由競争の範囲を超える不当さが必要。理由=取引は自由で、先に取引した者が勝つのが原則。 図:類型表

  • 帰属侵害(債権そのものを奪う)=一般の不法行為の要件(故意・過失)だけで成立
  • 理由=債権そのものを奪う=他人のものを盗むのと同じ形
  • 理由=非公示性
  • 給付侵害・債権は消滅しない事実行為(山林の木の伐採)=同じく債権の存在の認識が必要
  • 給付侵害・取引行為(二重譲渡・引抜き)=自由競争の範囲を超える不当さが必要
  • 理由=取引は自由で、先に取引した者が勝つのが原則

板が、類型表です。要件を、類型ごとに見ます。帰属侵害は、ふつうの不法行為の要件だけです。故意か過失があれば足ります。債権そのものを奪う点で、他人のものを盗むのと同じ形だからです。なりすました人は、画廊の代金だと分かったうえで、それを受け取っています。知らずに害してしまった、という場面が、この類型では考えにくいのです。給付侵害では、一般の要件に、もう1つ加わります。債権があると知っていたこと、つまり、債権の存在の認識です。理由は、非公示性です。債権は、外から見えません。看板の出ていない約束のようなものです。存在を知らない人に、過失があったと言うのは、酷です。壊した絵が、誰かに売約済みだったと知らなければ、責任は問えません。山林の木の伐採も、同じです。取引行為は、さらに別です。債権があると知っているだけでは足りません。自由競争の範囲を超える不当さが、必要です。取引は、自由が原則で、先に取引した者が勝つ。これは、物権の二重譲渡で見た発想と同じです。土地の二重譲渡でも、先に売れていると知っているだけの買主は、先に登記を備えれば勝てました。知っているだけで負けにすると、より良い条件で買う、という競争そのものができなくなるからです。輪郭を、境界の対で見ます。二重譲渡で、後の客が、先に絵が売れていると知っていても、普通に買っただけなら、自由競争の範囲内です。不法行為になりません。ところが、先の客への嫌がらせが目的で、わざと買った、という場合は、範囲を超えます。不法行為になりえます。

引抜きも同じです。待遇を上げて、うちへ来ませんかと誘うのは、競争の範囲内です。ところが、ピアニストに、虚偽を告げて、元の楽団から引き離したなら、手段が不当です。範囲を超えます。決め手は、手段の不当さです。債権を知っていたこと自体ではありません。問いです。二重譲渡で、後の客が、先の売買を知っていただけで、不法行為になるでしょうか?ならないです。普通に取引しただけなら、自由競争の範囲内だから。嫌がらせなど、不当な手段があれば別です。この類型表は、論文で論点になりうる部分です。損害賠償の中身や、不法行為の要件の本体は、別の回で詳しく見ます。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。Yは代金を請求できる。Zは代金の支払を拒めず、契約を解除することもできない(受領遅滞の後の不能)。ただし、Yが債務を免れて得た利益は、Zに償還する(536条2項後段)。 図:冒頭の答え

  • Yは代金を請求できる
  • Zは代金の支払を拒めず、契約を解除することもできない(受領遅滞の後の不能)
  • ただし、Yが債務を免れて得た利益は、Zに償還する(536条2項後段)

冒頭の答えを、言い切ります。Yさんは、Zさんに、代金を請求できます。Zさんは、焼けたのだから払わない、とは言えません。代金の支払を拒めず、契約を解除して逃げることも、できません。Yさんがピアノを運んで、Zさんが拒んだ後に焼けたので、不能は、Zさんの責めに帰すべき事由とみなされるからです。ただし、Yさんが、焼けたことで債務を免れて得た利益、たとえば、使わずに済んだ設置の作業費があれば、Zさんに返します。

まとめ板。①受領遅滞中に双方無責で不能=債権者の責めに帰すべき事由とみなす(413条の2第2項)→代金を拒めない(536条2項)・解除できない(543条)②売買で特定した物は567条2項でも同じ方向③第三者による債権侵害=妨害排除は原則できない(対抗力ある不動産賃借権は例外)・不法行為は類型で要件を調整(取引行為は自由競争の範囲を超えるときに成立) 図:まとめ板

整理します。1つめ。受領遅滞の最中に、双方に責めがない事由で履行が不能になると、債権者の責めに帰すべき事由とみなされます。413条の2の2項です。その結果、代金の支払を拒めず、解除もできません。2つめ。売買で、特定した物なら、567条2項でも、引渡しの前に、同じ方向の扱いになります。第三者が債権を害したとき、妨害排除は、原則できません。対抗力を備えた不動産の賃借権は、例外です。不法行為は、類型で要件が変わります。帰属侵害は、一般の要件だけ。給付侵害は、債権の存在の認識が要る。取引行為は、自由競争の範囲を超える不当さが要る。次の回からは、債権そのものが、人から人へ移る場面に入ります。

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#166単独ページ動画

債権譲渡の意義と譲渡制限特約

第4章 債権総論 #166/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

売掛金を売りたい。ただし契約書に「譲渡しない」とある

冒頭の関係図。A=卸会社(事務機器を卸す)が、B=小売チェーンに納品した代金200万円の売掛金を持つ(3か月後が支払期日)。資金繰りのため、C=金融業者にこの売掛金を売って現金化したい。ところが、AとBの取引基本契約書に「Aは、本契約に基づく代金債権を第三者に譲渡しない」という条項がある。問い=①売ってしまったら、売買は無効か。②Bは、期日に誰に払えばよいか。 図:冒頭の関係図

  • A=卸会社(事務機器を卸す)が、B=小売チェーンに納品した代金200万円の売掛金を持つ(3か月後が支払期日)
  • 資金繰りのため、C=金融業者にこの売掛金を売って現金化したい
  • ところが、AとBの取引基本契約書に「Aは、本契約に基づく代金債権を第三者に譲渡しない」という条項がある
  • 問い=①売ってしまったら、売買は無効か
  • ②Bは、期日に誰に払えばよいか

事務機器を卸す会社があります。卸会社と呼びます。取引先の小売チェーンに、機器を納めました。代金は200万円です。支払期日は3か月後です。つまり、卸会社は、小売チェーンに対して、200万円の売掛金を持っています。ところが、卸会社は、今すぐ現金がほしい。仕入先への支払いが迫っています。そこで、この売掛金を、金融業者に売って、現金に換えようと考えました。ところが、小売チェーンとの取引基本契約書に、こういう条項がありました。卸会社は、この契約に基づく代金債権を、第三者に譲渡しない。今日の問いは2つです。1つめ。この条項があるのに、金融業者に売ってしまったら、その売買は無効なのか。2つめ。小売チェーンは、期日に、誰に払えばよいのか。答えは、最後に出します。前回まで、債権者が変わらない世界を見てきました。債権が生まれ、履行され、果たされず、第三者に害される。どの場面でも、債権者は同じ人でした。今日から、債権者が入れ替わる世界に入ります。

債権譲渡とは何か。意義と性質

債権譲渡の意義。債権者A(譲渡人)が、債権の同一性を保ったまま、契約でC(譲受人)に移す。債務者Bの同意は要らない。契約の中身=売買・贈与・代物弁済など。性質=①諾成・不要式(合意だけで成立・書面不要)②処分行為(契約の効力として債権が直接移る)③有因(原因の契約が取り消されれば譲渡も効力を失う)。 図:債権譲渡の意義

  • 債権者A(譲渡人)が、債権の同一性を保ったまま、契約でC(譲受人)に移す
  • 債務者Bの同意は要らない
  • 契約の中身=売買・贈与・代物弁済など
  • 性質=①諾成・不要式(合意だけで成立・書面不要)②処分行為(契約の効力として債権が直接移る)③有因(原因の契約が取り消されれば譲渡も効力を失う)

債権譲渡とは、債権を、その同一性を保ったまま、契約で他人に移すことです。移す側を、譲渡人。受け取る側を、譲受人と呼びます。中身は、そのままだ、ということです。200万円の代金を、期日に受け取る権利。その権利が、そっくり、卸会社から金融業者に移ります。債権者の名前だけが替わります。金額も、期日も、変わりません。大事なのは、小売チェーンの同意は要らない、ということです。譲渡は、譲渡人と譲受人の契約だけで成り立ちます。性質は、3つ覚えます。1つめ、諾成で不要式。合意だけで成立し、書面も要りません。2つめ、処分行為です。譲渡の契約が結ばれると、その効力として、債権が直接、移ります。あらためて何かを引き渡す必要はありません。3つめ、有因です。原因になった売買が取り消されれば、譲渡も効力を失います。原因の契約に、引きずられるということです。

同一性の保持。移転しても債権の中身は変わらない。①従たる権利も一緒に移る=抵当権・保証債権・利息債権(随伴性)。根抵当権は元本の確定前は別。②債務者は、譲渡人に言えていた抗弁を、譲受人にも言える(468条1項)。 図:同一性の保持

  • 移転しても債権の中身は変わらない
  • ①従たる権利も一緒に移る=抵当権・保証債権・利息債権(随伴性)
  • 根抵当権は元本の確定前は別
  • ②債務者は、譲渡人に言えていた抗弁を、譲受人にも言える(468条1項)

ここで、前に見た要点を1問、思い出しましょう。債権が移ると、その債権を守っていた抵当権は、どうなるでしょうか?一緒に移ります。随伴性でした。ただ、根抵当権は、元本の確定前だと別でした。同一性が保たれるので、抵当権も、保証債権も、債権についていきます。根抵当権だけは、確定前は債権に付き添いません。これは、前に見たとおりです。もう1つ。債務者は、譲渡人に対して言えていた反論、たとえば、同時履行の抗弁を、譲受人にも言えます。債権が、そのまま移るからです。抗弁の話は、あらためて、別の回で詳しく見ます。

債権譲渡と似た制度、使い道

比較表。債権譲渡=債権者が替わる(同一性を保つ)。債務引受=債務者が替わる。更改=旧債務が消えて、新しい債務が生まれる(同一性を失う)。転付命令=強制執行で債権が債権者に移る(債権者の意思によらない移転)。 図:比較表

  • 債権譲渡=債権者が替わる(同一性を保つ)
  • 債務引受=債務者が替わる
  • 更改=旧債務が消えて、新しい債務が生まれる(同一性を失う)
  • 転付命令=強制執行で債権が債権者に移る(債権者の意思によらない移転)

似た制度と、並べます。何が替わるか、で区別します。債権譲渡は、債権者が替わります。債務引受は、債務者が替わります。更改は、古い債務が消えて、新しい債務が生まれます。同一性を保ちません。だから、抵当権や保証も、そのままでは付き添いません。転付命令は、強制執行の中で、差し押さえた債権が、差し押さえた人に移る制度です。債権者の意思によらない移転、という点が、譲渡と違います。名前だけ、覚えてください。

債権譲渡の使い道。①資金調達=期日前の債権を割り引いて現金化する(今日の設例)②債権回収=仕入先への支払いのかわりに、売掛金を渡す(代物弁済)③担保=多数の債権をまとめて担保に入れる(集合債権譲渡担保)。 図:債権譲渡の使い道

では、なぜ債権を譲るのか。使い道は、3つです。1つめは、資金調達。今日の設例のように、期日前に、割り引いて現金にします。2つめは、債権回収。仕入先に現金で払うかわりに、持っている売掛金を渡して、支払いにあてます。代物弁済です。3つめは、担保です。たくさんの債権をまとめて担保に入れる。前に見た、集合債権譲渡担保です。本論は、またあとの回で見ます。今日の設例は、1つめの、資金調達です。

原則は譲渡自由。ただし、譲れない債権もある

問いの板(前の回の復習)。物権は、何によって移転するか。 図:問いの板(前の回の復習)。物権は、何によって移転するか。

入る前に、もう1問、思い出しましょう。物権は、何によって移転するのでしたか?当事者の意思表示だけです。176条の、意思主義でした。債権も、同じ発想です。卸会社と金融業者の合意だけで移り、小売チェーンの同意は要りませんでした。そして、債権の譲渡についても、原則を、条文が書いています。

条文民法466条1項

民法第466条 債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。

本文です。債権は、譲り渡すことができる。原則は、自由です。例外が、ただし書き。性質が許さないとき、です。債権者が誰かが、決定的な債権です。たとえば、家庭教師に、自分の子どもに勉強を教えてもらう債権。これを、隣の家に譲ったら、家庭教師は、会ったこともない別の子を、教えることになります。引き受けた仕事とは、別物です。債権者が替わると、給付の中身が変わってしまう。こういう債権は、譲れません。

譲渡の制限の一覧。原則=債権は譲渡自由(466条1項本文)。性質上の制限=債権者が誰かが決定的な債権(同項ただし書)=譲渡は効力を生じない。法律上の制限=扶養を受ける権利は処分できない(881条)。当事者の特約による制限=今日の山場(効果が全く違う)。 図:譲渡の制限の一覧

  • 原則=債権は譲渡自由(466条1項本文)
  • 性質上の制限=債権者が誰かが決定的な債権(同項ただし書)=譲渡は効力を生じない
  • 法律上の制限=扶養を受ける権利は処分できない(881条)
  • 当事者の特約による制限=今日の山場(効果が全く違う)

もう1つ、法律による制限もあります。たとえば、881条。扶養を受ける権利は、処分することができない。これは、名前と、1つの例だけ、覚えておけば足ります。そして、3つめが、当事者の約束による制限です。今日の設例の、譲渡しない、という条項が、これです。ところが、この3つめは、前の2つと、効果が全く違います。性質による制限と、法律による制限は、譲っても効力が生じません。当事者の約束による制限は、そうではありません。ここから、山場です。

特約があっても、譲渡は有効。466条2項

問いの板(前の回の復習)。債権の相対性とは何か。 図:問いの板(前の回の復習)。債権の相対性とは何か。

その前に、前回の要点を、1問、思い出しましょう。債権の相対性とは、何だったでしょうか?債権は、債務者にしか主張できない、ということです。債権は、債務者と債権者の間の関係です。だから、債務者にとって、債権者が誰かは、大きな問題です。この点が、このあとの話の土台になります。条文を見ます。

条文民法466条2項

民法第466条 2 当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。

条文では、譲渡制限の意思表示、と呼びます。以前に見た、譲渡禁止特約と、同じものです。今日は、譲渡制限特約と呼びます。結論です。譲渡制限特約があっても、債権の譲渡は、有効です。譲受人が、特約を知っていても、知らないことに重大な過失があっても、変わりません。有効かどうかは、譲受人の主観で変わりません。譲受人が、新しい債権者になります。重大な過失は、ほとんど、悪意と同じ、と考えてください。少し注意すれば、特約に気づけたはずなのに、不注意で、全く気づかなかった、という場合です。ちょっとした不注意で知らなかった程度なら、重大な過失には当たりません。この区別は、3項で効いてきます。

特約に反するのに有効、というのは、引っかかりますよね。2017年の改正の前は、考え方が逆でした。特約に反する譲渡は、当事者の間でも、無効とされていました。債権そのものが、動かないという扱いです。ただし、特約を知らない譲受人には、この無効を主張できませんでした。

改正の対比。改正前=特約に反する譲渡は、当事者間でも無効(債権そのものが動かない。ただし、特約を知らない譲受人には無効を主張できない)。現行=譲渡は有効(466条2項)。債務者には、悪意・重過失の譲受人に対する守りだけを残す(同条3項)。理由=売掛金などを資金調達に使いやすくする。 図:改正の対比

  • 改正前=特約に反する譲渡は、当事者間でも無効(債権そのものが動かない。ただし、特約を知らない譲受人には無効を主張できない)
  • 現行=譲渡は有効(466条2項)
  • 債務者には、悪意・重過失の譲受人に対する守りだけを残す(同条3項)
  • 理由=売掛金などを資金調達に使いやすくする

なぜ、変えたのか。取引先との契約書にある一文のせいで、売掛金が売れない、という事態を、避けたかったからです。売掛金は、資金調達の大事な資産です。資金を借りたい企業にとって、債権が売れないのは、大きな妨げでした。そこで、現行法は、譲渡自体は、有効にしました。そのかわりに、債務者を守る手段を、別に残しました。それが、次に見る、3項です。特約を付けるのは、債務者の側の事情からです。債務者は、知らない人に払いたくありません。見知らぬ債権者から、取り立てを受けるのも、避けたい。払う相手を、固定しておきたいのです。入店お断りの札を、店の入口に出しているようなものです。お断りしたい客が来たら、断れるようにしておくための札です。ここで、1問です。特約に反した債権譲渡は、無効でしょうか?

有効です。466条2項です。

誰に払えばよいか。466条3項

3者図の構図。A=譲渡人(卸会社)、B=債務者(小売チェーン)、C=譲受人(金融業者)。AからCへ、債権の譲渡(有効)。BはA・Cのどちらに払うか。 図:3者図の構図

  • A=譲渡人(卸会社)、B=債務者(小売チェーン)、C=譲受人(金融業者)
  • AからCへ、債権の譲渡(有効)
  • BはA・Cのどちらに払うか

譲渡は有効。では、小売チェーンは、誰に払えばよいのか。ここが、今日の中心です。条文を見ます。

条文民法466条3項

民法第466条 3 前項に規定する場合には、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。

要件を、2つに読みます。1つめ、2項の場合、つまり、特約付きの債権が譲渡されたこと。2つめ、譲受人その他の第三者が、特約を知っていたか、知らないことに重大な過失があったこと。この2つがそろうと、債務者に、2つの権限が生まれます。1つめは、履行を拒むこと。2つめは、譲渡人にした弁済など、債務が消える事由を、その譲受人に対して、言えることです。

3者図の場合分け。①Cが善意・無重過失(対抗要件を備えていれば)=Bは、Cに払う。Aに払っても、Cには対抗できない。②Cが悪意・重過失=Bは、(a)Cに払ってよい(b)Cへの支払いを断ってよい(c)Aに払い、その弁済でBの債務が消えたとCに言える。どちらでも、譲渡は有効=Cが債権者であることは変わらない。 図:3者図の場合分け

  • ①Cが善意・無重過失(対抗要件を備えていれば)=Bは、Cに払う
  • Aに払っても、Cには対抗できない
  • ②Cが悪意・重過失=Bは、(a)Cに払ってよい(b)Cへの支払いを断ってよい(c)Aに払い、その弁済でBの債務が消えたとCに言える
  • どちらでも、譲渡は有効=Cが債権者であることは変わらない

場合分けです。まず、金融業者が、特約を知らず、知らないことに重大な過失もない場合。この場合は、小売チェーンは、金融業者に払います。卸会社に払っても、金融業者には言えません。金融業者が、債権者だからです。特約を知りようがない金融業者にまで、払う相手を固定したいという小売チェーンの都合を、押しつける理由はありません。ただし、これは、金融業者が、小売チェーンに譲渡の通知をしているなど、対抗要件を備えている場合の話です。この話は、あとの回で見ます。次に、金融業者が、特約を知っていた場合、または、重大な過失で知らなかった場合。小売チェーンには、選択肢が3つ生まれます。金融業者に払ってもよい。金融業者への支払いを拒んでもよい。卸会社に払って、その弁済で、債務が消えたと、金融業者に言ってもよい。

断らなくてもよい、というところが大事です。拒めるのは、権利であって、義務ではありません。払ってよいのです。また、どちらの場合でも、譲渡は有効です。金融業者が債権者であることは、変わりません。違うのは、小売チェーンに、断る、または、譲渡人に払うという選択肢があるかどうか、だけです。入店お断りの札の話に戻します。札を知らずに入った客は、店は断れません。札を見て入った客には、店は、出ていってほしいと言えます。ただし、入店自体が違法になるわけではありません。店が、よいと言えば、客は、そのまま買い物ができます。趣旨を、まとめます。払う相手を固定したい、という債務者の期待を、悪意か重過失の譲受人に限って、守る。特約を知りようがない善意無重過失の譲受人は、取引の安全のために、守ります。

補足。「その他の第三者」=債権質権者など。転得者(譲受人がさらに別の金融業者に売ったとき)も含まれる=悪意・重過失は、転得者について判断する。債務者が譲渡人に払った後は、譲受人は、受け取った譲渡人に、金銭の引渡しを求める立場になる。 図:補足

  • 「その他の第三者」=債権質権者など
  • 転得者(譲受人がさらに別の金融業者に売ったとき)も含まれる=悪意・重過失は、転得者について判断する
  • 債務者が譲渡人に払った後は、譲受人は、受け取った譲渡人に、金銭の引渡しを求める立場になる

補足を、3つ。1つめ。条文の、その他の第三者には、債権質権者などが入ります。2つめ。金融業者が、債権を、別の金融業者に、さらに売ったとき、その転得者も入ります。悪意か重過失かは、転得者について見ます。3つめ。小売チェーンが、卸会社に払った場合、金融業者は、卸会社に、受け取った金銭を渡すよう求める立場になります。債権者は金融業者なので、卸会社が受け取った金銭は、本来、金融業者に渡るべきものだからです。法律構成は、深入りしません。結論だけです。小売チェーンが、金融業者にも断り、卸会社にも払わない、という行き詰まりの場合は、あらためて、別の回で見ます。問いです。特約を知りながら債権を買った譲受人に、債務者は、払ってはならないでしょうか?

払ってよいです。拒むこともできますし、譲渡人に払って、対抗することもできます。「悪意の譲受人への譲渡は無効」でも、「悪意の譲受人には払ってはならない」でもありません。ここは、短答で、よく問われます。

債務者が承諾したら

承諾の設例。金融業者C(悪意)が債権を買った後、小売チェーンBがCに「譲渡は了解した」と告げた。BはCへの履行を断れるか。 図:承諾の設例

  • 金融業者C(悪意)が債権を買った後、小売チェーンBがCに「譲渡は了解した」と告げた
  • BはCへの履行を断れるか

設例を変えます。金融業者が、特約を知りながら、債権を買いました。そのあと、小売チェーンが、金融業者に、譲渡は了解した、と告げました。小売チェーンは、それでも、3項で、支払いを断れるでしょうか。了解した、と言っているのだから、もう断れない気がします。理屈を見ます。3項の趣旨は、払う相手を固定したい、という債務者の利益を、守ることでした。債務者が譲渡を了解したなら、その利益を、自分で手放したことになります。だから、3項の保護は、使えません。履行を拒めなくなり、譲渡人に払ったことを、譲受人に言うこともできません。入店お断りの札で言えば、店主が、今回はどうぞ、と言った後は、もう、お断りとは言えない、ということです。誰に承諾しても同じです。譲受人にでも、譲渡人にでも、事後に承諾すれば、保護は放棄されたことになります。ここで、前に見た代理受領を、思い出してください。特約付きの債権でも使える、という利点がありました。現行法では、特約があっても譲渡そのものは有効なので、この利点は、小さくなりました。

承諾の板。現行法=譲渡は最初から有効→承諾は、3項の保護(履行拒絶・譲渡人への弁済の対抗)の放棄。改正前の判例=譲渡は無効→承諾で譲渡の時にさかのぼって有効→ただし、承諾前に現れた第三者の権利は害せない(116条の法意)。 図:承諾の板

  • 現行法=譲渡は最初から有効→承諾は、3項の保護(履行拒絶・譲渡人への弁済の対抗)の放棄
  • 改正前の判例=譲渡は無効→承諾で譲渡の時にさかのぼって有効→ただし、承諾前に現れた第三者の権利は害せない(116条の法意)

ここで、判例を見ます。改正前の判例です。当時の言葉で、譲渡禁止の特約のある、指名債権、と呼びました。今の、譲渡制限特約付きの、債権のことです。

判例最一小判平9・6・5 民集51巻5号2053頁

承諾と第三者の権利 譲渡禁止の特約のある指名債権……譲渡の時にさかのぼって有効となるが、民法一一六条の法意に照らし、第三者の権利を害することはできないと解するのが相当である。

判決の事案を、語ります。債権が、特約に反して譲渡されました。譲渡の後、債務者の承諾の前に、その債権に、国の滞納処分による差押えが、されました。そのあとで、債務者が、譲渡を承諾したのです。判決は、こう整理しました。悪意か重過失の譲受人でも、債務者が、あとから承諾すれば、譲渡は、譲渡の時にさかのぼって、有効になる。ただし、民法116条の法意に照らして、第三者の権利を害することはできない。結論は、譲受人は、承諾の前に差押えをした国に対して、譲渡の効力を主張できない、とされました。

条文民法116条

民法第116条 追認は、別段の意思表示がないときは、契約の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

前に見たとおり、無権代理は、代理権が無いのに、代理人として契約してしまうことでした。本人が、あとから効力を認める、つまり追認すると、契約の時にさかのぼって、効力が生じます。ただし、第三者の権利は、害しません。改正前は、特約に反する譲渡は、無効でした。ふつうの無効は、追認しても、生き返りませんでした。ここは違います。特約は、債務者を守るためのものです。だから、守られる債務者が、あとから認めれば、さかのぼって生かせる。本人だけが選べる、無権代理の追認と、形が同じです。だから、判例は、この追認の考え方を借りたと説明されます。承諾の前に、すでに権利を得ていた人を、あとの承諾で、ひっくり返すのは、酷だからです。ただし、この判例は、改正前の枠組みです。現行法は、譲渡が、最初から有効です。だから、承諾の意味は、3項の保護の放棄、になりました。答案では、現行の条文、2項と3項で、書きます。ここは、論文で論点になりうる部分です。なお、承諾の前に現れた第三者との優劣は、差押えの場面については、現行法に別の条文があり、処理が変わります。預貯金債権も、扱いが別です。どちらも、今日は、名前だけです。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。譲渡(売買)は有効(466条2項)。金融業者が条項を知っていた(知らないことに重大な過失があった)なら、小売チェーンは、金融業者への支払いを断ってよく、卸会社に払って済ませてもよい(同条3項)。知らず、重過失もないなら、金融業者に払う。小売チェーンが承諾したら、もう断れない。 図:冒頭の答え

  • 譲渡(売買)は有効(466条2項)
  • 金融業者が条項を知っていた(知らないことに重大な過失があった)なら、小売チェーンは、金融業者への支払いを断ってよく、卸会社に払って済ませてもよい(同条3項)
  • 知らず、重過失もないなら、金融業者に払う
  • 小売チェーンが承諾したら、もう断れない

冒頭の答えを言い切ります。1つめ。売ってしまった売買は、有効です。小売チェーンとの条項があっても、譲渡の効力は妨げられません。2つめ。小売チェーンは、誰に払うか。金融業者が、条項を知っていた、または、重大な過失で知らなかったなら、小売チェーンは、金融業者への支払いを拒んでよく、卸会社に払って済ませてもかまいません。金融業者に払うことも、もちろん許されます。金融業者が、知らず、重過失もないなら、小売チェーンは、金融業者に払います。そして、小売チェーンが、譲渡を了解したなら、もう断れません。

まとめ板。①債権譲渡=同一性を保ったまま、契約で債権を移す(債務者の同意は不要)②譲渡制限特約があっても譲渡は有効(466条2項)。悪意・重過失の譲受人等には、債務者は履行を拒絶でき、譲渡人への弁済を対抗できる(同条3項)③債務者が承諾すれば、3項の保護を放棄したことになる(改正前の判例=譲渡の時にさかのぼって有効・承諾前の第三者の権利は害せない) 図:まとめ板

  • ①債権譲渡=同一性を保ったまま、契約で債権を移す(債務者の同意は不要)②譲渡制限特約があっても譲渡は有効(466条2項)
  • 悪意・重過失の譲受人等には、債務者は履行を拒絶でき、譲渡人への弁済を対抗できる(同条3項)③債務者が承諾すれば、3項の保護を放棄したことになる(改正前の判例=譲渡の時にさかのぼって有効・承諾前の第三者の権利は害せない)

整理します。1つめ。債権譲渡は、債権を、同一性を保ったまま、契約で移すことです。債務者の同意は、要りません。2つめ。譲渡制限特約があっても、譲渡は有効です。ただし、譲受人が、悪意か重過失なら、債務者は、履行を拒めて、譲渡人への弁済を、譲受人に言えます。債務者が承諾すれば、3項の保護を、自分で放棄したことになります。判例は、譲渡の時にさかのぼって有効としたうえで、承諾の前の第三者の権利は、害せないとしました。ここから先は、債権譲渡の続きの話に進みます。

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#167単独ページ動画

デッドロックの解消と預貯金債権の例外

第4章 債権総論 #167/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

誰にも払われないお金。前回の続き

冒頭の3者図。A=卸会社が、B=小売チェーンへの売掛金200万円を、C=金融業者に売った。Cは、AB間の契約書に「譲渡しない」条項があると知っていた。期日が来て、BはCに「払わない」。Aは「もう債権者ではない」と取り立てない。BもAに払いに行かない。問い=200万円は宙に浮くのか。 図:冒頭の3者図

  • A=卸会社が、B=小売チェーンへの売掛金200万円を、C=金融業者に売った
  • Cは、AB間の契約書に「譲渡しない」条項があると知っていた
  • 期日が来て、BはCに「払わない」
  • Aは「もう債権者ではない」と取り立てない
  • BもAに払いに行かない
  • 問い=200万円は宙に浮くのか

今日は、その続きです。設例は、前回と同じです。卸会社が、小売チェーンへの200万円の売掛金を、金融業者に売りました。金融業者は、取引基本契約書に、譲渡しない、という条項があると知っていました。そして、期日が来ました。金融業者は、小売チェーンに、200万円を払ってほしいと言います。小売チェーンは、断ります。あなたは条項を知って買ったのだから、払わない、と言うのです。卸会社は、どうでしょう。債権はもう売ったので、うちは債権者ではない、と言って、取り立てません。小売チェーンも、卸会社に払いに行きません。

今日の問いは、2つです。1つめ。この状態は、どうして起きるのか。2つめ。金融業者は、どうすれば払ってもらえるのか。さらに、預金の債権には、これとは全く別の扱いがあります。答えは、最後に出します。

行き詰まり、つまり閉塞状態はなぜ起きるのか

前回の板。この回に必要な結論だけ。特約があっても譲渡は有効(466条2項)。特約を知っていた(重大な過失で知らなかった)譲受人に対して、債務者は履行を拒める。かつ、譲渡人への弁済をその譲受人に対抗できる(同条3項)。 図:前回の板

  • この回に必要な結論だけ
  • 特約があっても譲渡は有効(466条2項)
  • 特約を知っていた(重大な過失で知らなかった)譲受人に対して、債務者は履行を拒める
  • かつ、譲渡人への弁済をその譲受人に対抗できる(同条3項)

前回の結論を、1問で思い出しましょう。特約を知っている譲受人に対して、債務者は何ができるのでしたか?払うのを断れます。それと、譲渡人に払って、その弁済を譲受人に言うこともできます。ここで、前回、行き詰まりと呼んだ状態に、名前をつけます。閉塞状態、英語でデッドロックとも呼びます。お互いが動けず、出口がない状態、という意味です。

行き詰まりの3者図。C(金融業者)→B(小売チェーン)=請求しても断られる(3項前段)。A(卸会社)→B=請求できない(譲渡は有効=Aはもう債権者でない)。B→A=払ってもよいが、払うかどうかはBの任意。結果=誰もBに払わせられない。 図:行き詰まりの3者図

  • C(金融業者)→B(小売チェーン)=請求しても断られる(3項前段)
  • A(卸会社)→B=請求できない(譲渡は有効=Aはもう債権者でない)
  • B→A=払ってもよいが、払うかどうかはBの任意
  • 結果=誰もBに払わせられない

誰が、誰に、何を言えるのか。3者で、順に見ます。まず、金融業者が小売チェーンに請求する。3項で、断られます。次に、卸会社が小売チェーンに請求する。できません。2項で譲渡は有効なので、卸会社は、もう債権者ではないからです。では、小売チェーンが、卸会社に払うのはどうか。払えば、金融業者に、債務は消えたと言えます。でも、それは小売チェーンが、払ってもよい、というだけです。払うかどうかは、小売チェーンの自由です。債務者を守る仕組みが、そのまま、居座る力にもなってしまう。これが、行き詰まりです。そこで、条文は、出口を用意しました。それが、4項です。

行き詰まりの出口。466条4項の催告

条文の読み方の準備。4項が出てくる前に、3項の「第三者」=悪意・重過失の譲受人その他の第三者。4項は、この第三者が出口を使う条文。 図:条文の読み方の準備

  • 4項が出てくる前に、3項の「第三者」=悪意・重過失の譲受人その他の第三者
  • 4項は、この第三者が出口を使う条文

条文です。まず、読んでください。ここでは、誰が催告をするのかを、探してみてください。

条文民法466条4項

民法第466条 4 前項の規定は、債務者が債務を履行しない場合において、同項に規定する第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、その債務者については、適用しない。

長い条文ですので、4つに分けます。成立要件です。条文の番号どおりに、読めば出てきます。覚え込むものではありません。

4項の要件(条文どおり)。①前項の第三者=悪意・重過失の譲受人その他の第三者②債務者が債務を履行しない③その第三者が、債務者に、相当の期間を定めて、譲渡人への履行を催告する④期間内に履行がない。効果=3項は適用しない=債務者は、もう履行を断れない。 図:4項の要件

  • 条文どおり
  • ①前項の第三者=悪意・重過失の譲受人その他の第三者②債務者が債務を履行しない③その第三者が、債務者に、相当の期間を定めて、譲渡人への履行を催告する④期間内に履行がない。効果=3項は適用しない=債務者は、もう履行を断れない。

1つめ。催告をするのは、3項に出てきた第三者です。つまり、特約を知っていた、または重大な過失で知らなかった譲受人です。今日の設例なら、金融業者です。条項を知って買ったので、この第三者に当たります。重大な過失もなければ、3項がそもそも働きません。小売チェーンは断れないので、催告をしなくても、最初から直接請求できます。4項は、断られる側のための出口です。2つめ。債務者が、債務を履行していない。期日が過ぎても、小売チェーンが、誰にも払っていない。今の状態が、これです。3つめ。この第三者が、債務者に、相当の期間を定めて、譲渡人への履行を催告する。例えば、金融業者が、小売チェーンに、2週間以内に、卸会社へ200万円を払ってください、と求めます。4つめ。その期間内に、履行がない。2週間が過ぎても、小売チェーンが払わない、ということです。

譲渡人への履行、ですか。譲受人に払ってください、ではないんですか。そこが、最もよくある取り違えです。金融業者が、小売チェーンに求めるのは、200万円を、卸会社に払ってください、です。

取り違えやすい3点。催告するのは=譲受人(譲渡人ではない)。催告の相手は=債務者(譲渡人ではない)。求める中身=譲渡人への履行(譲受人への履行ではない)。 図:取り違えやすい3点

  • 催告するのは=譲受人(譲渡人ではない)
  • 催告の相手は=債務者(譲渡人ではない)
  • 求める中身=譲渡人への履行(譲受人への履行ではない)

整理します。催告するのは、譲受人です。相手は、債務者です。求めるのは、譲渡人に払うことです。この3つを、短答で、入れ替えて出されます。金融業者が、うちに払ってください、と催告したら、どうなりますか。それは、4項の催告になりません。何日待っても、3項は効いたままで、小売チェーンは断れます。出口が開くのは、卸会社に払ってください、という催告だけです。特約の趣旨を考えてください。債務者は、払う相手を決めておきたかった。特約を知っていた、悪意の譲受人には払わなくてよい、という守りは、そのためでした。その守りは残したうえで、債務者に、特約の趣旨どおり、譲渡人に払う機会を、一度与える。それでも払わないなら、守りを外す。そういう組み立てだと、考えると分かりやすくなります。返事をしない相手に、期限を切って、最後のお願いを出す。そんなイメージです。

4項の流れ。①C(譲受人)がBに、相当の期間を定めて、Aへの履行を催告→②期間内にBがAに払った=その弁済でBの債務は消える(Cに言える)→③期間内にBが払わない=3項は適用しない=BはCへの支払いを、もう断れない。以後CはBに直接請求できる。 図:4項の流れ

  • ①C(譲受人)がBに、相当の期間を定めて、Aへの履行を催告→②期間内にBがAに払った=その弁済でBの債務は消える(Cに言える)→③期間内にBが払わない=3項は適用しない=BはCへの支払いを、もう断れない
  • 以後CはBに直接請求できる

流れを、見ましょう。金融業者が、期間を定めて、小売チェーンに、卸会社へ払うよう催告します。期間内に、小売チェーンが卸会社に払ったら、どうなるか。3項が効いたままなので、その弁済で、債務は消えます。小売チェーンは、金融業者に、それを言えます。金融業者は、卸会社から、受け取った200万円を渡してもらいます。債権は、もう金融業者に売られているので、卸会社が持っていてよいお金ではないからです。期間内に払わなかったら、3項は適用されなくなります。小売チェーンは、もう、金融業者への支払いを断れません。金融業者が、小売チェーンに直接、請求できます。

払えば債務が消え、払わなければ、断れなくなります。居座りだけを、許さない形です。細かい点を、2つ。1つめ。4項によって適用されなくなるのは、3項そのものです。履行を拒む権限と、譲渡人への弁済を対抗する権限の、両方がなくなります。例えば、期間が過ぎたあとで、小売チェーンが、あわてて卸会社に払ったとします。その弁済を、もう金融業者には言えません。金融業者に、あらためて払わなければなりません。2つめ。相当の期間は、条文が日数を決めていません。常識的に、払うのに足りる期間、と考えてください。金融業者は、期間を定めて、小売チェーンに、卸会社への履行を催告すればよいのです。問いです。4項の催告は、誰が、誰に、何を求めるのでしょうか?

譲受人が、債務者に、譲渡人への履行を、求めます。ここは、短答で、よく問われます。

預貯金債権だけは、扱いが逆になる

預貯金の設例。雑貨店の店主が、銀行に500万円の定期預金を持つ。預金規定に「譲渡・質入れ禁止」の特約がある。現金がほしくなり、取立て会社に預金債権を売った。取立て会社は規定の存在を知っていた。問い=この売買は、取立て会社との関係で効力があるか。 図:預貯金の設例

  • 雑貨店の店主が、銀行に500万円の定期預金を持つ
  • 預金規定に「譲渡・質入れ禁止」の特約がある
  • 現金がほしくなり、取立て会社に預金債権を売った
  • 取立て会社は規定の存在を知っていた
  • 問い=この売買は、取立て会社との関係で効力があるか

設例を、変えます。雑貨店の店主が、銀行に、500万円の定期預金を持っています。預金の規定に、譲渡や質入れを禁止する、という特約があります。店主は、現金がほしくなり、この預金の債権を、取立て会社に売りました。取立て会社は、規定の存在を知っていました。銀行は、取立て会社に、払わなければならないでしょうか。まず、条文を読みます。

条文民法466条の5

民法第466条の5 預金口座又は貯金口座に係る預金又は貯金に係る債権(以下「預貯金債権」という。)について当事者がした譲渡制限の意思表示は、第四百六十六条第二項の規定にかかわらず、その譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対抗することができる。 2 前項の規定は、譲渡制限の意思表示がされた預貯金債権に対する強制執行をした差押債権者に対しては、適用しない。

預貯金債権とは、条文のとおり、預金口座や貯金口座に係る、預金や貯金の債権です。口座に載っている預金の債権、と考えてください。1項の中心は、対抗することができる、です。誰が、誰に対抗できるのか。銀行が、悪意か重過失の譲受人に、特約を主張できる、ということです。前回の3項にも、対抗という言葉がありました。あちらは、譲渡人に払ったことを、譲受人に言える、という意味でした。今回は、特約そのものを、譲受人に言える。同じ対抗でも、言える中身が違います。銀行が、特約を持ち出して、あなたへの譲渡は認めない、と言える。だから、特約に反する譲渡が、その譲受人との関係では、効力を生じません。つまり、取立て会社は、債権者になれません。預金は、今も、店主のものです。一般の債権は、有効でした。譲受人が特約を知っていても、譲渡は有効で、債務者に、断る権限が付くだけでした。預貯金債権は、そこが決定的に違います。

一般の債権と預貯金債権の対照表。【特約に反する譲渡】一般=有効(466条2項)/預貯金=悪意・重過失の譲受人等との関係では効力を生じない(466条の5第1項)。【悪意・重過失の譲受人】一般=債権者になる。債務者は履行を断れ、譲渡人への弁済を対抗できる(3項)/預貯金=債権者になれない。債権者は店主(譲渡人)のまま。【善意無重過失の譲受人】一般=債権者・債務者は払う/預貯金=譲渡は有効・銀行は払う。 図:一般の債権と預貯金債権の対照表

  • 【特約に反する譲渡】一般=有効(466条2項)/預貯金=悪意・重過失の譲受人等との関係では効力を生じない(466条の5第1項)
  • 【悪意・重過失の譲受人】一般=債権者になる
  • 債務者は履行を断れ、譲渡人への弁済を対抗できる(3項)/預貯金=債権者になれない
  • 債権者は店主(譲渡人)のまま
  • 【善意無重過失の譲受人】一般=債権者・債務者は払う/預貯金=譲渡は有効・銀行は払う

対照表で、整理します。悪意か重過失の譲受人について。一般の債権は、譲渡は有効で、債権者になります。預貯金債権は、譲渡が効かず、債権者は店主のままです。一方、特約を知らず、知らないことに重大な過失もない譲受人なら、預貯金債権でも、譲渡は有効です。銀行は払います。預金だと、さっきの行き詰まりは、起きるんですか。起きません。取立て会社は、債権者になりません。債権者は店主のままなので、店主が払戻しを求めれば、銀行は店主に払います。誰も請求できない状態が、そもそも生まれないのです。4項の出口は、一般の債権のための仕組みです。

銀行は、大量の預金を、毎日、機械的に処理しています。払戻しのたびに、誰に払うのか、譲渡は有効なのかを、いちいち確かめていたら、業務が回りません。もし預金が、一般の債権と同じ扱いなら、取立て会社が債権者になります。銀行は、店主が窓口に来るたびに、この預金は売られていないか、買った人は特約を知っていたか、4項の催告は届いていないかを、確かめなければなりません。払戻しが滞れば、困るのは、預金者である、私たちの側でもあります。だから、悪意か重過失の譲受人には、譲渡自体を効かせない形で、銀行の運用を守りました。前回見たとおり、改正の前は、特約に反する譲渡は、無効でした。預金には、特約がついているのが一般的で、銀行は、口座の名義人を債権者として払ってきました。預貯金債権は、その扱いを、そのまま残した形です。

預金に特約があることは、広く知られています。少し注意すれば分かったのに、全く確認しなかった譲受人には、守りを外しません。ここは、3項と、同じ線引きです。ここは、条文に書いてあるとおりの効果です。覚えるのは、悪意か重過失の譲受人には効かない、という結論と、趣旨です。逐語で覚える規範ではありません。

銀行が承諾した場合

銀行の承諾。預貯金債権では譲渡が効かない→銀行が承諾すれば有効になる。型は前回と同じ。特約は債務者(銀行)を守るもの→守られる銀行が了解すれば、守る必要がない。事前の承諾=最初から有効。事後の承諾=譲渡の時にさかのぼって有効。ただし承諾前の第三者の権利は害せない。 図:銀行の承諾

  • 預貯金債権では譲渡が効かない→銀行が承諾すれば有効になる
  • 型は前回と同じ
  • 特約は債務者(銀行)を守るもの→守られる銀行が了解すれば、守る必要がない
  • 事前の承諾=最初から有効
  • 事後の承諾=譲渡の時にさかのぼって有効
  • ただし承諾前の第三者の権利は害せない

銀行が、了解した場合を見ます。前回、一般の債権では、債務者が了解すれば、3項の守りを手放したことになる、と見ました。預貯金債権では、譲渡が、そもそも効きません。ここでの承諾は、効かなかった譲渡を、有効にする、という働きになります。形は、前回と同じです。特約は、銀行を守るためのもの。守られる銀行が了解すれば、守る必要はなくなります。まず、事前の承諾です。店主が、売る前に、銀行に、取立て会社に譲渡したい、と申し出て、銀行が承諾していた場合。悪意の取立て会社に対しても、譲渡は有効です。最初から、銀行は、守りを手放しているからです。次に、事後の承諾です。売った後で、銀行が承諾した場合は、前回見た考え方が、そのまま生きています。

事後の承諾と第三者の設例。①店主が、取立て会社(悪意)に預金を売る(銀行の承諾はまだ)=譲渡は効かない。②貸主が、店主への債権で、この預金を差し押さえる。③その後で、銀行が譲渡を承諾する=譲渡は、売った時にさかのぼって有効になる。ただし、承諾の前に差し押さえた貸主の権利は害せない=取立て会社は、貸主に勝てない。 図:事後の承諾と第三者の設例

  • ①店主が、取立て会社(悪意)に預金を売る(銀行の承諾はまだ)=譲渡は効かない
  • ②貸主が、店主への債権で、この預金を差し押さえる
  • ③その後で、銀行が譲渡を承諾する=譲渡は、売った時にさかのぼって有効になる
  • ただし、承諾の前に差し押さえた貸主の権利は害せない=取立て会社は、貸主に勝てない

設例です。店主が、取立て会社に預金を売りました。銀行は、まだ承諾していません。その後、店主にお金を貸していた貸主が、この預金を差し押さえました。そのあとで、銀行が、譲渡を承諾したとします。承諾すると、譲渡は、売った時にさかのぼって、有効になります。特約は、銀行を守るためのものです。守られる銀行が、あとから認めるなら、売った時から生かしてよい。前回見た、無権代理の追認と同じ形です。116条は、追認はさかのぼって効くが、それより前に権利を得た第三者を害することはできない、と定める条文です。ですが、貸主の差押えは、承諾の前に、すでに、済んでいます。前回見た判決で差し押さえたのは、国でした。国でも、この設例の貸主でも、承諾の前に差押えをした側が勝つ形は同じです。その、ただし書の考え方です。承諾の前に権利を得た人を、あとの承諾で、ひっくり返すのは酷だからです。ここは、論文で論点になりうる部分です。なお、一般の債権は、現行法では、譲渡が最初から有効なので、この考え方は要りません。預貯金債権では、いまも働きます。

この設例では、差し押さえた預金から、貸主が回収します。取立て会社への譲渡は、貸主に対しては、主張できないからです。では、次に、そもそも差押えは、特約があっても、できるのか。そこを見ます。

差押えには、特約を対抗できない

差押え。466条の5第2項=譲渡制限の意思表示がされた預貯金債権に対する強制執行をした差押債権者には、1項は適用しない=差押債権者には特約を主張できない=差押えは有効。理由=私人の合意で、差押えできない財産をつくれない。 図:差押え

  • 466条の5第2項=譲渡制限の意思表示がされた預貯金債権に対する強制執行をした差押債権者には、1項は適用しない=差押債権者には特約を主張できない=差押えは有効
  • 理由=私人の合意で、差押えできない財産をつくれない

2項です。先ほどの条文の、後半です。1項は、預貯金債権に対する強制執行をした、差押債権者には適用しない、と書いてあります。つまり、特約があっても、差押えは有効です。銀行は、差押債権者に、特約を主張できません。特約で譲渡を止められても、差押えまでは止められません。理由は、私人の約束だけで、差押えのできない財産を、つくれてしまうと困るからです。借金を負った人が、預金に特約をつけて、強制執行を逃れる。それを防ぎます。さっきの貸主も、特約を知っていたかどうかに関係なく、店主の預金を差し押さえられます。条文には、差押債権者が特約を知っていたかどうか、という要件はありません。知っていても、差押えは有効です。問いです。預貯金債権に、譲渡制限の特約があるとき、差押債権者は、特約を主張されて、差押えを断られるでしょうか?

違います。差押債権者には、特約を主張できません。差押えは、有効です。ここは、短答で、問われやすい点です。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。行き詰まりは、4項の催告で解消する。譲受人が、債務者に、相当の期間を定めて、譲渡人への履行を催告→期間内に履行がなければ3項は適用しない=もう断れない。払えば債務は消える。預貯金債権=悪意・重過失の譲受人には譲渡が効かない(債権者は元の預金者のまま)。銀行が承諾すれば有効。 図:冒頭の答え

  • 行き詰まりは、4項の催告で解消する
  • 譲受人が、債務者に、相当の期間を定めて、譲渡人への履行を催告→期間内に履行がなければ3項は適用しない=もう断れない
  • 払えば債務は消える
  • 預貯金債権=悪意・重過失の譲受人には譲渡が効かない(債権者は元の預金者のまま)
  • 銀行が承諾すれば有効

冒頭の答えを、言い切ります。200万円は、宙に浮きません。金融業者が、期間を定めて、小売チェーンに、卸会社への履行を催告します。期間内に、小売チェーンが卸会社に払えば、債務は消えます。払わなければ、3項は適用されなくなり、小売チェーンは、金融業者への支払いを、もう断れません。金融業者は、直接請求できます。ただし、債権が預貯金債権なら、話が違います。悪意か重過失の譲受人には、譲渡が効かず、債権者は、元の預金者のままです。

まとめ板。①行き詰まり=譲渡は有効だから譲渡人は請求できず、譲受人は断られる→4項の催告(譲受人が・債務者に・相当の期間を定めて・譲渡人への履行)で解消②預貯金債権=悪意・重過失の譲受人には譲渡が効かない(466条の5第1項)・銀行が承諾すれば有効(事後は遡及・承諾前の第三者の権利は害せない)③預貯金債権でも、差押債権者には特約を対抗できない(同条2項) 図:まとめ板

整理します。1つめ。行き詰まりは、4項の催告で解消します。誰が、誰に、何を求めるのか。譲受人が、債務者に、譲渡人への履行を、相当の期間を定めて求めます。2つめ。預貯金債権は、悪意か重過失の譲受人には、譲渡が効きません。銀行が承諾すれば有効になり、事後の承諾なら、さかのぼって有効です。ただし、承諾の前の第三者の権利は、害せません。預貯金債権でも、差押債権者には、特約を対抗できません。差押えの場面は、一般の債権も含めて、別の回であらためて扱います。

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#168単独ページ動画

譲渡制限特約と差押え・債務者の供託

第4章 債権総論 #168/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

売掛金を差し押さえられた小売チェーン

冒頭の関係図。A=卸会社が、B=小売チェーンに売掛金200万円を持つ。契約書に「譲渡しない」条項がある。A は D=運送会社に運賃150万円を払っていない。D は裁判に勝ち、A の B に対する売掛金を差し押さえた。D は条項を知っていた。問い=B は「特約があるから払わない」と断れるか。 図:冒頭の関係図

  • A=卸会社が、B=小売チェーンに売掛金200万円を持つ
  • 契約書に「譲渡しない」条項がある
  • A は D=運送会社に運賃150万円を払っていない
  • D は裁判に勝ち、A の B に対する売掛金を差し押さえた
  • D は条項を知っていた
  • 問い=B は「特約があるから払わない」と断れるか

では、ただの売掛金だったら、どうでしょう。今日は、その続きです。設例です。卸会社が、小売チェーンに、200万円の売掛金を持っています。契約書には、この債権を譲渡しない、という条項があります。卸会社は、運送会社に、運賃150万円を払っていません。運送会社は、裁判で勝ち、卸会社が小売チェーンに持つ、この売掛金を差し押さえました。運送会社は、契約書の条項を、知っていました。小売チェーンは、運送会社に言います。特約があるから、あなたには払わない。特約を知っていた人の差押えなら断れる、という見方が、今日の最初の落とし穴です。答えは、最後に出します。今日の問いは、3つです。1つめ。小売チェーンは、この差押えを断れるのか。2つめ。差し押さえたのが、別の人の債権者だったら、結論は変わるのか。3つめ。誰に払えばよいか迷う小売チェーンは、どうすれば身を守れるのか。

3つめは、債務者の出口ですね。前回は、金融業者の側の出口でした。前回の出口は、債権を買った側が使うものでした。今日は、払う側の出口を見ます。最初に、断れるのは誰が差し押さえたときか。この点を、1つの軸にそろえます。差し押さえたのは、誰の債権者でしょうか?

差押債権者には、断れない。466条の4第1項

1項の場面。D=運送会社が、A=卸会社への運賃債権で、A が B に持つ売掛金を差し押さえる。譲渡は起きていない。債権はまだ A のもの。D は特約を知っていた。B は D に払わねばならない。 図:1項の場面

  • D=運送会社が、A=卸会社への運賃債権で、A が B に持つ売掛金を差し押さえる
  • 譲渡は起きていない
  • 債権はまだ A のもの
  • D は特約を知っていた
  • B は D に払わねばならない

設例を、図にします。ここで大事なのは、時点です。卸会社は、この売掛金を、誰にも譲渡していません。債権は、まだ卸会社のものです。そこへ、卸会社の債権者である運送会社が、差押えをしました。条文を読みます。1項です。

条文民法466条の4第1項

民法第466条の4 第四百六十六条第三項の規定は、譲渡制限の意思表示がされた債権に対する強制執行をした差押債権者に対しては、適用しない。

適用しない、と書いてあります。何を適用しないのかというと、前々回の3項です。3項は、断れる相手を、譲受人その他の第三者、と書いていました。差押債権者も、この第三者に当たりそうに見えます。そこで1項が、差押債権者には、3項を使わせない、と決めました。つまり、債務者が、悪意の人に対して持っていた、断る力と、譲渡人への弁済を言う力。その両方が、差押債権者に対しては使えなくなります。

1項の読み方。成立要件(条文どおり)=①譲渡制限の意思表示がされた債権②その債権に強制執行をした差押債権者。効果=3項は適用しない=債務者は、もう断れない。言い換え=特約を理由に「払わない」とは言えない。「譲渡人に払った」とも言えない。 図:1項の読み方

  • 成立要件(条文どおり)=①譲渡制限の意思表示がされた債権②その債権に強制執行をした差押債権者
  • 効果=3項は適用しない=債務者は、もう断れない
  • 言い換え=特約を理由に「払わない」とは言えない
  • 「譲渡人に払った」とも言えない

適用しない、という言い方は、ややこしいので、言い換えます。小売チェーンは、もう断れない。特約があるから払わない、とは言えません。卸会社に払ったから済んでいる、とも言えません。これは、条文どおりの成立要件です。覚え込むのではなく、読めば出てくるものです。要件は、2つです。特約付きの債権であること。そして、その債権に、強制執行をした差押債権者がいること。裁判で勝って、あるいは確定した権利をもとに、国の手続で、債務者の財産から、取り立てることです。今日の運送会社は、裁判で勝ったので、これに当たります。

運送会社は、条項を知っていました。知っている人に対しては、断れるのが3項ではないですか。ここが、短答の罠です。1項には、差押債権者が特約を知っていたか、という要件が、そもそもありません。知っていても、知らなくても、同じです。小売チェーンは、断れません。問いです。差押債権者が、特約を知っていたとき、債務者は、差押えを断れるでしょうか?断れません。差押債権者が知っていたかどうかは、関係ありません。では、なぜ、そうなるのでしょうか。

1項の趣旨。法律は、差し押さえてはいけない財産を、限って決めている。当事者の約束だけで、差押えできない債権を作れるとなると、その線引きが意味を失う。強制執行の制度が、空洞になる。 図:1項の趣旨

  • 法律は、差し押さえてはいけない財産を、限って決めている
  • 当事者の約束だけで、差押えできない債権を作れるとなると、その線引きが意味を失う
  • 強制執行の制度が、空洞になる

想像してみてください。借金を抱えた会社が、自分の売掛金の契約に、譲渡しない、という一文を入れたとします。それだけで、貸主は差し押さえられない、となったら、どうでしょう。返す気のない人は、どの債権にも、この一文を入れるでしょう。強制執行の制度が、空っぽになります。法律は、たとえば給料の一部のように、差し押さえてはいけない財産を、あらかじめ、限って決めています。当事者の約束だけで、その財産を増やしてはいけない。これが、1項の理由です。特約が守るのは、債務者の払う相手を選びたい、という利益です。それは、差押えを止めるほど強い利益ではない、と条文は判断しました。この考え方は、判例が、もともと示していました。判決を見ます。

判例最二小判昭45・4・10 民集24巻4号240頁

譲渡禁止の特約のある債権と差押え・転付命令 譲渡禁止の特約のある債権であつても、差押債権者の善意・悪意を問わず、これを差し押え、かつ、転付命令によつて移転することができるものであつて、これにつき、同法四六六条二項の適用ないし類推適用をなすべきではないと解するのが相当である。

判決の事案は、特約のある債権を、債権者が差し押さえて、転付命令で、自分のものとして移した、というものです。転付命令とは、差し押さえた債権を、取り立てる代わりに、そのまま、自分のものにする命令のことです。判決は、特約があっても、差押債権者が、知っていたか知らなかったかに関わらず、差し押さえられるし、転付命令で移せる、と言いました。理由の骨子は、こうです。特約を認めてしまうと、私人が、意思表示だけで、債権から、強制執行の対象になる性質を、奪えてしまう。それは、法律が、差押えのできない財産を、限って定めた趣旨に、反する。今の1項は、この判例の考え方を、条文にしたものです。決め手は、さきほどの理由です。判例だから、ではなく、差押えのできない財産を、約束で増やせないから、断れないのです。

この判決は、古い法律のもとのものです。ただ、結論と理由は、今の1項に、そのまま受け継がれています。整理します。1項の結論は、差押債権者には、特約を持ち出せない。主観は問わない。理由は、特約で差押禁止財産を作れないから、では、差し押さえたのが、別の人の債権者だったら、どうでしょう。

悪意の譲受人の債権者には、断れる。466条の4第2項

2項の場面。A=卸会社が、B=小売チェーンへの売掛金を、C=金融業者に譲渡。C は特約を知っていた(悪意)。E=リース会社は C に貸付がある。E は C が持つその債権を差し押さえた。E は特約を知らなかった。B は E に断れるか。 図:2項の場面

  • A=卸会社が、B=小売チェーンへの売掛金を、C=金融業者に譲渡
  • C は特約を知っていた(悪意)
  • E=リース会社は C に貸付がある
  • E は C が持つその債権を差し押さえた
  • E は特約を知らなかった
  • B は E に断れるか

設例を、変えます。今度は、卸会社が、この売掛金を、金融業者に譲渡しました。金融業者は、特約を知っていました。悪意です。金融業者には、リース会社が、お金を貸しています。リース会社は、金融業者が持つ、この売掛金を、差し押さえました。リース会社は、特約があることを、知りませんでした。小売チェーンは、リース会社に、断れるでしょうか。条文です。

条文民法466条の4第2項

民法第466条の4 2 前項の規定にかかわらず、譲受人その他の第三者が譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった場合において、その債権者が同項の債権に対する強制執行をしたときは、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもって差押債権者に対抗することができる。

前項の規定にかかわらず、とあります。1項は、断れない、でした。それに、例外をつけるのが、2項です。

2項の読み方。成立要件(条文どおり)=①譲受人その他の第三者が、特約を知っていた、または重大な過失で知らなかった②その債権者が③その債権(譲受人が取得した債権)に強制執行をした。効果=債務者は履行を拒める。譲渡人への弁済その他の債務消滅事由を、差押債権者に対抗できる。 図:2項の読み方

  • 成立要件(条文どおり)=①譲受人その他の第三者が、特約を知っていた、または重大な過失で知らなかった②その債権者が③その債権(譲受人が取得した債権)に強制執行をした
  • 効果=債務者は履行を拒める
  • 譲渡人への弁済その他の債務消滅事由を、差押債権者に対抗できる

要件は、3つです。これも、条文どおりです。1つめ。譲受人その他の第三者が、悪意か重過失であること。2つめ。その人の債権者であること。3つめ。その債権に、強制執行をしたこと。3つそろうと、小売チェーンは、履行を断れます。そして、卸会社に払ったことを、差押債権者に言えます。悪意なのは、金融業者で、差し押さえたのはリース会社です。リース会社は、知らなかったのに、断られるんですか。そこが、この条文の核心です。条文が見ている悪意は、譲受人の悪意です。差押債権者の悪意では、ありません。読み返してください。譲受人その他の第三者が、知り、又は重大な過失によって知らなかった場合において、とあります。主語は、譲受人です。リース会社が、知っていたかどうかは、書かれていません。

差押えは、金融業者の財産を、押さえる手続だからです。押さえられるのは、金融業者が持っているものだけです。金融業者の債権には、最初から、債務者に断られる、という制限が付いていました。その債権を、差し押さえた以上、制限付きのまま、受け取ることになります。差押債権者が、執行を受ける人より、強い権利を持つ理由は、ありません。

2項の趣旨。差押えは、執行を受ける人(ここでは C)の財産を押さえるだけ。C の債権には最初から「B に断られる」という制限が付いていた。差し押さえた E も、C が持つ以上の権利は持てない。E 自身の知・不知は、結論に効かない。 図:2項の趣旨

  • 差押えは、執行を受ける人(ここでは C)の財産を押さえるだけ
  • C の債権には最初から「B に断られる」という制限が付いていた
  • 差し押さえた E も、C が持つ以上の権利は持てない
  • E 自身の知・不知は、結論に効かない

たとえば、中古の自転車に、鍵がかかっていて、乗るのに、前の持ち主の許しが要るとします。その自転車を、買った人の貸主が、差し押さえたら、どうでしょう。鍵がかかったまま、手に入るだけです。差押えで、鍵が外れるわけではありません。自転車が、金融業者の持つ売掛金。鍵が、小売チェーンに断られる、という制限です。ここで、短答の罠を、2つ挙げます。1つめ。差押債権者が善意なら、債務者は断れない。誤りです。2つめ。差押えには、常に、特約を対抗できない。これも誤りです。2項の場面では、対抗できます。問いです。リース会社が、特約を知らなかった場合、小売チェーンは、リース会社に、特約を主張して、断れるでしょうか?

断れます。差し押さえた債権が、悪意の金融業者のものだからです。リース会社が知らなかったことは、関係ありません。逆に、金融業者が、特約を知らずに買っていて、重大な過失もなかったら、どうでしょう。2項の1つめの要件が欠けます。そもそも3項が働かないので、小売チェーンは、リース会社にも断れません。決め手は、やはり、執行を受ける金融業者の側です。ここまでで、1項と2項の結論が、出そろいました。並べて、整理します。

1項と2項を、見比べて判定する

1項と2項の比較表。【1項】差押債権者=譲渡人(A卸会社)の債権者 D運送会社/差し押さえた債権の持ち主=A(まだ譲渡していない)/債務者B=断れない(D が特約を知っていても)。【2項】差押債権者=悪意・重過失の譲受人 C の債権者 E リース会社/差し押さえた債権の持ち主=C(譲り受けた債権)/債務者B=断れる(E が特約を知らなくても)。共通=差押債権者自身の知・不知は、どちらも結論に効かない。 図:1項と2項の比較表

  • 【1項】差押債権者=譲渡人(A卸会社)の債権者 D運送会社/差し押さえた債権の持ち主=A(まだ譲渡していない)/債務者B=断れない(D が特約を知っていても)
  • 【2項】差押債権者=悪意・重過失の譲受人 C の債権者 E リース会社/差し押さえた債権の持ち主=C(譲り受けた債権)/債務者B=断れる(E が特約を知らなくても)
  • 共通=差押債権者自身の知・不知は、どちらも結論に効かない

判定の軸は、1つです。差し押さえたのは、誰の債権者か。譲渡人である、卸会社の債権者なら、1項です。小売チェーンは、断れません。悪意の譲受人である、金融業者の債権者なら、2項です。小売チェーンは、断れます。もう1つの軸が、差押債権者自身の知不知です。1項では、運送会社が知っていても、断れません。2項では、リース会社が知らなくても、断られます。知っていたかどうかは、どちらにも効きません。問題文で、差押債権者が、特約を知っていた、と強調されていても、慌てないでください。見るのは、差し押さえた人が、誰の債権者か、です。前回、店主の預金を、貸主が差し押さえた場面がありました。貸主が特約を知っていたら、銀行は、差押えを断れたでしょうか?

預貯金債権との位置づけ。一般の債権の差押え=466条の4第1項(差押債権者に3項を適用しない)。預貯金債権の差押え=466条の5第2項(差押債権者に同条1項を適用しない)=条文どおり。どちらも「差押債権者には特約を対抗できない」向き。根拠条文が違うだけ。割れる軸=誰の債権者か(今日の1項・2項)。 図:預貯金債権との位置づけ

  • 一般の債権の差押え=466条の4第1項(差押債権者に3項を適用しない)
  • 預貯金債権の差押え=466条の5第2項(差押債権者に同条1項を適用しない)=条文どおり
  • どちらも「差押債権者には特約を対抗できない」向き
  • 根拠条文が違うだけ
  • 割れる軸=誰の債権者か(今日の1項・2項)

断れませんでした。知っていても、差押えは有効でした。この結論は、そのまま正しいです。前回の中身を、1つだけ戻します。預貯金債権では、特約を知っていたか、重大な過失で知らなかった譲受人には、譲渡が効きません。一般の債権より、特約が強いのです。その強い特約でも、差押えは、止められなかったわけです。今日の1項と、同じ向きの結論です。差押債権者には、特約を対抗できない。理由も、前回見たとおり同じで、約束だけで、差押えのできない財産を、作れないからです。違うのは、根拠の条文だけです。一般の債権は、466条の4第1項。預貯金債権は、466条の5第2項です。適用しない、という相手も、違います。466条の4第1項が外すのは、3項です。466条の5第2項が外すのは、同条の1項、つまり、いま戻した、譲渡が効かない、という規定です。ここを、取り違えないでください。

その場面では、預貯金かどうかで、結論は割れません。今日の割れ目は、一般の債権の中で、誰の債権者が差し押さえたのか、です。短答で、よく出る組み合わせを、2つ挙げます。預貯金債権の差押債権者が、特約を知っていたら、銀行は断れるか。断れません。一般の債権でも、差押債権者が悪意なら、断れるか。1項の場面は、断れません。預貯金債権で、悪意の譲受人の債権者が差し押さえた場合の細かい扱いは、今日は扱いません。条文どおりの、預貯金債権の差押債権者には、特約を対抗できない、という点だけ、押さえてください。もう1つ、前々回に名前だけ出した話を、回収します。承諾の前に現れた人との優劣は、差押えの場面では、別の条文で処理が変わる、と言いました。差押えの場面で働く条文が、今日の466条の4です。一般の債権は、譲渡が最初から有効なので、譲受人と、あとから差し押さえた譲渡人の債権者の、どちらが勝つかは、承諾の前か後かでは決まりません。譲渡の対抗要件と差押えの、どちらが先かで決まります。

迷う債務者の出口。債務者の供託

供託の設例。A=卸会社が、B=小売チェーンへの売掛金200万円を、C=金融業者に譲渡した。B は、C が特約を知っていたのか分からない。知っていれば A に払って済む。知らなければ C に払うことになる。払う相手を間違えると、二重に払うことになりかねない。問い=B はどうすればよいか。 図:供託の設例

  • A=卸会社が、B=小売チェーンへの売掛金200万円を、C=金融業者に譲渡した
  • B は、C が特約を知っていたのか分からない
  • 知っていれば A に払って済む
  • 知らなければ C に払うことになる
  • 払う相手を間違えると、二重に払うことになりかねない
  • 問い=B はどうすればよいか

最後の問いに入ります。設例は、前々回と同じです。卸会社が、小売チェーンの200万円の売掛金を、金融業者に譲渡しました。小売チェーンは、迷っています。金融業者が、特約を知っていたのなら、断れるし、卸会社に払っても済みます。知らなかったのなら、金融業者に払わなければなりません。知っていたかどうかは、金融業者の頭の中の話で、小売チェーンには、確かめようがありません。払う相手を間違えると、二重に払うことになりかねません。そこで、条文は、債務者のための出口を用意しました。供託です。供託とは、供託所という公の機関に、お金を預けることです。条文を読みます。

条文民法466条の2

民法第466条の2 債務者は、譲渡制限の意思表示がされた金銭の給付を目的とする債権が譲渡されたときは、その債権の全額に相当する金銭を債務の履行地(債務の履行地が債権者の現在の住所により定まる場合にあっては、譲渡人の現在の住所を含む。次条において同じ。)の供託所に供託することができる。 2 前項の規定により供託をした債務者は、遅滞なく、譲渡人及び譲受人に供託の通知をしなければならない。 3 第一項の規定により供託をした金銭は、譲受人に限り、還付を請求することができる。

条文は、3つの項に分かれています。順に見ます。

466条の2の読み方(条文どおり)。1項=譲渡制限付きの金銭債権が譲渡されたとき、債務者は、債権の全額を、履行地の供託所に供託できる。2項=供託した債務者は、遅滞なく、譲渡人と譲受人に通知。3項=供託金の還付を請求できるのは、譲受人に限る。 図:466条の2の読み方

  • 条文どおり
  • 1項=譲渡制限付きの金銭債権が譲渡されたとき、債務者は、債権の全額を、履行地の供託所に供託できる。2項=供託した債務者は、遅滞なく、譲渡人と譲受人に通知。3項=供託金の還付を請求できるのは、譲受人に限る。

1項です。要件は、特約付きの、金銭の給付を目的とする債権が、譲渡されたこと。それだけです。すると、債務者は、債権の全額に相当するお金を、供託できます。今日の設例なら、200万円の全額です。供託する場所は、債務の履行地の供託所です。履行地が、債権者の現在の住所で決まる場合は、譲渡人の現在の住所も含みます。ここは、条文で確認すれば足ります。譲受人が、特約を知っていたかどうかは、関係ないんですか。関係ありません。ここが、短答の要です。譲受人が、悪意でも、善意でも、供託できます。債務者に、過失があっても、同じです。3項の履行拒絶や、預貯金債権の特約の対抗は、譲受人の悪意か重過失が要件でした。供託には、その要件が、ありません。誰が正しい相手か、分からないまま、払える形になっているのです。しかも、供託したお金を受け取れるのは、本当の債権者である譲受人だけです。だから、悪意の要件が無くても、債権者は損をしません。問いです。供託できるのは、譲受人が、悪意のときだけでしょうか?

違います。譲受人が善意でも悪意でも、供託できます。次に、2項と3項です。供託した債務者は、遅滞なく、譲渡人と譲受人の両方に、供託したことを、通知します。そして、供託されたお金を、受け取る手続を、還付といいます。還付を請求できるのは、譲受人に限ります。譲渡は、有効だからです。債権者は、譲受人である、金融業者です。供託されたお金も、金融業者のものです。卸会社は、もう、債権者ではありません。

供託の流れ。①B が、全額200万円を、供託所に供託→②B が、遅滞なく、A と C に通知→③お金を受け取れる(還付請求)のは、C だけ。A は受け取れない。 図:供託の流れ

  • ①B が、全額200万円を、供託所に供託→②B が、遅滞なく、A と C に通知→③お金を受け取れる(還付請求)のは、C だけ
  • A は受け取れない

流れを、まとめます。小売チェーンが、全額を供託する。卸会社と金融業者に、遅滞なく通知する。受け取れるのは、金融業者だけ。この供託の、いちばんの狙いは、払う相手に迷う、債務者を守ることです。相手を間違えると、二重に払うおそれがある。だから、全額を預けてしまえば、どちらが正しい相手でも、困らない形にしました。供託の細かい手続や、供託による債務の消え方は、別の回で扱います。今日は、供託できる、という出口が、あることを押さえてください。もう1つ、補足です。改正の前は、供託をするには、誰が債権者か分からない、という事情が、求められていました。改正で、特約付きの金銭債権が譲渡された、という事実だけで、供託できるようになりました。債務者が、迷う必要さえ、ないということです。前回の行き詰まりと、対にして覚えてください。譲受人の側の出口は、催告でした。債務者の側の出口が、供託です。短答の罠を、2つ挙げます。供託は、譲受人が悪意のときだけ。誤りです。供託金の還付は、譲渡人も請求できる。これも誤りで、譲受人に限ります。

譲渡人が破産したとき。466条の3

466条の3の場面。A=卸会社に、破産手続開始の決定。C=金融業者は、売掛金200万円の全額を譲り受け、対抗要件も備えた。C は特約を知っていた。それでも、B に全額を供託させられる。 図:466条の3の場面

  • A=卸会社に、破産手続開始の決定
  • C=金融業者は、売掛金200万円の全額を譲り受け、対抗要件も備えた
  • C は特約を知っていた
  • それでも、B に全額を供託させられる

もう1つ、供託の条文があります。譲渡人が、破産した場面です。

条文民法466条の3

民法第466条の3 前条第一項に規定する場合において、譲渡人について破産手続開始の決定があったときは、譲受人(同項の債権の全額を譲り受けた者であって、その債権の譲渡を債務者その他の第三者に対抗することができるものに限る。)は、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかったときであっても、債務者にその債権の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託させることができる。この場合においては、同条第二項及び第三項の規定を準用する。

破産手続開始の決定とは、会社が、破産の手続に入った、ということです。要件を、順に見ます。前条1項の場合、つまり、特約付きの金銭債権が譲渡されたこと。譲渡人について、破産手続開始の決定があったこと。そして、譲受人が、債権の全額を譲り受けた人で、かつ、その債権の譲渡を、債務者その他の第三者に対抗できる人であること。この3つがそろうと、譲受人は、悪意や重過失でも、債務者に、全額を供託させられます。通知と還付については、前条の2項と3項が、準用されます。還付を受けられるのは、譲受人だけです。供託という言葉は同じでも、供託する人が逆になります。そこが、取り違えどころです。466条の2は、債務者が、自分から供託できる、という規定です。466条の3は、譲受人が、債務者に、供託させる、という規定です。しかも、譲渡人の破産が、要件です。

今日の設例で、卸会社が破産したとします。金融業者が悪意なら、小売チェーンは、卸会社に200万円を払えば済みます。ところが、破産した卸会社に払われたお金は、債権者みんなに分けるための、卸会社の財産と一緒に管理されます。金融業者は、そこから、自分の分を、破産の手続の中で取り戻すしかなくなります。全額が戻るとは、限りません。供託されたお金は、さきほどの準用で、譲受人である金融業者しか、受け取れません。卸会社の財産に、混ざらないのです。だから、供託させられるなら、金融業者は、破産の手続の外で、200万円を回収できます。そのために、全額を譲り受けていること、そして、対抗要件を備えていることを、要件にして、複雑にならないように、絞っています。今日は、条文の骨格までです。誰が、いつ、何を請求できるのか。譲受人が、譲渡人の破産のとき、債務者に、供託させられる。ここまで押さえてください。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。差押えは断れない(466条の4第1項)。ただし、悪意・重過失の譲受人の債権者が差し押さえたなら断れる(同条2項)。差押債権者自身の知・不知は、どちらも効かない。預貯金債権の差押えも断れない(466条の5第2項)。迷う債務者は、譲受人の善意・悪意を問わず供託でき、還付を受けられるのは譲受人だけ(466条の2)。 図:冒頭の答え

  • 差押えは断れない(466条の4第1項)
  • ただし、悪意・重過失の譲受人の債権者が差し押さえたなら断れる(同条2項)
  • 差押債権者自身の知・不知は、どちらも効かない
  • 預貯金債権の差押えも断れない(466条の5第2項)
  • 迷う債務者は、譲受人の善意・悪意を問わず供託でき、還付を受けられるのは譲受人だけ(466条の2)

冒頭の答えを、言い切ります。運送会社が、卸会社の債権を差し押さえた場合。小売チェーンは、断れません。運送会社が、特約を知っていても、同じです。ただし、差し押さえたのが、悪意か重過失の譲受人の、債権者なら、小売チェーンは断れます。差押債権者が、知らなくても、同じです。そして、払う相手に迷う債務者は、供託できます。譲受人が、悪意でも善意でも、できます。受け取れるのは、譲受人だけです。

まとめ板。①誰の債権者かで振り分ける=1項(譲渡人の債権者→断れない)・2項(悪意・重過失の譲受人の債権者→断れる)②差押債権者自身の知・不知は結論に効かない。預貯金債権の差押えも断れない(466条の5第2項)③供託(466条の2)=譲受人の善意悪意不問・遅滞なく通知・還付は譲受人のみ。466条の3=譲渡人の破産で、譲受人が債務者に供託させられる。 図:まとめ板

  • ①誰の債権者かで振り分ける=1項(譲渡人の債権者→断れない)・2項(悪意・重過失の譲受人の債権者→断れる)②差押債権者自身の知・不知は結論に効かない
  • 預貯金債権の差押えも断れない(466条の5第2項)③供託(466条の2)=譲受人の善意悪意不問・遅滞なく通知・還付は譲受人のみ
  • 466条の3=譲渡人の破産で、譲受人が債務者に供託させられる

整理します。1つめ。差押えは、誰の債権者が差し押さえたのかで、振り分けます。譲渡人の債権者なら、1項で、断れない。悪意か重過失の譲受人の債権者なら、2項で、断れます。2つめ。どちらも、差押債権者自身が、知っていたかどうかは、結論に効きません。預貯金債権の差押えも、特約を対抗できない点は、同じ向きです。債務者は、譲受人の善意悪意を問わず、全額を供託できます。遅滞なく通知し、還付を請求できるのは、譲受人だけです。譲渡人の破産のときは、譲受人の側から、供託をさせることもできます。差押えを受けた債権を、債務者が払った場合は、別の回で扱います。次は、債権を買った人が、債務者や第三者に、自分が債権者だと言うための手続を、見ていきます。

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#169単独ページ動画

債権譲渡の対抗要件

第4章 債権総論 #169/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

自分で出した手紙は有効か

冒頭の関係図。A=卸会社が、B=小売チェーンに売掛金200万円を持つ。譲渡制限特約は無い。A は C=金融業者にこの債権を売った。C は自分の名前で B に「これからは当社に払ってください」と手紙を出した。問い=B は C に払わなければならないか。 図:冒頭の関係図

  • A=卸会社が、B=小売チェーンに売掛金200万円を持つ
  • 譲渡制限特約は無い
  • A は C=金融業者にこの債権を売った
  • C は自分の名前で B に「これからは当社に払ってください」と手紙を出した
  • 問い=B は C に払わなければならないか

今日は、特約の無い、ふつうの売掛金です。ここは前の3回の設例と混ぜないでください。卸会社は小売チェーンに対して、200万円の売掛金を持っています。期日は3か月後です。卸会社はこの債権を金融業者に売りました。譲渡の契約は、きちんと成立しています。金融業者はすぐに、自分の名前で小売チェーンに手紙を出しました。これからは当社に払ってください、と。譲受人が自分で知らせれば足りる、と考える方は多いです。今日の最初の落とし穴が、これです。答えは最後に出します。もう1つ。この売掛金を卸会社の債権者が差し押さえたら、金融業者とどちらが勝つのか。これも対抗要件で決まります。答えは今日の後半で出します。

物権の回で見た対抗の話を思い出してください。対抗とは、契約の当事者ではない人に、自分が権利者だと主張することです。そのために必要な条件が、対抗要件でした。不動産なら、第三者に対する対抗要件は登記の1種類でした。ところが債権の譲渡では、対抗要件が2種類あります。ここが債権の特徴です。債務者に対するものと、第三者に対するもの。この2本柱で、今日は進みます。

条文の地図。対抗要件は2種類

467条の地図。1項=相手は債務者(その他の第三者)・要件は譲渡人の通知または債務者の承諾=最低条件。2項=相手は債務者以外の第三者・要件はその通知・承諾を確定日付のある証書でする=上乗せ条件。 図:467条の地図

  • 1項=相手は債務者(その他の第三者)・要件は譲渡人の通知または債務者の承諾=最低条件
  • 2項=相手は債務者以外の第三者・要件はその通知・承諾を確定日付のある証書でする=上乗せ条件

条文を読みます。467条です。

条文民法467条

民法第467条 債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。 2 前項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない。

かっこの中の、現に発生していない債権の譲渡という部分は、のちの回で扱います。今日は読み飛ばしてください。条文は二段構えです。1項は、譲渡人が債務者に通知をするか債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗できない、と言います。つまり債務者に対しては、通知か承諾が最低条件です。2項は、その通知または承諾が確定日付のある証書でなければ、債務者以外の第三者には対抗できない、と言います。確定日付とは、あとから書き換えられない、公の日付のことです。第三者に対しては、それが上乗せの条件になる、という読み方です。

1項はまず、通知か承諾を全員への最低条件にしています。そのうえで債務者以外の第三者には、2項が確定日付を足します。だから第三者に対しては、2項の条件まで満たす必要があります。ここは、条文を読めば、そのまま出てくる要件です。覚え込む必要はありません。ただ、出し手が誰か、どう出すか、の2点は試験で取り違えやすいので、このあと1つずつ確かめます。

「対抗できない」の意味。譲渡契約は当事者の間では有効。ただし「自分が債権者だ」と相手に主張できない。無効ではない。 図:「対抗できない」の意味

  • 譲渡契約は当事者の間では有効
  • ただし「自分が債権者だ」と相手に主張できない
  • 無効ではない

もう1つ大事な点です。対抗できない、というのは無効という意味ではありません。卸会社と金融業者の間では譲渡は有効です。ただ債務者や第三者に、自分が債権者だと言えないだけです。では1項から順に見ます。

債務者対抗要件。通知は譲渡人がする

誰が誰に通知するか。A=卸会社が B=小売チェーンに売掛金を持ち、C=金融業者に譲渡した。A から B への通知=○。C から B への通知=×。 図:誰が誰に通知するか

  • A=卸会社が B=小売チェーンに売掛金を持ち、C=金融業者に譲渡した
  • A から B への通知=○
  • C から B への通知=×

冒頭の問いに戻ります。金融業者が自分の名前で出した手紙は、対抗要件になるでしょうか。条文をもう一度見てください。譲渡人が債務者に通知をし、とあります。通知をするのは譲渡人です。つまり卸会社です。譲受人である金融業者が出した通知では、対抗要件になりません。理由は債務者を守るためです。想像してください。もし譲受人が出す通知でよいなら、どうなるでしょう。誰でも、私が譲受人です、と名乗って小売チェーンに手紙を出せます。本物かどうか小売チェーンには確かめようがありません。偽物に払ってしまうと、二重に払うはめになりかねません。一方、譲渡人は自分に不利なことを告げる立場です。債権を手放したと自分で言うわけですから、嘘を言う動機が薄い。類型的に信頼できます。だから通知は譲渡人がする、と決まっています。この点は最高裁も判断しています。判決です。

判例最判昭46・3・25

譲渡通知は誰がすべきか 右通知は債権の譲渡人、その包括承継人またはそれらから委任を受けた者がなすべきで、委任を受けない者等が事務管理としてなすことを得ないものと解すべきである。

逐語に出てくる、右通知の右は、直前に書かれている債権譲渡の通知を指しています。ここは言い換えます。譲受人が自分の名前で通知しても、対抗要件としての効力は生じない。そう判断しました。

通知は誰がするか。譲受人が自分の名前で通知しても、対抗要件としての効力は生じない。債務者が譲渡を知っていても同じ。最判昭46・3・25。 図:通知は誰がするか

  • 譲受人が自分の名前で通知しても、対抗要件としての効力は生じない
  • 債務者が譲渡を知っていても同じ
  • 最判昭46・3・25

判決は、通知するのは譲渡人、その包括承継人、またはそれらから委任を受けた者だと言っています。そして、債務者が譲渡を知っていた場合でも通知が不要になるわけではない、という考え方に立っています。債務者がすでに譲渡を知っていても、通知は要らなくなりません。ここが短答の落とし穴です。知っていることと、法律が定めた方式で知らされることは別です。法律は債務者の頭の中の事情ではなく、誰がどう知らせたかという形で、対抗要件を決めています。ここで冒頭の問いの答えが半分出ました。金融業者の通知は対抗要件になりません。小売チェーンは金融業者に払う義務を負いません。卸会社に払えば免責されます。

結論として、譲受人が譲渡人に代わって通知することもできません。大審院の判例が、譲受人が譲渡人に代位して通知することは認められない、と言っています。

代位と代理の弁別。代位して通知=譲受人自身が通知する形=×(大判昭5・10・10)。理由=通知は譲渡人がするもの。そもそも通知は譲渡人が債務者に対して持つ権利ではなく、代位できる権利が存在しない。代理人・使者として通知=通知しているのは譲渡人=○。 図:代位と代理の弁別

  • 代位して通知=譲受人自身が通知する形=×(大判昭5・10・10)
  • 理由=通知は譲渡人がするもの
  • そもそも通知は譲渡人が債務者に対して持つ権利ではなく、代位できる権利が存在しない
  • 代理人・使者として通知=通知しているのは譲渡人=○

理由は2つです。1つめ。代位を認めると結局譲受人が通知することになり、通知は譲渡人がするという法の趣旨に反します。2つめ。債権者代位権は、債務者が自分の権利を使わないときに、債権者が代わりにその権利を使う制度でした。ところが通知は、譲渡人が債務者に対して持つ権利ではありません。代わりに使う権利が、そもそも存在しないのです。代理人や使者として通知を出すことはできます。譲渡人から委任を受けて、譲渡人の名前で出すのです。この場合、通知をしているのは譲渡人です。さきほどの判決の、委任を受けた者にも当たります。

見分けるコツは、通知の出し手が誰かです。代位は譲受人が自分の名前で出します。代理は譲渡人の名前で出します。手紙を実際に届けるのが譲受人でも、譲渡人の名前で、譲渡人の意思に基づいて出していれば、有効です。問いです。譲受人が自分の名前で出した通知を、債務者が受け取って譲渡を知りました。この場合、債務者に対する対抗要件は備わるでしょうか?備わりません。通知は譲渡人がするもので、債務者が知っただけでは足りません。ほかに短答で出る点を1つだけ。譲受人が譲渡人に通知を請求できる権利を持っているとき、さらにその債権を転売された人が、その請求権を代位して行使することは認められます。通知をするのは請求を受けた譲渡人だからです。通知の性質にも一言触れます。通知や承諾は事実を知らせる行為で、観念の通知と呼ばれます。意思表示ではありませんが、意思能力や代理など、意思表示の規定が類推適用されます。保証人が付いている債権なら、譲渡人が主たる債務者に通知をすれば、保証人にも効力が及びます。逆に、保証人に通知しても主たる債務者には効力が生じません。保証人の債務は、主たる債務に従って動く性質があるからです。主たる債務の側で済ませれば保証もついてきますが、その逆はありません。

承諾と、通知の時期

通知と承諾の違い(1項)。する人=通知は譲渡人だけ・承諾は債務者。相手方=通知は債務者・承諾は譲渡人でも譲受人でもよい(大判大6・10・2)。事前にすると=通知は無効(通説)・承諾は有効(債権と譲受人が特定していれば。最判昭28・5・29)。 図:通知と承諾の違い

  • 1項
  • する人=通知は譲渡人だけ・承諾は債務者。相手方=通知は債務者・承諾は譲渡人でも譲受人でもよい(大判大6・10・2)。事前にすると=通知は無効(通説)・承諾は有効(債権と譲受人が特定していれば。最判昭28・5・29)。

1項のもう1つの要件が承諾です。承諾とは、債務者が譲渡を了解したと告げることです。通知は譲渡人が出すと決まっていました。承諾は債務者が、誰に告げてもよいのです。譲渡人に対してでも譲受人に対してでも構いません。大審院の判例が、そう言っています。もう1つ時期の違いがあります。通知は譲渡のあとに出すものです。譲渡の前に出した通知は無効、というのが通説です。譲渡があるかもまだ分からない段階で通知されても、債務者は誰に払えばよいか判断できないからです。ところが承諾は、事前でも有効です。最高裁の判例が、債権と譲受人が特定している限り事前の承諾も有効、と言っています。

事前の承諾が有効な理由。対抗要件は債務者を守るためのもの。債務者が自分からその保護を手放すのなら、止める必要がない。条件=債権と譲受人が特定していること。 図:事前の承諾が有効な理由

  • 対抗要件は債務者を守るためのもの
  • 債務者が自分からその保護を手放すのなら、止める必要がない
  • 条件=債権と譲受人が特定していること

矛盾に見えますが、理由はきれいに分かれます。通知は、債務者に、誰に払うかを迷わせないためのものでした。事前だとその役目を果たせません。承諾は、債務者が自分の意思で、この譲受人に払うと決めて、守られる利益を手放すことです。対抗要件は債務者を守るためのものだから、本人が手放すのを止める必要はないのです。ただし、この事前承諾の話は、債務者に対する関係、つまり1項の話です。第三者に対する関係は、このあと見る2項の、確定日付の要件で、別に判断します。問いです。譲渡の前に、債務者が金融業者への譲渡を承諾していました。債権と譲受人は特定されています。この承諾は有効でしょうか?

有効です。事前の承諾でも特定されていれば大丈夫です。短答では、通知は事前だとだめ、承諾は事前でもよい、という対比でよく出ます。

通知も承諾も無い場合

通知・承諾を欠く場合。債務者は譲受人を債権者として扱わなくてよい。譲渡人に払えば免責される。債務者が譲渡を知っていても同じ(大判大6・3・26)。ただし債務者の側から譲渡を認めて譲受人に払うのは差し支えない(大判明38・10・7)。 図:通知・承諾を欠く場合

  • 債務者は譲受人を債権者として扱わなくてよい
  • 譲渡人に払えば免責される
  • 債務者が譲渡を知っていても同じ(大判大6・3・26)
  • ただし債務者の側から譲渡を認めて譲受人に払うのは差し支えない(大判明38・10・7)

通知も承諾も無い場合を見ます。小売チェーンが通知も承諾も受けていない段階で、卸会社に200万円を払ったとします。債務者は譲受人を債権者として扱わなくてよいのです。卸会社に払えば免責されます。金融業者には、もう払ったと言えます。債務者が譲渡の事実を知っていても同じです。逆に、小売チェーンが金融業者に払ってもいいんですか。差し支えありません。通知や承諾は債務者を守る要件です。債務者の側から、譲渡があったと認めて譲受人に払うことはできます。また債務者の側から、譲渡人への弁済を拒むこともできます。まとめます。債務者は主張してよい。けれど譲受人は、対抗要件を備えなければ主張できない。片面の関係です。対抗要件が債務者を守るためのものだから、こうなります。この考え方を頭に置くと、ここまでの結論がまとめて説明できます。

第三者対抗要件。確定日付のある証書

確定日付のある証書の例。公正証書(公証人が作る・作成日が確定日付)・公証役場で日付印を押してもらった書面・内容証明郵便(郵便局が内容と差し出した日付を証明する)。確定日付にならないもの=普通郵便・メール・FAX。 図:確定日付のある証書の例

  • 公正証書(公証人が作る・作成日が確定日付)・公証役場で日付印を押してもらった書面・内容証明郵便(郵便局が内容と差し出した日付を証明する)
  • 確定日付にならないもの=普通郵便・メール・FAX

2項に進みます。債務者以外の第三者に対抗するには、通知または承諾を、確定日付のある証書でする必要があります。たとえば、手紙に日付を書いても、あとで書き換えられます。それでは、いつ通知したかの証拠になりません。確定日付のある証書の例を挙げます。1つめは公正証書です。公証人が作る書類で、その作成の日付が確定日付になります。2つめは、公証役場で、手元の書面に日付のある印を押してもらったものです。3つめは内容証明郵便です。郵便局が、手紙の内容と差し出した日付を証明してくれる郵便です。試験でいちばん出るのは、内容証明郵便と公証役場の日付印です。普通郵便、メール、FAXは確定日付になりません。確定日付は通知にも承諾にも必要です。譲渡人が内容証明で通知する。あるいは債務者が、承諾の書面に公証役場で日付印を押してもらう。どちらでも確定日付のある通知・承諾になります。担保物権の回で、債権の質権や物上代位の場面に出てきた、確定日付のある通知も、この2項の仕組みです。

なぜ第三者に対しては、そこまで厳しいんでしょうか。ここが論文でも使う趣旨です。債権は目に見えません。不動産なら登記簿を見れば誰の物か外から分かります。ところが債権には、登記のような公示がありません。たとえば債権を新しく買おうとする人がいるとします。その債権がすでに誰かに売られていないか、外から調べる方法が無い。そこで法律は債務者を窓口にしました。

第三者対抗要件の趣旨。債権には登記のような公示が無い。そこで債務者を「問い合わせ窓口」にする。債務者が、誰に譲渡されたかを知っている状態を作り、第三者は債務者に問い合わせて確かめる。確定日付が必要な理由=あとからの日付のさかのぼりを防ぐ。 図:第三者対抗要件の趣旨

  • 債権には登記のような公示が無い
  • そこで債務者を「問い合わせ窓口」にする
  • 債務者が、誰に譲渡されたかを知っている状態を作り、第三者は債務者に問い合わせて確かめる
  • 確定日付が必要な理由=あとからの日付のさかのぼりを防ぐ

荷物の預かり所を思い浮かべてください。預かり所は、どの荷物が誰宛てなのかを知っています。あとから来た人は預かり所に聞けば確かめられます。債務者がその預かり所です。通知や承諾は、預かり所に宛先を伝える手続です。そして確定日付は、預かり票に押された公の日付印です。あとから日付をさかのぼらせて、すでに伝えていたと偽ることを防ぎます。譲渡人が一部の譲受人や債務者と組んで日付をごまかす不正を、封じるための仕組みです。この債務者を窓口にする考え方を、学説では、債務者がインフォメーション・センターの役割を果たす、と表現することがあります。呼び名として知っておけば十分です。

だから通知や承諾は債務者に対して行うのです。

出す人と方式の組合せ。①卸会社が普通郵便で通知=債務者に○・第三者に×(確定日付なし)。②卸会社が内容証明で通知=債務者に○・第三者に○。③金融業者が内容証明で通知=債務者に×・第三者に×。 図:出す人と方式の組合せ

  • ①卸会社が普通郵便で通知=債務者に○・第三者に×(確定日付なし)
  • ②卸会社が内容証明で通知=債務者に○・第三者に○
  • ③金融業者が内容証明で通知=債務者に×・第三者に×

ここで取り違えやすい点を表で整理します。3つの組合せです。1つめ。卸会社が普通郵便で通知した場合。債務者には対抗できます。第三者には、確定日付が無いので対抗できません。2つめ。卸会社が内容証明で通知した場合。債務者にも第三者にも対抗できます。3つめ。金融業者が内容証明で通知した場合。出し手が譲受人なので、どちらにも対抗できません。方式がどれほど厳重でも無効です。

2つの軸は別物。誰が出すか=1項の要件(譲渡人。譲受人はだめ)。どう出すか=2項の要件(確定日付のある証書)。方式がどれほど厳重でも、出し手が譲受人なら無効。 図:2つの軸は別物

  • 誰が出すか=1項の要件(譲渡人。譲受人はだめ)
  • どう出すか=2項の要件(確定日付のある証書)
  • 方式がどれほど厳重でも、出し手が譲受人なら無効

内容証明という厳重な方式でも、出し手が譲受人なら対抗要件になりません。そこが狙われます。誰が出すかは1項の軸です。どう出すかは2項の軸です。別の軸なので、どれか1つが欠ければだめです。問いです。譲受人が内容証明郵便で通知を出しました。確定日付はついています。この通知は第三者に対して有効でしょうか?有効ではありません。出し手が譲受人なので、1項の要件を満たしません。

「第三者」とは誰か

二重譲渡の設例。A=卸会社が、B=小売チェーンへの同じ売掛金を、C=金融業者と E=商社に二重に売った。C と E は、お互いに「第三者」。 図:二重譲渡の設例

  • A=卸会社が、B=小売チェーンへの同じ売掛金を、C=金融業者と E=商社に二重に売った
  • C と E は、お互いに「第三者」

2項の第三者とは誰のことでしょう。設例を変えます。卸会社が同じ売掛金を、金融業者と商社の2人に二重に売りました。この2人は、お互いに相手に対して自分が債権者だと言いたい関係です。2項の第三者に当たります。

2項の「第三者」。債権そのものについて、法律上の利益を持つ者(大判大4・3・27)。言い換え=通知・承諾の欠けを主張する正当な利益を持つ者。 図:2項の「第三者」

  • 債権そのものについて、法律上の利益を持つ者(大判大4・3・27)
  • 言い換え=通知・承諾の欠けを主張する正当な利益を持つ者

判例の定義はこうです。債権そのものについて法律上の利益を有する者。言い換えると、通知や承諾が欠けていることを主張する正当な利益を持つ者です。物権の回の177条の第三者と、似た言い方です。同じ型です。177条の第三者は、当事者とその包括承継人以外で、登記が無いことを主張する正当な利益を持つ者でした。その登記を、通知・承諾に置き換えたのが今回です。

「第三者」にあたる者・あたらない者。あたる=二重譲受人・債権の質権者・差押債権者(転付命令を受けた者を含む)・破産管財人(最判昭58・3・22)。あたらない=債務者(1項の相手)・譲渡人の一般債権者(差押えをしていない債権者)。 図:「第三者」にあたる者・あたらない者

  • あたる=二重譲受人・債権の質権者・差押債権者(転付命令を受けた者を含む)・破産管財人(最判昭58・3・22)
  • あたらない=債務者(1項の相手)・譲渡人の一般債権者(差押えをしていない債権者)

試験に出る、あたる者を4つ挙げます。1つめ、債権の二重譲受人。2つめ、債権の質権者です。担保物権の回で見た、債権を担保に取った人です。3つめ、債権を差し押さえた債権者です。差押えとは、裁判所の手続で、借金を返さない人の財産を、勝手に処分できないよう押さえることです。差し押さえた債権を、裁判所の命令で自分に移してもらった人も含みます。この命令を転付命令と言います。4つめ、破産管財人です。破産手続が始まると、破産した人の財産は、債権者全員のために、まとめて差し押さえられたのと同じ状態になります。破産管財人は、その財産を債権者全員のために管理する立場です。差押債権者と同じ立場に立つので、第三者に当たるのです。破産者が破産手続の開始前にした債権譲渡では、譲受人が管財人に勝つには確定日付のある通知または承諾が要る、と最高裁が言っています。逆に、あたらない者もいます。債務者です。債務者に対しては1項の話だからです。もう1人は、卸会社の一般債権者、つまり差押えをしていないふつうの債権者です。差押えをするまでは、卸会社の財産全体をあてにしているだけで、この売掛金という特定の債権には、まだ手を付けていません。だから、債権そのものに法律上の利益がまだ無いのです。

二重譲受人どうしも、確定日付のある通知・承諾を備えない限り、お互いに自分が債権者だと言えません。今日はそこまでです。

譲受人と差押債権者、どちらが勝つか

山場の設例。A=卸会社が、C=金融業者に売掛金を譲渡し、普通郵便の手紙で B=小売チェーンに通知した(確定日付なし)。その後、D=運送会社が、運賃債権で A の B に対する売掛金を差し押さえた。C は D に勝てるか。 図:山場の設例

  • A=卸会社が、C=金融業者に売掛金を譲渡し、普通郵便の手紙で B=小売チェーンに通知した(確定日付なし)
  • その後、D=運送会社が、運賃債権で A の B に対する売掛金を差し押さえた
  • C は D に勝てるか

山場です。設例の前に、1つ思い出してください。前回、譲受人と、あとから差し押さえた譲渡人の債権者の、どちらが勝つかは、何で決まると言ったでしょうか?譲渡の対抗要件と差押えの、どちらが先か、でした。その対抗要件の中身は、もう今日見ました。設例で確かめます。では、卸会社が金融業者に売掛金を譲渡しました。卸会社は普通郵便の手紙で小売チェーンに通知しました。確定日付はありません。そのあとで運送会社が、運賃の未払いを理由に裁判で勝ち、この売掛金を差し押さえました。金融業者は運送会社に勝てるでしょうか。前回の運送会社は、譲渡されていない売掛金を差し押さえました。今日は、譲渡されたあとの売掛金です。

譲渡が先でも、答えは、金融業者は勝てません。運送会社は差押債権者です。さきほど見たとおり2項の第三者に当たります。金融業者は、確定日付のある通知も承諾も備えていません。普通郵便の通知は債務者に対しては有効です。ですが第三者には対抗できないのです。

譲受人は差押債権者に勝てるか。差押えより先に備えたものが、確定日付のある通知・承諾=譲受人が勝つ/普通郵便の通知だけ=譲受人が負ける/何も備えていない=譲受人が負ける。 図:譲受人は差押債権者に勝てるか

結論の骨格を板にします。譲受人が差押えより先に確定日付のある通知か承諾を備えていれば、譲受人が勝ちます。備えていなければ差押債権者に負けます。普通郵便の通知だけでは勝てません。差押えの効力は、差押命令が小売チェーンに送達された時に生じます。送達とは、裁判所の書類が、法律の決めた方式で正式に届けられることです。民事執行法にそう書かれています。その時から、小売チェーンは卸会社に払えなくなります。つまり、比べる片方の差押えの側は、届いた時で決まります。もう片方の、確定日付のある通知や承諾の側を、どの時点で数えるのか。今日は、差押えより先に備えたか、までです。

問いです。運送会社の差押えより前に、金融業者が内容証明郵便による通知を備えていたとします。金融業者は勝てるでしょうか?勝てます。確定日付のある通知を差押えより先に備えているからです。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。金融業者が自分の名前で出した通知は、対抗要件にならない。小売チェーンは、金融業者に払う義務を負わない。卸会社に払えば、免責される。代位して通知することも、できない。 図:冒頭の答え

  • 金融業者が自分の名前で出した通知は、対抗要件にならない
  • 小売チェーンは、金融業者に払う義務を負わない
  • 卸会社に払えば、免責される
  • 代位して通知することも、できない

冒頭の答えを言い切ります。金融業者が自分の名前で出した手紙は、対抗要件になりません。小売チェーンは金融業者に払う義務を負いません。卸会社に払えば免責されます。金融業者が卸会社に代位して通知することも、できません。通知を出すなら、卸会社の名前で卸会社の意思に基づいて出す必要があります。

まとめ。1項(債務者に対して)=出し手は譲渡人の通知または債務者の承諾・方式の定めなし・欠くと債務者は譲渡人に払えば免責。2項(債務者以外の第三者に対して)=同じ通知・承諾を確定日付のある証書で(内容証明郵便・公正証書・公証役場の日付印)・欠くと二重譲受人・差押債権者・破産管財人に負ける。 図:まとめ

  • 1項(債務者に対して)=出し手は譲渡人の通知または債務者の承諾・方式の定めなし・欠くと債務者は譲渡人に払えば免責
  • 2項(債務者以外の第三者に対して)=同じ通知・承諾を確定日付のある証書で(内容証明郵便・公正証書・公証役場の日付印)・欠くと二重譲受人・差押債権者・破産管財人に負ける

整理します。1つめ。対抗要件は2種類です。1項は債務者に対するもの。2項は債務者以外の第三者に対するものです。2つめ。1項の要件は、譲渡人の通知、または債務者の承諾です。通知は譲渡人がするもので、譲受人からの通知も代位もだめです。承諾は、譲渡人でも譲受人でも、どちらに対してしても構いません。事前の承諾も有効です。3つめ。2項の要件は、その通知または承諾を確定日付のある証書でする、ことです。趣旨は、債務者を問い合わせの窓口にして日付のさかのぼりを防ぐことでした。4つめ。第三者には、二重譲受人、差押債権者、破産管財人などが含まれます。確定日付のある通知や承諾を差押えより先に備えていなければ、譲受人は差押債権者に負けます。

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#170単独ページ動画

債権の二重譲渡と到達時説

第4章 債権総論 #170/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

日付印は先、届いたのは後

冒頭の設例。卸会社が小売チェーンに売掛金200万円を持つ(譲渡制限特約は無い)。卸会社はこの債権を金融業者と商社に二重に売り、どちらの通知も卸会社が内容証明郵便で出した。金融業者への譲渡の通知=日付印11月1日・小売チェーンに届いたのは11月5日。商社への譲渡の通知=日付印11月2日・届いたのは11月3日。問い=どちらが勝つか。 図:冒頭の設例

  • 卸会社が小売チェーンに売掛金200万円を持つ(譲渡制限特約は無い)
  • 卸会社はこの債権を金融業者と商社に二重に売り、どちらの通知も卸会社が内容証明郵便で出した
  • 金融業者への譲渡の通知=日付印11月1日・小売チェーンに届いたのは11月5日
  • 商社への譲渡の通知=日付印11月2日・届いたのは11月3日
  • 問い=どちらが勝つか

卸会社が小売チェーンに、代金200万円の売掛金を持っています。譲渡制限特約は無く、支払期日は11月末です。卸会社はこの債権を、金融業者と商社の2人に、二重に売ってしまいました。どちらの譲渡契約も有効です。卸会社は、どちらの譲渡についても、内容証明郵便で小売チェーンに通知を出しました。通知を出すのは譲渡人でしたね。金融業者への譲渡の通知は、日付印の日が11月1日です。ところが不在で再配達になり、小売チェーンに届いたのは11月5日でした。商社への譲渡の通知は、日付印が11月2日で、届いたのは11月3日です。

確定日付の早さで決まる、と考える方は多いです。答えは最後に出します。それまで、日付と到着のどちらで測るのか、考えながら聞いてください。前回の終わりに、確定日付のある通知が2つ出ていたらどちらが勝つのか、と言いました。差押えとの勝負でも、差押えの側は、差押命令が送達された時で決まる、と見ました。では通知の側は、どの時点で数えるのか。それが今日の中心です。物権の回で、不動産の二重譲渡は、登記の先後で決まると見ました。債権でも同じように決まるんですか。そこが出発点です。不動産には登記簿があるので、登記の先後で測れました。ところが債権には、原則として登記簿のような公示が無いのです。何を物差しにして、先後を測るのか。これが今日の問いです。

民法の外にもう1本の道。債権譲渡登記

債権譲渡登記の背景。卸会社(法人)が、月ごとに発生する売掛金を何十社分もまとめて金融業者に譲渡。1件ずつ内容証明郵便を出すと、手間も費用も合わない。→ 債権譲渡登記ファイルに登記する。 図:債権譲渡登記の背景

  • 卸会社(法人)が、月ごとに発生する売掛金を何十社分もまとめて金融業者に譲渡
  • 1件ずつ内容証明郵便を出すと、手間も費用も合わない
  • → 債権譲渡登記ファイルに登記する

ここまでの設例では、第三者対抗要件は、内容証明郵便などによる通知でした。ところが、もう1本の道があります。想像してください。卸会社が、毎月発生する売掛金を、何十社分もまとめて、金融業者に譲渡する場合です。1社ずつ内容証明郵便を出していたら、手間も費用も合いません。そこで、特別法に、登記による方法が用意されています。動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律、といいます。長いので、以下、特例法と呼びます。4条を読みます。

条文動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律4条1項

動産・債権譲渡特例法第4条 法人が債権(金銭の支払を目的とするものであって、民法第三編第一章第四節の規定により譲渡されるものに限る。以下同じ。)を譲渡した場合において、当該債権の譲渡につき債権譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされたときは、当該債権の債務者以外の第三者については、同法第四百六十七条の規定による確定日付のある証書による通知があったものとみなす。この場合においては、当該登記の日付をもって確定日付とする。

みなす、というのは、本当にあったかどうかは問わず、あったものとして扱う、という意味です。登記がされると、467条2項の、確定日付のある証書による通知があったものと扱われます。登記の日付が、確定日付の役目をします。

債権譲渡登記の要件。成立要件(特例法4条1項・条文どおり)=①法人が譲渡する②金銭の支払を目的とする債権③債権譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされた。効果=債務者以外の第三者との関係で、確定日付のある証書による通知があったものとみなす。登記の日付=確定日付。 図:債権譲渡登記の要件

  • 成立要件(特例法4条1項・条文どおり)=①法人が譲渡する②金銭の支払を目的とする債権③債権譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされた
  • 効果=債務者以外の第三者との関係で、確定日付のある証書による通知があったものとみなす
  • 登記の日付=確定日付

条文は、法人が債権を譲渡した場合、と書いています。個人が売掛金を譲渡する場合は、この登記は使えません。467条2項の、確定日付のある通知によります。金銭の支払を目的としない債権も、同じく対象外です。要件は、条文を読めば分かるので、覚え込む必要はありません。ただ、将来発生する債権のように、まだ債務者が特定していない債権も、まとめて登記できる仕組みになっている点は、押さえてください。何十社分を一括で担保や売却に出せるのは、この仕組みのおかげです。登記をすれば、小売チェーンにも、金融業者が債権者だと言えるんですか。そこが落とし穴です。条文の前半は、債務者以外の第三者との関係、と書いてありました。登記で備わるのは、第三者対抗要件だけです。登記は、債務者の知らないところでもできます。そこで債務者に対抗するための道が、2項に用意されています。

条文動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律4条2項

動産・債権譲渡特例法第4条 2 前項に規定する登記(以下「債権譲渡登記」という。)がされた場合において、当該債権の譲渡及びその譲渡につき債権譲渡登記がされたことについて、譲渡人若しくは譲受人が当該債権の債務者に第十一条第二項に規定する登記事項証明書を交付して通知をし、又は当該債務者が承諾をしたときは、当該債務者についても、前項と同様とする。

登記事項証明書とは、登記の内容を、法務局が証明した書面です。この書面を付けて、譲渡人か譲受人が債務者に通知をするか、債務者が承諾をすれば、債務者に対しても、前項と同様、つまり確定日付のある通知があったものと扱われます。

債権譲渡登記の2本立て。第三者に対して=登記だけで備わる(債務者が知らなくてもよい)。債務者に対して=登記事項証明書を交付した通知(譲渡人・譲受人のどちらがしてもよい)または債務者の承諾が別に要る。民法467条の1項・2項と同じ二本立て。 図:債権譲渡登記の2本立て

  • 第三者に対して=登記だけで備わる(債務者が知らなくてもよい)
  • 債務者に対して=登記事項証明書を交付した通知(譲渡人・譲受人のどちらがしてもよい)または債務者の承諾が別に要る
  • 民法467条の1項・2項と同じ二本立て

条文は、譲渡人若しくは譲受人が、と書いています。登記事項証明書という確かな裏付けが付くので、譲受人が通知しても、なりすましの心配が小さいからです。民法の通知とは、ここが違います。問いです。金融業者が債権譲渡登記だけをして、小売チェーンには何も知らせていません。金融業者は商社に、自分が債権者だと言えますか。小売チェーンには、払えと言えますか。商社には言えますが、小売チェーンには、まだ言えません。債務者に対しては、登記事項証明書を付けた通知か、承諾が要ります。なお、登記と通知がぶつかった場合の先後は、別の回で扱います。今日は、民法の外にもう1本の道がある、というところまでです。

一方だけが備えたとき

一方だけが備えた設例。卸会社が出した通知のうち、金融業者への譲渡の通知=普通郵便(確定日付なし)。商社への譲渡の通知=内容証明郵便(確定日付あり)。第三者対抗要件を備えたのは商社だけ=商社が勝つ。 図:一方だけが備えた設例

  • 卸会社が出した通知のうち、金融業者への譲渡の通知=普通郵便(確定日付なし)
  • 商社への譲渡の通知=内容証明郵便(確定日付あり)
  • 第三者対抗要件を備えたのは商社だけ=商社が勝つ

登記の話は一度置きます。まず、一方だけが備えた場合です。前回の山場を思い出してください。譲受人と、あとから差し押さえた譲渡人の債権者の勝負で、譲受人が勝つには、何を備えている必要がありましたか?差押えより先に、確定日付のある通知か承諾を備えていることでした。今回は、差押債権者を、もう1人の譲受人に置き換えるだけです。卸会社は、金融業者への譲渡を普通郵便で通知しました。確定日付はありません。商社への譲渡は内容証明郵便で通知しました。確定日付があります。第三者に対抗できるのは、商社だけです。商社が勝ちます。金融業者の通知は、債務者に対する対抗要件にはなりますが、商社に対して、自分が債権者だとは言えません。

判例は、第三者対抗要件を備えた商社だけを、債権者として扱わなければならない、と言っています。債務者も、この優劣の決まりに従わなければならないのです。理由を考えてみます。もし債務者だけが、金融業者を債権者として扱ってよいとしたらどうなるでしょう。商社が勝つはずの二重譲渡の勝敗が、債務者の都合で変わってしまいます。それでは、第三者対抗要件で優先順位を決めた意味が無くなります。だから小売チェーンが金融業者に払っても、商社に対しては免責を主張できません。商社に、もう一度払わなければなりません。ただし、救われる余地が全く無いわけではありません。これは最後に扱います。

弁済の時期で分かれる。商社の確定日付ある通知が届いたあとに金融業者へ払った=商社に対して免責されない。商社の通知が届く前に金融業者へ払った=有効(金融業者は債務者対抗要件を備え、商社はまだ誰にも対抗できる状態ではない)。 図:弁済の時期で分かれる

  • 商社の確定日付ある通知が届いたあとに金融業者へ払った=商社に対して免責されない
  • 商社の通知が届く前に金融業者へ払った=有効(金融業者は債務者対抗要件を備え、商社はまだ誰にも対抗できる状態ではない)

商社の通知が届く前の弁済なら、有効です。商社の通知が届くまでは、商社はまだ、誰にも自分が債権者だと言える状態ではありません。一方で金融業者は、普通郵便の通知でも、債務者対抗要件を備えています。小売チェーンは、金融業者を債権者として扱ってよいのです。境界をはっきりさせます。商社の通知が届く前なら、金融業者への弁済は有効です。商社の通知が届いたあとなら、商社に払い直しです。この分かれ目は、通知が届いたかどうかです。問いです。商社の確定日付ある通知が届いた翌日に、小売チェーンが金融業者へ払いました。この弁済は、商社に対して有効でしょうか?

有効ではありません。商社の通知が先に届いているので、商社にもう一度払う義務があります。物権でいえば、二重譲渡の相手方に対して、登記を備えたほうが勝つ、という177条の型と同じです。登記のかわりに、確定日付のある通知や承諾が、備えたかどうかの目印になります。

山場。両方が備えたら、日付か到着か

467条の読み方。2項=確定日付のある証書で通知・承諾をしなければ、債務者以外の第三者に対抗できない。両方が備えたとき、どちらが先かは条文に書かれていない。→ 先後の基準は判例が解釈で立てた。 図:467条の読み方

  • 2項=確定日付のある証書で通知・承諾をしなければ、債務者以外の第三者に対抗できない
  • 両方が備えたとき、どちらが先かは条文に書かれていない
  • → 先後の基準は判例が解釈で立てた

山場です。金融業者も商社も、確定日付のある通知を備えました。条文をもう一度見ます。

条文民法467条

民法第467条 債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。 2 前項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない。

2項は、確定日付のある通知が無ければ対抗できない、と言うだけです。両方が備えたとき、どちらが先に勝つのかは、書かれていません。そこで、2つの考え方が出てきます。

2つの考え方。確定日付説=通知・承諾に付された確定日付(日付印)の先後で決める。到達時説(判例)=確定日付のある通知が債務者に到達した日時(承諾なら承諾の日時)の先後で決める。冒頭の設例=確定日付説なら金融業者(日付印11月1日)・到達時説なら商社(到達11月3日)が勝つ。 図:2つの考え方

  • 確定日付説=通知・承諾に付された確定日付(日付印)の先後で決める
  • 到達時説(判例)=確定日付のある通知が債務者に到達した日時(承諾なら承諾の日時)の先後で決める
  • 冒頭の設例=確定日付説なら金融業者(日付印11月1日)・到達時説なら商社(到達11月3日)が勝つ

1つめは、確定日付説です。通知に付された確定日付、つまり日付印の先後で決める考え方です。2つめは、到達時説です。確定日付のある通知が、債務者に到達した日時の先後で決める考え方で、判例と通説です。承諾なら、承諾の日時で決めます。冒頭の設例に当てはめます。確定日付説だと、日付印が11月1日の金融業者が勝ちます。到達時説だと、11月3日に届いた商社が勝ちます。答えが分かれます。確定日付は公の証明なので、日付で決めるほうが、素直に思えます。なぜ到着なんですか。そこが、今日の核心です。理由を、2段で考えます。まず、確定日付説で困ることから。

確定日付説の難点。11月3日=商社の通知が届く(日付印は11月2日)→小売チェーンは商社を債権者として扱う。11月5日=金融業者の通知が届く(日付印は11月1日)→確定日付説では優劣が逆転する。商社に払っていたら、事後的に覆る。 図:確定日付説の難点

  • 11月3日=商社の通知が届く(日付印は11月2日)→小売チェーンは商社を債権者として扱う
  • 11月5日=金融業者の通知が届く(日付印は11月1日)→確定日付説では優劣が逆転する
  • 商社に払っていたら、事後的に覆る

確定日付説で進めてみます。11月3日に、商社の通知が届きました。小売チェーンは、商社が債権者だと考えて、商社に払う準備を始めます。ところが11月5日に、日付印が11月1日の、金融業者の通知が届きます。日付印は商社より古いので、確定日付説では、金融業者が逆転して勝つことになります。日付印の古い通知があとから届くと、それまでの商社への支払いも、理屈の上では払い直しになりかねません。しかも小売チェーンは、日付印の古い通知が、いつ何通届くのか、事前には分かりません。確定日付説だと、誰に払えば安全なのかが、いつまでも落ち着かないのです。

窓口の考え方。第三者(新たな買い手)が小売チェーンに問い合わせる。小売チェーンが答えられるのは、自分の手元に届いた通知だけ。日付印が古くても、まだ届いていない通知は知らない。→ 基準は、窓口が知った時=到達。 図:窓口の考え方

  • 第三者(新たな買い手)が小売チェーンに問い合わせる
  • 小売チェーンが答えられるのは、自分の手元に届いた通知だけ
  • 日付印が古くても、まだ届いていない通知は知らない
  • → 基準は、窓口が知った時=到達

2段目が、本質です。前回、債務者は問い合わせの窓口だ、と言いました。荷物の預かり所を思い浮かべてください。宛先を変える連絡票が届くたびに、預かり所は、届いた順に宛先を書き換えます。連絡票に押された日付印は、いつ作った票かを証明します。けれど預かり所が答えられるのは、自分の手元に届いた票の順番だけです。まだ届いていない票は、日付印がいくら古くても、預かり所は知りません。新しい買い手が、11月4日に、この債権は誰のものですか、と窓口に尋ねたとします。小売チェーンの手元には、商社の通知しか届いていません。だから、商社です、と答えるしかありません。もし日付印で決めるなら、翌日に金融業者の通知が届いた時点で、その答えは、さかのぼって間違いになります。窓口が正しく答えたのに、あとから覆る。それでは、尋ねる意味がありません。だから基準は、窓口が知った時、つまり到達の日時になります。

ここで、判例の言葉を見ます。

判例最判昭49・3・7 民集28巻2号174頁

債権の二重譲渡と、窓口の仕組み 民法の規定する債権譲渡についての対抗要件制度は、当該債権の債務者の債権譲渡の有無についての認識を通じ、右債務者によつてそれが第三者に表示されうるものであることを根幹として成立しているものというべきである。

右債務者の右は、前に出てきた当該債権の債務者を指します。債務者がまず譲渡を知り、それを債務者が第三者に伝えられる。この窓口の仕組みが、対抗要件制度の根幹だ、と言っています。この根幹から、結論が出ます。

判例最判昭49・3・7 民集28巻2号174頁

債権の二重譲渡と、譲受人相互の優劣 債権が二重に譲渡された場合、譲受人相互の間の優劣は、通知又は承諾に付された確定日附の先後によつて定めるべきではなく、確定日附のある通知が債務者に到達した日時又は確定日附のある債務者の承諾の日時の先後によつて決すべきであり、また、確定日附は通知又は承諾そのものにつき必要であると解すべきである。

⭐ 論文で書く規範:到達時説の物差し(判例の規範) 債権が二重に譲渡された場合、譲受人相互の間の優劣は、確定日付のある通知が債務者に到達した日時(確定日付のある債務者の承諾の場合はその承諾の日時)の先後によって決する。 (出どころ=判例(条文に無い基準を、467条2項の解釈として判例が立てたもの。論文では確定日付説との対立が論点になりうる))

判旨の要点は3つです。1つめ、優劣は日付印の先後ではなく、通知が債務者に到達した日時の先後で決める。2つめ、承諾なら承諾の日時。3つめ、確定日付は、通知や承諾そのものについて必要です。ここで、条文どおりの成立要件と、判例が立てた物差しを分けます。確定日付のある通知や承諾を備えること、これは467条2項に書かれた成立要件です。覚え込まず、趣旨から出せます。他方で、到達の日時で測る、という物差しは、条文に無く、判例が立てたものです。こちらは、到達の日時の先後、という言葉を覚えて使います。日付印は、先後を決める物差しではありません。けれど役目があります。判旨はこう考えています。確定日付を求める趣旨は、譲渡人が債権を二重に譲渡して、債務者と通謀し、通知や承諾のあった日時をさかのぼらせるなどの作為を、できるだけ防ぐことにある、と。

日付印の役目。到達の日時が基準。日付印=「これより前には届いていない」と言える下限。譲渡人・債務者・二重譲受人が口裏を合わせて、通知・承諾の日時をさかのぼらせるのを防ぐ。確定日付は通知・承諾そのものについて必要。 図:日付印の役目

  • 到達の日時が基準
  • 日付印=「これより前には届いていない」と言える下限
  • 譲渡人・債務者・二重譲受人が口裏を合わせて、通知・承諾の日時をさかのぼらせるのを防ぐ
  • 確定日付は通知・承諾そのものについて必要

預かり所の例で言えば、日付印は、これより前には届いていない、という下限を示します。日付印のない連絡票だと、実は先に届いていた、と後から言い張れてしまいます。日付印が、届いた日時をさかのぼらせる不正を封じます。確定日付説と到達時説の違いを、一言で整理します。確定日付説は、日付印を物差しにします。到達時説は、日付印を下限にして、物差しは到達にします。たとえば、卸会社が、金融業者への譲渡を普通郵便で通知し、それが11月1日に届いたとします。そのあと11月10日に、卸会社が内容証明郵便で、あらためて通知を届けたとします。数えるのは、確定日付のある通知の届いた、11月10日です。11月1日に届いた普通郵便の通知は、数えません。確定日付が必要なのは、通知そのものだからです。問いです。冒頭の設例で、金融業者の通知の日付印は11月1日、届いたのは11月5日でした。商社は日付印が11月2日で、届いたのは11月3日です。到達時説では、どちらが先でしょう?

11月3日に届いた商社が先です。冒頭の答えは、商社です。

昭和49年判決の事案。債権の譲渡人が、債権譲渡証書に公証人の日付印を受け、同日午後3時ごろ債務者の職員に交付(=確定日付のある通知)。同じ日の午後4時5分ごろ、同じ債権の仮差押命令が債務者に送達された。→ 譲受人の勝ち。同じ日でも時刻まで比べる。 図:昭和49年判決の事案

  • 債権の譲渡人が、債権譲渡証書に公証人の日付印を受け、同日午後3時ごろ債務者の職員に交付(=確定日付のある通知)
  • 同じ日の午後4時5分ごろ、同じ債権の仮差押命令が債務者に送達された
  • → 譲受人の勝ち
  • 同じ日でも時刻まで比べる

この判例の事案は、差押えと同じ型でした。債権の譲渡人が、債権譲渡証書に公証人の日付印を受けて、同じ日の午後3時ごろに、債務者の職員へ交付しました。これが、確定日付のある通知です。同じ債権に対する仮差押命令の送達は、同じ日の午後4時5分ごろでした。仮差押えとは、本差押えの前に、財産を動かせなくしておく手続です。最高裁は、債権を譲り受けた側、つまり譲受人の勝ちとしました。譲受人と仮差押えをした者の優劣も、同じ物差しで決まる、と言いました。同じ日でも、時刻まで比べる点を、覚えておいてください。差押えの側は送達の日時、通知の側は到達の日時です。どちらも、窓口である小売チェーンが知った時です。だから同じ物差しで、先後を比べます。前回の、売掛金を差し押さえた運送会社で言えば、その差押命令の送達より、金融業者の確定日付のある通知の到達が先なら、金融業者が勝ちます。論文では、確定日付説と到達時説の対立が問われることがあります。今日は、判例と通説の到達時説を、理由とあわせて言えるようになってください。

承諾の場合と、今日扱わない場面

承諾の場合。基準=確定日付のある債務者の承諾の日時。例=小売チェーンが、公証役場の日付印のある承諾書で承諾した日時。通知の到達日時と承諾の日時も、同じ物差しで並べて先後を比べる。 図:承諾の場合

  • 基準=確定日付のある債務者の承諾の日時
  • 例=小売チェーンが、公証役場の日付印のある承諾書で承諾した日時
  • 通知の到達日時と承諾の日時も、同じ物差しで並べて先後を比べる

承諾の場合も見ます。さきほどの判旨は、通知が到達した日時、または承諾の日時、と言っていました。卸会社が商社への譲渡を通知し、金融業者への譲渡については、小売チェーンの承諾を得たとします。小売チェーンが、公証役場の日付印のある承諾書で承諾したら、その確定日付のある承諾の日時が基準になります。通知が届いた日時と、承諾の日時を並べて、先後を見ます。同時に届いた場合や、先後が分からない場合は、別の回で扱います。登記と通知がぶつかった場合も、別の回です。今日は、先後がはっきり付く場合までです。

負けた側に払ってしまったら

設例。商社の確定日付ある通知が先に届いたのに、小売チェーンが金融業者に200万円を払ってしまった。原則=商社に対する関係では免責されず、商社にもう一度払う義務。例外=478条(受領権者としての外観を有する者への弁済)。 図:設例

  • 商社の確定日付ある通知が先に届いたのに、小売チェーンが金融業者に200万円を払ってしまった
  • 原則=商社に対する関係では免責されず、商社にもう一度払う義務
  • 例外=478条(受領権者としての外観を有する者への弁済)

最後の場面です。商社の通知が先に届いたのに、小売チェーンが、金融業者に200万円を払ってしまいました。どうなるでしょう。原則は、さきほど見たとおりです。商社に対しては免責されず、商社に、もう一度払う義務があります。そこで478条の出番です。受領権者以外の者であっても、受領権者としての外観を有するものに払った弁済は、払った人が善意で、かつ過失がなかったときに限り、有効になります。受領権者としての外観を有する者とは、本当は受け取る権限が無いのに、取引の常識から見て、受け取る権限があるように見える者です。二重譲渡で負けた側の譲受人を、劣後する譲受人と呼びます。ここでは金融業者です。金融業者は、譲渡人の卸会社が出した通知を備えています。小売チェーンから見れば、債権者らしく見えるのです。だから判例は、劣後する譲受人も、この外観を有する者に当たるとしています。478条で弁済が有効になると、商社の債権は消えます。そのときは、商社が、金融業者に対して、受け取った分を不当利得として返せと求めることになります。

478条の適用。劣後譲受人への弁済も、478条で有効になりうる。要件=弁済者が善意・無過失。無過失というには、劣後譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当な理由があることが必要(優先譲受人の譲受行為・対抗要件に瑕疵があって効力がないと誤信してもやむを得ない事情など)。 図:478条の適用

  • 劣後譲受人への弁済も、478条で有効になりうる
  • 要件=弁済者が善意・無過失
  • 無過失というには、劣後譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当な理由があることが必要(優先譲受人の譲受行為・対抗要件に瑕疵があって効力がないと誤信してもやむを得ない事情など)

ただし、無過失というには、劣後する譲受人を、真の債権者であると信じるについて、相当な理由が必要だ、というのが判例です。たとえば、優先する譲受人の譲受行為や対抗要件に、不備があって効力がないと、誤信してもやむを得ない事情がある場合です。信じる対象を、取り違えないでください。優先する譲受人を債権者と信じたかではありません。弁済を受けた劣後する譲受人を、真の債権者と信じたことに、相当な理由があるかです。優先する譲受人の通知が先に届いていると分かっていたなら、劣後する譲受人が真の債権者だと信じてよいのか、疑問を抱くべき事情があります。過失が認められやすく、免責されにくくなります。小売チェーンは、窓口として、届いた通知を知っている立場だからです。478条の要件の中身そのものは、別の回で扱います。今日は、劣後者に払っても原則は無効で、478条の例外がありうる、という骨格までです。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。商社の通知=日付印11月2日・到達11月3日。金融業者の通知=日付印11月1日・到達11月5日。判例の基準=確定日付のある通知が債務者に到達した日時の先後。先に届いた商社が勝つ。 図:冒頭の答え

  • 商社の通知=日付印11月2日・到達11月3日
  • 金融業者の通知=日付印11月1日・到達11月5日
  • 判例の基準=確定日付のある通知が債務者に到達した日時の先後
  • 先に届いた商社が勝つ

冒頭の答えを言い切ります。日付印が早かったのは金融業者です。でも先に届いたのは商社です。基準は、確定日付のある通知が、債務者に到達した日時の先後です。だから商社が勝ちます。理由は、債務者が問い合わせの窓口だからでした。窓口は、届いた通知の順にしか答えられません。日付印で決めると、その答えが、あとからひっくり返ってしまいます。日付印は、これより前に届いていない、という下限として、日付のさかのぼりを防ぎます。

まとめ。①第三者対抗要件の別ルート=債権譲渡登記(法人・金銭債権・登記の日付が確定日付・債務者に対しては登記事項証明書付きの通知か承諾が別に要る)②一方だけが備えた=備えた方が勝つ・債務者もその者だけを債権者として扱う③両方が備えた=到達の日時の先後(承諾は承諾の日時・同じ日でも時刻まで・確定日付は通知・承諾そのものに必要)④劣後者に払ったら=原則無効・478条の例外(劣後者を真の債権者と信ずるにつき相当な理由)。 図:まとめ

整理します。1つめ。民法の外に、債権譲渡登記という別の道があります。法人が金銭債権を譲渡し、登記をすると、登記の日付を確定日付として、第三者に対しては通知があったものとみなされます。債務者に対しては、登記事項証明書を付けた通知か承諾が、別に要ります。2つめ。一方だけが第三者対抗要件を備えたなら、備えた方が勝ちます。債務者も、その者だけを債権者として扱わなければなりません。備えた側の通知が届く前の弁済は有効です。3つめ。両方が備えたなら、確定日付のある通知が到達した日時の先後で決まります。承諾なら承諾の日時です。同じ日でも時刻まで比べます。確定日付は、通知や承諾そのものに必要です。4つめ。負けた側に払っても、原則は商社に払い直しです。478条で救われる余地はありますが、劣後する譲受人を真の債権者と信じたことに、相当な理由が必要です。

同時に届いた場合と、登記と通知がぶつかった場合は、別の回で見ていきます。

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#171単独ページ動画

債権の同時到達と供託金の按分

第4章 債権総論 #171/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

同じ配達で届いた2通

冒頭の設例。卸会社が小売チェーンに売掛金200万円を持つ(譲渡制限特約は無い)。卸会社はこの債権を金融業者と商社に二重に売り、どちらも内容証明郵便で通知した。2通は11月10日午前の同じ配達で、小売チェーンの受付にまとめて届いた。どちらが先に受け付けられたかは分からない。問い=小売チェーンは誰に払うのか。 図:冒頭の設例

  • 卸会社が小売チェーンに売掛金200万円を持つ(譲渡制限特約は無い)
  • 卸会社はこの債権を金融業者と商社に二重に売り、どちらも内容証明郵便で通知した
  • 2通は11月10日午前の同じ配達で、小売チェーンの受付にまとめて届いた
  • どちらが先に受け付けられたかは分からない
  • 問い=小売チェーンは誰に払うのか

設例は前回の続投です。卸会社が小売チェーンに、売掛金200万円を持っています。譲渡制限特約は無く、支払期日は11月末です。卸会社はこの債権を、金融業者と商社に二重に売ってしまいました。どちらの譲渡も、内容証明郵便で小売チェーンに通知されています。ところが今回は、2通が同じ日の同じ配達で、小売チェーンの受付にまとめて届きました。記録に残っているのは、11月10日午前の配達、という事実だけです。どちらが先に受け付けられたのかは、誰にも分かりません。先後の付かない2通を、どう扱うのか。それが今日の問いです。決められないなら、小売チェーンは誰にも払えないのでしょうか。そもそも、どちらが債権者なのでしょうか。前回見たのは、確定日付のある通知が届いた先後で優劣が決まる、という到達時説でした。それが付かない場面を、今日は見ます。

同時に届いたら、各自が全額を請求できる

同時到達の結論。金融業者=全額200万円を請求できる。商社=全額200万円を請求できる。小売チェーン=どちらか1人に払えば債務は消える・他にも同順位の譲受人がいることを理由に断れない。 図:同時到達の結論

  • 金融業者=全額200万円を請求できる
  • 商社=全額200万円を請求できる
  • 小売チェーン=どちらか1人に払えば債務は消える・他にも同順位の譲受人がいることを理由に断れない

結論から言います。同時に届いたとき、金融業者も商社も、小売チェーンに対して、200万円の全額を請求できます。請求できる、というのと、400万円もらえる、というのは別です。請求できる人が2人いる、ということです。小売チェーンが、どちらか1人に200万円を払えば、債権は消えます。もう1人は、請求を続けられません。判例を読みます。

判例最判昭55・1・11 民集34巻1号42頁

債権の二重譲渡で、通知が同時に届いたとき 指名債権が二重に譲渡され、確定日付のある各譲渡通知が同時に第三債務者に到達したときは、各譲受人は、第三債務者に対しそれぞれの譲受債権についてその全額の弁済を請求することができ、譲受人の一人から弁済の請求を受けた第三債務者は、他の譲受人に対する弁済その他の債務消滅事由がない限り、単に同順位の譲受人が他に存在することを理由として弁済の責めを免れることはできないもの、と解するのが相当である。

用語を確認します。第三債務者とは、譲渡された債権の債務者のことです。今回の設例では、小売チェーンです。同順位とは、優劣がつかない、同じ順位にいる、ということです。判旨は2つのことを言っています。1つめ、各譲受人は、全額の弁済を請求できる。2つめ、請求を受けた債務者は、他にも同順位の譲受人がいる、というだけでは、断れない。ただし、他の譲受人にすでに払った、といった債務が消えた事情があるなら、それは主張できます。事案も短く見ます。この判例では、債権の譲渡通知が3通と、同じ債権への差押えの通知が、いずれも同じ日の午後0時から午後6時までの間に債務者へ届き、どれが先か確定できませんでした。それでも、譲受人の請求が認められています。ただし、この判例が扱うのは、先後が付かない場面です。1通でも先に届いていれば、前回の到達時説のとおり、先に届いた方だけが勝ち、後の方は債務者に請求できません。

各自が全額を、という結論の理由が、今日の核心です。3段で考えます。

ほどく軸。「優先がつかない」と「債務者に請求できない」は別。同時=互いに相手に優先を主張できない。しかし債務者との関係では、各自が467条の対抗要件を備えた債権者。 図:ほどく軸

  • 「優先がつかない」と「債務者に請求できない」は別
  • 同時=互いに相手に優先を主張できない
  • しかし債務者との関係では、各自が467条の対抗要件を備えた債権者

1段目。同時に届いた場合、金融業者と商社は、お互いに、相手に勝てません。優先を主張できないのです。けれど、それは、譲受人どうしの話です。小売チェーンとの関係では、どちらも確定日付のある通知を届けています。つまり、債務者との関係では、2人とも、対抗要件を備えた債権者のままです。預かり所に置き換えます。同じ荷物の引換券を2人が持ち込みました。どちらも本物の券で、どちらが先に作られたかは分かりません。預かり所にとっては、2人とも、荷物を受け取る資格のある人です。2人の間では、優劣が付きませんが、預かり所に、お前たちは受け取れない、と言う資格はありません。

2段目は、債務者の側から見ます。もし債務者が、同順位の譲受人が他にいるから払わない、と言えたらどうなるでしょう。債務者の都合で、全員の請求が止まります。しかも、払いたくなければ、他にも請求者がいる、と言い続ければよいことになります。前に見たとおり、債務者は、誰に譲られたかを外の人が確かめる、問い合わせの窓口でした。2通とも受け取って事情を知っている当の債務者が、そのことを理由に支払いを止めるのは、筋が通りません。3段目です。では、債務者は二重に払わされる危険があるのでしょうか。ありません。1人に払えば、債務は消えます。払ったあと、もう1人から請求されても、すでに弁済した、と主張できます。決めきれないなら、供託という道もあります。これは、次に見ます。

⭐ 論文で書く規範:同時到達の処理(判例の規範) 確定日付のある通知が同時に到達したときは、各譲受人は債務者に対して全額の弁済を請求でき、債務者は、他に同順位の譲受人がいることを理由に、弁済を拒めない。先後が不明のときも、同時と同じに扱う。 (出どころ=判例(条文に無い基準を、467条2項の解釈として判例が立てたもの。論文で論点になりうる))

論文では、この規範が、論点になりうる、と言っておきます。覚えるのは、全額の弁済を請求できる、拒めない、の2つの言葉です。

先後が分からないときも同じに扱う

先後不明=同時と同じ。冒頭の設例=記録は「11月10日午前の配達」だけ。2通のどちらが先に受け付けられたかが分からない。→ 同時に到達したものとして取り扱う。

  • 先後不明=同時と同じ
  • 冒頭の設例=記録は「11月10日午前の配達」だけ
  • 2通のどちらが先に受け付けられたかが分からない
  • → 同時に到達したものとして取り扱う

さきほどの判例の事案も、実は、どれが先か確定できない事案でした。では、先後が分からない通知は、どう扱うのか。それをはっきり述べたのが、次の判例です。今日の設例も、まさにそうです。午前の配達、という事実しかありません。

判例最判平5・3・30 民集47巻4号3334頁

先後が分からない通知の扱い 右各通知は同時に第三債務者に到達したものとして取り扱うのが相当である。

右各通知とは、判決の中で、すでに出ていた複数の通知を指します。先後が確定できない通知は、同時に到達したものとして取り扱う、と言っています。決めなければ、債務者が誰に払えば安全か、定まりません。先後が分からないなら、どちらも優先を主張できない、という点で、同時と同じです。そこで、同時に届いたものとして扱います。だから、冒頭の設例も、各自が全額を請求できる、という結論になります。

供託したら、債権額で分ける

供託の設例。小売チェーンは誰に払ってよいか決められず、200万円を供託した(債権者を確知できないときの供託・民法494条2項。手続の本体は別の回)。金融業者・商社とも債権全額200万円を譲り受けている。譲受債権額の合計400万円が供託額200万円を超える。→ 各100万円の還付請求権。 図:供託の設例

  • 小売チェーンは誰に払ってよいか決められず、200万円を供託した(債権者を確知できないときの供託・民法494条2項。手続の本体は別の回)
  • 金融業者・商社とも債権全額200万円を譲り受けている
  • 譲受債権額の合計400万円が供託額200万円を超える
  • → 各100万円の還付請求権

小売チェーンが、どちらに払うか決めきれず、200万円を供託したとします。供託とは、お金を、法務局の供託所に預けて、債務を免れる手続です。債権者を確知できない場合の供託は、494条2項に定められています。前に見た、譲渡制限特約があるときの供託とは、別の条文です。今回は特約が無く、誰が債権者か決められないための供託です。手続の本体は、別の回で扱います。供託されたお金は、誰のものになるのでしょうか。金融業者も商社も、200万円の全額を譲り受けています。合計は400万円で、供託された額は200万円です。足りません。

判例は、公平の原則で分けるとしました。理由は、今日の軸にあります。2人は、どちらも相手に優先を主張できません。それなのに早い者勝ちにすると、先に手を伸ばした方を優先させることになり、優先がつかない、という前提と食い違います。だから、早さではなく、持っている債権の額に比例して分けます。

判例最判平5・3・30 民集47巻4号3334頁

供託金の分け方 被差押債権額と譲受債権額との合計額が右供託金額を超過するときは、差押債権者と債権譲受人は、公平の原則に照らし、被差押債権額と譲受債権額に応じて供託金額を案分した額の供託金還付請求権をそれぞれ分割取得するものと解するのが相当である。

還付請求権とは、供託されたお金を、供託所から返してもらう権利です。按分とは、比率に応じて割り振ることです。事案を正確に言います。この判例は、譲受人どうしの争いではありません。滞納処分、つまり税金の滞納を理由に国などがする差押えと、債権の譲渡の通知が、先後の分からないまま届いた事案です。カードの被差押債権額は差し押さえた額、譲受債権額は譲り受けた額のことです。債務者が62万円を供託し、差押債権者と譲受人が、各31万円ずつ分け合いました。ここから、譲受人どうしでも、債権額に応じて分け合う、と考えます。判例は、相手が税金の差押えだから按分にした、とは言っていません。判決が公平の原則を当てはめたのは、同時に届いたものとして扱われ、どちらも相手に優先を主張できない2人が、足りない供託金を前にしていた、という形です。譲受人2人の同時到達も、まったく同じ形です。だから、同じ分け方になります。これは、判決文そのものではなく、判例の考え方を延ばした説明です。

按分の計算。供託額200万円。式=供託額×自分の債権額÷債権額の合計。例1(全額同士)=金融業者200万円・商社200万円→100万円と100万円。例2=金融業者が譲り受けたのは120万円分・商社は180万円分(合計300万円)→金融業者80万円・商社120万円。 図:按分の計算

  • 供託額200万円
  • 式=供託額×自分の債権額÷債権額の合計
  • 例1(全額同士)=金融業者200万円・商社200万円→100万円と100万円
  • 例2=金融業者が譲り受けたのは120万円分・商社は180万円分(合計300万円)→金融業者80万円・商社120万円

計算です。式は、供託額に、自分の債権額を掛けて、債権額の合計で割ります。例1。2人とも200万円なら、200万円を200対200で分けて、100万円ずつです。例2。金融業者が譲り受けたのは120万円分、商社は180万円分とします。合計は300万円です。供託額は200万円です。金融業者は、200掛ける120割る300で、80万円。商社は、200掛ける180割る300で、120万円です。もし合計が供託額以下なら、足りているので、それぞれが自分の債権額を受け取れます。超えたときに、按分です。問いです。譲り受けた額が、金融業者150万円、商社50万円の合計200万円で、供託額が200万円なら、各自は、いくら受け取れるでしょうか?

合計が供託額と同じで、超えていないので、金融業者150万円、商社50万円です。もう1点。供託せずに、小売チェーンが、金融業者に全額を払った場合です。金融業者が全額を受け取れたのは、小売チェーンが、たまたま金融業者を選んだからです。商社より優先していたからではありません。そこで、商社は、金融業者に対して、債権額に応じた分を分けて、と求められる、と考えられています。判例の事案は供託の場面です。弁済のあとの場面も、公平の理念から、同じように分け合う、という整理がされています。

通知と債権譲渡登記がぶつかったら

通知と登記の競合の設例。金融業者への譲渡=確定日付のある通知(11月10日に債務者に到達)。商社への譲渡=債権譲渡登記(11月8日に登記・登記事項証明書付きの通知は11月14日に到達)。比べるのは「通知が届いた時(11月10日)」と「登記がされた時(11月8日)」→登記が先=商社が勝つ。 図:通知と登記の競合の設例

  • 金融業者への譲渡=確定日付のある通知(11月10日に債務者に到達)
  • 商社への譲渡=債権譲渡登記(11月8日に登記・登記事項証明書付きの通知は11月14日に到達)
  • 比べるのは「通知が届いた時(11月10日)」と「登記がされた時(11月8日)」→登記が先=商社が勝つ

次は、通知と登記がぶつかった場合です。前回、債権譲渡登記を見ました。条文を、もう一度出します。

条文動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律4条1項

動産・債権譲渡特例法第4条 法人が債権(金銭の支払を目的とするものであって、民法第三編第一章第四節の規定により譲渡されるものに限る。以下同じ。)を譲渡した場合において、当該債権の譲渡につき債権譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされたときは、当該債権の債務者以外の第三者については、同法第四百六十七条の規定による確定日付のある証書による通知があったものとみなす。この場合においては、当該登記の日付をもって確定日付とする。

登記がされると、債務者以外の第三者との関係では、確定日付のある通知があったものとみなされます。つまり、登記は、第三者対抗要件になります。設例を少し変えます。金融業者への譲渡は、確定日付のある通知で、11月10日に小売チェーンへ届きました。商社への譲渡は、債権譲渡登記で、それより前の11月8日に登記がされました。前回見たとおり、小売チェーンに払えと言うには、登記事項証明書を付けた通知が別に要ります。その通知が小売チェーンに届いたのは、11月14日です。どちらが勝つのでしょう。証明書が届いた日で比べるのは、落とし穴です。比べるのは、通知が届いた時と、登記がされた時です。登記事項証明書が届いた時ではありません。11月8日の登記が、11月10日の通知の到達より先です。だから、商社が勝ちます。

比べる時点。比べる=通知が債務者に到達した時/登記がされた時。比べない=登記事項証明書が債務者に届いた時(債務者に対抗するための要件であり、譲受人どうしの優劣の話ではない)。 図:比べる時点

  • 比べる=通知が債務者に到達した時/登記がされた時
  • 比べない=登記事項証明書が債務者に届いた時(債務者に対抗するための要件であり、譲受人どうしの優劣の話ではない)

理由は、前回の窓口の考え方を、登記に当てはめるとわかります。通知を、届いた時で比べたのは、その時に窓口が譲渡を知り、外の人が窓口に尋ねて確かめられるようになるからでした。登記は、窓口を通しません。法務局の登記ファイルに載った時に、窓口とは別の、確かめる手がかりができます。だから、登記の側は、登記がされた時です。どちらも、外の人が確かめる手がかりができた時、という同じ物差しで比べます。登記は窓口を通さないので、小売チェーンは、登記があることを知りません。登記事項証明書を付けた通知が別に要るのは、そのためです。債務者に対して債権者だと言うための要件で、譲受人どうしの先後とは、別の話です。

通知の到達は、前回見たとおり、時刻まで比べます。登記の側は、登記がされた時、と言います。登記と通知の到達が同じ日になる場面の、時刻の比較までは、細かく詰める必要はありません。今日は、通知が届いた時と、登記がされた時の先後で決める、までを覚えてください。ここは、判例ではなく、通説の考え方です。

すでに消えた債権は譲れない

存在しない債権。金融業者への譲渡(普通郵便で通知)→小売チェーンが金融業者に200万円を弁済し債権は消滅→その後で卸会社が同じ債権を商社に譲渡し内容証明郵便で通知。商社が譲り受けたのは、すでに消えた債権=空振り。 図:存在しない債権

  • 金融業者への譲渡(普通郵便で通知)→小売チェーンが金融業者に200万円を弁済し債権は消滅→その後で卸会社が同じ債権を商社に譲渡し内容証明郵便で通知
  • 商社が譲り受けたのは、すでに消えた債権=空振り

最後に、薄い論点です。前回の設例を思い出してください。卸会社が金融業者に譲渡して、普通郵便で通知しました。小売チェーンは、金融業者に200万円を払い、債権は消えました。そのあと、卸会社が、同じ債権を、商社にも売りました。内容証明郵便で通知まで出しました。商社の通知は、確定日付のある通知です。商社は、金融業者に勝てるでしょうか?金融業者に払った時点で、債権は消えています。商社が譲り受けたのは、消えた債権です。二重譲渡で対抗問題が生じるのは、債権が存在する場合だけです。債権がすでに弁済で消えていれば、譲渡しても、空振りです。確定日付のある通知を備えても、無いものは手に入りません。戦前の大審院の判例も、同じ考え方です。消えた債権の譲渡は、そもそも効力が無い、とされます。勝ち負けを決める以前の問題です。小売チェーンの弁済は、有効のままです。商社の通知が、あとから届いても、さかのぼって無効にはなりません。前回見た、通知が届く前の弁済は有効、という話の続きです。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。同時に届いた2通=各譲受人は全額を請求できる。小売チェーンはどちらに払ってもよく、1人に払えば債務は消える。決められないときは供託し、譲受人は債権額に応じて按分した額の還付請求権を取得する。 図:冒頭の答え

  • 同時に届いた2通=各譲受人は全額を請求できる
  • 小売チェーンはどちらに払ってもよく、1人に払えば債務は消える
  • 決められないときは供託し、譲受人は債権額に応じて按分した額の還付請求権を取得する

冒頭の答えです。小売チェーンは、金融業者と商社のどちらに払ってもよいのです。1人に払えば、債権は消えます。どちらに払うか決められなければ、供託できます。そのとき、2人は、債権額に応じて、供託金を按分して受け取ります。

まとめ。①同時到達・先後不明=各譲受人は債務者に全額を請求できる・債務者は同順位の譲受人がいることを理由に拒めない(1人に弁済すれば消える)②供託=債権額に応じて按分(供託額×自分の債権額÷合計)③通知と登記=通知が届いた時と登記がされた時の先後(登記事項証明書が届いた時ではない・通説)④すでに消えた債権の譲渡=空振り・対抗問題にならない。 図:まとめ

整理します。1つめ。確定日付のある通知が同時に届いたときも、先後が分からないときも、各譲受人は、債務者に全額を請求できます。債務者は、他に同順位の譲受人がいることを理由に、断れません。ただし、1人に払えば、債務は消えます。2つめ。供託されたら、譲受人どうしは、債権額に応じて供託金を按分します。式は、供託額に自分の債権額を掛けて、合計で割る、です。3つめ。通知と債権譲渡登記がぶつかったら、通知が届いた時と、登記がされた時の先後で決まります。登記事項証明書が届いた時ではありません。4つめ。すでに消えた債権は、譲渡しても空振りです。対抗問題にもなりません。

供託の手続そのものは、別の回で扱います。次は、まだ生まれていない債権も譲れるのか、という問いに進みます。

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#172単独ページ動画

将来債権の譲渡

第4章 債権総論 #172/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

来年の売掛金は、今売れるか

冒頭の設例。12月の今、卸会社は資金が足りない。小売チェーンとは毎月取引が続いている。来年1月から12月までの1年分の売掛金を、まとめて金融業者に譲渡して資金を借りたい。来年の売掛金は、まだ1円も発生していない。問い=まだ生まれていない債権を、今のうちに売れるのか。 図:冒頭の設例

  • 12月の今、卸会社は資金が足りない
  • 小売チェーンとは毎月取引が続いている
  • 来年1月から12月までの1年分の売掛金を、まとめて金融業者に譲渡して資金を借りたい
  • 来年の売掛金は、まだ1円も発生していない
  • 問い=まだ生まれていない債権を、今のうちに売れるのか

設例を少し変えます。卸会社は、小売チェーンと、毎月取引を続けています。今は12月で、卸会社は資金が足りません。そこで、来年1月から12月までの1年分の売掛金を、まとめて金融業者に譲渡して、資金を借りたいと考えました。ところが、来年の売掛金は、まだ1円も発生していません。来年の注文が本当に入るのかも、決まっていません。今日の問いは、まだ発生していない来年の売掛金を、今のうちに売れるのか、です。売れるとして、生まれた債権は、いつ、誰のものになるのか。通知は、いつ出せるのか。もう1つ、譲渡のあとで、小売チェーンと卸会社が、譲渡禁止の約束を結んだら、どうなるのか。答えは最後に出します。

将来債権とは何か

将来債権の整理。①すでに発生していて、支払期日も来ている債権=将来債権ではない。②すでに発生しているが、支払期日が来ていない債権(例=11月末払いの売掛金を、11月初めに譲渡)=ふつうは既に発生した債権と整理する。③停止条件が付いているが、契約はすでに成立している債権(例=新店舗が開業したら代金を払う契約)=ふつうは既に発生した債権と整理する(②③を将来債権に入れる見方もあるが、今日のルールの結論は変わらない)。④まだ発生していない債権(例=来年の取引で初めて生まれる売掛金)=将来債権。 図:将来債権の整理

  • ①すでに発生していて、支払期日も来ている債権=将来債権ではない
  • ②すでに発生しているが、支払期日が来ていない債権(例=11月末払いの売掛金を、11月初めに譲渡)=ふつうは既に発生した債権と整理する
  • ③停止条件が付いているが、契約はすでに成立している債権(例=新店舗が開業したら代金を払う契約)=ふつうは既に発生した債権と整理する(②③を将来債権に入れる見方もあるが、今日のルールの結論は変わらない)
  • ④まだ発生していない債権(例=来年の取引で初めて生まれる売掛金)=将来債権

最初に、将来債権とは何かを、決めておきます。将来債権とは、まだ発生していない債権のことです。来年の取引で、初めて生まれる売掛金が、これに当たります。支払期日がまだ来ていない債権を、将来債権と取り違えやすいのですが、ふつうは区別します。畑で例えます。まだ種もまいていない畑の、来年の収穫。これが、将来債権です。一方、実はもうついているけれど、まだ熟していない青い実。これは、すでに存在しています。支払期日が来ていない売掛金は、青い実のほうです。債権はすでに発生していて、期日が来ていないだけです。停止条件が成就していない債権も、同じです。たとえば、新店舗が開業したら代金を払う、という契約が、すでに結ばれているとします。契約は成立しているので、債権はすでに発生しています。条件が成就していないだけです。この2つは、ふつうは、すでに発生した債権として整理します。将来債権に入れる見方もありますが、どちらに入れても、今日見るルールの結論は変わりません。問いです。卸会社が、11月に結ばれる予定の契約の、12月に支払われる売掛金を、10月の時点で譲渡したとします。10月の時点では、契約はまだ結ばれていません。この売掛金は、将来債権でしょうか?

契約がまだ結ばれていないので、債権は発生していません。将来債権です。債権がすでに発生しているかどうかで、見分けます。

将来債権は譲渡できる。466条の6第1項

将来債権の譲渡。466条の6第1項=債権の譲渡は、その意思表示の時に債権が現に発生していることを要しない。理由=債権譲渡は合意だけで動く(物の売買のように現物が要らない)・資金調達を使いやすくする。発生しなかったときの損は、譲渡人の契約上の責任で清算する。 図:将来債権の譲渡

  • 466条の6第1項=債権の譲渡は、その意思表示の時に債権が現に発生していることを要しない
  • 理由=債権譲渡は合意だけで動く(物の売買のように現物が要らない)・資金調達を使いやすくする
  • 発生しなかったときの損は、譲渡人の契約上の責任で清算する

条文を見ます。

条文民法466条の6第1項

民法第466条の6 債権の譲渡は、その意思表示の時に債権が現に発生していることを要しない。

条文のとおりです。譲渡の意思表示の時に、債権が発生している必要はありません。来年の売掛金も、今のうちに譲渡できます。債権の譲渡は、物の売買と違って、現物の引渡しが要りません。債権の持ち主を決める、合意だけです。卸会社と金融業者が、来年発生する売掛金は、金融業者のものにする、と決める。それだけです。種をまく前の畑に、この畑の収穫は、あなたのものです、と約束するようなものです。実際に、これが必要になる場面があります。担保の回で、取引先への売掛金を、来年の分までまとめて担保に入れる形を見ました。担保に入れるといっても、中身は、売掛金を、担保の目的で、お金を貸す側に譲渡することでした。だから、あの方法は、将来債権を譲渡できる、という、この条文があるから成り立っています。

見込みどおりに債権が発生しなかったときの扱いは、判例が答えています。最高裁は、将来の診療報酬債権、つまり、お医者さんがこれからの診療の代金として受け取る債権を、長い期間にわたって譲渡した事件で、こう言いました。

判例最判平11・1・29 民集53巻1号151頁

将来債権の譲渡と、発生可能性 将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約にあっては、契約当事者は、譲渡の目的とされる債権の発生の基礎を成す事情をしんしゃくし、右事情の下における債権発生の可能性の程度を考慮した上、右債権が見込みどおり発生しなかった場合に譲受人に生ずる不利益については譲渡人の契約上の責任の追及により清算することとして、契約を締結するものと見るべきであるから、右契約の締結時において右債権発生の可能性が低かったことは、右契約の効力を当然に左右するものではないと解するのが相当である。

長い文ですが、骨組みは1つです。文中の右は、すぐ前に出た言葉を指します。発生しないかもしれないことは、当事者が最初から織り込んでいる。もし見込みどおりに発生しなかったら、金融業者の損は、卸会社に責任を追及して取り戻す。だから、発生する可能性が低かったというだけでは、契約は無効になりません。つまり、発生しないリスクは、当事者が、譲渡の代金の額などで、あらかじめ調整できます。だから、法が契約ごと無効にする必要はないのです。

将来債権が有効になる条件。①特定=発生原因や額などで、他の債権と区別できる(期間の始期と終期を明確にする)。②公序良俗に反しない=営業活動を著しく縛る長期の契約・他の債権者に不当な不利益を与える契約は、効力が否定されうる。境界ペア=有効の例(来年1月から12月の、小売チェーンに対する売掛金)/無効の疑い(卸会社の今後の全売上を、何十年も押さえてしまう契約)。 図:将来債権が有効になる条件

  • ①特定=発生原因や額などで、他の債権と区別できる(期間の始期と終期を明確にする)
  • ②公序良俗に反しない=営業活動を著しく縛る長期の契約・他の債権者に不当な不利益を与える契約は、効力が否定されうる
  • 境界ペア=有効の例(来年1月から12月の、小売チェーンに対する売掛金)/無効の疑い(卸会社の今後の全売上を、何十年も押さえてしまう契約)

ただし、何でも有効、ではありません。条件が2つあります。1つめは、特定です。同じ判例は、譲渡する債権が、発生原因や額などで、特定されている必要がある、と言っています。将来の一定期間に発生する債権をまとめて譲渡するなら、期間の始期と終期を明確にするなどして、他の債権と区別できるようにしなければなりません。設例の1年分の譲渡は、特定できています。来年1月から12月までに、小売チェーンに対して発生する売掛金、と書けば、他の売掛金と区別できます。なお、債務者の名前までは、必ずしも書かなくてよいとされています。来年1年に卸会社が取得する、この種類の売掛金すべて、と範囲を決めて、他の債権と区別できればよいのです。反対に、卸会社の売掛金のうち、適当な一部、のような書き方は、特定とは言えません。2つめは、公序良俗です。判例は、期間の長さなどの契約内容が、譲渡人の営業活動に対して、社会通念に照らして相当な範囲を著しく超える制限を加えたり、他の債権者に不当な不利益を与えたりする、などの特段の事情があるときは、公序良俗に反するなどとして、契約の効力が否定されることがある、と言っています。境界で考えます。来年1年分の売掛金を、金融業者に譲渡する。卸会社の資金調達として、よくある範囲です。他方、卸会社の今後何十年分の売掛金を、全部押さえてしまったらどうでしょう。ほかの取引先は、卸会社の売掛金から、一切回収できなくなります。卸会社も、自由に事業を続けられません。こうなると、特段の事情があるとして、効力が否定されることがあります。

覚えておくのは、条件を2つに絞った言い方です。将来債権の譲渡は、発生の可能性が低くても当然には無効にならず、債権が特定されていれば有効です。ただし、著しく行き過ぎた契約は、公序良俗に反します。

生まれた時は、誰のものか。466条の6第2項

取得の時期。12月=譲渡の合意(まだ債権は無い)。来年3月=売掛金が発生→譲受人の金融業者が、発生した債権を当然に取得。卸会社を経由して、別の移転の手続をする必要は無い。 図:取得の時期

  • 12月=譲渡の合意(まだ債権は無い)
  • 来年3月=売掛金が発生→譲受人の金融業者が、発生した債権を当然に取得
  • 卸会社を経由して、別の移転の手続をする必要は無い

次は、生まれた債権が、誰のものになるかです。条文です。

条文民法466条の6第2項

民法第466条の6 2 債権が譲渡された場合において、その意思表示の時に債権が現に発生していないときは、譲受人は、発生した債権を当然に取得する。

12月に譲渡の合意をして、来年3月に、売掛金が実際に発生したとします。その時、債権は、最初から、金融業者のものとして生まれます。卸会社が、いったん取得して、それを渡し直す手続は、要りません。なぜ、そうなるのか。12月の合意は、生まれたら金融業者のものにする、と決める合意でした。生まれた時に、もう一度、譲渡をし直させても、同じ合意を繰り返すだけです。だから条文は、生まれた時に、合意どおり、譲受人のものになる、と決めたのです。学説には、譲受人のところで直接発生する、という考え方と、譲渡人のところで発生して、すぐ譲受人に移る、という考え方があります。前者が有力ですが、どちらでも、結果は同じです。金融業者が、当然に取得する。この結論を押さえれば、足ります。

対抗要件は、今のうちに備えられる

467条1項かっこ書。債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。時間軸=12月に内容証明郵便で通知(到達)→来年3月に売掛金が発生。通知が届いた日時は12月のまま。 図:467条1項かっこ書

  • 債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない
  • 時間軸=12月に内容証明郵便で通知(到達)→来年3月に売掛金が発生
  • 通知が届いた日時は12月のまま

もう1つの問いです。通知は、いつ出せるのか。467条1項を見ます。

条文民法467条1項

民法第467条 債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。

かっこ書きに、現に発生していない債権の譲渡を含む、とあります。債権譲渡の対抗要件の回で、読み飛ばしてもらった部分です。将来債権の譲渡でも、譲渡の時点で、通知や承諾によって、対抗要件を備えられるのです。まだ債務が無くても、今のうちに通知しておく意味はあります。理由を、3月まで待った場合と比べます。3月まで待つと、その間に、卸会社が同じ来年分の売掛金を、別の商社にも売るかもしれません。運送会社が、同じ来年分の売掛金を差し押さえる、という事態も考えられます。そのとき、先に確定日付のある通知、つまり、内容証明郵便のように、あとから書き換えられない公の日付が付いた通知を、届けた側が勝つ、という、前回までの話になります。12月のうちに、卸会社から、内容証明郵便で通知を届けておけば、通知が届いた日時は、12月です。これが、あとから現れる商社や運送会社との競争で、先に届いたという地位になります。到達時説で見た、通知が届いた日時の先後です。将来債権でも、同じように使えます。問いです。12月に、卸会社が、金融業者への譲渡を、内容証明郵便で小売チェーンに通知しました。来年3月に、売掛金が発生しました。通知は、3月にもう一度出し直さなければならないでしょうか?

出し直す必要は無いと思います。12月の通知が、そのまま対抗要件になるので。

譲渡のあとに付いた譲渡制限特約。466条の6第3項

後付けの特約の設例。12月1日=卸会社が来年1年分の売掛金を金融業者に譲渡。12月3日=卸会社が普通郵便で通知し、小売チェーンに届く(確定日付は無い=債務者対抗要件だけを備えた)。12月10日=小売チェーンと卸会社が「この売掛金は譲渡禁止」と特約。来年3月=売掛金200万円が発生し、金融業者が請求。問い=小売チェーンは、断れるか。 図:後付けの特約の設例

  • 12月1日=卸会社が来年1年分の売掛金を金融業者に譲渡
  • 12月3日=卸会社が普通郵便で通知し、小売チェーンに届く(確定日付は無い=債務者対抗要件だけを備えた)
  • 12月10日=小売チェーンと卸会社が「この売掛金は譲渡禁止」と特約
  • 来年3月=売掛金200万円が発生し、金融業者が請求
  • 問い=小売チェーンは、断れるか

ここから、山場です。設例を作ります。12月1日に、卸会社が、来年1年分の売掛金を、金融業者に譲渡しました。12月3日に、卸会社が、普通郵便で、小売チェーンに通知し、それが届きました。確定日付は、ありません。ところが、12月10日に、小売チェーンと卸会社が、この売掛金は譲渡禁止にする、という特約を結びました。そして来年3月に売掛金200万円が発生し、金融業者が、小売チェーンに、200万円を請求しました。小売チェーンは、特約を理由に、拒めるでしょうか。条文を見ます。466条の6の3項です。

条文民法466条の6第3項

民法第466条の6 3 前項に規定する場合において、譲渡人が次条の規定による通知をし、又は債務者が同条の規定による承諾をした時(以下「対抗要件具備時」という。)までに譲渡制限の意思表示がされたときは、譲受人その他の第三者がそのことを知っていたものとみなして、第四百六十六条第三項(譲渡制限の意思表示がされた債権が預貯金債権の場合にあっては、前条第一項)の規定を適用する。

長いので、順に読みます。ここでの対抗要件具備時とは、譲渡人が次の条、つまり467条の規定による通知をした時、または、債務者が同条の規定による承諾をした時、と書かれています。この時までに、譲渡制限の意思表示、つまり特約がされたなら、譲受人は、それを知っていたものとみなされます。みなす、というのは、本当に知っていたかどうかは問わず、知っていたものとして扱う、という意味でした。そして、知っていたものとして扱われると、466条3項が使われます。これは、前に見ました。特約を知っていた、つまり悪意か、重大な過失で知らなかった譲受人に対して、債務者は、履行を拒めて、譲渡人への弁済などを対抗できる、という規定です。特約を知りながら譲り受けた人には、払う相手を卸会社に固めたい、という債務者の都合を、押しつけてよい、という考え方でした。

時間軸と分かれ目。12月1日=譲渡。12月2日の特約=対抗要件具備時(通知が届く時)より前=譲受人は悪意とみなされる→466条3項で、小売チェーンは履行を拒める。12月3日=通知が届く=対抗要件具備時。12月10日の特約=具備後=特約は無いものとして扱われる(通説)→小売チェーンは拒めない。 図:時間軸と分かれ目

  • 12月1日=譲渡
  • 12月2日の特約=対抗要件具備時(通知が届く時)より前=譲受人は悪意とみなされる→466条3項で、小売チェーンは履行を拒める
  • 12月3日=通知が届く=対抗要件具備時
  • 12月10日の特約=具備後=特約は無いものとして扱われる(通説)→小売チェーンは拒めない

設例に当てはめます。12月3日に、通知が届きました。これが、対抗要件を備えた時です。12月10日の特約は、その後です。具備後に結ばれた特約は、譲受人に対抗できません。特約は、無いものとして扱われます。条文の、までに、の反対解釈です。小売チェーンは、200万円の請求を、特約を理由に拒めません。対比します。特約が、通知が届く前の、12月2日に結ばれていたらどうでしょう。具備時までに特約がされているので、金融業者は、特約を知っていたものとみなされます。466条3項が使われ、小売チェーンは、履行を拒めます。卸会社への弁済を、金融業者に対抗することもできます。

不思議ですよね。理由を考えます。通知が届く前は、小売チェーンは、譲渡があったことを、まだ知りません。小売チェーンは、これまでどおり、卸会社だけを相手に、取引を続けるつもりです。そのつもりで、特約を結んだのですから、保護されます。通知が届いたあとは、小売チェーンは、譲渡があったと知っています。知ったうえで、あとから特約を結ぶのは、譲受人を締め出す手段になってしまいます。そこまでは保護しない、という線引きです。決め手は、小売チェーンが、譲渡を知ったか、です。確認です。通知が届いた日が、12月3日です。特約が、12月3日の午前に結ばれていて、通知が届いたのが同じ日の午後だったら、どちらになりますか?

通知が届く前に特約が結ばれているので、悪意擬制が働くと思います。同じ日でも、前後で分けます。

対抗要件は、どちらの対抗要件か

2種類の対抗要件。債務者対抗要件=467条1項の通知・承諾(確定日付は要らない)。第三者対抗要件=467条2項の確定日付のある証書による通知・承諾。466条の6第3項の「対抗要件具備時」は、どちらの意味か。 図:2種類の対抗要件

  • 債務者対抗要件=467条1項の通知・承諾(確定日付は要らない)
  • 第三者対抗要件=467条2項の確定日付のある証書による通知・承諾
  • 466条の6第3項の「対抗要件具備時」は、どちらの意味か

対抗要件具備時の対抗要件が、2種類のどちらを指すのか。これが、今日の山場です。前に見たとおり、1項の通知や承諾は、債務者に対する対抗要件、2項の、確定日付のある通知や承諾は、債務者以外の第三者に対する対抗要件でした。債務者に対するものは、債務者に、払う相手は自分だ、と言うための要件です。第三者に対するものは、同じ債権を取り合う、ほかの譲受人や差押えをした人に、自分が債権者だ、と言うための要件です。466条の6第3項の、対抗要件具備時は、このどちらで測るのか。答えは、債務者に対する対抗要件、つまり、467条1項の通知や承諾です。理由は3つあります。

3つの理由。①条文=3項は具備時を「次条の規定による通知」「同条の規定による承諾」と定義→467条1項の通知・承諾。確定日付は2項が別に要求する。②趣旨=この線は、債務者の利益と譲受人の利益の分かれ目→債務者が譲渡を知った時に引くのが筋。③不都合=確定日付のある通知を基準にすると、普通郵便で譲渡を知った後に特約を結んでも悪意擬制が働き、譲受人が不利になる。 図:3つの理由

  • ①条文=3項は具備時を「次条の規定による通知」「同条の規定による承諾」と定義→467条1項の通知・承諾
  • 確定日付は2項が別に要求する
  • ②趣旨=この線は、債務者の利益と譲受人の利益の分かれ目→債務者が譲渡を知った時に引くのが筋
  • ③不都合=確定日付のある通知を基準にすると、普通郵便で譲渡を知った後に特約を結んでも悪意擬制が働き、譲受人が不利になる

1つめは、条文の文言です。先ほどの3項は、対抗要件具備時を、次条の規定による通知をした時、同条の規定による承諾をした時、と定義していました。この、通知と承諾は、467条1項の通知と承諾そのものです。確定日付は、2項が別に要求しているものです。3項が定義した範囲には入っていません。2つめは、趣旨です。この線は、債務者の利益と、譲受人の利益の、どちらを守るかの分かれ目でした。先ほど見たとおり、決め手は、債務者が譲渡を知ったか、でした。債務者が知ったかどうかは、債務者に通知が届いたか、債務者が承諾したか、で決まります。確定日付があるかどうかは、債務者以外の第三者との関係の話で、債務者が知っていたかとは関係が薄いのです。3つめは、不都合です。設例の12月3日の通知は、普通郵便でした。もし、基準が、確定日付のある通知だったら、どうなるでしょう。確定日付はありませんから、この通知は、まだ第三者対抗要件ではありません。すると、12月10日の特約は、まだ対抗要件を備える前に結ばれたことになります。譲受人は、特約を知っていたものとみなされて、小売チェーンは、履行を拒めてしまいます。

譲渡を知ったあとで特約を結んで、金融業者に払わなくてよくなる。それを許すと、譲受人に、とても不利です。だから、基準は、債務者に対する対抗要件です。対比します。同じ通知が、内容証明郵便で届いたとしても、結論は変わりません。債務者が譲渡を知った時、つまり通知が届いた時が、基準です。確定日付の有無では、結論は変わりません。

⭐ 論文で書く規範:3項の「対抗要件」の意義 466条の6第3項の「対抗要件」は、債務者に対する対抗要件(467条1項の通知・承諾)を意味する。第三者対抗要件(同条2項の確定日付のある証書による通知・承諾)ではない。 (出どころ=解釈で立てる規範(通説型・条文の定義文言+趣旨。判例の出典は付かない。論文では「債務者対抗要件か第三者対抗要件か」の対立が論点になりうる))

整理します。具備前か、具備後かで分ける、これは、条文に書かれていることです。覚え込まず、条文から出せます。他方、その対抗要件が、債務者に対するものだ、という点は、条文の言葉と、趣旨から立てた解釈です。こちらは、債務者に対する対抗要件、という言葉を、理由とあわせて言えるようにしてください。論文で、論点になりうるところです。もう1点だけ、補強します。債権譲渡登記の回で見た、登記で第三者に対する対抗要件を備える道でも、この発想は同じです。登記だけでは、債務者に譲渡が伝わりません。そこで、あの回の特例法は、登記の内容を証明する、登記事項証明書を付けた通知か、承諾があった時を、対抗要件具備時としています。債務者が知った時に、線を引く点は、同じです。

最初から特約付きで生まれる債権

特約が前提とされている将来債権。譲渡の合意の時点で、特約付きで生まれることが前提=後から付けた特約ではない→466条の6第3項は使わず、466条2項以下で処理する(一般の債権=譲渡は有効・悪意重過失の譲受人には履行拒絶(466条3項)/預貯金債権=悪意重過失の譲受人には譲渡が効かない(466条の5第1項))(例=将来の預貯金債権・預金規定に最初から特約)。 図:特約が前提とされている将来債権

最後に、1つだけ、短い話を足します。将来発生する債権が、最初から譲渡制限特約付きで生まれることを、譲渡の合意の時点で前提としている場合があります。将来の預貯金債権、つまり、これから口座に入ってくる預金の債権が、その例です。預金規定に、最初から譲渡禁止の特約が入っているからです。この場合は、466条の6第3項は使いません。ふつうの特約付きの債権の譲渡として、466条2項以下のルールを、そのまま当てます。一般の債権なら、譲渡は有効で、悪意か重大な過失のある譲受人には、債務者が履行を拒めます。預貯金債権なら、3項のかっこ書きにもあった、466条の5第1項です。そういう譲受人には、譲渡そのものが効きません。理由は単純です。3項が扱うのは、譲渡のあとに、特約が付けられた場合です。最初から特約付きで生まれる債権は、あとから付けられたのではないので、あとからの特約を疑う場面ではありません。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。まだ生まれていない来年の売掛金も、特定できれば今売れる(466条の6第1項)。発生した時は、譲受人が当然に取得(2項)。対抗要件も今備えられる(467条1項かっこ書)。譲渡のあとに付いた特約=債務者に対する対抗要件(通知・承諾)を備えた時より前か後か(前=悪意とみなす・後=特約は無いもの)。 図:冒頭の答え

  • まだ生まれていない来年の売掛金も、特定できれば今売れる(466条の6第1項)
  • 発生した時は、譲受人が当然に取得(2項)
  • 対抗要件も今備えられる(467条1項かっこ書)
  • 譲渡のあとに付いた特約=債務者に対する対抗要件(通知・承諾)を備えた時より前か後か(前=悪意とみなす・後=特約は無いもの)

冒頭の答えです。来年の売掛金は、まだ生まれていなくても、特定できれば、今売れます。生まれた時は、譲受人の金融業者が、当然に取得します。対抗要件も、今のうちに、内容証明郵便の通知などで備えられます。譲渡のあとで特約が付いた場合は、債務者に対する対抗要件を備えた時より前か後かで決まります。前なら、譲受人は悪意とみなされ、債務者は拒めます。あとなら、特約は無いものとして扱われ、債務者は拒めません。

まとめ。①将来債権=まだ発生していない債権(期日未到来・停止条件未成就はふつう既発生と整理)。発生可能性が低くても当然には無効にならず、特定されていれば有効。行き過ぎた契約は公序良俗違反。②発生した時に譲受人が当然に取得。対抗要件は譲渡の時に備えられる。③後付けの特約=債務者に対する対抗要件(467条1項の通知・承諾)の前か後か。理由=条文の文言・債務者が知った時が線・確定日付基準だと不都合。④最初から特約付きで生まれる債権=466条2項以下(預貯金債権は466条の5)。 図:まとめ

  • ①将来債権=まだ発生していない債権(期日未到来・停止条件未成就はふつう既発生と整理)
  • 発生可能性が低くても当然には無効にならず、特定されていれば有効
  • 行き過ぎた契約は公序良俗違反
  • ②発生した時に譲受人が当然に取得
  • 対抗要件は譲渡の時に備えられる
  • ③後付けの特約=債務者に対する対抗要件(467条1項の通知・承諾)の前か後か
  • 理由=条文の文言・債務者が知った時が線・確定日付基準だと不都合
  • ④最初から特約付きで生まれる債権=466条2項以下(預貯金債権は466条の5)

整理します。1つめ。将来債権とは、まだ発生していない債権です。発生可能性が低くても当然には無効にならず、特定されていれば有効です。ただし、行き過ぎた契約は、公序良俗に反します。2つめ。生まれた時は、譲受人が当然に取得します。対抗要件は、譲渡の時に備えられます。3つめ。後付けの特約は、債務者に対する対抗要件を備えた時の前か後かで決まります。その対抗要件が、債務者に対するものだという理由は、条文の文言、債務者が知った時が線であること、確定日付基準だと譲受人が不利になることでした。4つめ。最初から特約付きで生まれる債権は、466条2項以下で処理します。預貯金債権なら、466条の5です。

譲渡された債権に、債務者が主張できる事情がどう残るかは、別の回で見ていきます。

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#173単独ページ動画

抗弁の承継

第4章 債権総論 #173/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

買った債権に、品物が来るまで払わないと言われたら

冒頭の設例。卸会社が小売チェーンに冬物衣料を300万円で売る(納品12月10日・代金は納品後)。11月5日、卸会社は代金債権300万円を金融業者に譲渡し、通知が小売チェーンに届く。12月10日を過ぎても卸会社は1着も納品していない。金融業者が小売チェーンに「300万円払え」と請求。問い=小売チェーンは「品物が来るまで払わない」と金融業者に言えるか。 図:冒頭の設例

  • 卸会社が小売チェーンに冬物衣料を300万円で売る(納品12月10日・代金は納品後)
  • 11月5日、卸会社は代金債権300万円を金融業者に譲渡し、通知が小売チェーンに届く
  • 12月10日を過ぎても卸会社は1着も納品していない
  • 金融業者が小売チェーンに「300万円払え」と請求
  • 問い=小売チェーンは「品物が来るまで払わない」と金融業者に言えるか

今日は、譲渡された債権に対して、債務者が何を言えるのか、を見ます。設例を作ります。卸会社が、小売チェーンに、冬物衣料を300万円で売る契約を結びました。納品は12月10日、代金は納品のあとに払う約束です。11月5日に、卸会社は、この代金債権300万円を、金融業者に譲渡して、資金を借りました。通知も、小売チェーンに届いています。ところが、12月10日を過ぎても、卸会社は、1着も納めていません。そこへ金融業者が、300万円払ってください、と請求してきました。今日の問いは、小売チェーンは、金融業者に対して、品物が来るまで払わない、と言えるのか、です。さらに、何をどこまで言えるのか、いつまでに生じた事情なら言えるのか、他の規定とぶつかったらどうなるのか、まで見ます。先に答えを言うと、言えます。ただし、どんな反論でも、いつの事情でも、というわけではありません。

468条1項:言えた反論は言える

468条1項の趣旨。債権は同一性を保ったまま移る(譲渡人が持っていた債権とそっくり同じ中身)+債務者は譲渡に関与しない→譲渡で債務者の地位を悪化させない。言える事由の例=①すでに払った(弁済)②契約が不成立・無効③取消し④解除⑤同時履行の抗弁。 図:468条1項の趣旨

  • 債権は同一性を保ったまま移る(譲渡人が持っていた債権とそっくり同じ中身)+債務者は譲渡に関与しない→譲渡で債務者の地位を悪化させない
  • 言える事由の例=①すでに払った(弁済)②契約が不成立・無効③取消し④解除⑤同時履行の抗弁

条文を見ます。

条文民法468条1項

民法第468条 債務者は、対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。

債務者は、譲渡人に対して生じた事由を、譲受人に対抗できます。対抗するとは、その事情を理由に、請求を拒むことです。請求を拒む理由になる、こうした反論のことを、抗弁と呼びます。ただし、いつまでの事由かには、限りがあります。それが、対抗要件具備時、設例なら、通知が小売チェーンに届いた時までです。この時期の話は、あとで詳しく見ます。まず、原則の理由です。理由は2つあります。1つめは、債権は、同じ中身のまま移る、ということです。前に見ました、債権の同一性です。卸会社が持っていた債権は、品物と引き換えに払ってもらえる債権でした。金融業者が買ったのは、その、同じ債権です。別の、条件なしの債権が、新しく生まれたわけではありません。2つめは、債務者は、譲渡に関わっていない、ということです。小売チェーンは、卸会社と金融業者の間の取引に、同意も、口出しもしていません。自分の知らないところで債権が売られたせいで、品物なしに払わされたり、すでに払ったお金をまた請求されたりしたら、あまりに気の毒です。だから、譲渡によって債務者の立場を悪くしない、という方向で、条文ができています。

代表的なものを挙げます。すでに払った、つまり弁済で債権が消えた、という反論。契約が成り立っていない、または無効だ、という反論。取り消した、という反論。解除した、という反論。そして、同時履行の抗弁です。このほか、具備時までに時効が完成していれば、その反論も言えると解されています。なお、無効や取消しには、善意の譲受人に言えないものがあります。これは、あとで見ます。同時履行の抗弁とは、前に見たとおり、相手が自分の債務を履行するまで、自分の債務の履行を拒める、という反論です。売買で、代金は、品物と引き換えに払う、という関係です。冒頭の設例では、卸会社が納品していないので、小売チェーンは、卸会社に対して、品物が来るまで払わない、と言えます。その反論が、金融業者に対しても、そのまま言えるのです。これが、言える、の理由です。ただし、本当に言えるかは、いつ生じた事情か、が絡みます。続きを見ます。

反論が切れるのは、いつか

抗弁の放棄。いまの民法=異議をとどめない承諾で抗弁が切れる仕組みは無い。債務者が反論を失うのは、債務者が「反論しません」と意思表示(抗弁の放棄)をしたとき。通知を受け取っただけ・「承諾しました」だけでは失わない。理由=債務者の保護。 図:抗弁の放棄

  • いまの民法=異議をとどめない承諾で抗弁が切れる仕組みは無い
  • 債務者が反論を失うのは、債務者が「反論しません」と意思表示(抗弁の放棄)をしたとき
  • 通知を受け取っただけ・「承諾しました」だけでは失わない
  • 理由=債務者の保護

通知を受けて承諾しただけでは、反論は失いません。いまの民法には、異議をとどめない承諾で反論が切れる、という仕組みはありません。以前は、債務者が、反論を留保しないまま承諾すると、言えたはずの反論を失う、という制度がありました。ただ、平成29年の改正で、それは無くなりました。理由は、債務者の保護です。譲渡があったと知らせるために承諾しただけで、全部の反論を失う、というのは、酷だからです。では、譲受人が、反論を封じたいときは、どうするのか。債務者に、抗弁を放棄する、つまり、この債権について反論はしません、という意思表示をしてもらう必要があります。承諾しました、とだけ言った場合や、通知を受け取っただけの場合は、反論を失いません。具体例です。小売チェーンが、通知を受けて、承知しました、と返事しただけなら、同時履行の抗弁は残ります。納品が無くても払います、と約束したら、それが放棄です。

いつまでに生じた事由か。対抗要件具備時

対抗要件具備時=債務者対抗要件(467条1項の通知または承諾)を備えた時。確定日付は要らない。時間軸=11月3日 弁済→言える/11月5日 通知到達(具備時)/11月10日 弁済→言えない(金融業者に二重に払うことになる)。

  • 対抗要件具備時=債務者対抗要件(467条1項の通知または承諾)を備えた時
  • 確定日付は要らない
  • 時間軸=11月3日 弁済→言える/11月5日 通知到達(具備時)/11月10日 弁済→言えない(金融業者に二重に払うことになる)

条文のとおり、言えるのは、対抗要件具備時までに生じた事由です。ここでの対抗要件は、467条1項の、債務者に対する対抗要件、つまり、通知か承諾です。確定日付は、要りません。前回、後付けの特約で見た線と、同じです。設例で見ます。11月5日に、通知が小売チェーンに届きました。もし、11月3日に、小売チェーンが、卸会社に300万円を払っていたら、通知より前の弁済です。弁済で債権は消えていたと、金融業者に言えます。他方、11月10日に払った場合はどうでしょう。通知が届いたあとに、あえて卸会社に払ったことになります。この事情は、具備時のあとに生じたものなので、金融業者には対抗できません。小売チェーンは、金融業者にも、もう一度払わなければなりません。通知で、債権者が金融業者に変わったことを知ったのに、卸会社に払ったのだから、自分で背負うのは仕方がない、という線引きです。もう1つ、短答で出る補足です。基準の時が、ずれる場面が、2つあります。条文は、468条2項です。1つめは、譲渡制限特約が付いた債権で、譲受人が特約を知っていたか、重大な過失で知らなかった場合です。前に見た、466条4項の催告の場面です。譲受人が、債務者に、譲渡人へ払うよう催告して、相当の期間内に払われなければ、その期間が経った時が、基準になります。2つめは、前に見た、466条の3の場面で、譲渡人が破産して、譲受人が、債務者に供託を求めた場合です。このときは、供託を求められた時が、基準になります。

どちらも、譲渡制限特約が付いた債権で、通知のあとも、債務者が、譲渡人に払ってよい、とされうる場面です。まだ譲渡人を相手にしてよいうちに生じた反論を、失わされるのでは、筋が通りません。だから、基準の時が、譲渡人を相手にできなくなる時まで、後ろにずれるのです。具備時のあとに生じた事情は、全部、言えないんですか。そこが、山場です。たとえば、解除を考えます。

具備後に解除権が生じたとき

設例の時間軸。11/5 通知到達(具備時)=卸会社の納品義務は未履行→12/10 納品期日を過ぎても納めない→小売チェーンに解除権が発生し、解除。解除の原因(納品しないこと)も解除も通知のあと。問い=それでも解除を金融業者に言えるか。 図:設例の時間軸

  • 11/5 通知到達(具備時)=卸会社の納品義務は未履行→12/10 納品期日を過ぎても納めない→小売チェーンに解除権が発生し、解除
  • 解除の原因(納品しないこと)も解除も通知のあと
  • 問い=それでも解除を金融業者に言えるか

設例を進めます。通知が届いた11月5日の時点で、卸会社は、まだ1着も納めていません。納品期日は12月10日で、期日を過ぎても納品がありませんでした。そこで、小売チェーンは、契約を解除しました。解除できるようになったのも、解除したのも、通知のあとです。条文は、具備時までに生じた事由、と書いています。具備後の解除は、言えないのでしょうか。判例は、言える、としました。判例は、請負の報酬債権の譲渡の事案でした。仕事が未完成のうちに、報酬債権が譲渡され、債務者が異議をとどめず承諾して、対抗要件が備わったあと、請負人が仕事を放り出し、契約が解除された事件です。最高裁は、こう言いました。

判例最判昭42・10・27 民集21巻8号2161頁

債権譲渡の後に解除権が生じた場合 右報酬請求権が第三者に譲渡され対抗要件をそなえた後に請負人の仕事完成義務不履行が生じこれに基づき請負契約が解除された場合においても、右債権譲渡前すでに反対給付義務が発生している以上、債権譲渡時すでに契約解除を生ずるに至るべき原因が存在していたものというべきである。

文中の右は、すぐ前に出た言葉を指します。骨組みは1つです。譲渡の時に、すでに、仕事を完成させる義務が発生していて、まだ果たされていない。その義務を果たさなければ、のちに解除に至る原因は、すでにあった、という考え方です。設例に当てはめます。条文の基準は具備時なので、判例の言う譲渡の時を、通知が届いた時に置き換えて考えます。通知の時点で、卸会社の納品義務は、まだ果たされていません。納めなければ、のちに解除に至る可能性は、通知の時点で、すでにありました。しかも、その可能性は、譲渡のあとに新しく生まれたものではありません。品物と引き換えに払う、という、譲渡の前に結ばれた契約の中身に、もともと入っていたものです。だから、解除の原因は、具備時までに存在していた、と言えます。そのため、小売チェーンは、解除を金融業者に対抗できます。300万円の支払は、拒めます。

⭐ 論文で書く規範:具備後の解除権(判例の規範) 双務契約上の債権が譲渡された場合に、対抗要件具備時までに反対債務が未履行であれば、その後に生じた解除を譲受人に対抗できる。解除に至る原因が、具備時までに存在していたといえるからである。 (出どころ=判例の趣旨を、現行468条1項の具備時に当てはめて整理した規範(判例自身の物差しは「譲渡前に反対給付義務が発生」。論文では「文言は具備時まで」との緊張が論点になりうる))

通知の時に、卸会社がすでに全部納品していた場合は、この規範は働きません。全部納めたあとなら、納品しないことを理由に解除する、ということは、もう起こりえません。納品しないことを理由とする解除の原因は、通知の時点で、そもそも存在していなかったのです。冒頭の小売チェーンに戻ります。通知の時に、納品がまだだった以上、のちの解除まで含めて、金融業者に言えます。金融業者が買ったのは、納品が無ければ解除されうる、という性質ごと移った、同じ債権だからです。品物が来ないなら払わない、という反論は、譲渡では消えません。

無効・取消しと、善意の譲受人

優劣の整理の表。弁済・同時履行=言える(468条1項)。虚偽表示による無効=善意の譲受人には言えない(94条2項)。詐欺による取消し=善意無過失の譲受人には言えない(96条3項)。解除=言える(545条1項ただし書の第三者にあたらない)。 図:優劣の整理の表

  • 弁済・同時履行=言える(468条1項)
  • 虚偽表示による無効=善意の譲受人には言えない(94条2項)
  • 詐欺による取消し=善意無過失の譲受人には言えない(96条3項)
  • 解除=言える(545条1項ただし書の第三者にあたらない)

ここから、無効や取消しの話です。譲受人に言えない場合があります。設例を作ります。卸会社と小売チェーンが、示し合わせて、実在しない取引の、300万円の代金債権を作りました。通謀虚偽表示です。卸会社は、この架空の債権を、それを本物だと信じた金融業者に譲渡しました。虚偽表示は、当事者の間では無効です。だから、原則は、払う必要はありません。ただ、条文があります。

条文民法94条2項

民法第94条 2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

善意の第三者には、虚偽表示の無効を対抗できません。大事なのは、債権を真に買い取った譲受人が、この第三者にあたるかです。ここで、総則で見た、94条2項の第三者を思い出してください。どんな人が、第三者にあたりましたか?当事者以外で、嘘の外形を土台にして、新しく、独立した法律上の利害関係を持つに至った人、でした。架空の債権を本物だと信じて買い取った金融業者は、その外形を土台に、新しく権利を取得した人なので、第三者にあたります。ただし、取立てを任されただけの譲受人は、あたりません。結論です。金融業者が善意、つまり、架空の取引だと知らなかったなら、小売チェーンは、無効だと言えません。金融業者が、架空だと知っていたなら、言えます。同じ形の規定は、心裡留保の93条2項や、錯誤の95条4項にもあります。取消しも見ます。小売チェーンが、卸会社にだまされて契約し、取り消す前に、卸会社が、その債権を金融業者に譲渡したとします。

条文民法96条3項

民法第96条 3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

96条3項です。善意で、かつ過失がない、つまり、だまされた事情を知らず、知らなかったことに落ち度もない第三者には、取消しを対抗できません。取消しの前に、この債権を買い取った金融業者は、だまされてした意思表示のあとに、新しく利害関係を持った人なので、この第三者にあたります。金融業者が善意無過失なら、小売チェーンは、取消しを言えません。悪意か、過失があれば、言えます。総則で見たとおり、趣旨は、取消しがさかのぼって効力を失うことから、取引した第三者を守ることです。468条1項と、94条2項や96条3項のどちらが優先するか、という問題です。468条1項が債務者を守るのは、知らないところで債権が売られて、立場を悪くされるのは気の毒だから、でした。でも、虚偽表示では、ありもしない債権の外形を、卸会社と示し合わせて作ったのは、小売チェーン自身です。その外形を信じて買った金融業者より、作った側が負けるべきだ、というのが94条2項の考え方でした。詐欺の取消しも、さかのぼって効力が消える巻き添えから、取引に入った第三者を守るのが、96条3項です。だから、譲受人がこれらの第三者にあたる以上、そちらが優先します。善意の譲受人には、虚偽表示の無効も、詐欺の取消しも、言えません。ただし、これは、94条2項や96条3項という保護規定がある場合の話です。たとえば、強迫による取消しには、こうした規定がなく、善意の譲受人にも言えます。他方、弁済や同時履行は、こうした第三者保護の規定とは関係がありません。468条1項のとおり、言えます。

解除と、545条1項ただし書

解除と第三者。545条1項本文=解除すると原状回復義務を負う。ただし書=第三者の権利を害することはできない。問い=債権の譲受人は、この「第三者」にあたるか。あたるなら、金融業者が善意でも悪意でも、解除を対抗できなくなる。 図:解除と第三者

  • 545条1項本文=解除すると原状回復義務を負う
  • ただし書=第三者の権利を害することはできない
  • 問い=債権の譲受人は、この「第三者」にあたるか
  • あたるなら、金融業者が善意でも悪意でも、解除を対抗できなくなる

最後に、解除です。条文を見ます。

条文民法545条1項

民法第545条 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。

ただし書は、解除しても、第三者の権利を害せない、と言っています。問いは、債権の譲受人が、この第三者にあたるか、です。あたるなら、金融業者が善意でも悪意でも、小売チェーンは、解除を対抗できなくなります。判例と通説は、あたらない、とします。ここでの第三者は、解除された契約の効果を土台に、解除の前までに、その契約の目的について新しく権利を得た人をいいます。債権の譲受人は、これにあたりません。解除で債権が消えるから、という説明では、区別できません。虚偽表示でも、債権は、そもそも無効です。消えるか残るかでは、区別できないのです。違いは、次の2つの理由で説明されます。1つめは、解除された契約から生じた債権の譲受人は、解除によって消える債権そのものを、受け取っただけだ、ということです。虚偽表示と比べると、違いが見えます。虚偽表示では、小売チェーン自身が、ありもしない債権の外形を作り、金融業者は、その嘘の外形を信じて買いました。解除では、嘘の外形は、どこにもありません。金融業者が買ったのは、本物の、しかも、納品が無ければ解除されうる債権で、その性質ごと受け取っています。解除された契約を土台に、新しく独立した権利を築いた人とは、いえないのです。もっとも、この説明でも、詐欺の取消しを定める96条3項との違いは埋まりきらず、そこが批判される点です。2つめは、仮に第三者にあたるとすると、譲渡人は、債権を譲渡するだけで、いつでも解除を免れられる、ということです。設例なら、卸会社が、1着も納めないまま代金債権を売ってしまえば、小売チェーンが解除しても、金融業者に300万円を払わされます。譲渡に関わっていない小売チェーンが、譲渡のせいで立場を悪くする。それでは、解除権を認めた意味が、無くなってしまいます。

⭐ 論文で書く規範:545条1項ただし書の「第三者」(判例・通説の規範) 解除された契約の効果を土台に、解除の前までに、その契約の目的について新しく権利を得た者が、545条1項ただし書の「第三者」である。債権の譲受人は、解除で消える債権そのものを受け取っただけだから、「第三者」にあたらない。 (出どころ=判例・通説(条文の「第三者」の定義づけ。論文では94条・96条との違いの説明が批判される点で、論点になりうる))

設例の結論です。金融業者は、第三者にあたらず、小売チェーンは、解除を対抗できます。ちなみに、94条や96条との違いを説明しにくい、という批判があります。また、有力な考え方は、あたるとして、94条・96条と同じ趣旨で保護する、とします。論文では、結論を理由とともに示すのが基本です。解除と第三者の詳細は、解除の回で見ます。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。小売チェーンは、品物が来るまで払わないと金融業者に言える(468条1項・同時履行の抗弁)。ただし、具備時までに生じた事由が基準。放棄の意思表示をしない限り反論は切れない。善意の譲受人には、虚偽表示の無効・詐欺の取消しは言えない。解除は言える。 図:冒頭の答え

  • 小売チェーンは、品物が来るまで払わないと金融業者に言える(468条1項・同時履行の抗弁)
  • ただし、具備時までに生じた事由が基準
  • 放棄の意思表示をしない限り反論は切れない
  • 善意の譲受人には、虚偽表示の無効・詐欺の取消しは言えない
  • 解除は言える

冒頭の答えです。小売チェーンは、金融業者に、品物が来るまで払わない、と言えます。譲渡人に言えた反論は、譲受人にも言えるからです。

まとめ。①言える反論の基準時=対抗要件具備時(債務者対抗要件)。具備後の解除でも、具備時までに反対債務が未履行なら対抗できる。②異議をとどめない承諾による切断は無い。失わせるには抗弁の放棄の意思表示。③虚偽表示の無効・詐欺の取消しは、善意(無過失)の譲受人に言えない(94条2項・96条3項)。強迫による取消し等は言える。解除は、譲受人に言える(545条1項ただし書の第三者にあたらない)。 図:まとめ

  • ①言える反論の基準時=対抗要件具備時(債務者対抗要件)
  • 具備後の解除でも、具備時までに反対債務が未履行なら対抗できる
  • ②異議をとどめない承諾による切断は無い
  • 失わせるには抗弁の放棄の意思表示
  • ③虚偽表示の無効・詐欺の取消しは、善意(無過失)の譲受人に言えない(94条2項・96条3項)
  • 強迫による取消し等は言える
  • 解除は、譲受人に言える(545条1項ただし書の第三者にあたらない)

整理します。1つめ。言える反論の基準は、対抗要件具備時です。通知の後に解除権が生じても、具備時までに反対債務が未履行なら、解除を対抗できます。2つめ。異議をとどめない承諾で反論が切れる仕組みは、ありません。反論を失わせるには、抗弁を放棄する意思表示が要ります。3つめ。虚偽表示による無効や詐欺による取消しは、善意の、または善意無過失の譲受人には、言えません。ただし解除は、債権の譲受人が第三者にあたらないので、言えます。虚偽表示の無効は善意の譲受人に、詐欺の取消しは善意無過失の譲受人に、言えないけれど、解除は言える、と覚えます。その整理で大丈夫です。付け加えると、強迫による取消しなど、こうした第三者保護の規定が無いものは、善意の譲受人にも言えます。前に見た467条は、誰に効力を主張できるかを決める規定で、468条は、債務者がどこまで反論を残せるかを決める規定です。債権譲渡で、債権者が変わったとき、債務者が持つ反論の中でも、相殺は、別の回で見ます。

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#174単独ページ動画

併存的債務引受と免責的債務引受

第4章 債権総論 #174/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

親が子の借金を引き受けたら、子は抜けられるか

冒頭の設例。卸会社(債権者)は小売チェーン(債務者)に商品を売り、代金債権3000万円を持つ。小売チェーンの資金繰りが苦しくなり、小売チェーンの親会社が「3000万円の支払は、うちが引き受けます」と申し出る。問い=引き受けたあと、小売チェーンは支払義務から解放されるのか、それとも小売チェーンと親会社の2人が払う義務を負うのか。 図:冒頭の設例

  • 卸会社(債権者)は小売チェーン(債務者)に商品を売り、代金債権3000万円を持つ
  • 小売チェーンの資金繰りが苦しくなり、小売チェーンの親会社が「3000万円の支払は、うちが引き受けます」と申し出る
  • 問い=引き受けたあと、小売チェーンは支払義務から解放されるのか、それとも小売チェーンと親会社の2人が払う義務を負うのか

今日は、反対側です。債務者の側が替わる、債務引受を見ます。設例を作ります。卸会社が、小売チェーンに商品を売って、代金3000万円の債権を持っています。ところが、小売チェーンの資金繰りが苦しくなりました。そこで、小売チェーンの親会社が、この3000万円は、うちが引き受けます、と名乗り出ました。本当に、もう無関係になるのか。そこが、今日の問いです。親が子の借金を引き受けたとき、子は借金から解放されるのか。それとも、親子で2人になるのか。先に答えを言うと、どちらにもできます。そして、どちらになるかによって、誰と誰が契約すればよいのか、いつ効力が生じるのかが、変わってきます。

債務引受とは。2つの型

債務引受=契約で、第三者(引受人)が、債務者の債務と同一の内容の債務を負うこと。債権者A=卸会社、債務者B=小売チェーン、引受人C=親会社。債権(A→B 3000万円)は同一性を保ったまま、債務を負う側にCが加わる/Bに替わる。型は2つ。併存的=Bも残る(BとCの2人)・免責的=Bが免れる(Cだけ)。2017年の民法改正で条文になった(それまでは判例・実務)。履行引受=Cが債務者Bに対して弁済する義務を負うだけ。債権者Aとの関係は変わらない(別物)。

  • 債務引受=契約で、第三者(引受人)が、債務者の債務と同一の内容の債務を負うこと
  • 債権者A=卸会社、債務者B=小売チェーン、引受人C=親会社
  • 債権(A→B 3000万円)は同一性を保ったまま、債務を負う側にCが加わる/Bに替わる
  • 型は2つ
  • 併存的=Bも残る(BとCの2人)・免責的=Bが免れる(Cだけ)
  • 2017年の民法改正で条文になった(それまでは判例・実務)
  • 履行引受=Cが債務者Bに対して弁済する義務を負うだけ
  • 債権者Aとの関係は変わらない(別物)

債務引受とは、契約によって、第三者、これを引受人と呼びますが、その引受人が、債務者の債務と同じ内容の債務を負うことです。設例なら、卸会社が持つ、小売チェーンに対する3000万円の代金債権。この債権の中身はそのままで、同じ内容の債務を、親会社も負う、ということです。同じ内容の債務、というのは、どうして強調するんですか。ここが、あとの話すべてに効いてくるからです。債権の中身が変わらない、つまり、同一性が保たれる、ということです。前に、更改を見ました。更改は、古い債務が消えて、新しい債務ができる、同一性を失う仕組みでした。債務引受は違います。同じ債務が、同じ中身のまま、債務者と並んで引受人にも、あるいは債務者に代わって引受人に、存在します。だから、債務者が主張できた反論が、引き継がれるのです。抗弁のところで見ます。型は2つです。債務者が残って、引受人と2人になるのが、併存的債務引受。債務者が債務を免れて、引受人だけが残るのが、免責的債務引受です。どちらも、2017年の民法改正で、条文になりました。それまでは、判例と実務で認められていたものです。前に見た債権譲渡との対比を、一言で言います。債権譲渡では、債務者が、反論を持ち越しました。債務引受では、引受人が、債務者の反論を持ち越します。

引受人が弁済を約束するだけの、肩代わりとは違うんですか。違います。債務者に対して、あなたの代わりに払いますよ、と約束するだけの契約は、履行引受と呼ばれます。この場合、引受人は、債務者に対して払う義務を負うだけで、債権者との関係は何も変わりません。債権者は、引受人に請求できないのです。今日扱う債務引受は、引受人が債権者に対して直接、債務を負う、という点が違います。

併存的債務引受:2人になる(470条)

併存的債務引受の効果。引受前=A卸会社→B小売チェーン 3000万円。引受後=A卸会社→B小売チェーン 3000万円、かつ A卸会社→C親会社 3000万円。BとCは連帯(全額を各自が負う)。Bは抜けない。債権者Aから見ると、請求できる相手が1人増える=責任財産が増える。保証に似た働き。 図:併存的債務引受の効果

  • 引受前=A卸会社→B小売チェーン 3000万円
  • 引受後=A卸会社→B小売チェーン 3000万円、かつ A卸会社→C親会社 3000万円
  • BとCは連帯(全額を各自が負う)
  • Bは抜けない
  • 債権者Aから見ると、請求できる相手が1人増える=責任財産が増える
  • 保証に似た働き

まず、併存的債務引受です。条文を見ます。1項と2項です。

条文民法470条1項・2項

民法第470条 併存的債務引受の引受人は、債務者と連帯して、債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担する。 2 併存的債務引受は、債権者と引受人となる者との契約によってすることができる。

1項の中心は、連帯して、です。連帯とは、全額を、各自が負う、という意味です。設例なら、卸会社は、小売チェーンにも、親会社にも、3000万円の全額を請求できます。どちらかが全額を払えば、債権は消えます。連帯債務の中身は、別の回で詳しく見ます。今日は、全額を各自が負う、と押さえてください。請求できる相手が、1人増えます。つまり、債権者の責任財産が増えます。支払の当てが増える、という意味では、保証に似た働きがあります。ただし、保証とは違います。まず、書面は要りません。次に、引受人は、保証人のように、主たる債務に付き従う立場ではありません。さらに、まず債務者に請求してください、と言える立場でもありません。ここは一言にとどめます。次に、2項です。併存的債務引受は、債権者と、引受人となる者との契約でできます。つまり、債務者の同意は要りません。

小売チェーンの知らないところで、親会社と卸会社が決めてしまっていいんですか。構いません。理由は、債務者にとって、何も悪くなる点がないからです。債務が増えるわけではありません。払う義務を負う人が、もう1人増えるだけです。保証も、債権者と保証人の契約で結び、債務者の同意は要りません。それと同じ発想です。続いて、3項と4項です。

条文民法470条3項・4項

民法第470条 3 併存的債務引受は、債務者と引受人となる者との契約によってもすることができる。この場合において、併存的債務引受は、債権者が引受人となる者に対して承諾をした時に、その効力を生ずる。 4 前項の規定によってする併存的債務引受は、第三者のためにする契約に関する規定に従う。

3項は、債務者と引受人となる者の契約でもできる、というものです。設例なら、小売チェーンと親会社が、親会社が引き受ける、と契約を結ぶ場合です。ただし、この場合は、債権者が、引受人となる者に対して承諾をした時に、効力が生じます。2項と3項で、逆に見えるかもしれません。2項は、債権者自身が契約の当事者でした。だから、改めて承諾をする必要がありません。3項は、債権者が契約に関わっていません。債権者が、知らないところで、債権者に新しい権利を取得させる契約が結ばれた、という形です。この、第三者に権利を取得させる契約を、第三者のためにする契約と呼びます。4項が、そのとおりに従う、と書いています。第三者のためにする契約では、権利を取得する第三者、ここでは債権者が、受益の意思表示、つまり、その権利を受けます、と示した時に、権利が発生します。権利であっても、本人の知らないうちに押し付けることはしない。受けるかどうかは、本人に決めさせる、という考え方です。債権者が、引受人となる者に対して承諾をする、というのは、この受益の意思表示にあたります。だから、承諾の時に効力が生じるのです。まとめます。債権者が、契約に関わっていない、3項の場合だけ、承諾が要ります。債権者に権利を取得させる契約だからです。

免責的債務引受:子が抜ける(472条)

免責的債務引受の効果。引受前=A卸会社→B小売チェーン 3000万円。引受後=A卸会社→C親会社 3000万円のみ。Bは債務を免れて契約関係から抜ける(債権の同一性は保つ=Cが同じ内容の債務を負う)。債権者Aから見ると、責任財産が小売チェーンから親会社に入れ替わる。 図:免責的債務引受の効果

  • 引受前=A卸会社→B小売チェーン 3000万円
  • 引受後=A卸会社→C親会社 3000万円のみ
  • Bは債務を免れて契約関係から抜ける(債権の同一性は保つ=Cが同じ内容の債務を負う)
  • 債権者Aから見ると、責任財産が小売チェーンから親会社に入れ替わる

次に、免責的債務引受です。条文です。

条文民法472条1項〜3項

民法第472条 免責的債務引受の引受人は債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担し、債務者は自己の債務を免れる。 2 免責的債務引受は、債権者と引受人となる者との契約によってすることができる。この場合において、免責的債務引受は、債権者が債務者に対してその契約をした旨を通知した時に、その効力を生ずる。 3 免責的債務引受は、債務者と引受人となる者が契約をし、債権者が引受人となる者に対して承諾をすることによってもすることができる。

1項は、効果です。引受人は、同じ内容の債務を負担し、債務者は、自己の債務を免れます。設例なら、親会社が3000万円の債務を負い、小売チェーンは、抜けます。2項は、債権者と、引受人となる者の契約です。この場合、債権者が債務者に対して、その契約をした旨を通知した時に、効力が生じます。債務者の同意が無くても、いまの民法では、構いません。理由は、債務者が、免れるだけだからです。債務者は、自分の債務が消えて、利益を受けるだけで、不利益を受けません。同意を求める必要が、ありません。なお、改正前は、免責的債務引受は、債務者の意思に反してはできない、とされていました。いまは、債権者と引受人だけでできます。

通知が要るのは、債務者が、自分の知らないうちに、契約関係から外れてしまうのを防ぐためです。債務者は、不利益こそ受けませんが、自分の債務が消えたことは、知っておく必要があります。たとえば、知らされないままだと、もう要らない支払の準備を続けてしまうかもしれません。だから、債権者が、債務者に通知した時に、効力が生じる、としています。通知が、効力の発生要件です。3項は、債務者と引受人となる者が契約をして、債権者が、引受人となる者に対して承諾をする、という場合です。どうして、こちらは債権者の承諾が要るんですか。免責的債務引受では、債権者の責任財産が入れ替わる、からです。設例なら、卸会社は、小売チェーンの財産を当てにしていたのが、親会社の財産を当てにすることになります。親会社が、小売チェーンより資力が乏しい会社なら、卸会社は、不利益を受けます。債権者の利害が、大きいのです。だから、債権者の承諾が必須です。なお、2項は、債権者自身が契約をしているので、改めて承諾は要りません。

成立要件の比較表

比較表の問題。縦=併存的債務引受/免責的債務引受。横=債権者・債務者・引受人の三者の合意/債権者と引受人の契約/債務者と引受人の契約。各セルは空欄。問い=「効力が生じるのはいつか」。 図:比較表の問題

  • 縦=併存的債務引受/免責的債務引受
  • 横=債権者・債務者・引受人の三者の合意/債権者と引受人の契約/債務者と引受人の契約
  • 各セルは空欄
  • 問い=「効力が生じるのはいつか」

ここで、1枚の表にまとめます。縦が、併存的と免責的、横が、誰と誰の契約でするか、です。各マスに、いつ効力が生じるのか、を入れていきます。画面の表を見ながら、頭の中で埋めてみてください。併存的の、債権者と引受人の契約は、契約をした時に効力が生じます。債務者と引受人の契約は、債権者が引受人に承諾した時、でした。免責的はどうですか?免責的の、債権者と引受人の契約は、債権者が債務者に通知した時。債務者と引受人の契約は、債権者が引受人に承諾をすることで、できます。三者の合意の場合は、どちらの型でも、全員が合意した時に効力が生じます。表にします。

成立要件の比較表の答え。三者の合意なら、併存的も免責的も、合意が成立した時に効力が生じる。債権者と引受人の契約なら、併存的は契約をした時(470条2項)、免責的は債権者が債務者に通知した時(472条2項)。債務者と引受人の契約なら、併存的は債権者が引受人となる者に承諾した時(470条3項)、免責的は債権者が引受人となる者に承諾をすること(472条3項)。債務者が関わらなくてもできるのは、債権者と引受人の契約の列(債務者の同意は要らない=併存的も免責的も)。三者の合意と債務者と引受人の契約の列は、債務者自身が契約の当事者。表の縦は併存的と免責的、横は三者の合意・債権者と引受人の契約・債務者と引受人の契約。 図:成立要件の比較表の答え

  • 三者の合意なら、併存的も免責的も、合意が成立した時に効力が生じる
  • 債権者と引受人の契約なら、併存的は契約をした時(470条2項)、免責的は債権者が債務者に通知した時(472条2項)
  • 債務者と引受人の契約なら、併存的は債権者が引受人となる者に承諾した時(470条3項)、免責的は債権者が引受人となる者に承諾をすること(472条3項)
  • 債務者が関わらなくてもできるのは、債権者と引受人の契約の列(債務者の同意は要らない=併存的も免責的も)
  • 三者の合意と債務者と引受人の契約の列は、債務者自身が契約の当事者
  • 表の縦は併存的と免責的、横は三者の合意・債権者と引受人の契約・債務者と引受人の契約

表の見方の軸は、1つです。債権者の関与が、足りているか、です。併存的は、債権者にとって、不利益がありません。請求できる相手が増えるだけです。だから、債権者の関与が薄くてよい。債権者と引受人の契約なら、債権者が当事者なので、すぐ効力が生じます。債務者と引受人の契約なら、債権者に権利を取得させる契約なので、承諾が要ります。免責的は、債権者の責任財産が入れ替わります。だから、債権者の関与が必須です。債権者と引受人の契約なら、債権者は当事者ですが、債務者を保護するために、通知が要ります。債務者と引受人の契約なら、債権者を保護するために、承諾が要ります。通知は債務者保護、承諾は債権者保護です。債務者が関わらなくてもできるのは、債権者と引受人の契約の列だけです。そこでは、併存的も免責的も、債務者の同意は要りません。債務者と引受人の契約や三者の合意の列では、債務者自身が契約の当事者です。

引受人の抗弁(471条・472条の2)

引受人の抗弁。引受人C(親会社)は、引受の効力が生じた時にBが主張できた抗弁を、債権者Aに言える。例=①引受の時すでに一部を弁済していた→その分は払わない ②Aの納品した商品に瑕疵があり、同時履行の抗弁が使える→瑕疵が直されるまで払わない。理由=同じ内容の債務を負っているから。 図:引受人の抗弁

  • 引受人C(親会社)は、引受の効力が生じた時にBが主張できた抗弁を、債権者Aに言える
  • 例=①引受の時すでに一部を弁済していた→その分は払わない ②Aの納品した商品に瑕疵があり、同時履行の抗弁が使える→瑕疵が直されるまで払わない
  • 理由=同じ内容の債務を負っているから

次は、引受人が、何を言えるのかです。その前に、前回の確認です。債権が譲渡されたとき、債務者は、譲受人に対して、どんな反論を言えましたか?譲渡人に対して言えた反論は、譲受人にも言えました。債権が、同じ中身のまま移るからです。468条1項の決まりでした。債務引受でも、同じ考え方が働きます。併存的の条文です。

条文民法471条

民法第471条 引受人は、併存的債務引受により負担した自己の債務について、その効力が生じた時に債務者が主張することができた抗弁をもって債権者に対抗することができる。 2 債務者が債権者に対して取消権又は解除権を有するときは、引受人は、これらの権利の行使によって債務者がその債務を免れるべき限度において、債権者に対して債務の履行を拒むことができる。

1項です。引受人は、引受の効力が生じた時に、債務者が主張できた抗弁を、債権者に対抗できます。抗弁とは、請求を拒む理由になる反論でした。理由は、さきほど見ました、同一性です。引受人は、債務者と同じ内容の債務を負っているのです。債務者が言えた反論は、同じように言えます。設例です。引受のときに、小売チェーンは、すでに500万円を卸会社に払っていた、とします。親会社は、残りの2500万円しか払う必要がありません。また、卸会社が納めた商品に瑕疵があり、小売チェーンが、直るまで払わない、と言える同時履行の抗弁を持っていたなら、親会社も、同じ抗弁を言えます。2項に進みます。債務者が、債権者に対して、取消権や解除権を持っているときです。たとえば、小売チェーンが、卸会社にだまされて契約し、取消権を持っていたとします。このとき、引受人である親会社は、取り消せるでしょうか。

契約の当事者じゃないので、取り消せない気がします。取消権も解除権も、契約の当事者の地位に基づく権利です。引受人は、当事者ではないので、自分で取り消したり、解除したりはできません。ただし、2項は、履行を拒める、としています。債務者が、これらの権利を行使すれば、債務を免れる、その限度で、履行を拒むことができます。

取消権・解除権と履行拒絶。債権者A=卸会社、債務者B=小売チェーン、引受人C=親会社。Bが卸会社にだまされて契約し、取消権を持つ。Cは、契約の当事者ではないので、自分では取り消せない・解除もできない。ただし、Bが取消権・解除権を行使すれば債務を免れる限度で、CはAに対して履行を拒める(471条2項)。免責的債務引受でも同じ(472条の2第2項)。条文の言い回し=471条2項「これらの権利の行使によって債務者がその債務を免れるべき限度」、472条の2第2項「免責的債務引受がなければこれらの権利の行使によって債務者がその債務を免れることができた限度」。言い回しは違うが、中身は同じ(Bが取消し・解除をすれば消えたはずの範囲で履行を拒める)。 図:取消権・解除権と履行拒絶

  • 債権者A=卸会社、債務者B=小売チェーン、引受人C=親会社
  • Bが卸会社にだまされて契約し、取消権を持つ
  • Cは、契約の当事者ではないので、自分では取り消せない・解除もできない
  • ただし、Bが取消権・解除権を行使すれば債務を免れる限度で、CはAに対して履行を拒める(471条2項)
  • 免責的債務引受でも同じ(472条の2第2項)
  • 条文の言い回し=471条2項「これらの権利の行使によって債務者がその債務を免れるべき限度」、472条の2第2項「免責的債務引受がなければこれらの権利の行使によって債務者がその債務を免れることができた限度」
  • 言い回しは違うが、中身は同じ(Bが取消し・解除をすれば消えたはずの範囲で履行を拒める)

免責的の条文も見ます。

条文民法472条の2

民法第472条の2 引受人は、免責的債務引受により負担した自己の債務について、その効力が生じた時に債務者が主張することができた抗弁をもって債権者に対抗することができる。 2 債務者が債権者に対して取消権又は解除権を有するときは、引受人は、免責的債務引受がなければこれらの権利の行使によって債務者がその債務を免れることができた限度において、債権者に対して債務の履行を拒むことができる。

1項は、併存的と同じです。2項は、言い回しが少し違います。471条2項は、これらの権利の行使によって債務者がその債務を免れるべき限度。472条の2第2項は、免責的債務引受がなければ、これらの権利の行使によって債務者がその債務を免れることができた限度、です。免責的の場合、債務者は、すでに債務を免れて、契約関係から抜けています。だから、取消権や解除権を行使しても、免れる債務そのものが、もう残っていません。そこで、免責的債務引受がなければ、という仮定を置いて、言い表しているのです。中身は同じです。債務者が取消し、解除をすれば消えたはずの範囲で、引受人は、履行を拒める、ということです。設例なら、小売チェーンが、だまされて買っていたとしても、代金を払う債務は、もう小売チェーンにはありません。それでも、引受がなければ、取り消して払わずに済んだはずの範囲で、親会社は、払いを拒めます。前に、取消しの回で、保証人も、主たる債務者が取り消せば助かる範囲で、払いを拒める、と見ました。それと同じ型です。

債権譲渡(468条)と債務引受の対比。債権譲渡=債権者が替わり、債務者が、譲受人に、譲渡人に言えた反論を言う。債務引受=債務を負う側が替わり、引受人C(親会社)が、債権者A(卸会社)に、債務者B(小売チェーン)の反論を言う。反論を持ち越す点は同じ。違いは2つ。①持ち越す人=債権譲渡では債務者B、債務引受では引受人C。②基準の時=債権譲渡では対抗要件を備えた時、債務引受では引受の効力が生じた時。加えて、併存的債務引受を債務者Bと引受人Cの契約でした場合(470条3項・4項)は、引受けの契約から生じる反論もCはAに言える(第三者のためにする契約の仕組み)。

さきほど確認した、債権譲渡の468条と並べます。反論を持ち越す、という点は同じです。違いは2つです。1つは、持ち越す人です。債権譲渡では債務者、債務引受では引受人です。もう一方は、いつまでに生じた反論か、という基準の時です。債権譲渡では、対抗要件を備えた時。債務引受では、引受の効力が生じた時です。なお、併存的債務引受を、小売チェーンと親会社の契約でした場合、つまり470条3項・4項の形では、その引受けの契約から生じる反論も、親会社は卸会社に言えます。たとえば、小売チェーンが親会社に払うと約束した引受けの対価を払わないときの反論です。親会社が卸会社に負う債務は、小売チェーンとの引受けの契約から生まれたものです。だから、その契約から生じる反論も、一緒についてきます。第三者のためにする契約の仕組みです。

引受人の求償(472条の3)

免責的債務引受の求償。引受前=A卸会社→B小売チェーン 3000万円。免責的引受後=A→C親会社 3000万円。Cが3000万円をAに払っても、C→B(求償)は取得しない(472条の3)。理由=Cは自分の債務として引き受け、費用を最終的に自分が負担する意思だから。併存的=BとCは連帯→Cが弁済すれば求償の問題が出る(連帯債務の求償・別の回)。 図:免責的債務引受の求償

  • 引受前=A卸会社→B小売チェーン 3000万円
  • 免責的引受後=A→C親会社 3000万円
  • Cが3000万円をAに払っても、C→B(求償)は取得しない(472条の3)
  • 理由=Cは自分の債務として引き受け、費用を最終的に自分が負担する意思だから
  • 併存的=BとCは連帯→Cが弁済すれば求償の問題が出る(連帯債務の求償・別の回)

次に、求償です。求償とは、立て替えて払った分を、本来負担すべき人に請求することです。免責的債務引受の条文です。

条文民法472条の3

民法第472条の3 免責的債務引受の引受人は、債務者に対して求償権を取得しない。

免責的債務引受の引受人は、債務者に対して、求償権を取得しません。設例なら、親会社が、卸会社に3000万円を払っても、すでに免れた小売チェーンに、その分を請求できません。理由は、親会社が、自分の債務として引き受けたからです。免責的債務引受では、債務者は抜けています。もう、小売チェーンの債務ではありません。親会社の、自分の債務です。自分の債務を払うのだから、その費用は、最終的に、自分が負担する。それが、引き受けるということの意味です。併存的は、違います。小売チェーンと親会社は、連帯債務者です。どちらかが弁済すれば、求償の問題が、出てきます。この中身は、連帯債務の回で、扱います。

担保の移転(472条の4)

免責的債務引受と担保。引受前=A卸会社→B小売チェーン 3000万円。担保=B所有の倉庫にAの抵当権・保証人D(小売チェーンの社長)。引受後=A→C親会社 3000万円。元の債務(A→B)は消える→抵当権・保証は、当然には引受人Cの債務についてこない(付従性)。移すには、Aが、Cに対する意思表示で行う(あらかじめ又は同時に)。設定者(B)の承諾が要る。保証人Dの承諾は書面。併存的=元の債務が残るので担保もそのまま残る。 図:免責的債務引受と担保

  • 引受前=A卸会社→B小売チェーン 3000万円
  • 担保=B所有の倉庫にAの抵当権・保証人D(小売チェーンの社長)
  • 引受後=A→C親会社 3000万円
  • 元の債務(A→B)は消える→抵当権・保証は、当然には引受人Cの債務についてこない(付従性)
  • 移すには、Aが、Cに対する意思表示で行う(あらかじめ又は同時に)
  • 設定者(B)の承諾が要る
  • 保証人Dの承諾は書面
  • 併存的=元の債務が残るので担保もそのまま残る

最後に、担保です。設例に、担保を足します。卸会社の3000万円の債権には、小売チェーンが所有する倉庫に、抵当権が付いています。また、小売チェーンの社長が、保証人になっています。免責的債務引受をしたとき、これらは、どうなるでしょうか。前に見た、抵当権の付従性を、思い出してください。担保は、元の債務に付き従います。免責的債務引受では、元の、小売チェーンの債務は、消えます。だから、担保も、当然には、引受人の債務に付いてきません。そこで、条文は、担保を移す方法を用意しています。1項と2項です。

条文民法472条の4第1項・2項

民法第472条の4 債権者は、第四百七十二条第一項の規定により債務者が免れる債務の担保として設定された担保権を引受人が負担する債務に移すことができる。ただし、引受人以外の者がこれを設定した場合には、その承諾を得なければならない。 2 前項の規定による担保権の移転は、あらかじめ又は同時に引受人に対してする意思表示によってしなければならない。

債権者は、担保権を、引受人の債務に移せます。方法は、引受人に対する意思表示です。しかも、あらかじめ、または同時に、しなければなりません。元の債務が消えたあとでは、担保権も付従性で消えています。移す対象が、もう無いからです。ただし書は、引受人以外の者が設定した担保は、その承諾が必要、と言っています。理由は、自分の財産が、別の債務の担保になる、からです。設例なら、倉庫の抵当権です。倉庫は、小売チェーンの所有です。引受人は、親会社です。この抵当権を、親会社の債務の担保に移すには、小売チェーンの承諾が必要です。もし、親会社自身が設定した担保なら、承諾は要りません。保証人は、3項から5項です。

条文民法472条の4第3項〜5項

民法第472条の4 3 前二項の規定は、第四百七十二条第一項の規定により債務者が免れる債務の保証をした者があるときについて準用する。 4 前項の場合において、同項において準用する第一項の承諾は、書面でしなければ、その効力を生じない。 5 前項の承諾がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その承諾は、書面によってされたものとみなして、同項の規定を適用する。

保証人にも、同じように移せます。設例では、社長の保証を、親会社の債務の保証に移す場合です。社長は、引受人以外の者です。だから、社長の承諾が要ります。しかも、その承諾は、書面でしなければ、効力を生じません。これは、保証契約に書面を求めるのと同じ考え方です。電磁的記録でされたときは、書面とみなされます。保証契約そのものの書面の要件は、保証の回で、扱います。併存的では、元の債務が、残っています。小売チェーンの債務は消えません。だから、倉庫の抵当権も、社長の保証も、そのまま残ります。移す、という問題が、起きません。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。親が子の借金を引き受けたとき=どちらにもできる。併存的債務引受=子(小売チェーン)も残る・親(親会社)と連帯の2人(470条)。免責的債務引受=子が抜ける・親だけが債務を負う(472条)。抜けるには債権者の関与が必要=債権者が債務者に通知するか、債権者が引受人に承諾する。 図:冒頭の答え

  • 親が子の借金を引き受けたとき=どちらにもできる
  • 併存的債務引受=子(小売チェーン)も残る・親(親会社)と連帯の2人(470条)
  • 免責的債務引受=子が抜ける・親だけが債務を負う(472条)
  • 抜けるには債権者の関与が必要=債権者が債務者に通知するか、債権者が引受人に承諾する

冒頭の答えです。親が子の借金を引き受けたとき、子が残る、併存的にも、子が抜ける、免責的にも、できます。2人になるのが、併存的。抜けるのが、免責的です。そして、抜けるためには、債権者の関与が要ります。債権者が債務者に通知するか、債権者が引受人に承諾するか、です。

まとめ。①併存的=引受人は債務者と連帯して同一内容の債務を負う(470条)。債権者×引受人の契約なら債務者の同意は不要。債務者×引受人の契約だけ、債権者の承諾が効力要件(第三者のためにする契約)。②免責的=債務者は免れる(472条)。債権者×引受人は債権者の通知が効力要件(債務者保護)。債務者×引受人は債権者の承諾が必要(債権者保護)。債権者×引受人の契約なら、債務者の意思に反しても可。③引受人の抗弁=効力発生時に債務者が主張できた抗弁を言える。取消し・解除は自分ではできず、履行を拒める限度(471条2項・472条の2第2項)。④免責的の引受人は求償権を取得しない(472条の3)。⑤免責的は担保が当然には移らない。引受人に対する意思表示で、あらかじめ又は同時に移す。引受人以外の設定者の承諾が要る。保証人の承諾は書面(472条の4)。 図:まとめ

  • ①併存的=引受人は債務者と連帯して同一内容の債務を負う(470条)
  • 債権者×引受人の契約なら債務者の同意は不要
  • 債務者×引受人の契約だけ、債権者の承諾が効力要件(第三者のためにする契約)
  • ②免責的=債務者は免れる(472条)
  • 債権者×引受人は債権者の通知が効力要件(債務者保護)
  • 債務者×引受人は債権者の承諾が必要(債権者保護)
  • 債権者×引受人の契約なら、債務者の意思に反しても可
  • ③引受人の抗弁=効力発生時に債務者が主張できた抗弁を言える
  • 取消し・解除は自分ではできず、履行を拒める限度(471条2項・472条の2第2項)
  • ④免責的の引受人は求償権を取得しない(472条の3)
  • ⑤免責的は担保が当然には移らない
  • 引受人に対する意思表示で、あらかじめ又は同時に移す
  • 引受人以外の設定者の承諾が要る
  • 保証人の承諾は書面(472条の4)

整理します。1つめ。併存的では、引受人が、債務者と連帯して、同じ内容の債務を負います。債権者と引受人の契約でするなら、債務者の同意は要りません。債務者と引受人の契約でする場合だけ、債権者の承諾が、効力要件になります。2つめ。免責的では、債務者が債務を免れます。債権者と引受人の契約なら、債権者の通知が効力要件で、債務者を守るためです。債務者と引受人の契約なら、債権者の承諾が要り、債権者を守るためです。債権者と引受人の契約でする場合は、債務者の意思に反しても、できます。3つめ。引受人は、効力が生じた時に債務者が主張できた抗弁を、債権者に言えます。ただし、取消しや解除は、自分ではできず、履行を拒める限度で、認められます。4つめ。免責的の引受人は、債務者に対して、求償権を取得しません。5つめ。免責的では、担保が当然には移りません。移すには、引受人に対する意思表示を、あらかじめ又は同時にして、引受人以外の設定者の承諾を得ます。保証人の承諾は、書面です。

担保が移るかどうかが問題になるのは、免責的のときだけ、ということですね。併存的では元の債務が残るので、担保もそのまま残ります。付け加えると、免責的債務引受の要件は、論文でも、理由づけとともに問われる可能性があります。債権者の関与が必須なのはなぜか、債務者の同意が要らないのはなぜか、を、説明できるようにしておいてください。

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#175単独ページ動画

履行引受と契約上の地位の移転

第4章 債権総論 #175/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借りている部屋を、借主の立場ごと友人に引き継ぎたい

冒頭の問い。借主が、借りている部屋を、借主の立場ごと友人に引き継ぎたい。家賃を払う義務だけでなく、部屋に住む権利も、契約を解く権利も、全部まとめて渡すには何が要るか。 図:冒頭の問い

  • 借主が、借りている部屋を、借主の立場ごと友人に引き継ぎたい
  • 家賃を払う義務だけでなく、部屋に住む権利も、契約を解く権利も、全部まとめて渡すには何が要るか

今日は、前回、債務引受とは別物として名前だけ出した履行引受を、まず片づけます。そのあと、立場ごと他人に渡す、契約上の地位の移転を見ます。入口は、身近な話です。借りている部屋を、借主の立場ごと、友人に引き継ぎたい。この場合、何が要るのでしょうか。家賃を払う義務だけなら、友人が払えば済むかもしれません。けれど、立場ごと、です。部屋に住む権利も、契約を解く権利も、すべて友人に移したい。そのために、大家さんの了解は要るのか。それが、今日の問いです。先に答えを言うと、大家さんの了解が要ります。なぜ要るのか。そして、逆に大家さんの側が替わるときは、なぜ要らないのか。今日は、そこまで見ます。

履行引受:払う約束は債権者に届かない

履行引受の関係図。A卸会社(債権者)→B小売チェーン(債務者)の3000万円は残る。B→C親会社:「Bに代わってAへ払え」という債権(BとCの間の契約)。AとCの間に線なし=Aは引受人Cに請求できない。 図:履行引受の関係図

  • A卸会社(債権者)→B小売チェーン(債務者)の3000万円は残る
  • B→C親会社:「Bに代わってAへ払え」という債権(BとCの間の契約)
  • AとCの間に線なし=Aは引受人Cに請求できない

前回、履行引受を、こう紹介しました。引受人は、債務者に対して払う義務を負うだけで、債権者は引受人に請求できない。今日は、その理由と、帰結を見ます。設例は、同じです。卸会社が、小売チェーンに3000万円の代金債権を持っています。小売チェーンと親会社が、この3000万円は、親会社が代わりに払っておく、と約束しました。ただし、卸会社には何も言っていません。約束した人になら請求できる、と考えるのは、つまずきやすい誤りです。約束をしたのは、誰と誰ですか。小売チェーンと、親会社です。卸会社は、約束の場にいません。契約の当事者ではない人は、その契約から、権利を取得しません。だから、卸会社は、親会社に何も請求できないのです。この契約から生まれるのは、小売チェーンが親会社に対して持つ債権だけです。内容は、小売チェーンに代わって卸会社に払ってほしい、というものです。

卸会社は、親会社には請求できません。小売チェーンに請求するしかありません。小売チェーンの債務は、そのまま残っているからです。履行引受では、債務者は、何も免れていません。一方、小売チェーンは、親会社に対して、約束どおり払ってくれ、と言えます。払わなければ、債務不履行責任を問えます。つまり、親会社が責任を負う相手は、債権者ではなく、債務者です。ここで、債務引受との区別の物差しを出します。引受人が、債権者に対して債務を負うかどうか、です。負えば、債務引受です。前回見たとおり、債務者も残って払う人が2人になる併存的債務引受か、債務者が抜けて引受人に替わる免責的債務引受か、のどちらかです。負わなければ、履行引受です。

区別板。履行引受と債務引受の比較。引受人が債権者に対して債務を負うか=履行引受は負わない/債務引受は負う。債権者は引受人に請求できるか=履行引受はできない/債務引受はできる。債務者は免れるか=履行引受は免れない/併存的は免れない・免責的は免れる。引受人が責任を負う相手=履行引受は債務者/債務引受は債権者。 図:区別板

  • 履行引受と債務引受の比較
  • 引受人が債権者に対して債務を負うか=履行引受は負わない/債務引受は負う
  • 債権者は引受人に請求できるか=履行引受はできない/債務引受はできる
  • 債務者は免れるか=履行引受は免れない/併存的は免れない・免責的は免れる
  • 引受人が責任を負う相手=履行引受は債務者/債務引受は債権者

画面の表を見てください。縦に、引受人が債権者に対して債務を負うか、債権者は引受人に請求できるか、債務者は免れるか、を並べました。履行引受は、上の2つが、どちらも、いいえです。引受人と債務者が、同じ約束をしても、中身次第で、どちらにもなるんですか。なります。たとえば、小売チェーンと親会社が、親会社は卸会社に直接払う、と約束したとします。これは、債権者に権利を取得させる契約になります。前回見た、第三者のためにする契約です。契約の当事者でない人に、その契約から直接、権利を得させる契約のことです。卸会社が、その利益を受けます、と意思を示せば、卸会社は、親会社に直接請求できます。これは、併存的債務引受です。条文は、前回見た470条3項と4項でした。第三者のためにする契約の根拠は、537条です。逆に言えば、卸会社に何の意思表示も求めず、約束の相手が小売チェーンだけなら、履行引受です。短答では、履行引受では、債権者は引受人に直接請求できない、債務者の債務は消えない、の2点を押さえてください。なお、履行引受を、論文で問われる場面は、債務引受との区別を問う形です。

契約上の地位の移転とは

契約上の地位の移転とは。契約の当事者という立場そのものが、譲渡人から譲受人に丸ごと渡る(別名=契約引受)。債権譲渡=個別の債権が移る。免責的債務引受=個別の債務が移る。契約上の地位の移転=契約の当事者の名前が入れ替わる。2017年の民法改正で明文化(539条の2)。 図:契約上の地位の移転とは

  • 契約の当事者という立場そのものが、譲渡人から譲受人に丸ごと渡る(別名=契約引受)
  • 債権譲渡=個別の債権が移る
  • 免責的債務引受=個別の債務が移る
  • 契約上の地位の移転=契約の当事者の名前が入れ替わる
  • 2017年の民法改正で明文化(539条の2)

ここから、契約上の地位の移転です。ひと言で言えば、契約の当事者という立場そのものを、丸ごと、別の人に渡すことです。別名で、契約引受とも言います。2017年の民法改正で、条文になりました。動くものの大きさが違います。債権譲渡は、個別の債権が移ります。免責的債務引受は、個別の債務が移ります。契約上の地位の移転は、契約の当事者の名前が、入れ替わります。債権も、債務も、まとめて、です。

設例の関係図。前=A卸会社⇄B小売チェーン(継続的な売買契約。Bは買主)。後=A卸会社⇄C親会社(Bの買主たる地位がCに移る。Bは契約関係から離れる)。 図:設例の関係図

  • 前=A卸会社⇄B小売チェーン(継続的な売買契約。Bは買主)
  • 後=A卸会社⇄C親会社(Bの買主たる地位がCに移る。Bは契約関係から離れる)

設例を作ります。卸会社と小売チェーンは、継続的な売買契約を結んでいます。小売チェーンが買主です。この、買主としての地位を、小売チェーンが、親会社に移します。移ったあとは、卸会社の相手は、親会社です。小売チェーンは、契約から抜けます。免責的債務引受と、似ています。ただし、免責的債務引受で移るのは、代金を払う債務だけです。契約上の地位の移転では、商品を受け取る債権も移ります。さらに、重要な違いがあります。取消権や解除権まで、一緒に移ります。前回見たとおり、債務引受の引受人は、契約の当事者ではありません。だから、取消しも解除も、自分ではできません。債務者が取り消せる、解除できる、という間は、払うのを拒める、にとどまります。一方、契約上の地位の移転では、譲受人は、契約の当事者そのものになります。当事者の地位に付いてくる権利は、すべて移ります。設例なら、卸会社が納品を怠ったとき、買主が持つ契約の解除権は、親会社に移ります。親会社が自分で解除できます。

ここは、対比で覚えてください。債権譲渡も、債務引受も、取消権、解除権は移りません。前に見た、債権譲渡のときの解除の話は、債務者側の反論で、譲受人が自分で解除できるかとは別です。契約上の地位の移転だけ、移ります。

要件と、なぜ相手方の承諾が要るのか

契約上の地位の移転の要件。ルート①=契約の両当事者と譲受人の三者合意。ルート②=契約の一方当事者(譲渡人)と譲受人の合意+契約の相手方の承諾。設例=B小売チェーンとC親会社だけの合意では足りない。A卸会社が承諾する。または、A・B・Cの三者で合意する。 図:契約上の地位の移転の要件

  • ルート①=契約の両当事者と譲受人の三者合意
  • ルート②=契約の一方当事者(譲渡人)と譲受人の合意+契約の相手方の承諾
  • 設例=B小売チェーンとC親会社だけの合意では足りない
  • A卸会社が承諾する
  • または、A・B・Cの三者で合意する

要件です。条文を見ます。

条文民法539条の2

民法第539条の2 契約の当事者の一方が第三者との間で契約上の地位を譲渡する旨の合意をした場合において、その契約の相手方がその譲渡を承諾したときは、契約上の地位は、その第三者に移転する。

契約の当事者の一方が、第三者と、地位を譲渡する旨を合意します。そのうえで、契約の相手方が、その譲渡を承諾したとき、地位が移転します。設例なら、小売チェーンと親会社が、地位を譲渡する、と合意します。そして、卸会社が承諾する。これで、親会社が、買主になります。条文の書き方は、一方当事者と第三者の合意に、相手方の承諾が足される形です。もう1つのルートが、契約の当事者全員と第三者の、三者合意です。この場合は、相手方も合意の当事者なので、改めて承諾は要りません。どちらにせよ、相手方の関与が必要です。債権譲渡では要らなかったのに、地位の移転ではなぜ要るのか。大事な問いです。債権譲渡では、債権者が替わるだけでした。債務者の払う額も、払う中身も、変わりません。だから、譲渡そのものに、債務者の同意は要らないのです。対抗要件の回で見た、通知か承諾は、譲受人が債務者に主張するための条件で、別の話です。ところが、契約上の地位の中には、債務が入っています。小売チェーンが買主として負っていた代金の債務を、親会社が負うことになります。卸会社から見ると、代金を払う人が、替わるのです。

承諾が要る理由の対比。債権譲渡=債権者が替わる→債務者の払う額・中身は変わらない→債務者の同意は不要(対抗要件の通知・承諾とは別)。契約上の地位の移転=地位に債務が含まれる→相手方から見ると払う人(債務者)が替わる→免責的債務引受と同じ利害→承諾が必要。免責的債務引受の例=債権者×引受人の契約は通知が効力要件、債務者×引受人の契約は債権者の承諾が必要(472条)。 図:承諾が要る理由の対比

  • 債権譲渡=債権者が替わる→債務者の払う額・中身は変わらない→債務者の同意は不要(対抗要件の通知・承諾とは別)
  • 契約上の地位の移転=地位に債務が含まれる→相手方から見ると払う人(債務者)が替わる→免責的債務引受と同じ利害→承諾が必要
  • 免責的債務引受の例=債権者×引受人の契約は通知が効力要件、債務者×引受人の契約は債権者の承諾が必要(472条)

前回、免責的債務引受では、債務者と引受人の契約だけでは足りず、債権者の承諾が要る、と見ました。債権者にとって、払う人が替わるのは、大問題だからです。小売チェーンなら払えるが、親会社は払えない、ということもあり得ます。契約上の地位の移転も、同じです。相手方から見れば、債務者が替わる話が含まれています。だから、承諾が要ります。理由をひと言で言うと、地位に債務が含まれていて、相手方の立場が、大きく変わるからです。なお、論文では、この理由づけまで書けるように、しておいてください。承諾が要る、とだけ書いても、理由が足りません。

例外:賃貸人たる地位は、賃借人の承諾が要らない

賃貸人たる地位の移転。D家主がビルをE買主に譲渡→賃貸人たる地位がDからEに移る。賃借人B小売チェーン(店舗を借りている)の承諾は不要。向きの注意=承諾が不要なのは賃貸人側の地位。借主側の地位を渡すときは、賃貸人の承諾が必要。 図:賃貸人たる地位の移転

  • D家主がビルをE買主に譲渡→賃貸人たる地位がDからEに移る
  • 賃借人B小売チェーン(店舗を借りている)の承諾は不要
  • 向きの注意=承諾が不要なのは賃貸人側の地位
  • 借主側の地位を渡すときは、賃貸人の承諾が必要

契約上の地位の移転は、相手方の承諾が要る。これが原則です。ところが、大事な例外が1つあります。賃貸不動産が譲渡されたときの、賃貸人たる地位の移転です。設例を少し足します。小売チェーンは、店舗用のビルを、家主から借りています。その家主が、ビルを、別の人に売りました。賃貸人、つまり貸す側の地位は、新しい所有者に移ります。このとき、借りている小売チェーンの承諾は要りません。地位が移るのに、小売チェーンの承諾が要らないんですか。さっきの理由と、矛盾しませんか。矛盾しません。さっきの理由は、相手方から見て、債務を負う人が替わり、不利益になることでした。賃貸人の主な債務は、借主に、使わせることです。これは、誰が貸す側になっても、内容が変わりません。借りている人の立場が、ほとんど変わらないのです。だから、承諾を求める必要がありません。条文は2つあります。1つ目は、605条の2の第1項です。賃貸借の対抗要件を備えている場合に、不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位が、当然に、譲受人に移転します。2つ目は、605条の3です。譲渡する人と譲り受ける人の合意で、移転させることができる、という規定です。

条文民法605条の3

民法第605条の3 不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その賃貸人たる地位は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により、譲受人に移転させることができる。この場合においては、前条第三項及び第四項の規定を準用する。

どちらも、承諾は不要という結論です。当然に移る場合と、合意で移す場合で、役割が分かれています。詳しい要件は、賃貸借の本体で扱います。ここでは、賃貸人側の地位の移転は、承諾不要、と覚えてください。冒頭の、借主の立場を友人に渡す話は、どっちですか。借主側です。賃貸人側ではありません。向きが逆です。借主が、借りる権利を他人に譲るときは、貸す側の承諾が必要です。条文は、612条です。地上権と賃借権を比べた回や、借地の上の建物に抵当権がつく回でも見た条文です。理由は、さっきの物差しのままです。借主の債務は、家賃を払うことと、借りた物を大切に使うことです。誰が借りるかで、家賃がきちんと払われるか、物がどう扱われるかが、大きく変わります。貸す側から見ると、債務を負う人が替わり、不利益になりうる。だから、承諾が要ります。向きを取り違えないでください。賃貸人側は承諾不要、賃借人側は承諾が要る、です。

債権・債務の移転5類型を1枚で

比較表の問題。縦=債権譲渡/併存的債務引受/免責的債務引受/履行引受/契約上の地位の移転。横=何が移る・どうなる/誰の合意・承諾が要るか/取消権・解除権。各セルは空欄。 図:比較表の問題

  • 縦=債権譲渡/併存的債務引受/免責的債務引受/履行引受/契約上の地位の移転
  • 横=何が移る・どうなる/誰の合意・承諾が要るか/取消権・解除権
  • 各セルは空欄

ここで、ブロックの締めとして、1枚の表にまとめます。縦に、債権譲渡、併存的債務引受、免責的債務引受、履行引受、契約上の地位の移転を、並べました。横は、何が移るか、誰の関与が要るか、取消権と解除権はどうなるか、です。これまでの回を思い出して、頭の中で埋めてみてください。まず、債権譲渡は、何が替わりますか?債権者が替わります。債権だけです。債務者の同意は要りません。取消権、解除権は、移りません。次に、併存的債務引受です。免責的債務引受は、どうでしょう。残りの2つ。履行引受は、どうですか。最後に、契約上の地位の移転です。

比較表の答え。債権譲渡(467条等)=債権者が替わる(債権だけ)/譲渡人と譲受人の合意(債務者の同意は不要・対抗要件の通知・承諾とは別)/取消権・解除権は移らない。併存的債務引受(470条)=債務者が1人増える(連帯)/債権者と引受人の契約、または債務者と引受人の契約(債権者の承諾で効力)/引受人は自分では行使できず履行拒絶のみ。免責的債務引受(472条)=債務者が替わる(元の債務者は免れる)/債権者と引受人の契約(債務者への通知で効力)、または債務者と引受人の契約+債権者の承諾/同じく履行拒絶のみ。履行引受=何も替わらない(債務者と引受人の内部約束)/債務者と引受人のみ(債権者は関与せず権利も取得しない)/該当しない。契約上の地位の移転(539条の2)=契約の当事者が丸ごと替わる(債権・債務)/三者合意、または譲渡人と譲受人の合意+相手方の承諾/移る。 図:比較表の答え

  • 債権譲渡(467条等)=債権者が替わる(債権だけ)/譲渡人と譲受人の合意(債務者の同意は不要・対抗要件の通知・承諾とは別)/取消権・解除権は移らない
  • 併存的債務引受(470条)=債務者が1人増える(連帯)/債権者と引受人の契約、または債務者と引受人の契約(債権者の承諾で効力)/引受人は自分では行使できず履行拒絶のみ
  • 免責的債務引受(472条)=債務者が替わる(元の債務者は免れる)/債権者と引受人の契約(債務者への通知で効力)、または債務者と引受人の契約+債権者の承諾/同じく履行拒絶のみ
  • 履行引受=何も替わらない(債務者と引受人の内部約束)/債務者と引受人のみ(債権者は関与せず権利も取得しない)/該当しない
  • 契約上の地位の移転(539条の2)=契約の当事者が丸ごと替わる(債権・債務)/三者合意、または譲渡人と譲受人の合意+相手方の承諾/移る

表が埋まりました。使い方を2つ言います。1つ目は、債権者は引受人に請求できるか、という軸です。できないのは、履行引受だけです。2つ目は、取消権、解除権が移るか、という軸です。移るのは、契約上の地位の移転だけです。この2つの軸で見れば、5つは区別できます。なぜ、この2つの軸で分かれるのか。どちらも、誰と誰が約束したかで決まるからです。履行引受では、卸会社は、小売チェーンと親会社の約束の外にいます。だから、親会社に請求できません。契約上の地位の移転では、親会社が、買主そのもの、つまり契約の当事者になります。だから、当事者に付いてくる取消権や解除権まで、移るのです。真ん中の列、誰の関与が要るか、も同じ物差しで読めます。関与が要るのは、その動きで、新しく権利を得る立場か、払ってもらえなくなるおそれを負う立場です。免責的債務引受と契約上の地位の移転では、払う人が替わるので、払ってもらう側の承諾が要ります。免責的で、債権者と引受人が契約するときは、免れるだけの債務者は不利益を受けないので、知らせる通知で足ります。併存的で、債務者と引受人が契約するときに債権者の承諾が要るのは、債権者が、引受人に対する権利を新しく得るからです。第三者のためにする契約と同じ形です。反対に、債権譲渡は払う中身が変わらないので、債務者の同意は要りません。履行引受では、債権者は何も得ず、何も失わないので、関与しません。

有価証券の4類型

有価証券の4類型(民法第三編第一章第七節・520条の2〜520条の20)。①指図証券(520条の2〜520条の12)=譲渡は、譲渡の裏書をして譲受人に交付しなければ効力を生じない。②記名式所持人払証券(520条の13〜520条の18)=債権者を指名する記載があり、所持人に弁済すべき旨が付記された証券。譲渡は証券の交付だけで効力を生ずる。③その他の記名証券(520条の19)=債権者を指名する記載がある証券で①②以外のもの。債権譲渡の方式に従い、その効力をもってのみ譲渡できる。④無記名証券(520条の20)=記名式所持人払証券の規定を準用する。 図:有価証券の4類型

  • 民法第三編第一章第七節・520条の2〜520条の20
  • ①指図証券(520条の2〜520条の12)=譲渡は、譲渡の裏書をして譲受人に交付しなければ効力を生じない。②記名式所持人払証券(520条の13〜520条の18)=債権者を指名する記載があり、所持人に弁済すべき旨が付記された証券。譲渡は証券の交付だけで効力を生ずる。③その他の記名証券(520条の19)=債権者を指名する記載がある証券で①②以外のもの。債権譲渡の方式に従い、その効力をもってのみ譲渡できる。④無記名証券(520条の20)=記名式所持人払証券の規定を準用する。

最後に、有価証券です。ここまでは、債権や契約上の地位を、合意と、通知や承諾で移す話でした。有価証券は、債権を紙、つまり証券に結びつけて、その紙を渡すことで、債権を移しやすくした仕組みです。民法には、有価証券の節があり、4つの類型が定められています。詳しい扱いは、手形法や小切手法の領域なので、ここでは、短答で名前を見たときに迷わない程度に押さえます。画面の表です。1つ目は、指図証券です。証券に書かれた人、または、その人が指図した人、つまり、つぎの権利者として指定した人に払う、という証券です。次の人を指定する方法が、裏書です。証券に、次の権利者に譲る旨を書いて、署名することです。譲渡の方式は、条文を見ます。

条文民法520条の2

民法第520条の2 指図証券の譲渡は、その証券に譲渡の裏書をして譲受人に交付しなければ、その効力を生じない。

譲渡の裏書をして、譲受人に交付する。この2つがそろわなければ、効力が生じません。2つ目は、記名式所持人払証券です。債権者を指名する記載があり、さらに、その所持人に弁済すべき旨が付記された証券のことです。名前は書いてありますが、持っている人に払う、という性格もある、ということです。たとえば、卸会社様、ただし、この券をお持ちの方にお支払いします、と書かれた券です。払う相手を、名前ではなく、持っている人で決めると書いてあるので、名前は、払う相手を絞りません。だから、譲渡は、証券の交付だけで、効力が生じます。

裏書は要らないんですか。要りません。交付だけです。ここが、指図証券との違いです。3つ目は、その他の記名証券です。債権者を指名する記載がある証券で、ほかの2つにあたらないものです。譲渡は、債権譲渡の方式に従って、その効力をもってのみ、できます。つまり、合意で譲り、対抗要件の回で見た、通知か承諾で、債務者に主張する、というやり方です。4つ目は、無記名証券です。記名式所持人払証券の規定が、準用されます。つまり、譲渡は交付だけで足ります。短答で迷わない軸は、譲渡の方式です。方式は、証券が誰を権利者として書いているかで決まります。次の人を指図する証券だから、裏書で次の人を指定します。持っている人に払う証券だから、渡すだけで足ります。たとえば、名前の書かれていない商品券が、無記名証券の典型です。名前だけが書かれた証券は、普通の債権と同じだから、債権譲渡の方式です。指図証券は、裏書と交付。記名式所持人払証券と無記名証券は、交付。その他の記名証券は、債権譲渡の方式です。なお、指図証券と記名式所持人払証券には、善意取得と、抗弁の制限の定めもあります。善意取得は、権利の無い人から、事情を知らず、大きな落ち度も無く証券を受け取った人が、権利を得る仕組みです。動産の即時取得の、証券版です。抗弁の制限は、債務者が前の持ち主に言えた反論を、事情を知らない新しい持ち主には言えなくなる仕組みです。前々回、債権譲渡では、譲渡人に言えた反論を譲受人にも言える、という468条を見ました。証券では、そこが逆になります。短答では、この2つの名前と意味を知っていれば足ります。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。借主の立場を友人に引き継ぐ=契約上の地位の移転(539条の2)=契約の相手方(大家)の承諾が要る。地位に債務が含まれ、相手方から見ると払う人が替わるから。家主側の地位(賃貸人たる地位)の移転は例外で、賃借人の承諾は不要(605条の2第1項・605条の3)。履行引受は立場を渡すのではなく、払う約束をしただけ。 図:冒頭の答え

  • 借主の立場を友人に引き継ぐ=契約上の地位の移転(539条の2)=契約の相手方(大家)の承諾が要る
  • 地位に債務が含まれ、相手方から見ると払う人が替わるから
  • 家主側の地位(賃貸人たる地位)の移転は例外で、賃借人の承諾は不要(605条の2第1項・605条の3)
  • 履行引受は立場を渡すのではなく、払う約束をしただけ

冒頭の答えです。借主の立場を、友人に引き継ぐのは、契約上の地位の移転です。契約の相手方、つまり大家さんの承諾が要ります。地位の中に、家賃を払う債務が含まれていて、大家さんから見ると、払う人が替わるからです。逆に、家主の側の立場が替わるときは、例外で、借主の承諾は要りません。

まとめ。①履行引受=引受人と債務者の約束だけ。債権者は権利を取得せず、引受人に請求できない。引受人が払わなければ、債務者が引受人に債務不履行責任を問う。債務者の債務は残る。区別の物差し=引受人が債権者に対して債務を負うか。②契約上の地位の移転(539条の2)=契約当事者の地位が丸ごと移る。債権・債務に加え、取消権・解除権も移る。要件=三者合意、または譲渡人と譲受人の合意+相手方の承諾。承諾が要る理由=地位に債務が含まれ、相手方から見て債務者が替わるから。③例外=賃貸人たる地位の移転は賃借人の承諾不要(605条の2第1項・605条の3)。借主側の地位は賃貸人の承諾が要る。④5類型の比較。⑤有価証券=指図証券(裏書+交付)・記名式所持人払証券(交付)・その他の記名証券(債権譲渡の方式)・無記名証券(交付)。 図:まとめ

  • ①履行引受=引受人と債務者の約束だけ
  • 債権者は権利を取得せず、引受人に請求できない
  • 引受人が払わなければ、債務者が引受人に債務不履行責任を問う
  • 債務者の債務は残る
  • 区別の物差し=引受人が債権者に対して債務を負うか
  • ②契約上の地位の移転(539条の2)=契約当事者の地位が丸ごと移る
  • 債権・債務に加え、取消権・解除権も移る
  • 要件=三者合意、または譲渡人と譲受人の合意+相手方の承諾
  • 承諾が要る理由=地位に債務が含まれ、相手方から見て債務者が替わるから
  • ③例外=賃貸人たる地位の移転は賃借人の承諾不要(605条の2第1項・605条の3)
  • 借主側の地位は賃貸人の承諾が要る
  • ④5類型の比較
  • ⑤有価証券=指図証券(裏書+交付)・記名式所持人払証券(交付)・その他の記名証券(債権譲渡の方式)・無記名証券(交付)

整理します。1つめ。履行引受は、引受人と債務者の約束だけです。債権者は何の権利も得ず、引受人に請求できません。引受人が払わなければ、債務者が引受人に、債務不履行責任を問います。債務者の債務は残ります。区別の物差しは、引受人が債権者に対して債務を負うか、です。2つめ。契約上の地位の移転は、契約当事者の地位が丸ごと移ります。債権と債務に加えて、取消権や解除権も移ります。要件は、三者合意、または、譲渡人と譲受人の合意に、相手方の承諾を足すことです。承諾が要る理由は、地位に債務が含まれ、相手方から見て債務者が替わるからです。3つめ。賃貸人たる地位の移転は、例外で、賃借人の承諾が要りません。借主側の地位を渡すときは、貸主の承諾が要ります。4つめ。債権・債務の移転は、5類型の表で再現できるようにしておいてください。最後に、有価証券は、譲渡の方式で4類型を見分けます。

履行引受は、立場を渡しているのではなくて、払う約束をしているだけ、なんですね。債権者が替わるのが債権譲渡、債務者の側が替わる、または増えるのが債務引受、立場ごと替わるのが契約上の地位の移転です。履行引受は、誰も替わりません。ここで、債権譲渡から続いたブロックが、一区切りです。契約上の地位の移転は、論文でも、承諾の理由づけとともに、論点になりうる分野です。

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#176単独ページ動画

弁済と弁済の提供

第4章 債権総論 #176/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

家賃を持って行ったのに、受け取ってもらえない

冒頭の関係図。借主が、月末の家賃を持って、大家の家へ行った。大家は「値上げに応じないなら、受け取らない」と言う。借主は家賃を持ち帰り、払わないまま翌月になった。問い=遅れの責任を負うのか。 図:冒頭の関係図

  • 借主が、月末の家賃を持って、大家の家へ行った
  • 大家は「値上げに応じないなら、受け取らない」と言う
  • 借主は家賃を持ち帰り、払わないまま翌月になった
  • 問い=遅れの責任を負うのか

ここまでは、債権が生まれて、動いて、人から人へ渡る話でした。今日から、債権が終わる話に入ります。入口は、身近な場面です。借主が、月末の家賃を持って、大家さんの家へ行きました。すると、大家さんが言います。値上げに応じないなら、受け取りません。借主は、家賃を持ち帰りました。そして、払わないまま、翌月になりました。拒んだのは大家さんの側ですから、借主が守られる部分は、確かにあります。持って行った、という事実には、法律上の意味があります。一方で、払わないまま放っておいてよいのかは、別の問題です。借主は、遅れの責任を負うのでしょうか。それとも、負わないのでしょうか。答えは、最後に出します。

債権はどうやって消えるのか

債権の消滅原因の地図。第3編第1章第6節=①弁済(473条)②代物弁済(482条)③供託(494条)④相殺(505条)⑤更改(513条)⑥免除(519条)⑦混同(520条)。分類=目的が達成されて消える(弁済・代物弁済・供託)/目的が達成されないまま消える(相殺・更改・免除・混同)。第6節の外=消滅時効・取消し・解除・解除条件の成就。×=履行不能は消滅原因ではない(412条の2)。 図:債権の消滅原因の地図

  • 第3編第1章第6節=①弁済(473条)②代物弁済(482条)③供託(494条)④相殺(505条)⑤更改(513条)⑥免除(519条)⑦混同(520条)
  • 分類=目的が達成されて消える(弁済・代物弁済・供託)/目的が達成されないまま消える(相殺・更改・免除・混同)
  • 第6節の外=消滅時効・取消し・解除・解除条件の成就
  • ×=履行不能は消滅原因ではない(412条の2)

まず、地図です。債権は、いつか消えます。物権は、持ち続けるのが本来の姿ですが、債権は、いつか終わるためにあります。民法は、第3編第1章の第6節に、消滅原因を、7つ並べています。弁済、代物弁済、供託、相殺、更改、免除、混同です。2つの群に分けると、見通しが立ちます。1つめの群は、債権の目的が達成されて消えるものです。弁済は、約束どおりに払うこと。代物弁済は、債権者と合意して、約束の物の代わりに、別の物で払うこと。供託は、受け取ってもらえないお金などを、供託所に預けることです。2つめの群は、目的が達成されないまま消えるものです。相殺は、お互いに持っている債権を、差し引きで消すこと。更改は、古い債務を、新しい債務に入れ替えること。免除は、債権者が、債務を帳消しにすること。混同は、親からお金を借りていた子が、その親を相続したときのように、債権者と債務者が、同一人物になることです。今日は、弁済から入ります。実務でも試験でも、中心になるのは、弁済と相殺です。ほかの制度の中身は、順に、別の回で見ます。もう1点。この7つは、第6節に書かれた消滅原因です。債権が消える場面は、第6節の外にもあります。消滅時効、取消し、解除、解除条件の成就です。時間が経って消える、契約が取り消されたり解除されたりして消える、条件がかなって効力を失う、という形です。これらは、別の場所で学ぶ制度で、今日は名前だけにとどめます。

債務が果たせなくなったとき、つまり履行不能は、消滅原因に入らないんですか。大事な点です。入りません。ここは、2017年の改正で変わりました。条文を、板で見てください。412条の2の第1項です。債務の履行が、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない、とあります。

履行不能の扱い。412条の2第1項=債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。→消えるのは「請求できること」だけ。債権そのものは消滅しない。反対給付(代金を払う側の義務)は当然には消えない→契約を解除して免れる(双方に責めがない不能なら、解除前でも536条1項で支払を拒める)。損害賠償への転化は別の回で見た。 図:履行不能の扱い

  • 412条の2第1項=債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない
  • →消えるのは「請求できること」だけ
  • 債権そのものは消滅しない
  • 反対給付(代金を払う側の義務)は当然には消えない→契約を解除して免れる(双方に責めがない不能なら、解除前でも536条1項で支払を拒める)
  • 損害賠償への転化は別の回で見た

条文が言っているのは、債権者が、履行を請求できなくなる、ということだけです。債権が消えた、とは書いていません。代金を払う側の義務も、当然には消えません。払う義務を免れたいなら、契約を解除します。ただ、どちらにも責任がない不能なら、解除する前でも、536条の1項で、代金の支払は拒めます。受領遅滞と危険の移転の回で見たとおりで、消えてはいないけれど、拒める、という形です。履行不能で、損害賠償に切り替わる話は、履行不能の回で見たとおりです。今日は、消滅原因の一覧に、履行不能は入らない、とだけ持ち帰ってください。

弁済とは何か

弁済(473条)。債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は消滅する。弁済=債務者が、債権の内容である給付を実現すること。履行・支払はほぼ同じ意味(履行=給付行為の動き/支払=金銭債務)。弁済意思は不要=債務の内容に適した給付が客観的に行われれば弁済(準法律行為説=通説)。 図:弁済

  • 473条
  • 債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は消滅する。弁済=債務者が、債権の内容である給付を実現すること。履行・支払はほぼ同じ意味(履行=給付行為の動き/支払=金銭債務)。弁済意思は不要=債務の内容に適した給付が客観的に行われれば弁済(準法律行為説=通説)。

中心の、弁済です。条文を出します。

条文民法473条

民法第473条 債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する。

短い条文です。弁済とは、債務者が、債権の内容である給付を実現することです。代金債権なら、代金を払うこと。引渡債権なら、物を引き渡すことです。履行や支払という言葉も、ほぼ同じ意味で使います。履行は、給付する行為に着目した言い方で、支払は、金銭債務の場合の言い方です。この条文は、2017年の改正で入りました。以前は、弁済で債権が消える、ということが、あたりまえとして、条文には書かれていませんでした。今は、消滅原因だと、明文になっています。弁済って、「これを弁済します」という気持ちが要るんですか。要りません。たとえば、小売チェーンが、卸会社に、代金480万円を払いました。このとき、これは弁済のつもりだ、という内心が無くても、客観的に、債務の内容どおりの給付が行われていれば、弁済になります。この考え方は、通説で、弁済を、意思表示ではなく、準法律行為と見ます。準法律行為は、法律行為の解釈の回で見た、効果が、望んだからではなく、法律が付けたから出る行為です。名前は、準法律行為説です。事実行為と見る説もありますが、答案での帰結は、変わりません。説の名前は、一言覚えておけば足ります。弁済は、段階を経て完成します。まず、債務者が、準備します。次に、債務者が、提供します。最後に、債権者が、受け取ります。この真ん中の、提供が、今日の本題です。

弁済の提供とは何か。弁済とは別物

弁済までの3段階。①準備(債務者)→②提供(債務者)=ここまでが債務者の仕事→③受領(債権者)=弁済の完成。提供=債務者としてやるべきことは全部やり、あとは債権者の受け取りを待つだけの状態。提供しても債権は消えない=消えるのは弁済のとき。履行の提供=弁済の提供(同じ出来事)。 図:弁済までの3段階

  • ①準備(債務者)→②提供(債務者)=ここまでが債務者の仕事→③受領(債権者)=弁済の完成
  • 提供=債務者としてやるべきことは全部やり、あとは債権者の受け取りを待つだけの状態
  • 提供しても債権は消えない=消えるのは弁済のとき
  • 履行の提供=弁済の提供(同じ出来事)

弁済の提供とは、債務者として、やるべきことを全部やって、あとは債権者が受け取るだけ、という状態にすることです。以前、受領遅滞の回で、履行の提供、という言葉が出てきました。弁済の提供と、同じ出来事です。条文によって、呼び方が違うだけです。提供すれば、債権は消えるんですか。消えません。ここが、最初の重要点です。提供は、弁済ではありません。債権が消えるのは、債権者が受け取って、弁済が完成したときです。提供の段階では、まだ、債権は残っています。では、提供に、何の意味があるのか。条文です。

条文民法492条

民法第492条 債務者は、弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れる。

提供をすれば、その時から、債務を履行しないことによって生じる責任を、免れます。債務は残るけれど、遅れの責任は負わない。この、ずれが、提供の本質です。次に、提供は、どうすればできたことになるのか。それを定めるのが、493条です。

現実の提供:原則

493条。本文=弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし書=債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。 図:493条

  • 本文=弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない
  • ただし書=債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる

条文民法493条

民法第493条 弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。

まず、本文です。原則は、現実の提供です。債務の本旨に従って、現実にしなければなりません。債務の本旨とは、債務の本来の内容、つまり、約束した中身のことです。今日は、小売チェーンと卸会社の設例で見ます。小売チェーンが、卸会社から仕入れた商品の代金480万円を、月末に、卸会社の本社へ持参して払う約束です。持参して払う債務を、持参債務と言います。

現実の提供の関係図。A小売チェーン(債務者)の経理担当が、480万円を持って、B卸会社の本社へ行く。受付に差し出し、受け取れる状態にした。担当者が不在でも、受付に差し出せば提供になる。持って行く先は債権者の現在の住所(484条1項が原則)。 図:現実の提供の関係図

  • A小売チェーン(債務者)の経理担当が、480万円を持って、B卸会社の本社へ行く
  • 受付に差し出し、受け取れる状態にした
  • 担当者が不在でも、受付に差し出せば提供になる
  • 持って行く先は債権者の現在の住所(484条1項が原則)

現実の提供とは、債務の中身を、約束の場所に持って行って、債権者が受け取るだけの状態にすることです。小売チェーンの経理担当が、480万円を持って、卸会社の本社へ行きます。受付に差し出して、いつでも受け取れる状態にした。これが、現実の提供です。卸会社の担当者が不在でも、約束の場所まで持って行って、受け取れる状態にしたなら、提供になります。債権者の都合で会えなかっただけで、債務者のやるべきことは、全部やっているからです。持って行く先は、特に決めがなければ、債権者の現在の住所です。弁済の場所を定めた484条の1項が、そう言っています。本旨に含まれる、給付の場所、時間、費用などの細かい話は、別の回で見ます。今日は、持参債務の原則までです。さて、債務の本旨に従う、とは、具体的にどういうことか。3つ見ます。1つめ。約束と違う物を持って行っても、提供になりません。約束と違う物は、約束した中身、つまり債務の本旨に従っていないので、債権者は、受け取りを拒んで構いません。2つめ。一部だけの提供は、原則として、債務の本旨に従いません。たとえば、480万円のところ、400万円しか持って行かなかった。これは、提供になりません。ただし、ごくわずかな不足なら、提供と認められることが多いです。

一部の提供。原則=一部だけの提供は債務の本旨に従わず、提供にならない(例=480万円のところ400万円)。例外=ごくわずかな不足(例=3千円だけ足りない)は提供と認められることが多い。判例(最判昭35・12・15 民集14巻14号3060頁)=不足は元利約15万円余りに対して約1,300円→提供・供託の効果を否定できない。一部弁済は承認として時効が更新される(別論点)。 図:一部の提供

  • 原則=一部だけの提供は債務の本旨に従わず、提供にならない(例=480万円のところ400万円)
  • 例外=ごくわずかな不足(例=3千円だけ足りない)は提供と認められることが多い
  • 判例(最判昭35・12・15 民集14巻14号3060頁)=不足は元利約15万円余りに対して約1,300円→提供・供託の効果を否定できない
  • 一部弁済は承認として時効が更新される(別論点)

たとえば、480万円のところ、端数の計算を間違えて、3千円足りないまま持って行った。これは、金額の1%にも満たない不足です。判例は、こういう、ごくわずかな不足なら、提供の効果を否定できない、と判断しました。債権者が、その程度の不足を理由に受け取りを断るのは、認められにくい、という方向の判断です。ただし、大きく足りなければ、提供になりません。400万円は、駄目です。なお、一部の弁済をしたこと自体は、債務者が、債務の存在を認めたことになります。これを、承認と言います。時効の更新の回で見たとおり、承認があれば、時効は更新します。提供になるか、とは別の話です。3つめ。金銭債務では、何を持って行けばよいか。現金が、基本です。そのほか、銀行が自分あてに振り出した小切手、自己宛小切手は、取引の世界で、現金と同じように扱われています。そのため、特段の事情がなければ、債務の本旨に従った提供になる、と判例も言っています。代理人による提供でも、構いません。提供をするのは、債務者本人に限られません。

口頭の提供で足りる2場面

口頭の提供(493条ただし書)=弁済の準備をしたことを通知して、その受領を催告する(準備+通知+催告)。足りる場面=①債権者があらかじめ受領を拒んだとき②債務の履行について債権者の行為を要するとき。判例の言葉では「言語上の提供」。 図:口頭の提供

  • 493条ただし書
  • =弁済の準備をしたことを通知して、その受領を催告する(準備+通知+催告)。足りる場面=①債権者があらかじめ受領を拒んだとき②債務の履行について債権者の行為を要するとき。判例の言葉では「言語上の提供」。

ここから、ただし書です。画面の条文の後半を、もう一度見てください。債権者があらかじめ受領を拒み、または、債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知して、受領の催告をすれば足りる、とあります。これが、口頭の提供です。判例の言葉では、言語上の提供とも言います。同じものです。口頭で足りるとされる理由は、現実の提供が、無駄になる場面があるからです。受け取らないと言っている相手に、わざわざ現金を持って行っても、受け取ってもらえません。また、債権者の協力が、そもそも要る債務では、債務者だけでは、現実の提供が完成しません。こういう場面で、債務者に、現実の提供まで求めるのは、酷です。だから、口頭の提供を、足りることにしました。今日の軸は、債権者が協力してくれないぶんだけ、債務者の仕事が軽くなる、ということです。口頭の提供の中身は、3つです。準備をする。そのことを通知する。受け取ってほしいと催告する。準備とは、すぐに弁済できる状態にしておくことです。金銭なら、手元に現金があることまでは要りません。調達できる確実な方法を、講じてあれば足ります。通知と催告は、同時にされることが多いです。場面は、2つです。1つめは、債権者が、あらかじめ受領を拒んだとき。卸会社が、品質に不満があるから、今後その代金は受け取らない、と通告してきた。小売チェーンは、480万円を用意して、用意したから受け取ってほしい、と伝えれば足ります。

口頭の提供の2場面。①あらかじめ受領を拒んだ=卸会社「品質に不満だ、今後その代金は受け取らない」→小売チェーンは「480万円を用意した。受け取ってほしい」と通知・催告。②債権者の行為を要する=取立債務(卸会社の担当者が店舗へ集金に来る約束)・登記債務(登記に債権者の協力が要る)・履行の場所や時期を債権者が指定する債務。→小売チェーンは集金日に用意して「用意できた、取りに来てほしい」と通知。 図:口頭の提供の2場面

  • ①あらかじめ受領を拒んだ=卸会社「品質に不満だ、今後その代金は受け取らない」→小売チェーンは「480万円を用意した。受け取ってほしい」と通知・催告
  • ②債権者の行為を要する=取立債務(卸会社の担当者が店舗へ集金に来る約束)・登記債務(登記に債権者の協力が要る)・履行の場所や時期を債権者が指定する債務
  • →小売チェーンは集金日に用意して「用意できた、取りに来てほしい」と通知

2つめは、債務の履行について、債権者の行為を要するとき。代表が、取立債務です。たとえば、代金は、卸会社の担当者が、小売チェーンの店舗へ、集金に来る約束だった。取りに来るのは、卸会社です。小売チェーンは、集金日に、用意をして、用意できたから、取りに来てほしい、と通知すれば足ります。ほかにも、登記を移す債務です。登記は、債権者の協力が無ければ、できません。履行の場所や時期を、債権者が指定する債務も、同じです。引渡場所の指定が足りなくても、問い合わせれば、直ちに分かる程度なら、通知として足りる、とされています。細かい形式より、準備があって、受け取りを求めた、という実質を見ます。

取立債務の注意。遅れの責任を免れるだけなら、取立債務は口頭の提供も不要(取りに来ないこと自体が遅れの違法性を消す)。同時履行の抗弁権の存在効果を奪うには、取立債務でも提供が必要で、方法は口頭の提供で足りる。試験では「取立債務=口頭の提供の典型」と覚えてよい。 図:取立債務の注意

  • 遅れの責任を免れるだけなら、取立債務は口頭の提供も不要(取りに来ないこと自体が遅れの違法性を消す)
  • 同時履行の抗弁権の存在効果を奪うには、取立債務でも提供が必要で、方法は口頭の提供で足りる
  • 試験では「取立債務=口頭の提供の典型」と覚えてよい

取立債務について、1つ注意です。いま、通知すれば足りる、と言いました。ただ、何のための提供かで、答えが2つに分かれます。画面を見てください。遅れの責任を免れるだけを見るなら、取立債務は、口頭の提供も要らない、と整理されます。取りに来ない債権者がいる、そのこと自体が、遅れの違法性を消すからです。ただ、相手の同時履行の抗弁権を封じるには、取立債務でも、提供が必要で、方法は、口頭の提供で足ります。試験では、取立債務は、口頭の提供で足りる場面の典型、と覚えて構いません。この板は、免責だけを見る場面では、さらに軽い、という補足です。

口頭の提供すら要らない場合

3段目の入口。口頭の提供のさらに先。債権者が「契約そのものがない。代金は一切受け取らない」と言っている場合、債務者は、口頭の提供も必要か。設例=卸会社「あの売買はなかったことになっている」→小売チェーンは口頭の提供すらしていない。 図:3段目の入口

  • 口頭の提供のさらに先
  • 債権者が「契約そのものがない。代金は一切受け取らない」と言っている場合、債務者は、口頭の提供も必要か
  • 設例=卸会社「あの売買はなかったことになっている」→小売チェーンは口頭の提供すらしていない

さらに先があります。卸会社が、こう言い切っているとします。あの売買は、なかったことになっている。代金は、一切受け取らない。このとき、小売チェーンが、口頭の提供すらしていなかったら、遅れの責任を負うのでしょうか。最高裁の大法廷が、判断しました。事案は、賃貸借です。賃貸人が、賃貸借の解除を主張し続けて、賃貸借契約の存在そのものを争っていました。その間の賃料について、賃借人は、口頭の提供をしなかったのです。判旨です。

判例最大判昭32・6・5 民集11巻6号915頁

口頭の提供も要らない場合 債権者が予め弁済の受領を拒んだときは、債務者をして現実の提供をなさしめることは無益に帰する場合があるから、これを緩和して民法四九三条但書において、債務者は、いわゆる言語上の提供、すなわち弁済の準備をなしその旨を通知してその受領を催告するを以て足りると規定したのである。そして、債権者において予め受領拒絶の意思を表示した場合においても、その後意思を翻して弁済を受領するに至る可能性があるから、債権者にかかる機会を与えるために債務者をして言語上の提供をなさしめることを要するものとしているのである。……しかし、債務者が言語上の提供をしても、債権者が契約そのものの存在を否定する等弁済を受領しない意思が明確と認められる場合においては、債務者が形式的に弁済の準備をし且つその旨を通知することを必要とするがごときは全く無意義であつて、法はかかる無意義を要求しているものと解することはできない。それ故、かかる場合には、債務者は言語上の提供をしないからといつて、債務不履行の責に任ずるものということはできない。

前半と後半に分けて読みます。前半は、ただし書の趣旨です。債権者が、あらかじめ受領を拒んだときは、現実の提供は、無益だから、口頭の提供で足りる。そして、債権者が、あらかじめ拒んでも、あとで意思を翻して受け取る可能性がある。だから、その機会を与えるために、口頭の提供をさせる。これが、ただし書の理由だと言っています。後半が、結論です。しかし、債権者が、契約そのものの存在を否定するなど、受け取らない意思が明確なら、口頭の提供をさせるのは、全く無意義だ。だから、口頭の提供をしなくても、債務不履行の責任は負わない、と判断しました。

2つの拒み方を分けるのは、債権者が考えを変える余地、つまり翻意の余地があるかどうかです。受領を拒んだ、というだけなら、条件次第で気が変わるかもしれません。品質を直したら受け取る、という拒み方なら、口頭の提供で、機会を与える意味があります。一方、契約そのものを否定していて、何を言っても受け取らないことが明らかなら、口頭の提供をしても、意味がありません。

2つの拒絶の差。あらかじめ受領を拒む(条件次第で翻意の余地あり)→口頭の提供が必要(準備+通知+催告)。契約の存在そのものを否定するなど、受領しない意思が明確(何を言っても受け取らない)→口頭の提供も不要=準備だけでよい(遅れの責任について)。理由=形式的に準備して通知させるのは全く無意義。 図:2つの拒絶の差

  • あらかじめ受領を拒む(条件次第で翻意の余地あり)→口頭の提供が必要(準備+通知+催告)
  • 契約の存在そのものを否定するなど、受領しない意思が明確(何を言っても受け取らない)→口頭の提供も不要=準備だけでよい(遅れの責任について)
  • 理由=形式的に準備して通知させるのは全く無意義

設例で整理します。卸会社が、品質に不満があるから受け取らない、と言うなら、直せば受け取るかもしれません。小売チェーンは、口頭の提供をします。卸会社が、売買はなかったと言い切るなら、小売チェーンは、口頭の提供をしなくても、遅れの責任を負いません。債権者が協力しないぶんだけ債務者の仕事が軽くなる、という軸のとおり、債権者が、協力する気を、全く見せないぶん、債務者の手間が、さらに軽くなったのです。

ただし、準備ができない債務者は別

受領拒絶が明確な場合のさらに先。債権者が受領しない意思を明確にしている。しかし債務者の側に、弁済の準備がない。設例=小売チェーンは経営難で480万円を用意する資力も当ても無い。卸会社は「受け取らない」と明言している。→責任を免れるか。対比=資金は手元(または確実な調達の当て)にあるが、卸会社が受け取らない小売チェーン。 図:受領拒絶が明確な場合のさらに先

  • 債権者が受領しない意思を明確にしている
  • しかし債務者の側に、弁済の準備がない
  • 設例=小売チェーンは経営難で480万円を用意する資力も当ても無い
  • 卸会社は「受け取らない」と明言している
  • →責任を免れるか
  • 対比=資金は手元(または確実な調達の当て)にあるが、卸会社が受け取らない小売チェーン

今の判例には、続きがあります。卸会社は、受け取らないと明言しています。ところが、小売チェーンは、経営が苦しく、480万円を用意する資力も、当ても無い。この小売チェーンも、遅れの責任を免れるのでしょうか。免れません。最高裁は、そう判断しました。事案は、賃貸借です。賃貸人が、期間が満了したと主張して、賃料を受け取りませんでした。ところが、賃借人の会社は、債務超過で、倒産し、清算に入っていて、賃料を払う余力も無く、準備すらしていませんでした。賃料を払わなかったことを理由にした、解除が、有効とされました。判旨は、前提、結論、理由の3つに分かれます。まず、前提と結論です。

判例最判昭44・5・1 民集23巻6号935頁

弁済の準備ができない債務者:前提と結論 賃貸借契約に基づく賃料債務の支払について、債権者たる賃貸人が当該賃貸借契約の存在を否定するなどして、賃料債務の弁済を受領しない意思が明確であると認められるときは、債務者たる賃借人は言語上の提供をしなくても債務不履行の責を免かれるものと解すべきではあるが(略)、このことは、賃借人において言語上の提供をすることが可能なことを前提としているものであつて、経済状態不良のため弁済の準備ができない状態にある賃借人についてまでも債務不履行の責を免かれるとするものではない。……すなわち、弁済の準備ができない経済状態にあるため言語上の提供もできない債務者は、債権者が弁済を受領しない意思が明確と認められるときでも、弁済の提供をしないことによつて債務不履行の責を免かれないものと解すべきである。

1つめは、前提です。債権者が受け取らない意思を明確にしているとき、債務者は、口頭の提供をしなくても免れる。ただし、この結論は、債務者が、口頭の提供をすることが可能なことを前提にしている。つまり、準備ができている債務者の話です。2つめは、結論です。準備ができない経済状態にある債務者は、債権者が受け取らない意思が明確でも、弁済の提供をしないかぎり、責任を免れません。続けて、理由の部分です。

判例最判昭44・5・1 民集23巻6号935頁

弁済の準備ができない債務者:理由 けだし、弁済に関して債務者のなすべき準備の程度と債権者のなすべき協力の程度とは、信義則に従つて相関的に決せられるべきものであるところ、債権者が弁済を受領しない意思が明確であると認められるときには、債務者において言語上の提供をすることを必要としないのは、債権者により現実になされた協力の程度に応じて、信義則上、債務者のなすべき弁済の準備の程度の軽減を計つているものであつて、逆に、債務者が経済状態の不良のため弁済の準備ができない状態にあるときは、そもそも債権者に協力を要求すべきものではないから、現実になされた債権者の協力の程度とはかかわりなく、信義則上このような債務者に前記のような弁済の準備の程度についての軽減を計るべきいわれはないのである。

3つめは、理由です。ここが、いちばん大事です。弁済に関して、債務者がすべき準備の程度と、債権者がすべき協力の程度は、信義則上、相関的に決まります。債権者が、受け取らない意思を明確にしているなら、その非協力に応じて、債務者の準備の程度を軽くする。これが、口頭の提供も要らない、という、先ほどの大法廷の結論です。ところが、債務者が、そもそも準備ができない状態なら、債権者に協力を求めるべき前提を、欠きます。準備を軽くするのは、払える状態で待っている債務者に、相手が受け取らないせいで、無駄な手間をかけさせないためです。準備のない債務者は、相手が受け取らないから払えなかった、のではなく、もともと払えなかったのです。債権者の態度とは関わりなく、準備を軽くしてやるいわれは、ありません。

玄関のチャイムを押して待っている配達員と、荷物を持たずに玄関前に立っている人を、比べてください。相手が出てこなくても、配達員は、届けようとした、と言えます。荷物が無ければ、出てこない相手のせいにはできません。債権者が受け取らないのは、準備のある債務者を救う理由で、準備の無い債務者を救う理由ではない、ということです。まとめます。債権者が、受け取らない意思を明確にしているなら、債務者は、口頭の提供をしなくても、準備ができていさえすれば、その後の遅れの責任は生じません。準備のできない債務者は、そうはいきません。この対比が、答案の核になります。

3段の要件を1枚で

弁済の提供の要件(3段)。①現実の提供(原則)=債務の本旨に従って、給付場所に持参し、債権者が受け取るだけの状態にする。②口頭の提供=あらかじめ受領を拒む/債権者の行為を要する→準備+通知+催告。③不要=契約の存在を否定するなど受領しない意思が明確→準備だけでよい(遅れの責任について)。ただし弁済の準備ができない債務者は不可(提供しないと責任を免れない)。 図:弁済の提供の要件

  • 3段
  • ①現実の提供(原則)=債務の本旨に従って、給付場所に持参し、債権者が受け取るだけの状態にする。②口頭の提供=あらかじめ受領を拒む
  • 債権者の行為を要する→準備+通知+催告。③不要=契約の存在を否定するなど受領しない意思が明確→準備だけでよい(遅れの責任について)。ただし弁済の準備ができない債務者は不可(提供しないと責任を免れない)。

ここで、3段を、1枚にまとめます。画面の図を見てください。1段目は、現実の提供です。債権者が、普通に受け取れる場面で、債務の本旨に従って、約束の場所に持って行き、債権者が受け取るだけの状態にします。2段目は、口頭の提供です。債権者が、あらかじめ受領を拒んだとき、または、債権者の行為が要るとき、準備をして、通知して、催告します。3段目は、提供が不要の場合です。受け取らない意思が明確なら、遅れの責任については、準備だけで足ります。ただし、準備ができない債務者は、ここに入れません。判断の順番は、3つです。まず、債権者は、受け取れる状態か、受け取らない意思を示しているか。次に、その段階に応じた提供を、したか。最後に、そもそも、準備はあったか。この順で見ると、迷いません。

提供の効果:492条の中身

提供の効果(492条)。①債務を履行しないことによる責任を免れる=履行遅滞を理由とする解除を受けない/遅延損害金・損害賠償を請求されない/違約金を請求されない/担保権を実行されない。②同時履行の抗弁権(や留置権)の存在効果を奪う→以後、反対債務の不履行が違法になる。③約定利息が止まる。注意=債務は消えない。 図:提供の効果

  • 492条
  • ①債務を履行しないことによる責任を免れる=履行遅滞を理由とする解除を受けない
  • 遅延損害金・損害賠償を請求されない
  • 違約金を請求されない
  • 担保権を実行されない。②同時履行の抗弁権(や留置権)の存在効果を奪う→以後、反対債務の不履行が違法になる。③約定利息が止まる。注意=債務は消えない。

提供をすると、どうなるのか。492条の中身を、3つに分けて見ます。1つめ。債務を履行しないことによって生じる責任を、免れます。具体的に、4つあります。履行遅滞を理由にした、契約の解除を受けません。遅延損害金や損害賠償を、請求されません。約束した違約金を、請求されません。担保権も、実行されません。たとえば、小売チェーンが、480万円を提供したあとで、卸会社が、遅れたことを理由に、約束の遅延損害金を請求したり、売買契約を解除したりすることは、できません。2つめ。債務者が自分の債務の履行を提供すると、相手方は、同時履行の抗弁権の存在効果を、奪われます。履行遅滞の要件の回で見た話です。たとえば、品物の引渡しと代金の支払が、同時の約束だったとします。代金をもらうまで渡さない、と言える間は、卸会社は、品物を渡さなくても、遅れの責任を問われません。ところが、小売チェーンが、480万円を持って行って提供すると、この言い分は、遅れを正当にする力を失い、以後、卸会社が品物を渡さなければ、卸会社の遅れが、違法になります。一方、卸会社が、引換えでなければ渡さない、と主張して、引渡しそのものを拒めるかどうか、つまり行使上の効果と、提供を続ける必要があるかどうかは、同時履行の抗弁権の本体の話で、後の章で見ます。留置権も、同じ働きがあります。3つめ。約定の利息が、止まります。たとえば、小売チェーンが、残りの代金300万円を分割で払う約束で、年利6%の利息が付く取引だったとします。1か月分の利息は、1万5千円です。元本と、その月の利息を、持参して提供した。以後は、利息が増えません。

提供をしても、債務は消えません。これが、いちばん大事な注意です。提供は、債務者を、遅れの責任から解放するだけです。債権は残っています。消すには、債権者に受け取ってもらって、弁済を完成させます。受け取らない債権者に対しては、債務を消す手段として、供託があります。供託の中身は、別の回で見ます。今日は、提供と弁済が、別物だという点だけで、足ります。

提供の効果・受領遅滞の効果・特定を区別する

3列の区別板。似た場面で問題になる、3つの別々の効果を並べる。左=弁済の提供の効果(債務者の側)=責任を免れる・同時履行の存在効果が止まる・約定利息が止まる(492条)。中=受領遅滞の効果(債権者の側)=保存の注意の軽減・増加費用の債権者負担(413条)・危険の移転(名前だけ)。右=特定の効果=種類物の債務で、給付に必要な行為を完了すると目的物が決まり、債務者は調達義務を負わなくなる(401条2項)。 図:3列の区別板

  • 似た場面で問題になる、3つの別々の効果を並べる
  • 左=弁済の提供の効果(債務者の側)=責任を免れる・同時履行の存在効果が止まる・約定利息が止まる(492条)
  • 中=受領遅滞の効果(債権者の側)=保存の注意の軽減・増加費用の債権者負担(413条)・危険の移転(名前だけ)
  • 右=特定の効果=種類物の債務で、給付に必要な行為を完了すると目的物が決まり、債務者は調達義務を負わなくなる(401条2項)

思い出してみましょう。受領遅滞の回で、提供の効果を、左右に切り分けました。右側、受け取らない債権者の側には、どんな効果が付いたでしょうか?物を保存する注意が軽くなることと、増えた費用を、債権者が負担することです。それが右側、受領遅滞の効果です。左側は、提供そのものの効果で、債務者の側でした。今日は、その左側を、埋めました。ここで、もう一度、3列で並べ直します。左は、弁済の提供の効果です。責任を免れる、同時履行の存在効果が止まる、約定利息が止まる。債務者の側に付く効果です。中は、受領遅滞の効果です。保存の注意が軽くなる、増えた費用は債権者の負担、危険の移転です。危険の移転は、受領遅滞と危険の移転の回で見た、誰のせいでもない事故の不利益が、受け取らなかった債権者の側に回ることです。債権者が、受け取らない、という事実に付く効果です。右は、特定の効果です。種類債権の特定の回で見た、同じ型のどれか1台、という債務が、この1台、の債務に絞られる話です。種類物の債務で、債務者が、給付に必要な行為を完了すると、その物が目的物になり、債務者は、同じ型の別の1台を仕入れて届ける、調達義務を負わなくなります。

提供の要件と特定の要件は、一部が重なります。持参債務なら、現実の提供と、特定の要件は、近い内容です。取立債務なら、特定は、物を分離して、準備して、通知すれば足ります。提供は、準備して、通知して、催告します。ただし、効果は、全く違います。特定は、調達義務が終わる。提供は、遅れの責任を免れる。特定は、どの物を渡すかが決まる話で、提供は、遅れの責任を負うかどうかの話だからです。別の出来事として、持ってください。また、特定物、つまり、最初からこの1台と決まっている物の債権でも、提供は問題になりますが、特定は問題になりません。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。①持って行った分=現実の提供ができている(家賃は大家の住所へ持参する債務=484条1項が原則)→以後の遅れの責任なし(解除されない・遅延損害金なし)(492条)。②翌月以降=大家があらかじめ受領を拒んでいる→口頭の提供で足りる。拒絶が揺るがず明確なら準備だけでよい(遅れの責任について)(値上げに応じれば受け取る、と翻意の余地があるなら口頭の提供まで)。③払う用意は切らさない。④債務は消えていない=払う義務は残る。 図:冒頭の答え

  • ①持って行った分=現実の提供ができている(家賃は大家の住所へ持参する債務=484条1項が原則)→以後の遅れの責任なし(解除されない・遅延損害金なし)(492条)
  • ②翌月以降=大家があらかじめ受領を拒んでいる→口頭の提供で足りる
  • 拒絶が揺るがず明確なら準備だけでよい(遅れの責任について)(値上げに応じれば受け取る、と翻意の余地があるなら口頭の提供まで)
  • ③払う用意は切らさない
  • ④債務は消えていない=払う義務は残る

冒頭の家賃の答えです。借主は、月末に、大家さんの家へ、家賃を持って行きました。家賃は、大家さんの住所へ持参するのが原則ですから、これは、現実の提供です。大家さんが断っても、持って行った時点で、提供は、できています。その分については、以後の遅れの責任を、負いません。解除もされず、遅延損害金も、請求されません。翌月以降は、どうか。大家さんが前月の態度を変えていないなら、大家さんは、あらかじめ受領を拒んでいます。だから、口頭の提供で足ります。用意したので受け取ってほしい、と伝えるのです。さらに、大家さんの拒絶が、揺るがず、明確なら、準備だけで足ります。ただし、値上げに応じれば受け取る、という拒み方なら、翻意の余地があります。口頭の提供は、しておくのが安全です。注意が2つあります。1つめ。家賃を払う用意は、切らさないでください。準備ができていなければ、準備ができない債務者の例外にあたり、責任を免れません。2つめ。債務は、消えていません。家賃を払う義務は残ります。消すのは、受け取ってもらうか、あるいは供託です。

まとめ板。①弁済(473条)=債権の消滅原因。弁済意思は不要②弁済の提供=債務者のやるべきことを全部やり受け取りを待つ状態。提供≠弁済(債権は消えない)③3段=現実の提供(原則)/口頭の提供(準備+通知+催告・2場面)/不要(受領拒絶が明確→遅れの責任について準備だけ)④準備ができない債務者は不可(信義則上、準備の程度と協力の程度は相関)⑤効果(492条)=責任を免れる・同時履行の存在効果を奪う・約定利息が止まる⑥提供の効果・受領遅滞の効果・特定は別物。 図:まとめ板

  • ①弁済(473条)=債権の消滅原因
  • 弁済意思は不要②弁済の提供=債務者のやるべきことを全部やり受け取りを待つ状態
  • 提供≠弁済(債権は消えない)③3段=現実の提供(原則)/口頭の提供(準備+通知+催告・2場面)/不要(受領拒絶が明確→遅れの責任について準備だけ)④準備ができない債務者は不可(信義則上、準備の程度と協力の程度は相関)⑤効果(492条)=責任を免れる・同時履行の存在効果を奪う・約定利息が止まる⑥提供の効果・受領遅滞の効果・特定は別物

整理します。1つめ、弁済は、債権の消滅原因です。弁済意思は、要りません。履行不能は、消滅原因ではなく、請求ができなくなるだけです。2つめ、弁済の提供は、債務者がやるべきことを全部やって、受け取りを待つ状態です。提供は弁済ではなく、債権は消えません。3つめ、提供は3段です。現実の提供が原則です。あらかじめ受領を拒まれたとき、または、債権者の行為が要るときは、口頭の提供で足ります。受領しない意思が明確なら、遅れの責任については、準備だけで足ります。4つめ、払える用意の無い債務者は、債権者の拒絶が明確でも、責任を免れません。理由は、準備の程度と協力の程度が、信義則上、相関するからです。そして5つめは、効果です。責任を免れる、同時履行の存在効果を奪う、約定利息が止まる。そして、提供の効果と、受領遅滞の効果と、特定は、別物です。試験で聞かれたら、提供したか、どの段階の提供か、準備はあったか、の順に確認してください。口頭の提供すら要らない場合と、その例外の2つの判例は、論文でも論点になりうる分野です。誰が弁済できるのか、誰に弁済すればよいのかは、別の回で見ます。

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#177単独ページ動画

第三者による弁済

第4章 債権総論 #177/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

大家が払わない地代を、借家人が払えるか

冒頭の関係図。借家人Bが住む家の大家Aは、土地の持ち主Cに地代を払っていない。Cは「払わなければ土地の賃貸借を解除する」と言っている。解除されれば、Bも建物から退去することになりうる。問い=借家人Bは、大家Aの代わりに、地主Cへ地代を払えるのか。 図:冒頭の関係図

  • 借家人Bが住む家の大家Aは、土地の持ち主Cに地代を払っていない
  • Cは「払わなければ土地の賃貸借を解除する」と言っている
  • 解除されれば、Bも建物から退去することになりうる
  • 問い=借家人Bは、大家Aの代わりに、地主Cへ地代を払えるのか

前回は、弁済の中身と弁済の提供を見ました。今日は、その弁済を誰がしてよいのか、という話です。入口は身近な場面です。あなたは一軒家を借りて住んでいます。ところが大家さんが、その土地の持ち主である地主さんに地代を払っていません。地主さんは、払われなければ大家さんとの土地の賃貸借を解除する、と言っています。解除されれば家は建っていられず、あなたも建物から出ていくことになりかねません。大家さんの借金を、あなたが払ってよいのか。しかも大家さんが、余計なことをするな、と言っていたら、どうなるのか。問いを2つに分けます。1つめは、そもそも他人の債務を第三者が払ってよいのか。2つめは、払ってはいけない場面があるのか。先に答えを言うと、あなたは払えます。大家さんが嫌がっていても、地主さんが断っても、です。なぜそう言えるのかを、条文と判例でたどります。

原則:第三者も弁済できる

474条1項=債務の弁済は、第三者もすることができる。原則=第三者弁済は有効。理由=債権の目的は給付の実現。誰が払っても、債権者の満足は同じ。第三者=債務者本人・代理人以外の者(保証人や連帯債務者は自分の債務として払うので、第三者ではない)。

  • 474条1項=債務の弁済は、第三者もすることができる
  • 原則=第三者弁済は有効
  • 理由=債権の目的は給付の実現
  • 誰が払っても、債権者の満足は同じ
  • 第三者=債務者本人・代理人以外の者(保証人や連帯債務者は自分の債務として払うので、第三者ではない)

条文民法474条1項

民法第474条 債務の弁済は、第三者もすることができる。

原則は、1項です。第三者も、弁済できます。債権者が欲しいのは、約束の中身が実現されることです。代金債権なら、代金が入ること。誰の財布から出たお金でも、満足は変わりません。だから、債権者は、第三者の弁済を、原則として、拒めません。拒めば、受領遅滞になりうる、というのが、これまでの理屈です。

原則の関係図。A卸会社(債権者)→B小売チェーン(債務者)に3000万円の代金債権。B→Aの弁済は通常の道。そこへC親会社が横から、Bの債務をAに弁済する。この弁済も原則として有効=債権は消える。 図:原則の関係図

  • A卸会社(債権者)→B小売チェーン(債務者)に3000万円の代金債権
  • B→Aの弁済は通常の道
  • そこへC親会社が横から、Bの債務をAに弁済する
  • この弁済も原則として有効=債権は消える

設例です。卸会社が、小売チェーンに、3000万円の代金債権を持っています。そこへ、小売チェーンの親会社が、横から、その3000万円を、卸会社に払いました。原則として、この弁済は有効で、債権は消えます。前々回に見た履行引受も、同じです。小売チェーンと親会社が、親会社が代わりに払う、と約束していたとき、親会社が、実際に卸会社へ払う根拠は、この474条です。「第三者」というのは、債務者以外の人、ということですか。少し絞ります。債務者本人や、その代理人は、第三者ではありません。そして、自分も債務を負っている人が、自分の債務として払う場合も、第三者弁済ではありません。たとえば、保証人は、自分の保証債務として払います。ここでいう第三者は、他人の債務を、他人の債務として、払う人です。

例外その1:債務者の意思に反する弁済

474条2項=弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない。本文=正当な利益なし+債務者の意思に反する→無効。ただし書=債権者が知らなければ有効。

  • 474条2項=弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない
  • ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない
  • 本文=正当な利益なし+債務者の意思に反する→無効
  • ただし書=債権者が知らなければ有効

次に、例外です。1つめの例外は、2項です。

条文民法474条2項

民法第474条 2 弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない。

本文の効果です。債務者の意思に反して弁済しても、有効な弁済にならず、債権者は、受け取りを拒めます。理由は2つあります。1つめは、債務者の意思の尊重です。他人に、恩を着せられたくない、貸しを作りたくない、という債務者の気持ちを、法律は守ります。2つめは、債務者の保護です。弁済した第三者は、あとから債務者に、立て替えた分を請求できます。債務者が望んでいないのにこの請求を押しつけられては、債務者は困ります。

2項の設例。小売チェーン(債務者)は、卸会社に「来月に自分で払う」と決めていた。ところが、小売チェーンの友人が、小売チェーンの意思に反して、3000万円を卸会社に払った。原則→無効。ただし、卸会社が、小売チェーンの意思に反することを知らなかった→有効。 図:2項の設例

  • 小売チェーン(債務者)は、卸会社に「来月に自分で払う」と決めていた
  • ところが、小売チェーンの友人が、小売チェーンの意思に反して、3000万円を卸会社に払った
  • 原則→無効
  • ただし、卸会社が、小売チェーンの意思に反することを知らなかった→有効

ただし書です。債務者の意思に反することを、債権者が知らなかったときは、有効です。設例で見ます。小売チェーンは、来月、自分で払うつもりでした。ところが、小売チェーンの友人が、小売チェーンに頼まれた、と嘘をついて、卸会社に払いました。卸会社は、それが小売チェーンの意思に反するとは、知りませんでした。この場合、弁済は、有効です。債権者の立場に立ってみてください。債務者が、本当は嫌がっているかどうかは、外からは、分かりません。知らずに受け取ったのに、あとで、あれは債務者の意思に反していたから無効だ、と言われて、返還を迫られたら、たまりません。そこで、知らなかった債権者は、保護されます。なお、このただし書は、2017年の改正で入りました。改正前は、債務者の意思に反する弁済は、債権者が知っていたかどうかを問わず、無効でした。善意の債権者は、いつ返還を求められるか分からない状態だったので、改正で、手当てされたのです。大事な点を1つ。この例外は、正当な利益を有する者でない第三者にだけ、働きます。正当な利益のある者は、債務者の意思に反しても、有効に弁済できます。では、正当な利益とは、誰のことか。ここが、今日の山場です。

正当な利益とは:法律上の利害関係

正当な利益=弁済をすることについて法律上の利害関係を有すること。物差し=払わないと、自分が法律上の不利益(財産や地位を失う)を受けるか。ある=物上保証人・担保不動産の第三取得者・後順位抵当権者・借地上の建物の賃借人。ない(事実上の利害関係にとどまる)=親族・友人・恋人・保証も担保もない親会社。

  • 正当な利益=弁済をすることについて法律上の利害関係を有すること
  • 物差し=払わないと、自分が法律上の不利益(財産や地位を失う)を受けるか
  • ある=物上保証人・担保不動産の第三取得者・後順位抵当権者・借地上の建物の賃借人
  • ない(事実上の利害関係にとどまる)=親族・友人・恋人・保証も担保もない親会社

判例の言葉から、確認します。

判例最判昭39・4・21 民集18巻4号566頁

正当な利益とは 民法第四七四条第二項にいう「利害ノ関係」を有する者とは、物上保証人、担保不動産の第三取得者などのように弁済をすることに法律上の利害関係を有する第三者をいうものと解するのが相当であり、

判決が引いているのは、改正前の条文の言葉で、利害の関係、です。現在の条文の、正当な利益のことだと、読み替えて構いません。この判決は、法律上の利害関係を有する第三者をいう、と言いました。例として、物上保証人と、担保不動産の第三取得者が挙がっています。事案は、ある会社が、別の会社の債務を代わりに弁済した、というものです。その会社には、法律上直接の利害関係を有した事実は認められない、と判断されました。物上保証人は、他人の債務のために、自分の不動産に、抵当権を設定した人でした。債務は負わず、差し出した不動産の限度で責任を負います。第三取得者は、抵当権の付いた不動産を買った人です。どちらも、債務者が払わなければ、抵当権が実行され、自分の不動産を失います。だから、代わりに払って、抵当権を消したい。この立場が、法律上の利害関係です。後順位抵当権者も入ります。同じ不動産に、抵当権が複数ある場合、先順位の債権が消えれば、後順位の順位が上がるからです。判決が挙げた例ではありませんが、同じ理屈で入ります。

物差しを、1本出します。払わないと、自分が、法律上の不利益を受けるか、です。財産を失うか、地位を失うか。感情の強さや、経済的な結びつきの深さは、物差しではありません。たとえば、火事の場面です。隣の家が燃えています。放っておくと、自分の家に燃え移る人は、水をかけます。気の毒に思って見ている友人は、水をかけても、それは善意の応援です。法律上の不利益を受けるのは、前者だけです。なぜ、ここで線を引くのか。財産や地位が懸かっている人を、債務者の気持ちだけで止めれば、その人は、黙って財産や地位を失うしかありません。法律上の不利益は、恩を着せられたくない、という気持ちより重い。だから、例外を向けないのです。ない人の例です。債務者の親族、友人、恋人は、どんなに親しくても、事実上の利害関係にとどまり、正当な利益はありません。親会社も、同じ整理になります。小売チェーンが倒れたら、取引が減る。企業グループの信用に傷がつく。それらは、経済的な関係です。保証もしていない、担保も出していない親会社は、法律上の利害関係のない者と、同じ扱いです。

親会社を正当な利益のない第三者だとした判例が、あるわけではありません。いま言ったのは、判例の基準への、あてはめです。保証、担保の提供、債務引受など、債権者に対して、法律上の義務や責任を負っているなら、話は変わります。その法律関係が、利害関係を基礎づけます。親会社であるというだけでは、事実上の利害関係にとどまる、という線です。

冒頭の答えにつながる判例。借地上の建物の賃借人Bは、地主Cへの地代の弁済について、法律上の利害関係を有する。理由=土地賃借権が消滅すると、Bは建物から退去して土地を明け渡す義務を負う→地代を払って賃借権の消滅を防ぐ法律上の利益がある。 図:冒頭の答えにつながる判例

  • 借地上の建物の賃借人Bは、地主Cへの地代の弁済について、法律上の利害関係を有する
  • 理由=土地賃借権が消滅すると、Bは建物から退去して土地を明け渡す義務を負う→地代を払って賃借権の消滅を防ぐ法律上の利益がある

そして、冒頭の借家人です。判例が、そのものずばり、判断しています。

判例最判昭63・7・1 集民154号245頁

借地上の建物の賃借人と地代の弁済 借地上の建物の賃借人はその敷地の地代の弁済について法律上の利害関係を有すると解するのが相当である。けだし、建物賃借人と土地賃貸人との間には直接の契約関係はないが、土地賃借権が消滅するときは、建物賃借人は土地賃貸人に対して、賃借建物から退去して土地を明け渡すべき義務を負う法律関係にあり、建物賃借人は、敷地の地代を弁済し、敷地の賃借権が消滅することを防止することに法律上の利益を有するものと解されるからである。

結論は、借地上の建物の賃借人は敷地の地代の弁済について法律上の利害関係を有する、です。大切なのは理由です。借家人と地主の間に、直接の契約はありません。ただ、土地の賃借権がなくなれば、借家人は地主に対して、建物から出て土地を明け渡す義務を負います。つまり地代が払われずに賃借権が消えれば、自分が地位を失う。だから地代を払って賃借権の消滅を防ぐことに、法律上の利益がある、と言っています。ここで、2つの判例を、取り違えないでください。正当な利益とは法律上の利害関係だ、と定義したのが、先の判例です。借地上の建物の賃借人は、それに当たる、と個別に判断したのが、いまの判例です。ですから、冒頭の借家人は、正当な利益のある人です。大家さんが嫌がっていても、払えます。自分の地位を守るために払う人には、例外を向けない。今日の軸の、いちばん大事なところです。

例外その2:債権者の意思に反する弁済

474条3項=前項に規定する第三者(=正当な利益を有しない第三者)は、債権者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、この限りでない。本文=債権者は受領を拒める。ただし書=債務者の委託+債権者が知っていた→有効(拒めない)。2017年の改正で新設。

  • 474条3項=前項に規定する第三者(=正当な利益を有しない第三者)は、債権者の意思に反して弁済をすることができない
  • ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、この限りでない
  • 本文=債権者は受領を拒める
  • ただし書=債務者の委託+債権者が知っていた→有効(拒めない)
  • 2017年の改正で新設

2つめの例外は、3項です。

条文民法474条3項

民法第474条 3 前項に規定する第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、この限りでない。

前項に規定する第三者とは、正当な利益を有する者でない第三者です。この第三者は、債権者の意思に反して、弁済できません。つまり、債権者は、受け取りを拒めます。この3項は、2017年の改正で、新しく設けられました。債権者の立場で見ます。見知らぬ第三者が、お金を持ってきました。債務者が頼んだのか、嫌がっているのか、債権者には、分かりません。受け取ったあとで、債務者の意思に反していた、と言われると、先ほどの2項で、弁済が無効になり、お金を返すことになりかねません。2項のただし書で守られるのは、知らなかったときだけです。知っていたかどうかは、あとで争いになりえます。受け取るその場では、債権者は、白黒をつけられません。そこで、3項は、債権者に、拒む権利を与えました。無用なリスクを避けられるようにしたのです。ただし書です。第三者が、債務者の委託を受けて弁済する場合で、そのことを、債権者が知っていたときは、有効です。債務者が頼んだことが明らかで、それを債権者も知っているなら、拒む理由がないからです。

3項の設例(履行引受)。親会社Cは、小売チェーンBとの間で「Bに代わってAへ払う」と約束している(Bの委託を受けた第三者)。卸会社Aが、それを知っている→Cの弁済は有効、Aは拒めない。卸会社Aが、知らない→3項本文によりAは拒める(Aが受け取れば有効)。ただし親会社は、保証も担保もなく、正当な利益を有しない第三者とする。 図:3項の設例

  • 履行引受
  • 親会社Cは、小売チェーンBとの間で「Bに代わってAへ払う」と約束している(Bの委託を受けた第三者)。卸会社Aが、それを知っている→Cの弁済は有効、Aは拒めない。卸会社Aが、知らない→3項本文によりAは拒める(Aが受け取れば有効)。ただし親会社は、保証も担保もなく、正当な利益を有しない第三者とする。

設例です。前々回の履行引受を使います。親会社は小売チェーンとの間で、小売チェーンに代わって卸会社へ払う、と約束しています。この約束は小売チェーンとの間のもので、卸会社に対して払う義務を負うものではありません。親会社は保証も担保もなく、正当な利益のない第三者です。この約束が、債務者の委託にあたります。卸会社がその事情を知っていたら、親会社の弁済は有効で、卸会社は拒めません。反対に卸会社が知らなかったら、3項の本文によって受け取りを拒めます。ただし、拒まずに受け取れば有効です。正当な利益のある人の弁済は、債権者は、拒めるんですか。拒めません。1項の原則どおりで、拒めば、受領遅滞です。債権者の拒絶権は、正当な利益のない第三者にだけ、あります。ここは、板で、判断の順番にして整理します。

判定のまとめ表

第三者弁済の判定順。入口=4項に当たる(性質・特約)→そもそも不可。当たらなければ3段。①正当な利益あり→有効(債務者・債権者の意思に反しても。債権者は拒めない)②正当な利益なし→(ア)債務者の意思に反する?→反する=無効(ただし債権者が知らなければ有効)/(イ)債権者の意思に反する(拒む)?→拒む=無効(ただし債務者の委託を債権者が知っていれば有効)。 図:第三者弁済の判定順

  • 入口=4項に当たる(性質・特約)→そもそも不可
  • 当たらなければ3段
  • ①正当な利益あり→有効(債務者・債権者の意思に反しても。債権者は拒めない)②正当な利益なし→(ア)債務者の意思に反する?→反する=無効(ただし債権者が知らなければ有効)/(イ)債権者の意思に反する(拒む)?→拒む=無効(ただし債務者の委託を債権者が知っていれば有効)

入口で、4項に当たらないか、つまり、そもそも第三者が払えない債務ではないかを確かめます。そのうえで、判断の順番は、3段です。まず、正当な利益があるか。あれば、債務者や債権者の意思に反しても、有効です。なければ、次に、債務者の意思に反するか。反するなら、無効です。ただし、債権者が知らなければ、有効です。さらに、債権者が、拒むか。拒むなら、無効です。ただし、債務者の委託を、債権者が知っていれば、有効です。2項と3項は、独立しています。問いです。小売チェーンの友人が、小売チェーンの意思に反して、卸会社に払いました。卸会社は、そのことを知らずに受け取りました。この弁済は、有効でしょうか?

債権者が、債務者の意思に反することを知らなかったので、2項のただし書で、有効だと思います。ただ、もう1点あります。この友人は、正当な利益のない第三者ですから、卸会社は、3項の本文によって、そもそも受け取りを拒むことも、できました。有効な弁済になったのは、拒まずに受け取ったからです。2項で、債務者の意思に反するかを見て、3項で、債権者が拒むかを見る。2つは、別の話です。

4項:性質・特約による制限

474条4項=前三項の規定は、その債務の性質が第三者の弁済を許さないとき、又は当事者が第三者の弁済を禁止し、若しくは制限する旨の意思表示をしたときは、適用しない。①債務の性質=債務者本人でなければ意味がない給付(例=特定の画家に自分の肖像画を描いてもらう債務)②当事者の特約=契約で「第三者の弁済は認めない」と決めた。「適用しない」=1項の原則も働かない。

  • 474条4項=前三項の規定は、その債務の性質が第三者の弁済を許さないとき、又は当事者が第三者の弁済を禁止し、若しくは制限する旨の意思表示をしたときは、適用しない
  • ①債務の性質=債務者本人でなければ意味がない給付(例=特定の画家に自分の肖像画を描いてもらう債務)②当事者の特約=契約で「第三者の弁済は認めない」と決めた
  • 「適用しない」=1項の原則も働かない

条文民法474条4項

民法第474条 4 前三項の規定は、その債務の性質が第三者の弁済を許さないとき、又は当事者が第三者の弁済を禁止し、若しくは制限する旨の意思表示をしたときは、適用しない。

1項も含めて、全部が働かない、という意味です。つまり、第三者の弁済は、そもそもできません。債権者は、受け取りを拒めます。例を2つ。1つめは、性質です。特定の画家に、自分の肖像画を描いてもらう債務です。その画家本人が描くことに、意味があります。ほかの人が、代わりに描いて渡しても、約束の中身を実現したことになりません。2つめは、特約です。契約で、支払は、債務者本人だけがする、と決めていたなら、第三者の弁済は、認められません。

効果:有効なら債権は消え、無効なら残る

第三者弁済の効果。有効=債権は消滅する。第三者は債務者に対して求償権を取得(委託を受けて払った→委任の費用償還/委託なし→事務管理の費用償還)。弁済による代位=第三者が債権者の権利(担保を含む)を行使できる(中身は別の回)。無効=債権は消えない。第三者は債権者に、給付した物の返還を不当利得として請求できる。 図:第三者弁済の効果

  • 有効=債権は消滅する
  • 第三者は債務者に対して求償権を取得(委託を受けて払った→委任の費用償還/委託なし→事務管理の費用償還)
  • 弁済による代位=第三者が債権者の権利(担保を含む)を行使できる(中身は別の回)
  • 無効=債権は消えない
  • 第三者は債権者に、給付した物の返還を不当利得として請求できる

効果に入る前に、思い出してください。前回、債務者が弁済の提供をしただけで、債権は消えたでしょうか?消えません。債権が消えるのは、債権者が受け取って、弁済が完成したときです。では、第三者が、有効に弁済したら、債権は、どうなるのか。有効なら、債権は、消えます。債務者の債務も、なくなります。ただし、それで終わりではありません。払った第三者は、債務者に対して、求償権を取得します。立て替えた分を請求する権利です。債務者は、自分の借金が消えて助かったのですから、その分は、払った人に返すのが筋です。債務者の委託を受けて弁済したなら、委任の費用償還、委託なしなら、事務管理の費用償還が、根拠になります。さらに、第三者は、弁済による代位によって、債権者が持っていた権利を、使えます。抵当権などの担保も含みます。求償を、確実に回収できるようにするためです。最初の設例で言えば、横から払った親会社の弁済が有効なら、卸会社の代金債権は消えます。親会社は、小売チェーンに3000万円を求償できます。代位の中身は、別の回で扱います。ここでは、有効なら、債権は消え、第三者には、求償と代位の道が開く、とだけ持ち帰ってください。

無効なら、債権は消えません。債務者の債務は、残っています。払った第三者は、債権者に対して、渡した物の返還を、不当利得として請求できます。いわゆる、不当利得返還請求です。債権は残っているのに、渡した物だけが債権者の手元にある。受け取る理由がないので、返させるのです。さきほどの友人の例で、卸会社が、小売チェーンの意思に反すると知っていたなら、弁済は無効です。卸会社は、受け取った3000万円を友人に返し、小売チェーンの代金債務は残ります。

他人の物による弁済

475条=弁済をした者が弁済として他人の物を引き渡したときは、その弁済をした者は、更に有効な弁済をしなければ、その物を取り戻すことができない。476条=前条の場合において、債権者が弁済として受領した物を善意で消費し、又は譲り渡したときは、その弁済は、有効とする。この場合において、債権者が第三者から賠償の請求を受けたときは、弁済をした者に対して求償をすることを妨げない。

  • 475条=弁済をした者が弁済として他人の物を引き渡したときは、その弁済をした者は、更に有効な弁済をしなければ、その物を取り戻すことができない
  • 476条=前条の場合において、債権者が弁済として受領した物を善意で消費し、又は譲り渡したときは、その弁済は、有効とする
  • この場合において、債権者が第三者から賠償の請求を受けたときは、弁済をした者に対して求償をすることを妨げない

最後に、弁済として、他人の物を渡してしまった場合を見ます。条文は、2つです。

条文民法475条

民法第475条 弁済をした者が弁済として他人の物を引き渡したときは、その弁済をした者は、更に有効な弁済をしなければ、その物を取り戻すことができない。

設例です。小売チェーンが、別の取引先から預かって保管していた商品を、自分の物のように、卸会社へ渡して、代金債務の弁済に充てました。預かっているだけの商品は、小売チェーンの物ではありません。人の物を渡しても、約束どおりの弁済には、なりません。弁済になっていないのですから、本来なら、渡した小売チェーンは、返してくれ、と言えるはずです。でも、卸会社は、代金を受け取っていない状態に戻ります。そこで、475条は、取り戻したいなら、先に、更に有効な弁済、つまり、自分の物を引き渡すなどをしなさい、と求めます。債権者を、宙ぶらりんにしない、ための規定です。

条文民法476条

民法第476条 前条の場合において、債権者が弁済として受領した物を善意で消費し、又は譲り渡したときは、その弁済は、有効とする。この場合において、債権者が第三者から賠償の請求を受けたときは、弁済をした者に対して求償をすることを妨げない。

476条が答えです。債権者が、その物が他人の物だと知らないまま、消費したり、譲り渡したりしたときは、弁済は、有効になります。もう返せないからです。ここで言う善意は、他人の物だと知らなかった、という意味です。そして後段です。卸会社は、本当の所有者である取引先から、賠償の請求を受けるかもしれません。そのとき卸会社は、弁済をした者、つまり他人の物を渡した小売チェーンに求償できます。損失は最終的に、他人の物を渡した者が負う、ということです。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。借家人は、地代の弁済について法律上の利害関係がある(借地上の建物の賃借人)=正当な利益あり→大家の意思に反しても、地主の意思に反しても、有効に払える。対比=正当な利益のない親会社は、債務者の意思にも債権者の意思にも反して払えない(ただし債務者の委託を債権者が知っていれば、債権者の意思に反しても有効)。 図:冒頭の答え

  • 借家人は、地代の弁済について法律上の利害関係がある(借地上の建物の賃借人)=正当な利益あり→大家の意思に反しても、地主の意思に反しても、有効に払える
  • 対比=正当な利益のない親会社は、債務者の意思にも債権者の意思にも反して払えない(ただし債務者の委託を債権者が知っていれば、債権者の意思に反しても有効)

冒頭の借家人の答えです。借地上の建物の賃借人は、地代の弁済について、法律上の利害関係を持ちます。地代が払われず、土地の賃借権が消えれば、自分が、建物から出ていかなければならないからです。つまり、正当な利益のある人です。だから、大家さんの意思に反しても、地主さんが拒んでも、有効に払えます。2つの問いに、答えます。他人の債務を、第三者が払ってよいのか。原則として、よい。払ってはいけない場面は、あるのか。正当な利益のない第三者は、債務者の意思に反しては払えず、債権者の意思に反しても払えない、という例外があります。

まとめ板。①原則=第三者も弁済できる(474条1項)②例外1=正当な利益なし+債務者の意思に反する→無効(債権者が知らなければ有効)③正当な利益=法律上の利害関係(物上保証人・第三取得者・後順位抵当権者・借地上の建物の賃借人/親族・友人・親会社は事実上のみ)④例外2=正当な利益なし+債権者の意思に反する→無効(債務者の委託を債権者が知っていれば有効)⑤4項=性質・特約→第三者弁済はできない⑥効果=有効は債権消滅+求償・代位/無効は債権存続⑦475条・476条=他人の物の弁済→更に有効な弁済で取戻し/債権者が善意で消費・譲渡→有効+求償。 図:まとめ板

整理します。1つめ、第三者の弁済は、原則として有効です。債権者は、満足すれば足りるからです。2つめ、正当な利益を有しない第三者は、債務者の意思に反して払えません。ただし、債権者が知らなければ有効です。3つめ、正当な利益とは、法律上の利害関係です。判断の物差しは、払わないと、自分が法律上の不利益を受けるか、です。4つめ、正当な利益のない第三者は、債権者の意思に反して払えません。ただし、債務者の委託を受けて払い、そのことを債権者が知っていれば、有効です。5つめ、4項の、性質や特約があるときは、第三者の弁済は、そもそもできません。6つめ、効果です。有効なら債権は消えて、求償と代位の道が開く。無効なら債権は消えません。7つめ、他人の物を弁済として渡したとき、取り戻すには、更に有効な弁済が先です。債権者が善意で消費や譲渡をしたら、有効で、債権者は、賠償請求を受ければ、弁済をした者に求償できます。正当な利益の有無によるあてはめは、論文でも論点になりうる分野です。誰に払えば有効なのかは、別の回で見ます。

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#178単独ページ動画

受領権者以外への弁済

第4章 債権総論 #178/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

泥棒に払った銀行は、もう一度払うのか

冒頭の関係図。預金者Aの通帳と印鑑を、泥棒Bが盗んだ。Bは銀行Cの窓口で、通帳と印鑑を出して300万円を引き出した。Cは何も疑わずに払った。問い=Aの預金は、これでどうなるのか。銀行Cは、Aにもう一度300万円を払わなければならないのか。 図:冒頭の関係図

  • 預金者Aの通帳と印鑑を、泥棒Bが盗んだ
  • Bは銀行Cの窓口で、通帳と印鑑を出して300万円を引き出した
  • Cは何も疑わずに払った
  • 問い=Aの預金は、これでどうなるのか
  • 銀行Cは、Aにもう一度300万円を払わなければならないのか

今日は、その問いです。前回は、誰が払えるか、つまり払う側の話でした。今日は反対側です。誰に払えば、有効な弁済になるのか。受け取る側の話です。先に、答えの形だけ言います。窓口で払った銀行は、一定の条件を満たせば守られます。ただし、その条件は、思ったより厳しいものです。条件とは何か、そしてなぜ銀行を守るのか。条文と判例で、たどっていきます。

原則:受領権者以外への弁済は無効

受領権者=債権者、および法令の規定または当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者。例=債権者本人・債権者の代理人・債権質権者・差押債権者。原則=受領権者以外の者に払っても、弁済の効果は生じない→債権は消えない→払った者は、もう一度払う。

  • 受領権者=債権者、および法令の規定または当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者
  • 例=債権者本人・債権者の代理人・債権質権者・差押債権者
  • 原則=受領権者以外の者に払っても、弁済の効果は生じない→債権は消えない→払った者は、もう一度払う

弁済を受け取る権限を持つ人を、受領権者と呼びます。債権者本人は、その代表です。そのほかに、債権者から代理権を与えられた代理人、お金を貸した担保として、債権に質権を持つ債権質権者、債権を差し押さえた差押債権者のように、法令や当事者の意思表示で、受け取る権限を与えられた人も受領権者です。債権者本人でも、いつでも受け取れるとは限りません。債権者が判断能力の不十分な人で、単独では有効に受け取れない場合があります。また、債権が差し押さえられたら、債権者本人も、受け取れなくなります。差押えは、あとで481条で見ます。受領権者でない人に払ったらどうなるか。原則は、弁済の効果が生じません。債権は消えず、払った人は、もう一度払う必要があります。冒頭の例なら、銀行は泥棒に300万円を渡しましたが、預金者の預金債権は残ったままです。

たとえ話で考えます。宅配便の配達員が、隣の部屋の見知らぬ人に、あなた宛ての荷物を渡してしまいました。あなたは荷物を受け取っていません。配達は終わっていないので、配達員は、あなたに、もう一度届けなければなりません。受け取る権限のある人の手に届いていないからです。これが原則です。ところが、配達員が、あなたの名前の入った表札のある部屋で、あなたそっくりの人に渡したらどうでしょう。配達員を責めすぎるのは酷です。この発想を条文にしたのが、478条です。その前に、口座への払込みの条文を、1つだけ見ておきます。

預貯金口座への払込みによる弁済

477条=債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。例=小売チェーンが卸会社の口座に200万円を振り込む。効力が生じる時=入金が口座に記録されて、卸会社が預金債権を取得した時。2017年の改正で新設。

  • 477条=債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる
  • 例=小売チェーンが卸会社の口座に200万円を振り込む
  • 効力が生じる時=入金が口座に記録されて、卸会社が預金債権を取得した時
  • 2017年の改正で新設

冒頭の例は、お金を口座から引き出す場面でした。今度は逆に、口座へ振り込んで払う場面です。

条文民法477条

民法第477条 債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対してその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。

設例です。小売チェーンが、卸会社に200万円の代金を払います。卸会社が口座への振込みを認めているとき、小売チェーンは、卸会社の口座へ振り込めば払ったことになります。問題は、いつ弁済になるのか、という点です。条文の答えは、卸会社が、銀行に対して、この200万円の払戻しを請求する権利を取得した時です。入金が口座に記録されて、卸会社が銀行に対する預金債権を取得した時です。その時に、卸会社の代金債権が消えます。なぜその時か。振込の手続をしただけでは、卸会社は、まだそのお金を使えません。払戻しを請求できるようになって初めて、お金が債権者の手に届いたと言えるからです。この条文は、2017年の改正で新しく設けられました。当事者の合意があることが前提で、効力が生じる時点を決める、短い条文です。ここは短答で聞かれる点なので、取得した時、という言葉を覚えておいてください。

478条:受領権者としての外観を有する者への弁済

478条=受領権者以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。成立要件(条文どおり)=①受領権者以外の者が、取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有する②弁済をした者が善意③弁済をした者に過失がない。効果=弁済は有効→債権は消える。

  • 478条=受領権者以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する
  • 成立要件(条文どおり)=①受領権者以外の者が、取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有する②弁済をした者が善意③弁済をした者に過失がない
  • 効果=弁済は有効→債権は消える

ここが、今日の山場です。条文の全文を見ます。

条文民法478条

民法第478条 受領権者(債権者及び法令の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう。以下同じ。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。

条文を、要件に分けます。1つめは、受け取った人が、受領権者ではないのに、取引上の社会通念に照らして、受領権者としての外観を有していること。つまり、取引の常識から見て、受け取る権限がありそうに見えることです。2つめは、弁済をした人が善意であること。善意とは、この人は本当の受領権者だ、と信じていたことです。3つめは、弁済をした人に過失がないこと。つまり、信じたことに落ち度がなかったことです。これは、覚える規範ですか。違います。この3つは、条文を読めば出てくる成立要件です。条文に書かれていない基準を、解釈で立てたものではありません。解釈で立てた基準なら、なぜその基準なのかという理由まで覚える必要があります。この3つは条文に書いてあるので、条文の言葉を、そのまま言えれば足ります。そして効果は、その弁済が有効になること。弁済が有効になれば、債権は消えます。

受け取る権限のない人への弁済を有効にする理由は、2つあります。1つめは、弁済は、債務者にとって果たさなければならない義務だからです。義務を果たそうとする人に、目の前の相手が本当の債権者かどうか、疑いを尽くし続けることまで求めるのは酷です。2つめは、取引の安全です。外観を信じて、払った人が、あとで本当の債権者から、もう一度払えと言われるなら、誰も安心して払えなくなります。無過失の輪郭を、対にして見ます。窓口の担当者が、届出印と通帳を確かめ、印影を照合し、本人確認の書類まで見ました。そのうえで払ったなら、信じたことに落ち度はありません。反対に、通帳の持参人の印影が、届出印と明らかに違っているのに、そのまま払った。これは、確かめれば分かったはずなので、過失があります。決め手は、通常の確認をして、それでも気づけなかったかどうか、です。二重譲渡の回で見た、劣後する譲受人を真の債権者と信じたことに相当な理由が要る、という基準も、同じ無過失を、その場面に当てはめたものです。

478条の効果の裏側。弁済が有効になる→真の債権者は債権を失う→受け取った者に不当利得の返還(703条以下)または不法行為による損害賠償(709条)を請求する。冒頭の例=預金者Aは銀行Cにはもう請求できない。泥棒Bに請求する。二重譲渡の例=劣後する譲受人(金融業者)が受け取れば、優先する譲受人(商社)は金融業者に、不当利得として返せと求める。 図:478条の効果の裏側

  • 弁済が有効になる→真の債権者は債権を失う→受け取った者に不当利得の返還(703条以下)または不法行為による損害賠償(709条)を請求する
  • 冒頭の例=預金者Aは銀行Cにはもう請求できない
  • 泥棒Bに請求する
  • 二重譲渡の例=劣後する譲受人(金融業者)が受け取れば、優先する譲受人(商社)は金融業者に、不当利得として返せと求める

効果の裏側です。弁済が有効になると、真の債権者は債権を失います。その代わり、受け取った人に対して、法律上の理由なく得たお金を返せという、不当利得の返還や、不法行為による損害賠償を求めることができます。冒頭の例なら、預金者は、銀行にはもう請求できません。泥棒に求めることになります。同じ債権を2人に売った二重譲渡の回でも、同じ構造でした。負けた側の金融業者に払われたら、勝った側の商社が、金融業者に返せと求めます。478条で銀行が守られると、損を負うのは、泥棒を探し出して取り立てるしかない預金者の側になります。これが、この制度の厳しいところです。だから、銀行が守られるかどうか、つまり、無過失かどうかが、重大な争点になります。あとで判例を見ます。窓口の払戻しには、もう1つ大事な点があります。478条の条文には、預金者が通帳や印鑑をうっかり管理した、という事情を要件とする文言がありません。預金者に落ち度がなくても、銀行が善意無過失なら、478条は銀行を守ります。この点は、110条との比較で、もう一度出てきます。2017年の改正で変わった点を確認します。1つめは、条文の言葉です。以前は債権の準占有者への弁済と書かれていました。それが、受領権者としての外観を有する者への弁済になりました。善意と無過失の要件は、以前の条文にもあり、そこは変わっていません。変わったのは、範囲が条文から読み取れるようになったことです。債権者の代理人と名乗る人も含むことが、文言上、明らかになりました。受領権者の定義も、条文に入りました。

2つめは、旧480条の削除です。以前は、受取証書、つまり領収書の持参人を、受領権限のある人とみなす条文がありました。たとえば、債権者の名前の入った領収書を持ってきた人です。弁済者が、悪意または有過失のときだけ、例外でした。この条文は、なくなりました。受取証書の持参人も、外観を有する者の1つとして、478条で処理されます。そのとき、自分が善意無過失だったことは、払った側が示す必要があります。

表見受領者の例

受領権者としての外観を有する者(表見受領者)の例。本人を装う型=通帳と届出印の持参人・偽造の債権証書や受取証書の所持人。代理人を装う型=債権者の代理人と称する詐称代理人。権利移転の外形がある型=無効な債権譲渡の譲受人・二重譲渡の劣後する譲受人・表見相続人。各行の外観の根拠=持っている物・肩書・通知の形。

受領権者としての外観を有する者を、表見受領者と呼んでおきます。典型例を、3つの型に分けて整理します。1つめは、本人を装う型です。冒頭の泥棒のように、通帳と届出印を持って窓口に来た人が代表です。持っている物が、預金者らしさの根拠になります。偽造の債権証書や受取証書を持ってきた人も、ここに入ります。債権の証拠書類を持っているので、債権者らしく見えます。2つめは、代理人を装う型です。債権者の代理人と名乗る人、つまり詐称代理人です。肩書が、受け取る権限があるという外観の根拠です。これは次に、110条との比較で詳しく見ます。3つめは、権利が移った形が整っている型です。債権譲渡が無効だったのに、譲受人として受け取りに来た人は、通知が届いているので、譲受人らしく見えます。劣後する譲受人も、ここです。卸会社が同じ売掛金を、商社と金融業者の2人に売り、商社が勝ったとき、負けた金融業者が劣後する譲受人です。金融業者は通知を備えているので、小売チェーンから見れば債権者らしく見えます。亡くなった債権者の子として遺産を管理していたのに、あとで相続人でないと分かった人、つまり表見相続人も、同じ型です。

通帳と印鑑、代理人という肩書、届いている通知。こうした、権限がありそうに見える根拠が、外観の中身です。外観があるかどうかは、取引の常識から見て、受け取る権限がありそうに見えるか、で決まります。ただ、外観があっても、それだけでは足りません。弁済した人が、善意無過失であることが、さらに必要です。問いです。小売チェーンが、卸会社の元社員から、卸会社の代理人だと名乗られました。小売チェーンは、確かめないまま、200万円を払いました。この弁済は、有効でしょうか?元社員は、代理人らしく見えるので、外観はあると思います。でも、確かめていないので、無過失ではなく、478条では有効にならないと思います。478条は使えません。ただ、元社員が、受け取った200万円を、そっくり卸会社に渡していたら話が変わります。その限度で有効になる条文が、あとで出てくる479条です。478条と479条の振り分けは、あとでもう一度整理します。

なぜ110条ではなく478条か

設例。卸会社Aの元社員Cが「卸会社の代理人です」と名乗り、小売チェーンBから代金200万円を受け取った。Cには何の代理権もない。問い=表見代理(110条)でBを守れるか。110条=基本代理権・権限外の行為・正当な理由。Cには基本代理権が無い→110条は使えない(代理権を一度も与えられていない→112条も使えない)。 図:設例

  • 卸会社Aの元社員Cが「卸会社の代理人です」と名乗り、小売チェーンBから代金200万円を受け取った
  • Cには何の代理権もない
  • 問い=表見代理(110条)でBを守れるか
  • 110条=基本代理権・権限外の行為・正当な理由
  • Cには基本代理権が無い→110条は使えない(代理権を一度も与えられていない→112条も使えない)

詐称代理人の場面を、設例で見ます。卸会社の元社員が、小売チェーンのところへ来て、卸会社の代理人です、と名乗りました。小売チェーンは、代金の200万円を渡しました。元社員は、在職中も含めて、卸会社から代理権を与えられたことは一度もありません。表見代理を思い浮かべるのは、自然な発想です。ここで、1問だけ思い出しておきます。110条の表見代理が成り立つためには、代理人に、何の代理権があることが必要でしたか?基本代理権、です。何かの代理権が、もともとあることです。表見代理は、代理権が無いのに、一定の条件がそろえば、効果を本人に届ける制度でした。110条は、基本代理権があって、その権限の外で行為をした場合に、相手方に正当な理由があれば、本人に責任を負わせる条文でした。この元社員には、そもそも何の代理権もありません。だから、110条は、使えません。かつて代理権を与えられていた人なら、代理権が消えた後の112条も考えますが、この元社員には一度もありません。112条も使えません。

そこで、478条です。判例が、はっきり答えています。

判例最判昭37・8・21 民集16巻9号1809頁

債権者の代理人と称する者への弁済 債権者の代理人と称して債権を行使する者も民法四七八条にいわゆる債権の準占有者に該ると解すべきことは原判決説示のとおりであつて、これと見解を異にする上告理由第四点の論旨は理由がない。

判決は、改正前の条文の言葉で書かれています。債権の準占有者は、現在の条文の、受領権者としての外観を有する者のことと読み替えて構いません。判旨は、債権者の代理人と称して債権を行使する人も、この外観を有する者に当たる、と言っています。ただし、有効になるのは、あくまで、弁済者が善意かつ無過失の場合だけです。

110条と478条の比較。基本代理権=110条は必要(代理人に何らかの代理権が要る)/478条は不要。対象の場面=110条は新たな取引(代理人と契約する)/478条は既に負っている義務の履行(弁済)。本人の関与・帰責=110条は基本代理権という形で要る/478条は独立の要件ではない。保護される者=110条は代理人と取引した相手方(正当な理由)/478条は弁済した者(善意・無過失)。 図:110条と478条の比較

  • 基本代理権=110条は必要(代理人に何らかの代理権が要る)/478条は不要
  • 対象の場面=110条は新たな取引(代理人と契約する)/478条は既に負っている義務の履行(弁済)
  • 本人の関与・帰責=110条は基本代理権という形で要る/478条は独立の要件ではない
  • 保護される者=110条は代理人と取引した相手方(正当な理由)/478条は弁済した者(善意・無過失)

比較します。理由づけは2段です。1段目。詐称代理人には、基本代理権がありません。だから110条の適用の余地がない。2段目が、より重要です。弁済は、債務者が既に負っている義務の履行です。新たに取引に入る場面よりも、外観への信頼を、厚く守る必要があります。新たな取引なら、相手が怪しければ、取引をやめれば済みます。しかし、弁済は、やめられません。払わなければ、債務不履行になります。払う義務があるから、払う人は、目の前の相手を信じて、払うしかない。その人を、外観を信じたことを理由に守るのです。もう1つの違いは、本人の関与です。110条は、基本代理権という形で、本人が代理人に何らかの権限を与えていたことが要りました。478条には、本人の落ち度や関与を、独立の要件とする文言がありません。冒頭の泥棒の例でも、預金者は何も悪くありません。それでも、銀行が善意無過失なら、弁済は有効になります。表見代理の回で見た権利外観法理は、外観、それを作った本人の帰責性、相手方が信じたことに落ち度がないこと、の3つがそろえば相手方を守る考え方でした。478条は、このうち本人の帰責性を、独立には要求しないのが特徴です。そのぶん、守られる条件は、弁済者の善意無過失という、1本に絞られています。だから、無過失の判断が、重くなるのです。

無過失の判断:窓口は手続全体、ATMはシステム全体

窓口払い=弁済手続に数人が段階的にかかわるとき、各人の過失は弁済者側の過失として評価される→末端の担当者に過失がなくても、一連の手続のどこかに過失があれば、弁済者は無過失を主張できない。設例=窓口の担当者は印影を確認したが、後ろの確認係が届出印との照合を怠った→銀行側に過失あり。

  • 窓口払い=弁済手続に数人が段階的にかかわるとき、各人の過失は弁済者側の過失として評価される→末端の担当者に過失がなくても、一連の手続のどこかに過失があれば、弁済者は無過失を主張できない
  • 設例=窓口の担当者は印影を確認したが、後ろの確認係が届出印との照合を怠った→銀行側に過失あり

無過失は、誰の目で見るのか。窓口の払戻しで考えます。払戻しには、窓口の担当者、書類を確認する係、上司の決裁と、複数の人がかかわります。同じ判例が、この点にも答えています。

判例最判昭37・8・21 民集16巻9号1809頁

弁済手続に数人が関与する場合の無過失 しかし、民法四七八条により債権の準占有者に対する弁済が有効とされるのは、弁済者が善意かつ無過失である場合に限ると解すべきところ、 ……本件のように、弁済手続に数人の者が段階的に関与して一連の手続をなしている場合にあつては、右の手続に干与する各人の過失は、いずれも弁済者側の過失として評価され、右の一連の手続のいずれかの部分の事務担当者に過失があるとされる場合は、たとえその末端の事務担当者に過失がないとしても、弁済者はその無過失を主張しえないものと解するのが相当であつて、

事案は、連合軍向けの物資の納品代金を、払う手続でした。納品を受けたことを示す受理書を偽造して持ってきた人に、国の機関が代金を払いました。原審は、末端の担当者が善意無過失なら、それで弁済は有効だとしました。最高裁は、これを破棄しました。言っているのは、こうです。手続のどこかの部分の担当者に過失があれば、末端の担当者にいくら落ち度がなくても、弁済者は、無過失を主張できません。窓口の担当者が申し分なく対応しても、後ろの確認係が届出印の照合を怠っていれば、銀行は、無過失とは言えないのです。手続を、どれだけの人数で分担するかは、払う側が自分で決めることです。分けたことで無過失になれるなら、末端の担当者に何も知らせない仕組みにするだけで、責任を逃れられてしまいます。だから、弁済手続の全体を、弁済者の側の問題として見ます。ここまでが、人が窓口で受け取る場合でした。では、機械で払い戻す場合は、どうでしょう。

ATMと478条。機械払いにも478条の適用がある(非対面でも否定されない)。銀行が無過失というには、機械が正しく作動しただけでは足りず、機械払システムの設置管理の全体について、可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたことを要する。事案=盗まれた通帳と暗証番号による通帳機械払。銀行は、通帳機械払ができる旨を預金規定等で預金者に明示していなかった→過失あり→478条による有効は認められない。 図:ATMと478条

  • 機械払いにも478条の適用がある(非対面でも否定されない)
  • 銀行が無過失というには、機械が正しく作動しただけでは足りず、機械払システムの設置管理の全体について、可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたことを要する
  • 事案=盗まれた通帳と暗証番号による通帳機械払
  • 銀行は、通帳機械払ができる旨を預金規定等で預金者に明示していなかった→過失あり→478条による有効は認められない

判例最判平15・4・8 民集57巻4号337頁

機械払と478条:適用と無過失の中身 無権限者のした機械払の方法による預金の払戻しについても,民法478条の適用があるものと解すべきであり,これが非対面のものであることをもって同条の適用を否定すべきではない。 ……債権の準占有者に対する機械払の方法による預金の払戻しにつき銀行が無過失であるというためには,払戻しの際に機械が正しく作動したことだけでなく,銀行において,預金者による暗証番号等の管理に遺漏がないようにさせるため当該機械払の方法により預金の払戻しが受けられる旨を預金者に明示すること等を含め,機械払システムの設置管理の全体について,可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたことを要するというべきである。

1つめの文は、機械払でも478条は使える、と言っています。人の目が無い、非対面の払戻しだからといって、478条が否定されるわけではありません。2つめの文が、無過失の中身です。機械が正しく作動しただけでは足りない。システムの設置と管理の全体について、できる限り、無権限者による払戻しを排除するよう、注意義務を尽くしていたことが要る、という基準です。窓口は、人が見て確かめられます。印影を照合し、表情を見て、おかしければ引き止められます。機械には、人の目が無い。だから、確認の代わりに、システム全体の設計や管理、そして預金者への明示まで、銀行の注意義務の範囲に入ってくるのです。事案を見ます。預金者は、通帳を盗まれ、暗証番号を推測した泥棒に、通帳を使った機械払の方法で、預金を払い戻されました。銀行は、通帳でも機械払ができる、ということを、預金規定などで預金者に明示していませんでした。

判例最判平15・4・8 民集57巻4号337頁

機械払と478条:本件の結論 通帳機械払のシステムを採用する銀行がシステムの設置管理について注意義務を尽くしたというためには,通帳機械払の方法により払戻しが受けられる旨を預金規定等に規定して預金者に明示することを要するというべきであるから,被上告人は,通帳機械払のシステムについて無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたということはできず,本件払戻しについて過失があったというべきである。

銀行は、機械払ができる旨を、預金者に明示していませんでした。だから、注意義務を尽くしたとは言えず、過失がありました。478条による弁済の有効は認められず、預金者の返還請求が認められました。預金者の側にも、落ち度はなかったんでしょうか。ありました。預金者は、暗証番号を、車の登録番号と同じにして、通帳を車内に置いたまま、車を駐車していました。それでも、銀行に過失があるという判断は変わりませんでした。478条は、預金者の落ち度を要件にしていません。問われるのは、銀行の側が注意義務を尽くしたかどうかです。結論として、機械払でも478条は使えますが、銀行が無過失と認められるのは、かなり限定的になります。

預金者保護法(偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律)。対象=個人の預貯金者・機械式の払戻し。窓口払いは対象外=冒頭の泥棒の窓口払いは478条そのまま。偽造カード等による払戻し=478条を適用しない・原則として払戻しは無効。盗難カード等(真正のカード・通帳)による払戻し=預貯金者が速やかな通知など所定の手続をとれば、金融機関に補てんを求められる(預貯金者の過失の程度で補てん額が変わる)。 図:預金者保護法

  • 偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律
  • 対象=個人の預貯金者・機械式の払戻し。窓口払いは対象外=冒頭の泥棒の窓口払いは478条そのまま。偽造カード等による払戻し=478条を適用しない・原則として払戻しは無効。盗難カード等(真正のカード・通帳)による払戻し=預貯金者が速やかな通知など所定の手続をとれば、金融機関に補てんを求められる(預貯金者の過失の程度で補てん額が変わる)。

補足です。カードの不正な払戻しについては、預金者保護法という別の法律があります。位置づけだけ、言い分けます。対象は、個人の預貯金者の、機械式の払戻しです。窓口払いは対象外なので、冒頭の泥棒の窓口払いには、478条がそのまま働きます。偽造カードによる払戻しには、478条を適用しません。原則として、その払戻しは無効です。盗難カードや盗まれた通帳による払戻しは、預貯金者が速やかに通知するなど所定の手続をとれば、金融機関に補てんを求められます。補てんの額は、預貯金者の過失の程度で変わります。偽造と盗難で、扱いが分かれます。ひとまとめにはできません。

479条:債権者が利益を受けた限度で有効

479条=前条の場合を除き、受領権者以外の者に対してした弁済は、債権者がこれによって利益を受けた限度においてのみ、その効力を有する。478条が適用されない場合の受け皿。設例=小売チェーンが、確かめないまま、卸会社の元社員に200万円を払った(過失あり→478条は使えない)。元社員が卸会社に200万円を渡した→その限度で有効。渡さなかった→有効にならない。

  • 479条=前条の場合を除き、受領権者以外の者に対してした弁済は、債権者がこれによって利益を受けた限度においてのみ、その効力を有する
  • 478条が適用されない場合の受け皿
  • 設例=小売チェーンが、確かめないまま、卸会社の元社員に200万円を払った(過失あり→478条は使えない)
  • 元社員が卸会社に200万円を渡した→その限度で有効
  • 渡さなかった→有効にならない

478条が使えなかった場合は、どうなるのでしょう。受け皿になる条文が、479条です。

条文民法479条

民法第479条 前条の場合を除き、受領権者以外の者に対してした弁済は、債権者がこれによって利益を受けた限度においてのみ、その効力を有する。

前条の場合を除き、とあるのが、478条との関係です。まず478条を見て、使えなかったときに、479条を見ます。先ほどの設例に戻ります。小売チェーンが、確かめないまま、卸会社の元社員に200万円を払いました。過失があるので、478条は使えません。ここで、元社員が、受け取った200万円を、そっくり卸会社に渡していたとします。卸会社は、現に200万円を受け取って、利益を受けています。その限度で、弁済は有効です。小売チェーンの債務は、消えます。元社員が渡していなかったなら、卸会社は、何も受け取っていません。利益を受けていないので、有効にはなりません。小売チェーンは、卸会社に、もう一度払うことになります。債権者が現に受け取った分だけを、有効にする。弁済の目的が、債権者の満足にあることを考えれば、自然な結論です。

481条:差押えを受けた債権の弁済

481条の関係図。D運送会社が、A卸会社のB小売チェーンに対する売掛金200万円を差し押さえた。差押命令はB(第三債務者)に、Aへの弁済を禁止する。それでもBがAに払った→Dに対しては通用しない→Dは損害の限度でBにさらに弁済を請求できる(1項)→払い損のBは、Aに求償できる(2項)。 図:481条の関係図

  • D運送会社が、A卸会社のB小売チェーンに対する売掛金200万円を差し押さえた
  • 差押命令はB(第三債務者)に、Aへの弁済を禁止する
  • それでもBがAに払った→Dに対しては通用しない→Dは損害の限度でBにさらに弁済を請求できる(1項)→払い損のBは、Aに求償できる(2項)

差押えの回で見た設例を、続けて使います。運送会社が、卸会社に運賃150万円の債権を持っていました。運送会社は、卸会社が小売チェーンに持つ売掛金200万円を、差し押さえました。差押えとは、債権者の債権を、裁判所の手続で押さえて、債務者が勝手に払ったり取り立てたりできないようにすることでした。差押命令は、第三債務者である小売チェーンに、卸会社への弁済を禁止します。効力が生じるのは、差押命令が、小売チェーンに送達された時、つまり裁判所から正式に届いた時です。

条文民法481条

民法第481条 差押えを受けた債権の第三債務者が自己の債権者に弁済をしたときは、差押債権者は、その受けた損害の限度において更に弁済をすべき旨を第三債務者に請求することができる。 2 前項の規定は、第三債務者からその債権者に対する求償権の行使を妨げない。

それなのに、小売チェーンが、卸会社に200万円を払ってしまいました。1項の結果は、こうです。この弁済は、差押債権者の運送会社との関係では、通用しません。払ってよいとすると、差し押さえても、卸会社が先に受け取って使ってしまえば、差押えが空振りになるからです。運送会社は、自分が受けた損害の限度で、小売チェーンに、さらに弁済するよう請求できます。運賃150万円が回収できていなければ、その分が、請求の基礎になります。そこで2項です。小売チェーンは、さらに払った分を、卸会社に求償できます。求償とは、代わりに負担した分を、本来負担すべき人に請求することです。もともと、卸会社に払うべきでなかったお金を払ったので、負担は、本来の債権者である卸会社に戻されます。ただ、卸会社に払う資力がなければ、取り戻せません。差押えを受けた債権は、払ってはならない、と覚えておいてください。差押えの回で、譲渡制限特約があっても、差押債権者には対抗できない、と見ました。今日の481条は、その続きです。差押えの効力は、特約より強く、債務者の弁済にも及ぶのです。

483条:特定物の引渡債務の内容

483条=債権の目的が特定物の引渡しである場合において、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができないときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。2017年の改正で「定めることができないときは」が入った。

  • 483条=債権の目的が特定物の引渡しである場合において、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができないときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない
  • 2017年の改正で「定めることができないときは」が入った

ここまでは、誰に払えば弁済になるか、でした。最後は、何を渡せば弁済になるか、です。特定物の引渡しについて、483条を見ます。

条文民法483条

民法第483条 債権の目的が特定物の引渡しである場合において、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができないときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。

特定物とは、この物、と指定された物でした。弁済する人は、約束した品質の物を渡します。先に、契約などから、品質を定められるかを見ます。定められるなら、その品質で渡します。定められないときに限って、その時点の現状のまま渡して構いません。2017年の改正で、定めることができないときに、という限定が入りました。契約から生じた債務は、普通、品質を定められます。たとえば、傷のない状態で渡す約束なら、その品質です。ですから、483条が実際に働くのは、契約によらない債権に、ほぼ限られます。たとえば、特定の物を返す不当利得返還請求権が、その例です。契約が無ければ、どんな状態で渡すという約束もありません。だから、品質を決める手がかりが無いのです。特定物の引渡しを扱った回で見たとおり、現状で足りるのは、品質の約束が無ければ、約束の中身がその物そのものしか残らないからでした。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。窓口で通帳と印鑑を持ってきた泥棒への払戻し=銀行が善意・無過失なら有効(預金者は銀行にもう請求できず、泥棒に不当利得の返還や損害賠償を求める)。無過失は、弁済手続全体で判断される。過失があれば原則無効=銀行はもう一度払う。ATM・カード=機械払システム全体の注意義務/偽造・盗難カードは預金者保護法。 図:冒頭の答え

  • 窓口で通帳と印鑑を持ってきた泥棒への払戻し=銀行が善意・無過失なら有効(預金者は銀行にもう請求できず、泥棒に不当利得の返還や損害賠償を求める)
  • 無過失は、弁済手続全体で判断される
  • 過失があれば原則無効=銀行はもう一度払う
  • ATM・カード=機械払システム全体の注意義務/偽造・盗難カードは預金者保護法

冒頭の答えを言い切ります。通帳と印鑑を持った泥棒への窓口払いは、銀行が善意で、かつ無過失なら、有効です。預金者は、銀行にはもう請求できず、泥棒に、不当利得の返還や損害賠償を求めます。ただし、無過失は、窓口の一人ではなく、弁済手続の全体で判断されます。どこかに過失があれば、原則どおり無効で、銀行は、もう一度払います。機械払なら、システムの設置管理の全体について、注意義務を尽くしたかが問われ、認められるのは限定的です。カードの不正払戻しは、預金者保護法で、別の仕組みが用意されています。

まとめ。477条=口座への払込みは、債権者が払戻請求権を取得した時に効力。478条=外観・善意・無過失で有効。表見受領者=本人を装う型・代理人を装う型・権利移転の外形の型。詐称代理人=110条は基本代理権が無く使えない→478条。479条=478条が使えないとき、債権者が利益を受けた限度で有効。481条=差押え後の弁済は差押債権者に通用せず、損害の限度でさらに弁済(求償は2項)。483条=品質を定められないときに限り現状引渡し。 図:まとめ

  • 477条=口座への払込みは、債権者が払戻請求権を取得した時に効力
  • 478条=外観・善意・無過失で有効
  • 表見受領者=本人を装う型・代理人を装う型・権利移転の外形の型
  • 詐称代理人=110条は基本代理権が無く使えない→478条
  • 479条=478条が使えないとき、債権者が利益を受けた限度で有効
  • 481条=差押え後の弁済は差押債権者に通用せず、損害の限度でさらに弁済(求償は2項)
  • 483条=品質を定められないときに限り現状引渡し

整理します。1つめ。受領権者以外への弁済は、原則として無効です。債権は消えず、払った人は、もう一度払います。2つめ。例外が478条です。受領権者以外の者が、取引上の社会通念に照らして、受領権者としての外観を有し、弁済した人が善意無過失なら、有効になります。これは成立要件で、条文どおりに言えれば足ります。3つめ。表見受領者の例は、通帳と届出印の持参人、詐称代理人、無効な債権譲渡の譲受人、劣後する譲受人、表見相続人などです。4つめ。詐称代理人に110条が使えないのは、基本代理権が無いからです。478条が使えるのは、弁済が既に負った義務の履行で、外観への信頼を厚く守るからです。本人の帰責は、独立の要件ではありません。5つめ。478条が使えないとき、479条で、債権者が利益を受けた限度で有効になります。差押えを受けた債権は、481条で、差押債権者に通用しません。483条は、品質を定められないときに限り、現状引渡しです。

通帳の泥棒の話に戻ると、銀行が守られるかどうかは、善意無過失かどうか、でした。478条の要件へのあてはめは、論文で論点になりうる部分です。

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#179単独ページ動画

弁済の充当と受取証書

第4章 債権総論 #179/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

3口の借金に5万円返したら、どれが減るのか

冒頭の関係図。借り手Aさんは、同じ貸主Bさんから3口借りている。①20万円・無利息・返す期限は来ている。②30万円・年10%の利息付き(利息は払い済み)・返す期限は来ている。③40万円・無利息・返す期限は来月末。AさんはBさんに5万円だけ返した。問い=この5万円で、どの借金が減ったのか。 図:冒頭の関係図

  • 借り手Aさんは、同じ貸主Bさんから3口借りている
  • ①20万円・無利息・返す期限は来ている
  • ②30万円・年10%の利息付き(利息は払い済み)・返す期限は来ている
  • ③40万円・無利息・返す期限は来月末
  • AさんはBさんに5万円だけ返した
  • 問い=この5万円で、どの借金が減ったのか

今日は、その問いです。借り手がAさん、貸主がBさん。①は20万円で、無利息、返す期限はもう来ています。②は30万円で、年利10%の利息が付いていて、利息は払い済み、期限は来ています。③は40万円で、無利息、期限は来月末です。ここへAさんが5万円を渡しました。5万円は、①に回るのか、②に回るのか、③に回るのか。決めるのは、渡したAさんの気持ちか、受け取ったBさんの都合か、それとも法律の順番か。この問いは、最後に、数字で答えを出します。その前に、払うことそのものの周辺を片づけます。どこで払うのか。誰の費用で払うのか。払った証拠はどう残すのか。この3つを済ませてから、払ったお金の行き先、つまり充当に進みます。

弁済の場所と時間(484条)

484条。1項(既習)=場所について別段の意思表示がなければ、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所、その他の弁済は債権者の現在の住所→持参債務が原則。2項(今回)=法令または慣習で取引時間の定めがあるときは、その取引時間内に限り、弁済をし、または弁済の請求をすることができる。例=銀行の窓口の営業時間内。 図:484条

  • 1項(既習)=場所について別段の意思表示がなければ、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所、その他の弁済は債権者の現在の住所→持参債務が原則
  • 2項(今回)=法令または慣習で取引時間の定めがあるときは、その取引時間内に限り、弁済をし、または弁済の請求をすることができる
  • 例=銀行の窓口の営業時間内

まず場所です。これは前に見ました。合意が無ければ、特定物の引渡しは債権が発生した時にその物があった場所、それ以外は債権者の現在の住所で払う。特定物は、その物でなければならない物です。動かせば手間も危険も増えるので、その物があった場所で渡すのが、当事者の普通の考えに合います。しかも特定物は、債権が生じたとき債務者の手元にあるのが普通なので、債権者が取りに来る取立債務になることが多いです。それ以外、たとえばお金は、受け取る債権者の住所へ持っていく。つまり、お金などは、債務者が持っていく持参債務が原則になります。ここまでは、思い出すだけで足ります。今日新しく入れるのは、時間です。484条2項です。

条文民法484条2項

民法第484条第2項 法令又は慣習により取引時間の定めがあるときは、その取引時間内に限り、弁済をし、又は弁済の請求をすることができる。

条文は、弁済をすることと、弁済の請求をすることの両方が、取引時間内に限られる、と言っています。典型は銀行です。窓口の営業時間が過ぎたあとに、窓口へ来て払うと言い張っても、受け取る側は応じなくてよい。同じように、営業時間の外に、今すぐ払ってほしいと請求することもできません。条文は、定めがあるときに、その時間内に限る、と言っているだけです。定めが無ければ、この制限は働きません。場所も時間も、まず当事者の合意や慣習、次にこの原則、と覚えてください。

弁済の費用(485条)

485条。弁済の費用について別段の意思表示がなければ、債務者の負担。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は債権者の負担。設例=小売チェーンが卸会社へ売掛金を振り込む手数料=小売チェーン負担。卸会社が本社を遠方へ移して、持参の運送費が増えた→増えた分=卸会社負担。 図:485条

  • 弁済の費用について別段の意思表示がなければ、債務者の負担
  • ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は債権者の負担
  • 設例=小売チェーンが卸会社へ売掛金を振り込む手数料=小売チェーン負担
  • 卸会社が本社を遠方へ移して、持参の運送費が増えた→増えた分=卸会社負担

次は、払うのにかかった費用です。たとえば、振込手数料、運送費、といったものです。

条文民法485条

民法第485条 弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする。

原則は、債務者の負担です。払う義務のある人が、払うためにかかる費用を持つ。これが筋です。小売チェーンが卸会社へ売掛金を振り込むなら、振込手数料は小売チェーンが負担します。ただし書が働くのは、債権者のほうが、費用を増やしたときです。持参債務を思い出してください。卸会社の住所へ持っていくのが原則でした。ところが、卸会社が、本社を遠方へ移してしまった。持参の運送費が増えます。増えたのは、債権者が自分の都合で動いたからです。だから、増えた分、つまり増加額だけは、債権者の卸会社が負担します。もとの運送費までは、債務者の負担のままです。弁済の提供の回で見た、受領遅滞で増えた費用とは別の条文です。あちらは、債権者が受け取らなかったせいで増えた費用、こちらは、債権者が住所を移すなどして、払う費用を増やした場合です。この条文も、別段の意思表示が優先です。費用は債権者が持つ、と契約で決めておけるのです。

弁済の証明① 受取証書の交付請求(486条)

486条。弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書(領収書)の交付を請求できる(1項)。弁済と受取証書の交付は同時履行→領収書を渡さないなら、債務者は払いを拒める。趣旨=二重払いの防止。一部弁済でも請求できる。2項=受取証書に代えて、その内容を記録した電磁的記録の提供を請求できる(受領者に不相当な負担を課すときは除く)。 図:486条

  • 弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書(領収書)の交付を請求できる(1項)
  • 弁済と受取証書の交付は同時履行→領収書を渡さないなら、債務者は払いを拒める
  • 趣旨=二重払いの防止
  • 一部弁済でも請求できる
  • 2項=受取証書に代えて、その内容を記録した電磁的記録の提供を請求できる(受領者に不相当な負担を課すときは除く)

ここから、払った証拠の話です。前回の、受領権者以外への弁済の回でも、受取証書を持って来た人が出てきました。今日は、払う側が、その受取証書をもらう話です。条文は2本です。1本めは、受取証書、つまり領収書です。

条文民法486条

民法第486条 弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる。 2 弁済をする者は、前項の受取証書の交付に代えて、その内容を記録した電磁的記録の提供を請求することができる。ただし、弁済を受領する者に不相当な負担を課するものであるときは、この限りでない。

1項の核心は、弁済と引換えに、です。払う人は、お金を渡すのと引換えに、領収書をよこせと請求できます。つまり、弁済と受取証書の交付は、同時履行の関係です。履行遅滞の要件の回で見た、同時履行の抗弁権と同じ形です。債権者が領収書を渡そうとしないなら、債務者は、払うのを拒めます。その間は、払わないことを責められません。たとえ話です。レジで会計をするとき、お金を払うのと同時にレシートを受け取りますね。あとで払った払っていないの争いになったとき、払ったことを示せるのは、そのレシートだけだからです。お金だけ渡して、レシートは後で、と言われたら、払ったことの証拠が、相手の手元にしかありません。二重に払わされるおそれが残ります。領収書は、二重払いを防ぐ、払った証拠そのものです。だから、払う瞬間に、引換えで要るのです。

条文は、弁済と書いていて、全部の弁済に限っていません。一部だけ払ったときも、払った分の証明が要ります。ですから、一部弁済でも、受取証書を請求できます。冒頭の5万円のときも、5万円を受け取りました、という領収書を求められるのです。2項は、2021年の改正で入った、電磁的記録の提供の規定です。紙の領収書に代えて、その内容を記録した電子データの提供を請求できます。ただし、受け取る側に、不相当な負担を課すときは除かれます。負担が重すぎる相手に、電子データでの対応を強いることはできない、という調整です。

弁済の証明② 債権証書の返還請求(487条)

487条。債権に関する証書(借用証書など)がある場合に、弁済をした者が全部の弁済をしたときは、その証書の返還を請求できる。弁済が先・返還が後=同時履行ではない。受取証書と債権証書の比較表へ。 図:487条

  • 債権に関する証書(借用証書など)がある場合に、弁済をした者が全部の弁済をしたときは、その証書の返還を請求できる
  • 弁済が先・返還が後=同時履行ではない
  • 受取証書と債権証書の比較表へ

2本めは、債権証書です。債権証書とは、債権の成立を証明する書面です。典型は、借用証書です。

条文民法487条

民法第487条 債権に関する証書がある場合において、弁済をした者が全部の弁済をしたときは、その証書の返還を請求することができる。

条文には、引換えにという言葉がありません。全部の弁済をしたとき、つまり払い終えたあとに、返せと請求できます。弁済が先、返還が後です。同時履行ではありません。問いです。領収書は、払うのと引換えなのに、借用証書は、なぜ後でいいのでしょうか?借用証書が戻ってこなくても、領収書を持っていれば、債務者は二重に払わずに済みます。それなのに、借用証書が戻るまで払わない、と言って払いを拒めるとしたら、不当です。債権者が、証書を紛失していた場合まで、払えなくなってしまいます。もう1つ、全部、という言葉も大事です。一部しか払っていなければ、債権はまだ残っています。債権が残っているなら、その成立の証拠の借用証書は、債権者が持ち続けるのが自然です。債権が全部消えて、はじめて、借用証書は用済みになり、返す番になります。

受取証書と債権証書の比較表。受取証書=払った事実の証拠(領収書)/払うとき、弁済と引換えに請求/一部弁済でも請求できる/同時履行である/理由=払った瞬間に二重払いを防ぐ証拠が要る。債権証書=債権の成立の証拠(借用証書など)/全部の弁済をしたあとに請求/一部弁済では請求できない(債権が残っているから)/同時履行ではない/理由=領収書があれば足り、債権が全部消えてはじめて用済み。軸=払った証拠が今すぐ要るか・債権がまだ残っているか。 図:受取証書と債権証書の比較表

  • 受取証書=払った事実の証拠(領収書)/払うとき、弁済と引換えに請求/一部弁済でも請求できる/同時履行である/理由=払った瞬間に二重払いを防ぐ証拠が要る
  • 債権証書=債権の成立の証拠(借用証書など)/全部の弁済をしたあとに請求/一部弁済では請求できない(債権が残っているから)/同時履行ではない/理由=領収書があれば足り、債権が全部消えてはじめて用済み
  • 軸=払った証拠が今すぐ要るか・債権がまだ残っているか

2つを、表で並べます。何の書面かが、違います。受取証書は、払ったことの証拠です。債権証書は、債権が成立したことの証拠です。いつ請求できるかも、違います。受取証書は、払うときに引換えで、一部弁済でも請求できます。債権証書は、全部払ったあとで、一部弁済では請求できません。分ける軸は、2本です。払った証拠が、今すぐ要るかどうか。債権が、まだ残っているかどうか。領収書は、払った証拠が今すぐ要るから、引換え。借用証書は、債権が全部消えるまで必要なので、全部払ったあとです。理由と一緒に言い分けられれば、短答はもちろん、論文でも、使えます。

弁済の充当とは

弁済の充当=給付が債務の全部を消滅させるのに足りないとき、どの債務に充てるか。2つの型。(a)同じ債権者に対する数個の債務=冒頭の3口。(b)1個の債務の元本・利息・費用=例=元本50万円・未払利息3万円・費用1万円。なぜ問題か=どれが消えるかで、残る利息・担保・遅滞の責任が変わる。

  • 弁済の充当=給付が債務の全部を消滅させるのに足りないとき、どの債務に充てるか
  • 2つの型
  • (a)同じ債権者に対する数個の債務=冒頭の3口
  • (b)1個の債務の元本・利息・費用=例=元本50万円・未払利息3万円・費用1万円
  • なぜ問題か=どれが消えるかで、残る利息・担保・遅滞の責任が変わる

ここから、後半の本題です。弁済の充当とは、渡した給付が、債務の全部を消すのに足りないときに、どの債務へ充てるかを決める話です。場面は2つあります。1つめは、冒頭の3口のように、同じ債権者に対して、数個の債務があるとき。2つめは、1つの債務の中に、元本のほかに、利息や費用もあるときです。たとえば、元本50万円、未払いの利息が3万円、費用が1万円。払った額が、この全部に足りないなら、どこへ回すのか、という問題です。どれに回っても同じ、とはいきません。消える借金によって、あとに残るものが変わります。利息の付いた借金が消えたなら、以後、利息は増えません。無利息のほうが消えたなら、利息の付く借金が残り、利息が積み上がっていきます。担保も同じです。家に抵当権を付けた借金が消えれば、家の担保が外れます。無担保の借金が消えても、家の担保は付いたままです。返す期限が来ている借金を残せば、遅れの責任が続きます。どれが残るかで、債務者の立場は、大きく変わります。

充当の順序の予告。①合意=合意があれば、それに従う(490条)→②元本・利息・費用が数ある場合=費用→利息→元本の順(489条)→③指定=弁済者が先、受領者は後(488条1項〜3項)→④法定=弁済期・弁済の利益・弁済期の先後・按分(488条4項)。上から1つずつ当てる。 図:充当の順序の予告

  • ①合意=合意があれば、それに従う(490条)→②元本・利息・費用が数ある場合=費用→利息→元本の順(489条)→③指定=弁済者が先、受領者は後(488条1項〜3項)→④法定=弁済期・弁済の利益・弁済期の先後・按分(488条4項)
  • 上から1つずつ当てる

先に、順序を見せます。上から、1つずつ当てていきます。1番上が、当事者の合意です。次に、元本・利息・費用があれば、費用、利息、元本の順。利息も費用も残っていなくて、数個の借金のどれに充てるかだけが問題なら、弁済者の指定、次に受領者の指定。指定がなければ、法律が決める基準で決まります。この順に、1つずつ見ます。

合意による充当(490条)

490条。前二条(488条・489条)の規定にかかわらず、弁済をする者と弁済を受領する者との間に弁済の充当の順序に関する合意があるときは、その順序に従う。合意が最優先・任意規定。例=「この返済は先に②へ」と貸主と借り手が決めて渡した。 図:490条

  • 前二条(488条・489条)の規定にかかわらず、弁済をする者と弁済を受領する者との間に弁済の充当の順序に関する合意があるときは、その順序に従う
  • 合意が最優先・任意規定
  • 例=「この返済は先に②へ」と貸主と借り手が決めて渡した

1番上は、合意です。

条文民法490条

民法第490条 前二条の規定にかかわらず、弁済をする者と弁済を受領する者との間に弁済の充当の順序に関する合意があるときは、その順序に従い、その弁済を充当する。

前二条、つまり488条と489条にかかわらず、と書いてあります。当事者の合意は、488条と489条のどちらよりも、先に働きます。冒頭の例なら、BさんとAさんが、この5万円は②へ回す、と決めて渡したなら、その合意どおりです。ここは任意規定、つまり、当事者が決めなければ条文が使われるだけの規定、という位置づけです。

元本・利息・費用があるとき(489条)

489条1項。債務者が1個または数個の債務について元本のほか利息・費用を支払うべき場合(数個の債務の場合は、同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担するときに限る)で、弁済者が全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、費用→利息→元本の順に充当しなければならない。488条1項は「次条第一項に規定する場合を除く」=489条が指定充当に優先する。 図:489条1項

  • 債務者が1個または数個の債務について元本のほか利息・費用を支払うべき場合(数個の債務の場合は、同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担するときに限る)で、弁済者が全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、費用→利息→元本の順に充当しなければならない
  • 488条1項は「次条第一項に規定する場合を除く」=489条が指定充当に優先する

前に見た判例を、思い出す問いです。利息制限法の上限を超えて払った分は、どこに回ったのでしょうか?超えた部分は無効なので、残っている元本の返済に回る、という判決でした。利息の上限を超えた払いは、元本に充当される。これは、金銭債務の回で見た最高裁の判例です。超えた部分は、そもそも有効な利息ではないので、利息に充てる先が無く、元本へ回る、という理屈でした。今の条文でいえば、これから見る489条の話です。さて、その充当先の決め方が、今日の本題です。

条文民法489条

民法第489条 債務者が一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべき場合(債務者が数個の債務を負担する場合にあっては、同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担するときに限る。)において、弁済をする者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、これを順次に費用、利息及び元本に充当しなければならない。 2 前条の規定は、前項の場合において、費用、利息又は元本のいずれかの全てを消滅させるのに足りない給付をしたときについて準用する。

1項の中身は、費用、利息、元本の順に充てなければならない、です。条文は、しなければならない、と書いています。弁済者が、元本のほうへ先に回したい、と言っても、できません。

489条の設例。貸金の元本50万円・未払いの利息3万円・費用1万円(収入印紙代)。5万円を払った→費用1万円・利息3万円・元本1万円の順に充当→元本は49万円残る。元本だけを先に減らす指定はできない(合意なら別=490条)。 図:489条の設例

  • 貸金の元本50万円・未払いの利息3万円・費用1万円(収入印紙代)
  • 5万円を払った→費用1万円・利息3万円・元本1万円の順に充当→元本は49万円残る
  • 元本だけを先に減らす指定はできない(合意なら別=490条)

設例です。貸金の元本が50万円、未払いの利息が3万円、費用が1万円。ここへ5万円を払いました。全部で54万円なので、足りません。費用の1万円、利息の3万円、元本の1万円の順に充てます。元本は49万円残ります。元本だけを減らしたい、という指定は、通りません。元本が先に減ると、利息を生む元のお金が減ります。もし払う側が、元本だけを先に減らす指定ができたら、債権者は、本来受け取れたはずの利息を、失います。費用と利息を先に済ませれば、元本が残り、そこに利息が付き続けます。債権者の利益を守るために、条文が、費用、利息、元本の順に固定しているのです。条文の、カッコの中も大事です。数個の債務がある場合は、同一の債権者に対して、同種の給付を目的とする債務に限ります。同種の給付とは、たとえば、どれもお金を払う債務、という意味です。別々の貸主に払うなら、受け取った貸主の借金に充てるだけなので、どれに充てるかという問題が、そもそも起きません。このあと見る488条1項には、次条第一項に規定する場合を除く、というカッコ書きがあります。これも、ここにつながります。489条の場面では、488条の指定の規定を使わず、489条が優先する、という意味です。ただし、490条の合意があるなら、合意が489条にも優先します。489条の順序は、債権者を守るためのものです。その債権者自身が、別の順序でよいと合意したなら、守る理由が無いからです。

2項は、グループの中の話です。たとえば、同じ貸主の2口の借金に、それぞれ未払いの利息があります。利息が3万円と2万円です。ここに4万円を払いました。利息の全部、5万円を消すには、足りません。このとき、費用、利息、元本という順序には従いつつ、利息のグループの中で、どちらの利息に回すか、には、488条の規定を準用します。準用とは、別の場面の規定を、この場面に当てはめて使うことです。488条の決め方は、このあと順に見ます。結論だけ先に言うと、どちらも指定せず、条件がすべて等しければ、額に応じて、2万4千円と、残りの1万6千円に分けます。

指定充当(488条1項〜3項)

488条1項〜3項。同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合(489条の場合を除く)で、給付が全部の債務を消滅させるのに足りないとき=1項 弁済をする者が、給付の時に、指定できる。2項 弁済者が指定しなければ、受領する者が、受領の時に指定できる。弁済者が直ちに異議を述べれば、受領者の指定は効力を失う。3項 指定は相手方に対する意思表示でする。 図:488条1項〜3項

  • 同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合(489条の場合を除く)で、給付が全部の債務を消滅させるのに足りないとき=1項 弁済をする者が、給付の時に、指定できる
  • 2項 弁済者が指定しなければ、受領する者が、受領の時に指定できる
  • 弁済者が直ちに異議を述べれば、受領者の指定は効力を失う
  • 3項 指定は相手方に対する意思表示でする

合意が無く、489条の場面でもないときは、数個の債務の間で、指定充当に進みます。

条文民法488条1項〜3項

民法第488条第1項〜第3項 債務者が同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合において、弁済として提供した給付が全ての債務を消滅させるのに足りないとき(次条第一項に規定する場合を除く。)は、弁済をする者は、給付の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。 2 弁済をする者が前項の規定による指定をしないときは、弁済を受領する者は、その受領の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。ただし、弁済をする者がその充当に対して直ちに異議を述べたときは、この限りでない。 3 前二項の場合における弁済の充当の指定は、相手方に対する意思表示によってする。

順序は、弁済者が先、受領者が後です。弁済者が、給付の時に指定できます。弁済者が指定しなかったときに限って、受領者が、受領の時に指定できます。ただし、弁済者が、直ちに異議を述べれば、受領者の指定は効力を失います。弁済者が先なのは、どの借金を消すかで、あとに残る利息や期限の重さを背負うのは、払う側だからです。冒頭のAさんなら、利息の付いた②を先に消したい、と考えるかもしれません。その選択を、まず払う本人に任せる。受領者が指定できるのは、弁済者が何も言わなかったときの、穴埋めです。だから、弁済者が異議を述べれば、受領者の指定は退きます。

それでも、受領者の指定には意味があります。弁済者が何も言わないまま、どの借金が減ったのか決まらないと、後で争いになります。そこで、受け取る側が決めて、その場で弁済者に伝える。弁済者が、直ちに異議を述べなければ、受領者の指定が通ります。異議が、直ちに、に限られているのも、充当先を早く確定させるためです。指定は、相手方に対する意思表示でする、と3項にあります。弁済者の指定は受領者へ、受領者の指定は弁済者へ、意思を伝えて行います。時点を、言葉で押さえます。弁済者は給付の時、受領者は受領の時、異議は直ちに、です。受領者の指定に異議が出たら、その指定は無かったことになり、指定の無い場合として、次の、法定充当へ進みます。

法定充当(488条4項)と順序のフローチャート

488条4項。弁済者も受領者も指定しないとき、次の号の順に充当する。1号=弁済期にあるものと弁済期にないものがあるときは、弁済期にあるものに先に。2号=全部が弁済期にあるとき、または全部が弁済期にないときは、債務者のために弁済の利益が多いものに先に。3号=弁済の利益が相等しいときは、弁済期が先に到来したもの、または先に到来すべきものに先に。4号=前二号に掲げる事項が相等しい債務は、各債務の額に応じて。 図:488条4項

  • 弁済者も受領者も指定しないとき、次の号の順に充当する
  • 1号=弁済期にあるものと弁済期にないものがあるときは、弁済期にあるものに先に
  • 2号=全部が弁済期にあるとき、または全部が弁済期にないときは、債務者のために弁済の利益が多いものに先に
  • 3号=弁済の利益が相等しいときは、弁済期が先に到来したもの、または先に到来すべきものに先に
  • 4号=前二号に掲げる事項が相等しい債務は、各債務の額に応じて

指定が無いとき、法律が決める基準が、488条4項です。

条文民法488条4項

民法第488条第4項 弁済をする者及び弁済を受領する者がいずれも第一項又は第二項の規定による指定をしないときは、次の各号の定めるところに従い、その弁済を充当する。 一 債務の中に弁済期にあるものと弁済期にないものとがあるときは、弁済期にあるものに先に充当する。 二 全ての債務が弁済期にあるとき、又は弁済期にないときは、債務者のために弁済の利益が多いものに先に充当する。 三 債務者のために弁済の利益が相等しいときは、弁済期が先に到来したもの又は先に到来すべきものに先に充当する。 四 前二号に掲げる事項が相等しい債務の弁済は、各債務の額に応じて充当する。

上から、1号、2号、3号、4号と、順に1つずつ当てます。1号。弁済期にあるものと、ないものがあるなら、弁済期にあるものが先です。期限が来ている借金から減らす。期限が来ていない借金は、まだ払う義務が生じていません。義務のあるほうが先です。2号。全部が弁済期にある、または全部が弁済期にないときは、債務者のために、弁済の利益が多いものが先です。債務者にとって、先に消えたほうが得な借金、という意味です。たとえば、利息の付いた借金は、無利息の借金より、先に消えたほうが、利息が増えないので得です。利率が高いほうが、低いほうより、得です。担保が付いている借金は、先に消すと担保が外れるので、利益が大きいと見られることがありますが、これは事案ごとの判断で、いつもそうとは限りません。物差しは1つです。債務者が、どれを先に消せば、あとの負担が一番軽くなるか。利息の有無と利率は、この物差しで差がはっきり出るので、まずそこを見ます。3号。弁済の利益が等しいなら、弁済期が先に来たもの、または先に来るはずのものが先です。4号。それも等しければ、各債務の額に応じて、割って充てます。按分です。立ち止まります。指定も合意もなくて、期限の前の借金と、期限の後の借金があるとき、どちらに先に充てるでしょうか?

1号で、期限が来ているほうです。1号で決まれば、2号以降には進みません。上から順に、決まったところで終わりです。

充当の順序フローチャート。①合意があるか→あれば、その合意に従う(490条)。なければ↓ ②元本のほか利息・費用があるか→あれば、費用→利息→元本(489条)。なければ↓ ③弁済者が給付の時に指定したか→したら、その指定(488条1項)。しなければ↓ ④受領者が受領の時に指定し、弁済者が直ちに異議を述べなかったか→そうなら、その指定(同2項)。異議があれば指定は効力を失う。なければ↓ ⑤法定充当(488条4項)=1号 弁済期にあるものが先→2号 弁済の利益が多いものが先→3号 弁済期が先に到来したものが先→4号 額に応じて按分。 図:充当の順序フローチャート

  • ①合意があるか→あれば、その合意に従う(490条)
  • なければ↓ ②元本のほか利息・費用があるか→あれば、費用→利息→元本(489条)
  • なければ↓ ③弁済者が給付の時に指定したか→したら、その指定(488条1項)
  • しなければ↓ ④受領者が受領の時に指定し、弁済者が直ちに異議を述べなかったか→そうなら、その指定(同2項)
  • 異議があれば指定は効力を失う
  • なければ↓ ⑤法定充当(488条4項)=1号 弁済期にあるものが先→2号 弁済の利益が多いものが先→3号 弁済期が先に到来したものが先→4号 額に応じて按分

全体を、フローチャートにします。1つめの関門は、合意があるかどうか。あれば、それです。なければ、2つめ。元本のほかに、利息や費用があるか。あれば、費用、利息、元本の順です。それにも当てはまらないとき、3つめ、弁済者が指定したか。指定したら、それです。4つめ、受領者が指定して、弁済者が直ちに異議を述べなかったか。そうなら、その指定です。どれにも当てはまらなければ、最後に、488条4項の、1号から4号です。上から順に、決まったところで終わり。この読み方が、設例を解くときの、手順そのものです。

冒頭の答えと、1個の債務の数個の給付(491条)

冒頭の答え。借り手Aさんが貸主Bさんに5万円。①20万円(無利息・期限到来)②30万円(年10%・期限到来)③40万円(無利息・期限は来月末)。【指定あり】Aさんが給付の時に「②へ」と指定→②が25万円に。【指定なし】Bさんが受領時に「①へ」と指定→Aさんが直ちに異議→指定は効力を失う→法定充当=1号 ③は期限前なので後回し→2号 ①②とも到来済みで、利息付きの②のほうが弁済の利益が多い→②が25万円。異議を述べなければ①が15万円。 図:冒頭の答え

  • 借り手Aさんが貸主Bさんに5万円
  • ①20万円(無利息・期限到来)②30万円(年10%・期限到来)③40万円(無利息・期限は来月末)
  • 【指定あり】Aさんが給付の時に「②へ」と指定→②が25万円に
  • 【指定なし】Bさんが受領時に「①へ」と指定→Aさんが直ちに異議→指定は効力を失う→法定充当=1号
  • ③は期限前なので後回し→2号
  • ①②とも到来済みで、利息付きの②のほうが弁済の利益が多い→②が25万円
  • 異議を述べなければ①が15万円

冒頭の答えを出します。数字は、同じです。①は20万円で無利息、期限が来ている。②は30万円で年利10%の利息付き、期限が来ている。③は40万円で無利息、期限は来月末。5万円を、Aさんが渡しました。合意は無かったとします。期限は今日来たところで、遅れの損害金はまだ生じていない、とします。まず、指定がある場合です。Aさんが、渡すときに、②へ、と言いました。これが1項の指定です。合意は無く、利息は払い済みで、遅れの損害金も無いので、489条の場面でもありません。ですから、Aさんの指定が通り、②が25万円になります。次に、指定が無い場合です。Aさんは何も言わずに渡しました。受け取ったBさんが、受け取るときに、①へ、と言いました。これが2項の、受領者の指定です。ここで、Aさんが、直ちに異議を述べれば、Bさんの指定は効力を失います。異議を述べなければ、Bさんの指定が通り、①が15万円になります。Aさんが異議を述べたとします。法定充当です。1号。③は期限が来月末で、まだ来ていないので、後回しです。①と②は、期限が来ています。2号。①と②は、全部が弁済期にあるので、弁済の利益が多いほうを選びます。②は利息が付いている。①は無利息です。Aさんにとって、先に消えたほうが得なのは、②です。よって、②へ回り、②が25万円になります。

Aさんの指定が通れば②、Bさんの指定が通れば①、どちらも指定しなければ、法律の基準で②です。指定が有るか無いかで、5万円の行き先が変わります。これが、指定の意味です。当事者が決めればそれが先、決めていなければ条文が決める。最初に置いた軸が、そのまま答えになりました。

491条。一個の債務の弁済として数個の給付をすべき場合に、弁済者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、前三条(488条・489条・490条)の規定を準用する。例=1個の代金債務の分割払い。 図:491条

  • 一個の債務の弁済として数個の給付をすべき場合に、弁済者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、前三条(488条・489条・490条)の規定を準用する
  • 例=1個の代金債務の分割払い

最後に、491条です。射程だけ見ます。

条文民法491条

民法第491条 一個の債務の弁済として数個の給付をすべき場合において、弁済をする者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、前三条の規定を準用する。

数個の債務ではなく、1個の債務を、数回に分けて払う場面です。たとえば、30万円の代金を、毎月10万円ずつ、3回で払う約束です。利息は付いていません。遅れの損害金は、考えないことにします。1回目と2回目を払えないまま、15万円だけ払いました。1回目に充てるのか、2回目に充てるのか。ここで、488条から490条の充当の規定を準用します。合意も指定も無ければ、法定充当です。3回目は、期限前なので後回しです。1回目と2回目は、弁済の利益が同じなので、3号で、期限が先に来た1回目へ10万円、残りの5万円が2回目へ回ります。

まとめ。場所=合意がなければ持参・取引時間内(484条)。費用=債務者負担・債権者が増やした分は債権者(485条)。受取証書=弁済と引換え・一部弁済でも請求可(486条)。債権証書=全部弁済のあと・同時履行ではない(487条)。充当の順序=合意(490条)→費用・利息・元本(489条)→指定(弁済者が先・受領者は後・直ちに異議)→法定(1弁済期・2弁済の利益・3弁済期の先後・4按分)。 図:まとめ

  • 場所=合意がなければ持参・取引時間内(484条)
  • 費用=債務者負担・債権者が増やした分は債権者(485条)
  • 受取証書=弁済と引換え・一部弁済でも請求可(486条)
  • 債権証書=全部弁済のあと・同時履行ではない(487条)
  • 充当の順序=合意(490条)→費用・利息・元本(489条)→指定(弁済者が先・受領者は後・直ちに異議)→法定(1弁済期・2弁済の利益・3弁済期の先後・4按分)

整理します。1つめ。弁済の場所と時間は、合意や慣習が先です。なければ、原則は持参で、取引時間内に限られます。費用は、債務者の負担で、債権者が増やした分だけ、債権者の負担です。2つめ。領収書、受取証書は、弁済と引換えに請求でき、一部弁済でも請求できます。払った証拠が今すぐ要るからです。借用証書、債権証書は、全部の弁済のあとに返してもらいます。債権が残っているあいだは、債権者が持つからです。3つめ。充当は、合意が最優先です。次に、元本のほかに利息や費用があるなら、費用、利息、元本の順です。この順序は、弁済者の指定では動かせません。4つめ。指定は、弁済者が給付の時に先、受領者は受領の時に後で、弁済者が直ちに異議を述べれば、受領者の指定は効力を失います。指定が無ければ、法定充当で、弁済期があるもの、弁済の利益が多いもの、弁済期が先のもの、額に応じて、の順です。

充当の順序を、設例に当てはめて答案に書くことは、論文で論点になりうる部分です。

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#180単独ページ動画

弁済による代位

第4章 債権総論 #180/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

保証人が全額払ったら、銀行の抵当権はどうなる

冒頭の関係図。借主は銀行から住宅ローンの残り1000万円を借りていて、借主の家には銀行の抵当権が付いている。友人が保証人になっていた。借主が払えなくなり、保証人が銀行へ1000万円を全額払った。問い=銀行の債権は消えるはず。では、家に付いていた抵当権はどうなるのか。 図:冒頭の関係図

  • 借主は銀行から住宅ローンの残り1000万円を借りていて、借主の家には銀行の抵当権が付いている
  • 友人が保証人になっていた
  • 借主が払えなくなり、保証人が銀行へ1000万円を全額払った
  • 問い=銀行の債権は消えるはず
  • では、家に付いていた抵当権はどうなるのか

今日は、その問いです。借主の家に、銀行の抵当権が付いている。保証人が、銀行へ1000万円を全額払った。払った瞬間に、銀行の債権は消えるはずです。債権が消えれば、付従性で、抵当権も消える。家は、ただの家に戻る。そう考えるのが、自然です。先に答えを言います。この抵当権は、消えません。払った保証人が、使えるようになります。ただし、使えるのは、保証人が借主へ請求できる額の範囲までです。なぜ、消えるはずの債権が、払った人へ移るのか。移ったものを、どこまで使えるのか。これが弁済による代位です。前回までで、払うことの周辺を片づけました。今日は、払った人が、そのあと何を手にするのか、という話です。

なぜ代位が要るのか

代位の意義。保証人が1000万円を払う→借主に求償権(立て替えた分を返せという権利)を持つ。だが求償権は担保のない普通の債権。数値例=借主の財産は家だけ(競売で1200万円)。別の貸主の無担保債権が1000万円。求償権だけ=1200万円を2人で按分→保証人600万円・別の貸主600万円。代位で銀行の抵当権を使う=保証人1000万円・別の貸主200万円。 図:代位の意義

  • 保証人が1000万円を払う→借主に求償権(立て替えた分を返せという権利)を持つ
  • だが求償権は担保のない普通の債権
  • 数値例=借主の財産は家だけ(競売で1200万円)
  • 別の貸主の無担保債権が1000万円
  • 求償権だけ=1200万円を2人で按分→保証人600万円・別の貸主600万円
  • 代位で銀行の抵当権を使う=保証人1000万円・別の貸主200万円

第三者が弁済をすると、債権は消えます。ここまでは、第三者弁済の回で見ました。そして払った人は、債務者に対して、求償権を持ちます。求償権とは、立て替えた分を返せという、払った人自身の権利です。保証人なら、ここに保証の規定が働きます。頼まれずに払った人なら、事務管理の費用の償還です。この中身は、別の回に回します。今日は、求償権がある、という前提で使います。では、求償権があるなら、それで足りるのでは。数字で見ます。借主の財産は、家だけです。競売にかけると、1200万円になります。ところが、借主には、銀行のほかにも、別の貸主がいて、担保の付いていない債権が1000万円あります。保証人の求償権は、担保の付いていない、普通の債権です。別の貸主の債権と、同じ並びになります。家の1200万円を、1000万円と1000万円で、割ります。600万円ずつです。保証人は、1000万円を払って、600万円しか戻りません。

抵当権のある債権は、家の代金から先に取れます。保証人が銀行の抵当権を使えれば、1200万円のうち、まず1000万円を取れます。残りの200万円が、別の貸主です。600万円と1000万円。この差が、代位の意味です。

条文民法499条

民法第499条 債務者のために弁済をした者は、債権者に代位する。

条文は、これだけです。債務者のために弁済をした者は、債権者に代位する。代位するとは、債権者の地位に、代わって立つことです。債権者が持っていた債権と、その債権に付いていた担保を、弁済した人が手にします。ここで、言葉を1つ決めます。弁済で、本来は消えるはずだった、債権者の債務者に対する債権。これを、以後、原債権と呼びます。今日の例なら、銀行の借主に対する1000万円の貸金債権が、原債権です。判例は、こう整理します。弁済による代位は、求償権を確保するために、原債権と担保権を、消さずに、その全部または一部を、払った人へ当然に移すものだ、と。消えて新しく生まれるのではなく、消さずに移すのです。共同抵当の2回めで、代位が2つ出てきました。後順位の抵当権者が、配当のところで使う392条の代位と、抵当権を実行された物上保証人が使う、この弁済による代位です。あのときは骨組みだけでした。今日は、払った人が使う、この代位の中身をほどきます。

求償権と原債権は別個の債権

払った人の手元の3層。求償権(主・払った人が債務者に対して自分の権利として持つ)/原債権(債権者から移ってきた債権・求償権を確保する道具)/抵当権(原債権の担保)。保証人Dは借主Bに求償権。Dが持つ原債権に抵当権が付き、抵当権は借主の家に付いたまま。 図:払った人の手元の3層

  • 求償権(主・払った人が債務者に対して自分の権利として持つ)/原債権(債権者から移ってきた債権・求償権を確保する道具)/抵当権(原債権の担保)
  • 保証人Dは借主Bに求償権
  • Dが持つ原債権に抵当権が付き、抵当権は借主の家に付いたまま

ここが、今日の山場です。払った人の手元には、債権が2つあります。1つめは、求償権。払った人が、自分の権利として、債務者に持つ債権です。2つめは、原債権。債権者から移ってきた債権で、抵当権などの担保が付いています。この2つは、別個の債権です。額も、利率も、時効も、ずれることがあります。そして、抵当権が担保しているのは、原債権のほうです。求償権ではありません。抵当権は、もともと銀行の貸金のために付けられ、その額で登記されています。後ろの債権者も、その額が先に取られることを前提にしています。払った人へ移っても、担保されるのが原債権のままなのは、そのためです。判例も、そう言っています。

判例最判昭59・5・29 民集38巻7号885頁

弁済による代位と、被担保債権 弁済による代位の制度は、代位弁済者が債務者に対して取得する求償権を確保するために、法の規定により弁済によつて消滅すべきはずの債権者の債務者に対する債権(以下「原債権」という。)及びその担保権を代位弁済者に移転させ、代位弁済者がその求償権の範囲内で原債権及びその担保権を行使することを認める制度であり、したがつて、代位弁済者が弁済による代位によつて取得した担保権を実行する場合において、その被担保債権として扱うべきものは、原債権であつて、保証人の債務者に対する求償権でないことはいうまでもない。

判旨の前半は、さっきの話です。求償権を確保するために、原債権と担保権を移す。そして、代位できるのは、求償権の範囲内、と書いてあります。後半は、実行するときの被担保債権は、原債権であって、求償権ではない、という確認です。この判例は、求償権が主で、原債権と担保は、それを確保する道具だ、という位置づけを、はっきりさせています。範囲内という条文を、読みます。

条文民法501条2項

民法第501条第2項 前項の規定による権利の行使は、債権者に代位した者が自己の権利に基づいて債務者に対して求償をすることができる範囲内(保証人の一人が他の保証人に対して債権者に代位する場合には、自己の権利に基づいて当該他の保証人に対して求償をすることができる範囲内)に限り、することができる。

かっこの中は、保証人どうしの話です。今日は、読み飛ばします。本文の骨格は、権利の行使は、自己の権利に基づいて求償できる範囲内に限る、です。範囲内という限りが効くのは、原債権と求償権で、額がずれる場面です。数字で見ます。

上限の2ケース。設例=A卸会社の代金債権3000万円・B小売チェーンの倉庫にAの抵当権・社長Dが保証人。DがAに3000万円を払い、1年後に倉庫が競売された(競売代金は4000万円)。ケース1=原債権3300万円(3000万円+年10%の遅延損害金1年分300万円)/求償権3090万円(3000万円+弁済後の法定利息年3%1年分90万円)→Dが受け取れるのは3090万円(差額210万円は後順位の債権者へ)。ケース2=求償権に年15%の特約(3000万円+450万円=3450万円)/原債権3300万円→Dが受け取れるのは3300万円。小さい方が上限。 図:上限の2ケース

  • 設例=A卸会社の代金債権3000万円・B小売チェーンの倉庫にAの抵当権・社長Dが保証人
  • DがAに3000万円を払い、1年後に倉庫が競売された(競売代金は4000万円)
  • ケース1=原債権3300万円(3000万円+年10%の遅延損害金1年分300万円)/求償権3090万円(3000万円+弁済後の法定利息年3%1年分90万円)→Dが受け取れるのは3090万円(差額210万円は後順位の債権者へ)
  • ケース2=求償権に年15%の特約(3000万円+450万円=3450万円)/原債権3300万円→Dが受け取れるのは3300万円
  • 小さい方が上限

A卸会社の代金債権が3000万円。B小売チェーンの倉庫に、Aの抵当権が付いています。Bの社長Dが保証人で、Aへ3000万円を払いました。ここから1年、Bは、Dにも、Aから移った債権の分にも、払わないまま、倉庫が競売にかかります。代金は、4000万円とします。1つめのケース。原債権は、元本3000万円に、年10%の遅延損害金が1年分の300万円で、3300万円です。求償権は、3000万円に、弁済のあとの法定利息、年3%で1年分の90万円が付いて、3090万円です。率が違うのは、原債権の利率はAとBの契約で決めたもの、求償権の利息は払った日から法律が付けるもの、と出どころが違うからです。倉庫の代金から、Dが受け取れるのは、3090万円までです。原債権は3300万円ありますが、求償権の範囲内、という上限がかかります。差額の210万円は、後ろの債権者に回ります。2つめのケース。保証の契約で、求償権に年15%という利率の特約があったとします。1年分で450万円。求償権は、3450万円です。ところが、原債権は、3300万円のままです。Dが受け取れるのは、3300万円までです。求償権が大きくても、原債権の額を超えては、取れません。抵当権が担保しているのは、原債権だからです。特約で、原債権の利率が上がるわけではありません。結論は、小さい方が上限、です。求償権の範囲内で、かつ、原債権の範囲内。この2つの上限の、小さい方です。1つめの上限は、さっきの判例が、カードに載せなかった後半で、原債権を使える額は、求償権の総額までだ、と述べているものです。特約の中身は、別の回で扱います。

二重取りはできません。1つめのケースで、競売の前に、BがDへ1000万円を返したとします。求償権も、原債権も、その分減って、倉庫から取れる額も、その分、減ります。逆に、原債権の側で払われても、求償権が、その分、減ります。そして、払ったあとに、債務者から一部だけ返ってきたときは、求償権と原債権の、それぞれに、前回見た、充当の規定に従って充てる、というのが判例です。時効も、別々に進みます。ここは、そういうものがある、というところまでで、先へ進みます。軸に戻ります。求償権を確保する道具だから、求償権の範囲でしか使えない。ここは、論文で論点になりうるところです。

代位の要件

要件。①弁済(代物弁済・供託・相殺・混同・物上保証人が担保権の実行で所有権を失う場合も、通説は含める)②求償権の存在(贈与のつもりで払えば求償権がないので代位もない)。求償権の根拠=委託あり(委任の費用償還)・委託なし(事務管理の費用償還)・保証人・物上保証人。改正=正当な利益のない者の代位には債権者の承諾が要ったが、今は不要。 図:要件

  • ①弁済(代物弁済・供託・相殺・混同・物上保証人が担保権の実行で所有権を失う場合も、通説は含める)②求償権の存在(贈与のつもりで払えば求償権がないので代位もない)
  • 求償権の根拠=委託あり(委任の費用償還)・委託なし(事務管理の費用償還)・保証人・物上保証人
  • 改正=正当な利益のない者の代位には債権者の承諾が要ったが、今は不要

要件は、2つです。1つめは、弁済です。条文は弁済と書いていますが、債務を消滅させて、債務者に求償できる形になる行為なら、広く含める、というのが通説です。たとえば、代物弁済、供託、相殺、混同があります。物上保証人が、担保権を実行されて、所有権を失った場合も、含まれます。2つめは、求償権があることです。ここは、代位の入口です。求償権の生じない弁済も、あります。たとえば、友人に、贈与のつもりで、代わりに払ってあげたとします。返してもらう気は無かった。そうすると、そもそも求償権が生じません。求償権が無ければ、確保すべき対象が無いので、代位も生じません。道具は、目的があってのものだからです。求償権の根拠は、場面で違います。債務者に頼まれて払ったなら、委任の費用の償還です。頼まれずに払ったなら、事務管理の費用の償還です。保証人には、保証の規定があり、物上保証人には、保証の規定が準用されます。ここは名前で受けるだけです。そして、改正の話です。改正前は、正当な利益のない人が代位するには、弁済と同時に、債権者の承諾が必要でした。改正で、この承諾は不要になりました。弁済した人は、承諾なしに、債権者に代位します。債権者は、払ってもらって、もう満足しています。それなのに、代位だけは認めない、と拒めるのは、筋が通らないからです。

任意代位と法定代位は対抗要件だけが違う

500条。第467条の規定は、前条の場合(弁済をするについて正当な利益を有する者が債権者に代位する場合を除く。)について準用する。法定代位=正当な利益を有する者の代位=対抗要件は不要。任意代位=それ以外の第三者の弁済による代位=債権譲渡と同じ対抗要件(債務者への通知または債務者の承諾)。設例=社長D(保証人)は不要・親会社C(保証も担保もしていない)は通知か承諾が要る。 図:500条

  • 第467条の規定は、前条の場合(弁済をするについて正当な利益を有する者が債権者に代位する場合を除く。)について準用する
  • 法定代位=正当な利益を有する者の代位=対抗要件は不要
  • 任意代位=それ以外の第三者の弁済による代位=債権譲渡と同じ対抗要件(債務者への通知または債務者の承諾)
  • 設例=社長D(保証人)は不要・親会社C(保証も担保もしていない)は通知か承諾が要る

立ち止まって、第三者弁済の回を思い出します。借地の上に建つ建物を借りている人が、借地人の代わりに、地代を払ってよいのは、なぜだったでしょうか?地代が払われないと、借地権が消えて、建物から出なければならなくなるので、払うことに法律上の利害関係があるからです。法律上の利害関係があるのが、正当な利益です。今日の条文の、正当な利益を有する者も、前に見た、第三者弁済の正当な利益と、同じ物差しです。その正当な利益を有する者が、弁済して代位するのが、法定代位です。それ以外の第三者が弁済して代位するのが、任意代位です。改正で承諾が要らなくなった結果、2つの違いは、対抗要件だけに残りました。対抗要件とは、債権譲渡の対抗要件の回で見たとおり、自分が権利者だと、債務者やほかの人に主張するための条件です。

条文民法500条

民法第500条 第四百六十七条の規定は、前条の場合(弁済をするについて正当な利益を有する者が債権者に代位する場合を除く。)について準用する。

467条は、債権譲渡の対抗要件の条文です。債務者への通知、または債務者の承諾で、債務者に対抗できる。確定日付のある証書による通知か承諾で、第三者に対抗できる。ここでは、その準用先だけ、押さえます。かっこ書きで、正当な利益を有する者が代位する場合は、除かれています。つまり、法定代位には、対抗要件は不要です。任意代位だけが、債権譲渡と同じ通知か承諾を求められます。なぜ任意代位だけなのか。保証人や物上保証人は、債務者から見て、払うかもしれない人として、最初から見えています。見ず知らずの人が払って、債権者の立場に立ったことは、知らされなければ分かりません。思わぬ人から請求されたり、ほかの人と取り合いになったりしないように、債権譲渡と同じ通知か承諾を求めるのです。

さっきの会社の設例に当てはめます。保証人の社長Dが払えば、そのまま、Aの抵当権を使えます。Dには、正当な利益があるからです。保証人は、第三者弁済の回で見たとおり、自分の保証債務として払うので、474条の第三者ではありません。それでも、499条の、弁済をした者には入ります。払わなければ自分の財産から取られる立場ですから、500条の、正当な利益を有する者に当たります。一方、Bの親会社のCが、Bのために3000万円を払ったとします。Cは、保証も、担保の提供も、していません。ですから、正当な利益は無い。それでも、Bの意思に反しておらず、Aが受け取れば、弁済は有効で、代位も生じます。ただし、Bへの通知か、Bの承諾が無ければ、倉庫の抵当権を、Bに対して主張できません。流れにします。弁済して、求償権がある。そうすれば、代位が生じます。正当な利益があれば、そのまま、債務者にも対抗できる。なければ、467条の通知か承諾が要る。差は、ここだけです。ここは、論文で論点になりうる部分です。

代位の効果(501条1項・2項)

501条1項・2項。代位した者は、債権の効力及び担保としてその債権者が有していた一切の権利を行使できる(1項)。ただし求償権の範囲内(2項)。債権の効力=履行請求・損害賠償請求など。担保=物的担保(抵当権)・人的担保(保証)。冒頭の設例=保証人が1000万円を全額払う→原債権1000万円と抵当権を取得→家の競売代金から1000万円まで回収できる。 図:501条1項・2項

  • 代位した者は、債権の効力及び担保としてその債権者が有していた一切の権利を行使できる(1項)
  • ただし求償権の範囲内(2項)
  • 債権の効力=履行請求・損害賠償請求など
  • 担保=物的担保(抵当権)・人的担保(保証)
  • 冒頭の設例=保証人が1000万円を全額払う→原債権1000万円と抵当権を取得→家の競売代金から1000万円まで回収できる

効果です。

条文民法501条1項

民法第501条第1項 前二条の規定により債権者に代位した者は、債権の効力及び担保としてその債権者が有していた一切の権利を行使することができる。

一切の権利、が核心です。債権の効力というのは、履行を請求する、損害賠償を請求する、といった、債権そのものの力です。担保というのは、抵当権のような物的担保、保証のような人的担保です。債権者が持っていたものは、全部、移ります。ただし、2項の、求償権の範囲内、という限界がかかります。冒頭の設例に、当てはめます。保証人が、銀行へ1000万円を全額払いました。保証人は、銀行の借主に対する、1000万円の原債権と、家の抵当権を取得します。借主が払わなければ、家を競売にかけて、銀行に代わって、1000万円まで回収できます。さっきの数字なら、無担保なら600万円、代位なら1000万円でした。

判例は、代位によって、抵当権などを取得することについて、後ろの抵当権者などと、物権の対抗問題を生じない、と言っています。抵当権の登記は、もともと銀行の名前で入っていて、後ろの抵当権者は、その分が先に取られることを覚悟しています。持ち主が保証人に代わっても、後ろの人の取り分は変わりません。だから、登記を移していなくても、代位弁済者は、抵当権を主張できます。改正前の条文には、保証人が、担保不動産の第三取得者に対して代位するには、付記登記、つまり、抵当権の登記に代位したことを書き足す登記が要る、という規定がありました。この規定は、改正で、削られました。保証人と第三取得者の関係の話は、別の回で扱います。

一部だけ払ったとき(502条)

502条。債権の一部について代位弁済があったとき=1項 代位者は債権者の同意を得て、弁済した価額に応じて、債権者とともに権利を行使できる。2項 債権者は単独でも行使できる。3項 債権者が行使する権利は、担保目的財産の売却代金などについて、代位者に優先する。4項 契約の解除は債権者だけ・代位者に弁済額と利息を償還する。 図:502条

  • 債権の一部について代位弁済があったとき=1項 代位者は債権者の同意を得て、弁済した価額に応じて、債権者とともに権利を行使できる
  • 2項 債権者は単独でも行使できる
  • 3項 債権者が行使する権利は、担保目的財産の売却代金などについて、代位者に優先する
  • 4項 契約の解除は債権者だけ・代位者に弁済額と利息を償還する

ここまでは、全部払った場合でした。最後に、債権の一部だけ払った場合です。問いです。保証人が、3000万円の債権のうち、1000万円だけ払いました。残りの2000万円は、銀行、ここでは卸会社が持ったままです。同じ倉庫の抵当権が、競売されました。その代金は、銀行の取り分と、保証人の取り分で、どう分けるのか。払った額に応じた比例か、債権者が先か。条文を読みます。

条文民法502条

民法第502条 債権の一部について代位弁済があったときは、代位者は、債権者の同意を得て、その弁済をした価額に応じて、債権者とともにその権利を行使することができる。 2 前項の場合であっても、債権者は、単独でその権利を行使することができる。 3 前二項の場合に債権者が行使する権利は、その債権の担保の目的となっている財産の売却代金その他の当該権利の行使によって得られる金銭について、代位者が行使する権利に優先する。 4 第一項の場合において、債務の不履行による契約の解除は、債権者のみがすることができる。この場合においては、代位者に対し、その弁済をした価額及びその利息を償還しなければならない。

4つの項目です。1項は、代位者は、債権者の同意を得て、債権者と一緒に、権利を行使できる。2項は、債権者は、単独でも行使できる。3項は、債権者が行使する権利は、売却代金などについて、代位者より優先する。4項は、契約の解除は、債権者だけができる。その場合、代位者に、払った額と利息を返す。改正の点も、押さえます。改正前は、判例が、一部を代位弁済した人が、単独で抵当権を実行できる、としていました。今は、債権者の同意を得て、債権者と一緒に、でなければ行使できません。実行で得た金銭は債権者が先、という3項は、もともと判例だったものが、条文になりました。

一部代位の配当。設例=A卸会社の債権3000万円・B所有の倉庫にAの抵当権・社長Dが保証人で1000万円だけ払った(残りAの債権2000万円)。倉庫が2400万円で競売された場合=Aが先に2000万円・Dが400万円(比例ならD800万円・A1600万円だが、3項により債権者が優先)。倉庫が1800万円なら全額Aの取り分(Dは0円)。 図:一部代位の配当

  • 設例=A卸会社の債権3000万円・B所有の倉庫にAの抵当権・社長Dが保証人で1000万円だけ払った(残りAの債権2000万円)
  • 倉庫が2400万円で競売された場合=Aが先に2000万円・Dが400万円(比例ならD800万円・A1600万円だが、3項により債権者が優先)
  • 倉庫が1800万円なら全額Aの取り分(Dは0円)

数字で解きます。A卸会社の債権3000万円。B所有の倉庫に、Aの抵当権があります。保証人の社長Dが、1000万円だけ払いました。Aの残りの債権は、2000万円です。倉庫が、2400万円で競売されたとします。比例なら、Dは、1000万円分の3000万円分で、800万円。Aは、1600万円です。しかし、3項で、債権者が優先します。Aの残りの債権2000万円が、先に満たされます。Aが2000万円、Dが400万円です。足すと、2400万円で、合っています。倉庫が、1800万円だったらどうなるか。Aの残りの債権は2000万円なので、1800万円は、全部Aの取り分です。Dは、0円です。1000万円払って、配当がゼロ。取れなかった分は、求償権として、借主から取るしかありません。この求償権は、担保の無い債権です。

保証人が競売を申し立てるには、Aの同意が要ります。そして、Aと一緒に行う場合に限られます。Aが自分で申し立てるのは、2項により、自由です。その場合、Dは配当で、後ろになります。

判例最判昭60・5・23 民集39巻4号940頁

一部弁済と、配当の優先 債権者が物上保証人の設定にかかる抵当権の実行によつて債権の一部の満足を得た場合、物上保証人は、民法五〇二条一項の規定により、債権者と共に債権者の有する抵当権を行使することができるが、この抵当権が実行されたときには、その代金の配当については債権者に優先されると解するのが相当である。けだし、弁済による代位は代位弁済者が債務者に対して取得する求償権を確保するための制度であり、そのために債権者が不利益を被ることを予定するものではなく、この担保権が実行された場合における競落代金の配当について債権者の利益を害するいわれはないからである。

判例も、同じ結論です。後半の、けだし、以下が、理由です。弁済による代位は、求償権を確保するための制度であって、そのために債権者が不利益を被ることを予定していない。一部だけ払われた債権者は、残りの債権を、担保の換価の時期などで、害されないようにしたい。そこで、債権者が先、という結論になります。今日の軸の、道具は、債権者を押しのけてまでは使えない、というところです。4項の解除権は、1文だけです。契約を解除するかどうかは、契約当事者の地位に付いてくる権利です。だから、代位者には移りません。全部の弁済でも、代位者は解除権を行使できないと解されています。一部の場合は、債権者が解除したら、代位者に、払った額と利息を返します。

冒頭の答えとまとめ

冒頭の答え。保証人が1000万円を全額払う→銀行の原債権1000万円と抵当権を取得→家の競売代金から求償権の範囲(1000万円まで)で回収できる。一部だけ払ったなら→銀行の同意を得て、銀行とともに行使・競売代金は銀行が先。まとめ=①代位は求償権を確保するため原債権と担保が移る(499条)②求償権と原債権は別個・小さい方が上限(501条2項)③要件は弁済と求償権・承諾は不要④任意代位と法定代位の差は対抗要件だけ(500条)⑤効果は債権者の一切の権利(501条1項)⑥一部代位は同意・債権者とともに・債権者が優先(502条)。 図:冒頭の答え

  • 保証人が1000万円を全額払う→銀行の原債権1000万円と抵当権を取得→家の競売代金から求償権の範囲(1000万円まで)で回収できる
  • 一部だけ払ったなら→銀行の同意を得て、銀行とともに行使・競売代金は銀行が先
  • まとめ=①代位は求償権を確保するため原債権と担保が移る(499条)②求償権と原債権は別個・小さい方が上限(501条2項)③要件は弁済と求償権・承諾は不要④任意代位と法定代位の差は対抗要件だけ(500条)⑤効果は債権者の一切の権利(501条1項)⑥一部代位は同意・債権者とともに・債権者が優先(502条)

冒頭の答えです。保証人が、銀行へ1000万円を全額払えば、銀行の1000万円の債権と、家の抵当権を、保証人が手にします。使える範囲は、求償権の範囲内です。家の競売代金から、1000万円まで、回収できます。一部だけ払ったなら、銀行の同意を得て、銀行とともにしか使えず、競売代金は銀行が先です。整理します。1つめ。弁済による代位は、求償権を確保するために、原債権と担保が、消えずに、払った人へ移る制度です。2つめ。求償権と原債権は、別個の債権で、行使できるのは、小さい方の範囲までです。3つめ。要件は、弁済と、求償権があることです。改正で、債権者の承諾は不要になりました。4つめ。任意代位と法定代位の違いは、対抗要件だけです。法定代位には、通知も承諾も要りません。5つめ。効果は、債権者が持っていた、債権の効力と担保の、一切の権利を行使できることです。6つめ。一部だけ払ったときは、債権者の同意を得て、債権者とともに行使し、売却代金は債権者が先です。

代位する人が複数いるときの順序は、別の回で扱います。

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#181単独ページ動画

代位者相互の関係(第三取得者)

第4章 債権総論 #181/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

先に払った方が勝ちなのか

冒頭の関係図。借主は銀行から住宅ローンの残り2100万円を借りていて、借主の家(評価3000万円)には銀行の抵当権が付いている。借主の友人が保証人になっている。借主はその家を、ある人に売ってしまった。借主が払えなくなった。問い=保証人が先に銀行へ払ったら、家を買った人にいくら請求できるか。逆に、家を買った人が先に払ったら、保証人にいくら請求できるか。 図:冒頭の関係図

  • 借主は銀行から住宅ローンの残り2100万円を借りていて、借主の家(評価3000万円)には銀行の抵当権が付いている
  • 借主の友人が保証人になっている
  • 借主はその家を、ある人に売ってしまった
  • 借主が払えなくなった
  • 問い=保証人が先に銀行へ払ったら、家を買った人にいくら請求できるか
  • 逆に、家を買った人が先に払ったら、保証人にいくら請求できるか

今日は、その問いです。先に答えを言います。保証人が先に払えば、家を買った人に対して、2100万円の全額を、銀行に代わって家の抵当権で取りにいけます。ところが、家を買った人が先に払った場合は、保証人には、一円も請求できません。向きが、最初から決まっているのです。前回、払った人が手にするものを見ました。そして、代位する人が複数いるときの順序は別の回、と残しておきました。今日が、その回です。なぜ向きが決まっているのか。決まっていないと、何が困るのか。そこから、ほどいていきます。

早い者勝ちになってしまう

問題の所在。設例=借主の借金2100万円・家3000万円(銀行の抵当権・他に担保なし)・家を買った人と保証人。①保証人が先に2100万円払う→原債権と抵当権を取得→家を競売して2100万円回収・家を買った人は家を失う(手元に戻るのは残り900万円)。②家を買った人が先に2100万円払う→501条1項2項だけなら保証債権も使える→保証人から2100万円回収。同じ設例で、払う順番だけで結論が逆。 図:問題の所在

  • 設例=借主の借金2100万円・家3000万円(銀行の抵当権・他に担保なし)・家を買った人と保証人
  • ①保証人が先に2100万円払う→原債権と抵当権を取得→家を競売して2100万円回収・家を買った人は家を失う(手元に戻るのは残り900万円)
  • ②家を買った人が先に2100万円払う→501条1項2項だけなら保証債権も使える→保証人から2100万円回収
  • 同じ設例で、払う順番だけで結論が逆

前提を、1文で思い出します。払った人は、債権者が持っていた債権と担保を、求償権の範囲内で使えます。501条の1項と2項です。この2つの項だけで、冒頭の設例を考えます。借主の借金が2100万円。家の評価は3000万円で、銀行の抵当権のほかに、担保は付いていません。まず、保証人が先に2100万円を払います。保証人は、銀行の債権と、家の抵当権を手にします。家を競売にかけて、2100万円を取れます。家を買った人は、家を失います。競売代金3000万円のうち、手元に戻るのは、残りの900万円だけです。次に、順番を逆にします。家を買った人が、家を守るために、先に2100万円を払います。この人も、払った人です。銀行の債権と担保を、手にします。担保には、保証人の保証債務も、含まれます。保証は、人を担保に取る、人的担保だからです。1項と2項だけを読めば、保証人から、2100万円を取れてしまうのです。

払う順番だけで、負担する人が入れ替わります。法律が、先に払った人に有利な早い者勝ちを、放置するのは、公平ではありません。もう1つ、予告です。担保の付いた倉庫を、2人が1つずつ買った場合も、同じです。先に払った方が、もう一方の倉庫の抵当権を全部使えば、先に払った方は損をせず、後の方だけが損をします。数字は、あとで出します。そこで、501条3項が、誰が誰に、どこまで代位できるかを、払う順番と関係なく、決めました。

第三取得者とは誰か

第三取得者の意義。501条3項1号かっこ書=債務者から担保の目的となっている財産を譲り受けた者。例=借主から家を買った人・B小売チェーンから倉庫を買った人→第三取得者。境界=物上保証人から担保付きの土地を買った人→5号により物上保証人とみなす。第三取得者から買った人→第三取得者とみなす。担保の目的は不動産に限らず財産。 図:第三取得者の意義

  • 501条3項1号かっこ書=債務者から担保の目的となっている財産を譲り受けた者
  • 例=借主から家を買った人・B小売チェーンから倉庫を買った人→第三取得者
  • 境界=物上保証人から担保付きの土地を買った人→5号により物上保証人とみなす
  • 第三取得者から買った人→第三取得者とみなす
  • 担保の目的は不動産に限らず財産

条文に入る前に、言葉を整えます。さっきから、家を買った人、と呼んできた人です。条文では、第三取得者と呼びます。抵当権の回では、抵当権の付いた物を買った人、として出てきました。ただ、501条3項の第三取得者は、それより狭い言葉です。1号のかっこ書が、定義しています。債務者から、担保の目的となっている財産を譲り受けた者、と書いてあります。大事なのは、債務者から、という限定です。冒頭の設例なら、借主から家を買った人は、第三取得者です。会社の設例では、B小売チェーンから倉庫を買った人です。ちなみに、条文は、財産と書いていて、不動産に限りません。動産でも同じです。

抵当権の付いた物を買った人が、みな第三取得者になるわけではありません。そこが、この条文の落とし穴です。5号を読みます。

条文民法501条3項5号

民法第501条第3項第5号 五 第三取得者から担保の目的となっている財産を譲り受けた者は、第三取得者とみなして第一号及び第二号の規定を適用し、物上保証人から担保の目的となっている財産を譲り受けた者は、物上保証人とみなして第一号、第三号及び前号の規定を適用する。

前半は、第三取得者から、さらに買った人は、やはり第三取得者として扱う、という意味です。後半が、落とし穴です。物上保証人とは、他人の借金のために、自分の物を担保に出す人です。共同抵当の2回めにも出てきました。物上保証人から担保の付いた財産を買った人は、物上保証人とみなされます。第三取得者ではありません。日常の言葉では、財産を買った人ですが、この条文の言葉では、物上保証人です。最後の前号というのは、4号のことです。保証人と物上保証人の間を決める組合せで、中身は別の回で扱います。境界のペアで、確認します。債務者のB小売チェーンから、倉庫を買った人は、第三取得者です。B以外の人が、自分の土地を担保に出していて、その土地を買った人は、物上保証人とみなされます。同じ、担保の付いた物を買った人なのに、扱いが分かれます。

軸に戻ります。最終的に借金を負担すべきなのは、債務者です。債務者から買った人は、債務者の負担を、そのまま引き継いだ立場、債務者の延長線上にいます。一方、物上保証人から買った人は、自分の物を担保に出すだけ、という物上保証人の負担を引き継いだだけで、債務者の立場にはいません。だから、物上保証人と同じに扱うのです。

第三取得者は代位しない、逆は全額

1号。第三取得者は保証人・物上保証人に対して債権者に代位しない。保証人・物上保証人が弁済したときは第三取得者に対して全額代位できる(条文に明文なし・1号の反対解釈)。設例=借主の家を買った人と保証人。保証人が先に払う→家を買った人に2100万円全額・買った人が先に払う→保証人に代位しない。理由=第三取得者は債務者と同視される・負担を知って取得・代価弁済と抵当権消滅請求の道がある。 図:1号

  • 第三取得者は保証人・物上保証人に対して債権者に代位しない
  • 保証人・物上保証人が弁済したときは第三取得者に対して全額代位できる(条文に明文なし・1号の反対解釈)
  • 設例=借主の家を買った人と保証人
  • 保証人が先に払う→家を買った人に2100万円全額・買った人が先に払う→保証人に代位しない
  • 理由=第三取得者は債務者と同視される・負担を知って取得・代価弁済と抵当権消滅請求の道がある

立ち止まって、抵当権の回を思い出します。抵当権の付いた家を買った人には、買った人を守る道が、いくつか用意されていました。どんな道だったでしょうか?代価弁済と、抵当権消滅請求です。抵当権者にお金を払って、抵当権を消してもらう道でした。覚えていてください。それが、これから話す結論の、理由の1つになります。では、1号です。

条文民法501条3項1号

民法第501条第3項第1号 3 第一項の場合には、前項の規定によるほか、次に掲げるところによる。  一 第三取得者(債務者から担保の目的となっている財産を譲り受けた者をいう。以下この項において同じ。)は、保証人及び物上保証人に対して債権者に代位しない。

書いてあるのは、1つの向きだけです。第三取得者は、保証人と物上保証人に対して、債権者に代位しない。第三取得者が払っても、保証人の保証債務も、物上保証人の土地の抵当権も、第三取得者には移りません。逆の向き、保証人や物上保証人が払ったときに、第三取得者に代位できるかは、条文には書いてありません。1号の反対解釈で、全額代位できる、とされています。答案では、1号の反対解釈、と書く場面です。当てはめます。保証人が先に2100万円を払えば、家を買った人に対して、全額の2100万円を、銀行の抵当権で取りにいけます。ここで、質問です。家を買った人が先に払ったら、保証人に請求できるでしょうか。理由も、言ってみてください。

家を買った人は、保証人に代位できません。理由は、2つあります。1つめ。第三取得者は、債務者と同視される立場です。債務者が自分の借金を払って、保証人に、あなたも持って、とは言えないのと同じです。2つめは、第三取得者は、家に抵当権が付いていることを、登記で知ることができた上で、買ったということです。負担を織り込んで値段を決められますし、さっきの代価弁済や抵当権消滅請求という、守りの道もありました。保証人や物上保証人は、担保の付いた物を買った人ではないので、こうした守りの道を持ちません。家を買った人が払った分は、借主との間で片づける話で、保証人や物上保証人には回せません。物上保証人でも、同じです。設例を少し変えて、借主の借金のために、自分の土地を担保に出した人もいたとします。この人が先に払えば、家を買った人に、全額代位できます。家を買った人が先に払っても、この人の土地には、代位しません。前回、付記登記、つまり登記に代位の事実を書き足す登記が要る、という改正前の規定が削られた、と見ました。だから、いまは、登記に何も書き足さなくても、保証人は、第三取得者に全額代位できます。結論に効く変更です。ここは、論文で論点になりうる部分です。

第三取得者どうしは価格で割る

2号の計算。設例=A卸会社の代金債権2100万円。B小売チェーンの倉庫2棟(他に担保なし)に、それぞれAの抵当権。倉庫甲=評価3000万円(買った人1)・倉庫乙=評価1500万円(買った人2)。買った人1が先に2100万円払う→買った人2に700万円代位(2100×1500÷4500)・買った人1の負担1400万円。買った人2が先に払う→買った人1に1400万円代位(2100×3000÷4500)・買った人2の負担700万円。誰が先でも負担は1400万円と700万円。 図:2号の計算

  • 設例=A卸会社の代金債権2100万円
  • B小売チェーンの倉庫2棟(他に担保なし)に、それぞれAの抵当権
  • 倉庫甲=評価3000万円(買った人1)・倉庫乙=評価1500万円(買った人2)
  • 買った人1が先に2100万円払う→買った人2に700万円代位(2100×1500÷4500)・買った人1の負担1400万円
  • 買った人2が先に払う→買った人1に1400万円代位(2100×3000÷4500)・買った人2の負担700万円
  • 誰が先でも負担は1400万円と700万円

次は、第三取得者が複数いる場合です。2号を読みます。

条文民法501条3項2号

民法第501条第3項第2号 二 第三取得者の一人は、各財産の価格に応じて、他の第三取得者に対して債権者に代位する。

各財産の価格に応じて、割ります。自分の分も負担して、残りを、他の第三取得者に割り付ける、という意味です。全額は取れません。会社の設例で、数字を入れます。A卸会社の代金債権、2100万円。B小売チェーンの倉庫が2つあって、それぞれにAの抵当権が付いています。ほかの担保は、付いていないとします。倉庫甲は評価3000万円で、買った人1が買いました。倉庫乙は評価1500万円で、買った人2が買いました。買った人1が、先に2100万円を払いました。買った人2に代位できるのは、いくらでしょうか。2100万円を、倉庫の価格の比で割ります。

2100万円に、乙の1500万円を掛けて、両方の合計4500万円で割ると、700万円です。買った人1の負担は、1400万円で、足すと2100万円で合います。では、買った人2が、先に払ったら。買った人1に代位できる額は、2100万円に3000万円を掛けて、4500万円で割った、1400万円です。買った人2の負担は、700万円。つまり、誰が先に払っても、負担は、買った人1が1400万円、買った人2が700万円で、変わりません。501条1項と2項だけの場合と、比べます。買った人1が先に払って、乙の抵当権を全部使えば、この抵当権は2100万円を担保していたので、乙の評価額1500万円を、丸ごと持っていけます。買った人2は、全部失います。逆に、買った人2が先に払って、甲の抵当権を使えば、買った人2の負担はなく、買った人1が、2100万円を失います。負担が、払う順番で決まってしまいます。2号は、この早い者勝ちを、価格の比で消しているのです。

どちらの倉庫も、同じ借金を支える担保で、2人は同じ立場です。どちらかを前に回す理由がありません。違うのは、どれだけの価値で借金を支えているかだけです。だから、価値の大きい倉庫を買った人ほど、多く負担します。割り勘で、持ち分に応じて払うのと、同じ考え方です。この設例のように、他の担保が付いていないなら、評価額で割る、と覚えてください。

物上保証人どうしと、5号の当てはめ

3号と5号の当てはめ。3号=2号の準用。設例=A卸会社の債権2000万円。物上保証人1(土地甲・評価3000万円)と物上保証人2(土地乙・評価2000万円)が、それぞれBの債務のために抵当権を付けている(他に担保なし)。物上保証人1が先に2000万円払う→物上保証人2に800万円代位(2000×2000÷5000)・物上保証人1の負担1200万円。5号=土地乙を買った人は物上保証人とみなされる→債務者Bから倉庫を買った人(第三取得者)が先に払っても土地乙を買った人には代位しない(1号)・土地乙を買った人が先に払えば第三取得者に全額代位(反対解釈)・物上保証人1とは価格で割る(3号)。 図:3号と5号の当てはめ

  • 3号=2号の準用
  • 設例=A卸会社の債権2000万円
  • 物上保証人1(土地甲・評価3000万円)と物上保証人2(土地乙・評価2000万円)が、それぞれBの債務のために抵当権を付けている(他に担保なし)
  • 物上保証人1が先に2000万円払う→物上保証人2に800万円代位(2000×2000÷5000)・物上保証人1の負担1200万円
  • 5号=土地乙を買った人は物上保証人とみなされる→債務者Bから倉庫を買った人(第三取得者)が先に払っても土地乙を買った人には代位しない(1号)・土地乙を買った人が先に払えば第三取得者に全額代位(反対解釈)・物上保証人1とは価格で割る(3号)

物上保証人が、複数いる場合です。3号を読みます。

条文民法501条3項3号

民法第501条第3項第3号 三 前号の規定は、物上保証人の一人が他の物上保証人に対して債権者に代位する場合について準用する。

前号の規定、つまり2号を、準用しています。物上保証人の一人が、他の物上保証人に代位するときも、各財産の価格に応じて、割ります。数字で見ます。A卸会社の債権が、2000万円です。物上保証人1が、土地甲を、評価3000万円で担保に出しています。物上保証人2が、土地乙を、評価2000万円で担保に出しています。ほかの担保は、ありません。物上保証人1が、2000万円を払いました。物上保証人2に代位できるのは、2000万円に、乙の2000万円を掛けて、合計5000万円で割った、800万円です。物上保証人1の負担は、1200万円で、足して2000万円です。物上保証人2が先に払ったとしても、物上保証人1に、1200万円、代位できます。順番で変わりません。

5号は、物上保証人どうしの場面で効いてきます。物上保証人2の土地乙を、買った人がいたとします。5号により、この人は、物上保証人とみなされます。ここで、数字の設例を少し離れて、債務者のB小売チェーンから、担保の付いた倉庫を買った人、つまり第三取得者もいたとします。すると、3つのことが言えます。1つめ。倉庫を買った人が先に払っても、土地乙を買った人には代位しません。1号です。2つめ。土地乙を買った人が先に払えば、倉庫を買った人に、全額代位できます。1号の反対解釈です。3つめ。土地乙を買った人と、物上保証人1の間は、価格に応じて割ります。3号です。

組合せの一覧

5つの組合せ。①保証人と第三取得者=保証人から第三取得者へ全額代位・第三取得者から保証人へは代位なし(1号)②物上保証人と第三取得者=同じ向き(1号)③第三取得者どうし=各財産の価格に応じて(2号)④物上保証人どうし=各財産の価格に応じて(3号)⑤保証人と物上保証人=次の回。軸=債務者に近い人ほど後ろに回る。 図:5つの組合せ

  • ①保証人と第三取得者=保証人から第三取得者へ全額代位・第三取得者から保証人へは代位なし(1号)②物上保証人と第三取得者=同じ向き(1号)③第三取得者どうし=各財産の価格に応じて(2号)④物上保証人どうし=各財産の価格に応じて(3号)⑤保証人と物上保証人=次の回
  • 軸=債務者に近い人ほど後ろに回る

ここで、組合せを、1枚にします。保証人と第三取得者。これは、保証人から第三取得者へ全額、逆はなし。1号です。物上保証人と第三取得者も、同じ向きです。第三取得者どうしは、価格に応じて、2号です。物上保証人が複数のときも、価格に応じて、3号です。5つめの、保証人と物上保証人は、次の回で扱います。債務者に近い人ほど、後ろに回ります。最終的に借金を負担するのは、債務者だからです。第三取得者は、債務者の延長線上にいるので、いちばん後ろに回る。誰が前に出るかの向きは、1本の軸で、全部説明できます。

冒頭の答えとまとめ

冒頭の答え。保証人が先に2100万円を払う→家を買った人に全額2100万円代位(1号の反対解釈)。家を買った人が先に払う→保証人には代位しない(1号)。まとめ=①501条3項は早い者勝ちを防ぐ②第三取得者=債務者から譲り受けた者・物上保証人から譲り受けた者は物上保証人とみなす(5号)③第三取得者は保証人・物上保証人に代位しない・逆は全額代位④第三取得者どうし・物上保証人どうしは各財産の価格に応じて(2号・3号)。保証人と物上保証人の間は次の回。 図:冒頭の答え

  • 保証人が先に2100万円を払う→家を買った人に全額2100万円代位(1号の反対解釈)
  • 家を買った人が先に払う→保証人には代位しない(1号)
  • まとめ=①501条3項は早い者勝ちを防ぐ②第三取得者=債務者から譲り受けた者・物上保証人から譲り受けた者は物上保証人とみなす(5号)③第三取得者は保証人・物上保証人に代位しない・逆は全額代位④第三取得者どうし・物上保証人どうしは各財産の価格に応じて(2号・3号)
  • 保証人と物上保証人の間は次の回

冒頭の答えです。保証人が先に払えば、家を買った人に、2100万円の全額を、代位できます。家を買った人が先に払っても、保証人には、代位できません。払う順番で結論が逆にならないよう、501条3項が、向きと割合を決めているのです。整理します。1つめ。501条3項は、早い者勝ちを防ぎます。向きは、最終的に借金を負担すべき債務者に、近い人ほど、後ろに回します。同じ立場の人どうしは、価格に応じて割ります。2つめ。第三取得者は、債務者から、担保の付いた財産を買った人です。物上保証人から買った人は、物上保証人とみなされます。3つめ。第三取得者は、保証人と物上保証人に、代位しません。逆に、保証人と物上保証人は、第三取得者に、全額代位できます。条文に書いてあるのは前半で、後半は、1号の反対解釈です。4つめ。第三取得者どうし、物上保証人どうしは、各財産の価格に応じて割ります。

残っている組合せは、次の回で扱います。

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#182単独ページ動画

代位者相互の関係(保証人と物上保証人)・担保保存義務

第4章 債権総論 #182/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

保証人2人と物上保証人1人

冒頭の関係図。借主は銀行から1200万円を借りていて、借主の家には銀行の抵当権が付いている。借主の友人2人(保証人1・保証人2)が保証人になっている。もう1人、借主のために自分の土地(評価800万円・他に担保なし)を担保に出した人(物上保証人1)がいる。誰かが1200万円を全額払ったとき、最終的に誰がいくら負担するか。 図:冒頭の関係図

  • 借主は銀行から1200万円を借りていて、借主の家には銀行の抵当権が付いている
  • 借主の友人2人(保証人1・保証人2)が保証人になっている
  • もう1人、借主のために自分の土地(評価800万円・他に担保なし)を担保に出した人(物上保証人1)がいる
  • 誰かが1200万円を全額払ったとき、最終的に誰がいくら負担するか

今日は、その問いです。先に答えを言います。3人で、400万円ずつです。しかも、物上保証人の土地が800万円でも、5000万円でも、この割合は変わりません。土地の値段は、関係しないのです。前回は、代位する人どうしの組合せのうち、第三取得者が絡むものを見ました。一覧の5つめに、保証人と物上保証人の組合せが残っていました。今日は、その組合せから始めます。そのあと、代位する人を守るための仕組みとして、債権者に課される義務を見ていきます。

保証人と物上保証人は頭数で割る

4号本文の計算。設例=借主の借金1200万円・保証人1・保証人2・物上保証人1(土地の評価800万円・他に担保なし)。人数は3人→1200万円÷3=400万円ずつ。物上保証人の土地が800万円でも5000万円でも割合は同じ。誰が先に払っても負担は同じ。例=物上保証人1が1200万円払う→保証人1・2に400万円ずつ代位(自分の負担も400万円)。 図:4号本文の計算

  • 設例=借主の借金1200万円・保証人1・保証人2・物上保証人1(土地の評価800万円・他に担保なし)
  • 人数は3人→1200万円÷3=400万円ずつ
  • 物上保証人の土地が800万円でも5000万円でも割合は同じ
  • 誰が先に払っても負担は同じ
  • 例=物上保証人1が1200万円払う→保証人1・2に400万円ずつ代位(自分の負担も400万円)

条文を読みます。501条3項4号です。

条文民法501条3項4号

民法第501条第3項第4号 四 保証人と物上保証人との間においては、その数に応じて、債権者に代位する。ただし、物上保証人が数人あるときは、保証人の負担部分を除いた残額について、各財産の価格に応じて、債権者に代位する。

本文は、その数に応じて、です。冒頭の設例なら、保証人2人と物上保証人1人で、3人です。1200万円を3で割って、1人400万円です。例で動かします。物上保証人が1200万円を全額払ったとします。物上保証人は、保証人1と保証人2に、400万円ずつ、代位できます。自分の負担も、400万円です。逆に、保証人1が全額払ったら、物上保証人に400万円、代位できます。保証人2との間は、求償の規定との関係があるので、あとで一言触れます。ここでは、誰が先に払っても、1人の負担は400万円で変わらない、という点を押さえてください。

物上保証人が1人だけなら、土地の値段は、割合に関係しません。理由は、2人の負担の性質が違うからです。保証人は、自分の全財産で責任を負います。物上保証人は、担保に出した、その土地の限度で責任を負います。広さの違う2つの責任を、金額で比べるのは、うまくいきません。そこで条文は、比べることをやめて、1人は1人として、等しく数えるのです。食事会の割り勘に似ています。財布の中身が違う人でも、席に座った人数で、会費を割ります。ただし、物上保証人が差し出しているのは、その土地までです。設例では、負担の400万円が、土地の800万円の中に収まっています。だから、土地が800万円でも5000万円でも、3人で400万円ずつ、です。

物上保証人が数人のとき

4号ただし書の計算。設例=借金1200万円・保証人1・物上保証人1(土地甲・評価1500万円)・物上保証人2(土地乙・評価500万円)・他に担保なし。手順=①人数は3人→保証人の負担部分は400万円→②残り800万円→③甲:乙=3:1で割る→物上保証人1は600万円・物上保証人2は200万円。合計400+600+200=1200万円。保証人が払う→物上保証人1に600万円・物上保証人2に200万円代位。物上保証人1が払う→保証人に400万円・物上保証人2に200万円代位(自己負担600万円)。 図:4号ただし書の計算

  • 設例=借金1200万円・保証人1・物上保証人1(土地甲・評価1500万円)・物上保証人2(土地乙・評価500万円)・他に担保なし
  • 手順=①人数は3人→保証人の負担部分は400万円→②残り800万円→③甲:乙=3:1で割る→物上保証人1は600万円・物上保証人2は200万円
  • 合計400+600+200=1200万円
  • 保証人が払う→物上保証人1に600万円・物上保証人2に200万円代位
  • 物上保証人1が払う→保証人に400万円・物上保証人2に200万円代位(自己負担600万円)

次は、ただし書です。物上保証人が数人いる場合です。計算の前に、質問です。物上保証人が2人になったら、土地の値段は、割合に関係するでしょうか。物上保証人が2人になると、土地の値段が割合に関係します。ただし、全部の人を価格で割るわけではありません。順番があります。設例です。借金は1200万円。保証人が1人。物上保証人1が、土地甲を担保に出していて、評価は1500万円。物上保証人2が、土地乙で、評価は500万円。ほかの担保はありません。手順は3段です。1段目。まず頭数で、保証人の負担部分、つまり、最後に保証人が自分で持つ額を出します。人は3人なので、1200万円を、3人で等分して、400万円です。2段目。残りは800万円です。3段目。その800万円だけを、各財産の価格で割ります。甲と乙は、1500対500で、3対1です。物上保証人1の分は600万円、物上保証人2の分は200万円です。足すと、400、600、200で、1200万円です。当てはめます。保証人が全額の1200万円を払えば、物上保証人1に600万円、物上保証人2に200万円、代位できます。物上保証人1が払った場合は、保証人に400万円、物上保証人2に200万円、代位できます。物上保証人1の自分の負担は、600万円になります。

最初から全員を土地の価格で割ってしまうのが、答案での落とし穴です。保証人の分は、頭数で先に決めます。保証人の全財産と土地の値段は、比べられないからです。残りの800万円を持つのは、物上保証人どうしだけです。どちらも、差し出した土地の限度で責任を負う、同じ性質の人なので、前回の3号と同じく、価格で比べられます。だから、残りだけを価格で割ります。順番を間違えて、保証人の分を出さずに、1200万円全部を3対1で割ると、物上保証人1が900万円、物上保証人2が300万円で、保証人の負担が0になってしまいます。

割合の特約は後順位抵当権者にも主張できる

特約の関係図。設例=銀行の債権1200万円。物上保証人の土地(評価1500万円)に銀行の1番抵当権と、後順位抵当権者の2番抵当権。保証人と物上保証人は「保証人が払えば抵当権の全部に代位する」と特約している。4号どおり=保証人が全額払うと物上保証人の負担は600万円→土地への代位は600万円分→後順位者の取り分は900万円。特約=1200万円分まで代位→後順位者の取り分は300万円。銀行自身が実行しても後順位者の取り分は300万円。出典=最判昭59・5・29 民集38巻7号885頁(旧501条但書五号=現501条3項4号)。 図:特約の関係図

  • 設例=銀行の債権1200万円
  • 物上保証人の土地(評価1500万円)に銀行の1番抵当権と、後順位抵当権者の2番抵当権
  • 保証人と物上保証人は「保証人が払えば抵当権の全部に代位する」と特約している
  • 4号どおり=保証人が全額払うと物上保証人の負担は600万円→土地への代位は600万円分→後順位者の取り分は900万円
  • 特約=1200万円分まで代位→後順位者の取り分は300万円
  • 銀行自身が実行しても後順位者の取り分は300万円
  • 出典=最判昭59・5・29 民集38巻7号885頁(旧501条但書五号=現501条3項4号)

4号の割合は、当事者が自分たちで変えられるでしょうか。保証人と物上保証人が、保証人が払ったら物上保証人の土地の抵当権の全部に代位できる、と約束していた場合です。前々回、弁済による代位の仕組みを見た回で、最高裁の昭和の判決の、代位できるのは求償権の範囲内、という前半を見ました。今日はその同じ判決の、もう1つの判示です。特約を、他の人にも主張できるか、という点です。数字で見ます。銀行の債権が1200万円。物上保証人の土地は、評価が1500万円で、銀行の1番抵当権と、後順位抵当権者の2番抵当権が付いています。保証人が1200万円を払いました。4号どおりなら、物上保証人の負担は2人で割って600万円なので、保証人は、土地に600万円分しか代位できません。後順位抵当権者は、1500万円から600万円を引いた、900万円を取れます。ところが特約があると、保証人は1200万円分、代位できるので、後順位抵当権者は、300万円しか取れません。

判例最判昭59・5・29 民集38巻7号885頁

代位割合の特約と、後順位抵当権者 そして、同条但書五号は、右のような代位の効果を前提として、物上保証人及び保証人相互間において、先に代位弁済した者が不当な利益を得たり、代位弁済が際限なく循環して行われたりする事態の生ずることを避けるため、右の代位者相互間における代位の割合を定めるなど一定の制限を設けているのであるが、その窮極の趣旨・目的とするところは代位者相互間の利害を公平かつ合理的に調節することにあるものというべきであるから、物上保証人及び保証人が代位の割合について同号の定める割合と異なる特約をし、これによつてみずからその間の利害を具体的に調節している場合にまで、同号の定める割合によらなければならないものと解すべき理由はなく、同号が保証人と物上保証人の代位についてその頭数ないし担保不動産の価格の割合によつて代位するものと規定しているのは、特約その他の特別な事情がない一般的な場合について規定しているにすぎず、同号はいわゆる補充規定であると解するのが相当である。

判例最判昭59・5・29 民集38巻7号885頁

代位割合の特約と、後順位抵当権者 したがつて、物上保証人との間で同号の定める割合と異なる特約をした保証人は、後順位抵当権者等の利害関係人に対しても右特約の効力を主張することができ、その求償権の範囲内で右特約の割合に応じ抵当権等の担保権を行使することができるものというべきである。

判決文の、右のような、の右は、前に書いた、という意味の古い言い回しです。判決文の但書五号は、旧法の番号で、現行の501条3項4号に当たり、中身も変わっていません。最高裁は、特約を有効とし、後順位抵当権者などの利害関係人にも主張できる、と判断しました。理由は、おおまかに3つあります。1つめ。4号は、代位する人どうしの利害を公平に調整する規定です。当事者が自分たちで調整したなら、法律の割合に従わせる必要がありません。4号は、特約がなければ使う、補充の規定です。2つめ。後順位抵当権者は、もともと、被担保債権の全額について、先順位の抵当権者の優先弁済を、承認せざるをえない立場にいます。3つめ。特約の不利益は、他人どうしの契約の、反射にすぎません。時効の援用の回で見た反射と同じで、他人の事情が変わった結果、自分の取り分が動くだけ、という意味です。だから、特約が登記などで公開されていなくても、受け入れるしかありません。共同抵当の392条は、後順位抵当権者のために、代位の道を積極的に与えた規定でした。4号は、そうではありません。代位する人どうしの割り方を決めただけで、後順位者に取り分を約束した規定ではない、と最高裁は見ています。数字に戻ります。銀行が自分で土地を競売しても、1200万円を先に取ります。後順位者の取り分は、300万円です。特約があり、保証人が1200万円分まで代位しても、300万円です。後順位者が、もともと覚悟していた範囲を、超えていません。だから、不利益とは言えないのです。

900万円と300万円の差、つまり600万円は、保証人が600万円分しか代位しない、という他人どうしの割り方のおかげで、たまたま残っていた分です。後順位者が、2番抵当権として自分で持っていたのは、銀行が1200万円を先に取った残りの、300万円を取る権利だけです。特約は、その権利を1円も削っていません。ここは、論文で論点になりうる部分です。

保証人と物上保証人を兼ねる人

比較板。設例=債権1200万円・物上保証人1(土地A・評価1000万円)・保証人兼物上保証人(保証人で、自分の土地Bも担保に出した・評価1000万円)。1人と数える(判例)=2人で頭数→各600万円。2人と数える(保証人+物上保証人)=3人の頭数で保証人の負担部分400万円→残り800万円を土地A:B=1:1で割る→兼ねる人は400+400=800万円・物上保証人1は400万円。数え方で兼ねる人の負担が600万円か800万円かに分かれる。出典=最判昭61・11・27 民集40巻7号1205頁(旧501条但書四号・五号=現501条3項3号・4号)。 図:比較板

  • 設例=債権1200万円・物上保証人1(土地A・評価1000万円)・保証人兼物上保証人(保証人で、自分の土地Bも担保に出した・評価1000万円)
  • 1人と数える(判例)=2人で頭数→各600万円
  • 2人と数える(保証人+物上保証人)=3人の頭数で保証人の負担部分400万円→残り800万円を土地A:B=1:1で割る→兼ねる人は400+400=800万円・物上保証人1は400万円
  • 数え方で兼ねる人の負担が600万円か800万円かに分かれる
  • 出典=最判昭61・11・27 民集40巻7号1205頁(旧501条但書四号・五号=現501条3項3号・4号)

保証人でもあり、物上保証人でもある人が、いたらどうでしょうか。自分で保証をして、さらに、自分の土地も担保に出した人です。保証人と物上保証人の2つの立場を持つ人は、責任の数だけ見ると、2人分と数えたくなります。ところが、最高裁は、1人と数えました。条文は、この人をどう数えるか、直接定めていないのです。設例です。借金は1200万円。物上保証人1が、土地Aを担保に出していて、評価は1000万円。もう1人は、保証人であり、自分の土地Bも担保に出していて、評価は1000万円です。この人を、兼ねる人と呼びます。1人と数えるなら、全員で2人です。頭数で、600万円ずつです。兼ねる人も、物上保証人1も、600万円です。2人と数えるなら、保証人と物上保証人が、合わせて3人です。まず頭数で、保証人の負担部分が400万円。残り800万円を、土地Aと土地Bの価格の比、1対1で割って、400万円ずつです。すると、兼ねる人は、保証の400万円と、土地の400万円で、800万円になります。物上保証人1は、400万円です。数え方だけで、兼ねる人の負担が、600万円か800万円かに、分かれます。

判例最判昭61・11・27 民集40巻7号1205頁

二重の資格をもつ者の数え方 そうすると、複数の保証人及び物上保証人の中に二重の資格をもつ者が含まれる場合における代位の割合は、民法五〇一条但書四号、五号の基本的な趣旨・目的である公平の理念に基づいて、二重の資格をもつ者も一人と扱い、全員の頭数に応じた平等の割合であると解するのが相当である。

判決文の但書四号・五号は、旧法の番号で、四号は現行の501条3項3号に、五号は3項4号に当たります。最高裁は、1人と数える、という立場を採りました。理由は、こうです。条文が割合を定めていない以上、代位する人の通常の意思や期待を探すことになります。けれども、兼ねる人を2人と数えるのが、通常の期待とは言えません。かといって、1人と数えつつ、担保物の価格も反映する、簡明な基準もありません。そこで、公平の理念に立ち返って、全員を、頭数で平等に割る、としました。立場をいくつ持っていても、数えるのは人の数です。4号の中身は、改正で変わっていないので、現行法でも使える先例です。ここも、論文で論点になりうる部分です。一つ補足します。今の判決が扱ったのは、保証人と物上保証人の間の数え方です。保証人どうしが代位する場面は、501条2項のかっこ書が、求償権の範囲内で、と定めています。代位の割合は、頭数や価格ではなく、求償の規定の側で決まります。ここでは、割り方が別の規定にある、という筋だけ押さえてください。冒頭の設例の、保証人1と保証人2の間も、この形です。清算の筋が求償の規定の側にあるだけで、冒頭の答えの、400万円ずつ、は変わりません。

債権者が代位者に渡すもの

503条。全部弁済=債権に関する証書と自己の占有する担保物を代位者に交付。一部弁済=債権に関する証書に代位を記入し、自己の占有する担保物の保存を代位者に監督させる。設例=保証人が全額払う→借用証書と預かっている質物を銀行から受け取る。保証人が300万円だけ払う→証書に「保証人が300万円分代位した」と記入・質物は銀行が持ち続け保存の状況を保証人が監督。抵当権は占有しないので、この規定の対象は質物など占有する担保物。 図:503条

  • 全部弁済=債権に関する証書と自己の占有する担保物を代位者に交付
  • 一部弁済=債権に関する証書に代位を記入し、自己の占有する担保物の保存を代位者に監督させる
  • 設例=保証人が全額払う→借用証書と預かっている質物を銀行から受け取る
  • 保証人が300万円だけ払う→証書に「保証人が300万円分代位した」と記入・質物は銀行が持ち続け保存の状況を保証人が監督
  • 抵当権は占有しないので、この規定の対象は質物など占有する担保物

ここからは、代位する人を守る条文です。まず、503条です。

条文民法503条1項

民法第503条第1項 代位弁済によって全部の弁済を受けた債権者は、債権に関する証書及び自己の占有する担保物を代位者に交付しなければならない。

条文民法503条2項

民法第503条第2項 債権の一部について代位弁済があった場合には、債権者は、債権に関する証書にその代位を記入し、かつ、自己の占有する担保物の保存を代位者に監督させなければならない。

具体例です。保証人が1200万円を全額払ったら、銀行は借用証書と、手元に預かっている担保物を、保証人に渡します。担保物というのは、たとえば、質入れしてもらった物です。条文は、自己の占有する担保物、と書いています。抵当権は、債権者が物を預からないので、この規定の対象は、質物のように、債権者が手に持っている物です。一部だけ払った場合です。保証人が300万円だけ払ったら、銀行は、証書に、保証人が、300万円分を代位した、と書き込みます。質物は、銀行が持ち続けますが、傷めたり、勝手に処分したりしていないか、保証人が見張れるようにします。

代位した人が、証書や担保物がなくて、権利を行使できない、では意味がありません。一部の代位を認めた502条と、同じ線の規定です。

債権者の担保保存義務

504条。1項=債権者が故意または過失で担保を喪失・減少させたら、代位権者は償還を受けられなくなる限度で責任を免れる。設例=銀行の貸付1200万円・借主の家(評価700万円)に抵当権・保証人1人→銀行が抵当権を放棄→保証人は700万円分の責任を免れる(残る責任は500万円)。2項=担保の喪失・減少に取引上の社会通念に照らして合理的な理由があるときは1項を適用しない。例=担保の差替え。2017年改正で新設。 図:504条

  • 1項=債権者が故意または過失で担保を喪失・減少させたら、代位権者は償還を受けられなくなる限度で責任を免れる
  • 設例=銀行の貸付1200万円・借主の家(評価700万円)に抵当権・保証人1人→銀行が抵当権を放棄→保証人は700万円分の責任を免れる(残る責任は500万円)
  • 2項=担保の喪失・減少に取引上の社会通念に照らして合理的な理由があるときは1項を適用しない
  • 例=担保の差替え
  • 2017年改正で新設

次は、504条です。共同抵当の回で、1項を見ました。弁済による代位の本来の場面では、どう働くのかを、数字で確認します。

条文民法504条1項

民法第504条第1項 弁済をするについて正当な利益を有する者(以下この項において「代位権者」という。)がある場合において、債権者が故意又は過失によってその担保を喪失し、又は減少させたときは、その代位権者は、代位をするに当たって担保の喪失又は減少によって償還を受けることができなくなる限度において、その責任を免れる。その代位権者が物上保証人である場合において、その代位権者から担保の目的となっている財産を譲り受けた第三者及びその特定承継人についても、同様とする。

前に見た判例は、共同抵当権の放棄に、この504条の考え方を当てはめたものでした。392条2項後段が、後順位抵当権者に代位の道を与え、504条が、その道を、債権者が勝手にふさぐことを許さない、という組合せです。設例です。銀行の貸付けは、1200万円です。借主の家は評価700万円で、銀行の抵当権が付いています。保証人が1人います。ところが、銀行が、都合で、この抵当権を放棄してしまいました。保証人は、あとで銀行に払ったとき、家の抵当権に代位して、700万円を取れるはずでした。それができなくなりました。そこで、保証人は、償還を受けられなくなる、その700万円の限度で、責任を免れます。銀行が保証人に請求できるのは、残りの500万円だけです。保証人は、いざ払ったとき、抵当権に代位して、回収できると当てにして、保証を引き受けています。債権者が、その当てを、勝手に壊してはならない、という趣旨です。

そこで、2項です。2017年の改正で、新しく加わりました。

条文民法504条2項

民法第504条第2項 前項の規定は、債権者が担保を喪失し、又は減少させたことについて取引上の社会通念に照らして合理的な理由があると認められるときは、適用しない。

合理的な理由があれば、1項は適用されません。つまり、免責されません。具体例を2つ、並べます。借主が、家を売って、別の土地に買い替えました。銀行は、新しい土地を、同じくらいの価値の担保に取る代わりに、元の家の抵当権を外しました。これは、担保の差替えです。形式上は、担保を失っていますが、担保の価値は保たれていて、取引上、自然な処理です。合理的な理由があるので、保証人は免責されません。対比です。見返りが何もないのに、銀行の都合だけで、抵当権を放棄したなら、合理的な理由はありません。1項どおり、免責されます。改正前は、条文に例外がありませんでした。そのため、担保の差替えのように、取引上、合理的な場合でも、形式的には免責が生じうる点が、不合理だと指摘されていました。2項は、それを明文にしたものです。

免除特約の効力

担保保存義務免除特約。設例=銀行の貸付けで、担保提供の契約書に「銀行が他の担保を放棄・変更しても、担保を出した人は免責を主張しない」との特約がある。判例の3点=①特約は原則有効(あらかじめ504条による免責の利益を放棄)②債権者が特約を主張することが信義則違反・権利濫用になる場合がある=締結時の事情・その後の経緯・担保を失ったときの状況を総合し、債権者の行為が金融取引上の通念から見て合理性を有し、保証人等が特約の文言にかかわらず正当に有し得る代位の期待を奪うものといえなければ、特段の事情がない限り主張できる③免責の効果が生じなかった後に物上保証人から担保物を譲り受けた第三取得者も、免責を主張できない。出典=最判平7・6・23 民集49巻6号1737頁。 図:担保保存義務免除特約

  • 設例=銀行の貸付けで、担保提供の契約書に「銀行が他の担保を放棄・変更しても、担保を出した人は免責を主張しない」との特約がある
  • 判例の3点=①特約は原則有効(あらかじめ504条による免責の利益を放棄)②債権者が特約を主張することが信義則違反・権利濫用になる場合がある=締結時の事情・その後の経緯・担保を失ったときの状況を総合し、債権者の行為が金融取引上の通念から見て合理性を有し、保証人等が特約の文言にかかわらず正当に有し得る代位の期待を奪うものといえなければ、特段の事情がない限り主張できる③免責の効果が生じなかった後に物上保証人から担保物を譲り受けた第三取得者も、免責を主張できない
  • 出典=最判平7・6・23 民集49巻6号1737頁

最後に、実務で、よく見る特約です。銀行の貸付けでは、担保を提供する契約書に、銀行が他の担保を放棄したり変更したりしても、免責を主張しない、という特約が入っていることが多いです。この特約は、有効でしょうか。最高裁の平成の判決は、3点を述べています。1点目。特約は、原則として有効です。あらかじめ、504条による免責の利益を、放棄しているからです。

判例最判平7・6・23 民集49巻6号1737頁

免除特約と、信義則・権利の濫用 しかしながら、当該保証等の契約及び特約が締結された時の事情、その後の債権者と債務者との取引の経緯、債権者が担保を喪失し、又は減少させる行為をした時の状況等を総合して、債権者の右行為が、金融取引上の通念から見て合理性を有し、保証人等が特約の文言にかかわらず正当に有し、又は有し得べき代位の期待を奪うものとはいえないときは、他に特段の事情がない限り、債権者が右特約の効力を主張することは、信義則に反するものではなく、また、権利の濫用に当たるものでもないというべきである。

2点目。ただし、債権者がその特約を主張することが、信義則に反する、あるいは権利の濫用に当たる場合がある、としています。判断は、特約を結んだときの事情、その後の取引の経緯、担保を失わせたときの状況を、総合して行います。債権者の行為が、金融取引上の通念から見て合理性を持ち、担保を出した人が、特約の文言にかかわらず、正当に持てる代位の期待を、奪うものとはいえないなら、特段の事情がない限り、債権者は特約を主張できます。この事件では、放棄に合理性があるとして、最高裁も、債権者の主張を認めた判断を是認しました。たとえば、さっきの担保の差替えのように、同じくらいの価値の担保に取り替えたのなら、合理性があり、特約どおり、保証人は免責されません。逆に、見返りもなく、銀行の都合だけで担保を外したのなら、保証人の代位の期待を奪うので、特約を持ち出すことが、信義則違反や権利濫用になりえます。

この判例の物差しは、504条2項の合理的な理由と、同じ向きです。合理性があって、代位の期待を不当に奪わないなら、免責されない。2項は特約のない場面での条文化で、特約の場面の物差しであるさっきの判例と、合理性を見る向きは同じです。3点目です。共同抵当の回で見た504条1項の後半は、物上保証人から担保の財産を譲り受けた人も、同じように責任を免れる、と定めていました。特約が無ければ、銀行が担保を外した時点で、物上保証人に免責が生じます。負担の軽くなったその土地を買った人、つまり第三取得者も、その免責を主張できます。では、特約があったらどうか。順番に見ます。まず、銀行が担保を外します。物上保証人には免除特約があるので、免責は生じず、土地の負担はそのまま残ります。そのあとで、第三取得者が、この土地を買います。第三取得者が買ったのは、免責の付いていない、負担の残った土地です。買ったことで、新しく免責が生まれるわけではないので、第三取得者も、免責を主張できません。整理すると、答案の道筋は3段です。特約は原則有効。例外は、信義則違反、権利濫用。その判断は、合理性と、代位の期待を見る。ここも、論文で論点になりうる部分です。

冒頭の答えとまとめ

冒頭の答え。保証人2人・物上保証人1人・1200万円=3人で頭数割り→400万円ずつ(物上保証人の土地の値段は割合に関係しない)。まとめ=①4号は頭数→物上保証人が数人なら保証人の分を除き各財産の価格で割る②4号は補充規定=特約は後順位抵当権者にも主張できる③保証人兼物上保証人は1人と数える④503条=全部弁済は交付・一部弁済は記入と監督⑤504条=担保の喪失・減少で責任を免れる(2項=合理的な理由があれば免れない)・免除特約は原則有効で信義則違反・権利濫用が限界。 図:冒頭の答え

  • 保証人2人・物上保証人1人・1200万円=3人で頭数割り→400万円ずつ(物上保証人の土地の値段は割合に関係しない)
  • まとめ=①4号は頭数→物上保証人が数人なら保証人の分を除き各財産の価格で割る②4号は補充規定=特約は後順位抵当権者にも主張できる③保証人兼物上保証人は1人と数える④503条=全部弁済は交付・一部弁済は記入と監督⑤504条=担保の喪失・減少で責任を免れる(2項=合理的な理由があれば免れない)・免除特約は原則有効で信義則違反・権利濫用が限界

冒頭の答えです。保証人2人と物上保証人1人で、3人です。1200万円を、頭数で割って、400万円ずつです。物上保証人の土地に、負担部分を超える価値があるかぎり、物上保証人が1人なら、割合は変わりません。整理します。1つめ。4号は、まず頭数で割ります。物上保証人が数人いるときは、保証人の負担部分を除いた残りを、各財産の価格で割ります。2つめ。この割合は、補充の規定です。保証人と物上保証人の特約は、後順位抵当権者にも主張できます。後順位者は、もともと被担保債権の全額の優先弁済を、覚悟している立場だからです。3つめ。保証人であり、物上保証人でもある人は、1人と数えます。4つめ。503条は、全部の弁済なら証書と担保物を渡し、一部なら、証書に記入して、担保物の保存を監督させる規定です。5つめ。504条は、債権者が担保を失わせたら、償還を受けられなくなる限度で、代位権者は責任を免れます。ただし、2項により、合理的な理由があれば、免れません。免除特約は、原則有効ですが、信義則違反や権利濫用になる場合は、債権者は主張できません。

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#183単独ページ動画

代物弁済と供託

第4章 債権総論 #183/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

100万円の借金を山林で済ませられるか

冒頭の関係図。友人から100万円を借りた人(借りた人)が、返せない。相続した山林(時価60万円ほど)で払わせてほしいと言う。貸した人がよいと言えば、どうなるか。 図:冒頭の関係図

  • 友人から100万円を借りた人(借りた人)が、返せない
  • 相続した山林(時価60万円ほど)で払わせてほしいと言う
  • 貸した人がよいと言えば、どうなるか

今日は、その問いです。先に答えを言います。貸した人がよいと言えば、できます。しかも、60万円の山林でも、100万円の債務は全部消えます。40万円は残りません。以前、債権が消える原因の地図を見ました。目的が達成されて消える群は、弁済、代物弁済、供託の3つでした。弁済は見ましたので、今日は、残りの2つです。代物弁済と供託です。

代物弁済は債権者との合意で成り立つ

482条の要件。①弁済をすることができる者(弁済者)②債権者との間の、本来の給付に代えて他の給付をすることにより債務を消滅させる旨の契約③その弁済者が他の給付をしたとき→弁済と同一の効力。設例=貸した人が山林で受けると合意し山林が渡されれば、時価60万円でも100万円の債権は全部消える。合意がなければ、借りた人は山林を押し付けられない。 図:482条の要件

  • ①弁済をすることができる者(弁済者)②債権者との間の、本来の給付に代えて他の給付をすることにより債務を消滅させる旨の契約③その弁済者が他の給付をしたとき→弁済と同一の効力
  • 設例=貸した人が山林で受けると合意し山林が渡されれば、時価60万円でも100万円の債権は全部消える
  • 合意がなければ、借りた人は山林を押し付けられない

条文を読みます。482条です。

条文民法482条

民法第482条 弁済をすることができる者(以下「弁済者」という。)が、債権者との間で、債務者の負担した給付に代えて他の給付をすることにより債務を消滅させる旨の契約をした場合において、その弁済者が当該他の給付をしたときは、その給付は、弁済と同一の効力を有する。

3つに切って読みます。1つめ。弁済をすることができる者です。第三者による弁済の回で見たとおり、債務者本人に限りません。条文は、弁済者と呼んでいます。2つめ。債権者との間の契約です。本来の給付の代わりに、別の給付をして、債務を消す、という内容の契約です。3つめ。その弁済者が、実際にその別の給付をしたとき、です。そうすると、その給付は、弁済と同じ効力を持ちます。山林の例に当てはめます。貸した人が、山林で受けると言いました。この合意があり、山林が渡されれば、100万円の債権は、全部消えます。時価が60万円でも、40万円分の債権が残る、ということはありません。

貸した人が、納得して合意したからです。代物弁済の要件は、契約があることです。物の値段が釣り合うことは、要件ではありません。お互いが納得している、ということが、釣り合いの代わりをします。逆に、合意がなければ、成り立ちません。借りた人が、勝手に山林を渡そうとしても、貸した人は、受け取らされません。貸した人が、本来の100万円を請求し続けられます。試験では、まず、債権者との契約があるか、を確認してください。ここが、代物弁済の出発点です。

合意の時と、債務が消える時はずれる

時間軸。①合意(契約成立)→代物を給付せよという債権が生まれる・もとの債権(100万円)はまだ消えていない②代物の給付→もとの債権が消える。改正前=要物契約(給付して初めて契約が成立し、同時に債権が消える)/現行=諾成契約(合意だけで契約が成立し、債権が消えるのは給付の時)。設例=合意したが借りた人が山林を渡さないまま1か月→貸した人は山林の引渡しを請求できる・もとの100万円の請求も、特に取り決めがなければ妨げられないとされる。 図:時間軸

  • ①合意(契約成立)→代物を給付せよという債権が生まれる・もとの債権(100万円)はまだ消えていない②代物の給付→もとの債権が消える
  • 改正前=要物契約(給付して初めて契約が成立し、同時に債権が消える)/現行=諾成契約(合意だけで契約が成立し、債権が消えるのは給付の時)
  • 設例=合意したが借りた人が山林を渡さないまま1か月→貸した人は山林の引渡しを請求できる・もとの100万円の請求も、特に取り決めがなければ妨げられないとされる

ここで、質問です。貸した人が、山林で受けると合意しました。合意しただけで、100万円の債権は、消えたでしょうか。合意しただけでは、100万円の債権は、消えていません。482条を、もう一度見てください。契約をした場合において、その弁済者が当該他の給付をしたときは、とあります。2段構えです。契約をしたことと、給付をしたことが、別々に書かれています。債権が消えるのは、2段目の、給付をした時です。整理します。2017年の改正前は、代物弁済は、要物契約とされていました。現実に物を渡して、はじめて契約が成立し、成立と同時に債権が消える、という考え方です。要物とは、物を渡して初めて成立する、という意味です。現行法は、諾成契約です。諾成とは、合意だけで成立する、という意味です。合意だけで契約は成立します。ただし、債権が消えるのは、代物を給付した時です。合意から給付までの間に、何が起きているか。まず、代物を給付せよ、という債権が、生まれています。そして、もとの100万円の債権も、まだ消えていません。設例です。貸した人が山林で受けると合意しました。ところが、借りた人は、山林を渡さないまま、1か月が過ぎました。貸した人は、山林の引渡しを求めることができます。もとの100万円を求めることも、特に取り決めがなければ、妨げられないと考えられています。合意しただけでは、貸した人は、まだ何も受け取っていないからです。

契約が成り立つのは合意の時、債権が消えるのは給付の時です。この2つの時点を、混ぜないでください。次は、その給付が、どこまでやれば完了なのかを見ます。

不動産の給付は登記まで終わって完了する

時間軸の板。山林の設例。合意の日=原則として所有権は貸した人へ移る(昭57)/引き渡しの日(鍵も渡す)=債権はまだ消えない/登記を移した日=債権が消える(昭39)。動産=引渡し/債権=第三者対抗要件(通知・承諾)。出典=最判昭39・11・26 民集18巻9号1984頁。 図:時間軸の板

  • 山林の設例
  • 合意の日=原則として所有権は貸した人へ移る(昭57)/引き渡しの日(鍵も渡す)=債権はまだ消えない/登記を移した日=債権が消える(昭39)
  • 動産=引渡し/債権=第三者対抗要件(通知・承諾)
  • 出典=最判昭39・11・26 民集18巻9号1984頁

山林で払う話に戻ります。借りた人が、山林を貸した人に引き渡しました。鍵も渡しました。ただ、登記は、まだ移していません。この時点で、100万円の債権は、消えたでしょうか。登記がまだ、という点が、決め手です。最高裁は、登記が移るまで、債権は消えていないと考えています。判決を読みます。

判例最判昭39・11・26 民集18巻9号1984頁

代物弁済が債務消滅の効力を生ずるとき 代物弁済が債務消滅の効力を生ずるには、債務者が本来の給付に代えてなす他の給付を現実に実行することを要し、単に代りの給付をなすことを債権者に約すのみでは足りず、従つて他の給付が不動産の所有権を移転することに存する場合においては、当事者がその意思表示をなすのみでは足りず、登記その他引渡行為を終了し、法律行為が当事者間のみならず、第三者に対する関係においても全く完了したときでなければ代物弁済は成立しないと解すべきである(略)。

この事件は、お金を借りる際に、返さなければ、お金の代わりに山林の所有権を移し、登記もする、と約束していた事案です。担保の形で、代物弁済の予約をしていた、ということです。その形を、担保に使う例が、仮登記担保でした。清算義務などの中身は、そちらで見たとおりです。高裁は、返済が滞った、という条件が満たされたことを確かめただけで、債務は代物弁済で消えた、としました。最高裁は、登記その他の引渡しが完了したかを確かめていない、として、判決を破棄しました。読みどころは、第三者に対する関係においても全く完了したとき、の部分です。貸した人と借りた人の間で、引渡しが済んでも、足りません。他人に対しても、自分のものだと言える状態まで、そろって、はじめて給付が完了した、と言えます。不動産なら、登記です。動産なら、引渡しです。債権が代物なら、債権譲渡の通知や承諾など、第三者への対抗要件が必要です。なぜ、そこまで求めるのか。登記が借りた人に残ったままだと、借りた人が同じ山林を別の人に売って、先に登記を移してしまうおそれがあります。そうなると、貸した人は山林を失います。それなのに100万円の債権だけが消えていたら、貸した人の手元には何も残りません。だから、他人に対しても自分のものだと言える状態になるまで、債権は消えないのです。先ほどの質問の答えです。引き渡して、鍵も渡したけれど、登記はまだ。債権は消えていません。鍵を渡しても、表札が書き換わるまでは、片づいたとは言えない、という感覚です。

この判決が答えたのは、債権がいつ消えるか、です。山林の所有権がいつ移るかは、次の判決が答えています。ここは、論文で論点になりうる部分です。

所有権が移る時は、合意の時

2つの時点。債権が消える時=登記を移した日(昭39)。所有権が移る時=原則として代物弁済契約の合意の日(意思主義・176条。昭57)。×「登記が済むまで所有権は移らない」。出典=最判昭57・6・4 集民136号39頁。 図:2つの時点

  • 債権が消える時=登記を移した日(昭39)
  • 所有権が移る時=原則として代物弁済契約の合意の日(意思主義・176条。昭57)
  • ×「登記が済むまで所有権は移らない」
  • 出典=最判昭57・6・4 集民136号39頁

債権が消える時と、所有権が移る時を、同じだと考えるのが、短答のひっかけです。別々の話です。物権で学んだとおり、所有権は、意思表示だけで移ります。代物弁済でも同じです。次の判決を読みます。

判例最判昭57・6・4 集民136号39頁

代物弁済による債務消滅の時期と所有権移転の時期 不動産所有権の譲渡をもつてする代物弁済による債務消滅の効果は、単に当事者がその意思表示をするだけでは足りず、登記その他引渡行為を完了し、第三者に対する対抗要件を具備したときでなければ生じないことはいうまでもないが(略)、そのことは、代物弁済による所有権移転の効果が、原則として当事者間の代物弁済契約の意思表示によつて生ずることを妨げるものではないと解するのが相当である(略)。

前半は、さっきの判決を引いて、債務が消えるのは、登記その他の引渡しを終えて、対抗要件を備えた時、と確認しています。後半が、新しい点です。代物弁済による所有権の移転は、原則として、契約の意思表示で生じる、と述べています。1つの判決で、2つの時点を、両方確認できます。山林の例で整理します。原則として、合意をした日に、山林の所有権は、貸した人に移ります。その後、引渡しと登記が終わった日に、100万円の債権が消えます。この間には、時間のずれがあります。登記が済むまで所有権は移らない、という記述は、誤りです。1つだけ、例外を押さえます。担保のための代物弁済の予約に、仮登記を付けた、仮登記担保です。仮登記担保の回で見たとおり、こちらは、清算金の見積額の通知が届いてから、2か月の清算期間が過ぎるまで、所有権は移りません。専用の法律が、そう定めているからです。所有権は合意の時、というのは、あくまで原則です。ここも、論文で論点になりうる部分です。

代物弁済の効果と、給付に問題があったとき

代物弁済の効果。弁済と同一の効力=債権の消滅・担保権の消滅。弁済の規定が準用・類推される(受取証書の交付486条・債権証書の返還487条)。代物弁済契約は有償契約=代物に欠陥があれば売買の担保責任の規定が準用される(559条)。 図:代物弁済の効果

  • 弁済と同一の効力=債権の消滅・担保権の消滅
  • 弁済の規定が準用・類推される(受取証書の交付486条・債権証書の返還487条)
  • 代物弁済契約は有償契約=代物に欠陥があれば売買の担保責任の規定が準用される(559条)

効果を整理します。条文のとおり、給付は、弁済と同一の効力を持ちます。債権が消え、その債権のための担保も、消えます。弁済の規定が準用、あるいは類推されるので、以前、弁済の証明として見た、受取証書の交付や、債権証書の返還も問題になります。もう1点。代物弁済の契約は、お互いに対価を出し合う、有償の契約です。貸した人は、100万円の債権を手放す代わりに、この山林を受け取る、と合意しました。ところが、引き渡された山林の一部が、崖崩れで使えない土地だった、と後で分かったとします。約束どおりの山林を受け取れていません。売買で、代金を払った人が、約束どおりの物を受け取れなかった場面と、同じ形です。そこで、売買の担保責任、つまり、約束どおりの物を渡さなかった側が負う責任の規定を、代物弁済にも当てはめます。これが、準用です。

古い債務を、新しい債務に入れ替えるのは、更改という、別の制度です。債権が消える原因の地図で、名前だけ見ました。更改は、新しい債務ができた時に、古い債務が消えます。代物弁済は違います。合意しただけでは、もとの100万円の債権は残っていました。別の物を実際に渡した時に、債務そのものが消えます。

受け取ってもらえない借主はどうするか

供託の入口。借主が家賃を持参→大家が「値上げに応じないなら受け取らない」と拒む→債務は消えていない→供託所(法務局)に預ける→大家は還付請求ができる。借主=A・大家=B・供託所=C。 図:供託の入口

  • 借主が家賃を持参→大家が「値上げに応じないなら受け取らない」と拒む→債務は消えていない→供託所(法務局)に預ける→大家は還付請求ができる
  • 借主=A・大家=B・供託所=C

ここから後半です。以前、弁済の提供の回で見た、家賃の設例を思い出してください。借主が、月末に家賃を持って行ったら、大家さんが、値上げに応じないなら受け取らない、と断りました。持って行っただけで、借主の家賃債務は、消えたでしょうか? 消えていません。持って行った家賃は、提供であって、弁済ではありませんでした。大家さんが受け取らないままだと、借主は、いつまでも、払う義務のある人のままです。そこで、家賃を供託所に預けて、債務から解放される制度があります。それが供託です。供託所は、法務局です。条文を読みます。494条です。

条文民法494条

民法第494条 弁済者は、次に掲げる場合には、債権者のために弁済の目的物を供託することができる。この場合においては、弁済者が供託をした時に、その債権は、消滅する。 一 弁済の提供をした場合において、債権者がその受領を拒んだとき。 二 債権者が弁済を受領することができないとき。 2 弁済者が債権者を確知することができないときも、前項と同様とする。ただし、弁済者に過失があるときは、この限りでない。

供託とは、弁済の目的物を、供託所に預けて、債務を消す制度です。受領を拒まれる、受領してもらえない、誰が債権者か分からない、という、弁済したくてもできない人のための、出口です。

供託できる場合は3つ

供託原因3つ(その1)。①受領拒絶(494条1項1号)=原則、先に弁済の提供が要る(提供して受領遅滞にしてから預ける)。例外=提供しても受け取らないことが明らかなら提供不要(例=賃貸借はもう終わっていると契約そのものを否定して拒む)。値上げを求めているだけではまだ明らかでない→提供が要る。 図:供託原因3つ

  • その1
  • ①受領拒絶(494条1項1号)=原則、先に弁済の提供が要る(提供して受領遅滞にしてから預ける)。例外=提供しても受け取らないことが明らかなら提供不要(例=賃貸借はもう終わっていると契約そのものを否定して拒む)。値上げを求めているだけではまだ明らかでない→提供が要る。

条文から、供託できる場合は3つです。順に見ます。1つめが、494条1項1号の、受領拒絶です。条文は、弁済の提供をした場合において、債権者がその受領を拒んだとき、と書いています。ここで質問です。大家さんが、値上げを求めているだけです。借主は、家賃を持って行かないまま、いきなり供託してよいでしょうか。断られていても、先に提供が要るかどうかが、分かれ目です。結論は、先に提供が要ります。1号は、弁済の提供をした場合において、と書いています。受領拒絶を理由にする供託は、原則として、先に弁済の提供が必要です。なぜか。供託されると、大家さんは、手元に届くはずだった家賃を、供託所まで請求しに行かなければなりません。しかも、値上げを求めて断っていても、目の前に家賃を差し出されたら、受け取るかもしれません。借主が、やるべきことを全部やって、それでも大家さんが受け取らなかった。そこまで来てはじめて、大家さんに、その手間を負わせてよい、と言えるのです。提供で、大家さんを受領遅滞の状態にしてから、預ける、という順序です。例外もあります。判例は、口頭の提供をしても、債権者が受け取らないことが明らかな場合には、提供をしないで、すぐに供託できる、としています。たとえば、大家さんが、賃貸借はもう終わっている、と契約そのものを否定して、受け取りを拒んでいる場合です。弁済の提供の回で、受け取らない意思が明確な場面として見た形です。ただ、今回は、値上げに応じなければ、というだけの拒み方です。まだ、気が変わる余地があります。明らかとは言えません。だから、提供してから供託します。

準備だけで足りる、というのは、遅れの責任を免れるかどうかの話でした。今の話は、供託ができるかどうかで、別の問いです。そして、ここは、論文で論点になりうる部分です。

供託原因3つ(その2)。②受領不能(494条1項2号)=文言に「弁済の提供をした場合」が無い→提供不要。例=持参債務で債権者が行方不明。③債権者不確知(494条2項)=弁済者に過失があるときは除く。例=債権が二重に譲渡され、誰が債権者か決められない/相続人が分からない。一部だけの供託は効力がない(不足がごくわずかなら供託は有効)。 図:供託原因3つ

  • その2
  • ②受領不能(494条1項2号)=文言に「弁済の提供をした場合」が無い→提供不要。例=持参債務で債権者が行方不明。③債権者不確知(494条2項)=弁済者に過失があるときは除く。例=債権が二重に譲渡され、誰が債権者か決められない
  • 相続人が分からない。一部だけの供託は効力がない(不足がごくわずかなら供託は有効)。

2つめは、494条1項2号の、受領不能です。債権者が、弁済を受領できないとき、です。この場合は、提供は要りません。2号の文言には、1号のような、弁済の提供をした場合において、という言葉がないからです。持参債務なのに、債権者が行方不明で、持って行っても、誰も受け取れない、という例です。差し出す相手がいないのに、提供を求めても、意味がありません。受領遅滞の回では、受け取れない場合も、提供があってはじめて受領遅滞になる、と見ました。あれは、413条の、保存の注意が軽くなる、といった効果の話です。供託ができるかどうかは、494条の文言で決まります。3つめは、494条2項の、債権者不確知です。誰が債権者か、弁済者に分からないときです。ただし、弁済者に過失があるときは、供託できません。債権が二重に譲渡されて、誰に払うべきか決められない場面が、まさにこれでした。同時に届いた通知の回で、供託の場面を見ましたが、あれは、この3つめです。相続が起きて、相続人が誰か分からない場合も、同じです。補足です。一部だけの供託は、債務の本旨に従っていないので、効力がありません。家賃の一部だけ預けられても、大家さんは、残りを別に取り立てなければならず、債務が片づかないからです。ただし、不足がごくわずかなら、その供託は有効とされます。わずかな不足を理由に、供託を丸ごと無効にするのは、借主に酷だからです。

どこへ預け、誰に知らせるか

495条。①供託は債務の履行地の供託所でする(1項)。家賃=持参債務→大家の住所地の法務局②供託所について法令に特別の定めがないとき→裁判所が供託所の指定と保管者の選任(2項)③供託した者は遅滞なく債権者に供託の通知(3項)。 図:495条

  • ①供託は債務の履行地の供託所でする(1項)
  • 家賃=持参債務→大家の住所地の法務局②供託所について法令に特別の定めがないとき→裁判所が供託所の指定と保管者の選任(2項)③供託した者は遅滞なく債権者に供託の通知(3項)

預ける場所と、知らせる義務です。495条です。

条文民法495条

民法第495条 前条の規定による供託は、債務の履行地の供託所にしなければならない。 2 供託所について法令に特別の定めがない場合には、裁判所は、弁済者の請求により、供託所の指定及び供託物の保管者の選任をしなければならない。 3 前条の規定により供託をした者は、遅滞なく、債権者に供託の通知をしなければならない。

弁済の提供の回で見たとおり、家賃は、大家さんの住所へ持参するのが、原則でした。履行地は、大家さんの住所地です。だから、借主は、その住所地の法務局に、供託します。供託所について、特別の定めがないときは、裁判所が、供託所を指定し、保管者を選びます。そして、供託したら、遅滞なく、大家さんに通知します。預けたことを知らせなければ、大家さんは、預けられたことを知らず、供託所から受け取る請求、つまり還付の請求のしようがありません。譲渡制限特約があるときの供託を、前に見ました。あれは、466条の2という、この一般の供託の特則です。違うのは、供託できる場面です。今日の3つの場合に当たらなくても、特約付きの金銭債権が譲渡された、という事実だけで供託できます。還付を請求できるのも、譲受人に限られます。履行地の供託所、遅滞なき通知、という発想は、共通です。

預けられない物は、お金に替えて預ける

497条の自助売却。裁判所の許可を得て目的物を競売し、代金を供託できる場合=①供託に適しないとき②滅失・損傷その他の事由による価格の低落のおそれ③保存について過分の費用④前三号のほか供託が困難な事情(2017年改正で追加)。例=引き渡すはずの傷みやすい果物を買った人が受け取らない→そのまま預かってくれる供託所はない→競売して代金を供託。 図:497条の自助売却

  • 裁判所の許可を得て目的物を競売し、代金を供託できる場合=①供託に適しないとき②滅失・損傷その他の事由による価格の低落のおそれ③保存について過分の費用④前三号のほか供託が困難な事情(2017年改正で追加)
  • 例=引き渡すはずの傷みやすい果物を買った人が受け取らない→そのまま預かってくれる供託所はない→競売して代金を供託

供託の目的物が、お金とは限りません。497条です。

条文民法497条

民法第497条 弁済者は、次に掲げる場合には、裁判所の許可を得て、弁済の目的物を競売に付し、その代金を供託することができる。 一 その物が供託に適しないとき。 二 その物について滅失、損傷その他の事由による価格の低落のおそれがあるとき。 三 その物の保存について過分の費用を要するとき。 四 前三号に掲げる場合のほか、その物を供託することが困難な事情があるとき。

例です。傷みやすい果物を、買った人に引き渡すはずでした。ところが、買った人が、受け取りません。果物を、そのまま預かってくれる供託所はありません。放っておけば、腐ります。そこで、裁判所の許可を得て、競売にかけ、その代金を供託します。預けられない物は、お金に替えて預ける、という発想です。弁済者が勝手に売ると、安く売り飛ばすおそれがあるからです。許可は、債権者を守る歯止めです。4号は、2017年の改正で加わりました。現行法は4つです。

供託の効果と、債権者の還付請求権

供託の効果。①供託をした時に債権は消滅する(494条1項後段)②債権者は供託物の還付を請求できる(498条1項)。受益の意思表示は不要③債務者が債権者の給付に対して弁済すべき場合(例=代金と引換えの引渡し)は、債権者はその給付をしなければ供託物を受け取れない(498条2項)。家賃の設例=借主が供託→債権消滅→大家は供託所に還付を請求。 図:供託の効果

  • ①供託をした時に債権は消滅する(494条1項後段)②債権者は供託物の還付を請求できる(498条1項)
  • 受益の意思表示は不要③債務者が債権者の給付に対して弁済すべき場合(例=代金と引換えの引渡し)は、債権者はその給付をしなければ供託物を受け取れない(498条2項)
  • 家賃の設例=借主が供託→債権消滅→大家は供託所に還付を請求

預けたら、どうなるか。まず、494条1項の後段です。弁済者が供託をした時に、その債権は、消滅します。借主の家賃債務は、供託した時に、消えます。では、大家さんは、どうなるのか。498条です。

条文民法498条

民法第498条 弁済の目的物又は前条の代金が供託された場合には、債権者は、供託物の還付を請求することができる。 2 債務者が債権者の給付に対して弁済をすべき場合には、債権者は、その給付をしなければ、供託物を受け取ることができない。

債権者は、供託所に、供託物を渡してほしい、と請求できます。還付請求権です。債権者が、受け取る、と意思表示をしなくても、請求できます。2項です。債務者が、債権者の給付と引換えに、弁済すればよい場合です。さっきの果物で言えば、売った人は、代金と引換えに果物を渡せばよい立場でした。その売った人が、果物を競売にかけて、そのお金を供託したとします。買った人は、自分の払うべき代金を払わなければ、預けられたお金を受け取れません。債権者は、反対給付をしないまま、供託物だけを取り上げることは、できないのです。

供託者の取戻しと、「供託しなかったものとみなす」

496条。①債権者が供託を受諾せず、または供託を有効と宣告した判決が確定しない間は、弁済者は供託物を取り戻せる。取り戻すと「供託をしなかったものとみなす」→債権は消えなかったことになり、家賃の遅れの責任も元に戻る②取戻しができない場合=債権者が受諾した/供託を有効と宣告した判決が確定した(例=債権者が起こした支払請求訴訟で、借主の供託の抗弁が認められ請求棄却が確定)/供託によって質権または抵当権が消滅した(496条2項)。 図:496条

  • ①債権者が供託を受諾せず、または供託を有効と宣告した判決が確定しない間は、弁済者は供託物を取り戻せる
  • 取り戻すと「供託をしなかったものとみなす」→債権は消えなかったことになり、家賃の遅れの責任も元に戻る②取戻しができない場合=債権者が受諾した/供託を有効と宣告した判決が確定した(例=債権者が起こした支払請求訴訟で、借主の供託の抗弁が認められ請求棄却が確定)/供託によって質権または抵当権が消滅した(496条2項)

質問です。借主が家賃を供託しました。債権は消えて、大家さんは還付を請求できます。ところが、借主が、やはり別の使い道がある、と言って、供託物を取り戻しました。いったん消えた債権は、どうなるでしょうか。取り戻すと、債権は、消えなかったことになります。条文を読みます。496条です。

条文民法496条

民法第496条 債権者が供託を受諾せず、又は供託を有効と宣告した判決が確定しない間は、弁済者は、供託物を取り戻すことができる。この場合においては、供託をしなかったものとみなす。 2 前項の規定は、供託によって質権又は抵当権が消滅した場合には、適用しない。

取り戻したら、供託をしなかったものとみなします。つまり、債権は、消えなかったことになります。借主は、大家さんへの家賃債務を負ったままで、遅れの責任も、元に戻ります。供託した時に債権が消える、という効力は、取り戻すことを、いわば解除条件にしている、と考えると整理できます。ただし、取り戻せるのは、債権者が受諾せず、供託を有効と宣告した判決も確定していない間です。大家さんが受諾したら、つまり、供託を受け入れると伝えたら、取り戻せません。大家さんが、支払いを求めて訴えを起こして、借主の供託の抗弁が認められ、請求が棄却されて確定した場合も、取り戻せません。なぜか。大家さんが受け入れると伝えたら、大家さんは、そのお金を受け取るつもりで動いています。判決が確定したら、供託で家賃債務は消えた、という前提で、争いに決着がついています。ここで取り戻しを許すと、受け入れた大家さんの期待も、判決の決着も、ひっくり返ってしまいます。さらに2項です。供託によって、質権や抵当権が消えていたら、取り戻せません。取り戻しを認めると、供託をしなかったことになり、消えたはずの質権や抵当権まで復活してしまいます。担保が消えたと信じて、その物を買った人や、後の順位の抵当権者がいたら、不意打ちになります。だから、取り戻しそのものを認めないのです。

冒頭の答えとまとめ

冒頭の答え。貸した人が合意すれば、価値が釣り合わなくても代物弁済は成立し、100万円の債務は、代物の給付(山林なら登記)の時に全部消える。合意が無ければ、借りた人は山林を押し付けられない。まとめ=①482条=契約+他の給付②諾成契約=債権が消えるのは給付の時③不動産=登記完了の時(昭39)・所有権は合意の時(昭57)④供託原因3つ=受領拒絶(原則、提供が前提)・受領不能・債権者不確知(弁済者に過失がないとき)⑤供託=供託時に債権消滅・還付請求権・取戻しで供託しなかったものとみなす・取戻し不可は3場合。 図:冒頭の答え

  • 貸した人が合意すれば、価値が釣り合わなくても代物弁済は成立し、100万円の債務は、代物の給付(山林なら登記)の時に全部消える
  • 合意が無ければ、借りた人は山林を押し付けられない
  • まとめ=①482条=契約+他の給付②諾成契約=債権が消えるのは給付の時③不動産=登記完了の時(昭39)・所有権は合意の時(昭57)④供託原因3つ=受領拒絶(原則、提供が前提)・受領不能・債権者不確知(弁済者に過失がないとき)⑤供託=供託時に債権消滅・還付請求権・取戻しで供託しなかったものとみなす・取戻し不可は3場合

冒頭の答えです。貸した人が合意すれば、山林の時価が60万円でも、代物弁済は成立します。100万円の債務は、山林の給付が終わった時に、全部消えます。山林なら、登記が終わった時です。貸した人が合意しなければ、借りた人は、山林を押し付けられません。整理します。1つめ。代物弁済は、482条です。債権者との契約と、他の給付で、成り立ちます。2つめ。契約は、合意だけで成立します。ただし、債権が消えるのは、代物を給付した時です。3つめ。不動産なら、債務が消えるのは、登記が終わった時です。ただし、所有権は、原則として、合意の時に移ります。2つの時点は別です。4つめ。供託できる場合は3つです。受領拒絶は、原則として、先に弁済の提供が要ります。受領不能は、提供が要りません。債権者不確知は、弁済者に過失がないときです。供託は、債務の履行地の供託所にして、遅滞なく通知します。傷みやすい物などは、裁判所の許可を得て、競売して、代金を供託できます。5つめ。供託をすると、その時に、債権が消えます。債権者は、還付を請求できます。取り戻すと、供託をしなかったものとみなされます。ただし、債権者の受諾、有効と宣告した判決の確定、質権や抵当権の消滅があれば、取り戻せません。次からは、目的が達成されないまま消える群に入ります。

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#184単独ページ動画

相殺の意義・担保的機能と相殺適状①

第4章 債権総論 #184/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

預金100万円の客に80万円を貸した銀行

冒頭の関係図。預金者と銀行。預金者が銀行に預金100万円をもつ。銀行は預金者に80万円を貸している。その後、預金者が破産。ほかの債権者の債権は合計120万円。預金者の財産はこの預金だけ。銀行は貸金80万円をいくら回収できるか。 図:冒頭の関係図

  • 預金者と銀行
  • 預金者が銀行に預金100万円をもつ
  • 銀行は預金者に80万円を貸している
  • その後、預金者が破産
  • ほかの債権者の債権は合計120万円
  • 預金者の財産はこの預金だけ
  • 銀行は貸金80万円をいくら回収できるか

今日は、その問いです。破産とは、財産が足りなくなって、借金を払いきれなくなった状態のことです。このお客さんには、ほかにも債権者がいて、その債権の合計が120万円あります。お客さんの財産は、この預金だけです。先に答えを言います。銀行が相殺できれば、80万円を丸ごと回収できます。できなければ、戻ってくるのは40万円です。同じ銀行、同じ貸金で、倍も違います。この差がどこから来るのかが、今日の主題です。預金があっても、相殺できなければ、貸金の半分しか戻りません。その仕組みは、あとで数字で確かめます。

相殺の定義と、自働債権・受働債権

設例への当てはめ。銀行が相殺する場合。銀行の貸金債権80万円=自働債権。預金者の預金債権(預金者が銀行に払戻しを求める権利)100万円=受働債権。対当額80万円で消える。貸金は全部消え、預金は20万円分が残る。預金者が相殺する場合は逆。意思表示をする側の債権が自働債権。 図:設例への当てはめ

  • 銀行が相殺する場合
  • 銀行の貸金債権80万円=自働債権
  • 預金者の預金債権(預金者が銀行に払戻しを求める権利)100万円=受働債権
  • 対当額80万円で消える
  • 貸金は全部消え、預金は20万円分が残る
  • 預金者が相殺する場合は逆
  • 意思表示をする側の債権が自働債権

相殺の条文は、以前、保証と相殺の回で見ました。505条1項です。もう一度読みます。

条文民法505条1項

民法第505条1項 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

言葉は、以前見たとおりです。対当額とは、2つの債権が重なり合う金額です。自分から持ち出す債権が自働債権、相手の債権が受働債権です。相手の同意は要りません。一方的な意思表示だけでできる単独行為でした。そして、相手に財産がなくても、対当額の分は確実に回収できる、担保のような働きがあるのでした。今日の設例に当てはめます。銀行が相殺するとします。銀行の貸金80万円が、自働債権です。預金者の預金100万円が、受働債権です。預金は、銀行から見れば預かったお金を返す義務ですが、預金者から見れば、払い戻しを求める権利です。債権として数えるのは、預金者の側からです。

対当額は、重なる80万円です。80万円の分だけ、貸金と預金が消えます。貸金は、全部なくなります。預金のほうは、20万円分が残ります。自働と受働は、音が近くて混ざりやすいので、固定して覚えてください。相殺の意思表示をする側の債権が、自働債権です。今日は銀行が意思表示をするので、銀行の貸金が自働です。逆に、預金者のほうから相殺を言い出すなら、預金が自働で、貸金が受働です。誰が意思表示をするかで決まります。もう1つ、性質のコツです。自働債権の側から見ると、相殺は、相手が払ってくれるのを待たずに、自分の手で回収を済ませた形です。相手に無理やり払わせたのと同じなので、履行を強制したのと同じ、と言います。受働債権の側から見ると、自分の債務を、自分から払った形です。だから、任意に履行したのと同じ、と言います。今日は、このうち、相手を待たずに回収できる、という自働債権のほうが、いま言った、担保のような働きにつながります。なお、過失相殺という言葉がありますが、これは別の制度です。名前に相殺と付いていても、ここで扱う相殺とは関係がありません。

相殺は単独行為で、合意による相殺とは別物

法定相殺と相殺契約の2列比較。法定相殺(505条)=要件(相殺適状・禁止にあたらない)を満たすと相殺権が生まれる→一方的な意思表示で消える(506条1項)。相殺契約=当事者の合意で相殺と同様の効果を生じさせる→法定相殺の要件を満たさない場合でも可能。設例=銀行と預金者があらかじめ「一定の事由があれば貸金と預金を当然に相殺する」と決めておく。 図:法定相殺と相殺契約の2列比較

  • 法定相殺(505条)=要件(相殺適状・禁止にあたらない)を満たすと相殺権が生まれる→一方的な意思表示で消える(506条1項)
  • 相殺契約=当事者の合意で相殺と同様の効果を生じさせる→法定相殺の要件を満たさない場合でも可能
  • 設例=銀行と預金者があらかじめ「一定の事由があれば貸金と預金を当然に相殺する」と決めておく

相殺は、どうやって効果が生まれるのか。506条1項です。

条文民法506条1項

民法第506条1項 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。

意思表示の相手は、相殺される側の当事者です。相手の同意は要りません。1人の意思表示だけで効果が生まれる、遺言や解除と同じ、単独行為です。第2文は、意思表示に条件や期限を付けられない、という決まりです。相手の同意なしに、相手の債権まで消す行為なので、条件を付けると、相手は、債権が消えるのか消えないのか分からない、不安定な立場に置かれます。それを防ぐためです。期限のほうは、付けても意味がない、という別の理由があり、相殺の効き方を見るときに扱います。ここで、区別が1つ要ります。505条と506条の、法律が決めた相殺を、法定相殺と呼びます。要件を満たすと、相殺権が生まれます。その権利を、一方的な意思表示で使います。これに対して、当事者の合意で、相殺と同じ結果を生じさせることもできます。これが、相殺契約です。たとえば、銀行と預金者が、一定の事由があったら、貸金と預金を当然に相殺する、と、あらかじめ決めておく場合です。あとから一方的に意思表示をする法定相殺とは、成り立ちが違います。

2つの違いは、要件にあります。法定相殺は、法律の定めた要件を満たさなければできません。相殺契約は、当事者が納得して合意しているので、法定相殺の要件を満たさない場合でも、することができます。ただし、合意の中身については、あとの回で見ます。今日は、合意でもできる、というところまでです。

相殺の3つの機能

相殺の3つの機能。①簡易決済=お互いの支払い(2回の支払い)を、意思表示だけで1回で済ませる②公平の維持=自分だけ払わされ、相手からは取れない不公平を防ぐ③担保的機能(最も重要)=相手が無資力になっても、自分の債務の分だけは確実に回収できる。自働債権について担保をもつのと同じ。設例=預金100万円のある預金者には、100万円の範囲まで安心して貸せる。 図:相殺の3つの機能

  • ①簡易決済=お互いの支払い(2回の支払い)を、意思表示だけで1回で済ませる②公平の維持=自分だけ払わされ、相手からは取れない不公平を防ぐ③担保的機能(最も重要)=相手が無資力になっても、自分の債務の分だけは確実に回収できる
  • 自働債権について担保をもつのと同じ
  • 設例=預金100万円のある預金者には、100万円の範囲まで安心して貸せる

相殺は、何のためにあるのか。機能は3つあります。1つめは、簡易決済です。A卸会社が、B小売チェーンに代金100万円の債権をもっています。ほかの取引で、B小売チェーンも、A卸会社に100万円の貸金債権をもっています。お互いに100万円を払い合えば、支払いが2回になり、手間も、お金の移動の危険もかかります。相殺なら、意思表示だけで片づきます。2つめは、公平の維持です。A卸会社が、B小売チェーンに100万円を払う義務を負っている一方で、B小売チェーンから100万円を取れる債権ももっているとします。このとき、B小売チェーンの財産が足りなくなっていたら、A卸会社は、自分の分だけを払わされて、取るほうは取れません。それは不公平です。相殺を認めれば、自分の払う分を、相手から取れる分と、帳消しにできます。3つめが、担保的機能です。これが、相殺の最も重要な機能です。相手が財産不足になっても、自分の債務の分だけは、確実に回収できる。いざとなれば相殺できる、という立場は、自分の債権について、担保をもっているのと同じです。以前、担保のような働きと言ったものに、担保的機能という名前を付けます。銀行で考えます。預金100万円のある預金者には、銀行は、100万円の範囲までは、安心して貸せます。返してもらえなければ、預金と相殺すればよいからです。

特別な手続は要りません。貸金と預金が、向き合っていれば足ります。だから、担保のような、と言っています。

配当の比較は、相殺の有無で倍変わる

配当比較の板。左=相殺しない場合(預金100万円は破産財団に払う→財団100万円・債権の合計200万円(銀行80万円+ほかの債権者120万円)→配当は債権額の半分→銀行は40万円・ほかの債権者は60万円)。右=相殺する場合(貸金80万円と預金80万円が対当額で消える→銀行は預金の残り20万円を払うだけ・貸金は全額回収→財団20万円・ほかの債権者は20万円)。下に1行「相殺は、債権者平等の例外として働く」。破産法67条1項=破産債権者は、手続開始の時に破産者に対して債務を負担していれば、破産手続によらないで相殺ができる(原則)。 図:配当比較の板

  • 左=相殺しない場合(預金100万円は破産財団に払う→財団100万円・債権の合計200万円(銀行80万円+ほかの債権者120万円)→配当は債権額の半分→銀行は40万円・ほかの債権者は60万円)
  • 右=相殺する場合(貸金80万円と預金80万円が対当額で消える→銀行は預金の残り20万円を払うだけ・貸金は全額回収→財団20万円・ほかの債権者は20万円)
  • 下に1行「相殺は、債権者平等の例外として働く」
  • 破産法67条1項=破産債権者は、手続開始の時に破産者に対して債務を負担していれば、破産手続によらないで相殺ができる(原則)

ここで、思い出してください。債権者が何人かいて、財産が足りないとき、債権者は、どう分けたでしょうか?債権額に比例して、按分しました。債権者平等の原則です。債権者は、先に請求した人も、あとの人も、債権額に応じて平等に分けます。以前、数字で見た按分です。では、冒頭の問いです。相殺ができないとしたら、銀行は、貸した80万円のうち、いくら回収できるでしょうか。相殺ができなければ、80万円は全部は戻りません。銀行は、預金者の預金100万円を、預金者に返さなければなりません。破産した預金者の財産、つまり、破産財団に、100万円が入ります。そして、銀行は、貸金80万円を、ほかの債権者と一緒に、按分で分けるほうに回ります。話を簡単にするため、手続の費用などは考えないことにします。債権者は、銀行の80万円と、ほかの債権者の120万円で、合計200万円です。財団にあるのは、100万円です。100万円を200万円で分けるので、債権額の半分が配当です。銀行は、80万円の半分の40万円です。ほかの債権者の分は、120万円の半分の60万円です。

次に、相殺できる場合です。貸金80万円と、預金のうち80万円が、対当額で消えます。銀行は、預金の残り20万円だけを、預金者に返せば足ります。貸金80万円は、全額回収したのと同じです。財団に入るのは20万円で、ほかの債権者が、120万円の債権に対して受け取るのは、20万円です。並べます。銀行は、40万円から80万円になります。ほかの債権者は、60万円から、20万円になります。銀行の回収額の差は、40万円です。相殺できる銀行は、ほかの債権者に先んじて、自分の貸金を回収できるのです。担保物権をもつ人が、ほかの債権者より先に回収できるのと、同じ働きです。だから、相殺は、債権者平等の原則の例外として働く、と言えます。破産の手続の中でも、相殺は認められています。破産法67条1項が、破産債権者は、破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によらないで、相殺をすることができる、と定めています。破産手続が始まっても、相殺の権利は、原則として使えるということです。

最高裁も、担保的機能への期待を保護すべきとした

最高裁の判決。事案=銀行が取引先の会社に貸付けをし、その会社の預金債権を国が滞納処分で差し押さえた。銀行は貸付金と預金を相殺し、国にも対抗できるかが争われた。今日の点=相殺の担保的機能を最高裁が正面から認め、保護される当事者の地位はできるかぎり尊重すべきとしたこと。差押えと相殺の結論はあとの回。 図:最高裁の判決

  • 事案=銀行が取引先の会社に貸付けをし、その会社の預金債権を国が滞納処分で差し押さえた
  • 銀行は貸付金と預金を相殺し、国にも対抗できるかが争われた
  • 今日の点=相殺の担保的機能を最高裁が正面から認め、保護される当事者の地位はできるかぎり尊重すべきとしたこと
  • 差押えと相殺の結論はあとの回

担保的機能は、学説が言っているだけの話でしょうか。それとも、最高裁も認めているでしょうか。事案を1文で言います。銀行が取引先の会社に貸付けをして、その会社の預金債権を、国が税金の滞納処分として差し押さえました。銀行は、貸付金と預金を相殺して、差押えをした国にも対抗できるか、が争われた事件です。差押えと相殺の結論は、あとの回でじっくり見ます。今日は、この判決が、相殺の機能をどう評価したかだけを読みます。

判例最大判昭45・6・24 民集24巻6号587頁

相殺の担保的機能への期待を保護した判決 相殺の制度は、互いに同種の債権を有する当事者間において、相対立する債権債務を簡易な方法によつて決済し、もつて両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であつて、相殺権を行使する債権者の立場からすれば、債務者の資力が不十分な場合においても、自己の債権については確実かつ十分な弁済を受けたと同様な利益を受けることができる点において、受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を営むものである。相殺制度のこの目的および機能は、現在の経済社会において取引の助長にも役立つものであるから、この制度によつて保護される当事者の地位は、できるかぎり尊重すべきものであつて、当事者の一方の債権について差押が行なわれた場合においても、明文の根拠なくして、たやすくこれを否定すべきものではない。

判決は、2段で述べています。相殺がどんな機能をもつか、そして、その機能をどう扱うべきか、です。1つめの文から読みます。相殺の目的は、簡易な方法で決済して、債権関係を円滑かつ公平に処理することです。先ほどの、簡易決済と公平の維持です。そのうえで、相殺権を行使する債権者は、債務者の資力が不十分な場合でも、自己の債権について、確実かつ十分な弁済を受けたのと同様の利益を受けられる、と言っています。これが、担保的機能です。判決は、担保権を有するにも似た地位、と言います。今日の設例で言い直します。銀行は、預金を押さえているおかげで、貸金について、担保をもつのに似た地位に立つ、という意味です。2つめの文です。この目的と機能は、現在の経済社会で、取引の助長にも役立つので、この制度によって保護される当事者の地位は、できるかぎり尊重すべきだ、と言います。これが、担保的機能への期待を保護すべきだ、という評価です。最後は、差押えが行われた場合でも、明文の根拠なく、たやすく否定してはならない、と続きます。つまり、差押えのときですら、担保的機能を理由なく否定することはできない、ということです。なぜ、そこまで守るのか。守られないと、銀行は、預金を当てにして貸すことができなくなり、そのぶん、お金が借りにくくなります。取引の助長とは、このことです。判決の言い方からすると、明文の定めがあれば、相殺が制限されることもありうる、ということになります。

先ほどの問いの答えです。最高裁も、担保的機能を、正面から認めています。預金があれば、預金者が破産しても、預金の範囲で貸金を相殺で全額回収できます。担保的機能があるので、銀行は、貸す前に、預金の額を確かめます。預金が100万円なら、100万円の範囲までは、安心して貸せるのです。冒頭の問いの答えは、これで出ました。

相殺適状の要件の全体像

相殺の要件の全体像。相殺適状=相殺権が発生するために必要な、債権どうしの条件がそろった状態(講学上の語)。①債権の対立②同種の目的③双方の弁済期④債務の性質が相殺を許す(505条1項)。+相殺禁止にあたらない(505条2項・509条・510条・511条)→相殺の意思表示(506条1項)で債務が消える。今日は①対立・②同種。 図:相殺の要件の全体像

  • 相殺適状=相殺権が発生するために必要な、債権どうしの条件がそろった状態(講学上の語)
  • ①債権の対立②同種の目的③双方の弁済期④債務の性質が相殺を許す(505条1項)
  • 相殺禁止にあたらない(505条2項・509条・510条・511条)→相殺の意思表示(506条1項)で債務が消える
  • 今日は①対立・②同種

後半に入ります。相殺は、いつでもできるわけではありません。相殺ができるための条件を、全体像から見ます。相殺適状という言葉を使います。条文の言葉ではなく、講学上の言葉で、相殺権が発生するために必要な、債権どうしの条件がそろった状態、という意味です。505条1項から読み取れる条件は、4つです。1つめは、債権が対立していること。2つめは、同種の目的を有すること。3つめは、双方の債務が弁済期にあること。どちらも、もう払う時期が来ている、ということです。4つめは、債務の性質が相殺を許すことです。お互いに、実際に行わないと意味がない債務は、差し引いて済ませられません。たとえば、2つの店が、繁忙期に1日ずつ、相手の店を手伝う、と約束した場合です。差し引いて帳消しにすれば、どちらの店も人手が足りないままで、約束した意味がなくなります。4つは、同じ考えから来ています。相殺は、本当なら払い合うはずのものを、差し引いて済ませる仕組みです。だから、向き合った2人のあいだで、同じ種類のものを、どちらも払う時期が来ていて、差し引いても困らないときに限られるのです。4つがそろっても、相殺禁止にあたらないことが、さらに必要です。当事者の約束や法律が、相殺を特に禁じている場面です。505条2項や、509条以下に、その定めがあります。そして、最後に、相殺の意思表示をして、はじめて債務が消えます。まとめると、相殺権の発生、それを妨げる相殺禁止、そして、その行使、という3段です。

今日は、1つめの対立と、2つめの同種です。ほかの要件は、順に見ていきます。

債権の対立は、向き合う2人のあいだ

債権の対立。原則=自分の債権で、相手に対する自分の債務を消す。自働債権と受働債権が、自分と相手のあいだで向き合っている(505条1項「二人が互いに」)。設例=銀行と預金者のあいだは対立あり。預金者のほかの債権者と銀行のあいだは対立しない。 図:債権の対立

  • 原則=自分の債権で、相手に対する自分の債務を消す
  • 自働債権と受働債権が、自分と相手のあいだで向き合っている(505条1項「二人が互いに」)
  • 設例=銀行と預金者のあいだは対立あり
  • 預金者のほかの債権者と銀行のあいだは対立しない

条件の1つめです。債権の対立です。505条1項は、二人が互いに債務を負担する場合、と書いています。相殺は、自分の債権を使って、相手に対する自分の債務を消す仕組みです。つまり、自働債権と受働債権が、自分と相手のあいだで、向き合っていなければなりません。今日の銀行で確かめます。銀行と預金者のあいだには、貸金と預金が向き合っています。対立しています。一方、預金者のほかの債権者は、預金者に対して債権をもっているだけで、銀行に対しては、何も債務を負っていません。銀行とほかの債権者のあいだには、対立がありません。だから、銀行が、ほかの債権者の債権で、預金を相殺することはできません。ここで問いです。他人の債権を使って、自分の債務を消すことは、できるでしょうか。

向き合っていないんだから、原則はできないです。他人の債権で自分の債務を消すことは、原則としてできません。ただし、例外に見える場面が2つあります。それが、次です。

対立の例外は、履行を拒めるだけ

連帯債務。A卸会社に対し、B小売チェーンほか2人が連帯債務600万円を負う(負担部分は各200万円)。Bは、A卸会社に反対債権300万円をもつが、まだ相殺していない。他の連帯債務者は、Bの負担部分200万円の限度でA卸会社への履行を拒める。他の連帯債務者が相殺できる、ではない。 図:連帯債務

  • A卸会社に対し、B小売チェーンほか2人が連帯債務600万円を負う(負担部分は各200万円)
  • Bは、A卸会社に反対債権300万円をもつが、まだ相殺していない
  • 他の連帯債務者は、Bの負担部分200万円の限度でA卸会社への履行を拒める
  • 他の連帯債務者が相殺できる、ではない

1つめは、連帯債務です。B小売チェーンほか2人が、A卸会社に、600万円の連帯債務を負っています。負担部分、つまり、内部で分担する額は、それぞれ200万円です。B小売チェーンは、A卸会社に対して、300万円の債権をもっています。向きが逆の債権なので、反対債権と呼びます。でも、まだ相殺していません。問いです。債権者に反対債権をもつ連帯債務者が、相殺しないとき、ほかの連帯債務者は、相殺できるでしょうか。ほかの連帯債務者は、相殺はできませんが、履行を拒むことはできます。条文です。439条2項です。前項の債権というのは、連帯債務者の1人が、債権者に対してもっている債権のことです。

条文民法439条2項

民法第439条2項 前項の債権を有する連帯債務者が相殺を援用しない間は、その連帯債務者の負担部分の限度において、他の連帯債務者は、債権者に対して債務の履行を拒むことができる。

設例に当てはめます。条文の、相殺を援用しない間、とは、B小売チェーン自身が、まだ相殺していない間、ということです。そのあいだ、ほかの連帯債務者は、B小売チェーンの負担部分である200万円の限度で、A卸会社への履行を拒めます。

保証。保証人が、B小売チェーンのA卸会社への債務200万円を保証している。BはA卸会社に反対債権60万円をもつ。保証人は60万円の限度で保証債務の履行を拒める。主たる債務者の相殺権・取消権・解除権のいずれでも履行拒絶(457条3項)。保証人が相殺できる、ではない。 図:保証

  • 保証人が、B小売チェーンのA卸会社への債務200万円を保証している
  • BはA卸会社に反対債権60万円をもつ
  • 保証人は60万円の限度で保証債務の履行を拒める
  • 主たる債務者の相殺権・取消権・解除権のいずれでも履行拒絶(457条3項)
  • 保証人が相殺できる、ではない

2つめは、保証です。保証人が、B小売チェーンのA卸会社への200万円の債務を保証しています。B小売チェーンは、A卸会社に、60万円の反対債権をもっています。457条3項です。

条文民法457条3項

民法第457条3項 主たる債務者が債権者に対して相殺権、取消権又は解除権を有するときは、これらの権利の行使によって主たる債務者がその債務を免れるべき限度において、保証人は、債権者に対して債務の履行を拒むことができる。

保証人は、60万円の限度で、保証債務の履行を拒めます。相殺権だけでなく、取消権や解除権でも、同じです。どちらも、他人の債権で相殺するのではなく、履行を拒めるだけです。なぜか。相殺をすれば、自分の債権も、相手の債権も、一緒に消えます。権利を消したり手放したりすることを、処分と言います。もし、ほかの連帯債務者や保証人が相殺できるとすると、B小売チェーンの債権を、勝手に処分することになってしまいます。その債権を使うかどうかは、B小売チェーン自身が決めることです。履行を拒むだけなら、B小売チェーンの債権は、消えずにそのまま残ります。自分の財布ではないお金で、勝手に支払うことはできない、けれど、自分の支払いを待ってもらうことはできる、という形です。だから、先ほどの原則は、崩れていません。

改正で、結論が変わった点です。改正前は、条文が、負担部分について、他の連帯債務者が相殺を援用できる、と定めていました。現行法は、履行を拒むことができるにとどまる、と改めました。答案では、他の連帯債務者が相殺できる、とは書かずに、履行拒絶と書いてください。ここは、短答でも論文でも、ひっかけに使われやすい部分です。

第三者弁済的相殺は、判例と学説で分かれる

第三者弁済的相殺。A卸会社がB小売チェーンに代金債権500万円。物上保証人(B小売チェーンの債務のために自分の土地に抵当権を設定した人)は、A卸会社に貸金債権400万円をもつ。物上保証人が自分の債権を自働債権として、B小売チェーンの債務を相殺で消せるか。判例=否定(505条の要件である当事者間の債権の対立を欠く・第三者が相殺できる規定もない)。学説=肯定(第三者弁済と同視できる・代物弁済の形で債権者は受けない理由がない)。 図:第三者弁済的相殺

  • A卸会社がB小売チェーンに代金債権500万円
  • 物上保証人(B小売チェーンの債務のために自分の土地に抵当権を設定した人)は、A卸会社に貸金債権400万円をもつ
  • 物上保証人が自分の債権を自働債権として、B小売チェーンの債務を相殺で消せるか
  • 判例=否定(505条の要件である当事者間の債権の対立を欠く・第三者が相殺できる規定もない)
  • 学説=肯定(第三者弁済と同視できる・代物弁済の形で債権者は受けない理由がない)

以前、第三者弁済の回で、物上保証人は、債務者の意思に反しても、有効に弁済できる、と見ました。なぜだったでしょうか。弁済について正当な利益、つまり、法律上の利害関係があるからです。物上保証人とは、他人の債務のために、自分の不動産に抵当権を設定した人です。債務が払われないと、自分の不動産を失います。では、問いです。弁済と同じように債務を消す相殺も、物上保証人は、自分の債権でできるでしょうか。設例です。A卸会社が、B小売チェーンに、500万円の代金債権をもっています。B小売チェーンの債務のために、土地に抵当権を設定した物上保証人がいます。この物上保証人は、A卸会社に対して、400万円の貸金債権をもっています。物上保証人が、この400万円の債権で、B小売チェーンの債務を、相殺で消したいのです。

505条1項の、二人が互いに債務を負担する場合、という形から外れます。物上保証人は、A卸会社に対して債権をもっているだけです。判例は、否定です。抵当不動産の第三取得者について、大審院が、相殺を認めませんでした。第三取得者とは、抵当権の付いた不動産を買った人です。物上保証人についても、同じ考え方で否定されると理解されています。理由は、505条の要件、つまり、当事者間の債権の対立を欠いていて、第三者がそのような相殺をすることを認める規定もない、と説明されています。学説は、肯定が多数です。理由は2つあります。1つめは、第三者弁済と同視できることです。物上保証人や第三取得者は、弁済について正当な利益をもっています。相殺も、弁済と同じく債務を消す行為です。2つめは、代物弁済の形だということです。代物弁済は、債権者の合意で、本来の給付の代わりに、別の給付で債務を消す、という仕組みでした。物上保証人は、本来払うべきお金の代わりに、自分がもっている400万円の債権を、A卸会社に差し出して、B小売チェーンの債務を、その分だけ消す、と見るわけです。お金の代わりに、債権という別のものを渡すので、代物弁済の形になります。差し出されるのは、A卸会社に対する債権です。債権者であるA卸会社にとっては、自分に対する債権を受け取れば、自分が払うはずだった400万円を、払わずに済みます。損はないので、断る理由がありません。債権者が承諾しないはずはないので、相殺を認めても、債権者を害しない、というのです。

補足です。債権者が財産不足のときは、ほかの債権者に先んじた回収になって、債権者平等を害するので、その場合は除く、という見解もあります。結論は、1文で言えます。判例は否定、学説は肯定です。ここは、論文で論点になりうる部分です。

同種の目的は、金銭債権どうしが典型

同種の目的。給付の内容が同じ種類であること。金銭債権と金銭債権は同種=実務の相殺はほぼすべて金銭債権どうし。金銭債権と物の引渡債権は同種でない=相殺できない。種類債権どうし(同品質の穀物など)は同種になりうる。履行地が異なっても相殺できる(507条)。ただし相殺をする当事者は相手方に生じた損害を賠償する。 図:同種の目的

  • 給付の内容が同じ種類であること
  • 金銭債権と金銭債権は同種=実務の相殺はほぼすべて金銭債権どうし
  • 金銭債権と物の引渡債権は同種でない=相殺できない
  • 種類債権どうし(同品質の穀物など)は同種になりうる
  • 履行地が異なっても相殺できる(507条)
  • ただし相殺をする当事者は相手方に生じた損害を賠償する

条件の2つめです。同種の目的です。給付の内容が、同じ種類である、ということです。典型は、金銭債権と金銭債権です。実務の相殺は、ほとんどすべて、金銭債権どうしです。銀行の貸金と預金も、そうです。金銭債権と、物の引渡しの債権は、同種ではありません。たとえば、B小売チェーンが、A卸会社に商品の引渡しを求める債権をもち、A卸会社が、B小売チェーンに代金を払う債務を負っているとします。引渡しと金銭は、給付の種類が違うので、相殺できません。一方、同じ品質の穀物のような、種類債権どうしは、同種の目的になりえます。

507条があります。

条文民法507条

民法第507条 相殺は、双方の債務の履行地が異なるときであっても、することができる。この場合において、相殺をする当事者は、相手方に対し、これによって生じた損害を賠償しなければならない。

履行地が異なっても、相殺はできます。ただし、第2文のとおり、相殺をする当事者は、相手方に生じた損害を賠償しなければなりません。ここは、損害賠償の部分を落とさないでください。

冒頭の答えとまとめ

まとめ。①相殺=505条1項・自働債権=銀行の貸金・受働債権=預金・対当額で消える・単独行為(506条1項)②法定相殺=一方的な意思表示/相殺契約=合意で要件を欠いてもできる③3つの機能=簡易決済・公平の維持・担保的機能(債権者平等の例外)④最高裁=担保的機能への期待を保護すべき⑤相殺適状=対立・同種・弁済期・性質+禁止にあたらない+意思表示⑥対立の例外=履行拒絶(439条2項・457条3項)⑦第三者弁済的相殺=判例否定・学説肯定⑧同種=金銭債権どうしが典型・履行地が異なっても可(507条)。 図:まとめ

冒頭の答えです。預金100万円のある預金者に、銀行が80万円を貸していて、預金者が破産したとき、銀行は、相殺できれば80万円を丸ごと回収できます。できなければ、40万円です。銀行が、貸す前に預金の額を確かめるのは、相殺の担保的機能があるからです。整理します。1つめ。相殺は、505条1項です。銀行の貸金が自働債権、預金が受働債権で、対当額の分が消えます。意思表示だけでできる、単独行為です。2つめ。法定相殺は、一方的な意思表示で、合意による相殺は、要件を欠いてもできます。3つめ。機能は、簡易決済、公平の維持、担保的機能の3つです。担保的機能は、債権者平等の原則の例外として働きます。4つめ。最高裁も、担保的機能への期待を、保護すべきものと見ています。5つめ。相殺適状は、対立、同種、弁済期、性質の4つです。そのほかに、相殺禁止にあたらないことと、意思表示が要ります。6つめ。対立の原則には、連帯債務と保証の例外がありますが、どちらも履行を拒めるにとどまります。7つめ。第三者弁済的相殺は、判例が否定、学説が肯定です。8つめ。同種の目的は、金銭債権どうしが典型で、履行地が異なっても相殺できます。ただし、損害を賠償します。相殺の担保的機能は、論文で論点になりうる部分です。次は、双方の債務の弁済期が、どうなっているかを見ます。

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#185単独ページ動画

相殺適状②弁済期と508条

第4章 債権総論 #185/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

時効にかかった貸金は、代金請求と相殺に使えるか

冒頭の関係図。A卸会社がB小売チェーンに貸金500万円(弁済期から5年たち、時効が完成している)。B小売チェーンがA卸会社に代金400万円を請求している。A卸会社が相殺する側。時効にかかった貸金500万円=自働債権、代金400万円=受働債権。問い=時効にかかった貸金で、相殺できるか。 図:冒頭の関係図

  • A卸会社がB小売チェーンに貸金500万円(弁済期から5年たち、時効が完成している)
  • B小売チェーンがA卸会社に代金400万円を請求している
  • A卸会社が相殺する側
  • 時効にかかった貸金500万円=自働債権、代金400万円=受働債権
  • 問い=時効にかかった貸金で、相殺できるか

A卸会社は、B小売チェーンに、500万円を貸していました。返してもらう約束の日から、5年がたって、この貸金の時効は完成しています。ところが今、B小売チェーンが、A卸会社に、商品の代金400万円を払えと言ってきました。今日の設例です。相殺をする側は、A卸会社です。時効にかかった貸金500万円が、A卸会社の自働債権です。B小売チェーンの代金400万円が、A卸会社から見た受働債権です。先に答えを言います。時効が完成する前に、相手の債権も払う時期が来ていて、2つの債権が差し引ける形で向き合っていたなら、相殺できます。完成したあとで、初めて向き合ったなら、相殺できません。この、完成の前か後か、が今日の主題です。

条文があります。それを、順を追って見ます。

自働債権は、弁済期が来ていないと相殺できない

自働債権の弁済期。505条1項本文=双方の債務が弁済期にあるとき。自働債権の弁済期が来ていなければ相殺できない。理由①相殺は自働債権の履行を強制するのと同じ=弁済期前の債権は払わせられない。理由②期限の利益は債務者(相手)のもの(136条1項)=相殺すれば、相手の期限の利益を一方的に奪う。設例=A卸会社の貸金500万円の弁済期は来年3月。今は相殺できない。 図:自働債権の弁済期

  • 505条1項本文=双方の債務が弁済期にあるとき
  • 自働債権の弁済期が来ていなければ相殺できない
  • 理由①相殺は自働債権の履行を強制するのと同じ=弁済期前の債権は払わせられない
  • 理由②期限の利益は債務者(相手)のもの(136条1項)=相殺すれば、相手の期限の利益を一方的に奪う
  • 設例=A卸会社の貸金500万円の弁済期は来年3月
  • 今は相殺できない

505条1項を、もう一度読みます。

条文民法505条1項

民法第505条1項 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

今日見るのは、太字の2か所です。まず、双方の債務が弁済期にあるとき、の部分です。弁済期とは、払う時期のことです。設例を少し変えます。A卸会社の貸金500万円の弁済期は、来年の3月です。まだ来ていません。一方、B小売チェーンの代金400万円は、もう払う時期が来ています。この状態で、A卸会社は、今、相殺できるでしょうか。できません。理由は2つあります。1つめ。前回、自働債権の側から見ると、相殺は、相手に無理やり払わせたのと同じ、履行を強制したのと同じ、と言いました。来年3月まで払わなくてよい債権を、今、払わせることはできません。2つめ。期限は、債務者の利益のために定めたものと推定されます。136条1項でした。B小売チェーンには、来年3月まで貸金を払わなくてよい、という期限の利益があります。今、相殺すれば、その利益を、A卸会社が一方的に奪うことになります。

自働債権は、相手に払わせる側なので、弁済期が来ていることが要ります。

受働債権は、期限の利益を放棄すれば相殺できる

受働債権の弁済期。136条2項=期限の利益は放棄できる(ただし相手方の利益は害せない)。自分の債務(受働債権)の弁済期が来ていなくても、債務者は期限の利益を放棄して相殺できる。理由=期限の利益は自分のもの。受働債権は任意に履行するのと同じ。相殺の意思表示をすれば、放棄の意思が黙示に含まれる。2列比較=自働債権(弁済期が必要・理由=履行を強制するのと同じ/相手の期限の利益を奪えない)/受働債権(放棄すれば可・理由=自分のもの・任意に履行するのと同じ)。設例=A卸会社の貸金500万円は弁済期到来済み・B小売チェーンの代金400万円の弁済期は来月末→A卸会社は放棄して対当額400万円で相殺できる。 図:受働債権の弁済期

  • 136条2項=期限の利益は放棄できる(ただし相手方の利益は害せない)
  • 自分の債務(受働債権)の弁済期が来ていなくても、債務者は期限の利益を放棄して相殺できる
  • 理由=期限の利益は自分のもの
  • 受働債権は任意に履行するのと同じ
  • 相殺の意思表示をすれば、放棄の意思が黙示に含まれる
  • 2列比較=自働債権(弁済期が必要・理由=履行を強制するのと同じ/相手の期限の利益を奪えない)/受働債権(放棄すれば可・理由=自分のもの・任意に履行するのと同じ)
  • 設例=A卸会社の貸金500万円は弁済期到来済み・B小売チェーンの代金400万円の弁済期は来月末→A卸会社は放棄して対当額400万円で相殺できる

以前、期限の利益と、その放棄を見ました。思い出してください。期限の利益は、債務者と債権者の、どちらのものと推定されるでしょうか?債務者のものです。待ってもらえる、債務者の利益です。条文を読みます。136条です。

条文民法136条

民法第136条 ①期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。 ②期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。

設例を、受働債権の側に変えます。A卸会社の貸金500万円は、払う時期が来ています。B小売チェーンの代金400万円は、A卸会社の債務ですが、払う時期は、来月末で、まだ来ていません。A卸会社は、今、相殺できるでしょうか。できます。受働債権の期限の利益は、払う側であるA卸会社自身のものです。自分の利益は、自分で放棄できます。来月末まで払わなくてよい利益を捨てて、今、払う形にすれば、双方の債務が弁済期にそろいます。そのうえで、対当額の400万円で、相殺できます。理由は、軸のとおりです。受働債権のほうは、自分が払う側です。前回の言い方では、任意に履行したのと同じです。自分が早く払うだけなので、相手の利益を奪う話にならないのです。

宣言は要りません。弁済期が来ていない債務の債務者が、相殺の意思表示をしたときは、その中に、期限の利益を放棄する意思が、黙示に、つまり口に出さなくても、表されていると考えます。相殺しますと言えば、足ります。なお、放棄は、相手の利益を害することはできません。136条2項のただし書です。以前見た、利息の付いた貸金を早く返すなら、残りの期間の利息は払う、という話です。前半の軸を、ここで置きます。相手の権利は奪えません。自分の権利は、捨てられます。自働債権の弁済期は、相手の権利なので、来ていることが要ります。受働債権の弁済期は、自分の権利なので、放棄すれば足ります。

放棄できる、というだけでは、相殺適状にあったとは言えない

最判平25・2・28の事案と時系列。事案=借主が、貸金業者への過払金返還請求権(払いすぎた利息の返還を求める権利。時効期間が過ぎたもの)を自働債権にして、自分の貸金の残債務(分割払い・遅れたら当然に期限の利益を失う特約つき)と相殺しようとした。時系列=過払金返還請求権の時効期間が経過→そのあと、返済の遅れで期限の利益を失う→弁済期が現実に到来し、相殺適状→適状の時に、すでに時効期間が経過→508条は使えない→相殺は効力を有しない。規範=受働債権につき、放棄できるというだけでは足りず、放棄又は喪失等で弁済期が現実に到来していることを要する。 図:最判平25・2・28の事案と時系列

  • 事案=借主が、貸金業者への過払金返還請求権(払いすぎた利息の返還を求める権利。時効期間が過ぎたもの)を自働債権にして、自分の貸金の残債務(分割払い・遅れたら当然に期限の利益を失う特約つき)と相殺しようとした
  • 時系列=過払金返還請求権の時効期間が経過→そのあと、返済の遅れで期限の利益を失う→弁済期が現実に到来し、相殺適状→適状の時に、すでに時効期間が経過→508条は使えない→相殺は効力を有しない
  • 規範=受働債権につき、放棄できるというだけでは足りず、放棄又は喪失等で弁済期が現実に到来していることを要する

受働債権は、放棄すれば相殺できる、と言いました。では、問いです。まだ放棄していないけれど、放棄しようと思えば、いつでもできた、という状態は、すでに相殺適状にある、と言えるでしょうか。期限の利益を放棄できる立場にあっただけで適状と見る考え方は、最高裁の判決で否定されました。先に、事案を言います。借主が、貸金業者に対する、過払金の返還請求権をもっていました。払いすぎた利息を返せ、と求める権利です。この権利は、すでに時効期間が過ぎていました。借主は、この権利を自働債権にして、自分が貸金業者に負っている、残りの借金と、相殺しようとしました。借金は分割払いで、返済が遅れたら当然に期限の利益を失う、という約束が付いていました。そして、借主が期限の利益を失ったのは、時効期間が過ぎたあとでした。判決の、弁済期についての部分を読みます。

判例最判平25・2・28 民集67巻2号343頁

受働債権の弁済期が現実に到来していることを要するとした判決 民法505条1項は,相殺適状につき,「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから,その文理に照らせば,自働債権のみならず受働債権についても,弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される。また,受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは,上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって,相当でない。したがって,既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには,受働債権につき,期限の利益を放棄することができるというだけではなく,期限の利益の放棄又は喪失等により,その弁済期が現実に到来していることを要するというべきである。

かなめは、最後の文です。受働債権について、期限の利益を放棄できる、というだけではなく、放棄又は喪失などによって、弁済期が現実に来ていることが要る、と言っています。放棄できた、では足りません。放棄したか、失ったか、実際に弁済期が来ていなければ、適状にあったとは言えないのです。理由は2つ読めます。1つめ。505条1項は、双方の債務が弁済期にあるとき、と書いています。文字どおり読めば、受働債権も、弁済期が現実に来ていることが要ります。2つめ。いつでも放棄できるから適状だ、と言うと、債務者が、すでに味わった期限の利益を、あとから、なかったことにすることになります。それは相当でない、と言うのです。

先ほど、受働債権は放棄すれば相殺できる、と言いましたよね。矛盾しませんか。矛盾しません。2つは、別の話です。今、相殺の意思表示をするとき、その意思表示に放棄が含まれているので、その時点で、弁済期が現実に来て、適状になります。相殺は、できます。一方、過去のある時点で、すでに適状にあった、と言うには、その時点で、現実に弁済期が来ていなければなりません。できた、では足りません。今は関係なさそうに見えますが、この差は、どこで効いてくるんですか。508条です。時効が完成する前に、適状にあったかどうかが、勝負になります。あとで見ます。ここでは、受働債権の弁済期は、放棄できるだけでは足りない、現実の到来が要る、という一点を押さえてください。

性質が許さない債務と、抗弁権の付いた自働債権

4つめ=債務の性質が相殺を許すこと。(受け)お互いに実際に行わないと意味がない債務は差し引けない=2つの店が1日ずつ手伝い合う例。今日の本題=自働債権に相手方の抗弁権が付いている場合は相殺できない。理由①相殺は自働債権の履行を強制するのと同じ=抗弁権の付いた債権は履行を強制できない。理由②相殺は一方的な意思表示=相手方が抗弁権を行使する機会を一方的に奪う。例1=同時履行の抗弁権。例2=保証人の催告の抗弁権・検索の抗弁権。

  • 4つめ=債務の性質が相殺を許すこと
  • (受け)お互いに実際に行わないと意味がない債務は差し引けない=2つの店が1日ずつ手伝い合う例
  • 今日の本題=自働債権に相手方の抗弁権が付いている場合は相殺できない
  • 理由①相殺は自働債権の履行を強制するのと同じ=抗弁権の付いた債権は履行を強制できない
  • 理由②相殺は一方的な意思表示=相手方が抗弁権を行使する機会を一方的に奪う
  • 例1=同時履行の抗弁権
  • 例2=保証人の催告の抗弁権・検索の抗弁権

4つめの条件、債務の性質に戻ります。前回、お互いに実際に行わないと意味がない債務は、差し引いて済ませられない、と見ました。2つの店が、1日ずつ手伝い合う例です。今日は、性質のもう1つの場面を見ます。自働債権に、相手の抗弁権が付いている場合です。抗弁権とは、相手の請求を拒むことができる権利のことです。以前、同時履行の抗弁権のところで、抗弁権の付いた債権は、相殺に使えない、とだけ触れました。その理由を、今日見ます。設例です。A卸会社が、B小売チェーンに商品を売って、代金200万円の債権をもっています。ただし、A卸会社は、まだ商品を引き渡していません。B小売チェーンは、引渡しを受けるまでは、代金を払わなくてよい、という同時履行の抗弁権をもっています。一方、A卸会社は、B小売チェーンに、返金の債務150万円を負っています。A卸会社は、この200万円の代金債権を、自働債権にして、返金債務150万円と相殺できるでしょうか。

できません。もし許すと、A卸会社は、商品を引き渡さないまま、B小売チェーンの、引渡しを受けるまで払わない、という権利を奪って、代金債権だけを回収してしまいます。それは、同時履行の抗弁権の意味を失わせます。理由を、軸に引き寄せて言います。1つめ。相殺は、自働債権の履行を強制するのと同じです。抗弁権の付いた債権は、そもそも、履行を強制できません。2つめ。相殺は、一方的な意思表示だけで効果が出ます。認めると、相手が、抗弁権を行使する機会を、一方的に奪うことになります。自働債権は、相手の権利を奪えない側なので、抗弁権が付いていると、使えません。同じ形の例が、もう1つあります。保証人の抗弁権です。以前、保証の入口で見た、催告の抗弁権と、検索の抗弁権です。452条と453条でした。催告の抗弁権とは、債権者が保証人に請求したとき、まず主たる債務者に催告するよう求められる権利です。検索の抗弁権とは、主たる債務者に払う資力があり、執行も容易だと証明したときに、まず主たる債務者の財産を執行するよう求められる権利です。保証契約上の債権を自働債権にして、相殺することを、最高裁は許していません。判決の理由を読みます。

判例最判昭32・2・22 民集11巻2号350頁

催告・検索の抗弁権の付いた債権を自働債権とする相殺を許さないとした判決 催告並びに検索の抗弁権の附着する保証契約上の債権を自働債権として相殺することをみとめるときは、相殺者一方の意思表示をもつて、相手方の抗弁権行使の機会を喪失せしめる結果を生ずるのであるから、かかる相殺はこれを許さないものとした原判決の判断は正当である。

判決の言葉も、先ほどの2つめの理由と同じです。相殺者の一方的な意思表示で、相手方の抗弁権を行使する機会がなくなってしまう、だから許されない、と言っています。自働債権に、相手の抗弁権が付いていたら、相殺はできません。同時履行も、催告も、検索も、同じです。

逆に、受働債権に抗弁権が付いていれば相殺できる

受働債権側の抗弁権。設例(反転)=B小売チェーンが、A卸会社への返金債権150万円を自働債権にして、自分がA卸会社に負う代金債務200万円(受働債権)と相殺する。この代金債務には、B小売チェーン自身の同時履行の抗弁権が付いている。抗弁権は自分のもの=捨てて払うだけだから、対当額150万円で相殺できる。 図:受働債権側の抗弁権

  • 設例(反転)=B小売チェーンが、A卸会社への返金債権150万円を自働債権にして、自分がA卸会社に負う代金債務200万円(受働債権)と相殺する
  • この代金債務には、B小売チェーン自身の同時履行の抗弁権が付いている
  • 抗弁権は自分のもの=捨てて払うだけだから、対当額150万円で相殺できる

同じ設例を、ひっくり返します。今度は、B小売チェーンが、A卸会社に返金を求める債権を、150万円もっていて、これを自働債権にします。そして、B小売チェーンは、A卸会社に、代金200万円を払う債務を負っています。この代金債務には、B小売チェーンの同時履行の抗弁権が付いています。B小売チェーンは、相殺できるでしょうか。今度は、抗弁権が付いているのが、受働債権、つまり、B小売チェーン自身の債務です。その抗弁権は、B小売チェーンのものです。相殺すれば、B小売チェーンは、自分の抗弁権を捨てて、自分から払ったのと同じです。誰の権利も、奪っていません。だから、相殺できます。対当額は、150万円です。弁済期と同じ形です。自働債権のほうは、相手の権利を奪えないので、条件が厳しい。受働債権のほうは、自分の権利なので、放棄すれば足りる。弁済期も、抗弁権も、同じ軸で説明できます。

ここまでの整理

ここまでの整理。自働債権側=弁済期・抗弁権とも、相手の権利を奪えないので条件が厳しい(弁済期が必要・抗弁権が付いていれば不可)。受働債権側=期限の利益・抗弁権とも自分のものなので、放棄すれば足りる(相殺の意思表示に放棄が含まれる)。ただし、「相殺適状にあった」と言うには、受働債権の弁済期が現実に到来している(放棄又は喪失)ことが要る=放棄できるだけでは足りない。 図:ここまでの整理

  • 自働債権側=弁済期・抗弁権とも、相手の権利を奪えないので条件が厳しい(弁済期が必要・抗弁権が付いていれば不可)
  • 受働債権側=期限の利益・抗弁権とも自分のものなので、放棄すれば足りる(相殺の意思表示に放棄が含まれる)
  • ただし、「相殺適状にあった」と言うには、受働債権の弁済期が現実に到来している(放棄又は喪失)ことが要る=放棄できるだけでは足りない

ここまでを整理します。軸は、相手の権利は奪えない、自分の権利は捨てられる、でした。自働債権の側は、弁済期が来ていることが要ります。抗弁権が付いていたら、相殺できません。受働債権の側は、期限の利益も抗弁権も、自分のものなので、放棄すれば相殺できます。相殺の意思表示に、放棄が含まれます。ただし、過去のある時点で、相殺適状にあった、と言うには、受働債権の弁済期が、現実に来ていることが要ります。放棄できるだけでは足りません。ここが、次の508条で効いてきます。

508条は、時効で消えた債権の相殺を認める

508条。時効によって消滅した債権が、その消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は相殺をすることができる。なぜ規定が要るか=時効が完成して援用されると、債権は起算日にさかのぼって消える(144条)。消えた債権は自働債権にできないのが筋。508条はその例外。要件=①自働債権が時効によって消滅した②その消滅以前に受働債権と相殺適状にあった。趣旨=相殺への期待の保護。相殺適状になれば「もう清算済みだ」と信頼し、請求や承認などの時効を止める手続をとらないのが普通。あとから時効を援用されて相殺できなくなるのは、その信頼を裏切る。 図:508条

  • 時効によって消滅した債権が、その消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は相殺をすることができる
  • なぜ規定が要るか=時効が完成して援用されると、債権は起算日にさかのぼって消える(144条)
  • 消えた債権は自働債権にできないのが筋
  • 508条はその例外
  • 要件=①自働債権が時効によって消滅した②その消滅以前に受働債権と相殺適状にあった
  • 趣旨=相殺への期待の保護
  • 相殺適状になれば「もう清算済みだ」と信頼し、請求や承認などの時効を止める手続をとらないのが普通
  • あとから時効を援用されて相殺できなくなるのは、その信頼を裏切る

後半です。冒頭の問いに戻ります。時効にかかった貸金で、相殺できるでしょうか。前提を確かめます。以前見たとおり、時効は完成しただけでは、効果は確定せず、援用、つまり、時効の利益を受けます、という意思表示があって初めて、債権は消えます。停止条件説でした。そして、援用されると、時効の効力は起算日にさかのぼります。144条です。債権は、初めからなかった形になります。原則は、そのとおりです。ところが、条文は、例外を置きました。508条です。

条文民法508条

民法第508条 時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。

要件は2つです。1つめは、自働債権が、時効によって消滅したことです。援用されて、消えた債権です。2つめは、その消滅以前に、受働債権と相殺適状にあったことです。2つがそろえば、債権者は、相殺ができます。なぜ、こんな例外があるのか。趣旨は、相殺への期待を守ることです。設例で言えば、A卸会社は、貸金と代金が向き合った時点で、帳簿の上では、もう差し引き済みだ、と考えます。だから、わざわざ、B小売チェーンに請求書を出したり、承認をもらったりして、時効を止める手続はとりません。ところが、あとになって、時効だ、と援用されたら、相殺できる、という期待は裏切られます。前回見た担保的機能や公平とつながる話です。この期待を守るのが、508条です。

請求書を出す催告なら、完成が猶予されるだけです。相手が債務を認める承認なら、更新されて、数え直しになります。相殺適状にあれば、そんな手間をかけなくても、いざとなれば相殺できる、と考えて当然です。補足を1つ言います。508条が扱うのは、自働債権の時効です。つまり、A卸会社の貸金が時効にかかった場合です。受働債権、つまり自分の債務のほうが、時効にかかった場合は、別の問題です。債務が時効で消えるには、援用が要ります。自分が援用しないまま相殺すれば、自分から払うのと同じなので、相殺できます。

508条の「消滅」は、時効の完成を指す

508条の「消滅」の意義。問い=508条の「消滅」はいつか。①完成の時(完成時説)=完成の前に相殺適状。完成→援用の間に適状になっても×。②援用の時(援用時説・文字どおり債権の消滅)=援用の前に適状であれば足りる。完成→援用の間に適状になっても○。規範=508条の「消滅」は、援用で債権が消える時ではなく、時効が完成する時=自働債権の時効完成より前に、受働債権と相殺適状になっていることが要る。理由=①508条の趣旨は相殺への期待の保護②期待が生じるのは完成の前に適状にあった場合だけ(完成後に向き合った債権は、援用されれば消える債権=清算済みと信頼する前提がない)③趣旨から「消滅」を完成と読む。判例=消滅時効期間が経過する以前に相殺適状にあったことを要する。 図:508条の「消滅」の意義

  • 問い=508条の「消滅」はいつか
  • ①完成の時(完成時説)=完成の前に相殺適状
  • 完成→援用の間に適状になっても×
  • ②援用の時(援用時説・文字どおり債権の消滅)=援用の前に適状であれば足りる
  • 完成→援用の間に適状になっても○
  • 規範=508条の「消滅」は、援用で債権が消える時ではなく、時効が完成する時=自働債権の時効完成より前に、受働債権と相殺適状になっていることが要る
  • 理由=①508条の趣旨は相殺への期待の保護②期待が生じるのは完成の前に適状にあった場合だけ(完成後に向き合った債権は、援用されれば消える債権=清算済みと信頼する前提がない)③趣旨から「消滅」を完成と読む
  • 判例=消滅時効期間が経過する以前に相殺適状にあったことを要する

以前、時効が完成しただけで債権は消えるのか、それとも援用が要るのか、と見ました。思い出してください。完成と援用は、別の時点です。さて、508条は、その消滅以前に、と言います。この消滅は、いつの消滅でしょうか。時効の完成の時か。それとも、援用されて、債権が消える時か。問いにします。時効が完成してから、援用されるまでのあいだに、相殺適状になりました。この場合、508条は使えるでしょうか。条文の「消滅」を、援用の時と読めば、援用より前に適状になった債権は使える、という結論になります。これが、援用時説です。完成と援用のあいだに適状になっても、使えます。一方、完成時説は、完成の前に適状になっていることを求めます。完成と援用のあいだに適状になっても、使えません。結論が割れるのは、まさに、この、完成と援用のあいだです。規範を言います。508条の「消滅」は、援用されて債権が消える時のことではなく、時効が完成する時のことです。ですから、自働債権の時効が完成するより前に、受働債権と向き合って適状になっていることが要ります。理由を、順に言います。1つめ。508条の趣旨は、相殺への期待を守ることです。次に、2つめ。期待が生じるのは、時効が完成する前に、適状にあった場合だけです。完成の前なら、もう清算済みだ、と信じてよい。ところが、完成したあとで向き合った債権は、すでに時効にかかっている債権です。援用されれば消える債権なので、清算済みだと信頼する前提がありません。3つめ。だから、消滅は、文字どおりの援用ではなく、時効の完成と読みます。

趣旨から、文言を読む型の論証です。条文の字面より、何を守る規定か、を先に考えます。最高裁も、同じ立場に立っています。消滅時効が援用された自働債権は、その消滅時効期間が経過する以前に、受働債権と相殺適状にあったことを要する、と言っています。判決は、援用時説を退ける、とまでは書いていません。ただ、期間が経過する以前、と述べています。結論は、完成時説と同じです。ここは、論文で論点になりうる部分です。

時系列で当てはめる——完成の前か後か

時系列図。横軸=A卸会社の貸金500万円の弁済期(2018年3月末)→時効完成(2023年3月末)→B小売チェーンが時効を援用(2024年2月)→A卸会社が相殺の意思表示(2024年4月)。B小売チェーンの代金400万円(A卸会社の債務=受働債権)の弁済期で結論が変わる。ケースア=代金の弁済期が2021年9月(完成の前)→適状は完成前→508条で相殺できる。ケースイ=代金の弁済期が2023年10月(完成の後・援用の前)→適状は完成後→相殺できない(援用時説なら○=分かれ目)。ケースウ=代金の弁済期が2025年3月で、相殺の時もまだ来ていない。A卸会社が期限の利益を放棄した時期で分かれる。完成前(2022年6月)に放棄→適状は完成前→相殺できる。完成後(2023年10月、または相殺の意思表示の2024年4月)に放棄→適状は完成後→508条は使えない。 図:時系列図

  • 横軸=A卸会社の貸金500万円の弁済期(2018年3月末)→時効完成(2023年3月末)→B小売チェーンが時効を援用(2024年2月)→A卸会社が相殺の意思表示(2024年4月)
  • B小売チェーンの代金400万円(A卸会社の債務=受働債権)の弁済期で結論が変わる
  • ケースア=代金の弁済期が2021年9月(完成の前)→適状は完成前→508条で相殺できる
  • ケースイ=代金の弁済期が2023年10月(完成の後・援用の前)→適状は完成後→相殺できない(援用時説なら○=分かれ目)
  • ケースウ=代金の弁済期が2025年3月で、相殺の時もまだ来ていない
  • A卸会社が期限の利益を放棄した時期で分かれる
  • 完成前(2022年6月)に放棄→適状は完成前→相殺できる
  • 完成後(2023年10月、または相殺の意思表示の2024年4月)に放棄→適状は完成後→508条は使えない

時系列で当てはめます。設例の数字を決めます。A卸会社の貸金500万円は、2018年3月末が弁済期です。5年たって、2023年3月末に、時効が完成します。ここでは、商人どうしの貸金なので、5年と見ます。B小売チェーンが、2024年2月に、時効を援用しました。A卸会社は、2024年4月に、相殺の意思表示をします。B小売チェーンの代金400万円は、A卸会社の債務、つまり受働債権です。この代金の弁済期が、いつなのかで、結論が変わります。ケースアです。代金の弁済期が、2021年9月でした。完成の前です。このとき、貸金は弁済期に来ていて、代金も弁済期に来ているので、相殺適状は、2021年9月です。完成の前です。508条によって、相殺できます。対当額の400万円です。ケースイです。代金の弁済期が、2023年10月でした。完成のあとで、援用の前です。適状になったのは、完成のあとです。完成時説と、最高裁の結論では、508条は使えません。相殺できません。もし援用時説なら、できることになります。ここが、2つの説の分かれ目です。

基準は、完成の前か後か、の一点です。ケースウです。代金の弁済期が、2025年3月でした。相殺の意思表示をする時にも、まだ来ていません。A卸会社は、期限の利益を放棄することで、適状を作ることになります。いつ放棄したかで、結論が分かれます。完成の前、たとえば2022年6月に放棄していたなら、その時に、弁済期が現実に来ています。適状は、完成の前です。508条によって、相殺できます。完成のあとに放棄した場合です。たとえば、2023年10月に放棄したか、あるいは、相殺の意思表示をした、2024年4月に放棄した、と見る場合です。適状が生じたのは、完成のあとです。508条は使えません。相殺できません。

放棄できたのだから、完成の前から適状だった、とは言えないんですか。言えません。ここで、先ほどの判決の話がつながります。放棄できる、というだけでは、適状にあったとは言えません。現実に弁済期が来ていることが要ります。放棄しておかなかったなら、完成の前に適状だった、とは言えず、508条は使えません。では、その判決の後半を読みます。

判例最判平25・2・28 民集67巻2号343頁

相殺適状の時にすでに消滅時効期間が経過していれば、508条は適用されないとした判決 これを本件についてみると,本件貸付金残債権については,被上告人が平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため,本件特約に基づき,同日の経過をもって,期限の利益を喪失し,その全額の弁済期が到来したことになり,この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえる。そして,当事者の相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨に照らせば,同条が適用されるためには,消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。前記事実関係によれば,消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については,上記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過していたから,本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず,被上告人がした相殺はその効力を有しない。

読み方です。この判決の借主は、設例のA卸会社にあたります。借主の残りの借金は、返済が遅れたときに期限の利益を失う約束でした。借主が遅れて、期限の利益を失い、その全額の弁済期が来た時が、相殺適状になった時です。そして、508条が使えるためには、消滅時効が援用された自働債権は、その消滅時効期間が経過する以前に、受働債権と相殺適状にあったことを要する、と言います。この事案では、適状になった時に、すでに時効期間が過ぎていました。だから、508条は使えず、相殺は効力を有しない、となりました。ケースイやケースウの、完成後に放棄した場合と、同じ形です。物差しは、最初から1つです。時効が完成する前に、現実に向き合っていたなら、相殺できます。完成のあとなら、できません。だから、自分の債権の時効が迫っているなら、完成の前に、期限の利益を放棄するか、相殺の意思表示をしておくのが確実です。508条に頼らなくても済みます。

時効にかかった他人の債権を譲り受けて、相殺できるか

譲受人の相殺。A卸会社の貸金500万円は時効にかかった。A卸会社がこの債権を第三者Cに譲渡した。Cは、B小売チェーンに対して200万円の支払債務をもつ。CがB小売チェーンへの債務を、譲り受けた債権を自働債権にして相殺できるか。判例=許されない(506条・508条の法意に照らし)。理由=508条は相殺への期待を守る規定。譲受人には、清算済みだと信頼する前提がない。508条が守るのは、完成前に相殺適状にあった当事者。すでに時効にかかった債権の譲受人は、その当事者ではない。 図:譲受人の相殺

  • A卸会社の貸金500万円は時効にかかった
  • A卸会社がこの債権を第三者Cに譲渡した
  • Cは、B小売チェーンに対して200万円の支払債務をもつ
  • CがB小売チェーンへの債務を、譲り受けた債権を自働債権にして相殺できるか
  • 判例=許されない(506条・508条の法意に照らし)
  • 理由=508条は相殺への期待を守る規定
  • 譲受人には、清算済みだと信頼する前提がない
  • 508条が守るのは、完成前に相殺適状にあった当事者
  • すでに時効にかかった債権の譲受人は、その当事者ではない

最後に、他人の債権を使う場面です。A卸会社の貸金500万円が、時効にかかった、とします。A卸会社は、この債権を、第三者Cに譲渡しました。Cは、B小売チェーンに対して、別の債務を負っています。支払の債務、200万円です。Cは、譲り受けた時効にかかった債権を自働債権にして、この債務と相殺できるでしょうか。最高裁が判断したのは、すでに時効にかかったあとで、譲り受けた場合です。許されない、と言っています。時効にかかる前に譲り受けた場合までは、判断していません。判決の1文を読みます。

判例最判昭36・4・14 民集15巻4号765頁

消滅時効にかかった他人の債権を譲り受けて自働債権とする相殺を許さないとした判決 既に消滅時効にかかつた他人の債権を譲り受け、これを自働債権として相殺することは、民法五〇六条、五〇八条の法意に照らし許されないものと解するのが相当である。

判決は、法意に照らし、と言うだけで、理由を細かくは書いていません。なぜそうなるのかは、508条の趣旨から考えます。508条は、相殺への期待を守る規定です。守られるのは、向き合った債権をもっていて、もう清算済みだ、と信頼していた当事者です。すでに時効にかかった債権を、他人から譲り受けた人には、その信頼の前提がありません。期待が、そもそもありません。整理します。508条が守るのは、時効が完成する前に、相殺適状にあった当事者の期待です。Cの手元で、貸金とCの債務が向き合ったのは、Cが譲り受けた時です。設例では、それは時効が完成したあとです。完成の前に向き合った時が一度もないので、Cは、その当事者ではありません。

冒頭の答えとまとめ

まとめ。①自働債権は弁済期が必要(履行を強制するのと同じ・相手の期限の利益を奪えない)/受働債権は期限の利益を放棄すれば可(136条2項・相殺の意思表示で足りる)②「相殺適状にあった」というには受働債権の弁済期が現実に到来していること=放棄できるだけでは足りない③自働債権に相手の抗弁権(同時履行・催告・検索)が付いていると不可/受働債権側の抗弁権は自分のもの=可④508条=時効で消滅した債権でも、消滅以前に相殺適状にあれば相殺できる(趣旨=相殺への期待の保護)⑤「消滅」=時効の完成=完成前に相殺適状。完成後に放棄しても508条は使えない⑥時効にかかった他人の債権を譲り受けての相殺は不可(期待がない)。 図:まとめ

  • ①自働債権は弁済期が必要(履行を強制するのと同じ・相手の期限の利益を奪えない)/受働債権は期限の利益を放棄すれば可(136条2項・相殺の意思表示で足りる)②「相殺適状にあった」というには受働債権の弁済期が現実に到来していること=放棄できるだけでは足りない③自働債権に相手の抗弁権(同時履行・催告・検索)が付いていると不可/受働債権側の抗弁権は自分のもの=可④508条=時効で消滅した債権でも、消滅以前に相殺適状にあれば相殺できる(趣旨=相殺への期待の保護)⑤「消滅」=時効の完成=完成前に相殺適状
  • 完成後に放棄しても508条は使えない⑥時効にかかった他人の債権を譲り受けての相殺は不可(期待がない)

冒頭の答えです。5年前の貸金は、時効が完成しています。その貸金で、B小売チェーンの代金請求と、相殺できるでしょうか。できる場合と、できない場合があります。時効が完成する前に、相手の債権も払う時期が来ていて、向き合っていたなら、508条によって、相殺できます。放棄して、現実に弁済期を来させていた場合も、同じです。完成したあとで、初めて向き合ったなら、相殺できません。整理します。1つめ。自働債権は、弁済期が必要です。履行を強制するのと同じで、相手の期限の利益を奪えないからです。受働債権は、期限の利益を放棄すれば相殺できます。相殺の意思表示で足ります。2つめ。相殺適状にあった、と言うには、受働債権の弁済期が、現実に来ていることが要ります。放棄できるだけでは足りません。3つめ。自働債権に、相手の抗弁権、つまり、同時履行、催告、検索の抗弁権が付いていると、相殺できません。受働債権側の抗弁権は、自分のものなので、相殺できます。4つめ。508条は、時効で消滅した債権でも、消滅以前に相殺適状にあれば、相殺を認めます。趣旨は、相殺への期待を守ることです。それから、5つめ。消滅とは、時効の完成です。完成の前に、相殺適状にあったことが要ります。完成のあとに放棄しても、508条は使えません。6つめ。時効にかかった他人の債権を、譲り受けて相殺することは、できません。期待がないからです。508条の消滅の意義と、受働債権の弁済期は、論文で論点になりうる部分です。次は、さらに、相殺が禁じられる場面を見ます。

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#186単独ページ動画

相殺禁止(509条・510条・特約)

第4章 債権総論 #186/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

殴ってけがをさせた相手への貸金と、治療費を相殺できるか

冒頭の関係図。Aさんは、Bさんに60万円を貸している(返す日は過ぎたが返さない)。腹を立てたAさんがBさんを殴り、Bさんは治療費12万円のけがを負った。BさんがAさんに治療費12万円の賠償を請求。Aさんが相殺する側。貸金60万円=自働債権、賠償12万円=受働債権。下段=相殺できれば12万円は現金で払わず貸金は残り48万円/できなければ12万円を現金で払い貸金60万円はそのまま。 図:冒頭の関係図

  • Aさんは、Bさんに60万円を貸している(返す日は過ぎたが返さない)
  • 腹を立てたAさんがBさんを殴り、Bさんは治療費12万円のけがを負った
  • BさんがAさんに治療費12万円の賠償を請求
  • Aさんが相殺する側
  • 貸金60万円=自働債権、賠償12万円=受働債権
  • 下段=相殺できれば12万円は現金で払わず貸金は残り48万円/できなければ12万円を現金で払い貸金60万円はそのまま

Aさんは、Bさんに60万円を貸していました。返す約束の日は過ぎているのに、Bさんは返してくれません。腹を立てたAさんは、Bさんを殴ってしまい、Bさんは治療費が12万円かかるけがをしました。今日の設例です。貸した側がAさんで、殴ったので加害者でもあります。借りた側がBさんで、被害者です。Bさんは、Aさんに、治療費として12万円の賠償を求めてきました。相殺をする側はAさんです。貸金60万円が、Aさんの自働債権です。Bさんの12万円の賠償請求が、Aさんから見た受働債権です。先に答えを言います。加害者のAさんからは、相殺できません。被害者のBさんからなら、相殺できます。この向きの違いが、今日の主題です。数字で見ておきます。もしAさんが相殺できれば、12万円は現金で払わずに済み、貸金は残り48万円になります。相殺できないなら、Aさんは、12万円を現金で払い、60万円の貸金はそのまま残ります。前に見た担保的機能、つまり、相手が払えなくなっても先に回収できる働きが、ここでは使えなくなる場面です。なぜ禁じられるのか。条文を順に見ます。

相殺禁止の特約は、悪意・重過失の第三者にだけ対抗できる

505条2項。当事者は相殺を禁止・制限する意思表示(相殺禁止特約・相殺制限特約)ができる。当事者のあいだでは特約に反する相殺はできない。第三者に対抗できるのは、第三者が特約を知っていた(悪意)か、知らないことに重大な過失があったときに限る。善意・無重過失の第三者には対抗できない。対抗できる=特約を主張できる=相殺できない/対抗できない=相殺できる。 図:505条2項

  • 当事者は相殺を禁止・制限する意思表示(相殺禁止特約・相殺制限特約)ができる
  • 当事者のあいだでは特約に反する相殺はできない
  • 第三者に対抗できるのは、第三者が特約を知っていた(悪意)か、知らないことに重大な過失があったときに限る
  • 善意・無重過失の第三者には対抗できない
  • 対抗できる=特約を主張できる=相殺できない/対抗できない=相殺できる

以前、譲渡制限特約を見ました。思い出してください。特約があっても、債権の譲渡そのものは有効でした。では、債務者が履行を拒めるのは、どんな譲受人に対してだったでしょうか?特約を知っていた譲受人と、知らないことに重大な過失があった譲受人です。これと同じ形が、相殺にもあります。条文を読みます。

条文民法505条2項

民法第505条2項 2 前項の規定にかかわらず、当事者が相殺を禁止し、又は制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、又は重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。

意味を、順に言います。当事者は、相殺を禁止したり、制限したりする約束をしてよいのです。相殺禁止特約、相殺制限特約と呼びます。当事者のあいだでは、約束に反する相殺はできません。問題は、第三者です。特約を知りようがない第三者にまで、約束を押しつけると、取引の安全を損ないます。そこで、条文は、特約を持ち出せる相手を、限りました。第三者が、特約を知っていた、つまり悪意か、知らないことに重大な過失があった、つまり重過失のときに限ります。善意で、重過失もない第三者には、対抗できません。特約を、その第三者に向かって主張できる、という意味です。主張できるなら、相殺はできません。主張できないなら、相殺できます。この読み替えで、設例を見ましょう。A卸会社とB小売チェーンは、取引の基本契約で、互いの債権は、相殺には使わない、と約束しました。これが、相殺禁止特約です。A卸会社は、B小売チェーンに、貸金300万円をもっていました。A卸会社は、この貸金を、金融業者Cに売りました。債権譲渡です。ところが、Cは、B小売チェーンに、別に200万円の債務を負っています。Cは、こう言います。買った300万円の貸金を自働債権にして、自分の200万円の債務と相殺する、と。

設例の関係図。A卸会社=A・B小売チェーン=B・金融業者=C。A↔B=互いの債権は相殺に使わない(特約)。A→C=貸金300万円を売る。C→B=別の債務200万円。Cの相殺。下に2段。Cが悪意・重過失=特約をCに対抗できる→相殺×/Cが善意・無重過失=対抗できない→相殺○(対当額200万円)。 図:設例の関係図

  • A卸会社=A・B小売チェーン=B・金融業者=C
  • A↔B=互いの債権は相殺に使わない(特約)
  • A→C=貸金300万円を売る
  • C→B=別の債務200万円
  • Cの相殺
  • 下に2段
  • Cが悪意・重過失=特約をCに対抗できる→相殺×/Cが善意・無重過失=対抗できない→相殺○(対当額200万円)

Cが、特約を知っていた、または、知らないことに重大な過失があったなら、B小売チェーンは、特約をCに対抗できます。Cの相殺は、できません。Cが、特約を知らず、重大な過失もなかったなら、B小売チェーンは、特約をCに対抗できません。Cの相殺は有効で、対当額である200万円が消えます。特約を知らなかったけれど、少し注意すれば気づけた、という場合はどうなるんですか。それでも、保護されるんでしょうか。保護されます。重大な過失とは、ほとんど悪意と同じ、という意味でした。たとえば、特約の書かれた基本契約書を、債権を買うときに渡されていたのに、目を通さなかった。こうした、ほんのわずかな注意も払わなかった、と言える場合が、重大な過失にあたりえます。少し注意すれば気づけた、という程度の軽い不注意なら、善意の第三者として守られます。

466条3項と505条2項の対比。特約の中身=466条3項は譲渡を禁止・制限/505条2項は相殺を禁止・制限。持ち出される相手の要件=どちらも「知り、又は重大な過失によって知らなかった」第三者。改正前の505条2項=条文は「善意の第三者に対抗できない」だけ。2017年の改正で466条3項と同じ形に揃えた=重大な過失も条文に明記。 図:466条3項と505条2項の対比

  • 特約の中身=466条3項は譲渡を禁止・制限/505条2項は相殺を禁止・制限
  • 持ち出される相手の要件=どちらも「知り、又は重大な過失によって知らなかった」第三者
  • 改正前の505条2項=条文は「善意の第三者に対抗できない」だけ
  • 2017年の改正で466条3項と同じ形に揃えた=重大な過失も条文に明記

譲渡制限特約の条文と、並べます。特約の中身は、片方が譲渡、もう片方が相殺で違います。ただ、特約を持ち出される相手の要件は、同じです。知り、又は重大な過失によって知らなかった者です。実は、2017年の改正の前は、505条2項は、善意の第三者に対抗できない、とだけ書いていました。重大な過失をどう扱うかは、条文からは読めませんでした。改正で、重大な過失のある第三者にも対抗できる、と条文に書き込まれ、譲渡制限特約と同じ形に揃いました。線を1本引いておきます。譲渡のあとの相殺には、別の条件があります。それは別の回で見ます。今日は、特約があるときに、第三者に対抗できるか、だけを見ました。

509条——悪意の不法行為と、人身損害の賠償債務は、加害者から相殺できない

509条の構造。柱書=次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。1号=悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務。2号=人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(前号に掲げるものを除く)。ただし書=その債権者が債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、この限りでない。読み方=受働債権が1号か2号なら、その債務者=加害者は相殺できない。2017年の改正=改正前は不法行為による賠償債務なら一律に不可→改正後は2類型に限定(過失で物を壊した程度なら今は相殺できる)。 図:509条の構造

  • 柱書=次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない
  • 1号=悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務
  • 2号=人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(前号に掲げるものを除く)
  • ただし書=その債権者が債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、この限りでない
  • 読み方=受働債権が1号か2号なら、その債務者=加害者は相殺できない
  • 2017年の改正=改正前は不法行為による賠償債務なら一律に不可→改正後は2類型に限定(過失で物を壊した程度なら今は相殺できる)

いよいよ、冒頭の問いに関わる条文です。509条です。

条文民法509条

民法第509条 次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。ただし、その債権者がその債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、この限りでない。 一 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務 二 人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(前号に掲げるものを除く。)

読み方です。柱書は、次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗できない、と言っています。債務の債務者とは、賠償をする側、つまり加害者です。受働債権が、次の2つのどちらかなら、その債務者は、相殺できません。1号は、悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務です。2号は、人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務で、前号に掲げるものを除く、とあります。ただし書は、あとで見ます。不法行為とは、わざと、または不注意で他人に損害を与えた人が、賠償の責任を負う、という制度です。中身は別の回で扱います。今日は、その一言だけ押さえてください。2017年の改正にも触れます。改正の前は、不法行為による賠償債務であれば、一律に相殺が禁じられていました。過失で物を壊した場合も、同じです。改正で、今の2つだけに絞りました。悪意のある不法行為と、人の生命・身体の侵害です。

過失で物を壊しただけなら、今の条文では、相殺できます。悪意でもなく、人身損害でもないからです。あとで、表にして、答え合わせをします。冒頭の設例に当てはめます。Aさんは、腹立ちまぎれに殴りました。悪意による不法行為にあたる、と考えられます。そして、けがの治療費は、人の身体の侵害による賠償です。どちらにしても、受働債権の債務者であるAさんは、相殺できません。

509条の趣旨——不法行為の誘発防止と、被害者に現実の給付を得させること

509条の2つの趣旨。①不法行為の誘発防止=加害者に相殺を認めると「殴って賠償債務を負っても、貸金と差し引ける」と気軽に不法行為をするおそれ→相殺を禁じて防ぐ(1号が中心)。②被害者に現実の給付を得させる=治療費など被害者には現金が要る→加害者が相殺で済ませると被害者の手元に現金が入らない→加害者に現実に払わせる(2号が中心)。冒頭の数字=Aさんが相殺すればBさんは治療費12万円を自腹で立て替えるはめになる。 図:509条の2つの趣旨

  • ①不法行為の誘発防止=加害者に相殺を認めると「殴って賠償債務を負っても、貸金と差し引ける」と気軽に不法行為をするおそれ→相殺を禁じて防ぐ(1号が中心)
  • ②被害者に現実の給付を得させる=治療費など被害者には現金が要る→加害者が相殺で済ませると被害者の手元に現金が入らない→加害者に現実に払わせる(2号が中心)
  • 冒頭の数字=Aさんが相殺すればBさんは治療費12万円を自腹で立て替えるはめになる

なぜ、相殺が禁じられるのか。趣旨は2つあります。1つめは、不法行為の誘発を防ぐことです。もし、加害者に相殺を認めたら、どうなるでしょう。貸金をもっている人は、こう考えるかもしれません。殴って賠償を負っても、どうせ貸金と差し引ける、と。相殺で済むなら、気軽に手を出せてしまいます。相殺を禁じれば、この誘発を防げます。もし加害者側からの相殺が許されるなら、Aさんは殴っても、賠償の12万円を貸金60万円から差し引くだけで済みます。返さない相手を殴っても損をしないので、取り立ての手段として暴力が使われかねません。そこで、条文は、加害者からの相殺そのものを禁じています。2つめは、被害者に、現実の給付を得させることです。治療費は、現金で必要です。加害者が、貸金と差し引いて済ませると、被害者の手元には、現金が入りません。被害者は、自腹で治療費を立て替えなければなりません。相殺を禁じて、加害者から被害者へ、現実に払わせるのです。

貸金60万円は、Aさんの権利のままです。それを取り立てたいなら、別に請求すればよいのです。治療費の12万円は、まず現金で渡す。そのうえで、貸金は別に決着をつける。これが条文の考え方です。2つの趣旨は、号ごとに、力点が違います。1号の悪意は、相殺目当てでわざと害することを防ぐので、誘発の防止が中心です。2号の人身損害は、被害者に現実の賠償を得させる必要が特に高いので、現実の給付が中心です。ただし、どちらの号でも、両方の趣旨で説明できます。

1号の「悪意」は、積極的に害する意思——故意より狭い

1号の「悪意」。規範=509条1号の悪意とは、単なる故意(結果を認識して行うこと)を超えて、積極的に害を与える意欲(害意)をいう。466条3項・505条2項の悪意=特約を知っていた/509条1号の悪意=積極的に害する意思(条文ごとに意味が違う)。整理表=縦は加害の態様(過失/故意だが害意なし/悪意)、横は損害(物損/人身損害)。物損=過失○・故意(害意なし)○・悪意×(1号)。人身損害=過失×(2号)・故意(害意なし)×(2号)・悪意×(1号)。○=相殺できる/×=できない。 図:1号の「悪意」

  • 規範=509条1号の悪意とは、単なる故意(結果を認識して行うこと)を超えて、積極的に害を与える意欲(害意)をいう
  • 466条3項・505条2項の悪意=特約を知っていた/509条1号の悪意=積極的に害する意思(条文ごとに意味が違う)
  • 整理表=縦は加害の態様(過失/故意だが害意なし/悪意)、横は損害(物損/人身損害)
  • 物損=過失○・故意(害意なし)○・悪意×(1号)
  • 人身損害=過失×(2号)・故意(害意なし)×(2号)・悪意×(1号)
  • ○=相殺できる/×=できない

1号の悪意を、掘り下げます。ここは、論文で論点になりうる部分です。規範を言います。509条1号の悪意とは、単なる故意、つまり結果を分かっていてわざと行うことを超えて、積極的に害を与える意欲、つまり害意をいいます。通常の意味の、知っていること、という悪意とは異なります。同じ悪意という字でも、条文ごとに意味が違います。505条2項と466条3項の悪意は、特約を知っていた、という意味です。509条1号の悪意は、積極的に害する意思です。試験で、引っかけに使われる点です。なぜ、1号の悪意だけ、狭いんでしょうか。1号の目的が、誘発の防止だからです。誘発が心配なのは、相殺で済ませたいから、わざと害する、という場合です。つまり、積極的な害意がある場合だけです。うっかりは、わざとではないので、誘発のしようがありません。故意があっても、害したい意欲まではない場合に、一律に禁じると広すぎます。しかも、人身損害であれば、2号が別に拾います。3つの場合で、確かめます。AさんがBさんに腹いせをして、Bさんの大事な腕時計を、叩き割りました。物損で、わざとで、害する意欲があります。1号にあたり、相殺できません。次に、故意はあるけれど、害意がない場合です。近道のために、他人の畑を横切って、作物を踏み荒らしました。結果は分かっていましたが、害したいわけではありません。1号にあたりません。物損なので、2号も関係なく、相殺できます。

最後に、過失です。うっかり、Bさんの腕時計を踏んで壊しました。相殺できます。表にまとめます。物損なら、過失と、害意のない故意は、相殺できます。害意のある悪意だけが、1号で相殺できません。人身損害なら、過失でも、害意のない故意でも、2号で相殺できません。悪意は、1号で相殺できません。なお、1号は、不法行為だけを対象にします。債務不履行は、悪意があっても、1号にはあたりません。債務不履行で相殺が禁じられるのは、2号、つまり人身損害の場合だけです。

2号——人身損害の賠償債務は、故意・過失を問わず。債務不履行も含む

2号。条文=相手の生命・身体を傷つけたことで負う賠償の債務が受働債権なら、悪意(害意)が無くても、過失でも、相殺できない。不法行為に限らず、債務不履行(415条)による賠償債務も含む。設例1=うっかり自転車でBさんにぶつけてけがをさせたAさん(過失)。貸金60万円で治療費12万円の賠償債務を相殺→できない。設例2=A卸会社が、安全配慮義務を怠って従業員にけがをさせた。従業員に貸付金があっても、賠償債務を相殺→できない。1号と2号の使い分け=不法行為+悪意→1号(物損でも人身でも)/人身損害(不法行為でも債務不履行でも・悪意でなくても)→2号/物損+悪意なし→どちらでもない=相殺できる。 図:2号

  • 条文=相手の生命・身体を傷つけたことで負う賠償の債務が受働債権なら、悪意(害意)が無くても、過失でも、相殺できない
  • 不法行為に限らず、債務不履行(415条)による賠償債務も含む
  • 設例1=うっかり自転車でBさんにぶつけてけがをさせたAさん(過失)
  • 貸金60万円で治療費12万円の賠償債務を相殺→できない
  • 設例2=A卸会社が、安全配慮義務を怠って従業員にけがをさせた
  • 従業員に貸付金があっても、賠償債務を相殺→できない
  • 1号と2号の使い分け=不法行為+悪意→1号(物損でも人身でも)/人身損害(不法行為でも債務不履行でも・悪意でなくても)→2号/物損+悪意なし→どちらでもない=相殺できる

以前、安全配慮義務を見ました。債務不履行の1つでした。その義務に違反した場合、債務不履行の損害賠償を請求できる、という話でした。2号は、これとつながります。2号の中身です。相手の生命や身体を傷つけたことで負う賠償の債務が受働債権なら、悪意が無くても、過失でも、相殺は禁じられます。そして、不法行為に限りません。債務不履行による賠償債務も含みます。設例を2つ置きます。1つめ。Aさんが、前をよく見ずに自転車を走らせ、歩いていたBさんにぶつけて、けがをさせました。過失です。AさんはBさんに、貸金60万円をもっています。Bさんの治療費12万円の賠償債務を、貸金で相殺できるでしょうか。

1号にはあたりません。ただ、人の身体の侵害による賠償債務なので、2号にあたり、相殺できません。2つめは、債務不履行です。A卸会社が、安全配慮義務を怠って、自社の倉庫で働く従業員に、けがをさせました。A卸会社は、この従業員に、貸付金をもっています。従業員の賠償請求を、貸付金で相殺できるでしょうか。債務不履行による人身損害の賠償債務なので、2号にあたり、相殺できません。不法行為だけでなく、債務不履行も入る、という点が、2号の特徴です。なぜ、原因を問わないのか。治療費が現金で要るのは、けがの原因が、殴られたことでも、職場の安全配慮義務違反でも、同じだからです。2号は、加害の態様ではなく、生命・身体という被害の重さで、線を引いた条文なのです。賠償の中身は、治療費がその典型です。身体への侵害から生じた損害の賠償債務が、広く2号にあたります。1号と2号の関係を、条文で読みます。2号の末尾に、前号に掲げるものを除く、とあります。悪意の不法行為なら、1号が先にあたります。2号は、悪意ではない人身損害を受け止める条文です。結論は、どちらも相殺できません。ただ、条文の入口が違います。使い分けをまとめます。不法行為で、悪意なら、物損でも人身損害でも、1号です。人身損害なら、不法行為でも債務不履行でも、悪意でなくても、2号です。物損で、悪意がなければ、どちらでもなく、相殺できます。

509条ただし書——被害者から譲り受けた債権者に対してなら、加害者も相殺できる

509条ただし書。条文=その債権者が、その債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、509条の相殺禁止は適用されない。設例=Bさんが、Aさんへの治療費の賠償債権12万円をCさん(知人)に譲渡(Bさんは対価で現金を得ている)。Cさんは、Aさんから別に25万円を借りている。Aさんは、Cさんへの貸金25万円で、Cさんが譲り受けた賠償債権12万円と相殺できる(対当額12万円)。理由=①現実の給付を受けさせる相手は被害者本人。Cさんは被害者ではない②Aさんが相殺しても不法行為の誘発の心配はない=条文の趣旨が当てはまらない。 図:509条ただし書

  • 条文=その債権者が、その債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、509条の相殺禁止は適用されない
  • 設例=Bさんが、Aさんへの治療費の賠償債権12万円をCさん(知人)に譲渡(Bさんは対価で現金を得ている)
  • Cさんは、Aさんから別に25万円を借りている
  • Aさんは、Cさんへの貸金25万円で、Cさんが譲り受けた賠償債権12万円と相殺できる(対当額12万円)
  • 理由=①現実の給付を受けさせる相手は被害者本人
  • Cさんは被害者ではない②Aさんが相殺しても不法行為の誘発の心配はない=条文の趣旨が当てはまらない

条文のただし書です。その債権者が、その債務に係る債権を、他人から譲り受けたときは、この限りでない。つまり、譲り受けた債権者に対しては、509条の相殺禁止は、適用されません。設例です。冒頭のBさんが、Aさんに対する、治療費12万円の賠償債権を、知人のCさんに譲渡しました。Bさんは、譲渡の対価として、すでに現金を受け取っています。一方、Cさんは、Aさんから、別に25万円を借りています。Aさんは、Cさんへのこの貸金で、Cさんが譲り受けた賠償債権と相殺できるでしょうか。できます。理由は2つです。1つめ。現実の給付を受けさせる相手は、被害者本人です。賠償債権を今もっているCさんは、被害者ではありません。被害者のBさんは、譲渡の対価で、すでに現金を得ています。2つめ。賠償債権を誰かに譲るかどうかは、Bさんがあとから決めることで、Aさんには決められません。殴る時点のAさんには、貸金と差し引ける、という見込みが立たないのです。だから、ここで相殺を認めても、不法行為の誘発にはつながりません。つまり、条文の2つの趣旨が、どちらも当てはまらないのです。前回の、時効にかかった債権の譲受人と、取り違えないでください。あちらは、譲受人が、譲り受けた債権を自働債権にして、自分から相殺しようとして、許されませんでした。こちらは、譲り受けた賠償債権が受働債権の側に回り、相殺するのは加害者のAさんです。譲受人の立つ向きが逆なので、2つの結論はぶつかりません。

被害者の側からの相殺はできる

被害者の側からの相殺。509条が禁じるのは、賠償債務を受働債権とする加害者の相殺。被害者が自分の賠償債権を自働債権にして相殺するのは禁じていない。設例(冒頭の続き)=Bさんが、治療費の賠償債権12万円(自働債権)で、Aさんから借りた貸金債務60万円(受働債権)と相殺→できる(対当額12万円・Bさんの借金は残り48万円)。理由=509条は被害者を守る規定→被害者が望むなら現実の給付を放棄してよい。合意による相殺(相殺契約)なら加害者側からでもできる。 図:被害者の側からの相殺

  • 509条が禁じるのは、賠償債務を受働債権とする加害者の相殺
  • 被害者が自分の賠償債権を自働債権にして相殺するのは禁じていない
  • 設例(冒頭の続き)=Bさんが、治療費の賠償債権12万円(自働債権)で、Aさんから借りた貸金債務60万円(受働債権)と相殺→できる(対当額12万円・Bさんの借金は残り48万円)
  • 理由=509条は被害者を守る規定→被害者が望むなら現実の給付を放棄してよい
  • 合意による相殺(相殺契約)なら加害者側からでもできる

冒頭の答えのもう半分です。被害者のBさんの側から、貸金と相殺したい、と言い出したら、どうなるでしょうか。できます。509条が禁じているのは、賠償の債務を負う側、つまり加害者が、その債務を受働債権にする相殺です。被害者が、自分の賠償債権を自働債権にして相殺することは、禁じていません。設例です。Bさんは、治療費12万円の賠償債権を自働債権にして、Aさんから借りた貸金60万円の債務を、受働債権として、相殺します。対当額の12万円が消えて、Bさんの借金は、残り48万円になります。理由は、509条が被害者を守る規定だからです。守られる被害者が、自分から相殺を望むなら、現実の給付を受ける利益を、手放してよいのです。保護の対象が望むことを、禁じる理由はありません。最高裁の判決も、同じ方向です。先に断っておきます。この判決は、2017年の改正の前の、509条についての事案です。ただ、509条が禁じるのは、賠償債務を受働債権とする相殺だ、という条文の作りは、今の509条も同じです。ですから、被害者の側からの相殺はできる、という点は、今の条文でも同じです。判決の1文を読みます。

判例最判昭42・11・30 民集21巻9号2477頁

509条は、被害者が損害賠償債権を自働債権として相殺することまでは禁止しないとした判決 民法五〇九条は、不法行為の被害者をして現実の弁済により損害の填補をうけしめるとともに、不法行爲の誘発を防止することを目的とするものであるから、不法行爲に基づく損害賠償債権を自働債権とし不法行爲による損害賠償債権以外の債権を受働債権として相殺をすることまでも禁止する趣旨ではないと解するのを相当する。

読み方です。この判決は、条文の趣旨を、現実の弁済で損害を埋め合わせさせることと、誘発を防ぐこと、と見ています。さっき見た2つの趣旨と同じです。そのうえで、賠償の債権を自働債権にして、賠償以外の債権を受働債権にして相殺することまでは、禁じる趣旨ではない、と言っています。設例で言えば、Bさんが、賠償債権で、自分の借金と相殺することです。なお、加害者と被害者が、合意して相殺する場合は、別です。以前見た相殺契約、つまり合意による相殺なら、加害者の側からでもできます。被害者が納得しているからです。509条が止めるのは、加害者の一方的な意思表示による相殺です。型を、覚えておいてください。加害者の側からの相殺は禁じられ、守られる側からの相殺は禁じられません。冒頭で言った、向きの違いです。この型は、510条でも出てきます。

双方がけがをした交通事故——どちらの側からも相殺できない

双方過失の交通事故。設例=2台の自動車を運転していたDさんとEさんが、お互いの不注意で衝突し、2人ともけがをした。DさんのEさんへの賠償債権=治療費など20万円。EさんのDさんへの賠償債権=治療費など15万円(どちらも過失による人身損害)。結論=どちらの側からも相殺できない(DさんはEさんに15万円、EさんはDさんに20万円をそれぞれ現金で払う)。理由=DさんのEさんへの債務もEさんのDさんへの債務も、どちらも2号。条文は同じ事故で互いに負う場合を区別していない。反対説=相殺できるとする有力な見解(名前だけ)。物損だけなら(悪意でなければ)相殺できる=改正前は不可、2017年の改正で可。 図:双方過失の交通事故

  • 設例=2台の自動車を運転していたDさんとEさんが、お互いの不注意で衝突し、2人ともけがをした
  • DさんのEさんへの賠償債権=治療費など20万円
  • EさんのDさんへの賠償債権=治療費など15万円(どちらも過失による人身損害)
  • 結論=どちらの側からも相殺できない(DさんはEさんに15万円、EさんはDさんに20万円をそれぞれ現金で払う)
  • 理由=DさんのEさんへの債務もEさんのDさんへの債務も、どちらも2号
  • 条文は同じ事故で互いに負う場合を区別していない
  • 反対説=相殺できるとする有力な見解(名前だけ)
  • 物損だけなら(悪意でなければ)相殺できる=改正前は不可、2017年の改正で可

実際の試験で、よく問われる場面です。ここも、論文で論点になりうる部分です。設例です。2台の自動車の運転者を、DさんとEさんとします。2人が、お互いの不注意で衝突して、2人ともけがをしました。DさんはEさんに、治療費などの20万円の賠償債権をもちます。EさんはDさんに、治療費などの15万円の賠償債権をもちます。どちらも、過失による人身損害です。お互いの債務を差し引いて、差額の5万円だけ払う、という処理は、できるでしょうか?条文と通説の結論は、できない、です。DさんのEさんへの債務も、EさんのDさんへの債務も、どちらも2号、つまり人身損害の賠償債務です。それぞれの債務者に、509条がかかります。ですから、どちらの側からも、相殺できません。Dさんは、Eさんに現金で15万円を払い、Eさんは、Dさんに現金で20万円を払います。理由は、2号が、過失でも、人身損害の賠償債務を受働債権とする相殺を、禁じているからです。同じ事故で、互いに債務を負う場合でも、条文は区別していません。それぞれの被害者に、現実の給付を得させる必要があるのです。反対の見解も、あります。同時に現金を払い合うなら、差し引いても被害者は困らず、誘発のおそれもない、として、相殺できるとする有力な見解です。ただ、答案でも短答でも、条文どおり、相殺できない、と書きます。

物損だけで、悪意でもなければ、今は相殺できます。双方が、過失で、お互いの車を壊しただけなら、相殺できます。改正の前は、同じ事故の物損でも、相殺は許されませんでした。509条が、不法行為の賠償債務を、一律に禁じていたからです。2017年の改正で、物損は、悪意でなければ相殺できるようになりました。ここは、実定法の変化として、押さえてください。少し、組み合わせも見ます。Dさんはけがをして、Eさんは車の損害だけ、という事故です。EさんのDさんへの債務は、人身損害の賠償債務なので、2号にあたり、Eさんは相殺できません。一方、DさんのEさんへの債務は、物損で悪意もないので、Dさんは相殺できます。Dさんは、自分の人身損害の賠償債権を自働債権にできるからです。被害者の側からの相殺は、禁じられていません。名前が似ているので、念のため言います。賠償の額を減らす、過失相殺という制度があります。以前見ました。それは、相殺ではありません。今日の相殺は、債権どうしを差し引く話です。不法行為の過失相殺の中身は、別の回で扱います。

510条——差押えを禁じられた債権を受働債権とする相殺の禁止

510条。債権が差押えを禁じたものであるとき、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗できない。差押禁止債権=生活に必要不可欠として法律が差押えを禁じた債権(給料の4分の3・生活保護の保護金品を受ける権利・年金など)。趣旨=生活の糧は現実に渡す(509条2号と同じ発想)。設例=A卸会社が従業員に貸金40万円。従業員の手取り月給30万円(A卸会社の債務)。給料債務を受働債権にして相殺→差押えが禁じられた部分(4分の3=22万5千円)は相殺できない。保護される側(従業員)からの相殺は禁じられない。510条(差押えを禁じた種類の債権)と511条(現に差押えを受けた債権)は別=511条は次回。 図:510条

  • 債権が差押えを禁じたものであるとき、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗できない
  • 差押禁止債権=生活に必要不可欠として法律が差押えを禁じた債権(給料の4分の3・生活保護の保護金品を受ける権利・年金など)
  • 趣旨=生活の糧は現実に渡す(509条2号と同じ発想)
  • 設例=A卸会社が従業員に貸金40万円
  • 従業員の手取り月給30万円(A卸会社の債務)
  • 給料債務を受働債権にして相殺→差押えが禁じられた部分(4分の3=22万5千円)は相殺できない
  • 保護される側(従業員)からの相殺は禁じられない
  • 510条(差押えを禁じた種類の債権)と511条(現に差押えを受けた債権)は別=511条は次回

最後の法律の規定、510条です。

条文民法510条

民法第510条 債権が差押えを禁じたものであるときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。

差押禁止債権とは、本人の暮らしを支えるお金だから手元に残させよう、として、法律が差押えを禁じた債権です。たとえば、給料の4分の3、生活保護の保護金品を受ける権利、年金などです。給料の4分の3は、民事執行法152条1項に規定があります。

条文民事執行法152条1項

民事執行法第152条1項 次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。 一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権 二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権

趣旨は、509条の2号と同じ発想です。生活の糧は、現実に渡す。法律は、給料の4分の3などについて、債権者が裁判所を通して取り立てることさえ禁じて、本人の手元に残るようにしました。ところが、相殺を許すと、給料を払う会社は、裁判所を通さずに、自分の貸金をその給料と差し引いて、回収できてしまいます。それでは、差押えを禁じた意味がありません。設例です。A卸会社が、従業員に、貸金40万円をもっています。従業員の手取りの月給は30万円で、これは、A卸会社が従業員に払う債務です。A卸会社が、この給料の債務を受働債権にして、貸金と相殺しようとしました。できるでしょうか?

給料の4分の3は差し押さえられないのだから、その部分は、できないはずです。30万円の4分の3は、22万5千円です。この部分を受働債権とする相殺は、510条により、できません。残りの7万5千円は、相殺の対象になりえます。なお、4分の3の額が、政令の定める上限を超える高額の給料には、別の上限がありますが、この設例の金額では関係しません。また、給料については、労働基準法にも、賃金は全額を払え、という原則があり、会社の側からの相殺は、そちらでも制限されます。ここでは、民法の510条だけを見ます。509条と同じ型も、あります。保護される側、つまり給料を受ける従業員の側が、自分の給料債権を自働債権にして相殺するのは、510条は禁じていません。最後に、取り違えやすい条文を、1つ。次の511条は、差押えを受けた債権についての条文です。510条は、そもそも差押えが禁じられている種類の債権です。511条は、現に差押えを受けた債権です。名前は似ていますが、別です。

相殺禁止の一覧表

相殺禁止の一覧表。出どころ別。①債務の性質(505条1項ただし書=実際に行わないと意味がない債務・抗弁権付きの自働債権=前回までに見た)②当事者の約束(505条2項=特約。第三者には悪意・重過失のときに限り対抗できる/相殺できないのは特約の当事者・悪意重過失の第三者/例外=善意・無重過失の第三者)③法律の規定=509条1号(悪意による不法行為の賠償債務)・509条2号(人の生命・身体の侵害による賠償債務・債務不履行を含む)→相殺できないのは加害者(賠償債務の債務者)/例外=債権を他人から譲り受けた債権者に対しては加害者も可・被害者側からの相殺は可/510条(差押禁止債権)→相殺できないのは差押禁止債権の債務者/例外=保護される側からの相殺は可。差押えを受けた債権(511条)は次回。 図:相殺禁止の一覧表

  • 出どころ別
  • ①債務の性質(505条1項ただし書=実際に行わないと意味がない債務・抗弁権付きの自働債権=前回までに見た)②当事者の約束(505条2項=特約。第三者には悪意・重過失のときに限り対抗できる/相殺できないのは特約の当事者・悪意重過失の第三者/例外=善意・無重過失の第三者)③法律の規定=509条1号(悪意による不法行為の賠償債務)・509条2号(人の生命・身体の侵害による賠償債務・債務不履行を含む)→相殺できないのは加害者(賠償債務の債務者)/例外=債権を他人から譲り受けた債権者に対しては加害者も可・被害者側からの相殺は可/510条(差押禁止債権)→相殺できないのは差押禁止債権の債務者/例外=保護される側からの相殺は可
  • 差押えを受けた債権(511条)は次回

全体を、表で整理します。出どころ別に見ます。1つめ、債務の性質です。実際に行わないと意味がない債務と、抗弁権の付いた自働債権です。前回までに見ました。2つめ、当事者の約束、505条2項です。特約の当事者のあいだでは相殺できません。第三者に対しては、悪意か重過失のときに限って、対抗できます。例外は、善意で重過失のない第三者です。3つめ、法律の規定です。509条1号は、悪意による不法行為の賠償債務、2号は、人の生命・身体の侵害による賠償債務で、債務不履行も含みます。相殺できないのは、賠償債務の債務者、つまり加害者です。例外は、賠償債権が他人に譲られたときで、その譲受人に対してなら、加害者も相殺できます。また、被害者の側からの相殺は禁じられていません。510条は、差押禁止債権です。相殺できないのは、その債務者です。保護される側からの相殺は、禁じられていません。

冒頭の答えとまとめ

まとめ。①相殺禁止の出どころ=性質・約束・法律②505条2項=特約は第三者には悪意・重過失のときに限り対抗できる(466条3項と同じ形・改正で重過失を追加)③509条=受働債権が①悪意による不法行為②人身損害(前号を除く)なら加害者から相殺できない。改正で不法行為一般から限定④趣旨=誘発防止・現実の給付。悪意=積極的害意(故意より狭い)。2号は債務不履行も含み、悪意不要⑤ただし書=譲り受けた債権者に対しては加害者も可・被害者側からの相殺は可⑥双方がけがをした事故=どちらからも不可。物損だけなら相殺可⑦510条=差押禁止債権(生活の糧)。511条とは別。 図:まとめ

  • ①相殺禁止の出どころ=性質・約束・法律②505条2項=特約は第三者には悪意・重過失のときに限り対抗できる(466条3項と同じ形・改正で重過失を追加)③509条=受働債権が①悪意による不法行為②人身損害(前号を除く)なら加害者から相殺できない
  • 改正で不法行為一般から限定④趣旨=誘発防止・現実の給付
  • 悪意=積極的害意(故意より狭い)
  • 2号は債務不履行も含み、悪意不要⑤ただし書=譲り受けた債権者に対しては加害者も可・被害者側からの相殺は可⑥双方がけがをした事故=どちらからも不可
  • 物損だけなら相殺可⑦510条=差押禁止債権(生活の糧)
  • 511条とは別

冒頭の答えです。貸したお金を返さない相手を殴って、けがをさせました。治療費の請求と貸金を、相殺できるでしょうか。加害者のAさんからは、相殺できません。Aさんが腹いせに殴ったなら、悪意による不法行為で、1号にあたります。人身損害でもありますが、2号は前号を除くので、1号が先に当たります。悪意がなくても、身体の侵害なので、2号で、結論は変わりません。Aさんは、12万円を現金で払います。一方、被害者のBさんからなら、相殺できます。借金の60万円から、12万円を差し引けます。整理します。1つめ。相殺禁止の出どころは、性質、約束、法律の3つです。2つめ。505条2項、特約は、第三者に、悪意か重過失のときに限り、対抗できます。466条3項と同じ形で、改正で重過失が加わりました。3つめ。509条は、受働債権が、悪意による不法行為の賠償債務か、人身損害の賠償債務なら、加害者から相殺できない、という規定です。改正で、不法行為一般から、この2つに限られました。4つめ。趣旨は、誘発の防止と、現実の給付です。1号の悪意は、積極的に害する意思で、故意より狭い意味です。2号は、債務不履行も含み、悪意は要りません。5つめ。ただし書で、賠償債権を譲り受けた債権者に対してなら、加害者も相殺できます。被害者の側からの相殺も、できます。6つめ。双方がけがをした事故は、どちらの側からも、相殺できません。物損だけなら、悪意でなければ、相殺できます。7つめ。510条は、差押禁止債権、つまり生活の糧です。511条とは別です。

次は、差押えと相殺を見ます。

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#187単独ページ動画

差押えと相殺(511条)

第4章 債権総論 #187/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

預金を税務署に差し押さえられた。銀行は貸金と相殺できるか

冒頭の関係図。B小売チェーンは銀行に定期預金500万円(満期12月20日)を預け、同じ銀行から600万円を借りている。税金の滞納で、税務署が10月5日に預金を差し押さえた(差押通知書が銀行に届いた日)。銀行は貸金600万円と預金500万円を相殺したい。税務署は「預金は税務署に払え」。下段=相殺できれば預金は消え貸金は残り100万円/できなければ預金500万円は税務署へ。 図:冒頭の関係図

  • B小売チェーンは銀行に定期預金500万円(満期12月20日)を預け、同じ銀行から600万円を借りている
  • 税金の滞納で、税務署が10月5日に預金を差し押さえた(差押通知書が銀行に届いた日)
  • 銀行は貸金600万円と預金500万円を相殺したい
  • 税務署は「預金は税務署に払え」
  • 下段=相殺できれば預金は消え貸金は残り100万円/できなければ預金500万円は税務署へ

B小売チェーンは、銀行に、定期預金を500万円預けています。満期は12月20日です。同じ銀行から、600万円を借りてもいます。ところが、税金を滞納したので、10月5日に、税務署が、この預金を差し押さえました。設例です。預金を預かっている銀行は、第三債務者と呼ばれます。差し押さえられた債権の債務者、という意味です。差し押さえた税務署は、差押債権者です。銀行は、こう言いたいんです。貸金600万円と預金500万円を相殺する、だから税務署には払わない、と。税務署は、差し押さえたのだから預金は税務署に払え、と言います。どちらが勝つのか。先に結論を言います。差押えの前に貸していたなら、銀行が勝てます。貸金の返済期限が、預金の満期より後でも、結論は変わりません。ただし、勝つには条件があります。それを、今日、順に見ます。数字を見ておきます。相殺できれば、預金500万円は消えて、貸金は残り100万円になります。税務署は、預金から1円も取れません。相殺できなければ、銀行は預金500万円を税務署に払い、貸金600万円は、そのまま残ります。

差押えの効力——第三債務者の相殺は、当然には禁じられない

差押えの効力。差押えの効力が生じる時=差押命令(税務署なら債権差押通知書)が第三債務者に送達された時(民事執行法145条5項・国税徴収法62条3項)。差押え後=債務者は取立てその他の処分を禁止(民事執行法145条1項・国税徴収法62条2項)/第三債務者は債務者に弁済してはいけない(481条)/取り立てる権限は差押債権者(国税徴収法67条1項)。問い=では、銀行が自分から持ち出す相殺も禁じられるのか。 図:差押えの効力

  • 差押えの効力が生じる時=差押命令(税務署なら債権差押通知書)が第三債務者に送達された時(民事執行法145条5項・国税徴収法62条3項)
  • 差押え後=債務者は取立てその他の処分を禁止(民事執行法145条1項・国税徴収法62条2項)/第三債務者は債務者に弁済してはいけない(481条)/取り立てる権限は差押債権者(国税徴収法67条1項)
  • 問い=では、銀行が自分から持ち出す相殺も禁じられるのか

まず、差押えとは何かを確かめます。債権者が、債務者の債権を押さえて、債務者が勝手に払わせたり、取り立てたりできなくする手続です。以前の回で見たとおり、効力が生じるのは、差押命令が、第三債務者に送達された時でした。民事執行法145条5項です。税務署の差押えも同じ形で、債権差押通知書が第三債務者に届いた時に効力が生じます。国税徴収法62条3項です。設例では、10月5日が、その日です。差押えの後は、どうなるか。債務者であるB小売チェーンは、預金を引き出すなど、債権の処分を禁じられます。第三債務者の銀行は、B小売チェーンに払ってはいけません。払っても、差押債権者には通用しないのでした。481条で見たとおりです。そして、取り立てる権限は、税務署にあります。税務署は、国税徴収法67条1項で、差し押さえた債権を取り立てられます。

差押えを受けた銀行は、相殺もできなくなるのか。ここが、今日の出発点です。差押えは、債務者の財産を押さえる手続でした。禁じられるのは、債務者の側の処分です。では、銀行が、自分の貸金を持ち出して、自分の意思でする相殺は、どうでしょうか。#184で読んだ判決の続きに、答えがあります。先に、言葉を2つ断っておきます。カードの中の、民訴法598条1項は、当時の民事訴訟法の条文です。今の民事執行法145条1項にあたります。差押えを受けた側、つまり債務者に、取立てなどを禁じる規定です。もう1つ、相殺契約とは、合意による相殺のことです。

判例最大判昭45・6・24 民集24巻6号587頁

差押えを受けた債権と、第三債務者の相殺権 およそ、債権が差し押えられた場合においては、差押を受けた者は、被差押債権の処分、ことにその取立をすることを禁止され(民訴法五九八条一項後段)、その結果として、第三債務者もまた、債務者に対して弁済することを禁止され(同項前段、民法四八一条一項)、かつ債務者との間に債務の消滅またはその内容の変更を目的とする契約、すなわち、代物弁済、更改、相殺契約、債権額の減少、弁済期の延期等の約定などをすることが許されなくなるけれども、これは、債務者の権能が差押によつて制限されることから生ずるいわば反射的効果に過ぎないのであつて、第三債務者としては、右制約に反しないかぎり、債務者に対するあらゆる抗弁をもつて差押債権者に対抗することができるものと解すべきである。すなわち、差押は、債務者の行為に関係のない客観的事実または第三債務者のみの行為により、その債権が消滅しまたはその内容が変更されることを妨げる効力を有しないのであつて、第三債務者がその一方的意思表示をもつてする相殺権の行使も、相手方の自己に対する債権が差押を受けたという一事によつて、当然に禁止されるべきいわれはないというべきである。

読み方です。差押えで、まず制限されるのは、債務者の権能です。債務者が取り立てたり処分したりできなくなる。その結果として、第三債務者が、債務者に払えなくなる。債務者との合意で、債務を消したり、変えたりすることもできなくなる。しかし判決は、これを、反射的効果にすぎない、と言います。債務者の権能が制限された、ついでの結果、という意味です。そのうえで、第三債務者は、この制約に反しないかぎり、債務者に対するあらゆる抗弁を、差押債権者にも対抗できます。対抗できる、とは、差押債権者に向かって主張して、通る、という意味です。第三債務者だけの一方的な意思表示による相殺は、相手の債権が差し押さえられた、という一事だけで、当然に禁じられるいわれはない、と言っています。

ただし、無制限に認めると、差押債権者が困ります。差押えの後に、銀行が、急に債権を作って相殺できるなら、差押えの意味が薄れるからです。そこで、511条が線を引きます。

511条の全文——1項は2つの面、2項は戻して、また戻す

511条の構造。1項=前半(差押え後に取得した債権による相殺は差押債権者に対抗できない=×)/後半(差押え前に取得した債権による相殺は対抗できる=○)。2項本文=差押え後に取得した債権でも、差押え前の原因に基づくなら対抗できる(○に戻す)。2項ただし書=差押え後に他人の債権を取得したら対抗できない(×に戻す=例外の例外)。「対抗できない」=差押債権者に「相殺したから払わない」と主張しても通らない。 図:511条の構造

  • 1項=前半(差押え後に取得した債権による相殺は差押債権者に対抗できない=×)/後半(差押え前に取得した債権による相殺は対抗できる=○)
  • 2項本文=差押え後に取得した債権でも、差押え前の原因に基づくなら対抗できる(○に戻す)
  • 2項ただし書=差押え後に他人の債権を取得したら対抗できない(×に戻す=例外の例外)
  • 「対抗できない」=差押債権者に「相殺したから払わない」と主張しても通らない

条文を読みます。差押えを受けた債権の相殺を扱う、511条です。条文は、2項までです。

条文民法511条

民法第511条 1 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。 2 前項の規定にかかわらず、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。

構造を言います。1項の前半は、差押え後に取得した債権による相殺は、差押債権者に対抗できない、です。後半は、差押え前に取得した債権による相殺なら、対抗できる、です。1項は、差押えの前と後とで、分けています。2項の本文は、1項にかかわらず、と言って、戻します。差押え後に取得した債権でも、それが、差押え前の原因に基づいて生じたものなら、対抗できます。そして、ただし書で、また戻します。第三債務者が、差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。例外の例外の、3段構造です。差押債権者に、相殺したから払わない、と言っても、通りません。差押債権者に払う義務が残ります。

1項——差押え前に取得した債権なら対抗できる。その理由

1項の中身。時間軸=取得(3月1日・貸付け)→差押え(10月5日)。差押え前に取得した債権(貸金600万円)=銀行はいざとなれば預金と差し引けると当てにしている→期待を保護→対抗できる。差押え後に取得した債権(たとえば差押え後の新たな貸付け)=差押えの時点で、当てにする理由がない→保護に値する期待がない→対抗できない。基準=差押えの効力が生じた時(送達時)より前に取得したか。 図:1項の中身

  • 時間軸=取得(3月1日・貸付け)→差押え(10月5日)
  • 差押え前に取得した債権(貸金600万円)=銀行はいざとなれば預金と差し引けると当てにしている→期待を保護→対抗できる
  • 差押え後に取得した債権(たとえば差押え後の新たな貸付け)=差押えの時点で、当てにする理由がない→保護に値する期待がない→対抗できない
  • 基準=差押えの効力が生じた時(送達時)より前に取得したか

1項から入ります。差押え前に取得した債権なら、対抗できる。理由は、相殺への期待です。前に見た、相殺の担保的機能、つまり、相手が払えなくなっても先に回収できる働きです。銀行は、貸すときに、いざとなれば預金と差し引ける、と当てにしています。後から差押えが来たからといって、その期待を取り上げるのは酷です。反対に、差押えの後に取得した債権はどうか。差押えの時点で、銀行は、その債権をまだ持っていません。当てにする理由がありません。保護すべき期待がないので、対抗できません。帳簿に、いざとなったらこの預金から引ける、と書き込んだ時点が勝負です。差押えという封鎖の後で、帳簿に書き足した分は、認めない、という線引きです。

差押えの効力が生じた時です。さっき見た、送達された時です。設例の貸付けは、3月1日で、差押えの10月5日より前です。1項の後半にあたります。ここでは、貸した日が、取得した日と考えて構いません。債権を譲り受けた場合の取得は、2項のただし書で見ます。

制限説と無制限説——弁済期の先後は問題になるか

時系列の板。3月1日 貸付け600万円→6月1日 預入れ500万円(満期12月20日)→10月5日 差押え→12月20日 預金の満期。ケースA=貸金の弁済期11月30日(預金の満期より先)/ケースB=貸金の弁済期が翌年1月31日(預金の満期より後)。比較表=制限説(自働債権の弁済期が受働債権より先に来る場合に限り対抗できる)A○・B×/無制限説(差押え前に取得していれば、弁済期の先後を問わず、相殺適状に達しさえすれば対抗できる)A○・B○。 図:時系列の板

  • 3月1日 貸付け600万円→6月1日 預入れ500万円(満期12月20日)→10月5日 差押え→12月20日 預金の満期
  • ケースA=貸金の弁済期11月30日(預金の満期より先)/ケースB=貸金の弁済期が翌年1月31日(預金の満期より後)
  • 比較表=制限説(自働債権の弁済期が受働債権より先に来る場合に限り対抗できる)A○・B×/無制限説(差押え前に取得していれば、弁済期の先後を問わず、相殺適状に達しさえすれば対抗できる)A○・B○

ここは、論文で論点になりうる部分です。時系列で、ケースを置きます。まず、貸付けは、3月1日で600万円。預金は、6月1日に預け入れた500万円で、満期は12月20日。差押えは、10月5日です。違いは、貸金の返済期限、法律の言葉では弁済期です。ケースAは、11月30日。預金の満期より先に来ます。ケースBは、翌年の1月31日。預金の満期より後です。どちらも、貸したのは、差押えより前です。銀行は、相殺を、差押債権者に対抗できるでしょうか。ケースBについて、先に自分で考えてください。差押えの前に貸していたのに、返済期限が、預金の満期より後です。

差押えの前に貸していても、貸金の返済期限が、まだ来ていない。この点が、学説を分けました。制限説は、自働債権、つまり貸金の弁済期が、受働債権、つまり預金の弁済期より先に来る場合に限って、対抗できる、と考えます。ケースAは、対抗できます。ケースBは、できません。理由です。ケースBの銀行は、預金の満期の12月20日が来て、税務署に請求されたとき、貸金の返済期限が、まだ来ていません。相殺できる状態になっていないのです。前に見たとおり、相殺適状、つまり相殺に必要な条件がそろった状態には、自働債権の弁済期が来ていることが要るからです。差押えのときに、預金で貸金を回収できる、という確かな期待があった、とは言えません。そのうえ、払うべき預金を払わずに、貸金の期限が来るのを待って、相殺を持ち出すのは、不誠実だ、とも考えます。一方、無制限説は、差押え前に取得していれば、弁済期の先後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、対抗できる、と考えます。ケースAも、ケースBも、対抗できます。理由は、弁済期の先後は、偶然だからです。契約書の日付が、たまたま、そう並んだだけで、銀行の当てにする気持ちは変わりません。相殺への期待は、債権が向き合った時に、すでに生じています。

批判はあります。担保的機能を重く見すぎで、債権者平等に反する、という批判です。銀行の貸付けは、登記のように外から見える形になっていません。差押債権者は、それを知りようもありません。ただし、差押債権者にも手があります。相殺適状が来る前に、取り立ててしまえばよいのです。税務署が、預金の満期の12月20日に取り立てれば、ケースBでも、預金は消えます。銀行は、貸金の期限が来る前に預金がなくなり、相殺できません。無制限説は、差押えがあっただけでは、相殺の道は閉ざされない、というだけの考えです。歯止めもあります。不誠実な相殺は、相殺権の濫用、つまり、権利の使い方が行き過ぎて許されない場合として、制限されうる、と考えられています。次の判例で、最高裁がどちらを選んだか、見ます。

最高裁の変遷——制限説から無制限説へ。判決の続きを読む

最高裁の変遷。以前の大法廷判決(昭39・12・23)=制限説(自働債権の弁済期が受働債権より後に来るなら差押債権者に対抗できない)→大法廷判決(昭45・6・24)=無制限説(弁済期の先後を問わない)=判例変更→2017年の改正=無制限説を明文化(511条1項後半)。事案=国の滞納処分による預金の差押え(以前の判決も同じ型の事件)。 図:最高裁の変遷

  • 以前の大法廷判決(昭39・12・23)=制限説(自働債権の弁済期が受働債権より後に来るなら差押債権者に対抗できない)→大法廷判決(昭45・6・24)=無制限説(弁済期の先後を問わない)=判例変更→2017年の改正=無制限説を明文化(511条1項後半)
  • 事案=国の滞納処分による預金の差押え(以前の判決も同じ型の事件)

#184で、相殺の機能を、判決の前半で読みました。その判決の続きです。ここで、思い出してください。前半は、相殺の制度を、どう評価していたでしょうか?相殺は、担保的機能をもつ制度で、できるかぎり尊重すべきで、明文の根拠なくして、たやすく否定してはいけない、と言っていました。そうでした。その評価を受けて、続きは、差押えのときの結論です。先に、前の判例の立場を見ます。以前の大法廷判決は、制限説でした。国の滞納処分による預金債権の差押えの事件で、預金先の銀行の相殺を、弁済期が後に来る場合には認めませんでした。理由を、カードで読みます。カードの中の、反対債権とは、銀行の側の貸金、つまり自働債権のことです。

判例最大判昭39・12・23 民集18巻10号2217頁

旧判例(制限説)——弁済期が後に来る場合 これに反し反対債権の弁済期が被差押債権の弁済期より後に到来する場合は、相殺を以つて差押債権者に対抗できないものと解するのが相当である。けだし、かかる場合に被差押債権の弁済期が到来して第三債務者に対し履行の請求をすることができるに至つたときには、第三債務者は自己の反対債権の弁済期が到来していないから、相殺を主張し得ないのであり、従つて差押当時自己の反対債権を以つて被差押債権と相殺し自己の債務を免れ得るという正当な期待を有していたものとはいえないのみならず、既に弁済期の到来した被差押債権の弁済を拒否しつつ、自己の自働債権の弁済期の到来をまつて相殺を主張するが如きは誠実な債務者とはいいがたく、かかる第三債務者を特に保護すべき必要がないからである。

さっき見た制限説の理由が、そのまま書かれています。正当な期待がないこと、誠実でないこと、の2つです。続けて、今日の判決の核心です。事件は、以前の判決と同じ型です。この判決は、判例を変更して、無制限説を採りました。判決の最後に、さきの見解は、この限度で変更されるべきだ、と書いています。

判例最大判昭45・6・24 民集24巻6号587頁

差押えと相殺——弁済期の先後を問わない もつとも、民法五一一条は、一方において、債権を差し押えた債権者の利益をも考慮し、第三債務者が差押後に取得した債権による相殺は差押債権者に対抗しえない旨を規定している。しかしながら、同条の文言および前示相殺制度の本質に鑑みれば、同条は、第三債務者が債務者に対して有する債権をもつて差押債権者に対し相殺をなしうることを当然の前提としたうえ、差押後に発生した債権または差押後に他から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調節を図つたものと解するのが相当である。したがつて、第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべきであり、これと異なる論旨は採用することができない。

判決の読み方。当時の511条=差押え後に取得した債権では対抗できない、とだけ規定→読み方=当然の前提(第三債務者は相殺できる)+例外的な禁止(差押え後に発生した債権・差押え後に他から取得した債権)→結論=差押え後に取得したものでないかぎり、弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば相殺できる。下段=大法廷15人/差押えと相殺の点は8人の多数意見/上告棄却の結論は11人(反対意見4人は破棄・請求の一部認容)。 図:判決の読み方

  • 当時の511条=差押え後に取得した債権では対抗できない、とだけ規定→読み方=当然の前提(第三債務者は相殺できる)+例外的な禁止(差押え後に発生した債権・差押え後に他から取得した債権)→結論=差押え後に取得したものでないかぎり、弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば相殺できる
  • 下段=大法廷15人/差押えと相殺の点は8人の多数意見/上告棄却の結論は11人(反対意見4人は破棄・請求の一部認容)

読み方です。まず、判決の当時の511条は、差押え後に取得した債権による相殺は、差押債権者に対抗できない、とだけ書いていました。弁済期の先後は、書いていません。判決は、この条文の文言と、相殺の本質から、読み方を導きました。その読み方が、当然の前提と、例外的な禁止、という組み立てです。第三債務者が、差押債権者に対して相殺できることを、条文は当然の前提にしています。差押え後に取得した債権だけを名指しして禁じている以上、それ以外は相殺できる、という前提に立っている、と読んだのです。そのうえで、差押え後に発生した債権や、差押え後に他から取得した債権を、自働債権とする相殺だけを、例外的に禁じました。禁じる範囲を、そこで切ることで、差押債権者と第三債務者の利益を調整したのです。だから、結論は、差押え後に取得したものでないかぎり、弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押えの後でも相殺できる、となります。ここが、今日の核です。

前の判決は、同じ条文から、弁済期が後の場合の保護を、削る方向で読みました。この判決は、当然の前提のほうを重く見ました。前半で読んだ評価を、ここで使ったのです。相殺は、明文の根拠なくして、たやすく否定してはならない。ところが511条は、弁済期の先後による制限を書いていない。だから、それを理由に相殺を否定することはできない、という筋です。分かれ目は、相殺の担保的機能を、どこまで重く見るかです。判決の構成も、見ておきます。大法廷の15人のうち、差押えと相殺の点は、8人の多数意見でした。反対や別の意見が7人あり、僅差でした。結論の、上告棄却には、別の意見の3人も加わり、11人が賛成しました。反対意見は、差押債権者の利益も、平等に保護すべきで、弁済期が後の債権まで認めるのは不当だ、という制限説の立場から、原判決を破棄して、請求の一部、145万5千円の支払いを命じるべきだ、としました。答案の骨格です。第三債務者は、差押え前に取得した債権なら、弁済期の前後を問わず、相殺をもって、差押債権者に対抗できる。511条1項です。ここが、結論になります。

2017年の改正——判例の結論が、条文になった

年表と破産法との対比。昭39(制限説)→昭45(無制限説に変更)→2017年の改正(無制限説を明文化)。改正前の511条=差押え後に取得した債権では対抗できない、としか書かなかった/改正後=1項後半に「差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる」を明記。注意=改正前から判例は無制限説。「改正前は制限説」は誤り。破産では=破産法67条2項が、期限付の債権でも相殺できると書く。 図:年表と破産法との対比

  • 昭39(制限説)→昭45(無制限説に変更)→2017年の改正(無制限説を明文化)
  • 改正前の511条=差押え後に取得した債権では対抗できない、としか書かなかった/改正後=1項後半に「差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる」を明記
  • 注意=改正前から判例は無制限説
  • 「改正前は制限説」は誤り
  • 破産では=破産法67条2項が、期限付の債権でも相殺できると書く

2017年の改正で、1項の後半が、条文に書かれました。差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗できる、という文言です。改正前の511条は、差押え後に取得した債権では対抗できない、としか書いていませんでした。ですから、弁済期の先後が、条文から読めなかったのです。気をつけてほしい点があります。改正前も、判例は、すでに無制限説でした。改正で、結論が変わったのではありません。判例の結論が、条文になったのです。改正前は制限説だった、と覚えると、短答で誤ります。立案の資料にあった理由は、大きく2つです。1つは、弁済期の先後は偶然の事情にすぎず、不誠実な相殺は、相殺権の濫用で対処できること。もう1つは、実務で定着していて、相殺の担保的機能が、社会に広く知られていることです。破産の場合も見ておきます。破産法67条2項は、期限のついた債権でも、相殺ができる、と最初から書いています。期限の点は、差押えも、判例と改正で、破産と同じになりました。残った差は、差押えの前に原因があるだけで、まだ具体的に生じていない債権です。これが、次に見る2項本文につながりました。

2項本文——差押え後に取得した債権でも、差押え前の原因があれば対抗できる

2項本文の設例。4月 銀行がB小売チェーンの頼み(保証委託)を受け、A卸会社に対するB小売チェーンの買掛金300万円を保証(払えなければ代わりに払う約束)/10月5日 税務署が預金500万円を差押え/11月 B小売チェーンが払えず、銀行がA卸会社に300万円を払う→銀行はB小売チェーンに事後求償権300万円を取得(差押え後)。原因(保証委託契約)は差押え前=2項本文で対抗できる。預金500万円−求償権300万円=税務署が取れるのは200万円。 図:2項本文の設例

  • 4月 銀行がB小売チェーンの頼み(保証委託)を受け、A卸会社に対するB小売チェーンの買掛金300万円を保証(払えなければ代わりに払う約束)/10月5日 税務署が預金500万円を差押え/11月 B小売チェーンが払えず、銀行がA卸会社に300万円を払う→銀行はB小売チェーンに事後求償権300万円を取得(差押え後)
  • 原因(保証委託契約)は差押え前=2項本文で対抗できる
  • 預金500万円−求償権300万円=税務署が取れるのは200万円

ここも、論文で論点になりうる部分です。1項の前半では、差押え後に取得した債権では、対抗できない、でした。ところが、2項本文が、例外を作ります。設例で見ます。4月に、銀行は、B小売チェーンの頼みを受けて、B小売チェーンがA卸会社に負う買掛金300万円を保証しました。保証とは、主たる債務者が払えないとき、代わりに払う約束をすることです。10月5日、税務署が、預金500万円を差し押さえました。11月、B小売チェーンが払えなくなり、銀行が、A卸会社に300万円を払いました。保証債務の履行です。すると、銀行は、B小売チェーンに、300万円の請求ができます。求償権です。求償とは、代わりに負担した分を、本来負担すべき人に請求することです。この、履行の後に生じる求償権を、事後求償権と呼びます。この求償権を取得したのは、差押えの後の11月です。1項の前半なら、対抗できないはずです。しかし、求償権が生じる原因になった保証委託契約は、差押え前の4月に結ばれています。差押え前の原因に基づいて生じた債権です。2項本文により、対抗できます。預金500万円から300万円を引いて、税務署が取れるのは、200万円です。

保証委託契約を結んだ時点で、銀行には、相殺への合理的な期待があります。債権が、差押えの時点で、まだ具体的に生じていなくても、原因があれば、期待は保護されます。なぜ、2017年の改正で、この例外が入ったのか。破産法の扱いが、先にありました。破産法は、破産手続開始前の原因に基づいて生じた債権なら、開始の時に具体的に生じていなくても、相殺ができます。破産法2条5項と67条1項です。差押えのほうが、相殺の範囲が狭いのは、均衡を欠く、という指摘がありました。そこで、差押えの場合も、破産法とそろえて、差押え前の原因に基づく債権まで広げたのです。破産法を超えて広げることは、しませんでした。どの関係が、前の原因にあたるのか。保証委託契約のように、後で債権が生じることが、差押えの前の契約で具体的に決まっている関係が、典型です。細かい線は、解釈に委ねられています。なお、同じ前の原因の仕組みが、債権が譲渡された場面にも、あります。別の回で扱います。確認です。差押え後に取得した債権は、どんな場合でも、対抗できないのでしょうか?

いえ、差押え前の原因に基づいていれば、2項本文で、対抗できます。

2項ただし書——差押え後に他人の債権を取得したら、対抗できない

2項ただし書の設例。10月5日の差押えの後、銀行は、A卸会社がB小売チェーンに持つ代金債権400万円を、A卸会社から買い取った。この代金債権で預金と相殺→×(ただし書)。理由=差押えの時点で銀行はその債権の持ち主ではなかった/他人の債権を差押え後に買い集めて相殺に使えるなら差押債権者の回収の余地をいつでも奪える(抜け駆け)。対比=差押え後に銀行が取得した債権でも、①自分が契約して生じた求償権(前の原因あり)=○/②他人から買った代金債権=×。破産法72条1項1号と同じ。 図:2項ただし書の設例

  • 10月5日の差押えの後、銀行は、A卸会社がB小売チェーンに持つ代金債権400万円を、A卸会社から買い取った
  • この代金債権で預金と相殺→×(ただし書)
  • 理由=差押えの時点で銀行はその債権の持ち主ではなかった/他人の債権を差押え後に買い集めて相殺に使えるなら差押債権者の回収の余地をいつでも奪える(抜け駆け)
  • 対比=差押え後に銀行が取得した債権でも、
  • ①自分が契約して生じた求償権(前の原因あり)=○
  • ②他人から買った代金債権=×
  • 破産法72条1項1号と同じ

2項のただし書です。設例です。10月5日の差押えの後で、銀行は、A卸会社が、B小売チェーンにもっている代金債権400万円を、A卸会社から買い取りました。この代金債権で、預金の債務と、相殺できるでしょうか。できません。ただし書です。理由は、差押えの時点で、銀行が、その債権の持ち主ではなかったことです。銀行が当てにする相殺は、自分で取得した債権のことです。差押えが列を封鎖した後で、他人から整理券を買い集めて割り込めるなら、差押債権者の回収の余地を、いつでも奪えてしまいます。いわば抜け駆けです。保護すべき期待が、そもそもありません。先ほどの求償権の例と、対比して整理します。同じ、差押え後に銀行が取得した債権でも、自分が契約して生じた求償権なら、差押え前の原因があり、○です。他人から買った代金債権は、×です。分かれ目は、差押え前に、銀行自身の側に原因があったか、です。破産法にも、同じ形があります。破産法72条1項1号は、破産手続開始後に、他人の破産債権を取得したとき、相殺ができない、と定めています。ただし書は、これとそろえたものです。確認です。差押え後に、A卸会社の代金債権を買い取った銀行は、それで相殺できるでしょうか?

できません。差押え後に他人の債権を取得したので、ただし書にあたります。

差押えと相殺のまとめ表——時系列で4つの場合

差押えと相殺のまとめ表。4つの時系列ごとに結論・条文・例。①差押え前に取得した債権=○(1項後半・弁済期の先後を問わない)例=貸金600万円/②差押え後に取得したが差押え前の原因に基づく債権=○(2項本文)例=保証委託契約に基づく事後求償権300万円/③差押え後に他人から取得した債権=×(2項ただし書)例=A卸会社の代金債権400万円の買取り/④差押え後に新しい原因で生じた債権=×(1項前半)例=差押え後に銀行が新たに貸した金。一言=差押え前に、自分の側に原因があったか。前提=相殺適状に達していること(505条1項)。 図:差押えと相殺のまとめ表

  • 4つの時系列ごとに結論・条文・例
  • ①差押え前に取得した債権=○(1項後半・弁済期の先後を問わない)例=貸金600万円
  • ②差押え後に取得したが差押え前の原因に基づく債権=○(2項本文)例=保証委託契約に基づく事後求償権300万円
  • ③差押え後に他人から取得した債権=×(2項ただし書)例=A卸会社の代金債権400万円の買取り
  • ④差押え後に新しい原因で生じた債権=×(1項前半)例=差押え後に銀行が新たに貸した金
  • 一言=差押え前に、自分の側に原因があったか
  • 前提=相殺適状に達していること(505条1項)

ここまでを、表にします。4つの場合です。1つめ。差押え前に取得した債権です。1項後半で、対抗できます。弁済期の先後は問いません。例は、貸金600万円です。2つめ。差押え後に取得したけれど、差押え前の原因に基づく債権です。2項本文で、対抗できます。例は、保証委託契約に基づく事後求償権300万円です。3つめ。差押え後に、他人から取得した債権です。2項ただし書で、対抗できません。例は、A卸会社の代金債権400万円の買取りです。4つめ。差押え後に、新しい原因で生じた債権です。1項前半で、対抗できません。例は、差押え後に、銀行が新たに貸した金です。一言で言うと、差押え前に、自分の側に原因があったか、です。ただし、どの場合も、相殺適状に達していることが前提です。短答の罠を、2つ言います。差押え後に取得した債権は、一切、対抗できない、という記述は誤りです。2項本文があります。もう1つ。改正前は制限説だった、という記述も誤りです。判例は、すでに無制限説でした。

自働債権が差し押さえられた場合——相殺はできない

向きの区別。①受働債権が差し押さえられた(預金が差し押さえられた)=511条(今日の本体)。②自働債権が差し押さえられた(相殺で使う側の債権そのものが差し押さえられた)=相殺できない。設例=A卸会社はB小売チェーンに売掛金300万円を持ち、同じB小売チェーンに返品代金100万円を払う義務がある。A卸会社の税金滞納で、税務署が売掛金300万円を差し押さえた→A卸会社の相殺(売掛金で返品代金の100万円を相殺)=×。理由=差押えで債権者は取立てその他の処分を禁じられる(民事執行法145条1項・国税徴収法62条2項)。相殺は自分で回収したのと同じ。裏側=B小売チェーンが、差押え前に取得していた返品代金債権で、差し押さえられた売掛金と相殺=511条の問題=対抗できる。 図:向きの区別

  • ①受働債権が差し押さえられた(預金が差し押さえられた)=511条(今日の本体)
  • ②自働債権が差し押さえられた(相殺で使う側の債権そのものが差し押さえられた)=相殺できない
  • 設例=A卸会社はB小売チェーンに売掛金300万円を持ち、同じB小売チェーンに返品代金100万円を払う義務がある
  • A卸会社の税金滞納で、税務署が売掛金300万円を差し押さえた→A卸会社の相殺(売掛金で返品代金の100万円を相殺)=×
  • 理由=差押えで債権者は取立てその他の処分を禁じられる(民事執行法145条1項・国税徴収法62条2項)
  • 相殺は自分で回収したのと同じ
  • 裏側=B小売チェーンが、差押え前に取得していた返品代金債権で、差し押さえられた売掛金と相殺=511条の問題=対抗できる

#184で聞いた言葉を思い出してください。自働債権の側から見ると、相殺は、何と同じだと言ったでしょうか。相手が払ってくれるのを待たずに、自分で回収を済ませたのと同じ、でした。そうでした。この言葉が、ここで効きます。今日の本体は、受働債権が差し押さえられた場合、つまり、預金が差し押さえられた場合です。ここで、向きを変えます。相殺に使う側の債権、つまり自働債権が、差し押さえられたら、どうなるか。設例で見ます。A卸会社は、B小売チェーンに、売掛金300万円をもっています。同じB小売チェーンに、返品代金100万円を払う義務もあります。そして、A卸会社の税金の滞納で、税務署が、この売掛金300万円を差し押さえました。差し押さえられたのは、売掛金です。A卸会社が、売掛金で、返品代金の100万円を相殺する、と言いました。できるでしょうか。

できません。理由は、差押えで、債権者であるA卸会社が、その債権の取立てなど、処分を禁じられるからです。民事執行法145条1項、国税徴収法62条2項です。相殺は、自働債権を使って、自分で回収したのと同じです。つまり、処分にあたります。取立てができないのに、相殺で同じ結果を得られるなら、差押えが空振りになってしまいます。同じ設例の裏側も見ます。B小売チェーンは、差押え前から、A卸会社に対する返品代金債権100万円を持っています。これで、差押えを受けた売掛金300万円と、相殺する場合です。このとき、差し押さえられたのは売掛金で、B小売チェーンは、第三債務者です。これは、今日の511条の問題で、差押え前に取得した債権なので、対抗できます。向きが変わると、結論が変わります。確認です。差し押さえられたのが、相殺に使う側の債権だったら、どうなるでしょうか?

債権者が処分を禁じられるので、その債権による相殺は、できません。

相殺予約——差押えを契機に、相殺適状を前倒しする約款

相殺予約(期限の利益喪失約款)。ケースBの壁=貸金の返済期限(翌年1月31日)が来るまで銀行は相殺できない/その間に税務署が12月20日に預金を取り立てれば預金は消える。約款=「取引先に差押えなど信用が悪くなる事情が起きたら、取引先は貸金の期限の利益を失い、銀行は預金について期限の利益を放棄して、いつでも相殺できる」。流れ=差押え(10月5日)→貸金600万円が弁済期に→預金500万円は銀行が期限を放棄→10月5日に相殺適状→銀行が相殺の意思表示→取り立てられる前に決着。期限の利益=期限までは払わなくてよい利益。 図:相殺予約

  • 期限の利益喪失約款
  • ケースBの壁=貸金の返済期限(翌年1月31日)が来るまで銀行は相殺できない
  • その間に税務署が12月20日に預金を取り立てれば預金は消える。約款=「取引先に差押えなど信用が悪くなる事情が起きたら、取引先は貸金の期限の利益を失い、銀行は預金について期限の利益を放棄して、いつでも相殺できる」。流れ=差押え(10月5日)→貸金600万円が弁済期に→預金500万円は銀行が期限を放棄→10月5日に相殺適状→銀行が相殺の意思表示→取り立てられる前に決着。期限の利益=期限までは払わなくてよい利益。

無制限説にも、穴があったことを思い出してください。ケースBです。貸金の返済期限が、翌年1月31日です。それまで、銀行は相殺できません。以前見たとおり、貸金の期限の利益は、B小売チェーンの側にあるので、銀行が勝手に放棄することはできないからです。期限の利益とは、期限までは払わなくてよい利益です。それまでに、税務署が12月20日に取り立てれば、預金が消えます。この穴を埋めるのが、相殺予約です。銀行取引の約款に、よくある条項で、取引先に、差押えなど信用が悪くなる事情が起きたら、取引先は貸金の期限の利益を失い、すぐに返す義務が生じる、と定めます。同時に、銀行は、預金について期限の利益を放棄して、いつでも相殺できる、とします。差押えを契機に、直ちに、相殺適状を作る約束です。設例に当てはめます。10月5日の差押えで、貸金600万円は、その日に弁済期が来ます。預金500万円は、銀行が期限を放棄します。10月5日に、相殺適状になり、銀行は、相殺の意思表示をします。税務署に取り立てられる前に、相殺で決着します。判決は、この約款を、どう評価したのか。カードの中の、被上告銀行は、銀行のことです。訴外会社は、取引先の会社のことです。カードを読みます。

判例最大判昭45・6・24 民集24巻6号587頁

相殺予約(期限の利益喪失約款)の効力 右認定の事実によれば、右特約は、訴外会社またはその保証人について前記のように信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合においては、被上告銀行の訴外会社に対する貸付金債権について、訴外会社のために存する期限の利益を喪失せしめ、一方、同人らの被上告銀行に対する預金等の債権については、被上告銀行において期限の利益を放棄し、直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意と解することができるのであつて、かかる合意が契約自由の原則上有効であることは論をまたないから、本件各債権は、遅くとも、差押の時に全部相殺適状が生じたものといわなければならない。

読み方です。約款は、取引先の信用が悪くなる事情が起きたとき、貸金は期限の利益を失い、預金は銀行が期限の利益を放棄して、直ちに相殺適状を生じさせる合意だ、と判決は解釈しています。そして、そういう合意が契約自由の原則上、有効であることは、論をまたない、疑いがない、と言いました。したがって、貸金も預金も、遅くとも、差押えの時に、相殺適状が生じていたことになります。相殺予約の点も、法廷意見です。以前の判決は、この約款を、制限説の範囲内でしか認めませんでした。今日の判決が、その点も変更しました。ただし、一般に、そこまで言い切ることに疑問を述べた、別の意見もあります。本件のような、銀行取引の約款なら、結論には賛成する、という意見です。ですから、約款は、どんな中身でも常に有効、とまでは言えません。約款の中身と、事案に依存します。511条との関係を言います。511条には、相殺予約の規定は、ありません。無制限説の下では、約款がなくても、相殺適状に達しさえすれば、相殺できます。貸金は、差押え前に取得した債権なので、511条の線の内側です。約款は、差押えより前に結ばれた合意です。差押えの後に、債務者と新しく結ぶ合意とは違います。約款は、新しい債権を作らず、相殺適状を前倒しして、取り立てられる前に、相殺を済ませるだけです。だから、差押債権者にも効きます。無制限説の穴を埋める道具、と言えます。

物上代位との対比——基準時が違う

物上代位との対比。抵当権の物上代位で賃料債権を差し押さえた後、賃借人は、抵当権設定登記の後に取得した債権で相殺できない=基準は登記の時点(公示)。511条=差押えの時点で切る(差押え前に取得した債権=○)。違いの理由=抵当権の登記が公示の役割を果たす物上代位と、公示のない通常の差押え。 図:物上代位との対比

  • 抵当権の物上代位で賃料債権を差し押さえた後、賃借人は、抵当権設定登記の後に取得した債権で相殺できない=基準は登記の時点(公示)
  • 511条=差押えの時点で切る(差押え前に取得した債権=○)
  • 違いの理由=抵当権の登記が公示の役割を果たす物上代位と、公示のない通常の差押え

以前、抵当権の物上代位を見ました。賃料債権が差し押さえられた後、賃借人は、抵当権設定登記の後に取得した債権では、相殺できませんでした。基準は、登記の時点でした。511条は、差押えの時点で、線を引きます。差押え前に取得した債権なら、対抗できる。物差しが違うのは、公示の有無のためです。公示とは、外から見える形にすることでした。登記があれば、賃借人は、抵当権が賃料にも及びうると知ることができます。だから、登記の時点で線を引けます。通常の差押えには、そうした公示がありません。

冒頭の答えとまとめ

まとめ。①511条=差押えを受けた債権の相殺②1項=差押え前に取得した債権なら対抗○・後に取得なら×③弁済期の先後は問わない(無制限説・判例変更・2017年の改正で明文化)④2項本文=差押え後でも前の原因なら○(例=保証委託→事後求償権・破産法とそろえた)⑤ただし書=後に他人の債権を取得したら×⑥自働債権が差し押さえられたら相殺×(向きを区別)⑦相殺予約は差押債権者にも有効(約款が相殺適状を前倒し)。 図:まとめ

冒頭の答えです。B小売チェーンの預金500万円を、税務署が差し押さえました。銀行は、貸金600万円と相殺できるか。貸したのが差押えより前なら、銀行は、相殺をもって、税務署に対抗できます。511条1項です。貸金の返済期限が、預金の満期より後でも、同じです。ただし、勝つには、相殺適状に達してから、税務署に取り立てられる前に、意思表示をしている必要があります。約款があれば、差押えの時点で適状が生じ、すぐに相殺できます。整理します。1つめ。511条は、差押えを受けた債権についての条文です。2つめ。1項は、差押え前に取得した債権なら対抗でき、差押え後に取得した債権なら対抗できません。3つめ。弁済期の先後は、問いません。無制限説で、判例が変更されて採り、2017年の改正で明文になりました。4つめ。2項本文は、差押え後に取得しても、差押え前の原因に基づくなら、対抗できます。例は、保証委託契約に基づく事後求償権で、破産法とそろえた規定です。5つめ。ただし書は、差押え後に、他人の債権を取得したら、対抗できません。6つめ。自働債権が差し押さえられたら、相殺できません。受働債権が差し押さえられた場合と、向きを区別します。7つめ。相殺予約は、差押債権者にも有効です。約款が、相殺適状を前倒しします。1項の無制限説の結論と、2項本文の前の原因の当てはめは、論文で論点になりうる部分です。

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#188単独ページ動画

相殺の遡及効と相殺の充当

第4章 債権総論 #188/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

解除された後で「相殺したから、滞納はなかった」と言われたら

冒頭の関係図。B=借主はA=大家に4月分の家賃30万円(弁済期4月30日)を払わない。大家は5月10日に「5月20日までに払ってください」と催告し、5月21日に解除。借主は7月31日になって「実は大家に40万円貸している(弁済期は前の年の12月31日)。その貸金と相殺したから、家賃はなかったことになる。解除は無効だ」と言う。下段=年表(4/30 弁済期→5/10 催告→5/21 解除→7/31 相殺の意思表示)。 図:冒頭の関係図

  • B=借主はA=大家に4月分の家賃30万円(弁済期4月30日)を払わない
  • 大家は5月10日に「5月20日までに払ってください」と催告し、5月21日に解除
  • 借主は7月31日になって「実は大家に40万円貸している(弁済期は前の年の12月31日)。その貸金と相殺したから、家賃はなかったことになる。解除は無効だ」と言う
  • 下段=年表(4/30 弁済期→5/10 催告→5/21 解除→7/31 相殺の意思表示)

家賃の滞納と解除の設例です。ここまでの解除は、適法になされた、という前提で進めます。催告が十分か、解除が有効か、という中身は別の回の話で、今日の問いではありません。今日の問いは、2つです。相殺は、いつの時点にさかのぼって効くのか。そして、その相殺で、5月21日の解除は覆るのか。答えを先に言います。さかのぼるのは、意思表示をした日ではなく、双方の弁済期がそろった日です。そして、解除は覆りません。相殺と解除の関係についての直感の、どこが当たっていて、どこが外れているのかを、今日は確かめます。数字だけ先に置いておきます。相殺すると、家賃30万円が消えて、貸金40万円のほうは10万円が残ります。

相殺の意思表示——相手の同意は要らない、条件は付けられない

506条1項の要点。相殺の意思表示=相手方の同意は不要の単独行為。条件を付けられない(相手が不安定になる)。期限が付けられない理由は次の節。新しく足す点=①相手方は相殺される側(受働債権の債権者)②方式は取引の常識で判断・明示でなくても黙示でもよい③「仮に債務があるなら相殺する」は許される(本当の条件ではない)。 図:506条1項の要点

  • 相殺の意思表示=相手方の同意は不要の単独行為
  • 条件を付けられない(相手が不安定になる)
  • 期限が付けられない理由は次の節
  • 新しく足す点=①相手方は相殺される側(受働債権の債権者)②方式は取引の常識で判断・明示でなくても黙示でもよい③「仮に債務があるなら相殺する」は許される(本当の条件ではない)

相殺は、506条1項で、当事者の一方から相手方に対する意思表示でする、とされています。相手の同意は要りません。1人の意思表示だけで効果が生まれる単独行為です。条件を付けられないのも、前に見たとおりです。条件を付けると、債権が消えるのか消えないのか、相手が分からない不安定な立場に置かれるからでした。今日は、ここに足りない点を3つだけ足します。1つめ。意思表示の相手方は、相殺される側です。設例なら、借主が相殺するのですから、相手は大家です。なお、債権が譲渡されている場合の相手方は、別の回で扱います。2つめ。意思表示の方式です。決まった書式はありません。取引の常識に照らして、相殺する意思が相手に伝わればよく、相殺という言葉を使わなくても、黙示でも構いません。たとえば、借主が大家に、貸した40万円は、家賃に充ててください、と告げれば、足ります。3つめが、少し紛らわしい点です。裁判で、借主が、家賃を払う義務そのものがない、と争いながら、仮に義務があるなら、貸金と相殺する、と主張することがあります。これを予備的相殺と呼びます。

禁じられているのは、相手を不安定にする条件です。仮に義務があるなら相殺する、という言い方は、家賃を払う義務があるとなれば、相殺の要件が満たされるので相殺する、と言っているだけです。大家の立場は、少しも不安定になりません。だから、本当の意味の条件ではなく、許されます。

506条2項——相殺は、適状になった時にさかのぼる

506条のカード前の板。相殺適状の時=双方の弁済期がそろった時(遅いほう)。前に見た言い方に揃える。設例の確認=家賃30万円の弁済期4月30日/貸金40万円の弁済期は前の年の12月31日(到来済み)→貸金のほうが先に弁済期が来ているので、適状の時=家賃の弁済期の4月30日。意思表示は7月31日。 図:506条のカード前の板

  • 相殺適状の時=双方の弁済期がそろった時(遅いほう)
  • 前に見た言い方に揃える
  • 設例の確認=家賃30万円の弁済期4月30日/貸金40万円の弁済期は前の年の12月31日(到来済み)→貸金のほうが先に弁済期が来ているので、適状の時=家賃の弁済期の4月30日
  • 意思表示は7月31日

条文を読む前に、思い出してください。相殺適状になるのは、自働債権と受働債権の弁済期が、どういう状態になった時だったでしょうか?双方の債務が、弁済期にあること、でした。両方の弁済期が来ていないといけないので、遅いほうの弁済期が来た時に、そろうんですね。設例で当てはめます。貸金の弁済期は、前の年の12月31日で、とっくに来ています。家賃の弁済期は4月30日です。遅いほうは家賃ですから、相殺適状になったのは、4月30日です。意思表示をしたのは7月31日で、その3か月後です。この差が、今日の核心です。条文を読みます。見てほしいのは、2項です。

条文民法506条

民法第506条 1 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。 2 前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる。

2項です。意思表示をした日に効くのではありません。双方の債務が互いに相殺に適するようになった時、つまり相殺適状の時にさかのぼって、効力が生じます。設例なら、4月30日の時点で、家賃30万円と貸金のうち30万円が、消えていたことになります。意思表示をしたのは7月31日なのに、どうして4月30日まで戻るんですか。当事者の感覚に合うからです。お互いに、相手に払うものがある。そして、どちらも返す日が来た。このとき、わざわざお金を出し合うのではなく、もう差し引き済みだ、と考えるのが普通です。友人どうしで、お互いに貸し借りがあって、返す日が同じ日に来たら、貸し借りなしだね、と思うでしょう。ただし、相殺は、意思表示をして初めて効果が生まれます。確認するだけの行為ではありません。そのうえで、効果を戻す先は、差し引き済みと考えるのが自然な、適状の時です。前に見た、時効で消えた債権でも、消える前に相殺適状になっていたなら相殺できる、という508条も、同じ感覚でした。適状になった時点で、清算済みと期待してよい、という考え方です。ここから、期限を付けられない理由も分かります。前に、条件は付けられない、期限のほうは別の理由がある、と言いました。その理由が、これです。相殺は、適状の時にさかのぼって効きます。それなら、7月31日になったら相殺する、と期限を付けても、効く時点は、どのみち適状の時です。付けても意味がありません。

遡及効の数値例——遅延損害金が、発生しなかったことになる

数値例。家賃30万円(弁済期4月30日)/貸金40万円(弁済期は前の年の12月31日・貸金側の利息・遅延損害金は、この例では考えない)/家賃の遅延損害金は年7.3%=30万円×7.3%=年2万1,900円=1日60円/7月31日に相殺の意思表示。適状の時=4月30日にさかのぼって、30万円が消える→貸金は10万円残る。遅延損害金=5月1日から7月31日までの92日(31+30+31)×60円=5,520円が、発生しなかったことになる。 図:数値例

  • 家賃30万円(弁済期4月30日)/貸金40万円(弁済期は前の年の12月31日・貸金側の利息・遅延損害金は、この例では考えない)/家賃の遅延損害金は年7.3%=30万円×7.3%=年2万1,900円=1日60円/7月31日に相殺の意思表示
  • 適状の時=4月30日にさかのぼって、30万円が消える→貸金は10万円残る
  • 遅延損害金=5月1日から7月31日までの92日(31+30+31)×60円=5,520円が、発生しなかったことになる

数字で確かめます。先に前提を2つ言います。家賃の遅延損害金は、年7.3%の約束です。30万円の7.3%は、年2万1,900円で、1日あたり60円になります。それから、大家の貸金債務には、利息も遅延損害金も付いていません。ここでは、解除の話は脇に置いて、損害金だけを数えます。借主が、7月31日に相殺の意思表示をしました。適状の時は、4月30日です。では、問いです。家賃の遅延損害金は、5月1日から7月31日まで、発生していたことになるでしょうか?相殺は4月30日にさかのぼって効くので、その時点で家賃は消えています。だから、5月1日以降の遅延損害金は、発生しなかったことになる、と思います。5月1日から7月31日までは、5月が31日、6月が30日、7月が31日で、92日です。1日60円で、5,520円です。この5,520円は、発生しなかったことになります。貸金のほうは、40万円から30万円が消えて、10万円が残ります。意思表示が7月31日だからといって、4月30日から7月31日まで、払い遅れていた扱いにはなりません。もし遡及効がなかったなら、5,520円の損害金が積み上がるところでした。さかのぼることで、借主に有利な清算になります。

払った損害金は、法律上の原因がなかったことになるので、返してもらえます。不当利得の返還請求で、703条と704条の問題です。ここでは、番号だけ押さえてください。もう1点。遡及効は、当事者の合意で、排除したり制限したりできます。合意で別の扱いにしておけば、適状の時にさかのぼらない相殺も、できます。原則は、さかのぼる。例外は、合意がある場合、と整理しておいてください。

遡及効の限界——解除された後に相殺しても、解除は覆らない

年表と判例の問い。4/30 相殺適状(さかのぼる先)→5/10 催告→5/21 解除→7/31 相殺の意思表示。問い=相殺が4月30日にさかのぼって家賃を消すなら、5月21日の解除の時点で不払いはなかったことになるのでは。比較=解除の前に相殺(5/20まで)→不払いが遡って無かったことに/解除の後に相殺(7/31)→解除は覆らない。貸金40万円−家賃30万円=貸金10万円は残る。部屋は戻らない。 図:年表と判例の問い

  • 4/30 相殺適状(さかのぼる先)→5/10 催告→5/21 解除→7/31 相殺の意思表示
  • 問い=相殺が4月30日にさかのぼって家賃を消すなら、5月21日の解除の時点で不払いはなかったことになるのでは
  • 比較=解除の前に相殺(5/20まで)→不払いが遡って無かったことに/解除の後に相殺(7/31)→解除は覆らない
  • 貸金40万円−家賃30万円=貸金10万円は残る
  • 部屋は戻らない

ここは、論文で論点になりうる部分です。冒頭の問いに戻ります。借主の相殺は、4月30日にさかのぼって、家賃を消します。すると、5月21日に大家が解除した時には、家賃の不払いは、なかったことになるのではないでしょうか。最高裁の判決が、この問題に答えています。事案は、賃貸借が賃料不払いのために解除され、家屋の明渡しが求められた事件です。解除の後で、借主が、自分の持っている反対の債権で、相殺の意思表示をしました。カードの前に、言葉を3つ断っておきます。判決の「契約解除」は、賃料不払いによる賃貸借の解除のことです。「自働債権者」は、相殺する側、つまり借主です。「雖も」は、いえども、と読みます。民法506条2項は、今日の2項です。判決が言っているのは、2つです。遡及効は、どこまで及ぶのか。そして、借主が自分の債権を知らなかった場合はどうか。カードを読みます。

判例最判昭32・3・8 民集11巻3号513頁

相殺の遡及効と、すでになされた契約解除 相殺の意思表示は双方の債務が互に相殺をなすに適したる始めに遡つてその効力を生ずることは、民法五〇六条二項の規定するところであるが、この遡及効は相殺の債権債務それ自体に対してであつて、相殺の意思表示以前既に有効になされた契約解除の効力には何らの影響を与えるものではないと解するを相当とする。そしてこの事は相殺の自働債権者がその債権を有しておることを知らなかつたため相殺の時期を失した場合と雖も右の理を異にするものとは解せられないから、論旨は到底採用に値しない。

読み方です。前半は、相殺の意思表示が、適状の時にさかのぼって効く、という506条2項の確認です。ここまでは、今日見たとおりです。そのうえで、この遡及効は、相殺の債権債務それ自体に対してのものだ、と言います。さかのぼるのは、債権と債務が消える、という効果だけです。意思表示より前に、すでに有効になされた解除の効力には、何の影響も与えません。後半は、借主が、自分に反対の債権があることを知らなかったため、相殺の時期を失した場合でも、同じだ、と言っています。知らなかったのだから仕方がない、という言い分も、通りません。

債権が消えるなら、解除の理由もなくなりそうですが、どうして解除までは戻らないんですか。解除は、債権の消滅とは別の行為だからです。相殺がさかのぼらせるのは、債権が消えるという効果だけで、すでに有効にされた解除という別の行為まで、巻き戻すことはしません。それに、解除の効力が後から覆ると、解除の後に積み上がった法律関係が崩れます。たとえば、解除の後で、大家が部屋を別の人に貸していたら、どうでしょう。解除が覆ると、その新しい借主は、貸主から部屋を借りる契約の前提を失います。理由は、もう1つあります。借主は、相殺できる状態だったのに、解除の前に相殺の意思表示をしませんでした。その結果として、解除という効果を受けるのは、やむを得ない、という見方です。これが、冒頭の問いの答えです。解除は覆りません。借主の貸金と家賃は、相殺で消えます。40万円から30万円を引いて、貸金は10万円残ります。しかし、部屋は戻りません。気をつけてほしい点があります。遡及効が、常に否定されるわけではありません。遡及効は、原則どおり認められます。ただ、すでに有効になされた解除との関係で、限界がある、というだけです。適状後の遅延損害金が発生しなかったことになる、という数値例の結果は、そのままです。

解除より前に相殺の意思表示をしていれば、家賃の不払いは、さかのぼって、なかったことになります。この判決の結論は、相殺の意思表示が、解除より後だった場合のものです。実践的には、相殺できる債権があるなら、解除される前に、意思表示をしておくことです。

相殺の充当——合意、適状の順、法定充当。指定はできない

相殺の順序のフロー。前に見た弁済の充当の順序=合意(490条)→元本・利息・費用(489条)→指定(488条1項〜3項)→法定(488条4項)。相殺の充当=①合意があればそれに従う→②なければ、相殺適状になった時期の順に消える(512条1項)→③適状の時期が同じなら、法定充当(512条2項=488条4項2号〜4号・489条を準用)→④指定充当は無い。違い=相殺では「適状の順」が先に来る・「指定」が無い。 図:相殺の順序のフロー

  • 前に見た弁済の充当の順序=合意(490条)→元本・利息・費用(489条)→指定(488条1項〜3項)→法定(488条4項)
  • 相殺の充当=①合意があればそれに従う→②なければ、相殺適状になった時期の順に消える(512条1項)→③適状の時期が同じなら、法定充当(512条2項=488条4項2号〜4号・489条を準用)→④指定充当は無い
  • 違い=相殺では「適状の順」が先に来る・「指定」が無い

相殺では、もう1つ問題があります。相殺する人の債権が、相手に負う複数の債務の全部を消すには足りない、という場合です。どの債務から消えるのか。これが、相殺の充当です。先に、前に見た、弁済の充当の順序を確かめます。弁済の充当は、上から、合意があればそれ、元本・利息・費用がある場合は費用、利息、元本の順、それから、払う人、または受け取る人が、どれに充てるかを選ぶ指定、最後が、法律の決めた順で充てる法定でした。相殺の充当は、この規定を、相殺に合わせて読み替えたものです。違う点は2つです。相殺では、適状になった順が、先頭近くに来ます。そして、指定が無くなります。骨格を先に言います。合意があれば、それに従います。合意がなければ、相殺適状になった時期の順に、対当額で消えていきます。適状の時期が同じなら、弁済の充当の法定充当を準用します。指定充当は、ありません。なぜ、適状の順なのか。相殺は、向かい合う債権が差し引きにされるという、当事者の期待を守る制度です。先に適状になった債務から差し引き済みと扱うのが、その期待に合います。しかも、相殺は適状の時にさかのぼって効くので、どの債務がいつ消えたのかを決めておかないと、遅延損害金の額が定まりません。だから、適状になった順に消えていく、と決めてあります。背景を、一言だけ。改正前の512条は、弁済の充当の規定を準用する、とだけ書いていました。最高裁は、改正前から、まず相殺に使える状態になった時期の順に従い、時期が同じ債権の間では弁済の充当の規定を準用する、と判断していました。2017年の改正で、これが明文になっています。条文の1項を読みます。

条文民法512条1項

民法第512条第1項 債権者が債務者に対して有する一個又は数個の債権と、債権者が債務者に対して負担する一個又は数個の債務について、債権者が相殺の意思表示をした場合において、当事者が別段の合意をしなかったときは、債権者の有する債権とその負担する債務は、相殺に適するようになった時期の順序に従って、その対当額について相殺によって消滅する。

債権者が、債務者に対して、債権を持っていて、同じ債務者に対して債務も負っている。債権者が相殺の意思表示をして、当事者に別段の合意がなければ、相殺に適するようになった時期の順序に従って、対当額で消えていきます。設例です。A卸会社が、B小売チェーンに、貸金50万円を持っています。弁済期は3月31日です。一方、A卸会社は、B小売チェーンに返品代金を払う義務を、2口負っています。30万円で弁済期は4月30日のものと、60万円で弁済期は5月31日のものです。A卸会社が、6月30日に、貸金50万円で相殺しました。相殺適状になった時期を見ます。貸金の弁済期は3月31日で、どちらより先です。30万円の返品代金は、弁済期の4月30日に適状になります。60万円の返品代金は、5月31日です。適状になった順は、30万円が先です。だから、まず30万円が、全部消えます。4月30日にさかのぼって、です。貸金の残りは20万円で、これが60万円の返品代金に充てられます。5月31日にさかのぼって効きます。60万円の返品代金は、40万円が残ります。

できません。決め手は、遡及効です。相殺は、適状の時にさかのぼって効きます。もし指定で、どの債務を消すか選べるなら、さかのぼった結果が、当事者の選択で変わってしまいます。適状の順に、機械的に決まるからこそ、遡及効の結果が、ぶれません。

同じ時期に適状になったとき、逆向きの場合、分割払い

512条2項・3項・512条の2。数値例②=A卸会社の貸金20万円の弁済期が6月30日(返品代金より後)。返品代金は30万円(弁済期4月30日)と30万円(弁済期5月31日)。6月30日にどちらも相殺適状(弁済期がそろうのは貸金の弁済期の時)=適状の時期が同じ→2項1号→488条4項2号〜4号→弁済の利益は同じ→弁済期が先の4月30日の30万円が先に消える→20万円が消えて、その返品代金は10万円残る。5月31日の30万円は手つかず。3項=逆の場合も2項を準用。512条の2=分割払いなど1個の債権・債務の弁済として数個の給付をすべきものにも512条を準用。 図:512条2項・3項・512条の2

  • 数値例②=A卸会社の貸金20万円の弁済期が6月30日(返品代金より後)
  • 返品代金は30万円(弁済期4月30日)と30万円(弁済期5月31日)
  • 6月30日にどちらも相殺適状(弁済期がそろうのは貸金の弁済期の時)=適状の時期が同じ→2項1号→488条4項2号〜4号→弁済の利益は同じ→弁済期が先の4月30日の30万円が先に消える→20万円が消えて、その返品代金は10万円残る
  • 5月31日の30万円は手つかず
  • 3項=逆の場合も2項を準用
  • 512条の2=分割払いなど1個の債権・債務の弁済として数個の給付をすべきものにも512条を準用

次に、適状の時期が同じ場合です。数値例の2つめです。同じ設定ですが、A卸会社の貸金は20万円で、弁済期は6月30日です。返品代金は、30万円で弁済期が4月30日のものと、30万円で弁済期が5月31日のものの、2口です。先に自分で考えてください。貸金の弁済期が、返品代金の2口より後だと、どちらの返品代金が先に消えるでしょうか?弁済期がそろうのは、貸金の6月30日だから、どちらの返品代金も、6月30日に適状になりますよね。適状の時期が同じなので、適状の順では決まらない、と思います。適状の順で決まらないときのために、512条には2項と3項があります。条文を読みます。

条文民法512条2項・3項

民法第512条第2項・第3項 2 前項の場合において、相殺をする債権者の有する債権がその負担する債務の全部を消滅させるのに足りないときであって、当事者が別段の合意をしなかったときは、次に掲げるところによる。  一 債権者が数個の債務を負担するとき(次号に規定する場合を除く。)は、第四百八十八条第四項第二号から第四号までの規定を準用する。  二 債権者が負担する一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべきときは、第四百八十九条の規定を準用する。この場合において、同条第二項中「前条」とあるのは、「前条第四項第二号から第四号まで」と読み替えるものとする。 3 第一項の場合において、相殺をする債権者の負担する債務がその有する債権の全部を消滅させるのに足りないときは、前項の規定を準用する。

ここで、2項が働きます。適状の時期が同じで、相殺する人の債権が、負担する債務の全部を消すには足りない場合です。1号は、債務が数個あるときに、488条4項の2号から4号までを準用する、としています。準用の中身は、弁済の充当の法定充当と同じです。まず、弁済の利益が多いほうが先です。この設例では、どちらも利息が付かないので、同じです。次に、弁済期が先に来たほうが先です。4月30日の返品代金が先に充てられます。それも等しければ、額に応じて分けます。だから、20万円の貸金は、4月30日の30万円のうち、20万円を消します。その返品代金は、10万円が残ります。5月31日の30万円は、手つかずです。気をつけてほしいのは、488条4項の1号が、準用されていないことです。条文は、2号から4号までと書いています。弁済期にあるものを先にする1号は、含まれません。理由は、相殺適状の中身にあります。相殺適状は、双方の弁済期が来て、はじめて成り立ちます。相殺で消える債務は、どれも、弁済期が来ているのです。弁済期にあるものと、ないものを分ける1号は、出番がありません。2項の2号は、負担する債務に、元本のほか利息や費用がある場合です。489条を準用します。費用、利息、元本の順に充てます。条文には、読み替えがあります。弁済の充当で見た489条2項は、利息どうしのように、同じ種類の中で、どれに先に充てるかを、前条、つまり488条で決める、という規定でした。488条には、指定も入っています。相殺では、この前条を、488条4項の2号から4号まで、と読み替えます。指定と1号を外す、ということです。仮に、返品代金の2口に、未払いの利息が3万円と2万円あって、利息に回せる貸金が4万円しか無い、とします。どちらの利息から消すか。弁済なら、払う人が指定できました。相殺では、弁済の利益、弁済期、額の割合という、今の3つの基準で決まります。

512条3項・512条の2。3項=向きが逆(相殺する人の負担する債務が、持っている債権の全部を消すには足りない場合)も2項を準用。512条の2=分割払いなど1個の債権・債務の弁済として数個の給付をすべきものにも512条を準用(各回を別々の債権・債務のように扱って適状の順に並べる)。 図:512条3項・512条の2

  • 3項=向きが逆(相殺する人の負担する債務が、持っている債権の全部を消すには足りない場合)も2項を準用
  • 512条の2=分割払いなど1個の債権・債務の弁済として数個の給付をすべきものにも512条を準用(各回を別々の債権・債務のように扱って適状の順に並べる)

3項は、向きが逆の場合です。今までは、相殺する人の債権が、債務の全部を消すには足りない場合でした。3項は、相殺する人の負担する債務が、自分の持っている債権の全部を消すには足りない場合です。たとえば、A卸会社が貸金を2口持っていて、返品代金が1口だけで、貸金の全部は消せない、という場合です。この場合も、2項を準用します。最後に、512条の2です。1個の債権や債務の弁済として、数個の給付をすべきものがある場合の相殺にも、512条を準用する、という条文です。典型は、分割払いです。返品代金が、毎月の分割払いになっていたら、各回の分を、別々の債権のように扱って、512条を当てはめます。

条文民法512条の2

民法第512条の2 債権者が債務者に対して有する債権に、一個の債権の弁済として数個の給付をすべきものがある場合における相殺については、前条の規定を準用する。債権者が債務者に対して負担する債務に、一個の債務の弁済として数個の給付をすべきものがある場合における相殺についても、同様とする。

1個の債務でも、分割払いなら、各回の給付が、別々の弁済期を持ちます。それを、別々の債権や債務と同じように扱って、適状の順に並べる、ということです。

冒頭の答えとまとめ

まとめ表(4行)。①意思表示(506条1項)=単独行為・条件期限不可(期限は遡及効があるので無意味)。予備的相殺は可。②遡及効(506条2項)=適状の時にさかのぼる→適状後の遅延損害金は消える(例=92日分で5,520円)。③限界(解除との関係)=解除の後に相殺しても解除は覆らない(知らずに時期を失しても同じ)。解除の前なら不払いが遡って無かったことに。④充当(512条)=合意→適状の順→法定充当(488条4項2号〜4号・489条)。指定充当は無い。 図:まとめ表

  • 4行
  • ①意思表示(506条1項)=単独行為・条件期限不可(期限は遡及効があるので無意味)。予備的相殺は可。②遡及効(506条2項)=適状の時にさかのぼる→適状後の遅延損害金は消える(例=92日分で5,520円)。③限界(解除との関係)=解除の後に相殺しても解除は覆らない(知らずに時期を失しても同じ)。解除の前なら不払いが遡って無かったことに。④充当(512条)=合意→適状の順→法定充当(488条4項2号〜4号・489条)。指定充当は無い。

冒頭の答えです。家賃を滞納して解除された後で、借主が、貸金と相殺したから滞納はなかった、と言い出しました。相殺は、家賃を4月30日にさかのぼって消します。遅延損害金も、その分は発生しなかったことになります。しかし、相殺の前に、すでに有効になされた解除は覆りません。部屋は戻ってこないのです。整理します。1つめ。相殺の意思表示は、相手の同意が要らない単独行為で、条件を付けられません。期限は、遡及効があるので、付けても無意味です。仮に債務があるなら相殺する、という予備的相殺は、本当の条件ではないので、許されます。2つめ。506条2項で、相殺は、相殺適状の時にさかのぼって効きます。設例では、適状後の92日分、5,520円の遅延損害金が、発生しなかったことになりました。3つめ。ただし、遡及効は、債権債務の消滅それ自体に対するものです。相殺の前に、すでに有効になされた解除の効力には、影響しません。借主が反対の債権を知らず、相殺の時期を失した場合も、同じです。4つめ。複数の債権や債務があるときの充当は、合意があればそれ、なければ適状になった順、適状の時期が同じなら、法定充当です。指定充当は、ありません。

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#189単独ページ動画

預金担保貸付けと預金者の認定

第4章 債権総論 #189/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

預金者だと信じて貸した相手は、預金者ではなかった

冒頭の関係図。A=銀行、B=B小売チェーン、C=C親会社。BはCに現金1,200万円を預け「うちの定期預金として預入れておいて」と頼む。Cは自分の名前で銀行に定期預金1,200万円(満期12月20日)を預け入れる。銀行はCを預金者と信じ、3月1日にCへ800万円を貸し付ける(返済期限9月30日・定期預金を担保)。返済されず、10月に銀行が貸金800万円と預金を相殺。そこへBが「あの預金はうちが出した金だ」と払戻しを求める。 図:冒頭の関係図

  • A=銀行、B=B小売チェーン、C=C親会社
  • BはCに現金1,200万円を預け「うちの定期預金として預入れておいて」と頼む
  • Cは自分の名前で銀行に定期預金1,200万円(満期12月20日)を預け入れる
  • 銀行はCを預金者と信じ、3月1日にCへ800万円を貸し付ける(返済期限9月30日・定期預金を担保)
  • 返済されず、10月に銀行が貸金800万円と預金を相殺
  • そこへBが「あの預金はうちが出した金だ」と払戻しを求める

B小売チェーンが、C親会社に、現金1,200万円を預けました。うちの定期預金として預入れておいて、という頼みです。C親会社は、自分の名前で、銀行に定期預金1,200万円を預け入れました。満期は12月20日です。C親会社に、横領するつもりはありません。ここまでは、よくある話です。続きがあります。銀行は、C親会社を預金者だと信じました。そして3月1日に、その定期預金を担保にして、C親会社に800万円を貸し付けます。返す期限は9月30日です。ところが返されないまま、10月になりました。銀行は、貸金800万円と、定期預金とを相殺します。そこへ、B小売チェーンが言ってきます。あの預金は、うちが出したお金だ。だから払い戻してほしい、と。前提を置いておきます。今日は、出捐者、つまりお金を出したB小売チェーンが、預金者と扱われるとして考えます。なぜそう扱われるのかは、あとで見ます。前回は、相殺は意思表示をして初めて効果が生まれ、適状の時にさかのぼって消える、と見ました。今日は、その相殺が成り立つ前提、つまり債権が向かい合っているか、が崩れる場面です。問いは、これです。銀行が、定期預金を担保に、預金者だと信じた相手に貸し付けて相殺した。ところが、その預金は別の会社のものだった。この相殺は有効でしょうか?

原則どおりなら、債権が向かい合っていないので、相殺は成り立ちません。ただ、結論を先に言います。一定の条件で、相殺は有効になります。数字も置いておきます。800万円分の預金が消えて、B小売チェーンが請求できるのは、残りの400万円です。

預金担保貸付けと、設例で相殺できない理由

預金担保貸付けの基本形と原則。基本形=預金者Bが自分の定期預金を担保に銀行から借り、返せなければ銀行が貸金と預金を相殺して回収。定期預金は満期前に解約すると利率が下がる→解約せず借りるほうが預金者に有利なことが多い/銀行は相殺の担保的機能で確実に回収。設例=貸金債務者はC、預金債権者はB(と扱われるとして)→債権が向かい合っていない→505条1項の相殺はできないはず。 図:預金担保貸付けの基本形と原則

  • 基本形=預金者Bが自分の定期預金を担保に銀行から借り、返せなければ銀行が貸金と預金を相殺して回収
  • 定期預金は満期前に解約すると利率が下がる→解約せず借りるほうが預金者に有利なことが多い/銀行は相殺の担保的機能で確実に回収
  • 設例=貸金債務者はC、預金債権者はB(と扱われるとして)→債権が向かい合っていない→505条1項の相殺はできないはず

まず、普通の形から確認します。預金者本人が、自分の定期預金を担保にして、銀行からお金を借りる。これが預金担保貸付けです。返せなくなったら、銀行は、貸金と預金を相殺して回収します。預金の満期の前でも、できます。払う側の銀行が、自分の期限の利益を放棄すればよいからです。相殺適状の回で見ました。定期預金は、満期の前に解約すると、利率が下がるのが普通です。預金者にしてみれば、解約せずに借りるほうが、得なことが多いのです。銀行にとっては、返ってこなくても預金と差し引ける。相殺の担保的機能で、確実に回収できます。では設例です。銀行が貸した相手は、C親会社です。貸金債務を負っているのは、C親会社です。一方、預金債権を持っているのは、預金者と扱われるB小売チェーンです。相殺は、同じ2人が、お互いに債権と債務を持ち合っていることが出発点でした。貸金ではC親会社、預金ではB小売チェーン。2人が食い違っています。だから、原則として、相殺はできないはずです。

そこで判例が出てきます。

478条の類推——弁済ではない貸付けと相殺にも、478条を当てはめる

478条の類推適用。条文は「弁済」の規定。貸付け+相殺は弁済ではない。しかし銀行は預金と相殺する前提で貸しており、実質は定期預金の期限前払戻しと同じ。→類推。効果=銀行が預金者本人と認定するのに相当の注意を尽くしたなら、Cへの貸金と預金の相殺を真の預金者Bに対抗できる→預金は800万円分消え、Bは残り400万円。 図:478条の類推適用

  • 条文は「弁済」の規定
  • 貸付け+相殺は弁済ではない
  • しかし銀行は預金と相殺する前提で貸しており、実質は定期預金の期限前払戻しと同じ
  • →類推
  • 効果=銀行が預金者本人と認定するのに相当の注意を尽くしたなら、Cへの貸金と預金の相殺を真の預金者Bに対抗できる→預金は800万円分消え、Bは残り400万円

ここで、思い出してください。前に見た478条は、弁済した人が、どういう状態のときに、弁済を有効にするのでしょうか?弁済した人が、善意で、しかも過失がなかったとき、です。本物の受領権者だと信じて、その信じたことに落ち度がなかった場合でした。条文を、もう一度出します。見てほしいのは、「弁済」という言葉です。

条文民法478条

民法第478条 受領権者(債権者及び法令の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう。以下同じ。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。

478条は、弁済についての規定です。預金担保貸付けは、貸付けと相殺です。どちらも、弁済ではありません。そのまま当てはめることは、できません。それでも478条を使えるのは、実質を見るからです。銀行は、預金と相殺するつもりで貸しています。相殺されて預金が消えれば、預金者と信じた相手に、預金を払い戻したのと、同じ結果になります。定期預金の満期前の払戻しです。満期前の払戻しは、途中の解約なので、ただの弁済とは違うようにも見えます。しかし、満期前に払うときの中身まで、預け入れたときの約束で決まっていれば、銀行は約束どおりに払うだけです。だから弁済にあたり、478条が当てはまる。最高裁の別の判決が、そう認めています。同じ結果になるなら、同じ枠で守ってよい。そこで、条文をそのまま使うのではなく、似た場面に当てはめる、類推という形をとります。

判決の事案。本人名義の記名式定期預金(二口・合わせて450万円)。本人になりすました替え玉が、預金を担保に貸してほしいと信用金庫に申込み。信用金庫の主張=証書や書類の印影が届出印と同じと照合し、本人だと信じて貸付け→担保権の実行のつもりで相殺。本人が預金の払戻しを請求。原審の判断を最高裁が破棄・差戻し。 図:判決の事案

  • 本人名義の記名式定期預金(二口・合わせて450万円)
  • 本人になりすました替え玉が、預金を担保に貸してほしいと信用金庫に申込み
  • 信用金庫の主張=証書や書類の印影が届出印と同じと照合し、本人だと信じて貸付け→担保権の実行のつもりで相殺
  • 本人が預金の払戻しを請求
  • 原審の判断を最高裁が破棄・差戻し

最高裁の判決を読みます。事案から言います。預金者本人の名義の、記名式定期預金がありました。預金者の名前が書いてある定期預金です。二口で、合わせて450万円です。本人になりすました人、いわゆる替え玉が、信用金庫に来て、預金を担保に貸してほしいと申し込みます。信用金庫の側の言い分は、こうです。証書や書類に押された印影が、届出印と同じだった。だから、本人だと信じて貸した。そして、担保にとった預金から回収する、つまり担保権の実行のつもりで、相殺したのです。本人が、預金の払戻しを求めました。今日の設例と、人の配置は違いますが、判断の枠組みは同じです。この判決が答えた問いは、2つあります。1つめは、弁済ではない貸付けと相殺に、478条を使えるか。2つめは、善意無過失を、いつの時点で見るか。ここでは1つめを読み、2つめは次の節で読みます。原審は、478条の類推を認めませんでした。最高裁は、その判断を破棄して、差し戻しています。差し戻しとは、最高裁が最終の結論を出さず、審理のやり直しを命じることです。カードの前に、言葉を断ります。金融機関は、銀行や信用金庫のことです。期限前解約は、満期より前に解約することです。カードを読みます。

判例最判昭59・2・23 民集38巻3号445頁

預金担保貸付けの相殺と、478条の類推適用 しかしながら、金融機関が、自行の記名式定期預金の預金者名義人であると称する第三者から、その定期預金を担保とする金銭貸付の申込みを受け、右定期預金についての預金通帳及び届出印と同一の印影の呈示を受けたため同人を右預金者本人と誤信してこれに応じ、右定期預金に担保権の設定を受けてその第三者に金銭を貸し付け、その後、担保権実行の趣旨で右貸付債権を自働債権とし右預金債権を受働債権として相殺をした場合には、少なくともその相殺の効力に関する限りは、これを実質的に定期預金の期限前解約による払戻と同視することができ、また、そうするのが相当であるから、右金融機関が、当該貸付等の契約締結にあたり、右第三者を預金者本人と認定するにつき、かかる場合に金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くしたと認められるときには、民法四七八条の規定を類推適用し、右第三者に対する貸金債権と担保に供された定期預金債権との相殺をもつて真実の預金者に対抗することができるものと解するのが相当である(なお、この場合、当該金融機関が相殺の意思表示をする時点においては右第三者が真実の預金者と同一人でないことを知つていたとしても、これによつて上記結論に影響はない。)。

読み方です。前半は、銀行が、預金者だと称する人から担保貸付けを申し込まれ、通帳や届出印と同じ印影を見せられて、本人だと誤信して貸し、あとで相殺した場合です。そのとき、相殺の効力に関する限りは、実質的に定期預金の期限前解約による払戻しと同じに見てよい、と言っています。そして、銀行が、預金者本人だと認定するのに、相当の注意を尽くしたと認められるなら、478条を類推適用して、貸金と預金の相殺を真の預金者に対抗できる。これが、1つめの問いへの答えです。最後の括弧書きが、2つめの問いへの答えで、次の節で読みます。

設例への当てはめ。銀行が貸付けのときに相当の注意を尽くした→C親会社への貸金800万円と預金の相殺をB小売チェーンに対抗できる→預金は800万円分消え、請求できるのは残り400万円。銀行に落ち度があった→類推されない→1,200万円の全額が払戻しの対象。境目=銀行の注意の程度。預金を失ったB小売チェーンは、C親会社に不当利得・不法行為で請求。 図:設例への当てはめ

  • 銀行が貸付けのときに相当の注意を尽くした→C親会社への貸金800万円と預金の相殺をB小売チェーンに対抗できる→預金は800万円分消え、請求できるのは残り400万円
  • 銀行に落ち度があった→類推されない→1,200万円の全額が払戻しの対象
  • 境目=銀行の注意の程度
  • 預金を失ったB小売チェーンは、C親会社に不当利得・不法行為で請求

設例に当てはめます。銀行が、貸付けのときに、C親会社を預金者と認定するのに、相当の注意を尽くしていた。それなら、C親会社に対する貸金800万円と、預金の相殺を、B小売チェーンに対抗できます。預金は800万円分が消えて、B小売チェーンが請求できるのは、残りの400万円です。相当の注意を欠いていたときは、類推されません。相殺はB小売チェーンに対抗できず、1,200万円の全額が、払戻しの対象です。境目は、銀行の注意の程度です。手がかりは、本人だと確かめる手続です。さっきの事案なら、印影が届出印と同じかの照合です。その注意が実際に争われた、もう1つの判決があります。無記名定期預金、つまり、預金者の名前をおもてに出さない定期預金の事案です。銀行は、お金を出した人とは別の人を預金者だと定めて、その人と取引をしていました。最高裁が目を付けたのは、証書です。銀行は、はじめに証書を見せられていたのに、その後の取引では、証書を預かる方法をとっていませんでした。そうしなかったのは、なぜか。そこを審理するべきだとして、破棄して差し戻しています。この判決も、枠組みは同じです。相殺は、実質的には期限前の払戻しと同じ。だから、銀行が相当な注意を用いたなら、478条の類推適用、あるいは、預金契約にある免責の定め、つまり、一定の確認をして払った銀行は責任を負わない、という取り決めで、真の預金者に対抗できる、としています。

守られなかった側の救済も、押さえておきます。B小売チェーンは、預金を失っても、C親会社に対して、預けたお金の返還を求められます。不当利得や不法行為です。478条のときと同じ考え方でした。

善意無過失を見る時点は、貸付けのとき

時系列と判例。3/1 貸付け(Cを預金者と信じ、相当の注意も尽くした)→9/30 返済期限→10月 Bから申出があり、銀行は真の預金者が別だと知る→相殺の意思表示。問い=相殺の前に真実を知っても守られるか。判例=貸付時に善意無過失であれば足りる(相殺の意思表示の時点で知っていても結論は変わらない)。相殺時説=相殺の時点で善意無過失が必要。短答の罠=「相殺時に善意無過失が必要」は誤り。 図:時系列と判例

  • 3/1 貸付け(Cを預金者と信じ、相当の注意も尽くした)→9/30 返済期限→10月 Bから申出があり、銀行は真の預金者が別だと知る→相殺の意思表示
  • 問い=相殺の前に真実を知っても守られるか
  • 判例=貸付時に善意無過失であれば足りる(相殺の意思表示の時点で知っていても結論は変わらない)
  • 相殺時説=相殺の時点で善意無過失が必要
  • 短答の罠=「相殺時に善意無過失が必要」は誤り

先に問いを置きます。設例の銀行は、貸付けのときは、C親会社を預金者と信じて、相当の注意も尽くしていました。ところが、相殺をする前に、B小売チェーンから、あの預金はうちのものだ、と申し出があり、銀行は真の預金者が別だと知りました。それでも、478条の類推で、銀行は守られるでしょうか?相殺の時点で見る、という見方が、学説にあります。相殺時説です。債務が消える効果が生じるのは、相殺のときです。だから、相殺の時点で善意無過失を求める、という考え方です。弁済の478条と、構造が近い説明です。ただ、判例は違います。さっきのカードの括弧書きを見てください。相殺の意思表示をする時点で、第三者が真実の預金者と別人だと知っていても、結論に影響はない、とあります。判断の時点は、貸付けのときです。実際に、さっきの事案では、原審が、相殺の時に知っていたことを理由に類推の余地を否定し、最高裁がそれを破棄しました。

理由は、こう説明できます。銀行は、預金と相殺できる、と見込んで貸しています。お金を出す、というリスクをとる瞬間に、預金で回収できるはずだ、と信じたのです。その信頼が守られるべき時点は、お金を出したときです。相殺のときに知ったからといって、すでに出したお金を、後から取り戻すことはできません。境目も確認します。貸付けのときに、真の預金者が別だと知っていた、または、知らなかったことに落ち度があった。この場合は、守られません。相殺の前に知ったのは、守られる。貸付けの時点で知っていたのは、守られない。分かれ目は、貸付けの時点の銀行の状態です。短答では、罠になります。相殺の時に善意無過失であることが必要、という選択肢は、誤りです。判例は、貸付時に善意無過失であれば足りる、です。

預金は誰のものか——定期預金は、お金を出した人

預金者の認定の図。出捐者B(お金を出した人)と預入れ行為者C(自分の名前で預けた人)。どちらが真の預金者か。出捐者が預金者→債権の対立がなく相殺は原則できない。預入れ行為者が預金者→銀行は当然に相殺できる。定期預金=出捐者(無記名定期預金=最判昭32・12・19を出発点に、最判昭48・3・27が確定した判例と確認/記名式定期預金=最判昭52・8・9・出捐者が一任し証書と印章を持っていた事案で出捐者)。ただし預入れ行為者が横領して自己の預金にする意図で預けたなどの特段の事情があれば別。 図:預金者の認定の図

  • 出捐者B(お金を出した人)と預入れ行為者C(自分の名前で預けた人)
  • どちらが真の預金者か
  • 出捐者が預金者→債権の対立がなく相殺は原則できない
  • 預入れ行為者が預金者→銀行は当然に相殺できる
  • 定期預金=出捐者(無記名定期預金=最判昭32・12・19を出発点に、最判昭48・3・27が確定した判例と確認/記名式定期預金=最判昭52・8・9・出捐者が一任し証書と印章を持っていた事案で出捐者)
  • ただし預入れ行為者が横領して自己の預金にする意図で預けたなどの特段の事情があれば別

ここまで、出捐者のB小売チェーンが預金者と扱われるとして、考えてきました。その前提を確かめます。言葉を2つ定義します。出捐者は、お金を出した人です。預入れ行為者は、自分の名前で、実際に預け入れた人です。設例では、出捐者がB小売チェーン、預入れ行為者がC親会社です。この2人が食い違うとき、預金者はどちらでしょうか?お金を出した人を預金者とみる。これが、定期預金についての判例の物差しです。さっき触れた、もう1つの判決を読みます。無記名定期預金についてです。これから読むカードの終わりに、もっと前の判決が、括弧で挙がっています。そちらが、この物差しの出発点です。今から読む判決は、それを、確定した判例だと確認しました。カードを読みます。

判例最判昭48・3・27 民集27巻2号376頁

無記名定期預金の預金者は誰か ところで、無記名定期預金契約において、当該預金の出捐者が、自ら預入行為をした場合はもとより、他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合であつても、預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意図で無記名定期預金をしたなどの特段の事情の認められないかぎり、出捐者をもつて無記名定期預金の預金者と解すべきであることは、当裁判所の確定した判例であり(昭和二九年(オ)第四八五号同三二年一二月一九日第一小法廷判決・民集一一巻一三号二二七八頁、昭和三一年(オ)第三七号同三五年三月八日第三小法廷判決・裁判集民事四〇号一七七頁)、いまこれを変更する要はない。

読み方です。お金を出した出捐者が、自分で預け入れた場合は、もちろん出捐者が預金者です。他の人にお金を渡して、無記名定期預金にしてほしいと頼み、その人が預け入れた場合も、同じです。例外は、特段の事情があるときです。預け入れた人が、預かったお金を横領して、自分の預金にするつもりで預けた、などの場合です。この例外がなければ、出捐者が預金者です。理由を、判決はこう述べています。預金契約を結んだだけの段階では、銀行は、預金者が誰であるかに、格別の利害関係を持ちません。それなら、お金を出した人の利益を守るのが筋だ、ということです。記名式の定期預金も、出捐者が預金者です。別の判決は、名義は預入れ行為者でも、出捐者が預入れの手続を一任し、預入れ行為者が使者か代理人として契約して、証書と印章を出捐者が持っていた事案で、出捐者が預金者だとしました。事案を限った判断です。設例に戻ります。この設例では、B小売チェーンが頼んで預けさせました。預け入れたC親会社に、横領の意図はありません。出捐者を預金者とみる物差しに乗ります。ただし、定期預金の証書も届出印も、持っているのは、預け入れて担保に入れたC親会社です。さっきの記名式の事案では、出捐者が持っていました。証書と印章は、払い戻すときに要るもので、握っている人が、預金を動かせる立場にあります。だから、B小売チェーンが預金者だと言い切るには、この違いの検討が要ります。今日の答えは、B小売チェーンが預金者と扱われる場合のものです。

普通預金は——口座を開き、管理していた者(本件事実関係の下で)

普通預金の事案と結論。保険会社(被上告人)、保険代理店の建設会社(訴外会社)、信用組合(上告人)。代理店が、保険契約者から集めた保険料だけを入れる目的で、保険会社の代理店を表す名義の普通預金口座を開設。通帳・届出印は代理店が保管し、入出金も代理店だけ。代理店が不渡りを出す見込みになり、保険会社が通帳と届出印を受け取って払戻しを請求。結論=預金債権は代理店に帰属(本件事実関係の下で)。反対意見あり。位置づけは学説が分かれる。 図:普通預金の事案と結論

  • 保険会社(被上告人)、保険代理店の建設会社(訴外会社)、信用組合(上告人)
  • 代理店が、保険契約者から集めた保険料だけを入れる目的で、保険会社の代理店を表す名義の普通預金口座を開設
  • 通帳・届出印は代理店が保管し、入出金も代理店だけ
  • 代理店が不渡りを出す見込みになり、保険会社が通帳と届出印を受け取って払戻しを請求
  • 結論=預金債権は代理店に帰属(本件事実関係の下で)
  • 反対意見あり
  • 位置づけは学説が分かれる

次は、普通預金です。事案から言います。損害保険会社の代理店を営む建設会社が、保険契約者から集めた保険料だけを入れる目的で、信用組合に普通預金の口座を開きました。名義は、保険会社の代理店であることを表した形です。通帳と届出印は、代理店が保管しています。入金も払戻しも、代理店だけがしていました。その代理店が、不渡りを出すことが確実になり、保険会社が、通帳と届出印を受け取って、預金の払戻しを求めたのです。

普通預金の判決が見た3点と結論。①口座を開いたのは代理店②通帳・届出印を管理していたのは代理店③口座のお金は、保険料の所有権がいったん代理店のもの→預金債権は保険会社ではなく代理店に帰属(本件事実関係の下で)。専用口座として区分管理していても銀行との関係では帰属の認定を左右しない。反対意見あり。位置づけは学説が分かれる。 図:普通預金の判決が見た3点と結論

  • ①口座を開いたのは代理店②通帳・届出印を管理していたのは代理店③口座のお金は、保険料の所有権がいったん代理店のもの→預金債権は保険会社ではなく代理店に帰属(本件事実関係の下で)
  • 専用口座として区分管理していても銀行との関係では帰属の認定を左右しない
  • 反対意見あり
  • 位置づけは学説が分かれる

保険会社のものだ、と考えたくなります。ところが最高裁は、預金債権は保険会社ではなく、代理店に帰属する、として、保険会社の請求を棄却しました。裁判官1人の反対意見がついています。カードの前に、言葉を断ります。判決の「上告人」は信用組合で、銀行の側です。「被上告人」は保険会社、「訴外会社」は、保険代理店を営む建設会社です。最高裁が見た点は、3つです。口座を開いたのは誰か。通帳と届出印を管理していたのは誰か。口座に入っているお金は、誰のものか。1枚目は、はじめの2つです。

判例最判平15・2・21 民集57巻2号95頁

普通預金の預金者は誰か——口座を開設し管理していた者 前記事実関係によれば,金融機関である上告人との間で普通預金契約を締結して本件預金口座を開設したのは,訴外会社である。また,本件預金口座の名義である「B火災海上保険㈱代理店D建設工業㈱F」が預金者として訴外会社ではなく被上告人を表示しているものとは認められないし,被上告人が訴外会社に上告人との間での普通預金契約締結の代理権を授与していた事情は,記録上全くうかがわれない。そして,本件預金口座の通帳及び届出印は,訴外会社が保管しており,本件預金口座への入金及び本件預金口座からの払戻し事務を行っていたのは,訴外会社のみであるから,本件預金口座の管理者は,名実ともに訴外会社であるというべきである。

読み方です。まず、信用組合と普通預金契約を結んで、口座を開いたのは、代理店です。名義も、保険会社を預金者として表示しているとは認められません。保険会社が、代理店に、預金契約を結ぶ代理権を与えていた事情もありません。そして、通帳と届出印は代理店が保管し、入金と払戻しをしたのも代理店だけです。だから、口座の管理者は、名実ともに代理店だと言っています。判決は、このあとで、金銭の所有について述べます。物なら、代理人が受け取れば、本人のものになります。金銭は違います。占有と所有が結びついていて、持っている人が、そのまま所有者になります。そのため、代理店が保険契約者から受け取った保険料の所有権は、いったん代理店のものになります。代理店は、同額を保険会社に送金する義務を負うだけです。だから、預金の原資は、代理店のお金だ、というのです。2枚目は、結論です。

判例最判平15・2・21 民集57巻2号95頁

普通預金債権の帰属——専用口座でも、銀行との関係では左右しない 本件事実関係の下においては,本件預金債権は,被上告人にではなく,訴外会社に帰属するというべきである。訴外会社が本件預金債権を訴外会社の他の財産と明確に区分して管理していたり,あるいは,本件預金の目的や使途について訴外会社と被上告人との間の契約によって制限が設けられ,本件預金口座が被上告人に交付されるべき金銭を一時入金しておくための専用口座であるという事情があるからといって,これらが金融機関である上告人に対する関係で本件預金債権の帰属者の認定を左右する事情になるわけではない。

冒頭の、本件事実関係の下においては、という言葉を、落とさないでください。この結論は、この事案に限った判断です。普通預金は口座の名義人のもの、と一般化することはできません。後半は、専用口座として区分して管理していたことや、使い道が契約で制限されていたことは、銀行との関係では、帰属の認定を左右しない、と言っています。判例が出捐者の物差しをやめた、とは言えません。この判決の位置づけは、出捐者の物差しの修正なのか、別の物差しなのか、学説が分かれます。違いが出る理由は、学説で、こう説明されます。定期預金は、預け入れてから払い戻すまで、中身が変わりません。普通預金は、入金と払戻しが繰り返されて、残高が入れ替わります。お金を出した人を、1人に決めにくいのです。

相殺契約——合意でできること、できないこと

法定相殺と相殺契約の2列。法定相殺=要件(相殺適状・禁止なし)を満たし、意思表示で効果が生まれ、適状の時にさかのぼる。相殺契約=当事者の合意で相殺と同じ効果を生じさせる→要件を欠いてもできる。合意でできること=①相殺適状に達していない債権どうしでも相殺できると決める②一定の事由が起きたら当然に相殺の効果が生じると決める(前に見た相殺予約)③遡及効を排除・制限する。限界=合意は当事者の間の話・第三者(差押債権者)には当然には効かない。 図:法定相殺と相殺契約の2列

  • 法定相殺=要件(相殺適状・禁止なし)を満たし、意思表示で効果が生まれ、適状の時にさかのぼる
  • 相殺契約=当事者の合意で相殺と同じ効果を生じさせる→要件を欠いてもできる
  • 合意でできること=①相殺適状に達していない債権どうしでも相殺できると決める②一定の事由が起きたら当然に相殺の効果が生じると決める(前に見た相殺予約)③遡及効を排除・制限する
  • 限界=合意は当事者の間の話・第三者(差押債権者)には当然には効かない

最後に、相殺契約です。前に、相殺契約は法定相殺の要件を満たしていなくてもできる、合意の中身はあとの回で見ます、と言いました。その約束を果たします。先に確認します。前回、相殺の意思表示をしたとき、効力は、いつにさかのぼりましたか?相殺適状の時にさかのぼりました。この遡及効も、合意で動かせます。相殺契約は、当事者の合意で、相殺と同じ効果を生じさせるものです。法定相殺は、法律の定めた要件を満たして、意思表示をして初めて効果が生まれます。これに対して相殺契約は、合意なので、相殺適状や相殺禁止の要件に縛られません。相殺禁止の場面でも、合意ならできることは、前に見ました。合意でできることを、3つ挙げます。1つめ。相殺適状に達していない債権どうしでも、相殺できると決められます。2つめ。一定の事由が起きたら、意思表示なしに、相殺の効果が生じると決められます。差押えと相殺の回で見た相殺予約も、この仲間です。ただし、これは合意があるからです。合意がなければ、適状になっても、当然には消えません。3つめ。遡及効を排除したり、制限したりできます。たとえば、相殺の効果は、合意した日から生じる、と決められます。

ただし、合意にも、限界があります。合意は、当事者の間の話です。第三者に効くかどうかは、別です。たとえば、債権が差し押さえられたあと、債務者と第三債務者が、新しく相殺契約を結んでも、差押債権者には対抗できません。差押えと相殺の回で読んだ判決は、差押えのあとは、第三債務者は、債務者との間で、債務を消したり内容を変えたりする契約が許されなくなる、と述べていました。相殺契約も、その1つです。差押えの前に結んであった相殺予約が有効だったのとは、時点が違います。

冒頭の答えとまとめ

まとめ表(5行)。①預金担保貸付け=預金を担保に貸して相殺で回収(相殺の担保的機能)。②真の預金者でない者への貸付け=債権の対立がなく原則は相殺できない→478条の類推(実質は期限前払戻しと同じ)。③善意無過失の判断時期=貸付時(判例)・相殺時説もある。④預金者の認定=定期預金は出捐者・普通預金は口座を開き管理する者(本件事実関係の下・位置づけは分かれる)。⑤相殺契約=要件を欠いてもできる・第三者には当然には効かない。 図:まとめ表

  • 5行
  • ①預金担保貸付け=預金を担保に貸して相殺で回収(相殺の担保的機能)。②真の預金者でない者への貸付け=債権の対立がなく原則は相殺できない→478条の類推(実質は期限前払戻しと同じ)。③善意無過失の判断時期=貸付時(判例)・相殺時説もある。④預金者の認定=定期預金は出捐者・普通預金は口座を開き管理する者(本件事実関係の下・位置づけは分かれる)。⑤相殺契約=要件を欠いてもできる・第三者には当然には効かない。

冒頭の答えです。銀行が、貸付けのときに、相当の注意を尽くして、C親会社を預金者と信じたなら、478条の類推で、相殺は有効です。B小売チェーンの預金は、800万円分が消えます。請求できるのは、残りの400万円だけです。整理します。1つめ。預金担保貸付けは、預金を担保に貸して、相殺で回収することです。2つめ。貸した相手が真の預金者でなければ、債権が向かい合わず、原則は相殺できません。しかし、実質は期限前の払戻しと同じなので、478条を類推して、銀行は守られます。3つめ。善意無過失を見る時点は、貸付けのときです。相殺の前に知っても、結論は変わりません。相殺時説もあります。4つめ。預金者の認定は、定期預金では、お金を出した出捐者です。普通預金では、最高裁が、本件事実関係の下で、口座を開いて管理していた者に帰属するとしました。位置づけは、学説が分かれます。5つめ。相殺契約は、法定相殺の要件を欠いてもできます。ただし、第三者には、当然には効きません。

守られるかどうかは、お金を出した、貸付けのときの銀行が、相当の注意を尽くしたか、で決まる。そこに、預金者の認定が前提としてつながっていました。

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#190単独ページ動画

債権譲渡と相殺(469条)・逆相殺

第4章 債権総論 #190/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

売られた代金債権に、昔からの貸金で相殺を言えるか

冒頭の関係図。A=A卸会社、B=B小売チェーン、C=C金融業者。5月10日、AはBに春夏物の衣料を売る(代金800万円・支払期日11月30日)。BはAに、4月1日に500万円を貸している(返済期限12月20日)。7月5日、Aは資金繰りのため代金債権800万円をCに譲渡し、7月10日に通知がBに届く。Bは貸金500万円を使い「相殺するから払うのは300万円」と言えるか。 図:冒頭の関係図

  • A=A卸会社、B=B小売チェーン、C=C金融業者
  • 5月10日、AはBに春夏物の衣料を売る(代金800万円・支払期日11月30日)
  • BはAに、4月1日に500万円を貸している(返済期限12月20日)
  • 7月5日、Aは資金繰りのため代金債権800万円をCに譲渡し、7月10日に通知がBに届く
  • Bは貸金500万円を使い「相殺するから払うのは300万円」と言えるか

A卸会社が、B小売チェーンに、春夏物の衣料を売りました。5月10日の契約です。代金は800万円で、支払期日は11月30日です。ここに、もう1本、貸し借りがあります。B小売チェーンは、4月1日に、A卸会社へ500万円を貸していました。返してもらう期限は、12月20日です。つまり、B小売チェーンは、A卸会社に払う側でもあり、もらう側でもあります。そこへ、7月5日、A卸会社が資金繰りのために、この代金債権800万円を、C金融業者に譲渡します。通知は、7月10日に、B小売チェーンに届きました。問いです。B小売チェーンは、A卸会社への貸金500万円を使って、C金融業者に、相殺するから、払うのは300万円でいい、と言えるでしょうか。しかも、貸金の返済期限は12月20日で、代金の支払期日の11月30日より、後です。

小売チェーンと金融業者の間には、債権が向き合っていません。それでも相殺を認めるのか。認めるなら、いつまでに手に入れた債権なら認めるのか。今日の中心は、そこです。先に答えを言います。言えます。貸したのが、通知が届くより前だからです。向き合っていないのに、なぜ言えるのか。返済期限が後なのに、なぜ構わないのか。理由は、条文と一緒に見ていきます。最後に、債権を手に入れた側が相殺をして、債務者の相殺とぶつかる、逆相殺も見ます。

469条の全文と構造

469条の構造。1項=具備時より前に取得した譲渡人に対する債権→相殺を譲受人に対抗できる。2項柱書=具備時より後に取得した債権でも、1号(具備時より前の原因に基づいて生じた債権)か2号(譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権)なら1項と同様。ただし書=具備時より後に他人の債権を取得したときは不可。3項=基準時の読替え。「対抗できる」=相殺したから払わない、と言えて通る。 図:469条の構造

  • 1項=具備時より前に取得した譲渡人に対する債権→相殺を譲受人に対抗できる
  • 2項柱書=具備時より後に取得した債権でも、1号(具備時より前の原因に基づいて生じた債権)か2号(譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権)なら1項と同様
  • ただし書=具備時より後に他人の債権を取得したときは不可
  • 3項=基準時の読替え
  • 「対抗できる」=相殺したから払わない、と言えて通る

条文を読みます。債権の譲渡における相殺権を定めた、469条です。

条文民法469条

民法第469条 1 債務者は、対抗要件具備時より前に取得した譲渡人に対する債権による相殺をもって譲受人に対抗することができる。 2 債務者が対抗要件具備時より後に取得した譲渡人に対する債権であっても、その債権が次に掲げるものであるときは、前項と同様とする。ただし、債務者が対抗要件具備時より後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。  一 対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権  二 前号に掲げるもののほか、譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権 3 第四百六十六条第四項の場合における前二項の規定の適用については、これらの規定中「対抗要件具備時」とあるのは、「第四百六十六条第四項の相当の期間を経過した時」とし、第四百六十六条の三の場合におけるこれらの規定の適用については、これらの規定中「対抗要件具備時」とあるのは、「第四百六十六条の三の規定により同条の譲受人から供託の請求を受けた時」とする。

構造を言います。1項は、対抗要件具備時より前に取得した債権による相殺なら、譲受人に対抗できる、です。2項は、具備時より後に取得した債権でも、次の2つなら、1項と同様に対抗できる、と戻します。1号は、具備時より前の原因に基づいて生じた債権。2号は、前号のほか、譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権です。そして、ただし書で、具備時より後に他人の債権を取得したときは、この限りでない、と、また戻します。3項は、基準時の読替えです。511条は、差押え後は対抗できない、差押え前は対抗できる、と両面を書いていました。469条は、対抗できる側の1項と、その例外の2項だけです。ただ、結論の形は同じです。具備前の取得は○。具備後は原則として×。例外を、2項が拾います。言葉を1つ確認します。対抗できる、とは、相殺したから払わない、と譲受人に言って、通る、という意味です。それと、この469条は、条文どおりの要件です。解釈で立てる基準ではないので、条文を見ながら当てはめれば足ります。解釈が出てくるのは、2か所だけです。1号の、前の原因にあたるかどうかと、2号の、同じ契約から生じたかどうかです。

1項——具備時より前に取得した債権なら、弁済期の先後を問わず対抗できる

1項の時間軸。4/1 貸金500万円を取得→7/10 通知到達(対抗要件具備時)→11/30 代金の支払期日→12/20 貸金の返済期限(相殺適状)→相殺の意思表示。取得が具備時より前=1項で○。返済期限が代金の支払期日より後でもよい(弁済期の先後を問わない)。結果=対当額500万円が消え、BがCに払うのは300万円。理由=貸した時点の「いざとなれば差し引ける」という期待の保護。 図:1項の時間軸

  • 4/1 貸金500万円を取得→7/10 通知到達(対抗要件具備時)→11/30 代金の支払期日→12/20 貸金の返済期限(相殺適状)→相殺の意思表示
  • 取得が具備時より前=1項で○
  • 返済期限が代金の支払期日より後でもよい(弁済期の先後を問わない)
  • 結果=対当額500万円が消え、BがCに払うのは300万円
  • 理由=貸した時点の「いざとなれば差し引ける」という期待の保護

先に、前の話を1つ聞きます。差押えと相殺で、弁済期の先後を問わず、差押え前に取得した債権なら対抗できる、とする考え方を、何と呼びましたか?無制限説です。弁済期の先後は、日付がたまたまそう並んだだけの偶然で、当てにする気持ちは変わらない、という考え方でした。1項は、この無制限説の発想を、債権譲渡に当てはめたものです。冒頭の設例で見ます。B小売チェーンが貸金500万円を取得した日は、4月1日。通知が届いた、対抗要件具備時は、7月10日です。貸金のほうが、具備時より前です。ただ、貸金の返済期限は12月20日で、代金の支払期日の11月30日より後です。冒頭で、言える、と答えました。では、返済期限が後、という点は、条文のどの言葉で片づくでしょうか。先に、自分で考えてください。

気になる点は、条文が答えています。1項は、取得の時期だけを見ています。弁済期の先後は、問いません。12月20日に、貸金の返済期限が来て、相殺適状に達すれば、貸金500万円を自働債権、代金債権を受働債権として、相殺できます。前に、債権が譲渡されている場合の相手方は別に扱う、と言いました。その答えです。相殺の意思表示をする相手は、いまの債権者である、C金融業者です。対当額の500万円が消えて、B小売チェーンがC金融業者に払うのは、300万円です。理由は、相殺への期待です。511条1項の後半と、同じ発想です。B小売チェーンは、貸した時点で、いざとなれば、代金と差し引ける、と当てにしています。相殺の担保的機能、つまり、相手が払えなくなっても先に回収できる働きです。自分の知らない間に、債権が売られたからといって、その期待を取り上げるのは、酷です。差押えの回で言った、帳簿に、ここから引ける、と書き込んだ時点が勝負、という線と同じです。

通知より前、というときの通知は、債務者に届いた通知のことです。ここでいう対抗要件は、債務者に対する対抗要件、つまり467条1項の、通知か承諾です。確定日付は、要りません。この基準は、譲受人と債務者の利益を調整するものです。債務者が譲渡を知った時に線を引くのが、筋だからです。確定日付があるかどうかは、同じ債権を取り合う、ほかの譲受人や差押えをした人との関係の話で、債務者が知ったかどうかとは、関係が薄いのです。466条の6第3項も、対抗要件具備時を、次の条の通知をし、または承諾をした時、と定めています。第三者に対する対抗要件、つまり確定日付のある通知や承諾のほうではありません。設例の7月10日、通知が届いた日が、具備時です。

改正前と改正後。改正前=債権譲渡と相殺に明文なし(旧468条2項「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」の解釈)→改正前の最高裁の判決=通知前に取得した反対債権による相殺を弁済期の前後を問わず認めた(事案に限った判断・一般論は補足意見・反対意見あり)→2017年の改正=469条1項(無制限説を条文にして立法で決着)。短答の罠=①受働債権の弁済期が先なら相殺できない→誤り②具備後に取得した債権は一切対抗できない→誤り(2項)③対抗要件は確定日付のある通知→誤り。 図:改正前と改正後

  • 改正前=債権譲渡と相殺に明文なし(旧468条2項「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」の解釈)→改正前の最高裁の判決=通知前に取得した反対債権による相殺を弁済期の前後を問わず認めた(事案に限った判断・一般論は補足意見・反対意見あり)→2017年の改正=469条1項(無制限説を条文にして立法で決着)
  • 短答の罠=①受働債権の弁済期が先なら相殺できない→誤り②具備後に取得した債権は一切対抗できない→誤り(2項)③対抗要件は確定日付のある通知→誤り

次に、改正前との関係です。2017年の改正の前は、債権譲渡と相殺について、条文に明文がありませんでした。旧法の468条2項、つまり、債務者が通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由、の解釈で処理されていました。条文番号は同じでも、いまの468条2項ではありません。冒頭で思い出した、いまの468条1項にあたる規定です。改正前の最高裁の判決は、譲渡の通知を受ける前に取得した反対債権による相殺を、弁済期の前後を問わず認めました。ただし、法廷意見、つまり裁判所としての判断は、譲受人が譲渡人の会社の取締役でもあった、という確定した事実関係のもとでの判断です。弁済期の先後を問わない、と一般論で述べたのは、補足意見、つまり結論に賛成する裁判官が、理由を付け加えた意見です。しかも、反対意見もついていました。学説にも、差押えよりも制限的に考える見解が有力でした。2017年の改正は、差押えと同じく、無制限説を条文にして、立法で決着をつけました。それが、469条1項です。ここは、差押えと言い方が違います。差押えでは、改正前から、判例がすでに無制限説でしたから、判例の結論が条文になった、と言いました。債権譲渡では、改正前の最高裁の判決が、事案に限った判断でしたから、そう言い切れません。論文では、無制限説の債権譲渡版、と書けます。1項の結論です。具備時より前に取得した債権なら、弁済期の先後を問わず、相殺を対抗できます。短答の罠を3つ言います。受働債権、つまり譲渡された債権の弁済期が先に来る場合は、相殺できない、は誤りです。具備時より後に取得した債権は、一切対抗できない、も誤りです。2項があります。対抗要件は、確定日付のある通知、も誤りです。

2項1号——具備後に取得しても、原因が具備前なら対抗できる

2項1号の設例。4/1 BがAに頼まれ、AがD運送会社に負う運賃債務300万円を保証(保証委託契約)→7/10 通知到達(具備時)→9/15 AがDに払えず、BがDに300万円を弁済→Bは事後求償権300万円を取得(具備後)。1項×(取得が具備後)。1号○(原因=保証委託契約は具備前)。11/30に代金が適状→求償権300万円で相殺→CへはBが500万円払う。理由=原因が具備前にあれば、相殺への期待は保護に値する。 図:2項1号の設例

  • 4/1 BがAに頼まれ、AがD運送会社に負う運賃債務300万円を保証(保証委託契約)→7/10 通知到達(具備時)→9/15 AがDに払えず、BがDに300万円を弁済→Bは事後求償権300万円を取得(具備後)
  • 1項×(取得が具備後)
  • 1号○(原因=保証委託契約は具備前)
  • 11/30に代金が適状→求償権300万円で相殺→CへはBが500万円払う
  • 理由=原因が具備前にあれば、相殺への期待は保護に値する

ここも、論文で論点になりうる部分です。1項は、具備時より後に取得した債権を、拾えません。そこで2項です。設例を変えます。4月1日に、B小売チェーンは、A卸会社に頼まれて、A卸会社が運送会社のDに負う運賃債務300万円を保証しました。保証委託契約です。通知が届くのは、7月10日です。ところが、9月15日に、A卸会社が払えなくなり、B小売チェーンが、Dに300万円を弁済しました。すると、B小売チェーンは、A卸会社に、300万円の事後求償権を取得します。9月15日、具備時より後です。1項は、使えません。取得が、具備後だからです。でも、この求償権の原因は、4月1日の保証委託契約です。具備時より前の原因に基づいて生じた債権です。2項1号で、対抗できます。11月30日に代金債権が適状になった時点で、求償権300万円と相殺して、C金融業者に払うのは500万円です。

511条2項本文と並行です。理由も同じです。原因が具備前にある以上、相殺への期待は、保護に値します。前に見た468条でも、通知の後に解除権が生じても、具備時までに反対債務が未履行なら、解除を対抗できました。解除に至る原因が、具備時までにあったといえるからです。同じ、原因が前という線です。どの関係が前の原因にあたるのかは、511条2項本文と同じで、細かい線は、解釈に委ねられています。保証委託契約のように、後で債権が生じることが、具備前の契約で具体的に決まっている関係が、典型です。

2項2号——同じ契約から生じた債権。なぜ1項でも1号でも足りないのか

2項2号の設例の時間軸。12/1 AがBとの来春の売買契約から生じる代金債権(将来債権)をCに譲渡→12/5 通知到達(具備時)→翌年2/1 AとBが売買契約(代金700万円・支払期日4/30)→3/10 納品された衣料の一部が契約不適合→Aが応じず、Bに損害賠償債権200万円→4/30 適状。判定=1項×(取得は具備後)/1号×(原因も具備後)/2号○(代金債権も損害賠償債権も同じ2/1の売買契約から生じた)→Cへ払うのは500万円。 図:2項2号の設例の時間軸

  • 12/1 AがBとの来春の売買契約から生じる代金債権(将来債権)をCに譲渡→12/5 通知到達(具備時)→翌年2/1 AとBが売買契約(代金700万円・支払期日4/30)→3/10 納品された衣料の一部が契約不適合→Aが応じず、Bに損害賠償債権200万円→4/30 適状
  • 判定=1項×(取得は具備後)/1号×(原因も具備後)/2号○(代金債権も損害賠償債権も同じ2/1の売買契約から生じた)→Cへ払うのは500万円

ここが、今日の山場です。先に、前に見た将来債権の譲渡を思い出してください。まだ発生していない債権を譲渡するとき、対抗要件は、いつ備えられましたか?譲渡の時点で、通知か承諾によって、備えられました。債権が生まれる前に、対抗要件を備えられます。この性質が、2号の背景です。設例を置きます。12月1日に、A卸会社は、翌年の2月に、B小売チェーンと結ぶ予定の売買契約から生じる代金債権を、C金融業者に譲渡します。まだ契約もしていない、将来債権です。12月5日に通知が届き、これが具備時です。翌年の2月1日に、A卸会社とB小売チェーンは、予定どおり売買契約を結びました。代金は700万円、支払期日は4月30日です。3月10日に、納められた衣料の一部が、契約に適合していませんでした。B小売チェーンが、修理や交換を求めても、A卸会社は応じません。そこで、B小売チェーンに、損害賠償債権200万円が生じます。契約不適合の責任と債務不履行です。4月30日に代金が適状になりました。B小売チェーンは、この損害賠償債権を自働債権、代金債権を受働債権として、相殺できるでしょうか? 1項と1号が使えるかを、先に考えてください。

1項も、1号も、×です。ここで、2号の文言を見ます。譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権。C金融業者が取得した代金債権は、2月1日の売買契約から生じました。損害賠償債権も、同じ2月1日の売買契約から生じています。同じ契約から生じた債権です。だから、2号で○です。対当額の200万円が消えて、C金融業者に払うのは500万円です。

2号の理由と輪郭。理由①同じ契約から生じた債権と債務は相殺への期待が特に強い②将来債権の譲渡では、契約より前に、債務者の関与なしに対抗要件が備わる③譲渡の後も債務者と譲渡人の取引は続く。1号との関係=契約が具備前なら1号で足りる/2号が独立に働くのは契約が具備後の場面。境界=同じ売買の損害賠償(○)/3月20日に別に貸した貸金100万円(×)。511条=2号に当たる規定なし(差押えの後に通常の取引が続くのは稀・相殺できないとは言い切らない)。 図:2号の理由と輪郭

  • 理由①同じ契約から生じた債権と債務は相殺への期待が特に強い②将来債権の譲渡では、契約より前に、債務者の関与なしに対抗要件が備わる③譲渡の後も債務者と譲渡人の取引は続く
  • 1号との関係=契約が具備前なら1号で足りる/2号が独立に働くのは契約が具備後の場面
  • 境界=同じ売買の損害賠償(○)/3月20日に別に貸した貸金100万円(×)
  • 511条=2号に当たる規定なし(差押えの後に通常の取引が続くのは稀・相殺できないとは言い切らない)

損害賠償と代金を差し引くのが自然だという点が、理由の1つめです。同じ契約から生じた債権と債務は、特に相殺への期待が強いのです。品物の不具合の損害賠償と、その代金を差し引く。これは、取引する側が、当たり前に想定している関係です。2つめは、将来債権の譲渡という仕組みです。この譲渡では、対抗要件が、債務者の関与なしに、契約が結ばれるより前に備わります。それを理由に、具備後に生じた契約上の債権との相殺を、一切認めないとします。すると、B小売チェーンは、自分が結んだ契約の代金について、契約上の不具合の損害賠償を、差し引けなくなります。契約を結んだ時には、すでに通知が済んでいるからです。3つめは、取引の継続です。債権を譲渡した後も、債務者と譲渡人の取引は、続くことが想定されます。その取引を、妨げないためにも、2号が必要と考えられました。

既に発生している債権の譲渡なら、契約は、具備前に結ばれています。その場合、同じ契約から生じた債権は、1号の、前の原因で足ります。2号が1号と別に働くのは、契約が具備時より後に結ばれる、将来債権の場面です。条文に、将来債権に限る、と書いてあるのではありません。1号で足りるので、結果として、そこでだけ独立に働きます。同じ契約かどうかは、個別の事情で判断します。境界の外も1つ見ます。同じ設例で、B小売チェーンが、3月20日に、A卸会社へ運転資金100万円を貸したとします。貸金を取得したのは、具備時の12月5日より後です。原因の貸付けも、後です。そして、貸金は、2月1日の売買契約から生じた債権ではありません。1項も、1号も、2号も使えず、相殺は対抗できません。売買の不具合の損害賠償は○で、別に貸した貸金は×です。分かれ目は、譲受人が取得した代金債権と、同じ契約から生じたかどうかです。

差押えの511条に、2号に当たる規定はありません。短答では、511条に2号に当たる規定はない、と覚えてください。理由は、こうです。債権譲渡では、2号の理由の3つめで見たとおり、譲渡のあとも取引が続きます。他方、差押えでは、差押えのあとになお通常の取引を続けて、差押えを受けた債権を新たに生じさせる事態は、稀です。規定を置く必要性に乏しいとされたのです。気をつけてください。差押えでは、同じ契約の債権で相殺できない、という意味ではありません。条文に定めがないだけで、解釈の余地は残ります。ここは、言い切らないでください。

ただし書——具備後に他人の債権を取得したら対抗できない

ただし書の設例。D運送会社はAに運賃債権400万円。6/1にBがDから買い取る→取得は具備時(7/10)より前→1項で○。8/1に買い取る→具備後に他人の債権を取得→ただし書で×。対比=保証して払った求償権(2項1号○)と買い取った債権(×)。分かれ目=具備前に、B自身の側に原因があったか。理由=具備後に他人の債権を買い集めて相殺に使えるなら、譲受人の回収の見込みをいつでも奪える(抜け駆け)。 図:ただし書の設例

  • D運送会社はAに運賃債権400万円
  • 6/1にBがDから買い取る→取得は具備時(7/10)より前→1項で○
  • 8/1に買い取る→具備後に他人の債権を取得→ただし書で×
  • 対比=保証して払った求償権(2項1号○)と買い取った債権(×)
  • 分かれ目=具備前に、B自身の側に原因があったか
  • 理由=具備後に他人の債権を買い集めて相殺に使えるなら、譲受人の回収の見込みをいつでも奪える(抜け駆け)

2項のただし書です。D運送会社は、A卸会社に、運賃債権400万円を持っています。これを、B小売チェーンが、D運送会社から買い取りました。6月1日に買い取ったなら、どうでしょうか。6月1日は、具備時の7月10日より前です。取得が前なので、1項で○だと思います。では、8月1日に買い取ったなら、どうでしょうか。具備時より後に、他人の債権を取得したことになります。ただし書で、×です。511条2項のただし書と並行です。理由は、抜け駆けを許さないことです。具備後に、他人の債権を買い集めて、相殺に使えるなら、譲受人の回収の見込みを、いつでも奪えてしまいます。譲受人が債権を取得した後に、相殺の期待を、新しく作ることは許されません。さっきの保証の求償権と並べます。同じD運送会社が出てきますが、保証して払った求償権は、具備後の取得でも○でした。買い取った債権は、×です。分かれ目は、具備前に、B小売チェーン自身の側に、原因があったかどうかです。

3項——譲渡制限の意思表示がある債権の場合、基準時が読み替えられる

3項の設例の時間軸。譲渡制限の意思表示のついた代金債権を、事情を知っているCが譲り受ける。7/10 通知到達→8/1 Cが相当の期間(8/31まで)を定めてAへの履行を催告→8/20 BがAに対する債権を取得→8/31 相当の期間の経過(基準時)。8/20は通知の後だが基準時の前→1項で○。読替え=①466条4項の場合「466条4項の相当の期間を経過した時」/②466条の3の場合「466条の3の規定により同条の譲受人から供託の請求を受けた時」。 図:3項の設例の時間軸

  • 譲渡制限の意思表示のついた代金債権を、事情を知っているCが譲り受ける
  • 7/10 通知到達→8/1 Cが相当の期間(8/31まで)を定めてAへの履行を催告→8/20 BがAに対する債権を取得→8/31 相当の期間の経過(基準時)
  • 8/20は通知の後だが基準時の前→1項で○
  • 読替え=①466条4項の場合「466条4項の相当の期間を経過した時」/②466条の3の場合「466条の3の規定により同条の譲受人から供託の請求を受けた時」

3項は、基準時の読替えです。譲渡制限の意思表示、つまり、前に見た譲渡制限特約がついた債権が譲渡された場合の、特別な扱いです。譲受人が特約を知っていたか、重大な過失で知らなかったなら、債務者は、譲受人への支払いを拒めて、譲渡人に払って済ませることもできました。読替えは2つあります。1つめは、466条4項の場合。その譲受人が、債務者に、相当の期間を定めて、譲渡人への履行を催告し、期間内に履行がなかったときです。期間が過ぎると、債務者は、もう譲受人への支払いを断れません。このときは、1項と2項の、対抗要件具備時を、466条4項の相当の期間を経過した時、と読みます。2つめは、466条の3の場合。譲渡人が破産して、譲受人が、債務者に供託を請求したときです。このときは、対抗要件具備時を、同条の譲受人から供託の請求を受けた時、と読みます。設例を1つだけ置きます。譲渡制限の意思表示のついた代金債権を、事情を知っているC金融業者が譲り受け、7月10日に通知が届きました。C金融業者が、8月1日に、B小売チェーンに、8月31日までにA卸会社へ払うように、催告します。B小売チェーンが、8月20日に、A卸会社に対する債権を取得したとします。通知の7月10日より後ですが、基準時の8月31日より前です。だから、1項で○です。

通知より後に取得した債権まで守るのは、8月31日までは、B小売チェーンが、譲渡人のA卸会社に払って済ませることも、許されうるからです。まだ譲渡人を相手にしてよいうちに生じた事情を、譲受人に対して失わされるのは、筋が通りません。だから、基準時が、譲渡人を相手にできなくなる時まで、後ろにずれます。前に見た、468条2項の読替えと、同じ線です。

判定の順番と、511条との対照

判定の順番。①自働債権を具備時より前に取得した?→○(1項)/②後に取得したが原因は具備時より前?→○(2項1号)/③原因も後だが、譲受人の取得した債権の発生原因である契約から生じた?→○(2項2号)/④それ以外→×。ただし、具備後に他人の債権を取得したなら①以外は使えない(ただし書)。どの場合も相殺適状に達していることが前提。時系列まとめ=貸金(4/1取得)1項○/求償権(原因4/1・取得9/15)2項1号○/損害賠償債権(同じ売買契約)2項2号○/運送会社の債権の買取り(8/1)ただし書×。 図:判定の順番

  • ①自働債権を具備時より前に取得した?→○(1項)
  • ②後に取得したが原因は具備時より前?→○(2項1号)
  • ③原因も後だが、譲受人の取得した債権の発生原因である契約から生じた?→○(2項2号)
  • ④それ以外→×
  • ただし、具備後に他人の債権を取得したなら①以外は使えない(ただし書)
  • どの場合も相殺適状に達していることが前提
  • 時系列まとめ=貸金(4/1取得)1項○/求償権(原因4/1・取得9/15)2項1号○/損害賠償債権(同じ売買契約)2項2号○/運送会社の債権の買取り(8/1)ただし書×

判定の順番を、板にします。自働債権について、4つを順に見ます。1つめ。具備時より前に取得したか。そうなら、1項で○です。2つめ。後に取得したが、原因は具備時より前か。そうなら、2項1号で○です。3つめ。原因も後だが、譲受人の取得した債権の発生原因である契約から生じたか。そうなら、2項2号で○です。4つめ。どれでもなければ、×です。ただし、具備後に他人の債権を取得したなら、1つめ以外は使えません。そして、どの場合も、相殺適状に達していることが前提です。今日の設例を、時系列で並べます。貸金500万円は、4月1日に取得で、1項の○。保証の求償権は、原因が4月1日で、取得が9月15日。2項1号の○。損害賠償債権は、代金債権と同じ売買契約から生じていて、2項2号の○。具備後の8月1日に、D運送会社の債権を買い取った場合は、ただし書で×です。確認です。保証の求償権の設例で、取得は具備時より後でした。それでも相殺できたのは、判定の順番の、どの段ですか?

511条と469条の対照表。基準時=差押え/対抗要件具備時(債務者対抗要件)。相手方=差押債権者/譲受人。取得が基準時の前=○(弁済期の先後を問わない)=同じ。取得が後でも原因が前=○(2項本文/2項1号)=同じ。同じ契約から生じた債権=条文なし/2項2号(債権譲渡だけ)。後に他人の債権を取得=×(ただし書)=同じ。基準時の読替え=なし/3項。違いは「基準時」と「2号」の2点。 図:511条と469条の対照表

  • 基準時=差押え/対抗要件具備時(債務者対抗要件)
  • 相手方=差押債権者/譲受人
  • 取得が基準時の前=○(弁済期の先後を問わない)=同じ
  • 取得が後でも原因が前=○(2項本文/2項1号)=同じ
  • 同じ契約から生じた債権=条文なし/2項2号(債権譲渡だけ)
  • 後に他人の債権を取得=×(ただし書)=同じ
  • 基準時の読替え=なし/3項
  • 違いは「基準時」と「2号」の2点

次に、511条と469条を、並べます。違いは、2点だけです。1つめは、基準時です。511条は差押え、469条は対抗要件具備時で、債務者に対する対抗要件のほうです。相手方も、差押債権者と譲受人で替わります。2つめは、同じ契約から生じた債権です。511条には条文が無く、469条は、2項2号で拾います。債権譲渡だけの拡張です。それ以外は、同じです。取得が基準時の前なら○で、弁済期の先後は問いません。後に取得しても、原因が前なら○です。後に他人の債権を取得したら、×です。短答の罠は、2つです。差押えにも2号に当たる規定がある、は誤りです。債権譲渡では弁済期の先後を問題にする、も誤りです。

逆相殺——相殺の意思表示が先か、相殺適状が先か

逆相殺の設例の関係図。A=A卸会社(債務者)、B=B小売チェーン(第三債務者)、C=C金融業者(転付債権者)。B→Aに貸金600万円(返済期限7/31)。A→Bに代金債権800万円(支払期日8/31)。CはAの貸主で、代金債権800万円を差し押さえて転付命令を得る(9/15確定)。CはBから備品を買い、代金800万円を9/20に払う債務がある。9/25 Cが転付債権800万円で備品代金債務800万円を相殺(逆相殺)。9/30 Bが貸金600万円で代金債権を相殺。 図:逆相殺の設例の関係図

  • A=A卸会社(債務者)、B=B小売チェーン(第三債務者)、C=C金融業者(転付債権者)
  • B→Aに貸金600万円(返済期限7/31)
  • A→Bに代金債権800万円(支払期日8/31)
  • CはAの貸主で、代金債権800万円を差し押さえて転付命令を得る(9/15確定)
  • CはBから備品を買い、代金800万円を9/20に払う債務がある
  • 9/25 Cが転付債権800万円で備品代金債務800万円を相殺(逆相殺)
  • 9/30 Bが貸金600万円で代金債権を相殺

最後に、逆相殺です。債権の移転を受けた側、たとえば譲受人や、差し押さえた債権を裁判所の命令で移してもらった債権者が、移転を受けた債権を自働債権にして、自分が元から負担していた債務を受働債権として、相殺することです。これに対して、元の債務者の側の相殺を、順相殺と呼ぶことがあります。順相殺と逆相殺が、ぶつかったとき、どちらが優先するか。これが問題です。先に断っておきます。最高裁が判断したのは、債権譲渡ではなく、差押えと転付命令の事案です。転付命令は、前に見たとおり、差し押さえた金銭債権を、支払に代えて、券面額、つまり債権の額面どおりの金額で、差押債権者に移す、裁判所の命令です。確定すると効力が生じて、債権は差押債権者のものになり、差押債権者の元の債権は、券面額で弁済されたものとみなされます。民事執行法159条と160条です。この節では、配役が少しずれます。B小売チェーンは、第三債務者、つまり、差し押さえられた債権の債務者です。A卸会社は、債務者、つまり、債権を差し押さえられた人です。C金融業者は、A卸会社の貸主で、転付命令で債権を手に入れる、転付債権者です。設例です。B小売チェーンは、A卸会社に、600万円を貸していて、返済期限は7月31日です。A卸会社は、B小売チェーンに対して、代金債権800万円を持っていて、支払期日は8月31日です。B小売チェーンの側は、8月31日に、相殺適状になります。

C金融業者は、A卸会社への貸金を回収するため、この代金債権800万円を差し押さえて、転付命令を得ました。確定したのは、9月15日です。C金融業者は、別に、B小売チェーンから店舗の備品を買っていて、代金800万円を、9月20日に払う債務があります。C金融業者の側は、9月20日に相殺適状です。9月25日に、C金融業者が、転付された代金債権800万円で、備品の代金債務800万円を、相殺すると通知しました。逆相殺です。9月30日に、B小売チェーンが、A卸会社への貸金600万円で、代金債権を相殺すると通知しました。

逆相殺の時間軸。7/31 貸金600万円の返済期限→8/31 代金800万円の支払期日=B小売チェーンの側が相殺適状→9/15 転付命令の確定→9/20 備品代金の期日=C金融業者の側が相殺適状→9/25 Cが相殺の意思表示→9/30 Bが相殺の意思表示。適状はBが先/意思表示はCが先。結論=相殺の意思表示の先後で決まる→Cの相殺が優先。Bの貸金600万円はA卸会社から取り立てる。 図:逆相殺の時間軸

  • 7/31 貸金600万円の返済期限→8/31 代金800万円の支払期日=B小売チェーンの側が相殺適状→9/15 転付命令の確定→9/20 備品代金の期日=C金融業者の側が相殺適状→9/25 Cが相殺の意思表示→9/30 Bが相殺の意思表示
  • 適状はBが先/意思表示はCが先
  • 結論=相殺の意思表示の先後で決まる→Cの相殺が優先
  • Bの貸金600万円はA卸会社から取り立てる

問いです。相殺適状は、B小売チェーンのほうが先です。相殺の意思表示は、C金融業者のほうが先です。どちらの相殺が、優先するでしょうか?迷うところです。かつては、相殺適状の先後で決める見解が有力でした。先に適状になった小売チェーンが優先する、という考えです。しかし、今日では、相殺の意思表示の先後で決めるのが、通説です。判例も、同じ結論です。設例では、先に意思表示をした、C金融業者の相殺が優先します。C金融業者の相殺で、代金債権800万円も、備品代金債務800万円も、消えます。B小売チェーンの後の相殺は、効力を生じません。B小売チェーンは、A卸会社への貸金600万円が残りますから、A卸会社から取り立てるしかありません。判決の事案を言います。転付債権者が、債務者の第三債務者に対する預金債権について、差押えと転付命令を得ました。転付債権者は、その預金債権を自働債権にして、自分が第三債務者に負う手形金債務と、相殺しました。その後に、第三債務者が、債務者への貸付金債権を自働債権、預金債権を受働債権として、相殺しました。原審は、第三債務者の側の適状が先だから、転付債権者の相殺は対抗できない、と判断しました。最高裁は、これを破棄して、差し戻しています。理由を、2枚のカードで読みます。1枚目の前に、2つ確かめます。相殺適状は、前に見たとおり、相殺に必要な、債権どうしの条件がそろった状態です。民法508条は、前に見た、時効で消えた債権でも、消える前に適状だったなら、相殺できる、という規定でした。

判例最判昭54・7・10 民集33巻5号533頁

相殺適状は、相殺の意思表示のときに現存することを要する ところで、相殺適状は、原則として、相殺の意思表示がされたときに現存することを要するのであるから、いつたん相殺適状が生じていたとしても、相殺の意思表示がされる前に一方の債権が弁済、代物弁済、更改、相殺等の事由によつて消滅していた場合には相殺は許されない(民法五〇八条はその例外規定である。)、と解するのが相当である。

読み方です。適状は、相殺の意思表示がされたときに、まだ存在していなければなりません。いったん適状になっていても、意思表示の前に、一方の債権が、弁済や相殺などで消えていたら、相殺は許されません。508条は、その例外です。設例では、C金融業者の相殺で、代金債権が消えました。B小売チェーンが9月30日に意思表示をした時には、相殺する先の債権が、もうありません。2枚目の前に、言葉を断ります。委付は、移し渡すことです。被差押債権は、差し押さえられた債権、つまり転付された債権です。第三債務者は、設例のB小売チェーンです。

判例最判昭54・7・10 民集33巻5号533頁

第三債務者の相殺の意思表示があるまで、転付債権者の相殺は妨げられない また、債権が差し押さえられた場合において第三債務者が債務者に対して反対債権を有していたときは、その債権が差押後に取得されたものでない限り、右債権及び被差押債権の弁済期の前後を問わず、両者が相殺適状になりさえすれば、第三債務者は、差押後においても右反対債権を自働債権とし被差押債権を受働債権として相殺することができるわけであるけれども、そのことによつて、第三債務者が右の相殺の意思表示をするまでは、転付債権者が転付命令によつて委付された債権を自働債権とし、第三債務者に対して負担する債務を受働債権として相殺する権能が妨げられるべきいわれはない。

読み方です。前半は、差押えと相殺の511条で見たことです。第三債務者は、差押え前に取得した反対債権なら、差押えの後でも、相殺できます。そのうえで、後半が核心です。だからといって、第三債務者が相殺の意思表示をするまでは、転付債権者が、転付された債権で相殺する権能が、妨げられるいわれはない、と言っています。

意思表示の先後で決まる理由。①相殺適状は意思表示の時に現存していなければならない=先に消えた債権は相殺できない(508条は例外)②第三債務者が意思表示をするまで、転付債権者の相殺する権能は妨げられない③相殺への期待は、他の債権者が先に済ませた回収を覆すほど強くない(学説)。遡及効=さかのぼるのは有効に成立した相殺だけ。位置づけ=判断したのは転付命令の事案/構図が同じ債権譲渡でも同じ考え方。 図:意思表示の先後で決まる理由

  • ①相殺適状は意思表示の時に現存していなければならない=先に消えた債権は相殺できない(508条は例外)②第三債務者が意思表示をするまで、転付債権者の相殺する権能は妨げられない③相殺への期待は、他の債権者が先に済ませた回収を覆すほど強くない(学説)
  • 遡及効=さかのぼるのは有効に成立した相殺だけ
  • 位置づけ=判断したのは転付命令の事案/構図が同じ債権譲渡でも同じ考え方

判例の理由は、2つです。1つめ。適状は、意思表示の時に存在していなければならない。先に消えた債権は、もう相殺できない。2つめ。第三債務者の相殺権は守られるが、意思表示をするまでは、転付債権者の相殺する権能を妨げる理由にならない。これに、学説の説明が1つ加わります。相殺への期待は大切ですが、他の債権者が先に済ませた回収を、あとから覆すほど強い期待ではありません。前に見たとおり、相殺は意思表示で効力が生じて、適状の時にさかのぼります。ただ、さかのぼるのは、有効に成立した相殺です。小売チェーンの意思表示の時には、代金債権が、もうありません。さかのぼる先が、ないのです。位置づけも言います。最高裁が判断したのは、転付命令の事案です。ただ、債権が、移転を受けた者に移り、その者が、元から相手に債務を負っている、という構図は、債権譲渡と同じです。そのため、債権譲渡でも同じ考え方で処理される、と整理されています。

冒頭の答えとまとめ

まとめ表(5行)。①1項=具備時より前に取得→○(弁済期の先後を問わない・債務者対抗要件)。②2項1号=後に取得でも原因が前→○。③2項2号=同じ契約から生じた債権→○(将来債権の譲渡の場面・差押えには条文なし)。④ただし書=具備後に他人の債権を取得→×。⑤逆相殺=相殺の意思表示の先後で決まる(転付命令の事案)。3項=基準時の読替え(466条4項・466条の3)。 図:まとめ表

  • 5行
  • ①1項=具備時より前に取得→○(弁済期の先後を問わない・債務者対抗要件)。②2項1号=後に取得でも原因が前→○。③2項2号=同じ契約から生じた債権→○(将来債権の譲渡の場面・差押えには条文なし)。④ただし書=具備後に他人の債権を取得→×。⑤逆相殺=相殺の意思表示の先後で決まる(転付命令の事案)。3項=基準時の読替え(466条4項・466条の3)。

冒頭の答えです。B小売チェーンは、貸金の取得が4月1日で、通知の7月10日より前です。返済期限が代金の支払期日より後でも、12月20日に適状に達すれば、貸金500万円で相殺できます。C金融業者に払うのは、300万円です。整理します。1項は、具備時より前に取得した債権なら、弁済期の先後を問わず、対抗できます。対抗要件は、債務者に対する対抗要件です。2項1号は、具備後に取得しても、原因が具備前なら、対抗できます。2号は、譲受人の取得した債権と同じ契約から生じた債権で、将来債権の譲渡の場面で、独立に働きます。差押えには、これに当たる規定はありません。ただし書は、具備後に他人の債権を取得したら、対抗できません。3項は、譲渡制限の意思表示がある場合の、基準時の読替えです。511条との違いは、基準時と、2号の2点でした。逆相殺は、相殺の意思表示の先後で決まります。判例が判断したのは、転付命令の事案でした。ここは、論文で論点になりうる部分です。

条文の線は、期待を守る範囲をどこまで広げるか、という線です。この線で、条文を当てはめられます。

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#191単独ページ動画

更改・免除・混同

第4章 債権総論 #191/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借金を返す代わりに、車を渡す約束にした

冒頭の関係図。貸主Aは借主Bに100万円を貸している(保証人と抵当権が付いている)。Bが「返す代わりに、この車を渡す約束に切り替えたい」と申し出て、Aも合意した。問い=この瞬間、100万円の債務はどうなるか。付いていた保証人や抵当権はどうなるか。 図:冒頭の関係図

  • 貸主Aは借主Bに100万円を貸している(保証人と抵当権が付いている)
  • Bが「返す代わりに、この車を渡す約束に切り替えたい」と申し出て、Aも合意した
  • 問い=この瞬間、100万円の債務はどうなるか
  • 付いていた保証人や抵当権はどうなるか

借主のBは、貸主のAから、100万円を借りています。この借金には、保証人が付いていて、抵当権も付いています。ある日、Bが言い出しました。返す代わりに、この車を渡す約束に切り替えさせてください。Aも、それでいいと合意しました。問いです。この合意をした瞬間に、100万円の借金はどうなるでしょうか。そして、付いていた保証人や抵当権は、どうなるでしょうか。借金が消えるという見立ては、半分だけ当たっています。先に答えの形を言います。合意の中身によって、2通りに分かれます。1つめは、古い100万円の債務を消して、車を渡す債務に入れ替える合意です。この場合は、合意した時に100万円の債務が消えて、保証も抵当権も、原則として、消えます。2つめは、車で払うことにする、というだけの合意です。この場合は、合意しただけでは100万円の債権は残ります。車を実際に渡した時に、はじめて消えます。こちらは代物弁済として、前に見ました。今日は、1つめの話です。

同じ「車を渡す」という合意なのに、保証人の運命まで変わるんですか。変わります。分かれ目は、当事者の意思です。なぜ意思で分かれるのか。そして、消えてしまうものを、一部だけでも守る方法はあるのか。今日の中心は、そこです。答えは、最後にもう一度確認します。

更改とは何か——513条と3つの型

513条の要点。更改=従前の債務に代えて、新たな債務を発生させる契約。古い債務が消えるのは、新しい債務ができた時。新しい債務の3つの型=1号 給付の内容の重要な変更(例=100万円を払う債務→車を渡す債務)/2号 債務者の交替(A→B 100万円がA→C 100万円に)/3号 債権者の交替(A→B 100万円がC→B 100万円に)。 図:513条の要点

  • 更改=従前の債務に代えて、新たな債務を発生させる契約
  • 古い債務が消えるのは、新しい債務ができた時
  • 新しい債務の3つの型=1号 給付の内容の重要な変更(例=100万円を払う債務→車を渡す債務)/2号 債務者の交替(A→B 100万円がA→C 100万円に)/3号 債権者の交替(A→B 100万円がC→B 100万円に)

更改を、前に、古い債務を、新しい債務に入れ替えること、と言いました。条文で確かめます。

条文民法513条

民法第513条 当事者が従前の債務に代えて、新たな債務であって次に掲げるものを発生させる契約をしたときは、従前の債務は、更改によって消滅する。  一 従前の給付の内容について重要な変更をするもの  二 従前の債務者が第三者と交替するもの  三 従前の債権者が第三者と交替するもの

柱書きに、大事な点が2つあります。1つめは、従前の債務に代えて、新たな債務を発生させる契約、という部分です。古い債務の代わりに、新しい債務を作る契約、ということです。2つめは、従前の債務は、更改によって消滅する、という結論です。古い債務が消えるのは、新しい債務ができた時です。冒頭の問いの答えの、前半にあたります。合意の時に、100万円の債務は消えます。新しい債務の型は、1号から3号の3つに限られます。1号は、給付の内容についての重要な変更です。冒頭の例なら、100万円を払う債務を、車を渡す債務に替えることです。2号は、債務者の交替です。借主のBが抜けて、Cが新しい債務者になり、AはCに100万円を請求する形になります。3号は、債権者の交替です。貸主のAが抜けて、Cが新しい債権者になり、CがBに100万円を請求する形になります。

2号と3号は、債務引受や債権譲渡と、そっくりに見えます。どこが違うんですか。そこが、今日の後半の山場です。先に一言だけ言うと、同じ債務が続くのか、別の債務になるのか、です。債務引受の回で、同一性と呼びました。比較表で、じっくり見ます。その前に、2017年の改正で、答案が変わる点を2つ確認します。1つめ。以前の条文は、債務の要素を変更する契約、とだけ書いていて、何が要素にあたるかは、解釈に任されていました。いまは、この3つの型に具体化されています。2つめ。以前は、条件のついた債務を条件のない債務にしたり、条件を付けたり、条件を変えたりすると、要素の変更とみなす規定がありました。これは削られました。ですから、条件を付け外しただけでは、当然には更改になりません。担保も抗弁も、当然には消えません。

更改の意思——なぜ厳しく見るのか

更改の意思。同じ「車を渡す」合意でも、①古い債務を消して新しい債務に入れ替える意思がある=更改(合意の時に100万円が消え、保証・抵当権も原則消える)②車で払うだけの意思=代物弁済(車を渡すまで100万円は残る)。意思が明らかでなければ更改とは扱わない。意思がないとき=1号は代物弁済の合意か単なる内容の変更/2号は免責的債務引受/3号は債権譲渡と読む。 図:更改の意思

  • 同じ「車を渡す」合意でも、①古い債務を消して新しい債務に入れ替える意思がある=更改(合意の時に100万円が消え、保証・抵当権も原則消える)②車で払うだけの意思=代物弁済(車を渡すまで100万円は残る)
  • 意思が明らかでなければ更改とは扱わない
  • 意思がないとき=1号は代物弁済の合意か単なる内容の変更/2号は免責的債務引受/3号は債権譲渡と読む

513条の3つの型にあたる変更をすれば、それだけで更改になるのでしょうか。ならない、というのが答えです。もう一歩、必要なものがあります。古い債務を消して、それに代えて新しい債務を発生させる、という当事者の意思です。これを、更改の意思と呼びます。条文に、意思ということばそのものは書かれていません。ただ、従前の債務に代えて、という言葉に、この意思が表れています。解釈で、更改の意思が必要だと考えられているのです。境界のペアで見ます。Bが、100万円の借金はいったん消して、そのかわりに車を渡す約束を新しく結びましょう、と言い、Aが同意した。これは、更改の意思が明らかです。他方、Bが、100万円は車で払わせてください、と言い、Aが、いいですよ、と答えただけなら、どうでしょうか。古い借金を消す、という話は、どこにも出ていません。これは更改ではなく、代物弁済の合意です。

どうして、そこまで意思を厳しく見るんですか。更改と読むと、効果がとても重いからです。古い債務が消えるだけではありません。保証も抵当権も、債務者が持っていた反論も、消えます。債権者にとっても、債務者にとっても、大きな変化です。意思が明らかでないのに更改と扱えば、当事者が思ってもいない不利益を、押しつけることになります。ですから、判例も学説も、更改の意思が明らかでなければ、更改とは扱いません。では、意思がなければ、何と読むのでしょうか。1号の変更なら、代物弁済の合意か、単なる内容の変更です。2号の債務者の交替なら、免責的債務引受です。3号の債権者の交替なら、債権譲渡です。どれも、古い債務を消さずに、そのまま続ける側の読み方です。代物弁済の合意なら、車を渡すまで、100万円の債務が、保証や抵当権ごと残ります。債務引受や債権譲渡なら、同じ債務が移るので、抗弁が引き継がれます。担保がどうなるかは、あとの比較表で確かめます。冒頭の2通りの分かれ目は、ここにあったのです。この合意は更改か、代物弁済か。この認定は、論文で論点になりうる部分です。

要件——古い債務の存在と、新しい債務の成立

更改の要件。(a)古い債務が存在すること=無ければ更改は効力を生じない(例=すでに返し終えた100万円の債務)。(b)新しい債務が成立すること=成立しなければ古い債務は消えない。2つの債務は因果でつながる=古い債務が無ければ新しい債務は生まれない/新しい債務が生まれなければ古い債務は消えない。新しい債務が取り消されたとき=121条により初めから無効→原則、古い債務は消えなかったことになる(以前の517条は削除)。 図:更改の要件

  • (a)古い債務が存在すること=無ければ更改は効力を生じない(例=すでに返し終えた100万円の債務)
  • (b)新しい債務が成立すること=成立しなければ古い債務は消えない
  • 2つの債務は因果でつながる=古い債務が無ければ新しい債務は生まれない/新しい債務が生まれなければ古い債務は消えない
  • 新しい債務が取り消されたとき=121条により初めから無効→原則、古い債務は消えなかったことになる(以前の517条は削除)

更改が成り立つには、2つの要件があります。1つめは、古い債務が存在していることです。無ければ、更改は効力を生じません。たとえば、100万円をすでに返し終えて、消えている債務について、更改の合意をしたとします。消すべき債務が、もう無いのです。2つめは、新しい債務が成立することです。成立しなければ、古い債務は消えません。たとえば、車を渡す債務を作る合意が、無効だったとします。それでも古い100万円だけが消える、というのでは、貸主は何も得ないまま、債権を失います。古い債務が無ければ、新しい債務は生まれません。新しい債務が生まれなければ、古い債務は消えません。この因果で、2つの債務は結ばれています。

ここも、改正で変わりました。以前は517条という規定があり、不法な原因や当事者の知らない事由で、新しい債務が成立しなかったり、取り消されたりしたときは、古い債務は消えない、と決めていました。この規定は、改正で削られました。現在は、一般の規定で考えます。更改の契約が取り消されると、121条により、初めから無効だったものとして扱われます。ですから、原則は、古い債務は消えなかったことになります。ただし、債権者が古い債務を免除する意思だった、と評価できる場合に、古い債務が消えうるかどうかは、個別の事案ごとの判断に委ねられています。答案では、原則は消えない、というところまで書いてください。

債務者の交替——514条

2号の前後。前=A→B 100万円。後=A→C 100万円。契約するのは債権者Aと新しい債務者C。Bは契約に加わらない。更改の効力はAがBに通知した時に生じる(514条1項)。CはBに求償権を取得しない(2項)。 図:2号の前後

  • 前=A→B 100万円
  • 後=A→C 100万円
  • 契約するのは債権者Aと新しい債務者C
  • Bは契約に加わらない
  • 更改の効力はAがBに通知した時に生じる(514条1項)
  • CはBに求償権を取得しない(2項)

当事者の話に入ります。1号は、債権者と債務者の、普通の契約です。気をつけるのは、2号と3号です。まず2号、債務者の交替から。設例は、Aが貸した100万円の債務者が、Bから、Cに替わる場合です。

条文民法514条

民法第514条 1 債務者の交替による更改は、債権者と更改後に債務者となる者との契約によってすることができる。この場合において、更改は、債権者が更改前の債務者に対してその契約をした旨を通知した時に、その効力を生ずる。 2 債務者の交替による更改後の債務者は、更改前の債務者に対して求償権を取得しない。

1項のポイントは3つです。契約をするのは、債権者のAと、新しい債務者になるCです。借主のBは、契約に加わらなくてかまいません。そして、更改の効力が生じるのは、AがBに、その契約をした旨を通知した時です。AとCが契約しただけで、まだ通知をしていない間は、更改の効力は生じていません。Bの100万円の債務も、まだ消えていません。2項は、新しい債務者のCは、Bに求償権を取得しない、という規定です。Cは、Bの代わりに払うのではなく、自分自身の債務として払うからです。反対していても、できます。以前は、更改前の債務者の意思に反するときはできない、というただし書がありましたが、削られました。債務者の意思に反しても可能です。免責的債務引受と、要件も効果もそろえた形になっています。

どうしてBは抜きでいいんでしょうか。Bに、不利益が残らないからです。Bは、債務を免れる側です。しかも、CはBに求償権を取得しません。Bに、後から請求が来ることもありません。通知は、債務が消えたことをBに知らせるための、効力が生じる要件です。

債権者の交替——515条。なぜ三者の契約なのか

3号の前後。前=A→B 100万円。後=C→B 100万円。契約するのは更改前の債権者A・更改後に債権者となるC・債務者Bの三者。確定日付のある証書によらなければ第三者に対抗できない(515条2項)。対比=2号では新しい債務を負うのは契約当事者のC/3号では新しい債務を負うのはB。 図:3号の前後

  • 前=A→B 100万円
  • 後=C→B 100万円
  • 契約するのは更改前の債権者A・更改後に債権者となるC・債務者Bの三者
  • 確定日付のある証書によらなければ第三者に対抗できない(515条2項)
  • 対比=2号では新しい債務を負うのは契約当事者のC/3号では新しい債務を負うのはB

次に、3号、債権者の交替です。設例は、Aが持っていた100万円の債権者が、Aから、Cに替わる場合です。Bは、Aではなく、Cに対して、100万円を払う債務を負うことになります。

条文民法515条

民法第515条 1 債権者の交替による更改は、更改前の債権者、更改後に債権者となる者及び債務者の契約によってすることができる。 2 債権者の交替による更改は、確定日付のある証書によってしなければ、第三者に対抗することができない。

1項は、更改前の債権者のA、更改後に債権者となるC、そして債務者のB、この三者の契約でする、と言っています。2項は、確定日付のある証書によらなければ、第三者に対抗できない、です。新しい債務を、誰が負うのか、に注目してください。2号で新しい債務を負うのは、契約の当事者のCです。借主のBは、債務を免れるだけなので、契約に加わらなくても、害されません。ところが、3号で新しい債務を負うのは、債務者のBです。AでもCでもありません。Bに新しい債務を負わせる以上、Bが自分で契約に加わる必要があります。債権譲渡ではBは契約に入りませんが、更改の3号ではBも契約の当事者になります。そこが、違いです。債権譲渡は、同じ債権が、AからCに移るだけです。Bの債務の中身は変わらないので、Bには、通知か承諾があれば足りました。更改の3号は、Bが新しい債務を負う、別の債務を作ります。Bが契約の当事者ですから、債権譲渡のような、債務者への通知や承諾は要りません。ただ、債権者がAからCに替わる点は、債権譲渡と同じです。Aから同じ債権を譲り受けた人や、差し押さえた人との間で、どちらが優先するかを決める必要があります。そのために、債権譲渡の対抗要件で見た、確定日付のある証書が、ここでも使われます。債権譲渡では、通知か承諾を、この証書でしました。更改の3号では、更改の契約そのものを、この証書でします。

効果——古い債務が消えると、付いていたものも消える

更改の効果(原則)。冒頭の設例=前は100万円の債務に保証人と抵当権が付いている。後は車を渡す債務だけ。古い債務が消えるので、保証・抵当権・質権(付従性)と、債務者が古い債務について言えた抗弁も消える。新しい債務は別の債務=古い債務に付いていた抗弁は引き継がれない。2号で債務者が替わっても同じ。 図:更改の効果

  • 原則
  • 冒頭の設例=前は100万円の債務に保証人と抵当権が付いている。後は車を渡す債務だけ。古い債務が消えるので、保証・抵当権・質権(付従性)と、債務者が古い債務について言えた抗弁も消える。新しい債務は別の債務=古い債務に付いていた抗弁は引き継がれない。2号で債務者が替わっても同じ。

効果に入ります。ここで、少し立ち止まってください。古い債務が消えたとき、その債務に付いていた抵当権は、どうなるでしょうか。付従性という言葉を使って、答えてみてください。担保は、担保されている債務に付き従います。これが付従性です。付き従う先が消えれば、担保も消えます。この考え方から、更改の原則が出てきます。原則は、こうです。古い債務が消えると同時に、そこに付いていた担保、つまり保証、抵当権、質権も消えます。債務者が持っていた抗弁、つまり反論も消えます。新しい債務は別の債務ですから、古い債務に付いていた反論は、新しい債務に引き継がれません。冒頭の問いの答えの、後半です。車を渡す債務が、新しい債務です。100万円の債務は消えて、保証人の保証も、抵当権も、原則として、消えます。2号で債務者がCに替わる場合でも、同じです。

困ります。だから、更改の意思を厳しく見るのでしたね。そして、困りすぎないように、条文は例外を用意しています。次の518条です。

例外——518条。担保を新しい債務に移す

518条の設例。貸主A・借主B・物上保証人(自分の土地に抵当権を付けた第三者)・後順位の抵当権者。2号の更改でCが新しい債務者になる。移すために必要なこと=①担保を設定した第三者の承諾(物上保証人。2号では債務者本人も)(1項ただし書)②Cに対する意思表示(2項)③あらかじめ又は同時に。範囲=更改前の債務の目的の限度。 図:518条の設例

  • 貸主A・借主B・物上保証人(自分の土地に抵当権を付けた第三者)・後順位の抵当権者
  • 2号の更改でCが新しい債務者になる
  • 移すために必要なこと=①担保を設定した第三者の承諾(物上保証人。2号では債務者本人も)(1項ただし書)②Cに対する意思表示(2項)③あらかじめ又は同時に
  • 範囲=更改前の債務の目的の限度

まず、条文を全文で出します。

条文民法518条

民法第518条 1 債権者(債権者の交替による更改にあっては、更改前の債権者)は、更改前の債務の目的の限度において、その債務の担保として設定された質権又は抵当権を更改後の債務に移すことができる。ただし、第三者がこれを設定した場合には、その承諾を得なければならない。 2 前項の質権又は抵当権の移転は、あらかじめ又は同時に更改の相手方(債権者の交替による更改にあっては、債務者)に対してする意思表示によってしなければならない。

1項から読みます。債権者は、更改前の債務の目的の限度で、その債務の担保として設定された質権か抵当権を、更改後の債務に移せます。ただし、第三者が設定したものは、その第三者の承諾が要ります。2項は、移す意思表示の方法です。あらかじめ、または同時に、更改の相手方に対してします。相手方とは、2号ならC、3号ならBです。設例を置きます。貸主のA、借主のBの100万円の債務に、第三者の土地に付けた抵当権があります。自分の土地を他人の借金の担保に出した人を、物上保証人と呼びます。その土地には、後から別の人の2番抵当権も付いています。後順位の抵当権者です。2号の更改で、Cが新しい債務者になります。AがCの新しい債務に、この抵当権を移したいなら、物上保証人の承諾を得て、Cに対して、あらかじめ、または同時に、移す意思表示をします。

物上保証人は、Bの借金を担保するつもりで、土地を差し出しました。その担保が、別の債務のために使われるのですから、本人の了解が要る、と考えられます。なお、2号では、債務者のBは、更改の契約に加わりません。ですから、Bが自分で設定した担保を移すときも、Bの承諾が要ります。3号では、Bも契約の当事者なので、この承諾は要りません。次に、時期です。あらかじめ、または同時に、というのは、更改のあとではだめなんですか。だめです。理由は付従性です。古い債務が消えると、担保も一緒に消えます。更改の後には、移すべき担保が、もう無いのです。更改より後に移すことを認めると、消えたはずの担保が、復活することになります。木にたとえます。担保は、債務という幹に付いた枝です。幹を切って別の木を植えれば、枝は付いてきません。518条は、幹を切る前に、質権と抵当権の枝だけを、新しい木に接ぎ木する手続です。境界の例で見ます。更改の契約と同時に、この抵当権を移します、と伝えたなら、有効です。更改の契約から1週間後に、やっぱり移します、と伝えても、もう遅いのです。

518条の理由。①あらかじめ又は同時=古い債務が消えると担保も消える→消えた後では移すものが無い②限度=古い債務の範囲内(例=古い債務100万円・新しい債務120万円でも移るのは100万円まで)→後順位の担保権者の期待を害さない③質権と抵当権だけ=条文が移せると定めるのはこの2つ。順位のある担保物権で、更改後も同じ順位を保てることに意味がある。保証は移せない=保証人が約束したのは古い債務の保証だけ→新しい債務については保証人と改めて保証契約を結ぶ。改正=以前は更改の当事者が移すとされ合意が必要→現行は債権者の単独の意思表示で足りる。 図:518条の理由

  • ①あらかじめ又は同時=古い債務が消えると担保も消える→消えた後では移すものが無い②限度=古い債務の範囲内(例=古い債務100万円・新しい債務120万円でも移るのは100万円まで)→後順位の担保権者の期待を害さない③質権と抵当権だけ=条文が移せると定めるのはこの2つ
  • 順位のある担保物権で、更改後も同じ順位を保てることに意味がある
  • 保証は移せない=保証人が約束したのは古い債務の保証だけ→新しい債務については保証人と改めて保証契約を結ぶ
  • 改正=以前は更改の当事者が移すとされ合意が必要→現行は債権者の単独の意思表示で足りる

更改前の債務の目的の限度、つまり、古い債務の範囲です。後順位の担保権者を守るための線だと説明されます。抵当権の優先枠は、古い債務を前提に決まっています。その枠を超えて新しい債務の担保にすると、後順位の担保権者の取り分が減ってしまいます。数字で見ましょう。古い債務が100万円で、新しい債務が120万円になったとします。移せるのは、100万円の範囲までです。超えた20万円の部分には、この抵当権の優先枠は及びません。こうすれば、後順位の担保権者の期待を害しません。質権と抵当権だけなのは、どうしてですか。保証は、移せないんですか。移せません。518条が移せると定めているのは、質権と抵当権だけです。保証は、条文に入っていません。ですから、原則どおり、古い債務と一緒に消えます。保証人が約束したのは、古い債務の保証です。別の債務である新しい債務まで保証する、とは約束していません。新しい債務も保証してもらうには、保証人と、改めて保証契約を結ぶしかないのです。では、質権と抵当権だけ、移す道があるのは、なぜでしょうか。この2つは、順位のある担保物権です。更改の後も同じ順位を保てることに、意味があります。保証には順位が無いので、契約を結び直せば足り、移す規定を置く実益が乏しいのです。改正点も1つ。以前は、更改の当事者が移す、とされていて、当事者の合意が必要な形でした。現行は、債権者の単独の意思表示で足ります。担保を設定した人ではない債務者の関与を求める合理性が、乏しいからです。

担保を新しい債務に移せるかどうかは、論文で論点になりうる部分です。

比較表——更改と、似た3つの制度

比較の見方。更改の3つの型を、似た制度と1組ずつ並べる=1号と代物弁済/2号と免責的債務引受/3号と債権譲渡。4つの列=何が変わるか/古い債務はいつ消えるか/債務の同一性/担保と抗弁の行方。分かれ目は同一性があるかないか。 図:比較の見方

  • 更改の3つの型を、似た制度と1組ずつ並べる=1号と代物弁済/2号と免責的債務引受/3号と債権譲渡
  • 4つの列=何が変わるか/古い債務はいつ消えるか/債務の同一性/担保と抗弁の行方
  • 分かれ目は同一性があるかないか

ここで、更改と、似た3つの制度を並べます。見分ける軸は、同一性です。同じ債務が続くのか、別の債務になるのか。4つの列で比べます。何が変わるか、古い債務はいつ消えるか、同一性、担保と抗弁の行方です。3組を、1枚ずつ見ます。

1組め。更改の1号と代物弁済。変わるもの=どちらも給付の内容。古い債務が消える時=更改は合意だけで新しい債務ができた時/代物弁済は合意だけでは債権は残り、別の物を渡した時(482条)。同一性=更改は失う/代物弁済は債権が消える。担保=更改は原則消える(518条で質権・抵当権は移せる)/代物弁済は弁済と同一の効力で債権が消えるので、結果として担保も消える。 図:1組め

  • 更改の1号と代物弁済
  • 変わるもの=どちらも給付の内容
  • 古い債務が消える時=更改は合意だけで新しい債務ができた時/代物弁済は合意だけでは債権は残り、別の物を渡した時(482条)
  • 同一性=更改は失う/代物弁済は債権が消える
  • 担保=更改は原則消える(518条で質権・抵当権は移せる)/代物弁済は弁済と同一の効力で債権が消えるので、結果として担保も消える

1組めは、更改の1号と、代物弁済です。変わるのは、どちらも給付の内容です。違いは、古い債務が消える時期です。更改は、合意だけで、新しい債務ができた時に、古い債務が消えます。代物弁済は、合意しただけでは債権が残り、別の物を渡した時に消えます。482条です。担保の行方も、見ておきます。更改は、原則として担保が消えますが、518条で、質権と抵当権は移せます。代物弁済は、弁済と同一の効力を持ち、債権そのものが消えるので、移す対象が残りません。担保も、そのまま消えます。2組めの前に、1つ思い出してください。免責的債務引受の引受人は、元の債務者が持っていた反論を、使えましたか?

使えました。同じ債務が移るので、抗弁も引き継がれました。それが同一性が保たれる、ということでした。この対比で、2組めを見ます。

2組め。更改の2号と免責的債務引受。変わるもの=どちらも債務者。同一性=更改は失う(別の債務)/債務引受は保つ(同じ債務が移る)。担保と抗弁=更改は原則消える・移せるのは質権と抵当権だけ(518条)/債務引受は抗弁が引き継がれ、担保は472条の4の手続で移せて、保証も移せる(保証人の書面による承諾)。方法=どちらもあらかじめ又は同時の意思表示。要件・効果=債権者と新債務者の契約・通知で効力・求償権なし(472条の3)で、そろえてある。 図:2組め

  • 更改の2号と免責的債務引受
  • 変わるもの=どちらも債務者
  • 同一性=更改は失う(別の債務)/債務引受は保つ(同じ債務が移る)
  • 担保と抗弁=更改は原則消える・移せるのは質権と抵当権だけ(518条)/債務引受は抗弁が引き継がれ、担保は472条の4の手続で移せて、保証も移せる(保証人の書面による承諾)
  • 方法=どちらもあらかじめ又は同時の意思表示
  • 要件・効果=債権者と新債務者の契約・通知で効力・求償権なし(472条の3)で、そろえてある

2組めは、更改の2号と、免責的債務引受です。変わるのは、どちらも債務者です。更改は別の債務になるので、同一性を失い、担保と抗弁は原則として、消えます。移せるのは、質権と抵当権だけです。免責的債務引受は、同じ債務が移るので、抗弁も引き継がれます。担保は、472条の4の手続で移せます。こちらは、保証も移せます。ただし、保証は、保証人の書面による承諾が要ります。移す方法は、どちらも、あらかじめ、または同時にする意思表示で、同じです。要件と求償権も、そろえてあります。債権者と新しい債務者の契約でできて、通知で効力が生じ、求償権は取得しません。

保証が移せるかどうかの違いは、同一性から来ています。引受は同じ債務が移るので、保証もその債務に付いて行けます。更改は別の債務なので、保証は付いて行けません。

3組め。更改の3号と債権譲渡。変わるもの=どちらも債権者。同一性=更改は失う/債権譲渡は保つ(同じ債権が移る)。担保と抗弁=更改は原則消える/債権譲渡は担保が随伴し、債務者は譲渡人に言えた反論を譲受人にも言える(468条)。当事者=更改は三者の契約/債権譲渡は譲渡人と譲受人(債務者には通知か承諾)。 図:3組め

  • 更改の3号と債権譲渡
  • 変わるもの=どちらも債権者
  • 同一性=更改は失う/債権譲渡は保つ(同じ債権が移る)
  • 担保と抗弁=更改は原則消える/債権譲渡は担保が随伴し、債務者は譲渡人に言えた反論を譲受人にも言える(468条)
  • 当事者=更改は三者の契約/債権譲渡は譲渡人と譲受人(債務者には通知か承諾)

3組めは、更改の3号と、債権譲渡です。変わるのは、どちらも債権者です。更改は、三者の契約で別の債務を作るので、担保と抗弁は原則として、消えます。債権譲渡は、同じ債権が移るので、担保も付いて行き、債務者は、譲渡人に言えた反論を、譲受人にも言えます。468条です。同一性は、結果の見分け方です。更改と読むかどうかは、当事者に更改の意思があったかで決まります。意思がなければ、古い債務が続く側の制度と読むのでした。ここで1問、見分けてみてください。AとCが、Bの100万円の債務をCが引き受けることに合意しました。ただ、古い債務を消して新しい債務を作る、という意思は、はっきりしていません。更改でしょうか。

意思が明らかでないなら、更改とは扱いません。2号なら、免責的債務引受と読むのだと思います。そう読めば、同じ債務が移るので、抗弁も引き継がれ、保証も、保証人の書面による承諾があれば移せます。実務で、更改があまり選ばれない理由も、これで分かります。担保と抗弁が切れるからです。債権者にとっては、同一性を保つ債務引受や債権譲渡のほうが、都合がよいのです。更改の制度の区別は、論文で論点になりうる部分です。

免除——519条

免除(519条)。債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したとき、その債権は消滅する。性質=単独行為(債務者の同意は不要)・無償・方式不要(黙示でもよい=借用証書を返す/請求しないと伝える)。意思表示の相手=債務者(第三者に話しただけでは消えない)。一部だけの免除もできる。効果=債権が消え、付従性により保証・担保も消える。 図:免除

  • 519条
  • 債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したとき、その債権は消滅する。性質=単独行為(債務者の同意は不要)・無償・方式不要(黙示でもよい=借用証書を返す/請求しないと伝える)。意思表示の相手=債務者(第三者に話しただけでは消えない)。一部だけの免除もできる。効果=債権が消え、付従性により保証・担保も消える。

次は、免除です。前に、債権者が、債務を帳消しにすること、と言いました。条文は短いです。

条文民法519条

民法第519条 債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したときは、その債権は、消滅する。

性質を3つ言います。1つめは、単独行為です。債権者の意思表示だけで効力が生じ、債務者の同意は要りません。2つめは、無償です。債務者は、何も払いません。3つめは、方式が不要なことです。黙示でもよく、たとえば、借用証書を返したり、請求しないと伝えたりすることも、免除と認められることがあります。債務を免れることは、債務者にとって、利益だけで、不利益がありません。そして、債権者は、自分の債権を、放棄できる立場にあります。ですから、債権者の意思表示だけで足ります。利益でも押しつけるべきではない、という見方から、免除は契約として構成すべきだと主張する見解もあります。ただ、条文は、単独行為の形です。答案は、条文に従って書いてください。意思表示の相手は、債務者です。借主のBに、もういいよ、と伝えれば、債権は消えます。ところが、第三者に、Bの借金はもういいんだ、と話しただけでは、消えません。一部だけの免除もできます。効果は、債権が消えることです。付従性により、保証も担保も、一緒に消えます。

免除の限界。AのBに対する100万円の債権に、Cの質権が設定されている。AがBを免除しても、Cに対しては主張できない(質権者Cが把握した債権の価値を、設定者が一方的に消せない)。限界になるのは「債権を目的とする権利(質権など)が設定されている場合」。債権を担保する抵当権や保証のことではない(これらは免除で付従性により消える)。 図:免除の限界

  • AのBに対する100万円の債権に、Cの質権が設定されている
  • AがBを免除しても、Cに対しては主張できない(質権者Cが把握した債権の価値を、設定者が一方的に消せない)
  • 限界になるのは「債権を目的とする権利(質権など)が設定されている場合」
  • 債権を担保する抵当権や保証のことではない(これらは免除で付従性により消える)

ただし、限界があります。その債権が、第三者の権利の目的になっているときは、免除で、その第三者を害することはできません。設例です。Aは、Bに100万円の債権を持っています。この債権に、Cの質権が設定されているとします。Aが、Bを免除しても、Cに対しては、免除を主張できません。質権者のCが押さえた債権の価値を、設定したAが、一方的に消すことは許されないからです。債権に抵当権や保証が付いている場合も、同じ扱いですか。違います。取り違えやすいところです。限界になるのは、債権を目的とする権利、つまり、債権の上に質権などが設定されている場合です。債権を担保する抵当権や保証は、別です。免除をすれば、付従性により、むしろ消えます。差押えが入っている場合なども、同じように整理されうるので、ここでは質権の例だけを押さえてください。免除が黙示でされたといえるか、という認定は、論文で論点になりうる部分です。

混同——520条と、物権の混同との対照

混同(520条)と179条の対照。520条=債権及び債務が同一人に帰属したとき債権は消える。ただし、その債権が第三者の権利の目的であるときは消えない。179条1項=同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したとき他の物権は消える。ただし、その物又は他の物権が第三者の権利の目的であるときは消えない。同じ発想=残す意味が無ければ消える/残す意味があれば消えない。

最後の1つ、混同です。物権の混同を、思い出してください。地上権者が、自分の地上権に抵当権を付けたあとで、その土地を買い取りました。このとき、地上権は消えたでしょうか?消えませんでした。第三者の抵当権の目的になっているので、ただし書で、残りました。債権でも、同じ発想が使われます。条文です。

条文民法520条

民法第520条 債権及び債務が同一人に帰属したときは、その債権は、消滅する。ただし、その債権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。

本文は、債権と債務が、同じひとに帰属したときは、債権は消える、です。ただし書は、その債権が第三者の権利の目的であるときは、消えない、です。設例です。貸主のAは、借主のBに、100万円の債権を持っています。Bが亡くなり、AがBを単独で相続しました。すると、債権者もAで、債務者もAです。自分が自分に払う形になります。残しておく意味が無いので、債権は消えます。典型は、相続と合併です。

混同の設例。A→B 100万円。Bが死亡しAが単独で相続→Aが債権者でも債務者でもある→債権は消える。ただし書=AのBに対する債権にCの質権が設定されていたら、Bの死亡・Aの相続があっても債権は存続(消すとCの質権の目的が無くなりCを害する)。 図:混同の設例

  • A→B 100万円
  • Bが死亡しAが単独で相続→Aが債権者でも債務者でもある→債権は消える
  • ただし書=AのBに対する債権にCの質権が設定されていたら、Bの死亡・Aの相続があっても債権は存続(消すとCの質権の目的が無くなりCを害する)

ただし書の設例です。AのBに対する100万円の債権に、Cの質権が設定されていたとします。同じように、Bが亡くなり、AがBを相続しても、債権は消えません。消してしまうと、Cの質権の目的が無くなって、Cを害するからです。ならべて確認します。179条1項は、所有権と他の物権が、同じひとに集まったときに、他の物権が消えます。ただし、その物や他の物権が、第三者の権利の目的であるときは、消えません。520条は、債権と債務が同じひとに集まったときに、債権が消えます。ただし、その債権が、第三者の権利の目的であるときは、消えません。同じ発想は、残す意味が無いものは消え、残す意味があるものは消えない、という点です。第三者の権利の目的になっていれば、残す意味があります。違いは2つです。179条は、所有権と他の物権、あるいは所有権以外の物権どうし、という2つのパターンがあり、占有権には適用しません。520条は、債権と債務の、1つのパターンです。また、第三者の権利の目的になるものは、179条では物か他の物権、520条では債権です。

ただし書の外の例外——混同で消えた賃借権が、消えなかったことになる

賃借権の混同の事案(役割名)。貸主が借主に家を贈与したが、登記は移していない。貸主はその後、別の者に同じ家を売り、その者が先に登記を備えた。借主は所有権の取得を新しい所有者に対抗できない。原審は「贈与で賃貸借は混同により終了した」と判断。最高裁は、原審の判断を誤りとして破棄。 図:賃借権の混同の事案

  • 役割名
  • 貸主が借主に家を贈与したが、登記は移していない。貸主はその後、別の者に同じ家を売り、その者が先に登記を備えた。借主は所有権の取得を新しい所有者に対抗できない。原審は「贈与で賃貸借は混同により終了した」と判断。最高裁は、原審の判断を誤りとして破棄。

ただし書以外にも、混同で消えたはずの債権が、消えなかったことになる場面があります。判例を1つだけ見ます。賃借権は、債権です。借主が、貸主から家を譲り受けると、借りる権利と、貸す義務が、同じひとに帰属します。そのため、いったん混同で消えます。事案を、役割名で言います。貸主が、借主に、家を贈与しました。ただし、登記は移していません。貸主はその後、同じ家を、別の者に売りました。その者が、先に登記を備えました。借主は、所有権の取得を、その新しい所有者に対抗できません。原審は、贈与によって賃貸借は混同により終了した、と判断しました。最高裁は、この判断を誤りとして、破棄しました。判旨を、カードで読みます。

判例最判昭40・12・21 民集19巻9号2221頁

賃借権は、混同でいったん消えても、登記で負けた相手に対しては消えなかったことになる 不動産の賃借人が賃貸人から該不動産を譲り受けてその旨の所有権移転登記をしないうちに、第三者が右不動産を二重に譲り受けてその旨の所有権移転登記を経由したため、前の譲受人たる賃借人において右不動産の取得を後の譲受人たる第三者に対抗できなくなつたような場合には、一たん混同によつて消滅した右賃借権は、右第三者に対する関係では、同人の所有権取得によつて、消滅しなかつたものとなると解するを相当とする。

読み方です。借主は、家を贈与された時点で、賃借権を混同で失いました。ここまでは、原則どおりです。ところが、その後、第三者が先に登記を備えて、借主は、所有権の取得を、その第三者に対抗できなくなりました。この第三者との関係では、賃借権は、消えなかったものとなる。判旨は、そう言っています。決め手は、混同で消す理由です。混同で消すのは、借主が所有者になったので、借りる権利を残す意味が無くなるからです。ところが、先に登記した第三者に対しては、借主は、所有者になったと主張できません。その第三者から見れば、借主は、所有者ではなく、借主のままです。そうであれば、借りる権利を消す理由が、その相手に対しては無い、と考えられます。逆に、借主が先に登記を備えていれば、所有者になったことを、誰に対しても主張できます。その場合は、借りる権利を残す意味が無いので、賃借権は、原則どおり消えたままと考えられます。まとめます。条文のただし書以外にも、混同の例外を認めた判例があります。混同は、常に決定的ではありません。二重譲渡と登記の話は、物権変動の回で見たものなので、ここでは繰り返しません。

冒頭の答えと、債権の消滅の総まとめ

総まとめ。債権の消滅原因7つ。目的が達成されて消える=弁済(473条・債務者などが給付する)/代物弁済(482条・契約と実際の給付)/供託(494条・債務者が供託所に預ける)。目的が達成されないまま消える=相殺(505条・単独行為の意思表示)/更改(513条・契約)/免除(519条・単独行為)/混同(520条・相続や合併などで同一人に帰属すれば意思に関係なく生じる事実)。 図:総まとめ

  • 債権の消滅原因7つ
  • 目的が達成されて消える=弁済(473条・債務者などが給付する)/代物弁済(482条・契約と実際の給付)/供託(494条・債務者が供託所に預ける)
  • 目的が達成されないまま消える=相殺(505条・単独行為の意思表示)/更改(513条・契約)/免除(519条・単独行為)/混同(520条・相続や合併などで同一人に帰属すれば意思に関係なく生じる事実)

冒頭の問いに戻ります。借金を返す代わりに車を渡す約束に切り替えた、という合意でした。更改の意思があるなら、合意の時に、100万円の債務が消えて、車を渡す債務ができます。保証も抵当権も、原則として、消えます。518条で、抵当権や質権は移せますが、保証は移せません。代物弁済の意思なら、合意だけでは100万円の債権は残ります。車を実際に渡した時に消えます。決め手は、当事者の意思でした。7つの消滅原因を、前に見た2つの群のまま、1枚にします。目的が達成されて消える群は、弁済、代物弁済、供託。目的が達成されないまま消える群は、相殺、更改、免除、混同です。

誰の行為で消えるかで分ける見方も、できます。弁済は、債務者などが給付をすること。代物弁済は、契約と、実際の給付。供託は、債務者が供託所に預けること。相殺と免除は、単独行為、つまり一方の意思表示です。更改は契約です。混同は、行為ではありません。相続や合併などで、債権者と債務者が同じひとになれば、当事者の意思に関係なく生じます。今日の3つを、軸でもう一度つなぎます。更改は、別の債務を作るから、付いていたものが消える。免除は、債務者に利益だけだから、同意が要らず、第三者の権利の目的なら害せない。混同は、自分が自分に払う形だから消え、第三者の権利の目的なら消えない。債権の消滅は、ここまでです。

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#192単独ページ動画

債権者代位権の要件

第4章 債権総論 #192/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

無一文の借主が、友人への貸金を放置している

冒頭の関係図。貸主Aは借主Bに100万円を貸している。Bは他にめぼしい財産が無い。ただしBは友人Cに200万円を貸したまま取り立てようとしない。問い=AはBに代わって、Cから200万円を取り立てられるか。 図:冒頭の関係図

  • 貸主Aは借主Bに100万円を貸している
  • Bは他にめぼしい財産が無い
  • ただしBは友人Cに200万円を貸したまま取り立てようとしない
  • 問い=AはBに代わって、Cから200万円を取り立てられるか

貸主のAが、借主のBに、100万円を貸しています。ところがBは無一文で、めぼしい財産がほとんどありません。ただし、Bにはあてが1つだけあります。友人のCに、200万円を貸したままなのです。Bは遠慮しているのか、その200万円を取り立てようとしません。問いです。貸主のAは、Bに代わって、Cから200万円を取り立てることができるでしょうか。他人どうしの貸し借りに口を出すのはおかしい、という感覚と、放っておけば貸主が回収できない、という感覚。この2つのぶつかり合いが、今日の出発点です。先に答えの形を言います。できます。ただし、何でもかんでも代われるわけではありません。代われる条件が、民法423条に書いてあります。今日は、その条件のうち、貸主の側の条件と、借主の財産の状態に関する条件を見ます。そして中心の問いは、原則として口を出せないはずの他人の財産に、なぜ債権者が口を出してよいのか、です。最後に、冒頭の問いに戻ります。

原則は口出し禁止——なぜ例外が許されるのか

総論の板。原則=債務者は自分の財産を使うのも使わないのも自由(財産管理の自由)。債権者は管理に口を出せない。例外=責任財産が足りなくなると、判決を取っても強制執行が空振りになり、債権の力の裏づけが失われる。だから債権者が自分の債権を守るのに必要な限度でだけ、口出しを認める。例外だから要件は厳しい。 図:総論の板

  • 原則=債務者は自分の財産を使うのも使わないのも自由(財産管理の自由)
  • 債権者は管理に口を出せない
  • 例外=責任財産が足りなくなると、判決を取っても強制執行が空振りになり、債権の力の裏づけが失われる
  • だから債権者が自分の債権を守るのに必要な限度でだけ、口出しを認める
  • 例外だから要件は厳しい

本題の前に、前に見た内容の復習です。責任財産が空っぽなら、強制執行はどうなるのでしたか?判決を取っても、取れるものが何も無いので、空振りに終わります。強制執行の対象になる財産を、責任財産と呼びました。債務者の総財産から、差押えが禁じられた財産を除いたものです。責任財産が足りなければ、債権者どうしで分け合うことになりました。債権の力は、最終的には、この責任財産に支えられています。だったら、債権者が、債務者の財産をいつも見張って、減りそうならとめればいいんじゃないですか。違います。原則はその逆です。債務者は、自分の財産を、使うのも使わないのも、自由に決められます。これを、財産管理の自由と呼びます。Bが友人に貸したお金を、取り立てるかどうか。取り立てを待ってあげるかどうか。それは、本来、Bが決めることです。貸主のAは、そこに口を出せない、というのが原則です。

それなら、冒頭の、できます、は何だったんですか。例外です。そして、例外が許される理由が、今日の軸です。金銭の債権は、最後は債務者の責任財産に頼っています。責任財産が足りなくなれば、判決を取っても強制執行が空振りに終わり、債権の力の裏づけが失われます。そこで民法は、債権者が自分の債権を守るのに必要な限度で、債務者の財産管理への口出しを、例外的に認めました。例外ですから、要件は厳しく作られています。今日見る要件は、どれも、この例外を許してよい場面かどうかを確かめる条件です。この見方で読むと、条文の細かい線が、1本につながります。

民法が用意した手段は、2つです。次の板で、地図にします。

2つの制度の役割分担——しないか、したか

責任財産の保全の地図。債務者が「しない」ために責任財産が増えない(増えるはずのものが増えない)=債権者代位権(423条〜423条の7)/債務者が「した」ために責任財産が減る(減ってはいけないものが減る)=詐害行為取消権(424条〜426条)。共通の入口=債務者の資力が足りないこと。 図:責任財産の保全の地図

  • 債務者が「しない」ために責任財産が増えない(増えるはずのものが増えない)=債権者代位権(423条〜423条の7)/債務者が「した」ために責任財産が減る(減ってはいけないものが減る)=詐害行為取消権(424条〜426条)
  • 共通の入口=債務者の資力が足りないこと

2つの制度は、債務者が、しないか、したかで分かれます。1つめは、債務者が、取り立てるべきお金を取り立てないために、責任財産が増えない場面です。増えるはずのものが増えない。これに手当てするのが、債権者代位権です。423条から423条の7に定められています。冒頭のAとBとCの話は、こちらです。2つめは、債務者が、財産を安く手放すなどしたために、責任財産が減る場面です。減ってはいけないものが減る。これに手当てするのが、詐害行為取消権で、424条から426条です。そして、どちらも入口に共通の条件があります。債務者の資力が足りない、ということです。今日は、左側の債権者代位権の要件を見ます。詐害行為取消権の要件や効果は、別の回で扱います。代位権のほうも、要件、行使のしかた、効果、使い道の広がりと、このブロックの中で順に積み上げていきます。今日はその土台です。

423条1項——条文の構造

423条1項の構造。3つのまとまり=①被保全債権の側(自己の債権)②保全の必要性(保全するため必要があるとき)③被代位権利の側(債務者に属する権利・ただし書)。今日は①と②。 図:423条1項の構造

  • 3つのまとまり=①被保全債権の側(自己の債権)②保全の必要性(保全するため必要があるとき)③被代位権利の側(債務者に属する権利・ただし書)
  • 今日は①と②

条文で確かめます。債権者代位権の入口は、423条1項です。

条文民法423条1項

民法第423条第1項 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。

3つのまとまりに分けて読むと、見通しがよくなります。1つめは、債権者は、自己の債権を、という部分です。口を出す側の債権者が、どんな債権を持っていなければならないか、という条件です。2つめは、保全するため必要があるとき、という部分です。口を出す必要があるのか、という条件で、今日の中心です。3つめは、債務者に属する権利、つまり被代位権利と、ただし書です。代位される権利の側の条件です。ただし書は、債務者の一身に専属する権利と、差押えを禁じられた権利は代位できない、と言っています。ここは条文を読むだけにして、中身は別の回に回します。

今日見るのは、1つめと2つめです。口を出す債権者の側の条件と、口を出す必要があるかどうかの条件です。

3人の呼び名と、2つの債権

用語の3者図。貸主A=代位債権者/借主B=債務者/友人C=第三債務者。AがBに持つ100万円の債権=被保全債権。BがCに持つ200万円の債権=被代位権利。A→C=代位行使(AがBに代わってCに請求する)。 図:用語の3者図

  • 貸主A=代位債権者/借主B=債務者/友人C=第三債務者
  • AがBに持つ100万円の債権=被保全債権
  • BがCに持つ200万円の債権=被代位権利
  • A→C=代位行使(AがBに代わってCに請求する)

冒頭の設例に、条文の用語を当てはめます。責任財産の回で一度出てきた呼び名を、ここで固めます。貸主のAは、代位債権者です。代位して、他人の権利を使う人、という意味です。借主のBは、債務者です。Aが、Bに対して持つ100万円の債権を、被保全債権と呼びます。代位によって守りたい、自分の債権です。友人のCは、第三債務者です。Bから見れば債務者ですが、貸主のAから見ると、当事者ではない、第三の債務者になるからです。そして、Bが友人のCに対して持つ200万円の債権が、被代位権利です。Aが、Bに代わって使う権利です。Aは、Bではなく、Cに対して、直接、請求します。

被保全債権は、被担保債権と字は似ていますが、別物です。被担保債権は、抵当権のような担保が守る債権です。被保全債権は、代位で守る債権です。担保が付いているかどうかとは、関係がありません。ここから先は、被保全債権の話が中心です。その前に、要件の全体像を1枚にします。

要件の全体像——条文どおりのものと、解釈で立てるもの

要件の全体像。縦に3段。①被保全債権の側:弁済期にあること=423条2項(条文どおり。保存行為は例外)/強制執行により実現できる債権であること=423条3項(条文どおり)/金銭債権であること=原則(責任財産の保全という趣旨から)/具体的内容が形成されていること=判例/被代位権利より前に成立している必要は無い=解釈。②保全の必要性:債務者の無資力=「保全するため必要があるとき」の解釈(判例)。③被代位権利の側:一身専属権・差押禁止でないこと(423条1項ただし書)ほか=今日は名前だけ。 図:要件の全体像

  • 縦に3段
  • ①被保全債権の側:弁済期にあること=423条2項(条文どおり。保存行為は例外)/強制執行により実現できる債権であること=423条3項(条文どおり)/金銭債権であること=原則(責任財産の保全という趣旨から)/具体的内容が形成されていること=判例/被代位権利より前に成立している必要は無い=解釈
  • ②保全の必要性:債務者の無資力=「保全するため必要があるとき」の解釈(判例)
  • ③被代位権利の側:一身専属権・差押禁止でないこと(423条1項ただし書)ほか=今日は名前だけ

要件を、根拠の種類で分けて見ます。答案の書き方が変わるからです。条文にそのまま書いてある要件は、条文番号を挙げて確認すれば足ります。弁済期が来ていること、これは423条2項です。強制執行で実現できる債権であること、これは423条3項です。それぞれ、条文を読めば出てきます。覚えるというより、条文を引いて復元できればよいものです。一方で、条文の言葉を読むだけでは結論が決まらず、判例や解釈が、判断の基準を立てているものがあります。この、解釈で立てた基準を、規範と呼びます。条文を引いても出てこないので、答案では、なぜその基準になるのか、理由から書きます。今日の山は2つです。具体的な内容が形成されていること、そして、債務者が無資力であること。どちらも、判例が立てた基準です。

無資力は、423条1項のどこかに書いてありますか。書いてありません。条文にあるのは、保全するため必要があるとき、という言葉だけです。判例が、この言葉を、無資力と読んでいます。だから無資力は、条文の要件ではなく、条文の言葉の解釈で立てた規範です。理由づけが、答案の中心になります。ほかに、被保全債権は金銭債権が原則であること、被保全債権が被代位権利より前に成立している必要は無いこと、も解釈の側です。順番に、理由つきで見ます。

被保全債権①——まず、存在すること

被保全債権の存在。金銭債権が原則=理由は、代位権が責任財産を守って強制執行を準備する制度だから。例=「建物を引き渡せ」という債権だけでは、責任財産が増えても満足は増えない。物的担保つきの金銭債権=担保で確保される額を引いた残りの額。被代位権利より前に成立している必要は無い=今ある責任財産を守る制度だから(取消権は成立時期が問題になる)。 図:被保全債権の存在

  • 金銭債権が原則=理由は、代位権が責任財産を守って強制執行を準備する制度だから
  • 例=「建物を引き渡せ」という債権だけでは、責任財産が増えても満足は増えない
  • 物的担保つきの金銭債権=担保で確保される額を引いた残りの額
  • 被代位権利より前に成立している必要は無い=今ある責任財産を守る制度だから(取消権は成立時期が問題になる)

まず、被保全債権が存在していることです。ただ、存在すればどんな債権でもよいわけではありません。原則は、金銭債権です。理由は、代位権の趣旨にあります。代位権は、責任財産を守って、強制執行を準備する制度でした。金銭債権の債権者は、債務者の責任財産に強制執行できる立場です。だから、責任財産が増えれば、自分の満足に直結します。たとえば、貸主のAが、Bに、この建物を引き渡せ、という債権だけを持っているとします。Bの責任財産が増えても、建物が手に入るわけではありません。Aの満足は増えません。だから、責任財産を守るための代位権は、原則として使えません。ただし、Bが引渡しを怠って、Aの債権が損害賠償という金銭債権に変わった場合は、Aも責任財産に頼る立場になるので、金銭債権として扱います。金銭債権でない債権のために、代位権を使う場面は、転用と呼ばれます。これは、あとで名前だけ触れます。

被保全債権に、抵当権などの担保が付いている場合です。担保で確実に回収できる部分は、責任財産に頼らなくて済みます。そのため、担保で確保される額を引いた残りの額が、被保全債権になると解されています。ここは細部なので、考え方だけ押さえてください。もう1つ、取り違えやすい点です。被保全債権は、被代位権利より前に成立している必要は、無いと考えられています。たとえば、BがCにお金を貸したあとで、AがBにお金を貸した場合でも、代位できます。代位権は、今ある責任財産を守る制度だからです。Aが貸した時に、Bの財産をあてにしていたかどうかは、関係がありません。詐害行為取消権のほうは、債権が成立した時期が問題になります。これは、取消権の回で見ます。

被保全債権②——具体的な内容が決まっていること

離婚の財産分与請求権の事案小カード。財産分与を主張する者が、その請求権を保全するためとして、ある者名義の所有権移転登記の抹消登記手続請求権を代位行使した。最高裁=この代位行使は代位原因を欠く。 図:離婚の財産分与請求権の事案小カード

  • 財産分与を主張する者が、その請求権を保全するためとして、ある者名義の所有権移転登記の抹消登記手続請求権を代位行使した
  • 最高裁=この代位行使は代位原因を欠く

次は、判例が立てた条件です。被保全債権は、具体的な内容が形成されていなければなりません。事案です。離婚に伴う財産分与請求権を主張する者が、その請求権を保全するためだとして、ある者の名義になっている所有権移転登記の、抹消登記手続請求権を、代位して行使しました。最高裁は、この代位行使は代位原因を欠く、つまり代位して請求する根拠が足りない、と判断しました。判旨を、カードで読みます。

判例最判昭55・7・11 民集34巻4号628頁

財産分与請求権は、内容が決まるまでは、代位で守れない 離婚によつて生ずることあるべき財産分与請求権は、一個の私権たる性格を有するものではあるが、協議あるいは審判等によつて具体的内容が形成されるまでは、その範囲及び内容が不確定・不明確であるから、かかる財産分与請求権を保全するために債権者代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。

読み方です。財産分与請求権は、一個の私権ではあります。権利としては存在し得ます。それでも、協議や審判などで、具体的な内容が形成されるまでは、範囲も内容も不確定で不明確です。そのため、これを保全するために代位権を使うことはできない、と言っています。決め手は、守る対象の輪郭です。代位権は、債権者の債権を満足させるために、責任財産を守る制度です。守るべき債権が、いくらなのか、何を求める権利なのか、まだ定まっていなければ、責任財産を守る必要があるのかどうかも、判断できません。口出しは、債権を守るのに必要な限度でだけ許される例外でした。必要かどうかを確かめられないまま、他人の財産管理に口を出すのは、行き過ぎです。境界のペアで見ます。AがBに貸した100万円は、額も、返す約束も、はっきり定まっています。被保全債権になれます。他方で、離婚の話し合いの最中で、財産分与の額も中身もまだ決まっていない請求権は、輪郭が定まっていません。協議や審判で決まるまでは、被保全債権になれません。財産分与そのものは、別の回で扱います。ここでは、具体的な内容が形成される前の請求権は被保全債権になれない、という一点を押さえてください。

被保全債権③——弁済期にあること。423条2項

弁済期の要件。423条2項=期限が到来しない間は被代位権利を行使できない(条文どおり)。理由=自分の債権すらまだ請求できない/期限までは債務者は履行しなくてよく、口を出す根拠がまだ無い。例外=保存行為(債務者の財産の現状を維持する行為。例=時効の完成を止める措置、未登記の権利の登記)。理由=債務者に不利益が無く、急ぐことが多い。 図:弁済期の要件

  • 423条2項=期限が到来しない間は被代位権利を行使できない(条文どおり)
  • 理由=自分の債権すらまだ請求できない/期限までは債務者は履行しなくてよく、口を出す根拠がまだ無い
  • 例外=保存行為(債務者の財産の現状を維持する行為。例=時効の完成を止める措置、未登記の権利の登記)
  • 理由=債務者に不利益が無く、急ぐことが多い

次の条件は、被保全債権の弁済期が来ていることです。423条2項です。まず、条文を読みます。

条文民法423条2項

民法第423条第2項 債権者は、その債権の期限が到来しない間は、被代位権利を行使することができない。ただし、保存行為は、この限りでない。

本文は、被保全債権の期限が来ていない間は、代位できない、です。なぜ駄目なのでしょうか。理由は2つあります。1つめは、自分の債権すら、まだ請求できない債権者が、債務者の権利を代わりに使うのは、時期尚早だからです。2つめが、より大事です。債務者の財産管理に口を出す根拠は、債務の履行が滞っていることにあります。期限までは、債務者は、履行しなくてよいのです。口を出す根拠が、まだ無いのです。期限まで待てば、Bが自分で動いて、Cから取り立てて、返してくれるかもしれません。ただし書の保存行為とは、債務者の財産が減ったり失われたりしないよう、今の状態を保つ行為です。たとえば、債務者の債権の時効が完成しそうなとき、それを止める措置をとる。あるいは、債務者がまだ登記していない権利について、登記をしておく。こうした行為です。なぜ許されるのか。債務者に、不利益が無いからです。しかも、放っておくと権利が失われてしまうなど、急ぐ必要があることが多いからです。期限を待つ理由が、ここには当てはまりません。

保存行為なら債務者の資力を問わないのか、という点は、分けて考えてください。保存行為が例外になるのは、弁済期の要件です。無資力の要件については、債務者に十分な資力があるなら、財産管理に口を出す正当化が無いので、保存行為でも代位できないと解するのが一般です。Bに十分な預金があるなら、Bの債権の時効が完成しそうでも、Aが代わって止めることはできない、という考え方です。ただし、見解が分かれる点でもあります。ここでは、保存行為は弁済期の例外、と押さえてください。2017年の改正で、答案が変わる点を確認します。以前の2項は、期限が到来しない間は、裁判上の代位によらなければ行使できない、と定めていました。裁判所の許可を得れば、期限前でも代位できたのです。現行は、この裁判上の代位の制度そのものが無くなりました。期限前の債権者が、債務者の財産を守りたいときは、仮差押えなどの民事保全によります。答案で、期限前でも裁判上の代位で、と書いてはいけません。

被保全債権④——強制執行で実現できること。423条3項

強制執行で実現できる債権。423条3項=強制執行により実現することのできない債権では代位できない(条文どおり)。理由=代位権は責任財産を守って強制執行を準備する制度。強制執行できない債権のために責任財産を守っても使い道が無い。例=自然債務(訴える力が欠けた債権)/不執行の合意のある債権。 図:強制執行で実現できる債権

  • 423条3項=強制執行により実現することのできない債権では代位できない(条文どおり)
  • 理由=代位権は責任財産を守って強制執行を準備する制度
  • 強制執行できない債権のために責任財産を守っても使い道が無い
  • 例=自然債務(訴える力が欠けた債権)/不執行の合意のある債権

3項です。条文を読みます。

条文民法423条3項

民法第423条第3項 債権者は、その債権が強制執行により実現することのできないものであるときは、被代位権利を行使することができない。

被保全債権が、強制執行によって実現できない債権のときは、代位できません。理由は、代位権の役割から出てきます。代位権は、責任財産を守って、強制執行の準備をする制度でした。最後に強制執行できない債権のために、責任財産を守っても、使い道がありません。債務者に債務があるのに、強制執行できない債権の例を、前に見ました。1つは、自然債務です。訴える力が欠けた債権でした。もう1つは、強制執行をしないという合意のある債権です。責任なき債務の例として見たものです。どちらも、この3項で、代位権の土台になれません。この3項は、2017年の改正で新設されました。ただ、従来から異論の少なかった考え方を、条文にしたものです。結論が大きく変わったわけではありません。答案では、条文番号を挙げて書けるようになった、と覚えてください。

保全の必要性——なぜ「必要があるとき」を無資力と読むのか

保全の必要性。条文=「保全するため必要があるとき」(無資力という語は条文に無い)。判例=金銭債権の保全のための代位は、債務者の資力が当該債権を弁済するについて十分でない場合に限る(条文の語を解釈して立てた規範)。理由=債務者に十分な資力があれば、直接請求して強制執行すれば足りる。他人の権利に手を出す正当化が無い。 図:保全の必要性

  • 条文=「保全するため必要があるとき」(無資力という語は条文に無い)
  • 判例=金銭債権の保全のための代位は、債務者の資力が当該債権を弁済するについて十分でない場合に限る(条文の語を解釈して立てた規範)
  • 理由=債務者に十分な資力があれば、直接請求して強制執行すれば足りる
  • 他人の権利に手を出す正当化が無い

ここから、今日の山場です。保全の必要性です。先に、立ち止まってください。貸した相手に十分な財産があるなら、貸主は、友人のところまで手を伸ばす必要があるでしょうか。考えてみてください。借主のBに十分な財産があるなら、貸主のAは、Bに直接請求して、払わなければBの財産に強制執行すれば足ります。それができるのに、Bの友人のCに手を出すのは、財産管理の自由への口出しとして、行き過ぎです。手を伸ばす必要が生まれるのは、Bの財産が足りなくて、強制執行しても取り切れない場面です。ここで、冒頭の軸と、つながります。条文の言葉を確認します。423条1項は、保全するため必要があるとき、としか書いていません。無資力という言葉は、条文にありません。判例は、この必要があるときを、債務者の資力が、その債権を弁済するのに十分でない場合、と読みます。条文の解釈で立てた規範で、出どころは判例です。

被代位権利は、債務者の権利で、その管理は、債務者に委ねられるのが原則です。債権者が口を出してよいのは、債務者に資力が足りないのに、その権利を行使しないために、債権の満足が危うくなる場面に限られる、と説明されます。判旨は、理由を細かくは述べず、資力が足りない場合に限ることは、民法423条の法意に照らして明らかだ、としています。判旨を、カードで読みます。

判例最判昭40・10・12 民集19巻7号1777頁

金銭債権を守る代位は、債務者の資力が足りないときに限る。足りないことは債権者が証明する 債権者は、債務者の資力が当該債権を弁済するについて十分でない場合にかぎり、自己の金銭債権を保全するため、民法四二三条一項本文の規定により当該債務者に属する権利を行使しうると解すべきことは、同条の法意に照らし、明らかであり、右の場合に債務者の資力が十分でないことについては、債権者がこれを立証する責任を負うものと解するのが相当である。

読み方です。判旨は2つのことを言っています。1つめは、金銭債権を守るための代位は、債務者の資力が、その債権を弁済するのに十分でない場合に限る、ということです。2つめは、資力が十分でないことは、債権者が立証する責任を負う、ということです。代位する側のAが、Bは無資力だ、と示さなければなりません。Cから取り立てたいAのほうが、口出しを正当化する理由を示す、という形です。原則は口出し禁止で、Bの資力が足りないときに限って、例外が許されます。では、資力が足りないとは、どういう状態でしょうか。次に、数字で確かめます。

無資力とは何か——数値で見る。立証と判断の時点

無資力の数値例。資力あり=債務100万円(貸主Aへの分)に対し預金500万円→完済できる→代位は不可。無資力=債務100万円に対し、手元の財産は預金20万円と、友人Cへの200万円の債権(代位したい権利)だけ。代位したい権利を除くと20万円で100万円に足りない→無資力→代位できる可能性。 図:無資力の数値例

  • 資力あり=債務100万円(貸主Aへの分)に対し預金500万円→完済できる→代位は不可
  • 無資力=債務100万円に対し、手元の財産は預金20万円と、友人Cへの200万円の債権(代位したい権利)だけ
  • 代位したい権利を除くと20万円で100万円に足りない→無資力→代位できる可能性

無資力の意味を、定義から言います。債務者が、その債務について、自分の財産で完済できない状態です。債務の額が、財産の額を上回る状態、つまり債務超過と同じ、と整理されます。数字で見ます。借主のBは、貸主のAに対する100万円の債務を負っています。ほかに債務は無いとします。1つめのBは、預金を500万円持っています。100万円は、預金で完済できます。資力ありです。この場合、Aは、Bに直接請求し、払わなければ強制執行すれば足ります。代位は認められません。2つめのBは、預金が20万円だけです。そして、友人Cに対する200万円の債権があります。これは、Aが代位したい権利そのものです。この権利を除いて比べると、手元の財産は20万円だけで、100万円に足りません。完済できないので、無資力です。代位できる可能性があります。

代位したい債権そのものを財産に数えると、Bが取り立てずに放置している債権が大きいほど、資力があるように見えてしまいます。それでは、代位が必要な場面かどうかを、確かめられません。そこで、この例では、代位したい債権を除いて、債務の総額と、手元の財産を比べます。どんな場合にも除くのか、という線引きまでは、ここでは決めません。まずは、完済できない状態、という定義を使って、あてはめる感覚をつかんでください。もう2点あります。1点めは、立証責任です。先ほどの判例のとおり、無資力は、代位するAが立証します。2点めは、いつの時点で見るか、です。裁判で争われるときは、事実審の口頭弁論が終わる時点で、無資力であれば足りる、と解されています。口頭弁論が終わる時点とは、判決のもとになる主張と証拠が、最後に出そろう時点です。裁判所は、その時点までに出そろった材料で、口を出す必要がいまあるかどうかを判断する、という考え方です。そのため、訴えを起こした時には、まだ無資力でなくても、口頭弁論が終わる時点で無資力になっていれば足りる、と説明されます。被保全債権の認定と、無資力の認定は、論文で論点になりうる部分です。

お金の回収ではない使い方では、無資力を問わない

転用の名前出し。責任財産を守るのとは別の使い方(被保全債権が金銭債権でない場合)=無資力を問わない。例=登記・登録請求権の代位行使(423条の7)。理由=お金の回収ではなく、特定の権利そのものを実現するためで、債務者の資力と関係が無い。中身は別の回。 図:転用の名前出し

  • 責任財産を守るのとは別の使い方(被保全債権が金銭債権でない場合)=無資力を問わない
  • 例=登記・登録請求権の代位行使(423条の7)
  • 理由=お金の回収ではなく、特定の権利そのものを実現するためで、債務者の資力と関係が無い
  • 中身は別の回

最後に、無資力が要らない場面があることを、名前だけ言っておきます。今日見たのは、お金の債権を守るために、責任財産を守る使い方でした。これとは別に、責任財産を守るためではない使い方があります。たとえば、登記や登録を求める権利を、代位して行使する場合で、423条の7が定めています。前に、登記請求権の回で条文を読みました。転売を受けた買主が、売主に代わって、その前の持ち主に登記を求める場面です。そちらは、どうして無資力が要らないんですか。お金の回収ではなく、特定の権利そのものを実現するための使い方だからです。債務者の資力と関係がありません。細かい中身は、別の回で扱います。

冒頭の問いに戻る——今日の要件の範囲

まとめ。被保全債権の側=存在(金銭債権が原則・具体的内容が形成されている)/弁済期にあること=423条2項(条文どおり。保存行為は例外)/強制執行で実現できること=423条3項(条文どおり)。保全の必要性=債務者の無資力(「保全するため必要があるとき」の解釈・判例。立証は代位する債権者)。残る要件=被代位権利の側。 図:まとめ

  • 被保全債権の側=存在(金銭債権が原則・具体的内容が形成されている)/弁済期にあること=423条2項(条文どおり。保存行為は例外)/強制執行で実現できること=423条3項(条文どおり)
  • 保全の必要性=債務者の無資力(「保全するため必要があるとき」の解釈・判例。立証は代位する債権者)
  • 残る要件=被代位権利の側

冒頭の問いに戻ります。貸主のAは、借主のBに代わって、友人のCから200万円を取り立てられるのか、でした。今日の範囲で言えるのは、こうです。Aの100万円の債権が、金銭債権で、内容がはっきり定まっていて、弁済期が来ていて、強制執行で実現できるものであること。そして、Bに資力が足りないこと。Bの無資力は、Aが立証します。これらを満たせば、AはBに代わって、Cに請求できる可能性があります。友人への200万円の債権が、代位できる権利かどうか、という被代位権利の側の条件が残っています。ここは別の回で見ます。今日の軸をもう一度つなぎます。原則は、財産管理の自由で、債権者は口を出せません。例外が許されるのは、責任財産が足りなくなると、強制執行が空振りになるからです。だから、口を出す資格のある債権か、口を出す必要があるか、の2つを、条件にしています。条文に書いてあるのは、弁済期と、強制執行で実現できること。条文に書いていないのに、判例が立てたのが、具体的内容の形成と、無資力です。この区別が、答案の書き方の違いになります。

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#193単独ページ動画

債権者代位権の対象と行使方法

第4章 債権総論 #193/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

名誉を傷つけられた借主が、慰謝料を請求しない

冒頭の関係図。貸主Aは借主Bに100万円を貸している。Bは無一文。Bは名誉を傷つけられたが、加害者Cに慰謝料を請求しようとしない。問い=AはBに代わって、Cに慰謝料を請求できるか。 図:冒頭の関係図

  • 貸主Aは借主Bに100万円を貸している
  • Bは無一文
  • Bは名誉を傷つけられたが、加害者Cに慰謝料を請求しようとしない
  • 問い=AはBに代わって、Cに慰謝料を請求できるか

貸主のAが、借主のBに、100万円を貸しています。Bは無一文で、めぼしい財産がありません。ところがBは、加害者のCに、名誉を傷つけられました。Bには、Cに慰謝料を請求する権利があります。けれどもBは、なぜか、請求しようとしません。問いです。貸主のAは、Bに代わって、Cに慰謝料を請求できるでしょうか。お金の請求なのだから代わりに請求してよさそうだ、という面と、傷つけられた本人のことに他人が口を出すのはおかしい、という面があります。この両方が、今日の出発点です。先に答えを言います。慰謝料の金額がはっきり決まるまでは、Aは請求できません。金額が決まれば、請求できます。なぜ金額で線が引かれるのかは、この回の後半で決着がつきます。この回では、前の回に残した宿題を片づけます。債権者が代わりに使おうとする、借主の側の権利、つまり被代位権利に、どんな条件があるのかです。そのうえで、どんな権利が代位できるのか、そして、どうやって、どこまで行使できるのかを見ます。

被代位権利の側の要件——全体像

被代位権利の側の要件の全体像。縦に4行、右端に根拠の種類。①被代位権利が存在すること=当然(無い権利は行使しようがない)。②債務者が自ら行使していないこと=解釈・判例(条文に無い)。③債務者の一身に専属する権利でないこと=条文どおり(423条1項ただし書)。④差押えを禁じられた権利でないこと=条文どおり(423条1項ただし書)。 図:被代位権利の側の要件の全体像

  • 縦に4行、右端に根拠の種類
  • ①被代位権利が存在すること=当然(無い権利は行使しようがない)
  • ②債務者が自ら行使していないこと=解釈・判例(条文に無い)
  • ③債務者の一身に専属する権利でないこと=条文どおり(423条1項ただし書)
  • ④差押えを禁じられた権利でないこと=条文どおり(423条1項ただし書)

本題の前に、前の回の復習です。債務者の無資力を証明しなければならないのは、代位する債権者と債務者の、どちらでしたか?代位する債権者のほうです。口出しをする側が、必要性を示すのでした。無資力の立証は、代位するAの側です。前の回では、Aの債権の側の条件と、無資力を見ました。残っているのは、Bが友人や加害者に対して持つ権利、つまり被代位権利の側の条件です。先に全体像を1枚にします。被代位権利の側の条件は、4つです。1つめは、被代位権利が存在することです。無い権利は行使のしようがないので、これは当然です。2つめは、債務者が自分でその権利を行使していないことです。これは、条文に書いていません。判例が立てた基準です。3つめと4つめは、一身専属権でないことと、差押えを禁じられた権利でないことです。この2つは、423条1項のただし書に書いてあります。

今回も、同じ区別をします。答案の書き方が変わるからです。条文どおりの要件は、条文番号を挙げて確認すれば足ります。解釈で立てた基準は、規範として、なぜそうなるのかという理由から書きます。今回、規範にあたるのは、2つめの、債務者の未行使です。2つめから4つめは、1つの考え方から出てきます。前の回で見たとおり、債権者が口を出せるのは、債務者が権利を使わないせいで、責任財産が保たれない場面だけです。債務者が自分で動いているなら、口を出す必要がありません。本人の意思だけに委ねるべき権利には、口を出せません。差押えを禁じられた権利は、そもそも責任財産に入りません。だから、この3つが条件になります。理由は、このあと1つずつ確かめます。

債務者が自分で行使していないこと——下手な行使でも割り込めない

債務者の未行使。BがCを相手に権利を行使している最中に、Aが割り込もうとしても代位は認められない。下段に、債務者の行使が不十分なときに債権者が取りうる道=補助参加・当事者参加・詐害行為取消。 図:債務者の未行使

  • BがCを相手に権利を行使している最中に、Aが割り込もうとしても代位は認められない
  • 下段に、債務者の行使が不十分なときに債権者が取りうる道=補助参加・当事者参加・詐害行為取消

解釈で立てた基準から見ます。債務者が、自分で権利を行使していないことです。先に、考えてみてください。BがすでにCを訴えていて、でもBの訴え方が下手で、負けそうだとします。Aは、そこに代位して割り込めるでしょうか。判例の結論は、逆です。判旨を、カードで読みます。

判例最判昭28・12・14 民集7巻12号1386頁

債務者が自分で行使しているなら、やり方が下手でも、債権者は代位できない 債権者代位権の行使は、債務者がみずから権利を行使しない場合に限り許されるものと解すべきである。債務者がすでに自ら権利を行使している場合には、その行使の方法又は結果の良いと否とにかかわらず、債権者は、……債権者代位権を行使することはできない。

読み方です。この判決で問われたのは、債務者がすでに権利を行使していた場合に、債権者の代位行使が認められるか、という点でした。最高裁は、債務者が自分で行使しているなら、その方法が良くても悪くても、債権者は代位できない、と判断しました。省略した部分では、債務者を押しのけることも、債務者と並べて重ねて行使することも、できないと述べています。判決自身は、債権者代位権という制度の本質から見て、と述べるだけで、これ以上は説明していません。そこで一般には、次のように説明されます。債務者の財産の管理は、債務者に委ねられるのが原則でした。債権者が口を出せるのは、債務者が権利を使わないために、責任財産が保たれない場面に限られます。すでに債務者が動いているなら、口を出す必要がありません。やり方が上手か下手かまでは、債権者が口を出す事柄ではない、という考え方です。

同じ判決が、道を示しています。債務者の行使が不十分で、不誠実で、不適当な場合には、債権者は、その訴訟に自分も加わることで、自分の権利を守ることができます。加わり方は2つで、当事者の一方を助けるために加わる補助参加と、場合によっては、自分も当事者として加わる当事者参加です。また、事情によっては、詐害行為として取消しを請求することもできます。名前と条文だけ押さえます。補助参加は、訴訟の結果に利害を持つ第三者に認められ、民事訴訟法42条に定めがあります。当事者参加は、第三者が当事者として訴訟に加わる手続です。詐害行為取消権は、債務者が積極的に財産を減らした場面の制度で、前の回の地図に出てきました。中身は、別の回と民事訴訟法で扱います。注意点が1つあります。ここで扱ったのは、代位する前に、債務者がすでに行使している場合だけです。代位した後に債務者がどうなるかは、また別の話です。

代位できる権利の範囲——原則として制限が無い

代位できる権利の一覧。見出し「原則 制限なし」。債権(金銭債権に限らない)/物権的請求権/形成権(取消権・解除権・相殺権)/消滅時効の援用権/債権者代位権そのもの。理由=行使すれば責任財産が保たれる・増える権利なら、種類を問う理由が無い。 図:代位できる権利の一覧

  • 見出し「原則 制限なし」
  • 債権(金銭債権に限らない)/物権的請求権/形成権(取消権・解除権・相殺権)/消滅時効の援用権/債権者代位権そのもの
  • 理由=行使すれば責任財産が保たれる・増える権利なら、種類を問う理由が無い

次は、どんな権利が代位の対象になるのか、です。結論は、原則として制限が無い、です。板の5つは、代位できる権利の例です。債権は、金銭債権に限りません。物権に基づく請求権、たとえば所有者としての明渡しの請求も対象です。取消権、解除権、相殺権のように、行使すると法律関係が変わる権利、つまり形成権も対象です。消滅時効の援用権も、債権者代位権そのものも、対象になります。代位権が見ているのは、その権利を行使すれば、債務者の責任財産が保たれる、あるいは増える、という一点だからです。責任財産は、強制執行の対象になる財産でした。行使すれば責任財産が保たれる権利なら、債権か、物権的な請求か、形成権かという種類を、問う理由がありません。形成権の例を、1つ挙げます。Bが、中古車の販売店から、高い代金で中古車を買いました。ところが、売買契約には、取り消せる事情があります。取り消せば、払った代金を取り戻す道が開けます。それなのに、Bが取り消さないとします。このとき、Aは、Bの取消権を代位して行使できます。時効の援用権は、援用権の回で見ました。自分では援用できない債権者や、後順位抵当権者でも、債務者が無資力なら、債務者の援用権を代位して行使できます。取り違えやすい点があります。このときの被代位権利は、債務者のもとの債権ではなく、その債権の消滅時効の援用権です。被保全債権と混ぜないでください。

制限は、個別に出てきます。1つは条文で、次に見るただし書です。もう1つは、自己の債権を保全するため必要がある、という要件から出てきます。たとえば、債務者が無資力でも、行使したところで責任財産の増加に結びつかない権利は、保全のために必要とは言えず、代位できないと解されています。

423条1項ただし書——一身専属権とは

一身専属の2つの物差しの区別。行使上の一身専属=代位できるかの物差し(423条1項ただし書)。帰属上の一身専属=相続で承継されるかの物差し(896条ただし書「被相続人の一身に専属したもの」)。2つは別。例=扶養請求権(877条)・認知の訴え(787条)。 図:一身専属の2つの物差しの区別

  • 行使上の一身専属=代位できるかの物差し(423条1項ただし書)
  • 帰属上の一身専属=相続で承継されるかの物差し(896条ただし書「被相続人の一身に専属したもの」)
  • 2つは別
  • 例=扶養請求権(877条)・認知の訴え(787条)

ここで、条文に戻ります。ただし書を読み直すために、423条1項を、もう一度出します。

条文民法423条1項

民法第423条第1項 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。

ただし書は、2種類の権利を、代位の対象から外しています。1つめが、債務者の一身に専属する権利、2つめが、差押えを禁じられた権利です。差押えのほうは、あとで見ます。一身専属権の意味を、言葉で言います。その権利を行使するかしないかを、債務者本人の意思だけに委ねるべき権利です。他人である債権者が、本人の代わりに決めてはいけない権利、と言い換えられます。身近な場面に置き換えます。けんかをした相手から謝られたとき、その謝罪を受け入れるかどうかは、謝られた本人が決めることです。周りの人が、代わりに決めることはできません。一身専属権も、これと同じ型です。

たとえば、親族間の扶養請求権です。877条に定めがあります。扶養を求めるかどうかは、その人の事情と気持ちで決めることです。もう1つは、認知の訴えです。子が、法律上の親子関係を認めるよう、親に求める訴えで、787条に定めがあります。認知を求めるかどうかも、本人が決めることです。どちらも理由は同じ型で、行使するかどうかを本人の意思に委ねるべきだから、代位できません。ここで、取り違えやすい別の物差しを、区別します。一身専属には、2つの意味があります。1つめが、行使上の一身専属です。代位できるかどうかの物差しで、今見た、423条1項ただし書の話です。2つめが、帰属上の一身専属です。相続で承継されるかどうかの物差しで、896条ただし書の話です。896条は、相続人が被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めたうえで、ただし、被相続人の一身に専属したものは承継しない、としています。

同じ一身専属なら、2つは重なりませんか。重なりません。別の物差しです。承継される権利でも、行使上は一身専属で、代位できない、という組み合わせが成り立ちます。その例が、遺留分の請求の権利です。遺留分とは、一定の相続人に保障された、相続財産の最低限の取り分のことです。あとで確認します。答案では、どちらの意味で一身専属と言っているのかを、書き分けてください。

慰謝料請求権はいつから代位できるか——判例の線引き

慰謝料請求権の時間軸。被害の発生→請求の意思を示す(まだ代位できない)→合意の成立または支払を命じる債務名義の成立(金額が客観的に確定=代位できる)。別ルート=被害者の死亡(代位できる)。 図:慰謝料請求権の時間軸

  • 被害の発生→請求の意思を示す(まだ代位できない)→合意の成立または支払を命じる債務名義の成立(金額が客観的に確定=代位できる)
  • 別ルート=被害者の死亡(代位できる)

いよいよ、冒頭の問いです。名誉を傷つけられたことによる慰謝料請求権は、貸主のAが、いつから代位できるのか。

事件の中身。元町長が、賄賂を受け取ったとして起訴された。起訴は違法で名誉を傷つけられたと主張し、慰謝料2000万円の賠償を求めて訴えた。訴えの前に破産宣告を受けていた。第一審=訴える資格あり、支払を命じた。控訴審=訴える資格なし、訴えを却下。争点=破産した本人に、自分で訴える資格があるか。注記=債権者が代位した事件ではない。 図:事件の中身

  • 元町長が、賄賂を受け取ったとして起訴された
  • 起訴は違法で名誉を傷つけられたと主張し、慰謝料2000万円の賠償を求めて訴えた
  • 訴えの前に破産宣告を受けていた
  • 第一審=訴える資格あり、支払を命じた
  • 控訴審=訴える資格なし、訴えを却下
  • 争点=破産した本人に、自分で訴える資格があるか
  • 注記=債権者が代位した事件ではない

最高裁が、この点に判断を示した事件があります。先に、事件の中身を言います。注意してください。この事件は、債権者が代位した事件ではありません。元町長が、町長だった間に賄賂を受け取ったとして起訴されました。この起訴は違法で、名誉を傷つけられたと主張して、慰謝料2000万円の賠償を求める訴えを起こしました。ところがこの元町長は、訴えの前に破産宣告を受けていました。裁判所の決定で、破産の手続に入っていた、ということです。第一審は、元町長に訴える資格があるとして、支払を命じました。控訴審は、破産した人が慰謝料を請求する意思を示した時点で、その請求権は破産財団に属する財産になる、と考えました。元町長が請求したのは破産宣告の後だから、本人に訴える資格が無いとして、請求の中身を判断せずに、訴えを退けました。これを、訴えの却下と言います。破産財団とは、破産した人の財産のうち、債権者への配当にあてるために、破産管財人が管理する財産のことです。争われたのは、破産した本人に、自分で訴える資格があるかどうか、でした。

代位とは関係ない事件なのに、どうして、今日取り上げるんですか。資格を判断する前提として、最高裁が、慰謝料請求権の性質を論じたからです。その中で、被害者の債権者は、差押えや債権者代位の目的にできるか、に答えています。判旨を、3つのカードで読みます。請求権の性質、金額が確定する前、金額が確定した後、の順です。1枚目は、慰謝料請求権の性質です。

判例最判昭58・10・6 民集37巻8号1041頁

慰謝料請求権を行使するかどうかは、被害者自身の意思で決まる 名誉を侵害されたことを理由とする被害者の加害者に対する慰藉料請求権は、金銭の支払を目的とする債権である点においては一般の金銭債権と異なるところはないが、本来、右の財産的価値それ自体の取得を目的とするものではなく、名誉という被害者の人格的価値を毀損せられたことによる損害の回復の方法として、被害者が受けた精神的苦痛を金銭に見積つてこれを加害者に支払わせることを目的とするものであるから、これを行使するかどうかは専ら被害者自身の意思によつて決せられるべきものと解すべきである。

慰謝料請求権の時間軸。被害の発生→請求の意思を示す(まだ代位できない)→合意の成立または支払を命じる債務名義の成立(金額が客観的に確定=代位できる)。別ルート=被害者の死亡(代位できる)。 図:慰謝料請求権の時間軸

  • 被害の発生→請求の意思を示す(まだ代位できない)→合意の成立または支払を命じる債務名義の成立(金額が客観的に確定=代位できる)
  • 別ルート=被害者の死亡(代位できる)

読み方です。慰謝料請求権は、金銭を支払わせる債権という点では、普通の金銭債権と変わりません。ただし、目的が違います。お金そのものを得るための債権ではなく、名誉という人格的な価値を傷つけられた損害を回復する方法として、精神的な苦痛を金銭に見積もって、加害者に支払わせるものです。だから、請求するかしないかは、専ら被害者自身の意思で決める、と言っています。ここが、一身専属の理由になります。2枚目は、金額がまだ確定していない間の扱いです。

判例最判昭58・10・6 民集37巻8号1041頁

金額が客観的に確定しない間は、差押えも代位もできない その具体的金額自体も成立と同時に客観的に明らかとなるわけではなく、被害者の精神的苦痛の程度、主観的意識ないし感情、加害者の態度その他の不確定的要素をもつ諸般の状況を総合して決せられるべき性質のものであることに鑑みると、被害者が右請求権を行使する意思を表示しただけでいまだその具体的な金額が当事者間において客観的に確定しない間は、被害者がなおその請求意思を貫くかどうかをその自律的判断に委ねるのが相当であるから、右権利はなお一身専属性を有するものというべきであつて、被害者の債権者は、これを差押えの対象としたり、債権者代位の目的とすることはできないものというべきである。

読み方です。慰謝料の金額は、権利が生じた時に、すでに客観的に明らかになっているわけではありません。苦痛の程度、本人の主観的な意識や感情、加害者の態度などの不確定な事情を、総合して決まります。だから、被害者が請求する意思を示しただけで、具体的な金額が当事者間で客観的に確定していない間は、なお請求を貫くかどうかを、被害者の自律的な判断に委ねるのが相当だ、と言っています。その間は、なお一身専属性があります。だから、被害者の債権者は、差押えも、代位もできません。本人が請求すると言い出しても、駄目なんですか。駄目です。意思を示しただけでは、金額が決まっていないので、まだ本人の判断に委ねる段階だからです。3枚目は、金額が確定したあとと、被害者が亡くなった場合です。カードに、債務名義という言葉が出てきます。支払を命じる確定判決など、強制執行の根拠になる書面のことです。

判例最判昭58・10・6 民集37巻8号1041頁

金額が確定したとき、被害者が死亡したときは、代位できる 加害者が被害者に対し一定額の慰藉料を支払うことを内容とする合意又はかかる支払を命ずる債務名義が成立したなど、具体的な金額の慰藉料請求権が当事者間において客観的に確定したときは、右請求権についてはもはや単に加害者の現実の履行を残すだけであつて、その受領についてまで被害者の自律的判断に委ねるべき特段の理由はないし、また、被害者がそれ以前の段階において死亡したときも、右慰藉料請求権の承継取得者についてまで右のような行使上の一身専属性を認めるべき理由がないことが明らかであるから、このような場合、右慰藉料請求権は、……客観的存在としての金銭債権となり、被害者の債権者においてこれを差し押えることができるし、また、債権者代位の目的とすることができるものというべきである。

読み方です。確定の場面は2つです。1つめは、加害者が一定額の慰謝料を支払う内容の合意か、支払を命じる債務名義が成立して、金額が当事者間で客観的に確定したときです。この段階になると、残っているのは加害者の現実の履行だけです。受領するかどうかまで、被害者の自律的な判断に委ねる理由はありません。2つめは、被害者がそれ以前に死亡したときです。慰謝料請求権を引き継いだ人にまで、行使上の一身専属性を認める理由はない、と言っています。どちらの場合も、この請求権は、客観的な金銭債権になります。そして、被害者の債権者は、差押えもできるし、代位もできる、と述べています。

冒頭の問いの答えと、同じ型の権利

冒頭の設例の答え。Bが請求の意思を示しただけ・迷っている間=Aは代位できない。BとCの合意の成立、または支払を命じる判決の確定=金額が確定→Aは代位できる。Bが死亡して承継された場合も同じ。同じ型の権利=財産分与請求権・遺留分侵害額請求権。 図:冒頭の設例の答え

  • Bが請求の意思を示しただけ・迷っている間=Aは代位できない
  • BとCの合意の成立、または支払を命じる判決の確定=金額が確定→Aは代位できる
  • Bが死亡して承継された場合も同じ
  • 同じ型の権利=財産分与請求権・遺留分侵害額請求権

冒頭の問いに、答えを出します。Bが、Cに請求する意思を示しただけの間、あるいは、請求するか迷っている間は、AはBに代わって、Cに慰謝料を請求できません。慰謝料を請求するかどうかは、Bの人格に関わる決断で、金額もまだ定まっていないからです。一方で、BとCの間で、いくら払うという合意が成立したり、支払を命じる判決が確定したりして、金額が確定すれば、あとは普通の金銭債権と同じです。Aは代位できます。Bが亡くなって、その請求権が承継された場合も、同じです。線を引く決め手は、金額が確定して、受領するかどうかを本人の判断に委ねる理由が無くなったかどうかです。同じ型の権利を、2つ名前出しします。1つめは、離婚の財産分与請求権で、768条に定めがあります。前の回では、財産分与請求権を守るために代位できるか、つまり被保全債権になれるかを見ました。今回は向きが逆で、財産分与請求権が代位される側になる場面です。線の引き方は、慰謝料と同じ型です。協議や審判で決まる前は、分与を求めるかどうかも、金額も、まだ定まっていません。求めるかどうかは、離婚する本人の判断に委ねるべきなので、行使上の一身専属の側に置かれます。具体的な金額が確定すれば、本人の判断に委ねる理由が無くなり、代位できます。これが通説です。中身は、親族法の回で扱います。2つめは、遺留分侵害額請求権で、1046条1項に定めがあります。旧法の遺留分減殺請求権について、判例は、遺留分制度は被相続人の財産処分の自由と相続人の利益の調整であり、侵害された遺留分を回復するかどうかを、専ら遺留分権利者の自律的な決定に委ねたものだとして、行使上の一身専属性を認めました。遺留分権利者が、この権利を第三者に譲渡するなど、権利行使の確定的な意思を、外部に表明したと認められる特段の事情がある場合を除いて、代位できないとしています。

この判例は、さらに、承継人にも認められる権利であることは、帰属上の一身専属性を持たないことを示すにすぎず、行使上の一身専属性を認める妨げにならない、と区別しています。承継される権利でも、代位できない権利がある、という例です。2018年の相続法の改正で、権利の名前が遺留分侵害額請求権に変わりました。行使するかどうかを権利者の判断に委ねる構造は同じなので、現行法でも同じように解されるのが一般です。中身は、相続の回で扱います。慰謝料請求権が代位されるかどうかは、論文でも論点になりうる部分です。

差押えを禁じられた権利は代位できない

差押えを禁じられた権利の例。給料等=支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分は差押え禁止(民事執行法152条1項)。生活保護=受けた保護金品などの差押え禁止(生活保護法58条)。年金=国民年金の給付を受ける権利は差押え不可(国民年金法24条)。理由=①差押禁止の趣旨が没却される ②責任財産に入らない。 図:差押えを禁じられた権利の例

  • 給料等=支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分は差押え禁止(民事執行法152条1項)
  • 生活保護=受けた保護金品などの差押え禁止(生活保護法58条)
  • 年金=国民年金の給付を受ける権利は差押え不可(国民年金法24条)
  • 理由=①差押禁止の趣旨が没却される ②責任財産に入らない

もう1つのただし書、差押えを禁じられた権利です。例を3つ挙げます。給料などは、支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分は、差し押さえてはならないと、民事執行法152条1項が定めています。高額の場合は、政令で定める額に相当する部分です。つまり給料は、一部が禁止されています。生活保護は、生活保護法58条が、すでに受けた保護金品などの差押えを禁じています。国民年金の給付を受ける権利は、国民年金法24条で、差押えができません。理由は2つあります。1つめは、差押えを禁じた法の趣旨です。その趣旨は、生活を支える給付を、本人が現実に受け取れるようにすることにあります。他人が代位して取り立てることを認めると、この趣旨が失われてしまいます。2つめは、責任財産の考え方です。差押えを禁じられた権利は、強制執行の対象になりません。つまり、責任財産に入りません。代位権は、責任財産を保全する制度なので、取り立てても、強制執行の引当てにならない権利は、対象にならないのです。給料のように一部だけが禁止されている場合は、代位できないのは、差押えが禁じられた部分と考えるのが筋です。この差押えを禁じられた権利は、2017年の改正で、ただし書に明記されました。以前は、解釈で除かれていました。今は、条文を引いて確認できます。

行使の方法——自己の名で・裁判外でも・訴えたら訴訟告知

行使の方法。(a)自己の名で行使=代理ではない。代位訴訟の原告はA、被告はC。(b)裁判外でも行使できる(詐害行為取消権は裁判で行使、424条)。(c)訴えを起こしたら遅滞なく債務者に訴訟告知(423条の6)。判決の効力が及びうる(民事訴訟法115条1項2号)。 図:行使の方法

  • (a)自己の名で行使=代理ではない
  • 代位訴訟の原告はA、被告はC
  • (b)裁判外でも行使できる(詐害行為取消権は裁判で行使、424条)
  • (c)訴えを起こしたら遅滞なく債務者に訴訟告知(423条の6)
  • 判決の効力が及びうる(民事訴訟法115条1項2号)

次は、どうやって行使するのか、です。3つ押さえます。1つめは、自己の名で行使する、ということです。Aは、Aの名前で、Bの権利を行使します。Bの代理人としてではありません。AがCを訴える代位訴訟では、原告はAであって、Bではありません。行使される権利は、BのCに対する権利です。2つめは、裁判外でも行使できる、ということです。訴えを起こさなくても、AはCに、直接請求できます。内容証明郵便などで、裁判を経ずに請求してかまいません。対比すると、詐害行為取消権は、他人がした行為を取り消すという強い効果を持つので、裁判所を通して行使させる仕組みです。424条も、裁判所に請求することができる、と定めています。3つめが、訴えを起こしたときの義務です。条文に、訴訟告知という言葉が出てきます。訴訟告知とは、訴訟が起きていることを、その訴訟に参加できる第三者に知らせることです。民事訴訟法53条1項に定めがあります。条文を読みます。

条文民法423条の6

民法第423条の6 債権者は、被代位権利の行使に係る訴えを提起したときは、遅滞なく、債務者に対し、訴訟告知をしなければならない。

AがCを訴えたら、Aは、遅滞なく、Bに訴訟告知をしなければなりません。代位訴訟で争われるのは、Aの権利ではなく、BがCに対して持つ権利です。Aは、権利の持ち主であるBのために、自分の名で原告になっています。Bの意思に関係なく、法律が、Aにその資格を与えています。このような場合を、一般に法定訴訟担当と説明します。そして、民事訴訟法115条1項2号は、確定判決は、当事者が他人のために原告又は被告となった場合のその他人に対しても、効力を有すると定めています。つまりBは、自分は訴訟の当事者ではないのに、判決の効力が及ぶとされています。自分で争っていないのに効力が及びうるのですから、Bにも、訴訟に関わる機会を与えなければ、不公平です。債務者の手続保障が、告知を義務づけた理由です。この条文は、2017年の改正で新設されました。押さえるべき内容は、提訴したら遅滞なく告知しなければならないこと、そして、その趣旨は、判決の効力が債務者に及びうることと、債務者の手続保障、の2点です。

行使の範囲——自己の債権の額が上限

行使の範囲の数値例。A→B 100万円(被保全債権)、B→C 200万円(被代位権利・目的が可分)。Aが代位して行使できるのは100万円の限度。下段=目的が不可分(絵画1枚の返還請求)なら全部。 図:行使の範囲の数値例

  • A→B 100万円(被保全債権)、B→C 200万円(被代位権利・目的が可分)
  • Aが代位して行使できるのは100万円の限度
  • 下段=目的が不可分(絵画1枚の返還請求)なら全部

最後は、どこまで行使できるのか、です。ここからは、前の回の設例に戻ります。Cは、加害者ではなく、Bの友人です。AはBに100万円の債権を持ち、BはCに200万円の貸金債権を持っています。立ち止まって、考えてみてください。Aは、Cに対するBの200万円を、全部代位できるでしょうか。どこまで代位できるのかは、423条の2が定めています。読みます。

条文民法423条の2

民法第423条の2 債権者は、被代位権利を行使する場合において、被代位権利の目的が可分であるときは、自己の債権の額の限度においてのみ、被代位権利を行使することができる。

数値に当てはめます。200万円の債権は、100万円と100万円に分けても、価値が減りません。つまり可分です。したがって、Aが代位して請求できるのは、自己の債権の額である100万円の限度までです。どうして、上限があるんですか。代位権は、債務者の財産管理に口を出す、例外的な制度だからです。口を出してよいのは、自分の債権を守るのに必要な限度までです。100万円の債権を守るのに、200万円の権利を全部行使する必要はありません。判例も、債権者代位権の行使の範囲は、債権の保全に必要な限度に限られると述べていました。2017年の改正は、この判例が認めてきた限度を、明文にしたものです。

条文は、可分であるときだけを定めています。不可分のときは、条文に書いていません。通説は、被代位権利の目的が不可分なら、被保全債権の額に満たなくても、全部を行使できると解しています。例で見ます。BがCに預けた絵画が1枚あります。Aの債権は30万円です。でも絵画の返還請求は、絵画全部についてしかできません。絵を30万円分だけ切って返してもらう、ということはできません。分けられないから、全部の行使が認められます。ここも、条文どおりのものと、解釈で立てるものの区別です。可分なら自己の債権の額まで、は423条の2です。不可分なら全部、は解釈です。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

まとめの表。被保全債権の側=存在・弁済期(423条2項)・強制執行で実現できる(423条3項)。保全の必要性=債務者の無資力(解釈)。被代位権利の側=存在/債務者が自ら行使していない(解釈・判例)/一身専属権でない・差押禁止でない(条文どおり・423条1項ただし書)。行使の方法=自己の名・裁判外でも・訴訟告知(423条の6)。行使の範囲=可分なら自己の債権の額まで(423条の2)、不可分なら全部(解釈)。 図:まとめの表

  • 被保全債権の側=存在・弁済期(423条2項)・強制執行で実現できる(423条3項)
  • 保全の必要性=債務者の無資力(解釈)
  • 被代位権利の側=存在/債務者が自ら行使していない(解釈・判例)/一身専属権でない・差押禁止でない(条文どおり・423条1項ただし書)
  • 行使の方法=自己の名・裁判外でも・訴訟告知(423条の6)
  • 行使の範囲=可分なら自己の債権の額まで(423条の2)、不可分なら全部(解釈)

冒頭の問いに戻ります。借主のBが慰謝料を請求しないとき、貸主のAは、Bに代わって慰謝料を請求できるのか、でした。答えは、金額が客観的に確定するまでは、できません。BとCの合意や、支払を命じる判決の確定などで金額が確定すれば、あるいはBが死亡して承継されれば、できます。そして、できるとしても、Aの債権が100万円なら、100万円の限度までです。今日の軸をつなぎます。口出しが許されるのは、債務者が動かないせいで、責任財産が保たれない場面だけです。だから、債務者がすでに行使しているなら、割り込めません。行使すれば責任財産が保たれる権利なら、種類は問わず、広く代位できます。本人の意思に委ねるべき権利と、そもそも責任財産でない権利は外れます。行使するときも、自分の債権を守るのに必要な限度までです。条文どおりの要件は、一身専属権でないことと、差押えを禁じられた権利でないこと、訴訟告知、行使の範囲です。解釈で立てた基準は、債務者の未行使と、不可分のときの全部の行使です。この区別が、答案の書き方の違いになります。一身専属権の認定は、論文で論点になりうる部分です。代位で債権者が受け取ったものの扱いは、また別の回で扱います。

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#194単独ページ動画

債権者代位権の直接請求と事実上の優先弁済

第4章 債権総論 #194/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

取り立てた100万円を、貸主は手元に置いてよいか

冒頭の関係図。貸主Aは借主Bに100万円を貸している。Bには、もう1人の貸主Dがいて、Dの貸金は300万円。Bの財産はCへの200万円の貸金債権だけで、Bは取り立てない。AはBに代わってCに請求し、Cは100万円を払った。問い=この100万円をAは手元に置いてよいのか。Dは黙っているしかないのか。 図:冒頭の関係図

  • 貸主Aは借主Bに100万円を貸している
  • Bには、もう1人の貸主Dがいて、Dの貸金は300万円
  • Bの財産はCへの200万円の貸金債権だけで、Bは取り立てない
  • AはBに代わってCに請求し、Cは100万円を払った
  • 問い=この100万円をAは手元に置いてよいのか
  • Dは黙っているしかないのか

貸主のAが、借主のBに、100万円を貸しています。Bは無一文で、友人のCに対する200万円の貸金債権のほかに、めぼしい財産がありません。Bは遠慮して、その200万円を取り立てようとしません。さらに、Bには、もう1人の貸主のDがいます。Dの貸金は、300万円です。前の回までに見たとおり、Aは、Bに代わってCに請求できます。ただし、請求できるのは、自分の貸金の額である100万円までです。そこでAがCに請求して、Cは100万円を払ったとします。問いです。この100万円を、Aは、自分の手元に置いてよいのでしょうか。Dは、黙って見ているしかないのでしょうか。

苦労した人が報われるべきだという感覚と、貸している人は平等のはずだという感覚。この2つのぶつかり合いが、今日の出発点です。先に、答えを言います。Aは、結果として、100万円を手元に置けます。ただし、受け取ったお金は、本来はBに入るはずのお金です。Aが、自分の貸金と差し引きにして、つまり相殺して、初めて手元に残ります。しかも、いつでもそうなるとは限りません。答えの出し方は、3つです。1つめは、Cは誰に払うのか。2つめは、受け取ったお金は誰のものか。3つめは、Aは自分の貸金とどうするのか。この3つを順に見ます。

前回までの受けと、今日の4つの問い

今日の地図。受け=要件(前々回)、被代位権利の側・行使の方法・範囲(前回)。今日の4つの問い=①誰に払わせるのか(423条の3)②受け取ったお金はどうなるのか③Cは何を言い返せるのか(423条の4)④代位が始まったあと、Bはまだ動けるのか(423条の5)+時効。右端に根拠の種類。条文どおり=423条の3・4・5。解釈=返還債務・相殺できること・94条2項の第三者への当てはめ。 図:今日の地図

  • 受け=要件(前々回)、被代位権利の側・行使の方法・範囲(前回)
  • 今日の4つの問い=①誰に払わせるのか(423条の3)②受け取ったお金はどうなるのか③Cは何を言い返せるのか(423条の4)④代位が始まったあと、Bはまだ動けるのか(423条の5)+時効
  • 右端に根拠の種類
  • 条文どおり=423条の3・4・5
  • 解釈=返還債務・相殺できること・94条2項の第三者への当てはめ

位置づけを確認します。前々回は、代位ができるための要件を見ました。前回は、Bの側の権利の条件と、行使の方法と範囲を見ました。そして前回の終わりに、代位で債権者が受け取ったものの扱いを、宿題に残しました。今日は、まずこの宿題を片づけます。そのうえで、請求されたCが何を言えるのか、代位が始まったあとのBはどうなるのかを見ます。数値例は、前回の続きです。Aが代位で守りたい、Bへの100万円の貸金が、被保全債権でした。AがBに代わって使う、BのCへの200万円の債権が、被代位権利でした。そのうち、Aが代位できるのは、自分の貸金の額である100万円までです。今日の問いは、4つです。1つめは、Cは誰に払うのか。2つめは、受け取ったお金はどうなるのか。3つめは、Cは何を言い返せるのか。4つめは、代位が始まったあとも、Bは動けるのか、です。最後に、時効も見ます。

今回も分けます。条文どおりなのは、423条の3、423条の4、423条の5です。解釈で立てるのは、受け取った金銭の返還債務、相殺できること、そして94条2項の第三者への当てはめです。答案では、前者は条文を引いて確認し、後者は理由とあてはめを書きます。今日を貫く軸を、先に1つだけ渡します。代位は、Bの権利をAが使うだけです。権利の持ち主は、あくまでBです。この軸から、4つの問いの答えが全部出てきます。

払い先の原則と例外——金銭と動産だけは自分に払えと言える

払い先の原則と例外の板。上段=原則「債務者に履行させる」。例=登記は「B名義にせよ」と言える。「A名義にせよ」とは言えない。下段=例外「金銭の支払・動産の引渡しは自分に求められる」。理由=Bが受け取らなければ代位の意味が無くなる。右に根拠の種類=条文どおり(423条の3)。 図:払い先の原則と例外の板

  • 上段=原則「債務者に履行させる」
  • 例=登記は「B名義にせよ」と言える
  • 「A名義にせよ」とは言えない
  • 下段=例外「金銭の支払・動産の引渡しは自分に求められる」
  • 理由=Bが受け取らなければ代位の意味が無くなる
  • 右に根拠の種類=条文どおり(423条の3)

1つめの問いです。AがCに請求するとき、Cは誰に払うのか。原則は、債務者のBに払う、です。理由は、さきほどの軸です。請求しているのはAですが、権利を持っているのはBです。代位の目的は、Bの責任財産を保つことで、Aが回収することではありません。例で見ます。BがCから土地を買ったのに、登記がまだC名義のままだとします。Aが代位してCに登記を求めるとき、言えるのは、B名義にせよ、です。A名義にせよ、とは言えません。土地はBのものだからです。ただ、金銭には事情があります。次の条文を読みます。

条文民法423条の3

民法第423条の3 債権者は、被代位権利を行使する場合において、被代位権利が金銭の支払又は動産の引渡しを目的とするものであるときは、相手方に対し、その支払又は引渡しを自己に対してすることを求めることができる。 この場合において、相手方が債権者に対してその支払又は引渡しをしたときは、被代位権利は、これによって消滅する。

条文は、相手方と書いています。相手方とは、第三債務者のことです。今日の設例では、Cです。前段は、被代位権利が金銭の支払か動産の引渡しを目的とするときは、自分に支払え、自分に引き渡せ、と求めてよい、という意味です。後段は、CがAに払えば、BのCに対する債権は消える、という意味です。CはBに、二重に払わなくてよいのです。登記と比べると分かります。登記は、Bが何もしなくても、B名義にできます。ところが、金銭や動産は、受け取るという行為が要ります。Bが受け取らないと言い張れば、CはBに払えません。それではAが代位した意味が無くなってしまいます。だから、金銭と動産については、自分に払え、と求めてよいとされました。動産の例を挙げます。BがCに自転車を預けているとします。Aは、代位してCに、自転車をAに渡せ、と言えます。冒頭の設例は、金銭の例です。この条文は、2017年の改正で置かれました。以前から判例が認めてきた扱いを、条文にしたものです。

受け取った100万円の行方——返還債務と相殺

お金の流れの5段階。①AがCに「自分に100万円を払え」と請求(423条の3前段)②CがAに100万円を支払う③BのCに対する債権のうち100万円が消える(423条の3後段)④AはBに100万円を返す債務を負う(703条)⑤Aは自分の貸金債権と返還債務を相殺する(505条1項)。相殺=自働債権はAのBに対する貸金100万円、受働債権はBのAに対する返還請求権100万円。 図:お金の流れの5段階

  • ①AがCに「自分に100万円を払え」と請求(423条の3前段)②CがAに100万円を支払う③BのCに対する債権のうち100万円が消える(423条の3後段)④AはBに100万円を返す債務を負う(703条)⑤Aは自分の貸金債権と返還債務を相殺する(505条1項)
  • 相殺=自働債権はAのBに対する貸金100万円、受働債権はBのAに対する返還請求権100万円

2つめの問いです。受け取った100万円は、誰のものになるのか。お金の流れを、5つの段階で見ます。1つめ、AがCに、自分に100万円を払えと請求します。2つめ、CがAに、その100万円を払います。3つめ、BのCに対する債権は、払われた100万円の分だけ消えます。ここまでは、423条の3のとおりです。4つめが、大事です。Aが受け取った100万円は、本来は、Bに入るはずのお金です。軸に戻ります。権利の持ち主はBだからです。AがCから受け取ることには、Cとの関係では原因があります。423条の3が認めているからです。しかし、Bとの関係では、Aが100万円を持っている法律上の原因がありません。だから、Aは、Bに100万円を返す債務を負います。これは、不当利得として説明されます。不当利得とは、法律上の原因なく得た利益のことです。条文を読みます。

条文民法703条

民法第703条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

今回の設例では、受益者がAです。損失を受けたのがBです。Aは、Bに、受け取った100万円を返す義務を負います。5つめが、相殺です。相殺の回で見たとおり、相殺は、自分の債権を使って、相手に対する自分の債務を消す仕組みです。お互いに現金を動かさず、差し引きで済ませます。AはBに、100万円の貸金債権を持っています。そしてAは、Bに対して、100万円の返還債務を負っています。この2つは、同じ額で向き合っています。Aは、この2つを相殺できます。ここで、立ち止まって考えてみてください。このとき、自働債権は、Aの貸金債権でしょうか? それとも、BのAに対する返還請求権でしょうか?

相殺の意思表示をするのはAですよね。だから、Aが持っている貸金のほうが、自働債権だと思います。自働債権は、AのBに対する100万円の貸金債権です。受働債権は、BのAに対する100万円の返還請求権です。相殺の意思表示をする側の債権が、自働債権でした。Aの貸金は、代位の要件として、弁済期が来ています。だから、相殺できる状態にあります。相殺は、一方的な意思表示でできる単独行為です。Bの同意は要りません。相殺できることの条文は505条1項、意思表示ですることは506条1項です。受け取っただけでは、Aは、Bに100万円を返す債務を負ったままです。相殺の意思表示をして初めて、Aの貸金が消えて、回収が済んだ形になります。動産のときは、別です。返す物は動産で、Aの貸金は金銭です。種類が違うので、相殺は問題になりません。相殺の話が出るのは、金銭の場合です。根拠の種類を分けます。返還債務が生じることは解釈で、不当利得として説明されます。相殺できることは、505条1項の当てはめです。

「事実上の」優先弁済——数値で見る

数値の比較。Bの財産はCへの200万円の債権だけ。貸金はA100万円、D300万円。上段=差押えで平等に分けた場合(200万円を1対3)→A50万円・D150万円。下段=代位→自分に受領→相殺の場合→A100万円(全額)・Dは残りの100万円。右に「事実上の優先弁済」。 図:数値の比較

  • Bの財産はCへの200万円の債権だけ
  • 貸金はA100万円、D300万円
  • 上段=差押えで平等に分けた場合(200万円を1対3)→A50万円・D150万円
  • 下段=代位→自分に受領→相殺の場合→A100万円(全額)・Dは残りの100万円
  • 右に「事実上の優先弁済」

流れが分かったので、結果を数字で見ます。Bの財産は、Cに対する200万円の債権だけです。貸金は、Aが100万円、Dが300万円。合わせて400万円です。もし、AとDが同じ債権を差し押さえて、債権者平等で分けたなら、200万円を貸金の額の割合で分けます。割合は1対3です。Aは50万円、Dは150万円になります。ところが、今日の流れだと、Aは100万円を受け取って、貸金と相殺します。Aは、貸金の全額を回収できます。Dには、Cへの債権の残り100万円しか残りません。Aだけが、貸金の全額を回収しました。これを、事実上の優先弁済といいます。優先弁済とは、ほかの債権者より先に、満足を受けることです。債権回収機能と呼ぶこともあります。前回見た423条の2があるので、Aが取れるのは、自分の貸金の額までです。それ以上は、持っていけません。

事実上の、と付くのは、法律がAに優先権を与えたわけではないからです。先取特権のような、優先する権利があるのではありません。自分に払わせることができる、ということと、返還債務と相殺できる、ということ。この2つが重なった結果、優先したのと同じ結果になります。だから、事実上の、と言います。

これは制度の趣旨と合うのか——批判と、許されている理由

対比の板(2列・理由つき)。問題視する側=①責任財産の保全は総債権者のための制度のはず。代位した人だけが回収する②差押えなら債務名義が要り、債務者と第三債務者を守る手続がある。代位だとその手続を経ない。許してよいとする側=①少額で第三債務者も協力するなら、差押えより簡単で費用倒れにならない②保全は「その債権者自身の債権の引当てを保つこと」と考えれば矛盾しない③債務者に処分権限が残り、ほかの債権者も差押えや代位ができる④動いた人に見返りがあってよい。最下段=2017年の改正は、相殺を禁じる規定を置かなかった。 図:対比の板

  • 2列・理由つき
  • 問題視する側=①責任財産の保全は総債権者のための制度のはず。代位した人だけが回収する②差押えなら債務名義が要り、債務者と第三債務者を守る手続がある。代位だとその手続を経ない。許してよいとする側=①少額で第三債務者も協力するなら、差押えより簡単で費用倒れにならない②保全は「その債権者自身の債権の引当てを保つこと」と考えれば矛盾しない③債務者に処分権限が残り、ほかの債権者も差押えや代位ができる④動いた人に見返りがあってよい。最下段=2017年の改正は、相殺を禁じる規定を置かなかった。

この結果は、制度の趣旨と合うのでしょうか。問題視する側の理由は、2つです。1つめ、債権者代位権は、責任財産を保つ制度で、総債権者のための制度のはずです。ところが、代位した人だけが回収します。2つめ、強制執行で回収するなら、債務名義が要ります。債務名義とは、確定判決など、強制執行の根拠になる書面です。差押えの手続には、債務者と第三債務者を守る仕組みもあります。代位だと、その手続を経ないで、同じ結果になります。許してよいとする側にも、理由があります。1つめ、少額で、第三債務者も協力してくれる場面では、債務名義を取って差押えをするより簡単で、費用倒れになりません。2つめ、責任財産の保全を、総債権者の引当てを保つこととは考えず、その債権者自身の債権の引当てとなる財産を保つこと、と考えれば、矛盾しません。3つめ、あとで見るように、債務者に処分権限が残り、ほかの債権者も差押えや代位ができます。代位した人だけが一方的に守られるわけではない、という見方です。4つめ、代位して動いた人に、それなりの見返りがあってよい、という考え方です。2017年の改正は、この点をどう扱ったか。相殺を禁じる規定を置きませんでした。立案の途中では、返還債務を受働債権とする相殺を禁止する案も出されましたが、見送られました。

相殺の禁止が見送られた理由として、3つが挙げられています。1つめ、債務名義を取って強制執行するのが費用倒れになる場面で、事実上の回収が強制執行を補っています。この実務の機能を変えてしまう弊害が大きいからです。2つめ、相殺を禁止して、返還債務に強制執行を求めても、ほかの債権者が実際に手続に加わることは考えにくく、代位した人の手間が増えるだけになりかねないからです。3つめ、明文がなくても、相殺権の濫用の法理などで、債権者平等の観点から相殺が制限されることは考えられるからです。結論は、実務の運用と解釈に委ねる、というものでした。禁じなかったことは、推奨したことではありません。試験での結論は、受け取った金銭の返還債務と被保全債権は、相殺できる、です。趣旨とのずれは、論点として指摘できる程度、と考えてください。詐害行為取消権にも、同じ問題があります。

相手方の抗弁——CはBに言えることを、Aにも言える

相手方の抗弁。A⇢Cの請求に対して、CからAへ「Bに言えることはAにも言える」。例①弁済=CがすでにBに200万円を払っていた→債権は消えている。例②同時履行の抗弁=BがCに品物を売り、代金債権をAが代位。Bが品物を渡していなければ、Cは引換えでなければ払わない(533条)。右に根拠の種類=条文どおり(423条の4)。 図:相手方の抗弁

  • A⇢Cの請求に対して、CからAへ「Bに言えることはAにも言える」
  • 例①弁済=CがすでにBに200万円を払っていた→債権は消えている
  • 例②同時履行の抗弁=BがCに品物を売り、代金債権をAが代位
  • Bが品物を渡していなければ、Cは引換えでなければ払わない(533条)
  • 右に根拠の種類=条文どおり(423条の4)

3つめの問いです。請求を受けたCは、何を言い返せるのか。条文を読みます。

条文民法423条の4

民法第423条の4 債権者が被代位権利を行使したときは、相手方は、債務者に対して主張することができる抗弁をもって、債権者に対抗することができる。

ここでも、相手方とは、第三債務者のCのことです。抗弁とは、相手の請求を退ける言い分のことです。意味は、CがBに言えることは、Aにも言える、です。理由は、軸のとおりです。Aが行使しているのは、Bの権利そのものです。請求する人が、BからAに入れ替わっただけです。入れ替わったからといって、Cが不利になる理由はありません。例を2つ挙げます。1つめは、弁済です。CがすでにBに200万円を払っていたとします。すると、Bの債権は消えています。Cは、Aに、もう払った、と言えます。2つめは、同時履行の抗弁です。BがCに品物を売り、その代金債権をAが代位したとします。Bが品物をまだ渡していなければ、Cは、品物と引換えでなければ払わない、と言えます。533条です。

423条の4は、以前の判例が認めてきた扱いを、明文にしたものです。被代位権利がBの権利そのものである以上、当然の帰結でもあります。根拠の種類は、条文どおりです。

虚偽表示の無効は、Aに言えるか

虚偽表示の設例。CはBに、見せかけだけで土地を贈与した(虚偽表示・登記はまだC名義)。Bの債権者Aが、BのCに対する登記を求める権利を代位して行使する。Cの吹き出し「贈与は虚偽表示で無効」(94条1項)。Cが言える→423条の4によりAにも言える。では、善意のAは94条2項の第三者として守られるか。 図:虚偽表示の設例

  • CはBに、見せかけだけで土地を贈与した(虚偽表示・登記はまだC名義)
  • Bの債権者Aが、BのCに対する登記を求める権利を代位して行使する
  • Cが言える→423条の4によりAにも言える
  • では、善意のAは94条2項の第三者として守られるか

抗弁の応用に進みます。役割は、変えません。Aは代位債権者、Bは債務者、Cは第三債務者です。CはBに、見せかけだけで、土地を贈与しました。つまり虚偽表示です。登記は、まだC名義のままです。Bの債権者のAが、BがCに対して持つ、登記を求める権利を代位して行使します。無資力のBに代わって、B名義にさせるためです。Cは言い返します。BC間の贈与は、虚偽表示で無効だ、と。94条1項です。これは、CがBに言えることです。だから、423条の4により、Aにも言えます。では、Aが事情を知らなかった、善意だったなら、どうでしょうか。94条2項は、虚偽表示の無効を、善意の第三者に対抗できない、と定めています。Aがこの第三者にあたれば、Cは、無効をAに対抗できません。先に、思い出してください。虚偽表示の回で見た、94条2項の第三者とは、どんな人でしたか?

虚偽表示の当事者と包括承継人以外の人で、嘘の外形を土台に、新たに独立の法律上の利害関係を持つに至った人でした。この定義に、Aを当てはめます。結論は、Aの立場で分かれます。

94条2項の第三者に、Aはあたるか——2つのケース

当てはめの2ケース。ケース1=Aは、Bに金銭を貸しているだけ(今日の設例)→土地についてまだ何もしていない→第三者にあたらない→Cは無効をAに対抗できる→代位請求は認められない。ケース2=AはBからこの土地を買った人→嘘の外形を土台に新たに権利を取得→第三者にあたる(善意なら)→Cは無効を対抗できない→代位できる。整理=被保全債権が金銭債権ならあたらない/この土地についての権利ならあたる。補足=登記がB名義で、貸主がその土地を差し押さえたなら第三者にあたる。 図:当てはめの2ケース

  • ケース1=Aは、Bに金銭を貸しているだけ(今日の設例)→土地についてまだ何もしていない→第三者にあたらない→Cは無効をAに対抗できる→代位請求は認められない
  • ケース2=AはBからこの土地を買った人→嘘の外形を土台に新たに権利を取得→第三者にあたる(善意なら)→Cは無効を対抗できない→代位できる
  • 整理=被保全債権が金銭債権ならあたらない/この土地についての権利ならあたる
  • 補足=登記がB名義で、貸主がその土地を差し押さえたなら第三者にあたる

ケース1です。Aは、Bに金銭を貸しているだけです。今日の設例です。AはBの全財産を当てにしているだけで、この土地そのものについては、まだ何もしていません。嘘の外形を土台にして、新しく権利を取得したわけではありません。だから、Aは第三者にあたりません。Cは、無効をAに対抗できます。贈与が無効なら、土地はCのもののままです。Bは、Cに登記を求める権利を、そもそも持っていません。Aが代わりに使う権利が無いので、代位請求は、認められません。ケース2です。AがBから、この土地を買った人だとします。Aは、Bに対して、土地の引渡しや登記を求める権利を持っています。AはBが土地をCから得た、という外形を信じて、新しく権利を取得しました。だから、善意であれば、第三者にあたります。Cは、無効をAに対抗できません。Aに対しては、贈与が無効だと言えないので、Bに登記を求める権利が無い、とも言えません。だから、Aは代位できます。補足です。かりに登記がすでにB名義に移っていて、貸主がその土地を実際に差し押さえたなら、土地について新たに関わったので、第三者にあたります。

94条2項が守るのは、嘘の外形を信じて、新たに取引に入った人だからです。代位は、Bの権利をBに代わって使うだけで、それだけでは、Aが新たに取引に入ったことになりません。ただの貸主は、嘘があってもなくても、立場が変わりません。守る理由がないのです。整理します。被保全債権が金銭債権なら、第三者にあたりません。被保全債権が、この土地についての権利なら、あたります。根拠の種類は、2つに分かれます。Cの抗弁が通ることは、423条の4と94条1項の条文どおりです。Aが第三者にあたるかは、定義の当てはめで、解釈です。

債務者の処分権限——代位が始まっても、Bは動ける

債務者の処分権限。A⇢Cの請求に加えて、B→C(請求可)、C→B(履行可)。右に差押えとの対比。差押え(差押命令)=債務者には取立てその他の処分を禁止、第三債務者には債務者への弁済を禁止(民事執行法145条1項)。代位=その効果が無い→債務者の手を縛らない。 図:債務者の処分権限

  • A⇢Cの請求に加えて、B→C(請求可)、C→B(履行可)
  • 右に差押えとの対比
  • 差押え(差押命令)=債務者には取立てその他の処分を禁止、第三債務者には債務者への弁済を禁止(民事執行法145条1項)
  • 代位=その効果が無い→債務者の手を縛らない

4つめの問いです。代位が始まったあと、Bはまだ動けるのか。条文を読みます。

条文民法423条の5

民法第423条の5 債権者が被代位権利を行使した場合であっても、債務者は、被代位権利について、自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない。 この場合においては、相手方も、被代位権利について、債務者に対して履行をすることを妨げられない。

ここでも、相手方とは、第三債務者のCです。前段は、AがCに請求したあとでも、Bは、自分でCに請求してよい、という意味です。取立てその他の処分とは、取り立てることのほか、債権を免除したり譲渡したりすることも含みます。後段は、CはBに払っても、Aの請求に邪魔されない、という意味です。数値例に戻します。AがCに請求したあとでも、Bは、自分でCに請求できます。Cも、Bに払えば、債務を免れます。代位が始まったら債務者はもう手を出せなくなる、という考え方は、以前の判例の扱いと同じでした。以前の判例は、代位債権者が代位行使に着手し、そのことが債務者に通知される、または債務者がそのことを知ったときは、債務者は、取り立てたり処分したりできなくなる、としていたのです。2017年の改正は、この扱いを改めました。条文のとおり、債務者の処分権限は残ります。改めた理由は、3つ考えられます。1つめ、裁判所が関わらないまま、通知しただけ、知っただけで、債務者が処分権限を失うのでは、債務者の地位が不安定すぎます。2つめ、債務者の処分権限を奪うほどの強い効果がほしい債権者は、仮差押えや差押えの手続を取るべきです。3つめ、そもそも代位権は、債務者の権利行使のうまいへたに干渉できず、債務者が自ら行使しない場合に限って認められるものです。条文は、代位行使が裁判上か裁判外かで区別していません。差押えと対比します。差押命令が出ると、債務者は、取立てその他の処分を禁止されます。第三債務者は、債務者への弁済を禁止されます。民事執行法145条1項です。代位には、この効果がありません。代位は、債務者の手を縛らない。ここが、差押えとの違いです。

Bの処分権限が残るので、Dも、Cへの同じ債権を差し押さえたり、代位して行使したりできます。ただし、訴訟には、すでに裁判所で審理されている事件について、重ねて訴えを起こすことはできない、という決まりがあります。重複する訴えの禁止といい、民事訴訟法142条です。Aの代位訴訟がすでに起きているのに、別の債権者が重ねて代位訴訟を起こすことは、これに触れうると考えられています。Bが自分で別の訴えを起こす場合にも、同じ型の問題があります。これらは、民事訴訟の回で扱います。代位訴訟を起こしたときの、Bへの訴訟告知は、前回の423条の6で見ました。判決の効力が、Bに及びうることも、そのときに見たとおりです。

事実上の優先弁済は、いつでも実現するわけではない

競争の数値例。3つの流れ。①CがBに先に払う(またはBがCから取り立てる)→被代位権利が消える→Aの代位請求は空振り(弁済・423条の4)②Dが先に同じ債権を差し押さえる→CはBに払えない(民事執行法145条1項)③Aが先に受領して相殺まで済ませる→A100万円・Dは残り100万円。 図:競争の数値例

  • 3つの流れ
  • ①CがBに先に払う(またはBがCから取り立てる)→被代位権利が消える→Aの代位請求は空振り(弁済・423条の4)②Dが先に同じ債権を差し押さえる→CはBに払えない(民事執行法145条1項)③Aが先に受領して相殺まで済ませる→A100万円・Dは残り100万円

処分権限が残ることから、さきほどの事実上の優先弁済に、重要な帰結が出ます。いつでも実現するわけではない、ということです。3つの流れを見ます。1つめ、AがCから受け取る前に、BがCから200万円を取り立てる、あるいはCがBに払ってしまう。すると、被代位権利が弁済で消えます。Aの代位請求は、空振りです。2つめ、Dが先に、同じ債権を差し押さえます。すると、CはBに払えなくなります。差押えの効力です。3つめ、Aが先に受領して、相殺まで済ませます。この場合に限って、さきほどのとおり、Aは貸金の全額を回収します。

事実上の優先弁済は、法律上の優先権ではないので、実現するかどうかは、競争の結果です。ここまで来て初めて、事実上の、という言葉の意味が腹に落ちます。

時効——代位行使で動くのは、どちらの債権か

時効の板。被代位権利(B→C)=訴えを起こしたなら裁判上の請求(147条1項1号)で完成猶予、権利が確定すれば更新(147条2項)。裁判外で請求したなら催告(150条1項)で6か月を経過するまで完成が猶予される(更新ではない)。被保全債権(A→B)=争いあり。動くとする立場=Aは自分の債権を守るために動いている。動かないとする立場=行使されているのは被代位権利。どちらで書くにしても理由を添える。 図:時効の板

  • 被代位権利(B→C)=訴えを起こしたなら裁判上の請求(147条1項1号)で完成猶予、権利が確定すれば更新(147条2項)
  • 裁判外で請求したなら催告(150条1項)で6か月を経過するまで完成が猶予される(更新ではない)
  • 被保全債権(A→B)=争いあり
  • 動くとする立場=Aは自分の債権を守るために動いている
  • 動かないとする立場=行使されているのは被代位権利
  • どちらで書くにしても理由を添える

最後に、時効です。先に、言葉を2つ呼び戻します。時効の回で見たとおり、完成猶予は、時効の完成が後ろへずれるだけです。更新は、それまでのカウントがリセットされて、新しい期間が走り出します。では、代位行使で、時効が動くのは、どちらの債権でしょうか。1つめは、被代位権利、つまりBのCに対する債権です。こちらは動くことが確実です。条文の切り分けは、2つです。訴えを起こしたなら、裁判上の請求として、147条1項1号により、完成が猶予されます。判決などで権利が確定すれば、147条2項により、更新されます。訴えを起こさず、裁判外で請求したなら、催告にあたります。催告とは、裁判の外で、払ってくださいと伝えることでした。150条1項により、そのときから6か月を経過するまで、完成が猶予されます。こちらは、後ろへずれるだけで、更新ではありません。

2つめは、被保全債権、つまりAのBに対する貸金です。こちらは、争いがあります。時効の回で、代位訴訟の図を使って見た争いです。動くとする立場の理由は、Aは自分の貸金を守るために動いているのだから、眠っていない、というものです。動かないとする立場の理由は、代位訴訟で実際に請求しているのは被代位権利のほうで、被保全債権を請求しているわけではない、というものです。どちらの言い分にも、理由があります。答案では、どちらの立場で書くにしても、理由を添えてください。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

まとめの表。行=原則と例外(423条の3)/受け取った後(返還債務→相殺)/相手方の抗弁(423条の4・94条2項)/債務者の処分権限(423条の5)/時効。列=中身/根拠の種類(条文どおり・解釈)。 図:まとめの表。行=原則と例外(423条の3)/受け取った後(返還債務→相殺)/相手方の抗弁(423条の4・94条2項)/債務者の処分権限(423条の5)/時効。列=中身/根拠の種類(条文どおり・解釈)。

冒頭の問いに戻ります。取り立てた100万円を、Aは手元に置いてよいのか。Dは、黙っているしかないのか、でした。答えです。取り立てた100万円は、本来はBに入るはずのお金です。Aは、Bに返す債務を負います。しかし、自分の貸金100万円と相殺して、結果として手元に置けます。これが事実上の優先弁済です。趣旨とずれるという批判はありますが、2017年の改正は、禁じませんでした。ただし、Bは動けます。Cが先にBに払えば、Aの請求は空振りになります。Dが先に差し押さえれば、CはBに払えません。Aが貸金の100万円を回収できるかどうかは、競争の結果です。Dも、Cへの残りの100万円に、差押えをかけられます。今日の軸を、もう一度つなぎます。代位は、Bの権利をAが使うだけです。権利の持ち主は、あくまでBです。だから、払い先は、Bが原則です。Cの抗弁は、Bに言えることと同じです。Bの処分権限は、残ります。その中で、金銭と動産だけは、自分に払わせることができます。条文どおりなのは、423条の3、423条の4、423条の5です。解釈なのは、返還債務、相殺できること、そして94条2項の第三者への当てはめです。この区別が、答案の書き方の違いになります。受け取った金銭の扱いは、論文で論点になりうる部分です。

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#195単独ページ動画

債権者代位権の転用と登記請求権の代位

第4章 債権総論 #195/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

資産家のBが動かないとき、Cは自分の名義にたどり着けるか

冒頭の関係図。土地をAがBに売り、BがCに売った。登記はまだA名義のまま。Bは資産家でお金には困っていないが、Aに登記を求めようとしない。問い=Cは、どうすれば自分の名義にたどり着けるか。呼び名=売られた順にA・B・C。代位するのはC。 図:冒頭の関係図

  • 土地をAがBに売り、BがCに売った
  • 登記はまだA名義のまま
  • Bは資産家でお金には困っていないが、Aに登記を求めようとしない
  • 問い=Cは、どうすれば自分の名義にたどり着けるか
  • 呼び名=売られた順にA・B・C
  • 代位するのはC

ある土地を、AがBに売りました。そのあと、BがCに売りました。ところが、登記は、まだA名義のままです。Bは資産家で、お金には何も困っていません。ただ、Aに登記を求めようとしません。面倒なのかもしれませんし、忘れているのかもしれません。Cは、どうすれば自分の名義にたどり着けるのでしょうか。登場人物を整理します。最初の売主がA、中間の買主がB、最後の買主がCです。売られた順に、A、B、Cです。そして、代位するのはCです。前の3回では、代位するのはAでしたが、今日の設例では、Cです。代位して請求を受ける相手も入れ替わり、前の3回のCから、今日はAになります。間に立つBが債務者であることは、変わりません。

Cが、Aに直接、自分の名義への変更を求める道は、原則として使えません。その理由は、あとで見ます。先に、Cが使える道を言います。Cは、Bに代わって、Aに登記を求められます。根拠は、423条の7です。ところが、ここに引っかかりがあります。債権者代位権には、債務者が無資力であるという要件がありました。無資力とは、債務者が、自分の財産では債務を払いきれない状態のことでした。今日のBは、資産家です。それでも、代位できるのです。今日の中心は、2つです。1つめは、なぜBが資産家でも代位できるのか。2つめは、そのとき代位のしくみのどこが変わるのか、です。

前回までの振り返りと、今日の4つの問い

今日の地図。前の3回=お金の債権を守るための代位(要件の1つが債務者の無資力)。今日の4つの問い=①転用とは何か②なぜ無資力が要らないのか③423条の7の要件④後段の準用はどこからどこまでか。右端に根拠の種類。条文どおり=423条の7の要件・準用される範囲。解釈=無資力が要らない理由・準用されない理由の説明。 図:今日の地図

  • 前の3回=お金の債権を守るための代位(要件の1つが債務者の無資力)
  • 今日の4つの問い=①転用とは何か②なぜ無資力が要らないのか③423条の7の要件④後段の準用はどこからどこまでか
  • 右端に根拠の種類
  • 条文どおり=423条の7の要件・準用される範囲
  • 解釈=無資力が要らない理由・準用されない理由の説明

前の3回は、お金を取りっぱぐれないための代位でした。債務者の財産を保っておいて、貸したお金を回収できるようにする制度で、要件の1つが、債務者の無資力でした。今日から、使い方が変わります。この使い方を転用と呼びます。代位の最初の回で、名前だけ出しておいた使い方です。あのときは、債務者の資力と関係がない、と一言で済ませました。今日は、その理由を確かめます。転用の中でも、条文になっている場面を見ます。今日の問いは、4つです。1つめは、転用とは何か。2つめは、なぜ無資力が要らないのか。3つめは、423条の7の要件。4つめは、後ろの段の、前三条の規定を準用する、がどこからどこまでか、です。

今回も分けます。条文どおりなのは、423条の7の要件と、準用される範囲です。解釈なのは、無資力が要らない理由と、準用されない条文について、なぜ準用されないのかという説明です。答案では、前者は条文を引いて確認し、後者は理由づけを書きます。

転用とは何か——守るものが違う

本来の使い方と転用の対比。行=守るもの/被保全債権の種類/無資力の要否/行使の範囲を自己の債権の額に限る規律(423条の2)。本来=債務者の責任財産/金銭債権/要る/ある。転用=その債権そのものの実現/金銭債権でない債権/要らない/当てはまらない。右端に根拠の種類。無資力が要らないこと=解釈。 図:本来の使い方と転用の対比

  • 行=守るもの/被保全債権の種類/無資力の要否/行使の範囲を自己の債権の額に限る規律(423条の2)
  • 本来=債務者の責任財産/金銭債権/要る/ある
  • 転用=その債権そのものの実現/金銭債権でない債権/要らない/当てはまらない
  • 右端に根拠の種類
  • 無資力が要らないこと=解釈

1つめの問いです。転用とは何か。債権者代位権の本来の使い方は、お金の債権、つまり金銭債権を守るために、債務者の財産を保つことでした。守るのは、債務者の財産全体です。これに対して、お金の債権ではない債権、つまり特定の給付を求める債権を実現するために、代位のしくみを借りる使い方があります。これが転用です。守るのは、財産全体ではなく、その債権そのものです。今日の設例で確かめます。Cが持っているのは、Bに登記を移してもらう権利です。お金の債権ではありません。Cが欲しいのは、お金ではなく、この土地の登記です。ですから、今日の使い方は、転用にあたります。

表のとおり、4つの違いが出ます。守るものが財産全体かその債権そのものか。被保全債権が金銭債権かそうでないか。無資力が要るか要らないか。そして、行使の範囲を自分の債権の額までに限る、423条の2の規律が当てはまるか。この4つです。このうち、無資力が要らないことは、解釈で説明されます。条文に書かれているのは、あとで読む423条の7の要件です。表の最後の項目は、準用の話で、あとで理由を見ます。

なぜ無資力が要らないのか——Bを資産家にしても結論は変わらない

無資力が要らない理由の比較。左=本来の使い方(CがBに貸金100万円。Bの財産のどれから回収してもよい。Bに財産が十分なら口出しは不要。だから無資力が要る)。右=今日の設例(Cが欲しいのは「この土地の登記」。A名義からB名義に移らない限り、B名義からC名義にはできない。Bに現金が1億円あっても同じ。Bの資力はCの債権の実現と関係がない)。 図:無資力が要らない理由の比較

  • 左=本来の使い方(CがBに貸金100万円。Bの財産のどれから回収してもよい。Bに財産が十分なら口出しは不要。だから無資力が要る)
  • 右=今日の設例(Cが欲しいのは「この土地の登記」。A名義からB名義に移らない限り、B名義からC名義にはできない。Bに現金が1億円あっても同じ。Bの資力はCの債権の実現と関係がない)

2つめの問いです。これが、今日の中心です。なぜ、Bが資産家でも代位できるのか。まず、本来の使い方で、なぜ無資力が要ったのかを思い出します。お金を貸した人が欲しいのは、お金そのものです。お金は、債務者の財産のどれから回収しても、同じ価値です。債務者に財産が十分あるなら、債権者が債務者の財産管理に口を出す必要はありません。債権者が口を出してよいのは、財産が足りなくなって、回収が危うくなったときだけです。だから、無資力が要りました。では、今日の設例はどうでしょうか。Cが欲しいのは、お金ではありません。この土地の登記です。登記請求権の回で見たとおり、登記は、権利が移った過程を、そのまま記録に映すものです。AからBへ、BからCへ、と順に移った以上、A名義からB名義へ移さない限り、B名義からC名義にはできません。ここで、Bに現金が1億円あったとします。その1億円は、Cの助けになるでしょうか。なりません。いくらお金を持っていても、A名義からB名義への登記が済まなければ、Cは登記を受けられないからです。つまり、Bの資力は、Cの債権が実現できるかどうかと、関係がありません。Bを無資力にしても、資産家にしても、結論は変わりません。ここが、今日の軸です。守るのはお金ではなく、登記そのもの。だから、Bの資力は、問題にならないのです。ここで、立ち止まって考えてみてください。Bが資産家なら、Cは代位できないのでしょうか?

できます。Bが資産家でも、Cは代位できます。無資力は、この場面の要件ではありません。境目も確かめます。Cの権利が、Bに貸した100万円を返してもらう権利で、ふつうの代位として使うなら、Bが資産家である限り、CはBの財産から回収できるので、代位はできません。同じBとCでも、典型的には、守るものがお金か登記かで、結論が分かれます。資産家であるBの財産管理に、Cが口を出してよい理由は、解釈として、次のように説明できます。Bが権利を使わないことそのものが、Cの債権の実現を止めています。しかも、Cが求めるのは、Bが本来受けるはずの、A名義からB名義への登記です。Bの財産を減らす行為ではありません。さらに、Bは、Cに対して登記を移す義務を負う立場でもあります。だから、この場面では、口出しが許される、と説明できます。根拠の種類は、解釈です。条文は、無資力を要件に書いていません。それは、次に条文を読んで確かめます。

423条の7の前段——要件を当てはめる

要件の当てはめ。C=譲り受けた者、B=譲渡人、A=第三者。Bが持つ「AにB名義へ登記手続をすべきことを請求する権利」を、Cが行使する。要件3つ=①登記又は登録をしなければ対抗できない財産(土地は登記・177条)②それを譲り受けた者(C)③譲渡人(B)が権利を行使しないとき。無資力の文字は条文にない。 図:要件の当てはめ

  • C=譲り受けた者、B=譲渡人、A=第三者
  • Bが持つ「AにB名義へ登記手続をすべきことを請求する権利」を、Cが行使する
  • 要件3つ=①登記又は登録をしなければ対抗できない財産(土地は登記・177条)②それを譲り受けた者(C)③譲渡人(B)が権利を行使しないとき
  • 無資力の文字は条文にない

3つめの問いです。条文を読みます。

条文民法423条の7

民法第423条の7 登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産を譲り受けた者は、その譲渡人が第三者に対して有する登記手続又は登録手続をすべきことを請求する権利を行使しないときは、その権利を行使することができる。 この場合においては、前三条の規定を準用する。

条文の呼び名を、今日の呼び方につなぎます。譲り受けた者がCです。譲渡人がBです。第三者は、条文に2回出てきます。1回めの、対抗することができない相手としての第三者は、登記や登録がないことを主張する正当な利益を持つ人を指します。たとえば、同じ土地をBから二重に買った人です。2回めの、譲渡人が権利を持つ相手としての第三者が、登記を持っているAです。そして、その権利とは、BがAに対して持つ、登記手続を求める権利のことです。前段は、こういう意味です。Bが、Aに登記を求める権利を使わないときは、Cが、その権利を使える、ということです。後段は、前の3つの条文の規定を、準用するという意味です。これは、あとで見ます。前段の要件は、3つです。1つめ、登記か登録を済ませないと、権利を得たことを第三者に対抗できない財産であること。土地は、177条で、登記がなければ対抗できません。2つめ、その財産を譲り受けた者であること。Cです。3つめ、譲渡人のBが、登記を求める権利を行使しないことです。気づいてほしいのは、条文のどこにも、無資力と書いていないことです。先ほどの理由は、解釈でしたが、それが条文の姿にも表れています。条文どおりに確かめられる要件は、この3つです。

登録は、登記の仲間です。財産の種類によって、登記と呼んだり登録と呼んだりします。たとえば自動車は、道路運送車両法の5条1項で、登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ、第三者に対抗することができない、と定められています。

登録の例。自動車は、道路運送車両法5条1項により、登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ第三者に対抗できない。例=自動車がA→B→Cと転売されたのに、登録がA名義のまま。土地と同じく、CがBに代わってAに登録手続を求める。 図:登録の例

  • 自動車は、道路運送車両法5条1項により、登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ第三者に対抗できない
  • 例=自動車がA→B→Cと転売されたのに、登録がA名義のまま
  • 土地と同じく、CがBに代わってAに登録手続を求める

自動車を転売したのに、登録が前の持ち主の名義のまま、という場面でも、同じように使えます。最後に、この条文の成り立ちです。2017年の改正で置かれましたが、以前から判例が認めてきた扱いを、条文にしたものです。

登記は2段階でそろう——代位できるのはAからBまで

1枚目=構図。A→B(売買)、B→C(売買)、登記はA名義。被保全債権=CのBに対する登記請求権(B名義からC名義へ)。被代位権利=BのAに対する登記請求権(A名義からB名義へ)。Bの資力=関係なし。

  • 1枚目=構図
  • A→B(売買)、B→C(売買)、登記はA名義
  • 被保全債権=CのBに対する登記請求権(B名義からC名義へ)
  • 被代位権利=BのAに対する登記請求権(A名義からB名義へ)
  • Bの資力=関係なし

4つめの問いの前に、登記がそろう流れを、図で整理します。CがBに対して持つ、登記を移してもらう権利が、被保全債権です。守りたい自分の債権のことです。BがAに対して持つ、登記を移してもらう権利が、被代位権利です。Cが代わりに使う権利のことです。この2つは、どちらも売買から生まれる、登記を求める権利です。登記請求権の回で見た、3つの登記請求権のうちの、契約から生まれる債権的登記請求権です。Bは、Cに売って所有権を手放していますが、この請求権は、所有権を失っても持ち続けられるのでした。A名義からC名義に直接してもらうことは、できません。Cが代位して求められるのは、A名義からB名義への登記までです。被代位権利は、BのAに対する権利だからです。権利の中身は、Bに登記を移すこと、です。

2枚目=代位後。①CがBに代わって、Aに「Bに登記を移せ」と請求する(代位)。②登記がA名義からB名義に移る。③CがBに「Cに登記を移せ」と請求する(Cの自分の請求)。④登記がB名義からC名義に移る。登記は、A→B、B→Cと、2段階でそろう。登録でも同じ。

  • 2枚目=代位後
  • ①CがBに代わって、Aに「Bに登記を移せ」と請求する(代位)
  • ②登記がA名義からB名義に移る
  • ③CがBに「Cに登記を移せ」と請求する(Cの自分の請求)
  • ④登記がB名義からC名義に移る
  • 登記は、A→B、B→Cと、2段階でそろう
  • 登録でも同じ

2枚目です。Cは、Bに代わってAに、Bに登記を移すよう求めます。登記がA名義からB名義に移ります。次に、CがBに、Cに登記を移すよう求めます。ここは、代位ではなく、Cが自分の権利として、Bに求めるものです。登記がB名義からC名義に移ります。こうして、登記が2段階でそろいます。自動車の登録でも、同じです。Bが、Cの求めにも応じないときは、判決による登記があります。登記請求権の回で見たとおり、登記手続を命じる判決が確定すれば、相手の協力がなくても、単独で申請できる、というものです。この点は、あとで手続の流れとして見ます。ここで、疑問がわくと思います。Cは、Aに、最初から自分の名義にせよ、と言えないのでしょうか。次の項目で見ます。

「Aから直接Cへ」と言えない理由

中間省略登記との表裏。登記請求権の回の結論=すでにされた登記は原則有効/これから請求するのは原則不可(変動の過程を飛ばすため)。今日=代位は、その制約の中で登記を実現する道。423条の3は準用されない。条文から言える=423条の3は金銭の支払又は動産の引渡しの規定。前三条に入っていない。解釈として説明できる=①登記はBが何もしなくてもB名義にできる②準用すると過程を飛ばす登記を認めることになる。 図:中間省略登記との表裏

  • 登記請求権の回の結論=すでにされた登記は原則有効/これから請求するのは原則不可(変動の過程を飛ばすため)
  • 今日=代位は、その制約の中で登記を実現する道
  • 423条の3は準用されない
  • 条文から言える=423条の3は金銭の支払又は動産の引渡しの規定
  • 前三条に入っていない
  • 解釈として説明できる=①登記はBが何もしなくてもB名義にできる②準用すると過程を飛ばす登記を認めることになる

先に、登記請求権の回を思い出してください。Bを通さずに、AからCへ直接移す登記を、中間省略登記と呼びました。この中間省略登記は、これから請求する場面では、原則としてどうでしたか?認められない、でした。変動の過程を飛ばすことになるからです。すでにされた登記は原則有効ですが、これから請求するのは、原則として認められません。名目を変えても同じでした。今日の道は、その制約の中で登記を実現する道です。A名義からB名義へ、次にB名義からC名義へと、過程を飛ばさずにそろえます。ここで、前の回の423条の3とつながります。423条の3は、金銭の支払や動産の引渡しについて、相手方に、自分に払え、自分に引き渡せ、と求められる規定でした。相手方とは、第三債務者のことで、今日はAです。もし、登記の請求にこれが使えたら、Cは、A名義からC名義にせよ、と言えることになります。それは、過程を飛ばした登記を認めることです。整理します。登記の側から見れば、中間を飛ばす登記は請求できません。代位の側から見れば、423条の3は準用されません。この2つは、同じ結論を、別の面から言ったものと説明できます。この423条の3が準用されないことは、条文から言えます。423条の3は、被代位権利が金銭の支払か動産の引渡しを目的とするときの規定です。登記手続は、そのどちらでもありません。しかも、423条の7が準用するのは、前三条、つまり423条の4から423条の6までです。423条の3は、入っていません。

理由は、解釈として、2つ説明できます。1つめ、前の回で見たとおり、登記は、Bが何もしなくても、B名義にできます。Cが、Bに代わって、B名義への登記を申請できるからです。これに対して、金銭や動産は、受け取るという行為が要ります。債務者が受け取らないと言い張れば、相手は渡しようがなく、代位した意味が無くなります。だから、金銭と動産には、自分に、と求める道が要りました。登記には、その心配がないので、自分に、と求める必要がありません。2つめ、準用すると、中間を飛ばす登記を認めてしまい、登記請求権の回の結論と食い違います。ただし、これは、そう説明できる、という話です。条文に理由が書いてあるわけではありません。

後段「前三条の規定を準用する」——どこからどこまでか

準用の対比表。準用される3=423条の4(相手方の抗弁)・423条の5(債務者の取立てその他の処分の権限等)・423条の6(被代位権利の行使に係る訴えを提起した場合の訴訟告知)。準用されない2=423条の2(代位行使の範囲)・423条の3(債権者への支払又は引渡し)。準用の範囲=条文どおり。 図:準用の対比表

  • 準用される3=423条の4(相手方の抗弁)・423条の5(債務者の取立てその他の処分の権限等)・423条の6(被代位権利の行使に係る訴えを提起した場合の訴訟告知)
  • 準用されない2=423条の2(代位行使の範囲)・423条の3(債権者への支払又は引渡し)
  • 準用の範囲=条文どおり

4つめの問いです。条文の後段には、前三条の規定を準用する、とありました。準用とは、別の場面の規定を、事情に合わせて読み替えて当てはめることでした。前三条とは、423条の7の直前の3つの条文です。423条の4、423条の5、423条の6です。423条の2と423条の3は入っていません。準用される3つが準用される理由は、債務者の財産を保つための代位でなくても、同じように当てはまる規律だからです。3つとも、他人の権利を代わりに使う、というしくみそのものから出てくる規律で、守るものがお金か登記かに左右されない、と説明できます。準用されない2つは、登記の請求にはなじまないと説明できます。順に見ます。まず、423条の4です。相手方の抗弁でした。条文の相手方は、第三債務者、つまりAのことです。AがBに言えることは、Cにも言える、という規定です。設例に当てはめます。BがAに代金を払っていなかったとします。すると、Aは、代金と引換えでなければ登記しない、とCにも言えます。同時履行の抗弁で、533条です。理由は、前の回と同じです。Cが行使しているのは、Bの権利そのものだからです。ここで、立ち止まって考えてみてください。Aは、Bが代金を払っていないことを、Cに対しても言えるのでしょうか?

言えます。423条の4が準用されるからです。Aは、Bに言えることを、Cにも言えます。もう1つの例は、AB間の売買が取り消されていた場合です。Bの登記請求権が、そもそも無い、とAは言えます。次に、423条の5です。債務者の処分権限でした。Cが代位を始めたあとでも、Bは、自分でAに登記を求めてよい、という規定です。Aも、Bに応じて登記に協力してよいことになります。そうなれば、A名義からB名義の登記が済み、Cは次の段に進めます。代位は、Bの手を縛りません。裁判所が関わらないのに、Bが自分の権利を使えなくなるのでは、Bの立場が不安定すぎるからです。前の回で見た理由の1つで、守るものが登記に変わっても、そのまま当てはまります。3つめは、423条の6です。訴えで代位するなら、遅滞なく、債務者のBに訴訟告知をします。訴訟告知とは、訴訟をしていることを、手続に関わる人に知らせる手続です。趣旨は、債権者代位権の行使方法の回で見たとおりです。Cが訴訟で争うのは、自分の権利ではなく、Bの権利です。そのため、判決の効力は、当事者でないBにも及びえます。自分で争っていないのに効力が及ぶのでは不公平なので、Bに、訴訟に関わる機会を与えます。登記を求める訴えでも、この事情は同じです。

準用されない2つの理由。423条の2(行使の範囲)=自己の債権の額を上限にするのは、目的が可分なときの規定。登記の請求は土地の登記を全部求めるもので、金額で区切れない。区切る基準になる額がない、と説明できる。423条の3(直接請求)=前のセクションのとおり。条文から言えること=前三条に入っていない。理由=解釈(説明)。 図:準用されない2つの理由

  • 423条の2(行使の範囲)=自己の債権の額を上限にするのは、目的が可分なときの規定
  • 登記の請求は土地の登記を全部求めるもので、金額で区切れない
  • 区切る基準になる額がない、と説明できる
  • 423条の3(直接請求)=前のセクションのとおり
  • 条文から言えること=前三条に入っていない
  • 理由=解釈(説明)

準用されない2つに移ります。423条の2は、行使の範囲を、自分の債権の額までに限る規定でした。自分の債権の額で区切るのは、被代位権利の目的が可分、つまり、分けても価値が減らないときの規定です。たとえば、200万円の債権なら、100万円と100万円に分けても価値は減りません。登記の請求は、通常は、土地の登記を全部求めるもので、金額で区切る基準になるものがありません。また、転用では、債務者の資力と関係がないので、債務者の財産を保つために、債権の額で請求の範囲を絞る意味もありません。そのため、準用する必要がない、と説明できます。423条の3は、さきほどの項目のとおりです。条文から言えるのは、前三条に入っていないことまでです。2つとも、条文が理由を書いているわけではありません。答案では、準用の範囲は条文を引き、準用されない理由は、自分の言葉で説明を添えてください。

実際の流れ——Aが応じるとき、応じないとき

手続の流れ。Aが応じるとき(裁判外)=CがBに代わって代位者として、A→Bの登記を申請する。登記は共同申請が原則。Aが応じないとき=CがAを相手に訴えを起こし、「AはBに登記手続をせよ」という判決を得る。確定すれば、Cが単独で申請できる(不動産登記法63条1項)。Bには訴訟告知(423条の6)。注=代位者の氏名と代位原因が登記事項になる(同法59条7号)。 図:手続の流れ

  • Aが応じるとき(裁判外)=CがBに代わって代位者として、A→Bの登記を申請する
  • 登記は共同申請が原則
  • Aが応じないとき=CがAを相手に訴えを起こし、「AはBに登記手続をせよ」という判決を得る
  • 確定すれば、Cが単独で申請できる(不動産登記法63条1項)
  • Bには訴訟告知(423条の6)
  • 注=代位者の氏名と代位原因が登記事項になる(同法59条7号)

手続の流れを見ます。Aが応じるときは、Cが、代位者として、Bに代わってA名義からB名義への登記を申請します。登記は、共同で申請するのが原則でした。登記を移す側のAと、Bに代わって登記を受ける側に立つCが、共同で申請する形です。Aが応じないときは、CがAを相手に訴えを起こします。求めるのは、AはBに登記手続をせよ、という判決です。確定すれば、判決による登記として、Bに代わってCが単独で申請できます。共同で申請するのが原則のままでは、協力しない相手には、打つ手がなくなります。そこで、登記手続を命じる判決が確定したときは、相手の協力がなくても申請できる、と定められています。不動産登記法の63条1項で、登記請求権の回で見た規定です。このとき、Bには、423条の6により、訴訟告知をします。

代位した人のことは、登記の記録に残ります。不動産登記法59条7号は、他人に代わって登記を申請した人、つまり代位者がいるときは、その代位者の氏名と住所、そして代位原因、つまり、どの権利を守るために代位したのかを、登記事項としています。最後に、Bが、Cへの登記に応じないときです。道は同じで、CがBを相手に訴えて、BはCに登記手続をせよ、という判決を得れば、Cが単独で申請できます。こちらは代位ではなく、Cの自分の請求です。

423条の7は、転用のすべてではない

423条の7の位置づけ。条文になったのは、登記・登録の請求権を代位する場面だけ。2017年の改正は、転用の一般的な要件を条文にすることを見送った。ほかの場面が認められなくなったわけではない。 図:423条の7の位置づけ

  • 条文になったのは、登記・登録の請求権を代位する場面だけ
  • 2017年の改正は、転用の一般的な要件を条文にすることを見送った
  • ほかの場面が認められなくなったわけではない

最後に、位置づけです。条文になった転用は、登記や登録の請求権を代位する場面だけです。2017年の改正は、転用の一般的な要件を条文にすることを見送りました。ほかの場面が認められなくなったわけではありません。条文にない転用も、否定されていません。その中身は、次の回で扱います。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

まとめの表。行=転用の意義/無資力が要らない理由/423条の7の要件/準用される3つ・されない2つ。列=中身/根拠の種類(条文どおり・解釈)。 図:まとめの表。行=転用の意義/無資力が要らない理由/423条の7の要件/準用される3つ・されない2つ。列=中身/根拠の種類(条文どおり・解釈)。

冒頭の問いに戻ります。Bが動かないとき、Cは、どうすれば自分の名義にたどり着けるのか、でした。答えです。CはBに代わって、Aに登記を求められます。423条の7です。Bが資産家かどうかは、関係がありません。登記は、A名義からB名義、B名義からC名義と、2段階でそろいます。Cが、最初から自分名義にせよ、と言うことはできません。423条の3は、準用されないからです。今日の軸を、もう一度つなぎます。守るのはお金ではなく、その債権そのものです。だから、Bの資力は関係がなく、登記は、A名義、B名義、C名義と順にそろえます。内容を整理します。転用とは、典型的には、金銭債権でない債権を実現するために、代位のしくみを借りることです。無資力が要らない理由は、Bの資力が、Cの債権の実現と関係がないからで、解釈です。423条の7の要件は、対抗要件が登記又は登録の財産を譲り受けた者が、譲渡人が権利を行使しないときに行使できる、ことで、条文どおりです。準用されるのは、423条の4、423条の5、423条の6の3つで、条文どおりです。準用されないのは、423条の2と423条の3の2つで、その理由は、解釈による説明です。転用の可否と、無資力不要の理由づけは、論文で論点になりうる部分です。

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#196単独ページ動画

債権者代位権の転用の判例と限界

第4章 債権総論 #196/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借りた土地に見知らぬ人が居座っている

冒頭の関係図。土地を借りる約束をした借主A、貸主で地主のB、勝手に小屋を建てて居座っているC。AとBの間は「賃借する約束」の実線。Cは土地の上。Bは動かない。問い=Aは、自分でCに「出ていけ」と言えるか。呼び名=役割で固定。A=代わりに権利を使う人、B=その相手で動かない人、C=Bが権利を持つ相手。 図:冒頭の関係図

  • 土地を借りる約束をした借主A、貸主で地主のB、勝手に小屋を建てて居座っているC
  • AとBの間は「賃借する約束」の実線
  • Cは土地の上
  • Bは動かない
  • 問い=Aは、自分でCに「出ていけ」と言えるか
  • 呼び名=役割で固定
  • A=代わりに権利を使う人、B=その相手で動かない人、C=Bが権利を持つ相手

ある人が、地主から土地を借りる約束をしました。使い始めようとしたところ、見知らぬ人が、勝手に小屋を建てて居座っていました。地主は、何もしてくれません。借りた人は、自分で、その人に「出ていけ」と言えるのでしょうか。先に、すでに使っているなら話が簡単になる、という点を片づけておきます。すでに占有しているなら、占有の訴えがありました。ですが今回は、使い始める前の設例です。引渡しを受ける前ですから、占有の訴えは使えません。登場人物を整理します。今日は、代わりに権利を使う人をA、その相手で動かない人をB、Bが権利を持つ相手をCと呼びます。この設例では、土地を借りた人がA、地主がB、居座っている人がCです。前回は、売られた順に呼んだので、代位するのはCでした。今日は、どの場面でも、代位するのはAです。

Aが、自分の権利でCに向かおうとすると、引っかかりがあります。Aが持っている賃借権は、Bに対して、土地を使わせてくださいと言える債権です。見知らぬCに向けられた権利ではありません。Cを追い出す権利、つまり所有権に基づく返還請求権、土地の明渡しを求める権利を持っているのは、所有者のBです。そのBが動かない。Aは、Bの権利を借りて使えないのか。これが、今日の問いです。先に答えを言います。Aは、Bに代わって、Cに「出ていけ」と言えます。決め手は、Bの権利を使うことが、Aの債権を守るのに役に立つかどうかです。なぜそう言えるのか、どこまで言えるのかを、順に見ていきます。

今日の地図(保存版)

今日の地図。前回=条文になった転用は登記・登録だけ。条文にない転用も否定されていない。今日の3つの柱=①判例が認めた、条文にない転用の4場面②転用が認められない2場面③認める・認めないの分かれ目。右端に根拠の種類。①②=判例。③=解釈による整理。 図:今日の地図

  • 前回=条文になった転用は登記・登録だけ
  • 条文にない転用も否定されていない
  • 今日の3つの柱=①判例が認めた、条文にない転用の4場面②転用が認められない2場面③認める・認めないの分かれ目
  • 右端に根拠の種類
  • ①②=判例
  • ③=解釈による整理

前回から、転用を見ています。典型的には、金銭債権でない債権を実現するために、代位のしくみを借りる使い方です。前回は、そのうち、条文になったものを見ました。登記や登録の請求権を代位する場面だけでした。ただし、条文にない転用が否定されたわけではない、と言って終えました。今日は、その中身です。柱は3つです。1つめは、判例が認めた、条文にない転用の4場面。2つめは、転用が認められない2場面。3つめは、認める場合と認めない場合の分かれ目です。6つを別々に暗記する必要はありません。どの場面でも、守る債権と、代わりに使う権利の組を確かめます。そして最後に、認める場合と認めない場合を分ける、2つの問いを出します。3つめの柱です。

場面1——賃借人が、所有者の返還請求権を代位する

場面1の関係図。A(借主)がBに持つ「土地を使わせてもらう債権=賃借権」が被保全債権。BがCに持つ「所有権に基づく返還請求権(土地の明渡しを求める権利)」が被代位権利。AがBに代わってCに「出ていけ」と請求する。Bの資力欄=関係なし。出典=大判昭4・12・16 民集8巻944頁。 図:場面1の関係図

  • A(借主)がBに持つ「土地を使わせてもらう債権=賃借権」が被保全債権
  • BがCに持つ「所有権に基づく返還請求権(土地の明渡しを求める権利)」が被代位権利
  • AがBに代わってCに「出ていけ」と請求する
  • Bの資力欄=関係なし
  • 出典=大判昭4・12・16 民集8巻944頁

1つめの場面は、冒頭の設例そのものです。3点で言います。守りたい債権、つまり被保全債権は、AがBに対して持つ、土地を使わせてもらう債権です。代わりに使う権利、つまり被代位権利は、BがCに対して持つ、所有権に基づく返還請求権です。土地を明け渡せ、と求める権利です。そして、請求する相手はCです。Bの資力は、関係がありません。Bがどれほどの資産家でも、Cが居座っている限り、Aは土地を使えません。Bの財産は、Aの役に立たないからです。前回、登記の場面で見たのと同じ考え方を、ここに当てはめ直せます。Aが欲しいのはお金ではなく、土地を使える状態そのものです。根拠を確かめます。条文を読みます。

条文民法423条1項

民法第423条1項 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。

注目してほしいのは、2か所です。「自己の債権を保全するため必要があるとき」と、「債務者に属する権利」です。金銭債権に限るとは、書いていません。前の回までに見た無資力、つまり、債務者の資力が債権を弁済するのに十分でないこと、という言葉も、ありません。賃借権を守るために、賃貸人が不法占拠者に対して持つ権利を代位してよいことは、大審院の時代から、判例が認めてきました。ここは、条文に書かれた転用ではありません。423条1項の読み方として、判例が認めた使い方です。前回言ったとおり、転用の一般的な要件を条文にすることは、見送られました。ここで、考えてみてください。Bが大金持ちなら、Aは代位できないのでしょうか?

できます。Bが大金持ちでも、Aは代位できます。この場面で問われるのは、Bに財産があるかどうかではなく、Bの権利を使えばAが土地を使える状態になるかどうかです。

誰に明け渡させるのか——自分への明渡しと605条の4

問いの板。代位してCに請求するとき、「Bに明け渡せ」と言うのか、「Aに明け渡せ」と言えるのか。前提=原則は債務者に履行させる。金銭の支払・動産の引渡しだけは、423条の3で自分に求められる。不動産の明渡しは423条の3に書かれていない。 図:問いの板

  • 代位してCに請求するとき、「Bに明け渡せ」と言うのか、「Aに明け渡せ」と言えるのか
  • 前提=原則は債務者に履行させる
  • 金銭の支払・動産の引渡しだけは、423条の3で自分に求められる
  • 不動産の明渡しは423条の3に書かれていない

代位してCに「出ていけ」と言うとき、もう1つ問題があります。「Bに明け渡せ」と言うのか、「Aに明け渡せ」と言えるのか、です。前々回に見たとおり、原則は、債務者に履行させます。例外が、423条の3です。金銭の支払と動産の引渡しだけは、自分に払え、自分に引き渡せ、と求められました。土地や建物の明渡しは、423条の3に書かれていません。この点は、条文ではなく、判例が答えています。

判例最判昭29・9・24 民集8巻9号1658頁

建物の賃借人による代位と自己への明渡し 建物の賃借人が、その賃借権を保全するため賃貸人たる建物所有者に代位して建物の不法占拠者に対しその明渡を請求する場合においては、直接自己に対してその明渡をなすべきことを請求することができるものと解するのを相当とする。

自己への明渡しの板。判例=建物の賃借人が、賃貸人(所有者)に代位して不法占拠者に明渡しを請求するときは、直接自己に明け渡せと請求できる。判決は理由を述べていない。こちらの説明=Aが欲しいのは自分が使える状態。Bに戻させるだけでは、目的を達せない場合がある。お金の回収ではないので、自分に引き渡させても他の債権者を害する場面ではない。 図:自己への明渡しの板

  • 判例=建物の賃借人が、賃貸人(所有者)に代位して不法占拠者に明渡しを請求するときは、直接自己に明け渡せと請求できる
  • 判決は理由を述べていない
  • こちらの説明=Aが欲しいのは自分が使える状態
  • Bに戻させるだけでは、目的を達せない場合がある
  • お金の回収ではないので、自分に引き渡させても他の債権者を害する場面ではない

この判決が述べているのは建物の賃借人についてで、カードの賃借人がA、賃貸人たる建物所有者がB、不法占拠者がCにあたります。結論は、賃借人は、直接自分に明け渡せと請求できる、です。土地の賃借人にも同じ理屈が当てはまる、と一般に考えられています。ただし、この判決の言葉は、建物の賃借人についてです。判決は、直接自分に明け渡せと言える理由を、述べていません。ですから、ここからは判決の言葉ではなく、こちらの説明です。Aが欲しいのは、自分が使える状態です。Bに戻させるだけでは、Bが受け取らなかったり、また別の人に貸したりして、Aの目的を達せない場合があります。それに、お金の回収ではないので、自分に明け渡させても、ほかの債権者を害する場面ではありません。そう説明できます。

605条の4の板。対抗要件を備えた不動産の賃借人は、自分の権利として、妨害の停止・返還を請求できる(1号・2号)。対抗要件の例=605条の登記/借地借家法10条の借地上の建物の登記/同31条の建物の引渡し(名前だけ)。 図:605条の4の板

  • 対抗要件を備えた不動産の賃借人は、自分の権利として、妨害の停止・返還を請求できる(1号・2号)
  • 対抗要件の例=605条の登記/借地借家法10条の借地上の建物の登記/同31条の建物の引渡し(名前だけ)

ただ、2017年の改正で、別の道が条文になりました。605条の4です。

条文民法605条の4

民法第605条の4 不動産の賃借人は、第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた場合において、次の各号に掲げるときは、それぞれ当該各号に定める請求をすることができる。 一 その不動産の占有を第三者が妨害しているとき その第三者に対する妨害の停止の請求 二 その不動産を第三者が占有しているとき その第三者に対する返還の請求

設例のCは、小屋を建てて居座っています。土地を占有していますから、2号の、返還の請求にあたります。条件は、賃借人が対抗要件を備えた場合、です。対抗要件とは、第三者に賃借権を主張するための条件のことで、土地なら、賃借権の登記や、借地上の自分名義の建物の登記などがあります。中身は、賃貸借の回でくわしく見ます。備えた賃借人は、605条の4で、自分の権利として請求できます。代位がとくに意味を持つのは、備えていない賃借人です。条文が認めているのは、備えた場合だけで、備えていない場合について、条文は何も言っていません。冒頭のAは、使い始める前で、建物もまだありません。賃借権の登記もないものとします。ですから、対抗要件を備えていません。だから、Aにとっては、代位が残る道です。備えていない賃借人は直接請求できない、と言い切ることはできません。条文が何も言っていない、というところまでが、確かなところです。

場面2——抵当権者が、所有者の妨害排除請求権を代位する

場面2の関係図。この場面のA=抵当権者、B=抵当不動産の所有者、C=不法占有者。Aが守る=不動産を適切に維持・保存するよう求める請求権。代わりに使う=BがCに持つ妨害排除請求権(判決の呼び名)。判決の核心=抵当権者は、右請求権を保全する必要があるとき、423条の法意に従い、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使できる。出典=最大判平11・11・24 民集53巻8号1899頁。 図:場面2の関係図

  • この場面のA=抵当権者、B=抵当不動産の所有者、C=不法占有者
  • Aが守る=不動産を適切に維持・保存するよう求める請求権
  • 代わりに使う=BがCに持つ妨害排除請求権(判決の呼び名)
  • 判決の核心=抵当権者は、右請求権を保全する必要があるとき、423条の法意に従い、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使できる
  • 出典=最大判平11・11・24 民集53巻8号1899頁

2つめの場面です。抵当権の回で見ました。この場面のAは抵当権者、Bは抵当不動産の所有者、Cは不法占有者です。抵当権の回では、不法占有者を、抵当権者が追い出す道として、Bの妨害排除請求権を、423条の法意に従ってAが代わりに使う、という構成を見ました。判決は、居座っている不法占有者に明渡しを求める所有者の権利を、妨害排除請求権と呼んでいます。1つめの場面では返還請求権と呼びましたが、どちらも、居座る人に出ていけと求める所有者の権利のことです。抵当権者が、自分の抵当権そのものの効力として追い出す道も、そのあとの回で見ました。今日は、Bの権利を代わりに使うほうの道を取り上げて、これが転用の1つだ、と位置づけます。理由は、Aが守りたいものにあります。Aが守りたいのは、貸したお金そのものではありません。抵当権は、お金が返ってこないときに、不動産を競売にかけ、その代金から優先して返してもらう権利でした。不法占有者がいると、競売が進まず、売れる値段も下がるおそれがあります。判決は、これを抵当権に対する侵害と評価できるとし、所有者は、侵害が生じないよう、不動産を適切に維持管理することが予定されている、と言います。だから抵当権者は、所有者に対して、抵当不動産をきちんと維持し、保存するよう求める請求権を持ちます。判決が挙げるのは、この請求権です。お金の回収そのものではなく、抵当不動産の価値を保つための使い方です。

判決そのものは、転用だとは言っていません。法廷意見に、転用という言葉は出てきません。補足意見には、いわゆる転用事例、という言い方が出てきます。転用の1つと見られる、というのは、こちらの整理です。もう1点、言い分けます。代位行使を認めたのは、債権譲渡と相殺の回でも出てきた法廷意見、つまり裁判所としての判断で、条文そのものではなく、423条の法意に従い、という言い方でした。担保価値維持請求権という名前は、補足意見、つまり結論に賛成する裁判官が理由を付け加えた意見で出てきます。法廷意見は、そう名づけていません。また、法廷意見は、所有者の資力に触れていません。無資力が要件に挙がっていない、というところまでが、言えることです。

場面3——転々と譲渡された債権の、通知を求める権利を代位する

復習の1問。債権譲渡の通知は、譲渡人と譲受人のどちらがするのか。債権譲渡の回の答え=譲渡人がする。467条1項。譲受人が自分の名前でした通知は、対抗要件にならない。 図:復習の1問

  • 債権譲渡の通知は、譲渡人と譲受人のどちらがするのか
  • 債権譲渡の回の答え=譲渡人がする
  • 467条1項
  • 譲受人が自分の名前でした通知は、対抗要件にならない

3つめに入る前に、債権譲渡の回で見たことを思い出してください。債権譲渡の通知は、譲渡人と譲受人のどちらがするのでしたか?今日は、この通知が絡みます。

場面3の関係図。債権の債務者D。債権は最初の債権者Cから、中間のBへ、最後のAへと渡った(渡った順はC、B、A)。C→Bの譲渡が、Dに通知されていない。被保全債権=AがBに持つ「B→Aの譲渡をDに通知せよ」と求める権利。被代位権利=BがCに持つ「C→Bの譲渡をDに通知せよ」と求める権利。通知をするのは、請求を受けたCのまま。 図:場面3の関係図

  • 債権の債務者D
  • 債権は最初の債権者Cから、中間のBへ、最後のAへと渡った(渡った順はC、B、A)
  • C→Bの譲渡が、Dに通知されていない
  • 被保全債権=AがBに持つ「B→Aの譲渡をDに通知せよ」と求める権利
  • 被代位権利=BがCに持つ「C→Bの譲渡をDに通知せよ」と求める権利
  • 通知をするのは、請求を受けたCのまま

設例です。ある債権の債務者をDとします。この債権が、最初の債権者C、中間のB、最後のAと、渡りました。渡った順は、C、B、Aです。ところが、CからBへの譲渡が、Dに通知されていません。Dの承諾もありません。債権譲渡の回で見たとおり、譲渡人が債務者に通知をするか、債務者が承諾をしなければ、譲受人は、債務者に、自分が債権者だと言えません。ですからBは、Dに対して、債権者だと言えないままです。そのBから譲り受けたAも、CからBへの通知がそろわない限り、Dに債権者だと言えない、と説明できます。Aは、Dに対して、自分が債権者だと言えるようにしたい。Dは債権の債務者で、A・B・Cの役割には入りません。代わりに権利を使うのは、最後のAです。3点で言います。被保全債権は、AがBに対して持つ、BからAへの譲渡をDに通知せよ、と求める権利です。被代位権利は、BがCに対して持つ、CからBへの譲渡をDに通知せよ、と求める権利です。Bが動かないので、AがBに代わって、Cに通知を求めます。通知をするのは、請求を受けたCのままです。譲渡人が通知する、という原則とは、矛盾しません。Aが自分でDに通知しているわけではないからです。この点は、あとでもう一度使います。

前回の登記と今回の通知の並列板。左=前回の登記(売られた順にA・B・C、最後のCが代位。登記請求権を代位して、過程を順にそろえる)。右=今回の通知(渡った順にC・B・A、最後のAが代位。通知を求める権利を代位して、譲渡の過程を順にそろえる)。形は同じ。登記請求権が、通知を求める権利に置き換わっただけ。無資力=どちらも問われない。出典=大判大8・6・26 民録25輯1178頁。 図:前回の登記と今回の通知の並列板

  • 左=前回の登記(売られた順にA・B・C、最後のCが代位。登記請求権を代位して、過程を順にそろえる)
  • 右=今回の通知(渡った順にC・B・A、最後のAが代位。通知を求める権利を代位して、譲渡の過程を順にそろえる)
  • 形は同じ
  • 登記請求権が、通知を求める権利に置き換わっただけ
  • 無資力=どちらも問われない
  • 出典=大判大8・6・26 民録25輯1178頁

前回の登記の連鎖と、同じ形です。前回は、売られた順にA、B、Cと呼んで、最後のCが代位しました。今日は、役割で呼ぶので、渡った順はC、B、Aで、代位するのは最後のAです。呼び名の並びは逆ですが、形は同じです。登記を求める権利が、通知を求める権利に置き換わっただけです。過程を順にそろえる、という考え方も同じです。Bの資力は、この場面でも関係がありません。Aが欲しいのは、お金ではなく、Dに対して債権者だと言える状態だからです。この代位を認めたのも、大審院の判例です。

場面4——金銭債権なのに、無資力が問われなかった

場面4の関係図。亡くなった売主が土地を売り、登記は未了、代金は一部未払い。相続人はAとC。買主B。この場面のA=代金を受け取りたい相続人、B=買主、C=登記に協力しない相続人。Cが登記に応じない→Bは533条(同時履行)で代金全額の支払を拒める→Aは代金を受け取れない。AがBに代わって、Cに「Bに登記せよ」と求める。Bの資力=問われない。 図:場面4の関係図

  • 亡くなった売主が土地を売り、登記は未了、代金は一部未払い
  • 相続人はAとC
  • 買主B
  • この場面のA=代金を受け取りたい相続人、B=買主、C=登記に協力しない相続人
  • Cが登記に応じない→Bは533条(同時履行)で代金全額の支払を拒める→Aは代金を受け取れない
  • AがBに代わって、Cに「Bに登記せよ」と求める
  • Bの資力=問われない

4つめです。前回、転用について、同じ2人の間でも、典型的には、守るものがお金か登記かで結論が分かれる、と言いました。転用の意味を言うときにも、典型的には、金銭債権でない債権、と言いました。どちらにも「典型的には」と添えたのは、例外があるからです。その例外が、この場面です。守るものがお金なのに、Bの資力が問われなかった判例があります。設例を作ります。売主が、買主Bに土地を売りました。まだ登記は移しておらず、代金も、一部しか払われていません。その間に、売主が亡くなりました。相続人は、AとCです。登記を移す義務は、相続人全員が受け継ぎます。ところが、Cが、登記に応じません。この場面のAは、代金を受け取りたい相続人、Bは買主、Cは登記に協力しない相続人です。

Cが拒むだけでAまで受け取れなくなるのは、同時履行の抗弁があるからです。買主Bは、登記と引換えでなければ、代金を払わない、と言えます。そして、相続人全員が登記を提供しない限り、Bは、代金全額の支払を拒めます。Cが登記を拒んでいる以上、Aが「自分は登記を提供するから払ってほしい」と言っても、Bは払わなくてよいのです。なお、売主の代金債権は、相続人が相続分に応じて当然に分けて受け継ぐ、というのが判例です。ですからAは、自分の分の代金債権を持っています。そこでAは、Bに代わって、Cに「Bに所有権移転登記をせよ」と求めます。Aが守りたい債権は、代金債権、つまり金銭債権です。それでも、Bの資力は問われませんでした。

判例最判昭50・3・6 民集29巻3号203頁

代金債権を保全するための登記請求権の代位 被相続人が生前に土地を売却し、買主に対する所有権移転登記義務を負担していた場合に、数人の共同相続人がその義務を相続したときは、買主は、共同相続人の全員が登記義務の履行を提供しないかぎり、代金全額の支払を拒絶することができるものと解すべく、したがつて、共同相続人の一人が右登記義務の履行を拒絶しているときは、買主は、登記義務の履行を提供して自己の相続した代金債権の弁済を求める他の相続人に対しても代金支払を拒絶することができるものと解すべきである。そして、この場合、相続人は、右同時履行の抗弁権を失わせて買主に対する自己の代金債権を保全するため、債務者たる買主の資力の有無を問わず、民法四二三条一項本文により、買主に代位して、登記に応じない相続人に対する買主の所有権移転登記手続請求権を行使することができるものと解するのが相当である。

判旨の言葉と、こちらの説明の板。判決の言葉=「右同時履行の抗弁権を失わせて買主に対する自己の代金債権を保全するため」「債務者たる買主の資力の有無を問わず」「民法四二三条一項本文により」。判決は、資力を問わない理由を書いていない。こちらの説明=Aが代金を受け取れない原因は、Bにお金がないことではなく、Bが「登記と引換えでなければ払わない」と言えること。Bが資産家でも、この抗弁がある限りAは受け取れない。 図:判旨の言葉と、こちらの説明の板

  • 判決の言葉=「右同時履行の抗弁権を失わせて買主に対する自己の代金債権を保全するため」「債務者たる買主の資力の有無を問わず」「民法四二三条一項本文により」
  • 判決は、資力を問わない理由を書いていない
  • こちらの説明=Aが代金を受け取れない原因は、Bにお金がないことではなく、Bが「登記と引換えでなければ払わない」と言えること
  • Bが資産家でも、この抗弁がある限りAは受け取れない

カードの言葉を、役割に対応させます。「右」は、直前に書いた事柄を指す、古い言い回しです。「買主」がB、「登記に応じない相続人」がC、「他の相続人」と、そのあとの「相続人」が、代位するAです。判決が言っていることは、3つです。同時履行の抗弁権を失わせて、自分の代金債権を保全するため。買主の資力の有無を問わず。そして、423条1項本文により。判決は、資力を問わない、と述べているだけで、その理由は書いていません。理由は、こちらの説明です。Aが代金を受け取れない原因は、Bにお金がないことではありません。Bが、登記と引換えでなければ払わない、と言えることです。Bが資産家でも、この抗弁がある限り、Aは受け取れません。Cが登記に応じて、抗弁が消えれば、AはBに代金を請求できるようになります。Bの資力は、Aの債権が実現できるかどうかと関係がない。だから、問われなかった、と説明できます。ここで、考えてみてください。買主Bが無資力だったら、結論は変わるでしょうか?

Bが無資力でも、結論は変わりません。判決は、資力の有無を問わず、と述べています。この場面の障害は、Bの資力ではなく、同時履行の抗弁です。Bがお金を持っていても持っていなくても、まず抗弁を消さなければ、Aは請求に進めません。前回の「典型的には」は、まさにこのためでした。金銭債権だから無資力が要る、という決め方ではないのです。決め手は、金銭債権かどうかではなく、Bの資力が、債権の実現と関係するかどうかです。ただし、これは判例が示した一般論ではなく、この回の整理です。最後の分かれ目で、もう一度使います。

認めた4場面の一覧

4場面の一覧表。列=だれが/守る債権(被保全債権)/代わりに使う権利(被代位権利)/無資力。行1=賃借人/土地を使わせてもらう債権(賃借権)/所有権に基づく返還請求権(明渡し)/問われない。行2=抵当権者/抵当不動産を適切に維持・保存するよう求める請求権/所有権に基づく妨害排除請求権(判決の呼び名)/要件に挙がっていない。行3=後の譲受人/通知を求める債権(B→Aの譲渡をDに通知せよ)/通知を求める権利(C→Bの譲渡をDに通知せよ)/問われない。行4=相続人/代金債権(金銭債権)/所有権移転登記手続請求権/問われない(同時履行の抗弁を失わせるため)。右端に根拠=判例。 図:4場面の一覧表。列=だれが/守る債権(被保全債権)/代わりに使う権利(被代位権利)/無資力。行1=賃借人/土地を使わせてもらう債権(賃借権)/所有権に基づく返還請求権(明渡し)/問われない。行2=抵当権者/抵当不動産を適切に維持・保存するよう求める請求権/所有権に基づく妨害排除請求権(判決の呼び名)/要件に挙がっていない。行3=後の譲受人/通知を求める債権(B→Aの譲渡をDに通知せよ)/通知を求める権利(C→Bの譲渡をDに通知せよ)/問われない。行4=相続人/代金債権(金銭債権)/所有権移転登記手続請求権/問われない(同時履行の抗弁を失わせるため)。右端に根拠=判例。

柱の1つめを、表にまとめます。賃借人は、土地を使わせてもらう債権を守るために、所有者の返還請求権を使います。抵当権者は、不動産を適切に維持、保存するよう求める請求権を守るために、居座る人に出ていけと求める所有者の権利、判決の呼び名では妨害排除請求権を使います。後の譲受人は、通知を求める債権を守るために、通知を求める権利を使います。相続人は、代金債権を守るために、所有権移転登記手続請求権を使います。無資力の欄で、抵当権者だけ「問われない」ではなく、「要件に挙がっていない」と書きました。法廷意見が資力に触れていないからです。

4つとも、お金の回収そのものではなく、特定の権利を実現するための使い方です。ただし、4つめだけは、守る債権が金銭債権です。ここが、金銭債権かどうかでは決まらない、ということの手がかりになります。

限界1——建物の借主は、貸主の建物買取請求権を代位できない

復習の1問。建物買取請求権を行使すると、建物の所有権と代金債権はどうなるか。留置権の回の答え=請求した瞬間に売買が成立し、建物の所有権を渡す代わりに、建物の代金債権を持つ。 図:復習の1問

  • 建物買取請求権を行使すると、建物の所有権と代金債権はどうなるか
  • 留置権の回の答え=請求した瞬間に売買が成立し、建物の所有権を渡す代わりに、建物の代金債権を持つ

ここからは、柱の2つめ、認められない場面です。まず前提を、最小限だけ入れます。留置権の回で見た、建物買取請求権です。建物買取請求権を行使すると、建物の所有権と代金債権は、どうなるのでしたか?今日は、この建物買取請求権が、別の形で登場します。

13条と14条の対比板。借地借家法13条=借地権の存続期間が満了し、更新がないとき、借地権者が、借地権設定者に建物を時価で買い取れと請求(留置権の回)。借地借家法14条=第三者が賃借権の目的である土地の上の建物を取得した場合に、借地権設定者が賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないとき、その第三者が、借地権設定者に建物を時価で買い取れと請求(第三者の建物買取請求権)。今日は14条。612条1項=賃借権の譲渡には賃貸人の承諾が要る。 図:13条と14条の対比板

  • 借地借家法13条=借地権の存続期間が満了し、更新がないとき、借地権者が、借地権設定者に建物を時価で買い取れと請求(留置権の回)
  • 借地借家法14条=第三者が賃借権の目的である土地の上の建物を取得した場合に、借地権設定者が賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないとき、その第三者が、借地権設定者に建物を時価で買い取れと請求(第三者の建物買取請求権)
  • 今日は14条
  • 612条1項=賃借権の譲渡には賃貸人の承諾が要る

前提の設例です。土地を借りていた人が、その土地の上に建物を建てていました。その人が、建物を、Bに譲りました。地主のCの承諾は、取っていません。建物と一緒に、土地を借りる権利も、Bに移った形です。建物を譲った、もとの借主は、役割のA・B・Cには入りません。612条1項は、賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、賃借権を譲り渡せない、と定めています。承諾がないと、Bは、土地を借りる権利を、地主のCに主張できません。Cから「建物を壊して、土地を明け渡せ」と言われたら、従うしかありません。ただ、Bには、手があります。Cに対して、建物を時価で買い取れ、と請求できます。借地借家法14条の、第三者の建物買取請求権です。この判決の当時は、同じ内容の規定が別の法律にあり、いまは14条に引き継がれています。請求すると、売買が成立して、Bは建物の所有権を失う代わりに、建物の代金債権を持ちます。

名前は同じですが、条文が違います。留置権の回は、借地借家法13条で、借地権の期間が満了して更新がないときの、借地権者の請求権でした。今回は14条で、地主の承諾を得られない譲受人の請求権です。取り違えないでください。

限界1の関係図。この場面のA=建物の借主、B=建物の貸主(借地上の建物を譲り受けた人)、C=地主。建物を譲った、もとの借主は役割外。AはBに建物を借りている。BはCに建物買取請求権(14条)を持つ。AがBに代わって、この買取請求権を行使できるか。Aの狙い=建物がCのものになれば、Cは自分の建物を壊せとは言えなくなる。答え=できない。 図:限界1の関係図

  • この場面のA=建物の借主、B=建物の貸主(借地上の建物を譲り受けた人)、C=地主
  • 建物を譲った、もとの借主は役割外
  • AはBに建物を借りている
  • BはCに建物買取請求権(14条)を持つ
  • AがBに代わって、この買取請求権を行使できるか
  • Aの狙い=建物がCのものになれば、Cは自分の建物を壊せとは言えなくなる
  • 答え=できない

本題です。この場面のAは、Bから建物を借りている人、Bは建物の貸主、Cは地主です。Aは、Bから借りている建物を、これからも使い続けたい。そこで、AのBに対する建物賃借権を守るために、AがBに代わって、Bの買取請求権を行使できないか、と考えます。Aの狙いは、建物が地主Cのものになれば、Cは、自分の建物を壊せ、とは言えなくなるだろう、ということです。結論は、できません。判例は、これを否定しました。

判例最判昭38・4・23 民集17巻3号536頁

建物買取請求権の代位 債権者が民法四二三条により債務者の権利を代位行使するには、その権利の行使により債務者が利益を享受し、その利益によつて債権者の権利が保全されるという関係が存在することを要するものと解される。しかるに、本件において、上告人らが債務者である訴外Dの有する本件建物の買取請求権を代位行使することにより保全しようとする債権は、右建物に関する賃借権であるところ、右代位行使により訴外Dが受けるべき利益は建物の代金債権、すなわち金銭債権に過ぎないのであり(買取請求権行使の結果、建物の所有権を失うことは、訴外Dにとり不利益であつて、利益ではない)、右金銭債権により上告人らの賃借権が保全されるものでないことは明らかである。

判旨の板。一般論=代位行使するには、その権利の行使により債務者が利益を享受し、その利益によって債権者の権利が保全されるという関係が必要。本件=守りたい債権は建物の賃借権。代位行使で債務者(貸主B)が受ける利益は建物の代金債権(金銭債権)にすぎない。建物の所有権を失うことは、Bにとって不利益。その金銭債権では、賃借権は保全されない。 図:判旨の板

  • 一般論=代位行使するには、その権利の行使により債務者が利益を享受し、その利益によって債権者の権利が保全されるという関係が必要
  • 本件=守りたい債権は建物の賃借権
  • 代位行使で債務者(貸主B)が受ける利益は建物の代金債権(金銭債権)にすぎない
  • 建物の所有権を失うことは、Bにとって不利益
  • その金銭債権では、賃借権は保全されない

カードの言葉を対応づけます。「上告人ら」がA、債務者の「訴外D」が建物の貸主のB、「右」は直前に書いた事柄を指す古い言い回しです。判決は、まず一般論を言います。債務者の権利を代位行使するには、その権利の行使によって債務者が利益を受け、その利益によって、債権者の権利が保全される、という関係が必要だ、と言います。そして、本件に当てはめます。Aが守りたい債権は、建物の賃借権です。ところが、買取請求権を代位行使して、Bが受ける利益は、建物の代金債権、つまり金銭債権にすぎません。しかも、建物の所有権を失うことは、Bにとって不利益であって、利益ではありません。その金銭債権で、Aの賃借権が保全されないことは、明らかだ、と判決は言います。

判決は、代位に成功した後で、Aがどうなるかには、触れていません。言えるのは、判決の言葉の範囲までです。Bが受ける利益は代金債権だけで、それはAの賃借権を守る役に立たない。つまり、代位しても、守りたい債権が守られない。だから、認められません。場面1と比べると違いが見えます。場面1では、Bの権利を使うと、居座りが消えて、Aは土地を使える状態になりました。ここでは、Bの権利を使っても、Aの賃借権の保全にはつながりません。

限界2——通知そのものは、代位できない

通知の代位の対比板。○=通知を求める権利の代位(場面3)。AがBに代わって、Cに「C→Bの譲渡をDに通知せよ」と求める。通知をするのは、Cのまま。×=通知そのものの代位。AがBに代わって、Dに「B→Aの譲渡」を通知する。通知をするのは、A。理由=通知は譲渡人がするという趣旨に反する/通知は、譲渡人が債務者に対して持つ「権利」ではなく、譲渡人のする行為。根拠=判例(結論。大判昭5・10・10)・説明(理由)。 図:通知の代位の対比板

  • ○=通知を求める権利の代位(場面3)
  • AがBに代わって、Cに「C→Bの譲渡をDに通知せよ」と求める
  • 通知をするのは、Cのまま
  • ×=通知そのものの代位
  • AがBに代わって、Dに「B→Aの譲渡」を通知する
  • 通知をするのは、A
  • 理由=通知は譲渡人がするという趣旨に反する/通知は、譲渡人が債務者に対して持つ「権利」ではなく、譲渡人のする行為
  • 根拠=判例(結論。大判昭5・10・10)・説明(理由)

2つめの認められない場面です。場面3と対にして見ます。債権譲渡の回で、譲受人が、譲渡人に代位して債務者に通知することはできない、と見ました。大審院の判例です。対比します。場面3は、AがBに代わって、Cに、CからBへの譲渡をDに通知せよ、と求める形でした。通知をするのは、Cのままです。これは認められます。認められないのは、AがBに代わって、Dに、BからAへの譲渡を通知する形です。通知をするのは、Aです。通知を求める権利の代位は認められ、通知そのものの代位は認められません。通知をするのが誰か、が違います。場面3では、通知をするのは譲渡人のCで、原則どおりです。通知そのものの代位は、結局、譲受人のAが通知することになります。通知は譲渡人がする、という原則の意味が失われます。債権譲渡の回で見たとおり、譲受人を名乗る誰かが一方的に通知できるなら、Dが振り回されてしまうからです。もう1つ、権利の面から説明できます。423条1項が代位を認めるのは、債務者に属する「権利」です。通知は、譲渡人が債務者に対して持つ権利ではなく、譲渡人がする行為です。代わりに使う権利が存在しない、と説明できます。この2つの理由は、大審院の言葉ではなく、こちらの説明です。なお、Aが、Bの代理人として通知することは、できます。代位は、自分の名前でBの権利を使います。代理は、Bの代理人としてBの意思でする行為です。別のものです。

認める・認めないの分かれ目——2つの問い

分かれ目の板。423条1項の言葉に戻る=「自己の債権を保全するため必要があるとき」「債務者に属する権利」。問い1=債務者の権利を使うことが、自分の債権を守るのに必要で、役に立つか。問い2=代わりに使おうとしているものは、債務者が持っている「権利」か。根拠=問い1の必要=423条1項の文言・役に立つ=昭38の一般論。問い2=423条1項の文言と限界2の説明。右端=2問に整理するのは、この回の整理。 図:分かれ目の板

  • 423条1項の言葉に戻る=「自己の債権を保全するため必要があるとき」「債務者に属する権利」
  • 問い1=債務者の権利を使うことが、自分の債権を守るのに必要で、役に立つか
  • 問い2=代わりに使おうとしているものは、債務者が持っている「権利」か
  • 根拠=問い1の必要=423条1項の文言・役に立つ=昭38の一般論
  • 問い2=423条1項の文言と限界2の説明
  • 右端=2問に整理するのは、この回の整理

3つめの柱です。ここまでの6つの場面を、2つの問いにまとめます。423条1項の言葉に戻ります。「自己の債権を保全するため必要があるとき」と、「債務者に属する権利」です。問い1です。債務者の権利を使うことが、自分の債権を守るのに、必要で、役に立つか。必要は、条文の言葉です。役に立つは、先ほどの判決の一般論、債務者が利益を受け、その利益で債権者の権利が保全される、という関係から取りました。問い2です。代わりに使おうとしているものは、債務者が持っている権利か。債務者のする行為そのものを、代わりにしようとしていないか、という確認です。これは、条文の言葉と、通知そのものの説明から組みました。注意してほしいのは、この2問に整理するのは、この回の整理だということです。問い1の一般論は判決の言葉ですが、2問にまとめたのは、判例が示した一般論ではありません。通説とも、言い切れません。考えるときの物差し、と受け取ってください。

当てはめ表。行=場面1〜4(賃借人・抵当権者・後の譲受人・相続人)、建物買取請求権の代位、通知そのものの代位。列=問い1(必要で役に立つか)/問い2(債務者の権利か)/結論。場面1〜4=○/○/認める。建物買取請求権=×(Bの利益は代金債権にすぎず賃借権を保全しない)/○/認めない。通知そのもの=○/×(行為であって権利でない)/認めない。 図:当てはめ表。行=場面1〜4(賃借人・抵当権者・後の譲受人・相続人)、建物買取請求権の代位、通知そのものの代位。列=問い1(必要で役に立つか)/問い2(債務者の権利か)/結論。場面1〜4=○/○/認める。建物買取請求権=×(Bの利益は代金債権にすぎず賃借権を保全しない)/○/認めない。通知そのもの=○/×(行為であって権利でない)/認めない。

当てはめます。場面1から4は、問い1も問い2も○です。建物買取請求権の代位は、問い1が×です。Bの利益は代金債権にすぎず、Aの賃借権を保全しないからです。通知そのものの代位は、問い2が×です。通知は、権利ではなく行為だからです。確認します。建物買取請求権の代位は、問い1と問い2のどちらで×になるでしょうか?買取請求権は、Bが持っている権利ですから、問い2は通ります。×になるのは、問い1です。場面4を問い1で説明し直します。登記が実現すると、買主Bは、登記と引換えでなければ払わない、とは言えなくなります。Aは、代金を請求できるようになる。役に立つ、と言えます。これは判決の言葉ではなく、問い1に当てはめた、こちらの説明です。

今日見た最高裁の4つの判決の法廷意見は、ほかに手段がないことを、要件として挙げていません。補足意見の中に、転用事例は、他に適切な救済手段が存しないために、やむなく認められた便法とされている、という言い方があります。抵当権者の場合に、代位の道を閉ざすべきでないと述べる文脈です。あくまで補足意見の記述です。賃借人の場面では、対抗要件を備えていれば、605条の4が、自分の権利としての請求を条文にしました。ですから、ほかに手段があるかは、考えるときの材料にはなります。ただ、要件として確立している、とは言えません。判例のない場面に出会ったときは、結論を言い切らず、問い1と問い2を当てはめます。たとえば、Aが借りる約束をした自転車を、Aが受け取る前に、Cが持ち去り、貸主のBは何もしない場合です。Bの返還請求権を使えば、Aは自転車を使える状態になれます。問い1は通ります。返還請求権はBの権利ですから、問い2も通ります。動産の引渡しですから、423条の3で自分に引き渡せと求める道もあります。認められる方向で考えられる、というところまでが、言えることです。

債権者代位権の全体の振り返り

振り返り板。本来の使い方=責任財産を保つ/金銭債権を守る/無資力が要る。転用=特定の権利を実現する/Bの資力と関係しない(関係するかで決まる)/条文になった登記・登録と、条文にない4場面。 図:振り返り板

  • 本来の使い方=責任財産を保つ/金銭債権を守る/無資力が要る
  • 転用=特定の権利を実現する/Bの資力と関係しない(関係するかで決まる)/条文になった登記・登録と、条文にない4場面

債権者代位権の全体を、振り返ります。本来の使い方は、債務者の責任財産を保って、金銭債権を回収できるようにするものでした。債務者が無資力であることが、要件でした。転用は、特定の権利を実現するための使い方です。債務者の資力が、債権の実現と関係しないので、無資力は問われません。条文になったのが登記と登録で、条文にないものが、今日の4場面です。次の回からは、債務者が財産を減らす行為を取り消す制度に進みます。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

まとめ板。3つの柱と根拠の種類。①判例が認めた4場面=賃借人・抵当権者・後の譲受人・相続人=判例。②認められない2場面=建物買取請求権の代位・通知そのものの代位=判例。③分かれ目の2つの問い=問い1(必要で役に立つか)・問い2(債務者の権利か=解釈による整理。 図:まとめ板

  • 3つの柱と根拠の種類
  • ①判例が認めた4場面=賃借人・抵当権者・後の譲受人・相続人=判例
  • ②認められない2場面=建物買取請求権の代位・通知そのものの代位=判例
  • ③分かれ目の2つの問い=問い1(必要で役に立つか)・問い2(債務者の権利か=解釈による整理。

冒頭の問いに戻ります。使い始める前の土地に、見知らぬ人が居座っていて、地主が動かない。借りた人は、出ていけと言えるのか、でした。答えです。Aは、Bに代わって、Cに「出ていけ」と言えます。Bが資産家でも、関係がありません。自分に明け渡せとも言えます。どちらも判例の考え方です。自分への明渡しを認めた判決の事案は、建物の賃借人でした。ただし、対抗要件を備えた賃借人は、605条の4で、自分の権利として請求することもできます。3つの柱を、整理します。1つめ、判例が認めた4場面です。賃借人、抵当権者、後の譲受人、相続人でした。守る債権と、代わりに使う権利の組で言えるようにしてください。2つめ、認められない2場面です。建物買取請求権の代位と、通知そのものの代位でした。3つめが、分かれ目で、2つの問いでした。ここは、解釈による整理です。今日の軸を、1つにまとめます。代位は、Bの権利を使うことが、Aの債権を守るのに役に立ち、しかも、それがBの権利であるときに認められます。守るものがお金かどうかではなく、Bの資力が、債権の実現と関係するかどうかで、無資力が要るかどうかが決まります。転用の可否の当てはめは、論文で論点になりうる部分です。

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#197単独ページ動画

詐害行為取消権の意義と特定物債権

第4章 債権総論 #197/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借金を残したまま、家を親族に譲った

冒頭の関係図。貸主A、借主B、家を譲り受けた親族C。AはBに500万円を貸している。Bの唯一の財産は時価1500万円の家。BはCに、代金10万円で家を譲り、登記もCに移した。Bに「ほかに財産なし」の注記。問い=Aは、その家にもう手を出せないのか。呼び名=A=貸した人、B=借りた人、C=Bから財産を受け取った相手。 図:冒頭の関係図

  • 貸主A、借主B、家を譲り受けた親族C
  • AはBに500万円を貸している
  • Bの唯一の財産は時価1500万円の家
  • BはCに、代金10万円で家を譲り、登記もCに移した
  • Bに「ほかに財産なし」の注記
  • 問い=Aは、その家にもう手を出せないのか
  • 呼び名=A=貸した人、B=借りた人、C=Bから財産を受け取った相手

今日は、お金の貸し借りの話から始まるのですか。設例から入ります。AがBに、500万円を貸しました。ところが、返済を迫られたBは、ほかに財産がなく、唯一の財産である時価1500万円の家を、親族に、代金10万円で譲ってしまいました。登記も、その親族に移してあります。Aは、その家に、もう手を出せないのでしょうか。登場人物を整理します。貸したAと、借りたBは、債権者代位権の5回と同じ役割です。今日からは、Bから財産を受け取った相手を、Cと呼びます。この設例では、家を受け取った親族がCです。代位権の回では、Cは、Bに支払う義務を負う相手でしたが、今日は役割が変わります。

引っかかりは3つあります。1つめ、家の名義はもうCで、差押えができるのは債務者Bの財産だけです。2つめ、自分の財産をどうするかは本人の自由でした。財産管理の自由です。3つめ、CはAと何の契約も結んでいません。それでも民法は、一定の場合に限って、Aの口出しを認めます。なぜ認めるのか、どこまで認めるのか。これが今日の問いです。1つ、似た場面と区別しておきます。家を譲ったふりをしただけなら、仮装の譲渡で、最初から無効でした。虚偽表示の回で見たとおりです。その場合は、取り消すまでもなく、Aは無効を主張して、差押えにいけます。今日の設例は、本当に譲っています。有効な譲渡を、あとから取り消す。ここが違います。先に答えを言います。要件がそろえば、Aは、裁判所に請求して、BからCへの譲渡を取り消し、家の名義をBに戻させることができます。ただし、戻した家をAが自分のものにするわけではありません。なぜそうなるのか、順に見ていきます。

今日の地図(保存版)

今日の地図。責任財産の保全の地図=債務者が「しない」ために増えない=債権者代位権(前の5回)/債務者が「した」ために減る=詐害行為取消権(今日から)。今日の3つの柱=①詐害行為取消権とは何か(しくみ・登場人物・代位権との違い)②条文の地図と要件の全体像③守られる債権は金銭債権——特定物債権者は使えるか。右端に根拠の種類。①=条文②=条文と解釈③=解釈・判例。 図:今日の地図

  • 責任財産の保全の地図=債務者が「しない」ために増えない=債権者代位権(前の5回)/債務者が「した」ために減る=詐害行為取消権(今日から)
  • 今日の3つの柱=①詐害行為取消権とは何か(しくみ・登場人物・代位権との違い)②条文の地図と要件の全体像③守られる債権は金銭債権——特定物債権者は使えるか
  • 右端に根拠の種類
  • ①=条文②=条文と解釈③=解釈・判例

責任財産の回で、2つの制度の地図を見ました。債務者が、取り立てるべきものを取り立てないために、責任財産が増えない場面が、債権者代位権でした。債務者が、財産を減らす行為をしたために、責任財産が減る場面が、詐害行為取消権です。代位権の回で左側を済ませました。今日から、右側に入ります。入口が、債務者の資力が足りないことで共通だった点も、思い出してください。柱は3つです。1つめは、制度のしくみです。何を、誰に、どうやって求める権利なのか、代位権とどこが違うのかを見ます。2つめは、条文の並びと、取り消すための要件の全体像です。3つめは、守られる債権は金銭債権という要件と、その応用として、特定物の引渡しを求める債権者は使えるのか、です。

要件が何個もあるなら、今日全部覚えるのですか。違います。要件は5つありますが、今日、中身まで見るのは、そのうち、守られる債権が金銭債権であること、だけです。残りは次の回から順に見ます。今日は、5つの全体像を持って、その1つに集中します。

制度の姿——424条1項と登場人物

登場人物の板。A=取消債権者(取り消しを求める債権者)/B=債務者/C=受益者(Bから財産を受け取った相手)/D=転得者(Cからさらに受け取った人)。AのBに対する貸金債権=被保全債権、BからCへの譲渡=詐害行為。根拠=民法424条1項。 図:登場人物の板

  • A=取消債権者(取り消しを求める債権者)/B=債務者/C=受益者(Bから財産を受け取った相手)/D=転得者(Cからさらに受け取った人)
  • AのBに対する貸金債権=被保全債権、BからCへの譲渡=詐害行為
  • 根拠=民法424条1項

制度の中心になる条文を読みます。

条文民法424条1項

民法第424条1項 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。

本文とただし書を分けて読みます。本文は、債務者が、債権者を害すると知りながらした行為について、債権者がその取消しを裁判所に請求できる、です。ただし書は、その行為で利益を受けた者が、行為の時に、債権者を害することを知らなかったときは、取り消せない、です。受益者が事情を知らなかった場合は、取消しは認められません。用語を、設例に当てはめます。取り消しを求めるAを、取消債権者と呼びます。AのBに対する貸金債権は、被保全債権です。守られる債権という意味で、代位権の回でも使った呼び方です。BからCへの譲渡が、詐害行為です。債権者を害する行為、という意味です。そして、行為によって利益を受けたCが、受益者です。もう1人います。Cが、さらにその家を別の人に渡した場合の、その相手を、転得者と呼びます。受益者からさらに受け取った人、という意味です。今日はDと呼びます。今日の設例では、Cはまだ家を持っているので、Dは出てきません。名前だけ覚えてください。

債権者を害するとは、債務者の財産が減って、債権者が貸したお金を回収できなくなることです。設例では、Bはほかに財産がありません。家を手放せば、500万円を払えなくなります。この「害する」の中身は、次の回で、くわしく見ます。

しくみは4段——取り消す、戻す、強制執行、配当

しくみ4段の図と関係図。A→B(債権)、B→C(詐害行為)、C→D(転得)。4段=①Aが取り消す(BCの譲渡)→②家の名義がBのもとに戻る→③Aが強制執行する→④配当を受ける。目的=Aが自分だけ回収することではなく、責任財産を元に戻して強制執行に備えること。 図:しくみ4段の図と関係図

  • A→B(債権)、B→C(詐害行為)、C→D(転得)
  • 4段=①Aが取り消す(BCの譲渡)→②家の名義がBのもとに戻る→③Aが強制執行する→④配当を受ける
  • 目的=Aが自分だけ回収することではなく、責任財産を元に戻して強制執行に備えること

しくみを、設例で4段に分けます。1段目、AがBからCへの譲渡を取り消します。2段目、取り消されたので、家の名義が、Bのもとに戻ります。3段目、家はBの責任財産に戻ったので、Aは、Bに対する500万円の債権で、その家に強制執行をします。4段目、家が競売で売れて、代金が、配当されます。取り消せば、家がAのものになるわけではないのですか。なりません。戻る先は、Aではなく、Bのもとです。目的は、Aが自分だけ回収することではなく、Bの責任財産を元に戻して、強制執行に備えることだからです。戻った家は、Bのほかの債権者にとっても、引き当てになります。ですから4段目で、代金を、債権者に分ける配当、と言います。Aは、その中から、配当を受けます。今日は、家のような不動産の例だけを見ます。戻ってくるのがお金の場合の細かい扱いは、後の回です。

取り消すだけで終わらない——424条の6

424条の6第1項の板。前段=取消しとともに、受益者に移転した財産の返還を請求できる。後段=返還が困難なときは、価額の償還を請求できる(価額の償還=財産の代わりに、値段分のお金を返すこと)。設例=Aは、Cへの売買を取り消すだけでなく、家の名義をBに戻すところまで求める。2項=転得者に対する同旨(名前だけ)。2017年の改正で、判例が認めていた内容を条文にしたもの。 図:424条の6第1項の板

  • 前段=取消しとともに、受益者に移転した財産の返還を請求できる
  • 後段=返還が困難なときは、価額の償還を請求できる(価額の償還=財産の代わりに、値段分のお金を返すこと)
  • 設例=Aは、Cへの売買を取り消すだけでなく、家の名義をBに戻すところまで求める
  • 2項=転得者に対する同旨(名前だけ)
  • 2017年の改正で、判例が認めていた内容を条文にしたもの

取り消しが認められても、家の名義はCのままですよね。そこまで戻してもらえるのですか。そこを定めた条文があります。

条文民法424条の6第1項

民法第424条の6第1項 債権者は、受益者に対する詐害行為取消請求において、債務者がした行為の取消しとともに、その行為によって受益者に移転した財産の返還を請求することができる。受益者がその財産の返還をすることが困難であるときは、債権者は、その価額の償還を請求することができる。

前段と後段を分けます。前段は、債権者が、債務者の行為の取消しを求めるのと一緒に、受益者に移った財産の返還も請求できる、です。後段は、受益者が、その財産を返すのが難しいときは、財産の代わりに、その価額、つまり値段分のお金を返すよう請求できる、です。設例に当てはめます。Aは、BからCへの売買を取り消すだけでなく、家の名義をBに戻すところまで、求められます。登記を戻すのが、返還です。もしCが、家を壊してしまったり、別の人に渡して返せなくなったりすれば、その価額、つまり家の値段分のお金を求めます。法的性質の呼び名も、1つだけ挙げておきます。取消しを求めることと、返還を求めることを、あわせて認める考え方は、従来、折衷説と呼ばれてきました。ただ、今は424条の6が、取消しと返還の請求を、条文に定めています。答案は条文で書けますから、呼び名を知っていることが、結論を左右するわけではありません。この条文は、2017年の改正で入りました。判例が認めていた内容を、条文にしたものです。2項は、同じことを転得者に対して請求する場合を定めています。地図に名前を載せるだけにします。

なぜ裁判所を通すのか

裁判上の行使の板。424条1項=「裁判所に請求」。裁判外では行使できない。代位権=裁判外でも行使できた。こちらの説明=すでに成立した他人どうしの取引(BとC)を、あとから無かったことにする。第三者であるCの取引の安全に与える影響が大きい。だから、要件がそろっているかを、裁判所が確かめる。 図:裁判上の行使の板

  • 424条1項=「裁判所に請求」
  • 裁判外では行使できない
  • 代位権=裁判外でも行使できた
  • こちらの説明=すでに成立した他人どうしの取引(BとC)を、あとから無かったことにする
  • 第三者であるCの取引の安全に与える影響が大きい
  • だから、要件がそろっているかを、裁判所が確かめる

代位権の回で、取消権は裁判で行使する、と予告していました。その理由を、ここで回収します。条文の結論は、424条1項の「裁判所に請求」です。裁判外では行使できません。理由は、条文には書かれていませんので、こちらの説明です。BとCの取引は、すでに成立した、他人どうしの取引です。取消権は、それをあとから、無かったことにします。第三者であるCの取引の安全に、与える影響が大きい。そこで、要件がそろっているかどうかを、裁判所が確かめたうえで、取り消す仕組みにした、と説明できます。代位権は、債務者の権利を代わりに使うだけで、Cの取引をひっくり返しません。この違いが、次の比較に効きます。

債権者代位権との比較

比較表。列=債権者代位権/詐害行為取消権。行=①場面(債務者が動かない/債務者が動いて財産を減らした)②することの中身(債務者の権利を代わりに使う/債務者の行為を取り消す)③行使の方法(裁判外でもできる/裁判所に請求)④金銭でない債権を守る使い方(ある=転用/ない)⑤期間の制限(行使そのものに特別の期間は無い/ある=426条・中身は後の回)。最下段=取消権は他人の取引に踏み込む。介入が強いから、要件が重く、裁判に限り、期間の制限がある。 図:比較表。列=債権者代位権/詐害行為取消権。行=①場面(債務者が動かない/債務者が動いて財産を減らした)②することの中身(債務者の権利を代わりに使う/債務者の行為を取り消す)③行使の方法(裁判外でもできる/裁判所に請求)④金銭でない債権を守る使い方(ある=転用/ない)⑤期間の制限(行使そのものに特別の期間は無い/ある=426条・中身は後の回)。最下段=取消権は他人の取引に踏み込む。介入が強いから、要件が重く、裁判に限り、期間の制限がある。

債権者代位権と、詐害行為取消権を、5つの点で並べます。1つめ、場面です。代位権は、債務者が動かない場面。取消権は、債務者が動いて、財産を減らした場面です。2つめ、することの中身です。代位権は、債務者の権利を、代わりに使います。取消権は、債務者の行為を取り消します。3つめ、行使の方法です。代位権は、裁判の外でもできます。取消権は、裁判所に請求します。4つめ、金銭でない債権を守る使い方です。代位権には、金銭でない債権を実現するために、代位のしくみを借りる使い方がありました。転用です。取消権には、この使い方がありません。理由は、あとで見ます。5つめ、期間の制限です。代位権は、行使そのものに、特別の期間の定めはありません。取消権は、426条に期間の制限があります。数字は、後の回で見ます。

1本の理由で通せます。取消権は、Cがすでに手に入れた財産と取引に、踏み込みます。代位権は、債務者の権利を代わりに使うだけで、他人の取引を壊しません。取消権は、介入が強いので、要件が重く、行使は裁判に限られ、期間の制限もある、と説明できます。これはこちらの整理で、条文に書かれた理由ではありません。

条文の地図と、この先の進み方

条文の地図。まとまり1=要件(424条・424条の2から424条の5)/まとまり2=行使の方法など(424条の6から424条の9)/まとまり3=行使の効果(425条から425条の4)/まとまり4=期間の制限(426条)。見出し=424条 詐害行為取消請求/424条の2 相当の対価を得てした財産の処分行為の特則/424条の3 特定の債権者に対する担保の供与等の特則/424条の4 過大な代物弁済等の特則/424条の5 転得者に対する詐害行為取消請求/424条の6 財産の返還又は価額の償還の請求/424条の7 被告及び訴訟告知/424条の8 詐害行為の取消しの範囲/424条の9 債権者への支払又は引渡し/425条 認容判決の効力が及ぶ者の範囲/425条の2 債務者の受けた反対給付に関する受益者の権利/425条の3 受益者の債権の回復/425条の4 詐害行為取消請求を受けた転得者の権利/426条(条の見出しなし・目の題は詐害行為取消権の期間の制限)。2017年の改正で組み替え。 図:条文の地図

  • まとまり1=要件(424条・424条の2から424条の5)/まとまり2=行使の方法など(424条の6から424条の9)/まとまり3=行使の効果(425条から425条の4)/まとまり4=期間の制限(426条)
  • 見出し=424条 詐害行為取消請求/424条の2 相当の対価を得てした財産の処分行為の特則/424条の3 特定の債権者に対する担保の供与等の特則/424条の4 過大な代物弁済等の特則/424条の5 転得者に対する詐害行為取消請求/424条の6 財産の返還又は価額の償還の請求/424条の7 被告及び訴訟告知/424条の8 詐害行為の取消しの範囲/424条の9 債権者への支払又は引渡し/425条 認容判決の効力が及ぶ者の範囲/425条の2 債務者の受けた反対給付に関する受益者の権利/425条の3 受益者の債権の回復/425条の4 詐害行為取消請求を受けた転得者の権利/426条(条の見出しなし・目の題は詐害行為取消権の期間の制限)
  • 2017年の改正で組み替え

その要件、裁判での行使のしかた、期間の制限が、条文のどこに置かれているかを、大づかみに持っておきます。並びは、取り消そうとする債権者が出会う問いの順に読めます。どんなときに取り消せるか、誰に何をどう求めるか、認められたらどうなるか、いつまでにできるか、です。基本のルールが、424条です。続く424条の2から424条の4までが、3つの特則です。特則とは、基本のルールから外れる、特別のルールのことです。424条の2は、相当の対価を得てした処分の特則。424条の3は、特定の債権者への担保の供与などの特則。424条の4は、過大な代物弁済などの特則です。代物弁済は、本来の支払の代わりに、別の物で払うことです。中身には、今日は入りません。424条の5は、受益者ではなく、転得者を相手にするときの定めです。424条の6から424条の9までは、行使のしかたです。今日見た返還や価額の償還のほか、誰を被告にするか、どこまで取り消せるか、誰に支払わせるかが、並びます。425条から425条の4までは、行使の効果です。426条は、期間の制限です。この条文は、2017年の改正で組み替えられました。判例が積み上げてきたルールを条文にした部分と、判例を変えた部分が、混ざっています。どこがどちらかは、各条文を見るときに、言います。この先の進み方は、要件、特則、転得者と行使のしかた、取消しの範囲、効果の順です。今日は、その入口にあたる、基本の要件の全体像までを見ます。

要件は5つ——条文の言葉と、解釈

要件の全体像。受益者を相手にするときの基本の要件5つ。①被保全債権があること(条文=424条1項「債権者」・同3項・同4項。解釈=金銭債権であること・弁済期は不要・担保付きなら残額)②債務者の無資力(条文に語は無い。「債権者を害する」の読み方=解釈)③債務者が詐害行為をしたこと(条文=424条1項本文)④債務者が害することを知っていたこと(条文=424条1項本文)⑤受益者が害することを知っていたこと(条文=424条1項ただし書)。右の列=冒頭の設例への当てはめ。色分けは、条文の言葉と解釈の区別。 図:要件の全体像

  • 受益者を相手にするときの基本の要件5つ
  • ①被保全債権があること(条文=424条1項「債権者」・同3項・同4項。解釈=金銭債権であること・弁済期は不要・担保付きなら残額)②債務者の無資力(条文に語は無い。「債権者を害する」の読み方=解釈)③債務者が詐害行為をしたこと(条文=424条1項本文)④債務者が害することを知っていたこと(条文=424条1項本文)⑤受益者が害することを知っていたこと(条文=424条1項ただし書)
  • 右の列=冒頭の設例への当てはめ

要件を、5つ並べます。受益者を相手にする場合の、基本の要件です。1つめ、被保全債権があること。2つめ、債務者が無資力であること。3つめ、債務者が詐害行為をしたこと。4つめ、債務者が、害することを知っていたこと。そして5つめが、受益者も、害することを知っていたこと、です。大事なのは、どれが条文の言葉で、どれが解釈か、です。3つめと4つめは、424条1項本文の言葉そのものです。行為をした、が3つめで、債権者を害すると知っていた、が4つめです。5つめは、ただし書です。受益者が、害することを知らなかったときは取り消せない、ということは、取り消すには、受益者が知っていたことが要る、という意味です。この3つは、条文を読めば出てきます。2つめの無資力は、条文に、無資力という言葉がありません。424条1項の、債権者を害する、という言葉の読み方として、債務者の財産が債務を払うのに足りないことが要る、と判例や学説が立てた基準です。代位権の「保全するため必要があるとき」を、無資力と読んだのと同じ型です。1つめの被保全債権は、両方が混ざります。条文の言葉は、424条1項の「債権者」に加えて、3項と4項です。3項は、守られる債権が、取り消したい行為の前の原因に基づいて生じたものであること。4項は、強制執行で実現できない債権では、請求できないこと、です。中身は、次の回です。一方、金銭債権であること、弁済期が来ていなくてよいこと、担保付きなら残額が被保全債権になること、は条文に書かれていない、解釈です。

冒頭の設例に、当てはめます。Aは、家を譲る前から、Bに貸金債権を持っています。Bは、家を失えば、ほぼ無資力です。10万円での譲渡は、財産を減らす行為です。Bは、債権者を害すると知っていました。Cも、事情を知っていました、という設定にします。5つがそろえば、Aは、さきほどの4段のしくみで、家をBの責任財産に戻せます。ここで、冒頭の問いに、いったん答えを出します。Aは、その家に、もう手を出せないわけではありません。要件がそろえば、裁判所に請求して、譲渡を取り消し、家をBのもとに戻して、強制執行にかけられます。これが、制度の姿です。

守られる債権は金銭債権——取消権には転用が無い

新しい問い。ここまでは、Aが貸金債権を持つ設例。ここからは、守られる債権の種類。復習=代位権で守られる債権は原則どんな債権か(答え=金銭債権・転用は例外)。取消権の規範=詐害行為取消権で守られる債権(被保全債権)は、金銭債権でなければならない。根拠は条文ではない(424条1項は「債権者」とだけ書く)=解釈(判例・通説)。 図:新しい問い

  • ここまでは、Aが貸金債権を持つ設例
  • ここからは、守られる債権の種類
  • 復習=代位権で守られる債権は原則どんな債権か(答え=金銭債権・転用は例外)
  • 取消権の規範=詐害行為取消権で守られる債権(被保全債権)は、金銭債権でなければならない
  • 根拠は条文ではない(424条1項は「債権者」とだけ書く)=解釈(判例・通説)

ここから、新しい問いに入ります。制度の姿は、つかめました。次は、取り消せる債権者は、どんな債権を持つ人か、です。始める前に、復習です。債権者代位権で守られる債権は、原則として、どんな債権でしたか?金銭債権が原則で、その理由は、代位権が、責任財産を守って強制執行を準備する制度だからでした。金銭債権の債権者は、払ってもらえなければ、債務者の責任財産に強制執行をして、財産を売った代金から回収します。だから、責任財産に頼るのは、金銭の債権です。取消権も、責任財産を元に戻して、強制執行に備える制度です。ですから、同じ考え方が効きます。規範として言います。詐害行為取消権で守られる債権、つまり被保全債権は、金銭債権でなければならない。この規範の出どころは、条文の言葉の読み方と、制度の趣旨です。424条1項は、債権者、とだけ書いていて、金銭債権とは書いていません。判例と通説が、読み方として立てた基準です。たとえば、AがBに、家を引き渡せ、という債権だけを持っていたとします。家は、まだBのもとにあります。Bが、家とは別の財産をCに渡して、Bの責任財産が減ったとしても、Aが求めているのは家そのものです。別の財産を元に戻したところで、Aが家を手にできるかどうかは、変わりません。責任財産に頼る債権ではないので、取消権で守る場面ではない、ということです。

取消権には、転用はありません。代位権では、登記や賃借権のように、金銭でない債権を守るために、代位のしくみを使う転用がありました。判例が理由を述べているわけではありませんので、こちらの説明です。代位権の転用は、債務者の権利を代わりに使うだけで、他人がすでに手に入れた財産を取り上げません。ところが、取消権は、他人の取引を壊します。そこまで踏み込んでよいのは、全債権者が引き当てにしている責任財産を守る、という目的に絞られているからだ、と説明できます。金銭でない債権は、責任財産が元に戻っても、そのままでは満たされません。そのために他人の取引を壊すことは、この制度の目的の外にある、ということです。

被保全債権の、そのほかの確認

被保全債権の確認3行。1=弁済期が来ていなくてもよい(代位権の423条2項は「期限が到来しない間は、被代位権利を行使することができない」と定める。424条にはそういう文言が無い)。2=物的担保付きの債権は、担保で回収できない部分だけが被保全債権。3=物上保証・保証など第三者の担保が付いた債権は、債権全額(担保を実行されても債務者への求償権が残る)。 図:被保全債権の確認3行

  • 1=弁済期が来ていなくてもよい(代位権の423条2項は「期限が到来しない間は、被代位権利を行使することができない」と定める。424条にはそういう文言が無い)
  • 2=物的担保付きの債権は、担保で回収できない部分だけが被保全債権
  • 3=物上保証・保証など第三者の担保が付いた債権は、債権全額(担保を実行されても債務者への求償権が残る)

被保全債権について、あと3つだけ確認します。1つめ、弁済期が来ていなくてもよいです。代位権は、423条2項が、債権の期限が到来しない間は、被代位権利を行使できない、と定めていました。424条には、そういう文言がありません。財産が出ていこうとしている場面で、期限が来るのを待てないから、と説明できます。判例・通説も、この結論です。2つめ、債務者自身の財産に物的担保が付いた債権は、担保で回収できない部分だけが、被保全債権です。代位権の回で見た考え方と同じです。担保で確実に回収できる部分は、責任財産に頼らなくて済むからです。範囲の細部は、後の回です。3つめ、物上保証や保証のように、第三者の担保が付いた債権は、債権全額が被保全債権です。物上保証とは、他人の借金のために、自分の物に担保をつけることでした。2つめとの違いは、担保に入っているのが、債務者自身の財産ではない点です。数字で見ます。AがBに500万円を貸し、Bの友人が保証人になっているとします。保証人が500万円を払えば、Aの債権は消えます。けれども、払った保証人は、立て替えた500万円を返せと、Bに求めることができます。この権利が求償権です。Bから見ると、500万円を払う相手が、Aから保証人に入れ替わっただけです。Bの責任財産で支えなければならない額は、500万円のまま、少しも減っていません。だから、債権の全額について、Bの責任財産を保つ意味があるのです。

特定物の債権者は使えるか——まず設例

二重売買の設例の関係図。ここは自前の設例で、判決の事案ではない。A=先に家を買う約束をしたが、登記のない買主(取消債権者)/B=売主(債務者)/C=後から相場よりずっと安い値段で買って、先に登記を備えた買主(受益者)。BがAに家を売る約束/BがCに安値で売る/Cに「登記済み」のしるし。「177条ではCの勝ち」の注記。Bにほかに財産はない。 図:二重売買の設例の関係図

  • ここは自前の設例で、判決の事案ではない
  • A=先に家を買う約束をしたが、登記のない買主(取消債権者)/B=売主(債務者)/C=後から相場よりずっと安い値段で買って、先に登記を備えた買主(受益者)
  • BがAに家を売る約束/BがCに安値で売る/Cに「登記済み」のしるし
  • 「177条ではCの勝ち」の注記
  • Bにほかに財産はない

ここで、金銭債権でなければならない、という規範の、いちばん難しい応用を見ます。ここからは、自前の設例です。次に出てくる判決の事案ではありません。冒頭の家の話とも別の場面ですが、呼び名の役割は、変えません。BがAに、家を売る約束をしました。Aは先に買う約束をした買主で、まだ登記は受けていません。Bは売主です。ところが、Bは、同じ家を、相場よりずっと安い値段で、Cにも売り、Cが先に登記を備えました。Cは、後から買った買主です。Bには、ほかに財産がありません。Cは、先にAに売る約束があったことは知りませんでしたが、Bにほかに財産がないことは知っていた、とします。177条は、不動産の所有権を得ても、登記をしなければ、第三者に対抗できない、つまり主張できない、と定めていました。そのため、二重に売られた場合は、先に登記を備えたほうが勝つのでした。二重譲渡と177条の回で見たとおりです。ですから、家の所有権は、Cのものです。また、Cは、先の約束を知らなかったので、登記の主張を封じられる事情もありません。

金銭債権の規範をそのまま当てれば、二重売買の設例のAは、取消権を使えません。それでも、AはBからCへの売買を、詐害行為として取り消せるでしょうか。考えてみてください。結論を先に言うと、取り消せます。金銭債権の規範で見た例と違うのは、Aが求めている家そのものが、Cに渡っている点です。その根拠になる判決を見ます。

特定物債権者も取り消せる——最高裁大法廷の判決

判決の事案の関係図。ここは判決の事案で、二重売買ではない。A=家を買って引渡しを求める立場にいた人/B=売主(ほかに見るべき資産もないのに、家を代物弁済に差し出し、無資力になった)/C=8万円の抵当権を持つ人(代物弁済を受けた)。家の価格は10万円以上。被告にされたのは、Cとは別の、その家の登記を備えた人。 図:判決の事案の関係図

  • ここは判決の事案で、二重売買ではない
  • A=家を買って引渡しを求める立場にいた人/B=売主(ほかに見るべき資産もないのに、家を代物弁済に差し出し、無資力になった)/C=8万円の抵当権を持つ人(代物弁済を受けた)
  • 家の価格は10万円以上
  • 被告にされたのは、Cとは別の、その家の登記を備えた人

先に、判決の事案を見ます。さきほどの設例とは形が違い、二重売買ではありません。家を買って、引渡しを求める立場にいた人が、Aです。売主がBです。Bは、ほかに見るべき資産もないのに、その家を、8万円の抵当権を持つCに、代物弁済として差し出し、無資力になりました。代物弁済とは、本来の支払の代わりに、別の物で払うことです。家の価格は、10万円以上でした。そして、取消しを求められて被告になったのは、Cその人ではなく、その家の登記を備えていた別の人です。争点は、家を引き渡せという債権を持つAが、BからCへの代物弁済を、詐害行為として取り消せるか、です。最高裁の大法廷が、こう述べました。

判例最大判昭36・7・19 民集15巻7号1875頁

特定物債権者の詐害行為取消し 民法四二四条の債権者取消権は、総債権者の共同担保の保全を目的とする制度であるが、特定物引渡請求権(以下特定物債権と略称する)といえどもその目的物を債務者が処分することにより無資力となつた場合には、該特定物債権者は右処分行為を詐害行為として取り消すことができるものと解するを相当とする。けだし、かかる債権も、窮極において損害賠償債権に変じうるのであるから、債務者の一般財産により担保されなければならないことは、金銭債権と同様だからである。

判旨の板。判決の言葉=①取消権は、総債権者の共同担保の保全が目的②特定物引渡請求権でも、目的物を債務者が処分して無資力になったときは、取り消せる③理由=窮極において損害賠償債権に変じうるので、債務者の一般財産により担保されなければならないのは、金銭債権と同様。用語=共同担保=責任財産/窮極=最後には/けだし=なぜなら。かつての判例の「金銭の給付を目的とする債権者に限る」という見解は採用しなかった。 図:判旨の板

  • 判決の言葉=①取消権は、総債権者の共同担保の保全が目的②特定物引渡請求権でも、目的物を債務者が処分して無資力になったときは、取り消せる③理由=窮極において損害賠償債権に変じうるので、債務者の一般財産により担保されなければならないのは、金銭債権と同様
  • 用語=共同担保=責任財産/窮極=最後には/けだし=なぜなら
  • かつての判例の「金銭の給付を目的とする債権者に限る」という見解は採用しなかった

カードの言葉を読み分けます。「共同担保」は、債権者みんなの引き当てになる責任財産のことです。「一般財産」も、ここでは責任財産と同じ意味で読んでください。「窮極」は、最後には、「けだし」は、なぜなら、です。判決は、3点を述べています。1点目、取消権は、総債権者の共同担保の保全を目的とする制度です。2点目、それでも、特定物の引渡しを求める債権者は、その目的物を債務者が処分して無資力になったときは、処分を詐害行為として取り消せます。3点目が理由です。そういう債権も、最後には、損害賠償債権に変わりうる。ですから、債務者の一般財産によって担保されなければならない点は、金銭債権と同じだ、と言います。かつての判例は、取消権を使えるのは、金銭の給付を目的とする債権者に限る、としていました。この判決は、その見解を採りませんでした。判例が変わった点です。

家を引き渡せという債権は、引渡しができなくなれば、その代わりに、損害賠償を求める債権に変わります。損害賠償は、金銭で額を定めるのが原則です。417条が、そう定めています。つまり、最後はお金の債権になる。そうであれば、Aも、結局は、Bの責任財産に頼る立場で、ほかの金銭債権者と変わらない、というのが、判決の筋です。ここで、判決が言ったことと、言っていないことを、分けておきます。判決が述べたのは、目的物を処分して無資力になった場合には取り消せること、損害賠償債権に変わりうること、金銭の給付を目的とする債権者に限る見解を採らないこと、です。判決の理由は、履行不能という言葉を、使っていません。ここから先の、設例への当てはめは、判決の言葉ではなく、こちらの説明です。

設例への当てはめの板。Cが登記を備える→BのAに対する引渡債務は履行不能→Aは履行に代わる損害賠償を請求できる(415条1項・2項1号)→損害賠償は金銭で額を定める(417条)→Aの債権は金銭債権に姿を変える→BからCへの売買を取り消せる。注記=ここは判決の言葉ではなく、設例への当てはめ。 図:設例への当てはめの板

  • Cが登記を備える→BのAに対する引渡債務は履行不能→Aは履行に代わる損害賠償を請求できる(415条1項・2項1号)→損害賠償は金銭で額を定める(417条)→Aの債権は金銭債権に姿を変える→BからCへの売買を取り消せる
  • 注記=ここは判決の言葉ではなく、設例への当てはめ

設例の二重売買で考えます。履行することができなくなった場合が、履行不能でした。二重売買で、他の買主に登記が移れば、その買主が確定的に所有権を主張でき、売主は、もう先の買主に所有権を移せません。だから、売主の引渡しの債務は、この時に履行不能に確定する、と履行不能の回で見ました。Cが登記を備えた時点で、BのAに対する引渡債務は、特段の事情がなければ、履行不能になります。履行不能になれば、Aは、415条1項と2項1号で、履行に代わる損害賠償を請求できます。損害賠償は、金銭で額を定めます。こうして、Aの債権は、損害賠償という金銭債権に姿を変えます。代位権の回で、Bが引渡しを怠って、Aの債権が損害賠償という金銭債権に変わった場合は、金銭債権として扱う、と言いました。同じ考え方です。金銭で償われる以上、Aも、最後はBの責任財産に頼る立場です。だから、Aは、BからCへの売買を取り消せます。

答案では、取消しを裁判所に求めるときまでに、引渡しを求める債権が、損害賠償という金銭債権に変わっていれば足りる、と整理します。これは学説の整理で、判決の言葉ではありません。設例では、取消しを請求するときまでに、Cが登記を備えて、引渡債務は履行不能になっています。ですから、足りています。この判決には、補足意見が、1通付いています。補足意見とは、結論に賛成する裁判官が、理由を付け加えた意見で、判決の理由そのものである法廷意見とは別です。骨子は、処分によって無資力になり、損害賠償債権の履行ができなくなった場合に限って詐害行為になる、処分と同時に損害賠償債権に変わる、というものです。条件も、はっきりさせます。判決が認めたのは、目的物の処分によって、債務者が無資力になった場合です。Bにほかに十分な財産があれば、家を処分しても無資力にはならず、取消しは問題になりません。設例が、Bにほかに財産がない、としているのは、そのためです。

177条への応答の板。上告した側の主張(論旨)=原判決のような判断が許されるなら、被上告人は登記をしていないのに、すでに登記した上告人に所有権の移転を対抗できるのと同じ結果になり、177条の趣旨に反する。判決の答え=債権者取消権は、総債権者の利益のため債務者の一般財産の保全を目的とし、しかも債務者の無資力を要件とする。177条の場合と法律効果を異にするのは当然。対応=被上告人=A(特定物債権者)/上告人=すでに登記した人。 図:177条への応答の板

  • 上告した側の主張(論旨)=原判決のような判断が許されるなら、被上告人は登記をしていないのに、すでに登記した上告人に所有権の移転を対抗できるのと同じ結果になり、177条の趣旨に反する
  • 判決の答え=債権者取消権は、総債権者の利益のため債務者の一般財産の保全を目的とし、しかも債務者の無資力を要件とする
  • 177条の場合と法律効果を異にするのは当然
  • 対応=被上告人=A(特定物債権者)/上告人=すでに登記した人

判決は、もう1つ、上告した側の主張に答えています。次のカードです。

判例最大判昭36・7・19 民集15巻7号1875頁

177条への応答 なお、論旨は、原判決のような判断が許されるときは、被上告人は登記を了しないのに、既に登記した上告人に対し所有権の移転を対抗し得ると同一の結果となり、民法一七七条の法意に反すると主張するが、債権者取消権は、総債権者の利益のため債務者の一般財産の保全を目的とするものであつて、しかも債務者の無資力という法律事実を要件とするものであるから、所論一七七条の場合と法律効果を異にすることは当然である。

言葉を対応させます。「論旨」は、上告した側の主張のことです。「被上告人」は、家を買った特定物債権者のAです。「上告人」は、すでに登記した人で、被告にされた人です。「所論」は、上告した側の言う、という意味です。「法意」は、趣旨のことです。上告した側の主張は、こうです。Aの取消しを認めると、Aは登記をしていないのに、先に登記した人に所有権を主張できるのと同じになり、177条の趣旨に反するのではないか。判決は、こう答えました。取消権は、総債権者の利益のために、債務者の一般財産を保全するものです。しかも、債務者の無資力が要件です。177条の場合とは、法律効果が違うのは当然だ、と答えました。大事なのは、判決が、Aが所有権を主張できるようになる、とは言っていないことです。取消しが認められても、Aが登記を備えた人に、所有権を対抗できるようになったわけではありません。この点は、あとで、もう一度使います。なお、この判決は、取消しの範囲についても判断していますが、それは後の回で見ます。

それでも、家は手に入らない——自分の名義にはできない

2段の対比板。段1=取り消せる(最大判昭36・7・19)=理由=窮極において損害賠償債権に変じうる。段2=取消しの結果として、自分の名義にはできない(最判昭53・10・5)=理由=取消権は共同担保の保全が目的。問い=取り消して家の名義がBに戻ったら、家はAのものになるか。答え=ならない。Aが得られるのは、戻った家を強制執行にかけて、損害賠償債権について配当を受けること。 図:2段の対比板

  • 段1=取り消せる(最大判昭36・7・19)=理由=窮極において損害賠償債権に変じうる
  • 段2=取消しの結果として、自分の名義にはできない(最判昭53・10・5)=理由=取消権は共同担保の保全が目的
  • 問い=取り消して家の名義がBに戻ったら、家はAのものになるか
  • 答え=ならない
  • Aが得られるのは、戻った家を強制執行にかけて、損害賠償債権について配当を受けること

ここで、もう1つ問いがあります。設例の二重売買に戻ります。AがBからCへの売買を取り消して、家の名義がBに戻ったら、家は、Aのものになるでしょうか?ならない、というのが、判例です。取り消せることと、自分の名義にできることは、別の問題です。最高裁が、特定物の引渡請求権を持つ人が、詐害行為の取消しと併せて、自分への所有権移転登記を求めた事件で、判断しました。

判例最判昭53・10・5 民集32巻7号1332頁

特定物債権者による自己への移転登記 民法四二四条の債権者取消権は、窮極的には債務者の一般財産による価値的満足を受けるため、総債権者の共同担保の保全を目的とするものであるから、このような制度の趣旨に照らし、特定物債権者は目的物自体を自己の債権の弁済に充てることはできないものというべく、原判決が「特定物の引渡請求権に基づいて直接自己に所有権移転登記を求めることは許されない」とした部分は結局正当に帰する。

言葉を対応させます。「原判決」は、高裁の判決です。「価値的満足」は、財産の価値を、お金として満足を受けること、です。判決の言い方を、4つに分けます。1つめ、特定物債権者も取り消せる、という前提があります。2つめ、取消権は、窮極的には、債務者の一般財産による価値的満足を受けるため、総債権者の共同担保の保全を目的とするものです。3つめ、この制度の趣旨に照らすと、特定物債権者は、目的物自体を、自分の債権の弁済に充てることはできません。4つめ、したがって、取消しとあわせて、直接自分に所有権移転登記を求めることは許されません。2段で言い分けます。取り消せるのは、損害賠償債権に変わりうるからで、これは先ほどの判決です。自分の名義にできないのは、取消権が、共同担保の保全のための制度だからで、こちらが、今のカードです。理由が違います。目的は、Aが家を取ることではなく、Bの責任財産を元に戻すことです。

Aが得られるのは、戻った家を強制執行にかけて、損害賠償の債権について、配当を受けるところまでです。家そのものは取れません。責任財産という共有の井戸にたとえるなら、取消権は、運び出された水を井戸へ戻させる権利です。戻った水を、Aのバケツに移す権利ではありません。戻った水は、井戸から、債権者みんなで分けます。この判決で押さえるのは、判決が述べた理由、つまり共同担保の保全という制度の趣旨です。判決は、177条には触れていません。名義がBに戻ったあとで、AがBに家の移転を求めることについては、判決は何も言っていません。学説の整理では、これも認められないと考えられています。理由は、2つ言えます。1つめ、いったん損害賠償という金銭債権に変わった以上、引渡しの債権には戻らないこと。2つめ、登記で負けたAが、取消しを経て、結局、家を取れることになってしまえば、登記で決着を付ける177条の意味が、なくなること。この2つは、判決の言葉ではなく、こちらの補強です。なお、条文が、自分に払え、自分に渡せ、と言える場面を認めているのは、金銭の支払と動産の引渡しだけです。不動産の登記は、債務者の名義に戻すだけです。くわしくは、後の回で見ます。

177条との関係——整理

177条との関係の整理。左=177条=だれが所有者かを決める(先に登記を備えたCの勝ちは変わらない)。右=取消権=Bの責任財産を元に戻す(Aの債権を引き当てにできるようにする)。結論=177条で勝ったCが取消しを受けることはありうる。取消しでAが所有者になることはない。根拠=判決(法律効果を異にする)+説明(Aが家を取れるなら177条の意味がなくなる=判決の言葉ではない補強)。 図:177条との関係の整理

  • 左=177条=だれが所有者かを決める(先に登記を備えたCの勝ちは変わらない)
  • 右=取消権=Bの責任財産を元に戻す(Aの債権を引き当てにできるようにする)
  • 結論=177条で勝ったCが取消しを受けることはありうる
  • 取消しでAが所有者になることはない
  • 根拠=判決(法律効果を異にする)+説明(Aが家を取れるなら177条の意味がなくなる=判決の言葉ではない補強)

177条との関係を、1枚に整理します。177条は、だれが所有者かを決めるルールです。二重売買では、先に登記を備えたCが勝ちます。これは、取消権を使っても変わりません。取消権は、別の目的の制度です。Bの責任財産を元に戻して、Aの債権を、引き当てにできるようにする制度です。ですから、177条で勝ったCが、取消しを受けることは、ありえます。Cの所有権は、取り消されて、家はBのもとに戻ります。ただ、取消しによって、Aが家の所有者になることは、ありません。判決は、177条の場合と法律効果を異にする、と述べました。Aが家を取れるなら、177条の意味がなくなる、という説明は、判決の言葉ではなく、こちらの補強です。判決の理由は、あくまで、共同担保の保全でした。

登記で負けたAが、取消権で、家の所有者として逆転するわけではありません。Aは、損害賠償の債権者として、戻った家から配当を受ける立場に、とどまります。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

まとめ板。3つの柱と根拠の種類。①制度の姿=取り消す→戻す→強制執行→配当/取消し+返還(424条の6)/裁判で行使/代位権より介入が強い=根拠は条文(424条1項・424条の6)。②要件5つ=条文の言葉(③④⑤・①の一部)と解釈(②・金銭債権)。③金銭債権・特定物債権者=金銭債権でなければならない(解釈)。特定物債権者も、損害賠償債権に変わりうるので取り消せる(判例)。自分の名義にはできない(判例)。 図:まとめ板

  • 3つの柱と根拠の種類
  • ①制度の姿=取り消す→戻す→強制執行→配当/取消し+返還(424条の6)/裁判で行使/代位権より介入が強い=根拠は条文(424条1項・424条の6)
  • ②要件5つ=条文の言葉(③④⑤・①の一部)と解釈(②・金銭債権)
  • ③金銭債権・特定物債権者=金銭債権でなければならない(解釈)
  • 特定物債権者も、損害賠償債権に変わりうるので取り消せる(判例)
  • 自分の名義にはできない(判例)

冒頭の問いに戻ります。借金を残したまま、Bが、唯一の財産である家を、親族のCに譲りました。Aは、その家に、もう手を出せないのか、でした。答えです。要件がそろえば、Aは、裁判所に請求して、BからCへの譲渡を取り消し、家の名義をBに戻させて、強制執行にかけられます。ただし、家をAが自分のものにするわけではありません。Aは、戻った家から、配当を受けます。3つの柱を、整理します。1つめ、制度のしくみです。取り消す、戻す、強制執行、配当の4段で、取消しとあわせて返還も求められます。裁判で行使し、代位権より他人の取引への介入が強いので、要件が重い、というのが筋でした。根拠は、条文です。2つめ、要件5つです。被保全債権、無資力、詐害行為、債務者の悪意、受益者の悪意でした。3つめから5つめまでは条文の言葉で、2つめの無資力と、1つめの金銭債権は、解釈でした。3つめ、守られる債権は金銭債権です。取消権には、転用がありません。でも、家を引き渡せという特定物債権者でも、損害賠償債権に変わりうるので、取り消せます。ただし、取消しの結果として、自分の名義にはできません。ここは、判例です。特定物債権者と取消権の当てはめは、論文で論点になりうる部分です。要件の残りは、次の回から、順に見ていきます。

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#198単独ページ動画

詐害行為取消権の被保全債権と無資力

第4章 債権総論 #198/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

財産が出ていった後に貸した人

冒頭の関係図。Bは唯一の財産である土地を親族Cに贈与した。その後で、AがBにお金を貸した。問い=Aは、その贈与を取り消せるか。贈与の前から貸していた人ならどうか。前から貸していたお金の遅延損害金が、贈与の後に増えた分はどうか。呼び名=A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人、C=Bから財産を受け取った親族。 図:冒頭の関係図

  • Bは唯一の財産である土地を親族Cに贈与した
  • その後で、AがBにお金を貸した
  • 問い=Aは、その贈与を取り消せるか
  • 贈与の前から貸していた人ならどうか
  • 前から貸していたお金の遅延損害金が、贈与の後に増えた分はどうか
  • 呼び名=A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人、C=Bから財産を受け取った親族

Bは、唯一の財産である土地を、親族のCに贈与しました。そのあとで、AがBに、お金を貸しました。Aは、この贈与を取り消せるでしょうか。では、贈与の前から貸していた人なら、どうでしょうか。さらに、前から貸していたお金の遅延損害金が、贈与の後に増えた場合、その増えた分はどうでしょうか。贈与の後に貸した人の自己責任、という直感は、半分当たっています。ただ、残りの半分は外れています。理由まで言えるかどうかが、今日の勝負です。答えは、最初の柱で出します。前の回で、制度のしくみと、要件が5つあることを見ました。1つめ、守られる債権があること。2つめ、債務者が無資力であること。3つめ、債務者が詐害行為をしたこと。さらに4つめ、債務者が害することを知っていたこと。5つめ、受益者も知っていたこと、でした。今日見るのは、1つめの残りと、2つめ、そして3つめの、どんな行為なのか、です。1つめの残りとは、前の回で「中身は次の回」と言った、3項と4項です。

今日の地図(保存版)

今日の地図。要件5つのうち、今日見る範囲=1つめの残り(守られる債権が、いつ生じたものか・強制執行できる債権か)、2つめ(無資力)、3つめ(どんな行為か)。今日の3つの柱=①守られる債権は、行為の前の原因から生じたもの(3項・4項)②無資力は、2つの時点で要る③詐害行為になるのは、どんな行為か。4つめと5つめは今日は扱わない。 図:今日の地図

  • 要件5つのうち、今日見る範囲=1つめの残り(守られる債権が、いつ生じたものか・強制執行できる債権か)、2つめ(無資力)、3つめ(どんな行為か)
  • 今日の3つの柱=①守られる債権は、行為の前の原因から生じたもの(3項・4項)②無資力は、2つの時点で要る③詐害行為になるのは、どんな行為か
  • 4つめと5つめは今日は扱わない

柱は3つです。1つめ、守られる債権は、行為の前の原因から生じたものでなければならない、という3項と、強制執行で実現できる債権に限る、という4項です。2つめ、無資力は、2つの時点で要る、という話です。3つめ、詐害行為になるのは、どんな行為か、です。代位権では、無資力を見る時点は1つでした。取消権では2つになります。なぜ増えるのかが、2つめの柱の中心です。4つめと5つめの、知っていたかどうかの要件は、今日は扱いません。

424条の全文と、今日読む場所

424条の項の地図。1項=基本のルール(前の回で読んだ)。2項=財産権を目的としない行為(次の回から)。3項=前の原因(今日)。4項=強制執行(今日)。1項のうち今日見る言葉=「債権者を害する」と「行為」。 図:424条の項の地図

  • 1項=基本のルール(前の回で読んだ)
  • 2項=財産権を目的としない行為(次の回から)
  • 3項=前の原因(今日)
  • 4項=強制執行(今日)
  • 1項のうち今日見る言葉=「債権者を害する」と「行為」

条文の全体を、先に読みます。

条文民法424条

民法第424条 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。 2 前項の規定は、財産権を目的としない行為については、適用しない。 3 債権者は、その債権が第一項に規定する行為の前の原因に基づいて生じたものである場合に限り、同項の規定による請求(以下「詐害行為取消請求」という。)をすることができる。 4 債権者は、その債権が強制執行により実現することのできないものであるときは、詐害行為取消請求をすることができない。

今日読むのは、3項と4項、それに1項の「債権者を害する」と「行為」の2つの言葉です。1項の本文とただし書の読み分けは、前の回で済ませました。2項は、財産権を目的としない行為には、1項を適用しない、という定めです。ここに位置があることだけ、押さえてください。2項は、次の回から見ます。3項の「第一項に規定する行為」は、取り消したい、その行為を指します。3項の読み方を、日本語に直します。債権者が取り消しを請求できるのは、自分の債権が、取り消したい行為より前の原因に基づいて生じたものである場合に限る、という意味です。ここで、時間の順番が問題になります。

柱1——なぜ「行為の前」でなければならないか

貸した時点で、あてにする財産。貸す時点=その時点のBの財産を見て、貸すか決める。財産が出ていった後に貸した人=減った後の財産をあてにしたはず=減る前に戻してもらう理由がない。前から貸していた人=減る前の財産をあてにしていた=戻してもらう理由がある。根拠=424条3項(条文)。理由の説明=こちらの整理。 図:貸した時点で、あてにする財産

  • 貸す時点=その時点のBの財産を見て、貸すか決める
  • 財産が出ていった後に貸した人=減った後の財産をあてにしたはず=減る前に戻してもらう理由がない
  • 前から貸していた人=減る前の財産をあてにしていた=戻してもらう理由がある
  • 根拠=424条3項(条文)
  • 理由の説明=こちらの整理

冒頭の贈与の後に貸した人は、取り消せないのですか。取り消せません。理由は、次の筋で説明できます。お金を貸す人は、貸すとき、その時点のBの財産を見て、返してもらえそうかを考えます。つまり、あてにしているのは、貸した時点の財産です。たとえるなら、貸すときにのぞいた、相手の財布の中身です。土地が贈与された後に貸した人は、土地のなくなった財産を見て、貸したはずです。土地が戻れば、その人の予想を超えて得をするだけです。戻してもらう理由がありません。逆に、贈与の前から貸していた人は、土地のある財産をあてにしていました。その土地が、債権者を害する形で出ていったのですから、戻してもらう理由があります。条文の結論は、424条3項です。理由づけは条文には書かれていません。こちらの整理として聞いてください。

時系列の3つの並び。債権の原因・債権の発生・Bの贈与の3つを、起きた順に並べる。並び1=原因と発生が贈与の前=取り消せる。並び2=原因は贈与の前、発生は贈与の後=取り消せる。並び3=贈与の後に原因が生じ、その後に発生=取り消せない。 図:時系列の3つの並び

  • 債権の原因・債権の発生・Bの贈与の3つを、起きた順に並べる
  • 並び1=原因と発生が贈与の前=取り消せる
  • 並び2=原因は贈与の前、発生は贈与の後=取り消せる
  • 並び3=贈与の後に原因が生じ、その後に発生=取り消せない

時間の並びを、3つに分けます。債権には、原因と、発生があります。原因とは、その債権が生じる元になった出来事、たとえば貸す約束です。発生とは、実際に債権として生じることです。多くの場合、原因と発生は同時ですが、ずれることがあります。並び1。貸付があり、そのあとでBが贈与をする。原因も発生も、贈与の前です。取り消せます。並び2。贈与の前に原因があり、贈与をはさんで、贈与の後に債権が発生する。原因は前なので、取り消せます。この並び2が、3項の特徴です。具体例は、このあとに見ます。並び3を出す前に、1つ聞きます。3月に貸した人と、8月に貸した人がいます。6月に、Bの財産が贈与されました。取り消せるのは、どちらでしょうか?

3月に貸した人だけが、取り消せます。並び3は、贈与の後に原因が生じ、その後に債権が発生する場合です。取り消せません。型としては、相殺の回で見た、差押えの前の原因に基づいて生じた債権、と同じです。相殺では差押えの前の原因、取消権では行為の前の原因です。債権譲渡と相殺の回で見た、対抗要件具備時より前の原因、も同じ型です。基準になる出来事が違うだけで、原因で時期を見る、という型は同じです。代位権との違いも、ここで押さえます。代位権では、守られる債権が、代わりに使う権利より前に成立している必要は、ありませんでした。代位権は、今ある責任財産を守る制度で、貸した時にBの財産をあてにしていたかどうかは、関係がなかったからです。取消権は、すでに出ていった財産を戻す制度です。そのため、出ていく前の財産をあてにしていた債権、つまり行為の前の原因から生じた債権に限られます。ここは、論文で論点になりうる部分です。

「前に発生」ではなく「前の原因」——具体例

前の原因の具体例1。行為の前に貸した100万円の貸金。弁済期が過ぎ、行為の後に遅延損害金が生じた。遅延損害金も、守られる債権の額に含まれる(最判平8・2・8)。旧い判例は含まないとしていたが、現在は含む。 図:前の原因の具体例1

  • 行為の前に貸した100万円の貸金
  • 弁済期が過ぎ、行為の後に遅延損害金が生じた
  • 遅延損害金も、守られる債権の額に含まれる(最判平8・2・8)
  • 旧い判例は含まないとしていたが、現在は含む

条文が「前の原因」という言葉を選んだのは、「前に発生」では足りない場面があるからです。例を2つ見ます。1つめは、遅延損害金です。Aは、Bに100万円を貸しています。Bが土地を贈与した後に、弁済期が過ぎて、遅延損害金が生じました。遅延損害金は、行為の後に発生する債権です。それでも、元の貸金が、行為の前の原因です。最高裁は、取消権によって守られる債権の額には、行為の後に生じた遅延損害金も含まれる、としています。かつての判例は、含まない、としていましたが、現在の判例は含みます。理由は、遅延損害金は、元の貸金債権から生じるもので、貸したとき、すでにあてにしていた財産の範囲に入っているからだ、と説明できます。これはこちらの説明です。

行為の後に生じるのに、行為の前の債権と同じ扱いですか。同じ扱いです。生じた時が後でも、原因が前なら、貸したときにあてにした財産に頼っている、という点は変わりません。冒頭の、贈与のあとなら自己責任、という直感の、外れていた半分が、ここです。後かどうかは、債権が生じた時ではなく、原因の時で見ます。2つめの例を出す前に、相殺の回の復習です。差押えを受けた後に生じた債権でも、相殺で対抗できる債権は、どんな債権でしたか?原因が差押えの前にあれば、債権が生じるのが後でも、相殺で対抗できました。そこで例にした保証の求償権が、今日の2つめの例です。保証とは、主たる債務者が払えないとき、代わりに払う約束をすることです。保証人が代わりに払えば、主たる債務者に、その分を返せと言える権利が生じます。これが求償権です。

前の原因の具体例2。Aは、Bの頼みで保証人になる契約を結んだ。その後、BがCに土地を贈与した。さらにその後、AがBの借金を代わりに払い、AはBに対する求償権を得た。保証の契約が贈与の前=行為の前の原因。求償権の発生は贈与の後。取り消せる。登場=A=保証人(取り消したい債権者)、B=借金をしている人、C=贈与を受けた人。 図:前の原因の具体例2

  • Aは、Bの頼みで保証人になる契約を結んだ
  • その後、BがCに土地を贈与した
  • さらにその後、AがBの借金を代わりに払い、AはBに対する求償権を得た
  • 保証の契約が贈与の前=行為の前の原因
  • 求償権の発生は贈与の後
  • 取り消せる
  • 登場=A=保証人(取り消したい債権者)、B=借金をしている人、C=贈与を受けた人

設例です。Aは、Bに頼まれて、保証人になる契約を結びました。そのあとで、BがCに、土地を贈与しました。さらにその後、Bが払えなくなって、Aが代わりに払い、AはBに対する求償権を持ちました。求償権が生じたのは、贈与の後です。しかし、保証の契約は、贈与の前に結ばれています。Aは、Bに財産があることを見て、保証を引き受けました。行為の前の原因に基づいて生じた債権です。ですから、Aは贈与を取り消せます。並び2にあたります。贈与の前に原因である保証の契約があり、贈与をはさんで、求償権が発生します。遅延損害金も、求償権も、並び2です。

前の原因の具体例3。将来の婚姻費用。調停や審判で、毎月の支払が決まった婚姻費用。行為の時に、支払期日が来ていない分も、調停の前提となる事実関係が続くことがかなりの蓋然性をもって予測される限度で、守られる債権として扱える(最判昭46・9・21)。 図:前の原因の具体例3

  • 将来の婚姻費用
  • 調停や審判で、毎月の支払が決まった婚姻費用
  • 行為の時に、支払期日が来ていない分も、調停の前提となる事実関係が続くことがかなりの蓋然性をもって予測される限度で、守られる債権として扱える(最判昭46・9・21)

3つめは、短く触れるだけにします。夫婦や子どもの生活のための費用を、婚姻費用と言います。調停などで、毎月の支払が決まった婚姻費用は、行為の時には、まだ支払の期日が来ていない分があります。この分も、調停の前提となる事実関係が、続くことがかなりの蓋然性をもって予測される限度で、守られる債権として扱える、とした最高裁の判例があります。蓋然性とは、確からしさのことです。どこまでも、ではなく、限度がついている点を、落とさないでください。

3項の改正の経緯。2017年の改正前=3項に当たる条文がなかった。判例は、行為の前に債権が生じていることを求める一方で、遅延損害金や将来の婚姻費用のように、厳密には行為の前に生じたとは言い切れない債権も認めていた。立案の資料の説明=「前に発生」と書くと判例を正確に条文にできず、発生する時が遅い債権で誤解も生むので「前の原因」と書いた。まとめ=判例の考え方を条文にした。 図:3項の改正の経緯

  • 2017年の改正前=3項に当たる条文がなかった
  • 判例は、行為の前に債権が生じていることを求める一方で、遅延損害金や将来の婚姻費用のように、厳密には行為の前に生じたとは言い切れない債権も認めていた
  • 立案の資料の説明=「前に発生」と書くと判例を正確に条文にできず、発生する時が遅い債権で誤解も生むので「前の原因」と書いた
  • まとめ=判例の考え方を条文にした

この3項は、2017年の改正で入りました。改正の前には、この点を定める条文がありませんでした。判例が、行為の前に債権が生じていることを求める一方で、遅延損害金や将来の婚姻費用のように、厳密には行為の前に生じたとは言い切れない債権も認めていました。立案の資料は、条文を「前に発生」と書くと、判例の扱いを正確に写せない、と説明しています。具体的に発生する時が遅い債権では、誤解も生む、とも説明しています。そこで、「前の原因」と書きました。判例の考え方を、条文にした、ということです。

債権が譲渡されたとき

債権譲渡の設例。Aが3月にBに貸す。6月にBがCに土地を贈与する。8月にAがEに、貸金債権を譲渡する。Eは、行為の時には債権者でなかった。Eは取り消せるか。答え=取り消せる。理由=3項が見ているのは、債権の原因の時期であって、債権を持っている人ではない。債権は同じもののまま移る。根拠=解釈による整理。 図:債権譲渡の設例

  • Aが3月にBに貸す
  • 6月にBがCに土地を贈与する
  • 8月にAがEに、貸金債権を譲渡する
  • Eは、行為の時には債権者でなかった
  • Eは取り消せるか
  • 答え=取り消せる
  • 理由=3項が見ているのは、債権の原因の時期であって、債権を持っている人ではない
  • 債権は同じもののまま移る
  • 根拠=解釈による整理

設例で見ます。Aは、3月にBに貸しました。6月に、BがCに土地を贈与しました。そのあと、8月に、Aは、その貸金債権を、Eに譲渡しました。Eは、取り消せるでしょうか。取り消せます。3項が見ているのは、債権の原因の時期です。債権を、いま誰が持っているかではありません。債権は、持ち主が変わっても、同じ債権のまま移ります。原因は、3月の貸付で、贈与の前です。ですから、Eも、取り消せます。これは、条文の読み方による整理です。債権の形が変わる場合も、見ておきます。準消費貸借です。準消費貸借とは、すでにある債務を、消費貸借の契約の目的に切り替えることです。たとえば、3月の貸金を、6月の贈与の後の8月に、新しい借用の約束に切り替えた場合です。8月の約束だけを見ると、贈与の後の原因に見えます。しかし、8月に、新しくお金を渡したわけではありません。お金を渡したのは3月で、そのときあてにしたのは、土地のある、3月のBの財産です。切り替えで変わったのは約束の形だけで、債権の元になった出来事は、3月の貸付のままです。ですから、旧い債務が、行為の前の原因に基づくものなら、切り替えた後の債権も、3月に貸した人の債権と同じように扱える、と3項の読み方から整理できます。

強制執行で実現できる債権——4項

424条4項。条文=債権者は、その債権が強制執行により実現することのできないものであるときは、詐害行為取消請求をすることができない。理由=取消権は強制執行の準備の制度。強制執行できない債権のために、他人の取引を壊す意味がない。例=強制執行をしない合意のある債権/自然債務(訴える力が欠けた債権)。代位権の423条3項と同じ言葉、同じ理由。 図:424条4項

  • 条文=債権者は、その債権が強制執行により実現することのできないものであるときは、詐害行為取消請求をすることができない
  • 理由=取消権は強制執行の準備の制度
  • 強制執行できない債権のために、他人の取引を壊す意味がない
  • 例=強制執行をしない合意のある債権/自然債務(訴える力が欠けた債権)
  • 代位権の423条3項と同じ言葉、同じ理由

4項に移ります。4項は、強制執行で実現できない債権では、取消請求ができない、と定めています。理由は、代位権の回と同じです。取消権は、責任財産を元に戻して、強制執行の準備をする制度でした。最後に強制執行できない債権のために、他人の取引を壊しても、使い道がありません。代位権の回で見た例が、そのまま当てはまります。強制執行をしない、という合意のある債権と、自然債務、つまり訴える力が欠けた債権です。どちらも、4項で、取消権の土台になれません。代位権の423条3項と、同じ言葉で、同じ理由です。4項の結論は、条文を読めば出てくる部分です。

柱2——無資力は2つの時点で要る

無資力の復習。無資力=債務の額が財産の額を上回る状態(債務超過)。代位権で、無資力を見る時点=事実審の口頭弁論が終わる時点で、無資力であれば足りる。取消権では=2つの時点。①行為の時②取消しを求める裁判の終わりの時。根拠=判例と、その解釈(条文に無資力の語は無い)。 図:無資力の復習

  • 無資力=債務の額が財産の額を上回る状態(債務超過)
  • 代位権で、無資力を見る時点=事実審の口頭弁論が終わる時点で、無資力であれば足りる
  • 取消権では=2つの時点
  • ①行為の時②取消しを求める裁判の終わりの時
  • 根拠=判例と、その解釈(条文に無資力の語は無い)

無資力に入ります。入る前に、代位権の復習です。代位権で、無資力はいつの時点で見るのでしたか?代位権では、事実審の口頭弁論が終わる時点で、無資力であれば足りました。無資力とは、債務の額が財産の額を上回る、債務超過の状態でした。ただ、無資力という言葉は条文にありません。424条1項の「債権者を害する」という言葉の読み方として、判例も、立案の資料も、債務者が無資力であることが要る、と整理してきました。取消権では、見る時点が2つになります。1つめは、行為の時です。2つめは、取消しを求める裁判の、終わりの時です。順に見ます。

行為の時の無資力。数値例。Bの債務=Aへの3000万円だけ。贈与の前のBの財産=預金500万円と土地3000万円(合計3500万円)=資力あり。土地をCに贈与=財産は預金500万円だけ=債務超過(その行為で無資力になった)。行為の前から債務超過の場合も、行為の時に無資力に含まれる。 図:行為の時の無資力

  • 数値例
  • Bの債務=Aへの3000万円だけ
  • 贈与の前のBの財産=預金500万円と土地3000万円(合計3500万円)=資力あり
  • 土地をCに贈与=財産は預金500万円だけ=債務超過(その行為で無資力になった)
  • 行為の前から債務超過の場合も、行為の時に無資力に含まれる

数字で見ます。Bの債務は、Aに対する3000万円だけです。贈与の前のBの財産は、預金が500万円と、土地が3000万円で、合わせて3500万円です。債務の3000万円を上回っていて、資力があります。ここで、Bが、土地をCに贈与しました。財産は、預金の500万円だけになります。債務の3000万円を、大きく下回ります。この贈与で、Bは債務超過になりました。行為の前から債務超過だった場合も、行為の時に無資力、に当たります。その行為で債務超過になった場合と、同じ扱いです。取消権は、債務者の行為が、債権者を害したから、その行為を取り消すものです。行為の時に、まだ財産が足りていれば、その行為は、債権者を害していません。足りていたのに取り消す理由は、ありません。ですから、行為の時の財産の状態を見ます。これはこちらの説明です。

裁判の終わりの時の無資力。続き=贈与の後、Bが親の遺産3000万円を相続した。Bの財産=預金500万円+相続の3000万円=3500万円。債務3000万円を上回る=資力が回復した。行為の時は無資力でも、裁判の終わりの時に資力が回復していれば、取り消せない。理由=取消権は強制執行の準備。いま払える人の取引を壊す必要がない。他人の取引への介入は、必要な範囲に限る。 図:裁判の終わりの時の無資力

  • 続き=贈与の後、Bが親の遺産3000万円を相続した
  • Bの財産=預金500万円+相続の3000万円=3500万円
  • 債務3000万円を上回る=資力が回復した
  • 行為の時は無資力でも、裁判の終わりの時に資力が回復していれば、取り消せない
  • 理由=取消権は強制執行の準備
  • いま払える人の取引を壊す必要がない
  • 他人の取引への介入は、必要な範囲に限る

続けます。贈与のあと、裁判になる前に、Bが親の遺産を相続して、新たに3000万円を得ました。Bの財産は、預金の500万円と、相続した3000万円で、合わせて3500万円です。債務の3000万円を、上回りました。資力が戻ったのです。このとき、Aは取り消せるでしょうか?取り消せません。取消しを求める裁判の終わりの時、つまり、事実審の口頭弁論が終わる時点でも、無資力でなければなりません。理由は、取消権が、強制執行の準備の制度だからです。Bに、いま払えるだけの財産があれば、Aは、Bの財産に強制執行すれば、回収できます。それなのに、すでに成立しているBとCの取引を壊すのは、行き過ぎです。前の回で言った、取消権は他人の取引に踏み込む、という1本の理由が、ここでも効きます。踏み込むのは、必要な範囲に限る、ということです。立証の分担も、触れておきます。行為の時の無資力は、取消しを求める債権者が示せば足ります。行為の後に資力が回復したことは、受益者の側が示すべきことです。古い判例が、この分担を示しています。

代位権と取消権の対比。見る時点=代位権は、裁判の終わりの時だけ。取消権は、行為の時と、裁判の終わりの時の両方。理由の違い=代位権には、債務者の行為が無い(取り消す対象が無い)ので、行為の時という発想が無い。取消権には、取り消す行為があるので、行為が債権者を害したかを見る。裁判の終わりの時は、どちらの制度も、強制執行の準備だから見る。 図:代位権と取消権の対比

  • 見る時点=代位権は、裁判の終わりの時だけ
  • 取消権は、行為の時と、裁判の終わりの時の両方
  • 理由の違い=代位権には、債務者の行為が無い(取り消す対象が無い)ので、行為の時という発想が無い
  • 取消権には、取り消す行為があるので、行為が債権者を害したかを見る
  • 裁判の終わりの時は、どちらの制度も、強制執行の準備だから見る

代位権と取消権の違いを、1枚に整理します。代位権は、裁判の終わりの時だけを見ます。取消権は、行為の時と、裁判の終わりの時の、両方を見ます。どうして、代位権には、行為の時が無いのですか。代位権には、債務者の行為がないからです。債務者が、取り立てないまま放置している状態を、代わりに動かす制度で、取り消す対象の行為が存在しません。行為の時という発想が、そもそも出てきません。取消権には、取り消す行為があるので、その行為が債権者を害したか、を行為の時に見ます。そして、どちらの制度も、強制執行の準備ですから、いま必要かどうかを、裁判の終わりの時に見ます。ここも、論文で論点になりうる部分です。

柱3——どんな「行為」が詐害行為か

詐害行為の「行為」。424条1項は「行為」と書く。改正前は「法律行為」と書かれていた。契約などに限らないと解されていたのを、条文の言葉にした(立案の資料の説明)。例=時効の更新になる債務の承認。承認は、契約でも意思表示でもなく、債務があることを認める認識を示す行為。中心になる行為=財産を減らす行為(贈与・安値での売却・債務の免除)。 図:詐害行為の「行為」

  • 424条1項は「行為」と書く
  • 改正前は「法律行為」と書かれていた
  • 契約などに限らないと解されていたのを、条文の言葉にした(立案の資料の説明)
  • 例=時効の更新になる債務の承認
  • 承認は、契約でも意思表示でもなく、債務があることを認める認識を示す行為
  • 中心になる行為=財産を減らす行為(贈与・安値での売却・債務の免除)

詐害行為になる行為は、契約に限りません。424条1項は「行為」と書いています。2017年の改正の前は、「法律行為」と書かれていました。それでも、契約などに限られない、と解釈されていたので、改正で、その解釈が条文の言葉になりました。立案の資料も、そう説明しています。例を1つ挙げます。時効の更新になる、債務の承認です。借金は、長いあいだ請求されないままだと、時効が完成して、借りた人は、もう払いません、と言えるようになります。承認とは、その時効が完成する前に、時効の利益を受ける側、つまり借りた人が、貸した人に対して、その借金はあります、という認識を示す行為でした。もう少し待ってください、必ず返します、と言うのが典型です。承認があると、時効は振り出しに戻り、その時から新たに進み始めます。これが、時効の更新です。承認は、契約でも、意思表示でもなく、認識を示す行為です。それでも、消えるはずだった債務が、残り続けます。債務が残れば、責任財産、つまり強制執行の対象になる債務者の財産を、分け合う相手が減りません。そのため、詐害行為になりうる、と整理されます。

数字で見ます。Bの財産は、全部で300万円です。Bには、Aからの借金が300万円、もう1人の貸した人からの借金も300万円あります。もう1人の債権は、あと少しで時効が完成するところでした。完成して、Bが時効を主張すれば、その借金は消えて、Aは、300万円の財産から、全額を回収できたはずです。ところがBが、もう1人に対して、必ず返します、と承認しました。時効は振り出しに戻り、もう1人への300万円の借金が残ります。300万円の財産を、2人で分け合うことになり、Aの取り分は、半分の150万円に減ります。Bの財産は1円も動いていないのに、Aにとっては、150万円分、Bの財産が減ったのと同じ結果です。承認が、財産を減らす行為と同じように扱われるのは、このためです。これは、こちらの説明です。詐害行為の中心になるのは、財産を減らす行為です。贈与、安い値段での売却、債務の免除が、典型です。

前の回で見た条文の地図に、それぞれの特則がありました。相当な値段で売るのは、相当の対価を得てした処分の特則。特定の債権者にだけ返すのは、担保の供与などの特則が、受け持ちます。中身は、後の回です。今日は、通常の、財産を減らす行為が中心、と押さえてください。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の種類。①守られる債権は、行為の前の原因から生じたもの(3項)。強制執行で実現できる債権に限る(4項)=条文。譲渡されても取り消せる=解釈による整理。遅延損害金・将来の婚姻費用=判例。②無資力は2つの時点=行為の時と、裁判の終わりの時=判例と、その解釈。代位権は裁判の終わりの時だけ。③詐害行為の「行為」は契約などに限らない=条文の「行為」と、その解釈。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の種類
  • ①守られる債権は、行為の前の原因から生じたもの(3項)
  • 強制執行で実現できる債権に限る(4項)=条文
  • 譲渡されても取り消せる=解釈による整理
  • 遅延損害金・将来の婚姻費用=判例
  • ②無資力は2つの時点=行為の時と、裁判の終わりの時=判例と、その解釈
  • 代位権は裁判の終わりの時だけ
  • ③詐害行為の「行為」は契約などに限らない=条文の「行為」と、その解釈

冒頭の問いに戻ります。Bが、唯一の財産である土地を、Cに贈与しました。そのあとで貸した人は、取り消せるか。前から貸していた人は、どうか。前から貸していたお金の遅延損害金が、贈与の後に増えた分は、どうか、でした。答えです。贈与の後に貸した人は、行為の後の原因に基づく債権なので、取り消せません。贈与の前から貸していた人は、取り消せます。ただし、行為の時と、裁判の終わりの時の、両方で、無資力であることが要ります。前から貸していたお金の遅延損害金は、行為の後に増えた分も、被保全債権の額に含まれます。3つの柱を整理します。1つめ、守られる債権は、行為の前の原因から生じたものです。「前に発生」ではなく、「前の原因」なので、遅延損害金や、保証の求償権も入ります。債権が譲渡されても、原因の時期は変わりませんから、取り消せます。強制執行で実現できない債権は、取消権の土台になれません。根拠は、条文が3項と4項で、遅延損害金などは判例、譲渡は解釈による整理です。2つめ、無資力は、2つの時点で要ります。行為の時は、債権者を害したか、を見るため。裁判の終わりの時は、いま他人の取引を壊す必要があるか、を見るためです。代位権は、行為が無いので、裁判の終わりの時だけです。根拠は、古くからの判例と、その解釈です。3つめ、詐害行為の「行為」は、契約などの法律行為に限りません。時効の更新になる債務の承認も、責任財産に響けば、詐害行為になりうるのでした。中心は、贈与や、安値での売却、債務の免除のような、財産を減らす行為です。

2項は、財産権を目的としない行為には、取消しの規定を適用しない、と定めています。家族に関わる行為で、財産が動くもの、たとえば相続や離婚の場面は、どうなるのか。次の回から、見ていきます。

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#199単独ページ動画

相続放棄・遺産分割協議と詐害行為取消権

第4章 債権総論 #199/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

親の遺産を受け取らないと決めた人

冒頭の関係図。亡くなった親の遺産は家1軒。子のBは、貸主Aから借金をしている。Bは、遺産の家を受け取らないと決めた。受け取らない方法は2つ=家庭裁判所で相続を放棄する/相続人どうしの話合いでBの取り分をゼロにする。問い=Aは、口を出せるか。呼び名=A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人。 図:冒頭の関係図

  • 亡くなった親の遺産は家1軒
  • 子のBは、貸主Aから借金をしている
  • Bは、遺産の家を受け取らないと決めた
  • 受け取らない方法は2つ=家庭裁判所で相続を放棄する/相続人どうしの話合いでBの取り分をゼロにする
  • 問い=Aは、口を出せるか
  • 呼び名=A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人

今日のテーマは遺産ですよね。借金の話と、どうつながるんですか。設例から入ります。Bは、Aから借金をしています。そのBの親が亡くなって、遺産として、家が1軒残りました。ところが、Bは、その家を受け取らない、と決めました。貸主のAは、これに口を出せるでしょうか。口を出すとは、Bのその行為を、詐害行為として取り消すことです。受け取るかどうかは、Bが決めることに見えます。けれども、貸主のAにとっては、Bの財産が増える機会が消える、という不都合があります。しかも、受け取らない方法は、2つあります。1つは、家庭裁判所で、相続を放棄することです。もう1つは、相続人どうしの話合いで、Bの取り分をゼロにすることです。どちらの方法でも、Bは家を受け取らず、ほかの相続人が家を取得する、という結果は同じです。

実は、結論が分かれます。どちらの方法なら口を出せて、どちらなら出せないのか。そして、結果が同じなのに、なぜ分かれるのか。この理由を、最高裁の言葉で言えるようになるのが、今日の目標です。前の回で、要件の3つめ、どんな行為が詐害行為になるのかを見て、424条の全文も出しました。ただ、2項は、財産権を目的としない行為には1項を適用しない、という位置だけ押さえて、先に送りました。今日は、その続きです。

今日の地図(保存版)

今日の地図。要件3つめ(どんな行為が詐害行為か)のうち、家族に関わる行為で財産が動くもの。3つの柱=1 財産権を目的としない行為(424条2項)とその理由/2 相続放棄は取り消せない/3 遺産分割協議は取り消しうる(放棄との違い)。 図:今日の地図

  • 要件3つめ(どんな行為が詐害行為か)のうち、家族に関わる行為で財産が動くもの
  • 3つの柱=1 財産権を目的としない行為(424条2項)とその理由/2 相続放棄は取り消せない/3 遺産分割協議は取り消しうる(放棄との違い)

柱は3つです。1つめ、424条2項。財産権を目的としない行為は、取消しの対象にならない、という定めと、その理由です。続いて2つめ、相続放棄は、取り消せません。3つめ、遺産分割協議は、取り消しうる。そして、放棄とどこが違うのか、です。遺産分割協議とは、相続人が集まって、遺産をだれがどう取得するかを、話し合って決めることです。取り分をゼロにする、というのは、その話合いの結果の1つです。取り消せるかどうかを決めるのは、結果の見た目ではありません。それぞれの判決が述べた理由です。順に確認します。

柱1——家族に関わる行為は取り消せるか

424条の1項と2項の関係。1項=債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを、裁判所に請求できる。2項=前項の規定は、財産権を目的としない行為には、適用しない。2項は「前項の規定は」と書いて1項を受ける。根拠=条文。 図:424条の1項と2項の関係

  • 1項=債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを、裁判所に請求できる
  • 2項=前項の規定は、財産権を目的としない行為には、適用しない
  • 2項は「前項の規定は」と書いて1項を受ける
  • 根拠=条文

前の回で全文を出した424条から、1項と2項だけ、もう一度出します。

条文民法424条1項・2項

民法第424条 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。 2 前項の規定は、財産権を目的としない行為については、適用しない。

1項は、前の回で読んだとおり、債権者が、債務者の行為の取消しを裁判所に請求できる、という基本のルールです。今日読むのは2項です。2項は「前項の規定は」と書き出して、1項を受けています。財産権を目的としない行為には、1項の取消しの規定を使わない、という意味です。典型は、婚姻、離婚、養子縁組です。結婚する、別れる、親子になる。これらは、お金や物のやりとりを目的にした行為ではなく、家族としての地位を決める行為だからです。こうした行為でBの家計が苦しくなり、貸主に不利になることはあります。それでも、取り消せません。結婚する、別れる、親子になる、は、本人が決めることだからです。債権者の都合で、他人が結婚を無かったことにしてよいものではありません。たとえば、Aが、Bの結婚で生活費が増えて回収が難しくなるから結婚を取り消してほしい、と求めても、認められない、ということです。根拠は、条文の2項と、その趣旨の整理です。

物差し。身分そのものを決める行為(婚姻・離婚・養子縁組)=2項で取消しの対象外。では、家族に関わる行為で、財産が動くものは?=相続放棄/遺産分割協議。見る点=1 取り消すと、本人に人生の選択を強制することにならないか/2 財産の帰属を決めるだけの行為か。 図:物差し

  • 身分そのものを決める行為(婚姻・離婚・養子縁組)=2項で取消しの対象外
  • では、家族に関わる行為で、財産が動くものは?=相続放棄/遺産分割協議
  • 見る点=1 取り消すと、本人に人生の選択を強制することにならないか/2 財産の帰属を決めるだけの行為か

家族に関わる行為なら、全部取り消せないんですか。そこが今日の山場です。家族に関わっていても、財産が動く行為があります。相続を放棄する。遺産の分け方を決める。これらを、2項の財産権を目的としない行為とみるのか、それとも取り消せる行為とみるのか。物差しを2つ、先に渡します。1つめ、取り消すと、本人に人生の選択を強制することにならないか。2つめ、財産の帰属を決めるだけの行為ではないか。これは、こちらの整理です。最高裁の言葉でいえば、相続放棄は「身分行為」で、遺産分割協議は「財産権を目的とする法律行為」です。この2つの言葉の中身を、これから確かめます。注意が1つあります。前に、債権者代位権の回で、債務者本人の意思だけに委ねるべき権利は、債権者が代わりに使えない、と見ました。今日の話は、本人の意思を尊重する、というその発想の延長にあります。ただ、あちらは、債務者の権利を代わりに使えるか。こちらは、債務者がした行為を取り消せるか。条文も問いも別ですから、混ぜないでください。

山場——相続放棄は取り消せない

相続放棄の最小限。相続人は、亡くなった人の財産と借金を受け継ぐ。選べる道=受け入れる(承認)/断る(放棄)。放棄の方式=家庭裁判所に申述する(938条)。放棄した人は、初めから相続人にならなかったものとみなされる(939条)。 図:相続放棄の最小限

  • 相続人は、亡くなった人の財産と借金を受け継ぐ
  • 選べる道=受け入れる(承認)/断る(放棄)
  • 放棄の方式=家庭裁判所に申述する(938条)
  • 放棄した人は、初めから相続人にならなかったものとみなされる(939条)

まず、相続放棄の最小限を確認します。亡くなった人の財産や借金は、相続人が受け継ぎます。ただし、相続人は、受け継ぐか、断るかを選べます。受け継ぐことを承認、断ることを放棄と言います。放棄の方式は、938条が定めています。

条文民法938条

民法第938条(相続の放棄の方式) 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

放棄をするには、家庭裁判所に申述する、つまり申し出る必要があります。放棄の効果は、939条です。

条文民法939条

民法第939条(相続の放棄の効力) 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

放棄した人は、初めから相続人でなかったことになります。前に遺産分割と並べて見たとおり、放棄は、その人がその相続に関して、最初から存在しなかった扱いになる、という点が大事です。

最初の判例の事案として知られる場面。A=亡くなった人に対して債権を持っていた債権者/B=相続を放棄した相続人。AはBの放棄を詐害行為として取り消そうとし、最高裁は取消しを認めなかった。冒頭の設例との違い=冒頭のAは相続人Bの貸主/この事案のAは亡くなった人の債権者。 図:最初の判例の事案として知られる場面

  • A=亡くなった人に対して債権を持っていた債権者/B=相続を放棄した相続人
  • AはBの放棄を詐害行為として取り消そうとし、最高裁は取消しを認めなかった
  • 冒頭の設例との違い=冒頭のAは相続人Bの貸主/この事案のAは亡くなった人の債権者

最初の判例の事案です。ここでは、Aは、亡くなった人に対して債権を持っていた債権者です。亡くなった人の相続人であるBが、相続を放棄しました。Aは、Bの放棄を、詐害行為として取り消そうとした。そういう事案として知られています。ここで、冒頭の設例と比べておきます。冒頭のAは、相続人Bの貸主でした。この事案のAは、亡くなった人の債権者です。同じAでも、だれに対する債権者かが違いますから、混ぜないでください。Bは、Aに債務を負った本人ではありません。ただ、Bが相続を受け入れれば、亡くなった人の債務も受け継いで、Aに支払う立場になります。Aにとって、Bが放棄するかどうかが問題になるのは、そのためです。最高裁は、取消しを認めませんでした。理由は、2つ述べられています。2つあると思って、聞いてください。そのまま読みます。

判例最判昭49・9・20 民集28巻6号1202頁

相続の放棄と詐害行為取消権 相続の放棄のような身分行為については、民法四二四条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。なんとなれば、右取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ、相続の放棄は、相続人の意思からいつても、また法律上の効果からいつても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である。また、相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によつてこれを強制すべきでないと解するところ、もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり、その不当であることは明らかである。

2つの理由を、順に言い直します。1つめは、取消しの対象になるのは、財産を積極的に減らす行為に限られる、という理由。2つめは、身分行為は他人の意思で強制すべきでなく、取り消せば承認を強制するのと同じ結果になる、という理由です。

理由1。取消しの対象は、積極的に財産を減少させる行為に限られる。数値例。Bの預金300万円。贈与で友人に渡す=300万円から0へ(積極的に減る)。親の遺産1000万円を放棄=300万円のまま(増えるはずだったものが増えなかった)。判決の言葉=「既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為」。根拠=判例。 図:理由1

  • 取消しの対象は、積極的に財産を減少させる行為に限られる
  • 数値例
  • Bの預金300万円
  • 贈与で友人に渡す=300万円から0へ(積極的に減る)
  • 親の遺産1000万円を放棄=300万円のまま(増えるはずだったものが増えなかった)
  • 判決の言葉=「既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為」
  • 根拠=判例

1つめの理由から見ます。取消しの対象になる行為は、「積極的に債務者の財産を減少させる行為」に限られる。放棄は、これに当たらず、「消極的にその増加を妨げる行為にすぎない」、と述べています。判決の見方では、財産を減らすことと、増えるのを妨げることは、別物です。数字で見ます。Bの預金が、300万円あります。Bが、その300万円を友人に贈与すれば、Bの財産は、300万円から0になります。もとから持っていた財産、判決の言葉でいう既得財産が、減りました。これが、財産を積極的に減少させる行為です。一方、親の遺産が1000万円あって、Bがそれを放棄したとします。Bの預金は、300万円のままです。減っていません。受け取れば増えたはずのものが、増えなかっただけです。これが、増加を妨げるにすぎない、ということです。判決は、この見方を、相続人の意思からいっても、法律上の効果からいっても、と述べています。ここから先は、判決の理由ではなく、こちらの補足です。939条で、放棄した人は初めから相続人でなかったことになります。そうだとすると、Bの手元にあった財産が減った、とは言いにくくなります。前に見たとおり、取消権は、債務者の財産を減らした行為を取り消して、財産を元の状態に戻す制度です。贈与なら、戻すべき300万円があります。放棄では、Bの手元から出ていったものが、ありません。

理由2。身分行為は、他人の意思で強制すべきでない。放棄を詐害行為として取り消す=相続人に相続の承認を強制するのと同じ結果。流れ=Bが放棄→取り消される→放棄がなかったことになる→Bは相続を受け入れたのと同じ立場に置かれる。根拠=判例。 図:理由2

  • 身分行為は、他人の意思で強制すべきでない
  • 放棄を詐害行為として取り消す=相続人に相続の承認を強制するのと同じ結果
  • 流れ=Bが放棄→取り消される→放棄がなかったことになる→Bは相続を受け入れたのと同じ立場に置かれる
  • 根拠=判例

2つめの理由です。相続の放棄のような身分行為は、他人の意思によって強制すべきではない。もし放棄を詐害行為として取り消せるなら、相続人に相続の承認を強制するのと同じ結果になる、と述べています。身分行為とは、結婚や養子縁組のように、家族としての地位に関わる行為です。判決は、相続放棄を、その仲間に数えています。相続を受け入れるか断るかは、その人が自分で決めること、という見方です。判決はここまで細かく述べていませんが、前に見たとおり、取消権は、行為を、あとから無かったことにします。放棄が取り消されると、放棄は、無かったことになります。放棄が無かったことになれば、Bは、放棄しなかった人、つまり相続を受け入れた人と同じ立場に置かれます。自分では断ると決めたのに、他人の求めで、相続を受け入れたことにされるわけです。ここから先は、こちらの補足ですが、親の遺産には、財産だけでなく、借金が含まれることもあります。それを、他人の都合で背負わされかねない、ということです。この結論に対して、学説には、相続放棄にも取消しの余地を認める見解もあります。争いのある点です。ただ、判例は、今見たとおりです。ここは、論文で論点になりうる部分です。

山場——遺産分割協議は取り消しうる

遺産分割協議の最小限。相続人が数人のとき、相続財産は相続人全員の共有(898条1項)。例=家1軒をBとCが共有。協議で、だれの単独所有にするかを決める(907条1項)。 図:遺産分割協議の最小限

  • 相続人が数人のとき、相続財産は相続人全員の共有(898条1項)
  • 例=家1軒をBとCが共有
  • 協議で、だれの単独所有にするかを決める(907条1項)

次は、遺産分割協議です。前提を、最小限だけ押さえます。相続人が数人いるとき、亡くなった人の財産は、相続が始まった時から、相続人全員の共有になります。898条1項です。

条文民法898条1項

民法第898条(共同相続の効力) 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。

たとえば、家が1軒あって、相続人がBとCの2人なら、家は2人の共有です。共有とは、1つの物を、複数の人が持分に応じて持ち合う状態です。ただし、共有のままでは、家全体を2人で持ち合っているだけで、だれのものかが決まっていません。これを決めるのが、遺産分割です。907条1項です。

条文民法907条1項

民法第907条第1項 共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。

共同相続人は、協議で、遺産の全部または一部を分割できます。この家はCの単独所有にする、と決めるのが、典型です。今日は、この協議が、詐害行為取消権の対象になるかを見ます。

2つめの判例の事案の流れ。A=貸主(取消しを求めた)、B=保証人である妻(相続人の1人)、C=子2人(どちらもC)。流れ=夫が死亡し、夫名義の建物にBが住む→Aがほかの2人に300万円を貸し、Bが連帯保証人になる→借りた2人が払えず、AがBに保証債務の履行を求める→Bと子2人が遺産分割協議(Bは持分を取得せず、子が2分の1ずつ取得。同じ日に子らへ登記)→Bが自己破産を申し立てる。Aは協議の取消しを求め、原審が認め、最高裁も是認。 図:2つめの判例の事案の流れ

  • A=貸主(取消しを求めた)、B=保証人である妻(相続人の1人)、C=子2人(どちらもC)
  • 流れ=夫が死亡し、夫名義の建物にBが住む→Aがほかの2人に300万円を貸し、Bが連帯保証人になる→借りた2人が払えず、AがBに保証債務の履行を求める→Bと子2人が遺産分割協議(Bは持分を取得せず、子が2分の1ずつ取得。同じ日に子らへ登記)→Bが自己破産を申し立てる
  • Aは協議の取消しを求め、原審が認め、最高裁も是認

2つめの判例の事案です。亡くなったのはBの夫で、建物は夫名義のまま、妻のBが住んでいました。相続人は、妻のBと、子2人です。子2人は、どちらもCと呼びます。夫の死亡から長い年月がたってから、Bは、貸主であるAが、ほかの2人に貸した300万円について、連帯保証人になりました。借りた2人が払えなくなったので、Aは、保証人のBに、払うよう求めました。そのあとで、Bと子のCたちが、遺産分割協議をしました。内容は、Bは建物の持分を取得せず、子2人が建物を2分の1ずつ取得する、というものです。同じ日に、子らへの登記も済ませています。続いて、Bは、自己破産を申し立てました。Aは、この遺産分割協議を、詐害行為として取り消すよう求めました。原審は、Aの請求を認めました。協議は、詐害行為として取り消せる、という判断です。子らが上告しましたが、最高裁も、原審の判断を是認しました。前の事案との違いは、ここです。取消しを求めたAは、遺産分割をしたBの貸主です。放棄の事案では、亡くなった人の債権者でした。それから、Bの保証債務は、協議より前に生じています。前の回で見た、行為の前の原因に基づく債権、という点は満たしています。判決の理由を読みます。

判例最判平11・6・11 民集53巻5号898頁

遺産分割協議と詐害行為取消権 共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。けだし、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるからである。

判決が述べた理由は、「けだし」、つまり、なぜなら、で始まる1文だけです。分割協議は、共有になった相続財産の帰属を確定させるもので、その性質上、財産権を目的とする法律行為だ、という理由です。

帰属を確定させるとは。協議の前=建物はBと子2人の共有で、Bにも共有持分がある(まだ、だれのものか決まっていない)。協議=建物を子2人が2分の1ずつ取得すると決める。協議のあと=Bの持分は無く、建物は子2人のもの(帰属が確定)。だから、協議は財産のやりとりを決める行為=財産権を目的とする法律行為。2項が外す「財産権を目的としない行為」には当たらない。 図:帰属を確定させるとは

  • 協議の前=建物はBと子2人の共有で、Bにも共有持分がある(まだ、だれのものか決まっていない)
  • 協議=建物を子2人が2分の1ずつ取得すると決める
  • 協議のあと=Bの持分は無く、建物は子2人のもの(帰属が確定)
  • だから、協議は財産のやりとりを決める行為=財産権を目的とする法律行為
  • 2項が外す「財産権を目的としない行為」には当たらない

相続が始まると、財産は相続人全員の共有です。共有の段階では、だれが何を取得するのか、まだ決まっていません。協議で、この建物は子2人が2分の1ずつ、と決めると、決めたとおりに、建物の帰属が定まります。判決の言葉では、全部または一部を、各相続人の単独所有にしたり、新たな共有関係に移したりして、帰属を確定させる、ということです。判決の事案でいえば、協議の前は、建物は、Bと子2人の共有でした。Bにも共有持分があったわけです。協議のあとは、Bの持分が無くなり、建物は子2人のものになりました。財産の行き先を決めるのが、協議の中身です。ですから、財産権を目的とする法律行為です。

判決は2項の条文を引いていませんが、協議は、財産権を目的とする法律行為ですから、2項が外す、財産権を目的としない行為には当たらない、と読めます。そのため、取消しの対象になりえます。なりうる、というのは、対象から外れない、という意味です。実際に取り消せるかは、無資力など、ほかの要件がそろうかで決まります。ここも、論文で論点になりうる部分です。

放棄と分割——結果が同じなのに結論が分かれる理由

遡及効の復習。遺産分割=いったん共有になったものを、話合いで決め直す(909条)。相続放棄=その人は、その相続に関して、初めから相続人でなかったことになる(939条)。 図:遡及効の復習

  • 遺産分割=いったん共有になったものを、話合いで決め直す(909条)
  • 相続放棄=その人は、その相続に関して、初めから相続人でなかったことになる(939条)

結論が分かれる理由に入る前に、遺産分割と登記、相続放棄と登記の回の復習です。遺産分割と相続放棄で、遡及効の扱いはどう違うのでしたか?遺産分割は、いったん共有になったものを、話合いで決め直す形で、相続開始までさかのぼります。放棄は、その人が、初めから相続人でなかったことになります。遺産分割のほうは、909条でした。条文をもう一度出します。

条文民法909条

民法第909条(遺産の分割の効力) 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

遡及効は、決めた結果が、相続の始まった時からそうだった、という扱いになる効力でした。ただし書は、第三者の権利は害せない、という限定です。この2つの姿を頭に置いて、今日の2つの判決の言葉と重ねます。

ミニ事例。亡くなった人が2000万円の家を遺した。相続人=きょうだいのBとC(相続分は2分の1ずつ)。BにはAへの借金1500万円があり、ほかに財産がない。方法1=Bが相続を放棄し、家はCが取得する。方法2=BとCが協議して、家は全部Cのものにする。どちらも結果は同じ=Bの手元に、1000万円分の持分が残らない。取消しの対象になるかだけを見る。 図:ミニ事例

  • 亡くなった人が2000万円の家を遺した
  • 相続人=きょうだいのBとC(相続分は2分の1ずつ)
  • BにはAへの借金1500万円があり、ほかに財産がない
  • 方法1=Bが相続を放棄し、家はCが取得する
  • 方法2=BとCが協議して、家は全部Cのものにする
  • どちらも結果は同じ=Bの手元に、1000万円分の持分が残らない
  • 取消しの対象になるかだけを見る

ミニ事例で比べます。亡くなった人が、2000万円の家を遺しました。相続人は、きょうだいのBとCの2人で、相続分は2分の1ずつです。Bは、Aに1500万円の借金があり、ほかに財産はありません。ここで、Bが家を受け取らず、Cが家を取得する方法が、2つあります。1つめは、Bが相続を放棄して、家はCが取得する方法。2つめは、BとCが協議して、家は全部Cのものにする方法です。どちらでも、Bの相続分にあたる、1000万円分の持分が、Bの手元に残りません。ほかの要件はそろっているものとして、取消しの対象になるか、だけを見ます。

結果が同じなら、どちらも取り消せそうに見えます。ところが、Aが取り消せるのは、2つめの協議だけです。そこで、問いです。放棄も分割も、結果は同じです。なぜ、結論が分かれるのでしょうか?結果ではなく、行為の中身に目を向ける、という方向は合っています。判決の言葉で、きちんと言い分けます。

放棄と分割の対比。放棄=身分行為/既得財産を積極的に減少させるのではなく、消極的に増加を妨げるにすぎない/取り消せば承認を強制することと同じ結果→取り消せない。分割協議=共有となった相続財産の帰属を確定させる/その性質上、財産権を目的とする法律行為→取り消しうる。根拠=判例(それぞれの判決の理由)。 図:放棄と分割の対比

  • 放棄=身分行為/既得財産を積極的に減少させるのではなく、消極的に増加を妨げるにすぎない/取り消せば承認を強制することと同じ結果→取り消せない
  • 分割協議=共有となった相続財産の帰属を確定させる/その性質上、財産権を目的とする法律行為→取り消しうる
  • 根拠=判例(それぞれの判決の理由)

放棄は、身分行為です。しかも、既得財産を減らすのではなく、増加を妨げるにすぎません。取り消せば、承認を強制するのと同じ結果になります。だから、取り消せません。分割協議は、共有になった相続財産の帰属を確定させる行為で、その性質上、財産権を目的とする法律行為です。だから、取り消しえます。ここで見るべきは、結果ではなく、行為の性質です。同じ、Bの取り分がゼロになる、という結果でも、断る行為か、財産の行き先を決める行為かで、扱いが分かれます。最初に渡した2つの物差しに戻すと、放棄は、取り消すと人生の選択を強制することになる行為で、分割協議は、財産の帰属を決めるだけの行為です。

区別が要る点です。最初の判決が判断したのは、亡くなった人の債権者が、相続人の放棄の取消しを求めた事案です。ただ、判決の2つの理由、増加を妨げるにすぎないことと、承認の強制になることは、どちらも、放棄という行為がどういうものかを述べた理由です。判決の言い方は、取消しを求めるのが、亡くなった人の債権者か、相続人の債権者かに、よらない書き方になっています。そのため、相続人の貸主の場合にも、判決の言葉がそのまま当てはまる、と整理されます。ここは、判決そのものではなく、整理です。もう1つ、条文を使ったこちらの整理を添えます。放棄は、初めから相続人でなかったことになります。ミニ事例でいえば、Bには、1000万円分の持分が、一度も生じなかったことになります。分割協議にも、さかのぼる効力はあります。ただ、さかのぼるのは、協議で決めた結果の扱いです。協議そのものは、相続の開始で共有になった財産について、相続人どうしが、実際にする話合いです。2つめの判決は、さかのぼる効力には触れていません。述べたのは、「相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産」の帰属を確定させるものだ、という点でした。ミニ事例でいえば、協議の前、Bには、共有の持分がありました。協議は、その持分の行き先を、Cに決めています。放棄では、939条により、Bは初めから相続人でなかったものとみなされますから、共有の持分をいったん持ってから動かす、という形になりません。分割協議には、その形があります。そこが違う、と見ることもできます。ここも、判決の理由そのものではありません。

もう1点、覚え方の注意です。この2つの判決は、互いを名指しして区別しているわけではありません。それぞれが、自分の言葉で理由を述べています。ですから、覚えるのは、それぞれの判決の理由です。「放棄は取り消せず、分割は取り消せる」という結論だけを暗記すると、理由を問われたときに答えられなくなります。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

一覧板。家族に関わる行為の3行。婚姻・離婚・養子縁組=取り消せない=本人が決める、財産権を目的としない行為=条文(424条2項)と趣旨の整理。相続放棄=取り消せない=身分行為/増加を妨げるにすぎない/承認を強制する結果=判例。遺産分割協議=取り消しうる=共有の相続財産の帰属を確定させる、財産権を目的とする法律行為=判例。 図:一覧板

  • 家族に関わる行為の3行
  • 婚姻・離婚・養子縁組=取り消せない=本人が決める、財産権を目的としない行為=条文(424条2項)と趣旨の整理
  • 相続放棄=取り消せない=身分行為/増加を妨げるにすぎない/承認を強制する結果=判例
  • 遺産分割協議=取り消しうる=共有の相続財産の帰属を確定させる、財産権を目的とする法律行為=判例

冒頭の問いに戻ります。借金を抱えたBの親が亡くなって、Bが遺産を受け取らないと決めたとき、貸主のAは口を出せるか、でした。答えは、受け取らない方法で分かれます。家庭裁判所で放棄するなら、取り消せません。相続人どうしの話合いで取り分をゼロにする、遺産分割協議なら、取り消しえます。

今日のまとめ。3つの柱と根拠の種類。1 財産権を目的としない行為は、取消しの対象外(424条2項)=条文。理由は本人が決めること=趣旨の整理。2 相続放棄は取り消せない=判例(身分行為/増加を妨げるにすぎない/承認の強制)。3 遺産分割協議は取り消しうる=判例(共有の相続財産の帰属を確定させる財産権を目的とする法律行為)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の種類
  • 1 財産権を目的としない行為は、取消しの対象外(424条2項)=条文
  • 理由は本人が決めること=趣旨の整理
  • 2 相続放棄は取り消せない=判例(身分行為/増加を妨げるにすぎない/承認の強制)
  • 3 遺産分割協議は取り消しうる=判例(共有の相続財産の帰属を確定させる財産権を目的とする法律行為)

3つの柱を整理します。1つめ、424条2項。財産権を目的としない行為は、取消しの対象になりません。婚姻、離婚、養子縁組は、本人が決めることだからです。根拠は、条文と、その趣旨の整理です。2つめ、相続放棄は、取り消せません。身分行為であり、財産を積極的に減らすのではなく、増加を妨げるにすぎない。取り消せば、承認を強制するのと同じ結果になる。この2つが、判決の理由です。根拠は、判例です。3つめ、遺産分割協議は、取り消しえます。共有になった相続財産の帰属を確定させるもので、その性質上、財産権を目的とする法律行為だからです。根拠は、判例です。結果が同じでも、行為の性質で結論が分かれる、というのが、今日の一番の弁別でした。家族に関わる行為で、財産が動く場面は、ほかにもあります。離婚の財産分与は、次の回で見ます。

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#200単独ページ動画

離婚の財産分与と詐害行為取消権

第4章 債権総論 #200/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

離婚して財産を妻に渡した夫

冒頭の関係図。A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人(夫)、C=Bの妻。AはBに貸金2000万円を持つ。Bの財産は、1500万円の家1軒だけ。BはCと離婚し、その家を財産分与としてCに渡した。問い=Aは、この分与を取り消せるか。 図:冒頭の関係図

  • A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人(夫)、C=Bの妻
  • AはBに貸金2000万円を持つ
  • Bの財産は、1500万円の家1軒だけ
  • BはCと離婚し、その家を財産分与としてCに渡した
  • 問い=Aは、この分与を取り消せるか

設例から入ります。Aは、Bに2000万円を貸しています。Bの財産は、1500万円の家が1軒あるだけです。ところが、Bは、妻のCと離婚して、財産分与として、その家をCに渡してしまいました。Bには、ほかに財産がありません。貸主のAは、この分与を、取り消せるでしょうか。夫婦で築いた財産を分けるのは、夫婦の清算です。外から取り消すのは、行き過ぎにも見えます。一方で、離婚という形を借りれば、借金を抱えた人が、財産を身内に逃がせてしまいます。どちらの言い分にも、理由があります。勝ち負けは、線をどこに引くかで決まります。最高裁は、その線を、2つの判決で引きました。今日は、線がどこにあって、なぜそこにあるのかを、判決の言葉で言えるようにします。

今日の地図(保存版)

今日の地図。要件3つめ(どんな行為が詐害行為か)のうち、家族に関わる行為で、離婚の財産分与の場合。3つの柱=1 財産分与は原則として取り消せない、その理由/2 例外=不相当に過大で、財産分与に仮託した財産処分と認める特段の事情/3 取り消せるのは過大な部分だけ、慰謝料を払う合意も同じ。 図:今日の地図

  • 要件3つめ(どんな行為が詐害行為か)のうち、家族に関わる行為で、離婚の財産分与の場合
  • 3つの柱=1 財産分与は原則として取り消せない、その理由/2 例外=不相当に過大で、財産分与に仮託した財産処分と認める特段の事情/3 取り消せるのは過大な部分だけ、慰謝料を払う合意も同じ

要件の数え方を、思い出します。1つめ、被保全債権があること。2つめ、債務者が無資力であること。3つめ、債務者が、詐害行為をしたこと。4つめ、債務者が、害することを、知っていたこと。5つめ、受益者も、害することを知っていたこと、です。前の回までは、3つめの、どんな行為が詐害行為になるか、のうち、家族に関わる行為を見ました。今日はその続きで、離婚の財産分与です。4つめと、5つめは、次の回から見ます。柱は3つです。1つめ、財産分与は、原則として取り消せません。その理由を、判決の言葉で見ます。2つめ、例外です。不相当に過大で、財産分与に仮託してされた財産処分と認めるに足りる、特段の事情があるときだけ、取消しの対象になります。3つめ、取り消せるのは、過大な部分だけです。慰謝料を払う合意も、同じ考え方で扱われます。

仮託とは、あることにかこつけて、別のことをする、という意味です。ここでは財産分与にかこつけて、実際には財産を逃がすことです。2つめの柱で、詳しく見ます。中身に入る前に、前の回の確認です。相続放棄と遺産分割協議で、取り消せるかどうかを分けた物差しは、何でしたか?物差しは2つありました。放棄は、取り消せば相続の承認を強制する結果になるので取り消せず、分割協議は、財産の帰属を確定させる財産権を目的とする法律行為として、取り消しえました。この物差しは、今日も使います。

柱1——財産分与は原則として取り消せない

離婚と財産分与の区別。離婚そのもの=婚姻関係を終わらせる身分の行為、424条2項で取消しの対象外。財産分与=離婚に伴って財産が動く行為、今日の対象。分与に含まれるもの=1 夫婦で築いた財産の清算/2 離婚後の生活の支え/3 慰謝料にあたる分。 図:離婚と財産分与の区別

  • 離婚そのもの=婚姻関係を終わらせる身分の行為、424条2項で取消しの対象外
  • 財産分与=離婚に伴って財産が動く行為、今日の対象
  • 分与に含まれるもの=1 夫婦で築いた財産の清算/2 離婚後の生活の支え/3 慰謝料にあたる分

離婚そのものは、婚姻関係を終わらせる、身分に関わる行為です。424条2項の、財産権を目的としない行為にあたり、取り消せません。ただ、離婚に伴って財産を渡す財産分与は、財産が動く行為です。別に考える必要があります。前の回の物差しを当ててみます。分与を取り消しても、離婚そのものが元に戻るわけではありませんから、人生の選択を強制することにはなりません。財産の行き先を決める行為です。物差しだけで見れば、遺産分割協議と同じく、取消しの対象になりうる側に入ります。ところが、判決は、原則として取り消せない、としました。物差しとは別の理由があるからです。それを、この柱で見ます。物差しを当てたところは、こちらの整理です。もう1つ、混ぜないでほしい話があります。前に、代位権の回で、財産分与請求権を見ました。あれは、分与を求める権利を、債権者が代わりに使えるか、という話でした。今日は向きが逆で、夫が分与として財産を渡した行為を、夫の債権者が取り消せるか、です。権利を代わりに使う話と、行為を取り消す話ですから、別の問いです。財産分与の制度の中身は、家族法の回で扱います。ここでは、判決を読むのに要る分だけ、条文で確認します。768条の1項からです。

条文民法768条1項

民法第768条第1項(財産分与) 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。

1項は、離婚した人の一方は、相手に、財産の分与を請求できる、という定めです。2項には、協議がまとまらないとき、家庭裁判所に処分を請求できる、とあります。その場合に、家庭裁判所が何を基準に決めるかが、3項です。

条文民法768条3項

民法第768条第3項(財産分与) 前項の場合には、家庭裁判所は、離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため、当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。この場合において、婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。

今日読むのは、3項です。分与をさせるかどうか、額や方法は、一切の事情を考慮して決まります。事情の例として、婚姻中に取得し維持した財産の額、寄与の程度、婚姻の期間、年齢、収入などが並んでいます。細かい算定は、家族法の回に譲ります。次に読む判決が引いているのは、判決当時の3項です。現行の3項は、考える事情が具体的に書き足されていますが、一切の事情を考慮して分与を定める、という骨格は同じです。判決は、分与に含まれるものを、3つ挙げています。1つめ、夫婦が婚姻中に持っていた、実質上の共同財産の清算分配です。名義が夫1人でも、2人で築いた財産なら、2人の財産として分ける、ということです。2つめ、離婚後の、相手方の生活の維持に役立てること。3つめ、離婚の原因を作ったほうが、離婚をやむなくされた相手に、精神的な損害の賠償、つまり慰謝料にあたる分を含めて分与することも、妨げられない、ということです。

最初の判決の事案。信用組合(債権者)、夫(債務者)、妻。信用組合は、夫と手形貸付や手形割引などの取引をしていた。夫が倒産した翌月に離婚。夫は、ほぼ唯一の不動産といえる土地2筆(価額は約989万円)を、慰謝料を含めた財産分与として妻に譲る。土地は夫名義、家業のクリーニング業の利益で取得。妻は、土地の1筆に付いていた根抵当権を消すため、約536万円を支払った。信用組合は譲渡の取消しを求め、最高裁は認めなかった。 図:最初の判決の事案

  • 信用組合(債権者)、夫(債務者)、妻
  • 信用組合は、夫と手形貸付や手形割引などの取引をしていた
  • 夫が倒産した翌月に離婚
  • 夫は、ほぼ唯一の不動産といえる土地2筆(価額は約989万円)を、慰謝料を含めた財産分与として妻に譲る
  • 土地は夫名義、家業のクリーニング業の利益で取得
  • 妻は、土地の1筆に付いていた根抵当権を消すため、約536万円を支払った
  • 信用組合は譲渡の取消しを求め、最高裁は認めなかった

ここからは判決の事案です。債権者は信用組合、債務者は夫、分与を受けたのは妻です。信用組合は、夫と、貸付や手形割引などの取引をしていました。ところが、夫は、不動産業などの事業に失敗して倒産します。夫には、別の女性との間に、子までいました。離婚の原因は、夫の不貞です。離婚は、夫が倒産した、その翌月でした。妻は、子どもたちと、家業のクリーニング業を続けていました。夫は、ほぼ唯一の不動産といえる2つの土地を、慰謝料を含めた財産分与として、妻に譲ります。土地の価額は約989万円で、登記は、代物弁済を原因として移されました。妻は、そのうち1つに付いていた根抵当権を消すために、約536万円を支払っています。

土地は、夫名義でした。ただ、家業のクリーニング業の利益で取得されたもので、夫の不動産業とは関係なく手に入れたものです。クリーニング業は、夫が始めて、のちに妻に任されました。ここまでは、原審が確定した事実です。信用組合は、この譲渡を、詐害行為として取り消そうとしました。原審は、この分与を相当と判断して、取消しを認めませんでした。上告人の信用組合の上告に対して、最高裁は、原審の判断を是認し、上告を棄却しました。つまり、取消しは認められませんでした。裁判官は全員一致です。理由を、2段に分けて読みます。1段目は、分与の趣旨です。

判例最判昭58・12・19 民集37巻10号1532頁

財産分与の趣旨 離婚における財産分与は、夫婦が婚姻中に有していた実質上の共同財産を清算分配するとともに、離婚後における相手方の生活の維持に資することにあるが、分与者の有責行為によつて離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素をも含めて分与することを妨げられないものというべきである……

さきほど3つ挙げた中身と、同じです。清算分配、生活の維持、慰謝料の要素、の3つを含めて分与してよい、と述べています。2段目は、結論に直結する部分です。債務超過という言葉が出ます。無資力の回で見た、債務の額が財産の額を上回る状態のことです。長いので、2文に分けて聞いてください。

判例最判昭58・12・19 民集37巻10号1532頁

債務超過と財産分与の取消し 分与者が債務超過であるという一事によつて、相手方に対する財産分与をすべて否定するのは相当でなく、相手方は、右のような場合であつてもなお、相当な財産分与を受けることを妨げられないものと解すべきである。そうであるとするならば、分与者が既に債務超過の状態にあつて当該財産分与によつて一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても、それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として、債権者による取消の対象となりえないものと解するのが相当である。

1文目から言い直します。分与する人が債務超過だという、その1点だけで、相手への財産分与を全部否定するのは、相当でない。相手は、そういう場合でも、相当な財産分与は受けられる、という文です。2文目です。分与する人がすでに債務超過で、分与によって、一般債権者の共同担保が減るとしても、768条3項の趣旨に反して不相当に過大で、財産分与に仮託してされた財産処分だと認めるに足りる、特段の事情がない限り、詐害行為として、取消しの対象にならない、という文です。共同担保とは、債権者みんなにとっての、引き当てになる財産のことです。前に出た、責任財産と同じ意味です。夫の財産が分与で減れば、債権者の引き当てが減る、という意味になります。

判決の筋道4段。1 分与は、清算分配と生活の維持、それに慰謝料の要素を含む/2 額と方法は、一切の事情を考慮して決まる(768条3項)、分与者の債務もその事情の1つ/3 だから、債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でなく、相手方は債務超過でも相当な分与を受けられる/4 よって、不相当に過大で仮託と認める特段の事情がない限り、取消しの対象にならない。根拠=判例。 図:判決の筋道4段

  • 1 分与は、清算分配と生活の維持、それに慰謝料の要素を含む/2 額と方法は、一切の事情を考慮して決まる(768条3項)、分与者の債務もその事情の1つ/3 だから、債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でなく、相手方は債務超過でも相当な分与を受けられる/4 よって、不相当に過大で仮託と認める特段の事情がない限り、取消しの対象にならない
  • 根拠=判例

判決の筋道を、4段で並べます。1段目、分与は、清算分配と生活の維持、それに慰謝料の要素を含む。2段目、分与の額と方法は、一切の事情を考慮して決まり、分与する人の債務の状況も、その事情の1つになる。3段目、だから、債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でなく、相手は、債務超過でも、相当な分与を受けられる。4段目、よって、不相当に過大で仮託と認める特段の事情がない限り、取消しの対象にならない。債権者にとっては、引き当てが減るのに手が出せない、厳しい結論です。ここから先は、判決が述べた言葉ではなく、こちらの説明です。分与の中には、夫婦で築いた財産の清算が入っています。たとえば、夫婦で築いた財産が1200万円分あって、2人の寄与が同じなら、妻の取り分は600万円です。この600万円は、もともと妻が受け取るべき取り分で、夫が自分の財産から恵んだものではありません。夫に借金があるという一事で、この取り分まで、債権者の引き当てにする理由は、見当たりません。生活の維持や、慰謝料にあたる分も、離婚によって、妻が受けるべき分です。ですから、債務超過という一事で、取り消せるものではありません。これが、原則が「取り消せない」の側に置かれる、決め手です。

柱2——例外は、不相当に過大で仮託と認める特段の事情

例外の3つの言葉。1 民法768条3項の趣旨に反して不相当に過大(一切の事情から説明がつく範囲を超えている)/2 財産分与に仮託してされた財産処分(分与の名を借りた財産逃がし)/3 そう認めるに足りる特段の事情。 図:例外の3つの言葉

原則に対する例外を見ます。判決の言葉を、3つに分けます。1つめ、768条3項の趣旨に反して、不相当に過大であること。2つめ、財産分与に仮託してされた財産処分だと認められること。3つめ、そう認めるに足りる、特段の事情があること、です。不相当に過大とは、768条3項の趣旨に照らして、つまり、一切の事情を考えたときに、説明がつく範囲を超えている、ということです。清算、生活の維持、慰謝料のどれで見ても、そこまで渡す理由が見当たらない状態です。具体的な金額の線は、判決は引いていません。事案ごとに見ます。境目を、こちらの設例で確かめます。冒頭の設例で、夫婦で築いた財産は、1500万円ほどの家だけだとします。1つめの例。妻が、子どもを育てながら、家業を支えてきました。離婚の原因は、夫の不貞です。この場合に、家を妻に渡すのは、清算と生活の維持と慰謝料で、説明がつく範囲でしょう。相当な分与で、取り消せません。2つめの例。家を手に入れる過程に、妻の寄与はほとんどありません。慰謝料を払うべき事情もなく、妻に生活の不安もありません。それなのに、借金を抱えた夫が、家を全部、妻に渡した。この場合は、清算、生活の維持、慰謝料のどれでも説明がつきません。不相当に過大で、分与の名を借りた財産逃がしと見られます。境目は、渡した額が、一切の事情から説明がつくかどうかです。3つめの特段の事情とは、原則どおりにはいかない、特別な事情のことです。ここでは、不相当に過大で、仮託と認められる事情が、これにあたります。規範を、カードにします。

⭐ 論文で書く規範:財産分与と詐害行為取消し(判例の規範) 分与者が債務超過であっても、それだけでは、財産分与は取消しの対象にならない。768条3項の趣旨に反して不相当に過大で、財産分与に仮託してされた財産処分と認めるに足りる特段の事情があるときに限り、詐害行為として取消しの対象になる。 (出どころ=判例(条文に無い基準を、768条3項の趣旨として判例が立てたもの。論文で論点になりうる))

覚える言葉は、不相当に過大、仮託、特段の事情の3つです。条文には書かれていない基準を、判例が立てたものです。確認です。夫が債務超過なら、財産分与は、それだけで取り消せるでしょうか?夫が債務超過というだけでは、財産分与は取り消せません。債務超過は、分与の額を決める、一切の事情の1つにすぎません。取り消せるのは、不相当に過大で、仮託と認める特段の事情があるときです。

最初の判決の当てはめ。原審が相当とした分与を、最高裁は是認。理由に挙がった主な事情=1 土地は家業のクリーニング業の利益で取得され、取得への妻の寄与は夫より大きい/2 離婚の原因は夫の不貞/3 土地は妻と子らの生活の基盤/4 夫にとってほぼ唯一の不動産であることを考えても、離婚に伴う慰謝料を含めた財産分与として相当。結論=取消しの対象にならない。 図:最初の判決の当てはめ

  • 原審が相当とした分与を、最高裁は是認
  • 理由に挙がった主な事情=1 土地は家業のクリーニング業の利益で取得され、取得への妻の寄与は夫より大きい/2 離婚の原因は夫の不貞/3 土地は妻と子らの生活の基盤/4 夫にとってほぼ唯一の不動産であることを考えても、離婚に伴う慰謝料を含めた財産分与として相当
  • 結論=取消しの対象にならない

判決の事案に当てはめます。原審は、この分与を相当と判断し、最高裁は、その判断を是認しました。理由として挙がった主な事情は、4つです。1つめ、土地は、家業のクリーニング業の利益で取得されたもので、取得への妻の寄与は、夫より大きい。2つめ、離婚の原因は、夫の不貞である。3つめ、土地は、妻と子らの生活の基盤である。4つめ、夫にとって、ほぼ唯一の不動産であることを考えても、離婚に伴う慰謝料を含めた財産分与として、相当である。土地が夫名義でも、妻の寄与が大きいと評価されたのは、この事案の当てはめです。名義だけで見れば夫のものでも、実際の取得に、だれがどれだけ関わったかを見ている、ということです。一般論として、名義が夫の財産は、妻の取り分だ、とまでは言えません。この事案の評価だと、区別してください。

柱3——取り消せるのは過大な部分だけ

2つめの判決の事案。貸主(貸金の確定判決を持つ)、夫(債務者)、元妻。夫は、無資力になったあと協議離婚。離婚の届出のあと、元妻に対して、毎月10万円を再婚するまで払うこと(扶養的財産分与)と、慰謝料2000万円を払うことを約し、執行認諾文言付きの公正証書を作った。元妻も貸主も、夫の給料などの債権を差押え。貸主が配当表に異議。原審は合意全体を取り消せるとしたが、最高裁は破棄して差し戻した。 図:2つめの判決の事案

  • 貸主(貸金の確定判決を持つ)、夫(債務者)、元妻
  • 夫は、無資力になったあと協議離婚
  • 離婚の届出のあと、元妻に対して、毎月10万円を再婚するまで払うこと(扶養的財産分与)と、慰謝料2000万円を払うことを約し、執行認諾文言付きの公正証書を作った
  • 元妻も貸主も、夫の給料などの債権を差押え
  • 貸主が配当表に異議
  • 原審は合意全体を取り消せるとしたが、最高裁は破棄して差し戻した

3つめの柱です。例外にあたるとき、取り消せるのは全部か、一部か。もう1つの判決で見ます。ここも判決の事案です。貸金の確定判決を持つ債権者が貸主、債務者が夫、約束の相手が元妻です。この貸主は、冒頭の設例のAとは別の人です。夫は、多額の負債を抱えて、無資力になっていました。その後に、元妻と協議離婚します。離婚の届出のあと、夫は元妻に、2つのことを約束しました。1つは、生活費の補助として毎月10万円を、元妻が再婚するまで払うこと。扶養的財産分与と呼ばれるものです。分与の3つの中身のうち、2つめの、離婚後の生活の維持にあたります。もう1つは、離婚の慰謝料として2000万円を払うことです。この約束は、執行認諾文言付きの公正証書にされました。

執行認諾文言とは、払わなければ、すぐ強制執行を受けても構わない、と債務者が認める文言です。この文言のある公正証書は、判決と同じように、強制執行の根拠になります。元妻は、この公正証書を使って、夫の給料や役員報酬の債権を差し押さえました。貸主も、貸金の確定判決で、同じ債権を差し押さえます。裁判所が、差し押さえたお金をだれにいくら配るかを書いた、配当表を作ると、貸主は、これに異議を出しました。配当異議の事件です。貸主は、まず、この約束は見せかけだから無効だ、という通謀虚偽表示を主張しました。それが通らない場合に備えて、予備的に、詐害行為取消しも主張しました。第一審は虚偽表示と認めました。原審は、合意の全体を、詐害行為として取り消せる、としました。元妻が上告し、最高裁は、原判決のうち予備的請求の部分を破棄して、原審に差し戻しました。裁判官は全員一致です。ここで注意です。この判決が対象にしたのは、財産を渡した行為ではありません。お金を払う、という約束、つまり債務を負う合意です。冒頭の設例のように、家を渡す形とは違います。それでも、財産分与の合意として、最初の判決と同じ基準で判断されます。判示は2つに分かれます。1つめは、財産分与の合意です。

判例最判平12・3・9 民集54巻3号1013頁

財産分与の合意と取消しの範囲 離婚に伴う財産分与は、民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為とはならない(中略)離婚に伴う財産分与として金銭の給付をする旨の合意がされた場合において、右特段の事情があるときは、不相当に過大な部分について、その限度において詐害行為として取り消されるべきものと解するのが相当である。

前半は、最初の判決と同じ基準です。特段の事情がなければ、詐害行為にならない。後半が新しい部分です。金銭を給付する合意がされて、特段の事情がある場合には、不相当に過大な部分について、その限度で、取り消される。取り消されるのは、過大な部分で、合意の全部ではありません。この判決が答えたのは、お金を払う合意についてです。家のように分けにくい物を渡した場合に、過大な部分だけをどう取り消すかまでは、この判決は述べていません。

財産分与の合意の数値例。相当な分与=300万円、約束した額=1000万円。300万円の部分=取消しの対象にならない。超えた700万円の部分=取消しの対象。根拠=判例(不相当に過大な部分について、その限度で取り消される)。 図:財産分与の合意の数値例

  • 相当な分与=300万円、約束した額=1000万円
  • 300万円の部分=取消しの対象にならない
  • 超えた700万円の部分=取消しの対象
  • 根拠=判例(不相当に過大な部分について、その限度で取り消される)

数字で見ます。こちらの設例です。相当な分与の額が、300万円と見られるのに、夫が1000万円を払うと約束しました。このとき、300万円の部分は、取消しの対象になりません。相当な範囲だからです。取り消せるのは、超えた700万円の部分です。約束の全部、1000万円を取り消すのではありません。次に、判示の2つめ、慰謝料の合意です。

判例最判平12・3・9 民集54巻3号1013頁

慰謝料の合意と詐害行為 離婚に伴う慰謝料を支払う旨の合意は、配偶者の一方が、その有責行為及びこれによって離婚のやむなきに至ったことを理由として発生した損害賠償債務の存在を確認し、賠償額を確定してその支払を約する行為であって、新たに創設的に債務を負担するものとはいえないから、詐害行為とはならない。しかしながら、当該配偶者が負担すべき損害賠償債務の額を超えた金額の慰謝料を支払う旨の合意がされたときは、その合意のうち右損害賠償債務の額を超えた部分については、慰謝料支払の名を借りた金銭の贈与契約ないし対価を欠いた新たな債務負担行為というべきであるから、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。

判決の理由は、慰謝料の合意は、有責行為によってすでに発生した損害賠償債務の存在を確認し、賠償額を確定して支払を約する行為だから、新たに創設的に債務を負担するものとはいえない、というものです。新しく借金が増えたのではなく、すでにあった賠償債務の額を決めただけ、ということです。ただし、賠償債務の額を超えた部分は別です。本来負う額を超えて約束した部分は、慰謝料支払の名を借りた贈与、あるいは、対価を欠いた新たな債務負担行為です。見返りなしに、新しく債務を背負った、ということです。そのため、詐害行為取消権の対象になりえます。

慰謝料の合意の数値例。本来負う賠償債務=200万円、約束した額=500万円。200万円の部分=すでにあった債務の確認、取消しの対象にならない。超えた300万円の部分=慰謝料支払の名を借りた贈与ないし対価を欠いた債務負担、取消しの対象。根拠=判例。 図:慰謝料の合意の数値例

  • 本来負う賠償債務=200万円、約束した額=500万円
  • 200万円の部分=すでにあった債務の確認、取消しの対象にならない
  • 超えた300万円の部分=慰謝料支払の名を借りた贈与ないし対価を欠いた債務負担、取消しの対象
  • 根拠=判例

数字で確かめます。夫が本来負う慰謝料の賠償債務は200万円なのに、500万円を払うと約束しました。取り消せるのは、どの部分でしょうか?取り消せるのは本来の200万円を超えた、300万円の部分です。200万円は、すでに負っていた賠償債務を確定させたものですから、対象になりません。超えた300万円は、慰謝料の名を借りた贈与ないし対価を欠いた債務負担ですから、対象になります。判決の結論に戻ります。最高裁は、額が不相当に過大だという原審の判断そのものは、正当としました。そのうえで、合意の全部を取り消せるとした点を、違法として、破棄して差し戻しました。取り消すべき範囲は、扶養的財産分与については、不相当に過大な額、慰謝料については、負担すべき額を超える額を、原審で算出して、その限度で取り消す、という形です。

貸主の取り分だけを考えれば、合意を丸ごと取り消すほうが有利です。ただ、取消権は、取消権の最初の回で見たとおり、相手がすでに手に入れた権利や取引に、踏み込む制度です。ここでは、元妻の権利です。介入が強い制度ですから、必要な範囲を超えて踏み込まない、という発想につながります。全部を取り消すと、何が起きるかを考えます。相当な範囲の分与や、本来負う賠償債務の部分は、元妻が、もともと受け取るべき取り分でした。全部を取り消せば、その取り分まで、元妻から取り上げることになります。それでは、最初の判決が述べた、債務超過でも相当な財産分与は受けられる、という原則と食い違います。貸主を害しているのは、取り分を超えた、過大な部分だけです。慰謝料については、判決自身が、本来の額までは、すでにあった債務の確認だから詐害行為にならない、と理由を述べていました。財産分与の側で、一部に限る理由を、判決は言葉にしていません。そこをつないだのは、こちらの整理です。冒頭の設例のように、家を渡した場合に、過大な部分だけをどういう形で取り消すかは、取消しの範囲を見る、後の回で扱います。

家族に関わる行為と取消し——一覧

家族に関わる行為と取消しの一覧。取消しの対象外=婚姻・離婚・養子縁組(財産権を目的としない行為、根拠は424条2項と趣旨の整理)/取消しの対象外=相続放棄(身分行為、増加を妨げるにすぎない、承認を強制する結果、根拠は判例)/取消しの対象になりうる=遺産分割協議(共有の相続財産の帰属を確定させる財産権を目的とする法律行為、根拠は判例)/過大な部分に限って対象=財産分与(768条3項の趣旨に反して不相当に過大、仮託と認める特段の事情、根拠は判例)/過大な部分に限って対象=慰謝料の合意(負担すべき賠償債務の額を超える部分、根拠は判例)。 図:家族に関わる行為と取消しの一覧

家族に関わる行為の締めとして、5つを並べます。上の3行は、前の回の一覧と同じです。そこに、今日の財産分与と、慰謝料の合意の2行を足します。前の回は、取り消せない、取り消しうる、の2つに分けました。今日の2行は、一部だけが対象になるので、分け方を1つ増やして、3つの帯にします。前の回の、取り消せない、が1つめの帯、取り消しうる、が2つめの帯です。1つめの帯は、対象外です。婚姻、離婚、養子縁組は、財産権を目的としない行為で、424条2項と、その趣旨の整理が根拠です。結婚するか、別れるかは、本人が決めることで、債権者が取り消して元に戻させるわけにはいかない、ということです。相続放棄は、身分行為で、財産の増加を妨げるにすぎず、取り消せば承認を強制する結果になる、という判例の理由です。もとからある財産を減らしたのではなく、入ってくるはずの財産を断っただけですし、放棄を取り消せば、相続を引き受けなさい、と本人に強いることになるからです。2つめの帯は、対象になりうるものです。遺産分割協議は、共有になった相続財産の帰属を確定させる、財産権を目的とする法律行為だからです。3つめの帯は、過大な部分に限って対象になるものです。財産分与は、不相当に過大で、仮託と認める特段の事情があるとき、その過大な部分です。慰謝料の合意は、負担すべき賠償債務の額を超える部分です。どちらも判例です。

5つは、理由で通して覚えられます。婚姻、離婚、養子縁組は、身分そのものを決める行為で、はじめから対象外でした。残りの4つは、家族に関わっていて、財産が動く行為です。ここに、前の回の物差し2つを当てて、今日の分を1つ足します。物差しの1つめ、取り消すと、本人に人生の選択を強制することになる行為は、対象外です。相続放棄が、これです。物差しの2つめ、財産の帰属を決めるだけの行為は、対象になりえます。遺産分割協議がこれです。今日足すのは、財産が動く行為のうち、相手が受け取るべき取り分が混ざっているものは、その取り分を超えた部分だけが対象、という見方です。財産分与と、慰謝料の合意がこれです。今日足した分は、こちらの整理です。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の種類。1 財産分与は原則として取り消せない=判例(債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でない。768条3項の趣旨を引く)/2 例外=不相当に過大で、財産分与に仮託した財産処分と認める特段の事情=判例/3 取り消せるのは過大な部分だけ。慰謝料の合意も、賠償債務の額を超える部分=判例(一部だけ取り消す理由づけは解釈による整理)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の種類
  • 1 財産分与は原則として取り消せない=判例(債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でない。768条3項の趣旨を引く)/2 例外=不相当に過大で、財産分与に仮託した財産処分と認める特段の事情=判例/3 取り消せるのは過大な部分だけ
  • 慰謝料の合意も、賠償債務の額を超える部分=判例(一部だけ取り消す理由づけは解釈による整理)

冒頭の問いに戻ります。Aは、Bに2000万円を貸していました。Bは、離婚して、1500万円の家を、Cに渡しました。Aは、これを取り消せるか、でした。答えは、渡した額が、説明がつく範囲かで決まります。家の分与が、清算と生活の維持と慰謝料で説明のつく、相当な範囲なら、取り消せません。Bが債務超過でも、同じです。不相当に過大で、分与の名を借りた財産逃がしと認められる特段の事情があれば、取消しの対象になります。取り消せるか、という問いへの答えは、ここまでです。そのうえで、家のどこまでを、どういう形で取り消すかは、今日の2つの判決が述べていない点で、取消しの範囲を見る、後の回で扱います。3つの柱を整理します。1つめ、財産分与は、原則として取り消せません。分与には、清算と生活の維持と慰謝料の要素が含まれるので、債務超過の一事で全否定するのは相当でない、という判決の理由です。根拠は、判例です。2つめ、例外です。768条3項の趣旨に反して不相当に過大で、財産分与に仮託してされた財産処分と認めるに足りる、特段の事情があるときに、取消しの対象になります。根拠は、判例です。3つめ、取り消せるのは、過大な部分だけです。慰謝料の合意も、本来負う賠償債務の額を超えた部分が対象です。根拠は判例で、一部だけ取り消す理由づけは、解釈による整理です。今日で、3つめの要件、どんな行為が詐害行為になるか、のうち、家族に関わる行為が終わりました。4つめ、債務者が害することを知っていたこと、5つめ、受益者も知っていたことは、次の回から見ます。

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#201単独ページ動画

対抗要件を備えさせる行為・詐害の意思・受益者の悪意

第4章 債権総論 #201/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

登記だけを取り消せるか

冒頭の時系列と関係図。A 債権者、B 債務者、C 受益者。Bの財産は、土地1つだけ。1月 BはCに土地を売る契約をした(登記はまだ)。3月 AがBに600万円を貸した。6月 Bは登記をCに移した。問い=Aは、6月の登記だけを取り出して取り消せるか。 図:冒頭の時系列と関係図

  • A 債権者、B 債務者、C 受益者
  • Bの財産は、土地1つだけ
  • 1月 BはCに土地を売る契約をした(登記はまだ)
  • 3月 AがBに600万円を貸した
  • 6月 Bは登記をCに移した
  • 問い=Aは、6月の登記だけを取り出して取り消せるか

設例から入ります。Bの財産は、土地が1つだけです。1月に、Bはこの土地をCに売る契約をしました。ただし、登記はまだ移していません。3月に、AがBに600万円を貸しました。6月に、Bは登記をCに移しました。そのあと、Bは、Aに返せなくなりました。Aは、6月の登記だけを取り出して、取り消せるでしょうか。直感が割れる場面です。契約はAの貸付けより前、登記はあとで、時期がずれています。登記のように、権利を人に主張するための手続だけを、取消しの対象として取り出せるのか。これが今日の問いです。債権を譲ったときの通知も、同じ型です。答えは、最高裁の判決の言葉で、そのまま言えるようになります。

この回では、条文の言葉、判例、解釈による整理を分けて書きます。解釈による整理とは、条文にも判例にも書かれていないけれど、学説が筋道を立てて説明しているものです。

登記や通知は、主張するための手続

設例の時系列。A 債権者、B 債務者、C 受益者。1月 売買契約(BからC、登記はまだ)=Aの貸付けより前だから、424条3項により取り消せない。3月 貸付け(AからB、600万円)。6月 登記(BからC)=Aの貸付けよりあと、今日の問い。対抗要件=不動産は登記(177条)、債権は通知か承諾(467条)。 図:設例の時系列

  • A 債権者、B 債務者、C 受益者
  • 1月 売買契約(BからC、登記はまだ)=Aの貸付けより前だから、424条3項により取り消せない
  • 3月 貸付け(AからB、600万円)
  • 6月 登記(BからC)=Aの貸付けよりあと、今日の問い
  • 対抗要件=不動産は登記(177条)、債権は通知か承諾(467条)

対抗要件を思い出します。対抗とは、契約の当事者ではない人に、自分が権利者だと主張することでした。そのために必要な条件が、対抗要件です。不動産なら登記で、177条です。債権の譲渡なら、467条の通知か承諾でした。対抗できない、というのは無効という意味ではなく、当事者の間では有効で、ほかの人に言えないだけでした。登記も通知も、権利が動いたことを、ほかの人に主張するための手続です。そこで問いが立ちます。対抗要件を備えさせる行為は、財産を動かす行為なのか。それとも、すでに動いた財産を主張するための手続なのか。取消権の対象は、財産を減らした行為です。どちらなのかで、取り消せるかが変わります。設例を時系列で見ます。その前に、被保全債権の回で読んだ、424条3項を思い出してください。取り消したい行為が、自分の債権が生じる前のものだと、取り消せるでしょうか?

設例の売る契約は1月で、Aの貸付けの3月より前です。債権が行為の前の原因に基づく、という3項の条件を満たしません。ですから、契約そのものは取り消せません。残るのは、貸付けよりあとの、6月の登記だけです。問いは、この登記だけを取り出せるか、に絞られました。

登記だけを取り消せるか——最初の判決

最初の判決の事案。不動産の譲渡後の登記についての判断。取消しを求められたのは、債権者の債権が生じる前にされた不動産物権の譲渡。登記だけが、債権の成立よりあと。原審は詐害行為の成立を否定し、最高裁は上告を棄却(取消しを認めない)。 図:最初の判決の事案

  • 不動産の譲渡後の登記についての判断
  • 取消しを求められたのは、債権者の債権が生じる前にされた不動産物権の譲渡
  • 登記だけが、債権の成立よりあと
  • 原審は詐害行為の成立を否定し、最高裁は上告を棄却(取消しを認めない)

最初の判決です。これは、不動産の登記についての判断です。債権譲渡の通知ではありません。次の判決と、取り違えないでください。事案です。取消しを求められたのは、債権者の債権が生じる前にされた、不動産の譲渡でした。登記だけが、債権が生じたあとでした。原審は、詐害行為の成立を否定します。最高裁は、上告を棄却しました。取消しは認められなかった、ということです。判決の言葉を読みます。旧かなづかいなので、読み方は、このあと直します。

判例最判昭55・1・24 民集34巻1号110頁

不動産の譲渡後の登記と詐害行為取消し 詐害行為と主張される不動産物権の譲渡行為が債権者の債権成立前にされたものである場合には、たといその登記が右債権成立後にされたときであつても、債権者において取消権を行使するに由はない……物権の譲渡行為とこれについての登記とはもとより別個の行為であつて、後者は単にその時からはじめて物権の移転を第三者に対抗しうる効果を生ぜしめるにすぎず、登記の時に右物権移転行為がされたこととなつたり、物権移転の効果が生じたりするわけのものではないし、また、物権移転行為自体が詐害行為を構成しない以上、これについてされた登記のみを切り離して詐害行為として取り扱い、これに対する詐害行為取消権の行使を認めることも、相当とはいい難いからである。

言葉を直します。「たとい」は、たとえ、です。「取消権を行使するに由はない」は、行使する手立てがない、という意味です。「別個」は、別々、です。結論は、こうです。取り消したい譲渡が、債権者の債権ができる前なら、登記が債権ができたあとでも、取消権は使えません。理由は、3つ述べています。1つめ、物権の譲渡行為と登記は、別個の行為です。2つめ、登記は、その時から初めて、物権の移転を第三者に対抗できる効果を生じさせるにすぎません。登記の時に、物権移転行為がされたことになるわけではありません。3つめ、物権移転行為自体が詐害行為を構成しない以上、登記だけを切り離して取り消すのは、相当とは言いにくい、です。

設例に当てはめます。Bが土地を譲る契約は、1月に済んでいます。判決の言う物権移転行為は、こちらです。6月の登記は、その譲渡を、ほかの人に主張できるようにする手続にすぎません。登記をしたから、その時に土地が動いた、というわけではないのです。設例の形は、この判決の事案と同じ型です。判決は、もう1つ付け加えています。破産の手続には、対抗要件を備えさせたこと自体を否定できる、特別な規定があります。判決は、それは破産の手続などの特殊性から設けられた規定で、民法上の詐害行為取消しに類推することはできない、と述べました。破産の話は、ここまでです。

債権譲渡の通知は取り消せるか——次の判決

次の判決の事案の順序。登場人物=譲受人(貸主)、債務者(製本会社)、売掛先(書店)、別の貸主。担保目的の譲渡契約(貸金の不履行が停止条件)→別の貸主2社が債務者に貸付け→債務者が手形の不渡り、条件が成就→譲受人の通知が先に書店へ到達→債務者の別の3社への譲渡の通知が、あとに到達→書店が供託。争われ方=本訴は譲受人が供託金の還付請求権の確認、反訴は別の2社が譲渡通知の取消しを求める。 図:次の判決の事案の順序

  • 登場人物=譲受人(貸主)、債務者(製本会社)、売掛先(書店)、別の貸主
  • 担保目的の譲渡契約(貸金の不履行が停止条件)→別の貸主2社が債務者に貸付け→債務者が手形の不渡り、条件が成就→譲受人の通知が先に書店へ到達→債務者の別の3社への譲渡の通知が、あとに到達→書店が供託
  • 争われ方=本訴は譲受人が供託金の還付請求権の確認、反訴は別の2社が譲渡通知の取消しを求める

次の判決は、債権譲渡の通知についてです。事案が少し込み入っているので、役割の名前で話します。冒頭の設例のA、B、Cには、当てはめません。登場人物です。お金を貸した人が、譲受人です。借りたのが製本会社で、債務者と呼びます。債務者が売掛代金債権を持っている相手の書店を、売掛先と呼びます。ほかに、債務者にお金を貸した、別の貸主が出てきます。順に見ます。譲受人は、債務者に920万円を貸しました。同じ日に、その貸金の担保として、債務者が売掛先に対して持つ売掛代金債権の全部を、譲受人に譲る契約を結びます。ただし、貸金を返さないことを停止条件にしました。停止条件とは、その事実が起きたときに、はじめて効力が生じる、という条件のことです。そのあと、別の貸主2社が、債務者に貸付けをします。どちらも、譲渡の契約よりあとです。やがて債務者は、手形の不渡りを出します。約束の日に、手形のお金を払えなかった、ということです。貸金の返済も怠りました。条件が成就して、譲渡の効力が生じます。譲受人は、債権譲渡兼譲受通知書を、債務者と連名で、売掛先に内容証明郵便で送りました。債務者は、同じ売掛債権を、別の3社にも譲ったとする通知を出しています。この3社のうち2社は、譲渡の契約よりあとに、債務者へ貸付けをした会社です。ただ、この通知が着いたのは、譲受人の通知より、あとでした。売掛先は、債権者を確かめられないとして、供託します。供託とは、払うべきお金を国の機関に預けて、支払の義務を終えるしくみです。

裁判は2本立てです。本訴は、譲受人が、供託金を受け取る権利、つまり還付請求権は自分にある、と確認を求めたものです。反訴は、別の2社が、譲受人への譲渡通知は詐害行為だとして、取消しを求めたものです。反訴とは、訴えられた被告が、同じ手続の中で逆に起こす訴えのことです。

原審と最高裁の対比。問い=登記が取り消せないなら、債権譲渡の通知も取り消せないのか。原審=通知は取り消せる(通知は、売掛先に対して債権者が変わったと主張するのに欠かせない要件で、登記とは性質が違う)。反訴を認め、本訴を退けた。最高裁=通知も取り消せない。原判決を破棄して自判。本訴を認め、反訴を退けた。 図:原審と最高裁の対比

  • 問い=登記が取り消せないなら、債権譲渡の通知も取り消せないのか
  • 原審=通知は取り消せる(通知は、売掛先に対して債権者が変わったと主張するのに欠かせない要件で、登記とは性質が違う)
  • 反訴を認め、本訴を退けた
  • 最高裁=通知も取り消せない
  • 原判決を破棄して自判
  • 本訴を認め、反訴を退けた

原審は、通知は登記と同じには扱えない、と考えました。通知は、譲られた債権の債務者、つまり売掛先との関係で、債権者が変わったと主張するのに欠かせない要件で、第三者への対抗要件を備える以上の働きがある。登記とは性質が違うから、登記が取り消せないとしても、通知は取り消せる、という判断です。反訴を認めて、本訴を退けました。最高裁は、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、自分で結論を出しました。破棄自判です。譲受人の本訴は認め、2社の反訴は退けました。判決の言葉を読みます。

判例最判平10・6・12 民集52巻4号1121頁

債権譲渡の通知と詐害行為取消し 債務者が自己の第三者に対する債権を譲渡した場合において、債務者がこれについてした確定日付のある債権譲渡の通知は、詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である……詐害行為取消権の対象となるのは、債務者の財産の減少を目的とする行為そのものであるところ、債権の譲渡行為とこれについての譲渡通知とはもとより別個の行為であって、後者は単にその時から初めて債権の移転を債務者その他の第三者に対抗し得る効果を生じさせるにすぎず、譲渡通知の時に右債権移転行為がされたこととなったり、債権移転の効果が生じたりするわけではなく、債権譲渡行為自体が詐害行為を構成しない場合には、これについてされた譲渡通知のみを切り離して詐害行為として取り扱い、これに対する詐害行為取消権の行使を認めることは相当とはいい難いからである。

登記の判決と通知の判決の比較。登記の判決=対象は不動産の譲渡後の登記/譲渡行為と登記は別個の行為/登記は、第三者に対抗できる効果を生じさせるにすぎない。通知の判決=対象は確定日付のある債権譲渡の通知/譲渡行為と通知は別個の行為/通知は、債務者その他の第三者に対抗できる効果を生じさせるにすぎない。共通の結論=譲渡行為自体が詐害行為にならないなら、それだけを切り離して取り消すことは相当でない。 図:登記の判決と通知の判決の比較

  • 登記の判決=対象は不動産の譲渡後の登記/譲渡行為と登記は別個の行為/登記は、第三者に対抗できる効果を生じさせるにすぎない
  • 通知の判決=対象は確定日付のある債権譲渡の通知/譲渡行為と通知は別個の行為/通知は、債務者その他の第三者に対抗できる効果を生じさせるにすぎない
  • 共通の結論=譲渡行為自体が詐害行為にならないなら、それだけを切り離して取り消すことは相当でない

結論は、確定日付のある債権譲渡の通知は、詐害行為取消権の対象にならない、です。理由は、先ほどの登記の判決と、同じ型で組まれています。取消権の対象は、債務者の財産の減少を目的とする行為そのものです。債権の譲渡行為と譲渡通知は、別個の行為です。通知は、その時から初めて、債権の移転を債務者その他の第三者に対抗できる効果を生じさせるにすぎません。債権譲渡行為自体が詐害行為を構成しない場合に、通知だけを切り離して取り消すのは、相当とは言いにくい、です。この判決は、登記の判決を、参照する形で引いています。登記と通知は、同じ型で扱われました。原審は、通知が無いと売掛先にも主張できない点で、登記とは性質が違う、と見ました。最高裁の言葉は、債務者その他の第三者に対抗できる効果を生じさせるにすぎない、です。この債務者は、譲られた債権の債務者で、この事件では売掛先です。売掛先に対する関係でも、通知は主張するための手続で、債権を動かすのは譲渡行為の側だ、と読めます。通知の時に債権が移るわけではない点は、登記と変わりません。判決が最後に述べた帰結は、こうです。譲受人は、別の3社に先立って対抗要件を具備したから、供託金の還付請求権を有する、というものです。この判決が答えた範囲を確かめます。別の2社が取消しを求めたのは、通知だけでした。ですから、判決が答えたのは、通知だけを切り離して取り消せるか、までです。譲渡の契約そのものが詐害行為になる場合にどうなるかは、この判決の答えの外です。

整理——対抗要件だけを取り出して取り消すことはできない

規範の整理。登記と通知は同じ型。譲渡行為=財産を動かす行為。対抗要件を備えさせる行為=動いた財産を主張するための手続。譲渡行為と別個の行為だから、切り離して取り消せない。譲渡行為そのものが詐害行為なら、取り消す対象は譲渡行為そのもの(こちらの整理)。 図:規範の整理

  • 登記と通知は同じ型
  • 譲渡行為=財産を動かす行為
  • 対抗要件を備えさせる行為=動いた財産を主張するための手続
  • 譲渡行為と別個の行為だから、切り離して取り消せない
  • 譲渡行為そのものが詐害行為なら、取り消す対象は譲渡行為そのもの(こちらの整理)

2つの判決から、規範を取り出します。

⭐ 論文で書く規範:対抗要件を備えさせる行為と詐害行為取消し(判例の規範) 対抗要件を備えさせる行為(不動産の登記、債権譲渡の通知)は、それだけを取り出して詐害行為として取り消すことはできない。譲渡行為そのものが詐害行為になるなら、取り消す対象は、譲渡行為そのものである。 (出どころ=前半は判例(条文に無い基準を、判例が立てたもの)。後半は判決の答えの外で、こちらの整理)

判決の文言が置く条件は、譲渡行為自体が詐害行為を構成しない場合に、という形です。その場合に、対抗要件だけを切り離せない、という書き方です。ここから先は、判決が述べた言葉ではなく、こちらの説明です。譲渡がそのまま有効に残るなら、登記や通知だけを取り消しても、動いた財産は債務者に戻りません。取り消されるのは、ほかの人に主張できる、という効果だけです。それは、責任財産、つまり強制執行の対象になる債務者の財産を元に戻す、という取消しの目的から外れます。取り消せる側の場面も、設例で確かめます。設例を変えて、Aが貸したあとに、Bが、ただ1つの土地をCに贈与する契約をして、登記も移したとします。今度は、契約そのものが、貸付けよりあとの、財産を減らす行為です。ほかの要件がそろえば、Aが取り消す対象は、登記ではなく、贈与の契約そのものです。

詐害行為にあたるかの整理

詐害行為にあたるかの整理。3つの帯。取り消せる(原則)=贈与・安い値段での売却・債務の免除(財産を減らす行為。解釈による整理)/遺産分割協議(財産権を目的とする法律行為。判例)。取り消せない(原則)=婚姻・離婚・養子縁組(財産権を目的としない行為。424条2項)/相続放棄(身分行為で、財産の増加を妨げるにすぎず、取り消せば承認を強制する結果になる。判例)/対抗要件を備えさせる行為(譲渡行為と別個の行為。判例)。条件つき=離婚に伴う財産分与(不相当に過大な部分だけ。判例)/慰謝料の合意(賠償債務の額を超える部分だけ。判例)/相当な値段での処分(特則が受け持つ。要件は次の回)。 図:詐害行為にあたるかの整理

  • 3つの帯
  • 取り消せる(原則)=贈与・安い値段での売却・債務の免除(財産を減らす行為。解釈による整理)/遺産分割協議(財産権を目的とする法律行為。判例)
  • 取り消せない(原則)=婚姻・離婚・養子縁組(財産権を目的としない行為。424条2項)/相続放棄(身分行為で、財産の増加を妨げるにすぎず、取り消せば承認を強制する結果になる。判例)/対抗要件を備えさせる行為(譲渡行為と別個の行為。判例)
  • 条件つき=離婚に伴う財産分与(不相当に過大な部分だけ。判例)/慰謝料の合意(賠償債務の額を超える部分だけ。判例)/相当な値段での処分(特則が受け持つ。要件は次の回)

3つめの要件、どんな行為が詐害行為になるか、を、1枚にまとめます。前の回までの行為と、今日の行為を、3つの帯に分けます。1つめの帯は、取り消せる、原則です。贈与、安い値段での売却、債務の免除は、財産を減らす行為で、詐害行為の中心でした。遺産分割協議も、対象になりえました。共有になった相続財産を、だれのものにするか確定させる行為です。財産の行き先を決めるのですから、財産権を目的とする法律行為だ、という判例の理由でした。2つめの帯は、取り消せない、原則です。婚姻、離婚、養子縁組は、家族としての地位に関わる行為で、財産権を目的としない行為です。424条2項が根拠です。相続放棄は、判例の理由が2つでした。1つめ、放棄は、もとから持っていた財産を減らすのではありません。受け取れば増えたはずのものが、増えなかっただけです。取消しの対象は、財産を積極的に減らす行為に限られ、増加を妨げるにすぎない行為は入りません。2つめ、放棄は身分行為で、取り消せば、相続の承認を強制するのと同じ結果になります。そして、今日の、対抗要件を備えさせる行為です。譲渡行為とは別個の行為だから、という判例の理由です。3つめの帯は、条件つきです。離婚に伴う財産分与は、原則として取り消せません。分与する側が債務超過でも、相手は、相当な分与を受けられる、というのが判例でした。例外は、不相当に過大で、分与の名を借りた財産逃がしと認められるときです。その場合も、取り消されるのは、不相当に過大な部分だけです。慰謝料の合意は、賠償債務の額を超える部分だけが、対象になります。本来負う額までは、すでにあった賠償債務の額を決めただけで、新しく債務が増えたわけではありません。超えた部分は、慰謝料の名を借りた贈与か、対価を欠いた新たな債務負担にあたる、という判例の理由でした。最後に、相当な値段での処分があります。これは、特則が受け持ちます。特則とは、基本のルールである424条から外れる、特別のルールのことです。要件は、次の回に見ます。

冒頭の問いに答えます。6月の登記だけを取り出して、取り消すことはできません。契約は貸付けより前で、取消しの対象にならず、登記は、その契約とは別個の行為だからです。債権譲渡の通知も、同じ型でした。

4つめ——債務者は、何を知っていればよいか

424条1項の板。本文=債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを請求できる。後半の「知って」が4つめ。ただし書=受益者が行為の時に債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。「知らなかった」の側が5つめ。 図:424条1項の板

  • 本文=債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを請求できる
  • 後半の「知って」が4つめ
  • ただし書=受益者が行為の時に債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない
  • 「知らなかった」の側が5つめ

4つめに入ります。条文から読みます。

条文民法424条1項

民法第424条1項 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。

今日読むのは1項です。本文の後半、債務者が債権者を害することを知ってした、が4つめです。ただし書は、受益者についての定めで、害することを知らなかったとき、と書いています。これが5つめです。詐害の意思、という呼び名は、語感がずれています。条文の言葉は、意思ではなく、知って、です。意思という語感より、弱い言葉です。気持ちの強さではなく、認識の問題です。最高裁が、この点を判断しています。事案です。無資力の債務者が、実兄のために、自分の不動産に抵当権を設定しました。第一審は、債務者は、それが他の債権者の債権を害することを知ってした、と推認します。推認とは、周りの事実から推し量って認めることです。原審がこれを維持し、最高裁も正当としました。上告は棄却です。

判例最判昭35・4・26 民集14巻6号1046頁

詐害の意思と認識 詐害行為の成立には債務者がその債権者を害することを知つて法律行為をしたことを要するが、必ずしも害することを意図しもしくは欲してこれをしたことを要しないと解するのが相当である。

債務者に、債権者を困らせたい、という気持ちまで必要でしょうか?必要ありません。債権者を害することを知っていれば足りて、害することを意図したり、欲したりしたことまでは要りません。ただし、この判決が述べたのは、ここまでです。特定の債権者を狙う認識が要るのか、行為の性質との関係はどうか、には触れていません。判決は、なぜそう解するのかを、書いていません。ここからは、こちらの説明です。取消権は、債務者の行為を、債権者のために遡って否定する強い制度です。ただ、狙い撃ちの害意まで求めれば、財産を逃がした人が、そのつもりではなかった、と言うだけで、言い逃れがとおってしまいます。何を知っていれば足りるのか、も確かめます。これは解釈による整理で、薄く触れます。自分の行為で財産が減り、債権者への支払に足りなくなる、つまり回収が危うくなることの認識です。特定の債権者を狙うつもりまでは要りません。債権者全体の回収が危うくなると分かっていれば足りる、と説明されます。設例に当てはめます。冒頭の設例で、Bには、ほかにも貸主がいたとします。Bは、ほかの貸主の存在も、土地を手放せばAへの返済が難しくなることも、分かっていました。Aを困らせたいわけではありませんでした。それでも、知って、の要件は満たします。時点も押さえます。知っていたかは、行為の時で見ます。

行為の性質との関係——相関と、2017年の改正

相関の板。解釈による整理。改正前=財産を減らす度合いが強い行為(唯一の財産の贈与など)は、認識で足りる/度合いが弱い行為(特定の債権者への弁済など)は、より強い主観(債務者と相手方の通謀など)が要る。2017年の改正後=弱い類型は特則の条文に出ていった。一般の424条の詐害の意思は、認識で足りると整理される。 図:相関の板

  • 解釈による整理
  • 改正前=財産を減らす度合いが強い行為(唯一の財産の贈与など)は、認識で足りる/度合いが弱い行為(特定の債権者への弁済など)は、より強い主観(債務者と相手方の通謀など)が要る
  • 2017年の改正後=弱い類型は特則の条文に出ていった
  • 一般の424条の詐害の意思は、認識で足りると整理される

4つめの主観は、行為の性質と関係づけて説明されてきました。前に見たことの確認です。詐害行為の中心になる行為は、どんな行為でしたか?贈与や安い値段での売却のように、財産を減らす行為が中心でした。その中でも、減らす度合いに強弱があります。改正前は、強い行為、たとえば唯一の財産の贈与のようなものは、認識で足りる、と整理されるのが通例でした。弱い行為、たとえば特定の債権者への弁済は、より強い主観、たとえば債務者と相手方の通謀が要る、とされました。通謀とは、示し合わせることです。強弱の中身を、贈与と弁済で比べます。贈与は、財産が出ていくだけです。弁済は、財産が出ていく代わりに、借金も同じ額だけ減ります。債権者を害する度合いは、贈与より弱いわけです。行為の側が弱いぶん、知っていた、というだけでは足りず、主観の側が強くて初めて、詐害行為と見る。学説は、そう整理してきました。行為の側の強さと、主観の側の強さを、組み合わせて見る。この見方を、相関と呼びます。詐害行為かどうかは、行為の客観面と主観面の相関で判断する、と説明されてきました。ここは、判例がそう述べた、という話ではありません。判例の個別の判断を、学説がそう整理した、という位置づけです。

2017年の改正で、弱い類型が、特則に出ていきました。特則とは、基本のルールである424条から外れる、特別のルールを定めた別の条文です。特則の側に、重い主観が、条文の言葉として入っています。その結果、一般の424条の詐害の意思は、認識で足りる、と整理されます。ここも解釈による整理です。相関という考え方が改正で消えた、とまでは言えません。特則の中身には、今日は入りません。板にまとめます。

⭐ 論文で書く規範:詐害の意思の中身 必要なのは、債権者を害することを「知っていた」まで。要らないのは、害することを意図し、欲していたこと。 (出どころ=「知って」は条文の言葉、意図が要らないことは判例)

5つめ——受益者の「知らなかった」は誰が証明するか

条文の形の板。424条1項。本文=取消しを請求できる(原則)。ただし書=受益者が行為の時に債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない(例外)。例外を言う側=受益者。取消債権者が証明するのは、本文の側。 図:条文の形の板

  • 424条1項
  • 本文=取消しを請求できる(原則)
  • ただし書=受益者が行為の時に債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない(例外)
  • 例外を言う側=受益者
  • 取消債権者が証明するのは、本文の側

5つめです。424条1項は、本文で、取消しを請求することができる、と書きます。ただし書で、受益者が、行為の時に債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない、と書きます。本文が原則で、ただし書が例外です。前に、5つの要件を並べたとき、最後の5つめを、受益者も知っていたこと、と言いました。結論を分けるのが、受益者が知っていたかどうかである点は、変わりません。今日足すのは、裁判で、それをどちらが証明するか、です。ただし書は、受益者が知らなかったとき、取り消せない、という例外です。例外を言うのは、受益者の側だ、と条文の形が読ませます。悪意の中身も確かめます。民法でいう悪意とは、悪だくみではなく、知っていることです。ここでは、債務者の行為が債権者を害する、という事実を、行為の時に知っていたことです。害する意図は要りません。条文は、債務者についてと同じ言い回しです。受益者が事情を知らなかった、と言うのは、取り消す側でしょうか、受益者の側でしょうか?

知らなかったことを言い、証明するのは、受益者の側です。条文の形がそう読ませますし、最高裁も判断しています。判決は、民法424条1項ただし書についての判断を述べたうえで、同条を準用する国税徴収法の規定の解釈でも同じだ、としました。

判例最判昭37・3・6 民集16巻3号436頁

受益者の善意の挙証責任 民法四二四条一項但書にいわゆる受益者または転得者の善意の挙証責任は受益者または転得者自身に存するものと解すべきであり、同条を準用する国税徴収法一七八条の解釈としても、この理を異にしない。

カードの言葉を読み分けます。「善意」は、知らなかったこと、「挙証責任」は、証明する責任です。「転得者」は、受益者からさらに財産を受け取った人です。判決は改正前の条文の判断で、転得者は今の条文では別の扱いです。後の回で見ます。今日は、受益者の善意は受益者が証明する、と読んでください。判決の結論は、善意の証明の責任は、受益者自身にある、です。判決は、理由を述べていません。ですから、なぜ受益者が負うのかは、こちらの説明です。1つめ、条文の形です。ただし書は例外で、例外を主張する側が負担する、と読めます。2つめ、民事訴訟の一般原則です。相手の権利を覆す事実は、それを主張する側が証明します。

証明の整理。取消債権者が証明=被保全債権、無資力、詐害行為、債務者が知っていたこと。受益者が主張し証明=自分は行為の時に知らなかったこと(善意)。注意=受益者の悪意を取消債権者が証明する、ではない。受益者が証明するのは、善意。根拠=判例(理由づけはこちらの説明)。 図:証明の整理

  • 取消債権者が証明=被保全債権、無資力、詐害行為、債務者が知っていたこと
  • 受益者が主張し証明=自分は行為の時に知らなかったこと(善意)
  • 注意=受益者の悪意を取消債権者が証明する、ではない
  • 受益者が証明するのは、善意
  • 根拠=判例(理由づけはこちらの説明)

証明の分担を、板に整理します。取消債権者が証明するのは、被保全債権があること、債務者が無資力であること、詐害行為があったこと、債務者が知っていたことです。受益者が主張して証明するのは、自分は行為の時に知らなかったこと、つまり善意です。言い方に注意してください。受益者の悪意を取消債権者が証明する、とは言いません。逆に聞こえます。受益者が証明するのは、善意です。冒頭の設例とは別の場面で、確かめます。たとえば、BがAから財産を逃がすために、1500万円の土地を、100万円でCに売りました。極端な安値です。Aは、Bが知っていたことを証明します。Cが、そんな事情は知らなかった、と言うなら、知らなかったことを証明するのは、Cです。Cが証明できれば、取消しは認められません。証明できなければ、Cは知らなかったとは扱われず、ほかの要件がそろっていれば、取消しが認められます。本文の話は取消債権者、ただし書の話は受益者、と一対一で当てはまります。詐害の意思で意図が要らないことと、善意の証明が受益者にあることは、判例の判断で、条文に書かれていません。ここは、論文で論点になりうる部分です。

⭐ 論文で書く規範:受益者の善意の証明 424条1項ただし書の善意、つまり受益者が、害することを知らなかったことは、受益者自身が証明する。 (出どころ=判例(条文に明記は無く、判例が立てた。ただし書の形は、こちらの説明。論文で論点になりうる))

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の種類。1 対抗要件を備えさせる行為だけを取り出して取り消せない=判例(登記と通知)。2 債務者の「知って」は認識で足り、意図は要らない=条文の言葉と判例。行為の性質との関係は解釈による整理。3 受益者の善意の証明は受益者=判例(理由づけはこちらの説明)。要件5つが出そろった。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の種類
  • 1 対抗要件を備えさせる行為だけを取り出して取り消せない=判例(登記と通知)
  • 2 債務者の「知って」は認識で足り、意図は要らない=条文の言葉と判例
  • 行為の性質との関係は解釈による整理
  • 3 受益者の善意の証明は受益者=判例(理由づけはこちらの説明)
  • 要件5つが出そろった

冒頭の問いに戻ります。Bは、土地をCに売る契約をしたあとに、AがBに貸し、そのあとで登記をCに移しました。Aは、6月の登記だけを取り出して、取り消せるか、でした。答えは、取り消せません。登記も、債権譲渡の通知も、それだけを取り出して取り消すことはできません。3つの柱を整理します。1つめ、対抗要件を備えさせる行為だけを取り出して、取り消すことはできません。譲渡行為とは別個の行為だからです。根拠は、判例です。2つめ、債務者の、知って、は、認識で足りて、意図は要りません。条文の言葉と判例が根拠です。行為の性質との関係は、解釈による整理です。3つめ、受益者の知らなかったことは、受益者が証明します。根拠は、判例です。条文の形は、理由づけのための、こちらの説明でした。これで、要件の5つが出そろいました。1つめ、被保全債権。2つめ、債務者の無資力。3つめ、詐害行為で、対抗要件を備えさせる行為は、それだけでは取り消せません。4つめ、債務者が害することを知っていたこと。5つめ、受益者も知っていたこと。ただし、取り消す側がそれを証明するのではなく、知らなかったことを、受益者が証明します。相当な値段で売ったらどうなるか、は、次の回です。

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#202単独ページ動画

相当の対価を得てした財産の処分(424条の2)

第4章 債権総論 #202/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

相場の値段で売っても、取り消せるのか

冒頭の設例の関係図。A 債権者、B 債務者、C 受益者。AからBへ貸付900万円。Bの財産は時価1500万円の土地だけで、ほかの貸主への借金が800万円。BからCへ売却(土地を相場どおり1500万円で)。CからBへ代金1500万円。Bは代金を隠す。問い=相場で売ったのに、Aは取り消せるのか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 債権者、B 債務者、C 受益者
  • AからBへ貸付900万円
  • Bの財産は時価1500万円の土地だけで、ほかの貸主への借金が800万円
  • BからCへ売却(土地を相場どおり1500万円で)
  • CからBへ代金1500万円
  • Bは代金を隠す
  • 問い=相場で売ったのに、Aは取り消せるのか

設例から入ります。Bの財産は、時価1500万円の土地が1つだけです。Bは、Aから900万円を借りています。ほかの貸主からも800万円を借りていて、借金はあわせて1700万円です。ある日、Bはこの土地を、相場どおりの1500万円でCに売りました。そして、受け取った代金を、隠してしまいました。Aは、この売却を取り消せるでしょうか?数字で見れば、財産の総額は変わりません。けれども、土地は隠せませんが、現金は隠せます。この違いが、今日の芯です。前の回の最後に預けた問いでもあります。先に答えを言います。相場で売ったというだけでは、取り消せません。取り消せるのは、Bが代金を隠すなどするつもりで売り、Cもそれを知っていたときに限られます。なぜそうなるのかを、これから見ます。

預けていた問いの答えは、特則にある

預けていた問いの整理。以前の回=相当な値段で売るのは、特則が受け持つ。中身は後の回。前の回の最後=相当な値段で売ったらどうなるか、は次の回。今日がその回。用語=特則(基本の424条から外れる特別のルール)/受益者(債務者の行為によって利益を受けた人。設例のC)/相当の対価(行為に見合った、相場並みの見返り)。 図:預けていた問いの整理

  • 以前の回=相当な値段で売るのは、特則が受け持つ
  • 中身は後の回
  • 前の回の最後=相当な値段で売ったらどうなるか、は次の回
  • 今日がその回
  • 用語=特則(基本の424条から外れる特別のルール)/受益者(債務者の行為によって利益を受けた人。設例のC)/相当の対価(行為に見合った、相場並みの見返り)

以前に、相当な値段で売るのは、特則が受け持つ、中身は後の回、と預けました。前の回の最後にも、相当な値段で売ったらどうなるか、は、次の回、と言いました。今日が、その回です。言葉を確かめます。特則とは、基本のルールである424条から外れる、特別のルールを定めた条文のことです。受益者とは、債務者の行為によって利益を受けた人のことで、設例ではCです。相当の対価とは、その行為に見合った、相場並みの見返りのことです。売った値段が相場なら、相当の対価を得た、と言えます。特則が要るのは、財産が減らないのに、債権者を害する危険だけが残るからです。先に結論だけ言います。基本の424条だけで扱っていた改正前は、相場で売っても、原則として取り消せる、とされていました。それでは、相場どおりに買った相手まで、巻き込まれます。だから、取り消せる場面を絞る特則が置かれました。くわしくは、これから見ます。なお、売った値段が相場より安いなら、相当の対価を得たとは言えません。その場合は、この特則の入口を通りません。基本の424条で、通常の詐害行為として見る話です。

改正前は、相場の値段でも原則として取り消せた

改正前の整理。改正前の判例は、次のように整理されていた。原則=相当な値段で不動産を売っても、詐害行為になる(不動産が、隠しやすく使いやすい金銭に変わるから)。例外=売却の目的・動機が正当なとき(たとえば代金を、債務者にとって有用な資金に充てるため)は、詐害行為にならない。立証の向き=受益者の側が、目的・動機が正当だったことを主張し証明する、と考えられていた。根拠の種類=立案の過程の説明。 図:改正前の整理

  • 改正前の判例は、次のように整理されていた
  • 原則=相当な値段で不動産を売っても、詐害行為になる(不動産が、隠しやすく使いやすい金銭に変わるから)
  • 例外=売却の目的・動機が正当なとき(たとえば代金を、債務者にとって有用な資金に充てるため)は、詐害行為にならない
  • 立証の向き=受益者の側が、目的・動機が正当だったことを主張し証明する、と考えられていた
  • 根拠の種類=立案の過程の説明

改正前から見ます。入る前に、以前の回の復習です。詐害行為の中心になる行為は、どんな行為でしたか?財産を減らす行為です。贈与、安い値段での売却、債務の免除でした。減らす行為が中心でした。では、相場の値段での売却はどうだったのか。改正前の判例は、不動産を相当な値段で売っても、原則として詐害行為になる、と整理されていました。改正の際の、立案の過程の説明です。理由は、不動産が、隠しやすく使いやすい金銭に変わるからです。設例で言えば、Bの土地が、1500万円の現金に変わります。たとえるなら、重くて動かせない金庫が、ポケットに入る財布に変わる、という状態です。金額が同じでも、持ち逃げの危険が生まれます。ただし、例外がありました。売却の目的や動機が正当なときです。たとえば、代金を、債務者が自分にとって有用な資金に充てる目的で売った場合です。この場合は、詐害行為にならないとされました。もう1つ、立証の向きです。この整理のもとでは、売却の目的や動機が正当だったことは、受益者の側が主張して証明する、と考えられていました。この向きは、改正後と逆になります。あとで対にします。

⭐ 論文で書く規範:改正前の整理(立案の過程の説明) 相当な値段での不動産の売却も、原則として詐害行為になる。例外は、売却の目的・動機が正当なとき。その立証は、受益者の側が負うと考えられていた。 (出どころ=立案の過程の説明(改正前の判例の整理)。改正後の条文の答えとは別)

例外の一例として挙げられる判決を、1つ読みます。

判例最判昭41・5・27 民集20巻5号1004頁

抵当権付債務の弁済のための、相当な価格での売却 債務者が既存の抵当権付債務の弁済をするために、右被担保債権額以下の実価を有する抵当物件たる所有不動産を相当な価格で売却し、その代金を右債務の支払に充てて当該抵当権の消滅をはかる場合にあつては、その結果右債務者の無資力を招いたとしても、右不動産売却行為は、一般債権者の共同担保を減少することにはならないから、民法四二四条所定の詐害行為にあたらないと解するのを相当とする。

言葉を直します。「被担保債権額」は、抵当権で守られている借金の額です。「実価」は、実際の価値です。「あつては」は、場合には、です。「共同担保」は、債権者みんなの引き当てになる、債務者の財産のことです。結論は、こうです。抵当権のついた借金を返すために、その借金の額以下の価値しかない抵当不動産を、相当な価格で売って、代金をその借金の支払に充てるなら、詐害行為にあたらない、と判決は判断しました。理由として、判決は、共同担保を減少することにはならない、と述べました。こちらの説明を足します。借金の額以下の価値しかない抵当不動産は、売らなくても、抵当権を持つ債権者の取り分で埋まっています。ほかの債権者に回る分が、もともと無いので、売って返しても、減りません。位置づけも確かめます。この判決は、売却が詐害行為にならない例として、改正のときの説明で挙げられた判決です。判決が、売却の目的や動機という一般的な例外を述べたわけではありません。ここまでを押さえてください。

何が困ったのか——萎縮と逆転現象

改正前の何が困ったか(立案の過程の説明)。困りごと1=苦しい債務者と取引する相手は、適正な値段で買っても、あとから取り消されるおそれがある→尻込みする(萎縮)。困りごと2=債務者が資産を売って立て直す道がふさがれる。困りごと3=逆転現象。破産の手続にも似た働きをする制度(否認権)がある。そちらは相当な値段の処分を、3つの要件がそろうときに限って否認できるとしていた(2004年の破産法の改正)。民法の取消権のほうが広く取り消せた。平時は取り消せるのに、破産管財人は否認できない。 図:改正前の何が困ったか

  • 立案の過程の説明
  • 困りごと1=苦しい債務者と取引する相手は、適正な値段で買っても、あとから取り消されるおそれがある→尻込みする(萎縮)。困りごと2=債務者が資産を売って立て直す道がふさがれる。困りごと3=逆転現象。破産の手続にも似た働きをする制度(否認権)がある。そちらは相当な値段の処分を、3つの要件がそろうときに限って否認できるとしていた(2004年の破産法の改正)。民法の取消権のほうが広く取り消せた。平時は取り消せるのに、破産管財人は否認できない。

改正前の整理には、困りごとがありました。これは、立案の過程の説明です。1つめ、萎縮です。経済的に苦しい債務者と取引する相手は、相場どおりの値段で買っても、あとから取り消されるおそれがあります。それなら、最初から取引をやめておこう、と尻込みします。設例のCで言えば、改正前なら、相場どおりの1500万円を払ったのに、あとから売買を取り消されるおそれがある、ということです。2つめ、債務者が、持っている資産を売って立て直す道が、ふさがれます。3つめが、逆転現象です。破産の手続にも、似た働きをする制度があります。否認権と呼ばれます。破産の手続では、相当な値段での処分を否認できる場面を、3つの要件がそろうときに限っていました。2004年の破産法の改正です。その3つは、財産の種類が変わって隠すなどの処分のおそれが現に生じること、債務者に隠すなどの処分をする意思があったこと、相手がその意思を知っていたこと、です。あとで読む424条の2の3つの要件と、同じ形です。

取り消せる範囲は、破産の手続の否認より、民法の取消しのほうが広くなっていました。つまり、平時のほうが、広かったのです。破産の手続は、債務者が行き詰まった最後の局面の手続です。そちらが限られていて、まだ破産していない平時の取消しのほうが広い。平時なら債権者が取り消せるのに、破産管財人、つまり破産の手続で債務者の財産を管理する人は否認できない、という順序のずれが生じます。これを、逆転現象と呼びます。この逆転をなくして、考え方をそろえる。それが、2017年の改正の方向でした。

424条の2を、一語ずつ読む

424条の2の構造。柱書=債務者が財産を処分し、受益者から相当の対価を取得しているときは、債権者は、次の要件のいずれにも該当する場合に限り、詐害行為取消請求ができる。1号=その行為が、財産の種類の変更により、隠匿等の処分のおそれを現に生じさせるもの(客観の要件)。2号=債務者が、行為の当時、対価について、隠匿等の処分をする意思をもっていた(債務者の主観)。3号=受益者が、行為の当時、債務者のその意思を知っていた(受益者の主観)。根拠の種類=条文。 図:424条の2の構造

  • 柱書=債務者が財産を処分し、受益者から相当の対価を取得しているときは、債権者は、次の要件のいずれにも該当する場合に限り、詐害行為取消請求ができる
  • 1号=その行為が、財産の種類の変更により、隠匿等の処分のおそれを現に生じさせるもの(客観の要件)
  • 2号=債務者が、行為の当時、対価について、隠匿等の処分をする意思をもっていた(債務者の主観)
  • 3号=受益者が、行為の当時、債務者のその意思を知っていた(受益者の主観)
  • 根拠の種類=条文

改正後の条文を読みます。項はなく、柱書と、1号から3号までの号で、できています。

条文民法424条の2

民法第424条の2 債務者が、その有する財産を処分する行為をした場合において、受益者から相当の対価を取得しているときは、債権者は、次に掲げる要件のいずれにも該当する場合に限り、その行為について、詐害行為取消請求をすることができる。 一 その行為が、不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の種類の変更により、債務者において隠匿、無償の供与その他の債権者を害することとなる処分(以下この条において「隠匿等の処分」という。)をするおそれを現に生じさせるものであること。 二 債務者が、その行為の当時、対価として取得した金銭その他の財産について、隠匿等の処分をする意思を有していたこと。 三 受益者が、その行為の当時、債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたこと。

まず、柱書です。債務者が財産を処分して、受益者から相当の対価を取得しているときは、と始まります。そのうえで、次の要件の、いずれにも該当する場合に限り、取消しを請求できる、と書いています。原則は取り消せない。取り消せるのは、3つの全部がそろった場合に限る。ここで、原則と例外が、改正前と逆になりました。柱書の形から、もう1つ読めます。取り消せる、という例外を言う側は、取り消したい側です。では、なぜ、例外を言う側が証明するのか。こちらの説明を足します。裁判では、自分に有利な結果を求めるがわが、その根拠になる事実を証明する、というのが一般的な考え方です。設例で言えば、売買を取り消して得をするのは、Aです。Cは、相場どおりの1500万円を払っています。何も証明されなければ、売買はそのままです。それを覆したいAが、覆す根拠になる3つの事実を、示さなければなりません。示せなければ、原則どおり、取り消せないままです。ですから、3つの要件は、取消しを求める債権者、つまり取消債権者が主張して証明します。条文の形と、立案の過程の説明の両方から、そう説明されます。

要件5つと424条の2の対応。こちらの整理。1つめ 被保全債権=424条の2でも要る(柱書の、詐害行為取消請求。424条3項・4項)/2つめ 債務者の無資力=424条の2でも前提として要る(1号の中で見る、という説明もある)/3つめ どんな行為か=1号(財産の種類の変更により、隠匿等の処分のおそれを現に生じさせる)/4つめ 債務者の主観=2号(対価について、隠匿等の処分をする意思)/5つめ 受益者の主観=3号(債務者のその意思を知っていた)。 図:要件5つと424条の2の対応

  • こちらの整理
  • 1つめ 被保全債権=424条の2でも要る(柱書の、詐害行為取消請求。424条3項・4項)/2つめ 債務者の無資力=424条の2でも前提として要る(1号の中で見る、という説明もある)/3つめ どんな行為か=1号(財産の種類の変更により、隠匿等の処分のおそれを現に生じさせる)/4つめ 債務者の主観=2号(対価について、隠匿等の処分をする意思)/5つめ 受益者の主観=3号(債務者のその意思を知っていた)

要件5つとの関係も、ここで確かめます。こちらの整理です。柱書は、債権者は、詐害行為取消請求をすることができる、と書いています。詐害行為取消請求とは、424条の請求のことです。その424条は、3項と4項で、債権者の債権についての条件を定めています。ですから、1つめの被保全債権は、ここでも要ります。変わるのは、残りです。どんな行為か、債務者の主観、受益者の主観。この部分を、1号、2号、3号が、それぞれ受け持ちます。2つめの無資力がどこに入るかは、1号のところで言います。1号です。その行為が、不動産の金銭への換価、その他の、処分による財産の種類の変更によって、隠匿等の処分のおそれを、現に生じさせるものであること。換価とは、財産をお金に換えることです。種類の変更とは、土地が現金になる、といった変化です。隠匿等の処分とは、条文のかっこの中で定義されています。隠匿、無償の供与、それに、その他の債権者を害することとなる処分、のことです。隠す、ただで渡す、そのほか債権者を害する処分、という意味です。ここからの2点は、条文の言葉そのものではなく、解釈による整理です。1号の「現に」は、抽象的な危険では足りず、具体的な危険が生じていること、と説明されます。また、債務者の無資力は、この特則でも前提として要ります。改正の際の、立案の過程の説明でも、無資力が要件になることは、特則を通じた前提とされていました。その無資力を、1号のおそれの中で見る、という説明もあります。理由を、こちらの説明で足します。財産が十分にあれば、代金を隠されても、債権者は残りの財産から返してもらえます。害することになりません。設例では、土地1500万円に対して借金が1700万円ですから、財産が足りません。Bは無資力です。土地が現金に変わった、という点も、この1号を満たす方向です。

2号と3号の読みどころ。2号=債務者の主観。見る時点=行為の当時/意思の対象=対価として取得した金銭その他の財産/求められるのは意思(424条1項の、知って、より重い)。3号=受益者の主観。債務者が隠匿等の処分をする意思をもっていたことを、行為の当時に知っていた/債務者の無資力を知っているだけでは足りない。根拠の種類=条文。424条1項との重さの比較は、こちらの説明。 図:2号と3号の読みどころ

  • 2号=債務者の主観
  • 見る時点=行為の当時/意思の対象=対価として取得した金銭その他の財産/求められるのは意思(424条1項の、知って、より重い)
  • 3号=受益者の主観
  • 債務者が隠匿等の処分をする意思をもっていたことを、行為の当時に知っていた/債務者の無資力を知っているだけでは足りない
  • 根拠の種類=条文
  • 424条1項との重さの比較は、こちらの説明

2号です。債務者が、行為の当時に、対価として取得した金銭などの財産について、隠匿等の処分をする意思を持っていたこと。注意点が2つあります。1つは、見る時点が、行為の当時であること。もう1つは、隠す意思の対象が、対価として取得したお金や財産であることです。前の回で、424条の詐害の意思は、意思ではなく、知って、つまり認識だと見ました。2号は違います。ここは、文字どおり、意思です。424条の主観より重い要件です。財産の総額を減らさない行為なので、取り消すには、そのぶん重い主観が要る、という形です。前の回で、行為の強さと主観の強さを組み合わせる見方を見ました。財産を減らす度合いが弱い行為ほど、強い主観が要る、という見方です。たとえば、唯一の財産の贈与のように、減らす度合いが強い行為は、知っていた、だけで足りる、と整理されていました。それと、同じ向きです。ここは、こちらの説明です。3号の前に、1つ考えてみてください。受益者のCが、Bが無資力だと知っていた。それだけで、3号を満たすでしょうか?

3号が求める知識は、無資力ではありません。債務者が隠匿等の処分をする意思を持っていたこと、その意思を知っていたこと、です。Bが苦しいと知っていても、Bが代金を隠すつもりだとは知らない。その場合、3号を欠きます。

⭐ 論文で書く規範:424条の2の3つの要件(成立要件) 相当の対価を得た処分は、原則として取り消せない。取り消せるのは、次の3つが全部そろうときだけ。1号 財産の種類の変更により、隠匿等の処分のおそれを現に生じさせる。2号 債務者が、行為の当時、対価として取得した財産について、隠匿等の処分をする意思をもっていた。3号 受益者が、行為の当時、その意思を知っていた。 (出どころ=条文(成立要件。民法424条の2の柱書と1号から3号。証明の向きは、条文の形と立案の過程の説明))

条文の要件を、短くまとめた成立要件です。正確な言葉は、条文で確かめてください。柱書、1号、2号、3号と、言い分けられれば足ります。

冒頭の設例に当てはめる

当てはめ1。A 債権者、B 債務者、C 受益者。AからBへ貸付900万円。BからCへ売却(土地を1500万円で)。CからBへ代金1500万円。Bは売る時から代金を隠すつもりで、実際に隠す。Cは、Bが代金を隠すつもりだとは知らなかった。1号=土地から現金に変わる、で満たす。2号=Bに隠す意思があり、満たす。3号=Cは知らず、欠く。結論=取り消せない。 図:当てはめ1

  • A 債権者、B 債務者、C 受益者
  • AからBへ貸付900万円
  • BからCへ売却(土地を1500万円で)
  • CからBへ代金1500万円
  • Bは売る時から代金を隠すつもりで、実際に隠す
  • Cは、Bが代金を隠すつもりだとは知らなかった
  • 1号=土地から現金に変わる、で満たす
  • 2号=Bに隠す意思があり、満たす
  • 3号=Cは知らず、欠く
  • 結論=取り消せない

冒頭の設例に、当てはめます。ケースを3つに分けます。1つめのケースです。Bが土地を1500万円でCに売りました。Bは、売る時から、代金を隠すつもりでした。Cは、Bが代金を隠すつもりだとは、知りませんでした。1号は、土地が現金に変わり、無資力のBに、隠すおそれが生じていて、満たします。2号は、売った時点の意思を見ます。Bは、売る時から代金を隠すつもりでしたから、満たします。欠けるのは、3号です。Cは、その意思を知りませんでした。ですから、取り消せません。代金を隠したのはBで、Cの取引は守られます。

当てはめ2。A 債権者、B 債務者、C 受益者。AからBへ貸付900万円。BからCへ売却(土地を1500万円で)。CからBへ代金1500万円。Bは代金を隠す。売る前に、Cは、Bから、代金は弟名義の口座に移して、Aには見つからないようにする、と聞いていた。1号と2号と3号がそろう。結論=取り消せる。 図:当てはめ2

  • A 債権者、B 債務者、C 受益者
  • AからBへ貸付900万円
  • BからCへ売却(土地を1500万円で)
  • CからBへ代金1500万円
  • Bは代金を隠す
  • 売る前に、Cは、Bから、代金は弟名義の口座に移して、Aには見つからないようにする、と聞いていた
  • 1号と2号と3号がそろう
  • 結論=取り消せる

2つめのケースです。Cは、売る前に、Bから、こう聞いていました。代金は、弟名義の口座に移して、Aには見つからないようにする。1号は、土地が現金に変わることで満たします。2号は、Bに、代金を隠す意思があります。3号は、Cが、その意思を、行為の当時に知っていました。要件が3つともそろいます。取り消せます。取り消すのは、Aです。Aは、この3つを、全部、証明しなければなりません。

当てはめ3。A 債権者、B 債務者、C 受益者。AからBへ貸付900万円。BからCへ売却(土地を1500万円で)。CからBへ代金1500万円。Bは代金を仕入れの資金に回して、店を続けるつもり。Cも、それを聞いていた。2号=Bに隠す意思はなく、欠く。結論=取り消せない。 図:当てはめ3

  • A 債権者、B 債務者、C 受益者
  • AからBへ貸付900万円
  • BからCへ売却(土地を1500万円で)
  • CからBへ代金1500万円
  • Bは代金を仕入れの資金に回して、店を続けるつもり
  • Cも、それを聞いていた
  • 2号=Bに隠す意思はなく、欠く
  • 結論=取り消せない

3つめのケースです。Bは、代金を、仕入れの資金に回して、店を続けるつもりでした。Cも、そのことを聞いていました。欠けるのは、どの号でしょうか?1号は、土地が現金に変わる点では満たす方向です。けれども、2号を欠きます。Bの頭にあるのは、仕入れです。隠すことでも、ただで渡すことでもありません。隠匿等の処分をする意思がありません。意思そのものが無い以上、Cが何を聞いていても、3号で知る対象が存在しません。ですから、取り消せません。苦しい債務者が、資産を売って店を立て直す道は、守られます。これが、改正の狙いでした。3つのケースを並べます。1つめは3号を欠き、取り消せない。2つめは3つともそろい、取り消せる。3つめは2号を欠き、取り消せない。どの号を欠くのか、を号の番号で言えるようにしてください。

証明の向きは、424条1項と逆になる

証明の向きの対比。424条1項=ただし書で、受益者が知らなかったことは、受益者が証明する(受益者の善意の証明)。424条の2=3号の、受益者が知っていたことは、取消債権者が証明する。向きが逆。理由=424条の2は、取り消せる場面を限った。いずれにも該当する場合に限り、という条文の形。取消しを求める側が3つとも証明する設計。根拠の種類=条文の形と立案の過程の説明。 図:証明の向きの対比

  • 424条1項=ただし書で、受益者が知らなかったことは、受益者が証明する(受益者の善意の証明)
  • 424条の2=3号の、受益者が知っていたことは、取消債権者が証明する
  • 向きが逆
  • 理由=424条の2は、取り消せる場面を限った
  • いずれにも該当する場合に限り、という条文の形
  • 取消しを求める側が3つとも証明する設計
  • 根拠の種類=条文の形と立案の過程の説明

証明の向きを、確かめます。424条1項は、本文で、取消しを請求できる、と書きます。こちらが原則です。そして、ただし書で、受益者が、行為の時に債権者を害することを知らなかったときは、取り消せない、と書きます。こちらが例外です。では、知らなかったことは、誰が証明するのでしょうか?受益者が証明する、という結論は、前の回で読んだ判例の判断です。理由のほうは、こちらの説明でした。Cで言えば、424条1項の場面で、知らなかったと言って取消しを免れたいのは、Cです。ですから、Cが証明します。424条の2は、向きが逆です。3号の、受益者が知っていたことは、取消債権者が証明します。受益者が、知らなかった、と証明するのではありません。設例で言えば、Cが知っていたことを、Aが証明します。どちらの条文でも、自分に有利な結果を求める側が証明する、という考え方は同じです。変わったのは、条文が、どちらを例外に置いたか、です。理由は、2つあります。1つは、条文の形です。いずれにも該当する場合に限り、という書き方は、取り消せる場面を絞っています。絞られた場面にあたると言って取消しを求める債権者が、3つとも示す設計です。もう1つは、立案の過程の説明です。破産の手続の否認でも、否認する側が3つの要件を証明します。その構造に合わせました。受益者に、立証の負担を負わせない設計です。これが、苦しい債務者と取引する人を、尻込みさせないことにつながります。

1つ補足します。破産の手続には、相手が親族や同居者、取締役などの内部者の場合に、隠す意思を知っていたと推定する規定があります。民法の条文には、これに当たる規定がありません。実務は、類推や、事実上の推定、つまり事情から知っていたと推し量るやり方で対応することが想定されていた、と説明されています。立案の過程の説明です。

424条と424条の2の比較

424条(基本)と424条の2(相当価格処分)の比較表。行=対象の行為/債務者の主観/受益者の主観/証明する人/根拠の種類。424条=財産を減らす度合いが強い行為(贈与・安い売却・債務の免除など)/債権者を害することを知っていた(認識で足り、意図は不要)/知らなかったと言えれば取り消されない(善意なら取り消せない)/債務者の認識は取消債権者、受益者の善意は受益者/条文と判例。424条の2=相当の対価を得た処分で、種類の変更により隠匿等のおそれを現に生じさせるもの/対価について隠匿等の処分をする意思/債務者のその意思を知っていた(知っていることが必要)/取消債権者が3つとも/条文(証明は、条文の形と立案の過程の説明)。

比較表で、まとめます。その前に、前の回の確認です。債務者の主観は、424条1項では、何が足りるのでしたか?条文の言葉は、意思ではなく、知って、でした。認識の問題です。そして、受益者の側は、害することを知らなかったことを、受益者が証明します。この2つが、左の列、424条の中身です。表を、順に見ます。1行目、対象の行為です。424条は、贈与、安い値段での売却、債務の免除など、財産を減らす度合いが強い行為です。424条の2は、相当の対価を得た処分で、財産の種類の変更によって、隠匿等の処分のおそれを現に生じさせるものです。2行目、債務者の主観です。424条は、債権者を害することを知っていたこと。424条の2は、対価について、隠匿等の処分をする意思です。重さが違います。3行目、受益者の主観です。424条は、受益者が知らなかったと言えれば、取り消されません。424条の2は、債務者の隠匿等の意思を、知っていたことが必要です。424条は、知らなければ免れる。424条の2は、知っていなければ取り消せない。4行目、どちらが証明するか、です。424条は、債務者の認識などは取消債権者が、受益者の知らなかったことは受益者が証明します。424条の2は、3つとも、取消債権者が証明します。5行目、根拠の種類は、424条が条文と判例、424条の2が条文です。ただし、3つとも取消債権者が証明する、という向きは、条文の形と、立案の過程の説明から導かれます。

論文で論点になりうる点を、一言だけ言います。424条の2の3つの要件は、条文どおりの成立要件です。他方、424条の詐害の意思が認識で足りることと、善意の証明が受益者にあることは、判例による規範です。成立要件と規範を、区別して書いてください。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の種類。1 改正前は相場の値段でも原則取り消せた。改正で、原則取り消せないに逆転=立案の過程の説明(改正前の判例の整理)と条文(424条の2)/2 424条の2の3つの要件は全部必要で、取消債権者が証明=条文(柱書の、いずれにも該当する場合に限り、と1号から3号)。証明の向きは条文の形と立案の過程の説明/3 424条1項との違い=債務者は、知って、か、意思か。受益者の善意は受益者が証明するか、悪意を取消債権者が証明するか=条文と判例、比較表はこちらの説明。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の種類
  • 1 改正前は相場の値段でも原則取り消せた
  • 改正で、原則取り消せないに逆転=立案の過程の説明(改正前の判例の整理)と条文(424条の2)/2 424条の2の3つの要件は全部必要で、取消債権者が証明=条文(柱書の、いずれにも該当する場合に限り、と1号から3号)
  • 証明の向きは条文の形と立案の過程の説明/3 424条1項との違い=債務者は、知って、か、意思か
  • 受益者の善意は受益者が証明するか、悪意を取消債権者が証明するか=条文と判例、比較表はこちらの説明

冒頭の問いに戻ります。Bは、土地を相場どおりの1500万円でCに売り、代金を隠しました。Aは、取り消せるのか、でした。答えは、こうです。Aが取り消せるのは、代金を隠すなどの処分をする意思をBが持っていて、Cもそれを知っていたときに限られます。Cが知らなければ、取り消せません。土地が現金に変わると、隠しやすくなる、という心配はあります。それでも、取り消すには、3つが全部要ります。3つの柱を整理します。1つめ、改正前は、相場の値段で売っても、原則として取り消せました。改正で、原則取り消せない、に逆転しました。根拠は、改正前の判例の整理についての立案の過程の説明と、424条の2の条文です。2つめ、424条の2の3つの要件は、全部が必要で、取消債権者が証明します。根拠は、柱書の、いずれにも該当する場合に限り、と、1号から3号の条文です。1号は、財産の種類の変更で隠匿等のおそれを現に生じさせること。2号は、債務者が、行為の当時、対価について、隠匿等の処分をする意思を持っていたこと。3号は、受益者が、行為の当時、その意思を知っていたこと。証明の向きは、条文の形と、立案の過程の説明から導かれます。3つめ、424条1項との違いです。債務者について、424条1項は、知って、で足り、424条の2は、意思が要ります。受益者について、424条1項は、知らなかったことを受益者が証明し、424条の2は、知っていたことを取消債権者が証明します。向きが逆でした。これは、条文と判例を並べた、こちらの比較です。

特則の1つめが済みました。特則は、あと2つ、次の回からです。

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#203単独ページ動画

偏頗行為(424条の3第1項)

第4章 債権総論 #203/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

弟にだけ返したのは、ずるいのか

冒頭の設例の関係図。A 取消債権者、B 債務者(小さな食品卸の会社)、C 受益者(社長の弟)。AからBへ債権900万円。CからBへ債権500万円。BからCへ弁済500万円。Bの手元の現金は500万円だけで、弁済のあとは0。問い=借金を返しただけなのに、Aは取り消せるのか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者(小さな食品卸の会社)、C 受益者(社長の弟)
  • AからBへ債権900万円
  • CからBへ債権500万円
  • BからCへ弁済500万円
  • Bの手元の現金は500万円だけで、弁済のあとは0
  • 問い=借金を返しただけなのに、Aは取り消せるのか

設例から入ります。Bは、小さな食品の卸売会社です。Aに、売掛代金900万円を払う立場にあります。ほかにも、払うべきお金があります。手元の現金は500万円だけで、支払期日の来たお金は、もう払い切れません。そこで社長は、Bに500万円を貸していた自分の弟Cに、その500万円を全額、返しました。Aには、払えなくなりました。借金を返しただけです。それでも、Aは、この返済を取り消せるでしょうか?先に答えを言います。借金を返す行為は、原則として、取り消せません。取り消せるのは、返したときにBが支払不能、つまり期日の来たお金を払い切れない状態で、しかも、BとCが示し合わせて、ほかの債権者を害するつもりだったときに限られます。なぜ原則が取り消せない、なのか。取り消せるのは、なぜその2つがそろったときなのか。今日の中身です。

預けた問いの答えは、424条の3にある

424条の3の位置。424条の3=既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為の特則。担保の供与=すでにある借金に、あとから抵当権を付ける。債務の消滅に関する行為=弁済、代物弁済など。項は2つ。第1項=原則(今日)/第2項=次の回。用語=偏頗行為(特定の債権者だけを有利にする行為)。 図:424条の3の位置

  • 424条の3=既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為の特則
  • 担保の供与=すでにある借金に、あとから抵当権を付ける
  • 債務の消滅に関する行為=弁済、代物弁済など
  • 項は2つ
  • 第1項=原則(今日)/第2項=次の回
  • 用語=偏頗行為(特定の債権者だけを有利にする行為)

424条の3は、すでにある借金について、特定の債権者を有利にする行為を扱います。条文の見出しは、特定の債権者に対する担保の供与等の特則です。扱う行為は、2種類あります。1つは、担保の供与です。たとえば、すでにある借金に、あとから抵当権を付けることです。もう1つは、債務の消滅に関する行為です。代表は弁済で、借金の代わりに別のもので済ませる代物弁済も入ります。どちらも、特定の債権者だけを有利にする行為、つまり偏頗行為です。424条の3は、項が2つあります。第1項が原則で、今日読みます。第2項は、次の回です。

偏頗行為は、なぜ原則として取り消せないのか

弁済の前後の財産。前=財産1000万円・借金800万円(うち300万円がCへの借金)・差し引き200万円。弁済300万円のあと=財産700万円・借金500万円・差し引き200万円(変わらない)。贈与300万円のあと=財産700万円・借金800万円・差し引きマイナス100万円(減る)。根拠の種類=こちらの説明。 図:弁済の前後の財産

  • 前=財産1000万円・借金800万円(うち300万円がCへの借金)・差し引き200万円
  • 弁済300万円のあと=財産700万円・借金500万円・差し引き200万円(変わらない)
  • 贈与300万円のあと=財産700万円・借金800万円・差し引きマイナス100万円(減る)
  • 根拠の種類=こちらの説明

数字で確かめます。ある債務者に、財産が1000万円あり、借金が800万円あるとします。その800万円のうち、300万円が、Cへの借金です。財産から借金を引いた差は、200万円です。ここで、考えてみてください。この債務者が、Cに300万円を返すと、財産の総額は減るでしょうか? 借金の総額は、どうなるでしょうか?財産は300万円減って、700万円になります。でも、Cへの借金も消えるので、借金は500万円になります。差し引きは、200万円のままです。弁済は、お金が出ていく代わりに、同じ額の借金が減る行為です。差し引きは変わりません。同じ300万円を、Cにただであげたとしたら、どうでしょうか。財産は700万円になりますが、借金は800万円のままです。差し引きは、マイナス100万円です。詐害行為とは、債務者が財産を減らして、債権者を害する行為のことでした。贈与は、差し引きを減らします。弁済は、減らしません。これが、原則として取り消せない、1つめの理由です。条文でも判例でもない、この講義での説明です。2つめの理由は、債務者の義務です。返す期限の来た借金を返すのは、債務者の義務の履行です。そして、債権者には、期限が来たら請求して受け取る権利があります。たとえるなら、閉店間際のレジの列です。順番が来たお客さんに商品を渡すのは、店の務めです。後ろに並ぶお客さんがいるからといって、止めることはできません。ほかに債権者がいるからといって、その権利の行使が妨げられる理由は、ありません。この義務の履行の点は、あとで読む判決も同じ趣旨を述べています。レジの列のたとえは、こちらの説明です。

3つめは、判例です。次の判決を読みます。

判例の事案の関係図。債務超過の会社、手形の所持人(債権者の1人)、別の債権者。会社が振り出した約束手形の所持人は、満期の日に不渡りになることを知り、前日に、会社の社員に、手形金の支払いを強く求めた。社員は売掛金を取り立てて払うことにし、数日にわたって集金。最初の日の集金分は別の債権者への弁済に充て、その後の集金分から、手形金の一部を払った。取消しを求めたのは、最初の集金分を受けた債権者とは別の、会社のほかの債権者。原審は取消しを認め、最高裁は原判決を破棄して差し戻した。 図:判例の事案の関係図

  • 債務超過の会社、手形の所持人(債権者の1人)、別の債権者
  • 会社が振り出した約束手形の所持人は、満期の日に不渡りになることを知り、前日に、会社の社員に、手形金の支払いを強く求めた
  • 社員は売掛金を取り立てて払うことにし、数日にわたって集金
  • 最初の日の集金分は別の債権者への弁済に充て、その後の集金分から、手形金の一部を払った
  • 取消しを求めたのは、最初の集金分を受けた債権者とは別の、会社のほかの債権者
  • 原審は取消しを認め、最高裁は原判決を破棄して差し戻した

事案を、役割で言います。債務超過の会社が振り出した約束手形があります。約束手形とは、決められた日に決められた金額を払うと約束した証券です。この手形を持っている人、つまり所持人は、会社の債権者の1人です。所持人は、満期の日に不渡りになる、つまり払ってもらえなくなると知っていました。そこで、満期の前日から、会社の社員に、手形金を払うよう、強く求めました。社員は、売掛金を集めて払うことにして、数日にわたって集金しました。最初の日の集金分は、別の債権者への弁済に回しました。そして、その後の集金分から、手形金の一部を払いました。この手形金の弁済の取消しを求めたのは、会社のほかの債権者の1人です。最初の日の集金分を受け取った債権者ではありません。原審は、弁済の期限のあとの弁済であっても、受け取る債権者が、他の債権者を害するつもりで前日から求め、会社もそれを知って応じたのだから、通謀して弁済したものだ、として、取消しを認めました。最高裁は、これを破棄して、差し戻しました。次が、その判旨です。

判例最判昭33・9・26 民集12巻13号3022頁

弁済は原則として詐害行為にならない 債権者平等分配の原則は、破産宣告をまつて始めて生ずるものであるから、債務超過の状況にあつて一債権者に弁済することが他の債権者の共同担保を減少する場合においても、右弁済は、原則として詐害行為とならず、唯、債務者が一債権者と通謀し、他の債権者を害する意思をもつて弁済したような場合にのみ詐害行為となるにすぎないと解するを相当とする。

言葉を直します。「債権者平等分配の原則」とは、債務者の財産が足りないとき、債権者みんなで、債権の額に応じて公平に分ける、という考え方です。「破産宣告」は、今で言う、破産手続の開始の決定です。「共同担保」は、債権者みんなの引き当てになる、債務者の財産のことです。「唯」は、ただ、と読み、「通謀」は、示し合わせることです。判決が述べたことは、こうです。公平に分ける原則は、破産の手続が始まって初めて生じます。ですから、債務超過で、1人に返すと他の債権者の引き当てが減る場合でも、その弁済は、原則として、詐害行為になりません。例外は、債務者が1人の債権者と示し合わせて、他の債権者を害する意思で弁済した場合だけです。2つ、区別してください。「破産の手続の前に、債権者の平等は生じない」は、判決の言葉です。さきほどの「財産の総額が変わらない」は、判決の言葉ではなく、こちらの説明です。それから、この事案の結論です。最高裁は、2つの点を挙げました。1つめ。所持人は、自分も経済状態が苦しかったから強く求めた、と主張していました。それが認められるなら、会社は、払うべき債務を、強く求められてやむなく払ったことになり、原審が認めた経緯だけでは、通謀とは言い難い。2つめ。会社は、最初の日の集金分を、ほかの債権者への弁済に回していました。この事実からも、所持人を優先して、ほかの債権者を避ける示し合わせがあったとは、断じ難い。そこで最高裁は、原判決を破棄して、差し戻しました。

まとめます。弁済は、原則として、詐害行為になりません。この原則の例外を、2017年の改正で条文にしたのが、424条の3です。

取り消せる場合——424条の3第1項の2つの要件

424条の3第1項の構造。柱書=債務者がした既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為について、債権者は、次の要件のいずれにも該当する場合に限り、詐害行為取消請求ができる。1号=その行為が、債務者が支払不能の時に行われた(客観の要件)。2号=その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われた(主観の要件)。根拠の種類=条文。 図:424条の3第1項の構造

  • 柱書=債務者がした既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為について、債権者は、次の要件のいずれにも該当する場合に限り、詐害行為取消請求ができる
  • 1号=その行為が、債務者が支払不能の時に行われた(客観の要件)
  • 2号=その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われた(主観の要件)
  • 根拠の種類=条文

条文を読みます。今日読むのは、第1項の柱書、1号、2号です。

条文民法424条の3第1項

民法第424条の3第1項 債務者がした既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為について、債権者は、次に掲げる要件のいずれにも該当する場合に限り、詐害行為取消請求をすることができる。 一 その行為が、債務者が支払不能(債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう。次項第一号において同じ。)の時に行われたものであること。 二 その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。

まず、柱書です。既存の債務についての担保の供与や、債務の消滅に関する行為について、次の要件の、いずれにも該当する場合に限り、取消しを請求できる、と書いています。2つとも必要です。原則は取り消せない。取り消せるのは、全部そろった場合に限る。これは、条文の形から読めることです。1号は、客観の要件です。その行為が、債務者が支払不能の時に行われたものであること。支払不能の中身は、1号のかっこ書きで定義されています。次の節で解きます。2号の前に、復習です。424条1項で、債務者について必要な主観は、害することを知っていること、害する意図、どちらでしたか?

知っていれば足りて、意図までは要らなかったと思います。424条1項の債務者は、害することを知っている、つまり認識で足りました。受益者のほうは、知らなかったと証明できれば、取り消しを免れました。2号は、それより重い主観です。債務者と受益者とが通謀して、他の債権者を害する意図をもって行われたこと。通謀とは、示し合わせることです。つまり、債務者だけでは足りません。受益者も、加わっていなければなりません。そして、2号は、知っていれば足りる424条1項より、重い主観を求めています。条文の言葉が、通謀して、害する意図、だからです。さきほどのレジの列でいえば、店と一部のお客さんが示し合わせて、後ろのお客さんに回さないために、裏口で先に渡してしまう場面です。さきほどの判例の言葉でいえば、一債権者と通謀し、他の債権者を害する意思で弁済した、という例外です。立案の過程の説明では、この判例の考え方を条文にしたのが2号だ、と整理されています。判例は、害する意思の中身を細かく定義していません。意図の中身を、判例が決めている、とは言わないでください。前に、特定の債権者への弁済のような行為は、より強い主観が要る、という整理を見ました。その重い主観の中身が、この2号です。取消しを求めるのは、取消債権者です。1号と2号は、取消債権者が証明します。理由は2つです。1つは、条文の形です。いずれにも該当する場合に限り、という書き方は、取り消せる場面を絞っています。前の回で、裁判では、自分に有利な結果を求めるがわが、その根拠になる事実を証明する、という考え方を見ました。絞られた場面に当たると言って、取消しという有利な結果を求めるのは、取消債権者です。ですから、取消債権者が証明します。424条1項のただし書で、知らなかったと言って取消しを免れたい受益者が証明したのと、考え方は同じで、向きだけが逆です。もう1つは、立案の過程の説明です。改正前の判例のもとでも、通謀を主張して証明するのは、取り消したい原告の側でした。受益者が、通謀が無かったと証明するのではありません。

なぜ絞ったのか(立案の過程の説明)。1 逆転現象=破産の手続の否認では、原則として、支払不能になったあとの弁済だけを偏頗行為として否認の対象にしていた。民法は広く取り消せたため、平時なら債権者が取り消せるのに、破産管財人は否認できなかった。2 萎縮の防止=苦しい債務者から弁済を受ける債権者が、あとから取り消されるのをおそれて尻込みしないよう、取消しの対象を明確にして限定した。支払不能かどうかが行為の基準になる。そのうえで、実際の裁判では、通謀して害する意図があった不当な弁済だけが取り消される。3 判例の考え方を条文にした=通謀・害意の考え方を条文にし、破産法にそろえて支払不能を足した。 図:なぜ絞ったのか

  • 立案の過程の説明
  • 1 逆転現象=破産の手続の否認では、原則として、支払不能になったあとの弁済だけを偏頗行為として否認の対象にしていた。民法は広く取り消せたため、平時なら債権者が取り消せるのに、破産管財人は否認できなかった。2 萎縮の防止=苦しい債務者から弁済を受ける債権者が、あとから取り消されるのをおそれて尻込みしないよう、取消しの対象を明確にして限定した。支払不能かどうかが行為の基準になる。そのうえで、実際の裁判では、通謀して害する意図があった不当な弁済だけが取り消される。3 判例の考え方を条文にした=通謀・害意の考え方を条文にし、破産法にそろえて支払不能を足した。

なぜ、ここまで要件を絞ったのでしょうか。改正のときの、立案の過程の説明です。3つあります。1つめ、逆転現象の解消です。破産の手続には、前の回でも出てきた、否認権という似た働きをする制度があります。否認権は、原則として、支払不能になったあとの弁済だけを、偏頗行為として否認の対象にしていました。ところが、民法の取消しは、もっと広く取り消せました。まだ破産していない平時なら債権者が取り消せるのに、破産管財人、つまり破産の手続で債務者の財産を管理する人は否認できない、という順序のずれです。2つめ、萎縮の防止です。経済的に苦しい債務者から、返してもらおうとする債権者は、あとから取り消されるのではないかと、尻込みしかねません。そこで、取消しの対象を、明確にして、限りました。支払不能かどうかに注意して行動すればよい、という行為の基準になります。そのうえで、実際の裁判では、通謀して害する意図があった不当な弁済だけが、取り消されます。3つめ、判例の考え方を条文にしたことです。通謀と害意、つまり害する意思の考え方を条文にして、そこに、破産法にそろえて、支払不能を足しました。改正前との違いを、こちらの整理で言います。改正前の判例は、債務超過の状態を前提に、通謀して他の債権者を害する意思があれば、取り消せるとしていました。改正で、支払不能の時、という要件が加わり、取り消せる範囲が狭くなりました。原則は取り消せない。取り消せるのは、支払不能の時に、通謀して他の債権者を害する意図で返した場合だけ。冒頭の答えは、この条文の形そのものです。

支払不能とは何か——債務超過とどう違うか

支払不能の定義(1号のかっこ書き)。債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態。弁済期にあるもの=すでに期限が来た債務/一般的=特定の債務だけでなく全体として/継続的=一時的ではなく/支払能力を欠く=財産・信用・労務による収入のいずれをもってしても払えない(標準的な説明)。根拠の種類=条文、一語ずつの読みはこちらの説明。 図:支払不能の定義

  • 1号のかっこ書き
  • 債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態。弁済期にあるもの=すでに期限が来た債務
  • 一般的=特定の債務だけでなく全体として
  • 継続的=一時的ではなく
  • 支払能力を欠く=財産・信用・労務による収入のいずれをもってしても払えない(標準的な説明)。根拠の種類=条文、一語ずつの読みはこちらの説明。

支払不能を、1号のかっこ書きで解きます。債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態です。一語ずつ読みます。ここからは、こちらの説明です。「弁済期にあるもの」とは、すでに期限が来た債務のことです。「一般的」とは、特定の債務だけでなく、全体として、ということです。「継続的」とは、一時的ではなく、続いている、ということです。「支払能力を欠く」とは、財産でも、信用でも、働いて得る収入でも、どれをもってしても払えない、ということだと説明されます。

支払不能と債務超過(無資力)の比較。無資力(債務超過)=財産が借金に足りない。計算上の状態。支払不能=期限の来た債務を払えない状態。別の概念。例1(債務超過だが支払不能ではない)=住宅ローンを返している会社員。家の値段はローン残高より低いが、毎月の給料で、きちんと返せている。例2(債務超過ではないが支払不能になりうる)=山あいに広い土地を持つ旅館の経営者。資産は借金より多いが、買い手がつかず、今月の期日の来た借金を払えない。根拠の種類=条文(1号のかっこ書き)、2つの例はこちらの説明。

無資力は、財産が借金に足りない、つまり債務超過、という計算上の状態です。支払不能は、期限の来た債務を払えない、という状態です。別の概念です。例を2つ出します。1つめ。住宅ローンを返している会社員です。家の値段は、ローンの残高より下がっていて、計算上は債務超過です。けれども、毎月の給料で、きちんと返せています。この人は、支払不能ではありません。2つめ。山あいに広い土地を持つ、旅館の経営者です。資産は、借金より多く、債務超過ではありません。けれども、土地に買い手がつかず、今月、期日の来た借金を払えません。この人は、支払不能になりえます。計算のうえで財産があるかどうかではなく、期日に払えるかどうか。この違いを押さえてください。ただし、ここで比べたのは、2つの概念の違いです。詐害行為取消権に無資力が要ることは、立案の過程の説明でも、特則を通じた前提とされています。支払不能なら、それだけで取り消せる、という意味ではありません。もう1つ、回復の点です。解釈による整理です。行為のときに支払不能でも、その後、債務者が支払不能から回復したなら、もはや詐害行為ではなくなり、取り消せません。いま払えている債務者の取引を、あとから壊す必要は無いからです。ですから、取消しを求める裁判の終わりの時、つまり事実審の口頭弁論が終わる時点まで、支払不能の状態が続いていることが前提になります。前に、無資力の要件で、行為の時は無資力でも、裁判の終わりの時に資力が回復していれば取り消せない、と見たのと同じ考え方です。回復したことは、立案の過程の説明でも、取消しを求められた側が示す事情として整理されています。

冒頭の設例に当てはめる

設例の整理。A 取消債権者、B 債務者(小さな食品卸の会社)、C 受益者(社長の弟)。AからBへ債権900万円。CからBへ債権500万円。BからCへ弁済500万円。Bの手元の現金は500万円だけ。1号=弁済の時に支払不能か/2号=BとCが通謀して他の債権者を害する意図か。この2つが、そろうかどうかで決まる。 図:設例の整理

  • A 取消債権者、B 債務者(小さな食品卸の会社)、C 受益者(社長の弟)
  • AからBへ債権900万円
  • CからBへ債権500万円
  • BからCへ弁済500万円
  • Bの手元の現金は500万円だけ
  • 1号=弁済の時に支払不能か/2号=BとCが通謀して他の債権者を害する意図か
  • この2つが、そろうかどうかで決まる

冒頭の設例に、当てはめます。ケースを3つに分けます。決め手は、1号の、支払不能の時かどうか、そして2号の、通謀して他の債権者を害する意図かどうか、の2つです。なお、基本の5つの要件のうち、被保全債権と、債務者の無資力は、満たされているものとして進めます。

当てはめ1。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者。AからBへ債権900万円。CからBへ債権500万円。BからCへ弁済500万円。Bは支払期日の来たお金を払えない状態。社長とCは「Aに回る前に全部返しておこう」と話し合った。1号=支払不能の時で、満たす。2号=通謀して他の債権者を害する意図で、満たす。結論=取り消せる。 図:当てはめ1

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者
  • AからBへ債権900万円
  • CからBへ債権500万円
  • BからCへ弁済500万円
  • Bは支払期日の来たお金を払えない状態
  • 社長とCは「Aに回る前に全部返しておこう」と話し合った
  • 1号=支払不能の時で、満たす
  • 2号=通謀して他の債権者を害する意図で、満たす
  • 結論=取り消せる

1つめのケースです。Bは、支払期日の来たお金を、もう払えない状態でした。社長とCは、Aに回る前に全部返しておこう、と話し合って、500万円を返しました。1号は、返した時に、Bが支払不能でしたから、満たします。2号は、社長とCが示し合わせて、ほかの債権者を害する意図で返していますから、満たします。2つともそろいます。取り消せます。取り消すのはAで、Aは、この2つを証明しなければなりません。

当てはめ2。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者。AからBへ債権900万円。CからBへ債権500万円。BからCへ弁済500万円。返した時、Bは資金繰りが回っていて、支払期日の来た債務を普通に払えていた。半年後に行き詰まった。1号=返した時は支払不能ではなく、欠く。結論=取り消せない。 図:当てはめ2

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者
  • AからBへ債権900万円
  • CからBへ債権500万円
  • BからCへ弁済500万円
  • 返した時、Bは資金繰りが回っていて、支払期日の来た債務を普通に払えていた
  • 半年後に行き詰まった
  • 1号=返した時は支払不能ではなく、欠く
  • 結論=取り消せない

2つめのケースです。返した時、Bは、まだ資金繰りが回っていて、期日の来た債務を、普通に払えていました。半年後に、行き詰まりました。欠けるのは、1号です。返した時に、支払不能ではなかったからです。あとから行き詰まっても、取り消せません。これが、要件を絞った狙いでもあります。返してもらう側は、その時に債務者が払えているかどうかに注意していれば、守られます。

当てはめ3。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者。AからBへ債権900万円。CからBへ債権500万円。BからCへ弁済500万円。Bは支払不能だった。Cは、期限の来た貸金を普通に請求し、Bが応じて払っただけ。示し合わせてはいない。2号=通謀がなく、欠く。親族であること自体は通謀ではない。結論=取り消せない。 図:当てはめ3

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者
  • AからBへ債権900万円
  • CからBへ債権500万円
  • BからCへ弁済500万円
  • Bは支払不能だった
  • Cは、期限の来た貸金を普通に請求し、Bが応じて払っただけ
  • 示し合わせてはいない
  • 2号=通謀がなく、欠く
  • 親族であること自体は通謀ではない
  • 結論=取り消せない

3つめのケースです。Bは、支払不能でした。けれども、Cは、期限の来た貸金を、普通に請求しました。Bは、それに応じて払っただけです。示し合わせては、いません。親族であること自体は、通謀ではありません。1号は満たしますが、2号を欠きます。ですから、取り消せません。民法には、親族だから通謀と推定する、という規定は置かれませんでした。立案の過程で、見送られたものです。実務では、事情から通謀を推し量る、というやり方が想定されていました。ですから、Aは、2人が示し合わせたことを、具体的な事実で証明する必要があります。先ほどの判例の事案は、この3つめのケースに近い形です。最高裁は、強く求められてやむなく払ったという事情が認められるなら、原審が認めた経緯だけでは、通謀とは言い難い、と述べていました。

判例。債務超過の債務者が、特定の債権者に、債務の弁済に代えて、第三者に対する自分の債権を譲り渡した。原審=譲り渡した債権の額が債務の額を超えない以上、弁済と同じで、詐害行為の問題は生じない。最高裁=他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀し、その債権者だけに優先的に満足を得させる意図であれば、譲り渡した債権の額が債務の額を超えなくても、取消しの対象になる。破棄差戻し。 図:判例

  • 債務超過の債務者が、特定の債権者に、債務の弁済に代えて、第三者に対する自分の債権を譲り渡した
  • 原審=譲り渡した債権の額が債務の額を超えない以上、弁済と同じで、詐害行為の問題は生じない
  • 最高裁=他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀し、その債権者だけに優先的に満足を得させる意図であれば、譲り渡した債権の額が債務の額を超えなくても、取消しの対象になる
  • 破棄差戻し

設例は、お金で返す弁済でした。債務の消滅に関する行為には、別のもので済ませる代物弁済も入りました。借金の額を超えないもので済ませた代物弁済も、弁済と同じ考え方で取り消せるのか。判例を1つ読みます。債務超過の債務者が、特定の債権者に、債務の弁済に代えて、第三者に対する自分の債権を譲り渡した事案です。原審は、譲り渡した債権の額が債務の額を超えない以上、弁済と同じで、詐害行為の問題は生じない、としました。最高裁は、破棄して差し戻しました。

判例最判昭48・11・30 民集27巻10号1491頁

債権譲渡による代物弁済と詐害行為 債務超過の状態にある債務者が、他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀し、右債権者だけに優先的に債権の満足を得させる意図のもとに、債務の弁済に代えて第三者に対する自己の債権を譲渡したときは、たとえ譲渡された債権の額が右債権者に対する債務の額を超えない場合であつても、詐害行為として取消の対象になるものと解するのが相当だからである。

判決の言葉を直します。「右債権者」は、さきほど出てきた、その特定の債権者のことです。「たとえ」から「場合であつても」までは、額が超えない場合でも、という意味です。結論は、こうです。他の債権者を害することを知りながら、特定の債権者と通謀して、その人だけに優先的に満足を得させる意図で代物弁済をしたなら、譲り渡したものの額が債務の額を超えなくても、取消しの対象になります。代物弁済は、借金より価値が大きくなくても、通謀して害する意図があれば、偏頗行為として取り消せる、ということです。原審は、弁済と同じだから、債務者に害する意思があったかどうかにかかわらず、問題にならない、と考えました。けれども、弁済にも例外がありました。通謀して害する意思があれば、取り消せます。代物弁済を弁済と同じに扱うなら、この例外も、同じように当たります。ですから、害する意思があったかどうかを判断しないまま退けた原審は、誤りだとされました。原審の考え方は判決に書かれていて、代物弁済に例外が当たる理由は、こちらの説明です。借金より価値の大きなもので払う代物弁済は、次の回で扱います。なお、この判決は、債務超過を前提にした言い方で、改正前のものです。今の条文では、ここに、支払不能の時、という1号の要件が加わります。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の種類。1 偏頗行為は原則取り消せない=判例(破産の前に平等は生じない/債務者の義務)とこちらの説明(財産の総額が変わらない)/2 取り消せるのは、支払不能の時で、通謀して他の債権者を害する意図のとき=条文(424条の3第1項)と立案の過程の説明(取消債権者が証明)/3 支払不能は債務超過(無資力)と別=条文(1号のかっこ書き)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の種類
  • 1 偏頗行為は原則取り消せない=判例(破産の前に平等は生じない/債務者の義務)とこちらの説明(財産の総額が変わらない)/2 取り消せるのは、支払不能の時で、通謀して他の債権者を害する意図のとき=条文(424条の3第1項)と立案の過程の説明(取消債権者が証明)/3 支払不能は債務超過(無資力)と別=条文(1号のかっこ書き)

冒頭の問いに戻ります。Bが、社長の弟Cにだけ500万円を返しました。Aは取り消せるのか、でした。答えは、こうです。借金を返す行為は、原則として取り消せません。取り消せるのは、返した時にBが支払不能で、しかも、BとCが通謀して他の債権者を害する意図だった場合に限られます。社長の弟でも、示し合わせが無ければ、取り消せません。3つの柱を整理します。1つめ、偏頗行為は、原則として取り消せません。根拠は、破産の手続の前に債権者の平等は生じない、そして期限の来た債務を払うのは債務者の義務の履行だ、という判例と、財産の総額が変わらない、というこちらの説明です。2つめ、取り消せるのは、支払不能の時で、通謀して他の債権者を害する意図があったときです。根拠は、424条の3第1項の条文です。要件は2つとも必要で、取消債権者が証明します。証明の向きは、条文の形と立案の過程の説明からです。3つめ、支払不能は、債務超過、つまり無資力とは別の概念です。根拠は、1号のかっこ書きの条文です。期限の来た債務を、一般的かつ継続的に払えない状態のことでした。論文で論点になりうる点を、一言だけ言います。424条の3第1項の2つの要件は、条文どおりの成立要件です。他方、通謀の証明の向きや、回復したら取り消せないという点は、解釈や立案の過程の説明に基づく整理です。区別して書いてください。424条の3には、まだ続きがあります。次の回で見ます。

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#204単独ページ動画

非義務行為(424条の3第2項)と過大な代物弁済(424条の4)

第4章 債権総論 #204/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

期限の前に返した借金は、取り消せるのか

冒頭の設例の関係図。A 取消債権者、B 債務者(小さな会社)、C 受益者(貸主)。AからBへ債権900万円。CからBへ債権300万円(期限は来年3月)。BからCへ11月に弁済300万円。もう一つの問い=Cへの200万円の借金を、時価800万円の土地を渡して払った。問い=どちらも借金を返しただけなのに、Aは取り消せるのか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者(小さな会社)、C 受益者(貸主)
  • AからBへ債権900万円
  • CからBへ債権300万円(期限は来年3月)
  • BからCへ11月に弁済300万円
  • もう一つの問い=Cへの200万円の借金を、時価800万円の土地を渡して払った
  • 問い=どちらも借金を返しただけなのに、Aは取り消せるのか

設例を二つ、続けて出します。Bは、小さな会社です。Aには900万円、貸主のCには300万円を払う立場にあります。Cへの300万円の期限は、来年の3月です。ところが、まだ期限の来ていない11月に、BはCに頼まれて、300万円を全額返しました。これが一つめです。二つめは、別の場面です。BはCに200万円の借金を負っていて、期限も来ています。Bは、その200万円を、時価800万円の土地を渡して払いました。どちらも、借金を返しただけです。それでも、ほかの債権者Aは、取り消せるでしょうか?先に答えを言います。一つめ。期限前の弁済のように、債務者に義務のない行為は、債務者が支払不能になる前30日以内に行われ、しかも通謀して他の債権者を害する意図があれば、取り消せます。二つめ。借金より大きな物で払ったときは、過大な部分だけは、ふつうの424条の要件で取り消せます。なぜ30日さかのぼるのか。なぜ過大な部分だけなのか。今日の中身です。前の回で、424条の3の第1項を読みました。言葉を2つだけ戻します。支払不能は、期限の来た債務を払えない状態でした。財産が借金に足りない無資力とは、別の概念です。通謀とは、示し合わせることです。この条文は項が2つあり、前の回に預けた第2項が、今日です。

義務のない行為は、30日さかのぼる

期限前弁済の時系列。来年3月=Cへの借金の期限。11月20日=BがCへ300万円を弁済。12月10日=Bが支払不能になる。弁済は支払不能になる20日前で、支払不能になる前30日以内の枠に入る。 図:期限前弁済の時系列

  • 来年3月=Cへの借金の期限
  • 11月20日=BがCへ300万円を弁済
  • 12月10日=Bが支払不能になる
  • 弁済は支払不能になる20日前で、支払不能になる前30日以内の枠に入る

期限の来ていない借金を、債務者が先に返す義務は、あるでしょうか?ないと思います。期限までは、返さなくてよいはずです。以前見たとおり、民法は、期限の利益、つまり期限が来るまで返さなくてよいという債務者の得を、債務者のためにあるものと推定しています。136条1項です。債務者が望めば、放棄して先に返すこともできます。2項です。期限前の弁済は、債務者の義務の履行ではありません。この、債務者に義務のない行為が、非義務行為です。条文の言葉では、債務者の義務に属せず、又はその時期が債務者の義務に属しない行為です。2種類あります。1つは、時期が義務に属しない行為で、典型が、今の期限前弁済です。もう1つは、行為そのものが義務に属しない行為です。たとえば、契約で担保を差し出す約束がないのに、あとから抵当権を設定する行為です。前の回と同じく、根拠の種類を言い分けます。条文、判例、改正のときになぜそう決めたのかという立案の過程の説明、条文の言葉から導く解釈による整理、それから、この講義での説明である、こちらの説明です。設例です。Bは、来年3月が期限の300万円を、11月20日に、Cへ全額返しました。そのあと、12月10日に、Bは支払不能になりました。返した日は、支払不能になる20日前です。通謀も、あったとします。なお、基本の5つの要件のうち、被保全債権と、債務者の無資力は、満たされているものとして進めます。

第2項の前に、前の回の復習です。第1項で、取り消せるための2つの要件は、何でしたか?債務者が支払不能の時だったことと、債務者と受益者が通謀して、他の債権者を害する意図だったことです。11月20日は、まだ支払不能の時ではありません。第1項だけでは、この弁済は取り消せない形です。そこで、第2項を読みます。

条文民法424条の3第2項

民法第424条の3第2項 前項に規定する行為が、債務者の義務に属せず、又はその時期が債務者の義務に属しないものである場合において、次に掲げる要件のいずれにも該当するときは、債権者は、同項の規定にかかわらず、その行為について、詐害行為取消請求をすることができる。 一 その行為が、債務者が支払不能になる前三十日以内に行われたものであること。 二 その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。

柱書から読み分けます。前項に規定する行為とは、第1項の行為、つまり既存の債務の担保の供与や、債務の消滅に関する行為です。それが、債務者の義務に属せず、又はその時期が義務に属しない、つまり非義務行為である場合です。そして、同項の規定にかかわらず、とあります。第1項の要件を満たさなくても取り消せる、別の道、という意味です。要件は2つで、どちらも必要です。1号は、その行為が、債務者が支払不能になる前30日以内に行われたこと。2号は、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたこと。2号の言葉は、第1項の2号と同じです。設例は、支払不能の20日前でしたから、1号に当たります。通謀もありましたから、2号にも当たります。取り消せます。反対に、期限が来てからの弁済なら、債務者の義務の履行です。第2項ではなく、第1項、つまり支払不能の時かどうかと、通謀で判断します。

なぜ30日さかのぼるのか(立案の過程の説明)。抜け道=近いうちに行き詰まると察した債権者が、期限前弁済や担保の差入れを債務者に迫り、支払不能になる少し前に受け取る。対策=支払不能の少し前の義務のない行為にも取消しを広げて、この抜け道を塞ぐ。義務のない行為には、破産の手続の否認権にも似た作りの30日の枠があり、民法もその30日の枠の考え方を取り入れた。 図:なぜ30日さかのぼるのか

  • 立案の過程の説明
  • 抜け道=近いうちに行き詰まると察した債権者が、期限前弁済や担保の差入れを債務者に迫り、支払不能になる少し前に受け取る。対策=支払不能の少し前の義務のない行為にも取消しを広げて、この抜け道を塞ぐ。義務のない行為には、破産の手続の否認権にも似た作りの30日の枠があり、民法もその30日の枠の考え方を取り入れた。

義務のない行為だけ30日さかのぼる理由は、立案の過程の説明では、第1項の抜け道を塞ぐため、とされています。第1項だけだと、近いうちに会社が行き詰まると察した債権者が、義務のない期限前弁済や担保の差入れを債務者に迫り、支払不能になる少し前に受け取る、という抜け道が使えてしまいます。支払不能の少し前までは、取り消せないからです。そこで、義務のない行為だけは、支払不能の少し前にも、取消しを広げました。前の回で、否認権は、原則として、支払不能になったあとの弁済だけを対象にする、と見ました。義務のない行為は、その原則に対する例外です。否認権にも、似た作りの30日の枠があり、民法もその30日の枠の考え方を取り入れた、と説明されます。義務のある普通の弁済まで広げないのは、前の回で見たとおり、債務者には返す義務があり、債権者には受け取る権利があるからです。2点だけ補います。1つめは、解釈による整理です。前の回の第1項と同じく、第2項でも、取消しを求める裁判の終わりの時、つまり事実審の口頭弁論が終わる時点まで、支払不能の状態が続いていることが前提になります。回復していれば、取り消せません。2つめは、条文の形からの整理です。第2項は、義務に属しない行為であることを前提に置いていますから、取消債権者が、通謀に加えて、その行為が義務に属しない行為であることも示す、と整理されます。もう1つ。代物弁済は、第2項の非義務行為にあたるのでしょうか。ここで考えるのは、期限が来たあとの代物弁済です。期限が来た債務を、本来の給付ではない物で払います。時期は義務のとおりで、違うのは、払う方法だけです。条文は、行為と時期を書いて、方法は書いていません。第2項に含まれるとする見解と、含まれず第1項で判断するとする見解があり、分かれます。含まれると見れば、支払不能になる前30日以内の代物弁済まで取り消せます。含まれないと見れば、支払不能の時の代物弁済だけです。どちらの見解でも、支払不能の時の代物弁済は第1項で判断します。代物弁済が424条の3の対象になること自体は、どちらの見解でも変わりません。これは、3つめの柱で使います。

この柱を締めます。義務のない行為は、支払不能になる前30日以内に行われ、通謀して他の債権者を害する意図があれば、取り消せます。支払不能の少し前に受け取る抜け道を、塞ぐためです。

新たな借入れのための担保は、なぜ対象外か

2つの場面の比較。ア=すでに借りている200万円(無担保)の貸主に、あとから土地に抵当権を付けた。既存の債務の担保の供与で、424条の3の対象。イ=新たに200万円を借りると同時に、その借入れのために土地に抵当権を付けた。既存の債務の担保ではなく、424条の3の対象外。424条の2で考える。 図:2つの場面の比較

  • ア=すでに借りている200万円(無担保)の貸主に、あとから土地に抵当権を付けた
  • 既存の債務の担保の供与で、424条の3の対象
  • イ=新たに200万円を借りると同時に、その借入れのために土地に抵当権を付けた
  • 既存の債務の担保ではなく、424条の3の対象外
  • 424条の2で考える

424条の3が狙うのは、既存の債務についての担保の供与と、債務の消滅に関する行為でした。では、担保を差し出す行為なら、どれも424条の3に入るのでしょうか。二つの場面を比べます。アは、Bがすでに借りている200万円、無担保の貸主に、あとから土地に抵当権を付けた場面です。イは、Bが新たに200万円を借りると同時に、その借入れのために、土地に抵当権を付けた場面です。アは、すでにある借金についての担保の供与ですから、424条の3の対象です。イは、新たな借入れの担保です。「既存の債務」についての担保ではありませんから、424条の3の対象になりません。

違いは、見合うものを受け取っているかです。イは、200万円を借り入れて、相当の対価を得たうえで、担保を設定しています。経済的には、担保の目的物を差し出して、資金を調達したのと同じです。借金は増えますが、現金も同額増えます。ですから、424条の2、相当の対価を得てした財産の処分で考えます。前に見たとおり、この条文は、隠匿等の処分、つまり財産を隠す、ただで渡すといった処分のおそれを現に生じさせること、債務者がその処分をする意思を持っていたこと、受益者がその意思を知っていたこと、この3つの要件が全部そろう必要があり、通常は取り消せません。ここまでは、条文を前提にしたこちらの説明です。理由は、立案の過程の説明です。苦しい会社に、担保を取って救済の融資をしようとする人が、あとから取り消されるのをおそれて、尻込みしないようにするためです。再建の道を残す、という考え方です。用語を一つ。新たな借入れと同時にする、その担保の供与のことを、同時交換的行為と呼びます。試験では、既存の債務ではない、と言えれば足ります。

判例の事案の関係図。他に資力のない夫婦、貸主。貸主が生計費として10万円を貸し、夫婦は所有物を譲渡担保に出した。のちに長女の大学進学の費用として6万円を貸し、追加の担保が出された。16万円の借入れに対し、10万円を超えない物が担保。最高裁は原審を正当として上告を棄却。 図:判例の事案の関係図

  • 他に資力のない夫婦、貸主
  • 貸主が生計費として10万円を貸し、夫婦は所有物を譲渡担保に出した
  • のちに長女の大学進学の費用として6万円を貸し、追加の担保が出された
  • 16万円の借入れに対し、10万円を超えない物が担保
  • 最高裁は原審を正当として上告を棄却

判例を1つ、薄く見ます。改正前の判決ですが、新たな借入れのための担保を、どう見ていたかを示しています。事案を役割で言います。他に資力のない夫婦がいました。貸主が、生計費として10万円を貸し、夫婦は、所有物を譲渡担保に出しました。譲渡担保とは、お金を借りる代わりに、物の所有権を貸主に移しておく担保の形です。のちに、長女の大学進学の費用として、さらに6万円を貸し、追加の担保も出されました。結局、16万円の借入れのために、10万円を超えない物が担保に出されたことになります。最高裁は、原審の判断を正当として、上告を棄却しました。判旨を読みます。

判例最判昭42・11・9 民集21巻9号2323頁

生計費の借入れのための担保供与 その売買価格が不当に廉価であつたり、供与した担保物の価格が借入額を超過したり、または担保供与による借財が生活を営む以外の不必要な目的のためにする等特別の事情のない限り、詐害行為は成立しないと解するのが相当であり、

言葉を直します。「廉価」は安いこと、「超過」は超えること、「借財」は借金のことです。判決が述べたことは、こうです。他に資力のない債務者が、生計費などのために家財などを売ったり、担保に出したりする行為は、値段が不当に安い、担保の価格が借入額を超える、借金が生活を営む以外の不必要な目的のため、といった特別の事情がない限り、詐害行為になりません。この事案は、借入額が16万円で、担保は10万円を超えない物でした。なぜ詐害行為にならないのか。先ほどの、見合うものを受け取っているか、で読めます。担保が借入額の範囲に収まっていれば、差し出した物に見合うお金が、債務者の手元に入っています。判決が特別の事情に挙げた、値段が不当に安い場合や、担保の価格が借入額を超える場合は、この見合いが崩れる場面です。ここは、こちらの説明です。区別してください。「同時交換的行為」という呼び方は、この判決の言葉ではなく、立案の過程の説明で使われる呼び方です。そして、これは改正前の判例の例です。改正後は、新たな借入れのための担保を、424条の2の枠で考えます。

過大な代物弁済は、過大な部分だけ取り消せる

設例の関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者。AからBへ債権900万円。CからBへ債権200万円(弁済期は来ている)。BからCへ代物弁済(時価800万円の土地)。Bの財産は、この土地だけ。 図:設例の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者
  • AからBへ債権900万円
  • CからBへ債権200万円(弁済期は来ている)
  • BからCへ代物弁済(時価800万円の土地)
  • Bの財産は、この土地だけ

3つめの柱は、代物弁済です。前に、代物弁済は、債権者が合意すれば、物の値段が釣り合わなくても成立する、と見ました。100万円の債務に、60万円の山林を渡しても、債務は全部消えます。では、逆に、借金より大きな物で払ったらどうなるでしょうか。数字で考えます。Bの財産は、時価800万円の土地だけです。Bの債務は、Aに900万円、Cに200万円で、どちらも弁済期は来ています。BはCへの200万円の代物弁済として、土地を渡しました。土地は800万円、消えた債務は200万円です。差の600万円が、過大な部分です。Bの財産は、ゼロになりました。

過大な部分の数字。渡した土地=800万円。消えた債務=200万円。過大な部分=600万円。差し引き(財産から借金を引いた額)=前はマイナス300万円(財産800万円・借金1100万円)、後はマイナス900万円(財産0・借金900万円)。減った額=600万円。 図:過大な部分の数字

  • 渡した土地=800万円
  • 消えた債務=200万円
  • 過大な部分=600万円
  • 差し引き(財産から借金を引いた額)=前はマイナス300万円(財産800万円・借金1100万円)、後はマイナス900万円(財産0・借金900万円)
  • 減った額=600万円

差し引きで見ます。前の回で見たとおり、弁済は、財産が出ていく代わりに借金が同じ額減るので、差し引きは変わりません。Bは、土地800万円を失って、Cへの200万円の借金が消えました。財産は800万円からゼロに。借金は1100万円から900万円に。差し引きは、マイナス300万円から、マイナス900万円へ、600万円減りました。この減った600万円は、見合う借金の減りがありません。ただで渡したのと同じです。ここは、こちらの説明です。条文を読みます。

条文民法424条の4

民法第424条の4 債務者がした債務の消滅に関する行為であって、受益者の受けた給付の価額がその行為によって消滅した債務の額より過大であるものについて、第四百二十四条に規定する要件に該当するときは、債権者は、前条第一項の規定にかかわらず、その消滅した債務の額に相当する部分以外の部分については、詐害行為取消請求をすることができる。

読み分けます。債務者がした債務の消滅に関する行為であって、受益者の受けた給付の価額が、消滅した債務の額より過大であるもの。設例なら、受けた給付は800万円、消えた債務は200万円です。次に、第四百二十四条に規定する要件に該当するとき。つまり、ふつうの424条の要件です。前条第一項の規定にかかわらず、とは、424条の3の第1項の要件によらなくてよい、という意味です。そして、消滅した債務の額に相当する部分以外の部分、つまり200万円の部分を除いた、過大な600万円について、取消しを請求できます。

二段の構造。一段目=424条の3の要件(支払不能の時+通謀して他の債権者を害する意図)がそろう。取り消せるのは、代物弁済の全部(土地800万円)。二段目=424条の3の要件がそろわなくても、424条の要件がそろえば、取り消せるのは過大な部分600万円だけ。200万円の部分は取り消せない。 図:二段の構造

  • 一段目=424条の3の要件(支払不能の時+通謀して他の債権者を害する意図)がそろう
  • 取り消せるのは、代物弁済の全部(土地800万円)
  • 二段目=424条の3の要件がそろわなくても、424条の要件がそろえば、取り消せるのは過大な部分600万円だけ
  • 200万円の部分は取り消せない

構造を、二段で整理します。ここからは、こちらの説明です。一段目。代物弁済は、債務の消滅に関する行為ですから、424条の3の対象です。前の回で読んだ、代物弁済と詐害行為の判決は、借金の額を超えない代物弁済でも、通謀して害する意図があれば、偏頗行為、つまり特定の債権者だけを有利にする行為として取り消せるとしていました。額が見合っている部分も含めて、行為ごと取り消されるわけです。ですから、支払不能の時で、通謀して他の債権者を害する意図がある、という424条の3の要件がそろえば、代物弁済の全部、つまり800万円の土地を取り消せます。二段目。424条の3の要件がそろわなくても、過大な部分、600万円分については、424条の要件で取り消せます。理由は、先ほどの差し引きです。過大な部分は、贈与に近い、財産が減る行為だからです。200万円の部分は、取り消せません。借金が消えているので、財産の総額は変わらないからです。位置づけも、一文で。条文の言葉からの整理です。424条の3は、424条の特則です。特則は3つと数えましたが、424条の4は、債務の消滅に関する行為のうち、過大なものを取り出した条文ですから、その424条の3の、さらに特則にあたります。前条第一項の規定にかかわらず、と書かれているのは、そのためです。424条の要件を、設例に当てはめます。その前に、復習です。424条1項のただし書で、受益者が知らなかったと証明するのは、誰でしたか?

受益者のCです。向きは、今日も同じです。1つめ、被保全債権は、Aの900万円です。2つめ、無資力は、土地を失うとBの財産がゼロですから、満たします。3つめ、行為は、過大な部分で、財産を減らす行為です。4つめ、債務者の主観は、害することを知っていれば足ります。5つめ、受益者の主観は、Cが知らなかったと証明できれば、免れます。424条の3の、支払不能も、通謀も、要りません。424条の4の対象は、代物弁済だけに限りません。代物弁済のほか、債務を消す行為で、受益者の受けた給付が、消えた債務より大きいもの全般です。試験では、代物弁済を押さえれば足ります。土地のように分けられない物の、600万円分だけを取り消すとき、どう取り消して、どう戻すのかは、後の回で扱います。

424条と3つの特則を、表で比べる

424条と3つの特則の比較(1)。列=424条(基本)/424条の2/424条の3/424条の4。対象の行為=財産を減らす行為/相当の対価を得てした財産の処分/既存の債務の担保の供与・債務の消滅に関する行為/過大な代物弁済等。状態・時期=無資力/隠匿等の処分のおそれを現に生じさせる/支払不能の時(義務のない行為は支払不能になる前30日以内)/424条の要件に従う。取り消せる範囲=行為/行為/行為の全部/消えた債務の額に相当する部分以外の部分だけ。 図:424条と3つの特則の比較(1)。列=424条(基本)/424条の2/424条の3/424条の4。対象の行為=財産を減らす行為/相当の対価を得てした財産の処分/既存の債務の担保の供与・債務の消滅に関する行為/過大な代物弁済等。状態・時期=無資力/隠匿等の処分のおそれを現に生じさせる/支払不能の時(義務のない行為は支払不能になる前30日以内)/424条の要件に従う。取り消せる範囲=行為/行為/行為の全部/消えた債務の額に相当する部分以外の部分だけ。

要件編の締めです。基本の424条と、3つの特則を、同じ行で比べます。まず、1枚目の板です。対象の行為。424条は、財産を減らす行為です。424条の2は、相当の対価を得てした財産の処分。424条の3は、既存の債務の担保の供与と、債務の消滅に関する行為。424条の4は、過大な代物弁済等です。状態と時期。424条は、無資力です。424条の2は、隠匿等の処分のおそれを現に生じさせる行為です。424条の3は、支払不能の時で、義務のない行為は、支払不能になる前30日以内です。424条の4は、424条の要件に従います。この行に並ぶ支払不能は、無資力の代わりではありません。前の回で見たとおり、詐害行為取消権に無資力が要ることは、立案の過程の説明でも、特則を通じた前提とされています。取り消せる範囲。424条と424条の2は、行為です。424条の3は、行為の全部です。424条の4だけは、消えた債務の額に相当する部分以外の部分に限られます。同じ代物弁済でも、424条の3の要件がそろえば全部を取り消せるのは、先ほどの一段目のとおりです。

424条と3つの特則の比較(2)。列=424条(基本)/424条の2/424条の3/424条の4。債務者の主観=害することを知って/対価について隠匿等の処分をする意思/受益者と通謀して他の債権者を害する意図/害することを知って。受益者の主観=知らなかったら免れる(受益者が証明)/債務者の意思を知っていた(取消債権者が証明)/債務者と通謀して他の債権者を害する意図(取消債権者が証明)/知らなかったら免れる(受益者が証明)。 図:424条と3つの特則の比較(2)。列=424条(基本)/424条の2/424条の3/424条の4。債務者の主観=害することを知って/対価について隠匿等の処分をする意思/受益者と通謀して他の債権者を害する意図/害することを知って。受益者の主観=知らなかったら免れる(受益者が証明)/債務者の意思を知っていた(取消債権者が証明)/債務者と通謀して他の債権者を害する意図(取消債権者が証明)/知らなかったら免れる(受益者が証明)。

2枚目は、主観と証明です。債務者の主観。424条と424条の4は、害することを知っていれば足ります。認識で足りる、ということです。424条の2は、対価について隠匿等の処分をする意思。424条の3は、受益者と通謀して、他の債権者を害する意図です。受益者の主観と、証明する側。424条と424条の4は、受益者が、知らなかったと証明できれば、免れます。424条の2は、債務者の意思を知っていたことを、取消債権者が証明します。424条の3は、通謀を、取消債権者が証明します。読み方を、一文ずつ。基本の424条は、贈与のように、財産が出ていくだけの行為です。差し引きが減りますから、害することを知っていれば足ります。424条の2は、財産を売っても、相当の対価が入ります。424条の3は、弁済なら、財産が出ていく代わりに、借金が同じ額減ります。担保の供与も、財産の総額は変わらないまま、特定の債権者だけを有利にします。どちらも、差し引きは変わりません。行為の側が弱いぶん、知っていた、というだけでは足りず、隠匿等の処分をする意思や、通謀して害する意図という、重い主観がそろって初めて取り消せます。前に見た、弱い類型が特則に出ていき、特則の側に重い主観が条文の言葉として入っている、というのは、このことです。424条の4は、過大な部分に見合う借金の減りがなく、贈与に近いので、424条の要件そのままです。ここは、解釈による整理をもとにした、こちらの説明です。

論文で論点になりうる点を、一言だけ言います。424条の3と424条の4の要件は、条文どおりの成立要件です。他方、通謀の証明の向きや、回復したら取り消せないという点は、解釈や立案の過程の説明に基づく整理です。区別して書いてください。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の種類。1 義務のない行為は支払不能になる前30日以内でも取り消せる=条文(424条の3第2項)と立案の過程の説明/2 新たな借入れのための担保は424条の2で考える=条文(424条の2)と判例(改正前)/3 過大な代物弁済は過大な部分だけ424条で取り消せる=条文(424条の4)とこちらの説明。締め=424条と3つの特則の表。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の種類
  • 1 義務のない行為は支払不能になる前30日以内でも取り消せる=条文(424条の3第2項)と立案の過程の説明/2 新たな借入れのための担保は424条の2で考える=条文(424条の2)と判例(改正前)/3 過大な代物弁済は過大な部分だけ424条で取り消せる=条文(424条の4)とこちらの説明
  • 締め=424条と3つの特則の表

冒頭の問いに戻ります。Bが、期限前にCへ300万円を返しました。あるいは、200万円の借金を、800万円の土地で払いました。Aは取り消せるのか、でした。一つめ。期限前に返した借金は、支払不能になる前30日以内で、しかも通謀して他の債権者を害する意図があれば、取り消せます。二つめ。借金より大きな物で払ったときは、過大な部分だけ、ふつうの424条の要件で取り消せます。設例なら、600万円分です。3つの柱を整理します。1つめ、義務のない行為は、通謀して他の債権者を害する意図があれば、支払不能になる前30日以内でも取り消せます。根拠は、424条の3第2項の条文と、抜け道を塞ぐという立案の過程の説明です。2つめ、新たな借入れのための担保は、424条の3の対象にならず、424条の2で考えます。根拠は、条文と、改正前の判例の例です。3つめ、過大な代物弁済は、過大な部分だけ、424条で取り消せます。根拠は、424条の4の条文と、差し引きで見たこちらの説明です。締めの表で、424条と3つの特則を比べました。これで、取消しの要件が、要件5つと特則3つで、出そろいました。取り消したあとのことは、後の回で扱います。

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#205単独ページ動画

転得者に対する詐害行為取消請求(424条の5)

第4章 債権総論 #205/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

売った家が転売されたら、取消しは追いかけるのか

冒頭の設例の関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者。AからBへ債権1,500万円。BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で。Bの財産はこの家だけ)。CからDへ転売。問い=転売先のDまで、取消しは追いかけるのか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者
  • AからBへ債権1,500万円
  • BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で。Bの財産はこの家だけ)
  • CからDへ転売
  • 問い=転売先のDまで、取消しは追いかけるのか

設例です。Bは、Aに1,500万円を返す立場にあります。Bの財産は、時価2,400万円の家だけです。ところがBは、その家を、事情を知っている親族のCに、700万円で売りました。Aが取消しに動こうとすると、Cは、その家を、もうDに転売していました。取消しは、転売先のDにまで、追いかけるのでしょうか?先に答えを言います。Cに対して取り消せる場合で、Dも、家を買った時に、Bの売却が債権者を害すると知っていたなら、Dを相手に、家を取り戻せます。Dが知らなかったなら、Dには行けません。その場合は、Cに対して、家の代わりに、お金で返してもらう、価額の償還を求めます。前に見た、424条の6第1項の、返還が困難なときの定めです。なぜDが知っていたかどうかが、分かれ目なのか。それが今日の中身です。前の回で、受益者を相手にするときの取消しの要件が、要件5つと特則3つで、出そろいました。今日は、その続きで、相手が転得者のときに、何が足されるか、です。登場人物は、これまでどおりです。Aが取消債権者、Bが債務者、Cが受益者です。そしてDが、転得者です。転得者とは、受益者からさらに財産を受け取った人のことです。

転得者を相手にできる条件——424条の5

転売の連鎖の関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者、D 転得者(1人め)、E 転得者(Dから受け取った人)。BからCへ売却。CからDへ転売。DからEへ転売。取消債権者Aが訴える相手=受益者C、または、転得者(D・E)。 図:転売の連鎖の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者、D 転得者(1人め)、E 転得者(Dから受け取った人)
  • BからCへ売却
  • CからDへ転売
  • DからEへ転売
  • 取消債権者Aが訴える相手=受益者C、または、転得者(D・E)

入口の問いです。Cから買ったDにまで、Bの行為の取消しは及ぶでしょうか。Dは、BとCの間の事情を、知らずに買ったかもしれません。Dのように、受益者から財産を受け取った人を、転得者と呼びます。転得者がさらに先へ渡せば、その相手も転得者です。今日は、Dから受け取った人を、Eと呼びます。民法は、転得者の側の事情を、条文の言葉で、条件にしています。読みます。

条文民法424条の5

民法第424条の5 債権者は、受益者に対して詐害行為取消請求をすることができる場合において、受益者に移転した財産を転得した者があるときは、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める場合に限り、その転得者に対しても、詐害行為取消請求をすることができる。 一 その転得者が受益者から転得した者である場合 その転得者が、転得の当時、債務者がした行為が債権者を害することを知っていたとき。 二 その転得者が他の転得者から転得した者である場合 その転得者及びその前に転得した全ての転得者が、それぞれの転得の当時、債務者がした行為が債権者を害することを知っていたとき。

柱書、1号、2号に分けて読みます。柱書は、受益者に対して詐害行為取消請求をすることができる場合において、です。入口です。転得者に進む前に、まず、受益者のCに対して、取り消せる場面でなければなりません。424条から424条の4の要件を、Cとの関係で満たしている、ということです。前の回までに見た要件5つと特則3つは、この入口の中に、入っています。今日、新しく足されるのは、このあとの1号と2号、つまり転得者が知っていたこと、です。

1号と2号の違い(比較)。1号=受益者から直接転得した人(設例のD)、Dが転得の当時に知っていたとき請求できる。2号=他の転得者から転得した人(設例のE)、E自身とその前に転得した全ての転得者(D)が、それぞれの転得の当時に知っていたとき請求できる。 図:1号と2号の違い

  • 比較
  • 1号=受益者から直接転得した人(設例のD)、Dが転得の当時に知っていたとき請求できる。2号=他の転得者から転得した人(設例のE)、E自身とその前に転得した全ての転得者(D)が、それぞれの転得の当時に知っていたとき請求できる。

1号は、受益者から直接、転得した人です。設例のDです。Dが、転得の当時、つまりCから家を買った時に、債務者がした行為が債権者を害することを、知っていたとき、Dに対しても請求できます。Dが知っていたかどうかで分ける理由は、条文にも判例にも書かれていない、理解のための、こちらの説明です。取消しは、すでに済んだ他人の取引を、あとからひっくり返す、強い手段です。何も知らずに家を買ったDから、家を取り上げれば、Dにとっては不意打ちです。知っていて買ったDなら、取り上げられても、不意打ちではありません。だから、Dが知っていたかどうかが、分かれ目になります。2号は、他の転得者から転得した人です。設例のEです。Eに対して請求するには、E自身と、その前に転得した全ての転得者、つまりDも、それぞれの転得の当時に、知っていなければなりません。悪意かどうかは、各人が取得した、その時点で、各人について判断します。悪意とは、知っていたことです。反対に、知らなかったことは、善意と言います。

何を知っていればよいか、悪意が必要なのは誰までか。D、Eの順に転得。知っている対象=債務者がした行為が債権者を害すること(Cの悪意まで知る二重の悪意は要らない)。悪意が必要な人=被告にする転得者と、その前の人だけ(Eを被告ならEとD/Dを被告ならD/Eの後ろのFは要らない)。 図:何を知っていればよいか、悪意が必要なのは誰までか

  • D、Eの順に転得
  • 知っている対象=債務者がした行為が債権者を害すること(Cの悪意まで知る二重の悪意は要らない)
  • 悪意が必要な人=被告にする転得者と、その前の人だけ(Eを被告ならEとD/Dを被告ならD/Eの後ろのFは要らない)

Dについて、受益者のCの事情まで知っていることは、必要ありません。条文が求めているのは、債務者がした行為が債権者を害すること、を知っていたことです。設例なら、BがCに家を売ると、Bには、Aに返すお金が残らなくなる、という事情です。Cが知っていたことまで、Dが知っている必要は、条文には書かれていません。受益者の悪意についての悪意、いわゆる二重の悪意は、要らないということです。これは、条文の形から読めることです。2017年の改正のときに、なぜそう決めたのか、という立案の過程の説明では、二重の悪意まで求めるのは、厳しすぎるとされて、そこまでは求めない形になりました。ここからは、こちらの説明です。要件が一つ増えれば、Aが、Dを相手に取り戻せる場面は、それだけ狭くなります。もう一つ、数え方の注意です。悪意が必要なのは、被告、つまり訴える相手にする転得者と、その前の人だけです。Eを被告にするなら、EとDです。Dを被告にするなら、Dだけです。Eの後ろに、さらにFがいても、Fの事情は、要りません。条文が、その前に転得した、と書いているからです。前に、受益者が知らなかったことの証明についての判決を読んだとき、転得者は今の条文では別の扱いです、と言って、先に送りました。その続きです。受益者のほうは、424条1項のただし書に、受益者が知らなかったときは取り消せない、という形で書かれています。今の424条1項のただし書に、転得者の言葉はありません。転得者のほうは、いま読んだ424条の5が、請求できる場合の条件として、転得者が知っていたとき、と書いています。条文の書き方が、違うわけです。そのうえで、転得者が知っていたことを、どちらが証明するのか、という点は、条文には書かれていません。立案の過程の説明では、転得者が、債務者の親族などの内部者のときに、知っていたものと推定する規定は、民法には置かないことにして、実務の運用に任せるとされています。ですから、条文から言えるのは、転得者についての書き方が、受益者とは違う、というところまでです。

なぜ善意の人を経由すると、先へ行けないのか

善意の人を経由すると先へ行けない理由の板。受益者Cが善意=受益者に対して請求できない=転得者へ進む入口が閉じる(条文の言葉・柱書)/間のDが善意=後ろのEが悪意でも行けない(条文の言葉・2号)。理由=善意の人を経由した取引は後ろへ波及させない(立案の過程の説明)。 図:善意の人を経由すると先へ行けない理由の板

  • 受益者Cが善意=受益者に対して請求できない=転得者へ進む入口が閉じる(条文の言葉・柱書)/間のDが善意=後ろのEが悪意でも行けない(条文の言葉・2号)
  • 理由=善意の人を経由した取引は後ろへ波及させない(立案の過程の説明)

結論を暗記する前に、理由を押さえます。ここで、前に、受益者が知っていたかどうかを見た回の復習です。受益者が、債権者を害することを知らなかった、ということは、受益者と取消債権者の、どちらが証明するのでしたか?受益者のCです。受益者が、知らなかったと証明すれば、受益者に対して取り消せません。そして、柱書は、受益者に対して取消請求ができる場合を、入口に置いています。ですから、受益者のCが善意なら、Dが悪意でも、転得者に進む入口が、閉じています。ここまでは、条文の言葉です。では、なぜ、そう決めたのか。立案の過程の説明は、転得者の取引の安全を守るため、です。いったん善意の人を経由した取引は、後ろの人が悪意でも、画一的に落ち着かせます。破産の手続にある、前に見た否認権という似た働きをする制度とも、考え方をそろえました。破産の手続のほうが取り消しにくく、平時の債権者のほうが取り消しやすい、という逆転を避ける、という説明もあります。具体例で見ます。ここは、こちらの説明です。Cは、何も知らずに、Bから家を買いました。Cは、自分の物として、家を自由に売れるはずです。ここで、取り消す対象を確かめます。Dを相手にするときも、取り消すのは、CからDへの転売ではありません。もとの、BがCに家を売った行為です。前に読んだ424条1項が、取消しの対象を、債務者がした行為、としていたからです。ですから、Cが善意でもDに行ける、と仮に決めると、取り消されるのは、善意のCが買った、その取引です。あとでDが、事情を知って買ったというだけで、Cの買った取引が取り消されるなら、Cは、いつ取り消されるか分からない物を、持っていたことになります。善意のCが受け取った時点で、その取引は落ち着いた、という扱いにしておく。いったん鍵のかかった扉は、後ろの人が事情を知っていても、開けて戻らない、というイメージです。

2号も、同じ理由です。DとEが並んでいて、Dが善意なら、Eが悪意でも、Eには行けません。2号が、その前に転得した全ての転得者の悪意を求めているのは、条文の言葉です。理由は、先ほどと同じ、善意の人を経由した取引は、後ろへ波及させない、という立案の過程の説明です。組合せを、表にします。その前に、小さな問題です。Cが善意で、Dだけが悪意だったとします。Aは、Dを訴えられるでしょうか?受益者のCが善意なら、入口が閉じているので、Dには行けない、です。ここまでを、冒頭の問いに重ねます。Dを相手に取り戻せるのは、Cに対して取り消せる場合で、Dも知っていたときです。途中に、知らずに受け取った人が一人でもいれば、取消しは、その先へは行けません。表で確かめます。表のC悪意は、Cに対して取消請求ができる場合、という意味です。

組合せ表——誰に何を求められるか

善意悪意の組合せ表(その1)。表のC悪意=Cに対して取消請求できる場合のこと。1行目 C悪意・D悪意=Cにも、Dにも請求できる/Cには価額の償還、Dには家の返還。2行目 C悪意・D善意=Dには行けない/Cに取消しと価額の償還(前に見た424条の6第1項)。 図:善意悪意の組合せ表

  • その1
  • 表のC悪意=Cに対して取消請求できる場合のこと。1行目 C悪意・D悪意=Cにも、Dにも請求できる
  • Cには価額の償還、Dには家の返還。2行目 C悪意・D善意=Dには行けない
  • Cに取消しと価額の償還(前に見た424条の6第1項)。

1行目、Cも、Dも悪意です。Cを相手にしても、Dを相手にしても、請求できます。求める中身は、相手で変わります。Dを相手にするなら、家はDの手元にありますから、家の返還です。転得者に何を求められるかを定めた条文は、次の回で読みます。Cを相手にするなら、価額の償還です。Cは、家をDに転売していて、家そのものは返せないからです。2行目、Cが悪意、Dが善意です。Dには行けません。Cに、取消しとともに、価額の償還を求めます。冒頭の問いの、後半の答えは、この行です。Cへの価額の償還は、1行目も、2行目も、前に見た424条の6第1項の受けです。取り消せる相手のCは、もともと、受け取った家を返す立場です。その家が、転売で手元に無く、返還が困難なときです。そのときは、取消しとともに、財産の代わりに、値段分のお金、価額の償還を請求できる、という定めでした。ですから、Dには行けなくても、Cに対しては、家の代わりに、価額の償還を求められます。どこまで求められるか、債権の額との関係は、取消しの範囲の回で見ます。

善意悪意の組合せ表(その2)。表のC悪意=Cに対して取消請求できる場合のこと。3行目 C善意(Dは悪意でも)=どちらにも行けない。4行目 C悪意・D善意・E悪意=Eには行けない(Dも悪意が要る)/Cに価額の償還。5行目 C悪意・D悪意・E悪意=Eにも行ける/Eに家の返還(Eの後ろの人の事情は要らない)。間に善意の人がはさまる場合=4行目。 図:善意悪意の組合せ表

  • その2
  • 表のC悪意=Cに対して取消請求できる場合のこと。3行目 C善意(Dは悪意でも)=どちらにも行けない。4行目 C悪意・D善意・E悪意=Eには行けない(Dも悪意が要る)
  • Cに価額の償還。5行目 C悪意・D悪意・E悪意=Eにも行ける
  • Eに家の返還(Eの後ろの人の事情は要らない)。間に善意の人がはさまる場合=4行目。

3行目、Cが善意なら、Dが悪意でも、どちらにも行けません。4行目、Cが悪意、Dが善意、Eが悪意です。Eは、悪意でも、行けません。Dも悪意でなければならないからです。Cに、価額の償還を求めます。5行目、C、D、Eが、みんな悪意です。Eにも行けます。家はEの手元にありますから、Eに、家の返還を求めます。Eの後ろの人の事情は、要りません。ここで、小さな問題です。C悪意、D善意、E悪意のとき、Aは、Eを訴えられるでしょうか?Dが善意だから、Eが悪意でも、行けないです。Cに、価額の償還を求めることになります。2号は、Dの悪意も、求めています。

改正前と今の違い——判例と条文

改正前と今の違い(比較)。改正前=判例が、転得者自身が悪意なら前の人が善意でも追及を免れないと述べた/今=条文(2017年の改正)が、受益者に対して請求できることと、転得者と前の転得者の悪意を要件にし、前の人が善意のときは後ろへ行けない。変わらない点=善意悪意は各人の転得の当時の認識で決まる。 図:改正前と今の違い

  • 比較
  • 改正前=判例が、転得者自身が悪意なら前の人が善意でも追及を免れないと述べた
  • 今=条文(2017年の改正)が、受益者に対して請求できることと、転得者と前の転得者の悪意を要件にし、前の人が善意のときは後ろへ行けない。変わらない点=善意悪意は各人の転得の当時の認識で決まる。

いま見た、善意の人を経由すると先へ行けない、という決まりは、改正前の判例とは、逆です。その判例を1つ見ます。改正前の条文についての判決です。

判例最判昭49・12・12 集民113号523頁

受益者又は転得者の善意・悪意 民法四二四条所定の詐害行為の受益者又は転得者の善意、悪意は、その者の認識したところによつて決すべきであつて、その前者の善意、悪意を承継するものではないと解すべきであり、また、受益者又は転得者から転得した者が悪意であるときは、たとえその前者が善意であつても同条に基づく債権者の追及を免れることができないというべきである。

言葉を直します。「承継」は、引き継ぐことです。「追及」は、財産を追いかけて取り戻すことです。判決が述べたことは、2つです。1つめ、受益者や転得者が善意か悪意かは、その人自身の認識で決まり、前の人の善意や悪意を引き継ぎません。2つめ、転得者が悪意なら、前の人が善意でも、債権者の追及を免れません。改正で、2つめが変わりました。2017年の改正で、受益者に対して請求できることと、転得者と、その前の転得者の悪意が、条文の要件になりました。前の人が善意のときは、後ろへ行けない形です。1つめの、その人自身の認識で決まる、という部分は、条文でも、各人の転得の当時の認識として、残っています。論文で論点になりうる所です。424条の5の要件は、条文どおりの成立要件ですから、条文番号を付けて、条文の言葉で書きます。なぜ前の人が善意だと後ろへ行けないのか、は、立案の過程の説明です。理由づけに使い、要件の置き換えには使わない、という区別です。たとえば、Dに請求できるかを書くときは、1号の、転得の当時に知っていたか、を当てはめます。取引の安全を害するかどうか、を要件のように立てるのではありません。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の札。1 転得者を相手にできる2つの要件=条文(424条の5)/2 全員の悪意と、善意の人を経由すると先へ行けない理由=条文(2号)と立案の過程の説明と判例(改正前との違い)/3 組合せ表=条文(424条の5)と、前に見た424条の6第1項(Cへの価額の償還)。要点=Cに対して取り消せる場合で、Dが転得の当時に知っていたなら、Dに家の返還。Dが知らなければ、Cに価額の償還。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の札
  • 1 転得者を相手にできる2つの要件=条文(424条の5)/2 全員の悪意と、善意の人を経由すると先へ行けない理由=条文(2号)と立案の過程の説明と判例(改正前との違い)/3 組合せ表=条文(424条の5)と、前に見た424条の6第1項(Cへの価額の償還)
  • 要点=Cに対して取り消せる場合で、Dが転得の当時に知っていたなら、Dに家の返還
  • Dが知らなければ、Cに価額の償還

冒頭の問いに戻ります。Bは、唯一の財産の家を、事情を知る親族のCに安く売り、Cは、その家をDに転売していました。取消しは、転売先のDまで、追いかけるのか、でした。答えです。Cに対して取り消せる場合で、Dが、転得の当時に、Bの売却が債権者を害すると知っていたなら、Dに対しても、取消しを請求でき、家の返還を求められます。Dが知らなかったなら、Dには行けません。Cに対して、価額の償還を求めます。3つの柱を整理します。1つめ、転得者を相手にできる2つの要件です。受益者に対して請求できること、そして、転得者が、転得の当時に知っていたこと。根拠は、424条の5の条文です。2つめ、間に人がいれば、その前の人全員の悪意が要ること、そして、善意の人を経由すると先へ行けない理由です。根拠は、2号の条文と、善意の人を経由した取引は後ろへ波及させない、という立案の過程の説明です。改正前の判例との違いも、ここに入ります。3つめ、組合せ表です。Cが悪意でDも悪意なら、Dに家の返還。Cが悪意でDが善意なら、Cに価額の償還。Cが善意なら、どちらにも行けません。根拠は、424条の5の条文と、前に見た424条の6第1項です。転売先まで追いかけられる条件は、これで分かりました。取り消せると分かったあと、誰を相手に、いつまでに、どう訴えるかは、次の回です。

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#206単独ページ動画

詐害行為取消権の行使方法と期間制限(424条の7・426条)

第4章 債権総論 #206/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

取り消せるとして、どう訴えるのか

冒頭の設例の関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者。AからBへ債権1,500万円。BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で。Bの財産はこの家だけ)。CからDへ転売。問い=取り消せるとして、Aは誰を相手に、いつまでに、何を求めて訴えるのか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者
  • AからBへ債権1,500万円
  • BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で。Bの財産はこの家だけ)
  • CからDへ転売
  • 問い=取り消せるとして、Aは誰を相手に、いつまでに、何を求めて訴えるのか

設例を思い出してください。Bは、Aに1,500万円を返す立場にあります。Bの財産は、時価2,400万円の家だけです。ところがBは、その家を、事情を知っている親族のCに、700万円で売りました。Cは、その家をDに転売しています。ここまでで、取消しの要件は見てきました。では、取り消せるとして、Aは誰を相手に、いつまでに、何を求めて訴えるのでしょうか?先に答えを言います。1つめ、訴えで求めます。訴えられた側が逆に起こす訴え、つまり反訴でもよいのですが、反論として主張することはできません。被告になるのは受益者か転得者で、債務者のBは被告になりません。ただ、Bには、訴えを起こしたことを知らせます。これを訴訟告知といいます。2つめ、期間は、債権者が知った時から2年、行為の時から10年です。3つめ、求めるのは、債務者がした行為の取消しと、財産の返還です。返すのが難しければ、家の代わりに、お金で返してもらいます。これが価額の償還です。転得者を相手にできる要件は、前の回で見ました。Cに対して取り消せる場合で、Dも知っていたなら、Dに行けます。善意の人を経由すると先へ行けない、という点も、そこで見たとおりです。今日は、その先の、訴え方の話です。

取消しは、訴えで求める——抗弁では足りない

裁判上の行使の板。424条=裁判所に請求(裁判の外では行使できない=前に見た)。今日足す中身=訴えを起こす=可/反訴=可(判例)/抗弁として主張=不可(判例)。用語=訴え(裁判所に判断を求める手続を開くこと)/反訴(訴えられた側が、同じ手続の中で、逆に起こす訴え)/抗弁(相手の請求を退けるために出す反論)。板の下の出典注記=反訴で取消しを求めた事案=最判昭40・3・26 民集19巻2号508頁。 図:裁判上の行使の板

  • 424条=裁判所に請求(裁判の外では行使できない=前に見た)
  • 今日足す中身=訴えを起こす=可/反訴=可(判例)/抗弁として主張=不可(判例)
  • 用語=訴え(裁判所に判断を求める手続を開くこと)/反訴(訴えられた側が、同じ手続の中で、逆に起こす訴え)/抗弁(相手の請求を退けるために出す反論)
  • 板の下の出典注記=反訴で取消しを求めた事案=最判昭40・3・26 民集19巻2号508頁

まず、どこで請求するのか、からです。424条は、裁判所に請求することができる、と書いていました。裁判の外では行使できないことと、その理由は、前に見ました。今日足すのは、裁判のなかでの形です。手続の言葉を3つ言います。訴えとは、裁判所に判断を求める手続を開くことです。反訴とは、訴えられた側が、同じ手続の中で、逆に起こす訴えです。抗弁とは、相手の請求を退けるために出す反論です。求めているものが違います。抗弁は、相手の請求を退ける理由として、出すだけです。訴えは、取消しそのものについて、裁判所の判断を求めます。設例で考えます。CがAを相手に、この家は自分の物だと確認を求める訴えを起こしたとします。Aは、BからCへの売却は詐害行為だから取り消されるべきだと、反論したくなります。ここで、小さな問題です。Aは、この反論、つまり抗弁として、詐害行為の取消しを主張できるでしょうか?

抗弁としては、できない、だと思います。取消しを求めたいなら、Aは、同じ手続の中で、取消しを求める反訴を起こします。根拠は判例です。ここは判例の札です。判例の札とは、最高裁の判決が述べたことです。

判例最判昭39・6・12 民集18巻5号764頁

詐害行為の取消しの方法 民法四二四条の詐害行為の取消は訴の方法によるべきものであって、抗弁の方法によることは許されないものと解するのを相当とする。

判決の事案です。手形金の請求を受けた被告が、詐害行為の取消しを抗弁として主張しました。手形とは、お金の支払いを約束した証券です。原審は、その主張を主張自体が成り立たないとして退け、最高裁もそれを正当として、上告を棄却しました。判決の理由は、法律の規定から決まる、というものです。取消権の行使には、相手方に裁判の外で意思表示をする方法、裁判の中で意思表示をする方法、訴えによる方法がありえます。どれをとるかは、規定の書き方で決まります。判決当時の法律で、取り消せる法律行為の取消しは、相手方に対する意思表示と書かれていました。破産の手続で、破産した人が前にした行為の効力を否定することを、否認といいます。その否認は、当時の破産法で、訴え又は抗弁によると書かれていました。詐害行為の取消しは、当時の民法424条が、裁判所に請求することを得、と書いていました。そこで、訴えの方法による、と述べました。区別してください。判決が述べたのは、抗弁では許されない、というところまでです。反訴ならよい、とは、この判決は述べていません。ただ、反訴で取消しを求めた事案は別の最高裁判決にあり、そこでは反訴による取消しを前提に判断されています。反訴も訴えの一種で、裁判所に請求する形をとるからです。ですから、訴えを起こすほか、反訴でもよい、と整理されます。

誰を訴えるのか——被告は受益者か転得者

被告と訴訟告知の関係図。A 取消債権者から、C 受益者、またはD 転得者へ、訴え(被告)。A 取消債権者からB 債務者へ、訴訟告知(Bは被告ではない)。 図:被告と訴訟告知の関係図

  • A 取消債権者から、C 受益者、またはD 転得者へ、訴え(被告)
  • A 取消債権者からB 債務者へ、訴訟告知(Bは被告ではない)

次は、誰を相手にするのか、です。被告とは、裁判で、訴えられた側のことです。条文を読みます。

条文民法424条の7

民法第424条の7 1 詐害行為取消請求に係る訴えについては、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める者を被告とする。  一 受益者に対する詐害行為取消請求に係る訴え 受益者  二 転得者に対する詐害行為取消請求に係る訴え その詐害行為取消請求の相手方である転得者 2 債権者は、詐害行為取消請求に係る訴えを提起したときは、遅滞なく、債務者に対し、訴訟告知をしなければならない。

まず、第1項を読みます。第2項は、このあと読みます。第1項の1号は、受益者に対する請求の訴えなら、被告は受益者です。2号は、転得者に対する請求の訴えなら、被告は、その請求の相手方である転得者です。ここまでは、条文の言葉です。条文の言葉とは、条文にそのまま書かれていることです。大事なのは、被告に、債務者のBが入っていないことです。債務者は、被告になりません。設例なら、AがCを訴えるなら被告はC、AがDを訴えるなら被告はDです。どちらを訴えるかは、債権者が選びます。Cに対しても、Dに対しても請求できる組合せなら、どちらでもかまいません。なぜ、取消しの対象の行為をしたBを、被告にしないのか。これは立案の過程の説明です。立案の過程の説明とは、改正のときに、なぜそう決めたのか、として説明されていることでした。債務者を被告に含めると、行方が分からない場合や、法人の代表者が欠けている場合などに、手続が円滑に進まなくなります。また、この訴訟の実態は、限られた財産の奪い合いで、債務者は関心を失っていることが多いのです。債務者の手続の保障は、次に見る訴訟告知で足りる、とされました。改正前の判例の結論を、維持しています。小さな問題です。AがDを訴えるとき、Bを被告に加えなければならないでしょうか?

Bは被告にならないので、加えなくていいです。被告は、Dだけです。ただ、Bには、訴訟告知をします。

被告でない債務者に、なぜ知らせるのか——訴訟告知

訴訟告知の板。424条の7第2項=訴えを提起したら遅滞なく、債務者に訴訟告知をしなければならない(義務)。訴訟告知=訴訟が起きていることを、その訴訟に参加できる第三者に知らせること。債権者代位の訴えにも同じ仕組み=423条の6。理由=立案の過程の説明=取消しを認める確定判決の効力は債務者にも及ぶ(425条・中身は後の回)。被告にはしないが、関与の機会は保障する。 図:訴訟告知の板

  • 424条の7第2項=訴えを提起したら遅滞なく、債務者に訴訟告知をしなければならない(義務)
  • 訴訟告知=訴訟が起きていることを、その訴訟に参加できる第三者に知らせること
  • 債権者代位の訴えにも同じ仕組み=423条の6
  • 理由=立案の過程の説明=取消しを認める確定判決の効力は債務者にも及ぶ(425条・中身は後の回)
  • 被告にはしないが、関与の機会は保障する

訴訟告知の条文に入る前に、復習です。債権者代位の訴えを起こしたとき、債務者に訴訟告知をする条文は、何条でしたか?423条の6です。債権者代位の訴えにある仕組みが、取消しの訴えにもある、ということです。訴訟告知とは、訴訟が起きていることを、その訴訟に参加できる第三者に知らせることでした。先ほど読んだ424条の7の、第2項を見ます。債権者は、取消請求の訴えを提起したら、遅滞なく、債務者に対し、訴訟告知をしなければならない、と読みます。義務です。Bには関係があります。取消しを認める確定判決の効力は、被告だけでなく、債務者にも及びます。そう定めた条文が425条で、中身は後の回で読みます。設例なら、AがCに勝つと、Bも、Cへの売却は取り消された、という結果を受けます。ここまでは、条文が定めていることです。ここからは、立案の過程の説明です。効力を受けるのに、手続が進んでいることを知らなかった、というのでは、あんまりです。そこで、手続を進めやすくするために被告にはしないけれども、訴訟に関わる機会は、告知で保障します。被告にしない理由と、告知をする理由は、つながっています。たとえば、自分の家の話し合いが自分抜きで進み、あとから、結果は自分にも及ぶ、と言われたら困ります。訴訟告知は、その話し合いへの招待状です。ここは、こちらの説明です。訴訟告知をしなかったとき、どうなるかは、条文に書かれていません。告知は義務である、というところまでを押さえてください。

いつまでに訴えるか——2年と10年

期間の時間軸。行為の時(4月に、BがCへ家を売却)。債権者が、債権者を害する行為があったことを知った時(6月)。債権者が債務者に債権者を害する意思があったことまで知った時(9月)。2年=詐害意思まで知った時から。10年=行為の時から。どちらかを過ぎると、訴えを提起できない。 図:期間の時間軸

  • 行為の時(4月に、BがCへ家を売却)
  • 債権者が、債権者を害する行為があったことを知った時(6月)
  • 債権者が債務者に債権者を害する意思があったことまで知った時(9月)
  • 2年=詐害意思まで知った時から
  • 10年=行為の時から
  • どちらかを過ぎると、訴えを提起できない

ここからは、2つめの柱、いつまで、です。条文を読みます。

条文民法426条

民法第426条 詐害行為取消請求に係る訴えは、債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時から二年を経過したときは、提起することができない。行為の時から十年を経過したときも、同様とする。

前段と後段に分けます。前段は、債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを、債権者が知った時から2年を過ぎたら、訴えを起こせない、です。後段は、行為の時から10年を過ぎたときも、同じです。どちらかを過ぎたら、訴えは起こせません。ここまでは、条文の言葉です。性質を一つ。これは出訴期間です。出訴期間とは、訴えを起こせる期間のことで、時効ではありません。条文は、提起することができない、と書いています。改正前は、2年が消滅時効で、行為の時からは20年でした。改正で出訴期間に整理され、行為の時からの期間は10年に短縮されました。出訴期間なので、時効の更新などの規定は及びません。2年の起算点が、読みどころです。債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを、債権者が知った時、です。単に債権者を害する行為があったと知っただけでは足りず、債務者に詐害の意思があったところまで知った時です。この読み方は、改正前の判例が述べていたことで、条文に明文化されました。判例を読みます。前提として、債務者に詐害の意思があったと債権者が知るのでなければ、取消権の行使は期待できない、という考え方があります。

判例最判昭47・4・13 集民105号561頁

取消権者が知った時の意味 取消権者が、詐害行為取消権発生の要件たる事実、すなわち、債務者が債権者を害することを知つて当該法律行為をした事実を知つたことを意味し、単に取消権者が詐害の客観的事実を知つただけでは足りないと解すべきである。

言葉を直します。客観的事実とは、誰が見ても確かめられる事実で、設例なら、その売却で、Bの財産が足りなくなり、債権者が害される、という事実です。この判決は、改正前の条文の2年についてのものです。債権者を害する意思があった事実まで知って初めて、2年が動き出す、という読みです。ただし判決は、一般の取引の債権者は債務者の資産状態を知っているのが普通だから、特段の事情がなければ、客観的な事実を知れば詐害の意思も知ったと推認される、とも述べています。ですから、債権者を害する行為だと知っただけでは足りないと言っても、実際には、早く動いたほうが安全です。設例に当てはめます。4月に、BがCへ家を売りました。Aが、売却と、Bにほかの財産が無いこと、つまりこの売却が債権者を害することを知ったのが6月です。Bがそれを分かって売ったと、Aが知ったのが9月だとします。2年は、9月から数えます。ただ、推認が働けば、6月に前倒しされることもあります。10年は、4月の行為の時から数えます。Aが知っているかどうかは、関係なく進みます。小さな問題です。設例を変えます。Aが、Bに詐害の意思があったことまで知ったのは、売却から9年半が過ぎたころでした。知った時から数えた2年は、まだ来ていません。ただ、その半年後に、行為の時から10年が過ぎました。このあとで、Aは訴えられるでしょうか?

10年が過ぎているので、2年が来る前でも、提起できないです。2年と10年は別の起算点で進み、どちらかが先に過ぎたら、訴えは起こせません。

訴えが認められたとして何を求められるか——424条の6第2項

転得者を訴える場合の関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者、D 転得者。BからCへ売却(取り消すのはこの行為=債務者がした行為)。CからDへ転売(取り消さない)。AからDへ訴え(被告はD)。DからBへ返還(家の名義をBに戻す)。 図:転得者を訴える場合の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者、D 転得者
  • BからCへ売却(取り消すのはこの行為=債務者がした行為)
  • CからDへ転売(取り消さない)
  • AからDへ訴え(被告はD)
  • DからBへ返還(家の名義をBに戻す)

3つめの柱、請求の内容です。入口の問いは、勝ったとして、Aは何を求められるのか、です。Dを訴えたのに、BとDの間に契約はありません。何を取り消すのでしょうか。前に、受益者のCを被告にするときは、424条の6第1項で、取消しとともに、受益者に移った財産の返還を請求でき、返せないなら価額の償還を請求できる、と見ました。今日は、その転得者版、第2項を読みます。

条文民法424条の6第2項

民法第424条の6第2項 債権者は、転得者に対する詐害行為取消請求において、債務者がした行為の取消しとともに、転得者が転得した財産の返還を請求することができる。転得者がその財産の返還をすることが困難であるときは、債権者は、その価額の償還を請求することができる。

前段と後段に分けます。前段は、転得者に対する請求で、債務者がした行為の取消しとともに、転得者が転得した財産の返還を請求できる、です。後段は、転得者がその財産を返すことが困難なときは、価額の償還を請求できる、です。価額の償還は、前に見たとおり、財産そのものの代わりに、お金で返すことです。一番大事なのは、前段の、債務者がした行為の取消し、です。前の回でも確かめたとおり、Dを訴えても、取り消すのは、BとCの間の売却です。CとDの間の売買ではありません。第2項は、それを条文の言葉にしています。BとCの間の売却を取り消す理由は、こちらの説明です。取消しの目的は、Bの財産を、Bの責任財産に戻すことでした。戻して、強制執行につなげるのです。もしCとDの売買を取り消しても、BがCに家を売った行為は、残ったままです。それでは、家はBの財産に戻りません。Bの財産が逃げた原因は、BとCの間の売却です。ですから、そこを取り消します。そのうえで、逃げた財産の今の行き先であるDに、返還を求めます。DはBの契約の当事者ではありませんが、Bの財産が行き着いた先だから、請求の相手になる、ということです。小さな問題です。Dを被告にして、Aが勝ちました。取り消されるのは、BとCの売却と、CとDの売買の、どちらでしょうか?

BとCの売却です。CとDの売買は、取り消しません。返還の中身は、設例なら、家の名義を、Bに戻すことです。

請求の内容の比較の板。受益者Cを訴える場合と、転得者Dを訴える場合の違い。取り消す行為=どちらもBとCの間の行為(債務者がした行為)。CとDの間の売買は取り消さない。求めること=Cを訴える場合は受益者に移った財産の返還、Dを訴える場合は転得者が転得した財産の返還(家の名義をBに戻す)。根拠の条文=Cを訴える場合は424条の6第1項、Dを訴える場合は424条の6第2項。返還が困難なとき=どちらも価額の償還。C悪意・D善意のとき=Cに価額の償還(424条の6第1項)。C悪意=Cに対して取消請求できる場合のこと。板の下の出典注記=受益者に価額の償還を求める場合の価額を測る時=特別の事情がないかぎり事実審の口頭弁論が終わる時(最判昭50・12・1 民集29巻11号1847頁・受益者の事案)。 図:請求の内容の比較の板

  • 受益者Cを訴える場合と、転得者Dを訴える場合の違い
  • 取り消す行為=どちらもBとCの間の行為(債務者がした行為)
  • CとDの間の売買は取り消さない
  • 求めること=Cを訴える場合は受益者に移った財産の返還、Dを訴える場合は転得者が転得した財産の返還(家の名義をBに戻す)
  • 根拠の条文=Cを訴える場合は424条の6第1項、Dを訴える場合は424条の6第2項
  • 返還が困難なとき=どちらも価額の償還
  • C悪意・D善意のとき=Cに価額の償還(424条の6第1項)
  • C悪意=Cに対して取消請求できる場合のこと
  • 板の下の出典注記=受益者に価額の償還を求める場合の価額を測る時=特別の事情がないかぎり事実審の口頭弁論が終わる時(最判昭50・12・1 民集29巻11号1847頁・受益者の事案)

返還が困難なとき、が、後段です。Dを被告にするなら、家はDの手元にあるので、通常は現物の返還ができます。Dが家をさらに別の人へ渡していれば、返還は困難です。ここまでが、Dを被告にするときの、第2項です。設例で、冒頭の答えの3つめ、返すのが難しい場合に当たるのは、相手がCになる場面です。Cが悪意、つまりCに対しては取消請求ができて、Dが善意のとき、Dには行けません。Cは家をDへ転売していて、返せません。そこで、Cに対して、BとCの間の行為の取消しとともに、家の代わりに、価額の償還を請求します。相手は受益者のCですから、根拠は第2項ではありません。前に見た、424条の6第1項の後段です。家の値段は、時とともに動きます。そこで、価額をいつの時点で測るのか、も一言だけ。受益者が被告の事案で、最高裁は、特別の事情がないかぎり、事実審の口頭弁論が終わる時、つまり判決の前に審理が終わる時を基準にしました。転得者でも同じかは、その判決は述べていません。受益者の事案の判例、という札を付けてください。

取り消されたあとの、代金の後始末は、後の回で見ます。今日は、取り消せるとして、誰に、何を求められるか、までです。取り消せる範囲や、お金や動産を自分に直接渡せと言えるかも、後の回です。ここは、論文で論点になりうる所です。424条の7、426条、424条の6第2項の要件は、条文どおりの成立要件ですから、条文番号を付けて、条文の言葉で書きます。債務者をなぜ被告にしないのか、は立案の過程の説明で、理由づけに使うものです。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の札。1 訴えで求める・被告は受益者か転得者・債務者へは訴訟告知=条文(424条の7)と判例(抗弁では不可)と立案の過程の説明/2 2年と10年=条文(426条)と判例(起算点)/3 求める中身=条文(424条の6第2項。Cへの価額の償還は424条の6第1項)。要点=訴えで、受益者か転得者を被告に、知った時から2年・行為の時から10年以内に、債務者の行為の取消しと財産の返還(困難なら価額の償還)を求める。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の札
  • 1 訴えで求める・被告は受益者か転得者・債務者へは訴訟告知=条文(424条の7)と判例(抗弁では不可)と立案の過程の説明/2 2年と10年=条文(426条)と判例(起算点)/3 求める中身=条文(424条の6第2項。Cへの価額の償還は424条の6第1項)
  • 要点=訴えで、受益者か転得者を被告に、知った時から2年・行為の時から10年以内に、債務者の行為の取消しと財産の返還(困難なら価額の償還)を求める

冒頭の問いに戻ります。取り消せるとして、Aは、誰を相手に、いつまでに、何を求めて訴えるのか、でした。答えです。訴えで求めます。抗弁としては主張できません。被告は受益者か転得者で、債権者が選びます。債務者のBは被告になりませんが、訴訟告知をします。期間は、債権者が知った時から2年、行為の時から10年です。求めるのは、債務者がした行為の取消しと、財産の返還です。返すのが困難なら、価額の償還です。3つの柱を整理します。1つめ、訴えで求めること、被告、訴訟告知です。根拠は、条文の424条の7と、抗弁では許されないとした判例、それに債務者を被告にしない理由の、立案の過程の説明です。反訴が使える点は、抗弁では許されないとした判例とは別の、最高裁の判決が前提にしています。2つめ、2年と10年です。根拠は426条の条文です。2年の起算点は、債務者の詐害の意思まで知った時で、これは判例が述べ、条文に明文化されました。出訴期間であって、時効ではありません。3つめ、求める中身です。根拠は424条の6第2項の条文です。Dを訴えても、取り消すのは、BとCの間の行為です。Cが悪意でDが善意なら、Cに価額の償還を求めます。こちらの根拠は、受益者に対する請求を定めた、第1項です。要件、相手方、行使の方法、請求の内容が、これで出そろいました。取消しの範囲や、支払の相手方、判決の効力は、後の回で見ます。

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#207単独ページ動画

詐害行為取消しの範囲(424条の8)

第4章 債権総論 #207/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

債権は1,500万円、家は2,400万円

冒頭の設例の関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者。AからBへ貸金1,500万円。BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で。Bの財産はこの家だけ)。CからDへ転売。問い=債権は1,500万円なのに、2,400万円の家の売却を丸ごと取り消せるのか。お金で返してもらうなら、いくらまでか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者
  • AからBへ貸金1,500万円
  • BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で。Bの財産はこの家だけ)
  • CからDへ転売
  • 問い=債権は1,500万円なのに、2,400万円の家の売却を丸ごと取り消せるのか
  • お金で返してもらうなら、いくらまでか

設例の続きです。Aは、Bに1,500万円を貸しています。Bの財産は、時価2,400万円の家だけです。ところがBは、その家を、事情を知っている親族のCに、700万円で売りました。Cは、その家をDに転売しています。取消しの要件と、誰を相手にどう訴えるかは、前の回までに見てきました。では、Aの債権は1,500万円しかないのに、2,400万円の家の売却を、丸ごと取り消せるのでしょうか? また、家の代わりにお金で返してもらうなら、いくらまで求められるのでしょうか?先に答えを言います。家は分けられない物ですから、売却の全部を取り消せます。ただし、家の代わりに、お金で返してもらう、価額の償還なら、自分の債権額の1,500万円までです。同じ家でも、家そのものを戻すのか、お金に変えるのかで、上限が変わります。なぜ変わるのかが、今日の中身です。前の回までに、取り消したあとの請求として、財産の返還と、返せないときの価額の償還を見ました。その額が、債権の額とどう関わるのかは、取消しの範囲を見る回で、と預けてありました。今日が、その回です。

範囲は何で決まるのか——債権額が物差し

債権額を物差しにする理由の板。こちらの説明=取消権は、相手がすでに手に入れた取引に踏み込む制度。債権を守るのに必要な分を超えて踏み込む理由がない。立案の過程の説明=改正のとき債権額を超えて取り消せる案もあったが採らなかった。理由=1 債権額を超える金銭を受け取った債権者が使い込めば、リスクは債務者や他の債権者が負う/2 破産と違い、総債権者に配当する手続が整っていない/3 取消権は、自己の債権を保全するための制度。 図:債権額を物差しにする理由の板

  • こちらの説明=取消権は、相手がすでに手に入れた取引に踏み込む制度
  • 債権を守るのに必要な分を超えて踏み込む理由がない
  • 立案の過程の説明=改正のとき債権額を超えて取り消せる案もあったが採らなかった
  • 理由=1 債権額を超える金銭を受け取った債権者が使い込めば、リスクは債務者や他の債権者が負う/2 破産と違い、総債権者に配当する手続が整っていない/3 取消権は、自己の債権を保全するための制度

まず、範囲を決める物差しの話です。取消権は、Cがすでに手に入れた取引に、あとから踏み込む制度でした。踏み込みが強い制度ですから、債権を守るのに必要な分を超えて踏み込む理由がありません。Aが守りたいのは、1,500万円の債権です。ここまでは、こちらの説明です。こちらの説明とは、条文にも判例にも書かれていない、理解のための、この講義の説明のことです。取り戻す額を増やせば、確実さは上がります。実は、2017年の改正のとき、債権額を超えて取り消せる案も出ていました。しかし、採られませんでした。ここは立案の過程の説明です。立案の過程の説明とは、改正のときに、なぜそう決めたのか、として説明されていることです。理由は3つ挙がっています。1つめ、債権額を超えるお金を受け取った債権者が使ってしまえば、そのリスクは、債務者や、ほかの債権者が負います。2つめ、破産のように、総債権者に配当する手続が、この制度には整っていません。3つめ、取消権は、債権者代位権と同じく、自己の債権を保全するための制度です。そこで、分けられる目的の場合と、価額の償還の場合について、改正前の判例の結論、つまり債権額までという結論を、条文にしました。

424条の8を読む——第1項と第2項

424条の8の板。第1項=行為の目的が可分であるときは、自己の債権の額の限度においてのみ取消しを請求できる。第2項=価額の償還を請求する場合(424条の6第1項後段・第2項後段)も、前項と同様。第1項には「可分であるとき」の限定がある/第2項にはその限定が繰り返されていない。 図:424条の8の板

  • 第1項=行為の目的が可分であるときは、自己の債権の額の限度においてのみ取消しを請求できる
  • 第2項=価額の償還を請求する場合(424条の6第1項後段・第2項後段)も、前項と同様
  • 第1項には「可分であるとき」の限定がある/第2項にはその限定が繰り返されていない

条文を読みます。

条文民法424条の8

民法第424条の8 債権者は、詐害行為取消請求をする場合において、債務者がした行為の目的が可分であるときは、自己の債権の額の限度においてのみ、その行為の取消しを請求することができる。 2 債権者が第四百二十四条の六第一項後段又は第二項後段の規定により価額の償還を請求する場合についても、前項と同様とする。

第1項と第2項を言い分けます。第1項は、債務者がした行為の目的が可分であるときは、自己の債権の額の限度においてのみ、取消しを請求できる、です。可分とは、割れる、ということです。お金のように、半分にしても、同じ性質の物として残るものです。反対に、家のように割れない物を、不可分といいます。第2項は、価額の償還を請求する場合も、前項と同様、です。価額の償還は、受益者のCに求める場合も、転得者のDに求める場合も、どちらも含まれます。ここまでは、条文の言葉です。読みどころは、第1項には、目的が可分であるとき、という限定があるのに、第2項には、その言葉が繰り返されていないことです。第2項は、可分かどうかを問わず、前項と同様、つまり自己の債権の額の限度、と言っています。これが今日の核です。このあと、例と判例で確かめます。

割れる物の例——債権額まで

可分の例の板。ここからは別の例(数字も変える)。Aの債権600万円。Bが、全財産の現金1,000万円をCに贈与。取り消せる=600万円まで(第1項)。残りの400万円=取り消せない。根拠=条文(424条の8第1項)。 図:可分の例の板

  • ここからは別の例(数字も変える)
  • Aの債権600万円
  • Bが、全財産の現金1,000万円をCに贈与
  • 取り消せる=600万円まで(第1項)
  • 残りの400万円=取り消せない
  • 根拠=条文(424条の8第1項)

ここからは別の例です。数字も変えます。Aの債権は600万円です。Bは、全財産の現金1,000万円を、Cに贈与しました。お金は割れる物ですから、可分です。第1項により、取り消せるのは、自分の債権額の600万円までです。残りの400万円は、取り消せません。400万円は、Aの債権を守るのに、必要のない部分です。必要のない部分までCから取り上げる理由はない、という先ほどの理由づけが、そのまま当てはまります。600万円まで、という結論のほうは、条文に書かれていることですから、条文の札を付けてください。

割れない物なら全部——判例

判旨の板。判決の言葉=1 債権者は故なく自己の債権の数額を超過して取消権を行使できない/2 ただし目的物が不可分なら、価額が債権額を超過しても、行為の全部について取り消せる。事案=贈与された物は一棟の建物・時価54万円・取消債権者の債権額45万円・それでも贈与の全部を取り消せるとした。用語=数額=金額/超過=超えること/論を待たない=言うまでもない。 図:判旨の板

  • 判決の言葉=1 債権者は故なく自己の債権の数額を超過して取消権を行使できない/2 ただし目的物が不可分なら、価額が債権額を超過しても、行為の全部について取り消せる
  • 事案=贈与された物は一棟の建物・時価54万円・取消債権者の債権額45万円・それでも贈与の全部を取り消せるとした
  • 用語=数額=金額/超過=超えること/論を待たない=言うまでもない

ここからは、1つの家のような、割れない物です。家の半分だけ売却を取り消して、半分だけBに戻す、ということは、できません。この場合を述べた判例を読みます。ここは、判例の札を付けます。判例の札とは、最高裁の判決が述べたことです。

判例最判昭30・10・11 民集9巻11号1626頁

不可分の目的物と取消しの範囲 民法四二四条に依る債権者の取消権は、債権者の債権を保全するためその債権を害すべき債務者の法律行為を取消す権利であるから、債権者は故なく自己の債権の数額を超過して取消権を行使することを得ないことは論を待たないが、債務者のなした行為の目的物が不可分のものであるときは、たとえその価額が債権額を超過する場合であつても行為の全部について取消し得べきことは、すでに大審院判決の示したとおりである。

言葉を直します。「数額」は金額、「超過」は超えること、「論を待たない」は、言うまでもない、です。判決が述べたことは、2つです。1つめ、理由なく、自分の債権額を超えて取消権を行使してはならない、という原則です。2つめ、ただし、行為の目的物が不可分のものなら、価額が債権額を超えていても、行為の全部を取り消せる、です。この2つめは、前から大審院の判決がそう示していた、とも書いています。判決の事案です。贈与されたのは、一棟の建物でした。時価は54万円、取り消そうとした債権者の債権額は45万円です。価額のほうが大きいのに、贈与の全部の取消しが認められました。

判決が書いているのは、目的物が不可分のものであるとき、という条件と、全部を取り消せるという結論までです。なぜ全部か、は、こちらの説明です。建物は、45万円分だけを取り消す、ということができません。一部だけ取り消せないのですから、取り消すなら全部になります。しかも、全部を取り消して戻る先は、債務者の財産です。取消債権者が、建物を自分の物にするわけではありません。そこで、債権額を超えて取り消しても、行き過ぎにはならない、と説明できます。

設例に当てはめる——家そのものと、お金

設例の当てはめの関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者、D 転得者。AからBへ貸金1,500万円(債権額)。BからCへ売却(家2,400万円)。CからDへ転売。2つの場面=家そのものを戻す場合は売却の全部を取り消せる(家はBの名義に戻る)/Cに家の代わりのお金(価額の償還)を求める場合は第2項で債権額の限度。 図:設例の当てはめの関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者、D 転得者
  • AからBへ貸金1,500万円(債権額)
  • BからCへ売却(家2,400万円)
  • CからDへ転売
  • 2つの場面=家そのものを戻す場合は売却の全部を取り消せる(家はBの名義に戻る)/Cに家の代わりのお金(価額の償還)を求める場合は第2項で債権額の限度

設例に戻ります。数字も、1,500万円と2,400万円に戻ります。Bの家は、1つの家で、不可分です。家そのものを取り戻すなら、判例のとおり、売却の全部を取り消せます。家の名義は、Bに戻ります。Aの債権額は1,500万円で、家は2,400万円ですが、全部取り消せます。場面を変えます。Cは、家をDに転売していて、家そのものは返せません。そのうえ、Dは事情を知らず、Dには行けないとします。2つ前の回の組合せ表でいうと、事情を知っているCが悪意、知らないDが善意、の行です。このとき、Aは、Cに対して、取消しとともに、家の代わりに、お金で返してもらう、価額の償還を求めます。ここで小さな問題です。Aの債権は1,500万円、家の価額は2,400万円です。お金で返してもらうとき、請求できるのは、いくらまででしょうか?

価額の償還の数字の板。家の価額=2,400万円(判決の前に審理が終わる時の価額で測る)。Aの債権額=1,500万円。求められるのは小さいほう=1,500万円まで(第2項)。2,400万円ではない。注記=Cが家の代金として払った700万円の扱いは後の回。 図:価額の償還の数字の板

  • 家の価額=2,400万円(判決の前に審理が終わる時の価額で測る)
  • Aの債権額=1,500万円
  • 求められるのは小さいほう=1,500万円まで(第2項)
  • 2,400万円ではない
  • 注記=Cが家の代金として払った700万円の扱いは後の回

第2項で、債権額の限度ですから、1,500万円までです。数字で通します。家の価額は2,400万円です。この価額は、前の回で見たとおり、判決の前に審理が終わる時で測ります。Aの債権額は1,500万円です。求められるのは、小さいほうの1,500万円までです。2,400万円ではありません。これは第2項の条文ですから、条文の札を付けてください。立案の過程の説明も添えます。この第2項は、不動産の贈与を取り消す場合に、家そのものを返すことが難しくて、価額の償還を求めるとき、などを想定して置かれた規定だ、と説明されています。なお、Cが家の代金として払った700万円が、ここでどう扱われるかは、後の回で見ます。今日の数字からは、引くこともしませんし、足しもしません。

同じ家なのに、なぜ上限が変わるのか

3つの言い分けの表。行=1 目的が可分(お金など)→債権額の限度→根拠=条文(424条の8第1項)/2 目的が不可分(1つの家など)で、現物を戻す→全部を取り消せる→根拠=判例/3 価額の償還を求める(不可分でも)→債権額の限度→根拠=条文(424条の8第2項)。理由づけ=こちらの説明=お金に変わると、割れる物になる。 図:3つの言い分けの表

  • 行=1 目的が可分(お金など)→債権額の限度→根拠=条文(424条の8第1項)/2 目的が不可分(1つの家など)で、現物を戻す→全部を取り消せる→根拠=判例/3 価額の償還を求める(不可分でも)→債権額の限度→根拠=条文(424条の8第2項)
  • 理由づけ=こちらの説明=お金に変わると、割れる物になる

3つの言い分けに並べます。1つめ、目的が可分、たとえばお金は、債権額の限度です。第1項です。2つめ、目的が不可分、たとえば1つの家で、家そのものを取り戻すなら、全部を取り消せます。これは判例です。3つめ、価額の償還、つまりお金で返してもらうなら、不可分の物でも、債権額の限度です。第2項です。理由は、お金に変わると、割れる物になるからです。ここは、こちらの説明です。家は割れません。ですから、現物を戻すなら、全部か、なしかしかありません。けれども、価額の償還は、お金です。お金は、1,500万円でも、2,400万円でも、好きな額に割れます。割れるのなら、債権額を超える部分まで求める理由がありません。最初に見た、債権額を物差しにする理由が、そのまま当てはまります。第2項が、可分かどうかを問わず、前項と同様、と書いているのは、この理解と合っています。ここは、論文で論点になりうる所です。424条の8の第1項と第2項は、条文どおりの成立要件と効果ですから、条文番号を付けて、条文の言葉で書きます。不可分なら全部を取り消せる、というのは、条文の外の話で、判例です。判例の札を付けて書いてください。

抵当権が付いた不動産だったら——場面は2つ

抵当権付き不動産の2段の板。上=抵当権の登記が、受益者のもとで残っている(例=抵当権付きのまま譲渡)→家そのものを返してもらえる(全部を取り消し、現物を回復)。下=抵当権の登記が消えた(例=抵当権者への代物弁済)→取消しは、価額から被担保債権額を引いた残額の限度。不可分なら価格の賠償(価額の償還)。用語=被担保債権額=抵当権が担保する債権の額。 図:抵当権付き不動産の2段の板

  • 上=抵当権の登記が、受益者のもとで残っている(例=抵当権付きのまま譲渡)→家そのものを返してもらえる(全部を取り消し、現物を回復)
  • 下=抵当権の登記が消えた(例=抵当権者への代物弁済)→取消しは、価額から被担保債権額を引いた残額の限度
  • 不可分なら価格の賠償(価額の償還)
  • 用語=被担保債権額=抵当権が担保する債権の額

ここからは、特別な場面の1つめ、抵当権が付いた不動産です。同じ家でも、Bの家に抵当権が付いていると、取り消せる範囲の考え方が変わります。まず、物差しです。債権額とは別に、もう1つ、上限になる物差しがあります。取り消せるのは、詐害行為で減った責任財産の範囲まで、です。責任財産とは、前に見た、強制執行の対象になる、債務者の財産のことです。抵当権が付いた家は、価額から、抵当権が担保する債権の額、これを被担保債権額といいますが、それを引いた残りだけが、一般の債権者にとって、引き当ての財産になります。抵当権者は、家から先に回収できるからです。この引き算の見方は、こちらの説明です。場面は2つに分かれます。1つめは、抵当権の登記が、受益者のもとで残っている場合です。抵当権付きのまま譲渡された場合などです。このときは、家そのものを返してもらえます。売却の全部を取り消して、現物を回復します。現物を戻しても、戻るのは、抵当権が付いたままの家です。一般の債権者の引き当ては、価額から被担保債権額を引いた残りの分に戻るだけで、行為の前より増えることがないからです。これは、こちらの説明です。判例の札を付ける判決は、次のものです。

判例最判昭54・1・25 民集33巻1号12頁

逸出した財産の回復 詐害行為取消権の制度は、詐害行為により逸出した財産を取り戻して債務者の一般財産を原状に回復させようとするものであるから、逸出した財産自体の回復が可能である場合には、できるだけこれを認めるべきである。

言葉を直します。「逸出」は、流れ出ること、「原状」は、元の状態です。判決が述べたことは、財産そのものを取り戻せるなら、できるだけそうすべきだ、という方針です。この判決は、今の条文より前のものです。この判決の事案には、条件が2つありました。1つめ、受益者は、抵当権者ではありませんでした。受益者が抵当権者でないので、抵当権は残ります。2つめ、目的物の土地の価額から被担保債権額を引いた額が、取消債権者の債権額を下回っていました。引いた額は、責任財産が減った分です。それが債権額より小さいので、債権額の物差しのほうは、この事案では問題になりません。残るのは、土地そのものを戻せるか、だけでした。この2つめの読み方は、こちらの説明です。そういう条件のもとで、現物の回復を認めています。条件つきの判例だ、と押さえてください。

抵当権の登記が消えたとき——差額の限度

判旨の板(前に特定物債権者の話で読んだ判決の後半)。事案=家屋は10万円以上の価格/受益者は8万円の債権の抵当権者で、その債権への代物弁済として家屋を受け取った(抵当権の登記が消えていたことは、補足意見が述べている)。判決=取消しは、家屋の価格から抵当債権額を控除した残額の部分に限る。一棟の家屋で不可分なら、一部取消しの限度で、価格の賠償を請求するほかない。原審が全部の取消しを認めて所有権移転登記を命じたのは違法で、破棄差戻し。用語=共同担保=債権者みんなの引き当てになる責任財産/一般財産減少行為=責任財産を減らす行為/外はない=ほかにない。 図:判旨の板

  • 前に特定物債権者の話で読んだ判決の後半
  • 事案=家屋は10万円以上の価格
  • 受益者は8万円の債権の抵当権者で、その債権への代物弁済として家屋を受け取った(抵当権の登記が消えていたことは、補足意見が述べている)。判決=取消しは、家屋の価格から抵当債権額を控除した残額の部分に限る。一棟の家屋で不可分なら、一部取消しの限度で、価格の賠償を請求するほかない。原審が全部の取消しを認めて所有権移転登記を命じたのは違法で、破棄差戻し。用語=共同担保=債権者みんなの引き当てになる責任財産
  • 一般財産減少行為=責任財産を減らす行為
  • 外はない=ほかにない。

2つめは、抵当権の登記が消えた場合です。たとえば、抵当権者への代物弁済で、抵当権が消えたときです。代物弁済とは、本来の給付に代えて、別の物で弁済することです。現物を戻すと、抵当権の付かない家が戻ってきます。これでは、債務者や債権者が、元より得をしてしまいます。この場合を述べた判例を、読みます。前に、特定物債権者も取り消せる、という話で読んだ判決の、後半です。ここも、判例の札を付けます。読みどころは2つです。どこまで取り消せるか。そして、家が割れないときに、どんな形で求めるか、です。

判例最大判昭36・7・19 民集15巻7号1875頁

抵当権付き家屋の取消しの範囲 債権者取消権は債権者の共同担保を保全するため、債務者の一般財産減少行為を取り消し、これを返還させることを目的とするものであるから、右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるべきものと解すべきである。

言葉を直します。「共同担保」は、債権者みんなの引き当てになる責任財産です。「一般財産減少行為」は、責任財産を減らす行為です。ですから、取消しは、責任財産が減った範囲にとどまる、と述べています。続きです。

判例最大判昭36・7・19 民集15巻7号1875頁

不可分の物の一部取消し したがつて、前記事実関係によれば本件においてもその取消は、前記家屋の価格から前記抵当債権額を控除した残額の部分に限つて許されるものと解するを相当とする。そして、詐害行為の一部取消の場合において、その目的物が本件の如く一棟の家屋の代物弁済であつて不可分のものと認められる場合にあつては、債権者は一部取消の限度において、その価格の賠償を請求するの外はないものといわなければならない。

判決の事案です。家屋は10万円以上の価格で、受益者は、8万円の債権の抵当権者でした。その債権への代物弁済として、家屋を受け取っています。抵当権の登記が消えていたことは、補足意見が述べています。判決が述べたことは、2つです。1つめ、取消しは、家屋の価格から、抵当債権額を引いた残りの部分に限る。2つめ、一棟の家屋のような不可分の物で、一部だけ取り消すなら、債権者は、その価格の賠償を請求するほかない。原審は、全部の取消しを認めて、所有権移転登記を命じていましたが、最高裁は、それを違法として、破棄して差し戻しました。

違いは、何で切るか、です。先ほどの判例は、債権額で切る話でした。債権額は、取り消す側の事情です。その場合は、不可分なら全部でした。全部を取り消しても、債務者の財産が、行為の前の姿に戻るだけだからです。今回は、責任財産が減った分で切っています。これは、行為の中身の事情です。抵当権で押さえられた部分は、もともと、一般の債権者の引き当てではありません。全部を取り消すと、抵当権の付かない家が戻り、行為の前より、引き当てが増えてしまいます。そこまで取り戻す理由がないので、一部だけです。家は割れませんから、現物ではなく、お金、つまり価額の償還の形になります。この整理は、こちらの説明です。もう1つ、断っておきます。この判決は、今の424条の8ができるより前の判決です。いまの条文でいう、価額の償還の話に重ねて読むことになりますが、その重ね方は、こちらの説明で、判決が述べたことではありません。

数字で確かめる——減った分と債権額、2つの上限

抵当権付き家屋の数値例の板。ここからは別の例(数字を言う)。家の価額2,400万円。Cが、その家に、被担保債権1,000万円の抵当権を持っていた。BはCに、1,000万円の債務の代物弁済として家を渡し、抵当権の登記が消えた。Aの債権=1,500万円。減った分=2,400万円−1,000万円=1,400万円。取り消せる=1,400万円(家は不可分なので現物ではなく価格賠償)。Aの債権が1,000万円なら、小さいほうの1,000万円で止まる。共同抵当=複数の不動産に共同で抵当権が付いている場合は、引く額は、その不動産が負担すべき額(価額に応じて案分した額=割り付け額)=最判平4・2・27。 図:抵当権付き家屋の数値例の板

  • ここからは別の例(数字を言う)
  • 家の価額2,400万円
  • Cが、その家に、被担保債権1,000万円の抵当権を持っていた
  • BはCに、1,000万円の債務の代物弁済として家を渡し、抵当権の登記が消えた
  • Aの債権=1,500万円
  • 減った分=2,400万円−1,000万円=1,400万円
  • 取り消せる=1,400万円(家は不可分なので現物ではなく価格賠償)
  • Aの債権が1,000万円なら、小さいほうの1,000万円で止まる
  • 共同抵当=複数の不動産に共同で抵当権が付いている場合は、引く額は、その不動産が負担すべき額(価額に応じて案分した額=割り付け額)=最判平4・2・27

ここからは別の例です。数字を言います。家の価額は2,400万円です。Cが、その家に、被担保債権1,000万円の抵当権を持っていました。BはCに、その1,000万円の債務の代物弁済として、家を渡し、抵当権の登記が消えました。Aの債権は1,500万円です。減った責任財産は、2,400万円から1,000万円を引いた、1,400万円です。取り消せる範囲は、1,400万円です。家は不可分ですから、現物ではなく、1,400万円の価格賠償、つまり価額の償還になります。Aの債権は1,500万円で、1,400万円より大きいので、債権額の限度は、ここではかかりません。

債権額のほうが、減った分の1,400万円より小さく、1,000万円しかないなら、小さいほうの1,000万円で止まります。減った分の上限と、債権額の上限は、別々にかかり、どちらか小さいほうで止まる、という整理です。これは、こちらの説明です。もう1つ、補足です。複数の不動産に、共同で抵当権が付いている場合を、共同抵当といいます。その抵当権が、あとから消えたときは、引く被担保債権額は、その不動産が負担すべき額です。価額に応じて案分した額、つまり、価額の割合で割り振った額で、割り付け額といいます。これを述べた判決の名は、板に出しています。ここでは、そういう扱いがある、というところまでを押さえてください。

取り消す側が担保を持っているとき

取消す側が担保を持つ場合の入口。前に見たことの確認=物的担保が付いた債権は、被保全債権として数えるのはどの部分だけか(答えは次の表の1行目)。 図:取消す側が担保を持つ場合の入口

特別な場面の2つめです。取り消す側のAが、担保を持っている場合です。復習から入ります。前に、被保全債権の確認で見ました。被保全債権は、詐害行為取消権で守られる債権のことでした。では、抵当権のような物的担保が付いた債権は、被保全債権として数えるのは、どの部分だけでしたか?

担保の種類と範囲の表。行=1 債務者自身の財産への物的担保(抵当権・質権)→取消しを求められる範囲=担保で回収できない部分だけ/2 債務者以外の者の財産への物的担保(物上保証)→債権全額/3 保証人など人的担保→債権全額。根拠=判例(大審院)。用語=物上保証=債務者以外の人が、自分の物に抵当権などを付けること。 図:担保の種類と範囲の表

  • 行=1 債務者自身の財産への物的担保(抵当権・質権)→取消しを求められる範囲=担保で回収できない部分だけ/2 債務者以外の者の財産への物的担保(物上保証)→債権全額/3 保証人など人的担保→債権全額
  • 根拠=判例(大審院)
  • 用語=物上保証=債務者以外の人が、自分の物に抵当権などを付けること

被保全債権の確認で見た、担保で回収できる分は数に入れない、という考え方を、範囲の側から言い直します。債権の全額を基準にしてよいのか、担保で回収できない部分だけなのかは、担保の種類で分かれます。表に並べます。1行目、債務者自身の財産に、抵当権や質権のような物的担保を持っているなら、担保で回収できない部分だけです。2行目、物上保証、つまり債務者以外の人が、自分の物に抵当権を付けている場合は、債権の全額です。3行目、保証人のような人的担保でも、債権の全額です。いずれも大審院の判例です。中身は、結論だけを押さえてください。1行目だけ、別の例の数字で確かめます。Aの債権が1,500万円で、Aが、Bの土地に抵当権を持っていて、そこから1,200万円を回収できるとします。このとき、取消しの物差しになる債権額は、残りの300万円です。2つの上限でいうと、債権額のほうの物差しが、小さくなる話です。ここは、こちらの説明です。

理由は、判例の結論に添えた、こちらの説明です。債務者自身の財産への担保で、確実に回収できる部分は、債務者の責任財産に頼らなくて済みます。ところが、物上保証の物や、保証人の財産は、債務者の責任財産ではありません。債務者の責任財産の代わりにはなりません。数字で比べます。Aの債権が1,500万円です。1,200万円を回収できる抵当権が、Bの土地ではなく、Bの友人の土地に付いているとします。Aが友人の土地から1,200万円を回収しても、友人は、立て替えた1,200万円を返せと、Bに求めることができます。Bの責任財産で支えなければならない額は、1,500万円のまま、減りません。ですから、物差しは、全額の1,500万円です。前に、被保全債権の確認で見た、第三者の担保が付いた債権は全額、という見方と同じです。結論は判例、理由はこちらの説明、と分けて押さえてください。

離婚の財産分与を受けた家——過大な部分だけ

過大な財産分与の受けの板。ここからは別の例(財産分与の回の設例に戻す)。Aの貸金2,000万円。Bの財産は1,500万円の家だけ。Bは離婚で、家を別れた妻のCに渡した。相当な分与の額は500万円と見られる。過大な部分=1,000万円。取り消せる=1,000万円の部分。債権額(2,000万円)以下なので、債権額の限度はかからない。形=家そのものではなく、過大な部分にあたる額を価額の償還で求める(こちらの説明)。 図:過大な財産分与の受けの板

  • ここからは別の例(財産分与の回の設例に戻す)
  • Aの貸金2,000万円
  • Bの財産は1,500万円の家だけ
  • Bは離婚で、家を別れた妻のCに渡した
  • 相当な分与の額は500万円と見られる
  • 過大な部分=1,000万円
  • 取り消せる=1,000万円の部分
  • 債権額(2,000万円)以下なので、債権額の限度はかからない
  • 形=家そのものではなく、過大な部分にあたる額を価額の償還で求める(こちらの説明)

特別な場面の3つめです。ここからは別の例です。数字は、財産分与の回の設例に戻します。Aは、Bに2,000万円を貸しています。Bの財産は、1,500万円の家だけです。Bは、離婚のときに、その家を、別れた妻のCに渡しました。財産分与の回では、取り消せるのは、不相当に過大な部分だけ、と見ました。家を渡した場合に、どういう形で取り消すかは、取消しの範囲の回で、と預けてありました。答えを言います。家は分けられない物で、しかも、取り消せるのは過大な部分だけです。そこで、家そのものを戻させるのではなく、過大な部分にあたる額を、価額の償還で求める形になる、と整理できます。たとえば、相当な分与の額が500万円と見られるなら、過大な部分は1,000万円です。取り消せるのは、この1,000万円の部分です。Aの債権は2,000万円で、1,000万円はそれ以下ですから、債権額の限度は、ここではかかりません。

責任財産が減った分、つまり、行為の中身で切るほうです。相当な部分は、Cがもともと受け取る取り分で、そこを取り上げる理由がないからです。ここは、こちらの説明です。財産分与の判決は、家を渡した場合の形については、述べていません。組み立ては、先ほどの、不可分の物の一部だけ取り消すなら価格の賠償、という判決と同じです。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の札。1 分けられる目的は債権額まで・分けられない目的は全部=条文(424条の8第1項)と判例(不可分なら全部)と立案の過程の説明(債権額を物差しにする理由)/2 お金で返してもらうなら債権額まで=条文(424条の8第2項)とこちらの説明(お金に変わると割れる)/3 特別な場面=判例(抵当権付き不動産・大審院の判例)とこちらの説明(減った分と債権額の2つの上限・過大な分与の家)。要点=家そのものを戻すなら全部、お金で返してもらうなら債権額の1,500万円まで。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の札
  • 1 分けられる目的は債権額まで・分けられない目的は全部=条文(424条の8第1項)と判例(不可分なら全部)と立案の過程の説明(債権額を物差しにする理由)/2 お金で返してもらうなら債権額まで=条文(424条の8第2項)とこちらの説明(お金に変わると割れる)/3 特別な場面=判例(抵当権付き不動産・大審院の判例)とこちらの説明(減った分と債権額の2つの上限・過大な分与の家)
  • 要点=家そのものを戻すなら全部、お金で返してもらうなら債権額の1,500万円まで

冒頭の問いに戻ります。ここまでの別の例を離れて、Aの債権1,500万円、Bの家2,400万円、でした。債権は1,500万円なのに、2,400万円の家の売却を、丸ごと取り消せるのか。お金で返してもらうなら、いくらまでか、という問いです。答えです。家は分けられない物ですから、家そのものを戻すなら、売却の全部を取り消せます。家の代わりに、お金で返してもらう、価額の償還なら、自分の債権額の1,500万円までです。3つの柱を整理します。1つめ、分けられる目的は、自分の債権額まで。分けられない目的は、全部です。根拠は、424条の8第1項の条文と、不可分なら全部とした判例で、債権額を物差しにする理由は、立案の過程の説明です。2つめ、お金で返してもらうなら、債権額までです。根拠は、第2項の条文で、お金に変わると割れる、という理由づけは、こちらの説明です。3つめ、特別な場面です。抵当権の登記が消えたときは、価額から被担保債権額を引いた分まで。取り消す側が債務者自身の財産に担保を持つなら、担保で回収できない部分だけ。過大な財産分与は、過大な部分だけです。根拠は判例で、2つの上限の重なりと、家を渡した場合の形は、こちらの説明です。取り戻すお金の額は、これで分かりました。では、そのお金は、Bに払わせるのか、Aに払わせるのか。それは、次の回で見ます。取消しを認める判決の効力や、Cが払った700万円の後始末は、後の回です。

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#208単独ページ動画

詐害行為取消権の支払・引渡しの相手方と事実上の優先弁済(424条の9)

第4章 債権総論 #208/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

取り戻した1,500万円は誰に払わせるのか

冒頭の設例の関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者。AからBへ貸金1,500万円。BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で)。CからDへ転売。AからCへ価額の償還1,500万円を請求。問い=この1,500万円は、Bに払わせるのか、Aに払わせるのか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者
  • AからBへ貸金1,500万円
  • BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で)
  • CからDへ転売
  • AからCへ価額の償還1,500万円を請求
  • 問い=この1,500万円は、Bに払わせるのか、Aに払わせるのか

設例の続きです。Aは、Bに1,500万円を貸しています。Bは、時価2,400万円の家を、親族のCに700万円で売り、Cは、その家をDに転売しました。前の回で、取消しの範囲を見ました。家そのものを戻すなら、売却の全部を取り消せます。これは、最高裁の判決が述べ、その前の大審院の判例から続いている結論です。家の代わりに、お金で返してもらう価額の償還なら、上限は2つあります。債権額の物差しと、減った責任財産の額です。減った分の上限と債権額の物差しは、どちらか小さいほうで止まる、というのが、前の回のこちらの説明でした。この設例では、1,500万円でした。では、Cから取り戻す、その1,500万円は、Bに払わせるのでしょうか。それとも、Aに払わせるのでしょうか。

Bに戻すか、Aに直接払わせるか。この2つの引っぱり合いが、今日の中身です。先に答えを言います。お金と動産は、Aに直接払え、渡せ、と求められます。Cは、Aに払えば、Bには払わなくてよくなります。家のような不動産は、登記をBの名義に戻すだけです。そして、Aが受け取ったお金は、Bに返す債務を負いますが、自分の貸金と相殺、つまり差し引きにすれば、結果として、ほかの債権者より先に回収したのと同じになります。ただし、この相殺と優先は、条文には書かれていません。今日は、その根拠が混ざりますので、4つに言い分けます。条文という札を付けるのは、条文に書かれていることです。判例の札を付けるのは、最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことです。立案の過程の説明という札を付けるのは、2017年の改正のとき、なぜそう決めたのか、として説明されていることです。こちらの説明という札を付けるのは、条文にも判例にも書かれていない、理解のための、この講義の説明です。

払い先の原則と例外——お金と動産は自分に

払い先の原則と例外の板。上段=原則「財産は債務者Bに戻す」。例=登記は「B名義にせよ」と言える。下段=例外「金銭の支払・動産の引渡しは自分に求められる」。例=お金/動産(たとえば自転車)。右に根拠=条文(424条の9)。 図:払い先の原則と例外の板

  • 上段=原則「財産は債務者Bに戻す」
  • 例=登記は「B名義にせよ」と言える
  • 下段=例外「金銭の支払・動産の引渡しは自分に求められる」
  • 例=お金/動産(たとえば自転車)
  • 右に根拠=条文(424条の9)

1つめの柱、金銭と動産は自分に渡させられる、という点です。入る前に、復習です。債権者代位権のとき、相手に自分へ払えと言えたのは、どんな場面だったでしょうか?代位のときは、お金と動産だけが自分に渡させられました。取消しでも、同じ組み立てです。原則は、取り戻した財産は債務者のBに戻す、です。理由は、取消権の目的が、Bの責任財産を元に戻すことで、Aが取ることではないからです。この点は、前に判決で見ました。例外が、今日の条文です。

条文民法424条の9

民法第424条の9 債権者は、第四百二十四条の六第一項前段又は第二項前段の規定により受益者又は転得者に対して財産の返還を請求する場合において、その返還の請求が金銭の支払又は動産の引渡しを求めるものであるときは、受益者に対してその支払又は引渡しを、転得者に対してその引渡しを、自己に対してすることを求めることができる。 この場合において、受益者又は転得者は、債権者に対してその支払又は引渡しをしたときは、債務者に対してその支払又は引渡しをすることを要しない。 2 債権者が第四百二十四条の六第一項後段又は第二項後段の規定により受益者又は転得者に対して価額の償還を請求する場合についても、前項と同様とする。

3つに言い分けます。第1項の前段です。財産の返還を請求する場合で、その請求が、金銭の支払か、動産の引渡しを求めるものなら、受益者に、自分に払え、自分に渡せ、と求められます。動産とは、土地や建物のような不動産以外の物のことです。ここは、条文の札を付けます。第1項の後段です。受益者が、債権者に払ったり渡したりしたときは、債務者には払わなくてよい、です。後段が無いと、Cは二重に払わされるおそれがあります。Aに払ったあとで、Bからも、払えと言われたら、二重に払うことになってしまいます。後段は、Cが二重に払わなくて済むための規定です。第2項です。価額の償還を請求する場合も、前項と同様、です。設例のように、家の代わりにお金を求めるときは、この第2項が使われます。Aは、1,500万円を自分に払え、と求められ、Cは、Aに払えば、Bには払わなくてよくなります。なお、動産そのものの引渡しは第1項前段の場面で、たとえば、BがCに贈与した自転車を、Aに渡せ、と言えます。細かい点を1つ足します。転得者について、条文は、引渡し、とだけ書いていて、支払とは書いていません。BからCに渡ったお金を、Cに返せと求めるのは、Bから出た財産そのものの返還です。これに対して、転得者が手にしたお金を求めるのは、財産そのものの返還ではなく、価額の償還という位置づけになります。ですから、第2項で扱う、という読み方になります。これは、条文の言葉の読み方で、こちらの説明です。

なぜ金銭と動産だけか、の板。判例=取戻しを実効あらしめるため、自己への引渡しを許すのはやむをえない。立案の過程の説明=直接の引渡しを認めていた判例を明文化した。条文が「金銭の支払又は動産の引渡し」と書くのは、問題になるのがその場合だから。こちらの説明=登記はBが何もしなくても名義を戻せる。金銭と動産は、受け取るという行為が要る。 図:なぜ金銭と動産だけか、の板

  • 判例=取戻しを実効あらしめるため、自己への引渡しを許すのはやむをえない
  • 立案の過程の説明=直接の引渡しを認めていた判例を明文化した
  • 条文が「金銭の支払又は動産の引渡し」と書くのは、問題になるのがその場合だから
  • こちらの説明=登記はBが何もしなくても名義を戻せる
  • 金銭と動産は、受け取るという行為が要る

理由を、札を付けて言い分けます。まず判例です。判例の札を付けるのは、最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことでした。読みます。

判例最判昭46・11・19 民集25巻8号1321頁

自己への引渡しを許す理由 ところで、取消債権者が受益者または転得者に対し、取消にかかる弁済額を自己に引き渡すべきことを請求することを許すのは、債務者から逸出した財産の取戻しを実効あらしめるためにやむをえないことなのである。

言葉を直します。「逸出」は、流れ出ること、「弁済額」は、取り消される弁済で、債務者から渡ったお金のことです。「実効あらしめる」は、取戻しを、実際に効き目のあるものにする、という意味です。判決が述べたことは、自分に引き渡せと請求することを許すのは、債務者から流れ出た財産を取り戻すのを実際に効き目のあるものにするため、やむをえない、ということです。次に、立案の過程の説明です。立案の過程の説明という札を付けるのは、改正のときに、なぜそう決めたのか、として説明されていることでした。直接の引渡しを認めてきた判例を、明文にした、と説明されています。条文が、金銭の支払又は動産の引渡し、と書くのは、問題になってきたのが、その場合だったからです。最後に、こちらの説明です。こちらの説明という札を付けるのは、条文にも判例にも書かれていない、この講義の説明でした。決め手は、受け取るという行為が要るかどうかです。登記は、Bが何もしなくても、名義を戻せます。Aが自分に渡させる必要がありません。ところが、お金や動産は、誰かが受け取る行為をしなければ、戻ったことになりません。Bが受け取らないと言い張れば、取戻しが宙に浮きます。そこで、受け取る行為が要る場合だけ、Aに直接渡させることを認めた、と理解できます。代位のときと同じ理由づけです。

受け取る行為が要るから、という部分は、こちらの説明です。そこを分けて覚えてください。

登記は債務者の名義に戻すだけ

不動産の板。取消しの結果=受益者・転得者の名義の登記を抹消する、またはBの名義へ移す。Aの名義への移転登記は求められない。ここからは別の例(数字なし)の二重売買。Bが、Aに売る約束をした土地を、先にCに売り、Cが先に登記を備えた。Aが、BからCへの売却を取り消す場合=取り消せる(判例)/名義はBに戻る/Aへの移転登記は求められない(判例)/戻った土地に損害賠償債権者として強制執行できる(こちらの説明)。 図:不動産の板

  • 取消しの結果=受益者・転得者の名義の登記を抹消する、またはBの名義へ移す
  • Aの名義への移転登記は求められない
  • ここからは別の例(数字なし)の二重売買
  • Bが、Aに売る約束をした土地を、先にCに売り、Cが先に登記を備えた
  • Aが、BからCへの売却を取り消す場合=取り消せる(判例)/名義はBに戻る/Aへの移転登記は求められない(判例)/戻った土地に損害賠償債権者として強制執行できる(こちらの説明)

2つめの柱、不動産です。取り消したときの形は、受益者や転得者の名義の登記を抹消するか、Bの名義に移すか、です。Aの名義に移せ、とは言えません。理由は2つあります。1つは、1つめの柱で見た原則です。取消権の目的は、Bの責任財産を元に戻すことで、Aが取ることではありません。前に判決で見たとおりです。もう1つは、例外を認める理由が、登記には当たらないことです。登記は、Bが受け取らなくても、名義を戻せます。Aに直接渡させなくても、取戻しが宙に浮きません。424条の9が、金銭と動産に限っているのは、このためです。ここからは別の例です。数字は使いません。BがAに土地を売る約束をしたのに、その土地を、先にCに売って、Cが登記を先に備えました。二重に売られた形です。Aは、BからCへの売却を、取り消せるでしょうか。

取り消せる、というのが判例です。理由は、前に見たとおりです。土地を引き渡せという債権も、引渡しができなくなれば、損害賠償を求めるお金の債権に変わります。そうなれば、Aも、Bの責任財産に頼る立場で、お金を貸した債権者と変わりません。ただし、取り消した結果、名義はBに戻ります。Aは、自分への移転登記は求められません。これも判例です。理由は、いま見た原則と同じで、取消権は、債権者みんなの引き当てになる責任財産を守る制度だからです。では、取り消す意味は何か。Aは、損害賠償債権の債権者として、戻った土地に強制執行をかけ、配当を受けられます。ここまでが結論です。取り消す、戻す、強制執行、配当、という制度のしくみそのものは、前に見たとおり、条文です。取り消せることと、自分の名義にできないことは、判例の札を付けます。そのしくみを、土地を引き渡せという債権の債権者に当てはめて、戻った土地から配当を受ける、と言う部分が、こちらの説明です。ここは、論文で論点になりうる所です。424条の9の内容は、条文どおりの要件と効果ですから、条文番号を付けて、条文の言葉で書きます。なぜ金銭と動産だけか、という理由づけは、判例の言葉と、こちらの説明を分けて書いてください。

受け取った1,500万円の行方——返還債務と相殺

お金の流れの5段階の板。Cから取り戻す1,500万円(Aの債権1,500万円、価額の償還)。1 AがCに、1,500万円を自分に払えと請求(424条の9第2項)/2 CがAに支払う/3 Cは、Bに払わなくてよい(424条の9第1項後段)/4 Aは、Bに1,500万円を返す債務を負う(不当利得)/5 Aは、自分の貸金債権1,500万円と、この返還債務を相殺する(505条1項、貸金の弁済期が来ていること)=回収が済んだ形。辺ラベルの語=請求/支払/返還。 図:お金の流れの5段階の板

  • Cから取り戻す1,500万円(Aの債権1,500万円、価額の償還)
  • 1 AがCに、1,500万円を自分に払えと請求(424条の9第2項)/2 CがAに支払う/3 Cは、Bに払わなくてよい(424条の9第1項後段)/4 Aは、Bに1,500万円を返す債務を負う(不当利得)/5 Aは、自分の貸金債権1,500万円と、この返還債務を相殺する(505条1項、貸金の弁済期が来ていること)=回収が済んだ形
  • 辺ラベルの語=請求/支払/返還

3つめの柱です。Aが、Cから1,500万円を受け取ったあとの話です。債権者代位権で、取り立てたお金を相殺した流れを見ました。取消しでも、同じ組み立てです。今回の数字で、もう1回通します。先に、問いです。Aが受け取った1,500万円は、Aのものになるでしょうか?結論を先に言えば、受け取っただけでは、Aのものにはなりません。流れで見ます。1つめ、AがCに、1,500万円を自分に払えと請求します。2つめ、CがAに払います。3つめ、Cは、Bに払わなくてよくなります。ここまでは、424条の9のとおりで、条文の札を付けます。4つめが大事です。Aが受け取った1,500万円は、本来は、Bの責任財産に戻るはずのお金です。条文が認めたのは、ここまで、つまり、Cとの関係です。ですから、Cとの関係では、Aが受け取ることに原因があります。しかし、受け取ったお金をAのものにしてよい、とは、条文に書かれていません。Bとの関係では、Aが1,500万円を持つ法律上の原因がありません。だからAは、Bに1,500万円を返す債務を負います。不当利得として説明されます。不当利得とは、法律上の原因なく得た利益のことで、得た人は返す義務を負います。5つめが、相殺です。相殺とは、自分の債権を使って、相手に対する自分の債務を消す仕組みでした。お互いに現金を動かさず、差し引きで済ませます。AはBに、1,500万円の貸金債権を持っています。そして、Bに、1,500万円の返還債務を負っています。どちらもお金の債権で、同じ額で向き合っています。505条1項は、双方の債務が弁済期にあるときに相殺できる、と定めます。取消しは貸金の弁済期が来ていなくてもできますが、相殺にはAの貸金の弁済期が来ていることが要り、設例では来ています。ですから、Aは505条1項で相殺できます。相殺すれば、Aの貸金が消えて、回収が済んだ形になります。受け取っただけでは、Aは返す債務を負ったままです。相殺の意思表示をして、初めて手元に残ります。

動産のときは別です。返す物は動産で、貸金は金銭ですから、種類が違い、相殺は問題になりません。相殺の話が出るのは、金銭の場合です。

条文に書いてあること/書いていないことの表。行1=自分に払えと求められる/払えば債務者への義務を免れる=条文(424条の9)。行2=受け取った金銭は債務者の一般財産に回復されたものとして取り扱う(Aに他の債権者へ分配する義務は無い)=判例。行3=相殺禁止の規定を置く案は改正のとき見送られ、実務の運用や解釈に委ねられた(相殺権の濫用などで制限される可能性にも言及)=立案の過程の説明。行4=Bへ返す債務が生じる理由(不当利得)・相殺できること(505条1項の当てはめ)・結果としての事実上の優先弁済=こちらの説明。

  • 条文に書いてあること/書いていないことの表
  • 行1=自分に払えと求められる/払えば債務者への義務を免れる=条文(424条の9)
  • 行2=受け取った金銭は債務者の一般財産に回復されたものとして取り扱う(Aに他の債権者へ分配する義務は無い)=判例
  • 行3=相殺禁止の規定を置く案は改正のとき見送られ、実務の運用や解釈に委ねられた(相殺権の濫用などで制限される可能性にも言及)=立案の過程の説明
  • 行4=Bへ返す債務が生じる理由(不当利得)・相殺できること(505条1項の当てはめ)・結果としての事実上の優先弁済=こちらの説明

重要なのは、この流れのうち、条文に書かれているのはどこまでか、です。表に並べます。1行目、自分に払えと求められること、払えば債務者への義務を免れること。これは、条文です。424条の9は、ここまでです。2行目、受け取った金銭は、債務者の一般財産に回復されたものとして取り扱う、というのは、判例の言葉です。のちほど読みます。3行目、立案の過程の説明です。2017年の改正のとき、相殺を禁じる規定を置く案がありましたが、見送られました。実務の運用や解釈に委ねる、とされ、相殺権の濫用などで制限される可能性にも触れています。代位のときと同じです。4行目、Bへ返す債務が生じる理由と、相殺できること、結果としての事実上の優先弁済は、こちらの説明です。条文には書かれていません。

数字で確かめます。

数値の比較。戻ってきたお金=1,500万円。Bのもう1人の債権者の債権=1,500万円。上段=戻ったお金を債権者で平等に分けた場合(債権額の割合で)→Aが750万円、もう1人の債権者が750万円。下段=Aが自分に受け取り、相殺した場合→Aが1,500万円全額。もう1人の債権者はこのお金から回る分が無い。右に「事実上の優先弁済」。 図:数値の比較

  • 戻ってきたお金=1,500万円
  • Bのもう1人の債権者の債権=1,500万円
  • 上段=戻ったお金を債権者で平等に分けた場合(債権額の割合で)→Aが750万円、もう1人の債権者が750万円
  • 下段=Aが自分に受け取り、相殺した場合→Aが1,500万円全額
  • もう1人の債権者はこのお金から回る分が無い
  • 右に「事実上の優先弁済」

戻ってきたお金は1,500万円で、Bには、もう1人の債権者がいて、その債権も1,500万円だとします。この戻ったお金だけを分ける場面を考えます。債権者で平等に分けるなら、債権額の割合で、750万円ずつです。ところが、Aが自分に受け取って相殺すると、Aは、1,500万円の全額を回収します。もう1人の債権者には、このお金から回る分が残りません。これが、事実上の優先弁済です。優先弁済とは、ほかの債権者より先に、満足を受けることです。事実上の、と付くのは、法律がAに優先権を与えたのではなく、自分に受け取れることと、相殺できることが重なった、結果だからです。

ほかの債権者が、戻ったお金の分配を求められるか、という問題です。判例は、求められない、としました。読みます。判例の札を付けます。

判決の要点の板。事案=取消債権者が、価額の償還として金銭を受け取ったあと、その金銭の扱いが争われた。判決=1 他の債権者が、当然に平等の割合で、その金銭の上に権利を取得するものではない/2 取消債権者は、受け取った金銭を債務者の一般財産に回復されたものとして取り扱うべきだが、自分が分配者になって、他の債権者の請求に応じて分配する義務は負わない。注意=相殺が許されるかどうかは、この判決は判断していない。用語=価格賠償=家の代わりにお金で返してもらう価額の償還のこと/取戻物=取り戻した物。 図:判決の要点の板

  • 事案=取消債権者が、価額の償還として金銭を受け取ったあと、その金銭の扱いが争われた
  • 判決=1 他の債権者が、当然に平等の割合で、その金銭の上に権利を取得するものではない/2 取消債権者は、受け取った金銭を債務者の一般財産に回復されたものとして取り扱うべきだが、自分が分配者になって、他の債権者の請求に応じて分配する義務は負わない
  • 注意=相殺が許されるかどうかは、この判決は判断していない
  • 用語=価格賠償=家の代わりにお金で返してもらう価額の償還のこと/取戻物=取り戻した物

判決の要点を先に板に出します。事案は、取消債権者が、価額の償還として金銭を受け取ったあと、その金銭の扱いが争われたものです。読みどころは2つです。ほかの債権者が、そのお金に当然に権利を持つのか。そして、受け取った側に、分ける義務があるのか、です。

判例最判昭37・10・9 民集16巻10号2070頁

取消債権者が受け取った金銭と他の債権者 取消債権者が自己に価格賠償の引渡を受けた場合、他の債権者は取消債権者の手中に入つた右取戻物の上に当然に総債権者と平等の割合による現実の権利を取得するものではない。また、取消債権者は自己に引渡を受けた右取戻物を債務者の一般財産に回復されたものとして取扱うべきであることは当然であるが、それ以上に、自己が分配者となつて他の債権者の請求に応じ平等の割合による分配を為すべき義務を負うものと解することはできない。

言葉を直します。「価格賠償」は、家の代わりにお金で返してもらう、価額の償還のことです。「取戻物」は、取り戻した物です。「一般財産」は、ここでは責任財産と同じ意味です。判決が述べたことは、2つです。1つめ、他の債権者は、当然には、平等の割合で、受け取った金銭の上に権利を取得しない。2つめ、取消債権者は、受け取ったものを、債務者の一般財産に回復されたものとして取り扱うべきだが、自分が分配者となって、他の債権者に分ける義務までは負わない、です。ここで、1つ注意です。この判決は、相殺が許されるかどうかには、踏み込んでいません。事案に、相殺をしたという主張が出ていましたが、最高裁は、その適否を判断していません。ですから、判例が相殺を認めた、とは言えません。この判決が述べたのは、他の債権者に分配する義務は無い、というところまでです。相殺と優先弁済のほうは、先ほどの表のとおり、立案の過程の説明と、こちらの説明です。

分ける義務が無い理由の板。判例=分配の時期や手続を、解釈で明確にするような規定を全く欠く法のもとでは、分ける義務を認めることは否定するほかない。こちらの説明=いつ、どの債権者に、いくら配るのかを決める手続が要るのに、それが用意されていない。 図:分ける義務が無い理由の板

  • 判例=分配の時期や手続を、解釈で明確にするような規定を全く欠く法のもとでは、分ける義務を認めることは否定するほかない
  • こちらの説明=いつ、どの債権者に、いくら配るのかを決める手続が要るのに、それが用意されていない

では、なぜ分ける義務が無いのでしょうか。判例の札を付けます。判決は、分配の時期や手続を、解釈で明確にするような規定を全く欠く法のもとでは、分ける義務を認めることは否定するほかない、と述べています。いつ、どの債権者に、いくら配るのかを決める手続が要るのに、それが用意されていない、という言い換えは、こちらの説明です。

判決の要点の板。場面=受益者が、もともとBの債権者の1人で、Bから先に弁済を受け、その弁済が取り消された。問い=自分も債権者だからという理由で、取り消された弁済のうち、自分の債権に対する按分額の支払を拒めるか。判決=拒めない。理由=拒めるとすると、いちはやく弁済を受けた受益者を保護し、総債権者の利益を無視する結果になり、制度の趣旨に反する。補足=分配の手続をどう定めるかは、立法上考慮の余地がある、とも述べている。ただし、そこからただちに配当要求に効力を認めなければならない理由はない、としている。出典=最判昭46・11・19 民集25巻8号1321頁。 図:判決の要点の板

  • 場面=受益者が、もともとBの債権者の1人で、Bから先に弁済を受け、その弁済が取り消された
  • 問い=自分も債権者だからという理由で、取り消された弁済のうち、自分の債権に対する按分額の支払を拒めるか
  • 判決=拒めない
  • 理由=拒めるとすると、いちはやく弁済を受けた受益者を保護し、総債権者の利益を無視する結果になり、制度の趣旨に反する
  • 補足=分配の手続をどう定めるかは、立法上考慮の余地がある、とも述べている
  • ただし、そこからただちに配当要求に効力を認めなければならない理由はない、としている
  • 出典=最判昭46・11・19 民集25巻8号1321頁

最後に、場面を1つ変えます。設例のCは家の買主でしたが、ここでは、受益者が、もともとBの債権者の1人で、Bから先に弁済を受け、その弁済が取り消された場面です。受益者は、自分も債権者だからという理由では、取り消された弁済のうち、自分の債権に対する按分額の支払を拒めない、というのが判例です。さきほどの、自己への引渡しを許す理由を述べた判決の、別の部分です。判例の札を付けます。

判例最判昭46・11・19 民集25巻8号1321頁

受益者が按分額の支払を拒めるか もし、本件のような弁済行為についての詐害行為取消訴訟において、受益者である被告が、自己の債務者に対する債権をもつて、上告人のいわゆる配当要求をなし、取消にかかる弁済額のうち、右債権に対する按分額の支払を拒むことができるとするときは、いちはやく自己の債権につき弁済を受けた受益者を保護し、総債権者の利益を無視するに帰するわけであるから、右制度の趣旨に反することになるものといわなければならない。

言葉を直します。「配当要求」は、受益者が、自分も債権者として、分け前を求めることです。「按分額」は、債権額の割合で分けた額です。判決の中の上告人は、被告になった受益者のことです。判決が述べたことは、受益者が、自分の債権を理由に、取り消された弁済のお金のうち、自分の債権に対する按分額の支払を拒めるとすると、先に弁済を受けた受益者を保護し、総債権者の利益を無視することになり、制度の趣旨に反する、です。結論は、拒めない、です。この判決は、引き渡されたお金の分配の手続をどう定めるかは、立法上考慮の余地がある、とも述べていますが、そのことからただちに配当要求に効力を認めなければならない理由はない、としています。これも判例の札です。論文で書くときは、こう分けます。424条の9で自分に払わせられることは、条文の言葉で。他の債権者に分配する義務は無いこと、受益者が按分額の支払を拒めないことは、判例の言葉で。相殺による事実上の優先弁済は、条文の外ですから、解釈として書き、立案の過程の説明とこちらの説明を分けて、理由を述べます。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の札。1 金銭と動産は自分に渡させられる=条文(424条の9)・判例(取戻しを実効あらしめるため)・立案の過程の説明(判例の明文化)・こちらの説明(受け取る行為が要る)/2 不動産は登記を債務者の名義に戻すだけ=判例(自己への移転登記は不可)・こちらの説明(登記は債務者が受け取らなくても戻せる)/3 受け取ったお金の行方=判例(分配義務なし・按分額の支払は拒めない)・立案の過程の説明(相殺禁止を見送り)・こちらの説明(返還債務・相殺)。最下段=答え。お金はAに払わせられ、Aは相殺で事実上の優先弁済を受けうるが、条文には書かれていない。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の札
  • 1 金銭と動産は自分に渡させられる=条文(424条の9)・判例(取戻しを実効あらしめるため)・立案の過程の説明(判例の明文化)・こちらの説明(受け取る行為が要る)/2 不動産は登記を債務者の名義に戻すだけ=判例(自己への移転登記は不可)・こちらの説明(登記は債務者が受け取らなくても戻せる)/3 受け取ったお金の行方=判例(分配義務なし・按分額の支払は拒めない)・立案の過程の説明(相殺禁止を見送り)・こちらの説明(返還債務・相殺)
  • 最下段=答え
  • お金はAに払わせられ、Aは相殺で事実上の優先弁済を受けうるが、条文には書かれていない

冒頭の問いに戻ります。Aの債権は1,500万円で、Cから取り戻すお金も1,500万円でした。それは、Bに払わせるのか、Aに払わせるのか、という問いです。答えです。お金は、Aに直接払えと求められます。Cは、Aに払えば、Bには払わなくてよくなります。家そのものは、登記をBの名義に戻すだけです。そして、Aが受け取った1,500万円は、Bに返す債務を負いますが、自分の貸金と相殺すれば、事実上の優先弁済になります。ただし、条文には書かれていません。3つの柱を、札を付けて整理します。1つめ、金銭と動産は、自分に渡させられます。根拠は、424条の9の条文です。なぜ金銭と動産だけか、は、取戻しを実際に効き目のあるものにするため、という判例と、判例を明文にした、という立案の過程の説明、受け取る行為が要る、というこちらの説明です。2つめ、不動産は、登記を債務者の名義に戻すだけです。自分への移転登記は求められない、というのは判例で、登記は債務者が受け取らなくても戻せる、という理由づけは、こちらの説明です。3つめ、受け取ったお金の行方です。他の債権者に分配する義務は無いこと、受益者が按分額の支払を拒めないことは、判例です。相殺禁止を見送ったのは、立案の過程の説明です。返還債務と、相殺による事実上の優先弁済は、こちらの説明です。取り消せる範囲と、渡す先は分かりました。取消しを認める判決の効力が誰に及ぶのかと、Cが払った700万円の後始末は、別の回で扱います。

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#209単独ページ動画

詐害行為取消しの認容判決の効力と受益者の反対給付(425条・425条の2)

第4章 債権総論 #209/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

取消しの判決は、誰にまで効くのか

冒頭の設例の関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者。AからBへ貸金1,500万円。BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で)。CからDへ転売。取消しを認める判決が確定し、AはCから価額の償還として1,500万円を取り戻した。問い=訴えに加わっていないBの他の債権者も、戻った財産から回収できるのか/家の代金700万円を払ったCは、払い損なのか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者(親族)、D 転得者
  • AからBへ貸金1,500万円
  • BからCへ売却(時価2,400万円の家を700万円で)
  • CからDへ転売
  • 取消しを認める判決が確定し、AはCから価額の償還として1,500万円を取り戻した
  • 問い=訴えに加わっていないBの他の債権者も、戻った財産から回収できるのか/家の代金700万円を払ったCは、払い損なのか

設例の続きです。Aは、Bに1,500万円を貸しています。Bは、時価2,400万円の家を、親族のCに700万円で売り、Cは、その家をDに転売しました。取消しを認める判決が確定して、AはCから、価額の償還として1,500万円を取り戻しました。取消しの範囲も、お金の払い先も、前の回までに見たとおりです。ここで、2つの疑問が残ります。訴えに加わっていない、Bの他の債権者も、戻った財産から回収できるのでしょうか。そして、家の代金として700万円を払ったCは、払い損なのでしょうか。先に答えを言います。取消しを認める判決の効力は、被告になったCだけでなく、債務者のBと、Bのすべての債権者にも及びます。だから、家そのものがBの名義に戻る形なら、他の債権者も、その家に強制執行をかけられます。ただし、設例のように、Aが現金で受け取った1,500万円を、分けろとAに請求できるわけではありません。そしてCは、払い損ではありません。Bに、払った代金の返還を請求できます。今日は、根拠が混ざりますので、4つに言い分けます。条文という札を付けるのは、条文に書かれていることです。判例の札を付けるのは、最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことです。立案の過程の説明という札を付けるのは、2017年の改正のとき、なぜそう決めたのか、として説明されていることです。こちらの説明という札を付けるのは、条文にも判例にも書かれていない、理解のための、この講義の説明です。

判決の効力は誰に及ぶのか——425条

効力が及ぶ者の関係図。AがCを被告として訴え(訴え)、勝った。効力は、A・C(当事者)、B 債務者、Bのすべての債権者に及ぶ(効力)。円の役ラベル=A 取消債権者/B 債務者/C 受益者/D 転得者。辺ラベルの語=訴え/効力。 図:効力が及ぶ者の関係図

  • AがCを被告として訴え(訴え)、勝った
  • 効力は、A・C(当事者)、B 債務者、Bのすべての債権者に及ぶ(効力)
  • 円の役ラベル=A 取消債権者/B 債務者/C 受益者/D 転得者
  • 辺ラベルの語=訴え/効力

1つめの柱です。取消しを認める判決が確定したとき、その効力は誰に及ぶのか。条文を読みます。

条文民法425条

民法第425条 詐害行為取消請求を認容する確定判決は、債務者及びその全ての債権者に対してもその効力を有する。

言葉を直します。認容するとは、請求を認めることです。確定判決とは、もう争えなくなった判決のことです。「に対しても」の、「も」が大事です。訴えの当事者に効力が及ぶのは、いわば当たり前で、それに加えて、債務者と、そのすべての債権者にも及ぶ、という意味です。当事者に及ぶという原則は、民事訴訟法の定めです。設例に当てはめます。AがCを被告にして、勝ったとします。効力は、まず当事者のAとCに及びます。次に、被告になっていないBにも及びます。前に、AがCに勝つと、Bも、Cへの売却は取り消された、という結果を受ける、と見たとおりです。さらに、Bの、すべての債権者にも及びます。訴えに加わらなかった債権者にも、取り消された、という結果が及びます。ここまでは、条文の札を付けます。

条文は、その全ての債権者、と書くだけで、前か後かを分けていません。ですから、どちらも入る、と読むのが自然です。ただしこれは、条文の言葉の読み方で、こちらの説明です。

転得者だけを被告にした場合の関係図。AがDだけを被告として訴え、勝った。効力は、A・D・B・Bのすべての債権者に及ぶが、被告にしていないC 受益者には及ばない。円の役ラベル=A 取消債権者/B 債務者/C 受益者/D 転得者。辺ラベルの語=訴え/効力。 図:転得者だけを被告にした場合の関係図

  • AがDだけを被告として訴え、勝った
  • 効力は、A・D・B・Bのすべての債権者に及ぶが、被告にしていないC 受益者には及ばない
  • 円の役ラベル=A 取消債権者/B 債務者/C 受益者/D 転得者
  • 辺ラベルの語=訴え/効力

次は、及ばない者です。AがCではなく、転得者のDだけを被告にして、勝ったとします。効力は、A・D、そしてBとBのすべての債権者に及びます。しかし、被告にしていないCには及びません。Cとの関係では、BからCへの売却は、取り消されていないままです。条文は、及ぶ者を挙げていて、Cを挙げていません。ここから、及ばない、と読めます。条文の反対側から読む、こちらの説明です。設例で言えば、Dは、払った代金を、Cに返せと求めることができません。Cとの関係では、売却が取り消されていないからです。Dの立場は、後の回で扱います。条文の言葉を、もう1つ見ます。条文は、請求を認容する確定判決、と書いています。ここで、問いです。Aが負けた判決は、債務者や、他の債権者にも及ぶでしょうか?

及びません。条文が及ぶとしているのは、請求を認容する確定判決だけです。Aが負けた判決は、債務者や他の債権者を縛りません。条文の言葉で決まる点で、短答では、棄却は及ばない、という形で出ます。ここは、条文の札を付けます。ここは、論文で論点になりうる所です。425条は、成立の要件ではなく、効果を定めた条文です。条文どおりに、条文番号を付けて書いてください。

効力が及ぶことと、分配を請求できることは別

仕分けの表。2列=「効力が及ぶ(425条)」と「分配を請求できる(前の回の判例)」。中身=取り消された結果(財産がBの責任財産に戻ったこと)を、債務者とすべての債権者との関係で前提にできる/Aが自分に受け取ったお金を、他の債権者がAに分けろと求める権利。札=条文(425条)、意味づけは立案の過程の説明とこちらの説明/判例(分ける義務を負うとは解されない)。向く先=取消しの結果そのもの/Aが取ったお金の行き先。 図:仕分けの表

  • 2列=「効力が及ぶ(425条)」と「分配を請求できる(前の回の判例)」
  • 中身=取り消された結果(財産がBの責任財産に戻ったこと)を、債務者とすべての債権者との関係で前提にできる/Aが自分に受け取ったお金を、他の債権者がAに分けろと求める権利
  • 札=条文(425条)、意味づけは立案の過程の説明とこちらの説明/判例(分ける義務を負うとは解されない)
  • 向く先=取消しの結果そのもの/Aが取ったお金の行き先

ここで引っかかります。前の回では、他の債権者は、取消債権者に分配を請求できない、と習いました。でも今日は、すべての債権者に効力が及ぶ、と言います。矛盾していませんか。大事な疑問です。結論から言うと、矛盾しません。2つは、別のことを言っています。表に仕分けます。左の列、効力が及ぶ、とは、取り消された、という結果を、その人との関係でも前提にできる、という意味です。取り消された結果とは、財産が、Bの責任財産、つまり前に見た、強制執行の対象になる財産に、戻ったことです。条文が定めているのは、ここまでです。意味づけとして、責任財産が戻ったことを前提に、すべての債権者が、強制執行などをできるようにする、と説明されています。これは、立案の過程の説明に、こちらの説明を足した言い方です。右の列、分配を請求できる、とは、Aが自分に受け取ったお金について、他の債権者が、Aに、分けろと求める権利のことです。これは、判例が、ない、と言いました。理由は、前の回で見たとおり、分ける時期や手続を決める規定が、法律に無いからでした。ここは、判例の札を付けます。たとえ話です。町内の掲示板に、この家はBのものに戻りました、と貼り出された場面を考えてください。町内の誰もが、それを前提に動けます。これが、効力が及ぶ、です。しかし、貼り出されたことは、貼り出させた人が手にしたお金を、他の人が分けてもらう権利にはなりません。これが、分配を請求できる、とは別だ、ということです。

設例で通します。家そのものを戻す形、つまり、Cがまだ家を持っていて、登記をBの名義に戻す場合なら、他の債権者は、Bの名義の家に、自分の債権で強制執行をかけられます。取り消された結果を前提にできるからです。一方、設例のように、Cが家をDに転売していて、AがCから現金で受け取った1,500万円については、他の債権者は、Aに、分けろと請求する権利を持ちません。前の回の判決は、取消債権者に、分ける義務は無い、と述べていました。場面を変えると、受益者がもともとBの債権者で、弁済を取り消された場合も、自分の債権の割合で分けた額、按分額の支払を拒めない、と前の回で見ました。これは、払う側の受益者の話で、受け取ったAに分けろと言う話とは、別です。Aが受け取った1,500万円は、Bに返す債務を負いますが、自分の貸金と相殺、つまり差し引きすれば、事実上の優先弁済になります。前の回で見た、こちらの説明です。

効力が及ぶとは、取り消された結果を前提にできること。分配を請求できるかどうかは、別で、判例上は、ない。この一文を、答案でも崩さないようにしてください。

なぜ変えたのか——改正前の相対的取消しとの比較

改正前と改正後の比較表。観点4行。条文=旧425条「前条の規定による取消しは、すべての債権者の利益のためにその効力を生ずる」/425条「債務者及びその全ての債権者に対してもその効力を有する」。効力の範囲=原告と被告の間だけ(相対的取消し)・債務者には及ばない(判例 大連判明44・3・24)/原告・被告に加え、債務者と全債権者。債務者の関与=被告にしない・告知の定めは無い/被告にしないのは同じ・訴訟告知が義務(424条の7第2項)。受益者の反対給付=旧法の条文に定めは無い/425条の2が定める。 図:改正前と改正後の比較表

  • 観点4行
  • 条文=旧425条「前条の規定による取消しは、すべての債権者の利益のためにその効力を生ずる」/425条「債務者及びその全ての債権者に対してもその効力を有する」
  • 効力の範囲=原告と被告の間だけ(相対的取消し)・債務者には及ばない(判例 大連判明44・3・24)/原告・被告に加え、債務者と全債権者
  • 債務者の関与=被告にしない・告知の定めは無い/被告にしないのは同じ・訴訟告知が義務(424条の7第2項)
  • 受益者の反対給付=旧法の条文に定めは無い/425条の2が定める

2つめの柱です。改正前は、どうなっていたのでしょうか。表で並べます。改正前の条文は、旧425条です。取消しは、すべての債権者の利益のために、その効力を生ずる、と書いてありました。債務者への効力は、書かれていません。そして判例は、大審院の連合部の判決で、取消しの効力は相対的だ、としました。判決が述べたことは、詐害行為の取消しの効力は、訴訟の相手方に対しては、その行為を無効にするが、訴訟に関わらなかった債務者などに対しては、その行為は依然として存立する、ということです。これを、相対的取消しと呼びます。相対的とは、効力が、訴えの当事者の間だけにとどまる、という意味です。ここまでは、判例の札を付けます。表の下の段を見ます。改正前は、債務者を被告にしませんでした。そして、債務者への告知の定めも、ありませんでした。今は、被告にしないのは同じで、訴訟告知が義務です。ここで、以前の回で見た問いです。債務者を被告にしないのに、債務者に訴訟告知をするのは、なぜでしたか?

判決の効力が債務者にも及ぶので、被告にはしなくても、関わる機会を保障するため、でした。424条の7第2項が定める告知です。その理由づけは、立案の過程の説明でした。今日の425条で、その土台が条文になった、というつながりです。では、相対的取消しだと、何が不都合だったのか。ここは、こちらの説明で組み立てます。相対的取消しなら、債務者のBとの関係では、BからCへの売却は、取り消されていません。すると、Cは、家を返しても、取り消されたのだから代金を返せ、とBに言う根拠に欠けます。Bとの関係で売却が生きているなら、700万円は、正当な代金のままだからです。また、財産はBの責任財産に戻ったものとして扱うのに、Bとの関係では売却が生きたまま、という食い違いが残ります。そのため、他の債権者がその財産にどう関わるのかも、説明しにくくなります。立案の過程の説明では、こう説明されています。相対的取消しはとらず、判決の効力を、債務者にも及ぼすことにした。受益者が、ただ財産を返すだけで終わるのは酷だ、という批判もあった、と。債務者の側には、被告にしない代わりに、訴訟告知で関与の機会を与えます。表のいちばん下の段のとおり、旧法の条文には、受益者の反対給付の定めがありませんでした。今は、次に読む425条の2が定めています。論文では、改正前の相対的取消しは、判例の結論として覚えます。今は、条文が債務者と、すべての債権者に及ぼしている、という変化を押さえてください。

受益者は払い損ではない——425条の2

425条の2の流れの図。Cは、取り戻された家の価額の償還を、Aに払う(1,500万円)。そのうえで、CからBへ、家の代金として払った代金の返還を請求する(額は、取消しが一部にとどまるとき断定しない)。辺ラベルの語=請求/返還。円の役ラベル=A 取消債権者/B 債務者/C 受益者。 図:425条の2の流れの図

  • Cは、取り戻された家の価額の償還を、Aに払う(1,500万円)
  • そのうえで、CからBへ、家の代金として払った代金の返還を請求する(額は、取消しが一部にとどまるとき断定しない)
  • 辺ラベルの語=請求/返還
  • 円の役ラベル=A 取消債権者/B 債務者/C 受益者

3つめの柱です。冒頭の問いの後半です。家の代金として700万円を払ったCは、払い損なのでしょうか。条文を読みます。

条文民法425条の2

民法第425条の2 債務者がした財産の処分に関する行為(債務の消滅に関する行為を除く。)が取り消されたときは、受益者は、債務者に対し、その財産を取得するためにした反対給付の返還を請求することができる。債務者がその反対給付の返還をすることが困難であるときは、受益者は、その価額の償還を請求することができる。

3つに言い分けます。まず、括弧の外から読みます。債務者がした、財産の処分に関する行為が取り消されたとき、です。設例の、家の売却は、財産の処分に当たります。括弧書きは、債務の消滅に関する行為を除く、です。たとえば弁済のような、債務をなくす行為は、この条文の外です。その場合は、後の回で扱います。前段です。受益者は、債務者に対し、その財産を取得するためにした反対給付の返還を請求できます。反対給付とは、財産を手にするために、こちらが払った見返りです。設例では、Cが払った700万円が、反対給付です。たとえば、Cがまだ家を持っていて、家そのものをBに戻す、つまり売却の全部が取り消される場面なら、Cは、Bに対して、700万円の返還を請求できます。条文の札を付けます。後段です。債務者が、その反対給付の返還をすることが困難なときは、受益者は、その価額の償還を請求できます。設例の700万円は、お金ですから、返せます。後段の場面を見るために、ここからは別の例です。Cが、代金の代わりに、自分の絵画をBに渡していたとします。ところが、Bは、その絵画を、すでに手放していて、返せません。このとき、Cは、絵画の価額の償還を、Bに求められます。価額とは、その絵画の値打ちを、お金に直した額です。これも、条文の札を付けます。

CがBに返還を求められる筋道。1 判決の効力がBにも及ぶ(425条)/2 Bとの関係でも売却は取り消されたことになる/3 Cが払った代金はBの手元に法律上の原因なく残る/4 だからCはBに返すことを求められる(425条の2)。札=条文・こちらの説明・立案の過程の説明。改正前の相対的取消しではこの筋道が立たなかった。 図:CがBに返還を求められる筋道

  • 1 判決の効力がBにも及ぶ(425条)/2 Bとの関係でも売却は取り消されたことになる/3 Cが払った代金はBの手元に法律上の原因なく残る/4 だからCはBに返すことを求められる(425条の2)
  • 札=条文・こちらの説明・立案の過程の説明
  • 改正前の相対的取消しではこの筋道が立たなかった

Cが、Bに返還を求められるのは、判決の効力が、Bにも及ぶからです。今日の1つめの柱が、ここで使われます。Bとの関係でも、BからCへの売却は、取り消されたことになります。取り消されたなら、Cが払った代金は、Bの手元に、法律上の原因なく、つまり、持っている理由が無いまま、残ります。ですからCは、Bに、返すことを求められます。この組み立ては、立案の過程の説明と、こちらの説明です。改正前の相対的取消しでは、Bとの関係で、売却が取り消されていません。そのため、この筋道が立たなかった、というのが、さきほどの表の意味です。

返す順番とCの請求の額。順番=家の返還または価額の償還のあとに代金を請求(通説・条文に順番は書かれていない)/同時履行で拒めない=Aの取戻しがCの都合で止まるから(こちらの説明)/請求の額=取消しが一部にとどまるとき断定しない/Bが無資力のときは他の債権者の債権と並ぶ一つの請求になりうる(こちらの説明)。 図:返す順番とCの請求の額

順番も見ます。Cが、家を返す、または、設例のように、価額の償還をします。そのあとに、Cは代金の返還を請求する、という順番で考えるのが通説です。条文には、この順番は書かれていません。そして、Cは、前に見た同時履行、つまり、相手が返すまで自分も返さない、という言い分で、代金が戻るまで返さない、とは言えません。なぜか。もしCがそう言えるなら、Aの取戻しが、Cの都合で止まってしまうからです。この理由づけは、こちらの説明です。Cは、払った700万円を、全部確実に取り戻せるのでしょうか。そこは、断定できません。まず、設例では、取消しが、Aの債権額の1,500万円の限度にとどまります。時価2,400万円の家の売却が、一部だけ取り消されたわけです。このとき、700万円の全部を請求できるのか、取り消された分に見合う割合の額なのかは、条文に書かれていませんので、ここでは断定しません。こちらの説明です。次に、Bが無資力、つまり前に見た、自分の財産では債務を払いきれない状態になっているなら、Cの代金の返還の請求は、他の債権者の債権と並ぶ、一つの請求になりえます。Bの財産が全員には足りないので、Cが全額を回収できる、とは限りません。これは、条文には書かれていない見方で、こちらの説明です。ここは、論文で論点になりうる所です。425条の2は、効果を定めた条文です。条文どおりに、条文番号を付けて書いてください。前段と後段、それに括弧書きを、条文の言葉で言い分けます。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の札。1 判決の効力が及ぶ者=条文(425条・債務者・すべての債権者・認容判決のみ。原告・被告に及ぶのは民事訴訟法の定め)、分配を請求できるとは別=判例(分ける義務が無い)。2 改正前の相対的取消し=判例(大審院連合部)→改正後=条文(425条)、訴訟告知とのつながり=立案の過程の説明。3 受益者の反対給付=条文(425条の2)、順番=通説、同時履行で拒めない理由・Cの請求の姿=こちらの説明。最下段=答え。他の債権者にも効力は及ぶが、Aに分配を請求できるわけではない。Cは、Bに、払った代金の返還を請求できる(額は断定しない)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の札
  • 1 判決の効力が及ぶ者=条文(425条・債務者・すべての債権者・認容判決のみ。原告・被告に及ぶのは民事訴訟法の定め)、分配を請求できるとは別=判例(分ける義務が無い)
  • 2 改正前の相対的取消し=判例(大審院連合部)→改正後=条文(425条)、訴訟告知とのつながり=立案の過程の説明
  • 3 受益者の反対給付=条文(425条の2)、順番=通説、同時履行で拒めない理由・Cの請求の姿=こちらの説明
  • 最下段=答え
  • 他の債権者にも効力は及ぶが、Aに分配を請求できるわけではない
  • Cは、Bに、払った代金の返還を請求できる(額は断定しない)

冒頭の問いに戻ります。訴えに加わっていない、Bの他の債権者も、戻った財産から回収できるのか。そして、700万円を払ったCは、払い損なのか、でした。答えです。取消しを認める判決の効力は、Bと、Bのすべての債権者にも及びます。ですから、家そのものがBの名義に戻る形なら、他の債権者も、その家に強制執行をかけられます。ただし、Aが現金で受け取った1,500万円を、分けろとAに請求できるわけではありません。そしてCは、払い損ではありません。Bに、払った代金の返還を請求できます。3つの柱を、札を付けて整理します。1つめ、効力が及ぶ者です。原告と被告に加え、債務者と、すべての債権者に及びます。認容する確定判決だけで、棄却は及びません。これは、425条の条文です。分配を請求できるかは別で、できない、というのが判例です。2つめ、改正前は、大審院の連合部の判決が、取消しの効力は相対的で、当事者の間だけとしました。これは、判例です。今は、425条が、債務者とすべての債権者に及ぼしています。訴訟告知とのつながりは、立案の過程の説明です。3つめ、受益者の反対給付です。返還と、困難なときの価額の償還は、425条の2の条文です。返す順番は、通説です。同時履行で拒めない理由と、Cの請求の姿は、こちらの説明です。取消しの判決の効力と、Cが払った700万円は、分かりました。取り消された行為が、弁済のような債務の消滅行為だったときと、転得者が被告のときは、どうなるのか。それは、後の回で扱います。

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#210単独ページ動画

受益者の債権の回復と転得者の権利(425条の3・425条の4)

第4章 債権総論 #210/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

返した弁済が取り消されたら、貸金は生き返るか

冒頭の設例の関係図。A 取消債権者、B 債務者(小さな食品卸の会社)、C 受益者(社長の弟)。AからBへ債権900万円(売掛代金)。CからBへ債権500万円(貸金)。BからCへ弁済500万円。取消しを認める判決が確定し、Cは受け取った500万円を返還した。問い=CのBに対する貸金500万円は、消えたままなのか。辺ラベルの語=債権/弁済/返還。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者(小さな食品卸の会社)、C 受益者(社長の弟)
  • AからBへ債権900万円(売掛代金)
  • CからBへ債権500万円(貸金)
  • BからCへ弁済500万円
  • 取消しを認める判決が確定し、Cは受け取った500万円を返還した
  • 問い=CのBに対する貸金500万円は、消えたままなのか
  • 辺ラベルの語=債権/弁済/返還

設例の続きです。Bは、小さな食品の卸売会社です。Aに、売掛代金900万円を払う立場にありますが、手元の現金は500万円だけでした。そこで社長は、Bに500万円を貸していた自分の弟Cに、その500万円を全額返しました。Aは、この弁済を偏頗行為として取り消しました。偏頗行為とは、特定の債権者だけを有利にする行為のことです。受益者が債務者の債権者の1人で、その弁済が取り消される。前の回で、按分額の支払を拒めない、とした判例と同じ場面です。判決が確定して、Cは、受け取った500万円を返しました。ここで問いです。Cが貸していた500万円は、どうなるのでしょうか。消えたままなのでしょうか?

今日の出発点は、消えたままか、戻るか、です。先に答えです。Cが500万円を返せば、CのBに対する500万円の貸金債権は、元に戻ります。425条の3です。ただし、先に返すのが条件で、返す前は戻りません。前の回で、2つ預けていました。取り消された行為が、弁済のように債務をなくす行為だったとき。そして、転得者が被告のとき。今日が、その答えです。今日は、根拠が混ざりますので、4つに言い分けます。条文という札を付けるのは、条文に書かれていることです。判例の札を付けるのは、最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことです。立案の過程の説明という札を付けるのは、2017年の改正のとき、なぜそう決めたのか、として説明されていることです。こちらの説明という札を付けるのは、条文にも判例にも書かれていない、理解のための、この講義の説明です。答案では、条文と判例は、その言葉を引いて書き、それ以外は、理由を添えて書く、という違いになるからです。

弁済が取り消されたら、貸金は戻る——425条の3

425条の3の流れの図。A 取消債権者、B 債務者(小さな食品卸の会社)、C 受益者(社長の弟)。1 BからCへ弁済500万円(Cの貸金500万円は消える)。2 Aが取消しを請求し、判決が確定。3 Cが受け取った500万円を返還。4 CのBに対する貸金500万円が回復する。辺ラベルの語=弁済/返還/回復。 図:425条の3の流れの図

  • A 取消債権者、B 債務者(小さな食品卸の会社)、C 受益者(社長の弟)
  • 1 BからCへ弁済500万円(Cの貸金500万円は消える)
  • 2 Aが取消しを請求し、判決が確定
  • 3 Cが受け取った500万円を返還
  • 4 CのBに対する貸金500万円が回復する
  • 辺ラベルの語=弁済/返還/回復

1つめの柱です。今日の問いの答えが書いてある条文を、読みます。

条文民法425条の3

民法第425条の3 債務者がした債務の消滅に関する行為が取り消された場合(第四百二十四条の四の規定により取り消された場合を除く。)において、受益者が債務者から受けた給付を返還し、又はその価額を償還したときは、受益者の債務者に対する債権は、これによって原状に復する。

3つに言い分けます。まず、何が取り消されたときか。債務者がした、債務の消滅に関する行為です。債務の消滅に関する行為とは、弁済や代物弁済のように、債務をなくす行為のことです。設例の、500万円の弁済が当たります。条文の札を付けます。次に、何をしたときか。受益者が、債務者から受けた給付を返還し、またはその価額を償還したとき、です。受益者は、設例のCです。給付は、受け取った500万円です。つまり、Cが500万円を返したときです。返すのが難しいときは、価額の償還になります。最後に、どうなるか。受益者の、債務者に対する債権は、原状に復する、です。原状に復するとは、元の状態に戻る、という意味です。設例なら、弁済で消えていた、Cの500万円の貸金債権が、元に戻ります。Cは、Bに、500万円を返せと請求できる立場に戻ります。これも、条文の札を付けます。

戻るのは、新しい請求権ではなく、貸金債権そのものです。ここは、条文の形の確認です。弁済で消えたのは、貸金債権そのものです。弁済を取り消して、受け取った給付を返したのですから、消えた債権が戻る、という形になります。たとえるなら、帳簿の貸金の行に引いた線を、消しゴムで消して、元の行を読めるようにすることです。新しい行を書き足すのではありません。このたとえは、こちらの説明です。ここで、前の回の内容を思い出してください。家を700万円で売った受益者は、取り消されたとき、債務者に何を請求できましたか?払った700万円、つまり反対給付の返還を請求できました。425条の2です。2つの条文の分担を、表にします。

425条の2と425条の3の分担の表。2列=425条の2/425条の3。取り消された行為=財産の処分に関する行為(債務の消滅に関する行為を除く)/債務の消滅に関する行為(424条の4で取り消された場合を除く)。受益者が取得する権利=債務者に対する反対給付の返還請求権(難しければ価額の償還請求権)/債務者に対する債権が元に戻る。設例=家を売って700万円を払ったC(前の回)/貸した500万円を返してもらったC(今日)。札=条文。 図:425条の2と425条の3の分担の表

  • 2列=425条の2/425条の3
  • 取り消された行為=財産の処分に関する行為(債務の消滅に関する行為を除く)/債務の消滅に関する行為(424条の4で取り消された場合を除く)
  • 受益者が取得する権利=債務者に対する反対給付の返還請求権(難しければ価額の償還請求権)/債務者に対する債権が元に戻る
  • 設例=家を売って700万円を払ったC(前の回)/貸した500万円を返してもらったC(今日)
  • 札=条文

取り消された行為が違います。425条の2は、財産の処分に関する行為が取り消されたときで、債務の消滅に関する行為は除かれています。425条の3は、その除かれたほう、債務の消滅に関する行為が取り消されたときです。ただし、過大な代物弁済として取り消された場合は、除かれます。この除外は、次の節で読みます。受益者が取得するものも違います。425条の2は、債務者に対する、反対給付の返還請求権です。難しければ、価額の償還請求権です。一方、425条の3は、新しい請求権ではなく、債務者に対する、元の債権が戻る形です。どちらも、条文の札を付けます。財産の処分なら425条の2、債務の消滅なら425条の3、と分けて覚えてください。

返還が先——同時履行にしない理由と、過大な代物弁済の括弧書き

返す順番の板。条文=「返還し、又はその価額を償還したときは」原状に復する=返したときに債権が戻る(返す前は戻っていない)。425条の2=順番は条文に書かれていない(前の回の線)。同時履行にしない理由=返す前のCには、戻っていない債権をもとにBへ500万円の支払を求める根拠がまだ無い(こちらの説明)。札=条文/こちらの説明。 図:返す順番の板

  • 条文=「返還し、又はその価額を償還したときは」原状に復する=返したときに債権が戻る(返す前は戻っていない)
  • 425条の2=順番は条文に書かれていない(前の回の線)
  • 同時履行にしない理由=返す前のCには、戻っていない債権をもとにBへ500万円の支払を求める根拠がまだ無い(こちらの説明)
  • 札=条文/こちらの説明

順番の話です。425条の3は、返還し、又は価額を償還したときは、原状に復する、と書いています。返したときに、債権が戻ります。裏返すと、返す前は、まだ戻っていません。順番は、返還が先で、債権の回復があとです。これは、条文の文言から読めますので、条文の札を付けます。前の回の425条の2と比べます。425条の2では、家や価額を返すことと、代金を請求することの、順番は、条文に書かれていませんでした。返還が先と考えるのは、通説でした。今日の425条の3は、条文が、返したときは、と書きます。同じ返還が先でも、425条の2は通説、425条の3は条文の文言、と言い分けてください。425条の3は、条文を引けば足ります。

Cは、貸金が戻るまで返さない、と同時履行を言い分にすることはできません。理由を言います。同時履行は、お互いが、相手に対する債務を負っていて、引換えにできる場面の話です。ところが、貸金が戻るのは、Cが返したあとです。返す前は、CのBに対する貸金債権が、まだ戻っていません。つまり、Bは、Cに500万円を払う債務を、まだ負っていないのです。Cの側には返す債務があっても、それと引き換えにする、Bの債務がありません。ですから、500万円を払ってくれるまで返さない、とは言えないのです。前の回の、Aの取戻しがCの都合で止まってしまう、という理由も、ここでそのまま当てはまります。この理由づけは、こちらの説明です。設例で通します。Cが500万円を返して、貸金500万円が戻りました。ただし、Bは、払い切れない状態です。Cは、戻った500万円を請求できても、全額を回収できるとは限りません。Bの財産が足りないときは、他の債権者の債権と並ぶ請求になります。これも、こちらの説明です。もう1つ、条文の括弧書きを見ます。425条の3は、第四百二十四条の四の規定により取り消された場合を除く、と書いています。424条の4は、過大な代物弁済の特則で、前に見ました。ここで、問いです。過大な代物弁済で、過大な部分だけが取り消されたとき、Cの債権は戻るでしょうか?

取り消されたのだから、戻りそうです。でも、括弧書きがあるので、戻らないのでしょうか。戻りません。数字で見ます。

過大な代物弁済の括弧書きの図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者。CのBに対する貸金200万円。Bは、時価800万円の土地を、その貸金の代物弁済としてCに渡した。過大部分は600万円(800万円から200万円を引いた額)。Aは、過大部分600万円だけを取り消した。Cは、価額の償還として600万円を払う。結論=CのBに対する貸金200万円は、元に戻らない(消えたまま)。辺ラベルの語=償還/戻らない。 図:過大な代物弁済の括弧書きの図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者
  • CのBに対する貸金200万円
  • Bは、時価800万円の土地を、その貸金の代物弁済としてCに渡した
  • 過大部分は600万円(800万円から200万円を引いた額)
  • Aは、過大部分600万円だけを取り消した
  • Cは、価額の償還として600万円を払う
  • 結論=CのBに対する貸金200万円は、元に戻らない(消えたまま)
  • 辺ラベルの語=償還/戻らない

CがBに、200万円を貸していました。Bは、その返済の代わりに、時価800万円の土地を、Cに渡しました。代物弁済です。200万円の債務に、800万円の土地ですから、過大です。過大な部分は、800万円から200万円を引いた、600万円です。そして、Aが、この600万円の部分だけを取り消した、とします。424条の4が、過大な部分だけを取り消せるとした、あの形です。土地のように分けられない物では、価額の償還で、過大部分の価額を払う形になります。Cは、600万円を償還します。では、Cの200万円の貸金は、戻るのでしょうか。戻りません。括弧書きが、この場合を、425条の3の外に出しているからです。条文の札を付けます。理由を言います。こちらの説明です。取り消されたのは、過大な600万円の部分だけです。残りの200万円分は、有効な弁済として、取り消されていません。つまり、貸金は、その分、弁済で満たされたままです。Cが払う600万円は、貸金の穴を埋めるお金ではありません。取り消された過大部分を、吐き出すお金です。だから、200万円の貸金は、消えたままです。対比します。冒頭の設例のように、弁済の全部が取り消されたときは、全部を返します。そして、貸金は、元に戻ります。全部が取り消されたのか、過大な部分だけなのか。それで、戻るかどうかが分かれます。

短答では、返したときに戻ること、そして、過大な部分だけが取り消されたときは戻らないこと、この2点が、条文の言葉で問われます。

転得者が被告のとき——425条の4(柱書と1号)

設例の切替の関係図。ここから設例を替える(前の2回の家の売買の例)。A 取消債権者(貸金1,500万円)、B 債務者(時価2,400万円の家をCに700万円で売却)、C 受益者、D 転得者(CからDへ家を転売)。AはDだけを被告にして勝った。BからCへ家、CからBへ代金700万円、CからDへ家。辺ラベルの語=請求/返還/行使。 図:設例の切替の関係図

  • ここから設例を替える(前の2回の家の売買の例)
  • A 取消債権者(貸金1,500万円)、B 債務者(時価2,400万円の家をCに700万円で売却)、C 受益者、D 転得者(CからDへ家を転売)
  • AはDだけを被告にして勝った
  • BからCへ家、CからBへ代金700万円、CからDへ家
  • 辺ラベルの語=請求/返還/行使

2つめの柱です。ここから、設例を替えます。AとBは同じ役ですが、事情は、前の2回の、家の売買の例です。Aは、Bに1,500万円を貸しています。Bは、時価2,400万円の家を、親族のCに700万円で売り、Cは、その家を、Dに転売しました。今日の食品卸の例とは、別の話です。Aが、Dだけを被告にして勝った、とします。前の回を、思い出してください。Dだけを被告にして勝ったとき、判決の効力は、Cには及びません。ですからDは、払った代金を、Cに返せと求められませんでした。Dの立場は、後の回、と預けました。今日が、その回です。では、Dは、泣き寝入りなのでしょうか。条文を読みます。

条文民法425条の4

民法第425条の4 債務者がした行為が転得者に対する詐害行為取消請求によって取り消されたときは、その転得者は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める権利を行使することができる。ただし、その転得者がその前者から財産を取得するためにした反対給付又はその前者から財産を取得することによって消滅した債権の価額を限度とする。 一 第四百二十五条の二に規定する行為が取り消された場合 その行為が受益者に対する詐害行為取消請求によって取り消されたとすれば同条の規定により生ずべき受益者の債務者に対する反対給付の返還請求権又はその価額の償還請求権 二 前条に規定する行為が取り消された場合(第四百二十四条の四の規定により取り消された場合を除く。) その行為が受益者に対する詐害行為取消請求によって取り消されたとすれば前条の規定により回復すべき受益者の債務者に対する債権

4つに言い分けます。まず、柱書です。債務者がした行為が、転得者に対する詐害行為取消請求によって取り消されたとき、その転得者は、次の各号に定める権利を、行使できます。設例のDです。Dを被告にして、取り消されたときです。次に、1号です。425条の2に規定する行為が取り消された場合、つまり、財産の処分に関する行為です。設例の、家の売却です。このとき、Dが行使できるのは、その行為が受益者に対する請求で取り消されたとすれば、425条の2の規定により生ずべき、受益者の債務者に対する、反対給付の返還請求権、または価額の償還請求権です。日本語に直します。Cが被告だったなら、CがBに対して持ったはずの権利です。前の回で見たとおり、Cが被告なら、Cは、Bに、払った700万円の返還を請求できました。その権利を、Dが行使できます。条文の札を付けます。

1号でDが行使する権利の関係図。A 取消債権者、B 債務者、C 受益者、D 転得者。AがDだけを被告にして勝った。判決の効力=A・D・B・Bのすべての債権者に及ぶ/Cには及ばない。DからBへ=反対給付の返還の請求(Cが被告だったらCが持つはずだった権利)。DからCへ=請求できない(Cとの関係では売却が取り消されていない)。上限=DがCに払った代金。 図:1号でDが行使する権利の関係図

  • A 取消債権者、B 債務者、C 受益者、D 転得者
  • AがDだけを被告にして勝った
  • 判決の効力=A・D・B・Bのすべての債権者に及ぶ/Cには及ばない
  • DからBへ=反対給付の返還の請求(Cが被告だったらCが持つはずだった権利)
  • DからCへ=請求できない(Cとの関係では売却が取り消されていない)
  • 上限=DがCに払った代金

注意点です。Dが行使する相手は、Bです。Cではありません。Cに請求できないのは、前の回のとおりで、Cには判決の効力が及ばないからです。その代わりに、Cが持ったはずの、Bに対する権利を、Dが使います。Dには、判決の効力が及びます。取り消された結果を、Dは受けます。ところが、Cには効力が及ばないので、Dは、Cに代金を返せと言えません。Dだけが、結果を受けて、誰にも請求できない、というのでは、転得者が一方的に損をします。そこで条文は、Cが被告だったならCが持ったはずの、Bに対する権利を、Dが行使する形にしました。転得者だけが損をしないように、という点は、立案の過程の説明です。では、なぜ相手がBなのか。Cが払った700万円を受け取って、持っているのは、Bです。家がBの財産に戻るうえに、代金までBの手元に残れば、Bの側が二重に得をします。だから、お金を返すべき相手は、Bになります。この筋は、こちらの説明です。3つめに、ただし書です。転得者が、その前者から財産を取得するためにした反対給付、または、その前者から財産を取得することによって消滅した債権の価額を限度とする、と書いています。前者とは、Dの1つ前の人で、設例ではCです。つまり、Dが行使できる額は、DがCに払った額までです。Dの債権が消えた場合は、消えた債権の価額までです。Dが自分の損を超えて取り戻す理由はない、という説明ができます。こちらの説明です。

4つめは、設例の数字です。1回だけ見ます。Cが被告だったなら、Cが持つはずの権利は、700万円でした。立ち止まって、考えてみてください。DがCから、家を500万円で買っていたとき、Dは、いくらまで行使できるでしょうか?500万円までだと思います。Dが払った額が、上限になるので。もう1つの場合と並べて、板で確かめます。

上限の数字の板。Cが持つはずの権利=700万円(CがBに払った代金)。場合1=DがCから家を1,000万円で買っていた→Dが払った額1,000万円のほうが多い→行使できるのは700万円まで。場合2=DがCから家を500万円で買っていた→Dが払った額500万円のほうが少ない→行使できるのは500万円まで。まとめ=Cが持つはずの権利とDが払った額の小さいほう。札=条文(ただし書)/小さいほうというまとめはこちらの説明。 図:上限の数字の板

  • Cが持つはずの権利=700万円(CがBに払った代金)
  • 場合1=DがCから家を1,000万円で買っていた→Dが払った額1,000万円のほうが多い→行使できるのは700万円まで
  • 場合2=DがCから家を500万円で買っていた→Dが払った額500万円のほうが少ない→行使できるのは500万円まで
  • まとめ=Cが持つはずの権利とDが払った額の小さいほう
  • 札=条文(ただし書)/小さいほうというまとめはこちらの説明

場合1です。DがCから、家を1,000万円で買っていたとします。Dが払った額は1,000万円で、Cが持つはずの700万円より多いです。Dが行使できるのは、Cが持つはずの700万円までです。場合2は、さきほどの500万円です。Dが払った額が、700万円より少ないので、上限が効いて、500万円までです。まとめます。Cが持つはずの権利と、Dが払った額の、小さいほうが、Dが行使できる額です。ただし書の言葉は、条文の札です。小さいほう、というまとめは、こちらの説明です。気になる点を、1つ言います。場合1で、Dは1,000万円を払っているのに、行使できるのは700万円です。差額の300万円を、DがCに請求できるのか。条文には、書かれていません。条文に定めが無く、今後の議論に委ねられている所です。

債務の消滅行為が取り消されたとき——425条の4第2号

第2号の関係図。設例は事情だけ替える(A・B・C・Dの役は同じ)。BはCへの貸金1,000万円の代わりに、時価1,000万円の家をCに渡した(代物弁済)。CはDにその家を900万円で売った。AはDを被告にして勝った。DはBに対して、Cが回復したはずの貸金債権を行使する。行使できる額=Dが払った900万円まで。辺ラベルの語=請求/返還/行使。 図:第2号の関係図

  • 設例は事情だけ替える(A・B・C・Dの役は同じ)
  • BはCへの貸金1,000万円の代わりに、時価1,000万円の家をCに渡した(代物弁済)
  • CはDにその家を900万円で売った
  • AはDを被告にして勝った
  • DはBに対して、Cが回復したはずの貸金債権を行使する
  • 行使できる額=Dが払った900万円まで
  • 辺ラベルの語=請求/返還/行使

2号です。2号は、前条に規定する行為、つまり425条の3の、債務の消滅に関する行為が取り消された場合です。括弧書きは、424条の4の規定により取り消された場合を除く、でした。そして、その行為が受益者に対する請求で取り消されたとすれば、前条の規定により回復すべき、受益者の債務者に対する債権を、転得者が行使できます。日本語に直すと、Cが被告だったなら、Cが回復したはずの、Bに対する債権です。条文の札を付けます。1号と、構造は同じです。受益者が被告だったなら、取得したはずの権利を、転得者が行使する、という形です。1号は、受益者が持つはずの、返還請求権や価額の償還請求権です。2号は、受益者が回復するはずの、債権です。設例は、役はそのままで、事情だけ替えます。Bは、Cから借りた1,000万円の代わりに、時価1,000万円の家を、Cに渡しました。代物弁済です。AがCを被告にして、偏頗行為として取り消したなら、Cが家の価額1,000万円を償還した時点で、CのBに対する貸金1,000万円が戻ります。425条の3です。ところが、CはDに、その家を900万円で売っていました。AがDを被告にして勝った、とします。偏頗行為の要件と、転得者に対する請求の要件は、そろっているものとします。このとき、Dは、Bに対して、Cが回復したはずの貸金債権を、行使できます。額は、ただし書で、Dが払った900万円までです。Cが回復したはずの1,000万円では、ありません。

1号は、Cの権利とDが払った額の、小さいほうでしたよね。2号も、同じですか。同じです。Cが回復したはずの債権1,000万円と、Dが払った900万円の、小さいほうの、900万円までです。1号でも2号でも、上限は同じです。2号の括弧書きにも、1文だけ触れます。424条の4の規定により取り消された場合は、除かれます。過大な部分だけが取り消されたときは、受益者に回復する債権が無い、と、さきほど見ました。ですから、転得者が行使する債権も、ありません。ここは、論文で論点になりうる所です。425条の3と425条の4は、効果を定めた条文です。条文どおりに、条文番号を付けて書いてください。一方、返還が先の理由づけと、小さいほうという整理は、こちらの説明です。条文の言葉と、区別して書いてください。

ブロック8の締め ①——認容判決で取得する権利のまとめ

認容判決で取得する権利のまとめ表。列=誰が/取り消された行為/取得する権利/条文/除外・上限。1行目=取消債権者・どの行為でも・被告に対する財産の返還請求(難しければ価額の償還請求)・424条の6・範囲は自己の債権額まで(424条の8)。2行目=受益者(被告)・財産の処分に関する行為・債務者に対する反対給付の返還請求権(難しければ価額の償還請求権)・425条の2・債務の消滅に関する行為は除く。3行目=受益者(被告)・債務の消滅に関する行為・債務者に対する債権が元に戻る(給付を返還し又は価額を償還したとき)・425条の3・424条の4で取り消された場合は戻らない。4行目=転得者(被告)・財産の処分に関する行為・受益者が持つはずの反対給付の返還請求権・価額の償還請求権の行使・425条の4第1号・上限=転得者が前者に払った反対給付または消えた債権の価額。5行目=転得者(被告)・債務の消滅に関する行為・受益者が回復するはずの債権の行使・425条の4第2号・上限は同じ/424条の4で取り消された場合は除く。札=条文。 図:認容判決で取得する権利のまとめ表。列=誰が/取り消された行為/取得する権利/条文/除外・上限。1行目=取消債権者・どの行為でも・被告に対する財産の返還請求(難しければ価額の償還請求)・424条の6・範囲は自己の債権額まで(424条の8)。2行目=受益者(被告)・財産の処分に関する行為・債務者に対する反対給付の返還請求権(難しければ価額の償還請求権)・425条の2・債務の消滅に関する行為は除く。3行目=受益者(被告)・債務の消滅に関する行為・債務者に対する債権が元に戻る(給付を返還し又は価額を償還したとき)・425条の3・424条の4で取り消された場合は戻らない。4行目=転得者(被告)・財産の処分に関する行為・受益者が持つはずの反対給付の返還請求権・価額の償還請求権の行使・425条の4第1号・上限=転得者が前者に払った反対給付または消えた債権の価額。5行目=転得者(被告)・債務の消滅に関する行為・受益者が回復するはずの債権の行使・425条の4第2号・上限は同じ/424条の4で取り消された場合は除く。札=条文。

3つめの柱に入ります。詐害行為取消権の、最後の整理です。取消しを認める判決が確定したとき、誰が、何を取得するのか。ここまでに出た権利を、1枚に並べます。その前に、思い出してください。取消しを認める判決の効力が及ぶのは、誰でしたか?被告と、債務者と、債務者のすべての債権者です。Dだけが被告のときは、Cには及びません。425条でした。では、表を読みます。1行目は、取消債権者です。どの行為が取り消されても、被告に対して、財産の返還を請求できます。難しければ、価額の償還を請求します。424条の6です。取り戻せる範囲は、目的が可分なら、自分の債権額までです。424条の8でした。2行目は、被告が受益者で、財産の処分に関する行為が取り消された場合です。受益者は、債務者に対して、反対給付の返還を請求できます。難しければ、価額の償還です。425条の2です。債務の消滅に関する行為は、除かれます。3行目は、被告が受益者で、債務の消滅に関する行為が取り消された場合です。受益者の、債務者に対する債権が、元に戻ります。給付を返還し、または価額を償還したときです。425条の3です。過大な代物弁済で取り消された場合は、戻りません。4行目と5行目は、被告が転得者の場合です。財産の処分に関する行為が取り消されたなら、受益者が持つはずの、反対給付の返還請求権または価額の償還請求権を、転得者が行使します。425条の4の1号です。債務の消滅に関する行為が取り消されたなら、受益者が回復するはずの債権を、転得者が行使します。2号です。どちらも、上限は、転得者が前者に払った反対給付、または消えた債権の価額です。2号には、過大な代物弁済で取り消された場合を除く、という括弧書きがあります。この表は、全部、条文の札です。

表の下に、1つだけ。前の回で、効力が及ぶことと、分配を請求できることは別、と言い分けました。権利を取得することも、効力が及ぶこととは、別の話です。425条は、取り消された結果を前提にできる、という効力の話でした。この表の権利は、そのうえで、誰が、誰に、何を請求できるのか、という話です。

ブロック8の締め②——債権者代位権と詐害行為取消権の総合比較

比較の入口。責任財産の保全の2つの制度。債務者が「しない」ために増えるはずのものが増えない=債権者代位権(423条から423条の7)。債務者が「した」ために減ってはいけないものが減る=詐害行為取消権(424条から426条)。比較表は3枚=1 役割と土台/2 行使のしかた/3 効果・期間・転用。 図:比較の入口

  • 責任財産の保全の2つの制度
  • 債務者が「しない」ために増えるはずのものが増えない=債権者代位権(423条から423条の7)
  • 債務者が「した」ために減ってはいけないものが減る=詐害行為取消権(424条から426条)
  • 比較表は3枚=1 役割と土台/2 行使のしかた/3 効果・期間・転用

最後に、ブロック7の債権者代位権と、ブロック8の詐害行為取消権を、ならべて比べます。どちらも、債務者の責任財産を守る制度でした。責任財産とは、強制執行の対象になる財産のことです。役割分担は、代位権の最初の回で見ました。債務者が、しないために、増えるはずのものが増えない場面が、代位権です。債務者が、したために、減ってはいけないものが減る場面が、取消権です。表は、3枚に分けます。各セルは、すべて、それぞれの回で見たことです。

総合比較表その1(役割と土台)。列=観点/債権者代位権/詐害行為取消権。役割=債務者が権利を使わない(増えるべきものが増えない)/債務者が財産を減らした(減ってはいけないものが減る)。対象=債務者に属する権利(被代位権利)を行使する/債務者がした行為の取消しを裁判所に請求する。被保全債権=弁済期が来ていること(423条2項・保存行為は例外)と強制執行で実現できること(3項)/行為の前の原因で生じたこと(424条3項)と強制執行で実現できること(4項)。無資力=必要(「保全するため必要があるとき」の読み・見る時点は裁判の終わりの時)/必要(「債権者を害する」の読み・見る時点は行為の時と裁判の終わりの時)。 図:総合比較表その1(役割と土台)

観点債権者代位権詐害行為取消権
役割債務者が権利を使わない(増えるべきものが増えない)債務者が財産を減らした(減ってはいけないものが減る)
対象債務者に属する権利(被代位権利)を行使する債務者がした行為の取消しを裁判所に請求する
被保全債権弁済期が来ていること(423条2項・保存行為は例外)と強制執行で実現できること(3項)行為の前の原因で生じたこと(424条3項)と強制執行で実現できること(4項)
無資力必要(「保全するため必要があるとき」の読み・見る時点は裁判の終わりの時)必要(「債権者を害する」の読み・見る時点は行為の時と裁判の終わりの時)

1枚目は、役割と土台です。対象は、代位権が、債務者に属する権利を行使すること。取消権が、債務者がした行為の取消しを、裁判所に請求することです。ここが、一本の軸です。債務者の権利を使うのか、債務者の行為を取り消すのか、です。被保全債権です。代位権は、弁済期が来ていることと、強制執行で実現できることです。423条2項と3項で、保存行為は弁済期の例外でした。取消権は、行為の前の原因に基づいて生じたことと、強制執行で実現できることです。424条3項と4項です。違いは、成立の時期です。代位権は、今ある責任財産を守る制度です。貸したときにBの財産をあてにしていたかは関係が無いので、貸した時期が、代わりに使う権利より後でもかまいません。取消権は、すでに出ていった財産を戻す制度です。財産が出ていった後に貸した人は、減った後の財産を見て貸したはずなので、戻してもらう理由がありません。だから、行為の前の原因に限られます。この理由づけは、こちらの説明です。無資力は、どちらも必要です。ただし、条文に無資力という言葉はありません。代位権では、保全するため必要があるとき、の読み方として、取消権では、債権者を害する、の読み方として、立てた基準でした。見る時点が違います。代位権は、裁判の終わりの時だけです。取消権は、行為の時と、裁判の終わりの時の、2つです。

総合比較表その2(行使のしかた)。列=観点/債権者代位権/詐害行為取消権。行使の方法=自己の名で・裁判の外でもよい/裁判所に請求する(訴え・424条1項)。相手方=第三債務者/受益者か転得者(債務者は被告にしない)。訴訟告知=訴えを提起したら遅滞なく債務者に(423条の6)/訴えを提起したら遅滞なく債務者に(424条の7第2項)。範囲=目的が可分なら自己の債権額まで(423条の2)/目的が可分なら自己の債権額まで(424条の8)。支払・引渡し=金銭・動産は自分に求められる(423条の3)/金銭・動産は自分に求められる(424条の9)。 図:総合比較表その2(行使のしかた)

観点債権者代位権詐害行為取消権
行使の方法自己の名で・裁判の外でもよい裁判所に請求する(訴え・424条1項)
相手方第三債務者受益者か転得者(債務者は被告にしない)
訴訟告知訴えを提起したら遅滞なく債務者に(423条の6)訴えを提起したら遅滞なく債務者に(424条の7第2項)
範囲目的が可分なら自己の債権額まで(423条の2)目的が可分なら自己の債権額まで(424条の8)
支払・引渡し金銭・動産は自分に求められる(423条の3)金銭・動産は自分に求められる(424条の9)

2枚目は、行使のしかたです。代位権は、自分の名で、裁判の外でも行使できました。取消権は、裁判所に請求します。424条1項です。相手方も違います。代位権は、第三債務者です。取消権は、受益者か転得者で、債務者は被告にしません。似ている点も、あります。訴えを起こしたら、遅滞なく債務者に訴訟告知をする点は、423条の6と424条の7第2項で、同じです。目的が可分なら、自分の債権額まで、という範囲も、423条の2と424条の8で、同じです。金銭と動産は、自分に払え、自分に渡せ、と求められる点も、423条の3と424条の9で、同じです。

総合比較表その3(効果・期間・転用)。列=観点/債権者代位権/詐害行為取消権。事実上の優先弁済=受け取った金銭の返還債務と自分の貸金を相殺して優先回収になりうる(禁じる規定は置かれなかった)/判例=分配する義務は無い・受益者は按分額の支払を拒めない。相殺による優先回収は条文の外(解釈)。債務者・判決=債務者は処分権限を失わない(423条の5)/認容判決の効力は債務者とすべての債権者に及ぶ(425条)。期間=代位権に独自の期間制限は無い(被保全債権・被代位権利の時効は別)/2年・10年を過ぎたら訴えを提起できない(426条)。転用=ある(423条の7=登記・登録の請求権の代位。条文にない転用もある)/ない(特定物の債権者が取り消せるのは、損害賠償の金銭債権に変わりうるから)。 図:総合比較表その3(効果・期間・転用)。列=観点/債権者代位権/詐害行為取消権。事実上の優先弁済=受け取った金銭の返還債務と自分の貸金を相殺して優先回収になりうる(禁じる規定は置かれなかった)/判例=分配する義務は無い・受益者は按分額の支払を拒めない。相殺による優先回収は条文の外(解釈)。債務者・判決=債務者は処分権限を失わない(423条の5)/認容判決の効力は債務者とすべての債権者に及ぶ(425条)。期間=代位権に独自の期間制限は無い(被保全債権・被代位権利の時効は別)/2年・10年を過ぎたら訴えを提起できない(426条)。転用=ある(423条の7=登記・登録の請求権の代位。条文にない転用もある)/ない(特定物の債権者が取り消せるのは、損害賠償の金銭債権に変わりうるから)。

3枚目は、効果と、期間と、転用です。事実上の優先弁済は、どちらにもあります。代位権では、受け取った金銭の返還債務と、自分の貸金を相殺して、優先回収になりうる、と見ました。たとえば、Aが代わりに取り立てた100万円は、本来Bに入るお金なので、AはBに100万円を返す債務を負います。これと、AのBに対する貸金100万円を相殺すれば、他の債権者と分けずに、Aだけが回収を済ませた形になります。2017年の改正は、相殺を禁じる規定を置きませんでした。禁じる案が見送られたことは、立案の過程の説明です。ただし、債務者に処分権限が残るので、実現するかどうかは競争の結果です。取消権では、前の回で見た判例が、他の債権者に分配する義務は無い、受益者は按分額の支払を拒めない、としました。理由は、分ける時期や手続を決める規定が、法律に無いからでした。相殺による優先回収は、条文の外の、解釈でした。判決と債務者の関わりも違います。代位権では、債務者は、処分権限を失いません。条文は423条の5です。取消権は、認容判決の効力が、債務者とすべての債権者に及びます。425条です。期間です。代位権には、行使そのものに、特別の期間の定めはありません。被保全債権と被代位権利の時効は、別の話です。取消権は、債務者が債権者を害すると知って行為をしたことを、債権者が知った時から2年、行為の時から10年を過ぎたら、訴えを提起できません。426条で、出訴期間でした。

転用です。代位権には、あります。条文になったのは、登記や登録の請求権を代位する、423条の7で、条文にない転用も、判例が認めています。取消権には、金銭でない債権を実現するための使い方は、ありません。特定物の債権者が取り消せるのは、その債権が、損害賠償という金銭債権に変わりうるからでした。

似ている点と違う点。似ている点=債務者の責任財産を守る/自分の名で行使する/金銭・動産は自分に受け取れる/債務者に訴訟告知をする/可分なら自己の債権額までに限られる。違う点=代位権は債務者の権利を使う・取消権は債務者の行為を取り消す。取消権は必ず裁判で行使・期間制限がある・受益者や転得者の取引に踏み込むので要件が重い。 図:似ている点と違う点

  • 似ている点=債務者の責任財産を守る/自分の名で行使する/金銭・動産は自分に受け取れる/債務者に訴訟告知をする/可分なら自己の債権額までに限られる
  • 違う点=代位権は債務者の権利を使う・取消権は債務者の行為を取り消す
  • 取消権は必ず裁判で行使・期間制限がある・受益者や転得者の取引に踏み込むので要件が重い

一言で、まとめます。似ている点は、債務者の責任財産を守ること。自分の名で行使すること。金銭と動産は自分に受け取れること。債務者に訴訟告知をすること。可分なら、自分の債権額までに限られること。違う点は、代位権が、債務者の権利を使うのに対して、取消権は、債務者の行為を取り消すことです。取消権は、すでに受益者や転得者の手に渡った取引に踏み込みます。介入が強いので、要件が重く、行使は裁判に限られ、期間の制限もある、と説明できます。これは、こちらの説明です。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の札。1 425条の3=条文(返したときに受益者の債権が元に戻る・返還が先は条文の文言・過大な代物弁済で過大部分だけ取り消されたときは戻らない)、同時履行にしない理由=こちらの説明。2 425条の4=条文(柱書・ただし書・1号・2号)、小さいほうというまとめ=こちらの説明、DがCに残りを請求できるか=条文に書かれていない。3 取得する権利の表=条文、総合比較表=条文と判例(事実上の優先弁済の部分は判例と立案の過程の説明とこちらの説明)。最下段=答え。Cが先に返せば、貸金は元に戻る。Dは、Cが持つはずの権利を、Bに対して、Dが払った額まで行使できる。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の札
  • 1 425条の3=条文(返したときに受益者の債権が元に戻る・返還が先は条文の文言・過大な代物弁済で過大部分だけ取り消されたときは戻らない)、同時履行にしない理由=こちらの説明
  • 2 425条の4=条文(柱書・ただし書・1号・2号)、小さいほうというまとめ=こちらの説明、DがCに残りを請求できるか=条文に書かれていない
  • 3 取得する権利の表=条文、総合比較表=条文と判例(事実上の優先弁済の部分は判例と立案の過程の説明とこちらの説明)
  • 最下段=答え
  • Cが先に返せば、貸金は元に戻る
  • Dは、Cが持つはずの権利を、Bに対して、Dが払った額まで行使できる

冒頭の問いに戻ります。弁済が取り消されて、Cが500万円を返したとき、Cの貸金500万円は、消えたままなのか、でした。答えです。Cが、Bから受け取った500万円を返したとき、CのBに対する500万円の貸金は、元に戻ります。425条の3です。先に返すのが条件で、条文が、返したときは、と書いています。ただし、過大な代物弁済で、過大な部分だけが取り消されたときは、戻りません。そして、転得者のDが被告のときは、Dは、Cが持つはずの権利を、Bに対して行使できます。上限は、Dが払った額です。3つの柱を、札を付けて整理します。1つめ、425条の3は、条文です。返還が先、は、条文の文言から読めます。同時履行にしない理由は、こちらの説明です。括弧書きは、条文です。2つめ、425条の4は、条文です。小さいほう、という整理は、こちらの説明です。DがCに残りを請求できるかは、条文に書かれていません。3つめ、取得する権利の表は、条文です。総合比較表は、条文と判例で、事実上の優先弁済の部分は、判例と、立案の過程の説明と、こちらの説明です。詐害行為取消権は、ここまでです。

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#211単独ページ動画

分割債権と連帯債権(427条・432条〜435条の2)

第4章 債権総論 #211/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

3人で借りた300万円は、1人に全額請求できるか

冒頭の設例の関係図。A 貸主、B・C・D 借りた友人3人(Dは3人のうち一番お金がある)。AからB・C・Dへ貸した金額=合計300万円。問い=AはDに300万円全額を請求できるのか。辺ラベルの語=請求。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 貸主、B・C・D 借りた友人3人(Dは3人のうち一番お金がある)
  • AからB・C・Dへ貸した金額=合計300万円
  • 問い=AはDに300万円全額を請求できるのか
  • 辺ラベルの語=請求

先に答えです。特に約束がなければ、3人は等しい割合で100万円ずつの債務を負います。ですからAがお金のあるDに請求できるのは100万円だけです。427条です。全額を請求できるようにするには「連帯」という約束、つまり別の仕組みが要ります。みんなで借りたのだから誰からでも全額を取れる、と多くの人が思います。そこで今日は債権者や債務者が複数いるとき、その債権は誰に、いくら、どう効くのかを順番に整理します。前の回までは、基本的に債権者と債務者が1人ずつの話でした。相殺の回で連帯債務や保証が少し出ましたが、多数当事者の話として整理するのは今日からです。債権総論の地図で最後に予告してあった多数当事者の話に入ります。今日は話の根拠が混ざりますので、そのつど何に基づく話かを言います。条文に書かれていることは条文の札、最高裁やその前の大審院の判決が述べたことは判例の札です。2017年の改正のとき、なぜそう決めたのか、として説明されていることは立案の過程の説明の札、条文にも判例にも書かれていない、理解のための講義の説明はこちらの説明の札です。答案では条文と判例はその言葉を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

多数当事者を測る3つの問い

類型の地図と呼び方の規則。多数当事者の債権関係=分割債権・分割債務(427条)/不可分債権・不可分債務(428条・430条)/連帯債権・連帯債務(432条・436条)。呼び方=複数の側を基準にする(債権者が複数なら債権・債務者が複数なら債務)。今日=分割と連帯債権。札=条文。 図:類型の地図と呼び方の規則

  • 多数当事者の債権関係=分割債権・分割債務(427条)/不可分債権・不可分債務(428条・430条)/連帯債権・連帯債務(432条・436条)
  • 呼び方=複数の側を基準にする(債権者が複数なら債権・債務者が複数なら債務)
  • 今日=分割と連帯債権
  • 札=条文

1つめの柱です。民法は数人の債権者や債務者がいる場合を3つの型に分けて定めています。1つめが分割債権と分割債務で、427条です。2つめが不可分債権と不可分債務で、そもそも分けられない給付の場合です。3つめが連帯債権と連帯債務で、432条と436条です。ここまでは条文の札を付けます。呼び方の決まりを先に置きます。複数いる側を基準にします。債権者が複数なら債権、債務者が複数なら債務です。冒頭の例は債務者が3人ですから分割債務です。今日は分割と連帯のうち連帯債権を扱います。不可分は分けられない給付の場合がある、という名前だけ覚えておいてください。

型ごとに別々に覚える必要はありません。どの型も、同じ3つの問いで測れるからです。これが、今日の中心です。

3つの問いの板。問い1=対外的効力(債権者と債務者の関係で、誰が誰にいくら請求でき、誰がいくら払う義務を負うか)。問い2=1人に生じた事由の効力(複数のうち1人に起きたことが、他の人にも影響するか。及ぶなら絶対効、及ばないなら相対効)。問い3=求償関係(1人が払ったとき、他の人に分担を求められるか)。 図:3つの問いの板

  • 問い1=対外的効力(債権者と債務者の関係で、誰が誰にいくら請求でき、誰がいくら払う義務を負うか)
  • 問い2=1人に生じた事由の効力(複数のうち1人に起きたことが、他の人にも影響するか。及ぶなら絶対効、及ばないなら相対効)
  • 問い3=求償関係(1人が払ったとき、他の人に分担を求められるか)

3つの問いを板に固定します。問いの1 対外的効力。債権者と債務者の関係で、誰が誰にいくら請求できて、誰がいくら払う義務を負うか、です。問いの2 1人に生じた事由の効力。複数いる人のうち1人に起きたこと、たとえば弁済や免除や時効が他の人にも影響するか、です。他の人にも及ぶなら絶対効。及ばないなら相対効と呼びます。問いの3 求償関係。複数の債務者のうち1人が払ったとき、他の債務者に分担を求められるか、です。債権者側なら受け取った人が他の債権者に分け前を渡すか、になります。相対効は、時効の援用の回で見た言葉です。時効の援用は援用した人との関係でだけ効く、でした。その人との関係でだけ効くのが相対効で、他の人にも及ぶ絶対効はその反対です。免除や混同や相殺は、使う場面でそれぞれ思い出します。もう1つ共有を思い出してください。物の共有では妨害の排除は各共有者が単独でできました。損害賠償は持分割合の限度でだけでした。求めるものが分けられるかどうかで請求の形が変わる、という話です。債権でも複数の人が1つの給付に関わると、全部なのか分けた分なのかが問題になります。その答えを3つの問いで見ていきます。

分割債務の原則——427条

冒頭の設例の関係図(分割債務)。A 貸主、B・C・D 借りた友人。各自の債務=100万円。別段の約束なし。辺ラベルの語=請求(100万円)。 図:冒頭の設例の関係図

  • 分割債務
  • A 貸主、B・C・D 借りた友人。各自の債務=100万円。別段の約束なし。辺ラベルの語=請求(100万円)。

2つめの柱の前半です。冒頭の例に条文を当てます。まず条文を読みます。

条文民法427条

民法第427条 数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。

条文を区切って読みます。まず数人の債権者または債務者がある場合です。冒頭のB、C、Dの3人です。次に別段の意思表示がないとき、です。割合を変える合意や連帯の約束が無いときという意味です。最後にそれぞれ等しい割合で義務を負う、です。3人なら300万円を3等分して100万円ずつです。ここまで条文の札を付けます。これが原則で、分割債務と呼びます。ここで問いです。Bが自分の100万円を払ったとき、CとDの債務は減るでしょうか?減らないと思います。Bは、自分の分を払っただけなので。では、3つの問いに当てはめます。

分割債務の3つの問いへの当てはめ。問い1 対外的効力=AはB・C・Dそれぞれに自分の分の100万円だけ請求できる(条文)。問い2 1人に生じた事由=すべて相対効(Bが払ってもC・Dの債務は残る。AがCを免除してもCの100万円が消えるだけ。時効も同じ=援用した人の債務だけが消える)(こちらの説明)。問い3 求償関係=生じない(こちらの説明)。 図:分割債務の3つの問いへの当てはめ

  • 問い1 対外的効力=AはB・C・Dそれぞれに自分の分の100万円だけ請求できる(条文)
  • 問い2 1人に生じた事由=すべて相対効(Bが払ってもC・Dの債務は残る。AがCを免除してもCの100万円が消えるだけ。時効も同じ=援用した人の債務だけが消える)(こちらの説明)
  • 問い3 求償関係=生じない(こちらの説明)

問いの1 対外的効力です。AはB、C、Dのそれぞれに対して、自分の分の100万円だけを請求できます。Dが一番お金持ちでも100万円です。各自も自分の100万円だけ払えば足ります。これは条文の札です。問いの2 1人に生じた事由です。すべて相対効です。Bが100万円を払ってもCとDの債務はそのまま残ります。AがCを免除しても消えるのはCの100万円だけで、BとDの債務はそのままです。時効も同じで、援用した人の債務だけが消えます。理由はこちらの説明です。分割債務では3人の債務が、最初から100万円ずつ別々の債務として生じていて、互いに結びついていないからです。他人の借金まで負わされないという形を、そのまま条文にしたものです。問いの3 求償関係です。生じません。これもこちらの説明です。各自が払うのは自分の100万円です。他人の分を肩代わりしているわけではないので、あとで分担を求める必要がそもそも出てきません。共有との重なりを1つだけ言います。物の共有では損害賠償が持分割合の限度でしか請求できませんでした。債務も同じ発想で等しい割合に分かれます。

割合を変えたいときに使うのが、条文の別段の意思表示です。たとえばBが200万円、CとDが50万円ずつと決めればその割合になります。そして全員が全額について責任を負うという連帯の約束にすることもできます。その仕組みは別の回で扱います。薄く1つだけ触れます。売買のような双方に債務がある契約で当事者の一方が数人のとき、契約の解除は全員から、または全員に対してだけできます。544条1項です。条文の札を付けます。たとえば買主がB、C、Dの3人なら、Bだけが解除して自分の分の契約だけを消す、とはできません。分かれるのは金銭のように分けられる給付の債権や債務で、解除権はバラバラにはならないと覚えてください。一部の人だけが解除できると、契約が残る人と消える人が入り混じって、関係がこじれるからです。この理由はこちらの説明です。

分割債権と、預貯金債権の例外

設例の切替の板。ここから設例を替える。A・B・Cは前の例とは別の人。A・B=亡くなった父の債権を相続した兄弟(債権者)、C=債務者。父がCに貸していた300万円の貸金を相続→A・Bは各150万円(分割債権)。 図:設例の切替の板

  • ここから設例を替える
  • A・B・Cは前の例とは別の人
  • A・B=亡くなった父の債権を相続した兄弟(債権者)、C=債務者
  • 父がCに貸していた300万円の貸金を相続→A・Bは各150万円(分割債権)

ここから設例を替えます。A、B、Cは前の例とは別の人です。AとBは亡くなった父の債権を相続した兄弟です。Cは、その債権の債務者です。

相続した分割債権の3つの問いへの当てはめ。父がCに貸していた300万円の貸金を兄弟A・Bが相続→各150万円の分割債権(427条)。問い1 対外的効力=自分の150万円だけ請求できる。問い2 1人に生じた事由=相対効(AがCから150万円を受け取ってもBの150万円は残る)。問い3 求償関係=生じない。札=条文/こちらの説明。 図:相続した分割債権の3つの問いへの当てはめ

  • 父がCに貸していた300万円の貸金を兄弟A・Bが相続→各150万円の分割債権(427条)
  • 問い1 対外的効力=自分の150万円だけ請求できる
  • 問い2 1人に生じた事由=相対効(AがCから150万円を受け取ってもBの150万円は残る)
  • 問い3 求償関係=生じない
  • 札=条文/こちらの説明

父がCに300万円を貸していたとします。兄弟のAとBが相続すると、貸金は各150万円の債権に分かれます。債権者が複数の場合も427条です。これが分割債権です。3つの問いの答えは債務のときと同じです。対外的効力では、AもBもCに自分の150万円だけを請求できます。1人に生じた事由は相対効です。AがCから150万円を受け取っても、Bの150万円は残ります。求償関係は生じません。理由はさきほどと同じ、こちらの説明です。

預貯金債権の問いの板。父の遺産が300万円の預金だったら=預金債権も相続と同時に150万円ずつに分かれるのか(問い)。手がかり=預貯金債権の譲渡制限の特約は、悪意か重過失の譲受人に対抗できる(一般の債権との違い)。今日は譲渡ではなく相続のときの別の特別扱い。 図:預貯金債権の問いの板

  • 父の遺産が300万円の預金だったら=預金債権も相続と同時に150万円ずつに分かれるのか(問い)
  • 手がかり=預貯金債権の譲渡制限の特約は、悪意か重過失の譲受人に対抗できる(一般の債権との違い)
  • 今日は譲渡ではなく相続のときの別の特別扱い

ここで問いです。父の遺産が300万円の預金だったらどうでしょうか。預金債権も、相続と同時に兄弟で150万円ずつに分かれるのでしょうか?その前に思い出してください。預貯金債権の譲渡制限の特約は、悪意か重過失の譲受人に対して一般の債権と何が違いましたか?一般の債権は特約があっても譲渡は有効でした。預貯金債権は悪意か重過失の譲受人に特約を対抗できるという特別扱いでした。預貯金債権とは預金口座や貯金口座に係る預金や貯金の債権のことです。譲渡のときも一般の債権と扱いが違いました。今日は譲渡ではなく、相続のときに働く、別の特別なルールです。まず一般の金銭債権から。貸金や損害賠償の債権のような、金銭で分けられる一般の債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるという理解が前提にされてきました。判例の札を付けます。債権者が複数なら427条で等しい割合に分かれ、相続人が複数ならそれが相続分に応じた割合になる、という筋です。この接続はこちらの説明です。これが分割債権の典型の場面です。では預貯金債権はどうでしょうか。判例を読みます。

判例最高裁判所大法廷決定 平成28年12月19日(民集70巻8号2121頁)

共同相続された預貯金債権 共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。 ……預貯金は,預金者においても,確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められているといえる。 ……普通預金債権及び通常貯金債権は,いずれも,1個の債権として同一性を保持しながら,常にその残高が変動し得るものである。 ……定期貯金債権が相続により分割されると解すると,それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態を生じかねず,定期貯金に係る事務の定型化,簡素化を図るという趣旨に反する。

預貯金債権が当然には分割されない理由の板。結論=普通預金・通常貯金・定期貯金は相続と同時に当然に分割されず、遺産分割の対象になる(判例)。理由1 預貯金は確実かつ簡易に換価できる=現金に近い。理由2 普通預金・通常貯金は1個の債権として同一性を保持して残高が変動する。理由3 定期貯金は分割払戻しが制限され事務が定型化されている。以前の判例を変更。札=判例。 図:預貯金債権が当然には分割されない理由の板

  • 結論=普通預金・通常貯金・定期貯金は相続と同時に当然に分割されず、遺産分割の対象になる(判例)
  • 理由1 預貯金は確実かつ簡易に換価できる=現金に近い
  • 理由2 普通預金・通常貯金は1個の債権として同一性を保持して残高が変動する
  • 理由3 定期貯金は分割払戻しが制限され事務が定型化されている
  • 以前の判例を変更
  • 札=判例

言葉を直します。「換価」はお金に換えること、「同一性を保持」は同じ1つの債権のまま、です。「定型化」は決まった形にそろえること、です。この決定が述べたことは、結論と理由の3つです。結論は、普通預金も通常貯金も定期貯金も相続と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象になる、です。この決定は、預金も相続で当然に分かれるとしていた以前の判例を変更しました。ここまで判例の札を付けます。理由を3つ挙げます。最初は、預貯金は現金に近い財産だという見方です。預金者も確実に簡単にお金に換えられるので、現金との差をあまり意識しません。遺産分割では現金のように評価に迷いが少なく、調整に使える財産を対象にしたいという要請もあります。2つめ、普通預金と通常貯金は入金や出金のたびに合算されて、1つの債権として同じ債権のまま残高が変わり続けます。相続開始の時の額で当然に分けてしまうと、その後の入出金のたびに計算が必要になって、銀行などに煩雑な計算を強いることになります。3つめ、定期貯金は満期の前の分割払戻しが制限されていて、事務を決まった形で簡単にすることが契約の要素になっています。相続で分けられると解すると利子を含めた計算が必要になって、その趣旨に反します。以上は判旨ですから、判例の札です。

預金はまだAとBで分かれていません。AとBを含む相続人の全員で遺産分割をして、はじめて誰がどれだけ受け取るかが決まります。遺産分割は、物権の回で登記との関係で見たものと同じ手続で、相続人全員の話し合いで、まとまらなければ家庭裁判所に請求して遺産を分ける手続のことです。907条で、条文の札です。中身は相続法で学びます。

預貯金債権の対比板。一般の金銭債権(貸金・損害賠償など)=相続と同時に当然に相続分に応じて分割される(分割債権)。預貯金債権(普通預金・通常貯金・定期貯金)=当然には分割されず遺産分割の対象。理由=現金に近い/1個の債権で残高が動く/定期貯金は分割払戻しの制限と事務の簡素化。札=判例。 図:預貯金債権の対比板

  • 一般の金銭債権(貸金・損害賠償など)=相続と同時に当然に相続分に応じて分割される(分割債権)
  • 預貯金債権(普通預金・通常貯金・定期貯金)=当然には分割されず遺産分割の対象
  • 理由=現金に近い/1個の債権で残高が動く/定期貯金は分割払戻しの制限と事務の簡素化
  • 札=判例

板で対比します。貸金や損害賠償のような一般の金銭債権は、相続と同時に当然に分割されます。預貯金債権は当然には分割されず、遺産分割の対象です。一般のお金の債権は分割のまま。預貯金だけが特別です。この線を守ってください。答案で貸金債権まで遺産分割の対象と書くのも、預金を当然に分割と書くのも、どちらも誤りになります。預貯金の払戻しを相続人が単独でどこまでできるのかといった話は、相続法の話です。今日は扱いません。ここは論文で論点になりうる所です。判例の結論は規範としてそのまま使えます。共同相続された、普通預金債権、通常貯金債権、定期貯金債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる。そのあとに現金に近いこと、残高が動くこと、定期貯金の事務の簡素化という3つの理由を添えます。

連帯債権——432条

連帯債権の設例の関係図。A・B=共同事業の仲間(債権者)、C=取引先(債務者)。代金300万円の債権。分割債権なら各150万円/連帯債権なら各自が300万円全額を請求できる。辺ラベルの語=請求。 図:連帯債権の設例の関係図

  • A・B=共同事業の仲間(債権者)、C=取引先(債務者)
  • 代金300万円の債権
  • 分割債権なら各150万円/連帯債権なら各自が300万円全額を請求できる
  • 辺ラベルの語=請求

3つめの柱です。役割はそのままで、場面を替えます。債権者のAとBは、今度は共同事業の仲間です。Cは取引先で、債務者です。AとBは2人でCに代金300万円の債権を持っています。分割債権なら各150万円です。ところがAとBがCとの間で、どちらも300万円の全額を請求できると取り決めたとします。これが連帯債権です。条文を読みます。

条文民法432条

民法第432条 債権の目的がその性質上可分である場合において、法令の規定又は当事者の意思表示によって数人が連帯して債権を有するときは、各債権者は、全ての債権者のために全部又は一部の履行を請求することができ、債務者は、全ての債権者のために各債権者に対して履行をすることができる。

区切って読みます。まず債権の目的がその性質上可分である場合です。可分とは分けられるという意味で、金銭の支払は分けられます。次に法令の規定または当事者の意思表示によって数人が連帯して債権を持つとき、です。連帯して債権を持つとは各自が全部の権利を持つということです。3つめ、各債権者は全ての債権者のために全部または一部の履行を請求できます。設例ならAもBもCに300万円全額を請求できます。最後に債務者は全ての債権者のために各債権者に履行できます。CはAかBのどちらか1人に払えば足ります。これらは条文の札です。

分割債権との違いは、どうやって生じるかです。分割は約束が無いときの原則で、自動的にそうなります。連帯債権は例外です。法令の規定や当事者の意思表示が要ります。そして連帯債権は分けられる給付の話で、不可分債権は、給付が性質上分けられない場合の話です。分けられるかどうかが違いです。連帯債権の具体例は実際にはあまり多くありません。この点はこちらの説明です。3つの問いに当てはめます。問いの1 対外的効力はさきほどのとおりです。各債権者が全部を請求でき、債務者は誰か1人に払えば足ります。次は問いの2 1人に生じた事由の効力です。ここが今日の山場です。

連帯債権の絶対効と相対効の全体像。原則=相対効(435条の2)。例外=絶対効が5つ(履行の請求・弁済=432条/更改・免除=433条(持分部分だけ)/相殺=434条/混同=435条)。札=条文。 図:連帯債権の絶対効と相対効の全体像

  • 原則=相対効(435条の2)
  • 例外=絶対効が5つ(履行の請求・弁済=432条/更改・免除=433条(持分部分だけ)/相殺=434条/混同=435条)
  • 札=条文

まず原則を読みます。他の人に効かない、相対効が原則です。435条の2です。

条文民法435条の2

民法第435条の2 第四百三十二条から前条までに規定する場合を除き、連帯債権者の一人の行為又は一人について生じた事由は、他の連帯債権者に対してその効力を生じない。ただし、他の連帯債権者の一人及び債務者が別段の意思を表示したときは、当該他の連帯債権者に対する効力は、その意思に従う。

本文とただし書に分けて読みます。本文は432条から前条まで、つまり433条、434条、435条に規定する場合を除いて、連帯債権者の1人の行為や1人について生じた事由は他の連帯債権者に効力を生じない、です。相対効が原則だということです。ただし書は他の連帯債権者の1人と債務者が別段の意思を表示したときは、その意思に従う、です。つまり当事者の合意で変えられます。これらは条文の札です。相対効が原則なのは、1人の債権者がしたことで、ほかの債権者の権利が勝手に増えたり減ったりしないようにするためです。これはこちらの説明です。例外が絶対効になるもので、事由は全部で5つ、条文で数えると4つです。条文の順に見ます。1つめが履行の請求と弁済で、432条です。さきほど読みました。AがCに請求すれば、全ての債権者のための請求になります。請求にともなう時効の完成猶予や更新も全員のために及ぶと整理されます。完成猶予は時効の完成を先に延ばすこと、更新はそれまでの時間をリセットして数え直すことです。この整理はこちらの説明です。そしてCがBに300万円を払えばAの債権も消えます。弁済は絶対効です。払う準備をして受け取りを求める弁済の提供や、受け取ってもらえないときに供託所に預ける供託のような、弁済に準ずるものも同じに扱われます。これもこちらの説明です。2つめに入る前に思い出してください。免除は債権者が債務者に利益だけを与える単独行為でした。更改は別の債務に作り替えることでした。この2つは433条です。

条文民法433条

民法第433条 連帯債権者の一人と債務者との間に更改又は免除があったときは、その連帯債権者がその権利を失わなければ分与されるべき利益に係る部分については、他の連帯債権者は、履行を請求することができない。

区切って読みます。まず連帯債権者の1人と債務者との間に更改または免除があったとき。次にその連帯債権者がその権利を失わなければ分与されるべき利益に係る部分。これを持分部分と呼びます。免除した人が自分で受け取るはずだった分です。最後にその部分については他の連帯債権者は履行を請求できません。ここまでは条文の札です。数字で見ます。AとBの持分は等しいとします。AがCの債務を免除しました。Aが受け取るはずだった150万円の部分が消えます。Bが請求できるのは150万円だけです。Aが自分の権利を手放したのはAの持分についてだけ、という考え方です。この考え方は立案の過程の説明です。連帯債権の目的は可分なので、免除した人の持分部分を除いて請求できるとしたからです。お金の債権は持分で割れるので、Aの分だけを消してBの分は残す、ということができます。

免除の数字図。A・B=連帯債権者(持分は等しい)、C=取引先。債権300万円。AがCを免除→Aの持分150万円が消える→Bが請求できるのは150万円だけ。辺ラベルの語=免除/請求。 図:免除の数字図

  • A・B=連帯債権者(持分は等しい)、C=取引先
  • 債権300万円
  • AがCを免除→Aの持分150万円が消える→Bが請求できるのは150万円だけ
  • 辺ラベルの語=免除/請求

次は相殺です。問いから入ります。Cが連帯債権者のAに別の債権を持っていて、それで相殺したら、Bの債権にも響くでしょうか?

条文民法434条

民法第434条 債務者が連帯債権者の一人に対して債権を有する場合において、その債務者が相殺を援用したときは、その相殺は、他の連帯債権者に対しても、その効力を生ずる。

条文は響く、と答えています。債務者が連帯債権者の1人に対して債権を持つ場合に、債務者が相殺を援用したときは他の連帯債権者に対しても効力を生じます。条文の札です。数字で見ます。CがAに90万円の貸金債権を持っています。CがAに対して相殺を援用するとBに対しても効力があります。AとBの債権は、300万円から210万円へと減ります。相殺とはお互いの債権を対当額で消すことで、自分の持つ債権が自働債権、相手の持つ債権が受働債権でした。免除は持分だけなのに、相殺が他の連帯債権者にも効く理由は、こちらの説明です。相殺は弁済と同じように債権が満たされる出来事だからです。Cは90万円を払うのと同じ結果を得ています。債権が満たされたのですから、全員の債権に響くと整理できます。相殺の回で見た連帯債務では、他の連帯債務者が相殺できず履行拒絶にとどまりましたが、あれは他人の債権を勝手に処分できないからでした。今回は債務者のCが自分の債権で相殺を援用するので、向きが違います。

相殺の数字図。A・B=連帯債権者、C=取引先。債権300万円。CがAに対して90万円の債権を持ち、Cが相殺を援用→A・Bの債権は300万円から210万円に減る。辺ラベルの語=相殺/請求。 図:相殺の数字図

  • A・B=連帯債権者、C=取引先
  • 債権300万円
  • CがAに対して90万円の債権を持ち、Cが相殺を援用→A・Bの債権は300万円から210万円に減る
  • 辺ラベルの語=相殺/請求

4つめは混同です。債権者と債務者が同一人物になることでした。

条文民法435条

民法第435条 連帯債権者の一人と債務者との間に混同があったときは、債務者は、弁済をしたものとみなす。

条文は、債務者は弁済をしたものとみなす、と書いています。条文の札です。例で見ます。Aが亡くなって、取引先Cが唯一の相続人でした。AとCの間で債権者と債務者が同一人物になります。Cは弁済をしたものとみなされます。つまりCが300万円を払ったのと同じに扱われて、Bの300万円の請求権もここで消えます。弁済ですから432条の絶対効で、連帯債権は消えます。混同が絶対効になる理由づけはこちらの説明で、弁済と同じく債権が満たされた形だからです。なお債権の混同には、その債権が第三者の権利の目的なら消えないという別の例外が520条にありましたが、ここは435条の、弁済したものとみなす話です。最後に、それ以外です。原則の相対効で、435条の2です。たとえば、AがCに1か月は支払を待つと言ったとします。Bは今すぐ300万円を請求できます。時効も同じ原則で、時効を援用した人との間でだけ効きます。ただし書の例です。BとCがAの猶予はBにも及ぶと合意すれば、その意思に従います。別段の意思表示です。これらは条文の札です。時効をこの原則で読む読み方は、こちらの説明です。3つめの問い、求償関係です。薄く触れます。連帯債権者の1人が受け取ったり、免除や相殺で利益を得たりしたとき、債権者の内部でどう分け合うかです。条文には書かれていません。433条の分与されるべき利益という言葉が分ける前提を示すだけです。合意がなければ等しく分けると考えるのが、こちらの説明です。設例なら、CがAに300万円を払えば、AはBに150万円を渡すことになります。

ここは短答で問われやすい所です。論文でも論点になりうる所です。絶対効の条文は条文どおり、条文番号を付けて書きます。冒頭で、全額を請求するには連帯という別の仕組みが要ると言いました。その債権者の側がこの連帯債権です。約束が無ければ自分の分だけ、約束があれば全部。型が変わっても、同じ3つの問いで答えが出ます。

絶対効と相対効の一覧

絶対効と相対効の一覧表。列=事由/条文/他の連帯債権者への効力。行=履行の請求(432条・絶対効・全ての債権者のために請求)/弁済(432条・絶対効・1人に払えば全員の債権が消える)/更改・免除(433条・絶対効だがその人の持分部分だけ)/相殺(434条・債務者の援用で絶対効)/混同(435条・絶対効・債務者は弁済をしたものとみなす)/上の5つ以外(支払の猶予・時効の完成など)(435条の2・相対効・別段の意思表示があればその意思に従う)。札=条文。 図:絶対効と相対効の一覧表。列=事由/条文/他の連帯債権者への効力。行=履行の請求(432条・絶対効・全ての債権者のために請求)/弁済(432条・絶対効・1人に払えば全員の債権が消える)/更改・免除(433条・絶対効だがその人の持分部分だけ)/相殺(434条・債務者の援用で絶対効)/混同(435条・絶対効・債務者は弁済をしたものとみなす)/上の5つ以外(支払の猶予・時効の完成など)(435条の2・相対効・別段の意思表示があればその意思に従う)。札=条文。

一覧表にします。履行の請求は432条で絶対効です。弁済も432条で、1人に払えば全員の債権が消えます。更改と免除は433条で絶対効ですが、その人の持分部分だけです。相殺は434条で、債務者の援用があれば絶対効です。混同は435条で、債務者は弁済をしたものとみなされます。そしてこの5つ以外、たとえば支払の猶予や時効は、435条の2で相対効です。別段の意思表示があれば、その意思に従います。表の中身は全て条文の札です。読み方の軸を1つ置きます。請求は、432条が全ての債権者のための請求と書いているので全員に響きます。弁済や相殺や混同は、債権が満たされるので全員の債権に響きます。債権者個人の処分、免除や更改は、その人の持分部分だけです。それ以外は相対効です。この軸は覚えやすく整理した読み方で、こちらの説明です。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの問いで、分割と連帯債権を比べる表。行=成立/対外的効力/1人に生じた事由の効力/求償関係。分割(427条)=原則・別段の意思表示がなければ等しい割合・自分の分だけ・すべて相対効・求償なし。連帯債権(432条〜435条の2)=法令の規定または当事者の意思表示・各自が全部・5つが絶対効で他は相対効・分与(条文に書かれていない)。最下段=答え。別段の意思表示がなければ各100万円。 図:今日のまとめ

  • 3つの問いで、分割と連帯債権を比べる表
  • 行=成立/対外的効力/1人に生じた事由の効力/求償関係
  • 分割(427条)=原則・別段の意思表示がなければ等しい割合・自分の分だけ・すべて相対効・求償なし
  • 連帯債権(432条〜435条の2)=法令の規定または当事者の意思表示・各自が全部・5つが絶対効で他は相対効・分与(条文に書かれていない)
  • 最下段=答え
  • 別段の意思表示がなければ各100万円

冒頭の問いに戻ります。B、C、Dが借りた300万円を、Aは一番お金のあるDに全額請求できるのか、でした。答えです。別段の意思表示がなければ、3人は等しい割合で各100万円です。427条です。AがDに請求できるのは100万円だけです。全額を請求できるのは連帯の約束がある場合で、その仕組みは別の回で扱います。3つの問いで分割と連帯債権を比べます。成立は、分割が原則で、約束が無いとき自動的にそうなります。連帯債権は法令の規定か当事者の意思表示が要ります。対外的効力は、分割が各自、自分の分だけ。連帯債権は各自が全部です。1人に生じた事由は、分割がすべて相対効。連帯債権は5つが絶対効で他は相対効です。求償関係は、分割は生じません。連帯債権は分け前の分与で、条文には書かれていません。札を付けて整理します。条文は427条と、432条から435条の2まで。判例は、預貯金債権は当然には分割されず遺産分割の対象になる、です。立案の過程の説明は433条の持分部分の考え方。こちらの説明は求償が生じない理由、相殺と混同が絶対効になる理由、連帯債権の内部の分け方、一覧表の読み方です。この3つの問いは、次の回からもそのまま使います。

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#212単独ページ動画

連帯債務と絶対効の縮小(436条〜442条)

第4章 債権総論 #212/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

1人に請求を続けても、他の2人の時効は止まらない

冒頭の設例の関係図。A 貸主、B・C・D 借りた友人3人(連帯の約束つき)。AからB・C・Dへ貸した金額=合計300万円。AはBにだけ請求を続け、C・Dには何もしないまま5年が過ぎた。問い=C・Dの債務はどうなっているか。辺ラベルの語=請求。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 貸主、B・C・D 借りた友人3人(連帯の約束つき)
  • AからB・C・Dへ貸した金額=合計300万円
  • AはBにだけ請求を続け、C・Dには何もしないまま5年が過ぎた
  • 問い=C・Dの債務はどうなっているか
  • 辺ラベルの語=請求

先に答えです。Bへの請求は、C・Dには効きません。C・Dの時効は進み続けていて、C・Dが時効を援用すれば、AはC・Dには請求できなくなります。一方でAは、Bには300万円の全額を請求できます。441条本文と436条の結論です。ちぐはぐに見えるのは、2つの別々の話が混ざっているからです。全額を請求できるかどうかは、債権者と債務者の関係の話です。請求の効果が他の人に及ぶかどうかは、1人に起きたことの話です。前の回では、連帯の約束がなければ100万円ずつになる、と見ました。全額を請求できるのは連帯の約束がある場合で、その、債務者が複数いるほうが、今日扱う連帯債務です。前の回に立てた3つの問い、つまり対外的効力、1人に生じた事由の効力、求償関係をそのまま使います。1人に生じた事由が他の人にも及ぶのが絶対効、及ばないのが相対効です。今日は話の根拠が混ざりますので、そのつど何に基づく話かを言います。条文に書かれていることは条文の札です。2017年の改正のとき、なぜそう決めたのか、として説明されていることは立案の過程の説明の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための講義の説明は、こちらの説明の札です。答案では、条文はその言葉を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

連帯債務の成立と対外的効力——436条・437条

3つの問いの板。問い1=対外的効力(債権者と債務者の関係で、誰が誰にいくら請求でき、誰がいくら払う義務を負うか)。問い2=1人に生じた事由の効力(1人に起きたことが他の人にも及ぶなら絶対効、及ばないなら相対効)。問い3=求償関係(1人が払ったとき、他の人に分担を求められるか)。 図:3つの問いの板

  • 問い1=対外的効力(債権者と債務者の関係で、誰が誰にいくら請求でき、誰がいくら払う義務を負うか)
  • 問い2=1人に生じた事由の効力(1人に起きたことが他の人にも及ぶなら絶対効、及ばないなら相対効)
  • 問い3=求償関係(1人が払ったとき、他の人に分担を求められるか)

前の回の3つの問いを板に置き直します。問いの1 対外的効力。債権者と債務者の関係で、誰が誰にいくら請求できるか、です。問いの2 1人に生じた事由の効力。他の人にも及べば絶対効、及ばなければ相対効です。問いの3 求償関係。1人が払ったとき、他の人に分担を求められるか、です。

連帯債務の関係図。A 貸主、B・C・D 借りた友人3人。各自が負う額=300万円(全額)。3人の間で内部で分担する額=各100万円。辺ラベルの語=請求(300万円)。 図:連帯債務の関係図

  • A 貸主、B・C・D 借りた友人3人
  • 各自が負う額=300万円(全額)
  • 3人の間で内部で分担する額=各100万円
  • 辺ラベルの語=請求(300万円)

1つめの柱です。冒頭の例の連帯の約束に、条文を当てます。連帯債務の土台になる条文を読みます。

条文民法436条

民法第436条 債務の目的がその性質上可分である場合において、法令の規定又は当事者の意思表示によって数人が連帯して債務を負担するときは、債権者は、その連帯債務者の一人に対し、又は同時に若しくは順次に全ての連帯債務者に対し、全部又は一部の履行を請求することができる。

区切って読みます。まず債務の目的がその性質上可分である場合です。可分とは分けられるという意味で、金銭の支払は分けられます。次に法令の規定または当事者の意思表示によって数人が連帯して債務を負担するとき、です。連帯して債務を負うとは、各自が全部の給付をする義務を負う、ということです。最後に債権者は連帯債務者の1人に対し、または同時にもしくは順次に全員に対し、全部または一部の履行を請求できます。ここまで条文の札です。連帯債務が成り立つのは、条文のとおり2つの場合です。1つは当事者の意思表示で、冒頭の「3人で連帯して返す」という約束がこれです。もう1つは法令の規定です。たとえば併存的債務引受です。債務引受の回で、引受人が元の債務者と並んで債務を負う型を見ました。470条1項です。併存的債務引受の引受人は、債務者と連帯して、債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担する。引受人と元の債務者は連帯債務者になります。ほかにも法令の規定による例があります。夫が朝食用のパンを買ったとき、その代金を妻も負う、夫婦の日常家事の債務です。761条です。ここまで条文の札です。

数字で見ます。AはBに300万円全部を請求できます。Bに200万円だけ請求してもかまいません。そのあと残りをCに請求することも、B、C、Dの3人に同時に請求することもできます。そしてBが300万円を払えば、C・Dの債務も消えます。連帯の役割は、債権者が誰からでも取り立てられるようにして、弁済の確実性を高めることです。この役割はこちらの説明です。

437条の数字図。Bの借入れの契約が取り消された場合。Bの債務=初めから無かったことになる。C・Dの債務=300万円のまま残る。AからC・Dへの請求=300万円。辺ラベルの語=請求。 図:437条の数字図

  • Bの借入れの契約が取り消された場合
  • Bの債務=初めから無かったことになる
  • C・Dの債務=300万円のまま残る
  • AからC・Dへの請求=300万円
  • 辺ラベルの語=請求

もう1つ大事なのは、連帯債務は債務者の数だけ債務がある、という点です。次の条文を読みます。

条文民法437条

民法第437条 連帯債務者の一人について法律行為の無効又は取消しの原因があっても、他の連帯債務者の債務は、その効力を妨げられない。

区切って読みます。連帯債務者の1人について、法律行為の無効または取消しの原因があっても、他の連帯債務者の債務は、その効力を妨げられない、です。条文の札です。数字で見ます。Bが未成年者で、Bの借入れの契約を取り消したとします。Bの債務は初めから無かったことになります。それでもC・Dは300万円の全額を負います。同じ300万円に見えても、Bの債務、Cの債務、Dの債務という3つの債務が並んで存在している、という整理です。債務者の数だけ独立した債務がある、とみるのです。この整理は、437条から導ける、こちらの説明です。独立していますから、債務の額や期限が人によって違ってもかまいませんし、1人の債務にだけ保証や担保を付けることもできます。これもこちらの説明です。

負担部分の板。負担部分=連帯債務者の間で内部で分担する割合(額)。設例=B・C・Dとも100万円ずつ。債権者に対しては全額(300万円)・内部では100万円。決まり方=約束があればそれ/なければ受ける利益の割合/それも分からなければ等しい(こちらの説明)。 図:負担部分の板

  • 負担部分=連帯債務者の間で内部で分担する割合(額)
  • 設例=B・C・Dとも100万円ずつ
  • 債権者に対しては全額(300万円)・内部では100万円
  • 決まり方=約束があればそれ/なければ受ける利益の割合/それも分からなければ等しい(こちらの説明)

もう1つ、言葉を置きます。相殺の回でも出た、負担部分です。連帯債務者の間で、内部で分担する割合、額のことです。冒頭の例は3人とも100万円ずつです。債権者に対しては各自が全額、内部では100万円ずつ。外向きと内向きで数が違う、これが連帯債務の姿です。条文には書かれていません。こちらの説明です。まず3人の間の約束があれば、それに従います。なければ、それぞれが借りたお金から受けた利益の割合で、それも分からなければ等しい割合と考えます。冒頭の例は、等しいと置いています。

絶対効になる事由

絶対効になる事由の全体像。弁済等=債権が満たされるので全員に効く(条文に規定なし)/更改=438条/相殺=439条1項/混同=440条。札=条文/こちらの説明。 図:絶対効になる事由の全体像

  • 弁済等=債権が満たされるので全員に効く(条文に規定なし)/更改=438条/相殺=439条1項/混同=440条
  • 札=条文/こちらの説明

2つめの柱です。2つめの問い、1人に生じた事由が他の人にも効くか、です。先に、絶対効になるものから見ます。いちばん分かりやすいのは弁済です。Bが100万円払えば、残りは200万円です。Bが全額の300万円を払えば、全員の債務が消えます。条文は、弁済が全員に効くとは書いていません。書くまでもないからです。債権が満たされたのですから、債権者が二重に取り立てるわけにはいきません。この理由はこちらの説明です。代物弁済や供託のような、弁済に準ずるものも同じに扱われます。これもこちらの説明です。条文のあるものを順に見ます。まず更改です。今の債務を消して、新しい債務に置き換えるものでした。

条文民法438条

民法第438条 連帯債務者の一人と債権者との間に更改があったときは、債権は、全ての連帯債務者の利益のために消滅する。

全ての連帯債務者の利益のために消滅する、とあります。条文の札です。BとAが更改をすると、元の債務は、C・Dの分も含めて消えます。

439条の数字図。DがAに120万円の債権を持つ。Dが相殺を援用→債権は全員のために消滅(300万円から180万円)。Dが援用しない間=B・Cは、Dの負担部分100万円の限度で履行を拒める→AがB・Cに請求できるのは200万円まで。辺ラベルの語=請求/相殺。 図:439条の数字図

  • DがAに120万円の債権を持つ
  • Dが相殺を援用→債権は全員のために消滅(300万円から180万円)
  • Dが援用しない間=B・Cは、Dの負担部分100万円の限度で履行を拒める→AがB・Cに請求できるのは200万円まで
  • 辺ラベルの語=請求/相殺

次は相殺です。相殺の回では2項だけを読みました。今日は1項から通して、連帯債務の中で読みます。

条文民法439条

民法第439条 1 連帯債務者の一人が債権者に対して債権を有する場合において、その連帯債務者が相殺を援用したときは、債権は、全ての連帯債務者の利益のために消滅する。 2 前項の債権を有する連帯債務者が相殺を援用しない間は、その連帯債務者の負担部分の限度において、他の連帯債務者は、債権者に対して債務の履行を拒むことができる。

1項からです。連帯債務者の1人が債権者に債権を持ち、その人が相殺を援用したとき、債権は全員のために消滅する、です。たとえばDがAに120万円の債権を持っていて、相殺を援用したとします。全体で300万円の債務は、120万円分が全員のために消えて、180万円になります。条文の札です。B・Cは、Dの債権で相殺することはできません。2項です。援用しない間は、Dの負担部分の限度で、他の連帯債務者は債権者に履行を拒めます。Dの負担部分は100万円ですから、B・Cは100万円の限度で払わないと言えます。AがB・Cに請求できるのは、200万円までです。ここまで条文の札です。注意点は、他人の債権で相殺できるのではなく、払うのを断れるだけで、債権は消えていないことです。Dの債権はDの財産で、使うかどうかはDが決めることです。B・Cが勝手に相殺すれば、他人の財産を処分することになってしまいます。この理由は立案の過程の説明です。改正の前は、他の連帯債務者がDの負担部分の限度で相殺を援用できました。最後に混同です。債権者と債務者が同じ人になることでした。

条文民法440条

民法第440条 連帯債務者の一人と債権者との間に混同があったときは、その連帯債務者は、弁済をしたものとみなす。

弁済をしたものとみなす、とあります。条文の札です。たとえばAが亡くなって、Bが唯一の相続人だったとします。BがAの債権を引き継ぎ、債権者と債務者のBが同じ人になります。Bは弁済をしたものとみなされ、債権は全員のために消えます。そのあとBがC・Dに分担を求める話は、3つめの柱で使います。ここまでの共通点を1つ置きます。弁済、相殺、混同は、債権が満たされた形になります。相殺は、Dが自分の120万円の債権を差し出して、債務の120万円分と消し合うものです。Aから見れば、120万円を受け取ったのと同じです。混同は、Bが債権者の立場も手に入れて、自分で自分に払ったのと同じ形になるので、条文が弁済とみなしているのです。更改は、債権が新しい債権に置き換わります。Aは元の債権の代わりに新しい債権を受け取ったのですから、元の債権を残しておく理由がありません。だから元の債権が、全員について消えるのです。この軸はこちらの説明です。

相対効が原則——441条と、改正前との違い

相対効が原則の板。原則=1人に生じた事由は他の連帯債務者に効かない(相対効・441条本文)。例外=438条・439条1項・440条(絶対効)。ただし書=債権者と他の連帯債務者の1人が別段の意思を表示すれば、その人に対する効力はその意思に従う。札=条文。 図:相対効が原則の板

  • 原則=1人に生じた事由は他の連帯債務者に効かない(相対効・441条本文)
  • 例外=438条・439条1項・440条(絶対効)
  • ただし書=債権者と他の連帯債務者の1人が別段の意思を表示すれば、その人に対する効力はその意思に従う
  • 札=条文

2つめの柱の後半、相対効です。その前に、思い出してください。時効の援用は、誰との関係で効きましたか?援用した人との関係でだけ、でした。その人との関係でだけ効く、相対効でした。連帯債務の原則も同じ向きです。条文を読みます。時効の援用の回で一度読んだ条文です。今日は、冒頭の除外の部分も含めて読みます。

条文民法441条

民法第441条 第四百三十八条、第四百三十九条第一項及び前条に規定する場合を除き、連帯債務者の一人について生じた事由は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。ただし、債権者及び他の連帯債務者の一人が別段の意思を表示したときは、当該他の連帯債務者に対する効力は、その意思に従う。

本文とただし書に分けて読みます。本文は、438条、439条1項、440条に規定する場合を除き、連帯債務者の1人について生じた事由は、他の連帯債務者に効力を生じない、です。さきほど見た3つ以外は相対効だ、ということです。なぜ3つ以外は他の人に効かないのか。1つめの柱で見たとおり、Bの債務、Cの債務、Dの債務は、独立して並んでいます。ですから、Bの債務に起きたことで、C・Dの債務が勝手に増えたり減ったりはしません。全員に効くのは、債権そのものが満たされるか置き換わる、弁済等と3つの条文の場合だけです。これはこちらの説明です。ただし書は、債権者と他の連帯債務者の1人が別段の意思を表示したときは、その人に対する効力はその意思に従う、です。条文の札です。誰と誰の合意かに注意してください。Bに生じたことをCにも及ぼしたいなら、合意するのは債権者AとCです。

冒頭の設例の当てはめ。AがBに訴えを起こして請求→Bとの間でだけ時効の完成猶予・更新(153条1項)。C・Dには効かない→C・Dの時効は進む(5年は権利を行使できると知った時から・166条1項1号)。Bには300万円全額を請求できる(436条)。辺ラベルの語=請求。 図:冒頭の設例の当てはめ

  • AがBに訴えを起こして請求→Bとの間でだけ時効の完成猶予・更新(153条1項)
  • C・Dには効かない→C・Dの時効は進む(5年は権利を行使できると知った時から・166条1項1号)
  • Bには300万円全額を請求できる(436条)
  • 辺ラベルの語=請求

冒頭の設例を解きます。AがBに訴えを起こして請求しました。これは履行の請求で、441条本文により、C・Dには効きません。訴えによる時効の完成猶予は、その事由が生じた当事者とその承継人の間でだけ効きます。153条1項です。つまりAとBの間でだけ猶予や更新が起きます。5年は、債権者が権利を行使できると知った時から5年で、166条1項1号です。C・Dの5年は進み続けて、C・Dが時効を援用すれば、AはC・Dには請求できません。一方、Bには436条で300万円の全額を請求できます。ここまで条文の札です。得をするのはC・Dで、困るのは債権者のAです。ですから債権者は、時効を止めたい人ごとに手を打たなければなりません。これはこちらの説明です。ここで問いです。AがBだけを免除したら、C・Dの債務は300万円のままでしょうか、200万円に減るでしょうか?

免除はBだけの話なので、C・Dは300万円のままだと思います。441条本文で、免除は相対効です。Bは債務を免れますが、C・Dは300万円のままです。時効の完成も同じです。Bの時効が完成しても、C・Dは300万円のままです。

免除の数字図。A 貸主、B・C・D 借りた友人3人、300万円。AがBだけを免除→Bの債務は消える。C・Dの債務=300万円のまま(改正前はBの負担部分100万円の限度で他にも効き、C・Dは200万円)。辺ラベルの語=免除/請求。 図:免除の数字図

  • A 貸主、B・C・D 借りた友人3人、300万円
  • AがBだけを免除→Bの債務は消える
  • C・Dの債務=300万円のまま(改正前はBの負担部分100万円の限度で他にも効き、C・Dは200万円)
  • 辺ラベルの語=免除/請求

ところが2017年の改正の前は、結論が違いました。免除も時効の完成も、Bの負担部分100万円の限度で、他の人にも効いたのです。C・Dの債務は200万円に減りました。さらに履行の請求も、改正前は他の人にも効く絶対効でした。改正でこの3つが相対効になりました。これが絶対効の縮小です。

改正前後の比較の一覧表(改正前と現在の違い)。列=事由/改正前/現在/条文(現在)。行=弁済等(絶対効・変わらず・規定なし)/更改(絶対効・変わらず・438条)/相殺(反対の債権を持つ人が援用すれば絶対効・変わらず。他の人は改正前は負担部分の限度で相殺を援用でき、現在は履行の拒絶だけ・439条)/混同(絶対効・変わらず・440条)/履行の請求(絶対効から相対効へ・441条)/免除(負担部分の限度の絶対効から相対効へ・441条)/時効の完成(負担部分の限度の絶対効から相対効へ・441条)。補足=別段の意思表示で絶対効に変えられる(ただし書)。旧条文=旧434条(請求)・旧437条(免除)・旧439条(時効の完成)。 図:改正前後の比較の一覧表(改正前と現在の違い)。列=事由/改正前/現在/条文(現在)。行=弁済等(絶対効・変わらず・規定なし)/更改(絶対効・変わらず・438条)/相殺(反対の債権を持つ人が援用すれば絶対効・変わらず。他の人は改正前は負担部分の限度で相殺を援用でき、現在は履行の拒絶だけ・439条)/混同(絶対効・変わらず・440条)/履行の請求(絶対効から相対効へ・441条)/免除(負担部分の限度の絶対効から相対効へ・441条)/時効の完成(負担部分の限度の絶対効から相対効へ・441条)。補足=別段の意思表示で絶対効に変えられる(ただし書)。旧条文=旧434条(請求)・旧437条(免除)・旧439条(時効の完成)。

一覧表にまとめます。事由、改正前、現在、条文の順です。弁済等は、改正前も今も絶対効で、条文に規定がありません。更改は変わらず絶対効で438条です。相殺は、反対の債権を持つ人が援用すれば絶対効で、そこは変わりません。ただし他の連帯債務者は、改正前は負担部分の限度で相殺を援用できたのが、今は履行の拒絶だけです。439条です。混同は変わらず絶対効で440条です。そして履行の請求は、絶対効から相対効へ。免除と時効の完成は、負担部分の限度の絶対効から、相対効へ。この3つが441条です。ただし書の別段の意思表示で、絶対効に変えることもできます。表の中身は条文の札で、改正前の内容は当時の条文の札です。表の読み方はこちらの説明です。

絶対効を縮小した理由の板。履行の請求=請求を受けていない人は知らないまま履行遅滞などの不利益を受けるおそれ(412条3項)。免除=他の人に請求できる額が減るのは、免除した債権者の意思に反するおそれ。時効の完成=特定の債務者から受けるつもりでも、全員との関係で時効の完成を止める措置が必要になり債権者の負担が大きい。札=立案の過程の説明。 図:絶対効を縮小した理由の板

  • 履行の請求=請求を受けていない人は知らないまま履行遅滞などの不利益を受けるおそれ(412条3項)
  • 免除=他の人に請求できる額が減るのは、免除した債権者の意思に反するおそれ
  • 時効の完成=特定の債務者から受けるつもりでも、全員との関係で時効の完成を止める措置が必要になり債権者の負担が大きい
  • 札=立案の過程の説明

なぜ縮めたのか。立案の過程の説明の札で言います。理由は3つです。1つめ、履行の請求です。請求を受けていない連帯債務者は、請求があったことを当然には知りません。知らないうちに履行遅滞になるなど、思わぬ損害を受けるおそれがあります。返済の期限が決まっていない債務は、請求を受けた時から遅滞になります。412条3項です。2つめ、免除です。免除をすると、他の連帯債務者に請求できる額が減ります。債権者は通常、1人だけを外すつもりで、請求できる額まで減らすつもりはないでしょう。3つめ、時効の完成です。債権者が特定の債務者から履行を受けるつもりでも、全員との関係で時効の完成を止める措置をとらなければならず、負担が大きい、という説明です。

請求は、連帯債権では絶対効、連帯債務では相対効と、向きが逆に見えますが、不利益を受ける人が違うので、理屈は通っています。こちらの説明です。連帯債権では、請求を受ける債務者は1人です。債権者の1人の請求は、全債権者のためにその債務者へ向けたものですから、請求を知らない人は出ません。432条です。連帯債務では、請求を受けるのは債務者の1人で、他の債務者は、請求があったことを知らないまま、遅滞や時効の不利益を受けることになります。そこで441条は相対効を原則にしました。別段の意思表示の使い道を1つ置きます。債権者Aが前もってCと、Bへの請求はCへの請求にもなると合意しておけば、Bへの請求がCにも効きます。合意が無ければ及びません。条文の札と、使い方はこちらの説明です。ここは論文で論点になりうる所です。相対効が原則で、絶対効になるのは弁済等と、438条、439条1項、440条の場合だけだ、と条文番号を付けて書きます。縮小の理由は、立案の過程の説明として添えます。冒頭で、Bへの請求がC・Dに効かず、それでもBには全額を請求できたのは、この相対効の原則と436条の組み合わせだったのです。

求償の要件と範囲——442条

求償の数字図。負担部分は各100万円。Bが60万円だけ弁済→C・Dに各20万円を求償できる(60万円×負担部分の割合3分の1)。Bが300万円全額を弁済→C・Dに各100万円。辺ラベルの語=弁済/求償。 図:求償の数字図

  • 負担部分は各100万円
  • Bが60万円だけ弁済→C・Dに各20万円を求償できる(60万円×負担部分の割合3分の1)
  • Bが300万円全額を弁済→C・Dに各100万円
  • 辺ラベルの語=弁済/求償

3つめの柱、3つめの問い、求償関係です。連帯債務では、1人が払えば全員が免れます。払った人は、他の人に分担を求めたくなります。条文を読みます。

条文民法442条

民法第442条 1 連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たときは、その連帯債務者は、その免責を得た額が自己の負担部分を超えるかどうかにかかわらず、他の連帯債務者に対し、その免責を得るために支出した財産の額(その財産の額が共同の免責を得た額を超える場合にあっては、その免責を得た額)のうち各自の負担部分に応じた額の求償権を有する。 2 前項の規定による求償は、弁済その他免責があった日以後の法定利息及び避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。

1項を区切って読みます。まず連帯債務者の1人が弁済をし、そのほか自分の財産をもって共同の免責を得たとき。共同の免責とは、債務者全員の債務を消滅させることです。次に、その免責を得た額が自分の負担部分を超えるかどうかにかかわらず。最後に、他の連帯債務者に対し、免責を得るために支出した財産の額のうち、各自の負担部分に応じた額の求償権を有する、です。カッコの中は、支出した額が免責を得た額より大きいときは、免責を得た額が基準になる、という意味です。ここまで条文の札です。ここで問いです。Bが60万円しか払っていなくても、C・Dに求償できるでしょうか?

条文は、超えるかどうかにかかわらず、と書いています。60万円でも求償できます。計算は、支出した60万円に、負担部分の割合の3分の1を掛けて、C・Dに各20万円です。Bが300万円全額を払ったなら、C・Dに各100万円です。条文の札と、計算はこちらの説明です。2つめの柱で見たとおり、弁済は全員に効きます。Bが60万円を払えば、残りは、B・C・Dの誰に対しても、240万円になります。この消えた60万円は、3人がそろって免れた分です。そして負担部分は、3人が内部で3分の1ずつ持つという割合です。ですから、そろって免れた60万円も3分の1ずつ持つのが公平で、Bは自分の分の20万円を残して、C・Dに各20万円を求められます。負担部分を超えるまで待たせると、先に払ったBだけが損をかぶることになります。この理由はこちらの説明です。カッコの中の例を1つ。Bが時価350万円の絵画を、300万円の債務の代物弁済として渡したとします。債務が消えたのは300万円分ですから、求償の基準は350万円ではなく300万円です。C・Dに各100万円です。2項は、求償に含まれる範囲です。弁済のあった日以後の法定利息、避けることができなかった費用、その他の損害の賠償が含まれます。ここまで条文の札です。法定利息は、法律で定められた利率の利息のことです。避けることができなかった費用は、たとえば弁済のための振込手数料です。この例はこちらの説明です。

さきほどの混同の例に戻ります。Bは弁済をしたものとみなされるので、BはC・Dに各100万円を求償できます。ここは論文で論点になりうる所です。求償の要件は条文どおりで、442条1項の文言を使って、共同の免責を得たこと、負担部分に応じた額、と書きます。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの問いで連帯債務を整理する表。行=成立/対外的効力/1人に生じた事由の効力/求償関係。成立=法令の規定または当事者の意思表示(436条)。対外的効力=各自が全部(同時・順次・一部も可)。1人に生じた事由=絶対効は弁済等・更改・相殺・混同だけ、履行の請求・免除・時効の完成は相対効(441条)。求償=共同の免責を得たら負担部分の割合で(442条)。最下段=答え。Bへの請求はC・Dに効かず、Bには全額請求できる。 図:今日のまとめ

  • 3つの問いで連帯債務を整理する表
  • 行=成立/対外的効力/1人に生じた事由の効力/求償関係
  • 成立=法令の規定または当事者の意思表示(436条)
  • 対外的効力=各自が全部(同時・順次・一部も可)
  • 1人に生じた事由=絶対効は弁済等・更改・相殺・混同だけ、履行の請求・免除・時効の完成は相対効(441条)
  • 求償=共同の免責を得たら負担部分の割合で(442条)
  • 最下段=答え
  • Bへの請求はC・Dに効かず、Bには全額請求できる

冒頭の問いに戻ります。AはBにだけ請求を続け、C・Dには何もしないまま5年が過ぎた。C・Dの債務はどうなっているか、でした。答えです。Bへの請求はC・Dに効きません。441条本文です。C・Dの時効は進み続け、C・Dが時効を援用すれば、AはC・Dには請求できません。ただしBには、436条で300万円の全額を請求できます。3つの問いで連帯債務を整理します。成立は、法令の規定または当事者の意思表示です。対外的効力は、各自が全部を負い、債権者は同時にも順次にも、一部でも請求できます。1人に生じた事由は、絶対効が弁済等、更改、相殺、混同だけです。履行の請求、免除、時効の完成は相対効です。求償関係は、共同の免責を得たら、負担部分の割合で求償できます。札を付けて整理します。条文は436条から442条まで。立案の過程の説明は、絶対効を縮小した3つの理由です。こちらの説明は、たとえば、弁済が絶対効になる理由、負担部分の決まり方、連帯債権との向きの違い、求償が負担部分を超えなくてもできる理由、一覧表の読み方です。この3つの問いは、次の回からもそのまま使います。

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#213単独ページ動画

連帯債務の求償の制限(443条〜445条)

第4章 債権総論 #213/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

黙って払ったら、翌日もう1人が全額を払っていた

冒頭の設例の関係図。A 貸主、B・C・D 借りた友人3人(連帯債務300万円・負担部分は各100万円)。Bが期限の日にAへ300万円を弁済(C・Dには通知しない)。翌日、Cも知らずにAへ300万円を弁済。Aは合計600万円を受け取っている。問い=この二重払いの後始末は誰が引き受けるか。辺ラベルの語=弁済/通知。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 貸主、B・C・D 借りた友人3人(連帯債務300万円・負担部分は各100万円)
  • Bが期限の日にAへ300万円を弁済(C・Dには通知しない)
  • 翌日、Cも知らずにAへ300万円を弁済
  • Aは合計600万円を受け取っている
  • 問い=この二重払いの後始末は誰が引き受けるか
  • 辺ラベルの語=弁済/通知

先に答えです。Cが払う前に、B・Dへ通知していたかどうかで分かれます。通知していたなら、Cの弁済が有効とみなされ、Bの弁済は有効と認められません。BはAに、払い過ぎた300万円の返還を求めることになります。443条2項の話です。通知していなかったなら、先に払ったBの弁済が有効です。BはCに求償でき、CがAに、払い過ぎた300万円の返還を求めます。最高裁の判例の話です。決め手は、Cが払う前に通知したかどうかです。連帯債務は、誰が払っても全員が免れるはずですよね。通知をしなかったくらいで、有効かどうかが変わるのですか。変わります。誰が払っても全員が免れる仕組みだからこそ、2人が同時に払う事故が起こりえます。その事故を防ぐための連絡が、通知です。通知を怠った人は、求償を減らされたり、自分の弁済が有効にならなかったりします。今日の中心は、この通知のルールです。前の回の3つめの問いは求償関係でした。連帯債務者の1人が共同の免責を得たなら、負担部分の割合で、他の連帯債務者に求償できます。442条です。共同の免責とは、債務者全員の債務を消滅させることで、負担部分とは、連帯債務者の間で内部で分担する割合、額のことです。今日は、その求償が、制限される場合、取れない人がいる場合、免除や時効の完成を受けた人にも求められるのか、という場合を見ます。今日も、話の根拠が混ざりますので、そのつど何に基づく話かを言います。条文に書かれていることは条文の札です。最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことは判例の札です。2017年の改正のとき、なぜそう決めたのか、として説明されていることは立案の過程の説明の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための、講義の説明は、こちらの説明の札です。今日は判例の札を1回使います。

事前の通知と事後の通知——443条

事前の通知と事後の通知の区別の板(通知が要る理由)。連帯債務=誰が払っても全員が免れる→2人が同時に払う事故が起こりうる。事前の通知(払う前に知らせる)=他の人が債権者に持つ主張を使う機会を守る。事後の通知(払った後に知らせる)=他の人の二重払いを防ぐ。札=こちらの説明。 図:事前の通知と事後の通知の区別の板

  • 通知が要る理由
  • 連帯債務=誰が払っても全員が免れる→2人が同時に払う事故が起こりうる。事前の通知(払う前に知らせる)=他の人が債権者に持つ主張を使う機会を守る。事後の通知(払った後に知らせる)=他の人の二重払いを防ぐ。札=こちらの説明。

まず、通知がなぜ要るのかを置きます。連帯債務では、誰が払っても全員が免れます。ですから、BとCが、お互いを知らないまま、別々に払ってしまうことがありえます。そこで、払う前の通知と、払った後の通知が出てきます。払う前に知らせれば、他の人は、自分が債権者に対して持っている主張を使う機会を持てます。これが事前の通知です。払った後に知らせれば、他の人が二重に払うのを防げます。これが事後の通知です。この理由はこちらの説明です。ここで問いです。前の回の442条で、Bが60万円しか払っていなくても、C・Dに求償できたでしょうか?

負担部分の100万円を超えていなくても、超えるかどうかにかかわらず、求償できました。60万円なら、C・Dに各20万円です。その求償を、今日は制限します。442条1項を、もう一度カードで確認します。

条文民法442条1項

民法第442条 1 連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たときは、その連帯債務者は、その免責を得た額が自己の負担部分を超えるかどうかにかかわらず、他の連帯債務者に対し、その免責を得るために支出した財産の額(その財産の額が共同の免責を得た額を超える場合にあっては、その免責を得た額)のうち各自の負担部分に応じた額の求償権を有する。

443条1項の数字図。CがAに120万円の反対債権を持つ。Bが、Cに通知しないで300万円を弁済。BがCに求償100万円→Cは「相殺できたはず」と対抗して支払を拒む(100万円まで)。BはAに、相殺で消えるはずだった100万円の履行を請求。Cの反対債権の残り20万円は、CからAへ。辺ラベルの語=弁済/求償/対抗/請求。 図:443条1項の数字図

  • CがAに120万円の反対債権を持つ
  • Bが、Cに通知しないで300万円を弁済
  • BがCに求償100万円→Cは「相殺できたはず」と対抗して支払を拒む(100万円まで)
  • BはAに、相殺で消えるはずだった100万円の履行を請求
  • Cの反対債権の残り20万円は、CからAへ
  • 辺ラベルの語=弁済/求償/対抗/請求

この求償権が、通知を怠るとどう制限されるのか。443条です。1項と2項があります。全文を出します。

条文民法443条

民法第443条 1 他の連帯債務者があることを知りながら、連帯債務者の一人が共同の免責を得ることを他の連帯債務者に通知しないで弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得た場合において、他の連帯債務者は、債権者に対抗することができる事由を有していたときは、その負担部分について、その事由をもってその免責を得た連帯債務者に対抗することができる。この場合において、相殺をもってその免責を得た連帯債務者に対抗したときは、その連帯債務者は、債権者に対し、相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。 2 弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得た連帯債務者が、他の連帯債務者があることを知りながらその免責を得たことを他の連帯債務者に通知することを怠ったため、他の連帯債務者が善意で弁済その他自己の財産をもって免責を得るための行為をしたときは、当該他の連帯債務者は、その免責を得るための行為を有効であったものとみなすことができる。

1項から区切って読みます。まず、他の連帯債務者があることを知りながら、共同の免責を得ることを通知しないで、弁済などをして共同の免責を得た場合です。次に、他の連帯債務者が、債権者に対抗できる事由を持っていたときは、その負担部分について、その事由を、免責を得た人に対抗できます。後段は、相殺で対抗したときは、免責を得た人が、債権者に、相殺で消えるはずだった債務の履行を請求できる、です。条文の札です。1項は、払う前の通知、つまり事前の通知を怠った場合の話です。試験で中心になるのは、債権者に対する反対債権による相殺です。ほかに、債権者から期限の猶予を受けている、といったものもありますが、今日は相殺で見ます。数字にします。場面を替えます。CがAに対して、120万円の反対債権を持っていたとします。Bはそれを知らないまま、Cに通知しないで、300万円を払いました。Bは、Cに100万円を求償します。するとCは、自分が120万円の債権で相殺できたはずだと、対抗できます。負担部分である100万円の限度で、Bへの支払を断れます。ここで相殺を持ち出すCは、債権を持っている本人です。前の回の439条2項は、Dの債権をB・Cが使う話で、相殺はできず、払うのを断れるだけでした。そのうえで、Bは、Cが対抗した100万円の範囲について、Aに履行を請求できます。なぜAなのか。払う前に知らせてもらっていれば、Cは、先にAに相殺を主張できました。その機会を、Cは、Bへの支払を断る形で使いました。そこで、AがCに払うはずだった100万円を、代わりにBがAに払ってくれと言えます。相殺で消えるはずだった債務とは、この、AがCに負っている債務のことです。Cの反対債権のうち、対抗に使われなかった20万円は、CがAに請求します。Dは対抗できる事由を持っていませんから、Bは、Dには100万円をそのまま求償できます。これで、Bの最終的な負担は、300万円から、Dからの100万円と、Aからの100万円を引いた、自分の分の100万円になります。数字の組み立てはこちらの説明です。

2項に移ります。弁済などをして共同の免責を得た人が、他の連帯債務者があることを知りながら、免責を得たことを通知するのを怠った。そのため、他の連帯債務者が善意で、弁済などの免責を得るための行為をした。このとき、その人は、自分の行為を有効であったものとみなすことができます。条文の札です。払った後の通知、つまり事後の通知を怠った場合の話です。善意とは、ここでは、すでに払われたことを知らないことです。条文は善意でとだけ書き、過失の有無は書いていません。みなすとは、反対の事実があっても、有効として扱える、という意味です。この効果は、通知を怠った人との関係で働きます。これはこちらの説明です。

事前の通知の制度は、改正のあとも残りました。

443条の文言の変更の板。改正前の1項=通知すべき中身は「債権者から履行の請求を受けたこと」。現行=「共同の免責を得ること」を通知しないで。1項・2項とも「他の連帯債務者があることを知りながら」が加わった。札=条文/立案の過程の説明。 図:443条の文言の変更の板

  • 改正前の1項=通知すべき中身は「債権者から履行の請求を受けたこと」
  • 現行=「共同の免責を得ること」を通知しないで
  • 1項・2項とも「他の連帯債務者があることを知りながら」が加わった
  • 札=条文/立案の過程の説明

2017年の改正で、文言が2か所変わりました。1つめ、通知すべき中身です。改正前は、債権者から履行の請求を受けたことを通知しないで、とされていました。現行は、共同の免責を得ることを通知しないで、です。通知が重要なのは、払おうとしていることだから、という整理です。2つめ、1項に、他の連帯債務者があることを知りながら、が入りました。他の連帯債務者がいることを知らない人もいますから、通知を怠った不利益は、知っていたのに通知しなかった場合に限るべきだ、という検討がありました。立案の過程の説明です。2項にも同じ言葉が入りました。1項と同じ趣旨と考えられます。こちらの説明です。整理します。事前の通知を怠ると、他の連帯債務者に、負担部分について事由を対抗されます。1項です。事後の通知を怠ると、二重に払った他の連帯債務者の弁済が、有効になります。2項です。要件の文言は、条文どおりに書きます。

4つの組合せと、両方が通知を怠った場合

冒頭の設例の整理。第1弁済=Bが300万円をAへ。第2弁済=翌日Cが300万円をAへ。Bは、C・Dがいることを知っている。問い=Bが事後の通知を怠り、Cも事前の通知をしなかったとき、有効になる弁済はどちらか。辺ラベルの語=弁済/通知。 図:冒頭の設例の整理

  • 第1弁済=Bが300万円をAへ
  • 第2弁済=翌日Cが300万円をAへ
  • Bは、C・Dがいることを知っている
  • 問い=Bが事後の通知を怠り、Cも事前の通知をしなかったとき、有効になる弁済はどちらか
  • 辺ラベルの語=弁済/通知

冒頭の設例に戻ります。Bが先に払う、これが第1弁済です。翌日、Cが払う、これが第2弁済です。Bは、C・Dがいることを知っています。見る点は2つです。Bが、払った後に通知をしたか。Cが、払う前に通知をしたか。この2つの組合せは4通りあります。3つの場合に分けて見ます。有効になるのは、Bの弁済か、Cの弁済か、どちらかです。

4つの組合せの板。縦=Bが事後の通知を した/怠った。横=Cが払う前に通知を した/怠った。Bが通知した→Cの事前の通知の有無を問わず、Bの弁済が有効(Cは善意でない)。Bが怠った+Cが事前の通知をした→Cの弁済が有効とみなされる(443条2項)。Bが怠った+Cも事前の通知を怠った→Bの弁済が有効(判例)。札=条文/判例/こちらの説明。 図:4つの組合せの板

  • 縦=Bが事後の通知を した/怠った
  • 横=Cが払う前に通知を した/怠った
  • Bが通知した→Cの事前の通知の有無を問わず、Bの弁済が有効(Cは善意でない)
  • Bが怠った+Cが事前の通知をした→Cの弁済が有効とみなされる(443条2項)
  • Bが怠った+Cも事前の通知を怠った→Bの弁済が有効(判例)
  • 札=条文/判例/こちらの説明

順に見ます。1つめ、Bが払った後に通知をした場合です。通知を受けたCは、すでに払われたことを知っています。善意ではありません。2項は使えず、Bの弁済が有効です。Cが払う前の通知をしたかどうかは、関係ありません。2つめ、Bが通知を怠り、Cが払う前にB・Dへ通知していた場合です。Cは善意で払っています。2項が使えて、Cの弁済が有効とみなされます。Bからの求償を、Cは拒めます。Bは、有効と認められなかった弁済、つまり払い過ぎた300万円を、Aに不当利得として返還請求することになります。条文の札です。不当利得というのは、どういう請求ですか。民法703条です。読みます。法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。Aは、すでに全額を受け取ったあとで、さらに300万円を受け取りました。この300万円は、受け取る理由のない利益ですから、返す義務があります。3つめが、Bが通知を怠り、Cも払う前の通知を怠った場合です。2項は、事後の通知を怠った人から、善意で払った人を守る規定です。ところが、守られるはずのCが、事前の通知を怠っています。この場合に、Cの弁済を有効とみなせるのか。条文には答えが書かれていません。そこで判例を読みます。ここで問いです。Bが事後の通知を怠り、Cも事前の通知をしていなかったとき、有効になるのはBの弁済でしょうか、Cの弁済でしょうか?

2項は、善意で払った人を守る規定でした。Cは善意ですから、Cの弁済が有効になるのではないでしょうか。そこが分かれ目です。判例の結論は、Bの弁済が有効です。理由を、カードで読みます。この判決が扱ったのは、後から払った連帯債務者が、払う前の通知をしていなかった場合です。

判例最判昭57・12・17 民集36巻12号2399頁

事前の通知を怠った連帯債務者と443条2項 連帯債務者の一人が弁済その他の免責の行為をするに先立ち、他の連帯債務者に通知することを怠つた場合は、既に弁済しその他共同の免責を得ていた他の連帯債務者に対し、民法四四三条二項の規定により自己の免責行為を有効であるとみなすことはできないものと解するのが相当である。けだし、同項の規定は、同条一項の規定を前提とするものであつて、同条一項の事前の通知につき過失のある連帯債務者までを保護する趣旨ではないと解すべきであるからである。

区切って読みます。1つ目の文は、払う前に他の連帯債務者へ通知することを怠ったときは、すでに払っていた他の連帯債務者に対し、2項で自分の行為を有効とみなすことはできない、です。2つ目の文が理由です。2項は1項を前提としている。事前の通知につき過失のある連帯債務者までを保護する趣旨ではない、です。判例の札です。

判例の理由づけの板。結論=払う前の通知を怠った者は、2項で自分の免責行為を有効とみなせない(判例)。理由=2項は1項(事前の通知)を前提とする。事前の通知につき過失のある者までを保護する趣旨ではない。こちらの説明=払う前に通知していれば、すでに払われたことを知れたはず。原則は、最初に払った人の弁済で債務が消えている。2番目の弁済を有効にするには、その人の信頼が守られるだけの事情が要る。札=判例/こちらの説明。 図:判例の理由づけの板

  • 結論=払う前の通知を怠った者は、2項で自分の免責行為を有効とみなせない(判例)
  • 理由=2項は1項(事前の通知)を前提とする
  • 事前の通知につき過失のある者までを保護する趣旨ではない
  • こちらの説明=払う前に通知していれば、すでに払われたことを知れたはず
  • 原則は、最初に払った人の弁済で債務が消えている
  • 2番目の弁済を有効にするには、その人の信頼が守られるだけの事情が要る
  • 札=判例/こちらの説明

判例の理由を、数字の場面に引き寄せます。払う前に通知をしていれば、すでに払われていることを知れたはずです。それをしなかった人まで、守る理由はありません。もともと、最初に払った人の弁済で、債務は消えています。2番目の弁済を有効にするには、その人の信頼が守られるだけの事情が必要で、それは、払う前に通知をしていた人です。この読み方はこちらの説明です。判例の結論を条文に書き込むことは、改正のときに検討されました。善意を善意で過失なくに改める案や、ただし書を足す案です。しかし現行の2項は、善意で、のままです。判例の解釈が、今も使われています。立案の過程の説明です。ここは論文で論点になりうる所です。443条の要件は、条文どおりに、共同の免責を得たこと、通知を怠ったこと、善意で免責の行為をしたこと、と書きます。2項は1項を前提とする、という結論は、判例の解釈として、理由を添えて書きます。

冒頭に戻って決めます。Cが払う前にB・Dへ通知していたなら、2項でCの弁済が有効とみなされます。Bは、払い過ぎた300万円をAに返還請求します。Aが返せなくなる危険を負うのは、Bです。Cが何も通知していなかったなら、Bの弁済が有効で、BはC・Dに求償できます。Cは、払い過ぎた300万円をAに返還請求し、Aが返せなくなる危険は、Cが負います。どちらの弁済が有効になるかが決まり、有効にならなかったほうが、受け取り過ぎたAに返還を求める。Bが事後の通知を怠った場面では、Cが払う前に通知したかどうかで決まります。この整理はこちらの説明です。

償還無資力者がいるとき——444条

444条の数字図。場面替え=通知の問題は離れ、Dが無資力。Bが300万円をAへ弁済。C・Dに各100万円を求償するはずが、Dは払えない。Dの100万円はB・Cが負担部分に応じて(1対1)50万円ずつ負担。BがCに求償できる額=100万円+50万円=150万円。辺ラベルの語=弁済/求償。 図:444条の数字図

  • 場面替え=通知の問題は離れ、Dが無資力
  • Bが300万円をAへ弁済
  • C・Dに各100万円を求償するはずが、Dは払えない
  • Dの100万円はB・Cが負担部分に応じて(1対1)50万円ずつ負担
  • BがCに求償できる額=100万円+50万円=150万円
  • 辺ラベルの語=弁済/求償

2つめの柱です。通知の問題はいったん離れて、場面を替えます。Bが期限の日に300万円を払いました。ところが、Dは償還をする資力の無い人でした。償還とは、求償に応じて払うことで、償還する資力の無い人が、償還無資力者です。条文を読みます。

条文民法444条

民法第444条 1 連帯債務者の中に償還をする資力のない者があるときは、その償還をすることができない部分は、求償者及び他の資力のある者の間で、各自の負担部分に応じて分割して負担する。 2 前項に規定する場合において、求償者及び他の資力のある者がいずれも負担部分を有しない者であるときは、その償還をすることができない部分は、求償者及び他の資力のある者の間で、等しい割合で分割して負担する。 3 前二項の規定にかかわらず、償還を受けることができないことについて求償者に過失があるときは、他の連帯債務者に対して分担を請求することができない。

ここで問いです。Dが払えないとき、その分は、Bが全部引き受けるのでしょうか?1項が答えです。償還できない部分は、求償者と、他の資力のある者の間で、各自の負担部分に応じて分割して負担します。条文の札です。数字にします。Bが300万円払い、C・Dに各100万円を求償するはずが、Dの100万円は取れません。この100万円を、求償者のBと、資力のあるCで、負担部分の割合、つまり100万円対100万円の1対1で割ります。50万円ずつです。BがCに求償できるのは、Cの負担部分の100万円に、この50万円を足した、150万円です。Bの最終的な負担も、300万円から150万円を引いた150万円で、自分の負担部分の100万円に、50万円を足した額です。この計算はこちらの説明です。用語を分けます。前の回は、払った人が他の人に分担を求める、と広く言いました。条文では、負担部分の割合で他の人に求めるのが求償です。444条が分担と呼ぶのは、その求償の中で、取れない分を、資力のある人で割って負担することです。求償者1人に、取れない分を全部負わせるのは不公平ですから、資力のある人で分ける、というのが1項の考えです。これもこちらの説明です。

2項は、求償者も資力のある人も、負担部分が無い人ばかりの場合です。たとえば、実際に借りたのはDだけで、BとCは頼まれて名を連ねただけ、という場面です。Dの負担部分が300万円で、Dは無資力、Bが300万円を払ったとします。Dから取れない300万円を、B・Cで等しい割合、つまり、150万円ずつ負担します。BがCに求償できるのは150万円です。2項は、判例の考え方を明文化したもの、と説明されています。立案の過程の説明です。3項は、償還を受けられないことについて、求償者に過失がある場合です。分担を請求できません。たとえば、BがCへの求償を長く放置している間に、Cが無資力になった、という場面です。Cの分は、Bが引き受けるしかなく、Dに分担を求めることはできません。条文の札で、例はこちらの説明です。

免除や時効の完成を受けた人にも求償できる——445条

445条の関係図。場面替え=前の回の冒頭設例の続き。AはBにだけ請求を続け、C・Dの時効が完成、C・Dは時効を援用。C・Dの債務は消えている。その後、BがAに300万円を弁済。BからC・Dへ各100万円を求償できるか。辺ラベルの語=弁済/求償。 図:445条の関係図

  • 場面替え=前の回の冒頭設例の続き
  • AはBにだけ請求を続け、C・Dの時効が完成、C・Dは時効を援用
  • C・Dの債務は消えている
  • その後、BがAに300万円を弁済
  • BからC・Dへ各100万円を求償できるか
  • 辺ラベルの語=弁済/求償

3つめの柱です。場面を替えて、前の回の冒頭の設例に戻ります。AはBにだけ請求を続け、C・Dには何もしないまま5年が過ぎました。C・Dは時効を援用しました。そのあと、BがAに300万円を払いました。BはC・Dに求償できるでしょうか。その前に、前の回の441条を思い出してください。連帯債務で、免除や時効の完成は、他の連帯債務者に効くのでしょうか?441条本文で、相対効でした。Bに免除や時効の完成があっても、C・Dは300万円のままです。その相対効の結果が、求償にどう出るか、です。条文を読みます。

条文民法445条

民法第445条 連帯債務者の一人に対して債務の免除がされ、又は連帯債務者の一人のために時効が完成した場合においても、他の連帯債務者は、その一人の連帯債務者に対し、第四百四十二条第一項の求償権を行使することができる。

読みます。連帯債務者の1人に対して債務の免除がされ、または1人のために時効が完成した場合でも、他の連帯債務者は、その1人に対し、442条1項の求償権を行使できる、です。債務の免除とは、債権者が債務そのものを消すことです。条文の札です。冒頭の設例の答えは、できる、です。C・Dの債務は時効で消えていますが、BのC・Dに対する求償権は、別の権利です。BはC・Dに各100万円を求償できます。Bの側から見てください。免除や時効の完成は相対効ですから、C・Dの債務が消えても、Bの債務は残り、Bは全額を払わなければなりませんでした。それなのにBの求償まで奪えば、Aの請求の仕方の都合で、Bだけが損をします。それは不公平です。この理由はこちらの説明です。免除の場合も数字で見ます。AがBだけを免除したとします。C・Dは300万円のままです。Cが300万円を払えば、Bに100万円を求償できます。Bの債務は免除で消えていますが、求償は別です。改正の前は、免除が負担部分の限度で他の人にも効いたので、この問題は目立ちませんでした。前の回の受けです。

求償に応じたC・Dは、Aに、払った分を返してくれ、と言えないのですか。言えません。Aは、Bに対する債権で払ってもらっただけで、法律上の原因のない利益を受けたわけではないからです。703条の不当利得にはなりません。条文には書かれていない、解釈です。こちらの説明です。ここは、条文どおりに書けます。免除や時効の完成を受けた人にも求償できる、と445条の文言を引いて書きます。

連帯の免除と、旧445条の削除

債務の免除と連帯の免除の区別の板。債務の免除=債務そのものを消す(441条・相対効)。連帯の免除=債務は残すが、連帯をやめて、その人の負担部分に限る。債権者の一方的な意思表示でできる。全員に連帯の免除=分割債務(427条)。札=こちらの説明。 図:債務の免除と連帯の免除の区別の板

  • 債務の免除=債務そのものを消す(441条・相対効)
  • 連帯の免除=債務は残すが、連帯をやめて、その人の負担部分に限る
  • 債権者の一方的な意思表示でできる
  • 全員に連帯の免除=分割債務(427条)
  • 札=こちらの説明

もう1つ、似た言葉を区別します。連帯の免除です。債権者が、連帯債務者の1人について、債務額を、その人の負担部分に限ることです。その人は、自分の分だけを払えばよくなります。債務の免除は、債務そのものを消します。連帯の免除は、債務を残して、連帯をやめます。債権者の一方的な意思表示でできます。定義はこちらの説明です。全員に連帯の免除をすれば、分割債務、つまり427条の姿になります。2017年の改正の前は、445条に、連帯の免除を受けた人について、特別な規定がありました。連帯の免除を受けた人がいて、ほかに払えない人がいるときの規定です。払えない人の分のうち、連帯の免除を受けた人がかぶるはずの分を、その人ではなく、債権者がかぶる、というものです。この旧445条は、改正で削除されました。現行の445条は、さきほど読んだ別の規定です。立案の過程の説明です。

連帯の免除をする債権者は、通常、その人には、その人の負担部分だけを請求する、というつもりです。払えない人が出たときの分担まで、自分が引き受ける意思はありません。そう説明されています。立案の過程の説明です。旧445条のままでは、その意思に反して、債権者が分担を引き受けることになります。だから削除されました。この結びはこちらの説明です。

連帯の免除の数字図。場面替え=AがDに連帯の免除(Dは100万円の限度)。Bが300万円を弁済。C・Dに各100万円を求償するが、Cは無資力。Cの100万円は、B・Dで1対1、50万円ずつ。BがDに求償できる額=100万円+50万円=150万円。辺ラベルの語=弁済/求償。 図:連帯の免除の数字図

  • 場面替え=AがDに連帯の免除(Dは100万円の限度)
  • Bが300万円を弁済
  • C・Dに各100万円を求償するが、Cは無資力
  • Cの100万円は、B・Dで1対1、50万円ずつ
  • BがDに求償できる額=100万円+50万円=150万円
  • 辺ラベルの語=弁済/求償

削除の後は、どう処理するか。場面を替えます。AがDに、連帯の免除をしました。Dは、100万円の限度で責任を負います。Bが300万円を払いました。C・Dに各100万円を求償しますが、Cは無資力で払えません。Cの100万円は、444条の原則どおり、求償者のBと、資力のあるDが、負担部分の1対1で、50万円ずつ負担します。BがDに求償できるのは、Dの負担部分100万円に50万円を足した、150万円です。改正の前は、Dが負担するこの50万円の分を、債権者のAが負担する、という旧445条がありました。今は、444条で処理します。連帯の免除は、AとDの間の話で、BとDの間の求償は、442条と444条で決まります。条文の札と、立案の過程の説明です。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 通知を怠ったとき=事前の通知を怠ると、負担部分について対抗される(443条1項)/事後の通知を怠ると、二重に払った人の弁済が有効になる(443条2項)/両方が怠られたら、先に払った人の弁済が有効(判例)。2 無資力者の分は、資力のある者で負担部分に応じて分ける(444条)。3 免除や時効の完成を受けた者にも求償できる(445条)。連帯の免除は、旧445条の削除後は444条で処理。最下段=答え。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 通知を怠ったとき=事前の通知を怠ると、負担部分について対抗される(443条1項)/事後の通知を怠ると、二重に払った人の弁済が有効になる(443条2項)/両方が怠られたら、先に払った人の弁済が有効(判例)
  • 2 無資力者の分は、資力のある者で負担部分に応じて分ける(444条)
  • 3 免除や時効の完成を受けた者にも求償できる(445条)
  • 連帯の免除は、旧445条の削除後は444条で処理
  • 最下段=答え

冒頭の問いに戻ります。Bが先に払い、C・Dに通知しなかった。翌日、Cも払ってしまい、Aは600万円を受け取った。この二重払いの後始末は、誰が引き受けるか、でした。答えです。Cが払う前にB・Dへ通知していたなら、Cの弁済が有効とみなされ、Bが、払い過ぎた300万円をAに返還請求します。Cが通知していなかったなら、Bの弁済が有効で、Cが、払い過ぎた300万円をAに返還請求します。決め手は、Cが払う前に通知したかどうかです。3つの柱で整理します。1つめ、通知を怠ったとき。事前の通知を怠ると、負担部分について対抗されます。事後の通知を怠ると、二重に払った人の弁済が有効になります。両方が怠られたら、先に払った人の弁済が有効です。2つめ、無資力者の分は、資力のある人で、負担部分に応じて分けます。3つめ、免除や時効の完成を受けた人にも、求償できます。連帯の免除は、旧445条の削除のあと、444条で処理します。札を付けて整理します。条文は443条から445条まで。判例は、両方が通知を怠った場合の結論です。立案の過程の説明は、443条の文言の変更と、旧445条の削除の理由です。こちらの説明は、通知が要る理由、みなすの効果の及ぶ範囲、免除や時効の完成を受けた人に求償できる理由、連帯の免除の定義です。両方が通知を怠った場合は、論文で論点になりうる所です。

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#214単独ページ動画

不可分債権・不可分債務と不真正連帯債務(428条〜431条)

第4章 債権総論 #214/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

1台の車を2人で売ったら、買主は1人に全部を求められるか

冒頭の設例の関係図。A 買主、B・C 売主(兄弟・父から相続して共有している1台の車を売った)。Aは代金を払い済み。B・Cが負う債務=車の引渡し(1台は割って渡せない)。問い=AはBだけに全部の引渡しを求められるのか。辺ラベルの語=引渡し。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 買主、B・C 売主(兄弟・父から相続して共有している1台の車を売った)
  • Aは代金を払い済み
  • B・Cが負う債務=車の引渡し(1台は割って渡せない)
  • 問い=AはBだけに全部の引渡しを求められるのか
  • 辺ラベルの語=引渡し

先に答えです。Bだけに、車の全部の引渡しを求められます。車は割って渡せません。このように、分けたら給付の中身が変わってしまう、つまり性質上分けられない給付を、不可分と呼びます。この引渡しの債務は不可分債務になり、Aはどちらか1人に全部を求められます。430条と436条の話です。前の回までの借金の例と比べてください。300万円の借金は、約束が無ければ100万円ずつに割れました。お金は割れますが、車は割れません。兄弟で共有しているのですから、車の半分ずつを渡す、という形にはならないのですか。なりません。半分の車は、車として使えず、Aが買ったものとは別のものです。だから分けられず、2人とも、全部について義務を負います。今日の中心は、この分けられない給付の扱いです。前の回までを受けます。分割債権と連帯債権の回で、数人の債権者や債務者がいる場合の型を地図に置き、そこで、分けられない給付の場合を名前だけ置きました。連帯債務の回からは、1人に生じた事由の効力、求償、通知を見ました。今日で、このまとまりを締めます。同じ3つの問いで不可分と、不真正連帯債務を測り、最後に全部を1枚の表にします。3つの問いを確認します。問いの1 対外的効力。債権者と債務者の関係で、誰が誰にいくら請求でき、誰がいくら払う義務を負うか、です。問いの2 1人に生じた事由の効力。複数いる人のうち1人に起きたことが他の人にも及ぶか、です。及ぶなら絶対効、及ばないなら相対効です。問いの3 求償関係。1人が払ったとき、他の人に分担を求められるか、です。債権者側なら、受け取った人が他の人に分け前を渡すか、になります。呼び方の決まりも同じです。複数いる側を基準にして、債権者が複数なら債権、債務者が複数なら債務と呼びます。

設例の人物を決めます。今日の登場人物は2人組です。Aが相手方の1人、BとCが複数いる側の2人です。前の回までのB・C・Dの3人組とは別の話です。場面を替えるときは、そのつど、誰が債権者で誰が債務者かを言います。冒頭は、B・Cが売主で債務者、Aが買主で債権者です。今日も話の根拠が混ざりますので、そのつど何に基づく話かを言います。条文に書かれていることは条文の札です。最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことは判例の札です。2017年の改正のとき、なぜそう決めたのか、として説明されていることは立案の過程の説明の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための、講義の説明は、こちらの説明の札です。

不可分とは何か——428条・430条・431条

準用の板。428条=連帯債権の規定(432条・433条・434条・435条・435条の2)から433条(更改・免除)と435条(混同)を除いて準用。430条=連帯債務の規定(436条から445条まで)から440条(混同)だけを除いて準用。準用=必要な読み替えをして、そのまま当てはめること。札=条文。 図:準用の板

  • 428条=連帯債権の規定(432条・433条・434条・435条・435条の2)から433条(更改・免除)と435条(混同)を除いて準用
  • 430条=連帯債務の規定(436条から445条まで)から440条(混同)だけを除いて準用
  • 準用=必要な読み替えをして、そのまま当てはめること
  • 札=条文

1つめの柱です。場面は冒頭のままです。債務者がB・Cの売主、債権者がAの買主で、B・Cが負う車の引渡しです。まず、債権の側の条文から読みます。

条文民法428条

民法第428条 次款(連帯債権)の規定(第四百三十三条及び第四百三十五条の規定を除く。)は、債権の目的がその性質上不可分である場合において、数人の債権者があるときについて準用する。

区切って読みます。まず、債権の目的がその性質上不可分である場合です。分けたら給付の中身が変わってしまう、分けられない給付ということです。次に、数人の債権者があるとき、です。そして、次款、つまり連帯債権の規定を準用する、です。準用とは、必要な読み替えをして、そのまま当てはめることです。ただし、433条と435条は除きます。433条は更改と免除、435条は混同でした。ここまで条文の札です。何が使われて、何が外れるかは、2つめの柱で使います。債務の側の条文も読みます。

条文民法430条

民法第430条 第四款(連帯債務)の規定(第四百四十条の規定を除く。)は、債務の目的がその性質上不可分である場合において、数人の債務者があるときについて準用する。

428条と同じ形です。債務の目的がその性質上不可分で、数人の債務者があるとき、第四款、つまり連帯債務の規定を準用します。ただし除くのは440条だけです。440条は混同でした。条文の札です。整理します。不可分債権や不可分債務が成り立つ要件は、2つです。給付が性質上不可分であること。数人の債権者または債務者がいること。条文どおりの要件です。全員が、同じ1つの給付をめぐっていることが前提です。例は、冒頭の、相続して共有している車の引渡しです。もう1つ、兄弟で共同して借りた建物の明渡しも同じです。建物を半分だけ明け渡す、ということはできません。例はこちらの説明です。

共有している車を売ったなら、代金のほうも、割れない債権になるのではないですか。なりません。給付ごとに見ます。代金は金銭で、分けられます。B・Cが各自の分を請求するなら、分割債権です。分けられないのは、車の引渡しだけです。同じ売買でも、給付によって型が変わります。これはこちらの説明です。お金のような給付で、各自に全額を負わせる約束も、有効です。ただし、それは不可分ではありません。2017年の改正の前は、お金のように分けられる給付でも、当事者の意思表示で不可分にできました。改正は、不可分を、性質上不可分のときだけに絞りました。分けられる給付を、約束で全員が全部負うなら、連帯債務です。債権者の側なら連帯債権です。前の回までで見た型です。条文の札です。絞った理由は2つ、説明されています。1つめ、連帯債務の絶対効を減らす方向になり、不可分債務は連帯債務の規定を準用しますから、連帯債務と不可分債務の差が、ほとんど無くなりました。そうなると、給付は分けられるのに意思表示で不可分にする余地を残す、実質的な必要がありません。残すと、連帯債務との関係で、解釈が混乱するおそれもあります。2つめ、分けられる給付を約束で連帯して持つ債権と、性質上不可分な債権とでは、効果に一定の差があります。そこで、連帯債権の規定を新しく置きました。立案の過程の説明です。

可分債権・可分債務への変更の板。不可分債務が可分債務に変わる例=車の引渡しができなくなり、損害賠償というお金の債務に変わる→お金は分けられる→各債務者は負担部分についてのみ責任を負う。不可分債権の側も同じ=各債権者は自己の部分についてのみ請求。参考=金銭の債務でも、賃借権を共同相続した各賃借人の賃料債務は、全部を使える対価だから不可分と解されてきた(大判大11・11・24)。札=条文/判例/こちらの説明。 図:可分債権・可分債務への変更の板

  • 不可分債務が可分債務に変わる例=車の引渡しができなくなり、損害賠償というお金の債務に変わる→お金は分けられる→各債務者は負担部分についてのみ責任を負う
  • 不可分債権の側も同じ=各債権者は自己の部分についてのみ請求
  • 参考=金銭の債務でも、賃借権を共同相続した各賃借人の賃料債務は、全部を使える対価だから不可分と解されてきた(大判大11・11・24)
  • 札=条文/判例/こちらの説明

もう1つ条文です。最初は分けられなかった給付が、分けられるものに変わることがあります。

条文民法431条

民法第431条 不可分債権が可分債権となったときは、各債権者は自己が権利を有する部分についてのみ履行を請求することができ、不可分債務が可分債務となったときは、各債務者はその負担部分についてのみ履行の責任を負う。

読みます。不可分債権が可分債権になったときは、各債権者は自分が権利を持つ部分だけを請求できます。不可分債務が可分債務になったときは、各債務者は負担部分についてだけ責任を負います。条文の札です。例は冒頭の車です。B・Cが車を壊してしまい、引き渡せなくなり、代わりに損害賠償というお金の債務に変わったとします。お金は分けられますので、不可分債務は可分債務になり、各債務者は負担部分についてだけ責任を負います。例はこちらの説明です。1つだけ、例外の方向の話をします。お金の債務でも、不可分とされてきたものがあります。賃借権を共同相続した、各賃借人の賃料債務です。賃借物の全部を使える、その対価だから、と考えられてきました。兄弟2人で月10万円の家を借りていたなら、各自が5万円ずつではなく、2人とも10万円全部について払う義務を負う、という扱いです。大審院の判例の札です。論文の答案では、ここは、条文どおりに書ける所です。性質上不可分であること、数人の債権者または債務者がいること。428条と430条の言葉を、条文番号を付けて引きます。

不可分債権を3つの問いで——428条・429条

場面②の関係図。A 売主、B・C 共同の買主。B・CはAから掛け軸1幅(時価240万円・B・Cの持分は等しい)を買った。B・Cが持つ引渡請求権=不可分債権。辺ラベルの語=請求。 図:場面②の関係図

  • A 売主、B・C 共同の買主
  • B・CはAから掛け軸1幅(時価240万円・B・Cの持分は等しい)を買った
  • B・Cが持つ引渡請求権=不可分債権
  • 辺ラベルの語=請求

2つめの柱の前半です。場面を替えます。今度は、B・Cが共同の買主で債権者、Aが売主で債務者です。B・Cは、Aから掛け軸を1つ買いました。時価は240万円で、B・Cの持分、つまり、この債権で受け取るはずの分け前の割合は、等しいとします。冒頭の、車を共有する持分とは別の話です。掛け軸の引渡しを求める権利は、分けられません。債権者が複数ですから、不可分債権です。問いの1 対外的効力です。428条が連帯債権の規定を準用しますので、432条のとおり、各債権者が全部の履行を請求でき、債務者のAは、誰か1人に渡せば足ります。Bが全部の引渡しを求めてもよく、AがCに渡してもよいのです。条文の札です。問いの2 1人に生じた事由の効力です。準用されるのは、請求と弁済の432条、相殺の434条、原則を定める435条の2です。ですから、請求と弁済と相殺は絶対効です。それ以外は、原則どおり相対効です。連帯債権との差分は、準用されない433条と435条です。連帯債権の更改と免除は、持分部分の限度で絶対効、混同は絶対効でした。不可分債権では、更改も免除も混同も、相対効になります。時効の完成は、連帯債権と同じく相対効です。ここまで条文の札です。分かれる理由を先に置きます。掛け軸は1つしかありません。誰か1人に渡されれば、全員の分が満たされます。だから、渡すこと、つまり弁済と、それに並ぶ相殺は、全員に効きます。請求も、全員のために全部を求めるものなので、全員に効きます。これに対して、更改、免除、混同は、債権が満たされないまま、1人の債権だけが消えたり変わったりする事由です。お金なら、更改と免除は、その人の持分だけを消せます。混同は、弁済をしたものとみなして、債権が満たされたと扱えます。掛け軸は割れず、1人が自分に渡したことにしても、ほかの債権者には届きません。どちらの扱いもできないので、この3つは相対効にとどめました。こちらの説明です。

免除で詳しく見ます。連帯債権の免除は、免除した人の持分部分だけを消せました。お金は持分で割れるからです。掛け軸は割れません。持分部分だけを消す、ということができないので、免除は相対効にとどめて、別の手当てを置きました。それが429条です。ここが今日の山場の1つめです。

場面②の数字図(免除前)。A 売主、B・C 共同の買主。掛け軸1幅・時価240万円・持分は等しい。問い=BがAを免除したとき、Cは掛け軸の全部を請求できるのか。辺ラベルの語=請求/免除。 図:場面②の数字図

  • 免除前
  • A 売主、B・C 共同の買主。掛け軸1幅・時価240万円・持分は等しい。問い=BがAを免除したとき、Cは掛け軸の全部を請求できるのか。辺ラベルの語=請求
  • 免除。

ここで問いです。BがAを免除したとき、Cは、掛け軸の全部を請求できるでしょうか、それともCの持分の半分だけでしょうか?不可分債権で、Cが請求できるのは持分の分だけか、掛け軸の全部か。分かれ目はここです。条文を読みます。

条文民法429条

民法第429条 不可分債権者の一人と債務者との間に更改又は免除があった場合においても、他の不可分債権者は、債務の全部の履行を請求することができる。この場合においては、その一人の不可分債権者がその権利を失わなければ分与されるべき利益を債務者に償還しなければならない。

前段と後段に分けて読みます。前段は、不可分債権者の1人と債務者との間に更改または免除があった場合でも、他の不可分債権者は債務の全部の履行を請求できる、です。後段は、その場合には、その1人が権利を失わなければ分与されるはずだった利益を、債務者に償還しなければならない、です。条文の札です。

429条の数字図。場面②。A 売主、B・C 共同の買主。掛け軸1幅・時価240万円・持分は等しい。BがAを免除→Bの債権はAとの関係で消える(相対効)→CはAに掛け軸の全部を請求できる(前段)→CはBに分与されるはずだった分=120万円をAに償還する(後段)。辺ラベルの語=免除/請求/償還。 図:429条の数字図

  • 場面②
  • A 売主、B・C 共同の買主
  • 掛け軸1幅・時価240万円・持分は等しい
  • BがAを免除→Bの債権はAとの関係で消える(相対効)→CはAに掛け軸の全部を請求できる(前段)→CはBに分与されるはずだった分=120万円をAに償還する(後段)
  • 辺ラベルの語=免除/請求/償還

数字で見ます。BがAを免除しました。Bの債権は、Aとの関係では消えます。相対効です。それでもCは、Aに、掛け軸の全部の引渡しを請求できます。前段です。ただしCは、Bに分与されるはずだった分、つまり掛け軸の半分、時価で120万円分を、Aに償還します。後段です。更改でも同じです。比べてください。B・CがAに240万円を貸していて、連帯債権だったとします。Bが免除すれば、Bの持分である120万円は消え、CがAに請求できるのは120万円です。433条です。掛け軸では、この引き算ができません。だから、全部を受け取って、120万円分を返す形になります。ここで言葉を整理します。この償還は、全部の履行を受けた債権者が、免除や更改をした債権者の分を、債務者に返すことです。前の回で見た444条の償還無資力者とは、別の場面です。444条の償還は、求償に応じて払うことで、償還無資力者は、求償に応じる資力の無い人でした。同じ字ですが、働きは違います。

429条が、全部を受け取った債権者に、分与されるはずだった分を債務者へ返させる理由です。前の回で703条を読んだ、不当利得を使います。不当利得とは、法律上の原因なく他人の財産で利益を受けた者が、その利益を返す義務を負うことです。429条が無ければ、回り道になります。CがAから全部を受け取り、CがBに、分け前の120万円を渡します。Bは、Aを免除していますから、受け取る理由がありません。Bは、その120万円を、不当利得として、Aに返すことになります。それなら最初から、CがAに返せばよいのです。回り道を省くための規定です。立案の過程の説明と、こちらの説明です。問いの3 求償関係です。条文はありません。債権者どうしの分け前の渡し方は、連帯債権の分与と同じ考え方で、合意が無ければ等しく分けます。429条の償還は、債務者に返す話です。債権者どうしの分与とは別ですので、混ぜないでください。こちらの説明です。

連帯債権との差分の板。連帯債権(432条〜435条の2)と不可分債権(428条・429条)の比較。更改・免除=連帯債権は持分部分の限度で絶対効(433条)/不可分債権は相対効(433条を準用しない)で、全部を請求できるが分与されるはずだった分を債務者に償還(429条)。混同=連帯債権は絶対効(435条)/不可分債権は相対効(435条を準用しない)。請求・弁済・相殺・時効の完成=同じ。札=条文。 図:連帯債権との差分の板

  • 連帯債権(432条〜435条の2)と不可分債権(428条・429条)の比較
  • 更改・免除=連帯債権は持分部分の限度で絶対効(433条)/不可分債権は相対効(433条を準用しない)で、全部を請求できるが分与されるはずだった分を債務者に償還(429条)
  • 混同=連帯債権は絶対効(435条)/不可分債権は相対効(435条を準用しない)
  • 請求・弁済・相殺・時効の完成=同じ
  • 札=条文

差分を板にします。連帯債権との違いは2点です。1つめ、更改と免除です。連帯債権は持分部分の限度で絶対効でした。不可分債権は相対効で、全部を請求できますが、分与されるはずだった分は債務者に償還します。2つめ、混同です。連帯債権は絶対効でした。不可分債権は相対効です。それ以外、請求、弁済、相殺、時効の完成は、連帯債権と同じです。条文の札です。短答で問われやすい所です。

不可分債務を3つの問いで——430条

場面①に戻す。A 買主(債権者)、B・C 売主(債務者・兄弟)。B・Cが負う債務=車の引渡し(1台は分けられない)。辺ラベルの語=引渡し。 図:場面①に戻す

  • A 買主(債権者)、B・C 売主(債務者・兄弟)
  • B・Cが負う債務=車の引渡し(1台は分けられない)
  • 辺ラベルの語=引渡し

2つめの柱の後半です。場面を冒頭に戻します。B・Cが売主で債務者、Aが買主で債権者です。車の引渡しの債務は、債務者が複数ですから、不可分債務です。問いの1 対外的効力です。430条が連帯債務の規定を準用しますので、436条のとおり、各債務者が全部の履行義務を負い、債権者のAは、1人にも、同時にも順次にも両方にも、全部を請求できます。冒頭の答えの、条文上の根拠です。条文の札です。問いの2 1人に生じた事由の効力です。430条は、440条だけを除いて準用します。ですから、絶対効は、弁済等、更改の438条、相殺の439条1項です。履行の請求、免除、時効の完成は、441条で相対効です。連帯債務との差分は、混同だけです。連帯債務の混同は、440条で絶対効でした。430条は440条を準用しません。不可分債務では、混同は相対効です。条文の札です。混同を数字で見ます。その前に、思い出してください。連帯債務で、債権者と、債務者のうち1人が、同じ人になったとき、他の連帯債務者の債務は消えるのでしょうか?

440条で、弁済をしたものとみなされて、他の連帯債務者の債務も、全員のために消えました。では不可分債務ではどうなるか。

混同の数字図。場面①。A 買主(債権者)、B・C 売主(債務者)。Aが亡くなり、Bが唯一の相続人=Bが債権者の地位も併せ持つ。Bの債務だけが消え、Cは全部の引渡義務が残る。辺ラベルの語=引渡し/混同。 図:混同の数字図

  • 場面①
  • A 買主(債権者)、B・C 売主(債務者)
  • Aが亡くなり、Bが唯一の相続人=Bが債権者の地位も併せ持つ
  • Bの債務だけが消え、Cは全部の引渡義務が残る
  • 辺ラベルの語=引渡し/混同

Aが亡くなり、Bが唯一の相続人だったとします。Bは、買主の地位、つまり債権者の地位も引き継ぎます。債権者と債務者が、Bの中で同じ人になります。連帯債務なら、Bは弁済をしたものとみなされ、Cの債務も消えました。不可分債務では、消えるのはBの債務だけです。Cは、全部の引渡義務を負い続けます。連帯債務の回で、混同は、弁済や相殺と並んで、債権が満たされた形だと見ました。お金なら、Bが自分に払ったことにすれば、債権者としてのBは満たされ、あとはCに負担部分を求償して終われます。車は違います。Bが自分に引き渡したことにしても、買主の側に車が届いたことにはなりません。債権が満たされていないので、Bの債務だけを消し、Cには、車を実際に渡す義務を残します。この理由はこちらの説明です。1つ、向きの違いに注意してください。履行の請求は、不可分債権では絶対効で、432条です。不可分債務では相対効で、441条です。債権と債務で逆です。連帯債権と連帯債務の関係と同じです。問いの3 求償関係です。430条は、442条から445条までを準用します。1人が車を引き渡して共同の免責を得たなら、負担部分に応じて、他の債務者に求償できます。要件、通知の443条、償還無資力者の444条、免除や時効の完成と求償の445条は、連帯債務の回で見たとおりです。条文の札です。

連帯債務との差分の板。連帯債務(436条〜445条)と不可分債務(430条)の比較。差分は混同だけ=連帯債務は絶対効(440条・弁済をしたものとみなす)/不可分債務は相対効(440条を準用しない)。請求・免除・時効の完成=相対効(441条)、弁済等・更改・相殺=絶対効、求償=442条から445条まで、は同じ。札=条文。 図:連帯債務との差分の板

  • 連帯債務(436条〜445条)と不可分債務(430条)の比較
  • 差分は混同だけ=連帯債務は絶対効(440条・弁済をしたものとみなす)/不可分債務は相対効(440条を準用しない)
  • 請求・免除・時効の完成=相対効(441条)、弁済等・更改・相殺=絶対効、求償=442条から445条まで、は同じ
  • 札=条文

板にまとめます。連帯債務との差分は、混同だけです。連帯債務は絶対効、不可分債務は相対効です。ほかの事由も、求償も、連帯債務と同じです。条文の札です。連帯債権との差分と数を比べると、債権側は更改・免除・混同の3つ、債務側は混同の1つです。冒頭の車は、この不可分債務です。車は分けられないので、Aは、BにもCにも、全部の引渡しを求められます。

不真正連帯債務

場面③の関係図。A 被害者(債権者)、B・C 一緒に事故を起こした加害者(債務者)。Aの損害=600万円。B・Cの過失の割合は6対4=負担部分はBが360万円・Cが240万円。辺ラベルの語=請求。 図:場面③の関係図

  • A 被害者(債権者)、B・C 一緒に事故を起こした加害者(債務者)
  • Aの損害=600万円
  • B・Cの過失の割合は6対4=負担部分はBが360万円・Cが240万円
  • 辺ラベルの語=請求

3つめの柱です。場面を替えます。B・Cが一緒に起こした事故で、Aがけがをしました。今度は、Aが被害者で債権者、B・Cが加害者で債務者です。Aの損害は600万円です。B・Cの過失の割合は6対4で、損害賠償債務の負担部分は、Bが360万円、Cが240万円とします。過失の割合とは、事故の責任を、どちらがどれだけ負うかの割合のことです。

条文民法719条1項前段

民法第719条(抜粋) 1 数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。

719条1項の前段です。数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う、です。条文の札です。今日の問いは、この賠償債務の、1人に生じた事由の効力です。呼び名を定義します。不真正連帯債務とは、条文には出てこない呼び名です。判例や学説が、連帯債務に似た債務のうち、弁済など債権者を満足させる事由は他の債務者にも効くが、それ以外、特に免除は他の債務者に及ばない債務に、つけてきた名前です。典型例は、今の共同不法行為者の賠償債務と、使用者と被用者の賠償債務、つまり715条1項です。呼び名の説明はこちらの説明と、判例の札です。直前の不可分債務とは、2点で違います。不可分債務は、車のように分けられない給付で、430条という条文があります。不真正連帯債務は、お金の賠償という分けられる給付で、条文ではなく判例と学説の呼び名です。

なぜ、連帯債務とは別の型を立てたのですか。被害者を守るためです。改正の前は、連帯債務者の1人への免除が、負担部分の限度で他の債務者にも効きました。被害者が加害者の1人を免除すると、他の加害者の債務まで減ってしまいます。それでは被害者を守る趣旨に合いません。そこで判例と学説は、共同不法行為者の賠償債務には、免除の絶対効の規定を当てない、という型を立ててきました。判例の札と、立案の過程の説明です。ここで問いです。被害者が加害者の1人を免除したら、もう1人の加害者の債務も消えるでしょうか?判例の結論は、当然には消えません。判決を読みます。この判決の甲と乙は、今日の場面では、BとCにあたります。判決は、2017年改正の前の条文番号で書いてあります。

判例最判平10・9・10 民集52巻6号1494頁

共同不法行為者の一人に対する免除の効力 甲と乙が共同の不法行為により他人に損害を加えた場合において、甲が乙との責任割合に従って定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償したときは、甲は、乙の負担部分について求償することができる。 ……この場合、甲と乙が負担する損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務であるから、甲と被害者との間で訴訟上の和解が成立し、……被害者が甲に対し残債務を免除したと解し得るときでも、連帯債務における免除の絶対的効力を定めた民法四三七条の規定は適用されず、乙に対して当然に免除の効力が及ぶものではない。 ……しかし、被害者が、右訴訟上の和解に際し、乙の残債務をも免除する意思を有していると認められるときは、乙に対しても残債務の免除の効力が及ぶものというべきである。

判例の読み方の板。民法四三七条=2017年改正前の条文番号(免除の絶対効の規定。改正で削除され、いまは免除は441条で相対効)。結論=共同不法行為者の賠償債務は不真正連帯債務。免除の絶対的効力の規定は適用されず、免除の効力は当然には他の加害者に及ばない。ただし被害者が他の加害者の残債務も免除する意思なら、他の加害者にも及ぶ。求償=自己の負担部分(責任割合で定める)を超えて賠償した者は、他の加害者の負担部分について求償できる。札=判例。 図:判例の読み方の板

  • 民法四三七条=2017年改正前の条文番号(免除の絶対効の規定。改正で削除され、いまは免除は441条で相対効)
  • 結論=共同不法行為者の賠償債務は不真正連帯債務
  • 免除の絶対的効力の規定は適用されず、免除の効力は当然には他の加害者に及ばない
  • ただし被害者が他の加害者の残債務も免除する意思なら、他の加害者にも及ぶ
  • 求償=自己の負担部分(責任割合で定める)を超えて賠償した者は、他の加害者の負担部分について求償できる
  • 札=判例

3つの文に区切って読みます。まず1つ目の文は、一方の加害者が、責任割合で定められる自分の負担部分を超えて賠償したら、他方の加害者の負担部分について求償できる、です。2つ目の文は、この賠償債務は不真正連帯債務だから、被害者が一方と訴訟上の和解をして、つまり裁判の中で話し合って争いを終わらせて、その一方に残債務を免除したと見られるときでも、免除の絶対的効力を定めた旧437条は適用されず、他方に当然に免除の効力が及ぶものではない、です。3つ目の文は、ただし、被害者が他方の残債務も免除する意思を有していると認められるときは、他方にも免除の効力が及ぶ、です。判例の札です。この判決から、特徴が2つ出ます。特徴の1つめは免除です。数字で見ます。Bが200万円を払い、Aが「残りはBには請求しない」と免除しました。Aの損害は600万円ですから、払われた200万円は弁済として全員に効き、残りは400万円です。Bの残りは免除で消えますが、Cには、免除が当然には及びません。Aは、Cに、400万円を請求できます。ただし、AがCの残りの債務も免除する意思だったと認められるなら、Cにも免除が及びます。判例の札と、数字はこちらの説明です。

場面③の数字図。A 被害者、B・C 加害者(負担部分はBが360万円・Cが240万円)。Bが200万円を弁済(全員に効く)→Aが「残りはBに請求しない」と免除(Bだけ)→AはCに残り400万円を請求できる(Cへの免除の意思が認められる場合を除く)。辺ラベルの語=弁済/免除/請求。 図:場面③の数字図

  • A 被害者、B・C 加害者(負担部分はBが360万円・Cが240万円)
  • Bが200万円を弁済(全員に効く)→Aが「残りはBに請求しない」と免除(Bだけ)→AはCに残り400万円を請求できる(Cへの免除の意思が認められる場合を除く)
  • 辺ラベルの語=弁済/免除/請求

特徴の2つめは求償です。判決は、負担部分を、責任割合で定めるとしています。そして、自分の負担部分を超えて賠償した者は、超える部分について、他の加害者の負担部分の限度で、求償できます。免除の話とは別に、Bが400万円を払った場合で見ます。Bの負担部分360万円を超えた40万円を、Cの負担部分の限度で、Cに求償します。これが判例の準則です。求償は、ほかの人がかぶるはずの分を代わりに払った人が、それを取り戻すしくみです。Bの負担部分の360万円までは、Bが最後に自分でかぶる分です。そこまでは、Cの分を代わりに払っていないので、取り戻すものがありません。360万円を超えた40万円だけが、Cの分を代わりに払った額です。この理由はこちらの説明です。ここで、前の回までと、つなぎ直します。改正の後は、連帯債務でも、免除は相対効です。441条です。そこで、問いです。連帯債務で、免除や時効の完成は、他の連帯債務者に効くのでしょうか?

441条で、相対効でした。連帯債務の1人に免除があっても、他の人の債務は残ります。そうすると、不真正連帯債務でだけ、免除の絶対効を外す意味が、薄れます。立案の過程では、絶対効を廃止する提案は、不真正連帯債務で判例が使ってきた規律を、連帯債務の原則に取り込むものだ、したがって、条文にない不真正連帯債務という概念を使う必要が無くなる、と説明されていました。立案の過程の説明です。区別の意味は小さくなった、ということです。求償は、分かれ目があります。言い切れる所と、言い切れない所を分けます。現行442条1項は、免責を得た額が自分の負担部分を超えるかどうかにかかわらず、求償権を認めます。条文の札です。判例の準則は、共同不法行為者の間では、自分の負担部分を超えて賠償したとき、その超える部分について求償できる、でした。判例の札です。この2つは、負担部分に満たない額を払った場合などで、食い違いえます。

求償の分かれ目の板。見出し=改正後の扱いは見解が分かれる。場面③。Bが400万円を弁済(Bの負担部分360万円・Cの負担部分240万円・Cの割合は4割)。442条の文言どおりなら=400万円の4割=160万円をCに求償。判例の準則どおりなら=負担部分を超えた40万円をCに求償(Cの負担部分240万円の限度)。札=条文/判例/こちらの説明。 図:求償の分かれ目の板

  • 見出し=改正後の扱いは見解が分かれる
  • 場面③
  • Bが400万円を弁済(Bの負担部分360万円・Cの負担部分240万円・Cの割合は4割)
  • 442条の文言どおりなら=400万円の4割=160万円をCに求償
  • 判例の準則どおりなら=負担部分を超えた40万円をCに求償(Cの負担部分240万円の限度)
  • 札=条文/判例/こちらの説明

数字で2通りを並べます。Bが400万円を払いました。Cの負担部分の割合は4割です。442条の文言どおりなら、400万円の4割、160万円を、Cに求償できます。判例の準則どおりなら、Bの負担部分360万円を超えた40万円を、Cに求償できます。改正の後に、この判例の準則が変わったのか、不真正連帯債務の求償にも442条が及ぶのかは、学説上、見解が分かれています。ここでは優劣を決めず、3点を並べて押さえてください。442条の文言、判例の準則、そして見解が分かれていること、です。ここは論文で論点になりうる所です。不真正連帯債務の免除と求償の場面では、どの立場に立つかを示して、理由を添えて書きます。判例の準則は、判例の解釈として引きます。

多数当事者の総まとめ——冒頭の問いに戻る

冒頭の設例の関係図(答え)。A 買主、B・C 売主(兄弟)。車の引渡し債務=性質上不可分→不可分債務(430条)。AはBだけに全部の引渡しを請求できる(436条)。お金は割れるが車は割れない。辺ラベルの語=引渡し/請求。 図:冒頭の設例の関係図

  • 答え
  • A 買主、B・C 売主(兄弟)。車の引渡し債務=性質上不可分→不可分債務(430条)。AはBだけに全部の引渡しを請求できる(436条)。お金は割れるが車は割れない。辺ラベルの語=引渡し
  • 請求。

冒頭の問いに戻ります。B・Cが売主で債務者、Aが買主で債権者でした。共有している1台の車を、Aは、Bだけに全部を求められるのか、です。答えは、求められます。車の引渡しは性質上不可分で、不可分債務です。430条が連帯債務の規定を準用し、436条のとおり、各債務者が全部の義務を負います。お金は割れますが、車は割れません。ここまで学んだ型を1枚にします。分割、連帯債権、連帯債務、不可分債権、不可分債務の5つの型を、3つの問いで測ります。表は、条文だけで読めます。不真正連帯債務は、条文でなく判例の札なので、この表には入れません。

総まとめ表その1(問い1・問い3)。列=分割(427条)/連帯債権(432条〜435条の2)/不可分債権(428条・429条)/連帯債務(436条〜445条)/不可分債務(430条)。行=問い1 対外的効力:自分の分だけ/各債権者が全部または一部/各債権者が全部/各債務者が全部または一部/各債務者が全部。行=問い3 求償・分与:なし/内部の分与(条文なし)/条文なし(429条は債務者への償還)/442条〜445条/442条〜445条を準用(430条)。札=条文/こちらの説明。 図:総まとめ表その1(問い1・問い3)。列=分割(427条)/連帯債権(432条〜435条の2)/不可分債権(428条・429条)/連帯債務(436条〜445条)/不可分債務(430条)。行=問い1 対外的効力:自分の分だけ/各債権者が全部または一部/各債権者が全部/各債務者が全部または一部/各債務者が全部。行=問い3 求償・分与:なし/内部の分与(条文なし)/条文なし(429条は債務者への償還)/442条〜445条/442条〜445条を準用(430条)。札=条文/こちらの説明。

表の1枚目です。問いの1 対外的効力は、分割が自分の分だけ。連帯債権は各債権者が全部または一部。不可分債権は各債権者が全部。連帯債務は各債務者が全部または一部。不可分債務は各債務者が全部です。一部でもよいのは分けられる給付だけで、分けられない給付は、全部です。問いの3 求償と分与は、分割がなし。連帯債権は内部の分与で条文なし。不可分債権も条文なしで、429条は債務者への償還です。連帯債務と不可分債務は、442条から445条までです。条文の札と、読み方はこちらの説明です。

総まとめ表その2(問い2 1人に生じた事由の効力)。列=分割/連帯債権/不可分債権/連帯債務/不可分債務。行=請求:相対/絶対(432条)/絶対(428条・432条)/相対(441条)/相対(430条・441条)。弁済等:その人の分が消えるだけ/絶対(432条)/絶対(432条)/絶対(条文に規定なし・債権が満たされるため)/絶対。更改:相対/絶対(持分の限度・433条)/相対(429条で償還)/絶対(438条)/絶対(438条)。免除:相対/絶対(持分の限度・433条)/相対(429条で償還)/相対(441条)/相対(441条)。相殺:相対/絶対(434条)/絶対(434条)/絶対(439条1項)/絶対(439条1項)。混同:相対/絶対(435条)/相対(435条の2)/絶対(440条)/相対(440条を準用しない)。時効の完成:相対/相対(435条の2)/相対(435条の2)/相対(441条)/相対(441条)。札=条文/こちらの説明。 図:総まとめ表その2(問い2 1人に生じた事由の効力)。列=分割/連帯債権/不可分債権/連帯債務/不可分債務。行=請求:相対/絶対(432条)/絶対(428条・432条)/相対(441条)/相対(430条・441条)。弁済等:その人の分が消えるだけ/絶対(432条)/絶対(432条)/絶対(条文に規定なし・債権が満たされるため)/絶対。更改:相対/絶対(持分の限度・433条)/相対(429条で償還)/絶対(438条)/絶対(438条)。免除:相対/絶対(持分の限度・433条)/相対(429条で償還)/相対(441条)/相対(441条)。相殺:相対/絶対(434条)/絶対(434条)/絶対(439条1項)/絶対(439条1項)。混同:相対/絶対(435条)/相対(435条の2)/絶対(440条)/相対(440条を準用しない)。時効の完成:相対/相対(435条の2)/相対(435条の2)/相対(441条)/相対(441条)。札=条文/こちらの説明。

表の2枚目が、問いの2、1人に生じた事由の効力です。縦に読むと、型ごとの性格です。横に読むと、事由ごとに、どの型で効くかです。見るべき差は3つです。1つめ、請求です。債権側の連帯債権と不可分債権は絶対効、債務側の連帯債務と不可分債務は相対効です。2つめ、債権側の更改・免除・混同です。連帯債権は絶対効、不可分債権は相対効です。ただし更改と免除は、不可分債権では429条で償還します。3つめ、債務側の混同です。連帯債務は絶対効、不可分債務は相対効です。時効の完成は、分割も含めて、全部相対効です。分割の弁済等は、その人の分が消えるだけで、他の人には響きません。条文の札と、表の読み方はこちらの説明です。

今日のまとめ。3つの柱=1 不可分は性質上分けられない給付だけ(428条・430条・431条・2017年改正で意思表示による不可分を廃止)/2 不可分債権=免除しても全部を請求できるが、分与されるはずだった分を債務者に償還(429条)・不可分債務=混同だけ相対効(430条)/3 不真正連帯債務=弁済など債権者を満足させる事由のほかは他に及ばない・求償は責任割合で(判例)・改正後は区別の意味が小さく、求償の分かれ目は見解が分かれる。最下段=答え。AはBだけに全部の引渡しを請求できる(430条・436条)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 不可分は性質上分けられない給付だけ(428条・430条・431条・2017年改正で意思表示による不可分を廃止)/2 不可分債権=免除しても全部を請求できるが、分与されるはずだった分を債務者に償還(429条)・不可分債務=混同だけ相対効(430条)/3 不真正連帯債務=弁済など債権者を満足させる事由のほかは他に及ばない・求償は責任割合で(判例)・改正後は区別の意味が小さく、求償の分かれ目は見解が分かれる
  • 最下段=答え
  • AはBだけに全部の引渡しを請求できる(430条・436条)

3つの柱で整理します。1つめ、不可分は性質上分けられない給付だけです。分けられる給付は、約束があれば連帯債権や連帯債務です。分けられる給付に変わったら、分割に戻ります。2つめ、不可分債権は、1人が免除しても、他の債権者は全部を請求でき、そのかわり分与されるはずだった分を債務者に償還します。429条です。不可分債務は、連帯債務との差分が混同だけで、混同は相対効です。430条です。3つめ、不真正連帯債務は、弁済など債権者を満足させる事由のほかは、他に及ばず、求償は責任割合で決まります。改正の後は区別の意味が小さくなり、求償の分かれ目は、見解が分かれています。札を付けて整理します。条文は428条から431条まで、そして719条1項前段です。判例は、共同不法行為者の賠償債務の、免除の効力と求償です。立案の過程の説明は、意思表示による不可分を廃止した理由、429条の償還の趣旨、不真正連帯債務の位置づけです。こちらの説明は、性質上不可分の例、給付ごとに見ること、差分の読み方、総まとめ表の読み方、改正後の求償の数字例です。不真正連帯債務の免除と求償は、論文で論点になりうる所です。

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#215単独ページ動画

保証債務の性質と保証契約(446条〜448条)

第4章 債権総論 #215/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

頼まれて保証人欄に署名したら、何を背負うのか

冒頭の設例の関係図。A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主・Cの大学時代の友人)、C 保証人。AはBに200万円を貸した。Cは借用書の保証人欄に署名した。問い=Bが期日に返さなかったら、Cは明日からAに払わなければならないのか。辺ラベルの語=貸金/保証契約。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主・Cの大学時代の友人)、C 保証人
  • AはBに200万円を貸した
  • Cは借用書の保証人欄に署名した
  • 問い=Bが期日に返さなかったら、Cは明日からAに払わなければならないのか
  • 辺ラベルの語=貸金/保証契約

先に答えです。払う義務を負います。これを保証債務と呼びます。ただし、条件が3つ付きます。1つめ、払うのは、Bの債務の範囲までで、Bの債務が消えれば、Cの債務も消えます。2つめ、保証契約が書面でされていることです。書面でしなければ、効力を生じません。3つめ、原則として、まずBに請求してくれ、と言える順番の性質があります。ただし、この順番の性質は、主債務者と連帯して負う重い種類の保証、連帯保証だと無くなります。今日の登場人物を決めます。前の回までのA・B・Cとは役が違います。今日は、Aが貸主で債権者、Bが借主で主たる債務者、Cが保証人です。この3人で通します。比較のためだけに、もう1人、Dを出します。Dは、別の場面で、自分の土地に抵当権を設定した人で、物上保証人です。今日も、話の根拠が混ざります。そのつど、何に基づく話かを言います。条文に書かれていることは、条文の札です。最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことは、判例の札です。2004年・2017年の改正のとき、なぜそう決めたのか、として説明されていることは、立案の過程の説明の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための、講義の説明は、こちらの説明の札です。答案は、条文は条文番号を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

保証債務とは何か——446条1項

446条1項の条文板。保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。用語=主たる債務(保証によって担保される債務)/主債務者=B/保証人=C/保証債務=CがAに対して負う債務。札=条文。 図:446条1項の条文板

  • 保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う
  • 用語=主たる債務(保証によって担保される債務)/主債務者=B/保証人=C/保証債務=CがAに対して負う債務
  • 札=条文

1つめの柱、保証債務とは何か、です。場面は冒頭のままです。Aが債権者、Bが主債務者、Cが保証人です。まず条文を読みます。

条文民法446条1項

民法第446条(保証人の責任等) 1 保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。

用語を一つずつ決めます。主たる債務とは、保証によって担保される債務です。冒頭では、BがAに負う200万円の貸金の債務です。以下、主債務と略します。その債務者が主債務者で、Bです。保証人はCです。そして、CがAに対して負う債務が、保証債務です。条文の札と、用語の整理はこちらの説明です。債務は2つあります。ただし、Aが受け取れるのは、全部で200万円です。Bが払えばCの債務も消えますし、Cが払えばBの債務も消えます。債権者は、主債務者の財産に加えて、保証人の財産全体も、当てにできます。責任を負う財産が、1人分から2人分に増えるわけです。これが人的担保の典型です。ただし、担保力は、保証人の資力しだいです。Cが無資力なら、保証は効きません。ここで、前の回の要点を1つ思い出してください。物上保証人は、債権者から「払え」と言われる立場だったでしょうか?

物上保証人は、債務を負っていません。だから「払え」とは言われず、差し出した土地の限度で、責任だけを負いました。その比較を、保証の側から、板にします。

比較板。保証人Cと物上保証人Dの比較。観点=債務を負うか:Cは負う(保証債務)/Dは負わない(債務なき責任)。責任の範囲:Cは全財産/Dは担保に入れた特定の物の限度。債権者の請求:CにはAは「払え」と請求できる/DにはAは「払え」とは言えず、抵当権を実行するしかない。札=こちらの説明。 図:比較板

  • 保証人Cと物上保証人Dの比較
  • 観点=債務を負うか:Cは負う(保証債務)/Dは負わない(債務なき責任)
  • 責任の範囲:Cは全財産/Dは担保に入れた特定の物の限度
  • 債権者の請求:CにはAは「払え」と請求できる/DにはAは「払え」とは言えず、抵当権を実行するしかない
  • 札=こちらの説明

Cは保証人です。Dは、別の場面で、自分の土地に抵当権を設定した物上保証人です。観点は3つです。1つめ、債務を負うか。Cは保証債務を負います。Dは債務を負いません。債務なき責任です。2つめ、責任の範囲。Cは全財産、Dは差し出した土地の限度です。3つめ、債権者の請求。AはCには「払え」と請求できます。Dには、払えとは言えず、土地について抵当権を実行するしかありません。例えば、Dが担保した借金が200万円で、土地が150万円でしか売れなければ、AがDから回収できるのは、150万円までです。Dの預金や給料から、残りの50万円を取ることはできません。これが、債務なき責任です。担保物権の回では、Dの側を見ました。今日は、Cの側から比べ直しました。こちらの説明です。

債権者にとって、保証人と物上保証人のどちらが安心かは、一概には言えません。Cは、全財産が引き当てになりますが、資力が尽きたら効きません。Dは、土地という特定の物ですが、その価値から優先的に回収できます。担保の仕組みの違いです。保証人が何を背負うのかは、この板のとおりで、債務を負い、責任は全財産に及ぶ、です。

独立債務性——保証債務は別個の債務

独立債務性の板。保証債務=保証契約(A・C間)から生まれる、主債務とは別個の債務。現れ方=1 成立の原因が別(保証契約が要る)/2 保証債務についてだけ違約金・損害賠償の額を約定できる(447条2項)/3 保証債務だけを免除すれば主債務は残る。札=条文(447条2項は名前だけ)/こちらの説明。 図:独立債務性の板

  • 保証債務=保証契約(A・C間)から生まれる、主債務とは別個の債務
  • 現れ方=1 成立の原因が別(保証契約が要る)/2 保証債務についてだけ違約金・損害賠償の額を約定できる(447条2項)/3 保証債務だけを免除すれば主債務は残る
  • 札=条文(447条2項は名前だけ)/こちらの説明

2つめの柱です。保証債務には、4つの性質があります。独立債務性、付従性、随伴性、補充性です。この順に見て、最後に1枚の板にします。付従性と随伴性は、担保物権の回で聞いた言葉です。同じ意味の軸かどうかは、最後に答えます。1つめは独立債務性です。保証債務は、保証契約によって成立する、主債務とは別個の債務です。主債務は、AとBの貸付けの契約から生まれました。保証債務は、AとCの保証契約から生まれます。別の契約から、別の債務が生まれるわけです。現れ方は3つです。1つめ、成立の原因が別で、保証契約が要ります。これは3つめの柱で詳しく見ます。2つめ、保証債務についてだけ、違約金や損害賠償の額を、約束できます。447条2項です。3つめ、Aが保証債務だけを免除すれば、主債務は残ります。Cの債務だけが消えて、Bの債務は残ります。条文の札は447条2項の名前だけで、あとはこちらの説明です。

別個の債務なのに、主債務に従うのですか。矛盾しませんか。矛盾しません。軸を分けてください。独立なのは、生まれ方と、Cの債務だけを動かせることです。生まれ方は、さっきの1つめで、AとCの保証契約から生まれます。Cの債務だけを動かせるのは、2つめと3つめで、Cの債務にだけ違約金を付けられ、Cの債務だけを免除できます。これに対して、保証債務があるかないか、どこまで重いかは、主債務が決めます。それが、次の付従性です。こちらの説明です。

付従性——成立・内容・消滅

付従性の3場面の板。保証債務は主債務に従う。1 成立=主債務がなければ保証債務も成立しない(取り消されて初めから無かったことになった場合も同じ)/2 内容=448条1項 契約の時点で保証が重ければ主債務の限度に減縮・448条2項 契約の後に主債務が加重されても保証は加重されない/3 消滅=主債務が消えれば保証債務も消える。札=条文/こちらの説明。 図:付従性の3場面の板

  • 保証債務は主債務に従う
  • 1 成立=主債務がなければ保証債務も成立しない(取り消されて初めから無かったことになった場合も同じ)/2 内容=448条1項 契約の時点で保証が重ければ主債務の限度に減縮・448条2項 契約の後に主債務が加重されても保証は加重されない/3 消滅=主債務が消えれば保証債務も消える
  • 札=条文/こちらの説明

2つめは付従性です。保証債務は、主債務の履行を担保する手段で、主債務と主従の関係にあります。3つの場面で現れます。担保物権の回では、成立と消滅の2つの場面を見ました。保証と弁済の回では、保証にも同じ2つがある、と見ました。保証には、3つ目の内容が加わります。1つめ、成立における付従性です。主債務がなければ、保証債務も成立しません。例えば、Bの借入れの契約が成立していなかったとします。あるいは取り消されて、初めから無かったことになったとします。その場合は、Cの保証債務も成立しません。ただし、449条に例外があります。未成年であることのような、行為能力の制限が取消しの原因で、保証人がそれを知って保証したときです。この場合は、主債務の不履行のときも、取消しのときも、同一の目的を有する独立の債務を負担したものと推定する、とされています。中身は別の回で扱います。条文の札です。2つめ、内容における付従性です。ここで問いです。主債務は200万円です。Cが「300万円まで保証する」と書いたら、AがCに請求できるのは、何万円まででしょうか?

200万円までだと思います。主債務より多くは、払わせられない気がします。200万円までです。条文を読みます。

条文民法448条

民法第448条(保証人の負担と主たる債務の目的又は態様) 1 保証人の負担が債務の目的又は態様において主たる債務より重いときは、これを主たる債務の限度に減縮する。 2 主たる債務の目的又は態様が保証契約の締結後に加重されたときであっても、保証人の負担は加重されない。

448条の読み方の板。1項=契約の時点で保証のほうが重い→主債務の限度に減縮(目的=300万円→200万円/態様=弁済期 半年後→1年後/利息 年10%→年3%)。2項=契約の後に主債務が重くなっても保証人の負担は加重されない。時点で分ける。札=条文/こちらの説明。 図:448条の読み方の板

  • 1項=契約の時点で保証のほうが重い→主債務の限度に減縮(目的=300万円→200万円/態様=弁済期 半年後→1年後/利息 年10%→年3%)
  • 2項=契約の後に主債務が重くなっても保証人の負担は加重されない
  • 時点で分ける
  • 札=条文/こちらの説明

1項から読みます。保証人の負担が、債務の目的または態様において、主たる債務より重いときは、主たる債務の限度に減縮する、です。条文の札です。減縮、と言います。全部がなくなるのではありません。重い部分が、主債務の限度まで縮むのです。数字で見ます。主債務は200万円で、弁済期は、1年後です。Cが「300万円まで払う」と書いたなら、200万円に減縮します。目的の話です。Cが「半年後に払う」と書いたなら、弁済期は、主債務の1年後に減縮します。態様、つまり期限の話です。利息でも同じです。主債務が年3%で、Cが年10%と書いたなら、年3%に減縮します。こちらの説明です。2項です。主たる債務の目的または態様が、保証契約の締結後に加重されたときでも、保証人の負担は加重されない、です。2017年の改正で入りました。それまで条文はなく、付従性から解釈で導かれていたことを、明文にした、と説明されています。立案の過程の説明の札です。数字で見ます。Cが保証したあとで、AとBが、利息を年3%から年10%に上げる合意をしました。Bは、年10%を負います。主債務者の債務は、合意のとおりです。しかしCの負担は、年3%のままです。理由はこちらの説明です。Cが同意していない約束で、Cの負担だけが重くなるのは、筋が通らないからです。Cが引き受けたのは、契約の時点の中身までです。言葉を整理します。1項は、契約を結んだ時点で、保証のほうが重いときです。2項は、契約を結んだあとに、主債務のほうが重くなったときです。時点で分けてください。なお、先ほどの447条2項は、内容における付従性と矛盾しません。違約金を決めても、Cが払う本来の額は、主債務の限度のままです。変わるのは、払わなかったときの制裁の部分だけです。付従性が縛るのは本来の額で、447条2項が動かすのは不履行の制裁です。別の場所の話なのです。こちらの説明です。

消滅における付従性の板。主債務が消えれば保証債務も消える。例=Bが全額を返す(弁済)/Aが主債務を免除する。保証人は主債務の消滅時効を援用できる。成立・内容・消滅の3場面のうち、内容が保証に特徴的。札=条文(145条)/こちらの説明。 図:消滅における付従性の板

  • 主債務が消えれば保証債務も消える
  • 例=Bが全額を返す(弁済)/Aが主債務を免除する
  • 保証人は主債務の消滅時効を援用できる
  • 成立・内容・消滅の3場面のうち、内容が保証に特徴的
  • 札=条文(145条)/こちらの説明

3つめ、消滅における付従性です。主債務が消えれば、保証債務も消えます。Bが全額を返せば、Cの保証債務も消えます。弁済です。Aが主債務を免除した場合も同じです。なお、保証人は、主債務の消滅時効を援用できます。時効の援用の回で、援用できる人の一人として見ました。

随伴性・補充性

随伴性・補充性の板。随伴性=主債権が譲渡されれば保証債権も一緒に移る(AがBに対する200万円の貸金債権を別の人に譲渡→譲り受けた人がCに履行を請求できる)。補充性=主債務者が履行しないときに初めて保証人が履行する(446条1項の文言)。保証人は催告の抗弁(452条)・検索の抗弁(453条)を持つ。連帯保証には無い(454条)。札=条文/こちらの説明。 図:随伴性・補充性の板

  • 随伴性=主債権が譲渡されれば保証債権も一緒に移る(AがBに対する200万円の貸金債権を別の人に譲渡→譲り受けた人がCに履行を請求できる)
  • 補充性=主債務者が履行しないときに初めて保証人が履行する(446条1項の文言)
  • 保証人は催告の抗弁(452条)・検索の抗弁(453条)を持つ
  • 連帯保証には無い(454条)
  • 札=条文/こちらの説明

3つめは随伴性です。主債務の債権が譲渡されると、保証債権も一緒に移ります。AがBに対する200万円の貸金債権を、別の人に譲渡したとします。譲り受けた人がCに、保証債務の履行を請求できます。Cは「Aとの約束だった」とは言えません。なぜか。保証債権は、主債権を回収するための手段だからです。主債権が譲り受けた人に移ったのに、保証債権だけがAの手元に残っても、Aには、もう回収する債権がありません。譲り受けた人のほうは、保証の付いていない債権をつかまされます。だから、手段は、回収する債権と一緒に移ります。債権譲渡の回で、保証人付きの債権の譲渡の通知は、主たる債務者にすれば足り、保証人にしても効かない、と見ました。その根っこが、この随伴性と付従性です。主債権と保証債権を、別々に譲渡することもできません。担保は債権あってこそ、という軸です。こちらの説明です。4つめは補充性です。補充性とは、請求の順番が、主債務者、そして保証人、となることです。保証人が責任を負うのは、主債務者の不履行があってからです。446条1項の文言そのものです。主たる債務者がその債務を履行しないときに、とあります。具体化として、保証人には2つの抗弁があります。保証と弁済の回で見た2つです。1つは催告の抗弁で、債権者が保証人に請求したとき、まず主債務者に請求するよう求められるものです。もう1つは検索の抗弁で、主債務者の財産に執行するよう求められるものです。452条と453条です。要件と効果は、別の回です。条文の札です。

ただの保証人なら、Aに請求されたとき、まずBに請求してくれ、と言えます。ただし、連帯して債務を負担した保証人には、これらの抗弁がありません。454条です。連帯保証には補充性が無いわけです。454条は条文の札です。なお、実際の取引では連帯保証の形が多く、本体は別の回です。取引の実際についての一言は、こちらの説明です。

4つの性質を1枚にする

4つの性質の一覧板。独立債務性=別個の債務/447条2項(名前)/保証債務だけの約定・免除。付従性=主債務に従う/448条(成立・内容・消滅)/主債務が無い・軽い・消えるとき。随伴性=債権譲渡についていく/条文なし/債権譲渡。補充性=主債務者が先/452条・453条(名前)/請求を受けたとき(連帯保証には無い)。 図:4つの性質の一覧板

  • 独立債務性=別個の債務/447条2項(名前)/保証債務だけの約定・免除
  • 付従性=主債務に従う/448条(成立・内容・消滅)/主債務が無い・軽い・消えるとき
  • 随伴性=債権譲渡についていく/条文なし/債権譲渡
  • 補充性=主債務者が先/452条・453条(名前)/請求を受けたとき(連帯保証には無い)

4つの性質を、1枚にします。独立債務性は、別個の債務です。条文は447条2項の名前で、効いてくる場面は、保証債務だけの約束や免除です。付従性は、主債務に従うことです。条文は448条で、主債務が無いとき、軽いとき、消えるときに効きます。随伴性は、債権譲渡についていくことです。条文はなく、債権が譲渡されるときに効きます。補充性は、主債務者が先、という順番です。条文は452条と453条の名前で、債権者から請求を受けたときに効きます。連帯保証には無い、と添えます。こちらの説明です。先ほどの問いに答えます。付従性と随伴性は、担保物権の回で見たものと、同じ、担保は債権あってこそ、という軸です。保証にだけあるのは、内容における付従性、つまり448条と、補充性です。こちらの説明です。もう1つ、連帯債務との差分を、1文で言います。連帯債務は、債務者の数だけ債務が並び、主従がありません。各自が全部を、自分の債務として負います。保証債務は、主債務の後ろにつく側で、運命は主債務に従います。こちらの説明です。ここで、冒頭の答えに戻して、ひとつにまとめます。保証債務は、Cが自分で負う、別個の債務です。けれども、あるかないか、どこまで重いか、誰についていくかは、主債務が決めます。請求の順番も、主債務者が先です。だから冒頭のCは、払う義務を負いますが、Bの債務の範囲までで、原則として、まずBへ、と言えるのです。こちらの説明です。

保証契約の当事者——債権者と保証人

場面②の関係図。A 債権者、B 主債務者、C 保証人。契約の当事者=AとC(保証契約)。Bは保証契約の当事者ではない。Bの頼み=委託は成立要件でない。Bが反対していても保証契約は成立する。辺ラベルの語=貸金/保証契約/頼み=委託。 図:場面②の関係図

  • A 債権者、B 主債務者、C 保証人
  • 契約の当事者=AとC(保証契約)
  • Bは保証契約の当事者ではない
  • Bの頼み=委託は成立要件でない
  • Bが反対していても保証契約は成立する
  • 辺ラベルの語=貸金/保証契約/頼み=委託

3つめの柱です。場面を替えます。今度は、保証契約が結ばれる場面です。Aが債権者、Bが主債務者、Cが保証人で、役は変わりません。保証契約の当事者は、Aと、Cです。Bは、保証契約の当事者ではありません。保証と弁済の回で、保証契約の当事者は債権者と保証人だ、と言ったのを、ここで本格的に見ます。冒頭のCには、Bの頼み、つまり委託がありました。しかし、Bの頼みは、保証契約の成立の要件ではありません。Bに頼まれていなくても、Aとの間で保証契約を結べば、保証人になれます。Bの意思に反していても、保証契約は成立します。462条2項は、主たる債務者の意思に反して保証をした者の求償を定めていて、そういう保証が前提にされていることの裏付けになります。条文の札は名前だけで、成立の話はこちらの説明です。委託の有無が効くのは、求償です。委託がなければ、求償できる範囲が小さくなります。保証契約は、合意で成立する諾成契約で、さらに要式行為です。次に見ます。

要式行為——書面でしなければ効力を生じない

446条2項・3項の条文板。2項=保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。3項=保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。要式行為=一定の方式でしなければ効力を生じない行為。札=条文。 図:446条2項・3項の条文板

  • 2項=保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない
  • 3項=保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する
  • 要式行為=一定の方式でしなければ効力を生じない行為
  • 札=条文

冒頭の先出しの2つめの条件です。もう一度条文を読みます。

条文民法446条2項・3項

民法第446条(保証人の責任等)(抜粋) 2 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。 3 保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。

2項は、保証契約は、書面でしなければ、効力を生じない、です。3項は、保証契約が、その内容を記録した電磁的記録によってされたときは、書面によってされたものとみなす、です。条文の札です。要式行為とは、一定の方式、ここでは書面でしなければ、効力を生じない行為のことです。電磁的記録とは、電子メールなどのように、コンピュータの情報処理に使われる記録のことです。問いです。Cが電話で「保証するよ」と言っただけなら、AはCに保証債務を請求できるでしょうか?書面がないので、効力を生じず、請求できないと思います。請求できません。口約束だけでは、Cは「いいよ」と言っても、保証人になりません。冒頭のCは、借用書の保証人欄に署名したので、書面があります。先出しの答えの2つめ、書面がある、を満たします。

趣旨を説明します。保証人は、対価を得ないまま、主債務者の代わりに、自分の全財産で責任を負います。頼まれて、軽い気持ちで引き受けやすい契約です。そこで、書面という手続を一度かませて、引き受ける重さを、立ち止まって考えさせるのです。こちらの説明です。いつ入ったのかも、押さえてください。2004年の改正で、保証契約は、書面でしなければ、効力を生じないとされました。それ以前は、書面のいらない合意だけの契約でした。この改正は、個人の保証人を保護する見直しの一つだった、と説明されています。立案の過程の説明の札です。2017年の改正ではありません。書面に何が要るかの細部は、答案では、446条2項の文言を引けば足ります。

主債務の存在

主債務の存在の板。保証契約が有効になるには主債務が存在していること(成立における付従性)。ただし契約の時に発生している必要はない=将来発生する債務を主債務とする保証も有効(これから貸す200万円を貸す前に保証)。特定物の引渡債務のように保証人が代わって履行できない給付を主債務とする保証も有効=保証するのは主債務者が履行しないときの損害賠償債務。札=こちらの説明。 図:主債務の存在の板

  • 保証契約が有効になるには主債務が存在していること(成立における付従性)
  • ただし契約の時に発生している必要はない=将来発生する債務を主債務とする保証も有効(これから貸す200万円を貸す前に保証)
  • 特定物の引渡債務のように保証人が代わって履行できない給付を主債務とする保証も有効=保証するのは主債務者が履行しないときの損害賠償債務
  • 札=こちらの説明

保証契約が有効になるには、主債務が存在していることが要ります。付従性の成立の場面の、再確認です。ただし、契約のときに、すでに主債務が発生している必要はありません。将来発生する債務についての保証も、有効です。例えば、これから貸す200万円を、貸す前に保証する場合です。もう1つ。特定物の引渡債務のように、保証人が代わって履行できない給付が主債務である場合の保証契約も、有効です。その場合の保証債務の中身は、主債務者が履行しなかったときに負う、損害賠償債務の保証です。例えば、Bが車をAに引き渡す債務をCが保証するなら、Bが引き渡さないときの損害賠償を、Cが保証します。こちらの説明です。

保証契約と錯誤——論文で論点になりうる

場面③の関係図。A 債権者、B 主債務者、C 保証人。Cは「Bには十分な資力がある」「ほかにも保証人がいる」と思って署名した。実はBは無資力・他の保証人はいなかった。問い=Cは保証を取り消せるか。辺ラベルの語=貸金/保証契約。 図:場面③の関係図

  • A 債権者、B 主債務者、C 保証人
  • Cは「Bには十分な資力がある」「ほかにも保証人がいる」と思って署名した
  • 実はBは無資力・他の保証人はいなかった
  • 問い=Cは保証を取り消せるか
  • 辺ラベルの語=貸金/保証契約

場面を替えます。Aが債権者、Bが主債務者、Cが保証人です。Cは「Bには十分な資力がある」「ほかにも保証人がいる」と思って署名しました。実は、Bは無資力で、ほかに保証人はいませんでした。Cは、保証を取り消せるでしょうか。ここは論文で論点になりうる所です。使う道具は、基礎事情の錯誤です。法律行為の基礎とした事情、つまり契約の前提にした事情についての認識が、真実に反する錯誤です。95条1項2号です。要件は3つで、認識が真実に反すること、重要であること、基礎とした事情が表示されていたことでした。表示について、近時の判例は、その事情が法律行為の内容になっていたかまで求める立場でした。今日は、要件のやり直しはしません。保証に当てはめるだけです。読み分けを3つに分けます。1つめ、主債務者が誰か、です。保証契約は、主債務者が履行しないときに、保証人が履行することを内容とする契約です。だから、主債務者が誰であるかは、契約の内容である保証債務の一要素です。このあと読む2枚目の判決が、そう述べています。判例の札です。主債務者を別の人と取り違えて署名したような場合が、取消しに結びつきうる、という当てはめは、こちらの説明です。2つめ、他にも保証人がいると思った場合です。判決を読みます。判決は、改正前の言葉で書かれています。改正前は、要素の錯誤、と言いました。縁由とは、判決の言葉で、動機のことです。

判例最判昭32・12・19 民集11巻13号2299頁

他に連帯保証人があると誤信した保証 保証契約は、保証人と債権者との間に成立する契約であつて、他に連帯保証人があるかどうかは、通常は保証契約をなす単なる縁由にすぎず、当然にはその保証契約の内容となるものではない。

判例の読み方の板。改正前の言葉=要素の錯誤(現行は基礎事情の錯誤)。縁由=動機。結論=他に連帯保証人があるかどうかは、通常は保証契約をなす単なる縁由(動機)にすぎず、当然には保証契約の内容とならない。「当然には」=特に契約の内容とした事情があれば別、の余地が残る。札=判例/こちらの説明。 図:判例の読み方の板

  • 改正前の言葉=要素の錯誤(現行は基礎事情の錯誤)
  • 縁由=動機
  • 結論=他に連帯保証人があるかどうかは、通常は保証契約をなす単なる縁由(動機)にすぎず、当然には保証契約の内容とならない
  • 「当然には」=特に契約の内容とした事情があれば別、の余地が残る
  • 札=判例/こちらの説明

読みます。保証契約は、保証人と債権者との間に成立する契約です。他に連帯保証人があるかどうかは、通常は、保証契約をなす単なる縁由、つまり動機にすぎません。そして、当然には、その保証契約の内容となるものではない、です。判例の札です。なぜか。保証契約でCが約束するのは、Bが払わないときにCが払う、ということです。ほかに誰が保証するかは、Cが自分の側で当てにした事情にとどまり、Aとの約束の中身ではないからです。こちらの説明です。ここで、当然には、を落とさないでください。特に契約の内容とした事情があれば、別の余地が残ります。現行の言葉で言えば、基礎事情の錯誤の、表示、つまり契約の内容になっていたか、という関門で、同じ結論が読めます。こちらの説明です。3つめ、主債務者の資力や、主債務者が反社会的勢力でないことです。もう1枚、判決を読みます。これも改正前の言葉です。

判例最判平28・1・12 民集70巻1号1頁

保証契約と動機の錯誤 動機は、たとえそれが表示されても、当事者の意思解釈上、それが法律行為の内容とされたものと認められない限り、表意者の意思表示に要素の錯誤はないと解するのが相当である。 ……保証契約は、主債務者がその債務を履行しない場合に保証人が保証債務を履行することを内容とするものであり、主債務者が誰であるかは同契約の内容である保証債務の一要素となるものであるが、主債務者が反社会的勢力でないことはその主債務者に関する事情の一つであって、これが当然に同契約の内容となっているということはできない。

判例の読み方の板。改正前の言葉=要素の錯誤。規範=動機は、表示されても、当事者の意思解釈上、法律行為の内容とされたものと認められない限り、錯誤はない。保証契約について=主債務者が誰かは契約の内容の一要素/主債務者が反社会的勢力でないことは主債務者に関する事情の一つで、当然には契約の内容にならない。札=判例。 図:判例の読み方の板

  • 改正前の言葉=要素の錯誤
  • 規範=動機は、表示されても、当事者の意思解釈上、法律行為の内容とされたものと認められない限り、錯誤はない
  • 保証契約について=主債務者が誰かは契約の内容の一要素/主債務者が反社会的勢力でないことは主債務者に関する事情の一つで、当然には契約の内容にならない
  • 札=判例

2つの文に区切って読みます。まず、1つ目の文は、動機は、たとえ表示されても、当事者の意思解釈上、つまり、当事者が何を約束したと読めるかから見て、それが法律行為の内容とされたものと認められない限り、要素の錯誤はない、です。2つ目の文は、保証契約は、主債務者が履行しない場合に保証人が履行することを内容とするものだから、主債務者が誰かは契約の内容の一要素になる、しかし、主債務者が反社会的勢力でないことは、主債務者に関する事情の一つで、当然に契約の内容となっているとはいえない、です。判例の札です。この判決の場面に注意してください。融資するのも、それを業とする金融機関で、保証するのも、信用保証を業とする法人でした。判決は、そうした当事者なら、主債務者が反社会的勢力だと後で分かる場合を想定でき、それを契約にあらかじめ定めておくこともできたのに、定めがない、という点を理由に挙げています。判例の札です。ですから、個人が友人のために保証した場面に、そのまま当てはまる、とは言えません。そのうえで、同じ読み方をすれば、資力の誤信も、主債務者に関する事情の一つで、当然には契約の内容にならない、と読めます。こちらの説明です。

誤信の対象の読み分け表。行=Cの思い違いの対象。主債務者が誰か=契約の内容の一要素(判例)・取消しに結びつきうる(こちらの説明)/他に保証人がいること=当然には契約の内容にならない(判例)/主債務者の資力=主債務者に関する事情の一つ・同様に読める(こちらの説明)/主債務者が反社会的勢力でないこと=当然には契約の内容にならない(判例)。どの行も、契約の内容として表示・共有されていれば別=取消しに結びつくのは契約の内容にまで入っていたとき。 図:誤信の対象の読み分け表

  • 行=Cの思い違いの対象
  • 主債務者が誰か=契約の内容の一要素(判例)・取消しに結びつきうる(こちらの説明)/他に保証人がいること=当然には契約の内容にならない(判例)/主債務者の資力=主債務者に関する事情の一つ・同様に読める(こちらの説明)/主債務者が反社会的勢力でないこと=当然には契約の内容にならない(判例)
  • どの行も、契約の内容として表示・共有されていれば別=取消しに結びつくのは契約の内容にまで入っていたとき

表にします。主債務者が誰か。契約の内容である保証債務の一要素です。判例の札です。取り違えが取消しに結びつきうるのは、こちらの説明です。他に保証人がいること。当然には契約の内容になりません。判例の札です。主債務者の資力。主債務者に関する事情の一つで、同様に読めます。こちらの説明です。主債務者が反社会的勢力でないこと。当然には契約の内容になりません。判例の札です。どの項目も、契約の内容として表示され、共有されていれば別です。取消しに結びつくのは、契約の内容にまで入っていたときです。この場面のCに当てはめます。Bの資力も、ほかに保証人がいることも、Aとの契約の内容にしていなければ、Cは、錯誤を理由に保証を取り消すことは、原則としてできません。こちらの説明です。

Cが資力を気にしていたなら、取るべき手は、その事情を契約の内容にすることです。契約書に書く。口頭でも、Aに明示して、了解を得て、合意の内容にする。こうすれば、契約の内容になっていた、と言いやすくなります。こちらの説明です。なお、錯誤の効果は、取消しです。無効ではありません。論文では、保証と錯誤は、主債務者に関する事情を動機と見て、契約の内容になっていたか、で線を引きます。

冒頭の問いに戻る——まとめ

冒頭の設例の関係図(答え)。A 債権者、B 主債務者、C 保証人。Cは払う義務を負う=保証債務。ただし1 主債務の限度で(448条・減縮)・主債務が消えれば消える(付従性)/2 書面に署名しているから効力がある(446条2項・要式行為)/3 連帯保証でなければ、まずBに請求してくれと言える(補充性)。Bの頼みがなくても保証人にはなれた。辺ラベルの語=貸金/保証契約。 図:冒頭の設例の関係図

  • 答え
  • A 債権者、B 主債務者、C 保証人。Cは払う義務を負う=保証債務。ただし1 主債務の限度で(448条・減縮)・主債務が消えれば消える(付従性)
  • 2 書面に署名しているから効力がある(446条2項・要式行為)
  • 3 連帯保証でなければ、まずBに請求してくれと言える(補充性)。Bの頼みがなくても保証人にはなれた。辺ラベルの語=貸金
  • 保証契約。

冒頭の問いに戻ります。Aが債権者、Bが主債務者、Cが保証人でした。Bが期日に返さなかったら、Cは明日からAに払わなければならないのか。答えは、払う義務を負います。保証債務です。ただし3つ付きます。1つめ、主債務の限度までで、448条で減縮します。主債務が消えれば消えます。2つめ、借用書の保証人欄に署名したので、書面があり、446条2項を満たします。3つめ、連帯保証でなければ、まずBに請求してくれと言える順番があります。補充性です。なお、Bの頼みがなくても、保証人にはなれます。

今日のまとめ。3つの柱=1 保証債務=主たる債務者が履行しないときに履行する責任(人的担保・物上保証人との違い=債務を負う/責任は全財産)/2 4つの性質=独立債務性・付従性(成立・内容=448条・消滅)・随伴性・補充性/3 保証契約=債権者と保証人の契約・委託は要件でない・書面でしなければ効力を生じない(446条2項・3項)・錯誤は契約の内容になっていたかで読む。 図:今日のまとめ

3つの柱で整理します。1つめ、保証債務は、主たる債務者が履行しないときに履行する責任です。物上保証人と違い、債務を負い、責任は全財産に及びます。2つめ、4つの性質です。独立債務性、付従性、随伴性、補充性です。付従性は、成立、内容、消滅の3場面で、内容が448条です。3つめ、保証契約です。債権者と保証人の契約で、Bの頼みは要件ではありません。書面でしなければ、効力を生じません。446条2項と3項です。錯誤は、契約の内容になっていたか、で読みます。根拠の札を付けて整理します。条文は、446条1項から3項、448条1項・2項です。判例は、他に連帯保証人がいると誤信した場合と、主債務者が反社会的勢力でないことの判断です。立案の過程の説明は、書面を要求した改正の背景と、448条2項を明文にしたことです。こちらの説明は、用語の整理、保証人と物上保証人の比較、性質の読み方、書面の趣旨、資力の誤信の読み方です。

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#216単独ページ動画

保証債務の範囲と解除・原状回復(447条・449条・450条)

第4章 債権総論 #216/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

売買が解除されたら、代金は保証人から返ってくるのか

冒頭の設例の関係図。A 買主=債権者、B 売主=主債務者(中古のキッチンカーの持ち主)、C 保証人。AはBから車を200万円で買った。Cは書面でBの債務を保証した。AはBに200万円を払ったが、Bは車を引き渡さず、Aは契約を解除した。問い=AはCに「払った200万円を返してくれ」と言えるか。辺ラベルの語=売買/保証契約/代金。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 買主=債権者、B 売主=主債務者(中古のキッチンカーの持ち主)、C 保証人
  • AはBから車を200万円で買った
  • Cは書面でBの債務を保証した
  • AはBに200万円を払ったが、Bは車を引き渡さず、Aは契約を解除した
  • 問い=AはCに「払った200万円を返してくれ」と言えるか
  • 辺ラベルの語=売買/保証契約/代金

先に答えです。言えます。ただし、特に反対の意思表示がない限り、です。最高裁は、特定物の売買における売主のための保証人は、売主の債務不履行から生じる責任を引き受けたものと読みます。解除による代金の返還も、その責任に入ります。解除のあとの返金まで保証人が負うのか。これが今日の山場で、あとで判決を読んで確かめます。先に、今日の登場人物を決めます。Aが債権者、Bが主たる債務者、Cが保証人です。前の回と同じ役です。ただし、前の回は貸金でした。今日は売買です。Aは買主、Bは売主です。

449条——取り消せると知って保証した人

449条の板。要件=1 行為能力の制限によって取り消すことができる債務の保証/2 保証契約の時に、その取消しの原因を知っていた。効果=主債務の取消しの場合に、同一の目的を有する独立の債務を負担したものと推定する。対象外=詐欺・強迫による取消し。札=条文/こちらの説明。 図:449条の板

  • 要件=1 行為能力の制限によって取り消すことができる債務の保証/2 保証契約の時に、その取消しの原因を知っていた
  • 効果=主債務の取消しの場合に、同一の目的を有する独立の債務を負担したものと推定する
  • 対象外=詐欺・強迫による取消し
  • 札=条文/こちらの説明

1つめの柱の前半です。取消しの効果は、取消しの回で見たとおり、取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす、です。121条で、条文の札です。主債務が取り消されれば、主債務が無かったことになり、保証債務も成立しません。取消しの原因を知って保証した人をどう扱うか。そこに手当てをしたのが449条です。読みます。

条文民法449条

民法第449条(取り消すことができる債務の保証) 行為能力の制限によって取り消すことができる債務を保証した者は、保証契約の時においてその取消しの原因を知っていたときは、主たる債務の不履行の場合又はその債務の取消しの場合においてこれと同一の目的を有する独立の債務を負担したものと推定する。

要件は2つです。1つめ、取消しの原因が、行為能力の制限であることです。行為能力の回で見た、4つの類型の制限行為能力者の行為を指します。未成年者の契約が典型です。2つめ、保証した人が、保証契約の時に、その取消しの原因を知っていたことです。効果は、主債務と同一の目的を有する独立の債務を負担したものと、推定する、です。条文の札です。独立の債務とは、主債務が取り消されて消えても、それに引きずられずに残る、主債務と同じ中身の債務です。こちらの説明です。

449条の設例の板。A 債権者・B 未成年の主債務者(親の同意なく借りた)・C 保証人。Cが保証の時に取消しの原因を知っていた→Bが取り消しても、Cは独立の債務を負担したものと推定/知らなかった→推定は働かない=成立における付従性で保証債務は成立しない。推定≠みなす=推定は反対の立証で覆る(条文は「推定する」) 図:449条の設例の板

  • A 債権者・B 未成年の主債務者(親の同意なく借りた)・C 保証人
  • Cが保証の時に取消しの原因を知っていた→Bが取り消しても、Cは独立の債務を負担したものと推定/知らなかった→推定は働かない=成立における付従性で保証債務は成立しない
  • 推定≠みなす=推定は反対の立証で覆る(条文は「推定する」)

場面を替えます。Aが債権者、Bが未成年の主債務者で、保証人はCです。役は変わりません。AがBにお金を貸し、Cが保証しました。Bは親の同意なく借りていました。Cは、保証の時に、それを知っていました。のちにBが契約を取り消しました。このとき、Cは、Aに対して、独立の債務を負担したものと推定されます。Cが、Bが未成年だと知らなかったなら、推定は働きません。成立における付従性のとおり、保証債務は成立しません。推定と、みなすは、別物です。推定は、覆せます。Cが「取り消されたら払わない約束だった」と立証すれば、推定は破れます。みなす、であれば覆せません。条文は「推定する」です。落とさないでください。趣旨を説明します。取消しの原因を知って保証した人は、取り消されても、自分が払うつもりだったと読むのが自然です。だから、推定します。前の回で見た独立債務性、つまり、保証債務は保証契約によって成立する、主債務とは別個の債務だ、という性質の現れでもあります。こちらの説明です。条文には、主たる債務の不履行の場合も書いてあります。ただ、主債務者が払わないときに保証人が払う責任は、446条1項の保証債務で足り、損害賠償など、主債務に付いて回るものは、次に見る447条1項が従たるものとして保証の範囲に入れている、と説明されます。ですから、449条で独立の債務と推定する意味があるのは、取消しの場合です。こちらの説明です。

ここで問いです。Bが、詐欺を受けて取り消したとします。Cが詐欺のことを知っていたら、449条の推定は働くでしょうか?

449条の対象の板。対象=行為能力の制限による取消しだけ。対比=未成年者の取消し(未成年者を守るため・債権者が悪いことをしたからではない)→知って保証した人に独立の債務を推定/詐欺・強迫による取消し(債権者の側がだましたり脅したりした取引が多い)→対象外=払わせると不正な取引を助ける(こちらの説明) 図:449条の対象の板

  • 対象=行為能力の制限による取消しだけ
  • 対比=未成年者の取消し(未成年者を守るため・債権者が悪いことをしたからではない)→知って保証した人に独立の債務を推定/詐欺・強迫による取消し(債権者の側がだましたり脅したりした取引が多い)→対象外=払わせると不正な取引を助ける(こちらの説明)

対象は行為能力の制限だけでした。詐欺による取消しには、働かないと思います。理由を言います。未成年者が取り消せるのは、未成年者を守るためです。債権者が悪いことをしたからではありません。これに対して、詐欺や強迫で取り消されるのは、債権者の側がだましたり、脅したりした取引であることが多いのです。それを知りながら保証した人に、取消しのあとも払わせると、だました側が保証人から回収できる道が残り、不正な取引を助けることになります。こちらの説明です。対象は、行為能力の制限による取消しだけです。

450条——保証人の要件

450条の板。原則=保証人になる資格に制限はない。1項=債務者が保証人を立てる義務を負う場合、保証人は行為能力者であること・弁済をする資力を有することの両方を備える者でなければならない。2項=資力の要件を欠くに至ったとき、債権者は要件を備える者への交替を請求できる。3項=債権者が保証人を指名した場合は1項・2項は適用しない。札=条文/こちらの説明。 図:450条の板

  • 原則=保証人になる資格に制限はない
  • 1項=債務者が保証人を立てる義務を負う場合、保証人は行為能力者であること・弁済をする資力を有することの両方を備える者でなければならない
  • 2項=資力の要件を欠くに至ったとき、債権者は要件を備える者への交替を請求できる
  • 3項=債権者が保証人を指名した場合は1項・2項は適用しない
  • 札=条文/こちらの説明

1つめの柱の後半です。保証人になれるのは、どんな人でしょうか。原則は、制限がありません。未成年者でも、お金のない人でも、保証人にはなれます。ただし、未成年者なら、行為能力の制限による取消しの余地は残ります。そのうえで、例外を定めるのが450条です。読みます。

条文民法450条

民法第450条(保証人の要件) 1 債務者が保証人を立てる義務を負う場合には、その保証人は、次に掲げる要件を具備する者でなければならない。  一 行為能力者であること。  二 弁済をする資力を有すること。 2 保証人が前項第二号に掲げる要件を欠くに至ったときは、債権者は、同項各号に掲げる要件を具備する者をもってこれに代えることを請求することができる。 3 前二項の規定は、債権者が保証人を指名した場合には、適用しない。

1項です。債務者が、保証人を立てる義務を負う場合です。契約や、法律や、裁判所の命令で、「保証人を立てなさい」と決まっている場合を指します。その場合の保証人は、行為能力者であること、弁済をする資力を有すること、この両方を備えていなければなりません。条文の札です。2項です。保証人が、あとで資力の要件を欠くに至ったとき、債権者は、要件を備える人に代えるよう請求できます。条文は「前項第二号に掲げる要件を欠くに至ったとき」です。ですから、代えるよう請求できる根拠は、資力を失ったことです。行為能力を失った場合は、条文の文言に入りません。条文の札です。3項です。債権者が保証人を指名したときは、1項も2項も、適用されません。債権者が自分で選んだ人だから、要件を求める理由がない、ということです。こちらの説明です。

「保証人を立てる」という約束で借りたBが、未成年の学生を保証人候補に連れてきたとします。行為能力者でないので、1項の要件を欠きます。債権者が、最初から「この人を保証人にしてほしい」と指名していたなら、3項で、この要件の話は出ません。こちらの説明です。なお、要件を備える保証人を立てられないときは、債務者は、他の担保を供して、これに代えることができます。451条です。条文の札です。

447条——保証人はどこまで払うのか

447条の板。1項=保証債務は主たる債務に関する利息・違約金・損害賠償その他その債務に従たるすべてのものを包含する。例(A 債権者・B 主債務者・C 保証人)=元本240万円+利息7万2,000円(年3%の1年分)+遅延損害金12万円=259万2,000円。2項=保証債務についてだけ違約金・損害賠償の額を約定できる。付従性が縛るのは本来の額・447条2項が動かすのは不履行の制裁。札=条文/こちらの説明。 図:447条の板

  • 1項=保証債務は主たる債務に関する利息・違約金・損害賠償その他その債務に従たるすべてのものを包含する
  • 例(A 債権者・B 主債務者・C 保証人)=元本240万円+利息7万2,000円(年3%の1年分)+遅延損害金12万円=259万2,000円
  • 2項=保証債務についてだけ違約金・損害賠償の額を約定できる
  • 付従性が縛るのは本来の額・447条2項が動かすのは不履行の制裁
  • 札=条文/こちらの説明

2つめの柱です。保証人は、どこまで払うのでしょうか。447条です。

条文民法447条

民法第447条(保証債務の範囲) 1 保証債務は、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たるすべてのものを包含する。 2 保証人は、その保証債務についてのみ、違約金又は損害賠償の額を約定することができる。

1項です。保証債務は、主たる債務に関する、利息、違約金、損害賠償、その他、その債務に従たるすべてのものを包含します。条文の札です。元本だけではありません。主債務に付いて回るものを、全部保証したことになります。数字で見ます。場面を替えます。AがBに、元本240万円を貸しました。Cが保証人です。役は変わりません。約定の利息は年3%で、1年分は7万2,000円です。Bが期日に払わず、遅延して、遅延損害金が12万円になりました。Cが払うのは、元本240万円、足す、利息7万2,000円、足す、遅延損害金12万円、合わせて259万2,000円です。こちらの説明です。

利息や損害賠償と同じく、約定した違約金も、従たるものです。ただし、違約金は、損害賠償の額の予定と推定されます。420条3項です。同じ不履行について、違約金と損害賠償を、二重に足すことはしません。こちらの説明です。それから、条文の言葉は、従たる「すべてのもの」です。利息、違約金、損害賠償は、例です。2項に移ります。保証人は、その保証債務についてのみ、違約金または損害賠償の額を約定できます。前の回で、名前だけ出した条文です。たとえば、主債務の遅延損害金は年5%です。Cの保証債務だけ、「遅れたら1日1万円」と約束できます。Cの分だけ、不履行の制裁が違います。保証債務が別個の債務である、独立債務性の現れです。前の回の言い方を確認します。付従性が縛るのは本来の額で、契約の時点で保証が主債務より重ければ主債務の限度に減縮する、448条の話です。447条2項が動かすのは、不履行の制裁です。別の場所の話です。こちらの説明です。なお、保証債務は独立の債務なので、保証債務だけに、担保物権や、保証人を付けることもできます。さて、447条1項は、従たるすべてのものです。では、契約が解除されたとき、買主が払った代金を返す義務は、この従たるものに入るのでしょうか。ここから、3つめの柱です。

解除されると、何を返すのか——保証は残るのか

問いの再提示の板。AはBの債務不履行を理由に契約を解除した。解除の効果=各当事者は受け取ったものを返す義務(原状回復義務・545条1項)を負う。Aが求めるのは、車ではなく、払った200万円の返還。問題の所在=1 契約が消えるなら主債務も消え、付従性で保証債務も消えるのでは/2 返還の義務は契約が消えた結果生じる別の債務で、主債務にも従たるものにも当たらないのでは。札=条文/こちらの説明。 図:問いの再提示の板

  • AはBの債務不履行を理由に契約を解除した
  • 解除の効果=各当事者は受け取ったものを返す義務(原状回復義務・545条1項)を負う
  • Aが求めるのは、車ではなく、払った200万円の返還
  • 問題の所在=1 契約が消えるなら主債務も消え、付従性で保証債務も消えるのでは/2 返還の義務は契約が消えた結果生じる別の債務で、主債務にも従たるものにも当たらないのでは
  • 札=条文/こちらの説明

3つめの柱です。冒頭の問いに戻ります。Aは、Bの債務不履行を理由に、契約を解除しました。解除されると、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負います。つまり、受け取ったものを返す義務です。これを原状回復義務と呼びます。545条1項で、条文の札です。解除の要件や効果の本体は、別の回で扱います。今日は、返す義務がある、という一点だけを使います。Aが求めるのは、引渡し前の車ではなく、すでに払った200万円の返還です。問題の所在は2段あります。1段目、解除で契約が遡って消えるなら、主債務、つまり、その車を引き渡す債務も消えます。付従性なら、保証債務も一緒に消えるのではないか。2段目、200万円を返す義務は、契約が消えた結果として生じる、別の債務ではないか。それなら、主債務そのものでも、主債務に従たるもの、つまり447条1項に入るものでもないのではないか。こちらの説明です。

実際、判例はかつて、この2段目の考え方をとっていました。これから読む判決が、その内容を紹介しています。売買契約の解除のように遡って効果が生じる場合は、解除による原状回復義務は、本来の債務が解除で消えた結果生じる別個独立の債務で、本来の債務に従たるものでもない。だから、契約当事者のための保証人は、特約がない限り、責任を負わない、というものでした。判例の札です。そして、これから読む大法廷判決は、この古い判例を変更しました。

法定解除——保証人は返金まで責任を負う

事案と判旨の整理板。事案=買主が売主から畳・建具(特定物)を買い、代金15万円を渡した。保証人が売主の債務を保証した。売主の債務不履行を理由に売買は解除された。買主が保証人に代金返還を請求。原審は古い判例に従い保証人の責任を否定→最高裁は破棄差戻し。札=判例。 図:事案と判旨の整理板

  • 事案=買主が売主から畳・建具(特定物)を買い、代金15万円を渡した
  • 保証人が売主の債務を保証した
  • 売主の債務不履行を理由に売買は解除された
  • 買主が保証人に代金返還を請求
  • 原審は古い判例に従い保証人の責任を否定→最高裁は破棄差戻し
  • 札=判例

事案を、判旨と分けて言います。買主が、売主から、住宅内の畳と建具を買いました。特定物の売買です。代金は15万円で、買主は売主に渡しました。保証人は、売主の債務を保証していました。ところが、売主の債務不履行を理由に、売買は解除されました。買主が、保証人に、代金の返還を求めたのです。原審は、さきほどの古い判例に従って、保証人の責任を否定しました。最高裁は、原判決を破棄して、差し戻しました。保証人が負けた、というより、審理をやり直させた、という結論です。差し戻したのは、保証しない旨の特約があったかどうかと、和解で債務が消えたという保証人の主張が、まだ審理されていなかったからです。判旨を読みます。特定物の売買における、売主のための保証についての部分です。

判例最大判昭40・6・30 民集19巻4号1143頁

売主のための保証と解除による原状回復義務 特定物の売買における売主のための保証においては、通常、その契約から直接に生ずる売主の債務につき保証人が自ら履行の責に任ずるというよりも、むしろ、売主の債務不履行に基因して売主が買主に対し負担することあるべき債務につき責に任ずる趣旨でなされるものと解するのが相当であるから、保証人は、債務不履行により売主が買主に対し負担する損害賠償義務についてはもちろん、特に反対の意思表示のないかぎり、売主の債務不履行により契約が解除された場合における原状回復義務についても保証の責に任ずるものと認めるのを相当とする。

3つに区切ります。1つめ、特定物の売買の売主のための保証は、通常、売主の債務不履行が原因となって、売主が買主に対して負担することあるべき債務について、責任を負う趣旨でなされる、と読みます。2つめ、だから、損害賠償義務については、もちろん責任を負います。3つめ、特に反対の意思表示のないかぎり、契約が解除された場合の原状回復義務についても、保証の責任を負います。判例の札です。別個独立の債務だから及ばない、という考えに対して、判決は、見る場所を変えました。別個の債務かどうか、ではなく、保証人は何を引き受けたのか、を見ます。売主のための保証人は、売主が約束を守ったときだけでなく、守らなかったときに売主が買主に負う責任も引き受けている、と読むのが普通です。なぜ普通なのか。判旨が特定物の売買と限っているのは、こう読めるからだと考えられます。世界に1台の車は、Bの手元にしかありません。Cが、Bの代わりに引き渡すことは、ふつうできません。それでもCが保証したのは、Bが引き渡さなかったときに、Aが受けるお金の損を埋めるためだ、と読むのが自然です。その損のいちばん大きなものが、払った200万円が戻らないことです。判旨の、保証人が自ら履行するというよりも、という部分は、こう読めます。損害賠償は、その責任です。解除による代金の返還も、売主の不履行から生じる責任です。だから、同じ範囲に入ります。ただし、特定物だから、だけが理由ではありません。あとで見る請負の前払金の判決も、同じ向きの読み方をとっています。判決は、付従性の条文ではなく、保証契約の趣旨を読んで、結論を出しています。447条1項の従たるものに入るか、という問いには、判決は447条という言葉を使わず、保証契約の趣旨の解釈で答えたのです。ここが、論文の勘所です。こちらの説明です。

身近な言い方にします。友人が約束を破ったときの後始末を引き受けた、と考えてください。後始末には、相手への賠償金も、受け取ったお金の払い戻しも入る、と読むのが普通です。ただ、友人と相手が、自分に黙って「なかったことにしよう」と決めた後始末までは、引き受けた覚えはありません。それが、このあと見る合意解除です。こちらの説明です。

論証の流れ図。1 問題=解除による原状回復義務に保証は及ぶか/2 反対の事情=契約が消えた結果生じる別個の債務なので及ばないとも思える/3 保証の趣旨=特定物の売買における売主のための保証人は売主の債務不履行から生じる責任を引き受けたと通常は読める/4 結論=特に反対の意思表示のないかぎり及ぶ/5 あてはめ=Aの代金返還にCの保証は及ぶ。札=判例/こちらの説明。 図:論証の流れ図

  • 1 問題=解除による原状回復義務に保証は及ぶか/2 反対の事情=契約が消えた結果生じる別個の債務なので及ばないとも思える/3 保証の趣旨=特定物の売買における売主のための保証人は売主の債務不履行から生じる責任を引き受けたと通常は読める/4 結論=特に反対の意思表示のないかぎり及ぶ/5 あてはめ=Aの代金返還にCの保証は及ぶ
  • 札=判例/こちらの説明

論証の型にします。1つめ、問題です。解除による原状回復義務に、保証は及ぶか。2つめ、反対の事情です。契約が消えた結果として生じる別の債務だから、及ばないとも思える。3つめ、保証の趣旨です。特定物の売買における売主のための保証人は、売主の債務不履行から生じる責任を引き受けたと、通常は読める。4つめ、結論です。特に反対の意思表示のないかぎり、及ぶ。5つめ、あてはめです。冒頭の設例では、Cが書面で保証した車の売買が、Bの不履行で解除されました。だから、Aの代金返還にも、Cの保証は及びます。Cが、「返還は保証しない」と書面に特約していたなら、別です。判例の言っていない範囲も、はっきりさせます。判旨は、特定物の売買の、売主のための保証で、債務不履行による解除の場合です。冒頭の設例は、売主のための保証なので、判旨と同じ向きです。買主の代金債務のための保証が、解除後の返還義務まで及ぶか、は判旨の外です。

合意解除——当然には及ばない

合意解除の板。合意解除=当事者が「この契約はなかったことにしよう」と新たに合意して契約を解消すること。法定解除=債務不履行などで一方が解除権を行使して契約を消すこと。事案=請負(工事代金2,900万円・3割前払)の注文主が前払金937万9,500円を払ったあと、請負人が工事を続けられず合意解除し、既済部分を400万円と評価して差額を返すと約束した。保証人への請求。札=判例。 図:合意解除の板

  • 合意解除=当事者が「この契約はなかったことにしよう」と新たに合意して契約を解消すること
  • 法定解除=債務不履行などで一方が解除権を行使して契約を消すこと
  • 事案=請負(工事代金2,900万円・3割前払)の注文主が前払金937万9,500円を払ったあと、請負人が工事を続けられず合意解除し、既済部分を400万円と評価して差額を返すと約束した
  • 保証人への請求
  • 札=判例

次は合意解除です。冒頭の設例を少し変えます。AとBが、車の売買を、「なかったことにしよう」と合意して、やめたとします。合意解除です。一方が解除権を行使する法定解除と違い、当事者が新たに合意して、契約を解消します。このとき、Cは返金まで払うでしょうか。判決を読みます。ここで事案に注意してください。この判決は、売買ではなく、請負契約の事案です。工事代金2,900万円のうち3割を前払いする約束で、注文主は前払金937万9,500円を払いました。請負人が資金難で工事を続けられなくなり、注文主と請負人は合意解除しました。そのとき、既済部分を400万円と評価して、差額を返す、と請負人が約束しました。注文主が、連帯保証をした人たちに請求しました。最高裁は、一部を破棄して差し戻しました。審理が尽くされていなかったからです。判旨は、原則と例外の2つに分かれます。原則から読みます。

判例最判昭47・3・23 民集26巻2号274頁

合意解除と保証人の責任(原則) 請負契約が注文主と請負人との間において合意解除され、その際請負人が注文主に対し既に受領した前払金を返還することを約したとしても、請負人の保証人が、当然に、右債務につきその責に任ずべきものではない。けだし、そうでないとすれば、保証人の関知しない合意解除の当事者の意思によつて、保証人に過大な責任を負担させる結果になるおそれがあり、必ずしも保証人の意思にそうものではないからである。

原則です。合意解除のとき請負人が前払金の返還を約束しても、保証人が当然に責任を負うのではありません。理由は、保証人の知らない合意解除の当事者の意思で、保証人に過大な責任を負わせるおそれがあり、保証人の意思にそうとは限らないから、です。判例の札です。法定解除は、売主の不履行から生じる責任なので、引き受けた範囲に入りました。合意解除の返金の約束は、当事者が決めた内容です。保証人が引き受けたかどうか、当然には言えません。こちらの説明です。続けて、例外を読みます。

判例最判昭47・3・23 民集26巻2号274頁

合意解除と保証人の責任(例外) 請負契約が合意解除され、その際請負人が注文主に対し、請負契約上前払すべきものと定められた金額の範囲内において、前払金返還債務を負担することを約した場合においても、右合意解除が請負人の債務不履行に基づくものであり、かつ、右約定の債務が実質的にみて解除権の行使による解除によつて負担すべき請負人の前払金返還債務より重いものではないと認められるときは、請負人の保証人は、特段の事情の存しないかぎり、右約定の債務についても、その責に任ずべきものと解するのを相当とする。けだし、このような場合においては、保証人の責任が過大に失することがなく、また保証人の通常の意思に反するものでもないからである。

例外の要件は2つです。1つめ、合意解除が、請負人の債務不履行に基づくものであること。2つめ、約束した債務が、実質的にみて、解除権の行使による解除によって負担すべき債務より、重いものではないと認められること。ただし、これは、請負契約上前払すべきものと定められた金額の範囲内で、返すと約束した場合の話です。そのうえで、この2つを満たすときは、特段の事情のないかぎり、保証人は責任を負います。理由は、保証人の責任が過大にならず、通常の意思に反しないからです。判例の札です。結局、法定解除に戻った形ですか。近い読み方です。もし解除権を行使していたとしても負うはずの額の範囲なら、保証人は引き受けた範囲を超えません。ですから、及ぶのです。この判決は請負の前払金の事案です。売買の設例に当てはめる箇所は、同じ考え方で読める、というこちらの説明です。冒頭の設例で確かめます。Bが車を引き渡さないので、AとBが合意解除し、Bは代金の200万円を返すと約束したとします。Bの不履行に基づく合意解除で、解除権を行使しても返すはずの200万円の範囲です。ですから、Cの保証は及びます。逆に、Bに不履行はなく、Aの都合で売買をやめることにした合意解除なら、例外の1つめの要件を欠きます。原則どおり、Cは当然には責任を負いません。こちらの説明です。

無効・取消し——原則は及ばない

無効・取消しの板。取消しは初めから無効(121条)。無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は相手方を原状に復させる義務を負う(121条の2第1項)=契約が消えた結果として生じる返還義務。原則=保証人はこの返還義務までは保証しない。理由=1 売主の債務不履行から生じる責任ではない/2 契約が有効でない危険は取引をした債権者が負う。例外=行為能力の制限による取消しを知って保証した場合(449条の推定)。詐欺・強迫は449条の対象外。札=条文/こちらの説明。 図:無効・取消しの板

  • 取消しは初めから無効(121条)
  • 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は相手方を原状に復させる義務を負う(121条の2第1項)=契約が消えた結果として生じる返還義務
  • 原則=保証人はこの返還義務までは保証しない
  • 理由=1 売主の債務不履行から生じる責任ではない/2 契約が有効でない危険は取引をした債権者が負う
  • 例外=行為能力の制限による取消しを知って保証した場合(449条の推定)
  • 詐欺・強迫は449条の対象外
  • 札=条文/こちらの説明

3つめの場面は、無効と取消しです。売主が未成年者で、売主の側から売買が取り消されたような場面を考えてください。取消しは、初めから無効であったものとみなす、です。121条で、条文の札です。無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負います。121条の2第1項で、条文の札です。解除の原状回復義務と同じく、契約が消えた結果として生じる、返還の義務です。この返還義務まで、保証人が保証するか。原則は、保証しない、と整理するのが通常です。理由は2つあります。1つめ、解除の場合に及んだのは、保証人が、売主の債務不履行から生じる責任を引き受けたと読めたからでした。無効や取消しは、不履行の結果ではありません。契約そのものが、初めから無かった扱いです。保証人が引き受けた範囲の外です。2つめ、契約が有効でなかった、という危険は、取引をした当事者の側、つまり債権者が負うべきです。この場面で確かめます。未成年者が取り消したとき、行為の時に制限行為能力者であった者は、その行為によって現に利益を受けている限度で返せば足ります。つまり現存利益です。121条の2第3項で、条文の札です。無効の回で見ました。全部は戻らないかもしれない、という危険を、法律は、未成年者と取引した側に負わせているのです。保証人が引き受けたのは、主債務者の不履行から生じる責任です。契約が有効でなかった危険まで、保証人が引き受けたとは、通常は読めません。この場面は、こちらの説明の札で、原則だけ言います。

例外が、449条です。行為能力の制限による取消しの原因を知って保証した人は、取り消されても独立の債務を負担したものと推定されます。条文の札です。一方、詐欺や強迫による取消しは、449条の対象外のままです。

3つの場面を1枚にする

3場面の比較表。縦=場面、横=契約が消える原因/返す義務の出どころ/保証が及ぶか/札。法定解除=債務不履行による解除権の行使/解除の効果(545条1項)/及ぶ(特に反対の意思表示がないかぎり)/判例。合意解除=当事者の合意/合意の約束または解除の効果/当然には及ばない(債務不履行に基づき、解除で負う額より重くなければ及ぶ)/判例(請負・前払金の事案)。無効・取消し=契約が初めから無かった扱い/121条の2第1項/原則及ばない(行為能力の制限を知って保証した場合は449条の推定)/こちらの説明。 図:3場面の比較表

  • 縦=場面、横=契約が消える原因/返す義務の出どころ/保証が及ぶか/札
  • 法定解除=債務不履行による解除権の行使/解除の効果(545条1項)/及ぶ(特に反対の意思表示がないかぎり)/判例
  • 合意解除=当事者の合意/合意の約束または解除の効果/当然には及ばない(債務不履行に基づき、解除で負う額より重くなければ及ぶ)/判例(請負・前払金の事案)
  • 無効・取消し=契約が初めから無かった扱い/121条の2第1項/原則及ばない(行為能力の制限を知って保証した場合は449条の推定)/こちらの説明

3つの場面を、1枚にします。法定解除です。契約が消える原因は、債務不履行による解除権の行使です。返す義務の出どころは、解除の効果です。保証は、特に反対の意思表示がないかぎり、及びます。根拠は判例です。合意解除です。原因は、当事者の合意です。返す義務の出どころは、合意の約束か、解除の効果です。保証は、当然には及びません。債務不履行に基づき、解除で負うはずの額より重くなければ、及びます。根拠は判例で、請負の前払金の事案です。無効と取消しです。原因は、契約が初めから無かった扱いです。出どころは、121条の2第1項です。保証は、原則、及びません。行為能力の制限を知って保証した場合は、449条の推定があります。根拠は、こちらの説明です。読み分けの軸は、1つです。保証人は、売主の債務不履行から生じる責任を引き受けたと、読めるか。解除は、不履行から生じるので、読めます。合意解除は、保証人の知らない合意で決まるので、当然には読めません。無効と取消しは、不履行ではありません。この1つの軸で、3つの場面を読み分けられます。こちらの説明です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

冒頭の設例の関係図(答え)。A 買主=債権者、B 売主=主債務者、C 保証人。AはCに、特に反対の意思表示がない限り、払った200万円の返還(原状回復)を請求できる。理由=特定物の売買における売主のための保証人は、売主の債務不履行から生じる責任を引き受けたと読む。Cが「返還は保証しない」と特約していれば別。辺ラベルの語=売買/保証契約/代金/原状回復。 図:冒頭の設例の関係図

  • 答え
  • A 買主=債権者、B 売主=主債務者、C 保証人。AはCに、特に反対の意思表示がない限り、払った200万円の返還(原状回復)を請求できる。理由=特定物の売買における売主のための保証人は、売主の債務不履行から生じる責任を引き受けたと読む。Cが「返還は保証しない」と特約していれば別。辺ラベルの語=売買
  • 保証契約
  • 代金
  • 原状回復。

冒頭の問いに戻ります。Aは、Cに、払った200万円を返してくれ、と言えるか。答えは、言えます。特に反対の意思表示がない限り、です。特定物の売買における売主のための保証人は、売主の債務不履行から生じる責任を引き受けたと読みます。解除による代金の返還も、その責任に入ります。Cが「返還は保証しない」と特約していたなら別です。AとBが合意解除をした場合は、当然には及びません。

今日のまとめ。3つの柱=1 449条(行為能力の制限による取消しの原因を知って保証→独立の債務と推定・詐欺強迫は対象外)・450条(保証人を立てる義務があるとき行為能力者と弁済をする資力・2項は資力の喪失・3項は指名で適用なし)/2 447条(1項 元本+利息・違約金・損害賠償その他従たるもの・2項 不履行の制裁だけ保証債務について別に約定)/3 解除・無効取消し(法定解除=及ぶ・合意解除=当然には及ばない・無効取消し=原則及ばない)。 図:今日のまとめ

3つの柱で整理します。1つめ、449条です。行為能力の制限による取消しの原因を知って保証した人は、独立の債務を負担したものと推定されます。詐欺や強迫は対象外です。450条は、保証人を立てる義務があるときの要件で、行為能力者であることと、弁済をする資力を有することです。2項は資力の喪失で、3項は債権者が指名したときは適用されません。2つめ、447条です。保証債務は、元本のほか、利息、違約金、損害賠償その他従たるすべてのものを包含します。2項は、不履行の制裁だけ、保証債務について別に約束できます。3つめ、契約が消えたときです。法定解除は及びます。合意解除は当然には及びません。無効と取消しは、原則及びません。契約を解除したあと、保証人に原状回復義務を請求できるか、は、論文で論点になりうる所です。根拠の札を付けて整理します。条文は、420条3項、447条、449条、450条、451条、121条、121条の2第1項と3項、545条1項です。判例は、売主のための保証と解除による原状回復義務の判決、合意解除と保証人の責任の判決です。こちらの説明は、主なものとして、449条の趣旨、詐欺や強迫を対象外とする理由、450条3項の読み方、数字の例、原状回復義務に保証が及ぶ理由の読み方、無効と取消しの原則、読み分けの軸です。

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#217単独ページ動画

保証人の抗弁・情報提供義務・生じた事由の効力(452条〜458条の3)

第4章 債権総論 #217/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

本人に預金があるのに、保証人に請求が来た

冒頭の設例の関係図。A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主・口座に預金150万円)、C 保証人。AはBに200万円を貸し、Cが保証した。弁済期が過ぎ、AはBには何も言わず、いきなりCに請求した。問い=Cは「まずBから取ってくれ」と言えるか。辺ラベルの語=貸金200万円/保証/請求。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主・口座に預金150万円)、C 保証人
  • AはBに200万円を貸し、Cが保証した
  • 弁済期が過ぎ、AはBには何も言わず、いきなりCに請求した
  • 問い=Cは「まずBから取ってくれ」と言えるか
  • 辺ラベルの語=貸金200万円/保証/請求

先に答えです。言えます。ただし、言葉は2段です。1段目、「まずBに請求してください」。これは催告の抗弁で、Aが一度Bに請求すれば、使い切ります。2段目、「Bにはお金があって、取りやすいです」。これをC自身が証明すれば、AはまずBの財産に執行しなければなりません。検索の抗弁です。本当に効くのは、こちらです。なお、連帯保証人なら、どちらも言えません。今日の登場人物です。Aが債権者、Bが主債務者、Cが保証人です。前の2回と同じ役です。

保証の最初の回から——保証人の言い分は2系統

前の回の受けと根拠の札の板。補充性=請求の順番は主債務者、そして保証人(保証の最初の回)。催告の抗弁・検索の抗弁=保証の最初の回は名前だけ→今日は要件と効果。根拠の札4つ=条文/判例(最高裁・大審院の判決)/立案の過程の説明(2017年改正のときの理由)/こちらの説明(理解のための説明)。 図:前の回の受けと根拠の札の板

  • 補充性=請求の順番は主債務者、そして保証人(保証の最初の回)
  • 催告の抗弁・検索の抗弁=保証の最初の回は名前だけ→今日は要件と効果
  • 根拠の札4つ=条文/判例(最高裁・大審院の判決)/立案の過程の説明(2017年改正のときの理由)/こちらの説明(理解のための説明)

保証の最初の回を受けます。保証債務の補充性とは、請求の順番が、主債務者、そして保証人となることでした。そして、催告の抗弁と検索の抗弁を、名前と一言だけ出して、要件と効果は別の回、としました。今日が、その回です。今日も話の根拠が混ざるので、そのつど、なにに基づく話かを言います。根拠の札は4つです。条文に書かれていることは、条文の札です。最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことは、判例の札です。2017年の改正のとき、なぜそう決めたのか、として説明されていることは、立案の過程の説明の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための説明は、こちらの説明の札です。答案では、条文は条文番号を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

保証人が債権者に言えることの2系統の板。補充性から(請求の順番)=452条 催告の抗弁・453条 検索の抗弁・455条 怠った場合。付従性から(主債務に付き従う)=457条2項 主債務者の抗弁を対抗できる・457条3項 履行を拒む。連帯保証には補充性から出る2つが無い(454条)。 図:保証人が債権者に言えることの2系統の板

  • 補充性から(請求の順番)=452条 催告の抗弁・453条 検索の抗弁・455条 怠った場合
  • 付従性から(主債務に付き従う)=457条2項 主債務者の抗弁を対抗できる・457条3項 履行を拒む
  • 連帯保証には補充性から出る2つが無い(454条)

保証人の言い分は、出どころで2系統に分かれます。補充性から出るものは、請求の順番の話です。催告の抗弁、検索の抗弁、そして、債権者が怠ったときの455条です。付従性から出るものは、主債務者の持っている言い分を、保証人も使える、という話です。457条の2項と3項です。まず、順番の話から見ます。

催告の抗弁——「まず本人に請求して」

452条の板。要件=債権者が保証人に履行を請求した。効果=保証人は、まず主たる債務者に催告をすべき旨を請求できる。ただし書=主たる債務者が破産手続開始の決定を受けたとき/その行方が知れないときは、この限りでない。札=条文/こちらの説明。 図:452条の板

  • 要件=債権者が保証人に履行を請求した
  • 効果=保証人は、まず主たる債務者に催告をすべき旨を請求できる
  • ただし書=主たる債務者が破産手続開始の決定を受けたとき/その行方が知れないときは、この限りでない
  • 札=条文/こちらの説明

今日の3つの柱の1つめ、保証人の抗弁の前半です。保証人が、債権者に「まず主債務者に請求してください」と言える。それが催告の抗弁です。452条を読みます。

条文民法452条

民法第452条(催告の抗弁) 債権者が保証人に債務の履行を請求したときは、保証人は、まず主たる債務者に催告をすべき旨を請求することができる。ただし、主たる債務者が破産手続開始の決定を受けたとき、又はその行方が知れないときは、この限りでない。

本文です。債権者が保証人に請求したとき、保証人は、まず主たる債務者に催告をするよう、請求できます。催告とは、払ってくださいと、債権者が相手に請求することです。条文の札です。ただし書です。主債務者が破産手続開始の決定を受けたとき、または行方が知れないときは、言えません。理由は、こちらの説明です。破産している人や、行方の分からない人に催告しても、意味が薄い、あるいはできないからです。「まず本人に」と言えるなら、Bが払うまでAは待つのですか。違います。ここが、この抗弁の弱いところです。保証人が言えるのは、「まず請求してください」というところまでです。AがBに、一度、電話や書面で請求すれば、この抗弁は使い切ります。Bが払わなくても、Aはそのあとで、改めてCに請求できます。催告は、裁判の外の請求で足ります。こちらの説明です。次の453条が「催告をした後であっても」で始まっているのも、催告をして先へ進む前提だからです。条文の札です。設例で確かめます。AがCに請求し、Cが「まずBに」と言いました。AはBに書面で請求しましたが、Bは動きません。するとAは、改めてCに請求できます。Cは、もう催告の抗弁を使えません。だから、本当に効くのは、次の検索の抗弁です。

検索の抗弁——「本人の財産から先に取って」

453条の板。要件=1 主たる債務者に弁済をする資力がある/2 執行が容易である。この2つを保証人が証明する(証明するのは保証人)。効果=債権者は、まず主たる債務者の財産について執行をしなければならない。資力は一部で足りる(大判昭8・6・13)。札=条文/判例/こちらの説明。 図:453条の板

  • 要件=1 主たる債務者に弁済をする資力がある/2 執行が容易である
  • この2つを保証人が証明する(証明するのは保証人)
  • 効果=債権者は、まず主たる債務者の財産について執行をしなければならない
  • 資力は一部で足りる(大判昭8・6・13)
  • 札=条文/判例/こちらの説明

453条です。債権者が催告をした後であっても、使える抗弁です。読みます。

条文民法453条

民法第453条(検索の抗弁) 債権者が前条の規定に従い主たる債務者に催告をした後であっても、保証人が主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ、執行が容易であることを証明したときは、債権者は、まず主たる債務者の財産について執行をしなければならない。

要件は2つです。1つめ、主債務者に、弁済をする資力があること。2つめ、執行が容易であること。そして、この2つを証明するのは、保証人です。債権者の側が、資力が無いと証明するのではありません。条文の札です。効果は、債権者が、まず主債務者の財産について執行をしなければならない、です。執行とは、裁判所の手続で、財産から強制的に回収することです。Bの預金は150万円で、200万円には足りません。それでも、資力があると言えるのですか。言えます。大審院の判決は、主債務者が、執行しやすい財産を若干持っていると証明すれば足り、債務の全額が取れると証明しなくてよい、としました。判例の札です。理由は、こちらの説明です。検索の抗弁の狙いは、まず主債務者の財産から取らせて、取れた分だけ保証人の負担を軽くすることです。一部でも取れれば、そのぶん、保証人の負担は減ります。ですから、冒頭のBの150万円でも、Cは検索の抗弁を出せます。もう1つの要件、執行が容易であることです。これは、取り立てや換価が簡単な財産、という意味です。預金や現金は典型です。外国にある財産は、日本の執行の手続では取りにくいので、容易とは言いにくいです。不動産は、担保の付き方や売りにくさで事情が分かれるので、一律には言えません。こちらの説明です。検索の抗弁を使えるのは、保証人です。物上保証人、つまり他人の債務のために自分の物に担保を付けた人には、類推されません。責任が目的物に限られることなどが理由で、こちらの説明です。

2つの抗弁の違いを整理します。催告の抗弁は、請求の順番を、一度だけ回します。証明は要りません。検索の抗弁は、証明が要りますが、通れば、取り立ての順番が、主債務者の財産から先に決まります。証明の責任を負うのは、検索の抗弁だけです。

455条——債権者が放置したらどうなるか

455条の板。要件=1 保証人が452条の請求又は453条の証明をした/2 債権者が催告又は執行を怠った/3 そのために主たる債務者から全部の弁済を得られなかった。効果=債権者が直ちに催告又は執行をすれば弁済を得ることができた限度で、保証人は義務を免れる。札=条文。 図:455条の板

  • 要件=1 保証人が452条の請求又は453条の証明をした/2 債権者が催告又は執行を怠った/3 そのために主たる債務者から全部の弁済を得られなかった
  • 効果=債権者が直ちに催告又は執行をすれば弁済を得ることができた限度で、保証人は義務を免れる
  • 札=条文

抗弁を出しても、債権者が放置したら、意味がありません。そこで、放置の不利益を債権者に負わせるのが、455条です。抗弁の実効性を支える条文だ、というのが、こちらの説明です。読みます。

条文民法455条

民法第455条(催告の抗弁及び検索の抗弁の効果) 第四百五十二条又は第四百五十三条の規定により保証人の請求又は証明があったにもかかわらず、債権者が催告又は執行をすることを怠ったために主たる債務者から全部の弁済を得られなかったときは、保証人は、債権者が直ちに催告又は執行をすれば弁済を得ることができた限度において、その義務を免れる。

要件は3つです。1つめ、保証人が請求または証明をしたこと。2つめ、債権者が怠ったこと。最後に3つめ、そのせいで、全部の弁済を得られなかったことです。効果は、直ちに執行すれば得られた限度で、保証人が義務を免れる、です。全額の免責ではありません。条文の札です。

455条の計算板。冒頭の設例(A 債権者・B 主債務者・C 保証人)。時系列=Cが検索の抗弁を出し、Bの預金150万円を証明→Aは執行せず放置→数か月後、Bの預金は0円に→AはBから1円も取れなかった。計算=200万円-150万円(直ちに執行すれば取れた額)=Cが払うのは50万円。札=条文/こちらの説明。 図:455条の計算板

  • 冒頭の設例(A 債権者・B 主債務者・C 保証人)
  • 時系列=Cが検索の抗弁を出し、Bの預金150万円を証明→Aは執行せず放置→数か月後、Bの預金は0円に→AはBから1円も取れなかった
  • 計算=200万円-150万円(直ちに執行すれば取れた額)=Cが払うのは50万円
  • 札=条文/こちらの説明

冒頭の設例で計算します。Cが検索の抗弁を出し、Bに預金が150万円あることを証明しました。ところがAは執行せず、放置しました。数か月後、Bの預金は引き出されて、0円になりました。AはBから、1円も取れませんでした。直ちに執行していれば、150万円取れたはずです。Cは、その150万円の限度で、義務を免れます。Cが払うのは、200万円ひく150万円で、50万円です。単純化した数字です。こちらの説明です。抗弁を出さず、証明もしなかった保証人は、455条の入口に立てません。条文は「保証人の請求又は証明があったにもかかわらず」で始まっています。抗弁を出していない保証人は、この条文で守られません。条文の札です。

付従性から出る抗弁——457条2項と3項

系統が変わる板。ここまで=補充性から出る言い分(請求の順番)。ここから=付従性から出る言い分(主債務者が持っている言い分を保証人が使う)。457条2項=主債務者の抗弁を保証人が援用する/3項=主債務者の相殺権・取消権・解除権は保証人が行使できず、履行を拒むだけ。 図:系統が変わる板

  • ここまで=補充性から出る言い分(請求の順番)
  • ここから=付従性から出る言い分(主債務者が持っている言い分を保証人が使う)
  • 457条2項=主債務者の抗弁を保証人が援用する/3項=主債務者の相殺権・取消権・解除権は保証人が行使できず、履行を拒むだけ

ここで系統が変わります。ここまでは、補充性、つまり請求の順番から出る言い分でした。次は、付従性から出る言い分です。保証債務は、主債務に付き従います。ですから、主債務者が債権者に言える言い分を、保証人も使えます。457条を読みます。1項は、あとの柱で使います。今は2項と3項を見ます。

条文民法457条

民法第457条(主たる債務者について生じた事由の効力) 1 主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予及び更新は、保証人に対しても、その効力を生ずる。 2 保証人は、主たる債務者が主張することができる抗弁をもって債権者に対抗することができる。 3 主たる債務者が債権者に対して相殺権、取消権又は解除権を有するときは、これらの権利の行使によって主たる債務者がその債務を免れるべき限度において、保証人は、債権者に対して債務の履行を拒むことができる。

2項です。保証人は、主債務者が主張できる抗弁をもって、債権者に対抗できます。条文の札です。抗弁とは、相手の請求を退ける言い分のことです。例を3つ挙げます。こちらの説明です。

457条2項の設例の板。A 債権者(売主)・B 主債務者(買主)・C 保証人。AはBに車を200万円で売り、Cが代金債務を保証した。例1 同時履行の抗弁=Aが車を渡さないなら、Bは「引渡しと引換えでなければ払わない」と言え、Cも同じことが言える。例2 弁済期が来ていない=Bの弁済期がまだならCも払わなくてよい。例3 主債務が存在しない・すでに消えている=Bが弁済済みならCも払わない。札=条文/こちらの説明。 図:457条2項の設例の板

  • A 債権者(売主)・B 主債務者(買主)・C 保証人
  • AはBに車を200万円で売り、Cが代金債務を保証した
  • 例1 同時履行の抗弁=Aが車を渡さないなら、Bは「引渡しと引換えでなければ払わない」と言え、Cも同じことが言える
  • 例2 弁済期が来ていない=Bの弁済期がまだならCも払わなくてよい
  • 例3 主債務が存在しない・すでに消えている=Bが弁済済みならCも払わない
  • 札=条文/こちらの説明

場面を替えます。Aが売主、Bが買主、保証人はCです。役はそのままで、Aが売主になります。AはBに車を200万円で売り、Cが代金債務を保証しました。1つめ、同時履行の抗弁です。Aが車を渡さないなら、Bは「引渡しと引換えでなければ払わない」と言えます。Cも同じことを、Aに言えます。2つめ、弁済期が来ていないことです。Bの弁済期がまだなら、Cも払わなくてよいです。3つめ、主債務が存在しない、あるいは、すでに消えていることです。Bが弁済済みなら、Cも払う必要がありません。保証の最初の回で見た、消滅における付従性を、Cの言い分として出す形です。3項は、受けだけにします。主債務者が、相殺権、取消権、解除権を持つとき、保証人は、それらの権利の行使でBが免れるはずの限度で、履行を拒めます。保証人が相殺や取消しをできるのではありません。他人の権利を処分できないから、履行を拒めるだけです。この理由は、取消権の回と、相殺の機能の回で見ました。条文の札です。解除権なら、Bが売買を解除できる場合、解除すればBが免れる限度で、Cも拒めます。

2項は、Bの抗弁を、Cが自分で使います。言い分を出しても、Bの権利関係は何も変わりません。だから、Cが借りて使っても、Bの権利を処分したことにはなりません。3項は、Bの相殺、取消し、解除を、Cは行使できず、履行を拒めるだけです。相殺権、取消権、解除権は、形成権、つまり一方的な意思表示だけで権利関係を変えられる権利です。Cが使えば、Bの債権が消えたり、Bの契約がなくなったりします。それが、他人の権利の処分です。抗弁は借りて使える、形成権は拒むだけ、と覚えてください。こちらの説明です。

条文民法454条

民法第454条(連帯保証の場合の特則) 保証人は、主たる債務者と連帯して債務を負担したときは、前二条の権利を有しない。

最後に、連帯保証との線です。454条です。保証人が主債務者と連帯して債務を負担したときは、催告の抗弁と検索の抗弁を持ちません。冒頭の「連帯保証人なら言えない」の根拠です。本体は、別の回です。条文の札です。

柱1のまとめ板。保証人が債権者に言えること。補充性から=452条 催告の抗弁(一度の請求で使い切り)・453条 検索の抗弁(資力と執行の容易さを保証人が証明)・455条 怠った場合(直ちに執行すれば得られた限度で免責)。付従性から=457条2項 主債務者の抗弁・457条3項 履行拒絶。連帯保証=補充性から出る2つが無い(454条)。 図:柱1のまとめ板

  • 保証人が債権者に言えること
  • 補充性から=452条 催告の抗弁(一度の請求で使い切り)・453条 検索の抗弁(資力と執行の容易さを保証人が証明)・455条 怠った場合(直ちに執行すれば得られた限度で免責)
  • 付従性から=457条2項 主債務者の抗弁・457条3項 履行拒絶
  • 連帯保証=補充性から出る2つが無い(454条)

1つめの柱を、1枚にします。補充性から、催告の抗弁と検索の抗弁と、怠ったときの455条です。付従性から、主債務者の抗弁を使う457条2項と、履行を拒む同3項です。連帯保証には、補充性から出る2つが無い。これが、保証人が債権者に言えることの全体です。

債権者の情報提供義務①——458条の2

458条の2の板。誰が=委託を受けて保証をした保証人(個人・法人を問わない)が請求したとき/債権者は=遅滞なく/何を=主債務の元本と、利息・違約金・損害賠償その他従たる全てのものについての不履行の有無・残額・弁済期が到来しているものの額。委託のない保証人には請求権がない。札=条文/立案の過程の説明/こちらの説明。 図:458条の2の板

  • 誰が=委託を受けて保証をした保証人(個人・法人を問わない)が請求したとき/債権者は=遅滞なく/何を=主債務の元本と、利息・違約金・損害賠償その他従たる全てのものについての不履行の有無・残額・弁済期が到来しているものの額
  • 委託のない保証人には請求権がない
  • 札=条文/立案の過程の説明/こちらの説明

2つめの柱です。保証人は、主債務者がちゃんと払っているかを、知らないままのことがあります。その間に、遅延損害金が積み上がります。2017年の改正で、債権者に、情報を出す義務が入りました。まず458条の2です。その前に、前回の要点を1つ思い出してください。447条1項で、保証人が払う範囲に入るのは、元本のほかに何でしたか?利息、違約金、損害賠償、その他、主債務に従たるもの、でした。その言葉が、そのまま、情報提供の対象になります。読みます。

条文民法458条の2

民法第458条の2(主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務) 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、保証人の請求があったときは、債権者は、保証人に対し、遅滞なく、主たる債務の元本及び主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのものについての不履行の有無並びにこれらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければならない。

型は3つです。1つめ、請求するのは、主債務者の委託を受けた保証人です。個人でも、法人でも構いません。2つめ、債権者は、請求を受けて、遅滞なく応じます。3つめ、中身は、不履行の有無、残額、そのうち弁済期が到来しているものの額です。条文の札です。委託を受けていない保証人は、この情報を請求できません。458条の2が、請求できる人を、委託を受けた保証人に限っているからです。理由は、立案の過程の説明の札です。不履行の有無や残額は、主債務者の信用に関わる情報です。主債務者の許可なく、債権者に出させることには問題がある、と考えられました。委託を受けた保証人なら、主債務者の了解の範囲内だと言えます。ここは、こちらの説明です。もう1つ、取り違えやすい点です。債権者が情報を出さなかったときの効果は、458条の2には書かれていません。一般の債務不履行、つまり損害賠償などの問題として処理される、と審議の場で説明されました。立案の過程の説明の札です。次に見る458条の3のような、「遅延損害金を請求できない」という効果は、ここにはありません。設例です。Cは、Bに頼まれて保証人になりました。半年前にBが返済を止めたことを、Cは知りません。CがAに「Bの返済状況を教えてください」と請求しました。するとAは、遅滞なく、元本200万円は未払いであること、遅延損害金がいくらであること、そのうち弁済期が来ているのがいくらであること、を答える義務があります。こちらの説明です。

債権者の情報提供義務②——458条の3

458条の3の板。期限の利益の喪失=期限まで払わなくてよいという利益を失い、残りの全額をすぐ払う義務が生じること。1項=債権者は、喪失を知った時から2箇月以内に保証人へ通知する。2項=通知しなければ、喪失した時から通知を現にするまでの遅延損害金は保証人に請求できない(喪失しなくても生ずべきものを除く)。3項=保証人が法人のときは適用しない。札=条文。 図:458条の3の板

  • 期限の利益の喪失=期限まで払わなくてよいという利益を失い、残りの全額をすぐ払う義務が生じること
  • 1項=債権者は、喪失を知った時から2箇月以内に保証人へ通知する
  • 2項=通知しなければ、喪失した時から通知を現にするまでの遅延損害金は保証人に請求できない(喪失しなくても生ずべきものを除く)
  • 3項=保証人が法人のときは適用しない
  • 札=条文

次は458条の3です。分割払いの約束だったBが滞納すると、期限の利益を失うことがあります。期限の利益とは、期限まで払わなくてよいという利益です。これを失うと、残りの全額を、すぐ払う義務が生じます。そして、残りの全額に、遅延損害金が付き始めます。Cが知らないうちに、膨らみます。そこで、この条文です。読みます。

条文民法458条の3

民法第458条の3(主たる債務者が期限の利益を喪失した場合における情報の提供義務) 1 主たる債務者が期限の利益を有する場合において、その利益を喪失したときは、債権者は、保証人に対し、その利益の喪失を知った時から二箇月以内に、その旨を通知しなければならない。 2 前項の期間内に同項の通知をしなかったときは、債権者は、保証人に対し、主たる債務者が期限の利益を喪失した時から同項の通知を現にするまでに生じた遅延損害金(期限の利益を喪失しなかったとしても生ずべきものを除く。)に係る保証債務の履行を請求することができない。 3 前二項の規定は、保証人が法人である場合には、適用しない。

1項です。債権者は、利益の喪失を知った時から2箇月以内に、保証人に通知しなければなりません。保証人の請求は要りません。債権者が自分から通知します。委託の有無も、条文に要件がありません。委託を受けていない保証人にも、適用されます。2項です。期間内に通知しなかったときは、喪失した時から通知を現にするまでに生じた遅延損害金に係る保証債務の履行を、請求できません。3項です。保証人が法人なら、適用しません。つまり、守られるのは、個人の保証人だけです。条文の札です。

458条の3の数字板。残りの元本200万円・年3パーセント。Bが分割払いを滞納し期限の利益を喪失→Aは喪失を知ったが、Cへの通知は5か月後。遅延損害金=200万円×3パーセント×5/12=2万5,000円。これはCに請求できない。すでに弁済期が来ていた分の遅延損害金は、喪失しなくても生ずるので別。Bには請求できる。札=条文/こちらの説明。 図:458条の3の数字板

  • 残りの元本200万円・年3パーセント
  • Bが分割払いを滞納し期限の利益を喪失→Aは喪失を知ったが、Cへの通知は5か月後
  • 遅延損害金=200万円×3パーセント×5/12=2万5,000円
  • これはCに請求できない
  • すでに弁済期が来ていた分の遅延損害金は、喪失しなくても生ずるので別
  • Bには請求できる
  • 札=条文/こちらの説明

数字で見ます。残りの元本は200万円で、遅延損害金は年3パーセントとします。Bが分割払いを滞納して、期限の利益を喪失しました。Aは、それを知ったのに、Cへの通知を、5か月後までしませんでした。この5か月の遅延損害金は、200万円かける3パーセントかける12分の5で、2万5,000円です。AはこれをCに請求できません。ただし、すでに弁済期が来ていた滞納分の遅延損害金は、期限の利益を喪失しなくても生じるので、条文のかっこ書で除かれます。そちらはCに請求できます。そして、この2万5,000円も、Bには、なお請求できます。制限されるのは、Cへの請求だけです。こちらの説明です。

2箇月を過ぎたら、超えた分だけが請求できなくなるのですか。違います。喪失した時から通知するまでの全部です。2箇月は、通知の期限です。過ぎたときの効果は、喪失の時までさかのぼって、遅延損害金の請求が止まります。条文の札です。趣旨は、個人の保証人を、気づかないうちに遅延損害金が膨らむ危険から守ることです。こちらの説明です。

2つの情報提供義務を1枚にする

458条の2と458条の3の比較表。縦=項目、横=458条の2/458条の3。請求の要否=請求が要る/請求は不要(債権者が自分から通知)。誰に=委託を受けた保証人(個人・法人を問わない)/委託の有無を問わないが個人の保証人だけ。何を=不履行の有無・残額・弁済期到来分の額/期限の利益の喪失の通知(知った時から2箇月以内)。違反の効果=条文に無い(一般の債務不履行)/通知までの遅延損害金を請求できない。一言=聞かれたら答える/聞かれなくても知らせる。札=条文/こちらの説明。 図:458条の2と458条の3の比較表

  • 縦=項目、横=458条の2/458条の3
  • 請求の要否=請求が要る/請求は不要(債権者が自分から通知)
  • 誰に=委託を受けた保証人(個人・法人を問わない)/委託の有無を問わないが個人の保証人だけ
  • 何を=不履行の有無・残額・弁済期到来分の額/期限の利益の喪失の通知(知った時から2箇月以内)
  • 違反の効果=条文に無い(一般の債務不履行)/通知までの遅延損害金を請求できない
  • 一言=聞かれたら答える/聞かれなくても知らせる
  • 札=条文/こちらの説明

2つを1枚にします。458条の2は、請求が要ります。請求するのは、委託を受けた保証人で、個人でも法人でも構いません。中身は、不履行の有無、残額、弁済期が来ている額です。違反の効果は、条文にありません。458条の3は、請求が要りません。委託の有無を問いませんが、守られるのは個人の保証人だけです。中身は、期限の利益を喪失したことの通知で、知った時から2箇月以内です。違反すれば、通知までの遅延損害金を、保証人に請求できません。一言で言うと、458条の2は聞かれたら答える義務、458条の3は聞かれなくても知らせる義務です。こちらの説明です。

1人に生じた事由——主債務者から保証人へ

3つめの柱の問いの板。保証で見る「1人に生じた事由」=主債務者(B)に生じた事由は保証人(C)に及ぶか/保証人(C)に生じた事由は主債務者(B)に及ぶか。連帯債務では相対効が原則だった。保証では向きが非対称になる。理由は一つ=保証が主債務に付き従うから。 図:3つめの柱の問いの板

  • 保証で見る「1人に生じた事由」=主債務者(B)に生じた事由は保証人(C)に及ぶか/保証人(C)に生じた事由は主債務者(B)に及ぶか
  • 連帯債務では相対効が原則だった
  • 保証では向きが非対称になる
  • 理由は一つ=保証が主債務に付き従うから

3つめの柱です。連帯債務の回で、1人に生じた事由が他の人にも及べば絶対効、及ばなければ相対効、と見ました。その見方を、保証に当てます。主債務者に起きたことは、保証人に及ぶか。保証人に起きたことは、主債務者に及ぶか。連帯債務では、相対効が原則でした。保証では、向きによって答えが違います。この非対称が、今日の要点です。まず、主債務者から保証人へです。原則は、主債務者に生じた事由は、すべて保証人に及びます。付従性だからです。こちらの説明です。例を挙げます。Bが弁済すれば、主債務が消えて、保証債務も消えます。AがBを免除しても、同じです。Bが相殺しても、同じです。主債務の消滅時効が完成して援用されれば、保証債務も消えます。保証人自身も、その時効を援用できます。援用できる人の一人として、時効の援用の回で見ました。

457条1項の板。主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予及び更新は、保証人に対しても、その効力を生ずる。例=AがBに請求→Bの主債務の時効の完成が猶予→Cの保証債務の時効も猶予。Bが時効の完成前に承認→主債務の時効が更新→Cの保証債務の時効も更新。連帯債務(請求は相対効)とは向きが違う。札=条文/こちらの説明。 図:457条1項の板

  • 主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予及び更新は、保証人に対しても、その効力を生ずる
  • 例=AがBに請求→Bの主債務の時効の完成が猶予→Cの保証債務の時効も猶予
  • Bが時効の完成前に承認→主債務の時効が更新→Cの保証債務の時効も更新
  • 連帯債務(請求は相対効)とは向きが違う
  • 札=条文/こちらの説明

時効の場面が、457条1項です。さきほどのカードの1項を、もう一度見ます。主債務者に対する履行の請求その他の事由による、時効の完成猶予と更新は、保証人に対しても、その効力を生ずる、です。条文の札です。AがBに請求すれば、Bの主債務の時効の完成が猶予されます。Cの保証債務の時効も、同じく猶予されます。Bが時効の完成前に債務を承認して、主債務の時効が更新されれば、Cの保証債務の時効も更新されます。連帯債務では、請求は相対効でした。保証では、主債務者への請求が保証人に及ぶのですか。及びます。連帯債務では請求は相対効でしたが、保証では逆に、主債務者への請求は保証人にも及びます。理由は、こちらの説明です。主債務の時効が進み直しているのに、保証債務だけが先に時効で消えてしまっては、保証が主債務を支えられません。付従性のとおり、保証債務は主債務に付いていくのです。なお、主債務の債権が譲渡されれば、保証債権も一緒に移ります。随伴性で見たとおりです。

唯一の例外——主債務者の時効の利益の放棄

例外の板。主債務者Bが時効の利益を放棄しても、保証人Cには及ばない。Cはなお主債務の消滅時効を援用できる。理由=放棄の効果は放棄した者との関係でのみ生じる(相対効)。援用は主債務を消す行為だから付従性で連鎖するが、放棄は主債務を消さない行為だから連鎖しない。出典=大判昭6・6・4。札=判例/こちらの説明。 図:例外の板

  • 主債務者Bが時効の利益を放棄しても、保証人Cには及ばない
  • Cはなお主債務の消滅時効を援用できる
  • 理由=放棄の効果は放棄した者との関係でのみ生じる(相対効)
  • 援用は主債務を消す行為だから付従性で連鎖するが、放棄は主債務を消さない行為だから連鎖しない
  • 出典=大判昭6・6・4
  • 札=判例/こちらの説明

原則に、唯一の例外があります。その前に、時効の回の要点を1つ思い出してください。時効の利益の放棄の効果は、誰との関係で生じるんでしたか?放棄した者との関係でのみ生じます。相対効でした。例外は、主債務者の時効の利益の放棄です。Bが放棄しても、それはAとBの間だけの話です。AとCの間の線は、何も変わりません。ですから、Cはなお、主債務の消滅時効を援用できます。大審院の判決も、主債務者の時効の利益の放棄は保証人に及ばない、としています。判例の札です。理由を、時効の回の言葉で言い直します。援用は、主債務そのものを消す行為です。だから付従性で、保証債務にも連鎖します。放棄は、主債務を消さない行為です。だから、連鎖する先が、そもそもありません。こちらの説明です。一番典型的な場面で確かめます。弁済期から5年以上たち、主債務の消滅時効が完成していました。そこでBがAに「やはり返しますので、待ってください」と承認しました。時効の回で見たとおり、完成を知って承認すれば時効の利益の放棄で、知らずに承認しても、信義則で援用できなくなります。どちらでも、B自身は、以後、援用できません。判例の札です。それでも、後からCが請求されたときは、Cは「主債務は時効で消えています」と援用できます。AはBの承認を理由に、Cの援用を封じられません。こちらの説明です。主債務者の時効の利益の放棄と、保証人の援用は、論文で論点になりうる所です。

保証人から主債務者へ——満足を与えるものだけ

保証人に生じた事由の板。原則=主債務者には及ばない(保証債務は主債務を支える手段で、本体は主債務)。例外=債権を満足させるもの(弁済・代物弁済・供託・保証人が自分の債権でする相殺)は、その限度で主債務も消える。及ばない例=AがCに請求しても主債務の時効は止まらない/Cが保証債務を承認しても主債務の時効は更新されない(Cの保証債務の時効だけ更新)/Cが免除されてもBの債務は残る。札=こちらの説明。 図:保証人に生じた事由の板

  • 原則=主債務者には及ばない(保証債務は主債務を支える手段で、本体は主債務)
  • 例外=債権を満足させるもの(弁済・代物弁済・供託・保証人が自分の債権でする相殺)は、その限度で主債務も消える
  • 及ばない例=AがCに請求しても主債務の時効は止まらない/Cが保証債務を承認しても主債務の時効は更新されない(Cの保証債務の時効だけ更新)/Cが免除されてもBの債務は残る
  • 札=こちらの説明

逆向きです。保証人に生じた事由は、主債務者に及ぶでしょうか。原則は、及びません。保証債務は、主債務を支える手段にすぎません。本体は主債務です。保証人の側の事情で、本体を動かさない。こちらの説明です。保証人に生じた事由の効力を定める条文は、ありません。例外は、債権を満足させるものです。Cが弁済すれば、その限度で、主債務も消えます。代物弁済、供託も同じです。Cが自分の債権でする相殺も同じです。債権者が満足を得たのですから、当然です。こちらの説明です。及ばない例を、時効まわりで見ます。AがCに請求しても、Bの主債務の時効は止まりません。完成猶予されないのです。Cが保証債務を承認しても、Bの主債務の時効は更新されません。更新されるのは、Cの保証債務の時効だけです。CがAから免除されても、Bの債務は残ります。保証人にだけ債権譲渡を通知しても、主債務者への通知にはなりません。こちらの説明です。

弁済期から4年半がたっていたとします。AはBには何もせず、Cにだけ請求を重ねました。主債務の時効は進み続けて、5年で完成しえます。時効の回で見たとおり、債権の時効は、権利を行使できると知った時から5年です。Aは弁済期を知っていますから、弁済期から5年です。完成すれば、Cはその時効を援用して、保証債務も免れます。Aが主債務の時効を止めたいなら、Bに請求するか、Bの承認を得る必要があります。なお、連帯保証には、更改・相殺・混同などで別のルールがあります。ただ、連帯保証人に請求しても、原則として主債務者には及びません。本体は別の回です。

一覧表——生じた事由の効力

1人に生じた事由の一覧表。縦=事由(弁済・免除・履行の請求・承認・時効の完成・時効の利益の放棄)、横=主債務者に生じたら保証人は/保証人に生じたら主債務者は。弁済=保証債務も消える/主債務もその限度で消える。免除=保証債務も消える/及ばない。履行の請求=保証人にも及ぶ(時効の完成猶予・457条1項)/及ばない。承認=保証人にも及ぶ(時効の更新・457条1項)/及ばない(保証債務の時効だけ更新)。時効の完成=援用されれば保証債務も消える(保証人自身も援用できる)/保証債務の時効が完成しても主債務は消えない。時効の利益の放棄=及ばない(唯一の例外)/及ばない。 図:1人に生じた事由の一覧表

  • 縦=事由(弁済・免除・履行の請求・承認・時効の完成・時効の利益の放棄)、横=主債務者に生じたら保証人は/保証人に生じたら主債務者は
  • 弁済=保証債務も消える/主債務もその限度で消える
  • 免除=保証債務も消える/及ばない
  • 履行の請求=保証人にも及ぶ(時効の完成猶予・457条1項)/及ばない
  • 承認=保証人にも及ぶ(時効の更新・457条1項)/及ばない(保証債務の時効だけ更新)
  • 時効の完成=援用されれば保証債務も消える(保証人自身も援用できる)/保証債務の時効が完成しても主債務は消えない
  • 時効の利益の放棄=及ばない(唯一の例外)/及ばない

一覧表にします。左の列は、主債務者に生じたら、保証人はどうなるか。右の列は、保証人に生じたら、主債務者はどうなるか、です。弁済です。左は保証債務も消え、右は主債務もその限度で消えます。免除です。左は消え、右は及びません。履行の請求です。左は、時効の完成猶予が保証人にも及びます。右は及びません。承認です。左は、時効の更新が保証人にも及びます。右は及びません。保証債務の時効だけが更新されます。時効の完成です。左は、援用されれば、保証債務も消えます。右は、保証債務の時効が完成しても、主債務は消えません。時効の利益の放棄です。左は、及びません。唯一の例外です。右も、及びません。読み方です。左の列は、原則すべて及び、例外は1つです。右の列は、債権を満足させるもの以外は及びません。向きが非対称になる理由は、ただ一つです。主債務が本体で、保証債務はそれに付き従うからです。本体に起きたことは付き従う側に及び、付き従う側に起きたことは本体を動かしません。連帯債務の表では、相対効が原則でした。連帯債務の回で見たとおり、連帯債務者それぞれの債務が、独立して横に並んでいるからです。並んでいるだけなら、1人に起きたことは、他の人の債務を動かしません。保証は横に並ぶのではなく、主債務に付き従う。だから向きが生まれます。こちらの説明です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

冒頭の設例の関係図(答え)。A 債権者、B 主債務者(預金150万円)、C 保証人。Cは催告の抗弁で「まずBに」と言える。ただしAが一度Bに請求すれば足りる。本当に効くのは検索の抗弁=Bの預金150万円と執行の容易さをC自身が証明すれば、AはまずBの預金に執行しなければならない。放置して取れなくなれば、その150万円はCの責任から外れる(455条)。連帯保証人なら、どちらも言えない。 図:冒頭の設例の関係図

  • 答え
  • A 債権者、B 主債務者(預金150万円)、C 保証人。Cは催告の抗弁で「まずBに」と言える。ただしAが一度Bに請求すれば足りる。本当に効くのは検索の抗弁=Bの預金150万円と執行の容易さをC自身が証明すれば、AはまずBの預金に執行しなければならない。放置して取れなくなれば、その150万円はCの責任から外れる(455条)。連帯保証人なら、どちらも言えない。

冒頭の問いに戻ります。Cは、「まずBから取ってください」と言えるか。言えます。ただし、催告の抗弁は、Aが一度Bに請求すれば足ります。本当に効くのは、検索の抗弁です。Bに、預金が150万円あり、執行が容易であると、C自身が証明すれば、AはまずBの預金に執行しなければなりません。Aが放置して、取れなくなったなら、預金の150万円の分は、Cの責任から外れます。Cが払うのは、50万円です。455条です。連帯保証人なら、どちらも言えません。

今日のまとめ。3つの柱=1 保証人の抗弁(補充性から=催告・検索・455条/付従性から=457条2項 主債務者の抗弁・3項 履行を拒む)/2 情報提供義務(458条の2=請求で・委託を受けた保証人/458条の3=債権者が通知・個人の保証人)/3 1人に生じた事由(主債務者から保証人へ=原則すべて・例外は時効の利益の放棄/保証人から主債務者へ=債権を満足させるものだけ)。 図:今日のまとめ

3つの柱で整理します。1つめ、保証人の抗弁です。補充性から、催告の抗弁と検索の抗弁と、怠ったときの455条です。付従性から、主債務者の抗弁を使う457条2項と、履行を拒む同3項です。2つめ、情報提供義務です。458条の2は、請求があったときに、委託を受けた保証人へ答える義務です。458条の3は、債権者が自分から通知する義務で、守られるのは個人の保証人です。3つめ、1人に生じた事由です。主債務者から保証人へは、原則すべて及び、例外は時効の利益の放棄だけです。保証人から主債務者へは、債権を満足させるものだけが及びます。論文で論点になりうる所を、一言ずつ挙げます。主債務者の時効の利益の放棄と、保証人の援用です。もう1つ、検索の抗弁を、物上保証人に類推するかです。根拠の札を付けて整理します。条文は、452条、453条、454条、455条、457条、458条の2、458条の3です。判例は、大審院の2つで、資力は一部で足りるという判決と、主債務者の時効の利益の放棄は保証人に及ばないという判決です。立案の過程の説明は、458条の2が委託を受けた保証人に限られる理由です。こちらの説明は、主なものとして、執行が容易の具体例、催告の抗弁の効果の弱さ、数字の例、生じた事由の向きが非対称になる理由です。

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#218単独ページ動画

受託保証人の事後求償(459条・459条の2)

第4章 債権総論 #218/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

払った保証人は、本人からいくら取り戻せるか

冒頭の設例の関係図。A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bに頼まれて保証)。AはBに300万円を貸し、弁済期は12月末。Cが保証した。弁済期が来て、CがAに300万円を払った。問い=CはBにいくら返せと言えるか。もし弁済期の前に払っていたら同じか。辺ラベルの語=貸金300万円/保証/頼み。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bに頼まれて保証)
  • AはBに300万円を貸し、弁済期は12月末
  • Cが保証した
  • 弁済期が来て、CがAに300万円を払った
  • 問い=CはBにいくら返せと言えるか
  • もし弁済期の前に払っていたら同じか
  • 辺ラベルの語=貸金300万円/保証/頼み

先に答えです。弁済期に払ったなら、Cが支出した額、この例では300万円です。それに、払った日以後の法定利息なども付きます。459条です。ただし、支出した額が、消えた債務の額より大きいときは、消えた額が上限です。そして、弁済期の前に払っていたら、同じではありません。求償できるのは、Bがその当時利益を受けた限度で、しかも行使できるのは弁済期以後です。459条の2です。さらに、BとCが事前に約束していれば、求償の範囲は、その約束どおりになります。最高裁の判決があります。今日は、この3つの答えの理由を、順番にほどきます。今日の登場人物です。Aが債権者、Bが主債務者、Cが保証人です。前の3回と同じ役です。

保証の最初の回の受けと、根拠の札

前の回の受けと根拠の札の板。保証の最初の回=委託の有無は保証契約の成立要件ではない→効くのは求償。今日=委託を受けた保証人の求償。根拠の札3つ=条文/判例(最高裁・大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)。 図:前の回の受けと根拠の札の板

  • 保証の最初の回=委託の有無は保証契約の成立要件ではない→効くのは求償
  • 今日=委託を受けた保証人の求償
  • 根拠の札3つ=条文/判例(最高裁・大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)

保証の最初の回で、こう言いました。委託の有無が効くのは、求償です。委託がなければ、求償できる範囲が小さくなります。今日は、その求償のうち、頼まれて保証した人、つまり委託を受けた保証人の側を見ます。今日も話の根拠が混ざるので、そのつど、なにに基づく話かを言います。根拠の札は3つです。条文に書かれていることは、条文の札です。最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことは、判例の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための説明は、こちらの説明の札です。答案では、条文は条文番号を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

柱1——求償の全体像

求償の全体像の板。求償権=払った人が本人に「立て替えた分を返してください」と言う権利。事後求償=払った後に求償する/事前求償=払う前に求償する。保証人は、主債務者との関係で負担部分が無い(終局的に負担するのは主債務者)。連帯債務の求償=負担部分の割合/保証人の求償=払った額の全部。 図:求償の全体像の板

  • 求償権=払った人が本人に「立て替えた分を返してください」と言う権利
  • 事後求償=払った後に求償する/事前求償=払う前に求償する
  • 保証人は、主債務者との関係で負担部分が無い(終局的に負担するのは主債務者)
  • 連帯債務の求償=負担部分の割合/保証人の求償=払った額の全部

求償権とは、払った人が本人に「立て替えた分を返してください」と言う権利です。弁済による代位の回で出てきた、あの求償権です。払った後に求償するものを、事後求償と呼びます。払う前に求償するものを、事前求償と呼びます。今日は、この2つの呼び方を使います。連帯債務の回で、求償は負担部分の割合で、と見ました。保証は、そこが違います。保証人には、主債務者との関係で、負担部分がありません。終局的に負担するのは、主債務者だからです。こちらの説明です。ですから、保証人は払った額の全部を求められます。連帯保証人も保証人なので、求償はこの459条以下です。

求償の一覧板。縦=委託を受けた保証人/委託を受けない保証人/物上保証人。横=払った後(事後求償)/弁済期前に払った場合/払う前(事前求償)。委託を受けた保証人=459条/459条の2/460条・461条。委託を受けない保証人=462条の欄。物上保証人=351条(372条で抵当権に準用)・保証債務に関する規定に従う/―/―。 図:求償の一覧板

  • 縦=委託を受けた保証人/委託を受けない保証人/物上保証人
  • 横=払った後(事後求償)/弁済期前に払った場合/払う前(事前求償)
  • 委託を受けた保証人=459条/459条の2/460条・461条
  • 委託を受けない保証人=462条の欄
  • 物上保証人=351条(372条で抵当権に準用)・保証債務に関する規定に従う/―/―

一覧板です。縦に、委託を受けた保証人、委託を受けない保証人、物上保証人。横に、払った後、弁済期前に払った場合、払う前を並べます。委託を受けた保証人は、払った後が459条です。弁済期の前に払った場合が459条の2、払う前が460条と461条です。今日は、払ったあとと、弁済期前に払った場合の欄を埋めます。委託を受けない保証人は、462条の欄があるだけで、中身は別の回で扱います。物上保証人の行です。払った後は、抵当権の入り口の回で見た351条です。もう一度読みます。

条文民法351条

民法第351条(物上保証人の求償権) 他人の債務を担保するため質権を設定した者は、その債務を弁済し、又は質権の実行によって質物の所有権を失ったときは、保証債務に関する規定に従い、債務者に対して求償権を有する。

条文は質権の書き方です。ですが372条で、抵当権にも準用されています。ですから、Bの債務のために自分の土地に抵当権を設定した物上保証人が、弁済したり、抵当権を実行されて土地を失ったりしたときは、保証債務に関する規定に従って、Bに求償できます。条文の札です。一方、物上保証人の行は、払う前の欄が空いています。物上保証人に払う前の求償が無いことは、抵当権の入り口の回で一言触れました。払う前の求償と、なぜここが空いているのかを判例で確かめるのが、次の回の主役です。

柱2——委託を受けた保証人の事後求償 459条

459条の板。要件=1 主たる債務者の委託を受けて保証をした/2 債務の消滅行為(弁済その他自己の財産をもって債務を消滅させる行為)をした。効果=支出した財産の額の求償権(消滅した主たる債務の額が上限)。2項=442条2項を準用。札=条文/こちらの説明。 図:459条の板

  • 要件=1 主たる債務者の委託を受けて保証をした/2 債務の消滅行為(弁済その他自己の財産をもって債務を消滅させる行為)をした
  • 効果=支出した財産の額の求償権(消滅した主たる債務の額が上限)
  • 2項=442条2項を準用
  • 札=条文/こちらの説明

2つめの柱です。払った後の求償、事後求償です。459条を読みます。

条文民法459条

民法第459条(委託を受けた保証人の求償権) 1 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、主たる債務者に代わって弁済その他自己の財産をもって債務を消滅させる行為(以下「債務の消滅行為」という。)をしたときは、その保証人は、主たる債務者に対し、そのために支出した財産の額(その財産の額がその債務の消滅行為によって消滅した主たる債務の額を超える場合にあっては、その消滅した額)の求償権を有する。 2 第四百四十二条第二項の規定は、前項の場合について準用する。

1項を区切って読みます。まず、主たる債務者の委託を受けて保証をしたこと。次に、主債務者に代わって、弁済その他自分の財産をもって債務を消滅させる行為をしたこと。この行為を、条文は債務の消滅行為と呼びます。最後に、効果です。そのために支出した財産の額の求償権を有する。カッコの中は、支出した額が、消滅した主債務の額より大きいときは、消滅した額が上限になる、という意味です。条文の札です。答案では、この要件は条文どおりですので、459条1項の文言で書きます。債務の消滅行為は、弁済だけではありません。代物弁済、供託、相殺、更改なども入ります。代物弁済とは、本来の給付に代えて、別の物で債務を消すことです。共通するのは、保証人が自分の財産を出して、主債務を消している点です。これはこちらの説明です。逆に、含まれないものがあります。債権者が保証人の債務をただで免除した場合です。保証人は、自分の財産を何も出していません。支出した財産の額は0円で、求償する額もありません。こちらの説明です。

459条の数字板。設例=Bの300万円債務。1つめ=Cが時価250万円の物で代物弁済(債権者が受領)→支出250万円<消滅300万円→求償250万円。2つめ=Cが時価400万円の物で代物弁済→支出400万円>消滅300万円→求償300万円(上限は消滅した額)。札=条文/こちらの説明。 図:459条の数字板

  • 設例=Bの300万円債務
  • 1つめ=Cが時価250万円の物で代物弁済(債権者が受領)→支出250万円<消滅300万円→求償250万円
  • 2つめ=Cが時価400万円の物で代物弁済→支出400万円>消滅300万円→求償300万円(上限は消滅した額)
  • 札=条文/こちらの説明

数字で見ます。Bの300万円の債務です。1つめ。Cが、時価250万円の物で代物弁済をして、Aが受け取りました。債務は300万円分、消えます。ですが、Cが出したのは250万円です。求償できるのは、支出した250万円です。2つめ。Cが、時価400万円の物で代物弁済をして、Aが受け取りました。消えた債務は300万円です。支出は400万円ですが、カッコの上限がかかります。求償できるのは300万円です。支出した額と消滅した額の、小さい方です。Cが失った以上は返させず、Bが免れた以上は負わせない。だから小さい方になります。こちらの説明です。2項です。442条2項を準用します。連帯債務の回で見た条文です。求償には、弁済その他免責があった日以後の法定利息と、避けることができなかった費用その他の損害の賠償が含まれます。言葉は連帯債務のときと同じです。数字にします。300万円を弁済して、法定利率が年利3パーセントなら、その日以後の法定利息は、1年で9万円です。こちらの説明です。位置づけも、一言だけ言います。弁済による代位の回で、求償権の根拠として名前だけ見た話です。頼まれて仕事をした人は、委任の費用償還を求める関係にあります。459条以下は、保証についての特別の定めです。こちらの説明です。

柱3——期限の前に払った場合 459条の2

459条の2の板。弁済期前に債務の消滅行為をしたとき。1項前段=主たる債務者がその当時利益を受けた限度で求償/後段=Bが消滅行為の日以前に相殺の原因を有していたと主張するとき、Cは債権者に、相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求できる。2項=求償に含まれる法定利息等は弁済期以後の分。3項=求償権は弁済期以後でなければ行使できない。札=条文/こちらの説明。 図:459条の2の板

  • 弁済期前に債務の消滅行為をしたとき
  • 1項前段=主たる債務者がその当時利益を受けた限度で求償/後段=Bが消滅行為の日以前に相殺の原因を有していたと主張するとき、Cは債権者に、相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求できる
  • 2項=求償に含まれる法定利息等は弁済期以後の分
  • 3項=求償権は弁済期以後でなければ行使できない
  • 札=条文/こちらの説明

3つめの柱です。弁済期の前に払った場合です。冒頭の設例で、弁済期は12月末でした。Cが、その前の10月に、Aに払ってしまったとします。この場合は、459条の2です。2017年の改正で入った条文です。読みます。

条文民法459条の2

民法第459条の2(委託を受けた保証人が弁済期前に弁済等をした場合の求償権) 1 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、主たる債務の弁済期前に債務の消滅行為をしたときは、その保証人は、主たる債務者に対し、主たる債務者がその当時利益を受けた限度において求償権を有する。この場合において、主たる債務者が債務の消滅行為の日以前に相殺の原因を有していたことを主張するときは、保証人は、債権者に対し、その相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。 2 前項の規定による求償は、主たる債務の弁済期以後の法定利息及びその弁済期以後に債務の消滅行為をしたとしても避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。 3 第一項の求償権は、主たる債務の弁済期以後でなければ、これを行使することができない。

1項前段です。弁済期前に債務の消滅行為をしたとき、求償できるのは、主たる債務者がその当時利益を受けた限度です。条文の札です。何が利益になるかは、Bの側の事情で変わります。Bの側に、相殺のような事情が何も無ければ、Bが受けた利益は、消えた300万円の債務そのものです。求償できるのは300万円です。満額にならないのは、Bの側に事情があるときです。その代表が、後段の相殺です。こちらの説明です。後段です。主債務者が、債務の消滅行為の日以前に、相殺の原因を持っていたと主張するときです。例えばBが10月の時点で、Aに対して100万円の貸金債権を持っていたとします。Bはこれと相殺すれば、債務を100万円分、減らせたはずです。この場合、Cが10月に300万円を払っても、Bが受けた利益は、相殺で消せた100万円を引いた200万円です。前段により、CがBに求償できるのは200万円です。そしてBが「相殺できたはずだ」と主張すれば、Cは自分でAに、AがBに負っていた100万円の債務、つまり相殺で消えるはずだった債務の履行を請求できます。条文の札と、数字はこちらの説明です。2項です。求償に含まれる法定利息や損害の賠償は、弁済期以後の分です。10月から12月末までの利息は、含まれません。3項です。この求償権は、弁済期以後でなければ行使できません。ですから、10月に払っても、Cが求償権を行使できるのは、12月末以後です。条文の札です。

10月に払っても、すぐには返してもらえません。理由は、こちらの説明です。Cが頼まれたのは、期限どおりの保証でした。期限の前に払って、Bが期限まで払わなくてよい、という利益を奪うことまでは、頼まれていません。ですから、Bの期限の利益を守る形で、利益を受けた限度、弁済期以後、と絞られています。

求償の範囲を変える特約

特約の設例の数字板。元本300万円、Aの貸金の遅延損害金は年10パーセント、BとCの間の特約は年14パーセント。Cが300万円を弁済して1年後=求償権の総額は300万円+42万円=342万円/原債権(Aから移る債権)は300万円+30万円=330万円。代位で行使できるのは小さい方の範囲まで。札=判例/こちらの説明。 図:特約の設例の数字板

  • 元本300万円、Aの貸金の遅延損害金は年10パーセント、BとCの間の特約は年14パーセント
  • Cが300万円を弁済して1年後=求償権の総額は300万円+42万円=342万円/原債権(Aから移る債権)は300万円+30万円=330万円
  • 代位で行使できるのは小さい方の範囲まで
  • 札=判例/こちらの説明

459条の求償の範囲は、2項のとおり、元本と法定利息と費用です。では、BとCが事前に「Cが代わりに払ったら、年利14パーセントの遅延損害金を払う」と約束していたら、どうでしょうか。この約束は有効か。ここで、弁済による代位の回を使います。確認です。以前の回で見た、求償権と原債権。この2つは、同じ債権でしたか?求償権と原債権は、別個の債権です。額も、利率も、時効も、ずれることがあります。原債権とは、AがBに持っていた、この300万円の貸金債権です。Cが払えば本来は消えるはずの債権ですが、弁済による代位で、Cに移ります。Cは、この原債権を、付いている担保ごと使えます。今日は、この2つの債権が、特約でずれる場面を見ます。数字です。元本は300万円です。Aの貸金の遅延損害金は、年利10パーセントとします。BとCの特約は、年利14パーセントです。Cが300万円を弁済して、1年たちました。求償権の総額は、300万円に、14パーセント分の42万円を足して、342万円です。一方、Aから移る原債権は、元本300万円に、10パーセント分の30万円を足して、330万円です。ずれました。最高裁は、この特約を有効としました。判決が述べたことは2つです。特約が有効か、と、代位で行使できる原債権の範囲です。まず1つめです。

判例最判昭59・5・29 民集38巻7号885頁

保証人の求償権の内容と、特約 債務者から委託を受けた保証人が債務者に対して取得する求償権の内容については、民法四五九条二項によつて準用される同法四四二条二項は、これを代位弁済額のほかこれに対する弁済の日以後の法定利息等とする旨を定めているが、右の規定は、任意規定であつて、保証人と債務者との間で右の法定利息に代えて法定利率と異なる約定利率による代位弁済の日の翌日以後の遅延損害金を支払う旨の特約をすることを禁ずるものではない。

判旨を読みます。442条2項は、代位弁済額、つまりCが代わりに払った額のほか、弁済の日以後の法定利息等を求償の内容とする、と定めています。けれども右の規定は任意規定で、法定利率と異なる約定利率による遅延損害金を払う特約を、禁じてはいない。ここまでが判例の札です。ですから、求償権の範囲は特約どおりに決まります。決め手は、この規定が任意規定、つまり当事者が別の約束をしてよい規定だ、という点です。2つめです。同じ判決の続きで、弁済による代位の回でも見た部分です。保証人が代位で行使できる原債権の額の上限は、利害関係人に対する関係では、約定利率の遅延損害金を含んだ求償権の総額で画される、と述べています。判例の札です。この数字の例では、原債権は330万円です。小さい方の範囲までしか行使できないので、行使できるのは330万円です。特約で求償権が342万円に膨らんでも、Aから移る原債権が膨らむわけではありません。原債権の額や利率は変わらない。ここが、求償権と原債権が別個、ということです。Bにとっては、自分で約束した利率です。Aが、Bの土地に抵当権を持っていたとします。ほかの債権者、例えば同じBの土地に、Aより後ろの順位で抵当権を持つ債権者は、Aの抵当権が担保する原債権の額が先に取られる、と前提にしています。Cが代位で取れるのは、その原債権の額までです。前提は崩れません。どちらにも不意打ちが無いので、特約を有効としてよいのです。こちらの説明です。

この判決は根抵当権の事案です。一般には、原債権と担保の範囲内で行使できる、と押さえておきます。こちらの説明です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

まとめ板。3つの柱。1 求償の全体像=委託の有無×払った後(459条)・弁済期前(459条の2)・払う前、物上保証人は351条/2 事後求償=支出した財産の額、消滅した額が上限、442条2項準用で法定利息など/3 弁済期前の弁済=利益を受けた限度・行使は弁済期以後、求償の範囲は特約で変えられる(求償権と原債権は別個)。 図:まとめ板

  • 3つの柱
  • 1 求償の全体像=委託の有無×払った後(459条)・弁済期前(459条の2)・払う前、物上保証人は351条/2 事後求償=支出した財産の額、消滅した額が上限、442条2項準用で法定利息など/3 弁済期前の弁済=利益を受けた限度・行使は弁済期以後、求償の範囲は特約で変えられる(求償権と原債権は別個)

冒頭の問いに戻ります。弁済期にCが300万円を払ったなら、Bに求償できるのは、支出した300万円です。それに、払った日以後の法定利息なども付きます。459条です。弁済期の前に払ったなら、Bが受けた利益の限度で、しかも行使は弁済期以後です。459条の2です。まとめです。1つめ、求償は、頼まれたかどうかと、払ったあとか、弁済期の前か、払う前かで、条文を引き分けました。2つめ、事後求償は、支出した財産の額で、消えた債務の額が上限です。3つめ、弁済期の前の弁済は、利益を受けた限度で、弁済期以後です。そして、求償の範囲は特約で変えられますが、代位で行使できる原債権が膨らむわけではありません。求償権と原債権は、別個の債権だからです。

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#219単独ページ動画

事前求償権と物上保証人(460条・461条)

第4章 債権総論 #219/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

払う前に、本人に「先に返して」と言えるか

冒頭の設例の関係図。A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bに頼まれて保証)。AはBに300万円を貸し、弁済期は12月末。Cが保証した。弁済期が来てもBは払わず、Bの財産は減っている。問い=CはAに払う前に、Bに「先に300万円をよこしてください」と言えるか。辺ラベルの語=貸金300万円/保証/頼み。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bに頼まれて保証)
  • AはBに300万円を貸し、弁済期は12月末
  • Cが保証した
  • 弁済期が来てもBは払わず、Bの財産は減っている
  • 問い=CはAに払う前に、Bに「先に300万円をよこしてください」と言えるか
  • 辺ラベルの語=貸金300万円/保証/頼み

先に答えです。言えます。Cは、Bに頼まれて保証した人で、主債務は弁済期に来ているからです。460条2号です。ただしBも、無防備ではありません。Cに担保を出させたり、Cに先にAへ払わせて自分の債務を消させたりして、身を守れます。461条です。そして、同じように頼まれた人でも、自分の土地に抵当権を設定しただけの人、つまり物上保証人は、払う前には言えません。今日は、この3つを順に見ます。今日の登場人物です。Aが債権者、Bが主債務者、Cが保証人です。前の回までと同じ役です。

前の回の受けと、根拠の札

前の回の受けと根拠の札の板。前の回=払った後の求償(事後求償)。今日=払う前の求償(事前求償)。根拠の札3つ=条文/判例(最高裁・大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)。 図:前の回の受けと根拠の札の板

  • 前の回=払った後の求償(事後求償)
  • 今日=払う前の求償(事前求償)
  • 根拠の札3つ=条文/判例(最高裁・大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)

前の回では、Cが払った後に、Bへ求償する話を見ました。思い出してみましょう。払った後に求償するとき、求償できるのは何の額で、上限はいくらまででしたか?Cが支出した額です。ただし、消滅した主債務の額が上限でした。払ったあとなら、額は払った事実から決まります。今日は、その手前の話です。前の回で、払った後に求償するものを事後求償、払う前に求償するものを事前求償と呼びました。今日も話の根拠が混ざるので、そのつど、なにに基づく話かを言います。根拠の札は3つです。条文に書かれていることは、条文の札です。最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことは、判例の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための説明は、こちらの説明の札です。答案では、条文は条文番号を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

柱1——事前求償権 460条

1つめの柱の導入板。事前求償権=払う前に行使する求償権。条文=460条(3つの場合)・461条(主債務者の守り)。山場=物上保証人には無い。札=条文/判例/こちらの説明。 図:1つめの柱の導入板

  • 事前求償権=払う前に行使する求償権
  • 条文=460条(3つの場合)・461条(主債務者の守り)
  • 山場=物上保証人には無い
  • 札=条文/判例/こちらの説明

1つめの柱、事前求償権です。払った後の求償は、前の回で見ました。今度は、払う前です。460条を読みます。

条文民法460条

民法第460条(委託を受けた保証人の事前の求償権) 保証人は、主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、次に掲げるときは、主たる債務者に対して、あらかじめ、求償権を行使することができる。 一 主たる債務者が破産手続開始の決定を受け、かつ、債権者がその破産財団の配当に加入しないとき。 二 債務が弁済期にあるとき。ただし、保証契約の後に債権者が主たる債務者に許与した期限は、保証人に対抗することができない。 三 保証人が過失なく債権者に弁済をすべき旨の裁判の言渡しを受けたとき。

柱書です。委託を受けた保証人は、次の3つのときに、あらかじめ、つまり払う前に、求償権を行使できます。委託を受けたことが前提です。条文の札です。1号です。主債務者が破産手続開始の決定を受け、かつ、債権者がその破産財団の配当に加入しないとき。破産財団とは、破産した人の財産をまとめたもので、そこから債権者に配当されます。Aが配当に加わらないまま配当が終わると、あとでCが払っても、Bの財産はもう分けられた後で、求償してもほとんど取れません。ですから、Cが払う前に求償権を出して、配当に加わる道を開ける、ということです。こちらの説明です。2号です。債務が弁済期にあるとき。3号です。保証人が過失なく、債権者に弁済すべき旨の裁判の言渡しを受けたときです。保証人に落ち度が無いのに、払えという判決が出た場面です。条文の札です。Cは、払えという判決を、すでに言い渡された立場で、払う額も判決で示されています。ですから、払う前に求償させてよい、ということです。こちらの説明です。冒頭の設例は、弁済期が来ているので、2号です。事前求償の要件は条文どおりですので、答案では460条の各号の文言で書きます。

460条2号ただし書の数字板。弁済期6月30日の300万円債務。保証契約の後に、AがBに12月31日まで猶予した。猶予=保証契約の後に債権者が主たる債務者に許与した期限→Cには対抗できない→Cは6月30日以後、事前求償できる。札=条文/こちらの説明。 図:460条2号ただし書の数字板

  • 弁済期6月30日の300万円債務
  • 保証契約の後に、AがBに12月31日まで猶予した
  • 猶予=保証契約の後に債権者が主たる債務者に許与した期限→Cには対抗できない→Cは6月30日以後、事前求償できる
  • 札=条文/こちらの説明

2号のただし書を数字で見ます。別の設例です。弁済期は6月30日です。保証契約のあとで、AがBに「12月31日まで待ちましょう」と猶予を与えました。この期限は、保証契約の後に債権者が主債務者に許与した期限です。Cには対抗できません。Cは、6月30日が来れば、12月31日を待たずに、事前求償ができます。Cの知らないところで期限を延ばされて、事前求償の道を塞がれてはならない、ということです。こちらの説明です。前の回の、弁済期の前に払った場合とは、別の話です。あちらは、払った後に、いつから言えるかの話でした。こちらは、払う前に言えるかの話です。

払う前の求償が認められる理由です。前の回で、頼まれて仕事をした人は、委任の費用の償還を求める関係にある、と一言だけ言いました。今日は、その前払の側です。発想は、委任の費用の前払に近いです。649条は、委任事務を処理するについて費用を要するときは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければならない、と定めています。頼んだ人は、頼まれた人に費用を前払いする。近所の人に買い物を頼むとき、先に代金を渡しておくのと同じです。Cは、Bに頼まれて、Bの債務を払う側に立ちました。ですから、払う前に費用を出してほしいと言える。こちらの説明です。ただし、いつでも言えるわけではありません。Bは、自分にお金が無いから、保証人を頼んで借りたのです。弁済期の前からCに300万円を求められるなら、保証を頼んだ意味がなくなります。ですから、3つの場面に絞られています。これもこちらの説明です。

柱2——主債務者の守り 461条

461条の板。1項=事前求償に応じて償還する場合、債権者が全部の弁済を受けない間は、Bは、Cに担保を供させ、またはCに自己を免責させることを請求できる。2項=Bは、供託をし、担保を供し、またはCに免責を得させて、償還の義務を免れる。設例=BがCに300万円を渡した後、CがAに払わず使い込む危険。札=条文/こちらの説明。 図:461条の板

  • 1項=事前求償に応じて償還する場合、債権者が全部の弁済を受けない間は、Bは、Cに担保を供させ、またはCに自己を免責させることを請求できる
  • 2項=Bは、供託をし、担保を供し、またはCに免責を得させて、償還の義務を免れる
  • 設例=BがCに300万円を渡した後、CがAに払わず使い込む危険
  • 札=条文/こちらの説明

事前求償を受けるBの側を見ます。BがCに300万円を渡した後、CがAに払わずに、使い込んでしまったらどうでしょうか。Bは、渡したのに、AにはBの債務が残ったまま、という最悪の目に遭います。この危険からBを守る条文が、461条です。こちらの説明です。

条文民法461条

民法第461条(主たる債務者が保証人に対して償還をする場合) 1 前条の規定により主たる債務者が保証人に対して償還をする場合において、債権者が全部の弁済を受けない間は、主たる債務者は、保証人に担保を供させ、又は保証人に対して自己に免責を得させることを請求することができる。 2 前項に規定する場合において、主たる債務者は、供託をし、担保を供し、又は保証人に免責を得させて、その償還の義務を免れることができる。

1項です。事前求償に応じて償還する場合、債権者が全部の弁済を受けない間は、Bは、Cに担保を供させ、または、Cに自分を免責させることを請求できます。免責させるとは、Cに払わせて、Bの債務を完全に消させることです。2項です。Bは、供託をし、担保を供し、またはCに免責を得させて、償還の義務を免れられます。供託とは、お金を供託所に預けることです。条文の札です。Bは、Cに言われたら、すぐ300万円を渡さなければいけないのですか。違います。Bは、担保を出させたり、Cに払わせて免責させたりすることを、請求できます。使い込みの危険に備える道が、用意されています。これが、冒頭の答えの「Bは身を守れる」の理由です。条文の札です。

柱3——物上保証人には事前求償権が無い

山場の設例の関係図。A 債権者、B 主債務者、D 物上保証人(Bに頼まれ、Bの300万円債務のために自分の土地に抵当権を設定)。弁済期の12月末が来た。問い=Dは、抵当権を実行される前に、Bに「先に返してください」と言えるか。辺ラベルの語=貸金300万円/抵当権/頼み。 図:山場の設例の関係図

  • A 債権者、B 主債務者、D 物上保証人(Bに頼まれ、Bの300万円債務のために自分の土地に抵当権を設定)
  • 弁済期の12月末が来た
  • 問い=Dは、抵当権を実行される前に、Bに「先に返してください」と言えるか
  • 辺ラベルの語=貸金300万円/抵当権/頼み

山場です。前の回の一覧で、物上保証人の行は、払う前の欄が空いていました。そこを、今日、埋めます。その前に、抵当権の入り口の回の言葉を思い出してください。物上保証人は、何を差し出しているんでしたか?自分の土地です。債務は負っていないけれど、その土地の限度で責任を負う、債務なき責任でした。この言葉を、あとで使います。設例です。DはBに頼まれて、Bの300万円の債務のために、自分の土地に抵当権を設定しました。弁済期の12月末が来ました。Cの場合は、460条2号で、払う前に言えました。ではDは、抵当権を実行される前に、Bに「先に返してください」と言えるでしょうか。

頼まれて担保を出したのだから、保証人と同じに扱ってよい。この見方を、最高裁は否定しました。抵当権の入り口の回で、結論だけは言いました。物上保証人には、事前求償権がありません。今日は、その理由を、判決で確かめます。判決の理由を、3つに分けて見ます。条文に根拠が無いこと、頼まれた中身が違うこと、払う額が払う前に決まらないことです。結論から読みます。

判例最判平2・12・18 民集44巻9号1686頁

物上保証人と事前求償権 債務者の委託を受けてその者の債務を担保するため抵当権を設定した者(物上保証人)は、被担保債権の弁済期が到来したとしても、債務者に対してあらかじめ求償権を行使することはできないと解するのが相当である。けだし、抵当権については、民法三七二条の規定によって同法三五一条の規定が準用されるので、物上保証人が右債務を弁済し、又は抵当権の実行により右債務が消滅した場合には、物上保証人は債務者に対して求償権を取得し、その求償の範囲については保証債務に関する規定が準用されることになるが、右規定が債務者に対してあらかじめ求償権を行使することを許容する根拠となるものではなく、他にこれを許容する根拠となる規定もないからである。

読みます。物上保証人は、弁済期が来ても、あらかじめ求償権を行使できない。これが結論です。理由は、けだし、以下です。372条で351条が準用されるので、払った後には求償権を取得して、その範囲は保証債務に関する規定による。351条は、前の回で見た、物上保証人が払ったり土地を失ったりしたら、保証人と同じように求償できる、という条文です。けれど、その規定は、あらかじめ求償権を行使することを許す根拠にならず、他に許す根拠になる規定もない。1つめの理由は、条文に、根拠が無い、です。判例の札です。判決は、続けて、もう2つの理由を述べます。カードに出てくる出捐は、典型契約の回で見た言葉で、経済的な負担のことです。ここでは、自分の財産を出して債務を消すことです。

判例最判平2・12・18 民集44巻9号1686頁

物上保証人と事前求償権——委任の内容 なお、民法三七二条の規定によって抵当権について準用される同法三五一条の規定は、物上保証人の出捐により被担保債権が消滅した場合の物上保証人と債務者との法律関係が保証人の弁済により主債務が消滅した場合の保証人と主債務者との法律関係に類似することを示すものであるということができる。ところで、保証の委託とは、主債務者が債務の履行をしない場合に、受託者において右債務の履行をする責に任ずることを内容とする契約を受託者と債権者との間において締結することについて主債務者が受託者に委任することであるから、受託者が右委任に従った保証をしたときには、受託者は自ら保証債務を負担することになり、保証債務の弁済は右委任に係る事務処理により生ずる負担であるということができる。

続きを読みます。

判例最判平2・12・18 民集44巻9号1686頁

物上保証人と事前求償権——求償の範囲 これに対して、物上保証の委託は、物権設定行為の委任にすぎず、債務負担行為の委任ではないから、受託者が右委任に従って抵当権を設定したとしても、受託者は抵当不動産の価額の限度で責任を負担するものにすぎず、抵当不動産の売却代金による被担保債権の消滅の有無及びその範囲は、抵当不動産の売却代金の配当等によって確定するものであるから、求償権の範囲はもちろんその存在すらあらかじめ確定することはできず、また、抵当不動産の売却代金の配当等による被担保債権の消滅又は受託者のする被担保債権の弁済をもって委任事務の処理と解することもできないのである。したがって、物上保証人の出捐によって債務が消滅した後の求償関係に類似性があるからといって、右に説示した相違点を無視して、委託を受けた保証人の事前求償権に関する民法四六〇条の規定を委託を受けた物上保証人に類推適用することはできないといわざるをえない。

平2判決の理由3つの板。物上保証人に事前求償権が無い理由=1 条文に根拠が無い(372条で351条を準用=払った後の求償)/2 頼まれた中身が違う(物権設定行為の委任にすぎない)/3 求償の存在と範囲が確定しない(配当等で決まる)。札=判例(3つへの分け方はこちらの説明)。 図:平2判決の理由3つの板

  • 物上保証人に事前求償権が無い理由=1 条文に根拠が無い(372条で351条を準用=払った後の求償)/2 頼まれた中身が違う(物権設定行為の委任にすぎない)/3 求償の存在と範囲が確定しない(配当等で決まる)
  • 札=判例(3つへの分け方はこちらの説明)

2つめの理由です。頼まれた中身が違う、です。保証の委託は、債権者との間で保証契約を結ぶことの委任です。受託者は自分で保証債務を負い、その弁済は、委任に係る事務処理から生じる負担です。これに対して、物上保証の委託は、物権設定行為の委任にすぎず、債務負担行為の委任ではありません。判例の札です。つまり、Dが頼まれたのは、自分の土地に抵当権を付けることで、自分が債務を負うことではありません。ですから、Dが弁済することを、委任事務の処理とは言えません。460条の前払の発想は、委任事務を処理するための費用でした。そこにDは乗らない。この結びつけは、こちらの説明です。3つめの理由です。判決は、受託者は抵当不動産の価額の限度で責任を負担するものにすぎない、と言います。そして、被担保債権が消えるかどうか、いくら消えるかは、売却代金の配当等で決まる。だから、求償権の範囲はもちろん、その存在すらあらかじめ確定できない、です。判例の札です。

Dの数字の板。Dの土地が競売で200万円で売れる→Bの300万円債務のうち消えるのは200万円分→Dが払う額は300万円全額とは限らない→その前にBが払えばDは何も失わない。札=こちらの説明。 図:Dの数字の板

  • Dの土地が競売で200万円で売れる→Bの300万円債務のうち消えるのは200万円分→Dが払う額は300万円全額とは限らない→その前にBが払えばDは何も失わない
  • 札=こちらの説明

ここで、抵当権の入り口の回の言葉に直します。判決の言う、価額の限度で責任を負担するものにすぎず、を、あの回の言葉にすると、債務なき責任です。こちらの説明です。Dは、債務を負っていません。ですから、いくら払うことになるのか、そもそも払うことになるのかが、競売の配当が終わるまで分かりません。数字にします。Dの土地が競売で200万円で売れたら、Bの300万円の債務が消えるのは、200万円分です。300万円全額を、Dが払うとは限りません。そしてその前にBが払えば、Dは何も失いません。こちらの説明です。

CとDの比較表。縦=C(委託を受けた保証人)/D(物上保証人)。横=負うもの(保証債務=自分の財産全体で/抵当不動産の価額の限度の責任)/頼まれた中身(債務負担行為の委任/物権設定行為の委任)/求償額が払う前に決まるか(弁済額が決まる/配当等まで決まらず存在も未確定)/事前求償(460条で可/不可)/払った後の求償(459条/351条・372条で保証債務の規定に従う)。札=条文/判例/こちらの説明。 図:CとDの比較表

  • 縦=C(委託を受けた保証人)/D(物上保証人)
  • 横=負うもの(保証債務=自分の財産全体で/抵当不動産の価額の限度の責任)/頼まれた中身(債務負担行為の委任/物権設定行為の委任)/求償額が払う前に決まるか(弁済額が決まる/配当等まで決まらず存在も未確定)/事前求償(460条で可/不可)/払った後の求償(459条/351条・372条で保証債務の規定に従う)
  • 札=条文/判例/こちらの説明

比較表にします。縦にCとD、横に4つの欄です。負うものです。Cは保証債務で、自分の財産全体で払います。Dは、土地の価額の限度の責任です。頼まれた中身です。Cは債務負担行為の委任、Dは物権設定行為の委任です。求償額が払う前に決まるかです。Cは弁済額が決まります。Dは、配当等まで決まらず、存在すら未確定です。事前求償です。Cは460条でできます。Dはできません。払った後の求償です。Cは459条、Dは351条と372条で、保証債務に関する規定に従います。460条2号のとおり弁済期が来ていても、Dは払う前には言えません。460条は、保証人の事前求償の規定です。弁済期が来ていることは、Dについては、根拠になりません。境界を確かめます。Cは、委託を受けた保証人で、弁済期が来れば、払う前に言えます。Dは、同じ弁済期が来ても、言えません。ところが、Dが実際に弁済したり、抵当権を実行されて土地を失ったりしたあとなら、351条と372条で、求償できます。違いは、払ったあとか、払う前かです。決め手は、頼まれた中身が債務負担か物権設定か、そして払う額が払う前に決まるか、の2点です。こちらの説明です。論文で論点になりうる所です。結論は判例の言葉で、理由は3つに整理できます。条文に根拠が無いこと、頼まれた中身が違うこと、求償の存在と範囲が確定しないことです。

柱3——事前求償権と事後求償権は別個の権利

時系列の板。1 弁済期(12月末)が来る→事前求償権を取得(行使できる)/2 翌年6月にCが弁済→事後求償権を取得/3 事後求償権の消滅時効の起算点は2(事前求償権を取得した時ではない)。別個の組=事前求償権と事後求償権(今日)/求償権と原債権(弁済による代位の回)。札=判例/こちらの説明。 図:時系列の板

  • 1 弁済期(12月末)が来る→事前求償権を取得(行使できる)/2 翌年6月にCが弁済→事後求償権を取得/3 事後求償権の消滅時効の起算点は2(事前求償権を取得した時ではない)
  • 別個の組=事前求償権と事後求償権(今日)/求償権と原債権(弁済による代位の回)
  • 札=判例/こちらの説明

最後の論点です。事前求償権と事後求償権の関係です。時間の順に並べます。12月末に弁済期が来て、Cは事前求償権を取得して、行使できるようになります。翌年の6月に、Cが弁済しました。ここで、事後求償権を取得します。では、事後求償権の消滅時効は、いつから進むのか。事前求償権を取得した12月末か。それとも、弁済した6月か。答えは、弁済した6月です。最高裁の判決を読みます。

判例最判昭60・2・12 民集39巻1号89頁

事後求償権の消滅時効の起算点 主たる債務者から委託を受けて保証をした保証人(以下「委託を受けた保証人」という。)が、弁済その他自己の出捐をもつて主たる債務を消滅させるべき行為(以下「免責行為」という。)をしたことにより、民法四五九条一項後段の規定に基づき主たる債務者に対して取得する求償権(以下「事後求償権」という。)は、免責行為をしたときに発生し、かつ、その行使が可能となるものであるから、その消滅時効は、委託を受けた保証人が免責行為をした時から進行するものと解すべきであり、このことは、委託を受けた保証人が、同項前段所定の事由、若しくは同法四六〇条各号所定の事由、又は主たる債務者との合意により定めた事由が発生したことに基づき、主たる債務者に対して免責行為前に求償をしうる権利(以下「事前求償権」という。)を取得したときであつても異なるものではない。

理由の部分です。

判例最判昭60・2・12 民集39巻1号89頁

事後求償権の消滅時効の起算点——別個の権利 けだし、事前求償権は事後求償権とその発生要件を異にするものであることは前示のところから明らかであるうえ、事前求償権については、事後求償権については認められない抗弁が付着し、また、消滅原因が規定されている(同法四六一条参照)ことに照らすと、両者は別個の権利であり、その法的性質も異なるものというべきであり、したがつて、委託を受けた保証人が、事前求償権を取得しこれを行使することができたからといつて、事後求償権を取得しこれを行使しうることとなるとはいえないからである。右と同旨の原審の判断は、正当というべきである。

判旨を読みます。事後求償権は、免責行為、つまりCが弁済などでBの債務を消す行為、前の回で見た債務の消滅行為をしたときに発生し、かつ、その行使が可能となる。ですから、消滅時効は、免責行為をした時から進行する。そして、事前求償権を取得したときであっても、これは異ならない。ここまでが結論です。理由は、けだし、以下です。事前求償権は、事後求償権と発生要件が違います。しかも、事前求償権には、事後求償権には認められない抗弁が付いていて、消滅原因も規定されています。判決は、461条を参照しています。こうした点から、両者は別個の権利で、法的性質も異なる、と言います。判例の札です。付いている抗弁は、たとえばこうです。Cが事前求償で300万円をよこしてと言ってきても、Bは、Cが担保を出すまでは渡さない、と言い返せます。消滅原因は、Bが供託すれば償還の義務を免れる、という461条2項の点です。どちらも、Cがまだ払っていないから付くもので、払い終えた後の事後求償権には付きません。だから、2つは別の権利です。こちらの説明です。カードの条番号は、判決の当時のものです。当時の459条1項の前段、つまり裁判の言渡しの場合は、今の460条3号に移りました。後段、つまり払った後の求償は、今の459条1項です。461条は、今もほぼ同じ形で、Bの守りの条文です。条文の札です。事後求償権と事前求償権という言葉で、判旨を追えば足ります。

別個の権利なら、事前求償権に何をしても、事後求償権の時効には関係ないのですか。そこが、もう1つの判決の話です。

仮差押えの板。事前求償権を被保全債権とする仮差押え→事後求償権の消滅時効にも効く(最高裁は「中断」の語。現行法では149条1号で仮差押えは時効の完成猶予の事由)。理由=事前求償権は、事後求償権と別個の権利だが、事後求償権を確保するために認められた権利。札=判例/こちらの説明。 図:仮差押えの板

  • 事前求償権を被保全債権とする仮差押え→事後求償権の消滅時効にも効く(最高裁は「中断」の語。現行法では149条1号で仮差押えは時効の完成猶予の事由)
  • 理由=事前求償権は、事後求償権と別個の権利だが、事後求償権を確保するために認められた権利
  • 札=判例/こちらの説明

仮差押えとは、あとで裁判に勝ったときのために、相手の財産を勝手に処分できないよう、仮に押さえておく手続です。Cが、事前求償権を守るために、Bの財産を仮差押えしたとします。この仮差押えは、事後求償権の時効にも効くか。最高裁の判決です。

判例最判平27・2・17 民集69巻1号1頁

事前求償権の仮差押えと、事後求償権の消滅時効 事前求償権を被保全債権とする仮差押えは,事後求償権の消滅時効をも中断する効力を有するものと解するのが相当である。その理由は,次のとおりである。事前求償権は,事後求償権と別個の権利ではあるものの(略),事後求償権を確保するために認められた権利であるという関係にあるから,委託を受けた保証人が事前求償権を被保全債権とする仮差押えをすれば,事後求償権についても権利を行使しているのと同等のものとして評価することができる。また,上記のような事前求償権と事後求償権との関係に鑑みれば,委託を受けた保証人が事前求償権を被保全債権とする仮差押えをした場合であっても民法459条1項後段所定の行為をした後に改めて事後求償権について消滅時効の中断の措置をとらなければならないとすることは,当事者の合理的な意思ないし期待に反し相当でない。

結論は、事前求償権を被保全債権とする仮差押えは、事後求償権の消滅時効にも効く、です。理由です。事前求償権は、事後求償権と別個の権利ではあるものの、事後求償権を確保するために認められた権利である。だから、事前求償権で仮差押えをすれば、事後求償権についても、権利を行使しているのと同等に評価できる。反対に、仮差押えは事前求償権のためだけだとすると、Cは払った後に、改めて事後求償権の時効の手当てをしなければなりません。判決は、それは当事者の合理的な意思ないし期待に反する、と言います。判例の札です。判決は、中断という言葉を使っています。時効の中断は、改正前の言葉です。今の民法では、149条1号で、仮差押えは、時効の完成猶予の事由です。仮差押えが終わった時から6か月が過ぎるまで、時効は完成しません。同じ結論を現行法では完成猶予として整理する、というのは、こちらの説明です。2つの判決は、矛盾しません。まず、時効の起算点です。事前求償権を取得しても、事後求償権の時効は進みません。2つめは、それでも、判決の言葉では、事前求償権は事後求償権を確保するために認められた権利だから、仮差押えは事後求償権の時効にも効く、です。別個の権利と、確保するための権利は、両立します。別々の書類だけれど、同じ目的のための書類、というイメージです。こちらの説明です。最後に、別個の組を分けます。今日の別個は、事前求償権と事後求償権の組です。弁済による代位の回の別個は、払った人が自分で持つ求償権と、債権者から移ってきた原債権の組でした。何と何が別個かを、分けて覚えてください。時効の客観的な起算点は、166条1項2号の、権利を行使することができる時です。事後求償権は、弁済のときから行使できるので、数字の例では、翌年6月から数えます。こちらの説明です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

冒頭の設例の関係図(答え)。A 債権者、B 主債務者、C 保証人、D 物上保証人。Cは委託を受けた保証人で、主債務は弁済期にある→460条2号で払う前でも求償できる。Bは担保を出させる・Cに免責を得させる・供託するなどで身を守れる(461条)。Dは払う前に求償できない(最判平2・12・18)。 図:冒頭の設例の関係図

  • 答え
  • A 債権者、B 主債務者、C 保証人、D 物上保証人。Cは委託を受けた保証人で、主債務は弁済期にある→460条2号で払う前でも求償できる。Bは担保を出させる・Cに免責を得させる・供託するなどで身を守れる(461条)。Dは払う前に求償できない(最判平2・12・18)。

冒頭の問いに戻ります。Cは、Aに払う前に、Bに「先に300万円をよこしてください」と言えるか。言えます。Cは委託を受けた保証人で、主債務は弁済期にあります。460条2号です。ただしBは、Cに担保を供させたり、Cに免責を得させたり、供託をしたりして、身を守れます。461条です。自分の土地に抵当権を設定しただけのDなら、払う前には言えません。最高裁の判決です。

今日のまとめ。3つの柱=1 事前求償権(460条の3つの場合・2号ただし書)/2 主債務者の守り(461条・担保を供させる・免責を得させる・供託)/3 物上保証人には事前求償権が無い・事前と事後は別個の権利。 図:今日のまとめ

3つの柱で整理します。1つめ、事前求償権です。委託を受けた保証人は、460条が定める3つの場合に、払う前でも求償できます。破産、弁済期、裁判の言渡しです。2つめ、主債務者の守りです。461条で、Bは、担保を供させたり、免責させたり、供託をしたりして、使い込みの危険に備えられます。3つめ、物上保証人には事前求償権が無いこと、そして、事前求償権と事後求償権は別個の権利であることです。論文で論点になりうる所は、物上保証人の事前求償です。根拠の札を付けて整理します。条文は、460条と461条です。判例は3つです。物上保証人には事前求償権が無いという判決、事後求償権の消滅時効は免責行為をした時から進むという判決、事前求償権の仮差押えは事後求償権の時効にも効くという判決です。こちらの説明は、主なものとして、委任の費用の前払との結びつき、数字の例、債務なき責任との結びつき、完成猶予との整理です。

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#220単独ページ動画

無委託保証人の求償と通知義務(462条・463条)

第4章 債権総論 #220/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

頼まれずに保証して払った人は、いくら取り戻せるか

冒頭の設例の関係図。A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bに頼まれずに保証)。AはBに300万円を貸し、弁済期は12月末。Cが保証した。弁済期が来て、CがAに300万円を払い、Bに返せと言った。Bは「頼んでいない」と言う。問い=CはBにいくら返せと言えるか。Bが断っていたらどう変わるか。辺ラベルの語=貸金300万円/保証/弁済/求償。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bに頼まれずに保証)
  • AはBに300万円を貸し、弁済期は12月末
  • Cが保証した
  • 弁済期が来て、CがAに300万円を払い、Bに返せと言った
  • Bは「頼んでいない」と言う
  • 問い=CはBにいくら返せと言えるか
  • Bが断っていたらどう変わるか
  • 辺ラベルの語=貸金300万円/保証/弁済/求償

先に答えです。頼まれていなくても、求償はできます。ただし、範囲が狭くなります。Bの意思に反していないなら、Cが払った当時、Bが利益を受けた限度です。462条1項です。Bの意思に反していたなら、Cが返せと言った日に、Bが現に利益を受けている限度です。462条2項です。そのうえで、意思に反しない保証人が、払った後の通知を怠ると、463条3項で、さらに求償が制限されることがあります。今日は、この3つを順にほどきます。今日の登場人物です。Aが債権者、Bが主債務者、Cが保証人です。前の回までと同じ役です。

前の回の受けと、根拠の札

前の回の受けと根拠の札の板。前の2回=委託を受けた保証人の求償(事後求償・事前求償)。今日=委託を受けない保証人の求償と通知。委託の有無=保証契約の成立ではなく求償の範囲で効く。根拠の札=条文/判例(最高裁・大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)/立案の過程の説明。 図:前の回の受けと根拠の札の板

  • 前の2回=委託を受けた保証人の求償(事後求償・事前求償)
  • 今日=委託を受けない保証人の求償と通知
  • 委託の有無=保証契約の成立ではなく求償の範囲で効く
  • 根拠の札=条文/判例(最高裁・大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)/立案の過程の説明

前の2回は、頼まれて保証した人、つまり委託を受けた保証人の求償でした。求償の一覧板で、委託を受けない保証人の欄は、462条とだけ書いて、空けてありました。今日は、その空欄を埋める回です。保証の最初の回の言葉も、思い出します。委託は、保証契約の成立要件ではありません。Bの意思に反していても、保証契約は成立します。462条2項が、意思に反して保証をした者を前提に書かれているのは、そのためです。委託の有無が効くのは、保証契約が成立するかではなく、求償の範囲です。払う前に求償する事前求償権も、前の回で見ました。460条のとおり、委託を受けた保証人だけのものです。委託を受けない保証人には、ありません。言葉を2つ決めます。1つめは、462条1項の言い方で、委託を受けない保証人です。短く、無委託保証人とも呼びます。2つめは、主たる債務者の意思に反して保証をした者です。短く、意思に反する保証人と呼びます。無委託保証人のうち、Bが断っていたのに保証した人が、意思に反する保証人です。今日も、話の根拠が混ざるので、そのつど、なにに基づく話かを言います。条文に書かれていることは、条文の札です。最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことは、判例の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための説明は、こちらの説明の札です。今日は、4つめも使います。改正を準備した審議会の資料で確認できる説明は、立案の過程の説明の札です。答案では、条文は条文番号を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

ここで、前の回の確認です。委託を受けた保証人が、弁済期の前に払ったとき、求償できる範囲は、どう決まりましたか?主たる債務者がその当時利益を受けた限度で、しかも、行使できるのは弁済期以後でした。今日の1つめの柱は、この考え方をそのまま借ります。

柱1——委託を受けない保証人の求償 462条1項・3項

462条の導入板。無委託保証人の求償=頼まれた保証人の求償(459条)より範囲が狭い。1項=459条の2第1項を準用(払った当時に主たる債務者が利益を受けた限度)。3項=弁済期前に払ったら行使は弁済期以後。札=条文/こちらの説明。 図:462条の導入板

  • 無委託保証人の求償=頼まれた保証人の求償(459条)より範囲が狭い
  • 1項=459条の2第1項を準用(払った当時に主たる債務者が利益を受けた限度)
  • 3項=弁済期前に払ったら行使は弁済期以後
  • 札=条文/こちらの説明

1つめの柱です。462条を、1項から3項まで通して出します。

条文民法462条

民法第462条(委託を受けない保証人の求償権) 1 第四百五十九条の二第一項の規定は、主たる債務者の委託を受けないで保証をした者が債務の消滅行為をした場合について準用する。 2 主たる債務者の意思に反して保証をした者は、主たる債務者が現に利益を受けている限度においてのみ求償権を有する。この場合において、主たる債務者が求償の日以前に相殺の原因を有していたことを主張するときは、保証人は、債権者に対し、その相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。 3 第四百五十九条の二第三項の規定は、前二項に規定する保証人が主たる債務の弁済期前に債務の消滅行為をした場合における求償権の行使について準用する。

まず1項です。459条の2第1項を準用しています。準用とは、別の場面に、同じ規定を当てはめることです。前の回で読んだ459条の2第1項は、委託を受けた保証人が弁済期の前に払った場合の条文でした。それを、委託を受けない保証人が債務の消滅行為、つまり前の回で見た、弁済など自分の財産で債務を消す行為をした場合に当てはめます。ここで大事な点があります。462条1項は、弁済期の前でも後でも、同じです。求償できるのは、債務の消滅行為をした当時、主たる債務者が利益を受けた限度です。条文の札です。

462条1項の数字図。Bの300万円債務。ケース1=Bに相殺の事情が無い→Cが300万円を払う→求償300万円。ケース2=Bが払った日以前からAに対して100万円の債権を持つ→Bが受けた利益は200万円→CのBへの求償は200万円、CからAへ100万円の履行を請求。辺ラベルの語=弁済/求償/請求。 図:462条1項の数字図

  • Bの300万円債務
  • ケース1=Bに相殺の事情が無い→Cが300万円を払う→求償300万円
  • ケース2=Bが払った日以前からAに対して100万円の債権を持つ→Bが受けた利益は200万円→CのBへの求償は200万円、CからAへ100万円の履行を請求
  • 辺ラベルの語=弁済/求償/請求

数字にします。Bに、相殺の事情が何も無ければ、Bが受けた利益は、消えた債務の300万円そのものです。Cは、300万円を求償できます。前の回の言葉で言えば、459条の2第1項前段と同じ型です。次に、Bが、Cが払った日より前から、Aに対して100万円の債権を持っていたとします。Bはこれと相殺すれば、債務を100万円分、減らせたはずです。Bが受けた利益は、200万円になります。CがBに求償できるのは、200万円です。そしてBが「相殺できたはずだ」と主張すれば、Cは自分でAに、相殺によって消滅すべきであった債務、つまり、AがBに負っていた、100万円の債務の履行を請求できます。後段の準用です。条文の札と、数字の組み立てはこちらの説明です。

頼まれた保証人と比べると、元本は同じです。違いは2つあります。1つめは、足されるものです。頼まれた保証人の459条は、2項で442条2項を準用して、法定利息や、避けることができなかった費用その他の損害の賠償を含めました。300万円で年3パーセントなら、1年で9万円の法定利息です。462条1項が準用するのは、459条の2第1項だけです。459条2項の法定利息や損害の賠償は、準用されていません。ですから、払った日以後の法定利息などは、付きません。条文の札です。2つめは、基準です。459条は、支出した財産の額が基準です。462条1項は、Bが利益を受けた限度が基準です。今回の例は、たまたま相殺の事情が無いので、数字が同じになっただけです。なぜ、範囲を狭くしたのか。Cは、頼まれていません。頼まれていない人が自分の判断で出したお金を、全部Bに負わせると、Bは、自分で選んでいない利息や費用まで背負わされます。そこで、Bが実際に助かった額、つまり払った当時にBが得をした分までに絞ります。こちらの説明です。事務管理という制度でも、頼まれずに他人のために有益な費用を出した人は、償還を求められます。そして、本人の意思に反していたときは、本人が現に利益を受けている限度に絞られます。702条です。それと同じ発想だと思えば足ります。3項です。弁済期の前に債務の消滅行為をしたときは、求償権を行使できるのは、弁済期以後です。459条の2第3項の準用で、1項の人にも、これから見る2項の人にも及びます。前の回の理由のとおり、Bが弁済期まで払わなくてよいという利益を、奪わないためです。条文の札です。

柱2——意思に反する保証人の求償 462条2項

基準時のずれの時系列板。4月=CがAに300万円を弁済。6月=Bがそれを知らずにAに300万円を弁済(二重弁済)。8月=CがBに返せと言う(求償の日)。2つの基準時=意思に反しない場合は4月の払った当時(Bは300万円の利益を受けた)/意思に反する場合は8月の求償の日(Bの手元に残る利益は無い)。札=条文/こちらの説明。 図:基準時のずれの時系列板

  • 4月=CがAに300万円を弁済
  • 6月=Bがそれを知らずにAに300万円を弁済(二重弁済)
  • 8月=CがBに返せと言う(求償の日)
  • 2つの基準時=意思に反しない場合は4月の払った当時(Bは300万円の利益を受けた)/意思に反する場合は8月の求償の日(Bの手元に残る利益は無い)
  • 札=条文/こちらの説明

2つめの柱です。462条2項の前段は、こう言っています。意思に反して保証をした者は、主たる債務者が現に利益を受けている限度においてのみ、求償権を有する。条文の札です。1項の人との違いは、基準になる日です。1項は、払った当時でした。2項の、現に利益を受けている限度は、求償の日、つまりCが「返してください」と言った日が基準です。時間の順に並べた設例で見ます。Cが、4月に、Aに300万円を払いました。その後、6月に、Bが、Cが払ったことを知らずに、Aに300万円を払いました。二重に払ったわけです。そして8月に、CがBに返せと言いました。ここで問いです。Cが意思に反しない保証人だったとき、基準になる日は、いつでしょうか。Bは、その日に、いくらの利益を受けたことになるでしょうか?

基準は払った当時の4月です。その時点では、Bはまだ払っていないので、Cの弁済で300万円の債務が消えて、300万円の利益を受けたことになると思います。1項の型では、4月の時点でBは300万円の利益を受けているので、原則として、Cは300万円を求償できます。ただし、Cが払った後の通知を怠ると、Bの善意の二重弁済が有効とみなされることがあります。これは柱3の3項で詳しく見ます。では、Cが意思に反する保証人だったらどうでしょう。基準は、8月の求償の日です。その日、Bは6月に自分で払っていて、Cの弁済のおかげでBの手元に残っている利益は、ありません。ですから、462条2項前段により、Cは求償できません。条文の札です。Cは払い過ぎた300万円を、二重に受け取ったAに、不当利得として返還請求することになります。こちらの説明です。結論が変わるのは、払った日と求償の日の間に、事情が動いたときです。両者に差が無ければ、1項と2項で数字は変わりません。決め手は、Bの意思を無視した度合いです。意思に反しないなら、払った当時のBの利益で足ります。意思に反するなら、Bの手元に今も残っている利益、つまり現に利益を受けている限度まで絞ります。最低限の求償だけは認める、という趣旨です。こちらの説明です。

Bが断っていても、条文は、求償権を有すると書いています。保証契約は成立していて、Cが払えばBの債務は消えます。Bは、その分だけ得をしています。ですから、得をした分は返させる、ただし最低限だけ、という整理です。条文の札と、こちらの説明です。論文で論点になりうる所は、基準時の違いです。答案では、その当時と、現に利益を受けている限度、求償の日という文言から出します。

3列の比較表

求償の範囲の3列比較表。縦=求償の範囲/基準時/法定利息・費用・損害賠償/弁済期前の弁済/事前求償。横=委託を受けた保証人(459条)/委託を受けない保証人・意思に反しない(462条1項)/意思に反する保証人(462条2項)。範囲=支出した財産の額(上限は消滅した主たる債務の額)/その当時利益を受けた限度/現に利益を受けている限度。基準時=―/債務の消滅行為をした当時/求償の日。法定利息等=含む(459条2項)/含まない/含まない。弁済期前の弁済=459条の2(その当時の利益・行使は弁済期以後)/462条3項(行使は弁済期以後)/同左。事前求償=あり(460条)/なし/なし。札=条文/こちらの説明。 図:求償の範囲の3列比較表

  • 縦=求償の範囲/基準時/法定利息・費用・損害賠償/弁済期前の弁済/事前求償
  • 横=委託を受けた保証人(459条)/委託を受けない保証人・意思に反しない(462条1項)/意思に反する保証人(462条2項)
  • 範囲=支出した財産の額(上限は消滅した主たる債務の額)/その当時利益を受けた限度/現に利益を受けている限度
  • 基準時=―/債務の消滅行為をした当時/求償の日
  • 法定利息等=含む(459条2項)/含まない/含まない
  • 弁済期前の弁済=459条の2(その当時の利益・行使は弁済期以後)/462条3項(行使は弁済期以後)/同左
  • 事前求償=あり(460条)/なし/なし
  • 札=条文/こちらの説明

1つめと2つめを、表にまとめます。縦に5つの欄、横に3人です。委託を受けた保証人、委託を受けない保証人で意思に反しない人、意思に反する保証人です。求償の範囲です。委託を受けた保証人は、支出した財産の額で、上限は消滅した主たる債務の額です。意思に反しない人は、その当時利益を受けた限度です。意思に反する人は、現に利益を受けている限度です。基準時です。委託を受けた保証人は、利益を基準にしないので、ありません。意思に反しない人は、債務の消滅行為をした当時です。意思に反する人は、求償の日です。法定利息などです。委託を受けた保証人は含みます。459条2項です。あとの2人は、含みません。弁済期前の弁済です。委託を受けた保証人は459条の2で、その当時の利益、行使は弁済期以後です。あとの2人は、462条3項で、行使は弁済期以後です。事前求償です。委託を受けた保証人には、460条であります。あとの2人には、ありません。条文の札です。表の組み立てはこちらの説明です。例えば、友人の代わりにお金を立て替えた場面に置き換えます。頼まれて立て替えたなら、領収書どおり全額です。頼まれずに立て替えたなら、友人が助かった分までです。断られていたのに立て替えたなら、いま友人の手元に残っている得までです。こちらの説明です。頼まれた度合いが下がるほど、Bに負わせる範囲が絞られます。頼まれた人は払った額、頼まれていない人は払った当時の利益、断られていた人は求償の日に残っている利益です。この3段を、言えるようにしてください。

柱3——通知を怠ったときの求償の制限 463条

通知の受けの板。事前の通知=払う前に知らせる(他の人が債権者に持つ主張を使う機会を守る)。事後の通知=払った後に知らせる(二重払いを防ぐ)。連帯債務の443条=全員が互いに通知。保証の463条=誰が誰にいつ通知するかが決まっている。札=条文/こちらの説明。 図:通知の受けの板

  • 事前の通知=払う前に知らせる(他の人が債権者に持つ主張を使う機会を守る)
  • 事後の通知=払った後に知らせる(二重払いを防ぐ)
  • 連帯債務の443条=全員が互いに通知
  • 保証の463条=誰が誰にいつ通知するかが決まっている
  • 札=条文/こちらの説明

3つめの柱です。通知です。連帯債務の回で、事前の通知と事後の通知を見ました。払う前に知らせるのが事前の通知、払った後に知らせるのが事後の通知です。理由も、同じです。事前の通知は、他の人が債権者に持つ主張を使う機会を守ります。例えば、Bが債権者に相殺できる債権を持っていれば、払う前に知らされたBは、Cに「払わなくてよい、相殺で消せる」と伝えられます。事後の通知は、二重に払うのを防ぎます。保証にも、同じ骨格の条文があります。違うのは、誰が誰に通知するかが、決まっていることです。ここでの通知は、保証人と主たる債務者の間のものです。保証の3回目で見た、債権者から保証人への情報の提供や通知とは、別のものです。463条は、1項と、2項・3項に分けて出します。まず1項です。

条文民法463条1項

民法第463条第1項(通知を怠った保証人の求償の制限等) 1 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、主たる債務者にあらかじめ通知しないで債務の消滅行為をしたときは、主たる債務者は、債権者に対抗することができた事由をもってその保証人に対抗することができる。この場合において、相殺をもってその保証人に対抗したときは、その保証人は、債権者に対し、相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。

463条1項の数字図。委託を受けたCが、Bに通知しないで300万円をAに払う。BはAに対して100万円の債権を持っていた。BがCに「相殺できたはず」と対抗→CのBへの求償は200万円→CはAに、相殺で消えるはずだった100万円の履行を請求。辺ラベルの語=弁済/求償/対抗/請求。 図:463条1項の数字図

  • 委託を受けたCが、Bに通知しないで300万円をAに払う
  • BはAに対して100万円の債権を持っていた
  • BがCに「相殺できたはず」と対抗→CのBへの求償は200万円→CはAに、相殺で消えるはずだった100万円の履行を請求
  • 辺ラベルの語=弁済/求償/対抗/請求

1項から区切って読みます。対象は、委託を受けた保証人です。その保証人が、主たる債務者にあらかじめ通知しないで、債務の消滅行為をしました。事前の通知を怠った場合です。このとき、Bは、Aに対抗できた事由を、Cに対抗できます。後段は、相殺で対抗したとき、Cは、Aに、相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求できる、です。条文の札です。数字にします。頼まれて保証したCが、Bに通知しないで、300万円をAに払いました。BはAに対して、100万円の債権を持っていました。CがBに求償すると、Bは「その債権で相殺できたはずだ」と対抗できます。Cが求償できるのは、200万円になります。Cは、その100万円について、Aに履行を請求します。連帯債務の443条1項と、同じ型です。数字の組み立てはこちらの説明です。

条文民法463条2項・3項

民法第463条第2項・第3項(通知を怠った保証人の求償の制限等) 2 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、主たる債務者が債務の消滅行為をしたことを保証人に通知することを怠ったため、その保証人が善意で債務の消滅行為をしたときは、その保証人は、その債務の消滅行為を有効であったものとみなすことができる。 3 保証人が債務の消滅行為をした後に主たる債務者が債務の消滅行為をした場合においては、保証人が主たる債務者の意思に反して保証をしたときのほか、保証人が債務の消滅行為をしたことを主たる債務者に通知することを怠ったため、主たる債務者が善意で債務の消滅行為をしたときも、主たる債務者は、その債務の消滅行為を有効であったものとみなすことができる。

2項です。こちらは、主たる債務者の側が通知を怠った場合です。Bが先に債務の消滅行為をしたのに、委託を受けた保証人であるCに、通知を怠りました。そのため、Cが、Bが払ったことを知らずに、つまり善意で、債務の消滅行為をしました。このとき、Cは、自分の行為を、有効であったものとみなすことができます。みなすとは、事実と違っても、そう扱うことです。本当はBの弁済で債務が消えていても、Cの弁済のほうを、債務を消した弁済として扱えます。善意、みなす、という言葉は、連帯債務の443条2項と同じです。条文の札です。数字にします。Bが、先にAに300万円を払い、Cに通知を怠りました。Cは、それを知らないまま、Aに300万円を払いました。Cの弁済が有効とみなされるので、Cは459条で、Bに300万円を求償できます。Bは、有効と認められなかった弁済、つまり払い過ぎた300万円を、Aに不当利得として返還請求することになります。連帯債務と同じ型です。条文の札です。ここで問いです。Cが先に払って、Bに通知を怠りました。そのあと、Bが、それを知らずに、善意で、二重に払いました。有効になるのは、CとBの、どちらの弁済でしょうか?

保証人が先に払って通知を怠り、主たる債務者が知らずに二重に払ったときは、主たる債務者の弁済が有効になります。3項です。保証人が債務の消滅行為をした後に、主たる債務者が債務の消滅行為をした場合です。2つの場合に、Bは、自分の行為を有効であったものとみなすことができます。1つめは、Cが、Bの意思に反して保証をしたとき。2つめは、Cが、通知を怠ったため、Bが善意で債務の消滅行為をしたときです。

463条3項の数字図。Cが4月にAに300万円を払い、Bに通知しない。Bが5月に、それを知らずに善意でAに300万円を払う。Bの弁済が有効とみなされる→Cは求償できない→Cは払い過ぎた300万円をAに不当利得として返還請求。別の場合=Cが意思に反する保証人のときは、通知をしていてもBの弁済を有効とみなせる。辺ラベルの語=弁済/通知/返還請求。 図:463条3項の数字図

  • Cが4月にAに300万円を払い、Bに通知しない
  • Bが5月に、それを知らずに善意でAに300万円を払う
  • Bの弁済が有効とみなされる→Cは求償できない→Cは払い過ぎた300万円をAに不当利得として返還請求
  • 別の場合=Cが意思に反する保証人のときは、通知をしていてもBの弁済を有効とみなせる
  • 辺ラベルの語=弁済/通知/返還請求

数字にします。Cが、4月にAに300万円を払い、通知を怠りました。Bが、5月に、それを知らずに、善意でAに300万円を払いました。Bの弁済が、有効とみなされます。Cは、Bに求償できません。払い過ぎた300万円は、Aに不当利得として返還請求します。条文の札です。注意点は、前半の、意思に反して保証をしたときです。この場合は、通知の有無を問いません。Cが、払ったあとにきちんと通知していても、Bは、自分の弁済を有効とみなせます。意思に反する保証人は、通知をしても守られません。条文の札です。誰が、誰に、いつ通知するかを、表にします。

463条の通知の表。縦=1項/2項/3項。横=誰が/誰に/いつ/怠ると。1項=委託を受けた保証人が/主たる債務者に/払う前(事前の通知)/Bは債権者に対抗できた事由を保証人に対抗できる。2項=主たる債務者が/委託を受けた保証人に/払った後(事後の通知)/保証人が善意で払えばその弁済を有効とみなせる。3項=保証人が(委託の有無を問わない)/主たる債務者に/払った後(事後の通知)/Bが善意で払えばその弁済を有効とみなせる。意思に反する保証人は通知しても守られない。札=条文。 図:463条の通知の表

  • 縦=1項/2項/3項
  • 横=誰が/誰に/いつ/怠ると
  • 1項=委託を受けた保証人が/主たる債務者に/払う前(事前の通知)/Bは債権者に対抗できた事由を保証人に対抗できる
  • 2項=主たる債務者が/委託を受けた保証人に/払った後(事後の通知)/保証人が善意で払えばその弁済を有効とみなせる
  • 3項=保証人が(委託の有無を問わない)/主たる債務者に/払った後(事後の通知)/Bが善意で払えばその弁済を有効とみなせる
  • 意思に反する保証人は通知しても守られない
  • 札=条文

1項は、委託を受けた保証人が、主たる債務者に、払う前に通知します。怠ると、Bは、Aに対抗できた事由を、Cに対抗できます。2項は、主たる債務者が、委託を受けた保証人に、払った後に通知します。怠って、Cが善意で払えば、Cの弁済が有効とみなされます。3項は、保証人が、主たる債務者に、払った後に通知します。委託の有無は問いません。怠って、Bが善意で払えば、Bの弁済が有効とみなされます。ただし、意思に反する保証人は、通知しても守られません。条文の札です。

443条との比較——なぜ向きが偏るか

443条と463条の比較板。連帯債務(443条)=全員が互いに事前の通知・事後の通知。保証(463条)=事前の通知は委託を受けた保証人だけ(1項)/主たる債務者の事後の通知は委託を受けた保証人に対してだけ(2項)/保証人の事後の通知は委託の有無を問わない(3項・意思に反する保証人は通知しても守られない)。札=条文。 図:443条と463条の比較板

  • 連帯債務(443条)=全員が互いに事前の通知・事後の通知
  • 保証(463条)=事前の通知は委託を受けた保証人だけ(1項)/主たる債務者の事後の通知は委託を受けた保証人に対してだけ(2項)/保証人の事後の通知は委託の有無を問わない(3項・意思に反する保証人は通知しても守られない)
  • 札=条文

連帯債務の443条と、並べます。連帯債務は、誰が払っても全員が免れる、対等な立場でした。ですから、全員が、互いに事前の通知も事後の通知も負います。保証は、向きが決まっています。事前の通知を負うのは、委託を受けた保証人だけです。主たる債務者が、保証人に事前の通知をする制度は、ありません。主たる債務者の事後の通知は、委託を受けた保証人に対してだけです。保証人の事後の通知は、委託の有無を問いません。ただし、意思に反する保証人は、通知しても守られません。条文の札です。根拠の札を分けて言います。まず、委託を受けない保証人に、1項の事前の通知が無い理由です。求償の範囲が、もともと、その当時の利益、意思に反する場合は現に受けている利益に、絞られています。Bが債権者に対抗できる事由を持っていれば、事前に通知してもしなくても、求償の額に反映されます。柱1の数字で比べます。BがAに100万円の債権を持っていたとき、頼まれた保証人は、通知して払えば300万円、通知を怠れば200万円です。頼まれていない保証人は、通知してもしなくても、はじめから200万円です。数字はこちらの説明です。通知を義務づける意味が乏しい、という説明です。立案の過程の説明です。次に、意思に反する保証人が、通知しても守られない理由です。求償の日までにBが自分で払っていれば、Bは自分の財布から払っています。求償の日に、Cの弁済のおかげでBの手元に残っている得は、ありません。もともと現に利益を受けている限度でしか求償できないので、通知の有無で守る余地が無い、という説明です。立案の過程の説明です。

3つめ、主たる債務者が事前に通知する制度が無い理由です。主たる債務者から保証人への求償は、ありえません。ですから、事前の通知を怠った効果として、抗弁を対抗されるという場面が、生じようがありません。こちらの説明です。4つめ、主たる債務者の事後の通知が、委託を受けた保証人に対してだけの理由です。Bが先に払ったのに、委託を受けた保証人が知らずに二重に払うと、その不利益を、通知で守る必要があります。一方、頼まれていない保証人の存在を、主たる債務者が知らないことは、よくあります。存在すら知らない相手に、通知を求めるのは難しいのです。こちらの説明です。なお、頼まれていない保証人は、Bが通知を怠っても、自分の弁済を有効とみなすことはできません。463条2項は、委託を受けた保証人だけの規定だからです。条文の札です。

両方が通知を怠った場合の板。連帯債務(443条)=最判昭57・12・17:事前の通知を怠った人は2項の保護を受けられない(理由=2項は1項の事前の通知を前提にしている)。札=判例。保証(463条1項・2項)=同じ考えが及ぶかは条文に書かれていない→判例の考え方を当てはめて考える余地がある。札=こちらの説明。論文の論点=通知を怠ったとき、誰の弁済が有効になるか。 図:両方が通知を怠った場合の板

  • 連帯債務(443条)=最判昭57・12・17:事前の通知を怠った人は2項の保護を受けられない(理由=2項は1項の事前の通知を前提にしている)
  • 札=判例
  • 保証(463条1項・2項)=同じ考えが及ぶかは条文に書かれていない→判例の考え方を当てはめて考える余地がある
  • 札=こちらの説明
  • 論文の論点=通知を怠ったとき、誰の弁済が有効になるか

最後に、両方が通知を怠った場合です。連帯債務の回で見た最高裁の判決は、事前の通知を怠った人は、443条2項の保護を受けられない、としました。理由は、443条2項は1項の事前の通知があることを前提にしていて、事前の通知を怠った人まで守る趣旨ではない、というものです。判例の札です。払う前に通知していれば、すでに払われていたことを知れたはず、という言い方もできます。こちらの説明です。保証では、463条の1項と2項に、同じ考えが及ぶかは、条文には書かれていません。連帯債務の判例の考え方を当てはめて考える余地がある、という程度に押さえてください。こちらの説明です。論文で論点になりうる所は、通知を怠ったときに、誰の弁済が有効になるかです。

冒頭の問いに戻る——まとめ

冒頭の設例の関係図(答え)。A 債権者、B 主債務者、C 保証人(Bに頼まれずに保証)。Bの意思に反しない→Cが払った当時Bが利益を受けた限度(相殺の事情が無ければ300万円・法定利息は付かない)。Bの意思に反する→Cが返せと言った日にBが現に利益を受けている限度。意思に反しない保証人が払った後の通知を怠ると463条3項でさらに制限されうる(意思に反する保証人は通知しても守られない)。 図:冒頭の設例の関係図

  • 答え
  • A 債権者、B 主債務者、C 保証人(Bに頼まれずに保証)。Bの意思に反しない→Cが払った当時Bが利益を受けた限度(相殺の事情が無ければ300万円・法定利息は付かない)。Bの意思に反する→Cが返せと言った日にBが現に利益を受けている限度。意思に反しない保証人が払った後の通知を怠ると463条3項でさらに制限されうる(意思に反する保証人は通知しても守られない)。

冒頭の問いに戻ります。Cは、Bにいくら返せと言えるか。Bの意思に反していないなら、Cが払った当時、Bが利益を受けた限度です。相殺できる事情が無ければ、300万円で、法定利息は付きません。Bが断っていたなら、Cが返せと言った日に、Bが現に利益を受けている限度です。そして、Bの意思に反しない保証人が、払った後の通知を怠ると、463条3項で、さらに制限されることがあります。意思に反する保証人は、2つの面で不利です。求償の範囲が、現に利益を受けている限度に絞られます。そして、払った後に通知をしても、主たる債務者の後の弁済が、有効とみなされることがあります。ただし、言い過ぎないでください。不利なのは、この2点です。

今日のまとめ。3つの柱=1 委託を受けない保証人の求償(462条1項・3項=払った当時の利益の限度・法定利息は付かない・行使は弁済期以後)/2 意思に反する保証人の求償(462条2項=求償の日に現に利益を受けている限度)/3 通知を怠ったときの求償の制限(463条1項〜3項・443条とは向きが決まっている点が違う)。 図:今日のまとめ

3つの柱で整理します。1つめ、委託を受けない保証人の求償です。払った当時、Bが利益を受けた限度で、法定利息などは付かず、弁済期の前に払ったなら、行使は弁済期以後です。2つめ、意思に反する保証人の求償です。求償の日に、Bが現に利益を受けている限度です。3つめ、通知を怠ったときの求償の制限です。463条は、誰が誰にいつ通知するかが決まっていて、そこが443条との違いです。根拠の札を付けて整理します。条文は、462条と463条、それに準用される459条の2です。判例は、連帯債務の回で見た、事前の通知を怠った人は443条2項の保護を受けられないという判決だけです。立案の過程の説明は、無委託保証人に事前の通知が無い理由と、意思に反する保証人が守られない理由です。こちらの説明は、主なものとして、範囲が狭い理由、数字の例、事務管理との結びつき、通知の向きが偏る理由です。

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#221単独ページ動画

連帯保証と共同保証・分別の利益

第4章 債権総論 #221/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

保証人が2人。全額を請求されたら、半分で足りるか

冒頭の設例の関係図。A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人、D もう1人の保証人。AはBに1,000万円を貸した。CとDが、別々にAと保証契約を結んだ。Bは払わない。AがCに1,000万円を請求した。問い=Cは500万円だけで足りるか。CもDも連帯保証人ならどうか。辺ラベルの語=貸金1,000万円/保証/請求。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人、D もう1人の保証人
  • AはBに1,000万円を貸した
  • CとDが、別々にAと保証契約を結んだ
  • Bは払わない
  • AがCに1,000万円を請求した
  • 問い=Cは500万円だけで足りるか
  • CもDも連帯保証人ならどうか
  • 辺ラベルの語=貸金1,000万円/保証/請求

先に答えです。普通の保証人が、2人なら、Cは500万円だけで足ります。分別の利益といって、456条が認めています。CもDも連帯保証人なら、この利益がありません。Cは1,000万円全額を払います。そのかわり、払ったあとで、Bに1,000万円、Dに500万円を、取り戻せます。今日は、この数字がなぜそうなるのかを、順にほどきます。今日の登場人物です。Aが債権者、Bが主債務者、Cが保証人、Dがもう1人の保証人です。前の回までと同じ役に、Dが加わります。CもDも、Bに頼まれて保証したことにします。

前の回の受けと、根拠の札

前の回の受けと根拠の札の板。ここまで=保証人が1人の話(保証の性質・抗弁・求償)。今日=保証人が主債務者と連帯する(連帯保証)/保証人が2人以上いる(共同保証)。根拠の札=条文(法律に書いてあること)/判例(最高裁や大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)。 図:前の回の受けと根拠の札の板

  • ここまで=保証人が1人の話(保証の性質・抗弁・求償)
  • 今日=保証人が主債務者と連帯する(連帯保証)/保証人が2人以上いる(共同保証)
  • 根拠の札=条文(法律に書いてあること)/判例(最高裁や大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)

ここまでの回は、保証人が1人の話でした。今日は、これが2つの方向に広がります。1つめは、保証人が、主債務者と連帯する場合です。連帯保証です。2つめは、同じ主債務について、保証人が、2人以上いる場合です。これを共同保証といい、その1人ひとりを共同保証人と呼びます。今日も、話の根拠が混ざるので、そのつど、なにに基づく話かを言います。条文に書かれていることは、条文の札です。最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことは、判例の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための説明は、こちらの説明の札です。答案では、条文は条文番号を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

柱1——連帯保証とは。補充性が無く、付従性は残る

連帯保証の導入板。連帯保証=主債務者と肩を並べて連帯の形で責任を負う保証(保証契約で連帯の特約をする)。454条=催告の抗弁・検索の抗弁を持たない。付従性は残る=主債務が消えれば連帯保証債務も消える/457条1項は連帯保証にも及ぶ。札=条文/こちらの説明。 図:連帯保証の導入板

  • 連帯保証=主債務者と肩を並べて連帯の形で責任を負う保証(保証契約で連帯の特約をする)
  • 454条=催告の抗弁・検索の抗弁を持たない
  • 付従性は残る=主債務が消えれば連帯保証債務も消える/457条1項は連帯保証にも及ぶ
  • 札=条文/こちらの説明

1つめの柱です。その前に、前の回の確認です。連帯保証人が持たない2つの抗弁は、何でしたか?催告の抗弁と、検索の抗弁です。連帯保証は、保証人が、主債務者と肩を並べて、連帯の形で責任を負う保証です。保証契約で、連帯の特約をして作ります。実務の保証は、この形が多いです。なお、商行為によって生じた債務の保証は、商法511条2項で、特約がなくても連帯になります。会社の借入れの保証がその例です。条文の札です。

条文民法454条

民法第454条(連帯保証の場合の特則) 保証人は、主たる債務者と連帯して債務を負担したときは、前二条の権利を有しない。

前二条は、452条の催告の抗弁と、453条の検索の抗弁です。連帯保証人は、どちらも持ちません。Bが払わないとき、Aは、Bに催促することも、Bの財産を探すことも飛ばして、いきなりCに請求できます。条文の札です。補充性が無い、という言い方でした。この条文は、前の回で一度出しています。今日はその本体として、連帯保証人に起きることを見ていきます。連帯保証人が、主債務者と同じ立場になるわけではありません。補充性は無くなりますが、付従性は残ります。連帯保証も、保証債務の一種だからです。主債務が無効になったり消えたりすれば、連帯保証債務も消えます。付従性の考え方です。こちらの説明です。主債務者の履行の請求による時効の完成猶予や更新が、保証人にも及ぶという457条1項も、連帯保証に及びます。条文の札です。連帯債務との違いを言います。連帯債務は、債務者の数だけ独立した債務が並ぶので、どれかに従う関係が無く、付従性がありません。1人の債務が取り消されても、ほかの人の債務は残ります。連帯債務の回で見た437条です。また、連帯債務者には負担部分、つまり内部で分担する割合、額がありますが、連帯保証人には、主債務者との間の負担部分がありません。連帯保証人は、主債務のあとを追う保証債務を負いながら、補充性だけを失った人だからです。こちらの説明です。

柱1——連帯保証人に生じた事由は主債務者に及ぶか 458条

458条の板。及ぶ(絶対効)=弁済等/更改(438条)/相殺(439条1項)/混同(440条)。及ばない(相対効)=それ以外すべて(441条)。例=請求・免除・時効の完成・承認。ただし書=債権者と主債務者が別段の意思を表示すれば、その意思に従う。欄外=439条2項は準用されない。札=条文/こちらの説明。 図:458条の板

  • 及ぶ(絶対効)=弁済等/更改(438条)/相殺(439条1項)/混同(440条)
  • 及ばない(相対効)=それ以外すべて(441条)
  • 例=請求・免除・時効の完成・承認
  • ただし書=債権者と主債務者が別段の意思を表示すれば、その意思に従う
  • 欄外=439条2項は準用されない
  • 札=条文/こちらの説明

次は、連帯保証人Cに起きた出来事が、主債務者Bに及ぶか、です。458条が決めています。

条文民法458条

民法第458条(連帯保証人について生じた事由の効力) 第四百三十八条、第四百三十九条第一項、第四百四十条及び第四百四十一条の規定は、主たる債務者と連帯して債務を負担する保証人について生じた事由について準用する。

連帯債務の回で見た4つの条文を、連帯保証人に当てはめる、という条文です。絶対効、つまりBにも及ぶのは、弁済等、更改、相殺、混同です。弁済等は、債権が満たされるので当然に及びます。こちらの説明です。更改は438条、Cと債権者の間で更改があれば、債権はBの利益のためにも消えます。相殺は439条1項、Cが相殺を援用したとき、債権はBの利益のためにも消えます。混同は440条、Cと債権者の間に混同があれば、Cは弁済をしたものとみなされます。条文の札です。なぜこの4つだけが及ぶのか。共通するのは、債権が満たされるか、置き換わることです。相殺は、Cが自分の債権を差し出して、払ったのと同じです。混同は、自分で自分に払ったのと同じ形です。更改は、今の債務を消して新しい債務に置き換えるので、Aは元の債権の代わりを受け取っています。元の債権を残す理由がありません。連帯債務の回と同じ理由で、こちらの説明です。これ以外は、441条のとおり、相対効です。Bには及びません。条文の札です。相対効の代表が、請求です。AがCにだけ訴えを起こしても、Bの主債務の時効は、止まりません。Cの時効が完成しても、Bの債務は残ります。Cへの免除や承認も、Bには及びません。ただし書で、AとBが、別段の意思を表示したときは、その意思に従います。条文の札です。

2017年の改正の前は、連帯保証人への請求は、主債務者にも及んでいました。改正で、請求は相対効の側に移りました。理由は、連帯債務の回と同じです。請求を受けていない人は、請求があったことを当然には知らないからです。ですから、債権者は、主債務者の時効を止めたいなら、主債務者に請求する必要があります。判例ではなく、条文の話です。もう1つ、条文の文言に注意してください。458条の準用は、439条の1項だけです。2項は準用されていません。2項は、相殺を援用しない間、負担部分の限度で、履行を拒める規定でした。連帯保証人には、主債務者との間の負担部分がありません。限度が0になるので、規定の意味がないのです。こちらの説明です。

向き2本の板。上の矢印=主債務者に生じた事由→保証人(付従性・457条1項で広く及ぶ。例=AがBに請求すれば、C・Dの時効の完成も猶予される)。下の矢印=連帯保証人に生じた事由→主債務者(458条・弁済等/更改/相殺/混同だけ。請求は及ばない)。札=条文/こちらの説明。 図:向き2本の板

  • 上の矢印=主債務者に生じた事由→保証人(付従性・457条1項で広く及ぶ。例=AがBに請求すれば、C・Dの時効の完成も猶予される)
  • 下の矢印=連帯保証人に生じた事由→主債務者(458条・弁済等/更改/相殺/混同だけ。請求は及ばない)
  • 札=条文/こちらの説明

向きの違いを、1枚にします。主債務者に生じた事由が、保証人に及ぶ向きは、付従性で広く及びます。AがBに請求すれば、CとDの時効の完成猶予も及びます。457条1項です。反対に、連帯保証人に生じた事由が、主債務者に及ぶ向きは、458条の、弁済等、更改、相殺、混同だけです。請求は及びません。この向きの違いは、時効の管理で、論文で論点になりうる所です。条文の札と、こちらの説明です。

柱2——共同保証と分別の利益 456条

456条の板。数人の保証人がある場合=各別の行為により債務を負担したときであっても、427条を適用。427条=別段の意思表示がないときは、それぞれ等しい割合で義務を負う。設例=1,000万円・普通の保証人2人→各500万円(頭数で割る)。札=条文/こちらの説明。 図:456条の板

  • 数人の保証人がある場合=各別の行為により債務を負担したときであっても、427条を適用
  • 427条=別段の意思表示がないときは、それぞれ等しい割合で義務を負う
  • 設例=1,000万円・普通の保証人2人→各500万円(頭数で割る)
  • 札=条文/こちらの説明

2つめの柱です。冒頭の問いの、いちばん基本の場面です。保証人が2人いるとき、各人は、いくら負うのか。先に理由の側から言います。金銭の支払いは、分けられる債務です。分けられる債務を数人が負うなら、分けて負うのが出発点になります。こちらの説明です。そのことを決めているのが、456条です。

条文民法456条

民法第456条(数人の保証人がある場合) 数人の保証人がある場合には、それらの保証人が各別の行為により債務を負担したときであっても、第四百二十七条の規定を適用する。

427条は、分割債務の回で見た、分割債務の原則です。数人の債務者がいて、別段の意思表示がないときは、各人は、それぞれ等しい割合で義務を負う、というものです。456条は、これを保証人にも当てはめます。条文の札です。冒頭の例なら、1,000万円を保証人2人で割って、Cが500万円、Dが500万円です。AがCに請求できるのは500万円までです。このように、各保証人が、頭数で割った額だけを負えばよい利益を、分別の利益といいます。条文の、各別の行為により、は、保証人どうしが、同時に、同じ契約で保証したのではなくても、という意味です。CとDが、別々の日に、別々の契約を結んでいても、結果は同じです。条文の文言を読むだけの話です。条文の札です。頭数で割るのが出発点なので、債権者が全額を確実に取りたいなら、連帯保証や、これから見る保証連帯の約束を求めればよいのです。こちらの説明です。

柱2——分別の利益が無い3つの場合と、3者比較表

分別の利益が無い3つの場合の板。1 主債務が不可分(割れない)/2 連帯保証人(主債務者と連帯する約束)/3 保証連帯(保証人どうしが各自全額を払うと約した)。連帯保証と保証連帯の線=連帯するのが主債務者との間(連帯保証・補充性なし)か、保証人どうしの間(保証連帯・補充性あり)か。札=条文/判例/こちらの説明。 図:分別の利益が無い3つの場合の板

  • 1 主債務が不可分(割れない)/2 連帯保証人(主債務者と連帯する約束)/3 保証連帯(保証人どうしが各自全額を払うと約した)
  • 連帯保証と保証連帯の線=連帯するのが主債務者との間(連帯保証・補充性なし)か、保証人どうしの間(保証連帯・補充性あり)か
  • 札=条文/判例/こちらの説明

では、この分別の利益が、無くなるのはいつか。3つあります。1つめは、主債務が不可分の場合です。不可分とは、分けられない、ということです。例えば、建物を引き渡す債務の保証です。建物は半分に割れませんから、頭数で割る計算が働きません。これは、あとで読む465条1項の文言から導けます。こちらの説明です。2つめは、連帯保証人です。大審院の判決は、保証人が主債務者と連帯して責任を負う場合は、他の保証人との間に連帯の特約がなくても、その保証人は分別の利益を持たない、としました。判例の札です。決め手は、こちらの説明で、主債務者と連帯して全額を払うと約している以上、あらかじめ分別の利益を手放した、と見るからです。

連帯保証人と普通の保証人が混ざる場合、連帯保証人は、全額を負います。普通の保証人は、分別の利益があります。頭数には連帯保証人も数えて、保証人が2人なら500万円です。こちらの説明で、456条の読み方です。3つめは、保証連帯です。保証連帯とは、普通の保証人どうしが、各自が全額を払う、と約したものです。分別の利益がありません。これも465条1項の、各保証人が全額を弁済すべき旨の特約という文言に対応します。条文の札です。ここで、連帯保証と保証連帯を、きっぱり分けます。連帯するのが、主債務者との間なら、連帯保証です。補充性が無く、催告の抗弁も検索の抗弁もありません。連帯するのが、保証人どうしの間なら、保証連帯です。保証人は、普通の保証人のままなので、補充性が残ります。ここで問いです。連帯保証と保証連帯、催告の抗弁と検索の抗弁が残るのはどちらでしょうか?

保証連帯です。連帯保証には、補充性がありません。表にします。

3者比較表。縦=債権者への額(Cが払う額)/補充性(催告・検索の抗弁)/分別の利益/連帯する相手。横=普通の共同保証/保証連帯/連帯保証。設例=1,000万円・保証人2人。普通の共同保証=500万円/あり/あり/連帯なし。保証連帯=1,000万円/あり/なし/保証人どうし。連帯保証=1,000万円/なし/なし/主債務者。札=条文/判例/こちらの説明。 図:3者比較表

  • 縦=債権者への額(Cが払う額)/補充性(催告・検索の抗弁)/分別の利益/連帯する相手
  • 横=普通の共同保証/保証連帯/連帯保証
  • 設例=1,000万円・保証人2人
  • 普通の共同保証=500万円/あり/あり/連帯なし
  • 保証連帯=1,000万円/あり/なし/保証人どうし
  • 連帯保証=1,000万円/なし/なし/主債務者
  • 札=条文/判例/こちらの説明

上から読みます。債権者に払う額です。普通の共同保証は500万円、保証連帯は1,000万円、連帯保証は1,000万円です。補充性です。普通の共同保証と保証連帯には、あります。連帯保証には、ありません。分別の利益です。普通の共同保証にはあり、保証連帯と連帯保証には、ありません。連帯する相手です。普通の共同保証は、連帯なし。保証連帯は、保証人どうし。連帯保証は、主債務者です。飲み会の割り勘に置き換えます。お店が割り勘前提なら、2人で払う場面で、請求は半分ずつです。2人が「どちらも全額払います」と一筆書けば、1人に全額を請求されます。これが保証連帯です。さらに、幹事が、お店と直接、全額を払う契約をしていれば、お店は、幹事に催促なしでいきなり請求できます。これが連帯保証です。こちらの説明です。

柱3——共同保証人間の求償 465条

求償2本の関係図。A 債権者、B 主債務者、C 保証人、D 保証人。Cが1,000万円を払った後。Cから Bへ=求償1,000万円(459条・委託を受けた保証人)。CからDへ=求償500万円(465条・負担部分500万円を超える額)。二重には取れない。辺ラベルの語=弁済/求償。 図:求償2本の関係図

  • A 債権者、B 主債務者、C 保証人、D 保証人
  • Cが1,000万円を払った後
  • Cから Bへ=求償1,000万円(459条・委託を受けた保証人)
  • CからDへ=求償500万円(465条・負担部分500万円を超える額)
  • 二重には取れない
  • 辺ラベルの語=弁済/求償

3つめの柱です。CもDも連帯保証人で、Cが、全額の1,000万円をAに払ったとします。Cの取り戻し先は、2本あります。1本めは、主債務者Bです。Cは、Bに頼まれた保証人なので、459条で、支出した財産の額、1,000万円を求償できます。前の回までの話です。2本めが、今日の主役で、もう1人の共同保証人Dです。ただし、二重には取れません。Bから取り戻せた分は、Dへの求償の必要が減ります。こちらの説明です。2本めを決めるのが、465条です。

条文民法465条

民法第465条(共同保証人間の求償権) 1 第四百四十二条から第四百四十四条までの規定は、数人の保証人がある場合において、そのうちの一人の保証人が、主たる債務が不可分であるため又は各保証人が全額を弁済すべき旨の特約があるため、その全額又は自己の負担部分を超える額を弁済したときについて準用する。 2 第四百六十二条の規定は、前項に規定する場合を除き、互いに連帯しない保証人の一人が全額又は自己の負担部分を超える額を弁済したときについて準用する。

1項と2項は、分別の利益の有無で振り分けられています。1項は、分別の利益が無い場合です。主債務が不可分だったり、全額を弁済する特約があったりして、1人が全額か、自分の負担部分を超える額を払ったとき、442条から444条、つまり連帯債務者間の求償を準用します。中身は、負担部分に応じた額を求償でき、払った日以後の法定利息や、避けられなかった費用も含む、というものでした。払えない人がいたときの分け直しの444条も、一緒に借ります。間にある443条、求償の前後の通知の規定も、範囲に入ります。2項は、1項以外、つまり互いに連帯しない保証人、分別の利益がある場合です。やはり全額か負担部分を超える額を払ったとき、462条、委託を受けない保証人の求償を準用します。条文の札です。なぜこう振り分けるのか。分別の利益が無い人は、全額を払う義務を負っていて、払ったのは自分の債務です。連帯債務者と同じ立場なので、連帯債務の求償を借ります。分別の利益がある人が、負担部分を超えて払うと、払う義務のない、ほかの保証人の分を、頼まれずに払ったことになります。だから、委託を受けない保証人の求償を借ります。こちらの説明です。条文の文言には、気をつける所があります。1項も2項も、払った額が、全額か、自己の負担部分を超える額、のどちらかの場合に限られます。ここで問いです。Cが300万円しか払っていないとき、Dに求償できるでしょうか?

Cの負担部分は500万円なので、300万円ではその中に収まっていて、Dには求償できないと思います。負担部分以内の弁済は、自分の負担分を払っただけです。ですから、Dには請求できません。Bへの求償だけが残ります。連帯債務の442条は、負担部分を超えるかを問いませんでした。465条は、ここが違います。条文の札です。

465条の振り分けと数字の板。分別の利益なし(不可分・全額弁済の特約・連帯保証)→1項→442〜444条(連帯債務者間の求償)。分別の利益あり(互いに連帯しない保証人)→2項→462条(委託を受けない保証人の求償)。数字=連帯保証2人でCが1,000万円→Dへ500万円+法定利息(1項・負担部分は等しい)/普通の保証人2人でCが分別の利益を言わず1,000万円→Dへ500万円・利息なし(2項・462条=Dが当時利益を受けた限度)/Cが300万円→Dへは求償なし(負担部分以内)。札=条文/判例/こちらの説明。 図:465条の振り分けと数字の板

  • 分別の利益なし(不可分・全額弁済の特約・連帯保証)→1項→442〜444条(連帯債務者間の求償)
  • 分別の利益あり(互いに連帯しない保証人)→2項→462条(委託を受けない保証人の求償)
  • 数字=連帯保証2人でCが1,000万円→Dへ500万円+法定利息(1項・負担部分は等しい)/普通の保証人2人でCが分別の利益を言わず1,000万円→Dへ500万円・利息なし(2項・462条=Dが当時利益を受けた限度)/Cが300万円→Dへは求償なし(負担部分以内)
  • 札=条文/判例/こちらの説明

数字で振り分けます。1つめ、CもDも連帯保証人です。分別の利益が無いので、1項です。Cが1,000万円全額を払うと、Dには、負担部分500万円分、つまり500万円を求償できます。ここでの負担部分は、主債務者との間ではなく、保証人どうしの間の分担です。保証人どうしの負担部分は、約束があればそれにより、なければ等しい割合と考えます。こちらの説明です。設例は等しいと置きます。2つめ、CもDも普通の保証人です。本来、Cが払うべきは500万円です。ところがCが、分別の利益を言わずに、全額、1,000万円を払ったとします。自分の負担部分500万円を超えて、払ったので、Dには、2項で、462条を準用した求償ができます。462条で、主債務者の位置にDを置いて読みます。Dの意思に反していなければ、Cが払った当時、Dが利益を受けた限度です。Dが助かったのは、自分の負担部分の500万円ですから、Dには500万円です。1つめと違い、払った日以後の法定利息は付きません。462条が、利息の規定を準用していないからです。3つめ、普通の保証人のCが、300万円だけ払ったなら、負担部分以内なので、Dには求償できません。Bへの459条の求償だけです。

465条1項に、連帯保証人どうしが入るか、です。条文の文言は、各保証人が全額を弁済すべき旨の特約、です。文字どおりには、保証人どうしの約束です。ただ、連帯保証人は、主債務者との関係で全額を負っていて、分別の利益がありません。分別の利益が無い側は、1項の側に置く、というのが一般的な理解です。こちらの説明です。そして、次に見る最高裁の事案は、どちらも連帯保証人でした。最高裁は、465条1項の求償として扱っています。言えるのは、ここまでです。代位も1文だけ触れます。CがDに求償できる範囲で、Cは、AがDに持っていた債権にも代位できます。501条2項のかっこ書です。保証人どうしの代位は、求償の規定の側で決まる、という、担保の回の続きです。なお、担保の回の頭数と、今日の頭数は、言葉が同じで別の場面です。今日は、債権者に払う額を割る話です。条文の札と、こちらの説明です。

柱3——判例 共同保証人間の求償権と時効

判例の事案の板。Cが主債務者Bへの求償権について訴訟を起こし、勝訴が確定した(時効の更新に当たる事由)。その後、Dに465条1項の求償を請求。Dは時効消滅を主張。Cは、Bへの求償権の時効が更新されたのだからDへの求償権も更新された、と主張(457条1項の類推)。判決の言う「中断」は2017年改正前の言葉=現行は完成猶予・更新。札=判例。 図:判例の事案の板

  • Cが主債務者Bへの求償権について訴訟を起こし、勝訴が確定した(時効の更新に当たる事由)
  • その後、Dに465条1項の求償を請求
  • Dは時効消滅を主張
  • Cは、Bへの求償権の時効が更新されたのだからDへの求償権も更新された、と主張(457条1項の類推)
  • 判決の言う「中断」は2017年改正前の言葉=現行は完成猶予・更新
  • 札=判例

465条の求償について、最高裁が時効の場面で判断した判決があります。事案を、冒頭の設例に置き換えます。連帯保証人のCが、全額を払い、まずBに対する求償権について訴訟を起こして、勝訴が確定しました。これで、Bへの求償権の時効は、更新されます。そのあと、Cは、Dに465条1項の求償を請求しました。Dは「時効で消えた」と主張します。Cは、Bへの求償権の時効が更新された以上、Dへの求償権もそうだ、457条1項の類推だ、と主張しました。原審はこれを退け、最高裁は上告を棄却しました。当事者は、どちらも主債務者に頼まれた連帯保証人でした。

判例最判平27・11・19 民集69巻7号1988頁

共同保証人間の求償権と時効 民法465条に規定する共同保証人間の求償権は、主たる債務者の資力が不十分な場合に、弁済をした保証人のみが損失を負担しなければならないとすると共同保証人間の公平に反することから、共同保証人間の負担を最終的に調整するためのものであり、保証人が主たる債務者に対して取得した求償権を担保するためのものではないと解される。 したがって、保証人が主たる債務者に対して取得した求償権の消滅時効の中断事由がある場合であっても、共同保証人間の求償権について消滅時効の中断の効力は生じないものと解するのが相当である。

判決を、2つに分けて読みます。1つめは、この求償権が何のためにあるかです。Bが払えないとき、払った保証人だけが損をかぶるのは、保証人どうしの公平に反します。そこで、保証人どうしの負担を最後に調整するための権利であって、Bへの求償権を担保するものではない、とします。2つめは、その帰結です。だから、Bへの求償権に時効の中断の事由があっても、Dへの求償権には中断の効力が生じない、とします。判例の札です。判決の言う中断は、2017年改正前の言葉です。現行は、完成猶予と更新です。147条以下です。結論は変わりません。Bへの求償権についての請求や確定判決は、Dへの求償権の時効には及ばない、ということです。

決め手は、2つの求償権の役割の違いです。457条1項で、主債務者に生じた事由が保証人に及ぶのは、保証債務が主債務を担保するためにあって、主債務に従う関係にあるからです。判例は、こう言います。Dへの求償権は、共同保証人の間の負担を最終的に調整するためのもので、Bへの求償権を担保するためのものではない。だから、Bへの求償権の時効が止まっても、Dへの求償権は止まらない。判例の札です。457条1項がなぜ働くかという前半の理屈は、こちらの説明です。ですから、CがDへの求償権の時効を止めたいなら、Bを訴えるだけでは足りません。Dに直接、訴えを起こすなどすれば、Dへの求償権の時効は止まります。こちらの説明です。年数や起算点は、今日は扱いません。論文で論点になりうる所です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

冒頭の設例の関係図(答え)。A 債権者、B 主債務者、C 保証人、D 保証人。普通の保証人2人=Cは500万円(分別の利益・456条)。連帯保証人2人=Cは1,000万円(分別の利益なし)。払ったあと=Bに1,000万円(459条)・Dに500万円(465条1項)。二重には取れない。 図:冒頭の設例の関係図

  • 答え
  • A 債権者、B 主債務者、C 保証人、D 保証人。普通の保証人2人=Cは500万円(分別の利益・456条)。連帯保証人2人=Cは1,000万円(分別の利益なし)。払ったあと=Bに1,000万円(459条)・Dに500万円(465条1項)。二重には取れない。

冒頭の問いに戻ります。Cは、500万円だけ払えば足りるか。普通の保証人どうしなら、足ります。分別の利益で、頭数で割った500万円です。CもDも連帯保証人なら、分別の利益がありません。Cは、1,000万円全額を払います。そのかわり、払ったあとで、Bに1,000万円、459条の求償です。Dに500万円、465条1項の求償です。二重には取れません。

今日のまとめ。3つの柱=1 連帯保証(補充性が無い/連帯保証人に生じた事由が主債務者に及ぶのは弁済等・更改・相殺・混同=請求は及ばない)/2 分別の利益(無いのは主債務が不可分・連帯保証・保証連帯)/3 共同保証人間の求償(分別の利益なし=1項・連帯債務の求償を準用/あり=2項・委託を受けない保証人の求償を準用。共同保証人間の求償権の時効はBへの求償権とは別)。 図:今日のまとめ

3つの柱で整理します。1つめ、連帯保証です。補充性が無く、連帯保証人に生じた事由のうち、主債務者に及ぶのは、弁済等、更改、相殺、混同です。請求は及びません。2つめ、分別の利益です。無いのは、主債務が不可分のとき、連帯保証人、保証連帯の3つです。3つめ、共同保証人間の求償です。分別の利益が無ければ1項で、連帯債務の求償を準用します。あれば2項で、委託を受けない保証人の求償を準用します。共同保証人間の求償権の時効は、Bへの求償権とは別に進みます。根拠の札を付けて、整理します。条文は、454条、456条、458条、465条と、それが準用する条文です。判例は、連帯保証人は分別の利益を持たないという大審院の判決と、共同保証人間の求償権の時効についての最高裁の判決の2つです。こちらの説明は、主なものとして、頭数で割る理由、連帯保証と保証連帯の線引き、連帯保証人が1項で処理される理由の説明です。

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#222単独ページ動画

根保証と極度額・賃貸借の保証・身元保証

第4章 債権総論 #222/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

親がアパートの保証人に。滞納が続いたら、いくらまで払うか

冒頭の設例の関係図。A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bの親)。AはBにアパートを月額8万円で貸した。Cは「Bがこの賃貸借で負う一切の債務を保証する」という契約書に署名した。Bは家賃を払わず、滞納は3年分(288万円)になった。問い=Cはいくらまで払わなければならないか。辺ラベルの語=賃貸借/保証/請求。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bの親)
  • AはBにアパートを月額8万円で貸した
  • Cは「Bがこの賃貸借で負う一切の債務を保証する」という契約書に署名した
  • Bは家賃を払わず、滞納は3年分(288万円)になった
  • 問い=Cはいくらまで払わなければならないか
  • 辺ラベルの語=賃貸借/保証/請求

先に答えです。契約書に、上限の金額、つまり極度額が書かれていなければ、Cの保証契約は、そもそも無効です。Cは払わなくてよいです。465条の2の第2項が決めています。極度額が200万円と書かれていれば、滞納が288万円でも、Cが払うのは200万円までです。この極度額は、家賃だけの上限ではありません。利息も違約金も損害賠償も含めた、全部こみの上限です。なお、この答えは、2020年4月1日以降に結ばれた保証契約の話です。今日は、なぜこうなるのかを、順にほどきます。今日の登場人物です。Aが債権者で貸主、Bが主債務者で借主、Cが保証人でBの親です。前の回までと同じ役です。

前の回の受けと、根拠の札

前の回の受けと根拠の札の板。ここまで=保証する債務が1本に決まっていた保証(1,000万円の貸金の保証など)。今日=これから生まれては消える債務をまとめて保証する「根保証」。根抵当権の極度額・元本の確定と同じ発想=物で担保するか、人で担保するか。根拠の札=条文(法律に書いてあること)/判例(最高裁や大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)。 図:前の回の受けと根拠の札の板

  • ここまで=保証する債務が1本に決まっていた保証(1,000万円の貸金の保証など)
  • 今日=これから生まれては消える債務をまとめて保証する「根保証」
  • 根抵当権の極度額・元本の確定と同じ発想=物で担保するか、人で担保するか
  • 根拠の札=条文(法律に書いてあること)/判例(最高裁や大審院の判決が述べたこと)/こちらの説明(理解のための説明)

前の回までの保証は、保証する債務が、1本に決まっていました。1,000万円の貸金の保証、といった形です。今日は、これから生まれては消えていく債務を、まとめて保証する場合を見ます。これを根保証といいます。その前に、根抵当権の回を思い出してください。根抵当権で、担保する額の上限を、何と呼んだでしょうか?極度額です。今日の極度額も、根抵当権の極度額と同じ発想です。違うのは、物で担保するか、人で担保するかです。元本の確定という言葉も、根抵当権で学んだ、担保される債権の顔ぶれが、ある時点で締め切られて固まること、と同じ意味で使います。今日も、話の根拠が混ざるので、そのつど、なにに基づく話かを言います。条文に書かれていることは、条文の札です。最高裁や、その前の大審院の判決が述べたことは、判例の札です。条文にも判例にも書かれていない、理解のための説明は、こちらの説明の札です。答案では、条文は条文番号を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

柱1——根保証とは。なぜ使い、なぜ危ないか

根保証の板。根保証=一定の範囲に属する不特定の債務をまとめて保証すること。例=1 続いていく融資や仕入れの保証/2 賃貸借の借主の債務の保証(冒頭の設例)/3 身元保証。使う理由=取引のたびに保証契約を結び直さなくて済む。危ない理由=期間が長い・額が読めない→保証人の責任が予想を超えて膨らむ。札=こちらの説明。 図:根保証の板

  • 根保証=一定の範囲に属する不特定の債務をまとめて保証すること
  • 例=1 続いていく融資や仕入れの保証/2 賃貸借の借主の債務の保証(冒頭の設例)/3 身元保証
  • 使う理由=取引のたびに保証契約を結び直さなくて済む
  • 危ない理由=期間が長い・額が読めない→保証人の責任が予想を超えて膨らむ
  • 札=こちらの説明

1つめの柱です。根保証とは、一定の範囲に属する不特定の債務を、まとめて保証することです。例は3つあります。1つめは、続いていく融資や仕入れの保証です。AがBに、必要なたびにお金を貸していくとき、Cがその全体を保証します。2つめは、冒頭の、賃貸借の借主の債務の保証です。3つめは、あとで見る身元保証です。根保証にする利点は、取引のたびに保証契約を結び直さなくて済むことです。貸す側にとっては、貸すたびに保証人の署名をもらう手間が消えます。こちらの説明です。ただし、保証人にとっては危険が大きいです。期間が長くなりがちで、将来どれだけ債務が積み上がるかも、署名した時点では読めません。Cが署名したとき、頭にあったのは、せいぜい数か月分の家賃でしょう。それが気づけば3年分、288万円です。金額欄が空白のままの小切手に署名するのと似ています。こちらの説明です。だから民法は、個人の根保証人を、特に守ります。465条の2から465条の4です。保証人が法人なら、この特則は適用されません。法人は、リスクを自分で見積もれる立場にあるからです。こちらの説明です。改正の流れです。極度額も期間も決めない根保証を、包括根保証と呼びます。2004年の改正で、貸金等、つまりお金を借りることで負う債務などを含む根保証だけは、極度額が必要になりました。2017年の改正で、これが個人の根保証すべてに広がりました。賃貸借の保証も入ります。身元保証も、保証の形を取るものは入ります。

柱1——465条の2 極度額がなければ効力を生じない

465条の2の全文カードの背景。個人根保証契約=根保証契約のうち、保証人が法人でないもの。保証人は「その全部に係る極度額」を限度として責任を負う。極度額の定めが無ければ、保証契約は効力を生じない。極度額の定めも書面(446条2項・3項の準用)。 図:465条の2の全文カードの背景

  • 個人根保証契約=根保証契約のうち、保証人が法人でないもの
  • 保証人は「その全部に係る極度額」を限度として責任を負う
  • 極度額の定めが無ければ、保証契約は効力を生じない
  • 極度額の定めも書面(446条2項・3項の準用)

核心の条文を読みます。条文の札です。

条文民法465条の2

民法第465条の2(個人根保証契約の保証人の責任等) 1 一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。 2 個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。 3 第四百四十六条第二項及び第三項の規定は、個人根保証契約における第一項に規定する極度額の定めについて準用する。

1項は、個人根保証契約の定義です。根保証契約のうち、保証人が法人でないものです。そして保証人は、その全部に係る極度額を限度として責任を負います。この極度額に入るものが、全部こみです。主たる債務の元本、その利息、違約金、損害賠償、そのほか従たるもの全部、さらに保証債務そのものについて決めた違約金や損害賠償の額まで含みます。

極度額に入るものの板。極度額200万円の設例。入るもの=主たる債務の元本(家賃)/利息/違約金/損害賠償/その他その債務に従たるもの/保証債務について約定された違約金・損害賠償の額。全部を合計して極度額200万円が上限。札=条文。 図:極度額に入るものの板

  • 極度額200万円の設例
  • 入るもの=主たる債務の元本(家賃)/利息/違約金/損害賠償/その他その債務に従たるもの/保証債務について約定された違約金・損害賠償の額
  • 全部を合計して極度額200万円が上限
  • 札=条文

数字で言います。極度額を、200万円と決めたなら、滞納家賃の元本も、遅延損害金も、違約金も、全部足して200万円が上限です。家賃は150万円までで、あとは別に払う、という計算にはなりません。条文の札です。2項の文言は、個人根保証契約は、極度額を定めなければ、その効力を生じない、です。無効になるのは、保証契約そのものです。極度額の部分だけが無効になって、上限の無い保証が残る、という扱いではありません。上限の見えない保証を、そもそも成立させない、という条文です。条文の札です。冒頭の答えは、ここから出ます。極度額の書かれていない契約書に署名したCは、払わなくてよいです。3項は、極度額の定めを書面でせよ、という規定です。446条2項と3項、つまり保証契約を書面でしなければ効力を生じない規定が、極度額の定めに準用されます。電磁的記録でも書面とみなされます。ここで整理しておきます。保証契約そのものの書面は446条2項、極度額の定めの書面は465条の2の第3項です。別々の規定です。条文の札です。実務の目で補います。極度額は、何円と、金額で明瞭に定めます。条文は、額の多寡を制限していません。保証人の資力を超える額も定められます。ただし、保証人は署名の時点で、上限の金額を見ています。そのうえで署名しているので、納得して負う責任になります。こちらの説明です。なお、これは条文どおりに成立要件として書く所で、覚える規範ではありません。答案では、465条の2を引きます。

柱1——入れ子の図。根保証・個人根保証契約・個人貸金等根保証契約

入れ子の図。いちばん外=根保証。その内側=個人根保証契約(保証人が法人でないもの)。さらに内側=個人貸金等根保証契約(主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれるもの)。賃貸借の保証=個人根保証契約の内側のうち、貸金等でない部分。継続的な融資の保証=いちばん内側。法人が保証人の根保証=外側の根保証だけで、465条の2以下は適用なし。札=条文。 図:入れ子の図

  • いちばん外=根保証
  • その内側=個人根保証契約(保証人が法人でないもの)
  • さらに内側=個人貸金等根保証契約(主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれるもの)
  • 賃貸借の保証=個人根保証契約の内側のうち、貸金等でない部分
  • 継続的な融資の保証=いちばん内側
  • 法人が保証人の根保証=外側の根保証だけで、465条の2以下は適用なし
  • 札=条文

用語を整理します。3つの輪が入れ子になっています。いちばん外が、根保証です。その内側が、個人根保証契約で、根保証のうち、保証人が法人でないものです。さらにその内側が、個人貸金等根保証契約です。個人根保証契約のうち、主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれるものです。条文の札で、465条の3の第1項です。貸金等債務とは、お金を借りることで負う債務と、手形の割引を受けることで負う債務です。手形の割引は、手形という紙を使ったお金の借り入れに近いものと考えれば足ります。配置です。継続的な融資の保証は、いちばん内側です。冒頭の賃貸借の保証は、真ん中です。個人根保証契約ですが、貸金等債務は含みません。次の柱は、この真ん中と内側の違いが、山場になります。

柱2——元本の確定。確定期日 465条の3

元本の確定の板。元本の確定=保証される債務の顔ぶれが、ある時点で締め切られて固まること。確定した時点にある元本と、その利息・損害金だけを保証する。その後に生まれる元本は保証しない。確定するのは、期日の到来か、確定事由の発生。札=こちらの説明。 図:元本の確定の板

  • 元本の確定=保証される債務の顔ぶれが、ある時点で締め切られて固まること
  • 確定した時点にある元本と、その利息・損害金だけを保証する
  • その後に生まれる元本は保証しない
  • 確定するのは、期日の到来か、確定事由の発生
  • 札=こちらの説明

2つめの柱です。まず、元本の確定の意味を、根抵当権の言い方で受けます。担保される債権の顔ぶれが、ある時点で締め切られて固まることでした。根保証でも同じです。確定した時点にある元本と、それにつく利息や損害金だけを、保証人が負います。その後に生まれる元本は、保証の対象外です。家計簿の締め日と同じで、締め日までの出入りは精算されますが、締め日より後の買い物は入りません。こちらの説明です。確定するのは、決めた期日が来たときと、確定事由が起きたときの2通りです。

465条の3の全文カードの背景(1項・2項)。個人貸金等根保証契約だけの規律。元本確定期日を定めてもよい。ただし契約締結の日から5年を経過する日より後の日は、定めが効力を生じない。定めが無ければ3年を経過する日。賃貸借の保証にはこの規律が無い。 図:465条の3の全文カードの背景

  • 1項・2項
  • 個人貸金等根保証契約だけの規律。元本確定期日を定めてもよい。ただし契約締結の日から5年を経過する日より後の日は、定めが効力を生じない。定めが無ければ3年を経過する日。賃貸借の保証にはこの規律が無い。

まず期日です。これは、貸金等を含む場合だけの規律です。条文の札です。

条文民法465条の3

民法第465条の3 第1項・第2項(個人貸金等根保証契約の元本確定期日) 1 個人根保証契約であってその主たる債務の範囲に金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務(以下「貸金等債務」という。)が含まれるもの(以下「個人貸金等根保証契約」という。)において主たる債務の元本の確定すべき期日(以下「元本確定期日」という。)の定めがある場合において、その元本確定期日がその個人貸金等根保証契約の締結の日から五年を経過する日より後の日と定められているときは、その元本確定期日の定めは、その効力を生じない。 2 個人貸金等根保証契約において元本確定期日の定めがない場合(前項の規定により元本確定期日の定めがその効力を生じない場合を含む。)には、その元本確定期日は、その個人貸金等根保証契約の締結の日から三年を経過する日とする。

1項は、期日を定めてもよいが、契約締結の日から5年を経過する日より後なら、その定めは効力を生じない、です。上限は5年です。2項は、期日の定めが無い場合、1項で効力を生じなかった場合も含めて、契約締結の日から3年を経過する日が、元本確定期日になる、です。数字で言います。融資の根保証で、期日を10年後と書けば、その定めは無効です。3年後に確定します。4年後と書けば、有効です。期日に上限を置くのは、保証人の責任が、いつまでも積み上がり続けないようにするためです。こちらの説明です。根抵当権にも5年と3年が出てきましたが、あちらは、期日を定めなければ、自動では確定しませんでした。根保証は、定めが無ければ3年で自動的に確定します。

465条の3第3項のカードの背景。期日の変更の制限。変更後の期日が、変更した日から5年を経過する日より後になる変更は、効力を生じない。ただし、期日の直前の2か月の間に変更し、変更後が変更前の期日から5年以内の日になるなら、この限りでない。 図:465条の3第3項のカードの背景

  • 期日の変更の制限
  • 変更後の期日が、変更した日から5年を経過する日より後になる変更は、効力を生じない
  • ただし、期日の直前の2か月の間に変更し、変更後が変更前の期日から5年以内の日になるなら、この限りでない

続けて、期日を変更するときの制限です。条文の札です。

条文民法465条の3

民法第465条の3 第3項(個人貸金等根保証契約の元本確定期日) 3 個人貸金等根保証契約における元本確定期日の変更をする場合において、変更後の元本確定期日がその変更をした日から五年を経過する日より後の日となるときは、その元本確定期日の変更は、その効力を生じない。ただし、元本確定期日の前二箇月以内に元本確定期日の変更をする場合において、変更後の元本確定期日が変更前の元本確定期日から五年以内の日となるときは、この限りでない。

3項は、変更した日から5年を経過する日より後にする変更は、効力を生じない、です。ただし、期日の直前の2か月の間に変更して、変更後が変更前の期日から5年以内なら、許されます。期日が来る間際に、延ばすことができる余地を残した規定です。こちらの説明です。4項は、期日の定めと変更にも書面の規定を準用する条文です。賃貸借の保証には、元本確定期日の規律がありません。定めるかどうかは自由です。465条の3が、個人貸金等根保証契約だけを対象にしているからです。条文の札です。理由もあります。賃貸借は、5年を超えて続くことも珍しくありません。期日の規律を及ぼすと、定めた期日で元本が確定し、その後の家賃には保証人がいなくなってしまいます。こちらの説明です。この違いは、のちの比較表にも出てきます。

柱2——元本確定事由 465条の4

465条の4第1項の全文カードの背景。1項=個人根保証契約すべて。1号 保証人の財産への強制執行・担保権の実行の申立て(手続の開始があったときに限る)/2号 保証人の破産手続開始の決定/3号 主たる債務者または保証人の死亡。 図:465条の4第1項の全文カードの背景

  • 1項=個人根保証契約すべて
  • 1号 保証人の財産への強制執行・担保権の実行の申立て(手続の開始があったときに限る)/2号 保証人の破産手続開始の決定/3号 主たる債務者または保証人の死亡

次は、期日の前でも元本が確定してしまう出来事、元本確定事由です。まず1項です。条文の札です。

条文民法465条の4

民法第465条の4 第1項(個人根保証契約の元本の確定事由) 1 次に掲げる場合には、個人根保証契約における主たる債務の元本は、確定する。ただし、第一号に掲げる場合にあっては、強制執行又は担保権の実行の手続の開始があったときに限る。 一 債権者が、保証人の財産について、金銭の支払を目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき。 二 保証人が破産手続開始の決定を受けたとき。 三 主たる債務者又は保証人が死亡したとき。

1項は、個人根保証契約すべてに当たる3つです。1つめ、債権者が保証人の財産について強制執行や担保権の実行を申し立てたとき。ただし、手続が実際に開始したときに限ります。申し立てただけでは確定しません。2つめ、保証人が破産手続開始の決定を受けたとき。3つめ、主たる債務者または保証人が死亡したときです。

465条の4第2項の全文カードの背景。2項=個人貸金等根保証契約だけ。1号 主たる債務者の財産への強制執行・担保権の実行の申立て(手続の開始があったときに限る)/2号 主たる債務者の破産手続開始の決定。 図:465条の4第2項の全文カードの背景

  • 2項=個人貸金等根保証契約だけ
  • 1号 主たる債務者の財産への強制執行・担保権の実行の申立て(手続の開始があったときに限る)/2号 主たる債務者の破産手続開始の決定

次に2項です。条文の札です。

条文民法465条の4

民法第465条の4 第2項(個人根保証契約の元本の確定事由) 2 前項に規定する場合のほか、個人貸金等根保証契約における主たる債務の元本は、次に掲げる場合にも確定する。ただし、第一号に掲げる場合にあっては、強制執行又は担保権の実行の手続の開始があったときに限る。 一 債権者が、主たる債務者の財産について、金銭の支払を目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき。 二 主たる債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。

確定事由の仕分け板。全部の個人根保証(1項)=1 保証人の財産への強制執行・担保権の実行(手続の開始があったときに限る)/2 保証人の破産手続開始の決定/3 主たる債務者または保証人の死亡。貸金等だけ(2項)=4 主たる債務者の財産への強制執行・担保権の実行(手続の開始があったときに限る)/5 主たる債務者の破産手続開始の決定。仕分けの軸=保証人側の事情と主債務者の死亡/主債務者の財産の悪化。札=条文。 図:確定事由の仕分け板

  • 全部の個人根保証(1項)=1 保証人の財産への強制執行・担保権の実行(手続の開始があったときに限る)/2 保証人の破産手続開始の決定/3 主たる債務者または保証人の死亡
  • 貸金等だけ(2項)=4 主たる債務者の財産への強制執行・担保権の実行(手続の開始があったときに限る)/5 主たる債務者の破産手続開始の決定
  • 仕分けの軸=保証人側の事情と主債務者の死亡/主債務者の財産の悪化
  • 札=条文

2項は、個人貸金等根保証契約だけに当たる2つです。4つめ、債権者が主たる債務者の財産について強制執行や担保権の実行を申し立てたとき。これも、手続が開始したときに限ります。5つめ、主たる債務者が破産手続開始の決定を受けたときです。仕分けの軸は、1項が、保証人側の事情と、主たる債務者の死亡です。2項は、主たる債務者の財産の悪化です。賃貸借の保証では、借主のBが破産しても、元本は確定しません。条文の札です。2項の2つは、2004年の改正で、貸金等を含む根保証について置かれた事由です。2017年の改正は、賃貸借などの根保証では、借主が破産しても保証が打ち切りにならないという扱いを、そのまま維持しました。なぜ分かれるのかを、こちらの説明として補います。融資なら、借主が強制執行を受けたり、破産したりした後は、貸主は、新しく貸すのをやめれば済みます。それでも貸し続けた分まで保証人に負わせるのは酷だ、と考えると、締め切る理由が説明できます。賃貸借は違います。借主が破産しても、賃貸借はそれだけでは終わりません。部屋は貸したままで、家賃は生まれ続けます。そこで元本を確定させると、その後の家賃には保証人がいなくなります。期日の規律を及ぼさないのと、同じ向きの理由です。だから、この2つの事由は貸金等に限られている、と整理できます。ここで問いです。借主のBが破産手続開始の決定を受けました。親のCの、賃貸借の保証の元本は、確定するでしょうか?

賃貸借の保証は貸金等を含まないので、確定しないと思います。主たる債務者の破産は2項の事由で、貸金等を含む場合だけです。ただし、Bが死亡したなら、1項3号で確定します。主たる債務者の死亡は、全部の個人根保証に当たります。ここまでを、1枚にします。

山場の比較表。縦=極度額/確定期日の規律/保証人の財産への執行開始・保証人の破産・主たる債務者または保証人の死亡/主たる債務者の財産への執行開始・主たる債務者の破産。横=個人根保証契約一般(賃貸借の保証など)/個人貸金等根保証契約。極度額=どちらも必要(無いと無効)。確定期日=一般は規律なし(定めるのは自由)/貸金等は定めても5年まで・無ければ3年・変更も制限。保証人側の3事由=どちらも確定する。主たる債務者側の2事由=一般は確定しない/貸金等は確定する。札=条文。 図:山場の比較表

  • 縦=極度額/確定期日の規律/保証人の財産への執行開始・保証人の破産・主たる債務者または保証人の死亡/主たる債務者の財産への執行開始・主たる債務者の破産
  • 横=個人根保証契約一般(賃貸借の保証など)/個人貸金等根保証契約
  • 極度額=どちらも必要(無いと無効)
  • 確定期日=一般は規律なし(定めるのは自由)/貸金等は定めても5年まで・無ければ3年・変更も制限
  • 保証人側の3事由=どちらも確定する
  • 主たる債務者側の2事由=一般は確定しない/貸金等は確定する
  • 札=条文

上から読みます。極度額です。どちらも必要です。無いと無効です。確定期日の規律です。個人根保証契約一般には、ありません。個人貸金等根保証契約だけが、定めても5年まで、無ければ3年で、変更にも制限がかかります。保証人側の3つの事由、保証人の財産への執行の開始、保証人の破産、主たる債務者または保証人の死亡は、どちらも元本が確定します。主たる債務者の財産への執行の開始と、主たる債務者の破産は、一般では確定せず、貸金等では確定します。貸金等のほうが、規律が厳しい、というのが全体の姿です。

柱2——465条の5 法人の根保証の求償権を個人が保証する場合

465条の5の関係図。ここだけ設例を取り替える。A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、保証会社(法人の根保証人)、保証会社の求償権を保証する個人。AはBに継続的に貸す。保証会社がBの債務を根保証した(極度額なし)。保証会社が払えば、保証会社はBに求償権を持つ。個人がその求償権の債務を保証した。辺ラベルの語=貸付/根保証/求償権/保証。 図:465条の5の関係図

  • ここだけ設例を取り替える
  • A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、保証会社(法人の根保証人)、保証会社の求償権を保証する個人
  • AはBに継続的に貸す
  • 保証会社がBの債務を根保証した(極度額なし)
  • 保証会社が払えば、保証会社はBに求償権を持つ
  • 個人がその求償権の債務を保証した
  • 辺ラベルの語=貸付/根保証/求償権/保証

ここだけ、設例を取り替えます。先ほどのCとは別の話です。AがBに、継続的にお金を貸します。その債務を、保証会社という法人が、根保証します。そして、保証会社の求償権を、ある個人が保証します。登場するのは、貸主のA、借主のB、法人の保証会社、保証会社の求償権を保証する個人です。問いです。保証人が法人で、極度額の定めが無い根保証は、有効でしょうか?465条の2は個人の根保証の規定なので、法人なら有効だと思います。法人の根保証は、極度額が無くても有効です。ところが、ここに抜け道が開きます。保証会社がAに払うと、保証会社はBに求償権を持ちます。そこで個人が、その求償権の債務を保証したとします。この個人の保証は、1つの特定の債務を保証しているだけで、根保証ではありません。ですが、これを無条件に有効とすると、個人は、Bの継続的な債務を、直接、根保証したのと同じ危険に立ちます。こちらの説明です。そこで465条の5が、一定の場合に、その個人の保証契約を無効とします。

条文民法465条の5

民法第465条の5 第1項(保証人が法人である根保証契約の求償権) 1 保証人が法人である根保証契約において、第四百六十五条の二第一項に規定する極度額の定めがないときは、その根保証契約の保証人の主たる債務者に対する求償権に係る債務を主たる債務とする保証契約は、その効力を生じない。

1項は、法人の根保証に極度額の定めが無いとき、その法人の求償権を主たる債務とする保証契約は、効力を生じない、です。条文の札です。いまの保証会社の例なら、極度額の無い法人の根保証について、個人が求償権を保証しても、その保証は無効です。2項と3項は、要点だけです。2項前段は、法人の根保証で、貸金等債務を含むものについて、元本確定期日の定めが無い、または期日の定めやその変更が465条の3の規定に反するときも、同じように個人の保証が無効になる、というものです。後段は、個人が、求償権に係る債務を含めて根保証した場合も同様です。3項は、求償権を保証する側が法人であれば、適用しない、という規定です。守られるのは個人だけ、という趣旨です。条文の札です。

柱3——賃貸借の保証。更新後の債務にも及ぶか

賃貸借の保証の板。保証人が個人=個人根保証契約(極度額が必要)。ただし個人貸金等根保証契約ではない(貸金等債務を含まない)=比較表の左の列。確定期日の規律なし。確定事由=保証人側の3つ(主たる債務者または保証人の死亡を含む)。冒頭の問いの答え=極度額なしなら無効/ありなら極度額まで。札=条文。 図:賃貸借の保証の板

  • 保証人が個人=個人根保証契約(極度額が必要)
  • ただし個人貸金等根保証契約ではない(貸金等債務を含まない)=比較表の左の列
  • 確定期日の規律なし
  • 確定事由=保証人側の3つ(主たる債務者または保証人の死亡を含む)
  • 冒頭の問いの答え=極度額なしなら無効/ありなら極度額まで
  • 札=条文

3つめの柱に入ります。設例はもとのA、B、Cに戻します。まず賃貸借の保証の性質です。保証人が個人なら、個人根保証契約です。極度額が必要です。ただし、貸金等債務は含まないので、個人貸金等根保証契約ではありません。さきほどの比較表の、左の列です。期日の規律はなく、元本の確定事由は、保証人側の事由と、主たる債務者の死亡です。条文の札です。冒頭の問いの答えも、ここでそろいます。極度額が書かれていなければ、Cの保証は無効です。書かれていれば、その額までです。

更新と保証の問題の板。期間の定めのある建物賃貸借(例=2年契約)。保証契約を結んだのは当初の期間。更新を重ねたあとの滞納を、保証人は払うか。向き=更新は貸主の意思にかかわらず起きることが多い。更新で保証が切れると困るのは貸主。札=こちらの説明。 図:更新と保証の問題の板

  • 期間の定めのある建物賃貸借(例=2年契約)
  • 保証契約を結んだのは当初の期間
  • 更新を重ねたあとの滞納を、保証人は払うか
  • 向き=更新は貸主の意思にかかわらず起きることが多い
  • 更新で保証が切れると困るのは貸主
  • 札=こちらの説明

次は、更新です。契約の期間が、2年の建物賃貸借で、Cが保証人になったとします。そして、2年たって、賃貸借が更新されました。更新後の家賃の滞納を、Cは保証するでしょうか。保証契約を結んだのは、当初の期間の賃貸借です。ここに論点があります。向きに注意してください。建物の賃貸借は、貸主に、自分で使う必要があるなどの正当な理由がなければ、貸主が更新を嫌だと言っても、契約が続くことが多いです。借地借家法の更新の仕組みは別の所で扱うので、今日は、この結論だけ使います。つまり更新は、貸主の意思にかかわらず起きます。更新で保証が切れるなら、困るのは貸主です。こちらの説明です。

平9判決の板。事案=期間の定めのある建物賃貸借を、貸主が借主に貸し、借主の親族が保証人になった。更新が重なり、更新後の賃料の滞納が積み上がり、貸主は、保証人に支払う義務があると主張した。保証人は、義務が無いことの確認を求めて訴え、更新後の債務には保証が及ばない・仮に及んでも請求は信義則に反する、と主張。結論=特段の事情も信義則違反の事情も無いとして、保証人の責任を認めた(上告棄却)。札=判例。 図:平9判決の板

  • 事案=期間の定めのある建物賃貸借を、貸主が借主に貸し、借主の親族が保証人になった
  • 更新が重なり、更新後の賃料の滞納が積み上がり、貸主は、保証人に支払う義務があると主張した
  • 保証人は、義務が無いことの確認を求めて訴え、更新後の債務には保証が及ばない・仮に及んでも請求は信義則に反する、と主張
  • 結論=特段の事情も信義則違反の事情も無いとして、保証人の責任を認めた(上告棄却)
  • 札=判例

最高裁の判決があります。事案を、冒頭の設例に置き換えます。期間の定めのある賃貸借で、AがBに貸し、Bの親のCが、Bの債務の一切を保証しました。賃貸借は更新を重ね、更新後の家賃の滞納が積み上がりました。Aは、Cに支払う義務があると主張します。Cは、その義務が無いことの確認を求めて訴えました。Cは、更新後の債務には保証が及ばない、仮に及んでも請求は信義則に反する、と主張しました。最高裁は、Cの責任を認めました。判決の理由を、3つのカードに分けて読みます。1枚目は、理由の部分です。

判例最判平9・11・13 集民186号105頁

建物賃貸借の更新と保証人の責任(理由) 建物の賃貸借は、一時使用のための賃貸借等の場合を除き、期間の定めの有無にかかわらず、本来相当の長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係であり、期間の定めのある建物の賃貸借においても、賃貸人は、自ら建物を使用する必要があるなどの正当事由を具備しなければ、更新を拒絶することができず、賃借人が望む限り、更新により賃貸借関係を継続するのが通常であって、賃借人のために保証人となろうとする者にとっても、右のような賃貸借関係の継続は当然予測できるところであり、また、保証における主たる債務が定期的かつ金額の確定した賃料債務を中心とするものであって、保証人の予期しないような保証責任が一挙に発生することはないのが一般であることなどからすれば、

建物の賃貸借は長く続くことが予定された契約で、貸主は正当な理由がなければ更新を拒めません。保証人になろうとする者も、その継続は当然予測できます。さらに、主たる債務は定期的で金額の確定した家賃が中心なので、保証人の予期しない責任が、一挙に生じることは一般にありません。判例の札です。ここまでが理由で、文はまだ続きます。結論の部分です。

判例最判平9・11・13 集民186号105頁

建物賃貸借の更新と保証人の責任(結論) 賃貸借の期間が満了した後における保証責任について格別の定めがされていない場合であっても、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、更新後の賃貸借から生ずる債務についても保証の責めを負う趣旨で保証契約をしたものと解するのが、当事者の通常の合理的意思に合致するというべきである。

だから、反対の趣旨をうかがわせる特段の事情がない限り、更新後の債務も保証する趣旨で契約した、と解するのが、当事者の通常の合理的意思に合う、とします。判例の札です。決め手は、当事者の合理的意思の解釈です。保証人は、更新後の家賃の滞納まで引き受けた、と読むのが自然だということです。次は、その限界を述べた部分です。

判例最判平9・11・13 集民186号105頁

建物賃貸借の更新と保証人の責任(限界と結論) もとより、賃借人が継続的に賃料の支払を怠っているにもかかわらず、賃貸人が、保証人にその旨を連絡するようなこともなく、いたずらに契約を更新させているなどの場合に保証債務の履行を請求することが信義則に反するとして否定されることがあり得ることはいうまでもない。 以上によれば、期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり、保証人は、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合を除き、更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを免れないものというべきである。

3つめは、限界です。貸主が保証人に請求することが信義則に反すると認められる場合は、責任を免れます。判決が挙げた場面は、借主が継続的に家賃の支払を怠っているのに、貸主が保証人にその旨を連絡することもなく、いたずらに契約を更新させているなどの場合です。判例の札です。冒頭の設例なら、Bが何年も払っていないと知りながら、AがCに黙って更新を重ねていた、という場面が、これに当たりえます。それ以外の場面、たとえば何年放置すれば足りるのかは、判決は述べていません。この判決は、2017年の改正の前の事案です。現在の個人根保証契約では、極度額が必ず決まっています。更新後の債務も、その極度額の範囲内で保証される、と読めます。465条の2の第1項が、その全部に係る極度額を限度としているからです。こちらの説明です。更新と保証は、論文で論点になりうる所です。更新後の債務にも及ぶ、という規範は、条文ではなく、判例が解釈で立てたものです。

柱3——保証人の死亡と相続

相続の時間軸の板。保証人Cの死亡の前=Cが死亡した時点の滞納100万円→Cの相続人(Cの子)が引き継ぐ。死亡の後=その後に生じる賃料→負わない。理由=保証人の死亡は元本確定事由(465条の4第1項3号)。借主Bの死亡も同じ号で元本確定→その後の賃料は保証されない。判例=大判昭9・1・30 民集13巻103頁(2017年改正前の判断)。札=条文/判例。 図:相続の時間軸の板

  • 保証人Cの死亡の前=Cが死亡した時点の滞納100万円→Cの相続人(Cの子)が引き継ぐ
  • 死亡の後=その後に生じる賃料→負わない
  • 理由=保証人の死亡は元本確定事由(465条の4第1項3号)
  • 借主Bの死亡も同じ号で元本確定→その後の賃料は保証されない
  • 判例=大判昭9・1・30 民集13巻103頁(2017年改正前の判断)
  • 札=条文/判例

保証人が亡くなると、保証債務は、相続人が引き継ぐのが原則です。賃借人の債務の保証についても、大審院は、保証人を相続した者が、保証債務を負うとしました。判例の札です。ただし、この判断は、2017年の改正の前のものです。現在は、保証人が個人なら、保証人の死亡は元本確定事由です。465条の4の第1項3号です。条文の札です。数字で言います。Cが亡くなった時点の滞納が、100万円だったとします。Cの子は、この100万円を引き継ぎます。その後にBが払わなくなった家賃は、Cの子は負いません。元本が、死亡の時点で締め切られているからです。なぜ死亡で締め切るのか。こちらの説明です。すでに生じた100万円は、Cが負っていた債務なので、Cの子が引き継ぎます。しかし、この先どこまで膨らむか分からない保証は、Cが自分で判断して引き受けたものです。その約束を自分でしていないCの子にまで、続けて背負わせるのは酷です。

主たる債務者の死亡も、同じ号の事由です。元本が確定します。Bの相続人が、そのまま部屋に住み続けても、確定後の新しい家賃は、Cの保証の対象外です。条文の札です。Cが保証を引き受けたのは、借主がBだったからです。Bの相続人が借主になったあとの家賃まで、保証する約束ではなかった、と考えます。こちらの説明です。根抵当権では、相続が起きても、合意して登記すれば、取引を続けられました。条文は、398条の8です。根保証には、その仕組みがありません。死亡で、必ず確定します。

柱3——身元保証

身元保証の要点板(身元保証ニ関スル法律)。身元保証=雇われる人(被用者)が雇い主(使用者)に与える損害を保証すること。1条=期間の定めが無ければ成立の日から3年(商工業見習者は5年)。2条=期間は5年まで・更新後も更新の時から5年まで。3条=使用者は、被用者に不適任・不誠実な事跡があるとき、任務や任地を変えて保証人の責任が重くなる、または監督が難しくなるときは、遅滞なく保証人に通知する。4条=保証人は、通知を受けたときなどに将来に向かって契約を解除できる。5条=裁判所は責任と額を定めるとき一切の事情を考える。6条=保証人に不利な特約は無効。札=条文。 図:身元保証の要点板

  • 身元保証ニ関スル法律
  • 身元保証=雇われる人(被用者)が雇い主(使用者)に与える損害を保証すること。1条=期間の定めが無ければ成立の日から3年(商工業見習者は5年)。2条=期間は5年まで・更新後も更新の時から5年まで。3条=使用者は、被用者に不適任・不誠実な事跡があるとき、任務や任地を変えて保証人の責任が重くなる、または監督が難しくなるときは、遅滞なく保証人に通知する。4条=保証人は、通知を受けたときなどに将来に向かって契約を解除できる。5条=裁判所は責任と額を定めるとき一切の事情を考える。6条=保証人に不利な特約は無効。札=条文。

最後に、身元保証です。雇われる人、被用者が、雇い主、使用者に与える損害を、保証することです。責任の範囲が広く、将来どれだけの損害が出るかも読めません。そこで、身元保証ニ関スル法律という特別法が、保証人を守っています。要点を6つ見ます。条文の札です。1条、期間の定めが無ければ、成立の日から3年です。商工業見習者、つまり店や工場で仕事を見習っている人は5年です。2条、期間は5年を超えられません。長く定めても5年に縮まります。更新もできますが、更新後の期間は、更新の時を起点に、やはり5年が上限です。3条、使用者は、被用者に業務上不適任または不誠実な事跡、つまりそうした行いがあって、保証人の責任が生じるおそれを知ったとき、また、被用者の任務や任地を変えて、保証人の責任が重くなるとき、または保証人が被用者を監督しにくくなるときは、遅滞なく保証人に通知します。4条、保証人は、その通知を受けたときなどに、将来に向かって契約を解除できます。5条、裁判所は、保証人の責任と額を定めるときに、使用者の監督の過失や、保証をするに至った事情など、一切の事情を考えに入れます。6条、この法律に反して保証人に不利益な特約は、無効です。

身元保証は、相続されません。大審院の判決が、そうしています。特別の事情がない限り、身元保証人の地位は、保証人の死亡により相続人に承継されない、という結論です。判例の札です。理由は、身元保証が、保証人と被用者の人的な信頼関係にもとづくからです。こちらの説明です。

賃貸借の保証と身元保証の対比表。縦=保証人の死亡で保証債務は引き継がれるか/特別法の有無。横=賃貸借の保証/身元保証。賃貸借の保証=相続される(ただし死亡で元本確定、死亡後の賃料は負わない)/特別法なし(民法の個人根保証の規律)。身元保証=保証人の地位は相続されない(人的な信頼関係にもとづく)/身元保証ニ関スル法律で期間・通知・解除などを規律。出典=大判昭9・1・30 民集13巻103頁/大判昭18・9・10 民集22巻948頁。札=条文/判例/こちらの説明。 図:賃貸借の保証と身元保証の対比表

  • 縦=保証人の死亡で保証債務は引き継がれるか/特別法の有無
  • 横=賃貸借の保証/身元保証
  • 賃貸借の保証=相続される(ただし死亡で元本確定、死亡後の賃料は負わない)/特別法なし(民法の個人根保証の規律)
  • 身元保証=保証人の地位は相続されない(人的な信頼関係にもとづく)/身元保証ニ関スル法律で期間・通知・解除などを規律
  • 出典=大判昭9・1・30 民集13巻103頁/大判昭18・9・10 民集22巻948頁
  • 札=条文/判例/こちらの説明

対比を1枚にします。賃貸借の保証は、保証人が亡くなると、保証債務が相続されます。ただし、死亡で元本が確定するので、死亡時までの債務だけが、相続人に移ります。特別法はなく、民法の個人根保証の規律が働きます。身元保証人の地位は、相続されません。身元保証ニ関スル法律が、期間、通知、解除などを定めています。

冒頭の問いに戻る——まとめ

冒頭の設例の関係図(答え)。A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bの親)。極度額の書面が無い=Cの保証契約は無効(465条の2第2項)で、Cは払わなくてよい。極度額200万円の書面がある=滞納288万円でもCは200万円まで。更新を重ねた後の滞納も、特段の事情がある場合・信義則に反する場合を除き、極度額の範囲で保証。Cが死亡すれば元本が確定し、その後の賃料は相続人も負わない。 図:冒頭の設例の関係図

  • 答え
  • A 債権者(貸主)、B 主債務者(借主)、C 保証人(Bの親)。極度額の書面が無い=Cの保証契約は無効(465条の2第2項)で、Cは払わなくてよい。極度額200万円の書面がある=滞納288万円でもCは200万円まで。更新を重ねた後の滞納も、特段の事情がある場合・信義則に反する場合を除き、極度額の範囲で保証。Cが死亡すれば元本が確定し、その後の賃料は相続人も負わない。

冒頭の問いに戻ります。Cは、いくらまで払うか。極度額の書面がなければ、Cの保証契約は無効で、払いません。200万円と書かれていれば、滞納が288万円でも、200万円までです。更新を重ねたあとの滞納も、特段の事情がなく、貸主の請求が信義則に反する場合でなければ、この極度額の範囲で保証されます。そしてCが亡くなれば、元本はそこで確定し、その後の家賃は、相続人も負いません。

今日のまとめ。3つの柱=1 個人根保証契約は極度額(元本・利息・違約金・損害賠償まで全部こみ)を書面で定めなければ無効(465条の2)/2 元本の確定=確定期日の規律は個人貸金等根保証契約だけ・確定事由は5つのうち3つが全部の個人根保証(保証人側の事情と主債務者の死亡)・2つが貸金等だけ(主債務者の財産への執行と破産)・法人の根保証の求償権を個人が保証する場合も極度額(と期日)が要る(465条の5)/3 賃貸借の保証人は更新後の債務も負う(特段の事情がある場合・信義則で請求が否定される場合を除く)・保証人の死亡で元本確定・身元保証は相続されず特別法で期間等が制限される。 図:今日のまとめ

3つの柱で整理します。1つめ、個人根保証契約は、極度額を書面で定めなければ無効です。極度額は、元本も利息も違約金も損害賠償も含めた、全部こみの上限です。2つめ、元本の確定です。確定期日の規律は、個人貸金等根保証契約だけです。確定事由は5つあり、保証人側の事情と主たる債務者の死亡の3つが、全部の個人根保証に当たります。主たる債務者の財産への執行と破産の2つは、貸金等だけです。法人の根保証の求償権を個人が保証する場合にも、465条の5で、極度額や期日の定めが求められます。3つめ、賃貸借の保証人は、特段の事情がある場合や、貸主の請求が信義則に反する場合を除いて、更新後の債務も負います。保証人が亡くなれば、元本が確定します。身元保証は、相続されず、特別法で期間などが制限されます。根拠の札を付けて、整理します。条文は、465条の2から465条の5と、身元保証ニ関スル法律です。判例は、更新後の債務にも保証が及ぶという最高裁の判決と、賃貸借の保証の相続、身元保証の相続についての大審院の判決の、あわせて3つです。こちらの説明は、主なものとして、根保証が危ない理由、元本の確定を家計簿の締め日にたとえる説明、法人を挟む抜け道をふさぐ理由、身元保証が相続されない理由です。

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#223単独ページ動画

保証意思宣明公正証書と主債務者の情報提供義務

第4章 債権総論 #223/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

友人の工務店の借金の保証人に。署名しただけで払うことになるか

冒頭の設例の関係図。A 債権者(銀行)、B 主債務者(個人で工務店を営む人)、C 保証人(Bの学生時代の友人)。AはBに運転資金2,000万円を貸した。Cは「迷惑はかけないから」とBに頼まれ、Aとの保証契約書に署名・押印した。Bは別の銀行に1,500万円の借金があったが、Cには黙っていた。問い=Cは2,000万円を払わなければならないか。辺ラベルの語=貸付/保証/頼み/黙っていた。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 債権者(銀行)、B 主債務者(個人で工務店を営む人)、C 保証人(Bの学生時代の友人)
  • AはBに運転資金2,000万円を貸した
  • Cは「迷惑はかけないから」とBに頼まれ、Aとの保証契約書に署名・押印した
  • Bは別の銀行に1,500万円の借金があったが、Cには黙っていた
  • 問い=Cは2,000万円を払わなければならないか
  • 辺ラベルの語=貸付/保証/頼み/黙っていた

先に答えです。書面に署名と押印をしただけでは、足りません。守りが2段あります。1段目、契約の前の1箇月以内に、Cが公証人の前で保証する意思を述べた公正証書が作られていなければ、Cの保証契約は効力を生じません。465条の6の第1項です。2段目、公正証書があっても、Bがほかの借金を黙っていたせいでCが思い違いをして契約し、Bが黙っていたことをAが知っていたか、知ることができたなら、Cは保証契約を取り消せます。465条の10の第2項です。なお、この答えは、2020年4月1日以降に結ばれた保証契約の話です。今日は、なぜこうなるのかを、順にほどきます。今日の登場人物です。Aが債権者で銀行、Bが主債務者で事業をしている人、Cが保証人でBの友人です。前の回までと同じ役です。

前の回の受けと、言葉の整理

前の回の受けと言葉の板。保証人を守る仕組み=書面(446条2項・保証契約は書面でしなければ効力を生じない)/極度額(465条の2・個人の根保証は極度額を書面で定めなければ効力を生じない)。貸金等債務=お金を借りることで負う債務と、手形の割引を受けることで負う債務。公正証書=公証人が作る公文書。公証人=公正証書を作る公務員。根拠の札=条文(法律に書いてあること)/こちらの説明(理解のための説明)。 図:前の回の受けと言葉の板

  • 保証人を守る仕組み=書面(446条2項・保証契約は書面でしなければ効力を生じない)/極度額(465条の2・個人の根保証は極度額を書面で定めなければ効力を生じない)
  • 貸金等債務=お金を借りることで負う債務と、手形の割引を受けることで負う債務
  • 公正証書=公証人が作る公文書
  • 公証人=公正証書を作る公務員
  • 根拠の札=条文(法律に書いてあること)/こちらの説明(理解のための説明)

前の回までに、保証人を守る仕組みが出ました。まず書面です。保証契約は、書面でしなければ、効力を生じません。446条の2項でした。今日は、その続きです。言葉を2つ、先に置きます。貸金等債務は、前の回と同じ意味で、お金を借りることで負う債務と、手形の割引を受けることで負う債務です。手形の割引は、前の回で見たとおり、手形という紙を使ったお金の借り入れに近いもの、と考えれば足ります。公正証書は、公証人が作る公文書で、公証人は、公正証書を作る公務員です。ここで、前回の話から1つ思い出してください。個人が根保証人になるとき、契約書に定めがなければ、保証そのものが無効になるものは、何だったでしょう?

個人の根保証は、極度額を書面で定めなければ、効力を生じません。465条の2でした。つまり、契約を結ぶときの守りとして、書面と極度額が出ていました。今日は、事業のための借金を個人が保証する場面に置かれた、さらに2つの仕組みを見ます。今日の話の根拠は、2種類です。条文に書いてあることは、条文の札。条文に書いていない、理解のための説明は、こちらの説明の札です。今日は、判例の札は使いません。答案では、条文は条文番号を引いて書き、それ以外は理由を添えて書きます。

柱1——なぜ事業の借金の保証だけ特別か。対象と効果

465条の6第1項の板。なぜ特別か=1 額が大きくなりやすい/2 頼まれると断りにくい/3 事業の中身が外から見えず、返せるか分からない。対象=3つの掛け算。事業のために負担した×貸金等債務×保証人が個人。公正証書=契約の締結の日前1箇月以内に作成。無ければ=効力を生じない(無効)。保証人が法人なら適用しない(3項)。札=条文/こちらの説明。 図:465条の6第1項の板

  • なぜ特別か=1 額が大きくなりやすい/2 頼まれると断りにくい/3 事業の中身が外から見えず、返せるか分からない
  • 対象=3つの掛け算
  • 事業のために負担した×貸金等債務×保証人が個人
  • 公正証書=契約の締結の日前1箇月以内に作成
  • 無ければ=効力を生じない(無効)
  • 保証人が法人なら適用しない(3項)
  • 札=条文/こちらの説明

1つめの柱です。まず、なぜ事業の借金の保証だけが特別扱いなのかを、こちらの説明で確かめます。理由は3つあります。1つめ、額が大きくなりやすいこと。2つめ、頼まれると断りにくく、情で引き受けがちなこと。3つめ、事業の中身は外から見えないので、返せるのかどうかが、保証人には分かりにくいことです。そこで2017年の改正で、2つの仕組みが新しく置かれました。1つが保証意思宣明公正証書、もう1つが、柱2で見る主債務者の情報提供義務です。核心の条文を読みます。条文の札です。

条文民法465条の6

民法第465条の6(公正証書の作成と保証の効力)第1項・第3項 1 事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約は、その契約の締結に先立ち、その締結の日前一箇月以内に作成された公正証書で保証人になろうとする者が保証債務を履行する意思を表示していなければ、その効力を生じない。 2 (略) 3 前二項の規定は、保証人になろうとする者が法人である場合には、適用しない。

言葉ごとにほどきます。まず対象です。事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約、または、その範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約です。1本の借金の保証も、継続して借りる根保証も、対象です。ここに、3つの掛け算があります。事業のため、かける、貸金等債務、かける、保証人が個人です。3つそろって、初めて公正証書が要ります。3項は、保証人になろうとする者が法人なら、適用しないとしています。掛け算の輪郭を、2組の例で確かめます。1組目は、事業のためかどうかです。例えば、Bが、営んでいる工務店の運転資金として2,000万円を借り入れる。これは事業のためです。同じBが、自宅を買うために住宅ローンを借りる。借りるときの使い道が事業ではないので、事業のためではありません。その保証に、公正証書は要りません。教育ローンの保証も同じです。決め手は、借りるときに、何に使うお金として借りたか、です。2組目は、貸金等債務かどうかです。Bが、材木店から材木を仕入れ、代金を後払いにする。これは事業のための債務ですが、お金を借りる債務ではないので、貸金等債務ではありません。この代金の保証に、公正証書は要りません。決め手は、債務の種類です。お金を借りること、または手形の割引を受けることか、です。

公正証書を作っても、保証契約の書面は、なお要ります。公正証書は、保証契約そのものではなく、契約の前にする準備の手続きです。保証契約は、446条の2項の書面で、別にしなければなりません。公正証書だけでも、書面だけでも、足りません。冒頭のCは、書面に署名しただけでした。ここが欠けています。効果は、効力を生じない、つまり無効です。取消しではありません。公正証書が無いまま結んだ保証契約は、初めから効力が無いものとして扱われます。時期は、契約の締結の日前の1箇月以内です。こちらの説明です。1箇月に限るのは、契約の直前の気持ちを確かめるためです。そして、なぜ公証人の前なのか。公証人が本人と直接会い、リスクを分かったうえで履行する意思があるかを確かめます。

柱1——公正証書の作り方 465条の6第2項・465条の7

公正証書を作る流れの板。1 保証人になろうとする本人が、公証人に口で述べる(口授)/2 公証人が口述を筆記し、本人に読み聞かせ又は閲覧させる/3 本人が筆記の正確なことを承認して、署名し、印を押す/4 公証人が、方式に従って作った旨を付記して、署名し、印を押す。1号の述べる内容=債権者及び債務者・元本・利息や違約金などの定めの有無と内容・主債務者が履行しないときは、その全額について履行する意思。 図:公正証書を作る流れの板

  • 1 保証人になろうとする本人が、公証人に口で述べる(口授)/2 公証人が口述を筆記し、本人に読み聞かせ又は閲覧させる/3 本人が筆記の正確なことを承認して、署名し、印を押す/4 公証人が、方式に従って作った旨を付記して、署名し、印を押す
  • 1号の述べる内容=債権者及び債務者・元本・利息や違約金などの定めの有無と内容・主債務者が履行しないときは、その全額について履行する意思

次は作り方です。465条の6の第2項が、方式を4つの号で決めています。流れは、保証人になろうとする本人が、公証人に口で述べる。公証人が筆記して、読み聞かせるか閲覧させる。本人が承認して署名し、印を押す。公証人が、方式に従って作った旨を付記して、署名し、印を押す。この順です。条文の札です。1号は長いので、核心のイだけを読みます。

条文民法465条の6

民法第465条の6 第2項 第1号イ 2 前項の公正証書を作成するには、次に掲げる方式に従わなければならない。  一 保証人になろうとする者が、次のイ又はロに掲げる契約の区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事項を公証人に口授すること。   イ 保証契約(ロに掲げるものを除く。) 主たる債務の債権者及び債務者、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのものの定めの有無及びその内容並びに主たる債務者がその債務を履行しないときには、その債務の全額について履行する意思(保証人になろうとする者が主たる債務者と連帯して債務を負担しようとするものである場合には、債権者が主たる債務者に対して催告をしたかどうか、主たる債務者がその債務を履行することができるかどうか、又は他に保証人があるかどうかにかかわらず、その全額について履行する意思)を有していること。   ロ (略)

ほどきます。口授は、口で直接述べることです。主語は、保証人になろうとする者です。本人が口で述べる形で、他の人が代わりに述べるのでは、この方式になりません。なぜ本人の口なのか。こちらの説明です。誰かが用意した紙に署名するだけなら、中身を分からないままでも済んでしまいます。誰に対する、いくらの借金を、全額払うつもりなのかを、自分の口で述べさせ、公証人が、分かったうえで述べているかを確かめます。述べる内容は、イのとおりです。債権者と債務者、元本、利息や違約金などの定めの有無と内容、そして、主債務者が履行しないときは、その債務の全額について履行する意思です。全額、という点が肝心です。払えるところまで、では足りません。かっこ書きは、連帯保証の場合です。連帯保証人は、催告の抗弁も検索の抗弁も持ちませんでした。このかっこ書きは、まずBに請求してほしい、とも、Bに資力があるはずだ、とも、他に保証人がいるはずだ、とも言わず、全額を履行する意思を述べさせる定めです。ロは根保証の場合で、債権者と債務者、主たる債務の範囲、極度額、元本確定期日の定めの有無と内容を述べ、極度額の限度で全額を履行する意思を述べます。

465条の6第2項 第2号から第4号の板。2号=公証人が、口述を筆記し、本人に読み聞かせ又は閲覧させる。3号=本人が、筆記の正確なことを承認した後、署名し、印を押す(署名できないときは、公証人がその事由を付記して署名に代える)。4号=公証人が、前三号の方式に従って作った旨を付記して、署名し、印を押す。 図:465条の6第2項 第2号から第4号の板

  • 2号=公証人が、口述を筆記し、本人に読み聞かせ又は閲覧させる
  • 3号=本人が、筆記の正確なことを承認した後、署名し、印を押す(署名できないときは、公証人がその事由を付記して署名に代える)
  • 4号=公証人が、前三号の方式に従って作った旨を付記して、署名し、印を押す

続けて、2号から4号です。条文の札です。

条文民法465条の6

民法第465条の6 第2項 第2号から第4号 2 (略)  一 (略)  二 公証人が、保証人になろうとする者の口述を筆記し、これを保証人になろうとする者に読み聞かせ、又は閲覧させること。  三 保証人になろうとする者が、筆記の正確なことを承認した後、署名し、印を押すこと。ただし、保証人になろうとする者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。  四 公証人が、その証書は前三号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。

2号は、公証人が口述を筆記して、本人に読み聞かせるか、閲覧させることです。3号は、本人が筆記の正確なことを承認してから署名し、印を押すことです。自分の口で述べた内容が、そのとおりに書かれたかを、本人が確かめます。署名できない場合は、公証人が事由を付記して、署名に代えられます。4号は、公証人が、この方式に従って作った旨を付記し、署名して印を押すことです。4つの号は、本人が言う、公証人が書く、本人が確かめる、公証人が手順を踏んだと書き残す、という順に並んでいます。順番の読み方は、こちらの説明です。465条の7は、特則です。保証人になろうとする者が口がきけない場合は、通訳人の通訳による申述か、自書で、口で述べることに代えます。耳が聞こえない場合は、公証人が通訳人の通訳で内容を伝え、読み聞かせに代えられます。口で述べる、耳で聞く、という手順を踏めない人にも、同じ確かめを別の手段で通すための規定です。

柱1——求償権の保証にも及ぶ 465条の8

465条の8の関係図。ここだけ場面を取り替える。A 債権者(銀行)、B 主債務者、保証会社(法人の保証人)、個人(保証会社の求償権の保証人)。AはBに事業のための貸金を貸した。保証会社がその債務を保証した。保証会社が払えばBに求償権を持つ。個人がその求償権の債務を保証した。この個人の保証にも、465条の6の公正証書が要る。辺ラベルの語=貸付/保証/求償権/保証。 図:465条の8の関係図

  • ここだけ場面を取り替える
  • A 債権者(銀行)、B 主債務者、保証会社(法人の保証人)、個人(保証会社の求償権の保証人)
  • AはBに事業のための貸金を貸した
  • 保証会社がその債務を保証した
  • 保証会社が払えばBに求償権を持つ
  • 個人がその求償権の債務を保証した
  • この個人の保証にも、465条の6の公正証書が要る
  • 辺ラベルの語=貸付/保証/求償権/保証

ここだけ、場面を取り替えます。Cとは別の話です。AがBに、事業のための貸金を貸し、その債務を、保証会社という法人が保証しました。保証会社は法人なので、自分の保証に公正証書は要りません。ところが保証会社がAに払えば、Bに求償権を持ちます。求償権は、保証人の求償の回で見たとおり、払った人が本人に、立て替えた分を返してください、と言う権利でした。その求償権の債務を、ある個人が保証したとします。個人が事業の借金を背負う点は、変わりません。そこで465条の8の第1項は、この個人の保証にも、465条の6の第1項と第2項、それに465条の7を準用します。根保証も同様です。条文の札です。

条文民法465条の8

民法第465条の8(公正証書の作成と求償権についての保証の効力) 1 第四百六十五条の六第一項及び第二項並びに前条の規定は、事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約の保証人の主たる債務者に対する求償権に係る債務を主たる債務とする保証契約について準用する。主たる債務の範囲にその求償権に係る債務が含まれる根保証契約も、同様とする。 2 前項の規定は、保証人になろうとする者が法人である場合には、適用しない。

準用の結果、契約の前の1箇月以内の公正証書が無ければ、この個人の保証は効力を生じません。前の回の465条の5は、極度額の無い法人の根保証について、その求償権を個人が保証しても効力を生じない、とする規定でした。それと同じ発想です。間に法人を挟んでも、結局は個人が事業の借金を背負うのだから、保護を外さない、という抜け道ふさぎです。465条の5は、もとの法人の根保証に極度額が無いとき。465条の8は、個人の側に公正証書が無いとき。どちらも、個人の保証は効力を生じません。こちらの説明です。

柱1——経営者などの例外 465条の9

465条の9の板。前三条(465条の6から465条の8)が適用されない人。主債務者が法人=1 理事・取締役・執行役・これらに準ずる者/2 総株主の議決権の過半数を有する者など。主債務者が個人=3 共同して事業を行う者/事業に現に従事している主債務者の配偶者。理由=事業の状況を自分で分かる立場。札=条文/こちらの説明。 図:465条の9の板

  • 前三条(465条の6から465条の8)が適用されない人
  • 主債務者が法人=1 理事・取締役・執行役・これらに準ずる者/2 総株主の議決権の過半数を有する者など
  • 主債務者が個人=3 共同して事業を行う者/事業に現に従事している主債務者の配偶者
  • 理由=事業の状況を自分で分かる立場
  • 札=条文/こちらの説明

ここまでは、公正証書が要る場面でした。逆に、個人が事業の借金を保証するのに、公正証書が要らない人たちもいます。これを、経営者などの例外と呼びます。465条の9です。まず、法人が主債務者の場合の1号と2号です。条文の札です。

条文民法465条の9

民法第465条の9 第1号(公正証書の作成と保証の効力に関する規定の適用除外) 前三条の規定は、保証人になろうとする者が次に掲げる者である保証契約については、適用しない。  一 主たる債務者が法人である場合のその理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者  二 (略)  三 (略)

主債務者がB社という会社だったとします。1号は、B社の理事、取締役、執行役、そしてこれらに準ずる者です。続けて、2号を読みます。条文の札です。

条文民法465条の9

民法第465条の9 第2号イ(公正証書の作成と保証の効力に関する規定の適用除外) 前三条の規定は、保証人になろうとする者が次に掲げる者である保証契約については、適用しない。  一 (略)  二 主たる債務者が法人である場合の次に掲げる者   イ 主たる債務者の総株主の議決権(株主総会において決議をすることができる事項の全部につき議決権を行使することができない株式についての議決権を除く。以下この号において同じ。)の過半数を有する者   ロ (略)   ハ (略)   ニ (略)  三 (略)

2号のイは、B社の総株主の議決権の過半数を持つ人です。続けて、ロです。条文の札です。

条文民法465条の9

民法第465条の9 第2号ロ(公正証書の作成と保証の効力に関する規定の適用除外) 前三条の規定は、保証人になろうとする者が次に掲げる者である保証契約については、適用しない。  一 (略)  二 主たる債務者が法人である場合の次に掲げる者   イ (略)   ロ 主たる債務者の総株主の議決権の過半数を他の株式会社が有する場合における当該他の株式会社の総株主の議決権の過半数を有する者   ハ (略)   ニ (略)  三 (略)

ロは、B社の議決権の過半数を持つ別の株式会社があって、その会社の議決権の過半数を持つ人です。B社を、ひとつ上から支配している人、と言えます。残りは、ハとニです。条文の札です。

条文民法465条の9

民法第465条の9 第2号ハ・ニ(公正証書の作成と保証の効力に関する規定の適用除外) 前三条の規定は、保証人になろうとする者が次に掲げる者である保証契約については、適用しない。  一 (略)  二 主たる債務者が法人である場合の次に掲げる者   イ (略)   ロ (略)   ハ 主たる債務者の総株主の議決権の過半数を他の株式会社及び当該他の株式会社の総株主の議決権の過半数を有する者が有する場合における当該他の株式会社の総株主の議決権の過半数を有する者   ニ 株式会社以外の法人が主たる債務者である場合におけるイ、ロ又はハに掲げる者に準ずる者  三 (略)

ハは、別の会社と、その会社の議決権の過半数を持つ人とが、合わせてB社の議決権の過半数を持つ場合の、その人です。ロと同じく、会社を挟んでB社を支配している人を捕まえる形です。ニは、株式会社でない法人について、イからハに準ずる人です。

465条の9第3号の板。主債務者が個人(法人を除く)の場合。例外=共同して事業を行う者/主債務者が行う事業に現に従事している主債務者の配偶者。注意=配偶者の例外は、主債務者が個人のときだけ。法人の社長の妻は、それだけでは例外に当たらない。 図:465条の9第3号の板

  • 主債務者が個人(法人を除く)の場合
  • 例外=共同して事業を行う者/主債務者が行う事業に現に従事している主債務者の配偶者
  • 注意=配偶者の例外は、主債務者が個人のときだけ
  • 法人の社長の妻は、それだけでは例外に当たらない

続いて3号です。主債務者が会社ではなく、個人の場合を定めています。条文の札です。

条文民法465条の9

民法第465条の9 第3号(公正証書の作成と保証の効力に関する規定の適用除外) 前三条の規定は、保証人になろうとする者が次に掲げる者である保証契約については、適用しない。  一 (略)  二 (略)  三 主たる債務者(法人であるものを除く。以下この号において同じ。)と共同して事業を行う者又は主たる債務者が行う事業に現に従事している主たる債務者の配偶者

3号の主債務者は、法人であるものを除きます。つまり個人です。その個人と共同して事業を行う者と、その個人の事業に現に従事している配偶者が、例外です。なぜ例外なのか。こちらの説明です。これらの人は、事業の中身を、日々の仕事の中で自分で知りうる立場です。そのため、公証人の前で改めて意思を確かめさせなくてもよい、と考えられます。

仕分けの表。縦=保証人候補5人。横=公正証書が要るか、理由の号。社長本人(B社の代表取締役)=要らない・1号/社長の学生時代の友人=要る・どの号にも当たらない/B社の社長の妻で、取締役でも株主でもなく事業にも関わっていない=要る・法人の主債務者の配偶者は3号に当たらない/個人事業主の妻で、店の経理を毎日手伝っている=要らない・3号/個人事業主と共同して事業を行っている仲間=要らない・3号。 図:仕分けの表

  • 縦=保証人候補5人
  • 横=公正証書が要るか、理由の号
  • 社長本人(B社の代表取締役)=要らない・1号/社長の学生時代の友人=要る・どの号にも当たらない/B社の社長の妻で、取締役でも株主でもなく事業にも関わっていない=要る・法人の主債務者の配偶者は3号に当たらない/個人事業主の妻で、店の経理を毎日手伝っている=要らない・3号/個人事業主と共同して事業を行っている仲間=要らない・3号

仕分けをします。主債務者がB社の場合の保証人候補から。社長本人は、取締役ですから、公正証書は要りません。1号です。社長の学生時代の友人は、どの号にも当たらないので、要ります。B社の社長の妻で、取締役でも株主でもなく、事業にも関わっていない人は、要ります。次に、主債務者が個人事業主の場合です。その妻で、店の経理を毎日手伝っている人は、要りません。3号です。個人事業主と共同して事業を行っている仲間も、要りません。3号の前段です。同じ妻でも、会社の場合と個人事業の場合で結論が分かれるのは、条文の作りのためです。配偶者の例外は、3号にだけ書かれています。そして3号の主債務者は、法人を除いた者、つまり個人です。会社の社長の妻は、取締役でも大株主でもなければ、1号にも2号にも当たりません。3号の配偶者でもありません。ですから、妻であることだけでは、例外になりません。冒頭に戻ります。Cは友人で、どの号にも当たりません。公正証書が無ければ、効力を生じません。1段目の答えは、これで出ました。

柱2——主債務者の情報提供義務 465条の10

465条の10第1項・第3項の板。誰が=主たる債務者(債権者ではない)。いつ=事業のために負担する債務の保証(又はその範囲に含まれる根保証)を委託するとき。誰に=委託を受ける者。何を=1 財産及び収支の状況/2 主たる債務以外に負担している債務の有無とその額・履行状況/3 担保として他に提供し又は提供しようとするものがあるときは、その旨と内容。保証をする者が法人なら適用しない(3項)。札=条文。 図:465条の10第1項・第3項の板

  • 誰が=主たる債務者(債権者ではない)
  • いつ=事業のために負担する債務の保証(又はその範囲に含まれる根保証)を委託するとき
  • 誰に=委託を受ける者
  • 何を=1 財産及び収支の状況/2 主たる債務以外に負担している債務の有無とその額・履行状況/3 担保として他に提供し又は提供しようとするものがあるときは、その旨と内容
  • 保証をする者が法人なら適用しない(3項)
  • 札=条文

2つめの柱です。主債務者の情報提供義務とは、保証を頼むBが、頼む相手に、自分の財産や借金の状況を知らせなければならない、という義務です。保証人の抗弁を見た回に、458条の2と458条の3がありました。契約の後に、債権者が、主債務の状況を保証人に知らせる義務でした。それとは、義務を負う人が違います。今日の義務を負うのは、債権者ではなく、主債務者です。柱1が、保証人の意思を確かめる仕組みなら、柱2は、判断の材料を、Bから保証人に渡させる仕組みです。条文を読みます。条文の札です。

条文民法465条の10

民法第465条の10 第1項(契約締結時の情報の提供義務) 1 主たる債務者は、事業のために負担する債務を主たる債務とする保証又は主たる債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証の委託をするときは、委託を受ける者に対し、次に掲げる事項に関する情報を提供しなければならない。  一 財産及び収支の状況  二 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況  三 主たる債務の担保として他に提供し、又は提供しようとするものがあるときは、その旨及びその内容 2 (略) 3 (略)

まず1項をほどきます。義務を負うのは主たる債務者です。時は、保証の委託をするとき、つまり、保証人が契約を結ぶ前です。相手は、委託を受ける者です。知らせる事項は3つです。1号、財産及び収支の状況。具体的には、工務店のBなら、自宅や工具などの財産、年間の売上と支出です。2号、主たる債務以外に負担している債務の有無と、その額、履行状況。Bなら、別の銀行の1,500万円と、返済が遅れていないかです。3号、担保として他に提供し、又は提供しようとするものがあれば、その旨と内容。Bの自宅を、すでに別の借入れの抵当にしているか、といったことです。範囲に注意してください。この義務が生じるのは、主債務者が保証を委託するときです。頼まれずに保証人になった人は、この条文の場面ではありません。そして3項で、保証をする者が法人なら、適用されません。

柱1と柱2の比較表。縦=対象の債務/保証人/保証の経緯/例外/だれが何をするか/欠けたときの効果。横=柱1 公正証書(465条の6)/柱2 主債務者の情報提供(465条の10)。対象の債務=事業のために負担した貸金等債務/事業のために負担する債務(貸金等に限らない)。保証人=個人(法人は不要)/個人(法人は不要)。保証の経緯=委託の有無を問わない/委託をするときだけ。例外=あり(465条の9)/なし。だれが何をするか=保証人になろうとする者が公証人の前で意思を述べる/主債務者が保証を頼むときに情報を知らせる。欠けたときの効果=保証契約は無効/保証人が取り消せる(要件あり)。札=条文/こちらの説明。 図:柱1と柱2の比較表

  • 縦=対象の債務/保証人/保証の経緯/例外/だれが何をするか/欠けたときの効果
  • 横=柱1 公正証書(465条の6)/柱2 主債務者の情報提供(465条の10)
  • 対象の債務=事業のために負担した貸金等債務/事業のために負担する債務(貸金等に限らない)
  • 保証人=個人(法人は不要)/個人(法人は不要)
  • 保証の経緯=委託の有無を問わない/委託をするときだけ
  • 例外=あり(465条の9)/なし
  • だれが何をするか=保証人になろうとする者が公証人の前で意思を述べる/主債務者が保証を頼むときに情報を知らせる
  • 欠けたときの効果=保証契約は無効/保証人が取り消せる(要件あり)
  • 札=条文/こちらの説明

柱1と柱2を、1枚に並べます。山場の1枚です。対象の債務は、柱1が、事業のために負担した貸金等債務だけです。柱2は、事業のために負担する債務で、貸金等に限りません。さきほどの材木の仕入れ代金の保証も、入ります。事務所の賃料の保証も入ります。保証人は、どちらも個人で、法人は適用外です。保証の経緯は、柱1が、委託の有無を問いません。柱2は、委託をするときだけです。例外は、柱1に、経営者などの例外があります。柱2には、ありません。3項は法人を除くだけです。だれが何をするかは、柱1が、保証人になろうとする者が、公証人の前で意思を述べます。柱2は、主債務者が、保証を頼むときに情報を知らせます。欠けたときの効果は、柱1が、無効です。柱2が、取り消せる、です。

柱1と柱2が、同じ保証に両方当たることもあります。冒頭のCの保証は、両方に当たります。事業のための貸金の保証で、個人で、Bに頼まれているからです。片方だけ当たる例もあります。具体的には、材木の仕入れ代金の保証を、Bに頼まれて友人が引き受けるなら、貸金等債務ではないので、公正証書は要りませんが、情報提供は要ります。もう1つ。社長本人が保証する場合、柱1は例外で要らないのに、柱2には例外の条文がありません。ただし、社長自身は事業を分かっているので、実際に問題になるのは、主に第三者の保証人でしょう。こちらの説明です。次の山場に入る前に、2項と3項の条文を読みます。条文の札です。

条文民法465条の10

民法第465条の10 第2項・第3項(契約締結時の情報の提供義務) 1 (略) 2 主たる債務者が前項各号に掲げる事項に関して情報を提供せず、又は事実と異なる情報を提供したために委託を受けた者がその事項について誤認をし、それによって保証契約の申込み又はその承諾の意思表示をした場合において、主たる債務者がその事項に関して情報を提供せず又は事実と異なる情報を提供したことを債権者が知り又は知ることができたときは、保証人は、保証契約を取り消すことができる。 3 前二項の規定は、保証をする者が法人である場合には、適用しない。

2項は、次の板で、要件に分けて読みます。

柱2——取消しの要件を条文から読む

取消しの要件の板(山場)。要件1 主債務者Bが1項各号の事項について情報を提供しない、又は事実と異なる情報を提供した→そのために→要件2 委託を受けた者Cがその事項について誤認をした→それによって→要件3 Cが保証契約の申込み又は承諾の意思表示をした。これに加えて要件4 債権者Aが、Bの不提供・不実の情報提供を知り又は知ることができた。結論=Cは保証契約を取り消すことができる。要件1から要件3は保証人側の事実・要件4は債権者の事情。 図:取消しの要件の板

  • 山場
  • 要件1 主債務者Bが1項各号の事項について情報を提供しない、又は事実と異なる情報を提供した→そのために→要件2 委託を受けた者Cがその事項について誤認をした→それによって→要件3 Cが保証契約の申込み又は承諾の意思表示をした。これに加えて要件4 債権者Aが、Bの不提供・不実の情報提供を知り又は知ることができた。結論=Cは保証契約を取り消すことができる。要件1から要件3は保証人側の事実・要件4は債権者の事情。

ここから、今日の山場です。2項を、要件に分けて読みます。その前に問いです。保証人が取り消せるには、債権者の側にどんな事情が要るでしょう?要るのは、債権者の落ち度そのものではなく、債権者が事実を知っていたか、知ることができたか、です。順に積み上げます。要件1、主債務者が、1項各号の事項について、情報を提供しない、または、事実と異なる情報を提供した。要件2、そのために、委託を受けた者がその事項について誤認をした。誤認は、思い違いのことです。要件3、それによって、保証契約の申込みか承諾の意思表示をした。要件1から要件2、要件2から要件3は、そのために、それによって、という2段のつながりです。ここまでは、保証人とBの間の事実です。要件4、主債務者が情報を提供しなかったこと、または事実と異なる情報を提供したことを、債権者が知り、または知ることができた。以上の4つの要件がそろえば、保証人は、保証契約を取り消せます。条文の札です。要件1から要件3がそろっても、要件4が欠ければ、取り消せません。ここが、取り違えやすい所です。論文でも問われうる所ですが、解釈で立てる規範ではありません。答案では、465条の10の第2項を引き、4つを順に当てはめます。

債権者の事情まで要る理由は、契約の当事者にあります。保証契約の当事者は、債権者のAと、保証人のCです。Bは、契約の外にいる人です。情報を出さなかったのは、Aではありません。Aに落ち度が無いのに契約を消されると、Aが困ります。そこで、Aが事情を知り、または知ることができた場合に限って、取消しを認めます。こちらの説明です。形は、詐欺の回で見た、第三者詐欺とよく似ています。契約の外の第三者の行為で意思表示をした場合に、相手方が知り、または知ることができたときに限って取り消せる、という形です。違いも1つあります。96条の2項は、第三者が詐欺を行った場合です。465条の10の第2項の文言は、情報を提供せず、または事実と異なる情報を提供した、であって、だます意図を求める言葉がありません。うっかり話し忘れただけ、思い込みで違う内容を伝えただけでも、要件に当たりうると読めます。こちらの説明です。なお、別に錯誤や詐欺の要件を満たすなら、その条文を使うこともできます。効果は、取消しです。無効ではありません。取り消すまでは有効で、取り消すかどうかを決めるのは、保証人です。債権者の側から見ると、Bがきちんと説明したかを確かめておかないと、保証を失うかもしれません。こちらの説明です。

冒頭の設例の当てはめ。要件1 BがCに他の借金1,500万円を黙っていた(1項2号の事項の不提供)→そのために→要件2 Cは、Bに他の借金は無いと誤認した→それによって→要件3 Cは保証契約を結んだ。分かれ目=要件4 A銀行が、Bの他の借金の不提供を知り又は知ることができたか。知っていた・知ることができた=Cは取り消せる。知りようがなかった=取り消せない。 図:冒頭の設例の当てはめ

  • 要件1 BがCに他の借金1,500万円を黙っていた(1項2号の事項の不提供)→そのために→要件2 Cは、Bに他の借金は無いと誤認した→それによって→要件3 Cは保証契約を結んだ
  • 分かれ目=要件4 A銀行が、Bの他の借金の不提供を知り又は知ることができたか
  • 知っていた・知ることができた=Cは取り消せる
  • 知りようがなかった=取り消せない

冒頭のCに当てはめます。Bがほかの借金1,500万円を黙っていたのは、1項2号の事項の不提供です。要件1です。Cは、他に大きな借金は無いと思い込みました。要件2です。そのうえで保証契約を結びました。要件3です。分かれ目は、要件4です。Aが知るべきなのは、Bのほかの借金そのものではなく、BがそれをCに伝えていないことです。A銀行がそれを知っていたか、知ることができたなら、Cは取り消せます。例えば、BがCに保証を頼む席にA銀行の担当者もいて、Bがほかの借金に触れないのを見ていたなら、知っていた場合です。知りようがなかったなら、取り消せません。例は、こちらの説明です。2段目の答えも出ました。

柱2——3つの情報提供義務を1枚にする

3つの情報提供義務の表。縦=465条の10/458条の2/458条の3。横=誰が・誰に・いつ・保証人は個人だけか・怠ると。465条の10=主債務者が・委託を受ける者に・保証を委託するとき(契約の前)・個人だけ・保証人が取り消せる(要件あり)。458条の2=債権者が・委託を受けた保証人に・保証の後で請求があったとき・個人でも法人でも・効果は条文に無い。458条の3=債権者が・保証人に・主債務者が期限の利益を失ったとき(知った時から2箇月以内)・個人だけ・喪失時から通知までの遅延損害金を請求できない。札=条文。 図:3つの情報提供義務の表

  • 縦=465条の10/458条の2/458条の3
  • 横=誰が・誰に・いつ・保証人は個人だけか・怠ると
  • 465条の10=主債務者が・委託を受ける者に・保証を委託するとき(契約の前)・個人だけ・保証人が取り消せる(要件あり)
  • 458条の2=債権者が・委託を受けた保証人に・保証の後で請求があったとき・個人でも法人でも・効果は条文に無い
  • 458条の3=債権者が・保証人に・主債務者が期限の利益を失ったとき(知った時から2箇月以内)・個人だけ・喪失時から通知までの遅延損害金を請求できない
  • 札=条文

3つの情報提供義務を、1枚にします。465条の10は、主債務者が、委託を受ける者に、保証を委託するときに果たします。契約の前です。守られるのは個人だけで、怠ると、保証人が取り消せます。残りの2つは、保証人の抗弁を見た回の条文です。458条の2は、債権者が、委託を受けた保証人から請求があったときに、主債務の不履行の有無、残額、弁済期が来ている額を答える義務です。個人でも法人でも構いません。違反の効果は、条文にありません。458条の3は、主債務者が期限の利益を失ったときの義務です。期限の利益は、期限まで払わなくてよいという利益で、失うと、残りの全額をすぐ払う義務が生じ、遅延損害金が付き始めます。債権者は、それを知った時から2箇月以内に、保証人に知らせます。個人の保証人だけで、怠れば、喪失した時から通知までの遅延損害金を請求できません。458条の2は聞かれたら答える義務、458条の3は聞かれなくても知らせる義務、と言えます。並べると、契約の前は主債務者のBが、契約の後は債権者のAが、義務を負います。どちらも、保証人が自分では状況を知りにくいために置かれた義務です。こちらの説明です。

柱3——保証人を守る仕組みの総まとめ

保証人を守る仕組みの表。縦=書面/極度額/公正証書/主債務者の情報提供/債権者の情報提供。列=条文・どの保証に効くか・欠けたとき。書面=446条2項・すべての保証契約・効力を生じない。極度額=465条の2・個人の根保証・効力を生じない。公正証書=465条の6から465条の9・事業のために負担した貸金等債務の個人保証(経営者などは除く)・効力を生じない。主債務者の情報提供=465条の10・事業のための債務の保証を頼まれた個人・誤認して契約し、債権者が知り又は知ることができたとき取り消せる。債権者の情報提供=458条の2・458条の3・契約の後・458条の3は通知までの遅延損害金を請求できない。 図:保証人を守る仕組みの表。縦=書面/極度額/公正証書/主債務者の情報提供/債権者の情報提供。列=条文・どの保証に効くか・欠けたとき。書面=446条2項・すべての保証契約・効力を生じない。極度額=465条の2・個人の根保証・効力を生じない。公正証書=465条の6から465条の9・事業のために負担した貸金等債務の個人保証(経営者などは除く)・効力を生じない。主債務者の情報提供=465条の10・事業のための債務の保証を頼まれた個人・誤認して契約し、債権者が知り又は知ることができたとき取り消せる。債権者の情報提供=458条の2・458条の3・契約の後・458条の3は通知までの遅延損害金を請求できない。

3つめの柱です。保証人を守る仕組みを、1枚に並べます。書面は、446条の2項で、すべての保証契約に効き、欠ければ効力を生じません。極度額は、465条の2で、個人の根保証に効き、欠ければ効力を生じません。公正証書は、465条の6から465条の9で、事業のために負担した貸金等債務の個人保証に効き、経営者などは除かれます。欠ければ効力を生じません。主債務者の側からの情報提供は、465条の10により、事業のための債務の保証を頼まれた個人に効き、誤認して契約した場合で、債権者が知り、または知ることができたときに、取り消せます。債権者の情報提供は、458条の2と458条の3で、契約の後に効きます。読み方のコツです。時の順に見ます。契約の前に、公正証書と主債務者の情報提供。契約のときに、書面と極度額。契約の後に、債権者の情報提供。これは、こちらの説明です。誰の、どんな保証に効くかが、全部違います。ですから事例では、まず、その保証が、事業のためか、貸金等か、根保証か、個人か、を順に確かめます。

柱3——どの仕組みが当たるか。弁別の事例

弁別の事例の板。Q1 B社の運転資金の借入れを、社長の友人の個人CがB社に頼まれて上限を決めず継続して保証。Q2 同じ保証を保証会社(法人)がする。Q3 個人事業主Bが借りる事務所の賃貸借の賃料を、友人CがBに頼まれて上限なしで保証。Q4 Cが保証債務を全額払った。AがBの家に持っていた抵当権は。Q5 事業が傾いたBが、借金を残したまま自宅を親族に譲った。Aは。 図:弁別の事例の板

  • Q1 B社の運転資金の借入れを、社長の友人の個人CがB社に頼まれて上限を決めず継続して保証
  • Q2 同じ保証を保証会社(法人)がする
  • Q3 個人事業主Bが借りる事務所の賃貸借の賃料を、友人CがBに頼まれて上限なしで保証
  • Q4 Cが保証債務を全額払った
  • AがBの家に持っていた抵当権は
  • Q5 事業が傾いたBが、借金を残したまま自宅を親族に譲った
  • Aは

事例で、使い分けを確かめます。答えは、そのつど言います。Q1です。B社が事業の運転資金を継続して借り入れます。社長の友人の個人Cが、B社に頼まれて、上限を決めず、その全体を保証します。どの仕組みが要るでしょうか?Q1で要るのは、極度額と公正証書の両方です。そして、もう1つあります。極度額は、個人の根保証だからです。公正証書は、事業のための貸金等債務を含み、保証人が個人で、友人は例外に当たらないからです。さらに、Cは頼まれて保証するので、B社の情報提供義務もあります。3つとも当たります。Q2です。同じ保証を、保証会社という法人がする場合は、極度額も、公正証書も、情報提供も、要りません。公正証書と情報提供は、保証人が法人なら適用しない、という規定があるからです。極度額は、個人の根保証だけが対象だからです。Q3です。個人事業主のBが借りる事務所の賃貸借の賃料を、友人CがBに頼まれて、上限なしで保証します。極度額、公正証書、主債務者の情報提供のうち、要るのはどれでしょうか?

極度額が要るのは、個人の根保証だからです。公正証書が要らないのは、賃料が貸金等債務でないからです。主債務者の情報提供が要るのは、事務所の賃料が事業のために負担する債務で、Cは頼まれているからです。柱1と柱2の射程の違いが、ここに出ます。ここから2問は、ほかのブロックと混ぜます。Q4です。Cが、保証債務を全額払いました。Aは、Bの家に抵当権を持っていました。Cが、払ったお金をBから取り戻すために使える仕組みは、何でしょうか?弁済による代位です。その回で見たとおり、Aの債権と抵当権は、弁済で消えずに、払ったCへ移ります。Cは、Bの家の抵当権を実行し、売れた代金から、立て替えた分を回収できます。払った人が本当に欲しいのは、立て替えたお金を取り戻すことです。債権者の債権と担保は、それを確実にするための道具として、移ってきます。ですから、使えるのは、取り戻す額の範囲までです。Q5です。事業が傾いたBが、借金を残したまま、自宅を親族に譲りました。保証人のCがいる場合でも、Aは、この譲渡に対して何かできるでしょうか?

Aは、要件を満たせば、詐害行為取消権を使えます。債務者が財産を減らす行為をしたとき、債権者は、裁判所にその取消しを請求できる、という権利でした。保証人がいることと、Bの財産を守る手段は、別です。保証人がいても、借りたのはBで、Bの財産がAの回収の元手であることは変わりません。Bの責任財産、つまり債権者が強制執行できるBの財産が減るのを防ぐ手段は、保証とは別に、取消権として用意されています。

柱3——債権総論の地図を引き直す

第4章の地図の引き直し。目的=債権の中身と種類が言える/効力=履行されないとき何ができるかが言える/移転=債権債務を他人に渡せるかが言える/消滅=債権がどうやって終わるかが言える/保全=債務者が財産を減らしたとき債権者に何ができるかが言える/多数当事者と保証=当事者が複数いるとき、保証人がいるときの扱いが言える。保証ブロックは、この最後の段で、保証人を守る仕組みまで届いた。 図:第4章の地図の引き直し

  • 目的=債権の中身と種類が言える/効力=履行されないとき何ができるかが言える/移転=債権債務を他人に渡せるかが言える/消滅=債権がどうやって終わるかが言える/保全=債務者が財産を減らしたとき債権者に何ができるかが言える/多数当事者と保証=当事者が複数いるとき、保証人がいるときの扱いが言える
  • 保証ブロックは、この最後の段で、保証人を守る仕組みまで届いた

第4章の最終回なので、地図を引き直します。第4章の地図は、6つの言葉でした。目的、効力、移転、消滅、保全、多数当事者と保証です。目的で、債権の中身と種類を学びました。何を請求できる権利なのかが、言えます。効力で、債務者が履行しないとき、債権者に何ができるかを学びました。履行の強制や損害賠償です。移転で、債権や債務を、他人に渡せるかを学びました。消滅で、弁済をはじめ、債権がどうやって終わるかを学びました。保全で、債務者が財産を減らすとき、債権者が使える、代位権や取消権を学びました。そして多数当事者と保証で、当事者が複数いる場合と、保証人がいる場合を学び、最後に、今日の保証人を守る仕組みまで来ました。債権は、人に対する権利で、その回収を、あの手この手で確かにする。この章は、そういう章でした。

冒頭の問いに戻る——まとめ

冒頭の設例の関係図(答え)。A 債権者(銀行)、B 主債務者(個人で工務店を営む人)、C 保証人(Bの友人)。1段目=契約の前1箇月以内にCが公証人の前で意思を述べた公正証書が無ければ、保証契約は効力を生じない(465条の6)。2段目=公正証書があっても、Bが他の借金を黙っていたため、Cが誤認して契約し、Bが黙っていたことをAが知り又は知ることができたなら、Cは取り消せる(465条の10第2項)。 図:冒頭の設例の関係図

  • 答え
  • A 債権者(銀行)、B 主債務者(個人で工務店を営む人)、C 保証人(Bの友人)。1段目=契約の前1箇月以内にCが公証人の前で意思を述べた公正証書が無ければ、保証契約は効力を生じない(465条の6)。2段目=公正証書があっても、Bが他の借金を黙っていたため、Cが誤認して契約し、Bが黙っていたことをAが知り又は知ることができたなら、Cは取り消せる(465条の10第2項)。

冒頭の問いに戻ります。Cは、2,000万円を払わなければならないか。1段目、公正証書が無ければ、Cの保証契約は効力を生じません。友人のCは、経営者などの例外に当たらないからです。2段目、公正証書があっても、Bがほかの借金を黙っていたため、Cが思い違いをして契約し、Bが黙っていたことをAが知り、または知ることができたなら、Cは取り消せます。守りは、別々に、2段あります。

今日のまとめ。3つの柱=1 事業のために負担した貸金等債務を個人が保証するときは、契約の前1箇月以内の公正証書が無ければ無効(経営者などは例外)/2 主債務者は保証を頼むとき情報を提供する。怠ったために保証人が誤認して契約し、債権者が知り又は知ることができたなら、保証人は取り消せる/3 保証人を守る仕組みは、契約の前・時・後に重なっている。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 事業のために負担した貸金等債務を個人が保証するときは、契約の前1箇月以内の公正証書が無ければ無効(経営者などは例外)/2 主債務者は保証を頼むとき情報を提供する
  • 怠ったために保証人が誤認して契約し、債権者が知り又は知ることができたなら、保証人は取り消せる/3 保証人を守る仕組みは、契約の前・時・後に重なっている

3つの柱で整理します。1つめ、事業のために負担した貸金等債務を個人が保証するときは、契約の前の1箇月以内に作った公正証書が無ければ無効です。経営者などは例外です。2つめ、主債務者は、保証を頼むとき、財産やほかの借金の状況を知らせます。怠ったために保証人が誤認して契約し、主債務者が知らせなかったことを債権者が知り、または知ることができたなら、保証人は取り消せます。3つめ、保証人を守る仕組みは、契約の前、契約のとき、契約の後に、重なっています。

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第5章債権各論・契約

#224単独ページ動画

債権各論の地図と契約の5つの分け方

第5章 契約 #224/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

友人に自転車を「あげる」と言うのと「売る」と言うのと

冒頭の設例の関係図。A 約束した人、B 友人。Aは自転車について、Bに「あげるよ」と約束する場合と、Bに「1万円で売るよ」と約束する場合。問い=約束を破ったとき、Aの責任の重さは同じか。辺ラベルの語=自転車/あげる/売る/1万円。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 約束した人、B 友人
  • Aは自転車について、Bに「あげるよ」と約束する場合と、Bに「1万円で売るよ」と約束する場合
  • 問い=約束を破ったとき、Aの責任の重さは同じか
  • 辺ラベルの語=自転車/あげる/売る/1万円

先に答えです。同じではありません。あげる約束は、書面にしていなければ、AからもBからも解除できます。550条です。しかもAが渡す自転車は、あげると決めた時の状態で渡すと推定されます。551条の1項です。つまり責任が軽いのです。売る約束には、この軽さがありません。分かれ目は、タダか、対価があるか、です。これは、契約の分け方から出てきます。550条と551条の中身は、贈与の回で扱います。今日は、その手前の、契約の分け方そのものを、条文の文言から自分で読めるようになるところまで進みます。

柱1——債権各論のなかで契約はどこか

民法第3編の構造。第3編 債権=第1章 総則(債権総論・どの発生原因にも共通)/第2章 契約/第3章 事務管理/第4章 不当利得/第5章 不法行為(第2章から第5章が債権各論)。債権の発生原因は4つ=契約/事務管理/不当利得/不法行為。この講座では契約を第5章として歩き、残る3つは第6章で扱う。 図:民法第3編の構造

  • 第3編 債権=第1章 総則(債権総論・どの発生原因にも共通)/第2章 契約/第3章 事務管理/第4章 不当利得/第5章 不法行為(第2章から第5章が債権各論)
  • 債権の発生原因は4つ=契約/事務管理/不当利得/不法行為
  • この講座では契約を第5章として歩き、残る3つは第6章で扱う

債権の発生原因は、4つでした。契約、事務管理、不当利得、不法行為です。六法の目次では、民法第3編の債権の中で、第1章が総則、つまり債権総論です。第2章から第5章が債権各論で、契約、事務管理、不当利得、不法行為と並びます。この講座では、契約を第5章として歩きます。ほかの3つは第6章です。4つあるなかで、契約を先にやるのはなぜですか?契約が、債権の発生原因のなかで、いちばん出番が多いからです。買い物、アパートを借りること、アルバイトで働くこと、どれも契約から債権が生まれます。一方、隣の人の自転車にぶつけて壊したときの賠償債務は、約束をしていないのに生まれます。これは不法行為です。約束から生まれる債権と、約束がなくても生まれる債権とを、この順で見ていきます。

契約の章の作り。第1節 総則(どの契約にも共通)=第1款 契約の成立/第2款 契約の効力/第3款 契約上の地位の移転/第4款 契約の解除/第5款 定型約款。第2節から第14節 各則(個々の契約)=13種類の典型契約、贈与/売買/交換/消費貸借/使用貸借/賃貸借/雇用/請負/委任/寄託/組合/終身定期金/和解。 図:契約の章の作り

  • 第1節 総則(どの契約にも共通)=第1款 契約の成立/第2款 契約の効力/第3款 契約上の地位の移転/第4款 契約の解除/第5款 定型約款
  • 第2節から第14節 各則(個々の契約)=13種類の典型契約、贈与/売買/交換/消費貸借/使用貸借/賃貸借/雇用/請負/委任/寄託/組合/終身定期金/和解

次に、契約の章の中を見ます。ここも、2段でできています。第1節が総則で、どの契約にも共通するルールが置かれています。契約の成立、効力、契約上の地位の移転、解除、そして定型約款です。定型約款は、利用規約のように、あらかじめ決まった内容で多くの人と結ぶ取引のルールです。第2節から第14節が各則で、個々の契約ごとのルールです。各則は、カクソクと読みます。贈与から和解まで、13種類の典型契約が並びます。契約の章のなかでも、総則と各則という二段の作りが、もう一度繰り返されています。共通ルールを先にくくり出しておけば、各則で同じ説明を繰り返さずに済みます。例えば、約束が守られなかったときの解除の基本ルールは、総則に一度書かれていて、売買でも請負でも使い回されます。ですから各則を読むときは、これは契約ごとの特別な話か、どの契約にも共通の話か、を区別できると、頭が整理されます。

第5章の歩き方。契約の基礎と成立→双務契約の効力→解除→個々の契約(贈与から和解まで)。今日は最初の、基礎と成立の入口。 図:第5章の歩き方

  • 契約の基礎と成立→双務契約の効力→解除→個々の契約(贈与から和解まで)
  • 今日は最初の、基礎と成立の入口

第5章の歩き方も、先に見せておきます。まず契約の基礎と成立。次に、双務契約の効力。続いて解除。最後に、贈与から和解までの個々の契約です。今日は最初の、基礎の入口にあたります。各ブロックの中身は、この先の回で扱います。

柱2——契約の5つの分け方

契約の5つの分け方。1 典型か非典型か=民法に規定があるか/2 諾成か要物か=成立に物の受渡しが要るか/3 双務か片務か=対価的な意味をもつ債務を双方が負うか/4 有償か無償か=双方が対価的な意味をもつ出捐(自分の財産を減らす負担)をするか/5 要式か不要式か=成立に書面などの方式が要るか。 図:契約の5つの分け方

ここで、総則のときの話を1つ思い出してください。契約を測る4つの物差しを見ました。どんな4つでしたか?典型契約か非典型契約か、いつ成立するか、どんな債務を負うか、あとは、誰が損をするか、でした。その4つの物差しが、契約の分け方です。それぞれに名前が付いています。1つめが、典型か非典型か。2つめは、合意だけで成立するか、物の受渡しまで要るかで、諾成か要物か。3つめは、対価として向き合う債務を双方が負うかで、双務か片務か。4つめは、双方が自分の財産を減らす負担をするかで、有償か無償か、と呼びます。今日は5つめに、成立に書面などの方式が要るか、という分け方を足します。要式か不要式か、です。なぜ分けるのかも、先に言います。どの分け方に入るかで、使える規定が変わるからです。冒頭の、あげる約束は軽く、売る約束には軽さが無い、という差も、有償か無償かの分け方から出ていました。今日の読み方のコツを先に言います。各典型契約には、最初の条文があります。その契約が何かを定める条文で、冒頭規定と呼びます。多くの冒頭規定は、「何かを約し、何かを約することによって、その効力を生ずる」という似た形をしています。この文のどの言葉で効力が生じるのか、誰がどんな債務を負うのか、無償や報酬という言葉があるか。そこを見れば、分け方に仕分けられます。暗記ではなく、条文から復元する読み方です。

柱2——典型か非典型か

典型と非典型。典型契約=民法に規定がある13種類。非典型契約=規定がない契約(有効)。混合契約=典型契約の要素が組み合わさったもの。例=エアコンを売り、取付工事も請け負う→売買(555条)+請負(632条)。非典型に出会ったら、近い典型契約の規定を手がかりに考える。 図:典型と非典型

  • 典型契約=民法に規定がある13種類
  • 非典型契約=規定がない契約(有効)
  • 混合契約=典型契約の要素が組み合わさったもの
  • 例=エアコンを売り、取付工事も請け負う→売買(555条)+請負(632条)
  • 非典型に出会ったら、近い典型契約の規定を手がかりに考える

1つめの分け方は、民法に規定があるか、です。民法に規定がある13種類が典型契約、規定がないものが非典型契約です。非典型契約も、有効です。近い典型契約の規定を手がかりにします。例えば、電器店がエアコンを売り、あわせて取付工事もする契約です。エアコンを渡して代金をもらう部分は売買、555条です。取付けという仕事を完成させて報酬をもらう部分は請負、632条です。2つの典型契約の要素が組み合わさっているので、混合契約です。どの典型契約の要素も含まない契約は、無名契約と呼びます。例えば、スポーツ選手が、自分の名前や写真を広告に使ってよいと企業に認めて、使用料を受け取る契約です。物を渡すわけでも、仕事を完成させるわけでもなく、13種類のどれにも当てはまりません。混合契約も無名契約も、非典型契約で、考える出発点は、近い典型契約の規定です。

柱2——諾成か要物か、冒頭規定を並べて読む

売買555条と消費貸借587条の冒頭規定を並べて読む板。売買=当事者の一方が財産権を移転することを約し、相手方が代金を支払うことを約することによって、効力を生ずる→「約する」で効力が生じる(諾成)。消費貸借=当事者の一方が同じ種類・品質・数量の物をもって返還することを約して、相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、効力を生ずる→「受け取る」で効力が生じる(要物)。 図:売買555条と消費貸借587条の冒頭規定を並べて読む板

  • 売買=当事者の一方が財産権を移転することを約し、相手方が代金を支払うことを約することによって、効力を生ずる→「約する」で効力が生じる(諾成)
  • 消費貸借=当事者の一方が同じ種類・品質・数量の物をもって返還することを約して、相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、効力を生ずる→「受け取る」で効力が生じる(要物)

2つめの分け方は、成立に物の受渡しが要るか、です。合意だけで成立する契約が、諾成契約です。ダクセイと読みます。合意に加えて物の受渡しがあって初めて成立する契約が、要物契約です。ヨウブツと読みます。例を挙げます。友人に、お金を貸してと頼んで、貸すよと言ってもらいました。でも、まだお金は渡されていません。口約束だけなら、この段階では消費貸借の契約は、まだ成立していません。書面を交わしていた場合は別で、それはこのあと条文で見ます。お金を受け取って、初めて成立する。これが要物です。一方、売買は、売ると買うで合意した時点で成立します。まだ品物も代金も動いていなくて構いません。これが諾成です。この差は、冒頭規定の文言に書いてあります。読む前に、問いです。555条と587条で、効力が生じる時点を決めているのは、それぞれどの言葉でしょう?

確かめましょう。条文の札です。

条文民法555条

民法第555条(売買) 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

条文民法587条

民法第587条(消費貸借) 消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。

並べると、差は一目で分かります。555条は、約することによって、効力を生ずる。合意の瞬間に成立します。587条は、受け取ることによって、効力を生ずる。物を受け取った時に成立します。後ろの「効力を生ずる」は同じ。その直前の言葉が、諾成か要物かを決めています。

使用貸借593条・寄託657条の冒頭規定。使用貸借=物を引き渡すことを約し、相手方が無償で使用及び収益をして終了したときに返還することを約することによって、効力を生ずる。寄託=物を保管することを委託し、相手方が承諾することによって、効力を生ずる。いずれも物の受取りが成立の要件になっていない→諾成。賃貸借601条も「約することによって」→諾成。 図:使用貸借593条・寄託657条の冒頭規定

  • 使用貸借=物を引き渡すことを約し、相手方が無償で使用及び収益をして終了したときに返還することを約することによって、効力を生ずる
  • 寄託=物を保管することを委託し、相手方が承諾することによって、効力を生ずる
  • いずれも物の受取りが成立の要件になっていない→諾成
  • 賃貸借601条も「約することによって」→諾成

同じ読み方を、使用貸借と寄託に当てます。条文の札です。

条文民法593条

民法第593条(使用貸借) 使用貸借は、当事者の一方がある物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。

条文民法657条

民法第657条(寄託) 寄託は、当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

593条は、約することによって、657条は、承諾することによって、です。どちらも、物を受け取ったことが成立の要件に出てきません。ですから、使用貸借も寄託も、諾成です。賃貸借の601条も、約することによって、ですから、諾成です。使用貸借と寄託は、以前は、物を受け取って初めて成立する要物契約でした。改正で、諾成になりました。使用貸借が諾成だと、貸す約束だけで成立してしまいます。あとから気が変わったら、困りませんか?そこは手当てがあります。使用貸借の593条の2 です。書面によらない使用貸借なら、借主が物を受け取るまでは、貸主は解除できます。寄託にも、657条の2 に、受け取る前の解除の定めがあります。細かい中身は、使用貸借と寄託の回で扱います。

書面でする消費貸借587条の2第1項の冒頭規定。前条の規定にかかわらず、書面でする消費貸借は、金銭その他の物を引き渡すことを約し、同じ種類・品質・数量の物で返還することを約することによって、効力を生ずる。合意だけで成立する(諾成)代わりに、書面が要る。契約は原則、申込みに承諾をしたときに成立する(522条1項)。 図:書面でする消費貸借587条の2第1項の冒頭規定

  • 前条の規定にかかわらず、書面でする消費貸借は、金銭その他の物を引き渡すことを約し、同じ種類・品質・数量の物で返還することを約することによって、効力を生ずる
  • 合意だけで成立する(諾成)代わりに、書面が要る
  • 契約は原則、申込みに承諾をしたときに成立する(522条1項)

消費貸借には、もう1つ条文があります。条文の札です。

条文民法587条の2

民法第587条の2(書面でする消費貸借等)第1項 1 前条の規定にかかわらず、書面でする消費貸借は、当事者の一方が金銭その他の物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物と種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。 2 (略)

書面でする消費貸借は、ここも「約することによって」ですから、諾成です。物を受け取る前に、合意だけで成立します。その代わりに、書面が要ります。全体を整理します。契約は、申込みに承諾をしたときに成立する。これが522条1項で、諾成が土台です。そのうえで、13種類の典型契約のなかで要物として残るのは、書面によらない消費貸借、587条だけです。

柱2——双務か片務か

対価の関係図。A 貸す・売る・あげる側、B 相手方。売買=Aの物の引渡債務とBの代金債務が対価として向き合う(双務)。贈与=Aの引渡債務だけ(片務)。使用貸借=貸主の引渡債務と、借主の返還債務。返還債務は貸してもらったことの対価ではない(片務)。 図:対価の関係図

  • A 貸す・売る・あげる側、B 相手方
  • 売買=Aの物の引渡債務とBの代金債務が対価として向き合う(双務)
  • 贈与=Aの引渡債務だけ(片務)
  • 使用貸借=貸主の引渡債務と、借主の返還債務
  • 返還債務は貸してもらったことの対価ではない(片務)

3つめの分け方は、双務か片務か、です。総則のときには、当事者の双方に債務があるのが双務契約、一方だけが負うのが片務契約、と話しました。もう一段正確に言います。双務契約は、双方が、互いに対価としての意味をもつ債務を負う契約です。対価、というところが肝心です。売買で見ます。売主は、物を引き渡す債務を負います。買主は、代金を払う債務を負います。この2つは、互いに引き換えの関係にあります。これが対価として向き合う、ということで、売買は双務です。贈与は、あげる側だけが引き渡す債務を負います。片務です。対価かどうかで結論が変わる例が、使用貸借です。使用貸借では、貸主は物を引き渡す債務を負い、借主は、終わったときに返還する債務を負います。債務は両方にあります。でも、借主の返還債務は、貸してもらったことの見返りではありません。借りた物を元の持ち主に戻すだけです。引き換えの関係にはないので、使用貸借は片務です。債務の数ではなく、対価として向き合っているか、で見ます。無利息の消費貸借も同じです。借主は、借りた物と同じ種類、品質、数量の物を返す債務を負います。でも、返すのは借りたものを戻すだけで、貸してもらったことの対価ではありません。無利息の消費貸借は、片務です。双務か片務かで、何が変わるのか。双務契約にだけ働く規定が、2つあります。1つは、同時履行の抗弁権、533条です。総則のときに見ました。売主が品物を渡そうとしないうちは、買主も代金の支払を拒める、という権利です。もう1つは、危険負担、536条です。債権総論で条文を読みました。どちらのせいでもなく売主が品物を渡せなくなったとき、買主は代金の支払を拒める、というルールです。どちらも、対価として向き合う債務の片方だけを果たさせるのは釣り合わない、という考え方から出ています。ふつうの贈与のような片務契約には、引き換えにする相手の債務がそもそも無いので、出番がありません。もらう側も何かをする約束が付いた贈与は別で、553条が双務契約の規定を準用します。細かい要件は、この先の回で扱います。

柱2——有償か無償か

有償と無償。出捐(シュツエン)=自分の財産を減らす負担。有償契約=双方が対価的な意味をもつ出捐をする。無償契約=一方だけが出捐する。売買=物を渡す損と代金を払う損(有償)。贈与=あげる側だけが損(無償)。無利息の消費貸借=同じ物を返すだけで損ではない(無償)。委任・寄託=報酬の特約があれば有償、無ければ無償。 図:有償と無償

  • 出捐(シュツエン)=自分の財産を減らす負担
  • 有償契約=双方が対価的な意味をもつ出捐をする
  • 無償契約=一方だけが出捐する
  • 売買=物を渡す損と代金を払う損(有償)
  • 贈与=あげる側だけが損(無償)
  • 無利息の消費貸借=同じ物を返すだけで損ではない(無償)
  • 委任・寄託=報酬の特約があれば有償、無ければ無償

4つめの分け方は、有償か無償か、です。出捐、という言葉を使います。総則のときには、これを経済的な負担と呼び、両方が負担を負えば有償、片方だけなら無償、と話しました。ここも、もう一段正確に言います。出捐は、自分の財産を減らす負担のことです。双方が、対価的な意味をもつ出捐をする契約が有償契約。一方だけが出捐する契約が無償契約です。負担が両方にあるか、ではなく、相手の負担の見返りとして自分の財産を減らしているか、で見ます。売買は、売主が物を渡す損、買主が代金を払う損で、有償です。贈与は、あげる側だけが損をしますから、無償です。

無利息の消費貸借は、無償です。借主が返すのは、借りたものを戻すだけで、財産が借りる前より減るわけではありません。借りる前に戻る、というだけです。損ではありません。利息のことは、589条が定めています。条文の札です。

条文民法589条

民法第589条(利息) 1 貸主は、特約がなければ、借主に対して利息を請求することができない。 2 前項の特約があるときは、貸主は、借主が金銭その他の物を受け取った日以後の利息を請求することができる。

1項は、特約がなければ、貸主は借主に利息を請求できない、としています。利息を払う約束があって初めて、借主にも損が生まれて有償になります。報酬の有無で動く契約もあります。委任は、648条の1項で、特約がなければ報酬を請求できません。寄託も、665条が委任の規定を準用していて、報酬が無いのが原則です。友人に荷物を預かってもらい、お礼もなければ、無償の寄託です。保管業者に保管料を払って預ければ、有償です。同じ寄託でも、報酬の特約があれば有償で双務、無ければ無償で片務、と動きます。

柱2——要式か不要式か

要式と不要式。要式契約(ヨウシキ)=成立に書面などの方式が要る契約。不要式契約=方式が要らない契約。原則は不要式(書面は要らない)。要式の例=保証契約(446条2項)/書面でする消費貸借(587条の2)。 図:要式と不要式

  • 要式契約(ヨウシキ)=成立に書面などの方式が要る契約
  • 不要式契約=方式が要らない契約
  • 原則は不要式(書面は要らない)
  • 要式の例=保証契約(446条2項)/書面でする消費貸借(587条の2)

5つめの分け方は、成立に書面などの方式が要るか、です。要るものが要式契約、ヨウシキと読みます。要らないものが不要式契約です。原則は、不要式です。総則のときに、522条の2項で読みました。契約の成立には、特別の定めがある場合を除いて、書面の作成その他の方式を要しない、という規定です。コンビニで口頭のやり取りだけで買い物ができるのは、このためです。この原則が契約の自由のなかでどう位置づくかは、次の回で扱います。例外が要式契約です。1つは保証契約です。条文の札です。

条文民法446条

民法第446条(保証人の責任等)第2項 1 (略) 2 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。

書面でしなければ効力を生じない。これが要式の典型の形です。保証の回で見たとおり、軽い気持ちで引き受けやすい契約なので、書面を一度かませて、立ち止まって考えさせるためです。もう1つは、先ほどの書面でする消費貸借、587条の2 です。合意だけで成立させたいなら、書面が要る。ここでは、書面が成立の仕組みの一部に入っています。

成立の軸と方式の軸の表。縦=成立(諾成/要物)、横=方式(要式/不要式)。売買=諾成・不要式。書面でする消費貸借=諾成・要式。書面によらない消費貸借=要物・不要式。 図:成立の軸と方式の軸の表

  • 縦=成立(諾成/要物)、横=方式(要式/不要式)
  • 売買=諾成・不要式
  • 書面でする消費貸借=諾成・要式
  • 書面によらない消費貸借=要物・不要式

諾成なのに要式、という組み合わせがあるのですか?あります。諾成か要物かは、成立に物の受渡しが要るか、という軸です。要式か不要式かは、成立に書面などの方式が要るか、という軸です。別の軸ですから、組み合わせが自由に出てきます。売買は、諾成で不要式。書面でする消費貸借は、諾成で要式。書面によらない消費貸借は、要物で不要式、です。もう1点、注意があります。書面が出てくるだけでは、要式ではありません。冒頭の贈与で見た550条は、書面によらない贈与は解除できる、という規定でした。書面が無くても、贈与契約そのものは成立しています。解除できるかどうかの差で、成立の要件ではありません。使用貸借の593条の2 も、書面の有無が、受取り前に貸主が解除できるかの差です。要式かどうかは、その方式が無いと効力を生じないか、で見ます。

柱3——分け方どうしの関係

関係の4マス。双務×有償=売買・賃貸借・雇用・請負など。片務×無償=贈与・使用貸借・無利息の消費貸借。片務×有償=利息付消費貸借だけ(書面によらない場合を前提)。双務×無償=無い。双務ならば有償、逆は成り立たない。 図:関係の4マス

  • 双務×有償=売買・賃貸借・雇用・請負など
  • 片務×無償=贈与・使用貸借・無利息の消費貸借
  • 片務×有償=利息付消費貸借だけ(書面によらない場合を前提)
  • 双務×無償=無い
  • 双務ならば有償、逆は成り立たない

ここから3つめの柱です。まず、分け方どうしの関係を見ます。総則のときの話を、もう1つ思い出してください。利息付きの消費貸借が、片務なのに有償だったのは、なぜでしたか? 答えを組み立ててみます。4つのマスに分けます。双務で有償は、売買、賃貸借、雇用、請負など、典型的な取引の契約です。片務で無償は、贈与、使用貸借、無利息の消費貸借です。そして、片務で有償が、利息付きの消費貸借です。最後の、双務で無償は、ありません。最後のマスに入る契約が無い理由は、こちらの説明の札です。双務契約は、双方が対価として向き合う債務を負います。対価として向き合う債務を負うなら、双方が出捐をします。双方が出捐をするなら、有償です。ですから、双務ならば必ず有償になります。逆は成り立ちません。片務でも、有償になる契約があります。それが、利息付きの消費貸借です。書面によらない場合で考えます。まず、587条で、受け取ることによって成立します。成立の時には、貸主の物の受渡しは終わっていて、貸すという債務は残りません。残るのは借主の返還債務と利息債務だけで、片務です。次に、589条の2項で、利息の特約があれば、貸主は借主が物を受け取った日以降の利息を請求できます。貸主は貸す損、借主は利息を払う損を負いますから、有償です。片務で有償、になります。

13種類の典型契約を、冒頭規定の文言から5つの分け方で仕分けた表(前半)。贈与549条=無償で与える意思+受諾→諾成・片務・無償・不要式/売買555条=財産権の移転+代金→諾成・双務・有償・不要式/交換586条=互いに財産権を移転→諾成・双務・有償・不要式/消費貸借587条・587条の2=受け取る/書面で約す→要物(書面なら諾成)・片務・無利息は無償で利息付は有償・書面でするものだけ要式/使用貸借593条=引き渡すことを約す+無償で使用→諾成・片務・無償・不要式/賃貸借601条=使用収益させる+賃料→諾成・双務・有償・不要式。 図:13種類の典型契約を、冒頭規定の文言から5つの分け方で仕分けた表

  • 前半
  • 贈与549条=無償で与える意思+受諾→諾成・片務・無償・不要式
  • 売買555条=財産権の移転+代金→諾成・双務・有償・不要式
  • 交換586条=互いに財産権を移転→諾成・双務・有償・不要式
  • 消費貸借587条・587条の2=受け取る
  • 書面で約す→要物(書面なら諾成)・片務・無利息は無償で利息付は有償・書面でするものだけ要式
  • 使用貸借593条=引き渡すことを約す+無償で使用→諾成・片務・無償・不要式
  • 賃貸借601条=使用収益させる+賃料→諾成・双務・有償・不要式。

次に、13種類を、冒頭規定の鍵の言葉から、仕分けます。前半の6つです。贈与は、無償で与える意思を表示し、受諾する形ですから、諾成、片務、無償です。売買は、財産権の移転と代金ですから、諾成、双務、有償です。交換は、互いに財産権を移転する形ですから、同じく諾成、双務、有償です。消費貸借は、書面によらない場合で言うと、さっき見たとおり、要物、片務で、利息が付くかで有償か無償かが動きます。書面でする場合は、成立のしかたが変わって、諾成で要式でした。使用貸借は、無償で使用とあるので、諾成、片務、無償です。賃貸借は、使用収益させることと賃料が向き合うので、諾成、双務、有償です。

13種類の典型契約を、冒頭規定の文言から5つの分け方で仕分けた表(後半)。雇用623条=労働に従事+報酬→諾成・双務・有償・不要式/請負632条=仕事の完成+報酬→諾成・双務・有償・不要式/委任643条=法律行為の委託+承諾→諾成・不要式・債務と出捐は報酬の有無による(場合による)/寄託657条=保管の委託+承諾→諾成・不要式・債務と出捐は報酬の有無による(場合による)/組合667条=各当事者が出資して共同の事業→諾成・不要式・ふつうは双務・有償と説明される(ただし533条・536条は適用されない=667条の2)/終身定期金689条=定期に給付を約す→諾成・不要式・債務と出捐は条文から言い切らない/和解695条=互いに譲歩→諾成・双務・有償・不要式。 図:13種類の典型契約を、冒頭規定の文言から5つの分け方で仕分けた表

  • 後半
  • 雇用623条=労働に従事+報酬→諾成・双務・有償・不要式
  • 請負632条=仕事の完成+報酬→諾成・双務・有償・不要式
  • 委任643条=法律行為の委託+承諾→諾成・不要式・債務と出捐は報酬の有無による(場合による)
  • 寄託657条=保管の委託+承諾→諾成・不要式・債務と出捐は報酬の有無による(場合による)
  • 組合667条=各当事者が出資して共同の事業→諾成・不要式・ふつうは双務・有償と説明される(ただし533条・536条は適用されない=667条の2)
  • 終身定期金689条=定期に給付を約す→諾成・不要式・債務と出捐は条文から言い切らない
  • 和解695条=互いに譲歩→諾成・双務・有償・不要式。

後半の7つです。雇用と請負は、労働や仕事の完成と報酬が向き合いますから、諾成、双務、有償です。和解は、互いに譲歩する形ですから、双務、有償と読み取れます。委任と寄託は、契約の名前だけでは決まりません。委任は、総則のときに見たとおり、条文の原則は無償で片務です。寄託も、さっき見たとおり、報酬が無いのが原則でした。どちらも、報酬の特約があれば、有償で双務に変わります。ですからこの2つは、場合による、と書きます。組合と終身定期金は、それぞれ注意が要ります。まず、終身定期金です。ある人が亡くなるまで、定期的に金銭などを渡し続ける、と約束する契約です。689条は、定期に金銭などを給付することを約する、としか言いません。渡す側が見返りを受け取るのかどうかは、条文だけでは決まりません。

組合は、ふつうは双務で有償の契約と説明されます。ただ、売買と同じ意味の双務ではありません。その理由が、条文に書いてあります。組合は、667条で、各当事者が出資をして、共同の事業を営むと約束する契約です。その次に、こういう条文があります。条文の札です。

条文民法667条の2

民法第667条の2(他の組合員の債務不履行)第1項 1 第五百三十三条及び第五百三十六条の規定は、組合契約については、適用しない。 2 (略)

667条の2の1項は、同時履行の533条と、危険負担の536条を、組合契約には適用しない、としています。533条が使えないとは、どういうことか。ほかの組合員がまだ出資していなくても、それを理由に自分の出資を拒めない、ということです。売買なら、相手が渡そうとしないうちは払わない、と言えました。組合では、言えません。ここからは、こちらの説明の札です。組合の出資は、相手から直接何かを受け取るためというより、共同の事業のために出すものです。債務は全員にありますが、売買のように1対1で引き換えになる関係とは、形が違います。それでも、ほかの組合員も出資するからこそ、自分も出資を約束します。その意味で、出資どうしは対価として向き合っていて、全員が財産を減らす負担をします。ですから、双務で有償の契約に数えられます。ただ、双務契約にだけ働く2つの規定が外されている以上、売買と同じ意味の双務ではありません。

分け方が効く場面の予告。双務→同時履行の抗弁権(533条)・危険負担(536条)。有償→売買の規定を準用(559条)。無償→責任が軽い(贈与者の引渡義務は551条1項/無報酬の受寄者の注意は659条/使用貸借は551条を準用する596条)。ただし委任は無償でも善良な管理者の注意(644条)。 図:分け方が効く場面の予告

  • 双務→同時履行の抗弁権(533条)・危険負担(536条)
  • 有償→売買の規定を準用(559条)
  • 無償→責任が軽い(贈与者の引渡義務は551条1項/無報酬の受寄者の注意は659条/使用貸借は551条を準用する596条)
  • ただし委任は無償でも善良な管理者の注意(644条)

最後に、分け方が、これから先、どの規定の入口になるかです。3つあります。1つめ、双務契約です。双務ならば、同時履行の抗弁権の533条と、危険負担の536条が働きます。相手が渡そうとしないうちは支払を拒める、が533条。どちらのせいでもなく相手が渡せなくなったら支払を拒める、が536条でした。契約が双務だと分かれば、この2つが使えるかを考えることになります。片務なら、考えなくて済みます。さっき見たとおり、組合では、この両方が外されています。2つめ、有償契約です。条文の札です。

条文民法559条

民法第559条(有償契約への準用) この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

売買の規定は、売買以外の有償契約にも準用されます。条文の「この節」は、売買を定める第3節のことです。例えば、お金を払って本棚を作ってもらう請負で、届いた本棚の棚の板が1枚割れていたとします。その第3節には、引き渡された物が契約の内容に合わないとき、買主は直すことなどを求められる、という562条があります。請負も有償契約ですから、559条を通してこの562条を使い、注文した人は、直してほしいと求められます。売買だけの規定を、有償という共通点で、他の契約にも借りてくる仕組みです。ただし、その契約の性質が許さないときは別です。3つめ、無償契約です。無償なら、責任が軽くなります。理由は、こちらの説明の札です。見返りを受け取らずに引き受けた人に、対価を受け取った人と同じ重さの責任を負わせるのは、釣り合わないからです。贈与者の引渡義務が軽いのは、551条の1項です。使用貸借は、596条で551条を準用します。無報酬で物を預かる側、つまり受寄者の注意義務は、659条で、自己の財産に対するのと同一の注意に軽くなります。ただし、委任は別です。無償の委任でも、644条により、善良な管理者の注意が求められます。無償だから常に軽い、とは言えません。3つの入口の中身は、この先の回で1つずつ開けていきます。

冒頭の問いの答え。Aの「あげる」=贈与(片務・無償)→書面によらなければ解除できる(550条)/引渡義務は軽い(551条1項)。Aの「売る」=売買(双務・有償)→この軽さは無い。 図:冒頭の問いの答え

  • Aの「あげる」=贈与(片務・無償)→書面によらなければ解除できる(550条)/引渡義務は軽い(551条1項)
  • Aの「売る」=売買(双務・有償)→この軽さは無い

冒頭の問いに戻ります。「あげる」は贈与で、片務、無償です。ですから、書面によらなければ解除でき、引渡義務も軽くなります。「売る」は売買で、双務、有償です。この軽さはありません。同じ約束でも、分け方が違えば、責任の重さが変わる。これが答えでした。

弁別のミニ事例

弁別の事例の板。Q1 賃貸借601条の文言(ある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる)。Q2 書面でする消費貸借587条の2の文言。Q3 友人に荷物を預かってもらう。お礼は無し。 図:弁別の事例の板

  • Q1 賃貸借601条の文言(ある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる)
  • Q2 書面でする消費貸借587条の2の文言
  • Q3 友人に荷物を預かってもらう
  • お礼は無し

条文の文言から、読み取ってみましょう。答えは、そのつど言います。Q1です。賃貸借の601条は、ある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる、です。諾成か要物か、双務か片務か、有償か無償か、言えますか?約することによって、だから諾成です。使用させる債務と賃料を払う債務が向き合っていて、どちらも出捐だから、双務で有償だと思います。借りた物を返す債務も出てきますが、使用貸借のときと同じで、対価として向き合う債務ではありません。Q2です。書面でする消費貸借の587条の2は、金銭その他の物を引き渡すことを約し、返還することを約することによって、効力を生ずる、でした。諾成か要物か、要式か不要式か、どちらですか?

約することによってですから、諾成で、書面が要るので要式です。諾成と要式が、同時に成り立つ例でした。Q3です。友人に荷物を預かってもらいました。お礼は何もありません。この寄託は、有償ですか、無償ですか? 報酬の特約を足したら、どうなりますか?お礼が無いので無償で、預かってもらうだけですから片務です。報酬の特約を足すと、有償で、双務になります。委任や寄託は、報酬の有無で動きます。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 債権各論の地図と契約の章の作り(契約は債権の発生原因のうち最重要・章は総則と各則の2段)/2 契約の5つの分け方を条文の文言から読む(典型か/諾成か要物か/双務か片務か/有償か無償か/要式か不要式か)/3 双務・片務と有償・無償の関係(双務ならば有償・片務で有償は利息付消費貸借)と分け方が効く場面(双務→533条・536条/有償→559条/無償→責任が軽い)。 図:今日のまとめ

3つの柱で整理します。1つめ、債権各論の中で、契約は最も出番の多い発生原因です。契約の章は、どの契約にも共通する総則と、個々の契約の各則の、2段でできています。2つめ、契約の5つの分け方は、冒頭規定の文言から読み取れます。民法に規定があるか、約することで成立するか受け取ることで成立するか、対価として向き合う債務があるか、双方に出捐があるか、成立に書面などの方式が要るか、です。3つめ、双務ならば必ず有償で、片務なのに有償なのは利息付きの消費貸借だけです。そして双務は同時履行と危険負担、有償は売買の規定の準用、無償は責任の軽さへ、つながります。

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#225単独ページ動画

契約自由の原則と交渉の不当破棄

第5章 契約 #225/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

契約しないと決めたのに、賠償を求められる

冒頭の設例の関係図。A 買おうとした人、B 売ろうとした人。順序は4コマ。1 Aが厨房用に配線と排気の設計変更を求める。2 Bが応じて工事を変える。3 Aはそれを知りながら黙って見ている。4 完成間近にAが「やっぱり買わない」。契約書はまだ無い。問い=Bは変更工事の費用を請求できるか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A 買おうとした人、B 売ろうとした人
  • 順序は4コマ
  • 1 Aが厨房用に配線と排気の設計変更を求める
  • 2 Bが応じて工事を変える
  • 3 Aはそれを知りながら黙って見ている
  • 4 完成間近にAが「やっぱり買わない」
  • 契約書はまだ無い
  • 問い=Bは変更工事の費用を請求できるか

先に答えの方向を言います。契約が成立していなくても、賠償が認められることがあります。ただし、全部は取れません。契約が成立していれば得られたはずの利益までは、請求できないのです。買わない、と決めるのは自由のはずです。それなのに、なぜ賠償になるのか。そしてなぜ、全部ではなく一部なのか。この2つを、条文と判決と、数字で、腹落ちさせるのが今日の目標です。

根拠の札は4つ

何がどこまで言えるのかを、はっきり分けます。根拠の札を4つ使います。

  • 条文=法律に書いてあること
  • 判例=最高裁の判決文に書いてあること(判決文に無いことは、判例とは呼ばない)
  • 学説=学者の整理。多くの支持を集めるものを通説、一定の支持を集める少数の見解を有力説と呼ぶ
  • こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと

判決が言ったことと、学者の整理を、混ぜずに読んでください。

柱1——契約自由の原則は4つに分かれる

契約自由の原則の位置。三大原則の2本目=誰と、何を、どんな条件で約束するかは、自分で決めてよい。今日の問い=521条には、自由にどんな但し書きが付いていたか。条文は521条(契約の締結及び内容の自由)と522条(契約の成立と方式)。 図:契約自由の原則の位置

  • 三大原則の2本目=誰と、何を、どんな条件で約束するかは、自分で決めてよい
  • 今日の問い=521条には、自由にどんな但し書きが付いていたか
  • 条文は521条(契約の締結及び内容の自由)と522条(契約の成立と方式)

契約自由の原則は、三大原則の、2本目として、一度紹介しました。そのとき読んだ条文を思い出せるか、確かめます。三大原則のときに読んだ521条には、自由にどんな但し書きが付いていましたか?521条の但し書きは、1項と2項の2か所に付いていました。自由は大前提ですが、法令が外から縛る余地を、条文自身が残しています。今日は、この但し書きの先に何があるのかを、1本ずつたどります。まず、条文を2つ、全文で読みます。

条文民法521条

民法第521条(契約の締結及び内容の自由) 1 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。 2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

1項は、契約を結ぶか結ばないかを決める自由です。2項は、結ぶとして、中身をどうするかを決める自由です。見出しが「契約の締結及び内容の自由」となっているのは、この2つを並べているからです。次は、522条です。

条文民法522条

民法第522条(契約の成立と方式) 1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。 2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

1項は、申込みに承諾をしたときに契約が成立する、という規定です。申込みと承諾の中身は、この先の回で扱います。今日使うのは2項です。書面などを作らなくても契約できる、という原則で、前回、要式か不要式かの原則として一言触れた条文は、これです。

4つの自由と条文の対応。契約締結の自由=契約をするかしないかを決められる=521条1項。内容形成の自由=契約の内容を決められる=521条2項。方式の自由=書面などを作らなくても契約できる=522条2項。相手方選択の自由=誰と契約するかを選べる=明文は無い(解釈によって認められている)。521条と522条2項は2017年の改正で置かれた。 図:4つの自由と条文の対応

  • 契約締結の自由=契約をするかしないかを決められる=521条1項
  • 内容形成の自由=契約の内容を決められる=521条2項
  • 方式の自由=書面などを作らなくても契約できる=522条2項
  • 相手方選択の自由=誰と契約するかを選べる=明文は無い(解釈によって認められている)
  • 521条と522条2項は2017年の改正で置かれた

契約自由の原則は、4つの自由に分けて覚えます。契約締結の自由は、契約をするかしないかを決める自由で、521条の1項です。内容形成の自由は、契約の内容を決める自由で、521条の2項です。方式の自由は、書面などを作らなくても契約できる自由で、522条の2項です。そして4つめが、相手方選択の自由。誰と契約するかを選ぶ自由です。4つめには、明文がありません。誰と契約するかを選ぶ自由は、解釈によって認められています。この先も、根拠が条文なのか、最高裁の判決文なのか、学者の整理なのかを、根拠の札を貼るように言い分けていきます。もう1点。521条と522条の2項は、2017年の民法改正で置かれて、書かれるようになりました。それまでは、この自由は条文に書かれていませんでした。

柱1——それぞれの自由を縛る規定

縛る規定の対応表(前半)。契約締結の自由(相手方選択の自由と一体)=医師法19条1項(診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、拒んではならない)/水道法15条1項(水道事業者は、給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当の理由がなければ、拒んではならない)。内容形成の自由=民法90条(公序良俗に反する法律行為は無効)/借地借家法9条・30条(規定に反する特約で借地権者・建物の賃借人に不利なものは無効)/利息制限法1条(上限を超える利息の約定は超過部分が無効)。 図:縛る規定の対応表

  • 前半
  • 契約締結の自由(相手方選択の自由と一体)=医師法19条1項(診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、拒んではならない)
  • 水道法15条1項(水道事業者は、給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当の理由がなければ、拒んではならない)。内容形成の自由=民法90条(公序良俗に反する法律行為は無効)
  • 借地借家法9条・30条(規定に反する特約で借地権者・建物の賃借人に不利なものは無効)
  • 利息制限法1条(上限を超える利息の約定は超過部分が無効)。

521条の但し書きにあった、法令、とは何か。自由ごとに、1つずつ当てます。契約を結ぶ自由が、法令で縛られる例からです。医師法19条の1項は、診療に従事する医師は、診察や治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない、としています。水道法15条の1項も、水道事業者は、給水区域内の人から給水契約の申込みを受けたら、正当の理由がなければ、拒んではならない、としています。どちらも、契約を断る自由に、歯止めをかけた規定です。締結を拒めないとされるのは、その契約が、暮らしの土台だからです。病気のときに診てもらえない、水が引けない、となれば、生活が成り立ちません。こういう場面では、断る自由より、必要な人が契約にたどり着けることが優先されます。次に、契約の内容を決める自由です。1つめは、民法90条です。公序良俗に反する法律行為は、無効、と定めています。効果は既に学びました。内容形成の自由の限界の代表です。2つめは、借地借家法です。9条は借地、30条は借家で、どちらも、この節の規定に反する特約で、借地権者や建物の賃借人に不利なものは、無効、と定めています。こういう、当事者の合意で変えられない規定が、法律行為のところで見た、強行規定です。例えば、貸主が強い立場を使って、借主に一方的に不利な条件を呑ませようとしても、その条件は効力が認められません。3つめは、利息制限法の1条です。お金を貸すときの利息の約束に、上限を設けています。元本の額が10万円未満なら年2割、10万円以上100万円未満なら年1割8分、100万円以上なら年1割5分です。上限を超える部分は、無効になります。100万円を貸して、年3割の利息を約束しても、年1割5分を超える部分は、無効です。

縛る規定の対応表(後半)。方式の自由=民法446条2項(保証契約は書面でしなければ効力を生じない)・3項(電磁的記録でされたときは書面とみなす)。91条の位置=任意規定と異なる意思表示はその意思に従う=内容形成の自由を認める側であり、縛る規定ではない。但し書きと規定の結び=521条1項の「法令に特別の定めがある場合を除き」=締結を拒めない規定/521条2項の「法令の制限内において」=90条・借地借家法・利息制限法/522条2項の「法令に特別の定めがある場合を除き」=446条2項。 図:縛る規定の対応表

  • 後半
  • 方式の自由=民法446条2項(保証契約は書面でしなければ効力を生じない)・3項(電磁的記録でされたときは書面とみなす)。91条の位置=任意規定と異なる意思表示はその意思に従う=内容形成の自由を認める側であり、縛る規定ではない。但し書きと規定の結び=521条1項の「法令に特別の定めがある場合を除き」=締結を拒めない規定
  • 521条2項の「法令の制限内において」=90条・借地借家法・利息制限法
  • 522条2項の「法令に特別の定めがある場合を除き」=446条2項。

最後に、方式の自由です。522条2項の但し書きに当たるのが、保証契約の446条2項です。前回、要式契約の例として読んだ条文を、今日は、方式の自由を縛る規定として読み直します。条文の札です。

条文民法446条

民法第446条(保証人の責任等)第2項・第3項 1 (略) 2 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。 3 保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。

書面でしなければ効力を生じない。理由は前回のとおりで、軽い気持ちで引き受けやすい保証に、書面で一度立ち止まらせるためでした。3項は、電磁的記録でされたときは書面とみなす、という規定です。ここで、間違えやすい点を1つ。91条です。法律行為のところで一度読みました。法律行為の当事者が、法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う、という条文です。公の秩序に関しない規定とは、当事者が合意で変えてよい規定、任意規定のことでした。つまり91条は、自由を認める側の条文で、縛る規定ではありません。裏返して言えば、公の秩序に関する規定、つまり強行規定と異なる合意は、効力が認められない、という整理が背後にあります。縛る規定の表には入れず、自由の限界の線引きとして使います。これで、但し書きと規定が、1本ずつ結べました。521条1項の「法令に特別の定めがある場合を除き」には、断れない規定が当たります。521条2項の「法令の制限内において」には、90条、借地借家法、利息制限法が当たります。522条2項の「法令に特別の定めがある場合を除き」には、446条2項が当たります。

柱1——なぜ自由が原則で、なぜ縛るのか

なぜ自由で、なぜ縛るのか。原則が自由な理由=自分の取引は自分が一番よく分かる/誰も代わりには決めてくれない。縛る理由=交渉力や情報に差がある(断られたら生活が成り立たない・弱い側)/社会の秩序を守る(公序良俗)/後の争いを防ぐ(書面)。締結の自由は交渉をやめる自由を含む=契約が成立するまで拘束されず、費用は各自の負担。 図:なぜ自由で、なぜ縛るのか

  • 原則が自由な理由=自分の取引は自分が一番よく分かる/誰も代わりには決めてくれない
  • 縛る理由=交渉力や情報に差がある(断られたら生活が成り立たない・弱い側)/社会の秩序を守る(公序良俗)/後の争いを防ぐ(書面)
  • 締結の自由は交渉をやめる自由を含む=契約が成立するまで拘束されず、費用は各自の負担

理由は、原則と例外で別々です。原則が自由なのは、自分の取引は、自分が一番よく分かるからです。自分の事情も、相手の信用も、条件の良し悪しも、本人が一番知っています。誰かが代わりに決めてくれるわけでもありません。自分のことは自分で決める。三大原則のときに触れた、私的自治の考え方です。縛るのは、この前提が崩れる場面だからです。断られたら生活が成り立たない、弱い側が不利な条件を呑まされる、というように、交渉力や情報に差があると、自由に決めたはずの契約が、実は自由ではなくなります。公序良俗のように、社会の秩序を守る必要がある場合もあります。保証のように、後で争いになりやすいものは、書面で残させます。ですから、自由と制限は、矛盾していません。自由が実質的に働くように、働かない場面だけを法令が縛る、という関係です。そして、4つの自由のうち、契約締結の自由には、続きがあります。契約を結ぶかどうかを決められるということは、結ぶ前に話し合いをやめるのも自由、ということです。ですから、契約が成立していない間は、契約の拘束力は及びません。交渉にかかった費用や手間は、それぞれが自分で負うのが原則です。ここから、冒頭の問いが出てきます。Aさんが「買わない」と言うのは、原則として自由。それでも、Bさんは請求できるのか。ここから後半に入ります。

柱2——原則と、それでも賠償が出る理由

原則と例外の流れ。原則=契約成立前は拘束されない・費用は各自の負担(締結の自由)→例外=一方の言動のために相手が損をした=契約を結ぶ前の段階の落ち度を理由に責任を問う問題(契約締結上の過失)→根拠=契約準備段階における信義則上の注意義務違反。 図:原則と例外の流れ

原則は、契約が成立する前は拘束されず、費用は各自の負担です。ただ、一方の言動のために、相手が損をしてしまうことがあります。この問題を、昔から、契約締結上の過失と呼んできました。契約を結ぶ前の段階の落ち度を理由に、責任を問う問題の呼び名です。この言葉は、原始的不能、つまり契約を結んだ時にはもう履行ができなくなっていた場面で、一度出ました。あのときは、契約を結ぶところまでは進んでいました。今日は、契約がそもそも成立していない場面です。契約を結ぶ前の責任には、2つの型があります。今日扱うのは、交渉を打ち切った場合、つまり交渉の不当破棄です。もう1つは、契約を結ぶかどうかの判断に関わる情報を、相手に伝えなかった型です。安全配慮義務の回の最後に、水漏れを知りながら伝えずに部屋を売った例で、一度見ました。

なぜ信義則か。信義則=民法1条2項(権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない)。相手の正当な期待を、裏切らない。契約を結ぶ自由と、相手の期待を裏切らない義務のぶつかる所で線を引く。問題になるのは、結ばないことそのものではなく、結ぶと思わせて準備させ、損を出させた振る舞い。 図:なぜ信義則か

  • 信義則=民法1条2項(権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない)
  • 相手の正当な期待を、裏切らない
  • 契約を結ぶ自由と、相手の期待を裏切らない義務のぶつかる所で線を引く
  • 問題になるのは、結ばないことそのものではなく、結ぶと思わせて準備させ、損を出させた振る舞い

結ばないことそのものは、責められていないからです。根拠になるのは、信義則です。民法1条2項は、権利の行使と義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない、と定めます。信義則の軸は、相手の正当な期待を、裏切らない、でした。契約の交渉に入った人どうしは、街ですれ違う赤の他人とは違います。ここからは、条文にも判決文にも書いていない、理解のための、こちらの説明の札です。赤の他人には、こちらから何も働きかけていません。交渉の相手は違います。相手は、こちらの言葉や態度を当てにして、お金や時間をかけます。こちらの出方ひとつで、相手の出費が無駄になるかどうかが決まる関係です。だから、契約を結ぶ前でも、相手に無用な損をさせないよう注意する義務が、信義則から生じます。相手が準備を進めていると分かっていながら、黙って見ていれば、相手は、この話は進む、と信じて動きます。冒頭のAさんが、まさにそうでした。信じさせて準備をさせた以上、その信頼を裏切って損を出させた振る舞いは、見過ごせない。問題になるのは、契約を結ばないことではありません。結ぶと思わせて、準備をさせ、損を出させたことです。契約を結ぶ自由と、相手の期待を裏切らない義務が、ぶつかる所に、線を引く。これが、この責任の役割です。

柱2——最高裁の判決は何を言ったか

歯科医院の事案の関係図。売 売主になろうとした人、買 買主になろうとした人(役の名前で呼ぶ。設例のAとBとは別)。交渉の過程で、買主になろうとした人が歯科医院に使うスペースの注文を出し、レイアウト図を渡し、電気容量が足りないことを指摘して、売主になろうとした人が容量を増やすための設計変更と工事をすることを容認していた。交渉を始めて6か月後、買主になろうとした人は自分の都合で契約を結ばなかった。 図:歯科医院の事案の関係図

  • 売 売主になろうとした人、買 買主になろうとした人(役の名前で呼ぶ。設例のAとBとは別)
  • 交渉を始めて6か月後、買主になろうとした人は自分の都合で契約を結ばなかった

この考え方で賠償を認めた最高裁の判決を、1つ読みます。設例のAさんとBさんとは別の事案ですから、役の名前で呼びます。買主になろうとした人が、歯科医院にする目的で、マンションの売買の交渉に入りました。交渉の過程で、歯科医院に使うスペースについて注文を出し、レイアウト図を渡しました。そして、電気容量が足りないことを指摘して、売主になろうとした人が、容量を増やすための設計変更と工事をすることを、容認していました。ところが、交渉を始めて6か月後、買主になろうとした人は、自分の都合で、契約を結びませんでした。最高裁は、売主になろうとした人に、設計変更と工事をしたために被った損害の賠償を認めた原審の判断を、是認しました。判決文の、理由の1つ目の文です。

判例最判昭59・9・18 集民142号311頁

契約準備段階の信義則上の注意義務違反 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人の契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任を肯定した原審の判断は、是認することができ、また、上告人及び被上告人双方の過失割合を各五割とした原審の判断に所論の違法があるとはいえない。

分けて読みます。上告人は、買主になろうとした人です。1つめ、責任の根拠です。契約準備段階における信義則上の注意義務違反。契約を結ぶ前の段階でも、信義則から、注意すべき義務が生じる、と言っています。2つめ、その違反を理由に損害賠償責任を認めた原審の判断を、是認しています。3つめ、双方の過失割合を各五割とした原審の判断にも、違法はない、としています。買主になろうとした人と売主になろうとした人に、それぞれ5割ずつ落ち度がある、という割り振りが、そのまま維持されたわけです。請求する側にも落ち度があれば、賠償の額を決めるときに、それが考慮されます。判決文は割合を是認しただけで、どの条文によるかは言っていません。この仕組みは、賠償の範囲のところで読みます。

この事案で、準備をさせた振る舞いに当たるのは、容認していた、という事実です。電気容量が足りないと自分で指摘して、相手が設計を変えて工事をするのを、止めませんでした。そこまで進めさせておいて、自分の都合でやめた。ただし、この読み方は判決文の言葉ではなく、こちらの説明です。

判決文に書いてあること/書いていないこと。書いてある=責任の根拠は契約準備段階における信義則上の注意義務違反/その違反を理由とする賠償責任を認めた原審の判断を是認/双方の過失割合を各五割とした原審の判断を是認。書いていない=責任の法的性質(不法行為か債務不履行か。「不法行為」「債務不履行」の語が無い)/賠償の範囲(「信頼利益」「履行利益」の語が無い。公表の要旨は設計変更及び施工をしたために被った損害と書く)/責任が生じる条件を並べた一覧。

  • 判決文に書いてあること/書いていないこと
  • 書いてある=責任の根拠は契約準備段階における信義則上の注意義務違反/その違反を理由とする賠償責任を認めた原審の判断を是認/双方の過失割合を各五割とした原審の判断を是認
  • 書いていない=責任の法的性質(不法行為か債務不履行か。「不法行為」「債務不履行」の語が無い)/賠償の範囲(「信頼利益」「履行利益」の語が無い。公表の要旨は設計変更及び施工をしたために被った損害と書く)/責任が生じる条件を並べた一覧

不法行為という性質は、この判決では決まっていません。判決文に、不法行為という言葉も、債務不履行という言葉も出てきません。責任の性質は、この判決は述べていないのです。賠償の範囲も同じで、信頼利益という言葉は、判決文にありません。裁判所が判決と一緒に公表している要点のまとめ、要旨が書くのは、設計変更と施工をしたために被った損害、という範囲までです。さらに、責任が生じる条件を一覧にしたものも、判決文には無く、原審が認めた事実関係に当てはめた結論を述べているだけです。ですから、この判決について、判例は不法行為と言った、とも、判例は信頼利益に限ると言った、とも言えません。判例の札を貼れるのは、契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由に賠償責任を認めたこと、過失割合を各五割とした判断を是認したこと、ここまでです。

柱2——ほかの2つの判決

補強の判決2件。1件め=売買契約の締結過程で、目的物・代金の額と支払時期・契約締結の時期などを双方が了解し、買主になろうとした人が、確実に契約が成立するとの期待を抱かせたのに、一方的・無条件に契約の締結を拒否し、正当視すべき特段の事情もない場合。最高裁の判決文の語=不法行為。2件め=ゲーム機の開発・製造をめぐる交渉。発注を約束され、発注書も渡された会社が、費用を投じて開発・製造した。契約は結ばれず、最高裁は賠償責任を認めた。 図:補強の判決2件

  • 1件め=売買契約の締結過程で、目的物・代金の額と支払時期・契約締結の時期などを双方が了解し、買主になろうとした人が、確実に契約が成立するとの期待を抱かせたのに、一方的・無条件に契約の締結を拒否し、正当視すべき特段の事情もない場合
  • 最高裁の判決文の語=不法行為
  • 2件め=ゲーム機の開発・製造をめぐる交渉
  • 発注を約束され、発注書も渡された会社が、費用を投じて開発・製造した
  • 契約は結ばれず、最高裁は賠償責任を認めた

同じ線の上に立つ判決が、ほかに2つあります。1つめは、売買の交渉の事案です。公表の要旨によれば、目的物、代金の額と支払時期、契約を結ぶ時期などを双方が了解していて、買主になろうとした人が、売主になろうとした人に、確実に契約が成立するとの期待を抱かせました。それなのに、一方的に、無条件で契約の締結を拒否し、これを正当と見るべき特段の事情もない、という場合でした。この判決の理由に、こういう文があります。

判例最判平2・7・5 集民160号187頁

契約準備段階の信義則上の義務違反と不法行為 契約準備段階における信義則上の義務違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求を認容した原審の判断は、正当として是認することができる。

ここで初めて、不法行為、という言葉が出てきます。最高裁が、不法行為に基づく請求を認めた原審の判断を、是認する形で使っています。先ほどの判決には無かった言葉です。2つめは、ゲーム機の事案です。開発と製造を頼まれた会社が、相手の会社から、口頭で「発注する」と言われ、発注書も渡され、毎月の発注を提案する書面も送られました。実は相手の会社は、自分の取引先から、具体的な発注をまだ受けていませんでした。頼まれた会社は、契約が結ばれることを強く期待して、費用を投じて開発と製造をしました。その後に交渉は決裂し、契約は結ばれませんでした。最高裁の判決の一文です。

判例最判平19・2・27 集民223号343頁

契約準備段階の信義則上の注意義務違反と損害賠償 被上告人には,上告人に対する関係で,契約準備段階における信義則上の注意義務違反があり,被上告人は,これにより上告人に生じた損害を賠償すべき責任を負うというべきである。

被上告人は発注すると言った会社、上告人は開発と製造を頼まれた会社です。過大な期待を抱かせて、開発と製造をさせたことが理由です。ここでも、責任が不法行為かどうかや、賠償が信頼利益に限られるかどうかは、判決文に出てきません。3件を並べて言えるのは、責任の根拠の言い方です。契約準備段階における信義則上の、注意義務ないし義務の違反。これが判例の言葉です。この動画では、信義則上の注意義務、と呼びます。

柱2——どんなときに責任が生じるか

判断の手がかり4つ(学説の整理)。1 相手が契約の締結や履行に必要な準備を始めたと知りながら、黙って見過ごしたか。2 交渉がどこまで煮詰まっていたか(価格・引渡し時期などがどこまで固まっていたか)。3 当事者の属性(事業者か消費者か・専門知識や経験の差)。4 当事者のそれまでの関係。要件ではなく考慮要素=総合判断。やめるのに正当な理由があれば責任は生じない。 図:判断の手がかり4つ

  • 学説の整理
  • 1 相手が契約の締結や履行に必要な準備を始めたと知りながら、黙って見過ごしたか。2 交渉がどこまで煮詰まっていたか(価格・引渡し時期などがどこまで固まっていたか)。3 当事者の属性(事業者か消費者か・専門知識や経験の差)。4 当事者のそれまでの関係。要件ではなく考慮要素=総合判断。やめるのに正当な理由があれば責任は生じない。

では、どんなときに責任が生じるのか。判断の手がかりは4つあります。これは学説の整理の札です。最高裁の判決が一覧にして述べたものではありません。1つめ、相手が契約の締結や履行に必要な準備を始めたと知りながら、黙って見過ごしたか。2つめ、交渉がどこまで煮詰まっていたか。価格や引渡しの時期などが、どこまで固まっていたかを見ます。3つめ、当事者の属性。事業者か消費者か、専門知識や経験に差があるか。4つめ、それまでの当事者の関係です。大事なのは、これが要件ではないことです。全部そろわないと責任が生じない、ではありません。総合して判断する、手がかりです。そろえるべき条件を並べた条文が、無いからです。この4つは、信義則と判例を出どころに、解釈で立てた手がかりです。先ほどの3件を、この手がかりに当てると、こちらの説明の札で、こう見えます。歯科医院の事案は、準備を容認していた、つまり1つめに当たります。売買の事案は、目的物、代金、時期を双方が了解していて、2つめに当たります。ゲーム機の事案は、4つのどれか1つに収まるというより、発注するという口約束や発注書で、契約が確実だと信じさせて、開発と製造をさせたことが決め手でした。手がかりを総合して見る、という例です。逆に、売買の事案の要旨にある、これを正当視すべき特段の事情もない、という言葉は、裏返せば、やめるのに正当な理由があれば、責任は生じない、という見方です。

冒頭のAさんは、1つめに当たります。Aさんは、Bさんが工事を変えていることを知りながら、何も言いませんでした。さらに、Aさん自身が設計変更を頼んでいます。Bさんが、この話は進む、と信じて動いたことは、はっきりしています。

柱2——責任の性質は不法行為か契約責任か

責任の性質をめぐる学説の分かれ。かつての通説=債務不履行(415条)に近い契約責任とみる(理由=契約交渉に入った者どうしは特別な関係があり、見知らぬ者の間の責任である不法行為はなじまない)。有力説=不法行為(709条以下)とみる(理由=特別な関係にある者の間でも不法行為責任は成り立つ。医療の事故が例)。判決文=平成2年の判決だけが不法行為の語を使う。昭和59年・平成19年の判決は性質を述べない。 図:責任の性質をめぐる学説の分かれ

  • かつての通説=債務不履行(415条)に近い契約責任とみる(理由=契約交渉に入った者どうしは特別な関係があり、見知らぬ者の間の責任である不法行為はなじまない)
  • 有力説=不法行為(709条以下)とみる(理由=特別な関係にある者の間でも不法行為責任は成り立つ。医療の事故が例)
  • 判決文=平成2年の判決だけが不法行為の語を使う
  • 昭和59年・平成19年の判決は性質を述べない

責任の性質に入る前に、一度読んだ判決を思い出します。安全配慮義務の回の最後に、契約を結ぶ前の説明義務違反は、契約上の債務の不履行にはならず、不法行為の問題になる、という最高裁の判決を読みました。契約で引き受けた義務を破ったのなら債務不履行、契約とは関係なく、わざと、または不注意で他人に損害を与えたのなら不法行為、という分け方でした。あの判決は、情報を伝えなかった型で、しかも契約が結ばれた場面についてのものです。交渉を打ち切った型については、学説が分かれてきました。学説の札を貼って言います。学説のうち、多くの支持を集めるものを通説、一定の支持を集める少数の見解を有力説と呼びます。かつての通説は、債務不履行の415条に近い、契約責任とみました。契約の交渉に入った人どうしは、特別な関係にあるので、見知らぬ者の間の責任である不法行為は、なじまない、という理由です。これに対して、有力説は、不法行為、709条以下の責任とみます。特別な関係にある人の間でも、不法行為責任が認められる場面はあるからです。例えば、診察や治療の関係にある医師と患者の間でも、不法行為責任が問われます。ですから、特別な関係だから不法行為はなじまない、という出発点が、成り立たない、という考え方です。

判例は、一律には言い切れません。先ほどの3件のうち、不法行為という言葉を使っているのは、売買の事案の判決だけです。歯科医院の事案とゲーム機の事案は、性質を述べていません。ですから、判例は不法行為説と言い切るのは、避けます。そのうえで、試験対策の整理を、こちらの説明の札で言います。論文では、信義則上の注意義務違反を理由に、不法行為による賠償、709条、と書く型が有力です。理由は2つあります。1つめ、最高裁が責任の性質を述べた判決は、ここまでに読んだ中では2つで、どちらも不法行為の側で考えました。売買の事案の判決と、説明義務の判決です。契約責任だと述べた判決は、今日の3件にはありません。ただし、説明義務の判決は契約が結ばれた場面のものですから、契約が成立しなかった今日の型に、そのまま及ぶとは言えません。2つめは、判決の理由とは別の、こちらの整理です。交渉を打ち切った場面では、契約がまだ成立していないので、契約で引き受けた義務を破った、とは言いにくいからです。もっとも、契約責任、415条で書く型もあります。大切なのは、どちらの構成かを示して、理由を書くことです。ここは、論文で論点になりうる所です。

構成で変わる点。消滅時効=不法行為は724条(損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年)/契約責任は166条1項(権利を行使できると知った時から5年・行使できる時から10年)。帰責事由の立証=不法行為は709条(請求する側が故意・過失を主張立証する)/契約責任は415条1項ただし書(債務者が責めに帰することができない事由を示せば免れる)。 図:構成で変わる点

  • 消滅時効=不法行為は724条(損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年)/契約責任は166条1項(権利を行使できると知った時から5年・行使できる時から10年)
  • 帰責事由の立証=不法行為は709条(請求する側が故意・過失を主張立証する)/契約責任は415条1項ただし書(債務者が責めに帰することができない事由を示せば免れる)

構成を変えると、何が変わるのか。安全配慮義務の回で、2つの構成を表で比べました。あの比較から、条文で確かめられる差を2つだけ思い出します。1つめは、消滅時効です。生命や身体の損害では、2つの構成の年数はそろっていました。交渉の打ち切りで出るのは、工事費のような財産の損害ですから、差が残ります。不法行為なら724条で、損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年です。契約責任なら166条の1項で、権利を行使できると知った時から5年、行使できる時からは10年です。2つめは、帰責事由の立証です。不法行為なら709条で、請求する側が、故意や過失を主張して証明します。契約責任なら415条の1項ただし書で、請求された人が、責めに帰することができない事由を示せば、責任を免れます。免れるための立証は、債務者の側になります。

柱3——賠償の範囲、信頼利益と履行利益

信頼利益と履行利益の定義。信頼利益=契約が成立すると信じたために被った損害。履行利益=契約どおりに履行されていれば得られたはずの利益。前に原始的不能で見たときは、契約が有効だと信じて出した費用。今回は、契約が成立すると信じて出した費用。場面が違うので言い換える。 図:信頼利益と履行利益の定義

  • 信頼利益=契約が成立すると信じたために被った損害
  • 履行利益=契約どおりに履行されていれば得られたはずの利益
  • 前に原始的不能で見たときは、契約が有効だと信じて出した費用
  • 今回は、契約が成立すると信じて出した費用
  • 場面が違うので言い換える

3つめの柱です。賠償は、どこまで認められるのか。ここで使う言葉が、信頼利益と履行利益です。前に、原始的不能の場面で一度出てきた言葉です。そのときは、契約が有効だと信じて出した費用、が信頼利益でした。今回は、契約が成立すると信じて出した費用です。場面が違うので、有効を成立に言い換えただけで、考え方は同じです。信頼利益は、契約が成立すると信じたために被った損害です。履行利益は、契約どおりに履行されていれば得られたはずの利益です。なお、416条の通常損害と特別損害の区別とは、別の物差しです。416条は、つながりのある損害のうち、どこまでを払わせるかの線引きでした。信頼利益と履行利益は、何を賠償の対象にするか、つまり、契約を信じたための損か、契約どおりの得か、という話です。混ぜないでください。冒頭のBさんで、数字を置きます。変更工事の費用は120万円。その工事のために借りた資金の利息が12万円。契約どおり3800万円で売れていれば、原価が3500万円ですから、300万円の利益が見込まれていました。さて、問いです。契約が成立すると信じなければ、出さずに済んだ費用は、変更工事費と、契約どおり売れたときの利益の、どちらでしょう?

変更工事費のほうだと思います。利益は、そもそも契約が成立して初めて得られるものだからです。変更工事費です。ですから、変更工事費は信頼利益、契約どおり売れたときの利益は履行利益です。

信頼利益と履行利益の比較板(Bの数字)。意味=信頼利益は契約が成立すると信じたために被った損害/履行利益は契約が履行されれば得られたはずの利益。例=信頼利益は変更工事費120万円・借入利息12万円・機会の喪失/履行利益は代金3,800万円−原価3,500万円=利益300万円。認められるか=信頼利益は○(この範囲までが通説)/履行利益は×。設例の額=120万+12万=132万円(機会の喪失は別に損害の立証が要る)/300万円は取れない。 図:信頼利益と履行利益の比較板

  • Bの数字
  • 意味=信頼利益は契約が成立すると信じたために被った損害
  • 履行利益は契約が履行されれば得られたはずの利益。例=信頼利益は変更工事費120万円・借入利息12万円・機会の喪失
  • 履行利益は代金3,800万円−原価3,500万円=利益300万円。認められるか=信頼利益は○(この範囲までが通説)
  • 履行利益は×。設例の額=120万+12万=132万円(機会の喪失は別に損害の立証が要る)
  • 300万円は取れない。

比較板です。信頼利益は、変更工事費120万円と借入利息12万円で、合計132万円。履行利益は、代金3800万円から原価3500万円を引いた、利益の300万円です。賠償は、信頼利益まで。履行利益は、認められない。これが、通説の整理です。ここで、札を確認します。信頼利益に限る、は、学説、通説の札です。先ほどの3件の判決文は、この言葉を使っていませんし、賠償の範囲を述べていません。判例は信頼利益に限ると言った、とは、言えません。履行利益まで認めると、契約が成立したのと同じ結果を与えることになるからです。契約を結ばない自由は、締結の自由として、認めたはずです。それなのに、結んだのと同じ負担を課すなら、結ばない自由は、空っぽになります。Aさんが責められるのは、期待させて準備をさせたことであって、契約を結ばなかったことではありません。ですから、賠償は、期待を信じて出した損、つまり信頼利益までに止まります。何が信頼利益に入るかの手がかりも言っておきます。その契約が成立すると信じなければ、出さずに済んだ費用か、と考えます。変更工事費は、入ります。契約が結ばれなくても得られる利益は、そもそも問題になりません。

機会の喪失と、その他の整理。機会の喪失=契約が成立すると信じたために、他の有利な契約の機会を失った損害。信頼利益に含める整理が通説的。例=Bが別の買い手の申込みを断っていた場合。履行利益(この契約が成立していれば得た利益)とは違い、他の契約を結べていれば得た利益。損害として認められるかは別に立証が必要。過失相殺=不法行為なら722条2項/債務不履行なら418条。成立した原始的不能は別=412条の2第2項。 図:機会の喪失と、その他の整理

  • 機会の喪失=契約が成立すると信じたために、他の有利な契約の機会を失った損害
  • 信頼利益に含める整理が通説的
  • 例=Bが別の買い手の申込みを断っていた場合
  • 履行利益(この契約が成立していれば得た利益)とは違い、他の契約を結べていれば得た利益
  • 損害として認められるかは別に立証が必要
  • 過失相殺=不法行為なら722条2項/債務不履行なら418条
  • 成立した原始的不能は別=412条の2第2項

もう1つ、機会の喪失です。契約が成立すると信じたために、ほかの有利な契約の機会を失った損害です。例えば、Bさんが、Aさんの話を信じて、別の買い手の申込みを拒んでいたとします。この損は、通説的な整理では、信頼利益に含めます。ここで失ったのは、この契約が成立していれば得た利益ではなく、ほかの契約を結べていれば得た利益だからです。ただし、損害として認められるには、別に立証が要ります。過失相殺にも触れます。請求する側にも落ち度があれば、賠償の額に反映する仕組みです。不法行為なら722条2項、債務不履行なら418条で、責任の性質をどう見るかで、条文が変わります。722条2項は、被害者に過失があったとき、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる、としています。歯科医院の事案では、最高裁は、双方の過失割合を各五割とした原審の判断を是認しました。最後に、備考を1つ。契約が成立したけれど、最初から履行が不能だった場合は、別です。412条の2 第2項により、契約は有効で、415条の損害賠償として、履行利益まで請求できます。契約が成立していない交渉の不当破棄とは、分けて考えてください。

冒頭の問いの答え。BはAに、変更工事費120万円と借入利息12万円(合計132万円)を、信義則上の注意義務違反を理由に請求できる可能性が高い(Aは準備を知りながら黙って見過ごした)。契約どおりの利益300万円は請求できない。機会の喪失は立証できる範囲で。 図:冒頭の問いの答え

  • BはAに、変更工事費120万円と借入利息12万円(合計132万円)を、信義則上の注意義務違反を理由に請求できる可能性が高い(Aは準備を知りながら黙って見過ごした)
  • 契約どおりの利益300万円は請求できない
  • 機会の喪失は立証できる範囲で

冒頭の問いに戻ります。Bさんは、Aさんに対して、変更工事費120万円と、借入利息12万円、合計132万円を、信義則上の注意義務違反を理由に請求できる可能性が高いです。Aさんは、Bさんが準備を進めていると知りながら、黙って見過ごしたからです。契約どおりの利益300万円は、請求できません。もし別の買い手の申込みを拒んでいたなら、その損は、立証できる範囲で、信頼利益として上乗せされます。ただし、賠償額は、過失相殺で減る余地もあります。

弁別のミニ事例

弁別の事例の板。Q1 Cは店舗用に1室を買おうか迷い、売主Dと見学と価格の話を2回しただけ。価格も引渡し時期も未定のうちにCが「予算が合わない」と断った。Dは頼まれていない内装工事を自分の判断で始めていて、Cはそれを知らなかった。Q2 Eは売主Fに「代金も引渡し時期も決まった。契約書は来週。駐車場を広げる工事を先にやってほしい」と頼み、Fは工事をして他の買い手の申込みを断った。契約書の日に、Eが「別の物件のほうが安くなった」と一方的に断った。Q3 冒頭の設例のBの損害の候補=変更工事費120万円/借入利息12万円/別の買い手の申込みを断った損/契約どおり売れていれば得た利益300万円。 図:弁別の事例の板

  • Q1 Cは店舗用に1室を買おうか迷い、売主Dと見学と価格の話を2回しただけ
  • 価格も引渡し時期も未定のうちにCが「予算が合わない」と断った
  • Dは頼まれていない内装工事を自分の判断で始めていて、Cはそれを知らなかった
  • Q2 Eは売主Fに「代金も引渡し時期も決まった。契約書は来週。駐車場を広げる工事を先にやってほしい」と頼み、Fは工事をして他の買い手の申込みを断った
  • 契約書の日に、Eが「別の物件のほうが安くなった」と一方的に断った
  • Q3 冒頭の設例のBの損害の候補=変更工事費120万円/借入利息12万円/別の買い手の申込みを断った損/契約どおり売れていれば得た利益300万円

手がかりを使って、考えてみましょう。答えは、そのつど言います。Q1です。Cさんは、店舗にするビルの1室を買おうか迷い、売主のDさんと、見学と価格の話を2回しただけでした。価格も引渡しの時期も決まらないうちに、Cさんは、予算が合わない、と断りました。Dさんは、頼まれてもいない内装工事を、自分の判断で始めていて、Cさんはそれを知りませんでした。CさんはDさんに責任を負うでしょうか?Q1の結論は、CさんはDさんに責任を負わない、です。理由は、2つ手がかりを当てた結果です。Dさんの準備は、Cさんが頼んだものでも、知っていて見過ごしたものでもありません。そして、交渉もまだ固まっていません。契約を結ぶ自由が、原則どおり働く場面です。Q2です。Eさんは、店舗兼住居の売買で、売主のFさんに、代金も引渡しの時期も決まった、契約書は来週、駐車場を広げる工事を先にやってほしい、と頼みました。Fさんは工事をして、ほかの買い手の申込みも断りました。契約書の日になって、Eさんが、別の物件のほうが安くなった、と一方的に断りました。どうでしょう?

責任を負いうる場面です。Q1との差は、準備を知って見過ごしたかどうかと、交渉の煮詰まり具合の、2点に集約されます。EさんはFさんに準備を頼んでいて、交渉も固まっていました。断る正当な事情も見当たりません。Q3です。冒頭のBさんの損害の候補は4つ。1つめ、変更工事費120万円。2つめ、その借入利息12万円。3つめ、別の買い手の申込みを断ったことによる損。4つめ、契約どおり売れていれば得た利益300万円。賠償に入るのは、どれでしょう?工事費と利息は入ると思います。別の買い手を断った損も、信頼利益に入ると思います。利益の300万円は、入りません。1つめと2つめは、契約が成立すると信じたために出した費用で、信頼利益です。3つめは、機会の喪失として、立証できる範囲で、信頼利益に含めます。4つめは、契約どおり実現して初めて得られる、履行利益ですから、対象外です。この整理は、学説の通説の札です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 契約自由の原則は4つの自由(締結・内容形成・方式は条文/相手方選択は解釈)で、法令がそれぞれを縛る/2 契約前は縛られないのが原則だが、交渉の不当破棄は、契約準備段階における信義則上の注意義務違反として賠償が認められることがある(判例の言葉。判断の手がかりは学説の整理)/3 賠償は信頼利益まで(通説)。履行利益は出ない。冒頭の答え=132万円は請求できる可能性が高く、300万円は取れない。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 契約自由の原則は4つの自由(締結・内容形成・方式は条文/相手方選択は解釈)で、法令がそれぞれを縛る/2 契約前は縛られないのが原則だが、交渉の不当破棄は、契約準備段階における信義則上の注意義務違反として賠償が認められることがある(判例の言葉。判断の手がかりは学説の整理)/3 賠償は信頼利益まで(通説)
  • 履行利益は出ない
  • 冒頭の答え=132万円は請求できる可能性が高く、300万円は取れない

3つの柱で整理します。1つめ、契約自由の原則は、4つの自由に分かれます。契約締結、内容形成、方式の自由は、521条と522条2項に書かれ、相手方選択の自由は、解釈で認められます。そして、法令がそれぞれを縛ります。2つめ、契約が成立する前は縛られないのが原則ですが、交渉を不当に打ち切ると、契約準備段階における信義則上の注意義務違反として、賠償が認められることがあります。ここまでが判例の言葉です。責任が生じるかの手がかりは、学説の整理で、要件ではなく考慮要素です。3つめ、賠償は信頼利益まで。履行利益は出ません。履行利益まで認めると、結ばない自由が空っぽになるからです。冒頭の問いの答えは、Bさんは132万円を請求できる可能性が高く、300万円は取れない、でした。

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#226単独ページ動画

契約締結前の説明義務違反

第5章 契約 #226/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

聞かれなかったから、言わなかった

冒頭の設例の時系列。A 出資した人、B 信用組合。順序は5コマ。1 AはBに長年預金している。出資は初めて。2 Bは検査で「近く経営が行き詰まり、出資金を返せなくなる危険がある」と指摘されていた。幹部も知っていた。3 BはそれをAに言わず、出資を勧める。4 Aが300万円を出資。およそ1年後にBが破綻し、出資金は戻らない。5 Aは破綻の直後に、Bが危険を知りながら黙っていたと知る。問い=Aは何を根拠に、いくら請求できるか。4年後に訴えたらどうなるか。 図:冒頭の設例の時系列

  • A 出資した人、B 信用組合
  • 順序は5コマ
  • 1 AはBに長年預金している
  • 出資は初めて
  • 2 Bは検査で「近く経営が行き詰まり、出資金を返せなくなる危険がある」と指摘されていた
  • 幹部も知っていた
  • 3 BはそれをAに言わず、出資を勧める
  • 4 Aが300万円を出資
  • およそ1年後にBが破綻し、出資金は戻らない
  • 5 Aは破綻の直後に、Bが危険を知りながら黙っていたと知る
  • 問い=Aは何を根拠に、いくら請求できるか
  • 4年後に訴えたらどうなるか

先に、答えの方向を言います。この設例では、聞かれなかったから、という理由は通りません。聞かれなくても、伝える義務が認められることがあるからです。ただし、その義務の根拠は契約ではなく、責任は不法行為になります。そのため、4年後の請求は、時効で届かなくなります。賠償は、出した300万円まで考えられます。結ぶ前に黙っていたのに、なぜ契約の責任ではなく不法行為なのか。なぜ時効が分かれ目になるのか。条文と最高裁の判決で、順にたどります。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。前回=契約を結ばなかったのに責任が生じる場面(交渉の不当破棄)/今回=契約を結んでしまった場面(説明義務違反)。背骨=契約は自由だから、情報は自分で集めるのが原則。それでも信義則が、黙っていてはいけない場面を作る。その責任は、契約の外、つまり不法行為。3つの柱=1 契約を結ぶ前の説明義務違反は不法行為になる/2 説明義務はいつ認められるのか/3 何を賠償させるのか。 図:今日の地図

  • 前回=契約を結ばなかったのに責任が生じる場面(交渉の不当破棄)/今回=契約を結んでしまった場面(説明義務違反)
  • 背骨=契約は自由だから、情報は自分で集めるのが原則
  • それでも信義則が、黙っていてはいけない場面を作る。その責任は、契約の外、つまり不法行為
  • 3つの柱=1 契約を結ぶ前の説明義務違反は不法行為になる/2 説明義務はいつ認められるのか/3 何を賠償させるのか

前回は、契約を結ばなかったのに責任が生じる場面、交渉の不当破棄を見ました。今日は、その続きで、契約を結んでしまった場面です。結ぶ判断の材料を、相手が伝えていなかった、という型です。

今日の背骨です。契約は自由ですから、情報は自分で集めるのが原則です。それでも、信義則が、黙っていてはいけない場面を作ります。その責任は、契約の外、つまり不法行為で問われます。説明義務が認められる要件を書いた条文は、民法にありません。信義則、つまり民法1条2項から、解釈で立てた話です。信義則の軸は、前回のとおり、相手の正当な期待を裏切らないことでした。

柱は3つです。1つめ、契約を結ぶ前の説明義務違反は、不法行為になること。契約責任にならない理由と、時効という帰結を見ます。2つめ、説明義務はいつ認められるのか。手がかりと、取消しとの使い分けを見ます。3つめ、何を賠償させるのか。前回の交渉の不当破棄との比較もします。

今日も、何がどこまで言えるのかを、根拠の札を貼るように言い分けます。根拠の札の意味は、使う場面で、そのつど一言ずつ確認します。

柱1——原則は、自分で調べること

原則と例外。原則=契約を結ぶかどうかの判断の材料は、各自が自分の責任で集める。知らずに契約して損をしても、相手には当然には責任を問えない。例外=信義則上、相手に伝える義務(説明義務)が認められることがある。説明義務=契約を結ぶかどうかの判断に関わる情報を、相手に伝える義務。札=こちらの説明。 図:原則と例外

  • 原則=契約を結ぶかどうかの判断の材料は、各自が自分の責任で集める
  • 知らずに契約して損をしても、相手には当然には責任を問えない
  • 例外=信義則上、相手に伝える義務(説明義務)が認められることがある
  • 説明義務=契約を結ぶかどうかの判断に関わる情報を、相手に伝える義務
  • 札=こちらの説明

説明義務は、いつでも認められるわけではありません。先に、原則から確認します。契約を結ぶかどうかの判断の材料は、各自が自分の責任で集めるのが原則です。中古のバイクを買うなら、走行距離も傷も、自分で見て、自分で聞いて、確かめます。確かめずに買って損をしても、売主に当然には責任を問えません。契約は自由ですから、相手に何でも教える義務は、ないのです。何を根拠に言うのかを、根拠の札で示します。条文、判例、学説、こちらの説明の4つです。この原則は、条文にも判決文にも書かれていません。こちらの説明の札です。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことを指します。ただし、例外があります。信義則上、相手に伝える義務が認められることがあります。これを説明義務と呼びます。契約を結ぶかどうかの判断に関わる情報を、相手に伝える義務のことです。もう1つ、区別があります。契約を結んだあとの、履行の段階の説明義務は、契約から生じる付随義務、つまり中心の約束の周りにある義務だと、安全配慮義務の回で見ました。今日扱うのは、結ぶ前の説明義務です。

線の引き方は、あとで手がかりとして整理します。先に、最高裁がこの問題をどう決めたのかを、冒頭の設例の元になった事件から見ていきます。

冒頭の設例の元になった事件

事件の関係図。信用協同組合と、出資した人たち。組合は検査で自己資本比率の低下と実質的な債務超過を指摘され、早急な改善を求められながら解消できずにいた。幹部は、早晩、監督官庁から破綻の認定を受ける現実的な危険があることを十分に認識できたのに、支店長に説明させないまま出資を勧誘させた。出資した人たちは各500万円を出資。およそ1年9か月後に組合は経営破綻し、出資金の払戻しを受けられなくなった。 図:事件の関係図

  • 信用協同組合と、出資した人たち
  • 組合は検査で自己資本比率の低下と実質的な債務超過を指摘され、早急な改善を求められながら解消できずにいた
  • 幹部は、早晩、監督官庁から破綻の認定を受ける現実的な危険があることを十分に認識できたのに、支店長に説明させないまま出資を勧誘させた
  • 出資した人たちは各500万円を出資
  • およそ1年9か月後に組合は経営破綻し、出資金の払戻しを受けられなくなった

冒頭の設例には、元になった事件があります。最高裁の判決が出た事件で、設例は、それを下敷きに、数字と登場人物、細かい事情を変えたものです。判決の当事者は、AさんやBさんではなく、役の名前で呼びます。出資した人たちと、信用協同組合です。信用協同組合とは、組合員の出資で運営される、協同組合の金融機関です。組合は、監督官庁の検査で、自己資本比率の低下と、実質的な債務超過の状態を指摘されていました。債務超過とは、負債が資産を上回る状態です。早急な改善を求められながら、解消できずにいました。幹部は、早晩、監督官庁から破綻の認定を受ける現実的な危険があることを、十分に認識できました。判決の言葉では、十分に認識し得た、です。それなのに、支店長に、そのことを説明させないまま、出資を勧誘させました。出資した人たちは、勧誘に応じて、それぞれ500万円を出資しました。およそ1年9か月後、組合は、金融整理管財人による管理を命じる処分を受けて経営破綻し、出資金の払戻しを受けられなくなりました。

請求は、二段に並べられていました。主位的、つまり第一に求めたのは、不法行為による損害賠償です。あるいは、詐欺取消しや錯誤無効を理由にした、不当利得の返還でした。錯誤は、当時の民法では、取消しではなく無効でした。予備的、つまり第一が認められなかったときのために求めたのは、出資契約上の債務の不履行による損害賠償です。取消しの道も、賠償の道も、あわせて主張されていたのです。債務不履行まで主張した理由は、時効の話と関わりうるところです。判決文に何が書いてあるかを確かめながら、あとで戻ります。

判決の流れ。請求=主位的(不法行為による賠償/詐欺取消し・錯誤無効を理由とする不当利得返還)、予備的(出資契約上の債務不履行による賠償)。原審=主位的請求は棄却。説明義務違反は不法行為だけでなく債務不履行も構成するとして、予備的請求を認容。最高裁=全員一致で、債務不履行を認めた部分を破棄し、債務不履行の請求を棄却。説明義務違反があったこと自体は、原審の確定した事実を前提にしている。 図:判決の流れ

  • 請求=主位的(不法行為による賠償/詐欺取消し・錯誤無効を理由とする不当利得返還)、予備的(出資契約上の債務不履行による賠償)
  • 原審=主位的請求は棄却
  • 説明義務違反は不法行為だけでなく債務不履行も構成するとして、予備的請求を認容
  • 最高裁=全員一致で、債務不履行を認めた部分を破棄し、債務不履行の請求を棄却
  • 説明義務違反があったこと自体は、原審の確定した事実を前提にしている

裁判の流れです。原審、つまり最高裁の1つ前の裁判所は、第一の請求、つまり不法行為や取消しの側の請求は、すべて退けました。そのうえで、予備的な債務不履行の請求について、説明義務違反を認めて、こう考えました。契約を結ぶ前でも、特定の相手を選んで契約関係に入ろうとする者は、一般の人に対する不法行為上の責任より、強い責任を課されるのが当然だ。契約関係に入った以上、契約上の信義則は、契約を結ぶ前まで遡る。そこで、不法行為を構成するだけでなく、出資契約上の付随義務違反として、債務不履行も構成する、と判断して、債務不履行の請求を認めました。最高裁は、裁判官全員一致で、この債務不履行を認めた部分を是認できないとして、破棄し、債務不履行の請求を棄却しました。最高裁が認めなかったのは、契約を結ぶ前の説明義務違反が、債務不履行になるか、この一点です。説明義務違反があったこと自体は、原審が確定した事実を前提にしています。原審は、不法行為にもあたると述べながら、第一の請求は退けています。その理由を判決文がどこまで書いているかは、時効のところで確かめます。第一の請求は、原審で退けられたまま争われていません。ですから、出資した人たちの請求は、この裁判では、どれも認められずに終わったことになります。

契約は、違反の結果である

判決の理由づけ(前半)。順序=説明義務違反が先、契約は後。説明義務違反のせいで契約が結ばれた=契約は違反の結果。違反を生んだ義務を、その契約に基づく義務とするのは「一種の背理」(背理=筋道が逆さまなこと)。 図:判決の理由づけ

  • 前半
  • 順序=説明義務違反が先、契約は後。説明義務違反のせいで契約が結ばれた=契約は違反の結果。違反を生んだ義務を、その契約に基づく義務とするのは「一種の背理」(背理=筋道が逆さまなこと)。

理由づけを読む前に、一度読んだ判決を思い出します。安全配慮義務の回の最後に読んだ判決は、契約を結ぶ前の説明義務違反を、債務不履行と不法行為のどちらだと言っていましたか?安全配慮義務の回で読んだ判決が、今日の事件の判決です。結論は、一度読みました。今日は、その結論の理由を、判決がどう述べたかを読みます。ここからは、判例の札で話します。判例とは、最高裁の判決文に書いてあることです。判決文に無いことは、判例とは呼びません。

判例最判平23・4・22 民集65巻3号1405頁

契約締結前の説明義務違反——結論の理由 なぜなら,上記のように,一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ないからである。契約締結の準備段階においても,信義則が当事者間の法律関係を規律し,信義則上の義務が発生するからといって,その義務が当然にその後に締結された契約に基づくものであるということにならないことはいうまでもない。

順に読みます。理由は、2つの文でできています。前半は、契約と違反の、順序の話。後半は、結ぶ前に働く信義則の話です。まず前半です。説明義務に違反したために、相手は、本来なら結ばなかった契約を結びました。ですから、後から結ばれた契約は、説明義務違反の結果です。その義務を、契約に基づいて生じた義務だと言うのは、一種の背理だ、と判決は言います。背理とは、筋道が逆さまなことです。たとえて言えば、風邪をひいたので病院に行った、という順序です。その通院が風邪の原因だ、と言えば、原因と結果が逆さまになります。説明義務違反が先にあって、契約はあとから生まれました。あとから生まれた契約が、先にあった義務の源になることはありません。判決文には、もう1点あります。契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず、という言い方です。どちらの名前で呼んでも、結論は同じ、という意味です。

言い直しの板(こちらの説明)。債務不履行=契約で引き受けた義務を破った責任。契約より前に生じた義務=契約で引き受けたものではない→債務不履行にならない。それでも責任は消えない→契約と関係なく、故意または過失で他人に損害を与えた者が賠償する制度=不法行為として問われる。 図:言い直しの板

  • こちらの説明
  • 債務不履行=契約で引き受けた義務を破った責任。契約より前に生じた義務=契約で引き受けたものではない→債務不履行にならない。それでも責任は消えない→契約と関係なく、故意または過失で他人に損害を与えた者が賠償する制度=不法行為として問われる。

判決の理由を、こちらの言葉で言い直します。債務不履行は、契約で引き受けた義務を破った責任です。違反された義務が、契約より前に生じていたなら、その義務は、契約で引き受けたものではありません。ですから、債務不履行にはなりません。では、責任は消えるのでしょうか。消えません。民法には、契約とは関係なく、わざと、または不注意で他人に損害を与えた人が、賠償の責任を負う、という制度があります。これが不法行為です。危険を知りながら黙って出資させ、損をさせたことは、この形に当たりえます。契約で引き受けていない義務の違反は、契約の責任からは外れ、不法行為の責任として問われるのです。ここが決め手です。

判決の理由づけ(後半)と補足意見。後半=契約締結の準備段階でも信義則は当事者間を規律し、義務は生じる。しかし、その義務が当然に後の契約に基づく義務になるわけではない。補足意見(千葉勝美裁判官・法廷意見ではない)=類型的な義務なら付随義務に取り込む余地/本件の説明義務は個別的で付随義務になじまない/立法で規律するかは立法政策の問題。

そして後半です。契約を結ぶ準備の段階でも、信義則は当事者の関係を規律して、義務は生じます。それでも、その義務が当然に、あとの契約に基づく義務になるわけではない、と言っています。結ぶ前にも、信義則は働いています。ただ、そこで生まれた義務は、契約から生まれた義務ではないのです。なお、この判決には、千葉勝美裁判官の補足意見が付いています。補足意見は、法廷意見ではありません。1人の裁判官の意見です。法廷意見の結論に賛成したうえで、理由を補うものです。その中身の1つは、こうです。契約の内容や趣旨から明らかな類型的な義務なら、契約前の違反でも付随義務として取り込める余地がある。けれども、本件のような説明義務は、契約を結ぶかどうかの判断のときに問題になり、あるかどうか、中身、程度が、当事者の立場や交渉の経緯で決まる、個別的なものだ。だから付随義務の扱いにはなじまない、という考え方です。さらに、この領域を立法で規律するかは、立法政策の問題だ、とも述べています。

時効という帰結

構成で変わる点(時効)。不法行為=724条(損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年)/契約責任=166条1項(権利を行使することができることを知った時から5年・権利を行使することができる時から10年)。判決が出た当時は、契約責任の側は10年(改正前の167条1項)。冒頭の設例=破綻の4年後に訴えると、不法行為なら3年を過ぎ、契約責任なら5年以内。 図:構成で変わる点

  • 時効
  • 不法行為=724条(損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年)
  • 契約責任=166条1項(権利を行使することができることを知った時から5年・権利を行使することができる時から10年)。判決が出た当時は、契約責任の側は10年(改正前の167条1項)。冒頭の設例=破綻の4年後に訴えると、不法行為なら3年を過ぎ、契約責任なら5年以内。

結論が不法行為になると、何が変わるのか。いちばん大きいのは、時効です。条文の札で読みます。条文とは、法律に書いてあることです。まず、709条。説明義務違反は、ここに入ります。

条文民法709条

民法第709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

709条の要件の中身は、不法行為の回で扱います。今日は、説明義務違反はここに入る、ということだけ押さえます。次に、724条です。

条文民法724条

民法第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効) 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。 二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。

1号は、損害と加害者を知った時から3年。2号は、不法行為の時から20年です。契約責任なら、前回も並べたとおり、今の民法では、166条1項で、権利を行使できると知った時から5年、行使できる時から10年です。冒頭のAさんは、破綻の直後に、Bが黙っていたと知りました。損害も加害者も、そのときに知っています。ですから、訴えるのが4年後なら、不法行為では、3年を過ぎています。もし契約責任で構成できたなら、5年以内です。同じ4年後でも、どちらの構成かで、結論が分かれます。ちなみに、判決が出た当時は、契約責任の側は10年でした。改正前の167条1項です。そのあと2017年に民法が改正され、契約責任の側は、5年と10年になって、差は縮みました。それでも、3年と5年の差は残っています。なお、人の生命や身体を害する不法行為なら、724条の2で、3年が5年に延びます。今日は財産の損害ですから、3年です。

債務不履行も主張した理由が時効だったのかは、判例の札と、それ以外を分けて答えます。判決文に書いてあるのは、出資した人たちが債務不履行を予備的に主張したこと、原審が第一の請求を退けたこと、そして予備的な請求を認めたことです。先ほど後回しにした点ですが、第一の請求が退けられた理由は、判決文には書かれていません。ですから、時効のせいだった、とは、判例の札では言えません。言えるのは、こちらの説明として、不法行為の3年を過ぎた人には、当時10年だった契約責任の構成が、残された道になる、という筋までです。判決自身は、時効について、こう述べています。

判例最判平23・4・22 民集65巻3号1405頁

契約締結前の説明義務違反——時効 このように解すると,上記のような場合の損害賠償請求権は不法行為により発生したものであるから,これには民法724条前段所定の3年の消滅時効が適用されることになるが,上記の消滅時効の制度趣旨や同条前段の起算点の定めに鑑みると,このことにより被害者の権利救済が不当に妨げられることにはならないものというべきである。

判決の言う前段は、現行の1号にあたる、3年の部分です。不法行為による損害賠償請求権は、3年の消滅時効にかかる。けれども、時効の制度趣旨や起算点の定めに鑑みると、被害者の権利救済が不当に妨げられることにはならない、と述べています。こちらの説明で補うと、3年を数え始めるのは、被害者が損害と加害者を知った時です。知らないうちに3年が過ぎることはありません。だから、3年でも不当ではない、という筋です。起算点の細部は、不法行為の回で扱います。

判決が述べたことと、述べていないこと

判決が述べたことと述べていないこと。述べたこと(法廷意見)=契約を結ぶ前の説明義務違反では、契約上の債務の不履行による賠償責任は負わない/不法行為による賠償責任を負うことはありうる/理由=契約は違反の結果で、義務を契約に基づくとするのは一種の背理/損害賠償請求権には724条前段の3年の消滅時効が適用される。述べていないこと=説明義務がいつ認められるかの判断要素/賠償の範囲/不法行為の請求が認められる条件の詳細。別枠=補足意見は法廷意見ではない。 図:判決が述べたことと述べていないこと

  • 述べたこと(法廷意見)=契約を結ぶ前の説明義務違反では、契約上の債務の不履行による賠償責任は負わない/不法行為による賠償責任を負うことはありうる/理由=契約は違反の結果で、義務を契約に基づくとするのは一種の背理/損害賠償請求権には724条前段の3年の消滅時効が適用される
  • 述べていないこと=説明義務がいつ認められるかの判断要素/賠償の範囲/不法行為の請求が認められる条件の詳細
  • 別枠=補足意見は法廷意見ではない

ここまでの根拠の札を整理します。判決の法廷意見が述べたのは、契約を結ぶ前の説明義務違反では、債務不履行の責任は負わず、不法行為の責任を負うことはありうる、ということです。理由は、契約は違反の結果で、一種の背理だから。時効は、724条前段の3年です。逆に、判決が述べていないことが3つあります。1つめ、説明義務がいつ認められるかの判断要素です。判決は、契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報、と書くだけです。2つめ、賠償の範囲です。債務不履行の請求を棄却して終わるので、述べようがありません。3つめ、不法行為の請求が認められる条件の詳細です。主位的な請求は、最高裁の審理の対象になっていません。ですから、説明義務の判断要素や賠償の範囲について、判例がこう述べている、とは言えません。ここからは、学説の札で話します。学説とは、学者の整理のことです。その中で多くの支持を集めるものを通説、一定の支持を集める少数の見解を有力説と呼びます。

柱2——説明義務が認められる手がかり

説明義務の手がかり3つ(学説の整理)。1 相手がその情報を自分で知ることができたか。2 知っていれば契約しなかったと言えるほど重要か(判決の語=契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報)。3 当事者の知識・経験・情報の差。要件ではなく考慮要素=総合判断。条文に要件は無く、信義則から解釈で立てる。 図:説明義務の手がかり3つ

  • 学説の整理
  • 1 相手がその情報を自分で知ることができたか。2 知っていれば契約しなかったと言えるほど重要か(判決の語=契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報)。3 当事者の知識・経験・情報の差。要件ではなく考慮要素=総合判断。条文に要件は無く、信義則から解釈で立てる。

では、説明義務は、どんなときに認められるのか。手がかりは3つあります。これは学説の整理の札で、最高裁が一覧にして述べたものではありません。1つめ、相手がその情報を、自分で知ることができたか。調べれば分かることは、各自で集めるのが原則でした。2つめ、知っていれば契約しなかった、と言えるほど重要か。判決の言う、判断に影響を及ぼすべき情報と、同じ方向です。3つめ、当事者の知識、経験、情報の差です。相手が専門家や事業者で、こちらが素人なら、説明義務は認められやすくなります。民法改正の審議では、説明義務を条文にする案も示されました。ただし、提案にとどまり、条文にはなっていません。大事なのは、3つの手がかりが、要件ではないことです。全部そろわないと義務が生じない、ではありません。総合して判断する、考慮要素です。709条の要件は条文どおりですが、説明義務が認められる手がかりは、条文に書いてなく、信義則を出どころに、解釈で立てたものです。冒頭のAさんの場合で見ます。まず、検査の指摘は、Bの内部情報です。Aさんが自分で知ることは、できません。次に、出資金を返せなくなる危険は、知っていれば出資しなかった重大な事柄です。そして、Bは金融機関で、Aさんは預金者です。情報の差は大きい。ですから、説明義務は認められやすい場面です。

聞かれなかったから、が通らないのは、情報の差が大きいと、聞くこと自体ができないからです。内部の検査の指摘を知らない人は、何を聞けばよいのかが分かりません。逆に、同じ出資の勧誘でも、組合の経営状態が誰でも見られる形で公表されていて、悪化の事実もそこに載っていたなら、Aさんは自分で確かめられました。その場合は、説明義務は認められにくくなります。この場面の分かれ目は、自分で確かめられたかどうかです。

柱2——契約を消す道と、契約を残す道

取消しと賠償の使い分け。左=契約を無かったことにする(取消し):根拠=詐欺(96条1項)・錯誤(95条1項)・消費者契約法4条2項(不利益事実の不告知)・465条の10第2項(保証)/効果=契約の効力が遡ってなくなる(原状回復)/要件=条文に書いてある。右=契約を残して金銭で埋める(賠償):根拠=説明義務違反=不法行為(709条)/効果=契約は残り、損害を金銭で賠償/要件=条文に無く、信義則から解釈で立てる。 図:取消しと賠償の使い分け

  • 左=契約を無かったことにする(取消し):根拠=詐欺(96条1項)・錯誤(95条1項)・消費者契約法4条2項(不利益事実の不告知)・465条の10第2項(保証)/効果=契約の効力が遡ってなくなる(原状回復)/要件=条文に書いてある
  • 右=契約を残して金銭で埋める(賠償):根拠=説明義務違反=不法行為(709条)/効果=契約は残り、損害を金銭で賠償/要件=条文に無く、信義則から解釈で立てる

説明義務違反を理由にできる道は、1本ではありません。契約を無かったことにする道と、契約は残したまま、損害を金銭で埋める道です。契約を無かったことにする道が、取消しです。詐欺の96条1項、錯誤の95条1項、消費者契約法4条2項の、不利益事実の不告知があります。取り消せば、契約の効力は遡ってなくなり、お互いに原状回復をします。要件は条文に書いてあり、既に見た回のとおりですから、ここでは繰り返しません。Aさんが取消しの要件を満たすかどうかは、別に判断します。契約を残す道が、今日の説明義務違反の賠償です。根拠は不法行為の709条で、要件は条文に書いていません。信義則から、解釈で立てます。契約はそのまま残り、損害を金銭で賠償させます。判決の事件でも、不法行為、詐欺取消し、錯誤無効、債務不履行の請求が、あわせて主張されていました。取消しと賠償は、あわせて主張できる道です。

条文で説明義務を定めた例が、保証の回で読んだ、465条の10です。主債務者の情報提供義務でした。主たる債務者が、事業のための債務の保証を頼むときは、自分の財産や収支の状況などの情報を、頼まれる人に提供しなければならない、と定めています。情報を伝えず、または事実と異なる情報を伝えたために、頼まれた人が誤認して保証した場合、取り消せる場合もあります。今日の説明義務は、こういう条文が無いところが違います。信義則から立てる分、判断の幅が出ます。

柱3——何を賠償させるのか

賠償の範囲の2分け(学説の有力な見解)。1 十分な説明があればおよそ契約しなかったと言える場合=契約が無かった状態に金銭で戻す賠償。設例=出資した300万円。2 そこまでは言えない場合=現実の財産状態と、説明義務違反が無かった場合の財産状態との差額のうち、相当因果関係のあるもの。設例=説明があれば出資は100万円にとどめたと認められるなら、失った300万円との差200万円。どちらも信頼利益の賠償ではない。 図:賠償の範囲の2分け

  • 学説の有力な見解
  • 1 十分な説明があればおよそ契約しなかったと言える場合=契約が無かった状態に金銭で戻す賠償。設例=出資した300万円。2 そこまでは言えない場合=現実の財産状態と、説明義務違反が無かった場合の財産状態との差額のうち、相当因果関係のあるもの。設例=説明があれば出資は100万円にとどめたと認められるなら、失った300万円との差200万円。どちらも信頼利益の賠償ではない。

賠償の範囲に入ります。判決は、賠償の範囲を述べていません。ここは学説の札です。先に問いです。十分な説明があれば、およそ契約しなかったと言える場合、賠償の金額は、何を基準に決めるでしょうか?賠償は、契約を無かったことにして取り戻すものではありません。無かったことにするのは、取消しの道でした。賠償の道では、契約は残したまま、金額を決める物差しとして、契約が無かった状態を使います。学説の整理の一つとして、有力な見解は、場合を2つに分けます。1つめは、十分な説明があれば、およそ契約しなかったと言える場合です。契約が無かった状態に戻す賠償をします。原状回復的な損害賠償と呼びます。冒頭の設例なら、出資した300万円です。2つめは、そこまでは言えない場合です。たとえば、説明があれば、Aさんは出資を100万円にとどめたはずだ、と認められるとします。2つの状態を並べます。現実には、300万円を出して、300万円を失いました。説明があった場合は、100万円だけ出して、失うのは100万円です。差は200万円。この200万円が、黙っていられたせいで余分に失った分です。一般の形で言うと、損害とは、実際の財産と、説明があれば保たれていたはずの財産との差のことです。その差のうち、違反と結びつけて考えられる分だけが、賠償の対象になります。結びつきの目安が、相当因果関係です。相当因果関係とは、違反と損害のつながりが、社会の常識に照らして相当と言える、という意味です。

この2つめは、取消しの道では出てきません。取り消せば、出資は丸ごと無かったことになるからです。契約を残す道だから、差額だけを埋めることができます。2本の道を使い分ける理由の1つです。ここは、こちらの説明の札です。今回の2つの賠償は、前回の信頼利益とは別物です。この2つは、どちらも信頼利益の賠償ではない、とされます。前回の信頼利益は、契約が成立すると信じたために被った損害で、前回の設例の変更工事費がその例でした。前回、損が出たのは、成立すると信じた契約が、成立しなかったからです。だから、信じて出した費用を数えました。今回、Aさんの契約は、成立しています。損が出たのは、成立しなかったからではなく、知らされていれば結ばなかった契約を、結んでしまったからです。だから数えるのは、信じて出した費用ではなく、結んだせいで失ったお金です。損の出どころが違うので、物差しも違うのです。この理由は、こちらの説明の札です。

柱3——交渉の不当破棄と説明義務違反

2列比較。交渉の不当破棄(前回)/説明義務違反(今回)。場面=契約は成立しなかった/契約は成立した(結ぶ前の情報が欠けていた)。義務の根拠=信義則上の注意義務(判例の語=契約準備段階における信義則上の注意義務)/信義則上の説明義務(判例の語)。責任の性質=判例は一律に言い切れない・学説が分かれる/判例は、契約上の債務の不履行にはならず、不法行為の責任を負うことはある、と述べた。賠償の範囲=信頼利益に限る(通説・履行利益は出ない)/学説(有力な見解)=原状回復的、または差額(信頼利益ではない)。時効=構成による(不法行為なら724条)/不法行為=724条(判決の言葉は前段の3年)。 図:2列比較

  • 交渉の不当破棄(前回)/説明義務違反(今回)
  • 場面=契約は成立しなかった/契約は成立した(結ぶ前の情報が欠けていた)
  • 義務の根拠=信義則上の注意義務(判例の語=契約準備段階における信義則上の注意義務)/信義則上の説明義務(判例の語)
  • 責任の性質=判例は一律に言い切れない・学説が分かれる/判例は、契約上の債務の不履行にはならず、不法行為の責任を負うことはある、と述べた
  • 賠償の範囲=信頼利益に限る(通説・履行利益は出ない)/学説(有力な見解)=原状回復的、または差額(信頼利益ではない)
  • 時効=構成による(不法行為なら724条)/不法行為=724条(判決の言葉は前段の3年)

前回の交渉の不当破棄と、今日の説明義務違反を、5行の表で並べます。それぞれに札を付けます。1行めは、場面です。交渉の不当破棄は、契約が成立しなかった場面。説明義務違反は、契約が成立した場面で、結ぶ前の情報が欠けていました。2行めは、義務の根拠です。どちらも信義則で、判例の言葉は、前者が契約準備段階における信義則上の注意義務、後者が信義則上の説明義務です。3行めは、責任の性質です。前者は、判例は一律には言い切れず、学説が分かれていました。前回読んだ3件の判決のうち、不法行為という言葉を使ったのは、1件だけだったからです。後者は、判例が、契約上の債務の不履行にはならず、不法行為の責任を負うことはある、と述べています。理由は、今日読んだとおり、義務が契約より前にあったからです。4行めは、賠償の範囲です。前者は、信頼利益に限る、が通説で、履行利益、つまり契約どおりに履行されていれば得られたはずの利益は、出ません。そこまで認めると、契約を結んだのと同じ結果になり、結ばない自由が空っぽになるからでした。後者は、有力な見解で、原状回復的な賠償か、差額かです。信頼利益ではありません。契約は成立していて、損は、結んでしまったこと自体から出ているからです。どちらも、学説の札で、判決が範囲を述べたわけではありません。5行めは、時効です。時効は、3行めの責任の性質で決まります。前者は構成によって変わり、不法行為なら724条。後者は、不法行為で、判決の言葉は前段の3年です。

冒頭の問いの答え。AはBに、信義則上の説明義務違反を理由に、不法行為(709条)で、出資した300万円を請求できる可能性が高い(原状回復的な賠償の場合)。ただし、破綻の4年後に訴えると、損害と加害者を知った時から3年(724条)を過ぎ、時効で届かない。聞かれなかったから、は理由にならない(Aは自分では知りえない内部情報)。 図:冒頭の問いの答え

  • AはBに、信義則上の説明義務違反を理由に、不法行為(709条)で、出資した300万円を請求できる可能性が高い(原状回復的な賠償の場合)
  • ただし、破綻の4年後に訴えると、損害と加害者を知った時から3年(724条)を過ぎ、時効で届かない
  • 聞かれなかったから、は理由にならない(Aは自分では知りえない内部情報)

冒頭の問いに戻ります。聞かれなかったから、という理由は、通りません。Aさんは、Bに対して、信義則上の説明義務違反を理由に、不法行為で、出資した300万円の賠償を請求できる可能性が高いです。原状回復的な賠償の場合です。ただし、訴えるのが破綻の4年後なら、損害と加害者を知った時から3年を過ぎていて、時効で届きません。説明義務違反の責任の性質は、論文で論点になりうる所です。

使い分けの練習問題

練習問題の板。Q1 C が D 社の主力製品の独占販売権を1000万円で買う契約をした。(ア) D は、製造元が来月から供給を止めると通告してきていることを知っていたが、C に伝えなかった。(イ) D は、その製品が他社の新製品に押されて売上が落ちていることを伝えなかったが、その数字は業界の統計に毎年載っていて誰でも見られる。Q2 Q1(ア)で、C が D に説明義務違反を理由に賠償を求める。(a)「供給停止を知っていたら、およそ買わなかった」と言える場合。(b)「知っていても買ったが、250万円に値切らせたはず」と言える場合。Q3 Q1(ア)で、C が損害と加害者を知ってから4年後に訴え、債務不履行の構成に乗り換えられるか。 図:練習問題の板

  • Q1 C が D 社の主力製品の独占販売権を1000万円で買う契約をした
  • (ア) D は、製造元が来月から供給を止めると通告してきていることを知っていたが、C に伝えなかった
  • (イ) D は、その製品が他社の新製品に押されて売上が落ちていることを伝えなかったが、その数字は業界の統計に毎年載っていて誰でも見られる
  • Q2 Q1(ア)で、C が D に説明義務違反を理由に賠償を求める
  • (a)「供給停止を知っていたら、およそ買わなかった」と言える場合
  • (b)「知っていても買ったが、250万円に値切らせたはず」と言える場合
  • Q3 Q1(ア)で、C が損害と加害者を知ってから4年後に訴え、債務不履行の構成に乗り換えられるか

ここまでの根拠の札を使って、考えてみましょう。答えは、そのつど言います。Q1です。Cさんは、D社の主力製品の独占販売権を、1000万円で買う契約をしました。(ア)では、D社は、製造元が来月から供給を止めると通告してきていると知っていたのに、Cさんに伝えませんでした。(イ)では、D社は、その製品が他社の新製品に押されて売上が落ちていることを伝えませんでしたが、その数字は、業界の統計に毎年載っていて、誰でも見られます。(ア)と(イ)で、説明義務の認められやすさは、どう違いますか?この事例の分かれ目は、手がかりの、自分で知ることができたかどうかです。(ア)の供給停止の通告は、Cさんには知りえない情報でした。(イ)の統計は、自分で調べれば分かりました。ここは、学説の整理に、こちらが当てはめた結論です。Q2です。(ア)で、Cさんが、D社に、説明義務違反を理由に賠償を求めます。(a)の、供給停止を知っていたらおよそ買わなかった、と言える場合と、(b)の、知っていても買ったが250万円に値切らせたはずだ、と言える場合で、賠償の考え方は、どう変わりますか?

(a)は原状回復的で、契約が無かった状態に戻す賠償です。(b)は差額です。実際に払った額は、1000万円です。説明があった場合は、250万円しか払っていません。差の750万円が、払わずに済んだ分です。出資の例で、300万円と100万円を並べたのと、同じ引き算です。どちらも、信頼利益の賠償ではありません。前回の交渉の不当破棄は、賠償が信頼利益に限られる、が通説でしたから、範囲が違います。そして、判決は賠償の範囲を述べていない点も、忘れないでください。学説の札です。Q3です。Q1(ア)で、Cさんが、損害とD社が加害者であることを知ってから、4年後に訴えたとします。Cさんは、説明義務違反を債務不履行だと構成し直して、5年の時効にかかっていないと主張できますか?

Q3の結論は、構成し直しても通らない、です。ここは判例の札で、冒頭の設例と同じ筋です。決め手は、判決の理由です。契約は違反の結果であり、違反された義務は、契約より前にありました。時効の長い構成を選びたくても、義務の出どころは変えられません。逆に、契約を結んだあと、D社が製品の扱い方の注意を伝え忘れた、という履行の段階の説明なら、契約から生じる付随義務の違反ですから、債務不履行の構成に乗ります。分け目は、義務が生じたのが、契約の前か後かです。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 契約を結ぶ前の説明義務違反は、契約から生じる義務の違反ではないので、債務不履行ではなく不法行為(判例)・時効は724条の3年/2 説明義務は、自分で調べられるか・重要か・情報の差の手がかりで認められる(学説の整理)・取消しとは別の道/3 賠償は、有力な見解で原状回復的か差額かの2分け・信頼利益ではなく、交渉の不当破棄とは範囲が違う。背骨=契約は自由だから、情報は自分で集めるのが原則。それでも信義則が、黙っていてはいけない場面を作る・その責任は、契約の外、つまり不法行為。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 契約を結ぶ前の説明義務違反は、契約から生じる義務の違反ではないので、債務不履行ではなく不法行為(判例)・時効は724条の3年/2 説明義務は、自分で調べられるか・重要か・情報の差の手がかりで認められる(学説の整理)・取消しとは別の道/3 賠償は、有力な見解で原状回復的か差額かの2分け・信頼利益ではなく、交渉の不当破棄とは範囲が違う
  • 背骨=契約は自由だから、情報は自分で集めるのが原則
  • それでも信義則が、黙っていてはいけない場面を作る・その責任は、契約の外、つまり不法行為

3つの柱で整理します。1つめ、契約を結ぶ前の説明義務違反は、契約から生じる義務の違反ではないので、債務不履行ではなく、不法行為です。これは判例の札です。時効は、724条の3年です。2つめ、説明義務は、自分で調べられたか、知っていれば契約しなかったと言えるほど重要か、当事者の情報の差、という手がかりで認められます。これは学説の整理で、要件ではなく考慮要素です。契約を消す取消しとは、別の道です。3つめ、賠償は、有力な見解で、原状回復的か差額かに分かれます。信頼利益ではないので、交渉の不当破棄とは、範囲が違います。冒頭の問いの答えは、聞かれなかったから、は通らない。Aさんは、不法行為で、有力な見解の原状回復的な賠償なら300万円を請求できる可能性が高いが、4年後では時効で届かない、でした。情報は自分で集めるのが原則です。それでも、自分では知りえない重大な事柄を伏せたまま結ばせたなら、信義則が責任を作ります。その責任は、契約の外、不法行為で問われます。

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#227単独ページ動画

事情変更の法理

第5章 契約 #227/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

小麦が3倍になった

冒頭の設例の時系列。A 製粉所(売る側)、B 食品会社(買う側)。1 契約=10年間、小麦粉を1袋2000円の固定価格で売り買いする。契約の時、Aの1袋の製造費は1500円(うち原料の小麦が1000円)で、1袋ごとに500円の利益が出る計算だった。2 3年目に原料の小麦の値段が3倍(1000円から3000円)になり、Aの製造費は3500円になった。3 売るたびに1500円の赤字。問い=Aは契約をやめられるか。値段を変えてもらえるか。 図:冒頭の設例の時系列

  • A 製粉所(売る側)、B 食品会社(買う側)
  • 1 契約=10年間、小麦粉を1袋2000円の固定価格で売り買いする
  • 契約の時、Aの1袋の製造費は1500円(うち原料の小麦が1000円)で、1袋ごとに500円の利益が出る計算だった
  • 2 3年目に原料の小麦の値段が3倍(1000円から3000円)になり、Aの製造費は3500円になった
  • 3 売るたびに1500円の赤字
  • 問い=Aは契約をやめられるか
  • 値段を変えてもらえるか

先に、答えの方向を言います。まず、無理です。契約は守られなければなりません。ただし、契約の拘束を解く法理そのものは、実際に在ります。その扉が、きわめて狭いのです。今日の背骨は、この一文です。契約は守られなければならない。それでも拘束を解く場面は、信義則が決める。だから、その扉はきわめて狭い。民法に条文が無いのに、なぜ法理が在るのか。最高裁は何を言ったのか。なぜ扉が狭いのか。順にたどって、最後にA社とB社の問いに戻ります。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=契約を結ぶ前に信義則が働く場面(説明義務)→今日=契約を結んだあとに事情が変わった場面。背骨=契約は守られなければならない。それでも拘束を解く場面は、信義則が決める。だから、その扉はきわめて狭い。3つの柱=1 事情変更の法理とは何か/2 最高裁の2つの判決/3 要件の骨格と、扉が狭い理由。そのあとに、隣の制度との分け目を練習する。 図:今日の地図

  • 位置=契約を結ぶ前に信義則が働く場面(説明義務)→今日=契約を結んだあとに事情が変わった場面
  • 背骨=契約は守られなければならない。それでも拘束を解く場面は、信義則が決める。だから、その扉はきわめて狭い
  • 3つの柱=1 事情変更の法理とは何か/2 最高裁の2つの判決/3 要件の骨格と、扉が狭い理由
  • そのあとに、隣の制度との分け目を練習する

位置づけです。契約を結ぶ前に信義則が働く場面は、説明義務として前回見ました。今日は、契約を結んだあとに、世の中の事情が変わった場面です。信義則とは、民法1条2項にある、相手の正当な期待を裏切らない、という考え方です。

柱は3つです。1つめ、事情変更の法理とは何か。原則と定義、そして条文が無いこと、根拠を見ます。2つめ、最高裁の2つの判決。何を言い、何を言っていないのかを区別します。3つめ、要件の骨格と効果、そして扉が狭い理由です。そのあとで、隣の制度、錯誤や履行不能との分け目を、事例で練習します。

今日も、何がどこまで言えるのかを、根拠の札を貼るように言い分けます。根拠の札は4枚です。条文、判例、学説、こちらの説明。それぞれの意味は、使う場面の直前で、一言ずつ確認します。

柱1——原則は、契約を守ること

原則と例外。原則=契約を結んだら、守らなければならない(契約の拘束力)。結んだあとの値動きや当て外れは、自分で負うリスク。固定価格の契約=値上がりと値下がりの危険の配り方を決めた約束。A(売る側)は値上がりの危険を、B(買う側)は値下がりの危険を引き受ける。札=こちらの説明。 図:原則と例外

  • 原則=契約を結んだら、守らなければならない(契約の拘束力)
  • 結んだあとの値動きや当て外れは、自分で負うリスク
  • 固定価格の契約=値上がりと値下がりの危険の配り方を決めた約束
  • A(売る側)は値上がりの危険を、B(買う側)は値下がりの危険を引き受ける
  • 札=こちらの説明

まず原則です。契約を結べば、当事者は拘束されます。これを契約の拘束力と呼びます。結んだあとで、値段が動いた。当てが外れた。それは、自分で負うリスクです。値上がりしたからやめます、が通るなら、約束の意味がなくなります。固定価格の契約は、値上がりと値下がりの危険の配り方を、あらかじめ決めた約束でもあります。A社は値上がりの危険を、B社は値下がりの危険を、それぞれ引き受けています。小麦が値下がりしていたら、A社は大きく儲かり、B社は高い値段で買い続けるのです。そのときB社が、安くしてほしい、とは言えません。この原則は、条文にも、今日見る2つの判決の文にも、書かれていません。根拠の札で言えば、こちらの説明です。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことを指します。

当事者が話し合って合意し、値段を改めるのは自由です。契約自由の範囲の話で、今日の法理は関係しません。法理が問題になるのは、相手が応じないのに、拘束から解かれたいときです。

柱1——事情変更の法理の定義

事情変更の法理の定義と呼び名。定義=契約を結んだときに前提にしていた事情が、当事者の予想できた範囲を超えて後から大きく変わり、契約どおり守らせるのが著しく不当になる場合に、契約の解除や契約内容の改訂を認める法理。呼び名=判決の言葉は「事情変更の原則」/「事情変更の法理」とも呼ぶ。札=学説の定義。 図:事情変更の法理の定義と呼び名

  • 定義=契約を結んだときに前提にしていた事情が、当事者の予想できた範囲を超えて後から大きく変わり、契約どおり守らせるのが著しく不当になる場合に、契約の解除や契約内容の改訂を認める法理
  • 呼び名=判決の言葉は「事情変更の原則」/「事情変更の法理」とも呼ぶ
  • 札=学説の定義

拘束を解かれる場面は、ごくまれにですが在ります。それが事情変更の法理です。契約を結んだときに前提にしていた事情が、当事者の予想できた範囲を超えて、後から大きく変わり、契約どおりに守らせるのが著しく不当になる場合に、契約の拘束を解いたり、中身を改めたりする法理です。ここで、学説の札を確認します。学説とは、学者の整理のことです。その中で多くの支持を集めるものを通説、一定の支持を集める少数の見解を有力説と呼びます。今の定義は、学説の整理の札です。効果は2つあります。解除は、契約を終わらせること。契約内容の改訂は、契約を続けたまま、値段などの中身を改めることです。呼び名にも注意してください。判決は、事情変更の原則と書きます。けれども、例外中の例外にしか働かないものを原則と呼ぶのは適当でない、という指摘があり、民法改正の審議の資料は、法理と呼んでいます。どちらも同じものです。

柱1——民法に条文は無い

民法に条文は無い。審議の経過=中間試案(解除、または解除と契約の改訂)→意見がまとまらず、取り上げないことに→2017年の改正でも条文にならなかった。意見募集に寄せられた指摘=条文にすると、大きな事情の変化があれば契約を変えたり解除したりできる、という誤ったメッセージになる。取り上げなかった理由=意見が一致する見込みが立たなかった。札=条文(無い)。審議の経過は法務省の資料による。 図:民法に条文は無い

  • 審議の経過=中間試案(解除、または解除と契約の改訂)→意見がまとまらず、取り上げないことに→2017年の改正でも条文にならなかった
  • 意見募集に寄せられた指摘=条文にすると、大きな事情の変化があれば契約を変えたり解除したりできる、という誤ったメッセージになる
  • 取り上げなかった理由=意見が一致する見込みが立たなかった
  • 札=条文(無い)
  • 審議の経過は法務省の資料による

条文の札を確認します。条文とは、法律に書いてあることです。民法に、事情変更の法理を定めた条文はありません。民法改正の審議では、条文にする案が検討されました。中間試案、つまり、審議の途中でまとめて公表された案では、解除、または解除と契約の改訂、という形でした。けれども、意見がまとまらず、取り上げないことになり、2017年の改正でも条文になりませんでした。この案への意見募集では、裁判で認められるのはきわめて例外的なのに、条文にすると、大きな事情の変化があれば契約を変えたり解除したりできる、という誤ったメッセージになる、という趣旨の指摘が、多く寄せられたと、審議のために法務省がまとめた資料は記しています。条文が無いまま、判例で認められてきた法理が残りました。

柱1——根拠は信義則

根拠=信義則(民法1条2項)。信義則=相手の正当な期待を裏切らない。要件を書いた条文が無い場面でも、信義則は働いて、原則に例外を作る。入口(結ぶ前)=説明義務/出口(結んだあと)=事情変更の法理。どちらも要件を書いた条文が無いまま、信義則から立てる。札=学説・実務の整理(判決の言葉は「信義衡平」)。

  • 根拠=信義則(民法1条2項)
  • 信義則=相手の正当な期待を裏切らない
  • 要件を書いた条文が無い場面でも、信義則は働いて、原則に例外を作る
  • 入口(結ぶ前)=説明義務/出口(結んだあと)=事情変更の法理
  • どちらも要件を書いた条文が無いまま、信義則から立てる
  • 札=学説・実務の整理(判決の言葉は「信義衡平」)

根拠に入る前に、確認です。契約を結ぶ前の説明義務違反は、民法の何を根拠に認められましたか?説明義務の根拠は、信義則、つまり民法1条2項でした。要件を書いた条文が無いまま、信義則から立てた話です。事情変更の法理も、同じ型です。入口の説明義務は、契約を結ぶ前の話。この法理は、契約を結んだあとの、出口の話です。条文はこうです。

条文民法1条2項

民法第1条第2項(基本原則) 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

信義則は、要件を書いた条文が無い場面でも働いて、原則に例外を作ります。契約を守るのが原則でも、守らせることが信義に反する場面があれば、そこで拘束を解く余地が出ます。ただし、学説の札と、判決の言葉を取り違えないでください。根拠が信義則だというのは、学説と実務の整理の札です。最高裁の判決の言葉は、信義衡平です。信義則と、公平の考え方を合わせた言葉です。判決が、民法1条2項と書いているわけではありません。法務省の資料は、信義則に基づく例外的な法理として、事情変更の法理が存在していること自体には、基本的に異論がなかった、と整理しています。

柱1——条文が個別に受けている例

借地借家法32条1項。建物の借賃が、租税その他の負担の増減により、土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動により、または近傍同種の建物の借賃と比べて、不相当になったとき、契約の条件にかかわらず、将来に向かって借賃の増減を請求できる。建物を建てるために借りた土地の地代等には同じ型の11条1項。事情の変化に応じて契約の条件を変える道を、条文が個別に用意した例。事情変更の法理そのものとは別物。 図:借地借家法32条1項

  • 建物の借賃が、租税その他の負担の増減により、土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動により、または近傍同種の建物の借賃と比べて、不相当になったとき、契約の条件にかかわらず、将来に向かって借賃の増減を請求できる
  • 建物を建てるために借りた土地の地代等には同じ型の11条1項
  • 事情の変化に応じて契約の条件を変える道を、条文が個別に用意した例
  • 事情変更の法理そのものとは別物

事情の変化を、条文が個別に受けている例を1つ、見ておきます。借地借家法32条1項です。

条文借地借家法32条1項

借地借家法第32条第1項(借賃増減請求権) 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。

借賃が不相当になったとき、契約の条件にかかわらず、将来に向かって増減を請求できます。建物を建てるために土地を借りる場合の地代には、11条1項が、同じ型であります。これは、事情の変化に応じて契約の条件を変える道を、条文が個別に用意した例です。事情変更の法理そのものとは別物です。中身は、この先の賃貸借の回で扱います。売買のように、こうした個別の条文が無い契約では、法理に頼ることになります。その法理は、これから見るとおり、きわめて厳しく運用されています。

柱2——最高裁が言ったこと、1つめ

建物賃貸借の和解をめぐる事件。事案(法務省の資料の注記による)=建物の賃貸借の当事者間で、1年余の猶予期間をおいて建物を明け渡す、という裁判上の和解が成立していた。賃借人が、戦災などで住宅事情が変わったことを理由に、事情変更でこの和解の拘束から離れられると争った。 図:建物賃貸借の和解をめぐる事件

  • 事案(法務省の資料の注記による)=建物の賃貸借の当事者間で、1年余の猶予期間をおいて建物を明け渡す、という裁判上の和解が成立していた
  • 賃借人が、戦災などで住宅事情が変わったことを理由に、事情変更でこの和解の拘束から離れられると争った

次は柱の2つめ、最高裁が言ったことです。ここからは、判例の札で話します。判例とは、最高裁の判決文に書いてあることです。判決文に無いことは、判例とは呼びません。1つめは、建物の賃貸借をめぐる事件の判決です。判決文には、事実がほとんど書かれていません。民法改正の審議の資料の注記によれば、建物の賃貸借の当事者の間で、1年余の猶予期間をおいて建物を明け渡す、という裁判上の和解、つまり、裁判の中で当事者が合意して結ぶ約束が、成立していました。この和解が、ここでの契約にあたります。賃借人が、戦災などで住宅事情が変わったことを理由に、事情変更で、この和解の拘束から離れられると争ったようです。判決の一文です。

判例最判昭29・2・12 民集8巻2号448頁

事情変更の一般論と、適用の否定 いわゆる事情の変更により契約当事者に契約解除權を認めるがためには、事情の変更が信義衡平上当事者を該契約によつて拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要するものと解すべきであつて、その事情の変更は客觀的に觀察せられなければならないことは所論のとおりであるけれども、本件において契約締結の当時と原審口頭弁論終結の時との間に戦災等のため、原審認定のような、住宅事情の相違があるからといつて、本件和解につき直ちに上告人の解除權を容認しなければならない信義衡平上の必要があるものとはみとめられない。

建物賃貸借の和解をめぐる事件。判示=解除権を認めるには、事情の変更が信義衡平上、当事者を契約によって拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要し、その事情の変更は客観的に観察されなければならない。結論=適用は否定(上告棄却)。 図:建物賃貸借の和解をめぐる事件

  • 判示=解除権を認めるには、事情の変更が信義衡平上、当事者を契約によって拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要し、その事情の変更は客観的に観察されなければならない
  • 結論=適用は否定(上告棄却)

前半は、一般論です。事情変更を理由に解除権を認めるには、事情の変更が、信義衡平上、当事者を契約によって拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要する。信義衡平は、先ほど見た、信義則と公平を合わせた言葉です。そして、その事情の変更は、客観的に観察されなければなりません。本人が困ったかどうかではなく、世の中の事情として変わったかを、外から見る、ということです。後半が、その事件の結論です。契約を結んだ当時から、裁判の審理が終わる時までの間に、戦災などで住宅事情が変わったからといって、直ちに解除権を容認すべき信義衡平上の必要があるとは認められない。適用は否定されました。戦災という、大きな社会の変化でさえ、足りなかったのです。物差しは、変化の大きさそのものではありません。その契約に縛り続けることが、著しく不当かどうかです。判決は、足りない理由を、これ以上は書いていません。こちらの説明で補うと、こうです。明け渡すという約束は、住まいが見つけにくくなったときほど、守るのが重くなります。重くなったから解く、を認めれば、約束の意味がなくなります。値上がりしたからやめます、が通らないのと、同じ形です。切り分けを1つ。この判決は、事情変更で解除権を認める場面があることを前提にした一般論を述べ、そのうえで、当てはめで絞りました。一般論は、賃借人の側が主張した物差しを、そのとおりだ、と受ける形で書かれています。物差しは認めたうえで、この事件では解除を認めなかったのです。

柱2——最高裁が言ったこと、2つめ

ゴルフ場の事件。A=最初の経営会社(会員契約を結び、ゴルフ場を造成した)、B=会員たち、C=その次に営業を譲り受けた会社、D=いま営業している会社。A→B 会員契約。A→C→D 営業が引き継がれた。判断の基準=契約を結んだ当時の当事者であるA。 図:ゴルフ場の事件

  • A=最初の経営会社(会員契約を結び、ゴルフ場を造成した)、B=会員たち、C=その次に営業を譲り受けた会社、D=いま営業している会社
  • A→B 会員契約
  • A→C→D 営業が引き継がれた
  • 判断の基準=契約を結んだ当時の当事者であるA

2つめは、ゴルフ場の事件の判決です。登場する会社が3つあるので、役の名前で呼びます。会員契約を結んで、ゴルフ場を造成した、最初の経営会社。その次に営業を譲り受けた会社。そして、いま営業している会社です。ゴルフ場の会員たちが、いま営業している会社に、会員の資格があることの確認を求めました。資格の中身は、預けたお金の返還を求める権利、会員権を譲る権利、そして施設を優先して優待条件で使う権利です。会社側は、この優先して使う権利については、事情変更の原則か、権利の濫用で認められない、と主張しました。会員たちの権利の中身の一部を、なくそうとする主張です。

ゴルフ場の事件。事案=開業以来、のり面の崩壊がたびたび起き、全面閉鎖して約130億円で改良工事。会員たちは、改良後の施設を使うために新たな預託金などを負担することを拒んだ。原審=事情変更の原則を適用して会員の請求を棄却。最高裁=破棄して会員の請求を認めた。 図:ゴルフ場の事件

  • 事案=開業以来、のり面の崩壊がたびたび起き、全面閉鎖して約130億円で改良工事
  • 会員たちは、改良後の施設を使うために新たな預託金などを負担することを拒んだ
  • 原審=事情変更の原則を適用して会員の請求を棄却
  • 最高裁=破棄して会員の請求を認めた

ゴルフ場は、谷筋を埋めた盛土の施工不良などで、開業以来、のり面、つまり、土を盛ったり削ったりして出来た斜面の崩壊が、たびたび起きました。崩壊で営業ができなくなり、全面閉鎖して、約130億円をかけて改良工事をしました。会員たちは、改良工事後の施設を使うために、新たな預託金などの負担をすることを拒みました。原審、つまり最高裁の1つ前の裁判所は、事情変更の原則を適用して、会員たちの請求を棄却しました。最高裁は、この判断を是認できないとして破棄し、会員たちの請求を認めた第一審の判断が正しいとしました。理由は2段です。1段目は、適用するための条件の話です。判決は、帰責事由と書きます。責めに帰することができない事由、つまり、本人の責任と評価される事情が無いことです。

判例最判平9・7・1 民集51巻6号2452頁

事情変更の法理の適用に必要なこと 事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要であり、かつ、右の予見可能性や帰責事由の存否は、契約上の地位の譲渡があった場合においても、契約締結当時の契約当事者についてこれを判断すべきである。

判決は、契約締結後の事情の変更、つまり、のり面の崩壊と防災措置の必要があったことは、認めています。そのうえで、事情変更の原則を適用するには、その変更が、当事者にとって予見できず、しかも、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたことが必要だ、と言います。

ゴルフ場の事件。判断の基準=契約を結んだ当時の当事者であるA。 図:ゴルフ場の事件。判断の基準=契約を結んだ当時の当事者であるA。

そして、予見できたかどうかは、契約上の地位が譲り渡された場合でも、契約を結んだ当時の当事者について判断します。この事件では、最初の経営会社です。原審は、その次に営業を譲り受けた会社の予見可能性しか見ておらず、この点で是認できないとされました。なぜ、結んだ当時の当事者なのか。危険をどう配るかは、契約を結ぶ時に決まるからです。後から地位を譲り受けた会社で見てよいなら、譲り渡すだけで、予見できなかった、と言えてしまいます。ここは、こちらの説明です。2段目は、当てはめの一般論です。

判例最判平9・7・1 民集51巻6号2452頁

造成地の崩壊と、予見可能性・帰責事由 一般に、事情変更の原則の適用に関していえば、自然の地形を変更しゴルフ場を造成するゴルフ場経営会社は、特段の事情のない限り、ゴルフ場ののり面に崩壊が生じ得ることについて予見不可能であったとはいえず、また、これについて帰責事由がなかったということもできない。

自然の地形を変えてゴルフ場を造る会社は、特段の事情がない限り、のり面の崩壊が生じることを、予見できなかったとは言えず、責めに帰することができない、とも言えません。判決が挙げる理由は、自然の地形に手を加えて建設した施設は、将来にわたって災害が生じる可能性を否定できず、防災措置が必要になることも、全く予見できない事柄とはいえない、ということです。ここでも、法理を適用する道は閉じられました。

柱2——判決が述べたことと、述べていないこと

2つの判決が述べたことと述べていないこと。建物賃貸借の事件=述べたこと(一般論として、拘束が著しく不当と認められる場合であることを要し、事情の変更は客観的に観察される。その事件では適用を否定)。ゴルフ場の事件=述べたこと(予見できず責めに帰することのできない事由による変更が必要。判断は契約締結当時の当事者。その事件では適用を否定)。述べていないこと=4つの要件を並べること/契約内容の改訂を認めること/扉が狭い理由。 図:2つの判決が述べたことと述べていないこと

  • 建物賃貸借の事件=述べたこと(一般論として、拘束が著しく不当と認められる場合であることを要し、事情の変更は客観的に観察される。その事件では適用を否定)
  • ゴルフ場の事件=述べたこと(予見できず責めに帰することのできない事由による変更が必要。判断は契約締結当時の当事者。その事件では適用を否定)
  • 述べていないこと=4つの要件を並べること/契約内容の改訂を認めること/扉が狭い理由

根拠の札の線引きをします。ゴルフ場の判決が言ったのは、予見できないこと、責めに帰することができない事由によること、この2つが必要だ、というところまでです。このあと見る要件の骨格は4つありますが、その4つを並べた判決ではありません。法務省の資料も、この判決は、必要な範囲で要件の一部を示したものにすぎない、という指摘を載せています。ほかにも、判決が言っていないことがあります。契約内容の改訂を認めたわけではありません。ゴルフ場の事件は、法務省の審議資料が契約内容の改訂の否定例に分類する事案ですが、最高裁は適用自体を認めませんでした。そして、なぜ扉が狭いのか、その理由を語ってもいません。ここから先は、判例の札では言えず、こちらの説明になります。なぜ、ここまで線を引くのか。答案で、判例は、と書けるのは、判決文にあることだけだからです。最高裁は法理を前提にしている、とは書けます。4つを並べて示した、改訂を認めた、と書けば、言い過ぎになります。

最高裁・大審院・下級審。建物賃貸借の事件=適用を否定。ゴルフ場の事件=適用を否定。大審院=事情変更を理由に解除を認めた例が1件(大判昭19・12・6 民集23巻613頁)。下級審=適用を肯定した例がある(東京高判昭30・8・26、10年前に決めた代金に比べて時価が桁違いに上がった事案で解除を認めた)。最高裁が適用を肯定した例は、法務省が判例を整理した2013年の時点で、無いと整理されていた。 図:最高裁・大審院・下級審

  • 建物賃貸借の事件=適用を否定
  • ゴルフ場の事件=適用を否定
  • 大審院=事情変更を理由に解除を認めた例が1件(大判昭19・12・6 民集23巻613頁)
  • 下級審=適用を肯定した例がある(東京高判昭30・8・26、10年前に決めた代金に比べて時価が桁違いに上がった事案で解除を認めた)
  • 最高裁が適用を肯定した例は、法務省が判例を整理した2013年の時点で、無いと整理されていた

最高裁の姿勢を、全体で見ます。法務省が、民法改正の審議のために判例を整理した2013年の時点で、最高裁の判例には、事情変更の法理の適用を肯定したものは無い、と整理されていました。のちの研究者の整理も、最上級審で解除が認められたのは、大審院時代の1件のみとしています。大審院とは、戦前の最上位の裁判所です。一方で、下級審、つまり最高裁より下の裁判所には、適用を肯定した例があります。たとえば、10年前に決めた代金に比べて、時価が桁違いに上がった事案で、解除を認めた裁判例が、法務省の資料に載っています。判決の言葉は、数百倍という異常の価格の騰貴、です。冒頭のA社の3倍とは、かなり距離があります。ここは、こちらの説明の見立てです。

柱3——要件の骨格

要件の骨格4つ。1 契約を結んだ後に、前提にしていた事情が変わった。2 その変更を、当事者が予見できなかった。3 その変更が、当事者の責めに帰することができない事由によるものだった。4 契約どおりに拘束することが、信義則に照らして著しく不当。条文の要件ではない=判例と学説・実務で立てた物差し。 図:要件の骨格4つ

  • 1 契約を結んだ後に、前提にしていた事情が変わった
  • 2 その変更を、当事者が予見できなかった
  • 3 その変更が、当事者の責めに帰することができない事由によるものだった
  • 4 契約どおりに拘束することが、信義則に照らして著しく不当
  • 条文の要件ではない=判例と学説・実務で立てた物差し

3つめの柱です。2つの判決をふまえて、要件の骨格を組み立てます。条文の要件ではありません。判例と、学説、実務で立てた物差しです。4つあります。1つめ、契約を結んだ後に、前提にしていた事情が変わったこと。2つめ、その変更を、当事者が予見できなかったこと。3つめ、その変更が、当事者の責めに帰することができない事由によること。4つめ、契約どおりに拘束することが、信義則に照らして著しく不当なことです。

4つの要件と、根拠の札。1 事情が変わった=学説・実務の整理(ゴルフ場の判決も、事情の変更があったと認めたうえで2と3を判断した)。2 予見できなかった=判例(ゴルフ場の判決)。3 責めに帰することができない事由=判例(ゴルフ場の判決)。4 著しく不当=判例(建物賃貸借の判決。判決の言葉は「信義衡平上…著しく不当」)。4つをセットにした整理=学説・実務の整理。 図:4つの要件と、根拠の札

  • 1 事情が変わった=学説・実務の整理(ゴルフ場の判決も、事情の変更があったと認めたうえで2と3を判断した)
  • 2 予見できなかった=判例(ゴルフ場の判決)
  • 3 責めに帰することができない事由=判例(ゴルフ場の判決)
  • 4 著しく不当=判例(建物賃貸借の判決。判決の言葉は「信義衡平上…著しく不当」)
  • 4つをセットにした整理=学説・実務の整理

4つの物差しを、根拠の札ごとに言い分けます。2つめと3つめは、判例の札で、ゴルフ場の判決です。4つめも判例の札で、建物賃貸借の判決の一般論です。判決の言葉は、信義衡平上、著しく不当、です。1つめは、学説と実務の整理です。ゴルフ場の判決は、事情の変更があったことを認めたうえで、2つめと3つめを判断しました。そして、この4つをセットにした整理は、学説と実務の整理の札です。法務省の資料も、一般にこのように整理されていて、判例も古くからこれらを前提に判断を重ねているとされる、と書いています。4つめの、著しく不当、は、一般に3つの典型に整理されます。給付と反対給付、つまり、渡す物と払う代金の釣り合いが崩れる、等価関係の破壊。戦争や大災害で、履行が経済的に著しく困難になる、経済的不能。できなくなったのではなく、できるけれど、けた外れに費用がかかる、という型です。そして、契約を結んだ目的が達成できなくなる、契約目的の到達不能。たとえば、催しを見るために部屋を借りたのに、催しそのものが中止になった場合が、この型で想定される場面です。ただし、借りた人が一方的に催しを目当てにしていただけでは、事情変更に当たらないと整理されています。これは学説の整理で、名前と当てはめだけ押さえます。A社の設例は、1つめの型に当たると、こちらは見ます。

効果の札。解除=判例が前提にしている(建物賃貸借の判決は「解除権」)+学説。契約内容の改訂=学説・下級審(最高裁が認めた例は無い。反対する学説もある。条文に書くことには特に反対が強かった)。再交渉請求権=学説の一部(解除や改訂の前に、話し合いのやり直しを求める権利。名前だけ)。 図:効果の札

  • 解除=判例が前提にしている(建物賃貸借の判決は「解除権」)+学説
  • 契約内容の改訂=学説・下級審(最高裁が認めた例は無い。反対する学説もある。条文に書くことには特に反対が強かった)
  • 再交渉請求権=学説の一部(解除や改訂の前に、話し合いのやり直しを求める権利。名前だけ)

効果にも、根拠の札があります。解除は、建物賃貸借の判決が解除権と言っていて、判例が前提にしています。契約内容の改訂は、学説の札です。下級審には認めた例がありますが、最高裁が認めた例はありません。反対する学説もあり、改訂を条文に書くことには、審議でも特に反対が強かったと、法務省の資料にあります。もう1つ、再交渉請求権があります。解除や改訂の前に、話し合いのやり直しを相手に求める権利で、学説の一部が唱えます。今日は名前の紹介までです。

柱3——設例に4つを当てはめる

設例への当てはめ。1 事情が変わった=ある(小麦の値上がり)。2 予見できなかった=言いにくい(小麦の値段は日々動く。10年の固定価格を選ぶ人は値動きを織り込める。判断は契約を結んだ当時のA社について)。 図:設例への当てはめ

  • 1 事情が変わった=ある(小麦の値上がり)
  • 2 予見できなかった=言いにくい(小麦の値段は日々動く。10年の固定価格を選ぶ人は値動きを織り込める。判断は契約を結んだ当時のA社について)

冒頭のA社に、4つを当てはめます。その前に、問いです。A社は、10年の固定価格で売ると約束しました。小麦が値上がりしたとき、その危険は、この約束のなかで、誰が引き受けたことになるでしょう?値上がりの危険は、A社が引き受けたことになると思います。その見方を、順に4つに当てます。ここからは、こちらの説明の札です。1つめの、事情の変更は、あります。小麦の値上がりです。2つめ、予見できなかった、とは言いにくい。小麦の値段は日々動くもので、10年の固定価格を選ぶ人は、値動きを織り込めます。しかも、予見できたかどうかは、契約を結んだ当時のA社について判断します。

設例への当てはめ。3 責めに帰することができない事由=言いにくい(固定価格で売ると約束した以上、値上がりの危険はAが引き受けた約束と見られる)。4 著しく不当=言いにくい(固定価格は値上がりも値下がりも約束どおりで配ったリスクの分け方。備えたければ価格を調整する条項を入れられた)。結論=認められる可能性はきわめて低い。 図:設例への当てはめ

  • 3 責めに帰することができない事由=言いにくい(固定価格で売ると約束した以上、値上がりの危険はAが引き受けた約束と見られる)
  • 4 著しく不当=言いにくい(固定価格は値上がりも値下がりも約束どおりで配ったリスクの分け方。備えたければ価格を調整する条項を入れられた)
  • 結論=認められる可能性はきわめて低い

3つめ、責めに帰することができない事由、とも言いにくい。固定価格で売ると約束した以上、値上がりの危険は、A社が引き受けた約束と見られます。契約で何を引き受けたかを見る点は、債務不履行の責任を見たときと似ています。ただし、事情変更で求められる、予見できず責めに帰することができない、は、債務不履行の場合より厳しいものと整理されています。4つめ、著しく不当、とも言いにくい。固定価格は、値上がりも値下がりも、約束どおりで配ったリスクの分け方です。備えたければ、小麦の値段に合わせて売値を調整する条項を、契約に入れることもできました。入れずに結んだ以上、そのリスクは、結んだ人が負います。調整する条項を入れていた場合も、値動きは予見されたリスクとして、法理は適用されないと整理されています。結論は、認められる可能性は、きわめて低い。解除も、値段の改訂もです。法理そのものは在ります。最高裁は、法理を前提にして、当てはめをしてきました。ただし扉は狭く、赤字になるだけでは足りないのです。

柱3——なぜ扉は狭いのか

なぜ扉は狭いのか。契約が守られる=後で事情が変わっても、相手は約束どおり動くと信じられるから。事情次第で抜けられるなら→約束が約束でなくなる→契約の拘束力が空になる。だから例外中の例外。札=こちらの説明(判決はこの理由を語っていない)。審議の懸念(2013年・法務省の資料)=明文にすると濫用的な主張を誘発する。原則と例外が逆転するおそれ。 図:なぜ扉は狭いのか

  • 契約が守られる=後で事情が変わっても、相手は約束どおり動くと信じられるから
  • 事情次第で抜けられるなら→約束が約束でなくなる→契約の拘束力が空になる
  • だから例外中の例外
  • 札=こちらの説明(判決はこの理由を語っていない)
  • 審議の懸念(2013年・法務省の資料)=明文にすると濫用的な主張を誘発する
  • 原則と例外が逆転するおそれ

背骨に戻ります。契約が守られるのは、後で事情が変わっても、相手は約束どおり動く、と信じられるからです。大きな事情の変化があれば抜けられるなら、約束は、事情次第で破れるものになります。契約の拘束力が、空っぽになってしまうのです。だから、例外中の例外なのです。A社とB社で言えば、こうです。小麦が値下がりした年は、B社が高い値段で買い続けます。値上がりした年だけA社が抜けられるなら、B社は、損な年だけを引き受けることになります。それでは、10年の固定価格を約束した意味がありません。ここは、こちらの説明の札です。判決が、この理由を語っているわけではありません。ただ、民法改正の審議でも、明文にすると、濫用的な主張を誘発する、原則と例外が逆転するおそれがある、という懸念が示されました。試験での扱いにも触れます。事情変更の法理を適用して結論を出す答案は、通常は想定しにくいと、こちらは整理します。ただ、論文で論点になりうる所です。また、今日の4つは、判例と学説で立てた規範です。次に出てくる錯誤や履行不能などは、条文どおりの成立要件です。この違いは意識してください。

隣の制度との分け目

分け目の2つの軸。(a) その事情は、契約を結ぶ時に既にあったか、後から生じたか。(b) 約束した履行は、まだできるか、社会通念上できなくなったか。履行は物理的にではなく、社会通念上できるかで見る。軸の外=契約不適合(渡された物が、約束の中身に合わない)。 図:分け目の2つの軸

  • (a) その事情は、契約を結ぶ時に既にあったか、後から生じたか
  • (b) 約束した履行は、まだできるか、社会通念上できなくなったか
  • 履行は物理的にではなく、社会通念上できるかで見る
  • 軸の外=契約不適合(渡された物が、約束の中身に合わない)

最後に、隣の制度との分け目を練習します。契約をめぐる食い違いには、道具が複数あります。分け目の軸は2つです。1つめ、その事情は、契約を結ぶ時に既にあったのか、後から生じたのか。2つめ、約束した履行は、まだできるのか、できなくなったのか。ここでの、できる、できない、は、物理的にではなく、社会通念上でみます。軸の外に、もう1つあります。契約不適合です。履行はされたけれど、渡された物が、約束の中身に合わない、という話で、事情が変わった話ではありません。

2つの軸の表。契約の時から×履行はできる=錯誤(結ぶ時点の認識が事実と食い違っていた→取消し)。契約の時から×履行ができなくなった=原始的不能(契約の時に既に不能でも契約は有効・賠償)。契約の後に×履行はできる=事情変更の法理(履行はできるが釣り合いが著しく崩れた。最後の手段。条文が個別に受けている場合はそちらが先)。契約の後に×履行ができなくなった=履行不能→双方に責めがなければ、債権者は反対給付を拒める(危険負担)。典型の分け目。 図:2つの軸の表

  • 契約の時から×履行はできる=錯誤(結ぶ時点の認識が事実と食い違っていた→取消し)
  • 契約の時から×履行ができなくなった=原始的不能(契約の時に既に不能でも契約は有効・賠償)
  • 契約の後に×履行はできる=事情変更の法理(履行はできるが釣り合いが著しく崩れた。最後の手段。条文が個別に受けている場合はそちらが先)
  • 契約の後に×履行ができなくなった=履行不能→双方に責めがなければ、債権者は反対給付を拒める(危険負担)
  • 典型の分け目

2つの軸を掛け合わせると、四つになります。契約の時から、履行はできるのが、錯誤です。契約を結ぶ時点の認識が、事実と食い違っていた話です。前に見た、基礎事情の錯誤で、思い込みが事実と違ったまま結んだので、取り消せるかが問題になります。契約の時から、既に履行ができないのが、原始的不能です。この場合でも契約は有効です。不能になったのが契約の前か後かは、たまたまの違いだからです。あとは債務不履行として、渡せなかった側の賠償が問題になります。契約の後で、履行ができなくなったのが、履行不能です。双方に責めがなければ、債権者、つまり、物を受け取るはずだった側は、反対給付、売買なら代金の支払を、拒むことができます。前に条文を読んだ、民法536条1項で、これが危険負担です。受け取れないのに代金だけ払うのは、釣り合わないからです。そして、契約の後で、履行はできるけれど、釣り合いが著しく崩れたとき。ほかの3つには、条文が用意した道具があります。その道具が無いここだけが、事情変更の法理の出番で、いわば最後の手段です。この位置づけは、こちらの説明です。一つ注意です。将来の見通しが外れただけなら、契約を結んだ時の事実の認識は、誤っていません。ですから、ふつうは錯誤の問題になりません。ここは、こちらの説明です。また、履行不能を社会通念上の不能まで広げて読むと、事情変更の事案と重なりうる、とも指摘されています。この表は、典型の分け目です。

練習問題1。C が D 画廊から、画家の1点ものの絵画を買う契約をした。引渡しの前日に、画廊の隣の美術館の火災のもらい火で、絵画が焼失した。C にも D 画廊にも落ち度は無い。問い=使う道具は何か。 図:練習問題1

  • 引渡しの前日に、画廊の隣の美術館の火災のもらい火で、絵画が焼失した
  • C にも D 画廊にも落ち度は無い
  • 問い=使う道具は何か

練習です。答えは、そのつど言います。問1です。Cさんは、D画廊から、画家の1点ものの絵画を買う契約をしました。引渡しの前日に、画廊の隣の美術館の火災のもらい火で、絵画が焼失しました。Cさんにも、D画廊にも、落ち度はありません。どの道具で考えますか?この事例は、履行不能です。事情変更の法理ではありません。決め手は、約束した履行そのものが、できなくなったことです。Cさんは引渡しを請求できません。そして、双方に責めがないので、代金の支払を拒むことができます。この代金の話が、危険負担です。条文が用意した道が、先にあるのです。

練習問題2。E が F 農園から、ブドウ畑を買う契約をした。契約の席で、E は「有機認証つきのブドウを作りたいので、この畑を買う」と話した。実は、契約の時点で、畑の有機認証は既に失効していた。E も F も知らなかった。問い=使う道具は何か。 図:練習問題2

  • E が F 農園から、ブドウ畑を買う契約をした
  • 契約の席で、E は「有機認証つきのブドウを作りたいので、この畑を買う」と話した
  • 実は、契約の時点で、畑の有機認証は既に失効していた
  • E も F も知らなかった
  • 問い=使う道具は何か

問2です。Eさんは、F農園から、ブドウ畑を買う契約をしました。契約の席で、Eさんは、有機認証つきのブドウを作りたいので、この畑を買う、と話しました。ところが、契約の時点で、畑の有機認証は、すでに失効していました。EさんもF農園も、知りませんでした。どの道具ですか?基礎事情の錯誤で、取り消せる可能性があります。買う理由を契約の席で話していたので、その事情が契約の基礎とされていることが、表示されていた、といえそうだからです。重要性などの要件も満たす、という前提です。事情変更の法理ではありません。決め手は、事情の食い違いが、契約を結ぶ前に、すでにあったことです。後から世の中が変わった話ではないのです。

練習問題3。G 社が H から倉庫(建物)を、月額の借賃を決めて借りた。契約の後、周辺の倉庫の借賃の相場が大きく下がった。G 社は、約束の借賃が高すぎると感じる。問い=使う道具は何か。 図:練習問題3

  • G 社が H から倉庫(建物)を、月額の借賃を決めて借りた
  • 契約の後、周辺の倉庫の借賃の相場が大きく下がった
  • G 社は、約束の借賃が高すぎると感じる
  • 問い=使う道具は何か

問3です。G社は、Hから倉庫を、月額の借賃を決めて借りました。契約の後、周辺の倉庫の借賃の相場が、大きく下がりました。G社は、約束の借賃が高すぎると感じています。どの道具で考えますか?相場が下がった場面は、法理の出番に見えますが、先に使う道が別にあります。借地借家法32条1項の、借賃の減額請求です。契約の条件にかかわらず、将来に向かって、請求できます。後から事情が変わり、履行はできるけれど釣り合いを欠く、という点は、事情変更と似ています。けれども、条文が個別に道を用意しています。ですから、法理に頼る前に、条文の道を使います。危険負担と契約不適合の中身は、この先の回で扱います。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 事情変更の法理=契約は守るという原則の例外。条文は無く、根拠は信義則(学説・実務の整理)。借地借家法32条は、条文が個別に受けた例/2 最高裁の2つの判決=一般論を述べて適用を否定、予見できず責めに帰することのできない事由が必要と述べて適用を否定(判例)。最高裁の適用例は、2013年の整理の時点で無い 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 事情変更の法理=契約は守るという原則の例外
  • 条文は無く、根拠は信義則(学説・実務の整理)
  • 借地借家法32条は、条文が個別に受けた例/2 最高裁の2つの判決=一般論を述べて適用を否定、予見できず責めに帰することのできない事由が必要と述べて適用を否定(判例)
  • 最高裁の適用例は、2013年の整理の時点で無い

3つの柱で整理します。1つめ、事情変更の法理は、契約は守るという原則の例外です。民法に条文は無く、根拠は信義則です。これは学説と実務の整理の札です。借地借家法32条は、条文が個別に事情の変化を受けた例でした。2つめ、最高裁の2つの判決は、どちらも法理を前提にしながら、適用を否定しました。建物賃貸借の判決は、拘束が著しく不当と認められることを要する、と述べました。ゴルフ場の判決は、予見できず、責めに帰することができない事由による変更が必要だと述べました。これは判例の札です。最高裁の適用例は、2013年の整理の時点で無い、というのが、法務省の整理です。

今日のまとめ。3つの柱=3 要件の骨格4つと効果(解除・改訂)。扉が狭いのは、契約の拘束力が空になるから。分け目=契約の時の食い違いは錯誤/後から履行できなくなったら履行不能と危険負担/後から履行はできるが釣り合いを欠く場合が事情変更の法理/渡された物が約束と違うのは契約不適合 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=3 要件の骨格4つと効果(解除・改訂)
  • 扉が狭いのは、契約の拘束力が空になるから
  • 分け目=契約の時の食い違いは錯誤/後から履行できなくなったら履行不能と危険負担/後から履行はできるが釣り合いを欠く場合が事情変更の法理/渡された物が約束と違うのは契約不適合

3つめ、要件の骨格は4つ、効果は解除と契約内容の改訂です。扉が狭いのは、事情次第で抜けられるなら、契約の拘束力が空っぽになるからです。隣の制度との分け目は、契約の時の食い違いなら錯誤、後から履行できなくなったなら履行不能と危険負担、後から履行はできるが釣り合いが著しく崩れたなら事情変更の法理、渡された物が約束と違うなら契約不適合でした。冒頭の問いに戻ります。A社は、契約をやめられるか。値段を変えてもらえるか。小麦の値上がりという事情の変更はあります。けれども、小麦の値動きは織り込めるはずで、固定価格で売ると約束した以上、値上がりの危険はA社が引き受けました。4つの要件のうち、予見できなかった、責めに帰することができない、著しく不当、のどれも示しにくく、認められる可能性は、きわめて低いのです。契約は守られなければならない。それでも拘束を解く場面は、信義則が決める。だから、その扉はきわめて狭い。

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#228単独ページ動画

契約の成立と申込みの効力

第5章 契約 #228/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「売ります」と言ってしまったら

冒頭の設例の時系列。A(申込みをした人・売る側)、B(申込みを受けた人)、C(後から現れた高値の買い手)。1 月の初め、AはBにメールで「今月末までに返事をくれれば、100万円で売ります」と送る。品物は使わなくなった中古の業務用コーヒー焙煎機。2 翌日、Cが「120万円出す」と言ってくる。3 問い=AはBに「あの話は無かったことに」と送れるか。Bが月末までに「買います」と返したらどうなるか。 図:冒頭の設例の時系列

  • A(申込みをした人・売る側)、B(申込みを受けた人)、C(後から現れた高値の買い手)
  • 1 月の初め、AはBにメールで「今月末までに返事をくれれば、100万円で売ります」と送る
  • 品物は使わなくなった中古の業務用コーヒー焙煎機
  • 2 翌日、Cが「120万円出す」と言ってくる
  • 3 問い=AはBに「あの話は無かったことに」と送れるか
  • Bが月末までに「買います」と返したらどうなるか

先に、答えの方向を言います。Aは、この申込みを引っ込めること、つまり撤回が、できません。そしてBの承諾が期限内にAに届けば、契約は成立します。AがそのあとCに売って、Bに引き渡せなくなれば、Bに対する債務不履行になります。理由は、本編で積み上げます。条文の言葉との対応を置いておきます。条文は、申込みをした人を申込者、その相手を相手方と書きます。この設例では、申込者がAで、相手方がBです。最後まで、この3人で通します。そして条件を、1つずつ変えます。期限を付けなかったら。電話で話していたら。Aが亡くなったら。結論がどう動くかを、条文で追います。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=契約を結ぶ前の段階→契約が成立する瞬間と、申込みの効力。背骨=契約は、申込みに承諾が届いた時に成る。その手前で、申込みはいつまで引っ込められず、いつまで生きているのか。3つの柱=1 契約の成立(申込みと申込みの誘引の区別を含む)/2 申込みの効力(承諾期間あり・なし・対話者)/3 申込者が亡くなったら。そのあとに、似た事例の分け目を練習する。 図:今日の地図

  • 位置=契約を結ぶ前の段階→契約が成立する瞬間と、申込みの効力
  • 背骨=契約は、申込みに承諾が届いた時に成る。その手前で、申込みはいつまで引っ込められず、いつまで生きているのか
  • 3つの柱=1 契約の成立(申込みと申込みの誘引の区別を含む)/2 申込みの効力(承諾期間あり・なし・対話者)/3 申込者が亡くなったら
  • そのあとに、似た事例の分け目を練習する

位置づけです。契約を結ぶ前の話は、これまで見てきました。今日は、契約が成立する瞬間と、成立の手前で申込みがどう扱われるかの話です。契約は、申込みと承諾という2つの意思表示でできている、という点は、意思表示の総論で見たとおりです。

今日の背骨は、この一文です。契約は、申込みに承諾が届いた時に成る。その手前で、申込みは、いつまで引っ込められず、いつまで生きているのか。条文は、場面ごとに答えを置いています。

柱は3つです。1つめ、契約の成立。申込みと、申込みの誘引の区別も入ります。2つめ、申込みの効力。承諾期間があるとき、ないとき、相手が、対話者のときの3場面です。3つめ、申込者が亡くなったらどうなるか。柱のあとに、似た事例を3問、練習します。

今日も、言えることを、根拠の札を貼るように言い分けます。根拠の札は4枚です。条文、判例、学説、こちらの説明。意味は、使う場面の直前で、一言ずつ確認します。ただし判例の札は、今日は出番がありません。今日は、条文が主役です。

柱1——申込みと承諾、そして成立の時

契約の成立と、申込みの定義。契約=申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立する(522条1項)。申込み=契約の内容を示して、その締結を申し入れる意思表示(条文の括弧書き)。承諾=それに応じる意思表示(こちらの説明)。設例=Aのメール(物=焙煎機、値段=100万円、相手=B、返事の期限)が申込み。Bの「買います」が承諾。 図:契約の成立と、申込みの定義

  • 契約=申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立する(522条1項)
  • 申込み=契約の内容を示して、その締結を申し入れる意思表示(条文の括弧書き)
  • 承諾=それに応じる意思表示(こちらの説明)
  • 設例=Aのメール(物=焙煎機、値段=100万円、相手=B、返事の期限)が申込み
  • Bの「買います」が承諾

1つめの柱です。まず、根拠の札の1枚めを確認します。条文とは、法律に書いてあることです。今日の山場は、ほとんどが条文の札で話せます。契約の成立を定めた条文は、これです。

条文民法522条

民法第522条(契約の成立と方式) 1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。 2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

1項を読みます。契約は、申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立する。そして括弧書きが、申込みの定義になっています。契約の内容を示して、その締結を申し入れる意思表示。これが申込みです。2項の方式の自由は、契約自由の話で読んだので、今日は繰り返しません。申込みの中身は、承諾の一言だけで契約が成り立つ程度に示されていれば足りる、と読めます。承諾の側は、条文が定義を書いていません。ここは、こちらの説明の札です。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことです。承諾とは、その申込みに応じる意思表示、と整理します。設例に当てはめます。Aのメールには、物が焙煎機であること、値段が100万円であること、相手がBであること、返事の期限が月末であることが、書かれています。Bが「買います」と言えば、それだけで成り立つ中身です。だから申込みです。Bの「買います」が、承諾です。

柱1——契約はいつ成立するのか

成立の時。Bが「買います」と送信した時では成立しない。その承諾の通知がAに届いた時に成立する。承諾も意思表示=97条1項(意思表示は、その通知が相手方に到達した時から効力を生ずる)が及ぶ。メールが途中で消えてAに届かなければ、契約は成立しない。 図:成立の時

  • Bが「買います」と送信した時では成立しない
  • その承諾の通知がAに届いた時に成立する
  • 承諾も意思表示=97条1項(意思表示は、その通知が相手方に到達した時から効力を生ずる)が及ぶ
  • メールが途中で消えてAに届かなければ、契約は成立しない

ここで、総則で学んだことを思い出してください。意思表示は、いつ効力を生じるのでしたか?相手方に到達した時、でした。97条1項の規定です。承諾も、1つの意思表示です。ですから、この規定が及びます。承諾の通知が、申込者であるAに届いた時に、契約は成立します。Bが「買います」と送信した時ではありません。送信しても、メールが途中で消えて、Aに届かなければ、契約は成立しません。なぜ届いた時なのでしょうか。申込みを出したAが、承諾が来たかどうかを知らないまま、成立したことにされると、Aは、買い手が決まったのかどうか、分からなくなってしまいます。到達で区切るのは、そのためです。承諾の効力が生じる時期について、もう少し詳しい話は、承諾の側の話として、あとで改めて扱います。今日は、届いた時に成立する、というところまでです。

柱1——合致は外から見て足りる

合致は外から見た合致で足りる(こちらの説明)。申込みと承諾が合っているかは、表に出た意思表示の中身で見る。内心の気持ちまで一致している必要はない。内心と表示がずれていたら、成立の問題ではなく錯誤の問題。例=メールに書かれた機種を別の機種と思い込んで「買います」と送ったB。 図:合致は外から見た合致で足りる

  • こちらの説明
  • 申込みと承諾が合っているかは、表に出た意思表示の中身で見る。内心の気持ちまで一致している必要はない。内心と表示がずれていたら、成立の問題ではなく錯誤の問題。例=メールに書かれた機種を別の機種と思い込んで「買います」と送ったB。

申込みと承諾が合っているかどうかは、何を見て決めるのでしょう。ここは、こちらの説明の札です。おもてに出た意思表示の中身を、外から見て決めます。内心の気持ちまで、ぴったり重なっている必要はありません。相手の内心は、外からは見えないからです。Aが手がかりにできるのは、Bから届いた「買います」という言葉だけです。内心が合っていることまで求めると、契約が成立したのかどうかを、AもBも確かめられません。だから、おもてに出た言葉のほうで決めます。たとえば、Bが、メールに書かれた機種を、別の機種だと思い込んだまま、「買います」と送ったとします。おもてに出た中身は、申込みと承諾で合っています。ですから、契約は成立しています。そのうえで、Bの思い込みは、成立するかどうかの問題ではなく、錯誤で取り消せるかの問題になります。錯誤の要件は、すでに見たので、ここでは繰り返しません。

柱1——申込みと申込みの誘引

申込みと申込みの誘引の分け目。申込みの誘引=相手に申込みをさせようとする行為(学説の整理)。分け目1=承諾だけで成立させられる程度に内容が示されているか(条文の括弧書き+こちらの読み)。分け目2=相手方の個性が問題になるか、相手を選びたいか(学説の整理)。例=求人広告、貸家の入居者募集(誘引)。 図:申込みと申込みの誘引の分け目

  • 申込みの誘引=相手に申込みをさせようとする行為(学説の整理)
  • 分け目1=承諾だけで成立させられる程度に内容が示されているか(条文の括弧書き+こちらの読み)
  • 分け目2=相手方の個性が問題になるか、相手を選びたいか(学説の整理)
  • 例=求人広告、貸家の入居者募集(誘引)

次に、似たものとの区別です。根拠の札の3枚めを確認します。学説とは、学者の整理のことです。その中で多くの支持を集めるものを、通説と呼びます。ここから先は、学説の札で話す所があります。申込みの誘引とは、相手に申込みをさせようとする行為です。それ自体は、申込みではありません。条文に、誘引という言葉は出てきません。学説の整理です。区別の軸は、2つあります。1つめは、承諾だけで成立させられる程度に、内容が示されているかどうかです。先ほどの522条1項の括弧書きの、契約の内容を示して、という言葉から導ける軸です。条文の言葉に、こちらの読みを足しています。2つめは、相手方の個性が問題になるかどうかです。誰が相手でもよいのか、相手を選んだうえで契約したいのか。相手を選びたいなら、はい、と言われただけで契約を成立させるつもりがある、とは言えません。この2つめは学説の整理で、条文に分け目の基準は書かれていません。

典型例と、設例への当てはめ。求人広告=応募した人が申込みをし、会社が採用を決めて承諾する。貸家・貸間の入居者募集=借り手を選びたい。設例=Aが広告に「焙煎機を手放します。希望の方はご連絡ください」とだけ出した場合は誘引。Bに宛てた「今月末までに返事をくれれば、100万円で売ります」は申込み。 図:典型例と、設例への当てはめ

  • 求人広告=応募した人が申込みをし、会社が採用を決めて承諾する
  • 貸家・貸間の入居者募集=借り手を選びたい
  • 設例=Aが広告に「焙煎機を手放します。希望の方はご連絡ください」とだけ出した場合は誘引
  • Bに宛てた「今月末までに返事をくれれば、100万円で売ります」は申込み

学説が典型として挙げるのは、求人広告です。応募者が誰でもよい会社は、ふつう無いので、広告は誘引です。応募した人が申込みをし、会社が採用を決めて承諾を伝える、という順になります。貸家や貸間の入居者募集も同じで、借り手を選びたいからです。設例で対比します。Aが、広告に「焙煎機を手放します。希望のかたはご連絡ください」とだけ出したなら、値段も相手も決まっていません。これは誘引です。Bが「買います」と返しても、Aは「いまの話は無かったことに」と言えます。これに対して、Bに宛てた「今月末までに返事をくれれば、100万円で売ります」は、相手が決まり、物と値段と期限が示されています。Bの承諾だけで成立するので、申込みです。ここは、こちらの当てはめです。

この区別の実益は、誘引なら、応じてきた人を断れる、という点にあります。契約を結ぶかどうか、誰と結ぶかを選ぶ自由が、残るのです。申込みにしてしまうと、誰が承諾しても、成立してしまいます。ここは、こちらの説明の札です。申込みか誘引かの区別は、条文に基準が無く、解釈になります。論文で論点になりうる所です。

柱2——申込みの効力、問いは2つ

柱2の問いは2つ。問1=申込みをした人は、撤回できるか。問2=相手は、いつまで承諾できるか(申込みはいつ効力を失うか)。撤回=到達した後の申込みを引っ込めること。場面は3つ=承諾期間の定めがある/承諾期間の定めがない/相手が対話者。 図:柱2の問いは2つ

  • 問1=申込みをした人は、撤回できるか
  • 問2=相手は、いつまで承諾できるか(申込みはいつ効力を失うか)
  • 撤回=到達した後の申込みを引っ込めること
  • 場面は3つ=承諾期間の定めがある/承諾期間の定めがない/相手が対話者

2つめの柱は、今日の山場です。問いを2つに割ります。問1、申込みをした人は、撤回できるか。問2、相手は、いつまで承諾できるのか。言い換えると、申込みは、いつ効力を失うのか。撤回という言葉の意味を、先に確認します。ここでの撤回は、すでに相手に届いた申込みを、引っ込めることです。到達の回で見た、届く前に止めるという撤回とは、場面が違います。取消しや無効とも、別のものです。そして場面は3つあります。承諾期間の定めがある申込み、ない申込み、そして相手が対話者の申込みです。承諾期間とは、条文でいう承諾の期間、つまり、いつまでに返事をください、という期限のことです。

柱2——承諾期間のある申込み

承諾期間のある申込み(523条)。1項=撤回できない。ただし、申込者が撤回をする権利を留保したときは別。留保=あらかじめ「状況次第では撤回する」と言っておくこと。2項=期間内に承諾の通知を受けなかったときは、効力を失う。受けなかった=届かなかった。 図:承諾期間のある申込み

  • 523条
  • 1項=撤回できない。ただし、申込者が撤回をする権利を留保したときは別。留保=あらかじめ「状況次第では撤回する」と言っておくこと。2項=期間内に承諾の通知を受けなかったときは、効力を失う。受けなかった=届かなかった。

まず、期限のある申込みです。冒頭の設例が、この場面です。条文はこれです。

条文民法523条

民法第523条(承諾の期間の定めのある申込み) 1 承諾の期間を定めてした申込みは、撤回することができない。ただし、申込者が撤回をする権利を留保したときは、この限りでない。 2 申込者が前項の申込みに対して同項の期間内に承諾の通知を受けなかったときは、その申込みは、その効力を失う。

1項を読みます。承諾の期間を定めてした申込みは、撤回することができない。ただし、申込者が撤回をする権利を留保したときは、この限りでない。留保とは、あらかじめ「状況次第では撤回します」と言っておくことです。

設例への当てはめ(承諾期間のある申込み)。留保を付けていれば=「それ以上の値段で買う人が出たら撤回します」と付けてあれば、Aは撤回できる。付けていなければ(冒頭の設例)=撤回できない。Aが「無かったことに」と送っても、その撤回は効力がない。Bが期限内に承諾を届ければ契約は成立する。そのあとAがCに引き渡してBに引き渡せなくなれば、Bに対する債務不履行。撤回できない理由=相手は期限まで考えてよいと信じて、調べたり資金を用意したりする。その信頼を守るため(こちらの説明)。 図:設例への当てはめ

  • 承諾期間のある申込み
  • 留保を付けていれば=「それ以上の値段で買う人が出たら撤回します」と付けてあれば、Aは撤回できる。付けていなければ(冒頭の設例)=撤回できない。Aが「無かったことに」と送っても、その撤回は効力がない。Bが期限内に承諾を届ければ契約は成立する。そのあとAがCに引き渡してBに引き渡せなくなれば、Bに対する債務不履行。撤回できない理由=相手は期限まで考えてよいと信じて、調べたり資金を用意したりする。その信頼を守るため(こちらの説明)。

設例に当てます。Aのメールに、「100万円で売ります。ただし、それ以上の値段で買う人が出たら撤回します」と付けてあれば、撤回できます。付けていなければ、撤回できません。ですから、冒頭の問いの答えが出ます。Aが「無かったことに」と送っても、その撤回は効力がありません。Bが期限内に承諾を届ければ、契約は成立します。そのあとAがCに引き渡してしまい、Bに引き渡せなくなれば、Bに対する債務不履行になります。期限つきの申込みを撤回できないのは、相手が、期限まで考えてよいと信じるからです。その間に、中身を調べたり、買うための資金を用意したりします。その信頼を守るためです。ここは、こちらの説明の札です。条文は、趣旨を書いていません。

523条2項。期間内に承諾の通知を受けなかったときは、申込みは効力を失う。受けなかった=申込者(A)に届かなかった。設例(期限は月末)=Bの承諾メールが月末までにAに届かなければ、申込みは効力を失う。期限を過ぎて届いた承諾は、契約を成立させない。遅れて届いた承諾の扱いは承諾の側の話。 図:523条2項

  • 期間内に承諾の通知を受けなかったときは、申込みは効力を失う
  • 受けなかった=申込者(A)に届かなかった
  • 設例(期限は月末)=Bの承諾メールが月末までにAに届かなければ、申込みは効力を失う
  • 期限を過ぎて届いた承諾は、契約を成立させない
  • 遅れて届いた承諾の扱いは承諾の側の話

2項は、期間内に承諾の通知を受けなかったときは、申込みが効力を失う、と定めています。受けなかった、とは、申込者に届かなかった、ということです。柱1の、届いた時に成立する、という話とつながります。期限が月末なら、Bの承諾メールが月末までにAに届かなければ、申込みは効力を失います。期限を過ぎて届いた承諾は、契約を成立させません。遅れて届いた承諾をどう扱うかは、承諾の側の話です。

柱2——承諾期間のない申込み

承諾期間のない申込み(525条1項)。設例の変種1=Aのメールに期限が付いていなかったら。条文=承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回できない。ただし、留保したときは別。相当な期間の中身(学説の整理)=Bが考える時間+Bの承諾の通知がAに届くまでに通常かかる時間。 図:承諾期間のない申込み

  • 525条1項
  • 設例の変種1=Aのメールに期限が付いていなかったら。条文=承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回できない。ただし、留保したときは別。相当な期間の中身(学説の整理)=Bが考える時間
  • Bの承諾の通知がAに届くまでに通常かかる時間。

設例を変えます。変種1、Aのメールに、期限が付いていなかったら、どうなるでしょう。条文はこれです。1項から3項まで、全部を見ます。

条文民法525条

民法第525条(承諾の期間の定めのない申込み) 1 承諾の期間を定めないでした申込みは、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回することができない。ただし、申込者が撤回をする権利を留保したときは、この限りでない。 2 対話者に対してした前項の申込みは、同項の規定にかかわらず、その対話が継続している間は、いつでも撤回することができる。 3 対話者に対してした第一項の申込みに対して対話が継続している間に申込者が承諾の通知を受けなかったときは、その申込みは、その効力を失う。ただし、申込者が対話の終了後もその申込みが効力を失わない旨を表示したときは、この限りでない。

まず1項です。承諾の期間を定めないでした申込みは、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回することができない。留保のただし書は、523条と同じ型です。期限が付いていなくても、相当な期間が過ぎるまでは、Aは撤回できません。

期限が無くても撤回できない理由(こちらの説明)。期限つきのときと同じ信頼が、Bにある。返事が届くまでは待ってもらえると考えて、焙煎機の状態を確かめたり、置き場所を考えたりする。期限が書いていないだけで、その信頼は育っている。だから相当な期間は撤回できない。 図:期限が無くても撤回できない理由

  • こちらの説明
  • 期限つきのときと同じ信頼が、Bにある。返事が届くまでは待ってもらえると考えて、焙煎機の状態を確かめたり、置き場所を考えたりする。期限が書いていないだけで、その信頼は育っている。だから相当な期間は撤回できない。

期限の無い申込みでも撤回が制限されるのは、期限つきのときと同じ信頼が、Bにあるからです。メールを受け取ったBは、返事が届くまでのあいだは待ってもらえると考えて、焙煎機の状態を確かめたり、置き場所を考えたりします。期限が書いていないだけで、その信頼は育っています。だから、相当な期間は撤回できません。ここは、こちらの説明の札です。

相当な期間とは(学説の整理)。条文は相当な期間としか書いていない。学説=2つの時間の合計(Bが承諾か断るかを決めるために考える時間+Bの承諾の通知がAに届くまでに通常かかる時間)。長さは取引の中身で変わる(100万円の機械なら少し調べる時間が要る。返事がすぐ届く手段なら、届くまでの時間は短い)。何日と決まった数字はない。 図:相当な期間とは

  • 学説の整理
  • 条文は相当な期間としか書いていない。学説=2つの時間の合計(Bが承諾か断るかを決めるために考える時間+Bの承諾の通知がAに届くまでに通常かかる時間)。長さは取引の中身で変わる(100万円の機械なら少し調べる時間が要る。返事がすぐ届く手段なら、届くまでの時間は短い)。何日と決まった数字はない。

条文は、相当な期間としか書いていません。学説は、2つの時間の合計だと整理します。1つは、Bが、承諾するか断るかを決めるために考える時間。もう1つは、Bの承諾の通知がAに届くまでに、通常かかる時間です。長さは、取引の中身で変わります。値段が100万円の機械なら、少し調べる時間が要ります。返事がすぐ届く手段なら、届くまでの時間は短くなります。ですから、何日、と決まった数字があるわけではありません。

撤回されないまま放っておかれた申込みは、いつ効力を失うのか。525条1項=撤回の制限だけを定めていて、効力を失う時期は民法の条文に書いていない。学説=撤回できるようになったあと、さらに相当な期間が過ぎれば効力を失う、と整理する。長さは申込みの趣旨や取引の慣行でも変わる、という整理もある。札=学説。 図:撤回されないまま放っておかれた申込みは、いつ効力を失うのか

  • 525条1項=撤回の制限だけを定めていて、効力を失う時期は民法の条文に書いていない
  • 学説=撤回できるようになったあと、さらに相当な期間が過ぎれば効力を失う、と整理する
  • 長さは申込みの趣旨や取引の慣行でも変わる、という整理もある
  • 札=学説

問2に当たる所です。撤回されないまま放っておかれた申込みは、いつ効力を失うのか。実は、525条1項は、撤回の制限だけを書いていて、効力を失う時期は、条文に書いていません。ここは、学説の札です。学説は、撤回できるようになったあと、さらに相当な期間が経過すれば、申込みは効力を失う、と整理します。ただ、その長さは、申込みの趣旨や取引の慣行でも変わる、という整理もあります。条文には無く、学説が整理している、と押さえてください。

柱2——相手が対話者のとき

相手が対話者のとき(525条2項・3項)。対話者=電話の相手のように、意思表示が届くのに時間がかからない相手(距離ではなく時間で見る)。2項=対話が継続している間は、いつでも撤回できる。3項=対話が継続している間に承諾の通知を受けなかったときは、効力を失う。ただし、申込者が対話の終了後も効力を失わない旨を表示したときは別。 図:相手が対話者のとき

  • 525条2項・3項
  • 対話者=電話の相手のように、意思表示が届くのに時間がかからない相手(距離ではなく時間で見る)。2項=対話が継続している間は、いつでも撤回できる。3項=対話が継続している間に承諾の通知を受けなかったときは、効力を失う。ただし、申込者が対話の終了後も効力を失わない旨を表示したときは別。

続いて、変種2です。Aが、電話で話しながら申し込んでいたら、どうなるか。先ほど読んだ525条の、2項と3項です。対話者とは、電話の相手のように、すぐに返事ができる相手のことです。距離ではなく、意思表示が届くのに時間がかからないかどうかで見ます。2項は、対話者に対してした申込みは、その対話が継続している間は、いつでも撤回することができる、と定めます。3項は、対話が継続している間に承諾の通知を受けなかったときは、申込みが効力を失う、と定めます。ただし、申込者が、対話の終了後も効力を失わない旨を表示したときは、別です。

設例への当てはめ(変種2・電話)。Aが電話で「100万円で売る」と言っている最中=電話を切るまで、Aはいつでも撤回できる。Bがその場で承諾しないまま電話が終われば=申込みは効力を失う。Aが「このあとも有効にしておきます」と言っていれば=別(効力を失わない)。 図:設例への当てはめ

  • 変種2・電話
  • Aが電話で「100万円で売る」と言っている最中=電話を切るまで、Aはいつでも撤回できる。Bがその場で承諾しないまま電話が終われば=申込みは効力を失う。Aが「このあとも有効にしておきます」と言っていれば=別(効力を失わない)。

設例に当てます。Aが電話で「100万円で売る」と言っている最中は、電話を切るまで、Aはいつでも撤回できます。Bがその場で承諾しないまま電話が終われば、申込みは効力を失います。Aが「このあとも有効にしておきます」と言っていれば、別です。

対話の最中は撤回できる理由(こちらの説明)。1つめ=その場で返事ができる(Bに考える時間を確保する必要が弱い)。2つめ=交渉の最中で、Bはまだ何の準備も始めていない(守るべき信頼が育っていない)。3つめ=対話が終われば、ふつうは交渉が決裂したということ。2項・3項は2017年の改正で置かれた(それまで有力だった解釈を条文にした)。対象は承諾期間を定めない申込み。対話者に承諾期間を定めたなら523条。 図:対話の最中は撤回できる理由

  • こちらの説明
  • 1つめ=その場で返事ができる(Bに考える時間を確保する必要が弱い)。2つめ=交渉の最中で、Bはまだ何の準備も始めていない(守るべき信頼が育っていない)。3つめ=対話が終われば、ふつうは交渉が決裂したということ。2項・3項は2017年の改正で置かれた(それまで有力だった解釈を条文にした)。対象は承諾期間を定めない申込み。対話者に承諾期間を定めたなら523条。

対話の最中ならいつでも撤回できる、とされる理由は、3つあります。1つめ、その場で返事ができるので、Bに考える時間を確保する必要が弱い。2つめ、交渉の最中で、Bはまだなんの準備も始めていないので、守るべき信頼が育っていない。そして3つめ、対話が終われば、ふつうは交渉が決裂したということです。ここは、こちらの説明の札です。2項と3項は、2017年の改正で置かれた規定です。それまで有力だった解釈を、条文にしたものです。もう1つ、条文の読みです。この2項と3項は、前項の申込みを対象にしているので、承諾期間を定めない申込みの話です。対話者に、承諾期間を定めて申し込んだなら、523条で読みます。

柱2——3つの場面を並べる

3つの場面の表。承諾期間あり=撤回できない(留保したときを除く)/期間内に承諾の通知を受けなかったとき効力を失う/523条1項・2項。承諾期間なし(返事が届くまでに時間がかかる場合)=相当な期間が過ぎるまでは撤回できない(留保を除く)/効力を失う時期は民法の条文に無い(学説が整理する)/525条1項。承諾期間なし(対話者)=対話が継続している間はいつでも撤回できる/対話の継続中に承諾の通知を受けなかったとき効力を失う(終了後も有効と表示したときを除く)/525条2項・3項。 図:3つの場面の表

  • 承諾期間あり=撤回できない(留保したときを除く)/期間内に承諾の通知を受けなかったとき効力を失う/523条1項・2項
  • 承諾期間なし(返事が届くまでに時間がかかる場合)=相当な期間が過ぎるまでは撤回できない(留保を除く)/効力を失う時期は民法の条文に無い(学説が整理する)/525条1項
  • 承諾期間なし(対話者)=対話が継続している間はいつでも撤回できる/対話の継続中に承諾の通知を受けなかったとき効力を失う(終了後も有効と表示したときを除く)/525条2項・3項

3つの場面を、表に並べます。承諾期間があれば、撤回できず、期間内に承諾の通知を受けなければ効力を失う。523条です。承諾期間がなく、相手が対話者でなければ、相当な期間が過ぎるまで撤回できず、効力を失う時期は民法の条文に無い。525条1項です。承諾期間がなく、相手が対話者なら、対話の継続中はいつでも撤回でき、継続中に承諾を受けなければ効力を失う。525条の2項と3項です。525条1項の条文には、隔地者という言葉は出てきません。ただ、返事が届くまでに時間がかかる相手を、隔地者と呼ぶことがあります。メールや手紙のように、時間のかかる場合が、対話者でない場合です。

結論の分かれ目はBの信頼(こちらの説明)。承諾期間がある=期限まで考えてよいと信じて準備を始める→撤回できない。承諾期間がない(返事が届くまでに時間がかかる場合)=返事が届くまでの相当な期間は同じ→撤回できない。対話の最中=その場で返事ができ、準備もまだ始めていない。守るべき信頼が育っていない→いつでも撤回できる。冒頭のAは期限つき。 図:結論の分かれ目はBの信頼

  • こちらの説明
  • 承諾期間がある=期限まで考えてよいと信じて準備を始める→撤回できない。承諾期間がない(返事が届くまでに時間がかかる場合)=返事が届くまでの相当な期間は同じ→撤回できない。対話の最中=その場で返事ができ、準備もまだ始めていない。守るべき信頼が育っていない→いつでも撤回できる。冒頭のAは期限つき。

こちらの説明では、3つの場面の結論を分けているのは、Bの信頼が、どこまで育っているかです。期限つきなら、Bは期限まで考えてよいと信じて、準備を始めます。期限が無くても、返事が届くまでの相当な期間は、同じです。だから、この2つは撤回できません。対話の最中は、Bはその場で返事ができ、準備もまだ始めていません。守るべき信頼が育っていないので、いつでも撤回できます。冒頭のAは、期限つきでした。Bの信頼がいちばんはっきりしている場面なので、撤回できないのです。

柱3——申込者が亡くなったら

申込者が亡くなったら。原則=97条3項。意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。例外=申込みについては526条がある。設例の変種3=Aが月の半ばに亡くなった。 図:申込者が亡くなったら

  • 原則=97条3項
  • 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない
  • 例外=申込みについては526条がある
  • 設例の変種3=Aが月の半ばに亡くなった

3つめの柱です。変種3、Aが月の半ばに亡くなったら、どうなるか。まず、原則です。意思表示を発した後に、表意者が亡くなったとき。97条3項です。

条文民法97条3項

民法第97条第3項(意思表示の効力発生時期等) 3 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

意思表示は、発した後に表意者が死亡しても、そのために効力を妨げられません。これは、到達の回で見たとおりです。ただ、申込みだけは、この原則に例外があります。それが526条です。

申込みの一生と、死亡等の時点。申込みの通知を発する→〔Aの死亡等〕→Bがそれを知る→Bが承諾の通知を発する。知ったのが承諾の通知を発する前か後かで、結論が分かれる。前に知った=申込みは効力を有しない。承諾の通知を発するまでに知らなかった=申込みは効力を有する。 図:申込みの一生と、死亡等の時点

  • 申込みの通知を発する→〔Aの死亡等〕→Bがそれを知る→Bが承諾の通知を発する
  • 知ったのが承諾の通知を発する前か後かで、結論が分かれる
  • 前に知った=申込みは効力を有しない
  • 承諾の通知を発するまでに知らなかった=申込みは効力を有する

時間の流れで見ます。Aが申込みの通知を発する。そのあとで、Aが亡くなる。Bがそれを知る。Bが承諾の通知を発する。この順が基本です。条文は、Aが申込みの通知を発した後に、死亡等をした場合を扱っています。

条文民法526条

民法第526条(申込者の死亡等) 申込者が申込みの通知を発した後に死亡し、意思能力を有しない常況にある者となり、又は行為能力の制限を受けた場合において、申込者がその事実が生じたとすればその申込みは効力を有しない旨の意思を表示していたとき、又はその相手方が承諾の通知を発するまでにその事実が生じたことを知ったときは、その申込みは、その効力を有しない。

読みます。申込者が申込みの通知を発した後に、死亡し、意思能力を有しない常況にある者となり、または行為能力の制限を受けた場合です。常況とは、その状態が、ふだんの状態になっていることです。この場合に、2つのどちらかに当たれば、申込みは効力を有しません。

526条の2つの場面。1 申込者が「その事実が生じたとすれば、その申込みは効力を有しない」旨の意思を表示していたとき(例=「私に万一のことがあったら、この話は無かったことに」と書いてあった)。2 相手方が、承諾の通知を発するまでに、その事実が生じたことを知ったとき。 図:526条の2つの場面

  • 1 申込者が「その事実が生じたとすれば、その申込みは効力を有しない」旨の意思を表示していたとき(例=「私に万一のことがあったら、この話は無かったことに」と書いてあった)
  • 2 相手方が、承諾の通知を発するまでに、その事実が生じたことを知ったとき

1つめの場面は、申込者自身が、そうなったら効力を失う、と表示していたときです。たとえば、Aが「私に万一のことがあったら、この話は無かったことに」と書いていた場合です。2つめの場面は、相手方が、承諾の通知を発するまでに、その事実が生じたことを知ったときです。

設例への当てはめ(変種3)。月の初め=Aが申込みの通知を発し、メールがBに届く。月の半ば=Aが亡くなる。月末まで=Bが承諾の通知を発する。条文が見る期間=申込みの通知を発した後〜承諾の通知を発するまで。申込みが届く前か、届いたあとかでは分けていない。 図:設例への当てはめ

  • 変種3
  • 月の初め=Aが申込みの通知を発し、メールがBに届く。月の半ば=Aが亡くなる。月末まで=Bが承諾の通知を発する。条文が見る期間=申込みの通知を発した後〜承諾の通知を発するまで。申込みが届く前か、届いたあとかでは分けていない。

設例に当てます。Aのメールは、月の初めに、もうBに届いています。Aが亡くなったのは、そのあとの、月の半ばです。それでも、526条の場面です。条文が見ているのは、申込みの通知を発した後から、相手方が承諾の通知を発するまでの間です。申込みが届く前か、届いたあとかでは、分けていません。

Bがいつ知ったかで分ける。承諾の通知を発する前にAの死亡を知った=申込みは効力を有しない(Bが「買います」と返しても成立しない)。知らないまま月末までに「買います」と発し、期限内に届いた=申込みは生きている(届いた承諾で成立し、Aの相続人が売主になる)。知ったのが承諾の通知を発したあと=申込みは生きたまま(526条の2つめの場面に当たらない)。分かれ目は、知った時が承諾の通知を発する前か後か。 図:Bがいつ知ったかで分ける

  • 承諾の通知を発する前にAの死亡を知った=申込みは効力を有しない(Bが「買います」と返しても成立しない)
  • 知らないまま月末までに「買います」と発し、期限内に届いた=申込みは生きている(届いた承諾で成立し、Aの相続人が売主になる)
  • 知ったのが承諾の通知を発したあと=申込みは生きたまま(526条の2つめの場面に当たらない)
  • 分かれ目は、知った時が承諾の通知を発する前か後か

そのうえで、Bがいつ知ったかで分けます。亡くなったのは、どの場合もAです。まず、Bが、承諾の通知を発する前に、Aの亡くなったことを知った場合です。申込みは効力を有しません。Bが「買います」と返しても、契約は成立しません。次に、Bが、Aの亡くなったことを知らないまま、月末までに「買います」と発し、それが期限内に届いた場合です。申込みは生きているので、届いた承諾で契約は成立し、Aの相続人が売主になります。Bが知ったのが、承諾の通知を発したあとであれば、526条の2つめの場面には当たらず、申込みは生きたままです。分かれ目は、Bが知った時が、承諾の通知を発する前か後かです。

申込みだけが例外になっている理由(こちらの説明)。申込みは、相手が乗ってくることを予定した、まだ片道の意思表示。承諾が返ってくるまで契約は完成していない。途中でAが亡くなると、契約を引き受けることになるのはAの相続人。Bが知らずに承諾を発した=Bは契約が成り立つと考えて動いている。申込みを生かして相続人に引き受けてもらう。Bが知ったうえで承諾する=守るものが無い。まだ完成していない契約を、相続人に負わせる理由が無い。 図:申込みだけが例外になっている理由

  • こちらの説明
  • 申込みは、相手が乗ってくることを予定した、まだ片道の意思表示。承諾が返ってくるまで契約は完成していない。途中でAが亡くなると、契約を引き受けることになるのはAの相続人。Bが知らずに承諾を発した=Bは契約が成り立つと考えて動いている。申込みを生かして相続人に引き受けてもらう。Bが知ったうえで承諾する=守るものが無い。まだ完成していない契約を、相続人に負わせる理由が無い。

到達の回で、申込みは、相手が乗ってくることを予定した、まだ片道の意思表示だ、と言いました。承諾が返ってくるまで、契約はまだ完成していません。その途中でAが亡くなると、契約を引き受けることになるのは、Aの相続人です。Bが、Aの亡くなったことを知らずに承諾を発したなら、Bは、契約が成り立つと考えて動いています。だから申込みを生かして、相続人に引き受けてもらいます。けれども、Aがもういないと知ったうえで承諾するBには、そうして守るものがありません。まだ完成していない契約を、相続人に負わせる理由が無いのです。ここは、こちらの説明の札です。条文は、趣旨を書いていません。

反対の側、承諾をするBが亡くなったら。Bが承諾の通知を発した後に亡くなった=例外は無い。97条3項の原則どおり。承諾がAに届けば、契約は成立する。理由=承諾は、契約を完成させる側の意思表示だから。 図:反対の側、承諾をするBが亡くなったら

  • Bが承諾の通知を発した後に亡くなった=例外は無い
  • 97条3項の原則どおり
  • 承諾がAに届けば、契約は成立する
  • 理由=承諾は、契約を完成させる側の意思表示だから

反対の側も、確かめておきます。今度は、承諾をするBの身に起きた場合です。Bが、承諾の通知を発した後に亡くなったら、どうなるか。こちらには例外がありません。97条3項の原則どおりで、承諾がAに届けば、契約は成立します。承諾は、契約を完成させる側の意思表示だからです。

弁別——似た事例を3問

練習問題1。月末までと期限を付けたAのメール。Bの承諾メールがAに届いたのは、期限の翌日だった。問い=契約は成立するか。 図:練習問題1

  • 月末までと期限を付けたAのメール
  • Bの承諾メールがAに届いたのは、期限の翌日だった
  • 問い=契約は成立するか

ここからは練習です。答えは、そのつど言います。問1です。Aは、「今月末まで」と期限を付けてBに申し込みました。Bの承諾メールがAに届いたのは、翌月のついたちでした。契約は成立するでしょうか?成立しません。場面は、承諾期間のある申込みです。条文は523条2項で、期間内に承諾の通知を受けなかったので、申込みは効力を失っています。決め手は、見るのが、送った日ではなく、届いた日だということです。

練習問題2。期限を付けなかったAのメール。同じ日の夕方、Aが「やはり売りません」と送った。問い=撤回できるか。 図:練習問題2

  • 期限を付けなかったAのメール
  • 同じ日の夕方、Aが「やはり売りません」と送った
  • 問い=撤回できるか

問2です。Aは、期限を付けずにBへメールしました。同じ日の夕方、Aは「やはり売りません」と送りました。この撤回は、できるでしょうか?この撤回は、できません。場面は、承諾期間のない申込みで、相手は対話者ではありません。525条1項で、相当な期間が過ぎるまでは、撤回できません。100万円の機械を考える時間と、返事が届く時間を考えると、同じ日の夕方では、相当な期間は、まだ過ぎていないと見られます。ただし、相当な期間は、取引の中身や通信手段で変わります。何日、と決まっているわけではありません。

練習問題3。電話で「100万円で売る」と話していたAが、通話を切る前に撤回した。別の場面=Bが「考えさせて」と言って電話が終わり、翌日Bが「買います」と返した。問い=それぞれ、どうなるか。 図:練習問題3

  • 電話で「100万円で売る」と話していたAが、通話を切る前に撤回した
  • 別の場面=Bが「考えさせて」と言って電話が終わり、翌日Bが「買います」と返した
  • 問い=それぞれ、どうなるか

問3です。Aは、電話でBに「100万円で売る」と話していました。通話を切る前に、Aは撤回しました。これは、できるでしょうか? もう1つの場面もあります。Bが「考えさせて」と言って電話が終わり、翌日、Bが「買います」と返しました。こちらは、どうなるでしょう?前の場面は、電話の最中なので撤回できて、後の場面は、もう通話が終わっているので、申込みは効力を失っていると思います。前の場面は、525条2項です。対話が継続している間は、いつでも撤回できます。問2と同じく期限は無いのに、結論が逆になるのは、相手が対話者だからです。こちらの説明では、その場で返事ができ、Bはまだなんの準備も始めていない場面だからです。後の場面は、525条3項です。対話が継続している間に承諾の通知を受けていないので、申込みは効力を失いました。Aが、対話の終了後も有効だと表示していた場合は、別です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 契約は、申込みに承諾が届いた時に成立する(522条1項・97条1項)。申込みと申込みの誘引は、承諾だけで成立させられる程度に内容が示されているか/相手を選びたいかで分ける/2 申込みの効力=承諾期間あり(撤回できず、期間内に承諾の通知を受けなければ効力を失う)、なし(相当な期間は撤回できない)、対話者(対話の継続中はいつでも撤回できる)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 契約は、申込みに承諾が届いた時に成立する(522条1項・97条1項)
  • 申込みと申込みの誘引は、承諾だけで成立させられる程度に内容が示されているか/相手を選びたいかで分ける/2 申込みの効力=承諾期間あり(撤回できず、期間内に承諾の通知を受けなければ効力を失う)、なし(相当な期間は撤回できない)、対話者(対話の継続中はいつでも撤回できる)

3つの柱で整理します。1つめ、契約は、申込みに承諾が届いた時に成立します。522条1項と97条1項です。申込みと誘引の区別は、承諾だけで成立させられる程度に内容が示されているか、相手を選びたいか、で見ます。2つめ、申込みの効力です。承諾期間があれば、撤回できず、期間内に承諾の通知を受けなければ、効力を失います。期間がなければ、相当な期間が過ぎるまで撤回できません。対話者なら、対話が継続している間は、いつでも撤回できます。

今日のまとめ。3つの柱=3 申込者が亡くなったら=申込みの通知を発した後に亡くなっても、効力は原則として妨げられない(97条3項)。ただし526条の2場面は別(表示していたとき/相手方が承諾の通知を発するまでに知ったとき)。冒頭の問いの答え=Aは撤回できない。Bの承諾が期限内に届けば契約は成立する。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=3 申込者が亡くなったら=申込みの通知を発した後に亡くなっても、効力は原則として妨げられない(97条3項)
  • ただし526条の2場面は別(表示していたとき/相手方が承諾の通知を発するまでに知ったとき)
  • 冒頭の問いの答え=Aは撤回できない
  • Bの承諾が期限内に届けば契約は成立する

3つめ、申込者が亡くなったときです。発した後に亡くなっても、効力は原則として妨げられません。ただし、526条の2つの場面は別で、相手方が承諾の通知を発するまでに知ったかどうかが分かれ目でした。冒頭の問いに戻ります。Aは、期限つきの申込みを撤回できません。Bの承諾が期限内にAに届けば、契約は成立します。AがCに引き渡してしまい、Bに引き渡せなくなれば、Bに対する債務不履行になります。期限が無ければ、相当な期間が過ぎるまでは撤回できません。電話なら、切るまでは撤回できます。Aが亡くなったなら、Bが知ったのが、承諾の通知を発する前か後かで分かれます。

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#229単独ページ動画

承諾の効力と懸賞広告

第5章 契約 #229/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「90万円なら買う」は、承諾か

冒頭の設例の時系列。A(申込みをした人・売る側)、B(申込みを受けた人)。1 AはBにメールで「今月末までに返事をくれれば、100万円で売ります」と送る。品物は中古の業務用コーヒー焙煎機。2 Bが「90万円なら買います」と返す。3 問い=これは承諾か。契約は90万円か、100万円か、どちらでもないか。Aが黙っていたらどうなるか。そのあとBが「やっぱり100万円で買います」と言ったら? 図:冒頭の設例の時系列

  • A(申込みをした人・売る側)、B(申込みを受けた人)
  • 1 AはBにメールで「今月末までに返事をくれれば、100万円で売ります」と送る
  • 品物は中古の業務用コーヒー焙煎機
  • 2 Bが「90万円なら買います」と返す
  • 3 問い=これは承諾か
  • 契約は90万円か、100万円か、どちらでもないか
  • Aが黙っていたらどうなるか
  • そのあとBが「やっぱり100万円で買います」と言ったら?

先に、答えの方向を言います。どちらでもありません。契約は、成立していません。Bの返事は、Aの申込みを断ったうえで、「90万円で買う」という新しい申込みをしたものとして扱われます。条文は528条です。理由は、本編で積み上げます。人物は、申込みの回から続けて使います。申込みをしたAが申込者、返事をしたBが承諾をする側です。そして、条件を1つずつ変えます。返事が期限を過ぎて届いたら。返事は要らないと書いてあったら。最後の懸賞広告だけは、別の設例を使います。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=申込みの側→承諾の側。背骨=契約は、申込みに承諾が届いた時に成る。では、承諾が遅れたら・中身を変えたら・通知が要らないと言われていたら・そもそも広告に応じただけなら、契約はどうなるのか。3つの柱=1 承諾は、いつ・どんな中身なら契約を成立させるか/2 承諾の通知が無くても成立する場合/3 懸賞広告。弁別の練習は柱の外。 図:今日の地図

  • 位置=申込みの側→承諾の側
  • 背骨=契約は、申込みに承諾が届いた時に成る。では、承諾が遅れたら・中身を変えたら・通知が要らないと言われていたら・そもそも広告に応じただけなら、契約はどうなるのか
  • 3つの柱=1 承諾は、いつ・どんな中身なら契約を成立させるか/2 承諾の通知が無くても成立する場合/3 懸賞広告
  • そのあとに、似た事例の分け目を練習する

位置づけです。契約は、申込みと承諾でできています。これまでは申込みの側を見てきました。今日は、承諾の側です。

今日の背骨は、この一文です。契約は、申込みに承諾が届いた時に成る。では、承諾が遅れたら。中身を変えたら。通知は要らないと言われていたら。そもそも、広告に応じただけだったら。条文は、場面ごとに答えを置いています。

柱は3つです。1つめ、承諾は、いつ、どんな中身なら、契約を成立させるのか。2つめ、承諾の通知が無くても契約が成立する場合。3つめ、懸賞広告です。似た事例の練習は、柱の外に置きます。

今日も、言えることを、根拠の札を貼るように言い分けます。根拠の札の意味は、使う場面の直前で、一言ずつ確認します。今日は、条文が主役です。判例は、今日は出てきません。

申込みの撤回と効力を、4つの場面で思い出す

申込みの撤回と効力の4場面。1 承諾期間あり=撤回できない(留保したときを除く)/期間内に承諾の通知を受けなかったとき効力を失う/523条1項・2項。2 承諾期間なし(対話者でない・返事が届くまで時間がかかる)=相当な期間が過ぎるまで撤回できない(留保を除く)/効力を失う時期は条文に無い(学説の整理)/525条1項。3 承諾期間なし(対話者)=対話が継続している間はいつでも撤回できる/継続中に承諾の通知を受けなかったとき効力を失う(終了後も有効と表示したときを除く)/525条2項・3項。4 申込みの通知を発したあとに申込者が死亡等=原則は効力を妨げられない(97条3項)/例外は効力を有しない(あらかじめ表示していたとき・相手方が承諾の通知を発するまでに知ったとき)/526条。 図:申込みの撤回と効力の4場面

  • 1 承諾期間あり=撤回できない(留保したときを除く)/期間内に承諾の通知を受けなかったとき効力を失う/523条1項・2項
  • 2 承諾期間なし(対話者でない・返事が届くまで時間がかかる)=相当な期間が過ぎるまで撤回できない(留保を除く)/効力を失う時期は条文に無い(学説の整理)/525条1項
  • 3 承諾期間なし(対話者)=対話が継続している間はいつでも撤回できる/継続中に承諾の通知を受けなかったとき効力を失う(終了後も有効と表示したときを除く)/525条2項・3項
  • 4 申込みの通知を発したあとに申込者が死亡等=原則は効力を妨げられない(97条3項)/例外は効力を有しない(あらかじめ表示していたとき・相手方が承諾の通知を発するまでに知ったとき)/526条

承諾の話に入る前に、前回の申込みの側を、4つの場面の一覧で確認します。前回の3場面に、申込者が亡くなった場面を足した4つです。撤回とは、届いた申込みを引っ込めることでした。条文は読み直さず、結論と、前回この動画が整理した理由を、一言ずつ言います。1つめ、承諾期間のある申込みです。撤回できません。相手は、期限まで考えてよいと信じて、準備を始めるからです。ただし、撤回をする権利を留保したときは別です。期間内に承諾の通知を受けなければ、申込みは効力を失います。523条です。2つめ、承諾期間がなく、相手が対話者でない場合です。メールや手紙のように、返事が届くまで時間がかかる場合です。相当な期間が過ぎるまでは、撤回できません。返事が届くまでの間は、相手が同じように準備するからです。効力を失う時期は、民法の条文に書かれていません。学説の整理です。525条1項です。3つめ、承諾期間がなく、相手が対話者の場合です。電話のように、すぐ返事ができる相手です。対話が継続している間は、いつでも撤回できます。相手はまだ準備を始めておらず、守るべき信頼が育っていないからです。継続している間に承諾の通知を受けなければ、効力を失います。525条の2項と3項です。4つめ、申込者が申込みの通知を発したあとに、亡くなった場合などです。原則は、効力を妨げられません。例外として、そうなったら効力を失うと、あらかじめ表示していたとき、または、相手方が承諾の通知を発するまでに事実を知ったときは、申込みは効力を有しません。あとのほうは、知ったうえで承諾する相手に、守るものが無いからです。97条3項と526条です。

さて、前回の復習です。契約は、承諾がどうなった時に成立するのでしたか?承諾の通知が、申込者に届いた時でした。承諾も意思表示なので、届いた時から効力を生ずる、という97条1項が及びます。この結論を出発点に、承諾の側を掘り下げます。

柱1——承諾は届いた時に成立する

承諾の効力の比較。現在=承諾も意思表示なので97条1項が及ぶ→承諾の通知が申込者に届いた時に契約が成立する(522条1項)。改正前=離れた相手との契約は、承諾の通知を発した時に成立する(旧526条1項・発信主義)→2017年の改正で削除(2020年4月施行)。成立の時=改正前は発した時/現在は届いた時。 図:承諾の効力の比較

  • 現在=承諾も意思表示なので97条1項が及ぶ→承諾の通知が申込者に届いた時に契約が成立する(522条1項)
  • 改正前=離れた相手との契約は、承諾の通知を発した時に成立する(旧526条1項・発信主義)→2017年の改正で削除(2020年4月施行)
  • 成立の時=改正前は発した時/現在は届いた時

1つめの柱です。まず、根拠の札の1枚めを確認します。条文とは、法律に書いてあることです。今日の結論は、ほとんどが、条文の札で言えます。現在の規律です。承諾の通知が申込者に届いた時に、契約は成立します。522条1項と、97条1項を合わせた結論です。設例で言うと、Bが月末に「買います」とメールを送信しても、その送信の時には、まだ契約は成立しません。Aにメールが届いた時に成立します。途中でメールが消えてAに届かなければ、契約は成立しません。

昔は、違いました。改正の前は、離れた相手との契約は、承諾の通知を発した時に成立する、とされていました。このように、意思表示が発せられた時に効力を生じる考え方を発信主義、届いた時に効力を生じる考え方を到達主義と呼びます。意思表示は届いた時に効力を生ずるのが原則ですが、契約の成立の場面は、その例外だったのです。条文は、旧526条1項です。2017年の民法改正で、この項は削除されました。施行は2020年4月です。あわせて、通知が遅れて届いたことを相手に知らせる義務を定めていた旧522条と旧527条も、削除されました。削除された結果、承諾にも97条1項が、そのまま及びます。

なぜ変えたのか。札=改正の説明(2017年の改正のときに法務省・法制審議会が出した資料に書かれている理由)。1 承諾の発信時に成立するとすると、申込者が知らない間に、債務の履行が遅れた扱いになるなど、不測の損害を受けるおそれがある。2 早く成立させたいなら、メールなど速い手段を選べばよい。通信手段が発達した今日では、承諾だけ特別に扱う必要が乏しい。 図:なぜ変えたのか

  • 札=改正の説明(2017年の改正のときに法務省・法制審議会が出した資料に書かれている理由)
  • 1 承諾の発信時に成立するとすると、申込者が知らない間に、債務の履行が遅れた扱いになるなど、不測の損害を受けるおそれがある
  • 2 早く成立させたいなら、メールなど速い手段を選べばよい
  • 通信手段が発達した今日では、承諾だけ特別に扱う必要が乏しい

ここで、根拠の札を、もう1枚確認します。改正の説明とは、2017年の改正のときに、法務省や法制審議会が出した資料に書かれている、改正の理由のことです。なぜ発信主義をやめたのか。改正の説明は、2つ挙げています。1つめ、承諾を発した時に成立するとしてしまうと、申込者は、知らない間に契約が成立したことになります。その結果、債務の履行が遅れた扱いになるなど、不測の損害を受けるおそれがあります。2つめ、早く契約を成立させたいなら、承諾する側が、メールなど速い手段を選べばよいことです。通信手段が発達した今は、承諾だけを特別に扱う必要が乏しいのです。

改正前のルールにも、利点はありました。改正前の例外の趣旨は、取引を迅速にして、承諾をする側が、早く履行の準備を始められるようにすることでした。ただ、今の取引では、速い手段を選べば足りる。その分、申込者に不測の損害を負わせる理由が弱くなった、という整理です。もう一つの根拠の札も、確認します。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことです。承諾が届かなかったときは、契約は成立しません。つまり、承諾が届かない危険は、承諾をする側が負う、ということになります。これは条文が書いているのではなく、97条1項の読みから出てくる整理です。なお、当事者があらかじめ「承諾を発した時に成立する」と合意しておくことは、妨げられません。

柱1——遅れて届いた承諾

遅れて届いた承諾。設例の変種1=Bの「買います」が、期限を過ぎて、翌月のついたちに届いた。期限が過ぎているので、Aの申込みは効力を失っている(523条2項)→契約は成立しない。それでも、申込者は、遅れて届いた承諾を、新たな申込みとみなすことができる(524条)。条文の見出し=遅延した承諾の効力。 図:遅れて届いた承諾

  • 設例の変種1=Bの「買います」が、期限を過ぎて、翌月のついたちに届いた
  • 期限が過ぎているので、Aの申込みは効力を失っている(523条2項)→契約は成立しない
  • それでも、申込者は、遅れて届いた承諾を、新たな申込みとみなすことができる(524条)
  • 条文の見出し=遅延した承諾の効力

設例を変えます。変種1、Bの「買います」というメールが、期限を過ぎて、翌月のついたちに届いたとします。期限が過ぎているので、Aの申込みは、すでに効力を失っています。523条2項です。ですから、契約は成立しません。それでも、条文は、この遅れた承諾に、もう一つの働きを与えています。条文の見出しは、遅延した承諾の効力です。この動画では、遅れて届いた承諾と呼びます。

条文民法524条

民法第524条(遅延した承諾の効力) 申込者は、遅延した承諾を新たな申込みとみなすことができる。

読みます。申込者は、遅延した承諾を、新たな申込みとみなすことができる。注目するのは、できる、という言葉です。みなすかどうかは、申込者が選べます。設例に当てます。ついたちに届いたBのメールを、Aは、Bからの申込みとして扱えます。Aが、まだ売りたければ、「では売ります」と返します。その返事がBに届いた時に、契約が成立します。Aが、もう売りたくなければ、何もしなくて構いません。みなさずに放っておけば、何も起きません。契約は成立せず、Aに義務も生じません。選ぶ権利だけが、Aに与えられています。なぜ、こういう規定があるのか。ここは、こちらの説明の札です。承諾期間は、もともと申込者が決めたものです。申込者が、期限のあともなお契約を望むなら、簡単な方法で成立させられるようにして、取引を速くする。それが趣旨です。なお、この規定は、改正で新しく作られたものではなく、改正の前から続いている規定です。もう一つ、承諾期間のない申込みにも及ぶか、という点です。524条は、承諾期間の定めがあることを、要件にしていません。ですから、承諾期間のない申込みが効力を失ったあとに届いた承諾にも、同じ扱いになると解されています。

柱1——変更を加えた承諾

変更を加えた承諾(528条)。冒頭の問いの答え。Bの返事「90万円なら買います」は、申込みに条件を付し、その他変更を加えた承諾。→その申込みの拒絶とともに、新たな申込みをしたものとみなす。帰結=(a) 90万円でも100万円でも契約は成立していない。 図:変更を加えた承諾

  • 528条
  • 冒頭の問いの答え。Bの返事「90万円なら買います」は、申込みに条件を付し、その他変更を加えた承諾。→その申込みの拒絶とともに、新たな申込みをしたものとみなす。帰結=(a) 90万円でも100万円でも契約は成立していない。

冒頭の問いに戻ります。Bの返事は「90万円なら買います」でした。条文は、こう書いています。

条文民法528条

民法第528条(申込みに変更を加えた承諾) 承諾者が、申込みに条件を付し、その他変更を加えてこれを承諾したときは、その申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなす。

読みます。承諾者が、申込みに条件を付し、その他変更を加えて承諾したときは、その申込みの拒絶とともに、新たな申込みをしたものとみなす。524条と違って、ここには、できる、がありません。みなす、です。みなすとは、本人のつもりがどうでも、法律がそう扱うことです。選べません。当然に、そうなります。結論を、3つに割って見ます。(a)、90万円でも100万円でも、契約は成立していません。申込みと承諾が、合致していないからです。Bの返事は、承諾として働かず、新たな申込みになります。

帰結(b)と(c)。(b) Aの元の申込みは、拒絶されて効力を失う。Bがあとから「やっぱり100万円で買います」と言っても、Aの元の申込みは残っていない。Aが応じれば成立するが、それはBの新しい申込みへのAの承諾。(c) Aが「では90万円で売ります」と返せば、それがBの新しい申込みへの承諾。その承諾がBに届いた時に90万円で成立する。

問いです。Bが「90万円なら買います」と返し、Aが何も返さないでいるうちに、Bが「やっぱり100万円で買います」と言いました。Aは、まだ元の申込みを撤回していません。契約は成立するでしょうか?成立しない、と思います。Aさんの元の申込みは、もう残っていないからです。成立しません。(b)です。Bの90万円の返事は、元の申込みの拒絶でした。拒絶された申込みは、効力を失います。ですから、Bがあとで「100万円で買います」と言っても、応じる相手の申込みが、もう残っていません。Aがそれに応じて、承諾を返せば、契約は成立します。ただし、それは、Bの新しい申込みへの、Aの承諾です。(c)です。Aが「では、90万円で売ります」と返せば、それが、Bの新しい申込みに対する承諾です。その承諾がBに届いた時に、90万円で成立します。

なぜ拒絶とまでみなすのか。ここは、こちらの説明の札です。承諾は、申込みをそのまま受け入れる意思表示です。中身を変えた返事は、申込みと合致していないので、本来は承諾として働きません。ただ、取引の現場では、条件を言い合うことが多い。それなら、元の申込みの拒絶と、こちらからの新しい申込みだと位置づけたほうが、実態に合い、取引が円滑に進みます。条文の読み方の注意が、一つあります。条文は、条件を付し、その他変更を加えて、としか書いていません。変更の程度では、区別していないのです。軽微な付随的な変更なら、有効な承諾と見る見解もあります。学説の一つです。ただ、条文にはなりませんでした。冒頭の設例に戻すと、「90万円なら買います」は承諾ではなく、契約は成立していません。528条が、拒絶と新たな申込みとみなすからです。

柱1——遅れた承諾と変更を加えた承諾、違いを一枚で

524条と528条の対比。状況=524条は期間を過ぎて届いた(中身は申込みどおり)/528条は期間内でも条件を付けた・中身を変えた。元の申込み=524条は期間経過で効力を失っている(523条2項)/528条は拒絶されて効力を失う。新たな申込みと=524条は、みなすことができる(申込者が選ぶ・何もしなければ何も起きない)/528条は、みなす(選べない・当然に新たな申込みになる)。契約が成立するのは=どちらも、申込者が新たな申込みに承諾を返し、それが届いた時。 図:524条と528条の対比

  • 状況=524条は期間を過ぎて届いた(中身は申込みどおり)/528条は期間内でも条件を付けた・中身を変えた
  • 元の申込み=524条は期間経過で効力を失っている(523条2項)/528条は拒絶されて効力を失う
  • 新たな申込みと=524条は、みなすことができる(申込者が選ぶ・何もしなければ何も起きない)/528条は、みなす(選べない・当然に新たな申込みになる)
  • 契約が成立するのは=どちらも、申込者が新たな申込みに承諾を返し、それが届いた時

2つの条文を、並べます。状況が違います。524条は、期間を過ぎて届いた承諾で、中身は申込みどおりです。528条は、期間内でも、条件を付けたり、中身を変えたりした承諾です。元の申込みの扱いも違います。524条では、期間が過ぎて、申込みはすでに効力を失っています。528条では、拒絶されて、効力を失います。そして、新たな申込みとの関係が、決定的に違います。524条は、みなすことができる。申込者が選び、何もしなければ何も起きません。528条は、みなす。選べず、当然に、新たな申込みになります。どちらも、契約が成立するのは、申込者が、新たな申込みに承諾を返し、それが届いた時です。

柱2——承諾の通知が要らない場合、意思実現

承諾の通知が要らない場合(527条)。原則=契約は申込みと承諾の合致で成立し(522条1項)、承諾は届いて初めて効力を生ずる。その例外が2つ=意思実現(527条)と交叉申込み。意思実現は条文に出てこない呼び名(学説)。 図:承諾の通知が要らない場合

  • 527条
  • 原則=契約は申込みと承諾の合致で成立し(522条1項)、承諾は届いて初めて効力を生ずる。その例外が2つ=意思実現(527条)と交叉申込み。意思実現は条文に出てこない呼び名(学説)。

2つめの柱です。原則は、ここまで見てきたとおりです。契約は、申込みと承諾の合致で成立し、承諾は、届いて初めて効力を生じます。その例外が2つあります。1つめが、527条です。ここで、根拠の札を、もう1枚確認します。学説とは、学者の整理のことです。その中で、多くの支持を集めるものを、通説と呼びます。条文に書かれていないことは、学説の札で話します。

条文民法527条

民法第527条(承諾の通知を必要としない場合における契約の成立時期) 申込者の意思表示又は取引上の慣習により承諾の通知を必要としない場合には、契約は、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する。

読みます。申込者の意思表示または取引上の慣習により、承諾の通知を必要としない場合には、契約は、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する。

527条を2つに割って読む。1 どんなときに承諾の通知が要らないか=申込者の意思表示、または取引上の慣習があるとき(条文)。2 いつ成立するか=承諾の意思表示と認めるべき事実があった時(条文)。届く・届かないは問題にしない。この規律を意思実現と呼ぶのは学説の呼び名で、条文には出てこない。設例の変種2=Aが「返事は要りません。買うなら、月末までに代金を振り込んでください」と書いていた→Bが振り込んだ時に成立(こちらの説明)。 図:527条を2つに割って読む

  • 1 どんなときに承諾の通知が要らないか=申込者の意思表示、または取引上の慣習があるとき(条文)
  • 2 いつ成立するか=承諾の意思表示と認めるべき事実があった時(条文)
  • 届く・届かないは問題にしない
  • この規律を意思実現と呼ぶのは学説の呼び名で、条文には出てこない
  • 設例の変種2=Aが「返事は要りません。買うなら、月末までに代金を振り込んでください」と書いていた→Bが振り込んだ時に成立(こちらの説明)

2つに割って読みます。1つめ、どんなときに承諾の通知が要らないのか。申込者の意思表示があるときか、取引上の慣習があるときです。2つめ、いつ成立するのか。承諾の意思表示と認めるべき事実があった時です。承諾が届いたかどうかは、問題にしません。この規律を、意思実現と呼びます。これは学説の呼び名で、条文には出てこない言葉です。設例の変種2です。Aが、メールに「返事は要りません。買うなら、今月末までに代金を振り込んでください」と書いていました。Bが代金を振り込んだ時に、契約が成立します。申込者の意思表示で、承諾の通知が要らないとされ、振込が、承諾の意思表示と認めるべき事実に当たるからです。この例は、こちらの説明の札です。何が承諾と認めるべき事実になるかは、場面ごとに、申込みの中身から読みます。なぜ、届かなくても成立してよいのか。こちらの説明の札です。承諾が届いた時に成立するのは、申込者が、知らないうちに契約を結んだことにされないためでした。その申込者が、自分から通知は要らないと言ったのなら、届くのを待つ理由がありません。

Bが黙っていただけでは、原則として、承諾にはならない、と考えます。527条が求めているのは、承諾の通知の代わりになる、事実です。申込者が一方的に「返事がなければ承諾したものとみなします」と書いても、それだけで、相手方は縛られません。527条が働くのは、申込者の意思表示や慣習で通知が要らないとされ、そのうえで、承諾と認めるべき事実があったときです。ここは、こちらの説明の札で、条文の読みです。

柱2——交叉申込み

交叉申込み(読みはコウサモウシコミ・学説の呼び名)。事案=Aが「焙煎機を100万円で売ります」と出し、同じ頃Bが「100万円で買います」と出した。お互い、相手の申込みを知らないまま。申込みが2つあるだけで承諾は無い→522条1項の形には当たらない。それでも、中身が合っているので、契約は成立すると整理される(学説・通説)。成立の時=2つの申込みのうち、あとに届いたほうが届いた時(学説・通説)。 図:交叉申込み

  • 読みはコウサモウシコミ・学説の呼び名
  • 事案=Aが「焙煎機を100万円で売ります」と出し、同じ頃Bが「100万円で買います」と出した。お互い、相手の申込みを知らないまま。申込みが2つあるだけで承諾は無い→522条1項の形には当たらない。それでも、中身が合っているので、契約は成立すると整理される(学説・通説)。成立の時=2つの申込みのうち、あとに届いたほうが届いた時(学説・通説)。

もう一つの例外が、交叉申込みです。条文には出てこない呼び名で、学説が名づけたものです。事案を作ります。Aが「焙煎機を100万円で売ります」とメールを出しました。同じ頃、Bが「焙煎機を100万円で買います」とメールを出しました。お互い、相手の申込みを知らないまま出しています。ここには、申込みが2つあるだけで、承諾がありません。どちらも、相手の申込みに応じて出したものではないからです。522条1項の、申込みに対して相手方が承諾をした、という形には当たりません。これは、条文の読みです。それでも、中身が合っているので、契約は成立すると整理されます。学説の札で、通説です。理由は、2つの意思表示が、客観的に同じ内容で、両方とも、相手とその内容で契約するつもりがあるからです。なお、成立を否定する見解もあります。学説は分かれうる、とだけ押さえてください。

成立の時は、条文に書いていません。ここも学説の札で、通説です。一般原則の97条1項から、2つの申込みのうち、あとに届いたほうが届いた時に、成立すると整理されます。どちらの申込みも、片道の意思表示のまま行き違っています。あとに届いたほうが届いた時に、両方が相手に届き終わるので、そこで成立する、ということです。たとえば、Aの申込みが先にBに届き、Bの申込みがあとでAに届いたなら、成立は、Bの申込みがAに届いた時です。交叉申込みの成立と、成立の時は、論文で論点になりうる所です。

承諾の側の練習——2問

練習問題1。期限を付けたAのメール(今月末まで)。Bの「買います」は、期限の2日あとに届いた。Aは何も返さなかった。問い=契約は成立するか。 図:練習問題1

  • 期限を付けたAのメール(今月末まで)
  • Bの「買います」は、期限の2日あとに届いた
  • Aは何も返さなかった
  • 問い=契約は成立するか

ここからは、承諾の側の練習です。問1です。Aは、「今月末まで」と期限を付けてBに申し込みました。Bの「買います」は、期限の2日あとに、Aに届きました。Aは、何も返しませんでした。契約は成立するでしょうか?遅れて届いた承諾では、契約は成立しません。順に言います。期間内に届いていないので、申込みは効力を失っています。523条2項です。524条は、遅れて届いた承諾を新たな申込みと、みなすことができる、でした。Aがみなして、承諾を返さなければ、何も起きません。決め手は、できる、という言葉で、選ぶのは申込者だということです。

練習問題2。Aのメールに、Bが返した。「100万円で買います。ただし、動作を保証してくれることが条件です。」問い=契約は成立するか。 図:練習問題2

  • Aのメールに、Bが返した
  • 「100万円で買います。ただし、動作を保証してくれることが条件です。」問い=契約は成立するか

問2です。Aの申込みに、Bが「100万円で買います。ただし、動作を保証してくれることが条件です」と返しました。契約は成立するでしょうか?この返事では、契約は成立しません。条文は528条です。条件を付した承諾なので、Aの申込みの拒絶とともに、新たな申込みをしたものとみなされます。値段が合っていても、条件を付けた時点で、承諾としては働きません。Aが「保証します」と返し、それがBに届いた時に、契約が成立します。

柱3——懸賞広告とは、そして529条

懸賞広告の条文の地図。設例=「逃げたインコを見つけて届けてくれた人に、3万円を差し上げます」という貼り紙。懸賞広告=ある行為をした者に一定の報酬を与える旨を広告すること。529条=報酬を与える義務/529条の2・529条の3・530条=撤回/531条=誰が受け取るか/532条=優等懸賞広告。 図:懸賞広告の条文の地図

  • 設例=「逃げたインコを見つけて届けてくれた人に、3万円を差し上げます」という貼り紙
  • 懸賞広告=ある行為をした者に一定の報酬を与える旨を広告すること
  • 529条=報酬を与える義務/529条の2・529条の3・530条=撤回/531条=誰が受け取るか/532条=優等懸賞広告

3つめの柱は、懸賞広告です。ここまでは、決まった相手への申込みに、承諾が返る話でした。今度は、相手を決めずに、広告で指定した行為をやり遂げた人に報酬を払う、と約束する場合です。設例は、新しく作ります。飼っていたインコが逃げてしまった人が、「逃げたインコを見つけて届けてくれた人に、3万円を差し上げます」という貼り紙を出しました。この人を、広告をした人と呼びます。見つけて届けた人を、見つけた人と呼びます。このように、ある行為をした人に、一定の報酬を与えると広告することを、懸賞広告といいます。広告で指定した行為を、条文は、指定した行為と呼びます。条文の並びを地図にします。529条が、報酬を与える義務です。続く3つ、529条の2 と、529条の3 と、530条が、広告の撤回です。531条が、誰が報酬を受け取るか。532条が、優等懸賞広告です。

529条。ある行為をした者に一定の報酬を与える旨を広告した者(懸賞広告者)は、その行為をした者が広告を知っていたかどうかにかかわらず、報酬を与える義務を負う。貼り紙を見ないままインコを届けた人も、3万円を請求できる(2017年の改正で明文に)。 図:529条

  • ある行為をした者に一定の報酬を与える旨を広告した者(懸賞広告者)は、その行為をした者が広告を知っていたかどうかにかかわらず、報酬を与える義務を負う
  • 貼り紙を見ないままインコを届けた人も、3万円を請求できる(2017年の改正で明文に)

529条を読みます。

条文民法529条

民法第529条(懸賞広告) ある行為をした者に一定の報酬を与える旨を広告した者(以下「懸賞広告者」という。)は、その行為をした者がその広告を知っていたかどうかにかかわらず、その者に対してその報酬を与える義務を負う。

懸賞広告者は、その行為をした者が、その広告を知っていたかどうかにかかわらず、報酬を与える義務を負う。貼り紙を見ないまま、迷いインコを届けた人も、3万円を請求できます。この点は、2017年の改正で明文になりました。改正の前の条文は、その行為をした者に対して報酬を与える義務を負う、と書くだけで、広告を知らなかった人の扱いは、争いがありました。貼り紙を見ていない人にも報酬を払う理由は、改正の説明の札で言えます。広告をした人の目的は、指定した行為が行われることです。広告を知っている人が行為をしたときだけ払い、知らない人が同じ行為をしたときは払わない、と分ける合理的な理由がない、という説明です。

懸賞広告の法的性質(学説)。契約説=広告が申込み・指定した行為をすることが承諾にあたる。単独行為説=広告をした人の一方的な意思表示で義務が生じる。条文は性質を決めず、学説に委ねている。改正の説明=知らない者にも報酬義務があるという結論は単独行為説と親和的とされるが、契約説でも特殊な契約と見れば同じ結論を導けるとの指摘もあり、決定的な要因ではない。 図:懸賞広告の法的性質

  • 学説
  • 契約説=広告が申込み・指定した行為をすることが承諾にあたる。単独行為説=広告をした人の一方的な意思表示で義務が生じる。条文は性質を決めず、学説に委ねている。改正の説明=知らない者にも報酬義務があるという結論は単独行為説と親和的とされるが、契約説でも特殊な契約と見れば同じ結論を導けるとの指摘もあり、決定的な要因ではない。

ここで、法的性質を、一点だけ押さえます。学説の札です。懸賞広告は、契約なのか、それとも、広告をした人の一方的な意思表示で義務が生じるのか。契約とみる見方は、広告が申込み、指定した行為をすることが承諾に当たる、と考えます。もう一つは、広告をした人の単独行為とみる見方です。広告を知らない人にも報酬を認める529条の結論は、単独行為説と親和的とされます。ただ、契約説でも、特殊な契約と見れば、同じ結論を導けるという指摘もあります。法的性質は、結論を決める決定的な要因ではない、という説明です。条文は、性質を決めていません。学説に委ねています。ここは、論文で論点になりうる所です。

柱3——懸賞広告の撤回、3つの条文

撤回の3条。529条の2=指定した行為をする期間を定めた広告は、撤回できない(撤回をする権利を留保したときを除く)。期間内に指定した行為を完了する者がないときは、効力を失う。529条の3=期間を定めない広告は、指定した行為を完了する者がない間は、撤回できる(撤回しない旨を表示したときを除く)。530条=撤回の方法。 図:撤回の3条

  • 529条の2=指定した行為をする期間を定めた広告は、撤回できない(撤回をする権利を留保したときを除く)
  • 期間内に指定した行為を完了する者がないときは、効力を失う
  • 529条の3=期間を定めない広告は、指定した行為を完了する者がない間は、撤回できる(撤回しない旨を表示したときを除く)
  • 530条=撤回の方法

撤回の3つの条文を、順に読みます。広告の撤回も、出した広告を引っ込めることです。最初は、期間を定めた広告です。

条文民法529条の2

民法第529条の2(指定した行為をする期間の定めのある懸賞広告) 1 懸賞広告者は、その指定した行為をする期間を定めてした広告を撤回することができない。ただし、その広告において撤回をする権利を留保したときは、この限りでない。 2 前項の広告は、その期間内に指定した行為を完了する者がないときは、その効力を失う。

1項、期間を定めてした広告は、撤回することができません。ただし、広告で撤回をする権利を留保したときは別です。2項、その期間内に、指定した行為を完了する者がいなければ、広告は効力を失います。趣旨は、改正の説明の札です。期間を定めた広告なら、応じようとする人は、期間内にやり遂げれば報酬をもらえる、と信頼します。その信頼を守るためです。改正の前は、期間を定めたら撤回する権利を放棄したと、推定する書き方でした。それでは、撤回できるかどうかが、広告をした人の反証しだいで不安定でした。そこで、留保が表示されていなければ撤回できない、と明確にしました。

529条の3 期間を定めない広告。指定した行為を完了する者がない間は撤回できる(撤回をしない旨を表示したときを除く)。 図:529条の3 期間を定めない広告

条文民法529条の3

民法第529条の3(指定した行為をする期間の定めのない懸賞広告) 懸賞広告者は、その指定した行為を完了する者がない間は、その指定した行為をする期間を定めないでした広告を撤回することができる。ただし、その広告中に撤回をしない旨を表示したときは、この限りでない。

次は、期間を定めない広告です。完了する者がない間は、撤回することができます。ただし、広告中に撤回をしない旨を表示したときは、撤回できません。期間を定めない広告を撤回できる理由は、改正の説明の札で言えます。指定した行為に、着手しただけでは、完了できるかも、先に他の人が完了しないかも、分かりません。報酬への正当な期待は、まだ生じていません。だから、完了する者が現れるまでは、撤回できます。従来の規律を維持したものです。

530条 撤回の方法。広告と同じ方法=知らない者に対しても効力を有する。異なる方法=知った者に対してのみ効力を有する。 図:530条 撤回の方法

  • 広告と同じ方法=知らない者に対しても効力を有する
  • 異なる方法=知った者に対してのみ効力を有する

条文民法530条

民法第530条(懸賞広告の撤回の方法) 1 前の広告と同一の方法による広告の撤回は、これを知らない者に対しても、その効力を有する。 2 広告の撤回は、前の広告と異なる方法によっても、することができる。ただし、その撤回は、これを知った者に対してのみ、その効力を有する。

530条は、撤回の方法です。1項、前の広告と同じ方法で撤回すれば、これを知らない人に対しても効力があります。2項、異なる方法でも撤回できますが、その撤回を知った人に対してだけ効力があります。貼り紙で広告したなら、貼り紙で撤回を貼り出せば、見ていない人にも効きます。SNSで撤回を流しただけなら、それを知った人に対してだけ効きます。なぜ、方法で分けるのか。こちらの説明の札です。広告を誰が見たかは、広告をした人にも分かりません。だから、同じ方法で撤回すれば足りる、とします。違う方法では、広告を見た人の目に入るとは限らないので、知った人にだけ効きます。

申込みの撤回と、懸賞広告の撤回を並べる。期間の定めあり=申込みは撤回できない(523条1項・留保を除く)/懸賞広告も撤回できない(529条の2第1項・留保を除く)。期間の定めなし=申込み(相手が対話者でないとき)は相当な期間は撤回できない(525条1項)/懸賞広告は完了する者がない間は撤回できる(529条の3)。向きが逆になる。理由=申込みを受けた人は検討や準備を始めて契約の成立を期待する。懸賞広告に応じようとする人は、着手しても先を越されるかもしれず、同じ期待ではない(改正の説明)。 図:申込みの撤回と、懸賞広告の撤回を並べる

  • 期間の定めあり=申込みは撤回できない(523条1項・留保を除く)/懸賞広告も撤回できない(529条の2第1項・留保を除く)
  • 期間の定めなし=申込み(相手が対話者でないとき)は相当な期間は撤回できない(525条1項)/懸賞広告は完了する者がない間は撤回できる(529条の3)
  • 向きが逆になる
  • 理由=申込みを受けた人は検討や準備を始めて契約の成立を期待する
  • 懸賞広告に応じようとする人は、着手しても先を越されるかもしれず、同じ期待ではない(改正の説明)

申込みの撤回と、並べます。期間は、申込みでは承諾の期間、懸賞広告では行為をする期間です。期間の定めがある場合は、どちらも、撤回できません。ここは同じです。期間の定めがない場合が、逆です。相手が対話者でない申込みは、相当な期間が過ぎるまで撤回できません。525条1項です。懸賞広告は、完了する者がない間は、撤回できます。529条の3 です。逆になる理由は、改正の説明の札です。申込みを受けた人は、検討や準備を始めて、契約が成立することを期待します。懸賞広告に応じようとする人は、着手しても、先を越されるかもしれません。同じ期待ではないからです。

柱3——誰が報酬を受けるか、優等懸賞広告

531条(懸賞広告の報酬を受ける権利)。1項=広告に定めた行為をした者が数人あるときは、最初にその行為をした者のみ。2項=同時なら各自が等しい割合。ただし、報酬が分割に適しないとき、または一人のみと広告に書いたときは抽選。3項=広告中に異なる意思を表示したときは適用しない。設例=インコを最初に届けた人だけが3万円。2人が同時なら1万5千円ずつ。「お一人のみ」と書いてあれば抽選。 図:531条

  • 懸賞広告の報酬を受ける権利
  • 1項=広告に定めた行為をした者が数人あるときは、最初にその行為をした者のみ。2項=同時なら各自が等しい割合。ただし、報酬が分割に適しないとき、または一人のみと広告に書いたときは抽選。3項=広告中に異なる意思を表示したときは適用しない。設例=インコを最初に届けた人だけが3万円。2人が同時なら1万5千円ずつ。「お一人のみ」と書いてあれば抽選。

次は、誰が報酬を受け取るか、531条です。項で分けて読みます。

条文民法531条1項・2項

民法第531条第1項・第2項(懸賞広告の報酬を受ける権利) 1 広告に定めた行為をした者が数人あるときは、最初にその行為をした者のみが報酬を受ける権利を有する。 2 数人が同時に前項の行為をした場合には、各自が等しい割合で報酬を受ける権利を有する。ただし、報酬がその性質上分割に適しないとき、又は広告において一人のみがこれを受けるものとしたときは、抽選でこれを受ける者を定める。

1項、行為をした人が数人いるときは、最初にした人だけが報酬を受けます。インコを最初に届けた人だけが、3万円を受け取ります。こちらの説明の札です。最初の人がやり遂げた時に、広告をした人の目的は果たされ、あとの人に払う理由が残らないからです。2項、数人が同時にしたなら、各自が等しい割合で受けます。2人が同時なら、1万5千円ずつです。ただし、報酬が分けられないとき、または、広告で一人のみと書いたときは、抽選で決めます。

条文民法531条3項

民法第531条第3項(懸賞広告の報酬を受ける権利) 3 前二項の規定は、広告中にこれと異なる意思を表示したときは、適用しない。

3項です。広告の中に、1項、2項と違う意思を表示したときは、1項、2項は適用されません。広告をした人が、別の決め方を書いておけば、そちらが先になります。

優等懸賞広告(532条)。1項=優等者のみに報酬を与えるときは、応募の期間を定めたときに限り効力を有する。2項=優等かどうかは広告中に定めた者が判定し、定めなければ懸賞広告者が判定する。3項=応募者は判定に異議を述べられない。4項=同等と判定されたら531条2項を準用する。普通の懸賞広告=最初にやり遂げた人(先着)。優等懸賞広告=優れた人を選ぶ(小説の新人賞・デザインコンペの型)。 図:優等懸賞広告

  • 532条
  • 1項=優等者のみに報酬を与えるときは、応募の期間を定めたときに限り効力を有する。2項=優等かどうかは広告中に定めた者が判定し、定めなければ懸賞広告者が判定する。3項=応募者は判定に異議を述べられない。4項=同等と判定されたら531条2項を準用する。普通の懸賞広告=最初にやり遂げた人(先着)。優等懸賞広告=優れた人を選ぶ(小説の新人賞・デザインコンペの型)。

最後が、優等懸賞広告、532条です。小説の新人賞や、デザインのコンペを思い浮かべてください。数人の応募者のうち、優れた人だけに報酬を与えるタイプです。最初にやり遂げた人が受け取る普通の懸賞広告とは、先着か、選ぶか、が違います。

条文民法532条1項・2項

民法第532条第1項・第2項(優等懸賞広告) 1 広告に定めた行為をした者が数人ある場合において、その優等者のみに報酬を与えるべきときは、その広告は、応募の期間を定めたときに限り、その効力を有する。 2 前項の場合において、応募者中いずれの者の行為が優等であるかは、広告中に定めた者が判定し、広告中に判定をする者を定めなかったときは懸賞広告者が判定する。

1項、優等者だけに報酬を与えるときは、応募の期間を定めたときに限り、広告は効力を有します。期間のない新人賞の公募は、広告として効力を持たない、ということです。ここは、こちらの説明の札です。締切が無いと、応募がいつまでも続きうるので、誰が一番優れているかを決められないからです。2項、優等かどうかは、広告中に定めた者が判定します。定めていなければ、懸賞広告者が判定します。

532条3項・4項。3項=応募者は判定に異議を述べることができない。4項=数人の行為が同等と判定されたら531条2項を準用する(等しい割合・分けられないとき又は一人のみのときは抽選)。 図:532条3項・4項

  • 3項=応募者は判定に異議を述べることができない
  • 4項=数人の行為が同等と判定されたら531条2項を準用する(等しい割合・分けられないとき又は一人のみのときは抽選)

条文民法532条3項・4項

民法第532条第3項・第4項(優等懸賞広告) 3 応募者は、前項の判定に対して異議を述べることができない。 4 前条第二項の規定は、数人の行為が同等と判定された場合について準用する。

3項、応募者は、判定に異議を述べることができません。落選した応募者も、です。なぜ異議を許さないのか。こちらの説明の札です。誰が優れているかは評価の問題で、応募者は、その判定に任せると承知して応募しているからです。4項、数人の行為が同等と判定されたら、531条2項を準用します。つまり、等しい割合で受けます。報酬が分けられないとき、または広告で一人のみと書いてあるときは、抽選です。準用とは、別の場面の規定を、必要なところを読み替えて当てはめる、ということです。条件が多くても、まず見分け方を持てば大丈夫です。細かい条件は、その下に整理していけます。普通の懸賞広告は先着、531条。優れた人を選ぶなら、応募期間が要り、判定者が決め、異議は言えない、532条。この見分け方さえあれば、条文を開いて確かめられます。

懸賞広告の練習——1問

練習問題3。逃げたインコを見つけて届けてくれた人に3万円を、という貼り紙。貼り紙を見ないまま、迷いインコを届けた人がいた。問い=この人は3万円を請求できるか。 図:練習問題3

  • 逃げたインコを見つけて届けてくれた人に3万円を、という貼り紙
  • 貼り紙を見ないまま、迷いインコを届けた人がいた
  • 問い=この人は3万円を請求できるか

問3です。インコの貼り紙を、見ないままでした。通りすがりに迷いインコを見つけて、届けてくれた人がいます。この人は、3万円を請求できるでしょうか?請求できます。条文は529条で、広告を知っていたかどうかにかかわらず、報酬を与える義務を負う、と書いています。決め手は、この、かかわらず、という部分です。法的性質をどう説明しても、条文が、知らない人にも義務を認めています。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 承諾は届いた時に成立する(発信主義は廃止)。遅れて届いた承諾=新たな申込みとみなすことができる(524条)。変更を加えた承諾=拒絶とともに新たな申込みとみなす(528条)。2 通知が要らないのは、申込者の意思表示か取引上の慣習があるとき=承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立(527条)。交叉申込みは学説で成立し、成立の時はあとに届いた申込みが届いた時。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 承諾は届いた時に成立する(発信主義は廃止)
  • 遅れて届いた承諾=新たな申込みとみなすことができる(524条)
  • 変更を加えた承諾=拒絶とともに新たな申込みとみなす(528条)
  • 2 通知が要らないのは、申込者の意思表示か取引上の慣習があるとき=承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立(527条)
  • 交叉申込みは学説で成立し、成立の時はあとに届いた申込みが届いた時

3つの柱で整理します。1つめ、承諾は届いた時に成立します。改正前の発信主義は、削除されました。遅れて届いた承諾は、申込者が、新たな申込みとみなすことができます。524条です。変更を加えた承諾は、申込みの拒絶とともに、新たな申込みとみなされます。528条です。2つめ、承諾の通知が要らない場合です。申込者の意思表示か、取引上の慣習があるときは、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に、契約が成立します。527条です。交叉申込みは、学説で、契約が成立すると整理され、成立の時は、あとに届いた申込みが届いた時です。

今日のまとめ。3つの柱=3 懸賞広告=広告を知っていたかどうかにかかわらず、報酬を与える義務を負う(529条)。撤回=期間ありなら不可(529条の2)、期間なしなら完了する者がない間は可(529条の3)。方法は530条、受け取る人は531条、優等懸賞広告は532条。冒頭の問いの答え=「90万円なら買います」は承諾ではない(528条)。契約は成立していない。Aが「では売ります」と返せば、成立する。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=3 懸賞広告=広告を知っていたかどうかにかかわらず、報酬を与える義務を負う(529条)
  • 撤回=期間ありなら不可(529条の2)、期間なしなら完了する者がない間は可(529条の3)
  • 方法は530条、受け取る人は531条、優等懸賞広告は532条
  • 冒頭の問いの答え=「90万円なら買います」は承諾ではない(528条)
  • 契約は成立していない
  • Aが「では売ります」と返せば、成立する

3つめ、懸賞広告です。広告を知っていたかどうかにかかわらず、報酬を与える義務を負います。529条です。撤回は、期間を定めたなら、できません。529条の2 です。期間を定めないなら、完了する者がない間は、できます。529条の3 です。方法は530条、受け取る人は531条、優等懸賞広告は532条でした。冒頭の問いに戻ります。Bの「90万円なら買います」は、承諾ではありません。中身を変えた返事なので、Aの申込みの拒絶とともに、新たな申込みとみなされます。528条です。契約は、成立していません。Aが「では、90万円で売ります」と返し、それがBに届けば、そこで成立します。Aが黙っていれば、何も起きません。論文で論点になりうるのは、交叉申込みの成立と、懸賞広告の法的性質です。ここは解釈の問題です。524条、527条、528条、529条以下は、条文どおりの要件で、条文番号で言えます。

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#230単独ページ動画

定型約款のみなし合意と不当条項

第5章 契約 #230/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

読んでいない利用規約に、縛られるのか

冒頭の設例の時系列。A(約款を用意した人・動画配信サービスの会社)、B(登録した利用者)。1 Bが、A社のサービスに登録する。月額料金が表示され、「利用規約に同意して登録する」のボタンを押した。規約は1行も読んでいない。2 規約には3つの条項がある。月の途中で解約しても日割りでは返金しない/A社は料金を変更することがある/解約するときは違約金として1年分の料金を払う。問い=読んでいない日割り返金なしの条項に縛られるか。違約金の条項にも縛られるか。契約のあとで規約を変える話は、次回。 図:冒頭の設例の時系列

  • A(約款を用意した人・動画配信サービスの会社)、B(登録した利用者)
  • 1 Bが、A社のサービスに登録する
  • 月額料金が表示され、「利用規約に同意して登録する」のボタンを押した
  • 規約は1行も読んでいない
  • 2 規約には3つの条項がある
  • 月の途中で解約しても日割りでは返金しない/A社は料金を変更することがある/解約するときは違約金として1年分の料金を払う
  • 問い=読んでいない日割り返金なしの条項に縛られるか
  • 違約金の条項にも縛られるか
  • 契約のあとで規約を変える話は、次回

先に、答えの方向を言います。契約の中身は、本来、当事者が合意したことで決まります。けれども、条文の要件を満たせば、読んでいなくても、規約の個別の条項に合意したものとみなされます。ただし、一方的に不利な条項は外れます。違約金の条項が外れるかどうかは、評価しだいです。断定はせず、本編で、条文を読みながら積み上げます。登場するのは、規約を用意したA社と、登録したBです。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=契約の基礎と成立の最後のテーマ(前半)。契約が成立するまで(申込み・承諾)→成立した契約の中身。背骨=契約の中身は、本来は合意したことで決まる。読んでいない約款の条項が中身になるのは、条文の要件を満たしたときだけ。3つの柱=1 定型約款はどうやって契約の中身になるか(548条の2第1項)/2 不当な条項は外れる(548条の2第2項と消費者契約法10条)/3 内容の表示の請求と、拒んだとき(548条の3)。契約のあとで約款を変える話は次回。似た事例の練習は柱の外。 図:今日の地図

  • 位置=契約の基礎と成立の最後のテーマ(前半)
  • 契約が成立するまで(申込み・承諾)→成立した契約の中身
  • 背骨=契約の中身は、本来は合意したことで決まる
  • 読んでいない約款の条項が中身になるのは、条文の要件を満たしたときだけ
  • 3つの柱=1 定型約款はどうやって契約の中身になるか(548条の2第1項)/2 不当な条項は外れる(548条の2第2項と消費者契約法10条)/3 内容の表示の請求と、拒んだとき(548条の3)
  • 契約のあとで約款を変える話は次回
  • 似た事例の練習は柱の外

位置づけです。ここまでの数回で、契約が成立するまでを見てきました。申込みがあり、承諾が届いた時に、契約は成立します。今日は、成立した契約の中身の話です。契約の基礎と成立、というまとまりの、最後のテーマで、2回に分けます。今日は、その前半です。契約の中身は、本来、当事者が合意したことで決まります。契約の当事者は、契約の内容を自由に決められる。521条の2項でした。ところが、利用規約のようなものでは、中身を知らず、直す余地もないまま、同じ内容で契約します。内容を決める自由が、事実上、用意した人にしか無い場面です。

約款の利点と、問題の所在。利点=大量の取引を、同じ内容で、速く安く処理できる。問題=相手方は中身を知らない・交渉もできない・用意した側に有利な条項が入りやすい。民法にはこれまで基本的なルールが無く、解釈に委ねられていた。2017年の民法改正で、定型約款の3か条(548条の2・548条の3・548条の4)が新設され、2020年4月1日に施行された。札=改正の説明。 図:約款の利点と、問題の所在

  • 利点=大量の取引を、同じ内容で、速く安く処理できる
  • 問題=相手方は中身を知らない・交渉もできない・用意した側に有利な条項が入りやすい
  • 民法にはこれまで基本的なルールが無く、解釈に委ねられていた
  • 2017年の民法改正で、定型約款の3か条(548条の2・548条の3・548条の4)が新設され、2020年4月1日に施行された
  • 札=改正の説明

こうした規約には、利点もあります。大量の取引を、同じ内容で、速く安く処理できることです。一方で、問題もあります。相手は中身を知らず、交渉もできず、用意した人に有利な条項が入りやすいことです。民法には、これまで、この種のルールの基本が書かれておらず、解釈に委ねられていました。しかも、民法の原則どおりなら、中身を認識していない条項に拘束される理由が、説明しにくいのです。そこで、2017年の民法改正で、3か条が新設されました。548条の2 から 548条の4 までです。施行は、2020年4月1日です。柱は3つです。1つめ、定型約款は、どうやって契約の中身になるのか。2つめ、一方的に不利な条項は外れる、ということ。3つめ、内容を見せてほしいという請求と、それを断ったときです。似た事例の練習は、柱の外に置きます。今日も、言えることを、根拠の札を貼るように言い分けます。条文とは、法律に書いてあることです。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことです。ほかの根拠の札は、使う場面の直前で、一言ずつ確認します。今日は、条文が主役です。

柱1——定型取引と、定型約款の定義

定型取引の2つの要素。定型取引=ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの。1 不特定多数の者を相手方とする(相手の個性に着目しない取引)。2 内容の全部又は一部が、画一的であることがその双方にとって合理的。条文=民法548条の2第1項柱書。 図:定型取引の2つの要素

  • 定型取引=ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの
  • 1 不特定多数の者を相手方とする(相手の個性に着目しない取引)
  • 2 内容の全部又は一部が、画一的であることがその双方にとって合理的
  • 条文=民法548条の2第1項柱書

1つめの柱です。まず、約款が契約の中身になるための入口を、条文で読みます。民法548条の2 の1項です。長い文なので、前半と後半の2枚に割ります。前半は、定型取引の定義と、定型取引合意の定義が入っています。

条文民法548条の2第1項

民法第548条の2第1項柱書(前半)(定型約款の合意) 1 定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、

括弧の中を、2つに割って読みます。定型取引とは、1つめ、ある特定の者が、不特定多数の者を相手方として行う取引です。相手の個性に着目しない取引、ということです。2つめ、その内容の全部または一部が、画一的であることが、その双方にとって合理的なものです。

画一的であることが双方にとって合理的、の線の引き方。画一的であることが、用意した人にだけでなく、相手にとっても合理的であること。当たる=大量の取引を速く安く処理できる利点が相手にも届き、条項を1つずつ交渉で直すことを予定していない取引。当たらない=交渉で直すことが前提なのに、直させてもらえないだけの取引。 図:画一的であることが双方にとって合理的、の線の引き方

  • 画一的であることが、用意した人にだけでなく、相手にとっても合理的であること
  • 当たる=大量の取引を速く安く処理できる利点が相手にも届き、条項を1つずつ交渉で直すことを予定していない取引
  • 当たらない=交渉で直すことが前提なのに、直させてもらえないだけの取引

画一的であることが、双方にとって合理的、というのが、よく分かりません。同じ内容の契約なら、なんでも当たるのではないのですか?当たりません。画一的、つまり全員同じ内容であることが、用意した人にとってだけでなく、相手にとっても合理的であることが要ります。同じ内容なのが、単に力関係で交渉できないからにすぎないときは、相手にとって合理的とは言えません。ここまでは、2017年の改正のときの資料にある読み方です。根拠の札の名前は、このあと、例を見る前に確認します。線の引き方を、こちらの説明の札で言い直します。全員同じ内容にすると、大量の取引を速く安く処理できる、という利点を先ほど見ました。その利点が相手にも届いていて、条項を1つずつ交渉で直すことを予定していない取引か。それとも、交渉で直すことが前提なのに、直させてもらえないだけか。前のほうだけが、当たります。

定型取引合意。定型取引合意=定型取引を行うことの合意(その取引をすることの合意)。設例=Bが「月額いくらで、このサービスに登録する」と合意したこと。規約の細かい条項まで了解した合意ではない。この合意をした人が、1号か2号に当たると、個別の条項にも合意したものとみなされる。 図:定型取引合意

  • 定型取引合意=定型取引を行うことの合意(その取引をすることの合意)
  • 設例=Bが「月額いくらで、このサービスに登録する」と合意したこと
  • 規約の細かい条項まで了解した合意ではない
  • この合意をした人が、1号か2号に当たると、個別の条項にも合意したものとみなされる

もう一つ、括弧書きの定型取引合意です。定型取引を行うことの合意、つまり、その取引をすることの合意です。設例で言うと、Bが「月額いくらで、このサービスに登録する」と合意したことです。規約の細かい条項まで了解した、という合意ではありません。ここが大事です。この合意をした人が、さらに、このあと条文で読む2つの場合のどちらかに当たると、規約の個別の条項にも合意したことになる、という作りです。

後半。定型約款の定義=定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体。定型約款準備者=定型約款を準備した者(条文の語)。設例の対応=A社が定型約款準備者、Bが相手方。 図:後半

  • 定型約款の定義=定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体
  • 定型約款準備者=定型約款を準備した者(条文の語)
  • 設例の対応=A社が定型約款準備者、Bが相手方

条文民法548条の2第1項

民法第548条の2第1項柱書(後半) 次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。

後半です。定型約款とは、定型取引において、契約の内容とすることを目的として、その特定の者により準備された、条項の総体です。条項の総体とは、条項を全部まとめたもの、ということです。契約の中身にするつもりで用意した、という点が要件です。条文は、約款を用意した人を、定型約款準備者と呼びます。設例では、A社が定型約款準備者、Bが相手方です。

柱1——定型取引に当たる例、当たらない例

定型取引に当たる例と当たらない例。当たる例=鉄道・バスの運送約款/電気・ガスの供給約款/保険約款/預金規定/インターネットサイトの利用規約(設例の動画サービスの規約も同類)。当たらない例=事業者どうしの取引で使う契約書のひな形(条項を直して交渉することが前提)/労働契約のひな形(相手の個性に着目して結ぶ取引)。注記=事業者どうしだから当たらない、のではない。 図:定型取引に当たる例と当たらない例

  • 当たる例=鉄道・バスの運送約款/電気・ガスの供給約款/保険約款/預金規定/インターネットサイトの利用規約(設例の動画サービスの規約も同類)
  • 当たらない例=事業者どうしの取引で使う契約書のひな形(条項を直して交渉することが前提)/労働契約のひな形(相手の個性に着目して結ぶ取引)
  • 注記=事業者どうしだから当たらない、のではない

ここで、根拠の札を、1枚確認します。改正の説明とは、2017年の改正のときに、法務省や法制審議会が出した資料や、国会での政府の説明に出てくる、改正の理由や具体例のことです。条文は、定型取引に当たる例を、書いていません。例は、改正の説明の札で言います。当たる例です。鉄道やバスの運送約款。電気やガスの供給約款。保険約款。預金規定。そして、インターネットサイトの利用規約です。不特定多数の人を相手に、全員に同じ内容で結ぶことが、双方にとって合理的な取引です。当たらない例も、2つ挙がっています。1つめは、事業者どうしの取引で使う、契約書のひな形です。条項を直して、交渉することが前提だからです。画一的であることが、双方にとって合理的とまでは言えません。2つめは、労働契約のひな形です。相手の個性に着目して結ぶ取引で、不特定多数の者を相手方とする取引には、当たりません。

決め手は事業者かどうかではない。引っかかる覚え方=事業者どうしの取引は定型取引にならない。事業者どうしでも、画一的であることが双方にとって合理的なものは当たりうる(企業が市販のソフトウェアを購入するときの利用規約)。当たらないのは、ひな形のように交渉で直すことが前提のもの。設例=A社の動画サービスの規約は定型約款に当たる。 図:決め手は事業者かどうかではない

  • 引っかかる覚え方=事業者どうしの取引は定型取引にならない
  • 事業者どうしでも、画一的であることが双方にとって合理的なものは当たりうる(企業が市販のソフトウェアを購入するときの利用規約)
  • 当たらないのは、ひな形のように交渉で直すことが前提のもの
  • 設例=A社の動画サービスの規約は定型約款に当たる

事業者どうしかどうかで分ける、と覚えると、短答で引っかかります。事業者どうしでも、画一的であることが双方にとって合理的なものは、当たりえます。たとえば、企業が市販のソフトウェアを購入するときの利用規約です。当たらないのは、ひな形のように、交渉で直すことが前提のものです。決め手は、事業者かどうかではなく、直すことが前提かどうかです。設例に当てます。A社の動画サービスの規約は、不特定多数の利用者を相手方として、全員に同じ内容です。インターネットサイトの利用規約と同類なので、定型約款に当たります。これは、こちらの説明の札です。

柱1——みなし合意の2つの入口

548条の2第1項の2つの入口。前提=定型取引合意をした者。入口は2つ。1号=定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。2号=定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。どちらかを満たすと、個別の条項についても合意をしたものとみなす。 図:548条の2第1項の2つの入口

  • 前提=定型取引合意をした者
  • 入口は2つ
  • 1号=定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき
  • 2号=定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき
  • どちらかを満たすと、個別の条項についても合意をしたものとみなす

さて、復習です。契約は、承諾がどうなった時に成立するのでしたか? そして、その契約の中身は、本来、何で決まるのでしたか?承諾の通知が、申込者に届いた時に成立します。中身は、当事者が合意したことで決まります。ですから、読んでいない条項が中身になるには、特別な根拠が要ります。それが、548条の2 の1項の各号です。2つの入口を、読みます。

条文民法548条の2第1項

民法第548条の2第1項各号  一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。  二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。

柱書とつなげて読みます。定型取引合意をした者は、次の場合には、定型約款の個別の条項についても、合意をしたものとみなす。その場合の1つめ、定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。2つめ、定型約款準備者が、あらかじめ、その定型約款を契約の内容とする旨を、相手方に表示していたときです。

設例に当てる1号と2号。1号=ボタンを押して登録した(規約を契約の内容とする旨の合意をしている)。2号=設例を変えて、ボタンは無く、選択画面に「ご利用には利用規約が適用されます」と表示されているだけ(A社があらかじめ表示していた)。2号の表示=「この約款を契約の内容とします」という旨でよく、中身まで示すことは求められていない。取引をしようとする相手に個別に示す必要がある。 図:設例に当てる1号と2号

  • 1号=ボタンを押して登録した(規約を契約の内容とする旨の合意をしている)
  • 2号=設例を変えて、ボタンは無く、選択画面に「ご利用には利用規約が適用されます」と表示されているだけ(A社があらかじめ表示していた)
  • 2号の表示=「この約款を契約の内容とします」という旨でよく、中身まで示すことは求められていない
  • 取引をしようとする相手に個別に示す必要がある

設例で言うと、「利用規約に同意して登録する」のボタンは、1号です。規約を契約の内容とする旨の合意を、ボタンでしているからです。これは、こちらの説明の札です。2号は、設例を変えます。ボタンは無く、有料プランの選択画面に、「ご利用には利用規約が適用されます」と表示されているだけだったとします。A社が、あらかじめ、規約を契約の内容とする旨を表示していたので、2号です。これも、こちらの説明の札です。2号の表示は、約款の中身まで、見せないといけないのですか?求められていません。改正の説明の札で言えます。表示するのは、「この約款を契約の内容とします」という旨であって、約款の中身まで示すことは求められていません。ただし、取引を実際に行おうとするときに、相手方に個別に示されている必要があります。個別に示すとは、誰にでも向けて一般的に載せておくのではなく、取引をしようとするその相手に向けて示す、ということです。中身を知る手段は、請求すれば示してもらえる、548条の3 です。あとで読みます。

みなすとみなし合意。条文の言葉=合意をしたものとみなす。意味=読んでいなくても、個別の条項を認識していなくても、合意をしたことになる。設例=Bは読んでいない日割り返金なしの条項に、こうして合意をしたものとみなされる。問い=サイトの片隅に利用規約へのリンクを置いているだけで、2号の表示になるか。ならない(取引をしようとする相手に個別に示していない)。 図:みなすとみなし合意

  • 条文の言葉=合意をしたものとみなす
  • 意味=読んでいなくても、個別の条項を認識していなくても、合意をしたことになる
  • 設例=Bは読んでいない日割り返金なしの条項に、こうして合意をしたものとみなされる
  • 問い=サイトの片隅に利用規約へのリンクを置いているだけで、2号の表示になるか
  • ならない(取引をしようとする相手に個別に示していない)

ここで、条文の言葉を、1つ確認します。みなす、です。読んでいなくても、個別の条項を認識していなくても、合意をしたことになる、という意味です。この動画では、この仕組みを、みなし合意と呼びます。条文の文言は、合意をしたものとみなす、です。冒頭のBも、読んでいない日割り返金なしの条項に、こうして合意をしたものとみなされます。問いです。A社が、サイトの片隅に「利用規約はこちら」とリンクを置いているだけで、2号の表示になるでしょうか?ならないと思います。取引をしようとするBさんに、示していないからです。ならない、と考えます。リンクが片隅にあるだけでは、相手方に個別に示したことになりません。ただし、電車やバスのように、乗るたびに表示するのが難しい取引には、特則があります。このあと、一言だけ触れます。

柱1——なぜ読んでいなくても拘束されるのか、改正前、公表の特則

なぜ読んでいなくても拘束されるか(改正の説明)。1 実際にその取引をしたなら、通常は約款を契約の内容とする旨の黙示の合意があったと言える。2 細部まで読んでいなくても、合意があるか、その旨が表示された状態で取引がされているなら、拘束しても不都合は少ない。3 大量の取引では、顧客も契約書面の細部まで認識して取引することを望まないのが実情で、取引の安定を図る必要がある。ただし相手方の保護は別にある=不当な条項は外れ(548条の2第2項)、内容は請求すれば示してもらえる(548条の3)。 図:なぜ読んでいなくても拘束されるか

  • 改正の説明
  • 1 実際にその取引をしたなら、通常は約款を契約の内容とする旨の黙示の合意があったと言える。2 細部まで読んでいなくても、合意があるか、その旨が表示された状態で取引がされているなら、拘束しても不都合は少ない。3 大量の取引では、顧客も契約書面の細部まで認識して取引することを望まないのが実情で、取引の安定を図る必要がある。ただし相手方の保護は別にある=不当な条項は外れ(548条の2第2項)、内容は請求すれば示してもらえる(548条の3)。

改正の説明の札で言えます。理由は3つです。1つめ、当事者が実際にその取引をしたのなら、通常は、約款を契約の内容とする旨の、黙示の合意があったと言えます。2つめ、細部まで読んでいなくても、合意があるか、その旨が表示された状態で取引がされているなら、拘束しても不都合は少ないことです。3つめ、大量の取引では、顧客も、契約書面の細部まで認識して取引することを望まないのが実情で、取引の安定を図る必要があることです。ただし、これで終わりではありません。相手方の保護は、別に用意されています。不当な条項は外れます。内容は、請求すれば示してもらえます。これが、2つめと3つめの柱です。

みなすと推定の違い。推定=反証で覆せる。みなす=反証を許さず、合意があったことにする。だから、要件を満たしたあとで「読んでいないから合意していない」とは言えない。合意を争う道は、要件を満たしていない(柱1)か、条項が外れる(柱2・柱3)か。条項が有効かは別の問題。札=こちらの説明(法令用語の一般的な意味)。 図:みなすと推定の違い

  • 推定=反証で覆せる
  • みなす=反証を許さず、合意があったことにする
  • だから、要件を満たしたあとで「読んでいないから合意していない」とは言えない
  • 合意を争う道は、要件を満たしていない(柱1)か、条項が外れる(柱2・柱3)か
  • 条項が有効かは別の問題
  • 札=こちらの説明(法令用語の一般的な意味)

みなすと、推定の違いも、思い出しておきます。失踪宣告のところで比べた、法令用語の一般的な意味で、こちらの説明の札です。推定は、反証、つまり違う事実の証明があれば、覆せます。みなすは、反証を許さず、合意があったことにします。ですから、要件を満たしたあとで、読んでいないから合意していない、とは言えません。合意があったかどうかを争うなら、そもそも要件を満たしていない、と言うか、条項が外れる場合に当たる、と言うかです。合意があったとされた条項が有効かどうかは、別の問題として残ります。

改正前の約款の扱い。民法に約款の規定は無く、解釈に委ねられていた(札=改正の説明)。古い判決=約款によらない旨の意思を示さずに契約したときは、反証がない限り、約款による意思で契約したものと推定する(火災保険の契約についての判断)。現行=推定ではなく、要件を条文で定めて「みなす」。出典=大判大正4・12・24 民録21輯2182頁。 図:改正前の約款の扱い

  • 民法に約款の規定は無く、解釈に委ねられていた(札=改正の説明)
  • 古い判決=約款によらない旨の意思を示さずに契約したときは、反証がない限り、約款による意思で契約したものと推定する(火災保険の契約についての判断)
  • 現行=推定ではなく、要件を条文で定めて「みなす」
  • 出典=大判大正4・12・24 民録21輯2182頁

では、改正の前は、どう考えられていたのか。根拠の札を、もう1枚確認します。判例とは、最高裁の判決文に書いてあることでした。最高裁ができる前の、大審院の判決文も、同じ、判例の札で扱います。今日は、その大審院の古い判決を1つだけ、範囲を絞って使います。民法には、約款の規定が無く、解釈に委ねられていました。古い判決に、火災保険の契約について、約款によらない旨の意思を示さずに契約したときは、反証がない限り、約款による意思で契約したものと推定する、と述べたものがあります。出典は、板の下に出しています。現行は、推定ではありません。要件を条文で定めたうえで、みなす、としたのです。

公表の特則(薄く)。電車・バス・飛行機・船のように、乗るたびに約款を契約の内容とする旨を表示することが難しい取引には、別の法律の特則がある。2号の「表示していた」が「表示し、又は公表していた」となる。法令名と条番号=鉄道営業法18条ノ2・道路運送法87条・航空法134条の4・海上運送法32条の2。理由=公共性が高く、多数の利用者と速やかに契約する必要があり、表示を厳格に求めるのは現実的でない。公表の方法の例=事業者のホームページに明示すること。 図:公表の特則

  • 薄く
  • 電車・バス・飛行機・船のように、乗るたびに約款を契約の内容とする旨を表示することが難しい取引には、別の法律の特則がある。2号の「表示していた」が「表示し、又は公表していた」となる。法令名と条番号=鉄道営業法18条ノ2・道路運送法87条・航空法134条の4・海上運送法32条の2。理由=公共性が高く、多数の利用者と速やかに契約する必要があり、表示を厳格に求めるのは現実的でない。公表の方法の例=事業者のホームページに明示すること。

片隅のリンクの問いで残しておいた、特則です。電車、バス、飛行機、船のように、乗るたびに表示することが難しい取引には、別の法律に特則があり、2号の、表示していた、が、表示し、または公表していた、とされます。鉄道営業法、道路運送法、航空法、海上運送法です。条番号は、板に出しています。理由は、改正の説明の札で、公共性が高く、多数の利用者と速やかに契約する必要があるため、表示を厳格に求めるのは現実的でないからです。公表の方法の例は、事業者のホームページに明示することです。

柱2——一方的に害する不当な条項は外れる

2つめの柱の入口。柱2=不当な条項は外れる(548条の2第2項と消費者契約法10条)。外れるのはその条項だけ。設例の違約金の条項は、どちらの見方で外れうるか。次の柱3=内容の表示の請求と、拒んだとき(548条の3)。 図:2つめの柱の入口

  • 柱2=不当な条項は外れる(548条の2第2項と消費者契約法10条)
  • 外れるのはその条項だけ
  • 設例の違約金の条項は、どちらの見方で外れうるか
  • 次の柱3=内容の表示の請求と、拒んだとき(548条の3)

2つめの柱です。読んでいなくても、みなし合意で、条項は中身になります。では、どんな条項でも、中身になるのでしょうか。ならないものがあります。548条の2 の2項です。

条文民法548条の2第2項

民法第548条の2第2項 2 前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。

548条の2第2項を3つに割る。1 どんな条項か=相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項。2 何に照らすか=その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念。3 どう評価されたら外れるか=第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められる。効果=合意をしなかったものとみなす(その条項だけ)。 図:548条の2第2項を3つに割る

  • 1 どんな条項か=相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項
  • 2 何に照らすか=その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念
  • 3 どう評価されたら外れるか=第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められる
  • 効果=合意をしなかったものとみなす(その条項だけ)

3つに割って読みます。1つめ、どんな条項か。相手方の権利を制限するか、相手方の義務を加重する条項です。2つめ、何に照らして見るか。その定型取引の態様、その実情、そして取引上の社会通念です。態様とは、その取引が、どんなやり方で行われているか、ということです。そして3つめ、どう評価されたら外れるか。1条2項の基本原則に反して、相手方の利益を一方的に害すると認められることです。1条2項は、信義則という原則でした。相手の正当な期待を裏切らない、という考え方です。効果は、合意をしなかったものとみなす、です。みなし合意の対象から外れます。外れるのは、その条項だけです。約款全体が外れるわけではありません。

条文民法1条2項

民法第1条第2項(基本原則) 2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

無効ではなく、合意をしなかったものとみなす。みなし合意=合意があったものとみなす仕組み。そこから一定の条項を除外する作りにしてある。無効=合意があったことを前提に、あとから効力を否定する。構造が違うので、条文の言葉で言う。外れるのは、その条項だけ。 図:無効ではなく、合意をしなかったものとみなす

  • みなし合意=合意があったものとみなす仕組み
  • そこから一定の条項を除外する作りにしてある
  • 無効=合意があったことを前提に、あとから効力を否定する
  • 構造が違うので、条文の言葉で言う
  • 外れるのは、その条項だけ

条文の言葉は、合意をしなかったものとみなす、です。改正の説明の札で言えます。みなし合意は、合意があったものとみなす仕組みです。そこから、一定の条項を除外する作りにしてあります。合意があったことを前提に、あとから効力を否定する、無効とは、構造が違うのです。ですから、無効とは言わず、条文の言葉で言います。

2項の見方。条項の中身だけでなく、取引の態様、実情、社会通念を広く見る(90条のように厳しい基準でなければ外れない、というものではない)。不意打ち的な条項=相手方にとって客観的に予測しにくく、大きな負担を課す条項は、知りうるようにする措置をとっていなければ、信義則に反する可能性が高い。措置をとったかどうかは態様の話。例=動画サービスの規約に、利用者が全く予想していない別の有料サービスへの加入義務が書いてある場合。 図:2項の見方

  • 条項の中身だけでなく、取引の態様、実情、社会通念を広く見る(90条のように厳しい基準でなければ外れない、というものではない)
  • 不意打ち的な条項=相手方にとって客観的に予測しにくく、大きな負担を課す条項は、知りうるようにする措置をとっていなければ、信義則に反する可能性が高い
  • 措置をとったかどうかは態様の話
  • 例=動画サービスの規約に、利用者が全く予想していない別の有料サービスへの加入義務が書いてある場合

なぜ信義則なのか。これも改正の説明の札です。約款では、相手方が、条項の中身を認識しないまま取引が行われます。その特質を踏まえて、条項の中身だけでなく、取引の態様、実情、社会通念を広く見て判断します。公序良俗の90条のように、厳しい基準でなければ外れない、というものではありません。90条は、不当な条項を無効にする一般の道具として、別にあります。改正の説明は、不意打ち的な条項にも触れています。相手方にとって客観的に予測しにくい条項で、しかも相手方に大きな負担を課すものは、相手方がその中身を知りうるようにする措置をとっていなければ、信義則に反する可能性が高いとされます。知りうるようにする措置をとったかどうかは、取引がどんなやり方で行われたか、つまり態様の話です。ですから、不意打ち的な条項は、態様という考慮要素を通して、2項で排除されうるのです。こちらで作った例で言うと、動画サービスの規約に、利用者が全く予想していない、別の有料サービスへの加入義務が書いてある場合です。

設例への当てはめ(こちらの説明)。違約金の条項=解約するときは違約金として1年分の料金を払う=相手方の義務を加重する条項。態様=読まないまま同意ボタンで登録している。実情=月額制サービスで解約の自由はどのくらい重いか。社会通念に照らして一方的に害するか。結論=事情しだい(断定しない)。日割り返金なしの条項も、同じ見方で当てはめる(評価は事情しだい)。 図:設例への当てはめ

  • こちらの説明
  • 違約金の条項=解約するときは違約金として1年分の料金を払う=相手方の義務を加重する条項。態様=読まないまま同意ボタンで登録している。実情=月額制サービスで解約の自由はどのくらい重いか。社会通念に照らして一方的に害するか。結論=事情しだい(断定しない)。日割り返金なしの条項も、同じ見方で当てはめる(評価は事情しだい)。

設例の違約金の条項に当てます。こちらの説明の札です。解約するときに1年分の料金を払う条項は、相手方の義務を加重する条項です。次に、何に照らすか。態様は、読まないまま、同意ボタンで登録を済ませていることです。実情は、月額制のサービスで、解約の自由がどのくらい重いか、です。そのうえで、社会通念に照らして、一方的に害するかを見ます。結論は、事情しだいです。断定はしません。日割り返金なしの条項も、同じ見方で当てはめます。評価は、事情しだいです。ここは、論文で論点になりうる所です。考慮要素を、条文の言葉で言えるようにしておいてください。冒頭の答えの方向に戻すと、読んでいなくても、条項は、みなし合意で契約の中身になります。ただし、一方的に害すると評価された条項は、その条項だけ外れます。

柱2——消費者契約法10条との関係

消費者契約法10条との関係。消費者契約法=消費者と事業者の間に格差があることを理由に、保護を広げた法律。Bは個人の利用者=消費者契約でもある。違約金の条項は、民法548条の2第2項でも消費者契約法10条でも争える。 図:消費者契約法10条との関係

  • 消費者契約法=消費者と事業者の間に格差があることを理由に、保護を広げた法律
  • Bは個人の利用者=消費者契約でもある
  • 違約金の条項は、民法548条の2第2項でも消費者契約法10条でも争える

似た規定が、もう一つあります。消費者契約法10条です。消費者契約法は、消費者と事業者の間に格差があることを理由に、保護を広げた法律でした。設例のBは、商売と関係なく契約した個人なので、消費者契約でもあります。ですから、違約金の条項は、民法でも、消費者契約法でも、争えます。条文を読みます。

条文消費者契約法10条

消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効) 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

要点を読みます。法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して、消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法1条2項の基本原則に反して、消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。公の秩序に関しない規定とは、91条で読んだ、当事者が合意で変えてよい規定、任意規定のことです。条文の初めの、消費者の不作為をもって、から始まる部分は、対象になる条項の例です。消費者が何もしないでいると、新しい契約の申込みや承諾をしたことにする条項、という意味です。

比較板。民法548条の2第2項と消費者契約法10条。対象=定型取引(事業者どうしでも当たりうる)/消費者契約(消費者と事業者の契約)。効果=合意をしなかったものとみなす(そもそも契約の中身にならない)/無効。何と比べ何に照らすか=その定型取引の態様・実情・取引上の社会通念に照らして/法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して。共通=権利を制限し、又は義務を加重する条項/1条2項の基本原則に反して一方的に害する。出典=民法548条の2第2項、消費者契約法10条。 図:比較板

  • 民法548条の2第2項と消費者契約法10条
  • 対象=定型取引(事業者どうしでも当たりうる)/消費者契約(消費者と事業者の契約)
  • 効果=合意をしなかったものとみなす(そもそも契約の中身にならない)/無効
  • 何と比べ何に照らすか=その定型取引の態様・実情・取引上の社会通念に照らして/法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して
  • 共通=権利を制限し、又は義務を加重する条項/1条2項の基本原則に反して一方的に害する
  • 出典=民法548条の2第2項、消費者契約法10条

並べます。条文の文言から言えることなので、条文の札です。対象が違います。消費者契約法10条は、消費者契約、つまり消費者と事業者の契約の条項に限られます。民法の2項には、その限定が書かれていません。事業者どうしの取引でも当たりえます。ここだけは、改正の説明の札です。先ほど例に出した、企業が市販のソフトウェアを購入する契約でも適用されうる、と政府が説明しています。効果が違います。民法は、合意をしなかったものとみなす。そもそも契約の中身になりません。消費者契約法は、無効です。物差しも違います。民法は、その定型取引の態様、実情、取引上の社会通念に照らして見ます。消費者契約法は、法令中の公の秩序に関しない規定を適用した場合と比べます。共通するのは、権利を制限し、または義務を加重する条項であること、そして、1条2項の基本原則に反して、一方的に害することです。

両方に当たるときの選び方。選べる(政府の説明では選択的に主張できる)。民法の2項=ある条項について合意があるかどうかを定める。消費者契約法10条=合意が成立していることを前提に、その条項の有効性を判断する。どちらを先に判断しなければならない関係でもない。別に置いた理由=適用範囲も重く見る考慮要素も違い、結論が違うこともありうる。 図:両方に当たるときの選び方

  • 選べる(政府の説明では選択的に主張できる)
  • 民法の2項=ある条項について合意があるかどうかを定める
  • 消費者契約法10条=合意が成立していることを前提に、その条項の有効性を判断する
  • どちらを先に判断しなければならない関係でもない
  • 別に置いた理由=適用範囲も重く見る考慮要素も違い、結論が違うこともありうる

両方に当たる場面では、どちらを主張すればいいのですか?選べます。改正の説明の札で言えます。政府の説明では、選択的に主張できるとされています。民法の2項は、ある条項について合意があるかどうかを定めます。消費者契約法10条は、合意が成立していることを前提に、その条項の有効性を判断します。どちらを先に判断しなければならない関係でもありません。なぜ別に置いたのか。これも改正の説明の札です。約款では、相手方が内容を認識しないまま取引します。合意があったとみなすのが適切でない条項を、定型取引の特質を重視して防ぐのが、民法の2項です。消費者契約法10条は、消費者と事業者の間にある、様々な格差を踏まえて判断します。要件は似て見えても、適用範囲も、重く見る考慮要素も違い、結論が違うこともありえます。

柱3——内容の表示の請求と、拒んだとき

548条の3の流れ。1項=約款を用意した人は、定型取引合意の前、又は合意の後相当の期間内に、相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法で約款の内容を示さなければならない。ただし書=既に書面を交付し、又は電磁的記録を提供していたときは不要。請求が無ければ示さなくても、みなし合意は働く。 図:548条の3の流れ

  • 1項=約款を用意した人は、定型取引合意の前、又は合意の後相当の期間内に、相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法で約款の内容を示さなければならない
  • ただし書=既に書面を交付し、又は電磁的記録を提供していたときは不要
  • 請求が無ければ示さなくても、みなし合意は働く

3つめの柱は、548条の3 です。見出しの言葉は、定型約款の内容の表示です。みなし合意で、読んでいない条項が中身になるのなら、せめて、中身を見せてもらえる権利が要ります。その権利を保障するのが、この条文です。1項から読みます。

条文民法548条の3第1項

民法第548条の3第1項(定型約款の内容の表示) 1 定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。

読みます。定型取引を行い、または行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前、または合意の後相当の期間内に、相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法で、その定型約款の内容を示さなければならない。ただし書です。すでに書面を交付し、または電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。電磁的記録とは、データの形で記録したもののことです。作りに注意してください。請求があれば示す、という作りです。請求が無ければ、示さなくても、みなし合意は働きます。趣旨は、改正の説明の札で、相手方に、約款の内容を知る機会を保障することです。相当の期間についても、改正の説明は、たとえば継続的な契約なら、契約が続いている間は請求でき、終わったあとも、一定の期間は請求できると考えられる、としています。

548条の3第2項。定型約款準備者が定型取引合意の前において請求を拒んだときは、前条の規定(548条の2)は適用しない=みなし合意が働かない=約款全体が契約の中身にならない。ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は除く。合意のあとの請求を拒んだときは2項の対象外。 図:548条の3第2項

  • 定型約款準備者が定型取引合意の前において請求を拒んだときは、前条の規定(548条の2)は適用しない=みなし合意が働かない=約款全体が契約の中身にならない
  • ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は除く
  • 合意のあとの請求を拒んだときは2項の対象外

条文民法548条の3第2項

民法第548条の3第2項 2 定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは、前条の規定は、適用しない。ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。

2項です。定型約款準備者が、定型取引合意の前に、請求を拒んだときは、前条の規定は、適用しない。前条とは、548条の2 です。つまり、みなし合意が働かず、約款全体が、契約の中身にならないのです。なぜ、条項1つではなく、全体なのか。条文の作りは、こうです。読んでいない条項が中身になるのは、548条の2 が適用されるからでした。その適用が止まれば、どの条項についても、合意をしたものとみなされません。改正の説明では、取引を行うか決める前に約款の内容を知ることが重要なので、知る機会を失わせた準備者には強い不利益を課した、とされています。合意の前に請求を拒まれた人は、中身を知る機会を求めたのに、得られないまま、合意するかどうかを決めることになります。知る機会を保障する、という1項の趣旨が、果たされていない場面です。ただし、一時的な通信障害が発生した場合、その他正当な事由がある場合は、この限りではありません。拒んでも、2項の効果は出ません。

合意のあとに請求を拒んだとき。2項が書くのは、定型取引合意の前に拒んだときだけ。みなし合意は残る(548条の2の適用を止める、とは書いていない)。約款を外すのではなく、示す義務の違反として扱う。履行の請求・損害賠償・解除などが問題になりうる(強制的な履行の請求が414条、損害賠償が415条、解除が541条)。 図:合意のあとに請求を拒んだとき

  • 2項が書くのは、定型取引合意の前に拒んだときだけ
  • みなし合意は残る(548条の2の適用を止める、とは書いていない)
  • 約款を外すのではなく、示す義務の違反として扱う
  • 履行の請求・損害賠償・解除などが問題になりうる(強制的な履行の請求が414条、損害賠償が415条、解除が541条)

合意のあとの請求を拒んだときは、2項の対象外です。条文は、合意の前に拒んだときだけを書いています。合意のあとに拒んだときに、548条の2 の適用を止める、とは書いていません。ですから、みなし合意は残ります。こちらの説明の札で言うと、合意のあとの請求は、合意するかどうかを決めたあとで、中身を確かめるためのものです。そこで、約款を外すのではなく、示す義務の違反として扱います。改正の説明の札で言うと、履行の請求や、損害賠償、解除などが問題になりうる、とされています。条文は、強制的な履行の請求が414条、損害賠償が415条、解除が541条です。

柱2と柱3のまとめ。中身にならない2種の違い。不当な条項(548条の2第2項)=外れるのはその条項だけ/例外なし/問題になるのは条項の中身が一方的に害するか。合意の前の請求を拒んだとき(548条の3第2項)=外れるのは約款全体(みなし合意が働かない)/例外=一時的な通信障害その他正当な事由/問題になるのは請求を拒んだ事実。合意のあとの請求を拒んだとき=外れない(みなし合意は残る)/問題になるのは示す義務の不履行。 図:柱2と柱3のまとめ

  • 中身にならない2種の違い
  • 不当な条項(548条の2第2項)=外れるのはその条項だけ/例外なし/問題になるのは条項の中身が一方的に害するか
  • 合意の前の請求を拒んだとき(548条の3第2項)=外れるのは約款全体(みなし合意が働かない)/例外=一時的な通信障害その他正当な事由/問題になるのは請求を拒んだ事実
  • 合意のあとの請求を拒んだとき=外れない(みなし合意は残る)/問題になるのは示す義務の不履行

違いを、一枚で整理します。不当な条項は、外れるのが、その条項だけです。問題になるのは、条項の中身が、一方的に害するかどうかです。合意の前の請求を拒んだときは、外れるのが、約款全体です。例外は、一時的な通信障害その他正当な事由です。問題になるのは、請求を拒んだという事実です。合意のあとの請求を拒んだときは、外れません。示す義務の不履行の問題です。

弁別の練習

練習問題1。1 取引先どうしが、交渉のたたき台に使う契約書のひな形。2 通販サイトの利用規約。問い=定型約款に当たるのはどちらか。理由は、定型取引の2つの要素に当てて言う。 図:練習問題1

  • 1 取引先どうしが、交渉のたたき台に使う契約書のひな形
  • 2 通販サイトの利用規約
  • 問い=定型約款に当たるのはどちらか
  • 理由は、定型取引の2つの要素に当てて言う

ここからは、練習です。問1です。取引先どうしが、交渉のたたき台に使う契約書のひな形と、通販サイトの利用規約があります。定型約款に当たるのは、どちらでしょうか? 定型取引の2つの要素に当てて、理由も考えてください。当たるのは、通販サイトの利用規約のほうです。ひな形は当たりませんが、理由に注意してください。ひな形が当たらないのは、事業者どうしだからではありません。条項を直して、交渉することが前提で、画一的であることが双方にとって合理的とは言えないからです。通販サイトの利用規約は、不特定多数の利用者を相手方とし、全員同じ内容なので、当たります。決め手は、交渉で直すことが前提かどうか、です。

練習問題2。1 ある条項が、信義則に反して、Bの利益を一方的に害する。2 Bが登録の前に「規約を見せてほしい」と頼んだのに、A社が断った(正当な事由はない)。問い=外れる範囲は、それぞれどう違うか。 図:練習問題2

  • 1 ある条項が、信義則に反して、Bの利益を一方的に害する
  • 2 Bが登録の前に「規約を見せてほしい」と頼んだのに、A社が断った(正当な事由はない)
  • 問い=外れる範囲は、それぞれどう違うか

問2です。1つめは、ある条項が、信義則に反して、Bの利益を一方的に害する場合。2つめは、Bが登録の前に、規約を見せてほしいと頼んだのに、A社が断った場合で、正当な事由はありません。外れる範囲は、それぞれどう違うでしょうか?どちらも、約款の全体が外れる、のではないでしょうか。違います。1つめは、548条の2 の2項です。外れるのは、その条項だけで、ほかの条項は、みなし合意で中身のままです。2つめは、548条の3 の2項で、548条の2 が適用されません。みなし合意が働かず、約款全体が、契約の中身になりません。決め手は、問題なのが条項の中身か、請求を拒んだことか、です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 定型約款は、定型取引合意をした者が、1号(合意)か2号(あらかじめ表示)を満たすと、個別の条項まで合意したものとみなされて、契約の中身になる(548条の2第1項)。2 一方的に害する不当な条項は、その条項だけ外れる(548条の2第2項と消費者契約法10条)。3 合意の前の表示の請求を拒むと、約款全体が中身にならない(548条の3第2項)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 定型約款は、定型取引合意をした者が、1号(合意)か2号(あらかじめ表示)を満たすと、個別の条項まで合意したものとみなされて、契約の中身になる(548条の2第1項)
  • 2 一方的に害する不当な条項は、その条項だけ外れる(548条の2第2項と消費者契約法10条)
  • 3 合意の前の表示の請求を拒むと、約款全体が中身にならない(548条の3第2項)

3つの柱で整理します。1つめ、定型約款は、定型取引合意をした人が、1号の合意か、2号のあらかじめの表示を満たすと、個別の条項まで合意したものとみなされて、契約の中身になります。2つめ、ただし、一方的に害する不当な条項は、その条項だけ外れます。民法の2項と、消費者契約法10条です。3つめ、合意の前に請求を拒むと、約款全体が中身になりません。548条の3 の2項です。

冒頭の問いの答え。読んでいない日割り返金なしの条項=みなし合意で契約の中身になる(1号。ボタンで同意)。外れるかは評価しだい。違約金の条項=外れるかは評価しだい(548条の2第2項・消費者契約法10条)。 図:冒頭の問いの答え

  • 読んでいない日割り返金なしの条項=みなし合意で契約の中身になる(1号。ボタンで同意)
  • 外れるかは評価しだい
  • 違約金の条項=外れるかは評価しだい(548条の2第2項・消費者契約法10条)

冒頭の問いに戻ります。読んでいない日割り返金なしの条項も、ボタンで同意しているので、1号を満たし、みなし合意で契約の中身になります。設例では請求の拒否はありませんから、この条項が外れるかどうかは、一方的に害すると評価されるかどうかで決まります。違約金の条項も、入口は同じで、外れるかどうかが、評価しだいです。民法の2項でも、消費者契約法10条でも争えます。論文で論点になりうるのは、画一的であることが双方にとって合理的か、一方的に害すると言えるか、の当てはめです。ここは評価の問題で、考慮要素を、条文の言葉で言います。548条の2 と 548条の3 は、条文どおりの要件で、条文番号で言えます。

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#231単独ページ動画

定型約款の変更

第5章 契約 #231/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

同意していないのに、料金が変わる

冒頭の設例の時系列。A(動画配信サービスの会社)、B(登録した利用者)。1 Bが、月額1000円でA社のサービスに登録している。2 ある日、A社から「来月から月額1200円にします」と通知が届く。3 Bは、この値上げに同意していない。問い=料金は変わるのか。 図:冒頭の設例の時系列

  • A(動画配信サービスの会社)、B(登録した利用者)
  • 1 Bが、月額1000円でA社のサービスに登録している
  • 2 ある日、A社から「来月から月額1200円にします」と通知が届く
  • 3 Bは、この値上げに同意していない
  • 問い=料金は変わるのか

先に、答えの方向を言います。同意が無くても、変わることがあります。ただし、条文の条件を満たしたときだけです。契約の中身は、本来、一方だけでは変えられません。定型約款には、その例外が置かれていて、例外には、中身と手続の両方で、歯止めがかかっています。値上げが条件を満たすかどうかは、事情しだいです。何を見て決めるのかを、条文を読みながら確かめます。登場するのは、規約を用意したA社と、登録したBです。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=契約の基礎と成立の最終回。契約が成立するまで(申込み・承諾・規約が契約の中身になる入口)→今日=成立したあとに、規約の中身を変えられるか。背骨=契約の中身は、一方だけでは変えられない。なのに定型約款は、条文の条件を満たせば、相手方の同意なしに変えられる。だから民法は、変えてよい中身(1項)と、踏むべき手続(2項・3項)の両方で縛っている。3つの柱=1 なぜ変えられるのか、どんな中身なら変えられるのか(548条の4第1項)/2 どんな手続を踏むのか(2項・3項)/3 4項・経過措置と、設例への当てはめ。そのあとに、似た制度との分け目を練習する。 図:今日の地図

  • 位置=契約の基礎と成立の最終回
  • 契約が成立するまで(申込み・承諾・規約が契約の中身になる入口)→今日=成立したあとに、規約の中身を変えられるか
  • 背骨=契約の中身は、一方だけでは変えられない
  • なのに定型約款は、条文の条件を満たせば、相手方の同意なしに変えられる
  • だから民法は、変えてよい中身(1項)と、踏むべき手続(2項・3項)の両方で縛っている
  • 3つの柱=1 なぜ変えられるのか、どんな中身なら変えられるのか(548条の4第1項)/2 どんな手続を踏むのか(2項・3項)/3 4項・経過措置と、設例への当てはめ
  • そのあとに、似た制度との分け目を練習する

位置づけです。ここまで、契約の申込み、承諾、そして規約が契約の中身になる入口を見てきました。今日は、契約の基礎と成立というまとまりの、最後の回です。成立した契約の中身を、あとから変えられるのか、を見ます。前提を一つだけ確認します。利用規約のように、不特定多数の人を相手に、全員同じ内容で結ぶことが双方にとって合理的な取引があります。その取引のために用意されたルールの集まりを、条文の言葉で、定型約款と呼びます。それを用意した側が定型約款準備者、相手が相手方です。設例では、A社が定型約款準備者、Bが相手方です。定型約款は、読んでいなくても契約の中身になる入口が条文にありました。今日の背骨は、この一文です。契約の中身は、一方だけでは変えられない。それが原則。なのに、定型約款は、条文の条件を満たせば、相手方の同意なしに変えられる。だから民法は、変えてよい中身と、踏むべき手続の、両方で縛っています。柱は3つです。1つめ、なぜ変えられるのか、どんな中身なら変えられるのか。548条の4 の1項です。2つめ、どんな手続を踏むのか。2項と3項です。3つめ、4項と経過措置、そして設例への当てはめです。そのあとで、似た制度との分け目を練習します。根拠の札を、貼るように言い分けます。条文とは、法律に書いてあることです。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことです。

柱1——原則と、例外を置く理由

原則。契約の中身を変えるには、相手方の個別の合意が要る。当事者が合意すれば、いつでも変えられる(Bが1200円に同意すれば変えられる)。問い=それなのに、定型約款は、同意なしに変えられるのはなぜか。 図:原則

  • 契約の中身を変えるには、相手方の個別の合意が要る
  • 当事者が合意すれば、いつでも変えられる(Bが1200円に同意すれば変えられる)
  • 問い=それなのに、定型約款は、同意なしに変えられるのはなぜか

柱1に入る前に、復習を一つ。読んでいない利用規約の条項が契約の中身になる入口は、いくつありましたか?2つです。合意をしたときと、あらかじめ表示されていたときです。そうして契約の中身になった条項を、あとから変えられるのか、が今日の問いです。まず原則です。契約を結べば、当事者は拘束されます。契約の拘束力でした。そして、契約の中身を変えるにも、相手方の個別の合意が要ります。当事者が話し合って合意し、料金を改めるのは自由です。Bが1200円に同意すれば、いつでも変えられます。こちらの説明の札です。ここで、根拠の札を、もう一つ確認します。改正の説明とは、2017年の改正のときに、法務省や法制審議会が出した資料や、国会での政府の説明に書かれている、理由や例のことです。いま見た原則は、改正の説明にも、そのまま書かれています。

同意なしの変更を認める理由(改正の説明)。1 法令の変更や経済情勢の変化に対応する必要がある。2 相手方は不特定多数で、所在の把握が難しく、承諾を得るのに時間とコストがかかる。3 一部が拒むと、全員同じ内容という画一性が保てない。設例=何十万人の利用者から1人ずつ同意を取るのは現実的でない。 図:同意なしの変更を認める理由

  • 改正の説明
  • 1 法令の変更や経済情勢の変化に対応する必要がある。2 相手方は不特定多数で、所在の把握が難しく、承諾を得るのに時間とコストがかかる。3 一部が拒むと、全員同じ内容という画一性が保てない。設例=何十万人の利用者から1人ずつ同意を取るのは現実的でない。

定型約款に、同意なしの変更を認める理由は、改正の説明に、3つ挙がっています。1つめ、長く続く取引では、法令の変更や、経済情勢の変化に対応して、約款を変える必要が出ます。法務省の説明資料の例は、保険法の制定に伴う保険約款の変更、犯罪収益移転防止法の改正に伴う預金規定の変更、電気料金の値上げに伴う電気供給約款の変更です。2つめ、相手方は不特定多数なので、所在の把握が難しく、承諾を得るのに、多大な時間とコストがかかります。3つめ、一部の相手方が変更を拒むと、全員に同じ内容で結ぶという、約款を使う目的、つまり画一性が保てなくなります。設例で言えば、A社が、何十万人もいる利用者の1人1人から同意を取るのは、現実的ではありません。Bだけが1000円のまま残れば、全員を同じ規約で扱うこともできなくなります。この言い直しは、こちらの説明の札です。

歯止め。実際に同意がなくても変更できるようにする必要がある一方、相手方の保護の観点から、合理的な場合に限定する→1項(中身)と2項・3項(手続)。注意=規約に変更条項(「変更することがあります」)があっても、自由に変えられるのではない。条文の要件を満たさなければ、一方的には変えられない。 図:歯止め

  • 実際に同意がなくても変更できるようにする必要がある一方、相手方の保護の観点から、合理的な場合に限定する→1項(中身)と2項・3項(手続)
  • 注意=規約に変更条項(「変更することがあります」)があっても、自由に変えられるのではない
  • 条文の要件を満たさなければ、一方的には変えられない

ただし、歯止めがあります。改正の説明では、実際に同意がなくても変更できるようにする必要がある一方で、相手方、つまり顧客の保護の観点から、合理的な場合に限定する必要がある、とされています。これが、1項の中身の要件と、2項、3項の手続です。注意点が一つあります。規約の中の「変更することがあります」という定めを、変更条項と呼びます。規約に、当社の都合で変更することがあります、と書いてあれば、自由に変えられる、のではありません。変更条項があっても、条文の要件を満たさなければ、一方的には変えられません。改正の説明の札です。

柱1——1項の入口、1号

548条の4第1項の入口は2つ。効果=変更後の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更できる。1号=変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。2号=契約をした目的に反せず、かつ、合理的なものであるとき。どちらかを満たせばよい。1号の例=料金の値下げ、サービスの拡充。 図:548条の4第1項の入口は2つ

  • 効果=変更後の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更できる
  • 1号=変更が、相手方の一般の利益に適合するとき
  • 2号=契約をした目的に反せず、かつ、合理的なものであるとき
  • どちらかを満たせばよい
  • 1号の例=料金の値下げ、サービスの拡充

条文を読みます。548条の4 の1項は、柱書と、1号、2号でできています。まず、柱書と1号です。

条文民法548条の4第1項

民法第548条の4第1項柱書・第1号(定型約款の変更) 1 定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。  一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。

効果は、2つの言い方で書かれています。変更後の条項について、合意があったものとみなす。個別に相手方と合意をすることなく、契約の内容を変更できる。みなす、は、反証を許さず、合意があったことにする、という意味です。入口は2つです。1号と2号の、どちらかを満たせばよいのです。かつ、でつながれているのは、2号の中だけです。1号の、相手方の一般の利益に適合する、とは、特定の相手方だけでなく、相手方全員の利益に適合する変更を指します。政府の説明です。同意なしで変えてよい理由は、通常、相手方が変更に合意すると言えるからです。例は、顧客が払う金額の減額や、サービス内容の拡充です。設例なら、月額を800円にする、見られる作品を増やす、という変更です。

柱1——2号を分解する

548条の4第1項2号を分解する。1 契約をした目的に反せず、かつ。2 次の事情に照らして合理的なものであるとき=変更の必要性/変更後の内容の相当性/この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定め(変更条項)の有無及びその内容/その他の変更に係る事情。変更条項は考慮要素の1つ=無ければ変更できない、ではない。有っても、それだけで変更できるわけでもない。 図:548条の4第1項2号を分解する

  • 1 契約をした目的に反せず、かつ
  • 2 次の事情に照らして合理的なものであるとき=変更の必要性/変更後の内容の相当性/この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定め(変更条項)の有無及びその内容/その他の変更に係る事情
  • 変更条項は考慮要素の1つ=無ければ変更できない、ではない
  • 有っても、それだけで変更できるわけでもない

設例の値上げは、1号に当たりません。2号の出番です。2号を読みます。

条文民法548条の4第1項

民法第548条の4第1項第2号  二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。

分解します。1つめ、契約をした目的に反しないこと。そのうえで2つめ、次の事情に照らして、合理的なものであること。事情は4つ並んでいます。変更の必要性。なぜ変えなければならないのか、です。変更後の内容の相当性。変えたあとの中身が、行き過ぎていないか、です。この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容。これが、さきほどの変更条項です。そして、その他の変更に係る事情です。その他の変更に係る事情は、改正の説明で、相手方に与える不利益の内容や程度、不利益を軽くする措置の内容などが挙げられています。事業者の側の事情だけでなく、相手方の事情も含めて、総合的に見ます。政府の説明では、客観的に見て合理的でなければならず、事業者にとって合理的と言えればよい、わけではありません。

変更条項。意味=規約の中の、定型約款の変更をすることがある旨の定め。無くても2号の変更ができなくなるわけではない(考慮要素の1つ)。有っても、それだけで変更できるわけではない。変更の対象や要件が具体的に定められていれば、合理性は認められやすくなる。 図:変更条項

  • 意味=規約の中の、定型約款の変更をすることがある旨の定め
  • 無くても2号の変更ができなくなるわけではない(考慮要素の1つ)
  • 有っても、それだけで変更できるわけではない
  • 変更の対象や要件が具体的に定められていれば、合理性は認められやすくなる

変更条項が無くても、2号の変更ができなくなるわけではありません。変更条項は、考慮要素の1つです。条文が、有無及びその内容、と書いているからです。無ければ変更できない、という要件ではありません。逆に、有っても、それだけで変更できるわけでもありません。無いことは、合理性の判断で不利に働きうるだけです。こちらの説明の札です。変更条項が置かれていて、変更の対象や要件が具体的に定められているなら、合理性は認められやすくなります。改正の説明では、有利な事情として考慮される、とされています。

柱2——周知の手続と、効力

548条の4第2項。1号・2号どちらの変更でも、効力発生時期を定め、変更する旨・変更後の内容・効力発生時期を、インターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。周知=広く知らせること。 図:548条の4第2項

  • 1号・2号どちらの変更でも、効力発生時期を定め、変更する旨・変更後の内容・効力発生時期を、インターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない
  • 周知=広く知らせること

柱2です。変えてよい中身が1項なら、踏むべき手続が、2項と3項です。2項から読みます。

条文民法548条の4第2項

民法第548条の4第2項 2 定型約款準備者は、前項の規定による定型約款の変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。

読みます。定型約款準備者は、1項の規定による変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、変更する旨、変更後の内容、効力発生時期を、インターネットの利用その他の適切な方法により、周知しなければならない。周知とは、広く知らせることです。1号の変更でも、2号の変更でも、周知しなければなりません。改正の説明の札で、周知の方法について、補足を一つだけ。インターネットを使えない相手方がいても、直ちに、個別の書面通知までは要りません。ただし、不利益を軽くする措置があるから合理的と言える変更では、各顧客に個別に書面で通知して、軽減措置を使う機会を与えなければならない場合も、あり得る、とされています。

548条の4第3項。第一項第二号の規定による変更は、効力発生時期が到来するまでに周知をしなければ、その効力を生じない。書いてあるのは2号だけ。1号の変更は、周知が遅れても、効力に影響しない。 図:548条の4第3項

  • 第一項第二号の規定による変更は、効力発生時期が到来するまでに周知をしなければ、その効力を生じない
  • 書いてあるのは2号だけ
  • 1号の変更は、周知が遅れても、効力に影響しない

次は3項です。周知をしなかったら、どうなるのか。

条文民法548条の4第3項

民法第548条の4第3項 3 第一項第二号の規定による定型約款の変更は、前項の効力発生時期が到来するまでに同項の規定による周知をしなければ、その効力を生じない。

読みます。1項2号の規定による変更は、2項の効力発生時期が到来するまでに、同項の規定による周知をしなければ、その効力を生じない。ここが読み分けです。条文が書いているのは、2号だけです。2号の変更は、効力発生時期が到来するまでに周知しなければ、効力を生じません。1号の変更は、周知が遅れても、効力に影響しません。ただし、2項の周知の義務は、1号にもあります。1号の反対読みは、こちらの説明の札です。なぜ2号だけなのか。政府の説明では、相手方の一般の利益に適合する場合に当たらない変更について、相手方保護の観点から、周知をしなかったときは効力を生じないとした、とされています。1号は相手方に利益になる変更なので、効力まで止める必要は小さい、というのは、こちらの説明です。

1号と2号の手続の表。実体の要件=1号は相手方の一般の利益に適合/2号は契約の目的に反せず、変更の必要性・相当性・変更条項の有無及び内容・その他の事情に照らして合理的。周知の義務(2項)=どちらもあり。周知しないと(3項)=1号は効力に影響しない/2号は効力を生じない。 図:1号と2号の手続の表

  • 実体の要件=1号は相手方の一般の利益に適合/2号は契約の目的に反せず、変更の必要性・相当性・変更条項の有無及び内容・その他の事情に照らして合理的
  • 周知の義務(2項)=どちらもあり
  • 周知しないと(3項)=1号は効力に影響しない/2号は効力を生じない

表で並べます。実体の要件は、1号と2号で違います。周知の義務は、どちらにもあります。違いが出るのは、周知をしなかったときで、効力を生じないのは、2号だけです。

柱3——4項は、変更に不当条項の規定を適用しない

548条の4第4項。前提=548条の2第2項は、相手方の義務を加重する等の条項で、信義則に反して相手方の利益を一方的に害するものは、合意をしなかったものとみなす(その条項だけ外れる)。4項=その規定は、1項の規定による定型約款の変更には、適用しない。変更の当否は1項の基準で見る。 図:548条の4第4項

  • 前提=548条の2第2項は、相手方の義務を加重する等の条項で、信義則に反して相手方の利益を一方的に害するものは、合意をしなかったものとみなす(その条項だけ外れる)
  • 4項=その規定は、1項の規定による定型約款の変更には、適用しない
  • 変更の当否は1項の基準で見る

柱3です。中身と手続、2つの歯止めを見ました。では、変更で足された条項が不当だと言いたいとき、不当な条項を外す規定も、使えるのでしょうか。答えは4項にあります。先に前提です。548条の2 の2項は、相手方の義務を加重する条項などで、信義則に反して、相手方の利益を一方的に害するものは、合意をしなかったものとみなす、という規定です。信義則は、民法1条2項にある、相手の正当な期待を裏切らない、という考え方です。その条項だけが外れます。

条文民法548条の4第4項

民法第548条の4第4項 4 第五百四十八条の二第二項の規定は、第一項の規定による定型約款の変更については、適用しない。

読みます。548条の2 の2項の規定は、1項の規定による定型約款の変更については、適用しない。条文の札です。変更には、不当な条項の規定を、重ねて使わない、ということです。

4項の趣旨(改正の説明)。立案の前提=定型約款の変更には不当条項の規定は適用されず、変更の当否は1項各号の規律による。両者の関係は必ずしもはっきりしないという指摘があり、確認のために4項を置いた。政府の説明=内容の不当性も含めて1項の要件で判断すれば足りる。 図:4項の趣旨

  • 改正の説明
  • 立案の前提=定型約款の変更には不当条項の規定は適用されず、変更の当否は1項各号の規律による。両者の関係は必ずしもはっきりしないという指摘があり、確認のために4項を置いた。政府の説明=内容の不当性も含めて1項の要件で判断すれば足りる。

趣旨は、改正の説明です。立案の資料は、定型約款の変更には不当条項の規定は適用されず、変更の当否は、より厳格であり、かつ考慮要素も異なる、1項各号の規律による、ということを前提にしていました。ところが、両者の関係は必ずしもはっきりしないという指摘があったので、確認のために4項を置いた、と説明されています。政府の説明では、変更された条項の相当性は、不当条項の規制よりも厳格な要件のもとで判断されるので、内容の不当性も含めて、1項の要件で判断すれば足り、548条の2 の2項を、あえて適用する必要がない、とされています。厳格な要件として挙げられているのは、契約をした目的に反しないこと、などです。

548条の2第2項と、変更(1項)の物差しの違い。2項が外すのは、信義則に反して相手方の利益を一方的に害する条項だけ。変更は、1号に当たらなければ、2号で目的に反せず合理的と言えてはじめて通る。試験では、変更後の条項が不利だという主張は、1項の基準で争う。4項は適用関係を確認する条文。

条文を並べます。こちらの説明の札です。548条の2 の2項が外すのは、信義則に反して、相手方の利益を一方的に害する条項だけです。変更のほうは、1号に当たらなければ、2号で、契約をした目的に反せず、かつ合理的と言えて、はじめて通ります。見る物差しが違うのです。ただし、より厳格、という評価は、立案した側と政府の説明です。条文に、厳格に判断する、と書いてあるわけではありません。答案で条文から言えるのは、変更の当否は1項の基準で見る、というところまでです。試験での使い方です。こちらの説明の札を一枚。変更後の条項が一方的に不利だ、という主張は、548条の2 の2項ではなく、1項の基準で争います。1号に当たるか、2号の合理性があるか、です。4項は、新しい制度を作る条文ではなく、適用関係を確認する条文です。

柱3——設例の値上げに当てる

設例の値上げ。1号に当たるか=値上げは相手方の一般の利益に適合しない→1号には当たらない。2号に当てはめる=【要件】1 契約をした目的に反しないか/【合理性の考慮要素】2 値上げの必要性(配信費・権利料の上昇など)3 上げ幅や内容は相当か(200円=2割) 4 変更条項の有無と内容(「料金を変更することがある」)5 その他の事情(猶予期間・値上げ前に解約できる期間など)。結論=事情しだい。 図:設例の値上げ

  • 1号に当たるか=値上げは相手方の一般の利益に適合しない→1号には当たらない
  • 2号に当てはめる=【要件】1 契約をした目的に反しないか/【合理性の考慮要素】2 値上げの必要性(配信費・権利料の上昇など)3 上げ幅や内容は相当か(200円=2割) 4 変更条項の有無と内容(「料金を変更することがある」)5 その他の事情(猶予期間・値上げ前に解約できる期間など)
  • 結論=事情しだい

設例の値上げに当てます。こちらの説明の札で、結論は、事情しだいです。まず、値上げは、相手方の一般の利益に適合しません。ですから、1号には当たりません。2号で考えます。2号に、1つずつ当てます。1つめは要件です。契約をした目的に反しないか。動画を見られる、という契約の目的が変わらないかを見ます。内容を大きく削っての値上げなら、話が別です。2つめからは、合理性を見るための考慮要素です。2つめ、値上げの必要性。配信費や権利料の上昇など、値上げを必要とする事情があるか。3つめ、変更後の内容の相当性。上げ幅は200円、2割です。この幅と内容がつり合っているか。

当てはめの続き。4 変更条項の有無と内容(「料金を変更することがある」)5 その他の事情(猶予期間・値上げ前に解約できる期間)。総合して合理的かを見る。合理的と言いやすい=理由がはっきり・上げ幅が小さい・解約できる期間がある。言いにくい=理由が示されず・上げ幅が大きく・解約の機会も無い。 図:当てはめの続き

  • 4 変更条項の有無と内容(「料金を変更することがある」)5 その他の事情(猶予期間・値上げ前に解約できる期間)
  • 総合して合理的かを見る
  • 合理的と言いやすい=理由がはっきり・上げ幅が小さい・解約できる期間がある
  • 言いにくい=理由が示されず・上げ幅が大きく・解約の機会も無い

4つめ、変更条項の有無と内容。A社の規約に、料金を変更することがある、という定めが入っているかを見ます。入っていれば、それも材料になります。変更の対象や要件が具体的に書かれているなら、合理性は認められやすくなります。5つめ、その他の事情。既存の利用者への影響を和らげる措置、たとえば猶予期間や、値上げ前に解約できる期間があるか、です。これらを総合して、合理的かどうかを見ます。たとえば、値上げの理由がはっきりしていて、上げ幅が小さく、値上げ前に解約できる期間もあるなら、合理的と言いやすくなります。逆に、理由が示されず、上げ幅が大きく、解約の機会も無いなら、言いにくくなります。

値上げの手続。効力発生時期=来月。来月が来るまでに、変更する旨・変更後の料金・効力発生時期をインターネットなどで周知していなければ、この値上げは効力を生じない(3項)。 図:値上げの手続

  • 効力発生時期=来月
  • 来月が来るまでに、変更する旨・変更後の料金・効力発生時期をインターネットなどで周知していなければ、この値上げは効力を生じない(3項)

手続です。効力発生時期が、来月からだったとします。その来月が来るまでに、変更する旨、変更後の料金、効力発生時期を、インターネットなどで周知していなければ、この値上げは、効力を生じません。3項です。

1号に当たる例と当たらない例。値下げ・見られる作品の追加は、1号に当たりうる。サービスの縮小(見られる画質を下げる)・A社の責任を軽くする免責条項の追加は、1号に当たらず、2号の合理性の判断で、変更の重さしだい。 図:1号に当たる例と当たらない例

  • 値下げ・見られる作品の追加は、1号に当たりうる
  • サービスの縮小(見られる画質を下げる)・A社の責任を軽くする免責条項の追加は、1号に当たらず、2号の合理性の判断で、変更の重さしだい

別の例です。値下げや、見られる作品の追加は、1号に当たりえます。改正の説明の札に挙げられた例です。一方、サービスの縮小、たとえば見られる画質を下げることや、A社の責任を軽くする免責条項の追加は、1号に当たりません。2号の合理性の判断で、変更の重さしだいです。ここは、こちらの説明の札です。

経過措置(短答知識)。平成29年法律第44号附則33条=548条の2〜548条の4は、施行日前に締結された定型取引に係る契約にも適用する(ただし旧法の規定によって生じた効力を妨げない)。契約の当事者の一方が書面(電磁的記録を含む)で反対の意思を表示したときは適用しない(解除権を現に行使できる者を除く)。その表示は施行日前にしなければならない。施行日=2020年4月1日。 図:経過措置

  • 短答知識
  • 平成29年法律第44号附則33条=548条の2〜548条の4は、施行日前に締結された定型取引に係る契約にも適用する(ただし旧法の規定によって生じた効力を妨げない)。契約の当事者の一方が書面(電磁的記録を含む)で反対の意思を表示したときは適用しない(解除権を現に行使できる者を除く)。その表示は施行日前にしなければならない。施行日=2020年4月1日。

短答向けに、経過措置を一言だけです。2017年の改正法の附則33条で、この3か条は、施行日の前に結ばれた、定型取引に係る契約にも適用されます。ただし、旧法の規定によって生じた効力は妨げません。契約の当事者の一方が、書面、電磁的記録を含みますが、これで反対の意思を表示したときは、適用されません。ただし、契約や法律の規定で、解除権を現に行使できる人は、この表示ができません。その表示は、施行日の前にしなければなりません。条文の札です。改正の説明では、施行日、2020年4月1日より前に結んだ契約でも、原則として、施行日のあとは新しい民法が適用される、とされています。

弁別の練習——契約の中身があとから変わる4つの道

契約の中身があとから変わる4つの道。個別の合意による変更=同意が要る(合意すればいつでも)・定型約款に限らない。定型約款の変更(548条の4)=同意は要らない・条文がある(1号・2号と周知)・定型約款だけ。事情変更の法理=相手が応じないとき・条文は無い(信義則)・きわめて狭い・定型約款に限らない。548条の2第2項=変更ではない・最初から契約の中身にならない条項の話。 図:契約の中身があとから変わる4つの道

  • 個別の合意による変更=同意が要る(合意すればいつでも)・定型約款に限らない
  • 定型約款の変更(548条の4)=同意は要らない・条文がある(1号・2号と周知)・定型約款だけ
  • 事情変更の法理=相手が応じないとき・条文は無い(信義則)・きわめて狭い・定型約款に限らない
  • 548条の2第2項=変更ではない・最初から契約の中身にならない条項の話

ここからは練習です。契約の中身があとから変わる道は、4つあります。分け目を確認します。1つめ、個別の合意による変更。同意が要ります。合意すれば、いつでも変えられます。定型約款でなくても使えます。2つめ、定型約款の変更。同意は要りません。条文があり、1号、2号と周知で縛られます。定型約款だけの道です。3つめ、事情変更の法理。契約を結んだあとに、前提にしていた事情が、当事者の予想できた範囲を超えて大きく変わり、契約どおりに守らせるのが著しく不当になる場合に、相手が応じなくても、拘束から解かれたり、中身を改められたりする道です。条文は無く、学説と実務の整理では、信義則から立てる法理で、扉はきわめて狭いです。固定の値段で売ると約束したあとに、仕入れ値が上がって赤字になった、というだけでは足りません。定型約款に限りません。4つめ、548条の2 の2項。これは変更の道ではありません。最初から契約の中身にならない条項の話で、変更には適用されません。

練習問題1。製粉所のC社と食品会社のD社が、1対1で交渉して、10年間の小麦粉の供給契約を結んだ。原料が値上がりして、C社が「来月から値段を上げる」とD社に通知した。D社は同意していない。問い=C社は548条の4で値段を変えられるか。 図:練習問題1

  • 製粉所のC社と食品会社のD社が、1対1で交渉して、10年間の小麦粉の供給契約を結んだ
  • 原料が値上がりして、C社が「来月から値段を上げる」とD社に通知した
  • D社は同意していない
  • 問い=C社は548条の4で値段を変えられるか

問1です。製粉所のC社と、食品会社のD社が、1対1で交渉して、10年間の小麦粉の供給契約を結びました。原料が値上がりして、C社が、来月から値段を上げる、とD社に通知しました。D社は同意していません。C社は、548条の4 で、値段を変えられるでしょうか?C社は、定型約款の変更では、値段を変えられません。この契約書は、1対1の交渉で作ったもので、定型約款ではありません。不特定多数を相手に、全員同じ内容で結ぶ取引ではないからです。548条の4 は使えず、値段を変えるには、D社の個別の合意が要ります。同意が得られないまま拘束を解く道は、事情変更の法理ですが、きわめて狭いです。決め手は、548条の4 で同意なしに変えられるのは、定型約款だけ、ということです。

練習問題2。1 E社が、料金を下げる変更を、周知が効力発生日のあとになったまま始めた。2 F社が、料金を上げる変更を、周知せずに始めた。問い=それぞれ、変更の効力はどうなるか。 図:練習問題2

  • 1 E社が、料金を下げる変更を、周知が効力発生日のあとになったまま始めた
  • 2 F社が、料金を上げる変更を、周知せずに始めた
  • 問い=それぞれ、変更の効力はどうなるか

問2です。1つめ、E社が、料金を下げる変更を、周知が効力発生日のあとになったまま始めました。2つめ、F社が、料金を上げる変更を、周知せずに始めました。変更の効力は、それぞれどうなるでしょうか?結論が分かれます。1つめは、料金を下げる変更なので、1号です。3項は2号だけを書いているので、周知が遅れても、効力に影響しません。ただし、2項の周知の義務の違反は残ります。2つめは、料金を上げる変更なので、2号に当たるかを考えます。周知しないまま、効力発生時期が来れば、効力を生じません。3項です。決め手は、1号か、2号か、です。

練習問題3。G社が、約款を変更して、「解約するときは、違約金として1年分の料金を払う」という条項を新しく足した。利用者Hは「不当な条項の規定(548条の2第2項)で、この条項は外れる」と主張した。問い=この主張は通るか。 図:練習問題3

  • G社が、約款を変更して、「解約するときは、違約金として1年分の料金を払う」という条項を新しく足した
  • 利用者Hは「不当な条項の規定(548条の2第2項)で、この条項は外れる」と主張した
  • 問い=この主張は通るか

問3です。G社が、約款を変更して、解約するときは、違約金として1年分の料金を払う、という条項を新しく足しました。利用者のHは、不当な条項の規定、548条の2 の2項で、この条項は外れる、と主張しました。この主張は、通るでしょうか?Hの主張は、通りません。4項により、変更には、548条の2 の2項は適用されないからです。争うなら、1項の基準です。1号に当たるか、2号で、契約をした目的に反しないか、そして必要性、相当性、変更条項、その他の事情に照らして、合理的か、です。決め手は、変更の当否は、1項の基準で見る作りになっている、ということです。条文と改正の説明の札です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 契約の中身は、個別の合意が要るのが原則。定型約款は、相手方が多数で合意を取りにくいので、1号(一般の利益に適合)か2号(目的に反せず合理的。変更条項は考慮要素の1つ)なら、同意なしに変えられる。2 手続は、1号・2号とも周知(2項)。周知が遅れて効力を生じないのは2号だけ(3項)。3 4項で、548条の2第2項は変更に適用しない。変更の当否は1項の基準で見る。経過措置は短答で一言。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 契約の中身は、個別の合意が要るのが原則
  • 定型約款は、相手方が多数で合意を取りにくいので、1号(一般の利益に適合)か2号(目的に反せず合理的。変更条項は考慮要素の1つ)なら、同意なしに変えられる
  • 2 手続は、1号・2号とも周知(2項)
  • 周知が遅れて効力を生じないのは2号だけ(3項)
  • 3 4項で、548条の2第2項は変更に適用しない
  • 変更の当否は1項の基準で見る
  • 経過措置は短答で一言

3つの柱で整理します。1つめ、契約の中身は、個別の合意が要るのが原則です。定型約款は、相手方が多数で、合意を取りにくいので、1号の、相手方の一般の利益に適合するか、2号の、目的に反せず合理的か、のどちらかを満たせば、同意なしに変えられます。変更条項は、考慮要素の1つです。2つめ、手続は、1号でも2号でも、周知です。2項です。周知が遅れて、効力を生じないのは、2号だけです。3項です。3つめ、4項で、548条の2 の2項は、変更には適用されません。変更の当否は、1項の基準で見ます。経過措置では、施行日の前に結んだ契約にも、原則として、定型約款の規定が適用されます。

冒頭の問いの答え。Bの値上げ=1号に当たらない→2号で見る=1 契約をした目的に反しないか 2 必要性・相当性・変更条項・その他の事情に照らして合理的か。手続=効力発生時期(来月)が来るまでに周知していなければ効力を生じない(3項)。結論=事情しだい。 図:冒頭の問いの答え

  • Bの値上げ=1号に当たらない→2号で見る=1 契約をした目的に反しないか 2 必要性・相当性・変更条項・その他の事情に照らして合理的か
  • 手続=効力発生時期(来月)が来るまでに周知していなければ効力を生じない(3項)
  • 結論=事情しだい

冒頭の問いに戻ります。同意していないBの料金は、変わるのか。値上げは、1号に当たりません。2号で、契約をした目的に反しないか、そして必要性、相当性、変更条項、その他の事情に照らして、合理的かどうかを見ます。さらに、効力発生時期の来月が来るまでに、周知していなければ、効力を生じません。結論は、事情しだいです。同意が無くても変わりうるが、条文の条件を満たしたときだけ、という方向のとおりです。このまとまり全体も、一言で振り返ります。契約の基礎と成立では、契約が結ばれ、中身が決まり、そして、中身があとから変わる場面まで見ました。論文で論点になりうるのは、2号の合理性の当てはめです。ここは評価の問題で、考慮要素を、条文の言葉で言います。548条の4 の要件は、条文どおりで、条文番号で言えます。

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#232単独ページ動画

同時履行の抗弁権の意義と要件

第5章 契約 #232/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

代金をもらうまで、品物は渡さない

冒頭の設例の関係図。A(売主)は中古の軽トラックを80万円でB(買主)に売った。Aの債務=軽トラックの引渡し/Bの債務=代金80万円の支払。引渡しも支払も今月末の約束。月末、Bが手ぶらで来て「先に車を渡してください。代金は来週払います」と言う。Aは代金をまだ1円ももらっていない。問い=Aは断れるか。 図:冒頭の設例の関係図

  • A(売主)は中古の軽トラックを80万円でB(買主)に売った
  • Aの債務=軽トラックの引渡し/Bの債務=代金80万円の支払
  • 引渡しも支払も今月末の約束
  • 月末、Bが手ぶらで来て「先に車を渡してください。代金は来週払います」と言う
  • Aは代金をまだ1円ももらっていない
  • 問い=Aは断れるか

先に、Aは断れるのか、という問いの答えの方向を言います。断れます。Aは、代金と引き換えでなければ渡さない、と言えます。民法533条の、同時履行の抗弁権です。なぜ断れるのか。どういう条件がそろったときに、この断りが使えるのか。条文の言葉から、3つの条件を取り出します。そのあとで、条件が少し変わると結論が変わる場面を、同じ売買を使って確かめます。登場するのは、軽トラックを売ったAと、買ったBです。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=契約の基礎と成立を終えて、双務契約の効力へ。双務契約にだけ働く規律=同時履行の抗弁権(533条)/危険負担(536条)。そのあとに第三者のためにする契約。今日=同時履行の抗弁権の意義と要件。背骨=向き合う2つの債務のうち、片方だけを先に果たさせるのは不公平。だから、相手が自分の分を出すまで、こちらも出さなくてよい。使える場面は、条文の言葉から3つの要件に割れる。 図:今日の地図

  • 位置=契約の基礎と成立を終えて、双務契約の効力へ
  • 双務契約にだけ働く規律=同時履行の抗弁権(533条)/危険負担(536条)
  • そのあとに第三者のためにする契約
  • 今日=同時履行の抗弁権の意義と要件
  • 背骨=向き合う2つの債務のうち、片方だけを先に果たさせるのは不公平
  • だから、相手が自分の分を出すまで、こちらも出さなくてよい
  • 使える場面は、条文の言葉から3つの要件に割れる

位置づけです。ここまでで、契約の基礎と成立を見終えました。今日から、成立した契約が、どんな効力を持つのかに入ります。最初は、双務契約にだけ働く規律です。1つめが、同時履行の抗弁権の533条。2つめが、危険負担の536条です。そのあとに、第三者のためにする契約が続きます。今日は、同時履行の抗弁権の、意義と要件を見ます。抗弁権とは、相手からの請求を、いったん阻止できる権利でした。総則で、権利の種類を並べたときに見た言葉です。同時履行の抗弁権は、その代表です。今日の背骨は、この一文です。向き合う2つの債務のうち、片方だけを先に果たさせるのは、不公平。だから民法は、相手が自分の分を出すまで、こちらも出さなくてよい、としました。使える場面は、条文の言葉から、3つの要件に割れます。

今日の3つの柱。柱1=同時履行の抗弁権とは何か(533条を全文で読む)。柱2=要件3つを条文から立てる。柱3=先に履行する約束をしたBが遅れたとき。そのあと、要件の見分け方を5つの事例で練習する。根拠の札=条文/判例/学説/こちらの説明。 図:今日の3つの柱

  • 柱1=同時履行の抗弁権とは何か(533条を全文で読む)
  • 柱2=要件3つを条文から立てる
  • 柱3=先に履行する約束をしたBが遅れたとき
  • そのあと、要件の見分け方を5つの事例で練習する
  • 根拠の札=条文/判例/学説/こちらの説明

柱は3つです。1つめ、同時履行の抗弁権とは何か。533条を全文で読みます。2つめ、要件3つを立てます。条文のどの言葉から出てくるのかも、付けます。3つめ、先に履行する約束をしたBが、遅れてしまった場合です。そのあとで、要件の見分け方を、5つの事例で練習します。根拠の札を、貼るように言い分けます。条文とは、法律に書いてあることです。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことです。学説とは、学者が説明している考え方で、そのうち多くの人が採る考え方を、通説と言います。判例とは、裁判所が実際に出した判断です。今日は、判例は出てきません。

柱1——533条を全文で読む

柱1の入口。問い=向き合う2つの債務は、どういう関係に置かれるのか。533条を全文で読み、3つに割る。設例=Aの引渡債務とBの代金債務が向き合っている。 図:柱1の入口

  • 問い=向き合う2つの債務は、どういう関係に置かれるのか
  • 533条を全文で読み、3つに割る
  • 設例=Aの引渡債務とBの代金債務が向き合っている

柱1です。533条を読みます。その前に、復習を一つ。双務契約とは、どんな契約でしたか?双方が、互いに対価として向き合う債務を負う契約です。売買は双務契約で、贈与は片務契約でした。冒頭の設例なら、Aの車を引き渡す債務と、Bの代金を払う債務が、対価として向き合っています。双務契約では、この2つの債務を、引き換えの関係に置くことになります。それを定めたのが、533条です。

条文民法533条

民法第533条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

読みます。双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自分の債務の履行を拒める。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。条文の札です。かっこ書は、少しあとで読みます。弁済期とは、その債務を履行しなければならない時期が来ていることです。

533条を3つに割って読む。1 誰が=双務契約の当事者の一方(AもBも当たる)。2 いつまで=相手方がその債務の履行(かっこ書は省略)を提供するまで。3 何ができる=自己の債務の履行を拒むことができる(いまは履行しなくてよい)。ただし書=相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。 図:533条を3つに割って読む

  • 1 誰が=双務契約の当事者の一方(AもBも当たる)
  • 2 いつまで=相手方がその債務の履行(かっこ書は省略)を提供するまで
  • 3 何ができる=自己の債務の履行を拒むことができる(いまは履行しなくてよい)
  • ただし書=相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない

3つに割って読みます。1つめ、誰が。双務契約の当事者の一方です。AもBも、当事者の一方に当たります。2つめ、いつまで。相手方が、その債務の履行を提供するまでです。3つめ、何ができるか。自分の債務の履行を拒むことができます。そして、ただし書です。相手方の債務が、まだ弁済期にないときは、この拒みは使えません。設例に当てます。月末で、AもBも、債務は弁済期にあります。Bは、代金を提供していません。手ぶらで来て、後払いを頼んだだけです。ですから、Aは、自分の債務、つまり、軽トラックの引渡しを、拒めます。冒頭の問いの答えの前半です。こちらの説明の札です。

拒める、というのは、車を渡す約束そのものがなくなる、ということですか?なくなりません。ここは大事な区別です。拒めるのは、いま渡すことだけです。Aの引渡債務は、そのまま残っています。Bが代金を提供すれば、Aは車を渡さなければなりません。抗弁権は、請求を、いったん阻止する権利でした。請求の元になっている債務を、消す権利ではありません。いまは渡さなくてよい、であって、もう渡さなくてよい、ではないのです。こちらの説明の札です。

向き合う債務は、双方が相手に言える。Aは、Bが代金を提供するまで、引渡しを拒める。Bも、Aが車を提供するまで、代金の支払を拒める。どちらも債務は消えない。引き換えなら果たす。 図:向き合う債務は、双方が相手に言える

  • Aは、Bが代金を提供するまで、引渡しを拒める
  • Bも、Aが車を提供するまで、代金の支払を拒める
  • どちらも債務は消えない
  • 引き換えなら果たす

もう一つ。この権利は、Bのほうにもあります。Bも、Aが車を提供するまでは、代金の支払を拒めます。向き合う債務は、どちらの当事者も、相手に言えるのです。お互いに、相手が出すまで出さない、と言い合えば、結局、同時に出す形に落ち着きます。同時履行という名前は、ここから来ています。一つだけ、前に見たことの確認です。抗弁権が付いている間は、渡さなくても、遅れの責任を負いません。履行遅滞の回で、存在効果という名前で見た働きです。

柱1——趣旨は、当事者間の公平

趣旨=当事者間の公平。Aが車だけ先に渡す→Bが代金を払わない→Aは車を失い、代金も取れない(取り戻すには別の手間がかかる)。先に出した人だけが、相手が出さない危険を負う。だから、相手が出すまでは出さなくてよい。補足=相手に自分の分を出させる働きもある。

  • 趣旨=当事者間の公平
  • Aが車だけ先に渡す→Bが代金を払わない→Aは車を失い、代金も取れない(取り戻すには別の手間がかかる)
  • 先に出した人だけが、相手が出さない危険を負う
  • だから、相手が出すまでは出さなくてよい
  • 補足=相手に自分の分を出させる働きもある

なぜ民法は、こんな規定を置いたのか。趣旨です。条文には、趣旨が書かれていません。趣旨は、学者が説明している考え方で、学説の札です。趣旨は、当事者間の公平です。答案でも、この言葉で書きます。具体的に見ます。Aが、Bの言うとおり、車だけを先に渡したとします。そのあとで、Bが代金を払わなかったら、どうなるか。Aは、車を失い、代金も取れません。車を取り戻すにも、別に手間がかかります。向き合う債務なのに、先に出した人だけが、相手が出さない危険を負うのです。これは釣り合いません。だから、相手が出すまでは、こちらも出さなくてよい、とされています。

先に出す約束をしていた場合は、柱2と柱3で見ます。ここでは、約束がなければ、片方だけ先に出させない、というのが原則の形だ、と押さえてください。補足を一つ。この権利には、相手に、自分の分を出させる働きもある、と説明されます。代金をもらうまで車を渡さない、と言われたBは、払わなければ車が手に入りません。これも学説の札で、軽く触れておけば足ります。

柱1——牽連関係という整理

牽連関係=一方の債務があるから他方の債務がある、という結び付き。双務契約の2つの債務は、この結び付きでつながる。結び付きが現れる場面のうち、2つを見る。履行の場面=片方が出さない間は、他方も出さなくてよい(今日=同時履行の抗弁権)。一方が果たせなくなった場面=片方が履行できなくなったとき、他方はどうなるか(危険負担=この先の回)。

  • 牽連関係=一方の債務があるから他方の債務がある、という結び付き
  • 双務契約の2つの債務は、この結び付きでつながる
  • 結び付きが現れる場面のうち、2つを見る
  • 履行の場面=片方が出さない間は、他方も出さなくてよい(今日=同時履行の抗弁権)
  • 一方が果たせなくなった場面=片方が履行できなくなったとき、他方はどうなるか(危険負担=この先の回)

趣旨の背景にある考え方を、紹介します。牽連関係です。一方の債務があるから、他方の債務がある、という結び付きのことです。売買なら、車を渡す債務があるから、代金を払う債務がある。この結び付きで、2つの債務がつながっています。学説の札の整理です。似た言葉に、留置権の要件で見た、牽連性があります。あちらは、物と債権の結び付きでした。こちらは、債務と債務の結び付きで、見ているものが違います。

牽連関係が現れる場面のうち、2つ。履行の場面=片方が出さない間は、他方も出さなくてよい(債務はどちらも果たせる。出す順番の話。今日=同時履行の抗弁権・533条)。一方が果たせなくなった場面=片方が履行できなくなったとき、他方の債務はどうなるか(片方がもう出せない。残った他方の債務の話。危険負担・536条=この先の回)。 図:牽連関係が現れる場面のうち、2つ

  • 履行の場面=片方が出さない間は、他方も出さなくてよい(債務はどちらも果たせる。出す順番の話。今日=同時履行の抗弁権・533条)
  • 一方が果たせなくなった場面=片方が履行できなくなったとき、他方の債務はどうなるか(片方がもう出せない。残った他方の債務の話。危険負担・536条=この先の回)

この結び付きが現れる場面のうち、2つを見ます。1つめは、履行の場面です。片方が出さない間は、他方も出さなくてよい。これが、今日の同時履行の抗弁権です。2つめは、一方が果たせなくなった場面です。片方が履行できなくなったとき、他方の債務はどうなるのか。これが、危険負担です。536条は、受領遅滞の最中に品物が焼けた場面で、一度、条文を読みました。制度の全体は、この先の回で扱います。履行の場面と、果たせなくなった場面の違いは、債務がまだ果たせるかどうかです。履行の場面は、どちらの債務も果たせる状態で、出す順番をどうするか、の話です。果たせなくなった場面は、片方がもう出せない状態で、残った他方の債務をどうするか、の話です。設例でいえば、車が手元にあるのに引渡しを渋っているのが前者です。どちらのせいでもなく車が壊れて、渡せなくなったのが、後者の入口です。

柱1——かっこ書と、履行に代わる損害賠償

かっこ書=債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。意味=相手方の債務が、履行に代わる損害賠償の債務(415条2項)に形を変えても、同時履行の関係は続く。履行に代わる損害賠償=本来の履行ができないとき、履行の代わりに払わせる損害賠償(填補賠償)。

  • かっこ書=債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む
  • 意味=相手方の債務が、履行に代わる損害賠償の債務(415条2項)に形を変えても、同時履行の関係は続く
  • 履行に代わる損害賠償=本来の履行ができないとき、履行の代わりに払わせる損害賠償(填補賠償)

533条のかっこ書に戻ります。債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む、とあります。履行に代わる損害賠償とは、本来の履行ができない場合に、履行の代わりに払わせる損害賠償で、415条2項に定めがありました。填補賠償とも言います。かっこ書の意味は、相手方の債務が、この賠償の債務に形を変えても、同時履行の関係は続く、ということです。例で確かめます。

設例の変種。契約の条件=両方月末。月末の前に、Aの不注意で、軽トラックが水没して引き渡せなくなった(Aの責任)。BはAに、車の代わりに履行に代わる損害賠償を請求できる(415条2項1号・履行不能)。月末、Aが代金80万円を請求→Bは「車の代わりの賠償を出すまで、代金は払わない」と言える。Aの賠償債務とBの代金債務が引き換えの関係になる。 図:設例の変種

  • 契約の条件=両方月末
  • 月末の前に、Aの不注意で、軽トラックが水没して引き渡せなくなった(Aの責任)
  • BはAに、車の代わりに履行に代わる損害賠償を請求できる(415条2項1号・履行不能)
  • 月末、Aが代金80万円を請求→Bは「車の代わりの賠償を出すまで、代金は払わない」と言える
  • Aの賠償債務とBの代金債務が引き換えの関係になる

契約の条件は、元のまま、引渡しも支払も月末です。ところが、月末の前に、Aの不注意で、軽トラックが水没して、引き渡せなくなりました。Aの責任です。どちらのせいでもない場面とは違って、Aの債務は、賠償の債務に形を変えて残ります。Bは、車の代わりに、履行に代わる損害賠償を請求できます。415条2項の1号、履行不能の場面です。そこで、月末に、Aが、Bへ代金の80万円を請求したとします。Bは、車の代わりの賠償を出すまで、代金は払わない、と言えます。Aの賠償の債務と、Bの代金の債務が、引き換えの関係になるのです。条文の札で、かっこ書がそう書いています。

車が賠償金に変わっても、引き換えが続く理由。Bが代金を払う目的=車を手に入れるため。いま起きたこと=その車が、Aの責任で、お金(賠償)の形に変わっただけ。もし代金だけ払わされたら=Bは車も、車の代わりのお金も手にしないまま、自分の分だけを先に出す(先に出した人だけが危険を負う不公平が残る)。かっこ書はいつから=2017年の改正で加わった(中身が新しくなったのではない。立法のときの説明では、従来から実務上そう解されていたことを明記したとされる)。 図:車が賠償金に変わっても、引き換えが続く理由

  • Bが代金を払う目的=車を手に入れるため
  • いま起きたこと=その車が、Aの責任で、お金(賠償)の形に変わっただけ
  • もし代金だけ払わされたら=Bは車も、車の代わりのお金も手にしないまま、自分の分だけを先に出す(先に出した人だけが危険を負う不公平が残る)
  • かっこ書はいつから=2017年の改正で加わった(中身が新しくなったのではない。立法のときの説明では、従来から実務上そう解されていたことを明記したとされる)

車が無くなっても引き換えが続くのは、賠償が、車の代わりだからです。Bが代金を払うのは、車を手に入れるためでした。その車が、Aの責任で、お金の形に変わっただけです。もし、Bが、賠償を受け取らないまま、代金だけを払わされたら、どうなるか。Bは、車も、車の代わりのお金も手にしないまま、自分の分だけを先に出すことになります。先に出した人だけが危険を負う、という不公平が、そのまま残るのです。だから、車が賠償金に変わっても、向き合う関係は消えません。こちらの説明の札です。このかっこ書は、いつからあるのか。2017年の改正で加わりました。ただし、中身が新しくなったのではありません。立法のときの説明では、従来から実務上そう解されていたことを、明記したとされています。こちらの説明の札です。

改正前と現在の比較。改正前=旧571条(売主の担保責任の場面に、533条を準用)/旧634条2項後段(請負で、瑕疵の修補に代わる損害賠償、修補とともにする損害賠償に、533条を準用)。現在=533条のかっこ書が受ける。2017年の改正で、個別の準用規定は削除。 図:改正前と現在の比較

  • 改正前=旧571条(売主の担保責任の場面に、533条を準用)/旧634条2項後段(請負で、瑕疵の修補に代わる損害賠償、修補とともにする損害賠償に、533条を準用)
  • 現在=533条のかっこ書が受ける
  • 2017年の改正で、個別の準用規定は削除

同じ改正で、個別に置かれていた準用規定が削られました。旧571条は、売買で、売主の担保責任、つまり、渡した物や権利に欠けたところがあったときに売主が負う責任の場面に、533条を準用していました。旧634条2項の後段は、請負で、瑕疵の修補、つまり欠陥を直すことに代えて、または直すこととともにする損害賠償に、533条を準用していました。改正で、担保責任を、債務不履行の責任として組み直しました。そこで出てくる賠償は、債務不履行の損害賠償です。履行に代わる賠償であれば、かっこ書が、そのまま受けます。そのため、準用の規定が要らなくなりました。こちらの説明の札です。

設例の変種。契約の条件=代金は、車の引渡しの1か月後に払う。Bは車を受け取った。そのあと、エンジンの不具合が見つかった。Aは直すことを拒んだ。Bは、直してもらう代わりの損害賠償(追完に代わる損害賠償)を請求した。1か月がたって代金の期日が来た→Bは、賠償を受けるまで、代金の支払を拒める。 図:設例の変種

  • 契約の条件=代金は、車の引渡しの1か月後に払う
  • Bは車を受け取った
  • そのあと、エンジンの不具合が見つかった
  • Aは直すことを拒んだ
  • Bは、直してもらう代わりの損害賠償(追完に代わる損害賠償)を請求した
  • 1か月がたって代金の期日が来た→Bは、賠償を受けるまで、代金の支払を拒める

もう一つ、変種です。契約の条件を変えます。代金は、車の引渡しの1か月後に払う約束です。Bは車を受け取りました。そのあとで、エンジンの不具合が見つかりました。Aが直すことを拒んだので、Bは、直してもらう代わりの損害賠償を請求しました。契約に合わない物を渡されたときに、契約どおりの形にしてもらうことを、追完と言います。その追完に代わる損害賠償です。この賠償の根拠が、415条の1項か2項かは、見方が分かれています。1か月がたって、代金の期日が来ました。Aが代金を請求してきたら、Bは、賠償を受けるまで、代金の支払を拒めます。直す代わりのお金も、契約どおりの車の、欠けた分の代わりだからです。かっこ書は、こういう場面も受け止める、と説明されています。契約に合わない物が渡されたときの救済の中身は、売買の回で扱います。請負の場合は、請負の回です。

柱2——要件3つは、条文のどの言葉から出るか

要件3つと条文の言葉。1 同じ双務契約から生まれた2つの債務がある=「双務契約の当事者の一方は」「相手方がその債務」「自己の債務」(かっこ書も)。札=条文(2つの債務の存在・同じ双務契約から生まれた債務という読み)。2 相手方の債務が弁済期にある=ただし書「相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない」。札=条文。自分の債務の弁済期は明文なし=学説+こちらの説明。3 相手方が履行の提供をしないで請求してきた=「相手方が…履行…を提供するまでは」。札=条文。 図:要件3つと条文の言葉

  • 1 同じ双務契約から生まれた2つの債務がある=「双務契約の当事者の一方は」「相手方がその債務」「自己の債務」(かっこ書も)
  • 札=条文(2つの債務の存在・同じ双務契約から生まれた債務という読み)
  • 2 相手方の債務が弁済期にある=ただし書「相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない」
  • 札=条文
  • 自分の債務の弁済期は明文なし=学説+こちらの説明
  • 3 相手方が履行の提供をしないで請求してきた=「相手方が…履行…を提供するまでは」
  • 札=条文

柱2です。533条から、3つの要件を立てます。先に表を見てください。要件ごとに、条文のどの言葉から出てくるか、そして根拠の札を、のせてあります。1つめ、同じ双務契約から生まれた、向き合う2つの債務があること。条文の、双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務、自己の債務、という言葉から出ます。かっこ書も含めます。同じ双務契約から生まれた債務、という読みも、条文の札です。2つめ、相手方の債務が、弁済期にあること。ただし書の、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない、の裏返しです。条文の札です。ただし、請求された自分の債務の弁済期は、条文に明文がありません。こちらは、学説の札と、こちらの説明です。3つめ、相手方が、履行の提供をしないで、請求してきたこと。条文の、提供するまでは、から出ます。条文の札です。ここが分け目です。条文どおりの要件と、解釈で立てるものを、混ぜません。条文どおりの要件は、条文番号と文言で言えます。答案では、条文を引いて当てはめれば足ります。解釈で立てているのは、自分の債務の弁済期の、1つだけです。以下、この区別をつけて見ていきます。

柱2——要件1、同じ双務契約から生まれた2つの債務

要件1。条文から読めること=双務契約があり、相手方の債務と自己の債務が向き合っている。設例=同じ売買から生まれた引渡債務と代金債務(引渡債務が履行に代わる損害賠償の債務に変わった場合も同じ)。向き合う債務は、同じ契約から生まれたものでなければならない(条文の読み)。 図:要件1

  • 条文から読めること=双務契約があり、相手方の債務と自己の債務が向き合っている
  • 設例=同じ売買から生まれた引渡債務と代金債務(引渡債務が履行に代わる損害賠償の債務に変わった場合も同じ)
  • 向き合う債務は、同じ契約から生まれたものでなければならない(条文の読み)

要件の1つめから見ます。条文から読めるのは、双務契約があって、相手方の債務と自己の債務が向き合っていることです。設例なら、同じ売買から生まれた、引渡債務と代金債務です。かっこ書のとおり、引渡債務が賠償の債務に変わった場合も、同じです。ここで、条文の読みを一つ確かめます。向き合う債務は、同じ契約から生まれたものでなければなりません。533条には、同じ契約から生まれた、という言葉そのものは、書かれていません。ですが、双務契約の当事者の一方、相手方がその債務、と書いているので、同じ双務契約の債務どうしの話だと読みます。変種で確かめます。

設例の変種。契約の条件=売買は元のまま両方月末。それとは別の契約で、AはBに30万円を貸していた(Aが貸主)。月末、Bが車の引渡しを求めた。問い=Aは「貸した30万円を返すまで渡さない」と言えるか=言えない。売買の債務と貸金の債務は、別の契約から生まれていて、対価として向き合っていない。 図:設例の変種

  • 契約の条件=売買は元のまま両方月末
  • それとは別の契約で、AはBに30万円を貸していた(Aが貸主)
  • 月末、Bが車の引渡しを求めた
  • 問い=Aは「貸した30万円を返すまで渡さない」と言えるか=言えない
  • 売買の債務と貸金の債務は、別の契約から生まれていて、対価として向き合っていない

売買の条件は、元のまま、両方月末です。それとは別の契約で、AはBに、30万円を貸していました。Aが貸主です。月末、Bが車の引渡しを求めたとき、Aは、貸した30万円を返すまで渡さない、と言えるでしょうか。言えません。売買の債務と、貸金の債務は、別々の契約から生まれていて、対価として向き合っていません。車と引き換えになるのは、あくまで、売買の代金です。30万円を取り立てたいなら、貸金として、別に請求することになります。同じAさんとBさんの間の債務なのに、だめなのですか?だめです。決め手は、公平を取り戻す相手が違うことです。車を先に渡すことで、先に出した人が背負うのは、代金が来ない危険でした。貸した30万円が返ってこない危険は、車を渡したから生じるものではありません。同じ2人の間の債務かどうかではなく、同じ契約で向き合っているかどうかで決まります。条文の読みと、こちらの説明の札です。

設例の変種。契約の条件=元の売買どおり。AがBに対する代金債権を、金融業者Cに譲渡した。Cが月末にBへ代金を請求。BはAに言えた「車と引き換えでなければ払わない」を、Cにも言える(468条1項)。債務引受でも同じ(免責的=472条の2第1項/併存的=471条1項)。理由=債権の中身は変わらずに移る。 図:設例の変種

  • 契約の条件=元の売買どおり
  • AがBに対する代金債権を、金融業者Cに譲渡した
  • Cが月末にBへ代金を請求
  • BはAに言えた「車と引き換えでなければ払わない」を、Cにも言える(468条1項)
  • 債務引受でも同じ(免責的=472条の2第1項/併存的=471条1項)
  • 理由=債権の中身は変わらずに移る

もう一つ。AがBに対する代金債権を、金融業者のCに譲渡したとします。Cが、月末にBへ代金を請求してきたら、Bは、Aに言えた、車と引き換えでなければ払わない、という抗弁を、Cにも言えます。468条1項です。債務を引き受けた人が請求されたときも同じです。免責的債務引受なら472条の2の1項、併存的債務引受なら471条の1項です。債権や債務の中身が、変わらずに移るからです。それぞれ、債権譲渡の回と、債務引受の回で、条文を読みました。条文の札です。

柱2——要件2、相手方の債務が弁済期にあること

要件2。ただし書=相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。先履行義務=自分が先に履行する約束をしている義務。設例の変種。契約の条件=代金は今月10日に払う。車は月末に渡す。時間の流れ=10日(Bの代金の弁済期)/月末(Aの車の弁済期)。10日にAが代金を請求。 図:要件2

  • ただし書=相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない
  • 先履行義務=自分が先に履行する約束をしている義務
  • 設例の変種
  • 契約の条件=代金は今月10日に払う
  • 車は月末に渡す
  • 時間の流れ=10日(Bの代金の弁済期)/月末(Aの車の弁済期)
  • 10日にAが代金を請求

要件の2つめです。相手方の債務が、弁済期にあること。条文のただし書です。ここで、契約の条件を変えます。代金は今月10日に払う、車は月末に渡す、と決めていたとします。Bは、車より先に、代金を払う約束です。このように、自分が先に履行する約束をしている義務を、先履行義務と呼びます。10日に、Aが、代金を請求しました。Bは、車と引き換えだと言えるでしょうか?言えません。10日の時点で、Aの引渡債務は、まだ弁済期にありません。引渡しは月末の約束だからです。ただし書の、相手方の債務が弁済期にないとき、に当たります。Bは、先に払う約束をしている以上、車が来る前でも、払わなければなりません。決め手は、約束で順番を決めたのは、BとAの2人だということです。先に出す危険は、Bが約束で引き受けたもので、公平を理由に、その順番を崩すことはできません。条文の札で、結論はこちらの説明です。

弁済期の向きの違い。ただし書=相手方の債務の弁済期(Aの引渡債務がまだ来ていない→Bは引き換えを言えない)。もう一つ=自己の債務の弁済期(Bの代金債務がまだ来ていない→そもそも払わなくてよい)。変種=契約の条件は元どおり両方月末。20日にAが代金を請求→月末まで払わなくてよい。札=自己の債務の弁済期は明文なし(学説+こちらの説明)。 図:弁済期の向きの違い

  • ただし書=相手方の債務の弁済期(Aの引渡債務がまだ来ていない→Bは引き換えを言えない)
  • もう一つ=自己の債務の弁済期(Bの代金債務がまだ来ていない→そもそも払わなくてよい)
  • 変種=契約の条件は元どおり両方月末
  • 20日にAが代金を請求→月末まで払わなくてよい
  • 札=自己の債務の弁済期は明文なし(学説+こちらの説明)

もう一つ、弁済期があります。請求された、自分の債務の弁済期です。契約の条件を、元の両方月末に戻します。月末の前の20日に、Aが代金を請求したとします。Bは、月末の支払日まで、払わなくてよいです。自分の債務が、まだ弁済期に来ていないからです。同時履行の抗弁権を持ち出すまでもありません。これは条文に明文がありません。学説の札と、こちらの説明です。払わなくてよい以上、抗弁権を言う必要がないからです。ここで、向きを区別します。ただし書は、相手方の債務の弁済期です。いま見たのは、自己の債務の弁済期です。同じ弁済期でも、見る相手が逆です。

柱2——要件3つめ、相手方が履行の提供をしないで請求してきた

要件3。条文の言葉=相手方が…履行…を提供するまでは。履行の提供=やるべきことを全部やって、あとは受け取るだけの状態にすること(弁済の提供と同じ出来事)。設例の変種。契約の条件=両方月末。月末、Bが80万円を現金で持って来て「車を渡してください」と言った。Bは自分の分を提供している→Aは、いまは拒めない。 図:要件3

  • 条文の言葉=相手方が…履行…を提供するまでは
  • 履行の提供=やるべきことを全部やって、あとは受け取るだけの状態にすること(弁済の提供と同じ出来事)
  • 設例の変種
  • 契約の条件=両方月末
  • 月末、Bが80万円を現金で持って来て「車を渡してください」と言った
  • Bは自分の分を提供している→Aは、いまは拒めない

要件の3つめです。相手方が、履行の提供をしないで、請求してきたこと。条文の、提供するまでは、から出ます。履行の提供とは、債務者として、やるべきことを全部やって、あとは相手が受け取るだけ、という状態にすることでした。弁済の提供の回で見た、弁済の提供と、同じ出来事です。変種です。契約の条件は、両方月末。月末に、Bが、80万円を現金で持って来て、車を渡してください、と言いました。Bは、自分の分の提供をしています。Aは、いまは拒めません。拒めるのは、Bが提供するまでだからです。条文の札です。代金がまだAの手に渡っていなくても、Aは、いまは拒めません。提供は、あとは受け取るだけの状態です。Aが受け取る気になれば、すぐ代金が手に入ります。先に出した人だけが危険を負う、という不公平は、この場面にはありません。ですから、この場面では、抗弁権の出番がありません。

設例の変種。契約の条件=両方月末。Bがすでに80万円を払い終えていた。向き合う債務がもう残っていない→引き換えにする相手がない→Aは拒めない。一度提供すれば、そのあとずっと拒めなくなるのか=次回、判例で見る。 図:設例の変種

  • 契約の条件=両方月末
  • Bがすでに80万円を払い終えていた
  • 向き合う債務がもう残っていない→引き換えにする相手がない→Aは拒めない
  • 一度提供すれば、そのあとずっと拒めなくなるのか=次回、判例で見る

もう一つ。Bが、すでに80万円を払い終えていたとします。向き合う債務が、もう残っていません。引き換えにする相手が、無いのです。Aは、拒めません。こちらの説明の札です。

柱3——先に履行する約束をしたBが、遅れたとき

設例の変種。契約の条件=代金は10日・車は月末。Bは10日に払わないまま、月末が来た。月末、Aが代金を請求(Aは車を提供していない)。Bは「車と引き換えだ」と言えるか=言える(通説)。理由=月末にはAの引渡債務も弁済期にある。ただし書が除くのは、相手方の債務が弁済期にないときだけ。 図:設例の変種

  • 契約の条件=代金は10日・車は月末
  • Bは10日に払わないまま、月末が来た
  • 月末、Aが代金を請求(Aは車を提供していない)
  • Bは「車と引き換えだ」と言えるか=言える(通説)
  • 理由=月末にはAの引渡債務も弁済期にある
  • ただし書が除くのは、相手方の債務が弁済期にないときだけ

柱3です。契約の条件は、さっきの先履行義務の場面と同じです。代金は10日、車は月末。ところが、Bは、10日に払いませんでした。払わないまま、月末になりました。月末、Aが、車を提供しないまま、代金を請求しました。Bは、車と引き換えだと言えるでしょうか。Bは、言えます。通説です。学説の札です。理由は、条文の読みです。月末には、Aの引渡債務も、弁済期にあります。ただし書が、拒める場合から除いているのは、相手方の債務が弁済期にないときだけです。月末の請求なら、これに当たりません。

月末にBが引き換えを言える理由。月末には=Aの引渡債務も弁済期にある。ただし書が除くのは=相手方の債務が弁済期にないときだけ(月末の請求なら当たらない)。10日からの遅れは=遅れのまま残る(その間は、Aの引渡債務が弁済期になく、抗弁権がまだ無かった。抗弁権が働くのは月末から先)。決め手=先に出す危険を負わされる場面かどうか(Aが車を出さないままBだけが払わされると、不公平がまた生じる)。 図:月末にBが引き換えを言える理由

  • 月末には=Aの引渡債務も弁済期にある
  • ただし書が除くのは=相手方の債務が弁済期にないときだけ(月末の請求なら当たらない)
  • 10日からの遅れは=遅れのまま残る(その間は、Aの引渡債務が弁済期になく、抗弁権がまだ無かった。抗弁権が働くのは月末から先)
  • 決め手=先に出す危険を負わされる場面かどうか(Aが車を出さないままBだけが払わされると、不公平がまた生じる)

10日の約束を守らなかったBが、月末に引き換えを言えるからといって、得をするわけではありません。ここからは、こちらの説明の札です。10日から月末までの遅れは、遅れのまま残ります。その間は、Aの引渡債務が弁済期になく、抗弁権がまだ無かったからです。抗弁権が働くのは、月末から先です。結論の決め手は、月末から先の形です。Aが車を出さないまま、Bだけが代金を払わされると、先に出した人だけが危険を負う不公平が、また生じるからです。10日は、Bが先に出す約束で、危険を引き受けていました。でも、月末になって、Aも出す番になれば、お互い様に戻ります。要件の3つも、同じ物差しで読めます。先に出す危険を、負わされる場面かどうかです。その場面なら、相手が出すまで、こちらも出さなくてよいのです。

要件の見分け方を練習する

要件のチェック、5つの事例。1 月末、Bが手ぶらで「先に車を」=両方月末。2 月末、Bが80万円を差し出して「車を」=両方月末。3 10日にAが代金を請求=代金10日・車は月末。4 Bが10日に払わないまま、月末にAが代金を請求(Aは車を提供せず)=代金10日・車は月末。5 Aが別に貸した30万円を返すまで車は渡さない=両方月末+別の貸金契約。問い=請求された人は拒めるか。分け目の要件はどれか。 図:要件のチェック、5つの事例

  • 1 月末、Bが手ぶらで「先に車を」=両方月末
  • 2 月末、Bが80万円を差し出して「車を」=両方月末
  • 3 10日にAが代金を請求=代金10日・車は月末
  • 4 Bが10日に払わないまま、月末にAが代金を請求(Aは車を提供せず)=代金10日・車は月末
  • 5 Aが別に貸した30万円を返すまで車は渡さない=両方月末+別の貸金契約
  • 問い=請求された人は拒めるか
  • 分け目の要件はどれか

ここからは練習です。契約の条件を、事例ごとに言います。結論と、分け目になった要件を答えてください。

練習1。契約の条件=両方月末。月末、Bが手ぶらで「先に車を渡してください」と言った。問い=Aは拒めるか。分け目はどの要件か。 図:練習1

  • 契約の条件=両方月末
  • 月末、Bが手ぶらで「先に車を渡してください」と言った
  • 問い=Aは拒めるか
  • 分け目はどの要件か

1問めです。契約の条件は、両方月末。月末に、Bが手ぶらで、先に車を渡してください、と言いました。Aは拒めるでしょうか? 分け目は、どの要件でしょうか?拒めます。同じ売買から生まれた2つの債務があります。両方月末で、相手方の債務も弁済期にあります。そして、Bは代金を提供していません。要件が3つともそろうので、拒めます。冒頭の設例です。

練習2。契約の条件=両方月末。月末、Bが80万円を差し出して「車を渡してください」と言った。問い=Aは拒めるか。分け目はどの要件か。 図:練習2

  • 契約の条件=両方月末
  • 月末、Bが80万円を差し出して「車を渡してください」と言った
  • 問い=Aは拒めるか
  • 分け目はどの要件か

2問めです。契約の条件は、両方月末。月末に、Bが80万円を差し出して、車を渡してください、と言いました。Aは拒めるでしょうか?拒めません。分け目は、3つめの要件です。Bが、履行の提供をしているので、Aは、いまは拒めません。

練習3。契約の条件=代金は10日、車は月末。10日にAが代金を請求した。問い=Bは拒めるか。分け目はどの要件か。 図:練習3

  • 契約の条件=代金は10日、車は月末
  • 10日にAが代金を請求した
  • 問い=Bは拒めるか
  • 分け目はどの要件か

3問めです。契約の条件は、代金は10日、車は月末。10日に、Aが代金を請求しました。Bは拒めるでしょうか?拒めません。分け目は、2つめの要件です。10日の時点で、相手方、つまりAの引渡債務が、まだ弁済期にありません。ただし書に当たります。

練習4。契約の条件=代金は10日、車は月末。Bは10日に払わないまま、月末が来た。月末、Aが車を提供しないまま代金を請求した。問い=Bは拒めるか。分け目はどの要件か。 図:練習4

  • 契約の条件=代金は10日、車は月末
  • Bは10日に払わないまま、月末が来た
  • 月末、Aが車を提供しないまま代金を請求した
  • 問い=Bは拒めるか
  • 分け目はどの要件か

4問めです。契約の条件は、3問めと同じ、代金は10日、車は月末です。Bは、10日に払わないまま、月末になりました。月末に、Aが、車を提供しないまま、代金を請求しました。Bは拒めるでしょうか?拒めます。通説です。分け目は、3問めと同じ、2つめの要件です。月末になって、相手方の債務も弁済期にあるからです。3問めと4問めは、同じ契約で、月末になったかどうかだけが違います。同じ契約でも、請求した日が、10日か月末かで、結論が分かれます。

練習5。契約の条件=両方月末。それとは別に、AがBに30万円を貸している(別の貸金契約)。Aが「貸した30万円を返すまで、車は渡さない」と言った。問い=Aは拒めるか。分け目はどの要件か。 図:練習5

  • 契約の条件=両方月末
  • それとは別に、AがBに30万円を貸している(別の貸金契約)
  • Aが「貸した30万円を返すまで、車は渡さない」と言った
  • 問い=Aは拒めるか
  • 分け目はどの要件か

5問めです。契約の条件は、売買が両方月末。別に、AがBに30万円を貸しています。Aは、貸した30万円を返すまで、車は渡さない、と言いました。Aは拒めるでしょうか?拒めません。分け目は、1つめの要件です。売買の債務と貸金の債務は、別々の契約から生まれていて、対価として向き合っていません。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 533条は、相手方が履行を提供するまで、自己の債務の履行を拒める(ただし書=相手方の債務が弁済期にないとき除く)。趣旨は当事者間の公平。拒めるだけで債務は消えない。かっこ書で、履行に代わる損害賠償の債務も含む。2 要件3つ=同じ双務契約から生まれた2つの債務がある/相手方の債務が弁済期にある/相手方が履行の提供をしないで請求してきた。3 先に履行する約束をしたBが遅れても、相手方の弁済期が来れば言える(通説)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 533条は、相手方が履行を提供するまで、自己の債務の履行を拒める(ただし書=相手方の債務が弁済期にないとき除く)
  • 趣旨は当事者間の公平
  • 拒めるだけで債務は消えない
  • かっこ書で、履行に代わる損害賠償の債務も含む
  • 2 要件3つ=同じ双務契約から生まれた2つの債務がある/相手方の債務が弁済期にある/相手方が履行の提供をしないで請求してきた
  • 3 先に履行する約束をしたBが遅れても、相手方の弁済期が来れば言える(通説)

3つの柱で整理します。1つめ、533条は、相手方が履行を提供するまで、自分の債務の履行を拒める、という規定です。ただし書で、相手方の債務が弁済期にないときは使えません。趣旨は、当事者間の公平です。拒めるだけで、債務は消えません。かっこ書で、履行に代わる損害賠償の債務も含まれます。2つめ、要件は3つです。同じ双務契約から生まれた2つの債務があること。相手方の債務が弁済期にあること。相手方が、履行の提供をしないで請求してきたこと。自分の債務の弁済期は、条文に明文がなく、解釈で足したものです。3つめ、先に履行する約束をしたBが遅れても、相手方の弁済期が来れば、同時履行の抗弁権を言えます。通説です。

冒頭の問いの答え。Aは断れる。両方月末で、引渡債務も代金債務も弁済期にある。同じ売買から生まれた向き合う債務。Bは代金を提供していない。→要件3つがそろう。Aは「代金と引き換えでなければ渡さない」と言える(533条)。ただし拒めるのは、いま渡すことだけで、引渡債務は消えない。 図:冒頭の問いの答え

  • Aは断れる
  • 両方月末で、引渡債務も代金債務も弁済期にある
  • 同じ売買から生まれた向き合う債務
  • Bは代金を提供していない
  • →要件3つがそろう
  • Aは「代金と引き換えでなければ渡さない」と言える(533条)
  • ただし拒めるのは、いま渡すことだけで、引渡債務は消えない

冒頭の問いに戻ります。Aは、Bの、先に車を渡してください、という要求を、断れるのか。断れます。両方月末で、引渡債務も代金債務も弁済期にあります。同じ売買から生まれた、向き合う債務です。そして、Bは代金を提供していません。要件3つがそろいます。Aは、代金と引き換えでなければ渡さない、と言えます。ただし、拒めるのは、いま渡すことだけで、引渡債務は消えません。論文で論点になりうるのは、533条の要件の当てはめと、先に履行する約束をしたBが遅れたときの扱いです。要件は条文どおりなので、条文番号で言えます。

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#233単独ページ動画

同時履行の抗弁権の効果と留置権との違い

第5章 契約 #233/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

一度届けに行けば、あとは相手の遅れになるのか

冒頭の設例の関係図。A(楽器店・売主)はB(買主)に、中古のグランドピアノを90万円で売った。Aの債務=ピアノの引渡し/Bの債務=代金90万円の支払。引渡しも支払も4月20日の約束。ピアノはAがB宅へ運ぶ。 図:冒頭の設例の関係図

  • A(楽器店・売主)はB(買主)に、中古のグランドピアノを90万円で売った
  • Aの債務=ピアノの引渡し/Bの債務=代金90万円の支払
  • 引渡しも支払も4月20日の約束
  • ピアノはAがB宅へ運ぶ

設例の時系列。3月10日=契約(ピアノを90万円で売る)。4月20日=Aがピアノを運んだが、Bは代金を用意しておらず、Aは店へ持ち帰った。5月20日=Aが90万円を請求。Bは「ピアノと引換えだ」と言った。 図:設例の時系列

  • 3月10日=契約(ピアノを90万円で売る)
  • 4月20日=Aがピアノを運んだが、Bは代金を用意しておらず、Aは店へ持ち帰った
  • 5月20日=Aが90万円を請求
  • Bは「ピアノと引換えだ」と言った

問いは2つです。先に、答えの方向を言います。1つめ、Bは、まだ「引換えだ」と言えます。Aがまたピアノを持って来るまでです。2つめ、それでも、4月20日からあとのBの遅れは、Bの責任になります。Aには、契約を解除する道が開きます。この2つの答えは、食い違っていません。なぜ食い違わないのか。それが今日の背骨です。決め手は、どの効果をなくしたいのか、によって、要る提供の程度が違う、ということです。前回、一度提供すれば、そのあとずっと拒めなくなるのか、という問いが残っていました。今日、その答えも出します。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=前回は同時履行の抗弁権の要件。今日=その効果。次回=広がる場面。柱1=効果は2層ある。柱2=その効果を消すには、どれだけの提供が要るか。柱3=留置権との違い。根拠の札=条文/判例/学説/こちらの説明。 図:今日の地図

  • 位置=前回は同時履行の抗弁権の要件
  • 今日=その効果
  • 次回=広がる場面
  • 柱1=効果は2層ある
  • 柱2=その効果を消すには、どれだけの提供が要るか
  • 柱3=留置権との違い
  • 根拠の札=条文/判例/学説/こちらの説明

位置づけです。前回は、同時履行の抗弁権の要件を見ました。今日は、その効果です。同時履行の抗弁権が成り立ったとき、法律上、何が起きるのか。そして、その効果を消すには、何が要るのか。最後に、似た権利の留置権と、どこが違うのかを見ます。柱は3つです。1つめ、効果は2層ある。2つめ、その効果を消すには、どれだけの提供が要るか。3つめ、留置権との違い。この3つで進みます。根拠の札を、貼るように言い分けます。条文とは、法律に書いてあることです。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことです。あとの2つのふだは、必要になったところで言います。

柱1——効果は2層ある

柱1の入口。問い=同時履行の抗弁権の要件は、いくつあったか。今日の柱1=要件がそろって抗弁権が付いたら、何が起きるか。 図:柱1の入口

  • 問い=同時履行の抗弁権の要件は、いくつあったか
  • 今日の柱1=要件がそろって抗弁権が付いたら、何が起きるか

柱1です。その前に、前回の確認を一つ。同時履行の抗弁権の要件は、いくつでしたか?

柱1の入口の答え。要件は3つ。同じ双務契約から生まれた2つの債務がある/相手方の債務が弁済期にある/相手方が履行の提供をしないで請求してきた。 図:柱1の入口の答え

  • 要件は3つ
  • 同じ双務契約から生まれた2つの債務がある/相手方の債務が弁済期にある/相手方が履行の提供をしないで請求してきた

3つです。同じ契約から生まれた、2つの債務があること、相手方の債務が弁済期にあること、相手方が提供しないで請求してきたこと、でした。この3つがそろって、同時履行の抗弁権が付きます。今日は、そのあと、つまり、付いたらどうなるのかを見ます。ここでふだを一つ足します。学説とは、学者が説明している考え方のことです。そのうち、多くの人が採る考え方を、通説と言います。次に出てくる効果の分け方の呼び名は、学説の札です。条文に書かれているのではなく、説明のための整理です。

効果の2層の対比。左=主張して働く効果(行使上の効果)…履行を拒絶できる/裁判では引換給付判決になる。右=あるだけで働く効果(存在効果)…遅れの責任を負わない/相殺に使えない。 図:効果の2層の対比

  • 左=主張して働く効果(行使上の効果)…履行を拒絶できる/裁判では引換給付判決になる
  • 右=あるだけで働く効果(存在効果)…遅れの責任を負わない/相殺に使えない

同時履行の抗弁権の効果は、2層に分けて整理されます。1つめの層は、実際に主張して初めて働く効果です。行使上の効果と呼びます。2つめの層は、主張しなくても、権利が付いているだけで働く効果です。存在効果と呼びます。履行遅滞の回で見た言い方と同じです。行使上の効果の中身は、履行を拒絶できること、そして、裁判では引換給付判決になることです。存在効果の中身は2つあります。遅れの責任を負わないこと、そして、この権利が付いた債権は相殺に使えないことです。順に見ます。

柱1——行使上の効果は、履行を拒絶できること

行使上の効果。533条=相手方が履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。拒めるのは「いま払うこと」だけ。債務は消えない。設例=5月20日、Bは「引換えだ」と言って、90万円を払わなくてよい。 図:行使上の効果

  • 533条=相手方が履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる
  • 拒めるのは「いま払うこと」だけ
  • 債務は消えない
  • 設例=5月20日、Bは「引換えだ」と言って、90万円を払わなくてよい

1つめは、行使上の効果です。根拠は533条です。前回読んだ条文です。今日使うのは、提供するまでは、履行を拒むことができる、という部分だけです。

条文民法533条

民法第533条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

履行を拒絶できる、というのが、この効果の中身です。条文の札です。設例では、5月20日、Bは、ピアノと引換えだと言って、90万円を払わなくてよいことになります。払わなくてよい、ということは、Bさんの90万円の債務は消えるのでしょうか?消えません。拒めるのは、いま払うことだけです。Bの代金債務は、そのまま残っています。Aがピアノを持って来て提供すれば、Bは90万円を払わなければなりません。前回と同じ言い方で言えば、いまは払わなくてよい、であって、もう払わなくてよい、ではありません。こちらの説明の札です。

柱1——裁判になれば、引換給付判決

引換給付判決の主文の形。AがBを訴えて90万円を請求し、Bが「引換えだ」と主張して認められた場合。主文の例=被告は、原告からピアノの引渡しを受けるのと引換えに、原告に90万円を支払え。 図:引換給付判決の主文の形

  • AがBを訴えて90万円を請求し、Bが「引換えだ」と主張して認められた場合
  • 主文の例=被告は、原告からピアノの引渡しを受けるのと引換えに、原告に90万円を支払え

裁判になると、どうなるか。AがBを訴えて、90万円を請求したとします。Bが、ピアノと引換えだと主張し、それが認められたとき、裁判所は、Aの請求を全部退けるのではありません。かといって、そのまま全部認めるのでもありません。理由は、Bの言い分の中身にあります。Bは、払わない、と言っているのではありません。ピアノと同時なら払う、と言っているだけです。ですから、請求を退ける理由はありません。けれども、無条件に支払を命じると、Bだけが先に出すことになります。そこで、出す判決は、被告は、原告からピアノの引渡しを受けるのと引換えに、原告に90万円を支払え、という内容になります。このように、原告が自分の側を果たすのと引換えに、被告に支払を命じる判決を、引換給付判決と呼びます。判決の主文の形は、こちらの説明の札です。

留置権でも同時履行の抗弁権でも、引換給付判決の形は同じ。留置権=最高裁の判例。同時履行=学説の整理。当事者が主張して初めて裁判所は取り上げる。 図:留置権でも同時履行の抗弁権でも、引換給付判決の形は同じ

  • 留置権=最高裁の判例
  • 同時履行=学説の整理
  • 当事者が主張して初めて裁判所は取り上げる

ふだをもう一つ足します。判例とは、裁判所が実際に出した判断のことです。留置権でも、同じ形の判決が出ます。最高裁は、物の引渡しを求められた留置権者が留置権を主張して認められたとき、請求を退けるのではなく、債権の弁済と引換えに物の引渡しを命じるべきだ、と述べました。留置権の回で見た判例です。同時履行の抗弁権の側も、実務では、同じ形の判決になる、と整理されています。古い大審院の判例にも同じ形があるとされますが、判決そのものはここでは見ません。学説の整理として、留置権と同じ形になる、と押さえてください。

Bさんが何も言わなかったら、裁判所は、引換えにしてくれないのですか?してくれません。当事者が主張して、初めて裁判所が取り上げる、というのが実務の整理です。これも学説の札です。裁判所は、Bの方から「引換えだ」という主張が出るまで、抗弁権があることを考えに入れません。留置権の側では、最高裁も、権利者が行使の意思を表明しない限り裁判所は取り上げない、と述べています。主張して初めて働く効果を、行使上の効果と呼ぶのは、このためです。

民事執行法31条1項。引換給付判決を得ても、強制執行を始めるには、債権者が反対給付またはその提供のあったことを証明しなければならない。設例=Aは判決を持っていても、取り立てのときに、もう一度ピアノを提供する必要がある。 図:民事執行法31条1項

  • 引換給付判決を得ても、強制執行を始めるには、債権者が反対給付またはその提供のあったことを証明しなければならない
  • 設例=Aは判決を持っていても、取り立てのときに、もう一度ピアノを提供する必要がある

判決をもらったあと、実際に取り立てる段階でも、条文があります。

条文民事執行法31条1項

民事執行法第31条第1項 債務者の給付が反対給付と引換えにすべきものである場合においては、強制執行は、債権者が反対給付又はその提供のあつたことを証明したときに限り、開始することができる。

条文の札です。引換えの判決を得ても、強制執行を始めるには、債権者が、反対給付またはその提供のあったことを証明しなければなりません。設例では、Aは判決を持っていても、取り立てるときに、もう一度ピアノを提供する必要があります。この向きは、あとの柱2の、提供を続ける、という話につながります。訴訟と執行の細かい手続は、民事訴訟法と民事執行法の側で扱います。

柱1——存在効果、遅れの責任を負わない

存在効果その1。相手が自分の分を果たしていないのに、こちらだけ先に果たせとは言えない。だから、期限が来ていても、遅れの責任を負わない。 図:存在効果その1

  • 相手が自分の分を果たしていないのに、こちらだけ先に果たせとは言えない
  • だから、期限が来ていても、遅れの責任を負わない

存在効果の1つめです。抗弁権を持つ債務者は、履行しなくても、口に出さなくても、遅れの責任を負いません。損害賠償も、違約金も、解除の原因にもなりません。履行遅滞の回で見たことです。期限が来ても責任を負わない理由は、相手が自分の分を果たしていないからです。相手が果たしていないのに、こちらだけ先に果たせとは言えません。ですから、期限が来ても、遅れても責められない立場にあります。こちらの説明の札です。

遅れの責任がなくなる仕組み。415条1項・541条は遅れが違法であることが前提。抗弁権があるとその前提を欠く。設例=4月20日、期限は来たが、Aがピアノを運んで来るまでは、どちらも遅れの責任を負わない。 図:遅れの責任がなくなる仕組み

  • 415条1項・541条は遅れが違法であることが前提
  • 抗弁権があるとその前提を欠く
  • 設例=4月20日、期限は来たが、Aがピアノを運んで来るまでは、どちらも遅れの責任を負わない

損害賠償を定めた415条1項も、解除を定めた541条も、遅れが違法であることが前提です。その前提を欠くので、責任が生じません。この働きを、学説は違法性阻却と呼びます。ここでは、遅れが違法でなくなる、と言い直して通します。設例で見ます。4月20日、期限が来ました。Aがピアノを運んで来るまでは、AもBも、相手が果たしていません。ですから、どちらも、遅れの責任を負いません。口に出さなくても責任を負わない、という点は、学説の札、通説の説明です。判例も見ます。

判例最判昭29・7・27 民集8巻7号1455頁

提供なき催告と解除 してみれば、本件においては、売買の残代金支払と所有権移転登記、建物明渡並に動産引渡とは同時履行の関係にあるものと言うべきであり、反対給付の提供なき上告人の右残代金支払の催告は被上告人を遅滞に陥らしめるに足らず、従つてこの催告に基く解除は効力を生じ得ないものである。

判例の読み方。提供なき催告では解除は効力を生じない。判決は違法性阻却の語を使っていない。遅れが違法でなくなる、は学説の整理。 図:判例の読み方

  • 提供なき催告では解除は効力を生じない
  • 判決は違法性阻却の語を使っていない
  • 遅れが違法でなくなる、は学説の整理

売買の残代金の支払と、登記や引渡しが、同時履行の関係にある事案です。売主が、自分の側の提供をしないまま、残代金を催告し、その催告に基づいて解除しようとしました。判決は、その催告は、買主を遅滞に陥らしめるに足りない、したがって、その催告に基づく解除は効力を生じない、としました。判例の札です。一つ、言い分けがあります。判決自身は、遅滞に陥らしめるに足らず、と言っています。違法性阻却という言葉は、使っていません。遅れが違法でなくなる、という整理は、判決の言い方を、学説が説明し直したものです。

柱1——存在効果、相殺に使えない

存在効果その2。505条1項ただし書=債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。同時履行の抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺することはできない。自働債権=相殺を持ち出す側が使う自分の債権。受働債権=その相手に対する自分の債務。 図:存在効果その2

  • 505条1項ただし書=債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない
  • 同時履行の抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺することはできない
  • 自働債権=相殺を持ち出す側が使う自分の債権
  • 受働債権=その相手に対する自分の債務

存在効果の2つめです。この権利が付いた債権は、相殺に使えません。相殺の回で、理由まで見ました。振り返ると、抗弁権が付いた債権を使って相殺されると、相手は、引換えだと言う機会を、一方的に奪われてしまいます。履行を強制するのと同じことになるからです。用語を確かめます。自働債権とは、相殺を持ち出す人が、自分から使う債権です。受働債権とは、その相手に対する自分の債務、つまり、相手が持っている債権です。条文を読みます。

条文民法505条1項

民法第505条第1項 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

読むのは、ただし書です。債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。条文の札です。抗弁権が付いた債権を自働債権にした相殺は、この、債務の性質がこれを許さないとき、に当たると読みます。この読み方は、判例と通説の札です。大審院の判例も、同じ方向です。設例に、もう一つ足します。前の年、AはBから20万円を借りていました。ピアノの契約とは別の、貸金で、返済の期限は、すでに過ぎています。ここだけ、設例を変えます。Aが、4月20日にピアノを運ばなかったとします。そのまま5月20日になって、相殺を考えます。向きを変えて、2つ並べます。

練習1。Aは一度もピアノを提供していない。AがBへの代金債権90万円(Bの抗弁権付き)を自働債権にして、自分がBに負う20万円の返済債務と相殺する場合。問い=相殺できるか。 図:練習1

  • Aは一度もピアノを提供していない
  • AがBへの代金債権90万円(Bの抗弁権付き)を自働債権にして、自分がBに負う20万円の返済債務と相殺する場合
  • 問い=相殺できるか

1つめ。AがBに対する代金債権90万円を自働債権にして、自分が負っている20万円の返済債務と、相殺するとします。この90万円には、Bの抗弁権が付いています。相殺できるでしょうか?できません。Aが相殺すると、Bの、引換えだと言う機会を、一方的に奪ってしまうからです。

練習2。BがAへの貸金債権20万円を自働債権にして、自分がAに負う代金債務90万円(Bの抗弁権付き)と相殺する場合。問い=相殺できるか。 図:練習2

  • BがAへの貸金債権20万円を自働債権にして、自分がAに負う代金債務90万円(Bの抗弁権付き)と相殺する場合
  • 問い=相殺できるか

2つめ。今度は、BがAへの貸金債権20万円を自働債権にして、自分が負う代金債務90万円と、相殺するとします。この代金債務には、Bの抗弁権が付いています。相殺できるでしょうか?できます。抗弁権が付いているのは、相殺される側、つまり受働債権の側で、その抗弁権はBのものです。Bが自分で相殺を持ち出すのは、Bが自分の抗弁権を捨てて払うのと同じです。相手から奪うことにはなりません。対当額の20万円が消えて、残りの70万円については、Bはなお、引換えだと言えます。相殺の回で見た結論と同じで、学説の札です。結論は、抗弁権が付いているのが、自働債権のほうか、受働債権のほうかで、逆になる、ということです。ここまでが柱1です。同時履行の抗弁権の効果は、主張して初めて働く層が、履行の拒絶と引換給付判決、付いているだけで働く層が、遅れの責任を負わないことと、相殺に使えないこと、でした。では、次の柱2に進みます。この効果を消すには、どれだけの提供が要るのか。

柱2——効果を消すとは、何をすることか

柱2の入口。効果を消す=Aが自分の債務(ピアノの引渡し)を提供して、Bの側の効果が働かないようにすること。提供するのはAのピアノ。働かなくなるのはBの抗弁権の効果。どの効果を消したいかで、要る提供が違う。 図:柱2の入口

  • 効果を消す=Aが自分の債務(ピアノの引渡し)を提供して、Bの側の効果が働かないようにすること
  • 提供するのはAのピアノ
  • 働かなくなるのはBの抗弁権の効果
  • どの効果を消したいかで、要る提供が違う

柱2です。ここが、今日の主役です。効果を消す、とは、何をすることか。相手方、つまりAが、自分の債務、ピアノの引渡しを提供して、Bの側に付いた効果を、働かなくさせることです。取り違えやすいので、はっきり言います。提供するのは、Aのピアノです。なくなるのは、Bの抗弁権の効果です。どちらの債務の話をしているのか、見失わないでください。提供とは、やるべきことを全部やって、あとは相手が受け取るだけ、という状態にすることでした。4月20日に、Aがピアノを玄関先まで運んで、代金を求めたのが、これに当たります。提供の種類、現実の提供と口頭の提供は、弁済の提供の回で見たとおりで、今日の主役ではありません。結論を先に言います。消したい効果が3つあります。履行を拒む効果、遅れの責任を負わない効果、相殺を禁じる効果です。必要な提供が、それぞれ違います。

柱2——履行を拒む効果を封じるには、提供の継続が要る

提供の継続。履行を拒む効果を封じるには、提供を続けていることが要る。設例=Aの提供は4月20日で終わり、ピアノは店にある。5月20日の請求に、Bは「引換えだ」と言える。前回残っていた問いの答え=一度提供しても、そのあとずっと拒めなくなるわけではない。 図:提供の継続

  • 履行を拒む効果を封じるには、提供を続けていることが要る
  • 設例=Aの提供は4月20日で終わり、ピアノは店にある
  • 5月20日の請求に、Bは「引換えだ」と言える
  • 前回残っていた問いの答え=一度提供しても、そのあとずっと拒めなくなるわけではない

1つめ。履行を拒む効果を封じるには、何が要るのか。前回残っていた問いの答えです。一度提供すれば、そのあとずっと拒めなくなるわけではありません。提供を続けていて、初めて封じられます。これを、提供の継続と呼びます。提供を続けている、という意味です。設例なら、Aの提供は、4月20日で終わっています。ピアノは、いま店にあります。5月20日に請求し直すなら、Aは、改めてピアノを提供する、つまり、提供を続けている状態にする必要があります。それをしていない5月20日、Bは、引換えだと言えます。提供している間は、Bは、いまは拒めません。もう拒めない、ではありません。Aが提供をやめれば、Bは、また拒めるようになるからです。

継続が要る理由。もし一度の提供で足りるなら=Aがその後ピアノを手放していても、壊していても、Bだけが無条件に代金を払わされる。それでは不公平。だから、請求し直すなら、提供を続けている必要がある。 図:継続が要る理由

  • もし一度の提供で足りるなら=Aがその後ピアノを手放していても、壊していても、Bだけが無条件に代金を払わされる
  • それでは不公平
  • だから、請求し直すなら、提供を続けている必要がある

提供を続けなければならないのは、厳しく感じますが、理由があります。もし一度の提供で足りるなら、その後、Aがピアノを他人に売ってしまっていても、壊してしまっていても、Bだけが無条件に90万円を払わされます。ピアノが手元に無いAに、全額を払わされるのは不公平です。だから、請求し直すなら、提供が続いている必要があります。こちらの説明の札です。先ほどの、強制執行のときに、提供があったことを証明する、という条文とも、同じ向きです。判例を見ます。

判例最判昭34・5・14 民集13巻5号609頁

提供の継続と同時履行の抗弁権 双務契約の当事者の一方は相手方の履行の提供があつても、その提供が継続されない限り同時履行の抗弁権を失うものでないことは所論のとおりである。しかし、原判示によれば売主たる被上告人は本件機械全部を買主たるDに昭和二九年六月二八日までに約束通り引渡したというのであるから、Dは右引渡を受けたことによつて所論同時履行の抗弁権を失つたものというべきであり、従つてその以後において、被上告人の代理人E某が右機械の「F」を取外して持ち帰つたからといつて、同人に別個の責任の生ずる可能性のあることは別論として既になされた被上告人の債務の履行に消長を来し、一旦消滅した同時履行の抗弁権が復活する謂れはない。

昭34の判決の読み分け。判決が述べた一般論=提供が継続されない限り抗弁権は失われない。この事件の結論=引渡し済みなので抗弁権は消えた。提供と引渡しは別物。 図:昭34の判決の読み分け

  • 判決が述べた一般論=提供が継続されない限り抗弁権は失われない
  • この事件の結論=引渡し済みなので抗弁権は消えた
  • 提供と引渡しは別物

判決は、まず一般論として、相手方の履行の提供があっても、その提供が継続されない限り、同時履行の抗弁権を失うものではない、と述べました。判例の札です。ただ、この事件そのものは、提供の継続が切れた例ではありません。機械の売買で、売主が、機械の全部を、買主に約束どおり引き渡していた事案です。引渡しを受けた買主は、すでに抗弁権を失っていました。その後に、売主側の者が機械の一部を取り外して持ち帰っても、一度なくなった抗弁権は復活しない、として、上告を棄却しました。整理します。提供の継続が要る、は、判決が述べた一般論です。この事件の結論は、引渡し済みだから抗弁権は消えた、です。提供と、引渡しは、別物です。引渡しという履行そのものが済んでいれば、抗弁権は消えます。提供しただけなら、継続が要ります。

柱2——遅れの責任を負わせるには、一度の提供で足りる

遅れの責任を負わせるには、一度の提供で足りる(学説・通説)。Aが一度提供すれば、Bの遅れの責任を負わない効果は消え、そこから先の遅れは違法になる。疑問=同じ提供なのに、拒む場面は続けること、こちらは一度で足りる。 図:遅れの責任を負わせるには、一度の提供で足りる

  • 学説・通説
  • Aが一度提供すれば、Bの遅れの責任を負わない効果は消え、そこから先の遅れは違法になる。疑問=同じ提供なのに、拒む場面は続けること、こちらは一度で足りる。

2つめ。遅れの責任を負わせるには、何が要るのか。一度の提供で足ります。学説の札、通説です。履行遅滞の回で見た結論です。今日は、提供を続けることが要る場面と並べて、理由を確かめ直します。Aが一度ピアノを提供して、Bの、遅れの責任を負わない効果を消せば、それ以降のBの遅れは、違法になります。Bは、遅れの責任を負います。提供を続けていなくても、です。

問われていることが違う。拒む場面=強制的に取り立ててよいか→提供の継続。遅れの責任の場面=遅れを相手の責任と言ってよいか→一度の提供で足りる。 図:問われていることが違う

  • 拒む場面=強制的に取り立ててよいか→提供の継続
  • 遅れの責任の場面=遅れを相手の責任と言ってよいか→一度の提供で足りる

さっきは続けないとだめで、今度は一度で足りる。同じ提供なのに、どうして違うのでしょうか?問われていることが、違うからです。さっきの、請求に対して拒む場面で問われているのは、強制的に取り立ててよいか、です。取り立てるなら、Bが無条件に払わされないよう、Aが提供を続けている必要があります。こちらの場面で問われているのは、強制的に取り立てることではなく、遅れを相手の責任と言ってよいか、です。Bが遅れても責められなかった理由は、相手のAが自分の分を果たしていないから、でした。4月20日、Aはピアノを玄関先まで運び、あとはBが受け取るだけにしました。それでも払えなかったのは、現金を用意していなかったBの側の事情です。責められない理由が、この日になくなりました。ですから、そこから先の遅れは、Bの責任と言えます。

解除は取り立てではない。解除は契約の拘束から抜けること。Bが90万円を払わされることはなく、防ぐはずの不公平が起きない。だから提供を続けることまでは要らない(学説の説明)。 図:解除は取り立てではない

  • 解除は契約の拘束から抜けること
  • Bが90万円を払わされることはなく、防ぐはずの不公平が起きない
  • だから提供を続けることまでは要らない(学説の説明)

続けなくてよい理由も、言えます。提供の継続が要ったのは、ピアノを手放したAに、Bだけが90万円を払わされるのを防ぐためでした。解除は、代金を取り立てることではありません。契約をやめて、Aが契約の拘束から抜けることです。Bが90万円を払わされることは、ありません。防ぐはずの不公平が起きないので、提供を続けることまでは要らない、と説明されます。学説の説明です。判例で確かめられる範囲を、はっきりさせます。さきほどの判例は、提供をしないでした催告では、解除は効力を生じない、というものでした。判例は、もう1件あります。

判例最判昭36・6・22 民集15巻6号1651頁

解除のための提供の時期 本件のような場合は、前示催告において指定された履行期日に被上告人Bの履行の提供あれば足るのであつて、それ以前のことは問うところではないのである。

解除のための提供。判例=催告で指定した履行期日の提供で足りる、まで。通説=一度提供すれば継続しなくても遅れは消えない。判決の伏せ字のBは設例のBとは別の人。 図:解除のための提供

  • 判例=催告で指定した履行期日の提供で足りる、まで
  • 通説=一度提供すれば継続しなくても遅れは消えない
  • 判決の伏せ字のBは設例のBとは別の人

同時履行の関係にある契約を解除しようとする側の提供は、催告で指定した履行期日にあれば足り、それ以前のことは問わない、という判断です。判例の札です。なお、判決の伏せ字のBは、今日の設例のBとは別の人です。区別して覚えてください。この最高裁の判決が言ったのは、催告で指定した期日の提供で足りる、というところまでです。一度提供すれば、その後は継続しなくても、遅れは消えない、という一般の形は、通説です。古い大審院の判例にも、解除のための提供は続けなくてよい、としたものがあるとされますが、判決そのものはここでは見ません。催告の期間や、軽微な不履行の扱いは、解除の回の話なので、ここでは触れません。

柱2——相殺に使うには、自分の側の提供が要る

相殺に使うには。抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺するには、相殺する側が、自分の債務の提供をしておく必要がある。大審院の判例も、この方向。相殺の意思表示のときに改めて要るのか、前に一度提供していれば足りるのかは、はっきり定まっていない。 図:相殺に使うには

  • 抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺するには、相殺する側が、自分の債務の提供をしておく必要がある
  • 大審院の判例も、この方向
  • 相殺の意思表示のときに改めて要るのか、前に一度提供していれば足りるのかは、はっきり定まっていない

3つめ。相殺に使うには、何が要るのか。抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺するには、相殺する側、設例ならAが、自分の債務、ピアノの引渡しの提供をしておく必要があります。相殺は、自働債権について履行を強制するのと同じだからです。大審院の判例も、相殺するには自分の側の履行の提供が要る、という方向です。ただ、言えないこともあります。その提供が、相殺の意思表示のときに改めて要るのか、前に一度提供していれば足りるのか。これは、確かめられた範囲では、はっきり定まっていません。一つの整理は、相殺の意思表示のたびに提供が要る、とします。ただし、通説とも、判例とも、言いません。設例で当てはめます。さきほど、Aが一度もピアノを運んでいない場合は、相殺できませんでした。元の設例では、Aは4月20日に、一度提供しています。それでも、5月20日に相殺しようと思うなら、改めてピアノを提供しておくのが安全です。4月20日の提供だけで足りるかは、定まっていないからです。

柱2——3つの効果と、要る提供を並べる

3つの効果と、要る提供。左端の列=Aがしたいこと(取り立てたい/解除に進みたい/相殺したい)。行使上の効果(履行拒絶)=問われること=いま取り立ててよいか/要る提供=提供の継続/札=判例(一般論)。存在効果1(遅れの責任)=問われること=遅れをBの責任と言ってよいか/要る提供=一度の提供で足りる/札=学説(通説)と判例(補助)。存在効果2(相殺禁止)=問われること=取り立てるのと同じ働き/要る提供=相殺する側の提供(毎回か一度かは定まっていない)/札=判例と学説。下の一行=提供するのはAのピアノ、働かなくなるのはBの抗弁権。 図:3つの効果と、要る提供

  • 左端の列=Aがしたいこと(取り立てたい/解除に進みたい/相殺したい)
  • 行使上の効果(履行拒絶)=問われること=いま取り立ててよいか/要る提供=提供の継続/札=判例(一般論)
  • 存在効果1(遅れの責任)=問われること=遅れをBの責任と言ってよいか/要る提供=一度の提供で足りる/札=学説(通説)と判例(補助)
  • 存在効果2(相殺禁止)=問われること=取り立てるのと同じ働き/要る提供=相殺する側の提供(毎回か一度かは定まっていない)/札=判例と学説
  • 下の一行=提供するのはAのピアノ、働かなくなるのはBの抗弁権

3つを並べます。表を見てください。1行め。Aが、代金を取り立てたいときです。封じる相手は、行使上の効果、つまり履行拒絶です。問われるのは、いま取り立ててよいか。要る提供は、提供の継続です。判例の一般論のふだです。2行め。Aが、Bの遅れを責めて、解除に進みたいときです。封じる相手は、存在効果の1つめ、遅れの責任を負わない効果です。問われるのは、遅れをBの責任と言ってよいか。要る提供は、一度で足ります。学説、通説の札で、判例は補助です。3行め。Aが、代金債権で相殺したいときです。封じる相手は、存在効果の2つめ、相殺の禁止です。相殺は、取り立てるのと同じ働きをするので、相殺する側の提供が要ります。毎回か一度かは、定まっていません。判例と、学説の札です。表の下の一行も、読んでおいてください。提供するのはAのピアノ、働かなくなるのはBの抗弁権の効果です。

柱2——売買の利息と、設例のBの遅れ

575条。1項=引渡し前の果実は、売主に帰属する。2項=買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う。設例=ピアノはまだ引き渡されていない。この規定の利息はまだ付かない。 図:575条

  • 1項=引渡し前の果実は、売主に帰属する
  • 2項=買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う
  • 設例=ピアノはまだ引き渡されていない
  • この規定の利息はまだ付かない

表の2行めで、Bは遅れの責任を負う、と言いました。その責任のうち、お金の面について、売買には条文が一つあります。575条です。

条文民法575条

民法第575条 まだ引き渡されていない売買の目的物が果実を生じたときは、その果実は、売主に帰属する。 2 買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う。ただし、代金の支払について期限があるときは、その期限が到来するまでは、利息を支払うことを要しない。

読むのは、2項の前半です。買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う。条文の札です。設例では、ピアノはまだ引き渡されていません。ですから、この規定の利息は、まだ付きません。

売買の利息と遅れ。買主は代金の支払が遅れていても、引渡しを受けるまでは利息を払わなくてよい(大審院の判例の結論)。理由は575条1項。利息の読み方は分かれる。 図:売買の利息と遅れ

  • 買主は代金の支払が遅れていても、引渡しを受けるまでは利息を払わなくてよい(大審院の判例の結論)
  • 理由は575条1項
  • 利息の読み方は分かれる

遅れた分のお金、つまり遅延損害金はどうでしょうか。買主は、代金の支払が遅れていても、品物の引渡しを受けるまでは、代金の利息を払わなくてよい、とされています。古い大審院の判例が、この結論です。この条文の利息を、遅延損害金のことと読む考え方からも、同じ結論になります。理由は、同じ575条の1項にあります。引き渡されるまでに品物が生んだ果実、つまり品物から上がる利益は、売主のものになります。売主が品物の利益を取る代わりに、買主は代金の利息を払わない。品物の側と代金の側を、引渡しの日を境に釣り合わせる、という考え方です。ただし、この利息を、遅延損害金と読むのか、遅れとは関係なく付く法定の利息と読むのかは、考え方が分かれています。詳しくは、売買のところで扱います。

覚え方は2つ。お金のほう=条文の利息は引渡しの日から、遅れていても引渡しまでは払わなくてよい(判例の結論)、読み方は分かれる。解除のほう=読み方がどちらでも変わらない。前回残した点にも答える。 図:覚え方は2つ

  • お金のほう=条文の利息は引渡しの日から、遅れていても引渡しまでは払わなくてよい(判例の結論)、読み方は分かれる
  • 解除のほう=読み方がどちらでも変わらない
  • 前回残した点にも答える

覚えることを、2つに分けます。お金のほうは、条文の利息は引渡しの日から、までが条文です。遅れていても引渡しまでは利息を払わなくてよい、が大審院の判例の結論で、利息の読み方は分かれます。この読み方に左右されないのが、解除です。Bの遅れを理由に、Aが解除に進める、という点は、利息の読み方がどちらでも変わりません。ですから、設例のBが負う遅れの責任は、解除を中心に押さえてください。前回、次回に扱うと言って残した点にも、答えます。代金は10日、車は月末、という約束で、買主が10日に払わなかった場面でした。10日から月末までは、買主に抗弁権がまだ無く、遅れは遅れのまま残る、と言いました。その遅れの責任の中身も、同じ形です。中心は解除です。お金のほうは、車を受け取るまでは、代金の利息を払わなくてよい、というのが大審院の判例の結論で、利息の読み方は分かれます。

柱2——冒頭の問いに答える

冒頭の問いの時系列。3月10日=契約。4月20日=Aがピアノを運んだが、Bは払えず、Aは持ち帰った。5月20日=Aが請求し、Bは「引換えだ」と言った。問い1=5月20日、Bは「引換えだ」と言えるか。問い2=4月20日からあとのBの遅れは、誰の責任か。 図:冒頭の問いの時系列

  • 3月10日=契約
  • 4月20日=Aがピアノを運んだが、Bは払えず、Aは持ち帰った
  • 5月20日=Aが請求し、Bは「引換えだ」と言った
  • 問い1=5月20日、Bは「引換えだ」と言えるか
  • 問い2=4月20日からあとのBの遅れは、誰の責任か

冒頭の問いに戻ります。まず、問い1です。5月20日、Bは、引換えだ、と言えるでしょうか?

問い1の答え。Bは5月20日、「引換えだ」と言える。理由=Aの提供は4月20日で終わり、ピアノは店にあって提供を続けていない。つぎの問い=問い2。 図:問い1の答え

  • Bは5月20日、「引換えだ」と言える
  • 理由=Aの提供は4月20日で終わり、ピアノは店にあって提供を続けていない
  • つぎの問い=問い2

言えると思います。Aさんの提供は4月20日で終わっているので、請求のたびに、改めて提供が要るからです。問い1の答えです。ピアノはいま店にあり、Aは提供を続けていません。問い2です。4月20日からあとのBの遅れは、誰の責任でしょうか? 理由も付けてください。

答え合わせの時系列。3月10日〜4月20日=Aがピアノを運んで来るまでは存在効果が働く。4月20日=Aが提供、遅れの責任を負わない効果は消える。5月20日=Aが請求、Bの「引換えだ」は提供が続いていないので働く。そのあと=Aが催告して解除する道が開く。 図:答え合わせの時系列

  • 3月10日〜4月20日=Aがピアノを運んで来るまでは存在効果が働く
  • 4月20日=Aが提供、遅れの責任を負わない効果は消える
  • 5月20日=Aが請求、Bの「引換えだ」は提供が続いていないので働く
  • そのあと=Aが催告して解除する道が開く

問い2の答えは、Bの責任です。4月20日の提供で、Bの、遅れの責任を負わない効果は消えました。Aには、契約を解除する道が開きます。期間を決めて、払ってくださいと求め、それでも払われなければ、契約をやめる、という道です。この求めが、催告です。解除の詳しい中身は、解除の回で扱います。2つの答えは、食い違いません。問い1は、いま取り立ててよいか、の話なので、提供を続けていることが要ります。問い2は、遅れを相手の責任と言ってよいか、の話なので、一度の提供で足ります。どの効果を消したいのかで、要る提供が違う。これが今日の結論です。

492条。弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れる。設例=Aは4月20日の提供で、引渡しが遅れた責任を免れる。代金の利息は575条2項のとおり引渡しの日から。 図:492条

  • 弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れる
  • 設例=Aは4月20日の提供で、引渡しが遅れた責任を免れる
  • 代金の利息は575条2項のとおり引渡しの日から

もう一つ。Aは、4月20日の提供で、自分の引渡しが遅れた責任を免れています。492条です。弁済の提供の回で見た条文です。代金の利息は、575条2項のとおり、引渡しの日からです。

練習3。4月20日に提供したあとの5月20日、Aが次の3つを言った場合に、4月20日の提供だけで足りるか、改めて提供が要るか。(a)Bを訴えて90万円を請求する。(b)Bに催告して、期間内に払わなければ解除する。(c)代金債権を自働債権にして、20万円の返済債務と相殺する。 図:練習3

  • 4月20日に提供したあとの5月20日、Aが次の3つを言った場合に、4月20日の提供だけで足りるか、改めて提供が要るか
  • (a)Bを訴えて90万円を請求する
  • (b)Bに催告して、期間内に払わなければ解除する
  • (c)代金債権を自働債権にして、20万円の返済債務と相殺する

練習です。4月20日に提供したあとの5月20日に、Aが、3つのことを言ったとします。それぞれ、4月20日の提供だけで足りるか、改めて提供が要るかを答えてください。(a)です。Bを訴えて、90万円の支払を求めます。Bは、引換えだ、と主張します。5月20日の請求は、4月20日の提供だけで足りますか?足りないと思います。請求するなら、提供の継続が要るので、改めて提供が要ります。Aが取り立てたい場面だからです。(b)です。Bに催告して、期間内に払わなければ解除する、と言います。5月20日の催告は、4月20日の提供だけで足りますか?

足ります。一度の提供で、Bの遅れは違法のままです。通説です。学説の札です。ただし、さきほど読んだ最高裁の判決が言ったのは、催告で指定した期日の提供で足りる、というところまでです。実際に解除に進むなら、その期日にも提供しておくのが確実です。催告の細かい要件は解除の回の話です。(c)です。代金債権を自働債権にして、20万円の返済債務と相殺する、と言います。これは、4月20日の提供だけで足りますか?

練習3の答え合わせ。(a)請求=改めて提供が要る。(b)催告して解除=一度の提供で足りる(通説。判例は催告で指定した期日の提供まで)。(c)相殺=相殺する側の提供が要る(毎回か一度かは定まっていない)。 図:練習3の答え合わせ

  • (a)請求=改めて提供が要る
  • (b)催告して解除=一度の提供で足りる(通説。判例は催告で指定した期日の提供まで)
  • (c)相殺=相殺する側の提供が要る(毎回か一度かは定まっていない)

相殺する側の提供が要る、と思います。ただ、毎回か一度かは、定まっていないのです。前に一度提供していれば足りるのかが定まっていないので、Aは改めて提供しておくのが安全です。3つの場面で、答えがそれぞれ違います。消したい効果を取り違えないでください。

柱3——留置権と似ている点、違う点の入口

柱3の入口。似ている点=相手が果たすまで拒める/趣旨は当事者間の公平/裁判になれば引換給付判決。295条1項=他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。 図:柱3の入口

  • 似ている点=相手が果たすまで拒める/趣旨は当事者間の公平/裁判になれば引換給付判決
  • 295条1項=他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる

柱3です。留置権との違いを見ます。留置権とは、他人の物を占有している人が、その物に関して生じた債権の弁済を受けるまで、その物を返さずに留めておける権利です。295条1項です。

条文民法295条1項

民法第295条第1項 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。

条文の札です。同時履行の抗弁権と、似ている点が3つあります。1つめ、相手が果たすまで拒める。2つめ、趣旨は、当事者間の公平。相手が果たさないのに、自分だけ手放すのは不公平だ、という考えです。3つめ、裁判になれば、引換給付判決になる。留置権のほうは、最高裁の判例の札、同時履行のほうは、先ほどの学説の整理の札でした。これだけ似ていて、しかも、売主がまだ品物を持っている場面では、2つが同時に成り立ちます。今日のAが、そうです。だから、どこが違うのかを、知っておく必要があります。

牽連関係と牽連性の言い分け。牽連関係=債務と債務の結び付き(同時履行の抗弁権)。牽連性=物と債権の結び付き(留置権)。見ているものが違う。 図:牽連関係と牽連性の言い分け

  • 牽連関係=債務と債務の結び付き(同時履行の抗弁権)
  • 牽連性=物と債権の結び付き(留置権)
  • 見ているものが違う

言葉を言い分けます。前回、牽連関係という言葉を紹介しました。一方の債務があるから、他方の債務がある、という、債務と債務の結び付きのことです。同時履行の抗弁権は、この結び付きから出てきます。留置権の、物に関して生じた債権、という要件の結び付きは、牽連性です。こちらは、物と債権の結び付きです。見ているものが違います。同時履行の抗弁権は、契約の中の、債務と債務の話です。留置権は、物を持っている人の、その物についての権利です。次の表の違い、とくに、誰に言えるかの違いは、ここから出てきます。

柱3——契約の進み方に沿って、違いを並べる

同時履行の抗弁権と留置権の違い(その1)。場面=一部だけ払われたとき。同時履行=払われた割合だけ、拒める範囲が小さくなる(学説)。留置権=全部の弁済まで、全部を留められる(296条1項)。例=椅子10脚・10万円のうち5万円が払われたなら、渡さずにいられるのは残り5脚ほど。 図:同時履行の抗弁権と留置権の違い

  • その1
  • 場面=一部だけ払われたとき。同時履行=払われた割合だけ、拒める範囲が小さくなる(学説)。留置権=全部の弁済まで、全部を留められる(296条1項)。例=椅子10脚・10万円のうち5万円が払われたなら、渡さずにいられるのは残り5脚ほど。

留置権の回で、留置権の側から、違いを4つ並べました。今日は、同じ4つを、契約が進んでいく順に、場面で並べ直します。新しく足すのは、一部だけ払われたときの同時履行の側の扱いと、第三者の設例です。表を見てください。1つめの場面。代金の一部だけが払われたときです。留置権は、296条1項で、債権の全部の弁済を受けるまで、留めている物の全部について、権利を行使できます。留置権の回で、不可分性と呼んだ性質です。条文の札です。同時履行の抗弁権のほうは、払われた割合に応じて、拒める範囲が小さくなる、と学説が説明します。グランドピアノ1台は分けられないので、ここだけ別の例にします。同じ型の椅子を10脚、合わせて10万円で売り、そのうち5万円が払われたなら、渡さずにいられるのは、残りの5脚ほど、というイメージです。学説の札と、こちらの説明です。

同時履行の抗弁権と留置権の違い(その2)。場面=代わりの担保を出されたとき。同時履行=規定なし。留置権=担保を出して消滅請求できる(301条)。場面=払われないまま長引くとき。同時履行=自分から競売を申し立てる手段はない。留置権=自分から競売を申し立てられる(民事執行法195条)。 図:同時履行の抗弁権と留置権の違い

  • その2
  • 場面=代わりの担保を出されたとき。同時履行=規定なし。留置権=担保を出して消滅請求できる(301条)。場面=払われないまま長引くとき。同時履行=自分から競売を申し立てる手段はない。留置権=自分から競売を申し立てられる(民事執行法195条)。

2つめの場面。代わりの担保を出されたときです。留置権は、301条で、債務者が相当の担保を供して、留置権の消滅を請求できます。条文の札です。同時履行の抗弁権には、この規定がありません。条文に定めがない、という事実で、こちらの説明です。3つめの場面。払われないまま長引くときです。留置権者は、自分から競売を申し立てられます。民事執行法195条です。条文の札です。同時履行の抗弁権には、自分から競売を申し立てる手段はありません。これも、条文に定めがない、という事実で、こちらの説明です。

同時履行の抗弁権と留置権の違い(その3)。場面=第三者が出てきたとき。同時履行=契約の相手にだけ言える(債権に伴う権利。533条)。留置権=誰にでも言える(物権。295条1項)。 図:同時履行の抗弁権と留置権の違い

  • その3
  • 場面=第三者が出てきたとき。同時履行=契約の相手にだけ言える(債権に伴う権利。533条)。留置権=誰にでも言える(物権。295条1項)。

4つめの場面。第三者が出てきたときです。ここが最も大きな違いです。同時履行の抗弁権は、契約の相手にだけ言える、債権に伴う権利です。533条が、双務契約の当事者の一方が、相手方に言う権利としているからです。留置権は、誰にでも言える物権です。295条1項が、他人の物の占有者、と書き、相手を限っていないからです。

第三者の設例その1。4月20日以後、ピアノはAの店にある。Aの代金債権90万円は、Bに対するもの。 図:第三者の設例その1

  • 4月20日以後、ピアノはAの店にある
  • Aの代金債権90万円は、Bに対するもの

第三者が出てきた場面を、設例で確かめたいです。設例の続きです。4月20日以後、ピアノは、Aの店にあります。そこへ、BからそのピアノをCが買った、と言って、Cが「ピアノを渡してください」と言ってきました。AはCに、何と言えるでしょうか。

第三者の設例その2。BからピアノをCが買い、AにCが引渡しを求めた。Aの主張。同時履行の抗弁権=Cは契約の当事者ではないので、Cには言えない(Bに対してだけ)。留置権=ピアノはBの物でAが占有。代金債権はそのピアノに関して生じた債権。物権なのでCにも主張できる。 図:第三者の設例その2

  • BからピアノをCが買い、AにCが引渡しを求めた
  • Aの主張
  • 同時履行の抗弁権=Cは契約の当事者ではないので、Cには言えない(Bに対してだけ)
  • 留置権=ピアノはBの物でAが占有
  • 代金債権はそのピアノに関して生じた債権
  • 物権なのでCにも主張できる

同時履行の抗弁権から見ます。533条は、双務契約の当事者の一方が、相手方に言う権利です。Cは、AとBの売買契約の当事者ではありません。ですから、AはCに、引換えだ、とは言えません。同時履行の抗弁権は、Bに対してだけ言えます。留置権はどうか。ピアノは、買主のBの物です。物権変動のところで見たとおり、特定の物の売買では、特約がなければ、契約をした時に、所有権が買主に移るからです。引渡しがまだでも、Aにとっては、他人の物です。Aはそのピアノを占有していて、90万円の代金債権は、そのピアノに関して生じた債権です。295条1項に当たります。留置権は物権なので、Cにも主張できます。Aは、代金の弁済を受けるまで、Cにも渡さない、と言えます。条文とこちらの説明の札です。留置権が成り立つ細かい要件は、留置権の回の話なので、ここでは、設例が295条1項に当たる、というところまでにします。

両方が成り立つときは、どちらを主張してもよい、とされています。学説の札、通説です。Bに対しては、どちらも言えます。Cに対しては、留置権だけです。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。柱1=効果は2層。主張して働く効果(行使上の効果)=履行を拒絶・引換給付判決。あるだけで働く効果(存在効果)=遅れの責任を負わない・相殺に使えない。柱2=消すのに要る提供。履行拒絶は提供の継続/遅れの責任は一度の提供で足りる/相殺は相殺する側の提供(毎回か一度かは定まっていない)。柱3=留置権との違い。言える相手・一部弁済・代わりの担保・競売。 図:今日のまとめ

  • 柱1=効果は2層
  • 主張して働く効果(行使上の効果)=履行を拒絶・引換給付判決
  • あるだけで働く効果(存在効果)=遅れの責任を負わない・相殺に使えない
  • 柱2=消すのに要る提供
  • 履行拒絶は提供の継続/遅れの責任は一度の提供で足りる/相殺は相殺する側の提供(毎回か一度かは定まっていない)
  • 柱3=留置権との違い
  • 言える相手・一部弁済・代わりの担保・競売

3つの柱で整理します。1つめ、効果は2層あります。主張して初めて働く層が、履行の拒絶と引換給付判決です。付いているだけで働く層が、遅れの責任を負わないことと、相殺に使えないことです。2つめ、その効果を消すのに要る提供です。履行を拒む効果は、提供を続けることで封じます。遅れの責任は、一度の提供で足ります。相殺には、相殺する側の提供が要ります。毎回か一度かは、定まっていません。3つめ、留置権との違いです。同時履行の抗弁権は契約の相手にだけ、留置権は誰にでも言えます。一部弁済、代わりの担保、競売でも、違いがあります。両方成り立つときは、どちらを主張してもよいです。

冒頭の答えの言い直し。問い1=Bはまだ「引換えだ」と言える。Aが改めて提供を続けるまで。問い2=4月20日からあとのBの遅れは、Bの責任。Aは催告して解除する道が開く。理由=どの効果を消したいのかで、要る提供が違う。 図:冒頭の答えの言い直し

  • 問い1=Bはまだ「引換えだ」と言える
  • Aが改めて提供を続けるまで
  • 問い2=4月20日からあとのBの遅れは、Bの責任
  • Aは催告して解除する道が開く
  • 理由=どの効果を消したいのかで、要る提供が違う

冒頭の問いの答えを、言い直します。Bは、まだ引換えだと言えます。けれども、4月20日からあとのBの遅れは、Bの責任で、Aには、催告して解除する道が開きます。食い違いません。まだ引換えだと言えるのは、いま取り立ててよいかの話で、提供の継続が要るからです。遅れがBの責任になるのは、遅れを相手の責任と言ってよいかの話で、一度の提供で足りるからです。論文で論点になりうるのは、解除の前提としての提供と、請求に対する抗弁とを、消したい効果によって使い分けるところです。

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#234単独ページ動画

双務契約以外の同時履行と不安の抗弁権

第5章 契約 #234/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

敷金を返すまで、部屋は明け渡さないと言えるか

冒頭の設例の関係図。A(大家)は月8万円のアパートをB(借主)に貸している。賃貸借は3月31日で終わる。Bは敷金24万円をAに預けている。AとBの間にあるのは、部屋の鍵(明渡し)と、敷金24万円の返還。 図:冒頭の設例の関係図

  • A(大家)は月8万円のアパートをB(借主)に貸している
  • 賃貸借は3月31日で終わる
  • Bは敷金24万円をAに預けている
  • AとBの間にあるのは、部屋の鍵(明渡し)と、敷金24万円の返還

先に、答えの方向を言います。Bは、24万円が戻るまで鍵は渡さない、とは言えません。先に部屋を明け渡すのはBで、敷金が戻るのは、そのあとです。お金と物の交換に見えるのに、なぜ引換えにならないのか。これが今日の入口です。理由は、今日の後半で、判決と条文を読んで答えます。今日の問いを広く言うと、同時履行の抗弁権は、双務契約から生まれた2つの債務の外に、どこまで広がるのか、です。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=前々回は同時履行の抗弁権の意義と要件、前回は効果と留置権との違い、今日は533条が双務契約から生まれた2つの債務の外にどこまで広がるか。柱1=条文が同時履行と決めている場面。柱2=条文が無く、判例・解釈で決まる場面(認められたもの・否定されたもの)。柱3=先に履行する人が拒める場合(不安の抗弁権)。根拠の札=条文/判例/学説/こちらの説明。 図:今日の地図

  • 位置=前々回は同時履行の抗弁権の意義と要件、前回は効果と留置権との違い、今日は533条が双務契約から生まれた2つの債務の外にどこまで広がるか
  • 柱1=条文が同時履行と決めている場面
  • 柱2=条文が無く、判例・解釈で決まる場面(認められたもの・否定されたもの)
  • 柱3=先に履行する人が拒める場合(不安の抗弁権)
  • 根拠の札=条文/判例/学説/こちらの説明

位置づけです。前々回は、同時履行の抗弁権の意義と要件を見ました。相手が自分の債務を提供するまでは、自分の債務の履行を拒める権利です。533条が定めているのは、双務契約、つまり、売買のように、当事者の両方が債務を負い合う契約から生まれた、2つの債務についてです。前回は、その効果と、留置権との違いを見ました。今日は、その533条が、双務契約の外へ、どこまで広がるのかを見ます。柱は3つです。1つめ、条文が、同時履行だと決めている場面。2つめ、条文が無く、判例や解釈で決まる場面です。ここは、認められたものと、否定されたものに分けます。3つめ、先に履行する約束をした人が、拒める場合はあるのか。不安の抗弁権と呼ばれる考え方です。根拠の札を、貼るように言い分けます。条文は、法律に書いてあること。判例は、裁判所が実際に出した判断。学説は、学者が説明している考え方で、そのうち多くの人が採る考え方を通説と言います。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。今日は、場面ごとに、ふだが違う、というところが背骨になります。

判断のものさし

判断のものさし。2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか。片方だけ先に果たさせると、不公平か。札=こちらの説明。 図:判断のものさし

  • 2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか
  • 片方だけ先に果たさせると、不公平か
  • 札=こちらの説明

条文が無い場面で迷わないように、ものさしを1つ渡します。2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか。片方だけ先に果たさせると、不公平か。これです。前々回、一方の債務があるから他方の債務がある、という債務と債務の結び付きを、牽連関係と呼びました。ものさしは、この結び付きが、同じ1つの関係の中にあるかを測ります。このものさしは、この動画が整理した言い方で、こちらの説明の札です。ただし、言葉の根は、あとで読む判決から取っています。各場面にこれを当てて、結論の理由を言います。結論の暗記にはしません。

柱1——条文が同時履行と決めている場面

柱1の入口。準用=条文が「533条を使え」と書いていること。解除の巻き戻し(546条)/負担付贈与(553条)/終身定期金(692条)。 図:柱1の入口

  • 準用=条文が「533条を使え」と書いていること
  • 解除の巻き戻し(546条)/負担付贈与(553条)/終身定期金(692条)

柱1です。条文が同時履行だと決めている場面です。条文という札は、法律に書いてあることでした。ここでは、条文が、533条を使いなさい、とはっきり書いています。これを準用と言います。準用とは、条文が、ほかの規定を使えと書いていることです。1つめは、契約を解除した場合です。解除の効果は、545条1項に書いてあります。当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う、というものです。契約が解除されると、お互いに、受け取ったものを元に戻す義務を負うのです。

条文民法546条

民法第546条 第五百三十三条の規定は、前条の場合について準用する。

前条の場合とは、いま読んだ545条の場合、つまり解除の場合です。条文の札です。解除の巻き戻しは、533条を準用する、と書いてあります。設例を置きます。ここだけ、Aは売主、Bは買主です。AがBに品物を売り、契約が解除されました。Bは品物を返し、Aは代金を返します。どちらが先に返す必要もありません。互いに元に戻す2つの義務は、同じ契約の巻き戻しとして向き合っていて、片方だけ先に返させると不公平だからです。ものさしで読めます。こちらの説明の札です。何を、どこまで返すのかは、解除のところで扱います。

負担付贈与。贈与者は財産を渡す。受贈者は、もらう代わりに一定の負担を負う。553条=その性質に反しない限り、双務契約に関する規定を準用する。設例=AがBに家を贈与し、Bは毎月5万円をAの生活費として払う負担を負う。 図:負担付贈与

  • 贈与者は財産を渡す
  • 受贈者は、もらう代わりに一定の負担を負う
  • 553条=その性質に反しない限り、双務契約に関する規定を準用する
  • 設例=AがBに家を贈与し、Bは毎月5万円をAの生活費として払う負担を負う

2つめは、負担付贈与です。贈与は、普通は、一方だけが債務を負う契約です。ただし、もらう人が、もらう代わりに一定の負担を負うことがあります。これを負担付贈与と言います。

条文民法553条

民法第553条 負担付贈与については、この節に定めるもののほか、その性質に反しない限り、双務契約に関する規定を準用する。

条文の札です。双務契約に関する規定を準用する、とありますから、533条も入ります。設例です。AがBに自分の家を贈与し、Bは毎月5万円を、Aの生活費として払う負担を負いました。Bが払っていないのに、Aだけ先に登記を移す必要はありません。贈与と負担が向き合っているからです。性質に反しない限り、という条件も、ものさしで読めます。向き合っていない規定まで使う必要はない、ということです。こちらの説明の札です。

条文が決めているものの一覧。692条=終身定期金契約の解除で、元本の返還と、受け取った定期金から利息を引いた残額の返還が向き合う(準用)。533条かっこ書=履行に代わる損害賠償の債務も向き合う。 図:条文が決めているものの一覧

  • 692条=終身定期金契約の解除で、元本の返還と、受け取った定期金から利息を引いた残額の返還が向き合う(準用)
  • 533条かっこ書=履行に代わる損害賠償の債務も向き合う

一覧で、あと2つ押さえます。692条は、終身定期金契約が解除された場合に、533条を準用しています。終身定期金契約とは、ある人が亡くなるまで、定期的にお金を払う約束です。元本の返還と、すでに受け取った定期金から元本の利息を引いた残額の返還が、向き合います。詳しくは別の回で扱います。もう1つは、533条のかっこ書です。履行に代わる損害賠償の債務も、向き合うと書いてありました。改正で個別の準用規定が整理され、533条に明文で入ったことは、前々回に見たとおりです。

柱1——受取証書と債権証書、同じ証書でも違う

486条1項。弁済をする者は、弁済と引換えに、受取証書の交付を請求できる。受取証書=領収書。 図:486条1項

  • 弁済をする者は、弁済と引換えに、受取証書の交付を請求できる
  • 受取証書=領収書

もう1つ、条文が引換えだと書いている場面があります。お金を払う場面です。弁済の回で、払った証拠の話として見た2つの条文を、今日は、引換えかどうか、という目で見直します。受取証書とは、領収書のことです。

条文民法486条1項

民法第486条第1項 弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる。

条文の札です。弁済と引換えに、とあります。払うのと引換えに、領収書をよこせ、と言えるのです。理由は、払った証拠が、今すぐ要るからです。あとでもらうことにすると、貸主が二重に請求してきたとき、払ったことを証明できません。

487条と対比。債権証書(借用書)=全部の弁済をしたとき返還を請求できる=弁済が先。受取証書(領収書)=弁済と引換え。 図:487条と対比

  • 債権証書(借用書)=全部の弁済をしたとき返還を請求できる=弁済が先
  • 受取証書(領収書)=弁済と引換え

対になる条文があります。487条です。債権証書、つまり借用書は、弁済した人が全部の弁済をしたときに、返還を請求できます。引換えとは書いていません。弁済が先です。

条文民法487条

民法第487条 債権に関する証書がある場合において、弁済をした者が全部の弁済をしたときは、その証書の返還を請求することができる。

設例で見分けます。Bは、Aから40万円を借りていて、今日が返済日です。ケース1。Aが「領収書は、あとで郵送します」と言います。Bは「領収書と引換えでなければ払わない」と言えるでしょうか? ケース2。Bが「借用書を返してくれるまで、40万円は払わない」と言います。こちらは言えるでしょうか?

設例の答え。ケース1=言える(486条)。ケース2=言えない(487条)。 図:設例の答え。ケース1=言える(486条)。ケース2=言えない(487条)。

結論はそのとおりです。では、領収書は引換え、借用書はあと。なぜ、違うのでしょうか? 2つの軸で答えてください。

2つの軸。受取証書=払った証拠が今すぐ要る(二重払いの防止)。債権証書=債権がまだ残っている。全部払い終えたあとに返してもらえば足りる。 図:2つの軸

  • 受取証書=払った証拠が今すぐ要る(二重払いの防止)
  • 債権証書=債権がまだ残っている
  • 全部払い終えたあとに返してもらえば足りる

付け足すと、領収書さえ手元にあれば、あとで借用書が戻らなくても、二重に請求されたときに反論できます。ですから、借用書の返還は、払い終えたあとで足ります。ここまでが、条文の札の場面です。条文があるときは、場面ごとに条文を引く。次からは、条文が無い場面で、ものさしの出番です。

柱2の入口——条文が無い場面は、認めたか、否定したか

柱2の入口。条文が無い場面は、判例が認めたか、否定したかで押さえる。札=学説。ものさしの外が3つある=建物買取のときの敷地/留置権/立退料。 図:柱2の入口

  • 条文が無い場面は、判例が認めたか、否定したかで押さえる
  • 札=学説
  • ものさしの外が3つある=建物買取のときの敷地/留置権/立退料

柱2です。条文が無い場面です。ここは、判例が認めたか、否定したかで押さえる、と整理されます。この整理の仕方は、学説の札です。そのうえで、ものさしを当てて、理由を言います。先に断っておきます。ものさしの外が、3つあります。建物買取請求のときの敷地、留置権、立退料です。この3つは、引換えの判決は出ますが、ものさしで説明する場面ではありません。出てきたところで、その都度、ものさしの外だ、と言います。ここから、判例が出てきます。判例の札は、裁判所が実際に出した判断です。判決がどこまで言ったかも、あわせて見ます。

柱2——認めた場面:無効・取消しの返還どうし

無効・取消しの返還。121条=取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。類推適用=条文は無いが、似ているので533条を当てはめること。準用との違い=準用は条文が使えと書いている。 図:無効・取消しの返還

  • 121条=取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす
  • 類推適用=条文は無いが、似ているので533条を当てはめること
  • 準用との違い=準用は条文が使えと書いている

1つめ。契約が、取り消されたり無効だったりした場合です。取消しの回で見たとおり、取り消された行為は、121条で、初めから無効であったものとみなされます。では、無効な契約で受け取ったものは、どうなるか。次の条文、121条の2です。

条文民法121条の2第1項

民法第121条の2第1項 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。

条文の札です。無効な行為に基づいて給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負います。お互いに受け取ったものを返す義務です。ただし、この義務は、不当利得として返す義務で、双務契約から生まれた債務ではありません。ですから、533条が直接当たるわけではありません。ここで言葉を言い分けます。類推適用とは、条文は無いけれど、似ているので、533条を当てはめることです。先ほどの準用とは違います。準用は、条文が、使えと書いています。類推適用は、書いていません。設例です。Bは、Aにだまされて、自分の土地を1,000万円でAに売り、内金として100万円を受け取りました。Bが、詐欺を理由に取り消します。Bは100万円を返し、Aは登記を戻します。どちらかが先に返さなければならないでしょうか? 取消しの回で結論を見た判決を、今日は、判決の言葉のまま読みます。

判例最判昭47・9・7 民集26巻7号1327頁

取消しによる原状回復と同時履行 原状に回復するため、被上告人は、上告人に対し、本件(一)の土地について右仮登記の抹消登記手続を、本件(二)の土地について上告人へ所有権移転登記手続をそれぞれなすべき義務があり、また、上告人は、被上告人に対し、右一〇〇万円の返還義務を負うものであるところ、上告人、被上告人の右各義務は、民法五三三条の類推適用により同時履行の関係にあると解すべきであつて、被上告人は、上告人から一〇〇万円の支払を受けるのと引き換えに右各登記手続をなすべき義務があるとした原審の判断は、正当としてこれを是認することができる。

判決の読み方。売主の上告人が詐欺で売買を取り消した事件。判決の上告人=設例のB(取り消した売主)。結論=民法533条の類推適用により同時履行の関係にある。 図:判決の読み方

  • 売主の上告人が詐欺で売買を取り消した事件
  • 判決の上告人=設例のB(取り消した売主)
  • 結論=民法533条の類推適用により同時履行の関係にある

判決の上告人は、設例のBに当たる、取り消した売主です。売主の側が代金の内金100万円を受け取っていた事件で、判決は、お互いの義務を、民法533条の類推適用により同時履行の関係にある、としました。判例の札です。設例の答えは、どちらも先に返さなくてよい、引換えです。理由は、契約の巻き戻しだからです。解除のときと同じく、同じ契約の裏表として向き合う、2つの返還を、片方だけ先にさせると不公平です。ものさしで読めます。未成年者の取消しについても、最高裁は、546条に準じて533条を使えると判断しました。解除の場合と区別すべき理由がない、というのが理由です。

判例の範囲。詐欺取消し=最判昭47・9・7。未成年者の取消し=最判昭28・6・16(判決は未成年者の取消しに限ると自ら述べている)。他の取消原因・現行121条の2のもとでも同じ=学説(通説)。 図:判例の範囲

  • 詐欺取消し=最判昭47・9・7
  • 未成年者の取消し=最判昭28・6・16(判決は未成年者の取消しに限ると自ら述べている)
  • 他の取消原因・現行121条の2のもとでも同じ=学説(通説)

ただし、判例が言った範囲は、決まっています。未成年者の取消しの判決は、他の原因による取消しについては、何も判断を示していない、と自分で限っています。詐欺取消しの判決と合わせても、全部の取消しや無効に及ぶ、とまでは言っていません。意思能力が無い状態、つまり、自分のしていることの意味が分からない状態で結んだ契約が無効になる場合や、2017年の改正で121条の2ができたあとも、同じに扱う、というところは、学説、通説の札です。

柱2——担保にまつわる3つの場面:清算金、留置権、登記の抹消

清算金と引渡し。譲渡担保=お金を借りる担保として、物の所有権を貸主に移しておく仕組み。実行すると、物の価値が債務を上回る部分を、清算金として債務者に払う。判例=清算金の支払と引換えにのみ認容(引換え)。 図:清算金と引渡し

  • 譲渡担保=お金を借りる担保として、物の所有権を貸主に移しておく仕組み
  • 実行すると、物の価値が債務を上回る部分を、清算金として債務者に払う
  • 判例=清算金の支払と引換えにのみ認容(引換え)

次は、担保にまつわる場面を3つ、短く見ます。認めた場面、ものさしの外、否定した場面が、1つずつ出てきます。1つめ、譲渡担保の清算金です。譲渡担保とは、お金を借りる担保として、物の所有権を貸主に移しておく仕組みです。貸主が実行すると、物の価値が債務を上回る部分を、清算金として債務者に払います。担保物権の回で、清算金の支払と引渡しは同時履行、と見た場面です。その根拠の判決を、今日は言葉のとおりに確かめます。最高裁は、債務者が清算金の支払との引換えを主張したときは、特段の事情のない限り、清算金の支払と引換えにのみ、引渡しや明渡しの請求を認める、としました。判例の札です。判決の言葉は、引換え、で、同時履行ということばは使っていません。それでも、このあと見る留置権や立退料とは違って、ここは、2つの債務が向き合っている場面です。貸主は、物を自分のものにする代わりに、借金を超える分の値打ちを、清算金として返します。物を受け取ることと、差額を払うことが、同じ担保実行の中で向き合っているので、片方だけ先にさせると不公平です。ものさしで読める場面です。ここは、こちらの説明の札です。

仮登記担保。仮登記担保法3条2項=民法533条の規定は、清算金の支払の債務と土地等の所有権移転の登記及び引渡しの債務の履行について準用する。仮登記担保=土地を担保に取り、返せないときは所有権を取得すると約束して、仮登記で固めておく仕組み。 図:仮登記担保

  • 仮登記担保法3条2項=民法533条の規定は、清算金の支払の債務と土地等の所有権移転の登記及び引渡しの債務の履行について準用する
  • 仮登記担保=土地を担保に取り、返せないときは所有権を取得すると約束して、仮登記で固めておく仕組み

登記も含めた引換えには、条文があります。仮登記担保契約に関する法律3条2項は、民法533条の規定は、清算金の支払の債務と土地等の所有権移転の登記及び引渡しの債務の履行について準用する、と定めています。仮登記担保とは、土地を担保に取り、返せないときは所有権を取得すると約束して、仮登記で固めておく仕組みです。条文の札です。

留置権の弁済と返還。ものさしの外=留置権。牽連性=物と債権の結び付き。判例=その物に関して生じた債権の弁済と引換えに物の引渡しを命ずべき(最判昭33・3・13)。 図:留置権の弁済と返還

  • ものさしの外=留置権
  • 牽連性=物と債権の結び付き
  • 判例=その物に関して生じた債権の弁済と引換えに物の引渡しを命ずべき(最判昭33・3・13)

2つめ、留置権です。留置権とは、他人のものを占有している人が、その物に関して生じた債権の弁済を受けるまで、その物を返さずに留めておける権利です。時計の修理を頼まれた店は、修理代が払われるまで、時計を返さなくてよい。これが留置権です。これは、ものさしの外です。前回見たとおり、留置権は、物と債権の結び付き、牽連性から出てきます。債務どうしの結び付き、牽連関係ではありません。弁済を受けるまで返さなくてよい権利ですから、裁判所は、弁済と引換えに返せ、と命じます。最高裁は、留置権が認められるときは、その物に関して生じた債権の弁済と引換えに、物の引渡しを命じるべきだ、と述べました。判例の札です。留置権の効果として言っていて、同時履行とは言っていません。

担保を消す手続。設例=BはAから1,000万円を借り、土地に抵当権を設定した。全額を返す日。問い=Bは「抹消登記をしてくれるまで払わない」と言えるか。 図:担保を消す手続

  • 設例=BはAから1,000万円を借り、土地に抵当権を設定した
  • 全額を返す日
  • 問い=Bは「抹消登記をしてくれるまで払わない」と言えるか

3つめは、認められなかった場面です。抵当権の被担保債権の弁済と、抵当権設定登記の抹消登記手続です。設例で言います。BはAから1,000万円を借り、土地に抵当権を設定しました。全額を返す日に、Bは「抹消登記をしてくれるまで払わない」と言えるでしょうか?

担保を消す手続。抵当権の被担保債権の弁済と、抵当権設定登記の抹消登記手続は、弁済が先(最判昭57・1・19)。判決=先履行の関係であって、同時履行の関係に立つものではない。 図:担保を消す手続

  • 抵当権の被担保債権の弁済と、抵当権設定登記の抹消登記手続は、弁済が先(最判昭57・1・19)
  • 判決=先履行の関係であって、同時履行の関係に立つものではない

言えません。最高裁は、弁済と抹消登記手続は、前者が後者に対して先履行の関係にあって、同時履行の関係に立つものではない、としました。判例の札です。判決は、この理由を書いていません。こちらの説明の札ですが、抹消は弁済の結果として求めるもので、担保は、債権が弁済されて初めて要らなくなる、と読めます。向き合っていないのです。登記が戻らないか心配でも、弁済が先です。

柱2——認めた場面:建物買取請求権と敷地

建物買取請求権。借地の期間が終わるとき、地上の建物を地主に時価で買い取らせる権利。請求すると売買が成立する。設例=借地権者B(建物の時価900万円)、地主A。 図:建物買取請求権

  • 借地の期間が終わるとき、地上の建物を地主に時価で買い取らせる権利
  • 請求すると売買が成立する
  • 設例=借地権者B(建物の時価900万円)、地主A

ここから、借地借家法の2つの買取請求を見ます。1つめは、建物買取請求権です。借地の期間が終わるとき、借地人が、地上の建物を、地主に時価で買い取らせる権利です。

条文借地借家法13条1項

借地借家法第13条第1項 借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。

条文の札です。借地権者とは借地人、借地権設定者とは地主のことです。請求すると、建物の売買が成立する、と解されています。担保物権の回で見たとおりです。要件や効果の本体は、別の回で扱います。

建物の代金と建物の引渡し。A(地主)とB(借地人)の間にあるのは、建物の引渡しと、建物の代金(時価900万円)。 図:建物の代金と建物の引渡し

設例です。借地権者Bの建物は、時価900万円です。期間が満了し、更新はありません。Bは、地主のAに、買取りを請求しました。建物の代金と、建物の引渡しは、売買の2つの債務です。533条そのものが当たります。条文の札です。Bは、代金が払われるまで、建物を渡さなくてよいのです。問題は敷地です。Aは「代金は来月払う。まず土地を空けろ」と言います。Bは、建物の中にいたまま、敷地にも居続けられるでしょうか? 判例を読みます。

判例最判昭35・9・20 民集14巻11号2227頁

建物買取請求後の引渡しの拒絶と敷地の占有 建物買取請求権を行使した後は、買取代金の支払あるまで右建物の引渡を拒むことができるけれども、右建物の占有によりその敷地をも占有するかぎり、敷地占有に基く不当利得として敷地の賃料相当額を返還すべき義務あることは、大審院の判例とするところであり

判決の読み方。旧借地法10条の事件(借地権を地主の承諾なく譲り受けた人の買取請求=現行の借地借家法14条。買取請求のあとの関係は13条の場合も同じ)。判決が言った=建物の引渡しを拒める。敷地も占有するかぎり、賃料相当額を返す。 図:判決の読み方

  • 旧借地法10条の事件(借地権を地主の承諾なく譲り受けた人の買取請求=現行の借地借家法14条。買取請求のあとの関係は13条の場合も同じ)
  • 判決が言った=建物の引渡しを拒める
  • 敷地も占有するかぎり、賃料相当額を返す

旧借地法10条の事件です。借地権を、地主の承諾なく譲り受けた人が、建物の買取りを請求した場面で、現行の借地借家法では14条に当たります。買取りを請求したあとの関係は、13条の場合も同じに扱われています。判決が言ったのは2つです。1つめ、代金の支払まで、建物の引渡しを拒める。2つめ、建物の占有によって敷地も占有するかぎり、敷地の賃料相当額を、不当利得として返す。判例の札です。

敷地の拒絶。ものさしの外=敷地。敷地は売買の目的物ではない。建物の引渡しを拒んで占有する必要上、敷地も占有できる(判例・大審院)=反射的効力。敷地を使う権原があるわけではない。 図:敷地の拒絶

  • ものさしの外=敷地
  • 敷地は売買の目的物ではない
  • 建物の引渡しを拒んで占有する必要上、敷地も占有できる(判例・大審院)=反射的効力
  • 敷地を使う権原があるわけではない

担保物権の回では、留置権の側から、代金を受け取るまで敷地にも居続けられる、という結論を見ました。今日は、同じ場面を、同時履行の側から見ています。どちらの道でも、拒めるのは建物の引渡しで、敷地は、その結果です。そこで、いま読んだ判決の言葉を確かめます。この判決が書いたのは、建物の引渡しを拒めることと、敷地も占有するかぎり、賃料相当額を返すことです。敷地の明渡しを拒める、という言葉は、この判決の文には出てきません。ただし、この判決が変更しないとした大審院、つまり戦前の最上級の裁判所の判例が、そこを述べています。では、なぜ敷地にも居続けられるのか。ここは、ものさしの外です。敷地は、売買の目的物ではないからです。それでも、Bが建物を渡さなくてよいなら、建物を残したまま敷地だけ空けることはできません。ですから、敷地にも居続けられる。大審院は、地代相当額を返す義務を論じる前提として、建物の引渡しを拒んで占有する必要上、敷地も占有することになる、と述べました。判例の札です。これを反射的効力と呼びます。敷地そのものを拒む権利があるのではなく、建物を渡さなくてよいことの結果が、敷地に及ぶ、という意味です。

設例の答え。Bは建物にいたまま、敷地にも居続けられる。ただし、地代相当額(月4万円)はAに返す。居られる=無料、ではない。 図:設例の答え

  • Bは建物にいたまま、敷地にも居続けられる
  • ただし、地代相当額(月4万円)はAに返す
  • 居られる=無料、ではない

設例の答えです。Bは、居続けられます。ただし、居られるからといって、無料ではありません。地代相当額、月4万円としますが、これをAに返します。ふだを並べ直します。建物を渡さなくてよい、は533条そのもので、判例も同じ結論です。敷地にも居続けられる、は、いま読んだ最高裁の判決の文には出てきませんが、大審院の判例が述べていて、判例の札です。反射的効力と呼ばれるところです。地代相当額は返す、は判例です。

柱2——否定した場面:造作買取請求権と建物の明渡し

造作買取請求権。借家で、貸主の同意を得て付けた設備(畳・建具など)を、出るときに貸主に時価で買い取らせる権利。 図:造作買取請求権

2つめは、造作買取請求権です。借家で、貸主の同意を得て付けた畳や建具などの設備を、出るときに、貸主に時価で買い取らせる権利です。

条文借地借家法33条1項

借地借家法第33条第1項 建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳、建具その他の造作がある場合には、建物の賃借人は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときに、建物の賃貸人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができる。建物の賃貸人から買い受けた造作についても、同様とする。

条文の札です。請求すると、造作の売買が成立する、と解されています。造作の代金と、造作の引渡しは、売買の2つの債務で、533条そのものが当たります。引換えです。では、造作の代金と、建物の明渡しは、引換えになるでしょうか? 判例は、なりません。

判例最判昭29・7・22 民集8巻7号1425頁

造作の代金債権は建物に関して生じた債権か 造作買取代金債権は、造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権でないと解するを相当とし……所論は理由がない。

判決が書いたこと=造作買取代金債権は、造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権でない。結論=建物の明渡しを、留置権や同時履行の抗弁で拒むことはできない。

  • 判決が書いたこと=造作買取代金債権は、造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権でない
  • 結論=建物の明渡しを、留置権や同時履行の抗弁で拒むことはできない

判決が書いた理由は、この一点です。造作の代金債権は、造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権ではない。なぜ、これが決め手になるのか。その物に関して生じた債権、というのは、留置権の条文、295条1項の言葉です。留置権は、その物に関して生じた債権があるときに、その物を留めておける権利でした。造作の代金は、造作に関して生じた債権ですから、留めておけるのは造作までで、建物には届きません。ここまでの読み方は、こちらの説明の札です。結論の、留置権でも、同時履行の抗弁でも、建物の明渡しは拒めない、は判例の札です。担保物権の回では、留置権の側から、この結論を見ました。今日は、同時履行の側から、ものさしで読み直します。向き合っているのは、造作の代金と造作です。建物そのものは、売買の目的物ではありません。造作の売買と、建物の賃貸借の終了は、別の関係です。こちらの説明の札です。

見分ける問い。建物買取と造作買取。ケース1=借地のB(建物時価900万円)が買取りを請求。Aは「代金は後。まず土地を空けろ」と言う。ケース2=借家のBが、Aの同意で付けた作り付けの棚と間仕切り建具(時価15万円)の買取りを請求。出て行く日にAが「15万円は後で払う。まず部屋を空けろ」と言う。 図:見分ける問い

  • 建物買取と造作買取
  • ケース1=借地のB(建物時価900万円)が買取りを請求
  • Aは「代金は後。まず土地を空けろ」と言う
  • ケース2=借家のBが、Aの同意で付けた作り付けの棚と間仕切り建具(時価15万円)の買取りを請求
  • 出て行く日にAが「15万円は後で払う。まず部屋を空けろ」と言う

見分けます。ケース1。借地のBが、建物900万円の買取りを請求しました。Aが「代金は後。まず土地を空けろ」と言います。ケース2。借家のBが、Aの同意で付けた作り付けの棚と間仕切り建具、時価15万円の買取りを請求しました。出て行く日に、Aが「15万円は後で払う。まず部屋を空けろ」と言います。それぞれ、Aの言い分は通りますか?

見分ける問いの答え。ケース1=通らない。ケース2=通る。同じ買取請求でも結論が割れる。 図:見分ける問いの答え

  • ケース1=通らない
  • ケース2=通る
  • 同じ買取請求でも結論が割れる

結論は、そのとおりです。では、同じ買取請求なのに、なぜ結論が割れるのでしょうか?

割れる理由。建物買取=買い取る物(建物)を渡さない限り、敷地を空けられない。造作買取=買い取る物(造作)と部屋(建物)は別の物。部屋の明渡しは賃貸借の終了で決まる。 図:割れる理由

  • 建物買取=買い取る物(建物)を渡さない限り、敷地を空けられない
  • 造作買取=買い取る物(造作)と部屋(建物)は別の物
  • 部屋の明渡しは賃貸借の終了で決まる

ケース1は、買い取られる物が建物そのものだからです。ケース2は、買い取られる物は造作で、部屋とは別の物だからです。もう少し言い直すと、ケース2の部屋の明渡しは、賃貸借が終わったことから生じる義務で、造作の売買とは、別の関係にあります。造作を渡す義務の相手方に、部屋の明渡しまで拒む力を与える理由が、ありません。借地は物の取引が敷地まで続き、借家は賃貸借の終了と造作の売買が切り離されている、と覚えてください。

柱2——否定した場面:敷金と明渡し

敷金。賃料の滞納や部屋の傷みなど、賃貸借から生じる借主の金銭債務の担保として、借主が貸主に預けておくお金。結論=敷金の返還と明渡しは同時履行の関係に立たない。 図:敷金

  • 賃料の滞納や部屋の傷みなど、賃貸借から生じる借主の金銭債務の担保として、借主が貸主に預けておくお金
  • 結論=敷金の返還と明渡しは同時履行の関係に立たない

冒頭の問いに戻ります。敷金とは、賃料の滞納や部屋の傷みなど、賃貸借から生じる借主の金銭債務の担保として、借主が貸主に預けておくお金です。賃貸借が終わったとき、借主の明渡しと、貸主の敷金の返還は、引換えになるのか。最高裁は、同時履行の関係に立たない、としました。判決が挙げた理由のうち、中心の3つを、順に読みます。

判例最判昭49・9・2 民集28巻6号1152頁

敷金返還と明渡し その1 賃貸借における敷金は、賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するものと解すべきものである……

1つめの理由です。敷金は、賃貸借が終わってから明渡しまでに生じる賃料相当額の損害金など、貸主が借主に対して取得することのある一切の債権を担保するものです。ですから、貸主は、明渡しがされたときに、それまでの分を差し引いて、残りを返せばよい。明渡しの時に精算する性質のお金だからです。判例の札です。

判例最判昭49・9・2 民集28巻6号1152頁

敷金返還と明渡し その2 敷金契約は、このようにして賃貸人が賃借人に対して取得することのある債権を担保するために締結されるものであつて、賃貸借契約に附随するものではあるが、賃貸借契約そのものではないから、賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、一個の双務契約によつて生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず、また、両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても、両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは、必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたいのである。

2つめの理由です。敷金契約は、賃貸借に附随するけれど、賃貸借そのものではありません。ですから、明渡しと敷金返還は、一個の双務契約によって生じた対価的債務の関係にあるものとはできない。ものさしの言葉の根は、ここです。3つめは、両債務の間に、著しい価値の差がありうることです。24万円と、部屋の明渡しでは、釣り合いません。ただし、これは理由の1つで、これだけで決まるのではありません。判例の札です。

判例最判昭49・9・2 民集28巻6号1152頁

敷金返還と明渡し その3 賃貸人は、特別の約定のないかぎり、賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく、したがつて、家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解するのが相当であり

敷金返還と明渡しの結論。貸主は、特別の約定がないかぎり、明渡しを受けたあとに敷金の残額を返せば足りる。明渡しと敷金返還は同時履行の関係に立たない。賃借人が留置権を取得する余地はない。特約があれば別。 図:敷金返還と明渡しの結論

  • 貸主は、特別の約定がないかぎり、明渡しを受けたあとに敷金の残額を返せば足りる
  • 明渡しと敷金返還は同時履行の関係に立たない
  • 賃借人が留置権を取得する余地はない
  • 特約があれば別

結論です。貸主は、特別の約定がないかぎり、明渡しを受けたあとに、敷金の残額を返せば足りる。明渡しと敷金返還は、同時履行の関係に立たない。判決は、賃借人が留置権を取得する余地はない、とも述べています。特約があれば別、という点も押さえてください。判例の札です。ここで確認です。判決は、敷金と明渡しが引換えにならない理由に、何を挙げたでしょうか? 3つ答えてください。

622条の2第1項。賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、次のときは、賃借人に対し、受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた債務の額を控除した残額を返還しなければならない。一=賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。 図:622条の2第1項

  • 賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、次のときは、賃借人に対し、受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた債務の額を控除した残額を返還しなければならない
  • 一=賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき

3つとも、判決のとおりです。この判決は、2017年の改正の前の判決です。その後、条文が追いつきました。

条文民法622条の2第1項

民法第622条の2第1項 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。 一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。 二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。

条文の札です。1号を読みます。賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。貸主に、敷金の返還義務が生じるのは、賃貸物の返還を受けたときです。明渡しが先、と明文になりました。判決が先で、条文があとから追いついた順番です。敷金の仕組みの本体は、別の回で扱います。

冒頭の答え合わせ。退去日の流れ。3月31日=Bが鍵を渡す(明渡し)。そのあと=Aが滞納や傷みを引いて精算。4月10日まで=Aが敷金の残額を返す。明渡しが先。 図:冒頭の答え合わせ

  • 退去日の流れ
  • 3月31日=Bが鍵を渡す(明渡し)
  • そのあと=Aが滞納や傷みを引いて精算
  • 4月10日まで=Aが敷金の残額を返す
  • 明渡しが先

冒頭の問いの答えです。大家のAは、4月10日までに振り込む、と言ってよいのです。Bは、3月31日の退去の日に、鍵を渡さなければなりません。Bが「24万円が戻るまで」と言って居座れば、その間の賃料相当額の損害金は、敷金が担保する債権になります。1つめの理由の中身です。

柱2——別ルート:立退料と明渡し

立退料と明渡し。立退料=家主が借家人に出て行ってもらうために、出て行く条件として払う金銭。ものさしの外=別ルート。判例=正当事由の判断で、立退料の支払と引換えの明渡しを認めた判決を是認した(最判昭46・11・25)。「同時履行」とは言っていない。 図:立退料と明渡し

  • 立退料=家主が借家人に出て行ってもらうために、出て行く条件として払う金銭
  • ものさしの外=別ルート
  • 判例=正当事由の判断で、立退料の支払と引換えの明渡しを認めた判決を是認した(最判昭46・11・25)
  • 「同時履行」とは言っていない

最後の場面は、立退料です。立退料とは、家主が借家人に出て行ってもらうために、出て行く条件として払う金銭です。これも、ものさしの外です。

正当の事由と立退料。解約の申入れには借地借家法28条の正当の事由が要る。立退料=考えに入れる事情の1つ(明渡しと引換えに財産上の給付をすると申し出たこと)。 図:正当の事由と立退料

  • 解約の申入れには借地借家法28条の正当の事由が要る
  • 立退料=考えに入れる事情の1つ(明渡しと引換えに財産上の給付をすると申し出たこと)

家主の側から賃貸借を終わらせる、解約の申入れは、自由にはできません。借地借家法28条で、正当の事由が要ります。正当の事由とは、出て行ってもらうことを正当だと言えるだけの事情です。家主と借家人のそれぞれが、その建物を使う必要がどれだけあるか、などを合わせて判断します。いまの28条は、考えに入れる事情の1つに、家主が、明渡しと引換えに財産上の給付をすると申し出たこと、を挙げています。これが立退料です。最高裁は、家主が立退料の支払と引換えの明渡しを求め、原審が立退料と引換えに明渡しを認めたのを、是認しました。判例の札です。ただし、判決は、同時履行とは言っていません。立退料の提供は、それだけで正当事由の根拠になるのではなく、ほかの事情と合わせて考えられる、と言っています。

なぜ引換えの形になるのか。家主の事情だけでは正当の事由に足りない。立退料の申出を足して初めてそろう。払わずに明渡しだけを求めることはできない。正当事由を補う条件として、引換えの明渡しが認められる。 図:なぜ引換えの形になるのか

  • 家主の事情だけでは正当の事由に足りない
  • 立退料の申出を足して初めてそろう
  • 払わずに明渡しだけを求めることはできない
  • 正当事由を補う条件として、引換えの明渡しが認められる

なぜ、引換えの形になるのか。家主の事情だけでは、正当の事由に足りない。そこへ、立退料を払うという申出を足して、初めて正当の事由がそろう、という場面です。払うことを足して認められた明渡しですから、払わずに明渡しだけを求めることはできません。立退料は、向き合う債務が先にあって引換えになるのではありません。正当事由を補う条件として、引換えの明渡しが認められるのです。こちらの説明の札です。正当事由の中身は、別の回で扱います。

柱2——結論の一覧:認めた場面と否定した場面

認めた場面(ものさしで説明できる)。無効・取消しの返還=類推適用(判例・最判昭47・9・7)。清算金と引渡し=引換え(判例・最判昭46・3・25/登記を含む形は条文・仮登記担保法3条2項)。建物の代金と建物=533条そのもの(条文)。造作の代金と造作=533条そのもの(条文)。 図:認めた場面

  • ものさしで説明できる
  • 無効・取消しの返還=類推適用(判例・最判昭47・9・7)。清算金と引渡し=引換え(判例・最判昭46・3・25/登記を含む形は条文・仮登記担保法3条2項)。建物の代金と建物=533条そのもの(条文)。造作の代金と造作=533条そのもの(条文)。

一覧にします。まず、認めた場面のうち、ものさしで説明できるものです。無効・取消しの返還は、類推適用で、判例の札。清算金と引渡しは、引換えで、判例の札です。登記を含む形は条文です。建物の代金と建物、造作の代金と造作は、売買の2つの債務で、533条そのものです。

認めた場面(ものさしの外・別ルート)。敷地=居続けられる。建物の引渡しを拒める結果(判例・大審院=反射的効力)。最判昭35・9・20が書いたのは、建物の引渡しと地代相当額。留置権の弁済と返還=引換えの判決(判例・最判昭33・3・13)。立退料と明渡し=引換えの明渡しを是認(判例・最判昭46・11・25)。 図:認めた場面

  • ものさしの外・別ルート
  • 敷地=居続けられる。建物の引渡しを拒める結果(判例・大審院=反射的効力)。最判昭35・9・20が書いたのは、建物の引渡しと地代相当額。留置権の弁済と返還=引換えの判決(判例・最判昭33・3・13)。立退料と明渡し=引換えの明渡しを是認(判例・最判昭46・11・25)。

次に、認めた場面のうち、ものさしの外の3つです。敷地は、建物の引渡しを拒める結果として、居続けられるもの。留置権は、引換えの判決が出るもの。立退料は、引換えの明渡しが是認されたもの。どれも、同時履行そのものを認めたのではない、という点に注意してください。

否定した場面。造作の代金と建物の明渡し=引換えにならない(判例・最判昭29・7・22)。敷金の返還と明渡し=明渡しが先(判例・最判昭49・9・2/条文・民法622条の2第1項)。弁済と抵当権登記の抹消=弁済が先(判例・最判昭57・1・19)。 図:否定した場面

  • 造作の代金と建物の明渡し=引換えにならない(判例・最判昭29・7・22)
  • 敷金の返還と明渡し=明渡しが先(判例・最判昭49・9・2/条文・民法622条の2第1項)
  • 弁済と抵当権登記の抹消=弁済が先(判例・最判昭57・1・19)

最後に、否定した場面です。造作の代金と建物の明渡し、敷金の返還と明渡し、弁済と抵当権登記の抹消。この3つは、こちらの説明では、2つの債務が、対価として向き合っていない場面です。だから、先に果たすほうが決まっています。敷金と明渡しの順番は、条文にもなりました。

柱3——先に履行する人の、不安の抗弁権

柱3の入口。前々回の確認。先に履行する約束をした人は、同時履行の抗弁権を言えなかった。3つの要件のうち、どれがそろわなかったからか。 図:柱3の入口

  • 前々回の確認
  • 先に履行する約束をした人は、同時履行の抗弁権を言えなかった
  • 3つの要件のうち、どれがそろわなかったからか

柱3です。その前に、前々回の復習を1つ。同時履行の抗弁権の要件は、3つでした。1つめ、同じ双務契約から生まれた、向き合う2つの債務があること。2つめ、相手方の債務が、弁済期にあること、つまり、履行する時期が来ていること。そして3つめ、相手方が、履行の提供をしないで、請求してきたこと。では、先に履行する約束をした人が、同時履行の抗弁権を言えなかったのは、この3つのうち、どれがそろわなかったからでしたか?

先履行義務。533条ただし書=相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。先に果たす義務=先履行義務。 図:先履行義務

  • 533条ただし書=相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない
  • 先に果たす義務=先履行義務

相手方の債務が、弁済期にあること、という要件です。先に履行する約束だと、相手の債務はまだ弁済期にないので、そろいません。533条のただし書の場面です。この、先に履行する約束をしている義務を、前々回、先履行義務と呼びました。ところが、この人が、相手がお金を払えなくなりそうだと、はっきり分かっていても、約束どおり先に出すしかないのだとしたら、どうでしょうか。設例を置きます。ここでは、Aは部品メーカー、Bは組立会社です。

柱3の設例。AはBに、毎月25日に部品を納める(今月分は1個3,000円で1,000個)。代金は翌月25日払い。先に出す人=A。先月分と、その前の月の分の代金は払われていない。Bは銀行取引を止められ、他の取引先への支払も止まっている。問い=今月25日、Aは納品を拒めるか。 図:柱3の設例

  • AはBに、毎月25日に部品を納める(今月分は1個3,000円で1,000個)
  • 代金は翌月25日払い
  • 先に出す人=A
  • 先月分と、その前の月の分の代金は払われていない
  • Bは銀行取引を止められ、他の取引先への支払も止まっている
  • 問い=今月25日、Aは納品を拒めるか

AはBに、毎月25日に部品を納めます。今月分は、1個3,000円で1,000個です。代金は、翌月の25日払いです。先に出すのはA、つまり、Aが先履行義務を負っています。ところが、先月分と、その前の月の分の代金が、払われていません。しかも、Bは銀行取引を止められ、ほかの取引先への支払も止まっていると分かりました。今月の25日、Aは納品を拒めるでしょうか?学説には、こう考える見解があります。相手の信用不安がはっきり現れていて、先に履行しても、反対給付を受けられないおそれが高いときは、例外として、先履行義務の履行を拒める。この拒む権利を、不安の抗弁権と言います。ふだは、学説です。先に出す人だけが、危険を負う不公平がある、というのは、ものさしと同じ根の考え方で、こちらの説明の札です。

不安の抗弁権の位置づけ。明文=民法に規定は無い。審議=2017年の改正に向けた審議で、明文にする案が検討されたが、意見をまとめることが難しいとして、取り上げないことになった。最高裁判例=審議の資料に、存在しないという指摘がある。下級審の裁判例=似た考え方をとったものがある。 図:不安の抗弁権の位置づけ

  • 明文=民法に規定は無い
  • 審議=2017年の改正に向けた審議で、明文にする案が検討されたが、意見をまとめることが難しいとして、取り上げないことになった
  • 最高裁判例=審議の資料に、存在しないという指摘がある
  • 下級審の裁判例=似た考え方をとったものがある

位置づけを3点で言います。1点め、民法に、不安の抗弁権の規定は、ありません。2点め、2017年の改正に向けた審議で、明文にする案が検討されました。しかし、意見をまとめることが難しいとして、取り上げないことになりました。審議の資料には、最高裁の判例が存在せず、下級審の裁判例も豊富ではない、という指摘が載っています。3点め、地方裁判所や高等裁判所の裁判例には、似た考え方をとったものがあります。最高裁の判例ではありません。

要件は厳しく絞る。濫用のおそれ=「不安」だけで拒んでよいなら、先履行の約束が骨抜きになる。設例が置いた事情=はっきり分かる事情(銀行取引の停止・他の支払の停止)。うわさでは足りない。 図:要件は厳しく絞る

  • 濫用のおそれ=「不安」だけで拒んでよいなら、先履行の約束が骨抜きになる
  • 設例が置いた事情=はっきり分かる事情(銀行取引の停止・他の支払の停止)
  • うわさでは足りない

学説は、要件を厳しく絞ります。理由として挙げられるのは、濫用のおそれです。不安というだけで拒んでよいなら、先に履行する約束が、骨抜きになります。ですから、設例も、うわさではなく、銀行取引の停止や、他の支払の停止という、はっきり分かる事情を置きました。審議で検討された案には、相手が代金の支払を提供したり、十分な担保を出したりしたら、拒めなくなる、という形もありました。ただし、これは検討された案の言い方で、現行の条文ではありません。設例の答えです。学説の考え方に立てば、Aは今月分の納品を拒める、と考えられます。ただし、裁判で必ず通る、と言い切れる段階ではありません。覚え方は、明文なし、最高裁が正面から認めた判例は見当たらない、学説は認めるが要件は厳しく絞る、です。最高裁が判例で認めた、という記述は、短答では誤りの方向です。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。柱1=条文が決めている場面(546条・553条・692条・486条)。柱2=条文が無く、判例・解釈で決まる場面(認めた・否定した)。柱3=不安の抗弁権(明文なし・学説)。ものさし=2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか。ものさしの外=敷地・留置権・立退料。 図:今日のまとめ

  • 柱1=条文が決めている場面(546条・553条・692条・486条)
  • 柱2=条文が無く、判例・解釈で決まる場面(認めた・否定した)
  • 柱3=不安の抗弁権(明文なし・学説)
  • ものさし=2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか
  • ものさしの外=敷地・留置権・立退料

3つの柱で整理します。1つめ、条文が同時履行だと決めている場面。解除の巻き戻し、負担付贈与、終身定期金、受取証書です。2つめ、条文が無く、判例や解釈で決まる場面。認めたものと、否定したものがありました。3つめ、先に履行する人の不安の抗弁権で、明文は無く、ふだは学説でした。柱2は、ものさしで読みました。2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか。ただし、ものさしの外が、敷地、留置権、立退料の3つありました。

冒頭の答えの言い直し。Bは、24万円が戻るまで鍵は渡さない、とは言えない。明渡しが先。理由=敷金は明渡しまでの債務の担保で、精算は明渡しのあと。敷金と明渡しは対価的債務の関係ではない。条文=622条の2第1項1号。 図:冒頭の答えの言い直し

  • Bは、24万円が戻るまで鍵は渡さない、とは言えない
  • 明渡しが先
  • 理由=敷金は明渡しまでの債務の担保で、精算は明渡しのあと
  • 敷金と明渡しは対価的債務の関係ではない
  • 条文=622条の2第1項1号

冒頭の問いの答えを言い直します。Bは、敷金が戻るまで鍵は渡さない、とは言えません。敷金は、明渡しまでに生じる債務の担保で、精算は明渡しのあとだからです。敷金と明渡しは、対価として向き合う関係ではありません。622条の2第1項1号に、明文もあります。論文で論点になりうるのは、無効・取消しの原状回復の同時履行、建物買取と敷地、敷金と明渡しです。理由づけまで言えるようにしてください。

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#235単独ページ動画

危険負担の履行拒絶権と危険の移転

第5章 契約 #235/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

引渡しの前に家が焼けた。代金は払うのか

冒頭の設例の関係図。A(売主)は中古の一戸建てをB(買主)に3,000万円で売った。引渡し(鍵と書類の受け渡し)は5月10日。代金は引渡しのあとに払う約束。AとBの間にあるのは、家の引渡しと、代金3,000万円。5月9日の夜、もらい火で家が全焼した。 図:冒頭の設例の関係図

  • A(売主)は中古の一戸建てをB(買主)に3,000万円で売った
  • 引渡し(鍵と書類の受け渡し)は5月10日
  • 代金は引渡しのあとに払う約束
  • AとBの間にあるのは、家の引渡しと、代金3,000万円
  • 5月9日の夜、もらい火で家が全焼した

先に、答えの方向を言います。Bは、払わなくてよいです。ただし、払わなくてよい、とは、どういう意味なのか。契約はどうなるのか。もしBが、代金を先に払っていたら、返してもらえるのか。そして、鍵を受け取ったあとに焼けていたら、同じ答えになるのか。今日は、ここまで見ます。隣の家への責任追及は、また別の話です。今日は扱いません。

今日の位置と、3つの話

今日の地図。位置=前の3回は、どちらの債務も果たせるときの、出す順番の話(同時履行の抗弁権)。今日は、一方がもう果たせなくなったとき、もう一方はどうなるか。1=払わなくてよい(536条1項)。2=消えるのではなく、拒める(改正・解除との関係・すでに払っていたら)。3=引渡しの後は買主が負う(567条1項)。根拠の札=条文/学説/こちらの説明。 図:今日の地図

  • 位置=前の3回は、どちらの債務も果たせるときの、出す順番の話(同時履行の抗弁権)
  • 今日は、一方がもう果たせなくなったとき、もう一方はどうなるか
  • 1=払わなくてよい(536条1項)
  • 2=消えるのではなく、拒める(改正・解除との関係・すでに払っていたら)
  • 3=引渡しの後は買主が負う(567条1項)
  • 根拠の札=条文/学説/こちらの説明

位置づけです。前の3回は、同時履行の抗弁権でした。相手が自分の債務を果たすまで、自分の債務の履行を拒める権利です。どれも、2つの債務が、どちらも果たせる状態で、どちらが先に出すか、という話でした。今日は、その前提が崩れます。一方が、もう果たせなくなった。そのとき、もう一方の債務はどうなるのか。これが今日の問いです。話は3つです。1つめ、払わなくてよい。536条1項です。2つめ、払わなくてよい、といっても、代金の債務は消えるのではなく、拒めるだけだ、という話です。改正の前と後の違い、解除との関係、すでに払っていたらどうなるか、までを見ます。3つめ、引渡しのあとに焼けたら、買主が負う。567条1項です。根拠のふだを、貼るように言い分けます。条文は、法律に書いてあること。学説は、学者が説明している考え方です。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。もう1つ、改正にかかわる説明は、改正を審議した法制審議会の資料に書かれていることとして、紹介します。

判断のものさし

判断のものさし。向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。札=こちらの説明。 図:判断のものさし

  • 向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか
  • 札=こちらの説明

今日も、ものさしを先に1つ渡します。向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。これです。こちらの説明のふだです。前に、牽連関係という言葉を見ました。一方の債務があるから、他方の債務がある、という結び付きです。売買なら、家を渡す債務があるから、代金を払う債務がある。この結び付きが顔を出す場面は、2つありました。1つは、どちらも果たせるときの、出す順番の場面で、これが同時履行です。もう1つが、片方が果たせなくなった場面です。今日は、この後者を開けます。家を渡す債務がなくなったのに、代金を払う債務だけが、そのまま残るのは、おかしい気がします。しかし、全部が自動で消える、というのも、また別の問題を生みます。この、どこまで残すか、という加減を、条文がどう決めているか。それを見ていきます。

家が焼けたとき、買主にできること

整理図。家が焼けて渡せない(履行不能)。買主Bにできること・できないこと。引渡しを請求する=できない(412条の2第1項)。損害賠償を請求する=できない(売主に責めがないので・415条1項ただし書)。契約を解除する=できる(542条1項1号)。代金を払う=?(今日の中心)。 図:整理図

  • 家が焼けて渡せない(履行不能)
  • 買主Bにできること・できないこと
  • 引渡しを請求する=できない(412条の2第1項)
  • 損害賠償を請求する=できない(売主に責めがないので・415条1項ただし書)
  • 契約を解除する=できる(542条1項1号)
  • 代金を払う=?(今日の中心)

まず、家が焼けて渡せない、という状況を整理します。これは、履行不能です。履行不能は、契約その他の債務の発生原因と、取引上の社会通念に照らして、不能かどうかで決まりました。今回は、物理的に全焼していて、疑いなく不能です。このとき、買主のBは、何ができて、何ができないか。1つめ。引渡しを請求することは、できません。不能なものは請求できない、と412条の2第1項に書いてあります。2つめ。損害賠償も、できません。売主のAに責めがないからです。415条1項のただし書です。3つめ。契約の解除は、できます。542条1項1号で、これは、あとで条文を読みます。そこで、残る問いが4つめです。代金は、どうなるのか。焼けた物の保険金などを買主に回す、代償請求の回で、代金をどうするかは第5章で見る、と言いました。その話を、ここから見ます。代金はどうなるのか、というこの問いが、危険負担と呼ばれる問題です。

危険負担の定義。双務契約の一方の債務が、債務者の責めに帰することができない事由で不能になったとき、反対の債務の履行を拒めるか、という問題。危険=不能になる不利益。負担=それを誰が負うか。拒めるなら売主が負う。拒めないなら買主が負う。 図:危険負担の定義

  • 双務契約の一方の債務が、債務者の責めに帰することができない事由で不能になったとき、反対の債務の履行を拒めるか、という問題
  • 危険=不能になる不利益
  • 負担=それを誰が負うか
  • 拒めるなら売主が負う
  • 拒めないなら買主が負う

危険とは、不能になる不利益のことです。負担とは、それを誰が負うか、ということです。定義を言います。危険負担とは、双務契約の一方の債務が、債務者の責めに帰することができない事由で不能になったとき、反対の債務の履行を拒めるか、という問題です。拒めるなら、不利益は売主が負う。拒めないなら、買主が負う。こちらの説明のふだで、そう読んでください。責めに帰することができない事由とは、契約や取引の常識に照らして、売主が引き受けた範囲の外にある出来事のことです。もらい火は、まさにそうです。隣家の火事まで、売主が引き受けて売っているわけではありません。ですから、この設例は、双方の責めに帰することができない事由で、家が不能になった場面です。

536条1項を読む

536条1項の入口。要件=当事者双方の責めに帰することができない事由によって、債務を履行することができなくなった。効果=債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。 図:536条1項の入口

  • 要件=当事者双方の責めに帰することができない事由によって、債務を履行することができなくなった
  • 効果=債権者は、反対給付の履行を拒むことができる

条文を読みます。536条です。受領遅滞の回で、一度読んだ条文です。2項は、債権者に責めがある場合の規定です。あの回で見た、買主が受け取らない間に焼けた場合は、この2項につながる話でした。今日は、1項の本体を開けます。

条文民法536条1項

民法第536条第1項 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。

要件は2つです。1つめ、当事者双方の責めに帰することができない事由であること。2つめ、債務を履行することができなくなったこと、つまり不能です。効果は、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる、です。

読み方の図。A(売主)とB(買主)。不能になったのは「家を渡す債務」。この債務の債権者=B(買主)。債務者=A(売主)。反対給付=代金の支払。BがAに対して、代金の支払を拒む。 図:読み方の図

  • A(売主)とB(買主)
  • 不能になったのは「家を渡す債務」
  • この債務の債権者=B(買主)
  • 債務者=A(売主)
  • 反対給付=代金の支払
  • BがAに対して、代金の支払を拒む

536条1項の、債権者という言葉を、誰と読むか。ここが、一番の落とし穴です。この条文の債権者と債務者は、不能になった債務を基準に読みます。代金を受け取る人、と読むと、逆になります。今回、不能になったのは、家を渡す債務です。その債務の債権者は、家を受け取る権利を持つ人、つまり買主のBです。債務者は、家を渡す義務を負う、売主のAです。そして、反対給付とは、その債務と向き合っている相手方の債務で、ここでは、代金の支払です。読み替えると、こうなります。家が双方の落ち度なく焼けて渡せなくなったときは、買主は、代金の支払を拒むことができる。冒頭の答えの方向と、つながりました。名前を確かめます。この、拒む権利を、履行拒絶権と呼びます。受領遅滞の回で、一度出した名前です。415条2項2号にも、履行の拒絶という言葉がありましたが、向きが逆です。あちらは、債務者、つまり売主が、渡さない、とはっきり言う場面で、買主が、渡す代わりの賠償、つまり填補賠償を求められる、という話でした。こちらは、買主が、代金を拒む側です。混ぜないでください。また、危険を債務者、つまり売主が負う、という発想を、債務者主義と呼びます。学説の呼び名です。

同時履行との分け目

前の回の確認。同時履行の抗弁権を主張すると、裁判所はどんな形の判決を出すのか。 図:前の回の確認。同時履行の抗弁権を主張すると、裁判所はどんな形の判決を出すのか。

ここで、前の回の復習を1つ。同時履行の抗弁権を主張すると、裁判所は、どんな形の判決を出すのでしたか?

分け目の表。同時履行の抗弁権(533条)=相手の債務がまだ果たせるのに、果たされていない場面。判決=引換給付判決。536条1項の履行拒絶権=相手の債務がもう果たせなくなった場面。判決=請求棄却。 図:分け目の表

  • 同時履行の抗弁権(533条)=相手の債務がまだ果たせるのに、果たされていない場面
  • 判決=引換給付判決
  • 536条1項の履行拒絶権=相手の債務がもう果たせなくなった場面
  • 判決=請求棄却

引換給付判決です。相手が履行するのと引換えに、こちらも履行しなさい、という判決でした。では、今日の536条1項は、どう違うか。Aが代金を請求してきたら、Bは、家が焼けたので払わない、と言えばよいのです。訴訟になっても、同時履行のように、引換えの判決は出ません。渡すものが、もう無いからです。請求は、棄却されます。審議の資料にも、そう整理されています。分け目は、相手の債務が、まだ果たせるかどうかです。果たせるのに、まだ果たされていないなら、同時履行の抗弁権で、引換え。果たせなくなったなら、536条1項で、請求棄却です。前に見た牽連関係の、果たす場面と、果たせなくなった場面の、2つの現れ方です。こちらの説明のふだです。確認の問いです。焼けて渡せない家について、同時履行の抗弁権ではなく、536条1項が出てくるのは、なぜでしょうか?

同時履行は、相手の債務がまだ果たせる場面の話だからです。もう果たせないなら、536条1項になります。

旧法では、代金は消え、特定物は買主の負担だった

改正前の民法(2020年3月31日まで)その1。旧536条1項=前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。意味=反対の債務が、当然に消える(債務消滅)。 図:改正前の民法

  • 2020年3月31日まで
  • その1。旧536条1項=前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。意味=反対の債務が、当然に消える(債務消滅)。

ここから、2つめの話です。まず、改正の前の法律を見ます。2020年の3月31日までの民法です。現行と取り違える出題があるので、短答では大事です。旧536条1項は、こう書いていました。前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。債務者が、反対給付を受ける権利を持たない。つまり、売主は代金を請求する権利を失う。代金の債務が、当然に消える、という作りでした。債務消滅構成と呼ばれます。冒頭の、前二条に規定する場合を除き、という断りは、すぐあとで効いてきます。

改正前の民法(2020年3月31日まで)その2。旧534条1項=特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。意味=特定物の売買では、契約の時から、買主が危険を負う(債権者主義)。 図:改正前の民法

  • 2020年3月31日まで
  • その2。旧534条1項=特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。意味=特定物の売買では、契約の時から、買主が危険を負う(債権者主義)。

ところが、特定物には、別の条文がありました。旧534条1項です。特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。特定物とは、世界に1つしかない物、中古の一戸建てのような物です。その売買では、契約を結んだ時から、物が焼けた不利益は、債権者、つまり買主の負担とされました。買主は、家が燃えても、代金を全額払わなければならない。危険を債権者が負うので、債権者主義と呼びます。種類物のように、物がまだ決まっていない契約でも、旧534条2項で、特定した時から、同じ扱いになりました。旧法には、ほかに、旧535条という、停止条件のついた契約の特則もありました。旧536条1項が、前二条に規定する場合を除き、と断っていたのは、このためです。

冒頭の設例を旧法に当てはめる。改正前の民法(2020年3月31日まで)。家=中古の一戸建て=特定物。旧534条1項=契約の時から、買主が危険を負う。結論=Bは、3,000万円を払う。 図:冒頭の設例を旧法に当てはめる

  • 改正前の民法(2020年3月31日まで)
  • 家=中古の一戸建て=特定物
  • 旧534条1項=契約の時から、買主が危険を負う
  • 結論=Bは、3,000万円を払う

冒頭の家は、特定物に当たります。契約を結んだ時から危険は買主にあります。ですから、旧法では、Bは、3,000万円の代金を払う、になります。家が焼けて、手元に何も残らないのに、です。現行法は、反対です。ここが、短答の罠です。特定物の売買では、危険は契約の時から買主に移る、という記述は、旧法の記述です。現行法で、そのまま正しいと書かれていたら、誤りの方向です。

改正の理由——なぜ、拒める権利になったのか

現行の民法536条1項。当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。旧534条は削除された。代金債務は消えず、買主が拒める(履行拒絶権構成)。 図:現行の民法536条1項

  • 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる
  • 旧534条は削除された
  • 代金債務は消えず、買主が拒める(履行拒絶権構成)

現行法は、2つの点で変わりました。1つめ、旧534条の債権者主義が、削除されました。2つめ、536条1項が、債務が消える、という作りから、買主が拒める、という作りに変わりました。履行拒絶権構成と呼びます。2017年の改正で、2020年4月に施行されました。理由を、審議の資料の説明で言います。まず、旧534条について。起草者の考え方は、こうでした。値上がりした利益を買主が受けるなら、値下がりや滅失の不利益も、買主が負う。しかし、今の通常の意思は、物の引渡しなど、何かの支配を得る前に滅失したなら、代金は払わない、というものだ。形式的に当てはめると、二重売買などで、売主が代金を二重に受け取るような、不都合も出る。そこで削除された、と説明されています。こちらの説明のふだで補うと、同じ家を2人に売っていた売主は、家が焼けると、2人の買主の両方から、代金を受け取れることになってしまう、ということです。

536条1項を作り替えた理由(審議の資料の説明)。解除の要件が変わった=債務者に落ち度がなくても、債権者は契約を解除できる。旧法のまま=自動で債務が消える危険負担と、意思表示で消す解除が重なる。そこで、危険負担は、債務を消さず、履行を拒める権利に改めた。 図:536条1項を作り替えた理由

  • 審議の資料の説明
  • 解除の要件が変わった=債務者に落ち度がなくても、債権者は契約を解除できる。旧法のまま=自動で債務が消える危険負担と、意思表示で消す解除が重なる。そこで、危険負担は、債務を消さず、履行を拒める権利に改めた。

次に、536条1項の作り替えです。審議の資料には、こう説明されています。改正で、解除の要件が変わった。債務者に落ち度がなくても、債権者は契約を解除できるようになった。旧法のままだと、自動で債務が消える危険負担と、意思表示で債務を消す解除が、重なってしまう。そこで、危険負担は、債務を消すのではなく、履行を拒める権利に改めた。

重なりの図。消える作りのままなら=危険負担(自動で消える)と解除(意思表示で消す)が重なってしまう。現行=危険負担は拒めるだけ。消すなら解除。 図:重なりの図

  • 消える作りのままなら=危険負担(自動で消える)と解除(意思表示で消す)が重なってしまう
  • 現行=危険負担は拒めるだけ
  • 消すなら解除

重なる、とはどういうことか、冒頭の家で言い直します。もし、536条1項が、消える、という作りのままだったら、家が焼けた時点で、代金の債務は自動で消えます。そのうえ、Bは解除もできて、解除しても、代金の債務は消えます。同じ結果にたどり着く道が、2本並んでしまうのです。何が困るのかは、審議の資料が、制度間の不整合、と呼んでいます。2つの制度が重複する、という意味です。買主は、解除の意思表示で代金の債務を消せる、としながら、その代金の債務は、危険負担で、すでに自動的に消えている、という形になるからです。そこで、現行の整理はこうです。代金の債務は、焼けても消えません。買主は、払わない、と言えるだけです。債務を確定的に消したいなら、解除をする。その解除の条文を、読みます。542条1項です。債務の全部が不能のときは、催告をしなくても、直ちに解除できる、と定めています。541条の催告解除と、543条の、債権者に責めがある場合の例外は、別の回で扱います。

条文民法542条1項1号

民法第542条第1項 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。 一 債務の全部の履行が不能であるとき。

1号を読みます。債務の全部の履行が不能であるとき。直ちに解除できます。注意してほしいのは、債務者の落ち度を、要件にしていないことです。売主に責めがなくても、買主は解除できます。2号以下は、別の回で扱います。

拒むか、解除するか——使い分けの3場面

危険負担と解除。不能 → ①払わないと言う(契約は続く・代金債務は残る)。②解除する(契約が終わる・債務が消える・意思表示が要る=540条1項)。 図:危険負担と解除

  • 不能 → ①払わないと言う(契約は続く・代金債務は残る)
  • ②解除する(契約が終わる・債務が消える・意思表示が要る=540条1項)

結論です。代金の債務は、存続します。拒むだけなら、請求されたときに、払わない、と言えばよい。契約は続きます。債務を確定的に消したいなら、解除をします。解除は、相手方に対する意思表示でします。540条1項です。なお、損害賠償は、売主に責めがないので、請求できないままです。415条1項ただし書。先ほど見たとおりです。

使い分けの3場面。1=解除は意思表示が要る。拒絶は請求されたとき払わないと言えばよい。2=毎月1本、1年間。代わりのない古いワイン12本の契約。3か月目の1本だけ渡せない。3=兄弟2人の共同購入。解除は全員で。拒絶は各自で。 図:使い分けの3場面

  • 1=解除は意思表示が要る
  • 拒絶は請求されたとき払わないと言えばよい
  • 2=毎月1本、1年間
  • 代わりのない古いワイン12本の契約
  • 3か月目の1本だけ渡せない
  • 3=兄弟2人の共同購入
  • 解除は全員で
  • 拒絶は各自で

場面を3つ、並べます。1つめ。解除は意思表示が要りますが、拒絶は、請求されたときに、払わない、と言えば足ります。手間が違います。2つめ。ここだけ、AとBの事案を変えます。Aは酒屋、Bは飲食店。Aの店に1本ずつしか残っていない、年代の違う古いワイン12本を、毎月1本ずつ、1年間で引き渡す契約です。どれも、代わりのない1本です。3か月目に渡すはずの1本だけが、蔵の浸水で、だめになりました。Bは、この先の9本は、ほしい。契約全体を解除してしまうと、それも失います。不能になった部分だけを解除する、一部の解除も、542条2項にありますが、これも意思表示が要ります。解除せずに、3か月目の1本分の代金だけ、払わない、と言えます。契約は続けたまま、不能になった分だけを拒めるのが、拒絶権の使い勝手です。

場面3の設例。兄のBと弟のCが、2人で、Aから中古の船を買った。船が、双方の落ち度なく沈んだ。Cは連絡が取れない。解除は全員で(544条)。拒絶は各自で。 図:場面3の設例

  • 兄のBと弟のCが、2人で、Aから中古の船を買った
  • 船が、双方の落ち度なく沈んだ
  • Cは連絡が取れない
  • 解除は全員で(544条)
  • 拒絶は各自で

3つめ。ここでも、設例を変えます。兄のBと弟のCが、2人で、Aから中古の船を買いました。船が、双方の落ち度なく沈みました。Cは連絡が取れません。解除は、買主が複数いるときは、全員でしなければなりません。544条です。しかし、拒絶なら、各自が、自分の払う分を拒めます。Bは、Cを待たずに、自分の分の代金を、払わない、と言えます。この3場面は、いずれも、解除が使えないわけではありません。拒むだけで足りるときは拒み、契約を終わらせたいときは解除する。使い分けられる、ということです。こちらの説明のふだです。

すでに代金を払っていたら

新しい問い。冒頭の設例を少し変える。Bは、契約の日に、代金3,000万円を全額払っていた。引渡しの前の晩に、家が焼けた。問い=536条1項の「拒む」は使えるか。 図:新しい問い

  • 冒頭の設例を少し変える
  • Bは、契約の日に、代金3,000万円を全額払っていた
  • 引渡しの前の晩に、家が焼けた
  • 問い=536条1項の「拒む」は使えるか

新しい問いです。冒頭の設例を、少し変えます。Bは、契約の日に、代金3,000万円を、全額払っていました。そして、引渡しの前の晩に、家が焼けました。Bは、払った3,000万円を、返してもらえるのでしょうか。その前に、確認です。Bが代金を先に払っていた場合、536条1項の、拒む、は使えますか?

既払いの流れ。契約の日に代金を払う → 引渡しの前に焼失 → 536条1項は返還を定めていない → 解除する(542条1項1号)→ 545条1項で原状回復(代金の返還)。 図:既払いの流れ

使えない、と思います。拒むというのは、これから払うものを払わない、ということです。もう払ってしまっているので、拒む相手の債務が、残っていません。536条1項は、拒める、と言うだけで、払った分の返還については、何も定めていません。では、どうするか。条文が用意している道は、解除です。542条1項1号で、直ちに解除できる。そして、解除すると、545条1項で、各当事者は、相手方を原状に復させる義務を負います。

条文民法545条1項

民法第545条第1項 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。

原状に復させる、とは、契約がなかった元の状態に戻すことです。Bは家を受け取っていませんから、Aが、受け取った3,000万円を返す。これが、代金の返還です。しかも、542条1項1号は、売主の落ち度を要件にしません。ですから、もらい火でも、解除して返還を求められます。ただし書や、何をどこまで返すかといった中身は、別の回で扱います。

解除しないまま返還を求められるか。条文=解除(542条1項1号)から545条1項で返還。学説=解除しないまま払った代金の返還を求められるという見解も有力。こちらの説明=答案は解除を軸に書く。 図:解除しないまま返還を求められるか

  • 条文=解除(542条1項1号)から545条1項で返還
  • 学説=解除しないまま払った代金の返還を求められるという見解も有力
  • こちらの説明=答案は解除を軸に書く

条文が定めている道は、解除です。ただ、解除をしないまま、払った代金の返還を求められる、という見解も、有力に唱えられています。解除すれば返還を求められるのに、解除しないと求められないのでは、釣り合いが取れない、という理由です。ただし、これは条文に書かれていない考え方です。学説のふだです。答案の書き方としては、解除を軸に書きます。536条1項で拒めない場面だから、542条1項1号で解除し、545条1項で返還を求める。こちらの説明のふだです。

確かめる——消し忘れの火事

事例。Aが暖房の火を消し忘れ、引渡しの前日に家が燃えた。Bは、536条1項で、払わなくてよいか。 図:事例

  • Aが暖房の火を消し忘れ、引渡しの前日に家が燃えた
  • Bは、536条1項で、払わなくてよいか

事例で確かめます。冒頭と同じ家です。ただし、今度は、Aが暖房の火を消し忘れ、引渡しの前日に、家が燃えました。Bは、536条1項で、払わなくてよいでしょうか?

事例の答え。536条1項は使えない(双方の責めに帰することができない事由ではない)。債務不履行の問題。使える道具=損害賠償(415条)・解除(542条)。分け目=誰の責めに帰すべき事由か。 図:事例の答え

  • 536条1項は使えない(双方の責めに帰することができない事由ではない)
  • 債務不履行の問題
  • 使える道具=損害賠償(415条)・解除(542条)
  • 分け目=誰の責めに帰すべき事由か

536条1項は、使えないと思います。条文は、当事者双方の責めに帰することができない事由、と書いています。今回はAに責めがあるので、要件を満たしません。これは、危険負担ではなく、債務不履行の問題です。Aに責めがあるので、損害賠償も請求できますし、解除もできます。損害賠償と解除の本体は、別の回で扱います。分け目は、誰の責めに帰すべき事由か、でした。双方に責めがないなら、危険負担で、536条1項。売主に責めがあるなら、債務不履行。この軸は、あとの事例でも使います。

引渡しのあとに焼けたら——567条1項

新しい問い。5月10日、Bは鍵と書類を受け取った。その翌日、5月11日の夜、もらい火で家が全焼した。Aにも、Bにも、落ち度はない。問い=Bは、3,000万円を払わなければならないか。 図:新しい問い

  • 5月10日、Bは鍵と書類を受け取った
  • その翌日、5月11日の夜、もらい火で家が全焼した
  • Aにも、Bにも、落ち度はない
  • 問い=Bは、3,000万円を払わなければならないか

3つめの話です。新しい問いを出します。5月10日、Bは予定どおり、鍵と書類を受け取りました。その翌日の、5月11日の夜、もらい火で、家が全焼しました。AにもBにも、落ち度はありません。Bは、3,000万円を払わなければならないでしょうか? 条文を読んでから、答えます。

567条1項の入口。売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る)を引き渡した。引渡しがあった時以後に、当事者双方の責めに帰することができない事由で、滅失・損傷した。 図:567条1項の入口

  • 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る)を引き渡した
  • 引渡しがあった時以後に、当事者双方の責めに帰することができない事由で、滅失・損傷した

売買の条文、567条です。この条文も、受領遅滞の回で一度読みました。あの回の中心は2項でした。引渡しの前でも、売主が渡そうとしたのに、買主が受け取らない間に焼けたなら、引渡しのあとと同じ扱いになる、という部分です。今日は、1項の本体を開けます。

条文民法567条1項

民法第567条第1項 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。

平易に言い直します。売主が、売買の目的として特定した物を、買主に引き渡した。その引渡しのあとで、双方に責めがない事由で、物が滅失したり、傷ついたりした。このとき、買主は、追完の請求、つまり、直したり、代わりの物を渡したりするよう求めることも、代金の減額の請求も、損害賠償の請求も、解除も、できません。そして、代金の支払も、拒めません。先ほどの問いの答えです。Bは、3,000万円を払わなければなりません。引渡しの前なら、拒める。引渡しのあとなら、拒めない。危険が、売主から買主に、引渡しで移ったのです。受領遅滞の回で、危険の移転と呼んだのと、同じ向きの動きです。

引渡しの前と後。危険は誰が負うか。引渡しの前=536条1項(拒める・危険は売主)。引渡しの後=567条1項(拒めない・危険は買主)。 図:引渡しの前と後

  • 危険は誰が負うか
  • 引渡しの前=536条1項(拒める・危険は売主)
  • 引渡しの後=567条1項(拒めない・危険は買主)

呼び名を添えます。危険を債権者、つまり買主が負うので、債権者主義と呼びます。旧534条の債権者主義と、同じ意味です。ただし、旧法は契約の時からでしたが、現行法は、引渡しの時からです。この違いが、短答で問われます。なお、追完や減額、損害賠償、解除、この4つが「できない」と書かれていますが、契約不適合の救済の本体は、別の回で扱います。ここでは、引渡しのあとの滅失では、それらが使えない、という点だけ押さえてください。引渡しで切る理由を、こちらの説明のふだで言います。物を守れるのは、それを手元に置いている人だからです。鍵を持っている人は、火の用心も、戸締まりも、保険を掛けることもできます。引渡しの前は、それができるのは売主です。ですから、売主が負います。引渡しを受けたあとは、それができるのは買主です。ですから、買主が負います。改正の理由のところで見た、支配を得る前に滅失したなら代金は払わない、という通常の意思とも、同じ線です。まとめると、引渡しの前は売主の負担で、買主は拒めるだけ。引渡しのあとは買主の負担で、拒めません。

特定した物と、所有権の移転との区別

かっこ書の「特定した物」。特定物=初めから特定している(この家)。種類物=特定が要る(同じ型の洗濯機が何台もある)。特定の前=1台が焼けても、売主は別の1台を調達して渡す義務が残る。特定していない種類物には、この条文は働かない。 図:かっこ書の「特定した物」

  • 特定物=初めから特定している(この家)
  • 種類物=特定が要る(同じ型の洗濯機が何台もある)
  • 特定の前=1台が焼けても、売主は別の1台を調達して渡す義務が残る
  • 特定していない種類物には、この条文は働かない

567条1項のかっこ書に、特定したものに限る、とありました。特定は、前に見ました。このかっこ書の理由も、受領遅滞の回で一度見ています。特定物は、この家のように、初めから特定しています。種類物は、同じ型の洗濯機が何台もある、という物で、どれを渡すかを決める特定が要ります。特定の前なら、1台が焼けても、売主は、別の1台を調達して渡す義務が残ります。物が尽きていないからです。ですから、危険が移る話にはなりません。かっこ書は、特定していない種類物には、この条文が働かない、という意味です。

所有権の移転との区別。条文の基準=引き渡したかどうか。所有権が移った時とは別。所有権が先に買主に移っていても、引渡しの前の滅失は536条1項(拒める)。札=条文。 図:所有権の移転との区別

  • 条文の基準=引き渡したかどうか
  • 所有権が移った時とは別
  • 所有権が先に買主に移っていても、引渡しの前の滅失は536条1項(拒める)
  • 札=条文

所有権が移る時と、危険が移る時は、別です。意思主義の回で見たとおり、所有権は、契約を結んだ時に移ることがあります。しかし、567条1項の基準は、引き渡した、という言葉です。所有権がいつ移ったかは、条文の条件に書かれていません。ですから、所有権が先に買主に移っていても、引渡しの前に焼けたなら、536条1項で、拒めます。条文のふだです。旧法は契約の時から買主の負担でしたが、現行は、引渡しで切ります。もう1つ、559条は、この売買の規定を、売買以外の有償契約にも準用する、と定めています。有償契約とは、対価を伴う契約のことです。

確かめる——3つの火事

3つの火事。1=引渡しの前日・もらい火。2=引渡しの翌日・もらい火。3=引渡しの前日・売主の消し忘れ。問い=それぞれ、買主は代金を拒めるか。使える条文は何か。 図:3つの火事

  • 1=引渡しの前日・もらい火
  • 2=引渡しの翌日・もらい火
  • 3=引渡しの前日・売主の消し忘れ
  • 問い=それぞれ、買主は代金を拒めるか
  • 使える条文は何か

3つの火事を並べます。1つめ、引渡しの前日に、もらい火で焼けた。2つめ、引渡しの翌日に、もらい火で焼けた。3つめ、引渡しの前日に、売主の消し忘れで焼けた。それぞれ、買主は代金を拒めるでしょうか。使える条文は、何でしょうか?

3つの火事の答え。引渡しの前日×もらい火=拒める(536条1項)。引渡しの翌日×もらい火=拒めない(567条1項)。引渡しの前日×売主の消し忘れ=危険負担ではなく債務不履行(損害賠償・解除)。2つの軸=誰の責めに帰すべき事由か×引渡しの前か後か。 図:3つの火事の答え

  • 引渡しの前日×もらい火=拒める(536条1項)
  • 引渡しの翌日×もらい火=拒めない(567条1項)
  • 引渡しの前日×売主の消し忘れ=危険負担ではなく債務不履行(損害賠償・解除)
  • 2つの軸=誰の責めに帰すべき事由か×引渡しの前か後か

1つめは、拒めます。536条1項です。2つめは、拒めません。567条1項です。3つめは、危険負担ではなくて、債務不履行になると思います。分け目は、2つの軸です。1つは、誰の責めに帰すべき事由か。もう1つは、引渡しの前か後か。双方に責めがなく、引渡しの前なら、536条1項。双方に責めがなく、引渡しのあとなら、567条1項。売主に責めがあれば、危険負担ではなく、債務不履行です。

もう1つの事例。契約のあと、近くに高速道路ができて、家の値打ちが下がった。問い=Bは、家が不能になったと言って、代金を拒めるか。 図:もう1つの事例

  • 契約のあと、近くに高速道路ができて、家の値打ちが下がった
  • 問い=Bは、家が不能になったと言って、代金を拒めるか

もう1つ、確認します。契約のあと、近くに高速道路ができて、家の値打ちが下がりました。Bは、家が不能になった、と言って、代金を拒めるでしょうか。家は、なくなっていませんし、渡せます。履行はできるので、危険負担は当たらないと思います。不能ではないので、536条1項は使えません。契約の前提が大きく変わったときの、事情変更の法理は、別の道です。ただし、最後の手段です。前に、履行不能と事情変更の分け目を見ました。不能なら536条、できるなら事情変更が検討される、という順番でした。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。1=払わなくてよい(536条1項)=双方の責めに帰することができない事由で不能なら、買主は代金を拒める。2=消えるのではなく拒める=代金債務は残る。消すなら解除(542条1項1号)。払っていたら解除して返還(545条1項)。3=引渡しの後は買主が負う(567条1項)。ものさし=向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。 図:今日のまとめ

  • 1=払わなくてよい(536条1項)=双方の責めに帰することができない事由で不能なら、買主は代金を拒める
  • 2=消えるのではなく拒める=代金債務は残る
  • 消すなら解除(542条1項1号)
  • 払っていたら解除して返還(545条1項)
  • 3=引渡しの後は買主が負う(567条1項)
  • ものさし=向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか

3つの話で整理します。1つめ。家が、双方の落ち度なく焼けて渡せなくなったら、買主は、代金を拒めます。536条1項です。2つめ。拒めるだけで、代金の債務は消えません。契約を終わらせて消すなら、解除です。542条1項1号。すでに払っていたら、解除して、545条1項で返還を求めます。そして、3つめ。引渡しのあとなら、買主が負います。567条1項です。ものさしに戻ります。向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。引渡しの前は売主の負担で、買主は拒める。拒めるだけで、債務は残る。引渡しのあとは買主の負担です。

冒頭の答えの言い直し。引渡しの前に焼けた=Bは払わなくてよい(536条1項)。契約は続き、消すなら解除。すでに払っていたら=解除して返還(545条1項)。鍵を受け取ったあとに焼けた=Bは3,000万円を払う(567条1項)。 図:冒頭の答えの言い直し

  • 引渡しの前に焼けた=Bは払わなくてよい(536条1項)
  • 契約は続き、消すなら解除
  • すでに払っていたら=解除して返還(545条1項)
  • 鍵を受け取ったあとに焼けた=Bは3,000万円を払う(567条1項)

冒頭の問いの答えです。引渡しの前の晩に、家が全焼したとき、Bは、3,000万円を払わなくてよいです。536条1項です。契約は続いていて、消したいなら解除します。すでに払っていたら、解除して、545条1項で返還を求めます。鍵を受け取ったあとに焼けたなら、Bは払います。567条1項です。論文で論点になりうるのは、危険負担と解除の使い分け、そして、すでに払った代金の返還です。解除を軸にして、理由まで言えるようにしてください。

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#236単独ページ動画

危険負担の債権者主義と利益の償還

第5章 契約 #236/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

自分で壊した車の代金は、払うのか

冒頭の設例の関係図。A(中古車販売店・売主)とB(買主)。AとBの間にあるのは、車の引渡し(納車は後日)と、代金180万円。納車の前に、A立ち会いの試乗でBが運転を誤り、車は大破。Aに落ち度はなく、Bの不注意だけ。 図:冒頭の設例の関係図

  • A(中古車販売店・売主)とB(買主)
  • AとBの間にあるのは、車の引渡し(納車は後日)と、代金180万円
  • 納車の前に、A立ち会いの試乗でBが運転を誤り、車は大破
  • Aに落ち度はなく、Bの不注意だけ

先に、答えの方向を言います。Bは、払わなければなりません。車が無いのだから払わない、とは言えません。契約を解除して逃れることも、できません。そして、話はここで終わりません。納車前の整備が付いていて、整備をせずに済んでいたら、どうなるのか。買主が受け取らない間に焼けたら、どうなるのか。今日は、ここまで見ます。どの場面も、問いは同じです。代金は、どうなるのか。今日は、この代金の行方だけを見ます。

今日の位置と、3つの話

今日の地図。位置=前回は、当事者双方に落ち度がない場合(買主は代金を拒めた)。今日は、原因が債権者のほうにある場合。1=拒めない・解除もできない(536条2項前段・543条)。2=受け取らない間の不能も同じ扱い(413条の2第2項・567条2項)。3=浮いた分は返す(536条2項後段=利益の償還)。そのあと、危険負担の全体を1枚にまとめる。 図:今日の地図

  • 位置=前回は、当事者双方に落ち度がない場合(買主は代金を拒めた)
  • 今日は、原因が債権者のほうにある場合
  • 1=拒めない・解除もできない(536条2項前段・543条)
  • 2=受け取らない間の不能も同じ扱い(413条の2第2項・567条2項)
  • 3=浮いた分は返す(536条2項後段=利益の償還)
  • そのあと、危険負担の全体を1枚にまとめる

位置づけです。前回は、売主にも買主にも落ち度がなく、家が焼けた場合を見ました。買主は、代金を拒めました。今日は、その続きです。焼けた原因が、債権者のほう、つまり買主のほうにある場合を見ます。話は3つです。1つめ、拒めない、そして解除もできない。536条2項の前段と、543条です。2つめ、買主が受け取らない間に焼けた場合も、同じ扱いになる。413条の2第2項と、567条2項です。前回、この場合は今日見る、と言いました。その回収です。3つめ、浮いた分は返す。536条2項の後段、利益の償還です。そのあと、危険負担の全体を、1枚にまとめます。

根拠の札。条文=法律に書いてあること。判例=最高裁の判決が実際に述べたこと。学説=学者が説明している考え方。こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと。改正の理由=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介。 図:根拠の札

  • 条文=法律に書いてあること
  • 判例=最高裁の判決が実際に述べたこと
  • 学説=学者が説明している考え方
  • こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと
  • 改正の理由=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介

今日も、根拠のふだを貼るように言い分けます。条文は、法律に書いてあること。判例は、最高裁の判決が実際に述べたことです。学説は、学者が説明している考え方です。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。もう1つ、改正の理由は、改正を審議した法制審議会の資料に書かれた説明として、紹介します。

判断のものさし

判断のものさし。向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。札=こちらの説明。 図:判断のものさし

  • 向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか
  • 札=こちらの説明

ものさしは、前回と同じです。向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。こちらの説明のふだです。前回の答えは、双方に落ち度がないなら、不利益は売主が負う、でした。今日の答えは、逆の向きです。原因を作ったのが買主のほうなら、不利益は買主が負う。この向きの違いを、条文の言葉で言えるようにします。今日の3つの話は、このものさしの2か所に答えます。誰の負担で、が、1つめと2つめの話です。どこまで残すか、が、3つめの話です。

拒めない——536条2項の前段

前回の確認。当事者双方の責めに帰することができない事由で不能になったとき、買主は代金をどうできたか。 図:前回の確認

まず、前回の復習を1つ。当事者双方に責めがなく焼けたとき、買主は、代金をどうできましたか?

536条2項の入口。要件=債権者の責めに帰すべき事由によって、債務を履行することができなくなった。効果=債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。後段(利益の償還)は、3つめの話で読む。 図:536条2項の入口

  • 要件=債権者の責めに帰すべき事由によって、債務を履行することができなくなった
  • 効果=債権者は、反対給付の履行を拒むことができない
  • 後段(利益の償還)は、3つめの話で読む

今日読むのは、同じ536条の2項です。1項は前回読みましたので、2項だけを読みます。前段と後段があります。前段は今日の1つめの話、後段は3つめの話です。

条文民法536条2項

民法第536条第2項 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

前段の要件は、2つです。1つめ、債権者の責めに帰すべき事由であること。2つめ、債務を履行することができなくなったこと、つまり不能です。効果は、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない、です。拒めない、とは、払わなければならない、ということです。条文の言葉は、拒むことができない、です。

読み方の図。A(売主)とB(買主)。不能になったのは「車を渡す債務」。この債務の債権者=B(買主)。債務者=A(売主)。反対給付=代金の支払。BがAに対して、代金の支払を拒むことができない。 図:読み方の図

  • A(売主)とB(買主)
  • 不能になったのは「車を渡す債務」
  • この債務の債権者=B(買主)
  • 債務者=A(売主)
  • 反対給付=代金の支払
  • BがAに対して、代金の支払を拒むことができない

前回と同じ読み方です。債権者と債務者は、不能になった債務を基準に読みます。不能になったのは、車を渡す債務です。その債権者は、車を受け取る権利を持つ人、つまり買主のBです。反対給付は、代金の支払です。読み替えます。債権者である買主の責めに帰すべき事由で、車を渡せなくなったときは、買主は、代金の支払を拒むことができない。冒頭の答えの方向と、つながりました。呼び名を1つ。危険を債権者、つまり買主が負うので、債権者主義と呼びます。学説の呼び名です。前回の、引渡しのあとは買主が負う、という向きと同じです。ただし、きっかけが違います。前回は、引渡しがあったこと。今日は、原因が買主にあることです。前回、旧534条の債権者主義は削除された、と言いました。削除されたのは、双方に落ち度がなくても、特定物なら、契約の時から買主が危険を負う、という形です。原因が買主にある場面の債権者主義は、今の民法にも残っています。

債権者の責めに帰すべき事由の例。1=債権者が、自分の不注意や故意で壊した(冒頭の試乗)。2=債権者の側の事情で、債務者が履行できなくなった(あとで見る判例)。3=債権者が受け取らない間の不能は、条文が債権者の責めに帰すべき事由と「みなす」(2つめの話)。 図:債権者の責めに帰すべき事由の例

  • 1=債権者が、自分の不注意や故意で壊した(冒頭の試乗)
  • 2=債権者の側の事情で、債務者が履行できなくなった(あとで見る判例)
  • 3=債権者が受け取らない間の不能は、条文が債権者の責めに帰すべき事由と「みなす」(2つめの話)

債権者の責めに帰すべき事由、という言葉の定義は、条文には書かれていません。ですから、典型例で押さえます。1つめ、債権者が、自分の不注意や故意で壊した場合。冒頭の試乗が、これです。こちらの説明のふだです。2つめ、債権者の事情で、債務者が履行できなくなった場合。これは、3つめの話の判例で見ます。3つめ、受け取らない間の不能。これは、条文が、債権者の責めに帰すべき事由と、みなします。売主と買主の両方に落ち度がある場合は、条文は答えを書いていません。審議の資料も、解釈に委ねられる、と述べています。今日の設例は、Bだけに落ち度がある場面で通します。なお、前回の、責めに帰することができない事由は、売主が引き受けた範囲の外の出来事でした。今日は、その逆で、買主のほうの事情です。

なぜ、買主は拒めないのか。原因を作ったのは買主。その不利益を売主に負わせて、買主だけが代金を免れるのは、公平でない。だから、買主が代金を払う形で危険を負う。札=こちらの説明。審議の資料=債権者は反対給付の履行をしなければならない。したがって、解除もできない。 図:なぜ、買主は拒めないのか

  • 原因を作ったのは買主
  • その不利益を売主に負わせて、買主だけが代金を免れるのは、公平でない
  • だから、買主が代金を払う形で危険を負う
  • 札=こちらの説明
  • 審議の資料=債権者は反対給付の履行をしなければならない
  • したがって、解除もできない

趣旨を、こちらの説明のふだで言います。車が使えなくなった原因を作ったのは、買主です。その不利益を売主に負わせて、買主だけが代金を免れるのは、公平ではありません。ですから、買主が代金を払う形で、買主が危険を負うのです。審議の資料には、こう整理されています。債権者に帰責事由がある場合には、債権者は反対給付の履行をしなければならない。したがって、契約の解除をすることはできない。この、したがって解除できない、という部分は、あとで543条で読みます。

旧法の言い方と、変わった理由

改正前の民法(2020年3月31日まで)。旧536条2項前段=債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。 図:改正前の民法

  • 2020年3月31日まで
  • 旧536条2項前段=債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。

2項の文言は、改正で変わりました。2020年の3月31日までの民法を見ます。旧2項は、こう書いていました。債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。後段も、中身は今と同じ、利益の償還です。

現行の民法536条2項前段。債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。旧法=債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。現行=債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。結論の向きは同じ。 図:現行の民法536条2項前段

  • 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない
  • 旧法=債務者は、反対給付を受ける権利を失わない
  • 現行=債権者は、反対給付の履行を拒むことができない
  • 結論の向きは同じ

現行は、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない、です。主語が、債務者から債権者に変わりました。変えた理由は、審議の資料に、こう説明されています。1項を、債務が消える形から、履行を拒める形に改めた。それに合わせて、2項もその形に直した。1項を改めた理由は、前回見ました。債務者に落ち度がなくても解除できるようになったので、債務が自動で消える作りのままでは、解除と重なってしまう、という審議の資料の説明でした。2項は、その形にそろえたのです。結論の向きは、同じです。債権者は払わなければならず、債務者は代金を請求できます。こちらの説明のふだです。短答の罠は、旧法の言い方を、現行の条文として出すことです。債務者は、反対給付を受ける権利を失わない、という記述は、旧法のものです。

解除もできない——543条

前回との対比。前回=当事者双方に落ち度なし。解除できた(542条1項1号)。今日=債権者の責めに帰すべき事由。解除できない(543条)。誰に落ち度があるか、で解除の可否が逆になる。 図:前回との対比

  • 前回=当事者双方に落ち度なし
  • 解除できた(542条1項1号)
  • 今日=債権者の責めに帰すべき事由
  • 解除できない(543条)
  • 誰に落ち度があるか、で解除の可否が逆になる

次は、解除です。前回は、売主に落ち度がなくても、買主は解除できました。542条1項1号でした。今日は、どうでしょうか。543条です。

条文民法543条

民法第543条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。

前二条とは、541条と542条です。催告をして解除する場合と、催告なしに直ちに解除する場合です。本体は、別の回で見ます。今日は、債務不履行を理由にした解除は、債権者の責めに帰すべき事由によるときはできない、というところまでです。

なぜ、解除できないのか。解除は、代金の債務を消す手段。原因を作った買主が解除できると、536条2項前段で拒めないと定めた意味がなくなる。だから解除できない(543条)。こちらの説明。 図:なぜ、解除できないのか

  • 解除は、代金の債務を消す手段
  • 原因を作った買主が解除できると、536条2項前段で拒めないと定めた意味がなくなる
  • だから解除できない(543条)
  • こちらの説明

前回との対比です。誰に落ち度があるか、で、解除の可否が逆になります。双方に落ち度がなければ、解除できる。債権者の責めに帰すべき事由なら、解除できない。理由は、536条2項とのつながりです。解除は、代金の債務を消す手段でした。原因を作った買主が解除できてしまうと、拒めないと定めた意味が、なくなります。こちらの説明のふだです。問いです。試乗で車を壊したBは、車が無いのだから払わない、と言うことと、契約を解除して代金を免れること、どちらかできますか?

買主Bの手段は4つとも塞がる。引渡しの請求=できない(不能・412条の2第1項)。損害賠償=できない(債務者に責めがない・415条1項ただし書)。解除=できない(543条)。代金を拒む=できない(536条2項前段)。 図:買主Bの手段は4つとも塞がる

  • 引渡しの請求=できない(不能・412条の2第1項)
  • 損害賠償=できない(債務者に責めがない・415条1項ただし書)
  • 解除=できない(543条)
  • 代金を拒む=できない(536条2項前段)

どちらも、できないと思います。払わない、は536条2項前段で拒めません。解除は、543条でできません。手段を4つ並べます。引渡しの請求は、不能なのでできません。根拠は、412条の2第1項です。損害賠償も、売主に責めがないのでできません。415条1項ただし書です。解除と、代金を拒むことは、いま答えてもらったとおり、できません。拒めない、解除できない、損害賠償できない。この3点セットです。Bは、180万円を払わなければなりません。冒頭の答えの方向が、条文で言えました。

受け取らない間に焼けたら——413条の2第2項

前回の家の続き。A(売主)とB(買主)。家は3,000万円。5月10日、Aは約束の場所で鍵と書類を差し出した。Bは、やはり受け取れないと言って受け取らなかった。その晩、隣家のもらい火で、家が全焼。家に契約不適合はなく、AにもBにも落ち度はない。 図:前回の家の続き

  • A(売主)とB(買主)
  • 家は3,000万円
  • 5月10日、Aは約束の場所で鍵と書類を差し出した
  • Bは、やはり受け取れないと言って受け取らなかった
  • その晩、隣家のもらい火で、家が全焼
  • 家に契約不適合はなく、AにもBにも落ち度はない

2つめの話です。前回の家の続きで見ます。引渡しの日、5月10日に、Aは、約束の場所で鍵と書類を差し出しました。引渡しの準備を整えて、渡そうとしたのです。ところが、Bは、やはり今日は受け取れない、と言って、受け取りませんでした。その晩、隣の家のもらい火で、家が全焼しました。家に契約不適合はなく、AにもBにも、落ち度はありません。前回は、引渡しの前の晩に焼けて、Bは代金を拒めました。今回、Bが3,000万円を払わなければならないかは、前回の火事との違いで決まります。提供と、拒絶のあとかどうか、です。債権者が受け取らなかった、という事実です。条文から答えます。その前に、確認です。受領遅滞とは、債務者が履行の提供をしたのに、債権者がどうなっている状態でしたか?

413条の2第2項の入口。債権者が履行を受けることを拒む、または受けることができない。履行の提供があった時以後に、当事者双方の責めに帰することができない事由で不能になった。→債権者の責めに帰すべき事由によるものと、みなす。 図:413条の2第2項の入口

  • 債権者が履行を受けることを拒む、または受けることができない
  • 履行の提供があった時以後に、当事者双方の責めに帰することができない事由で不能になった
  • →債権者の責めに帰すべき事由によるものと、みなす

受け取らない、または、受け取れない状態です。この場面を定める条文が、413条の2の2項です。受領遅滞の回で、一度読みました。今日は、536条2項への入口として、見ます。

条文民法413条の2第2項

民法第413条の2第2項 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

受け取らない債権者がいて、提供のあとに、双方の落ち度によらずに不能になった。そのとき、その不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものと、みなします。みなす、とは、事実がどうであれ、そう扱う、ということです。反証を許しません。

3つの火事の時間軸。契約→引渡しの前日(5月9日の夜)の火事(前回・拒める・536条1項)/5月10日の提供と拒絶→その晩の火事(今日・拒めない・413条の2第2項から536条2項、解除もできない・543条)/引渡しのあとの火事(前回・拒めない・567条1項)。 図:3つの火事の時間軸

効果は、今日の1つめの話へ流れ込みます。債権者の責めに帰すべき事由と、みなされるので、536条2項前段が働いて、代金を拒めません。543条が働いて、解除もできません。設例の答えです。Bは、3,000万円を払わなければなりません。解除もできません。3つの火事を、時間の順に並べます。引渡しの前日の火事は、前回です。536条1項で、拒めました。引渡しの日に、提供と拒絶があって、その晩の火事は、今日です。拒めません。引渡しのあとの火事は、前回の最後で見ました。567条1項で、拒めません。

567条2項の入口。売主が契約の内容に適合する目的物で履行を提供したのに、買主が受け取らない。提供の時以後に、双方に責めのない事由で目的物が滅失・損傷した。→前項と同様(追完・減額・損害賠償・解除ができず、代金の支払も拒めない)。 図:567条2項の入口

  • 売主が契約の内容に適合する目的物で履行を提供したのに、買主が受け取らない
  • 提供の時以後に、双方に責めのない事由で目的物が滅失・損傷した
  • →前項と同様(追完・減額・損害賠償・解除ができず、代金の支払も拒めない)

売買には、同じ内容の特則があります。567条の2項です。前回、567条を読んだときに、引渡しの前でも、買主が受け取らない間に焼けたなら、引渡しのあとと同じ扱いになる、と言いました。この条文のことです。

条文民法567条2項

民法第567条第2項 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。

前項と同様、とは、前回の567条1項の効果です。買主は、追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求、解除ができません。そして、代金の支払も、拒めません。

2つの条文の関係。413条の2第2項=履行が不能になった場合の一般規定(債権者の責めに帰すべき事由と、みなす)。567条2項=売買の目的物の滅失・損傷の場合の規定(前項と同様)。家の設例は、どちらにも当たる。結論は、同じ方向。 図:2つの条文の関係

  • 413条の2第2項=履行が不能になった場合の一般規定(債権者の責めに帰すべき事由と、みなす)
  • 567条2項=売買の目的物の滅失・損傷の場合の規定(前項と同様)
  • 家の設例は、どちらにも当たる
  • 結論は、同じ方向

2つの条文の関係を見ます。413条の2の2項は、債務の履行が不能になった場合の一般規定です。567条2項は、売買の目的物の滅失や損傷の場合の規定です。家の設例は、どちらにも当てはまります。結論は、同じ方向で、買主は代金を拒めません。売買の条文の全体は、別の回で見ます。問いです。引渡しの前日に焼けた場合と、引渡しの日に買主が拒んだあとで焼けた場合。どちらも、売主にも買主にも落ち度がないのに、なぜ、結論が逆になるのでしょうか?後者は、提供のあとの、受領遅滞中の不能だからです。債権者の責めに帰すべき事由とみなされるので、536条2項が働きます。前日の火事は、ふつうの双方に落ち度のない不能で、536条1項です。決め手は、買主が受け取らなかった、という事実です。買主が受け取ってさえいれば、家は買主のものとして、引渡しが済んでいました。受け取らなかった人に、その後の不運を負わせる。公平の考え方です。こちらの説明のふだです。

浮いた分は返す——536条2項の後段

新しい問い。冒頭の車の売買に、納車前の整備が付いていた。整備費12万円はAが負担する約束。整備をする前に、Bが試乗で車を大破させた。Aは、整備をせずに済んだ。 図:新しい問い

  • 冒頭の車の売買に、納車前の整備が付いていた
  • 整備費12万円はAが負担する約束
  • 整備をする前に、Bが試乗で車を大破させた
  • Aは、整備をせずに済んだ

3つめの話です。冒頭の車に、納車前の整備が付いていた、とします。整備費の12万円は、Aが負担する約束でした。ところが、整備をする前に、Bが車を大破させました。Aは、整備をせずに済みました。

536条2項の後段。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。償還=返す。利益=債務を免れたことで浮いた費用など(整備せずに済んだ12万円)。 図:536条2項の後段

  • この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない
  • 償還=返す
  • 利益=債務を免れたことで浮いた費用など(整備せずに済んだ12万円)

整備の分まで丸ごと受け取らせるのは行き過ぎだ、という見方を、条文が受け止めています。536条2項の後段です。先ほど読んだ条文の、後半です。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。償還とは、返す、ということです。利益とは、債務を免れたことで浮いた費用などです。整備をせずに済んだ12万円が、これです。Aは、180万円を請求できます。そのうえで、浮いた12万円は、Bに返さなければなりません。

償還の関係図。A(売主)とB(買主)。2辺=代金180万円(BからAへ)と、浮いた整備費12万円(AからBへ)。 図:償還の関係図

  • A(売主)とB(買主)
  • 2辺=代金180万円(BからAへ)と、浮いた整備費12万円(AからBへ)

12万円は、代金から差し引くのですか。それとも、別に返すのですか。そこは、条文は書いていません。償還しなければならない、と書くだけで、代金から自動で減るのか、別に払うのかは、定めていません。次の判例を、手がかりにします。請負と雇用で、この後段が使われました。その前に、問いです。請負人が、注文者のせいで、仕事を完成できなくなったとき、請負人は、報酬のうち、どれだけを請求できるでしょうか?

請負の事案。冷暖房工事の請負。残りは、ボイラーとチラーの据付工事だけ。注文者の側の事情で据付けができず、完成が不能に。請求できるのは? 図:請負の事案

  • 冷暖房工事の請負
  • 残りは、ボイラーとチラーの据付工事だけ
  • 注文者の側の事情で据付けができず、完成が不能に
  • 請求できるのは?

事案です。冷暖房工事の請負で、残りは、ボイラーとチラーの据付工事だけ、というところまで進んでいました。ところが、注文者の側の事情で、据付けができず、完成が不能になりました。最高裁は、この不能を、注文者の責に帰すべき事由によるものとしました。判旨を読みます。

判例最判昭52・2・22 民集31巻1号79頁

注文者の落ち度で完成できなくなった請負 ところで、請負契約において、仕事が完成しない間に、注文者の責に帰すべき事由によりその完成が不能となつた場合には、請負人は、自己の残債務を免れるが、民法五三六条二項によつて、注文者に請負代金全額を請求することができ、ただ、自己の債務を免れたことによる利益を注文者に償還すべき義務を負うにすぎないものというべきである。

答えは、全額です。前段の、拒めない、と、後段の、償還が、一つの判旨に並んでいます。償還が、別の義務として述べられている点に、注目してください。この事案では、償還すべき利益についての主張や立証がなかったので、全額を請求できる、と判断されました。請負の本体は、別の回で見ます。

雇用の事案。使用者の責めに帰すべき事由で解雇された労働者が、解雇されている間に、他の職に就いて収入を得た。判旨=その利益は、使用者に償還するのが相当(但書=当時の条文で、いまの後段にあたる償還の部分)。 図:雇用の事案

  • 使用者の責めに帰すべき事由で解雇された労働者が、解雇されている間に、他の職に就いて収入を得た
  • 判旨=その利益は、使用者に償還するのが相当(但書=当時の条文で、いまの後段にあたる償還の部分)

もう1つ、雇用の判例です。使用者の責めに帰すべき事由で解雇された労働者が、解雇されている間に、他の職に就いて収入を得ていました。判旨は、その利益を償還すべきだ、としました。なお、判決が、但書、と呼んでいるのは、当時の条文で、いまの後段にあたる、償還の部分です。

判例最判昭37・7・20 民集16巻8号1656頁

解雇の間に他の職で得た利益 しかし、労働者は、労働日の全労働時間を通じ使用者に対する勤務に服すべき義務を負うものであるから、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得たときは、右の利益が副業的なものであつて解雇がなくても当然取得しうる等特段の事情がない限り、民法五三六条二項但書に基づき、これを使用者に償還すべきものとするのを相当とする。

判旨が理由として述べているのは、労働者は、働くと約束した日の全労働時間、勤務に服する義務を負っている、という点です。ここからは、読み解きです。解雇されて、その義務を免れたから、他の職に就く時間が生まれた。その分が、債務を免れたことによって得た利益だ、という置き方です。こちらの説明のふだです。整備の例では、浮いたのは費用でした。こちらは、浮いた時間で得た収入です。ただし、副業のように、解雇がなくても当然得られた収入などは、別です。

差し引くのか、別に返すのか。条文=書いていない。請負の判例=全額を請求でき、償還は別の義務。雇用の判例=賃金を払う義務と償還の義務が並ぶとき、賃金額から差し引いてよい(平均賃金の4割まで)。売買=判例は述べていない。 図:差し引くのか、別に返すのか

  • 条文=書いていない
  • 請負の判例=全額を請求でき、償還は別の義務
  • 雇用の判例=賃金を払う義務と償還の義務が並ぶとき、賃金額から差し引いてよい(平均賃金の4割まで)
  • 売買=判例は述べていない

もう一点。この事案では、使用者が全額の賃金を払う義務と、労働者が利益を償還する義務が、並んでいました。同じ判決は、そのとき、決済を簡便にするため、償還する利益の額を、あらかじめ賃金額から差し引いてよい、と述べました。差し引ける限度は、休業手当に関する労働基準法の趣旨との関係で、特約がなければ、平均賃金の4割までとされました。4割という数字の出どころは、労働基準法の側の話です。今日は、差し引ける額に限度がある、というところまで押さえます。ここから、先ほどの、差し引くのか、別に返すのか、への手がかりが得られます。判例は、請負では、全額を請求できて、償還は別の義務だ、と述べました。雇用では、両方の義務が並ぶときに、差し引いて精算してよい、と述べました。ただし、これは賃金の事案についての言葉です。売買について、差し引いてよい、と述べた判決ではありません。

役務提供型への広がり。物の引渡しだけでなく、請負(仕事の完成)・雇用(労務の提供)でも同じ形。債権者(注文者・使用者)の責めに帰すべき事由で債務が果たせなくなれば、債務者(請負人・労働者)は報酬・賃金を請求でき、浮いた利益は償還。責めに帰することができない事由なら、割合に応じた報酬を定める別の条文がある。 図:役務提供型への広がり

  • 物の引渡しだけでなく、請負(仕事の完成)・雇用(労務の提供)でも同じ形
  • 債権者(注文者・使用者)の責めに帰すべき事由で債務が果たせなくなれば、債務者(請負人・労働者)は報酬・賃金を請求でき、浮いた利益は償還
  • 責めに帰することができない事由なら、割合に応じた報酬を定める別の条文がある

広がりを、まとめます。この形は、物の引渡しだけではありません。請負でも、雇用でも、同じです。債権者である注文者や使用者の責めに帰すべき事由で、債務が果たせなくなれば、債務者である請負人や労働者は、報酬や賃金を請求できます。そして、浮いた利益は、償還します。向きの違いに、注意してください。今日は、債権者に落ち度がある場合です。責めに帰することができない事由で、途中で果たせなくなった場合は、割合に応じた報酬を定める、別の条文があります。雇用は624条の2です。請負は634条、委任は648条3項です。本体は、別の回です。

危険負担のまとめ——誰のせいで不能になったか

まとめその1。双方に責めがない(引渡しの前)。引渡しの請求=できない(412条の2第1項)。損害賠償=できない(415条1項ただし書)。解除=できる(542条1項1号)。代金=拒める(536条1項)。引渡しのあとなら、拒めない(567条1項)。 図:まとめその1

  • 双方に責めがない(引渡しの前)
  • 引渡しの請求=できない(412条の2第1項)
  • 損害賠償=できない(415条1項ただし書)
  • 解除=できる(542条1項1号)
  • 代金=拒める(536条1項)
  • 引渡しのあとなら、拒めない(567条1項)

危険負担の全体を、まとめます。不能の原因を3つに分けて、4つの手段を並べます。手段は、引渡しの請求、損害賠償、解除、代金です。その1。双方に責めがない場合で、引渡しの前です。引渡しの請求は、できません。損害賠償も、できません。解除は、できます。そして、代金は、拒めます。536条1項です。引渡しのあとなら、567条1項で、拒めません。

まとめその2。債権者に責めがある(受領遅滞中を含む)。引渡しの請求=できない。損害賠償=できない。解除=できない(543条)。代金=拒めない(536条2項前段)。債務者は、浮いた利益を償還(後段)。 図:まとめその2

  • 債権者に責めがある(受領遅滞中を含む)
  • 引渡しの請求=できない
  • 損害賠償=できない
  • 解除=できない(543条)
  • 代金=拒めない(536条2項前段)
  • 債務者は、浮いた利益を償還(後段)

その2。債権者に責めがある場合です。受け取らない間の不能も、ここに入ります。引渡しの請求は、できません。損害賠償も、できません。解除は、できません。543条です。代金は、拒めません。536条2項前段です。そのうえで、債務者は、浮いた利益を償還します。後段です。

まとめその3。債務者に責めがある。危険負担の問題ではなく、債務不履行。引渡しの請求=できない(412条の2第1項)。損害賠償=できる(履行に代わる損害賠償・415条)。解除=できる(542条1項1号)。代金=? 図:まとめその3

  • 債務者に責めがある
  • 危険負担の問題ではなく、債務不履行
  • 引渡しの請求=できない(412条の2第1項)
  • 損害賠償=できる(履行に代わる損害賠償・415条)
  • 解除=できる(542条1項1号)
  • 代金=?

その3。債務者に責めがある場合です。これは、危険負担の問題ではなく、債務不履行です。引渡しの請求は、できません。損害賠償は、できます。債務の履行に代わる損害賠償です。415条です。解除も、できます。542条1項1号です。代金は、どうでしょうか。

債務者に責めがあるときの代金。条文=明文なし。結論の方向=拒める。学説=責めがなくても拒めるのだから、責めがあればなおさら(536条1項から導く)。審議の資料=危険負担は働かず、533条の同時履行の抗弁権。 図:債務者に責めがあるときの代金

  • 条文=明文なし
  • 結論の方向=拒める
  • 学説=責めがなくても拒めるのだから、責めがあればなおさら(536条1項から導く)
  • 審議の資料=危険負担は働かず、533条の同時履行の抗弁権

条文に、明文はありません。結論の方向は、拒める、とされています。根拠づけは、複数あります。学説には、債務者に責めがない場合でも拒めるのだから、まして債務者に責めがあるなら拒めて当然だ、と536条1項から導く見解が有力です。審議の資料は、この場合は危険負担の規律は働かず、拒む根拠は、533条の同時履行の抗弁権だ、と整理しました。結論の方向は同じで、根拠づけが分かれています。

総括。誰のせいで不能になったか、で代金の行方が分かれる。双方のせいでない=拒める(引渡しのあとは拒めない)。債権者のせい(受領遅滞中を含む)=拒めない。債務者のせい=危険負担ではなく債務不履行。 図:総括

  • 誰のせいで不能になったか、で代金の行方が分かれる
  • 双方のせいでない=拒める(引渡しのあとは拒めない)
  • 債権者のせい(受領遅滞中を含む)=拒めない
  • 債務者のせい=危険負担ではなく債務不履行

総括です。誰のせいで不能になったか、で、代金の行方が分かれます。双方のせいでなければ、拒めます。引渡しのあとは、拒めません。債権者のせいなら、拒めません。受領遅滞中は、債権者のせいとみなします。債務者のせいなら、危険負担ではなく、債務不履行です。論文で論点になりうるのは、誰の責めに帰すべき事由か、という認定と、受領遅滞中の不能の一連の流れです。受領遅滞、413条の2第2項、536条2項、543条、という順です。

確かめる——原因だけを変えた4場面

4場面の前半。同じ車・同じ180万円。納車前。1=納車の前日の夜、店の駐車場に落ちた雷で、車が燃えた。2=Bが試乗で運転を誤って大破(冒頭の設例)。 図:4場面の前半

  • 同じ車・同じ180万円
  • 納車前
  • 1=納車の前日の夜、店の駐車場に落ちた雷で、車が燃えた
  • 2=Bが試乗で運転を誤って大破(冒頭の設例)

事例で確かめます。同じ車、同じ180万円、納車の前です。原因だけを変えます。1つめ。納車の前日の夜、店の駐車場に落ちた雷で、車が燃えました。Bは、代金を払わなければなりませんか?2つめ。Bが試乗で運転を誤って、大破させました。Bは、代金を払わなければなりませんか?

前半の答え。1=雷=双方に責めがない=拒める(536条1項・前回)。2=Bの運転ミス=債権者の責めに帰すべき事由=拒めない・解除もできない(536条2項前段・543条)。 図:前半の答え

  • 1=雷=双方に責めがない=拒める(536条1項・前回)
  • 2=Bの運転ミス=債権者の責めに帰すべき事由=拒めない・解除もできない(536条2項前段・543条)

2つめは、払わなければなりません。536条2項前段で拒めず、543条で解除もできません。まとめると、1つめは拒めます。2つめは、拒めず、解除もできません。分かれ目は、誰の責めに帰すべき事由か、です。

4場面の後半。3=納車前の整備で、Aの整備士が重大なミスをして、車が大破。4=納車日にAが、店で渡す準備を整えて引渡しを申し出たが、Bは受け取らず、その晩に落雷で燃えた。 図:4場面の後半

  • 3=納車前の整備で、Aの整備士が重大なミスをして、車が大破
  • 4=納車日にAが、店で渡す準備を整えて引渡しを申し出たが、Bは受け取らず、その晩に落雷で燃えた

3つめ。納車前の整備で、Aの整備士が重大なミスをして、車が大破しました。Bは、代金を払わなければなりませんか?4つめ。納車日に、Aは、店で渡す準備を整えて、引渡しを申し出ました。ところが、Bは受け取らず、その晩に、落雷で車が燃えました。Bは、代金を払わなければなりませんか?

後半の答え。3=Aの整備士のミス=債務者の責め=危険負担ではなく債務不履行(填補賠償・解除。415条2項1号・542条1項1号)。代金は明文なし(学説・審議資料で根拠づけが分かれる)。4=提供のあとの受領遅滞中の不能=拒めない(413条の2第2項から536条2項。567条2項も当たる)。 図:後半の答え

  • 3=Aの整備士のミス=債務者の責め=危険負担ではなく債務不履行(填補賠償・解除。415条2項1号・542条1項1号)
  • 代金は明文なし(学説・審議資料で根拠づけが分かれる)
  • 4=提供のあとの受領遅滞中の不能=拒めない(413条の2第2項から536条2項。567条2項も当たる)

4つめは、払わなければなりません。提供のあとの受領遅滞中の不能なので、413条の2第2項から536条2項で、拒めません。売買なので、567条2項も当たります。3つめは、危険負担ではなく、債務不履行です。填補賠償も、解除もできます。415条2項1号と、542条1項1号です。代金は、先ほどの、明文なし、で、根拠づけが分かれる部分でした。4つめは、拒めません。413条の2第2項から、536条2項に流れ込みます。同じ落雷でも、提供と拒絶のあとかどうかで、結論が逆になります。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。1=拒めない・解除もできない(536条2項前段・543条)。2=受け取らない間の不能も同じ扱い(413条の2第2項・567条2項)。3=浮いた分は返す(536条2項後段=利益の償還)。ものさし=向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。 図:今日のまとめ

  • 1=拒めない・解除もできない(536条2項前段・543条)
  • 2=受け取らない間の不能も同じ扱い(413条の2第2項・567条2項)
  • 3=浮いた分は返す(536条2項後段=利益の償還)
  • ものさし=向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか

3つの話で整理します。1つめ。債権者の責めに帰すべき事由で不能になったら、債権者は、反対給付を拒むことができません。解除も、できません。536条2項前段と、543条です。2つめ。債権者が受け取らない間の不能は、債権者の責めに帰すべき事由と、みなされます。413条の2第2項です。売買には、同じ結論になる567条2項があります。3つめ。債務者は、免れて浮いた利益を、償還します。536条2項後段です。ものさしに戻ります。向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。原因が債権者のほうにあるなら、債権者の負担で、代金は全額残ります。ただし、浮いた分は、返します。

冒頭の答えの言い直し。Bは180万円を払わなければならない(536条2項前段)。契約を解除して逃れることもできない(543条)。納車前の整備を約束していて、整備せずに済んだ12万円があれば、Aはその分をBに返す(536条2項後段)。 図:冒頭の答えの言い直し

  • Bは180万円を払わなければならない(536条2項前段)
  • 契約を解除して逃れることもできない(543条)
  • 納車前の整備を約束していて、整備せずに済んだ12万円があれば、Aはその分をBに返す(536条2項後段)

冒頭の問いの答えです。Bは、180万円を払わなければなりません。536条2項前段です。契約を解除して逃れることも、できません。543条です。そして、納車前の整備を約束していて、整備をせずに済んだ12万円があれば、Aは、その分をBに返します。536条2項後段です。

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#237単独ページ動画

第三者のためにする契約

第5章 契約 #237/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

契約書にサインしていない人は、請求できるのか

冒頭の設例の関係図。父(契約者)と保険会社が、生命保険の契約を結ぶ。保険金の受取人は、子。子は契約書にサインしていない。のちに父が亡くなった。子は、保険会社に、直接、保険金を請求できるか。 図:冒頭の設例の関係図

  • 父(契約者)と保険会社が、生命保険の契約を結ぶ
  • 保険金の受取人は、子
  • 子は契約書にサインしていない
  • のちに父が亡くなった
  • 子は、保険会社に、直接、保険金を請求できるか

先に、答えの方向を言います。できます。契約の当事者ではない子が、契約から直接、権利を取得しているのです。ここで、疑問が3つ出ます。なぜ、当事者でない人が、権利を持てるのか。その権利は、いつ生まれるのか。生まれたあとで、取り上げられることはないのか。今日は、この3つに、条文で答えます。なお、この保険には、民法の原則とは違う特則があります。どこが違うのかは、権利がいつ生まれるか、の話で見ます。

今日の位置と、3つの話

今日の地図。位置=契約の効力は、原則として、当事者の間にだけ及ぶ。今日は、その例外。1=権利はいつ、誰に生まれるか(537条)。2=生まれた権利は、当事者も勝手に変えられない(538条)。3=諾約者の反論は、受益者にも言える(539条)。 図:今日の地図

  • 位置=契約の効力は、原則として、当事者の間にだけ及ぶ
  • 今日は、その例外
  • 1=権利はいつ、誰に生まれるか(537条)
  • 2=生まれた権利は、当事者も勝手に変えられない(538条)
  • 3=諾約者の反論は、受益者にも言える(539条)

位置づけです。ここまで、契約が当事者の間でどんな効力を持つか、同時履行や危険負担を見てきました。契約の効力は、原則として、当事者の間にだけ及びます。今日は、その例外です。前回の最後に予告した、当事者でない人が権利を手に入れる契約を見ます。話は3つです。1つめ、権利はいつ、誰に生まれるか。537条です。2つめ、生まれた権利は、当事者も勝手に変えられない。538条です。3つめ、契約の相手方、つまり義務を負う側は、契約から生じる反論を、権利を取得した人にも言える。539条です。あわせて、この人が、94条2項などの、第三者に当たるのかも見ます。

根拠の札。条文=法律に書いてあること。判例=最高裁の判決が実際に述べたこと。学説=学者が説明している考え方。こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと。改正の理由=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介。 図:根拠の札

  • 条文=法律に書いてあること
  • 判例=最高裁の判決が実際に述べたこと
  • 学説=学者が説明している考え方
  • こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと
  • 改正の理由=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介

今日も、根拠のふだを貼るように言い分けます。条文は、法律に書いてあること。判例は、最高裁の判決が実際に述べたことです。学説は、学者が説明している考え方です。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。もう1つ、改正の理由は、改正を審議した法制審議会の資料に書かれた説明として、紹介します。設例は、冒頭の保険のあと、入れ替えます。祖母のAが、家具店のBから、学習用の机を買います。机は、孫のCに引き渡す、とAとBの間で約束しました。Cへの入学祝いです。以後は、このA、B、Cで通します。

判断のものさし

判断のものさし。この権利は、誰の契約から生まれ、誰の同意で、どこまで動くか。原則=契約は当事者だけを縛る。例外=第三者のためにする契約。例外の中の保護=本人の意思・権利の確定・諾約者の反論。札=こちらの説明。 図:判断のものさし

  • この権利は、誰の契約から生まれ、誰の同意で、どこまで動くか
  • 原則=契約は当事者だけを縛る
  • 例外=第三者のためにする契約
  • 例外の中の保護=本人の意思・権利の確定・諾約者の反論
  • 札=こちらの説明

ものさしは、1本です。この権利は、誰の契約から生まれ、誰の同意で、どこまで動くか。こちらの説明のふだです。原則は、契約は当事者だけを縛る、でした。今日の契約は、その例外です。机の設例なら、AとBの契約なのに、Cが、Bに机を請求できます。そして、例外の中にも、保護があります。本人の意思を尊重すること。Cが、受けます、と言うまで、権利は生まれません。生まれた権利を確定させること。そのあとは、AとBだけで、権利を取り上げることはできません。義務を負う人の反論を残すこと。Aが代金を払わなければ、Bは、Cにも、引渡しを拒めます。この3つが、今日の3つの話に、そのまま対応します。

権利はいつ、誰に生まれるか——537条

537条の入口。この条文が書いていること。1項=第三者は、債務者に対して直接に給付を請求する権利を有する。2項=契約の時に第三者が現に存しなくても、特定していなくても、効力は妨げられない。3項=権利は、意思を表示した時に発生する。 図:537条の入口

  • この条文が書いていること
  • 1項=第三者は、債務者に対して直接に給付を請求する権利を有する
  • 2項=契約の時に第三者が現に存しなくても、特定していなくても、効力は妨げられない
  • 3項=権利は、意思を表示した時に発生する

1つめの話です。条文は、537条です。長いので、1項から3項まで、全部を見ます。

条文民法537条

民法第537条 契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは、その第三者は、債務者に対して直接にその給付を請求する権利を有する。 2 前項の契約は、その成立の時に第三者が現に存しない場合又は第三者が特定していない場合であっても、そのためにその効力を妨げられない。 3 第一項の場合において、第三者の権利は、その第三者が債務者に対して同項の契約の利益を享受する意思を表示した時に発生する。

1項が中心です。当事者の一方が、第三者に給付をすると約した。このとき、その第三者は、債務者に直接、給付を請求する権利を持ちます。このように、契約の当事者でない第三者に、直接、権利を取得させる契約を、第三者のためにする契約と呼びます。2項と3項は、あとで読みます。まず、登場人物に名前を付けます。

用語の板。要約者=諾約者に、第三者への給付を約束させた側(A・祖母)。諾約者=第三者に給付する債務を負う側(B・家具店。537条の「債務者」)。受益者=契約から直接、権利を取得する第三者(C・孫。537条の「第三者」)。 図:用語の板

  • 要約者=諾約者に、第三者への給付を約束させた側(A・祖母)
  • 諾約者=第三者に給付する債務を負う側(B・家具店。537条の「債務者」)
  • 受益者=契約から直接、権利を取得する第三者(C・孫。537条の「第三者」)

名前は3つです。要約者は、諾約者に、第三者への給付を約束させた側です。設例の、祖母のAです。諾約者は、第三者に給付する債務を負う側です。537条の、債務者です。設例の、家具店のBです。受益者は、契約から直接、権利を取得する第三者です。537条の、第三者です。設例の、孫のCです。537条の第三者と、94条2項などの第三者は、混ざりやすいので、ここで分けます。537条の第三者は、これから受益者と呼びます。94条2項などの第三者は、契約が無効になったり、取り消されたりしても、守られることのある人でした。受益者は、これとは別のものとして扱います。この点は、3つめの話で扱います。

3者の関係図。A(祖母・要約者)、B(家具店・諾約者)、C(孫・受益者)。AとBの間=補償関係(学習机の売買)。AとCの間=対価関係(入学祝いの贈与)。CからBへ=直接の請求権(537条1項)。 図:3者の関係図

  • A(祖母・要約者)、B(家具店・諾約者)、C(孫・受益者)
  • AとBの間=補償関係(学習机の売買)
  • AとCの間=対価関係(入学祝いの贈与)
  • CからBへ=直接の請求権(537条1項)

3者の関係を、図で見ます。AとBの間には、机の売買があります。これを、補償関係と呼びます。要約者と諾約者の間の関係で、第三者のためにする契約そのものです。学説の呼び方で、学説のふだです。AとCの間には、入学祝いの贈与があります。これを、対価関係と呼びます。要約者と受益者の間の関係で、なぜ、Cに権利を取得させるのか、その理由にあたります。こちらも学説のふだです。そして、CからBに向かう線が、537条1項の直接の請求権です。大事な点は、契約の当事者は、AとBだけ、ということです。Cは、当事者ではありません。当事者でないのに、Bに直接請求できる。これが、この制度の核心です。当事者でない、という整理は、学説のふだです。

当事者でないCが権利を持てるのは、縛られるのが、自分でそう約束したBだけだからです。Bは、Cに渡す、と自分で決めました。Cは、義務を負わされるわけではありません。権利を受けるかどうかも、このあと見るとおり、C自身が決めます。誰も、自分の知らない約束に縛られてはいません。こちらの説明のふだです。どんな契約でも生まれる、というわけではありません。要件は2つです。1つめ、要約者と諾約者の契約があること。2つめ、受益者に直接、権利を取得させる趣旨があること。単に、Cに届けるだけで、Cに請求する権利を与える趣旨がない契約は、これに当たりません。債務引受と並べて見た、履行引受、つまり、債務者に対して代わりに払うと約束するだけで、債権者は引受人に請求できない約束、との区別と同じです。分かれ目は、債権者に直接の権利を取得させる趣旨があるかどうか、です。

昭43の事案。電信送金。送金受取人が、送金を受ける銀行に、直接、支払を求めた。原審は請求を棄却。最高裁は是認して上告を棄却。契約条項上、少なくとも明示的には、受取人のためにする約旨は認められない。銀行間の取引慣行に照らし、特に反対の事情の立証がない限り、黙示的にも、約旨は無かったと解するのが相当。 図:昭43の事案

  • 電信送金
  • 送金受取人が、送金を受ける銀行に、直接、支払を求めた
  • 原審は請求を棄却
  • 最高裁は是認して上告を棄却
  • 契約条項上、少なくとも明示的には、受取人のためにする約旨は認められない
  • 銀行間の取引慣行に照らし、特に反対の事情の立証がない限り、黙示的にも、約旨は無かったと解するのが相当

この趣旨について、判例が1つあります。電信送金の事案です。送金を受け取る人が、送金を受ける銀行に、直接、支払を求めました。問題になった契約は、送金を送り出す銀行と、受ける銀行の間の契約です。原審は、請求を認めず、最高裁も、これを是認しました。最高裁は、この電信送金契約には、契約条項上、少なくとも明示的には、受取人のためにする約旨は認められない、としました。さらに、銀行どうしの取引慣行に照らすと、特に反対の事情の立証がない限り、黙示的にも、約旨はなかったと解するのが相当だ、としました。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和43年12月5日(民集22巻13号2876頁)

電信送金契約と、第三者のためにする約旨 特定の契約における第三者のためにする約旨の存在は第三者がその契約に基づき直接契約当事者に対して特定の権利を取得するための要件であるから、第三者が特定の契約に基づき直接その契約当事者に対して特定の権利を取得したことを主張する場合には、第三者においてその契約に第三者のためにする約旨の存在したことを立証する責任があると解すべき……

判旨の核は2点です。1つめ、第三者のためにする約旨があるかどうか。つまり、第三者に直接権利を取得させる趣旨があるかどうかが、権利を取得するための要件だ、ということ。2つめ、約旨があったことは、権利を主張する第三者のほうが立証する、ということです。ここは、判例のふだです。ただし、これは電信送金の事案です。最高裁が見たのは、この電信送金契約の条項と、銀行どうしの取引慣行です。契約が違えば、条項も慣行も違います。ですから、判決の結論を、ほかの送金の仕組みにまで、そのまま広げて言うことはできません。位置づけを言います。要件の本体は、537条1項の、約したとき、という読みから出てきます。判例は、その趣旨の有無を、電信送金の場面で当てはめた例です。

1項の効果。権利は、最初から、受益者Cのもとに生まれる。要約者Aのもとで生まれた権利が、Cに移るのではない。設例=机の引渡しを請求する権利は、最初からCのもとにある。札=学説。 図:1項の効果

  • 権利は、最初から、受益者Cのもとに生まれる
  • 要約者Aのもとで生まれた権利が、Cに移るのではない
  • 設例=机の引渡しを請求する権利は、最初からCのもとにある
  • 札=学説

1項の効果を、もう1つ。権利は、最初から、受益者のもとに生まれます。要約者のもとで生まれた権利が、あとで受益者に移るのではありません。1項は、その第三者は、権利を有する、と、Cを主語にして書いています。設例なら、机の引渡しを請求する権利は、最初からCのもとにあります。学説のふだです。

受益の意思表示の前。A、B、Cの3者。AとBの売買は成立している。CからBへの線は、まだ無い。権利は、まだ発生していない。 図:受益の意思表示の前

  • A、B、Cの3者
  • AとBの売買は成立している
  • CからBへの線は、まだ無い
  • 権利は、まだ発生していない

では、権利は、いつ生まれるのか。3項です。受益者が、債務者に対して、契約の利益を享受する意思を表示した時、と書かれています。これを、受益の意思表示と呼びます。その権利を受けます、と、諾約者に示すことです。この言い方は、債務引受の回でも使いました。権利であっても、本人の知らないうちに押し付けることはしない。受けるかどうかは、本人に決めさせる。この考え方を、条文が受け止めているのです。意思表示が要る理由は、審議の資料に、こう説明されています。受益者が権利の取得を望まない場合でも、当然に権利が発生するとするのは、行き過ぎだと考えられたことなどによる。

受益の意思表示の後。A、B、Cの3者。CからBへの線が付く=直接の請求権が発生。意思表示=その権利を受けます、とBに示す。意思表示は、契約の成立要件でも、効力要件でもない。権利の発生要件。札=学説。 図:受益の意思表示の後

  • A、B、Cの3者
  • CからBへの線が付く=直接の請求権が発生
  • 意思表示=その権利を受けます、とBに示す
  • 意思表示は、契約の成立要件でも、効力要件でもない
  • 権利の発生要件
  • 札=学説

位置づけを、1つ押さえます。受益の意思表示は、契約の成立要件でも、効力要件でもありません。権利の発生要件です。学説のふだです。意思表示の前でも、AとBの売買契約は、成立していて、有効です。変わるのは、Cの権利が生まれるのが、意思表示の時だ、という点だけです。冒頭の保険に戻ります。子は、契約書にサインしていませんでした。受益の意思表示も、していません。それでも、請求できるのでしょうか。

保険法42条。保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。民法537条3項=受益の意思表示の時に発生。保険=意思表示は要らない。 図:保険法42条

  • 保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する
  • 民法537条3項=受益の意思表示の時に発生
  • 保険=意思表示は要らない

条文保険法42条

保険法第42条 保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。

ここで、冒頭の保険が、特則だと分かります。保険法の42条は、保険金の受取人が、契約の当事者以外の者であるときは、当然に、契約の利益を享受する、と書きます。受益の意思表示は、要りません。ですから、冒頭の子は、受けます、と言わなくても、父の死亡という保険事故が起きれば、保険会社に請求できます。損害保険の8条と、傷害疾病定額保険の71条にも、同じ型の規定があります。審議の資料によると、保険契約では、受取人になることで不利益を被るものではなく、受取人の地位を放棄することも自由だ、という考慮に基づく、と説明されています。言い方に、注意してください。第三者のためにする契約は、受益の意思表示が不要になった、のではありません。民法の原則は、537条3項で、意思表示が要ります。保険は、その特則です。短答で、生命保険の受取人は、受益の意思表示が要る、と誤らないための整理です。こちらの説明のふだです。

2項。契約の成立の時に、第三者が現に存しない場合、特定していない場合でも、効力は妨げられない。例=胎児、設立中の法人。権利が発生するのは、受益者が現れて、意思表示をした時(3項)。2017年の改正で、条文に書かれた。 図:2項

  • 契約の成立の時に、第三者が現に存しない場合、特定していない場合でも、効力は妨げられない
  • 例=胎児、設立中の法人
  • 権利が発生するのは、受益者が現れて、意思表示をした時(3項)
  • 2017年の改正で、条文に書かれた

2項に戻ります。契約を結んだ時に、第三者が、まだ存在しない場合や、特定していない場合でも、契約の効力は妨げられません。例は、胎児や、設立中の法人、つまり、作る手続の途中で、まだ成立していない法人です。契約の時に存在しなくても、将来現れると予期した者なら第三者にできる、という扱いは、改正の前から、最高裁が認めていました。判例のふだです。それが、改正で、条文に書かれました。審議の資料は、胎児や設立中の法人のように、将来現れることが予期された者を受益者にできる点には異論がなく、そうした異論のないルールを、条文に書くことを提案する、と説明しています。権利が発生するのは、受益者が現れて、意思表示をした時です。

対価関係が欠けていても。AとCの入学祝いの約束が、実は無効だった、または無かった。それでも、BはCに机を引き渡す義務を負う。AB間の売買は有効なまま。理由=Bの約束の中身は、AB間の契約で決まる。AC間の事情は、その外にある。札=こちらの説明・学説。 図:対価関係が欠けていても

  • AとCの入学祝いの約束が、実は無効だった、または無かった
  • それでも、BはCに机を引き渡す義務を負う
  • AB間の売買は有効なまま
  • 理由=Bの約束の中身は、AB間の契約で決まる
  • AC間の事情は、その外にある
  • 札=こちらの説明・学説

もう1点。対価関係が欠けていたら、どうなるでしょうか。AとCの、入学祝いの約束が、実は無効だった。あるいは、そもそも無かった。それでも、BがCに机を引き渡す義務は、当然には影響を受けません。AB間の売買も、有効なままです。理由は、Bの約束の中身は、AとBの契約で決まるからです。AとCの間の事情は、その外にあります。こちらの説明と、学説のふだです。

確認。Cはまだ「受けます」と言っていない。このとき、Cは、Bに机を請求できるか。AB間の売買は有効か。 図:確認

  • Cはまだ「受けます」と言っていない
  • このとき、Cは、Bに机を請求できるか
  • AB間の売買は有効か

問いです。AとBが、机をCに引き渡す、と約束しました。Cは、まだ、受けます、と言っていません。このとき、Cは、Bに机を請求できますか? また、AB間の売買は、有効ですか?

答え。Cはまだ請求できない(537条3項)。AB間の売買は有効(意思表示は成立要件でない)。 図:答え

  • Cはまだ請求できない(537条3項)
  • AB間の売買は有効(意思表示は成立要件でない)

請求できません。権利は、意思表示の時に発生するからです。売買は、有効です。意思表示は、成立要件ではないからです。条文は、537条3項です。意思表示は、権利の発生要件でした。

身近な例——併存的債務引受

併存的債務引受の設例。小売チェーンが、卸会社に3000万円の債務を負っている。親会社が、小売チェーンとの契約で、その債務を引き受ける。卸会社が、親会社に承諾をした時に、効力が生じる。 図:併存的債務引受の設例

  • 小売チェーンが、卸会社に3000万円の債務を負っている
  • 親会社が、小売チェーンとの契約で、その債務を引き受ける
  • 卸会社が、親会社に承諾をした時に、効力が生じる

身近な例を、1つ。債務引受の回で見た、併存的債務引受です。債務者が残ったまま、引受人も加わって、2人で同じ債務を負う形でした。小売チェーンが、卸会社に、3000万円の債務を負っていました。親会社が、小売チェーンとの契約で、その債務を引き受ける、とします。

条文民法470条3項と4項

民法第470条 3 併存的債務引受は、債務者と引受人となる者との契約によってもすることができる。この場合において、併存的債務引受は、債権者が引受人となる者に対して承諾をした時に、その効力を生ずる。 4 前項の規定によってする併存的債務引受は、第三者のためにする契約に関する規定に従う。

4項が、第三者のためにする契約に関する規定に従う、と書きます。今日の言葉に当てはめます。親会社に引き受けさせた小売チェーンが、要約者です。債務を負う親会社が、諾約者にあたります。権利を取得する卸会社が、受益者です。卸会社の承諾が、受益の意思表示にあたります。承諾をした時に、卸会社は、親会社に請求する権利を取得します。卸会社は、小売チェーンと親会社の契約の、当事者ではありません。それでも、権利を取得するのです。債務引受の回で見た仕組みは、今日の、第三者のためにする契約の規定、537条から539条が根拠でした。

生まれた権利は、当事者も勝手に変えられない——538条

538条の入口。1項=第三者の権利が発生した後は、当事者は、これを変更し、又は消滅させることができない。2項=発生した後に、債務者が履行しない場合、契約の相手方は、第三者の承諾を得なければ、契約を解除することができない。 図:538条の入口

  • 1項=第三者の権利が発生した後は、当事者は、これを変更し、又は消滅させることができない
  • 2項=発生した後に、債務者が履行しない場合、契約の相手方は、第三者の承諾を得なければ、契約を解除することができない

2つめの話です。条文は、538条です。

条文民法538条

民法第538条 前条の規定により第三者の権利が発生した後は、当事者は、これを変更し、又は消滅させることができない。 2 前条の規定により第三者の権利が発生した後に、債務者がその第三者に対する債務を履行しない場合には、同条第一項の契約の相手方は、その第三者の承諾を得なければ、契約を解除することができない。

1項です。第三者の権利が発生した後は、当事者は、権利を変更も、消滅もさせられません。権利が発生した後、とは、受益の意思表示の後です。設例なら、Cが、受けます、と言った後は、AとBが、机ではなく本棚にしよう、と合意しても、Cの権利を変更できません。

時間軸。1=AB間の契約が成立。2=Cが諾約者に受益の意思表示。3=権利の発生。以後、変更・消滅は不可(538条1項)。4=Bが不履行。Aが解除するには、Cの承諾が要る(538条2項)。 図:時間軸

  • 1=AB間の契約が成立
  • 2=Cが諾約者に受益の意思表示
  • 3=権利の発生
  • 以後、変更・消滅は不可(538条1項)
  • 4=Bが不履行
  • Aが解除するには、Cの承諾が要る(538条2項)

時間の順に並べます。契約が成立する。Cが意思表示をする。権利が発生する。ここから先、当事者は動かせません。裏から読むと、意思表示の前なら、当事者は、権利を変更したり消滅させたりできます。条文の反対の読みで、こちらの説明のふだです。発生したあとに動かせないのは、権利が受益者のもとに生まれた以上、本人の知らないところで取り上げることは許さない、という考え方だからです。受けるかどうかは、本人に決めさせる、の延長です。こちらの説明のふだです。

保険との切り分け。保険法43条1項=保険契約者は、保険事故が発生するまでは、保険金受取人の変更をすることができる。冒頭の保険=受益の意思表示は要らない。ただし、受取人の変更は、事故の前なら契約者ができる。538条1項をそのまま当てはめない。 図:保険との切り分け

  • 保険法43条1項=保険契約者は、保険事故が発生するまでは、保険金受取人の変更をすることができる
  • 冒頭の保険=受益の意思表示は要らない
  • ただし、受取人の変更は、事故の前なら契約者ができる
  • 538条1項をそのまま当てはめない

冒頭の保険との切り分けです。保険法の43条1項は、保険契約者は、保険事故が発生するまでは、保険金受取人の変更ができる、と書きます。保険金の受取人を替えられるかどうかは、民法の538条1項ではなく、保険法のこの条文で決まります。ですから、冒頭の保険は、受益の意思表示は要りませんが、受取人の変更は、事故の前なら契約者ができます。意思表示が要らないのだから、権利はもう発生していて、538条1項で替えられない、と読んではいけません。なぜ事故の前なら替えられるのかは、保険法の話です。ここでは、条文がこう書く、というところまでです。

受益者が持たない権利。受益者は、契約の当事者ではない。取消権=ない(持つのは要約者または諾約者)。解除権=ない(持つのは要約者)。受益者が持つのは、履行を請求する権利(537条1項)と、履行されなければ損害賠償を請求する権利(415条)まで。札=学説。 図:受益者が持たない権利

  • 受益者は、契約の当事者ではない
  • 取消権=ない(持つのは要約者または諾約者)
  • 解除権=ない(持つのは要約者)
  • 受益者が持つのは、履行を請求する権利(537条1項)と、履行されなければ損害賠償を請求する権利(415条)まで
  • 札=学説

次は、受益者が持たない権利です。受益者は、契約の当事者ではありません。ですから、契約に取消しの原因があっても、受益者に取消権はありません。持つのは、当事者である、要約者か、諾約者のどちらかです。諾約者が債務を履行しなくても、受益者は、解除権を持ちません。持つのは、要約者です。受益者が持つのは、履行を請求する権利と、履行されなければ損害賠償を請求する権利までです。損害賠償は、債務不履行の一般の道、415条です。学説のふだです。

538条2項の読み方。1=受益者の権利が発生した後。2=諾約者が受益者に対する債務を履行しない。3=契約の相手方(要約者)は、受益者の承諾を得なければ解除できない。なぜ=解除されると、受益者は権利を失う。 図:538条2項の読み方

  • 1=受益者の権利が発生した後
  • 2=諾約者が受益者に対する債務を履行しない
  • 3=契約の相手方(要約者)は、受益者の承諾を得なければ解除できない
  • なぜ=解除されると、受益者は権利を失う

2項です。条文の読みは3つです。受益者の権利が発生した後。諾約者が、受益者に対する債務を履行しない場合。同条第1項の契約の相手方、つまり要約者は、受益者の承諾を得なければ、契約を解除できない。なぜ、承諾が要るのか。解除されると、受益者は、取得した権利を失います。本人に無断で、奪わせないためです。こちらの説明のふだです。設例なら、Cが、受けます、と言った後に、Bが机を渡さない。Aは、1人では解除できません。Cの承諾が要ります。この2項は、改正で条文に書かれました。審議の資料によると、解除について、538条の趣旨から受益者の承諾なしにはできない、とする見解と、同条は当事者が合意で消滅させることを禁じたにすぎず、承諾なしに解除できる、とする見解があった。受益者の履行請求権を無断で奪うことは妥当でないとして、受益者の承諾を得て解除できることとする案が示された、と説明されています。解除の要件や効果は、別の回で見ます。

要約者の履行請求。AはBに、「Cに机を引き渡せ」と請求できるか。条文=書かれていない。学説=通説は肯定。判例=明確でない(審議の資料)。札=学説。 図:要約者の履行請求

  • AはBに、「Cに机を引き渡せ」と請求できるか
  • 条文=書かれていない
  • 学説=通説は肯定
  • 判例=明確でない(審議の資料)
  • 札=学説

もう1点。要約者のAは、諾約者のBに、Cに机を引き渡せ、と求められるのか。条文には、書かれていません。学説の通説は、肯定です。贈与の趣旨を貫くため、Aは、Bに、Cに渡せ、と求められる。判例については、審議の資料が、明確ではない、としています。ここは、条文に書いていない、通説は肯定、というところまでです。

確認。Cが「受けます」と言った後に、AとBが合意で売買を解消しようとした。AとBだけで、できるか。 図:確認

  • Cが「受けます」と言った後に、AとBが合意で売買を解消しようとした
  • AとBだけで、できるか

問いです。Cが、受けます、と言った後に、AとBが、合意で売買を解消しようとしました。AとBだけで、できますか?

答え。AとBだけではできない(538条1項)。ただし、Bの債務不履行を理由にAが解除する場合は、Cの承諾があればできる(538条2項)。 図:答え

  • AとBだけではできない(538条1項)
  • ただし、Bの債務不履行を理由にAが解除する場合は、Cの承諾があればできる(538条2項)

できません。538条1項で、権利が発生した後は、変更も消滅もできないからです。AとBが、2人の合意で権利を消すことは、1項が禁じています。これとは別に、Bが机を渡さないことを理由に、Aが契約を解除する道があります。こちらは2項の話で、Cの承諾があれば、できます。

諾約者の反論は、受益者にも言える——539条

復習の確認。同時履行の抗弁権(533条)は、何を拒める権利か。 図:復習の確認。同時履行の抗弁権(533条)は、何を拒める権利か。

3つめの話の前に、復習を1つ。同時履行の抗弁権は、何を拒める権利でしたか?相手が履行を提供するまで、自分の履行を、いま拒める権利です。債務そのものは、消えません。今日は、これが受益者にも使えるかを見ます。

539条の入口。債務者は、537条1項の契約に基づく抗弁をもって、その契約の利益を受ける第三者に対抗することができる。 図:539条の入口

条文民法539条

民法第539条 債務者は、第五百三十七条第一項の契約に基づく抗弁をもって、その契約の利益を受ける第三者に対抗することができる。

539条です。債務者、つまり諾約者は、537条1項の契約に基づく抗弁をもって、受益者に対抗できます。抗弁とは、請求を拒む理由になる反論でした。契約に基づく、がポイントです。

契約に基づく抗弁の例。1=同時履行の抗弁権。Aが代金を払わなければ、BはCへの引渡しを拒める(533条)。2=契約の無効・取消し・解除。AB間の契約がBの詐欺で結ばれ、Aが取り消した。BはCの請求を拒める。札=学説。 図:契約に基づく抗弁の例

  • 1=同時履行の抗弁権
  • Aが代金を払わなければ、BはCへの引渡しを拒める(533条)
  • 2=契約の無効・取消し・解除
  • AB間の契約がBの詐欺で結ばれ、Aが取り消した
  • BはCの請求を拒める
  • 札=学説

例を2つ挙げます。1つめ、同時履行の抗弁権です。Aが代金を払わないのに、Cが、机を渡して、と求めてきた。Bは、Aが代金を払うまで、Cへの引渡しを拒めます。533条です。拒めるのは、いま渡すことだけで、債務は消えません。同時履行の回の言い方のままです。2つめ、契約の無効や取消し、解除です。AとBの契約が、Bの詐欺で結ばれ、Aが取り消した。このとき、Bは、Cの請求を拒めます。取り消された契約から生まれた権利は、残らないからです。なお、538条1項は、取消しまで止めるものではありません。取り消せる契約から生まれた権利は、はじめから、その傷を負っているからです。例の整理は、学説のふだです。

なぜ言えるのか。受益者の権利は、AB間の契約から生まれたもの。契約の上に乗っている権利だから、契約の傷もついてくる。債務引受でも同じ=引受けの契約から生じる反論は、引受人が債権者に言える。札=こちらの説明・学説。 図:なぜ言えるのか

  • 受益者の権利は、AB間の契約から生まれたもの
  • 契約の上に乗っている権利だから、契約の傷もついてくる
  • 債務引受でも同じ=引受けの契約から生じる反論は、引受人が債権者に言える
  • 札=こちらの説明・学説

なぜ、言えるのか。受益者の権利は、AとBの契約から生まれたものです。契約の上に乗っている権利ですから、契約の傷も、ついてきます。こちらの説明と、学説のふだです。債務引受の回で、引受けの契約から生じる反論を、引受人は債権者に言える、と見ました。あれは、この仕組みです。

539条の反論の向き。BからCへ。AB間で言えた反論は、Cにも言える(同時履行・取消し)。AC間の事情(入学祝いはやめた)は、AB間の契約から生じたものではない。BはCに言えない。 図:539条の反論の向き

  • BからCへ
  • AB間で言えた反論は、Cにも言える(同時履行・取消し)
  • AC間の事情(入学祝いはやめた)は、AB間の契約から生じたものではない
  • BはCに言えない

どんな反論でも言える、というわけではありません。言えるのは、537条1項の契約に基づく抗弁に限られます。AとCの間の事情は、AとBの契約から生じたものではありません。たとえば、Aが、Cに、入学祝いはやめた、と言った。Bは、これをCに言えません。先ほどの、対価関係が欠けていても、BはCに引き渡す義務を負う、と同じ向きです。条文の読みと、こちらの説明のふだです。

受益者は、保護規定の「第三者」に当たるか。93条2項=善意の第三者に対抗できない。94条2項=善意の第三者に対抗できない。95条4項=善意でかつ過失がない第三者に対抗できない。96条3項=善意でかつ過失がない第三者に対抗できない。 図:受益者は、保護規定の「第三者」に当たるか

  • 93条2項=善意の第三者に対抗できない
  • 94条2項=善意の第三者に対抗できない
  • 95条4項=善意でかつ過失がない第三者に対抗できない
  • 96条3項=善意でかつ過失がない第三者に対抗できない

ここから、先ほどの積み残しです。受益者は、93条2項、94条2項、95条4項、96条3項の、第三者に当たるのでしょうか。これらは、善意の、あるいは善意で過失のない第三者に、無効や取消しを対抗できない、と定める規定です。

結論。受益者は、これらの第三者に当たらない。理由=契約の当事者ではないが、契約そのものから直接、権利を取得する者。新たな独立の法律上の利害関係に入った者ではない。545条1項ただし書の第三者にも、当たらない。札=学説。 図:結論

  • 受益者は、これらの第三者に当たらない
  • 理由=契約の当事者ではないが、契約そのものから直接、権利を取得する者
  • 新たな独立の法律上の利害関係に入った者ではない
  • 545条1項ただし書の第三者にも、当たらない
  • 札=学説

結論は、当たらない、です。理由は、こうです。受益者は、契約の当事者ではありません。しかし、契約そのものから、直接、権利を取得する者です。96条3項の第三者は、当事者でも包括承継人でもなく、新たな独立の法律上の利害関係を持った者でした。94条2項の第三者も、当事者と包括承継人を除いた、利害関係を持つに至った者です。どちらも、すでにある契約を前提にして、あとから、新しく自分の利害関係を持った人です。たとえば、買主から、さらにその物を買った人です。前提にした契約が崩れると、この人たちは、自分の知らない事情で、不意打ちを受けます。それを防ぐのが、これらの規定でした。受益者は、あとから新しく関係を持った人ではありません。もとの契約そのものから、権利を受け取っているだけです。ですから、もとの契約が崩れれば、その権利も一緒に失われます。こちらの説明と、学説のふだです。解除の条文、545条1項ただし書の、第三者にも、受益者は当たりません。同じ筋の理由からです。本体は、別の回で見ます。ここも、学説のふだです。539条とは、表裏の関係です。539条が、契約から生じた抗弁を受益者に言える、と書く。そして、受益者を保護規定の第三者に入れない。これで、契約の無効や取消しも、受益者に主張できるのです。受益者が、善意だから守られる、とは言えません。こちらの説明のふだです。

設例の帰結。AB間の契約がBの詐欺で結ばれ、Aが取り消した。Cは、善意でかつ過失がない。それでも、Cは、96条3項で守られない。Cは第三者ではないから。 図:設例の帰結

  • AB間の契約がBの詐欺で結ばれ、Aが取り消した
  • Cは、善意でかつ過失がない
  • それでも、Cは、96条3項で守られない
  • Cは第三者ではないから

設例で言います。AとBの契約が、Bの詐欺で結ばれ、Aが取り消した。Cは、善意でかつ過失がなかった。それでも、Cは、96条3項では守られません。Cは、第三者ではないからです。

確かめる——場面を変えた4問

確かめるその1。机の設例で通す。1=Cが受けます、と言う前に、AとBが、机ではなく本棚にしよう、と合意した。有効か。2=Cが受けます、と言った後に、Bが机を渡さない。Aは、1人で解除できるか。 図:確かめるその1

  • 机の設例で通す
  • 1=Cが受けます、と言う前に、AとBが、机ではなく本棚にしよう、と合意した
  • 有効か
  • 2=Cが受けます、と言った後に、Bが机を渡さない
  • Aは、1人で解除できるか

事例で確かめます。机の設例で通します。1つめ。Cが、受けます、と言う前に、AとBが、机ではなく本棚にしよう、と合意しました。有効ですか? 2つめ。Cが、受けます、と言った後に、Bが机を渡しません。Aは、1人で解除できますか?

答えその1。1=有効にできる。538条1項が縛るのは、権利が発生した後だけ。意思表示の前は、当事者が変更できる。2=Aは1人では解除できない。Cの承諾が要る(538条2項)。Cも自分では解除できない。 図:答えその1

  • 1=有効にできる
  • 538条1項が縛るのは、権利が発生した後だけ
  • 意思表示の前は、当事者が変更できる
  • 2=Aは1人では解除できない
  • Cの承諾が要る(538条2項)
  • Cも自分では解除できない

1つめは、有効です。538条1項が縛るのは、権利が発生したあとだけだからです。2つめは、できません。Cの承諾が要ります。1つめは、条文を裏から読んだ結論で、こちらの説明のふだです。2つめの条文は、538条2項です。そして、Cも、自分では解除できません。受益者は、解除権を持たないからです。

確かめるその2。3=Aが代金を払っていないのに、Cが机を請求してきた。Bは拒めるか。4=AB間の契約がBの詐欺で結ばれ、Aが取り消した。Cは善意でかつ過失がない。Cは96条3項の第三者として守られるか。 図:確かめるその2

  • 3=Aが代金を払っていないのに、Cが机を請求してきた
  • Bは拒めるか
  • 4=AB間の契約がBの詐欺で結ばれ、Aが取り消した
  • Cは善意でかつ過失がない
  • Cは96条3項の第三者として守られるか

3つめ。Aが代金を払っていないのに、Cが、机を請求してきました。Bは拒めますか? 4つめ。AとBの契約が、Bの詐欺で結ばれ、Aが取り消しました。Cは、善意でかつ過失がありません。Cは、96条3項の第三者として守られますか?

答えその2。3=拒める(539条と533条)。AB間の契約から生じる反論は、Cにも言える。4=守られない。受益者は、第三者に当たらない。539条の、契約に基づく抗弁とも整合。札=学説。 図:答えその2

  • 3=拒める(539条と533条)
  • AB間の契約から生じる反論は、Cにも言える
  • 4=守られない
  • 受益者は、第三者に当たらない
  • 539条の、契約に基づく抗弁とも整合
  • 札=学説

3つめは、拒めます。539条と533条で、AB間の契約から生じる反論は、Cにも言えるからです。4つめは、守られません。受益者は、第三者に当たらないからです。4つめは、Cが善意でかつ過失がなくても、同じです。539条の、契約に基づく抗弁とも、つじつまが合います。学説のふだです。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。1=権利はいつ、誰に生まれるか(537条=直接の請求権・受益の意思表示の時)。2=生まれた権利は、当事者も勝手に変えられない(538条=解除には受益者の承諾)。3=諾約者の反論は、受益者にも言える(539条)。受益者は、保護規定の第三者ではない。 図:今日のまとめ

  • 1=権利はいつ、誰に生まれるか(537条=直接の請求権・受益の意思表示の時)
  • 2=生まれた権利は、当事者も勝手に変えられない(538条=解除には受益者の承諾)
  • 3=諾約者の反論は、受益者にも言える(539条)
  • 受益者は、保護規定の第三者ではない

3つの話で整理します。1つめ。契約の当事者でない人でも、契約から直接、権利を取得できます。権利が生まれるのは、本人が、受けます、と示した時です。537条です。2つめ。生まれた権利は、当事者も、変更も消滅もさせられません。要約者が解除するには、受益者の承諾が要ります。538条です。3つめ。諾約者は、契約から生じる反論を、受益者にも言えます。539条です。そして、受益者は、93条2項などの、第三者には当たりません。ものさしに戻ります。この権利は、誰の契約から生まれ、誰の同意で、どこまで動くか。権利は、AとBの契約から生まれる。動かすには、Cの同意が要る。ただし、契約の傷は、Cにもついてくる。

冒頭の答え合わせ。子は、受益の意思表示なしに(保険法42条)、保険会社に直接請求できる。民法の原則(537条3項)は、意思表示が要る。保険は、その特則。 図:冒頭の答え合わせ

  • 子は、受益の意思表示なしに(保険法42条)、保険会社に直接請求できる
  • 民法の原則(537条3項)は、意思表示が要る
  • 保険は、その特則

冒頭の問いの答えです。子は、受益の意思表示なしに、保険会社に直接、保険金を請求できます。保険法42条です。民法の原則、537条3項は、意思表示が要ります。保険は、その特則でした。論文では、第三者のためにする契約かどうか、受益の意思表示の時期、解除と受益者の承諾が、論点になりえます。

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#238単独ページ動画

解除の意義と解除権の行使

第5章 契約 #238/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「やめます」の一言で、契約は終わるのか

冒頭の設例の関係図。兄弟のA、B、Cが、相続した山林を、Dに売った。Dは代金を払わない。長男のAは、1人でDに「売買を解除する」と言えるか。 図:冒頭の設例の関係図

  • 兄弟のA、B、Cが、相続した山林を、Dに売った
  • Dは代金を払わない
  • 長男のAは、1人でDに「売買を解除する」と言えるか

冒頭の問いの答え。Aだけでは解除にならない。売主が3人なので、解除は3人全員で。民法544条1項。 図:冒頭の問いの答え

  • Aだけでは解除にならない
  • 売主が3人なので、解除は3人全員で
  • 民法544条1項

先に、答えの方向を言います。言えません。売主が3人いるので、解除は、3人全員でしなければなりません。民法544条1項です。ここで、疑問が出ます。そもそも、解除とは、何をすることなのか。解除は、どう使うのか。なぜ、1人ではだめなのか。そして、解除できるのに放っておくと、どうなるのか。今日は、はじめの3つに、条文で答えます。最後の1つは、次回に見ます。

今日の位置と、3つの話

今日の地図。位置=契約は守られなければならない。解除は、その拘束から抜ける制度。1=解除とは何か。2=解除権の使い方その1(540条)。3=解除権の使い方その2(544条)。解除権がいつ消えるか=次回。 図:今日の地図

  • 位置=契約は守られなければならない
  • 解除は、その拘束から抜ける制度
  • 1=解除とは何か
  • 2=解除権の使い方その1(540条)
  • 3=解除権の使い方その2(544条)
  • 解除権がいつ消えるか=次回

位置づけです。契約は、守られなければなりません。解除は、そこから抜ける制度です。解除という言葉は、ここまでに何度も出てきました。債務不履行を受けた債権者の手段として。危険負担で、代金の債務を確定的に消す道として。前回は、第三者のためにする契約で、受益者の承諾が要る場面として。名前だけ出してきた解除の本体を、これから数回に分けて見ます。今日は、その入口です。話は3つです。1つめ、解除とは何か。2つめ、解除権の使い方その1で、540条です。3つめ、使い方のその2で、544条です。解除権がいつまで使えるのかは、次回に見ます。どういうときに解除権が生まれるのか、解除をしたら何が起きるのかは、別の回で見ます。

根拠の札。条文=法律に書いてあること。判例=最高裁の判決が実際に述べたこと。学説=学者が説明している考え方。こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと。審議の資料=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介。 図:根拠の札

  • 条文=法律に書いてあること
  • 判例=最高裁の判決が実際に述べたこと
  • 学説=学者が説明している考え方
  • こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと
  • 審議の資料=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介

今日も、根拠のふだを貼りながら話します。条文は、法律に書いてあること。判例は、最高裁の判決が実際に述べたことです。学説は、学者が説明している考え方です。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。もう1つ、改正の理由は、法制審議会の資料に書かれた説明として、「審議の資料には」と言って紹介します。設例は、冒頭の山林で通します。売主は兄弟のA、B、C、買主はDです。

判断のものさし

判断のものさし。誰が、誰に、いつまでに、何を言えば、契約は終わるのか。解除権が生まれる=今日は条名まで。解除権を使う=2つめと3つめの話。解除権が消える=次回。札=こちらの説明。 図:判断のものさし

  • 誰が、誰に、いつまでに、何を言えば、契約は終わるのか
  • 解除権が生まれる=今日は条名まで
  • 解除権を使う=2つめと3つめの話
  • 解除権が消える=次回
  • 札=こちらの説明

ものさしは、1本です。誰が、誰に、いつまでに、何を言えば、契約は終わるのか。こちらの説明のふだです。解除権が生まれる場面は、今日は条名までです。解除権があるとして、どう使うか。誰が、誰に、何を言うかです。これが、2つめと3つめの話です。そして、いつまで使えるか。いつまでに、にあたるところは、次回の話です。

解除とは何か

解除と解除権。解除=当事者の一方が、一方的意思表示によって、相手方との契約を終わらせること。解除権=解除をすることができる権利。相手方の同意は要らない。札=学説。 図:解除と解除権

  • 解除=当事者の一方が、一方的意思表示によって、相手方との契約を終わらせること
  • 解除権=解除をすることができる権利
  • 相手方の同意は要らない
  • 札=学説

まず、言葉を決めます。解除とは、当事者の一方が、一方的意思表示によって、相手方との契約を終わらせることです。解除をすることができる権利を、解除権と呼びます。学説のふだです。大事なのは、相手方の同意が要らない点です。同意が要らない代わりに、解除は、解除権があるときにしかできません。気に入らないから、では解除できないのです。あとで読む540条1項も、解除権を有するときは、と書いています。条文のふだです。解除権は、契約で決めておく場合と、法律が与える場合があります。このほかに、解除権を使わないのに、解除と呼ばれるものが、1つあります。合わせて3つを、順に見ます。

3つの「解除」。法定解除=法律の規定で、解除権が生まれる。約定解除=契約で、解除権を留保しておく。合意解除=契約を結んだあとで、契約をなかったことにする、と合意する。 図:3つの「解除」

  • 法定解除=法律の規定で、解除権が生まれる
  • 約定解除=契約で、解除権を留保しておく
  • 合意解除=契約を結んだあとで、契約をなかったことにする、と合意する

1つめ、法定解除です。法律の規定で、解除権が生まれる場合です。2つめ、約定解除です。契約で解除権を留保した場合です。契約を結ぶときに、こういうときは解除できる、と決めておくのです。例は、手付による解除の557条と、買戻しの579条ですが、今日は名前だけにします。3つめ、合意解除です。契約を結んだあとで、当事者が、この契約はなかったことにしよう、と合意する場合です。解除契約とも呼びます。学説のふだです。

契約が終わるのはいつか。法定解除=解除権を行使した時。約定解除=解除権を行使した時。合意解除=合意が成立した時(新しい契約)。 図:契約が終わるのはいつか

  • 法定解除=解除権を行使した時
  • 約定解除=解除権を行使した時
  • 合意解除=合意が成立した時(新しい契約)

見分ける軸は、合意したのが何か、です。約定解除で合意されているのは、やめる権利があること、までです。やめるかどうかは、まだ決まっていません。契約が終わるのは、その権利を行使した時です。法定解除も、解除権を行使した時に終わります。合意解除は違います。合意されたのは、契約を終わらせること自体です。合意が成立した時に、契約が終わります。解除権の行使ではなく、契約を終わらせるための、新しい契約です。学説のふだと、こちらの説明のふだです。混ざりやすいところです。確かめてみましょう。

確認。契約書に「甲はいつでもこの契約を解除できる」と書いてある。後日、双方が「この契約はやめましょう」と合意した。この2つのうち、合意解除はどちらか。 図:確認

  • 契約書に「甲はいつでもこの契約を解除できる」と書いてある
  • 後日、双方が「この契約はやめましょう」と合意した
  • この2つのうち、合意解除はどちらか

問いです。契約書に、甲はいつでもこの契約を解除できる、と書いてあります。後日、双方が、この契約はやめましょう、と合意しました。この2つのうち、合意解除はどちらですか?

答え。後日の合意が合意解除(契約の終了そのものを合意した)。契約書の定めは約定解除(解除権を留保しただけ。行使して初めて終わる)。 図:答え

  • 後日の合意が合意解除(契約の終了そのものを合意した)
  • 契約書の定めは約定解除(解除権を留保しただけ。行使して初めて終わる)

後日の合意のほうです。後日の合意が、合意解除です。契約の終了そのものを、合意したからです。契約書の定めは、約定解除です。解除権を留保しただけで、行使して初めて契約が終わります。

法定解除の3つの出どころ。1=債務不履行による解除(541条〜543条)。2=個別の規定による解除。3=解釈によって認められる解除。 図:法定解除の3つの出どころ

  • 1=債務不履行による解除(541条〜543条)
  • 2=個別の規定による解除
  • 3=解釈によって認められる解除

約定解除と合意解除は、契約で決まるものでした。法定解除は、法律の規定で解除権が生まれるものですが、出どころが3つあります。1つめ、債務不履行による解除です。541条から543条で、最も重要です。541条は催告による解除、542条は催告によらない解除、543条は、債権者の責めに帰すべき事由があるときは、この2つの解除ができない、という定めです。中身は、別の回で見ます。2つめ、個別の規定による解除です。特定の契約について、条文が解除権を与えるものです。3つめ、解釈によって認められる解除です。条文はありませんが、事情変更の法理が例です。事情変更の法理を見た回で、効果に解除があると整理しました。学説のふだです。

個別の規定による解除の例。612条2項=賃借人が無断で第三者に使わせたとき、賃貸人は、契約の解除をすることができる。641条=請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。651条1項=委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。 図:個別の規定による解除の例

  • 612条2項=賃借人が無断で第三者に使わせたとき、賃貸人は、契約の解除をすることができる
  • 641条=請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる
  • 651条1項=委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる

個別の規定の例を3つ挙げます。612条2項は、賃借人が無断で第三者に使わせたとき、賃貸人は解除できる、と定めます。641条は、請負で、仕事が完成しない間は、注文者が、いつでも、損害を賠償して解除できる、と定めます。651条1項は、委任は、各当事者がいつでも解除できる、と定めます。条文のふだです。それぞれの中身は、その契約の回で見ます。

損害賠償と解除。損害賠償=債務者の責任を追及する制度。415条1項ただし書は、債務者の責めに帰することができない事由かどうかを問う。解除=債権者を契約の拘束から解放する制度。541条・542条は、債務者の責めに帰すべき事由を要件に書いていない。 図:損害賠償と解除

  • 損害賠償=債務者の責任を追及する制度
  • 415条1項ただし書は、債務者の責めに帰することができない事由かどうかを問う
  • 解除=債権者を契約の拘束から解放する制度
  • 541条・542条は、債務者の責めに帰すべき事由を要件に書いていない

損害賠償と解除では、制度の狙いが違います。この整理は、審議の資料にも出てきます。損害賠償は、債務者の責任を追及する制度です。415条1項ただし書は、不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるときは、賠償を求められない、と書きます。落ち度の有無を問うのです。

解除の要件、旧法と改正。旧法=債務者の責めに帰することができない事由による履行不能を、解除の例外とする条文があった。2017年の改正=その例外がなくなった。543条が気にするのは、債権者の責めに帰すべき事由。札=条文。 図:解除の要件、旧法と改正

  • 旧法=債務者の責めに帰することができない事由による履行不能を、解除の例外とする条文があった
  • 2017年の改正=その例外がなくなった
  • 543条が気にするのは、債権者の責めに帰すべき事由
  • 札=条文

解除は違います。債権者を、契約の拘束から解放する制度です。541条も542条も、債務者の責めに帰すべき事由を、解除の要件として書いていません。旧法には、債務者の責めに帰することができない事由による履行不能を、解除の例外とする条文があり、2017年の改正で、その例外がなくなりました。条文のふだです。なお、543条が気にするのは、債権者の責めに帰すべき事由です。債務者の落ち度ではありません。

審議の資料の説明その1。旧法の条文は、債務者の責めに帰することができない事由による履行不能のとき、解除を認めない扱いだった。実務で帰責事由は重要な機能を果たしておらず、意味も不明確との指摘があった。 図:審議の資料の説明その1

  • 旧法の条文は、債務者の責めに帰することができない事由による履行不能のとき、解除を認めない扱いだった
  • 実務で帰責事由は重要な機能を果たしておらず、意味も不明確との指摘があった

なぜ要件から外れたのか。審議の途中でまとめた案の説明には、こう書かれています。まず、旧法の条文は、債務者の責めに帰することができない事由による履行不能のとき、解除できないと読めました。しかし、裁判の実務で、帰責事由が解除の成否を決める重要な機能を果たしているとはいえないとの指摘があり、意味内容も、損害賠償の帰責事由以上に不明確だと説明されています。取引の実務でも、解除のとき帰責事由を意識していないとの指摘がありました。

審議の資料の説明その2。帰責事由を要件にすると、債務者の工場が大規模な自然災害で操業できなくなったとき、債権者は契約の拘束を免れられず、代替取引もできないままリスクを負う。硬直的で不当ではないか。 図:審議の資料の説明その2

  • 帰責事由を要件にすると、債務者の工場が大規模な自然災害で操業できなくなったとき、債権者は契約の拘束を免れられず、代替取引もできないままリスクを負う
  • 硬直的で不当ではないか

次に、帰責事由を要件にすると、たとえば債務者の工場が、大規模な自然災害で動かなくなったとき、債権者は契約に縛られたままです。代わりの取引もできず、リスクを負わされます。これは、硬直的で不当ではないかと考えられました。

審議の資料の説明その3。近時の学説に、解除を「制裁」ではなく「契約の拘束力から解放する制度」と理解する有力な考え方がある。 図:審議の資料の説明その3

最後に、近時の学説に、解除を制裁ではなく、契約の拘束力から解放する制度と理解する、有力な考え方があることが紹介されています。以上が、審議の資料の説明です。解除は債務者を責める制度ではない、という整理の背景です。

設例で言い直す。Dは、自分の落ち度なく、代金を払えなくなった(銀行の事故で送金できない)。A、B、Cは、解除を検討できる。理由=Dを責めるためではなく、代金が入らないまま待たされる状態から抜けるため。札=こちらの説明。 図:設例で言い直す

  • Dは、自分の落ち度なく、代金を払えなくなった(銀行の事故で送金できない)
  • A、B、Cは、解除を検討できる
  • 理由=Dを責めるためではなく、代金が入らないまま待たされる状態から抜けるため
  • 札=こちらの説明

山林の設例で言い直します。Dが、自分の落ち度なく、代金を払えなくなったとします。銀行の事故で、送金できない場合です。それでも、A、B、Cは、解除を検討できます。Dを責めたいのではありません。代金が入らないまま、契約に縛られて待たされる状態から、抜け出したいからです。こちらの説明のふだです。解除が使えるための要件の中身は、別の回で見ます。

似た制度との違いその1。取消し=契約の出発点にある欠陥を理由に、いったん有効な契約を、遡って無効にする。無効=はじめから効力がない。解除=有効に成立した契約を、その後の事情で終わらせる。 図:似た制度との違いその1

  • 取消し=契約の出発点にある欠陥を理由に、いったん有効な契約を、遡って無効にする
  • 無効=はじめから効力がない
  • 解除=有効に成立した契約を、その後の事情で終わらせる

似た制度との違いを、3つ見ます。1つめ、取消しと無効です。取消しは、契約の出発点にある欠陥を理由に、いったん有効な契約を、遡って無効にするものでした。無効は、はじめから効力がないものです。解除は違います。契約は有効に成立していて、その後の事情で終わらせます。出発点に問題があるかどうか、が分かれ目です。

似た制度との違いその2。解除条件(127条2項)=条件が成就した時に、当然に効力を失う。意思表示は要らない。解除=意思表示が要る(540条1項)。 図:似た制度との違いその2

  • 解除条件(127条2項)=条件が成就した時に、当然に効力を失う
  • 意思表示は要らない
  • 解除=意思表示が要る(540条1項)

2つめ、解除条件です。127条2項は、解除条件付法律行為は、解除条件が成就した時からその効力を失う、と定めます。条件が成就すれば、意思表示がなくても、当然に効力を失います。解除は、意思表示が要ります。名前が似ていますが、別のものです。

似た制度との違いその3。撤回=意思表示が届く前に引っ込めること。620条=賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる。 図:似た制度との違いその3

  • 撤回=意思表示が届く前に引っ込めること
  • 620条=賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる

3つめ、撤回と、効力の向きです。到達の回で見た撤回は、意思表示が届く前に、引っ込めることでした。この撤回と540条2項の関係は、あとで見ます。効力の向きでは、620条が、賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる、と定めます。過ぎた期間の賃貸借はそのまま残り、解除の時から先だけが終わる、ということです。解除をしたら何が起きるかは、別の回で見ます。

解除権の使い方その1——540条

復習の確認。第三者のためにする契約で、受益者の権利が発生した後、諾約者が受益者への債務を履行しないとき、要約者が契約を解除するには、何が必要か。 図:復習の確認

使い方の話の前に、前回の復習を1つ。第三者のためにする契約で、受益者の権利が発生した後の場面です。諾約者が、受益者への債務を履行しません。このとき、要約者が契約を解除するには、何が必要でしたか?

答え。受益者の承諾(538条2項)。今日は、解除をどう使うかの本体を見る。 図:答え。受益者の承諾(538条2項)。今日は、解除をどう使うかの本体を見る。

受益者の承諾です。538条2項でした。受益者の権利が発生した後に、諾約者が受益者への債務を履行しない場合、要約者は、受益者の承諾がなければ解除できない、と538条2項が定めていました。ただ、解除をどういう手順でするのかは、まだ見ていません。今日は、その本体です。

540条の入口。1項=解除は、相手方に対する意思表示によってする。2項=その意思表示は、撤回することができない。 図:540条の入口

  • 1項=解除は、相手方に対する意思表示によってする
  • 2項=その意思表示は、撤回することができない

条文は、540条です。1項と2項、全部を見ます。

条文民法540条

民法第540条 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。 2 前項の意思表示は、撤回することができない。

1項は、契約又は法律の規定により、と書きます。約定解除も法定解除も、行使の方法は同じ、ということです。方法は、相手方に対する意思表示です。

1項の読み方その1。1=解除は意思表示でする(裁判を起こす必要はない)。2=相手方の承諾は要らない(解除権は形成権、解除の意思表示は単独行為)。 図:1項の読み方その1

  • 1=解除は意思表示でする(裁判を起こす必要はない)
  • 2=相手方の承諾は要らない(解除権は形成権、解除の意思表示は単独行為)

読み方は3つです。1つめ、解除は、意思表示でします。裁判を起こす必要はありません。条文の字面のとおりで、条文のふだです。2つめ、相手方の承諾は要りません。解除権は、一方的な意思表示だけで権利関係を変えられる、形成権の1つです。そして、解除の意思表示は、相手方の同意なしに、一方的な意思表示だけで効力が生じる、単独行為です。学説のふだです。裁判がいらないなら、言った者勝ちになりませんか。なりません。解除権があるときにしか、解除はできません。解除権がないのに、解除する、と言っても、解除の効力は生じません。意思表示だけで足りるのは、解除権という権利がある場合の話です。

1項の読み方その2。3=効力は、通知が相手方に到達した時に生ずる(97条1項)。山林なら、A、B、Cの通知がDに届いた時に、売買が終わる。 図:1項の読み方その2

  • 3=効力は、通知が相手方に到達した時に生ずる(97条1項)
  • 山林なら、A、B、Cの通知がDに届いた時に、売買が終わる

3つめ、いつ効くかです。意思表示は、その通知が相手方に到達した時から、効力を生じます。97条1項でした。解除も同じです。山林なら、解除の通知がDに届いた時に、売買が終わります。条文と、こちらの説明のふだです。

2項。届いた解除の意思表示は、解除した側の都合で撤回することができない。なぜ=相手方は、契約が終わった前提で動き出す。 図:2項

  • 届いた解除の意思表示は、解除した側の都合で撤回することができない
  • なぜ=相手方は、契約が終わった前提で動き出す

2項です。解除の意思表示は、撤回することができません。到達の回で見た撤回は、届く前に引っ込める話でした。540条2項が止めるのは、届いて効力が生じた後の、引っ込めです。届いた後の引っ込めは、申込みの回でも見ました。なぜか。Dは、売買が終わった前提で動き出します。この山林は手に入らないものとして、別の山林を探し始めるかもしれません。それを、A、B、Cの気分で元に戻せるなら、Dの立場がいつまでも不安定になります。こちらの説明と、学説のふだです。

条件を付けられるか。原則=付けられない(相手方の地位がいつまでも不安定になる)。例外=条件の成否が、相手方自身の行為で決まるなら許される。例=今月末までに払わなければ解除します。 図:条件を付けられるか

  • 原則=付けられない(相手方の地位がいつまでも不安定になる)
  • 例外=条件の成否が、相手方自身の行為で決まるなら許される
  • 例=今月末までに払わなければ解除します

もう1つ。解除の意思表示に、条件を付けられるか。解除は、単独行為でした。単独行為に条件を付けると、相手方の地位がいつまでも不安定になるので、原則として条件になじみません。ですから、原則、付けられません。ただし、例外があります。今月末までに払わなければ解除します、という通知です。払うか払わないかは、Dが自分で決められます。Dを不当に不安定にしないので、許されます。127条1項のとおり、停止条件が成就した時から効力を生じます。こちらの説明と、学説のふだです。先ほどの解除条件とは別の話です。

解除権の使い方その2——544条

544条の入口。1項=当事者の一方が数人あるときは、全員から、又は全員に対してのみ。2項=解除権が一人について消滅したときは、他の者についても消滅する。 図:544条の入口

  • 1項=当事者の一方が数人あるときは、全員から、又は全員に対してのみ
  • 2項=解除権が一人について消滅したときは、他の者についても消滅する

冒頭の山林に戻ります。条文は、544条です。

条文民法544条

民法第544条 当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は、その全員から又はその全員に対してのみ、することができる。 2 前項の場合において、解除権が当事者のうちの一人について消滅したときは、他の者についても消滅する。

2項は、解除権が1人について、消えれば、他の人についても消える、という定めです。今日は、1項です。1項の考え方を、解除権の不可分性と呼びます。解除の不可分性、とも呼びます。当事者の一方が数人いるとき、解除は、全員からか、全員に対してしかできません。図で読みます。

全員から。売主のA、B、Cの3人が、そろって、買主のDに解除の意思表示をする。 図:全員から。売主のA、B、Cの3人が、そろって、買主のDに解除の意思表示をする。

1つめの形は、全員から、です。A、B、Cの3人が、そろって、Dに解除の意思表示をします。これで、解除になります。

1人だけでは解除にならない。Aだけが、Dに解除の意思表示をしても、解除にならない(×)。 図:1人だけでは解除にならない

冒頭の問いの答えです。長男のAが、1人でDに解除すると言っても、解除にはなりません。B、Cも一緒に意思表示をしなければ、解除の効力は生じません。

全員に対して。山林が引き渡されなかった場面。買主のDが、売主のA、B、Cの全員に、解除の意思表示をする。Aだけに言っても解除にならない。 図:全員に対して

  • 山林が引き渡されなかった場面
  • 買主のDが、売主のA、B、Cの全員に、解除の意思表示をする
  • Aだけに言っても解除にならない

2つめの形は、全員に対して、です。場面を逆にします。今度は、A、B、Cが山林を引き渡せなかったとします。解除するのはDです。DがAだけに解除の意思表示をしても、解除になりません。A、B、Cの全員に対して、しなければなりません。全員でなければならないのは、人によって、契約が残ったり終わったりすると、法律関係が複雑になるからです。たとえば、Aの分だけ売買が終わり、BとCの分は残るとします。1つの山林の売買が、3つに割れて、代金も山林も、人ごとにばらばらになってしまいます。それを防ぐ趣旨です。こちらの説明と、学説のふだです。

全員に対しての判例。賃借権が共同相続された場合に、共同相続人の1人にだけした解除の意思表示は、効力を生じない。(最判昭37・4・19 集民60号219頁) 図:全員に対しての判例

  • 賃借権が共同相続された場合に、共同相続人の1人にだけした解除の意思表示は、効力を生じない
  • (最判昭37・4・19 集民60号219頁)

全員に対して、の判例が1つあります。賃借権を、複数の人が共同相続した場合です。賃貸人が、賃料の不払いを理由に、共同相続人の1人にだけ解除の意思表示をしても、効力を生じません。544条により、全員に対してしなければなりません。判例のふだです。

確認。A、B、Cが山林を売るのではなく、貸している。借主のDが賃料を払わない。AとBの2人(持分は各3分の1)で、解除できるか。 図:確認

  • A、B、Cが山林を売るのではなく、貸している
  • 借主のDが賃料を払わない
  • AとBの2人(持分は各3分の1)で、解除できるか

問いです。今度は、A、B、Cが、山林を売るのではなく、貸しているとします。借主のDが、賃料を払いません。AとBの2人、持分は各3分の1で、解除できますか?売買の解除と同じ物差しで見れば、できないように思えます。ところが、共有物を貸しているときは、もう1つ、条文が関わります。共有物の管理を、共有者の間でどう決めるかの定めです。252条1項です。

条文民法252条1項

民法第252条1項 共有物の管理に関する事項(次条第一項に規定する共有物の管理者の選任及び解任を含み、共有物に前条第一項に規定する変更を加えるものを除く。次項において同じ。)は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。共有物を使用する共有者があるときも、同様とする。

共有物の管理に関する事項は、持分の価格の過半数で決める、という定めです。物権の共有の回で見たとおり、共有物にすることは、重さで3段階に分かれました。現状を守るだけの保存は、各自が単独でできます。今の枠の中で使い方を決める管理は、過半数で決めます。物の形や使い道を変える変更は、全員の同意が要ります。条文のふだです。過半数は、頭数で数えるのではありません。各自の持分を足して、半分を超えるかで決めます。ちょうど半分では、足りません。最高裁の判例が、答えを出しています。

共有物の賃貸借の解除。判旨の252条は、判決当時の条文。但書の保存行為=現行の252条5項。本文の管理行為=現行の252条1項(共有物の管理に関する事項は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。)。 図:共有物の賃貸借の解除

  • 判旨の252条は、判決当時の条文
  • 但書の保存行為=現行の252条5項
  • 本文の管理行為=現行の252条1項(共有物の管理に関する事項は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。)

事案は、共有の土地を貸していた共有者の一人が、貸借契約を解除したものです。この共有者ともう一人の共有者は、持分が、それぞれ2分の1ずつでした。原審は、544条1項が適用されるので、単独では解除できない、としました。最高裁は、どう言ったのか。判旨を読みます。判旨の252条は、判決当時の条文です。ただし書の保存行為は、現行の252条5項、本文の管理行為は、いま読んだ現行の252条1項にあたります。

判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和39年2月25日(民集18巻2号329頁)

共有物の賃貸借の解除と、544条1項 共有者が共有物を目的とする貸借契約を解除することは民法二五二条にいう「共有物ノ管理ニ関スル事項」に該当し、右貸借契約の解除については民法五四四条一項の規定の適用が排除されると解すべきことは所論のとおりであるから……共有物を目的とする貸借契約の解除は民法二五二条但書にいう保存行為にあたらず、同条本文の適用を受ける管理行為と解するのが相当であり、……同条本文の適用上、上告人が単独で本件貸借契約を解除することは、特別の事情がないかぎり、許されないものといわねばならない。

判旨の2点と射程。1点め=共有物を貸す契約の解除は管理に関する事項で、544条1項は適用されない。2点め=管理は持分の価格の過半数で決める。持分2分の1は過半数に当たらず、特別の事情がないかぎり、単独では解除できない。射程=過半数を持つ人が1人で解除できるかは、述べていない。 図:判旨の2点と射程

  • 1点め=共有物を貸す契約の解除は管理に関する事項で、544条1項は適用されない
  • 2点め=管理は持分の価格の過半数で決める
  • 持分2分の1は過半数に当たらず、特別の事情がないかぎり、単独では解除できない
  • 射程=過半数を持つ人が1人で解除できるかは、述べていない

判旨の核になるのは、2点です。1点め、共有物を貸す契約を解除することは、共有物の管理に関する事項にあたり、544条1項は適用されません。2点め、管理は、持分の価格の過半数で決めます。この事案では、2分の1は過半数に当たらず、特別の事情がないかぎり、単独で解除することは許されない、としました。最高裁は、原審の前提を誤りとしつつ、結論は正当だとして、上告を棄却しました。判例のふだです。

なぜ管理なのか。保存=現状を守るだけ。管理=貸すのをやめて契約を解除する=使い方を決め直す。変更=形や使い道を変える。判旨が述べているのは、持分が過半数に満たない場合。札=こちらの説明。 図:なぜ管理なのか

  • 保存=現状を守るだけ
  • 管理=貸すのをやめて契約を解除する=使い方を決め直す
  • 変更=形や使い道を変える
  • 判旨が述べているのは、持分が過半数に満たない場合
  • 札=こちらの説明

ここで言っているのは、持分が過半数に満たない場合の結論です。過半数を持つ人が、1人で解除してよいかまでは、判旨は述べていません。なぜ管理なのか。貸すのをやめて契約を解除するのは、共有物の使い方を決め直すことだからです。現状を守るだけの保存でも、形や使い道を変える変更でもない、真ん中の管理です。こちらの説明のふだです。

売る場合と貸す場合。売買の解除(A、B、Cが売主)=全員(544条1項)。貸借の解除(A、B、Cが貸主)=持分の価格の過半数(252条1項)。 図:売る場合と貸す場合

  • 売買の解除(A、B、Cが売主)=全員(544条1項)
  • 貸借の解除(A、B、Cが貸主)=持分の価格の過半数(252条1項)

山林で並べます。売主のA、B、Cが売買を解除するなら、全員です。544条1項です。山林を貸していた貸主のA、B、Cが貸借を解除するなら、持分の価格の過半数で決めます。252条1項です。同じ山林でも、解除する契約が売買か貸借かで、結論が分かれます。条文のふだと、こちらの説明のふだです。

持分の数値。持分は各3分の1。Aだけ=3分の1(過半数に足りない)。AとB=3分の2(過半数)。 図:持分の数値

  • 持分は各3分の1
  • Aだけ=3分の1(過半数に足りない)
  • AとB=3分の2(過半数)

先ほどの問いに戻ります。持分は、各3分の1です。Aだけなら3分の1で、過半数に足りません。AとBの2人なら、3分の2で、過半数です。ですから、AとBの2人で、解除すると決められます。答えは、できる、です。判例と252条1項からの帰結で、判例のふだと、条文のふだです。

確かめる——場面を変えた問い

確かめるその1。山林の売買。A、B、Cの3人が出した解除の通知が、Dに届いた。翌日、3人が「やっぱりやめます」と言った。言えるか。もう1つ、3人が「今月末までに払わなければ解除します」という通知を出した。有効か。 図:確かめるその1

  • 山林の売買
  • A、B、Cの3人が出した解除の通知が、Dに届いた
  • 翌日、3人が「やっぱりやめます」と言った
  • 言えるか
  • もう1つ、3人が「今月末までに払わなければ解除します」という通知を出した
  • 有効か

事例で確かめます。山林の売買で通します。1つめ。A、B、Cの3人が出した解除の通知が、Dに届きました。翌日、3人は、やっぱりやめます、と言いました。言えますか? 2つめ。3人が、今月末までに払わなければ解除します、という通知を出しました。この通知は有効ですか?

答えその1。1=言えない(届いた解除の意思表示は撤回できない=540条2項)。2=有効(条件の成否が、相手方の行為で決まる。相手方を不当に不安定にしない)。 図:答えその1

  • 1=言えない(届いた解除の意思表示は撤回できない=540条2項)
  • 2=有効(条件の成否が、相手方の行為で決まる。相手方を不当に不安定にしない)

1つめは、言えません。届いた解除の意思表示は、540条2項により、撤回できないからです。2つめは、有効です。条件の成否が、Dが払うかどうかで決まり、Dを不当に不安定にしないからです。こちらの説明と、学説のふだです。

確かめるその2。1=山林の売買。AとBがDに解除の通知を出した。Cは反対で、何もしない。解除は有効か。2=山林の貸借。持分は各3分の1。借主のDが賃料を払わず、Aが1人で解除の通知を出した。解除は有効か。 図:確かめるその2

  • 1=山林の売買
  • AとBがDに解除の通知を出した
  • Cは反対で、何もしない
  • 解除は有効か
  • 2=山林の貸借
  • 持分は各3分の1
  • 借主のDが賃料を払わず、Aが1人で解除の通知を出した
  • 解除は有効か

次です。1つめ。山林の売買で、AとBがDに解除の通知を出しました。Cは反対で、何もしません。この解除は、有効ですか? 2つめ。今度は、A、B、Cが山林を貸していて、持分は各3分の1です。借主のDが賃料を払わないので、Aが1人で、解除の通知を出しました。この解除は、有効ですか?

答えその2。1=有効にならない(売主が3人なので、解除は全員から。544条1項。Cが加わっていない)。2=有効にならない(貸借の解除は管理行為。持分の価格の過半数が要る。Aの持分は3分の1。252条1項)。 図:答えその2

  • 1=有効にならない(売主が3人なので、解除は全員から。544条1項。Cが加わっていない)
  • 2=有効にならない(貸借の解除は管理行為。持分の価格の過半数が要る。Aの持分は3分の1。252条1項)

理由が違います。1つめは、売主が3人いるので、解除は全員からしなければなりません。Cが加わっていないので、AとBの通知だけでは、解除になりません。544条1項です。2つめは、貸借の解除が、共有物の使い方を決め直す管理行為にあたるので、252条1項のとおり、持分の価格の過半数が要ります。持分を足して、半分を超えなければなりません。Aの持分は3分の1で、半分を超えません。結論は同じでも、売買は全員、貸借は過半数、と物差しが違います。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。1=解除とは何か(一方的意思表示で契約を終わらせる。法定解除・約定解除・合意解除)。2=解除権の使い方その1(540条=意思表示・撤回不可・条件)。3=解除権の使い方その2(544条=全員から・全員に対して。共有物の貸借の解除は別)。 図:今日のまとめ

  • 1=解除とは何か(一方的意思表示で契約を終わらせる。法定解除・約定解除・合意解除)
  • 2=解除権の使い方その1(540条=意思表示・撤回不可・条件)
  • 3=解除権の使い方その2(544条=全員から・全員に対して。共有物の貸借の解除は別)

今日の話を整理します。解除とは、一方的意思表示で契約を終わらせることです。法定解除、約定解除、合意解除は、合意したのが何かで見分けます。次に、540条です。解除は、意思表示でし、届いたら撤回できません。条件は、原則付けられませんが、相手方の行為で決まる条件は許されます。最後に、544条です。当事者が数人なら、全員から、全員に対してです。ただし、共有物の貸借の解除は管理行為で、持分の価格の過半数で決めます。ものさしに戻ります。誰が、誰に、いつまでに、何を言えば、契約は終わるのか。解除権があるときに、全員が、相手方に、意思表示を届ける。今日見たのは、そこまでです。

冒頭の答え合わせ。長男のAは、1人では解除できない。売主が3人なので、A、B、C全員からDに(544条1項)。 図:冒頭の答え合わせ

  • 長男のAは、1人では解除できない
  • 売主が3人なので、A、B、C全員からDに(544条1項)

冒頭の問いの答えです。長男のAは、1人では解除できません。売主が3人なので、A、B、Cの全員から、Dに対して、解除の意思表示をする必要があります。544条1項です。論文では、共有物の賃貸借の解除と544条1項の関係が、論点になりえます。

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#239単独ページ動画

解除権の消滅

第5章 契約 #239/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

解除できるのに、黙っていたら

設例の関係図。兄弟のA、B、Cが、相続した山林を、Dに売った。Dは代金を払わない。A、B、Cは解除できる状態だが、何年も、解除するともしないとも言っていない。 図:設例の関係図

  • 兄弟のA、B、Cが、相続した山林を、Dに売った
  • Dは代金を払わない
  • A、B、Cは解除できる状態だが、何年も、解除するともしないとも言っていない

売主が解除できる状態のまま、何も言わずに時間だけが過ぎたら、買主はどうなるのでしょう。Dは、ずっと待つしかないのでしょうか。そもそも、解除権は、いつまで使えるのでしょうか?

先に、答えの方向を言います。解除権は、消えることがあります。相手方が返事を求めたのに、期間内に通知がなければ、消えます。時間が過ぎても、消えます。今日は、解除権がどんなときに消えるのかを、条文と判例で見ます。

今日の位置と、今日の話

前回までの確認。解除=当事者の一方が、一方的意思表示によって、相手方との契約を終わらせること。解除権があるときだけできる。届いた意思表示は撤回できない。当事者が数人なら、全員から・全員に対して。 図:前回までの確認

  • 解除=当事者の一方が、一方的意思表示によって、相手方との契約を終わらせること
  • 解除権があるときだけできる
  • 届いた意思表示は撤回できない
  • 当事者が数人なら、全員から・全員に対して

位置づけです。前回は、解除とは、当事者の一方が、一方的意思表示によって、相手方との契約を終わらせることだと見ました。解除権があるときにしかできず、意思表示が届いたら、撤回できません。当事者が数人いるときは、全員からでした。今日は、その解除権が、いつ消えるのかを見ます。

今日の地図。解除権が消える場面=1 相手方の催告(547条)。2 目的物を壊した(548条)。3 消滅時効。4 債務不履行の解消。数人のとき=1人について消えれば全員について消える(544条2項)。 図:今日の地図

  • 解除権が消える場面=1 相手方の催告(547条)
  • 2 目的物を壊した(548条)
  • 3 消滅時効
  • 4 債務不履行の解消
  • 数人のとき=1人について消えれば全員について消える(544条2項)

話は、解除権が消える場面が4つと、当事者が数人いるときの扱いの話が1つです。1つめ、相手方の催告。547条です。2つめ、解除権者が目的物を壊した場合。548条です。3つめ、消滅時効です。4つめ、債務不履行の解消です。そして最後に、数人のときの544条2項です。どういうときに解除権が生まれるのか、解除したら何が起きるのかは、別の回で見ます。

根拠の札。条文=法律に書いてあること。判例=最高裁の判決が実際に述べたこと。学説=学者が説明している考え方。こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと。審議の資料=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介。 図:根拠の札

  • 条文=法律に書いてあること
  • 判例=最高裁の判決が実際に述べたこと
  • 学説=学者が説明している考え方
  • こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと
  • 審議の資料=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介

今日も、根拠のふだを貼りながら話します。条文は、法律に書いてあること。判例は、最高裁の判決が実際に述べたことです。学説は、学者が説明している考え方です。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。もう1つ、改正の理由は、法制審議会の資料に書かれた説明として、「審議の資料には」と言って紹介します。

判断のものさし

判断のものさし。誰が、誰に、いつまでに、何を言えば、契約は終わるのか。解除権が生まれる=別の回。解除権を使う=前回。解除権が消える=今日。札=こちらの説明。 図:判断のものさし

  • 誰が、誰に、いつまでに、何を言えば、契約は終わるのか
  • 解除権が生まれる=別の回
  • 解除権を使う=前回
  • 解除権が消える=今日
  • 札=こちらの説明

ものさしは、1本です。誰が、誰に、いつまでに、何を言えば、契約は終わるのか。こちらの説明のふだです。今日は、いつまでに、の部分です。解除権があって、使い方が分かっていても、解除権が消えてしまえば、もう何を言っても、契約は終わりません。例は、冒頭の山林です。売主は兄弟のA、B、C、買主はDです。

相手方の催告——547条

1つめの場面、相手方の催告。547条は、何を求め、解除権をどうするのか。 図:1つめの場面、相手方の催告。547条は、何を求め、解除権をどうするのか。

1つめは、相手方の催告です。条文は、547条です。

条文民法547条

民法第547条 解除権の行使について期間の定めがないときは、相手方は、解除権を有する者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に解除をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、その期間内に解除の通知を受けないときは、解除権は、消滅する。

547条の流れ。解除権が生じている→相手方が、相当の期間を定めて確答を催告→期間内に解除の通知がない→解除権は消滅。 図:547条の流れ

冒頭の山林で、流れを読みます。売主が3人のときの扱いは最後に見ますので、ここでは、売主がAだけだとします。解除権の行使に期間の定めがない。DがAに、相当の期間を定めて、解除するかどうか返事をください、と催告する。その期間内に、Aから解除の通知が届かない。すると、Aの解除権は消滅します。なぜ認めるのか。Dを、解除されるのか分からない状態に、長く置かないためです。こちらの説明のふだです。

催告の比べ。20条の催告=追認するかどうかの返事を求める。1か月以上の期間。547条の催告=解除するかどうかの返事を求める。相当の期間で、1か月の下限はない。541条の催告=債権者が債務者に、履行を求める。 図:催告の比べ

  • 20条の催告=追認するかどうかの返事を求める
  • 1か月以上の期間
  • 547条の催告=解除するかどうかの返事を求める
  • 相当の期間で、1か月の下限はない
  • 541条の催告=債権者が債務者に、履行を求める

返事を迫る催告は、前に、制限行為能力者の相手方のところでも見ました。制限行為能力者と契約した相手方が、追認するかどうかの返事を求める、20条の催告です。あちらは1か月以上の期間が要りました。547条は相当の期間で、1か月という下限はありません。条文のふだです。また、541条にも催告が出てきますが、別物です。541条の催告は、債権者が債務者に、履行してください、と求めるものです。547条の催告は、相手方が解除権者に、解除するのかしないのか、返事を求めるものです。

547条の流れ。解除権が生じている→相手方が、相当の期間を定めて確答を催告→期間内に解除の通知がない→解除権は消滅。 図:547条の流れ

冒頭の問いに、ここで半分答えられます。Dは、待つしかないわけではありません。Dの側から期間を切って返事を求め、通知が届かなければ、解除権は消えます。催告をしないまま時間だけが過ぎた場合は、3つめで見ます。

目的物を壊した場合——548条

2つめの場面、目的物を壊した場合。548条は、どんなときに解除権を消すのか。 図:2つめの場面、目的物を壊した場合。548条は、どんなときに解除権を消すのか。

2つめは、解除権者が目的物を壊した場合です。条文は、548条です。項は1つだけで、本文とただし書があります。

条文民法548条

民法第548条 解除権を有する者が故意若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、若しくは返還することができなくなったとき、又は加工若しくは改造によってこれを他の種類の物に変えたときは、解除権は、消滅する。ただし、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは、この限りでない。

548条の構造。本文=解除権を有する者が、故意若しくは過失によって、目的物を著しく損傷し、返還できなくなり、又は加工・改造で別の物に変えたとき→解除権は消滅。ただし書=解除権を有することを知らなかったとき→消滅しない。 図:548条の構造

  • 本文=解除権を有する者が、故意若しくは過失によって、目的物を著しく損傷し、返還できなくなり、又は加工・改造で別の物に変えたとき→解除権は消滅
  • ただし書=解除権を有することを知らなかったとき→消滅しない

本文から。解除権を有する者が、故意若しくは過失によって、目的物を著しく損傷した。返還できなくなった。加工や改造で、別の種類の物に変えた。このとき、解除権は消滅します。わざとでなくても、不注意で足ります。なぜ消えるのか。元に戻せなくしたのは、解除権者自身だからです。こちらの説明のふだです。次に、ただし書です。解除権を有することを知らなかったときは、消滅しません。なぜか。解除権があると知らないまま使ってしまった人から、解除権を奪うのは酷だからです。改正の審議の資料にも、同じ指摘があります。

設例。中古車の売買。エンジンに重大な欠陥があり、買主に解除権が生じている。買主は、欠陥があって解除できることを知りながら、不注意で壊して直せなくした=解除権は消える(本文)。欠陥も、解除できることも知らないまま、同じく不注意で壊して直せなくした=解除権は消えない(ただし書)。 図:設例

  • 中古車の売買
  • エンジンに重大な欠陥があり、買主に解除権が生じている
  • 買主は、欠陥があって解除できることを知りながら、不注意で壊して直せなくした=解除権は消える(本文)
  • 欠陥も、解除できることも知らないまま、同じく不注意で壊して直せなくした=解除権は消えない(ただし書)

たとえば、中古車の売買で言います。エンジンに重大な欠陥があり、買主に解除権が生じています。買主が、欠陥があって解除できることを知りながら、不注意でエンジンを壊して、直せなくしました。この買主の解除権は、本文により消えます。一方、欠陥も、解除できることも知らないまま、同じように不注意でエンジンを壊して、直せなくした買主は、解除権が消えません。ただし書の働きです。分かれ目は、解除権があることを知っていたかどうかです。条文のふだと、こちらの説明のふだです。

548条の改正。2017年の改正で、ただし書が加わった。旧法には、解除権者の行為又は過失によらずに目的物が滅失・損傷したときは消滅しない、という2項があった。現行は2項がなく、本文は「故意若しくは過失」。 図:548条の改正

  • 2017年の改正で、ただし書が加わった
  • 旧法には、解除権者の行為又は過失によらずに目的物が滅失・損傷したときは消滅しない、という2項があった
  • 現行は2項がなく、本文は「故意若しくは過失」

改正にも触れます。2017年の改正で、このただし書が加わりました。旧法には、解除権者の行為又は過失によらずに、目的物が滅失したり損傷したりしたときは、解除権が消えない、という2項がありました。現行は、2項がなく、本文は故意若しくは過失、ただし書は知らなかったとき、という形です。2項がなくなっても、結論は変わりません。本文が故意若しくは過失を求めていますから、解除権者に落ち度がないまま、たとえば落雷で車が焼けたときは、本文に当たらず、解除権は消えません。条文のふだと、こちらの説明のふだです。なお、解除したあとの原状回復は、別の回で見ます。

消滅時効

3つめ、消滅時効。166条1項=債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。 二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。 図:3つめ、消滅時効

  • 166条1項=債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する
  • 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき
  • 二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき

3つめは、消滅時効です。解除権は、債権そのものではありません。しかし、解除権だけがいつまでも残れば、相手方は、契約が続くのか終わるのか、分からないままになります。そこで、債権に準ずるものとして、166条1項により、消滅時効にかかると解されています。理由はこちらの説明のふだ、結論は学説のふだです。当てはめると、解除権を行使することができると知った時から5年、行使することができる時から10年です。前に見た、主観的起算点と客観的起算点でした。どちらか早く満了したほうで、時効が完成します。ただ、期間が過ぎただけでは、解除権は消えません。相手方が援用、つまり、時効の利益を受けると主張する意思表示をして、初めて効力が出ます。

無断転貸を理由とする解除権の消滅時効。転借人が、賃借人との転貸借に基づき、土地の使用収益を開始した。その後、賃貸人が、無断転貸を理由に解除の意思表示をした。解除された側が消滅時効を援用した。 図:無断転貸を理由とする解除権の消滅時効

  • 転借人が、賃借人との転貸借に基づき、土地の使用収益を開始した
  • その後、賃貸人が、無断転貸を理由に解除の意思表示をした
  • 解除された側が消滅時効を援用した

判例を見ます。無断転貸、つまり、借主が貸主に無断で土地を又貸ししたことを理由とする、賃貸借の解除権が問題になりました。前回、個別の規定による解除の例として見た、612条2項の解除権です。又貸しを受けた転借人は、賃貸人の承諾がないまま、その土地の使用収益を始めていました。それから25年以上が過ぎたあとに、賃貸人が解除の意思表示をしました。解除された側は、消滅時効を援用しました。判決が述べたことは3つです。解除権はどんな権利か。時効にかかるのか。いつから時効が進むのか。なお、判決は改正前の条文で書かれています。今の条文との対応は、読んだあとで整理します。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和62年10月8日(民集41巻7号1445頁)(判旨は改正前の民法167条1項〔債権は、十年間行使しないときは、消滅する。〕)

無断転貸を理由とする解除権の消滅時効 賃貸土地の無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除権は、賃借人の無断転貸という契約義務違反事由の発生を原因として、賃借人を相手方とする賃貸人の一方的な意思表示により賃貸借契約関係を終了させることができる形成権であるから、その消滅時効については、債権に準ずるものとして、民法一六七条一項が適用され、その権利を行使することができる時から一〇年を経過したときは時効によつて消滅するものと解すべきところ、右解除権は、転借人が、賃借人(転貸人)との間で締結した転貸借契約に基づき、当該土地について使用収益を開始した時から、その権利行使が可能となつたものということができるから、その消滅時効は、右使用収益開始時から進行するものと解するのが相当である。

3つを確かめます。1つめ、解除権は、一方的な意思表示で契約関係を終了させる、形成権です。2つめ、債権に準ずるものとして、消滅時効にかかります。3つめ、無断転貸の解除権は、転借人が使用収益を始めた時から、権利行使が可能になり、時効が進みます。この事案では、10年の経過で解除権が時効により消え、解除の意思表示は効力を生じない、とされました。判例のふだです。

判旨の条文との対応。判旨の167条1項=改正前の条文(債権は、十年間行使しないときは、消滅する)。現行=166条1項の5年と10年。判決が述べたのは、改正前の10年の話。 図:判旨の条文との対応

  • 判旨の167条1項=改正前の条文(債権は、十年間行使しないときは、消滅する)
  • 現行=166条1項の5年と10年
  • 判決が述べたのは、改正前の10年の話

条文との対応に注意してください。判旨の167条1項は、改正前の条文です。債権は10年間行使しないときは消滅する、という定めでした。現行では、166条1項の、5年と10年の2本立てに当たります。判決が述べたのは、改正前の10年の話です。現行の5年を、判例が判断したわけではありません。取消権の期間の制限は、通説が除斥期間と読むものでした。除斥期間は、前に見たとおり、援用が要らず、期間がすぎれば当然に権利が消えます。解除権は、同じ形成権でも、さきほどの判例が消滅時効としていますから、相手方の援用があって初めて消えます。ここが違いです。

債務不履行の解消

4つめ、債務不履行の解消。履行遅滞の債務者が、解除権を行使される前に、本来の給付に遅延損害金を添えて提供すれば、解除権は消える。 図:4つめ、債務不履行の解消

4つめは、債務不履行の解消です。履行が遅れている債務者が、解除権を行使される前に、本来の給付に遅延損害金を添えて提供すれば、解除権は消える、と考えられています。学説のふだです。なぜか。この解除権は、債務者が履行を遅らせていることを理由に生まれたものです。前に見た弁済の提供、つまり、やるべきことを全部やって、あとは債権者が受け取るだけの状態にすれば、債務者は、その時から、履行しないことによる責任を免れます。遅れているという理由がなくなる、つまり不履行が解消されるので、解除権も消えるのです。こちらの説明のふだです。ポイントは、遅延損害金も要る点と、行使される前、という点です。

事案の時間軸。賃料を持参して提供(3月29日)→受領拒絶され、弁済供託(4月4日)→解除の意思表示が届く(5月17日)。遅延損害金の不足は12円70銭。 図:事案の時間軸

  • 賃料を持参して提供(3月29日)→受領拒絶され、弁済供託(4月4日)→解除の意思表示が届く(5月17日)
  • 遅延損害金の不足は12円70銭

判例です。賃料が遅れた事案でした。借主は、解除の意思表示が届くより前に、3か月分の賃料を持参して提供しました。貸主が受け取らなかったので、供託、つまり、供託所にその金額を預ける手続をしました。ところが、遅延損害金は付けていませんでした。3か月分の賃料1,620円に対して、不足は、12円70銭でした。原審は、遅延損害金の提供がないとして、提供を無効としました。最高裁が述べたことは2つです。遅延損害金も付けなければならないのか。付けた額がわずかに足りないとき、どうなるのか。

判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和41年3月29日(集民82号785頁)

解除の前の履行の提供と、遅延損害金 ……履行遅滞にある債務者が、債権者から解除権を行使されるまでにその債務の履行をするためには、債務額のほか、遅延損害金をもあわせて提供しなければ、債務の本旨に従つたものということができない……債務者が現に支払いまたは提供した金額についてきわめてわずかな不足があるに過ぎないときは、債権者において、その不足に名をかりて債務の本旨に従つた弁済の提供がないものとしてその受領を拒絶することは信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。

2つを確かめます。1つめ、解除権を行使されるまでに履行するには、債務額のほか、遅延損害金も合わせて提供しなければ、債務の本旨、つまり、債務の本来の内容に従ったものとはいえません。遅れた分の損害金も、払うべき債務の一部だからです。2つめ、ごくわずかな不足を口実に、債権者が受領を拒むことは、信義則に照らして許されません。最高裁は、原判決を破棄して、差し戻しました。判例のふだです。損害金も債務の一部だから、という理由の部分は、こちらの説明のふだです。注意点が2つあります。判決が述べたのは、提供が債務の本旨に従ったものといえるか、までです。解除権が消滅する、という言い方は、判決そのものではなく、学説の整理です。もう1つ、行使される前、です。解除の意思表示が届いたあとは、540条2項により、撤回できません。あとから提供しても、元には戻りません。こちらの説明のふだです。

このほか、権利失効。長く行使しなかったために、相手方がもう行使されないと信頼したのに、その後に行使することが信義則に反する場合は、行使が許されない。長く行使しなかっただけでは足りない。 図:このほか、権利失効

  • 長く行使しなかったために、相手方がもう行使されないと信頼したのに、その後に行使することが信義則に反する場合は、行使が許されない
  • 長く行使しなかっただけでは足りない

このほかに、前に見た、権利失効の原則があります。権利者が長く権利を行使しなかったために、相手方が、もう行使されないだろうと信頼するに至ったのに、その後に行使することが信義則に反する場合には、行使が許されない、というものでした。解除権についても、最高裁は一般論としてこの考え方を認めています。ただし、長く行使しなかっただけでは足りず、適用には慎重です。判例のふだです。

数人いるときの解除権——544条2項

前回の544条1項の確認。売主が3人(A、B、C)の売買。解除は、全員から、全員に対して。では、3人のうち1人について、解除権が消えたら、残りの2人は解除できるか。 図:前回の544条1項の確認

  • 売主が3人(A、B、C)の売買
  • 解除は、全員から、全員に対して
  • では、3人のうち1人について、解除権が消えたら、残りの2人は解除できるか

前回に見た544条1項は、売主が3人なら、解除は全員からでした。では、そのうちの1人について、解除権が消えたとします。残りの2人は、解除できるでしょうか?解除権を1人ずつ別々に持っていると考えれば、残る2人は解除できるはずです。ところが、条文は逆です。544条を、出し直します。

条文民法544条

民法第544条 当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は、その全員から又はその全員に対してのみ、することができる。 2 前項の場合において、解除権が当事者のうちの一人について消滅したときは、他の者についても消滅する。

数人いるときの解除権。1項=全員から、又は全員に対してのみ。2項=解除権が当事者のうちの一人について消滅したときは、他の者についても消滅する。 図:数人いるときの解除権

  • 1項=全員から、又は全員に対してのみ
  • 2項=解除権が当事者のうちの一人について消滅したときは、他の者についても消滅する

1項は、前回のとおり、全員から、全員に対してしかできない、という定めです。今日は2項です。解除権が、当事者のうちの1人について消滅したときは、他の者についても消滅する。なぜか。1項で、解除は全員がそろわなければできません。1人が解除権を失えば、全員がそろうことは、もうありません。残りの人だけに解除を認めれば、前回見たとおり、人によって契約が残ったり終わったりしてしまいます。ですから、解除権は、数人で1つのように動くのです。こちらの説明のふだです。冒頭の山林で言えば、Aの解除権が消えれば、B、Cの解除権も消えます。先ほどの問いの答えは、残る2人も解除できない、です。

設例。買主のE、F、Gが、売主のHから、共同で中古の機械を買った。機械に重大な欠陥があり、3人に解除権が生じた。Eが、欠陥があって解除できることを知りながら、不注意で機械を壊し、直せなくした。 図:設例

  • 買主のE、F、Gが、売主のHから、共同で中古の機械を買った
  • 機械に重大な欠陥があり、3人に解除権が生じた
  • Eが、欠陥があって解除できることを知りながら、不注意で機械を壊し、直せなくした

1人だけ解除権が消える場面を、買主が数人の例で見ます。兄弟のE、F、Gの3人が、共同で中古の機械を買いました。売主はHです。機械には重大な欠陥があり、3人に解除権が生じました。ところが、Eが、欠陥があって解除できることを知りながら、不注意で機械を壊して、直せなくしました。

帰結。Eの解除権は消滅(548条本文)。544条2項により、F、Gの解除権も消滅。Eが解除できることを知らなかったなら、ただし書でEの解除権は消えず、F、Gも消えない。 図:帰結

  • Eの解除権は消滅(548条本文)
  • 544条2項により、F、Gの解除権も消滅
  • Eが解除できることを知らなかったなら、ただし書でEの解除権は消えず、F、Gも消えない

Eの解除権は、548条本文により消滅します。そして、544条2項により、F、Gの解除権も消滅します。Eの不注意で、F、Gまで解除できなくなる。これが、この条文の厳しさです。条文のふだと、こちらの説明のふだです。なお、Eが解除できることを知らなかったなら、ただし書によりEの解除権は消えません。すると、F、Gの解除権も消えません。

確かめる——場面を変えた問い

確かめるその1。貸主が土地を借主に貸していて、借主が無断で第三者に又貸しし、その第三者が土地を使い始めた。1=貸主はそれを知りながら6年間、何もしなかった。解除権はどうなるか。2=場面を変えて、借主が賃料を滞納し、解除の通知が届いた後で、滞納賃料と遅延損害金を全額提供した。解除は元に戻るか。 図:確かめるその1

  • 貸主が土地を借主に貸していて、借主が無断で第三者に又貸しし、その第三者が土地を使い始めた
  • 1=貸主はそれを知りながら6年間、何もしなかった
  • 解除権はどうなるか
  • 2=場面を変えて、借主が賃料を滞納し、解除の通知が届いた後で、滞納賃料と遅延損害金を全額提供した
  • 解除は元に戻るか

事例で確かめます。貸主が、土地を借主に貸しています。借主は、無断で第三者に又貸しし、その第三者が土地を使い始めました。1つめ。貸主は、それを知りながら、6年間、何もしませんでした。解除権はどうなりますか? 2つめは、場面を変えます。借主が賃料を滞納し、解除の通知が借主に届いたあとで、借主が、滞納した賃料と遅延損害金を、全額提供しました。解除は、元に戻りますか?

答えその1。1=時効にかかる(知った時から5年。借主が援用すれば解除権は消える。債権に準ずるものとして166条1項)。2=戻らない(提供は、解除権を行使される前に限る。届いた意思表示は撤回できない=540条2項)。 図:答えその1

  • 1=時効にかかる(知った時から5年。借主が援用すれば解除権は消える。債権に準ずるものとして166条1項)
  • 2=戻らない(提供は、解除権を行使される前に限る。届いた意思表示は撤回できない=540条2項)

1つめは、解除権を行使できると知った時から5年が過ぎているので、消滅時効にかかります。借主が援用すれば、解除権は消えます。学説のふだです。2つめは、戻りません。債務不履行の解消は、解除権を行使される前の話です。届いた解除の意思表示は、540条2項により撤回できず、あとから提供しても、解除は元に戻りません。

確かめるその2。古いピアノの売買。重大な欠陥があり、買主に解除権が生じている。買主は、欠陥があることも、解除権があることも知らないまま、手入れのつもりで不注意に部品を外し、元に戻せなくした。買主の解除権は消えるか。 図:確かめるその2

  • 古いピアノの売買
  • 重大な欠陥があり、買主に解除権が生じている
  • 買主は、欠陥があることも、解除権があることも知らないまま、手入れのつもりで不注意に部品を外し、元に戻せなくした
  • 買主の解除権は消えるか

最後です。古いピアノの売買です。ピアノには重大な欠陥があり、買主に解除権が生じています。ところが買主は、欠陥があることも、解除権があることも知らないまま、手入れのつもりで、不注意に部品を外して、元に戻せなくしました。買主の解除権は、消えますか?

答え。消えない(解除権を有することを知らなかったとき=548条ただし書)。知っていたなら消える(本文)。分かれ目は、解除権があることを知っていたかどうか。 図:答え

  • 消えない(解除権を有することを知らなかったとき=548条ただし書)
  • 知っていたなら消える(本文)
  • 分かれ目は、解除権があることを知っていたかどうか

不注意で元に戻せなくした点は、本文の場面です。ところが、買主は、解除権を有することを知りませんでした。ですから、ただし書により、解除権は消えません。分かれ目は、不注意かどうかではなく、解除権があることを知っていたかどうかです。条文のふだと、こちらの説明のふだです。

冒頭の問いに戻る——まとめ

解除権が消える場面。1=相手方の催告(547条)。2=故意・過失による損傷等(548条。知らなかったときは消えない)。3=消滅時効(債権に準ずるものとして166条1項)。4=債務不履行の解消(本来の給付と遅延損害金の提供)。数人のとき=1人について消えれば全員について消える(544条2項)。 図:解除権が消える場面

  • 1=相手方の催告(547条)
  • 2=故意・過失による損傷等(548条。知らなかったときは消えない)
  • 3=消滅時効(債権に準ずるものとして166条1項)
  • 4=債務不履行の解消(本来の給付と遅延損害金の提供)
  • 数人のとき=1人について消えれば全員について消える(544条2項)

今日の話を整理します。解除権が消える場面は4つです。相手方の催告。目的物を壊した場合。消滅時効。債務不履行の解消。そして、当事者が数人のときは、1人の解除権が消えれば、全員の解除権も消えます。ものさしに戻ります。誰が、誰に、いつまでに、何を言えば、契約は終わるのか。いつまでに、の答えが、今日の話でした。解除権は、催告で、目的物を壊すことで、時効で、債務不履行の解消で、消えます。消える前に、言わなければなりません。

冒頭の答え合わせ。Dは、待つしかないわけではない。Dが、相当の期間を定めて確答を求め、期間内に解除の通知がなければ、解除権は消える(547条)。時間が過ぎても消える(知った時から5年・行使できる時から10年。相手方の援用が要る)。 図:冒頭の答え合わせ

  • Dは、待つしかないわけではない
  • Dが、相当の期間を定めて確答を求め、期間内に解除の通知がなければ、解除権は消える(547条)
  • 時間が過ぎても消える(知った時から5年・行使できる時から10年。相手方の援用が要る)

冒頭の問いの答えです。A、B、Cが、いつまでも黙っていても、Dは、待つしかないわけではありません。Dが、相当の期間を定めて、解除するかどうかの返事を求め、その期間内に解除の通知が届かなければ、解除権は消えます。547条です。そうでなくても、時間がすぎれば、消滅時効にかかります。解除権を行使できると知った時から5年、行使できる時から10年です。論文では、解除権の消滅事由の拾い方と、544条2項の働きが、論点になりえます。次回は、解除したら、受け取ったものはどうなるかを見ます。

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#240単独ページ動画

解除の効果と原状回復義務

第5章 契約 #240/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

解除したら、返すのは受け取った物だけか

冒頭の設例の関係図。左が売主のA、右が買主のB。中古車を代金100万円で売る契約。Bは頭金30万円を払って車を受け取り、半年乗った。残りの70万円は払われないまま、Aが契約を解除した。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主のA、右が買主のB
  • 中古車を代金100万円で売る契約
  • Bは頭金30万円を払って車を受け取り、半年乗った
  • 残りの70万円は払われないまま、Aが契約を解除した

冒頭の問いの答えの方向。Bが返すもの=車+半年乗った分の使用料に当たる額。Aが返すもの=頭金+受け取った時からの利息。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • Bが返すもの=車+半年乗った分の使用料に当たる額
  • Aが返すもの=頭金+受け取った時からの利息

先に、答えの方向を言います。車と頭金を返すだけでは、足りません。Bは、車のほかに、半年乗った分の使用料に当たる額も返します。Aは、頭金のほかに、受け取った時からの利息も返します。なぜ、そうなるのか。その前に、そもそも、解除すると契約はどうなるのか。今日は、ここから順に見ていきます。

今日の位置と、3つの話

今日の位置。前回まで=解除とは何か/解除権の使い方/解除権がいつ消えるか。今日=解除の効果・原状回復(民法545条・546条)。 図:今日の位置

  • 前回まで=解除とは何か/解除権の使い方/解除権がいつ消えるか
  • 今日=解除の効果・原状回復(民法545条・546条)

位置づけです。前回までに、解除とは何か、どう使うのか、いつ消えるのかを見ました。今日は、解除したら何が起きるのか、つまり解除の効果です。前に、危険負担で払ってしまった代金を取り戻す道として、545条1項を一度引きました。その545条を、今日は4項まで読みます。

今日の地図。1=解除すると契約はどうなるか(直接効果説)。2=何を返すのか(545条1項から3項・使用利益・返せないとき)。3=返し方と、返したあとに残るもの(546条・保証人・545条4項)。 図:今日の地図

  • 1=解除すると契約はどうなるか(直接効果説)
  • 2=何を返すのか(545条1項から3項・使用利益・返せないとき)
  • 3=返し方と、返したあとに残るもの(546条・保証人・545条4項)

話は3つです。1つめ、解除すると契約はどうなるか。ここで、直接効果説という考え方が出てきます。2つめ、何を返すのか。545条の1項から3項と、使用利益の判例です。3つめ、返し方と、返したあとに残るもの。546条、保証人、545条4項です。

根拠の札。条文=法律に書いてあること。判例=最高裁の判決が実際に述べたこと。学説=学者が説明している考え方。こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと。審議の資料=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介。 図:根拠の札

  • 条文=法律に書いてあること
  • 判例=最高裁の判決が実際に述べたこと
  • 学説=学者が説明している考え方
  • こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと
  • 審議の資料=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介

今日も、根拠のふだを貼りながら話します。条文は、法律に書いてあること。判例は、最高裁の判決が実際に述べたことです。学説は、学者が説明している考え方です。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。もう1つ、改正の理由は、法制審議会の資料に書かれた説明として、「審議の資料には」と言って紹介します。

今日を通す軸。契約がなかった状態に戻す。何を返すのか/どう返すのか/何が残るのか=すべてこの軸から説明する。札=こちらの説明。 図:今日を通す軸

  • 契約がなかった状態に戻す
  • 何を返すのか/どう返すのか/何が残るのか=すべてこの軸から説明する
  • 札=こちらの説明

例は、冒頭の中古車で通します。売主がA、買主がBです。今日を通す軸は、1本です。契約がなかった状態に戻す、です。何を返すのか、どう返すのか、何が残るのか。どれも、この軸から説明できます。こちらの説明のふだです。

解除すると、契約はどうなるのか

1つめの柱の入口。条文は、解除した人に何を求めているのか。 図:1つめの柱の入口。条文は、解除した人に何を求めているのか。

1つめの柱です。まず、545条を読みます。1項から順に、使う場面で出していきます。

条文民法545条1項

民法第545条1項 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。

本文です。解除権を行使したときは、各当事者は、相手方を原状に復させる義務を負います。原状に復させるとは、受け取ったものを返して、契約がなかった状態に戻すことです。この義務を、原状回復義務と呼びます。条文のふだです。契約が解除でどうなるかは、条文に書いていません。ここが、1つめの柱の出発点です。ですから、考え方で決まります。

直接効果説。解除によって、契約は遡及的に消滅する。理由=契約がなかった状態に戻す、という解除の目的に、最も端的で簡明に合う。札=学説(通説)。 図:直接効果説

  • 解除によって、契約は遡及的に消滅する
  • 理由=契約がなかった状態に戻す、という解除の目的に、最も端的で簡明に合う
  • 札=学説(通説)

通説は、直接効果説です。解除によって、契約は遡及的に消滅する、と考えます。遡って消えるとは、契約を結んだ時にさかのぼって、はじめからなかったものとして扱う、という意味です。学説、つまり学者が説明している考え方のふだです。なぜそう考えるのか。解除の目的は、契約がなかった状態に戻すことです。契約がはじめからなかったと考えるのが、その目的に、いちばん素直に合うからです。

最高裁の言い方。使用利益の判決は、解除によって売買契約が遡及的に効力を失う、と述べている(あとで読む)。直接効果説という呼び名は、判決のものではなく、学説の整理。札=判例/学説。 図:最高裁の言い方

  • 使用利益の判決は、解除によって売買契約が遡及的に効力を失う、と述べている(あとで読む)
  • 直接効果説という呼び名は、判決のものではなく、学説の整理
  • 札=判例/学説

最高裁も、この前提に立っています。あとで読む判決は、解除によって売買契約が遡及的に効力を失う、と述べています。判例、つまり最高裁の判決が実際に述べたことのふだです。ただし、直接効果説という呼び名は、判決のものではありません。学説の整理です。

冒頭の設例で言い直す。解除によって、AとBの売買契約は、はじめからなかったものとして扱われる。ただし書=遡って消えると困る第三者を守る(次の回)。 図:冒頭の設例で言い直す

  • 解除によって、AとBの売買契約は、はじめからなかったものとして扱われる
  • ただし書=遡って消えると困る第三者を守る(次の回)

冒頭のAとBで言い直します。解除によって、AとBの売買契約は、はじめからなかったものとして扱われます。なお、1項のただし書は、遡って消えると困る第三者を守る定めです。

問い。契約が遡って消えるなら、Bの残代金70万円は、どうなるか。 図:問い。契約が遡って消えるなら、Bの残代金70万円は、どうなるか。

ここからは、契約が遡って消えると何が言えるかを、AとBで見ていきます。まず、問いです。契約が遡って消えるなら、Bがまだ払っていない、残りの代金70万円は、どうなるでしょうか?

帰結その1。まだ履行していない債務は消える。Bの残代金70万円の債務は、遡って消滅する。Aはもう請求できない。札=学説(直接効果説の帰結)。 図:帰結その1

  • まだ履行していない債務は消える
  • Bの残代金70万円の債務は、遡って消滅する
  • Aはもう請求できない
  • 札=学説(直接効果説の帰結)

帰結の1つめです。まだ履行していない債務は、消えます。債務を生んだ契約そのものが、はじめからなかったことになるからです。Bの残代金70万円を払う債務も、遡って消滅します。Aは、もう70万円を請求できません。直接効果説から出てくる結論で、学説のふだです。

帰結その2。すでに受け取ったものは、持っている理由がなくなる=返す。Bの車も、Aの頭金も返す。この義務=原状回復義務。性質=不当利得返還債務(法律上の原因なく得た利益を返す義務)。札=学説。 図:帰結その2

  • すでに受け取ったものは、持っている理由がなくなる=返す
  • Bの車も、Aの頭金も返す
  • この義務=原状回復義務
  • 性質=不当利得返還債務(法律上の原因なく得た利益を返す義務)
  • 札=学説

2つめです。すでに受け取ったものは、持っている理由がなくなります。契約がはじめからなかったなら、Bが車を持つ理由も、Aが頭金を持つ理由もありません。ですから返します。この返す義務が、さきほどの原状回復義務です。性質は、不当利得返還債務だと説明されます。法律上の原因がないのに得た利益を、返す義務のことです。学説のふだです。不当利得の一般的な話は、別の回で見ます。

帰結その3。それでも損害賠償は請求できる(545条4項)。遡って契約が消えるなら、払わなかったこともなかったことになりそうだが、条文が例外を置いた。札=条文/学説。 図:帰結その3

  • それでも損害賠償は請求できる(545条4項)
  • 遡って契約が消えるなら、払わなかったこともなかったことになりそうだが、条文が例外を置いた
  • 札=条文/学説

3つめです。それでも、損害賠償は請求できます。契約が遡って消えるなら、Bが払わなかったことも、なかったことになりそうです。それでは、払わなかったBが得をしてしまいます。そこで、545条4項が、解除をしても損害賠償を請求できる、と定めました。直接効果説からは、遡って消えることの例外だ、と説明されます。条文と学説のふだです。4項は、3つめの柱で、あらためて読みます。

3つの考え方の比べ。直接効果説(通説)=契約は遡及的に消滅/未履行の債務は消える/原状回復義務は不当利得返還債務/ただし書は第三者を守る・4項は遡及効の例外。間接効果説(少数説)=契約は消えない/未履行の債務は消えず、履行を拒める/解除で生じた新しい義務/ただし書と4項は注意規定。折衷説=間接効果説とおおむね同じで、未履行の債務は将来に向かって消滅する。札=学説。 図:3つの考え方の比べ

  • 直接効果説(通説)=契約は遡及的に消滅/未履行の債務は消える/原状回復義務は不当利得返還債務/ただし書は第三者を守る・4項は遡及効の例外
  • 間接効果説(少数説)=契約は消えない/未履行の債務は消えず、履行を拒める/解除で生じた新しい義務/ただし書と4項は注意規定
  • 折衷説=間接効果説とおおむね同じで、未履行の債務は将来に向かって消滅する
  • 札=学説

ほかの考え方も、見ておきます。少数説に、間接効果説があります。解除しても契約は消えない、と考えます。未履行の債務も消えず、Bは払わなくてよい、つまり履行を拒めるようになるだけだ、とします。原状回復義務は、不当利得ではなく、解除によって生じた新しい義務です。ただし書と4項は、当たり前のことを書いた注意の規定だ、と読みます。契約が消えないのですから、損害賠償が残るのは当たり前で、例外を持ち出さずに済む、というわけです。折衷説は、間接効果説とほぼ同じですが、未履行の債務は、将来に向かって消える、とします。

違いが出る3点。1=未履行の債務が消えるか。2=原状回復義務の性質。3=ただし書と4項の読み方。答案は、通説の直接効果説で書く。札=学説/こちらの説明。 図:違いが出る3点

  • 1=未履行の債務が消えるか
  • 2=原状回復義務の性質
  • 3=ただし書と4項の読み方
  • 答案は、通説の直接効果説で書く
  • 札=学説/こちらの説明

違いが出る場所は、3つです。未履行の債務が消えるか。原状回復義務をどういう性質の義務と見るか。ただし書と4項をどう読むか。学説のふだです。答案は、通説の直接効果説で書きます。解除の目的にいちばん素直で、最高裁の判決も、契約は遡及的に効力を失う、という前提に立っているからです。こちらの説明のふだです。

取消しとの違い。取消し=契約の有効性の問題(出発点に欠陥がある)。民法121条=取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。解除=有効に成立した契約が前提。効果=遡及的に消滅。札=学説。 図:取消しとの違い

  • 取消し=契約の有効性の問題(出発点に欠陥がある)
  • 民法121条=取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす
  • 解除=有効に成立した契約が前提
  • 効果=遡及的に消滅
  • 札=学説

取消しとの違いを、確かめます。取消しは、契約の出発点にある欠陥を理由に、いったん有効な契約を、遡って無効にするものでした。契約の有効性の問題です。121条は、取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす、と定めます。解除は、有効に成立した契約が前提で、その後の事情で終わらせます。効果は、遡及的な消滅です。答案では、解除によって契約が無効になる、とは書かず、遡って消滅する、と書き分けます。学説のふだです。

1つめの柱のまとめ。解除=契約は遡って消える(直接効果説)。1=未履行の債務は消える。2=受け取ったものは返す(原状回復義務)。3=損害賠償は残る(545条4項)。 図:1つめの柱のまとめ

  • 解除=契約は遡って消える(直接効果説)
  • 1=未履行の債務は消える
  • 2=受け取ったものは返す(原状回復義務)
  • 3=損害賠償は残る(545条4項)

1つめの柱を、まとめます。解除すると、契約は遡って、消えます。だから、まだ履行していない債務は消え、受け取ったものは返し、それでも損害賠償は残ります。では、返すのは、具体的に何なのでしょうか。2つめの柱に進みます。

何を返すのか(1)原物・利息・果実

2つめの柱の入口。AとBは、何を返すのか。受け取ったものだけか。 図:2つめの柱の入口。AとBは、何を返すのか。受け取ったものだけか。

返す中身の一覧。原物=1項/金銭の利息=2項/果実=3項/使用利益=判例/返せないとき=条文なし。 図:返す中身の一覧

受け取ったものを返すだけでは、元に戻りません。Bは半年のあいだ、車を使え、Aは半年のあいだ30万円を手元に置けました。契約がなかった状態に戻すには、その時間の分も戻します。返す中身は、5つに分けて見ます。原物、金銭の利息、果実、使用利益、そして、返せないときです。はじめの3つは条文があり、使用利益は判例です。返せないときには、条文がありません。

1つめ、原物。Bは車そのものを返す。Aは受け取った頭金30万円を返す。金銭は同額の金銭。根拠=1項の「原状に復させる」。 図:1つめ、原物

  • Bは車そのものを返す
  • Aは受け取った頭金30万円を返す
  • 金銭は同額の金銭
  • 根拠=1項の「原状に復させる」

1つめは、原物です。受け取ったものを、そのまま返すのが原則で、原物を返還する、と言います。Bは車そのものを、Aは受け取った頭金30万円を返します。物を受け取ったなら、その物。金銭なら、同じ額の金銭です。1項の、原状に復させる、が根拠です。条文と学説のふだです。

2つめの入口。Aが返す頭金30万円に、利息は付くか。 図:2つめの入口。Aが返す頭金30万円に、利息は付くか。

2つめは、金銭の利息です。Aが返す頭金30万円に、利息は付くのでしょうか。2項を読みます。

条文民法545条2項

民法第545条2項 2 前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。

前項本文の場合、つまり原状回復の場合に、金銭を返還するときは、受領の時から利息を付さなければならない、です。冒頭のAなら、頭金30万円に、受け取った日からの利息が付きます。条文は、善意か悪意かで分けていません。Aが、自分のお金のつもりで使っていたとしても、付きます。条文のふだです。

民法404条。1項=利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。2項=法定利率は、年三パーセントとする。3項=前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、三年を一期とし、一期ごとに、次項の規定により変動するものとする。 図:民法404条

  • 1項=利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による
  • 2項=法定利率は、年三パーセントとする
  • 3項=前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、三年を一期とし、一期ごとに、次項の規定により変動するものとする

利率は、特約がなければ、法定利率になる、と考えます。404条1項は、別段の意思表示がないときは、利息が生じた最初の時点における法定利率による、と定めます。2項は、年率3パーセントを出発点とし、3項で、3年を一期として見直されます。利率の数字は、その時点の法定利率を確かめてください。404条の内容は条文のふだ、2項の利息に404条を当てはめるところは、こちらの説明のふだです。なぜ、受領の時からなのか。契約が遡って消えるなら、Aは、受け取った時から、法律上の原因なく、Bのお金を持っていたことになるからです。こちらの説明のふだです。

3つめの前に確認。天然果実と法定果実の違いは何だったか。 図:3つめの前に確認。天然果実と法定果実の違いは何だったか。

3つめの果実に入る前に、前に見たことを、ひとつ復習します。物から生まれる収益を果実と言い、2種類ありました。天然果実と法定果実の違いは、何でしたか?

民法88条。1項=物の用法に従い収取する産出物を天然果実とする。2項=物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物を法定果実とする。 図:民法88条

  • 1項=物の用法に従い収取する産出物を天然果実とする
  • 2項=物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物を法定果実とする

88条が、この2つを定めています。1項が天然果実で、物の用法に従い収取する産出物。2項が法定果実で、物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物です。この果実を、3項が返すものに入れています。

条文民法545条3項

民法第545条3項 3 第一項本文の場合において、金銭以外の物を返還するときは、その受領の時以後に生じた果実をも返還しなければならない。

第1項本文の場合に、金銭以外の物を返還するときは、受領の時以後に生じた果実をも返還しなければならない、です。物を返すときは、その物から生まれた果実も返還する、ということです。条文のふだです。

場面を変える。Bは、受け取った車を友人Cに貸して、賃料を得ていた。Bは車を返すとき、受領の時以後に得た賃料も返す。賃料=法定果実。 図:場面を変える

  • Bは、受け取った車を友人Cに貸して、賃料を得ていた
  • Bは車を返すとき、受領の時以後に得た賃料も返す
  • 賃料=法定果実

場面を変えます。Bが、受け取った車を、友人のCに貸して、賃料を得ていたとします。賃料は、物を使わせた対価ですから、法定果実です。Bは、Aに車を返すときに、受領の時以後に得た賃料も返します。

3項の改正。改正前の条文は、利息のことしか書いていなかった。2017年の改正で、利息以外の果実も返還することを、条文に明記した。それまでの扱いは変えない。札=審議の資料の説明。 図:3項の改正

  • 改正前の条文は、利息のことしか書いていなかった
  • 2017年の改正で、利息以外の果実も返還することを、条文に明記した
  • それまでの扱いは変えない
  • 札=審議の資料の説明

3項は、2017年の民法改正で、明文になりました。改正前の条文は、利息のことしか書いていませんでした。金銭以外の物の果実は、解釈で返すとされていました。審議の資料には、利息以外の果実も返さなければならないことを、条文の上でも明記して趣旨を明確にするもので、それまでの扱いは変えない、と説明されています。

何を返すのか(2)使用利益

問い。Bが自分で半年乗った分を返す根拠は、545条の1項から3項のどこにあるか。 図:問い。Bが自分で半年乗った分を返す根拠は、545条の1項から3項のどこにあるか。

4つめです。問いから入ります。Bは、車を人に貸さず、自分で半年乗りました。冒頭で、乗った分も返す、と答えを先に言いました。では、その根拠は、いま読んだ1項から3項の、どこにあるでしょうか?

使用利益。物を使って得た利益。明文なし。自分で使った分は、判例により返す。測り方=借りていたら払ったはずの使用料。 図:使用利益

  • 物を使って得た利益
  • 明文なし
  • 自分で使った分は、判例により返す
  • 測り方=借りていたら払ったはずの使用料

1項から3項のどこにも、自分で使った分の定めはありません。ですが、判例は、返す、としています。この分を、使用利益と言います。物を使って得た利益のことです。判例を、読んでみます。

判例の事案の関係図。売主のA(中古自動車の販売業者)が、買主のBに中古車を転売。Bは代金57万5000円を全額払い、引渡しを受けた。車は、販売金融会社Cが分割払いで売り、払い終わるまで所有権を自分に残していたもの(所有権留保)で、名義もCのまま。 図:判例の事案の関係図

  • 売主のA(中古自動車の販売業者)が、買主のBに中古車を転売
  • Bは代金57万5000円を全額払い、引渡しを受けた
  • 車は、販売金融会社Cが分割払いで売り、払い終わるまで所有権を自分に残していたもの(所有権留保)で、名義もCのまま

事案は、冒頭の中古車とは別の事件です。ここでも、売主をA、買主をBと呼びます。中古自動車の販売業者のAが、ほかの人から買い受けた車を、Bに転売しました。Bは、代金57万5000円を全額払って、車の引渡しを受けました。ところが、その車は、販売金融会社のCが、代金を分割で払わせ、払い終わるまでは所有権を自分に残す、という約束で売ったもので、名義もCのままでした。Aに車を売った人には、車を処分する権限がなかったのです。

事案の続き。Cが裁判所の手続(仮処分)をとり、車はBから引き揚げられた。Bは当時の民法561条(他人の権利の売買で、買主が解除できる定め)により売買を解除した。問い=解除までの間に使った利益を、買主が売主に返すのか。 図:事案の続き

  • Cが裁判所の手続(仮処分)をとり、車はBから引き揚げられた
  • Bは当時の民法561条(他人の権利の売買で、買主が解除できる定め)により売買を解除した
  • 問い=解除までの間に使った利益を、買主が売主に返すのか

Cは、仮処分、つまり、裁判の結論が出るまでの間、裁判所に仮の措置をとってもらう手続をとり、車は、Bの手元から引き揚げられました。Bは、そこで初めて、車がAの物ではなかったと知り、当時の民法561条により、売買を解除しました。売主が他人の権利を買主に移せないときに、買主が解除できる、という定めです。いまの561条は、売主が権利を移す義務を定める条文で、解除は、債務不履行による解除の規定によります。判決が答えたのは、解除までの間に使った利益を、買主が売主に返すのか、です。答えは2つに分かれます。解除一般についてと、他人の権利の売買についてです。

判例最判昭51・2・13 民集30巻1号1頁

売買の解除と使用利益の返還 売買契約が解除された場合に、目的物の引渡を受けていた買主は、原状回復義務の内容として、解除までの間目的物を使用したことによる利益を売主に返還すべき義務を負うものであり、この理は、他人の権利の売買契約において、売主が目的物の所有権を取得して買主に移転することができず、民法五六一条の規定により該契約が解除された場合についても同様であると解すべきである。

1つめ、売買契約が解除されたとき、引渡しを受けていた買主は、原状回復義務の内容として、解除までの間に目的物を使用した利益を、売主に返還する義務を負います。2つめ、他人の権利の売買が解除された場合も、同じです。判例のふだです。冒頭のBは、この1つめに、そのまま当たります。半年乗った分は、Aに返します。理由も、判決が述べています。問いは、ふたつです。なぜ、使った利益まで返させるのか。そして、返ってきた利益が売主の手元に残らなくても、それでよいのか。続きを読みます。

判例最判昭51・2・13 民集30巻1号1頁

売買の解除と使用利益の返還 理由 けだし、解除によつて売買契約が遡及的に効力を失う結果として、契約当事者に該契約に基づく給付がなかつたと同一の財産状態を回復させるためには、買主が引渡を受けた目的物を解除するまでの間に使用したことによる利益をも返還させる必要があるのであり、売主が、目的物につき使用権限を取得しえず、したがつて、買主から返還された使用利益を究極的には正当な権利者からの請求により保有しえないこととなる立場にあつたとしても、このことは右の結論を左右するものではないと解するのが、相当だからである。

1つめ。解除によって契約が遡って効力を失うのだから、給付がなかったのと同じ財産状態に戻すには、使った利益も返させる必要があります。2つめ。売主が使用の権限を持たず、返ってきた使用利益を、結局は正当な権利者に渡す立場でも、結論は変わりません。さきほど見た、契約が遡って消える、という前提が、そのまま理由になっています。判例のふだです。

使用利益の測り方。借りていたら払ったはずの使用料(賃料相当額)。例=同じ車を借りたら月2万円なら、半年で12万円。判旨は、額の測り方も、車の値打ちの減りとの関係も述べていない。札=学説/こちらの説明。 図:使用利益の測り方

  • 借りていたら払ったはずの使用料(賃料相当額)
  • 例=同じ車を借りたら月2万円なら、半年で12万円
  • 判旨は、額の測り方も、車の値打ちの減りとの関係も述べていない
  • 札=学説/こちらの説明

額の測り方です。借りていたら払ったはずの使用料、つまり賃料相当額で測ります。同じ車を借りたら月2万円かかったなら、半年で12万円です。学説と、こちらの説明のふだです。判決は、額の測り方までは述べていません。また、車は乗れば値打ちが下がりますが、その減り方と使用利益の関係についても、判決は何も述べていません。

審議の資料の説明。審議の途中でまとめた案の説明は、使用利益の返還を条文に書く考え方を紹介したうえで、範囲がはっきりしない面があり、目的物の値打ちの減りとの整理も難しいから、一律の規定は設けず、解釈に委ねる、とした。最終の3項は果実だけ。 図:審議の資料の説明

  • 審議の途中でまとめた案の説明は、使用利益の返還を条文に書く考え方を紹介したうえで、範囲がはっきりしない面があり、目的物の値打ちの減りとの整理も難しいから、一律の規定は設けず、解釈に委ねる、とした
  • 最終の3項は果実だけ

審議の資料にも、この点の説明があります。審議の途中でまとめた案の説明には、使用利益の返還も条文に書く考え方がある、と紹介したうえで、どこまでが使用利益か、はっきりしない面があり、目的物の値打ちが減ることとの整理も難しいから、一律の規定は設けず、解釈に委ねる、とあります。最終の3項に書かれたのも、果実だけです。

使用して得た利益の返還義務の性質。「右償還の義務の法律的性質は、いわゆる原状回復義務に基く一種の不当利得返還義務にほかならないのであつて、不法占有に基く損害賠償義務と解すべきではない。」(特定物の売買で、買主が解除までの間に使用収益した利益の償還について)出典=最判昭34・9・22 民集13巻11号1451頁。札=判例。 図:使用して得た利益の返還義務の性質

  • 「右償還の義務の法律的性質は、いわゆる原状回復義務に基く一種の不当利得返還義務にほかならないのであつて、不法占有に基く損害賠償義務と解すべきではない。」(特定物の売買で、買主が解除までの間に使用収益した利益の償還について)出典=最判昭34・9・22 民集13巻11号1451頁
  • 札=判例

もう1つ、返す義務の性質について、最高裁の判決があります。特定物の売買で、買主が解除までの間に使って得た利益を返す義務は、原状回復義務に基づく、一種の不当利得返還義務であって、不法占有による損害賠償義務ではない、というものです。判例のふだです。さきほど、原状回復義務は不当利得返還債務だと言いましたが、その裏づけになります。

果実と使用利益の違い。人に貸して得たもの(賃料)=法定果実/3項(条文)。自分で使った分=使用利益/明文なし・判例。どちらも返す。 図:果実と使用利益の違い

  • 人に貸して得たもの(賃料)=法定果実/3項(条文)
  • 自分で使った分=使用利益/明文なし・判例
  • どちらも返す

果実と使用利益の違いを、1枚にします。Bが、人に貸して賃料を得たなら、法定果実で、3項が根拠です。Bが、自分で乗ったなら、使用利益で、条文はなく、判例が根拠です。どちらも返します。分かれ目は、人に使わせて得たのか、自分で使ったのか、です。

何を返すのか(3)ほかの返還の決まりとの違い

問い。前に見た189条では、善意の占有者は果実を取得できた。善意のBが得た賃料は、返さなくてよいか。 図:問い

  • 前に見た189条では、善意の占有者は果実を取得できた
  • 善意のBが得た賃料は、返さなくてよいか

189条と190条。189条1項=善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。190条1項=悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。解除の原状回復には、どちらも適用されない。札=学説。 図:189条と190条

  • 189条1項=善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する
  • 190条1項=悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う
  • 解除の原状回復には、どちらも適用されない
  • 札=学説

解除の原状回復には、189条も190条も適用されない、と解されています。通説で、学説のふだです。理由は2つあります。1つめ、545条3項は、受領の時以後に生じた果実を返せと書いていて、善意か悪意かで分けていません。条文の字面です。2つめ、189条は、善意で暮らしている占有者の生活の安定を守る、一般の不当利得より手厚い特則でした。解除は、契約を元に戻す場面で、その場面とは違います。こちらの説明のふだです。

民法703条。法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。 図:民法703条

解除で返す範囲は、一般の不当利得で返す範囲より大きくなります。一般の不当利得を定める703条は、利益の存する限度、つまり、今も残っている分だけ返せばよい、という定めです。さきほど、原状回復義務の性質は、不当利得返還債務だと言いました。法律上の原因なく持っているものを返す、という性質は同じです。しかし、返す範囲は違います。545条1項は、原状に復させる、と書いていて、利益の存する限度、とは書いていません。ですから、解除では、今も残っている分には限られません。学説のふだです。

121条の2との比べ。無効・取消し(121条の2)=1項は、無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。2項と3項は、現に利益を受けている限度で返還する場面(無償行為で善意/意思能力のない者・制限行為能力者)。解除(545条)=現に利益を受けている限度とする定めはない。札=条文/こちらの説明。 図:121条の2との比べ

  • 無効・取消し(121条の2)=1項は、無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う
  • 2項と3項は、現に利益を受けている限度で返還する場面(無償行為で善意/意思能力のない者・制限行為能力者)
  • 解除(545条)=現に利益を受けている限度とする定めはない
  • 札=条文/こちらの説明

無効や取消しの原状回復との違いも、見ておきます。前に、121条の2で見ました。原則は全部返還で、返せなければ価額を返しました。ただ、無償行為で善意の人や、意思能力のない人、制限行為能力者は、現に利益を受けている限度で返せば足りる場面がありました。545条には、そのような定めがありません。たとえば、Aが頭金の30万円を使ってしまっていても、全額と利息を返します。条文のふだです。

理由の整理。取消し・無効=守るべき人(無償で善意の人・意思能力のない者・制限行為能力者)を、現存利益で守る規定が働く場面。解除=有効に成立した契約を、対価の関係ごと元に戻す場面。札=こちらの説明。 図:理由の整理

  • 取消し・無効=守るべき人(無償で善意の人・意思能力のない者・制限行為能力者)を、現存利益で守る規定が働く場面
  • 解除=有効に成立した契約を、対価の関係ごと元に戻す場面
  • 札=こちらの説明

理由は、こちらの説明のふだです。取消しや無効は、無償で善意の人や、能力の弱い人を、現存利益で守る規定が働く場面です。解除は、有効に成立した契約を、対価の関係ごと、元に戻す場面です。双方が対価を出し合った契約ですから、片方だけ、残っている分で足りる、とする理由がありません。

何を返すのか(4)返せないとき

5つめの前提。前の回で見たこと=落ち度なく、落雷で車が焼けたときは、解除権は消えない。今日は、その先。場面=売主のA(左)が、エンジンに重大な欠陥のある中古車を、買主のB(右)に売った。Bは全額払って引渡しを受けた。Bに落ち度なく、車が落雷で焼けた。 図:5つめの前提

  • 前の回で見たこと=落ち度なく、落雷で車が焼けたときは、解除権は消えない
  • 今日は、その先
  • 場面=売主のA(左)が、エンジンに重大な欠陥のある中古車を、買主のB(右)に売った
  • Bは全額払って引渡しを受けた
  • Bに落ち度なく、車が落雷で焼けた

5つめは、返せないときです。前の回で、買主に落ち度がないまま、たとえば落雷で車が焼けたときは、解除権は消えない、と見ました。今日は、その先、つまり、解除したあとに何を返すのかを見ます。場面を置きます。売主のAが、エンジンに重大な欠陥のある中古車を、買主のBに売りました。Bは、代金を全額払って、車の引渡しを受けました。ところが、Bに落ち度がないのに、車が落雷で焼けてしまいました。

民法548条。解除権を有する者が故意若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、若しくは返還することができなくなったとき、又は加工若しくは改造によってこれを他の種類の物に変えたときは、解除権は、消滅する。ただし、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは、この限りでない。 図:民法548条

  • 解除権を有する者が故意若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、若しくは返還することができなくなったとき、又は加工若しくは改造によってこれを他の種類の物に変えたときは、解除権は、消滅する
  • ただし、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは、この限りでない

欠陥があるので、Bは解除したい。Bに落ち度はありませんから、548条本文に当たらず、解除権は消えません。もしBに故意や過失があれば、本文により、解除権そのものが消えます。ただし、Bが、解除権があると知らなかったときは、消えません。条文のふだです。

返せないとき。条文=545条に定めなし(1項の原状回復と、2項・3項の利息・果実だけ。現存利益に限る定めもない)。有力な考え方=返せない原物の代わりに、その価値に当たるお金を返す義務(価額返還義務)を負う。理由=1 現存利益に限る定めがない。2 解除は契約の清算=双方が戻し合う。戻すのが片方だけにならないよう、物の代わりに価値で返す。札=条文/学説/こちらの説明。 図:返せないとき

  • 条文=545条に定めなし(1項の原状回復と、2項・3項の利息・果実だけ。現存利益に限る定めもない)
  • 有力な考え方=返せない原物の代わりに、その価値に当たるお金を返す義務(価額返還義務)を負う
  • 理由=1 現存利益に限る定めがない
  • 2 解除は契約の清算=双方が戻し合う
  • 戻すのが片方だけにならないよう、物の代わりに価値で返す
  • 札=条文/学説/こちらの説明

まず、条文には、返せないときの定めがありません。545条は、1項の原状回復と、2項と3項の利息と果実だけです。121条の2のような、現存利益に限る定めもありません。有力な考え方があります。返せない原物の代わりに、その価値に当たるお金を返す義務、つまり価額返還義務を負う、というものです。学説のふだです。理由は、2つです。1つめ、545条には、受け取った人の義務を、現存利益、つまり今も残っている分に限る定めがありません。ですから、手元に何も残っていないことは、返さない理由にならない、と考えます。2つめ、解除は契約の清算だから、客観的な価値を返すのが筋だ、と説明されます。清算とは、双方が受け取ったものを戻し合うことです。Aは、代金を全額返します。Bは車がないから何も返さない、となると、戻すのがAだけになります。そこで、Bは、車の代わりに、その価値をお金で返す、という筋です。清算の言い直しは、こちらの説明のふだです。

審議の資料の説明。審議の途中でまとめた案=返せないときは、返せない原因を問わず、その価額を返す旨を条文に書く案。その後の整理=この規律は設けず、解釈に委ねる。結果=545条に価額の定めはない。 図:審議の資料の説明

  • 審議の途中でまとめた案=返せないときは、返せない原因を問わず、その価額を返す旨を条文に書く案
  • その後の整理=この規律は設けず、解釈に委ねる
  • 結果=545条に価額の定めはない

審議の資料にも、経緯があります。審議の途中でまとめた案には、返せないときは、返せない原因を問わず、その価額を返す、と条文に書く案がありました。ところが、その後の整理では、この規律は設けず、解釈に委ねる、とされました。その結果、545条には、価額の定めがありません。審議の資料の説明です。判例の線も確認します。さきほどの、他人の権利の売買の判決の、別の段落です。判決文の上告人は売主、被上告人は買主のことです。所有権者の追奪、という言葉も出てきます。本当の持ち主に、物を取り戻されることで、ここでは、Cに車を引き揚げられたことを指します。見るのは1点です。返せなくなった原因が売主の側にあるとき、買主は、代わりのお金を返すのか。

判例最判昭51・2・13 民集30巻1号1頁

返還不能と価格返還 右事実によると、上告人が、他人の権利の売主として、本件自動車の所有権を取得してこれを被上告人に移転すべき義務を履行しなかつたため、被上告人は、所有権者の追奪により、上告人から引渡を受けた本件自動車の占有を失い、これを上告人に返還することが不能となつたものであつて、このように、売買契約解除による原状回復義務の履行として目的物を返還することができなくなつた場合において、その返還不能が、給付受領者の責に帰すべき事由ではなく、給付者のそれによつて生じたものであるときは、給付受領者は、目的物の返還に代わる価格返還の義務を負わないものと解するのが相当である。

読み方です。解除による原状回復として目的物を返せなくなった場合に、その原因が、受け取った買主の責任ではなく、給付した売主の責任で生じたときは、買主は、返還に代わる価格返還の義務を負わない、と言っています。価格返還とは、さきほどの、価値に当たるお金を返すことです。判例のふだです。自分の落ち度で返せなくした売主が、その代わりのお金を買主に求めるのは、筋が通らないからです。こちらの説明のふだです。

判例の線の範囲。判旨=返せなくなった原因が給付した売主の責任であるときは、買主は価格返還の義務を負わない。判旨が述べていないこと=返せないときに一般に価額返還義務を認めるか否か。 図:判例の線の範囲

  • 判旨=返せなくなった原因が給付した売主の責任であるときは、買主は価格返還の義務を負わない
  • 判旨が述べていないこと=返せないときに一般に価額返還義務を認めるか否か

言っていない範囲も、はっきりさせます。判決は、返せなくなった原因が、売主の責任だった事案について述べています。一般に、価額の返還義務を認めたとも、否定したとも、言っていません。

返せないときの整理。誰のせいで返せなくなったか。解除する側の故意・過失=548条本文により解除権が消える。売主の責任=判例により、買主は価格返還の義務を負わない。どちらのせいでもない(落雷)=条文なし。有力な考え方では価額を返す。 図:返せないときの整理

  • 誰のせいで返せなくなったか
  • 解除する側の故意・過失=548条本文により解除権が消える
  • 売主の責任=判例により、買主は価格返還の義務を負わない
  • どちらのせいでもない(落雷)=条文なし
  • 有力な考え方では価額を返す

落雷のように、売主のせいでも買主のせいでもないときは、どうなるのですか?そこは、言い切れません。条文はなく、判例も一般論は述べていないからです。整理は、誰のせいで返せなくなったか、で分けます。解除する側の故意や過失で返せなくなったなら、548条の本文により、解除権そのものが消えます。売主の責任で返せなくなったなら、判例により、買主は価格返還の義務を負いません。落雷のように、どちらのせいでもないときは、条文がなく、有力な考え方では、Bは焼けた車の価額を返します。答案では、条文に定めがないことを先に示し、有力な考え方を、理由と一緒に書きます。

2つめの柱のまとめ。原物=1項(条文・学説)/金銭の利息=2項(条文)/果実=3項(条文)/使用利益=明文なし(判例)/返せないとき=条文なし(有力な考え方では価額を返す)。189条・190条は適用されない。121条の2のような現存利益の限定はない。 図:2つめの柱のまとめ

  • 原物=1項(条文・学説)/金銭の利息=2項(条文)/果実=3項(条文)/使用利益=明文なし(判例)/返せないとき=条文なし(有力な考え方では価額を返す)
  • 189条・190条は適用されない
  • 121条の2のような現存利益の限定はない

2つめの柱を、まとめます。原物は、1項の原状に復させる義務です。金銭の利息は2項、果実は3項で、どれも条文です。自分で使った分の使用利益は、明文がなく、判例です。返せないときは、条文がなく、有力な考え方では、価額を返します。そして、189条と190条は適用されず、現存利益に限る定めもないので、返す範囲は、一般の不当利得より広くなります。冒頭のBが、車のほかに半年乗った分の使用利益を返し、Aが、頭金のほかに利息を返すのは、このためです。

返し方と、返したあとに残るもの

3つめの柱の入口。返し方=引換えか。返したあとに残るもの=何か。 図:3つめの柱の入口。返し方=引換えか。返したあとに残るもの=何か。

3つめの柱です。解除の原状回復の中身は、ここまでです。次は、どう返すのか、そして、返したあとに何が残るのか、です。

確認の問い。同時履行の抗弁権とは何だったか。 図:確認の問い。同時履行の抗弁権とは何だったか。

546条の前に、前に見たことを、ひとつ復習します。同時履行の抗弁権とは、何でしたか?

民法533条。双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。 図:民法533条

  • 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる
  • ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない

相手方が自分の債務の履行を提供するまでは、自分の債務の履行を拒める権利です。533条の定めどおりです。ここからは、解除の原状回復の同時履行です。533条が、解除のあとの互いの返還にも使われることは、同時履行のところで、546条を読んで、一度見ました。そのときは、何を、どこまで返すのかは、後回しにしていました。返す中身が分かったいま、もう一度、546条を読みます。

条文民法546条

民法第546条 第五百三十三条の規定は、前条の場合について準用する。

前条の場合とは、545条の場合、つまり解除の場合です。準用とは、条文が、ほかの規定を使えと書いていることでした。解除の巻き戻しにも、533条が準用されます。AとBが互いに負う返還の義務は、同時履行の関係になります。条文のふだです。

546条の引換え。左のAと右のBが、引換えに返す。AからBへ=頭金30万円+受領の時からの利息。BからAへ=車(+賃料や使用利益に当たる額)。 図:546条の引換え

  • 左のAと右のBが、引換えに返す
  • AからBへ=頭金30万円+受領の時からの利息
  • BからAへ=車(+賃料や使用利益に当たる額)

冒頭のAとBで言います。Aは、車が返ってくるまで、頭金と利息は返さない、と言えます。Bも、頭金と利息が返ってくるまで、車は返さない、と言えます。引換えです。どちらか片方だけ先に返させると、不公平だからです。向き合う2つの返還は、同じ契約の巻き戻しとして、ひと組だからです。こちらの説明のふだです。

保証の例。左が売主のA、右が買主のB、Aのための保証人がC。車の売買が、売主Aの債務不履行で解除された。Bが払った代金の返還を、保証人Cに求められるか。 図:保証の例

  • 左が売主のA、右が買主のB、Aのための保証人がC
  • 車の売買が、売主Aの債務不履行で解除された
  • Bが払った代金の返還を、保証人Cに求められるか

保証人の話です。場面を変えます。今度は、売主のAが車を引き渡さないので、買主のBが契約を解除したとします。Aには、保証人のCがいます。Bが払った代金の返還は、Aのための保証人Cに求められるのでしょうか。

保証人と原状回復義務。最大判昭40・6・30=特定物の売買における売主のための保証人は、特に反対の意思表示のないかぎり、売主の債務不履行により契約が解除された場合における原状回復義務についても、保証の責に任ずる。理由=売主のための保証は、通常、売主の債務不履行によって売主が買主に負う債務を引き受ける趣旨でされる。買主の代金債務のための保証人については、判断していない。札=判例。 図:保証人と原状回復義務

  • 最大判昭40・6・30=特定物の売買における売主のための保証人は、特に反対の意思表示のないかぎり、売主の債務不履行により契約が解除された場合における原状回復義務についても、保証の責に任ずる
  • 理由=売主のための保証は、通常、売主の債務不履行によって売主が買主に負う債務を引き受ける趣旨でされる
  • 買主の代金債務のための保証人については、判断していない
  • 札=判例

前に、保証のところで読んだ、最高裁の判決です。そのときは、買主をA、売主をBと呼びました。今日は、売主がA、買主がBです。判決は、理由から述べています。特定物の売買で、売主のために保証する人は、ふつう、売主に代わって自分で物を引き渡すというよりも、むしろ、売主が約束を破ったときに売主が買主に負う債務を引き受ける趣旨で、保証します。だから、損害賠償義務はもちろん、特に反対の意思表示がない限り、売主の債務不履行により契約が解除された場合の、原状回復義務についても、責任を負う、としました。判例のふだです。代金を返す義務も、売主が約束を破ったことから生じる債務だからです。こちらの説明のふだです。範囲に注意してください。判決が述べたのは、売主のための保証です。買主の代金債務のための保証人については、判断していません。次に、返したあとに残るものです。契約が遡って消えるのに、損害賠償は、本当に請求できるのでしょうか。4項を読みます。

条文民法545条4項

民法第545条4項 4 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

4項が、この疑問に答えています。解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。条文のふだです。払わなかったBの責任は、契約が消えても残ります。直接効果説では、遡及効の例外と説明されます。学説のふだです。

4項の損害賠償。何の賠償か=契約が履行されていたら得られた利益(履行利益)。民法415条2項3号=前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。 図:4項の損害賠償

  • 何の賠償か=契約が履行されていたら得られた利益(履行利益)
  • 民法415条2項3号=前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる
  • 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき

何の賠償か。契約が履行されていたら得られた利益、履行利益です。前に、債務不履行の賠償で見た言葉です。415条2項3号は、契約が解除されたときは、債務の履行に代わる損害賠償を請求できる、と定めます。冒頭のAで言います。Bが約束どおり払っていれば、Aの手元には、代金の100万円が入っていました。解除して車が戻ってきても、その車が値下がりしていて、100万円の値打ちがなければ、Aの手元は、約束が守られた場合より少なくなります。その差が、得られたはずの利益です。条文のふだと、こちらの説明のふだです。

損害額の基準時。売主が引き渡さず、買主が解除した場合の、履行に代わる損害賠償の額=解除当時における目的物の時価を標準とする(最判昭28・12・18)。理由=買主は解除の時まで物の給付を求める権利を持ち、解除で初めて、それが賠償の請求権に変わる。 図:損害額の基準時

  • 売主が引き渡さず、買主が解除した場合の、履行に代わる損害賠償の額=解除当時における目的物の時価を標準とする(最判昭28・12・18)
  • 理由=買主は解除の時まで物の給付を求める権利を持ち、解除で初めて、それが賠償の請求権に変わる

では、物の値打ちは、いつの値段で見るのか。前に、売主が引き渡さないので買主が解除した事例で、最高裁は、解除当時の時価を標準にする、としました。買主は、解除の時まで、物を渡せと言う権利を持っていて、解除で初めて、その権利が賠償の請求権に変わるから、という理由でした。判例のふだです。今日のAは売主で、立場は逆です。売主が解除した場合について、その判決が述べたわけではありません。

民法620条。賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合においては、損害賠償の請求を妨げない。 図:民法620条

  • 賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる
  • この場合においては、損害賠償の請求を妨げない

最後に、遡らない契約もあります。620条は、賃貸借の解除は、将来に向かってのみ効力を生ずる、と定めます。条文のふだです。賃貸借の解除は、別の回で見ます。

3つめの柱のまとめ。546条=互いの返還は引換え。保証人=売主のための保証は原状回復義務にも及ぶ(昭40)。4項=損害賠償は残る。620条=賃貸借の解除は将来に向かってのみ。 図:3つめの柱のまとめ

  • 546条=互いの返還は引換え
  • 保証人=売主のための保証は原状回復義務にも及ぶ(昭40)
  • 4項=損害賠償は残る
  • 620条=賃貸借の解除は将来に向かってのみ

3つめの柱を、まとめます。互いの返還は、546条により、引換えです。売主のための保証人は、原状回復義務にも責任を負います。損害賠償は、4項により、解除しても残ります。賃貸借のように、遡らない契約もあります。

確かめる——場面を変えた問い

確かめるその1。中古ピアノの売買。売主A、買主B、代金60万円。Bは頭金20万円を払い、ピアノを受け取って1年使った。残りを払わず、Aが解除した。1=Aが受け取った頭金20万円に利息は付くか。Aは、解除されるとは思っていなかった。2=Bがピアノを音楽教室に貸して得た賃料と、自分で弾いた分は、それぞれどう返すか。 図:確かめるその1

  • 中古ピアノの売買
  • 売主A、買主B、代金60万円
  • Bは頭金20万円を払い、ピアノを受け取って1年使った
  • 残りを払わず、Aが解除した
  • 1=Aが受け取った頭金20万円に利息は付くか
  • Aは、解除されるとは思っていなかった
  • 2=Bがピアノを音楽教室に貸して得た賃料と、自分で弾いた分は、それぞれどう返すか

事例で確かめます。中古ピアノの売買です。売主がA、買主がBで、代金は60万円です。Bは、頭金20万円を払い、ピアノを受け取って、1年使いました。残りを払わないので、Aが解除しました。1つめ。Aは、解除されるとは思っていませんでした。Aが受け取った頭金20万円に、利息は付きますか? 2つめ。Bは、ピアノを音楽教室に貸して賃料を得ていました。その賃料と、自分で弾いた分は、それぞれどう返しますか?

答えその1。1=付く(受領の時から。善意か悪意かで分けない=545条2項)。2=賃料は法定果実で、3項により返す。自分で弾いた分は使用利益で、明文はないが判例により返す。どちらも返す。 図:答えその1

  • 1=付く(受領の時から。善意か悪意かで分けない=545条2項)
  • 2=賃料は法定果実で、3項により返す
  • 自分で弾いた分は使用利益で、明文はないが判例により返す
  • どちらも返す

1つめは、付きます。545条2項は、受領の時から利息を付さなければならない、と定めていて、善意か悪意かで分けていません。Aが解除されると思っていなくても、同じです。条文のふだです。2つめは、どちらも返します。音楽教室に貸して得た賃料は、法定果実で、3項により返します。条文のふだです。自分で弾いた分は、使用利益で、明文はありませんが、判例により返します。判例のふだです。

確かめるその2。同じ中古ピアノの売買。3=Aは「ピアノが返ってくるまで、頭金は返さない」と言えるか。4=解除したのに、Aは損害賠償も請求できるのはなぜか。 図:確かめるその2

  • 同じ中古ピアノの売買
  • 3=Aは「ピアノが返ってくるまで、頭金は返さない」と言えるか
  • 4=解除したのに、Aは損害賠償も請求できるのはなぜか

続けて、同じピアノの売買で、2問です。3つめ。Aは、ピアノが返ってくるまで、頭金は返さない、と言えますか? 4つめ。解除したのに、Aが損害賠償も請求できるのは、なぜですか?

答えその2。3=言える(546条により533条を準用。互いの返還義務は同時履行の関係)。4=545条4項が、解除権の行使は損害賠償の請求を妨げない、としているから。契約が履行されていたら得られた利益(履行利益)の賠償。遡及効の例外。 図:答えその2

  • 3=言える(546条により533条を準用。互いの返還義務は同時履行の関係)
  • 4=545条4項が、解除権の行使は損害賠償の請求を妨げない、としているから
  • 契約が履行されていたら得られた利益(履行利益)の賠償
  • 遡及効の例外

3つめは、言えます。546条により533条が準用され、互いの返還の義務が、同時履行の関係になるからです。条文のふだです。4つめは、545条4項が、解除権の行使は損害賠償の請求を妨げない、と定めているからです。遡って契約が消えることの例外です。ここまでは、条文と学説のふだです。賠償されるのは、契約が履行されていたら得られた利益、履行利益です。415条2項3号に、前に見た履行利益の意味を当てはめた、こちらの説明のふだです。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日の3つの柱。1=解除すると契約は遡って消える(直接効果説)。2=返す中身は、原物・利息(2項)・果実(3項)・使用利益(判例)。返せないときは条文なし。3=互いの返還は引換え(546条)。損害賠償は残る(4項)。 図:今日の3つの柱

  • 1=解除すると契約は遡って消える(直接効果説)
  • 2=返す中身は、原物・利息(2項)・果実(3項)・使用利益(判例)
  • 返せないときは条文なし
  • 3=互いの返還は引換え(546条)
  • 損害賠償は残る(4項)

今日の話を整理します。1つめ、解除すると、契約は遡って、消えます。直接効果説です。2つめ、返す中身は、原物と、金銭の利息と、果実と、使用利益です。返せないときの定めは、条文にありません。3つめ、互いの返還は、546条により引換えです。そして、損害賠償は、4項により、解除しても残ります。

冒頭の答え合わせ。Bが返すもの=車+半年乗った分の使用利益(借りていたら払ったはずの使用料)。Aが返すもの=頭金+受領の時からの利息。互いの返還は引換え。それでも損害賠償は請求できる。 図:冒頭の答え合わせ

  • Bが返すもの=車+半年乗った分の使用利益(借りていたら払ったはずの使用料)
  • Aが返すもの=頭金+受領の時からの利息
  • 互いの返還は引換え
  • それでも損害賠償は請求できる

冒頭の問いの答えです。Bが返すのは、車だけではありません。車のほかに、半年乗った分の使用利益、つまり、借りていたら払ったはずの使用料に当たる額も返します。Aが返すのは、頭金だけではありません。頭金のほかに、受け取った時からの利息も返します。互いの返還は引換えで、それでも、損害賠償は請求できます。論文では、直接効果説とその帰結、つまり、未履行債務の消滅と、原状回復義務の性質と、4項の位置づけが、論点になりえます。

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#241単独ページ動画

解除と第三者

第5章 契約 #241/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

解除したら、転売された家は戻るのか

冒頭の設例の関係図。左が売主のA、中央が買主のB、右が転得者のC。AはBに家を売ったが、Bは代金を払わない。Bはその家をCに転売していた。Aが解除したら、家は誰のものか。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主のA、中央が買主のB、右が転得者のC
  • AはBに家を売ったが、Bは代金を払わない
  • Bはその家をCに転売していた
  • Aが解除したら、家は誰のものか

冒頭の問いの答えの方向。解除の前に買ったC=条件を満たせば守られる。解除の後に買ったD=先に登記を備えたほうが勝つ。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 解除の前に買ったC=条件を満たせば守られる
  • 解除の後に買ったD=先に登記を備えたほうが勝つ

先に、答えの方向を言います。解除の前に買ったCは、条件を満たせば守られます。解除の後に買ったDは、先に登記を備えたほうが勝ちます。登記とは、不動産の持ち主を、国の帳簿に書いて公に示す手続のことです。なぜ、前と後で分かれるのか。条件とは何か。今日は、そこを順に見ていきます。

今日の位置と、3つの話

今日の位置。前回まで=解除すると契約は遡って消え、原状回復義務が生じる。今日=その遡及効から、第三者をどう守るか。 図:今日の位置

  • 前回まで=解除すると契約は遡って消え、原状回復義務が生じる
  • 今日=その遡及効から、第三者をどう守るか

位置づけです。前回、解除すると、契約は遡って消える、つまり、直接効果説で考えるのが通説だと見ました。遡って消えるなら、途中で買ったCの権利も、はじめからなかったことになりそうです。そこで、遡って消えることから、第三者をどう守るのか。それを決めるのが、今日です。解除できる要件そのものは、別の回で見ます。

今日の地図。1=解除前の第三者(545条1項ただし書)。2=解除後の第三者(177条・178条)。3=取消しと第三者の比べ。 図:今日の地図

  • 1=解除前の第三者(545条1項ただし書)
  • 2=解除後の第三者(177条・178条)
  • 3=取消しと第三者の比べ

話は3つです。1つめ、解除の前に現れた第三者。2つめ、解除の後に現れた第三者。3つめ、取消しと第三者の比べです。以前に、取消しと第三者、それから解除と登記の結論を見ました。今日は、その結論の理由を、条文の側から掘り下げます。

根拠の札。条文=法律に書いてあること。判例=最高裁の判決が実際に述べたこと。学説=学者が説明している考え方。こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと。 図:根拠の札

  • 条文=法律に書いてあること
  • 判例=最高裁の判決が実際に述べたこと
  • 学説=学者が説明している考え方
  • こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと

今日も、根拠のふだを貼りながら話します。条文は、法律に書いてあること。判例は、最高裁の判決が実際に述べたことです。学説は、学者が説明している考え方。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。

解除前の第三者——ただし書が守る人

1つめの柱の入口。条文は、遡って消えることから、誰を守っているのか。 図:1つめの柱の入口。条文は、遡って消えることから、誰を守っているのか。

1つめの柱です。前回読んだ545条1項を、もう一度出します。前回は本文を読みました。今日の主役は、ただし書です。

条文民法545条1項

民法第545条1項 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。

ただし、第三者の権利を害することはできない。これが、ただし書です。条文のふだです。

ただし書の趣旨。直接効果説=契約は遡って消える→Bから買ったCの権利も、理屈の上ではもとから無かったことになる。それでは、何も知らずに取引したCがあまりに気の毒。そこで、遡及効から第三者を守る。札=学説(通説)。 図:ただし書の趣旨

  • 直接効果説=契約は遡って消える→Bから買ったCの権利も、理屈の上ではもとから無かったことになる
  • それでは、何も知らずに取引したCがあまりに気の毒
  • そこで、遡及効から第三者を守る
  • 札=学説(通説)

なぜ、こんな定めがあるのか。直接効果説で素直に考えると、契約は、遡って消滅します。そうすると、AB間の契約の上に乗って、Bから家を買ったCの権利も、理屈の上では、もとから無かったことになります。何も知らずに取引したCにとって、これはあまりに気の毒です。そこで、遡って消えることから第三者を守るのが、ただし書です。学説、つまり通説の説明のふだです。Bから買えば誰でも守られる、というわけではありません。ただし書の第三者には、定義があります。

ただし書の「第三者」の定義。解除された契約から生じた法律効果を基礎として、解除までに新たな権利を取得した者。3つに分ける。1=その契約の上に乗って。2=新たな権利を取得した。3=解除までに。札=学説(通説)。 図:ただし書の「第三者」の定義

  • 解除された契約から生じた法律効果を基礎として、解除までに新たな権利を取得した者
  • 3つに分ける
  • 1=その契約の上に乗って
  • 2=新たな権利を取得した
  • 3=解除までに
  • 札=学説(通説)

ただし書の第三者とは、解除された契約から生じた法律効果を基礎として、解除までに新たな権利を取得した者です。学説、通説のふだです。長いので、3つに分けます。1つめ、解除された契約から生じた法律効果を基礎として。これは、その契約の上に乗っかって、という意味です。AB間の売買があるから、Bが所有者になり、その所有者からCが買った、という関係です。2つめ、新たな権利を取得した。ここが大切です。すでにある権利を、そのまま引き継いだだけの人は、含みません。3つめ、解除までに。解除より前に、ということです。この3つ目は、あとの柱2で使います。

当たる人と当たらない人。当たる=Cの(家を買った)・目的物に抵当権を取得した人。当たらない=代金債権の譲受人E・第三者のためにする契約の受益者。 図:当たる人と当たらない人

  • 当たる=Cの(家を買った)・目的物に抵当権を取得した人
  • 当たらない=代金債権の譲受人E・第三者のためにする契約の受益者

当たる人と、当たらない人を並べます。当たるのは、冒頭のCです。Bから家を買った転得者、つまり、人から人へ渡ってきた物を、さらに受け取った人です。また、その契約の目的物そのものに、抵当権を取得した人も当たります。抵当権とは、お金が返ってこないときに、その物を競売にかけて、優先的に返してもらう権利です。所有権ではなくても、新しい権利を取得していますから、同じ筋で当たります。当たらない人は、2種類です。まず、場面を変えます。売主のAが、買主のBに対して持っている代金の債権を、Eに譲りました。その後、Aが家を引き渡さないので、Bが契約を解除しました。ここだけは、解除したのは買主のBです。債権を譲り受けたEは、第三者に当たるでしょうか。

気持ちは分かります。ですが、Eは当たりません、というのが判例と通説の結論です。ほかに、当たるとする反対説もあります。当たらない理由は、定義の2つめです。Eが取得したのは、Aが持っていた代金債権そのものです。新たな権利を取得したのではなく、同じ債権を引き継いだだけです。例えるなら、リレーでバトンを受け取った走者です。バトンが偽物だったと分かれば、走者は走れません。新しく契約して買ったCとは、そこが違います。前に債権譲渡と抗弁のところで、解除は譲受人にも言える、と見ました。その結論の理由が、これです。もう1つ。第三者のためにする契約の、受益者です。前に、第三者のためにする契約で、受益者が直接、権利を取得すると見ました。ただ、受益者が取得するのは、解除される契約そのものから生じる権利です。その契約の上に新たに乗った権利ではありません。ですから、ただし書の第三者には当たりません。

問い。Cは第三者に当たる。では、Cはどんな条件で守られるのか。 図:問い。Cは第三者に当たる。では、Cはどんな条件で守られるのか。

Cは、第三者に当たります。では、Cは、どんな条件で守られるのでしょうか。まず、Cが何を知っていたかが、関係あるでしょうか?

守られる条件1。善意悪意は問わない。理由=解除権があっても、Aが実際に解除するとは限らない。札=学説(通説)。条文には、善意という要件が書かれていない。 図:守られる条件1

  • 善意悪意は問わない
  • 理由=解除権があっても、Aが実際に解除するとは限らない
  • 札=学説(通説)
  • 条文には、善意という要件が書かれていない

1つめの条件は、善意か悪意かを問わない、です。善意とは、ある事実を知らないこと。悪意とは、知っていることです。Cが、Bは代金を払っていない、と知っていても守られます。理由は、解除権があっても、Aが実際に解除するとは限らないからです。Bが払えば解除しませんし、Aが黙っていることもあります。債務不履行を知っていることは、解除されると知っていることとは別の話です。ですから、悪意のCも保護に値する、と説明されます。学説、通説のふだです。条文には、善意という言葉が書かれていません。この点は、3つめの柱で使います。

守られる条件2。登記(不動産)・引渡し(動産)が必要。権利保護要件としての登記。理由=Aは何も悪くない。落ち度のないAを犠牲にして守る以上、Cにも守られる資格を求める。札=学説(通説)。 図:守られる条件2

  • 登記(不動産)・引渡し(動産)が必要
  • 権利保護要件としての登記
  • 理由=Aは何も悪くない
  • 落ち度のないAを犠牲にして守る以上、Cにも守られる資格を求める
  • 札=学説(通説)

2つめの条件は、登記です。不動産なら登記、動産なら引渡しを、Cが備えている必要があります。学説、通説のふだです。なぜか。Aは何も悪くないからです。約束どおり家を売ったのに、Bが払わなかっただけです。落ち度のないAの犠牲のうえでCを守る以上、Cにも、守られるに値する資格を求める。それが登記や引渡しです。ここで、登記の意味を確認します。登記には2つの意味がありました。権利保護要件としての登記は、保護を受けるために、追加で必要になるハードルです。もう1つ、対抗要件としての登記は、権利を奪い合う相手に、自分の権利を主張するための登記でした。ここでのCの登記は、前者です。AとCは、家を奪い合う関係ではありません。Aが先に登記を戻したかどうかは、問題になりません。Cは、守られるための資格として、登記を備えるだけです。守ってもらうための、入場券です。

古い判例との違い。大審院の判例=この登記・引渡しを、対抗要件としての登記・引渡しだとした。通説=権利保護要件。結論(登記が要る)は同じ。答案は通説で書く。札=判例(古い)/学説。 図:古い判例との違い

  • 大審院の判例=この登記・引渡しを、対抗要件としての登記・引渡しだとした
  • 通説=権利保護要件
  • 結論(登記が要る)は同じ
  • 答案は通説で書く
  • 札=判例(古い)/学説

古い大審院の判例は、この登記や引渡しを、対抗要件としての登記や引渡しだとしました。通説は、権利保護要件です。理屈は違いますが、登記が要る、という結論は同じです。答案では、通説の言い方で書きます。判例と学説のふだです。

最高裁の判決。合意解約の事案。AとBが合意で契約を解約し、Bから買った者は未登記だった。 図:最高裁の判決

  • 合意解約の事案
  • AとBが合意で契約を解約し、Bから買った者は未登記だった

最高裁の判決も、見ておきます。事案は、土地の売買です。土地の持ち主のAが、自分名義の登記のある土地をBに売り、Bはそれをさらに、Cに転売しました。その後、AとBは、話し合いで契約を解除しました。転得者のCは、所有権の登記を受けていませんでした。話し合いで契約をなくすことを、合意解約と言います。今回の解除とは違いますが、判決は、遡って効力を失わせる趣旨なら、解除と別に考える理由はない、としました。そのうえで、次のように述べています。

判例最判昭33・6・14

合意解約と第三者の登記 しかしながら、右いずれの場合においてもその第三者が本件のように不動産の所有権を取得した場合はその所有権について不動産登記の経由されていることを必要とするものであつて、もし右登記を経由していないときは第三者として保護するを得ないものと解すべきである。けだし右第三者を民法一七七条にいわゆる第三者の範囲から除外しこれを特に別異に遇すべき何らの理由もないからである。

読み方です。第三者が不動産の所有権を取得したときは、登記を受けていることが必要で、登記を受けていなければ、第三者として保護されない、と言っています。理由として、177条の第三者から外して特別扱いする理由がない、と述べています。判例のふだです。判決はさらに、二重に売って先に登記をしたのと同じ関係になる、とも述べています。177条の対抗の関係に寄せて考えているわけです。ただ、対抗要件か権利保護要件か、という分類の言葉そのものは使っていません。登記が要る、という結論は、どちらの説でも同じです。

あてはめ。Cが登記を備えている=Cの勝ち。備えていない=Cは守られず、Aの勝ち。動産なら引渡しを受けているか。 図:あてはめ

  • Cが登記を備えている=Cの勝ち
  • 備えていない=Cは守られず、Aの勝ち
  • 動産なら引渡しを受けているか

冒頭の設例に当てはめます。Cが登記を備えていれば、Cは守られ、家はCのものです。備えていなければ、Cは守られず、Aが勝ちます。家ではなく動産、たとえば高価な絵画なら、Cが引渡しを受けているかを見ます。答案の流れも、ここで確認します。まず、解除の効果は、遡及的な消滅です。次に、ただし書の趣旨は、遡及効から第三者を守ることです。そして、第三者の意義を示して、Cが当たると言います。そのうえで、善意悪意は問わず、権利保護要件としての登記が要る、として、Cが登記を備えているかを当てはめます。ここは、論文で論点になりえます。

確かめるその1。AがBに家を売った。Bは代金を払わない。1=CはBの不払いを知っていたが、登記も備えた。Cは守られるか。2=Cは代金を払い終えたが、登記はまだ。Cは守られるか。 図:確かめるその1

  • AがBに家を売った
  • Bは代金を払わない
  • 1=CはBの不払いを知っていたが、登記も備えた
  • Cは守られるか
  • 2=Cは代金を払い終えたが、登記はまだ
  • Cは守られるか

事例で確かめます。同じAとBとCです。1つめ。Cは、Bが代金を払っていないと知っていましたが、登記は備えました。Cは守られますか? 2つめ。Cは、代金を払い終えましたが、登記はまだです。Cは守られますか?

答えその1。1=守られる(善意悪意不問・登記あり)。2=守られない(代金を払い終えても登記なし。権利保護要件を満たさない)。 図:答えその1

  • 1=守られる(善意悪意不問・登記あり)
  • 2=守られない(代金を払い終えても登記なし。権利保護要件を満たさない)

1つめは、守られます。2つめは、守られません。1つめは、悪意でも、登記があるので守られます。2つめは、代金を払い終えていても、登記がないので、守られません。資格を満たしていないからです。

確かめるその1の続き。売主のAが、買主のBへの代金債権をEに譲った。その後、Aが引渡しを怠り、Bが解除した。Eは第三者に当たるか。 図:確かめるその1の続き

  • 売主のAが、買主のBへの代金債権をEに譲った
  • その後、Aが引渡しを怠り、Bが解除した
  • Eは第三者に当たるか

もう1問です。さきほどの、代金債権の譲受人Eの場面です。解除したのは買主のBでした。Eは、ただし書の第三者に当たりますか?当たりません。Eは、新たな権利を取得したのではなく、同じ債権を引き継いだだけだからです。ですから、BはEに、解除したことを言えます。

解除後の第三者——ただし書の外

2つめの柱の入口。場面=Aが解除した後に、BがDに家を売った。Dにも、ただし書は使えるか。左が売主のA、中央が買主のB、右が解除後の買主のD。 図:2つめの柱の入口

  • 場面=Aが解除した後に、BがDに家を売った
  • Dにも、ただし書は使えるか
  • 左が売主のA、中央が買主のB、右が解除後の買主のD

2つめの柱です。設例を変えます。売主はA、買主はBです。Aは、Bの不払いを理由に、解除しました。ところが、その後に、Bが、まだ自分名義の家を、Dに売りました。解除の後に買ったDです。Dにも、ただし書は使えるのでしょうか?

答え。使えない。ただし書の第三者=解除までに新たな権利を取得した者。解除の後に現れたDは当たらない。ただし書の外。札=学説。 図:答え

  • 使えない
  • ただし書の第三者=解除までに新たな権利を取得した者
  • 解除の後に現れたDは当たらない
  • ただし書の外
  • 札=学説

ただし書は使えません。解除の後に買ったDは、ただし書の第三者に当たらないからです。さきほど見た定義の、3つめを思い出してください。解除までに、です。ただし書が守るのは、解除によって遡って消える権利でした。解除の後に現れたDは、解除までに新たな権利を取得した人ではありません。ですから、ただし書の第三者に当たりません。学説のふだです。取消しでも同じ形でした。96条3項や95条4項で守られるのは、取消しの前に現れた第三者だけで、取消しの後の第三者は、外でした。

確認の問い。詐欺を取り消した後に現れた第三者とは、何で勝ち負けが決まるのだったか。 図:確認の問い

では、AとDの勝ち負けは、どうやって決まるのでしょうか。その前に、前に見たことを、ひとつ復習します。詐欺を取り消した後に現れた第三者とは、何で勝ち負けが決まるのでしたか?

復帰的物権変動。解除によって、給付を受けたBから解除権者Aへ、権利が戻ると見る。すると、B→Aの戻りと、B→Dの売却は、Bを出発点とした二重譲渡に似た形になる。札=学説(通説)。 図:復帰的物権変動

  • 解除によって、給付を受けたBから解除権者Aへ、権利が戻ると見る
  • すると、B→Aの戻りと、B→Dの売却は、Bを出発点とした二重譲渡に似た形になる
  • 札=学説(通説)

取消しの後に買った人との間では、対抗関係になって、登記を先に備えたほうが勝つ、でした。解除でも、同じです。ここで、詐欺の取消しの回で見た、復帰的物権変動を使います。解除によって、いったんBに移った権利が、Aに戻ると見る考え方です。そうすると、BからAへの戻りと、BからDへの売却は、Bを出発点にした二重譲渡に似た形になります。1つの家を、AとDが奪い合う関係です。学説、通説のふだです。取消しの回でも、同じ疑問を解きました。遡って消えるというのは、法律がそう扱うことにした擬制です。事実としては、権利はいったんBに移っています。解除の前に権利を得たCとの関係では、この擬制がCを害しそうになるので、ただし書が守ります。解除の後のDとの関係では、Aへ戻る動きと、Dへ移る動きがぶつかるので、登記の先後で決めます。こちらの説明のふだです。

条文民法177条

民法第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

奪い合う関係は、対抗関係です。不動産なら、177条です。不動産に関する物権の得喪及び変更は、登記をしなければ、第三者に対抗することができない。条文のふだです。

条文民法178条

民法第178条 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。

動産なら、178条です。物権の譲渡は、引渡しがなければ、第三者に対抗することができない、と定めます。条文のふだです。

AとDの勝ち負け。先に登記を備えたほうが勝つ(177条)。動産は引渡し(178条)。Dが悪意でも先に登記を備えれば勝つ。理由=対抗要件の有無という画一的な基準で決められ、取引の安全にも役立つ。札=条文/学説。 図:AとDの勝ち負け

  • 先に登記を備えたほうが勝つ(177条)
  • 動産は引渡し(178条)
  • Dが悪意でも先に登記を備えれば勝つ
  • 理由=対抗要件の有無という画一的な基準で決められ、取引の安全にも役立つ
  • 札=条文/学説

結論です。Aが先に登記を戻していればAの勝ち、Dが先に登記を備えていればDの勝ちです。理由は、対抗要件の有無という画一的な基準で決められ、取引の安全にも役立つからです。取消しの後の場面と、同じ理由です。学説のふだです。Dが、Bの不払いを知っていても、先に登記を備えれば勝てます。単なる悪意は、自由な競争の範囲内だからです。ただし、背信的悪意者、つまり、相手を害する目的などで入ってきた人は、別です。背信的悪意者は、先に登記を備えても、Aに勝てません。177条の第三者の回で見た枠です。

登記の2つの意味。解除前のC=権利保護要件としての登記(守られる資格・先後は見ない)。解除後のD=対抗要件としての登記(先後で決める)。 図:登記の2つの意味

  • 解除前のC=権利保護要件としての登記(守られる資格・先後は見ない)
  • 解除後のD=対抗要件としての登記(先後で決める)

登記の意味が、前と後で違います。解除の前のCは、登記を備えているかを見ます。相手との先後は見ません。入場券です。解除の後のDは、AとDの、どちらが先かを見ます。早い者勝ちの、番号札です。こちらの説明のふだです。

確かめるその2。解除の後の場面。1=解除の後にBがDに売り、Dが先に登記を備えた。2=Aが解除の後すぐ、登記をBからAに戻した。 図:確かめるその2

  • 解除の後の場面
  • 1=解除の後にBがDに売り、Dが先に登記を備えた
  • 2=Aが解除の後すぐ、登記をBからAに戻した

確かめます。解除の後の場面です。1つめ。解除の後に、BがDに売り、Dが先に登記を備えました。誰が勝ちますか? 2つめ。Aは、解除の後すぐに、登記をBからAに戻しました。その後に、BがDに売りました。誰が勝ちますか?

答えその2。1=Dの勝ち(先に登記)。2=Aの勝ち(先に登記を戻した)。ただし書は使えない。 図:答えその2

  • 1=Dの勝ち(先に登記)
  • 2=Aの勝ち(先に登記を戻した)
  • ただし書は使えない

1つめは、Dの勝ちです。2つめは、Aが先ですから、Aの勝ちです。どちらも、先に登記を備えたほうが勝ちます。ただし書は、使いません。

取消しと第三者の比べ——なぜ違うのか

3つめの柱の入口。取消しの第三者は何を見るのか。解除の第三者は何を見るのか。 図:3つめの柱の入口。取消しの第三者は何を見るのか。解除の第三者は何を見るのか。

3つめの柱です。取消しと、解除を並べます。その前に、確認です。

確認の問い。詐欺による取消しの前に現れた第三者が守られるのは、どんなときだったか。 図:確認の問い

詐欺による取消しの前に現れた第三者が守られるのは、どんなときだったでしょうか?

条文民法96条3項

民法第96条3項 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

善意で、しかも過失がないときでした。96条3項は、詐欺による取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない、と定めます。過失がないとは、知らないことに落ち度もない、ということです。条文のふだです。

比較表1。取消し前の第三者。詐欺(96条3項)=善意でかつ過失がない第三者/登記は必要かどうか見解が分かれる。錯誤(95条4項)=善意でかつ過失がない第三者/同上。虚偽表示(94条2項)=善意の第三者(無過失は不要)/登記は不要(判例)。強迫=第三者を保護する規定がない。 図:比較表1

  • 取消し前の第三者
  • 詐欺(96条3項)=善意でかつ過失がない第三者/登記は必要かどうか見解が分かれる
  • 錯誤(95条4項)=善意でかつ過失がない第三者/同上
  • 虚偽表示(94条2項)=善意の第三者(無過失は不要)/登記は不要(判例)
  • 強迫=第三者を保護する規定がない

取消し前の第三者を、条文ごとに並べます。詐欺は、96条3項で、善意でかつ過失がない第三者です。錯誤は、95条4項が、同じく、善意でかつ過失がない第三者です。虚偽表示は、94条2項が、善意の第三者で、無過失までは求めません。これらの登記が要るかは、詐欺と錯誤は見解が分かれ、虚偽表示は不要、と判例は言います。強迫は、第三者を保護する規定がありません。ですから、強迫による取消しは、悪意でも善意でも、第三者に言えます。条文と判例のふだです。

比較表2。取消し前=条文ごとに主観を見る(善意無過失または善意)。取消し後=主観は問わない、先に登記したほうが勝つ(177条)。解除前=主観は問わない、登記(動産は引渡し)が必要。解除後=主観は問わない、先に登記したほうが勝つ(177条・178条)。 図:比較表2

  • 取消し前=条文ごとに主観を見る(善意無過失または善意)
  • 取消し後=主観は問わない、先に登記したほうが勝つ(177条)
  • 解除前=主観は問わない、登記(動産は引渡し)が必要
  • 解除後=主観は問わない、先に登記したほうが勝つ(177条・178条)

並べ替えます。取消しの前は、条文ごとに、第三者の主観を見ます。取消しの後は、主観を見ず、先に登記したほうが勝ちます。解除の前は、主観を問わず、登記が必要です。解除の後は、主観を問わず、先に登記したほうが勝ちます。つまり、前の第三者のところで、取消しと解除が、大きく違うのです。取消しは、主観を見る。解除は、主観を見ず、登記を見る。

なぜ違うのか。見る場所が違う。取消し=取消権者の落ち度の大きさで、第三者に求める主観が上下する(落ち度が大きいほど善意で足り、小さいほど善意+無過失)。解除=解除権者Aに落ち度がない→主観は問わない。その代わり、守られる資格として登記を求める。札=こちらの説明/学説。 図:なぜ違うのか

  • 見る場所が違う
  • 取消し=取消権者の落ち度の大きさで、第三者に求める主観が上下する(落ち度が大きいほど善意で足り、小さいほど善意+無過失)
  • 解除=解除権者Aに落ち度がない→主観は問わない
  • その代わり、守られる資格として登記を求める
  • 札=こちらの説明/学説

取消しは、取消権者、つまり、だまされた人や勘違いした人の落ち度の大きさで、第三者に求める主観が上下します。自分で偽りの外観を作った虚偽表示なら、第三者は善意で足ります。だまされただけなら、善意に加えて無過失まで求めます。前に見た、落ち度の物差しです。解除は違います。解除権者のAに、落ち度がありません。約束どおり売ったのに、Bが払わなかっただけだからです。そこで、まず1つめ。第三者の主観は問いません。解除原因があっても、Aが解除するとは限らないので、悪意のCも保護に値するからです。その代わり、2つめ。落ち度のないAを犠牲にして守る以上、Cには、守られる資格、つまり登記や引渡しを求めます。こちらの説明のふだです。「主観を問わない」と「登記を求める」の各理由は、学説のふだです。前に、解除は債務不履行が理由で、意思表示のキズではないから、主観を問う必要が薄いと言いました。今日は、その理由を、解除されるとは限らない、という点で深めました。同じ方向の説明です。覚え方は1行です。取消しは、心の中、つまり、善意無過失を見る。解除は、外から見える状態、つまり、登記を見る、です。

確かめるその3。1=Cは、Bの不払いを知っていたが、登記を備えた(解除前)。2=Aは、Bにだまされて家を売った。Aが詐欺を取り消す前に、Bから買ったCは、だまされたことを知っていた(取消し前)。 図:確かめるその3

  • 1=Cは、Bの不払いを知っていたが、登記を備えた(解除前)
  • 2=Aは、Bにだまされて家を売った
  • Aが詐欺を取り消す前に、Bから買ったCは、だまされたことを知っていた(取消し前)

事例で確かめます。1つめ。解除の前の場面です。Cは、Bの不払いを知っていましたが、登記を備えました。2つめ。別の事例です。売主のAが、Bにだまされて、家を売りました。Aが詐欺を取り消す前に、Bから家を買ったCは、だまされたことを知っていました。1つめと2つめで、Cは守られますか?

答えその3。1=守られる(解除前・主観不問・登記あり)。2=守られない(詐欺取消し前・悪意)。同じ悪意でも結果が逆になる。 図:答えその3

  • 1=守られる(解除前・主観不問・登記あり)
  • 2=守られない(詐欺取消し前・悪意)
  • 同じ悪意でも結果が逆になる

1つめは、守られます。2つめは、悪意なので、守られません。同じ悪意のCでも、解除の前なら守られ、詐欺取消しの前なら守られません。比較表の、いちばん大事なところです。

確かめる——場面を変えた問い

確かめるその4。1=絵画。AがBに絵画を売り、Bは代金を払わない。BはCに転売して引き渡した。その後Aが解除した。Cは守られるか。2=家。Aの解除の前に、Bが銀行Fのために家に抵当権を設定し、Fは登記を備えた。その後Aが解除した。Fは守られるか。 図:確かめるその4

  • 1=絵画
  • AがBに絵画を売り、Bは代金を払わない
  • BはCに転売して引き渡した
  • その後Aが解除した
  • Cは守られるか
  • 2=家
  • Aの解除の前に、Bが銀行Fのために家に抵当権を設定し、Fは登記を備えた
  • その後Aが解除した
  • Fは守られるか

最後に、場面を変えて確かめます。1つめ。家ではなく、絵画です。AがBに絵画を売り、Bは代金を払いません。Bは、その絵画をCに売って、引き渡しました。その後、Aが解除しました。Cは守られますか? 2つめ。家に戻ります。Aの解除の前に、Bは、銀行Fからお金を借りて、家に抵当権を設定し、Fは抵当権の登記を備えました。その後、Aが解除しました。Fは守られますか?

答えその4。1=守られる(解除前・動産は引渡しが資格)。2=守られる(解除前に抵当権という新たな権利を取得・登記あり)。 図:答えその4

  • 1=守られる(解除前・動産は引渡しが資格)
  • 2=守られる(解除前に抵当権という新たな権利を取得・登記あり)

1つめは、守られます。絵画は動産なので、登記ではなく引渡しを見ます。Cは引渡しを受けています。2つめも、守られます。Fは、解除の前に、抵当権という新しい権利を取得して、登記も備えているからです。動産なら引渡し、抵当権なら抵当権の登記が、守られるための資格です。家を買ったCでも、抵当権を取ったFでも、同じ筋で守られます。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日の3つの柱。1=解除前の第三者=善意悪意不問、登記があれば守られる(545条1項ただし書)。2=解除後の第三者=ただし書の外、先に登記したほうが勝つ(177条・178条)。3=取消しは主観、解除は登記。 図:今日の3つの柱

  • 1=解除前の第三者=善意悪意不問、登記があれば守られる(545条1項ただし書)
  • 2=解除後の第三者=ただし書の外、先に登記したほうが勝つ(177条・178条)
  • 3=取消しは主観、解除は登記

今日の話を整理します。1つめ、解除の前の第三者は、545条1項ただし書で守られます。第三者とは、解除された契約から生じた法律効果を基礎として、解除までに新たな権利を取得した者です。善意か悪意かは問わず、登記、動産なら引渡しを備えていれば守られます。2つめ、解除の後の第三者は、ただし書の外です。AとDは対抗関係で、177条、動産は178条により、先に登記を備えたほうが勝ちます。3つめ、取消しは第三者の主観を見て、解除は登記を見ます。

冒頭の答え合わせ。Aが解除したら、家は戻るか。解除の前に買ったC=善意悪意を問わず、登記を備えていれば守られる。解除の後に買ったD=先に登記を備えたほうが勝つ。 図:冒頭の答え合わせ

  • Aが解除したら、家は戻るか
  • 解除の前に買ったC=善意悪意を問わず、登記を備えていれば守られる
  • 解除の後に買ったD=先に登記を備えたほうが勝つ

冒頭の問いの答えです。解除の前にBから買ったCは、Bの不払いを知っていても、登記を備えていれば守られ、家はCのものです。登記がなければ、Cは守られず、家はAに戻ります。解除の後にBから買ったDは、ただし書では守られません。AとDのどちらが先に登記を備えたかで、勝ち負けが決まります。論文では、ただし書の第三者の意義と、解除の前と後の使い分けが、論点になりえます。

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#242単独ページ動画

催告による解除(541条)

第5章 契約 #242/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「3日以内に払って」で解除できるのか

冒頭の設例の関係図。左が売主のA、右が買主のB。AはBに機械を売ったが、Bは期限を過ぎても代金を払わない。Aは「3日以内に払ってください」とだけ伝えた。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主のA、右が買主のB
  • AはBに機械を売ったが、Bは期限を過ぎても代金を払わない
  • Aは「3日以内に払ってください」とだけ伝えた

冒頭の問いの答えの方向。相当の期間を示さなくても、催告から客観的に相当な期間が過ぎれば解除できる。ただし、不履行が軽ければ解除できない。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 相当の期間を示さなくても、催告から客観的に相当な期間が過ぎれば解除できる
  • ただし、不履行が軽ければ解除できない

先に、答えの方向を言います。相当の期間を示さなくても、催告から、客観的に相当な期間が過ぎれば、解除できます。ただし、残っている不履行が軽いときは、解除できません。なぜ、期間を示さなくてよいのか。軽いとは、どの程度なのか。今日は、そこを順に見ていきます。

今日の位置と、3つの柱

今日の位置。前回まで=解除した後(効果・第三者)。今日=その手前、いつ解除できるのか。 図:今日の位置

  • 前回まで=解除した後(効果・第三者)
  • 今日=その手前、いつ解除できるのか

位置づけです。前回までは、解除した後の話でした。契約が遡って消え、原状回復義務が生じ、第三者はどう守られるか。今日は、その手前に戻ります。そもそも、いつ解除できるのか。債務不履行による解除の、最初の型である、催告による解除を見ます。

今日の地図。1=解除の意義(帰責事由は要件でない・543条)。2=催告解除の要件(履行遅滞・催告・相当期間の経過)。3=軽微の例外と、要件事実の並び。 図:今日の地図

  • 1=解除の意義(帰責事由は要件でない・543条)
  • 2=催告解除の要件(履行遅滞・催告・相当期間の経過)
  • 3=軽微の例外と、要件事実の並び

今日の話は、3つです。1つめ、解除の意義。解除に、債務者の落ち度は要らない、ということです。2つめ、催告解除の要件。履行遅滞、催告、相当期間の経過の3つです。3つめ、軽微という例外と、主張立証の並びです。催告をしなくても解除できる場合は、別の回で見ます。

根拠の札。条文=法律に書いてあること。判例=最高裁の判決が実際に述べたこと。学説=学者が説明している考え方。こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと。 図:根拠の札

  • 条文=法律に書いてあること
  • 判例=最高裁の判決が実際に述べたこと
  • 学説=学者が説明している考え方
  • こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと

今日も、根拠のふだを貼りながら話します。条文は、法律に書いてあること。判例は、最高裁の判決が実際に述べたことです。学説は、学者が説明している考え方。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。

解除の意義——落ち度は要らない

1つめの柱の入口。解除は制裁か、解放か。債務者に落ち度は要るのか。 図:1つめの柱の入口。解除は制裁か、解放か。債務者に落ち度は要るのか。

1つめの柱です。債務不履行による解除は、何のための制度でしょうか。設例に戻ります。Bが代金を払わないままだと、Aは、機械を引き渡す約束に縛られたままです。ほかの買い手に売りたくても、売れません。そこで、解除です。解除は、Bを罰するための制度ではありません。Aを、この契約の拘束から解き放つための制度です。前に、解除の意義のところで見た、解放の制度です。こちらの説明のふだです。債務者の帰責事由は、解除の要件ではありません。帰責事由とは、債務者の責めに帰すべき事由、つまり、債務者のせいだと言える事情のことです。たとえば、Bの取引先からの入金が遅れて、Bは悪くないのに払えなかった。そんな場合でも、Aは、いつまでも待たされる理由はありません。だから、解除はできます。

条文民法415条1項

民法第415条1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

損害賠償は、違います。415条1項のただし書を見てください。債務の不履行が、債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、損害賠償を請求できません。条文のふだです。

比較の表。解除と損害賠償(415条)の違い。帰責事由=解除は不要、損害賠償は要る(なければ賠償できない)。狙い=解除は債権者を契約から解放する、損害賠償は生じた損害を埋める。 図:比較の表

  • 解除と損害賠償(415条)の違い
  • 帰責事由=解除は不要、損害賠償は要る(なければ賠償できない)
  • 狙い=解除は債権者を契約から解放する、損害賠償は生じた損害を埋める

並べます。債務者の帰責事由は、解除では要りません。損害賠償では、なければ賠償できません。狙いも違います。解除は、債権者を契約から解放します。損害賠償は、生じた損害を埋め合わせます。条文のふだと、こちらの説明のふだです。2017年の改正の前の民法を学んだ人は、注意してください。改正前は、解除に帰責事由が要るとされていました。改正で、変わっています。気持ちは分かります。ただ、解除されても、Bは契約から離れるだけで、罰を受けるわけではありません。なお、代金のような、お金の支払いの遅れには、別の決まりがあります。419条3項により、落ち度がなくても、遅れた分の損害金は払わなければなりません。お金の債務は、損害賠償の面では別扱いです。一方のAは、払われない代金を待ち続ける理由が、ありません。両方の事情を比べて、解除は帰責事由を問わない、と整理されます。

条文民法543条

民法第543条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。

ただし、例外が1つあります。543条です。債務の不履行が、債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。条文のふだです。たとえば、Aが機械の受け取り場所を教えなかったせいで、Bが払えなかったなら、Aは、そのBを解除できません。不履行の原因を作ったのは、Aだからです。危険負担のところで見た、債権者の帰責事由と、同じ考え方です。ここまでをまとめます。解除に、債務者の帰責事由は要りません。ただし、不履行の原因が債権者にあるときは、解除できません。この2つを、持ち帰ってください。

催告解除の要件——遅滞・催告・待つ時間

2つめの柱の入口。条文は、どう読むのか。 図:2つめの柱の入口。条文は、どう読むのか。

2つめの柱です。まず、条文を出します。

条文民法541条

民法第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

条文のふだです。当事者の一方が債務を履行しない場合に、相手方が、相当の期間を定めて催告をし、その期間内に履行がないときは、解除できる。ただし、期間を経過した時の不履行が軽微なときは、解除できません。

条文の骨格を4拍にする。1=遅れている(履行遅滞)。2=催告した。3=相当な期間が過ぎた。4=それでも、軽くない。 図:条文の骨格を4拍にする

  • 1=遅れている(履行遅滞)
  • 2=催告した
  • 3=相当な期間が過ぎた
  • 4=それでも、軽くない

この条文を、4拍で覚えます。まず1つめ、遅れている。2つめ、催告した。3つめ、相当な期間が過ぎた。4つめ、それでも、軽くない。こちらの説明のふだです。1つめから3つめが、解除権が生まれるための要件です。4つめは、ただし書の話で、3つめの柱で見ます。まず、1つめの拍です。履行遅滞が発生していること。

場面を変える。Aはまだ機械をBに渡していない。期限が来たので、Aは「代金を払って」と催告し、期間が過ぎた。 図:場面を変える

  • Aはまだ機械をBに渡していない
  • 期限が来たので、Aは「代金を払って」と催告し、期間が過ぎた

場面を変えます。売主はA、買主はBです。AはBに、機械を売りました。ところが、Aはまだ、機械をBに渡していません。期限が来たのに、Bは代金を払いません。Aは「代金を払ってください」と催告し、期間が過ぎました。Aは、解除できるでしょうか?

答え。解除できない。Aが機械を渡していないので、Bには同時履行の抗弁権がある。Aが自分の債務を提供して、はじめてBは遅滞になる。 図:答え

  • 解除できない
  • Aが機械を渡していないので、Bには同時履行の抗弁権がある
  • Aが自分の債務を提供して、はじめてBは遅滞になる

気になった点が、鍵です。解除できません。この場面のBは、同時履行の抗弁権を持っています。機械を渡してくれるまで、払わない、と言える権利です。前に、同時履行の抗弁権があるあいだは、払わなくても違法ではなく、遅滞にならない、と見ました。遅滞していないBに、催告をしても、解除権は生まれません。そこで、Aは、まず自分の債務を提供します。提供とは、渡せる状態にして、受け取ってくださいと示すことです。Aが機械を渡せる状態にして示せば、Bの抗弁権は消えます。そのうえで催告をします。提供は、1度すれば足ります。そのあと、ずっと続ける必要はありません。これは、これまでの回の結論の確認です。もう1つ。履行期は、いつ来るのか。期限の定めがあれば、その期限が来た時です。期限の定めがない債務は、412条3項で、履行の請求を受けた時から遅滞になります。前に、履行遅滞のところで見た条文です。これは、あとで使います。

確認の問い。同時履行の抗弁権は、相手に払えと言われたとき、何を消す理由になったか。 図:確認の問い

ここで、前に学んだことを1つ思い出してください。同時履行の抗弁権があると、相手から払えと言われても、どうなるのでしたか? 何を消す理由になったでしょうか?払わないことの違法性を消すのでした。だから、遅れても、遅滞にならないのでした。ですから、遅滞が要件の1つめになります。2つめの拍に進みます。催告です。催告とは、債務者に、履行を求める通知のことです。時効の完成猶予の催告と、同じ言葉ですが、場面が違います。あちらは時効を止める話、こちらは解除の入口の話です。解除権の消滅のところで見た547条の催告とも、向きが逆です。あちらは、解除される側が、解除するのかどうか、はっきりさせるよう求める催告でした。催告について、確認することが、5つあります。

催告で確かめる5つ。1=債務が何か分かるか。2=額が多すぎ・少なすぎたら。3=期間を定めなくてよいか。4=期限の定めのない債務の二重の催告。5=催告なしの特約。 図:催告で確かめる5つ

  • 1=債務が何か分かるか
  • 2=額が多すぎ・少なすぎたら
  • 3=期間を定めなくてよいか
  • 4=期限の定めのない債務の二重の催告
  • 5=催告なしの特約

1つめ、何を求めているか。2つめ、額が多すぎたり少なすぎたりしたら。3つめ、期間を定めなくてよいか。4つめ、期限の定めのない債務で、二重の催告が要るか。5つめ、催告なしで解除できるという特約です。1つめ。催告の内容です。どの債務の履行を求めているのか、債務者に分かればよい、とされています。大審院の判例も、同じ方向です。債務の同一性が分かる程度で足りるわけです。たとえば、「あの機械の売買の代金を払ってください」と、分かるように書けば足ります。学説と、こちらの説明のふだです。2つめ。額が違うときです。まず、額が少なすぎる、過小催告です。たとえば、代金が100万円なのに、80万円を払ってくださいと催告した。この場合は、示した範囲、80万円の限度で催告として効力があります。ただし、不足がごくわずかなら、全部について催告したものと見てよい、というのが通説です。学説のふだです。次に、額が多すぎる、過大催告です。判例は、一律に有効とも無効とも言っていません。2つの判決を、並べます。1つ目は、統制額、つまり、法律で上限が定められた額を、少し超えた催告の事案です。最高裁は、超えた部分を含んでいても、催告全部が無効になるわけではなく、正当な額の限度では有効だ、としました。

次の判決の事案。家主が賃料の値上げに固執し、適正額を超える額でなければ受け取らない態度を示していた。家主は月5,000円を催告したが、適正額は月3,989円。 図:次の判決の事案

  • 家主が賃料の値上げに固執し、適正額を超える額でなければ受け取らない態度を示していた
  • 家主は月5,000円を催告したが、適正額は月3,989円

2つ目は、借家の事案です。家主が賃料の値上げに固執して、月5,000円より低い額では、受け取らない態度を示していました。催告した額は月5,000円ですが、適正な額は月3,989円でした。その差は、1,011円です。最高裁は、次のように述べています。

判例最判昭39・6・26

過大な催告の効力 右のような場合においては、値上相当額月金三、九八九円を金一、〇一一円しかこえない賃料月金五、〇〇〇円の割合による家賃債務についての支払催告であっても、適法な催告といいがたく、したがって、過大な催告としてその効力を否定した原判決の判断は正当。

読み方です。適正額を少し超えただけの催告でも、適法な催告とは言いがたい、として、過大な催告の効力を否定した判断を、正当としました。冒頭の「右のような場合」とは、家主が、それ以下の額では受け取らない態度を示していた場合です。判例のふだです。

過大催告の線引き。正当額なら受け取るつもりがあった=正当額の限度で有効。正当額では受け取らない態度が明確=催告は効力を生じない。札=判例(2つの判決を対にした、こちらの整理)。 図:過大催告の線引き

  • 正当額なら受け取るつもりがあった=正当額の限度で有効
  • 正当額では受け取らない態度が明確=催告は効力を生じない
  • 札=判例(2つの判決を対にした、こちらの整理)

2つを並べると、線が見えます。分かれ目は、正当な額なら、受け取るつもりがあったか、です。受け取るつもりがあるなら、多めに書いていても、正当な額の限度で、催告は有効です。正当な額では受け取らない、という態度がはっきりしているなら、その催告は効力を生じません。債務者から見れば、正当な額を差し出しても受け取ってもらえないのなら、催告に応じる意味がないからです。これは、2つの判決を並べた、こちらの整理のふだです。「著しく過大でなければ有効」という覚え方は、判決の言葉ではありません。数字の大きさでは決まりません。100万円なら受け取る、という態度なら、有効です。100万円では受け取らない、という態度なら、無効です。3つめ。いよいよ、冒頭の問いです。条文は、相当の期間を定めて催告をする、と書いています。では、期間を定めなかったら、催告にならないのでしょうか?

問い。期間を定めない催告でも、解除できるのか。条文は、「相当の期間を定めて」と書いている。 図:問い

  • 期間を定めない催告でも、解除できるのか
  • 条文は、「相当の期間を定めて」と書いている

「相当の期間を定めて」という条文の文言を見れば、疑うのは自然です。ですが、最高裁は、定めなくてよい、としました。事案は、期間を定めずに催告をして、その後に、解除した、というものです。判決は、次のように述べています。

判例最判昭29・12・21

期間を定めない催告 債務者が遅滞に陥つたときは、債権者が期間を定めずに催告をした場合でも、その催告から相当の期間を経過すれば解除できると解すべきことは、すでに大審院判例の趣旨とするところであり…今なおこの解釈を改めるの要を認めない。

読み方です。債務者が遅滞に陥ったときは、期間を定めずに催告しても、その催告から相当の期間が過ぎれば、解除できる、と言っています。そして、これは大審院の判例からの考え方で、改める必要はない、としています。判例のふだです。

期間を定めなくてよい理由。催告=債務者に猶予を与えるため。待つ長さを見立てて書けなかったとき、解除権まで失わせるのは酷。実際に客観的に相当な期間が過ぎたかで決める。札=学説・こちらの説明。 図:期間を定めなくてよい理由

  • 催告=債務者に猶予を与えるため
  • 待つ長さを見立てて書けなかったとき、解除権まで失わせるのは酷
  • 実際に客観的に相当な期間が過ぎたかで決める
  • 札=学説・こちらの説明

なぜ、定めなくてよいのか。催告の役目は、債務者に、履行する猶予を与えることです。その猶予は、実際に、客観的に足りていればよいはずです。債権者が、猶予の長さを見立てて書けなかったとき、書かなかったことで、解除する権利まで失うのは、遅れているのは債務者なのですから、酷だからです。学説と、こちらの説明のふだです。ここで、判決の範囲を、正確に言います。最高裁が直接述べたのは、期間を定めない催告です。冒頭の「3日以内」のように、短すぎる期間を定めた催告は、同じ理屈で考えるのが学説です。短い期間を書いても、催告の日から、客観的に相当な期間が過ぎれば、解除できる、という整理です。

冒頭の設例のあてはめ。「3日以内に」=期間が短い。「早く払って」=期間を定めない。どちらも、催告から客観的に相当な期間が過ぎていれば、解除できる。1か月が相当かは、事情による。 図:冒頭の設例のあてはめ

  • 「3日以内に」=期間が短い
  • 「早く払って」=期間を定めない
  • どちらも、催告から客観的に相当な期間が過ぎていれば、解除できる
  • 1か月が相当かは、事情による

冒頭の設例に、当てはめます。「3日以内に払って」と短い期間で催告した場合も、「早く払って」とだけ伝えた場合も、催告から、客観的に相当な期間が過ぎていれば、解除できます。なお、1か月が相当な期間かは、契約の中身や、払うために必要な準備の程度で決まります。機械の代金を払うだけなら、ふつうは1か月あれば、足りると考えられます。4つめ。期限の定めのない債務の、二重の催告です。

条文民法412条3項

民法第412条3項 債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。

412条3項です。債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から、遅滞の責任を負う。条文のふだです。

二重の催告は不要。期限の定めのない債務=請求を受けた時から遅滞(412条3項)。そのうえで、541条の催告もする。理屈は別物でも、1回の通知で兼ねられる。札=判例(大審院)・こちらの説明。 図:二重の催告は不要

  • 期限の定めのない債務=請求を受けた時から遅滞(412条3項)
  • そのうえで、541条の催告もする
  • 理屈は別物でも、1回の通知で兼ねられる
  • 札=判例(大審院)・こちらの説明

期限の定めがない債務では、まず、請求を受けた時に、遅滞が始まります。そのうえで、541条の催告をして、期間が過ぎるのを待つ。理屈のうえでは、請求と催告は別のものです。それなら、あらためて二度、求めなければいけないのでしょうか? 古い大審院の判例は、二重の催告は不要としました。たった1回の通知で、請求と催告を兼ねられるのです。二度求めさせるのは、債務者に有利すぎて、不合理だからです。判例と、こちらの説明のふだです。たとえば、品物は先に渡したのに、「いつ払うか決めていない」売買の代金を、「今月末までに払ってください」と一度だけ伝えて、期間が過ぎたとします。この1通で、遅滞の請求と、541条の催告の両方になります。5つめ。無催告特約です。契約に、催告しなくても解除できる、と書いてあったら、どうでしょうか?

原則は、そのとおりです。無催告解除の特約は有効、というのが、古い大審院の判例です。ただし、継続的契約、つまり、賃貸借のように、一度で終わらず、長く続く契約では、事情が違います。最高裁の判決を見ます。

判決の事案。家屋の賃貸借。賃料を1か月分でも滞納したら催告なしで解除できる、という特約。賃料は月1万5000円、5か月分の滞納。 図:判決の事案

  • 家屋の賃貸借
  • 賃料を1か月分でも滞納したら催告なしで解除できる、という特約
  • 賃料は月1万5000円、5か月分の滞納

事案は、家屋の賃貸借です。賃料は月1万5000円。賃料を1か月分でも滞納したら、催告なしで契約を解除できる、という特約がありました。借主は、5か月分の賃料を滞納し、貸主が、催告せずに解除しました。判決は、次のように述べています。

判例最判昭43・11・21

無催告解除の特約 家屋の賃貸借契約において、一般に、賃借人が賃料を一箇月分でも滞納したときは催告を要せず契約を解除することができる旨を定めた特約条項は、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることにかんがみれば、賃料が約定の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当である。

読み方です。1か月分でも滞納したら催告なしで解除できる、という特約は、その文字どおりには使えません。催告しなくても不合理とは認められない事情がある場合に、無催告で解除できる、という趣旨の約束だ、と解釈する。つまり、特約の意味を、限定して読むのです。なぜ、限定して読むのか。判決が挙げた理由は、賃貸借が、当事者の信頼関係を土台にして、長く続く関係だ、という点です。1か月分の遅れだけで、立て直す機会も与えずに契約を終わらせるのは、その性質に合わない、という考え方です。判例と、こちらの説明のふだです。この事案では、5か月分の滞納があり、ほかに特別な事情もなかったので、無催告の解除が許されました。判例のふだです。似た判決に、借地で、無断の増改築を禁じる特約に基づく無催告解除を扱った、最高裁の判決があります。そちらは、信頼関係を破壊するおそれがない場合は、信義則上、許されない、と述べています。理由づけは、今見た判決と少し違います。賃貸借の信頼関係の話は、別の回で見ます。今日は、特約があっても、文字どおり使えるとは限らない、というところまでです。3つめの拍に進みます。相当期間の経過です。

相当期間の経過。催告後、客観的に相当な期間が過ぎる必要。確定的に履行を拒絶されたときは、待たなくてよい。条文の読みと、判例の結論を分ける。 図:相当期間の経過

  • 催告後、客観的に相当な期間が過ぎる必要
  • 確定的に履行を拒絶されたときは、待たなくてよい
  • 条文の読みと、判例の結論を分ける

催告の後、客観的に相当な期間が過ぎる必要があります。どのくらいが相当かは、債務者が履行の準備をするのに、どのくらいかかるかなどで決まります。ここで、言葉を整理します。条文は、相当の期間を定めて、と書いています。これは、催告の中身の話です。判例は、客観的に相当な期間が過ぎれば足りる、と言っています。これは、要件としての期間の話です。たとえば、催告に3日以内と書いても、払う準備に10日かかる契約なら、解除できるのは、3日たった時ではなく、催告から10日ほど過ぎた時です。書いた日数は催告の文面にすぎず、解除できるかを決めるのは、実際に過ぎた期間です。条文の読みと、判例の結論は、分けて覚えてください。例外が2つあります。1つめ、債務者が、はっきりと履行を拒絶したときです。もう待っても意味がないので、期間の経過を待たずに、解除できます。古い大審院の判例も、そう述べています。現在は、542条1項2号に、全部の履行を拒絶する意思が明確に表示された場合として、定められています。2つめ、期間が過ぎた後の話です。期間が過ぎても、解除の意思表示をする前に、債務者が、本来の給付に遅延損害金を添えて提供すれば、解除権は消えます。解除権は、遅れていることを理由に生まれた権利です。遅れを埋め合わせる分まで添えて差し出せば、その理由がなくなるので、解除権も消えるのです。前に、解除権の消滅のところで見ました。ここまでの流れを、一度確認します。遅れている。催告した。相当な期間が過ぎた。この3つが揃えば、解除権が生まれます。冒頭の問いで言えば、期間を書いたかどうかではなく、催告から、客観的に相当な期間が過ぎたかどうかで決まります。

軽微の例外と、主張立証の並び

3つめの柱の入口。解除権が生まれても、解除できないとき。 図:3つめの柱の入口。解除権が生まれても、解除できないとき。

3つめの柱です。4つめの拍、ただし書です。もう一度、条文を見ます。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行が、契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

軽微の判断。契約の性質・契約の目的・契約締結に至る経緯・その他の取引をとりまく事情を、総合して考える。例=代金100万円のうち、300円だけが残っている。 図:軽微の判断

  • 契約の性質・契約の目的・契約締結に至る経緯・その他の取引をとりまく事情を、総合して考える
  • 例=代金100万円のうち、300円だけが残っている

軽微とは、わずか、ということです。軽微かどうかは、契約の性質、契約の目的、契約を結ぶに至った経緯、その他の取引をとりまく事情を、総合して決めます。たとえば、代金が100万円で、その残りが300円だけ。ほかは全部払われていて、契約の目的は達成されています。そこまでの不履行で、契約全体を解除するのは、行き過ぎです。こちらの説明のふだです。軽微だと証明する責任を負うのは、債務者です。ここから、主張立証の並びを整理します。まず、言葉の説明です。請求原因とは、請求を基礎づける事実、つまり、権利を主張する側が言うことです。抗弁とは、その請求を覆す事実、つまり、相手が言うことです。

要件事実の並び。左=請求原因(解除する側が主張立証)。契約の成立、履行期の経過、(同時履行のときは)自分の債務の提供、催告、相当期間の経過、解除の意思表示。右=抗弁(債務者が主張立証)。不履行が軽微、債権者の責めに帰すべき事由。 図:要件事実の並び

  • 左=請求原因(解除する側が主張立証)
  • 契約の成立、履行期の経過、(同時履行のときは)自分の債務の提供、催告、相当期間の経過、解除の意思表示
  • 右=抗弁(債務者が主張立証)
  • 不履行が軽微、債権者の責めに帰すべき事由

並べます。左の請求原因は、解除する側のAが言うことです。契約が成立したこと。履行期が過ぎたこと。同時履行の抗弁権があるときは、自分の債務を提供したこと。催告をして、相当な期間が過ぎたこと。そして、解除の意思表示をしたこと。右の抗弁は、解除される側のBが言うことです。不履行が軽微であること。不履行が、債権者の責めに帰すべき事由によること、つまり、543条です。こちらの整理のふだです。なぜ、軽微と543条は右側、抗弁なのか。条文の作りを見てください。541条は、本文で、解除できる、と原則を書き、ただし書で、軽微なら、この限りでない、と例外を書いています。543条も、解除できないと、例外を書いています。では、なぜ例外の側を、Bが言うのか。ある効果で得をする側が、その効果を生む事実を証明する、という考え方が、通説です。解除できる、で得をするのは、解除する側のAです。ですから、Aは、本文の要件だけを言えば足ります。解除させない、で得をするのは、Bです。ですから、ただし書の軽微や、543条の事情は、Bが言うのです。学説と、こちらの説明のふだです。

確かめる——場面を変えた問い

確かめるその1。AがBに機械を売った。Bは代金を払わない。Aは期間を書かずに「早く払って」とだけ伝え、1か月後に解除の意思表示をした。解除できるか。 図:確かめるその1

  • AがBに機械を売った
  • Bは代金を払わない
  • Aは期間を書かずに「早く払って」とだけ伝え、1か月後に解除の意思表示をした
  • 解除できるか

事例で確かめます。1つめ。売主はA、買主はBです。Bは代金を払いません。Aは、期間を書かずに「早く払って」とだけ伝え、1か月後に、解除の意思表示をしました。解除できますか?

答えその1。解除できる(催告から客観的に相当な期間が過ぎていれば、期間を定めなくてよい)。 図:答えその1

期間を書いていなくても、1か月が過ぎていれば、解除できます。期間を定めなくても、催告から客観的に相当な期間が過ぎていれば、解除できます。不足していたのは、期間の定めでした。

確かめるその2。代金100万円のところ、Aは101万円と書いて催告した。1=Aは、100万円なら受け取ると言っていた。2=Aは、100万円では受け取らないと言っていた。 図:確かめるその2

  • 代金100万円のところ、Aは101万円と書いて催告した
  • 1=Aは、100万円なら受け取ると言っていた
  • 2=Aは、100万円では受け取らないと言っていた

2つめ。代金が100万円のところを、Aは、101万円と書いて催告しました。1つめの場合、Aは、100万円なら受け取る、と言っていました。2つめの場合、Aは、100万円では受け取らない、と言っていました。それぞれ、催告は有効ですか?

答えその2。1=正当額の限度で有効(受け取る態度あり)。2=催告は効力を生じない(正当額では受け取らない態度が明確)。 図:答えその2

  • 1=正当額の限度で有効(受け取る態度あり)
  • 2=催告は効力を生じない(正当額では受け取らない態度が明確)

1つめは、100万円の限度で有効です。2つめは、効力を生じません。分かれ目は、額の大きさではなく、正当な額で受け取るつもりがあったかです。

確かめるその3。代金100万円のうち、300円だけが残った。Aが催告し、期間も過ぎた。Aは解除できるか。 図:確かめるその3

  • 代金100万円のうち、300円だけが残った
  • Aが催告し、期間も過ぎた
  • Aは解除できるか

3つめ。代金が100万円で、残りは300円だけです。ほかは全部払われています。Aは催告をして、期間も過ぎました。Aは、解除できますか?

答えその3。解除できない(軽微はただし書。債務者が主張立証する)。ただし、軽微かどうかは総合判断。 図:答えその3

  • 解除できない(軽微はただし書。債務者が主張立証する)
  • ただし、軽微かどうかは総合判断

軽微なので、解除できません。ただ、軽微だと言うのは、Bの側です。軽微は、ただし書の例外ですので、債務者のBが主張立証します。足りなかったのは、不履行の程度でした。

確かめるその4。Aは品物を先に渡し、代金の支払期限は決めていなかった。Aは「今月末までに払って」と1度だけ伝え、十分な期間のあった月末が過ぎた。もう一度請求しないと解除できないか。 図:確かめるその4

  • Aは品物を先に渡し、代金の支払期限は決めていなかった
  • Aは「今月末までに払って」と1度だけ伝え、十分な期間のあった月末が過ぎた
  • もう一度請求しないと解除できないか

最後に、場面を変えます。AがBに、絵を売って、先に渡しました。代金をいつ払うかは、決めていませんでした。Aは「今月末までに払ってください」と1度だけ伝え、月末が過ぎました。月末までの期間は、払う準備には十分だったとします。Aは、改めて請求し直さないと、解除できないでしょうか?

答えその4。解除できる(期限の定めのない債務は二重の催告が不要。請求と催告を1回の通知で兼ねる)。 図:答えその4

1度の通知で、遅滞の請求と、催告を兼ねられるので、改めて請求し直さなくても、解除できます。期限の定めのない債務でも、二重の催告は要りません。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日の3つの柱。1=解除の意義(帰責事由は要らない・債権者の責めなら不可)。2=催告解除の要件(遅滞・催告・相当期間の経過)。3=軽微の例外(債務者が主張立証)と、要件事実の並び。 図:今日の3つの柱

  • 1=解除の意義(帰責事由は要らない・債権者の責めなら不可)
  • 2=催告解除の要件(遅滞・催告・相当期間の経過)
  • 3=軽微の例外(債務者が主張立証)と、要件事実の並び

今日の話を整理します。1つめ、解除は、債権者を契約から解放する制度です。債務者の帰責事由は要りません。ただし、不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるときは、543条により、解除できません。2つめ、催告解除は、遅滞、催告、相当期間の経過、の3つで解除権が生まれます。期間を定めなくてもよく、期限の定めのない債務では、二重の催告も要りません。無催告の特約は、文字どおりに使えるとは限りません。3つめ、ただし書の軽微な不履行は、解除できません。軽微は、債務者が主張立証します。

冒頭の答え合わせ。「3日以内に払って」でも「早く払って」でも、催告から客観的に相当な期間が過ぎれば解除できる。ただし、不履行が軽ければ解除できない。 図:冒頭の答え合わせ

  • 「3日以内に払って」でも「早く払って」でも、催告から客観的に相当な期間が過ぎれば解除できる
  • ただし、不履行が軽ければ解除できない

冒頭の問いの答えです。「3日以内に払って」と短く伝えても、「早く払って」とだけ伝えても、催告から、客観的に相当な期間が過ぎていれば、Aは解除できます。ただし、期間が過ぎたときの不履行が軽微なら、解除できません。論文では、解除の要件は、条文どおりに書ける成立要件です。期間を定めなくてよいこと、二重の催告が不要なこと、過大な催告の扱いは、判例や学説の規範で、論点になりえます。

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#243単独ページ動画

無催告解除と一部解除(542条)

第5章 契約 #243/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

届いたのは成人式の翌日

冒頭の設例の関係図。左が呉服店の売主B、右が買主のA。Aは成人式で着る振袖を、式の前日までに届けてもらう約束で買った。振袖が届いたのは式の翌日。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が呉服店の売主B、右が買主のA
  • Aは成人式で着る振袖を、式の前日までに届けてもらう約束で買った
  • 振袖が届いたのは式の翌日

冒頭の問いの答えの方向。催告をしないで、直ちに解除できる。 図:冒頭の問いの答えの方向。催告をしないで、直ちに解除できる。

先に、答えの方向を言います。催告をしなくても、直ちに解除できます。式が終わってから届いても、もう、買った目的を果たせないからです。なぜ、催告が要らないのか。催告が要らないのは、ほかにどんな場面なのか。そして、品物の一部だけが不履行のとき、どう扱うのか。今日は、この順に見ていきます。

なぜ催告が要らないのか

1つめの柱の入口。催告は、何のためにするのか。 図:1つめの柱の入口。催告は、何のためにするのか。

1つめの柱です。その前に、1つ思い出してください。前回、期間を決めずに催告しても、解除できると見ましたね。では、催告そのものをしなくてよいのは、どんなときでしょうか?方向は、合っています。そこを、もう少し丁寧に言います。催告は、債務者に、もう一度だけチャンスを与える手続です。ここで履行してくれれば、契約は続けられる。そのための、最後の機会です。たとえば、学校の追試を考えてください。追試の案内は、追試で合格できる見込みがある人に出すから、意味があります。もう卒業式が終わったあとで、「卒業試験を、もう一度受けに来てください」と案内しても、何の意味もありません。契約も同じです。催告をしても、契約をした目的を達するのに足りる履行がされない、つまり、契約の目的を達成できないのなら、催告は無意味です。だから、民法は、そういう場面を並べて、催告なしで解除できる、としました。それが542条です。この回では、催告をしないでする解除を、無催告解除と呼びます。

前回と同じです。債務者の帰責事由、つまり、債務者のせいだと言える事情は、要りません。解除は、債権者を契約から解放する制度だからです。ただし、前回見た例外は、今日もかかります。543条です。

条文民法543条

民法第543条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。

前二条とは、541条と542条です。つまり、無催告解除にも、この例外はかかります。たとえば、冒頭の振袖で、Aが、届け先の家の鍵を閉めたまま留守にしていて、Bが前日に届けられなかったとします。式に間に合わなかったのはAのせいですから、Aは、催告なしの解除もできません。不履行の原因を作ったのは、買主だからです。

無催告解除の5つの場面

2つめの柱の入口。無催告解除ができる場面は、いくつあるのか。 図:2つめの柱の入口。無催告解除ができる場面は、いくつあるのか。

2つめの柱です。まず、条文を出します。

条文民法542条1項

民法第542条第1項 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。 一 債務の全部の履行が不能であるとき。 二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。 三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。 四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。 五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。

5つの号があります。長いので、1つずつ見ます。どの号も、契約の目的を達成できない場面を、別々の角度から言っているだけです。ばらばらに暗記せず、この1本の筋に結んでください。

1号の場面。売主の手元の品が、火事で燃えて引き渡せない。全部の履行が不能。 図:1号の場面。売主の手元の品が、火事で燃えて引き渡せない。全部の履行が不能。

1号です。債務の全部の履行が不能であるとき。たとえば、売主が引き渡すはずだった、世界に1つの品が、火事で燃えてしまった。もう、どんなに待っても渡せません。催告は無意味ですから、買主は、直ちに解除できます。これは、危険負担の回で、すでに見ました。代金の不払いには、1号は使えません。ここが、落とし穴です。金銭債務、つまり、お金を払う債務は、履行不能にならないと考えられています。お金は、手元になくても、借りるなど、ほかから用意できるからです。ですから、お金が払えない、は、不能ではなく、遅れているだけ、と扱います。金銭債権の回で見たとおり、お金を払えないときは、履行遅滞です。

代金を払わない買主に対して使える道。1=催告して541条。2=「払わない」と明確に言ったなら2号。3=催告しても払われる見込みがないことが明らかなら5号。4=代金の支払いそのものが期日を過ぎたら無意味という約束なら4号(品物の引渡しの期限だけでは足りない)。1号は使えない。 図:代金を払わない買主に対して使える道

  • 1=催告して541条
  • 2=「払わない」と明確に言ったなら2号
  • 3=催告しても払われる見込みがないことが明らかなら5号
  • 4=代金の支払いそのものが期日を過ぎたら無意味という約束なら4号(品物の引渡しの期限だけでは足りない)
  • 1号は使えない

売主が使える道は、全部で4つです。1つめ、催告をして、541条で解除する。2つめ、買主が「払わない」と明確に言ったなら、2号。3つめ、催告しても払われる見込みがないことが明らかなら、5号。4つめ、代金の支払いそのものに、その日を過ぎたら意味がない、という珍しい約束があれば、4号です。品物の引渡しに期限があるだけでは、代金の不払いに4号は使えません。売主にとって代金は、1日遅れて届いても、同じお金です。その日を過ぎたら目的を達成できない、とはふつう言えないからです。1号だけは、使えません。

2号の場面。売主が「あの契約はなかったことにして、渡さない」とはっきり告げた。全部の履行拒絶の意思を明確に表示。 図:2号の場面

  • 売主が「あの契約はなかったことにして、渡さない」とはっきり告げた
  • 全部の履行拒絶の意思を明確に表示

2号です。債務者が、全部の履行を拒絶する意思を、明確に表示したとき。たとえば、売主が、「あの契約はなかったことにする。渡さない」と、はっきり告げた。もう、待っても意味がありません。前回、確定的に履行を拒絶されたら期間を待たなくてよい、と見ましたね。その考え方が、現在は、この2号に定められています。この言い回しは、履行に代わる損害賠償のところで見た条文と、同じです。出してみます。

条文民法415条2項

民法第415条第2項 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。 一 債務の履行が不能であるとき。 二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

415条2項の2号に、同じ形の文言があります。542条の2号も、これと同じ言い方です。ポイントは、明確に、です。「遅れるかもしれない」「今は難しい」といった、あいまいな言い方では足りません。足りないときは、5号を検討するか、541条の催告に戻ります。また、2号は、全部の拒絶です。一部だけの拒絶は、次の3号と、あとで見る2項の話です。

3号の場面。夫婦茶碗として一対で買った。片方が売主の手元で壊れて引き渡せない。残る片方だけでは買った目的を達成できない。 図:3号の場面

  • 夫婦茶碗として一対で買った
  • 片方が売主の手元で壊れて引き渡せない
  • 残る片方だけでは買った目的を達成できない

3号です。一部の履行が不能、または一部の履行拒絶があって、さらに、残る部分だけでは、契約の目的を達成できないとき。設例です。買主は、夫婦茶碗として、一対の茶碗を買いました。ところが、片方が売主の手元で壊れて、引き渡せなくなりました。残る片方だけでは、一対で贈るという目的は果たせません。この場合、買主は、契約の全部を、催告なしで解除できます。残りだけで目的を達成できるなら、全部は解除できません。その場合は、あとで見る2項で、不能になった部分だけを解除できます。分かれ目は、残りだけで目的を達成できるかどうかです。

4号の場面。成人式の前日までという約束。時期を過ぎたら、目的を達成できない。 図:4号の場面。成人式の前日までという約束。時期を過ぎたら、目的を達成できない。

4号です。冒頭の振袖が、この場面です。特定の日時、または一定の期間内に履行しなければ、契約の目的を達成できない契約を、定期行為と言います。そして、定期行為で、債務者が履行をしないまま、その時期を過ぎたら、催告なしで解除できます。定期行為になる理由は、2通りです。1つめは、契約の性質です。たとえば、元日に届けることが前提の、年賀状の印刷を頼んだ場合です。2つめは、当事者の意思表示です。「式の前日までに届かなければ、要りません」と約束した場合です。冒頭の振袖は、成人式に着るために、前日までと約束しました。時期が、契約の目的の核心になっています。冒頭の問いに戻ります。振袖は式の翌日に届き、時期は過ぎました。Aは、催告なしで解除できます。ただし、4号が免除するのは、催告だけです。解除の意思表示は、必要です。Aは、「この契約を解除します」と、Bに伝えます。

問い。同じ振袖で、納期は式の前日。届いたのが式の当日の朝だった場合、時期を経過したと言えるか。 図:問い

  • 同じ振袖で、納期は式の前日
  • 届いたのが式の当日の朝だった場合、時期を経過したと言えるか

ここで、立ち止まって考えてください。同じ振袖で、納期は式の前日です。届いたのは、式の当日の朝でした。式は午後からで、着付けも間に合いました。時期を経過した、と言えるでしょうか?

答え。契約の目的を達成できないかで見る。前日までに届けること自体が目的の核心なら4号。式に間に合えばよい約束なら、4号は使いにくい。 図:答え

  • 契約の目的を達成できないかで見る
  • 前日までに届けること自体が目的の核心なら4号
  • 式に間に合えばよい約束なら、4号は使いにくい

迷うところです。4号は、その時期までに履行しなければ、契約の目的を達成できない場合、と書いています。ですから、見るのは、納期の字面ではなく、目的を達成できるかどうかです。「前日までに届けること自体」が目的の核心だったのか、「式に着られること」が核心だったのかで、結論が変わりえます。たとえば、『前日に着付けの予行をするので、前日に届かなければ要りません』と約束していたなら4号になりえますし、式に間に合えばよい約束なら、4号は使いにくくなります。契約の目的の中身を、読み取ることが大切です。

商法525条との比較の準備。民法4号と商法525条。 図:商法525条との比較の準備。民法4号と商法525条。

定期行為については、商法に、例外が1つあります。

条文商法525条

商法第525条 商人間の売買において、売買の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、当事者の一方が履行をしないでその時期を経過したときは、相手方は、直ちにその履行の請求をした場合を除き、契約の解除をしたものとみなす。

商人どうしの売買で、定期行為の時期が過ぎたときは、買主が、直ちに履行を請求した場合を除いて、解除をしたものと、みなされます。つまり、解除の意思表示すら、要りません。なぜ、商人どうしだけなのか。商売の取引は、早く決着させる必要があるからです。時期が過ぎた後に、買主が、値動きを見ながら、履行を求めるか解除するかを、都合のよいときに選べると、売主は、品物を用意しておくべきか分からず、宙ぶらりんになります。それを防ぐために、法律が、解除と決めてしまうのです。

比較。民法542条1項4号と商法525条。催告=どちらも要らない。解除の意思表示=民法は必要、商法はしたものとみなす。冒頭の振袖は、買主が一般の個人なので、商法は適用されない。 図:比較

  • 民法542条1項4号と商法525条
  • 催告=どちらも要らない
  • 解除の意思表示=民法は必要、商法はしたものとみなす
  • 冒頭の振袖は、買主が一般の個人なので、商法は適用されない

並べます。催告は、民法の4号も、商法525条も、要りません。違いは、解除の意思表示です。民法の4号は必要で、商法は、解除したものとみなします。冒頭の振袖は、買主のAが一般の個人で、商人どうしの売買ではありませんから、商法は使えず、民法の4号になります。論文では、商人間の売買かどうかを、一言確認すれば足ります。

5号の場面。売主の製造会社が工場を閉鎖し、再開の見込みも分からないと通知してきた。2号でも1号でもないが、催告しても履行される見込みがないことが明らか。 図:5号の場面

  • 売主の製造会社が工場を閉鎖し、再開の見込みも分からないと通知してきた
  • 2号でも1号でもないが、催告しても履行される見込みがないことが明らか

最後の、5号です。前各号に掲げる場合のほか、債務者が履行をせず、催告をしても、契約の目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかなとき。ここでの言葉は、前各号に掲げる場合のほか、です。1号から4号のどれにも当たらなくても、催告が無意味な場面は、ここで拾う。いわば、受け皿の規定です。設例です。売主は、製造会社です。工場を閉鎖し、いつ再開できるかも分からない、と通知してきました。「もう渡さない」とまでは、言っていません。ですから、2号ではありません。法律上、不能と言い切れるかも、分かりません。でも、催告しても、履行される見込みがないことは明らかです。そこで、5号で、催告なしに解除できます。2号は、債務者自身の言葉で決まります。5号は、そういう言葉が無くても、周りの事情から、見込みがないと明らかな場面を拾います。

条文は、見込みがないことが明らか、と求めています。単に遅れているだけ、あるいは、遅れそうだ、という程度では足りません。見込みがないことが明らか、という高いハードルがあります。足りないなら、541条の催告に戻ります。

5場面のまとめ。1号=全部不能。2号=全部の明確な拒絶。3号=一部不能か一部拒絶+残りでは目的不達成。4号=定期行為の時期の経過。5号=催告しても見込みがないことが明らか。どれも、催告しても契約の目的を達成できない。 図:5場面のまとめ

  • 1号=全部不能
  • 2号=全部の明確な拒絶
  • 3号=一部不能か一部拒絶+残りでは目的不達成
  • 4号=定期行為の時期の経過
  • 5号=催告しても見込みがないことが明らか
  • どれも、催告しても契約の目的を達成できない

まとめます。1号は、全部が不能。2号は、全部の履行を、明確に拒絶。3号は、一部の不能か拒絶で、残りだけでは目的を達成できない。4号は、定期行為の時期の経過。5号は、催告しても、見込みがないことが明らか。どれも、催告しても、契約の目的を達成できない、という1本の筋でつながっています。論文では、これらは、条文どおりに書ける成立要件です。

一部だけの不履行——一部解除か全部解除か

3つめの柱の入口。一部だけ不履行のとき、一部だけ解除できるのか。全部を解除するのか。催告は要るのか。 図:3つめの柱の入口

  • 一部だけ不履行のとき、一部だけ解除できるのか
  • 全部を解除するのか
  • 催告は要るのか

3つめの柱です。引出物の設例で考えます。売主は、引出物の製造会社です。買主は、結婚式を控えたカップルです。買主は、引出物を50セット注文しました。ところが、そのうち10セットだけ、材料がなくなり、製造できなくなりました。残る40セットは、予定どおり届けられます。買主は、契約をどうできるでしょうか? 先に、条文を出します。

条文民法542条2項

民法第542条第2項 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。 一 債務の一部の履行が不能であるとき。 二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

2項です。一部の履行が不能であるとき、または、債務者が一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したときは、催告なしで、契約の一部を解除できます。設例に当てはめます。10セットだけ製造できなくなりました。残り40セットで、披露宴の目的は果たせます。そこで、買主は、その10セット分だけを、催告なしで解除できます。残る40セットの契約は、そのまま続きます。残りだけでは目的を達成できないなら、先ほどの1項3号です。たとえば、50セットのうち、45セットが作れなくなり、残りは5セットだけ。それでは、披露宴が成り立ちません。残りだけでは、契約の目的を達成できませんから、1項3号で、契約の全部を、催告なしで解除できます。分かれ目は、残りだけで、目的を達成できるかどうかです。

分かれ目の図。一部が不能・拒絶のとき、残りだけで目的を達成できる→2項で一部解除。残りだけでは達成できない→1項3号で全部解除。 図:分かれ目の図

  • 一部が不能・拒絶のとき、残りだけで目的を達成できる→2項で一部解除
  • 残りだけでは達成できない→1項3号で全部解除

図にします。一部が不能、あるいは、一部が拒絶されたとき。残りだけで、目的を達成できるなら、2項で、その部分だけを解除します。残りだけでは、達成できないなら、1項3号で、全部を解除します。

問い。事務椅子20脚のうち、18脚は納品済み。2脚だけが遅れている。遅れている2脚だけを解除できるのか。 図:問い

  • 事務椅子20脚のうち、18脚は納品済み
  • 2脚だけが遅れている
  • 遅れている2脚だけを解除できるのか

もう1つ、場面を変えます。売主は家具店、買主は会社です。会社は、事務椅子を20脚買いました。18脚は納品済みで、2脚だけが遅れています。一部だけ遅れているとき、その部分だけを解除できると思いますか?不能でも拒絶でもないので、2項は使えない気がします。2項の号には、遅滞は書いてありません。つまり、一部の遅滞の一部解除には、明文がないのです。そこで、一般の規定に戻ります。541条は、債務を履行しない場合、全般に使える規定でした。一部が遅れているのも、その一部を履行していない、ということです。ですから、遅れている一部に541条を当てはめる、と整理されています。遅れているだけなら、待てば届くかもしれません。だから、1つめの柱のとおり、まず、その一部について、もう一度チャンスを与える、という筋です。541条を出します。

条文民法541条

民法第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

18脚が納品済みで、2脚が遅れている場合、買主は、その2脚について催告をします。相当な期間が過ぎても届かなければ、2脚分だけを解除できる、という整理です。そして、本文だけでなく、ただし書もかかります。期間が過ぎたときの遅れが軽微なら、解除できません。軽微かどうかは、前回見たとおり、契約の目的や取引の事情を総合して決めます。たとえば、遅れている2脚が予備に頼んだ分で、会社の業務には何の支障もないなら、軽微と評価される余地があるでしょう。ただし、注意があります。これは、条文に書いてある結論ではなく、条文を当てはめた整理です。しかも、平成29年の改正のあとに議論が進んだ部分で、見解は、まだ流動的です。試験では、明文があるところと、整理にすぎないところを、分けて書いてください。

全部の解除については、有力な見解は、できる場合がある、とします。すでに届いたぶんと、遅れて届くぶんを合わせても、契約の目的を達成できない場合です。1項の1号から4号には、一部の遅滞は書いてありません。ですから、5号の、催告しても見込みがない、という受け皿で、催告なしに、全部を解除できる、という考え方です。たとえば、椅子の遅れた2脚が揃わないと、会場が開けない、という事情があれば、全部を解除する余地があります。

3場面の表。行=一部の遅滞・一部の不能・一部の拒絶。列=一部解除・全部解除。遅滞=催告して一部解除(541条・軽微なら不可)/5号で無催告の全部解除(有力)。不能=無催告で一部解除(2項1号)/残りで目的不達成なら1項3号で全部解除。拒絶=無催告で一部解除(2項2号)/残りで目的不達成なら1項3号で全部解除。 図:3場面の表。行=一部の遅滞・一部の不能・一部の拒絶。列=一部解除・全部解除。遅滞=催告して一部解除(541条・軽微なら不可)/5号で無催告の全部解除(有力)。不能=無催告で一部解除(2項1号)/残りで目的不達成なら1項3号で全部解除。拒絶=無催告で一部解除(2項2号)/残りで目的不達成なら1項3号で全部解除。

3つの場面を、表にまとめます。一部の遅滞は、催告して、その部分を一部解除します。ただし、軽微なら不可です。全部の解除は、遅れた履行では目的を達成できないときに、5号で、催告なしにできる、という有力な考え方です。一部の不能は、2項1号で、催告なしに一部解除。残りだけでは目的を達成できないなら、1項3号で、催告なしに全部解除。一部の明確な拒絶は、2項2号で、催告なしに一部解除。残りだけでは目的を達成できないなら、1項3号で、全部解除です。整理の筋は、2つです。1つは、一部の解除なら、不能と拒絶は催告が要らず、遅滞は催告が要る、ということ。もう1つは、残りだけで目的を達成できるなら一部解除、できないなら全部解除、ということです。なお、543条は、一部の解除にも、かかります。債権者のせいで生じた不履行なら、一部でも解除できません。

確かめる——場面を変えた問い

確かめるその1。売主Cは、買主Dに品物を売った。Dは代金を払わない。Cは、履行不能を理由に、催告なしで解除できるか。 図:確かめるその1

  • 売主Cは、買主Dに品物を売った
  • Dは代金を払わない
  • Cは、履行不能を理由に、催告なしで解除できるか

事例で確かめます。1つめ。売主はC、買主はDです。Dは、代金を払いません。Cは、「代金が払われないのは履行不能だ」として、催告なしで解除したいと考えています。できますか?

答えその1。できない(金銭債務は履行不能にならない)。541条の催告か、2号・4号・5号に当たるかを検討する。 図:答えその1

  • できない(金銭債務は履行不能にならない)
  • 541条の催告か、2号・4号・5号に当たるかを検討する

代金は、お金ですから、不能にはならないと思います。だから、1号では解除できません。金銭債務は、履行不能になりません。Cは、541条で催告をするか、Dが明確に拒絶していれば2号、代金の支払いそのものに期限の約束があれば4号、見込みがないことが明らかなら5号を検討します。

確かめるその2。結婚式の引出物50セットのうち10セットが製造できなくなった。残り40セットで足りる。 図:確かめるその2

  • 結婚式の引出物50セットのうち10セットが製造できなくなった
  • 残り40セットで足りる

2つめと3つめは、対で考えてください。2つめ。引出物50セットのうち、10セットだけが製造できなくなりました。残り40セットで、披露宴は足ります。買主は、何を解除できますか?

確かめるその3。夫婦茶碗として買った一対のうち、片方が壊れて引き渡せない。残る片方だけでは目的を達成できない。 図:確かめるその3

  • 夫婦茶碗として買った一対のうち、片方が壊れて引き渡せない
  • 残る片方だけでは目的を達成できない

3つめ。夫婦茶碗として買った一対のうち、片方が壊れて、引き渡せなくなりました。買主は、何を解除できますか?

答えその2とその3。2=10セット分だけ、無催告で一部解除(2項1号)。3=契約の全部を無催告で解除(1項3号)。分かれ目は、残りだけで目的を達成できるか。 図:答えその2とその3

  • 2=10セット分だけ、無催告で一部解除(2項1号)
  • 3=契約の全部を無催告で解除(1項3号)
  • 分かれ目は、残りだけで目的を達成できるか

2つめは、10セット分だけを、一部解除できます。3つめは、残りの片方だけでは目的を達成できないので、全部を解除できます。どちらも一部の不能ですが、残りだけで目的を達成できるかで分かれます。2つめは、2項1号で、10セット分を、催告なしで一部解除。3つめは、1項3号で、全部を、催告なしで解除です。

確かめるその4。事務椅子20脚のうち、2脚だけが遅れている。期間を定めて催告したが、期間経過後の遅れは軽微かどうかで分かれる。 図:確かめるその4

  • 事務椅子20脚のうち、2脚だけが遅れている
  • 期間を定めて催告したが、期間経過後の遅れは軽微かどうかで分かれる

最後の、4つめ。事務椅子20脚のうち、2脚だけが遅れています。買主は、2脚について催告し、期間が過ぎました。ただ、遅れている2脚は予備に頼んだ分で、会社の業務には何の支障もなかったとします。買主は、その2脚を解除できますか?

答えその4。軽微と評価されれば解除できない(一部解除にも541条ただし書がかかる整理)。ただし、明文のない部分は見解が流動的。 図:答えその4

  • 軽微と評価されれば解除できない(一部解除にも541条ただし書がかかる整理)
  • ただし、明文のない部分は見解が流動的

遅れている2脚の一部解除は、541条の当てはめです。業務に支障がなく、軽微と評価されるなら、解除できないと思います。一部の遅滞の一部解除にも、ただし書がかかる、という整理です。ただし、明文のない部分ですので、有力な整理、と区別して書いてください。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日の3つの柱。1=催告が要らない理由(契約の目的を達成できない)。2=5つの場面(1号全部不能・2号明確な拒絶・3号一部+残りで不達成・4号定期行為・5号受け皿)。3=一部不履行(不能・拒絶=無催告の一部解除、遅滞=催告して一部解除)。 図:今日の3つの柱

  • 1=催告が要らない理由(契約の目的を達成できない)
  • 2=5つの場面(1号全部不能・2号明確な拒絶・3号一部+残りで不達成・4号定期行為・5号受け皿)
  • 3=一部不履行(不能・拒絶=無催告の一部解除、遅滞=催告して一部解除)

今日の話を整理します。1つめ、催告は、もう一度チャンスを与える手続です。催告しても、契約の目的を達成できないなら、催告は要りません。ただし、債権者のせいなら、543条で解除できません。2つめ、542条1項の5つの場面です。全部の不能、全部の明確な拒絶、一部の不能か拒絶で残りでは足りない場合、定期行為、そして受け皿の5号です。代金を払わない買主には、1号は使えません。商人間の定期売買は、商法525条で、解除したものと、みなされます。3つめ、一部だけの不履行です。不能と拒絶なら、催告なしで一部解除ができ、残りだけでは足りないなら、全部を解除できます。遅滞なら、催告して、その部分を解除します。

冒頭の答え合わせ。振袖が式の翌日に届いた。催告をせずに、直ちに解除できる(定期行為・542条1項4号)。ただし解除の意思表示は必要。 図:冒頭の答え合わせ

  • 振袖が式の翌日に届いた
  • 催告をせずに、直ちに解除できる(定期行為・542条1項4号)
  • ただし解除の意思表示は必要

冒頭の問いの答えです。振袖が式の翌日に届いたとき、Aは、催告をしなくても、直ちに解除できます。式の前日までという約束は、定期行為で、4号に当たるからです。ただし、解除の意思表示は、必要です。論文では、542条の各号は、条文どおりに書ける成立要件です。論点になりうるのは、5号の、見込みがないことが明らか、という当てはめと、条文に明記のない、一部の遅滞の一部解除です。

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#244単独ページ動画

付随義務の不履行と複数契約の解除

第5章 契約 #244/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

部屋は届いたのにプールがない

冒頭の設例の関係図。左が売主B(開発会社)、右が買主A。BとAの間に2本の契約。マンションの1室の売買(引渡し済み)と、スポーツクラブの会員権の売買(屋内プールが未完成)。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主B(開発会社)、右が買主A
  • BとAの間に2本の契約
  • マンションの1室の売買(引渡し済み)と、スポーツクラブの会員権の売買(屋内プールが未完成)

冒頭の問いの答えの方向。2つの契約が密接に結びつき、プール抜きでは目的が全体としては果たせないなら、部屋の売買もあわせて解除できる。 図:冒頭の問いの答えの方向

先に、答えの方向を言います。2つの契約が密接に結びついていて、プール抜きでは買った目的が全体としては果たせないなら、部屋の売買契約も、あわせて解除できます。前回までに、解除の物差しを2つ見ました。今日は、その物差しを、2つの場面に当てます。1つは、中心の給付は済んだのに、周りの義務だけが果たされない場面。もう1つは、冒頭のように、不履行がない契約まで解除したい場面です。

付随義務の不履行で解除できるか

1つめの柱の入口。本体は届いて代金も払った。周りの義務だけが果たされない。解除できるのか。 図:1つめの柱の入口

  • 本体は届いて代金も払った
  • 周りの義務だけが果たされない
  • 解除できるのか

1つめの柱です。まず、言葉を確かめます。安全配慮義務の回で見た、付随義務です。付随義務とは、中心の約束、つまり、対価と結びつく本来の給付の周りにあって、契約の約束や信義則から生じる義務です。中心の約束の実現を準備したり、配慮したり、助けたりする義務、と言い換えられます。今日の問いは、こうです。本来の給付は済んでいるのに、付随義務だけが果たされない。このとき、解除できるのか。できるなら、全部か、一部か。そして、催告は要るのか。

柱①の設例の関係図。左が売主C(業務用コーヒー焙煎機の販売会社)、右が買主D(これからカフェを開く)。本体は納品・据付けも代金の支払いも済んでいる。 図:柱①の設例の関係図

  • 左が売主C(業務用コーヒー焙煎機の販売会社)、右が買主D(これからカフェを開く)
  • 本体は納品・据付けも代金の支払いも済んでいる

設例を置きます。売主Cは、業務用のコーヒー焙煎機を売る会社です。買主Dは、これからカフェを開く人です。焙煎機の本体は、据付けまで終わっていて、代金も払い済みです。そのうえで、周りの約束が、3通りあったとします。順に見ます。

場面a。取扱説明書の冊子の交付が遅れている。同じ内容はウェブで読め、操作に支障はない。催告し、期間が過ぎても届かない。 図:場面a

  • 取扱説明書の冊子の交付が遅れている
  • 同じ内容はウェブで読め、操作に支障はない
  • 催告し、期間が過ぎても届かない

場面aです。Cは、日本語の取扱説明書の冊子を渡す、と約束していました。ところが、冊子の交付が遅れています。同じ内容は、ウェブ上で読めて、機械の操作には何の支障もありません。Dが催告をして、期間が過ぎても、冊子はまだ届きません。解除できません。催告をして期間が過ぎても、それだけでは足りないのです。条文を出します。

条文民法541条

民法第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

ただし書です。期間が過ぎた時点での不履行が、その契約と取引上の社会通念に照らして軽微なら、解除できません。冊子が遅れているだけで、機械の操作に支障がないなら、軽微と評価されます。ですから、場面aは、解除できない、が結論です。

旧法の考え方との対比。旧法の判例=付随的義務の不履行では、特段の事情がなければ解除できない。現行法=付随的かどうかではなく、軽微かどうかで切る。 図:旧法の考え方との対比

  • 旧法の判例=付随的義務の不履行では、特段の事情がなければ解除できない
  • 現行法=付随的かどうかではなく、軽微かどうかで切る

ここで、昔の考え方に一言だけ触れます。改正の前、最高裁は、付随的な義務の不履行について、こう述べていました。

判例最判昭36・11・21

旧法の付随的義務 法律が債務の不履行による契約の解除を認める趣意は、契約の要素をなす債務の履行がないために、該契約をなした目的を達することができない場合を救済するためであり、当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須的でない附随的義務の履行を怠つたに過ぎないような場合には、特段の事情の存しない限り、相手方は当該契約を解除することができないものと解するのが相当である

読み方です。主たる目的の達成に必須ではない付随的義務を怠っただけなら、特段の事情がない限り、解除できない、と言っています。現在の541条は、ただし書で、不履行が軽微なら解除を認めない形になっています。ですから、付随義務の不履行でも、軽微でなければ、解除の道があります。

場面b。ガス配管の安全検査を受けて検査済証を渡す約束。Cは営業を停止し、検査を受ける見込みもないことが明らか。検査済証がなければ営業を始められない。 図:場面b

  • ガス配管の安全検査を受けて検査済証を渡す約束
  • Cは営業を停止し、検査を受ける見込みもないことが明らか
  • 検査済証がなければ営業を始められない

場面bです。Cは、据付けのあとに、ガス配管の安全検査を受けて、検査済証をDに渡す、と約束していました。検査済証がなければ、Dは、営業を始められません。ところが、Cは営業を停止してしまい、検査を受ける見込みもないことが明らかです。催告なしで、全部を解除できます。検査という付随義務が果たされない結果、Dは、営業を始めるという、契約をした目的を達することができません。542条の出番です。

条文民法542条1項

民法第542条第1項 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。 一 債務の全部の履行が不能であるとき。 二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。 三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。 四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。 五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。

5号です。1号から4号のどれにも当たらなくても、催告が無意味な場面を拾う、前回見た受け皿の規定でした。債務者が履行をせず、催告をしても、契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかなとき、催告なしで解除できます。場面bは、これに当たります。付随義務が相手でも、結論は同じです。全部を、催告なしで解除できます。

柱①の中間まとめ。原則は全部解除。履行が可能なら、催告して、軽微でなければ541条。付随義務が果たされず契約の目的を達成できないなら、無催告で542条1項5号。 図:柱①の中間まとめ

  • 原則は全部解除
  • 履行が可能なら、催告して、軽微でなければ541条
  • 付随義務が果たされず契約の目的を達成できないなら、無催告で542条1項5号

ここまでを、整理します。付随義務の不履行にも、解除の道は開かれています。原則は、全部解除です。履行が可能なら、催告をして、相当の期間が過ぎ、不履行が軽微でなければ、541条で解除できます。付随義務が果たされない結果、契約の目的を達成できないなら、5号で、催告なしに解除できます。

場面cの前に。前回学んだこと。一部の不能のとき、無催告で何を解除できたか。答えは、その部分だけ(542条2項1号)。 図:場面cの前に

  • 前回学んだこと
  • 一部の不能のとき、無催告で何を解除できたか
  • 答えは、その部分だけ(542条2項1号)

次は、例外の一部解除です。その前に、1つ思い出してください。前回、一部の履行が不能のとき、催告なしで、何を解除できましたか?不能になった、その部分だけを解除できました。2項の1号でした。その考え方を、付随義務に持ち込みます。

場面c。購入後3年間、年1回の定期点検が代金に含まれる。焙煎機は問題なく動いている。Cが点検をしない。点検は他の業者にも頼める。 図:場面c

  • 購入後3年間、年1回の定期点検が代金に含まれる
  • 焙煎機は問題なく動いている
  • Cが点検をしない
  • 点検は他の業者にも頼める

場面cです。代金の内訳に、購入後3年間、年1回の定期点検が含まれていました。焙煎機自体は、問題なく動いています。ところが、Cが、点検をしません。点検は、ほかの業者にも頼めます。機械が動いている以上、全部を解除するまでの必要はありません。点検は、機械の売買から切り離して、独立の約束として考えられます。こういう、切り離して扱える性質を、可分と言います。点検を、独立かつ可分な義務と見られて、しかも、履行が可能なら、その点検の部分だけを、一部解除する道があります。手順は、こうです。まず、点検を催告します。相当の期間が過ぎても、点検がなされず、その不履行が軽微でなければ、点検の部分だけを解除できます。焙煎機本体の売買は、そのまま有効です。

一部解除の位置づけ。付随義務の履行が可能=催告して一部解除(明文なし・有力な整理)。履行が不能=無催告で一部解除(542条2項1号)。 図:一部解除の位置づけ

  • 付随義務の履行が可能=催告して一部解除(明文なし・有力な整理)
  • 履行が不能=無催告で一部解除(542条2項1号)

大切な区別があります。条文に書いてあるのは、履行が不能な場合です。点検を担当する部門がなくなって、もう点検ができない。この場合は、542条2項1号が、そのまま使えます。次の条文です。

条文民法542条2項

民法第542条第2項 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。 一 債務の一部の履行が不能であるとき。 二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

付随義務が不能になれば、その部分だけを、催告なしで一部解除できます。一方、履行が可能なまま遅れている場合に、催告して一部解除するという道は、条文に書いてありません。一部解除を定める542条2項を類推して、催告したうえで、軽微でなければ、その部分だけ解除できる、とする整理です。これは、有力な整理として、区別して書いてください。一部解除は、いつでも使えるのでしょうか?違います。多くの場合は、全部解除で処理します。一部解除に実益があるのは、場面cのように、その付随義務の部分だけを切り離して、ほかの業者に頼むなどの手当てができるときです。

柱①の表。行=全部解除(原則)・一部解除(例外)。列=履行が可能(催告)・履行不能または目的不達成(無催告)。全部解除=催告して軽微でなければ(541条)/目的不達成なら(542条1項5号)。一部解除=催告して軽微でなければ(有力な整理)/履行不能なら(542条2項1号)。 図:柱①の表。行=全部解除(原則)・一部解除(例外)。列=履行が可能(催告)・履行不能または目的不達成(無催告)。全部解除=催告して軽微でなければ(541条)/目的不達成なら(542条1項5号)。一部解除=催告して軽微でなければ(有力な整理)/履行不能なら(542条2項1号)。

表にまとめます。全部解除は原則です。履行が可能なら、催告して、軽微でなければ解除できます。契約の目的を達成できないなら、5号で、催告なしです。一部解除は例外です。独立かつ可分で、履行が可能なら、催告して、軽微でなければ一部解除できますが、これは有力な整理です。履行が不能なら、2項1号で、催告なしの一部解除です。なお、前々回と前回で見た543条のとおり、債権者のせいで生じた不履行なら、これらの解除は、いずれも使えません。

2つの物差しの使い分け

2つめの柱の入口。軽微か。契約の目的を達成できるか。2つの物差しは、何が違うのか。 図:2つめの柱の入口

  • 軽微か
  • 契約の目的を達成できるか
  • 2つの物差しは、何が違うのか

2つめの柱です。ここまでの3つの場面で、2つの物差しが、別々の働きをしていました。その前に、前回の復習です。前回の無催告解除は、どんな共通項でつながっていましたか?催告をしても、契約の目的を達成できない、という筋でした。この、目的を達成できるか、が2つめの物差しです。整理します。1つめの物差しは、軽微かどうかです。場所は、541条のただし書で、催告して待つ解除の中にあります。期間が過ぎた時点での不履行が軽微なら、解除そのものを止めます。前々回見たとおり、軽微だと証明する責任を負うのは、債務者です。ただし書に置かれた例外だからです。2つめの物差しは、契約の目的を達成できるかどうかです。場所は、542条で、催告しても目的を達成できないなら、催告を省きます。つまり、1つめは解除を止める物差し、2つめは催告を省く物差し、と役割が違います。なぜ役割が違うのか。前々回、ささいな不履行で契約を丸ごと壊すのは行き過ぎだ、と見ました。だから、軽微なら解除そのものを止めます。一方、前回見たとおり、催告は、債務者にもう一度だけチャンスを与える手続です。目的を達成できないなら、そのチャンスは無意味です。だから、催告を省きます。

使い分けの図。不履行→軽微か。はい=解除できない(場面a)。いいえ→目的を達成できるか。はい=催告して待つ解除(541条・場面cの点検)。いいえ=無催告で解除(542条・場面b)。 図:使い分けの図

  • 不履行→軽微か
  • はい=解除できない(場面a)
  • いいえ→目的を達成できるか
  • はい=催告して待つ解除(541条・場面cの点検)
  • いいえ=無催告で解除(542条・場面b)

図にします。不履行があったら、まず、軽微かどうかを見ます。軽微なら、どちらの道でも解除できません。場面aです。軽微でなければ、次に、目的を達成できるかを見ます。達成できるなら、催告して待つ解除、つまり541条です。場面cの点検がこれです。達成できないなら、催告なしの解除、つまり542条です。場面bの検査済証がこれです。目的を達成できないほどの不履行は、軽微とは言えないのがふつうです。ですから、図は、軽微でない領域の中に、さらに、目的を達成できない領域がある、という入れ子になっています。同じ付随義務の不履行でも、どの領域に入るかで、道が変わります。この見分けが、今日の1つめの実力です。

複数契約の解除

3つめの柱の入口。1つの契約にしか不履行がない。別の契約まで解除できるのか。 図:3つめの柱の入口。1つの契約にしか不履行がない。別の契約まで解除できるのか。

3つめの柱です。冒頭の問いに戻ります。売主B、買主Aです。BとAの間には、部屋の売買と、会員権の売買の、2つの契約があります。プールの未完成は、会員権の契約の不履行です。部屋の売買には、不履行がありません。

柱③の原則。不履行があるのは会員権の契約だけ。部屋の売買には不履行がない。原則=不履行がない契約は解除できない。 図:柱③の原則

  • 不履行があるのは会員権の契約だけ
  • 部屋の売買には不履行がない
  • 原則=不履行がない契約は解除できない

原則は、こうです。解除権は、不履行があった契約について生じます。不履行がない契約は、解除できません。部屋の売買は、約束どおり引き渡されているのですから、そのままでは、解除の根拠がありません。プールがなければ、Aは部屋を買わなかったかもしれません。それでも、だめなのですか?そこが、この判例の問題意識です。最高裁は、一定の場合に、不履行がない契約まで、あわせて解除できるとしました。このことを、複数契約の解除と呼びます。判旨を読みます。

判例最判平8・11・12

複数契約の解除 このように同一当事者間の債権債務関係がその形式は甲契約及び乙契約といった二個以上の契約から成る場合であっても、それらの目的とするところが相互に密接に関連付けられていて、社会通念上、甲契約又は乙契約のいずれかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないと認められる場合には、甲契約上の債務の不履行を理由に、その債権者が法定解除権の行使として甲契約と併せて乙契約をも解除することができるものと解するのが相当である。

読み方です。同じ当事者の間で、形の上では契約が2つ以上に分かれていても、2つの条件が揃えば、一方の不履行を理由に、他方もあわせて解除できる、と言っています。法定解除権とは、解除の総論で見た、法律の規定で生まれる解除権のことです。なぜ、不履行のない契約まで解除できるのか。形の上では2つの契約でも、中身が1つの取引なら、片方だけを残されても、買主は、買った目的を果たせない契約に縛られるだけだからです。

判旨を2段にした板。前提=同一当事者間の2個以上の契約で、一方に解除権が生じている。要件1=目的が相互に密接に関連付けられている。要件2=社会通念上、どちらかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されない。効果=一方の不履行を理由に、他方もあわせて解除できる。 図:判旨を2段にした板

  • 前提=同一当事者間の2個以上の契約で、一方に解除権が生じている
  • 要件1=目的が相互に密接に関連付けられている
  • 要件2=社会通念上、どちらかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されない
  • 効果=一方の不履行を理由に、他方もあわせて解除できる

2段に分けます。まず前提です。同一の当事者の間に、2つ以上の契約があり、そのうちの1つに、解除権が生じています。そのうえで、1つめの要件。それらの目的が、相互に密接に関連付けられていること。2つめの要件。社会通念上、どちらかが履行されるだけでは、契約を締結した目的が、全体としては達成されないと認められること。この2つが揃うと、効果として、一方の不履行を理由に、他方の契約もあわせて解除できます。たとえとして、ペアの靴を考えてください。左足の靴だけが届いて、右足が届かない。左足だけを履いても、歩けません。2つの契約の関係も、これに近いです。片方だけが履行されても、目的が全体として達成されないのが、2つめの要件です。

問い。冒頭の事案で、1つめの要件に当たる事実は何か。 図:問い。冒頭の事案で、1つめの要件に当たる事実は何か。

ここで、考えてみてください。冒頭の事案で、密接に関連付けられている、と言える事実は、何でしょうか?

答え。部屋を買うと必ずクラブに入会しなければならず、部屋を手放すとクラブの会員の地位も失う。部屋を手に入れる・手放すことと会員の地位が連動し、売主は両者の帰属が別になることを許していない。 図:答え

  • 部屋を買うと必ずクラブに入会しなければならず、部屋を手放すとクラブの会員の地位も失う
  • 部屋を手に入れる・手放すことと会員の地位が連動し、売主は両者の帰属が別になることを許していない

この事案では、マンションの区分所有権を買うと、必ずクラブに入会しなければなりません。そして、部屋を他人に譲れば、会員の地位も失います。つまり、部屋の権利を手に入れることと手放すことは、会員の地位を手に入れることと手放すことに、連動しています。売主は、両者の帰属が別々になることを、許していません。だから、1つめの要件を満たします。

2つめの要件の当てはめ。物件は屋内プールを含むスポーツ施設の利用が主要な目的のリゾートマンション。買主もそのような物件として購入。プールの遅延で、売買契約を締結した目的を達成できなくなった。 図:2つめの要件の当てはめ

  • 物件は屋内プールを含むスポーツ施設の利用が主要な目的のリゾートマンション
  • 買主もそのような物件として購入
  • プールの遅延で、売買契約を締結した目的を達成できなくなった

2つめの要件です。判決の当てはめを読みます。途中に出てくる、要素たる債務とは、契約の中心をなす債務のことです。

判例最判平8・11・12

当てはめ これを本件について見ると、本件不動産は、屋内プールを含むスポーツ施設を利用することを主要な目的としたいわゆるリゾートマンションであり、前記の事実関係の下においては、上告人らは、本件不動産をそのような目的を持つ物件として購入したものであることがうかがわれ、被上告人による屋内プールの完成の遅延という本件会員権契約の要素たる債務の履行遅滞により、本件売買契約を締結した目的を達成することができなくなったものというべきであるから、本件売買契約においてその目的が表示されていたかどうかにかかわらず、右の履行遅滞を理由として民法五四一条により本件売買契約を解除することができるものと解するのが相当である。

読み方です。この物件は、屋内プールを含むスポーツ施設を使うことを主要な目的にした、リゾートマンションでした。買主も、そういう物件として買っています。プールの完成が遅れた結果、売買契約を締結した目的を達成できなくなった。だから、部屋の売買契約も、541条で解除できる、と言っています。使われた条文は、催告して待つ541条です。目的を達成できないことは、ここでは、催告を省く理由ではなく、不履行のない部屋の売買にまで解除を広げる理由として働いています。ここに、大事な一言があります。本件売買契約においてその目的が表示されていたかどうかにかかわらず、です。

契約書に目的が書かれていなくても、かまいません。実は、原審は、プールを使うという目的が、売買契約に表示されていなかったことを理由に、解除を認めませんでした。目的は重要な動機ではあっても、契約に表示されていない、と見たのです。最高裁は、そこを退けました。見るべきは、契約書への表示ではありません。2つの契約が客観的に密接に関連しているか。そして、全体として目的が達成されないか。この2点です。もう1つ、注意があります。判決は、屋内プールの完成が、会員権契約においては、単なる付随的義務ではなく、要素たる債務の一部だった、とも判断しています。不履行そのものが大きいことが前提です。最初に見た付随義務との対比に、使えます。

現行法での位置づけ。判例は改正前の事案。542条1項の「契約をした目的を達することができない」と同じ方向の考え方。 図:現行法での位置づけ

  • 判例は改正前の事案
  • 542条1項の「契約をした目的を達することができない」と同じ方向の考え方

最後に、現行法との関係です。この判例は、改正前の事案です。それでも、答案では、この2つの要件をそのまま使います。そして、現在の542条1項の、契約をした目的を達することができない、という考え方と、同じ方向を向いています。解除した後の処理は、原状回復の回で見たとおりです。部屋の売買も、会員権の売買も、解除の効果が生じます。論文では、複数契約の解除は、論点になりうるところです。書くときは、2つの要件を、判旨の言葉どおりに書きます。密接に関連付けられている、社会通念上、全体としては達成されない、です。

確かめる——場面を変えた問い

確かめるその1。焙煎機の売買で、取扱説明書の冊子が遅れているが、同じ内容はウェブで読め、操作に支障はない。催告して期間が過ぎた。解除できるか。 図:確かめるその1

  • 焙煎機の売買で、取扱説明書の冊子が遅れているが、同じ内容はウェブで読め、操作に支障はない
  • 催告して期間が過ぎた
  • 解除できるか

事例で確かめます。1つめ。焙煎機の売買で、取扱説明書の冊子が遅れています。同じ内容はウェブで読めて、操作に支障はありません。買主は催告をし、期間が過ぎました。解除できますか?

答えその1。解除できない。期間経過時の不履行が軽微(541条ただし書)。 図:答えその1。解除できない。期間経過時の不履行が軽微(541条ただし書)。

軽微ですから、解除できません。期間が過ぎた時点で、不履行が軽微なら、ただし書で、解除できません。

確かめるその2。ガス配管の安全検査を売主が受けず、検査を受ける見込みもないことが明らか。催告は要るか。 図:確かめるその2

  • ガス配管の安全検査を売主が受けず、検査を受ける見込みもないことが明らか
  • 催告は要るか

2つめ。売主が安全検査を受けず、受ける見込みもないことが明らかです。検査済証がなければ、営業を始められません。催告は要りますか?

答えその2。催告は要らない。検査という付随義務が果たされず契約の目的を達成できない。542条1項5号で無催告の全部解除。 図:答えその2

  • 催告は要らない
  • 検査という付随義務が果たされず契約の目的を達成できない
  • 542条1項5号で無催告の全部解除

営業を始められないので、目的を達成できません。だから、催告は要らず、全部を解除できます。付随義務の不履行でも、契約の目的を達成できないなら、5号で、催告なしの全部解除です。

確かめるその3。定期点検を売主がしない。点検は他の業者にも頼める。全部の解除か、点検の部分だけか。催告はどうか。 図:確かめるその3

  • 定期点検を売主がしない
  • 点検は他の業者にも頼める
  • 全部の解除か、点検の部分だけか
  • 催告はどうか

3つめ。定期点検を、売主がしません。点検は、ほかの業者にも頼めます。機械は動いています。全部を解除するのか、点検の部分だけなのか。催告は要りますか?

答えその3。点検の部分だけを一部解除。履行が可能なら催告(明文なし・有力な整理)。履行が不能なら無催告(542条2項1号)。 図:答えその3

  • 点検の部分だけを一部解除
  • 履行が可能なら催告(明文なし・有力な整理)
  • 履行が不能なら無催告(542条2項1号)

点検は切り離せるので、点検の部分だけです。履行はできるので、催告が要ると思います。独立かつ可分なら、点検の部分だけを一部解除します。履行が可能なら催告が要り、これは有力な整理です。履行が不能になったなら、2項1号で、催告なしです。

確かめるその4。買主Eは、マンションの1室を買い、別の機会に、入会が任意でマンションを手放しても資格が残るクラブの会員権を買った。会員権の施設が完成しない。部屋の売買まで解除できるか。 図:確かめるその4

  • 買主Eは、マンションの1室を買い、別の機会に、入会が任意でマンションを手放しても資格が残るクラブの会員権を買った
  • 会員権の施設が完成しない
  • 部屋の売買まで解除できるか

4つめです。買主Eは、開発会社からマンションの1室を買いました。別の機会に、入会が任意で、マンションを手放しても会員資格が残るクラブの、会員権を買いました。広告にも、一体とは書かれていません。会員権の施設が完成しません。Eは、マンションの売買まで解除できますか?

答えその4。マンションの売買は解除できない。要件1(密接に関連付けられている)が欠ける。会員権の契約の解除はできる。 図:答えその4

  • マンションの売買は解除できない
  • 要件1(密接に関連付けられている)が欠ける
  • 会員権の契約の解除はできる

別々に買っただけなので、連動していません。1つめの要件が欠けると思います。部屋を手に入れること・手放すことと、会員の地位が連動していないので、1つめの要件が欠けます。原則どおり、不履行がない契約は解除できません。解除できるのは、不履行のある、会員権の契約のほうです。

解除ブロックのまとめ表と、冒頭の問い

今日の3つの柱。1=付随義務の不履行(全部解除が原則・一部解除は例外)。2=2つの物差し(軽微=解除を止める・目的達成=催告を省く)。3=複数契約の解除(要件1・要件2)。 図:今日の3つの柱

  • 1=付随義務の不履行(全部解除が原則・一部解除は例外)
  • 2=2つの物差し(軽微=解除を止める・目的達成=催告を省く)
  • 3=複数契約の解除(要件1・要件2)

今日の話を整理します。1つめ、付随義務の不履行でも、解除できます。原則は全部解除です。履行が可能で軽微でなければ、催告して541条。契約の目的を達成できないなら、5号で催告なし。独立かつ可分なら、例外として一部解除ができますが、履行が可能な場合は有力な整理です。2つめ、物差しは2つです。軽微かどうかは解除を止め、目的を達成できるかどうかは催告を省きます。3つめ、複数契約の解除です。目的が相互に密接に関連付けられていて、社会通念上、全体としては達成されないなら、他方の契約もあわせて解除できます。

冒頭の答え合わせ。部屋の売買もあわせて解除できる(会員権契約の要素たる債務の履行遅滞を理由に、部屋の売買契約を締結した目的を達成できなくなったため。最判平8・11・12)。 図:冒頭の答え合わせ

冒頭の問いの答えです。部屋の売買も、あわせて解除できます。部屋の権利とクラブの会員の地位が連動しているので、目的が密接に関連付けられています。そして、屋内プールの完成が遅れた結果、買った目的が全体としては達成されないからです。契約書に、目的が表示されていたかどうかは、問題になりません。

解除ブロックのまとめ表(前半)。総論=解除は契約の拘束から抜ける制度、行使は相手方への意思表示(540条)。効果=原状回復義務(545条)。第三者=解除前の第三者は545条1項ただし書で保護(善意悪意不問・登記が要る)、解除後の第三者は先に登記したほうが勝つ対抗問題(177条)。消滅=相手方の催告(547条)・目的物の損壊(548条・解除権を知らなかったときは除く)など。 図:解除ブロックのまとめ表

  • 前半
  • 総論=解除は契約の拘束から抜ける制度、行使は相手方への意思表示(540条)。効果=原状回復義務(545条)。第三者=解除前の第三者は545条1項ただし書で保護(善意悪意不問・登記が要る)、解除後の第三者は先に登記したほうが勝つ対抗問題(177条)。消滅=相手方の催告(547条)・目的物の損壊(548条・解除権を知らなかったときは除く)など。

解除のブロックを、1枚の表で見渡します。前半です。総論では、解除は、債権者を契約の拘束から解放する制度で、相手方への意思表示で行使しました。540条です。効果では、契約がなかった状態に戻すため、受け取った物を互いに返す、原状回復義務が生じました。545条です。第三者の回では、解除の前に新たな権利を取得した第三者は、善意か悪意かを問わず、登記を備えていれば守られました。解除権があっても、実際に解除されるとは限らないので、悪意でも保護に値します。その代わり、落ち度のない解除権者を犠牲にして守る以上、登記という資格を求めました。解除のあとの第三者は、ただし書が守る第三者に当たらないので、先に登記を備えたほうが勝つ、対抗問題でした。消滅の回では、解除するのかしないのか、相手方をいつまでも待たせないために、相手方が期間を定めて返事を求め、期間内に解除の通知がなければ、解除権が消えました。解除権を持つ人が、わざと、または不注意で、目的物を壊して返せなくしたときも、解除権が消えました。ただし、解除権があると知らなかったときは、消えません。

解除ブロックのまとめ表(後半)。催告解除=541条、軽微ならただし書で不可。無催告解除・一部解除=542条1項の5場面、2項の一部解除。付随義務・複数契約=軽微でなければ催告解除・目的不達成なら無催告/複数契約は要件1・要件2で併せて解除。 図:解除ブロックのまとめ表

  • 後半
  • 催告解除=541条、軽微ならただし書で不可。無催告解除・一部解除=542条1項の5場面、2項の一部解除。付随義務・複数契約=軽微でなければ催告解除・目的不達成なら無催告
  • 複数契約は要件1・要件2で併せて解除。

後半です。催告解除は、催告して待つ型で、軽微ならただし書で解除できません。無催告解除は、催告しても目的を達成できない、5つの場面で、一部の不能と拒絶なら、一部解除もあります。そして今日の、付随義務と複数契約です。付随義務は、軽微でなければ催告解除、目的を達成できないなら無催告解除。複数契約は、2つの要件を満たすとき、あわせて解除できます。催告解除から今日までの3回は、どれも、2つの物差しの当てはめでした。付随義務の一部解除のうち、条文に明記のない部分は、有力な整理として、区別して書いてください。

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#245単独ページ動画

典型契約の地図と贈与

第5章 契約 #245/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

酒の席の「やるよ」

冒頭の設例の関係図。左が贈与者A、右が友人B。夜の居酒屋で、Aが腕時計を指して「この時計、君にやるよ」と言い、Bが「いいの?」と受ける。翌朝、Aは時計が惜しくなる。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が贈与者A、右が友人B
  • 夜の居酒屋で、Aが腕時計を指して「この時計、君にやるよ」と言い、Bが「いいの?」と受ける
  • 翌朝、Aは時計が惜しくなる

冒頭の問いの答えの方向。書面にしていない贈与なら、まだ渡していない限り、やめられる。渡してしまった後は、やめられない。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 書面にしていない贈与なら、まだ渡していない限り、やめられる
  • 渡してしまった後は、やめられない

先に、答えの方向を言います。書面にしていない贈与なら、まだ渡していない限り、やめられます。そして、渡してしまった後は、やめられません。前回までで、契約の総則が終わりました。契約の成立、効力、解除です。今日から、契約の種類を1つずつ開けていきます。最初に開けるのが、贈与です。贈与とは、タダで財産をあげる契約のことです。

典型契約の地図と贈与の性格

典型契約13種の地図。4つの型。財産を移す=贈与(549)・売買(555)・交換(586)。貸す=消費貸借(587)・使用貸借(593)・賃貸借(601)。働く=雇用(623)・請負(632)・委任(643)・寄託(657)。その他=組合(667)・終身定期金(689)・和解(695)。今いる位置=贈与。 図:典型契約13種の地図

  • 4つの型
  • 財産を移す=贈与(549)・売買(555)・交換(586)
  • 貸す=消費貸借(587)・使用貸借(593)・賃貸借(601)
  • 働く=雇用(623)・請負(632)・委任(643)・寄託(657)
  • その他=組合(667)・終身定期金(689)・和解(695)
  • 今いる位置=贈与

1つめの柱です。まず、地図を出します。民法が名前をつけた13種類の契約を、典型契約と呼びました。これから開ける順番を、4つの型に分けて置きます。1つめ、財産を移す型。贈与、売買、交換です。2つめ、貸す型。消費貸借、使用貸借、賃貸借です。3つめ、働く型。雇用、請負、委任、寄託です。4つめ、その他の型。組合、終身定期金、和解です。今日いるのは、財産を移す型の先頭の、贈与です。今は、名前と型の見取り図だけで足ります。中身は、1つずつ開けるたびに見ていきます。では、贈与の最初の条文を出します。贈与とは何かを定める、549条です。

条文民法549条

民法第549条 贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。

549条の文言から読む3つの性格。諾成=意思表示と受諾だけで効力を生ずる(物を渡さなくても成立)。片務=債務を負うのは贈与者だけ。無償=財産を出すのは贈与者だけ。 図:549条の文言から読む3つの性格

  • 諾成=意思表示と受諾だけで効力を生ずる(物を渡さなくても成立)
  • 片務=債務を負うのは贈与者だけ
  • 無償=財産を出すのは贈与者だけ

契約の分け方の回で見た物差しを当てると、文言から、3つの性格が読めます。1つめ、諾成です。意思を表示し、相手方が受諾をすることによって効力を生ずる、とあります。合意だけで成立し、物を渡すことは成立の条件ではありません。2つめ、片務です。債務を負うのは、贈与者だけで、受贈者には、対価を払う債務は、ありません。3つめ、無償です。財産を出すのは、贈与者だけです。言い合った時点で、契約は成立しています。時計がAの腕にあっても、契約はできています。ところが、それならなぜやめられるのか。ここが次の柱です。その前に、549条のもう1つの文言を見ます。

他人物贈与の設例の関係図。左が贈与者K、右が受贈者M、上に持ち主L。KがLの自転車を勝手に「君にあげるよ」とMに約束する。 図:他人物贈与の設例の関係図

  • 左が贈与者K、右が受贈者M、上に持ち主L
  • KがLの自転車を勝手に「君にあげるよ」とMに約束する

条文は、ある財産、と書いています。自分の物に限る、とは書いていません。設例です。贈与者のKが、友人Lの自転車について、Lに断りなく、受贈者のMに「君にあげるよ」と約束しました。Kは、その自転車の所有者ではありません。契約としては、有効です。ただし、約束をしただけで、自転車の所有権がすぐMに移るわけではありません。有効なのは、K・M間の約束です。なお、条文の言い方は、2017年の改正で、自己の財産から、ある財産に改められました。実質は変わりません。

口約束の贈与は解除できる

2つめの柱の入口。契約は成立している。なのに、書面がなければやめられるのはなぜか。渡した後は、なぜやめられないのか。 図:2つめの柱の入口

  • 契約は成立している
  • なのに、書面がなければやめられるのはなぜか
  • 渡した後は、なぜやめられないのか

2つめの柱です。中心の条文は、550条です。

条文民法550条

民法第550条 書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない。

まず、本文です。書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。各当事者、とありますから、贈与者だけではありません。受贈者のほうも、やっぱりいらない、と言って解除できます。ここでの解除は、債務不履行の解除とは別物です。解除は、契約の拘束から抜ける制度で、解除権がなければできないのでした。解除権の出どころの1つが、法律の個別の規定です。550条は、その1つです。相手に落ち度があることは、要りません。書面にしていない、というだけで、理由を問わず、解除できます。行使は、これまでと同じ、相手方への意思表示です。まだ渡していないなら、巻き戻す物もありません。

ねらいは、2つあります。1つめ、贈与者に、軽率な贈与をさせないことです。タダであげる約束は、勢いでしてしまいやすいからです。2つめ、贈与の意思を、書面ではっきりさせることです。あとで言った言わないの争いになるのを防ぎます。居酒屋の「やるよ」は、まさに、勢いの約束です。次に、書面とは、どの程度のものか。判例があります。その前に、1つ注意です。これから読む判決は、改正前の言い方で書かれています。当時の550条は、解除ではなく、撤回と書いてありました。判決文には、取り消しうる、とも出てきます。意味は、今の解除と同じです。

判例最判昭60・11・29

書面の程度 民法五五〇条が書面によらない贈与を取り消しうるものとした趣旨は、贈与者が軽率に贈与することを予防し、かつ、贈与の意思を明確にすることを期するためであるから、贈与が書面によつてされたといえるためには、贈与の意思表示自体が書面によつていることを必要としないことはもちろん、書面が贈与の当事者間で作成されたこと、又は書面に無償の趣旨の文言が記載されていることも必要とせず、書面に贈与がされたことを確実に看取しうる程度の記載があれば足りるものと解すべきである。

読み方です。ねらいは、さきほどの2つと同じです。軽率な贈与を防ぎ、意思を明確にする。そのためには、契約書の形でなくても、贈与がされたことが確実に読み取れる記載があれば足ります。当事者間で作った書面でなくてもよく、無償と書いてなくてもよいのです。事案です。贈与された土地の登記名義が、前の所有者のままでした。贈与者は、前の所有者に宛てて、受贈者に直接登記を移してほしい、という内容の内容証明郵便を出しました。受贈者に移してほしい、と書いてあれば、土地をあげたことが読み取れます。ですから、この書面は、贈与の意思が確実に読み取れる記載がある書面に当たります。

柱②の入口で止まる問い。口頭で時計をあげると約束し、もう手渡してしまった。解除できるか。 図:柱②の入口で止まる問い

  • 口頭で時計をあげると約束し、もう手渡してしまった
  • 解除できるか

ここで、考えてみてください。居酒屋の時計を、Aが翌朝、Bの家まで持って行って、手渡してしまいました。書面はありません。それでも、Aは、解除できるでしょうか?

550条ただし書。履行の終わった部分については、この限りでない。 図:550条ただし書。履行の終わった部分については、この限りでない。

結論は、解除できません。根拠は、さきほどのただし書です。履行の終わった部分については、この限りでない。つまり、履行が終わった部分は、書面がなくても、解除できないのです。

履行の終わった部分

なぜ履行の終わった部分は解除できないのか。実際に渡した行動で、贈与の意思ははっきりした。それを信頼した受贈者を守る。だから、履行の終わりは緩やかに考える。 図:なぜ履行の終わった部分は解除できないのか

  • 実際に渡した行動で、贈与の意思ははっきりした
  • それを信頼した受贈者を守る
  • だから、履行の終わりは緩やかに考える

なぜ、でしょうか。口で言うだけなら、勢いで言ったかもしれません。けれども、物を実際に渡す、という行動をしたなら、もう勢いではありません。意思は、はっきりしたと言えます。それを信じた受贈者を、守る必要もあります。ですから、履行が終わったかどうかは、緩やかに考えます。物によって、何をすれば履行が終わるかが違います。動産は、引き渡せば、履行が終わります。以前の回で見た、占有改定でも、足りると考えられます。次に読む判例の理屈から、そう導けます。占有改定とは、渡したことにして、現物は渡す側の手元で、受け取る側のために預かっておく形です。次は、不動産です。不動産は、引渡しか登記の、どちらか一方で足ります。両方は要りません。順に、判例を見ます。

昭31の事案の関係図。建物を建てた贈与者が、完成と同時に建物を受贈者のものにする。贈与者は、1年間は無償で使い続けて良いという約束で、そのまま使っている。 図:昭31の事案の関係図

  • 建物を建てた贈与者が、完成と同時に建物を受贈者のものにする
  • 贈与者は、1年間は無償で使い続けて良いという約束で、そのまま使っている

1つめの判例です。建物を建てた贈与者が、完成と同時に、その建物を受贈者のものにしました。ただし、贈与者は、1年間は無償で使い続ける約束で、そのまま使っていました。さて、所有権は、受贈者に移っています。これで、履行は終わったのでしょうか。判旨の大事な部分を読みます。

判例最判昭31・1・27

不動産の贈与と履行の終了(引渡し) 不動産の贈与は、その所有権を移転したのみをもつて、民法五五〇条にいわゆる「履行ノ終ハリタル」ものとすることはできないのであつて、右「履行ノ終ハリタル」ものとするには、これが占有の移転を要するものと解すべきことは、論旨所説のとおりである。

読み方です。所有権を移したことだけでは、履行が終わったことになりません。占有の移転、つまり引渡しが要る、と言っています。占有とは、以前の回で見た、物を事実上支配している状態のことです。履行ノ終ハリタル、とあるのは、当時の条文の言い方です。ところが、この事案では、結論は、履行が終わっている、でした。所有権が受贈者に移ると同時に、贈与者は、これからは受贈者のために建物を占有します、という意思を、暗黙に表示したと見たからです。これで、占有も受贈者に移った、つまり引渡しが済んだ、と評価されました。引渡しは、済んでいます。実際に建物の中にいるのは贈与者でも、その贈与者が、受贈者のために使っている形になったからです。占有改定の考え方と同じ方向です。

昭40の事案。贈与者が不動産の所有権移転登記を済ませた。登記原因は形式上、売買にした。引渡しはしていなくても履行は終わる。 図:昭40の事案

  • 贈与者が不動産の所有権移転登記を済ませた
  • 登記原因は形式上、売買にした
  • 引渡しはしていなくても履行は終わる

2つめの判例です。登記のほうです。

判例最判昭40・3・26

不動産の贈与と履行の終了(登記) 不動産の贈与契約において、該不動産の所有権移転登記が経由されたときは、該不動産の引渡の有無を問わず、贈与の履行を終つたものと解すべきであり、この場合、当事者間の合意により、右移転登記の原因を形式上売買契約としたとしても、右登記は実体上の権利関係に符合し無効ということはできないから、前記履行完了の効果を生ずるについての妨げとなるものではない。

読み方です。登記が済めば、引渡しの有無を問わず、履行は終わります。登記の原因を、形式上は売買にしていても、実際の権利関係に合っていて、登記が無効でないなら、履行完了の効果は変わりません。2つを並べます。引渡しが済めば、履行は終わります。登記が済めば、履行は終わります。どちらか一方で足ります。決め手は、さきほどの理由です。引渡しでも登記でも、贈与者が行動に出て、意思がはっきりした、という点では同じだからです。一方、所有権が移ったという理屈だけでは、まだ、行動に出たと言えません。所有権は、合意だけで移ります。ですから、所有権が移った、というだけなら、まだ口の約束の段階と変わりません。1つめの判例で履行が終わったのは、所有権が移ったからではなく、贈与者が受贈者のために使う形になって、占有が移ったと評価できたからです。登記も、贈与者が自分から名義の書き換えに動かなければ、できません。

弁別の罠。不動産の贈与は、引渡しと登記の両方がされるまで解除できる、は誤り。引渡しか登記のどちらか一方で履行は終わる。所有権が移ったことだけでは足りない。 図:弁別の罠

  • 不動産の贈与は、引渡しと登記の両方がされるまで解除できる、は誤り
  • 引渡しか登記のどちらか一方で履行は終わる
  • 所有権が移ったことだけでは足りない

試験で問われる罠が、1つあります。引渡しと登記の両方がされるまでは、解除できる、という肢は誤りです。どちらか一方で、履行は終わります。

条文の「部分」。叔母が全集5冊を口頭で贈与すると約束し、2冊だけ渡した。渡した2冊は解除できない。残り3冊は、書面がなければ解除できる。 図:条文の「部分」

  • 叔母が全集5冊を口頭で贈与すると約束し、2冊だけ渡した
  • 渡した2冊は解除できない
  • 残り3冊は、書面がなければ解除できる

もう1つ、条文の文言です。履行の終わった部分、と、部分と書いています。設例です。叔母が、全集5冊を、口頭で贈与する約束をして、2冊だけ渡しました。渡した2冊は、解除できません。残り3冊は、書面がなければ、まだ解除できます。

柱②の当てはめ板。行=場面、列=解除できるか。時計(口頭)=渡す前はできる・渡した後はできない。不動産(口頭)=何もしていないはできる・引渡しだけはできない(昭31)・登記だけはできない(昭40)。書面あり=550条の解除はできない。一部履行=渡した部分だけできない。 図:柱②の当てはめ板。行=場面、列=解除できるか。時計(口頭)=渡す前はできる・渡した後はできない。不動産(口頭)=何もしていないはできる・引渡しだけはできない(昭31)・登記だけはできない(昭40)。書面あり=550条の解除はできない。一部履行=渡した部分だけできない。

当てはめ板にまとめます。冒頭の時計は、口頭なら、渡す前は解除できます。渡した後は、解除できません。不動産は、贈与者C、受贈者Dとします。口頭で贈与したとして、何もしていないなら、解除できます。引渡しだけを済ませたなら、できません。登記だけを済ませたなら、これもできません。書面がある贈与は、そもそも、550条の解除ができません。一部だけ履行したなら、渡した部分だけが、解除できなくなります。以上が、冒頭の問いの答えです。書面にしていない贈与は、渡す前なら解除できます。渡した後は、できません。この論点は、論文で論点になりうるところです。書面によらない贈与の解除と、履行の終了という言葉を、覚えておいてください。

タダだから責任が軽い

3つめの柱の入口。贈与者の引渡義務は、どこまでか。傷があっても、その状態で渡せばよいのか。 図:3つめの柱の入口

  • 贈与者の引渡義務は、どこまでか
  • 傷があっても、その状態で渡せばよいのか

3つめの柱です。約束が有効で、解除もされない。では、贈与者は、何を渡す約束をしたことになるのでしょうか。551条です。

条文民法551条

民法第551条 贈与者は、贈与の目的である物又は権利を、贈与の目的として特定した時の状態で引き渡し、又は移転することを約したものと推定する。 2 負担付贈与については、贈与者は、その負担の限度において、売主と同じく担保の責任を負う。

今日は、1項を読みます。2項は、4つめの柱で使います。1項は、贈与の目的である物を、特定した時の状態で引き渡すことを約したものと推定する、と読みます。特定した時、とは何か。特定物、つまり、この1点物の贈与なら、贈与の目的として、この物と決まった時です。種類物、つまり、同じ種類ならどれでもよい物の贈与なら、目的物がこれと決まった時です。たとえば、同じ型の新品のボールペンを1本あげる約束なら、渡す1本がこれと決まった時です。その時の状態のまま渡せば、約束どおりで、債務は果たしたことになります。約束の時にあった傷や不具合を、直して渡す義務は、原則としてありません。

柱③の設例の関係図。左が贈与者E、右が受贈者F。5年使ったノートパソコン。約束の時点で、電源が時々落ちる不具合がある。 図:柱③の設例の関係図

  • 左が贈与者E、右が受贈者F
  • 5年使ったノートパソコン
  • 約束の時点で、電源が時々落ちる不具合がある

設例です。贈与者のEが、受贈者のFに、5年使ったノートパソコンをあげる、と約束しました。約束の時点で、電源が時々落ちる不具合がありました。Eは、そのままFに渡せば足ります。その場合、Fのほうが、落ちない物を渡す約束があったことを、示さなければなりません。551条1項は、推定だからです。推定は、覆すことができます。直してから渡す、新品同様で渡す、といった特約があれば、その約束の中身が優先されます。その特約を示す責任は、推定を覆したい側、つまり受贈者の側にあります。

柱③の境界ペア。約束の時から電源が落ちるパソコン=そのまま渡せば足りる。直して渡すという約束があった=約束の中身が優先される。 図:柱③の境界ペア

  • 約束の時から電源が落ちるパソコン=そのまま渡せば足りる
  • 直して渡すという約束があった=約束の中身が優先される

境界を、ペアで確かめます。約束の時から電源が落ちていたパソコンを、そのまま渡すなら、約束どおりです。同じ約束の時に、直してから渡すと言っていたなら、その約束が優先されます。分かれ目は、特別な約束があったかどうかです。軽いのは、見返りを受け取らずに引き受けた人に、対価を受け取った人と同じ重さの責任を負わせるのは、釣り合わないからです。タダだから、軽いのです。逆に、売る約束には、この軽さがありません。売買の場合は、別の回で見ます。

特殊の贈与3つ

4つめの柱。基本形からどこが違うか。負担付贈与(553条・551条2項)、定期贈与(552条)、死因贈与(554条)。行=3つの贈与、列=何か・条文・基本形からの違い。 図:4つめの柱。基本形からどこが違うか。負担付贈与(553条・551条2項)、定期贈与(552条)、死因贈与(554条)。行=3つの贈与、列=何か・条文・基本形からの違い。

4つめの柱です。特殊な贈与が、3つあります。負担付贈与、定期贈与、死因贈与です。それぞれ、ここまで見た基本形から、どこが違うかで整理します。1つめ、負担付贈与です。その前に、復習です。以前の回で、同時履行の抗弁権を見ました。同時履行の抗弁権は、どんな関係にある2つの債務に働きましたか?同じ契約から生じて、対価的に向き合っている2つの債務に働きました。ここで、負担付贈与の話に入ります。受贈者も、一定の給付をする義務を負う贈与です。

負担付贈与の設例の関係図。左が贈与者G、右が受贈者H。Gが中古のバイクをHにあげる。Hは、Gが友人に借りている3万円を、Gに代わって友人に返す。 図:負担付贈与の設例の関係図

  • 左が贈与者G、右が受贈者H
  • Gが中古のバイクをHにあげる
  • Hは、Gが友人に借りている3万円を、Gに代わって友人に返す

設例です。贈与者のGが、受贈者のHに、中古のバイクをあげます。そのかわり、Hは、Gが友人に借りている3万円を、Gに代わって、その友人に返します。この3万円を返すのが、負担です。負担の給付先は、贈与者に限りません。この設例のように、第三者に対するものでも、負担になります。売買のようなものではありません。負担は、バイクの対価ではありません。ですから、負担付贈与も、基本形のまま、片務で無償です。ただし、Hも、3万円を返すという債務を負います。バイクを渡すGの債務と、負担の限度で向き合う形になるので、その限度では、双務で有償の契約に似ています。そこで、553条が、準用を定めます。

条文民法553条

民法第553条 負担付贈与については、この節に定めるもののほか、その性質に反しない限り、双務契約に関する規定を準用する。

この節とは、贈与の節のことです。性質に反しない限り、双務契約の規定を準用する。具体的には、3つが使えます。同時履行の抗弁権、危険負担、契約の解除です。

条文民法533条

民法第533条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

1つめ、同時履行の話です。Hが3万円を返してくれないうちは、Gは、バイクを渡さなくてよいのです。

条文民法536条1項

民法第536条第1項 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。

2つめ、危険負担です。バイクが、G・H双方に落ち度のない事情で、渡せなくなったとします。Hは、3万円を返す負担の履行を、拒めます。危険負担は、以前の回で見た仕組みです。相手の債務が、双方の落ち度なく果たせなくなれば、こちらも、自分の見返りの給付を拒めます。

条文民法541条

民法第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

3つめ、解除です。Hが、負担を果たさないとき、Gは、催告したうえで、解除できます。前に見た解除の仕組みが、そのまま使えます。

条文民法551条2項

民法第551条第2項 負担付贈与については、贈与者は、その負担の限度において、売主と同じく担保の責任を負う。

そして、もう1つ。551条2項です。負担付贈与では、贈与者は、その負担の限度において、売主と同じく、担保の責任を負います。担保の責任とは、渡した物が約束の内容に合っていないときに、売主が負う責任のことです。Gが、整備済みで走るバイクだと約束して渡したのに、エンジンに不具合があったとします。約束の内容に合わないので、Gは、3万円の限度で、売主と同じ責任を負います。たとえば、直すのに5万円かかっても、Gが負うのは3万円までです。売主の担保責任の中身は、別の回で見ます。

柱④の問い。Hが3万円を返してくれない。GはHに対して、何ができるか。 図:柱④の問い。Hが3万円を返してくれない。GはHに対して、何ができるか。

ここで、考えてみてください。バイクを受け取ったHが、3万円を返してくれません。Gは、何ができるでしょうか?

答え。まだ渡していなければ、履行を拒める(同時履行・533条)。催告して解除できる(541条の準用)。 図:答え

  • まだ渡していなければ、履行を拒める(同時履行・533条)
  • 催告して解除できる(541条の準用)

バイクをまだ渡していなければ、渡すのを断れます。すでに渡していたなら、催告して、解除できると思います。渡す前なら、自分の履行を拒めます。そして、催告をしたうえで、解除もできます。

負担付贈与の暗記ライン。片務・無償(負担は対価ではない)。双務契約の規定を準用(同時履行・危険負担・解除)。担保責任は負担の限度で。 図:負担付贈与の暗記ライン

  • 片務・無償(負担は対価ではない)
  • 双務契約の規定を準用(同時履行・危険負担・解除)
  • 担保責任は負担の限度で

負担付贈与を整理します。片務、無償のままです。負担は、対価ではないからです。ただし、双務契約の規定を、性質に反しない限り準用します。そして、担保責任は、負担の限度までです。

定期贈与の設例の関係図。左が叔母I、右が甥J。Jの大学の4年間、毎年春に20万円を贈る約束。3年目にIが亡くなる。 図:定期贈与の設例の関係図

  • 左が叔母I、右が甥J
  • Jの大学の4年間、毎年春に20万円を贈る約束
  • 3年目にIが亡くなる

2つめ、定期贈与です。条文を出します。

条文民法552条

民法第552条 定期の給付を目的とする贈与は、贈与者又は受贈者の死亡によって、その効力を失う。

設例です。叔母のIが、甥のJの大学の4年間、毎年春に20万円を贈る約束をしました。3年目に、叔母が亡くなりました。Iの相続人は、残りの分を払う義務を引き継ぎません。効力を失うからです。受贈者が亡くなった場合も、同じです。条文は、贈与者又は受贈者、と書いています。どちらが亡くなっても、効力を失います。定期的に贈る約束は、贈与者と受贈者の、特別な個人的関係にもとづくのが普通です。そこで、どちらかが亡くなれば終わり、とし、相続の対象から外したのです。

死因贈与とは。贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与。契約。遺贈の規定を準用(554条)。ただし方式は準用されない。 図:死因贈与とは

  • 贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与
  • 契約
  • 遺贈の規定を準用(554条)
  • ただし方式は準用されない

3つめ、死因贈与です。贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与のことで、契約です。

条文民法554条

民法第554条 贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する。

遺贈とは、遺言によって財産を無償で与えることです。死因贈与は、その遺贈の規定を、性質に反しない限り、準用します。方式は、準用されません。判例があります。

判例最判昭32・5・21

死因贈与の方式 民法五五四条の規定は、贈与者の死亡によつて効力を生ずべき贈与契約(いわゆる死因贈与契約)の効力については遺贈(単独行為)に関する規定に従うべきことを規定しただけで、その契約の方式についても遺言の方式に関する規定に従うべきことを定めたものではないと解すべきである。

読み方です。効力については、遺贈の規定に従う。でも、契約の方式については、遺言の方式に従うとは言っていない、と読みます。死因贈与は契約なので、口頭でも成立します。ただし、書面によらない贈与には、550条が及びます。口頭の死因贈与も、履行が終わるまでは、各当事者が解除できます。

死因贈与と遺贈の比較表。行=死因贈与・遺贈。列=何で成り立つか・口約束で足りるか・何歳から単独でできるか・代理人にさせられるか。死因贈与=契約・足りる・18歳・できる。遺贈=遺言者の単独行為・足りない(遺言の方式)・15歳・できない。 図:死因贈与と遺贈の比較表。行=死因贈与・遺贈。列=何で成り立つか・口約束で足りるか・何歳から単独でできるか・代理人にさせられるか。死因贈与=契約・足りる・18歳・できる。遺贈=遺言者の単独行為・足りない(遺言の方式)・15歳・できない。

死因贈与と遺贈の違いを、表で見ます。死因贈与は、贈与者と受贈者の契約で、口約束でも足ります。遺贈は、遺言者の一方的な意思表示で、遺言の方式が要ります。年齢です。死因贈与は契約です。未成年者が贈与者として契約をするには、親など法定代理人の同意が要りますから、成年になれば、単独でできます。受贈者のほうは、権利を得るだけなら、未成年でも単独でできます。

条文民法4条

民法第4条 年齢十八歳をもって、成年とする。

条文民法961条

民法第961条 十五歳に達した者は、遺言をすることができる。

遺言は、15歳からできます。遺言は、本人の最後の意思をできるだけ活かす制度なので、成年より早く、本人だけでできるとしたのです。ですから、遺贈は15歳から、死因贈与は、18歳からです。そして、死因贈与は契約なので、代理人にさせることができます。遺言は、本人の意思そのものが大事なので、代理人にはさせられません。死因贈与の撤回ができるか、遺贈との細かい比較は、別の回で見ます。

確かめる

確かめるその1。口頭で土地を贈与した。引渡しは済んだが、登記はまだ。贈与者は解除できるか。 図:確かめるその1

  • 口頭で土地を贈与した
  • 引渡しは済んだが、登記はまだ
  • 贈与者は解除できるか

事例で確かめます。1つめ。口頭で、土地を贈与しました。引渡しは済みましたが、登記はまだです。贈与者は、解除できますか?

答えその1。解除できない。引渡しで履行が終わった(最判昭31・1・27)。 図:答えその1。解除できない。引渡しで履行が終わった(最判昭31・1・27)。

引渡しが済んでいるので、履行が終わっています。解除できません。引渡しだけで、履行は終わります。登記は、要りません。

確かめるその2。書面で、5年使ったテレビを贈与した。約束の時にすでに映りが悪かった。贈与者は何を渡せばよいか。 図:確かめるその2

  • 書面で、5年使ったテレビを贈与した
  • 約束の時にすでに映りが悪かった
  • 贈与者は何を渡せばよいか

2つめ。書面で、5年使ったテレビを贈与しました。約束の時から、映りが悪かったとします。贈与者は、何を渡せばよいでしょうか?

答えその2。特定した時の状態のまま。推定なので、直す約束があれば別(551条1項)。 図:答えその2

  • 特定した時の状態のまま
  • 推定なので、直す約束があれば別(551条1項)

映りが悪いまま、約束の時の状態で渡せば足りると思います。特定した時の状態で足ります。ただし、推定ですから、直して渡す約束があったなら、その約束が優先されます。

確かめるその3。負担付贈与で、受贈者が負担を果たさない。贈与者は何ができるか。 図:確かめるその3。負担付贈与で、受贈者が負担を果たさない。贈与者は何ができるか。

3つめ。負担付贈与で、受贈者が負担を果たしません。贈与者は、何ができますか?

答えその3。自分の履行を拒める(同時履行・533条)。催告して解除できる(541条の準用)。 図:答えその3

  • 自分の履行を拒める(同時履行・533条)
  • 催告して解除できる(541条の準用)

自分の履行を拒めます。催告して、解除もできます。553条の準用で、同時履行と解除が使えます。

確かめるその4。定期贈与の途中で、贈与者が亡くなった。相続人は払い続けるか。 図:確かめるその4。定期贈与の途中で、贈与者が亡くなった。相続人は払い続けるか。

4つめ。定期贈与の途中で、贈与者が亡くなりました。贈与者の相続人は、払い続けますか?

答えその4。効力を失う(552条)。受贈者が亡くなっても同じ。 図:答えその4。効力を失う(552条)。受贈者が亡くなっても同じ。

払い続けません。効力を失います。受贈者が亡くなった場合も、同じです。

確かめるその5。口頭の死因贈与は、遺言の方式を満たさなくても有効か。 図:確かめるその5。口頭の死因贈与は、遺言の方式を満たさなくても有効か。

5つめ。口頭の死因贈与は、遺言の方式を満たしていなくても、有効でしょうか?

答えその5。有効。死因贈与は契約で、遺言の方式は準用されない(最判昭32・5・21)。遺贈なら方式が要る。 図:答えその5

  • 有効
  • 死因贈与は契約で、遺言の方式は準用されない(最判昭32・5・21)
  • 遺贈なら方式が要る

契約なので、有効だと思います。遺贈なら、方式が要ります。方式は準用されません。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日の4つの柱。1=549条(諾成・片務・無償・他人物贈与も有効)。2=550条(書面なしは解除可・履行の終わった部分は不可・不動産は引渡しか登記)。3=551条1項(特定した時の状態・推定)。4=負担付(553条・551条2項)・定期(552条)・死因(554条)。 図:今日の4つの柱

  • 1=549条(諾成・片務・無償・他人物贈与も有効)
  • 2=550条(書面なしは解除可・履行の終わった部分は不可・不動産は引渡しか登記)
  • 3=551条1項(特定した時の状態・推定)
  • 4=負担付(553条・551条2項)・定期(552条)・死因(554条)

今日の話を整理します。1つめ、贈与は、諾成、片務、無償です。ある財産とあるので、他人のものの贈与も、契約としては有効です。2つめ、書面によらない贈与は、各当事者が解除できます。ただし、履行の終わった部分はできません。不動産は、引渡しか登記のどちらか一方で、履行が終わります。3つめ、贈与者は、特定した時の状態で渡す約束をしたと推定されます。タダだから、軽いのです。4つめ、負担付贈与は双務契約の規定を準用し、担保責任は負担の限度です。定期贈与は、どちらが亡くなっても効力を失います。死因贈与は契約で、遺言の方式は要りません。

冒頭の答え合わせ。書面にしていない贈与なら、渡す前はやめられる。渡した後はやめられない(550条)。 図:冒頭の答え合わせ

  • 書面にしていない贈与なら、渡す前はやめられる
  • 渡した後はやめられない(550条)

冒頭の問いの答えです。居酒屋の時計は、書面がなければ、渡す前ならやめられます。渡した後は、やめられません。

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#246単独ページ動画

売買の成立と手付

第5章 契約 #246/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

手付を渡した翌週に

冒頭の設例の関係図。左が売主A、右が買主B。Aは相続した中古住宅を3000万円でBに売る契約をした。Bは契約の日に手付100万円をAに渡した。残代金の支払い・引渡し・登記は1か月後。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • Aは相続した中古住宅を3000万円でBに売る契約をした
  • Bは契約の日に手付100万円をAに渡した
  • 残代金の支払い・引渡し・登記は1か月後

冒頭の問いの答えの方向。手付の100万円をあきらめれば、やめられる。ただし、売主の側がもう履行に取りかかっていたら、やめられない。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 手付の100万円をあきらめれば、やめられる
  • ただし、売主の側がもう履行に取りかかっていたら、やめられない

先に、答えの方向を言います。手付の100万円をあきらめれば、やめられます。ただし、売主のほうが、もう履行に取りかかっていたら、やめられません。前回は、タダで財産をあげる贈与を見ました。今日は、お金を払って財産を手に入れる、有償契約の代表の売買を開けます。軸になるのは、いったん成立した契約から、お金を払って抜けられる仕組み、つまり手付です。

売買とは何か

1つめの柱の入口。売買の条文は何を決めているか。 図:1つめの柱の入口。売買の条文は何を決めているか。

1つめの柱です。売買の最初の条文を出します。

条文民法555条

民法第555条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

555条の文言から読む3つの性格。諾成=約することによって効力を生ずる(物や代金を渡さなくても成立)。双務=売主の財産権移転義務と買主の代金支払義務が対価の関係に立つ。有償=代金という対価を伴う。 図:555条の文言から読む3つの性格

  • 諾成=約することによって効力を生ずる(物や代金を渡さなくても成立)
  • 双務=売主の財産権移転義務と買主の代金支払義務が対価の関係に立つ
  • 有償=代金という対価を伴う

契約の分け方の回で使った物差しを、そのまま当てます。1つめ、諾成です。約することによって、効力を生ずる、とあります。合意だけで成立し、物や代金を渡すことは成立の条件ではありません。2つめ、双務です。売主は財産権を移す債務を負い、買主は代金を払う債務を負います。この2つは、対価の関係で向き合っています。3つめ、有償です。代金という対価を伴います。方式も要りません。口約束でも成立します。成立はしています。渡す、移す、というのは、成立した後に果たす債務のほうです。成立の条件は、約束だけです。もう1点、条文は、ある財産権と書いています。所有権に限りません。他人のものを売る約束が有効かどうかは、別の回で見ます。次に、売買の節の最後に置かれた条文を出します。

条文民法559条

民法第559条 この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

559条。売買の規定は、売買以外の有償契約にも準用される。性質が許さないものは除く。売買=有償契約の総則の役割。 図:559条

  • 売買の規定は、売買以外の有償契約にも準用される
  • 性質が許さないものは除く
  • 売買=有償契約の総則の役割

準用とは、似た場面に、同じ規定を当てはめて使うことです。この節とは、売買の節のことです。売買の規定が、売買以外の有償契約にも使われます。たとえば、賃貸借や請負のような、対価を取る契約です。ただし、その契約の性質に合わない規定は、使いません。ですから、売買は、有償契約の基本形の役割を持ちます。売買の規定を学ぶことは、有償契約全体の土台を学ぶことになります。どの規定が実際に使われるかは、別の回で見ます。

売買の予約と予約完結権

復習の問い。一方的な意思表示だけで、権利関係を変えられる権利を、何と呼びましたか。 図:復習の問い

2つめの柱に入る前に、1つ思い出してください。以前の回で、一方的な意思表示だけで、権利関係を変えられる権利が出てきました。取消権や解除権です。何と呼びましたか?形成権です。今日、もう1つ、新しい形成権が出てきます。売買の予約から生まれる、予約完結権です。

2つめの柱の入口。いずれ売るという約束を、いま結んでおく。それは何のためで、いつ売買が成立するのか。 図:2つめの柱の入口

  • いずれ売るという約束を、いま結んでおく
  • それは何のためで、いつ売買が成立するのか

売買の予約とは、将来、売買契約を結ぶ、という契約のことです。2つの型があります。1つめは、予約の後で、一方が売買の申込みをすると、相手方が承諾する義務を負う型です。相手方が承諾して、はじめて売買が成立します。2つめは、予約によって、完結権という形成権が生まれる型です。完結権をもつ人が、買います、売ります、と意思表示をしたら、相手方の承諾を待たずに、その時点で売買が成立します。民法の条文が決めているのは、完結権が一方だけにある、一方の予約です。

条文民法556条

民法第556条 売買の一方の予約は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から、売買の効力を生ずる。 2 前項の意思表示について期間を定めなかったときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて、その期間内に売買を完結するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、相手方がその期間内に確答をしないときは、売買の一方の予約は、その効力を失う。

設例の関係図。左が土地の所有者C、右が買いたい人D。Cは「あなたが買うと言えば、この土地を3000万円で売る」とDに約束した。完結権をもつのはDだけ。 図:設例の関係図

  • 左が土地の所有者C、右が買いたい人D
  • Cは「あなたが買うと言えば、この土地を3000万円で売る」とDに約束した
  • 完結権をもつのはDだけ

設例です。土地の所有者のCが、買いたい人のDに、あなたが買うと言えば、この土地を3000万円で売る、と約束しました。完結権をもつのは、Dだけです。これが、一方の予約です。Dが、買います、と意思表示をした時に、Cの承諾がなくても、売買が成立します。条文の1項は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から、売買の効力を生ずる、と書いています。

予約の流れ。Dが完結の意思表示をすると、Cの承諾を待たずに売買が成立する。期間を定めていなければ、Cは相当の期間を定めて確答を催告できる。確答がなければ予約は効力を失う。 図:予約の流れ

  • Dが完結の意思表示をすると、Cの承諾を待たずに売買が成立する
  • 期間を定めていなければ、Cは相当の期間を定めて確答を催告できる
  • 確答がなければ予約は効力を失う

予約者が待たされ続けないように、2項があります。期間を決めていなければ、予約者のCは、1か月以内に買うかどうか返事をください、というふうに、相当の期間を定めて、催告ができます。その期間内にDが確答しなければ、予約は効力を失います。Cは、いつまでも待たされずに済みます。何のために使うのか。売買を先に約束しておけば、将来の取引を確保できます。とくに、お金を貸すときの担保として使われることが多いです。以前の回で、売渡担保の中に出てきた、再売買の予約が、その例でした。お金を借りたい人が、自分の土地を、貸す人にいったん売って、代金としてお金を受け取ります。同時に、その土地をもう一度買う予約をしておきます。お金を用意できたら、完結の意思表示をして、土地を取り戻せます。用意できなければ、土地は貸した人のものに残ります。これで、貸した人の回収が守られます。担保としての実体は、別の回で見ます。

手付の3種類と、解約手付の推定

3つめの柱の入口。手付とは何か。渡した手付は、契約書に何も書いてなくても、解除に使えるのか。 図:3つめの柱の入口

  • 手付とは何か
  • 渡した手付は、契約書に何も書いてなくても、解除に使えるのか

3つめの柱です。手付とは、売買契約の際に、買主から売主に交付される金銭のことです。手付の交付は、売買とは別の契約で、交付してはじめて成立する、要物契約です。以前、法律行為の回で、合意だけで成立する、という原則の例外、つまり渡して初めて成立する契約の例として、手付が出てきました。交付したとき、という言葉が、条文にあります。手付の使い道は、1つではありません。性質の違う手付が、3種類あります。表にします。

手付の3種類。行=証約手付・解約手付・違約手付。列=意味・どういう場合にそうなるか。証約=契約が成立した証拠。すべての手付がもつ性質。解約=解除権を発生させる趣旨の手付。特別の意思表示がなければこれと推定される。違約=債務不履行の場合に没収される手付。違約手付とする特約がある場合に限る。 図:手付の3種類。行=証約手付・解約手付・違約手付。列=意味・どういう場合にそうなるか。証約=契約が成立した証拠。すべての手付がもつ性質。解約=解除権を発生させる趣旨の手付。特別の意思表示がなければこれと推定される。違約=債務不履行の場合に没収される手付。違約手付とする特約がある場合に限る。

1つめ、証約手付です。契約が成立した証拠としての手付です。どの手付も、この性質は持っています。2つめ、解約手付です。解除権を発生させる趣旨の手付で、買主は手付を捨て、売主は倍額を出して、契約から抜けます。3つめ、違約手付です。債務不履行があったときに、没収される手付です。違約手付になるのは、そういう特約がある場合に限ります。違約手付には、2つのやり方があります。1つめは、違約罰です。損害賠償とは別に、制裁として手付を没収します。2つめは、損害賠償額の予定です。債務不履行のときの賠償の額を、前もって手付の額に決めておくものです。

何も書いていなければ、解約手付になります。判例があります。

判例最判昭29・1・21

手付の推定 売買の当事者間に手附が授受された場合において、特別の意思表示がない限り、民法五五七条に定めている効力、すなわちいわゆる解約手附としての効力を有するものと認むべきである。これと異る効力を有する手附であることを主張せんとする者は、前記特別の意思表示の存することを主張・立証すべき責任があると解するのが相当である。

読み方です。手付が授受されたら、特別の意思表示がない限り、解約手付としての効力があります。つまり、解約手付と推定されます。そして、違う種類の手付だと言いたいほうが、特別の意思表示があったことを、示さなければなりません。なぜ、何も書いていなければ解約手付なのか。条文の全文は4つめの柱で出しますが、557条1項は、買主が手付を交付したときは、買主は手付を捨て、売主は倍額を出して、解除できる、と書いています。特約があれば、という条件は付いていません。交付したことだけで、解除を認めているのです。民法は、手付を渡すことを、お金を払えば抜けてよい、という権利を、双方が契約に残しておくことだと見ています。契約は守るものですが、この抜け道は、当事者が自分で用意したものです。すると、冒頭のBの100万円は、特約が何もない、と先に決めていたので、解約手付と見られます。

違約の定めがあっても、解約手付になります。違約手付と解約手付は、両立します。判例があります。

判例最判昭24・10・4

解約手付と違約手付の併存 違約の場合手附の没収又は倍返しをするという約束は民法の規定による解除の留保を少しも妨げるものではない。解除権留保と併せて違約の場合の損害賠償額の予定を為し其額を手附の額によるものと定めることは少しも差支なく、十分考へ得べき処である。

読み方です。違約の場合に没収する、倍返しをする、という約束があっても、解除権の留保は妨げられません。解除権を残したまま、違約のときの賠償額も手付の額で決める、ということも、差し支えありません。両立するのは、使う場面が違うからです。解約手付は、違反をしていない側が、自分から抜けるときの代価です。違約の定めは、どちらかが債務不履行をしたときの、賠償の決め方です。ここで、判例の役割を取り違えないでください。何も書いていないと解約手付と推定される、というのが、さきほどの判例です。違約手付の定めがあっても、解約手付を兼ねうる、というのが、この判例です。

手付と内金の比較。行=手付・内金。列=何か・代金債務。手付=代金の前払いではない。代金債務は全額残り、清算のときに手付と相殺して残額を払う。内金=代金の一部前払い。その分の代金債務が消える。名目ではなく当事者の合理的な意思で判断。 図:手付と内金の比較。行=手付・内金。列=何か・代金債務。手付=代金の前払いではない。代金債務は全額残り、清算のときに手付と相殺して残額を払う。内金=代金の一部前払い。その分の代金債務が消える。名目ではなく当事者の合理的な意思で判断。

もう1つ、似た言葉を区別します。内金です。内金は、代金の一部を前払いしたものです。その分の代金債務が消えて、残りだけ払えば足ります。手付は、代金の前払いではありません。代金債務は全額残ります。名前ではなく、当事者の合理的な意思で決まります。目安として、代金の1割程度なら手付、半分なら内金と見られやすいです。半分も払ってしまうと、捨てて抜けるという話に、そぐわないからです。冒頭のBの100万円は、代金の30分の1ほどですから、手付と見られます。

柱3の最後の問い。手付を渡したが、契約書に何の定めもない。この手付はどの種類と見られるか。別の種類だと言うには、誰が何を示すのか。 図:柱3の最後の問い

  • 手付を渡したが、契約書に何の定めもない
  • この手付はどの種類と見られるか
  • 別の種類だと言うには、誰が何を示すのか

ここで、考えてみてください。手付を渡しましたが、契約書に何の定めもありません。この手付は、どの種類と見られますか。また、別の種類だと言いたいときは、誰が何を示す必要がありますか?

答え。解約手付と推定される。異なる種類だと主張する側が、特別の意思表示を主張・立証する。 図:答え

  • 解約手付と推定される
  • 異なる種類だと主張する側が、特別の意思表示を主張・立証する

解約手付と見られます。別の種類だと言いたいほうが、特別の意思表示があったことを示す必要があります。ここまでが、手付の種類です。

手付解除はいつまでできるか

復習の問い。書面によらない贈与の解除ができなくなるのは、何が終わったときでしたか。 図:復習の問い

4つめの柱に入る前に、前回の復習を1問だけ出します。前回の贈与で、書面によらない贈与の解除ができなくなるのは、何が終わったときでしたか?履行の終わった部分です。条文の言葉でいうと、550条のただし書でした。履行を済ませたら、抜けられなくなる。この発想が、今日の中心の条文でも出てきます。ただし、線の引き方は違います。贈与は、履行が終わったときでした。手付は、相手が履行に取りかかったときです。

4つめの柱の入口。冒頭のBは、どうやって契約から抜けるのか。売主のAは、どうやって抜けるのか。いつまでできるのか。 図:4つめの柱の入口

  • 冒頭のBは、どうやって契約から抜けるのか
  • 売主のAは、どうやって抜けるのか
  • いつまでできるのか

4つめの柱です。中心の条文は、557条です。以前、解除の回で、約定解除の代表例として名前だけ出しました。その中身を、今日、見ます。

条文民法557条1項

民法第557条第1項 買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。

読み方を、3つの問いに分けます。1つめは、誰が何をすれば解除できるか。2つめは、いつまでできるか。3つめ、解除したら損害賠償はどうなるか。

買主と売主の抜け方。左=売主A:手付の倍額200万円を現実に提供して解除(手付倍返し)。右=買主B:手付100万円を放棄して解除(手付流し)。どちらも一方的な意思表示で足りる。 図:買主と売主の抜け方

  • 左=売主A:手付の倍額200万円を現実に提供して解除(手付倍返し)
  • 右=買主B:手付100万円を放棄して解除(手付流し)
  • どちらも一方的な意思表示で足りる

1つめです。買主は、渡した手付を放棄して、解除します。手付流しと呼びます。売主は、手付の倍額を現実に提供して、解除します。手付倍返しと呼びます。冒頭の設例なら、Bは100万円をあきらめます。Aは、200万円を差し出します。どちらも、相手の承諾は要りません。こちらから一方的に解除できる、形成権です。売主は、言うだけでは解除できません。条文に、現実に提供して、とあります。弁済の提供の回で見た、相手が受け取るだけの状態にする、あの現実の提供です。2017年の改正で、判例の考えが、条文に書かれました。判例を読みます。

判例最判平6・3・22

倍額の現実の提供 単に口頭により手付けの倍額を償還する旨を告げその受領を催告するのみでは足りず、買主に現実の提供をすることを要するものというべきである。

読み方です。償還とは、返すことです。口で、倍額を返します、受け取ってください、と告げるだけでは足りません。買主に、実際に差し出す必要があります。決め手は2つです。1つは、当時の条文が、倍額を償還して、と書いていたことです。返す、と書いてある以上、口で告げるだけでは足りない、と判例は読みました。今の条文は、倍額を現実に提供して、と書いて、この判例をそのまま取り込んでいます。もう1つは、買主が手付を放棄して解除するときとの均衡です。買主は、現に渡した手付を手放すことになります。ですから、売主の側も、倍額を現実に差し出す形に、そろえるのです。買主が手付を放棄するときは、手付をすでに渡しているので、現実の提供という問題は出ません。

2つめの問いの入口。ただし書の「その相手方が契約の履行に着手した後」。誰が着手したら、抜けられなくなるのか。映画館の貸切の喩え。 図:2つめの問いの入口

  • ただし書の「その相手方が契約の履行に着手した後」
  • 誰が着手したら、抜けられなくなるのか
  • 映画館の貸切の喩え

2つめです。いつまでできるか。ただし書は、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない、と書いています。映画館の貸切で考えると分かりやすいです。前金を払って貸切を頼んだ客が、前金を捨てて、やっぱりやめます、と言えるのは、劇場が、その客のための準備に入る前までです。客が買主、劇場が相手方の売主に当たります。準備に入った後は、もう通りません。相手が動き出した後に抜けられないのは、相手が、契約を信じて動いた分の出費が、無駄になってしまうからです。判例は、その趣旨をはっきり言っています。

判例最大判昭40・11・24

履行に着手した当事者の保護 かような履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止するため、特に民法五五七条一項の規定が設けられたものと解するのが相当である。

読み方です。履行に着手した当事者が、不測の損害を受けないようにするために、557条1項があります。手付を捨てる、または倍額を出す、という出費は、解除する側が自分で負います。相手がまだ動いていなければ、相手は何もお金を使っていないので、手付か倍額を受け取って、損は残りません。相手が、たとえば売る物件を仕入れるために代金を払ったあとだと、その出費は、手付だけでは埋まらないことがあります。ここで、条文の言葉を正確に見ます。止めるのは、その相手方が着手したときです。自分が着手していても、相手が着手していなければ、解除できます。この点は、判例にもあります。

判例最大判昭40・11・24

着手した本人も解除できる 同条項は、履行に着手した当事者に対して解除権を行使することを禁止する趣旨と解すべく、従つて、未だ履行に着手していない当事者に対しては、自由に解除権を行使し得るものというべきである。このことは、解除権を行使する当事者が自ら履行に着手していた場合においても、同様である。

読み方です。解除が禁じられるのは、履行に着手した相手に対してです。まだ着手していない相手に対しては、自由に解除できます。解除する本人が、自分で履行に着手していても同じです。着手した本人は、手付を捨てたり倍額を出したりして、自分の出費も犠牲にして抜けるので、相手に不測の損害は生じません。では、履行に着手とは、何をすることか。同じ判例が、定式を示しています。

判例最大判昭40・11・24

履行の着手の意義 民法五五七条一項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指すものと解すべき

読み方です。ポイントは、客観的に外部から認識し得る、という点です。2つの型があります。1つめ、履行行為の一部をすること。2つめ、履行の提供をするために欠かせない前提行為をすることです。心の中で準備していても、外から見えなければ、着手ではありません。事案です。売主が、買主に譲る物件を、第三者から代金を払って取得して、自分の名義に登記しました。買主は、手付を払っただけです。その後、売主が手付倍返しで解除しました。判例は、こう言いました。

判例最大判昭40・11・24

売主の調達行為 被上告人が本件物件の所有者たる大阪府に代金を支払い、これを上告人に譲渡する前提として被上告人名義にその所有権移転登記を経たというのであるから、右は、特定の売買の目的物件の調達行為にあたり、単なる履行の準備行為にとどまらず、履行の着手があつたものと解するを相当とする。

読み方です。売る物を調達する行為は、履行の着手に当たる、と言っています。2つの型のうち、2つめの、前提行為の例です。まだ自分の物になっていない物件を売る約束なら、まずそれを手に入れなければ、引き渡しようがないからです。ただし、この事案では、解除したのは売主自身でした。履行に着手していたのは売主で、買主は何もしていなかったので、解除は有効でした。履行期の前でも、着手は生じえます。次の判例です。

判例最判昭41・1・21

履行期前の着手 債務に履行期の約定がある場合であつても、当事者が、債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している場合等格別の事情のない限り、ただちに、右履行期前には、民法五五七条一項にいう履行の着手は生じ得ないと解すべきものではない。

読み方です。履行期の約束があっても、履行期前には着手しない、と合意しているような特別の事情がなければ、履行期の前に着手が生じることもあります。冒頭の設例は、履行期が1か月後ですが、その前でも、着手になりえます。以上を冒頭の設例で確かめます。売主はA、買主はBです。代金は3000万円です。手付は100万円です。履行期は1か月後で、特約はありません。

当てはめ板その1。行=場面。列=解除する者、すること、相手方の着手、結論。1=Aは何もしていない。Bが手付を放棄。結論=できる。2=AがBに鍵を持参し、引渡しを現実に提供した後、Bが手付を放棄。結論=できない。 図:当てはめ板その1。行=場面。列=解除する者、すること、相手方の着手、結論。1=Aは何もしていない。Bが手付を放棄。結論=できる。2=AがBに鍵を持参し、引渡しを現実に提供した後、Bが手付を放棄。結論=できない。

1つめの場面です。Aは何もしていません。Bが、手付を放棄すると伝えて、解除します。Aは未着手なので、解除できます。Aの承諾も、損害賠償も要りません。2つめの場面です。AがBに鍵を持参して、この家を引き渡します、と現実に提供しました。その後、Bが、手付を放棄して解除しようとします。引渡しの現実の提供は、履行行為の一部ですから、Aは着手済みです。ですから、Bはもう解除できません。冒頭の答えの、ただし書の部分です。

当てはめ板その2。3=Bが貯金から2900万円を引き出して自宅に置いただけ。Aが倍額200万円を現実に提供して解除。Bは未着手。結論=できる。4=Bが残代金2900万円を持参して現実に提供した。その後Aが200万円を現実に提供して解除。Bは着手済み。結論=できない。 図:当てはめ板その2

  • 3=Bが貯金から2900万円を引き出して自宅に置いただけ
  • Aが倍額200万円を現実に提供して解除
  • Bは未着手
  • 結論=できる
  • 4=Bが残代金2900万円を持参して現実に提供した
  • その後Aが200万円を現実に提供して解除
  • Bは着手済み
  • 結論=できない

3つめの場面です。今度は、売主のAが解除する側です。Bが貯金から2900万円を引き出して、自宅に置いただけです。そこで、Aが、倍額の200万円を現実に提供して、解除しました。お金を下ろして置いておくだけでは、外から認識できる形の履行ではありません。準備行為にとどまります。Bは未着手なので、Aは解除できます。4つめの場面です。Bが、残代金の2900万円を、Aのところへ持参して、現実に提供しました。その後で、Aが200万円を出して解除しようとします。代金の支払いは、履行行為の一部です。Bは着手済みですから、Aはもう解除できません。3つめと4つめは、お金を下ろしただけか、実際に差し出したか、という境目のペアです。

当てはめ板その3。5=Aが電話で「200万円を払いますから解除します」と告げただけ。Bは何もしていない。結論=できない。倍額の現実の提供が欠ける。 図:当てはめ板その3

  • 5=Aが電話で「200万円を払いますから解除します」と告げただけ
  • Bは何もしていない
  • 結論=できない
  • 倍額の現実の提供が欠ける

5つめの場面です。Aが、電話で、200万円を払いますから解除します、と告げただけです。Bは何もしていません。Bが未着手でも、解除できません。倍額を現実に提供する、という要件が欠けているからです。要件のどこで崩れるかは、場面ごとに違います。解除する本人が着手していても、解除できます。Aが引渡しを現実に提供していても、Bがまだ何もしていなければ、Aは200万円を現実に提供して解除できます。着手したのが解除する本人だからです。買主のBが、残代金のうち1000万円をすでに払っていても、Aが未着手なら、Bは手付を放棄して解除できます。この場合、払った1000万円は返ってきます。手付の100万円は失います。最後に、3つめの問いです。解除したら、損害賠償はどうなるでしょうか。557条の2項を出します。

条文民法557条2項

民法第557条第2項 第五百四十五条第四項の規定は、前項の場合には、適用しない。

条文民法545条4項

民法第545条第4項 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

545条4項は、解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない、という規定でした。相手の債務不履行で解除する場合は、損害賠償も請求できます。557条2項は、手付解除には、これを適用しないと言っています。手付解除では、損害賠償を請求できません。手付を失うこと、倍額を払うことが、清算のすべてです。相手に落ち度があって解除するわけではないからです。払い済みの代金を返すといった、解除の効果の回で見た、原状回復の仕組みは、そのまま働きます。これで、冒頭のBの問いに、557条の3つの部分がそろいました。Bは、100万円を捨てれば抜けられます。ただし、Aが履行に着手した後は、抜けられません。抜けても、損害賠償は求められません。

売買契約の費用

558条。売買契約に関する費用は、当事者双方が等しい割合で負担する。契約の締結に要する費用。 図:558条

  • 売買契約に関する費用は、当事者双方が等しい割合で負担する
  • 契約の締結に要する費用

売買の費用の条文です。

条文民法558条

民法第558条 売買契約に関する費用は、当事者双方が等しい割合で負担する。

売買契約に関する費用とは、契約の締結にかかる費用です。たとえば、目的物の測量の費用や、売買契約書の印紙代です。これは、双方が半分ずつ負担します。契約書を作るのも、目的物を測るのも、売る側と買う側の両方が、取引を確かなものにするためです。どちらか一方だけの得になる費用ではないので、半分ずつにしています。弁済にかかる費用は、前に見たとおり、原則として債務者の負担でした。自分の債務を果たすための費用だからです。それとは別の話です。

確かめる

確かめるその1。契約のあと、Bがしたのは手付100万円をAに渡したことだけ。Aは翌日、200万円を現実に提供して解除した。Aの解除は有効か。 図:確かめるその1

  • 契約のあと、Bがしたのは手付100万円をAに渡したことだけ
  • Aは翌日、200万円を現実に提供して解除した
  • Aの解除は有効か

事例で確かめます。設例の続きです。1つめ。契約のあと、Bがしたのは、手付の100万円をAに渡したことだけです。残代金の準備も、引渡しの要求も、していません。Aが翌日、倍額の200万円を現実に提供して、解除しました。Aの解除は有効ですか?

答えその1。有効。手付の交付は契約成立時の行為で、履行行為の一部でも前提行為でもない。Bは未着手。売主は倍額の現実の提供で解除できる(557条1項・最大判昭40・11・24)。 図:答えその1

  • 有効
  • 手付の交付は契約成立時の行為で、履行行為の一部でも前提行為でもない
  • Bは未着手
  • 売主は倍額の現実の提供で解除できる(557条1項・最大判昭40・11・24)

手付を渡しただけなら、Bは履行に着手していないので、有効だと思います。手付を渡すことは、契約を結んだときの行為です。履行行為の一部にも、前提行為にも、当たりません。Bが着手していないあいだは、Aは倍額の現実の提供で解除できます。

確かめるその2。履行期は1か月後。契約の翌週、Bが残代金2900万円を持参して現実に提供したが、Aは受け取りを断った。Aは「履行期の前だからBは着手していない」と考え、翌日200万円を現実に提供して解除した。契約に履行期前は着手しない旨の合意はない。履行期前だから着手していないと言えるか。Aの解除は有効か。 図:確かめるその2

  • 履行期は1か月後
  • 契約の翌週、Bが残代金2900万円を持参して現実に提供したが、Aは受け取りを断った
  • Aは「履行期の前だからBは着手していない」と考え、翌日200万円を現実に提供して解除した
  • 契約に履行期前は着手しない旨の合意はない
  • 履行期前だから着手していないと言えるか
  • Aの解除は有効か

2つめ。履行期は、契約の1か月後です。契約の翌週、Bが、残代金の2900万円を持参して、Aに現実に提供しました。Aは受け取りを断りました。そして、履行期の前だから、Bはまだ着手していない、と考えて、翌日、200万円を現実に提供して、解除しました。契約に、履行期前には着手しない、という合意は何もありません。履行期の前だから着手していない、と言えますか? Aの解除は有効ですか?

答えその2。言えない。解除は無効。履行期前には着手しない旨の合意などの格別の事情がなければ、履行期前の着手は生じうる。Bの代金の現実の提供は履行行為の一部で、Bは着手済み(557条1項ただし書・最判昭41・1・21)。 図:答えその2

  • 言えない
  • 解除は無効
  • 履行期前には着手しない旨の合意などの格別の事情がなければ、履行期前の着手は生じうる
  • Bの代金の現実の提供は履行行為の一部で、Bは着手済み(557条1項ただし書・最判昭41・1・21)

履行期の前でも着手になりえると習いました。Bの代金の提供は履行行為の一部なので、Aの解除は無効だと思います。履行期の約束があっても、履行期前には着手しない、と合意しているような格別の事情がなければ、履行期の前に着手は生じえます。Bの代金の現実の提供は、履行行為の一部です。相手方のBが着手した後なので、Aはもう解除できません。

確かめるその3。契約書に「違約したら手付没収、売主が違約したら倍額賠償」とだけ書いてある。Aは未着手。Bは手付を放棄して解除できるか。 図:確かめるその3

  • 契約書に「違約したら手付没収、売主が違約したら倍額賠償」とだけ書いてある
  • Aは未着手
  • Bは手付を放棄して解除できるか

3つめ。契約書に、違約したら手付を没収する、売主が違約したら倍額を賠償する、とだけ書いてあります。Aは未着手です。Bは、手付を放棄して解除できますか?

答えその3。できる。違約手付の定めがあっても、解約手付と併存する(最判昭24・10・4)。 図:答えその3

  • できる
  • 違約手付の定めがあっても、解約手付と併存する(最判昭24・10・4)

違約手付の定めがあるだけなら、解約手付と両立するので、解除できると思います。違約の定めがあるだけでは、557条の適用は排除されません。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日の4つの柱。1=555条(諾成・双務・有償)・559条(有償契約に準用=総則)。2=556条(一方の予約・完結の意思表示で成立・催告で失効)。3=手付3種類(証約はすべて・解約は推定・違約は特約・併存)。4=557条(買主は放棄・売主は倍額の現実の提供・相手方が履行に着手するまで・着手した本人も可・損害賠償は問題にならない)。 図:今日の4つの柱

  • 1=555条(諾成・双務・有償)・559条(有償契約に準用=総則)
  • 2=556条(一方の予約・完結の意思表示で成立・催告で失効)
  • 3=手付3種類(証約はすべて・解約は推定・違約は特約・併存)
  • 4=557条(買主は放棄・売主は倍額の現実の提供・相手方が履行に着手するまで・着手した本人も可・損害賠償は問題にならない)

今日の話を整理します。1つめ、売買は、諾成、双務、有償です。売買の規定は、559条で、他の有償契約にも準用されます。2つめ、売買の一方の予約は、完結の意思表示で、売買が成立します。期間を定めていなければ、催告をして、確答がなければ失効します。3つめ、手付は、証約はすべての手付がもち、解約は特別の意思表示がなければ推定され、違約は特約が必要です。解約手付と違約手付は、両立します。4つめ、買主は手付を放棄し、売主は倍額を現実に提供して、解除します。相手方が履行に着手するまで、できます。着手した本人も、相手が未着手なら解除できます。手付解除では、損害賠償は問題になりません。

冒頭の答え合わせ。Bは手付100万円を捨てれば、Aが履行に着手するまではやめられる。Aが引渡しの提供などを始めていたら、もうやめられない。 図:冒頭の答え合わせ

  • Bは手付100万円を捨てれば、Aが履行に着手するまではやめられる
  • Aが引渡しの提供などを始めていたら、もうやめられない

冒頭の問いの答えです。Bは、手付の100万円を捨てれば、Aが履行に着手するまでは、やめられます。Aが、引渡しの提供などを始めていたら、もうやめられません。履行に着手の意義は、論文で論点になりうるところです。客観的に外部から認識し得る形で、という定式を、覚えておいてください。

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#247単独ページ動画

買戻しと再売買の予約

第5章 契約 #247/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

売った土地を取り戻したい

冒頭の設例の関係図。左が売主A、右が買主B。Aは資金繰りのために甲土地を2000万円でBに売る。3年以内なら取り戻せる約束を付けたい。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • Aは資金繰りのために甲土地を2000万円でBに売る
  • 3年以内なら取り戻せる約束を付けたい

冒頭の問いの答えの方向。売買と同時に買戻しの特約を結び、同時に登記すれば、Bが転売しても取り戻せる。ただし、住み続けたまま借りる目的なら、判例は譲渡担保として扱う。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 売買と同時に買戻しの特約を結び、同時に登記すれば、Bが転売しても取り戻せる
  • ただし、住み続けたまま借りる目的なら、判例は譲渡担保として扱う

先に、答えの方向を言います。売買と同時に買戻しの特約を結び、同時に登記もしておけば、Bが甲土地を他人に転売しても、取り戻せます。ただし、住み続けたまま、つまり占有を移さずにお金を借りる目的なら、判例は、債権担保の目的だと推し量り、買戻しではなく譲渡担保として扱います。前回は、成立した売買から手付で抜ける話をしました。今日は、売った後に、売買を解除して取り戻す約束を見ます。以前に、お金を貸す側の担保として、買戻しと再売買の予約を見ました。今日は、それを売買の側から見直します。担保のための買戻しと、本当に取り戻すための買戻しの線引きも、最後に見ます。

買戻しとは何か

1つめの柱の入口。買戻しは、もう一度買う新しい売買なのか。 図:1つめの柱の入口。買戻しは、もう一度買う新しい売買なのか。

1つめの柱です。買戻しの条文を出します。以前に担保の回で出した条文です。今日は、読み方を深くします。

条文民法579条

民法第579条 不動産の売主は、売買契約と同時にした買戻しの特約により、買主が支払った代金(別段の合意をした場合にあっては、その合意により定めた金額。第五百八十三条第一項において同じ。)及び契約の費用を返還して、売買の解除をすることができる。この場合において、当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなす。

いちばん大事な読み方を、先に言います。買戻しは、売主が買主から、もう一度買う新しい売買ではありません。最初の売買の解除です。条文も、売買の解除をすることができる、と書いています。売った時点で、3年以内なら、代金と費用を返して、この売買をなかったことにできる、という解除権を、売主の手に残しておきます。この解除権を、買戻権と呼びます。契約で解除権を留保する約定解除の、代表例です。以前の回で、名前だけ出した条文は、これでした。買戻権は、解除権ですから、形成権です。売主が一方的に意思表示をすれば、買主の承諾を待たずに、売買がなかったことになります。

冒頭の設例の買戻しの流れ。売買と同時に買戻しの特約。期間内に、AがBに代金2000万円と契約の費用を提供する。解除で、甲土地がAに戻る。左が売主A、右が買主B。 図:冒頭の設例の買戻しの流れ

  • 売買と同時に買戻しの特約
  • 期間内に、AがBに代金2000万円と契約の費用を提供する
  • 解除で、甲土地がAに戻る
  • 左が売主A、右が買主B

要件を3つに分けます。1つめ、目的物は不動産です。動産には、この制度は使えません。2つめ、買戻しの特約は、売買契約と同時に結びます。3つめ、売主が返すのは、買主が支払った代金と、契約の費用です。2017年の改正で、代金とは違う額を返すと合意した場合は、その額を返す、と書かれました。冒頭の設例なら、別段の合意がなければ、Aは2000万円と、契約の費用を返します。条文の後段も、意味を言っておきます。当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは、相殺したものとみなす、とあります。Bは、甲土地を使って、駐車場の収入、つまり果実を得ます。他方、Aは、受け取った2000万円の利息を払うべきところです。この2つを、差し引きゼロにします。ですから、買戻しの期間中、AはBに利息を払わず、BもAに駐車場の収入を返しません。この後段は、買主が土地を使うことを前提にしています。この前提が、あとの4つめの柱で、効いて戻ってきます。果実と代金の利息を、どう清算するかという一般の話は、別の回で見ます。

買戻しの縛り

2つめの柱の入口。買戻しの特約は、いつまで、誰に対して、どうやれば使えるのか。 図:2つめの柱の入口。買戻しの特約は、いつまで、誰に対して、どうやれば使えるのか。

2つめの柱です。この回の中心です。買戻しは、条文でかなり細かく縛られています。まず、期間です。

条文民法580条

民法第580条 買戻しの期間は、十年を超えることができない。特約でこれより長い期間を定めたときは、その期間は、十年とする。 2 買戻しについて期間を定めたときは、その後にこれを伸長することができない。 3 買戻しについて期間を定めなかったときは、五年以内に買戻しをしなければならない。

580条の4つのルール。上限は10年。長く定めても10年に短縮。定めた後は伸長できない。定めなければ5年以内。 図:580条の4つのルール

  • 上限は10年
  • 長く定めても10年に短縮
  • 定めた後は伸長できない
  • 定めなければ5年以内

ルールは4つです。1つめ、期間は10年を超えられません。2つめ、これより長く定めても、無効にはならず、10年になります。3つめ、期間を定めたら、その後で伸長できません。伸長とは、延ばすことです。4つめ、期間を定めなかったときは、5年以内に買戻しをしなければなりません。理由は、2つあると説明されます。1つめ、買戻権が長く残ると、買主や、そこから買った人の所有権が、いつまでも不安定になるからです。2つめ、いつ取り戻されるか分からないと、買主は、建物を建てたり土地を整えたりといった改良に、お金をかけにくくなるからです。たとえば、もし縛りが無く、借金の代わりに土地を売る形にして、20年後まで買い戻せる、としておくと、Bも、Bから土地を買う人も、20年のあいだ、いつ取り戻されるか分からないまま使うことになり、思い切った改良もしにくくなります。冒頭の設例に、ここで一度、考えてみてください。Aは3年以内という約束でした。ここから1点だけ変えます。1つめ、期間を決めなかったら、いつまでですか。2つめ、期間を12年と決めたら、いつまでですか。3つめ、3年と決めたあとで、2年目に、5年に延ばそうと合意したら、いつまでですか?

当てはめの問い。1=期間を決めなかった。2=期間を12年と決めた。3=3年と決めたが、2年目に5年に延ばそうと合意した。それぞれ、いつまで買い戻せるか。 図:当てはめの問い

  • 1=期間を決めなかった
  • 2=期間を12年と決めた
  • 3=3年と決めたが、2年目に5年に延ばそうと合意した
  • それぞれ、いつまで買い戻せるか

当てはめの答え。1=5年以内(580条3項)。2=10年に短縮(580条1項)。3=伸長できず3年のまま(580条2項)。 図:当てはめの答え

  • 1=5年以内(580条3項)
  • 2=10年に短縮(580条1項)
  • 3=伸長できず3年のまま(580条2項)

1つめは5年以内で、2つめは10年で、3つめは、延ばす合意が効かないので、3年のままだと思います。2つめは、12年という定めが全部無効になるのではなく、10年に縮みます。3つめは、延ばす合意をしても、買戻しの期間としては伸びません。期間を延ばしたいなら、新しく別の約束を立てる話になります。次は、登記です。

条文民法581条

民法第581条 売買契約と同時に買戻しの特約を登記したときは、買戻しは、第三者に対抗することができる。 2 前項の登記がされた後に第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた賃借人の権利は、その残存期間中一年を超えない期間に限り、売主に対抗することができる。ただし、売主を害する目的で賃貸借をしたときは、この限りでない。

581条の2つのルール。1項=売買契約と同時に特約を登記すれば、買戻しを第三者に対抗できる。後からの登記は保護の外。2項=特約の登記の後に対抗要件を備えた賃借人は、残存期間中1年を超えない期間に限り売主に対抗できる。売主を害する目的の賃貸借は除く。 図:581条の2つのルール

  • 1項=売買契約と同時に特約を登記すれば、買戻しを第三者に対抗できる
  • 後からの登記は保護の外
  • 2項=特約の登記の後に対抗要件を備えた賃借人は、残存期間中1年を超えない期間に限り売主に対抗できる
  • 売主を害する目的の賃貸借は除く

1項です。売買契約と同時に、買戻しの特約を登記したときは、買戻しを第三者に対抗できます。つまり、Bが甲土地を他人に売っても、買戻しの登記があれば、Aは、その他人からも取り戻せます。要は、同時です。特約そのものが売買と同時に付けるものなので、登記も、所有権の移転の登記と並べて、同時にします。そうすれば、あとからBの土地を買う人は、登記を見ただけで、取り戻されるかもしれない土地だと分かります。後からの登記では、この条の保護を受けられません。2項は、賃借人の扱いです。Bが甲土地を賃借人のDに貸したとします。Dが、特約の登記の後で、賃借権を第三者に主張できる形を整えました。その場合、残りの期間が5年あっても、Dの賃借権をAに対して主張できるのは、1年を超えない期間に限られます。Aが買い戻したあと、Dは長くは居座れないのです。ただし、Bが、Aを害する目的で貸したときは、1年も認められません。

条文民法583条

民法第583条 売主は、第五百八十条に規定する期間内に代金及び契約の費用を提供しなければ、買戻しをすることができない。 2 買主又は転得者が不動産について費用を支出したときは、売主は、第百九十六条の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、有益費については、裁判所は、売主の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

583条の2つのルール。1項=580条の期間内に、代金と契約の費用を提供しなければ買い戻せない。2項=買主や転得者が不動産に費用を出していたら、売主は196条に従って償還する(必要費・有益費)。 図:583条の2つのルール

  • 1項=580条の期間内に、代金と契約の費用を提供しなければ買い戻せない
  • 2項=買主や転得者が不動産に費用を出していたら、売主は196条に従って償還する(必要費・有益費)

次は、買戻しの実行の仕方です。1項です。売主は、580条の期間内に、代金と契約の費用を提供しなければ、買戻しができません。買い戻します、と言うだけでは足りません。期間内に、実際に差し出す必要があります。2項です。買主や転得者が、不動産に費用を出していたときは、売主は、196条に従って償還します。転得者とは、買主から、さらに買った人のことです。

条文民法196条

民法第196条 占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。 2 占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

196条は、以前の回で見た、占有者の費用の条文です。必要費は原則として全額、有益費は増えた価値が残っている限り、選択に従って償還します。たとえば、Bが駐車場の舗装に100万円かけていたなら、Aが買い戻すときに、この分の清算が問題になります。解除で土地を戻すときに、他人が入れたお金は、清算する、という発想です。期間中にBが土地をCへ転売していたなら、買戻権を行使する相手は、転得者のCです。判例があります。

判例最判昭36・5・30 民集15巻5号1459頁

買戻権行使の相手方 買戻約款付売買契約により不動産を買受けた者が約款所定の買戻期間中に更にその不動産を第三者に売渡し且つ右売買に因る所有権移転に付更に登記を経由した場合は、その不動産の売主が買戻権を行使するには、右転得者に対してこれを為すべきものであつて、

買戻権を行使する相手方。期間中に買主Bが転売し、転得者Cが移転登記を済ませたら、行使の相手はC(最判昭36)。買戻しは売買の解除で、所有権を戻させる相手は、いま登記ごと持っている転得者。特約の登記があればCに主張できる。 図:買戻権を行使する相手方

  • 期間中に買主Bが転売し、転得者Cが移転登記を済ませたら、行使の相手はC(最判昭36)
  • 買戻しは売買の解除で、所有権を戻させる相手は、いま登記ごと持っている転得者
  • 特約の登記があればCに主張できる

読み方です。買主が、買戻しの期間中に、不動産をさらに第三者に売って、その第三者が所有権移転の登記まで済ませたとします。この場合、売主が買戻権を行使する相手は、その転得者です。言うべき相手は、買主ではなく、いま不動産を持っている転得者です。その理由は、一般に、こう説明されます。買戻しは、売買を解除して、所有権を売主に戻すものだからです。戻してもらう所有権を、いま登記ごと持っているのは転得者ですから、転得者に向けて言わなければ、取り戻せません。買戻しの特約を登記したあとなら、Cに買戻権を主張できます。Aは、Cに対して行使します。これは、冒頭の答えの、転売されても取り戻せる、の部分です。もう一度、冒頭の設例で、続けて3点を考えてください。4つめ、特約の登記を、売買の半年後にしたら、581条1項の保護を受けられますか。5つめ、登記の後で、BがCに転売して、Cも移転登記をしたら、Aは誰に行使しますか。6つめ、3年目の最終日に、Aが、買い戻します、と言っただけで、代金を用意していなかったら、どうなりますか?

当てはめの問い2。4=特約の登記を売買の半年後にした。5=登記後にBがCに転売し、Cも移転登記をした。6=3年目の最終日にAが買い戻すと言っただけで、代金を用意しなかった。 図:当てはめの問い2

  • 4=特約の登記を売買の半年後にした
  • 5=登記後にBがCに転売し、Cも移転登記をした
  • 6=3年目の最終日にAが買い戻すと言っただけで、代金を用意しなかった

当てはめの答え2。4=581条1項の保護の外(売買契約と同時ではない)。5=転得者Cに対して行使(最判昭36)。6=提供が無いので買戻しできない(583条1項)。 図:当てはめの答え2

  • 4=581条1項の保護の外(売買契約と同時ではない)
  • 5=転得者Cに対して行使(最判昭36)
  • 6=提供が無いので買戻しできない(583条1項)

4つめは、売買と同時の登記ではないので、581条1項の対抗力は受けられません。5つめは、Cに行使します。6つめは、提供が無いので、買戻しはできません。4つめは、条文が認めているのは、売買契約と同時に特約を登記したときです。後からの登記は、この条の保護の外にあります。そして6つめは、意思表示だけでは、買戻しになりません。期間内の提供が要ります。

残りの条文。582条=売主の債権者が代位して買い戻すとき、買主は鑑定人の評価に従い差額を弁済して買戻権を消滅させうる。584条・585条=共有持分に買戻しの特約を付けて売った後の分割・競売。 図:残りの条文

  • 582条=売主の債権者が代位して買い戻すとき、買主は鑑定人の評価に従い差額を弁済して買戻権を消滅させうる
  • 584条・585条=共有持分に買戻しの特約を付けて売った後の分割・競売

最後に、残りの条文を、板で一覧にします。582条は、売主の債権者が、売主に代わって買い戻そうとするときの規定です。このとき買主は、裁判所が選んだ鑑定人の評価に従い、不動産の現在の価額から、売主が返すべき金額を引いた残りに達するまで、売主の債務を弁済し、それでも残りがあれば売主に返して、買戻権を消滅させることができます。たとえば、Aにお金を貸している人が、Aに代わって甲土地を買い戻そうとしたら、Bは、土地のいまの値打ちから、Aが返すべき2000万円と費用を引いた残りの範囲で、Aの借金を払って、買戻しを止められます。584条と585条は、共有持分に買戻しの特約を付けて売ったあと、分割や競売があった場合の規定です。今日は、存在を確かめるだけにします。

再売買の一方の予約との比較

3つめの柱の入口。いったん売った物を取り戻す方法は、買戻しだけなのか。 図:3つめの柱の入口。いったん売った物を取り戻す方法は、買戻しだけなのか。

3つめの柱に入る前に、前回の復習を1問だけ出します。売買の一方の予約で、完結権をもつ人が完結の意思表示をしたとき、何が成立するのでしたか?相手方の承諾を待たずに、売買そのものが成立します。その予約完結権は、形成権でした。これを、売った物を取り戻す場面に使うのが、再売買の一方の予約です。

条文民法556条

民法第556条 売買の一方の予約は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から、売買の効力を生ずる。 2 前項の意思表示について期間を定めなかったときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて、その期間内に売買を完結するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、相手方がその期間内に確答をしないときは、売買の一方の予約は、その効力を失う。

再売買の一方の予約とは、いったん売った物を、売主がもう一度買う予約です。完結権をもつのが売主のAなら、Aが完結の意思表示をした時に、再売買が成立します。ここでは、新しい売買が成立します。解除で最初の売買をなかったことにする買戻しとは、仕組みが違います。

買戻しと再売買の一方の予約の比較表。行=対象・特約のタイミング・返還額・対抗要件・権利行使期間・権利行使の相手方。買戻し=不動産のみ・売買契約と同時・代金(別段の合意ならその額)と契約の費用・売買契約と同時の登記・10年以下(定めなければ5年)・買主(転売されたら転得者)。再売買の予約=制限なし・制限なし・予約で自由・仮登記・条文に上限なし・予約の相手方。 図:買戻しと再売買の一方の予約の比較表

  • 行=対象・特約のタイミング・返還額・対抗要件・権利行使期間・権利行使の相手方
  • 買戻し=不動産のみ・売買契約と同時・代金(別段の合意ならその額)と契約の費用・売買契約と同時の登記・10年以下(定めなければ5年)・買主(転売されたら転得者)
  • 再売買の予約=制限なし・制限なし・予約で自由・仮登記・条文に上限なし・予約の相手方

比べます。1行目、対象です。買戻しは不動産だけです。再売買の予約は、制限がなく、動産でもできます。2行目、特約のタイミングです。買戻しは売買契約と同時です。再売買の予約は、制限がなく、売買の後でも結べます。3行目、返還額です。買戻しは、代金と契約の費用、別段の合意があればその額です。再売買の予約は、予約で自由に決められます。4行目、対抗要件です。買戻しは、売買契約と同時の登記です。再売買の予約は、仮登記です。5行目、権利行使期間です。買戻しは10年以下で、定めなければ5年です。再売買の予約は、条文に上限がありません。6行目、権利行使の相手方です。買戻しは、買主で、転売されたら転得者です。再売買の予約は、予約をした相手方に、完結の意思表示をします。

条文に上限が無くても、いつまでも完結できるわけではありません。期間を定めていたなら、その期間です。定めていなければ、556条2項の催告があります。予約者は、相手方に、相当の期間を定めて、売買を完結するかどうか確答するよう催告でき、その期間内に確答が無ければ、予約は効力を失います。さらに、消滅時効の一般ルールにも従います。

条文民法166条1項

民法第166条第1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。 二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

166条1項は、権利を行使できると知った時から5年、または行使できる時から10年、のどちらかが来れば消える、という二本立てです。この回では、予約完結権がどちらで動くかまでは、深入りしません。条文に買戻しのような上限は無い、というところを押さえてください。買戻しは、要件が厳格です。不動産だけ、売買と同時、期間は最長10年、というように、使える場面が狭くなります。では、なぜ再売買の予約には、この縛りが無いのか。579条から585条は、買戻しという特約のためだけに置かれた規定です。再売買の予約は、556条の売買の予約を、取り戻す向きに使っているだけなので、この縛りは掛からず、中身は契約の自由に任されます。たとえば、画家が、手元の絵を売ってお金をつくり、あとで取り戻したいとします。絵は動産なので、買戻しは使えませんが、再売買の予約なら結べます。ですから、実務では、再売買の予約がよく使われます。以前の回でも見たとおり、条文で縛られた買戻しと、契約の自由に任された再売買の予約、という対比で覚えてください。

実質は担保

4つめの柱の入口。買戻しの形で結んだ契約が、実は借金の担保だったら、条文の縛りの世界のままでよいのか。 図:4つめの柱の入口

4つめの柱に入る前に、以前の回の復習を1問だけ出します。譲渡担保で、目的物の価額が債務額を上回るとき、担保権者は、差額をどうしなければなりませんか?差額を、清算金として、設定者に支払わなければなりません。丸取りは許されない、というのが清算義務でした。さて、買戻しは、真正なものなら、どうなるでしょうか。

柱4の場面の関係図。左が売主E、右が融資元F。EはFから500万円を借りて返済が滞っている。Fの提案で、時価1800万円の自宅を、貸金と同じ500万円の代金でFに売る形にし、代金は貸金と差し引きにして買戻しの特約を付けた。登記もFに移ったが、Eは住み続けた。 図:柱4の場面の関係図

  • 左が売主E、右が融資元F
  • EはFから500万円を借りて返済が滞っている
  • Fの提案で、時価1800万円の自宅を、貸金と同じ500万円の代金でFに売る形にし、代金は貸金と差し引きにして買戻しの特約を付けた
  • 登記もFに移ったが、Eは住み続けた

別の場面で考えます。左にいるのが売主のEで、右にいるのが融資元のFです。EはFから500万円を借りていて、返済が滞っています。Fは、Eの自宅、時価1800万円相当を、EがFに貸金と同じ500万円の代金で売る形にし、代金は貸金と差し引きにして、買戻しの特約を付けよう、と提案しました。Eは応じました。売買による移転登記も、特約の登記も、Fの名義で済みました。ただ、Eは、そのまま自宅に住み続けました。期間内に、Eは買い戻せませんでした。Fは、所有権は私のもの、出ていってください、と言っています。真正な買戻しなら、Eは負けです。売主は、期間内に代金と契約の費用を返せなければ、目的不動産を取り戻せなくなります。そのとき、目的不動産の価額が代金と費用を超えていても、買主は、差額を払う義務を負いません。ところが、この事案は、実際は、貸金500万円の担保です。判例の答えは、2段になっています。1段目は、担保の目的なら、形が買戻しでも譲渡担保だ、という性質の決め方です。2段目は、担保の目的かどうかを、占有で見分ける、という手がかりです。まず1段目です。

判例最判平18・2・7 民集60巻2号480頁

担保目的なら譲渡担保 真正な買戻特約付売買契約においては、売主は、買戻しの期間内に買主が支払った代金及び契約の費用を返還することができなければ、目的不動産を取り戻すことができなくなり、目的不動産の価額(目的不動産を適正に評価した金額)が買主が支払った代金及び契約の費用を上回る場合も、買主は、譲渡担保契約であれば認められる清算金の支払義務……を負わない(民法579条前段、580条、583条1項)。このような効果は、当該契約が債権担保の目的を有する場合には認めることができず、買戻特約付売買契約の形式が採られていても、目的不動産を何らかの債権の担保とする目的で締結された契約は、譲渡担保契約と解するのが相当である。

読み方です。真正な買戻しなら、取り戻せなかったときの結論は、買主の丸取りです。しかし、そういう効果は、債権担保の目的の契約には認められません。ですから、形が買戻しでも、目的不動産を何らかの債権の担保にする目的の契約は、譲渡担保契約として扱います。なぜかというと、形を買戻しにするだけで清算を逃れられるなら、さっき確かめた清算義務は、契約書の書き方ひとつで、骨抜きになるからです。担保の目的かどうかの見分け方が、判例の2段目です。判例は、見分ける手がかりとして、占有に注目しました。

判例最判平18・2・7 民集60巻2号480頁

占有を移さない契約の推認 そして、真正な買戻特約付売買契約であれば、売主から買主への目的不動産の占有の移転を伴うのが通常であり、民法も、これを前提に、売主が売買契約を解除した場合、当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなしている(579条後段)。そうすると、買戻特約付売買契約の形式が採られていても、目的不動産の占有の移転を伴わない契約は、特段の事情のない限り、債権担保の目的で締結されたものと推認され、その性質は譲渡担保契約と解するのが相当である。

読み方です。真正な買戻しなら、売主から買主へ占有が移るのが通常です。579条後段が、果実と利息の相殺をみなすのも、買主が使うことが前提だからです。1つめの柱の最後で、この前提がまた出てくる、と言ったのは、これのことです。ですから、買戻しの形でも、占有を移さない契約は、特段の事情がない限り、債権担保の目的で締結されたものと推認され、その性質は譲渡担保契約です。推認とは、反対の事情が示されない限り、そう扱う、ということです。

設例Eの結論。形は買戻し(不動産・同時の特約・登記)。しかしEは占有を移さず住み続けた。特段の事情が見当たらず、500万円の貸金の担保と推認。譲渡担保。FはEに、価額1800万円と債権額500万円の差額1300万円を清算金として支払う義務。 図:設例Eの結論

  • 形は買戻し(不動産・同時の特約・登記)
  • しかしEは占有を移さず住み続けた
  • 特段の事情が見当たらず、500万円の貸金の担保と推認
  • 譲渡担保
  • FはEに、価額1800万円と債権額500万円の差額1300万円を清算金として支払う義務

設例のEに当てはめます。買戻しの特約も登記も揃っていますが、Eは占有を移さず、住み続けています。特段の事情も見当たりません。ですから、貸金の担保と推認されて、譲渡担保として扱われます。話を単純にするため、利息は考えないことにします。Fは、価額の1800万円と、債権額の500万円との差額、1300万円を、清算金としてEに支払う義務を負います。Eは、買戻しの期限が切れた、というだけでは、自宅を丸ごとは失いません。清算の仕組みは、以前の譲渡担保の回で見たとおりです。位置づけを直しておきます。売渡担保は、契約の形そのものを売買にする担保でした。真正な買戻しなら、いったん売買で精算されて、買い戻せなければ確定的に買主のものになります。担保なら、貸金債権が残り、清算が要ります。今日の判例は、形が買戻しでも、中身が担保なら、後者として扱う、ということです。もう1点です。以前の回で見たとおり、2025年に成立した譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する新しい法律は、まだ施行されていません。この法律の譲渡担保契約の定義からは、抵当権の目的にできる財産、つまり土地や建物などが外れています。不動産だけを目的とする買戻しは、この定義の外です。判例法理のままで考えます。担保目的の買戻特約付売買を、譲渡担保として扱うかどうかは、論文で論点になりうるところです。

確かめる

確かめるその1。機械(動産)を売るとき、買戻しの特約を付けた。579条の買戻しになるか。 図:確かめるその1

  • 機械(動産)を売るとき、買戻しの特約を付けた
  • 579条の買戻しになるか

事例で確かめます。1つめ。機械を売るときに、買戻しの特約を付けました。579条の買戻しになりますか?

答えその1。ならない。買戻しは不動産に限る(579条)。動産で取り戻したいなら、再売買の一方の予約。 図:答えその1

  • ならない
  • 買戻しは不動産に限る(579条)
  • 動産で取り戻したいなら、再売買の一方の予約

買戻しは不動産に限られるので、なりません。579条は、不動産の売主、と書いています。動産で取り戻したいなら、再売買の一方の予約という形にします。

確かめるその2。買戻しの期間を15年と決めた。 図:確かめるその2。買戻しの期間を15年と決めた。

2つめ。買戻しの期間を、15年と決めました。この定めは、どうなりますか?

答えその2。10年に短縮される。無効にはならない(580条1項)。 図:答えその2。10年に短縮される。無効にはならない(580条1項)。

無効ではなく、10年に縮みます。特約でこれより長い期間を定めたときは、その期間は10年とする、が580条1項でした。

確かめるその3。売買の半年後に、買戻しの特約を結んだ。 図:確かめるその3。売買の半年後に、買戻しの特約を結んだ。

3つめ。売買を済ませた半年後に、買戻しの特約を結びました。579条の買戻しになりますか。また、後から取り戻す約束をしたいなら、どんな形があり得ますか?

答えその3。579条の買戻しにはならない(売買契約と同時でない)。後から取り戻す約束をしたいなら、再売買の一方の予約という形なら、売買の後でも結べる。 図:答えその3

  • 579条の買戻しにはならない(売買契約と同時でない)
  • 後から取り戻す約束をしたいなら、再売買の一方の予約という形なら、売買の後でも結べる

売買と同時でないので、579条の買戻しにはなりません。後から取り戻す約束なら、再売買の一方の予約の形がありえます。買戻しは、売買契約と同時に結ぶことが要件でした。再売買の予約は、特約のタイミングに制限がありませんから、売買の後でも結べます。

確かめるその4。占有を移さないまま、貸金の担保として「買戻し」と書いた契約で自宅を譲った。目的物の値打ちが貸した額を超えるとき、差額は返さなくてよいか。 図:確かめるその4

  • 占有を移さないまま、貸金の担保として「買戻し」と書いた契約で自宅を譲った
  • 目的物の値打ちが貸した額を超えるとき、差額は返さなくてよいか

4つめ。占有を移さないまま、貸金の担保として、買戻しと書いた契約で、自宅を譲りました。目的物の値打ちが、貸した額を超えるとき、買主は、差額を返さなくてよいですか?

答えその4。返さなければならない。占有を移さない契約は、特段の事情がない限り担保目的と推認され、譲渡担保。清算金の支払義務(最判平18)。 図:答えその4

  • 返さなければならない
  • 占有を移さない契約は、特段の事情がない限り担保目的と推認され、譲渡担保
  • 清算金の支払義務(最判平18)

返さなければなりません。譲渡担保と扱われるので、清算金を払う義務があります。占有を移さない契約は、特段の事情がない限り、債権担保の目的と推認されて、譲渡担保になります。買主は、差額を清算金として支払います。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日の4つの柱。1=買戻しは最初の売買の解除(579条)。不動産・売買と同時・代金と契約の費用。2=580条(最長10年・長い定めは10年・伸長不可・定めなければ5年)・581条(同時の登記)・583条(期間内に提供)・相手方は転得者。3=再売買の一方の予約は新しい売買・動産可・自由・仮登記。4=占有を移さない担保目的は譲渡担保で清算義務。 図:今日の4つの柱

  • 1=買戻しは最初の売買の解除(579条)
  • 不動産・売買と同時・代金と契約の費用
  • 2=580条(最長10年・長い定めは10年・伸長不可・定めなければ5年)・581条(同時の登記)・583条(期間内に提供)・相手方は転得者
  • 3=再売買の一方の予約は新しい売買・動産可・自由・仮登記
  • 4=占有を移さない担保目的は譲渡担保で清算義務

今日の話を整理します。1つめ、買戻しは、新しい売買ではなく、最初の売買の解除です。不動産で、売買と同時の特約で、代金と契約の費用を返して解除します。2つめ、期間は最長10年で、長い定めは10年に縮み、伸長できず、定めがなければ5年以内です。第三者への対抗には、売買と同時の登記が要ります。実行には、期間内に代金と契約の費用の提供が要ります。転売されたら、行使の相手方は転得者です。3つめ、再売買の一方の予約は、完結の意思表示で新しい売買が成立する型で、動産でもでき、額は自由で、保全は仮登記です。4つめ、占有を移さない担保目的の買戻特約付売買は、特段の事情がない限り、譲渡担保として扱われ、清算が要ります。

冒頭の答え合わせ。売買と同時に買戻しの特約を結び、同時に登記すれば、Bが転売しても取り戻せる。ただし、住み続けたまま借りる目的なら、譲渡担保として扱われる。 図:冒頭の答え合わせ

  • 売買と同時に買戻しの特約を結び、同時に登記すれば、Bが転売しても取り戻せる
  • ただし、住み続けたまま借りる目的なら、譲渡担保として扱われる

冒頭の問いの答えです。売買と同時に買戻しの特約を結び、同時に登記もしておけば、Bが甲土地を転売しても、Aは取り戻せます。ただし、住み続けたまま、占有を移さずにお金を借りる目的なら、判例は、債権担保の目的だと推し量り、譲渡担保として扱います。

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#248単独ページ動画

売主と買主の義務・他人物売買・果実と利息

第5章 契約 #248/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

兄の車を黙って売る

冒頭の設例の関係図。上に所有者C(Aの兄)。左が売主A、右が買主B。AはCに黙って、C名義で登録された中古ワゴン車を、150万円でBに売る契約を結んだ。 図:冒頭の設例の関係図

  • 上に所有者C(Aの兄)
  • 左が売主A、右が買主B
  • AはCに黙って、C名義で登録された中古ワゴン車を、150万円でBに売る契約を結んだ

冒頭の問いの答えの方向。契約は有効。Aは、Cから車を手に入れてBに渡す義務を負う。ただし契約だけでは車の持ち主は変わらない。Cが認めれば、売った時に遡ってBのものになる。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 契約は有効
  • Aは、Cから車を手に入れてBに渡す義務を負う
  • ただし契約だけでは車の持ち主は変わらない
  • Cが認めれば、売った時に遡ってBのものになる

先に、答えの方向を言います。契約は有効です。Aは、Cから車を手に入れて、Bに渡す義務を負います。ただし、契約だけでは、車の持ち主は変わりません。Cが認めれば、売った時に遡って、Bのものになります。前に、他人のものを売る契約そのものの効力は、別の回で詳しく見る、と言いました。今日が、その回です。売買が成立するところまでは、前に見ました。今日は、成立した後に、売主と買主が何をしなければならないかを見ます。

売主の義務

1つめの柱の入口。売買の契約から、売主には何の義務が生まれるのか。 図:1つめの柱の入口。売買の契約から、売主には何の義務が生まれるのか。

1つめの柱です。売買の定義の条文から読みます。

条文民法555条

民法第555条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

555条の読み方。前半=当事者の一方が財産権を移転することを約す→売主の財産権移転義務。後半=相手方が代金を支払うことを約す→買主の代金支払義務。 図:555条の読み方

  • 前半=当事者の一方が財産権を移転することを約す→売主の財産権移転義務
  • 後半=相手方が代金を支払うことを約す→買主の代金支払義務

この条文は、2つの約束を並べています。前半の、財産権を移転することを約す、から、売主の財産権移転義務が生まれます。後半の、代金を支払うことを約す、から、買主の代金支払義務が生まれます。売買の契約は、この2つの義務を、同時に生みます。財産権移転義務とは、買った物の権利を、買主に渡す義務です。物の引渡しと、所有権の移転が、中心です。なお、契約の内容に合った物や権利を渡す義務も、この中に含まれます。この中身は、別の回で見ます。権利を渡したら、売主の仕事は終わりですか?終わりません。もう1つ、義務があります。条文に、はっきり書かれています。

条文民法560条

民法第560条 売主は、買主に対し、登記、登録その他の売買の目的である権利の移転についての対抗要件を備えさせる義務を負う。

売主の義務は2つ。1=財産権移転義務(555条)。2=対抗要件を備えさせる義務(560条)。例=マンションの一室を売るなら、部屋を引き渡して所有権を移し、登記も買主が備えられるようにする。登記は売主と買主の共同申請。 図:売主の義務は2つ

  • 1=財産権移転義務(555条)
  • 2=対抗要件を備えさせる義務(560条)
  • 例=マンションの一室を売るなら、部屋を引き渡して所有権を移し、登記も買主が備えられるようにする
  • 登記は売主と買主の共同申請

例で考えます。売主のAが、中古マンションの一室を、3000万円で買主のBに売ります。Aが負う義務は2つです。1つめ、部屋を引き渡し、所有権を移すことです。2つめ、Bが登記を備えられるようにすることです。2つめが要る理由は、登記の仕組みにあります。登記は、売主と買主が一緒に申請します。買主が一人で済ませることはできません。ですから、売主の協力そのものを、義務にしておく必要があります。以前に見た債権的登記請求権、つまり、売買契約から生まれる、登記を移せという請求権は、この義務を、買主の側から見たものです。

買主の義務

2つめの柱の入口。買主は代金を払う。では、払わなくてよい場合はあるのか。 図:2つめの柱の入口。買主は代金を払う。では、払わなくてよい場合はあるのか。

2つめの柱です。買主の義務の基本は、代金を払うことです。555条の後半が、その根拠です。払う時期と場所には、補充のルールがあります。

573条と574条。573条=目的物の引渡しに期限があるときは、代金の支払にも同一の期限を付けたものと推定する。574条=引渡しと同時に代金を支払うべきときは、引渡しの場所で支払う。どちらも特約が優先する任意規定。 図:573条と574条

  • 573条=目的物の引渡しに期限があるときは、代金の支払にも同一の期限を付けたものと推定する
  • 574条=引渡しと同時に代金を支払うべきときは、引渡しの場所で支払う
  • どちらも特約が優先する任意規定

573条は、引渡しに期限があるなら、代金の支払にも、同じ期限を付けたものと推定します。574条は、引渡しと同時に払うなら、引渡しの場所で払う、と定めます。どちらも、当事者の特約が優先する規定です。本題は、払わなくてよい場合です。2つあります。1つめです。

条文民法576条

民法第576条 売買の目的について権利を主張する者があることその他の事由により、買主がその買い受けた権利の全部若しくは一部を取得することができず、又は失うおそれがあるときは、買主は、その危険の程度に応じて、代金の全部又は一部の支払を拒むことができる。ただし、売主が相当の担保を供したときは、この限りでない。

例で考えます。買主のBが、土地を買いました。ところが、第三者のDが、そこは私の土地だと主張しています。Bは、権利を取得できないかもしれません。この場合、Bは、危険の程度に応じて、代金の全部、または一部の支払を拒めます。ただし、売主のAが、相当の担保を出したなら、もう拒めません。2つめです。

条文民法577条

民法第577条 買い受けた不動産について契約の内容に適合しない抵当権の登記があるときは、買主は、抵当権消滅請求の手続が終わるまで、その代金の支払を拒むことができる。この場合において、売主は、買主に対し、遅滞なく抵当権消滅請求をすべき旨を請求することができる。 2 前項の規定は、買い受けた不動産について契約の内容に適合しない先取特権又は質権の登記がある場合について準用する。

576条と577条の対比。576条=理由は権利を取得できない・失うおそれ。拒める範囲は危険の程度に応じて全部または一部。売主の対応は相当の担保を供すれば拒めない。577条=理由は契約の内容に適合しない抵当権等の登記。拒める期間は抵当権消滅請求の手続が終わるまで。売主は遅滞なく消滅請求をするよう請求できる。 図:576条と577条の対比

  • 576条=理由は権利を取得できない・失うおそれ
  • 拒める範囲は危険の程度に応じて全部または一部
  • 売主の対応は相当の担保を供すれば拒めない
  • 577条=理由は契約の内容に適合しない抵当権等の登記
  • 拒める期間は抵当権消滅請求の手続が終わるまで
  • 売主は遅滞なく消滅請求をするよう請求できる

例で考えます。Bが買ったマンションに、契約の内容に合わない抵当権の登記が付いていました。抵当権消滅請求とは、買主が一定の金額を払って、抵当権を消してもらう手続です。この手続が終わるまで、Bは代金を払わなくてよいのです。売主のAは、Bに、遅滞なく消滅請求をしてください、と請求できます。2項で、先取特権や質権の登記にも、同じ扱いが及びます。先取特権とは、法律が特別に認める、優先して弁済を受ける権利のことです。気をつけるのは、契約の内容に適合しない、という点です。その抵当権を、承知のうえで買ったのなら、契約の内容に合わないとは言えません。この場合、Bは拒めません。

576条・577条と、同時履行の抗弁権とでは、拒める理由が違います。同時履行の抗弁権は、相手が自分の義務を果たすまで、自分の義務を拒む権利でした。相手の履行がまだ、ということが理由です。576条と577条は、売主の履行がまだかどうかとは関係ありません。買主が権利を失うおそれがある、ということが理由です。ここを、混ぜないでください。

他人物売買

3つめの柱の入口。他人の物を売る契約は、有効なのか。有効だとして、物は動くのか。 図:3つめの柱の入口。他人の物を売る契約は、有効なのか。有効だとして、物は動くのか。

3つめの柱に入る前に、前の回の復習を1問だけ出します。売買の契約だけで、所有権は、原則いつ買主に移るのでしたか?意思主義でした。契約をした時に、買主に移ります。ただし、この原則には、条件が隠れています。所有権を移せるのは、所有権を持っている人だけです。冒頭のAは、持っていません。この点が、あとで効いてきます。まず、条文を出します。

条文民法561条

民法第561条 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

561条の読み方。他人の権利を売る契約も有効。売主Aは、その権利を取得して買主Bに移転する義務を負う。Bは代金を払う義務を負う。 図:561条の読み方

  • 他人の権利を売る契約も有効
  • 売主Aは、その権利を取得して買主Bに移転する義務を負う
  • Bは代金を払う義務を負う

他人の権利を売買の目的にしても、契約は有効です。売主は、その権利を取得して、買主に移転する義務を負います。冒頭の答えの、1つめの部分です。約束と、物を動かすことは、別だからです。契約が生むのは、約束です。約束は、守れるかどうかが、まだ決まっていない段階でも、結べます。たとえば、まだ仕入れていない商品を、予約で売るお店を思い浮かべてください。売った後で仕入れて渡せばよいので、予約を受け付けられます。売主が、あとで所有者から譲ってもらって渡す取引も、有効な約束として認める。これが、561条の趣旨です。見込みの有無で、有効かどうかが変わるわけではありません。逆に、無効にしたらどうなるでしょう。Aが車を手に入れられなかったとき、Bは、約束を守れとも、損害を償えとも言えなくなります。有効にしておくからこそ、Bは、Aの責任を問えるのです。

契約の線と所有権の線を分けた関係図。上に所有者C、左に売主A、右に買主B。AからBへ売買契約の線(実線)。CからBへの所有権の線は、まだつながっていない(点線)。 図:契約の線と所有権の線を分けた関係図

  • 上に所有者C、左に売主A、右に買主B
  • AからBへ売買契約の線(実線)
  • CからBへの所有権の線は、まだつながっていない(点線)

図にします。AからBへの、売買契約の線は、実線でつながります。契約は有効だからです。ところが、CからBへの、所有権の線は、つながりません。契約だけでは、Cの所有権は動かないからです。Aは、持っていない物を、移せません。登録された車は、そもそも即時取得の話にならないので、Bが善意でも、この結論は変わりません。では、物が動く道は、ないのでしょうか。あります。所有者のCが、売買を認めた場合です。まず、条文を出します。

条文民法116条

民法第116条 追認は、別段の意思表示がないときは、契約の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

116条は、以前に見た、無権代理の追認の条文です。代理権のない人が、他人の代理人として契約をしても、本人が追認すれば、契約の時に遡って効力が生じます。判例は、この考え方を、他人物の処分に借りました。なぜ借りてよいのかは、判例を読んでから説明します。

判例最判昭37・8・10 民集16巻8号1700頁

権利者の追認と遡及効 或る物件につき、なんら権利を有しない者が、これを自己の権利に属するものとして処分した場合において真実の権利者が後日これを追認したときは、無権代理行為の追認に関する民法一一六条の類推適用により、処分の時に遡つて効力を生ずるものと解するのを相当とする

読み方です。まず、なんら権利を有しない者が、自己の権利に属するものとして処分した、とあります。Aが、自分の名で、自分の物として売った場面です。次に、真実の権利者が、後日これを追認したとき、とあります。Cが認めた場面です。最後に、処分の時に遡って効力を生ずる、とあります。売った時から、Bのものだったことになります。この事案は、無断で抵当権を設定した場面ですが、判旨は、処分一般について述べています。売買にも及びます。他人物売買と無権代理は、場面が違います。ここが大事です。無権代理は、代理人が、本人の名で契約をする場面です。Aは、本人の名では売っていません。自分の名で、自分の物として売っています。ですから、無権代理そのものではありません。それでも、116条を借りられるのは、構造が同じだからです。権限のない人がした行為を、権利者が、後から、自分のこととして引き受ける。この形は、無権代理の追認と同じです。ですから、遡って効力が生じる、という効果だけを借ります。これが、類推です。では、なぜ、売った時まで遡らせてよいのでしょう。AとBは、売った時にBのものになる前提で契約しています。所有者のCがその売買を認めるなら、2人が前提にした時点に合わせるのが自然だから、と一般に説明されます。冒頭の車に、当てはめます。ここから4通りに分けます。1つめ、Cが、弟の売買を認めたら、車はいつからBのものですか。2つめ、Cが認めず、Aも車を手に入れられないままなら、契約はどうなりますか。3つめ、Aが後日、Cから車を買い取って、所有者になったら、どうなりますか。4つめ、納車の日を過ぎても、Aが車を手に入れられないなら、Bは何ができますか?

当てはめの問い。1=Cが売買を認めた。2=Cが認めず、Aも車を手に入れられないまま。3=Aが後日、Cから車を買い取った。4=納車の日を過ぎてもAが車を手に入れられない。 図:当てはめの問い

  • 1=Cが売買を認めた
  • 2=Cが認めず、Aも車を手に入れられないまま
  • 3=Aが後日、Cから車を買い取った
  • 4=納車の日を過ぎてもAが車を手に入れられない

当てはめの答え。1=売った時に遡ってBのもの(116条本文の類推)。2=契約は有効なまま、車はCのもの、Aの取得して移す義務が残る(561条)。3=Aが所有権を取得した時に、Bにそのまま移る(結び直しは不要)。4=Bは債務不履行を理由に解除できる(不能なら催告なし)・損害賠償もできる。損害賠償だけ、Aの責めに帰すべき事由が要る(415条・541条・542条)。 図:当てはめの答え

  • 1=売った時に遡ってBのもの(116条本文の類推)
  • 2=契約は有効なまま、車はCのもの、Aの取得して移す義務が残る(561条)
  • 3=Aが所有権を取得した時に、Bにそのまま移る(結び直しは不要)
  • 4=Bは債務不履行を理由に解除できる(不能なら催告なし)・損害賠償もできる
  • 損害賠償だけ、Aの責めに帰すべき事由が要る(415条・541条・542条)

1つめは、売った時に遡ってBのものです。2つめは、契約は有効なまま、Aの義務が残ります。3つめは、Aが所有者になった時に、Bに移ります。契約が最初から有効で、あとは、移す、がそろうのを待つだけだったからです。結び直しは要りません。4つめを説明します。他人物売買の売主が、約束どおりに権利を移せなければ、売買だけの特別な責任ではなく、一般の債務不履行として処理されます。2017年の改正で、この形が整理されました。Bは、解除ができます。解除に、Aの帰責事由は要りません。解除は、Aを責めるためではなく、Bを契約から解放するための仕組みだからです。物が手に入らない不能なら、催告なしで解除できます。催告は、もう一度チャンスを与えるためのものなので、手に入らないと決まっていれば、待つ意味がないのです。遅れているだけなら、催告をして解除します。損害賠償もできますが、こちらは、Aの責めに帰すべき事由が要ります。ここを、混ぜないでください。他人物売買の売主の責任の詳細は、別の回で見ます。冒頭の問いに戻してまとめます。他人物売買は、契約としては有効です。ただし、契約だけでは物は動きません。所有者が認めれば、売った時に遡って動きます。他人物売買と追認の類推は、論文で論点になりうるところです。

果実と代金の利息

4つめの柱の入口。契約の日に所有権が買主に移っているのに、引渡し前の賃貸アパートの家賃は、なぜ売主のものなのか。 図:4つめの柱の入口

4つめの柱です。場面を変えます。売主のAが、賃貸アパート1棟を、5000万円で、買主のBに売ります。家賃は、全部で月40万円です。契約の日は4月1日、引渡しは6月1日の約束です。意思主義なら、契約の日に、所有権はBに移っています。それなのに、4月と5月の家賃は、売主のAのものになる。この理由が、575条です。

条文民法575条

民法第575条 まだ引き渡されていない売買の目的物が果実を生じたときは、その果実は、売主に帰属する。 2 買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う。ただし、代金の支払について期限があるときは、その期限が到来するまでは、利息を支払うことを要しない。

1項です。まだ引き渡されていない目的物が生んだ果実は、売主に帰属します。果実とは、物から生まれる収益です。家賃は、法定果実でした。引渡しの後は、一般の原則どおり、物の所有者、つまり買主のものです。2項です。買主は、引渡しの日から、代金の利息を払います。ただし、代金の支払に期限があるときは、その期限が来るまでは、払わなくてよいのです。そして、引渡しの前は、買主は、代金をまだ払っていなくても、利息を払いません。

575条の趣旨。上=本来は3本の請求が行き交う(売主から買主への果実の返還・買主から売主への管理費の償還・買主から売主への代金の利息)。下=果実と、管理費+代金の利息を、等しいとみなして差引ゼロ。1本の簡単な清算にする。 図:575条の趣旨

  • 上=本来は3本の請求が行き交う(売主から買主への果実の返還・買主から売主への管理費の償還・買主から売主への代金の利息)
  • 下=果実と、管理費+代金の利息を、等しいとみなして差引ゼロ
  • 1本の簡単な清算にする

575条は、売主に都合のよいルールというより、手間を省く仕組みです。さっきのアパートで考えます。4月1日に所有権はBに移りましたが、6月1日までは、アパートはAの手元にあります。本来なら、3本の請求が行き交います。1本目、4月と5月の家賃80万円は、もうBの物から生まれた果実です。持ち主のBのものになるはずです。Aは、それをBに渡す立場です。2本目は、物の手入れの費用は、その物の持ち主が負うのが筋です。ですから、Bは、Aがその2か月アパートを管理した費用を負担する側です。3本目、Bは、代金の利息を、払う側です。これを1本ずつ数えると、複雑です。そこで、575条は、細かい貸し借りを数えずに、引き分けにしました。実際の金額が、ぴったり同じとは限りません。それでも、おおむね釣り合うものとして、果実と、管理費に利息を足したものを、等しいとみなして差し引きゼロにし、1本の簡単な清算にまとめたのです。家賃80万円はAのまま、管理費も利息も、お互いに請求しない、ということです。前の回の買戻しでも、不動産の果実と代金の利息は、相殺したものとみなす、とされていました。同じ発想です。この趣旨を持って、判例を2つ見ます。1つめです。売主が、引渡しを遅らせていたらどうなるか。

判例その1(大連判大13・9・24)。売主が引渡しを遅らせていても、果実は売主に帰属する。買主は、引渡しを受けるまでの利息を払わなくてよい。引渡しが遅れても、果実と利息の差引ゼロという趣旨は変わらない。 図:判例その1

  • 大連判大13・9・24
  • 売主が引渡しを遅らせていても、果実は売主に帰属する。買主は、引渡しを受けるまでの利息を払わなくてよい。引渡しが遅れても、果実と利息の差引ゼロという趣旨は変わらない。

売主が引渡しを遅らせていても、果実は売主のものです。一方、買主は、引渡しを受けるまでの利息を払いません。趣旨が、遅れていても変わらないからです。Bは、代金をまだ手元に置いたままです。Aが果実を取り、Bが利息を払わない、という釣り合いは、引渡しが遅れても崩れていません。2つめです。買主が、代金を払い終えていたらどうなるか。

判例その2(大判昭7・3・3)。買主が代金を払い終えると、575条1項は働かなくなり、その後に生じる果実は、引渡し前でも買主のものになる。払済みなら利息が生じず、差引ゼロという趣旨が及ばないため。 図:判例その2

  • 大判昭7・3・3
  • 買主が代金を払い終えると、575条1項は働かなくなり、その後に生じる果実は、引渡し前でも買主のものになる。払済みなら利息が生じず、差引ゼロという趣旨が及ばないため。

代金を払い終えた後は、果実は買主のものです。代金を払い済みなら、利息は、もう生じません。利息が生じないのなら、果実と差し引きする相手がありません。趣旨が及ばないので、1項は適用されず、一般の原則に戻ります。

575条のまとめ表。行=状況・果実・買主の利息・根拠。1=引渡し前(代金未払)・売主・払わない・575条。2=売主が引渡しを遅らせている・売主・払わない・大連判大13。3=代金を払い終えたが売主が引渡さない・買主・問題にならない・大判昭7。4=引渡し後・代金未払(期限なし)・買主・引渡しの日から払う・89条・575条2項本文。5=引渡し後・代金の期限が3か月先・買主・期限まで払わない・575条2項ただし書。6=引渡しと代金支払が同時・引渡しの日を境に売主から買主・生じない・575条・89条。 図:575条のまとめ表

  • 行=状況・果実・買主の利息・根拠
  • 1=引渡し前(代金未払)・売主・払わない・575条
  • 2=売主が引渡しを遅らせている・売主・払わない・大連判大13
  • 3=代金を払い終えたが売主が引渡さない・買主・問題にならない・大判昭7
  • 4=引渡し後・代金未払(期限なし)・買主・引渡しの日から払う・89条・575条2項本文
  • 5=引渡し後・代金の期限が3か月先・買主・期限まで払わない・575条2項ただし書
  • 6=引渡しと代金支払が同時・引渡しの日を境に売主から買主・生じない・575条・89条

6通りに整理します。1行目、引渡し前は、果実は売主で、利息は払いません。2行目、売主が引渡しを遅らせても、同じです。3行目、代金を払い終えたのに引渡されないなら、果実は買主です。4行目、引渡し後で、代金が未払なら、果実は買主で、利息は、引渡しの日から払います。5行目、引渡し後でも、代金の支払期限が先なら、期限までは利息を払いません。6行目、引渡しと代金の支払が同時なら、引渡しの日を境に、果実は売主から買主へ移ります。代金は、その日に払い終わるので、利息は生じません。

確かめる

確かめるその1。買った土地を第三者Dが自分のものだと主張している。売主は引渡しの準備を終えている。買主は代金の支払を拒めるか。 図:確かめるその1

  • 買った土地を第三者Dが自分のものだと主張している
  • 売主は引渡しの準備を終えている
  • 買主は代金の支払を拒めるか

事例で確かめます。1つめ。さきほどの土地で、第三者のDが、そこは私の土地だと主張しています。一方、売主のAは、土地を引き渡す準備を、すっかり終えています。それでも、買主のBは、代金の支払を拒めますか?

答えその1。拒める(576条)。理由は、権利を取得できない・失うおそれ。売主の履行がまだ、ということが理由の同時履行の抗弁権(533条)とは別。 図:答えその1

  • 拒める(576条)
  • 理由は、権利を取得できない・失うおそれ
  • 売主の履行がまだ、ということが理由の同時履行の抗弁権(533条)とは別

拒めます。576条は、権利を取得できないおそれが理由で、売主が履行したかどうかとは関係ないからです。売主が準備を終えていても、Bが権利を失うおそれがあるなら、危険の程度に応じて拒めます。同時履行の抗弁権の533条は、相手の履行がまだ、という場面の規定です。理由が違います。

確かめるその2。売買契約の後、引渡し前に、目的物から賃料が生じた。誰のものか。 図:確かめるその2。売買契約の後、引渡し前に、目的物から賃料が生じた。誰のものか。

2つめ。売買契約の後、引渡し前に、目的物から賃料が生じました。誰のものですか?

答えその2。売主のもの(575条1項)。 図:答えその2。売主のもの(575条1項)。

売主のものです。575条1項は、まだ引き渡されていない目的物の果実は、売主に帰属する、と書いていました。

確かめるその3。引渡しを遅らせている売主は、果実を取れるか。 図:確かめるその3。引渡しを遅らせている売主は、果実を取れるか。

3つめ。引渡しを遅らせている売主は、果実を取れますか?

答えその3。取れる。引渡しが遅れていても、果実は売主のもの(大連判大13)。 図:答えその3。取れる。引渡しが遅れていても、果実は売主のもの(大連判大13)。

取れます。遅れていても、趣旨は変わらないからです。果実と利息を差し引きする、という趣旨は、引渡しが遅れても変わりません。

確かめるその4。代金を先に払い終えた買主は、払い終えた後、引渡しまでに生じた果実を取れるか。 図:確かめるその4

4つめ。代金を先に払い終えた買主は、払い終えた後、引渡しまでに生じた果実を、取れますか?

答えその4。取れる。代金を払い終えると利息が生じないので、575条1項は働かない(大判昭7)。 図:答えその4

  • 取れる
  • 代金を払い終えると利息が生じないので、575条1項は働かない(大判昭7)

取れます。代金を払い済みなら、1項は適用されないからです。利息が生じなくなれば、差引ゼロの趣旨が及びません。ですから、果実は買主のものになります。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日の4つの柱。1=売主の義務は、財産権移転義務(555条)と対抗要件を備えさせる義務(560条)。2=買主の義務は代金支払。権利を失うおそれ(576条)・合わない抵当権の登記(577条)なら拒める。3=他人物売買は契約として有効(561条)・物は動かない・追認で遡る(116条の類推)。4=引渡し前の果実は売主・買主は引渡しの日から利息(575条)・差引ゼロの清算。 図:今日の4つの柱

  • 1=売主の義務は、財産権移転義務(555条)と対抗要件を備えさせる義務(560条)
  • 2=買主の義務は代金支払
  • 権利を失うおそれ(576条)・合わない抵当権の登記(577条)なら拒める
  • 3=他人物売買は契約として有効(561条)・物は動かない・追認で遡る(116条の類推)
  • 4=引渡し前の果実は売主・買主は引渡しの日から利息(575条)・差引ゼロの清算

今日の話を整理します。1つめ、売主の義務は2つです。財産権を移す義務と、対抗要件を備えさせる義務です。2つめ、買主の義務は、代金を払うことです。権利を失うおそれがあるとき、契約の内容に合わない抵当権の登記があるときは、払いを拒めます。3つめ、他人物売買は、契約として有効です。ただし、物は動きません。所有者が追認すれば、116条の類推で、遡って動きます。動かなければ、債務不履行です。4つめ、引渡し前の果実は売主のもの、買主は引渡しの日から代金の利息を払います。これは、清算を簡単にするための仕組みです。

冒頭の答え合わせ。契約は有効。AはCから車を手に入れてBに渡す義務を負う。ただし契約だけでは持ち主は変わらない。Cが認めれば、売った時に遡ってBのものになる。 図:冒頭の答え合わせ

  • 契約は有効
  • AはCから車を手に入れてBに渡す義務を負う
  • ただし契約だけでは持ち主は変わらない
  • Cが認めれば、売った時に遡ってBのものになる

冒頭の問いの答えです。契約は有効です。Aは、Cから車を手に入れて、Bに渡す義務を負います。ただし、契約だけでは、車の持ち主は変わりません。Cが認めれば、売った時に遡って、Bのものになります。

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#249単独ページ動画

契約不適合責任の意義と要件

第5章 契約 #249/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

200平方メートルのはずの土地

冒頭の設例の関係図。左が売主A、右が買主B。AはBに土地を売る。契約書は面積200㎡、1㎡あたり20万円。代金はその計算で決めた。引渡しを受けて測ると190㎡だった。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • AはBに土地を売る
  • 契約書は面積200㎡、1㎡あたり20万円
  • 代金はその計算で決めた
  • 引渡しを受けて測ると190㎡だった

冒頭の問いの答えの方向。言える。面積を基礎に代金を決めた売買(数量指示売買)なので、10㎡分は数量の契約不適合。何ができるかは次の回。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 言える
  • 面積を基礎に代金を決めた売買(数量指示売買)なので、10㎡分は数量の契約不適合
  • 何ができるかは次の回

先に、答えの方向を言います。買主は、売主に責任を問えます。面積を基礎にして代金を決めた売買なので、足りない10平方メートル分は、契約で決めた数量に合わない、数量の契約不適合にあたります。何ができるかは、次の回に見ます。今日は、どんなときに責任が生じるのか、という入口を扱います。前回、売主の義務の中に、契約の内容に合った物を渡す義務も含まれる、と言いました。その中身が、今日です。

契約不適合責任とは何か

1つめの柱の入口。壊れた置き時計を渡した売主は、債務不履行になるのか。 図:1つめの柱の入口。壊れた置き時計を渡した売主は、債務不履行になるのか。

1つめの柱です。まず、前に見た考え方を1つ思い出してください。特定物ドグマとは、どんな考え方だったでしょうか?

設例の関係図。左が売主A、右が買主B。Aは、特定の1台の中古置き時計を30万円でBに売った。引渡しを受けると、契約の前から内部が壊れていて動かなかった。 図:設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • Aは、特定の1台の中古置き時計を30万円でBに売った
  • 引渡しを受けると、契約の前から内部が壊れていて動かなかった

特定物は、その物をそのまま渡せば、履行になる、という考え方でした。性質は、約束の中身にならないのでした。その考え方を、置き時計で試します。売主のAが、特定の1台の中古の置き時計を、30万円で、買主のBに売りました。引渡しを受けると、契約の前から内部が壊れていて、動きませんでした。特定物ドグマで考えると、Aは、その1台を渡したので、債務は果たしたことになります。壊れていても、債務不履行にはなりません。Bは何も言えない、となってしまいます。おかしいので、旧法は、別の道を用意しました。債務不履行とは別に、欠陥の穴埋めとして、法が特別に責任を置いたのです。改正前の570条の、瑕疵担保責任です。瑕疵とは、物の欠陥のことです。買主が契約のときに欠陥を知らず、知らないことに過失もなかった、つまり、隠れた瑕疵があるときに限って、解除や損害賠償ができました。この見方を、法定責任説といいます。現行の考え方は、出発点が違います。時計を買った人は、動く時計を受け取る約束をしています。動くという性質も、約束の中身です。ですから、動かない時計を渡すことは、約束どおりの履行ではありません。特定物か、そうでないかにかかわらず、売主は、契約の内容に合った物を渡す義務を負います。これを果たさなければ、債務不履行です。この責任を、契約不適合責任といいます。

旧法と現行法の比較表。行=責任の性質(法定責任/債務不履行の特則)・特定物の扱い(その物を渡せば履行完了/合った物を渡す義務がある)・要件(隠れた瑕疵=買主の善意無過失/契約の内容に適合しない・隠れたは不要)・救済(解除・損害賠償/追完・代金減額・損害賠償・解除)・損害賠償の範囲(信頼利益/債務不履行の一般則で履行利益まで)。 図:旧法と現行法の比較表

比較します。責任の性質は、旧法が法定責任、現行は債務不履行責任の特則です。特定物の扱いは、旧法がその物を渡せば履行完了、現行は合った物を渡す義務があります。要件は、旧法が隠れた瑕疵、現行は契約の内容に適合しないこと、で、隠れたは要りません。救済は、旧法が解除と損害賠償だけでしたが、現行は、これに加えて、履行の追完と代金の減額が使えます。損害賠償の範囲も、旧法は信頼利益に限られるとされましたが、現行は債務不履行の一般則で、履行利益にまで及びます。改正の大きな理由は3つあります。1つめ、特定物かどうかで、買主の保護がぶれるのは不合理だからです。2つめ、瑕疵があるかを、その契約で予定されていた品質があるかで決める、という理解が、判例で定着していたからです。条文を、その理解に合わせたのです。最後に、欠陥のある商品は、代金の減額で片づく場面が多いので、買主に代金減額を求める権利を認めるのが、実態に合うからです。時計で言うと、同じ型の新品を、店に注文して買ったなら、動く別の1台を渡せばよいので、動かない物を渡すのは債務不履行です。ところが、中古のこの1台を買うと、ドグマのせいで債務不履行になりません。物の買い方ひとつで、Bの守られ方が変わっていたのです。3つめの代金減額も、動きはするけれど遅れがちな時計なら、その分だけ代金を下げてもらえば片づく、という場面です。この責任は、前に見た不完全履行のうち、売買で渡された物の種類、品質、数量が、契約の内容に合わない場合を受け持つ規定です。条文の見出しには、担保責任という言葉も出てきます。これは、渡した物の不適合と、移した権利の不適合を、まとめて呼ぶ言葉です。移した権利のほうが契約に合わない場合は、別に扱います。今日は、物の不適合です。

契約不適合責任の関係図。左が売主A、右が買主B。Aは、契約の内容に合った物を渡す義務を負う。渡した物が契約の内容と違うとき、その線が、債務不履行に切り替わる。 図:契約不適合責任の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • Aは、契約の内容に合った物を渡す義務を負う
  • 渡した物が契約の内容と違うとき、その線が、債務不履行に切り替わる

図にします。AからBへ、契約の内容に合った物を渡す義務の線が引かれています。Aが渡した物が契約の内容と違うとき、この線は、債務不履行に切り替わります。ここが、契約不適合責任です。この規定は、売買の節の中にあります。まず、条文を出します。

条文民法562条1項

民法第562条 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。

562条1項の読み方。3つの語。1=引き渡された目的物が(要件1)。2=種類、品質又は数量に関して(要件2)。3=契約の内容に適合しないものであるとき(基準)。後半の追完の請求は次の回。 図:562条1項の読み方

  • 3つの語
  • 1=引き渡された目的物が(要件1)
  • 2=種類、品質又は数量に関して(要件2)
  • 3=契約の内容に適合しないものであるとき(基準)
  • 後半の追完の請求は次の回

今日は、前半を読みます。後半の、追完の請求は、次の回です。3つの言葉に注目してください。引き渡された目的物が、種類、品質又は数量に関して、契約の内容に適合しないものであるとき。この3つで、要件が決まります。1つめの言葉が要件の1つめ、2つめの言葉が要件の2つめです。3つめの言葉が、不適合かどうかを決める物差しです。最後に、この規定の及ぶ範囲です。売買の節の規定は、売買以外の有償契約にも、準用されます。前に見た条文です。

条文民法559条

民法第559条 この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

ですから、今日の規定は、請負や賃貸借のような、対価を取る契約にも及びます。その細部は、別の回で見ます。

要件1 目的物の引渡し

2つめの柱の入口。引渡しの前に、買った物が壊れていると分かった。契約不適合責任になるのか。 図:2つめの柱の入口

  • 引渡しの前に、買った物が壊れていると分かった
  • 契約不適合責任になるのか

2つめの柱です。ここで立ち止まって、1つ聞きます。引渡しの日が来ても約束の物を渡さない売主に、買主は何を求められるでしょうか?債務不履行です。履行を求めたり、解除したり、損害賠償を求めたりできます。ここが、2つめの柱と結びつきます。562条1項は、引き渡された目的物が、と書いています。引き渡されたことが、要件の1つめです。

要件の樹形図。引渡しの前=一般の債務不履行(履行遅滞・履行不能。412条・415条・541条・542条)。引渡しの後=種類・品質の不適合、または数量の不適合を、契約の内容に照らして判断する(契約不適合責任)。 図:要件の樹形図

  • 引渡しの前=一般の債務不履行(履行遅滞・履行不能。412条・415条・541条・542条)
  • 引渡しの後=種類・品質の不適合、または数量の不適合を、契約の内容に照らして判断する(契約不適合責任)

さっきの置き時計で、引渡しの前に、Bが店で動かないことに気づいたとします。この場合は、契約不適合責任ではなく、債務不履行の一般原則で処理します。履行期までに、契約の内容に合った物を渡せば、売主は債務を果たせます。履行期が来ても渡さなければ、前に見た履行遅滞、渡せなければ履行不能です。引渡しの前は、売主はまだ履行をする途中にあるので、特別の規定は要りません。引渡しによって、いったん履行がされたあとの不適合を扱うのが、562条以下だ、と整理できます。

要件2の前半 種類・品質

3つめの柱の入口。種類と品質の不適合とは何か。物の欠陥だけか。 図:3つめの柱の入口。種類と品質の不適合とは何か。物の欠陥だけか。

3つめの柱です。要件の2つめのうち、種類と品質を見ます。種類の不適合とは、頼んだ物とは別の物が届くことです。品質の不適合とは、届いた物が壊れている、性能が足りない、といったことです。種類と品質の区別には、微妙なところがあります。ただ、区別の実益は小さいです。種類の不適合でも、品質の不適合でも、条文上は、同じ扱いだからです。迷ったら、種類又は品質の不適合、と言えば足ります。品質は、物の欠陥に限りません。日当たりや騒音のような、環境の問題も、含まれると考えられています。過去にその部屋で事件があった、という心理的な欠陥も、同じです。見た目が壊れていなくても、買主が、その物に期待した価値を損なうからです。

設例の関係図。左が売主A、右が買主B。Bは、自宅を建てる目的であることをAに伝えて、土地を買った。後で、その土地の大部分が都市計画で道路になる予定の区域に入っていて、建物を建てても早晩取り壊すことになると分かった。 図:設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • Bは、自宅を建てる目的であることをAに伝えて、土地を買った
  • 後で、その土地の大部分が都市計画で道路になる予定の区域に入っていて、建物を建てても早晩取り壊すことになると分かった

次に、法令上の制限です。買主のBが、自宅を建てる目的であることを売主のAに伝えて、土地を買いました。ところが、その土地の大部分が、都市計画で道路になる予定の区域に入っていて、建物を建てても、いずれ取り壊すことになると分かりました。建物は、物の傷みではなく、法令の網のせいで使えません。これも、契約不適合責任になるのでしょうか。

法令上の制限の判例。1=居宅の敷地に使う目的を表示して買った土地の約8割が都市計画街路の境域内にあった事案で、売主の責任(瑕疵)を認めた。出典=最判昭41・4・14 民集20巻4号649頁。2=宅地造成を目的とする買主が買った山林に保安林指定があった事案で、売主の責任(瑕疵担保責任)を認めた。出典=最判昭56・9・8 集民133号401頁。 図:法令上の制限の判例

  • 1=居宅の敷地に使う目的を表示して買った土地の約8割が都市計画街路の境域内にあった事案で、売主の責任(瑕疵)を認めた
  • 出典=最判昭41・4・14 民集20巻4号649頁
  • 2=宅地造成を目的とする買主が買った山林に保安林指定があった事案で、売主の責任(瑕疵担保責任)を認めた
  • 出典=最判昭56・9・8 集民133号401頁

旧法の下で、最高裁は、似た事案で、いずれも売主の責任を認めました。居宅の敷地にする目的を表示して買った土地の約8割が、都市計画の街路の区域に入っていた事案と、宅地造成の目的で買った山林が、保安林、つまり、木を切ったり造成したりが法律で制限される林に指定されていた事案です。当時の言葉でいう、瑕疵があるとされました。決め手は、Bが、自宅を建てる目的をAに伝えて買ったことです。住み続ける家を建てられる土地であることが、契約の内容になっていました。建てても、いずれ取り壊すことになる土地は、契約の内容に合いません。旧法の判例に沿えば、現行法でも、物の品質の不適合と考えるのが素直です。ただし、権利の不適合とみる余地もあります。権利の不適合とは、物そのものではなく、売主が移した所有権などの権利の側に、欠けがある場合です。この土地は、土そのものが傷んでいるわけではなく、法令が、その土地の使い方を縛っています。その縛りを、土地の性質と見るか、所有権に付いた欠けと見るかで、見方が分かれうるのです。答案では、判例の流れに沿って、品質の不適合として書けば足ります。どちらに当たるかで後の扱いが変わるところは、別の回で見ます。もう1つ、区別しておきます。買った土地に、他人の抵当権が付いている場合です。土地そのものは、傷んでいません。ただ、その抵当権が実行されると、Bは、手にした所有権を失うおそれがあります。欠けているのは、物ではなく、Bが手にした権利の側です。ですから、物の種類や品質の不適合ではなく、権利の不適合として、別に扱います。使うために必要な権利が欠けている場合も、同じです。

要件2の後半 数量と、判断の基準

4つめの柱の入口。数が足りないと、いつでも数量の不適合になるのか。 図:4つめの柱の入口。数が足りないと、いつでも数量の不適合になるのか。

4つめの柱です。冒頭の土地に戻ります。数量の不適合は、単に数が足りない、という意味ではありません。当事者が数量に特別の意味を与え、その数量を基礎に売買をした場合に、数が足りなかったときをいいます。この売買を、数量指示売買といいます。面積が足りなくても、数量の不適合とは言えない場面があります。分かれ目は、数量指示売買にあたるかです。その定義を、判例で確認します。ただし、この判例は、改正前の条文の言葉で述べられています。改正前の条文は、数量を指示して売買をした場合に、数量が足りなければ、特別の責任を認めていました。その、数量を指示して売買、という言葉の意味を述べたものです。現行の数量の不適合でも、この定義が使われます。

判例最判昭43・8・20 民集22巻8号1692頁

数量指示売買の意味 民法五六五条にいう「数量ヲ指示シテ売買」とは、当事者において目的物の実際に有する数量を確保するため、その一定の面積、容積、重量、員数または尺度あることを売主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が定められた売買を指称するものである。 ……売買契約において目的たる土地を登記簿記載の坪数をもつて表示したとしても、これでもつて直ちに売主がその坪数のあることを表示したものというべきではない。

数量指示売買の3つの要素。1=数量を確保する意思(当事者が実際の数量を確保したい)。2=売主が契約で数量を表示する。3=その数量を基礎に代金額を定める。典型は、単位数量×単価で代金を出す売買。 図:数量指示売買の3つの要素

  • 1=数量を確保する意思(当事者が実際の数量を確保したい)
  • 2=売主が契約で数量を表示する
  • 3=その数量を基礎に代金額を定める
  • 典型は、単位数量×単価で代金を出す売買

3つの要素に分けて読みます。まず1つめ、当事者が実際の数量を確保したいと考えていること。2つめ、その数量を、売主が契約で表示していること。3つめ、その数量を基礎にして、代金額が決まっていること。典型は、単価に面積を掛けて代金を出す売買です。次に、登記簿の面積です。土地は、登記簿の面積で特定して売るのが通例ですが、登記簿の面積は、実測と合わないことがあります。ですから、登記簿の面積で表示しても、それだけで、売主がその面積を表示したことにはなりません。この事案は、領収書に、登記簿どおりの面積が書かれ、代金は総額で決められていた土地の売買です。最高裁は、数量指示売買にあたると認めた原審を破棄して、差し戻しました。冒頭の土地に当てはめます。契約を3通りに変えて、実測は、どれも190平方メートルのままにします。まず1つめ、200平方メートル、1平方メートルあたり20万円で、代金を計算した場合。2つめ、代金は総額3800万円で、面積は、登記簿どおりの約200平方メートルと、土地を特定するために書いただけの場合。3つめ、面積200平方メートルを契約書に表示したが、代金は総額3800万円で決めた場合。それぞれ、数量の不適合になるか、考えてみてください。

当てはめの問い。実測はどれも190㎡。1=200㎡・1㎡あたり20万円で代金を計算。2=代金は総額3800万円、面積は登記簿どおり約200㎡と特定のために書いただけ。3=面積200㎡を契約書に表示、代金は総額3800万円で決めた。 図:当てはめの問い

  • 実測はどれも190㎡
  • 1=200㎡・1㎡あたり20万円で代金を計算
  • 2=代金は総額3800万円、面積は登記簿どおり約200㎡と特定のために書いただけ
  • 3=面積200㎡を契約書に表示、代金は総額3800万円で決めた

当てはめの答え。1=あたる。数量確保の意思・契約での表示・数量を基礎にした代金の3つがそろう。190㎡なら数量の契約不適合。2=あたらない。登記簿の面積で表示しても、直ちに売主がその面積を表示したとはいえない。190㎡でも数量の契約不適合にならない。3=分かれ目。総額でも、200㎡に単価を掛けて3800万円を出していたなら面積が代金の基礎=あたる。面積と関係なく総額で決めたなら3つめの要素を欠き、あたらない。 図:当てはめの答え

  • 1=あたる
  • 数量確保の意思・契約での表示・数量を基礎にした代金の3つがそろう
  • 190㎡なら数量の契約不適合
  • 2=あたらない
  • 登記簿の面積で表示しても、直ちに売主がその面積を表示したとはいえない
  • 190㎡でも数量の契約不適合にならない
  • 3=分かれ目
  • 総額でも、200㎡に単価を掛けて3800万円を出していたなら面積が代金の基礎=あたる
  • 面積と関係なく総額で決めたなら3つめの要素を欠き、あたらない

1つめは、あたります。数量を確保する意思、契約での表示、数量を基礎にした代金の3つがそろっているので、190平方メートルなら、数量の契約不適合です。2つめは、あたりません。登記簿の面積で表示しても、直ちに売主がその面積を表示したことにはなりません。190平方メートルでも、数量の契約不適合にはなりません。3つめは、分かれ目です。表示された面積が、代金額の基礎になっているかどうかで決まります。代金は総額3800万円でも、交渉のときに、200平方メートルに単価を掛けて、その3800万円を出していたなら、面積が代金の基礎です。3つの要素がそろうので、あたります。反対に、面積とは関係なく、この土地を3800万円で、と決めていたなら、3つめの要素を欠くので、あたりません。総額で書いてあるかではなく、総額をどう決めたかを見るのです。3通りを分けたのは、契約が数量にどんな意味を与えたか、でした。これは数量だけの話ではなく、種類も品質も共通です。契約不適合かどうかの基準は、契約の内容です。当事者が、契約で、種類、品質、数量に、どんな意味を与えたのかを明らかにする。注文書と、届いた品を突き合わせて、ずれていれば不履行、というのと同じです。それが出発点です。

設例の関係図。左が売主A、右が買主B。Bは中古の自転車を買った。契約のとき、Aは、前輪にキズがある、その分2割引き、と伝え、Bは承知して買った。 図:設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • Bは中古の自転車を買った
  • 契約のとき、Aは、前輪にキズがある、その分2割引き、と伝え、Bは承知して買った

例で考えます。買主のBが、売主のAから、中古の自転車を買いました。契約のとき、Aは、前輪にキズがある、そのぶん2割引き、と伝え、Bは承知して買いました。引き渡された自転車の前輪にはキズがあります。キズは、契約の内容に織り込まれています。自転車は、契約の内容どおりなので、契約不適合ではありません。

隠れたの消滅。旧法=買主の善意・無過失が要件。現行=要件ではない。買主が知っていた事情は、契約の内容がどうだったかの認定の中で考慮される。 図:隠れたの消滅

  • 旧法=買主の善意・無過失が要件
  • 現行=要件ではない
  • 買主が知っていた事情は、契約の内容がどうだったかの認定の中で考慮される

旧法では、隠れた、つまり、買主の善意無過失が要件でした。そのため、買主が知っていれば、責任は生じませんでした。現行法では、これは要件ではなくなりました。買主が知っていた事情は、独立の要件としてではなく、契約の内容がどうだったか、という認定の中で考慮されます。キズを承知で、値引きを受けて買ったなら、そのキズは、契約の内容です。ただし、買主が知っていれば、常に責任がなくなるわけではありません。知っていても、契約の内容に取り込まれていなければ、不適合になりえます。たとえば、Bがキズに気づいていても、Aが、引渡しまでに直します、と約束していたなら、キズのない自転車が、契約の内容です。キズが残っていれば、不適合です。冒頭のBの土地も、同じ物差しです。200平方メートルという面積が、代金の基礎として契約の内容に入っていたから、10平方メートルの不足が、数量の契約不適合になるのです。

確かめる

確かめるその1。引渡しの前に、買った置き時計が壊れていると分かった。契約不適合責任か。 図:確かめるその1

  • 引渡しの前に、買った置き時計が壊れていると分かった
  • 契約不適合責任か

事例で確かめます。1つめ。引渡しの前に、買った置き時計が壊れていると分かりました。契約不適合責任でしょうか?

答えその1。いいえ。引渡しの前は一般の債務不履行(履行期に合った物を渡す義務)。 図:答えその1。いいえ。引渡しの前は一般の債務不履行(履行期に合った物を渡す義務)。

違います。引き渡されていないので、債務不履行の一般原則で処理します。562条1項は、引き渡された目的物と書いていました。引渡しの前は、売主はまだ、合った物を渡す義務の途中にいます。

確かめるその2。中古のノートパソコンの型番が、注文と違っていた。種類の不適合か、品質の不適合か。 図:確かめるその2

  • 中古のノートパソコンの型番が、注文と違っていた
  • 種類の不適合か、品質の不適合か

2つめ。中古のノートパソコンの型番が、注文と違っていました。種類の不適合ですか、品質の不適合ですか?

答えその2。どちらとも言えるが、条文上の扱いは同じ。種類又は品質の不適合でよい。 図:答えその2。どちらとも言えるが、条文上の扱いは同じ。種類又は品質の不適合でよい。

どちらとも言えます。ただ、条文上は同じ扱いなので、区別する意味は小さいです。種類又は品質の不適合、と言えば足ります。

確かめるその3。登記簿どおり約200㎡・総額3800万円。面積から代金を出した事情はない。実測190㎡だった。数量の不適合か。 図:確かめるその3

  • 登記簿どおり約200㎡・総額3800万円
  • 面積から代金を出した事情はない
  • 実測190㎡だった
  • 数量の不適合か

3つめ。登記簿どおり約200平方メートル、代金は総額3800万円とだけ書いてあり、面積から代金を計算した事情は何もない土地が、測ると190平方メートルでした。数量の不適合ですか?

答えその3。数量の不適合にならない。面積を基礎に代金を決めた事情がなく、数量指示売買にあたらない。 図:答えその3

  • 数量の不適合にならない
  • 面積を基礎に代金を決めた事情がなく、数量指示売買にあたらない

登記簿の面積の表示にとどまるなら、面積を基礎に代金を決めたとはいえません。数量指示売買にあたらないので、数量の不適合にならないと思います。数が足りないだけでは、数量の不適合にはなりません。

確かめるその4。買った土地に、他人の抵当権の登記が付いていた。物の不適合か。 図:確かめるその4。買った土地に、他人の抵当権の登記が付いていた。物の不適合か。

4つめ。買った土地に、他人の抵当権の登記が付いていました。物の不適合ですか?

答えその4。物の不適合ではなく、権利の不適合(別に扱う)。 図:答えその4。物の不適合ではなく、権利の不適合(別に扱う)。

物の種類や品質の不適合ではなく、権利の不適合として別に扱います。今日の規定が扱うのは、物の側の不適合です。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日の4つの柱。1=売主は契約の内容に合った物を渡す義務を負い、合わなければ債務不履行(契約不適合責任)。旧法の法定責任・隠れたは要らなくなった。2=要件1は引渡し。引渡し前は一般の債務不履行。3=要件2の前半は種類・品質(環境・心理・法令上の制限も)。4=要件2の後半は数量。数量指示売買に限る。判断の基準は契約の内容。 図:今日の4つの柱

  • 1=売主は契約の内容に合った物を渡す義務を負い、合わなければ債務不履行(契約不適合責任)
  • 旧法の法定責任・隠れたは要らなくなった
  • 2=要件1は引渡し
  • 引渡し前は一般の債務不履行
  • 3=要件2の前半は種類・品質(環境・心理・法令上の制限も)
  • 4=要件2の後半は数量
  • 数量指示売買に限る
  • 判断の基準は契約の内容

今日の話を整理します。1つめ、売主は、契約の内容に合った物を渡す義務を負います。合わなければ債務不履行で、それが契約不適合責任です。旧法の法定責任とは違い、隠れた、は要りません。2つめ、要件の1つめは引渡しです。引渡しの前は、一般の債務不履行です。3つめ、要件の2つめの前半は、種類と品質です。環境や心理的な欠陥、法令上の制限も含まれます。4つめ、後半は数量で、数量指示売買に限ります。判断の基準は、どれも契約の内容です。

冒頭の答え合わせ。言える。200㎡・1㎡あたり20万円で代金を計算した売買は数量指示売買。190㎡なら10㎡分は数量の契約不適合。何ができるかは次の回。 図:冒頭の答え合わせ

  • 言える
  • 200㎡・1㎡あたり20万円で代金を計算した売買は数量指示売買
  • 190㎡なら10㎡分は数量の契約不適合
  • 何ができるかは次の回

冒頭の問いの答えです。言えます。200平方メートル、1平方メートルあたり20万円で代金を計算したのですから、面積を基礎に代金を決めた数量指示売買です。足りない10平方メートル分は、数量の契約不適合にあたります。契約不適合の有無と、数量指示売買の当てはめは、論文で論点になりうるところです。

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#250単独ページ動画

契約不適合責任と買主の4つの救済

第5章 契約 #250/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

動かない洗濯機、交換か修理か

冒頭の設例の関係図。左が売主A、右が買主B。AはBに新品の洗濯機を12万円で売った。引渡しを受けて使うと、電源が入らず動かない。Bは「新しいのと交換して」、Aは「修理で済ませたい」。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • AはBに新品の洗濯機を12万円で売った
  • 引渡しを受けて使うと、電源が入らず動かない
  • Bは「新しいのと交換して」、Aは「修理で済ませたい」

冒頭の問いの答えの方向。選ぶのは買主。ただし売主は、買主に不相当な負担を課さないなら、別の方法で追完できる。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 選ぶのは買主
  • ただし売主は、買主に不相当な負担を課さないなら、別の方法で追完できる

先に、答えの方向を言います。方法を選ぶのは、買主です。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課さないのなら、別の方法、ここでは修理で、直してもよいことになっています。条文では、562条1項のただし書です。前回は、どんなときに契約不適合責任が生じるのか、という要件を見ました。今日は、生じたら、買主は何を言えるのか、という効果です。前に危険の移転のところで、追完や減額、損害賠償、解除の4つが、できなくなる場面が出てきました。その4つが、今日の主役です。

柱1 追完請求

1つめの柱の入口。追完とは何か。方法は3つ。誰が選ぶのか。 図:1つめの柱の入口。追完とは何か。方法は3つ。誰が選ぶのか。

1つめの柱です。追完とは、契約に合わない物を渡されたときに、契約どおりの形にしてもらうことです。直し方を誰が決めるのか、先に考え方を言います。困っているのは買主なので、まず買主に選ばせます。ただ、売主が別のやり方でも買主を同じように満足させられるなら、それを許しても買主は困りません。条文は、この2段で作られています。条文を出します。

条文民法562条

民法第562条 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。 2 前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、同項の規定による履行の追完の請求をすることができない。

追完の3つの方法。修補=壊れた所を直す(動かない洗濯機を修理)。代替物の引渡し=別の同種の物を渡す(同型の別の1台)。不足分の引渡し=足りない分を渡す(数が足りないとき)。 図:追完の3つの方法

  • 修補=壊れた所を直す(動かない洗濯機を修理)
  • 代替物の引渡し=別の同種の物を渡す(同型の別の1台)
  • 不足分の引渡し=足りない分を渡す(数が足りないとき)

方法は3つです。修補は、壊れた所を直すことです。代替物の引渡しは、別の同種の物を渡すことです。不足分の引渡しは、足りない分を渡すことです。洗濯機が動かないなら、修補か、同型の別の1台を渡す代替物の引渡しです。注文した12個のうち10個しか届かなかったなら、不足分の引渡しです。不適合の型に応じて、使い分けます。買主が交換と言えば、売主は必ず交換するしかないのか。そこを決めるのが、ただし書です。売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法で追完できます。Bは交換を求めましたが、Aが修理をして、動く洗濯機をBに戻せるなら、Bに余計な負担は生じません。修理で十分なら、Aは修理でよいのです。反対に、不相当な負担になる例を挙げます。修理に何週間もかかり、そのあいだ、Bは洗濯ができないとします。小さな子どもがいて、毎日洗濯機を使う家庭なら、修理はBに重い負担です。この場合、Aは修理を押し通せず、Bの求める交換に応じることになります。決め手は、買主に不相当な負担を課すかどうか、という1点です。

追完の方法の選択。原則=買主が選ぶ。例外=売主は、買主に不相当な負担を課さないなら、別の方法で追完できる。 図:追完の方法の選択

  • 原則=買主が選ぶ
  • 例外=売主は、買主に不相当な負担を課さないなら、別の方法で追完できる

整理します。方法を選ぶのは買主。ただし、買主に不相当な負担を課さないなら、売主は別の方法で追完できる。これが、冒頭の答えです。2項も読みます。不適合が買主の責めに帰すべき事由によるときは、追完を請求できません。たとえば、説明書に、水を入れたまま運ぶな、と書いてあったのに、Bがそのまま運んで壊したなら、Bは、直せとは言えません。壊した原因はBにあるのに、その後始末を相手に負わせるのは、公平ではないからです。

柱2 代金減額請求

2つめの柱の入口。代金減額を言うには、なぜ先に追完の催告が要るのか。 図:2つめの柱の入口。代金減額を言うには、なぜ先に追完の催告が要るのか。

2つめの柱です。代金減額請求とは、不適合の程度に応じて、代金を下げてもらうことです。形成権です。形成権とは、相手の承諾なしに、一方的な意思表示だけで、法律関係を変えられる権利のことです。買主が、減額する、と言えば、それだけで、代金が下がります。ここで、1つ思い出してください。解除は、まず何をするのが原則だったでしょうか?相当の期間を定めて催告をして、その期間内に履行がなければ解除できる、でした。この復習が、そのまま答えの鍵になります。条文を出します。

条文民法563条1項

民法第563条第1項 前条第一項本文に規定する場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる。

1項の骨格です。買主がまず、相当の期間を定めて、追完をしてください、と催告します。その期間内に追完がなければ、そこで初めて、減額を請求できます。いきなり、値引きしろ、とは言えません。

563条1項の骨格。追完の催告(相当の期間を定める)→期間内に追完がない→不適合の程度に応じて減額を請求できる。いきなり減額は言えない。 図:563条1項の骨格

  • 追完の催告(相当の期間を定める)→期間内に追完がない→不適合の程度に応じて減額を請求できる
  • いきなり減額は言えない

流れにすると、催告、期間の経過、減額、の順です。

減額が先に催告を要する理由。減額=契約の一部解除の性質。解除はまず債務者に履行のチャンスを与える(541条)。同じ発想で、売主に、先に直す機会を与える。 図:減額が先に催告を要する理由

  • 減額=契約の一部解除の性質
  • 解除はまず債務者に履行のチャンスを与える(541条)
  • 同じ発想で、売主に、先に直す機会を与える

理由は、代金減額の性質にあります。減額は、契約の一部を解除する性質を持っています。その部分に当たる代金の債務を、消すのです。たとえば、12個を注文して10個しか届かず、2個分の代金を下げるなら、2個分だけ、売り買いをやめたのと同じ結果になります。契約を、一部だけ、なかったことにする。それなら、解除と同じ仕組みになります。解除は、まず相手に履行のチャンスを与えます。そこで、減額も、まず売主に、直すチャンスを与えるのです。最初のレストランに戻ります。注文と違う料理が出てきたとき、いきなり「半額にして」と言うより、「作り直してください」と先に頼むのが筋でしょう。作り直す気がなかったり、もう間に合わなかったりしたら、そこで初めて、値引きの話に進みます。その、値引きの話に進んでよい場面が、2項です。

条文民法563条2項

民法第563条第2項 前項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、買主は、同項の催告をすることなく、直ちに代金の減額を請求することができる。 一 履行の追完が不能であるとき。 二 売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示したとき。 三 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、売主が履行の追完をしないでその時期を経過したとき。 四 前三号に掲げる場合のほか、買主が前項の催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかであるとき。

2項は、催告なしで減額できる場面を、4つ挙げています。

条文民法542条1項

民法第542条第1項 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。 一 債務の全部の履行が不能であるとき。 二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。 三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。 四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。 五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。

解除のほうの、催告なしで解除できる場面です。前に見た条文です。催告が要るのは、相手に、直すチャンスを与えるためでした。チャンスを与えても無駄な場面なら、催告は省けます。542条1項は、その無駄な場面を並べています。減額の2項は、その号の、履行、を、追完、に置き換えて、並べ直したものです。

563条2項と542条1項の対照表。減額の2項1号=追完不能←解除の1項1号=全部不能。2号=追完拒絶←2号=全部拒絶。3号=定期行為←4号=定期行為。4号=見込みなし←5号=見込みなし。解除の1項3号(一部不能・拒絶で残部では目的不達)に当たる号は、減額側にない。 図:563条2項と542条1項の対照表

  • 減額の2項1号=追完不能←解除の1項1号=全部不能
  • 2号=追完拒絶←2号=全部拒絶
  • 3号=定期行為←4号=定期行為
  • 4号=見込みなし←5号=見込みなし
  • 解除の1項3号(一部不能・拒絶で残部では目的不達)に当たる号は、減額側にない

2項の4つの場面と、解除の542条1項を並べます。減額の1号、追完が不能なとき。解除の1号に、当たります。減額の2号、売主が追完を拒絶する意思を明確に示したとき。解除の2号に、当たります。減額の3号、特定の日時までに追完しないと目的を達せない、いわゆる定期行為の場合。解除の4号に、当たります。減額の4号、催告しても追完を受ける見込みがないことが明らかなとき。解除の5号に、当たります。解除の3号、つまり、一部の不能や拒絶で、残りでは目的を達せないとき、には、減額側に当たる号がありません。それは、全部の解除に進む場面です。もっとも、その場面は追完不能か追完拒絶でもあるので、1号や2号で、催告なしに減額もできます。残りを持ったまま値引きを受けるか、全部をやめるかは、買主が選びます。作りが解除と同じ、と覚えれば、4つを丸暗記せずに済みます。

設例の関係図。左が売主A、右が買主B。AはBに土地を売った。面積200㎡、1㎡あたり20万円、実測は190㎡だった。 図:設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • AはBに土地を売った
  • 面積200㎡、1㎡あたり20万円、実測は190㎡だった

前回の土地に戻ります。売主のAと、買主のBの売買です。面積200平方メートル、1平方メートルあたり20万円で代金を決めたのに、測ると190平方メートルでした。数量指示売買の、数量の契約不適合です。不足の10平方メートルについて、Bは、不足分の引渡し、つまり追完を求められます。Aが追完を拒絶する意思を明確に示したなら、2号に当たり、催告なしで、減額を請求できます。減らせる額は、10平方メートル掛ける20万円で、200万円です。隣の土地を足して渡すなど、そもそもできないなら、1号に当たり、催告なしです。

当てはめの問い。Aが「足りない分は渡さない。値引きもしない」と、はっきり言った。Bは、追完の催告をしてから減額を請求する必要があるか。 図:当てはめの問い

  • Aが「足りない分は渡さない。値引きもしない」と、はっきり言った
  • Bは、追完の催告をしてから減額を請求する必要があるか

確かめます。Aが「足りない10平方メートルは渡さない」と、はっきり言いました。Bは、あらためて追完の催告をしてから、減額を請求する必要があるでしょうか?

当てはめの答え。要らない。563条2項2号。催告なしで直ちに減額を請求できる。 図:当てはめの答え。要らない。563条2項2号。催告なしで直ちに減額を請求できる。

要りません。2号の、拒絶の意思の明確な表示にあたるので、催告なしで、直ちに減額を請求できると思います。拒絶されているのに、催告しても意味がありません。3項も、読みます。

条文民法563条3項

民法第563条第3項 第一項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、前二項の規定による代金の減額の請求をすることができない。

不適合が買主の責めに帰すべき事由によるときは、1項でも2項でも、減額できません。追完の2項と同じ発想です。解除の543条とも、同じです。

代金増額請求。売主が多く渡したとき、売主は買主に、増額を請求できるか。できない。 図:代金増額請求。売主が多く渡したとき、売主は買主に、増額を請求できるか。できない。

逆の場面も、考えます。契約より多く渡してしまった売主は、買主に、増額を請求できるでしょうか? 答えは、できない、と考えられています。追完も減額も、不適合に苦しむ買主を守る規定で、売主を守る規定ではないからです。売主は、渡し過ぎた分を、不当利得として返してもらう道で、救済を受けます。

柱3 損害賠償と解除

3つめの柱の入口。契約不適合は債務不履行。だから、一般のルールがそのまま使える。 図:3つめの柱の入口。契約不適合は債務不履行。だから、一般のルールがそのまま使える。

3つめの柱です。冒頭に言った筋に戻ります。契約不適合は、債務不履行そのものです。その筋を、条文にしたのが、564条です。

条文民法564条

民法第564条 前二条の規定は、第四百十五条の規定による損害賠償の請求並びに第五百四十一条及び第五百四十二条の規定による解除権の行使を妨げない。

追完と減額の条文は、415条の損害賠償と、541条、542条の解除を、妨げない。つまり、買主は、特別な2つに加えて、一般の道具もそのまま使えます。損害賠償から見ます。ここで、この回の核になる区別が出ます。条文を出します。

条文民法415条1項

民法第415条第1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

ただし書です。債務者の責めに帰することができない事由、つまり、帰責事由がないときは、損害賠償は認められません。帰責事由は、単なる落ち度の有無ではなく、契約と取引上の社会通念に照らして判断されます。賠償の範囲は、一般ルールどおりで、前に見た、契約どおりに履行されていれば得られた利益、履行利益にまで及びます。追完に代わる損害賠償、つまり、直してもらう代わりに払わせるお金も、この賠償の1つの形です。前に、同時履行の抗弁権のところで、買主は、この賠償を受けるまで、代金の支払を拒める、と見ました。その賠償が、ここに当たります。洗濯機で境目を見ます。Aが倉庫で箱を落とし、壊れたと気づかないまま渡したなら、Aに帰責事由があるので、Bは、修理が終わるまでのコインランドリー代も、損害賠償として求められます。反対に、Aがふつうに保管していたのに、引渡しの前の大地震で、外からは分からない傷を受けていた場合でも、新品なら、Aは別の動く1台を渡せたので、直ちに免責とはいえません。契約と取引上の社会通念に照らして、Aに負わせるべきでない原因と評価されたときに、はじめて損害賠償は求められません。

帰責事由の対比。損害賠償=売主の帰責事由が必要(415条1項ただし書)。追完請求・代金減額請求・解除=売主の帰責事由は不要。 図:帰責事由の対比

  • 損害賠償=売主の帰責事由が必要(415条1項ただし書)
  • 追完請求・代金減額請求・解除=売主の帰責事由は不要

対比します。損害賠償は、売主の帰責事由が要ります。追完、代金減額、解除は、売主の帰責事由が要りません。解除は、前に見たとおり、債務者の帰責事由を要件にしません。追完は、約束どおりに直してください、という履行の請求です。減額は、一部の解除です。売主の帰責事由があるかを問わず、直す、値引き、やめる、は言えるのです。立ち止まって、考えてください。売主に帰責事由がない不適合のとき、4つのうち、どれが残るでしょうか?損害賠償だけが使えなくて、追完請求と代金減額と解除は残ります。1つ聞きます。契約を解除するのに、債務者の帰責事由は要るでしょうか?

要りません。ただ、債権者に帰責事由があると、解除できません。解除の場面に移ります。解除は、541条の催告解除と、542条の無催告解除が、そのまま使えます。ここで求める催告は、直してください、という追完の催告です。

条文民法541条

民法第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

ただし書が、ここで効きます。たとえば、洗濯機の外装に小さな傷があるだけで、動作に問題がないなら、期間を経過した時の不履行は軽微と評価される余地があります。軽微かどうかは、事案ごとに判断します。そういうときは、まず追完か、減額を使うことになります。

設例の関係図。左が売主A、右が買主B。Bは説明書に反して洗濯機を使い、自分で壊した。Bは、修理、減額、解除、損害賠償を求められるか。 図:設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • Bは説明書に反して洗濯機を使い、自分で壊した
  • Bは、修理、減額、解除、損害賠償を求められるか

買主に落ち度がある場合も、見ます。Bが説明書に反した使い方をして、洗濯機を自分で壊したとします。追完は562条2項、減額は563条3項で、できません。解除も、543条で、できません。

条文民法543条

民法第543条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。

損害賠償も、同じです。買主の責めに帰すべき事由が原因の不適合は、売主の責めに帰すべき事由がないので、認められません。なお、買主にも落ち度が一部あるにとどまるときは、過失相殺で、責任の有無と額に反映されます。結論として、買主のせいで不適合が生じたなら、4つとも使えません。

救済どうしの関係。代金減額を選ぶと、追完請求・追完に代わる損害賠償・解除とは両立しない。減額は一部解除で、契約の残りを維持する選択だから。 図:救済どうしの関係

  • 代金減額を選ぶと、追完請求・追完に代わる損害賠償・解除とは両立しない
  • 減額は一部解除で、契約の残りを維持する選択だから

最後に、救済どうしの関係です。代金減額を選ぶと、追完の請求も、追完に代わる損害賠償も、解除も、同時には使えません。減額は、契約の一部を解除して、残りを維持する選択だからです。欠けた分は、値引きで、もう清算されています。同じ欠けについて、さらに直させたり、直す代わりのお金を取ったりすれば、二重に取ることになります。残りを維持すると決めたのに、やめたい、と言うのも、選んだことと食い違います。3つめの柱を締めます。契約不適合は、債務不履行そのものです。だから、一般の道具の損害賠償と解除が、そのまま使えます。そして、売主の帰責事由が要るのは、損害賠償だけです。

柱4 4つの救済の一覧表

4つめの柱の入口。4つの救済を、3つの観点で並べる。売主の帰責事由・買主の帰責事由・催告。 図:4つめの柱の入口

  • 4つの救済を、3つの観点で並べる
  • 売主の帰責事由・買主の帰責事由・催告

4つめの柱です。ここまでの内容を、表にします。観点は3つです。売主の帰責事由が要るか。買主の帰責事由で不適合が生じたらどうなるか。催告が要るか。表を埋める前に、1つ聞きます。買主のせいで不適合が生じたら、4つのうち、どれが使えないでしょうか?

4つの救済の一覧表(帰責事由)。行=追完請求(562条)・代金減額請求(563条)・損害賠償(415条・564条)・解除(541条・542条・564条)。列=売主の帰責事由・買主の帰責事由で不適合。追完=不要/不可(562条2項)。減額=不要/不可(563条3項)。損害賠償=必要/不可(一部の落ち度は過失相殺)。解除=不要/不可(543条)。 図:4つの救済の一覧表(帰責事由)。行=追完請求(562条)・代金減額請求(563条)・損害賠償(415条・564条)・解除(541条・542条・564条)。列=売主の帰責事由・買主の帰責事由で不適合。追完=不要/不可(562条2項)。減額=不要/不可(563条3項)。損害賠償=必要/不可(一部の落ち度は過失相殺)。解除=不要/不可(543条)。

全部使えません。追完は562条2項、減額は563条3項、解除は543条、損害賠償も認められません。帰責事由の表です。追完は、売主の帰責事由が不要で、買主のせいなら不可です。減額も、不要で、不可です。損害賠償は、売主の帰責事由が必要で、買主のせいなら不可です。一部の落ち度は、過失相殺で調整します。解除は、不要で、不可です。まとめると、売主の帰責事由が要るのは損害賠償だけ。買主のせいなら、全部できない。

4つの救済の一覧表(催告)。追完請求=不要(請求そのもの)。代金減額請求=原則必要(追完の催告)、4場合は不要。損害賠償=不要。解除=原則必要(541条)、5場合は不要(542条1項)。 図:4つの救済の一覧表

  • 催告
  • 追完請求=不要(請求そのもの)。代金減額請求=原則必要(追完の催告)、4場合は不要。損害賠償=不要。解除=原則必要(541条)、5場合は不要(542条1項)。

催告の表です。追完は、請求そのものなので、催告は要りません。減額は、原則として追完の催告が要り、4つの場合は不要です。損害賠償は、催告が要りません。解除は、原則として催告が要り、5つの場合は不要です。催告が絡むのは、減額と解除です。どちらも、解除の作りだから、と覚えます。

確かめる

確かめるその1。売主に帰責事由がない欠陥のある物を、買主が受け取った。損害賠償を請求できるか。 図:確かめるその1

  • 売主に帰責事由がない欠陥のある物を、買主が受け取った
  • 損害賠償を請求できるか

事例で確かめます。1つめ。売主に帰責事由のない欠陥でも、買主は、損害賠償を請求できるでしょうか?

答えその1。できない。追完・減額・解除は、売主に帰責事由がなくても言える。 図:答えその1。できない。追完・減額・解除は、売主に帰責事由がなくても言える。

できません。損害賠償だけは、売主の帰責事由が要るからです。追完、減額、解除は、売主に帰責事由がなくても言えます。

確かめるその2。買主が説明書に反して使って壊した洗濯機。修理を求められるか。 図:確かめるその2。買主が説明書に反して使って壊した洗濯機。修理を求められるか。

2つめ。買主が、説明書に反して使って壊した洗濯機の修理を、売主に求められるでしょうか?

答えその2。求められない。562条2項。減額(563条3項)・解除(543条)も不可。 図:答えその2

  • 求められない
  • 562条2項
  • 減額(563条3項)・解除(543条)も不可

求められません。562条2項で、買主の責めに帰すべき事由による不適合は、追完を請求できないからです。減額も解除も、同じ理由でできません。

確かめるその3。追完の催告なしに、代金減額を請求できるのは、どんな場面か。 図:確かめるその3。追完の催告なしに、代金減額を請求できるのは、どんな場面か。

3つめ。追完の催告をしないで、代金減額を請求できるのは、どんな場面でしょうか?

答えその3。563条2項の4場合。不能・拒絶・定期行為・見込みなし。 図:答えその3。563条2項の4場合。不能・拒絶・定期行為・見込みなし。

563条2項の4つの場合です。追完が不能なとき、売主がはっきり断ったとき、定期行為で時期を過ぎたとき、催告しても見込みがないことが明らかなときです。直せない、直さないと言われた、間に合わない、見込みがない、という場面です。

確かめるその4。契約より多く渡した売主は、増額を請求できるか。減額を選んだ後に、解除できるか。 図:確かめるその4

  • 契約より多く渡した売主は、増額を請求できるか
  • 減額を選んだ後に、解除できるか

4つめ。契約より多く渡した売主は、増額を請求できるでしょうか?できません。買主を守る規定ですから、売主は不当利得で返してもらいます。もう1問です。買主が代金減額を選んだあとで、さらに解除を求められるでしょうか?

答えその4。増額請求はできない(売主は不当利得)。減額を選ぶと、追完・追完に代わる損害賠償・解除とは両立しない。 図:答えその4

  • 増額請求はできない(売主は不当利得)
  • 減額を選ぶと、追完・追完に代わる損害賠償・解除とは両立しない

求められません。減額は一部解除で、契約を維持する選択だからです。どちらも、今日の筋から答えられます。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日の4つの柱。1=追完請求(562条)。方法は買主が選ぶ。買主に不相当な負担を課さないなら売主は別の方法でもよい。2=代金減額請求(563条)。一部解除の性質だから、原則は追完の催告が先。無催告は4場合。3=損害賠償と解除(564条)。一般ルールへ戻る。売主の帰責事由が要るのは損害賠償だけ。4=一覧表。買主のせいなら4つとも不可。 図:今日の4つの柱

  • 1=追完請求(562条)
  • 方法は買主が選ぶ
  • 買主に不相当な負担を課さないなら売主は別の方法でもよい
  • 2=代金減額請求(563条)
  • 一部解除の性質だから、原則は追完の催告が先
  • 無催告は4場合
  • 3=損害賠償と解除(564条)
  • 一般ルールへ戻る
  • 売主の帰責事由が要るのは損害賠償だけ
  • 4=一覧表
  • 買主のせいなら4つとも不可

今日の話を整理します。1つめ、追完請求です。方法は買主が選び、買主に不相当な負担を課さないなら、売主は別の方法でもよい。2つめ、代金減額請求です。一部解除の性質だから、原則は追完の催告が先で、無催告は4つの場合です。3つめ、損害賠償と解除です。一般ルールがそのまま使え、売主の帰責事由が要るのは、損害賠償だけです。4つめ、買主のせいで生じた不適合は、4つとも使えません。

冒頭の答え合わせ。方法を選ぶのは買主。ただし売主は、買主に不相当な負担を課さないなら、修理で追完できる。562条1項ただし書。 図:冒頭の答え合わせ

  • 方法を選ぶのは買主
  • ただし売主は、買主に不相当な負担を課さないなら、修理で追完できる
  • 562条1項ただし書

冒頭の問いの答えです。交換か修理かを選ぶのは、買主のBです。ただし、売主のAが、修理で足りて、Bに不相当な負担を課さないのなら、Aは修理で追完できます。救済の選び方と、要件の当てはめは、論文で論点になりうるところです。

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#251単独ページ動画

契約不適合責任の期間制限と危険の移転

第5章 契約 #251/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

雨漏りに気づいて半年

冒頭の設例の関係図。左が売主A、右が買主B。AはBに中古の一戸建てを売って引き渡した。2年後、Bは天井のしみに気づき、雨漏りだと分かった。Bは忙しく、半年そのまま放っておいた。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • AはBに中古の一戸建てを売って引き渡した
  • 2年後、Bは天井のしみに気づき、雨漏りだと分かった
  • Bは忙しく、半年そのまま放っておいた

冒頭の問いの答えの方向。言える。時計は、買った日でも引渡しの日でもなく、知った日から動く。知ってから半年なら、1年以内。いま通知すれば、4つの救済は残る。ただし、消滅時効は別に進む。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 言える
  • 時計は、買った日でも引渡しの日でもなく、知った日から動く
  • 知ってから半年なら、1年以内
  • いま通知すれば、4つの救済は残る
  • ただし、消滅時効は別に進む

先に、答えの方向を言います。言えます。時計が動き出すのは、買った日でも、引き渡された日でもありません。雨漏りを知った日です。知ってから半年なら、1年の枠の中ですので、いま売主に伝えれば、4つの救済は残ります。ただし、これとは別の物差しとして、消滅時効も進んでいます。前回は、買主が何を言えるのか、という4つの救済を見ました。追完、代金減額、損害賠償、解除です。今日は、その4つを、いつまで言えるのか、そして、どんな場面で言えなくなるのか、を見ます。

柱1 知ってから1年以内に通知する

1つめの柱の入口。種類・品質の不適合は、買主が知った時から1年以内に、売主に通知しないと、4つの救済を失う。 図:1つめの柱の入口

1つめの柱です。条文は、566条です。本文とただし書の2段でできています。条文を出します。

条文民法566条

民法第566条 売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。

本文を順に読みます。対象は、種類又は品質の不適合です。数えるのは、買主がその不適合を知った時から1年です。その1年のうちに、売主に通知しないと、前回の4つ、追完、代金減額、損害賠償、解除のすべてを、失います。1つだけ残る、ということはありません。

566条の起算点。買った時でも、引き渡された時でもなく、不適合を知った時から1年。冒頭の設例=3月に雨漏りを知る。いま9月で、半年。残りは半年。 図:566条の起算点

  • 買った時でも、引き渡された時でもなく、不適合を知った時から1年
  • 冒頭の設例=3月に雨漏りを知る
  • いま9月で、半年
  • 残りは半年

起算点が、冒頭の答えの核心です。買った日でも、引渡しの日でもなく、知った時です。Bが雨漏りに気づいたのは3月、いまは9月です。半年がたったところです。1年の枠の中に、まだ半年残っています。買主に、引渡しの時に検査をする義務があるわけではありません。民法には、検査をしなかったために、時計が早く動き出す、という条文もありません。通知には、請求や訴えまでは、要りません。不適合があることを、売主に伝えれば足りると考えられています。伝える中身は、不適合の種類と、おおよその範囲です。天井から雨が漏れている、という程度の中身が想定されています。賠償の金額や、法律上の根拠までは、求められていないと考えられます。ですから、Bは、電話でも書面でも、雨漏りがある、とAに伝えれば、その時点で1年の関門は通過すると考えられます。

1年で失う理由は2つ。1=引き渡せば履行は終わった、という売主の期待を守る。2=時間がたつと、使ったせい・古びたせいか、元からの不適合かの見分けが難しくなる。 図:1年で失う理由は2つ

  • 1=引き渡せば履行は終わった、という売主の期待を守る
  • 2=時間がたつと、使ったせい・古びたせいか、元からの不適合かの見分けが難しくなる

1年で救済を失う、という線を引く理由は、2つあります。1つめは、売主の期待です。引き渡したら、売主は、これで履行は終わった、と思います。いつまでも、あとから言われるかもしれない、という状態では、落ち着きません。2つめは、見分けの難しさです。何年もたつと、雨漏りが、住んでいたあいだの傷みのせいなのか、はじめからの不適合なのかが、分からなくなります。そこで、知ったら1年のうちに知らせてください、という線を引いたのです。ここで、立ち止まって考えてください。売主Aが、引渡しの時から、雨漏りを知っていたとします。それでも、買主が1年以内に通知しなければ、救済は失われるのでしょうか?

ただし書は、売主が引渡しの時にその不適合を知っていたか、重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない、と読みます。重大な過失とは、少し注意すれば分かったのに、ほとんど注意を払わなかったような場合です。こういう売主には、履行は終わったという期待を、守る理由がありません。ですから、通知がなくても、4つの救済は失われません。基準になるのは、引渡しの時の、売主の様子です。

566条が及ぶ範囲。種類・品質の不適合=1年の通知あり。数量の不適合=1年の通知なし(外から見て分かるから)。権利の不適合も、566条の対象外。 図:566条が及ぶ範囲

  • 種類・品質の不適合=1年の通知あり
  • 数量の不適合=1年の通知なし(外から見て分かるから)
  • 権利の不適合も、566条の対象外

範囲も、押さえます。本文は、種類又は品質、とだけ書いています。数量の不適合には、566条はかかりません。なぜかというと、数が足りないことは、外から見て分かるからです。10箱のはずが8箱だったと、届いた日に数えれば分かります。売主に、履行は終わった、という期待が生じにくく、時間がたって見分けにくくなるわけでもありません。1年で線を引く理由が、数量には当てはまらないのです。権利の不適合も、566条の対象は種類又は品質だけです。権利の不適合は、別の回で見ます。柱1の当てはめを、冒頭に戻します。Bが知ったのは3月で、いまは9月です。残りの半年のうちに、雨漏りがある、とAに伝えれば足ります。放っておいて1年を超えたなら、Aが引渡しの時に雨漏りを知っていた場合を除いて、4つとも失います。

柱2 通知とは別に進む消滅時効

2つめの柱の入口。通知の1年とは別の物差し。消滅時効。 図:2つめの柱の入口。通知の1年とは別の物差し。消滅時効。

2つめの柱です。ここで1つ、思い出してください。債権の消滅時効で、知った時から数えるのは何年で、行使できる時から数えるのは何年でしたか?知った時から5年、権利を行使できる時から10年でした。条文を出します。

条文民法166条1項

民法第166条第1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。 二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

契約不適合の救済に当てはめます。1号は、不適合を知った時から5年です。2号の、権利を行使できる時は、ふつうは引渡しの時です。引渡しから10年です。先に満了したほうで、消滅時効が完成します。種類や品質の不適合にも、数量の不適合にも、どちらにもかかります。

2本立ての時間軸。上段=1年の通知(種類・品質だけ。知った時から1年)。下段=消滅時効(全部。知った時から5年、引渡しから10年の早いほう)。冒頭の設例=引渡し、2年後に知る、1年後が通知の締切、5年後が時効。 図:2本立ての時間軸

  • 上段=1年の通知(種類・品質だけ。知った時から1年)
  • 下段=消滅時効(全部。知った時から5年、引渡しから10年の早いほう)
  • 冒頭の設例=引渡し、2年後に知る、1年後が通知の締切、5年後が時効

2本立てにして、時間の軸に並べます。上の段が、1年の通知です。種類又は品質の不適合だけが対象で、知った時から1年が締め切りです。下の段が、消滅時効です。種類・品質にも数量にもかかり、知った時から5年か、引渡しから10年かの、早いほうで完成します。冒頭の設例で見ます。引渡しから2年後に知ったので、知った時から5年の満了は、引渡しから数えて7年目です。引渡しから10年よりも先に来ます。通知の締め切りは、知った時から1年なので、時効よりずっと早く来ます。ですから、まず通知の関門を通ることが、先の課題です。

通知をしただけで、時効が止まるとは限りません。通知は、1年の関門を通るための行為で、権利を失わないように残しておくだけです。雨漏りがある、と知らせれば足り、直してください、と求めるところまでは要りません。残した権利を、いつまでに使うかを決めるのが、消滅時効です。時効を止める仕組みは、完成猶予と更新の回で見たとおりです。たとえば、裁判上の請求や、承認があります。催告は、完成を6か月猶予するだけです。ですから、通知のあと、時効が完成する前に、直してください、代金を減らしてください、と実際に求め、応じなければ訴えを起こします。これが、権利を使う、ということです。数量の不適合は、1年の通知がなく、この時効だけが関わります。

柱3 引渡しのあとに壊れたら

3つめの柱の入口。特定した物を引き渡したあと、双方の責めに帰することができない事由で壊れた。4つの救済は言えるか。代金は拒めるか。 図:3つめの柱の入口

  • 特定した物を引き渡したあと、双方の責めに帰することができない事由で壊れた
  • 4つの救済は言えるか
  • 代金は拒めるか

3つめの柱です。ここからは、1年の通知や時効という時間の限界ではなく、危険の限界です。前に、危険負担のところで、引渡しの後に双方の責めに帰することができない事由で滅失したら、買主は代金の支払も拒めない、と見ました。そのとき、4つの救済も使えなくなる、という結論だけを押さえて、救済の中身は別の回に回しました。前回、その4つの救済を見ましたので、今日は、なぜ使えなくなるのかを開けます。条文を出します。

条文民法567条

民法第567条 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。 2 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。

567条の設例の関係図。左が売主A、右が買主B。AはBに中古車(特定した1台)を売り、鍵と車検証を渡した。翌日、大雨で駐車場が水没して、使えなくなった。AにもBにも責めに帰すべき事由はない。 図:567条の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • AはBに中古車(特定した1台)を売り、鍵と車検証を渡した
  • 翌日、大雨で駐車場が水没して、使えなくなった
  • AにもBにも責めに帰すべき事由はない

新しい設例で見ます。売主のAが、買主のBに、中古車を1台売りました。特定した1台です。Aは、鍵と車検証を渡して、引き渡しました。翌日、大雨で駐車場が水没して、車は使えなくなりました。AにもBにも、責めに帰すべき事由はありません。4つとも、言えません。代金も、拒めません。1項の前半が、4つの救済を使えなくし、後半が、代金の支払を拒めなくしています。どちらも、危険負担の回で、結論だけは見ました。今日は、その理由です。引渡しによって、物が壊れる危険が、売主から買主に移った、と考えるからです。なぜ引渡しで移るのか。危険負担の回で見たとおり、物を守れるのは、それを手元に置いている人だからです。鍵を受け取ったあとは、戸締まりも、保険を掛けることも、Bにしかできません。AにもBにも帰責事由がないのに壊れた損は、物を持っているBが引き受ける、という線引きです。引き渡して履行を終えた売主の期待を、ここで守るわけです。1年の通知と、同じ根っこです。同じ回で見たとおり、所有権が移る時と、危険が移る時は、別の話です。危険が移る基準は、引渡しです。かっこ書の、特定した物とは、売買の目的として、これと決まった物のことです。この車のように、1台に決まった物に限って、危険の移転が語られます。

双方の責めに帰することができない事由の働き。買主の帰責事由による滅失なら、そもそも4つとも使えない(562条2項・563条3項・543条・415条1項ただし書)。567条1項の前段が実際に効くのは、売主に帰責事由がない場面。 図:双方の責めに帰することができない事由の働き

  • 買主の帰責事由による滅失なら、そもそも4つとも使えない(562条2項・563条3項・543条・415条1項ただし書)
  • 567条1項の前段が実際に効くのは、売主に帰責事由がない場面

ここで、条文の言葉の働きを整理します。双方の責めに帰することができない、とあります。買主のせいで壊れたのなら、この条文を持ち出すまでもなく、4つとも使えません。前回見た、買主の帰責事由による不適合と同じ理屈で、追完も、減額も、解除も、損害賠償も、認められないからです。つまり、この前半が実際に働くのは、売主に帰責事由がない場面です。売主に帰責事由がある場合は、どうなるでしょうか。引渡しのあとなら、ふつうに、前回の救済を使えます。引渡しの前に売主の帰責事由で壊れたなら、危険負担の問題ではなく、債務不履行の問題です。これは、4つめの柱の表で当てはめます。

2項は、売主が契約に合った物を持っていって、約束どおり提供したのに、買主が受け取りを拒んだり、受け取れなかったりする場面です。その提供があった時以後に、双方の責めに帰することができない事由で壊れたなら、引渡しの前でも、1項と同じ扱いです。4つの救済は使えず、代金も拒めません。

条文民法413条の2第2項

民法第413条の2第2項 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

受領遅滞のところで見た、この条文と、同じ結論です。債権者である買主の責めに帰すべき事由とみなされるので、代金は拒めません。売買の条文としても、同じことが567条の2項に書いてある、と押さえてください。

柱4 引渡し前と引渡し後の処理表

4つめの柱の入口。壊れた原因が誰に帰責事由があるかと、引渡しの前か後か。2つの軸で、買主が言えること、と、代金を整理する。 図:4つめの柱の入口

  • 壊れた原因が誰に帰責事由があるかと、引渡しの前か後か
  • 2つの軸で、買主が言えること、と、代金を整理する

4つめの柱です。この回の主役です。軸は2つです。壊れた原因が、誰に帰責事由があるか。そして、引渡しの前か後か。原因は3つに分けます。誰にも帰責事由がない場合、買主に帰責事由がある場合、売主に帰責事由がある場合です。表は、縦に原因を並べ、横に、買主が言えること、代金、根拠の、3つの欄を並べます。引渡しの前から見ます。特定した物が、引渡しの前に壊れたときの表は、危険負担の2つの回のまとめで、一度並べました。思い出しながら、1行ずつ埋めます。柱3の中古車で考えます。駐車場の水没が、鍵を渡す前の晩だった、とします。

引渡し前の処理表1行目。誰にも帰責事由がない。買主が言えること=引渡し請求×・損害賠償×・解除○。代金=拒める。根拠=412条の2第1項・415条1項ただし書・542条1項1号・536条1項。 図:引渡し前の処理表1行目

  • 誰にも帰責事由がない
  • 買主が言えること=引渡し請求×・損害賠償×・解除○
  • 代金=拒める
  • 根拠=412条の2第1項・415条1項ただし書・542条1項1号・536条1項

1行目、誰にも帰責事由がない場合です。物は壊れて、引渡しは不能です。引渡しの請求は、できません。債務者に帰責事由がないので、損害賠償も、できません。ただ、解除は、できます。解除の回で見たとおり、解除は、売主を責める道具ではなく、買主を契約の拘束から解放する道具だからです。代金は、拒めます。危険負担の回で見た536条1項です。壊れた損を、まだ売主が負っているので、買主は代金を払わなくてよいのです。拒めるだけで代金の債務は残るので、確定的に消したいなら、解除をします。引渡しの前は、危険が、まだ売主にあります。水没が鍵を渡す前の晩なら、Bは、車を渡せとは言えませんが、代金は拒めます。

引渡し前の処理表2行目。買主に帰責事由あり。買主が言えること=引渡し請求×・損害賠償×・解除×。代金=拒めない。根拠=543条・536条2項前段。 図:引渡し前の処理表2行目

  • 買主に帰責事由あり
  • 買主が言えること=引渡し請求×・損害賠償×・解除×
  • 代金=拒めない
  • 根拠=543条・536条2項前段

2行目、買主の帰責事由で壊れた場合です。たとえば、鍵を渡す前の試乗で、Bが運転を誤って、車を大破させた場合です。引渡しの請求も、損害賠償も、解除も、できません。解除は、債権者の帰責事由によるとき、できないからです。代金も、拒めません。自分のせいで壊したのに、代金を払わなくてよい、とは言えません。

引渡し前の処理表3行目。売主に帰責事由あり。買主が言えること=引渡し請求×(不能)・損害賠償○・解除○。代金=危険負担ではなく債務不履行の問題。解除すれば、代金は払わずに済む。根拠=415条1項・542条1項1号。 図:引渡し前の処理表3行目

  • 売主に帰責事由あり
  • 買主が言えること=引渡し請求×(不能)・損害賠償○・解除○
  • 代金=危険負担ではなく債務不履行の問題
  • 解除すれば、代金は払わずに済む
  • 根拠=415条1項・542条1項1号

3行目、売主の帰責事由で壊れた場合です。たとえば、鍵を渡す前に、Aが運転を誤って、車を大破させた場合です。引渡しの請求は、不能ですのでできません。損害賠償は、売主に帰責事由があるので、できます。解除も、できます。代金は、危険負担ではなく、債務不履行の問題として整理します。危険負担は、誰のせいでもない損を、どちらが負うか、の決まりです。売主の帰責事由で壊れたなら、売主が約束を果たさなかった、という話になるからです。解除をすれば、代金を払わずに済みます。次に、引渡しの後です。ここで、1つ聞きます。引渡しのあとに、買主のせいで壊れたなら、4つの救済は使えるでしょうか?

使えません。買主の帰責事由による不適合は、4つとも使えなかったはずです。引渡しの後の表を、1行ずつ埋めます。

引渡し後の処理表1行目。誰にも帰責事由がない。買主が言えること=追完×・減額×・損害賠償×・解除×。代金=拒めない。根拠=567条1項。 図:引渡し後の処理表1行目

  • 誰にも帰責事由がない
  • 買主が言えること=追完×・減額×・損害賠償×・解除×
  • 代金=拒めない
  • 根拠=567条1項

1行目、誰にも帰責事由がない場合です。4つの救済は、すべてできません。代金も、拒めません。これが、先ほどの567条1項です。柱3の、鍵を受け取った翌日の水没です。引渡しの前の1行目と見比べてください。同じ原因なのに、引渡しの前なら代金は拒め、後なら拒めません。分け目は、危険が移ったかどうかです。水没の前の晩に車を守れたのはAで、翌日はBでした。だから、その損を負う人が入れ替わり、代金の結論も入れ替わるのです。

引渡し後の処理表2行目。買主に帰責事由あり。買主が言えること=追完×・減額×・損害賠償×・解除×。代金=拒めない。根拠=562条2項・563条3項・415条1項ただし書・543条・536条2項前段。 図:引渡し後の処理表2行目

  • 買主に帰責事由あり
  • 買主が言えること=追完×・減額×・損害賠償×・解除×
  • 代金=拒めない
  • 根拠=562条2項・563条3項・415条1項ただし書・543条・536条2項前段

2行目、買主に帰責事由がある場合です。4つの救済は、条文ごとに、買主に帰責事由があるなら使えない、と定められています。代金も、拒めません。引渡しの前の2行目と、同じ結果です。買主に帰責事由があるなら、前でも後でも、救済は使えず、代金も拒めません。

引渡し後の処理表3行目。売主に帰責事由あり。買主が言えること=4つの救済を使える(通知・時効の範囲内)。代金=減額か解除で調整できる。根拠=562条から564条。 図:引渡し後の処理表3行目

  • 売主に帰責事由あり
  • 買主が言えること=4つの救済を使える(通知・時効の範囲内)
  • 代金=減額か解除で調整できる
  • 根拠=562条から564条

3行目、売主に帰責事由がある場合です。引渡しのあとは、前回の4つの救済が、そのまま生きます。損害賠償も、売主に帰責事由があるので、できます。ただし、1年の通知と、消滅時効の範囲の中で、という条件が付きます。代金は、減額か解除で、調整できます。

引渡しの前後の時間軸。履行の提供→受領遅滞→引渡し。引渡しの前=危険は売主(双方無責なら代金は拒める)。履行の提供の後=受領遅滞中の双方に帰責事由がない滅失は、引渡しの後と同じ扱い(567条2項)。引渡しの後=危険は買主。 図:引渡しの前後の時間軸

  • 履行の提供→受領遅滞→引渡し
  • 引渡しの前=危険は売主(双方無責なら代金は拒める)
  • 履行の提供の後=受領遅滞中の双方に帰責事由がない滅失は、引渡しの後と同じ扱い(567条2項)
  • 引渡しの後=危険は買主

2枚の表を、時間の軸に重ねます。引渡しの前は、危険が売主にあります。履行の提供のあと、買主が受け取らないあいだに壊れたなら、その時点から、引渡しのあとと同じ扱いになります。引渡しの後は、危険が買主にあります。読み取りの軸は、3つです。引渡しの前は、誰にも帰責事由がなければ、代金は拒めます。引渡しの後は、拒めません。買主に帰責事由があるなら、前でも後でも、拒めず、救済も使えません。売主に帰責事由があるなら、債務不履行として、救済が生きます。

確かめる

確かめるその1。雨漏りに気づいて1年半後に初めて連絡した。ただし売主は、引渡しの時から雨漏りを知っていた。救済は失われるか。 図:確かめるその1

  • 雨漏りに気づいて1年半後に初めて連絡した
  • ただし売主は、引渡しの時から雨漏りを知っていた
  • 救済は失われるか

事例で確かめます。1つめ。買主が雨漏りに気づいて、1年半後に初めて売主に連絡しました。ただし、売主は引渡しの時から、雨漏りを知っていました。買主は、4つの救済を失うでしょうか?

答えその1。失わない。566条ただし書。ただし、消滅時効(知って5年、引渡しから10年)の範囲内。 図:答えその1

  • 失わない
  • 566条ただし書
  • ただし、消滅時効(知って5年、引渡しから10年)の範囲内

失いません。566条のただし書で、売主が引渡しの時に不適合を知っていたなら、通知がなくても失わないからです。ただし、消滅時効は別に進みますので、その範囲の中で、という条件が付きます。

確かめるその2。10箱のはずが8箱しか届かず、気づいて1年後に言った。言えるか。 図:確かめるその2。10箱のはずが8箱しか届かず、気づいて1年後に言った。言えるか。

2つめ。10箱を買ったのに、8箱しか届きませんでした。買主が気づいてから1年後に、不足の2箱を言いました。まだ言えるでしょうか?

答えその2。言える。数量には566条はかからない。消滅時効(知って5年、引渡しから10年)の範囲内なら言える。 図:答えその2

  • 言える
  • 数量には566条はかからない
  • 消滅時効(知って5年、引渡しから10年)の範囲内なら言える

言えると思います。数量の不適合には566条がかからないので、1年の通知はなくて、時効だけが関わります。時効の範囲内なら、言えます。

確かめるその3。鍵を受け取った翌日、落雷で、売った機械が壊れた。双方に帰責事由はない。買主は何を言えるか。 図:確かめるその3

  • 鍵を受け取った翌日、落雷で、売った機械が壊れた
  • 双方に帰責事由はない
  • 買主は何を言えるか

3つめ。買主が、特定した機械の鍵を受け取った翌日に、落雷でその機械が壊れました。売主にも買主にも帰責事由はありません。買主は、何を言えるでしょうか? 代金は払わなくてよいでしょうか?

答えその3。4つとも不可、代金も拒めない。567条1項。引渡し後の処理表の1行目。 図:答えその3

  • 4つとも不可、代金も拒めない
  • 567条1項
  • 引渡し後の処理表の1行目

何も言えません。4つの救済は使えず、代金も拒めません。引渡しの後の処理表の、1行目です。危険は、引渡しで買主に移っていました。

確かめるその4。売主が約束の日に品物を持参したが、買主が「今日は置き場がない」と受け取りを断った。その晩に火事で焼けた。双方に帰責事由はない。 図:確かめるその4

  • 売主が約束の日に品物を持参したが、買主が「今日は置き場がない」と受け取りを断った
  • その晩に火事で焼けた
  • 双方に帰責事由はない

4つめ。売主が、約束の日に品物を持っていきました。買主は、今日は置き場がない、と受け取りを断りました。その晩、火事で品物が焼けました。売主にも買主にも帰責事由はありません。引渡しの前ですが、買主は代金を拒めるでしょうか?

答えその4。拒めない。4つの救済も使えない。567条2項。413条の2第2項・536条2項前段と同じ結論。 図:答えその4

  • 拒めない
  • 4つの救済も使えない
  • 567条2項
  • 413条の2第2項・536条2項前段と同じ結論

拒めません。受け取りを断っているあいだなので、567条2項で、1項と同じ扱いになります。受け取らないあいだの滅失は、買主の側に回ります。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日の4つの柱。1=1年の通知(566条)。種類・品質だけ。知った時から1年。ただし書は売主の悪意・重過失。2=消滅時効(166条1項)。知って5年か、引渡しから10年。通知とは別。3=危険の移転(567条)。引渡し後の双方に帰責事由がない滅失は、4つの救済も代金拒絶もできない。受領遅滞中も同じ。4=引渡し前・後の処理表。 図:今日の4つの柱

  • 1=1年の通知(566条)
  • 種類・品質だけ
  • 知った時から1年
  • ただし書は売主の悪意・重過失
  • 2=消滅時効(166条1項)
  • 知って5年か、引渡しから10年
  • 通知とは別
  • 3=危険の移転(567条)
  • 引渡し後の双方に帰責事由がない滅失は、4つの救済も代金拒絶もできない
  • 受領遅滞中も同じ
  • 4=引渡し前・後の処理表

今日の話を整理します。1つめ、1年の通知です。種類又は品質の不適合は、知った時から1年以内に通知しないと、4つの救済を失います。売主が引渡しの時に悪意か重過失なら、失いません。数量には、かかりません。2つめ、消滅時効です。知った時から5年か、引渡しから10年かの早いほうで、通知とは別に進みます。3つめ、危険の移転です。引渡しのあとの双方に帰責事由がない滅失では、4つの救済も使えず、代金も拒めません。受領遅滞中も同じです。4つめ、引渡しの前と後の処理表で、原因と時点を、1行ずつ当てはめます。

冒頭の答え合わせ。言える。時計は知った日から。知ってから半年なら、いま通知すれば、4つの救済は残る。ただし、消滅時効は別に進む。 図:冒頭の答え合わせ

  • 言える
  • 時計は知った日から
  • 知ってから半年なら、いま通知すれば、4つの救済は残る
  • ただし、消滅時効は別に進む

冒頭の問いの答えです。Bは、Aに言えます。時計が動くのは、知った日からです。知ってから半年なら、1年以内ですので、いま通知すれば、4つの救済は残ります。ただし、消滅時効は別に進んでいます。期間制限の当てはめと、危険の移転の認定は、論文で論点になりうるところです。

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#252単独ページ動画

権利の契約不適合と他人物売買の責任

第5章 契約 #252/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

傷のない土地に地上権

冒頭の設例の関係図。左が売主A、右が買主B。AはBに更地を売って代金も受け取った。土地そのものに傷はない。ところが、Aが話していなかった第三者Cの地上権が、登記されて付いていて、Cは50年間そこに家を建てて使える。Bは自分の家を建てるつもりだった。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • AはBに更地を売って代金も受け取った
  • 土地そのものに傷はない
  • ところが、Aが話していなかった第三者Cの地上権が、登記されて付いていて、Cは50年間そこに家を建てて使える
  • Bは自分の家を建てるつもりだった

冒頭の問いの答えの方向。物ではなく、権利の側の不適合。565条が4つの救済をそのまま借りてくる。1年の通知は要らず、消滅時効だけ。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 物ではなく、権利の側の不適合
  • 565条が4つの救済をそのまま借りてくる
  • 1年の通知は要らず、消滅時効だけ

先に、答えの方向を言います。この不適合は、物の傷ではなく、買主が手にした権利の側の欠けです。565条が、これまで見てきた4つの救済を、そのまま借りてきます。追完、代金減額、損害賠償、解除です。追完は、欠けを直してもらうこと、代金減額は、代金を下げてもらうことです。そして、1年の通知は要りません。消滅時効だけが、時間の限界になります。ここまでの3回は、渡された物の不適合を見てきました。今日は、売主が移した権利の不適合です。

柱1 権利の不適合とは

1つめの柱の入口。565条の本文と、かっこ書と、準用先(562条=追完、563条=代金減額、564条=損害賠償と解除)。 図:1つめの柱の入口

1つめの柱です。条文は、565条です。条文を出します。

条文民法565条

民法第565条 前三条の規定は、売主が買主に移転した権利が契約の内容に適合しないものである場合(権利の一部が他人に属する場合においてその権利の一部を移転しないときを含む。)について準用する。

3つに分けて読みます。1つめ、前三条の規定は、準用する、とあります。前の3つの条文は、562条、563条、564条です。追完請求、代金減額請求、損害賠償と解除の条文です。つまり565条は、自分で救済を新しく作るのではなく、4つの救済に橋を架けるだけの条文です。2つめ、入口の条件です。売主が買主に移転した権利が、契約の内容に適合しないものである場合、と書いてあります。この、移転した権利、という言葉を、あとで使います。覚えておいてください。3つめ、かっこ書です。権利の一部が他人に属する場合に、その権利の一部を移転しないときも含む、とあります。一部が他人のものだったときも、この条文の中に入る、という意味です。

土地には傷がないのに、どうして不適合になるのですか?契約不適合の見方は、渡された物だけではないからです。物は無傷でも、Bが手にした権利の中身が、契約と違うことがあります。冒頭の土地は、更地として使える所有権を買ったはずなのに、50年間Cが使える地上権が付いていました。物の側ではなく、権利の側が欠けているのです。前に、物の種類、品質、数量とは別に、移した権利の側の欠けがある、と言いました。今日が、その本体です。権利の不適合には、3つの型があります。1つめが、余計な権利が付いている型。2つめが、あるはずの権利が無い型。3つめが、一部を移せない型です。

3つの型。1=余計な権利が付いている(例=更地に他人の地上権。土地に他人の抵当権)。2=あるはずの権利が無い(例=借地上の建物を買ったが、敷地を使う権利が実は無かった)。3=一部を移せない(例=1つの土地の北側が隣人名義で、売主が取得できず移せなかった)。 図:3つの型

  • 1=余計な権利が付いている(例=更地に他人の地上権。土地に他人の抵当権)
  • 2=あるはずの権利が無い(例=借地上の建物を買ったが、敷地を使う権利が実は無かった)
  • 3=一部を移せない(例=1つの土地の北側が隣人名義で、売主が取得できず移せなかった)

1つめ、余計な権利が付いている型です。目的物に、契約の内容に合わない、地上権、地役権、留置権、質権、抵当権などが付いている場合です。冒頭の地上権が、これです。もう1つ、買った土地に、他人の抵当権が付いていた場合も同じです。抵当権は、借金が返されないときに、その土地を競売にかけて回収できる権利です。実行されると、Bは所有権を失うおそれがあります。2つめ、あるはずの権利が無い型です。建物を買ったときに、その建物のために存在するはずの、敷地を使う権利が、実は無かった場合です。たとえば、借地の上の建物を買ったのに、敷地を借りる権利が、実際には存在しなかった。建物は無傷でも、敷地を使えなければ、住めません。使うために必要な権利が欠けているのです。3つめ、一部を移せない型です。一部他人物売買で、売主が、他人に属する一部を移せなかった場合です。たとえば、登記の上で1つの土地を売ったところ、北側の一部が、実は隣人Cの名義でした。売主のAは、それを取得できず、Bに移せませんでした。565条のかっこ書は、この型を指しています。561条のかっこ書も、一部が他人のものである場合を含む、と書いていました。

立ち止まる問い。次の3つは、それぞれ、どの型か。1=買った土地に他人の抵当権が付いていた。2=借地上の建物を買ったら敷地を使う権利が無かった。3=分譲地の一部が他人の土地だった。 図:立ち止まる問い

  • 次の3つは、それぞれ、どの型か
  • 1=買った土地に他人の抵当権が付いていた
  • 2=借地上の建物を買ったら敷地を使う権利が無かった
  • 3=分譲地の一部が他人の土地だった

ここで、立ち止まって考えてください。1つめ、買った土地に他人の抵当権が付いていた。2つめ、借地上の建物を買ったら、敷地を使う権利が無かった。3つめ、分譲地の一部が、他人の土地だった。それぞれ、どの型でしょうか?

答え。1=余計な権利が付いている。2=あるはずの権利が無い。3=一部を移せない。 図:答え。1=余計な権利が付いている。2=あるはずの権利が無い。3=一部を移せない。

1つめは、余計な権利が付いている型です。2つめは、あるはずの権利が無い型です。3つめは、一部を移せない型だと思います。ここで、物差しを1つ足します。基準になるのは、契約の内容です。承知のうえで買った負担は、不適合ではありません。たとえば、地上権が付いていることを前提に、その分安く売る約束だったなら、契約の内容に織り込み済みです。抵当権が付いていることを承知で買った場合も、同じです。契約の内容に、合っているからです。

柱2 全部他人物は別ルート

2つめの柱の入口。全部が他人のものなら、565条は使えるか。 図:2つめの柱の入口。全部が他人のものなら、565条は使えるか。

2つめの柱です。ここで1つ、思い出してください。他人物売買の売主が、約束どおりに権利を移せなかったとき、買主は、何でその責任を追及するのでしたか?売買だけの特別な責任ではなく、一般の債務不履行として処理する、でした。561条を、もう一度出します。

条文民法561条

民法第561条 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

かっこ書に、権利の一部が他人に属する場合も含む、とあります。売主の義務は、全部が他人のものでも、一部が他人のものでも、同じです。その権利を取得して、買主に移転する義務です。ここで、立ち止まって考えてください。権利の全部が他人のものだったとき、565条は使えるでしょうか?

全部他人物と一部他人物の区別。行=全部他人物/一部他人物。列=売主が移せなかったとき/根拠/使える手段。全部他人物=移転した権利が無い/561条の義務の不履行/一般の債務不履行(415条・541条・542条)。一部他人物=移転した権利が合わない/565条/562条から564条の4つの救済。 図:全部他人物と一部他人物の区別。行=全部他人物/一部他人物。列=売主が移せなかったとき/根拠/使える手段。全部他人物=移転した権利が無い/561条の義務の不履行/一般の債務不履行(415条・541条・542条)。一部他人物=移転した権利が合わない/565条/562条から564条の4つの救済。

565条は、移転した権利が契約に合わない場合の条文でした。全部が他人のものなら、権利を何も移せていないので、使えないと思います。表で振り分けます。行は、全部他人物と、一部他人物です。列は、売主が移せなかったとき、根拠、使える手段の、3つです。一部他人物で、一部を移せなかった場合です。売主は、権利の一部は移しています。ただ、その中身が契約と合わない。つまり、移転した権利が、契約の内容に適合しない場合です。根拠は565条で、使える手段は、562条から564条の4つの救済です。全部他人物で、権利を全く移せなかった場合です。移した権利が、そもそも無いのです。565条の入口は、売主が買主に移転した権利が、適合しない場合、でした。移した権利が無ければ、不完全な権利を移した、という前提が立ちません。売主は、履行そのものをしていないのです。根拠は、561条の義務の不履行です。使える手段は、一般の債務不履行になります。たとえ話を置きます。箱詰めの商品を注文したとします。箱を1つも届けないのは、そもそも履行をしていない場合です。箱は届いたけれど、中身が一部足りないのは、届けた物が契約に合っていない場合です。前者は一般の債務不履行、後者は565条、という対応です。

一般の債務不履行の条文。415条1項=損害賠償(売主の帰責事由が要る)。541条=催告による解除。542条1項=催告なしの解除(1号=全部の履行が不能。2号から5号は板で確認)。 図:一般の債務不履行の条文

  • 415条1項=損害賠償(売主の帰責事由が要る)
  • 541条=催告による解除
  • 542条1項=催告なしの解除(1号=全部の履行が不能。2号から5号は板で確認)

実益を、条文から言える範囲で見ます。全部他人物は、一般の債務不履行です。帰責事由とは、契約と取引上の社会通念に照らして、責任を負わせてよい事情があることです。解除は、帰責事由が要りません。権利の全部を移せないと決まれば、履行はもうできません。これが不能です。催告して待っても意味が無いので、催告なしで解除できます。損害賠償は、売主に帰責事由が要ります。415条1項のただし書があるからです。565条も、損害賠償は売主の帰責事由が要ります。564条が、415条を妨げない、と書いているからです。解除、代金減額、追完は、帰責事由は要りません。ここは、前に見た4つの救済と同じ数え方です。違いが出るのは、代金減額です。減額請求は563条の手段で、権利の不適合では、565条を通じてしか使えません。全部他人物は、565条の入口に立てないので、減額の出番がありません。代金から解放されたいなら、解除で足ります。一部他人物では、減額で、残りの部分の代金は払う、という調整ができます。

当てはめ。1=AがCの土地を丸ごと自分のものと偽って売り、移せなかった=全部他人物=一般の債務不履行。2=同じ土地の北側3分の1だけがCの名義だった=一部他人物=565条=4つの救済。 図:当てはめ

  • 1=AがCの土地を丸ごと自分のものと偽って売り、移せなかった=全部他人物=一般の債務不履行
  • 2=同じ土地の北側3分の1だけがCの名義だった=一部他人物=565条=4つの救済

別の設例で、1回当てはめます。1つめ、AがCの土地を、丸ごと自分のものだと偽って、Bに売りました。Aは結局、取得できませんでした。全部他人物で、移転した権利が無い場合です。565条ではなく、一般の債務不履行です。2つめ、同じ土地ですが、北側の3分の1だけがCの名義でした。Aは、残りの3分の2は移せます。一部他人物で、一部を移せない場合です。565条で、4つの救済が使えます。北側の3分の1の分は、代金減額で調整できます。2つを分けたのは、買主が手にした権利です。一部でも移していれば565条、全く移していなければ一般の債務不履行です。全部他人物と一部他人物の振り分けは、論文で論点になりうるところです。

柱3 効果は4つの救済と費用の償還

3つめの柱の入口。4つの救済の一覧(追完請求=562条、代金減額請求=563条、損害賠償請求=564条・415条、解除=564条・541条・542条)。565条は4つを全部借りてくる。条文=562条1項・563条1項・564条(全文)。 図:3つめの柱の入口

  • 4つの救済の一覧(追完請求=562条、代金減額請求=563条、損害賠償請求=564条・415条、解除=564条・541条・542条)
  • 565条は4つを全部借りてくる
  • 条文=562条1項・563条1項・564条(全文)

3つめの柱です。まず、4つの救済です。前の回と同じ並びです。追完請求が562条、代金減額請求が563条、損害賠償請求が564条と415条、解除が564条と541条と542条です。565条は、この4つを全部借りてきます。権利の不適合なら、中身はたとえば、こうなります。追完は、付いている負担を消してもらう、つまり地上権や抵当権を抹消してもらうことです。あるいは、欠けた権利を移してもらうことです。562条の追完は、物なら、直す、代わりを渡す、足りない分を渡す、です。これを権利に当てはめると、余計な負担を消す、足りない権利を移す、になります。代金減額なら、付いていた負担や欠けた分だけ、代金を下げてもらいます。帰責事由の対比も、前の回のままです。損害賠償だけ、売主の帰責事由が要ります。追完、代金減額、解除は要りません。反対に、買主に帰責事由があるときは、追完と代金減額は使えません。562条2項と563条3項が、565条を通じて同じように働きます。解除と損害賠償も、買主の帰責事由で生じた不適合なら認められないことは、前の回で見たとおりです。もう1つ、権利の不適合のときは、4つの救済と並んで、別の道があります。担保物権が付いていた不動産の場合の、費用の償還です。条文を出します。

条文民法570条

民法第570条 買い受けた不動産について契約の内容に適合しない先取特権、質権又は抵当権が存していた場合において、買主が費用を支出してその不動産の所有権を保存したときは、買主は、売主に対し、その費用の償還を請求することができる。

順に読みます。対象は、不動産です。付いていたのは、先取特権、質権、抵当権という担保物権です。それが、契約の内容に適合しないものでした。買主が、費用を出して、その不動産の所有権を保存しました。すると、売主に、その費用の償還を請求できます。担保物権が付いていた不動産の買主を、守る条文です。注意してください。これは、損害賠償とは別の請求です。570条の文言に、帰責事由はありません。4つの救済のうちの損害賠償と並ぶ道で、帰責事由の話に混ぜないでください。なぜ帰責事由が要らないのか。買主が払ったのは、本来は売主の側で消しておくべき負担です。それを買主が代わりに片づけたので、かかった分を戻してもらう、という仕組みだからです。

所有権を保存する代表的な3つの手段。1=被担保債権を自分で払う(第三者弁済・474条1項)。2=抵当権者の求めに応じて代価を弁済する(代価弁済・378条)。3=買主の側から言い出して抵当権を消す(抵当権消滅請求・379条)。 図:所有権を保存する代表的な3つの手段

  • 1=被担保債権を自分で払う(第三者弁済・474条1項)
  • 2=抵当権者の求めに応じて代価を弁済する(代価弁済・378条)
  • 3=買主の側から言い出して抵当権を消す(抵当権消滅請求・379条)

所有権を保存する代表的な手段を、3つ挙げます。どれも、前に見た仕組みです。1つめは、被担保債権を自分で払って、抵当権を消す道です。第三者弁済で、474条です。抵当不動産を買った買主は、弁済について正当な利益のある側です。抵当権が実行されれば、自分の土地を失う立場だからです。債務者の意思に反しても、有効に弁済できます。2つめは、抵当権者の求めに応じて、代価を弁済する道です。代価弁済で、378条です。抵当権者の請求に応じて代価を払うと、抵当権は、買主のために消滅します。3つめは、買主の側から言い出す道です。抵当権消滅請求で、379条です。いずれも、買主が自腹で、担保を消すやり方です。570条は、抵当権のほか、先取特権と質権にも同じように働きます。条文が挙げる、この3つの担保物権に広げる、とだけ押さえてください。前に見たとおり、代金を払う前なら、買主は払いを拒めます。ただ、払ってしまったあとや、自腹で片づけたあとは、その費用を、570条で取り返す、という整理になります。

570条の手段の関係図。B(買主)が抵当権者Dに200万円を払う。Dの抵当権が消える。BがA(売主)に200万円の償還を請求する。 図:570条の手段の関係図

  • B(買主)が抵当権者Dに200万円を払う
  • Dの抵当権が消える
  • BがA(売主)に200万円の償還を請求する

設例で見ます。BがAから買った土地に、Aの借金の担保として、Dの抵当権が付いていました。実行されそうになったので、BがDに200万円を払って、抵当権を消しました。BはAに、200万円の償還を請求できます。570条です。権利の不適合の救済と、570条の使い分けは、論文で論点になりうるところです。

柱4 1年の通知がかからない

4つめの柱の入口。565条が準用するのは前三条(562条から564条)だけ。566条は含まれない。 図:4つめの柱の入口

  • 565条が準用するのは前三条(562条から564条)だけ
  • 566条は含まれない

4つめの柱です。ここで1つ、思い出してください。566条の1年の通知は、種類又は品質の不適合と、数量の不適合のうち、どちらにかかるのでしたか?種類又は品質の不適合にかかります。数量の不適合には、かかりませんでした。前回、権利の不適合も、566条の対象外だと言いました。今日は、その理由です。条文を、もう一度出します。

条文民法566条

民法第566条 売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。

566条の対象は、種類又は品質だけです。そして、565条が準用するのは、前三条、つまり562条、563条、564条だけです。566条は、準用の中に含まれていません。条文の構造から、権利の不適合には、1年の通知がかからないのです。趣旨からも言えます。前回見たとおり、1年の通知があるのは、引き渡した売主に、もう終わったという期待が生じ、時間がたつと、元からの傷か使ったせいかを見分けにくくなるからでした。数量は、届いた日に数えれば分かるので、この2つが当てはまりません。権利も、同じです。1つめ、売主には、履行は終わった、という期待が生じにくいことです。自分が権利を移せたかどうかは、売主が自分で知りうるからです。2つめ、時間がたって、不適合の有無を判断しにくくなるわけでもないことです。権利の有無は、登記簿などで確かめられます。ですから、通知で救済を失わせる仕組みは、当てはまりにくいのです。

1年の通知がかかる範囲。種類・品質=かかる。数量・権利=かからない。全員=消滅時効(166条1項=知った時から5年、行使できる時から10年。先に満了したほうで完成)。条文=166条1項(全文)。 図:1年の通知がかかる範囲

  • 種類・品質=かかる
  • 数量・権利=かからない
  • 全員=消滅時効(166条1項=知った時から5年、行使できる時から10年。先に満了したほうで完成)
  • 条文=166条1項(全文)

では、何でいつまで言えるのか。消滅時効だけです。166条1項で、知った時から5年、権利を行使できる時から10年で、先に満了したほうで完成します。冒頭の設例に戻ります。Bが、地上権を知って、2年たってから初めて売主に言いました。1年の通知の関門は、ありません。消滅時効の範囲内なら、言えます。知った時から5年の内側です。次に、品質の不適合と権利の不適合の境目にある話です。前に、法令上の制限を見ました。たとえば、買った土地が都市計画で道路の予定地に入っていて、家を建てられない場合です。これを、品質の不適合と見るか、権利の不適合と見るか。この区別に、実益はあるのでしょうか。実益は、566条がかかるかどうか、だけです。品質と見れば、1年の通知があります。権利と見れば、1年の通知はありません。4つの救済など、そのほかの点は、どちらで見ても違いません。答案は、前に見た判例の流れに沿って、品質の不適合として書くのが素直です。

応用 敷地の欠陥と賃借権付きの建物

応用の設例の関係図。左が売主A、右が買主B。AはBに、借地上の建物と敷地の賃借権を売った。敷地の水はけが悪く、雨のたびに地面がぬかるむ。敷地の貸主は地主E。 図:応用の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • AはBに、借地上の建物と敷地の賃借権を売った
  • 敷地の水はけが悪く、雨のたびに地面がぬかるむ
  • 敷地の貸主は地主E

応用です。権利の不適合の外縁として、敷地の話を見ます。設例です。売主のAが、買主のBに、借地の上の建物と、敷地の賃借権を売りました。敷地は地主Eから借りています。ところが、敷地の水はけが悪く、雨のたびに地面がぬかるみます。BはAに、売主の責任を言えるでしょうか?参考になる判例があります。ただし、この判例は旧法の下のものです。当時の言葉で、欠陥のことを、瑕疵と言いました。売主の責任も、瑕疵担保責任という名前でした。その言葉のまま、読みます。

判例最判平3・4・2 民集45巻4号349頁

建物と敷地の賃借権の売買と敷地の欠陥 建物とその敷地の賃借権とが売買の目的とされた場合において、右敷地についてその賃貸人において修繕義務を負担すべき欠陥が右売買契約当時に存したことがその後に判明したとしても、右売買の目的物に隠れた瑕疵があるということはできない。けだし、右の場合において、建物と共に売買の目的とされたものは、建物の敷地そのものではなく、その賃借権であるところ、敷地の面積の不足、敷地に関する法的規制又は賃貸借契約における使用方法の制限等の客観的事由によって賃借権が制約を受けて売買の目的を達することができないときは、建物と共に売買の目的とされた賃借権に瑕疵があると解する余地があるとしても、賃貸人の修繕義務の履行により補完されるべき敷地の欠陥については、賃貸人に対してその修繕を請求すべきものであって、右敷地の欠陥をもって賃貸人に対する債権としての賃借権の欠陥ということはできないから、買主が、売買によって取得した賃借人たる地位に基づいて、賃貸人に対して、右修繕義務の履行を請求し、あるいは賃貸借の目的物に隠れた瑕疵があるとして瑕疵担保責任を追求することは格別、売買の目的物に瑕疵があるということはできないのである。

判旨の読み方。売買の目的は敷地そのものではなく賃借権。賃貸人の修繕義務で補う敷地の欠陥は、賃貸人に修繕を請求するもので、賃借権の欠陥ではない。ただし、敷地の面積の不足・法的規制・使用方法の制限などで賃借権が制約されて目的を達しないときは、賃借権に瑕疵がある余地。 図:判旨の読み方

  • 売買の目的は敷地そのものではなく賃借権
  • 賃貸人の修繕義務で補う敷地の欠陥は、賃貸人に修繕を請求するもので、賃借権の欠陥ではない
  • ただし、敷地の面積の不足・法的規制・使用方法の制限などで賃借権が制約されて目的を達しないときは、賃借権に瑕疵がある余地

判旨は、2つに分かれます。原則と、その例外です。まず原則です。売買の目的は、敷地そのものではなく、敷地の賃借権です。敷地に、賃貸人が直す義務を負う欠陥があっても、それは賃借権の欠陥ではありません。賃貸人に、直してほしい、と求めるべきものです。ただし判旨は、敷地の面積の不足や、法律上の規制、使用方法の制限などで、賃借権そのものが制約を受けて、目的を達しないときは、賃借権に瑕疵がある余地も認めています。なぜ、賃借権の欠陥ではないのか。ここまでと同じく、Bが手にした権利を見ます。Bが手にした賃借権には、地主に直してもらう力が、もともと含まれています。その力ごと移っているので、権利としては欠けていない、という見方です。

敷地の欠陥の関係図。A(売主)→B(買主)に建物と賃借権を売る。地主E(賃貸人)にBが修繕を請求する。賃貸人の修繕義務(606条1項)。条文=606条1項(全文)。 図:敷地の欠陥の関係図

  • A(売主)→B(買主)に建物と賃借権を売る
  • 地主E(賃貸人)にBが修繕を請求する
  • 賃貸人の修繕義務(606条1項)
  • 条文=606条1項(全文)

設例のBは、賃借人の立場を引き継いでいます。ですから、賃貸人のEに、修繕を求める道があります。賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負うからです。606条1項です。賃貸人の修繕義務は、別の回で見ます。では、現行法ではどう書くか。答案の筋は1本です。水はけのような敷地の欠陥は、権利の不適合ではなく、地主に直してもらう話として書きます。賃借権そのものは欠けていない、というこの判例の見方が、現行法の下でも参考にされると考えられているからです。ただ、建物を使うには敷地が欠かせないので、敷地の欠陥を、建物の品質の不適合と見る見解もあります。現行法の判例は、まだ確立していません。ですから、答案では、判例の筋で、地主に修繕を求める道を本線に書きます。そのうえで、建物の品質の不適合と見る見解もある、と一言添えれば足ります。

確かめる

確かめるその1。買った土地に他人の抵当権の登記があった。買主は自分で被担保債権を払って抵当権を消した。売主に何が言えるか。 図:確かめるその1

  • 買った土地に他人の抵当権の登記があった
  • 買主は自分で被担保債権を払って抵当権を消した
  • 売主に何が言えるか

事例で確かめます。1つめ。買った土地に、他人の抵当権の登記がありました。Bは自分で、被担保債権を払って、抵当権を消しました。Bは、売主に何を言えるでしょうか?

答えその1。余計な権利が付いている型。570条で費用の償還を請求できる。 図:答えその1。余計な権利が付いている型。570条で費用の償還を請求できる。

余計な権利が付いている型の権利の不適合です。570条で、費用の償還を売主に請求できます。損害賠償とは別の道で、帰責事由は要りません。

確かめるその2。10区画の分譲地のうち2区画が他人の土地で、売主が取得できず移せなかった。 図:確かめるその2

2つめ。10区画の分譲地のうち、2区画が他人の土地で、売主が取得できず、移せませんでした。どの条文で、何が言えるでしょうか?

答えその2。一部他人物。565条で4つの救済。2区画分の代金減額が効く。 図:答えその2。一部他人物。565条で4つの救済。2区画分の代金減額が効く。

一部他人物なので、565条により4つの救済が使えます。その2区画分の代金減額が効きます。残りの8区画の代金は、払う調整になります。

確かめるその3。売主が他人の土地を丸ごと売り、結局取得できず移せなかった。 図:確かめるその3。売主が他人の土地を丸ごと売り、結局取得できず移せなかった。

3つめ。売主が、他人の土地を丸ごと売りました。結局、取得できず、移せませんでした。どの条文で、何が言えるでしょうか?

答えその3。全部他人物。565条ではなく一般の債務不履行。解除は帰責事由不要。損害賠償は売主の帰責事由が要る。 図:答えその3

  • 全部他人物
  • 565条ではなく一般の債務不履行
  • 解除は帰責事由不要
  • 損害賠償は売主の帰責事由が要る

全部他人物なので、565条ではなく、一般の債務不履行です。解除は帰責事由が要らず、損害賠償は帰責事由が要ります。不能ですので、催告なしで解除できます。

確かめるその4。土地に他人の地上権が付いているのを知ってから2年たって初めて売主に言った。 図:確かめるその4

4つめ。土地に他人の地上権が付いているのを知ってから、2年たって初めて、売主に言いました。まだ言えるでしょうか?

答えその4。言える。権利の不適合に1年の通知はない。消滅時効(知って5年)の範囲内。 図:答えその4

  • 言える
  • 権利の不適合に1年の通知はない
  • 消滅時効(知って5年)の範囲内

言えます。権利の不適合には、あの1年の通知がありません。消滅時効の、知った時から5年の範囲内です。時効の範囲内なら、言えます。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日の4つの柱。1=権利の不適合とは(余計な権利が付いている/あるはずの権利が無い/一部を移せない)。2=全部他人物は別ルート(移転した権利が有るか無いか)。3=効果(4つの救済と費用の償還)。4=1年の通知がかからない(消滅時効だけ)。 図:今日の4つの柱

  • 1=権利の不適合とは(余計な権利が付いている/あるはずの権利が無い/一部を移せない)
  • 2=全部他人物は別ルート(移転した権利が有るか無いか)
  • 3=効果(4つの救済と費用の償還)
  • 4=1年の通知がかからない(消滅時効だけ)

今日の話を整理します。1つめ、権利の不適合とは、売主が移した権利が、契約の内容に合わないことです。余計な権利が付いている、あるはずの権利が無い、一部を移せない、の3つの型があります。2つめ、全部他人物は別ルートです。移転した権利が無いので、565条ではなく、一般の債務不履行です。一部他人物は、565条です。3つめ、効果です。565条が、4つの救済をそのまま借りてきます。さらに、担保物権を自腹で消したときは、570条で費用の償還を請求できます。4つめ、1年の通知はかかりません。消滅時効だけです。法令上の制限を、品質と見るか、権利と見るかの実益は、1年の通知がかかるかどうか、だけでした。

冒頭の答え合わせ。物ではなく、権利の側の不適合。565条で4つの救済がそのまま使える。1年の通知は要らず、消滅時効だけ。 図:冒頭の答え合わせ

  • 物ではなく、権利の側の不適合
  • 565条で4つの救済がそのまま使える
  • 1年の通知は要らず、消滅時効だけ

冒頭の問いの答えです。Bは、Aに言えます。地上権は、物の傷ではなく、権利の不適合です。565条で、追完、代金減額、損害賠償、解除の4つが使えます。1年の通知は要らず、消滅時効が完成するまでは、言えます。

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#253単独ページ動画

競売の担保責任と免責特約・交換

第5章 契約 #253/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

現状のままの中古住宅

冒頭の設例の関係図。左が売主A、右が買主B。AはBに築年数の古い中古住宅を売った。契約書には「現状のまま引き渡す。売主は一切責任を負わない」と書いてある。入居後、床下にシロアリの被害が見つかった。Aは売る前から被害を知っていたが、Bには何も言っていなかった。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B
  • AはBに築年数の古い中古住宅を売った
  • 契約書には「現状のまま引き渡す。売主は一切責任を負わない」と書いてある
  • 入居後、床下にシロアリの被害が見つかった
  • Aは売る前から被害を知っていたが、Bには何も言っていなかった

冒頭の問いの答えの方向。免責の特約は有効。ただし知りながら告げなかった事実には使えない(572条)。4つの救済が使える。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 免責の特約は有効
  • ただし知りながら告げなかった事実には使えない(572条)
  • 4つの救済が使える

先に、答えの方向を言います。責任を負わない旨の特約は、原則として有効です。ただし、売主が知っていて黙っていた事実には、その特約を使えません。条文で言える結論です。ですから、Bは追完、代金減額、損害賠償、解除という4つの救済を、Aに言えます。理由と中身は、後半で条文を読みながら見ます。前回までに、4つの救済と、権利の不適合まで見ました。今日は、その4つの救済が、場面によって削られたり、合意で外されたりする話です。最初は、競売で買った家の場合から入ります。

柱1 競売で買ったら

1つめの柱の入口。競売=抵当権の実行など。債務者の意思によらず強制的に売られる。競売で買った人=買受人。 図:1つめの柱の入口

  • 競売=抵当権の実行など
  • 債務者の意思によらず強制的に売られる
  • 競売で買った人=買受人

1つめの柱の前に、前回までの復習です。4つの救済のうち、追完請求と代金減額請求のほかの2つは、何だったでしょうか?損害賠償請求と、解除です。この4つが、競売でどうなるかを見ます。競売には、抵当権の実行のほか、判決などを取った債権者が申し立てる強制競売もあります。条文の競売は、民事執行法などに基づく競売全部です。ここでは、抵当権の実行で見ます。抵当権は、借金が返されないときに、土地を競売にかけて回収できる権利でした。競売にかけられた不動産を、買って落札する人を、買受人と言います。競売で買った人、のことです。売る側は、元の所有者で、債務者です。普通の売買と違うのは、債務者が自分の意思で売るのではないことです。借金を返せず、強制的に売られます。この違いが、全部の出発点になります。設例です。債務者Aの中古の一戸建てが競売にかかり、買受人のBが落札して、代金を納めました。なお、この図では左のAは売主ではなく債務者です。入居後に、2つのことが分かりました。1つめは、雨漏りです。2つめは、競売の物件情報にあった面積より、土地が狭かったことです。1つめと2つめで、扱いが違います。

競売の設例の関係図。左が債務者A、右が買受人B。Aの一戸建てが競売にかかり、Bが落札して代金を納めた。入居後、雨漏りと、面積不足が見つかった。 図:競売の設例の関係図

  • 左が債務者A、右が買受人B
  • Aの一戸建てが競売にかかり、Bが落札して代金を納めた
  • 入居後、雨漏りと、面積不足が見つかった

条文を出します。568条です。

条文民法568条

民法第568条 1 民事執行法その他の法律の規定に基づく競売(以下この条において単に「競売」という。)における買受人は、第五百四十一条及び第五百四十二条の規定並びに第五百六十三条(第五百六十五条において準用する場合を含む。)の規定により、債務者に対し、契約の解除をし、又は代金の減額を請求することができる。 2 前項の場合において、債務者が無資力であるときは、買受人は、代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の全部又は一部の返還を請求することができる。 3 前二項の場合において、債務者が物若しくは権利の不存在を知りながら申し出なかったとき、又は債権者がこれを知りながら競売を請求したときは、買受人は、これらの者に対し、損害賠償の請求をすることができる。 4 前三項の規定は、競売の目的物の種類又は品質に関する不適合については、適用しない。

568条を項ごとに分解した板。1項=解除・代金減額(債務者に対して)。2項=債務者が無資力なら、配当を受けた債権者に返還請求。3項=損害賠償は例外だけ。4項=種類又は品質の不適合には適用しない。 図:568条を項ごとに分解した板

  • 1項=解除・代金減額(債務者に対して)
  • 2項=債務者が無資力なら、配当を受けた債権者に返還請求
  • 3項=損害賠償は例外だけ
  • 4項=種類又は品質の不適合には適用しない

4つの項に分けて読みます。1項は、買受人が使える救済です。541条と542条は、解除の条文です。563条は、代金減額の条文です。これらによって、債務者に対し、解除か代金減額を請求できる、とあります。なお、権利の不適合の場合は、565条が563条を準用するので、同じように使えます。ここで、追完の562条が挙がっていないことに注目してください。競売では、追完は認められません。2項は、債務者が無資力のときです。無資力とは、お金がなくて、返せない状態のことです。その場合、買受人は、代金の配当を受けた債権者に対して、代金の全部または一部の返還を請求できます。この流れは、あとで図で見ます。3項は、損害賠償です。債務者が、物や権利が無いことを知りながら申し出なかったとき、または債権者が、それを知りながら競売を請求したときに限って、損害賠償を請求できます。4項は、最も大きな削りです。競売の目的物の種類または品質に関する不適合には、前の3項が適用されません。品質については、4つとも使えないということです。

立ち止まる問い。競売で買った家に雨漏りがあった。追完・代金減額・損害賠償・解除の4つのうち、どれが使えるか。 図:立ち止まる問い

  • 競売で買った家に雨漏りがあった
  • 追完・代金減額・損害賠償・解除の4つのうち、どれが使えるか

ここで、立ち止まって考えてください。競売で買った家に、雨漏りがありました。追完、代金減額、損害賠償、解除の4つのうち、どれが使えるでしょうか?

答え。雨漏りは品質の不適合。568条4項で、4つとも使えない。 図:答え。雨漏りは品質の不適合。568条4項で、4つとも使えない。

品質の不適合になりますから、568条4項で、どれも使えないと思います。では、整理します。行は、種類・品質、数量、権利の3つです。列は、4つの救済です。

競売の表(主役)。行=種類・品質/数量/権利。列=追完/代金減額/損害賠償/解除。種類・品質=4つとも×(4項)。数量・権利=追完×/代金減額○/損害賠償△(3項の場合だけ)/解除○。脚注=減額・解除は債務者に言う。債務者が無資力なら配当を受けた債権者に返還請求。 図:競売の表(主役)。行=種類・品質/数量/権利。列=追完/代金減額/損害賠償/解除。種類・品質=4つとも×(4項)。数量・権利=追完×/代金減額○/損害賠償△(3項の場合だけ)/解除○。脚注=減額・解除は債務者に言う。債務者が無資力なら配当を受けた債権者に返還請求。

種類と品質の行は、4つとも×です。数量と権利の行は、追完が×、代金減額が○、損害賠償が三角、解除が○です。三角は、3項の場合だけ認められる、という意味です。減額と解除は、債務者に言います。債務者が無資力なら、配当を受けた債権者に返還を請求します。競売の値段は、買う人が現況を見たうえで付けるからです。傷みや古さを織り込んで、入札するのが前提の手続です。後から品質が悪いと言えるなら、その値の付け方が崩れます。一方、数量や権利は、現況を見ても分からない部分です。それが違えば、買った前提が崩れるので、解除と減額は残すと説明されます。

追完と損害賠償が原則ないのは、なぜですか?売却が、債務者の意思に関係なく、強制的に行われるからです。自分の意思で売ったわけではない債務者に、直す義務や、損害を賠償する義務まで負わせるのは酷です。そこで、減額と解除に絞られています。損害賠償が出るのは、債務者や債権者が知っていて黙っていたような、非難されるべき場面だけです。

配当を受けた債権者への返還の関係図。左が債務者A(無資力)、右が買受人B、下が配当を受けた債権者C。Bの代金は、Cら債権者への配当に回り、Aの手元には残っていない。BがAに減額分の返還を求めても取れない。そこで、2項でCに請求する。解除なら代金の全部、減額なら一部。 図:配当を受けた債権者への返還の関係図

  • 左が債務者A(無資力)、右が買受人B、下が配当を受けた債権者C
  • Bの代金は、Cら債権者への配当に回り、Aの手元には残っていない
  • BがAに減額分の返還を求めても取れない
  • そこで、2項でCに請求する
  • 解除なら代金の全部、減額なら一部

2項の流れを、図で見ます。Bが納めた代金は、Aの手元に残っていません。借金を返すために、Cら債権者への配当に回っています。Aは無資力です。ですから、Aに代金や減額分を戻してほしいと言っても、取れません。そこで条文は、配当を受けた債権者に、直接請求する道を足しました。解除なら代金の全部、代金減額なら一部です。設例に当てはめます。雨漏りは、品質の不適合です。4項によって、救済はありません。土地が狭かったのは、数量の不適合です。Bは、債務者のAに、代金の減額か、解除を言えます。Aが無資力なら、配当を受けた債権者のCに、返還を請求します。損害賠償は、Aが不存在を知りながら申し出なかったときなど、3項の場合だけです。競売で、どの救済が残るかは、論文で論点になりうるところです。

柱2 債権を買ったら

2つめの柱の入口。債権譲渡の契約の中身が売買なら、債権の売主(譲渡人)と買主(譲受人)の関係になる。債権があるかどうかは別の話。今回の問いは、債務者が払えるか。 図:2つめの柱の入口

  • 債権譲渡の契約の中身が売買なら、債権の売主(譲渡人)と買主(譲受人)の関係になる
  • 債権があるかどうかは別の話
  • 今回の問いは、債務者が払えるか

2つめの柱です。債権譲渡では、債権者が替わります。その契約の中身が売買なら、債権の売主と買主の関係になります。売主が譲渡人、買主が譲受人です。区別すべきことが1つあります。今回は、債権は確かに有る前提で、債務者が払ってくれるかどうか、つまり債務者の資力を問題にします。

債権の売買の設例の関係図。左が売主A、右が買主B、上が債務者D。AはBに、Dに対する額面100万円の貸金債権を80万円で売った。後でDが無資力と分かり、ほとんど回収できなかった。 図:債権の売買の設例の関係図

  • 左が売主A、右が買主B、上が債務者D
  • AはBに、Dに対する額面100万円の貸金債権を80万円で売った
  • 後でDが無資力と分かり、ほとんど回収できなかった

原則として、Bは、Aに責任を言えません。債権の売主は、債務者の資力まで、当然には担保しないからです。Bは、80万円という割引価格で買っています。回収できないかもしれないリスクは、買う側が引き受けて、値段を決めたのです。額面より安いのは、そのためです。ただし、売主が資力を担保した場合は別です。条文を出します。569条です。

条文民法569条

民法第569条 1 債権の売主が債務者の資力を担保したときは、契約の時における資力を担保したものと推定する。 2 弁済期に至らない債権の売主が債務者の将来の資力を担保したときは、弁済期における資力を担保したものと推定する。

569条の板。原則=債務者の資力は担保しない。担保したとき=契約の時の資力と推定(1項)。弁済期前の債権で将来の資力を担保=弁済期の資力と推定(2項)。 図:569条の板

  • 原則=債務者の資力は担保しない
  • 担保したとき=契約の時の資力と推定(1項)
  • 弁済期前の債権で将来の資力を担保=弁済期の資力と推定(2項)

資力を担保した、とは、売主が、債務者は払える、と保証する約束をしたということです。その約束があるときに、いつの資力を保証したのかが、曖昧になりがちです。条文は、それを補います。1項は、契約の時の資力を担保したものと推定します。2項は、弁済期前の債権について、将来の資力を担保したときは、弁済期における資力を担保したものと推定します。推定ですから、反対の事情を示せば覆せます。設例で言えば、Aが「Dは必ず払える」と保証していたとします。契約の時に、Dがすでに無資力だったなら、Aは責任を負います。弁済期がまだ先の債権で、Aが将来の資力を保証していたなら、弁済期の資力が基準です。保証がなければ、Dが払えなくても、Aは責任を負いません。

柱3 免責の特約と、その限界

3つめの柱の入口。冒頭の中古住宅(シロアリ・特約・Aは知っていた)。特約はどこまで効くか。 図:3つめの柱の入口

  • 冒頭の中古住宅(シロアリ・特約・Aは知っていた)
  • 特約はどこまで効くか

3つめの柱です。この回の主役です。冒頭の中古住宅に戻ります。まず、特約の効力です。売主の責任の規定は、当事者の合意で変えられる、任意規定です。契約自由の原則から、責任を負わない旨の特約、つまり免責の特約は、原則として有効です。売主は、リスクを買主に移す代わりに、値段を下げられます。この合意は、普通に意味があります。問題は、その限界です。条文を出します。572条です。

条文民法572条

民法第572条 売主は、第五百六十二条第一項本文又は第五百六十五条に規定する場合における担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実及び自ら第三者のために設定し又は第三者に譲り渡した権利については、その責任を免れることができない。

572条の分解板。特約=562条1項本文(物の不適合)又は565条(権利の不適合)の場合の担保の責任を負わない旨。免れない2つ=1知りながら告げなかった事実/2自ら第三者のために設定し又は第三者に譲り渡した権利。 図:572条の分解板

  • 特約=562条1項本文(物の不適合)又は565条(権利の不適合)の場合の担保の責任を負わない旨
  • 免れない2つ=1知りながら告げなかった事実/2自ら第三者のために設定し又は第三者に譲り渡した権利

順に読みます。前半は、担保の責任を負わない旨の特約をしたときでも、とあります。562条1項本文は、物の契約不適合の場合です。565条は、権利の不適合の場合です。つまり、どちらの責任についても、免責の特約を入れられる、という前提です。後半に、免れない2つがあります。1つめが、知りながら告げなかった事実です。2つめが、自ら第三者のために設定し、または第三者に譲り渡した権利です。1つめから見ます。冒頭の設例です。シロアリの被害を、Aは知っていて、Bには告げませんでした。知りながら告げなかった事実です。ですから、免責の特約があっても、Aは責任を免れません。告げてあれば、Bは承知で買ったことになり、契約の内容の問題になります。告げなかったから、免れないのです。前に見た566条ただし書と、語が少し違います。1年の通知のただし書は、売主が引渡しの時に、不適合を知っていた場合、または重大な過失で知らなかった場合に、通知がなくても4つの救済を失わない、つまり失権しない、というものでした。572条は、知りながら告げなかった、が要件です。重大な過失で知らなかった場合までは、含まれません。

566条の板(全文の再掲)。種類又は品質の不適合は、知った時から1年以内の通知。ただし、売主が引渡しの時に不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは通知不要。 図:566条の板

  • 全文の再掲
  • 種類又は品質の不適合は、知った時から1年以内の通知。ただし、売主が引渡しの時に不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは通知不要。

ここで、前回までの復習です。売主が引渡しの時に、不適合を知っていたとき、1年の通知は必要だったでしょうか?必要ありません。566条のただし書で、通知しなくても失権しません。冒頭の設例のAは、引渡しの時に、シロアリを知っていました。ですから、Bは1年の通知をしていなくても、失権しません。免責の特約でも、1年の通知でも、知っていて黙っていた売主は、守られないということです。冒頭の問いの答えです。Bは、特約があっても、Aに責任を言えます。572条です。使えるのは、追完として修繕、代金減額、損害賠償、解除の4つです。損害賠償は、売主の帰責事由が必要でした。知っていて黙っていたのですから、通常は帰責事由が認められます。

冒頭の答え合わせ。免責の特約があっても、知りながら告げなかった事実には使えない(572条)。4つの救済が使える。損害賠償は売主の帰責事由が必要(知っていて黙っていたので通常は認められる)。1年の通知も、売主が引渡しの時に知っていたので失権しない。 図:冒頭の答え合わせ

  • 免責の特約があっても、知りながら告げなかった事実には使えない(572条)
  • 4つの救済が使える
  • 損害賠償は売主の帰責事由が必要(知っていて黙っていたので通常は認められる)
  • 1年の通知も、売主が引渡しの時に知っていたので失権しない

2つめに進む前に、立ち止まって考えてください。売主が、自分の借金の担保として、売る前に抵当権を設定していたのを、黙って売りました。免責の特約付きです。この特約は、効くでしょうか?

2つめの例の板。設定=売主Aが売る前に自分の借金の担保として、土地に第三者Cのために抵当権を設定していた。譲渡=売主Aが、売る土地の北側部分を、先にCに譲り渡していたのに、全体をBに売った。どちらも免責の特約付きでも免れない。 図:2つめの例の板

  • 設定=売主Aが売る前に自分の借金の担保として、土地に第三者Cのために抵当権を設定していた
  • 譲渡=売主Aが、売る土地の北側部分を、先にCに譲り渡していたのに、全体をBに売った
  • どちらも免責の特約付きでも免れない

黙っていたことだけを見れば1つめですが、売主が自分で設定した権利なので、2つめに当たると思います。特約は効かない、と考えます。2つめは、売主が自分でしたことの結果です。具体例を2つ挙げます。1つめは、設定です。売主のAが、売る前に、自分の借金の担保として、第三者Cのために土地に抵当権を設定していた場合です。前回の、余計な権利が付いている型です。2つめは、譲渡です。売主のAが、売る土地の北側部分を、先にCに譲り渡していたのに、全体をBに売った場合です。前回の、一部を移せない型です。どちらも、免責の特約があっても、Aは責任を免れません。1つめとの違いは、知っていたかどうかではないことです。Aが自分でした行為の結果なので、知らなかったという言い訳も通りません。

特約が有効なのは、売主が知らない、あるいは予想できないリスクを、値段と引き換えに買主へ移す合意だからです。知っていて黙っていたり、自分で権利を設定、譲渡したりしたことまで買主に押し付けるのは、その枠を超えます。そこだけ責任を負わない、という約束は、信義に反します。1条2項の信義則の発想です。

消費者契約法8条1項。次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項。 図:消費者契約法8条1項

  • 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする
  • 一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項

1つ、付け加えます。前に見た消費者契約法は、取消しを認める法律でした。同じ法律は、事業者の損害賠償の責任を全部免除する条項そのものも、無効にします。売主が事業者で、買主が消費者の売買では、免責の特約を入れても、別の法律で制限が入りえます。個別法ですから、内容を暗記する必要はありません。ここでは、事業者の損害賠償の責任を全部免除する条項は無効、と骨格だけ押さえてください。

錯誤との関係の板。欠陥のある家を買った買主=欠陥がないと思って買った勘違いでもある。契約不適合責任(4つの救済)と、錯誤取消し(95条)。どちらを主張できるか。95条1項2号・2項。 図:錯誤との関係の板

  • 欠陥のある家を買った買主=欠陥がないと思って買った勘違いでもある
  • 契約不適合責任(4つの救済)と、錯誤取消し(95条)
  • どちらを主張できるか
  • 95条1項2号・2項

続いて、錯誤との関係です。欠陥のある家を買った買主は、欠陥はないと思って買った、という勘違いをした人でもあります。前に見た、基礎事情の錯誤です。95条1項2号は、表意者が法律行為の基礎とした事情についての認識が、真実に反する錯誤を取消しの対象にしています。ただし2項によって、その事情が法律行為の基礎とされていることが、表示されていたときに限ります。

95条の板(全文)。1項=意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤。二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤。2項=前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。3項=錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。 図:95条の板

  • 全文
  • 1項=意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤。二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤。2項=前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。3項=錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

設例に当ててみます。買主は、欠陥のない家だという前提で、それに見合う値段を払い、売主もその値段で受け取っています。欠陥のない家という前提は、契約の内容として、値段にも表れています。表示は、黙示でも足りるのでした。ですから、2項の表示はあると言える場合が多いのです。あとは、その勘違いが重要なもので、買主に重大な過失がなければ、取り消せる余地があります。すると、契約不適合責任と錯誤取消しの要件が、どちらも満たされることがあります。そのとき、どちらを主張してもよいのか。現行法の整理では、買主がどちらでも選べるとする見解が有力です。もっとも、争いがあります。選べるとすると、契約不適合責任の期間制限である1年の通知を、錯誤取消しで逃れられてしまうのではないか、と考える見解もあるからです。旧法の下の判例を1つ、参考に見ます。前回も見たとおり、当時の言葉で、欠陥のことを瑕疵と言い、売主の責任は、瑕疵担保責任という名前でした。この事案は、売買ではありません。支払うべき金額をめぐる争いを、訴訟上の和解で収め、お金の代わりに、品質の良い苺ジャムを渡すと決めたところ、粗悪品だった、という事案です。錯誤を主張したのは、ジャムを受け取った側です。代物弁済とは、お金の代わりに、別の物で払うことです。

判例最判昭33・6・14 民集12巻9号1492頁

代物弁済の目的物の瑕疵と錯誤 しかし、原判決は、本件代物弁済の目的物であるD印苺ジヤムに所論のごとき暇疵があつたが故に契約の要素に錯誤を来しているとの趣旨を判示しているのであり、このような場合には、民法瑕疵担保の規定は排除されるのであるから……所論は採るを得ない。

この判決は、旧法の下で、要素の錯誤が成立するなら、瑕疵担保の規定は排除される、と言いました。要素の錯誤とは、旧法の言葉で、契約の大事な部分についての勘違いのことです。当時、錯誤は取消しではなく、無効でした。契約が無効なら、有効な契約を前提にする担保責任は、出番がありません。錯誤が優先した例と説明されるのは、このためです。他方で、錯誤と担保責任のどちらも主張できる、という立場から読む見解もあるとされます。そして、現行法で同じ結論になるかは、判例がまだ定まっていません。ですから、旧法の判決の言い回しを、そのまま現行法に当てはめないでください。現行法では、契約不適合責任が債務不履行の特則に整理され、錯誤も無効から取消しに変わりました。取り消すまでは、契約は有効です。そのため、契約不適合責任と錯誤取消しは並び立ちうる、と考えやすくなりました。このような理由から、選べるとする見解が有力とされます。旧法の判例は、参考にとどめます。

126条の板(全文)。取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。 図:126条の板

  • 全文
  • 取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

両者の差が、実益になります。契約不適合責任には、1年の通知がありました。錯誤取消しには、この1年の通知がありません。取消権は、前に見た126条で、追認できる時から5年、行為の時から20年で消えます。この差を使えるかどうかが、争いの実益です。免責の特約と、572条の2つの例外は、論文で論点になりうるところです。契約不適合責任と錯誤取消しの関係も、同じです。

柱4 交換と、売買ブロックのまとめ

4つめの柱の入口。交換=財産権と財産権を互いに移転する契約。売買=財産権と代金。 図:4つめの柱の入口。交換=財産権と財産権を互いに移転する契約。売買=財産権と代金。

4つめの柱です。売買のルールが、交換にもそのまま使われる話です。条文を出します。586条です。

条文民法586条

民法第586条 1 交換は、当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転することを約することによって、その効力を生ずる。 2 当事者の一方が他の権利とともに金銭の所有権を移転することを約した場合におけるその金銭については、売買の代金に関する規定を準用する。

1項から読みます。交換は、当事者が互いに、金銭の所有権以外の財産権を移転することを約すれば、成立します。約束だけで成立するので、諾成契約です。互いに債務を負うので双務契約です。互いの給付が対価関係にあるので有償契約です。売買は、財産権と代金の取引ですが、交換は、財産権と財産権の取引です。

交換の設例の関係図。左がA、右がB。Aの土地とBの土地を交換する。時価が違うので、AがBに差額300万円を払う約束をした。この300万円が補足金。 図:交換の設例の関係図

  • 左がA、右がB
  • Aの土地とBの土地を交換する
  • 時価が違うので、AがBに差額300万円を払う約束をした
  • この300万円が補足金

設例です。AとBが、それぞれの土地を交換します。時価が違うので、AがBに差額の300万円を払う約束をしました。この差額の金銭を、補足金と呼びます。2項は、補足金に、売買の代金に関する規定を準用する、と定めます。たとえば、代金の支払の期限や場所の規定が、そのまま使われます。交換全体には、559条が働きます。前に読んだ条文を、もう一度出します。

条文民法559条

民法第559条 この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

交換は有償契約ですから、売買の規定が準用されます。契約不適合責任も、そのまま使えます。また、双務契約ですから、同時履行の抗弁権のような、契約総則の規定も適用されます。ただし書は、準用の限界を示します。契約の性質が許さない場合は、準用されません。

交換の応用例の関係図。左がA、右がB。Aの土地とBの中古車を交換した。車に故障があった。559条で売買の規定を準用。 図:交換の応用例の関係図

  • 左がA、右がB
  • Aの土地とBの中古車を交換した
  • 車に故障があった
  • 559条で売買の規定を準用

559条で、売買の規定が準用されます。Aは、修理という追完、損害賠償、解除などを言えます。1年の通知も、準用の対象です。ただし、代金減額は、代金を前提にした救済です。補足金のない純粋な交換に、そのまま当てはまるかは、読み替えが要ります。

売買ブロックのまとめ表その1(成立・効力)。手付=解約手付と履行の着手。買戻し=売買と同時の特約。売買の効力=他人の権利の売買(561条)と、代金の支払の期限・場所。 図:売買ブロックのまとめ表その1

  • 成立・効力
  • 手付=解約手付と履行の着手。買戻し=売買と同時の特約。売買の効力=他人の権利の売買(561条)と、代金の支払の期限・場所。

ここで、売買ブロック全体を、表で振り返ります。前半は、成立と効力です。手付は、特に定めがなければ解約手付で、相手が履行に着手するまでは、手付を捨てるか倍額を出して抜けられます。買戻しは、売買と同時の特約で、代金と契約の費用を返して、最初の売買を解除する仕組みでした。他人の権利の売買も有効で、売主は、その権利を取得して買主に移す義務を負いました。

売買ブロックのまとめ表その2(契約不適合責任)。要件=種類・品質・数量が契約の内容に適合しない。救済=追完・代金減額・損害賠償・解除。期間=種類・品質は知って1年以内の通知。消滅時効。権利の不適合=565条、1年の通知なし。今日=競売(568条)・債権(569条)・免責の特約(572条)・錯誤・交換(586条・559条)。 図:売買ブロックのまとめ表その2

  • 契約不適合責任
  • 要件=種類・品質・数量が契約の内容に適合しない。救済=追完・代金減額・損害賠償・解除。期間=種類・品質は知って1年以内の通知。消滅時効。権利の不適合=565条、1年の通知なし。今日=競売(568条)・債権(569条)・免責の特約(572条)・錯誤・交換(586条・559条)。

後半は、契約不適合責任です。要件は、引き渡された物が、種類、品質、数量で、契約の内容に合わないことでした。救済は、追完、代金減額、損害賠償、解除の4つです。種類と品質の不適合は、知ってから1年以内に通知しないと4つの救済を失い、それとは別に消滅時効も進みます。権利の不適合には、この1年の通知はありません。そして今日、競売、債権、免責の特約、錯誤、交換を見ました。これで、売買のブロックが終わります。

確かめる

確かめるその1。競売で買った中古の一戸建てに雨漏りがあった。 図:確かめるその1。競売で買った中古の一戸建てに雨漏りがあった。

事例で確かめます。1つめ。競売で買った中古の一戸建てに、雨漏りがありました。買受人は、何を言えるでしょうか?

答えその1。品質の不適合。568条4項で、競売では救済なし。 図:答えその1。品質の不適合。568条4項で、競売では救済なし。

品質の不適合になりますから、568条4項で、競売では救済はありません。4つとも使えません。

確かめるその2。競売で買った土地が、競売の物件情報の面積より狭かった。債務者は無資力。 図:確かめるその2

  • 競売で買った土地が、競売の物件情報の面積より狭かった
  • 債務者は無資力

2つめ。競売で買った土地が、物件情報の面積より狭かったとします。債務者は無資力です。買受人は、誰に何を言えるでしょうか?

答えその2。数量の不適合。債務者に代金減額。無資力なら配当を受けた債権者に返還請求(568条1項・2項)。 図:答えその2

  • 数量の不適合
  • 債務者に代金減額
  • 無資力なら配当を受けた債権者に返還請求(568条1項・2項)

数量の不適合なので、債務者に代金減額を言えます。無資力なら、配当を受けた債権者に、減額分の返還を請求できます。568条1項と2項です。解除でも同じ流れで、その場合は代金の全部です。

確かめるその3。売主は一切責任を負わない特約付きで土地を売った。売る前に自分で設定した抵当権が付いていた。 図:確かめるその3

  • 売主は一切責任を負わない特約付きで土地を売った
  • 売る前に自分で設定した抵当権が付いていた

3つめ。売主は一切責任を負わないという特約付きで、土地を売りました。その土地には、売主が売る前に自分で設定した抵当権が付いていました。特約は、効くでしょうか?

答えその3。自ら第三者のために設定した権利。572条で免れない。 図:答えその3。自ら第三者のために設定した権利。572条で免れない。

自ら第三者のために設定した権利なので、572条で免れません。知っていたかどうかは関係ありません。

確かめるその4。土地と車を交換したら、車が故障していた。 図:確かめるその4。土地と車を交換したら、車が故障していた。

4つめ。土地と車を交換したら、車が故障していました。どの条文で、何が言えるでしょうか?

答えその4。559条で売買の規定を準用。契約不適合責任の救済(追完・損害賠償・解除)が使える。 図:答えその4

  • 559条で売買の規定を準用
  • 契約不適合責任の救済(追完・損害賠償・解除)が使える

559条で売買の規定が準用されます。修理という追完、損害賠償、解除などの契約不適合責任の救済が使えます。交換にも、売買のルールが使われます。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日の4つの柱。1=競売で買ったら(568条)。2=債権を買ったら(569条)。3=免責の特約と、その限界(572条)と錯誤との関係。4=交換と、売買ブロックのまとめ。 図:今日の4つの柱

  • 1=競売で買ったら(568条)
  • 2=債権を買ったら(569条)
  • 3=免責の特約と、その限界(572条)と錯誤との関係
  • 4=交換と、売買ブロックのまとめ

今日の話を整理します。1つめ、競売で買ったら、種類と品質の不適合には救済がありません。数量と権利の不適合は、債務者に代金減額か解除を言えます。債務者が無資力なら、配当を受けた債権者に返還を請求します。2つめ、債権を買ったら、債務者の資力は原則として担保されません。担保したら、契約の時の資力と推定されます。3つめ、免責の特約は有効ですが、知りながら告げなかった事実と、自ら設定または譲渡した権利は免れません。錯誤取消しとは、選べるとする見解が有力ですが、争いがあります。4つめ、交換は、586条で成立し、559条で売買の規定が準用されます。

冒頭の答え合わせ。免責の特約は有効。ただし、知りながら告げなかった事実には使えない(572条)。4つの救済が使える。 図:冒頭の答え合わせ

  • 免責の特約は有効
  • ただし、知りながら告げなかった事実には使えない(572条)
  • 4つの救済が使える

冒頭の問いの答えです。Bは、Aに言えます。特約はありますが、シロアリの被害は、Aが知りながら告げなかった事実です。572条によって、Aは責任を免れません。追完、代金減額、損害賠償、解除の4つが使えます。

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#254単独ページ動画

消費貸借の成立と返還債務

第5章 契約 #254/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

貸すと約束したのに

冒頭の設例の関係図。左が貸主A、右が借主B。Aは友人のBに「来月、100万円貸すよ」と約束した。お金はまだ渡っていない。Bはそれをあてにして、来月の店の仕入れを予定している。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が貸主A、右が借主B
  • Aは友人のBに「来月、100万円貸すよ」と約束した
  • お金はまだ渡っていない
  • Bはそれをあてにして、来月の店の仕入れを予定している

冒頭の問いの答えの方向。口約束だけなら、受け取る前は契約が成立していない。書面で約束していたなら、貸す債務が生じる(587条の2)。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 口約束だけなら、受け取る前は契約が成立していない
  • 書面で約束していたなら、貸す債務が生じる(587条の2)

先に、答えの方向を言います。どんな約束だったかで分かれます。書面のない口約束だけなら、お金を受け取る前は契約がまだ成立していないので、Bは貸すよう求められません。他方、書面で約束していたなら、Aには貸す債務が生じるので、求められます。理由と中身は、条文を読みながら見ていきます。売買のブロックは前回で終わりました。今日は別の契約として、お金を借りる契約の、成立と返し方を見ます。以前に契約の分け方を見たとき、587条は、受け取ることで効力が生じる要物契約の代表だと確認しました。今日は、その中身をほどきます。

柱1 貸す約束はいつ契約になるか

1つめの柱の入口。消費貸借=借りた物を使い、同じ種類・品質・数量の物を返す契約。借りた100万円は仕入れで使い切り、後で別の100万円を用意して返す。 図:1つめの柱の入口

  • 消費貸借=借りた物を使い、同じ種類・品質・数量の物を返す契約
  • 借りた100万円は仕入れで使い切り、後で別の100万円を用意して返す

1つめの柱です。まず、消費貸借の意味を押さえます。消費貸借は、借りた物を使ってしまい、後で、同じ種類、同じ品質、同じ数量の物を返す契約です。典型はお金です。Bが借りた100万円を仕入れで使い切り、あとで別の100万円を用意して返す。これが消費貸借です。ここが、使用貸借や賃貸借と違うところです。それらは、借りた物そのものを返します。消費貸借は、使ってしまうので、その物は返せません。返すのは、同じ種類、同じ品質、同じ数量の別の物です。使用貸借と賃貸借は、別の回で詳しく見ます。条文を出します。587条です。

条文民法587条

民法第587条 消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。

587条の分解板。成立に必要なもの=1返還の合意(同じ種類・品質・数量の物を返す約束)/2目的物の受け取り。2つそろって初めて効力が生じる。 図:587条の分解板

  • 成立に必要なもの=1返還の合意(同じ種類・品質・数量の物を返す約束)/2目的物の受け取り
  • 2つそろって初めて効力が生じる

読みどころは2つです。ひとつは、返すことを約して、とあるところです。同じ種類、品質、数量の物を返す、という合意です。もうひとつは、受け取ることによって、とあるところです。合意だけでは足りません。お金を受け取って、初めて効力が生じます。以前、契約の分け方で、売買の555条は約することによって効力が生じる、と見ました。587条は、受け取ることによって、です。この違いが、要物契約と諾成契約の違いでした。売買は約束しただけで成立したのに、どうしてお金を借りる契約は、受け取るまで成立しないのですか?587条は、お金を渡すまで、貸主を契約で縛らない作りになっているからです。口で「貸すよ」と言っただけで縛ると、軽い気持ちの約束まで義務になってしまいます。実際にお金を渡したところで、初めて契約として扱うのです。その結果、要物契約としての消費貸借では、成立の時に、貸主はもうお金を渡し終えています。ですから、貸主に、これから貸す、という債務は残りません。契約が成立した時点で残るのは、借主が同じ額を返す返還債務だけです。契約の分け方で見たとおり、片務か双務かは、債務の数ではなく、互いに対価として向き合う債務があるかで決まります。ここで残るのは借主の返還債務だけで、向き合う相手の債務がありません。ですから、片務契約です。利息の約束がなければ、タダの契約、つまり無償です。利息の約束があれば、貸す側は利息という対価を受け取るので、有償になります。書面は要りません。

冒頭の設例に戻ります。Aは口で「貸すよ」と言っただけで、お金は渡っていません。書面もありません。ですから、要物契約としての消費貸借は、まだ成立していません。契約が無いので、Aに貸す債務は生じていません。Bは、貸すよう求められません。消費貸借の成立は、論文で論点になりうるところです。

柱2 書面でする消費貸借と比較表

2つめの柱の入口。書面(借用書・契約書)で約束した場合。お金が渡る前でも契約が成立するのか。 図:2つめの柱の入口

  • 書面(借用書・契約書)で約束した場合
  • お金が渡る前でも契約が成立するのか

2つめの柱です。冒頭の設例を、少し変えます。AとBは、借用書の形で、来月に100万円を貸す、返す、という約束を書面にしていました。お金はまだ渡っていません。この場合は、どうなるでしょうか。条文を出します。587条の2です。2017年の改正で新しく置かれました。

条文民法587条の2

民法第587条の2 1 前条の規定にかかわらず、書面でする消費貸借は、当事者の一方が金銭その他の物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物と種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。 2 書面でする消費貸借の借主は、貸主から金銭その他の物を受け取るまで、契約の解除をすることができる。この場合において、貸主は、その契約の解除によって損害を受けたときは、借主に対し、その賠償を請求することができる。 3 書面でする消費貸借は、借主が貸主から金銭その他の物を受け取る前に当事者の一方が破産手続開始の決定を受けたときは、その効力を失う。 4 消費貸借がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その消費貸借は、書面によってされたものとみなして、前三項の規定を適用する。

587条の2の分解板。1項=書面でする消費貸借は、貸す約束と返す約束だけで効力が生じる(受け取り不要)。4項=電磁的記録も書面とみなす。2項・3項=受け取る前の解除と破産(別の回)。 図:587条の2の分解板

  • 1項=書面でする消費貸借は、貸す約束と返す約束だけで効力が生じる(受け取り不要)
  • 4項=電磁的記録も書面とみなす
  • 2項・3項=受け取る前の解除と破産(別の回)

読み上げるのは1項と4項です。1項は、書面でする消費貸借は、一方が金銭を引き渡すことを約し、相手方が同じ種類、品質、数量の物を返すことを約すれば、効力を生ずる、と言っています。587条にあった、受け取り、が要りません。お金が渡る前、合意の時点で、契約が成立します。4項は、メールや電子契約サービスのように、電磁的記録で合意した場合も、書面でしたものとみなす、という定めです。紙の借用書でなくても、同じ扱いです。2項と3項は、受け取る前に借主が解除できることや、受け取る前に破産したときの扱いです。ここは、別の回で見ます。ここで、立ち止まって考えてください。書面のない口約束の「貸すよ」と、書面のある約束。貸す債務が生じるのは、どちらでしょうか?

答え。書面でする消費貸借の債務。貸主=書面があれば、貸す債務を負う。借主=返還債務を負う。2つの債務=対価の関係に立たない→なお片務契約。 図:答え

  • 書面でする消費貸借の債務
  • 貸主=書面があれば、貸す債務を負う
  • 借主=返還債務を負う
  • 2つの債務=対価の関係に立たない→なお片務契約

書面のある約束の方だと思います。書面でする消費貸借では、合意の時に契約が成立するので、貸主は、お金を引き渡す債務、つまり貸す債務を負います。借主は、返還債務を負います。ただし、2つの債務は、互いに対価の関係に立ちません。ですから、なお片務契約と考えられています。利息の約束がなければ、無償です。

比較表(主役)。列=要物契約としての消費貸借/書面でする消費貸借。行=成立に必要なもの(返還の合意+受け取り/書面による貸す約束と返す約束)/成立の時期(受け取った時/合意の時)/貸す債務(生じない/貸主が負う)/書面(要らない/要る)/片務・双務(どちらも片務)。 図:比較表(主役)。列=要物契約としての消費貸借/書面でする消費貸借。行=成立に必要なもの(返還の合意+受け取り/書面による貸す約束と返す約束)/成立の時期(受け取った時/合意の時)/貸す債務(生じない/貸主が負う)/書面(要らない/要る)/片務・双務(どちらも片務)。

2つの成立の仕方を、1枚に並べます。列は、要物契約としての消費貸借と、書面でする消費貸借です。成立に必要なものは、前者が返還の合意と受け取り、後者が書面による貸す約束と返す約束です。成立の時は、前者が受け取った時、後者が合意の時です。貸す債務は、前者では生じず、後者では貸主が負います。書面は、前者では要らず、後者では要ります。そして、どちらも片務契約です。合意だけで貸す債務が生じるとすると、軽い気持ちで言った「貸すよ」まで、法律上の義務になってしまいます。貸す債務は、貸主にとって重い責任です。そこで、書面を求めて、約束の重みを自覚させ、軽率な約束から当事者を守ります。副次的に、書面があれば、約束の中身も、後で争いになりにくくなります。抵当権の回の疑問にも、ここで答えます。お金を受け取る前に、抵当権を付けられるのか、という疑問でした。要物契約としての消費貸借を前提にしても、付けられます。あの回で見たとおり、付従性が緩やかに解されるからです。書面でする消費貸借なら、合意の時点で契約が成立しているので、この疑問自体が生じにくくなります。

冒頭の設例の答えの板。口約束だけ=受け取り前は契約が成立していないので、Bは貸すよう求められない。書面あり=書面でする消費貸借が成立し、Aに貸す債務。「やっぱり貸さない」は債務不履行。Bは求められる。 図:冒頭の設例の答えの板

  • 口約束だけ=受け取り前は契約が成立していないので、Bは貸すよう求められない
  • 書面あり=書面でする消費貸借が成立し、Aに貸す債務
  • 「やっぱり貸さない」は債務不履行
  • Bは求められる

冒頭の問いに、ここで答えます。借用書などの書面があれば、書面でする消費貸借が成立しています。Aは貸す債務を負うので、「やっぱり貸さない」は債務不履行です。Bは、貸すよう求められます。書面のない口約束なら、先ほどのとおり、求められません。なお、書面で約束していても、受け取る前なら、借主の側からは解除できる定めがあります。その細部は別の回です。書面でする消費貸借の成立も、論文で論点になりうるところです。

柱3 返還債務 返す時期・催告・期限前の返還

3つめの柱の入口。返還債務は2つの消費貸借に共通。借りた物と同じ種類・品質・数量の物を返す。返還時期の定めがあるか、ないかで分かれる。 図:3つめの柱の入口

  • 返還債務は2つの消費貸借に共通
  • 借りた物と同じ種類・品質・数量の物を返す
  • 返還時期の定めがあるか、ないかで分かれる

3つめの柱です。ここから先は、要物契約としての消費貸借でも、書面でする消費貸借でも、同じです。借主は、借りた物と同じ種類、品質、数量の物を返します。いつ返すのか。条文を出します。591条です。

条文民法591条

民法第591条 1 当事者が返還の時期を定めなかったときは、貸主は、相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。 2 借主は、返還の時期の定めの有無にかかわらず、いつでも返還をすることができる。 3 当事者が返還の時期を定めた場合において、貸主は、借主がその時期の前に返還をしたことによって損害を受けたときは、借主に対し、その賠償を請求することができる。

3項まであります。順に見ます。まず、返還時期を定めていたときです。たとえば、6月末に返す、と決めていたなら、その日が来れば、借主は遅れた扱いになります。確定期限の定めがある債務の、普通の扱いです。

412条の板(全文)。1項=確定期限は、到来した時から遅滞の責任。2項=不確定期限は、到来後に請求を受けた時又は到来を知った時のいずれか早い時から。3項=期限を定めなかったときは、履行の請求を受けた時から。 図:412条の板

  • 全文
  • 1項=確定期限は、到来した時から遅滞の責任。2項=不確定期限は、到来後に請求を受けた時又は到来を知った時のいずれか早い時から。3項=期限を定めなかったときは、履行の請求を受けた時から。

ここで、前に見た履行遅滞を思い出します。返す日を決めていない債務は、412条3項で、いつから遅滞になるのだったでしょうか?履行の請求を受けた時からです。では、消費貸借はどうでしょうか。返す日を決めずに貸したお金を、貸主が今日「返して」と言いました。借主は、今日から遅れた扱いになるでしょうか?

流れ図(主役)。一般の期限の定めのない債務=請求を受けた時から遅滞(412条3項)。消費貸借の返還債務=返還の催告→相当の期間の経過→遅滞(591条1項)。理由=借りた物は使い切っているので、同じ物を調達する猶予が要る。 図:流れ図

  • 主役
  • 一般の期限の定めのない債務=請求を受けた時から遅滞(412条3項)。消費貸借の返還債務=返還の催告→相当の期間の経過→遅滞(591条1項)。理由=借りた物は使い切っているので、同じ物を調達する猶予が要る。

412条3項なら、請求を受けた今日から遅滞になると思うのですが、違うのでしょうか?違います。それが、591条1項の特則です。返還時期を定めなかったとき、貸主は、相当の期間を定めて催告できます。そして、催告をして相当の期間が過ぎて初めて、遅滞になります。請求を受けた時から、ではありません。412条3項の例外です。なぜ猶予があるのか。借りた物は、もう使い切っているからです。仕入れに使ったお金は、請求されても、すぐには返せません。同じ種類と数量の物を、調達する時間が要ります。その猶予が、相当の期間です。設例です。AがBに、返す日を決めずに100万円を貸しました。Aが「1か月以内に返して」と催告したなら、1か月が過ぎた時から、Bは遅滞です。「すぐ返して」とだけ言った場合や、短すぎる期間で催告した場合でも、催告から客観的に見て相当な期間が過ぎた時に、遅滞になると解されています。判例も、そう解しています。借主に返還の準備をする猶予を与える、という趣旨が理由です。

判例の結論の板。返還時期の定めのない貸金で、期間を示さない催告や相当でない期間の催告でも、催告から客観的に相当な期間が経過した時に遅滞となる。出典=大判昭5・1・29 図:判例の結論の板

  • 返還時期の定めのない貸金で、期間を示さない催告や相当でない期間の催告でも、催告から客観的に相当な期間が経過した時に遅滞となる
  • 出典=大判昭5・1・29

注意点が1つあります。催告と相当の期間の経過は、遅滞になるための要件です。貸主が返還を請求すること自体は、返還時期の定めがなければ、いつでもできます。ここで、弁済期と遅滞を分けます。弁済期は、払う時期、つまり貸主が「返して」と言える時期です。遅滞は、その時期を過ぎて、借主が遅れの責任を負う状態です。返還時期の定めのない貸金は、まだ催告していなくても、すでに弁済期が来ていると扱えます。遅滞にはまだなっていない、というだけです。判例は、そのような貸金を、貸主が相殺の自働債権、つまり相殺を言い出す側の債権にすることを認めました。相殺では、前に見たとおり、自働債権の弁済期が来ていることが必要ですが、遅滞になっていることまでは要りません。たとえば、BがAに、店の商品の代金50万円を請求してきたとします。Aは、返す日を決めずに貸していた100万円の返還債権で、催告をしないまま、その50万円と相殺できます。

相殺の判例の結論。返還時期の定めのない貸金返還債権は、催告をしていなくても自働債権として相殺できる。出典=大判昭17・11・19 図:相殺の判例の結論

  • 返還時期の定めのない貸金返還債権は、催告をしていなくても自働債権として相殺できる
  • 出典=大判昭17・11・19

次に、2項です。借主は、返還時期の定めの有無にかかわらず、いつでも返せます。時期を定めていない場合は、返す時期を縛るものが、そもそもありません。時期を定めていた場合に、期限の前でも返せる理由は、期限の利益の考え方で説明できます。

136条の板(全文)。1項=期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。2項=期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。 図:136条の板

  • 全文
  • 1項=期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。2項=期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。

期限は、債務者の利益のために定めたものと推定されます。債務者は、その期限の利益を放棄できます。借主は、返す時期が来る前に、期限の利益を放棄して返せるのです。ただし書きには、相手方の利益を害することはできない、とありました。それが3項に現れます。返還時期を定めていた場合に、借主が時期の前に返したことで、貸主が損害を受けたときは、貸主は賠償を請求できます。時期を定めていない場合は、いつでも返せるのですから、そもそも期限の前、という状態がありません。3項の対象外です。

期限前返還の設例の関係図。左が貸主A、右が借主B。AはBに100万円を、年6%の利息付きで、1年後に返す約束で貸した。Bが半年で全額を返した。Aは残り半年の利息を当てにしていた。 図:期限前返還の設例の関係図

  • 左が貸主A、右が借主B
  • AはBに100万円を、年6%の利息付きで、1年後に返す約束で貸した
  • Bが半年で全額を返した
  • Aは残り半年の利息を当てにしていた

設例です。AがBに100万円を、年利6%の利息付きで、1年後に返す約束で貸しました。Bが、半年で全額を返してきました。Aは、残り半年の利息を、当てにしていました。AはBに、損害賠償を請求できるでしょうか。当然にそうなる、とは言えません。条文は、損害を受けたとき、です。決め手は、貸主に実際に生じた損害です。残り半年の利息が、損害の候補にはなります。しかし、返された100万円を、すぐ別の人に貸し出せたなら、貸主の損害は小さくなる余地があります。利息分がそのまま損害になる、とは言い切れません。期限の定めのない消費貸借の遅滞と、期限前返還の損害賠償は、論文で論点になりうるところです。

柱4 利息は特約が無ければ付かない

4つめの柱の入口。利息のことを決めなかった消費貸借。無利息が原則。 図:4つめの柱の入口。利息のことを決めなかった消費貸借。無利息が原則。

4つめの柱です。利息の話です。ここで、前の話を1つ思い出します。利息付きの消費貸借が、片務なのに有償なのは、なぜだったでしょうか?対価として向き合う債務が無いので片務ですが、貸主は利息という対価を受け取るので、有償です。では、利息の条文を出します。589条です。

条文民法589条

民法第589条 1 貸主は、特約がなければ、借主に対して利息を請求することができない。 2 前項の特約があるときは、貸主は、借主が金銭その他の物を受け取った日以後の利息を請求することができる。

589条の板。1項=特約がなければ利息は請求できない(無利息が原則)。2項=特約があれば、受け取った日以後の利息を請求できる。例=4月1日に書面で合意、4月10日に受け取り→利息は10日以後。 図:589条の板

  • 1項=特約がなければ利息は請求できない(無利息が原則)
  • 2項=特約があれば、受け取った日以後の利息を請求できる
  • 例=4月1日に書面で合意、4月10日に受け取り→利息は10日以後

1項は、無利息が原則、という定めです。AがBに100万円を貸しました。契約のとき、利息のことは何も決めませんでした。1年後に、Aが「その間の利息ももらいたい」と言っても、特約がないので、請求できません。民法は、友人や家族のあいだのように、好意で貸す場面を基本に置いているからです。2項は、特約があるときの、利息の始まりです。受け取った日以後の利息を、請求できます。契約をした日からではありません。たとえば、4月1日に書面で貸付けの合意と利息の特約をしても、お金が渡ったのが4月10日なら、利息は10日以後です。書面でする消費貸借は、契約の日と受け取りの日が離れうるので、この区別が効きます。要物契約としての消費貸借は、成立が受け取りの時ですから、通常は、成立の日から利息が付きます。利率を決めなかったときは、前に見た法定利率が基準になります。

商法513条の板(全文・1項)。商人間において金銭の消費貸借をしたときは、貸主は、法定利息を請求することができる。 図:商法513条の板

  • 全文・1項
  • 商人間において金銭の消費貸借をしたときは、貸主は、法定利息を請求することができる。

民法の原則には、例外もあります。商法には、商人どうしの金銭の貸し借りなら、特約がなくても、貸主は法定利息を請求できる、という特則があります。商人は、もうけるために取引をするので、タダで貸すことは通常考えにくいからです。最初の回で、商人どうしの取引には、商法の特則が働くと見ました。その一例です。個別法ですから、暗記は要りません。骨格だけ押さえてください。

利息制限法の上限の板(#4-4の再利用)。10万円未満=年2割/10万円以上100万円未満=年1割8分/100万円以上=年1割5分。超過部分だけが無効。 図:利息制限法の上限の板

  • #4-4の再利用
  • 10万円未満=年2割
  • 10万円以上100万円未満=年1割8分
  • 100万円以上=年1割5分。超過部分だけが無効。

反対に、利息の特約があっても、利率には上限があります。前に見た利息制限法の上限です。超える部分だけが無効になるのでした。

確かめる

確かめるその1。「来月100万円貸す」と口頭で約束した。お金は未交付。 図:確かめるその1。「来月100万円貸す」と口頭で約束した。お金は未交付。

事例で確かめます。1つめ。「来月100万円貸す」と、口頭で約束しました。お金は、まだ渡していません。貸す債務は、生じているでしょうか?

答えその1。書面なし・未交付=消費貸借は成立せず、貸す債務は生じない。 図:答えその1。書面なし・未交付=消費貸借は成立せず、貸す債務は生じない。

書面がなく、受け取りもないので、消費貸借は成立していません。貸す債務も生じません。

確かめるその2。同じ約束を書面で交わした。お金は未交付。 図:確かめるその2。同じ約束を書面で交わした。お金は未交付。

2つめ。同じ約束を、書面で交わしました。お金は、やはり渡していません。今度は、どうでしょうか?

答えその2。書面あり・未交付=書面でする消費貸借が成立し、貸主に貸す債務が生じる(587条の2)。 図:答えその2

書面でする消費貸借が成立し、貸主に貸す債務が生じます。587条の2です。

確かめるその3。返す日を決めずに貸した。貸主が「1か月以内に返して」と催告した。 図:確かめるその3。返す日を決めずに貸した。貸主が「1か月以内に返して」と催告した。

3つめ。返す日を決めずに貸しました。貸主が「1か月以内に返して」と催告しました。借主は、いつから遅滞になるでしょうか?

答えその3。催告から相当の期間(この例では1か月)が過ぎた時から遅滞。591条1項(412条3項の例外)。 図:答えその3

  • 催告から相当の期間(この例では1か月)が過ぎた時から遅滞
  • 591条1項(412条3項の例外)

催告から相当の期間、この例では1か月が過ぎた時からです。591条1項で、412条3項の例外です。

確かめるその4。貸すときに、利息の約束を書き忘れた。商人どうしの取引ではない。 図:確かめるその4。貸すときに、利息の約束を書き忘れた。商人どうしの取引ではない。

4つめ。貸すときに、利息の約束を書き忘れました。商人どうしの取引ではありません。利息は、請求できるでしょうか?

答えその4。利息の特約なし(商人間でもない)=利息は請求できない(589条1項)。 図:答えその4

特約がないので、請求できません。589条1項です。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=返還の合意と受け取りで成立し、貸す債務は生じない(587条)。2=書面があれば合意だけで成立し、貸主に貸す債務(587条の2)。3=定めが無ければ催告と相当の期間の経過で遅滞、借主はいつでも返せる(591条)。4=特約が無ければ利息は請求できない(589条)。 図:今日のまとめ

  • 1=返還の合意と受け取りで成立し、貸す債務は生じない(587条)
  • 2=書面があれば合意だけで成立し、貸主に貸す債務(587条の2)
  • 3=定めが無ければ催告と相当の期間の経過で遅滞、借主はいつでも返せる(591条)
  • 4=特約が無ければ利息は請求できない(589条)

今日の話を整理します。1つめ、要物契約としての消費貸借は、返還の合意と受け取りで成立します。貸す債務は生じず、片務で、書面は要りません。2つめ、書面でする消費貸借は、書面があれば合意だけで成立し、貸主に貸す債務が生じます。3つめ、返還債務は、時期の定めがあればその時期に、無ければ催告と相当の期間の経過で、遅滞になります。借主はいつでも返せ、期限前に返して貸主に損害が出れば賠償です。4つめ、利息は特約が無ければ請求できず、特約があれば受け取った日以後の利息を請求できます。

冒頭の答え合わせ。口約束だけ=受け取り前は契約が成立せず、Bは貸すよう求められない。書面あり=貸す債務が生じ、Bは求められる(587条の2)。 図:冒頭の答え合わせ

  • 口約束だけ=受け取り前は契約が成立せず、Bは貸すよう求められない
  • 書面あり=貸す債務が生じ、Bは求められる(587条の2)

冒頭の問いの答えです。書面のない口約束なら、お金を受け取る前は契約が成立していないので、Bは貸すよう求められません。書面で約束していたなら、貸す債務が生じるので、求められます。消費貸借の成立は、論文で論点になりうるところです。

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#255単独ページ動画

準消費貸借と貸主の担保責任

第5章 契約 #255/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

ツケを借金に書き換えたら

冒頭の設例の関係図。左が貸主A、右が借主B、上に保証人C。AはBに、たまった商品代金のツケ50万円を持っている。この代金債務にはCが保証人として付いている。AとBは「50万円を借りたことにして、毎月5万円ずつ返す」約束に切り替えた。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が貸主A、右が借主B、上に保証人C
  • AはBに、たまった商品代金のツケ50万円を持っている
  • この代金債務にはCが保証人として付いている
  • AとBは「50万円を借りたことにして、毎月5万円ずつ返す」約束に切り替えた

冒頭の問いの答えの方向。切り替えの後も、Cの保証は残る。当事者が「古い債務を消して別の債務にする」とはっきり決めていなければ、同じ債務が形を変えて続く。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 切り替えの後も、Cの保証は残る
  • 当事者が「古い債務を消して別の債務にする」とはっきり決めていなければ、同じ債務が形を変えて続く

先に、答えの方向を言います。Cの保証は残ります。古い債務を消して、まったく別の債務にする、とはっきり決めていないかぎり、債務は同じものとして続くと考えるからです。決め手は、当事者の意思です。理由は、最後の柱で、判例を読みながら確かめます。前回、書面でする消費貸借の、受け取る前の解除と破産は別に見る、と言いました。今日はそれを回収します。あわせて、渡した物が悪かったときの貸主の責任と、いま出てきた、ツケを借金に書き換える契約を見ます。

柱1 貸主の担保責任

1つめの柱の入口。貸主の担保責任=貸主が渡した物が、約束した種類・品質・数量に合っていなかったときの責任。利息付きの消費貸借=借主が利息を払う(有償)。無利息の消費貸借=タダで貸す(無償)。 図:1つめの柱の入口

  • 貸主の担保責任=貸主が渡した物が、約束した種類・品質・数量に合っていなかったときの責任
  • 利息付きの消費貸借=借主が利息を払う(有償)
  • 無利息の消費貸借=タダで貸す(無償)

1つめの柱です。消費貸借では、お金のほかに、おこめやワインのような代替物も借りられます。借りたおこめが、約束と違う品質だったとき、貸主はどんな責任を負うのか。これが、貸主の担保責任です。条文を出します。590条です。

条文民法590条

民法第590条 1 第五百五十一条の規定は、前条第一項の特約のない消費貸借について準用する。 2 前条第一項の特約の有無にかかわらず、貸主から引き渡された物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないものであるときは、借主は、その物の価額を返還することができる。

1項の、前条第一項の特約とは、利息の特約のことです。つまり、利息の特約のない消費貸借、無利息の消費貸借には、551条を準用する、と言っています。では、利息付きの消費貸借はどうなるのか。ここが、条文に書かれていない部分です。利息付きの消費貸借は、借主が利息を払うので、対価のある有償契約です。前にも出てきた559条は、売買以外の有償契約に、売買の規定を準用すると定めています。

条文民法559条

民法第559条 この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

利息付きの消費貸借。有償契約なので、売買の規定を準用(559条)。借主が使える道具=追完請求・利息の減額請求・損害賠償・解除。売買の代金減額請求は、消費貸借では利息の減額請求に読み替わる。数量の不適合も同じ。 図:利息付きの消費貸借

  • 有償契約なので、売買の規定を準用(559条)
  • 借主が使える道具=追完請求・利息の減額請求・損害賠償・解除
  • 売買の代金減額請求は、消費貸借では利息の減額請求に読み替わる
  • 数量の不適合も同じ

利息付きなら、売買の買主と同じ道具を、借主が使えます。追完請求、代金減額請求、損害賠償、解除の4つです。要件は、契約不適合責任の回で見たとおりです。ただ、消費貸借には代金がありません。代金減額請求は、利息の減額請求に読み替わります。数量が足りないときも、同じ道具が使えます。設例です。利息を払う約束で、米を10キロ借りました。届いたおこめは、半分が傷んでいました。借主は、傷んでいない米を渡すよう求められます。追完です。それが無理なら、その分、利息を減らすよう求められます。利息を払う代わりに、きちんとした物を受ける。有償契約ですから、売買と同じ筋になります。

無利息の消費貸借。タダで貸す=無償契約。551条1項を準用。貸主は、目的物を特定した時の状態で引き渡すことを約したものと推定される。渡した時の状態でよく、細かい不具合まで責任を負わない。 図:無利息の消費貸借

  • タダで貸す=無償契約
  • 551条1項を準用
  • 貸主は、目的物を特定した時の状態で引き渡すことを約したものと推定される
  • 渡した時の状態でよく、細かい不具合まで責任を負わない

一方、無利息の消費貸借は、タダで貸す契約です。贈与に近いので、贈与の551条を準用します。贈与の回で見た条文です。1項を出します。

条文民法551条1項

民法第551条 1 贈与者は、贈与の目的である物又は権利を、贈与の目的として特定した時の状態で引き渡し、又は移転することを約したものと推定する。

無利息の消費貸借なら、貸主は、貸す物を特定した時の状態で渡す約束をした、と推定されます。ですから、知人から米をタダで借りて、それが古米だった場合、貸主は、特定した時の状態で渡したのですから、責任は問われにくくなります。タダで貸してくれた人に、品質まで保証させるのは重すぎるからです。贈与の、タダだから責任が軽いという筋と、同じです。ただし、どちらの場合にも使える共通の定めが、590条2項にあります。

価額の返還(590条2項)。利息の有無を問わない。渡された物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないとき、借主はその物の価額を返還できる。理由=借りた物は使ってしまっており、同じ不適合な物を調達して返すのは難しい。 図:価額の返還

  • 590条2項
  • 利息の有無を問わない。渡された物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないとき、借主はその物の価額を返還できる。理由=借りた物は使ってしまっており、同じ不適合な物を調達して返すのは難しい。

2項は、利息の特約の有無にかかわらず、貸主から引き渡された物が、種類又は品質に関して契約の内容に適合しないときは、借主はその物の価額を返還できる、と言っています。価額の返還です。理由は、消費貸借の性質にあります。借りた物は、使ってしまっています。悪い米を借りたなら、返すときも、同じ悪い米を探して返さなければなりません。それは、とても難しい。そこで、その米の価額を返せば足りる、としたのです。ここは、種類又は品質だけです。数量は、2項には書かれていません。利息付きの場合に、売買の規定で数量の不適合を扱えることとは、分けて覚えてください。

柱1の比較板(主役)。列=利息付きの消費貸借/無利息の消費貸借。行=性質(有償/無償)/準用される規定(売買の規定=559条/贈与の551条1項=590条1項)/借主が言えること(追完・利息の減額・損害賠償・解除/特定した時の状態でよい)/価額の返還(どちらも可=590条2項)。 図:柱1の比較板(主役)。列=利息付きの消費貸借/無利息の消費貸借。行=性質(有償/無償)/準用される規定(売買の規定=559条/贈与の551条1項=590条1項)/借主が言えること(追完・利息の減額・損害賠償・解除/特定した時の状態でよい)/価額の返還(どちらも可=590条2項)。

柱1を、1枚に並べます。列は、利息付きと無利息です。性質は、有償と無償。準用される規定は、売買の規定と、贈与の551条1項。借主が言えることは、追完、利息の減額、損害賠償、解除と、特定した時の状態でよい、です。そして価額の返還は、どちらでも使えます。

柱2 受け取る前の解除と破産

2つめの柱の入口。書面でする消費貸借で、お金が渡る前に、借主が「やっぱり要らない」となった場合。 図:2つめの柱の入口

2つめの柱です。ここで、前回の話を1つ思い出します。書面でする消費貸借は、いつ成立するのでしたか?書面で、貸す約束と返す約束を合意した時です。お金を受け取る前でも成立します。つまり、お金が渡る前に、貸主には貸す債務が生じています。そこで設例です。AとBは、書面で、来月100万円を貸す約束をしました。ところが、Bは別の当てが見つかって、お金が要らなくなりました。お金は、まだ渡っていません。Bは、やめられるでしょうか。587条の2の2項と3項を出します。

条文民法587条の2第2項・3項

民法第587条の2 2 書面でする消費貸借の借主は、貸主から金銭その他の物を受け取るまで、契約の解除をすることができる。この場合において、貸主は、その契約の解除によって損害を受けたときは、借主に対し、その賠償を請求することができる。 3 書面でする消費貸借は、借主が貸主から金銭その他の物を受け取る前に当事者の一方が破産手続開始の決定を受けたときは、その効力を失う。

2項の前段です。借主は、お金を受け取るまで、契約を解除できます。Bはやめられます。理由は、借りる義務は負わせない、という考えです。書面でする消費貸借では、貸主には貸す債務が生じます。しかし、借主に、借りなければならない義務までは負わせません。要らなくなったお金を無理に借りさせても、Bは使わないお金を返す債務を負うだけです。貸主が困る分は、後段の、損害の賠償で埋めます。後段です。ただし、その解除で貸主が損害を受けたときは、借主に賠償を請求できます。たとえば、Aが貸すために、別の資金を借りて用意していたとします。その調達にかかった費用は、損害になりえます。解除はできるが、貸主の損害の分は賠償する。この2つは両立します。3項は、破産です。お金が渡る前に、AかBのどちらかが破産手続開始の決定を受けたら、書面でする消費貸借は、効力を失います。Bが破産したなら、返してもらえる見込みの薄い相手に、貸させることになります。Aが破産したなら、もう約束どおり貸せる状態ではありません。どちらでも、貸す約束を残しておく意味がないのです。

使用貸借の、受け取る前の解除と、似ていますが、逆です。ここは、取り違えやすいところなので、並べます。

弁別板(主役)。受け取る前に解除できる人。書面でする消費貸借=借主(587条の2第2項)。書面によらない使用貸借=貸主(593条の2・書面があればできない)。書面の効き方。消費貸借=書面があって初めて受け取る前に契約が成立する→その契約を借主がやめられる。使用貸借=書面が無いときだけ貸主がやめられる。 図:弁別板

  • 主役
  • 受け取る前に解除できる人。書面でする消費貸借=借主(587条の2第2項)。書面によらない使用貸借=貸主(593条の2・書面があればできない)。書面の効き方。消費貸借=書面があって初めて受け取る前に契約が成立する→その契約を借主がやめられる。使用貸借=書面が無いときだけ貸主がやめられる。

解除できる人が違います。書面でする消費貸借は、受け取る前に、借主が解除できます。書面によらない使用貸借は、借主が物を受け取るまで、貸主が解除できます。書面の効き方も逆です。消費貸借は、書面があって初めて、受け取る前に契約が成立します。その契約を、借主がやめられるのです。使用貸借は、書面が無いときだけ、貸主がやめられます。書面があれば、やめられません。理由も、筋が違います。消費貸借は、借りる義務を負わせないためです。使用貸借は、約束だけのタダの貸し借りで、貸主を縛りすぎないためです。今日は、解除できる側が逆、というところまで押さえてください。

柱3 準消費貸借

3つめの柱の入口。ツケの代金債務50万円を、「50万円を借りたことにして、毎月5万円ずつ返す」に切り替える。物は新たに渡っていない。 図:3つめの柱の入口

  • ツケの代金債務50万円を、「50万円を借りたことにして、毎月5万円ずつ返す」に切り替える
  • 物は新たに渡っていない

3つめの柱です。冒頭の、ツケを借金に書き換える契約に戻ります。これが準消費貸借です。以前、詐害行為取消権の回で、一度出てきました。すでにある債務を、消費貸借の契約の目的に切り替えることです。条文を出します。588条です。

条文民法588条

民法第588条 金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合において、当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したときは、消費貸借は、これによって成立したものとみなす。

読みどころは2つです。ひとつは、金銭その他の物を給付する義務を負う者がある、というところです。すでに、払う義務があることが前提です。もうひとつは、消費貸借の目的とすることを約したとき、というところです。合意だけで、消費貸借が成立したとみなされます。587条のように、物を受け取る必要はありません。すでに相手の手元にある物を、借りた形にするからです。使われ方は、複数の債務を1本にまとめることです。売買の代金、損害賠償、貸したお金など、バラバラの債務を、1つの貸金にまとめて、返し方も決め直す。冒頭のように、毎月5万円ずつ返す、と整える場面です。

準消費貸借の成立の前提。旧債務が存在しなければ、準消費貸借は効力を生じない。旧債務が無いと争う側が、その事実を立証する。 図:準消費貸借の成立の前提

  • 旧債務が存在しなければ、準消費貸借は効力を生じない
  • 旧債務が無いと争う側が、その事実を立証する

前提が1つあります。切り替える元の債務、つまり旧債務が無ければ、準消費貸借も効力を生じません。それを判例が確かめています。

判例最判昭43・2・16 民集22巻2号217頁

旧債務が無い準消費貸借 準消費貸借契約は目的とされた旧債務が存在しない以上その効力を有しないものではあるが、右旧債務の存否については、準消費貸借契約の効力を主張する者が旧債務の存在について立証責任を負うものではなく、旧債務の不存在を事由に準消費貸借契約の効力を争う者においてその事実の立証責任を負うものと解するを相当とする

読み方です。旧債務が存在しなければ、準消費貸借は効力を持ちません。ただし、旧債務の存在を立証するのは、効力を主張する側ではありません。旧債務が無い、と争う側が、その事実を立証します。冒頭の例なら、Bが後から、ツケはもう払い終えていた、と言って争うなら、それを示すのはBです。更改でも、旧債務が存在することが前提でした。同じ筋です。ここから、本題の効力です。旧債務は、準消費貸借で、どうなるのでしょうか。消えて、新債務が生まれるのか。それとも、同じ債務が続くのか。ここで考えてください。古い債務を消す、とはっきり決めていなかったとき、旧債務と新債務は、別物でしょうか、同じ債務でしょうか?

効力の軸。旧債務と新債務が別物か同一かは、まず当事者の意思で決まる。意思が明らかでないときは、同一性を保つと推定される。 図:効力の軸

  • 旧債務と新債務が別物か同一かは、まず当事者の意思で決まる
  • 意思が明らかでないときは、同一性を保つと推定される

答えは、同じ債務が続く、です。まず当事者の意思で決まり、意思が明らかでないときは、同一性を保つ、と推定されます。保証の判例で、読みます。

判例最判昭33・6・24 集民32号437頁

準消費貸借と保証 準消費貸借が成立した場合に、既存債務は消滅して新債務が発生するのか、又は債務は同一性を維持し単に消費貸借の規定に従うこととなるのかは、先ず当事者の意思によるべく、当事者の意思が明らかでない場合には、後の場合に属するものと推定すべき……通常は、準消費貸借の成立により、旧債務は爾後債務の同一性を維持しつつ、消費貸借という形をとつて存続するにいたるものと解するのが相当

冒頭の答えの板。切り替えの後も、Cの保証は残る。当事者の意思が明らかでなければ、旧債務は同一性を保って存続すると推定される。 図:冒頭の答えの板

  • 切り替えの後も、Cの保証は残る
  • 当事者の意思が明らかでなければ、旧債務は同一性を保って存続すると推定される

読み方です。既存債務が消えて新債務が生まれるのか、同じ債務が消費貸借の規定に従うだけなのかは、先ず当事者の意思で決まります。意思が明らかでなければ、後の場合、つまり同じ債務が続くと推定されます。冒頭に戻ります。AとBは、古い債務を消す、とはっきり決めていません。ですから、ツケの代金債務は、同一性を保ったまま続きます。保証は、主たる債務に従う付従性がありますから、Cの保証も残ります。冒頭の答えは、残る、です。なぜ、同じ債務と推定するのか。AとBが切り替えたのは、返し方を毎月5万円に整えるためです。そのために、Cの保証まで手放すつもりだった、とは普通は考えられません。形を変えただけなら、中身も、付いているものも続く、と読むのが当事者の意思に合うのです。

逆に、AとBが、ツケの代金債務はここで消して、まったく別の借金にする、とはっきり決めていたら、Cが保証していた債務が消えるので、Cの保証も消えます。では、更改との違いを一言で言います。更改は、古い債務を消して、新しい債務に入れ替える契約でした。ただし、その意思が明らかでなければ成立しません。準消費貸借も、消す意思が明らかでなければ、同じ債務が続きます。向きは同じです。違いは、更改が、給付の内容の重要な変更か、債務者や債権者の交替で、新しい債務を生み出す契約だ、というところです。準消費貸借は、当事者はそのままで、債務を消費貸借の形に切り替えるだけです。同じ筋で、残るものがあと2つあります。1つめは、同時履行の抗弁権です。

判例最判昭62・2・13 集民150号175頁

準消費貸借と同時履行の抗弁権 土地の売買代金債務を目的とする準消費貸借契約が締結された場合であつても、右契約が、従来明確でなかつた残代金の支払時期とこれに付すべき利息の利率を定めるとともに連帯保証人を付すことを目的としてされたなど原判示の事情(原判決理由参照)があるときは、売主は、買主に対する所有権移転登記手続債務につき、売買契約に基づいて有していた同時履行の抗弁権を失わず、右準消費貸借契約上の債務の履行の提供があるまで、自己の債務の履行を拒むことができる

読み方です。土地の売買代金を準消費貸借にした場合でも、一定の事情があれば、売主は、売買で持っていた同時履行の抗弁権を失いません。買主が準消費貸借上の債務の履行を提供するまで、登記の手続を拒めます。設例です。Aが買主Bに土地を売り、残りの代金を準消費貸借にしました。BがAに、先に登記を移せと言ってきても、Aは、代金の履行の提供があるまで拒めます。ただし、判例は、事情があるときに残る、という言い方です。いつも必ず残る、とまでは言えません。2つめは、詐害行為取消権で守られる債権、つまり被保全債権です。

判例最判昭50・7・17 民集29巻6号1119頁

準消費貸借と詐害行為取消権 準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定されるのであるから、既存債務成立後に特定債権者のためになされた債務者の行為は、詐害行為の要件を具備するかぎり、準消費貸借契約成立前のものであつても、詐害行為としてこれを取り消すことができるものと解するのが相当である

読み方です。準消費貸借の債務は、反対の意思が明らかでなければ、既存債務と同一性を保つと推定されます。だから、既存債務ができた後に、債務者が特定の債権者のためにした行為は、準消費貸借の成立より前のものでも、詐害行為として取り消せます。詐害行為取消権の回で見たとおり、守られるのは、行為の前の原因に基づく債権でした。準消費貸借が行為の後でも、債務は同じなので、元になった債務は、行為の前からあります。だから、守られる債権に当たるのです。

柱3の板(主役)。引き継がれるもの=保証・担保/同時履行の抗弁権(事情があるとき)/旧債務を被保全債権とする詐害行為取消権。切れるもの=消滅時効は新債務を基準に数える。 図:柱3の板

  • 主役
  • 引き継がれるもの=保証・担保
  • 同時履行の抗弁権(事情があるとき)
  • 旧債務を被保全債権とする詐害行為取消権。切れるもの=消滅時効は新債務を基準に数える。

3つを、1枚にまとめます。引き継がれるものは、保証と担保、同時履行の抗弁権、旧債務を被保全債権とする詐害行為取消権です。同一性が保たれるからです。一方、切れるものもあります。消滅時効です。時効は、旧債務ではなく、新債務を基準に考えます。同じ債務なのに、と思うかもしれません。判例の言葉を思い出してください。同じ債務のまま、消費貸借の規定に従う、でした。続くのは、債務そのものと、それに付いているものです。保証も、抗弁権も、元になった出来事も、こちらに入ります。一方、どの規定で扱うかは、消費貸借に切り替わります。時効は、この、どの規定で扱うか、の側に入ります。冒頭の例で見ます。毎月5万円ずつ返す、と返す時期を決め直しました。まだ来ていない月の分は、Aも請求できません。請求できる時から数える時効も、決め直した後の債務で数えることになります。準消費貸借の効力は、論文で論点になりうるところです。

確かめる

確かめるその1。知人から利息なしで米を借りた。届いた米は古米だった。 図:確かめるその1。知人から利息なしで米を借りた。届いた米は古米だった。

事例で確かめます。1つめ。知人から、利息なしで米を借りました。届いたおこめは、古米でした。貸主は、どんな責任を負うでしょうか?

答えその1。無利息=特定した時の状態でよいと推定(551条1項の準用)。種類・品質の不適合なら、価額の返還ができる(590条2項)。 図:答えその1

  • 無利息=特定した時の状態でよいと推定(551条1項の準用)
  • 種類・品質の不適合なら、価額の返還ができる(590条2項)

無利息なので、551条1項が準用されて、特定した時の状態でよいと推定されます。ただ、品質が合わないときは、価額を返すこともできます。

確かめるその2。書面で100万円を借りる約束をした。お金を受け取る前に、借りる必要がなくなった。 図:確かめるその2

  • 書面で100万円を借りる約束をした
  • お金を受け取る前に、借りる必要がなくなった

2つめ。書面で、100万円を借りる約束をしました。お金を受け取る前に、借りる必要がなくなりました。借主は、どうできるでしょうか?

答えその2。受け取る前は借主が解除できる(587条の2第2項)。貸主に損害があれば賠償。 図:答えその2

  • 受け取る前は借主が解除できる(587条の2第2項)
  • 貸主に損害があれば賠償

受け取る前なので、借主は解除できます。貸主に損害があれば、賠償します。

確かめるその3。土地を売り、残りの代金を準消費貸借にした。買主が代金を払わないまま、登記を移すよう求めた。 図:確かめるその3

  • 土地を売り、残りの代金を準消費貸借にした
  • 買主が代金を払わないまま、登記を移すよう求めた

3つめ。土地を売り、残りの代金を準消費貸借にしました。買主が、代金を払わないまま、登記を移すよう求めてきました。売主は、拒めるでしょうか?

答えその3。同時履行の抗弁権は残る(判例は事情があるとき)。履行の提供があるまで拒める。 図:答えその3

  • 同時履行の抗弁権は残る(判例は事情があるとき)
  • 履行の提供があるまで拒める

同時履行の抗弁権が残るので、準消費貸借上の債務の履行の提供があるまで、拒めます。事情があるとき、という条件も覚えておいてください。

確かめるその4。ツケの代金債務を準消費貸借に切り替えた。消滅時効は、旧債務と新債務のどちらを基準に数えるか。 図:確かめるその4

  • ツケの代金債務を準消費貸借に切り替えた
  • 消滅時効は、旧債務と新債務のどちらを基準に数えるか

4つめ。ツケの代金債務を、準消費貸借に切り替えました。消滅時効は、旧債務と新債務の、どちらを基準に数えるでしょうか?

答えその4。消滅時効は新債務を基準に数える。 図:答えその4。消滅時効は新債務を基準に数える。

新債務を基準に数えます。

3つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=貸主の担保責任は利息の有無で分かれる(利息付き=売買の規定・無利息=551条1項)、どちらでも価額の返還(590条2項)。2=受け取る前の解除は借主、損害があれば貸主が賠償、受け取る前の破産で失効(587条の2第2項・3項)。3=準消費貸借は既存の債務を消費貸借の債務に書き換える。保証・担保・抗弁権・被保全債権は残り、時効は新債務基準(588条)。 図:今日のまとめ

  • 1=貸主の担保責任は利息の有無で分かれる(利息付き=売買の規定・無利息=551条1項)、どちらでも価額の返還(590条2項)
  • 2=受け取る前の解除は借主、損害があれば貸主が賠償、受け取る前の破産で失効(587条の2第2項・3項)
  • 3=準消費貸借は既存の債務を消費貸借の債務に書き換える
  • 保証・担保・抗弁権・被保全債権は残り、時効は新債務基準(588条)

今日の話を整理します。1つめ、貸主の担保責任は、利息の有無で分かれます。利息付きは売買の規定、無利息は贈与の551条1項です。どちらの場合も、種類又は品質の不適合なら、価額を返せます。2つめ、書面でする消費貸借は、受け取る前なら借主が解除できます。損害があれば、貸主に賠償します。受け取る前に当事者の一方が破産したら、効力を失います。使用貸借とは、解除できる側が逆です。3つめ、準消費貸借は、すでにある債務を消費貸借の債務に書き換える契約です。意思が明らかでなければ、同一性が保たれるので、保証、担保、同時履行の抗弁権、被保全債権は残ります。時効は新債務を基準に数えます。

冒頭の答え合わせ。ツケを借金に書き換えても、Cの保証は残る。当事者の意思が明らかでなければ、旧債務は同一性を保って存続する(最判)。 図:冒頭の答え合わせ

  • ツケを借金に書き換えても、Cの保証は残る
  • 当事者の意思が明らかでなければ、旧債務は同一性を保って存続する(最判)

冒頭の問いの答えです。Cの保証は、切り替えの後も残ります。古い債務を消す、とはっきり決めていなければ、債務は同じものとして続くからです。準消費貸借の効力は、論文で論点になりうるところです。

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#256単独ページ動画

使用貸借の成立・義務・対抗力・終了

第5章 契約 #256/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

親の土地に建てた家は

冒頭の設例の関係図。左が貸主A(父)、右が借主B(息子)、上に土地の買主C。AはBに、地代なしの口約束で土地を貸した。Bはその土地に家を建てて住んでいる。あとからAが土地をCに売り、Cが登記を備えた。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が貸主A(父)、右が借主B(息子)、上に土地の買主C
  • AはBに、地代なしの口約束で土地を貸した
  • Bはその土地に家を建てて住んでいる
  • あとからAが土地をCに売り、Cが登記を備えた

冒頭の問いの答えの方向。Bは出ていかざるをえない。タダで借りた権利は、貸主Aにしか主張できない。土地の新しい所有者Cには主張できない。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • Bは出ていかざるをえない
  • タダで借りた権利は、貸主Aにしか主張できない
  • 土地の新しい所有者Cには主張できない

先に、答えの方向を言います。Bは、出ていかざるをえません。タダで借りた権利、使用借権は、貸主のAにしか主張できない権利です。土地の新しい持ち主のCには、主張できません。理由と判例は、3つめの柱で確かめます。手前に、問いをもう2つ置きます。Aが亡くなったら、この貸し借りはどうなるのか。逆に、Bが亡くなったら、どうなるのか。この2つの答えは、最後の柱で出します。

今日の4つの柱

今日の地図。1=使用貸借とは何か(成立・賃貸借や消費貸借との線引き・受け取る前の解除)。2=貸主と借主の義務。3=使用借権には対抗力がない。4=使用貸借の終了(借主の死亡)。軸=タダで借りた物の権利は、どこまで強いのか。 図:今日の地図

  • 1=使用貸借とは何か(成立・賃貸借や消費貸借との線引き・受け取る前の解除)
  • 2=貸主と借主の義務
  • 3=使用借権には対抗力がない
  • 4=使用貸借の終了(借主の死亡)
  • 軸=タダで借りた物の権利は、どこまで強いのか

今日は4つの柱です。1つめ、使用貸借とは何か。成立と、似た契約との線引き、そして前回の続きの、受け取る前の解除です。2つめ、貸主と借主の義務。3つめ、使用借権には対抗力がないこと。冒頭の答えは、ここで出ます。4つめ、使用貸借の終わり方。AとBが亡くなったときの答えも、ここです。対抗力という言葉を、先に定義しておきます。自分の権利を、契約の相手以外の第三者にも主張できる力のことです。4つの柱を貫く軸は、1本です。タダで借りた物の権利は、どこまで強いのか。結論を先に言うと、成立は軽く、貸主の義務も軽く、第三者には対抗できず、借主が亡くなれば終わります。どれも、貸主が借主その人を信頼して、タダで貸す契約だから、という同じ根っこから出てきます。

柱1 使用貸借とは何か

1つめの柱の入口。使用貸借=物を無償で借りて使い、終わったらその物自体を返す契約。諾成・片務・無償。 図:1つめの柱の入口

  • 使用貸借=物を無償で借りて使い、終わったらその物自体を返す契約
  • 諾成・片務・無償

1つめの柱です。使用貸借は、タダで物を借りて使い、終わったらその物を返す契約です。593条は、契約の種類を整理した回でも見ました。もう一度、全文を出します。

条文民法593条

民法第593条 使用貸借は、当事者の一方がある物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。

要点は3つです。1つめ、諾成です。約することによって、と書かれていて、物を受け取ることは、成立の要件に入っていません。貸す約束と、借りて返す約束が合えば、成立します。2017年の改正の前は、物を受け取って初めて成立する、要物契約でした。改正で、諾成になりました。2つめ、無償です。借主は、使った分の対価を払いません。そして3つめ、片務です。返す債務があっても、使用貸借は片務です。双務かどうかは、返す債務があるかではなく、対価として向き合う債務があるかで見ます。売買なら、物を渡す債務と、代金を払う債務が向き合っています。使用貸借の返還債務は、貸してもらったことの見返りではありません。向き合っていないので、片務です。

3列の比較表(主役)。列=使用貸借/消費貸借/賃貸借。行=返す物(その物自体/同じ種類・品質・量の別の物/その物自体)・対価(無し/利息を付けるときだけ/賃料)・片務か双務か(片務/片務。利息を付けても対価として向き合う債務は無い/双務)。 図:3列の比較表(主役)。列=使用貸借/消費貸借/賃貸借。行=返す物(その物自体/同じ種類・品質・量の別の物/その物自体)・対価(無し/利息を付けるときだけ/賃料)・片務か双務か(片務/片務。利息を付けても対価として向き合う債務は無い/双務)。

似た契約と並べます。列は、使用貸借、消費貸借、賃貸借です。返す物。使用貸借は、借りたその物自体を返します。消費貸借は、同じ種類、同じ品質、同じ量の、別の物を返します。賃貸借も、その物自体を返します。対価。使用貸借は無し。消費貸借は、利息を付けるときだけ。賃貸借は、賃料を払います。今日は、使用貸借が、その物自体を返す、タダの契約だという位置を押さえてください。名前ではなく、中身で決まります。「室代」や「使用料」と呼んでいても、使用の対価といえなければ、使用貸借です。逆に、使用の対価として払っているなら、賃貸借です。判例を2つ読みます。1つめは、会社の寮です。

線引きの判例その1。従業員専用の寮。世間並みの家賃相当額を使用料として払っている等の事実があるとき、賃貸借と判断してよい。社宅や寮の使用関係は態様がさまざまで、一律には論じられない=事案ごとの判断。 図:線引きの判例その1

  • 従業員専用の寮
  • 世間並みの家賃相当額を使用料として払っている等の事実があるとき、賃貸借と判断してよい
  • 社宅や寮の使用関係は態様がさまざまで、一律には論じられない=事案ごとの判断

会社の従業員専用の寮で、部屋の使用料を払っていた事案です。判決の要旨を出します。

判例最判昭31・11・16 民集10巻11号1453頁

寮の使用関係 従業員専用の寮の使用関係において、世間並みの家賃相当額を使用料として支払つている等、原審認定のような事実(原判決理由参照)があるときは、その使用関係を賃貸借と判断して妨げない。

読み方です。世間並みの家賃に当たる額を、使用料として払っていた事案で、原審が賃貸借と認めたのを、最高裁は妨げないとしました。ただし、これは一般論ではありません。同じ判決は、社宅や寮の使用関係には、いろいろな態様があって、一律に法律上の性質は論じられない、とも言っています。この事案の事実に即した、事例判断です。2つめは、反対側の事案です。

線引きの判例その2。家主の妻の伯父が、貸し間の室代として毎月千円を払っていた。普通の貸し間なら1畳あたり月千円ほどのところ。この支払は、使用の対価というより、貸し借りの当事者の特殊な関係に基づく謝礼=使用貸借。 図:線引きの判例その2

  • 家主の妻の伯父が、貸し間の室代として毎月千円を払っていた
  • 普通の貸し間なら1畳あたり月千円ほどのところ
  • この支払は、使用の対価というより、貸し借りの当事者の特殊な関係に基づく謝礼=使用貸借

家主の妻の伯父が、貸し間の室代として、毎月お金を払っていた事案です。普通の貸し間なら、1畳あたり月千円ほどのところ、この人は、月千円を室代として払っていました。

判例最判昭35・4・12 民集14巻5号817頁

室代名義の支払 各支払金はいずれも判示各室使用の対価というよりは貸借当事者間の特殊関係に基く謝礼の意味のものとみるのが相当で、賃料ではなく、右(一)、(二)の契約は使用貸借であつて賃貸借ではないと解すべき

読み方です。払っているお金は、部屋を使う対価というより、親戚という特殊な関係に基づく謝礼だ、と原審は見て、最高裁もその判断を是認しました。だから賃料ではなく、使用貸借です。2つを並べます。相場並みの使用料を払う寮は、賃貸借と判断されました。相場とかけ離れた額で、親戚への気持ちとして払うお金は、使用貸借でした。決め手は、そのお金が、使った分の見返りとして払われているのか、関係に基づく気持ちとして払われているのか、です。金額の大小だけで決めるのではなく、相場からどれだけ離れているかも、見る材料のひとつです。

柱1の続き。受け取る前の解除。前回=書面でする消費貸借は、受け取る前に借主が解除できた。今回=書面によらない使用貸借は、借主が受け取るまで貸主が解除できる。 図:柱1の続き

  • 受け取る前の解除
  • 前回=書面でする消費貸借は、受け取る前に借主が解除できた
  • 今回=書面によらない使用貸借は、借主が受け取るまで貸主が解除できる

ここで、前回の続きを回収します。前回、書面でする消費貸借は、受け取る前に、どちらが解除できたでしょうか?借主です。借りる義務までは負わせない、という考えでした。そうでした。使用貸借は、解除できる側が逆です。条文を出します。593条の2です。

条文民法593条の2

民法第593条の2 貸主は、借主が借用物を受け取るまで、契約の解除をすることができる。ただし、書面による使用貸借については、この限りでない。

読みどころは2つです。ひとつは、解除できるのが貸主だ、というところです。もうひとつは、ただし書です。書面による使用貸借には、この解除が使えません。つまり、書面が無いときだけ、借主が物を受け取るまで、貸主がやめられます。理由です。使用貸借は諾成なので、約束だけで成立します。しかし、タダで貸す約束をしただけの人を、口約束で縛りすぎるのは酷です。贈与の回で見た550条と同じく、勢いでした軽率なタダの約束を防ぐねらいです。書面を作ったなら、覚悟は固いと見て、やめられません。ただ、違いもあります。550条では、贈る側も、受け取る側もやめられました。593条の2でやめられるのは、貸主だけです。借主のほうは、あとで見る598条3項で、いつでもやめられるからです。設例です。父が息子に、「来月から、この土地を貸す」と口で約束しました。息子は、まだ土地を受け取っていません。父は、やめられます。受け取った後は、この条文では解除できません。その後の貸主の解除は、あとで見る、598条や594条3項に移ります。

柱2 貸主の義務と借主の義務

2つめの柱の入口。貸主の義務=引渡し(特定した時の状態)・使用を妨げない(修繕義務は無い)。借主の義務=返還・善良な管理者の注意・用法を守る・無断で使わせない・通常の必要費の負担・終了時の収去と原状回復。 図:2つめの柱の入口

  • 貸主の義務=引渡し(特定した時の状態)・使用を妨げない(修繕義務は無い)
  • 借主の義務=返還・善良な管理者の注意・用法を守る・無断で使わせない・通常の必要費の負担・終了時の収去と原状回復

2つめの柱です。タダの貸し借りで、貸主と借主は、どんな義務を負うのでしょうか。軸は、信頼関係で結ばれた、タダの契約です。貸主の義務は軽く、借主は丁寧に使って、元の姿で返す。この形になります。まず、貸主です。貸主は、物を引き渡す債務を負います。引渡しの中身は、596条が決めています。

条文民法596条

民法第596条 第五百五十一条の規定は、使用貸借について準用する。

551条は、贈与の条文でした。前回の無利息の消費貸借でも、準用されて出てきました。贈与者は、贈与の目的物を、特定した時の状態で引き渡すことを約したものと推定する、という条文です。使用貸借でも同じです。たとえば、脚が少しがたつく古い脚立を貸すと決めたなら、貸主は、そのままの状態で渡せば足ります。直してから渡す必要はありません。タダで貸した人に、品質まで保証させるのは重すぎる、という贈与と同じ筋です。なお、551条2項の負担付きの場合も準用されます。贈与の回で見た負担付き、つまり借主の側も一定の給付をする義務を負う使用貸借なら、貸主は、その負担の限度で、売主と同じ担保責任を負います。

貸主の義務は、借主が使うのを妨げない、という消極的なものにとどまります。修繕する義務はありません。賃貸借の貸主は、使える状態に保つために修繕する義務を負います。そこが違います。次は、借主の義務です。まず、終わったら、借りたその物を返す義務。593条で見ました。返すまでの間は、善良な管理者の注意をもって保存する義務があります。400条です。タダで借りているから雑でよい、とはなりません。

借主の義務その1。用法遵守義務=契約や物の性質で決まった使い方に従う。無断で第三者に使わせてはいけない。違反したら貸主は解除できる。催告は要らない。 図:借主の義務その1

  • 用法遵守義務=契約や物の性質で決まった使い方に従う
  • 無断で第三者に使わせてはいけない
  • 違反したら貸主は解除できる
  • 催告は要らない

次は、使い方の義務です。594条です。

条文民法594条

民法第594条 1 借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。 2 借主は、貸主の承諾を得なければ、第三者に借用物の使用又は収益をさせることができない。 3 借主が前二項の規定に違反して使用又は収益をしたときは、貸主は、契約の解除をすることができる。

1項は、用法遵守義務です。契約や、物の性質で決まった使い方に従って使う義務です。住むために借りた家を、勝手に店にしてはいけません。2項は、貸主の承諾なしに、第三者に使わせてはいけない、です。使用貸借は、貸主が借主その人を信頼して貸す契約だからです。友人に又貸しすれば、貸主が信頼した相手と、違う人が使うことになります。3項は、この2つに違反したときです。貸主は、契約を解除できます。3項には、催告が出てきません。債務不履行の解除のように、催告をして待ってから解除するのではなく、違反があれば、催告なしで解除できます。さらに、損害が出ていれば、債務不履行として、損害賠償も請求できます。415条です。

借主の義務その2。費用。通常の必要費=借主が負担。それ以外の費用(特別の必要費・有益費)=196条に従って貸主に償還請求。595条2項→583条2項→196条。 図:借主の義務その2

  • 費用
  • 通常の必要費=借主が負担
  • それ以外の費用(特別の必要費・有益費)=196条に従って貸主に償還請求
  • 595条2項→583条2項→196条

次は、費用です。借りている間に物にお金がかかったら、誰が負担するのか。595条です。

条文民法595条

民法第595条 1 借主は、借用物の通常の必要費を負担する。 2 第五百八十三条第二項の規定は、前項の通常の必要費以外の費用について準用する。

1項です。通常の必要費は、借主の負担です。ふだんから繰り返しかかる、維持のための費用でした。たとえば、借りた庭の、庭木の剪定や、小さな傷みの手入れです。使っている人が、持つのです。2項は、通常の必要費以外の費用、つまり、特別の必要費と有益費です。占有物の果実と費用の回の呼び名で言うと、臨時で大きな修繕費が特別の必要費、物の価値を高めるために払ったお金が有益費です。こちらは、貸主に返してもらえます。物は最後に貸主のもとへ戻り、その修繕や値上がりの得は、貸主が受け取るからです。条文は、583条2項を準用しています。その583条2項は、196条に従って償還する、と言っています。ですから、595条2項から583条2項、そして196条へと、二段で飛びます。196条の中身も、その回で見たとおりです。必要費は、支出した金額を償還させられます。有益費は、価値の増加が今も残っている場合に限り、支払った金額か増えた価値のどちらかを、貸主が選んで償還します。価値の増加が消えていれば、貸主の得も残っていないからです。583条2項のただし書で、有益費は、貸主の請求があれば、裁判所が払う期限を猶予できます。設例で分けます。借りた土地の庭木を、毎年手入れした。これは、通常の必要費です。借主の負担です。大雨で壊れた塀を、借主が急いで修理した。これは、特別の必要費です。貸主に償還を請求できます。借りた土地の水はけを良くする工事をして、土地の価値が上がった。これは有益費です。価値の増加が残っている限り、償還を請求できます。

借主の義務その3。終了時。付け足した物は取り外して返す(義務・権利)。分離できない物・過分の費用がかかる物は義務なし。受け取った後の損傷は元に戻す。借主に帰責事由が無い損傷は戻さなくてよい。 図:借主の義務その3

  • 終了時
  • 付け足した物は取り外して返す(義務・権利)
  • 分離できない物・過分の費用がかかる物は義務なし
  • 受け取った後の損傷は元に戻す
  • 借主に帰責事由が無い損傷は戻さなくてよい

次は、終わるときの義務です。599条です。

条文民法599条

民法第599条 1 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。ただし、借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については、この限りでない。 2 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができる。 3 借主は、借用物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合において、使用貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が借主の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

1項です。借用物に付け足した物は、使用貸借が終わったら、取り外して返す義務があります。収去とは、取り外して持ち去ることです。ただし、取り外せない物や、取り外すのに過分の費用がかかる物は、義務を負いません。2項は、権利の話です。借主は、付け足した物を取り外す権利もあります。貸主が「置いていってくれ」と言っても、借主は、自分の物として取り外せます。借りた庭に置いた物置は、終了のときに、外して持ち帰れます。3項は、原状回復義務です。受け取った後に生じた損傷は、使用貸借が終わったとき、元の状態に戻す義務があります。ただし書があります。借主に帰責事由が無い損傷なら、戻さなくてよい、という意味です。借りた倉庫の屋根が、台風で壊れたのなら、借主に帰責事由は無いので、直さなくてかまいません。借主が荒く使って壊したなら、戻す義務があります。

効く場面が違います。義務が効くのは、貸主が、外してから返してほしいと求める場面です。権利が効くのは、さっきの物置のように、借主が持ち帰りたい場面です。どちらも、付け足した物は借主の物だ、という前提です。ただし、分離できない物などには、義務のほうに例外があります。

請求の期間制限。貸主の損害賠償請求・借主の費用償還請求=貸主が返還を受けた時から1年以内。この期間は除斥期間(通説)。損害賠償請求権の時効は、返還から1年を経過するまで完成しない。 図:請求の期間制限

  • 貸主の損害賠償請求・借主の費用償還請求=貸主が返還を受けた時から1年以内
  • この期間は除斥期間(通説)
  • 損害賠償請求権の時効は、返還から1年を経過するまで完成しない

最後に、請求の期限です。600条です。

条文民法600条

民法第600条 1 契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。 2 前項の損害賠償の請求権については、貸主が返還を受けた時から一年を経過するまでの間は、時効は、完成しない。

1項です。貸主の損害賠償の請求と、借主の費用の償還の請求は、貸主が物の返還を受けた時から、1年以内にしなければなりません。物が返ってから時間がたつと、傷みが使い方のせいなのか、費用がいくらかかったのかが、分からなくなります。だから、早く片付けさせるのです。この期間は、時効ではなく、除斥期間だと考えるのが通説です。除斥期間は、消滅時効のような完成猶予や更新の定めがなく、援用も要らず、期間がすぎれば当然に権利が消える期間です。2項は、貸主の側の保護です。貸主は、借りた物が返ってくるまで、用法に違反されたことに気づきにくい。そこで、損害賠償の請求権は、物が返ってから1年が過ぎるまで、時効が完成しません。

柱2のまとめ板。貸主=引渡し(特定した時の状態・596条)・使用を妨げない(修繕義務なし)。借主=返還と善管注意(593条・400条)・用法遵守と無断使用禁止(594条)・通常の必要費は借主負担(595条)・収去と原状回復(599条)・請求は返還から1年以内(600条)。 図:柱2のまとめ板

  • 貸主=引渡し(特定した時の状態・596条)・使用を妨げない(修繕義務なし)
  • 借主=返還と善管注意(593条・400条)・用法遵守と無断使用禁止(594条)・通常の必要費は借主負担(595条)・収去と原状回復(599条)・請求は返還から1年以内(600条)

柱2を整理します。貸主は、特定した時の状態で引き渡し、使うのを妨げません。修繕の義務はありません。借主は、返す義務と、善良な管理者の注意で保存する義務を負います。用法を守り、貸主の承諾なしに、第三者に使わせません。通常の必要費は借主の負担で、それ以外は196条で償還を請求できます。終わるときは、付け足した物を取り外し、損傷を元に戻します。請求は、返還から1年以内です。ここまでが、貸し借りの中身でした。次は、冒頭の問いに戻ります。権利としての強さの話です。

柱3 使用借権には対抗力がない

3つめの柱の入口。冒頭の設例に戻る。AがBに土地を貸し、Bは家を建てて住んでいる。AがCに土地を売り、Cが登記を備えた。Bは使用借権をCに主張できるか。 図:3つめの柱の入口

  • 冒頭の設例に戻る
  • AがBに土地を貸し、Bは家を建てて住んでいる
  • AがCに土地を売り、Cが登記を備えた
  • Bは使用借権をCに主張できるか

3つめの柱です。冒頭の問いに戻ります。AがBに土地を貸し、Bは家を建てて住んでいます。AがCに土地を売り、Cは登記も備えました。Bは、Cに出ていけと言われて、拒めるでしょうか。まず、使用借権の性質です。使用借権は、債権です。債権は、契約の相手にしか主張できません。Bの使用借権は、貸主のAに対して、使わせろと言える権利です。土地の新しい所有者のCは、AとBの契約の当事者ではありません。ですから、Bは、Cに対して、使わせろとは言えません。冒頭で定義した言葉で言います。使用借権には、対抗力がありません。Cから見ると、Bは、土地を使う権利をCに主張できないまま、土地に家を置いている人、無権原の占有者です。だから、Cの明渡しの請求を、Bは拒めません。

土地を使う権利の守られ方の比較。地上権=物権・登記で第三者に対抗できる。建物の所有を目的とする土地の賃借権=債権だが借地借家法の保護(借地権)がある。使用借権=債権で、借地借家法の枠の外=対抗力なし。 図:土地を使う権利の守られ方の比較

  • 地上権=物権・登記で第三者に対抗できる
  • 建物の所有を目的とする土地の賃借権=債権だが借地借家法の保護(借地権)がある
  • 使用借権=債権で、借地借家法の枠の外=対抗力なし

土地を使う権利の守られ方は、違います。土地の上に建物を持つために、土地を使う方法を並べます。地上権は、物権です。物権だから、土地に地上権の登記を備えれば、誰にでも主張できます。土地の賃借権は、債権です。ただ、借地借家法は、建物の所有を目的とする地上権や賃借権を借地権として、強く守ります。借家も同じで、建物の賃貸借が対象です。そして、地上権の回で見たとおり、借地権は、土地の上に自分の名前で登記した建物があれば、第三者に対抗できます。借地借家法10条1項です。使用借権は、債権で、借地借家法の対象にも入りません。建物の所有を目的とする地上権でも、賃借権でもないからです。ですから、Bが家を自分の名前で登記していても、10条1項は使えません。タダで貸してくれた人に、土地を売っても借主を追い出せない、という重い負担までは負わせない。貸主の責任を軽くするのと、同じ筋です。だから、守りが薄いのです。ここで、柱1の線引きが効いてきます。もし、Bが使用の対価として地代を払っていたなら、賃貸借です。建物の所有を目的とする土地の賃借権として、借地借家法で守られます。家を登記しておけば、Cにも対抗できます。タダだから、守られない。親子の口約束でも、地代をきちんと払う賃貸借なら、守られるのです。

冒頭の答え。BはCに対抗できるか。Bは、Cに使用借権を対抗できず、出ていかざるをえない。使用借権は債権で、借地借家法の保護の枠にも入らない。判例=貸主から建物を買った者は、使用貸借関係を法律上承継するものではない(最判)。 図:冒頭の答え

  • BはCに対抗できるか
  • Bは、Cに使用借権を対抗できず、出ていかざるをえない
  • 使用借権は債権で、借地借家法の保護の枠にも入らない
  • 判例=貸主から建物を買った者は、使用貸借関係を法律上承継するものではない(最判)

判例です。柱1で見た、親戚が室代を払っていた事件と、同じ判決です。部屋の使用貸借の事案で、貸主から建物を買った人が、借りていた人に明渡しを求めました。最高裁が是認した、原審の判断を読みます。

判例最判昭35・4・12 民集14巻5号817頁

貸主から建物を買った者 被上告人は、右各契約後、上告人A1より本件建物の所有権を取得したけれども、被上告人はこれによつて上告人A1の右各室についての使用貸借関係を法律上承継するものではない、としたのはすべて相当というを妨げない。

読み方です。建物の所有権を買った人は、前の所有者と借主の使用貸借関係を、法律上、そのまま引き継ぐわけではない、という判断です。借りていた人は、当時の借家法、今の借地借家法の前身のひとつで、建物の引渡しを受けていれば新しい持ち主にも対抗できる、という定めも主張しましたが、それも採用できない、とされました。使用貸借だったからです。冒頭の答えです。BはCに、使用借権を対抗できません。Cが登記を備えて、土地の所有者になったのですから、出ていくしかありません。同じ筋が、判例で確かめられています。使用貸借は、信頼関係で結ばれた契約です。その信頼は、AとBの間のものです。土地を買ったCは、その信頼の外にいます。守りが薄いのは、そのためです。

柱4 使用貸借の終了

4つめの柱の入口。終わり方=期間満了・目的の終了(597条)/貸主の解除(598条ほか)/借主の死亡(597条3項)。 図:4つめの柱の入口

4つめの柱です。使用貸借は、どう終わるのか。終わり方は大きく3つです。期間の満了や目的の終了、貸主の解除、そして借主の死亡です。まず、597条です。

条文民法597条

民法第597条 1 当事者が使用貸借の期間を定めたときは、使用貸借は、その期間が満了することによって終了する。 2 当事者が使用貸借の期間を定めなかった場合において、使用及び収益の目的を定めたときは、使用貸借は、借主がその目的に従い使用及び収益を終えることによって終了する。 3 使用貸借は、借主の死亡によって終了する。

1項と2項から見ます。期間を定めたなら、その期間が満了したときに終わります。期間は定めなかったが、使用と収益の目的を定めたなら、借主が、その目的に従って使い終えたときに終わります。たとえば、収穫が終わるまで畑を貸す、と約束したなら、収穫を終えたときに終わります。3項は、あとで見ます。

解除の問い。期間も目的も決めていない土地の貸し借り。貸主は、いつ解除できるか。 図:解除の問い。期間も目的も決めていない土地の貸し借り。貸主は、いつ解除できるか。

次は、解除です。期間も目的も決めていない、土地の貸し借りがあります。貸主は、いつ解除できるでしょうか?

答えと598条の整理。目的はあるが期間の定めが無い→目的に足りる期間を過ぎれば貸主が解除できる(1項)。期間も目的も無い→貸主はいつでも解除できる(2項)。借主はいつでも解除できる(3項)。 図:答えと598条の整理

  • 目的はあるが期間の定めが無い→目的に足りる期間を過ぎれば貸主が解除できる(1項)
  • 期間も目的も無い→貸主はいつでも解除できる(2項)
  • 借主はいつでも解除できる(3項)

期間も目的も無いのなら、貸主は、いつでも解除できると思います。条文を出します。598条です。

条文民法598条

民法第598条 1 貸主は、前条第二項に規定する場合において、同項の目的に従い借主が使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、契約の解除をすることができる。 2 当事者が使用貸借の期間並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも契約の解除をすることができる。 3 借主は、いつでも契約の解除をすることができる。

1項は、前条2項の場合です。期間は定めず、目的だけを定めた場合です。借主が、その目的に従って使うのに足りる期間が過ぎたら、貸主は解除できます。2項は、期間も目的も定めなかった場合です。貸主は、いつでも解除できます。3項は、借主です。借主は、いつでも解除できます。冒頭の設例は、親子の口約束で、期間も目的も、口では決めていません。ただ、家を建てて住むために貸したことが、事情から読み取れる、と見れば、目的はあります。そうなら1項で、その目的に従って使うのに足りる期間が過ぎるまでは、Aは解除できません。期間も目的も、本当に何も決めていなかったなら、2項で、Aはいつでも解除できます。借主のほうは、どちらでも、いつでも解除できます。

貸主が解除できる場面の整理板(主役)。1=書面によらない使用貸借で、借主が受け取る前(593条の2)。2=借主が用法に違反、または無断で第三者に使わせたとき(594条3項・催告不要)。3=目的に足りる期間の経過(598条1項)。4=期間も目的も定めていない(598条2項・いつでも)。借主は常にいつでも(598条3項)。 図:貸主が解除できる場面の整理板

  • 主役
  • 1=書面によらない使用貸借で、借主が受け取る前(593条の2)。2=借主が用法に違反、または無断で第三者に使わせたとき(594条3項・催告不要)。3=目的に足りる期間の経過(598条1項)。4=期間も目的も定めていない(598条2項・いつでも)。借主は常にいつでも(598条3項)。

貸主が解除できる場面を、まとめます。使用貸借の条文が定める貸主の解除は、4つです。1つめ、書面によらない使用貸借で、借主が受け取る前。593条の2です。2つめ、借主が用法に違反したり、無断で第三者に使わせたとき。594条3項で、催告は要りません。3つめ、目的に足りる期間が過ぎたとき。598条1項です。4つめ、期間も目的も決めていないとき。598条2項で、いつでもです。借主のほうは、常にいつでも解除できます。

借主の死亡。使用貸借は借主の死亡によって終了する(597条3項)=使用借権は相続されない。貸主の死亡では終了しない。賃借権は相続される。 図:借主の死亡

  • 使用貸借は借主の死亡によって終了する(597条3項)=使用借権は相続されない
  • 貸主の死亡では終了しない
  • 賃借権は相続される

3つめの終わり方、借主の死亡に移ります。597条3項です。使用貸借は、借主の死亡によって終了します。使用借権は、相続されません。条文は、借主の死亡だけを終了原因に挙げています。貸主が亡くなっても、使用貸借は終わりません。死亡で終わるのが借主の側だけなのは、使用貸借が、貸主が借主その人を信頼して、タダで貸す契約だからです。借主が亡くなれば、その信頼の相手がいなくなります。亡くなった人の家族に、同じ信頼がそのまま及ぶとは限りません。一方、貸主が亡くなっても、信頼を向けられた相手である借主は、そこにいます。契約を続ける理由は、残ります。賃借権との決定的な違いです。賃借権は、借主が亡くなっても終了せず、相続されます。

終了の分岐図(主役)。期間を定めた→満了で終了。期間なし・目的あり→目的に従った使用の終了で終了/足りる期間の経過後は貸主が解除。期間も目的もなし→貸主はいつでも解除。借主の死亡→終了。貸主の死亡→終了しない。 図:終了の分岐図

  • 主役
  • 期間を定めた→満了で終了。期間なし・目的あり→目的に従った使用の終了で終了
  • 足りる期間の経過後は貸主が解除。期間も目的もなし→貸主はいつでも解除。借主の死亡→終了。貸主の死亡→終了しない。

終わり方を、1枚に並べます。期間を定めたなら、満了で終わります。期間は定めず目的を定めたなら、目的に従った使い終わりで終わります。足りる期間が過ぎたら、貸主が解除できます。期間も目的も定めていないなら、貸主はいつでも解除できます。そして、借主が亡くなれば終わります。貸主が亡くなっても、終わりません。終わったときは、先ほどの599条で、付け足した物の収去や、原状回復が問題になります。

冒頭の答え合わせ。貸主Aが亡くなっても、使用貸借は終わらない。借主Bが亡くなれば、使用貸借は終わる。Bの家族は、そのまま使い続ける権利を引き継がない。 図:冒頭の答え合わせ

  • 貸主Aが亡くなっても、使用貸借は終わらない
  • 借主Bが亡くなれば、使用貸借は終わる
  • Bの家族は、そのまま使い続ける権利を引き継がない

冒頭で置いた、残りの2つの問いに答えます。Aが亡くなったら、この貸し借りは終わりません。Bが亡くなったら、使用貸借は終わります。Bの家族は、使用借権を相続して、そのまま使い続けることはできません。使用貸借の終了と、対抗力は、論文で論点になりうるところです。

確かめる

確かめるその1。従兄弟に部屋を貸し、「室代」として月千円を受け取っている。普通の貸し間は、その10倍ほどの相場。使用貸借か賃貸借か。 図:確かめるその1

  • 従兄弟に部屋を貸し、「室代」として月千円を受け取っている
  • 普通の貸し間は、その10倍ほどの相場
  • 使用貸借か賃貸借か

事例で確かめます。1つめ。従兄弟に部屋を貸し、室代として、月千円を受け取っています。普通の貸し間なら、その10倍ほどの相場です。使用貸借でしょうか、賃貸借でしょうか?

答えその1。使用の対価というより、関係に基づく謝礼=使用貸借。相場並みの使用料を払う寮=賃貸借と判断してよい。 図:答えその1

  • 使用の対価というより、関係に基づく謝礼=使用貸借
  • 相場並みの使用料を払う寮=賃貸借と判断してよい

その金額は、使用の対価というより、親戚どうしの関係に基づく謝礼です。だから、使用貸借です。寮のように、相場並みの使用料を払っているなら、賃貸借と判断される事案とは、分けて覚えてください。

確かめるその2。期間も目的も決めずに、土地を貸した。貸主は、いつ解除できるか。 図:確かめるその2。期間も目的も決めずに、土地を貸した。貸主は、いつ解除できるか。

2つめ。期間も目的も決めずに、土地を貸しました。貸主は、いつ解除できるでしょうか?

答えその2。期間も目的も定めていない=貸主はいつでも解除できる(598条2項)。 図:答えその2。期間も目的も定めていない=貸主はいつでも解除できる(598条2項)。

貸主は、いつでも解除できます。

確かめるその3。借主が、貸主に無断で友人に住まわせた。貸主は、どうできるか。 図:確かめるその3。借主が、貸主に無断で友人に住まわせた。貸主は、どうできるか。

3つめ。借主が、貸主に黙って、友人を住まわせました。貸主は、どうできるでしょうか?

答えその3。承諾なく第三者に使わせた=貸主は催告なしで解除できる(594条2項・3項)。損害があれば415条で賠償請求。 図:答えその3

  • 承諾なく第三者に使わせた=貸主は催告なしで解除できる(594条2項・3項)
  • 損害があれば415条で賠償請求

承諾なしに第三者に使わせたので、貸主は、催告なしで解除できます。損害が出ていれば、415条で賠償も請求できます。

確かめるその4。借主が、大雨で壊れた塀を修理した。借主が、日常の庭の手入れの費用を出した。それぞれ、誰が負担するか。 図:確かめるその4

  • 借主が、大雨で壊れた塀を修理した
  • 借主が、日常の庭の手入れの費用を出した
  • それぞれ、誰が負担するか

4つめ。借主が、大雨で壊れた塀を修理しました。また、借主が、日常の庭の手入れの費用を出しました。それぞれ、誰が負担するでしょうか?

答えその4。大雨で壊れた塀の修理=特別の必要費=196条で償還請求。日常の手入れ=通常の必要費=借主負担(595条1項)。 図:答えその4

  • 大雨で壊れた塀の修理=特別の必要費=196条で償還請求
  • 日常の手入れ=通常の必要費=借主負担(595条1項)

塀の修理は特別の必要費なので、196条で貸主に償還を請求できます。庭の手入れは通常の必要費なので、借主が負担します。

確かめるその5。借主が亡くなったとき。貸主が亡くなったとき。使用貸借はそれぞれ終わるか。 図:確かめるその5

  • 借主が亡くなったとき
  • 貸主が亡くなったとき
  • 使用貸借はそれぞれ終わるか

5つめ。借主が亡くなったとき、使用貸借は終わるでしょうか。貸主が亡くなったとき、使用貸借は終わるでしょうか?

答えその5。借主の死亡=終了(597条3項)。貸主の死亡=終了しない。 図:答えその5。借主の死亡=終了(597条3項)。貸主の死亡=終了しない。

借主が亡くなったときは、終わります。貸主が亡くなったときは、終わりません。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=使用貸借は諾成・片務・無償。金銭を払っていても使用の対価でなければ使用貸借。書面によらない使用貸借は受取前なら貸主が解除できる(593条の2)。2=貸主は特定した時の状態で引き渡し、使うのを妨げない。借主は用法を守り、通常の必要費を負担し、収去と原状回復をする。3=使用借権は債権で対抗力がない。4=期間・目的・解除・借主の死亡で終了。貸主の死亡では終わらない。 図:今日のまとめ

  • 1=使用貸借は諾成・片務・無償
  • 金銭を払っていても使用の対価でなければ使用貸借
  • 書面によらない使用貸借は受取前なら貸主が解除できる(593条の2)
  • 2=貸主は特定した時の状態で引き渡し、使うのを妨げない
  • 借主は用法を守り、通常の必要費を負担し、収去と原状回復をする
  • 3=使用借権は債権で対抗力がない
  • 4=期間・目的・解除・借主の死亡で終了
  • 貸主の死亡では終わらない

今日の話を整理します。1つめ、使用貸借は、諾成、片務、無償の契約です。お金を払っていても、使用の対価といえなければ、使用貸借です。書面によらない使用貸借は、借主が受け取るまで、貸主が解除できます。2つめ、貸主は、特定した時の状態で引き渡し、使うのを妨げません。修繕の義務はありません。借主は、用法を守り、無断で使わせず、通常の必要費を負担し、終わるときは収去と原状回復をします。3つめ、使用借権は債権で、対抗力がありません。4つめ、使用貸借は、期間の満了や目的の終了、解除、借主の死亡で終わります。貸主の死亡では、終わりません。

冒頭の答え合わせ。Bは、Cに使用借権を対抗できず、出ていかざるをえない。Aが亡くなっても使用貸借は終わらない。Bが亡くなれば終わる。 図:冒頭の答え合わせ

  • Bは、Cに使用借権を対抗できず、出ていかざるをえない
  • Aが亡くなっても使用貸借は終わらない
  • Bが亡くなれば終わる

冒頭の問いの答えです。BはCに、使用借権を対抗できません。出ていかざるをえません。使用借権は債権で、借地借家法の保護の枠にも入らないからです。Aが亡くなっても、使用貸借は終わりません。Bが亡くなれば、終わります。

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#257単独ページ動画

賃貸借の成立・存続期間・賃貸人の義務

第5章 契約 #257/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

天井の雨漏りは誰が直す

冒頭の設例の関係図。左が大家A、右が借り手B。AはBに部屋を貸し、Bは毎月家賃を払っている。部屋の天井から雨漏りがしている。BはAに「直して」と連絡したが、返事がない。下に業者C。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が大家A、右が借り手B
  • AはBに部屋を貸し、Bは毎月家賃を払っている
  • 部屋の天井から雨漏りがしている
  • BはAに「直して」と連絡したが、返事がない
  • 下に業者C

冒頭の問いの答えの方向。大家には直す義務がある(修繕義務)。連絡して相当の期間が過ぎても直さない、または急ぎなら、借り手が自分で直せる。費用は直ちに大家へ請求できる。ただし借り手の帰責事由で壊れたなら、大家は直さなくてよい。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 大家には直す義務がある(修繕義務)
  • 連絡して相当の期間が過ぎても直さない、または急ぎなら、借り手が自分で直せる
  • 費用は直ちに大家へ請求できる
  • ただし借り手の帰責事由で壊れたなら、大家は直さなくてよい

先に、答えの方向を言います。大家には、直す義務があります。連絡して、相当の期間が過ぎても直さないか、待っていられないほど急ぎなら、借り手は自分で直せます。かかった費用は、直ちに大家に請求できます。ただし、窓の開けっぱなしのように、借り手の帰責事由で壊れたのなら、大家は直さなくてかまいません。帰責事由とは、催告による解除の回で見た、その人のせいだと言える事情のことです。条文と細かい要件は、3つめと、4つめの柱で確かめます。手前の2つの柱で、そもそも賃貸借とは何か、何年まで貸せるのかを押さえます。

今日の4つの柱

今日の地図。1=賃貸借とは何か(601条・成立・民法と借地借家法)。2=存続期間(604条の上限・602条の短期賃貸借)。3=貸す側の修繕義務と、借りる側が自分で直せる場面(606条・607条の2)。4=費用の返ってき方と、担保責任(608条ほか)。軸=お金をもらって使わせるから、使える状態を保つ義務がある。 図:今日の地図

  • 1=賃貸借とは何か(601条・成立・民法と借地借家法)
  • 2=存続期間(604条の上限・602条の短期賃貸借)
  • 3=貸す側の修繕義務と、借りる側が自分で直せる場面(606条・607条の2)
  • 4=費用の返ってき方と、担保責任(608条ほか)
  • 軸=お金をもらって使わせるから、使える状態を保つ義務がある

今日は4つの柱です。1つめ、賃貸借とは何か。約束の中身と、成立と、民法のほかに別の法律が加わる場面の地図です。2つめ、存続期間。何年まで貸せるのか、貸す人によっては期間が縛られる、という話です。3つめ、貸す側の修繕義務と、借りる側が自分で直せる場面。冒頭の答えは、ここで出てきます。4つめ、借りる側が払った費用の返ってき方と、貸す側の担保責任です。

用語の板。貸す側=賃貸人=大家のA。借りる側=賃借人=借り手のB。使用貸借の貸主・借主に当たる。 図:用語の板

  • 貸す側=賃貸人=大家のA
  • 借りる側=賃借人=借り手のB
  • 使用貸借の貸主・借主に当たる

先に、2つの呼び名です。賃貸借で、貸す側を賃貸人、借りる側を賃借人と呼びます。前回の使用貸借の、貸主と借主に当たる人たちです。貸す側が賃貸人で大家のA、借りる側が賃借人で借り手のB、と結び付けてください。

賃貸借の全体の位置。貸す側と借りる側の内部の関係(今日は貸す側の義務。続きは借りる側の義務と終わり方・敷金)→第三者との関係→借地借家法の特別ルール。 図:賃貸借の全体の位置

賃貸借の話は、全体で見ると、大きく3つの層に分かれます。AとBの間の内部の関係。AやBと第三者との関係。そして、借地借家法の特別なルールです。今日は、内部の関係のうち、貸す側の義務を見ます。軸は1本です。お金をもらって使わせる契約だから、貸す側は、使える状態を保つところまで責任を負う。結論を先に言うと、ただし壊した側にまで負わせはしない、そして、貸す側が動かないときは、借りる側が自分で直して、費用を返してもらえます。

柱1 賃貸借とは何か

1つめの柱の入口。賃貸借=使わせる約束+賃料を払う約束+終わったら返す約束。諾成・双務・有償。 図:1つめの柱の入口

  • 賃貸借=使わせる約束+賃料を払う約束+終わったら返す約束
  • 諾成・双務・有償

1つめの柱です。賃貸借の条文は、601条です。

条文民法601条

民法第601条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

約束は3つに分かれます。貸す側の、使わせる約束。借りる側の、賃料を払う約束。そして借りる側の、終わったら借りた物を返す約束です。返す約束は、2017年の改正で条文に書き込まれました。それ以前も、そう考えられていました。契約の種類を整理した回で見たとおり、対価として向き合う債務を双方が負う契約が双務、双方が自分の財産を減らす負担をする契約が有償でした。賃貸借では、使わせることと賃料を払うことが、対価として向き合います。貸す側は物を使わせ、借りる側はお金を払うので、どちらも負担をしています。だから、賃貸借は、双務で有償です。この、お金をもらって使わせる、という点が、3つめの柱の修繕義務の根っこになります。

借りた物を返す債務もありますよね。それも、使わせる債務と向き合うのですか?向き合いません。返す債務は、使用貸借のときと同じで、使わせてもらったことの見返りではないので、双務かどうかには関係しません。向き合っているのは、使わせる債務と、賃料を払う債務の2つです。条文の最後は、約することによって、効力を生ずる、です。約束だけで成立する契約なので、賃貸借は諾成です。物を渡すことは、成立の要件ではありません。引き渡して使わせることは、成立したあとの、貸す側の義務の中身です。目的になる物は、動産でも、土地でも、建物でもかまいません。実際に重要なのは、土地と建物の賃貸借です。なお、貸す人が、その物の所有者である必要はありません。賃貸借は債権を生む契約で、物の所有を条件にしないからです。

民法と借地借家法の地図(主役)。行=動産の賃貸借/建物を建てない土地の賃貸借(駐車場など)/建物を建てるための土地の賃貸借(借地権)/建物の賃貸借(借家)。列=適用される法。動産・建物を建てない土地=民法だけ。借地・借家=民法に加えて借地借家法。 図:民法と借地借家法の地図(主役)。行=動産の賃貸借/建物を建てない土地の賃貸借(駐車場など)/建物を建てるための土地の賃貸借(借地権)/建物の賃貸借(借家)。列=適用される法。動産・建物を建てない土地=民法だけ。借地・借家=民法に加えて借地借家法。

次に、何を借りるかで、どの法律が当たるかを並べます。動産の賃貸借は、民法だけです。駐車場のように、建物を建てない目的の土地の賃貸借も、民法だけです。建物を建てるために土地を借りるなら、借地権といって、民法に加えて借地借家法が当たります。建物を借りる、借家も同じです。借地借家法が加わると、借りる側が強く守られます。その中身は、また別の回で見ます。土地の賃借権は、債権のままです。ただ、建物を建てる目的なら、借地借家法という別の法律が、債権の弱さを補います。民法だけの賃貸借と、借地借家法が加わる賃貸借がある、と分けて頭に置いてください。

柱2 存続期間

2つめの柱の入口。賃貸借の期間の上限=50年(604条)。権限の限られた者が貸すときは、さらに短い上限(602条)。軸=あまりに長く縛らない。 図:2つめの柱の入口

  • 賃貸借の期間の上限=50年(604条)
  • 権限の限られた者が貸すときは、さらに短い上限(602条)
  • 軸=あまりに長く縛らない

2つめの柱です。1つめの柱で、貸す側は、使わせる義務を負うと見ました。では、その義務を、何年まで負わせてよいのでしょうか。軸は、あまりに長く縛りすぎない、です。まず、604条です。

条文民法604条

民法第604条 1 賃貸借の存続期間は、五十年を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、五十年とする。 2 賃貸借の存続期間は、更新することができる。ただし、その期間は、更新の時から五十年を超えることができない。

1項です。上限は50年です。下限は書かれていません。1年未満でも、1日でもかまいません。100年と約束したら、契約そのものが無効になるのですか?なりません。50年を超えた部分が、50年に縮まるだけです。貸す側は、50年は貸す義務を負います。上限の趣旨は、あまりに長く貸すと、所有権が長く縛られ、物の傷みも顧みられにくくなる、というところにあります。2項です。更新はできますが、更新の時から、また50年までです。なお、この上限は、2017年の改正で、それまでの20年から50年に伸びました。たとえば、ゴルフ場の敷地のように、長く借りたい場面が増えたからです。ここで、1つだけ注意します。建物を建てる借地や、借家には、借地借家法が期間の特別ルールを置いています。民法の50年は、その外側の、一般のルールです。

602条の短期賃貸借(主役)。処分の権限を有しない者が貸すとき。山林(樹木を植える・切る目的)=10年。それ以外の土地=5年。建物=3年。動産=6か月。超える約定はその期間に縮む。 図:602条の短期賃貸借

  • 主役
  • 処分の権限を有しない者が貸すとき。山林(樹木を植える・切る目的)=10年。それ以外の土地=5年。建物=3年。動産=6か月。超える約定はその期間に縮む。

次は、貸す人によって、上限がさらに短くなる場合です。602条です。

条文民法602条

民法第602条 処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合には、次の各号に掲げる賃貸借は、それぞれ当該各号に定める期間を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、当該各号に定める期間とする。 一 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借 十年 二 前号に掲げる賃貸借以外の土地の賃貸借 五年 三 建物の賃貸借 三年 四 動産の賃貸借 六箇月

数字は、山林が10年、それ以外の土地が5年、建物が3年、動産が6か月です。山林とは、樹木を植えたり、切ったりする目的で貸す山林のことです。超える約束をしても、その期間に縮みます。処分の権限を有しない者とは、その物を管理する権限しか持たない人です。たとえば、不在者と失踪宣告の回で見た、行方の分からない人に代わって財産を管理する、不在者の財産管理人です。代理人でも、代理する範囲を決められていない人は、管理の範囲でしか動けません。こうした人は、物を売ったり、手放したりする処分は、できません。賃貸借は、処分行為そのものではないので、管理の権限でもできます。ただ、本人にとっては、長く貸してしまうと、物が自由に使えなくなります。そこで、管理しかできない人が貸すなら、この期間までに縛ります。自分の物を、自分で長く貸すのは自由ですが、人から財産を預かって管理する人が、本人の物を長く縛るのは困る、という筋です。付け加えると、被保佐人は、この期間を超える賃貸借をするときだけ、保佐人の同意が要ります。

別の条文との比較板。共有物の賃貸(252条4項)=山林10年・土地5年・建物3年・動産6か月。短期賃貸借(602条)=同じ数字。局面は別。252条4項=共有者が過半数でする場合。602条=処分の権限を有しない者が貸す場合。 図:別の条文との比較板

  • 共有物の賃貸(252条4項)=山林10年・土地5年・建物3年・動産6か月
  • 短期賃貸借(602条)=同じ数字
  • 局面は別
  • 252条4項=共有者が過半数でする場合
  • 602条=処分の権限を有しない者が貸す場合

共有物の回で見た、252条4項の数字と同じだと気づいたと思います。山林10年、土地5年、建物3年、動産6か月で、同じです。ただ、別の条文で、局面が違います。252条4項は、共有者が、過半数の決定で共有物を貸すときの上限でした。602条は、処分の権限を持たない人が、貸すときの上限です。数字が同じなので、どちらの場面の話かを分けて覚えてください。

柱3 修繕義務と、借りる側が直せる場面

3つめの柱の入口。冒頭の設例に戻る。雨漏り。大家Aに直す義務はあるか。使用貸借との違い。 図:3つめの柱の入口

  • 冒頭の設例に戻る
  • 雨漏り
  • 大家Aに直す義務はあるか
  • 使用貸借との違い

3つめの柱です。冒頭の雨漏りに戻ります。賃貸借の貸す側は、使える状態を保つ義務を負います。これを修繕義務といいます。軸は、お金をもらって使わせる契約だから、です。ここで、前回の使用貸借を思い出してください。使用貸借の貸主は、借りた物が壊れたら、直す義務を負ったでしょうか?

条文民法606条1項

民法第606条 1 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。

そこが違います。606条1項です。賃貸人は、使用と収益に必要な修繕をする義務を負います。タダで貸した使用貸借の貸主は、妨げないだけでよかった。賃貸借の貸主は、賃料をもらっているので、使える状態を保つところまで責任を負います。雨漏りした天井は、大家のAが直す義務を負います。ただし書です。賃借人の帰責事由によって修繕が必要になったときは、貸す側は修繕義務を負いません。たとえば、借り手のBが壁に大きな穴を開けてしまったなら、その穴を直すのは、大家のAではありません。冒頭の、窓を開けっぱなしにして、大雨を吹き込ませた場合も、同じ筋です。自分の落ち度で壊した分まで、貸す側に直させるのは、筋が通らないからです。この明文は、2017年の改正で入りました。

台風で屋根が壊れたような、借り手のせいではない場合は、借り手に帰責事由が無いので、ただし書にはあたらず、本文のとおり、大家が直す義務を負います。なお、この修繕義務は、特約で排除できます。当事者が決めた約束が、条文より優先する規定です。特約の限界は、ここでは扱いません。次は、大家が動かないときです。大家に連絡しても、返事がありません。借り手のBは、自分で直せるのでしょうか。2017年の改正で、条文が入りました。

条文民法607条の2

民法第607条の2 賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。 一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。 二 急迫の事情があるとき。

借りる側が自分で修繕できる場面の分岐(主役)。修繕が必要→大家に通知(または大家が知る)→相当の期間内に直さない→借り手が修繕できる。ただし通知しただけでは足りない。急迫の事情があるなら、待たずに修繕できる。 図:借りる側が自分で修繕できる場面の分岐

  • 主役
  • 修繕が必要→大家に通知(または大家が知る)→相当の期間内に直さない→借り手が修繕できる。ただし通知しただけでは足りない。急迫の事情があるなら、待たずに修繕できる。

答えは、条文の1号と2号です。1号。借り手が、直してほしいと通知したか、貸す側が壊れていることを知っていて、それでも大家が、相当の期間内に直さないとき、借り手は自分で直せます。2号。急迫の事情があるときは、待たずに、すぐ直せます。注意点は、通知しただけでは足りない、というところです。通知してから、相当の期間が過ぎるまでは、1号の場面ではありません。その間に待てない事情があれば、2号の急迫の事情として直せます。急迫の事情とは、待っていられない事情のことです。たとえば、天井から水が噴き出していて、放っておくと、部屋が水浸しになる、というような場合です。なぜ、通知してすぐには直せないのでしょうか。直すのは、もともと大家の義務で、部屋も大家の物です。まず大家に、自分の物を自分で直す機会を渡します。それでも動かないときに、初めて借り手が手を出せる、という順番です。直した借り手が、かかった費用をどうできるかは、次の柱です。

使用貸借と賃貸借の対比板(主役)。列=使用貸借/賃貸借。行=対価(無し/賃料)・貸す側の修繕義務(無し/あり・借りる側の帰責事由が原因なら除く)・通常の必要費(借りる側が負担/貸す側の負担に属する必要費は貸す側へ請求できる)。 図:使用貸借と賃貸借の対比板(主役)。列=使用貸借/賃貸借。行=対価(無し/賃料)・貸す側の修繕義務(無し/あり・借りる側の帰責事由が原因なら除く)・通常の必要費(借りる側が負担/貸す側の負担に属する必要費は貸す側へ請求できる)。

使用貸借と並べます。対価は、使用貸借は無し、賃貸借は賃料です。貸す側の修繕義務は、使用貸借には無く、賃貸借にはあります。ただし、借りる側の帰責事由で壊れたなら除きます。そして費用です。使用貸借では、通常の必要費は借主の負担でした。賃貸借では、直す義務は貸す側にあるので、借りる側が代わりに出したら、貸す側に請求できます。

柱4 費用の返ってき方と担保責任

4つめの柱の入口。借り手が支出した費用。必要費=雨漏りの修理。有益費=自費でベランダに屋根を付ける。 図:4つめの柱の入口

  • 借り手が支出した費用
  • 必要費=雨漏りの修理
  • 有益費=自費でベランダに屋根を付ける

4つめの柱です。借り手のBが、自分でお金を出したときの話です。雨漏りの修理に払ったお金と、ベランダに自費で屋根を付けたお金では、返ってくる時期が違います。608条です。

条文民法608条

民法第608条 1 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。 2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

1項です。必要費は、物を保存し、使える状態に保つための費用です。雨漏りの修理が、その例です。賃貸人の負担に属する必要費を、借り手が払ったなら、直ちに償還を請求できます。賃貸借が続いている間でも、請求できます。償還とは、払った分を返してもらうことです。借り手が払った理由は、使える状態を保つ修繕が、もともと大家の義務だからです。大家が本来払うはずのお金を、借り手が立て替えたので、すぐに返してもらえます。前の使用貸借では、通常の必要費は借主の負担でした。対価をもらう賃貸借では、逆の形になります。2項です。有益費は、物の価値を高めるための費用です。たとえば、借り手が自費で、ベランダに屋根を付けた場合です。有益費は、賃貸借の終了の時に償還されます。賃貸借が続いている間は、請求できません。そして、196条2項に従います。ここで、占有物の果実と費用の回で見た、196条2項を思い出してください。有益費を払った人が請求するとき、支払った金額と増えた価値のどちらで償還するかを、選ぶのは誰だったでしょうか?

物を取り戻して、費用を返す側の、回復者です。賃貸借なら、賃貸人の大家が選びます。そして、価値の増加が今も残っている場合に限られます。屋根を付けたことで、増えた価値が、終了のときに残っているなら、大家は、払った金額か、増えた価値の、どちらかを選んで返します。残っていなければ、返す必要はありません。ただし書があって、裁判所は、賃貸人の請求により、払う期限を相当の期間、猶予できます。

費用の整理板(主役)。行=通常の必要費(使用貸借)/必要費(賃貸借)/有益費(賃貸借)。列=誰が負担するか・いつ請求できるか・条文。通常の必要費(使用貸借)=借主・請求なし・595条。必要費(賃貸借)=貸す側の負担に属するもの・直ちに・608条1項。有益費(賃貸借)=増えた価値が残れば賃貸人が選んで償還・終了の時・608条2項、196条2項。 図:費用の整理板(主役)。行=通常の必要費(使用貸借)/必要費(賃貸借)/有益費(賃貸借)。列=誰が負担するか・いつ請求できるか・条文。通常の必要費(使用貸借)=借主・請求なし・595条。必要費(賃貸借)=貸す側の負担に属するもの・直ちに・608条1項。有益費(賃貸借)=増えた価値が残れば賃貸人が選んで償還・終了の時・608条2項、196条2項。

3場面を、1枚に並べます。使用貸借の通常の必要費は、借主の負担です。賃貸借の必要費は、貸す側の負担に属するものなら、直ちに請求できます。賃貸借の有益費は、賃貸借の終了の時で、増えた価値が残っているときに、賃貸人が選んで償還します。必要費は今すぐ、有益費は終わるとき。この違いは、必要費は使える状態を保つ義務を代わりに果たしたお金、有益費は物の値打ちが増した分だからです。有益費は、大家の義務を代わりに果たしたお金ではありません。値打ちの増えた物が大家の手に戻るのは、賃貸借が終わるときなので、そこで清算します。

請求の期間。必要費・有益費の償還の請求=賃貸人が賃借物の返還を受けた時から1年以内(622条が600条1項を準用)。 図:請求の期間

請求の期間にも、注意があります。必要費も有益費も、償還の請求は、大家が物を返してもらった時から、1年以内にしなければなりません。622条が、前回の使用貸借で見た600条1項を、賃貸借にも準用しているからです。物が返ってから時間がたつと、費用が本当にかかったのか、分からなくなるからです。そこで、この1年は、時効ではなく、除斥期間だと考えるのが通説です。1年がたてば、当然に権利が消えます。これとは別に、償還請求権そのものの消滅時効も進みます。その起算点は、必要費は費用を投じた時、有益費は契約が終了した時です。もうひとつ、結び付けておきます。借り手の必要費や有益費の償還請求権は、その物そのものにかけたお金の請求なので、その物とつながりがある債権です。そのため、留置権の回で、費用を払ってもらうまで物を返さないでおける例として、出てきました。最後に、貸す側の担保責任です。賃貸物が、契約の内容に適合しないとき、貸す側は、売主と同じ責任を負います。前に、売買の規定が、売買以外の有償契約にも準用されると見ました。その行き先のひとつが、賃貸借です。売主の責任の中身は、契約不適合責任の回で見たとおり、直させる追完請求や、代金減額請求などでした。ただ、賃貸借には、固有の規定があります。直させる場面は、この回で見た606条や607条の2が受け持ちます。賃料を減らす場面にも、611条という固有の規定があります。そのため、売買の規定が準用される場面は、実際にはほとんどありません。

確かめる

確かめるその1。借り手が、天井の雨漏りを大家に通知した。翌日、大家の返事を待たずに業者を呼んで直した。急を要する事情は無かった。607条の2の要件を満たすか。 図:確かめるその1

  • 借り手が、天井の雨漏りを大家に通知した
  • 翌日、大家の返事を待たずに業者を呼んで直した
  • 急を要する事情は無かった
  • 607条の2の要件を満たすか

事例で確かめます。1つめ。借り手が、雨漏りを大家に通知しました。その翌日、大家の返事を待たずに、業者を呼んで直しました。急ぐ事情は、ありませんでした。借り手が自分で修繕できる場面でしょうか?

答えその1。通知しただけでは足りない。相当の期間の経過か、急迫の事情が要る=607条の2を満たさない。 図:答えその1

  • 通知しただけでは足りない
  • 相当の期間の経過か、急迫の事情が要る=607条の2を満たさない

通知しただけでは足りません。相当の期間が過ぎていないし、急迫の事情も無いので、要件を満たしません。相当の期間を待つのは、大家に直す機会を渡すためでした。翌日では、その機会がまだ渡っていません。

確かめるその2。借り手が、壁に大きな穴を開けた。大家は直す義務を負うか。 図:確かめるその2。借り手が、壁に大きな穴を開けた。大家は直す義務を負うか。

2つめ。借り手が、壁に大きな穴を開けてしまいました。大家は、直す義務を負うでしょうか?

答えその2。借り手の帰責事由で修繕が必要になった=貸す側は修繕義務を負わない(606条1項ただし書)。 図:答えその2

借り手の帰責事由で修繕が必要になったので、大家は修繕義務を負いません。台風で屋根が壊れた場合と違って、原因が借り手の側にあります。

確かめるその3。借り手が、自費でベランダに屋根を付けた。いつ、誰が、どう償還するか。 図:確かめるその3

  • 借り手が、自費でベランダに屋根を付けた
  • いつ、誰が、どう償還するか

3つめ。借り手が、自費で、ベランダに屋根を付けました。その費用は、いつ、どのように返ってくるでしょうか?

答えその3。有益費=賃貸借の終了の時・価値の増加が残るとき・賃貸人が選ぶ(608条2項・196条2項)。 図:答えその3

有益費なので、賃貸借の終了の時です。価値の増加が残っていれば、大家が、払った金額か増えた価値かを選んで償還します。屋根の価値が、賃貸借の終わりに残っていないなら、返す必要はありません。

確かめるその4。契約で、存続期間を100年と定めた。 図:確かめるその4。契約で、存続期間を100年と定めた。

4つめ。契約で、存続期間を、100年と定めました。この約束は、どうなるでしょうか?

答えその4。50年を超える約定=50年に縮む(604条1項)。無効になるのではない。 図:答えその4

  • 50年を超える約定=50年に縮む(604条1項)
  • 無効になるのではない

契約は無効にならず、50年に縮みます。更新すれば、更新の時から、また50年まで続けられます。

確かめるその5。不在者の財産管理人が、建物を10年の約束で貸した。 図:確かめるその5。不在者の財産管理人が、建物を10年の約束で貸した。

5つめ。不在者の財産管理人が、建物を、10年の約束で貸しました。この賃貸借は、どうなるでしょうか?

答えその5。処分の権限を有しない者の建物の賃貸借=3年が上限(602条3号)。超える約定は3年に縮む。 図:答えその5

  • 処分の権限を有しない者の建物の賃貸借=3年が上限(602条3号)
  • 超える約定は3年に縮む

処分の権限を有しない者の賃貸借なので、建物は3年が上限です。10年の約束は、3年に縮みます。山林なら10年、建物なら3年と、貸す物によって上限が変わる点も、一緒に思い出してください。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=賃貸借は使わせる約束・賃料を払う約束・終わったら返す約束。諾成・双務・有償。2=存続期間の上限は50年。権限の限られた者が貸すときは、山林10年・土地5年・建物3年・動産6か月。3=貸す側は修繕義務を負う。借りる側の帰責事由が原因なら負わない。通知して相当期間が過ぎても直さない、または急迫の事情があるなら、借りる側が修繕できる。4=必要費は直ちに、有益費は終了の時に償還。請求は返還から1年以内。 図:今日のまとめ

  • 1=賃貸借は使わせる約束・賃料を払う約束・終わったら返す約束
  • 諾成・双務・有償
  • 2=存続期間の上限は50年
  • 権限の限られた者が貸すときは、山林10年・土地5年・建物3年・動産6か月
  • 3=貸す側は修繕義務を負う
  • 借りる側の帰責事由が原因なら負わない
  • 通知して相当期間が過ぎても直さない、または急迫の事情があるなら、借りる側が修繕できる
  • 4=必要費は直ちに、有益費は終了の時に償還
  • 請求は返還から1年以内

今日の話を整理します。1つめ、賃貸借は、使わせる約束、賃料を払う約束、終わったら返す約束で成り立ち、諾成、双務、有償です。2つめ、存続期間の上限は50年で、超える約定は50年に縮みます。処分の権限を有しない者が貸すときは、山林が10年、その他の土地が5年、建物が3年、動産が6か月までです。3つめ、貸す側は、使える状態を保つ修繕義務を負いますが、借りる側の帰責事由で必要になったときは負いません。通知して相当の期間が過ぎても直さないとき、または急迫の事情があるときは、借りる側が自分で修繕できます。4つめ、必要費は直ちに、有益費は賃貸借の終了の時に償還され、請求は返還から1年以内です。

冒頭の答え合わせ。大家に直す義務がある。通知して相当の期間が過ぎても直さない・または急迫の事情があるなら、借り手が自分で直せる。費用は必要費として直ちに請求できる。ただし借り手の帰責事由で壊れたなら、大家は直す義務を負わない。 図:冒頭の答え合わせ

  • 大家に直す義務がある
  • 通知して相当の期間が過ぎても直さない・または急迫の事情があるなら、借り手が自分で直せる
  • 費用は必要費として直ちに請求できる
  • ただし借り手の帰責事由で壊れたなら、大家は直す義務を負わない

冒頭の問いの答えです。雨漏りは、大家のAが直す義務を負います。Aが応じないなら、借り手のBは、通知して相当の期間が過ぎたあとに、または急迫の事情があれば待たずに、自分で業者を呼べます。かかった費用は、必要費として、直ちにAに請求できます。ただし、Bが窓を開けっぱなしにして大雨を吹き込ませたのなら、Bの帰責事由なので、Aは直す義務を負いません。修繕義務と、借りる側による修繕は、論文で論点になりうるところです。

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#258単独ページ動画

賃借人の義務と賃貸借の終了・信頼関係破壊の法理

第5章 契約 #258/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

家賃を1回忘れただけで

冒頭の設例の関係図。左が大家A、右が借り手B。AはBに部屋を貸し、Bは毎月家賃を払っている。契約書には「家賃を1か月分でも滞納したときは、催告なしに解除できる」という条項がある。ある月、Bは振込みを忘れた。AはBに「契約は解除した。出て行ってください」と通知した。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が大家A、右が借り手B
  • AはBに部屋を貸し、Bは毎月家賃を払っている
  • 契約書には「家賃を1か月分でも滞納したときは、催告なしに解除できる」という条項がある
  • ある月、Bは振込みを忘れた
  • AはBに「契約は解除した。出て行ってください」と通知した

冒頭の問いの答えの方向。1回忘れただけなら、出て行かなくてよい。特約の文字どおりには使えない。まとまった滞納が続いて信頼関係が壊れたなら、催告をしたうえで解除できる。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 1回忘れただけなら、出て行かなくてよい
  • 特約の文字どおりには使えない
  • まとまった滞納が続いて信頼関係が壊れたなら、催告をしたうえで解除できる

先に、答えの方向を言います。1回忘れただけなら、Bは出て行かなくてかまいません。契約書に特約が書いてあっても、文字どおりには使えません。賃貸借は、信頼関係を土台に、長く続く契約です。だから、信頼関係を壊すに足りない不履行では、解除は認められません。ただし、3か月分をまとめて滞納して、催告にも応じないなら、信頼関係は壊れたと言えて、解除が認められやすくなります。前に、この特約を扱った判決を、1つ読みました。今日は、その理由づけになっている考え方を、中心に据えます。

柱1 借りている間の義務

1つめの柱の入口。借りている間の義務=賃料を払う(614条)・決まった使い方を守る(616条・594条1項)・保管して知らせる(400条・615条)・貸す側の保存行為を受け入れる(606条2項)。 図:1つめの柱の入口

1つめの柱です。まず、賃借人の中心の義務、賃料を払う義務です。前回見た601条で、賃料を支払うことを約束するのが賃貸借でした。では、いつ払うのか。614条です。

条文民法614条

民法第614条 賃料は、動産、建物及び宅地については毎月末に、その他の土地については毎年末に、支払わなければならない。ただし、収穫の季節があるものについては、その季節の後に遅滞なく支払わなければならない。

動産、建物、宅地は毎月末、それ以外の土地は毎年末の払いです。つまり、後払いです。ただし、実際の契約書には、前の月の末までに翌月分を払う、といった特約が書かれるのが通常で、その特約が優先します。この条文は、特約が無いときの、いわば保険です。賃料は、物を使わせた対価として受け取る法定果実です。期間に応じて、日割りで、受け取る権利が配分されると、果実の回で見ました。家賃が日割りで積み上がるから、月末に払うと、その月の分をまとめて清算する形になります。次は、借りた物の一部が使えなくなったときです。台風で、借りている部屋の浴室が、半月使えなくなったとします。Bは、家賃を全額払うのでしょうか。611条です。

条文民法611条

民法第611条 1 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。 2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。

1項です。一部が使えなくなって、それがBの帰責事由によらないなら、賃料は、使えなくなった部分の割合に応じて、減額されます。ここで大事なのは、減額される、という書き方です。Bが「減らしてください」と請求しなくても、当然に減ります。2017年の改正で、この形になりました。改正前は、減額を請求できる、という書き方でした。2項です。残った部分だけでは、借りた目的を達成できないときは、Bは契約を解除できます。たとえば、店舗として借りたのに、店の中心の部屋が使えなくなった場合です。1項の減額と違って、2項の解除には、帰責事由の話が条文に書かれていません。

対比板。536条1項=債権者は、反対給付の履行を拒むことができる(債権者が主張する)。611条1項=賃料は、使えなくなった部分の割合に応じて、減額される(請求が無くても減る)。 図:対比板

  • 536条1項=債権者は、反対給付の履行を拒むことができる(債権者が主張する)
  • 611条1項=賃料は、使えなくなった部分の割合に応じて、減額される(請求が無くても減る)

536条1項と611条1項は、書き方が違います。536条1項は、拒むことができる、でした。債権者が、払うのを拒むと主張して、初めて働く権利です。611条1項は、減額される、です。請求も主張も要らず、条文だけで減ります。一部が使えない賃貸借では、611条が、危険負担の一般の規定より、強く借り手を守っています。賃料は、使わせてもらうことの対価なので、使えない部分には、そもそも払う理由がないからです。全部が使えなくなったときの扱いは、3つめの柱で見ます。

決まった使い方を守る義務(用法遵守義務)。616条→594条1項を準用=契約や物の性質で定まった用法に従って使用・収益する。594条3項(違反したら貸主は解除できる)は準用しない。違反したら=損害賠償(415条1項)・請求は返還から1年(622条→600条)。解除は柱4の話。 図:決まった使い方を守る義務

  • 用法遵守義務
  • 616条→594条1項を準用=契約や物の性質で定まった用法に従って使用・収益する。594条3項(違反したら貸主は解除できる)は準用しない。違反したら=損害賠償(415条1項)・請求は返還から1年(622条→600条)。解除は柱4の話。

次は、使い方の義務です。借りた物は、契約や物の性質で決まった使い方に従って使います。住むために借りた家を、勝手に店にしてはいけません。これを用法遵守義務といいます。使用貸借で見た594条1項と、同じ内容です。

条文民法616条

民法第616条 第五百九十四条第一項の規定は、賃貸借について準用する。

616条は、594条1項だけを準用しています。ここが、使用貸借との、1つめの違いです。使用貸借の594条3項は、用法に違反したら、貸主が催告なしで解除できる、と定めていました。616条は、1項しか準用しないので、賃貸借には、この3項の解除は来ません。用法に違反したときの解除は、あとの4つめの柱で見る、通常の解除の話になります。用法に違反したら、貸す側は、解除しかできないのですか?違います。損害賠償も請求できます。債務不履行ですから、415条1項です。その請求には、期間があります。ここで、前回の費用の請求と並べます。

条文民法622条

民法第622条 第五百九十七条第一項、第五百九十九条第一項及び第二項並びに第六百条の規定は、賃貸借について準用する。

622条です。使用貸借の597条1項、599条1項2項、600条を、賃貸借に準用します。600条の1年が、ここで効いてきます。用法違反の損害賠償は、賃貸人が物の返還を受けた時から、1年以内に請求しなければなりません。前回は、借り手の費用の請求がこの1年でした。今回は、貸す側の損害賠償の請求が、この1年です。どちらも、返還から1年です。この1年は、前回と同じく、除斥期間です。1年がたてば、当然に権利が消えます。これとは別に、その請求権の時効は、返還を受けた時から1年を経過するまでは、完成しません。

どうして、返還から数えるのですか?貸している間は、貸す側は、物がどう使われているか、分かりにくいからです。傷みや用法違反は、返ってきて初めて見えます。だから、返ってきてから1年の間に、請求の機会を残しています。ところが、損害賠償の請求権の時効は、貸している間にも進むことがあります。長い賃貸借なら、返ってくる前に時効が完成してしまうおそれがあります。それでは、せっかくの1年が意味を失います。だから、返還から1年がたつまでは、時効も完成しないことにしています。どちらも返還から数えるのは、返ってきて初めて傷みが見える、という同じ理由からです。

保管と知らせる義務。保管=返す物を、善良な管理者の注意で保管する(善管注意義務・400条)。知らせる=修繕が必要なとき・権利を主張する者がいるとき、遅滞なく賃貸人に通知する(615条)。ただし賃貸人が既に知っているときは不要。 図:保管と知らせる義務

  • 保管=返す物を、善良な管理者の注意で保管する(善管注意義務・400条)
  • 知らせる=修繕が必要なとき・権利を主張する者がいるとき、遅滞なく賃貸人に通知する(615条)
  • ただし賃貸人が既に知っているときは不要

次は、善良な管理者の注意、略して善管注意です。賃借人は、返す物を、返すまで大切に保管します。400条で見ました。その立場の標準的な人が払うべき注意で保管する、という意味です。借りた物をぞんざいに扱ってはいけません。それに関連して、知らせる義務があります。615条です。

条文民法615条

民法第615条 賃借物が修繕を要し、又は賃借物について権利を主張する者があるときは、賃借人は、遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。ただし、賃貸人が既にこれを知っているときは、この限りでない。

骨格は3つです。修繕が必要なとき、または、その物について権利を主張する人が現れたとき、遅滞なく大家に知らせます。ただし、大家がすでに知っているときは、知らせなくてかまいません。雨漏りに気づいたら知らせる。隣の人が「その土地は私の物だ」と言ってきたら知らせる。大家が対応できるようにするための義務です。前回見た、借り手が自分で直せる場面の通知も、この考え方につながっています。最後に、貸す側の修繕を受け入れる義務です。606条2項と607条です。

条文民法606条2項

民法第606条第2項 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。

条文民法607条

民法第607条 賃貸人が賃借人の意思に反して保存行為をしようとする場合において、そのために賃借人が賃借をした目的を達することができなくなるときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。

大家が、物を保つために必要な行為をするときは、借り手は拒めません。たとえば、修繕のために、一時的に部屋を空けてほしいと言われたら、応じます。前回見た、大家の修繕義務の裏側です。ただし、借り手の意思に反する保存行為で、借りた目的を達せなくなるときは、借り手が解除できます。

借りている間の義務の一覧板(主役)。行=賃料/使い方/保管・知らせる/保存行為を受け入れる/一部が使えない。列=中身・条文・違反したら。賃料=毎月末払いが原則・特約が優先・614条。使い方=決まった用法に従う・616条→594条1項・損害賠償は返還から1年(622条)。保管・知らせる=善管注意・遅滞なく通知・400条・615条。受け入れる=拒めない・606条2項・目的を達せないなら借り手が解除(607条)。一部が使えない=帰責事由が無ければ当然に減額(611条1項)。 図:借りている間の義務の一覧板(主役)。行=賃料/使い方/保管・知らせる/保存行為を受け入れる/一部が使えない。列=中身・条文・違反したら。賃料=毎月末払いが原則・特約が優先・614条。使い方=決まった用法に従う・616条→594条1項・損害賠償は返還から1年(622条)。保管・知らせる=善管注意・遅滞なく通知・400条・615条。受け入れる=拒めない・606条2項・目的を達せないなら借り手が解除(607条)。一部が使えない=帰責事由が無ければ当然に減額(611条1項)。

1つめの柱をまとめます。借りている間の義務は、払う、守って使う、保管して知らせる、受け入れる、の4つです。払う義務は、特約が無ければ毎月末払い。一部が使えなくなって、帰責事由が無ければ、請求が無くても当然に減ります。使い方を守る義務は、使用貸借と同じ条文を借りますが、違反しても催告なしの解除は来ません。違反の損害賠償は、返還から1年です。

柱2 返すときの義務

2つめの柱の入口。返すときの義務=返還する(601条)・付け足した物を収去する(622条→599条1項2項)・傷んだ所を原状に復する(621条)。 図:2つめの柱の入口

2つめの柱です。賃貸借が終わったら、借り手は、借りた物を返します。601条で、返還する約束が、賃貸借の成立の内容になっていました。ここでは、返すときに、あわせて問題になる2つを見ます。付け足した物と、傷んだ所です。1つめ、付け足した物です。Bが、借りた部屋に、棚を取り付けたとします。終了したときは、その棚を取り外して持ち出す義務があります。これを収去といいます。622条が準用する、使用貸借の599条1項です。ただし書があって、分離できない物や、分離に過分の費用がかかる物は、収去しなくてかまいません。壁に埋め込んだ配管のようなものです。

大家が「その棚は置いていってほしい」と言ったら、置いていかないといけませんか?違います。599条2項で、借り手は、付け足した物を収去する権利も持ちます。大家に頼まれても、取り外して持ち帰れます。収去する義務と権利、両方あります。なお、付け足した物を収去する話と、前回の有益費の償還は別の条文の話です。有益費は、物の価値を高めた費用を、終了の時に償還してもらう、という形で、持ち出すかどうかとは別の問題です。2つめ、傷んだ所です。621条です。使用貸借の599条3項に当たる条文ですが、中身に違いがあります。

条文民法621条

民法第621条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

受け取った後に生じた損傷を、元に戻す義務です。ただし、かっこ書で、2つが除かれています。通常の使用や収益によって生じた損耗、これを通常損耗といいます。そして、時間がたつことによる変化、経年変化です。さらにただし書で、借り手の帰責事由によらない損傷も、除かれます。

原状回復の範囲(主役)。戻す対象=受け取った後に生じた損傷(壁に大きな穴を開けた・床を傷つけた)。戻さない=通常損耗(家具を置いた跡)・経年変化(壁紙の日焼け)・帰責事由によらない損傷。理由=賃料を払って使うので、普通に使えば減る分は賃料に含まれている。使用貸借の599条3項=かっこ書の除外なし。 図:原状回復の範囲

  • 主役
  • 戻す対象=受け取った後に生じた損傷(壁に大きな穴を開けた・床を傷つけた)。戻さない=通常損耗(家具を置いた跡)・経年変化(壁紙の日焼け)・帰責事由によらない損傷。理由=賃料を払って使うので、普通に使えば減る分は賃料に含まれている。使用貸借の599条3項=かっこ書の除外なし。

入居した時の状態に戻す、と覚えると誤ります。普通に住んで生じる傷みや、日焼けは、戻さなくてかまいません。理由は、賃料を払って使っているからです。普通に使えば、物は多少減ります。その分は、賃料に含まれていると考えるのです。壁紙が日焼けした、家具を置いた跡が残った、というのは、戻さなくてよい例です。壁に大きな穴を開けた、というのは、戻す例です。ここが、使用貸借との違いです。使用貸借の599条3項には、この、通常損耗と経年変化を除く、かっこ書がありません。賃貸借では、賃料を払う分、普通の傷みは貸す側が引き受ける、と条文にはっきり書かれている点が違います。なお、敷金との関係は、次の回で扱います。2つめの柱をまとめます。返すときは、まず物を返す。付け足した物は、収去する義務があり、収去する権利もある。そして、傷んだ所を元に戻す義務があるが、普通の使用による傷みと経年変化は含まない。

柱3 賃貸借の終わり方

3つめの柱の入口。賃貸借の終わり方=期間の満了・全部が使えなくなる・解約の申入れ・解除。死亡では終わらない。 図:3つめの柱の入口

  • 賃貸借の終わり方=期間の満了・全部が使えなくなる・解約の申入れ・解除
  • 死亡では終わらない

3つめの柱です。賃貸借がどう終わるか、順に並べます。1つめは、存続期間の満了です。期間を定めた賃貸借は、期間が満了すると終了します。622条が、使用貸借の597条1項を準用しているからです。ただし、更新ができます。2つめは、賃借物の全部が使えなくなったときです。借りていた建物が、火事で全部焼けた場合です。616条の2です。

条文民法616条の2

民法第616条の2 賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借は、これによって終了する。

全部が使えなくなったら、賃貸借は、これによって終了します。解除も、解約の申入れも要りません。意思表示がなくても、そのまま終わります。これを当然終了といいます。2017年の改正で入りました。

一部と全部の対比(主役)。一部が使えなくなった=賃料は当然に減額(611条1項)・残りだけでは目的を達せないなら解除(同2項)。全部が使えなくなった=賃貸借は当然に終了(616条の2)。 図:一部と全部の対比

  • 主役
  • 一部が使えなくなった=賃料は当然に減額(611条1項)・残りだけでは目的を達せないなら解除(同2項)。全部が使えなくなった=賃貸借は当然に終了(616条の2)。

柱1で見た611条とセットで覚えてください。一部が使えないなら、賃料が減る。残りだけでは目的を達せないなら、解除できる。全部が使えないなら、当然に終了する。部分か全部かで、効果が分かれます。3つめは、期間の定めのない賃貸借の解約申入れです。617条です。

条文民法617条1項

民法第617条第1項 当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。 一 土地の賃貸借 一年 二 建物の賃貸借 三箇月 三 動産及び貸席の賃貸借 一日

期間を定めなかったときは、各当事者が、いつでも解約の申入れをできます。申入れの日から、土地は1年、建物は3か月、動産と貸席は1日で終了します。貸席は、貸し座敷のことで、条文に出てくる言葉です。そこまで気にしなくてかまいません。期間を定めても、途中でやめたいときはどうなりますか?618条です。期間を定めても、一方または双方が、その期間内に解約する権利を留保したときは、617条を準用します。つまり、契約で「途中で解約できる」と決めておけば、617条の期間で終わらせられます。土地や建物の賃貸借では、借地借家法が、貸す側からの解約申入れを、強く制限します。民法のこの617条だけでは決まらない、とだけ頭に置いてください。中身は、別の回で見ます。4つめは、解除です。次の柱で、詳しく見ます。

賃借人が死亡しても賃貸借は続き、賃借権は相続人が引き継ぎます。使用貸借の597条3項、借主の死亡で終了する、という規定を、622条は準用していません。準用するのは、1項だけです。ここが、使用貸借との2つめの違いです。タダの貸し借りは、その人への好意なので終わります。お金を払う賃貸借は、その人個人への好意ではなく、使う権利そのものが財産なので、相続されます。

終わり方の板(主役)。満了=終了(622条→597条1項)。全部が使えなくなる=当然終了(616条の2)。解約の申入れ=土地1年・建物3か月・動産及び貸席1日(617条)。解除=次の柱。賃借人の死亡=終わらない(相続される)。使用貸借は借主の死亡で終了(597条3項)。 図:終わり方の板

  • 主役
  • 満了=終了(622条→597条1項)。全部が使えなくなる=当然終了(616条の2)。解約の申入れ=土地1年・建物3か月・動産及び貸席1日(617条)。解除=次の柱。賃借人の死亡=終わらない(相続される)。使用貸借は借主の死亡で終了(597条3項)。

終わり方を、1枚に並べます。期間の満了、全部が使えなくなる、解約の申入れ、そして解除です。死亡は、終わりの原因ではありません。使用貸借と違い、賃貸借は、借り手が亡くなっても続きます。

柱4 債務不履行による解除と信頼関係破壊の法理

4つめの柱の入口。冒頭の設例に戻る。1回の振込み忘れ。特約=1か月でも滞納したら催告なしで解除。Aは解除できるか。 図:4つめの柱の入口

  • 冒頭の設例に戻る
  • 1回の振込み忘れ
  • 特約=1か月でも滞納したら催告なしで解除
  • Aは解除できるか

4つめの柱です。冒頭に戻ります。1回の振込み忘れで、特約があるから、Aは解除できるのか。これが、今日の主役です。先に、手がかりを思い出します。思い出してください。前に見た催告による解除で、期間が過ぎても解除できない場合がありました。何という例外でしたか?軽微なとき、です。541条のただし書で、期間を経過した時の債務不履行が、契約や取引上の社会通念に照らして軽微なときは、解除できません。不履行が軽ければ、催告のあとでも、解除はできません。賃貸借には、それとは別に、もう1つ壁があります。まず、土台からです。541条と542条は、賃貸借にも適用されます。賃料を払わないのは、債務不履行ですから、催告して解除する541条の道も、催告しても払われる見込みがないことが明らかなら催告なしで解除できる、542条1項5号の道も、特約がなくても使えます。ただし、使用貸借の594条3項は準用されません。賃貸借の解除は、541条以下の一般則で考えます。

賃貸借と信頼関係。賃貸借=信頼関係を基礎に、長く続く契約。1回の不履行で関係ごと断ち切るのは性質に合わない。例=長い付き合いの友人との貸し借りは、一度の遅れで絶交しない。何か月も連絡なしに約束を破り続ければ、切られても仕方がない。 図:賃貸借と信頼関係

  • 賃貸借=信頼関係を基礎に、長く続く契約
  • 1回の不履行で関係ごと断ち切るのは性質に合わない
  • 例=長い付き合いの友人との貸し借りは、一度の遅れで絶交しない
  • 何か月も連絡なしに約束を破り続ければ、切られても仕方がない

売買は、代金を払って品物を渡せば、それで関係が終わります。賃貸借は違います。毎月、顔を合わせるように、長く続きます。長い付き合いの友人との貸し借りで考えてください。1回、返すのが遅れたくらいで、絶交はしません。ところが、何か月も連絡なしに、約束を破り続ければ、付き合いを切られても仕方がない。賃貸借も、同じ筋です。

規範(最判昭39・7・28)。賃貸借は信頼関係を基礎とする継続的契約。債務不履行があっても、信頼関係を破壊するに足りない場合は、解除は認められない。信頼関係が壊れたと言えるときに、はじめて解除が認められる。札=判例の考え方を整理した、こちらの言い方。 図:規範

  • 最判昭39・7・28
  • 賃貸借は信頼関係を基礎とする継続的契約。債務不履行があっても、信頼関係を破壊するに足りない場合は、解除は認められない。信頼関係が壊れたと言えるときに、はじめて解除が認められる。札=判例の考え方を整理した、こちらの言い方。

これを、信頼関係破壊の法理といいます。賃貸借は、信頼関係を基礎とする継続的な契約です。そこで、債務不履行があっても、信頼関係を破壊するに足りない場合は、解除は認められません。逆に、信頼関係が壊れたと言えるときに、はじめて解除が認められます。これは、条文を読んでも出てこない考え方で、判例が立てた基準です。さっきの541条の軽微と、不履行の重さを見る点では近い考え方です。ただ、賃貸借では、信頼関係という言葉で判断し、滞納の額だけでなく、長く遅れずに住んできたか、貸す側に事情はないか、まで材料になります。判決を見ます。家賃の滞納で、催告をして解除した事案です。ここで、1つ考えてください。Bが家賃を滞納した。催告もした。それでも、Aは解除できないことがあるとすれば、どんな場合でしょうか?

判決で確かめます。事案を先に言います。賃貸人は、延滞した家賃について催告をして、解除の意思表示をしました。ところが、催告された額の半分は、すでに供託されていて、残りの延滞も少額でした。借り手は、18年あまり住み続けていて、この延滞のほかに、遅れたことはありませんでした。台風で家が壊れたとき、貸す側が修繕をしなかったので、借り手が自費で屋根をふき替えたのに、その修繕費の償還を、ずっと求めていなかった、という事情もありました。屋根の修繕費は、前回見た必要費で、借り手は、すぐに大家に請求できるものでした。それを請求せずに、黙って住み続けていたのです。カードの言葉を断ります。判決文の上告人は、賃貸人です。同被上告人は、借り手です。そして、ここは、原審、つまり下級審が認定した事実を引いて、最高裁が「その判断は正当だ」と是認した部分です。

判例最判昭39・7・28 民集18巻6号1220頁

賃料不払いによる解除と信頼関係 同被上告人は昭和一六年三月上告人先代から本件家屋賃借以来これに居住しているもので、前記催告に至るまで前記延滞額を除いて賃料延滞の事実がなかったこと、昭和二五年の台風で本件家屋が破損した際同被上告人の修繕要求にも拘らず上告人側で修繕をしなかったので昭和二九年頃二万九〇〇〇円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費について本訴が提起されるまで償還を求めなかったこと、……右事実関係に照らせば、同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして、上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって、右判断は正当として是認するに足りる。

読み方です。借り手は、長く住んでいて、この延滞のほかに遅れがなく、貸す側が修繕をしなかったので自費で屋根を直したのに、その費用も請求していませんでした。それなら、賃貸借の土台である、相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があるとは言えない。だから、貸す側が解除権を使うのは、信義則に反して許されない。この原審の判断を、最高裁は正当だと認めました。判例のふだです。この判決は、何か月滞納したら解除できる、という線を引いたのですか?違います。この判決は、事案ごとの総合判断をしています。延滞の額と期間、居住の長さ、遅れの経緯、貸す側の事情などをあわせて見ています。何か月、という線は、引いていません。実務では、3か月分程度のまとまった不払いなら、破壊が認められやすい、と言われますが、これは目安です。判例が決めた基準ではありません。

3つの入り口の整理板(主役)。(a)催告して待つ=541条・信頼関係が破壊されていること。(b)無催告解除特約=催告しなくても不合理でない事情があるとき。(c)破壊が著しいとき=542条1項5号に当たりうる。右に、破壊に足りない=解除は認められない(信義則)。 図:3つの入り口の整理板

  • 主役
  • (a)催告して待つ=541条・信頼関係が破壊されていること。(b)無催告解除特約=催告しなくても不合理でない事情があるとき。(c)破壊が著しいとき=542条1項5号に当たりうる。右に、破壊に足りない=解除は認められない(信義則)。

滞納された大家が解除に行く道は、3つあります。(a)と(c)は、条文が用意した道です。(b)は、契約で作った特約の道で、その特約がどこまで効くか、という話です。まず(a)、催告をして待つ道です。541条の催告解除です。ただし、賃貸借では、そのうえで、信頼関係が破壊されていることが必要です。これが、いま見た法理です。次に(b)、冒頭の、無催告解除特約です。特約の文字どおりなら、1か月でも滞納したら、催告なしで解除できるはずです。判決を見ます。前に読んだ判決です。

判例最判昭43・11・21 民集22巻12号2741頁

無催告解除の特約 家屋の賃貸借契約において、一般に、賃借人が賃料を一箇月分でも滞納したときは催告を要せず契約を解除することができる旨を定めた特約条項は、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることにかんがみれば、賃料が約定の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当である。

読み方です。1か月分でも滞納したら催告なしで解除できる、という特約は、その文字どおりには使えません。催告をしなくても不合理とは認められない事情がある場合に、無催告で解除できる、という趣旨の約束だと、特約の意味を限定して読みます。理由は、賃貸借が信頼関係を基礎とする継続的な関係だからです。この判決の事案は、5か月分の滞納があって、解除が認められました。判例のふだです。冒頭に当てはめます。1回、振込みを忘れただけのBは、催告をしなくても不合理でない事情には、当たりません。だから、特約があっても、無催告では解除できません。そして、催告をしても、1回の遅れだけでは信頼関係を破壊するに足りないので、解除は認められません。最後に(c)です。特約が無くても、滞納が重なって、催告をしても払われる見込みがないことが明らかなら、542条1項5号で、催告なしに解除できる場合に当たりえます。催告は、もう一度チャンスを与える手続でした。信頼関係が著しく壊れていれば、チャンスを与えても関係は戻らないので、催告をしても意味がありません。そこで、賃貸借では、信頼関係の破壊が著しい場合は、5号に当たると考えることができます。ただし、実際に5号に当たるかは、事案ごとに判断されます。この、信頼関係の考え方は、借地で、無断の増改築を禁じる特約に基づいて、催告なしに解除した事案の判決でも、使われています。最高裁は、信頼関係を破壊するおそれがない場合は、特約に基づく解除も、信義則上、許されない、としました。以前、無催告解除の特約の回で、理由づけが少し違う、と言ったのは、特約の意味を限定して読むのではなく、解除権を使うこと自体を、信義則で止めている点です。用法を守らない場面でも、信頼関係を壊すおそれがあるかどうかで判断される、という方向は同じです。

賃貸借の借り手の債務の保証については、前に、極度額の話と一緒に見ました。改正前の事案ですが、更新されたあとの滞納にも、反対の趣旨をうかがわせる特段の事情が無いかぎり、保証が及ぶ、というのが判決の結論でした。今は、保証人が個人なら、極度額の範囲内で、という枠がかかります。最後に、解除したあとの効果です。620条です。

条文民法620条

民法第620条 賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合においては、損害賠償の請求を妨げない。

賃貸借の解除は、将来に向かってのみ効力を生じます。前に、解除の効果の回で、545条1項は、原状に復させる、つまり契約をさかのぼって消す形で働くと見ました。賃貸借の解除は、違います。すでに住んだ期間をなかったことにしません。

545条1項と620条の対比(主役)。545条1項=各当事者は相手方を原状に復させる義務を負う(さかのぼって元に戻す)。620条=賃貸借の解除は将来に向かってのみ効力を生ずる(すでに使った期間はそのまま)・損害賠償の請求を妨げない。例=1年住んだあとに解除しても、その1年分の賃貸借はなかったことにならない。 図:545条1項と620条の対比

  • 主役
  • 545条1項=各当事者は相手方を原状に復させる義務を負う(さかのぼって元に戻す)。620条=賃貸借の解除は将来に向かってのみ効力を生ずる(すでに使った期間はそのまま)・損害賠償の請求を妨げない。例=1年住んだあとに解除しても、その1年分の賃貸借はなかったことにならない。

例で言います。Bが1年住んで、そのあとで解除されたとします。さかのぼって契約を消すと、その1年に住んだ事実と、払った家賃が、宙に浮いてしまいます。住んだ事実は、消せません。そこで、解除より前の期間の賃貸借は、そのまま有効として、解除のときから先だけを終わらせます。賃料の債務も、解除までの分は残ります。後段です。損害賠償の請求を妨げません。滞納された賃料や、損傷の損害賠償は、解除したあとも請求できます。545条4項と同じ方向です。解除したあとは、大家は、返還、つまり明渡しを求められます。4つめの柱をまとめます。賃貸借の解除は、通常の解除の条文が使えますが、信頼関係を破壊するに足りない不履行では、認められません。無催告解除特約は、催告しなくても不合理でない事情があるときに限って有効です。そして、解除は将来に向かってのみ効力を生じます。

確かめる

確かめるその1。台風で、借りている部屋の浴室が半月使えなかった。借り手に帰責事由は無い。賃料はどうなるか。 図:確かめるその1

  • 台風で、借りている部屋の浴室が半月使えなかった
  • 借り手に帰責事由は無い
  • 賃料はどうなるか

事例で確かめます。1つめ。台風で、Bが借りている部屋の浴室が、半月使えなくなりました。Bに帰責事由はありません。賃料は、どうなるでしょうか?

答えその1。一部が使えなくなり、借り手に帰責事由が無い=賃料は使えない部分の割合で当然に減額(611条1項)。請求は要らない。 図:答えその1

  • 一部が使えなくなり、借り手に帰責事由が無い=賃料は使えない部分の割合で当然に減額(611条1項)
  • 請求は要らない

Bが請求しなくても、使えない部分の割合で、賃料は当然に減ります。536条の、拒むことができる、と違って、減額される、でした。

確かめるその2。契約書に「1か月でも滞納したら催告なしで解除」とある。Bは初めて1か月分だけ遅れた。Aは特約どおり解除できるか。 図:確かめるその2

  • 契約書に「1か月でも滞納したら催告なしで解除」とある
  • Bは初めて1か月分だけ遅れた
  • Aは特約どおり解除できるか

2つめ。契約書には、1か月でも滞納したら催告なしで解除、とあります。Bは、初めて1か月分だけ遅れました。Aは、特約どおり解除できるでしょうか?

答えその2。特約は、催告しなくても不合理とは認められない事情がある場合に限り有効。1か月だけの遅れでは信頼関係を破壊するに足りない=解除できない。 図:答えその2

  • 特約は、催告しなくても不合理とは認められない事情がある場合に限り有効
  • 1か月だけの遅れでは信頼関係を破壊するに足りない=解除できない

できません。催告しなくても不合理でない事情が無く、信頼関係を破壊するに足りないからです。特約の意味は、限定して読まれます。

確かめるその3。Bは3か月分をまとめて滞納し、催告にも応じない。Aは解除できるか。 図:確かめるその3

  • Bは3か月分をまとめて滞納し、催告にも応じない
  • Aは解除できるか

3つめ。Bは、3か月分をまとめて滞納し、催告にも応じません。Aは、解除できるでしょうか?

答えその3。まとまった滞納+催告にも応じない=信頼関係の破壊が認められやすく、催告による解除も認められやすい(3か月は実務の目安)。 図:答えその3

催告をしたうえでなら、解除が認められやすいです。信頼関係の破壊が認められやすいからです。3か月は目安で、判例の基準ではありません。事案ごとの総合判断です。

確かめるその4。退去のとき、壁紙が日焼けし、家具の跡が残っていた。Bは原状回復義務を負うか。壁に大きな穴を開けていたら、どうか。 図:確かめるその4

  • 退去のとき、壁紙が日焼けし、家具の跡が残っていた
  • Bは原状回復義務を負うか
  • 壁に大きな穴を開けていたら、どうか

4つめ。Bの退去のとき、壁紙は日焼けして、家具の跡が残っていました。Bは、原状回復義務を負うでしょうか? もし壁に大きな穴を開けていたら、どうでしょうか?

答えその4。日焼け=経年変化・家具の跡=通常損耗=原状回復義務に含まれない。壁の大きな穴=受け取った後に生じた損傷=原状回復の対象(621条)。 図:答えその4

  • 日焼け=経年変化・家具の跡=通常損耗=原状回復義務に含まれない
  • 壁の大きな穴=受け取った後に生じた損傷=原状回復の対象(621条)

日焼けと家具の跡は、経年変化と通常損耗なので、戻す義務はありません。穴は、受け取った後に生じた損傷なので、戻す義務があります。入居した時の状態に戻す、ではありません。

確かめるその5。期間の定めのない建物の賃貸借で、解約の申入れをした。いつ終わるか。Bが死亡したらどうなるか。 図:確かめるその5

  • 期間の定めのない建物の賃貸借で、解約の申入れをした
  • いつ終わるか
  • Bが死亡したらどうなるか

5つめ。期間の定めのない建物の賃貸借で、解約の申入れをしました。いつ終わるでしょうか? また、Bが死亡したら、賃貸借はどうなるでしょうか?

答えその5。建物の賃貸借=解約申入れの日から3か月で終了(617条1項2号)。賃借人の死亡=終了せず、相続される。 図:答えその5

  • 建物の賃貸借=解約申入れの日から3か月で終了(617条1項2号)
  • 賃借人の死亡=終了せず、相続される

申入れの日から3か月で終わります。Bが死亡しても終わらず、相続人に相続されます。使用貸借は、借主の死亡で終わりました。そこが違います。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=借りている間の義務は、払う(特約が無ければ毎月末・一部が使えないなら当然に減額)・守って使う・保管して知らせる・受け入れる。2=返すときは、返還・収去(義務も権利もある)・原状回復(通常損耗と経年変化は含まない)。3=終わり方は、満了・全部が使えなくなる(当然終了)・解約申入れ(土地1年・建物3か月・動産及び貸席1日)・解除。死亡では終わらない。4=解除は、信頼関係を破壊するに足りないなら認められない。解除は将来に向かってのみ。 図:今日のまとめ

  • 1=借りている間の義務は、払う(特約が無ければ毎月末・一部が使えないなら当然に減額)・守って使う・保管して知らせる・受け入れる
  • 2=返すときは、返還・収去(義務も権利もある)・原状回復(通常損耗と経年変化は含まない)
  • 3=終わり方は、満了・全部が使えなくなる(当然終了)・解約申入れ(土地1年・建物3か月・動産及び貸席1日)・解除
  • 死亡では終わらない
  • 4=解除は、信頼関係を破壊するに足りないなら認められない
  • 解除は将来に向かってのみ

今日の話を整理します。1つめ、借りている間の義務は、賃料を払う、決まった使い方を守る、保管して知らせる、保存行為を受け入れる、の4つです。一部が使えなくなって帰責事由が無ければ、賃料は当然に減額されます。2つめ、返すときは、物を返し、付け足した物を収去し、傷んだ所を原状に復します。通常損耗と経年変化は含みません。3つめ、終わり方は、満了、全部が使えなくなることによる当然終了、解約の申入れ、解除です。死亡では終わりません。4つめ、解除は、信頼関係を破壊するに足りない不履行では認められません。無催告解除特約は、催告しなくても不合理でない事情があるときに限って有効です。解除は、将来に向かってのみ効力を生じます。

冒頭の答え合わせ。1回忘れただけ=信頼関係を破壊するに足りない=特約があっても解除は認められず、出て行かなくてよい。3か月分まとめて滞納し、催告にも応じない=信頼関係の破壊が認められやすく、催告のうえの解除が認められやすい(3か月は目安)。 図:冒頭の答え合わせ

  • 1回忘れただけ=信頼関係を破壊するに足りない=特約があっても解除は認められず、出て行かなくてよい
  • 3か月分まとめて滞納し、催告にも応じない=信頼関係の破壊が認められやすく、催告のうえの解除が認められやすい(3か月は目安)

冒頭の問いの答えです。1回、振込みを忘れただけのBは、出て行かなくてかまいません。特約は、催告しなくても不合理でない事情があるときに限って使えて、1回の遅れは、それに当たらず、信頼関係を破壊するにも足りないからです。ただし、3か月分をまとめて滞納して、催告にも応じないなら、信頼関係の破壊が認められやすく、Aの催告のうえの解除も認められやすくなります。解除は、将来に向かってのみ効力を生じます。信頼関係破壊の法理は、論文で論点になりうるところです。

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#259単独ページ動画

更新と敷金(622条の2)

第5章 契約 #259/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

住んでいる間に大家が替わった

冒頭の設例の関係図。左が大家A、右が借り手B。Bは入居のとき、Aに敷金20万円を預けた。住んでいる間に、Aは建物を新しい大家Cに売った。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が大家A、右が借り手B
  • Bは入居のとき、Aに敷金20万円を預けた
  • 住んでいる間に、Aは建物を新しい大家Cに売った

冒頭の問いの答えの方向。大家が替わる=返すのは今の大家。前の大家への未払い家賃を引いた残りが引き継がれる。借り手が替わる=逆。敷金は新しい借り手には引き継がれず、大家が前の借り手に残りを返す。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 大家が替わる=返すのは今の大家
  • 前の大家への未払い家賃を引いた残りが引き継がれる
  • 借り手が替わる=逆
  • 敷金は新しい借り手には引き継がれず、大家が前の借り手に残りを返す

先に、答えの方向を言います。大家が替わったときは、返すのは今の大家のCです。ただし、前の大家のAに払っていない家賃があれば、先に敷金から差し引かれて、その残りだけがCに引き継がれます。借り手が替わるときは逆です。敷金は新しい借り手には引き継がれず、大家のAが、前の借り手のBに、差し引いた残りを返します。大家が替わると続くのに、借り手が替わると続かない。同じ敷金なのに、なぜ逆になるのか。これが今日の主役です。前提を1つ置きます。この設例は、大家の地位が新しい持ち主に移った場合の話として進めます。地位がいつ、どんな条件で移るのかは、別の回で見ます。

柱1 更新

1つめの柱の入口。更新=期間が満了しても、同じ賃貸借関係を続けること。入り口は2つ=合意による更新・黙示の更新の推定(619条1項)。 図:1つめの柱の入口

  • 更新=期間が満了しても、同じ賃貸借関係を続けること
  • 入り口は2つ=合意による更新・黙示の更新の推定(619条1項)

1つめの柱です。前回、期間を定めた賃貸借は、期間が満了すると終了する、と見ました。ただし、更新ができる、とも言いました。更新とは、期間が満了しても、同じ賃貸借関係を続けることです。入り口は2つあります。1つめの入り口は、合意です。期間が定められていても、当事者が合意すれば更新できます。民法に、更新の合意を定める条文は特にありません。契約自由の原則から、そうなります。満了の前に話し合って、もう2年続けましょうと決める場合が、これです。2つめの入り口は、合意がなくても、態度から更新したと推定される場合です。619条1項です。

条文民法619条1項

民法第619条第1項 賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において、賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第六百十七条の規定により解約の申入れをすることができる。

要件は3つです。1つめ、期間が満了した後であること。2つめ、借り手が使用や収益を続けていること。3つめ、大家がそれを知りながら、異議を述べないことです。3つそろうと、従前の賃貸借と同じ条件で、更に賃貸借をしたものと推定されます。後段は、更新されたあとは、どちらからも617条で解約の申入れができる、という意味です。申入れから終了までの期間は、土地は1年、建物は3か月、動産と貸席は1日でした。推定なので、覆せます。推定は、反証できるという意味です。黙示は、言葉に出して約束していなくても、態度から、そう考えられることを指します。更新しますと口に出していなくても、満了後も住み続け、大家も何も言わず、家賃を受け取っていれば、態度が更新を示していると考えるわけです。

具体例の板。2年の契約が3月末で満了。4月以降もBは住み続け、AはBが住んでいることを知りながら何も言わず、4月分の家賃も受け取った=黙示の更新が推定される。Aが3月中に「満了だから出て行ってほしい」と伝えていた=異議を述べた=3つめの要件を欠く。 図:具体例の板

  • 2年の契約が3月末で満了
  • 4月以降もBは住み続け、AはBが住んでいることを知りながら何も言わず、4月分の家賃も受け取った=黙示の更新が推定される
  • Aが3月中に「満了だから出て行ってほしい」と伝えていた=異議を述べた=3つめの要件を欠く

例で言います。2年間の契約が、3月の末で満了しました。そして4月になってもBは住み続け、大家のAは、それを知りながら何も言わずに、4月分の家賃も受け取りました。3つの要件がそろうので、従前と同じ条件で更新した、と推定されます。一方、Aが3月のうちに、満了だから出て行ってほしい、とBに伝えていたなら、3つめの要件を欠きます。異議を述べたことになるので、推定は働きません。建物と土地の賃貸借には、借地借家法に、法定更新という別の仕組みがあります。そちらは、大家が更新を拒むのに正当な理由を求めるなど、借り手をより強く守る内容です。中身は別の回で見ます。今日の619条は、その手前にある、民法の一般則と位置づけてください。

更新の2つの入り口の板(主役)。合意による更新=当事者の合意で更新。黙示の更新の推定=期間満了後・使用収益の継続・賃貸人が知りながら異議なし→従前と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定→各当事者は617条で解約の申入れができる。 図:更新の2つの入り口の板

  • 主役
  • 合意による更新=当事者の合意で更新。黙示の更新の推定=期間満了後・使用収益の継続・賃貸人が知りながら異議なし→従前と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定→各当事者は617条で解約の申入れができる。

1つめの柱をまとめます。更新の入り口は2つです。当事者が合意して更新する。または、期間満了後に借り手が使い続け、大家が知りながら異議を述べないと、従前と同じ条件の更新が推定される。この推定で更新された賃貸借は、どちらからも解約の申入れができます。

柱2 更新と従前の担保

2つめの柱の入口。更新前に差し入れた担保はどうなるか。原則=期間満了で消える。例外=敷金。保証人はどうか。 図:2つめの柱の入口

  • 更新前に差し入れた担保はどうなるか
  • 原則=期間満了で消える
  • 例外=敷金
  • 保証人はどうか

2つめの柱です。更新で賃貸借が続くとき、更新の前に付けていた担保は、どうなるのでしょうか。担保を出した人は、もとの期間の債務を見込んで出しています。更新のあとの債務まで当然に負わせると、その人の予期に反します。そこで、619条2項です。

条文民法619条2項

民法第619条第2項 従前の賃貸借について当事者が担保を供していたときは、その担保は、期間の満了によって消滅する。ただし、第六百二十二条の二第一項に規定する敷金については、この限りでない。

原則は、消滅です。更新の前に差し入れていた担保は、期間の満了でいったん消えます。たとえば、大家のAが、借り手のBの債務のために、第三者に抵当権を付けてもらっていたとします。更新後は、その抵当権は消えます。新しい期間の債務は、新しく担保を付け直す扱いです。ただし書が例外です。敷金は、更新後も続きます。Bが預けた20万円は、更新されても、新しい期間の債務を担保し続けます。敷金とは何かは、次の柱で定義します。敷金は、借り手のB自身が、賃貸借が続くあいだの自分の債務を担保するために預けたお金です。更新で債務が続けば、担保も続くのが、預けたBの予期どおりです。

保証人の板。A=大家、B=借り手、D=保証人。2年の建物賃貸借でDが保証。更新を重ね、更新後の賃料の滞納が積み上がった。Dは更新後の分も払うのか。 図:保証人の板

  • A=大家、B=借り手、D=保証人
  • 2年の建物賃貸借でDが保証
  • 更新を重ね、更新後の賃料の滞納が積み上がった
  • Dは更新後の分も払うのか

保証人も更新で消えるのか、が問題です。保証人を、Dとします。2年の建物賃貸借で、DがBの債務を保証しました。その後、更新が重ねられ、更新後の賃料の滞納がたまっていきました。条文の「担保」を広く読めば、更新後のDは、責任を負わないように見えます。しかし、最高裁は、保証契約の意思解釈という筋道で、更新後にも保証が及ぶとしました。保証の回で見た判決です。結論のところだけ、もう一度読みます。

判例最判平9・11・13 集民186号105頁

建物賃貸借の更新と保証人の責任 以上によれば、期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり、

読み方です。期間の定めのある建物の賃貸借では、保証人は、反対の趣旨をうかがわせる特段の事情がない限り、更新後の借り手の債務も保証する趣旨で合意した、と解します。理由は3つです。建物の賃貸借は、更新されて長く続くのが普通です。大家が更新を拒むには、正当な理由が要るので、大家の意思だけでは終わりません。そして、保証の対象の中心は、定期的に生じる、金額の分かった賃料です。保証人も、更新を予想できるはずだ、という考え方です。ただし、保証人の責任にも限界があります。大家が、滞納が積み上がっているのを保証人に知らせず、放置したまま更新させたような場合は、請求が信義則に反して、保証人が免れることがあります。また、保証人が個人なら、今は極度額の範囲内で、という枠がかかります。なお、この判決は、合意で更新された事案です。619条2項の例外だと言い切ることはせず、保証契約の解釈として更新後にも及ぶ、と押さえるのが安全です。

柱2の整理板(主役)。従前の担保=期間満了で消滅(619条2項本文)。敷金=更新後も続く(同ただし書)。保証人D=保証契約の意思解釈で、特段の事情がない限り更新後の債務も保証(ただし請求が信義則に反する場合を除く・個人保証は極度額の枠)。 図:柱2の整理板

  • 主役
  • 従前の担保=期間満了で消滅(619条2項本文)。敷金=更新後も続く(同ただし書)。保証人D=保証契約の意思解釈で、特段の事情がない限り更新後の債務も保証(ただし請求が信義則に反する場合を除く・個人保証は極度額の枠)。

2つめの柱をまとめます。更新の前の担保は、期間の満了で消えます。ただし、敷金は別枠で、更新後も続きます。保証人は、特段の事情がない限り、更新後の債務も保証します。ただし、大家の請求が信義則に反するときは、免れます。

柱3 敷金の仕組み

3つめの柱の入口。敷金=借り手が大家に預ける、債務の担保のお金。定義・返す2場面・返す額・充当の主体。 図:3つめの柱の入口

  • 敷金=借り手が大家に預ける、債務の担保のお金
  • 定義・返す2場面・返す額・充当の主体

3つめの柱です。ここが、今日の前半の中心です。前に、退去の日の敷金と明渡しのどちらが先かを見ました。また、賃料債権が差し押さえられたあとも、敷金の充当で賃料債権が消える、という場面も見ました。今日は、その敷金そのものの仕組みを、条文で押さえます。622条の2です。

条文民法622条の2

民法第622条の2 1 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。 一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。 二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。 2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。

長い条文ですが、順にほどきます。まず、かっこ書の定義です。敷金とは、名目を問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づく借り手の金銭債務を担保する目的で、借り手が大家に交付する金銭です。契約書に「保証金」と書いてあっても、敷金になるのですか?なります。名目を問わない、と条文に書いてあるからです。中身で決まります。借り手の債務を担保するために預けたお金なら、呼び方が保証金でも、敷金です。

敷金の定義の板。敷金=名目を問わず、賃貸借に基づく借り手の金銭債務を担保する目的で、借り手が大家に交付する金銭。担保の範囲=賃料・明渡しまでの賃料相当の損害金・傷みの賠償など、賃貸借に基づく一切の金銭債務。敷金の契約=賃貸借に付いた別の契約(従たる契約)。 図:敷金の定義の板

  • 敷金=名目を問わず、賃貸借に基づく借り手の金銭債務を担保する目的で、借り手が大家に交付する金銭
  • 担保の範囲=賃料・明渡しまでの賃料相当の損害金・傷みの賠償など、賃貸借に基づく一切の金銭債務
  • 敷金の契約=賃貸借に付いた別の契約(従たる契約)

何を担保するかも大事です。賃料だけではありません。明渡しまでの賃料相当の損害金や、傷みの賠償など、賃貸借に基づいて借り手が大家に負う金銭債務の全部です。そして、敷金を預ける契約は、賃貸借とは別の契約で、賃貸借に付いて回る従たる契約です。金銭を渡して成立する、と通説は考えます。ここは、薄く押さえれば足ります。次は、いつ返すか。条文は、返す場面を2つ挙げています。ここで、前に見たことを、思い出してください。退去の日に、鍵を渡す前に、敷金が戻るまで渡さない、と言えるのかどうか。明渡しと敷金の返還は、どちらが先でしたか?

明渡しが先でした。敷金の返還は、そのあとです。1つめの場面が、まさにそれです。賃貸借が終了して、かつ、賃貸物の返還を受けたときに、大家は、敷金の残額を返す義務を負います。もう一度、判決の言葉で確かめます。

判例最判昭49・9・2 民集28巻6号1152頁

敷金の担保の範囲と返還 賃貸借における敷金は、賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するものと解すべきものである。

読み方です。敷金は、明渡しまでの損害金など、賃貸借から生じる一切の債権を担保します。そして、大家が返還義務を負うのは、賃貸借が終わって、家屋の明渡しがされた時に、それまでの債権を差し引いて、なお残りがある場合の、その残額です。明渡しまでの損害金まで担保する以上、明渡しが済むまでは、返す額が決まりません。だから、返還は明渡しのあとに足り、同時履行にはなりません。なお、賃貸借の終わり方が解除でも、同じです。2つめの場面は、借り手が適法に賃借権を譲り渡したときです。これは、4つめの柱で本体を見ます。返す額に進みます。返すのは、受け取った敷金の額から、賃貸借に基づいて生じた借り手の金銭債務の額を引いた、残額です。例で言います。敷金は20万円。退去のとき、未払いの家賃が3万円、壁に大きな穴を開けた修理代が、5万円ありました。20万円から、8万円を引いて、残りの12万円を返します。

返す額の板(主役)。敷金20万円-未払い家賃3万円-壁の穴の修理代5万円=返す額12万円(残額)。引かないもの=日焼け(経年変化)・家具の跡(通常損耗)=借り手が負う債務ではない。 図:返す額の板

  • 主役
  • 敷金20万円-未払い家賃3万円-壁の穴の修理代5万円=返す額12万円(残額)。引かないもの=日焼け(経年変化)・家具の跡(通常損耗)=借り手が負う債務ではない。

ここで、前回の原状回復と結びつきます。壁紙の日焼けや、家具を置いた跡の修理代は、そもそも借り手が負う債務ではありません。経年変化と通常損耗は、原状回復義務に含まれないからです。だから、敷金から引く対象にもなりません。前に見たように、敷金は、未払いの賃料に充てられると、充てた額だけ、賃料債権が消えます。それと同じ筋で、引くのは、借り手が実際に負っている債務の分だけです。途中の場面は、2項が定めています。賃貸人は、借り手が債務を履行しないとき、敷金をその債務の弁済に充てることができます。これを充当といいます。後段が大事です。借り手は、大家に対して、敷金を弁済に充ててほしいと、請求することができません。

理由は、敷金が大家のための担保だからです。担保は、持っている人が、使うかどうかを決めます。たとえば、Bが家賃を3か月滞納したまま、敷金から払っておいてと言っても、Aは応じなくてかまいません。Bは、その3か月、滞納を続けたことになります。前回見た信頼関係破壊の判断に、そのまま進みます。敷金があるから払わなくてよい、という理屈は通りません。気をつけたいのは、途中の充当と、終わったときの控除は、別の場面だということです。途中は、充てるかどうかを大家が選びます。終わって明渡しがされると、選ぶまでもなく、未払いは当然に敷金から差し引かれます。時間の順に並べます。

敷金の時間軸の板(主役)。預ける(Bが20万円をAに交付)→賃貸借の間(Bが払わないとき、充当するかはAが決める・Bは請求できない=2項)→賃貸借の終了→明渡し(返還義務が生じる)→控除(未払い家賃3万円・修理代5万円)→残額12万円の返還。 図:敷金の時間軸の板

  • 主役
  • 預ける(Bが20万円をAに交付)→賃貸借の間(Bが払わないとき、充当するかはAが決める・Bは請求できない=2項)→賃貸借の終了→明渡し(返還義務が生じる)→控除(未払い家賃3万円・修理代5万円)→残額12万円の返還。

預ける。賃貸借の間は、払われないときに、充当するかを大家が決める。終了して、明渡しがされる。ここで、返還の義務が生じます。そして、未払いや修理代を引いた残額を返す。この順に、頭の中で並べてください。3つめの柱をまとめます。敷金は、名目を問わず、借り手の債務を担保するために預けるお金です。返すのは、賃貸借が終了して返還を受けたときと、適法に賃借権が譲渡されたときです。返す額は、受け取った敷金から、借り手の債務を引いた残額です。そして、充当するのは大家だけで、借り手は請求できません。

柱4 当事者が替わったとき

4つめの柱の入口。冒頭の問いに戻る。大家が替わる=敷金は付いて行く。借り手が替わる=敷金は付いて行かない。 図:4つめの柱の入口

  • 冒頭の問いに戻る
  • 大家が替わる=敷金は付いて行く
  • 借り手が替わる=敷金は付いて行かない

4つめの柱です。冒頭の問いに戻ります。まず、大家が替わった場合から見ます。先ほど置いた前提のとおり、大家の地位が新しい大家のCに移った場合の話です。

大家の交替の関係図。左が前の大家A、真ん中が借り手B、右が新しい大家C。Bの敷金20万円、前の大家Aへの未払い家賃5万円。Aの地位がCに移る。残り15万円の敷金関係がCに引き継がれる。 図:大家の交替の関係図

  • 左が前の大家A、真ん中が借り手B、右が新しい大家C
  • Bの敷金20万円、前の大家Aへの未払い家賃5万円
  • Aの地位がCに移る
  • 残り15万円の敷金関係がCに引き継がれる

Bが預けた敷金は20万円で、前の大家のAに払っていない家賃が5万円あったとします。ここで、Aの地位がCに移りました。この場合の条文が、605条の2第4項です。

条文民法605条の2第4項

民法第605条の2第4項 第一項又は第二項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第六百八条の規定による費用の償還に係る債務及び第六百二十二条の二第一項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。

賃貸人の地位が移ると、費用の償還に係る債務と、敷金の返還に係る債務は、新しい賃貸人が承継します。承継とは、引き継ぐ、という意味です。費用の償還は、前に見た必要費や有益費を、借り手に払う債務です。それと並んで、敷金の返還の債務も、新しい大家に引き継がれます。ただし、引き継がれるのは、全額ではありません。最高裁の判決を読みます。

判例最判昭44・7・17 民集23巻8号1610頁

賃貸人の交替と敷金 思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。

読み方です。賃貸人の地位が移ったとき、旧賃貸人に差し入れた敷金は、借り手が旧賃貸人に払っていない賃料があれば、その弁済に当然に充当されます。その限度で、敷金の返還請求権は消えます。そして、残額についてだけ、権利義務関係が新しい賃貸人に引き継がれます。なぜ先に引くのか。敷金は、賃貸借が終わるときには、未払いの家賃に当然に充てられる性質のお金だからです。途中で大家が選ぶ充当ではなく、終わったときの控除と同じ扱いを、大家が替わる時点で当てはめる、という考え方です。前の大家のAの下で生じた未払いは、Aが手放す時点で、Aとの間で精算されます。設例に当てはめましょう。敷金20万円から、前の大家のAへの未払い5万円が先に引かれ、残り15万円の敷金関係が、新しい大家のCに引き継がれます。だから、退去の日に、15万円を基に精算して返すのは、今の大家のCです。冒頭の問いの前半の答えです。

借り手のBは、大家が替わっても、困らないのですか?困りません。債務を負う人は、同じBのままです。返してもらう相手が、AからCに替わるだけです。敷金の契約は、賃貸借に付いて回る従たる関係です。だから、主たる賃貸借で大家の地位が移れば、従たる敷金の関係も付いて行く、と考えます。1つ、薄く触れます。賃貸借が終わったあとで建物が売られたときは、別です。賃貸借が新しい持ち主に引き継がれているわけではないので、敷金の関係も、当然には引き継がれません。605条の2は、賃貸人の地位が移った場合の規定です。

借り手の交替の関係図。左が大家A、真ん中が前の借り手B、右が新しい借り手C。BがCに賃借権を譲る。Aは承諾した。Bの敷金20万円。Aは変わらない。 図:借り手の交替の関係図

  • 左が大家A、真ん中が前の借り手B、右が新しい借り手C
  • BがCに賃借権を譲る
  • Aは承諾した
  • Bの敷金20万円
  • Aは変わらない

次は、借り手が替わる場合です。ここは、別の図にします。今度のCは、新しい借り手です。大家のAが認めて、BがCに賃借権を譲りました。賃借権を譲るには、大家の承諾が要ります。大家にとっては、誰が住むかが大事だからです。承諾のない譲渡がどうなるかは、別の回で見ます。今回は大家が承諾したので、適法な譲渡です。622条の2第1項の、2号の場面です。2号により、大家のAは、前の借り手のBに、未払いを引いた残額を返さなければなりません。では、ここで考えてください。Bが預けた敷金は、新しい借り手のCの債務の担保として、そのまま続くでしょうか?

大家が替わる場面と同じ感覚で考えると、敷金も続くように見えます。ところが、結論は逆です。判決を確かめます。この判決の事案は、土地の賃貸借です。ただ、判旨は、借り手が替わる場面の一般論として使われます。

判例最判昭53・12・22 民集32巻9号1768頁

賃借人の交替と敷金 土地賃貸借における敷金契約は、賃借人又は第三者が賃貸人に交付した敷金をもつて、賃料債務、賃貸借終了後土地明渡義務履行までに生ずる賃料額相当の損害金債務、その他賃貸借契約により賃借人が賃貸人に対して負担することとなる一切の債務を担保することを目的とするものであつて、賃貸借に従たる契約ではあるが、賃貸借とは別個の契約である。……そして、賃借権が旧賃借人から新賃借人に移転され賃貸人がこれを承諾したことにより旧賃借人が賃貸借関係から離脱した場合においては、敷金交付者が、賃貸人との間で敷金をもつて新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り、右敷金をもつて将来新賃借人が新たに負担することとなる債務についてまでこれを担保しなければならないものと解することは、敷金交付者にその予期に反して不利益を被らせる結果となつて相当でなく、敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は新賃借人に承継されるものではないと解すべきである。

長い判旨なので、骨格を3つに分けます。1つめ、敷金契約は、借り手が負う一切の債務を担保する、賃貸借に付いた従たる契約ですが、賃貸借とは別個の契約です。2つめ、借り手が替わって、前の借り手が賃貸借から離れたとき、特段の事情がない限り、敷金の権利義務関係は、新しい借り手に承継されません。3つめ、その理由が、予期に反する不利益です。引き継ぐと、敷金を出した人は、将来、新しい借り手が新たに負う債務まで、担保させられてしまうからです。特段の事情の例は、判決が挙げています。敷金を出した人が、大家との間で、敷金を新しい借り手の債務の担保にすると約束する場合。または、新しい借り手に、敷金の返還請求権を譲渡する場合です。こうした事情がなければ、敷金は新しい借り手に行かず、大家は、前の借り手のBに、未払いを引いた残りを返します。新しい借り手のCは、自分の敷金を、新たに預けるのが普通です。冒頭の問いの後半の答えです。

大家のAは、前の借り手の敷金を新しい借り手に使えなくなって、困りませんか?困りません。大家は、譲渡を承諾するときに、新しい借り手と敷金の取決めができます。引き継がれなくても、そのとき新しく取り決めればよいからです。

対比板(主役)。行=何が替わる・債務を負う人・敷金の行き先・預けた人にとって・理由。大家が替わる=債務を負う人は同じ借り手B・敷金は未払いを引いた残額が新しい大家Cへ・Bは返してもらう相手が替わるだけ・敷金は賃貸借に付いて回る従たる関係。借り手が替わる=債務を負う人が別人(BからC)・敷金はCへ行かず大家AがBに残額を返す・引き継ぐとBは予期しないCの債務まで担保させられる・大家は承諾のときCと取り決められる。 図:対比板

  • 主役
  • 行=何が替わる・債務を負う人・敷金の行き先・預けた人にとって・理由。大家が替わる=債務を負う人は同じ借り手B・敷金は未払いを引いた残額が新しい大家Cへ・Bは返してもらう相手が替わるだけ・敷金は賃貸借に付いて回る従たる関係。借り手が替わる=債務を負う人が別人(BからC)・敷金はCへ行かず大家AがBに残額を返す・引き継ぐとBは予期しないCの債務まで担保させられる・大家は承諾のときCと取り決められる。

逆になる理由を、1枚に並べます。軸は、敷金は借り手の債務の担保、という点でした。大家が替わっても、債務を負う人は同じ借り手のBです。だから、担保は付いて行けます。借り手が替わると、債務を負う人が別人になります。前の借り手が預けたお金で、会ったこともない新しい借り手の債務まで担保させるのは、預けた人の予期に反します。だから、付いて行きません。4つめの柱をまとめます。大家が替わると、敷金は、前の大家に払っていない家賃を引いた残額が、新しい大家に引き継がれます。借り手が替わると、特段の事情がない限り、敷金は新しい借り手に引き継がれず、大家が前の借り手に残額を返します。

確かめる

確かめるその1。2年の契約が満了したが、Bはそのまま住み続け、大家のAは何も言わず家賃を受け取っていた。更新はどうなるか。Aが満了前に「出て行ってほしい」と伝えていたら、どうか。 図:確かめるその1

  • 2年の契約が満了したが、Bはそのまま住み続け、大家のAは何も言わず家賃を受け取っていた
  • 更新はどうなるか
  • Aが満了前に「出て行ってほしい」と伝えていたら、どうか

事例で確かめます。1つめ。2年の契約が満了しましたが、Bはそのまま住み続け、大家のAは、何も言わずに家賃を受け取っていました。更新は、どうなるでしょうか? もし、Aが満了の前に、出て行ってほしいと伝えていたら、どうでしょうか?

答えその1。期間満了後・使用収益の継続・知りながら異議なし=従前と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定(619条1項)。満了前に異議を述べていた=推定されない。 図:答えその1

  • 期間満了後・使用収益の継続・知りながら異議なし=従前と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定(619条1項)
  • 満了前に異議を述べていた=推定されない

前者は、黙示の更新が推定されます。後者は、Aが異議を述べているので、推定されません。3つの要件がそろうかが分かれ目です。

確かめるその2。更新を重ねたあと、Bの滞納が積み上がった。保証人のDは、更新後の分も払うのか。大家が滞納を知らせず放置して更新させていたら、どうか。 図:確かめるその2

  • 更新を重ねたあと、Bの滞納が積み上がった
  • 保証人のDは、更新後の分も払うのか
  • 大家が滞納を知らせず放置して更新させていたら、どうか

2つめ。更新を重ねたあと、Bの滞納がたまっていきました。保証人のDは、更新後の分も払わなければならないでしょうか? Aが滞納をDに知らせず、放置して更新させていたなら、どうでしょうか?

答えその2。期間の定めのある建物賃貸借の保証人=反対の趣旨をうかがわせる特段の事情がない限り、更新後の債務も保証。大家の請求が信義則に反する場合は除く。 図:答えその2

  • 期間の定めのある建物賃貸借の保証人=反対の趣旨をうかがわせる特段の事情がない限り、更新後の債務も保証
  • 大家の請求が信義則に反する場合は除く

特段の事情がなければ、更新後の債務も保証します。ただ、Aの放置のように、請求が信義則に反するなら、免れることがあります。担保は更新で消えても、保証人は契約の解釈で更新後にも及ぶ、でした。

確かめるその3。退去の日。Bは「敷金が戻るまで鍵を渡さない」と言った。言えるか。 図:確かめるその3。退去の日。Bは「敷金が戻るまで鍵を渡さない」と言った。言えるか。

3つめ。退去の日、Bは、敷金が戻るまで鍵を渡さない、と言いました。言えるでしょうか?

答えその3。明渡しが先・敷金返還が後=同時履行の関係に立たない(622条の2第1項1号)。大家が返すのは、明渡しを受けて、未払いなどを引いた残額。 図:答えその3

  • 明渡しが先・敷金返還が後=同時履行の関係に立たない(622条の2第1項1号)
  • 大家が返すのは、明渡しを受けて、未払いなどを引いた残額

言えません。明渡しが先で、敷金の返還はそのあとだからです。大家は、明渡しを受けたあとに、残額を返せば足ります。

確かめるその4。Bは3か月の家賃を払わないまま、「敷金から払っておいてください」と請求した。Aは応じなければならないか。 図:確かめるその4

  • Bは3か月の家賃を払わないまま、「敷金から払っておいてください」と請求した
  • Aは応じなければならないか

4つめ。Bは3か月の家賃を払わないまま、敷金から払っておいてください、と請求しました。Aは、応じなければならないでしょうか?

答えその4。充当できるのは賃貸人だけ=賃借人は敷金を債務の弁済に充てることを請求できない(622条の2第2項)。払わないままなら滞納を続けたことになる。 図:答えその4

  • 充当できるのは賃貸人だけ=賃借人は敷金を債務の弁済に充てることを請求できない(622条の2第2項)
  • 払わないままなら滞納を続けたことになる

応じなくてかまいません。敷金を弁済に充てるのは大家だけで、借り手は請求できません。敷金を理由に家賃を払わないと、滞納になります。

確かめるその5。大家が替わった場合と、借り手が替わった場合。それぞれ、敷金はどこへ行くか。 図:確かめるその5

  • 大家が替わった場合と、借り手が替わった場合
  • それぞれ、敷金はどこへ行くか

5つめ。賃貸借の途中で、大家が替わった場合と、借り手が替わった場合では、それぞれ敷金はどこへ行くでしょうか?

答えその5。大家が替わる=未払いを引いた残額が新しい大家に引き継がれる(605条の2第4項)。適法に借り手が替わる=特段の事情がなければ新しい借り手に引き継がれず、大家が前の借り手に残額を返す(622条の2第1項2号)。 図:答えその5

  • 大家が替わる=未払いを引いた残額が新しい大家に引き継がれる(605条の2第4項)
  • 適法に借り手が替わる=特段の事情がなければ新しい借り手に引き継がれず、大家が前の借り手に残額を返す(622条の2第1項2号)

大家が替わった場合は、前の大家に払っていない家賃を引いた残額が、新しい大家に引き継がれます。借り手が替わった場合は、特段の事情がなければ、新しい借り手には引き継がれず、大家が前の借り手に残りを返します。債務を負う人が同じかどうか、が分かれ目でした。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=更新は合意、または黙示の更新の推定(期間満了後・使用収益の継続・知りながら異議なし)。2=従前の担保は期間満了で消える・敷金は別枠・保証人は特段の事情がなければ更新後も保証。3=敷金は借り手の債務の担保・返すのは終了して返還を受けたときと適法な賃借権の譲渡のとき・返す額は残額・充当は大家だけ。4=大家が替わる=残額が新しい大家へ・借り手が替わる=特段の事情がなければ引き継がれない。 図:今日のまとめ

  • 1=更新は合意、または黙示の更新の推定(期間満了後・使用収益の継続・知りながら異議なし)
  • 2=従前の担保は期間満了で消える・敷金は別枠・保証人は特段の事情がなければ更新後も保証
  • 3=敷金は借り手の債務の担保・返すのは終了して返還を受けたときと適法な賃借権の譲渡のとき・返す額は残額・充当は大家だけ
  • 4=大家が替わる=残額が新しい大家へ・借り手が替わる=特段の事情がなければ引き継がれない

今日の話を整理します。1つめ、更新は、当事者の合意か、黙示の更新の推定で起きます。推定には、期間満了後であること、借り手が使い続けること、大家が知りながら異議を述べないこと、の3つが要ります。2つめ、更新の前の担保は、期間の満了で消えますが、敷金だけは別で、更新後も続きます。保証人は、特段の事情がなければ、更新後の債務も保証します。3つめ、敷金は、借り手の債務を担保するために預けるお金です。返すのは、賃貸借が終了して返還を受けたときと、適法に賃借権が譲渡されたときで、返す額は残額です。充当できるのは、大家だけです。4つめが、冒頭の問いです。

冒頭の答え合わせ。大家が替わる=返すのは今の大家C。前の大家Aへの未払い5万円を引いた15万円が引き継がれる。借り手が替わる=敷金は新しい借り手Cには引き継がれず、大家AがBに残りを返す。理由=敷金は借り手の債務の担保。 図:冒頭の答え合わせ

  • 大家が替わる=返すのは今の大家C
  • 前の大家Aへの未払い5万円を引いた15万円が引き継がれる
  • 借り手が替わる=敷金は新しい借り手Cには引き継がれず、大家AがBに残りを返す
  • 理由=敷金は借り手の債務の担保

冒頭の問いの答えです。大家が替わったときに、退去の日に敷金を返すのは、今の大家のCです。前の大家のAへの未払い家賃があれば、先に引かれ、その残りだけが引き継がれます。借り手が替わるときは逆で、敷金は新しい借り手には引き継がれず、大家のAが、前の借り手のBに、差し引いた残りを返します。理由は、敷金が借り手の債務の担保だからです。債務を負う人が同じなら付いて行き、別人なら付いて行きません。大家の交替と借り手の交替で敷金の扱いが逆になる理由は、論文で論点になりうるところです。

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#260単独ページ動画

賃借権の対抗力と賃貸人たる地位の移転

第5章 契約 #260/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

持ち主が替わった

冒頭の設例の関係図。左が大家A、右が借り手B。BはAからアパートの一室を借り、鍵を受け取って住んでいる。AはこのアパートをCに売った。Cは「あなたとは契約していない。出て行ってください」と言う。 図:冒頭の設例の関係図

  • 左が大家A、右が借り手B
  • BはAからアパートの一室を借り、鍵を受け取って住んでいる
  • AはこのアパートをCに売った
  • Cは「あなたとは契約していない。出て行ってください」と言う

冒頭の問いの答えの方向。出て行くか=住んでいる印(対抗要件)を備えていれば出て行かなくてよい・備えていなければ登記を済ませたCに出て行かされる。家賃は=備えていれば大家の役目はCに当然に移る・ただしCが家賃を請求するにはCの登記が要る。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 出て行くか=住んでいる印(対抗要件)を備えていれば出て行かなくてよい・備えていなければ登記を済ませたCに出て行かされる
  • 家賃は=備えていれば大家の役目はCに当然に移る・ただしCが家賃を請求するにはCの登記が要る

先に、答えの方向を言います。Bが、住んでいる印を備えていれば、出て行かなくてかまいません。建物なら、鍵を受け取って住み始めていれば、その印を備えています。備えていなければ、登記を済ませたCに、出て行かされます。この印を、法律では対抗要件といいます。そして、備えていれば、大家の役目は、Aから新しい持ち主のCに、当然に移ります。AとCが約束しなくても、Bが賛成しなくても、移ります。ただし、Cが「家賃は私に払ってください」とBに言うには、Cが所有権移転登記を済ませている必要があります。前回は、大家の地位がCに移ったあとの話でした。今日は、その地位がなぜ、いつ移るのかを見ます。

今日の4つの柱

今日の地図。賃貸借の3つの層のうち、2つ目=第三者との関係に入る。1=売買は賃貸借を破る(原則)。2=3つの対抗要件と二重賃貸借(例外)。3=賃貸人たる地位の当然移転。4=新しい持ち主が家賃を請求するには登記が要る。軸=債権の弱さを対抗要件が補う。 図:今日の地図

  • 賃貸借の3つの層のうち、2つ目=第三者との関係に入る
  • 1=売買は賃貸借を破る(原則)
  • 2=3つの対抗要件と二重賃貸借(例外)
  • 3=賃貸人たる地位の当然移転
  • 4=新しい持ち主が家賃を請求するには登記が要る
  • 軸=債権の弱さを対抗要件が補う

賃貸借の話は、3つの層で見てきました。AとBの間の内部の関係、AやBと第三者との関係、そして借地借家法の特別なルールです。今日から、2つ目の第三者との関係に入ります。柱は4つです。1つめ、売買は賃貸借を破る、という原則。2つめ、その例外になる3つの対抗要件と、同じ物を二重に貸した場合。3つめ、備えていたときに、大家の地位がなぜ当然に移るのか。4つめ、新しい持ち主が家賃を請求するのに、なぜ登記が要るのか。

用語の板。貸す側=賃貸人=大家のA=前の持ち主=譲渡人。借りる側=賃借人=借り手のB。買った人=譲受人=新しい持ち主のC。住んでいる印を備えるのはB・登記を備えるのはC。 図:用語の板

  • 貸す側=賃貸人=大家のA=前の持ち主=譲渡人
  • 借りる側=賃借人=借り手のB
  • 買った人=譲受人=新しい持ち主のC
  • 住んでいる印を備えるのはB・登記を備えるのはC

呼び方を整理します。貸す側が賃貸人で、大家のAです。持ち主を手放す側なので、譲渡人ともいいます。借りる側が賃借人で、借り手のBです。買った人が譲受人で、新しい持ち主のCです。耳で聞くと似ているので、今日は大家のA、借り手のB、新しい持ち主のC、と呼びます。もう1つ、取り違えやすい点です。対抗要件を備えるのは、借り手のBです。所有権移転登記を備えるのは、新しい持ち主のCです。主語が違います。この区別が、最後まで効いてきます。軸は1本です。賃借権は、大家との約束で生まれる権利です。約束は、約束した相手にしか言えないのが原則です。だから持ち主が替わると、言えなくなる。ただし住んでいる印を出せば言えるようになる。言えるなら、賃貸借は新しい持ち主との間で続きます。続くなら、貸す側の役目も新しい持ち主に移る。この流れで、4つの柱がつながります。

柱1 売買は賃貸借を破る

1つめの柱の入口。賃借権=借りた物を使ってよい法律上の理由(占有権原)。ただし債権=言える相手は大家だけ。持ち主が替わるとどうなるか。 図:1つめの柱の入口

  • 賃借権=借りた物を使ってよい法律上の理由(占有権原)
  • ただし債権=言える相手は大家だけ
  • 持ち主が替わるとどうなるか

1つめの柱です。まず、借り手の賃借権が何を与えるかを確認します。賃借権は、借りた物を占有してよい、法律上の理由です。これを占有権原といいます。鍵を持って部屋にいてよい、という理由のことです。だから、賃貸借が続いている間は、大家が持ち主の資格で「返してください」と言ってきても、借り手は賃借権を理由に断れます。大家との約束があるからです。契約が残っていても、新しい持ち主には断れません。そこが、落とし穴です。賃借権は債権です。債権は、特定の相手に、あることを請求できる権利で、言える相手は債務者の大家だけです。見知らぬ新しい持ち主に向けられた権利ではありません。

売買は賃貸借を破る(対抗要件なし)の図。A→B 賃貸。A→C 売却、Cが所有権移転登記を備える。C→B「出て行って」。B→C「賃借権を言える?」に×印。

例で見ます。大家のAが、事務所用の一室を、借り手のBに貸しました。Bは、まだ鍵を受け取っておらず、賃借権の登記もありません。そこへAが、その建物をCに売り、Cは所有権移転登記を済ませました。Cが、所有権にもとづいてBに出て行ってほしいと言ったとき、Bは賃借権を理由に断れるでしょうか。断れません。BとCの間には、契約がありません。賃借権はAに対する債権なので、Cには言えないのです。Bは、Aに対して、貸す約束を守らなかったという責任を追及する話は残りますが、その部屋を使うことはできません。このことを、売買は賃貸借を破る、といいます。

理由は、物権と債権の違いです。所有権は、物権で、誰に対しても主張できる権利です。債権は、特定の相手にしか主張できません。後から来たCは、買った物の所有権という、誰に対しても言える権利を手に入れています。登記や引渡しという、外から見える印の無い債権は、それに勝てない、というのが民法の基本の考え方です。今の例は、対抗要件を備えていないBの話でした。ここで、言い張れる、という言葉を整理します。法律では、自分の権利を相手に言い張れることを、対抗できる、といいます。言い張れないことを、対抗できない、といいます。今日は、この言葉を使います。

1つめの柱の整理板。賃借権=占有権原・ただし債権=言える相手は賃貸人だけ。持ち主が替わると、対抗要件が無ければ新しい持ち主に対抗できない=返還請求を拒めない=売買は賃貸借を破る。 図:1つめの柱の整理板

  • 賃借権=占有権原・ただし債権=言える相手は賃貸人だけ
  • 持ち主が替わると、対抗要件が無ければ新しい持ち主に対抗できない=返還請求を拒めない=売買は賃貸借を破る

1つめの柱をまとめます。賃借権は、借りた物を占有してよい権原ですが、債権なので、言える相手は大家だけです。持ち主が替わると、対抗要件を備えていない借り手は、新しい持ち主に賃借権を対抗できません。新しい持ち主が登記を済ませていれば、出て行かされる。これが、売買は賃貸借を破る、です。

柱2 3つの対抗要件と二重賃貸借

2つめの柱の入口。借り手が新しい持ち主に対抗するには、住んでいる印=対抗要件を備える。借りる物ごとに3つ。 図:2つめの柱の入口

  • 借り手が新しい持ち主に対抗するには、住んでいる印=対抗要件を備える
  • 借りる物ごとに3つ

2つめの柱です。売買は賃貸借を破る、という原則には、大事な例外があります。不動産の賃貸借は、対抗要件を備えれば、新しい持ち主にも賃借権を対抗できます。対抗要件は3つあり、借りる物で分かれます。順に、条文を見ます。

条文民法605条

民法第605条 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

1つめが、賃貸借そのものの登記です。登記をすれば、不動産について物権を取得した者、つまり新しい持ち主などに、対抗できます。ただ、実際には、ほとんど使われません。借り手には、契約で特に決めておかない限り、大家に登記をさせる権利が無いからです。大家が約束しているのは、部屋や土地を使わせることで、登記に協力することまでは含まないのです。大家が協力してくれなければ、登記ができません。民法の条文としては、不動産の賃貸借全般に使える、広い入口です。ただ実際には、次の2つが主役になります。借地借家法が、登記の協力が要らない方法を用意しているからです。前に、借地借家法は債権の弱さを補う、と言いました。その中身が、これです。

条文借地借家法10条1項

借地借家法第10条第1項 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。

2つめは、土地を借りた場合です。借地権とは、建物を建てる目的の土地の賃借権のことです。この借地権は、借地権そのものの登記が無くても、土地の上に、借り手自身の名義で登記された建物を持っていれば、新しい土地の持ち主に対抗できます。建物は土地とは別の不動産で、登記も別です。その建物の登記が、土地の借地権の印の役目も果たす、という特別な仕組みです。

条文借地借家法31条

借地借家法第31条 建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。

3つめは、建物を借りた場合です。建物の賃貸借は、登記が無くても、建物の引渡しがあれば、その後に物権を取得した者、つまり新しい持ち主に対して、効力を生じます。引渡しとは、鍵を受け取るなどして、建物を使える状態になることです。冒頭のアパートのBは、鍵を受け取って住んでいるので、これを備えています。

3つの対抗要件の板(主役)。借りる物/備えるもの/条文。建物(アパートなど)/建物の引渡し(鍵を受け取って住む)/借借31条。建てる目的の土地(借地権)/借り手名義で登記された建物を土地の上に持つ/借借10条1項。不動産一般(建てる目的でない更地など)/賃貸借の登記(大家の協力が要るので実際は少ない)/民法605条。 図:3つの対抗要件の板

  • 主役
  • 借りる物
  • 備えるもの
  • 条文。建物(アパートなど)
  • 建物の引渡し(鍵を受け取って住む)
  • 借借31条。建てる目的の土地(借地権)
  • 借り手名義で登記された建物を土地の上に持つ
  • 借借10条1項。不動産一般(建てる目的でない更地など)
  • 賃貸借の登記(大家の協力が要るので実際は少ない)
  • 民法605条。

3つを並べます。借りた物が建物なら、建物の引渡しです。借りた物が、建物を建てる目的の土地なら、借り手名義で登記された建物を、その土地の上に持つことです。建てる目的ではない土地、たとえば更地の駐車場などは、賃貸借の登記しかありません。建物でも、建てる目的の土地でも、賃借権そのものの登記は、要りません。ただし土地の場合は、借り手が建てた建物に、登記が要ります。しかもその名義は、借り手自身です。他人名義の建物の登記や、建物が火事で無くなったときは、別の扱いになります。その場合は別の回で見ます。

境界ペアの板。対抗できる=アパートの一室を借りて引渡し済み・借り手名義で登記した建物のある借地。対抗できない=建物を建てる目的でない更地の駐車場で賃貸借の登記も無い。 図:境界ペアの板

  • 対抗できる=アパートの一室を借りて引渡し済み・借り手名義で登記した建物のある借地
  • 対抗できない=建物を建てる目的でない更地の駐車場で賃貸借の登記も無い

境目を例で確かめます。アパートの一室を借りて、鍵を受け取っていれば、新しい持ち主に対抗できます。店舗を建てる目的で土地を借り、自分名義で登記した店舗を建てていれば、土地が売られても対抗できます。一方、建物を建てる目的ではない更地の駐車場は、賃貸借の登記が無ければ、持ち主が替わったとき、返せと言われると断れません。決め手は、条文が用意した印を備えているかどうか、です。ここで、条文の言葉を1つ見ておきます。借地借家法31条は、引渡しのあと、その後に物権を取得した者、と書いています。条文の言い方からすると、先に印を備えていた者が、後から来る者に勝つ、という考え方です。

先後の板。印を備えた後に所有権を取得した人=対抗できる。新しい持ち主が先に所有権を取得して登記まで備え、そのあとで借り手が鍵を受け取った=先後で負ける。 図:先後の板

  • 印を備えた後に所有権を取得した人=対抗できる
  • 新しい持ち主が先に所有権を取得して登記まで備え、そのあとで借り手が鍵を受け取った=先後で負ける

例で言います。Bが鍵を受け取ったあとに、CがAから買ったなら、Bが先です。Bは対抗できます。逆に、Cが先に買って登記まで備え、そのあとでBが鍵を受け取ったなら、Cが先です。Bは、あとから鍵を受け取っても負けます。先に備えた方が勝つ。印は外から見えるので、後から来る人は、先に誰かの印があるかを確かめられます。確かめられたのに後から来た人より、先に印を備えた人を守る、という考え方です。前に、抵当権との優劣で見た先後と、同じ発想です。

二重賃貸借の図。左が大家A。AはBに空き店舗を貸す契約をした。そのあと、同じ店舗をDにも貸した。先にDが引渡しを受けた。BとDのどちらが優先するか。 図:二重賃貸借の図

  • 左が大家A
  • AはBに空き店舗を貸す契約をした
  • そのあと、同じ店舗をDにも貸した
  • 先にDが引渡しを受けた
  • BとDのどちらが優先するか

次は、同じ物を二重に貸した場合です。ここでは、新しい持ち主のCは出てきません。大家のAが、空き店舗をBに貸す契約をしました。そのあと、同じ店舗を、別の借り手のDにも貸しました。先にDが引渡しを受けました。BとDは、どちらが優先するでしょうか。BもDも、605条の、その他の第三者にあたります。物権を取得した者だけでなく、その他の第三者、とあるからです。BとDは、同じ店舗を、自分が使うと言い合う関係です。どちらも大家との契約にもとづく債権なので、契約の無い相手には言えず、そのままでは決着が付きません。そこで、新しい持ち主との関係と同じく、外から見える印、つまり賃借権の対抗要件を先に備えたのはどちらか、で優劣を決めます。先に備えたDが優先します。Bが、あとから引渡しを受けても、Dには対抗できません。

後れたBは、借りるはずだった店舗を使えなくなりますが、Aに対しては、貸す約束を守らなかったことの責任を追及する話が、別に残ります。この回では、優先関係の話だけにとどめます。

2つめの柱の整理板。対抗要件=建物なら引渡し(借借31条)・建てる目的の土地なら借り手名義で登記した建物(借借10条1項)・不動産一般は賃貸借の登記(605条)。二重賃貸借=先に対抗要件を備えた方が優先。備えた借り手は新しい持ち主に対抗できる=出て行かなくてよい。 図:2つめの柱の整理板

  • 対抗要件=建物なら引渡し(借借31条)・建てる目的の土地なら借り手名義で登記した建物(借借10条1項)・不動産一般は賃貸借の登記(605条)
  • 二重賃貸借=先に対抗要件を備えた方が優先
  • 備えた借り手は新しい持ち主に対抗できる=出て行かなくてよい

2つめの柱をまとめます。対抗要件は、借りる物で3つです。建物の引渡し、借り手名義で登記された建物、賃貸借の登記です。二重に貸したときは、先に備えた方が優先します。そして、対抗要件を備えた借り手は、新しい持ち主に対抗できるので、出て行かなくてよい。冒頭の問いの前半の答えです。

柱3 賃貸人たる地位の当然移転

3つめの柱の入口。対抗要件を備えた借り手は出て行かなくてよい。では、大家の役目(賃貸人たる地位)は、AとCのどちらにあるのか。 図:3つめの柱の入口

  • 対抗要件を備えた借り手は出て行かなくてよい
  • では、大家の役目(賃貸人たる地位)は、AとCのどちらにあるのか

3つめの柱です。ここが、今日の中心です。対抗要件を備えたBは、出て行かなくてよい、と分かりました。では、大家の役目は、どちらが引き受けるのでしょうか。大家の役目とは、借り手に使わせる義務、必要な修繕をする義務、そして、毎月の家賃をもらう権利のことです。まとめて、賃貸人たる地位といいます。Aが貸した建物をCに売ったとき、この地位は、Cに移るのでしょうか。それとも、Aのもとに残るのでしょうか。

当然移転の図。A→B 賃貸、B側に「引渡しを受けている(対抗要件を備える)」。A→C 売却。A→C の辺に「売却で地位移転」、C→B は「Cが新しい大家」。注記「AC間の合意は不要/Bの承諾は不要」。 図:当然移転の図

  • A→B 賃貸、B側に「引渡しを受けている(対抗要件を備える)」
  • A→C 売却
  • A→C の辺に「売却で地位移転」、C→B は「Cが新しい大家」
  • 注記「AC間の合意は不要/Bの承諾は不要」

条文の結論を先に見ます。605条の2の第1項です。

条文民法605条の2第1項

民法第605条の2第1項 前条、借地借家法(平成三年法律第九十号)第十条又は第三十一条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。

読み方です。賃貸借の対抗要件を備えた場合、つまり前の柱の3つのどれかを備えている場合に、その不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転します。条文には、承諾も合意も出てきません。条件を満たせば、自動的に移る。これを、当然に移転する、といいます。冒頭のアパートで言えば、Bは鍵を受け取っています。AがCに売った時点で、AとCが何も約束しなくても、Bが何も言わなくても、大家の役目はCに移ります。筋道で考えます。Bは、対抗要件を備えているので、Cに出て行けと言われても拒めます。Cは、部屋を自分で使えません。そうなると、Cが、その部屋から収入を得るには、貸し続けるしかありません。一方、Aは、もう持ち主ではなく、貸す立場を続ける理由がありません。持ち主でない人が、所有者の部屋を借り手に使わせ続けるのは、不自然です。だから、貸す側の役目は、持ち主のCが引き受けるのが自然です。

当然移転の筋道の板。Bは対抗要件を備える→Cは明渡しを求められない→Cは貸す側に立つしか道がない。Aは持ち主でなくなり貸す側を続ける理由がない→貸す側の地位はCに当然に移る。 図:当然移転の筋道の板

  • Bは対抗要件を備える→Cは明渡しを求められない→Cは貸す側に立つしか道がない
  • Aは持ち主でなくなり貸す側を続ける理由がない→貸す側の地位はCに当然に移る

順に並べます。Bが対抗要件を備える。だからCは明渡しを求められない。Cは貸す側に立つしかない。Aは持ち主でなくなり、貸す側を続ける理由が無い。だから、地位はCに当然に移る。旧法の時代にも、判例は、建物の賃貸借中に建物の所有権が譲渡されたときは、特段の事情が無い限り、賃貸人の地位もこれに伴って移る、としていました。現行の条文は、その考えを明文にしたものです。前に見たとおり、契約上の地位の移転は、539条の2で、相手方の承諾が原則として要ります。債務を負う人が替わると、相手方が不利益を受けるおそれがあるからです。賃貸人たる地位は、その例外です。なぜ要らないのか。最高裁の言葉で確かめます。

判例最判昭46・4・23 民集25巻3号388頁

賃貸人の地位の譲渡と賃借人の承諾 土地の賃貸借契約における賃貸人の地位の譲渡は、賃貸人の義務の移転を伴なうものではあるけれども、賃貸人の義務は賃貸人が何ぴとであるかによつて履行方法が特に異なるわけのものではなく、また、土地所有権の移転があつたときに新所有者にその義務の承継を認めることがむしろ賃借人にとつて有利であるというのを妨げないから、一般の債務の引受の場合と異なり、特段の事情のある場合を除き、新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには、賃借人の承諾を必要とせず、旧所有者と新所有者間の契約をもつてこれをなすことができると解するのが相当である。

読み方です。賃貸人の義務は、賃貸人がだれであるかによって、履行の方法が特に変わるものではない、と言っています。さらに、新しい所有者に義務を引き継がせることが、むしろ借り手に有利なこともある、と言います。だから、一般の債務の引受とは違って、特段の事情がなければ、借り手の承諾は要らない、という結論です。なお、この判決の事案は、土地所有権の移転とあわせて、賃貸人の地位も譲ると約束した場合でした。ですから、この判決から言えるのは、借り手の承諾が要らない、というところまでです。AとCの合意すら無くても移る、という点は、先ほどの条文が、合意も承諾も条件にしていないこと、つまり当然移転が答えています。

承諾が要らない理由の板(主役)。原則=契約上の地位の移転は相手方の承諾が要る(債務者が替わると不利益のおそれ)。賃貸人の債務=使わせる・修繕する→所有者なら誰がやっても中身が変わらない(没個性的)→借り手が不利益を受けるおそれが小さい→承諾不要。 図:承諾が要らない理由の板

  • 主役
  • 原則=契約上の地位の移転は相手方の承諾が要る(債務者が替わると不利益のおそれ)。賃貸人の債務=使わせる・修繕する→所有者なら誰がやっても中身が変わらない(没個性的)→借り手が不利益を受けるおそれが小さい→承諾不要。

理由を、もう少しほどきます。債務を負う人が替わるのに承諾が要るのは、人によって履行の中身が変わるからです。たとえば、有名な画家に絵を描いてもらう契約で、画家が別人に替わったら、相手は困ります。ところが、賃貸人の債務は、借り手に部屋を使わせることと、必要な修繕をすることです。持ち主なら、誰がやっても同じです。このような、誰がやっても中身が変わらない性質を、没個性的といいます。だから、借り手の承諾は要りません。先ほどの筋道と重なります。Aとしては、もう持ち主でないので、賃貸借から離れたい。Cとしては、Bに明渡しを求められない以上、せめて賃貸人として、家賃を受け取りたい。つまり、両方の合理的な意思が、地位が移ることで一致します。だから、わざわざ合意を求めなくても、条文が当然に移るとした、と説明されます。

当然移転のまとめ板。要件=借り手が対抗要件を備えている+その不動産が譲渡された。効果=賃貸人たる地位が譲受人に移転。Bの承諾=不要(誰がやっても中身が変わらない)。AC間の合意=不要(Aは離れたい・Cは家賃を受け取りたい)。 図:当然移転のまとめ板

  • 要件=借り手が対抗要件を備えている+その不動産が譲渡された
  • 効果=賃貸人たる地位が譲受人に移転
  • Bの承諾=不要(誰がやっても中身が変わらない)
  • AC間の合意=不要(Aは離れたい・Cは家賃を受け取りたい)

当然移転を、1枚にまとめます。要件は、借り手が対抗要件を備えていることと、その不動産が譲渡されたことです。効果は、賃貸人たる地位が、譲受人に移ることです。借り手の承諾は、賃貸人の債務が没個性的だから要りません。AとCの合意は、両者の合理的な意思に合致するから要らない、と説明されます。Bが対抗要件を欠くなら、大家の役目は、当然には移りません。Cは、Bに対抗されないので、登記を済ませれば、明渡しを求められます。ただし、AとCが合意して、地位を移すことはできます。また、備えているときでも、Aが地位を手元に残す例外もあります。これらは、別の回で見ます。今日は、備えているときの原則だけです。3つめの柱の答えです。借り手が対抗要件を備えていれば、大家の役目は、Bの承諾もAとCの合意も無しに、Cへ当然に移ります。

柱4 新しい持ち主が家賃を請求するには登記が要る

4つめの柱の入口。地位はCに当然に移る。では、Cは、すぐにBに「家賃は私に払ってください」と言えるのか。 図:4つめの柱の入口

  • 地位はCに当然に移る
  • では、Cは、すぐにBに「家賃は私に払ってください」と言えるのか

4つめの柱です。ここで、前に物権で見たことを1つ思い出します。土地や建物を買った人が、自分が持ち主だと第三者に言い張るには、何が必要でしたか?所有権移転の登記です。登記をしなければ第三者に対抗できない、という177条でした。今度は、その続きです。地位は、Cに当然に移りました。では、Cは、すぐにBに、「これからの家賃は私に払ってください」と言えるのでしょうか。条文は、第3項で、もう1つ条件を置いています。

条文民法605条の2第3項

民法第605条の2第3項 第一項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。

読み方です。地位の移転は、賃貸物である不動産について、所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗できません。つまり、Cは、自分の名前の登記をするまでは、「私が大家だ」とBに言い張れません。家賃を請求することも、家賃が滞ったからと賃貸借を解除することも、できません。

登記と家賃請求の図(2段)。上=Cが買ったが、登記は前の持ち主のAのまま。Cが「家賃は私に」と言う→Bは断れる。Bは前の大家のAに払い続けても二重払いにならない。下=Cが所有権移転登記を備えた。Cが「家賃は私に」と言う→請求できる。 図:登記と家賃請求の図

  • 2段
  • 上=Cが買ったが、登記は前の持ち主のAのまま。Cが「家賃は私に」と言う→Bは断れる。Bは前の大家のAに払い続けても二重払いにならない。下=Cが所有権移転登記を備えた。Cが「家賃は私に」と言う→請求できる。

例で言います。Cは、アパートを買いましたが、登記は、まだ前の持ち主のAの名前のままです。Cが「今月から家賃は私に払ってください」と言っても、Bは断れます。Bが、そのままAに払い続けても、Cから、二重に払えとは言われません。Cが、所有権移転登記を済ませたあとなら、Bは、Cに払う必要があります。借り手の立場に立ってみます。Bは、アパートの持ち主が替わったかどうかを、自分では確かめられません。Cが突然来て、「私が新しい持ち主だ」と言っても、本当かどうか分かりません。もしCの言葉を信じてCに家賃を払い、実はそれが偽りだったなら、Aに払うべき家賃を払っていないことになり、二重払いを迫られるおそれがあります。登記は、誰が持ち主かを、公に示す手段です。だから、Cが大家を名乗るには、登記を済ませていることを条件にして、Bの二重払いを避けるのです。

登記が要る理由の板(主役)。登記なしでCを大家と認める→CもAも「家賃を払え」と言うかもしれない→Bは二重払いの危険。登記を条件にする→誰が大家かが公に分かる→Bは安全に払う相手が分かる。 図:登記が要る理由の板

  • 主役
  • 登記なしでCを大家と認める→CもAも「家賃を払え」と言うかもしれない→Bは二重払いの危険。登記を条件にする→誰が大家かが公に分かる→Bは安全に払う相手が分かる。

この考え方は、前に判決で見ました。土地の賃貸借で、借り手が土地の上に登記した建物を持っていた事件です。その結論を、判決の言葉でもう一度読みます。

判例最判昭49・3・19 民集28巻2号325頁

新しい所有者が賃貸人たる地位を主張するための登記 本件宅地の賃借人としてその賃借地上に登記ある建物を所有する上告人は本件宅地の所有権の得喪につき利害関係を有する第三者であるから、民法一七七条の規定上、被上告人としては上告人に対し本件宅地の所有権の移転につきその登記を経由しなければこれを上告人に対抗することができず、したがつてまた、賃貸人たる地位を主張することができないものと解するのが、相当である。

読み方です。借り手は、土地の持ち主が誰になるかに利害関係を持つ第三者です。だから、新しい持ち主は、所有権の移転の登記をしなければ、借り手に対抗できず、したがって、賃貸人たる地位を主張することもできません。この判例の考え方を、そのまま明文にしたのが、先ほどの第3項です。

登記の位置づけの板(主役)。地位が移る=対抗要件を備えた借り手がいれば当然(登記と無関係)。その移った地位を借り手に言う=新しい持ち主の所有権移転登記(同3項)。備えるのは別の人=対抗要件は借り手B・登記は新しい持ち主C。 図:登記の位置づけの板

  • 主役
  • 地位が移る=対抗要件を備えた借り手がいれば当然(登記と無関係)。その移った地位を借り手に言う=新しい持ち主の所有権移転登記(同3項)。備えるのは別の人=対抗要件は借り手B・登記は新しい持ち主C。

1点だけ、誤解を防ぎます。登記が要るのは、地位が移るための条件ではありません。地位が移ること自体は、借り手が対抗要件を備えていれば当然です。登記が要るのは、移った地位を借り手に言い張るためです。登記が無い間も、地位は移っています。ただ、Bに対して、大家として振る舞えないだけです。もう1つ、整理です。対抗要件を備えるのは、借り手のBです。所有権移転登記を備えるのは、新しい持ち主のCです。この2つを取り違えないでください。前回見た、敷金を返す債務、つまり敷金の返還債務と、借り手が払った修繕などの費用を返す債務、つまり費用償還債務の承継は、この地位の移転に付いて回ります。地位がCに移れば、それらもCが引き継ぎます。4つめの柱をまとめます。地位が譲受人に移っても、譲受人は、所有権移転登記をしなければ、借り手に対抗できません。つまり、家賃を請求するには、登記が要ります。理由は、借り手の二重払いを避けるためです。

確かめる

確かめるその1。大家のAが、引渡し済みのアパートをCに売った。借り手のBは出て行かなければならないか。 図:確かめるその1

  • 大家のAが、引渡し済みのアパートをCに売った
  • 借り手のBは出て行かなければならないか

事例で確かめます。1つめ。大家のAが、引渡し済みのアパートをCに売りました。借り手のBは、出て行かなければならないでしょうか?

答えその1。建物の賃貸借=引渡しで対抗要件を備える(借借31条)→新しい持ち主に対抗できる→出て行かなくてよい。 図:答えその1

出て行かなくてよいです。建物の引渡しで、対抗要件を備えているからです。登記は要りません。

確かめるその2。Bが借りたのは店舗を建てる目的の土地。Bは自分名義で登記した店舗を建てている。土地が売られたら、Bは対抗できるか。 図:確かめるその2

  • Bが借りたのは店舗を建てる目的の土地
  • Bは自分名義で登記した店舗を建てている
  • 土地が売られたら、Bは対抗できるか

2つめ。Bが借りたのは、店舗を建てる目的の土地です。Bは、自分名義で登記した店舗を建てています。土地がCに売られたとき、Bは対抗できるでしょうか?

答えその2。借り手名義で登記された建物を土地の上に所有=借借10条1項→土地の新しい持ち主に対抗できる。賃借権そのものの登記は不要。 図:答えその2

  • 借り手名義で登記された建物を土地の上に所有=借借10条1項→土地の新しい持ち主に対抗できる
  • 賃借権そのものの登記は不要

対抗できます。借り手名義で登記された建物を土地の上に持っているので、借地借家法10条1項の対抗要件を備えています。借地権そのものの登記は要りません。

確かめるその3。建物を建てる目的ではない更地の駐車場を借りた。引渡しは受けたが、賃貸借の登記は無い。持ち主が替わって返せと言われたら、拒めるか。 図:確かめるその3

  • 建物を建てる目的ではない更地の駐車場を借りた
  • 引渡しは受けたが、賃貸借の登記は無い
  • 持ち主が替わって返せと言われたら、拒めるか

3つめ。Bが借りたのは、建物を建てる目的ではない更地の駐車場です。車は停めていますが、賃貸借の登記はありません。持ち主が替わって、返してくださいと言われました。拒めるでしょうか?

答えその3。建物目的でない更地=借借31条も10条1項も使えない→賃貸借の登記(605条)が無ければ対抗できない→返還請求を拒めない。 図:答えその3

拒めません。建物の賃貸借ではなく、建物を建てる目的の借地権でもないので、引渡しも建物の登記も対抗要件になりません。賃貸借の登記も無いので、売買は賃貸借を破ります。対抗要件の種類は、借りた物で決まります。

確かめるその4。空き店舗を、AがBとDに二重に貸した。先にDが引渡しを受けた。優先するのはどちらか。 図:確かめるその4

  • 空き店舗を、AがBとDに二重に貸した
  • 先にDが引渡しを受けた
  • 優先するのはどちらか

4つめ。大家のAが、同じ空き店舗を、BとDの2人に貸しました。先にDが引渡しを受けました。優先するのは、どちらでしょうか?

答えその4。二重賃貸借=BもDも605条の「その他の第三者」→先に対抗要件を備えた方が優先→先に引渡しを受けたD。 図:答えその4

先に対抗要件を備えたDです。先後で決まります。

確かめるその5。対抗要件を備えているBのアパートをCが買った。登記は前の持ち主のAのまま。Cは家賃を請求できるか。Bの承諾や、AとCの合意は要るか。 図:確かめるその5

  • 対抗要件を備えているBのアパートをCが買った
  • 登記は前の持ち主のAのまま
  • Cは家賃を請求できるか
  • Bの承諾や、AとCの合意は要るか

5つめ。対抗要件を備えているBのアパートを、Cが買いました。登記は、Aのままです。Cは、家賃を請求できるでしょうか? また、地位が移るのに、Bの承諾や、AとCの合意は要るでしょうか?

答えその5。地位の移転=対抗要件を備えた借り手がいれば当然に移転(承諾も合意も不要)。家賃の請求=譲受人が所有権移転登記を備えるまでは借り手に対抗できず請求できない(605条の2第3項)。 図:答えその5

  • 地位の移転=対抗要件を備えた借り手がいれば当然に移転(承諾も合意も不要)
  • 家賃の請求=譲受人が所有権移転登記を備えるまでは借り手に対抗できず請求できない(605条の2第3項)

登記を備えるまでは、請求できません。地位は当然に移っているので、承諾も合意も要りません。地位が移ることと、それを言い張れることは、別の話でした。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=賃借権は債権・原則は新しい持ち主に対抗できない(売買は賃貸借を破る)。2=例外=3つの対抗要件(建物の引渡し/借り手名義の登記された建物/賃貸借の登記)・二重賃貸借は先後。3=備えていれば賃貸人たる地位は当然に移転・借り手の承諾もAC間の合意も不要。4=新しい持ち主が家賃を請求するには所有権移転登記が要る。 図:今日のまとめ

  • 1=賃借権は債権・原則は新しい持ち主に対抗できない(売買は賃貸借を破る)
  • 2=例外=3つの対抗要件(建物の引渡し/借り手名義の登記された建物/賃貸借の登記)・二重賃貸借は先後
  • 3=備えていれば賃貸人たる地位は当然に移転・借り手の承諾もAC間の合意も不要
  • 4=新しい持ち主が家賃を請求するには所有権移転登記が要る

今日の話を整理します。1つめ、賃借権は債権なので、原則として新しい持ち主に対抗できません。売買は賃貸借を破ります。2つめ、例外は対抗要件です。建物なら引渡し、建てる目的の土地なら借り手名義で登記した建物、そして賃貸借の登記です。二重に貸したときは、先に備えた方が優先します。3つめ、備えていれば、賃貸人たる地位は譲受人に当然に移ります。借り手の承諾は、賃貸人の債務が誰がやっても変わらないから要りません。AとCの合意は、両者の意思が一致するから要らない、と説明されます。4つめ、新しい持ち主が家賃を請求するには、所有権移転登記が要ります。借り手の二重払いを避けるためです。

冒頭の答え合わせ。出て行くか=引渡しなどの対抗要件を備えていれば出て行かなくてよい・備えていなければ登記を済ませたCに出て行かされる。家賃は誰に=備えていれば大家の役目はCに当然に移る・ただしCが請求するにはCの所有権移転登記が要る。 図:冒頭の答え合わせ

  • 出て行くか=引渡しなどの対抗要件を備えていれば出て行かなくてよい・備えていなければ登記を済ませたCに出て行かされる
  • 家賃は誰に=備えていれば大家の役目はCに当然に移る・ただしCが請求するにはCの所有権移転登記が要る

冒頭の問いの答えです。Bが、鍵の引渡しなどの対抗要件を備えていれば、Cに出て行けと言われても、出て行かなくてかまいません。備えていなければ、売買は賃貸借を破り、登記を済ませたCに、出て行かされます。備えていれば、大家の役目は、AからCに当然に移ります。Bの承諾も、AとCの合意も要りません。ただし、Cが家賃をBに請求するには、Cの所有権移転登記が必要です。この、賃貸人たる地位の移転と、承諾が要らない理由は、論文で論点になりうるところです。

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#261単独ページ動画

賃貸人たる地位の留保と合意による移転

第5章 契約 #261/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

ビルは売る、でも窓口は続けたい

冒頭の設例の関係図。大家のAは賃貸ビルを持ち、何十もの会社に部屋を貸している。どの借り手Bも鍵を受け取って入居済み。AはビルをCに売りたいが、入居者との窓口はAのまま続けたい。 図:冒頭の設例の関係図

  • 大家のAは賃貸ビルを持ち、何十もの会社に部屋を貸している
  • どの借り手Bも鍵を受け取って入居済み
  • AはビルをCに売りたいが、入居者との窓口はAのまま続けたい

冒頭の問いの答えの方向。残せるか=できる。ただし合意は2つ(役目をAに残す・CがAにビルを貸す)。借り手の承諾=不要。鍵を受け取っていない会社の場合=当然には移らない・AとCが合意すれば移せる。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 残せるか=できる
  • ただし合意は2つ(役目をAに残す・CがAにビルを貸す)
  • 借り手の承諾=不要
  • 鍵を受け取っていない会社の場合=当然には移らない・AとCが合意すれば移せる

先に答えの方向を言います。残せます。ただし、AとCが、2つのことを約束する必要があります。1つは、大家の役目をAに残すこと。もう1つは、CがAにそのビルを貸すことです。借り手の承諾は、要りません。もうひとつ。もし入居者が、契約はしたけれど、まだ鍵を受け取っていない会社だったら、そもそも役目は、当然には移りません。それでもAとCが合意すれば、移すことはできます。前回は、借り手が対抗要件を備えていれば、大家の役目は当然に移る、と見ました。今日は、その原則が動く2つの場面です。

今日の4つの柱

今日の地図。前回の原則=対抗要件を備えた借り手がいれば、大家の役目は新しい持ち主に当然に移る。今日は原則が動く2場面。1=役目をAに残す2つの合意。2=残したあとに賃貸借が終わったら。3=対抗要件が無いとき。4=どの道で移っても同じこと。 図:今日の地図

  • 前回の原則=対抗要件を備えた借り手がいれば、大家の役目は新しい持ち主に当然に移る
  • 今日は原則が動く2場面
  • 1=役目をAに残す2つの合意
  • 2=残したあとに賃貸借が終わったら
  • 3=対抗要件が無いとき
  • 4=どの道で移っても同じこと

柱は4つです。1つめ、備えている借り手がいても、大家の役目をAに残せる、という場面。要る合意は2つです。2つめ、残したあとに、AとCの間の賃貸借が終わったら、役目はどうなるか。3つめ、借り手が対抗要件を備えていないときは、どうなるか。4つめ、役目がどの道で移っても、同じように働く、登記と、お金を返す債務の引継ぎです。言葉を1つ確認します。大家の役目とは、借り手に使わせる義務、必要な修繕をする義務、毎月の家賃をもらう権利のことで、まとめて賃貸人たる地位といいます。今日もAは前の持ち主で大家、Bは借り手、Cは新しい持ち主です。軸は1本です。前回の原則は、借り手が守られていて、持ち主が借り手を追い出せないなら、持ち主は貸す側に立つしかない、という考えから生まれました。今日の2場面は、その前提が崩れる場面です。借り手の足場が別の形で用意されるなら、役目を残してよい。借り手がそもそも守られていないなら、役目は自動では動かない。この見方で、4つの柱がつながります。

柱1 役目をAに残す、2つの合意

1つめの柱の入口。前回の原則=備えている借り手がいれば、役目は新しい持ち主へ当然に移る。ではAに残すには何が要るか。 図:1つめの柱の入口

  • 前回の原則=備えている借り手がいれば、役目は新しい持ち主へ当然に移る
  • ではAに残すには何が要るか

1つめの柱です。まず、なぜ役目を残したいことがあるのか、一言だけ触れます。ビルを、信託という、財産を預けて管理してもらう仕組みに乗せて譲るような取引では、譲り受ける人が、修繕や費用を返す義務といった、大家としての義務を負いたくないことがあります。役目をAに残せば、その義務は、Aが負い続けます。以前は、役目を残すために、借り手一人ひとりに同意をもらう運用が行われていました。今は、条文が用意した方法があります。条文は、605条の2の第2項です。

条文民法605条の2第2項

民法第605条の2第2項 前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。

今は、前半だけを読みます。後半は、2つめの柱で読みます。前の持ち主と新しい持ち主が、賃貸人たる地位を前の持ち主に留保する旨と、その不動産を新しい持ち主が前の持ち主に賃貸する旨の、合意をしたときは、賃貸人たる地位は、新しい持ち主に移転しません。留保とは、手元に残しておく、という意味です。条文は、旨の合意、と書いています。留保する旨と、賃貸する旨。つまり、合意は2つ必要です。冒頭の例では、AとCが、大家の役目はAに残す、と約束します。そのうえで、CがAに、ビルを貸す、と約束します。2つ目の約束が何のためにあるのかは、少し後で答えます。先に、2つ揃ったときの形を見ます。

留保の図。CがAにビルを貸す(2つ目の合意)。AはBに従前のまま貸している。大家の役目(1つ目の合意)はAに残る。Bは今までどおりAと契約している。AはCから借りてBに又貸しする形になる。 図:留保の図

  • CがAにビルを貸す(2つ目の合意)
  • AはBに従前のまま貸している
  • 大家の役目(1つ目の合意)はAに残る
  • Bは今までどおりAと契約している
  • AはCから借りてBに又貸しする形になる

2つ目の合意で、CがAにビルを貸します。Aは、もうビルの持ち主ではありません。でもBには、従前のまま貸しています。つまり、AがCからビルを借りて、それをBに又貸ししている形になります。又貸しとは、借りた物を、さらに別の人に貸すことです。矢印の向きに気をつけてください。Cが貸す相手はA、Aが貸す相手はBです。Bは、今までどおりAと契約していて、Cとは契約していません。家賃の流れは、Bが今までどおりAに払い、AがCに賃料を払う、というイメージです。AとCの間の賃料は、2人の取り決め次第です。ここでは、又貸しの形ができる、というところまでを押さえてください。

立ち止まって考えてみましょう。AとCが、役目はAに残す、と約束するだけだったとします。Bにとって、何が困るでしょうか?持ち主でない人が貸しているだけだと、借り手の足場が弱くなる。この点を、最高裁が、条文ができる前の判決で述べています。

判例最判平11・3・25 集民192号607頁

賃貸人の地位の留保の合意 右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。けだし、右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると、賃借人は、建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず、新旧所有者間の合意のみによって、建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり、旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い、右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には、その地位を失うに至ることもあり得るなど、不測の損害を被るおそれがあるからである。

読み方です。冒頭の、右の場合、とは、賃貸して引き渡した建物の所有権が譲渡された場合のことです。この場合、特段の事情が無い限り、賃貸人の地位も新しい所有者に移ります。判決は、新旧の所有者が、地位を旧所有者に留保すると合意しただけでは、その特段の事情には当たらない、と言いました。理由は2段です。借り手は、建物の所有者と契約したつもりなのに、新旧所有者の合意だけで、所有権を持たない人から又貸しを受ける立場に、落とされてしまいます。そして、旧所有者が、自分の帰責事由で、建物を使い管理する権原を失えば、借り手は、その地位を失うおそれがあります。権原とは、使ってよい法律上の理由です。帰責事由とは、責めに帰すべき事由、つまり自分のせいで、ということです。

なぜ2つ目の合意が要るのか。合意が1つだけの場合=Bは、所有者でない人から又貸しを受ける立場に落とされ、Aが権原を失うと足場を失う。2つ目の合意を加えた場合=CからAへの賃貸借で、AがBに使わせる権原を用意する。 図:なぜ2つ目の合意が要るのか

  • 合意が1つだけの場合=Bは、所有者でない人から又貸しを受ける立場に落とされ、Aが権原を失うと足場を失う
  • 2つ目の合意を加えた場合=CからAへの賃貸借で、AがBに使わせる権原を用意する

この判決を踏まえて、条文は、役目を残す要件に、2つ目の合意を加えました。CがAにビルを貸す、というしくみです。これで、Aは、Cとの賃貸借という、使わせる権原を、あらかじめ手にします。Bの使い続ける足場が、用意される、と説明されます。1つ目の合意だけでは、持ち主でないAが貸し続けるだけで、Bの足場が弱いままです。2つ目の合意が、その足場を用意します。条文を見てください。第2項には、借り手の承諾は、出てきません。理由づけは、前回の、持ち主なら誰がやっても同じ、という理由とは別に考えます。ここで動くのは、ビルの所有権だけで、大家の役目は動きません。大家は、これまでどおりAです。役目の移転ではないので、承諾が要るかどうかという問題が、そもそも出てこない、と整理できます。借り手を守る仕組みは、承諾ではなく、2つ目の合意と、次の柱の後半が担います。

1つめの柱の整理板。留保の要件=譲渡人と譲受人の2つの合意(役目を譲渡人に残す・譲受人が譲渡人に賃貸する)。効果=役目は譲受人に移転しない。形=CからA、AからBの又貸し。借り手の承諾=不要。合意が1つだけ=足りない。 図:1つめの柱の整理板

  • 留保の要件=譲渡人と譲受人の2つの合意(役目を譲渡人に残す・譲受人が譲渡人に賃貸する)
  • 効果=役目は譲受人に移転しない
  • 形=CからA、AからBの又貸し
  • 借り手の承諾=不要
  • 合意が1つだけ=足りない

1つめの柱をまとめます。役目を前の持ち主に残すには、2つの合意が要ります。役目を残す合意と、新しい持ち主が前の持ち主に貸す合意です。1つだけでは足りません。効果は、役目が新しい持ち主に移らないことです。形は、CからAへ、AからBへ、の又貸しです。借り手の承諾は、要りません。

柱2 残したあとで賃貸借が終わったら

2つめの柱の入口。AがCからビルを借りてBに又貸しする形。AとCの間の賃貸借が終わったら、Bはどうなるか。 図:2つめの柱の入口

  • AがCからビルを借りてBに又貸しする形
  • AとCの間の賃貸借が終わったら、Bはどうなるか

2つめの柱です。又貸しの形のままで、AとCの間の賃貸借が終わったら、どうなるでしょう。第2項の後半を読みます。譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。冒頭の例では、AとCの賃貸借が終わったら、Aに残していた大家の役目は、Cに移ります。承継人とは、その人の権利を引き継いだ人です。たとえば、Cからそのビルを買った人や、Cの相続人です。冒頭の例で、CがAとの賃貸借の途中でビルをさらに別の人に売っていたら、その人に役目が移る、ということです。

賃貸借が終わると役目が移る、その意味を、Bの立場で考えます。AとCの賃貸借が終わると、AはCに対して、ビルを使う権原を失います。もしそのままだと、Bは、Aに使わせてもらっていた足場を失うおそれがあります。Cから、出て行ってほしい、と言われかねません。Bは、自分では何もしていないのに、です。

留保の前後の図。前=CがAに貸す・AがBに又貸し・役目はA。AとCの賃貸借が終わる。後=CがBに貸す・Aは抜ける・Bは元の内容のまま借り続ける。 図:留保の前後の図

  • 前=CがAに貸す・AがBに又貸し・役目はA
  • AとCの賃貸借が終わる
  • 後=CがBに貸す・Aは抜ける・Bは元の内容のまま借り続ける

そこで条文は、役目をCに移します。図の前では、CがAに貸し、AがBに貸していました。AとCの賃貸借が終わると、役目がCに移り、Aは抜けます。後では、Cが大家として、Bに貸す形になります。Bは、元の契約の内容のまま、借り続けられます。ここは、借り手を守る条文です。1つめの柱で、承諾は要らない、と言いました。その代わりに、足場を失うおそれが出たときは、役目を移して、Bを守ります。承諾を取る代わりに、終わったときの備えを置いた、とも言えます。

2つめの柱の整理板。留保のあと、譲渡人と譲受人又はその承継人の間の賃貸借が終了=譲渡人に留保されていた役目は譲受人又はその承継人に移転。理由=借り手が足場を失うおそれ。借り手は元の内容のまま借り続ける。 図:2つめの柱の整理板

  • 留保のあと、譲渡人と譲受人又はその承継人の間の賃貸借が終了=譲渡人に留保されていた役目は譲受人又はその承継人に移転
  • 理由=借り手が足場を失うおそれ
  • 借り手は元の内容のまま借り続ける

2つめの柱をまとめます。役目を残したあとに、AとCの賃貸借が終わったら、残していた役目は、Cまたはその承継人に移ります。理由は、Bが足場を失うおそれがあるからです。Bは元の内容のまま、借り続けられます。

柱3 対抗要件が無いとき

3つめの柱の入口。ここまでは、借り手が対抗要件を備えている場合。では備えていないとき、役目はどうなるか。 図:3つめの柱の入口

  • ここまでは、借り手が対抗要件を備えている場合
  • では備えていないとき、役目はどうなるか

3つめの柱です。その前に、前回の復習を1つ。借り手が対抗要件を備えていなかったとき、新しい持ち主は、借り手に出て行ってもらえましたか?出て行ってもらえました。対抗されないので、登記を済ませたCは、明渡しを求められました。もう1つ。前回の条文は、鍵を受け取っていない借り手のときに、当てはまるでしょうか?

冒頭の設例の変形。AがCに売ったビルに、契約はしたがまだ鍵を受け取っていない会社Bがいる。Bは対抗要件を備えていない。前回の条文は当てはまらない。 図:冒頭の設例の変形

  • AがCに売ったビルに、契約はしたがまだ鍵を受け取っていない会社Bがいる
  • Bは対抗要件を備えていない
  • 前回の条文は当てはまらない

冒頭の例を少し変えます。入居の契約はしたけれど、まだ鍵を受け取っていない会社Bがいます。その建物をAがCに売りました。Bは、対抗要件を備えていません。前回見たとおり、対抗要件は、借りていることを新しい持ち主にも言える印で、建物なら、鍵を受け取って住めば備わります。前回の条文が移すのは、対抗要件を備えた場合だけです。だから、この場面は当てはまりません。原則として、大家の役目は移らず、Aのもとに残ります。前回の、合意が要らない理由と、対にして考えます。前回は、Bが対抗要件を備えているので、賃借権をCにも言えて、Cは、Bを追い出せませんでした。追い出せないなら、せめて大家として家賃を取りたい。そこで、AとCの意思が、役目が移ることで一致しました。今回は逆です。Bは対抗要件を備えていないので、Cは、登記を済ませれば、Bの入居を断れます。自分でビルを使えるのに、大家になって、Bの入居を断れなくなるのは、Cの期待に反します。だから、役目は自動では移らない。理由は、Cの合理的な意思だ、と説明されます。合理的な意思とは、当事者がふつう望むこと、という意味です。

前回と今回の対。前回=Bが備えている→Cは追い出せない→せめて大家として家賃を取りたい→役目が移る。今回=Bが備えていない→Cは入居を断れる→大家になると断れなくなる→役目は移らない。 図:前回と今回の対

  • 前回=Bが備えている→Cは追い出せない→せめて大家として家賃を取りたい→役目が移る
  • 今回=Bが備えていない→Cは入居を断れる→大家になると断れなくなる→役目は移らない

ただし、AとCが合意すれば、役目を移すことはできます。前に、契約上の地位の移転の回で読んだ条文です。605条の3を、もう一度読みます。

条文民法605条の3

民法第605条の3 不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その賃貸人たる地位は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により、譲受人に移転させることができる。この場合においては、前条第三項及び第四項の規定を準用する。

読み方です。不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、賃貸人たる地位を、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人の合意により、譲受人に移転させることができます。後半は、前条の3項と4項を準用する、とあります。準用とは、同じ規定を、ここにも当てはめる、という意味です。中身は、4つめの柱で見ます。注意が1つあります。条文は、対抗要件の有無を、条件にしていません。不動産の譲渡人が賃貸人であるとき、と書いてあるだけです。対抗要件を備えている場合は、第1項で自動的に移るので、合意を使う実益は、おもに、備えていない場合にあります。

契約上の地位の移転は、原則として相手方の承諾が要ります。539条の2です。でも、賃貸人たる地位は、その例外です。理由は、前回と同じです。賃貸人の債務は、借り手に使わせることと、必要な修繕をすることです。持ち主なら、誰がやっても同じです。こういう、誰がやっても中身が変わらない性質を、没個性的といいます。借り手が不利益を受けるおそれは小さいので、承諾は要りません。前回読んだ判決は、新旧の持ち主が合意で役目を移した事案でした。今日の605条の3は、その考えを条文にしたものです。移ったあと、Bはどうなるのですか? 鍵をまだ受け取っていないBが、Cに入居を断られることは、ありませんか?ここが、3つめの柱の芯です。合意で役目がCに移ると、Cは自分が大家になります。大家は、借り手に使わせる義務を負います。だからCは、Bの入居を断れません。合意で移したあとは、対抗要件の有無で場合分けをする必要が、無くなります。移すかどうかは、Cが、自分が大家になってよい、と決めるかどうかにかかっているのです。

対の板。対抗要件を備えている場合=役目は当然に移る・合意は不要・借り手の承諾は不要・例外=AとCが2つの合意をすればAに残せる。備えていない場合=原則として移らない・例外=AとCが合意すれば移せる・借り手の承諾は不要。どちらも借り手の承諾は要らない。 図:対の板

  • 対抗要件を備えている場合=役目は当然に移る・合意は不要・借り手の承諾は不要・例外=AとCが2つの合意をすればAに残せる
  • 備えていない場合=原則として移らない・例外=AとCが合意すれば移せる・借り手の承諾は不要
  • どちらも借り手の承諾は要らない

対にして整理します。対抗要件を備えている場合は、役目が当然に移ります。合意は要りません。例外として、AとCが2つの合意をすれば、Aに残せます。備えていない場合は、原則として移りません。例外として、AとCが合意すれば、移せます。どちらの場合も、借り手の承諾は要りません。3つめの柱をまとめます。備えていないときに役目が当然には移らないのは、Cが、入居を断れる立場にあるからだ、と説明されます。合意で移したあとは、Cが大家として、Bに使わせる義務を負います。

柱4 どの道で移っても、登記と承継

4つめの柱の入口。役目がCに移る道は3つ。前回の当然移転。留保が終わって移る場合。合意で移す場合。どの道でも同じことが起きるか。 図:4つめの柱の入口

  • 役目がCに移る道は3つ
  • 前回の当然移転
  • 留保が終わって移る場合
  • 合意で移す場合
  • どの道でも同じことが起きるか

4つめの柱です。その前に、前回の復習を1つ。新しい持ち主のCが、借り手に、家賃は私に払ってください、と言うために、何が必要でしたか?所有権移転登記です。借り手が二重払いをしてしまうおそれがあるからでした。では、その条文を、もう一度読みます。

条文民法605条の2第3項

民法第605条の2第3項 第一項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。

条文は、第一項又は前項後段、と書いています。第1項は、前回の当然移転です。前項後段とは、第2項の後半、つまり、留保が終わって役目が移る場面です。さらに、605条の3の後半は、前条の3項と4項を準用する、と言っていました。つまり、合意で役目を移した場合にも、同じ3項が当てはまります。

3つの道と登記。当然移転(605条の2第1項)=新しい持ち主が借り手に言うには所有権移転登記。留保の終了(同2項後段)=同じ。合意による移転(605条の3)=同じ(3項を準用)。留保した時点(同2項前段)=役目は動かないので登記の出番は無い。 図:3つの道と登記

  • 当然移転(605条の2第1項)=新しい持ち主が借り手に言うには所有権移転登記
  • 留保の終了(同2項後段)=同じ
  • 合意による移転(605条の3)=同じ(3項を準用)
  • 留保した時点(同2項前段)=役目は動かないので登記の出番は無い

整理します。当然移転でも、留保が終わって移ったときでも、合意で移したときでも、Cが借り手に、私が大家だ、と言うには、所有権移転登記が要ります。理由は、前回と同じです。借り手は、持ち主が替わったかどうかを自分では確かめられず、二重払いを迫られるおそれがあるからです。たとえば、Cに言われて家賃をCに払ったのに、実はCが買っていなかったら、Bは、本当の大家のAにも、もう一度払わなければなりません。留保した時点では、役目が動きません。Aが大家のままなので、Cが借り手に、私が大家だ、と言う場面がありません。登記の出番が出てくるのは、2つめの柱のとおり、あとで役目が移ったときです。借り手が払った修繕などの費用を返す債務と、敷金を返す債務は、新しい大家が引き継ぎます。これらは、大家の立場に付いて回る債務なので、立場が移れば、一緒に移ります。敷金の回で読んだ条文を、もう一度見ます。条文は、605条の2の第4項です。

条文民法605条の2第4項

民法第605条の2第4項 第一項又は第二項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第六百八条の規定による費用の償還に係る債務及び第六百二十二条の二第一項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。

条文は、第一項又は第二項後段の規定により地位が移転したときは、と書いています。そして、605条の3の後半の準用が、合意の場合にも同じ扱いにします。費用を返す債務とは、前に見た、雨漏りの修理などの必要費や、屋根を付けるなどの有益費を、借り手に払う債務です。敷金を返す債務は、前に見た、旧大家への未払いを引いた残りが、新しい大家に移る、というものです。

3つの道と承継。当然移転=費用と敷金の返還債務は新しい大家が承継。留保の終了=同じ。合意による移転=同じ。留保した時点=役目が動かないので債務もAのまま。 図:3つの道と承継

  • 当然移転=費用と敷金の返還債務は新しい大家が承継
  • 留保の終了=同じ
  • 合意による移転=同じ
  • 留保した時点=役目が動かないので債務もAのまま

3つの道のどれで移っても、同じです。地位が移れば、費用を返す債務と、敷金を返す債務も、Cが引き継ぎます。留保した時点は、役目が動かないので、債務もAのままです。

4つめの柱の整理板。登記=3つの道のどれでも、新しい持ち主が借り手に言うには所有権移転登記が要る。承継=3つの道のどれでも、費用を返す債務と敷金を返す債務は新しい大家が引き継ぐ。留保した時点は役目が動かないので、どちらも出番が無い。 図:4つめの柱の整理板

  • 登記=3つの道のどれでも、新しい持ち主が借り手に言うには所有権移転登記が要る
  • 承継=3つの道のどれでも、費用を返す債務と敷金を返す債務は新しい大家が引き継ぐ
  • 留保した時点は役目が動かないので、どちらも出番が無い

4つめの柱をまとめます。役目が、当然移転、留保の終了、合意の、どの道でCに移っても、Cが借り手に言うには、所有権移転登記が要ります。費用を返す債務と敷金を返す債務も、Cが引き継ぎます。

確かめる

確かめるその1。入居済みの借り手がいるビルをAがCに売った。AとCは「大家はAのまま」とだけ約束した。役目は誰にあるか。 図:確かめるその1

  • 入居済みの借り手がいるビルをAがCに売った
  • AとCは「大家はAのまま」とだけ約束した
  • 役目は誰にあるか

事例で確かめます。1つめ。入居済みの借り手がいるビルを、AがCに売りました。AとCは、大家はAのまま、とだけ約束しました。役目は、誰にあるでしょうか?

答えその1。留保には2つの合意が要る。2つ目(譲受人が譲渡人に賃貸する旨)が無い→留保の要件を満たさない→役目はCに移る(前回の当然移転)。 図:答えその1

  • 留保には2つの合意が要る
  • 2つ目(譲受人が譲渡人に賃貸する旨)が無い→留保の要件を満たさない→役目はCに移る(前回の当然移転)

Cに移ります。2つ目の合意、つまり、CがAにビルを貸す合意がありません。合意は、2つ揃って初めて、役目を残せます。

確かめるその2。AとCは2つの合意(役目をAに残す・CがAにビルを貸す)をした。役目は誰にあるか。入居済みの借り手Bの承諾は要るか。 図:確かめるその2

  • AとCは2つの合意(役目をAに残す・CがAにビルを貸す)をした
  • 役目は誰にあるか
  • 入居済みの借り手Bの承諾は要るか

2つめ。AとCが、2つの合意をしました。役目をAに残すことと、CがAにビルを貸すことです。役目は誰にあるでしょうか? また、入居済みの借り手Bの承諾は、要るでしょうか?

答えその2。2つの合意→役目は譲受人に移転しない=Aに残る。借り手Bの承諾=不要(役目が動かないので承諾の出番が無い)。Bから見て大家は今までどおりA。 図:答えその2

  • 2つの合意→役目は譲受人に移転しない=Aに残る
  • 借り手Bの承諾=不要(役目が動かないので承諾の出番が無い)
  • Bから見て大家は今までどおりA

役目はAに残ります。Bの承諾は要りません。Bから見て、大家は今までどおりAです。

確かめるその3。上の2つめの場面のあと、AとCの賃貸借が終わった。役目は誰に移るか。Bはどうなるか。移ったことをBに言うには何が要るか。 図:確かめるその3

  • 上の2つめの場面のあと、AとCの賃貸借が終わった
  • 役目は誰に移るか
  • Bはどうなるか
  • 移ったことをBに言うには何が要るか

3つめ。その後、AとCの賃貸借が終わりました。役目は、誰に移るでしょうか? Bは、どうなるでしょうか? 移ったことをBに言うには、何が要るでしょうか?

答えその3。AとCの賃貸借が終了→留保されていた役目は譲受人またはその承継人に移転。借り手は元の内容のまま借り続ける。対抗するには所有権移転登記(605条の2第3項)。 図:答えその3

  • AとCの賃貸借が終了→留保されていた役目は譲受人またはその承継人に移転
  • 借り手は元の内容のまま借り続ける
  • 対抗するには所有権移転登記(605条の2第3項)

役目はCに移ります。Bは、元の内容のまま借り続けられます。Cが、Bに、私が大家だ、と言うには、所有権移転登記が要ります。2項後段にも、3項は掛かっています。

確かめるその4。契約はしたがまだ鍵を受け取っていない借り手Bがいる建物を、AがCに売った。合意が無い場合と、AとCが合意した場合で、役目はどうなるか。Bの承諾は要るか。 図:確かめるその4

  • 契約はしたがまだ鍵を受け取っていない借り手Bがいる建物を、AがCに売った
  • 合意が無い場合と、AとCが合意した場合で、役目はどうなるか
  • Bの承諾は要るか

4つめ。鍵をまだ受け取っていない借り手Bがいる建物を、AがCに売りました。AとCが何も約束しなかった場合、役目はどうなるでしょうか? AとCが、役目を移す合意をした場合は、どうなるでしょうか? Bの承諾は、要るでしょうか?

答えその4。備えていない+合意なし=役目は移らない(Cは大家の義務を負わない)。合意あり(605条の3)=移る(Cが大家の義務を負う)。借り手の承諾=どちらも不要。 図:答えその4

  • 備えていない+合意なし=役目は移らない(Cは大家の義務を負わない)
  • 合意あり(605条の3)=移る(Cが大家の義務を負う)
  • 借り手の承諾=どちらも不要

合意が無ければ、Bは対抗要件を備えていないので、役目は移りません。Cは、大家の義務を負いません。合意があれば移ります。Cが、大家の義務を負います。どちらの場合も、Bの承諾は要りません。合意で移したあとは、Cが大家です。

確かめるその5。合意で役目がCに移った。Cはまだ所有権移転登記をしていない。Cが借り手Bに家賃を請求したら、Bは払わなければならないか。 図:確かめるその5

  • 合意で役目がCに移った
  • Cはまだ所有権移転登記をしていない
  • Cが借り手Bに家賃を請求したら、Bは払わなければならないか

5つめ。合意で、役目がCに移りました。Cは、まだ所有権移転登記をしていません。Cが、Bに家賃を請求しました。Bは、払わなければならないでしょうか?

答えその5。合意による移転にも605条の2第3項を準用(605条の3後段)→所有権移転登記が無い間、新しい持ち主は借り手に家賃を請求できない→借り手は断れる。 図:答えその5

払わなくてかまいません。605条の3の後半が3項を準用しているので、登記が無いと、Cは、役目の移転をBに対抗できません。どの道で移っても、登記は同じように要ります。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=役目をAに残すには2つの合意(役目を残す・譲受人が譲渡人に貸す)・借り手の承諾は不要。2=残したあとに譲渡人と譲受人の賃貸借が終われば、役目は譲受人または承継人に移る。3=対抗要件が無いと原則移らない・合意で移せる(承諾不要)。4=どの道でも登記と債務の承継は同じ。 図:今日のまとめ

  • 1=役目をAに残すには2つの合意(役目を残す・譲受人が譲渡人に貸す)・借り手の承諾は不要
  • 2=残したあとに譲渡人と譲受人の賃貸借が終われば、役目は譲受人または承継人に移る
  • 3=対抗要件が無いと原則移らない・合意で移せる(承諾不要)
  • 4=どの道でも登記と債務の承継は同じ

今日の話を整理します。1つめ、備えている借り手がいても、AとCが2つの合意をすれば、大家の役目をAに残せます。役目を残す合意と、CがAに貸す合意です。借り手の承諾は要りません。2つめ、その後、AとCの賃貸借が終われば、残していた役目はCまたはその承継人に移ります。Bは元の内容のまま借り続けられます。3つめ、借り手が対抗要件を備えていないと、役目は原則として移りません。Cが入居を断れる立場だからだ、と説明されます。それでも、AとCの合意で移せて、借り手の承諾は要りません。4つめ、役目がどの道で移っても、Cが借り手に言うには所有権移転登記が要り、費用を返す債務と敷金を返す債務も、Cが引き継ぎます。

冒頭の答え合わせ。残せるか=できる。ただし合意は2つ。借り手の承諾=不要。鍵を受け取っていない会社の場合=原則移らない・AとCの合意で移せる(承諾不要)。どの道でも登記と債務の承継は同じ。 図:冒頭の答え合わせ

  • 残せるか=できる
  • ただし合意は2つ
  • 借り手の承諾=不要
  • 鍵を受け取っていない会社の場合=原則移らない・AとCの合意で移せる(承諾不要)
  • どの道でも登記と債務の承継は同じ

冒頭の問いの答えです。ビルを売っても、窓口をAに残すことは、できます。ただし、役目をAに残す合意と、CがAにビルを貸す合意の、2つが要ります。借り手の承諾は要りません。鍵を受け取っていない会社の場合は、役目はそもそも当然には移らず、AとCの合意で移せます。この場合も、借り手の承諾は要りません。地位の留保の要件は、論文で論点になりうるところです。

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#262単独ページ動画

賃借権の譲渡・転貸と612条の解除の制限

第5章 契約 #262/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

黙って弟に住んでもらったら

冒頭の設例の関係図。大家のAは、部屋をBに貸している。Bは海外赴任で1年間家を空ける。弟のDに住んでもらうことにしたが、Aには言っていない。 図:冒頭の設例の関係図

  • 大家のAは、部屋をBに貸している
  • Bは海外赴任で1年間家を空ける
  • 弟のDに住んでもらうことにしたが、Aには言っていない

冒頭の問いの答えの方向。原則=解除できる(黙って又貸しし、実際にDが住んでいるから)。例外=Aとの信頼関係を裏切る行為と言えない特段の事情があれば、解除できない。この設例で特段の事情があるかは、事情しだい。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 原則=解除できる(黙って又貸しし、実際にDが住んでいるから)
  • 例外=Aとの信頼関係を裏切る行為と言えない特段の事情があれば、解除できない
  • この設例で特段の事情があるかは、事情しだい

先に答えの方向を言います。原則として、解除できます。黙って又貸しをして、実際にDが住んでいるからです。ただし、Aとの信頼関係を裏切る行為とは言えない、特段の事情があれば、解除はできません。この設例で特段の事情があると言えるかは、事情しだいです。どんな事情が材料になるのかは、3つめの柱で見ます。前の2回は、大家の側が替わる話でした。今回は、借り手の側が替わる、または増える話です。向きが逆になります。以前、契約上の地位の移転の回で、大家の側の交代は承諾が要らず、借り手の側の交代は承諾が要る、と見ました。その理由が、今日の入口になります。

柱1 転貸と賃借権の譲渡

1つめの柱の入口。借り手が替わる、または増える形は2つ。BがAとの契約を持ち続けたままDに貸す形と、Bが借りる権利をDに譲る形。 図:1つめの柱の入口

  • 借り手が替わる、または増える形は2つ
  • BがAとの契約を持ち続けたままDに貸す形と、Bが借りる権利をDに譲る形

1つめの柱です。最初に、転貸から。転貸とは、借りた物を、さらに別の人に貸すことです。いわゆる、又貸しです。冒頭の例で、BがAとの契約はそのまま持ち続けながら、Dにも部屋を貸す形です。

転貸の関係図。AがBに貸す(元の賃貸借)。BがDに又貸しする(転貸借)。Bは借り手のまま残る。矢印は貸す向き。 図:転貸の関係図

  • AがBに貸す(元の賃貸借)
  • BがDに又貸しする(転貸借)
  • Bは借り手のまま残る
  • 矢印は貸す向き

図の矢印は、貸す向きです。AがBに貸し、BがDに貸します。契約が2本あります。AとBの元の契約を原賃貸借、BとDの新しい契約を転貸借といいます。呼び名も確認します。Aは賃貸人です。Bは賃借人であり、Dに貸す側でもあるので、転貸人といいます。Dは転借人です。無償で使わせても、転貸に当たります。お金を取るかどうかは問いません。借りた物を別の人に使わせる点は、タダでも同じだからです。次に、賃借権の譲渡です。賃借権とは、借り手が大家に対して持っている、借りる権利のことです。Bがこの権利をDに譲ると、Dが借り手になり、Bは契約から抜けます。権利を譲り渡す人を譲渡人、譲り受ける人を譲受人といいます。

対の関係図。転貸=A→B→Dの3人が並び、Bは借り手のまま残る。譲渡=A→Dの2人になり、Bは外れる。言い分ける軸=Bが借り手のまま残るか、抜けるか。 図:対の関係図

  • 転貸=A→B→Dの3人が並び、Bは借り手のまま残る
  • 譲渡=A→Dの2人になり、Bは外れる
  • 言い分ける軸=Bが借り手のまま残るか、抜けるか

対にして見てください。転貸は、Bが借り手のまま残り、Dが間に加わって、3人が一列に並びます。譲渡は、Bが抜けて、AとDの2人になります。言い分ける軸は、Bが借り手のまま残るか、抜けるか、です。敷金の権利義務は、新しい借り手に引き継がれません。大家は、抜けた前の借り手に、残りを返します。引き継ぐと、Bは、Dがこれから負う家賃などまで、自分の敷金で担保させられてしまうからです。敷金の回で見た、622条の2の第1項2号です。借り手が適法に賃借権を譲り渡したときの規定で、黙って譲ったときの話とは別の場面です。

1つめの柱の整理板。転貸=借りた物をさらに別の人に貸す・Bは借り手のまま残る・有償でも無償でも転貸。譲渡=借りる権利をDに譲る・Bは抜ける・敷金は新しい借り手に引き継がれない。 図:1つめの柱の整理板

  • 転貸=借りた物をさらに別の人に貸す・Bは借り手のまま残る・有償でも無償でも転貸
  • 譲渡=借りる権利をDに譲る・Bは抜ける・敷金は新しい借り手に引き継がれない

1つめの柱をまとめます。転貸は、Bが借り手のまま、Dに貸す形です。タダで使わせても転貸です。譲渡は、Bが借りる権利をDに譲り、Bが抜ける形です。分かれ目は、Bが残るか、抜けるか、です。

柱2 借地の上の建物を売る・貸す

2つめの柱の入口。AはBに土地を貸し、Bはその上に建物を建てて持っている。Bがその建物をDに売る場合と、Dに貸す場合。 図:2つめの柱の入口

  • AはBに土地を貸し、Bはその上に建物を建てて持っている
  • Bがその建物をDに売る場合と、Dに貸す場合

2つめの柱です。場面を変えます。Aは土地の持ち主で、Bに土地を貸しています。Bは、その土地の上に建物を建てて、持っています。このBが、建物をDに売った場合と、Dに貸した場合で、敷地を借りる権利がどうなるかを見ます。まず、売る場合です。建物を買ったDは、敷地を使う権利が無ければ、その建物を使い続けられません。結論から言うと、建物をDに売ると、敷地の賃借権もDに移ります。つまり、賃借権の譲渡に当たります。売ったのは建物だけです。土地を借りる権利まで、どうして一緒に移るのですか?敷地の賃借権は、建物を持つために必要な権利だからです。建物と一体のもので、建物に付いて回る権利です。こういう権利を、従たる権利といいます。物の回で、従物は主物の処分に従う、という87条2項を見ました。主物を売れば、従物も一緒に売買の対象になる、という規定です。主物と従物を別々の人に分けると、一緒に役立っていた組み合わせが崩れるからです。ただし、借地の権利は、物ではなく権利です。だから、条文そのものではなく、87条2項を類推して、建物に従う、と考えます。建物の所有権を主物の側、敷地の賃借権を従物の側とみなすわけです。類推とは、似た場面に、同じ考え方を当てはめることです。抵当権の回で、建物が競売されると、借地権、つまり建物を持つために土地を借りる権利も、付いてくると見ました。売買でも、同じ筋です。

売る・貸すの対の図。売る=敷地の借り手がBからDに替わる(敷地の賃借権の譲渡)。貸す=敷地の借り手はBのまま(Dは建物を使うだけ)。 図:売る・貸すの対の図

  • 売る=敷地の借り手がBからDに替わる(敷地の賃借権の譲渡)
  • 貸す=敷地の借り手はBのまま(Dは建物を使うだけ)

次に、貸す場合です。BがDに、その建物を貸します。売ってはいません。この場合は、敷地の転貸に当たりません。敷地の賃借権の譲渡にも、当たりません。土地を借りている人は、Bのままです。建物の賃貸は、土地の転貸には当たりません。Dは、建物の中にいるだけで、建物を持つわけではありません。敷地を使う権利が要るのは、建物を持つ人、つまりBだけです。Dが借りたのは建物であって、Bの敷地の賃借権は、Dにとって従たる権利でもありません。だから、87条2項を類推する場面でもありません。見分けるポイントを、1文にします。売るなら借り手がBからDに替わり、貸すなら借り手はBのままです。建物の賃貸が土地の転貸だ、と言わないように気をつけてください。

売った場合は、敷地の賃借権の譲渡になるのですね。では、いつでも自由にできるのですか?そこが次の柱の入口です。売るなら、Bが借りる権利をDに譲ることになるので、Aの承諾が無ければ、民法612条1項に引っかかります。なお、敷地を使う権利が、賃借権ではなく、物権である地上権なら、譲渡は自由です。賃借権のときだけ、承諾が問題になります。借地には、承諾の代わりに、裁判所の許可をもらう仕組みもあります。借地借家法の定めで、中身は別の回で扱います。

2つめの柱の整理板。売る=敷地の賃借権もDに移る(従たる権利・87条2項の類推)・Aの承諾が無ければ譲渡の問題。貸す=敷地の借り手はBのまま・敷地の転貸に当たらない。 図:2つめの柱の整理板

  • 売る=敷地の賃借権もDに移る(従たる権利・87条2項の類推)・Aの承諾が無ければ譲渡の問題
  • 貸す=敷地の借り手はBのまま・敷地の転貸に当たらない

2つめの柱をまとめます。借地の上の建物を売ると、敷地の賃借権の譲渡も伴います。建物と敷地を借りる権利は、一体だからです。貸すだけなら、敷地の借り手はBのままで、敷地の転貸に当たりません。

柱3 612条 承諾が要る、無断なら解除、ただし特段の事情

3つめの柱の入口。借り手が譲渡や転貸をするには、大家の承諾が要る。黙ってやったらどうなるか。 図:3つめの柱の入口

  • 借り手が譲渡や転貸をするには、大家の承諾が要る
  • 黙ってやったらどうなるか

3つめの柱が、今日の中心です。条文は、民法612条です。まず、1項から。

条文民法612条1項

民法第612条第1項 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。

読み方です。借り手は、大家の承諾を得なければ、賃借権を譲り渡すことも、借りた物を転貸することもできません。柱1で見た2つの形が、どちらも並んでいます。続けて、2項です。

条文民法612条2項

民法第612条第2項 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。

読み方です。借り手が、1項の規定に違反して、第三者に、借りた物を使用または収益させたときは、大家は契約を解除できます。収益とは、その物から利益を得ることです。要件は2つです。1つめ、1項に違反していること。つまり、承諾が無いのに、譲渡や転貸をしたことです。2つめ、第三者に、実際に使わせたことです。以上の2つは、条文を読めば出てくる要件です。立ち止まって考えてみましょう。Bが、友人のDに、黙って部屋を貸す契約を結びました。でも、Dはまだ入居していません。Aは、2項で解除できるでしょうか?

612条2項の要件の板。要件=(a)承諾が無い譲渡・転貸(b)第三者に実際に使わせた。契約を結んだだけで、まだ使わせていない場合は、2項の解除はまだできない。 図:612条2項の要件の板

  • 要件=(a)承諾が無い譲渡・転貸(b)第三者に実際に使わせた
  • 契約を結んだだけで、まだ使わせていない場合は、2項の解除はまだできない

まだできません。契約を結んだだけで、第三者に使わせていないからです。契約を結んだだけでは足りません。実際に使わせて初めて、解除の道が開きます。無断の譲渡や転貸で解除まで認められるのは、賃貸借が、貸し借りの関係が長く続く契約だからです。貸す側は、この人なら大切に使うし、家賃もきちんと払う、と見て貸しています。前に、借り手側の交代に承諾が要る理由を、誰が借りるかで、家賃の払われ方も物の扱いも変わるから、と見ました。黙って借り手を替えたり増やしたりするのは、その見込みを裏切る行為です。最高裁も、同じ考え方をとっています。賃貸借は、貸す人と借りる人の個人的な信頼を基礎とする継続的な関係なので、承諾なく使わせたときは、関係を続けるに堪えない背信的な行為があったものとして、大家が一方的に終わらせられる、と述べています。注意してほしいのは、背信という言葉も、信頼という言葉も、612条の文言ではないことです。背信は、判例の言葉です。ここで、以前の回の話を思い出してください。家賃を滞納されて、催告までしたのに、大家が解除できないことがある、と見ました。それは、どんな場合でしたか?

滞納が、信頼関係を破壊するに足りないときでした。賃貸借は、信頼関係を基礎とする継続的な契約です。だから、信頼を壊すほどの不履行でなければ、解除は認められませんでした。実は、今日の612条にも、似た壁があります。

612条2項の原則と例外の板。原則=要件(無断+実際に使わせた)を満たせば、解除できる。例外=背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば、解除できない。特段の事情を示すのは借り手の側(最判昭41・1・27)。 図:612条2項の原則と例外の板

  • 原則=要件(無断+実際に使わせた)を満たせば、解除できる
  • 例外=背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば、解除できない
  • 特段の事情を示すのは借り手の側(最判昭41・1・27)

結論から言います。原則は、2項の要件を満たせば、解除できる、です。例外として、大家に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば、解除できません。この例外は、条文には書いてありません。判例が立てた基準です。解除を認める理由が、見込みを裏切ったことにあるなら、実態が従来と変わらず、見込みが崩れていない場合にまで、解除させる理由はないからです。最高裁の判決を読みます。

判例最判昭28・9・25 民集7巻9号979頁

無断使用と解除の制限 賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては、同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする。

読み方です。同条とは、民法612条のことです。借り手が、大家の承諾なく、第三者に借りた物を使わせた場合でも、借り手のその行為が、大家に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、解除権は生じない、と言っています。事案は、借地人が、すでに借地権を譲り受けていた第三者に、同じ借地の範囲内なら別の場所に建物を建ててもよいだろうと考えて、建築を認めた、というものです。地主は、これを理由に612条2項で解除しましたが、最高裁は、解除を認めませんでした。どんな事情が特段の事情に当たるかは、このあと別の判決で、材料を整理します。

原則と例外の向きを、確認させてください。背信的行為と認められたら解除できる、ではないのですか?逆です。2項の要件に、背信は入っていません。背信を要件にすると、大家の側が背信性を示さなければ、解除できないことになってしまいます。向きは、要件を満たせば解除できるのが原則で、特段の事情があれば解除できないのが例外です。そして、特段の事情を示すのは、借り手の側です。最高裁は、のちの判決で、特段の事情の存在は、借り手が主張し、立証すべきだ、と明言しています。では、特段の事情が認められたのは、どんな場合でしょうか。典型的な判決を見ます。事案を、AとBとDで言い直します。Aは土地の持ち主です。Bは、Aから土地を借りて、その上の建物で、鮨屋を営んでいた男性です。Dは、Bと事実上の夫婦として同棲し、協力してその店を営んでいた女性です。Bが亡くなったあと、Dは、Bの相続人から、建物と一緒に借地権の譲渡を受けて、同じ店を続けました。Aは、DがBと事実上の夫婦として同棲していたことを、知っていました。Aの承諾は、得られませんでした。

昭39の事案の関係図。A=地主・B=借り手(男性・鮨屋)・D=事実上の夫婦として同棲し店を協力して営んでいた女性。Bの死亡後、相続人から借地権の譲渡を受けて同じ店を続けた。Aは同棲の事実を知っていた。承諾は無い。 図:昭39の事案の関係図

  • A=地主・B=借り手(男性・鮨屋)・D=事実上の夫婦として同棲し店を協力して営んでいた女性
  • Bの死亡後、相続人から借地権の譲渡を受けて同じ店を続けた
  • Aは同棲の事実を知っていた
  • 承諾は無い

判例最判昭39・6・30 民集18巻5号991頁

背信性が否定された事案 右認定事実のもとでは、本件借地権譲渡は、これについて賃貸人である上告人の承諾が得られなかったにせよ、従来の判例にいわゆる「賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合」に当るものと解すべく、従って上告人は民法六一二条二項による賃貸借の解除をすることができないものであり、……このような場合は、上告人は、借地権譲受人である被上告人に対し、その譲受について承諾のないことを主張することが許されず、その結果として被上告人は、上告人の承諾があったと同様に、借地権の譲受をもって上告人に対抗できるものと解するのが相当であるからである。

読み方です。上告人とは、ここでは大家、被上告人とは、借地権の譲受人のことです。前半は、承諾が得られなかったとしても、これは特段の事情がある場合に当たるので、大家は612条2項で解除できない、と言っています。点々の後ろの後半は、4つめの柱で読みます。この判決が挙げている事情を整理します。材料は2つです。1つめ、使う人が替わっても、使い方や生活の実態が、従来とほぼ変わらないこと。Dは、Bと一緒に営んでいた同じ鮨屋を、続けました。事実上、それまでの借地関係の続きでした。2つめ、大家が、その人が使っていた事情を知っていたことです。Aは、DがBと同棲していたことを、知っていました。信頼関係を破壊するとは言えない、という評価につながります。

特段の事情の材料の板。判決の事案=使い方・生活の実態が従来と変わらない(従来の関係の続き)+大家がその人の事情を知っていた→特段の事情あり。実態が大きく変わる場合は、材料として弱い。 図:特段の事情の材料の板

  • 判決の事案=使い方・生活の実態が従来と変わらない(従来の関係の続き)+大家がその人の事情を知っていた→特段の事情あり
  • 実態が大きく変わる場合は、材料として弱い

一緒に暮らしていたというだけで、特段の事情があると決まるわけではありません。見るのは、実態が従来と変わらないか、大家がその事情を知っていたか、です。たとえば、同じ店を続けるのではなく、まったく別の商売を始める人に渡したなら、実態が変わるので、材料としては弱くなる、と考えられます。逆に、大家がずっと承知していた同居の事情なら、材料として強くなります。冒頭の設例に戻ります。海外赴任の間だけ、弟が住みます。Aが弟の存在を知っていたか、住み方が従来と変わるのか、期間は1年か、といった事情しだいです。Bのほうが、そうした事情を示して、特段の事情があると言えるかが勝負になります。

2つの解除の制限の対の板。同じ根っこ=賃貸借は信頼関係を基礎とする継続的な契約。債務不履行解除の制限=債務不履行があっても信頼関係を破壊するに足りないときは解除できない。612条2項の解除の制限=要件を満たしても背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば解除できない(示すのは借り手)。 図:2つの解除の制限の対の板

  • 同じ根っこ=賃貸借は信頼関係を基礎とする継続的な契約
  • 債務不履行解除の制限=債務不履行があっても信頼関係を破壊するに足りないときは解除できない
  • 612条2項の解除の制限=要件を満たしても背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば解除できない(示すのは借り手)

滞納の回の話と並べます。どちらも、賃貸借は信頼関係を基礎とする継続的な契約、という同じ根っこから出ています。ただ、定式は別です。滞納のほうは、債務不履行があっても、信頼関係を破壊するに足りないなら、解除できません。今日のほうは、無断で使わせても、背信的行為と認めるに足りない特段の事情があるなら、解除できません。同じ根っこから出た、定式の違う2つの解除の制限、と覚えてください。3つめの柱をまとめます。借り手は、承諾なく譲渡も転貸もできません。無断で、実際に使わせたら、大家は解除できるのが原則です。例外として、背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば、解除できません。その事情を示すのは、借り手です。

柱4 解除しなくても明渡しを求められる

4つめの柱の入口。大家のAは、解除しなくても、無断で使っているDに出て行ってもらえるか。 図:4つめの柱の入口

4つめの柱です。ここまでは、大家が借り手との契約を解除できるか、という話でした。では、解除しなかったらどうでしょうか。大家は、無断で使っているDに、出て行ってほしい、と言えるでしょうか。

判例最判昭26・4・27 民集5巻5号325頁

解除しなくても明渡しを求められる 土地所有者である賃貸人がその承諾のない転貸借によつてこれを占有する転借人に対して直接土地の返還を請求するについては、賃貸借契約を解除しまたは賃借人の承諾を得るを要しない。

読み方です。土地の所有者である賃貸人が、承諾のない転貸借によって土地を占有している転借人に、直接、土地の返還を請求するときは、賃貸借を解除する必要も、賃借人の承諾を得る必要も、ありません。このカードが直接扱ったのは、無断の転借人です。この判決は、借りる権利を譲り受けたという主張も、承諾が無いのでAに言えない、として退けています。無断で譲り受けた人にも、同じ筋で明渡しを求められます。

4つめの柱の図。Aは部屋の持ち主。無断で使っているDに、所有権に基づいて直接返還を請求できる。解除するかどうかと、Dに出て行ってもらうかは、別々に選べる。 図:4つめの柱の図

  • Aは部屋の持ち主
  • 無断で使っているDに、所有権に基づいて直接返還を請求できる
  • 解除するかどうかと、Dに出て行ってもらうかは、別々に選べる

筋は、所有権です。Aは、その物の持ち主です。物権的請求権の回で、自分の物が他人のところにあるときの、返還を求める権利を見ました。無断で使っているDの使う権利は、Bから得たもので、Aとの間には、使ってよいという約束がありません。だから、Dは、その権利をAに主張できません。Aから見れば、権利なく自分の物を使っている人です。だから、Aは持ち主として、直接返還を求められます。ここで大事なのは、解除と明渡しが、別の問題だということです。Aは、解除するかどうかと、Dに出て行ってもらうかどうかを、別々に選べます。解除しなければならない、わけではありません。

先ほどの鮨屋の判決では、Dは出て行かなくてよかったのですよね。矛盾しませんか?矛盾しません。さきほどの判決の後半を、思い出してください。特段の事情があって、大家が解除できないときは、譲受人は、承諾が無いことを主張されません。承諾があったのと同じように、借地権を譲り受けたことを大家に対抗できます。つまり、自分が借り手だと、大家本人に言えます。判決が述べているのは、承諾が無いことを主張できない、という結論までです。そう考える筋は、解除はできないのに、承諾が無いことを理由に追い出せるとしたら、解除を制限した意味がなくなる、ということです。前の2回の、新しい持ち主に言うための対抗要件の話とは、別の場面です。ですから、原則は、持ち主として明渡しを求められる。でも、特段の事情があるなら、譲受人は対抗できる、という向きになります。なお、この後半の判決は、借地権の譲受人の事案です。特段の事情があるときに、転借人も同じように大家に言えるかまでは、この判決は述べていません。ここでは、譲受人についてだけ押さえてください。

4つめの柱の整理板。原則=無断の転借人には、解除しなくても所有権に基づいて直接明渡しを求められる。例外=特段の事情があって解除できない場合、賃借権の譲受人は、承諾が無いことを主張されず、大家に対抗できる。 図:4つめの柱の整理板

  • 原則=無断の転借人には、解除しなくても所有権に基づいて直接明渡しを求められる
  • 例外=特段の事情があって解除できない場合、賃借権の譲受人は、承諾が無いことを主張されず、大家に対抗できる

4つめの柱をまとめます。大家は、解除しなくても、持ち主として、無断で使っている人に明渡しを求められます。解除と明渡しは、別々に選べます。ただし、特段の事情があって解除できないときは、賃借権の譲受人は、大家に対抗できます。

確かめる

確かめるその1。Bが友人のDに、黙って部屋を貸す契約を結んだ。Dはまだ入居していない。Aは612条2項で解除できるか。 図:確かめるその1

  • Bが友人のDに、黙って部屋を貸す契約を結んだ
  • Dはまだ入居していない
  • Aは612条2項で解除できるか

事例で確かめます。1つめ。Bが、友人のDに、黙って部屋を貸す契約を結びました。Dはまだ入居していません。Aは、612条2項で解除できるでしょうか?

答えその1。2項の要件=無断+第三者に実際に使わせた。契約だけでは、まだ解除できない。入居して使い始めたら、解除の道が開く。 図:答えその1

  • 2項の要件=無断+第三者に実際に使わせた
  • 契約だけでは、まだ解除できない
  • 入居して使い始めたら、解除の道が開く

まだできません。第三者に、実際に使わせていないからです。Dが使い始めて初めて、解除の道が開きます。

確かめるその2。借地の上の建物を、BがDに売った。Aは承諾していない。敷地の賃借権について、何の問題になるか。 図:確かめるその2

  • 借地の上の建物を、BがDに売った
  • Aは承諾していない
  • 敷地の賃借権について、何の問題になるか

2つめ。借地の上の建物を、BがDに売りました。Aは承諾していません。敷地の賃借権について、何の問題になるでしょうか?

答えその2。建物を売る=敷地の賃借権の譲渡も伴う(従たる権利・87条2項の類推)。Aの承諾が無いので、612条1項の無断譲渡の問題。 図:答えその2

  • 建物を売る=敷地の賃借権の譲渡も伴う(従たる権利・87条2項の類推)
  • Aの承諾が無いので、612条1項の無断譲渡の問題

敷地の賃借権も建物と一緒にDに移るので、承諾の無い譲渡に当たります。売るなら、借り手がBからDに替わる、と覚えてください。

確かめるその3。借地の上の建物を、BがDに貸した。敷地の転貸に当たるか。612条の問題になるか。 図:確かめるその3

  • 借地の上の建物を、BがDに貸した
  • 敷地の転貸に当たるか
  • 612条の問題になるか

3つめ。借地の上の建物を、BがDに貸しました。敷地の転貸に当たるでしょうか? 敷地について、612条の問題になるでしょうか?

答えその3。建物を貸す=敷地の転貸に当たらない。Dは建物を使うだけ。敷地の借り手はBのまま。敷地について612条の問題にならない。 図:答えその3

  • 建物を貸す=敷地の転貸に当たらない
  • Dは建物を使うだけ
  • 敷地の借り手はBのまま
  • 敷地について612条の問題にならない

敷地の転貸には当たりません。敷地の借り手はBのままなので、敷地について612条の問題にはなりません。貸すだけなら、土地を使う権利が要るのは、建物を持つBだけです。

確かめるその4。無断で転貸し、実際に使わせた。ただし、特段の事情に当たりうる事情がある。Aは解除できるか。その事情を示すのは誰か。 図:確かめるその4

  • 無断で転貸し、実際に使わせた
  • ただし、特段の事情に当たりうる事情がある
  • Aは解除できるか
  • その事情を示すのは誰か

4つめ。Bは、Aに無断で転貸して、Dに実際に使わせました。ただし、実態は従来とほぼ変わらず、Aもその事情を知っていた、など、特段の事情に当たりうる事情があります。Aは解除できるでしょうか? その事情を示すのは、誰でしょうか?

答えその4。この設例=使い方の実態は従来とほぼ変わらず、Aも事情を知っていた。結論=特段の事情が認められれば、Aは解除できない。示すのは借り手B。 図:答えその4

  • この設例=使い方の実態は従来とほぼ変わらず、Aも事情を知っていた
  • 結論=特段の事情が認められれば、Aは解除できない
  • 示すのは借り手B

特段の事情が認められれば、解除できません。その事情を示すのは、借り手のBです。向きは、解除できるのが原則、できないのが例外です。

確かめるその5。Aは解除せずに、無断で使っているDに、出て行ってと言えるか。 図:確かめるその5。Aは解除せずに、無断で使っているDに、出て行ってと言えるか。

5つめ。Aは、解除せずに、無断で使っているDに、出て行ってほしい、と言えるでしょうか?

答えその5。解除しなくても、持ち主として、無断の転借人に直接明渡しを求められる。解除と明渡しは別々に選べる。 図:答えその5

  • 解除しなくても、持ち主として、無断の転借人に直接明渡しを求められる
  • 解除と明渡しは別々に選べる

言えます。Aは持ち主なので、所有権に基づいて、直接返還を求められます。解除するかどうかと、出て行ってもらうかどうかは、別々に選べます。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=転貸はBが残る・譲渡はBが抜ける。2=借地の上の建物を売る=敷地の賃借権も移る・貸す=敷地の借り手はBのまま。3=612条は、1項で承諾が要り、2項で無断+使用収益なら解除できる。例外=特段の事情(示すのは借り手)。4=解除しなくても所有権で明渡しを求められる。 図:今日のまとめ

  • 1=転貸はBが残る・譲渡はBが抜ける
  • 2=借地の上の建物を売る=敷地の賃借権も移る・貸す=敷地の借り手はBのまま
  • 3=612条は、1項で承諾が要り、2項で無断+使用収益なら解除できる
  • 例外=特段の事情(示すのは借り手)
  • 4=解除しなくても所有権で明渡しを求められる

今日の話を整理します。1つめ、転貸は、Bが借り手のまま、Dに貸す形です。譲渡は、Bが借りる権利をDに譲って、抜ける形です。2つめ、借地の上の建物を売ると、敷地の賃借権の譲渡も伴います。貸すだけなら、敷地の借り手はBのままで、敷地の転貸には当たりません。3つめ、612条は、承諾が無ければ譲渡も転貸もできない、と定めます。無断で、実際に第三者に使わせたら、大家は解除できるのが原則です。例外として、背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば、解除できません。その事情を示すのは、借り手です。4つめ、解除しなくても、大家は持ち主として、無断で使っている人に明渡しを求められます。

冒頭の答え合わせ。原則=解除できる(黙って又貸しし、実際にDが住んでいるから)。例外=特段の事情があれば、解除できない。この設例では事情しだい。解除しなくても、持ち主として明渡しは求められる。 図:冒頭の答え合わせ

  • 原則=解除できる(黙って又貸しし、実際にDが住んでいるから)
  • 例外=特段の事情があれば、解除できない
  • この設例では事情しだい
  • 解除しなくても、持ち主として明渡しは求められる

冒頭の問いの答えです。弟に黙って住んでもらったBに対して、Aは、原則として契約を解除できます。実際に弟が住んでいるからです。ただし、実態が従来と変わらず、Aもその事情を知っていた、といった特段の事情があれば、解除できません。この設例で認められるかは、事情しだいです。解除しなくても、Aは持ち主として、弟に出て行ってもらうことも考えられます。612条2項の解除の制限は、論文で論点になりうるところです。

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#263単独ページ動画

適法な転貸の効果と転貸借の帰すう

第5章 契約 #263/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

家賃を払っていた入居者の立場

冒頭の設例の関係図。オーナーのAは、マンションを丸ごとサブリース会社のBに貸している。BはAから借りた部屋の一つを、入居者のDに又貸ししている。矢印は貸す向き。BはAへの賃料を払わず、Dは家賃を払っている。 図:冒頭の設例の関係図

  • オーナーのAは、マンションを丸ごとサブリース会社のBに貸している
  • BはAから借りた部屋の一つを、入居者のDに又貸ししている
  • 矢印は貸す向き
  • BはAへの賃料を払わず、Dは家賃を払っている

冒頭の問いの答えの方向。原則=Bの債務不履行による解除で元の契約が終わったときは、AはDに終了を言える。ただし結論は、元の契約の終わり方で変わる。合意解除なら原則言えない。期間満了でも例外がある。 図:冒頭の問いの答えの方向

  • 原則=Bの債務不履行による解除で元の契約が終わったときは、AはDに終了を言える
  • ただし結論は、元の契約の終わり方で変わる
  • 合意解除なら原則言えない
  • 期間満了でも例外がある

先に答えの方向を言います。原則として、Dは出て行くことになります。Dが家賃を払っていても、元の契約がBの債務不履行による解除で終わったときは、AはDに、その終了を言えます。ただし、結論は、元の契約の終わり方で変わります。AとBが2人で話し合って終わらせたのなら、原則としてDには言えません。期間満了で終わった場合にも、例外があります。今日は、終わり方ごとに整理して、最後に一覧表にまとめます。用語は前回のとおりです。AとBの元の契約が原賃貸借、BとDの契約が転貸借です。Bは賃借人であり転貸人、Dは転借人です。サブリースとは、会社が建物を丸ごと借りて、各部屋を入居者に又貸しする形のことです。

今日の4つの柱

今日の地図。転貸借は、原賃貸借という足場の上に乗っている。1=転借人が大家に直接負う義務。2=足場が消えるとき、期間満了。3=足場が消えるとき、債務不履行解除。4=足場が消えるとき、合意解除、そして一覧表。 図:今日の地図

  • 転貸借は、原賃貸借という足場の上に乗っている
  • 1=転借人が大家に直接負う義務
  • 2=足場が消えるとき、期間満了
  • 3=足場が消えるとき、債務不履行解除
  • 4=足場が消えるとき、合意解除、そして一覧表

柱は4つです。1つめ、転借人が大家に直接負う義務。適法な転貸のときだけ、DとAの間に、民法613条がDの義務をつくります。2つめから4つめは、元の賃貸借が終わるときの話で、終わり方ごとに見ます。2つめが期間満了、3つめが債務不履行解除、4つめが合意解除です。4つめの最後に、一覧表を作ります。軸は1本です。転貸借は、原賃貸借の上に乗っています。足場が消えれば、乗っているDの立場も危うくなります。ただし、足場が消えた理由によって、AがDに「終わった」と言える、つまり対抗できるかが変わります。対抗できるとは、相手に向かって主張して、それが通るということです。今日も、Aは大家、Bは借り手、Dは又借りしている人です。判決の事案には、又貸しのさらに先の入居者が出てきます。その人だけEと呼びます。

柱1 転借人が大家に直接負う義務

1つめの柱の入口。契約は2本。AとBの原賃貸借、BとDの転貸借。AとDの間に契約は無い。それでも適法な転貸のときだけ、Dに、Aへの義務が生じる。 図:1つめの柱の入口

  • 契約は2本
  • AとBの原賃貸借、BとDの転貸借
  • AとDの間に契約は無い
  • それでも適法な転貸のときだけ、Dに、Aへの義務が生じる

1つめの柱です。契約は2本あります。AとBの原賃貸借と、BとDの転貸借です。AとDの間には、契約がありません。それでも、転貸が適法なときだけは、民法613条が、DとAの間にDの義務を直接つくります。適法な転貸とは、まず、Aの承諾があった場合です。承諾に代わる裁判所の許可を得た場合もあります。この許可は借地借家法の仕組みで、中身は別の回で扱います。無断の転借人には、この条文は働きません。前回の話です。条文を読みます。1項です。

条文民法613条1項

民法第613条第1項 賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人と賃借人との間の賃貸借に基づく賃借人の債務の範囲を限度として、賃貸人に対して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない。

前段から読みます。賃借人Bが適法に転貸したときは、転借人Dは、AとBの賃貸借に基づくBの債務の範囲を限度として、Aに対して、転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負います。たとえば、BD間の賃料を、Dは、Bを通さずにAへ直接払う義務を負う、ということです。

613条の直接義務の図。A・B・Dの三角形(Aが上、Bが左下、Dが右下)。DからAへの直接の線に、転貸借に基づく債務(たとえば賃料)を払う義務と書く。上限の例=AB間の賃料が月12万円、BD間の賃料が月18万円。 図:613条の直接義務の図

  • A・B・Dの三角形(Aが上、Bが左下、Dが右下)
  • DからAへの直接の線に、転貸借に基づく債務(たとえば賃料)を払う義務と書く
  • 上限の例=AB間の賃料が月12万円、BD間の賃料が月18万円

上限に注意してください。上限は2つあります。1つめは、条文にある上限で、AとBの賃貸借に基づく、Bの債務の範囲です。2つめは、条文の文字ではなく、考え方から出てくる上限で、Dが転貸借で負っている債務の範囲です。Dが自分の契約で負っていない分まで、払う義務はありません。だから、2つのうち小さいほうまで、と整理できます。数字で見ます。AB間の賃料が月12万円で、BD間の賃料が月18万円なら、DがAに負うのは、12万円までです。立ち止まって考えてみましょう。AB間の賃料が月12万円で、BD間の賃料が月9万円です。AはDに、いくらまで直接払うよう求められるでしょうか?

9万円までです。Dが転貸借で負っているのが、9万円だけだからです。そして、DがAに払えば、その分、Dは、Bへの転貸借の賃料を払わなくてよくなります。二重に払うことにはなりません。義務を負うのはDだけですか? Dのほうから、Aに、何かを求められることはないのでしょうか?ありません。613条1項が定めるのは、Dの義務だけで、Dの権利ではありません。たとえば、屋根が雨漏りするとき、DがAに直接「直してください」と求めることはできません。修繕を求める相手は、転貸借の相手のBです。Aに義務を負わされる、でもAには権利を持てない、という片方向の規定です。

前払の時間軸。BD間の賃料は毎月末日払い。11月1日にDがBへ11月分を前払したとき=Aに対抗できない。11月末の支払日が過ぎたあとにBへ払った分=Aに対抗できる。 図:前払の時間軸

  • BD間の賃料は毎月末日払い
  • 11月1日にDがBへ11月分を前払したとき=Aに対抗できない
  • 11月末の支払日が過ぎたあとにBへ払った分=Aに対抗できる

次に、1項の後段です。賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない、とあります。前払とは、弁済期より前に払うこと、と理解します。設例です。BD間の賃料は、毎月末日が支払日です。Dは、11月分を、11月1日に、前払でBへ払っていました。ここでAが、11月分を直接払うよう、Dに求めました。Dは、11月1日にBへ払い済みだと言って、断れません。一方、11月末の支払日が過ぎたあとに、Bへ払った分は、前払ではありません。Aに対して、払い済みだと言えます。二重払いは気の毒です。ただ、前払を認めると、BとDが示し合わせて、早めに払ったことにするだけで、Aの直接の請求が空振りになってしまいます。条文は、Aの請求権を、BとDの間の前払で、からっぽにさせないために、ここを割り切っています。続けて、2項です。

条文民法613条2項

民法第613条第2項 前項の規定は、賃貸人が賃借人に対してその権利を行使することを妨げない。

読み方です。1項があるからといって、AがBに権利を行使できなくなるわけではありません。AはBにも、Dにも、請求できます。ただし、どちらかが払えば、その分、もう一方の義務も減ります。二重に取ることはできません。一言だけ付け加えます。大家は転借人から、直接、賃料を取れます。これは、賃貸人の特別な地位です。抵当権者が転貸賃料を取れるかは、別の話です。それは、物上代位の回で見たとおり、原則として取れません。大家と抵当権者を、混ぜないようにしてください。1つめの柱をまとめます。適法な転貸なら、DはAに直接払う義務を負います。上限は、Bの債務の範囲と、転貸借の債務のうち、小さいほうです。義務だけで、権利はありません。前払は、Aに対抗できません。AはBにも請求できます。

柱2 元の賃貸借が終わるとき 期間満了

2つめの柱の入口。転貸借は、原賃貸借の上に乗る。AB間の賃貸借が期間満了で終わったとき、Dはどうなるか。 図:2つめの柱の入口

  • 転貸借は、原賃貸借の上に乗る
  • AB間の賃貸借が期間満了で終わったとき、Dはどうなるか

2つめの柱です。ここからは、元の賃貸借が終わったとき、Dがどうなるかを見ます。まず、前提を1つ置きます。転貸借は、AB間の賃貸借とは別個の契約です。たとえば、Dが亡くなって、AがDの相続人になり、大家と転借人が同一人物になっても、転貸借は、当事者の間で消す合意が無い限り、消えません。それでも、転貸借は、原賃貸借の上に乗っています。以前、賃貸人の地位の留保の回で、元の賃貸借が終わったとき、留保されていた役目が新しい持ち主へ移り、借り手が守られると見ました。ただ、普通の又貸しには、そういう条文はありません。だから、元の賃貸借の終わり方ごとに、AがDに「終わった」と言えるかを見ていきます。今日の終わり方は3つです。期間満了、債務不履行解除、合意解除です。最初は、期間満了です。原則は、AB間の賃貸借が期間満了で終わると、AはDに、その終了を対抗できます。Dは、Aに対して、転借権を主張できなくなります。転借権とは、転借人の使う権利のことです。

筋はこうです。Dの権利は、Bの賃借権の上に乗っています。Bは、自分がAから借りている以上の権利を、Dに渡すことはできません。Dが、Aに向かって使っていいと言える根拠は、Bの賃借権しかないのです。その賃借権が、期間の満了で無くなれば、Dは、その根拠を失います。Dに落ち度があるかどうかは、関係ありません。この結論は、Bの不履行で終わるときだけの話ではありません。Bが更新しないと決めただけでも、Aは、Dに終了を言えます。

期間満了の原則の板。AB間の賃貸借が期間満了で終了→AはDに終了を対抗できる。DはAに転借権を主張できない。ただし例外あり。 図:期間満了の原則の板

  • AB間の賃貸借が期間満了で終了→AはDに終了を対抗できる
  • DはAに転借権を主張できない
  • ただし例外あり

ただし、例外があります。事案から説明します。Aは、ビルの所有者です。Bは、ビルの賃貸や管理を仕事にしている会社です。AはBに、事業用のビル1棟を一括して貸しました。期間は20年でした。AはBが、ビルの各室を第三者に転貸することを、あらかじめ承諾していました。BはDに転貸しました。DはAとBの承諾を得て、さらにEに、又貸しをしました。これが再転貸です。Eは、その部屋で、寿司の販売店を営んでいました。ところがBは、転貸方式では採算に合わないとして、更新しない、とAに通知しました。AはDとEに、期間満了で賃貸借が終わると通知し、Eに対して、所有権に基づいて明渡しなどを求めました。原審は、AはEに終了を対抗できる、と判断しました。最高裁は、AはEに対抗できない、としました。

期間満了と信義則の関係図。A=ビルの所有者→B=ビルを一括して借りた会社→D=転借人→E=再転借人の一列。AはDとEの転貸を承諾し、締結に加功した(下の帯に書く)。Bが更新しないと通知して期間満了。Eは使い続けられる。 図:期間満了と信義則の関係図

  • A=ビルの所有者→B=ビルを一括して借りた会社→D=転借人→E=再転借人の一列
  • AはDとEの転貸を承諾し、締結に加功した(下の帯に書く)
  • Bが更新しないと通知して期間満了
  • Eは使い続けられる

この判決が扱ったのは、又貸しのさらに先の入居者、Eです。判旨を読みます。カードの中の、被上告人はA、訴外会社はB、Gは再転借人のEです。本件賃貸借は、AとBの原賃貸借のことです。カードの中の加功は、関与した、という意味です。

判例最判平14・3・28 民集56巻3号662頁

期間満了と信義則 このような事実関係の下においては、本件再転貸借は、本件賃貸借の存在を前提とするものであるが、本件賃貸借に際し予定され、前記のような趣旨、目的を達成するために行われたものであって、被上告人は、本件再転貸借を承諾したにとどまらず、本件再転貸借の締結に加功し、Gによる本件転貸部分二の占有の原因を作出したものというべきであるから、訴外会社が更新拒絶の通知をして本件賃貸借が期間満了により終了しても、被上告人は、信義則上、本件賃貸借の終了をもってGに対抗することはできず、Gは、本件再転貸借に基づく本件転貸部分二の使用収益を継続することができると解すべきである。

読み方です。AとBの賃貸借が期間満了で終わっても、Aは、信義則上、その終了をEに対抗できず、Eは、使用収益を続けられる、と言っています。信義則とは、お互いに誠実に行動すべきだ、という民法の大原則です。更新しないと決めたのは、借り手のBです。Aの意思は関わっていません。それでも結論は変わらない、と判決は述べています。例外が働いた要素を、3つに分けます。1つめ、元の賃貸借が、最初から転貸を予定して結ばれていたことです。Aが自分で使う予定は無く、Bに転貸で収益を上げさせて、安定した賃料を得る仕組みでした。2つめ、Aが、転貸や再転貸を、承諾したにとどまらず、締結に加功したことです。3つめ、Eの占有の原因を、作り出したことです。なぜ、ここまでそろうと言えなくなるのか。Aは、転貸で賃料を得る仕組みを自分で作り、Eがそこで使うことまで呼び込みました。Bが降りたことを理由に、自分で呼び込んだEを追い出すのは、自分のしたことと食い違う振る舞いだからです。

Aが転貸を承諾しただけでは、足りません。判旨は、承諾したにとどまらず、と言っています。承諾した、というだけの事情では、期間満了の原則が働いて、AはDに終了を言えます。そして、サブリースの形なら、いつも対抗できない、という判決でもありません。判決は、この事実関係のもとで、と限定しています。なお、建物の賃貸借には、期間満了のときの転借人の保護について、借地借家法に特別な定めがあります。今日見たのは、民法の一般論です。2つめの柱をまとめます。期間満了なら、原則として、AはDに終了を対抗できます。例外として、賃貸借が最初から転貸を予定し、Aが承諾にとどまらず、転貸借の締結に加功して、占有の原因を作ったようなときは、信義則上、対抗できません。

柱3 元の賃貸借が終わるとき 債務不履行解除

3つめの柱の入口。Bの賃料不払→Aが催告して解除。AはDに終了を言えるか。Dへの通知は要るか。転貸借はいつ終わるか。 図:3つめの柱の入口

  • Bの賃料不払→Aが催告して解除
  • AはDに終了を言えるか
  • Dへの通知は要るか
  • 転貸借はいつ終わるか

3つめの柱です。冒頭の設例の場面です。ここは、今日の芯になります。立ち止まって思い出してください。前に、家賃を滞納されて、催告までしたのに、大家が解除できないことがある、と見ました。それは、どんな場合でしたか?滞納が、信頼関係を破壊するに足りないときでした。今日は、その先の話です。解除が有効に成立した場合に、転借人がどうなるかを見ます。原則は、債務不履行解除なら、AはDに、その終了を対抗できます。Bが賃料を払わず、Aが催告して解除すると、賃貸借は終わります。Dは、Aに転借権を主張できなくなります。古くから、判例が認めている結論です。期間満了より、結論はいっそう素直です。Dの足場がなくなったのは、Bの不履行のせいで、Aのせいではないからです。ここから、2つの論点が出ます。1つめは、Aが解除するとき、Dにも通知をして、賃料を代わりに払う機会を与えなければならないか、です。

転借人にも知らせて、代わりに払う機会を与えるべきだ、という考え方も、有力な見解としてあります。ただ、判例は、不要としました。なお、第三者弁済の回で見たとおり、Dは、第三者として弁済できます。474条1項の、債務の弁済は、第三者もすることができる、という規定です。Dが自分で動いて払う道は、一般のルールとして閉ざされていません。事案を言います。土地の賃貸借に、適法な転貸借がありました。賃借人が賃料を払わず、賃貸人が賃貸借を解除し、転借人に、建物の収去と土地の明渡しを求めました。最高裁は、解除は有効で、請求を認めました。裁判官1名の反対意見が付いています。反対意見は、賃貸人は転借人にも通知等をして、代払の機会を与える信義則上の義務がある、という立場です。

判例最判平6・7・18 集民172号1007頁

解除と転借人への通知 土地の賃貸借契約において、適法な転貸借関係が存在する場合に、賃貸人が賃料の不払を理由に契約を解除するには、特段の事情のない限り、転借人に通知等をして賃料の代払の機会を与えなければならないものではない。

読み方です。土地の賃貸借で、適法な転貸借があるとき、賃貸人が賃料の不払を理由に解除するには、特段の事情のない限り、転借人に通知等をして、賃料の代払の機会を与えなければならないものではない、と言っています。

平6の判旨の整理板。前提=賃料不払を理由とする解除・適法な転貸借。結論=特段の事情のない限り、転借人に通知等をして代払の機会を与える必要は無い。特段の事情が何かは、判決は示していない。 図:平6の判旨の整理板

  • 前提=賃料不払を理由とする解除・適法な転貸借
  • 結論=特段の事情のない限り、転借人に通知等をして代払の機会を与える必要は無い
  • 特段の事情が何かは、判決は示していない

落とせないのは、特段の事情のない限り、という部分です。特段の事情が何かは、判決は示していません。答案では、判決の形のまま、特段の事情のない限り、通知して代払の機会を与える必要は無い、と書きます。前提は、賃料不払を理由とする解除です。判決自身は、理由を述べていません。ここからは、考え方の整理です。なぜ通知が要らないのか、筋を3つ挙げます。1つめ、Aは、賃料を払ってもらえなかった側で、541条の要件を満たせば、解除できる立場です。そこに、条文に無い、Dへの通知という手順を足すと、落ち度のないAの解除を、それだけ難しくしてしまいます。2つめ、Aは、Dに対して何の義務も負っていません。613条1項は、Dの義務だけを、定めています。Aに、Dへ知らせる義務を負わせる根拠が、条文の側に無いのです。3つめ、Dの地位は、もともとBの賃貸借の運命に左右される足場の上にあります。又借りは、Bが借りている物を借りる契約ですから、Bの契約が終われば使えなくなる危険は、又借りという形そのものに含まれています。2つめの論点です。AがBとの賃貸借を解除しました。それだけで、BとDの転貸借も終わるのでしょうか。いつ終わるのでしょうか。

原賃貸借を解除したら、転貸借もその場で終わるのか。そこが論点です。転貸借は、別個の契約です。解除しただけでは終わりません。BがDに負っているのは、Dに使わせる債務です。解除のあとも、Dがそのまま使えていて、BがAと契約を結び直せば、Dの足場は戻ります。まだ、Bの債務が果たせなくなった、とは言えないのです。判例の事案から見ます。建物の所有者の会社Aが、Bに建物を貸し、BはAの承諾を得て、その建物をDらに転貸していました。Dらは、そこでスイミングスクールを営業していました。Bが賃料を払わず、Aは催告のうえ解除し、その後、Dらに明渡しを求める訴えを起こしました。Dらは、その後、Bに転借料を払わなくなりました。そこで、Bが、Dらに転借料を請求しました。原審は、転貸借は終わっていないとして、Bの請求を認めました。最高裁は、転貸借は、Aが明渡しを求める訴えを起こした時に、既に終わっていたとして、Bの請求を退けました。

債務不履行解除の時間軸。Bの賃料不払→Aが解除→Aが「Dに」返還を請求→その時に、Bの債務が履行不能となって、転貸借が終わる。Dへの通知は、特段の事情が無い限り不要。 図:債務不履行解除の時間軸

  • Bの賃料不払→Aが解除→Aが「Dに」返還を請求→その時に、Bの債務が履行不能となって、転貸借が終わる
  • Dへの通知は、特段の事情が無い限り不要

判例最判平9・2・25 民集51巻2号398頁

転貸借の終了時期 賃貸人の承諾のある転貸借においては、転借人が目的物の使用収益につき賃貸人に対抗し得る権原(転借権)を有することが重要であり、転貸人が、自らの債務不履行により賃貸借契約を解除され、転借人が転借権を賃貸人に対抗し得ない事態を招くことは、転借人に対して目的物を使用収益させる債務の履行を怠るものにほかならない。 …… したがって、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了すると解するのが相当である。

読み方です。1つめの文は、転貸人が、自分の債務不履行で解除されて、転借人が転借権を大家に対抗できなくなるのは、使わせる債務の履行を怠ることにほかならない、と言っています。点々の後の文が結論です。賃貸借が転貸人の債務不履行を理由とする解除で終わった場合、承諾のある転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に目的物の返還を請求した時に、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了する、と言っています。履行不能とは、債務が、社会通念に照らして、できなくなることです。物が壊れていなくても、不能になります。前に、二重譲渡で登記が完了した時に、売り主の債務が不能になると見たのと、同じ筋です。判決は、間の理由で、Aが転借人に直接返還を請求するに至った以上、Bが再びAと賃貸借を結ぶなどして、Dが転借権をAに対抗できる状態を回復することは、もはや期待できない、と述べています。整理します。解除しただけでは、転貸借は終わりません。Aが、Dに目的物の返還を請求した時に、Bの債務が履行不能になって、転貸借が終わります。事案では、Aが明渡しを求める訴えを起こした時でした。そのあとの転借料は、Bに払わなくてよい、という結論です。

冒頭のDは、Aから返還を請求されれば出て行きます。その時に、BD間の転貸借は終わります。Dは、Bに対しては、使わせてもらう債務を履行されなかった、と言える立場です。Bの債務不履行ですから、Bに、責任を免れる事情がない限り、Dは、Bに、損害の賠償を求めることができます。415条の一般のルールです。解除と違って、賠償では、この事情があるかどうかが効いてきます。3つめの柱をまとめます。債務不履行解除なら、AはDに終了を対抗できます。転借人への通知や代払の機会は、賃料不払の解除では、特段の事情のない限り、不要です。転貸借は、Aが転借人に返還を請求した時に、Bの債務の履行不能で終わります。

柱4 元の賃貸借が終わるとき 合意解除

4つめの柱の入口。AとBが2人で話し合って、賃貸借を終わらせた。Dは話し合いに入っていない。AはDに終了を言えるか。 図:4つめの柱の入口

  • AとBが2人で話し合って、賃貸借を終わらせた
  • Dは話し合いに入っていない
  • AはDに終了を言えるか

4つめの柱です。AとBが、2人で話し合って、賃貸借を終わらせた場面です。その前に確認です。前に、合意解除と約定解除は、どう見分けましたか?合意解除は、契約を終わらせること自体を合意する、新しい契約でした。約定解除は、契約で決めておいた解除権を使うことでした。合意解除は、解除権の行使ではなく、契約を終わらせるための新しい契約です。結ぶのは、AとBの2人です。Dは、その契約に入っていません。条文を読みます。3項です。

条文民法613条3項

民法第613条第3項 賃借人が適法に賃借物を転貸した場合には、賃貸人は、賃借人との間の賃貸借を合意により解除したことをもって転借人に対抗することができない。ただし、その解除の当時、賃貸人が賃借人の債務不履行による解除権を有していたときは、この限りでない。

読み方です。本文は、適法に転貸した場合、AがBとの賃貸借を合意で解除したことを、Dに対抗できない、という意味です。趣旨は、Dの権利は、適法に成立した権利だから、AとBの2人の話し合いだけで、Dの権利を無くすことはできない、ということです。第三者を守る向きは、解除の回で見た、545条1項ただし書の、第三者の権利を害することはできない、と同じです。この規定は、判例が認めてきた結論を、民法の改正で、条文にしたものです。

合意解除の図。AとBを点線で結んで「2人で合意解除」。Dは線の外。本文=合意解除をDに対抗できない。ただし書=合意解除の当時、Bの債務不履行による解除権があったときは、対抗できる。 図:合意解除の図

  • AとBを点線で結んで「2人で合意解除」
  • Dは線の外
  • 本文=合意解除をDに対抗できない
  • ただし書=合意解除の当時、Bの債務不履行による解除権があったときは、対抗できる

例外は、ただし書です。合意解除の当時、AがBの債務不履行による解除権を持っていたときは、対抗できます。実質的には、債務不履行解除と同じに見られるからです。対の設例で確かめます。1つめ。Bが何か月も賃料を滞納し、Aが催告して、期間が過ぎました。そのあと、AとBが話し合って、契約を終わらせました。この場合は、解除権が既にあったので、AはDに対抗できます。2つめ。Bは賃料を滞納していないのに、Aが、建て替えたいと言って、Bと合意解除しました。この場合は、解除権が無いので、AはDに対抗できません。

ただし書の対の設例。(ア)滞納→催告→期間経過のあとの合意解除=対抗できる(解除権があった)。(イ)滞納も無く、建て替えのための合意解除=対抗できない。 図:ただし書の対の設例

  • (ア)滞納→催告→期間経過のあとの合意解除=対抗できる(解除権があった)
  • (イ)滞納も無く、建て替えのための合意解除=対抗できない

解除の意思表示までは、要りません。条文は、解除権を有していたとき、と書いています。解除権が生じていれば足り、現に解除の意思表示をしていなくても構いません。ただし、解除権が発生していたかどうかは、541条の要件で見ます。相当の期間を定めた催告をして、その期間内に履行がなかったか、です。次に、宿題を回収します。前回、無断の転貸でも、背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば、大家は解除できない、と見ました。その場合の転借人は、承諾があった場合と同じように守られるのか。それを扱った判決を読みます。事案は、土地の賃貸借で、賃借人が賃貸人の承諾なく、土地をさらに転貸しました。のちに、賃貸人と賃借人が、賃貸借を合意解除しました。賃貸人の側、つまり相続人らは、所有権に基づいて、転借人らに、建物からの退去と土地の明渡しなどを求めました。原審は、合意解除を認めたまま、転借人らの特段の事情の主張を審理せずに、請求を認めました。最高裁は、原判決を破棄して、差し戻しました。

判例最判昭62・3・24 集民150号509頁

無断転貸と合意解除 土地の賃借人が賃貸人の承諾を得ることなく右土地を他に転貸しても、転貸について賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるため賃貸人が民法六一二条二項により賃貸借を解除することができない場合において、賃貸人が賃借人(転貸人)と賃貸借を合意解除しても、これが賃借人の賃料不払等の債務不履行があるため賃貸人において法定解除権の行使ができるときにされたものである等の事情のない限り、賃貸人は、転借人に対して右合意解除の効果を対抗することができず、したがつて、転借人に対して賃貸土地の明渡を請求することはできないものと解するのが相当である。

読み方です。無断で転貸しても、背信行為と認めるに足りない特段の事情があって、賃貸人が612条2項で解除できない場合に、賃貸人と賃借人が合意解除をしても、賃料不払などで法定解除権を行使できるときにされたものである等の事情のない限り、賃貸人は、転借人に合意解除の効果を対抗できません。したがって、転借人に土地の明渡しを求めることもできません。判決は、理由の中で、こうも述べています。特段の事情があって解除できない場合には、転借人は、承諾を得た場合と同様に、転借権を賃貸人に対抗できる、という判示です。そう考える筋は、こうです。解除はできないのに、承諾が無いことを理由に追い出せるとしたら、解除を制限した意味がなくなります。前回、譲受人について見たのと同じ筋です。射程には注意してください。この判決が直接扱ったのは、合意解除の場面です。特段の事情のある転借人が、あらゆる場面で、適法な転借人と同じ、とまでは言っていません。なお、借地の上の建物の借家人については、別の保護があります。

一覧表。終わり方×AはDに終了を対抗できるか×補足。期間満了=原則できる、例外=最初から転貸を予定しAが承諾にとどまらず締結に加功したときは信義則上できない。債務不履行解除=できる、通知や代払の機会は特段の事情が無い限り不要、転貸借はAの返還請求の時に履行不能で終わる。合意解除=できない(613条3項本文)、ただし書=合意解除の当時Bの債務不履行による解除権があればできる。 図:一覧表

  • 終わり方×AはDに終了を対抗できるか×補足
  • 期間満了=原則できる、例外=最初から転貸を予定しAが承諾にとどまらず締結に加功したときは信義則上できない
  • 債務不履行解除=できる、通知や代払の機会は特段の事情が無い限り不要、転貸借はAの返還請求の時に履行不能で終わる
  • 合意解除=できない(613条3項本文)、ただし書=合意解除の当時Bの債務不履行による解除権があればできる

今日の主役の一覧表です。向きは、いつも、AがDに言えるか、です。期間満了は、原則として、できます。例外は、最初から転貸を予定し、Aが承諾にとどまらず締結に加功したときで、信義則上できません。債務不履行解除は、できます。Dへの通知や代払の機会は、特段の事情のない限り不要で、転貸借は、Aが返還を請求した時に、履行不能で終わります。合意解除は、原則できません。ただし書で、合意解除の当時、Bの債務不履行による解除権があったときは、できます。4つめの柱をまとめます。合意解除は、AとBの2人の契約で、Dは入っていません。だから、原則として、Dに対抗できません。例外は、合意解除の当時、解除権があったときです。無断転貸でも、背信的行為と認めるに足りない特段の事情があって解除できない転借人は、承諾があった場合と同様に守られます。

確かめる

確かめるその1。AB間の賃料が月12万円、BD間の賃料が月18万円。AはDにいくらまで直接払うよう求められるか。BD間が月9万円ならどうか。 図:確かめるその1

  • AB間の賃料が月12万円、BD間の賃料が月18万円
  • AはDにいくらまで直接払うよう求められるか
  • BD間が月9万円ならどうか

事例で確かめます。1つめ。AB間の賃料が月12万円、BD間の賃料が月18万円です。AはDに、いくらまで直接払うよう求められるでしょうか? BD間が月9万円なら、どうでしょうか?

答えその1。上限=Bの債務の範囲と転貸借の債務のうち、小さいほう。18万円のとき=12万円まで。9万円のとき=9万円まで。 図:答えその1

  • 上限=Bの債務の範囲と転貸借の債務のうち、小さいほう
  • 18万円のとき=12万円まで
  • 9万円のとき=9万円まで

月18万円なら12万円までです。月9万円なら9万円までです。2つの上限のうち、小さいほうまでです。

確かめるその2。毎月末日払いの賃料を、DがBへ月初に前払していた。AがDに直接払うよう求めたとき、Dは払済みだと断れるか。支払日の末日が過ぎたあとにBへ払った分ならどうか。 図:確かめるその2

  • 毎月末日払いの賃料を、DがBへ月初に前払していた
  • AがDに直接払うよう求めたとき、Dは払済みだと断れるか
  • 支払日の末日が過ぎたあとにBへ払った分ならどうか

2つめ。毎月末日が支払日の賃料を、Dは、月初にBへ前払していました。AがDに直接払うよう求めたとき、Dは「Bに払い済みだ」と断れるでしょうか? 支払日の末日が過ぎたあとに、Bへ払った分なら、どうでしょうか?

答えその2。前払=弁済期より前の支払い=Aに対抗できない。弁済期のあとに払った分=前払ではない=Aに対抗できる。 図:答えその2

  • 前払=弁済期より前の支払い=Aに対抗できない
  • 弁済期のあとに払った分=前払ではない=Aに対抗できる

月初の前払は、断れません。末日が過ぎたあとに払った分なら、Aに払い済みだと言えます。前払はAに対抗できません。弁済期のあとの支払いは、前払ではありません。

確かめるその3。Dは、屋根が雨漏りする。Aに直接「直してください」と求められるか。 図:確かめるその3

  • Dは、屋根が雨漏りする
  • Aに直接「直してください」と求められるか

3つめ。Dの部屋の屋根が雨漏りします。Dは、Aに直接「直してください」と求められるでしょうか?

答えその3。613条1項は転借人の義務だけを定める。修繕を求める相手は、転貸借の相手のB。 図:答えその3

  • 613条1項は転借人の義務だけを定める
  • 修繕を求める相手は、転貸借の相手のB

求められません。613条1項はDの義務を定めるだけで、権利は定めていないからです。修繕を求める相手は、転貸借の相手のBです。

確かめるその4。AB間の賃貸借が期間満了で終わった。Aは、承諾済みのDに、出て行ってと言えるか。 図:確かめるその4

  • AB間の賃貸借が期間満了で終わった
  • Aは、承諾済みのDに、出て行ってと言えるか

4つめ。AB間の賃貸借が期間満了で終わりました。Aは、承諾済みのDに、出て行ってと言えるでしょうか?

答えその4。原則=期間満了なら、AはDに終了を対抗できる。例外=最初から転貸を予定し、Aが承諾にとどまらず加功して占有の原因を作ったときは、信義則上できない。 図:答えその4

  • 原則=期間満了なら、AはDに終了を対抗できる
  • 例外=最初から転貸を予定し、Aが承諾にとどまらず加功して占有の原因を作ったときは、信義則上できない

原則として言えます。ただし、最初から転貸が予定されていて、Aが承諾にとどまらず締結に加功したようなときは、信義則上言えない場合があります。承諾しただけでは、例外になりません。

確かめるその5。AがBの賃料不払を理由に賃貸借を解除した。その前に、Dにも通知して、代わりに払う機会を与えなければならなかったか。 図:確かめるその5

  • AがBの賃料不払を理由に賃貸借を解除した
  • その前に、Dにも通知して、代わりに払う機会を与えなければならなかったか

5つめ。AがBの賃料不払を理由に、賃貸借を解除しました。Aは、その前に、Dにも通知して、代わりに払う機会を与えなければならなかったでしょうか?

答えその5。賃料不払を理由とする解除では、特段の事情のない限り、転借人に通知等をして代払の機会を与える必要は無い。 図:答えその5

特段の事情のない限り、不要です。特段の事情のない限り、という形のまま覚えてください。

確かめるその6。Bの賃料の滞納も無いのに、AとBが合意で賃貸借を終わらせた。Aは、Dに出て行ってと言えるか。滞納して催告期間が過ぎたあとの合意解除ならどうか。 図:確かめるその6

  • Bの賃料の滞納も無いのに、AとBが合意で賃貸借を終わらせた
  • Aは、Dに出て行ってと言えるか
  • 滞納して催告期間が過ぎたあとの合意解除ならどうか

6つめ。Bの賃料の滞納も無いのに、AとBが、合意で賃貸借を終わらせました。Aは、Dに出て行ってと言えるでしょうか? Bが滞納して、催告の期間が過ぎたあとの合意解除なら、どうでしょうか?

答えその6。滞納も無い合意解除=613条3項本文により対抗できない。滞納+催告期間経過のあとの合意解除=ただし書により対抗できる。 図:答えその6

  • 滞納も無い合意解除=613条3項本文により対抗できない
  • 滞納+催告期間経過のあとの合意解除=ただし書により対抗できる

滞納も無い合意解除は、原則言えません。滞納して催告期間が過ぎたあとなら、ただし書で言えます。合意解除の当時、解除権があったかどうかで分かれます。

4つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=適法な転貸なら、DはAに直接払う義務を負う。上限は小さいほう。義務だけ。前払は対抗できない。2=期間満了は原則対抗できる。例外は信義則。3=債務不履行解除は対抗できる。通知は特段の事情のない限り不要。転貸借は返還請求の時に履行不能で終わる。4=合意解除は原則対抗できない。ただし書は解除権があったとき。 図:今日のまとめ

  • 1=適法な転貸なら、DはAに直接払う義務を負う
  • 上限は小さいほう
  • 義務だけ
  • 前払は対抗できない
  • 2=期間満了は原則対抗できる
  • 例外は信義則
  • 3=債務不履行解除は対抗できる
  • 通知は特段の事情のない限り不要
  • 転貸借は返還請求の時に履行不能で終わる
  • 4=合意解除は原則対抗できない
  • ただし書は解除権があったとき

今日の話を整理します。1つめ、適法な転貸なら、DはAに直接払う義務を負います。上限は、Bの債務の範囲と、転貸借の債務のうち、小さいほうです。義務だけで、権利はありません。前払は、Aに対抗できません。2つめ、期間満了なら、原則としてAはDに終了を対抗できます。例外は、Aが承諾にとどまらず加功したときで、信義則上対抗できません。3つめ、債務不履行解除なら、対抗できます。通知や代払の機会は、特段の事情のない限り不要で、転貸借は、返還請求の時に履行不能で終わります。4つめ、合意解除は、原則として対抗できません。ただし書は、合意解除の当時、解除権があったときです。

冒頭の答え合わせ。Bの賃料不払でAが催告して解除=債務不履行解除=AはDに対抗できる。Dは払っていても、Aから返還を請求されれば出て行く。その時に転貸借は終わる。合意解除なら原則言えない。期間満了は原則言える。 図:冒頭の答え合わせ

  • Bの賃料不払でAが催告して解除=債務不履行解除=AはDに対抗できる
  • Dは払っていても、Aから返還を請求されれば出て行く
  • その時に転貸借は終わる
  • 合意解除なら原則言えない
  • 期間満了は原則言える

冒頭の問いの答えです。Bの賃料不払でAが催告して解除したのは、債務不履行解除です。AはDに、その終了を対抗できます。Dは家賃を払っていても、Aから返還を請求されれば、出て行きます。その時に、BD間の転貸借は終わります。もし、AとBが合意で終わらせたのなら、原則としてDには言えません。ただし、その当時すでに解除権があれば言えます。期間満了なら、原則として言えます。例外は、信義則です。期間満了の信義則と、転借人への通知の要否と、613条3項は、論文で論点になりうるところです。

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#264単独ページ動画

第三者による賃借権侵害と他人物賃貸借

第5章 契約 #264/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借りた駐車場を塞がれたとき

冒頭の設例の関係図。Aは大家で、駐車場の区画をBに貸している。BはAに賃料を払って借りている。そこへ、契約のないCの車が毎晩止まっていて、Bは自分の区画に入れない。BからCへ「どけてください」の矢印に「?」。 図:冒頭の設例の関係図

  • Aは大家で、駐車場の区画をBに貸している
  • BはAに賃料を払って借りている
  • そこへ、契約のないCの車が毎晩止まっていて、Bは自分の区画に入れない
  • BからCへ「どけてください」の矢印に「?」

今日は、Aが大家、Bが借り手、Cが勝手に車を止めている第三者です。前回までの回とは、A・B・Cの割り当てが違います。BとCの間には、契約がありません。先に答えの方向を言います。BがCに言える道は、条件つきで複数あります。ただし、どれも万能ではありません。道は4つあるので、条件を並べて、使い分けを整理します。そのあと、後半で、もう一つの場面を見ます。貸していた大家が、実は、その物の持ち主ではなかった場合です。他人のものを貸す契約は、どうなるのか。借り手は、持ち主に何を言えるのか。賃料は、誰が誰に返すのか。三者の関係を、図で整理します。

柱1 借り手がとれる4つの手段

1つめの柱の入口。債権は契約の相手にしか言えない。BはCと契約していない。それでもBが動ける道を、4つ見る。 図:1つめの柱の入口

  • 債権は契約の相手にしか言えない
  • BはCと契約していない
  • それでもBが動ける道を、4つ見る

1つめの柱です。入場券にたとえます。Bの賃借権は、大家が発行した入場券のようなもので、効くのは、発行した大家に対してです。Cは、その券と関係のない人なので、券を見せても「知りません」と言えてしまいます。それでも、Bが動ける道があります。大家を動かす、占有という事実を使う、大家の持ち主としての力を借りる、券に登録の印を押して全員に見せる。この4つです。1つめは、大家への請求です。条文を読みます。

条文民法601条

民法第601条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

道その1。大家への請求。根拠=601条。条件=有効な賃貸借があること。引渡し前でも使える。向ける相手は大家A。Cに直接は言えない。 図:道その1

  • 大家への請求
  • 根拠=601条
  • 条件=有効な賃貸借があること
  • 引渡し前でも使える
  • 向ける相手は大家A
  • Cに直接は言えない

読み方です。賃貸人は、借り手に、物を使わせ、収益させる義務を負います。Cの車で区画が塞がれていれば、Aは、その義務を果たせていません。だからBは、Aに「使える状態にしてください」と請求できます。条件は、有効な賃貸借があることだけです。まだ使い始めていなくても、請求できます。ただし、この道で動かせるのは、あくまで大家のAです。Cに直接どけろと言う道ではありません。そこで次の道です。2つめは、占有の訴えです。前に占有の回で見ました。占有の訴えは、物を占有している人が、占有という事実そのものを守るための訴えです。借り手は、借りた区画を使っている以上、占有者です。条文を読みます。

条文民法198条

民法第198条 占有者がその占有を妨害されたときは、占有保持の訴えにより、その妨害の停止及び損害の賠償を請求することができる。

読み方です。占有を妨害されたら、占有保持の訴えで、妨害の停止と損害賠償を求められます。Cの車が区画に居座っていて、Bが使えない。これは妨害です。もう一つ、奪われた場合の条文です。

条文民法200条1項

民法第200条第1項 占有者がその占有を奪われたときは、占有回収の訴えにより、その物の返還及び損害の賠償を請求することができる。

道その2。占有の訴え。根拠=198条・200条。条件=自分が占有していること。妨害されたら占有保持、奪われたら占有回収。契約しただけで引渡しを受けていない借り手は使えない。 図:道その2

  • 占有の訴え
  • 根拠=198条・200条
  • 条件=自分が占有していること
  • 妨害されたら占有保持、奪われたら占有回収
  • 契約しただけで引渡しを受けていない借り手は使えない

読み方です。占有を奪われたら、占有回収の訴えで、その物の返還と損害賠償を求められます。たとえば、Cが区画をロープで囲って、自分の場所のように使い始めたなら、奪われた場合に近くなります。単に車が止まっているだけで、Bがまだ使い続けられるなら、妨害の場合です。大事なのは条件です。占有していることです。契約を結んだだけで、まだ引渡しを受けていない借り手は、占有者ではありません。この道は使えません。Cも別に権利を持っているとき、占有の訴えの中で、Cがその権利を持ち出せるのか。条文を読みます。

条文民法202条

民法第202条 1項 占有の訴えは本権の訴えを妨げず、また、本権の訴えは占有の訴えを妨げない。 2項 占有の訴えについては、本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない。

読み方です。本権とは、所有権や賃借権のように、占有を正当化する権利のことです。2項は、占有の訴えについては、その本権を理由にして裁判をしてはならない、と言っています。つまり、Cが「自分にも借りる権利がある」と言い返しても、それを理由に、占有の訴えを退けることはできません。占有の訴えは、占有しているという事実を守る訴えだからです。3つめは、代位です。前に代位権の転用の回で見ました。Aは、区画の持ち主です。持ち主には、所有権に基づいて、Cに「どけてください」と言える権利があります。Aが動いてくれないとき、Bは、Aの権利をAに代わって使えます。条文を読みます。

条文民法423条1項

民法第423条第1項 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。

道その3。大家の所有権を借りる代位。根拠=423条の転用。BがAに代わって、Aの所有権に基づく妨害排除の請求をCに向ける。条件=賃借権を持っていること。引渡し前でも仕組みの上では使える。判例が認めてきた道。 図:道その3

  • 大家の所有権を借りる代位
  • 根拠=423条の転用
  • BがAに代わって、Aの所有権に基づく妨害排除の請求をCに向ける
  • 条件=賃借権を持っていること
  • 引渡し前でも仕組みの上では使える
  • 判例が認めてきた道

読み方です。債権者は、自分の債権を守るために必要なら、債務者の権利を行使できます。本来は、お金の債権を守るための制度で、債務者にお金が無いことが要件でした。しかし、お金でない債権、たとえば借りて使う権利を守るときには、債務者に資力が無くても使えます。Aにいくらお金があっても、Cの車がある限り、Bは区画を使えないからです。前に見た、転用です。Bの債権は、区画を使う権利です。AがCに言える所有権の力を、Bが借りて、Cに「どけてください」と言います。Bが自分の権利として言うのではなく、Aの権利を代わりに使う形です。判例は、Bが自分に引き渡すよう求めることも認めてきました。対抗要件を備えていない借り手が、自分の権利としてCに直接言えるかは、前に見たとおり、条文が何も言っていません。だから、備えていない借り手にとって、この代位は大事な道です。4つめが、605条の4です。前に、第三者が債権を害する場面の回で見た条文を、今日は4つの道の中に置き直します。

条文民法605条の4

民法第605条の4 不動産の賃借人は、第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた場合において、次の各号に掲げるときは、それぞれ当該各号に定める請求をすることができる。 一 その不動産の占有を第三者が妨害しているとき その第三者に対する妨害の停止の請求 二 その不動産を第三者が占有しているとき その第三者に対する返還の請求

読み方です。不動産の賃借人が、対抗要件を備えたとき、第三者が占有を妨害していれば、その妨害の停止を請求できます。第三者が不動産を占有していれば、その返還を請求できます。借り手が、自分の権利として、Cに直接言える道です。対抗要件とは、前に見たとおり、借り手が「この物は私が借りている」と、新しい持ち主などに言い張れるための印です。建物の借り手なら、引渡しを受けること。建物を建てる目的の土地なら、借り手名義で登記した建物を持つこと。それ以外の不動産なら、賃貸借の登記です。冒頭の駐車場は、建物を建てる目的の土地ではありません。使える印は、賃貸借の登記だけです。賃貸借の登記は、大家と借り手が一緒に申請する必要があるので、大家が協力してくれなければ、できません。だから、設例のBは、普通は、この道を使えません。他の3つの道が大事になる理由が、ここです。

物権と債権の最大の違いは、誰にでも言えるかどうかでした。対抗要件を備えた賃借権は、後から現れた人に、「私が先に借りています」と言い張れます。この意味で、物権に近づきます。605条の4は、物権的な請求権のうち、返還と妨害排除に当たるものを、備えた借り手に認めました。

605条の4の限界の図。物権的請求権の3類型=返還・妨害排除・妨害予防。605条の4に書かれているのは、妨害の停止と返還の2つだけ。まだ起きていない妨害に先回りして止める請求は、条文に無い。 図:605条の4の限界の図

  • 物権的請求権の3類型=返還・妨害排除・妨害予防
  • 605条の4に書かれているのは、妨害の停止と返還の2つだけ
  • まだ起きていない妨害に先回りして止める請求は、条文に無い

ここで限界を確認します。前に、物権的請求権は、返還・妨害排除・妨害予防の3つだと見ました。605条の4の請求は、妨害の停止と返還の2つだけです。妨害予防に当たるものは、書かれていません。まだ起きていない妨害に先回りして、やめさせる請求は、この条文からは出てきません。対抗要件を備えても、賃借権は債権のままだからです。同じ区画を二重に貸していて、借り手どうしがぶつかったときは、先に対抗要件を備えた借り手が、言い分を通せます。前に見た、二重に貸した場面の整理です。605条の4も、その延長にあります。

4つの手段の比較表。1=大家への請求(601条)・有効な賃貸借・Aに向ける。2=占有の訴え(198条・200条)・自分が占有していること・Cに向ける・引渡し前は不可。3=代位(423条の転用)・賃借権があること・Aの所有権を借りてCに向ける。4=605条の4・対抗要件を備えたこと・Cに向ける・妨害の停止と返還だけ。 図:4つの手段の比較表

  • 1=大家への請求(601条)・有効な賃貸借・Aに向ける
  • 2=占有の訴え(198条・200条)・自分が占有していること・Cに向ける・引渡し前は不可
  • 3=代位(423条の転用)・賃借権があること・Aの所有権を借りてCに向ける
  • 4=605条の4・対抗要件を備えたこと・Cに向ける・妨害の停止と返還だけ

4つの道を、並べます。1つめ、大家への請求は、有効な賃貸借があればよく、向ける相手は大家です。2つめ、占有の訴えは、自分が占有していることが要件で、相手はCです。3つめ、代位は、賃借権があればよく、大家の所有権を借りて、Cに向けます。最後に4つめ、605条の4は、対抗要件を備えたことが要件で、請求できるのは、妨害の停止と返還だけです。立ち止まって考えてみましょう。駐車場の契約をしただけで、まだ引渡しを受けていないBがいます。Cが、区画を塞いでいます。この段階で、占有の訴えは使えるでしょうか?使えません。占有していることが要件だからです。この段階でも使えるのは、大家に請求する道です。仕組みの上では、代位も使えます。1つめの柱をまとめます。借り手の権利は債権なので、Cには直接言えないのが原則です。それでも、4つの道があります。大家への請求、占有の訴え、代位、605条の4です。占有の訴えは占有が要件、605条の4は対抗要件が要件で、請求できるのは妨害の停止と返還だけ、予防は書かれていません。Cへの損害賠償は不法行為です。債権が第三者に害された場面として、前に見ました。不法行為の要件の本体は、あとの章で見ます。

柱2 他人物賃貸借の法律関係

2つめの柱の入口。貸主Aが、実は持ち主ではなかった。持ち主はE。AはEの区画をBに貸している。契約は有効か。BはEに何を言えるか。賃料は誰が誰に返すか。 図:2つめの柱の入口

  • 貸主Aが、実は持ち主ではなかった
  • 持ち主はE
  • AはEの区画をBに貸している
  • 契約は有効か
  • BはEに何を言えるか
  • 賃料は誰が誰に返すか

2つめの柱に入る前に、思い出してください。前に、他人のものを売る契約は有効か、そして、売主が持ち主から権利を取れなかったとき、買主はどうできましたか?契約は有効です。売主が権利を取れなかったときは、解除ができて、損害賠償も求められます。解除には落ち度は要りませんが、損害賠償は売主に落ち度が必要でした。賃貸借でも、同じ筋になります。ただし、売買と違って、貸すのは、物そのものではなく、物の使い方です。設例を置きます。Aは、実は持ち主ではない駐車場の区画を、自分の区画のようにして、Bに貸しました。本当の持ち主は別にいます。Bは、毎月、Aに賃料を払って、その区画を使っています。これが、他人物賃貸借です。まず、この契約は有効でしょうか。Aは今、区画を使わせる権限を持っていません。それでも、持ち主から借りてくるなどして、Bに使わせると約束することはできます。だから、契約は有効です。売買以外の有償契約には、売買の規定が準用されます。条文を読みます。

条文民法559条

民法第559条 この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

読み方です。有償契約とは、対価を払う契約のことで、賃貸借も含まれます。代金を払ったのに約束の物を受け取れない、という困りごとは、賃料を払ったのに使わせてもらえない、という形で、賃貸借にも起きます。だから、売買のために作った決まりを、賃貸借にも使い回します。これが準用です。他人のものを売る契約の条文を読みます。

条文民法561条

民法第561条 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

他人物賃貸借の契約の効力。契約は有効。AはBに使わせる義務を負う(持ち主から使える状態にする義務)。BはAに賃料を払う義務を負う。ただし契約だけでは区画は動かない。 図:他人物賃貸借の契約の効力

  • 契約は有効
  • AはBに使わせる義務を負う(持ち主から使える状態にする義務)
  • BはAに賃料を払う義務を負う
  • ただし契約だけでは区画は動かない

読み方です。他人のものを売る契約をしたら、売主は、その権利を取得して、買主に移す義務を負います。賃貸借なら、貸主のAは、持ち主から使える状態にして、Bに使わせる義務を負います。契約は有効で、AはBに使わせる義務を、BはAに賃料を払う義務を負います。前に、賃借権も時効で取れる、という回でも、他人の土地を貸す契約は有効、と確認しました。ここで大事なのは、契約が有効なことと、持ち主に勝てることは、別です。Bの賃借権は、債権です。契約の相手のAにしか言えません。持ち主は、契約の当事者ではありません。対抗要件を備えていても、同じです。対抗要件は、あとから物権を取得した人に言い張るための印で、最初から持ち主の人には、働きません。ですから、持ち主が、所有権に基づいて、区画の返還を求めてきたら、Bは、拒めません。出て行くことになります。

持ち主から明渡しを求められたときの賃料の拒絶。時間軸=BがAに賃料を払う→持ち主がBに明渡しを求める→この請求を受けた以後は、Aへの賃料を拒める。請求を受ける前から拒める、とは言わない。根拠=559条で準用する576条。 図:持ち主から明渡しを求められたときの賃料の拒絶

  • 時間軸=BがAに賃料を払う→持ち主がBに明渡しを求める→この請求を受けた以後は、Aへの賃料を拒める
  • 請求を受ける前から拒める、とは言わない
  • 根拠=559条で準用する576条

ただ、出て行かされるBが、その前から、賃料を払い続けるのは酷です。そこで、判例が出ています。まず、売買で見た条文を、もう一度読みます。

条文民法576条

民法第576条 売買の目的について権利を主張する者があることその他の事由により、買主がその買い受けた権利の全部若しくは一部を取得することができず、又は失うおそれがあるときは、買主は、その危険の程度に応じて、代金の全部又は一部の支払を拒むことができる。ただし、売主が相当の担保を供したときは、この限りでない。

読み方です。売買の目的について、権利を主張する者がいて、買主が権利を失うおそれがあるとき、買主は代金の支払を拒めます。他人物売買で、持ち主が現れたときの条文でした。判例は、これを賃貸借にも当てはめました。事案は、所有者でも、貸す権限のある人でもない人から、店舗を借りた借り手が、その店舗の権利者から、明渡しを求められた、というものです。

判例最判昭50・4・25 民集29巻4号556頁

権利者から明渡しを求められた借り手の賃料 所有権ないし賃貸権限を有しない者から不動産を貸借した者は、その不動産につき権利を有する者から右権利を主張され不動産の明渡を求められた場合には、貸借不動産を使用収益する権原を主張することができなくなるおそれが生じたものとして、民法五五九条で準用する同法五七六条により、右明渡請求を受けた以後は、賃貸人に対する賃料の支払を拒絶することができるものと解するのが相当である。

読み方です。所有権や貸す権限のない人から借りた人が、権利者から明渡しを求められたら、使う権原を言えなくなるおそれが生じたものとして、559条で準用する576条により、明渡請求を受けた以後は、貸主に対する賃料の支払を拒絶できる、と言っています。落とせない言葉は、明渡請求を受けた以後は、です。請求を受ける前から拒める、とは言っていません。576条が支払を拒ませるのは、権利を失うおそれがあるときで、そのおそれは、権利者が名乗り出て明渡しを求めたときに生じるからです。根拠も、559条で準用する576条です。他人物売買の、買主が代金を拒める条文を、賃貸借に当てはめたものです。拒める額は、576条のとおり、権利を失う危険の程度に応じて考えます。

損害賠償を、Aに求められます。債務不履行の415条1項です。ただし、損害賠償は、貸主に責めに帰することができない事由があれば、免れます。たとえば、Aが、親から相続した自分の区画だと信じて貸していた場合でも、それだけで当然に免れるのではなく、帰責事由があるかどうかで決まります。他人物売買で見た整理と同じです。解除は、貸主に落ち度が無くてもできます。ここも、売買のときと同じです。もう一つ、賃借物の全部が使えなくなったときは、賃貸借は、当然に終了します。616条の2です。持ち主に明渡しをして、区画の全部が使えなくなれば、これに当たります。次に、お金の流れを見ます。登場するのは、持ち主、貸主のA、借り手のBです。誰が誰に、何を返せと言えるかを、順に見ます。

三者の関係図。持ち主は区画の持ち主。AはBに貸して賃料を受け取る。BはAに賃料を払う。持ち主→B「返還請求」(Bは対抗できない)。持ち主→A「賃料を返せ」(Aが善意なら不可・悪意なら可)。持ち主→B「使用の価値を返せ」(Bが善意なら不可・悪意なら可)。 図:三者の関係図

  • 持ち主は区画の持ち主
  • AはBに貸して賃料を受け取る
  • BはAに賃料を払う
  • 持ち主→B「返還請求」(Bは対抗できない)
  • 持ち主→A「賃料を返せ」(Aが善意なら不可・悪意なら可)
  • 持ち主→B「使用の価値を返せ」(Bが善意なら不可・悪意なら可)

まず、持ち主とAの間です。Aが受け取った賃料は、果実です。前に果実の回で見たとおり、家賃のように、物を貸して得るお金は、法定果実と呼ばれます。そして、Aは、自分で区画を使っていなくても、借り手のBを通じて区画を占有していると扱われます。前に占有の回で見た、代理占有です。だから、Aも占有者です。占有者の果実については、2つの条文があります。

条文民法189条

民法第189条 1項 善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。 2項 善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

条文民法190条

民法第190条 1項 悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。 2項 前項の規定は、暴行若しくは強迫又は隠匿によって占有をしている者について準用する。

読み方です。善意の占有者は、果実を自分のものにできます。悪意の占有者は、果実を返還する義務を負います。ここでの善意は、自分に使う権限があると信じていた、悪意は、そう信じていなかった、という意味です。

持ち主とAの間。Aは占有者で、賃料は果実。Aが自分に貸す権限があると信じていた(善意)=賃料を取得できる(189条1項)=持ち主は返還を求められない。信じていなかった(悪意)=賃料を返還する義務(190条1項)=持ち主は賃料の返還を求められる。 図:持ち主とAの間

  • Aは占有者で、賃料は果実
  • Aが自分に貸す権限があると信じていた(善意)=賃料を取得できる(189条1項)=持ち主は返還を求められない
  • 信じていなかった(悪意)=賃料を返還する義務(190条1項)=持ち主は賃料の返還を求められる

当てはめます。Aが、自分の区画だと信じて貸していた、つまり善意なら、Aは賃料を取得できます。持ち主は、Aに賃料の返還を求められません。Aが、自分の物でないと知りながら貸していた、つまり悪意なら、Aは賃料を返す義務を負います。持ち主は、Aから賃料を取り戻せます。この場面は、AがBを通じて持っている占有者なので、189条1項と190条1項を、そのまま使います。貸主のAが善意で賃料を取得できる場合、持ち主は、その分を取り戻せず損をします。ただ、善意の占有者は、果実を自分のものとして使って生活しているのが普通です。それを後から全部返せと言うと、酷です。そこで、前に見たとおり、善意の占有者には、果実を全部取得させて、有利に扱っています。なお、悪意のAが、相場より安く貸していた場合には、相場の賃料相当額を返す義務まで認める有力な見解がありますが、ここでは、あることを知っておく程度で足ります。次は、持ち主とBの間です。Bは、持ち主の区画を使って、利益を得ています。使った得を、持ち主に返さなければならないのか。ここでも、Bの善意と悪意で分かれます。

持ち主とBの間。Bは直接使っている占有者。使用の利益(客観的な使用の価値=平均的な賃料相当額)の返還は、Bが善意なら不可(189条1項の類推)、悪意なら請求できる(190条1項の類推)。賃料をAに払い済みでも、悪意のBは全額返す義務があると考える。 図:持ち主とBの間

  • Bは直接使っている占有者
  • 使用の利益(客観的な使用の価値=平均的な賃料相当額)の返還は、Bが善意なら不可(189条1項の類推)、悪意なら請求できる(190条1項の類推)
  • 賃料をAに払い済みでも、悪意のBは全額返す義務があると考える

持ち主は、Bに、客観的な使用の価値、つまり平均的な賃料の額の返還を請求できるか。Bが、Aに使う権限があると信じていた、善意なら、189条1項の類推で、請求できません。Bが、そう信じていなかった、悪意なら、190条1項の類推で、請求できます。賃料は、果実そのものです。ですから、Aの場面では、条文をそのまま使えます。一方、Bが得ているのは、区画を使う利益で、果実そのものではありません。果実に準じるものとして、条文を類推して使います。ここを取り違えないでください。持ち主とAの間は、そのまま使う、持ち主とBの間は、類推です。

悪意のBは、返さなくてよくなりません。賃料を払い済みでも、持ち主との関係では考慮されず、客観的な使用の価値の全額を、持ち主に返す義務がある、と考えます。Bが払った賃料は、Aに渡っただけで、持ち主に払われたものではありません。持ち主は、AとBの契約の当事者でもありません。だから、賃料を払ったことの危険は、貸主のAと借り手のBの間で処理するもので、持ち主に負わせないのです。Bは、払った賃料について、Aに対して、損害賠償や不当利得の返還、不法行為の責任などを求めて処理します。

三者の整理表。持ち主→A(賃料)=Aが善意なら請求できない(189条1項)、悪意なら請求できる(190条1項)=条文をそのまま使う。持ち主→B(使用の価値)=Bが善意なら請求できない(189条1項の類推)、悪意なら請求できる(190条1項の類推)、賃料払済みでも全額と考える。B→A=賃料の拒絶(明渡請求を受けた以後)・損害賠償(415条1項)。持ち主→B=返還請求は拒めない。 図:三者の整理表

  • 持ち主→A(賃料)=Aが善意なら請求できない(189条1項)、悪意なら請求できる(190条1項)=条文をそのまま使う
  • 持ち主→B(使用の価値)=Bが善意なら請求できない(189条1項の類推)、悪意なら請求できる(190条1項の類推)、賃料払済みでも全額と考える
  • B→A=賃料の拒絶(明渡請求を受けた以後)・損害賠償(415条1項)
  • 持ち主→B=返還請求は拒めない

整理表です。持ち主から見て、Aに賃料を、Bに使用の価値を請求する場面で、それぞれ、善意なら請求できず、悪意なら請求できます。Aは条文をそのまま、Bは類推です。Bに対する返還請求は、Bは拒めません。BがAに対しては、明渡請求を受けた以後は賃料を拒め、損害賠償も求められます。

確かめる

確かめるその1。月極駐車場の契約だけして、まだ引渡しを受けていない借り手の区画を、第三者が塞いだ。占有の訴えは使えるか。使える道は。 図:確かめるその1

  • 月極駐車場の契約だけして、まだ引渡しを受けていない借り手の区画を、第三者が塞いだ
  • 占有の訴えは使えるか
  • 使える道は

事例で確かめます。1つめ。月極駐車場の契約だけして、まだ引渡しを受けていない借り手の区画を、第三者が塞ぎました。占有の訴えは使えるでしょうか? 使える道は、何でしょうか?

答えその1。占有の訴えは占有が要件で、引渡し前は使えない。大家への請求は有効な賃貸借があればよい。 図:答えその1

  • 占有の訴えは占有が要件で、引渡し前は使えない
  • 大家への請求は有効な賃貸借があればよい

占有の訴えは使えません。占有していることが要件だからです。大家への請求なら使えます。代位も仕組みの上では使えます。占有前でも使えるのは、大家への請求です。

確かめるその2。対抗要件を備えた借り手は、第三者が邪魔しそうな気配があるだけで、事前にやめさせる請求ができるか。 図:確かめるその2

2つめ。対抗要件を備えた借り手は、第三者が邪魔をしそうな気配があるだけで、事前にやめさせる請求をできるでしょうか?

答えその2。605条の4は妨害の停止と返還だけ。妨害予防は条文に無い。対抗要件を備えても債権のまま。 図:答えその2

  • 605条の4は妨害の停止と返還だけ
  • 妨害予防は条文に無い
  • 対抗要件を備えても債権のまま

できません。605条の4が定めるのは、妨害の停止と返還だけで、予防は書かれていないからです。賃借権は債権のままだからです。

確かめるその3。他人の物を貸す契約は、無効か。 図:確かめるその3。他人の物を貸す契約は、無効か。

3つめ。他人のものを貸す契約は、無効でしょうか?

答えその3。他人物賃貸借は有効(559条・561条)。借り手の賃借権は債権で、持ち主には言えない。 図:答えその3

  • 他人物賃貸借は有効(559条・561条)
  • 借り手の賃借権は債権で、持ち主には言えない

有効です。ただ、借り手は、持ち主に賃借権を言えません。有効なことと、持ち主に勝てることは、別です。

確かめるその4。持ち主から明渡しを求められた借り手は、賃料を拒めるか。いつからか。 図:確かめるその4

  • 持ち主から明渡しを求められた借り手は、賃料を拒めるか
  • いつからか

4つめ。持ち主から明渡しを求められた借り手は、貸主への賃料を拒めるでしょうか? いつからでしょうか?

答えその4。明渡請求を受けた以後は賃料の支払を拒める(559条で準用する576条)。請求を受ける前からとは言わない。 図:答えその4

  • 明渡請求を受けた以後は賃料の支払を拒める(559条で準用する576条)
  • 請求を受ける前からとは言わない

拒めます。明渡請求を受けた以後です。559条で準用する576条が根拠です。以後は、という形のまま覚えてください。

確かめるその5。悪意の借り手が、賃料を貸主に払い済み。持ち主への使用の価値の返還を免れるか。 図:確かめるその5

  • 悪意の借り手が、賃料を貸主に払い済み
  • 持ち主への使用の価値の返還を免れるか

5つめ。悪意の借り手が、賃料を貸主に払い済みです。持ち主への使用の価値の返還を、免れるでしょうか?

答えその5。悪意の借り手は、賃料払済みでも全額返す義務があると考える。賃料のリスクは貸主と借り手の間で処理する。 図:答えその5

  • 悪意の借り手は、賃料払済みでも全額返す義務があると考える
  • 賃料のリスクは貸主と借り手の間で処理する

免れません。全額を返す義務がある、と考えます。払った分は、貸主に求めて処理します。

確かめるその6。貸主が善意(自分を持ち主と信じていた)のとき、持ち主は貸主から賃料を取り戻せるか。 図:確かめるその6

6つめ。貸主が善意、つまり自分を持ち主だと信じていたとき、持ち主は、貸主から賃料を取り戻せるでしょうか?

答えその6。貸主が善意なら、賃料は果実として取得できる(189条1項)。持ち主は取り戻せない。 図:答えその6

  • 貸主が善意なら、賃料は果実として取得できる(189条1項)
  • 持ち主は取り戻せない

取り戻せません。189条1項で、善意の占有者は果実を取得できるからです。悪意なら、190条1項で、取り戻せます。

2つの柱のまとめと、冒頭の問い

今日のまとめ。1=借り手の権利は債権。第三者に動く道は4つ(大家への請求・占有の訴え・代位・605条の4)。605条の4は妨害の停止と返還だけ。2=他人物賃貸借は有効だが持ち主には負ける。明渡請求を受けた以後は賃料を拒める。持ち主の請求は、貸主に賃料を、借り手に使用の価値を、善意なら不可・悪意なら可。 図:今日のまとめ

  • 1=借り手の権利は債権
  • 第三者に動く道は4つ(大家への請求・占有の訴え・代位・605条の4)
  • 605条の4は妨害の停止と返還だけ
  • 2=他人物賃貸借は有効だが持ち主には負ける
  • 明渡請求を受けた以後は賃料を拒める
  • 持ち主の請求は、貸主に賃料を、借り手に使用の価値を、善意なら不可・悪意なら可

今日の話を整理します。1つめ、借り手の権利は債権なので、第三者には直接言えないのが原則です。それでも道が4つあります。大家への請求、占有の訴え、代位、605条の4です。占有の訴えは占有が要件で、605条の4は対抗要件が要件です。請求できるのは妨害の停止と返還だけで、予防は書かれていません。2つめ、他人物賃貸借の契約は有効です。ただし、借り手は持ち主に賃借権を言えず、返還請求を拒めません。明渡請求を受けた以後は、貸主への賃料を拒めます。持ち主は、貸主に賃料を、借り手に使用の価値を、それぞれ善意なら取り戻せず、悪意なら取り戻せます。借り手については、賃料を払い済みでも、全額を返す義務がある、と考えます。

冒頭の答え合わせ。月極駐車場を塞がれた借り手Bは、自分で言える道がある。大家への請求・占有の訴え(占有が要件)・代位・605条の4(対抗要件が要件。更地の駐車場は賃貸借の登記だけで、大家の協力が要る)。 図:冒頭の答え合わせ

  • 月極駐車場を塞がれた借り手Bは、自分で言える道がある
  • 大家への請求・占有の訴え(占有が要件)・代位・605条の4(対抗要件が要件。更地の駐車場は賃貸借の登記だけで、大家の協力が要る)

冒頭の問いの答えです。月極駐車場を塞がれた借り手は、大家に頼むしかないわけではありません。大家への請求、占有していれば占有の訴え、代位、対抗要件を備えていれば、605条の4。道が複数あり、条件が違います。更地の駐車場では、対抗要件が賃貸借の登記だけで、大家の協力が要るので、605条の4は使いにくいのでした。借り手の権利は債権でも、動ける道がある。ここは、論文で論点になりうるところです。

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#265単独ページ動画

借地権の存続期間と法定更新・定期借地権

第5章 契約 #265/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

30年で貸した土地が返ってこない

冒頭の設例の関係図。Aは土地の持ち主で、30年の約束でBに土地を貸している。Bはその土地に建物を建てて住んでいる。30年が過ぎたので、AからBへ「返してください」の矢印に「?」。BからAへ「建物があるので出ません」。 図:冒頭の設例の関係図

  • Aは土地の持ち主で、30年の約束でBに土地を貸している
  • Bはその土地に建物を建てて住んでいる
  • 30年が過ぎたので、AからBへ「返してください」の矢印に「?」
  • BからAへ「建物があるので出ません」

今日は、Aが土地の持ち主で、先ほどの祖父にあたります。Bが借りた人です。Bは、借りた土地の上に家を建てています。先に答えの方向を言います。Bは約束違反ではありません。民法の賃貸借なら、地主が返してほしいと言えば、期限で終わります。しかし、家を建てるために土地を借りた場合は、別の法律が民法を上書きします。借地借家法です。期限が来ても、家があるかぎり、更新されるのが原則になります。今日は、その仕組みを順番に見ます。地主が土地を取り戻すには、何が要るのか。そして、そもそも更新されない借地は作れないのか。ここまで答えます。

借地権とは何か

借地借家法の位置。民法の賃貸借の特別法。上書きされるのは借地権だけ。借地権=建物の所有を目的とする地上権または土地の賃借権。建物を建てる借り方=借地借家法、駐車場や資材置場=民法のまま。 図:借地借家法の位置

  • 民法の賃貸借の特別法
  • 上書きされるのは借地権だけ
  • 借地権=建物の所有を目的とする地上権または土地の賃借権
  • 建物を建てる借り方=借地借家法、駐車場や資材置場=民法のまま

借地借家法は、民法の賃貸借の特別法です。特別法とは、ある場面に限って、一般法である民法より先に使われる法律のことです。どの場面に限るのか。その入口が、借地権の定義です。条文を読みます。

条文借地借家法2条1号

借地借家法第2条第1号 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。 一 借地権 建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権をいう。

読み方です。借地権とは、建物の所有を目的とする、地上権か土地の賃借権です。地上権の回で、借地権は2つの権利をまとめた呼び名だと見ました。その中身が、この定義です。目的が、建物を持つことかどうかが、境目です。境目のペアを置きます。住宅を建てるために土地を借りたなら、借地権です。同じ土地でも、車を止めるために借りたなら、借地権ではありません。駐車場にはプレハブの管理小屋が付いていることもありますが、借りた目的は、車を止めることです。建物を持つことが目的ではないので、借地借家法ではなく、民法の賃貸借のままです。資材置場も同じです。

駐車場にも、民法619条の黙示の更新はあります。ただ、地主が異議を述べれば、それで終わります。違いの理由は、投資の大きさです。家を建てた人は、期限が来て更地にして出ていくと、家という財産と、住まいを同時に失います。駐車場の借り手は、別の駐車場に移れば済みます。守る必要の重さが違うので、扱いも違います。もう一つ、上書きの向きを押さえます。借地借家法の存続期間と更新の節には、次の条文があります。

条文借地借家法9条

借地借家法第9条 この節の規定に反する特約で借地権者に不利なものは、無効とする。

読み方です。この節は、これから見る存続期間と更新を定めた節です。その規定に反する特約で、借地権者に不利なものは、無効です。逆に言えば、借地権者に有利な特約は、有効です。守られているのは、借りている側だけです。これを、片面的な強行規定と呼びます。用語を二つ置きます。借地権を持つ借り手を、借地権者と呼びます。借地権を設定して貸している地主を、借地権設定者と呼びます。

存続期間は30年、上限はなし

存続期間の入口。民法604条は上限50年・下限なし。借地権は下限30年・上限なし。 図:存続期間の入口

  • 民法604条は上限50年・下限なし
  • 借地権は下限30年・上限なし

始める前に、民法の賃貸借で見た期間を、思い出してください。民法604条は、賃貸借の存続期間の上限を、何年としていましたか?50年です。それより長く約束しても、50年になります。条文を、もう一度出します。

条文民法604条

民法第604条 1 賃貸借の存続期間は、五十年を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、五十年とする。 2 賃貸借の存続期間は、更新することができる。ただし、その期間は、更新の時から五十年を超えることができない。

民法は、上限だけを決めて、下限を決めていませんでした。借地は、その向きが逆です。条文を読みます。

条文借地借家法3条

借地借家法第3条 借地権の存続期間は、三十年とする。ただし、契約でこれより長い期間を定めたときは、その期間とする。

読み方です。借地権の存続期間は30年です。これより長く決めたなら、その期間になります。上限は書かれていません。60年でも、100年でも、約束どおりです。民法の50年とは、ここが違います。20年と決めても、30年になります。先ほどの9条で、借地権者に不利な特約は無効だからです。20年と決めると、借り手に不利なので、その部分が無効になります。期間の約束が無いのと同じになるので、3条の30年が当てはまります。借地は、短い約束ができない仕組みです。ただし、あとで見る事業用の定期借地権などは例外です。更新のあとの期間も、条文があります。

条文借地借家法4条

借地借家法第4条 当事者が借地契約を更新する場合においては、その期間は、更新の日から十年(借地権の設定後の最初の更新にあっては、二十年)とする。ただし、当事者がこれより長い期間を定めたときは、その期間とする。

読み方です。更新したあとの期間は、更新の日から10年です。ただし、設定してから最初の更新だけは、20年です。長い約束をすれば、その期間になります。

存続期間の比較表。民法の賃貸借=上限50年(604条1項)・下限なし・更新後は更新の時から50年まで(604条2項)・更新は619条の推定。借地権=下限30年(借3)・上限なし・更新後は最初20年、以後10年(借4)・更新は借5の擬制。 図:存続期間の比較表

  • 民法の賃貸借=上限50年(604条1項)・下限なし・更新後は更新の時から50年まで(604条2項)・更新は619条の推定
  • 借地権=下限30年(借3)・上限なし・更新後は最初20年、以後10年(借4)・更新は借5の擬制

民法と並べます。民法の賃貸借は、上限が50年で、下限はありません。更新後も、更新の時から50年まで。借地権は、下限が30年で、上限はありません。更新後は、最初が20年、その後は10年です。なぜ、民法と逆に、下限を作って上限を外したのですか?借り手に、建物を建てて元を取る時間を保証するためです。家を建てる費用は、短い期間では取り戻しにくいものです。短い約束で借りたら、建てた直後に出ていかなければならなくなります。だから、最低でも30年を保証しました。上限を外したのは、長く貸したい人がいるなら、長くする自由を妨げないからです。

期間が過ぎても更新される

法定更新の入口。民法619条は更新を推定、借地借家法5条は更新したものとみなす。違い=推定は反証で覆せる、みなすは覆せない。 図:法定更新の入口

  • 民法619条は更新を推定、借地借家法5条は更新したものとみなす
  • 違い=推定は反証で覆せる、みなすは覆せない

ここで、民法のおさらいを1問です。民法619条の、黙示の更新は、推定でしたか、みなしでしたか?推定でした。反対の事情があれば、覆せます。条文を出します。

条文民法619条1項

民法第619条第1項 賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において、賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第六百十七条の規定により解約の申入れをすることができる。

民法は、推定でした。黙示の更新を見たとき、建物と土地には、借り手をより強く守る法定更新が別にある、と触れました。その中身が、これです。借地借家法は、更新を、もっと強く扱います。条文を読みます。

条文借地借家法5条1項・2項

借地借家法第5条 1 借地権の存続期間が満了する場合において、借地権者が契約の更新を請求したときは、建物がある場合に限り、前条の規定によるもののほか、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、借地権設定者が遅滞なく異議を述べたときは、この限りでない。 2 借地権の存続期間が満了した後、借地権者が土地の使用を継続するときも、建物がある場合に限り、前項と同様とする。

法定更新の2つの経路。経路1=存続期間が満了する場合に、借地権者が更新を請求する(5条1項)。経路2=満了した後に、借地権者が土地の使用を継続する(5条2項)。共通=建物がある場合に限る。例外=借地権設定者が遅滞なく異議を述べたとき。更新後の期間は4条(20年・10年)。 図:法定更新の2つの経路

  • 経路1=存続期間が満了する場合に、借地権者が更新を請求する(5条1項)
  • 経路2=満了した後に、借地権者が土地の使用を継続する(5条2項)
  • 共通=建物がある場合に限る
  • 例外=借地権設定者が遅滞なく異議を述べたとき
  • 更新後の期間は4条(20年・10年)

読み方です。更新される道は2つあります。1つめは、満了する場合に、借地権者が更新を請求したときです。2つめは、満了した後、借地権者が土地を使い続けたときです。どちらも、建物がある場合に限ります。更新されると、従前の契約と同一の条件で、契約を更新したものとみなされます。更新後の期間は、先ほどの4条です。最初の更新なら20年です。例外が、ただし書です。借地権設定者、つまり地主が、遅滞なく異議を述べたときは、更新されません。遅滞なく、とは、請求や使用の継続を知ったあと、すぐに、という意味です。推定とみなすの違いです。推定は、はがせる付箋のようなものです。反対の事情を示せば、はがせます。みなすは、判子です。押したら、そう扱うと決まります。借地借家法は、条件がそろえば更新の判子を押します。地主が覆せるのは、異議を述べるという、決まった一つの道だけです。

建物が無い場合は、この条文では更新されません。建物のある借地だけが、法定更新で守られます。土地を借りて、建物を建てずにそのままにしている人までは、守りません。守る理由は、建物という投資があるからです。冒頭の設例に戻ります。Bは、借りた土地に家を建てて、住んでいます。30年が終わり、Bが住み続けているなら、使用の継続という経路に当たります。建物はあります。Aが何も言わなければ、更新されます。Aは「返してください」と言いました。これが異議にあたります。では、異議を述べれば、もう終わりなのでしょうか?次の条文が、ここに答えます。

地主の異議には正当事由が要る

正当事由の入口。異議は述べるだけでは足りない。正当の事由があると認められるときに限る。比べるのは、主=双方が土地を必要とする事情、補完=従前の経過・土地の利用状況・立退料の申出。 図:正当事由の入口

  • 異議は述べるだけでは足りない
  • 正当の事由があると認められるときに限る
  • 比べるのは、主=双方が土地を必要とする事情、補完=従前の経過・土地の利用状況・立退料の申出

条文借地借家法6条

借地借家法第6条 前条の異議は、借地権設定者及び借地権者(転借地権者を含む。以下この条において同じ。)が土地の使用を必要とする事情のほか、借地に関する従前の経過及び土地の利用状況並びに借地権設定者が土地の明渡しの条件として又は土地の明渡しと引換えに借地権者に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、述べることができない。

読み方です。異議は、述べるだけでは足りません。正当の事由があると認められる場合でなければ、述べることができません。何を比べて判断するのかが、条文に並んでいます。

正当事由の比べ方。主=借地権設定者と借地権者の、土地の使用を必要とする事情。補完=借地に関する従前の経過、土地の利用状況、財産上の給付をする旨の申出(立退料)。先に主を比べ、足りなければ補完で補う。 図:正当事由の比べ方

  • 主=借地権設定者と借地権者の、土地の使用を必要とする事情
  • 補完=借地に関する従前の経過、土地の利用状況、財産上の給付をする旨の申出(立退料)
  • 先に主を比べ、足りなければ補完で補う

4つあります。1つめは、地主と借り手の双方が、土地を使う必要です。これが主です。2つめは、従前の経過です。借地の期間の長さ、賃料を払ってきたか、地主の態度、更新のときに借り手が地主に払う更新料などです。3つめは、土地の利用状況です。建物の大きさや、造り、使い方です。4つめは、地主が、立退料のように、財産上の給付をする旨の申出をしたかです。答案では、順番が大事です。まず、1つめの双方の必要を比べます。それだけで結論が出なければ、2つめから4つめで補います。補完の3つは、天秤の皿に足す、小さなおもりのようなものです。

立退料は、申出がある場合に考慮される、補う要素です。中心は、使う必要です。たとえば、地主が土地を売ってお金にしたいだけで、借り手が、その家に住み続けなければ暮らせないとします。必要の重さが、借り手のほうに大きく傾いています。そこに立退料を積んでも、傾きは、なかなか戻りません。前に、立退料と引換えの明渡しを見ました。借地では、6条が、その位置づけを条文にしています。境目のペアです。地主が、年老いた親を引き取るために、その土地に家を建てる必要があり、借り手には他に住める家がある。この場合は、地主の必要が大きく、正当事由が認められる方向です。一方、地主が売却して利益を出したいだけで、借り手は長年その家に住み、他に行き場がない。この場合は、借り手の必要が上回り、正当事由は認められない方向です。決め手は、どちらが、その土地を使わなければ困るのか、です。冒頭の設例に当てはめます。Aが孫のために家を建てたい、Bは他に住む所がある、という事情なら、Aの必要が上回ります。Aが売りたいだけで、Bがここ以外に住めないなら、Bの必要が上回ります。後者なら、Aの異議には正当事由が無く、更新されます。答案の骨格は、3段です。更新は、条件がそろうとみなされる。地主の異議には、正当事由が要る。正当事由は、双方の使用の必要を主として、従前の経過、利用状況、立退料の申出で補う。論文では、この順で書きます。ここは、論文で論点になりうるところです。

立ち止まって考えてみましょう。期間が満了した後も、借り手が、建物に住み続けています。地主は、何も言いませんでした。更新に必要な事実は、何でしょうか?建物があることと、借り手が使用を続けていることです。地主が遅滞なく異議を述べなければ、更新されます。もう1問。立退料の申出だけで、正当事由は足りるでしょうか?足りません。中心は、双方の土地を使う必要で、立退料は補う要素だからです。

更新されない借地、定期借地権

定期借地権の入口。なぜ作られたか=更新が原則だと、一度貸すと戻らないと考えて、地主が貸し渋る。更新が無いと決める借地を認めれば、地主が貸しやすくなる。更新が無い代わりに、方式が厳しい。 図:定期借地権の入口

  • なぜ作られたか=更新が原則だと、一度貸すと戻らないと考えて、地主が貸し渋る
  • 更新が無いと決める借地を認めれば、地主が貸しやすくなる
  • 更新が無い代わりに、方式が厳しい

ここまでは、更新が原則でした。この仕組みには、逆の面もあります。地主の立場に立ってみてください。借り手を守りすぎると、土地を貸す人が減ります。そこで、最初から更新しないと決めておく借地が、認められました。定期借地権です。更新が無いと分かっていれば、地主は貸しやすくなります。借り手も、期間が終われば出ていくことを、承知しています。ただし、更新が無いという借り手に不利な約束なので、方式が厳しくなっています。3種類を、順に見ます。1つめは、一般定期借地権です。

条文借地借家法22条

借地借家法第22条 1 存続期間を五十年以上として借地権を設定する場合においては、第九条及び第十六条の規定にかかわらず、契約の更新(更新の請求及び土地の使用の継続によるものを含む。次条第一項において同じ。)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに第十三条の規定による買取りの請求をしないこととする旨を定めることができる。この場合においては、その特約は、公正証書による等書面によってしなければならない。 2 前項前段の特約がその内容を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。第三十八条第二項及び第三十九条第三項において同じ。)によってされたときは、その特約は、書面によってされたものとみなして、前項後段の規定を適用する。

読み方です。存続期間を50年以上にして設定するなら、更新が無い、期間の途中で建物を建て直しても期間は延びない、期間が終わったときに建物を地主に時価で買い取らせる請求をしない、という特約を定められます。普通の借地なら、地主の承諾を得て建て直すと、期間が延びることがあります。それも無くすわけです。用途の制限はありません。方式は、公正証書による等の書面です。今は、電磁的記録でも、書面でしたものとみなされます。9条などの、借り手に有利な規定を、この場合に限って外せるのが、この条文の中身です。

一般定期借地権(22条)。50年以上。用途の制限なし。更新なし等の特約。方式=書面(公正証書による等、電磁的記録も可)。 図:一般定期借地権

  • 22条
  • 50年以上。用途の制限なし。更新なし等の特約。方式=書面(公正証書による等、電磁的記録も可)。

たとえば、50年の約束で土地を借りて家を建てて住み、50年たったら、家を取り壊して、更地にして返します。一般定期借地権は、こうした使われ方をします。50年あれば、建てた家の元を取り、使い切るだけの時間があります。だから、更新が無くても、建物という投資は守られます。2つめは、事業用の定期借地権です。

条文借地借家法23条

借地借家法第23条 1 専ら事業の用に供する建物(居住の用に供するものを除く。次項において同じ。)の所有を目的とし、かつ、存続期間を三十年以上五十年未満として借地権を設定する場合においては、第九条及び第十六条の規定にかかわらず、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに第十三条の規定による買取りの請求をしないこととする旨を定めることができる。 2 専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし、かつ、存続期間を十年以上三十年未満として借地権を設定する場合には、第三条から第八条まで、第十三条及び第十八条の規定は、適用しない。 3 前二項に規定する借地権の設定を目的とする契約は、公正証書によってしなければならない。

読み方です。専ら事業の用の建物で、居住用は含みません。住まいを、短い期間で失わせないためです。コンビニやロードサイドの店舗がイメージです。事業の建物は、住まいと違い、事業の計画に合わせて、短い期間で元を取る前提で建てられます。だから、50年より短い期間が認められます。30年以上50年未満なら、更新が無い等の特約を定められます。10年以上30年未満なら、存続期間や法定更新の規定が、そもそも適用されません。方式は、どちらも公正証書です。期間が短く、借り手を守る規定を大きく外すので、公証人の前で、事業用であることを確かめさせるためです。書面や電磁的記録では足りません。

事業用定期借地権(23条)。専ら事業の用(居住用を除く)。30年以上50年未満=更新なし等の特約。10年以上30年未満=存続期間等の規定を適用しない。方式=公正証書。 図:事業用定期借地権

  • 23条
  • 専ら事業の用(居住用を除く)。30年以上50年未満=更新なし等の特約。10年以上30年未満=存続期間等の規定を適用しない。方式=公正証書。

3つめは、建物譲渡特約付の借地権です。

条文借地借家法24条1項

借地借家法第24条第1項 借地権を設定する場合(前条第二項に規定する借地権を設定する場合を除く。)においては、第九条の規定にかかわらず、借地権を消滅させるため、その設定後三十年以上を経過した日に借地権の目的である土地の上の建物を借地権設定者に相当の対価で譲渡する旨を定めることができる。

読み方です。設定してから30年以上たった日に、建物を、地主に相当の対価で譲る。この特約をすると、借地権が消滅します。借り手は、建物の代金を受け取って、借地を終えます。建物の代金が手に入るので、建物という投資は戻ります。だから、更新が無くてもよいのです。たとえば、地主が、30年たったら建物を買い取って、自分で賃貸ビルとして貸すつもりで、土地を貸す場合です。この特約には、方式の定めがありません。借地権が消滅したあとも、その建物を使い続けている人がいます。元の借地権者や、借地権者から建物を借りて住んでいる人です。この人が請求すれば、その建物について、地主との間で、期間の定めのない賃貸借がされたものとみなされます。元の借地権者が請求し、借地権の残りの期間があるときは、その残りの期間を存続期間とする賃貸借です。建物の賃料は、当事者が請求すれば、裁判所が定めます。建物が地主のものになっても、住んでいる人が、すぐに追い出されないためです。

定期借地権3種の一覧。一般(22条)=50年以上・用途の制限なし・更新なし等の特約・書面(公正証書による等、電磁的記録も可)。事業用(23条)=専ら事業の用(居住用を除く)・30年以上50年未満は更新なし等の特約、10年以上30年未満は存続期間等の規定を適用しない・公正証書。建物譲渡特約付(24条)=設定後30年以上を経過した日に建物を地主に相当の対価で譲渡・方式の定め無し。 図:定期借地権3種の一覧

  • 一般(22条)=50年以上・用途の制限なし・更新なし等の特約・書面(公正証書による等、電磁的記録も可)
  • 事業用(23条)=専ら事業の用(居住用を除く)・30年以上50年未満は更新なし等の特約、10年以上30年未満は存続期間等の規定を適用しない・公正証書
  • 建物譲渡特約付(24条)=設定後30年以上を経過した日に建物を地主に相当の対価で譲渡・方式の定め無し

3つを並べます。一般は、50年以上で、用途の制限がなく、書面。事業用は、事業用に限り、30年以上50年未満と、10年以上30年未満の2段階で、公正証書。建物譲渡特約付は、30年以上たった日に建物を地主に譲り、方式の定めがありません。数字の並びで言います。一般は50年以上、事業用は10年以上50年未満、建物譲渡は30年以上です。事業用の内側の、30年が境目です。30年以上の側は、特約を定める形、30年未満の側は、規定が適用されない形です。30年は、普通の借地の最低の期間でした。30年以上なら、普通の借地の形のまま、更新しない特約を足せば済みます。30年未満は、3条の30年にすら届かないので、存続期間や更新の規定ごと外すのです。

確かめる

確かめるその1。20年と決めて土地を貸した。建物を建てて住む目的。存続期間は何年か。 図:確かめるその1

  • 20年と決めて土地を貸した
  • 建物を建てて住む目的
  • 存続期間は何年か

事例で確かめます。1つめ。家を建てる目的で、20年と決めて土地を貸しました。存続期間は何年でしょうか?

答えその1。借地権の存続期間は30年(借3)。短い約定は9条で無効。 図:答えその1。借地権の存続期間は30年(借3)。短い約定は9条で無効。

30年です。借地権者に不利な短い約束は無効になるからです。

確かめるその2。車を止めるために30年と決めて土地を借りた。期間が終わったとき、借り手は更新を求められるか。 図:確かめるその2

  • 車を止めるために30年と決めて土地を借りた
  • 期間が終わったとき、借り手は更新を求められるか

2つめ。駐車場にする目的で、期間を30年と決めて、土地を借りました。期間が終わったとき、借地借家法の更新を求められるでしょうか?

答えその2。駐車場は借地権でない。借地借家法の更新の規定は使えない。民法の賃貸借のまま。 図:答えその2

  • 駐車場は借地権でない
  • 借地借家法の更新の規定は使えない
  • 民法の賃貸借のまま

求められません。建物の所有が目的ではないので、借地権ではなく、民法の賃貸借のままです。目的が決め手でした。

確かめるその3。更新後の期間は何年か。 図:確かめるその3。更新後の期間は何年か。

3つめ。借地が最初に更新されたとき、更新後の期間は、何年でしょうか? 2回目の更新では、何年でしょうか?

答えその3。設定後の最初の更新は20年、以後は10年(借4)。長い約定はその期間。 図:答えその3

  • 設定後の最初の更新は20年、以後は10年(借4)
  • 長い約定はその期間

最初の更新は20年です。2回目以降は10年です。当事者が長く決めたなら、その期間です。

確かめるその4。居住用のアパートを建てる目的で、40年の事業用定期借地権を作れるか。 図:確かめるその4

4つめ。居住用の建物を建てる目的で、40年の事業用定期借地権は、作れるでしょうか?

答えその4。居住用の建物は事業用定期借地権の対象外(23条1項の括弧書)。居住用で更新が無い借地は、一般定期借地権(22条・50年以上)。 図:答えその4

  • 居住用の建物は事業用定期借地権の対象外(23条1項の括弧書)
  • 居住用で更新が無い借地は、一般定期借地権(22条・50年以上)

作れません。事業用は、専ら事業の用に供する建物で、居住の用に供するものは除かれているからです。更新が無い借地を作るなら、一般定期借地権で、50年以上にします。

冒頭の問いの答え合わせ

今日のまとめ。1=借地権は建物の所有を目的とする地上権・賃借権。借り手に不利な特約は無効。2=存続期間30年・長い約定は上限なし・更新後は最初20年、以後10年。3=法定更新は請求または使用の継続、建物があること。更新は擬制。4=地主の異議には正当事由。主=双方の使用の必要、補完=経過・利用状況・立退料の申出。5=定期借地権3種。 図:今日のまとめ

  • 1=借地権は建物の所有を目的とする地上権・賃借権
  • 借り手に不利な特約は無効
  • 2=存続期間30年・長い約定は上限なし・更新後は最初20年、以後10年
  • 3=法定更新は請求または使用の継続、建物があること
  • 更新は擬制
  • 4=地主の異議には正当事由
  • 主=双方の使用の必要、補完=経過・利用状況・立退料の申出
  • 5=定期借地権3種

今日の話を整理します。借地借家法が民法を上書きするのは、建物の所有を目的とする借地権のときだけです。借り手に不利な特約は、無効です。存続期間は30年で、長い約束はその期間になり、上限はありません。更新後は、最初が20年、以後が10年です。期間が過ぎても、建物があり、借り手が更新を請求するか使い続ければ、更新したものとみなされます。地主は、遅滞なく異議を述べるだけでなく、正当事由が必要です。比べるのは、双方の土地を使う必要が主で、従前の経過、利用状況、立退料の申出が補いです。更新が無い借地を作るなら、定期借地権で、3種類あります。

冒頭の答え合わせ。30年の約束で貸した土地は、建物があり借り手が使い続けているため、地主が返してほしいと言っても、更新される。取り戻すには、遅滞なく異議を述べ、正当事由が要る。 図:冒頭の答え合わせ

  • 30年の約束で貸した土地は、建物があり借り手が使い続けているため、地主が返してほしいと言っても、更新される
  • 取り戻すには、遅滞なく異議を述べ、正当事由が要る

冒頭の問いの答えです。祖父が30年の約束で貸した土地は、借りた人が家を建てて住み続けているかぎり、期限が来ても、返ってきません。借り手は約束違反ではなく、法律が更新を認めています。取り戻すには、遅滞なく異議を述べ、その異議に正当事由が要ります。家という大きな投資を守るために、借地は、更新が原則になっているのでした。

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#266単独ページ動画

建物買取請求権

第5章 契約 #266/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借地が終わったら家は壊すのか

冒頭の設例の関係図。Aは土地の持ち主で、30年の約束でBに土地を貸している。Bは借りた土地に家を建てて暮らしてきた。期間が満了し、Aは更新に異議を述べて、借地は更新されずに終わる。BからAへ「この家はどうなるのか」の矢印に「?」。 図:冒頭の設例の関係図

  • Aは土地の持ち主で、30年の約束でBに土地を貸している
  • Bは借りた土地に家を建てて暮らしてきた
  • 期間が満了し、Aは更新に異議を述べて、借地は更新されずに終わる
  • BからAへ「この家はどうなるのか」の矢印に「?」

登場人物に記号を付けます。Aが、土地の持ち主です。Bが、土地を借りて家を建てた人です。先に答えの方向を言います。Bは、家を壊して返す必要はありません。Aに対して、家を時価で買い取るよう、請求できます。ただし、この請求を使える人と、使えない人がいます。分かれ目は、借り手が誠実だったかどうかです。今日は、借地が終わるときの手当てを、順番に見ます。そして、冒頭の問いに、もう一度答えます。

借地が終わるとき——建物買取請求権

借地が終わるときの入口。期間が満了し、更新も無い。借り手の建物はどうなるか。更地にして返す、では投資が無駄になる。そこで、借り手は地主に建物を時価で買い取れと請求できる。 図:借地が終わるときの入口

  • 期間が満了し、更新も無い
  • 借り手の建物はどうなるか
  • 更地にして返す、では投資が無駄になる
  • そこで、借り手は地主に建物を時価で買い取れと請求できる

冒頭の場面です。地主のAが、前回見た正当事由のある異議を述べて、借地は更新されずに終わりました。Bは、建物を壊して更地で返すしかないのでしょうか。それでは、30年かけて使ってきた家という財産が、ゼロになります。条文は、そこで、借り手に権利を与えています。

条文借地借家法13条

借地借家法第13条 1 借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。 2 前項の場合において、建物が借地権の存続期間が満了する前に借地権設定者の承諾を得ないで残存期間を超えて存続すべきものとして新たに築造されたものであるときは、裁判所は、借地権設定者の請求により、代金の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。 3 前二項の規定は、借地権の存続期間が満了した場合における転借地権者と借地権設定者との間について準用する。

読み方です。要件は2つです。借地権の存続期間が満了したこと。そして、契約の更新がないこと。更新がない、とは、前回見た、請求や使用の継続による法定更新もなく、合意による更新もない、という意味です。効果は、借地権者が、借地権設定者、つまり地主に、建物を時価で買い取れと請求できることです。言葉を二つ確かめます。権原により、とは、借地権という正当な権利に基づいて、という意味です。借地権に基づいて建てた家は対象になり、無断で勝手に付けた物は対象になりません。そして、2項は、地主の承諾なく、残りの期間を超えて長持ちする建物を新築していたとき、裁判所が代金の支払に期限を認められる、という調整です。3項は、転借地権者、つまり借地権者から土地を又貸しされた人にも、同じ請求を認める準用です。この二つは、名前だけ押さえれば足ります。

地主の承諾は要りません。この請求は、形成権だからです。形成権とは、一方的な意思表示だけで、法律関係を変える効果が生じる権利のことです。取消しや解除と同じ型です。借り手が「買い取ってください」と意思表示をした時点で、建物の売買が成立したのと同じ効果が生じます。電気のスイッチのようなもので、押せば、相手の同意なしに、点きます。例で見ます。Bが30年の借地で家を建てて住み、更新されずに終わったとします。Bは、Aに「この家を時価で買い取ってください」と意思表示をします。これでAとBの間に、建物の売買が成立します。Bには建物の代金が入り、Aは建物を自分のものとして、土地を使えます。

時価の中身。建物が現存するままの状態における価格。建物を壊した動産としての価格ではない。敷地の借地権そのものの価格は加算しない。建物の存在する場所的環境は参酌する(最判昭35・12・20)。 図:時価の中身

  • 建物が現存するままの状態における価格
  • 建物を壊した動産としての価格ではない
  • 敷地の借地権そのものの価格は加算しない
  • 建物の存在する場所的環境は参酌する(最判昭35・12・20)

時価の中身も押さえます。判例は、建物が現存するままの状態における価格だと言います。壊して材木にした値段ではありません。敷地の借地権そのものの価格は足しません。ただし、その建物が、どんな場所にあるかは、考えに入れます。駅前の家とへんぴな場所の家では、値段が違ってよいからです。契約の時に「買取請求はしない」と書いてあったら、使えなくなりますか?使えなくなりません。次の条文があるからです。

条文借地借家法16条

借地借家法第16条 第十条、第十三条及び第十四条の規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは、無効とする。

読み方です。10条、13条、14条に反する特約で、借り手に不利なものは、無効です。買取請求はしない、という特約は、借り手に不利なので、無効です。前に見た9条と同じ、借り手だけを守る片面的な強行規定です。13条を外せるのは、前回見た、更新されない借地である定期借地権のように、条文自身が外すことを認めている場面だけです。ただし、この請求にも限界があります。誰でも使えるわけではありません。長く滞納した借り手は、債務不履行を理由に、地主から契約を解除されたとします。判例は、借地人の債務不履行で土地の賃貸借が解除された場合には、買取請求権は認められない、としました。判旨を読みます。

判例最判昭35・2・9 民集14巻1号108頁

債務不履行による解除と買取請求権 借地法四条二項の規定は誠実な借地人保護の規定であるから、借地人の債務不履行による土地賃貸借解除の場合には借地人は同条項による買取請求権を有しないものと解すべきである。

読み方です。借地法4条2項は、今の13条1項にあたる規定です。この規定は、誠実な借地人を守る規定だから、債務不履行で解除された借地人には、買取請求権が無い、という判断です。決め手は、誠実さです。約束を破られて契約を終わらせた地主に、さらに家の代金まで払わせるのは、筋が通りません。家を手放すことになったのは、借り手が自分で招いた結果だからです。境目のペアで考えます。契約の期間が満了して、更新されずに終わった借り手は、約束を守ってきた人なので、買取請求ができます。一方、地代を長く滞納して、解除された借り手は、約束を破った人なので、できません。期間満了で終わる場合と、債務不履行で終わる場合が、分かれ目です。冒頭のBは、期間満了型なので、使える側です。

請求したあとの関係

買取請求のあとの問い。借り手Bは、地主Aから代金を受け取るまで、建物を引き渡さずに敷地に居続けられるか。居続けるあいだの敷地の使用料はどうなるか。 図:買取請求のあとの問い

  • 借り手Bは、地主Aから代金を受け取るまで、建物を引き渡さずに敷地に居続けられるか
  • 居続けるあいだの敷地の使用料はどうなるか

ここで、前に学んだ同時履行と留置権を、思い出してください。建物買取請求を行使した借地人は、代金を受け取るまで、敷地に居続けられるでしょうか。その間の敷地の使用料は、どうなるでしょうか?居続けられる、という点は、そのとおりです。使用料の扱いも含めて、順に整理します。請求で建物の売買が成立しました。売買の代金の支払と、建物の引渡しは、同時履行の関係に立ちます。代金をまだ払わない相手に、建物だけ先に渡させるのは、不公平だからです。だから、Bは、代金を受け取るまで、建物の引渡しを拒めます。また、代金債権は、建物に関して生じた債権なので、代金を払ってもらうまで建物を手元に留めておける、留置権を主張しても、同じ結論になります。建物を引き渡さずに住み続ければ、建物が建っている敷地も、反射的に使い続けることになります。そこで、判例が、次の点を判断しています。

判例最判昭35・9・20 民集14巻11号2227頁

買取請求後の敷地の占有と賃料相当額 建物買取請求権を行使した後は、買取代金の支払あるまで右建物の引渡を拒むことができるけれども、右建物の占有によりその敷地をも占有するかぎり、敷地占有に基く不当利得として敷地の賃料相当額を返還すべき義務あることは、大審院の判例とするところであり……いまこれを変更する要を見ない。

読み方です。代金をもらうまで、建物の引渡しは拒める。しかし、その建物の占有で敷地も占有しているかぎり、敷地を使った分の賃料相当額は、不当利得として返す義務がある、ということです。この事件は、14条の買取請求にあたる場面でしたが、買取請求のあとの関係は、13条の場合も同じです。

買取請求のあとの関係。請求で売買が成立。代金と建物の引渡しは同時履行(533条)。建物の代金債権は、建物に関して生じた債権として留置権の被担保債権になる。建物の引渡しを拒める。敷地も反射的に占有。ただし敷地を使う分の賃料相当額は不当利得として返す。居続けられる≠タダ。 図:買取請求のあとの関係

  • 請求で売買が成立
  • 代金と建物の引渡しは同時履行(533条)
  • 建物の代金債権は、建物に関して生じた債権として留置権の被担保債権になる
  • 建物の引渡しを拒める
  • 敷地も反射的に占有
  • ただし敷地を使う分の賃料相当額は不当利得として返す
  • 居続けられる≠タダ

居続けてよいなら、使用料も払わなくてよさそうなのに、なぜ払うのですか?居続けられることと、タダで使えることは別だからです。建物の引渡しを拒めるのは、代金をまだ受け取っていないから、公平のために認められた拒絶です。敷地を使う権利が、新しく生まれたわけではありません。土地を使えば、その分の利益を地主は失います。その利益を返すのが不当利得です。留置権の回で見たのと、同じです。たとえば地代がひと月3万円なら、Bは居続けた月ごとに、3万円分をAに返します。一つ補足です。請求の前の期間については、借りていた期間の賃料の請求は、そのまま残ります。請求の後に、不当利得が始まる、という流れです。答案では、請求、売買の成立、同時履行と留置、不当利得、の順に書きます。ここは、論文で論点になりうるところです。

買い取らせるのは誰か——14条と25条

14条の事例。Aは地主。Bは借地権者で、借地上の建物をEに売った。Eは賃借権も一緒に譲り受けたが、Aは承諾しない。民法612条なら解除と明渡しの話だが、Eは借地借家法14条でAに建物を時価で買い取れと請求できる。 図:14条の事例

  • Aは地主
  • Bは借地権者で、借地上の建物をEに売った
  • Eは賃借権も一緒に譲り受けたが、Aは承諾しない
  • 民法612条なら解除と明渡しの話だが、Eは借地借家法14条でAに建物を時価で買い取れと請求できる

もう1つ、買い取らせる場面があります。13条は、借地が終わるときでした。次は、借地が続いている途中の話です。借地権者のBが、借地上の建物を、Eに売りました。Eは、建物と一緒に、借地の賃借権も譲り受けました。ところが、地主のAは、その賃借権の譲渡を承諾しません。無断譲渡の回で見たとおり、民法612条では、賃借権を譲るには地主の承諾が要り、無断で譲れば、地主は解除できます。そうなると、Eは建物を持ったまま追い出されます。そこで、次の条文があります。

条文借地借家法14条

借地借家法第14条 第三者が賃借権の目的である土地の上の建物その他借地権者が権原によって土地に附属させた物を取得した場合において、借地権設定者が賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないときは、その第三者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原によって土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。

読み方です。第三者が、借地上の建物を取得したとします。借地権設定者、つまり地主が、賃借権の譲渡を承諾しないとき、その第三者が、地主に建物を時価で買い取れと請求できます。これも形成権で、16条により、これを排除する特約は無効です。

13条と14条の比較。13条=請求する人は借地権者、場面は期間満了で更新が無いとき、地主の意思は問わない。14条=請求する人は建物を取得した第三者、場面は賃借権の譲渡・転貸を地主が承諾しないとき、賃借権の場合だけ(地上権は譲渡が自由)。 図:13条と14条の比較

  • 13条=請求する人は借地権者、場面は期間満了で更新が無いとき、地主の意思は問わない
  • 14条=請求する人は建物を取得した第三者、場面は賃借権の譲渡・転貸を地主が承諾しないとき、賃借権の場合だけ(地上権は譲渡が自由)

13条と並べます。13条は、請求する人が借地権者です。場面は、期間満了で、更新がないときです。14条は、請求する人が、建物を取得した第三者です。場面は、賃借権の譲渡や転貸を、地主が承諾しないときです。つまり、誰が請求するか、どんな場面か、の2点で区別します。14条の対象は、賃借権の場合だけです。地上権は、地主の承諾が無くても自由に譲渡できるので、承諾しない、という場面が生まれません。立ち止まって考えてみましょう。建物を買った第三者のEが、地主に賃借権の譲渡を承諾されなかったとき、Eは、誰に何を請求できるでしょうか?

地主のAに、建物を時価で買い取るよう請求できます。13条を使える借地権者のBではなく、建物を取得したEが請求する点が違います。なお、Eがこの建物を誰かに貸していても、その借りている人が、Eに代わって買取請求をすることはできません。債権者代位、つまり自分の権利を守るために相手の権利を代わりに使う仕組みは、それで自分の権利が守られるときにしか使えないと、その回で見ました。Eが受け取るのは代金というお金だけで、建物を借りる権利は守れません。もう1つ、13条が使えない借地があります。25条です。

条文借地借家法25条

借地借家法第25条 第三条から第八条まで、第十三条、第十七条、第十八条及び第二十二条から前条までの規定は、臨時設備の設置その他一時使用のために借地権を設定したことが明らかな場合には、適用しない。

読み方です。臨時設備の設置など、一時使用のために借地権を設定したことが明らかなときは、存続期間や更新の規定、13条の買取請求、定期借地権の規定などが、適用されません。

25条の適用関係。適用しない=3条から8条(存続期間・更新)、13条(買取請求)、17条・18条、22条から24条(定期借地権)。適用される=10条(対抗力)、14条(第三者の買取請求)、19条(承諾に代わる許可)。例=期間限定の催事の仮設建物のための借地。 図:25条の適用関係

  • 適用しない=3条から8条(存続期間・更新)、13条(買取請求)、17条・18条、22条から24条(定期借地権)
  • 適用される=10条(対抗力)、14条(第三者の買取請求)、19条(承諾に代わる許可)
  • 例=期間限定の催事の仮設建物のための借地

たとえば、期間限定の催事のための、仮設の建物を建てる借地です。家を建てて暮らす借地とは違い、守るべき大きな投資が無いので、更新や買取請求は要りません。ただし、条文の列挙に無い、10条、14条、19条は、適用されます。10条は借地権の対抗力、19条は、地主の承諾に代わる、裁判所の許可です。この列挙が、短答の出題ポイントです。

確かめる

確かめるその1。13条の買取請求ができる人と、14条の買取請求ができる人は、それぞれ誰か。 図:確かめるその1

事例で確かめます。1つめ。13条と14条で、買取請求をする人は、それぞれ誰でしょうか?

答えその1。13条=借地権者(期間満了・更新なし)。14条=建物を取得した第三者(賃借権の譲渡・転貸を地主が承諾しない)。 図:答えその1

  • 13条=借地権者(期間満了・更新なし)
  • 14条=建物を取得した第三者(賃借権の譲渡・転貸を地主が承諾しない)

13条は、期間満了で更新がないときの借地権者です。14条は、地主が賃借権の譲渡を承諾しないときの、建物を取得した第三者です。

確かめるその2。地代を長く滞納して賃貸借を解除された借地人は、13条の買取請求ができるか。 図:確かめるその2

2つめ。地代を長く滞納して、土地の賃貸借を解除された借地人は、建物買取請求ができるでしょうか?

答えその2。債務不履行による解除の場合は、借地人は買取請求権を持たない。誠実な借地人保護の規定だから。 図:答えその2

  • 債務不履行による解除の場合は、借地人は買取請求権を持たない
  • 誠実な借地人保護の規定だから

できません。13条は誠実な借地人を守る規定だからです。

確かめるその3。期間限定の催事のための仮設建物の借地で、期間が終わった。借地人は13条の買取請求ができるか。 図:確かめるその3

  • 期間限定の催事のための仮設建物の借地で、期間が終わった
  • 借地人は13条の買取請求ができるか

3つめ。期間限定の催事のために、仮設の建物を建てる借地が、期間満了で終わりました。借地人は、13条の買取請求ができるでしょうか?

答えその3。一時使用が明らかな借地は、25条で13条が適用されない。買取請求はできない。ただし14条は適用される。 図:答えその3

  • 一時使用が明らかな借地は、25条で13条が適用されない
  • 買取請求はできない
  • ただし14条は適用される

できません。一時使用のための借地だと明らかなので、25条で13条は適用されないからです。ただし、25条の列挙に無い14条は、一時使用の借地でも適用されます。

冒頭の問いの答え合わせ

今日のまとめ。1=借地が終わるとき、借地権者は地主に建物を時価で買い取れと請求できる(13条・形成権・特約で排除不可・債務不履行解除では不可)。2=請求後は同時履行・留置、敷地の賃料相当額は不当利得。3=建物を買った第三者は、地主が賃借権の譲渡を承諾しないとき14条で請求できる。4=一時使用の借地は25条で13条が外れる。 図:今日のまとめ

  • 1=借地が終わるとき、借地権者は地主に建物を時価で買い取れと請求できる(13条・形成権・特約で排除不可・債務不履行解除では不可)
  • 2=請求後は同時履行・留置、敷地の賃料相当額は不当利得
  • 3=建物を買った第三者は、地主が賃借権の譲渡を承諾しないとき14条で請求できる
  • 4=一時使用の借地は25条で13条が外れる

今日の話を整理します。借地が更新されずに終わったとき、借地権者は、地主に、建物を時価で買い取れと請求できます。形成権で、特約でも排除できません。ただし、債務不履行で解除された人には使えません。請求のあとは、代金と建物の引渡しが同時履行で、敷地に居続けられても、賃料相当額は不当利得として返します。借地権者から建物を買った第三者は、地主が賃借権の譲渡を承諾しないとき、14条で買取りを請求できます。一時使用のための借地には、13条は適用されません。

冒頭の答え合わせ。Bは建物を壊して更地で返す必要はない。期間満了で更新がないので、Aに建物を時価で買い取れと請求できる(Aの承諾は不要)。ただし、地代の滞納などで解除された場合は使えない。 図:冒頭の答え合わせ

  • Bは建物を壊して更地で返す必要はない
  • 期間満了で更新がないので、Aに建物を時価で買い取れと請求できる(Aの承諾は不要)
  • ただし、地代の滞納などで解除された場合は使えない

冒頭の問いの答えです。借地が更新されずに終わっても、Bは、家を壊して更地で返す必要はありません。Aに、建物を時価で買い取れと請求できます。Aの承諾は要りません。ただし、Bが約束を守ってきた誠実な借り手であることが条件で、地代の滞納などで解除された場合には、使えないのでした。建物という大きな投資は、最後の場面でも、誠実な借り手には、守られます。

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#267単独ページ動画

借地権の対抗力と他人名義の登記

第5章 契約 #267/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

長男名義の家は守られるか

冒頭の設例の関係図。Aは土地の持ち主で、Bに土地を貸している。Bは借りた土地に家を建て、建物の登記は長男Cの名義。AはDに土地を売り、Dは所有権の登記を備えた。DからBへ「建物を壊して出ていってください」の矢印に「?」。 図:冒頭の設例の関係図

  • Aは土地の持ち主で、Bに土地を貸している
  • Bは借りた土地に家を建て、建物の登記は長男Cの名義
  • AはDに土地を売り、Dは所有権の登記を備えた
  • DからBへ「建物を壊して出ていってください」の矢印に「?」

登場人物に記号を付けます。Aが、元の地主です。Bが、土地を借りて家を建てた人です。Cが、Bの長男で、建物の登記の名義人です。Dが、Aから土地を買った新しい地主です。先に答えの方向を言います。判例は、Bの負けとします。建物の登記が、借りているBではなく、長男Cの名義だったからです。借地の権利を、新しい地主に主張できません。登記がある、というだけでは足りないのです。今日は、借地をめぐる3つの場面を、順番に見ます。借地が売られたとき、借地を人に譲るとき、地代を動かすときです。そして、冒頭の問いに、もう一度答えます。

今日の地図(保存版)

今日の地図。1=借地が売られたとき(対抗力と他人名義の登記)。2=借地を人に譲るとき(承諾に代わる許可)。3=地代を動かすとき(増減請求)。 図:今日の地図

  • 1=借地が売られたとき(対抗力と他人名義の登記)
  • 2=借地を人に譲るとき(承諾に代わる許可)
  • 3=地代を動かすとき(増減請求)

順番は3つです。借地が売られたときの対抗力が、最初です。次に、借地を人に譲るときの許可です。最後に、地代の増減です。条文では、借り手を借地権者、貸している地主を借地権設定者と呼びます。軸は1本です。借地は、土地を借りるだけの契約ではありません。建物という大きな投資を、土地に埋める契約です。売られるときも、人に譲るときも、地代が合わなくなったときも、その投資をどう守るかが問われます。ただし、守る条件があります。権利が、新しい地主から見える形になっていること。この点が、今日の分かれ目です。

借地が売られたとき——対抗力と他人名義の登記

借地が売られたときの入口。地主Aが土地をDに売った。Dは借り手Bに出ていけと言えるか。賃借権は債権=原則はDに対抗できない。605条・借借10条1項・605条の2が、その例外をつくる。 図:借地が売られたときの入口

  • 地主Aが土地をDに売った
  • Dは借り手Bに出ていけと言えるか
  • 賃借権は債権=原則はDに対抗できない
  • 605条・借借10条1項・605条の2が、その例外をつくる

ここから、冒頭の問いの本題です。借りている土地が、他人に売られた場面です。まず、賃貸借の対抗要件を扱った回で見た土台を、思い出してください。不動産の賃借権が対抗要件を備える方法は、借りる物によって3つありました。借地の場合は、そのうちのどれでしたか?借地借家法10条1項の、借地上の建物の登記です。民法の条文から確認します。

条文民法605条

民法第605条 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

読み方です。賃貸借は、登記すれば、土地を買った人にも対抗できます。しかし、賃貸人には、賃貸借の登記に協力する義務が無いので、実際には、ほとんど登記されません。そこで、借地借家法が、建物の登記で代える道を作りました。

条文借地借家法10条

借地借家法第10条 1 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。 2 前項の場合において、建物の滅失があっても、借地権者が、その建物を特定するために必要な事項、その滅失があった日及び建物を新たに築造する旨を土地の上の見やすい場所に掲示するときは、借地権は、なお同項の効力を有する。ただし、建物の滅失があった日から二年を経過した後にあっては、その前に建物を新たに築造し、かつ、その建物につき登記した場合に限る。

読み方です。借地権は、借地権そのものの登記が無くても、土地の上に、借地権者が登記されている建物を持っていれば、第三者に対抗できます。建物の登記が、借地権の登記の代わりを務める、というイメージです。2項は、建物が滅失しても、その建物を特定する事項などを、土地の見やすい場所に掲示すれば、対抗力が残る、という規定です。ただし、滅失から2年を過ぎたら、その前に新築して登記しておく必要があります。数字は、2年です。

条文民法605条の2第1項

民法第605条の2第1項 前条、借地借家法(平成三年法律第九十号)第十条又は第三十一条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。

読み方です。対抗要件の回で見たとおり、対抗要件があれば、地主の立場は新しい地主にそのまま移り、借地は続きます。ここで、冒頭の問いに戻ります。借地権者のBが、借地上の建物を、Bの名義で登記していたなら、10条1項により、BはDに借地権を対抗できます。ところが、冒頭の建物の登記は、長男のCの名義でした。これも、10条1項の、借地権者が登記されている建物にあたるのでしょうか。

登記名義と対抗力。B自身の名義の登記(所有権の登記)=対抗できる(10条1項)。Bを所有者と記載した表示の登記=対抗できる。長男C名義の登記=対抗できない。 図:登記名義と対抗力

  • B自身の名義の登記(所有権の登記)=対抗できる(10条1項)
  • Bを所有者と記載した表示の登記=対抗できる
  • 長男C名義の登記=対抗できない

先に、足りる登記の側を見ます。所有権の保存登記、つまり、建物について初めてする所有権の登記だけでなく、建物の表示の登記、つまり、所有者を自分と記載した登記でも足ります。判例は、表示の登記について、こう述べています。

判例最判昭50・2・13 民集29巻2号83頁

表示の登記でも足りるか この法意に照らせば、借地権のある土地の上の建物についてなさるべき登記は権利の登記にかぎられることなく、借地権者が自己を所有者と記載した表示の登記のある建物を所有する場合もまた同条にいう「登記シタル建物ヲ有スルトキ」にあたり、当該借地権は対抗力を有するものと解するのが相当である。

読み方です。同条とは、今の10条1項の前身にあたる条文で、古い言い回しが残っています。借地権者が、自分を所有者と記載した、表示の登記のある建物を持つ場合も、登記した建物を持つときにあたり、借地権は対抗力を持つ、という判断です。ここまでは、借地権者自身の名義の話です。では、他人名義はどうでしょうか。その前に、1問です。建物を登記することの意味は、そもそも何でしょうか?借地権の登記の代わりになることです。つまり、建物の登記を見た人に、ここには、土地を借りて建物を持っている人がいる、と分かることに意味があります。この点を頭に置いて、判例の事案を見ます。

昭41大の事案。借地人Bが、自らの意思で、同居する未成年の長男C名義で、借地上の建物の保存登記をした。Cには無断だった。その後に土地を取得したDが、建物収去土地明渡しを請求。原審はBが勝ち、最高裁大法廷は破棄して、Bに建物を収去して土地を明け渡せと命じた。 図:昭41大の事案

  • 借地人Bが、自らの意思で、同居する未成年の長男C名義で、借地上の建物の保存登記をした
  • Cには無断だった
  • その後に土地を取得したDが、建物収去土地明渡しを請求
  • 原審はBが勝ち、最高裁大法廷は破棄して、Bに建物を収去して土地を明け渡せと命じた

事案です。借地人のBは、土地を借りて、建物を建てました。その建物を、Bは、自分の意思で、長男のC名義で保存登記しました。Cは、Bと氏を同じくする未成年で、同居し、共同で建物を利用していました。Cに無断で、登記したという事情もありました。その後、土地を取得したDが、Bに、建物を壊して土地を明け渡せ、と請求しました。原審はBを勝たせましたが、最高裁大法廷は、これを破棄して、明渡しを命じました。理由は、大きく2段に分かれます。1段目は、建物の登記は何を知らせるためのものか。2段目は、他人名義の登記に、そもそも効力があるのか。順に読みます。

判例最大判昭41・4・27 民集20巻4号870頁

第1の理由——登記は何のために借地権の代わりになるのか 建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法と略称する。)一条は、建物の所有を目的とする土地の賃借権により賃借人がその土地の上に登記した建物を所有するときは、土地の賃貸借につき登記がなくとも、これを以つて第三者に対抗することができる旨を規定している。このように、賃借人が地上に登記した建物を所有することを以つて土地賃借権の登記に代わる対抗事由としている所以のものは、当該土地の取引をなす者は、地上建物の登記名義により、その名義者が地上に建物を所有し得る土地賃借権を有することを推知し得るが故である。

読み方です。この判決が扱ったのは、今の10条1項の前身にあたる、建物保護に関する法律の1条です。事件が違っても、10条1項の登記の読み方として、今も引き継がれています。ここで、登記が借地権の登記の代わりになる理由が示されています。土地の取引をする人は、地上建物の登記の名義を見て、その名義の人が、借地権を持っていると推測できるからです。表札と同じです。表札を見れば、ここが誰の家なのかが、通りがかりの人にも分かります。

判例最大判昭41・4・27 民集20巻4号870頁

他人名義の登記では、なぜ対抗できないのか 従つて、地上建物を所有する賃借権者は、自己の名義で登記した建物を有することにより、始めて右賃借権を第三者に対抗し得るものと解すべく、地上建物を所有する賃借権者が、自らの意思に基づき、他人名義で建物の保存登記をしたような場合には、当該賃借権者はその賃借権を第三者に対抗することはできないものといわなければならない。けだし、他人名義の建物の登記によつては、自己の建物の所有権さえ第三者に対抗できないものであり、自己の建物の所有権を対抗し得る登記あることを前提として、これを以つて賃借権の登記に代えんとする建物保護法一条の法意に照し、かかる場合は、同法の保護を受けるに値しないからである。

読み方です。借地権者が、自分の意思で他人名義の保存登記をした場合、その借地権は第三者に対抗できません。理由は、他人名義の建物の登記では、自分の建物の所有権さえ第三者に対抗できないからです。自分の建物の所有権を対抗できる登記があることを前提に、それで借地権の登記に代える、という仕組みなので、その前提を欠く場合は、保護に値しません。続けて、この事件の事実への当てはめです。

判例最大判昭41・4・27 民集20巻4号870頁

同居の未成年の長男名義でも結論は変わらない 原判決の確定した事実関係によれば、被上告人は、自らの意思により、長男Dに無断でその名義を以つて建物の保存登記をしたものであるというのであつて、たとえ右Dが被上告人と氏を同じくする未成年の長男であつて、自己と共同で右建物を利用する関係にあり、また、その登記をした動機が原判示の如きものであつたとしても、これを以つて被上告人名義の保存登記とはいい得ないこと明らかであるから、被上告人が登記ある建物を有するものとして、右建物保護法により土地賃借権を第三者に対抗することは許されないものである。

読み方です。同居の未成年の長男名義で、共同で利用している場合や、登記した動機に事情があった場合でも、借地権者名義の登記とは言えない、と結論づけています。なお、判決文では、長男がDと書かれています。今日の記号では、長男はC、土地を買った人がDなので、混同しないでください。

判例最大判昭41・4・27 民集20巻4号870頁

登記制度の趣旨 元来登記制度は、物権変動の公示方法であり、またこれにより取引上の第三者の利益を保護せんとするものである。すなわち、取引上の第三者は登記簿の記載によりその権利者を推知するのが原則であるから、本件の如くD名義の登記簿の記載によつては、到底被上告人が建物所有者であることを推知するに由ないのであつて、かかる場合まで、被上告人名義の登記と同視して建物保護法による土地賃借権の対抗力を認めることは、取引上の第三者の利益を害するものとして、是認することはできない。

読み方です。登記は、権利の公示方法であり、取引する第三者の利益を守る仕組みです。第三者は、登記簿の記載から権利者を推測します。長男名義の登記簿からは、借地人のBが建物の所有者だとは、到底推測できません。それでも借地権を認めると、第三者の利益を害します。

判例最大判昭41・4・27 民集20巻4号870頁

更正登記による治癒の否定 また、登記が対抗力をもつためには、その登記が少くとも現在の実質上の権利状態と符合するものでなければならないのであり、実質上の権利者でない他人名義の登記は、実質上の権利と符合しないものであるから、無効の登記であつて対抗力を生じない。そして本件事実関係においては、Dを名義人とする登記と真実の権利者である被上告人の登記とは、同一性を認められないのであるから、更正登記によりその瑕疵を治癒せしめることも許されないのである。叙上の理由によれば、本件において、被上告人は、D名義の建物の保存登記を以つて、建物保護法により自己の賃借権を上告人に対抗することはできないものといわねばならない。

読み方です。登記が対抗力を持つには、実質の権利と合っていなければなりません。他人名義の登記は、実質に合わない無効の登記で、対抗力が生じません。名義を直す更正登記による救済も、同一性がないため、許されません。

判例最大判昭41・4・27 民集20巻4号870頁

結論——収去と明渡しの義務 原判決の確定した事実によれば、本件土地が上告人の所有であり、被上告人がその地上に本件建物を所有し、本件土地を占有しているというのであり、被上告人の主張する本件土地の賃借権は上告人に対抗することができないことは前説示のとおりであるから、被上告人は上告人に対し、本件土地を地上の本件建物を収去して明け渡すべき義務あるものといわねばならない。

読み方です。借地権をDに対抗できない以上、Bは、建物を壊して土地を明け渡す義務を負う、という結論です。なお、判決は、相続人が相続登記をしなくても対抗力を認めた古い判例も、引用していました。亡くなった人の名義で登記された建物を、相続人が、相続登記をしないまま持っていた事案です。しかし、被相続人名義の登記が初めから無効ではなかった事案であり、初めから無効な本件とは違うとして、当てはめを退けています。

昭41大の理由づけ2段。第1段=公示の趣旨。取引する第三者は、建物の登記名義から、その名義者が借地権を持つと推測する。名義が借地権者でなければ、公示にならない。第2段=登記の効力。他人名義の登記では、自己の建物所有権すら対抗できない。借地権の登記に代える10条1項の趣旨に照らし、借地権も対抗できない。 図:昭41大の理由づけ2段

  • 第1段=公示の趣旨
  • 取引する第三者は、建物の登記名義から、その名義者が借地権を持つと推測する
  • 名義が借地権者でなければ、公示にならない
  • 第2段=登記の効力
  • 他人名義の登記では、自己の建物所有権すら対抗できない
  • 借地権の登記に代える10条1項の趣旨に照らし、借地権も対抗できない

理由を、板の2段に整理しておきます。第1段が公示の趣旨、第2段が登記の効力です。立ち止まって考えてみましょう。長男が、未成年で、同居して、共同で建物を使っている場合でも、結論は変わりませんでした。その理由を、2段で言えるでしょうか?第三者は、登記簿の名義から権利者を推測するので、長男名義では借地人Bの存在が分からないからです。また、他人名義の登記では、自分の建物の所有権すら対抗できず、借地権の登記に代わる前提を欠くからです。決め手は、同居かどうかではなく、登記簿を見る第三者から見えるかどうか、です。ここは、論文で論点になりうるところです。

現地の様子をどこまで考えに入れるか、という問題です。学説には、同居の家族名義などなら、土地を買う人は現地を見るから、借地権の存在を十分に推測できる、として、対抗力を認める有力な考えがあります。判例は、その立場を取りませんでした。登記簿という、誰にでも同じに見える情報を基準にするからです。実際の判決でも、裁判官6名の反対意見が、居住権を守る観点から、長男が当時15、6歳で、家族として共同生活をしていた事情を重く見ました。それでも、多数意見は、借地権の対抗力を否定しました。答案では、判例の立場で書き、反対の考えには、一言触れる程度で足ります。付け加えます。この判決は、Bに明渡しを命じました。ただし、実際の事件では、土地を買った人の明渡し請求が、権利の濫用、信義則違反にあたるとして、退けられることもあります。救済の余地は、事案次第です。冒頭の問いに、答えを出します。長男名義の登記では、Bは借地権をDに対抗できません。Dから出ていけと言われたら、原則として、建物を壊して明け渡す義務を負います。実務の教訓は、借りている本人の名義で、建物を登記しておくことです。相続の準備は、登記の名義を変える形ではなく、相続の手続きで行う、ということです。

借地を人に譲るとき——承諾に代わる許可

借地を人に譲るときの入口。民法612条=賃借人は賃貸人の承諾なしに、賃借権の譲渡・転貸ができない。無断なら解除できる。ただし、信頼関係を裏切ると言えない特段の事情があれば、解除できない(判例)。借地借家法19条=裁判所の許可で、承諾に代えられる。 図:借地を人に譲るときの入口

  • 民法612条=賃借人は賃貸人の承諾なしに、賃借権の譲渡・転貸ができない
  • 無断なら解除できる
  • ただし、信頼関係を裏切ると言えない特段の事情があれば、解除できない(判例)
  • 借地借家法19条=裁判所の許可で、承諾に代えられる

次は、借地を人に譲る場面です。民法の原則を、条文で確認します。

条文民法612条

民法第612条 1 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。 2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。

読み方です。賃借権を譲るには、賃貸人の承諾が要ります。無断で第三者に使わせたら、賃貸人は解除できます。ただし、無断譲渡の回で見たとおり、信頼関係を裏切ると言えない特段の事情があれば、解除はできません。これは、譲った後に解除を争う話です。同じ回で見たとおり、建物を売れば、敷地の賃借権も一緒に譲ることになるので、地主の承諾が要ります。承諾してもらえないと、建物は売れず、投資を回収できなくなります。そこで、借地借家法が、民法を修正しています。まず、1項です。

条文借地借家法19条1項

借地借家法第19条第1項 借地権者が賃借権の目的である土地の上の建物を第三者に譲渡しようとする場合において、その第三者が賃借権を取得し、又は転借をしても借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず、借地権設定者がその賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないときは、裁判所は、借地権者の申立てにより、借地権設定者の承諾に代わる許可を与えることができる。この場合において、当事者間の利益の衡平を図るため必要があるときは、賃借権の譲渡若しくは転貸を条件とする借地条件の変更を命じ、又はその許可を財産上の給付に係らしめることができる。

読み方です。借地権者が、借地上の建物を第三者に譲渡しようとする場合に、その第三者が賃借権を取得しても、地主に不利となるおそれがないのに、地主が承諾しないとします。このとき、裁判所は、借地権者の申立てにより、地主の承諾に代わる許可を与えられます。これが、612条の修正です。地主の承諾が、絶対の条件では無くなります。冒頭とは別の場面で考えます。地主はA、借地人はBです。Bが転勤することになり、借地の上の家を、Eに売りたいとします。Eは地代をきちんと払える人で、Aに不利になる事情は見当たりません。それでもAが承諾しないなら、Bは、Eに売る前に、裁判所に許可を求めて申し立てられます。続けて、2項です。

条文借地借家法19条2項

借地借家法第19条第2項 裁判所は、前項の裁判をするには、賃借権の残存期間、借地に関する従前の経過、賃借権の譲渡又は転貸を必要とする事情その他一切の事情を考慮しなければならない。

読み方です。裁判所は、残りの期間、これまでの経過、譲渡を必要とする事情などの、一切の事情を考えます。3項は、名前だけで足ります。地主が、自分で建物と賃借権を譲り受ける、という制度です。

条文借地借家法19条3項

借地借家法第19条第3項 第一項の申立てがあった場合において、裁判所が定める期間内に借地権設定者が自ら建物の譲渡及び賃借権の譲渡又は転貸を受ける旨の申立てをしたときは、裁判所は、同項の規定にかかわらず、相当の対価及び転貸の条件を定めて、これを命ずることができる。この裁判においては、当事者双方に対し、その義務を同時に履行すべきことを命ずることができる。

読み方です。地主が、裁判所の定める期間内に、自分で建物と賃借権を譲り受けたいと申し立てると、裁判所は、相当の対価を定めて、それを命じられます。これを、介入権と呼びます。4項から7項は、申立ての取下げや、鑑定委員会など、手続の規定です。これも、名前だけで足ります。

条文借地借家法19条4項〜7項

借地借家法第19条第4項から第7項 4 前項の申立ては、第一項の申立てが取り下げられたとき、又は不適法として却下されたときは、その効力を失う。 5 第三項の裁判があった後は、第一項又は第三項の申立ては、当事者の合意がある場合でなければ取り下げることができない。 6 裁判所は、特に必要がないと認める場合を除き、第一項又は第三項の裁判をする前に鑑定委員会の意見を聴かなければならない。 7 前各項の規定は、転借地権が設定されている場合における転借地権者と借地権設定者との間について準用する。ただし、借地権設定者が第三項の申立てをするには、借地権者の承諾を得なければならない。

読み方です。介入権の申立ては、元の申立てが取り下げられたり、却下されたりすると、効力を失います。残りの項は、板で確かめる程度で足ります。

19条の流れ。建物を第三者に譲渡しようとする→地主が賃借権の譲渡を承諾しない→第三者が賃借しても地主に不利となるおそれがあるか→おそれが無い→借地権者が裁判所に申立て→承諾に代わる許可(借地条件の変更・財産上の給付=承諾料を伴うことがある)。考慮=残存期間・従前の経過・必要とする事情・一切の事情。 図:19条の流れ

  • 建物を第三者に譲渡しようとする→地主が賃借権の譲渡を承諾しない→第三者が賃借しても地主に不利となるおそれがあるか→おそれが無い→借地権者が裁判所に申立て→承諾に代わる許可(借地条件の変更・財産上の給付=承諾料を伴うことがある)
  • 考慮=残存期間・従前の経過・必要とする事情・一切の事情

流れを整理します。申立てをするのは、借地権者です。譲渡しようとする場合、つまり、譲渡の前に申し立てます。許可を出すときは、公平のために、借地条件の変更や、承諾料のような財産上の給付を、条件に付けられます。14条の買取請求と、19条の許可の違いは、順番の問題です。19条は、事前の手当てです。譲渡の前に、裁判所の許可を取ります。それでも、承諾を得ずに建物を譲渡してしまった後に、買った人を守るのが、前の回で見た14条の買取請求です。地主が賃借権の譲渡を承諾しないとき、建物を取得した第三者が、地主に建物を時価で買い取れと請求できる規定でした。14条は事後、19条は事前、と覚えてください。また、19条も、対象は賃借権の場合です。地上権は譲渡が自由なので、許可を取る必要がありません。

地代を動かすとき——増減請求権

地代増減請求の入口。借地は何十年も続く。地代が土地の値段や経済事情に合わなくなる。契約で決めた額に縛られると、どちらかが損をする。11条は、将来に向かって増減を請求できるとする。 図:地代増減請求の入口

  • 借地は何十年も続く
  • 地代が土地の値段や経済事情に合わなくなる
  • 契約で決めた額に縛られると、どちらかが損をする
  • 11条は、将来に向かって増減を請求できるとする

最後は、地代です。借地は、何十年も続きます。その間に、土地の値段や、世の中の事情が変わります。契約で決めた地代に縛られると、どちらかが損をします。そこで、条文は、地代を調整する権利を認めています。まず、1項です。

条文借地借家法11条1項

借地借家法第11条第1項 地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。

読み方です。1項は、増減を請求できる場合です。租税などの公課の増減、土地の価格や経済事情の変動、近所の似た土地の地代との比較。この3つのどれかで、地代が不相当になったとき、当事者は、将来に向かって増額か減額を請求できます。過去の分は、さかのぼりません。この請求も、前の回の買取請求と同じく、形成権です。請求が相手に届いた時点で、地代は、客観的に相当な額に変わります。請求した額そのものに変わるのではありません。裁判は、その相当な額がいくらかを確かめる手続です。ただし書は、一定の期間増額しない、という特約は、その定めに従う、という意味です。借り手に有利な特約は、有効です。逆に、一定の期間は減額しない、という特約は、無効と解されています。1項の本文は、契約の条件にかかわらず請求できる、と書いています。その例外として残しているのは、増額しない特約だけだからです。2項と3項は、話し合いがまとまらない間の扱いです。まず、2項の、増額です。

条文借地借家法11条2項

借地借家法第11条第2項 地代等の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代等を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。

読み方です。増額なら、請求を受けた借地権者が、増額を正当とする裁判が確定するまで、自分が相当と認める額を払えば足ります。確定して不足があれば、年一割の利息を付けて払います。数字で見ます。月5万円の地代について、地主が月8万円への増額を請求し、話し合いがまとまらないとします。借り手は、自分が相当と思う月6万円を払っていれば足ります。裁判で月7万円が正当と確定したら、不足の月1万円に、年一割の利息を付けて払います。続けて、3項の、減額です。

条文借地借家法11条3項

借地借家法第11条第3項 地代等の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代等の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた地代等の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。

暫定払いの向き。増額請求=請求を受けた借地権者は、増額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額を払えば足りる。確定して不足があれば年一割の利息を付けて払う。減額請求=請求を受けた地主は、減額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額を請求できる。確定して超過があれば年一割の利息を付けて返す。 図:暫定払いの向き

  • 増額請求=請求を受けた借地権者は、増額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額を払えば足りる
  • 確定して不足があれば年一割の利息を付けて払う
  • 減額請求=請求を受けた地主は、減額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額を請求できる
  • 確定して超過があれば年一割の利息を付けて返す

読み方です。減額なら、請求を受けた地主が、減額を正当とする裁判が確定するまで、自分が相当と認める額を請求できます。確定して取りすぎがあれば、年一割の利息を付けて返します。向きを1つにまとめます。請求を受けた側が、自分で相当だと思う額で動ける、と覚えてください。増額を請求されたのは借り手です。借り手は、自分が相当と思う、低めの額を払えます。減額を請求されたのは地主です。地主は、自分が相当と思う、高めの額を請求できます。請求した側の言い値で、いきなり動かされないための仕組みです。

確かめる

確かめるその1。借地人Bが、自分を所有者と記載した建物の表示の登記だけを備えている。BはDに借地権を対抗できるか。 図:確かめるその1

  • 借地人Bが、自分を所有者と記載した建物の表示の登記だけを備えている
  • BはDに借地権を対抗できるか

事例で確かめます。1つめ。借地人のBは、建物について、自分を所有者と記載した表示の登記だけを備えています。BはDに、借地権を対抗できるでしょうか?

答えその1。借地権者が自己を所有者と記載した表示の登記のある建物を所有していれば、借地権を対抗できる。 図:答えその1

対抗できます。表示の登記でも、借地権者が登記されている建物にあたるからです。自分の名義であることが、肝心でした。

確かめるその2。地主が賃借権の譲渡を承諾しない。裁判所の許可を求める申立てをするのは誰で、いつか。 図:確かめるその2

  • 地主が賃借権の譲渡を承諾しない
  • 裁判所の許可を求める申立てをするのは誰で、いつか

2つめ。借地上の建物を第三者に譲りたいのに、地主が賃借権の譲渡を承諾しません。裁判所に、承諾に代わる許可を求める申立てをするのは、誰で、いつでしょうか?

答えその2。申立てをするのは借地権者。時期は譲渡しようとする場合=譲渡の前。 図:答えその2。申立てをするのは借地権者。時期は譲渡しようとする場合=譲渡の前。

借地権者が、建物を譲渡する前に申し立てます。

確かめるその3。地代の増額を請求された借地権者は、協議が調わないあいだ、いくら払えばよいか。 図:確かめるその3

3つめ。地主から地代の増額を請求されて、話し合いがまとまりません。そのあいだ、借地権者は、いくら払えばよいでしょうか?

答えその3。増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額で足りる。不足額には年一割の利息を付ける。 図:答えその3

  • 増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額で足りる
  • 不足額には年一割の利息を付ける

増額を正当とする裁判が確定するまでは、自分が相当と認める額を払えば足ります。確定して不足があれば、年一割の利息を付けて払います。

冒頭の問いの答え合わせ

今日のまとめ。1=借地権の対抗力は、借地権者自身の名義で登記された建物の所有で備わる(10条1項・表示の登記でも可・他人名義は不可)。2=譲渡は、裁判所の許可が地主の承諾に代わる(19条・譲渡の前に借地権者が申立て)。3=地代増減は将来に向かう形成権、暫定払いは請求を受けた側が相当額で。 図:今日のまとめ

  • 1=借地権の対抗力は、借地権者自身の名義で登記された建物の所有で備わる(10条1項・表示の登記でも可・他人名義は不可)
  • 2=譲渡は、裁判所の許可が地主の承諾に代わる(19条・譲渡の前に借地権者が申立て)
  • 3=地代増減は将来に向かう形成権、暫定払いは請求を受けた側が相当額で

今日の話を整理します。借地が売られたときの対抗力は、借地権者自身の名義で登記された建物があるかどうかで決まります。他人名義の登記では、自分の建物の所有権さえ対抗できないので、借地権も対抗できません。借地を譲るときは、裁判所の許可が、地主の承諾に代わります。地代の増減は、将来に向かって請求でき、協議が調わないあいだは、請求を受けた側が相当と認める額で動けます。

冒頭の答え合わせ。長男C名義の登記では、Bは借地権をDに対抗できない。Dから出ていけと言われたら、原則として建物を収去して土地を明け渡す義務を負う。借地権者自身の名義で登記しておくことが分かれ目。 図:冒頭の答え合わせ

  • 長男C名義の登記では、Bは借地権をDに対抗できない
  • Dから出ていけと言われたら、原則として建物を収去して土地を明け渡す義務を負う
  • 借地権者自身の名義で登記しておくことが分かれ目

冒頭の問いの答えです。借地に建てた家を長男の名義で登記しても、借りていたBは、新しい地主のDに、借地権を対抗できません。出ていけと言われたら、原則として、建物を壊して明け渡す義務を負います。分かれ目は、借地権者自身の名義かどうか、でした。家という大きな投資を守る仕組みも、新しい地主から見える形になっていなければ、働かないのでした。

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#268単独ページ動画

借家の法定更新と正当事由

第5章 契約 #268/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

2年契約なのに「更新しません」

冒頭の設例の関係図。Aは建物の持ち主で貸している大家、Bは2年の約束でその部屋を借りている。期間の満了まで3か月、AからBへ「更新しません」の手紙。BからAへ「2年で出なければならない?」の矢印に「?」。 図:冒頭の設例の関係図

  • Aは建物の持ち主で貸している大家、Bは2年の約束でその部屋を借りている
  • 期間の満了まで3か月、AからBへ「更新しません」の手紙
  • BからAへ「2年で出なければならない?」の矢印に「?」

登場人物に記号を付けます。Aが、建物を貸している大家です。Bが、借りている人です。先に答えの方向を言います。Bは、2年で出なくてかまいません。契約は、同じ条件で更新されます。理由は2つあります。1つめは、手紙を出した時期が遅いことです。法律が手紙の時期を決めていて、3か月前では間に合いません。2つめは、仮に時期が合っていても、大家が出てもらうには、正当な理由が要ることです。今日は、この2つの関所を順番に見ます。最後に、冒頭の問いにもう一度答えます。

今日の地図(保存版)

今日の地図。1=借家のルールの置き場と存続期間(29条)。2=期間の定めがある借家の更新(26条)。3=期間の定めがない借家の解約申入れ(27条・民617条)。4=正当事由(28条・判例)。5=更新後の姿・特約・まとめ表。 図:今日の地図

  • 1=借家のルールの置き場と存続期間(29条)
  • 2=期間の定めがある借家の更新(26条)
  • 3=期間の定めがない借家の解約申入れ(27条・民617条)
  • 4=正当事由(28条・判例)
  • 5=更新後の姿・特約・まとめ表

順番は5つです。1つめ、借家の存続期間。2つめ、期間の定めがある借家の更新。そして3つめ、期間の定めがない借家の解約申入れ。4つめ、大家に要る正当事由。5つめ、更新したあとの姿と、民法・借地との比較表です。軸は1本です。借りている人にとって、建物は住まいや店そのものです。出されたら、行き場を失います。だから、借家は、何もしなければ続くのが原則です。終わらせたい大家の側にだけ、越えるべき関所が2つ置かれています。時期の関所と、理由の関所です。借地で見た道具を、建物の貸し借りに並べ直す回です。用語を置きます。建物を貸している人を賃貸人、借りている人を賃借人と呼びます。

借家のルールと存続期間

借家のルールの置き場。建物の賃貸借には、民法の賃貸借の規定に加えて、特別法の借地借家法の借家の規定が重なる。対象は賃貸借。タダで貸す使用貸借は対象外。 図:借家のルールの置き場

  • 建物の賃貸借には、民法の賃貸借の規定に加えて、特別法の借地借家法の借家の規定が重なる
  • 対象は賃貸借
  • タダで貸す使用貸借は対象外

まず、置き場です。建物を貸し借りする契約には、民法の賃貸借の規定が、そのまま当てはまります。その上に、借地借家法の借家の規定が重なります。民法は一般法で、借地借家法は、借りる人を厚く守る特別法です。借地と同じ作りです。対象は、賃貸借です。タダで貸す使用貸借には、借家の規定は当てはまりません。お金を払って借りているから、守る必要が生まれるのです。なお、選挙の期間だけ借りる事務所のように、一時的な使用のためと明らかな賃貸借は、適用が外れます。これは別の回で扱います。始める前に、民法のおさらいを1問です。民法604条は、賃貸借の存続期間の上限を、何年としていましたか?

50年です。それより長く約束しても、50年になります。条文を出します。

条文民法604条

民法第604条 賃貸借の存続期間は、五十年を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、五十年とする。 2 賃貸借の存続期間は、更新することができる。ただし、その期間は、更新の時から五十年を超えることができない。

民法は、上限だけを決めていました。借家では、どうなるでしょうか。

条文借地借家法29条

借地借家法第29条 期間を一年未満とする建物の賃貸借は、期間の定めがない建物の賃貸借とみなす。 2 民法(明治二十九年法律第八十九号)第六百四条の規定は、建物の賃貸借については、適用しない。

読み方です。1項は、期間を1年未満とした契約は、期間の定めがない契約として扱う、という意味です。2項は、民法604条の50年の上限を、借家には使わない、という意味です。無効にはなりません。期間の定めがない契約として扱われます。ここが肝心です。期間の定めがない借家は、大家の側から終わらせるには、解約の申入れと正当な理由が要ります。正当な理由とは、出てもらうだけの事情が大家の側にあることで、中身は4つめの節で見ます。つまり、6か月と書いても、6か月が来たから出ていく義務は、借りる人にはありません。短い約束をすると、借りる人にとって有利になるのです。なお、ちょうど1年は、1年未満ではないので、期間の定めがある契約のままです。なぜ、こう扱うのでしょうか。短い期間を書くことで、借りる人を守る仕組みが働きにくくなるのを防ぐためです。期間の定めがない契約として扱えば、大家が終わらせるには、必ず、解約の申入れと正当な理由という関所を通ることになります。上限も、外れています。50年を超える借家の約束も有効です。

存続期間の比較表。民法=最短の制限なし・最長50年(604条1項)。借地権=最短30年(借3)・最長の制限なし。借家=最短は「1年未満は期間の定めなしとみなす」(29条1項)・最長の制限なし(29条2項)。 図:存続期間の比較表

  • 民法=最短の制限なし・最長50年(604条1項)
  • 借地権=最短30年(借3)・最長の制限なし
  • 借家=最短は「1年未満は期間の定めなしとみなす」(29条1項)・最長の制限なし(29条2項)

3つを並べます。民法は、最短の制限がなく、最長が50年です。借地権は、最短が30年で、最長に制限はありません。借家は、最短の制限の代わりに、1年未満の約束を期間の定めなしにする扱いがあり、最長の制限はありません。年数の1年未満と、上限なしは、覚えてください。

期間の定めがある借家の更新

法定更新の入口。民法619条=更新したものと推定。借家=一定の場合に更新したものとみなす。推定は覆せる、みなすは覆せない。 図:法定更新の入口

  • 民法619条=更新したものと推定
  • 借家=一定の場合に更新したものとみなす
  • 推定は覆せる、みなすは覆せない

ここからが本題です。2年などの期間を決めた借家が、期間の満了を迎える場面です。民法のおさらいを1問です。期間が満了した後も借りた人が使い続け、貸主が知りながら異議を述べないとき、民法619条は、更新を推定するのでしたか、みなすのでしたか?推定でした。反対の事情があれば、覆せます。条文を出します。

条文民法619条1項

民法第619条第1項 賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において、賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第六百十七条の規定により解約の申入れをすることができる。

民法では、期間が来たら、それで終わりが出発点です。使い続けて貸主が黙っていたときに限り、更新を推定します。借家は、一歩進みます。一定の場合に、更新したものと、みなします。借地で見たとおり、推定は、はがせる付箋、みなすは、押したら覆せない判子です。条文を読みます。

条文借地借家法26条

借地借家法第26条 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。 2 前項の通知をした場合であっても、建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において、建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも、同項と同様とする。 3 建物の転貸借がされている場合においては、建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして、建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。

更新の道は2つ(26条)。1項=満了の1年前から6か月前までに更新をしない旨の通知をしなかったとき、更新したものとみなす。2項=通知をしても、満了後に賃借人が使用を継続し、賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったとき、同じく更新したものとみなす。 図:更新の道は2つ

  • 26条
  • 1項=満了の1年前から6か月前までに更新をしない旨の通知をしなかったとき、更新したものとみなす。2項=通知をしても、満了後に賃借人が使用を継続し、賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったとき、同じく更新したものとみなす。

読み方です。更新の道は2つあります。1つめは、1項です。期間の満了の1年前から6か月前までの間に、相手方に、更新をしない旨の通知をしなかったときは、同じ条件で更新したものとみなします。通知の時期は、満了の1年前から6か月前まで、と覚えてください。

更新をしない旨の通知ができる時期。満了の1年前から、満了の6か月前まで。この時期の外に出した通知は、受け付けられなかったのと同じ。 図:更新をしない旨の通知ができる時期

  • 満了の1年前から、満了の6か月前まで
  • この時期の外に出した通知は、受け付けられなかったのと同じ

終わりが6か月前ですから、更新しないと告げられた借りている人にも、満了までには、少なくとも半年が残ります。直前になって更新しないと言われても、すぐには引っ越せません。例えると、受付窓口の営業時間です。更新をしない旨の通知は、この時期にしか受け付けてもらえません。営業時間の外に出した手紙は、受け付けられなかったのと同じです。2つめは、2項です。通知の時期を守って通知をしても、期間が満了した後に、借りている人が使い続け、貸している人が遅滞なく異議を述べなかったときは、1項と同じく、更新したものとみなします。通知をしたから安心、とはなりません。満了後の異議を言い忘れても、更新です。借地の法定更新で見た、使用の継続と遅滞なく異議、という形と同じです。違いもあります。借地のような、借りる側からの更新の請求の道は、借家にはありません。その代わりに、通知の時期の関所が置かれています。補足を3つ言います。1つめ、通知ができるのは、当事者のどちらもです。貸す側だけではなく、借りる側も、更新をしない旨を通知できます。2つめ、条件を変更しなければ更新をしない旨の通知も、同じ扱いです。たとえば、賃料を上げなければ更新しない、という通知です。3つめ、転貸借がある場合の3項は、転借人の使用の継続を、借りている人の使用の継続とみなす規定です。ここで、1問です。満了の3か月前に、更新をしない旨の手紙が来ました。通知の時期の内でしょうか、外でしょうか?

満了の3か月前の通知は期間の外。通知をしなかったのと同じ=26条1項により更新したものとみなす。 図:満了の3か月前の通知は期間の外

外です。通知は、満了の1年前から6か月前までにしなければならないからです。3か月前というのは、6か月前よりも後ですから、外です。外であれば、通知をしなかったのと同じなので、1項により、更新したものとみなされます。

26条による更新のあと。従前の契約と同一の条件(賃料・敷金など)。期間は定めがない(26条1項ただし書)。2年に戻らない=法定更新は当事者が新しい期間を約束したものではない。合意による更新は新しい期間を自由に定められる。 図:26条による更新のあと

  • 従前の契約と同一の条件(賃料・敷金など)
  • 期間は定めがない(26条1項ただし書)
  • 2年に戻らない=法定更新は当事者が新しい期間を約束したものではない
  • 合意による更新は新しい期間を自由に定められる

更新したあとの契約は、従前の契約と同一の条件です。賃料や敷金などの条件は、そのままです。ただし、1項のただし書があります。期間は、定めがないものとなります。2年でもう一度、というふうには、なりません。なぜ、2年に戻らないのでしょうか。法定更新は、当事者が新しい期間を約束したものではありません。法律も、更新後の期間を定めていません。ですから、次に終わらせたいときは、そのつど解約の申入れと正当な理由で決めることになります。借地の回で見たとおり、借地では、更新後の期間が、最初は20年、その後は10年でした。借家は、そうではありません。

期間を決め直す更新も、あります。当事者の合意による更新です。合意なら、新しい期間を自由に定められます。期間の定めがなくなるのは、26条による法定更新の場合です。

期間の定めがない借家の解約申入れ

期間の定めがない借家の入口。民法617条=各当事者がいつでも解約の申入れ。建物は3か月で終了。借地借家法27条=賃貸人からの申入れは6か月で終了。 図:期間の定めがない借家の入口

  • 民法617条=各当事者がいつでも解約の申入れ
  • 建物は3か月で終了
  • 借地借家法27条=賃貸人からの申入れは6か月で終了

次は、期間の定めがない借家です。1年未満の約束がそうなりましたし、更新したあとの借家もそうなります。賃貸借の終わり方の回で、民法617条を読み、土地や建物では借地借家法が貸す側の申入れを強く制限する、とだけ言っておきました。その中身が、ここです。617条から確認します。

条文民法617条

民法第617条 当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。 一 土地の賃貸借 一年 二 建物の賃貸借 三箇月 三 動産及び貸席の賃貸借 一日 2 収穫の季節がある土地の賃貸借については、その季節の後次の耕作に着手する前に、解約の申入れをしなければならない。

民法では、期間の定めがないとき、どちらからでも、いつでも解約の申入れができます。建物なら、申入れから3か月で終わります。借地借家法は、この3か月を、貸す側について延ばしました。

条文借地借家法27条

借地借家法第27条 建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。 2 前条第二項及び第三項の規定は、建物の賃貸借が解約の申入れによって終了した場合に準用する。

読み方です。1項は、賃貸人が解約の申入れをしたとき、申入れの日から6か月たつと、借家が終わる、という意味です。しかも、この申入れには、正当事由が要ります。それを定めるのは27条ではなく、次の節で読む28条です。2項は、準用の規定です。26条の2項と3項を、準用しています。6か月が過ぎたあとも、借りている人が使い続け、貸している人が遅滞なく異議を述べなかったときは、やはり更新です。

解約申入れの非対称。A(賃貸人)からB(賃借人)へ=解約の申入れ。6か月で終了+正当事由が要る。BからA=解約の申入れ。民法617条により3か月で終了。正当事由は要らない。 図:解約申入れの非対称

  • A(賃貸人)からB(賃借人)へ=解約の申入れ
  • 6か月で終了+正当事由が要る
  • BからA=解約の申入れ
  • 民法617条により3か月で終了
  • 正当事由は要らない

向きで比べます。大家のAから借りているBへの申入れは、6か月かかり、正当事由が要ります。借りているBから大家のAへの申入れは、民法617条のとおりで、3か月で終わり、正当事由は要りません。借地借家法には、借りる側からの申入れを定めた条文がないからです。ですから、民法が、そのまま当てはまります。たとえば、期間の定めのない借家で、借りている人が、引っ越したいと申し入れたとします。理由は要りません。3か月たてば終わります。逆に、大家が、建て替えたいと申し入れたとします。6か月待つだけでは足りません。建て替えたい事情が、正当事由にあたると認められる必要があります。数字は、貸す側から6か月、借りる側から3か月です。理由が要るのは、貸す側だけです。

正当事由

正当事由の入口。更新をしない旨の通知と、解約の申入れ。どちらも賃貸人からするときは、正当の事由が要る。賃借人からするときは要らない。 図:正当事由の入口

  • 更新をしない旨の通知と、解約の申入れ
  • どちらも賃貸人からするときは、正当の事由が要る
  • 賃借人からするときは要らない

2つめの関所、理由の関所です。その前に、借地を思い出してください。借地では、地主が更新に異議を述べるとき、何が必要でしたか?正当事由です。借地借家法6条でした。借家にも、同じ考え方の条文があります。

条文借地借家法28条

借地借家法第28条 建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。

読み方です。誰に要るのかを、まず見ます。条文の主語は、賃貸人による通知と、賃貸借の解約の申入れです。ですから、正当事由が要るのは、賃貸人の側だけです。借りている人が、更新しない旨を通知したり、解約を申し入れたりするのに、正当事由は要りません。借りている人は、自由に出ていけます。何を考慮するのかも、条文に並んでいます。

正当事由の比べ方。主=賃貸人と賃借人(転借人を含む)の、建物の使用を必要とする事情。補完=従前の経過・建物の利用状況と現況・財産上の給付をする旨の申出(立退料)。先に主を比べ、足りなければ補完で補う。 図:正当事由の比べ方

  • 主=賃貸人と賃借人(転借人を含む)の、建物の使用を必要とする事情
  • 補完=従前の経過・建物の利用状況と現況・財産上の給付をする旨の申出(立退料)
  • 先に主を比べ、足りなければ補完で補う

4つあります。1つめは、貸す側と借りる側の双方が、建物を使う必要です。これが主です。2つめは、従前の経過です。契約の期間、賃料を払ってきたか、信頼関係、更新のときに借りる人が払う、更新料をめぐる経緯などです。3つめは、建物の利用状況と現況です。使い方や、老朽化の程度、建て替えの必要です。4つめは、立退料のように、財産上の給付をする旨の申出です。例えると、天秤です。皿に、双方の使う必要が載ります。それだけで傾きが決まらないとき、残りの3つが、おもりとして足されます。立退料は、そのうちの小さなおもりです。中心は、あくまで、使う必要です。境目のペアです。大家が、自分の家族が住むために、その部屋が要り、借りている人には、近くに別の住まいがあるとします。大家の必要が大きく、正当事由が認められる方向です。一方、大家が、売って現金にしたいだけで、借りている人は高齢で、他に行き場がないとします。借りている人の必要が上回ります。立退料を積んでも、傾きは、簡単には戻りません。決め手は、どちらが、その建物を使わなければ困るのか、です。

立退料を、解約の申入れのあとから申し出たり、増やしたりしてもよいのか。その点を扱った判例があります。事案から見ます。

立退料の判例の事案。賃貸人が解約を申し入れ、同時に立退料100万円の支払を申し出た。裁判の途中で、相当と認める範囲で増額する用意があると述べ、最後の口頭弁論で300万円に増額する旨を申し出た。争点=申入れの後の申出や増額を、当初の申入れの正当事由の判断で考慮できるか。 図:立退料の判例の事案

  • 賃貸人が解約を申し入れ、同時に立退料100万円の支払を申し出た
  • 裁判の途中で、相当と認める範囲で増額する用意があると述べ、最後の口頭弁論で300万円に増額する旨を申し出た
  • 争点=申入れの後の申出や増額を、当初の申入れの正当事由の判断で考慮できるか

事案です。賃貸人が、賃貸借の解約を申し入れ、同時に、立退料100万円の支払を申し出ました。裁判が進む中で、賃貸人は、裁判所が相当と認める範囲で、立退料を増やす用意があると述べました。そして、2段目の裁判である控訴審の、審理を締めくくる最後の口頭弁論で、立退料を300万円に増やす旨を申し出ました。争点は、解約の申入れのあとに増やした立退料を、正当な理由の判断で考慮してよいか、でした。当時は、借家法の規定の事件でしたが、今の28条に引き継がれています。判旨を読みます。

判例最判平3・3・22 民集45巻3号293頁

申入れの後の立退料の申出も考慮できる 建物の賃貸人が解約の申入れをした場合において、その申入時に借家法一条ノ二に規定する正当事由が存するときは、申入後六か月を経過することにより当該建物の賃貸借契約は終了するところ、賃貸人が解約申入後に立退料等の金員の提供を申し出た場合又は解約申入時に申し出ていた右金員の増額を申し出た場合においても、右の提供又は増額に係る金員を参酌して当初の解約申入れの正当事由を判断することができると解するのが相当である。

読み方です。借家法1条ノ2とは、今の28条の前身にあたる条文です。申入れのあとに、立退料を申し出たり、増額を申し出たりした場合も、その金員を考慮して、最初の解約申入れの正当事由を判断できる、という判断です。理由の骨格は、こうです。立退料は、解約申入れのときの双方の事情を比べた結果、明渡しに伴う損得を調整するために払われるものです。そして、相当な額が具体的に分かるのは、明渡しを求める裁判の審理を通じてです。申入れの時点で額を決め切れ、と求めるのは、現実的ではありません。結論です。この事件では、増やした300万円によって、解約の申入れは、正当事由を備えると認められました。借家は、最初の解約申入れから6か月後に終了しました。増額を申し出たときから6か月ではありません。判断の基準は、あくまで、最初の申入れの時点だからです。一つ、釘を刺します。この判例は、立退料の申出を考慮できる、と言っているだけです。立退料を払えば、必ず明渡しが認められる、とは言っていません。立退料は、補う要素です。ここは、論文で論点になりうるところです。答案では、こう書きます。正当事由は、双方の建物の使用の必要性を主として、従前の経過、利用状況と現況を考慮し、立退料の申出は補完的に考慮して判断します。立退料の申出は、解約申入れの後でも考慮でき、判断は申入れの時点を基準にします。転借人がいる場合の条文も、名前だけ出します。

条文借地借家法34条

借地借家法第34条 建物の転貸借がされている場合において、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときは、建物の賃貸人は、建物の転借人にその旨の通知をしなければ、その終了を建物の転借人に対抗することができない。 2 建物の賃貸人が前項の通知をしたときは、建物の転貸借は、その通知がされた日から六月を経過することによって終了する。

読み方です。賃貸借が終わるとき、賃貸人は、転借人に通知をしなければ、終了を転借人に対抗できません。又貸しの回で、元の賃貸借が期間満了で終わると、大家は原則として転借人に終了を言える、と見ました。建物では、その前に、転借人への通知が要るのです。立ち止まって考えてみましょう。賃貸人から6か月、賃借人から3か月でした。正当事由が要るのは、どちらの申入れでしょうか?賃貸人の側だけです。賃借人が出ていくときには、要りません。もう1問。立退料の申出だけで、正当事由は足りるでしょうか?足りません。中心は、双方の建物を使う必要で、立退料は補う要素だからです。これで、関所が2つそろいました。時期の関所と、理由の関所です。どちらも、終わらせたい大家の側にだけ置かれていて、出ていく側には置かれていません。

更新後の姿と特約、まとめ表

更新後の姿。従前の契約と同一の条件(賃料・敷金など)で続く。ただし期間の定めはない。次に終わらせるときは、27条の解約申入れ(6か月+正当事由)。 図:更新後の姿

  • 従前の契約と同一の条件(賃料・敷金など)で続く
  • ただし期間の定めはない
  • 次に終わらせるときは、27条の解約申入れ(6か月+正当事由)

ここで、更新したあとの姿を整理します。法定更新のあとの契約は、賃料や敷金などは従前と同じ条件で続きます。ただし、期間の定めはありません。次に終わらせるときは、27条の、解約の申入れです。6か月前の申入れと、正当事由が要ります。最後に、特約です。

条文借地借家法30条

借地借家法第30条 この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。

読み方です。この節は、これまで見た存続期間と更新、解約の申入れ、正当事由の規定を含む節です。その規定に反する特約で、借りている人に不利なものは、無効です。借地の9条と同じ作りです。例で確かめます。「期間が満了したら、当然に契約は終了する」という特約は、更新の仕組みに反して借りている人に不利なので、無効です。「正当事由がなくても更新しない」という特約も、無効です。「貸主からの解約申入れは、6か月ではなく3か月でよい」という特約も、借りている人に不利なので、無効です。逆に、借りている人に有利な特約は、有効です。たとえば、「貸主からの解約申入れは、1年前にしなければならない」という特約です。借りている人だけが守られる。これを、借地と同じく、片面的な強行規定と呼びます。

最初から更新のない借家も、作れます。ただし、専用の仕組みを使う必要があります。定期建物賃貸借です。普通の借家の特約では、作れません。方式なども厳しいので、次の回で扱います。

賃貸借の更新等のまとめ表。民法=使用継続+知りながら異議なし→更新を推定(619)・期間の定めなし・正当事由なし。借地権=更新請求+遅滞なく異議なし(5条1項)または使用継続+遅滞なく異議なし(5条2項)→更新とみなす・異議に正当事由(6条)。借家(期間の定めあり)=満了の1年前〜6か月前に更新拒絶の通知なし(26条1項)、または通知したが使用継続+遅滞なく異議なし(26条2項)→更新とみなす・期間の定めなし・賃貸人の通知に正当事由(28条)。借家(期間の定めなし)=賃貸人の解約申入れから6か月で終了(27条1項)・6か月経過後も使用継続+遅滞なく異議なし→更新・期間の定めなし(27条2項)・いずれも賃貸人の解約申入れに正当事由(28条)。 図:賃貸借の更新等のまとめ表

  • 民法=使用継続+知りながら異議なし→更新を推定(619)・期間の定めなし・正当事由なし
  • 借地権=更新請求+遅滞なく異議なし(5条1項)または使用継続+遅滞なく異議なし(5条2項)→更新とみなす・異議に正当事由(6条)
  • 借家(期間の定めあり)=満了の1年前〜6か月前に更新拒絶の通知なし(26条1項)、または通知したが使用継続+遅滞なく異議なし(26条2項)→更新とみなす・期間の定めなし・賃貸人の通知に正当事由(28条)
  • 借家(期間の定めなし)=賃貸人の解約申入れから6か月で終了(27条1項)・6か月経過後も使用継続+遅滞なく異議なし→更新・期間の定めなし(27条2項)・いずれも賃貸人の解約申入れに正当事由(28条)

今日の中身を、民法と借地に並べて、表にします。民法は、使い続けて貸主が知りながら黙っていれば、更新を推定します。正当事由は要りません。借地は、更新を請求するか、使い続けて、地主が遅滞なく異議を述べなければ、更新したものとみなし、異議には正当事由が要ります。借家で期間の定めがあるときは、満了の1年前から6か月前までに更新をしない旨の通知がなければ更新とみなし、通知をしても、満了後に使用を継続して遅滞なく異議がなければ更新とみなします。更新後は期間の定めがなく、賃貸人の通知に正当事由が要ります。期間の定めがないときは、賃貸人の解約申入れから6か月で終了し、6か月が過ぎたあとも使い続けて異議がなければ更新です。いずれも、賃貸人の解約申入れに、正当事由が要ります。

確かめる

確かめるその1。期間を6か月と書いた建物の賃貸借。6か月が来たら、借りている人は出ていく義務があるか。 図:確かめるその1

  • 期間を6か月と書いた建物の賃貸借
  • 6か月が来たら、借りている人は出ていく義務があるか

事例で確かめます。1つめ。期間を6か月とした建物の賃貸借があります。6か月が来たとき、借りている人は、出ていく義務があるでしょうか?

答えその1。1年未満の期間は、期間の定めがないものとみなす(29条1項)。出ていく義務はない。貸主が終わらせるには、6か月前の解約申入れ+正当事由。 図:答えその1

  • 1年未満の期間は、期間の定めがないものとみなす(29条1項)
  • 出ていく義務はない
  • 貸主が終わらせるには、6か月前の解約申入れ+正当事由

ありません。1年未満の期間は、期間の定めがないものとみなされるので、大家が終わらせるには、正当事由のある解約の申入れが要ります。

確かめるその2。期間2年の借家。満了の10か月前に、大家が更新をしない旨を通知した。正当事由はない。借りている人は出なければならないか。 図:確かめるその2

  • 期間2年の借家
  • 満了の10か月前に、大家が更新をしない旨を通知した
  • 正当事由はない
  • 借りている人は出なければならないか

2つめ。期間2年の借家で、満了の10か月前に、大家が、更新をしない旨を通知しました。ただし、正当事由はありません。借りている人は、出なければならないでしょうか?

答えその2。10か月前は通知期間の内。ただし、賃貸人の通知には正当事由が要る(28条)。正当事由がなければ通知は認められず、更新される。 図:答えその2

  • 10か月前は通知期間の内
  • ただし、賃貸人の通知には正当事由が要る(28条)
  • 正当事由がなければ通知は認められず、更新される

出なくてかまいません。10か月前は、通知の時期の内ですが、賃貸人による通知は、正当事由がなければ、することができないからです。時期の関所を越えても、理由の関所が残っています。

確かめるその3。期間の定めがない借家。借りている人が引っ越したいと申し入れた。いつ終わるか。理由は要るか。 図:確かめるその3

  • 期間の定めがない借家
  • 借りている人が引っ越したいと申し入れた
  • いつ終わるか
  • 理由は要るか

3つめ。期間の定めがない借家で、借りている人が、引っ越したいと申し入れました。いつ終わるでしょうか? 理由は、要るでしょうか?

答えその3。借りている人からの申入れは、民法617条により3か月で終了。正当事由は不要。 図:答えその3

  • 借りている人からの申入れは、民法617条により3か月で終了
  • 正当事由は不要

申入れから3か月で終わります。理由は要りません。民法617条が、そのまま当てはまるからです。

確かめるその4。期間2年の借家。満了の8か月前に、正当事由のある更新拒絶の通知があった。満了後も借りている人が住み続け、大家は何も言わなかった。どうなるか。 図:確かめるその4

  • 期間2年の借家
  • 満了の8か月前に、正当事由のある更新拒絶の通知があった
  • 満了後も借りている人が住み続け、大家は何も言わなかった
  • どうなるか

4つめ。期間2年の借家で、満了の8か月前に、正当事由のある更新拒絶の通知がされました。満了後も、借りている人が住み続け、大家は何も言いませんでした。どうなるでしょうか?

答えその4。通知をしても、満了後の使用継続に遅滞なく異議を述べなければ、更新とみなされる(26条2項)。更新後は期間の定めなし。 図:答えその4

  • 通知をしても、満了後の使用継続に遅滞なく異議を述べなければ、更新とみなされる(26条2項)
  • 更新後は期間の定めなし

更新したものとみなされます。通知をしても、満了後の使用の継続に、遅滞なく異議を述べなければ、26条2項により、1項と同じ扱いになるからです。更新後の期間は、定めがありません。通知は、したら終わりではありません。

冒頭の問いの答え合わせ

今日のまとめ。1=借家は1年未満の期間は期間の定めなし・上限なし。2=期間の定めがある借家は、満了の1年前から6か月前までに更新拒絶の通知がなければ更新(26条1項)、通知しても満了後に使用継続+遅滞なく異議なしなら更新(26条2項)。3=期間の定めなしは、賃貸人から6か月・借りる側から3か月。4=正当事由は賃貸人側だけ。5=更新後は期間の定めなし。借りる側に不利な特約は無効。 図:今日のまとめ

  • 1=借家は1年未満の期間は期間の定めなし・上限なし
  • 2=期間の定めがある借家は、満了の1年前から6か月前までに更新拒絶の通知がなければ更新(26条1項)、通知しても満了後に使用継続+遅滞なく異議なしなら更新(26条2項)
  • 3=期間の定めなしは、賃貸人から6か月・借りる側から3か月
  • 4=正当事由は賃貸人側だけ
  • 5=更新後は期間の定めなし
  • 借りる側に不利な特約は無効

今日の話を整理します。借家は、1年未満の期間を定めても、期間の定めがないものとみなされます。上限はありません。期間の定めがある借家は、満了の1年前から6か月前までに更新をしない旨の通知がなければ、更新とみなされます。通知をしても、満了後に使い続け、遅滞なく異議がなければ、やはり更新です。期間の定めがない借家は、貸す側から申し入れるなら6か月、借りる側からの申入れなら3か月で終わります。正当事由が要るのは、貸す側だけです。比べるのは、双方の使う必要が主で、従前の経過、利用状況と現況、立退料の申出が補いです。更新したあとは、期間の定めがない借家になります。借りる側に不利な特約は、無効です。

冒頭の答え合わせ。期間満了の3か月前の手紙は、通知期間(1年前〜6か月前)の外。通知をしなかったのと同じで、26条1項により更新される。時期が合っていても、賃貸人の通知には正当事由が要る。更新後は期間の定めなし。出ていく側は民法617条で3か月・理由不要。 図:冒頭の答え合わせ

  • 期間満了の3か月前の手紙は、通知期間(1年前〜6か月前)の外
  • 通知をしなかったのと同じで、26条1項により更新される
  • 時期が合っていても、賃貸人の通知には正当事由が要る
  • 更新後は期間の定めなし
  • 出ていく側は民法617条で3か月・理由不要

冒頭の問いの答えです。2年契約の満了3か月前に届いた、更新しないという手紙は、通知の時期の外です。通知をしなかったのと同じ扱いで、契約は同じ条件で更新されます。更新後は、期間の定めのない借家です。仮に時期が合っていても、大家が出てもらうには、正当事由が要ります。借りている人が、自分から出ていくときは、理由は要らず、3か月で終わります。出ていけと迫る側にだけ、関所が2つ置かれているのでした。

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#269単独ページ動画

定期建物賃貸借と造作買取請求権

第5章 契約 #269/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「2年で終わり」と書いた契約書

冒頭の設例 2年・更新なしの契約書。建物の持ち主A(大家)と借りているB。AからBへ契約書「2年・更新なし」。BからAへ「2年で必ず出る?」「エアコン代は?」。契約書には「造作の買取りは請求しません」の一文もある。Bは、Aの了解を得てエアコンを付けた。 図:冒頭の設例 2年・更新なしの契約書

  • 建物の持ち主A(大家)と借りているB
  • AからBへ契約書「2年・更新なし」
  • BからAへ「2年で必ず出る?」「エアコン代は?」
  • 契約書には「造作の買取りは請求しません」の一文もある
  • Bは、Aの了解を得てエアコンを付けた

登場人物に記号を付けます。Aが、建物を貸している大家です。Bが、借りている人です。前の回で見たとおり、普通の借家は、大家が出てもらうのに正当事由が要り、更新拒絶の通知をしなければ、法定更新されます。借りている人を守る関所が、大家の側にだけ置かれていました。では、最初から確実に終わる借家は、作れないのでしょうか。作れます。ただし、専用の仕組みと、厳しい方式が要ります。先に、答えの方向を言います。契約書の作り方しだいで、2年で終わることもあれば、出なくてよいこともあります。分かれ目は、契約書とは別の紙で、事前に説明したかどうかです。エアコンのほうは、大家の了解を得て、付けたものですから、買取りを請求できる場面です。ただし、請求しないという約束が有効かどうかが、別に問題になります。最後に、この問いに答えます。

今日の地図(保存版)

今日の地図 5つの柱。1=定期建物賃貸借の4要件(38条1項〜4項)。2=説明を欠いた効果(38条5項)と判例。3=終了の通知(38条6項)と定期借地権との対比。4=造作買取請求権(33条)。5=任意規定(37条)と建物買取請求権との対比。 図:今日の地図 5つの柱

  • 1=定期建物賃貸借の4要件(38条1項〜4項)
  • 2=説明を欠いた効果(38条5項)と判例
  • 3=終了の通知(38条6項)と定期借地権との対比
  • 4=造作買取請求権(33条)
  • 5=任意規定(37条)と建物買取請求権との対比

順番は5つです。1つめ、定期建物賃貸借の4つの要件。2つめ、説明を欠いたときの効果と、判例。3つめ、終了の通知と、定期借地権との比較。4つめ、造作買取請求権。5つめ、その請求を特約で外せるのかという話と、建物買取請求権との比較表です。軸は2本です。1本め、定期借家は、更新がない代わりに、方式が厳しい借家です。借地の定期借地権と、同じ作りです。2本め、造作の買取りは、付け足した設備の精算なので、契約で調整することが許されています。住まいそのものを守る建物買取請求権とは、そこが違います。借地借家法は、個別の法律です。条文の字面を丸暗記する必要はありません。覚えるのは、要件と結論です。

定期建物賃貸借の4要件

定期建物賃貸借(定期借家)の入口。借り手の扱い=普通の借家は正当事由・法定更新で借り手を守る/定期建物賃貸借は更新なしと決められる借家。更新なしの特約=普通の借家は30条により無効/定期建物賃貸借は38条が30条の例外を開き、有効にできる。

普通の借家では、「更新しない」と契約書に書いても、借りている人に不利な特約として、30条により無効でした。この例外を、38条が開きます。更新がないと決められる借家を、定期建物賃貸借と呼びます。以下、定期借家と言います。

条文借地借家法38条1項・2項

借地借家法第三十八条(第一項・第二項) 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には、第二十九条第一項の規定を適用しない。 2 前項の規定による建物の賃貸借の契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その契約は、書面によってされたものとみなして、同項の規定を適用する。

条文借地借家法38条3項〜5項

借地借家法第三十八条(第三項・第四項・第五項) 3 第一項の規定による建物の賃貸借をしようとするときは、建物の賃貸人は、あらかじめ、建物の賃借人に対し、同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない。 4 建物の賃貸人は、前項の規定による書面の交付に代えて、政令で定めるところにより、建物の賃借人の承諾を得て、当該書面に記載すべき事項を電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であって法務省令で定めるものをいう。)により提供することができる。この場合において、当該建物の賃貸人は、当該書面を交付したものとみなす。 5 建物の賃貸人が第三項の規定による説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは、無効とする。

読み方です。1項は、期間の定めがある建物の賃貸借を、書面で契約するときに限り、更新がない旨を定められる、という意味です。3項は、貸す側が、契約の前に、更新がなく期間の満了で終わることを書いた書面を渡して、説明しなければならない、という意味です。5項は、その説明をしなかったら、更新がない旨の定めが無効になる、という意味です。

定期建物賃貸借の4要件。1=期間の定めがある。2=契約の更新がないこととする旨の特約。3=書面で契約する(電磁的記録でもよい・38条2項)。4=あらかじめ、更新がなく期間の満了で終わる旨を記載した書面を交付して説明する(承諾を得た電磁的方法による提供でもよい・38条4項)。4つ揃うと、更新のない借家。 図:定期建物賃貸借の4要件

  • 1=期間の定めがある
  • 2=契約の更新がないこととする旨の特約
  • 3=書面で契約する(電磁的記録でもよい・38条2項)
  • 4=あらかじめ、更新がなく期間の満了で終わる旨を記載した書面を交付して説明する(承諾を得た電磁的方法による提供でもよい・38条4項)
  • 4つ揃うと、更新のない借家

ここが、覚える中心です。要件は4つです。1つめ、期間の定めがあること。2つめ、更新がない旨の特約をすること。3つめ、書面で契約をすること。4つめ、貸す側が、契約の前に、更新がなく期間満了で終わることを書いた書面を渡して、説明することです。補足を3つ言います。1つめ、書面は、公正証書に限りません。ふつうの契約書で足ります。2つめ、電子の契約も、書面とみなされます。3つめ、事前の説明の書面も、借りる人の承諾を得れば、交付の代わりに、電子の提供でかまいません。ここは、紙でも電子でもよい、とだけ押さえてください。期間の定めは、1年未満でもかまいません。普通の借家では、1年未満は期間の定めなしとみなされましたが、1項の後段が、その扱いを外しています。上限もありません。

書面で契約するだけでは、足りません。4つめの要件が、別に必要です。理由は、更新がない借家は、借りている人にとって大きな不利益だからです。普通の借家なら守られる住まいが、期限で必ず失われます。ですから、契約書に署名する前に、その不利益を、別の紙で、はっきり示させるのです。入場券にたとえます。期限の日付が印字してあるだけでは足りず、入口で、「この券は期限が来たら使えません」と書いた紙を渡して、読み上げさせる、という仕組みです。

定期借家が成立する例と成立しない例。AがBに3年で貸す。契約書=例1は更新しない旨を書いた/例2は更新しない旨は契約書にだけ書いてある。契約前の別の紙での説明=例1は「更新がなく3年で終わる」と書いて渡し、説明した/例2は別の紙での説明はない。結論=例1は定期借家が成立、3年が来れば正当事由なしに終わる/例2は4つめの要件が欠ける。 図:定期借家が成立する例と成立しない例

  • AがBに3年で貸す
  • 契約書=例1は更新しない旨を書いた/例2は更新しない旨は契約書にだけ書いてある
  • 契約前の別の紙での説明=例1は「更新がなく3年で終わる」と書いて渡し、説明した/例2は別の紙での説明はない
  • 結論=例1は定期借家が成立、3年が来れば正当事由なしに終わる/例2は4つめの要件が欠ける

境目のペアで考えます。Aが、Bに、3年の約束でマンションを貸します。契約書には、更新しない旨を書きました。そして、契約の前に、Aは、「この契約は更新がなく、3年で終わります」と書いた別の紙をBに渡して、口頭でも説明しました。これは、定期借家です。3年が来れば、Aは、正当事由を示さなくても、終わらせられます。前の回で見た、正当事由と更新拒絶の通知という関所は、出番がありません。一方、同じ契約書でも、別の紙での説明がなければ、4つめが欠けています。決め手は、契約の前に、別の紙で、更新がないことを説明したかどうかです。契約書に何と書いてあるかは、決め手になりません。

説明を欠いた効果と判例

説明を欠いた効果(38条5項)。説明をしなかった=更新がない旨の定めが無効(38条5項)。無効になるもの=「更新がない旨の定め」だけ、賃貸借契約そのものは有効。その後=期間の定めがある普通の借家に戻る、期間満了時は26条(法定更新)・28条(正当事由)が働く。 図:説明を欠いた効果

  • 38条5項
  • 説明をしなかった=更新がない旨の定めが無効(38条5項)。無効になるもの=「更新がない旨の定め」だけ、賃貸借契約そのものは有効。その後=期間の定めがある普通の借家に戻る、期間満了時は26条(法定更新)・28条(正当事由)が働く。

4つめの要件を欠いたら、どうなるのでしょうか。5項の効果です。更新がない旨の定めが、無効になります。無効になるのは、その定めだけです。賃貸借の契約そのものは有効です。つまり、期間の定めがある普通の借家に戻ります。期間が満了しても、通知の時期に更新拒絶の通知がなければ、法定更新です。法定更新されると、その後は、期間の定めのない借家になります。通知をしても、正当事由が要ります。前の回で見た借家の保護が、そのまま働きます。別の紙での説明がなければ、大家さんの請求は、通らない方向です。この点を扱った判例があります。事案から見ます。

判例の事案 5年の賃貸借。賃貸人Aから賃借人Bへ、①5年の賃貸借(契約書に更新なしの条項)、②契約書の原案を送付(Bは検討した)、③期間満了後に明渡請求。契約書は「定期建物賃貸借契約書」と題する書面。別の紙での説明はない。 図:判例の事案 5年の賃貸借

  • 賃貸人Aから賃借人Bへ、
  • ①5年の賃貸借(契約書に更新なしの条項)、
  • ②契約書の原案を送付(Bは検討した)、
  • ③期間満了後に明渡請求
  • 契約書は「定期建物賃貸借契約書」と題する書面
  • 別の紙での説明はない

事案です。賃貸人が、「定期建物賃貸借契約書」という題の書面で、5年の賃貸借をしました。契約書には、更新がなく期間の満了で終了する、という条項がありました。契約の前に、賃貸人は、同じ内容の契約書の原案を賃借人に送り、賃借人は、それを検討していました。しかし、別の紙で説明した事実はありません。期間が終わって、賃貸人は、明渡しを請求しました。2段目の裁判である控訴審は、賃借人が内容を分かっていたのだから、別の紙を渡す必要性は極めて低い、として、賃貸人の請求を認めました。最高裁は、これを是認しませんでした。判旨を読みます。

判例最判平24・9・13 民集66巻9号3263頁

事前説明の書面は契約書とは別個独立でなければならない 以上のような法38条の規定の構造及び趣旨に照らすと,同条2項は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃貸人において,契約書とは別個に,定期建物賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて記載した書面を交付した上,その旨を説明すべきものとしたことが明らかである。 そして,紛争の発生を未然に防止しようとする同項の趣旨を考慮すると,上記書面の交付を要するか否かについては,当該契約の締結に至る経緯,当該契約の内容についての賃借人の認識の有無及び程度等といった個別具体的事情を考慮することなく,形式的,画一的に取り扱うのが相当である。 したがって,法38条2項所定の書面は,賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。

読み方です。判決は、事件当時の条文番号で書かれています。判決の2項は、今の38条3項の、事前の説明の書面にあたります。結論は、事前説明の書面は、賃借人が更新がないことを分かっているかどうかにかかわらず、契約書とは別個独立の書面でなければならない、ということです。決め手は、紛争を防ぐための、形式的で画一的な扱いです。賃借人が分かっていたかどうか、契約までにどんな経緯があったかを、後から個別に争わせると、更新の有無をめぐる争いが絶えません。そこで、別の紙があるかどうかという、外から見て分かる基準に、一本化したのです。この事件では、契約書の原案は、契約書とは別個独立の書面とは言えない、とされました。ほかに、書面を交付して説明した事実もありません。したがって、更新がない旨の定めは無効となり、定期借家ではなく、約定の期間が過ぎた後は、期間の定めのない賃貸借として更新されます。賃貸人の明渡請求は、認められませんでした。逆に、契約書とは別の紙を渡して説明していれば、契約書のほうに同じ条項が書いてあっても、かまいません。先ほどの3年の例が、それです。この判例が退けたのは、契約書や、その原案で、別の紙の代わりにすることです。ここは、論文で論点になりうるところです。立ち止まって考えてみましょう。契約書に「更新しない」と大きく書いてあり、契約の前に、契約書の案も送って読んでもらっていました。ただ、別の紙での説明はしていません。更新がない旨の定めは、有効でしょうか?

無効です。事前の説明の書面は、契約書とは別個独立でなければならず、契約書の案を送っただけでは、足りないからです。無効になるのは、更新がない旨の定めだけで、期間の定めがある普通の借家に戻ります。

終了の通知と定期借地権との対比

終了の通知(38条6項) 満了日が基準。期間内に通知=満了の1年前〜6か月前に通知→満了で終了を対抗できる。期間を過ぎて通知=6か月前を過ぎてから通知→通知の日から6か月後に対抗できる。通知しない=期間が1年以上で通知なし→終了を対抗できない。※普通の借家の26条も1年前〜6か月前だが、通知しないと更新される。 図:終了の通知

  • 38条6項
  • 満了日が基準。期間内に通知=満了の1年前〜6か月前に通知→満了で終了を対抗できる。期間を過ぎて通知=6か月前を過ぎてから通知→通知の日から6か月後に対抗できる。通知しない=期間が1年以上で通知なし→終了を対抗できない。※普通の借家の26条も1年前〜6か月前だが、通知しないと更新される。

4要件が揃えば、更新のない借家です。ここで、もう1つ手順があります。6項の、終了の通知です。期間が1年以上の定期借家では、貸す側は、期間の満了の1年前から6か月前までの間に、借りている人へ、期間の満了で終わる旨を通知しなければなりません。通知をしなければ、終了を借りている人に主張できません。ただし、遅れて通知をした場合は、その通知の日から6か月たてば、主張できます。期間が1年未満なら、この通知は要りません。例で確かめます。2年契約の定期借家で、大家が、満了の3か月前に、はじめて通知したとします。通知の時期の外です。しかし、通知の日から6か月がたてば、終了を主張できます。終わる日は、満了の日ではなく、通知から6か月後です。

条文借地借家法38条6項

借地借家法第三十八条(第六項) 6 第一項の規定による建物の賃貸借において、期間が一年以上である場合には、建物の賃貸人は、期間の満了の一年前から六月前までの間(以下この項において「通知期間」という。)に建物の賃借人に対し期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、その終了を建物の賃借人に対抗することができない。ただし、建物の賃貸人が通知期間の経過後建物の賃借人に対しその旨の通知をした場合においては、その通知の日から六月を経過した後は、この限りでない。

数字は同じでも、効果が違います。普通の借家では、時期に通知をしなければ、契約が更新されます。定期借家では、通知を忘れても、更新はされません。終了を主張できないだけで、遅れても、通知から6か月で終わります。更新がないことそのものは、変わりません。

条文借地借家法38条7項〜9項

借地借家法第三十八条(第七項・第八項・第九項) 7 第一項の規定による居住の用に供する建物の賃貸借(床面積(建物の一部分を賃貸借の目的とする場合にあっては、当該一部分の床面積)が二百平方メートル未満の建物に係るものに限る。)において、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により、建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、建物の賃借人は、建物の賃貸借の解約の申入れをすることができる。この場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から一月を経過することによって終了する。 8 前二項の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。 9 第三十二条の規定は、第一項の規定による建物の賃貸借において、借賃の改定に係る特約がある場合には、適用しない。

定期借家には、ほかにも項があります。7項は、居住用で床面積が200平方メートル未満の定期借家について、転勤や療養、親族の介護などのやむを得ない事情があるとき、借りている人から解約の申入れができ、1か月で終わる、というものです。中途で出ていける道が、借りている人にだけ開かれています。8項は、その6項と7項に反する、借りている人に不利な特約は、無効というものです。借賃の増減に関する9項は、別の回で扱います。

定期建物賃貸借の4要件。1=期間の定めがある。2=契約の更新がないこととする旨の特約。3=書面で契約する(電磁的記録でもよい・38条2項)。4=あらかじめ、更新がなく期間の満了で終わる旨を記載した書面を交付して説明する(承諾を得た電磁的方法による提供でもよい・38条4項)。4つ揃うと、更新のない借家。 図:定期建物賃貸借の4要件

  • 1=期間の定めがある
  • 2=契約の更新がないこととする旨の特約
  • 3=書面で契約する(電磁的記録でもよい・38条2項)
  • 4=あらかじめ、更新がなく期間の満了で終わる旨を記載した書面を交付して説明する(承諾を得た電磁的方法による提供でもよい・38条4項)
  • 4つ揃うと、更新のない借家

ここで、1問です。前の回で見た、普通の借家で、大家が更新を拒むには、何が要りましたか?満了の1年前から6か月前までの通知と、正当事由です。この2つの関所を、定期借家は、最初から外しています。その代わりに、方式が厳しいのです。借地にも、同じ作りの仕組みがありました。

定期借地(一般・借借22条)と定期借家(38条)の対比。期間=50年以上/下限なし(1年未満も可)。用途=制限なし/制限なし(居住用も事業用も可)。方式=書面(公正証書による等・電磁的記録も可)の特約/書面+事前の書面交付と説明。排除できるもの=更新・建物築造による延長・買取請求(13条)/更新(29条1項の1年未満みなしも不適用)。

並べます。一般の定期借地権は、期間が50年以上で、用途の制限はなく、書面の特約で、更新と、建物築造による延長と、買取請求をしないと決められます。定期借家は、期間の下限がなく、1年未満でもかまいません。用途の制限も、ありません。居住用でも事業用でもかまいません。方式は、書面の契約に加えて、事前の書面交付と説明が要ります。違いは2つです。借地は、期間が長い代わりに、事前の説明の規定がありません。借家は、期間の下限がない代わりに、事前の説明が必須で、欠くと更新がない旨の定めが無効になります。更新がない代わりに方式が厳しい、という同じ構図が、借地にも借家にもあります。

造作買取請求権

造作買取請求権の入口(33条)。造作とは=借家人が、貸主の同意を得て、エアコンなど建物に付け足した設備。請求できるとき=借家が終わるとき。請求の中身=貸主に、時価で買い取れと請求できる。 図:造作買取請求権の入口

  • 33条
  • 造作とは=借家人が、貸主の同意を得て、エアコンなど建物に付け足した設備。請求できるとき=借家が終わるとき。請求の中身=貸主に、時価で買い取れと請求できる。

ここからは、冒頭のエアコンの話です。ここで、借地の回を思い出してください。借地が更新されずに終わったとき、借地権者が地主に請求できることは、何でしたか?建物を時価で買い取れ、という請求です。形成権で、13条でした。借家にも、似た権利があります。

条文借地借家法33条

借地借家法第33条 建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳、建具その他の造作がある場合には、建物の賃借人は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときに、建物の賃貸人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができる。建物の賃貸人から買い受けた造作についても、同様とする。 2 前項の規定は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了する場合における建物の転借人と賃貸人との間について準用する。

読み方です。借りている人は、貸す側の同意を得て建物に付け足した、畳や建具などの造作があるとき、借家が期間の満了か解約の申入れで終わるときに、貸す側へ、その造作を時価で買い取れと請求できます。造作は、建物に付け足した設備を言います。エアコンや、作り付けの棚が、あたります。貸す側から買い受けた造作も、同じです。2項は、転借人と貸す側の間にも、準用する、という意味です。覚える中心は、3つです。1つめ、貸す側の同意を得て、付けた造作だけが対象です。同意なしに付けた造作は、対象外です。2つめ、借家が、期間の満了か解約の申入れで終わることです。3つめ、借りている人が、買取りを請求することです。

造作買取請求権の効果。借家人Bが「エアコンを時価で買い取ってください」と意思表示→AとBの間で、エアコンの売買が成立したのと同じ効果が生じる。Aの承諾は不要(形成権)。対象=Aの同意を得て付けた造作だけ。対象外=同意なしに付けたエアコン。 図:造作買取請求権の効果

  • 借家人Bが「エアコンを時価で買い取ってください」と意思表示→AとBの間で、エアコンの売買が成立したのと同じ効果が生じる
  • Aの承諾は不要(形成権)
  • 対象=Aの同意を得て付けた造作だけ
  • 対象外=同意なしに付けたエアコン

効果を言います。この請求は、形成権です。建物買取請求権と同じです。借りている人の一方的な意思表示だけで、造作の売買が成立したのと同じ効果が生じます。貸す側の承諾は要りません。価格は、時価です。具体例です。Bが、Aの了解を得て、エアコンを付けます。賃貸借が期間の満了で終わります。Bが「エアコンを時価で買い取ってください」と意思表示をすれば、AとBの間に、エアコンの売買が成立したのと同じ効果が生じます。Aが「要らない」と言っても、成立します。境目のペアです。Aの了解なしに、Bが勝手に付けたエアコンなら、この請求の対象外です。決め手は、貸す側の同意です。貸す側が了解していない設備まで、時価で買わされるのは、不公平だからです。

取り外して持ち帰ることも、できます。民法の賃貸借の回で見た、収去です。借りている人は、自分が付け足した物を、取り外して持ち帰れます。つまり、買い取らせるか、取り外して持ち帰るか、です。

任意規定と建物買取請求権との対比

37条(強行規定)の対象。31条=対抗力。34条=転借人への通知。35条=借地上の建物の賃借人の保護。33条(造作買取請求権)=この中に入っていない。37条=31条・34条・35条に反する、借り手に不利な特約は無効。

次に、冒頭の問いの、特約の話です。借りている人に不利な特約を無効にする強行規定は、どの条文を守っているのでしょうか。

条文借地借家法37条

借地借家法第37条 第三十一条、第三十四条及び第三十五条の規定に反する特約で建物の賃借人又は転借人に不利なものは、無効とする。

読み方です。37条が守るのは、31条、34条、35条です。33条の造作買取請求権は、入っていません。ですから、造作買取請求権は、任意規定です。「造作の買取りは請求しません」という特約は、借りている人に不利でも、有効です。対比のため、借地側の条文を確認します。

条文借地借家法16条

借地借家法第16条 第十条、第十三条及び第十四条の規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは、無効とする。

建物買取請求権は、13条と14条です。13条は、借地権者が地主に請求するものです。14条は、借地上の建物を買い受けた人が、地主に請求するものです。この16条が、両方を守っています。買取請求はしない、という特約は、借地権者に不利なので、無効です。

建物買取請求権(借地・13条)と造作買取請求権(借家・33条)の対比。場面=借地権の存続期間が満了し、更新がない/借家が期間の満了または解約の申入れで終了。対象=建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物/賃貸人の同意を得て付加した造作。価格=時価/時価。性質=形成権/形成権。特約での排除=できない(16条)/できる(37条の対象外・任意規定)。

表で並べます。建物買取請求権も、造作買取請求権も、価格は時価で、形成権です。違いは、対象と、特約です。建物買取請求権は、借地権が更新されずに終わったときに、建物その他を買い取らせます。造作買取請求権は、借家が期間の満了か解約の申入れで終わったときに、貸す側の同意を得て、付けた造作を買い取らせます。そして、特約での排除は、建物買取請求権はできず、造作買取請求権はできます。補足です。借地の定期借地権では、条文が自分で、買取請求をしない特約を認めていました。借地では、排除するのに、条文の根拠が要ります。借家の造作は、37条に入っていないので、根拠なしに排除できます。立ち止まって考えてみましょう。借りている人に不利な特約でも有効になるのは、建物買取請求権と造作買取請求権のどちらでしょうか?

造作買取請求権です。37条の強行規定に入っていないからです。

造作の代金と明渡し。造作の代金債権=造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権ではない(最判昭29・1・14・民集8巻1号16頁)。代金と造作の引渡し=引換え。明渡しを拒めるか=造作の代金を理由には拒めない(最判昭29・7・22・民集8巻7号1425頁)。建物買取請求権の場合=建物の代金で敷地まで留めておける。 図:造作の代金と明渡し

  • 造作の代金債権=造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権ではない(最判昭29・1・14・民集8巻1号16頁)
  • 代金と造作の引渡し=引換え
  • 明渡しを拒めるか=造作の代金を理由には拒めない(最判昭29・7・22・民集8巻7号1425頁)
  • 建物買取請求権の場合=建物の代金で敷地まで留めておける

最後に、請求したあとの扱いを、担保物権の回と、同時履行の回で見た結論だけ、呼び戻します。留置権は、ある物に関して生じた債権を持つ人が、払ってもらうまで、その物を留めておける権利でした。同時履行の抗弁は、対価になる給付どうしを、引換えにする権利でした。造作の代金は、造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権ではありません。造作の売買で対価になるのも、造作の引渡しで、部屋の明渡しではありません。ですから、造作の代金と、造作の引渡しは、引換えです。しかし、造作の代金を理由に、部屋の明渡しは拒めません。留置権でも、同時履行の抗弁でも同じです。建物買取請求権の場合は、代金が建物そのものの代金なので、建物を留めておけます。建物を留めておけば、その下の敷地も、明け渡さずに済みます。そこが、対比です。

冒頭の問いの答え合わせ

今日のまとめ。1=定期借家の4要件(期間の定め・更新なしの特約・書面・事前の書面交付と説明)。2=説明がないと更新なしの定めは無効→普通の借家。事前説明の書面は契約書とは別個独立(最判平24)。3=期間1年以上は満了の1年前〜6か月前に終了の通知。欠くと対抗できない。4=造作買取請求権は、同意を得た造作だけ・形成権・時価。5=特約で排除できる。建物買取請求権は排除できない。 図:今日のまとめ

  • 1=定期借家の4要件(期間の定め・更新なしの特約・書面・事前の書面交付と説明)
  • 2=説明がないと更新なしの定めは無効→普通の借家
  • 事前説明の書面は契約書とは別個独立(最判平24)
  • 3=期間1年以上は満了の1年前〜6か月前に終了の通知
  • 欠くと対抗できない
  • 4=造作買取請求権は、同意を得た造作だけ・形成権・時価
  • 5=特約で排除できる
  • 建物買取請求権は排除できない

今日の話を整理します。定期借家は、期間の定め、更新がない旨の特約、書面での契約、そして、契約の前に書面を交付する説明の4つが揃って成り立ちます。説明を欠くと、更新がない旨の定めが無効になり、普通の借家に戻ります。その書面は、契約書とは別個独立でなければなりません。期間が1年以上なら、貸す側は、満了の1年前から6か月前までに終了の通知をします。欠くと、終了を主張できません。造作買取請求権は、貸す側の同意を得た造作を、時価で買い取らせる形成権です。特約で排除できます。建物買取請求権は、排除できません。

冒頭の答え合わせ。別の紙での事前説明がある=2年で終わる、1年以上なので満了の1年前〜6か月前に終了の通知が要る。事前説明がない=更新なしの定めは無効→普通の借家、正当事由がなければ出なくてよい。エアコン=同意を得た造作。ただし「請求しません」の特約は有効→買取請求はできない。取り外して持ち出すことはできる。 図:冒頭の答え合わせ

  • 別の紙での事前説明がある=2年で終わる、1年以上なので満了の1年前〜6か月前に終了の通知が要る
  • 事前説明がない=更新なしの定めは無効→普通の借家、正当事由がなければ出なくてよい
  • エアコン=同意を得た造作
  • ただし「請求しません」の特約は有効→買取請求はできない
  • 取り外して持ち出すことはできる

冒頭の問いの答えです。契約の前に、更新がなく2年で終わることを書いた別の紙で説明があり、書面で契約していれば、定期借家です。2年で終わります。正当事由も、法定更新も、出番がありません。ただし、期間が1年以上ですから、大家は、満了の1年前から6か月前までに終了の通知をする必要があります。別の紙での説明が無ければ、更新がない旨の定めは無効です。普通の借家に戻り、正当事由がなければ、出なくてかまいません。エアコンは、大家の了解を得て、付けた造作ですが、買取りを請求しない、という約束は有効です。ですから、買取代金は請求できません。ただし、取り外して持ち帰ることはできます。次の回では、借家の借り手が第三者に対して持つ力と、借賃の増減を見ます。

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#270単独ページ動画

建物賃借権の対抗力と借賃増減額請求権

第5章 契約 #270/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

大家が替わっても出ていかなくてよいか

冒頭の設例 元の大家A、借り手B(鍵を受け取って住んでいる・家賃10万円・2年契約)、建物を買った新しい大家C。CからB「登記がないから出て行ってほしい」「契約書に家賃は減額しないとある。相場が下がっても下げない」。 図:冒頭の設例 元の大家A、借り手B

  • 鍵を受け取って住んでいる・家賃10万円・2年契約
  • 建物を買った新しい大家C。CからB「登記がないから出て行ってほしい」「契約書に家賃は減額しないとある。相場が下がっても下げない」。

登場人物に記号を付けます。Aが、元の大家です。Bが、借りている友人です。Cが、建物を買った、新しい大家です。前の回まで見てきたとおり、借家に住む人は、法定更新、正当事由、そして定期借家の厳しい方式によって、守られています。では、大家が替わったら、どうなるのでしょうか。家賃が、相場とかけ離れたら、どうなるのでしょうか。今日は、この2つを順に見ます。最後に、サブリースの判例を1つ見ます。先に、答えの方向を言います。まず1つめは、借りている人が、何を備えているかで決まります。2つめは、契約の特約を、条文が認めているかで決まります。最後に、この問いに答えます。

建物賃借権の対抗力

借家の対抗力 大家Aが借家人Bに建物を賃貸し、Bは引渡しを受けて住んでいる。AがCに建物を売却し、Cが所有者になる。CからB「出て行ってほしい」。BからC「引渡しを受けているので、出て行かない」。登記はない。 図:借家の対抗力 大家Aが借家人Bに建物を賃貸し、Bは引渡しを受けて住んでいる

  • AがCに建物を売却し、Cが所有者になる
  • CからB「出て行ってほしい」
  • BからC「引渡しを受けているので、出て行かない」
  • 登記はない

Aが、Bに、建物を貸しています。Bは、鍵を受け取って、住んでいます。そこへ、AがCに、その建物を売りました。Cは、Bに、「新しい持ち主は私だ。出て行ってほしい」と言いました。Bは、出て行かなければならないのでしょうか。原則は、前に見た、売買は賃貸借を破る、でした。賃借権は債権で、言える相手は大家だけだからです。しかし、対抗要件を備えていれば、新しい持ち主にも、賃借権を言い張れます。借家の対抗要件は、1つです。

条文借地借家法31条

借地借家法第三十一条 建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。

読み方です。建物の賃貸借は、登記がなくても、建物の引渡しがあれば、その後に建物について物権を取得した人に対して、効力を生じる、という意味です。物権を取得した人の代表が、買って所有者になった人です。覚えるのは、これだけです。借家の対抗要件は、建物の引渡しです。賃借権の登記は、要りません。引渡しとは、鍵を受け取るなどして、建物を使える状態になることでした。31条は、登記がなくても、引渡しがあれば対抗できる、と定めています。境目のペアで確かめます。Bが、鍵を受け取って住んでいれば、AからCに売られても、Bは出て行かなくてかまいません。一方、Bが賃貸借の契約をしただけで、まだ鍵を受け取らず、住んでもいなかったらどうでしょう。引渡しがなく、登記もありませんから、BはCに賃借権を対抗できません。決め手は、引渡しがあったかどうかです。対抗要件を備えていれば、効果は、もう1つあります。建物が売られたとき、大家の地位は、新しい持ち主に、当然に移ります。民法605条の2が、対抗要件の1つとして、この31条を名指ししているからです。細かい点は、不動産賃貸借の第三者との関係の回で見たとおりです。

条文借地借家法37条

借地借家法第三十七条 第三十一条、第三十四条及び第三十五条の規定に反する特約で建物の賃借人又は転借人に不利なものは、無効とする。

読み方です。31条に反する、借りている人に不利な特約は、無効です。たとえば、「建物の引渡しを受けても、新しい持ち主には対抗しない」という約束は、無効です。ここで、1つ覚えておいてください。37条が挙げているのは、31条、34条、35条です。32条は、入っていません。この点は、次の柱で効いてきます。

借賃増減額請求権

借賃増減額請求権(32条)の入口。家賃10万円で借りて数年。周りの似た建物の相場が7万円に下がった。契約では10万円。借り手は減額を請求できるか。3つの原因=租税その他の負担の増減/建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動/近傍同種の建物の借賃との比較。

次は、家賃です。Bが借りている家の家賃は、10万円です。数年たって、近所の似た建物は、7万円ほどに下がりました。それでも、契約では10万円です。Bは、減額を求められるのでしょうか。逆に、相場が上がったら、大家は増額を求められるのでしょうか。

条文借地借家法32条1項

借地借家法第三十二条(第一項) 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。

読み方です。1項は、増減を請求できる場合です。租税などの負担の増減、建物や土地の価格や経済事情の変動、近所の似た建物の借賃との比較。この3つのどれかで、借賃が不相当になったとき、当事者は、契約の条件にかかわらず、将来に向かって、増額か減額を請求できます。過去の分は、さかのぼりません。この請求は、形成権です。借地の地代等の増減請求と、同じです。請求が相手に届いた時点で、借賃は、客観的に相当な額に変わります。請求した額そのものに変わるのではありません。裁判は、その相当な額がいくらかを確かめる手続です。先ほどの例なら、Bが減額を請求し、それが大家に届いた時点から、借賃は、相当な額になります。相当な額が7万円なのか8万円なのかは、話し合いで決まらなければ、裁判で決まります。

条文借地借家法32条2項・3項

借地借家法第三十二条(第二項・第三項) 2 建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。 3 建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。

2項と3項は、争いがある間の払い方です。増額を請求された借り手は、増額を正当とする裁判が確定するまで、自分が相当と認める額を払えば足ります。確定して不足があれば、年1割の利息を付けて払います。減額を請求された大家は、減額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額の請求ができます。超過分は、年1割の利息を付けて返します。借地の地代等と、同じ型です。数字は、暗記しなくてかまいません。

特約の整理。増額しない特約=有効(32条1項ただし書・借り手に有利)。減額しない特約=減額請求を止められない(無効と解されている)。賃料自動増額特約=減額請求を止められない(判例)。1項本文=契約の条件にかかわらず。例外として残るのは増額しない特約だけ。 図:特約の整理

  • 増額しない特約=有効(32条1項ただし書・借り手に有利)
  • 減額しない特約=減額請求を止められない(無効と解されている)
  • 賃料自動増額特約=減額請求を止められない(判例)
  • 1項本文=契約の条件にかかわらず
  • 例外として残るのは増額しない特約だけ

ここで、特約の扱いです。ただし書は、一定の期間、借賃を増額しない旨の特約があれば、その定めに従う、という意味です。借り手に有利な特約は、有効です。たとえば、「5年間は、家賃を上げない」という約束は、有効です。この5年間、大家は、増額を請求できません。逆に、「5年間は、家賃を下げない」という特約は、どうでしょう。1項の本文は、契約の条件にかかわらず請求できる、と書いています。その例外として、条文が残しているのは、増額しない特約だけです。ですから、減額しない特約は無効と解され、減額の請求は止められません。覚えるのは、これです。増額しない特約は増額請求を止めるが、減額しない特約は、減額請求を止められない。

できます。条文が、契約の条件にかかわらず請求できる、と定めているからです。判例も、この条文を、強行法規、つまり当事者が約束で外せない規定だと言っています。判例を2つ見ます。1つめは、借家の事案です。

判例の事案(強行法規①) 浴場の建物の賃貸借。賃貸人Aが賃借人Bに賃料の増額を請求。契約には「賃料は一年毎に両当事者協議の上これを決定する」旨の約定。BはAの一方的な増額はできないと主張。 図:判例の事案

  • 強行法規①
  • 浴場の建物の賃貸借。賃貸人Aが賃借人Bに賃料の増額を請求。契約には「賃料は一年毎に両当事者協議の上これを決定する」旨の約定。BはAの一方的な増額はできないと主張。

事案です。浴場の経営に関する契約で、建物の賃貸借の色彩が濃いものでした。賃貸人が、賃料の増額を請求しました。ところが、契約には、賃料は、一年ごとに両当事者が協議の上で決定する、という約定がありました。そこで、増額は協議で決めるべきで、一方的にはできない、と争われました。最高裁は、こう言いました。

判例最判昭31・5・15 民集10巻5号496頁

協議で決める旨の約定は、借家法7条の適用を排除できない 尤も原判決の確定するところによれば、本件契約においては、賃料名義の額については湯銭の騰落、経費の増減、浴客の多寡等に応じてこれを改訂するものとし、一年毎に両当事者協議の上これを決定すべき旨の約定があるというのであるが、かかる約定の存在は未だもつて借家法七条の適用を否定すべき特別の事情となすに足りない。けだし右約定によつては、賃料の増減につき当事者間に協定が成立しない場合にもなお当事者の右法条による賃料の増減請求権を否定すべきものとした趣旨が窺いえないのみならず、同条は契約の条件いかんにかかわらず借家契約にこれを適用すべき強行法規であることは疑なく、右の如き約定によつてその適用を排除することをえないからである。

読み方です。借家法7条は、今の借地借家法32条の前身です。判決は、その条文は、契約の条件いかんにかかわらず適用される強行法規で、約定によって排除できない、と言いました。2つめは、同じ理屈を、借地について言った判決です。

判例最判昭56・4・20 民集35巻3号656頁

賃料増減請求権の規定は強行法規であって、約定によってもその適用を排除できない ところで、土地の賃貸借契約の当事者は、従前の賃料が公租公課の増減その他の事由により不相当となるに至つたときは、借地法一二条一項の定めるところにより、賃料の増減請求権を行使することができるところ、右の規定は強行法規であつて、本件約定によつてもその適用を排除することはできないものである(最高裁昭和二八年(オ)第八六一号同三一年五月一五日第三小法廷判決・民集一〇巻五号四九六頁参照)。

読み方です。借地法12条1項は、今の借地借家法11条1項の前身です。この判決の約定は、増額の時は協議して定める、というものでした。それでも、賃料増減請求権の規定は強行法規で、約定によっても排除できないとしました。

判例の推論の向き。判例が直接に言っていること=32条1項は強行法規であり、約定によって適用を排除できない(協議条項・賃料自動増額特約の事案)。そこからの推論=減額しない特約があっても減額請求は止められない。注意=減額しない特約を無効と判示した判決ではない。 図:判例の推論の向き

  • 判例が直接に言っていること=32条1項は強行法規であり、約定によって適用を排除できない(協議条項・賃料自動増額特約の事案)
  • そこからの推論=減額しない特約があっても減額請求は止められない
  • 注意=減額しない特約を無効と判示した判決ではない

ここで、答案に効く、正確な言い方を押さえます。2つの判決が直接に言っているのは、この規定は強行法規で、約定によって適用を排除できない、ということです。事案は、協議条項でした。減額しない特約を、無効にした判決ではありません。ですから、こう書きます。判例は、規定を強行法規とする。そこから、減額しない特約があっても、減額請求は止められないと解される。推論の向きを、間違えないでください。32条も、強行法規です。強行規定と強行法規は、同じ意味です。37条に挙がっていなくても、判例は、強行法規としています。そして、条文には、契約の条件にかかわらず、という言葉があります。前の回の33条、造作買取請求権の条文には、この言葉がありません。37条にも入っていないので、特約で外せました。32条は、37条に入っていなくても、条文そのものに、この言葉があるのです。先ほどの2つの判決は、その前身の条文について、強行法規だと言いました。次のサブリースの判決は、32条そのものについて、強行法規だと言っています。ただし、強行法規の例外が1つあります。それが、ただし書の、増額しない特約です。立ち止まって考えてみましょう。大家が、「家賃は5年間、減額しない」という特約を付けていました。相場が下がったとき、借り手は減額を請求できるでしょうか?

できます。減額しない特約があっても、減額請求は止められないからです。逆に、「5年間は増額しない」特約なら、その5年間、大家は増額を請求できません。

定期借家と32条(38条9項)。普通の借家=特約で32条を外せない(強行法規)。定期借家=借賃の改定に係る特約があれば32条を適用しない。32条そのものを外せるのは定期借家だけ(普通の借家で効くのは増額しない特約だけ)。 図:定期借家と32条

  • 38条9項
  • 普通の借家=特約で32条を外せない(強行法規)。定期借家=借賃の改定に係る特約があれば32条を適用しない。32条そのものを外せるのは定期借家だけ(普通の借家で効くのは増額しない特約だけ)。

前の回で、後回しにしていた点を、回収します。定期借家には、32条の例外があります。

条文借地借家法38条9項

借地借家法第三十八条(第九項) 9 第三十二条の規定は、第一項の規定による建物の賃貸借において、借賃の改定に係る特約がある場合には、適用しない。

読み方です。定期借家で、借賃の改定に係る特約があれば、32条は適用されない、という意味です。借賃の改定に係る特約とは、たとえば、契約の期間中、家賃は上げも下げもしない、と決めておく約束です。普通の借家では、特約で32条を外せません。効く特約は、増額しない特約だけです。定期借家だけは、借賃の改定の特約で、32条そのものを外せます。特約が効くかどうかは、条文が許しているかで決まります。

サブリースと借賃増減額請求

サブリース契約 オーナーAがサブリース会社Bに建物を一括賃貸。賃料は3年ごとに直前の賃料の10%相当額を値上げする自動増額特約付き。BはDなどのテナントに転貸。Bが賃料の減額を請求。 図:サブリース契約 オーナーAがサブリース会社Bに建物を一括賃貸

  • 賃料は3年ごとに直前の賃料の10%相当額を値上げする自動増額特約付き
  • BはDなどのテナントに転貸
  • Bが賃料の減額を請求

32条は、サブリースにも適用されるのか、という判例があります。サブリースとは、会社が建物を丸ごと借りて、各部屋を入居者に又貸しする形のことでした。事案です。オーナーAが建てたビルを、不動産賃貸等を目的とする会社Bが、全館を一括して借りました。Bは、責任と負担で、テナントに転貸します。賃料は、建物の竣工時から3年を経過するごとに、直前の賃料の10%相当額を値上げする、という自動増額特約が付いていました。Aは、この契約を前提とした収支予測のもとで、建築資金として、Bから敷金の預託を受け、金融機関から融資を受けて、ビルを建てています。のちにBは、賃料の減額を請求しました。

合意した自動増額を、後から崩せるのかが、争点です。判決は、2段で答えています。1つめ、自動増額特約があっても、減額を請求できるか。2つめ、請求できるとして、減額が認められるか、いくらが相当かを、何で決めるか。カードの第1審原告がオーナーのA、第1審被告が会社のBです。

判例最判平15・10・21 民集57巻9号1213頁

賃料自動増額特約があっても、賃料増減額請求権の行使は妨げられない (1)前記確定事実によれば,本件契約における合意の内容は,第1審原告が第1審被告に対して本件賃貸部分を使用収益させ,第1審被告が第1審原告に対してその対価として賃料を支払うというものであり,本件契約は,建物の賃貸借契約であることが明らかであるから,本件契約には,借地借家法が適用され,同法32条の規定も適用されるものというべきである。本件契約には本件賃料自動増額特約が存するが,借地借家法32条1項の規定は,強行法規であって,本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁参照),本件契約の当事者は,本件賃料自動増額特約が存するとしても,そのことにより直ちに上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使が妨げられるものではない。

読み方です。この契約は、建物の賃貸借契約だから、借地借家法が適用され、32条も適用される。32条1項は強行法規で、自動増額特約があっても、適用を排除できない。ですから、特約があるからといって、減額請求ができなくなるわけではない、という意味です。結論は、サブリース契約にも32条が適用される、です。そして、自動増額特約があっても、減額請求は止められません。ここで、注意があります。減額を請求できることと、減額が認められることは、別です。ここから、2つめの答えです。

判例最判平15・10・21 民集57巻9号1213頁

賃料額決定の経緯等を十分に考慮して、減額請求の当否と相当賃料額を判断する そして,上記のとおり,この減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,本件契約において賃料額が決定されるに至った経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情,とりわけ,当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場との関係(賃料相場とのかい離の有無,程度等),第1審被告の転貸事業における収支予測にかかわる事情(賃料の転貸収入に占める割合の推移の見通しについての当事者の認識等),第1審原告の敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情等をも十分に考慮すべきである。

読み方です。減額請求の当否と相当な賃料額は、賃料額が決まった経緯、自動増額特約が付いた事情、約定賃料額と賃料相場の関係、転貸事業の収支予測にかかわる事情、敷金や借入金の返済の予定にかかわる事情などを、十分に考慮して判断する、という意味です。なぜ、そこまで考えるのか。Aは、この賃料と自動増額特約を前提に、Bから敷金を預かり、金融機関から借りて、ビルを建てました。それを無視して相場だけで決めると、当事者の間の公平に反するからです。整理します。減額が認められるか、いくらが相当かは、当事者が賃料額の決め手にした事情を、十分に考慮して決まります。請求は自由にできても、結果は、事情しだいです。

冒頭の問いの答え合わせ

冒頭の答え合わせ。新しい大家Cの請求「登記がないから出て行け」=Bは引渡しを受けているので31条で対抗できる。「減額しない特約」=32条1項は強行法規・減額請求は止められない。減額請求が届いた時点から借賃は相当な額に(相当額は別に確かめる)。 図:冒頭の答え合わせ

  • 新しい大家Cの請求「登記がないから出て行け」=Bは引渡しを受けているので31条で対抗できる
  • 「減額しない特約」=32条1項は強行法規・減額請求は止められない
  • 減額請求が届いた時点から借賃は相当な額に(相当額は別に確かめる)

冒頭の問いの答えです。まず、新しい大家のCから、登記がないから出ていけ、と言われた点です。Bは、鍵を受け取って住んでいます。建物の引渡しがありますから、31条で、Cに賃借権を対抗できます。出ていく必要はありません。次に、家賃です。契約書に、減額しない特約があっても、減額の請求は止められないと解されます。判例が、32条1項を強行法規としているからです。Bが減額を請求し、それが届いた時点から、借賃は、相当な額に変わります。ただし、相当な額が、相場の7万円と同じとは限りません。いくらが相当かは、話し合いで決まらなければ、裁判で確かめられます。

今日のまとめ。1=借家の対抗要件は建物の引渡し(31条・登記は要らない)。2=借賃増減額請求権は形成権・将来に向かう。請求を止められる特約は増額しない特約だけ。判例は32条を強行法規とし、減額しない特約でも減額請求は止められないと解される。3=サブリースにも適用。 図:今日のまとめ

  • 1=借家の対抗要件は建物の引渡し(31条・登記は要らない)
  • 2=借賃増減額請求権は形成権・将来に向かう
  • 請求を止められる特約は増額しない特約だけ
  • 判例は32条を強行法規とし、減額しない特約でも減額請求は止められないと解される
  • 3=サブリースにも適用

今日の話を整理します。1つめ、借家の対抗要件は、建物の引渡しです。登記は要りません。2つめ、借賃増減額請求権は、将来に向かう形成権で、請求を止められる特約は、増額しない特約だけです。判例は32条を強行法規とし、そこから、減額しない特約があっても、減額請求は止められないと解されます。3つめ、サブリースにも適用されます。ただし、減額の当否と相当額は、賃料額が決まった経緯などを、しっかり考慮して決まります。では、借りていた本人が亡くなったら、その家はどうなるのでしょうか。

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#271単独ページ動画

建物賃借人の死亡と同居人の保護

第5章 契約 #271/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

夫の名義で借りた家に住み続けられるか

冒頭の設例 20年連れ添った内縁の夫が亡くなった。借りていた家の契約者は夫。大家A、亡くなった夫B、内縁の妻C、前妻の子D(相続人)。AからC「契約者が亡くなったので出て行ってほしい」。DからC「父の借家の権利は相続人の自分のものだ、出て行ってくれ」。 図:冒頭の設例 20年連れ添った内縁の夫が亡くなった

  • 借りていた家の契約者は夫
  • 大家A、亡くなった夫B、内縁の妻C、前妻の子D(相続人)
  • AからC「契約者が亡くなったので出て行ってほしい」
  • DからC「父の借家の権利は相続人の自分のものだ、出て行ってくれ」

登場人物に記号を付けます。Aが、大家です。Bが、借りていて亡くなった夫です。Cが、内縁の妻です。Dが、Bの前妻の子で、相続人です。前の回では、借家人は、建物の引渡しで新しい大家に対抗でき、家賃が相場とずれたら、増額や減額を請求できると見ました。では、借りた本人が亡くなったら、どうなるのでしょうか。今日は、この場面を見ます。そのあとで、借家の規定が働かなくなる例外を、ひとつ見ます。先に、答えの方向を言います。大家のAから出て行けと言われた場合と、相続人のDから出て行けと言われた場合とでは、Cが使う理屈が違います。誰から請求されたかで、構成が変わります。最後に、この問いに答えます。

相続人でない同居人の保護

賃借権は相続される。896条=相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。借家人Bが死亡→相続人Dが賃借権を相続。同居人が相続人(婚姻届のある配偶者・子)なら、相続した賃借権で居住を続けられる。内縁の妻Cは婚姻届がない→配偶者ではなく相続人でもない。賃借人でもない。 図:賃借権は相続される

  • 896条=相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する
  • 借家人Bが死亡→相続人Dが賃借権を相続
  • 同居人が相続人(婚姻届のある配偶者・子)なら、相続した賃借権で居住を続けられる
  • 内縁の妻Cは婚姻届がない→配偶者ではなく相続人でもない
  • 賃借人でもない

冒頭の問いに戻ります。まず、前提を確認します。賃借人が死亡すると、賃借権は、どうなるでしょうか。民法896条は、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する、と定めています。賃借権も、相続の対象です。ですから、同居人が相続人であれば、相続した賃借権で、住み続けられます。たとえば、婚姻届を出した妻や、子です。問題は、相続権のない同居人です。内縁の妻は、婚姻届がありませんから、民法上の配偶者ではなく、相続人にもなりません。賃借人でもありません。出発点は、賃借人でも相続人でもない、ということです。

同居人保護の3行表。誰から明渡しを請求されたか→同居人の使う法律構成。賃貸人から=相続人が承継した賃借権を援用して拒む。相続人から=権利の濫用(1条3項)で拒む。相続人がいない=借地借家法36条で同居人が賃借人の権利義務を承継する。 図:同居人保護の3行表

  • 誰から明渡しを請求されたか→同居人の使う法律構成
  • 賃貸人から=相続人が承継した賃借権を援用して拒む
  • 相続人から=権利の濫用(1条3項)で拒む
  • 相続人がいない=借地借家法36条で同居人が賃借人の権利義務を承継する

結論から言います。覚えるのは、3行表です。大家から明渡しを請求されたら、同居人は、相続人が承継した賃借権を援用して、つまり、引き合いに出して、拒みます。相続人から請求されたら、援用は使えません。権利の濫用で拒みます。そして、相続人がいなければ、36条で、同居人が賃借人の権利義務を承継します。1行ずつ、見ていきます。

同居人保護の関係図。大家A、亡くなった借家人B、同居の内縁の妻C、相続人D。AからC「出て行ってほしい」→CはDの賃借権を援用。DからC「出て行ってほしい」→権利の濫用。相続人がいない→CがBの賃借人の地位を承継(36条)。 図:同居人保護の関係図

  • 大家A、亡くなった借家人B、同居の内縁の妻C、相続人D
  • AからC「出て行ってほしい」→CはDの賃借権を援用
  • DからC「出て行ってほしい」→権利の濫用
  • 相続人がいない→CがBの賃借人の地位を承継(36条)

まず、1行めです。大家のAから、出て行けと言われた場合です。ここでは、援用という言葉を使います。時効の援用と言葉は同じですが、ここでの援用は、他人の権利を引き合いに出して、自分の立場の根拠にすることです。Dが相続した賃借権に乗って、大家に、住む権利を言い張る、ということです。判例を3つ見ます。1つめは、事実上の養子の事案です。亡くなった人は、琴の師匠でした。被上告人は、その人の内弟子として、同じ家に住んでいました。年を経るにつれて、2人の間柄は、師弟というより、事実上の母子の関係になりました。その人が亡くなったときには、別に相続人がいましたが、親族一同の了承のもと、被上告人が喪主として葬儀を行い、遺産はそのまま被上告人の所有と認め、祭祀も被上告人が受け継ぎました。大家は、明渡しを求めました。判決はこうです。

判例最判昭37・12・25 民集16巻12号2455頁

家族共同体の一員は、賃借権を援用して居住する権利を対抗できる 亡Dの有していた本件家屋の賃借権は、同人の死亡による相続により、原判示E外五名の相続人等に承継された旨の原審の判断は正当である。また、原審が確定したところによれば、被上告人は、昭和一七年四月以来琴師匠のDの内弟子となつて本件家屋に同居してきたが、年を経るに従い子のなかつたDは、被上告人を養子とする心組を固めるにいたり、晩年にはその間柄は師弟というよりはまつたく事実上の母子の関係に発展し、周囲もこれを認め、D死亡の際も、別に相続人はあつたが親族一同諒承のもとに、被上告人を喪主として葬儀を行わせ、Dの遺産はすべてそのまま被上告人の所有と認め、同人の祖先の祭祀も被上告人が受け継ぎ行うこととなり、Dの芸名Fの襲名も許されたというのであり、叙上の事実関係のもとにおいては、被上告人はDを中心とする家族共同体の一員として、上告人に対しDの賃借権を援用し本件家屋に居住する権利を対抗しえたのであり、この法律関係は、Dが死亡し同人の相続人等が本件家屋の賃借権を承継した以後においても変りがないものというべきであり、結局これと同趣旨に出た原審の判断は、正当として是認できる。

読み方です。賃借権は、相続人らが承継した。そのうえで、同居していた被上告人は、家族共同体の一員として、賃貸人に対し、亡くなった人の賃借権を援用して、家に居住する権利を対抗できた。この関係は、相続人が賃借権を承継した後も、変わらない、という意味です。

内縁の妻(昭42・2)。内縁の妻は相続人の賃借権を援用して居住を主張できる。ただし相続人と並ぶ共同賃借人にはならない(内縁の妻は賃借人ではない)。 図:内縁の妻

  • 昭42・2
  • 内縁の妻は相続人の賃借権を援用して居住を主張できる。ただし相続人と並ぶ共同賃借人にはならない(内縁の妻は賃借人ではない)。

2つめは、内縁の妻の事案です。

判例最判昭42・2・21 民集21巻1号155頁

内縁の妻は相続人の賃借権を援用できるが、共同賃借人となるわけではない 原判決(引用の第一審判決を含む。以下同じ。)が確定した事実関係のもとにおいては、上告人A1は亡Dの内縁の妻であつて同人の相続人ではないから、右Dの死亡後はその相続人である上告人A2ら四名の賃借権を援用して被上告人に対し本件家屋に居住する権利を主張することができると解すべきである(最高裁昭和三四年(オ)第六九二号、同三七年一二月二五日第三小法廷判決、民集一六巻一二号二四五五頁参照)。しかし、それであるからといつて、上告人A1が前記四名の共同相続人らと並んで本件家屋の共同賃借人となるわけではない。したがつて、Dの死亡後にあつては同上告人もまた上告人A2ら四名とともに本件家屋の賃借人の地位にあるものというべきであるとした所論原判示には、法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならない。

読み方です。内縁の妻は、相続人ではありません。しかし、相続人の賃借権を援用して、家に居住する権利を主張できる。ただし、だからといって、相続人と並んで、共同賃借人になるわけではない、という意味です。ここが、答案の要です。援用は、相続人の賃借権に乗って居座ることです。同居人自身が、賃借人になるのではありません。

内縁の夫(昭42・4)。唯一の相続人が行方不明・生死不明でも、死亡の確証がなければ相続人が賃借権を相続承継。内縁の夫は家族共同体の一員としてその賃借権を援用できる。 図:内縁の夫

  • 昭42・4
  • 唯一の相続人が行方不明・生死不明でも、死亡の確証がなければ相続人が賃借権を相続承継。内縁の夫は家族共同体の一員としてその賃借権を援用できる。

3つめは、内縁の夫の事案です。前半は、相続人についての判断です。

判例最判昭42・4・28 民集21巻3号780頁

唯一の相続人が行方不明でも、死亡の確証がなければ賃借権の相続承継を認めるほかない 本件家屋の賃借人Dには唯一の相続人として姉E(明治二八年二月二五日生)があり、EはDの死亡当時行先不明で生死も判然としないことが認められるけれども、Eがその頃すでに死亡していたとの確証がない本件では、Dの死亡によりEが遺産相続人として本件家屋の賃借権を相続承継したと認めるほかはない旨の原判決の判断は、その挙示する証拠関係から肯認することができる。

読み方です。賃借人の唯一の相続人は姉で、死亡当時、行き先不明で、生死も分かりませんでした。しかし、すでに死亡していたという確証がないので、姉が賃借権を相続承継したと認めるほかない、という意味です。相続人が行方不明でも、死亡の確証がなければ、賃借権は、その相続人が相続したものとして扱われます。続いて、後半です。内縁の夫の扱いが述べられます。

判例最判昭42・4・28 民集21巻3号780頁

内縁の夫は、家族共同体の一員として賃借権を援用できる さらに、Dは昭和一五年八月七日上告人から本件家屋を賃借したものであること、被上告人は、Dの内縁の夫であり、昭和二六年九月から本件家屋に同棲して互に扶け合い、Dが病床につき昭和三七年七月五日死亡するまでの約三年間は同人の面倒をみてきたものであり、D死亡後もひきつづき本件家屋に居住していることは、原判決の適法に確定するところである。以上の事実関係のもとにおいては、被上告人はDの家族共同体の一員として、上告人に対し、同人の賃借権を援用し本件家屋に居住する権利を対抗しえたのであり、この法律関係は同人が死亡し、その相続人が本件家屋の賃借権を承継した以後においても特別の事情のないかぎり変りがないというべきであるから(昭和三七年一二月二五日第三小法廷判決、集第一六巻第一二号二四五五頁参照)、結局これと同趣旨に出た原判決の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

読み方です。同棲して面倒をみてきた内縁の夫は、家族共同体の一員として、賃貸人に対して、その賃借権を援用して居住する権利を対抗できた。この関係は、相続人が賃借権を承継した後も、特別の事情のないかぎり、変わらない、という意味です。判決の言葉で確かめます。1つめの判決は、内弟子として長く同居し、事実上の母子となり、喪主も祭祀も任された、という事実を並べました。3つめの判決は、同棲して扶け合い、病床の面倒をみてきた、という事実を並べました。そのうえで、どちらも、亡くなった人を中心とする家族共同体の一員として、賃借権を援用し、居住する権利を、大家に対抗できた、と述べています。判決は、こうした事実関係のもとでは、と断っています。同じ家にいたというだけで足りる、とは述べていません。そして、居座れる根拠は、相続人が承継した賃借権です。相続人が賃借権を持っている間は、特別の事情が無い限り、その賃借権に乗った同居人にも、大家は、出て行けと言えません。あとで見る36条は、相続人がいない場合に、事実上の夫婦や養親子と同様の関係にあった同居者へ、賃借人の地位を引き継がせます。条文が承継で守る同居者も、判例が援用で守る同居人と、よく似た関係の人です。

相続人DからCへの請求。援用は使えない(乗る先の賃借権を持つ本人が請求者)。→権利の濫用(1条3項)で拒む。 図:相続人DからCへの請求

  • 援用は使えない(乗る先の賃借権を持つ本人が請求者)
  • →権利の濫用(1条3項)で拒む

次は、2行めです。相続人のDから、出て行けと言われた場合です。同じ援用ではだめなのですか?だめです。援用は、相続人の賃借権に乗る構成でした。ところが、いま出て行けと言っているのは、その賃借権を相続した本人、つまり相続人のDです。乗る先の本人から請求されて、その人の賃借権に乗ることはできません。そこで、別の理屈が必要になります。それが、権利の濫用です。

判例の事案(相続人からの請求・冒頭の借家とは別の事案) 亡夫の所有家屋に内縁の妻が居住。相続人は亡夫の養子で、離縁することに決定していたが戸籍上の手続前に亡夫が死亡。相続人が所有権に基づき明渡しを請求。相続人に使用する差し迫った必要はない。妻は子女が独立前で、明け渡すと家計上相当重大な打撃。 図:判例の事案

  • 相続人からの請求・冒頭の借家とは別の事案
  • 亡夫の所有家屋に内縁の妻が居住。相続人は亡夫の養子で、離縁することに決定していたが戸籍上の手続前に亡夫が死亡。相続人が所有権に基づき明渡しを請求。相続人に使用する差し迫った必要はない。妻は子女が独立前で、明け渡すと家計上相当重大な打撃。

事案です。注意があります。この判決の事案は、借りていた家ではなく、亡くなった夫が所有していた家です。内縁の妻が、夫の死後も、その所有家屋に住み続けました。相続人は、夫の養子で、家庭内の不和のため、離縁することに決まっていましたが、戸籍上の手続をする前に、夫が亡くなっていました。相続人は、妻に、家屋の明渡しを請求しました。相続人に、その家屋を使わなければならない、差し迫った必要はありません。一方、妻の側では、子女がまだ独立して生計を営むに至らず、家屋を明け渡すと、家計上、相当重大な打撃を受けるおそれがありました。

判例最判昭39・10・13 民集18巻8号1578頁

相続人の本件建物明渡請求は、権利の濫用として許されない しかして、上告人および被上告人間の身分関係、本件建物をめぐる右両者間の紛争のいきさつ、右両者の本件建物の各使用状況およびこれに対する各必要度等の事情につき、原審がその挙示の証拠により確定した事実関係に照らせば、被上告人に対する上告人の本件建物明渡請求が権利の濫用として許されない旨の原審の判断は、正当として肯認するに足りる。

読み方です。両者の身分関係、紛争のいきさつ、建物の使用状況と必要度などの事情に照らせば、相続人の明渡請求は、権利の濫用として許されない、という原審の判断は正当だ、という意味です。権利の濫用は、第1章で見た、民法1条3項です。権利の濫用は、これを許さない、とあります。注意が2点あります。まず、この判決は、所有家屋の事案です。賃借建物で相続人から請求されたときも、援用は使えないので、この枠組みを当てはめて考えます。判例が、賃借建物で直接そう判示したのではありません。次に、この判決は、内縁の妻に、居住権が認められたと言った判決でもありません。相続人の請求が、権利の濫用にあたるから、許されないと言っただけです。境目のペアで考えます。相続人に、その家を使う差し迫った必要がなく、妻が出ていくと生活が立ち行かないなら、請求は止められます。逆に、相続人にその家を使う差し迫った必要があり、妻の側に出ていけない事情が乏しいなら、止められる余地は小さくなります。決め手は、双方の事情の比べ合わせです。

この回で見る枠組みでは、相続人本人に対しては、援用が使えず、権利の濫用で止めます。誰から請求されたかで、拒む手が変わります。ここまでが、相続人がいる場合です。

相続人がいない場合(36条)の要件と効果。要件=①居住の用に供する建物の賃借人が相続人なしに死亡②婚姻・縁組の届出はないが、事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者③相続人なしに死亡したことを知った後一月以内に反対の意思を表示しない。効果=同居者が賃借人の権利義務を承継(債権債務も帰属)。

3行めです。相続人が1人もいない場合です。大家も相続人もいる、というこれまでの場面とは違います。乗る先の相続人が、いません。この場合は、条文があります。

条文借地借家法36条

借地借家法第三十六条 居住の用に供する建物の賃借人が相続人なしに死亡した場合において、その当時婚姻又は縁組の届出をしていないが、建物の賃借人と事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者があるときは、その同居者は、建物の賃借人の権利義務を承継する。ただし、相続人なしに死亡したことを知った後一月以内に建物の賃貸人に反対の意思を表示したときは、この限りでない。 2 前項本文の場合においては、建物の賃貸借関係に基づき生じた債権又は債務は、同項の規定により建物の賃借人の権利義務を承継した者に帰属する。

読み方です。1項本文は、居住用の建物の賃借人が相続人なしに死亡し、そのとき婚姻や縁組の届出はないが、事実上の夫婦や養親子と同様の関係にあった同居者がいれば、その同居者が賃借人の権利義務を承継する、という意味です。ただし書は、相続人なしに死亡したことを知った後、1か月以内に、賃貸人に反対の意思を表示すれば、承継しない、という意味です。2項は、賃貸借関係に基づく債権や債務も、承継した人に帰属する、という意味です。要件は3点です。まず、居住用の建物の賃借人が、相続人なしに死亡したこと。次に、届出はないが、事実上の夫婦または養親子と同様の関係にある同居者がいること。最後に、ただし書の、反対の意思表示が、1か月以内にされないことです。境目のペアです。婚姻の届出を出していれば、配偶者は相続人です。この条文の出番は、ありません。届出のない内縁の配偶者や、縁組の届出のない事実上の養子が、この条文の対象です。

承継した人が、払います。2項が、賃貸借に基づく債権と債務は承継した人に帰属する、と書いています。家賃を払う債務も、承継した人が負います。承継したくなければ、ただし書を使います。相続人なしを知ってから1か月以内に、大家へ反対の意思を表示すれば、承継しません。

援用と承継の対比。援用(相続人がいる)=同居人は賃借人にならず、相続人の賃借権に乗って居座るだけ・共同賃借人ではない(判例)。承継(相続人がいない)=同居人が賃借人の地位そのものを承継・債権債務も帰属(36条)。たとえ=援用は同乗、承継は運転席の譲り受け。 図:援用と承継の対比

  • 援用(相続人がいる)=同居人は賃借人にならず、相続人の賃借権に乗って居座るだけ・共同賃借人ではない(判例)
  • 承継(相続人がいない)=同居人が賃借人の地位そのものを承継・債権債務も帰属(36条)
  • たとえ=援用は同乗、承継は運転席の譲り受け

ここで、答案のつまずきを整理します。援用と承継は、違います。援用は、相続人がいる場合です。同居人は、賃借人になりません。相続人の賃借権に、乗せてもらって居座るだけです。乗り物にたとえると、同乗です。承継は、相続人がいない場合です。同居人が、賃借人の地位そのものを引き継ぎます。運転席を譲り受けるのと同じで、家賃を払う義務も、一緒に引き継ぎます。立ち止まって考えてみましょう。相続人から出て行けと言われた内縁の妻が、賃借権の援用を使えないのは、なぜでしょうか?援用は、相続人の賃借権に乗る構成ですが、請求しているのが、その賃借権を相続した相続人本人だからです。そこで、権利の濫用で止めます。誰から請求されたかで、使う構成が変わる。これが、1つめの柱の答えです。ここは、論文で論点になりうるところです。なお、内縁の配偶者の居住を、共有や使用貸借から基礎づける話は、別の回で扱います。

一時使用目的の建物の賃貸借

一時使用目的の建物の賃貸借(40条)。借家の規定(章全体)=一時使用のために賃貸借をしたことが明らかな場合は適用しない。更新・正当事由・対抗力(31条)・増減額請求(32条)・造作買取・承継(36条)すべて適用なし。例=博覧会の会期中の売店用建物は一時使用。通常の1年契約のアパートは期間が短いだけでは一時使用とは言えない。 図:一時使用目的の建物の賃貸借

  • 40条
  • 借家の規定(章全体)=一時使用のために賃貸借をしたことが明らかな場合は適用しない。更新・正当事由・対抗力(31条)・増減額請求(32条)・造作買取・承継(36条)すべて適用なし。例=博覧会の会期中の売店用建物は一時使用。通常の1年契約のアパートは期間が短いだけでは一時使用とは言えない。

2つめの柱です。ここまでの36条を含む借家の章の規定が、まるごと外れる例外です。

条文借地借家法40条

借地借家法第四十条 この章の規定は、一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合には、適用しない。

読み方です。この章の規定は、一時使用のために建物を賃貸借したことが、明らかな場合には、適用されない、という意味です。この章とは、借地借家法の、借家の章のことです。今日見た36条だけでなく、これまでの回で見た、更新、正当事由、対抗力、借賃の増減額請求権、造作買取請求権も、すべて外れます。外れたあとは、借地借家法の特別扱いが無くなり、民法の賃貸借の規定で扱われます。覚えるのは、一時使用が明らかなら、借家の規定は全部、適用されない、です。境目のペアです。博覧会の会期中だけ使う売店用の建物の賃貸借は、一時使用のために貸したことが明らかです。借家の規定は、適用されません。会期が終われば、法定更新も正当事由もなく、終わります。一方、通常の、1年契約のアパートは、期間が短いだけでは、一時使用のためだと明らかとは言えません。借家の規定が、適用されます。決め手は、一時使用のためだと、明らかかどうかです。全部外れないと、どうなるかを、売店で確かめます。借家の規定が働けば、期間が満了しても、大家の側からは、正当事由がなければ終わらせられません。会期のあいだだけ貸す約束どおりには、終わらなくなります。40条は、一時使用のためだと明らかな賃貸借を、借家の規定の外に置いています。

一時使用の借地(25条)と借家(40条)の対比。借地=一部の規定だけ適用除外(3条〜8条・13条・17条・18条・22条〜24条。14条は適用あり)。借家=章全体が適用除外。

借地にも、一時使用の規定がありました。同じですか?違います。借地の一時使用は、25条です。借地の回で、守るべき大きな投資が無いので、更新や買取請求は要らない、と見ました。それでも外れるのは、一部の規定だけです。借家で同じ場面を定めるのは、40条です。借家の章全体が、外れます。借地は一部、借家は全部、と覚えてください。

冒頭の問いの答え合わせ

冒頭の答え合わせ。大家Aから請求=前妻の子D(相続人)が相続した賃借権を援用して拒める。DからCへの請求=援用は使えない、権利の濫用(1条3項)で拒む。Dもいない(相続人なし)=36条でCが賃借人の権利義務を承継(反対の意思表示は知って1か月以内)。 図:冒頭の答え合わせ

  • 大家Aから請求=前妻の子D(相続人)が相続した賃借権を援用して拒める
  • DからCへの請求=援用は使えない、権利の濫用(1条3項)で拒む
  • Dもいない(相続人なし)=36条でCが賃借人の権利義務を承継(反対の意思表示は知って1か月以内)

冒頭の問いの答えです。内縁の妻Cは、賃借人でも、相続人でもありません。まず、大家のAから出て行けと言われた場合です。Bの賃借権は、前妻の子Dが相続しています。Cは、Dが承継した賃借権を援用して、住み続ける権利を、Aに言えます。次に、前妻の子のDから出て行けと言われた場合です。Dこそ、賃借権を持つ本人ですから、援用は使えません。権利の濫用で、拒みます。Dに、その家を使う差し迫った必要がなく、Cの側に、出ていけない事情があるなら、止められます。そして、もしDのような相続人が1人もいなければ、36条です。CがBの賃借人の権利義務を承継します。承継を望まなければ、相続人なしを知ってから1か月以内に、大家へ反対の意思を表示します。

今日のまとめ。1=相続人でない同居人は、誰から請求されたかで構成が変わる(賃貸人から=援用・相続人から=権利の濫用・相続人がいない=36条の承継)。援用は共同賃借人になるのではない。2=一時使用が明らかなら借家の規定は全部適用なし(借地25条は一部)。 図:今日のまとめ

  • 1=相続人でない同居人は、誰から請求されたかで構成が変わる(賃貸人から=援用・相続人から=権利の濫用・相続人がいない=36条の承継)
  • 援用は共同賃借人になるのではない
  • 2=一時使用が明らかなら借家の規定は全部適用なし(借地25条は一部)

今日の話を整理します。まず、相続人でない同居人は、誰から請求されたかで構成が変わります。大家からなら援用。相続人からなら権利の濫用。相続人がいなければ、36条の承継です。援用は、相続人の賃借権に乗るだけで、同居人が賃借人になるわけではありません。承継は、賃借人の地位そのものを引き継ぎます。次に、一時使用が明らかなら、借家の規定は、全部適用されません。借地の一時使用は、一部だけでした。最後に、借地借家法の全体を、一言で振り返ります。賃借権は債権ですが、対抗要件を備えると、物権に近づきます。備えた賃借人は、占有を妨害する第三者に妨害の停止を、占有している第三者に返還を、直接請求できます。借り手が第三者に邪魔されたときの道として見た、民法605条の4です。借地では、借地権の譲渡や転貸に、地主の承諾の代わりに裁判所の許可を求められます。借地を人に譲る場面で見た、借地借家法19条です。債権の弱さを、法律が少しずつ補っている、というのが、借地と借家の全体の見取り図です。

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#272単独ページ動画

雇用と請負の意義

第5章 契約 #272/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

同じ「注文」は同じ契約か

冒頭の設例 工房Aにダイニングテーブルを注文した2人。B=自分の木材を持ち込んだ客。C=工房の木材で作ってもらった客。BもCも「テーブルを作ってほしい」と頼んだ。2人の契約は同じ種類か。 図:冒頭の設例 工房Aにダイニングテーブルを注文した2人

  • B=自分の木材を持ち込んだ客
  • C=工房の木材で作ってもらった客
  • BもCも「テーブルを作ってほしい」と頼んだ
  • 2人の契約は同じ種類か

登場人物に記号を付けます。Aが、工房です。Bが、自分の木材を持ち込んだ客です。Cが、工房の木材で作ってもらった客です。見た目は同じ注文ですが、結論を先に言うと、2人の契約は、同じ種類とは限りません。分かれ目は、材料が誰のものか、です。この問いには、後半で答えます。ここまで、賃貸借で、物を使わせる契約を見てきました。今日からは、人の働きを約束する契約に移ります。そのうち、今日は、雇用と請負を取り上げます。

雇用の意義

雇用(623条)。使用者=報酬を与える側。労働者=労働に従事する側。約束の内容=労働に従事すること+報酬を与えること。性質=諾成・双務・有償。継続的契約=解除は将来に向かってのみ効力を生ずる(630条→620条)。 図:雇用

  • 623条
  • 使用者=報酬を与える側。労働者=労働に従事する側。約束の内容=労働に従事すること
  • 報酬を与えること。性質=諾成・双務・有償。継続的契約=解除は将来に向かってのみ効力を生ずる(630条→620条)。

雇用の条文から読みます。

条文民法623条

民法第六百二十三条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

読み方です。雇用は、一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がその報酬を与えることを約すると、効力が生じる、という意味です。労働に従事する側を労働者、報酬を与える側を使用者と呼びます。働くこと自体を約束する、ということです。たとえば、1日8時間、事務所で事務作業をします、と約束する。約束の中身は、働くことそのものです。その結果、会社の売上がどれだけ伸びたかは、約束の中身ではありません。ここが、あとで見る請負との分かれ目になります。雇用は、継続的契約です。賃貸借と同じで、働くという状態が一定期間続きます。だから、解除をしても、効力は将来に向かってのみ生じます。民法630条が、賃貸借の620条を、雇用に準用しているからです。解除の効果が過去にさかのぼらないという点は、契約の解除で見た、将来効の再利用です。

雇用の規律は労働法が主役

雇用の周辺地図 主役は特別法。民法623条〜631条のうち押さえるのは3つだけ。主役=特別法の労働契約法・労働基準法。例=労働契約法16条(解雇は客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当でなければ無効)・労働基準法20条(解雇は少なくとも30日前に予告)。注意=労働法は別の科目で学ぶ。 図:雇用の周辺地図 主役は特別法

  • 民法623条〜631条のうち押さえるのは3つだけ
  • 主役=特別法の労働契約法・労働基準法
  • 例=労働契約法16条(解雇は客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当でなければ無効)・労働基準法20条(解雇は少なくとも30日前に予告)
  • 注意=労働法は別の科目で学ぶ

ここで、雇用の規律の位置づけを確認します。労働者は、使用者に使われる立場です。対等な当事者を前提にした民法の規定だけでは、足りません。そこで、労働契約法や労働基準法といった特別法が、雇用の規律の主役になっています。労働法は、民法とは別の科目で学ぶ領域です。この回では、中身には入りません。前に見た安全配慮義務も、雇用契約の付随義務として、労働契約法5条に書かれていました。

民法で押さえる雇用の3条文。624条の2=履行の割合に応じた報酬。625条2項=第三者を働かせるには承諾。627条=期間の定めのない雇用の解約の申入れ=いつでも・申入れから2週間。 図:民法で押さえる雇用の3条文

  • 624条の2=履行の割合に応じた報酬
  • 625条2項=第三者を働かせるには承諾
  • 627条=期間の定めのない雇用の解約の申入れ=いつでも・申入れから2週間

民法の雇用の規定は、623条から631条にあります。この回では、そのうち押さえるものを、3つに絞ります。1つめは、624条の2です。労働者は、使用者の側に原因がない事情で働けなくなったとき、または、雇用が履行の中途で終了したときには、既にした履行の割合に応じて、報酬を請求できます。たとえば、月の半ばに台風で職場が壊れて働けなくなったなら、働いた半月分の報酬を請求できます。一方、原因が使用者の側にある、つまり使用者に帰責事由があって働けなくなったときは、536条2項で、働けなかった残りの分も含めて、賃金を請求できました。使用者が勝手に店を閉めて、働かせなかった場合です。分かれ目は、働けなくなった原因が、使用者の側にあるかどうかです。原因が無ければ、働いた分だけ。原因があれば、働けなかった分まで請求できます。2つめは、627条1項です。期間を定めなかった雇用は、各当事者が、いつでも解約の申入れができ、申入れの日から2週間で終了します。ただし、使用者の側から解雇する場面では、特別法が修正しています。労働基準法20条は、解雇は少なくとも30日前の予告を求めています。労働契約法16条は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない解雇を、無効としています。民法の、いつでも、2週間、という文言のままでは終わりません。3つめは、625条2項です。労働者は、使用者の承諾を得なければ、自己に代わって第三者を労働に従事させることができません。この規定は、あとで、請負と比べるときに使います。

雇用の中身は、労働法で学ぶ。民法では、この3つの条文が何を決めているかを、押さえておけば足ります。

雇用・委任・請負の比べ方

債務の分類の復習。結果債務=結果の実現自体が内容。手段債務=結果に向けた注意・努力が内容。問い=債務者は契約で何を引き受けたか。 図:債務の分類の復習

  • 結果債務=結果の実現自体が内容
  • 手段債務=結果に向けた注意・努力が内容
  • 問い=債務者は契約で何を引き受けたか

ここで、前に見た債務の分類を思い出しましょう。医者が患者に約束しているのは、病気が治ることでしょうか。それとも、治すための注意と努力を尽くすことでしょうか?治すための注意と努力を尽くすことだと思います。手段債務でした。結果の実現自体が内容となる債務が、結果債務です。結果に向けた注意と努力が内容となる債務が、手段債務です。雇用や、これから見る請負も、この見方で整理できます。比べる前に、問いを1つ出します。雇った人が一生懸命働いたのに、会社の売上は出ませんでした。一方、注文した家具が、いつまでたってもできあがりませんでした。約束を果たしていないといえるのは、どちらでしょうか?

家具ができあがらなかったほうだと思います。売上は、雇った人が頑張ったかどうかとは別の話だからです。家具の注文は請負で、約束の中身が仕事の完成だからです。では、表で整理します。

雇用・委任・請負の3行比較表。軸=①労務提供者の地位②約束の内容。雇用=使用者に従属(指示のもとで働く)/労務の提供そのもの。委任=ある程度独立/労務の提供そのもの(本体は別の回)。請負=ある程度独立/仕事の完成。区別の効果は、結果が出なかったときに表れる。 図:雇用・委任・請負の3行比較表

  • 軸=①労務提供者の地位②約束の内容
  • 雇用=使用者に従属(指示のもとで働く)/労務の提供そのもの
  • 委任=ある程度独立/労務の提供そのもの(本体は別の回)
  • 請負=ある程度独立/仕事の完成
  • 区別の効果は、結果が出なかったときに表れる

軸は2本です。1本めは、労務を提供する人の地位です。雇用の労働者は、使用者に従属しています。使用者の指示のもとで、働く立場です。請負の請負人は、ある程度独立した立場です。自分のやり方で、仕事を進めます。委任の受任者も、ある程度独立した立場です。委任の本体は、別の回で見ます。2本めは、約束の内容です。雇用は、労務の提供そのものです。全力で働けば、使用者の望んだ結果が出なくても、約束した労働は提供したことになります。請負は、仕事の完成です。完成しなければ、約束を果たしたことになりません。雇用の条文は、労働に従事すること、を約束の中身にしていました。さきほどの債務の分類でいえば、雇用は、医者と同じ手段債務の側です。請負は、完成という結果そのものを約束するので、結果債務の側です。区別の効果は、全力を尽くしたのに、結果が出なかったときに表れます。雇用では、約束した労働を提供していれば、約束を破ったことにはなりません。請負では、完成していなければ、約束を破ったことになります。

成果が出なければ責任は無い、とまでは言えません。雇用の労働者が引き受けたのは、労務の提供です。だから、決められた時間に事務所へ来ないで、働かなかったのなら、売上とは関係なく、約束した労働を提供していないことになります。債務者は契約で何を引き受けたか、が出発点です。雇用の労働者は、労務の提供を引き受けた。請負人は、仕事の完成を引き受けた。この出発点の違いが、表の2本めの軸です。

請負の意義

請負(632条)。請負人=仕事を完成する側。注文者=その結果に対して報酬を支払う側。約束の内容=仕事の完成+その結果への報酬。性質=諾成・双務・有償。典型=オーダー家具・建物の建築・クリーニング・講演・引っ越しの荷造り。 図:請負

  • 632条
  • 請負人=仕事を完成する側。注文者=その結果に対して報酬を支払う側。約束の内容=仕事の完成
  • その結果への報酬。性質=諾成・双務・有償。典型=オーダー家具・建物の建築・クリーニング・講演・引っ越しの荷造り。

請負の条文を読みます。

条文民法632条

民法第六百三十二条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

読み方です。請負は、一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約すると、効力が生じる、という意味です。仕事を完成する側を請負人、報酬を支払う側を注文者と呼びます。仕事の完成とは、注文者が望んだ物や成果が、できあがることです。オーダー家具なら、注文どおりの家具ができあがること。講演なら、決められた日時と場所で、講演が行われること。引っ越しの荷造りなら、荷物が梱包された状態になること。クリーニングや理髪、大工による建物の建築も、請負です。請負の最大の特徴は、労務の提供そのものが目的ではないことです。その先にある、仕事の完成が目的です。雇用が、働くことを約束するのに対して、請負は、完成を約束します。

製作物供給契約

製作物供給契約。定義=注文を受けて、主に自分で用意した材料で物を作り、その物を相手に渡す契約。性質=請負と売買の混合契約(通説)。2つの面=製作の面は請負・供給の面は売買。判断の軸=材料が誰のものか。注文者が材料を持ち込む=純粋な請負。 図:製作物供給契約

  • 定義=注文を受けて、主に自分で用意した材料で物を作り、その物を相手に渡す契約
  • 性質=請負と売買の混合契約(通説)
  • 2つの面=製作の面は請負・供給の面は売買
  • 判断の軸=材料が誰のものか
  • 注文者が材料を持ち込む=純粋な請負

物を作る契約では、請負と売買の境目が問題になります。注文を受けて、主に自分で用意した材料で物を作り、その物を相手に渡す契約があります。これを、製作物供給契約と呼びます。製作物供給契約は、請負と売買の混合契約だと考えるのが、通説です。混合契約とは、複数の契約の性質を併せ持つ契約のことで、前に、エアコンを売って、取付工事も引き受ける契約を、売買と請負の混合契約として見ました。製作する面には請負の規定が、物を供給する面には売買の規定が、働きます。分かれ目は、材料が誰のものか、です。注文者が材料を持ち込んで、製作だけを頼んだ場合は、物を売る面がありません。製作の仕事を完成してもらう契約ですから、純粋な請負です。逆に、製作する人が自分の材料で作り、その物を渡すなら、製作の面と、物を供給する面の両方があります。そこで、混合契約になります。なお、大工が建物を建てる建築の請負は、大工が自分の材料を使うときでも、請負として扱います。家は、注文者の土地の上に建てます。土地まで含めて見ると、家を建てるときのいちばん大きな材料は注文者のもので、注文者が材料を持ち込んだ場合に近い、という説明があります。ただ、やや苦しい理屈だという見方もあります。押さえるのは、建築の請負は請負として扱う、という結論のほうです。

請負人の義務

請負人の義務=仕事の完成+(有形物は)引渡し。講演=決められた日時・場所で最後まで行う。有形物を作る請負=物を完成させたうえで注文者に引き渡すところまで。時系列=①仕事の完成(予定された工程を終える)→②有形物なら引渡し→③報酬は引渡しと同時(633条)。

  • 請負人の義務=仕事の完成+(有形物は)引渡し
  • 講演=決められた日時・場所で最後まで行う
  • 有形物を作る請負=物を完成させたうえで注文者に引き渡すところまで
  • 時系列=①仕事の完成(予定された工程を終える)→②有形物なら引渡し→③報酬は引渡しと同時(633条)

請負人の義務に進みます。請負人は、仕事を完成する義務を負います。ただ、請負人が最後までしなければならないことは、請負の目的によって変わります。講演の請負なら、決められた日時と場所で、講演を最後まで行うことです。有形の物を作る請負なら、物を完成させたうえで、その物を注文者に引き渡すところまでが、請負人のすべきことです。時系列で整理します。まず、予定された工程を終えて、仕事を完成させます。次に、有形物であれば、注文者に引き渡します。そして、報酬は、物の引渡しと同時に支払うことになります。建物ができあがっただけでは、請負人の義務を果たしたことにはなりません。建物を建てただけで、注文者に引き渡していなければ、約束した内容は、まだ果たし終えていません。できあがったことと、請負人の義務を果たしたこととは、別です。有形物の請負では、完成の後に、引渡しがあります。注文者が頼んだのは、できあがった物を、自分の手元で使えるようにしてもらうことだからです。境目のペアで確かめます。注文者のために家を建て、完成した家を注文者に引き渡した。これは、請負人の義務を果たしています。一方、家は完成したけれども、鍵を預かったまま、注文者に渡していない。これは、まだ引渡しが残っています。決め手は、有形物の請負では、引渡しまでが約束の中身だ、という点です。

下請負は原則自由

元請負・下請負の三者図。B=注文者、A=元請負人、D=下請負人。BとAの間=元請負契約。AとDの間=下請負契約。BとDの間に契約はない。 図:元請負・下請負の三者図

  • B=注文者、A=元請負人、D=下請負人
  • BとAの間=元請負契約
  • AとDの間=下請負契約
  • BとDの間に契約はない

請負の約束は、仕事の完成です。請負人自身が手を動かすことは、約束の中身ではありません。だから、請負人は、自分で労務を提供する義務を負いません。請負人の個性が問題になる場合や、特約で禁止された場合を除いて、他の人に仕事をさせても構いません。図で確かめます。冒頭と同じく、Aが仕事を請け負う側、Bが注文者です。新しく、Dを下請負人とします。BとAの契約を、元請負契約と呼び、Aを元請負人と呼びます。AとDの契約を、下請負契約と呼び、Dを下請負人と呼びます。この2つは、別の契約です。BとDの間には、契約がありません。

他の人に仕事を任せることは、原則として、問題ありません。引っ越しの荷造りなら、荷物が梱包されれば、誰が箱に詰めたかは、問いません。講演のように、その人が話すこと自体に意味がある場合は、別です。雇用と比べると、違いがはっきりします。雇用は、労務の提供そのものが約束です。だから、労働者が自分の代わりに他人を働かせるには、使用者の承諾が必要です。さきほど見た、625条2項です。請負は、仕事が完成すれば、誰がやっても構いません。下請負人は、請負人にとって、履行補助者にあたります。履行補助者とは、債務者が自分の債務を履行するために使う第三者のことです。請負人が下請負人を使って、仕事を完成できなかったとします。このとき、請負人が損害賠償の責任を免れるかどうかは、前に見たとおり、契約で何を引き受けたかに照らして判断します。請負人が引き受けたのは、仕事の完成です。そして、誰に手を動かさせるかを決めたのは、請負人自身です。だから、下請負人の落ち度は、判断の中の1つの事情にはなりますが、それを理由に、請負人が当然に免れるわけではありません。補足です。建設工事では、建設業法22条が、請け負った建設工事を、一括して他人に請け負わせることを禁じています。民法では自由でも、特別法が制限しています。

冒頭の問いの答え合わせ

冒頭の答え合わせ。B=自分の木材を持ち込んだ客→工房Aとの契約は純粋な請負。C=工房の木材で作ってもらった客→工房Aとの契約は製作物供給契約(請負+売買)。分かれ目=材料が誰のものか。 図:冒頭の答え合わせ

  • B=自分の木材を持ち込んだ客→工房Aとの契約は純粋な請負
  • C=工房の木材で作ってもらった客→工房Aとの契約は製作物供給契約(請負+売買)
  • 分かれ目=材料が誰のものか

冒頭の問いの答えです。Bは、自分の木材を持ち込みました。工房のAは、製作の仕事を完成すればよく、物を売る面がありません。Aとの契約は、純粋な請負です。Cは、工房の木材で作ってもらいました。製作する面は請負、物を供給する面は売買です。Aとの契約は、製作物供給契約で、請負と売買の混合契約です。分かれ目は、材料が誰のものか、でした。

今日のまとめ。1=雇用は労務の提供そのものが約束・請負は仕事の完成が約束。2=雇用の規律は労働法が主役・民法は624条の2・627条・625条2項を押さえる。3=製作物供給契約は請負と売買の混合契約(材料が誰のものか)。4=請負人は仕事完成義務・有形物は完成の後に引渡し・下請負は原則自由。 図:今日のまとめ

  • 1=雇用は労務の提供そのものが約束・請負は仕事の完成が約束
  • 2=雇用の規律は労働法が主役・民法は624条の2・627条・625条2項を押さえる
  • 3=製作物供給契約は請負と売買の混合契約(材料が誰のものか)
  • 4=請負人は仕事完成義務・有形物は完成の後に引渡し・下請負は原則自由

今日の話を整理します。まず、雇用は、労働に従事することが約束です。請負は、仕事の完成が約束です。この違いは、債務者は契約で何を引き受けたか、で説明がつきます。次に、雇用の規律は、労働契約法や労働基準法が主役で、民法は、624条の2、627条、625条2項が何を決めているかを、押さえておけば足ります。さらに、製作物供給契約は、請負と売買の混合契約で、分かれ目は、材料が誰のものかです。最後に、請負人は、仕事を完成する義務を負います。有形物なら、完成の後に、引渡しがあります。そして、下請負は、原則として自由です。

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#273単独ページ動画

請負の報酬と目的物の所有権の帰属

第5章 契約 #273/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

建てかけの家は誰のものか

冒頭の設例 工務店Aが、Bの土地に家を建てる請負を受けた。材料は全部Aが用意。家は完成したが、代金は半分しか受け取っておらず、鍵も渡していない。契約書に所有権の定めはない。この家は誰のものか。 図:冒頭の設例 工務店Aが、Bの土地に家を建てる請負を受けた

  • 材料は全部Aが用意
  • 家は完成したが、代金は半分しか受け取っておらず、鍵も渡していない
  • 契約書に所有権の定めはない
  • この家は誰のものか

登場人物に記号を付けます。Aが、家を建てる工務店で、仕事を請け負う側です。Bが、土地の持ち主で、家を注文した側です。この問いには、後半の所有権の話で答えます。先に言えるのは、材料を誰が出したかと、代金をどれだけ払ったかで、答えが変わりうる、ということです。前回は、請負とは何かを見ました。請負人は仕事の完成を約束し、有形物なら、完成の後に引渡しがあります。今日は、その続きで、お金と、途中でやめる場面と、できた物の行き先を見ます。

報酬はいつ払うのか

報酬の時系列(633条)。①仕事の完成(先に履行)→②引渡し=報酬の支払(同時履行・533条)。引渡しを要しない請負(講演など)=仕事を終わった後でなければ報酬を請求できない(624条1項を準用)。 図:報酬の時系列

  • 633条
  • ①仕事の完成(先に履行)→②引渡し=報酬の支払(同時履行・533条)。引渡しを要しない請負(講演など)=仕事を終わった後でなければ報酬を請求できない(624条1項を準用)。

最初に、前に見た同時履行の復習です。相手が自分の債務の履行を提供しないうちは、こちらも自分の債務の履行を拒める。この仕組みは何だったでしょうか?同時履行の抗弁権です。民法533条でした。これを使って、請負の報酬の支払時期を見ます。

条文民法633条

民法第六百三十三条 報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第六百二十四条第一項の規定を準用する。

読み方です。本文は、物の引渡しを要する請負では、報酬は引渡しと同時に払う、という意味です。ただし書は、物の引渡しを要しないとき、つまり講演のような請負では、別の条文を借りてくる、という意味です。準用とは、本来は別の場面の条文を、必要な読み替えをして使うことです。借りてくる先の条文は、雇用の624条1項です。

条文民法624条1項

民法第六百二十四条第一項 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。

この条文は、労働者を請負人に、労働を仕事に読み替えます。すると、請負人は、約した仕事を終わった後でなければ、報酬を請求できない、となります。順番は2段階です。まず、請負人の仕事の完成が先です。完成は、報酬より先に済ませる義務で、先履行と呼びます。完成の後に、請負の報酬の支払と、目的物の引渡しが同時になります。同時なので、同時履行の抗弁権が働きます。これが、請負の報酬と引渡しの同時履行です。冒頭の設例で当てはめます。家が完成しました。Bは、鍵の引渡しと引き換えに、代金を払います。Aは、代金を払ってもらうまで、引渡しを拒めます。逆に、講演のように引き渡す物がない請負は、講演を終えたあとで、報酬を請求します。

支払の時期は、契約で別に決めることができます。この条文が決めているのは、契約で特に決めなかったときの順番です。実際の建築では、着手のときや、棟上げ、つまり建物の骨組みが組み上がったときに、代金の一部を払う約束がよくあります。この点は、のちほど所有権の話に関わってきます。

完成しなかったときの報酬

完成しなかったときの報酬(634条)。場面=1号 注文者の責めに帰することができない事由で完成不能/2号 請負が仕事の完成前に解除された。要件=請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受ける。効果=その部分を仕事の完成とみなす。注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求できる。 図:完成しなかったときの報酬

  • 634条
  • 場面=1号 注文者の責めに帰することができない事由で完成不能
  • 2号 請負が仕事の完成前に解除された。要件=請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受ける。効果=その部分を仕事の完成とみなす。注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求できる。

請負の原則は、完成して初めて報酬、でした。では、完成する前に、仕事が続けられなくなったら、請負人は1円ももらえないのでしょうか?完成していなくても、できた分に見合う報酬は認めてよいのではないか。その考え方が、条文になっています。634条です。

条文民法634条

民法第六百三十四条 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。 一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。 二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

読み方です。場面は2つです。1号は、注文者に帰責事由がない事情で、仕事を完成できなくなったとき。2号は、請負が仕事の完成前に解除されたときです。このどちらかで、さらに2つの要件がそろうと、効果が出ます。1つめの要件は、既にした仕事の結果のうち、切り分けられる部分、つまり可分な部分を、注文者が受け取れること。2つめは、それによって、注文者が利益を受けることです。効果は、その部分を仕事の完成とみなして、注文者が受ける利益の割合に応じた報酬を請求できる、というものです。本当は、全体としては完成していません。ただ、その切り分けられる部分は、完成したものとして扱う、ということです。完成した扱いになるので、その部分の報酬を請求できます。

物置3棟の設例(仮の数字)。3棟の物置を代金90万円で請負。2棟を引き渡せる状態にしたところで、地震で敷地が使えなくなった。注文者に原因はない。2棟分=切り分けられ、注文者の役に立つ。注文者が受ける利益の割合が仮に3分の2と評価されれば、報酬は60万円。 図:物置3棟の設例

  • 仮の数字
  • 3棟の物置を代金90万円で請負。2棟を引き渡せる状態にしたところで、地震で敷地が使えなくなった。注文者に原因はない。2棟分=切り分けられ、注文者の役に立つ。注文者が受ける利益の割合が仮に3分の2と評価されれば、報酬は60万円。

設例で確かめます。Aが、Bの敷地に物置を3棟建てる請負を、代金90万円で引き受けました。2棟を引き渡せる状態にしたところで、地震があって、敷地が使えなくなりました。Bに落ち度はありません。2棟分は、1棟ずつ使えるので、切り分けられます。しかもBの役に立ちます。可分で、利益がある、という要件を満たします。報酬の計算には、仮定を置きます。Bが受ける利益の割合が、全体の3分の2と評価されるとします。すると、報酬は60万円です。割合は、利益の割合です。仕事を何割やったか、ではなく、注文者がどれだけ得をするか、で測ります。

注文者が利益を受けない部分は、切り分けられても、報酬の対象になりません。注文者が利益を受けるとき、という要件があるからです。補足です。この規定は、2017年の改正で入りました。以前から判例は、請負が解除された場合でも、注文者が利益を受ける限り、その利益の割合に応じた報酬の請求を認めていました。改正は、その考え方を条文にしたものです。

誰の側の事情か

完成できなくなった原因が誰の側かで分ける。注文者の側にある=536条2項の法意に照らし報酬の全額を請求できる(自己の債務を免れて得た利益は注文者に償還)。注文者に原因がない(634条1号)=可分な部分の利益の割合。完成前の解除(634条2号)=可分な部分の利益の割合。 図:完成できなくなった原因が誰の側かで分ける

  • 注文者の側にある=536条2項の法意に照らし報酬の全額を請求できる(自己の債務を免れて得た利益は注文者に償還)
  • 注文者に原因がない(634条1号)=可分な部分の利益の割合
  • 完成前の解除(634条2号)=可分な部分の利益の割合

では、原因が注文者の側にあったら、どうなるか。その前に、もう1つ、復習をはさみます。債権者に帰責事由があって、債務を履行できなくなったとき、債権者は、反対給付を拒めたでしょうか?

条文民法536条2項

民法第五百三十六条第二項 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

請負に当てはめると、536条2項の債権者は注文者、履行できなくなった債務は請負人が仕事を完成させる債務、反対給付は注文者が払う報酬です。振り分けの軸は1本です。完成できなくなった原因が、誰の側にあるか、です。原因が注文者の側にあるなら、注文者に帰責事由があります。このときは、536条2項の考え方に照らして、請負人は報酬の全額を請求できます。ただし、請負人が仕事をしなくて済んだ分で得た利益は、注文者に返します。注文者に原因がないなら、1号で、可分な部分の利益の割合だけです。双方に落ち度がないとき、一般のルールの536条1項なら、反対給付を拒めました。請負では、1号が、切り分けられる部分を完成とみなすので、その部分の報酬は請求できます。仕事が完成前に解除されたなら、2号で、同じく利益の割合です。

請負では、完成して初めて報酬を請求できるのが原則です。そのため、完成する前に、報酬請求権が生じているという前提で使う536条2項が、そのままは当てはまらない、と説明されます。それでも、完成を妨げたのは注文者自身です。債権者の帰責事由で履行できなくなったら反対給付を拒めない、という2項の考え方は、そのまま当てはまります。だから、条文そのものではなく考え方を借りて、結論は同じく全額が認められます。

定着の問い(振り分け)。物置の設例で、地震で完成できなくなった場合と、Bが工事を妨げて完成できなくなった場合を比べる。 図:定着の問い

  • 振り分け
  • 物置の設例で、地震で完成できなくなった場合と、Bが工事を妨げて完成できなくなった場合を比べる。

ここで1問です。物置の設例で、地震で敷地が使えなくなりました。AにもBにも落ち度はありません。Aの報酬は、どうなるでしょうか?注文者に原因がないので、634条1号です。2棟分の、利益の割合だけで、全額ではないと思います。では、Bが敷地での工事を妨げたせいで、完成できなくなったなら、どうでしょうか?原因が注文者の側にあるので、536条2項の考え方で、全額です。ただし、Aが3棟目の材料費や労力を免れたなら、その利益は、Bに返します。同じ完成不能でも、原因が誰の側にあるかで、全額か、利益の割合かが分かれます。

注文者はいつまでやめられるか

注文者の任意解除(641条)。仕事を完成しない間=いつでも・損害を賠償して解除できる。完成した後=641条では解除できない(引渡し前でも)。タイムライン=工事開始→(ここまで解除可)→完成→(引渡し前でも解除不可)→引渡し・報酬。 図:注文者の任意解除

  • 641条
  • 仕事を完成しない間=いつでも・損害を賠償して解除できる。完成した後=641条では解除できない(引渡し前でも)。タイムライン=工事開始→(ここまで解除可)→完成→(引渡し前でも解除不可)→引渡し・報酬。

次は、注文者のほうから、契約をやめる場面です。

条文民法641条

民法第六百四十一条 請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。

読み方です。請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも、損害を賠償して、契約を解除できる、という意味です。理由も要りません。解除は、前に見た法定解除、つまり契約で決めていなくても、法律の規定で解除権が生まれる場合の一例です。だから条文は、損害を賠償して、という条件を付けています。趣旨は、次のように説明されます。注文者がもう必要としない仕事を、請負人に完成させ続けさせても、注文者にとっても社会にとっても意味がない。そこで、請負人に損失を負わせないことを条件に、解除を認める、という説明です。いつでも、というのは、完成した後も含めるのですか?含みません。条文は、完成しない間、と書いています。完成した後は、641条では解除できません。引渡しの前でも、できあがっていれば、もう解除できないと考えるのが、通説です。引渡しは付随的な義務で、費用もわずかなので、解除を認めても、注文者の利益はほとんどない、と説明されます。境目のペアで確かめます。家の完成前に転勤が決まったBは、損害を賠償して、解除できます。一方、家が完成して、鍵を渡す前に、気が変わったBは、もう641条では解除できません。代金は払います。

完成前の解除ですから、さきほどの634条2号の場面になりえます。既にした仕事のうち、可分な部分で注文者が利益を受けるなら、その部分は割合に応じた報酬になります。なお、委任にも、似た任意解除の仕組みがありますが、それは委任の回で扱います。

できた物は誰のものか ① 特約がないとき

できた物は誰のものか。建物は敷地とは別個の不動産。請負人が製作した完成した建物(建てかけの出来形部分を含む)の所有権は、注文者と請負人のどちらにあるか。 図:できた物は誰のものか

  • 建物は敷地とは別個の不動産
  • 請負人が製作した完成した建物(建てかけの出来形部分を含む)の所有権は、注文者と請負人のどちらにあるか

今日の中心の論点です。建物の建築の請負で、請負人が作った目的物の所有権は、注文者と請負人の、どちらのものになるでしょうか。建物は、敷地とは別の不動産です。完成した家だけでなく、建てかけの出来形部分、つまり工事の途中までにできあがった部分も、同じ問題になります。

材料基準の分岐図。特約があれば特約。特約がなければ、①代金の全額または大半を支払い済み→完成と同時に注文者が原始取得(大判昭18・7・20・最判昭44・9・12)、②そうでなければ材料の提供者で決める。注文者が材料の全部または主要部分を提供→注文者が原始取得(大判昭7・5・9)。請負人が材料の全部または主要部分を提供→請負人がいったん原始取得し、引渡しで注文者が承継取得(大判明37・6・22・大判大3・12・26)。 図:材料基準の分岐図

  • 特約があれば特約
  • 特約がなければ、
  • ①代金の全額または大半を支払い済み→完成と同時に注文者が原始取得(大判昭18・7・20・最判昭44・9・12)、
  • ②そうでなければ材料の提供者で決める
  • 注文者が材料の全部または主要部分を提供→注文者が原始取得(大判昭7・5・9)
  • 請負人が材料の全部または主要部分を提供→請負人がいったん原始取得し、引渡しで注文者が承継取得(大判明37・6・22・大判大3・12・26)

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例の立場)】特約があればそれによる。特約がなければ材料の提供者で決める。注文者が材料の全部または主要部分を提供した→注文者が原始取得。請負人が材料の全部または主要部分を提供した→請負人が原始取得し、引渡しで注文者が承継取得。ただし注文者が代金の全額または大半を支払っていたときは、完成と同時に注文者が原始取得する。 (論文の骨格。これは条文に書かれていない、判例の積み重ねで立てる規範)

判例の立場は、この順番です。まず、特約があれば、それによります。特約がなければ、材料を誰が出したかで決めます。注文者が材料の全部または主要部分を出していたなら、できた物は、注文者が原始取得します。原始取得とは、前の持ち主から譲り受けるのではなく、新しい物ができたときに、はじめから所有権を得ることです。請負人が材料の全部または主要部分を出していたなら、できた物は、請負人がいったん原始取得します。そして、注文者に引き渡すことで、注文者が承継取得します。承継取得とは、前の持ち主から権利を受け継ぐことです。請負人のものになる理由は、報酬を回収しやすくするため、と説明されます。引渡しを拒めることが、報酬を払ってもらうための手元の手段になるからです。ただし、例外があります。注文者が、請負代金の全額または大半を支払っていたときは、材料を誰が出していても、完成と同時に注文者が原始取得します。答案では、完成と同時に注文者が原始取得するとの、黙示の合意があったものと認める、という書き方をします。黙示の合意とは、口に出していなくても、事情から、そう合意していたと見ることです。

払ったお金の割合で、持ち主が変わる理由は何ですか?代金の大半を払ってきた注文者は、完成した物が自分のものになる前提でお金を出してきた、と見るのが自然だからです。決め手は、お金を出してきた人の通常の意思です。では、最高裁の判断を読みます。

判例最判昭44・9・12 集民96号579頁(最高裁判所第二小法廷)

代金の半額以上を棟上げまでに支払った注文者への建物の帰属 原審の適法に確定したところによれば、本件建物を含む四戸の建物の建築を注文した被上告人は、これを請け負つた上告人Aに対し、全工事代金の半額以上を棟上げのときまでに支払い、なお、工事の進行に応じ、残代金の支払いをして来たというのであるが、右のような事実関係のもとにおいては、特段の事情のないかぎり、建築された建物の所有権は、引渡をまつまでもなく、完成と同時に原始的に注文者に帰属するものと解するのが相当であるから、これと同旨の見地に立ち、本件建物の所有権は、昭和三九年三月末以前の、それが建物として完成したと目される時点において被上告人に帰したものとした趣旨と解される原審の判断は正当であつて、この点につき、原判決に所論の違法は認められない。それ故、論旨は採用することができない。

最判昭44・9・12の読み方。注文者=被上告人・請負人=上告人A。全工事代金の半額以上を棟上げの時までに支払い、その後も工事の進行に応じて残代金を支払ってきた→特段の事情のない限り、引渡しを待たず、完成と同時に原始的に注文者に帰属。注意①判決は材料を誰が出したかを書いていない②何割なら大半かの線は引いていない。 図:最判昭44・9・12の読み方

  • 注文者=被上告人・請負人=上告人A
  • 全工事代金の半額以上を棟上げの時までに支払い、その後も工事の進行に応じて残代金を支払ってきた→特段の事情のない限り、引渡しを待たず、完成と同時に原始的に注文者に帰属
  • 注意①判決は材料を誰が出したかを書いていない②何割なら大半かの線は引いていない

読み方です。判決文では、注文者が被上告人、請負人が上告人Aと書かれています。注文者は、全工事代金の半額以上を、棟上げまでに払い、その後も、工事の進行に応じて、残りを払ってきました。この事実関係のもとでは、特段の事情がない限り、建物の所有権は、引渡しを待たずに、完成と同時に、はじめから注文者のものになる、と判断しました。注意点が2つあります。1つめは、この判決は、材料を誰が出したかを書いていないことです。ですから、請負人が材料を出した事件だ、とは言えません。材料基準の原則に対する、代金の支払という例外を示した判決として、位置づけます。2つめは、半分が大半にあたるか、という線です。判決は、割合の線を引いていません。半額以上を棟上げまでに払い、その後も進行に応じて払っていた事案で、注文者のものと認めた、という判断です。

境目の具体例。材料の軸=Bが材料を全部用意→はじめからBのもの(注文者が原始取得)。代金の軸=Aが材料・Bの支払いは着手時の1割だけ→大半とはいえない→原則どおり引渡しまでAのもの。半分が大半にあたるかは事案ごとの判断。 図:境目の具体例

  • 材料の軸=Bが材料を全部用意→はじめからBのもの(注文者が原始取得)
  • 代金の軸=Aが材料・Bの支払いは着手時の1割だけ→大半とはいえない→原則どおり引渡しまでAのもの
  • 半分が大半にあたるかは事案ごとの判断

答えは、最後にまとめて出します。ここでは、順番だけ確かめます。特約はありません。材料はAが出しました。すると、原則では、完成した家は、まずAのものです。ただし、Bが代金の大半を払っていたなら、例外で、完成と同時にBのものになります。半分が大半かどうかは、事案ごとの判断です。例えば、木材も設備も、Bが全部用意して、Aは工事だけを引き受けたとします。材料の提供者はBなので、完成した家は、はじめからBのものです。逆に、材料はAが出し、Bが払ったのが着手のときの1割だけなら、大半とはいえないので、原則どおり、引渡しまではAのものです。以前、建前、つまり、まだ独立の不動産に至っていない建てかけの状態のものを、第三者が仕上げた事件で、加工の規定、246条で決めました。あれは、第三者が仕上げた場面です。今日は、注文者と請負人の間で、特約や、材料の提供者で、まず決まる場面です。

有力説との比較。判例=材料基準(請負人が材料を出せば請負人のもの)。有力説=注文者帰属説(どちらが材料を出しても注文者が原始取得)。理由①請負人は敷地の利用権がなく、所有権を得ても敷地の無権原占有を理由に収去を求められる運命で実益が乏しい。理由②注文者のものでも、請負人は同時履行の抗弁権(533条)・留置権(295条)・不動産工事の先取特権(327条・338条)で報酬を回収しやすくできる。 図:有力説との比較

  • 判例=材料基準(請負人が材料を出せば請負人のもの)
  • 有力説=注文者帰属説(どちらが材料を出しても注文者が原始取得)
  • 理由①請負人は敷地の利用権がなく、所有権を得ても敷地の無権原占有を理由に収去を求められる運命で実益が乏しい
  • 理由②注文者のものでも、請負人は同時履行の抗弁権(533条)・留置権(295条)・不動産工事の先取特権(327条・338条)で報酬を回収しやすくできる

学説にも、有力な考え方があります。注文者帰属説です。材料を誰が出しても、できた建物は、注文者が原始取得する、という説です。理由は2つです。1つめは、請負人が建物の所有権を得ても、敷地を使う権利がありません。敷地の持ち主である注文者から、建物を取り壊せと求められれば、従うほかなく、所有権を認める実益が乏しいことです。2つめは、建物が注文者のものでも、請負人は、同時履行の抗弁権、留置権、不動産工事の先取特権といった手段で、報酬を回収しやすくできるので、不都合がないことです。留置権と先取特権は、担保物権の回で見ました。比べ方は、こうです。判例は、材料を出した人のものです。有力説は、いつも注文者のものです。答案では、判例の立場を書き、有力説への目配りまで、で足ります。

できた物は誰のものか ② 一括下請負と特約

3者図。B=注文者、A=元請負人、D=下請負人。BとAの間=元請契約(中途で解除されたときの出来形部分は注文者Bの所有とする約定)。AとDの間=下請契約(工事を一括して下請け)。BとDの間=契約なし。Dが自分の材料で建前まで築造。Aが倒産し、BがAとの契約を解除。 図:3者図

  • B=注文者、A=元請負人、D=下請負人
  • BとAの間=元請契約(中途で解除されたときの出来形部分は注文者Bの所有とする約定)
  • AとDの間=下請契約(工事を一括して下請け)
  • BとDの間=契約なし
  • Dが自分の材料で建前まで築造
  • Aが倒産し、BがAとの契約を解除

ここからは、下請負が入った場面です。記号は前回と同じです。Bが注文者、Aが元請負人、Dが下請負人です。設例です。Bは、Aに家の建築を請け負わせました。AとBの契約には、中途で解除されたときの出来形部分は、注文者Bの所有とする、という約定がありました。ところが、Aは、この工事を、Dに一括して、つまり工事を丸ごと、下請けさせました。前回見たとおり、建設業法22条は一括下請負を禁じていますが、ここで問うのは、できた物が誰のものか、という民法の問題です。Dは、自分の材料で、建前まで築きました。その後、Aが倒産し、Bは、Aとの契約を解除しました。

自分で材料を出して作った下請負人が、元請契約の特約に縛られるのか。ここが問題です。特約は、AとBの間の約束です。契約の当事者でないDに、効力が及ぶのか。契約は当事者だけを拘束する、という原則との関係です。結論を、最高裁の判決で確かめます。

判例最判平5・10・19 民集47巻8号5061頁(最高裁判所第三小法廷)

元請契約の出来形部分の所有権に関する約定は、一括下請負人にも及ぶ 建物建築工事請負契約において、注文者と元請負人との間に、契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定がある場合に、当該契約が中途で解除されたときは、元請負人から一括して当該工事を請け負った下請負人が自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り、当該出来形部分の所有権は注文者に帰属すると解するのが相当である。けだし、建物建築工事を元請負人から一括下請負の形で請け負う下請契約は、その性質上元請契約の存在及び内容を前提とし、元請負人の債務を履行することを目的とするものであるから、下請負人は、注文者との関係では、元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず、注文者のためにする建物建築工事に関して、元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはないからである。

最判平5・10・19の読み方。元請契約に「中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する」約定→一括下請負人が自ら材料を提供して出来形部分を築造しても→注文者と下請負人の間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り、注文者に帰属。理由=下請負人は、注文者との関係では、元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず、元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはない。 図:最判平5・10・19の読み方

  • 元請契約に「中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する」約定→一括下請負人が自ら材料を提供して出来形部分を築造しても→注文者と下請負人の間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り、注文者に帰属
  • 理由=下請負人は、注文者との関係では、元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず、元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはない

読み方です。元請契約に、中途で解除された際の出来形部分は注文者のものとする約定があり、契約が中途で解除されたときは、一括下請負人が自分の材料で作っていても、注文者と下請負人の間に格別の合意があるなど、特段の事情がない限り、出来形部分は注文者のものになる、という結論です。決め手は、理由の部分です。一括下請契約は、元請契約の存在と内容を前提にして、元請負人の債務を履行するための契約です。だから下請負人は、注文者との関係では、元請負人のいわば履行補助者的立場にすぎず、元請負人と異なる権利関係を主張できる立場にない、と言いました。前回、下請負人は履行補助者だと見ました。履行補助者とは、債務者が自分の債務を履行するために使う第三者のことです。Dは、Aの債務、つまりBの家を建てる債務を果たすために動いているだけです。そのAは、特約に縛られて、出来形部分を自分のものだとBに言えません。だからDも、Bとの関係では、Aと違う権利関係、つまり自分のものだ、とは言えない、という筋です。境目のペアで輪郭をつかみます。AB間に出来形部分は注文者のものという約定があり、Dが一括下請負で自分の材料で作った。これは、Bのものです。一方、BとDの間で、出来形部分はDのものとする、といった格別の合意があったなら、特段の事情にあたりえます。この場合は、結論が変わりえます。

最判平5・10・19の事実関係(あてはめの事情)。注文者は一括下請負を承諾していない・元請の倒産まで下請契約の存在を知らなかった・解除前に出来形部分の価格の2倍以上を元請負人に支払っていた→特段の事情はうかがえない。原審=特約は下請負人を拘束しない・246条で償金→最高裁が破棄。 図:最判平5・10・19の事実関係

  • あてはめの事情
  • 注文者は一括下請負を承諾していない・元請の倒産まで下請契約の存在を知らなかった・解除前に出来形部分の価格の2倍以上を元請負人に支払っていた→特段の事情はうかがえない。原審=特約は下請負人を拘束しない・246条で償金→最高裁が破棄。

この事件の事実関係も確認します。注文者は、一括下請負を承諾していませんでした。元請の倒産まで、下請契約の存在さえ知りませんでした。しかも、解除の前に、出来形部分の価格の2倍以上を、元請に支払っていました。判決は、特段の事情を窺う余地はない、としました。これらは、特段の事情がないことを確かめるあてはめの事情です。この事件では、原審が、特約は下請負人を拘束しない、出来形部分は下請負人のもの、と判断していました。別の業者が建物を仕上げたので、加工の規定、246条で、注文者に償金を払う義務がある、としたのです。最高裁は、これを破棄しました。246条や248条に進む前に、特約によって、出来形部分は、すでに注文者のものだった、という順番です。

補足意見(法廷意見とは別の、一裁判官の意見)。下請負人が出来形部分の所有権を得ても、敷地の利用権がないので、注文者に収去を求められれば従うほかない。所有権は代金債権確保の技巧的手段にすぎない。下請負人の保護は元請負人との関係で考えるべき。比喩=元請契約は親亀、下請契約は親亀の背に乗る子亀。 図:補足意見

  • 法廷意見とは別の、一裁判官の意見
  • 下請負人が出来形部分の所有権を得ても、敷地の利用権がないので、注文者に収去を求められれば従うほかない。所有権は代金債権確保の技巧的手段にすぎない。下請負人の保護は元請負人との関係で考えるべき。比喩=元請契約は親亀、下請契約は親亀の背に乗る子亀。

この事件には、1人の裁判官の補足意見があります。法廷意見とは別のものです。下請負人が出来形部分の所有権を得ても、敷地を使う権利がなく、注文者に出来形部分の収去を求められれば、従うほかない。所有権は、代金債権を確保するための技巧的な手段にすぎず、下請負人の保護は、元請負人との関係で考えるべきだ、という意見です。元請契約を親亀、下請契約を、親亀の背に乗る子亀にたとえていました。下請契約は、元請契約の上に乗ってはじめて成り立つ、というたとえです。所有権を認めても実益が乏しい、という点で、先ほどの注文者帰属説の最初の理由と、考え方が通じています。

冒頭の答え合わせ

冒頭の答え合わせ。特約なし・Aが材料を全部出した→引渡し前の家は原則Aのもの(引渡しで注文者Bが承継取得)。Bが代金の大半を払っていた→完成と同時にBのもの(半分が大半にあたるかは事案ごと)。契約に所有権の特約があればそれによる。 図:冒頭の答え合わせ

  • 特約なし・Aが材料を全部出した→引渡し前の家は原則Aのもの(引渡しで注文者Bが承継取得)
  • Bが代金の大半を払っていた→完成と同時にBのもの(半分が大半にあたるかは事案ごと)
  • 契約に所有権の特約があればそれによる

冒頭の問いの答えです。特約がなく、材料を全部Aが出したのなら、引渡し前の家は、原則としてAのものです。鍵を渡すことで、Bが承継取得します。ただし、Bが代金の大半を払っていたなら、完成と同時にBのものになります。半分が大半にあたるかは、事案ごとの判断で、判決は線を引いていません。もし契約に、所有権の特約があれば、それによります。さらに、一括下請負が入っても、元請契約に、中途で解除されたときの出来形部分は注文者のものとする約定があり、契約が中途で解除されたなら、特段の事情がない限り、出来形部分は注文者のものです。

今日のまとめ。①報酬=仕事の完成が先・引渡しと報酬は同時(633条)②完成しなかったとき=可分な部分で注文者が利益を受けるなら利益の割合に応じた報酬(634条)。原因が注文者の側なら536条2項の法意で全額③解除=完成しない間だけ・損害を賠償して(641条)④できた物=特約→材料の提供者→代金の大半を払えば完成と同時に注文者。一括下請負でも、元請契約に中途解除時の出来形部分の約定があり中途解除されたなら、特段の事情のない限り注文者に帰属。 図:今日のまとめ

  • ①報酬=仕事の完成が先・引渡しと報酬は同時(633条)②完成しなかったとき=可分な部分で注文者が利益を受けるなら利益の割合に応じた報酬(634条)
  • 原因が注文者の側なら536条2項の法意で全額③解除=完成しない間だけ・損害を賠償して(641条)④できた物=特約→材料の提供者→代金の大半を払えば完成と同時に注文者
  • 一括下請負でも、元請契約に中途解除時の出来形部分の約定があり中途解除されたなら、特段の事情のない限り注文者に帰属

今日の4つの問いを整理します。1つめ、報酬は、仕事の完成が先で、引渡しと報酬の支払が同時です。2つめ、完成しなかったときは、可分な部分で注文者が利益を受けるなら、その利益の割合で報酬を請求できます。完成できなくなった原因が注文者の側にあるなら、536条2項の考え方で全額です。3つめ、注文者の解除は、仕事を完成しない間だけ、損害を賠償して、できます。4つめ、できた物の所有権は、特約、材料の提供者、代金の大半の支払、の順で決まります。一括下請負でも、元請契約に、中途で解除されたときの出来形部分の約定があり、契約が中途で解除されたなら、特段の事情がない限り、出来形部分は注文者のものです。所有権の帰属は、論文で論点になりうるところです。

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#274単独ページ動画

請負人の担保責任と目的物の滅失・損傷

第5章 契約 #274/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

引渡しの3日前に家が半壊した

冒頭の設例 AがBの土地に家を建てる請負を受けた。引渡しの3日前、ほぼ完成していた家を台風が襲い、半壊した。建て直せば完成できる。建て直しの費用は誰が持つのか。 図:冒頭の設例 AがBの土地に家を建てる請負を受けた

  • 引渡しの3日前、ほぼ完成していた家を台風が襲い、半壊した
  • 建て直せば完成できる
  • 建て直しの費用は誰が持つのか

記号を付けます。Aが、家を建てる工務店で、請負人です。Bが、土地の持ち主で、家を注文した側です。前回と同じ記号です。この問いには、後半で答えます。先に言えるのは、壊れた原因が誰の側にあるかと、完成がまだできるかで、答えが分かれる、ということです。前回は、報酬と、途中でやめる場面と、できた物の所有権を見ました。今日は、請負の締めです。できた物に欠陥があったときと、できる前に壊れたときを見ます。

担保責任は売買の規定を借りる

請負人の担保責任=売買の規定を借りる(559条)。読み替え=買主→注文者/売主→請負人/代金→報酬。追完=修補が中心/報酬減額/損害賠償/解除。

  • 請負人の担保責任=売買の規定を借りる(559条)
  • 読み替え=買主→注文者/売主→請負人/代金→報酬
  • 追完=修補が中心/報酬減額/損害賠償/解除

設例を替えます。Aは、Bの土地に家を建てて、完成させ、引き渡しました。ところが住み始めてから、床下の配管に施工のミスがあり、水が漏れることが分かりました。Bは、Aに何を言えるでしょうか?実は、専用の決まりはありません。売買の、契約不適合責任の規定を借ります。条文を出します。

条文民法559条

民法第559条 この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

読み方です。この節の規定とは、売買の規定です。請負は、報酬をもらって仕事をする、お金のやり取りがある契約、つまり有償契約です。だから、売買の契約不適合責任の規定、562条から564条が、読み替えて使われます。準用とは、別の場面の条文を、必要なところを読み替えて使うことでした。ただし書は、契約の性質が許さない場合の例外で、今日は、条文があることだけ覚えておいてください。読み替えは、買主が注文者、売主が請負人、代金が報酬です。対象は、引き渡された仕事の目的物が、種類や品質について、契約の内容に合わないことです。引渡しを要しない仕事なら、仕事が終わった時に合わないとき、になります。前に見た4つの救済を、請負の言葉で並べます。追完、報酬減額、損害賠償、解除です。売買の代金減額が、請負では報酬減額になります。追完は、請負では修補、つまり直してもらうことが中心です。方法の選び方も同じです。追完の方法は、まず注文者が選びます。ただし、注文者に不相当な負担を課さないなら、請負人は別の方法で直してもかまいません。報酬減額は、いきなりは言えません。相当の期間を定めて、追完を催告し、期間内に追完がないとき、不適合の程度に応じて請求します。催告なしで言える場面も、売買と同じです。損害賠償は415条、解除は541条と542条です。注文者に落ち度がある不適合は、追完も減額も解除も賠償も言えません。これも売買と同じです。

ここで、改正の話を1つします。以前の民法には、請負だけの決まりがありました。仕事の目的物に欠陥があるとき、修補や損害賠償を定める規定と、建物その他の土地の工作物については、解除できないとする規定です。2017年の改正で、この2つの規定は削られました。削られた結果、売買の規定を借りる形に一本化され、解除も541条と542条で判断されます。建物の請負でも、解除できます。不適合の程度によっては、です。軽い不適合まで解除できるわけではありません。解除の要件は、売買と同じ物差しで見ます。

修補に代わる損害賠償と報酬の相殺。Aの報酬債権300万円(受働債権)/Bの修補に代わる損害賠償債権100万円(自働債権)。両債権は同時履行の関係。対当額100万円で相殺→残り200万円。 図:修補に代わる損害賠償と報酬の相殺

  • Aの報酬債権300万円(受働債権)/Bの修補に代わる損害賠償債権100万円(自働債権)
  • 両債権は同時履行の関係
  • 対当額100万円で相殺→残り200万円

損害賠償について、1点だけ補足します。Bが引渡しを受けた家に施工のミスがあり、修補に代わる損害賠償として、100万円を請求できるとします。一方、Bは、報酬の300万円を、まだAに払っていません。同時履行の回で見たとおり、533条の括弧書きは、債務の履行に代わる損害賠償の債務も、同時履行の対象に含めています。だから、この2つは、同時履行の関係にあります。そこで問いです。Bは、この賠償の債権を使って、報酬と相殺できるでしょうか?相殺する側の債権、自働債権に、相手の抗弁権が付いていると、相殺は原則できません。相殺は、自働債権の履行を強制するのと同じで、相手が抗弁権を使う機会を奪うからでした。設例なら、Aは、報酬をもらうまで賠償は払わない、と言えるはずです。相殺されると、その言い分を使えないまま、賠償を払ったのと同じになります。ところが最高裁は、この場面では相殺を認めています。判決の言葉を出します。

判例最判昭53・9・21(集民125号85頁)

同時履行の関係にある報酬債権と修補に代わる損害賠償債権の相殺を認めた判決 以上のような実質関係に着目すると、右両債権は同時履行の関係にある(民法六三四条二項)とはいえ、相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとは認められず、両債権のあいだで相殺を認めても、相手方に対し抗弁権の喪失による不利益を与えることにはならないものと解される。むしろ、このような場合には、相殺により清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明ならしめるゆえんでもある。この理は、相殺に供される自働債権と受働債権の金額に差異があることにより異なるものではない。したがつて、本件工事代金債権と瑕疵修補に代る損害賠償債権とは、その対当額による相殺を認めるのが相当であり、右と同旨の原判決は正当として是認することができる。

読み方です。判決は、両債権が同時履行の関係にあるとしても、相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益は認められず、相殺しても、相手に抗弁権の喪失による不利益を与えることにはならない、と述べています。さらに、相殺で清算するほうが、当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明にする、とも述べています。なお、判決が挙げる634条2項は、改正前の条文で、改正で削られました。前回見た、いまの634条とは別の規定です。いまは、533条の括弧書きで同時履行の関係を説明します。設例なら、Bの賠償100万円が自働債権、Aの報酬300万円が受働債権です。対当額の100万円で相殺して、Bが払う報酬は、残り200万円です。

判決は、金額に差があっても、この理は変わらない、と述べています。ここでは、最高裁はこの場面で相殺を認めている、と押さえてください。抗弁権付きの自働債権は相殺できない、という原則に対する、請負での相殺の例外です。

固有の点1 直すのが大げさすぎるとき

追完の限界。不適合が重要でない+追完に過分の費用が必要→追完は不能にあたるとして扱い、412条の2第1項を当てて追完の請求を認めない。 図:追完の限界

ここからは、請負にだけ関わる3点です。1つめ。壁紙に、目立たないごく軽い色むらがありました。ところが、直すには、壁を全部剥がして張り直す大工事になります。それでも、Bは、直せ、と言えるでしょうか?直感のとおり、ここには限界があると整理されます。考え方は、こうです。不適合が重要でなく、しかも直すのに過分の費用がかかるときは、追完は不能にあたると解する。そして、履行不能の条文で、追完の請求を認めない。条文を出します。

条文民法412条の2第1項

民法第412条の2第1項 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。

履行不能のところで見た条文です。不能とは、物理的にできないことだけではありません。契約と取引上の社会通念に照らして、もう求められないことも含みます。

⭐ 論文で書く規範:【規範(解釈で立てる)】不適合が重要でなく、かつ追完に過分の費用を要するときは、追完は不能にあたるとして扱い、412条の2第1項を当てて追完の請求を認めない。 (出どころ=条文に明文はない。履行不能の条文を当てはめる解釈(改正前の請負の規定の考え方を受けた処理))

この規範は、条文に直接書かれていません。履行不能の条文を、追完に当てはめた解釈です。ですから、答案では、解されます、という形で書きます。効果の範囲にも気をつけます。ここで否定されるのは、追完の請求だけです。報酬減額や損害賠償がどうなるかは、別に検討します。壁紙の例なら、Bは直せとは言えません。ただ、色むらの分の減額などを言えるかは、また別の問題です。具体例で、境界を比べます。同じ壁紙でも、指定した色とまるで違う色で、全面に張られていたとします。不適合は重要です。張り替えの費用が大きくても、追完は不能とは言えず、Bは、直せと言えます。重要でない軽い色むらで、直すと大工事になる例だけが、不能として否定されます。

固有の点2 注文者の材料と指図

636条の整理。原因=注文者の供した材料の性質/注文者の与えた指図→効果=追完・報酬減額・損害賠償・解除のいずれも不可。ただし書=請負人がその材料または指図が不適当であることを知りながら告げなかったとき→この限りでない(4つとも言える)。 図:636条の整理

  • 原因=注文者の供した材料の性質/注文者の与えた指図→効果=追完・報酬減額・損害賠償・解除のいずれも不可
  • ただし書=請負人がその材料または指図が不適当であることを知りながら告げなかったとき→この限りでない(4つとも言える)

2つめです。Bが設計図を持ち込みました。Aは、その図面のとおりに家を建てました。ところが、図面そのものに誤りがあり、雨漏りが出ました。Aは図面どおりに建てただけです。それでも、Bは、Aに追完や減額を言えるでしょうか? 条文を出します。

条文民法636条

民法第636条 請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡したとき(その引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時に仕事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないとき)は、注文者は、注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じた不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない。

読み方です。原因が、注文者の供した材料の性質か、注文者の与えた指図であるとき。効果は、追完、報酬減額、損害賠償、解除の4つとも言えません。ここまでが本文です。ただし書は、逆転です。請負人が、その材料や指図が不適当だと知りながら、告げなかったときは、この限りでない。つまり、4つとも言えます。設例に当てはめます。Aが図面の誤りに気づかず、そのまま建てたなら、Bは4つとも言えません。Aが誤りに気づいていたのに、黙って建てたなら、ただし書で、Bの救済は残ります。ただし書の文言は、知りながら告げなかったとき、です。知らなかったときは、文言には含まれません。だから、気づけたはずなのに知らなかったAは、ただし書の外です。もう1点、要件の見方です。条文には、注文者に落ち度があること、は書かれていません。要件は、材料の性質か指図が原因であること、です。Bが、図面の誤りに全く気づいていなくても、原因が指図なら、本文は働きます。売買の回で見た562条2項は、買主に落ち度がある場合の規定でした。636条は、落ち度ではなく原因で線を引く、請負の規定です。

Aが気づいていたら(636条)。設計図の誤りに、Aは途中で気づいていたのに黙って建てた。Bは救済を言えるか。 図:Aが気づいていたら

  • 636条
  • 設計図の誤りに、Aは途中で気づいていたのに黙って建てた。Bは救済を言えるか。

ここで1問です。Bの設計図の誤りに、Aは途中で気づいていたのに、黙って建てました。Bは、救済を言えるでしょうか?ただし書にあたるので、言えます。知りながら告げなかった場合だけ、本文が外れます。

固有の点3 期間制限

売買と請負の期間制限の対比。売買(566条)/請負(637条)。対象=種類・品質/起算=知った時/期間=1年以内/通知で足りる/失うのは4つとも/例外の基準時=売買は引渡しの時・請負は引渡しの時(引渡しを要しない場合は仕事が終了した時)。 図:売買と請負の期間制限の対比

  • 売買(566条)/請負(637条)
  • 対象=種類・品質/起算=知った時/期間=1年以内/通知で足りる/失うのは4つとも/例外の基準時=売買は引渡しの時・請負は引渡しの時(引渡しを要しない場合は仕事が終了した時)

3つめの前に、前に見た売買の566条を思い出してください。買主が不適合を知ってから1年以内に、しなければ救済を失う行為は、何でしたか?売主への通知です。請求や訴えまでは要らなくて、不適合があることを伝えれば足りました。請負も、ほぼ同じ形です。条文を出します。

条文民法637条

民法第637条 前条本文に規定する場合において、注文者がその不適合を知った時から一年以内にその旨を請負人に通知しないときは、注文者は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。 2 前項の規定は、仕事の目的物を注文者に引き渡した時(その引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時)において、請負人が同項の不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、適用しない。

1項から読みます。対象は、種類又は品質の不適合です。数えるのは、注文者が不適合を知った時から1年です。その間に、請負人へ通知しないと、追完、報酬減額、損害賠償、解除の4つとも失います。起算点は、引渡しの日ではなく、知った時です。2項は例外です。請負人が、引渡しの時に、不適合を知っていたか、重大な過失で知らなかったなら、1項は適用されません。引渡しを要しない仕事では、仕事が終了した時に判断します。566条との違いは、この括弧書きの部分だけです。請負には、講演のように引渡しを要しない仕事があります。そこで、例外の判断の時点を、仕事が終了した時として補っています。中身は、売買と同じ形です。1年の理由も、売買と同じ2つと考えられます。引き渡した側の終わったという期待と、時間がたつと元からの不適合か見分けにくいことです。設例です。Bは、引渡しの2年後に、雨漏りに気づきました。そのまま半年放っておき、それから通知しました。数えるのは、気づいた日からです。引渡しから2年たっていても、この1年の枠については問題ありません。時効は、これとは別に進みます。気づいてから半年なので、1年の枠は、あと半年残っています。通知は間に合います。

原則として、4つとも失います。ただし、Aが引渡しの時に、雨漏りを知っていたか、重大な過失で知らなかったなら、2項により、1項は適用されません。Bの救済は残ります。

引渡し前に壊れた ① 完成できる場合

引渡し前の滅失・損傷=完成がまだ可能な場合。仕事完成義務は残る(632条)。追加費用は原因で3分岐。請負人の側→請負人が負担+遅れた損害の賠償(415条)/注文者の側→請負人に生じた損害の賠償の形で注文者が負担(415条)/どちらでもない→特約があればそれ・なければ請負人。

  • 引渡し前の滅失・損傷=完成がまだ可能な場合
  • 仕事完成義務は残る(632条)
  • 追加費用は原因で3分岐
  • 請負人の側→請負人が負担+遅れた損害の賠償(415条)/注文者の側→請負人に生じた損害の賠償の形で注文者が負担(415条)/どちらでもない→特約があればそれ・なければ請負人

ここから、2つめの問いです。冒頭の台風の話に戻ります。引渡しの前に、家が壊れたとき、まず確かめるのは、完成がまだできるか、です。建て直せば完成できるなら、請負人の、仕事を完成する義務は、消えません。前々回見たとおり、請負人は、632条で、仕事の完成そのものを約束しているからです。請負人は、建て直して完成させる義務を負い続け、注文者は、完成を請求できます。原因が誰の側にあるかで、3つに分かれます。1つめ、原因が請負人の側にあるとき。たとえば、Aの作業員の火の不始末で、家が半焼した場合です。建て直しは、完成の義務の内容ですから、Aの負担です。さらに、完成が遅れたことで、Bに損害が出れば、Aは415条で賠償します。2つめ、原因が注文者の側にあるとき。たとえば、Bが勝手に現場へ入り、足場を壊して家を傷めた場合です。このときは、建て直しの費用を、Aが全部背負うのは酷です。注文者のBも、Aの仕事を妨げてはならない義務を負う、と解されます。足場を壊すのは、その義務に背く不履行です。そこで、415条で、Aに生じた損害を賠償する、という形で、Bが追加の費用を負担する、と整理されます。3つめ、どちらの落ち度でもないとき。冒頭の台風が、この場面です。特約があれば、特約によります。特約がなければ、Aが負担します。建て直しは、仕事を完成する義務の内容だからです。

⭐ 論文で書く規範:【規範(解釈による整理)】引渡し前に滅失・損傷しても完成が可能なら、請負人の完成義務は残る。追加費用は、請負人の側に原因→請負人が負担/注文者の側に原因→請負人の損害として注文者が賠償/どちらでもない→特約があればそれ、なければ請負人が負担。 (出どころ=条文に直接の定めはない。完成義務(632条)を土台にした解釈による整理(と解される))

この3分岐は、条文に直接の定めがありません。完成義務を土台にした整理で、答案では、と解されます、と書きます。冒頭の答えです。台風は誰の落ち度でもなく、特約もなければ、Aが建て直しの費用を負担します。工務店には酷に見えますが、完成を約束したのはAで、引渡しの前は、まだ完成の義務の途中だからです。

引渡し前に壊れた ② 完成できない場合

原因が注文者の側なら(前回の振り分け)。完成できなくなった原因が注文者の側にあるとき、請負人の報酬はどうなるか。 図:原因が注文者の側なら

  • 前回の振り分け
  • 完成できなくなった原因が注文者の側にあるとき、請負人の報酬はどうなるか。

次は、請負の仕事完成不能の場合、つまり、完成そのものが、できなくなった場合です。その前に、前回の復習を1問です。完成できなくなった原因が、注文者の側にあるとき、請負人の報酬は、どうなるのでしたか?536条2項の考え方で、報酬は全額です。ただ、仕事をしなくて済んだ分の利益は、注文者に返します。今日は、原因を3つに分けて、一覧にします。完成できないなら、注文者は完成を請求できません。412条の2第1項の不能です。残る問いは、報酬と、損害賠償と、解除です。使う条文を、先に出します。

条文民法536条

民法第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。 2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

条文民法634条

民法第634条 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。 一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。 二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

完成できない場合の一覧表。縦=原因(請負人の側/注文者の側/どちらでもない)。横=報酬・損害賠償・解除。請負人の側=報酬なし(割合的報酬は別・634条1号)、賠償○、解除○。注文者の側=報酬全額(利益は償還)、賠償×、解除×。どちらでもない=報酬なし(割合的報酬は別・634条1号)、賠償×、解除○。 図:完成できない場合の一覧表

  • 縦=原因(請負人の側/注文者の側/どちらでもない)
  • 横=報酬・損害賠償・解除
  • 請負人の側=報酬なし(割合的報酬は別・634条1号)、賠償○、解除○
  • 注文者の側=報酬全額(利益は償還)、賠償×、解除×
  • どちらでもない=報酬なし(割合的報酬は別・634条1号)、賠償×、解除○

一覧表を、行ごとに読みます。1行目、原因が請負人の側にある場合です。報酬は、請求できません。請負の報酬は、仕事を完成して初めて請求できるので、完成できなければ、請求できないからです。ただし、可分な部分で注文者が利益を受けるなら、634条1号で、利益の割合の報酬は認められます。損害賠償は、請負人に原因があるので、注文者が言えます。解除も、履行不能なので、できます。542条1項1号です。

完成できない場合の一覧表(2行目=注文者の側 を強調)。報酬全額(利益は償還)、賠償×、解除×。 図:完成できない場合の一覧表

  • 2行目=注文者の側 を強調
  • 報酬全額(利益は償還)、賠償×、解除×。

2行目、原因が注文者の側にある場合です。たとえば、Bが工事を妨げて、Aを敷地に入らせず、家を完成できなくなった場合です。報酬は、536条2項の考え方に照らして、全額を請求できます。ただし、仕事をしなくて済んだ分の利益は、注文者に返します。前回の振り分けそのものです。損害賠償は、注文者には言えません。415条1項ただし書は、債務者のAに落ち度のない不履行なら、賠償させないからです。完成できないのは、B自身のせいです。解除も、注文者にはできません。543条は、原因を作った債権者には解除をさせない規定でした。解除で報酬の債務を消せるなら、全額を払わせる結論が崩れるからです。

完成できない場合の一覧表(3行目=どちらでもない を強調)。報酬なし(割合的報酬は別・634条1号)、賠償×、解除○。 図:完成できない場合の一覧表

  • 3行目=どちらでもない を強調
  • 報酬なし(割合的報酬は別・634条1号)、賠償×、解除○。

3行目、どちらの落ち度でもない場合です。たとえば、地震で敷地が崩れて、建て直しても家を建てられなくなった場合です。報酬は、危険負担の回で見た536条1項の考え方に照らして、注文者が支払を拒めるので、請求できません。ただし、1行目と同じく、可分な部分で注文者が利益を受けるなら、634条1号で、利益の割合の報酬があります。損害賠償は、誰にも落ち度がないので、できません。解除は、できます。解除は、相手に落ち度を問う道具ではなく、契約の拘束から解放する道具だからです。つながりは、注文者に原因があるかないか、です。注文者に原因がない行、つまり1行目と3行目が、634条1号の場面です。注文者の側に原因がある2行目だけが、536条2項の考え方で、全額になります。なお、解除をしたときの報酬は、634条2号です。完成前の解除で、可分な部分で注文者が利益を受けるなら、やはり利益の割合です。解除の条文には、1点だけ補足します。完全に完成できないなら、債務の全部の履行不能で、542条1項1号です。一部しかできず、残りだけでは契約の目的を達せないときの3号は、名前だけ出しておきます。

完成可能と完成不能の一覧。縦=原因(請負人の側/注文者の側/どちらでもない)。完成可能=追加費用の負担(請負人/注文者が賠償の形で/特約・なければ請負人)。完成不能=報酬・賠償・解除。 図:完成可能と完成不能の一覧

  • 縦=原因(請負人の側/注文者の側/どちらでもない)
  • 完成可能=追加費用の負担(請負人/注文者が賠償の形で/特約・なければ請負人)
  • 完成不能=報酬・賠償・解除

完成できる場合と、できない場合を、1枚に重ねます。請負人の側に原因があるなら、完成できても、できなくても、請負人が重い。注文者の側に原因があるなら、完成できても、できなくても、注文者が負担する。どちらでもないなら、完成できるときは、特約がなければ請負人が建て直し、完成できないときは、報酬は原則なしで、解除は可能、という形です。ここで1問です。建てかけの家が壊れて、完成できなくなりました。原因は、注文者の側にあります。請負人の報酬は、どうなるでしょうか? 注文者は、契約を解除できるでしょうか?報酬は、536条2項の考え方で全額で、利益は返します。解除は、543条で、できません。では、どちらの落ち度でもなかったなら、どうでしょうか?

報酬は請求できませんが、可分な部分で利益があれば、634条1号で割合的な報酬です。解除はできます。

引渡し後・受領遅滞後に壊れた

時間軸。仕事の完成→(履行の提供)→引渡し。引渡しの前=危険は請負人(双方に原因がなければ注文者は報酬を拒める)。履行の提供の後=受領遅滞中は引渡し後と同じ扱い(567条2項)。引渡しの後=危険は注文者(559条・567条1項)。 図:時間軸

  • 仕事の完成→(履行の提供)→引渡し
  • 引渡しの前=危険は請負人(双方に原因がなければ注文者は報酬を拒める)
  • 履行の提供の後=受領遅滞中は引渡し後と同じ扱い(567条2項)
  • 引渡しの後=危険は注文者(559条・567条1項)

最後は、引渡しの後です。1問です。売買で、引渡しの後に、どちらの落ち度でもない原因で物が壊れたとき、買主は代金を拒めましたか?拒めません。567条1項でした。請負は、559条で、この567条を借ります。条文を出します。

条文民法567条

民法第567条 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。 2 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。

買主を注文者に、売主を請負人に、代金を報酬に読み替えて読みます。引渡しの後に、どちらの落ち度でもない原因で、目的物が壊れたとき。注文者は、追完も報酬減額も損害賠償も解除も、言えません。報酬の支払も、拒めません。引渡しによって、危険が、請負人から注文者に移ったからです。売買で見たとおり、物を守れるのは手元に置いている人で、鍵を受け取った後の戸締まりも保険も、注文者にしかできません。受領遅滞の場合も同じです。請負人が、契約に合った目的物を引き渡そうと提供したのに、注文者が受け取らない、または受け取れないとします。その提供の後に、どちらの落ち度でもない原因で壊れたなら、引渡しのあとと同じ扱いです。引渡しがないので、1項は使えません。そこで2項が、引渡しのあとと同じ扱いにしています。前に見た、受領遅滞中の不能を、注文者の側の原因とみなす413条の2第2項と、同じ方向の考え方です。時間の軸にすると、こうです。引渡しの前は、危険は請負人にあり、どちらの落ち度でもなければ、注文者は報酬を拒めます。履行の提供の後の受領遅滞中は、引渡しのあとと同じです。引渡しの後は、危険は注文者にあります。売買の処理表と、同じ形です。

引渡しの3日前に壊れたので、危険は、まだ請負人にありました。もし引渡しの翌日に台風が来ていたなら、危険は注文者に移っているので、Bが損を負います。

冒頭の答え合わせとまとめ

冒頭の答え合わせ。台風で半壊・建て直せば完成できる・誰の落ち度でもない・特約なし→Aが建て直しの費用を負担。完成できないほど壊れたら→原因が請負人の側/注文者の側/どちらでもないで報酬・賠償・解除が分かれる。 図:冒頭の答え合わせ

  • 台風で半壊・建て直せば完成できる・誰の落ち度でもない・特約なし→Aが建て直しの費用を負担
  • 完成できないほど壊れたら→原因が請負人の側/注文者の側/どちらでもないで報酬・賠償・解除が分かれる

冒頭の問いの答えです。引渡しの3日前に、台風で半壊しました。建て直せば完成できて、どちらの落ち度でもなく、特約もなければ、建て直しの費用はAが持ちます。もし、完成できないほど壊れたなら、一覧表を使います。原因がAの側なら、報酬はなく、賠償と解除がある。Bの側なら、報酬は全額で、賠償と解除はない。どちらでもないなら、報酬は原則なく、賠償はなく、解除はある、という振り分けです。

今日のまとめ。問い1=担保責任は売買の準用(559条)+固有の3点(追完の限界=412条の2/注文者の材料・指図=636条/期間制限=637条)。問い2=完成可能=追加費用の3分岐/完成不能=報酬・賠償・解除の3分岐/引渡し後と受領遅滞後=危険の移転(567条)。 図:今日のまとめ

  • 問い1=担保責任は売買の準用(559条)+固有の3点(追完の限界=412条の2/注文者の材料・指図=636条/期間制限=637条)
  • 問い2=完成可能=追加費用の3分岐/完成不能=報酬・賠償・解除の3分岐/引渡し後と受領遅滞後=危険の移転(567条)

今日の2つの問いを整理します。1つめ、できた物に欠陥があったら、請負人の担保責任は、559条で売買の規定を借りて、追完、報酬減額、損害賠償、解除の4つです。建物でも、不適合の程度によっては解除できます。修補に代わる損害賠償は、報酬債権と同時履行の関係にあっても、最高裁は相殺を認めています。そこに、固有の3点が加わります。直すのが大げさすぎるときは、追完は不能として否定されます。注文者の材料や指図が原因なら、請負人が知りながら告げなかった場合を除いて、4つとも言えません。そして、知った時から1年以内に通知しないと、4つとも失います。2つめ、壊れたときは、まず完成がまだできるかです。できるなら、請負人が建て直す義務を負い続け、費用は原因で分かれます。できないなら、報酬、損害賠償、解除を、原因で分けます。引渡しのあとと、受領遅滞の後は、危険が注文者に移ります。完成できない場合の振り分けと、規範の書き方は、論文で論点になりうるところです。建物の基本的な安全性を損なう欠陥について、第三者に負う責任は、第6章で扱います。委任の場合の報酬は、委任の回で扱います。

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#275単独ページ動画

委任の意義と受任者の義務

第5章 契約 #275/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

頼まれた交渉を、丸投げしてよいか

冒頭の設例 友人Aから「実家の土地を売る交渉を任せる」と頼まれたBは、忙しいので、知り合いの不動産屋Dに全部任せた。買い手はC。これで、頼まれたことを果たしたといえるか。 図:冒頭の設例 友人Aから「実家の土地を売る交渉を任せる」と頼まれたBは、忙しいので、知り合いの不動産屋Dに全部任せた

  • 買い手はC
  • これで、頼まれたことを果たしたといえるか

記号を付けます。土地を売りたい友人がAです。頼まれた人がBです。Bが全部任せた不動産屋がDで、買い手の候補がCです。この問いには、後半で条文を使って答えます。先に言えるのは、頼まれた仕事は、自分の都合で他人に回してよいものとは限らない、ということです。前回までは、請負を見てきました。今日からは、人の働きを約束する契約の3つめ、委任に入ります。

委任とは、法律行為を頼む契約

委任の定義(643条)。当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方が承諾することで効力を生ずる。頼む側=委任者・引き受ける側=受任者。 図:委任の定義

  • 643条
  • 当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方が承諾することで効力を生ずる。頼む側=委任者・引き受ける側=受任者。

設例を少し替えます。Aが、Bに「実家の土地を売ってきてほしい」と頼み、Bがこれを引き受けました。この約束が、委任です。条文を出します。

条文民法643条

民法第643条 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

読み方です。頼む側を委任者、引き受ける側を受任者と呼びます。設例なら、Aが委任者で、Bが受任者です。頼む中身は、法律行為をすることです。土地の売却のように、契約を結ぶことが典型です。そして、頼みと承諾が合えば、それだけで効力が生じます。法律行為でないことの例は、診察や、家庭教師の授業です。こうした事務を頼む契約は、準委任と呼ばれます。条文はこうです。

条文民法656条

民法第656条 この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。

この節とは、643条から始まる、委任の規定のまとまりのことです。準用とは、別の場面の規定を、必要なところを読み替えて借りて使うことでした。つまり、準委任には、委任の規定がそのまま借りられます。だから、委任なのか準委任なのかを、細かく区別する実益はありません。今日見る受任者の義務も、準委任の受任者に同じように当てはまります。会社の取締役と会社の関係も、委任の規定に従います。これは会社法の回で扱います。

無償が原則、特約があれば有償

委任の性質。諾成契約(頼みと承諾だけで成立)。648条1項=特約がなければ報酬を請求できない。特約なし=無償・片務/報酬の特約あり=有償・双務。 図:委任の性質

  • 諾成契約(頼みと承諾だけで成立)
  • 648条1項=特約がなければ報酬を請求できない
  • 特約なし=無償・片務/報酬の特約あり=有償・双務

友人に頼まれただけでも、委任になるのでしょうか? 物を渡したり、書面を作ったりしなくても?なります。さきほどの643条には、物の交付も書面も出てきません。頼みと承諾だけで効力が生じるので、委任は諾成契約です。報酬を払う約束も、成立の要件ではありません。次の条文を出します。

条文民法648条1項

民法第648条 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。

特約がなければ、報酬は請求できません。ですから、報酬の約束が無い委任は、受任者だけが事務を処理する義務を負い、委任者は対価を払う義務を負わない、無償で片務の契約になります。片務とは、一方だけが債務を負うことです。条文の作りが、無償を出発点にしています。無償が原則でも、報酬を払う委任は珍しくありません。報酬を払う特約があれば、有償で、双務の契約になります。双務とは、双方が互いに債務を負うことです。実際に弁護士や管理会社に頼む場面は、報酬の特約があるのがふつうです。無償が原則というのは、特約が無いときの話です。

雇用・請負と並べると

雇用・請負・委任の3行比較表。軸=①労務を提供する人の地位②約束の内容。雇用=使用者に従属/労務の提供そのもの。請負=ある程度独立/仕事の完成(結果債務)。委任=ある程度独立/事務の処理(結果の実現そのものは約束しない=手段債務)。 図:雇用・請負・委任の3行比較表

  • 軸=①労務を提供する人の地位②約束の内容
  • 雇用=使用者に従属/労務の提供そのもの
  • 請負=ある程度独立/仕事の完成(結果債務)
  • 委任=ある程度独立/事務の処理(結果の実現そのものは約束しない=手段債務)

以前、雇用と請負の回で使った、2本の軸があります。労務を提供する人の地位と、約束の内容です。ここで確認です。雇用と請負は、結果が出なかったとき、約束を破ったことになるかどうかが違いましたか?雇用は、全力で働けば、望んだ結果が出なくても、約束した労働は提供したことになります。請負は、仕事を完成しないと、約束を果たしたことになりません。請負のように、結果の実現自体が内容となる債務を、結果債務と呼びました。雇用のように、結果に向けた注意と努力が内容となる債務が、手段債務です。この軸に、委任を並べます。1本めは、労務を提供する人の地位です。受任者は、委任者に従属しません。ある程度独立した立場で、自分の判断で事務を進めます。ここは請負と似ています。2本めは、約束の内容です。委任の約束の内容は、事務を処理することです。結果の実現そのものを約束してはいません。手段債務の側で、ここは、雇用と同じ側です。医者が病気を治すことではなく、治すための注意と努力を約束するのと同じ筋です。

土地が売れなかったら、受任者のBは約束を破ったことになりますか?なりません。売るための事務を、注意を尽くして処理していたなら、結果として売れなくても、約束は果たしています。逆に、結果が出ても、事務の処理が雑なら、責任が問われます。その分かれ目になる注意が、あとで見る644条です。請負の完成の約束と、委任の事務の処理の約束は、ここで分かれます。なお、成果に対して報酬を払う約束のある委任には、別の扱いがあります。

委任と代理権は、別のもの

委任と代理権の関係。内側=AとBの委任契約(何を頼んだか)/外向き=代理権(Bの行為の効果がAに届く)。代理権を伴う委任(売買契約まで結ぶ)と、伴わない委任(相場の下調べ)。委任状は代理権があることの証明の手段。 図:委任と代理権の関係

  • 内側=AとBの委任契約(何を頼んだか)/外向き=代理権(Bの行為の効果がAに届く)
  • 代理権を伴う委任(売買契約まで結ぶ)と、伴わない委任(相場の下調べ)
  • 委任状は代理権があることの証明の手段

委任契約と代理権の授与は、別のものです。以前、代理権の授与を見ました。内部の約束とは別の行為でした。委任契約は、AとBの間の約束で、何を頼んだかを決めます。代理権は、外に向けた力で、Bが相手と結んだ契約の効果が、Aに届くようにします。例で分けます。Aが、土地を売ってきてほしいと頼み、買い手と売買契約を結ぶ権限まで与えたとします。これは、代理権を伴う委任です。一方、Aが、買い手が付きそうか、近所の相場を調べてきてほしい、と頼むだけなら、代理権は要りません。事実を調べる事務の委託で、準委任にあたります。委任状は、代理権があることを相手に見せて、証明するための書面にすぎません。委任という言葉が入っていても、代理権そのものではありません。だから、委任には、代理権を伴うものと伴わないものがあります。条文の上でも、この区別は出てきます。あとで見る644条の2の2項は、代理権を付与する委任において、と、わざわざ限定しています。

義務① 無償でも善管注意義務

受任者の義務① 644条=委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務。有償・無償を問わない。無償の寄託(659条)=自己の財産に対するのと同一の注意(軽い)。

  • 受任者の義務① 644条=委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務
  • 有償・無償を問わない
  • 無償の寄託(659条)=自己の財産に対するのと同一の注意(軽い)

ここから、受任者の義務を5つ見ます。1つめは、事務を処理するときの注意の程度です。ここで問いです。報酬をもらわずに、友人の頼みで引き受けた受任者は、注意の程度が軽くなるでしょうか?直感はそうですが、条文は違います。

条文民法644条

民法第644条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

委任の本旨に従い、とは、頼まれた趣旨に沿って、ということです。善良な管理者の注意、略して善管注意とは、その立場にいる標準的な人が払うべき注意のことでした。この条文には、有償の場合に限る、という限定がありません。ですから、報酬の有無を問わず、善管注意義務を負います。頼んだ側がその人を信頼して事務を任せ、受任者がそれを引き受けた、という関係があるからです。具体例です。Bが、報酬を受け取らず、Aの土地の売却交渉を引き受けました。ところが、買い手候補からの連絡を、うっかり放置して、好条件の話を逃しました。無償であっても、事務の処理に、善管注意義務の違反が問われえます。軽くなる場面もあります。無償で物を預かる人は、659条で、自己の財産に対するのと同一の注意で足ります。それと比べると、委任の644条は、無償でも軽くなりません。寄託の中身は、別の回で見ます。

善管注意義務を定める条文は、400条と644条で別です。400条は、特定物の引渡しまで、その物を保存するときの注意でした。644条は、頼まれた事務を処理するときの注意です。どちらも、善良な管理者の注意という基準を使っています。

義務② 自分でやるのが原則、丸投げの限界

冒頭の設例と復受任者。AがBに委任/Bは許諾なしにDを選んだ。許諾か、やむを得ない事由がなければ、復受任者は選べない。 図:冒頭の設例と復受任者

  • AがBに委任/Bは許諾なしにDを選んだ
  • 許諾か、やむを得ない事由がなければ、復受任者は選べない

2つめの義務に入ります。その前に1問です。以前の復代理の回で見た話です。任意代理人が、復代理人を選べるのは、どんな場合でしたか?本人の許諾を得たときか、やむを得ない事由があるときでした。冒頭の設例に戻ります。Bは、Aに何も言わずに、不動産屋のDに交渉を全部任せました。Aに許諾を求めていませんし、やむを得ない事由もありません。ここで、Aが「いいよ、任せるよ」と言っていたら、結論は変わるでしょうか。条文で確かめます。

条文民法644条の2

民法第644条の2 受任者は、委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復受任者を選任することができない。 2 代理権を付与する委任において、受任者が代理権を有する復受任者を選任したときは、復受任者は、委任者に対して、その権限の範囲内において、受任者と同一の権利を有し、義務を負う。

1項から読みます。復受任者とは、受任者が、自分に代わって委任事務を処理させるために選ぶ人です。冒頭のDが、この立場です。受任者は、委任者の許諾を得たとき、またはやむを得ない事由があるときでなければ、復受任者を選べません。復代理のときと同じく、委任は、Bというその人を信頼して頼む契約だからです。そのため、頼まれた人が自分で事務を処理するのが原則で、これを自己執行義務と呼びます。2017年の改正で、この規律が条文として明文化されました。許諾があれば、Dを選ぶこと自体は許されます。Aが、いいよ、と言っていれば、結論は変わります。それでも、Bの責任が消えるわけではありません。Dを選んだ後も、Bは受任者のままです。Bの責任を特別に軽くする条文は無く、AとBの間の委任契約の、債務不履行の一般原則で処理されます。たとえば、Dが受け取った代金を使い込んで、Aが損をしたら、Bは、特別な事情が無い限り、委任契約の債務不履行として、Aに損害を賠償する責任を負います。もう一つの例外が、やむを得ない事由です。ここも、復代理の回と同じ例で確かめます。Bが急に入院して動けず、Aとも連絡が取れず、しかも交渉の期限が迫っていたなら、許諾を求めようがありません。このときはやむを得ない事由にあたりえます。入院しただけで、Aに連絡が取れるなら、まず許諾を求めるのが筋です。2項です。代理権を付与する委任で、Bが、代理権を持つDを選んだときは、DはAに対して、その権限の範囲内で、Bと同一の権利を有し、義務を負います。たとえば、DがCから手付を受け取ったら、DはAに対しても、直接それを引き渡す義務を負います。代理権を伴う委任の場面だけの規定です。さきほどの区別が、ここで効いています。

復代理の規定との対比。任意代理=104条(本人の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ復代理人を選任できない)/106条2項(復代理人は本人及び第三者に対して、権限の範囲内で、代理人と同一の権利を有し、義務を負う)。委任=644条の2第1項(委任者の許諾・やむを得ない事由)/2項(委任者に対して、権限の範囲内で、受任者と同一の権利を有し、義務を負う)。 図:復代理の規定との対比

  • 任意代理=104条(本人の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ復代理人を選任できない)/106条2項(復代理人は本人及び第三者に対して、権限の範囲内で、代理人と同一の権利を有し、義務を負う)
  • 委任=644条の2第1項(委任者の許諾・やむを得ない事由)/2項(委任者に対して、権限の範囲内で、受任者と同一の権利を有し、義務を負う)

644条の2は、復代理の104条・106条2項と同じ構造です。104条の、本人の許諾かやむを得ない事由、という言い方と、644条の2の1項は、そっくりです。復代理人が代理人と同一の権利を有し義務を負う、という106条2項も、644条の2の2項に写っています。違いは、見る面です。104条と106条は、外に向けた代理の規定で、本人と代理人と復代理人の関係です。644条の2は、内側の委任契約の規定で、委任者と受任者と復受任者の関係です。細かい違いが1点あります。106条2項は、本人及び第三者に対して、と書きます。644条の2の2項は、委任者に対して、とだけ書き、第三者は出てきません。644条の2は、内側の委任契約の規定なので、委任者との関係だけを定めているのです。

Bが無断でDを選んだ場合、その選任は、1項の例外に当たりません。B自身が事務を処理するという、自己執行義務に反します。AとBの間では、委任契約上の義務違反、つまり債務不履行の問題になります。代理の面は、以前の復代理の回で見たとおり、Dには代理権がありません。Dが結んだ契約は、無権代理の問題になります。復受任者の問題は、論文でも問われうるところです。冒頭の答えです。Bが、Aの許諾もやむを得ない事由も無しに、Dへ全部任せたのは、1項の例外に当たりません。頼まれたことを、果たしたとは言えません。

義務③ 報告義務

受任者の義務③ 645条=委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告/委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告。進行中=請求があれば/終了後=請求を待たない。

  • 受任者の義務③ 645条=委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告/委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告
  • 進行中=請求があれば/終了後=請求を待たない

3つめは、報告です。頼んだ側は、頼んだ後は様子が見えません。それを補う義務です。

条文民法645条

民法第645条 受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。

二段構えです。事務を進めている間は、委任者から請求があれば、いつでも状況を報告します。請求がなければ、報告は不要です。事務が終わった後は、請求を待ちません。遅滞なく、その経過と結果を報告します。交渉の途中で、Aが「今どうなっている?」と聞いたら、Bは、買い手が何件あり、条件がどこまで進んだかを、いつでも答えます。売買が決まって事務が終わったら、Aが聞かなくても、Bは、どういう経過で、いくらで売れたかを、遅滞なくAに報告します。

義務④ 受け取った物・取得した権利を委任者へ

受任者の義務④ 646条1項=委任事務の処理に当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡す・収取した果実も同様。2項=委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転する。代理権のある委任=効果は直接Aに/自己の名で取得=いったんBのもの→移転が必要。

  • 受任者の義務④ 646条1項=委任事務の処理に当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡す・収取した果実も同様
  • 2項=委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転する
  • 代理権のある委任=効果は直接Aに/自己の名で取得=いったんBのもの→移転が必要

4つめは、受け取ったものを、委任者に返す義務です。

条文民法646条

民法第646条 受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても、同様とする。 2 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。

1項です。委任事務を処理するときに受け取った金銭やその他の物は、委任者のものです。設例なら、Bが、買い手のCから手付を受け取ったとします。その手付は、Bのものではありません。Aに引き渡します。物から生まれた果実、たとえば預かった物の賃料のようなものも、同じです。2項は、少し分かりにくい条文です。委任者のために、自己の名で取得した権利を、委任者に移転する、とあります。代理権を伴う委任では、Bが代理人として結んだ契約の効果は、直接Aに届きます。ですから、Aへ移す手続きは要りません。Bが、代理人としてではなく、自分の名前で契約した場合です。たとえば、Aに頼まれて、Bが自分の名義で物件を買ったとします。このとき権利を取得するのは、いったんBです。そのままではAのものになりません。そこで、委任者のためにした以上、その権利をAに移転しなさい、と定めているのが2項です。

義務⑤ 預かったお金を自分のために使ったとき

受任者の義務⑤ 647条=委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したとき→その消費した日以後の利息を支払う/この場合において、なお損害があるときはその賠償の責任を負う。 図:受任者の義務⑤ 647条

  • 委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したとき→その消費した日以後の利息を支払う
  • この場合において、なお損害があるときはその賠償の責任を負う。

5つめは、4つめの続きです。受け取ったお金は、Aに引き渡すのでした。では、渡すべきお金を、自分のために使ってしまったら、どうなるか。その責任です。

条文民法647条

民法第647条 受任者は、委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したときは、その消費した日以後の利息を支払わなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

前半は、委任者に引き渡すべき金額、またはその利益のために用いるべき金額です。後半は、それを自己のために消費したときの効果です。まず、消費した日以後の利息を支払います。そのうえで、なお損害があるときは、その賠償の責任を負います。Bが、Aの土地の売却代金の一部、100万円を預かっていたとします。Aに渡すべきお金です。Bが、それを自分の生活費に使ってしまいました。このとき、使った日から、100万円に利息がつきます。そのうえで、Aに利息では足りない損害が出ていれば、その分も賠償します。たとえば、そのお金で別の契約の代金を払うはずだったAが、期日に払えず、違約金を取られたような場合です。

引き渡すべき金額と、利益のために用いるべき金額は、違いますか?違います。引き渡すべき金額は、Aに渡すためのお金です。利益のために用いるべき金額は、Aのために使うお金で、たとえばAの固定資産税を払うために預かったお金です。条文は、どちらの預かり金も対象にしています。

冒頭の答え合わせとまとめ

冒頭の答え合わせ。BがAの許諾もやむを得ない事由も無しにDへ全部任せた→644条の2第1項の例外に当たらず、自己執行義務に反する。許諾があればDを選べる。 図:冒頭の答え合わせ

  • BがAの許諾もやむを得ない事由も無しにDへ全部任せた→644条の2第1項の例外に当たらず、自己執行義務に反する
  • 許諾があればDを選べる

冒頭の問いの答えです。BがDに全部任せたとき、Aの許諾も、やむを得ない事由もなければ、644条の2の1項の例外にあたらず、自己執行義務に反します。頼まれたことを、果たしたとは言えません。Aの許諾があれば、Dを選ぶことはできます。

今日のまとめ。委任=法律行為の委託(643条)・準委任は規定を準用(656条)。無償が原則・特約で有償(648条1項)。雇用・請負と並べると手段債務。委任契約と代理権は別。受任者の5つの義務=①善管注意(644)②自己執行・復受任者(644の2)③報告(645)④受取物の引渡し・取得した権利の移転(646)⑤金銭消費の責任(647)。 図:今日のまとめ

  • 委任=法律行為の委託(643条)・準委任は規定を準用(656条)
  • 無償が原則・特約で有償(648条1項)
  • 雇用・請負と並べると手段債務
  • 委任契約と代理権は別
  • 受任者の5つの義務=①善管注意(644)②自己執行・復受任者(644の2)③報告(645)④受取物の引渡し・取得した権利の移転(646)⑤金銭消費の責任(647)

今日の内容を整理します。委任は、法律行為をすることの委託で、法律行為でない事務の委託は、準委任として、委任の規定が準用されます。特約がなければ報酬は請求できず、無償が原則です。雇用や請負と並べると、委任は、事務の処理を約束する、手段債務です。そして、委任契約と代理権は別で、代理権を伴うものと伴わないものがあります。受任者の義務は5つです。1つめ、有償か無償かを問わず、善管注意義務を負います。2つめ、自分で処理するのが原則で、委任者の許諾かやむを得ない事由がなければ、復受任者を選べません。3つめ、請求があればいつでも、終了後は遅滞なく、報告します。4つめ、受け取った金銭その他の物と、自己の名で取得した権利を、委任者に渡します。5つめ、渡すべきお金を自分のために使えば、消費した日以後の利息と、なお損害があればその賠償です。

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#276単独ページ動画

委任者の義務・報酬・任意解除

第5章 契約 #276/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

管理会社との契約を、半年で打ち切りたい

冒頭の設例 マンションの持ち主Aが、管理会社Bに、建物の管理を1年契約で任せている。半年たったところで、Aはこの契約を打ち切りたい。違約金のような負担を払わないといけないか。 図:冒頭の設例 マンションの持ち主Aが、管理会社Bに、建物の管理を1年契約で任せている

  • 半年たったところで、Aはこの契約を打ち切りたい
  • 違約金のような負担を払わないといけないか

記号を付けます。持ち主がA、管理会社がBです。前回見たとおり、頼む側のAが委任者、引き受ける側のBが受任者です。この問いには、後半で条文と判例を使って答えます。先に言えるのは、やめられることと、お金がかからないことは、別の問いだということです。前回は、受任者の5つの義務と、無償が原則だという話をしました。そのとき、予告したことが3つあります。報酬の払い方と、委任者の側の義務。成果に対して報酬を払う約束の扱い。そして、途中でやめる場面です。今日は、この3つを全部見ます。

報酬は、特約があっても後払い

報酬の払い時期。648条1項=特約がなければ報酬を請求できない(前回)。2項本文=委任事務を履行した後でなければ請求できない(後払いが原則)。ただし書=期間によって報酬を定めたときは624条2項を準用(期間を経過した後に請求)。例=管理料が月10万円の月払いなら、月が終わってから請求。 図:報酬の払い時期

  • 648条1項=特約がなければ報酬を請求できない(前回)
  • 2項本文=委任事務を履行した後でなければ請求できない(後払いが原則)
  • ただし書=期間によって報酬を定めたときは624条2項を準用(期間を経過した後に請求)
  • 例=管理料が月10万円の月払いなら、月が終わってから請求

前回、特約がなければ報酬は請求できない、と見ました。今日は、特約があるときの話です。まず、いつ請求できるのか。条文を出します。

条文民法648条1項・2項

民法第648条 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。 2 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。

2項の読み方です。報酬を受けるべき場合とは、特約があって、報酬をもらえるときのことです。そのとき受任者は、委任事務を履行した後でなければ、報酬を請求できません。先に事務を済ませ、報酬は後です。つまり後払いが原則で、先に動くのは受任者です。請負の報酬の回で見た、仕事を終わった後でなければ請求できない、という形と同じ向きです。ただし書は、期間によって報酬を定めたとき、たとえば月ごとの管理料のような場合です。624条2項を準用します。

条文民法624条2項

民法第624条 2 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。

期間によって定めた報酬は、その期間が終わってから請求できます。冒頭の設例で、管理料が月10万円の月払いなら、Bが請求できるのは、その月が終わってからです。契約の期間が1年でも、月ごとに定めてあれば、月ごとです。先払いの約束も、できます。2項が決めているのは、特約がないときの順番です。払い時期は、契約で別に決められます。

手間に払う型の報酬と、536条2項

手間に払う型(648条3項)。受任者は次の場合、既にした履行の割合に応じて報酬を請求できる。1号=委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。2号=委任が履行の中途で終了したとき。対比=委任者の責めに帰すべき事由→536条2項(拒めない・浮いた分は返す)。 図:手間に払う型

  • 648条3項
  • 受任者は次の場合、既にした履行の割合に応じて報酬を請求できる。1号=委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。2号=委任が履行の中途で終了したとき。対比=委任者の責めに帰すべき事由→536条2項(拒めない・浮いた分は返す)。

次は、途中で終わったときの報酬です。冒頭の設例では、Bは半年だけ働いて、契約が終わります。1年分の半分でも請求できるのか。条文です。

条文民法648条3項

民法第648条 3 受任者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。 一 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。 二 委任が履行の中途で終了したとき。

読み方です。場面が2つあります。1号は、委任者に帰責事由のない事情で、事務を続けられなくなったとき。たとえば災害で、建物が使えなくなったような場合です。2号は、委任が履行の途中で終了したときです。委任者が解除した場合も、これに当たります。効果は、どちらも、既にした履行の割合に応じて報酬を請求できる、です。たとえで言うと、時給で働くシフトです。5時間のシフトを3時間でやめることになれば、3時間分は払ってもらえます。冒頭の設例に当てはめると、半年働いたBは、2号で、半年分の割合に応じた報酬を請求できます。

原因が誰の側にあるかで変わります。1号は、委任者の責めに帰することができない事由でした。逆に、委任者の責めに帰すべき事由で事務ができなくなったときは、536条2項が働きます。前に見た条文です。

条文民法536条2項

民法第536条第2項 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

委任に当てはめます。債権者は、事務の処理を受ける委任者のAです。履行できなくなった債務は、Bが事務を処理する債務で、反対給付は報酬です。Aの責めに帰すべき事由で事務ができなくなったなら、Aは報酬の支払を拒めません。つまり全額です。ただし、Bが事務をしなくて済んだ分で得た利益があれば、Aに返します。例です。Aが、管理室を勝手に封鎖して、Bが入れなくなりました。Aの側の原因です。報酬は、536条2項の考え方で全額です。一方、地震で建物が使えなくなったなら、双方に落ち度はなく、1号で割合です。軸は、請負の回の振り分けと同じで、終わった原因が、誰の側にあるかです。

成果に払う型の報酬

定着の問い(振り分け・請負)。請負で、注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成できなくなったとき、請負人は何を請求できるか。 図:定着の問い

  • 振り分け・請負
  • 請負で、注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成できなくなったとき、請負人は何を請求できるか。

成果に払う型に入る前に、前の請負の回の復習を1問です。請負で、注文者の責めに帰することができない事由によって、仕事を完成できなくなりました。請負人は、何を請求できるでしょうか? 634条でした。この考え方が、今日の後半の成果に払う型で、もう一度出てきます。

成果に払う型(648条の2)。成果に対して報酬を支払うと約した場合。1項=成果が引渡しを要するときは、報酬は成果の引渡しと同時に支払う。2項=634条を準用(成果が得られる前に①委任者の責めに帰することができない事由で成果を得ることが不能になった②委任が解除された→可分な部分の給付で委任者が利益を受けるなら、その部分を成果とみなし、利益の割合に応じて報酬)。 図:成果に払う型

  • 648条の2
  • 成果に対して報酬を支払うと約した場合。1項=成果が引渡しを要するときは、報酬は成果の引渡しと同時に支払う。2項=634条を準用(成果が得られる前に①委任者の責めに帰することができない事由で成果を得ることが不能になった②委任が解除された→可分な部分の給付で委任者が利益を受けるなら、その部分を成果とみなし、利益の割合に応じて報酬)。

委任は、事務の処理を頼む契約でした。ところが、成果に対して報酬を払う約束をする委任もあります。たとえば、Aが、Bに市場調査を頼み、報告書という成果が出たら報酬を払う、という約束です。

条文民法648条の2

民法第648条の2 委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合において、その成果が引渡しを要するときは、報酬は、その成果の引渡しと同時に、支払わなければならない。 2 第六百三十四条の規定は、委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合について準用する。

1項の読み方です。成果に対して報酬を払う約束で、その成果が引渡しを要するものなら、報酬は成果の引渡しと同時です。先ほどの報告書なら、報告書の引渡しと、報酬の支払が同時です。請負の報酬と引渡しの同時履行と、同じ形です。2項は、634条を準用します。準用とは、必要な読み替えをして借りることでした。注文者を委任者に、仕事の完成を成果が得られることに読み替えます。場面は2つです。成果が得られる前に、委任者の責めに帰することができない事由で、成果を得ることが不能になったとき。そして、委任が解除されたとき。このどちらかで、既にした結果のうち、切り分けられる部分の給付によって、委任者が利益を受けるなら、その部分を成果とみなします。そして、委任者が受ける利益の割合に応じて、報酬を請求できます。

報告書の設例(仮の数字)。3地区の市場調査を、成果に対して報酬90万円で委任。2地区分の報告書をまとめたところで、委任が解除された。2地区分=切り分けられ、委任者の役に立つ。委任者が受ける利益の割合が仮に3分の2と評価されれば、報酬は60万円。 図:報告書の設例

  • 仮の数字
  • 3地区の市場調査を、成果に対して報酬90万円で委任。2地区分の報告書をまとめたところで、委任が解除された。2地区分=切り分けられ、委任者の役に立つ。委任者が受ける利益の割合が仮に3分の2と評価されれば、報酬は60万円。

数字を仮に置いて確かめます。3地区の市場調査を、成果に対して90万円で頼みました。2地区の報告書が仕上がったところで、委任が解除されたとします。2地区の分は、切り分けて渡せて、Aの役に立ちます。その利益の割合が仮に3分の2と評価されれば、報酬は60万円です。約束の中身が違います。手間に払う型は、働いた量に応じて、既にした履行の割合です。成果に払う型で、委任者が払う約束をしたのは、働いた時間ではなく、出来上がる成果です。だから、途中で終わったときも、成果の一部として切り分けて渡せて、委任者の役に立つ部分にだけ払います。切り分けられる部分を成果とみなす、とはこの意味です。たとえば、調査はしたけれども、まとまった報告書にならず、使える部分がないなら、成果に払う型では請求できません。呼び名は、条文には出てきません。学説では、手間に払う型を履行割合型、成果に払う型を成果完成型と呼びます。試験の問題文などでこの名前を見たら、今の2つの型のことです。

報酬の2×2表

報酬の2×2表(主役)。手間に払う型(648条3項)で、委任者の責めに帰すべき事由による=全額(浮いた分は返す・536条2項の考え方)。手間に払う型で、委任者の責めに帰することができない事由による=既にした履行の割合(648条3項1号・2号)。成果に払う型(648条の2)で、委任者の責めに帰すべき事由による=全額(浮いた分は返す・536条2項の考え方)。成果に払う型で、委任者の責めに帰することができない事由による=可分な部分の給付で委任者が利益を受けるときだけ、利益の割合(634条準用)。 図:報酬の2×2表

  • 主役
  • 手間に払う型(648条3項)で、委任者の責めに帰すべき事由による=全額(浮いた分は返す・536条2項の考え方)。手間に払う型で、委任者の責めに帰することができない事由による=既にした履行の割合(648条3項1号・2号)。成果に払う型(648条の2)で、委任者の責めに帰すべき事由による=全額(浮いた分は返す・536条2項の考え方)。成果に払う型で、委任者の責めに帰することができない事由による=可分な部分の給付で委任者が利益を受けるときだけ、利益の割合(634条準用)。

ここまでを、1枚の表にまとめます。縦が、約束の型です。手間に払う型と、成果に払う型。横が、終わった原因です。委任者の責めに帰すべき事由によるか、委任者の責めに帰することができない事由によるか。請負の回の振り分けと、同じ並べ方です。原因が委任者の側にある2つのマスは、同じです。型にかかわらず、536条2項の考え方で全額です。ただし、受任者が事務をしなくて済んだ分で得た利益は、返します。原因が委任者の側にない2つのマスは、型で分かれます。手間に払う型は、648条3項で、既にした履行の割合です。成果に払う型は、648条の2から634条を借りて、切り分けられて、委任者が利益を受ける部分だけが、その利益の割合です。解除で終わった場合は、型ごとに見ます。手間に払う型は、3項2号で割合です。成果に払う型は、634条2号の借り物で、切り分けられた部分の利益の割合です。

定着の問い(2×2表)。冒頭の設例で、Bの落ち度ではなくAの側の事情で、管理の業務ができなくなった。Bの報酬は、割合か全額か。 図:定着の問い

  • 2×2表
  • 冒頭の設例で、Bの落ち度ではなくAの側の事情で、管理の業務ができなくなった。Bの報酬は、割合か全額か。

ここで1問です。冒頭の設例で、Bの落ち度ではなく、Aの側の事情で、管理の業務ができなくなりました。Bの報酬は、割合でしょうか、全額でしょうか?Aの側に原因があるので、全額です。ただし、Bが人件費などを浮かせていたら、その分は返します。原因が誰の側にあるか。ここが表の軸です。

委任者のその他の義務 費用の前払い・償還・代弁済・賠償

受任者の義務と委任者の義務の対比。受任者の5つ=善管注意・復受任者・報告・引渡し・金銭消費の責任(644〜647条)。委任者の5つ=報酬(648条・648条の2)・費用の前払(649条)・費用等の償還(650条1項)・代弁済と担保(650条2項)・損害賠償(650条3項)。 図:受任者の義務と委任者の義務の対比

  • 受任者の5つ=善管注意・復受任者・報告・引渡し・金銭消費の責任(644〜647条)
  • 委任者の5つ=報酬(648条・648条の2)・費用の前払(649条)・費用等の償還(650条1項)・代弁済と担保(650条2項)・損害賠償(650条3項)

報酬のほかに、委任者が負う義務があります。前回の、受任者の5つの義務と対にして見ます。受任者は、事務を処理し、報告し、受け取ったものを渡す側でした。委任者は、事務のために必要なお金を整える側です。1つめの報酬は、今見ました。残りの4つを、649条と650条で見ます。

条文民法649条

民法第649条 委任事務を処理するについて費用を要するときは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければならない。

649条は、費用の前払です。受任者の請求があれば、委任者は先に払います。事務をするには費用がかかりますが、それを受任者に立て替えさせ続けるのは酷だからです。先にお金を出してもらう点は、保証の回で見た、受託保証人の事前求償と、似た性質を持ちます。

条文民法650条

民法第650条 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。 2 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。 3 受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。

650条は3つの項に分かれます。1項は、費用の償還です。受任者が、事務に必要と認められる費用を自分で払ったときは、その費用と、支出の日以後の利息を、委任者に請求できます。たとえば、Bが、廊下の電球を自分で買って付け替えたなら、その代金と、払った日からの利息です。2項は、代弁済です。Bが、事務のために必要と認められる債務を負ったとき、たとえば修繕業者に修繕代金を払う約束をしたときは、Aに、自分に代わって業者に払ってくれと請求できます。この債務が弁済期にないときは、Aに、相当の担保を供させることができます。要件の、弁済期にない、という点が大事です。弁済期が来ているなら、担保ではなく、払うことを求めます。3項は、損害賠償です。Bが、事務を処理するために、自分に過失なく損害を受けたときは、Aに賠償を請求できます。注意点は、誰の過失かです。条文の過失なくは、受任者の過失です。委任者のAに過失がなくても、Aは賠償の責任を負います。条文は、委任者の過失を要件にしていません。たとえば、台風の夜、Aに頼まれた見回りの最中に、Bの作業用の車が倒木で壊れたなら、Aに落ち度がなくても、Aが賠償します。

似ています。事務管理の費用の償還は、702条で、事務管理の回で比べます。

委任は、いつでも解除できる

641条と651条1項の対比。請負(641条)=解除できるのは注文者だけ/請負人が仕事を完成しない間/損害を賠償して。委任(651条1項)=解除できるのは各当事者(委任者も受任者も)/いつでも/条文上は賠償を条件にしない。 図:641条と651条1項の対比

  • 請負(641条)=解除できるのは注文者だけ/請負人が仕事を完成しない間/損害を賠償して
  • 委任(651条1項)=解除できるのは各当事者(委任者も受任者も)/いつでも/条文上は賠償を条件にしない

ここから、やめる話です。前に、個別の規定による解除の例として、651条1項を名前だけ出しました。その中身です。前回、委任は、その人を信頼して頼む契約だと見ました。この信頼が、やめる話の土台になります。

条文民法651条1項

民法第651条 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。

委任は、各当事者が、いつでも解除できます。各当事者とは、委任者も受任者も、という意味です。請負の641条と並べます。641条で解除できるのは、注文者だけでした。しかも、請負人が仕事を完成しない間に限られ、損害を賠償して、という条件も付いていました。651条1項は、双方が、いつでも、です。1項の条文には、賠償は出てきません。判例は、委任が、強い信頼関係を基礎とする契約だからだ、と説明しています。判決を出します。

判例最判昭58・9・20 集民139号549頁

税理士顧問契約と委任の解除 委任契約は、一般に当事者間の強い信頼関係を基礎として成立し存続するものであるから、当該委任契約が受任者の利益をも目的として締結された場合でない限り、委任者は、民法六五一条一項に基づきいつでも委任契約を解除することができ、かつ、解除にあたつては、受任者に対しその理由を告知することを要しないものというべきであり、この理は、委任契約たる税理士顧問契約についてもなんら異なるところはないものと解するのが相当である。

読み方です。委任は、強い信頼関係を基礎にしています。だから、受任者の利益をも目的として結ばれた場合でない限り、委任者は、いつでも解除できて、理由を告げる必要もありません。この事案は、税理士の顧問契約で、顧問契約も委任なので、同じ扱いでした。判例のふだです。この、受任者の利益をも目的として、という言葉は、あとで651条2項に出てきます。解除の効果です。次の条文が、賃貸借の620条を借ります。

条文民法652条

民法第652条 第六百二十条の規定は、委任について準用する。

652条と620条。620条=賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合においては、損害賠償の請求を妨げない。委任に準用=解除は将来に向かってのみ効力を生ずる(解除までに済んだ事務と報酬はそのまま)・損害賠償の請求を妨げない。 図:652条と620条

  • 620条=賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる
  • この場合においては、損害賠償の請求を妨げない
  • 委任に準用=解除は将来に向かってのみ効力を生ずる(解除までに済んだ事務と報酬はそのまま)・損害賠償の請求を妨げない

賃貸借の解除は、将来に向かってのみ効力を生ずる、というのが620条でした。委任にも、同じ扱いです。さかのぼって契約を消しません。解除までにBが済ませた事務と、それに応じた報酬は、そのままです。先ほどの、半年分の割合の報酬は、この考え方に乗っています。

賠償が要る2つの場合

651条2項。解除した者は、次の場合、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときはこの限りでない。1号=相手方に不利な時期に委任を解除したとき。2号=委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く)をも目的とする委任を解除したとき。 図:651条2項

  • 解除した者は、次の場合、相手方の損害を賠償しなければならない
  • ただし、やむを得ない事由があったときはこの限りでない
  • 1号=相手方に不利な時期に委任を解除したとき
  • 2号=委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く)をも目的とする委任を解除したとき

では、解除したら、賠償は要るのか。2項です。

条文民法651条2項

民法第651条 2 前項の規定により委任の解除をした者は、次に掲げる場合には、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。 一 相手方に不利な時期に委任を解除したとき。 二 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき。

構造から読みます。解除したら賠償、ではありません。解除は自由で、賠償が要るのは、1号か2号に当たるときだけです。しかも、やむを得ない事由があれば、1号でも2号でも、賠償は要りません。原則は賠償不要で、例外が2つ、さらにその例外にもう一段、という作りです。1号は、相手方に不利な時期の解除です。解除する人は、委任者でも受任者でも構いません。たとえば、Bが、Aが次の管理会社を探せない時期に、突然降りたなら、Aにとって不利な時期です。このとき、Bは、Aの損害を賠償します。逆向きもあります。Bが、外壁の修繕の手配を進めている途中で、Aが急に打ち切ったなら、Bにとって不利な時期です。解除は自由でも、相手が備えられない時期に放り出すと、相手にだけ損が出ます。その損を埋めさせるのが、1号です。

651条2項2号。委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く)をも目的とする委任を解除したとき=賠償。報酬の特約があるだけでは、受任者の利益をも目的とするとはいえない(最判昭58・9・20)。報酬のほかに、受任者が自分のために使える利益を契約で得ているかが決め手。ただし、やむを得ない事由があったときは賠償不要。 図:651条2項2号

  • 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く)をも目的とする委任を解除したとき=賠償
  • 報酬の特約があるだけでは、受任者の利益をも目的とするとはいえない(最判昭58・9・20)
  • 報酬のほかに、受任者が自分のために使える利益を契約で得ているかが決め手
  • ただし、やむを得ない事由があったときは賠償不要

2号は、解除する人が、委任者です。委任者が、受任者の利益をも目的とする委任を解除したときです。括弧書きがあります。専ら報酬を得ることによるものを除く、です。受任者が報酬をもらえるというだけでは、受任者の利益をも目的とする委任には当たりません。判例があります。

判例最判昭58・9・20 集民139号549頁

報酬の特約と受任者の利益 委任契約において委任事務処理に対する報酬を支払う旨の特約があるだけでは、受任者の利益をも目的とするものといえないことは、当裁判所の判例とするところであり

先ほどと同じ判決の、別の部分です。報酬を払う特約があるだけでは、受任者の利益をも目的とするとはいえません。この事案の顧問料が、税理士事務所の経営の安定に役立っていても、受任者の利益には当たらないとされました。報酬のためだけに引き受ける委任は、2号の括弧書きで除かれるのです。境目のペアで確かめます。当たらない例は、管理会社Bが、管理料という報酬だけを受け取る契約です。当たる例は、このあと読む判決の事案です。建物の管理契約で、管理者が、預かった保証金を、自分の事業資金として、常に自由に使える利益を得ていました。この利益は、報酬とは別の、受任者自身の利益です。決め手は、受任者が、報酬のほかに、自分のために使える利益を、契約で得ているかどうかです。なぜ、この場合に賠償が要るのか。受任者は、報酬のほかに、この委任が続くこと自体に、自分の利益を懸けています。委任者の都合で切られると、その利益を、受任者だけが失います。そこで、解除は認めたうえで、失う分を賠償で埋めさせるのです。

受任者の利益のための委任と解除(最判昭56・1・19)。やむをえない事由がなくても、委任者が解除権自体を放棄したとは解されない事情があるときは、委任者は651条に則って解除できる。受任者が不利益を受けるときは、委任者から損害の賠償を受けて填補されれば足りる。解除は止めず、不利益は賠償で埋める。 図:受任者の利益のための委任と解除

  • 最判昭56・1・19
  • やむをえない事由がなくても、委任者が解除権自体を放棄したとは解されない事情があるときは、委任者は651条に則って解除できる。受任者が不利益を受けるときは、委任者から損害の賠償を受けて填補されれば足りる。解除は止めず、不利益は賠償で埋める。

その場合でも、委任者は解除できるのか。判例の流れがあります。まず、受任者が著しく不誠実な行動に出るなど、やむをえない事由があるときは、委任者は解除できる、というところまでは、すでに判例で認められていました。次の判決は、その先に進みました。

判例最判昭56・1・19 民集35巻1号1頁

受任者の利益のための委任と、やむをえない事由 かかるやむをえない事由がない場合であつても、委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものとは解されない事情があるときは、該委任契約が受任者の利益のためにもなされていることを理由として、委任者の意思に反して事務処理を継続させることは、委任者の利益を阻害し委任契約の本旨に反することになるから、委任者は、民法六五一条に則り委任契約を解除することができ、ただ、受任者がこれによつて不利益を受けるときは、委任者から損害の賠償を受けることによつて、その不利益を填補されれば足りるものと解するのが相当である。

読み方です。やむをえない事由がなくても、委任者が解除権自体を放棄したとは解されない事情があるときは、委任者は、651条に則って解除できます。受任者が不利益を受けるなら、賠償で填補すれば足りる。つまり、解除を止めるのではなく、解除はできて、不利益は賠償で埋める、という考え方です。なぜ解除まで認めるのか。判決は、委任者の意思に反して事務を続けさせると、委任者の利益を損ない、委任という契約の本旨、つまり本来の目的に反する、と言っています。解除権自体を放棄した、とは、たとえば、途中では解除しない、と約束していたような場合です。そういう事情がなければ、解除はできるのです。この判決は、現在の条文より前のものです。今の2号は、受任者の利益をも目的とする委任を解除したとき、賠償しなければならない、という形で、この考え方と同じ並びになっています。

651条2項の判定図。委任を解除した→①相手方に不利な時期か→はい=賠償/いいえ→②委任者が、受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く)をも目的とする委任を解除したか→はい=賠償/いいえ=賠償不要。どちらの賠償にも、やむを得ない事由があったときは不要。解除そのものは、いつでもできる。 図:651条2項の判定図

  • 委任を解除した→①相手方に不利な時期か→はい=賠償/いいえ→②委任者が、受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く)をも目的とする委任を解除したか→はい=賠償/いいえ=賠償不要
  • どちらの賠償にも、やむを得ない事由があったときは不要
  • 解除そのものは、いつでもできる

判定図にまとめます。解除はいつでもできます。そのあとで、1つめの問いは、相手方に不利な時期か。2つめの問いは、委任者による、受任者の利益をも目的とする委任の解除か。どちらかなら賠償です。ただし、どちらにも、やむを得ない事由があったときは不要、という一段が付きます。

定着の問い(651条2項)。受任者の利益をも目的とする委任を委任者が解除した。賠償を免れるのは、どんなときか。 図:定着の問い

  • 651条2項
  • 受任者の利益をも目的とする委任を委任者が解除した。賠償を免れるのは、どんなときか。

ここで1問です。受任者の利益をも目的とする委任を、委任者が解除しました。賠償を免れるのは、どんなときでしょうか?やむを得ない事由があったときです。解除そのものは、できます。やめられるかと、お金がかかるかは、別の問いでした。

冒頭の設例への答え

冒頭の答え合わせ。管理会社Bに管理料だけを払う委任を、Aが半年で解除。解除そのものはいつでもできる(651条1項)。管理料だけ=専ら報酬を得ることによるもの→2号に当たらない。Bに不利な時期なら1号で賠償(やむを得ない事由があれば不要)。Bが預かった保証金を自由に運用できる等の別の利益を得る合意なら2号の問題→解除できるが賠償。報酬はその間の履行の割合(648条3項2号)。 図:冒頭の答え合わせ

  • 管理会社Bに管理料だけを払う委任を、Aが半年で解除
  • 解除そのものはいつでもできる(651条1項)
  • 管理料だけ=専ら報酬を得ることによるもの→2号に当たらない
  • Bに不利な時期なら1号で賠償(やむを得ない事由があれば不要)
  • Bが預かった保証金を自由に運用できる等の別の利益を得る合意なら2号の問題→解除できるが賠償
  • 報酬はその間の履行の割合(648条3項2号)

冒頭の問いに答えます。Aは、半年でBとの管理契約を打ち切りたい。1つめ、解除そのものは、651条1項で、いつでもできます。2つめ、賠償が要るかどうか。Bが受け取るのが、管理料だけなら、専ら報酬を得ることによるものですから、2号には当たりません。ただし、Bが修繕の手配をやりかけた途中のような、Bにとって不利な時期の解除なら、1号で賠償です。やむを得ない事由があれば、賠償は要りません。Bが、預かった保証金を自由に運用できるなど、報酬とは別の利益を得る合意があるなら、2号の問題になります。この場合も、解除権を放棄したと解される事情がなければ、解除はできて、賠償で処理されます。そして、報酬は、半年働いた分の、履行の割合です。最後に、違約金です。違約金は、条文の賠償とは別に、契約であらかじめ約束しておくお金です。ですから、違約金の約束がなければ、Aが払うかもしれないのは、651条2項の賠償だけです。違約金の約束があれば、まずその約束の中身を見ることになります。委任契約の解除と損害賠償は、2号の当てはめを含めて、論文で論点になりうるところです。

委任が終わる場合と、終了の対抗

委任の終了事由(653条)と代理権の消滅事由(111条)の並べ。653条=①委任者又は受任者の死亡②委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと③受任者が後見開始の審判を受けたこと(委任者の後見開始は入らない)。111条2項=委任による代理権は、委任の終了によって消滅。

最後に、解除ではなく、自然に終わる場面です。

条文民法653条

民法第653条 委任は、次に掲げる事由によって終了する。 一 委任者又は受任者の死亡 二 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。 三 受任者が後見開始の審判を受けたこと。

読み方です。死亡と破産手続開始の決定は、委任者と受任者の両方です。後見開始の審判は、受任者だけです。この並びは、代理権の消滅の回で見たものと同じです。死亡すれば、当事者そのものがいなくなります。委任者が破産すれば、財産を管理し処分する権限が破産管財人に移るので、委任者の財産についての事務を、そのまま続けさせられません。事務を処理するのは、受任者です。受任者が、判断する力を欠くのが常の状態になれば、事務を続けられません。委任者に後見開始の審判が出ても、事務をするのは受任者なので、委任は続けられます。ここは、短答でよく問われます。111条2項で、委任による代理権は、委任の終了によって消滅します。

条文民法655条

民法第655条 委任の終了事由は、これを相手方に通知したとき、又は相手方がこれを知っていたときでなければ、これをもってその相手方に対抗することができない。

655条です。対抗できない、とは、終了したと主張できない、という意味です。終了事由を相手方に主張するには、相手方に通知したか、相手方が知っていたかの、どちらかが要ります。相手が知らないまま続けた事務について、終了を理由に争えるとすると、相手が思わぬ不利益を受けるからです。委任が終わったのに代理人が行為をした場面は、表見代理の回の、112条でした。終了したあとの急迫の事情の処分は、654条にあります。また、本人が亡くなったあとの事務を頼む死後事務委任や、遺言執行者は、第8章で扱います。委任の規定が、寄託にも使われる665条は、次の寄託の回で見ます。

今日のまとめ

今日のまとめ。委任者の義務=報酬(648・648の2)・費用の前払(649)・費用等の償還(650条1項)・代弁済と担保(650条2項)・損害賠償(650条3項=委任者に過失がなくても)。報酬は後払い。2×2表。651条1項=各当事者がいつでも解除(652条=将来に向かってのみ)。651条2項=不利な時期/受任者の利益をも目的の委任を委任者が解除→賠償(やむを得ない事由があれば不要)。653条=死亡・破産・受任者の後見開始。655条=通知か知っていた。 図:今日のまとめ

  • 委任者の義務=報酬(648・648の2)・費用の前払(649)・費用等の償還(650条1項)・代弁済と担保(650条2項)・損害賠償(650条3項=委任者に過失がなくても)
  • 報酬は後払い
  • 2×2表
  • 651条1項=各当事者がいつでも解除(652条=将来に向かってのみ)
  • 651条2項=不利な時期/受任者の利益をも目的の委任を委任者が解除→賠償(やむを得ない事由があれば不要)
  • 653条=死亡・破産・受任者の後見開始
  • 655条=通知か知っていた

今日の内容を整理します。委任者の義務は5つです。報酬、費用の前払、費用等の償還、代弁済と担保、損害賠償。650条3項の賠償は、委任者に過失がなくても負います。報酬は、特約があって、後払いが原則です。期間で定めたときは、期間が終わってからです。報酬には2つの型があります。手間に払う型は、648条3項で、既にした履行の割合。成果に払う型は、648条の2で、引渡しと同時、途中なら634条を借りて、利益の割合です。そして、原因が委任者の側にあるなら、型にかかわらず、536条2項の考え方で全額です。やめる話です。651条1項で、各当事者が、いつでも解除できます。効果は、652条で、将来に向かってのみです。賠償が要るのは、651条2項の2つの場合だけです。相手方に不利な時期の解除と、委任者が、受任者の利益をも目的とする委任を解除したときで、専ら報酬を得ることによるものは含みません。やむを得ない事由があれば、不要です。最後に、委任は死亡、破産、受任者の後見開始で終わり、終了は、通知か相手が知っていることがなければ、対抗できません。

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#277単独ページ動画

寄託の意義・受寄者の義務・受取前の解除

第5章 契約 #277/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

タダで預かった魚が死んでしまった

冒頭の設例 旅行に行く友人Aから、熱帯魚の水槽を無料で預かったB。自分の水槽と同じように世話をしていたのに、魚が死んでしまった。Bは弁償しないといけないか。 図:冒頭の設例 旅行に行く友人Aから、熱帯魚の水槽を無料で預かったB

  • 自分の水槽と同じように世話をしていたのに、魚が死んでしまった
  • Bは弁償しないといけないか

記号を付けます。預ける友人がA、預かる人がBです。先に結論を言います。自分の水槽と同じように世話をしていたなら、Bは弁償しなくてよい、というのが答えです。条文で確かめるのは、注意義務のところです。前回は、委任者の義務と、委任のやめ方を見ました。その最後に、委任の規定が寄託にも使われる665条は、次の寄託の回で見ます、と言いました。さらに、その前の委任の義務の回では、無償で物を預かる人は659条で自己の財産に対するのと同一の注意で足りる、と言いました。

寄託とは何か

寄託の定義(657条)。当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって効力を生ずる。預ける人=寄託者A、預かる人=受寄者B。 図:寄託の定義

  • 657条
  • 当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって効力を生ずる。預ける人=寄託者A、預かる人=受寄者B。

まず定義です。条文を出します。

条文民法657条

民法第657条 寄託は、当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

読み方です。物を預ける人を寄託者、預かる人を受寄者と呼びます。設例では、Aが寄託者、Bが受寄者です。頼むのは、物を保管することです。保管という労務を、受寄者が提供する契約です。委任や請負と並ぶ、役務を提供する契約の1つです。寄託は、目的の違いで区別します。使用貸借は、物を使わせるのが目的でした。寄託は、保管させるのが目的です。あとで見る658条1項は、受寄者が勝手に寄託物を使うことを禁じています。ここが、使用貸借との境目の、条文の上の表れです。もう1つ、賃貸借との境目です。もっぱら保管のための場所を提供するだけで、保管という労務は提供しない、という形なら、寄託ではなく、場所の賃貸借にあたると考えられます。保管の労務を提供するかどうかで分けるのです。たとえば、ホテルのクロークに荷物を預けるのは、保管という労務を頼む形ですから、寄託の例です。

寄託の性質。諾成契約(委託と承諾の合意で成立)。報酬の特約がなければ→受寄者のみが保管・返還の義務を負う=片務・無償(665条が準用する648条1項=特約がなければ報酬を請求できない)。報酬の特約があれば→双務・有償。 図:寄託の性質

  • 諾成契約(委託と承諾の合意で成立)
  • 報酬の特約がなければ→受寄者のみが保管・返還の義務を負う=片務・無償(665条が準用する648条1項=特約がなければ報酬を請求できない)
  • 報酬の特約があれば→双務・有償

次に、性質です。報酬の特約がなければ、受寄者は報酬を請求できません。この根拠は、665条が準用する648条1項です。この場合、保管して返す義務を負うのは、受寄者だけです。寄託者に、対価を払う義務はありません。これを、片務で無償、と言います。報酬の特約があれば、受寄者は保管の義務を、寄託者は報酬の支払義務を負います。双務で有償です。片務か双務かは、互いに対価的な義務を負うかどうかで分かれます。Aが何も払わなければ、義務を負うのはBだけなので、片務です。報酬を払うなら、互いに義務を負うので、双務です。

寄託は諾成契約になった

要物から諾成へ(2017年改正)。改正前=物を受け取って初めて効力が生じる要物契約。改正後=委託と承諾の合意だけで成立する諾成契約(657条に「受け取る」の文言なし)。使用貸借・消費貸借と同じ流れ。帰結=受け取る前から契約が成立している→受け取る前に解除できるのは誰か。 図:要物から諾成へ

  • 2017年改正
  • 改正前=物を受け取って初めて効力が生じる要物契約。改正後=委託と承諾の合意だけで成立する諾成契約(657条に「受け取る」の文言なし)。使用貸借・消費貸借と同じ流れ。帰結=受け取る前から契約が成立している→受け取る前に解除できるのは誰か。

657条の文言をもう一度見てください。委託し、承諾することによって効力が生ずる、とあります。物を受け取ることは、成立の要件に入っていません。ですから、寄託は諾成契約です。約することで効力が生じる契約です。2017年の改正より前は違いました。物を受け取って初めて効力が生じる、要物契約でした。使用貸借や消費貸借でも、同じ流れがありました。変わったのは、契約が成立する時点です。要物契約は、物を受け取るまで、当事者を契約で縛らない作りです。消費貸借の回で見た、587条と同じです。改正前の条文では、AとBが旅行の前日に預ける約束をしても、Bが水槽を受け取るまでは、寄託の効力は生じませんでした。改正後は、約束した時点で、寄託が成立しています。改正前の規定については、現在の取引の実態とも合致していない、という指摘がありました。諾成になった帰結が大事です。物を受け取る前から、契約は成立しています。すると、受け取る前に、誰が契約をやめられるのかが問題になります。これは、最後の柱で見ます。寄託の成立と、次に見る受取前の解除は、論文で論点になりうるところです。

受寄者の義務① 使用の禁止と、人に預け直す限界

再寄託。A(寄託者)→B(受寄者)→C(再受寄者)。BがCに保管させるには、Aの承諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければならない(658条2項)。再受寄者Cは、Aに対して、権限の範囲内でBと同一の権利を有し義務を負う(658条3項)。 図:再寄託

  • A(寄託者)→B(受寄者)→C(再受寄者)
  • BがCに保管させるには、Aの承諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければならない(658条2項)
  • 再受寄者Cは、Aに対して、権限の範囲内でBと同一の権利を有し義務を負う(658条3項)

では、受寄者の義務を、順に見ます。1つめは、使ってはいけない、そして人に預け直してはいけない、という義務です。

条文民法658条

民法第658条 受寄者は、寄託者の承諾を得なければ、寄託物を使用することができない。 2 受寄者は、寄託者の承諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、寄託物を第三者に保管させることができない。 3 再受寄者は、寄託者に対して、その権限の範囲内において、受寄者と同一の権利を有し、義務を負う。

1項は、使用の禁止です。預かった物は、寄託者の承諾がなければ、使えません。2項は、再寄託の制限です。受寄者が、預かった物を、第三者に保管させるには、条件が2つのうち、どちらかが必要です。寄託者の承諾を得たとき。または、やむを得ない事由があるときです。2017年の改正で、やむを得ない事由が加わりました。改正前は、寄託者の承諾を得た場合に限られていました。具体例です。Bが、旅行好きの友人Cに、水槽を転送して、世話を任せたとします。Aの承諾も、やむを得ない事由もありません。これは、2項に反します。Aが、いいよ、と言っていたなら、許されます。やむを得ない事由にあたりうるのは、委任の回と同じ例で言えば、Bが急に入院して、Aとも連絡が取れず、水槽の世話をする人がいない、というときです。入院しただけで、Aに連絡が取れるなら、まず承諾を求めます。3項です。再寄託で、保管を引き受けたCを、再受寄者と呼びます。Cは、Aに対して、権限の範囲内で、Bと同一の権利を有し、義務を負います。

委任との対比。委任=644条の2第1項(委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ復受任者を選任できない)/2項(代理権を付与する委任において、代理権を有する復受任者を選任したとき、委任者に対して、権限の範囲内で受任者と同一の権利を有し義務を負う)。寄託=658条2項(寄託者の承諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるとき)/3項(再受寄者は、寄託者に対して、権限の範囲内で受寄者と同一の権利を有し義務を負う)。 図:委任との対比

  • 委任=644条の2第1項(委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ復受任者を選任できない)/2項(代理権を付与する委任において、代理権を有する復受任者を選任したとき、委任者に対して、権限の範囲内で受任者と同一の権利を有し義務を負う)
  • 寄託=658条2項(寄託者の承諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるとき)/3項(再受寄者は、寄託者に対して、権限の範囲内で受寄者と同一の権利を有し義務を負う)

658条2項は、委任の復受任者の規定と同じ形です。前に見た644条の2を、もう一度出します。

条文民法644条の2

民法第644条の2 受任者は、委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復受任者を選任することができない。 2 代理権を付与する委任において、受任者が代理権を有する復受任者を選任したときは、復受任者は、委任者に対して、その権限の範囲内において、受任者と同一の権利を有し、義務を負う。

644条の2の1項と、658条2項は、そっくりです。許諾か承諾か、やむを得ない事由か。違いは3項です。644条の2の2項は、代理権を付与する委任に限り、代理権を有する復受任者を選んだ場合の規定でした。一方、658条3項には、そうした限定の文言がありません。ですから、寄託では、再受寄者Cは、Aに対して、権限の範囲内で、Bと同じ権利義務を持ちます。委任で、条文がこの関係を定めているのは、代理権を持つ復受任者のときだけでした。

受寄者の義務② 注意義務 無償なら軽い

注意義務の対比。委任=644条は有償・無償を問わず善良な管理者の注意(無償でも軽くならない)。寄託=無報酬の受寄者は659条で自己の財産に対するのと同一の注意(軽い)/有償の受寄者は400条の善良な管理者の注意。 図:注意義務の対比

  • 委任=644条は有償・無償を問わず善良な管理者の注意(無償でも軽くならない)
  • 寄託=無報酬の受寄者は659条で自己の財産に対するのと同一の注意(軽い)/有償の受寄者は400条の善良な管理者の注意

2つめは、この回の核です。預かった物を、どれだけの注意で保管するのか。まず、軽い側の条文です。

条文民法659条

民法第659条 無報酬の受寄者は、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、寄託物を保管する義務を負う。

読み方です。報酬をもらわない受寄者は、自分の物に払うのと同じ注意で、預かった物を保管します。自分の物なら、ふだん自分がやっている水準で世話をする、ということです。では、有償の受寄者はどうか。659条は無報酬の受寄者だけの規定ですから、有償のときは、一般の原則です。400条を出します。

条文民法400条

民法第400条 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。

有償の受寄者は、400条の善管注意義務を負います。善管注意とは、その立場にいる標準的な人が払うべき注意でした。自分の物と同じ程度の注意で足りる659条は、この善管注意を軽くしたものです。委任との対比です。前に見た644条を出します。

条文民法644条

民法第644条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

644条には、有償に限る、という限定がありません。委任は、無償でも善管注意で、軽くなりません。寄託は、無報酬なら659条で軽くなります。無償でも重い委任と、無償なら軽い寄託。ここを対にして覚えてください。

注意義務の軽重の一覧。善管注意義務=特定物の引渡義務者(400条)/有償の受寄者(400条)/留置権者(298条1項)/質権者(350条→298条1項)/受任者(644条)/後見人(869条→644条)/後見監督人(852条→644条)/遺言執行者(1012条3項→644条)。自己の財産に対するのと同一の注意=無報酬の受寄者(659条)/受領遅滞後の特定物の引渡義務者(413条1項)。条文の言葉が少し違うもの=親権者(827条「自己のためにするのと同一の注意」)/限定承認者(926条1項「固有財産におけるのと同一の注意」)/相続を放棄した者(940条1項「自己の財産におけるのと同一の注意」)/相続人(918条「固有財産におけるのと同一の注意」・ただし書あり)。 図:注意義務の軽重の一覧

  • 善管注意義務=特定物の引渡義務者(400条)/有償の受寄者(400条)/留置権者(298条1項)/質権者(350条→298条1項)/受任者(644条)/後見人(869条→644条)/後見監督人(852条→644条)/遺言執行者(1012条3項→644条)
  • 自己の財産に対するのと同一の注意=無報酬の受寄者(659条)/受領遅滞後の特定物の引渡義務者(413条1項)
  • 条文の言葉が少し違うもの=親権者(827条「自己のためにするのと同一の注意」)/限定承認者(926条1項「固有財産におけるのと同一の注意」)/相続を放棄した者(940条1項「自己の財産におけるのと同一の注意」)/相続人(918条「固有財産におけるのと同一の注意」・ただし書あり)

注意義務の軽重を、一覧にします。善管注意義務を負うのは、特定物の引渡義務者の400条、有償の受寄者の400条、留置権者の298条1項、質権者の350条が準用する298条1項、受任者の644条、後見人の869条と後見監督人の852条が準用する644条、遺言執行者の1012条3項が準用する644条です。自己の財産に対するのと同一の注意で足りるのは、無報酬の受寄者の659条、受領遅滞後の特定物の引渡義務者の413条1項です。そのほか、親権者の827条、限定承認者の926条1項、相続を放棄した者の940条1項、相続人の918条も、同じ系統です。ただし、この4つは条文の言葉が少し違います。827条は、自己のためにするのと同一の注意。926条1項と918条は、固有財産におけるのと同一の注意。940条1項は、自己の財産におけるのと同一の注意です。後見人や親権者、相続の条文は、親族と相続の章で改めて出てきます。ここでは、条文の言葉が少し違う、という点だけ押さえてください。

定着の問い(注意義務)。同じ友人の水槽を預かるのでも、報酬をもらうペットホテルなら、求められる注意はどうなるか。 図:定着の問い

  • 注意義務
  • 同じ友人の水槽を預かるのでも、報酬をもらうペットホテルなら、求められる注意はどうなるか。

ここで1問です。同じ友人の水槽を預かるのでも、報酬をもらうペットホテルなら、求められる注意はどうなるでしょうか?有償ですから、400条の善管注意です。無報酬の自己の財産と同一の注意より、重くなります。ペットホテルなら、標準的な預かり業者が払うべき注意が求められます。

冒頭の答え合わせ。Bは無報酬の受寄者→659条の基準=自己の財産に対するのと同一の注意。自分の水槽と同じように世話をしていた→基準を満たす→保管義務の違反にならない→魚が死んだというだけで弁償にはならない。変形=有償のペットホテルなら400条の善管注意。 図:冒頭の答え合わせ

  • Bは無報酬の受寄者→659条の基準=自己の財産に対するのと同一の注意
  • 自分の水槽と同じように世話をしていた→基準を満たす→保管義務の違反にならない→魚が死んだというだけで弁償にはならない
  • 変形=有償のペットホテルなら400条の善管注意

冒頭の設例に答えます。Bは、報酬をもらわない無報酬の受寄者です。ですから、基準は659条の、自己の財産に対するのと同一の注意です。Bは、自分の水槽と同じように世話をしていました。基準を満たしていますから、保管義務の違反にはなりません。注意義務を尽くしている以上、魚が死んだというだけでは、弁償にはなりません。有償のペットホテルなら、400条の基準になる、という点が変わります。

受寄者の義務③ 通知と、受け取った物の引渡し

660条1項。寄託物について権利を主張する第三者が受寄者に対して訴えを提起し、又は差押え、仮差押え若しくは仮処分をしたとき→受寄者は遅滞なくその事実を寄託者に通知。ただし、寄託者が既にこれを知っているときは、この限りでない。 図:660条1項

  • 寄託物について権利を主張する第三者が受寄者に対して訴えを提起し、又は差押え、仮差押え若しくは仮処分をしたとき→受寄者は遅滞なくその事実を寄託者に通知
  • ただし、寄託者が既にこれを知っているときは、この限りでない

3つめの義務は、通知です。

条文民法660条1項

民法第660条 寄託物について権利を主張する第三者が受寄者に対して訴えを提起し、又は差押え、仮差押え若しくは仮処分をしたときは、受寄者は、遅滞なくその事実を寄託者に通知しなければならない。ただし、寄託者が既にこれを知っているときは、この限りでない。

読み方です。預かった物について、権利を主張する第三者が、受寄者を相手に訴えを起こしたり、差押えなどをしたりしたときは、受寄者は、遅滞なく、その事実を寄託者に通知します。遅滞なく、がキーワードです。ただし、寄託者がもう知っているなら、通知は要りません。前に見た、賃借人の615条と同じ形の通知です。あのときは、大家が対応できるようにするための義務でした。寄託で、知らせを受けて対応する立場にいるのは、寄託者です。たとえば、Cという人が、その水槽は自分の物だ、と言って、Bを相手に訴えを起こしたとします。Bは、遅滞なく、Aに知らせます。訴えられたのはBでも、水槽を預けたのはAです。知らせがなければ、Aは、争いが起きていることを知らないままになりかねません。ただし書は、Aがもう知っているなら、この知らせは要らない、ということです。第三者が権利を主張してきたときに、どう返すのかは、次の回で見ます。

受領物の引渡し(665条→646条)。646条1項=寄託物を保管するに当たって受け取った金銭その他の物を寄託者に引き渡す・収取した果実も同様。2項=寄託者のために自己の名で取得した権利を寄託者に移転する。読み替え=「委任事務を処理するに当たって」→「寄託物を保管するに当たって」。665条は647条(金銭を自己のために消費したときの責任)も準用。 図:受領物の引渡し

  • 665条→646条
  • 646条1項=寄託物を保管するに当たって受け取った金銭その他の物を寄託者に引き渡す・収取した果実も同様。2項=寄託者のために自己の名で取得した権利を寄託者に移転する。読み替え=「委任事務を処理するに当たって」→「寄託物を保管するに当たって」。665条は647条(金銭を自己のために消費したときの責任)も準用。

4つめは、受け取った物の引渡しです。委任のとき見た646条を、寄託でも使います。665条という条文が、委任の規定のいくつかを寄託に借りてきていて、646条はその1つです。665条の全体は、寄託者の義務のところで、カードで見ます。ここでは、委任事務を処理するに当たって、を、寄託物を保管するに当たって、と読み替えます。1項です。保管するに当たって受け取った金銭その他の物は、寄託者に引き渡します。委任の回で見たとおり、受け取った物は、受け取った受寄者の物にはなりません。収取した果実も同じです。たとえば、預かった熱帯魚が稚魚を産んだなら、その稚魚も寄託者に渡します。2項は、寄託者のために自己の名で取得した権利を、寄託者に移転する、という義務です。委任の回では、Bが頼まれて、自分の名義で物件を買う例を見ました。自分の名前で取得した権利は、いったんBのものになるので、頼んだ側に移す、という義務でした。寄託でも、寄託者のために自分の名前で取得した権利があれば、同じく寄託者に移します。665条は、金銭を自己のために消費したときの責任を定める647条も、準用しています。

寄託者の義務① 損害賠償 委任の650条3項との違い

定着の問い(前回)。委任者が受任者の損害を賠償するのは、委任者に過失がなくても負うものだったか。 図:定着の問い

  • 前回
  • 委任者が受任者の損害を賠償するのは、委任者に過失がなくても負うものだったか。

寄託者の義務に入ります。その前に、前回の復習を1問です。委任で、受任者が過失なく損害を受けたとき、委任者が賠償するのは、委任者に過失がなくても負うものでしたか?はい、650条3項は、委任者に過失がなくても賠償します。寄託の場合は、どうなっているでしょうか。条文です。

条文民法661条

民法第661条 寄託者は、寄託物の性質又は瑕疵によって生じた損害を受寄者に賠償しなければならない。ただし、寄託者が過失なくその性質若しくは瑕疵を知らなかったとき、又は受寄者がこれを知っていたときは、この限りでない。

661条と委任の650条3項。661条=寄託者は寄託物の性質又は瑕疵によって生じた損害を賠償。ただし書=寄託者が過失なくその性質・瑕疵を知らなかったとき/受寄者がこれを知っていたとき→不要。650条3項=受任者が過失なく損害を受けたとき、委任者は賠償(委任者に過失がなくても)。665条は650条3項を準用しない(準用は650条1項・2項だけ)。 図:661条と委任の650条3項

  • 661条=寄託者は寄託物の性質又は瑕疵によって生じた損害を賠償
  • ただし書=寄託者が過失なくその性質・瑕疵を知らなかったとき/受寄者がこれを知っていたとき→不要
  • 650条3項=受任者が過失なく損害を受けたとき、委任者は賠償(委任者に過失がなくても)
  • 665条は650条3項を準用しない(準用は650条1項・2項だけ)

読み方です。寄託物の性質や瑕疵によって損害が生じたとき、寄託者は、受寄者に賠償します。ただし書に、免れる場面が2つあります。1つは、寄託者が、過失なく、その性質や瑕疵を知らなかったとき。もう1つは、受寄者が、それを知っていたときです。例です。Aが預けた水槽の水に、Aの知らない病気の菌がいて、Bの別の水槽の魚にうつったとします。Aが、過失なくそれを知らなかったなら、Aは賠償しなくてよい。Aが、過失で知らなかったなら、賠償します。Bが、菌がいることを知っていたなら、Aは免れます。委任の650条3項との違いです。650条3項は、委任者に過失がなくても賠償するという条文でした。寄託では、寄託物の性質や瑕疵で損害が出た場面を、661条が定めています。そして、次に見るとおり、665条は650条3項を準用していません。ですから、寄託者が過失なく知らなかったなら免れる、という結論は、委任とは違います。

寄託者の義務② 報酬・費用 665条で使われる委任の規定

665条の準用の範囲。準用される=646条(受取物の引渡し等)・647条(金銭の消費の責任)・648条(報酬=特約がなければ請求できない・後払い・648条3項の割合的報酬)・649条(費用の前払)・650条1項(費用等の償還)・2項(代弁済・担保提供)。準用されない=648条の2(成果等に対する報酬)・650条3項・644条(寄託では659条・400条)・644条の2(寄託では658条)・645条(報告)・651条(任意解除。寄託では657条の2など)。 図:665条の準用の範囲

  • 準用される=646条(受取物の引渡し等)・647条(金銭の消費の責任)・648条(報酬=特約がなければ請求できない・後払い・648条3項の割合的報酬)・649条(費用の前払)・650条1項(費用等の償還)・2項(代弁済・担保提供)
  • 準用されない=648条の2(成果等に対する報酬)・650条3項・644条(寄託では659条・400条)・644条の2(寄託では658条)・645条(報告)・651条(任意解除。寄託では657条の2など)

最後の義務です。665条を出します。

条文民法665条

民法第665条 第六百四十六条から第六百四十八条まで、第六百四十九条並びに第六百五十条第一項及び第二項の規定は、寄託について準用する。

準用とは、必要な読み替えをして借りることでした。借りる条文を読みます。646条、647条、648条、649条、そして650条の1項と2項です。準用される条文を整理します。646条は、受取物の引渡し等。647条は、金銭を自己のために消費したときの責任。648条は、報酬です。特約がなければ請求できない、後払い、そして648条3項の、途中で終わったときに既にした割合で請求できる報酬が含まれます。649条は、費用の前払。650条1項は、費用等の償還。2項は、代弁済、つまり自分に代わって払ってくれと請求することと、担保を供させることです。準用されないものが、試験で問われます。外れた条文には、寄託の側に、対応する条文があるものもあります。644条の善管注意は、寄託では659条と400条。644条の2は、658条。651条の、いつでも解除できるという任意解除も準用されず、寄託のやめ方は、657条の2など、寄託の条文で決まります。次の2つは、寄託の側に、同じ場面の条文がありません。1つは、648条の2です。前回見た、成果に対して報酬を払う型でした。寄託の報酬で借りてくるのは、648条のほうだけです。もう1つは、645条の報告です。委任者が請求すれば、いつでも状況を報告する、という義務でした。この2つは、665条の列挙に入っていません。ですから、寄託には使われません。

有償のペットホテルで考えます。報酬の特約があります。報酬は、保管を終えた後に請求します。648条2項です。預かりの途中で終わったなら、既にした割合で請求できます。648条3項です。魚のえさ代を受寄者が立て替えたなら、寄託者に償還を請求できます。650条1項です。費用を要するときは、前払も請求できます。649条です。

寄託物を受け取る前の解除

定着の問い(受け取る前の解除)。書面でする消費貸借で、お金を受け取る前に解除できるのは、借主と貸主のどちらだったか。 図:定着の問い

  • 受け取る前の解除
  • 書面でする消費貸借で、お金を受け取る前に解除できるのは、借主と貸主のどちらだったか。

最後の柱です。その前に、復習を1問です。書面でする消費貸借で、お金を受け取る前に解除できるのは、借主と貸主のどちらでしたか?借主です。貸主は、損害を賠償請求できました。消費貸借と使用貸借でも、受け取る前の解除を見ました。贈与にも、書面によらない贈与の解除がありました。寄託でも同じ問いが出ます。寄託は諾成ですから、受け取る前から、契約は成立しています。受寄者が寄託物を受け取るまでの間に、誰が、どう解除できるのか。条文です。

条文民法657条の2

民法第657条の2 寄託者は、受寄者が寄託物を受け取るまで、契約の解除をすることができる。この場合において、受寄者は、その契約の解除によって損害を受けたときは、寄託者に対し、その賠償を請求することができる。 2 無報酬の受寄者は、寄託物を受け取るまで、契約の解除をすることができる。ただし、書面による寄託については、この限りでない。 3 受寄者(無報酬で寄託を受けた場合にあっては、書面による寄託の受寄者に限る。)は、寄託物を受け取るべき時期を経過したにもかかわらず、寄託者が寄託物を引き渡さない場合において、相当の期間を定めてその引渡しの催告をし、その期間内に引渡しがないときは、契約の解除をすることができる。

受け取る前の解除の3者表。寄託者(1項)=受寄者が受け取るまで・要件なし・書面があってもできる・受寄者は損害の賠償を請求できる(1項後段)。無報酬の受寄者(2項)=受け取るまで・要件なし・書面による寄託ならできない(ただし書)・損害賠償は条文に定めなし。有償の受寄者・書面による無報酬の受寄者(3項)=受け取るべき時期を経過+相当の期間を定めた催告+期間内に引渡しなし・無報酬の場合は書面が前提・損害賠償は条文に定めなし。 図:受け取る前の解除の3者表

  • 寄託者(1項)=受寄者が受け取るまで・要件なし・書面があってもできる・受寄者は損害の賠償を請求できる(1項後段)
  • 無報酬の受寄者(2項)=受け取るまで・要件なし・書面による寄託ならできない(ただし書)・損害賠償は条文に定めなし
  • 有償の受寄者・書面による無報酬の受寄者(3項)=受け取るべき時期を経過+相当の期間を定めた催告+期間内に引渡しなし・無報酬の場合は書面が前提・損害賠償は条文に定めなし

3者に分けて読みます。1項は、寄託者です。受寄者が寄託物を受け取るまで、契約を解除できます。要件はありません。有償か無償か、書面があるかどうかも問いません。条文に限定がないからです。この場合、受寄者は、解除によって損害を受けたときは、寄託者に賠償を請求できます。寄託は、預ける人のために結ばれる契約だからです。2項は、無報酬の受寄者です。寄託物を受け取るまで、契約を解除できます。ただし、書面による寄託は、解除できません。無償の寄託は、寄託者だけが利益を受ける契約です。口約束で軽率に引き受けてしまった受寄者を守る、という考えです。贈与の550条や、使用貸借の593条の2で見た、勢いでした軽率なタダの約束を防ぐ、という考えと同じです。ただし、物の動きは逆です。使用貸借で守られたのは、物を貸し出す貸主でした。寄託で守られるのは、物を預かる受寄者です。どちらも、タダで相手のために引き受ける側です。3項は、残りの2者です。有償の受寄者と、書面による無報酬の受寄者です。この2者は、2項の自由な解除はできません。2項が守るのは、報酬をもらわず、しかも書面を作らずに引き受けた受寄者でした。報酬をもらう受寄者も、書面を作った受寄者も、その条件から外れます。認められるのは、3項だけです。寄託物を受け取るべき時期を経過したにもかかわらず、寄託者が引き渡さない場合に、相当の期間を定めて引渡しの催告をします。その期間内に引渡しがないとき、解除できます。書面によらない無報酬の受寄者は、2項で解除できるので、3項の対象には入っていません。括弧書きで、そう読めます。

2項と3項には、賠償の定めが条文にありません。定めがない、と言うだけです。賠償できない、とまでは言いません。

受け取る前の解除の並び。消費貸借=書面でする消費貸借の借主(587条の2第2項・貸主は損害を賠償請求できる)。使用貸借=書面によらない使用貸借の貸主(593条の2・書面があればできない)。贈与=書面によらない贈与の各当事者(550条・履行の終わった部分はできない)。寄託=寄託者(657条の2第1項)・書面によらない無報酬の受寄者(同条2項)・有償等の受寄者は催告による(同条3項)。 図:受け取る前の解除の並び

  • 消費貸借=書面でする消費貸借の借主(587条の2第2項・貸主は損害を賠償請求できる)
  • 使用貸借=書面によらない使用貸借の貸主(593条の2・書面があればできない)
  • 贈与=書面によらない贈与の各当事者(550条・履行の終わった部分はできない)
  • 寄託=寄託者(657条の2第1項)・書面によらない無報酬の受寄者(同条2項)・有償等の受寄者は催告による(同条3項)

4つの契約の受け取る前の解除を、並べます。消費貸借は、書面でする消費貸借の借主です。貸主は、損害の賠償を請求できます。使用貸借は、書面によらない使用貸借の貸主です。書面があれば、できません。贈与は、書面によらない贈与の各当事者です。550条は、受け取る前に限らず、履行の終わった部分は解除できない、という形ですから、要件が少し違います。寄託は、寄託者と、書面によらない無報酬の受寄者が、受け取るまで自由に解除できます。有償などの受寄者は、催告による解除です。例で確かめます。Aが旅行前日に、Bへ水槽を預ける約束をしました。1つめ、口約束で無償の場合です。Aが旅行をやめたなら、受け取る前なので解除できます。賠償は、1項後段の問題です。Bが、やっぱり無理、となったときは、書面がないので解除できます。2つめ、書面を作った無償の約束です。Bは、自分からは解除できません。ただ、Aが約束の日に水槽を持って来ないなら、Bは相当の期間を定めて催告し、それでも来なければ解除できます。3つめ、有償のペットホテルの予約です。ホテルは、受け取る前に自由には解除できません。催告による解除ならできます。受け取った後の話、返還の請求や時期の定めは、次の回で見ます。

今日のまとめ

今日のまとめ。寄託(657条)=保管の委託+承諾で成立する諾成契約・無報酬なら片務無償/報酬の特約があれば双務有償。受寄者の義務=使用禁止・再寄託(承諾かやむを得ない事由・658条)・注意(無報酬=自己の財産と同一・659条/有償=善管・400条)・通知(660条1項)・受領物の引渡し(665条→646条)。寄託者の義務=損害賠償(661条)・報酬と費用(665条→648条・649条・650条1項2項)。受け取る前の解除(657条の2)=寄託者・書面によらない無報酬の受寄者はいつでも/有償・書面による無報酬の受寄者は催告による。 図:今日のまとめ

  • 寄託(657条)=保管の委託+承諾で成立する諾成契約・無報酬なら片務無償/報酬の特約があれば双務有償
  • 受寄者の義務=使用禁止・再寄託(承諾かやむを得ない事由・658条)・注意(無報酬=自己の財産と同一・659条/有償=善管・400条)・通知(660条1項)・受領物の引渡し(665条→646条)
  • 寄託者の義務=損害賠償(661条)・報酬と費用(665条→648条・649条・650条1項2項)
  • 受け取る前の解除(657条の2)=寄託者・書面によらない無報酬の受寄者はいつでも/有償・書面による無報酬の受寄者は催告による

今日の内容を整理します。寄託は、保管の委託と承諾で成立する諾成契約です。報酬の特約がなければ片務で無償、あれば双務で有償です。受寄者の義務です。承諾なしに使えない。再寄託は、寄託者の承諾か、やむを得ない事由があるときだけ。注意は、無報酬なら自己の財産に対するのと同一、有償なら善管注意です。委任は無償でも善管注意で、寄託は無償なら軽い。冒頭の設例は、自分の水槽と同じ世話をしていた以上、保管義務の違反にならず、弁償にはなりません。通知は、遅滞なく。受け取った物は、寄託者に引き渡します。寄託者の義務です。661条の損害賠償は、過失なく知らなかったとき、または受寄者が知っていたときは免れます。650条3項は準用されません。報酬と費用は、665条で、648条、649条、650条の1項と2項が使われます。最後に、受け取る前の解除です。寄託者と、書面によらない無報酬の受寄者は、受け取るまで解除できます。有償の受寄者と、書面による無報酬の受寄者は、催告による解除です。次の回では、預かった物の返還などを見ます。

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#278単独ページ動画

寄託物の返還・混合寄託・消費寄託

第5章 契約 #278/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

預かっている絵に「私の物だ」と言う人が来た

冒頭の設例 友人Aから預かっている絵に、見知らぬ人Eが「それは私の絵だ。私に渡せ」と言ってきた。預かっているBは、誰に返せばよいか。

記号を付けます。絵を預けた友人がA、預かっている人がB、渡せと言ってきた知らない人がEです。先に方向だけ言います。原則は、Eではなく、Aに返します。例外が使える場面は、条件が3つ揃ったときだけです。条文は660条の2項と3項です。前回は、寄託の意義と、受寄者の義務、寄託者の義務、そして物を受け取る前の解除を見ました。今日は、その続きです。第三者が権利を主張してきたときの返し方と、受け取った後の返還を見ます。絵のほかにも、あるんですよね?あります。この回の後半では、銀行に預けたお金も出てきます。預金は、実は寄託の一種です。混ぜて預ける寄託と合わせて、特殊な寄託として見ます。

寄託者による返還請求 いつでも返してと言える

絵の返還請求。BはAから絵を1年間預かる約束(返還は来年末)。半年たったところでAが「やっぱり返して」と請求→できる(662条1項)。Bがこれにより損害(有償なら残りの期間の保管料など)を受けたら、Aに賠償を請求できる(同条2項)。 図:絵の返還請求

  • BはAから絵を1年間預かる約束(返還は来年末)
  • 半年たったところでAが「やっぱり返して」と請求→できる(662条1項)
  • Bがこれにより損害(有償なら残りの期間の保管料など)を受けたら、Aに賠償を請求できる(同条2項)

1つめは、寄託者の側から見た返還です。Aが絵をBに預けるとき、返すのは来年末、と決めたとします。半年たったところで、Aが、やっぱり返して、と言いました。返してもらえるのでしょうか。条文です。

条文民法662条

民法第662条 当事者が寄託物の返還の時期を定めたときであっても、寄託者は、いつでもその返還を請求することができる。 2 前項に規定する場合において、受寄者は、寄託者がその時期の前に返還を請求したことによって損害を受けたときは、寄託者に対し、その賠償を請求することができる。

読み方です。1項は、返還の時期を定めたときであっても、寄託者は、いつでも返還を請求できる、です。時期を定めていなければ、もちろん、いつでも請求できます。つまり、来年末と決めていても、Aは半年で返せと言えます。そこで、軸が効きます。寄託は、預ける人のために結ばれる契約です。前回、受け取る前の解除で、寄託者はいつでも解除できると見ました。同じ筋です。預けた人のための契約ですから、預けた人が、自分の物を返せと言うのは自由にできます。ただし、受寄者には手当てがあります。2項です。寄託者が時期の前に返還を請求したことによって、受寄者が損害を受けたときは、寄託者に賠償を請求できます。たとえば、Bが保管料をもらう約束で預かっていたなら、期限まで預かれば受け取れたはずの保管料から、保管しなくて済んだ費用を差し引いた分が、損害になりえます。前回の657条の2との線引きです。657条の2は、受け取る前の解除でした。662条は、受け取った後の返還の請求です。受け取る前か後かで、条文が分かれます。

受寄者が返すとき 期限前には返せない

返還の非対称表。①返還の時期の定めなし=寄託者はいつでも請求できる(662条1項)/受寄者はいつでも返還できる(663条1項)。②定めあり(一般の寄託)=寄託者はいつでも請求できる(662条1項)・受寄者の損害は賠償(同条2項)/受寄者はやむを得ない事由がなければ期限前に返還できない(663条2項)。 図:返還の非対称表

  • ①返還の時期の定めなし=寄託者はいつでも請求できる(662条1項)/受寄者はいつでも返還できる(663条1項)
  • ②定めあり(一般の寄託)=寄託者はいつでも請求できる(662条1項)・受寄者の損害は賠償(同条2項)/受寄者はやむを得ない事由がなければ期限前に返還できない(663条2項)

2つめは、受寄者の側から見た返還です。

条文民法663条

民法第663条 当事者が寄託物の返還の時期を定めなかったときは、受寄者は、いつでもその返還をすることができる。 2 返還の時期の定めがあるときは、受寄者は、やむを得ない事由がなければ、その期限前に返還をすることができない。

読み方です。1項は、返還の時期を定めていないとき、受寄者は、いつでも返せます。2項は、返還の時期の定めがあるときです。受寄者は、やむを得ない事由がなければ、期限前に返せません。662条と並べます。時期の定めがないときは、寄託者はいつでも請求でき、受寄者もいつでも返せます。差が出るのは、定めがあるときです。寄託者は、定めがあってもいつでも請求できます。受寄者は、やむを得ない事由がなければ、期限前に返せません。寄託者の側は自由で、受寄者の側は縛られる。この非対称が、この表の核です。預ける人のための契約、という筋でつながります。絵の例です。Aが、来年末まで家を空けるので、Bに絵を預けたとします。Bが半年で、もう返します、と言ってきても、Aは受け取れません。

条文の上では、定めがあるときの受寄者が期限前に返せるのは、やむを得ない事由があるときに限られます。原則として期限前には返せない、と押さえてください。

返還の場所(664条)。原則=保管をすべき場所で返還。例外=受寄者が正当な事由によって保管する場所を変更したときは、その現在の場所で返還できる。例=倉庫Xで保管する約束の荷物を、Xが使えなくなり倉庫Yへ移した→Yで返還できる。 図:返還の場所

  • 664条
  • 原則=保管をすべき場所で返還。例外=受寄者が正当な事由によって保管する場所を変更したときは、その現在の場所で返還できる。例=倉庫Xで保管する約束の荷物を、Xが使えなくなり倉庫Yへ移した→Yで返還できる。

3つめは、返す場所です。

条文民法664条

民法第664条 寄託物の返還は、その保管をすべき場所でしなければならない。ただし、受寄者が正当な事由によってその物を保管する場所を変更したときは、その現在の場所で返還をすることができる。

読み方です。原則は、保管をすべき場所で返します。例外は、受寄者が正当な事由で保管場所を変えたときです。このときは、現在の場所で返してかまいません。たとえば、倉庫Xで保管する約束の荷物があったとします。Xが使えなくなり、受寄者が倉庫Yに移しました。この移動に正当な事由があれば、Yで返せます。

第三者が権利を主張してきたとき

設例の図。A(寄託者)→B(受寄者)「絵を預ける」。E(第三者)→B「私の絵だ、渡せ」。前回の660条1項=訴えの提起・差押え・仮差押え・仮処分があれば受寄者は遅滞なく寄託者に通知(寄託者が既に知っているときは不要)。 図:設例の図

  • A(寄託者)→B(受寄者)「絵を預ける」
  • 前回の660条1項=訴えの提起・差押え・仮差押え・仮処分があれば受寄者は遅滞なく寄託者に通知(寄託者が既に知っているときは不要)

ここからが冒頭の設例です。前回、660条の1項を見ました。第三者が、受寄者を相手に、訴えを起こしたり、差押えをしたりしたときは、受寄者は、遅滞なく寄託者に通知する、という義務でした。ただし、寄託者がもう知っているなら、通知は要りません。今日は、その続きの2項と3項です。先に、筋を1つ置きます。寄託の契約を結んだのは、AとBです。Eは、その契約の外にいます。

条文民法660条2項・3項

民法第660条 2 第三者が寄託物について権利を主張する場合であっても、受寄者は、寄託者の指図がない限り、寄託者に対しその寄託物を返還しなければならない。ただし、受寄者が前項の通知をした場合又は同項ただし書の規定によりその通知を要しない場合において、その寄託物をその第三者に引き渡すべき旨を命ずる確定判決(確定判決と同一の効力を有するものを含む。)があったときであって、その第三者にその寄託物を引き渡したときは、この限りでない。 3 受寄者は、前項の規定により寄託者に対して寄託物を返還しなければならない場合には、寄託者にその寄託物を引き渡したことによって第三者に損害が生じたときであっても、その賠償の責任を負わない。

2項の本文から読みます。第三者が寄託物について権利を主張する場合であっても、受寄者は、寄託者の指図がない限り、寄託者に返還しなければなりません。ですから、Eが、私の絵だ、渡せ、と言ってきただけでは、Bは、Eに渡しません。Aに返します。本当にEの絵だったら、Aに返すのは、まずくないですか?そこが、この条文の線の引き方です。Bが返還義務を負う相手は、契約の相手方のAです。Eが何を言っても、Eが勝手に言っただけでは、その義務は動きません。例外は、ただし書の3つが揃ったときだけです。

2項ただし書の3要件。①受寄者が前項の通知をした場合、又は同項ただし書の規定によりその通知を要しない場合 ②その寄託物をその第三者に引き渡すべき旨を命ずる確定判決(確定判決と同一の効力を有するものを含む。)があったとき ③その第三者にその寄託物を引き渡したとき→この限りでない(寄託者に返す義務を負わない)。なお「寄託者の指図」があれば、その指図に従う。 図:2項ただし書の3要件

  • ①受寄者が前項の通知をした場合、又は同項ただし書の規定によりその通知を要しない場合
  • ②その寄託物をその第三者に引き渡すべき旨を命ずる確定判決(確定判決と同一の効力を有するものを含む。)があったとき
  • ③その第三者にその寄託物を引き渡したとき→この限りでない(寄託者に返す義務を負わない)
  • なお「寄託者の指図」があれば、その指図に従う

3つの要件です。1つめ。受寄者が、1項の通知をした場合、または、1項のただし書で通知が要らない場合。2つめ。その寄託物を、その第三者に引き渡すべき旨を命ずる確定判決があったとき。3つめ。その第三者に、実際に寄託物を引き渡したとき。この3つが揃うと、「この限りでない」、つまり、寄託者に返す義務を負わない、という扱いになります。2つめの確定判決について、2点あります。確定判決と同一の効力を有するものも含みます。たとえば、裁判上の和解です。もう1点。判決の中身は、第三者に寄託物を引き渡すべき旨を命ずるものです。条文の文言どおりに読むと、Eの権利を確認するだけの判決は、これにあたりません。

Aが、Eに渡してやって、と指図したなら、Bは、それに従えます。指図がない限り、寄託者に返す、というのが原則の形です。

流れ図。E「私の物だ」→B→(原則)Aに返還(660条2項本文)/(例外)通知(又は不要)→引渡しを命ずる確定判決(和解を含む)→Eに引渡し→Aへの返還義務を負わない(ただし書)。Aに返したことでEに損害が出ても、Bは賠償の責任を負わない(3項)。 図:流れ図

  • E「私の物だ」→B→(原則)Aに返還(660条2項本文)/(例外)通知(又は不要)→引渡しを命ずる確定判決(和解を含む)→Eに引渡し→Aへの返還義務を負わない(ただし書)
  • Aに返したことでEに損害が出ても、Bは賠償の責任を負わない(3項)

3項です。受寄者が、2項により寄託者に返さなければならない場合に、寄託者に引き渡したことで第三者に損害が生じたときも、受寄者は、その賠償の責任を負いません。Aに返すのが2項の義務である以上、Aに返したことで、Eに損害が出ても、Bは、Eに賠償しません。通知を要件に入れた理由です。通知があれば、寄託者に、自分の権利を主張する機会が確保されます。では、本当にEの絵だったら、どうなるか。Eには、裁判を起こして、Bに引き渡せという確定判決を取る道があります。その確定判決があり、BがEに渡したときが、ただし書の場面です。設例の答えです。Eが、渡せ、と言ってきただけでは、Bは、Aに返します。Eが裁判を起こしたり差押えをしてきたりしたときは、Bは、遅滞なくAに通知します。そのうえで、Eに引き渡すべき旨を命ずる確定判決が出て、BがEに渡したなら、Aへの返還義務を負わなくなります。Aに返して、Eに損害が出ても、Bは、賠償の責任を負いません。ここは、論文で論点になりうるところです。

返還を受けた後の期間制限

定着の問い(566条)。売った物が契約の内容に合っていなかったとき、買主は、いつから数えて1年以内に何をしないと救済を失うか。 図:定着の問い

  • 566条
  • 売った物が契約の内容に合っていなかったとき、買主は、いつから数えて1年以内に何をしないと救済を失うか。

4つめに入る前に、復習を1問です。売った物が契約の内容に合っていなかったとき、買主は、いつから数えて1年以内に、何をしないと、救済を失いますか?不適合を知った時から1年以内に、売主に通知します。566条でした。寄託にも、返した後の期間制限があります。条文です。

条文民法664条の2

民法第664条の2 寄託物の一部滅失又は損傷によって生じた損害の賠償及び受寄者が支出した費用の償還は、寄託者が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。 2 前項の損害賠償の請求権については、寄託者が返還を受けた時から一年を経過するまでの間は、時効は、完成しない。

期間制限(664条の2)。①対象は2つ=寄託物の一部滅失又は損傷によって生じた損害の賠償/受寄者が支出した費用の償還 ②寄託者が返還を受けた時から1年以内に請求(除斥期間) ③損害賠償の請求権は、返還を受けた時から1年を経過するまで時効が完成しない(費用の償還は2項の対象外) ④566条との違い=566条は不適合を知った時から1年以内に通知/664条の2は返還を受けた時から1年以内に請求。 図:期間制限

  • 664条の2
  • ①対象は2つ=寄託物の一部滅失又は損傷によって生じた損害の賠償
  • 受寄者が支出した費用の償還 ②寄託者が返還を受けた時から1年以内に請求(除斥期間) ③損害賠償の請求権は、返還を受けた時から1年を経過するまで時効が完成しない(費用の償還は2項の対象外) ④566条との違い=566条は不適合を知った時から1年以内に通知
  • 664条の2は返還を受けた時から1年以内に請求。

読み方です。1項の対象は2つです。寄託物の一部滅失または損傷によって生じた損害の賠償。そして、受寄者が支出した費用の償還。この2つは、寄託者が返還を受けた時から1年以内に請求しなければなりません。この期間は、除斥期間と説明されます。全部滅失は、この条文の文言に入っていません。2項です。損害賠償の請求権については、返還を受けた時から1年を経過するまでの間は、時効が完成しません。猶予されるのは、損害賠償の請求権だけです。費用の償還は、2項の対象に入っていません。2つの項の関係です。1項の1年とは別に、損害賠償の請求権には、ふつうの消滅時効も進んでいます。長く預けていると、返ってくる前に、その時効が完成してしまうことがあります。2項は、返還から1年たつまでは、その時効を完成させません。

2項の猶予の理由は、返還を受けるまで、寄託者は、寄託物の状態を把握するのが難しいからだ、と説明されます。1年の期間そのものは、保管中に生じた損傷かどうかが不明確になるのを避け、債権債務の関係を早く処理するためだ、と説明されます。例です。Aが絵を預け、1年後に返してもらったら、額縁が欠けていました。気づいたのは、返還の半年後でした。返還から1年以内ですから、請求できます。また、返還から1年を経過するまでは、損害賠償の請求権の時効は、完成しません。566条との違いです。566条は、不適合を知った時から1年以内に、通知します。664条の2は、返還を受けた時から1年以内に、請求します。起算点が、知った時か、返還を受けた時か。動詞が、通知か、請求か。条文の文言が違います。使用貸借の回で見た600条も、返ってから1年以内の請求と、損害賠償だけ時効が完成しない、という同じ2段でした。

混合寄託 同じ種類・品質の物を混ぜて預かる

混合寄託。倉庫の受寄者Bに、米農家A・C・Dが、同じ種類・品質の米を各60キロ寄託。3人の承諾を得てBが混合して保管→各自「60キロ分」の返還を請求できる(665条の2第2項)。火災で60キロ滅失し残り120キロ→各自の割合(3分の1)に応じ40キロ(同条3項)。 図:混合寄託

  • 倉庫の受寄者Bに、米農家A・C・Dが、同じ種類・品質の米を各60キロ寄託
  • 3人の承諾を得てBが混合して保管→各自「60キロ分」の返還を請求できる(665条の2第2項)
  • 火災で60キロ滅失し残り120キロ→各自の割合(3分の1)に応じ40キロ(同条3項)

5つめは、特殊な寄託の1つ目、混合寄託です。ここだけ、寄託者が複数要ります。こめ農家のA、C、Dの3人が、倉庫の受寄者Bに、同じ種類と品質のこめを、各60キロ預ける場面を考えます。条文です。

条文民法665条の2

民法第665条の2 複数の者が寄託した物の種類及び品質が同一である場合には、受寄者は、各寄託者の承諾を得たときに限り、これらを混合して保管することができる。 2 前項の規定に基づき受寄者が複数の寄託者からの寄託物を混合して保管したときは、寄託者は、その寄託した物と同じ数量の物の返還を請求することができる。 3 前項に規定する場合において、寄託物の一部が滅失したときは、寄託者は、混合して保管されている総寄託物に対するその寄託した物の割合に応じた数量の物の返還を請求することができる。この場合においては、損害賠償の請求を妨げない。

1項です。複数の者が寄託した物の種類と品質が同一であるとき、受寄者は、各寄託者の承諾を得たときに限り、混ぜて保管できます。この形の寄託を、混合寄託と言います。AとCとDの3人全員の承諾が要ります。ひとりでも承諾していなければ、混ぜられません。2項です。混ぜて保管したときは、寄託者は、寄託した物と同じ数量の物の返還を請求できます。Aは、60キロ分を請求できます。自分が持ち込んだこめの袋そのものでなくてかまいません。もともと同じ種類と品質の物だからです。3項です。寄託物の一部が滅失したときは、混ぜて保管されている総寄託物に対する、自分の寄託した物の割合に応じた数量を請求できます。たとえば、火災で60キロ分が滅失し、残りが120キロになったとします。3人の割合は、それぞれ3分の1ですから、各自40キロを請求できます。この場合に、損害賠償の請求を妨げない、とあります。賠償が常に出る、という意味ではありません。債務不履行の賠償は、責めに帰すべき事由があるかどうかの問題です。

混合寄託は、受寄者が米を売ったりできるのですか?違います。混合寄託は、受寄者が寄託物を消費できる契約ではありません。混ぜて保管するだけです。次に見る消費寄託は、受寄者が消費できる点が違います。

消費寄託 預金の正体

消費寄託の定義と預金の対応。受寄者が契約により寄託物を消費することができる寄託。預金者=寄託者A、銀行=受寄者B。銀行は預かった金銭を運用したり他の預金者への払戻しに使ったりできる→同じ金額(種類・品質・数量の同じ物)で返せばよい。 図:消費寄託の定義と預金の対応

  • 受寄者が契約により寄託物を消費することができる寄託
  • 預金者=寄託者A、銀行=受寄者B
  • 銀行は預かった金銭を運用したり他の預金者への払戻しに使ったりできる→同じ金額(種類・品質・数量の同じ物)で返せばよい

6つめは、特殊な寄託の2つ目、消費寄託です。受寄者が、契約により、寄託物を消費できる寄託です。典型は、預貯金の契約です。ここから、預金者をA、銀行をBと呼びます。預金者が寄託者、銀行が受寄者です。

条文民法666条

民法第666条 受寄者が契約により寄託物を消費することができる場合には、受寄者は、寄託された物と種類、品質及び数量の同じ物をもって返還しなければならない。 2 第五百九十条及び第五百九十二条の規定は、前項に規定する場合について準用する。 3 第五百九十一条第二項及び第三項の規定は、預金又は貯金に係る契約により金銭を寄託した場合について準用する。

1項です。受寄者が契約により寄託物を消費できる場合、受寄者は、寄託された物と、種類、品質、数量の同じ物で返します。銀行は、預かったお金を運用したり、他の預金者への払戻しに使ったりできます。ですから、預けたお札そのものではなく、同じ金額を返せばよいのです。消費寄託は、寄託の一種ですから、寄託の規定が適用されます。ただし、消費貸借にも似ています。受寄者が処分できる点と、同じ種類、品質、数量の物で返す点です。そこで、2項は、590条と592条だけを準用しています。

消費寄託の準用範囲。準用される=590条(貸主から引き渡された物が契約の内容に適合しないときの扱い)・592条(種類、品質及び数量の同じ物で返還できなくなったとき、その時における物の価額を償還。ただし402条2項の場合を除く)。預貯金の場合だけ=591条2項・3項(666条3項)。準用されない=591条1項(貸主の催告)。返還のルールは寄託の規定のまま=662条・663条。 図:消費寄託の準用範囲

  • 準用される=590条(貸主から引き渡された物が契約の内容に適合しないときの扱い)・592条(種類、品質及び数量の同じ物で返還できなくなったとき、その時における物の価額を償還。ただし402条2項の場合を除く)
  • 預貯金の場合だけ=591条2項・3項(666条3項)
  • 準用されない=591条1項(貸主の催告)
  • 返還のルールは寄託の規定のまま=662条・663条

準用の範囲を整理します。準用されるのは、590条と592条です。590条は、貸主から引き渡された物が契約の内容に適合しないときの扱いで、消費貸借の回で見ました。592条を出します。

条文民法592条

民法第592条 借主が貸主から受け取った物と種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることができなくなったときは、その時における物の価額を償還しなければならない。ただし、第四百二条第二項に規定する場合は、この限りでない。

読み方です。借主を受寄者と読み替えます。受け取った物と同じ種類、品質、数量の物で返せなくなったときは、その時における物の価額を償還します。例です。倉庫業者のBが、契約で、預かったこめを売ってもよい、返すときは同じ種類、品質、数量のこめで、と決めて、農家のAからこめを預かりました。Bがこめを売ってしまい、同じこめを用意できなくなりました。この場合、その時のこめの価額を償還します。準用されないものも、押さえます。591条1項、貸主が相当の期間を定めて催告する規定は、準用されません。消費寄託も寄託の一種ですから、返す時期のルールは寄託の規定のままです。つまり、寄託者は、いつでも返還を請求できます。662条です。591条の2項と3項は、預金に限って準用されます。このすぐ後で見ます。

預貯金の特則 銀行は期限前でも返せる

定着の問い(591条)。消費貸借で、返す時期を定めていたとき、借主は時期の前に返してもよかったか。貸主に損害が出たらどうなるか。 図:定着の問い

  • 591条
  • 消費貸借で、返す時期を定めていたとき、借主は時期の前に返してもよかったか。貸主に損害が出たらどうなるか。

3項に入る前に、前に見た消費貸借の復習を1問です。返す時期を定めていたとき、借主は、時期の前に返してもよかったですか? 貸主に損害が出たら、どうなりますか?借主は、時期の前でも返せます。貸主に損害が出たなら、賠償を請求できました。591条を出します。

条文民法591条

民法第591条 当事者が返還の時期を定めなかったときは、貸主は、相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。 2 借主は、返還の時期の定めの有無にかかわらず、いつでも返還をすることができる。 3 当事者が返還の時期を定めた場合において、貸主は、借主がその時期の前に返還をしたことによって損害を受けたときは、借主に対し、その賠償を請求することができる。

666条3項は、この2項と3項を、預金または貯金に係る契約により金銭を寄託した場合に準用しています。つまり、預金では、受寄者の銀行は、返還の時期の定めの有無にかかわらず、いつでも返せます。時期を定めていた場合に、銀行が時期の前に返したことで、預金者が損害を受けたときは、預金者は、銀行に賠償を請求できます。分かれ目は、誰の利益のための契約か、です。一般の消費寄託も、寄託者の利益のための契約です。預貯金の契約は違います。受寄者が預かった金銭を運用することを前提とする契約で、受寄者の金融機関にも利益が生じます。ですから、663条2項を当てはめると、受寄者に一方的に不利になります。金融機関が、自分の利益を放棄することを禁じる理由はない、と説明されます。例です。預金者Aが、銀行Bに、1年後に払い戻す約束で、定期預金をしました。銀行が、満期の前に全額お返しします、と返してきました。Bは、期限前でも返せます。666条3項で準用される591条2項です。Aが損害を受けたなら、Bに賠償を請求できます。591条3項です。

定着の問い(本編)。預金者は、定期預金でも、いつでも返してと言える。では、銀行のほうから、満期の前に返すことはできるか。 図:定着の問い

  • 本編
  • 預金者は、定期預金でも、いつでも返してと言える。では、銀行のほうから、満期の前に返すことはできるか。

ここで1問です。寄託者の預金者は、定期預金でも、いつでも返してと言えます。では、銀行のほうから、満期の前に返すことはできるでしょうか?一般の寄託なら、期限前には返せません。でも、預金は、666条3項で591条2項が準用されるので、銀行も、期限前に返せます。預金者が、いつでも請求できるのは、662条1項です。銀行が、期限前に返せるのは、666条3項による591条2項です。2つを区別してください。

預金の話の受け。預金債権の譲渡制限=466条の5。預金の払戻しと478条(受領権者としての外観を有する者への弁済)。預金を差し押さえられたときの相殺。預金担保貸付と預金者の認定。預金の取扱いの細部=預金規定(定型約款)。 図:預金の話の受け

  • 預金債権の譲渡制限=466条の5
  • 預金の払戻しと478条(受領権者としての外観を有する者への弁済)
  • 預金を差し押さえられたときの相殺
  • 預金担保貸付と預金者の認定
  • 預金の取扱いの細部=預金規定(定型約款)

預金には、今までの回の話が、いくつもつながっています。預金債権の譲渡制限の特則が、466条の5でした。預金の払戻しは、478条の、受領権者としての外観を有する者への弁済でした。預金を差し押さえられたときの相殺、預金を担保に銀行から借りる預金担保貸付けと、預金は誰のものかという預金者の認定も、債権総論の回で見ました。預金の取扱いの細部は、預金規定という約款で決まります。定型約款の回で、名前を出しました。

返還の非対称表(預貯金の行を追加)。①定めなし=寄託者いつでも請求(662条1項)/受寄者いつでも返還(663条1項)。②定めあり(一般の寄託)=寄託者いつでも請求(662条1項)/受寄者はやむを得ない事由がなければ期限前に返せない(663条2項)。③定めあり(預貯金)=寄託者いつでも請求(662条1項)/受寄者はいつでも返還できる(666条3項→591条2項)・寄託者に損害があれば賠償(591条3項)。 図:返還の非対称表

  • 預貯金の行を追加
  • ①定めなし=寄託者いつでも請求(662条1項)
  • 受寄者いつでも返還(663条1項)。②定めあり(一般の寄託)=寄託者いつでも請求(662条1項)
  • 受寄者はやむを得ない事由がなければ期限前に返せない(663条2項)。③定めあり(預貯金)=寄託者いつでも請求(662条1項)
  • 受寄者はいつでも返還できる(666条3項→591条2項)・寄託者に損害があれば賠償(591条3項)。

先ほどの非対称表に、3行目を足します。定めがある預貯金は、寄託者はいつでも請求できます。受寄者の銀行も、いつでも返せます。寄託者に損害があれば賠償です。

比較表 誰の利益のための契約か

消費貸借と消費寄託の比較。消費貸借=借主の利益のための契約/定めあり・貸主は期限まで請求できない(期限の定めの帰結)・借主はいつでも返還(591条2項)・貸主は損害の賠償請求(同条3項)/定めなし・貸主は相当の期間を定めて催告(同条1項)・借主はいつでも返還(同条2項)。消費寄託(一般)=寄託者の利益のための契約/寄託者は定めがあってもいつでも請求(662条1項)・受寄者の損害は寄託者が賠償(同条2項)/受寄者はやむを得ない事由がなければ期限前に返せない(663条2項)/定めなし・受寄者はいつでも返還(663条1項)。消費寄託(預貯金)=受寄者にも利益/寄託者いつでも請求(662条)/受寄者いつでも返還(666条3項→591条2項)・寄託者の損害は受寄者が賠償(666条3項→591条3項)。 図:消費貸借と消費寄託の比較

  • 消費貸借=借主の利益のための契約/定めあり・貸主は期限まで請求できない(期限の定めの帰結)・借主はいつでも返還(591条2項)・貸主は損害の賠償請求(同条3項)/定めなし・貸主は相当の期間を定めて催告(同条1項)・借主はいつでも返還(同条2項)
  • 消費寄託(一般)=寄託者の利益のための契約/寄託者は定めがあってもいつでも請求(662条1項)・受寄者の損害は寄託者が賠償(同条2項)/受寄者はやむを得ない事由がなければ期限前に返せない(663条2項)/定めなし・受寄者はいつでも返還(663条1項)
  • 消費寄託(預貯金)=受寄者にも利益/寄託者いつでも請求(662条)/受寄者いつでも返還(666条3項→591条2項)・寄託者の損害は受寄者が賠償(666条3項→591条3項)

軸は、誰の利益のための契約か、です。消費貸借は、借主の利益のための契約です。借主は、返還の時期の定めの有無にかかわらず、いつでも返せます。591条2項です。貸主は、時期の前に返してもらって損害を受けたら、賠償を請求できます。3項です。時期の定めがなければ、貸主は、相当の期間を定めて催告できます。1項です。一般の消費寄託は、寄託者の利益のための契約です。寄託者は、定めがあってもいつでも請求できます。受寄者は、定めがあれば、やむを得ない事由がなければ期限前に返せません。預貯金は、受寄者にも利益があります。寄託者は、寄託者のまま、いつでも請求できます。受寄者は、返還のルールでは、借主と同じ位置に立ちます。591条2項と3項の準用だからです。

預金は、返す時期のルールだけを見ると、寄託者の側は寄託の規定、受寄者の側は消費貸借の規定、591条2項と3項に寄っています。

ブロックの締め 役務を提供する4つの契約

役務提供型4契約のまとめ。雇用(623条)=労働に従事/報酬を与える(成立要件)/労働を終わった後(624条1項)/期間の定めがなければ各当事者がいつでも解約の申入れ・2週間(627条1項)。請負(632条)=ある仕事を完成/報酬を支払う(成立要件)/目的物の引渡しと同時(633条)/注文者は完成しない間いつでも損害を賠償して解除(641条)。委任(643条)=法律行為をすることを委託/特約がなければ報酬を請求できない(648条1項)/委任事務を履行した後(648条2項)/各当事者がいつでも解除(651条1項)。寄託(657条)=ある物を保管することを委託/特約がなければ報酬を請求できない(665条→648条1項)/履行後(665条→648条2項)/受取前は657条の2・受取後は寄託者がいつでも返還請求(662条)・受寄者は663条。 図:役務提供型4契約のまとめ

  • 雇用(623条)=労働に従事/報酬を与える(成立要件)/労働を終わった後(624条1項)/期間の定めがなければ各当事者がいつでも解約の申入れ・2週間(627条1項)
  • 請負(632条)=ある仕事を完成/報酬を支払う(成立要件)/目的物の引渡しと同時(633条)/注文者は完成しない間いつでも損害を賠償して解除(641条)
  • 委任(643条)=法律行為をすることを委託/特約がなければ報酬を請求できない(648条1項)/委任事務を履行した後(648条2項)/各当事者がいつでも解除(651条1項)
  • 寄託(657条)=ある物を保管することを委託/特約がなければ報酬を請求できない(665条→648条1項)/履行後(665条→648条2項)/受取前は657条の2・受取後は寄託者がいつでも返還請求(662条)・受寄者は663条

この回で、役務を提供する契約のブロックが終わります。雇用、請負、委任、寄託を、並べます。列は4つです。何を約束するか。報酬。報酬の支払時期。やめ方です。雇用は、労働に従事することを約し、報酬を与えることを約します。623条です。報酬は、労働を終わった後です。624条1項です。期間の定めがなければ、各当事者がいつでも解約の申入れができ、申入れから2週間で終わります。627条1項です。使用者の解雇は、特別法が修正する、と前に見ました。請負は、ある仕事を完成することを約し、その結果に報酬を支払うことを約します。632条です。報酬は、目的物の引渡しと同時です。633条です。注文者は、仕事が完成しない間、損害を賠償して、いつでも解除できます。641条です。委任は、法律行為をすることを委託します。643条です。特約がなければ、報酬は請求できません。648条1項です。報酬は、委任事務を履行した後です。648条2項です。各当事者が、いつでも解除できます。651条1項です。寄託は、ある物を保管することを委託します。657条です。特約がなければ、報酬は請求できません。665条が準用する648条の1項です。履行後に請求します。648条2項です。やめ方は、受け取る前は657条の2、受け取った後は、寄託者がいつでも返還を請求できます。662条です。受寄者の返還は、663条です。

雇用は、期間の定めがなければ、各当事者です。請負は、注文者です。委任は、各当事者です。寄託は、返還の時期の定めがあるときは、寄託者です。理由も並べます。請負は、注文者がもう要らない仕事を完成させ続けても意味がないので、損害の賠償を条件に、注文者がやめられる、と請負の回で見ました。委任の理由は、信頼関係が基礎にあるから、と前に見ました。寄託は、寄託者のために結ばれる契約だから、でした。雇用は、民法の文言の上では、双方が同じ条件です。この表を、頭に置いてください。

今日のまとめ

今日のまとめ。寄託者=時期の定めがあってもいつでも返還を請求(662条1項)・期限前なら受寄者の損害を賠償(同条2項)。受寄者=定めなしはいつでも返還(663条1項)・定めありはやむを得ない事由がなければ期限前に返せない(同条2項)・返す場所は保管すべき場所(664条)。第三者が権利を主張=寄託者の指図がない限り寄託者に返還(660条2項本文)・例外は通知(又は不要)+引渡しを命ずる確定判決+第三者への引渡し(ただし書)・寄託者に返して第三者に損害が出ても賠償しない(3項)。期間制限=一部滅失・損傷の賠償と費用償還は返還を受けた時から1年以内(664条の2)。混合寄託=各寄託者の承諾(665条の2)。消費寄託=準用は590条・592条(666条2項)・預貯金は591条2項・3項も(同条3項)。 図:今日のまとめ

  • 寄託者=時期の定めがあってもいつでも返還を請求(662条1項)・期限前なら受寄者の損害を賠償(同条2項)
  • 受寄者=定めなしはいつでも返還(663条1項)・定めありはやむを得ない事由がなければ期限前に返せない(同条2項)・返す場所は保管すべき場所(664条)
  • 第三者が権利を主張=寄託者の指図がない限り寄託者に返還(660条2項本文)・例外は通知(又は不要)+引渡しを命ずる確定判決+第三者への引渡し(ただし書)・寄託者に返して第三者に損害が出ても賠償しない(3項)
  • 期間制限=一部滅失・損傷の賠償と費用償還は返還を受けた時から1年以内(664条の2)
  • 混合寄託=各寄託者の承諾(665条の2)
  • 消費寄託=準用は590条・592条(666条2項)・預貯金は591条2項・3項も(同条3項)

今日の内容を整理します。寄託者は、返還の時期を定めていても、いつでも返還を請求できます。受寄者に損害が出れば、賠償します。受寄者は、定めがなければいつでも返せます。定めがあれば、やむを得ない事由がなければ、期限前に返せません。返す場所は、保管をすべき場所です。冒頭の設例です。第三者のEが、私の絵だ、と言ってきても、Bは、寄託者の指図がない限り、Aに返します。例外は、通知、引渡しを命ずる確定判決、そしてEへの引渡しの3つが揃ったときです。Aに返して、Eに損害が出ても、Bは賠償しません。返した後は、一部滅失や損傷の賠償と、費用の償還を、返還から1年以内に請求します。混合寄託は、全員の承諾があって初めて混ぜられ、同じ数量を請求できます。消費寄託の典型は預金で、準用は590条と592条です。預貯金に限って、591条の2項と3項も準用されるので、銀行は期限前でも返せます。この回で、役務を提供する契約は終わりです。次は、組合を見ます。

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#279単独ページ動画

組合契約の意義と業務執行・組合代理

第5章 契約 #279/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

3人で始めた店の契約は、誰が結ぶのか

冒頭の設例 友人A・B・Cの3人がお金を出し合ってキッチンカーを始めた。仕入れ先Dと契約を結ぶとき、誰の名前で、誰が決めて結ぶのか。 図:冒頭の設例 友人A・B・Cの3人がお金を出し合ってキッチンカーを始めた

記号を付けます。3人の友人をA、B、Cとし、仕入れ先をDとします。前回で、雇用、請負、委任、寄託と、役務を提供する契約は終わりました。今日からは、複数の人が一緒に事業をする契約を見ます。3人で始めたこの店は、民法では組合と呼ばれます。先に方向だけ言います。BとCの分まで契約を結べるのは、2人の代理権を持つ人です。その代理権が誰にあるかは、運営を任された人がいるかどうかで変わります。条文は670条の2です。

組合契約の成立 出資と共同の事業

組合契約の成立(667条)。①各当事者が出資をする ②共同の事業を営むことを約する→約束だけで成立(諾成)。出資は金銭に限らず労務でもよい(2項)。例=Aは現金30万円・Bは調理器具・Cは調理と運転の労務。 図:組合契約の成立

  • 667条
  • ①各当事者が出資をする ②共同の事業を営むことを約する→約束だけで成立(諾成)。出資は金銭に限らず労務でもよい(2項)。例=Aは現金30万円・Bは調理器具・Cは調理と運転の労務。

1つめは、組合契約の成立です。条文です。

条文民法667条

民法第667条 組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。 2 出資は、労務をその目的とすることができる。

読み方です。成立に要るのは2つです。各当事者が出資をすること。そして、共同の事業を営むことです。出資とは、事業のために出すものです。たとえば、Aは現金30万円、Bは調理器具を出します。私は車を運転して、料理を作るだけで、お金は出せません。それでも仲間に入れますか?入れます。2項です。出資は、労務を目的にできます。Cが、調理と運転という労務を出資する約束でも、組合契約は成り立ちます。約束だけで成立します。物の引渡しは要りません。この契約は、諾成、双務、有償の契約と説明されます。各自が出資する義務を負い合うので、双務です。こうして、複数の人が出資して共同の事業を営む約束をすると、そこに共同の事業体ができます。この事業体を、組合と呼びます。身近な例では、法人にしていない法律事務所の共同経営も、同じです。

今日の地図。①組合契約の成立(667条)②団体の3つの形のなかでの組合 ③契約総則が当てはまらない3点(667条の2・667条の3)④中の決め方=決定と執行(670条)⑤外との契約=組合代理(670条の2)⑥運営を任された人の有無で整理する表 ⑦委任の規定の準用(671条)。軸=誰が決め、誰が動き、誰が代理するか。 図:今日の地図

  • ①組合契約の成立(667条)②団体の3つの形のなかでの組合
  • ③契約総則が当てはまらない3点(667条の2・667条の3)④中の決め方=決定と執行(670条)⑤外との契約=組合代理(670条の2)⑥運営を任された人の有無で整理する表
  • ⑦委任の規定の準用(671条)
  • 軸=誰が決め、誰が動き、誰が代理するか

ここで、今日の道筋を示します。まず、組合が団体のなかでどこにいるかを見ます。次に、組合には、ふつうの契約のルールが当てはまらない場面があります。3点あります。そのあと、組合の中の決め方と、外との契約の結び方を見ます。この2つは、運営を任された人がいるかどうかで場合分けします。最後に、1枚の表にまとめます。軸は1本です。誰が決めるか、誰が動くか、誰が代理するか。

団体の3つの形のなかの組合

団体の3つの形。社団法人=法人格あり/団体を挟んで間接的につながる/団体に加わるだけ(既存の構成員一人一人の同意は不要)。権利能力なき社団=法人格なし/団体を挟んで間接的/団体に加わるだけ/総有。組合=法人格なし/構成員どうしが個別の契約で直接つながる/既存の全員との契約が要る=全員の同意/合有。 図:団体の3つの形

  • 社団法人=法人格あり/団体を挟んで間接的につながる/団体に加わるだけ(既存の構成員一人一人の同意は不要)
  • 権利能力なき社団=法人格なし/団体を挟んで間接的/団体に加わるだけ/総有
  • 組合=法人格なし/構成員どうしが個別の契約で直接つながる/既存の全員との契約が要る=全員の同意/合有

組合を、団体の3つの形のなかに置きます。社団法人、権利能力なき社団、そして組合です。3つのうち、法人格があるのは、社団法人だけです。権利能力なき社団と組合には、法人格がありません。法人格がない団体は、2つあるんです。この2つを分ける軸は、つながり方です。権利能力なき社団は、写真サークルのように、団体を挟んで、部員が間接的につながっています。組合は、団体を挟みません。組合員どうしが、個別の契約で、直接つながっています。社団は、団体に加わるだけで、既にいる構成員一人一人の同意は要りません。組合は、既にいる全員と契約を結ぶことになるので、全員の同意が要ります。財産の持ち方も、2つで分かれます。組合は合有、権利能力なき社団は総有でした。合有では、組合員一人一人に、潜在的な持分があります。ふつうの共有なら、自分の持分は自由に処分できますし、いつでも財産を分けてくれと求められます。組合では違います。持分を処分しても、組合や取引の相手には対抗できません。清算の前に、財産を分けてくれと求めることもできません。組合の財産は、組合の目的である共同の事業を進めるための手段だからです。一人の都合で動かせると、手段として使えなくなります。抜けるときには、自分の持分を払い戻してもらえます。総有では、構成員に持分そのものがありません。構成員は団体とつながり、入れ替わる前提なので、抜けても返ってくる取り分はありません。

条文の668条は、組合の財産を「共有」と書きます。ただ、いま見たとおり、ふつうの共有とは扱いが違うので、講学上、つまり学問の上では、区別して合有と呼びます。組合の財産の中身は、次の回で扱います。ここで1つ足します。組合は、契約であり、同時に団体でもあります。667条の契約が、団体をつくるのです。だからこそ、組合では、ふつうの契約のルールがそのままは当てはまらない場面が出てきます。次の節で、3つの場面を見ます。

契約総則が当てはまらない3点

定着の問い(533条)。同時履行の抗弁権とは、どんな権利だったか。 図:定着の問い(533条)。同時履行の抗弁権とは、どんな権利だったか。

復習を1問です。同時履行の抗弁権とは、どんな権利でしたか?双務契約で、相手が自分の債務の履行を提供するまで、自分の債務の履行を拒める権利です。533条でした。売買なら、相手が代金を出すまで、商品を渡さない、と言えました。組合では、これが言えません。条文です。

条文民法667条の2

民法第667条の2 第五百三十三条及び第五百三十六条の規定は、組合契約については、適用しない。 2 組合員は、他の組合員が組合契約に基づく債務の履行をしないことを理由として、組合契約を解除することができない。

不適用① 同時履行・危険負担(667条の2第1項)。533条(同時履行の抗弁権)と536条(危険負担)は適用しない。例=A・B・Cが100万円ずつ出す約束→Bが出さなくても、Cは「Bが出すまで自分も出さない」とは言えない。他の組合員の出資が履行不能でも、自分の出資の履行は拒めない。 図:不適用① 同時履行・危険負担

  • 667条の2第1項
  • 533条(同時履行の抗弁権)と536条(危険負担)は適用しない。例=A・B・Cが100万円ずつ出す約束→Bが出さなくても、Cは「Bが出すまで自分も出さない」とは言えない。他の組合員の出資が履行不能でも、自分の出資の履行は拒めない。

1項から読みます。533条と536条は、組合契約には適用しません。536条は、危険負担でした。ふつうの双務契約では、一方の債務が履行できなくなったとき、もう一方は、自分の債務を拒めました。例です。A、B、Cの3人が、100万円ずつ出す約束をしました。Bだけが、出しません。Cは、Bが出すまで、自分も出さない、と言えないんですか?言えません。533条は適用しないからです。Bの出資が履行できなくなったときも、Cは、自分の出資を拒めません。536条を適用しないからです。533条が使えるとすると、Bが出さないあいだ、AもCも、自分の出資を止められます。組合には、事業に使うお金が集まりません。そこで、組合の活動のためには、組合員の間の公平さよりも、組合の財産を確保することを優先すべきだ、と説明されています。2項です。他の組合員が債務を履行しないことを理由に、組合契約を解除することはできません。催告解除は、541条でした。ふつうの双務契約なら、解除できる場面でも、組合では解除できません。

解除はできません。できるだけ団体としての活動を続けさせるべきだから、と説明されています。Bが出さないからといって、Cが組合契約を解除して、キッチンカーの事業をほどくことはできません。出さない組合員と離れる道は、解除とは別に用意されています。それは、別の回で扱います。

条文民法667条の3

民法第667条の3 組合員の一人について意思表示の無効又は取消しの原因があっても、他の組合員の間においては、組合契約は、その効力を妨げられない。

不適用② 意思表示の無効・取消し(667条の3)。組合員の1人に無効・取消しの原因があっても、他の組合員の間では組合契約は効力を妨げられない。例=Cがだまされて組合に加わった→Cは自分の意思表示を取り消せる/AとBの間の組合契約は残る。 図:不適用② 意思表示の無効・取消し

  • 667条の3
  • 組合員の1人に無効・取消しの原因があっても、他の組合員の間では組合契約は効力を妨げられない。例=Cがだまされて組合に加わった→Cは自分の意思表示を取り消せる
  • AとBの間の組合契約は残る。

3つめです。667条の3です。例です。Cが、だまされて、組合に加わったとします。Cは、だまされたことを理由に、自分の意思表示を取り消せます。ただし、AとBの間の組合契約は、有効なまま残ります。組合では、全体が消えることはありません。取り消した人の分だけが外れて、ほかの組合員の間の契約は、妨げられません。これも、できるだけ団体としての活動を続けさせるべきだから、と説明されています。

契約総則が当てはまらない3点。①533条・536条は適用しない(667条の2第1項)②他の組合員の債務不履行を理由に解除できない(同条2項)③1人の無効・取消しの原因は他の組合員の間の契約を妨げない(667条の3)。 図:契約総則が当てはまらない3点

3点を並べます。1つめ、533条と536条は適用しない。2つめ、他の組合員の債務不履行を理由に、解除できない。3つめ、1人の無効や取消しは、ほかの組合員の間の契約を妨げない。どれも、組合契約を、できるだけ続ける方向のルールです。

組合の中の決め方 決定と執行

内部関係① 業務執行者がいない場合。決定=組合員の過半数(670条1項)/執行=各組合員(同)/常務=各組合員が単独で(5項)・完了前に他の組合員が異議を述べたときは除く。例=新しい車の購入は常務でない→過半数で決定/食材の細かい発注量の調整は常務→単独で。 図:内部関係① 業務執行者がいない場合

  • 決定=組合員の過半数(670条1項)/執行=各組合員(同)/常務=各組合員が単独で(5項)・完了前に他の組合員が異議を述べたときは除く
  • 例=新しい車の購入は常務でない→過半数で決定/食材の細かい発注量の調整は常務→単独で

ここから、組合の中の話です。組合の業務には、2つの動きがあります。決めることと、実際に動くことです。決定と執行です。条文です。

条文民法670条

民法第670条 組合の業務は、組合員の過半数をもって決定し、各組合員がこれを執行する。 2 組合の業務の決定及び執行は、組合契約の定めるところにより、一人又は数人の組合員又は第三者に委任することができる。 3 前項の委任を受けた者(以下「業務執行者」という。)は、組合の業務を決定し、これを執行する。この場合において、業務執行者が数人あるときは、組合の業務は、業務執行者の過半数をもって決定し、各業務執行者がこれを執行する。 4 前項の規定にかかわらず、組合の業務については、総組合員の同意によって決定し、又は総組合員が執行することを妨げない。 5 組合の常務は、前各項の規定にかかわらず、各組合員又は各業務執行者が単独で行うことができる。ただし、その完了前に他の組合員又は業務執行者が異議を述べたときは、この限りでない。

まず1項です。誰にも運営を任せていない場合の、原則です。業務は、組合員の過半数で決めます。そして、各組合員が、それを執行します。決定は過半数、執行は各自です。例です。キッチンカーを、新しい車に買い替えるかどうか。A、B、Cの3人のうち、2人以上が賛成すれば、決まります。決まったあとの、実際の手続きは、各組合員が動きます。5項です。組合の常務は、各組合員が、単独で行えます。常務とは、日常の軽微な事務のことです。たとえば、食材の発注量を、少し調整することです。いちいち、3人の過半数を集めなくてよいのです。

新しい車の購入は、日常の軽微な事務ではないので、過半数で決めます。ただし書きがあります。常務でも、完了する前に、他の組合員が異議を述べたときは、単独では行えません。

内部関係② 業務執行者がいる場合。2項=組合契約の定めで、1人又は数人の組合員又は第三者に業務の決定と執行を委任できる。3項=その委任を受けた者が業務執行者(組合員でも第三者でもよい)。数人あるときは業務執行者の過半数で決定・各自が執行。4項=総組合員の同意で決定・総組合員が執行することも妨げない。5項=常務は各組合員又は各業務執行者が単独で行うことができる。ただし、その完了前に他の組合員又は業務執行者が異議を述べたときは、この限りでない。 図:内部関係② 業務執行者がいる場合

  • 2項=組合契約の定めで、1人又は数人の組合員又は第三者に業務の決定と執行を委任できる
  • 3項=その委任を受けた者が業務執行者(組合員でも第三者でもよい)
  • 数人あるときは業務執行者の過半数で決定・各自が執行
  • 4項=総組合員の同意で決定・総組合員が執行することも妨げない
  • 5項=常務は各組合員又は各業務執行者が単独で行うことができる
  • ただし、その完了前に他の組合員又は業務執行者が異議を述べたときは、この限りでない

次に、運営を任された人がいる場合です。2項から4項です。2項です。組合契約の定めで、業務の決定と執行を、1人または数人に委任できます。組合員でも、組合員でない第三者でもかまいません。3項です。その委任を受けた者を、業務執行者と呼びます。業務執行者は、業務を決定し、執行します。数人いるときは、業務執行者の過半数で決めて、各業務執行者が執行します。例です。AがBとCから運営を任された場合は、Aが単独で決めて、単独で執行できます。業務の決定と執行は、Aに任されています。Aが1人で決められます。では、AとBの2人が、業務執行者だったら、どうでしょうか。

2人の過半数だから、1人でいい……いえ、2人のうち過半数だから、2人とも要るんですね。過半数とは、半分を超える数です。2人の半分は1人なので、過半数は2人です。AとBの両方の一致が要ります。4項です。業務執行者がいても、総組合員の同意で決めること、総組合員が自分で執行することは、妨げられません。5項の常務は、ここでも使えます。各業務執行者が、単独で行えます。完了前に、他の組合員か業務執行者が異議を述べたときは、除かれます。

組合の外との契約 組合代理

組合代理の趣旨。組合には法人格がない→第三者と契約するとき、組合員全員がその当事者になる。全員が実際に意思表示をするのは煩雑→代理人によって行うことが多い(組合代理)。代理の三面関係=代理人A/本人BとC/相手方D。 図:組合代理の趣旨

  • 組合には法人格がない→第三者と契約するとき、組合員全員がその当事者になる
  • 全員が実際に意思表示をするのは煩雑→代理人によって行うことが多い(組合代理)
  • 代理の三面関係=代理人A/本人BとC/相手方D

ここから、冒頭の設例です。外との契約を見ます。組合には、法人格がありません。ですから、Dのような第三者と契約するとき、組合員の全員が、契約の当事者になります。ところが、全員が毎回、実際に意思表示をするのは、煩雑です。そこで、代理人を使うことが多くなります。これが、組合代理です。前に見た、代理の三面関係で整理します。AがDと契約するとき、代理人はA、本人はBとC、相手方はDです。Aは、自分の分は、自分で当事者になります。そのうえで、BとCの分を、代理します。そのとき、BとCのためにすることを示す必要があるのは、顕名のとおりです。委任の回で見たとおり、委任と代理権は、別のものでした。組合でも、業務を任せる話は670条、代理権は670条の2と、条文が分かれています。問題は、Aに、BとCの代理権があるかです。条文です。

条文民法670条の2

民法第670条の2 各組合員は、組合の業務を執行する場合において、組合員の過半数の同意を得たときは、他の組合員を代理することができる。 2 前項の規定にかかわらず、業務執行者があるときは、業務執行者のみが組合員を代理することができる。この場合において、業務執行者が数人あるときは、各業務執行者は、業務執行者の過半数の同意を得たときに限り、組合員を代理することができる。 3 前二項の規定にかかわらず、各組合員又は各業務執行者は、組合の常務を行うときは、単独で組合員を代理することができる。

1項です。各組合員は、組合の業務を執行する場合に、組合員の過半数の同意を得たときは、他の組合員を代理できます。誰も運営を任されていない場合の、設例の答えです。AがDと契約するには、組合員の過半数の同意を得ます。3人のうち2人の同意です。BかCのどちらかの同意を得れば、Aは、他の組合員を代理できます。過半数の同意を得ないまま結んだ場合、常務でもなければ、BとCについては、代理権がありません。代理の要件の1つめ、代理権が欠けます。代理権のない代理は、無権代理でした。その先の追認などは、代理の回で見たとおりです。

内部と外の対比。執行の常務(670条5項)=各組合員又は各業務執行者が単独で行える。ただし、その完了前に他の組合員又は業務執行者が異議を述べたときは、この限りでない。代理の常務(670条の2第3項)=各組合員又は各業務執行者は、組合の常務を行うときは、単独で組合員を代理することができる。ただし書きはない。 図:内部と外の対比

  • 執行の常務(670条5項)=各組合員又は各業務執行者が単独で行える
  • ただし、その完了前に他の組合員又は業務執行者が異議を述べたときは、この限りでない
  • 代理の常務(670条の2第3項)=各組合員又は各業務執行者は、組合の常務を行うときは、単独で組合員を代理することができる
  • ただし書きはない

3項です。常務については、各組合員か各業務執行者が、単独で組合員を代理できます。ここで、さっきの5項と並べます。執行の常務には、異議を述べたときは除く、というただし書きがありました。代理の常務を定めた3項には、このただし書きが、条文の上では、ありません。条文の文言どおりに押さえてください。執行の常務には、異議のただし書き。代理の常務には、ただし書きなし。この差を、表の言葉で言えるようにします。

内部関係の設例の切替え。AがBとCから運営を任された(業務執行者=A)。業務執行者でないBが、仕入れ先Dと勝手に契約したら、AとCは払う義務を負うか。 図:内部関係の設例の切替え

  • AがBとCから運営を任された(業務執行者=A)
  • 業務執行者でないBが、仕入れ先Dと勝手に契約したら、AとCは払う義務を負うか

ここで、設例を切り替えます。AがBとCから運営を任された、つまり、Aが業務執行者です。そこで1問です。業務執行者ではないBが、Dと勝手に契約したら、AとCは、払う義務を負うでしょうか?方向は合っています。2項で確かめます。

対外関係② 業務執行者がいる場合。業務執行者のみが組合員を代理できる(670条の2第2項)。業務執行者が1人ならその者が単独で/数人あるときは業務執行者の過半数の同意を得たときに限り。常務は各業務執行者が単独で(3項)。例=AがBとCから任された→Aが単独でDと契約できる/業務執行者でないBは、常務でなければA・Cを代理できない。 図:対外関係② 業務執行者がいる場合

  • 業務執行者のみが組合員を代理できる(670条の2第2項)
  • 業務執行者が1人ならその者が単独で/数人あるときは業務執行者の過半数の同意を得たときに限り
  • 常務は各業務執行者が単独で(3項)
  • 例=AがBとCから任された→Aが単独でDと契約できる/業務執行者でないBは、常務でなければA・Cを代理できない

2項です。業務執行者があるときは、業務執行者のみが、組合員を代理できます。業務執行者が1人なら、その人が、単独で代理します。数人いるときは、各業務執行者は、業務執行者の過半数の同意を得たときに限り、代理できます。先ほどの問いの答えです。Bは、業務執行者ではありません。常務でなければ、AとCを代理する権限が、ありません。ですから、Bが勝手にDと契約しても、AとCの代理としては、効力が生じません。Aが業務執行者なら、Aが1人でDと契約できます。BとCがサインする必要は、ありません。業務執行者がいなければ、組合員の過半数の同意を得たうえで、Aが代理します。代理権のある人が結んだ契約なら、BとCも契約の当事者です。仕入れ代金を払う側に立ちます。組合員がどこまで責任を負うかは、次の回で扱います。ここは、論文で論点になりうるところです。

決定・執行・代理の表

決定・執行・代理×業務執行者の有無。業務執行者なし=決定は組合員の過半数(670条1項)/執行は各組合員(同)/代理は組合員の過半数の同意を得て(670条の2第1項)。業務執行者あり=決定は業務執行者(数人なら過半数。670条3項)/執行は業務執行者(数人なら各自。同)/代理は業務執行者のみ(数人なら過半数の同意。670条の2第2項)。常務=執行は単独(異議があれば不可。670条5項)/代理は単独(670条の2第3項・ただし書きなし)。注=総組合員の同意による決定・執行(670条4項)。 図:決定・執行・代理×業務執行者の有無

  • 業務執行者なし=決定は組合員の過半数(670条1項)/執行は各組合員(同)/代理は組合員の過半数の同意を得て(670条の2第1項)
  • 業務執行者あり=決定は業務執行者(数人なら過半数。670条3項)/執行は業務執行者(数人なら各自。同)/代理は業務執行者のみ(数人なら過半数の同意。670条の2第2項)
  • 常務=執行は単独(異議があれば不可。670条5項)/代理は単独(670条の2第3項・ただし書きなし)
  • 注=総組合員の同意による決定・執行(670条4項)

ここで、今日の主役の表です。縦に、決定、執行、代理。横に、業務執行者のいない場合と、いる場合です。業務執行者がいない場合です。決定は、組合員の過半数。670条1項です。執行は、各組合員。同じく1項です。代理は、組合員の過半数の同意を得て。670条の2第1項です。業務執行者がいる場合です。決定は、業務執行者で、数人なら、その過半数。670条3項です。執行は、業務執行者で、数人なら、各業務執行者です。同じく3項です。代理は、業務執行者のみで、数人なら、過半数の同意を得たときに限ります。670条の2第2項です。常務は、別の枠です。執行は、単独で行えますが、異議を述べられたら、できません。670条5項です。代理は、単独で行えて、ただし書きがありません。670条の2第3項です。注として、総組合員の同意で決めること、総組合員が執行することは、いつでも妨げられません。670条4項です。表を、キッチンカーで使ってみます。たとえば、新しい車に買い替える場合です。これは常務ではありません。

Aが業務執行者なら、Aが1人で決めて、Aが1人で買う契約を結べます。食材の発注量を少し調整するのは、常務です。業務執行者がいなければ、Aはひとりで調整でき、Dへの注文も、1人でBとCを代理して出せます。業務執行者がいない場合は、過半数でまとまりをつくります。いる場合は、その人に任せます。常務の枠を除けば、この切替えで説明できます。

業務を担う組合員への委任の規定

委任の規定の準用(671条)。644条から650条までの規定は、組合の業務を決定し、又は執行する組合員について準用する。内容=善管注意義務(644条)・報告(645条)・受取物の引渡し(646条)・金銭消費の責任(647条)・報酬(648条)・費用の前払(649条)・費用の償還(650条)。 図:委任の規定の準用

  • 671条
  • 644条から650条までの規定は、組合の業務を決定し、又は執行する組合員について準用する。内容=善管注意義務(644条)・報告(645条)・受取物の引渡し(646条)・金銭消費の責任(647条)・報酬(648条)・費用の前払(649条)・費用の償還(650条)。

業務を担う組合員の責任を、1つだけ見ます。委任の規定との関係です。

条文民法671条

民法第671条 第六百四十四条から第六百五十条までの規定は、組合の業務を決定し、又は執行する組合員について準用する。

読み方です。644条から650条までの、委任の規定が、準用されます。670条2項を思い出してください。業務の決定と執行は、組合員や第三者に、委任することができる、とありました。業務執行者は、条文の上でも、その委任を受けた者です。671条は、業務を担う組合員に、委任の受任者と同じ義務と費用の規定を当てます。委任の回で見た、受任者の義務と、費用の規定です。善良な管理者の注意で事務を処理する義務、報告の義務、費用の前払や償還などです。例です。AがBとCから運営を任されて、仕入れ代金を立て替えたとします。立て替えた費用は、委任の規定を準用して、償還を求められます。

条文の文言は、組合の業務を決定し、又は執行する組合員、です。業務執行者である組合員に限らず、670条1項で業務を決定し、執行する各組合員も含みます。

業務執行者まわりの残り。672条=業務の決定・執行を委任された組合員は、正当な事由がなければ辞任できない(1項)。正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致によって解任できる(2項)。673条=業務の決定・執行をする権利を有しない組合員も、業務および組合財産の状況を検査できる。 図:業務執行者まわりの残り

  • 672条=業務の決定・執行を委任された組合員は、正当な事由がなければ辞任できない(1項)
  • 正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致によって解任できる(2項)
  • 673条=業務の決定・執行をする権利を有しない組合員も、業務および組合財産の状況を検査できる

業務執行者まわりに、あと2つの条文があります。672条です。業務を任された組合員は、正当な事由がなければ、辞任できません。解任は、正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致で行えます。委任なら、いつでも解除できました。651条です。671条が準用するのは650条までです。いつでも解除できる651条は持ち込まれず、辞め方は、組合の672条が自分で決めています。業務を誰に任せるかは、組合契約の中身そのものです。だから委任のように、いつでも一方的に辞めたり、降ろしたりはできません。かといって、どんな事情があっても辞められず、降ろせないのでは困ります。辞めるのを自由にすると事業が回らず、降ろすのを自由にすると任された人の立場が不安定になる、と説明されています。逆に一切認めないと、本人を縛り、ほかの組合員も困る、とも説明されます。そこで、正当な事由があるときに限って、辞任も解任も認めています。委任との違いは、ここです。これは、任された役を降りる話です。組合から抜ける話とは別です。673条です。業務を決定し、執行する権利を持たない組合員も、業務と組合財産の状況を検査できます。

今日のまとめ

今日のまとめ。組合契約=出資+共同の事業を約束して成立(667条)・出資は労務でもよい。団体のなかの位置=契約であり団体でもある・つながり方が直接。不適用3点=533条・536条/債務不履行解除/1人の無効・取消し(667条の2・667条の3)。中の決め方=過半数で決定・各自が執行/業務執行者がいれば業務執行者・常務は単独で異議あれば不可(670条)。外との契約=過半数の同意を得て代理/業務執行者のみ/常務は単独(ただし書きなし)(670条の2)。準用=644条から650条(671条)。 図:今日のまとめ

  • 組合契約=出資+共同の事業を約束して成立(667条)・出資は労務でもよい
  • 団体のなかの位置=契約であり団体でもある・つながり方が直接
  • 不適用3点=533条・536条/債務不履行解除/1人の無効・取消し(667条の2・667条の3)
  • 中の決め方=過半数で決定・各自が執行/業務執行者がいれば業務執行者・常務は単独で異議あれば不可(670条)
  • 外との契約=過半数の同意を得て代理/業務執行者のみ/常務は単独(ただし書きなし)(670条の2)
  • 準用=644条から650条(671条)

今日の内容を整理します。組合契約は、出資をして共同の事業を営む約束で成立します。出資は、労務でもかまいません。組合は、契約であり、団体でもあります。そのため、同時履行と危険負担は使えず、他の組合員の債務不履行では解除できず、1人の無効や取消しは、ほかの組合員の間の契約を妨げません。中の決め方は、運営を任された人がいなければ、過半数で決めて、各自が動きます。業務執行者がいれば、業務執行者が決めて動きます。常務は単独です。冒頭の設例です。外との契約は、業務執行者がいなければ、組合員の過半数の同意を得て代理します。業務執行者がいれば、業務執行者のみが代理します。Aが任されていれば、Aが1人でDと契約でき、BとCのサインは要りません。組合の財産のことと、組合員が入れ替わる場面は、次の回で見ます。

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#280単独ページ動画

組合の財産関係・損益分配・脱退・解散

第5章 契約 #280/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

組合の借金は、誰の財布から払うのか

冒頭の設例 キッチンカーの仕入れ代金100万円が未払いのまま残った。仕入れ先Dは、組合の売上金だけでなく、Aの個人の預金にも手を出せるか。逆に、Aに個人的にお金を貸しているFは、キッチンカーの売上金に手を出せるか。 図:冒頭の設例 キッチンカーの仕入れ代金100万円が未払いのまま残った

  • 仕入れ先Dは、組合の売上金だけでなく、Aの個人の預金にも手を出せるか
  • 逆に、Aに個人的にお金を貸しているFは、キッチンカーの売上金に手を出せるか

記号も引き継ぎます。3人の友人はA、B、C、仕入れ先はDです。前回は、組合の契約と、中の決め方、外との契約の結び方を見ました。今日は、組合のお金の話です。設例です。100万円の仕入れ代金が、払えないまま残りました。もう1人、登場させます。Aには、個人的にお金を貸している人がいます。Fとします。逆向きの問いです。Fは、キッチンカーの売上金や車に、手を出せるでしょうか。どっちも、すぐには答えが出ません。この2つの問いの答えは、今日の前半で出します。条文でいうと、675条と677条です。

今日の地図。①組合の財産は誰のものか(668条・676条)②組合の債権と債務(676条2項・675条)③組合員の債権者(677条)④損益の分け方(674条)⑤組合員が入れ替わるとき(677条の2・678条〜681条・680条の2)⑥組合が終わるとき(682条〜688条)。軸=誰の財産に、誰が手を出せるか。 図:今日の地図

  • ①組合の財産は誰のものか(668条・676条)②組合の債権と債務(676条2項・675条)③組合員の債権者(677条)④損益の分け方(674条)⑤組合員が入れ替わるとき(677条の2・678条〜681条・680条の2)⑥組合が終わるとき(682条〜688条)
  • 軸=誰の財産に、誰が手を出せるか

今日の道筋です。まず、組合の財産が誰のものかを見ます。次に、組合の債権と債務が、誰に帰属するかを見ます。ここで、冒頭の2つの問いに答えます。そのあと、損益の分け方です。続けて、組合員が入れ替わる場面、つまり加入と脱退を見ます。最後に、組合が終わるときの流れを、条文の地図で押さえます。軸は1本です。誰の財産に、誰が手を出せるのか。

組合の財産は誰のものか 合有

組合財産の帰属(668条)。各組合員の出資その他の組合財産は、総組合員の共有に属する。組合には法人格がない→組合そのものは財産の持ち主になれない→組合員全員の共有、と条文が定める。 図:組合財産の帰属

  • 668条
  • 各組合員の出資その他の組合財産は、総組合員の共有に属する。組合には法人格がない→組合そのものは財産の持ち主になれない→組合員全員の共有、と条文が定める。

1つめの問いは、組合の財産は誰のものか、です。条文です。

条文民法668条

民法第668条 各組合員の出資その他の組合財産は、総組合員の共有に属する。

読み方です。各組合員が出した物や、組合が事業で手に入れた物は、組合員全員の共有に属します。組合には法人格がありません。ですから、組合そのものは、財産の持ち主になれません。そこで条文は、組合員全員の共有に属する、と書きます。共有と書いてあるなら、前に見た共有と同じ扱いなんですか?違います。前回、講学上、つまり学問の上では、合有と呼ぶ、と言いました。合有では、組合員一人一人に潜在的な持分があります。その持分は、抜けるときまで、おもてに出てきません。権利能力なき社団の回で、点線で描いた持ち方です。どこが違うのかを、これから見ます。

定着の問い(共有)。ふつうの共有では、共有者は自分の持分を自由に処分でき、いつでも共有物の分割を請求できたか。 図:定着の問い

  • 共有
  • ふつうの共有では、共有者は自分の持分を自由に処分でき、いつでも共有物の分割を請求できたか。

復習を1問です。ふつうの共有では、共有者は自分の持分を自由に処分できて、いつでも分割を請求できたでしょうか?持分は自由に売れて、分割の請求も、いつでもできました。256条です。組合では、この2つの扱いが違います。組合の財産は、組合の目的である共同の事業を進めるための手段だからです。1人の都合で動かせると、手段として使えなくなります。条文です。

条文民法676条

民法第676条 組合員は、組合財産についてその持分を処分したときは、その処分をもって組合及び組合と取引をした第三者に対抗することができない。 2 組合員は、組合財産である債権について、その持分についての権利を単独で行使することができない。 3 組合員は、清算前に組合財産の分割を求めることができない。

合有の中身①②(676条1項・3項)。1項=持分を処分しても、組合および組合と取引をした第三者に対抗できない。3項=清算前は、組合財産の分割を求められない。例=AがGに自分の持分を売っても、組合にも仕入れ先Dにも対抗できない/Aが「抜ける前に財産を分けてくれ」と求めることもできない。 図:合有の中身①②

  • 676条1項・3項
  • 1項=持分を処分しても、組合および組合と取引をした第三者に対抗できない。3項=清算前は、組合財産の分割を求められない。例=AがGに自分の持分を売っても、組合にも仕入れ先Dにも対抗できない
  • Aが「抜ける前に財産を分けてくれ」と求めることもできない。

今日は、1項と3項から読みます。2項は、次の節で見ます。1項です。組合員が、組合財産についての持分を処分しても、その処分を、組合にも、組合と取引をした第三者にも、対抗できません。対抗できないとは、その処分があったと主張して、相手に認めさせることができない、という意味です。例です。Aが、キッチンカーの財産の「自分の分」を、Gに売ったとします。Gは、組合にも、組合と取引をした仕入れ先のDにも、自分が持分を買ったと主張できません。無効になる、とまでは言えません。処分すること自体は、止められていません。ただ、組合にも、組合と取引をした第三者にも、それを主張できないのです。3項です。組合員は、清算前に、組合財産の分割を求められません。例です。Aが、「抜ける前に、財産を分けてくれ」と求めても、組合は応じなくてかまいません。清算が始まる前だからです。

256条の共有との差が、ここに出ます。Aは、組合から抜けたら、何も受け取れないんですか?受け取れます。抜けるときは、自分の持分を、払い戻してもらえます。その条文は、あとで読みます。清算の前に分けてくれと求めることと、抜けるときに持分の払戻しを受けることは、別の話です。財産を分けるのは、組合の事業を畳む清算のときです。これも、あとで地図を見ます。

組合の債権 単独では請求できない

組合債権(676条2項)。組合員は、組合財産である債権について、その持分についての権利を単独で行使できない。例=組合が取引先Eに60万円の代金債権を持つ→AがEに「自分の持分の20万円を払え」とは請求できない。427条の分割債権にはならない。 図:組合債権

  • 676条2項
  • 組合員は、組合財産である債権について、その持分についての権利を単独で行使できない。例=組合が取引先Eに60万円の代金債権を持つ→AがEに「自分の持分の20万円を払え」とは請求できない。427条の分割債権にはならない。

次は、組合の債権です。676条2項を、もう一度読みます。組合員は、組合財産である債権について、その持分についての権利を、単独で行使できません。例です。組合が、取引先のEに、60万円の代金債権を持っています。Eは、組合のキッチンカーで開いた出張販売の代金を、まだ払っていません。請求できません。676条2項が、持分についての権利を、単独で行使することを禁じています。理由は、1項・3項と同じ筋です。組合の債権も組合財産の1つです。427条を思い出してください。債権者が複数いる債権は、別段の意思表示がなければ、各債権者が平等の割合で権利を持つ、分割債権でした。分割債権なら、20万円は、Aが単独で請求できたはずです。組合の債権は、そうなりません。

組合の債権は、組合員一人一人に割り振られず、全員にまとめて帰属しています。これを、合有的に帰属する、と言います。Eに請求するときは、共同で行使します。誰が組合員を代理するかは、前回の組合代理に戻ります。ここまでは、プラスの財産です。次は、マイナスの財産、つまり債務です。

組合の債務と各組合員の責任 設例に答える

定着の問い(675条)。仕入れ先Dは、組合の財産だけでなく、A個人の預金にも手を出せるか。 図:定着の問い

  • 675条
  • 仕入れ先Dは、組合の財産だけでなく、A個人の預金にも手を出せるか。

ここで、冒頭の設例に戻ります。仕入れ代金100万円が、払えていません。1問です。Dは、A個人の預金にも手を出せるでしょうか? 組合の財産だけでしょうか?迷うところです。権利能力なき社団と組合を比べた回で、一度読んだ条文です。改めて確かめます。

条文民法675条

民法第675条 組合の債権者は、組合財産についてその権利を行使することができる。 2 組合の債権者は、その選択に従い、各組合員に対して損失分担の割合又は等しい割合でその権利を行使することができる。ただし、組合の債権者がその債権の発生の時に各組合員の損失分担の割合を知っていたときは、その割合による。

675条の選択肢。仕入れ先Dの100万円の未払い(損失分担 A5割・B3割・C2割)。Dは①組合財産から回収/②A50万円・B30万円・C20万円(損失分担の割合)/③A・B・Cから3分の1ずつ(等しい割合)を選べる。債権の発生の時に5・3・2を知っていたとき→③は選べず、①か②。 図:675条の選択肢

  • 仕入れ先Dの100万円の未払い(損失分担 A5割・B3割・C2割)
  • Dは①組合財産から回収
  • ②A50万円・B30万円・C20万円(損失分担の割合)
  • ③A・B・Cから3分の1ずつ(等しい割合)を選べる
  • 債権の発生の時に5・3・2を知っていたとき→③は選べず、①か②

1項です。組合の債権者は、組合財産に対して、権利を行使できます。これは、当然です。組合の借金ですから、組合の財産から回収できます。2項本文です。それに加えて、組合の債権者は、その選択に従い、各組合員に対しても権利を行使できます。各組合員とは、A、B、C、それぞれ個人のことです。ここで、言葉を1つ決めます。固有財産です。組合の財産とは別の、各組合員が個人として持っている財産のことです。A個人の預金は、Aの固有財産です。債権者代位権と詐害行為取消権の回で、債権者が、債務の弁済のために当てにできる財産を、責任財産と呼びました。組合の債権者にとっての責任財産は、組合財産と、各組合員の固有財産の両方に広がります。冒頭の問いの答えは、手を出せる、です。DはA個人の預金も、差し押さえの対象にできます。組合の債務は、組合員全員の合有に属するのに加えて、一定の割合で組合員個人にも帰属します。だから、組合の財産のほか、各組合員の固有財産にも及びます。

100万円全部を、Aから取れるんですか?違います。ここが大事です。Aに請求できるのは、損失分担の割合、または等しい割合の額です。損失分担の割合を、Aが5割、Bが3割、Cが2割と、取り決めていたとします。Dには、選べる道が3つあります。1つめは、組合財産から回収することです。2つめは、損失分担の割合で、各組合員に請求することです。Aから50万円、Bから30万円、Cから20万円です。3つめは、等しい割合で請求することです。3人で等しく割るので、A、B、Cのそれぞれに、3分の1ずつです。Dは、自分に有利な方を選べます。それが、その選択に従い、の意味です。ただし書きです。Dが、債権の発生の時に、各組合員の損失分担の割合を知っていたときは、その割合によります。Dが、仕入れの契約をしたときに、5割、3割、2割の取り決めを知っていたなら、等しい割合の3つめは選べません。組合財産から回収するか、5、3、2の割合で請求するかです。

条文の文言は、債権の発生の時に知っていたとき、です。あとから知ったのでは、足りません。

損失分担の割合の決まり方(674条)。①当事者が定めたらその割合(1項の反対解釈)②利益又は損失の一方だけ定めたら、利益及び損失に共通と推定(2項)③何も定めなければ、各組合員の出資の価額に応じる(1項)。675条の「損失分担の割合」と接続。 図:損失分担の割合の決まり方

  • 674条
  • ①当事者が定めたらその割合(1項の反対解釈)②利益又は損失の一方だけ定めたら、利益及び損失に共通と推定(2項)③何も定めなければ、各組合員の出資の価額に応じる(1項)。675条の「損失分担の割合」と接続。

この損失分担の割合は、どう決まるのか。それは、損益分配を定める674条とつながります。あとの節で見ます。ここは、論文で論点になりうるところです。

プラスとマイナス 帰属の違い

プラスの財産とマイナスの財産。組合債権(プラス)=組合員全員の合有財産/組合員個人には帰属しない(676条2項)。組合債務(マイナス)=組合員全員の合有財産であるのに加え、一定の割合で組合員個人にも帰属する(675条)。 図:プラスの財産とマイナスの財産

  • 組合債権(プラス)=組合員全員の合有財産/組合員個人には帰属しない(676条2項)
  • 組合債務(マイナス)=組合員全員の合有財産であるのに加え、一定の割合で組合員個人にも帰属する(675条)

ここで、2つを並べます。676条2項と、675条です。組合の債権、つまりプラスの財産は、組合員全員の合有財産です。組合員個人には帰属しません。Aは、自分の持分の20万円を、単独で請求できませんでした。組合の債務、つまりマイナスの財産は、組合員全員の合有財産です。それに加えて、一定の割合で、組合員個人にも帰属します。Dは、Aの固有財産にも手を出せました。短答では、この対比をそのまま問われます。

組合員の債権者は組合財産に手を出せない

組合員の債権者(677条)。組合員の債権者は、組合財産についてその権利を行使することができない。例=Aに個人的に20万円を貸しているFは、キッチンカーの売上金や車に手を出せない。 図:組合員の債権者

  • 677条
  • 組合員の債権者は、組合財産についてその権利を行使することができない。例=Aに個人的に20万円を貸しているFは、キッチンカーの売上金や車に手を出せない。

次は、冒頭の2つめの問いです。Aに個人的にお金を貸しているFは、キッチンカーの売上金に手を出せるでしょうか。条文です。

条文民法677条

民法第677条 組合員の債権者は、組合財産についてその権利を行使することができない。

読み方です。組合員の債権者は、組合財産について、権利を行使できません。答えは、手を出せない、です。Fは、Aに20万円を貸しています。でも、キッチンカーの売上金や車は、組合財産です。Aの固有財産ではありません。理由は、676条のところと同じ筋で整理できます。組合財産は、共同の事業を進めるための手段です。Aの個人の貸し手がそこから回収できるとすると、Aの都合で組合の財産が減り、事業が回らなくなります。Aが個人として持っている預金や持ち物には、届きます。届かないのは、組合財産だけです。この境目が、2つの条文のちがいです。Aの預金は、Dも、Fも、手を出せます。キッチンカーの売上金は、Dは手を出せて、Fは手を出せません。組合の借金は、個人にも及びます。組合員個人の借金は、組合財産には及びません。向きが逆です。

相殺の扱い。Fは、組合に20万円の支払債務を負っている(組合がFへの出張販売で得た代金債権)。Fは、Aに対する貸金債権でこの債務を相殺して済ませることはできない。条文に相殺の文言はない→677条の考え方から、相殺もできないと説明される。理由=認めると、組合員の債権者が組合財産から債権を回収したのと同じになるから。 図:相殺の扱い

  • Fは、組合に20万円の支払債務を負っている(組合がFへの出張販売で得た代金債権)
  • Fは、Aに対する貸金債権でこの債務を相殺して済ませることはできない
  • 条文に相殺の文言はない→677条の考え方から、相殺もできないと説明される
  • 理由=認めると、組合員の債権者が組合財産から債権を回収したのと同じになるから

もう1つ、相殺の話があります。次の例です。組合が、Fに出張販売をして、20万円の代金債権を持っています。つまりFは、組合に20万円を払う立場です。Fは、Aに貸した20万円があります。これを使って、「Aへの貸金と、組合への支払いを、差し引きにして済ませたい」と考えたとします。ところが、これはできないと説明されています。ここは、区別して押さえます。677条の条文に、相殺という言葉は、ありません。条文が禁じているのは、組合財産への権利行使です。その677条の考え方から、相殺もできない、と説明されます。理由はこうです。相殺を認めると、Fは、組合に払うはずの20万円を払わずに済みます。それは、組合員の債権者が、組合財産から債権を回収したのと同じことになるからです。条文そのものとしてではなく、677条の帰結として押さえてください。

手を出せる財産の図 共有・合有・総有

組合の債権者と組合員の債権者が手を出せる財産。行=組合財産/A・B・C個人の固有財産。列=組合の債権者(D)/組合員の債権者(F)。D=組合財産○(675条1項)・各組合員の固有財産○(割合の額・675条2項)。F=組合財産×(677条)・Aの固有財産○(もともとの債権者)。 図:組合の債権者と組合員の債権者が手を出せる財産

  • 行=組合財産/A・B・C個人の固有財産
組合の債権者(D)組合員の債権者(F)
D組合財産○(675条1項)・各組合員の固有財産○(割合の額・675条2項)
F組合財産×(677条)・Aの固有財産○(もともとの債権者)

ここで、今日の主役の図です。手を出せる財産を、1枚にまとめます。表の左側に並ぶのは、2つです。組合財産と、A、B、C個人の固有財産。表の上に並ぶのも、2つです。組合の債権者のDと、組合員の債権者のFです。Dは、組合財産に○です。675条1項です。各組合員の固有財産にも○です。ただし、割合に応じた額です。675条2項です。Fは、組合財産に×です。677条です。Aの固有財産には○です。もともと、Aに貸した債権者だからです。喩えで整理します。金庫が組合財産、財布が固有財産です。金庫の中身は、1人では持ち出せません。Dは、金庫を開けられて、さらに、割合に応じて、各人の財布にも手が届きます。Fは、Aの財布までです。金庫は開けられません。ただし、喩えは喩えです。答案では、組合財産と固有財産という、条文の語に戻して書いてください。一言で言うと、組合の債務は個人にも及び、組合員個人の債務は組合財産に及ばない、です。

共有・合有・総有の対比。持分の処分=共有は自由/合有は組合および組合と取引をした第三者に対抗できない(676条1項)/総有は持分そのものがない。分割請求=共有はいつでも(256条1項)/合有は清算前はできない(676条3項)/総有は返ってくる取り分がない。構成員の個人責任=共有は団体の債務という形がなく、債務があれば共有者個人の債務/合有は損失分担の割合または等しい割合で個人にも及ぶ(675条)/総有は構成員は個人責任を負わない。 図:共有・合有・総有の対比

  • 持分の処分=共有は自由/合有は組合および組合と取引をした第三者に対抗できない(676条1項)/総有は持分そのものがない
  • 分割請求=共有はいつでも(256条1項)/合有は清算前はできない(676条3項)/総有は返ってくる取り分がない
  • 構成員の個人責任=共有は団体の債務という形がなく、債務があれば共有者個人の債務/合有は損失分担の割合または等しい割合で個人にも及ぶ(675条)/総有は構成員は個人責任を負わない

次に、共有、合有、総有の3つを、1枚の表にします。表の左側に並ぶのは、持分の処分、分割請求、構成員の個人責任です。総有は、権利能力なき社団の財産の持ち方でした。前回の写真サークルのような団体です。構成員には持分そのものがなく、財産は、団体として全員にまとめて属します。持分の処分です。共有は、自由です。合有は、組合と、組合と取引をした第三者に、対抗できません。総有は、そもそも持分がありません。分割請求です。共有は、いつでもできます。合有は、清算前はできません。総有は、返ってくる取り分がありません。構成員の個人責任です。共有には、そもそも団体がありません。団体の借金という形はなく、債務があれば、それぞれの共有者個人の債務です。合有は、今日見たとおり、損失分担の割合などで個人にも及びます。総有は、権利能力なき社団の回で見たとおり、構成員は個人責任を負いません。引き当てになるのは、社団の財産だけです。

財産は動かしにくいのに、借金は個人にも及ぶ。合有の特徴は、この組合せです。

損益の分け方

損益分配(674条)。1項=当事者が定めなかったときは、各組合員の出資の価額に応じて定める。2項=利益又は損失についてのみ分配の割合を定めたときは、利益及び損失に共通と推定。例=損失だけA5・B3・C2と決めた→利益の分け方も同じ割合と推定される。 図:損益分配

  • 674条
  • 1項=当事者が定めなかったときは、各組合員の出資の価額に応じて定める。2項=利益又は損失についてのみ分配の割合を定めたときは、利益及び損失に共通と推定。例=損失だけA5・B3・C2と決めた→利益の分け方も同じ割合と推定される。

損益の分け方です。組合の事業で生じた利益や損失は、組合員に分配されます。条文です。

条文民法674条

民法第674条 当事者が損益分配の割合を定めなかったときは、その割合は、各組合員の出資の価額に応じて定める。 2 利益又は損失についてのみ分配の割合を定めたときは、その割合は、利益及び損失に共通であるものと推定する。

1項です。当事者が、損益分配の割合を定めなかったときは、各組合員の出資の価額に応じて定めます。何も取り決めていなければ、出した価値が大きい人ほど、取り分も損失も大きくなる、という整理です。2項です。利益、または損失の一方についてだけ、割合を定めたときは、その割合は、利益にも損失にも共通と推定されます。例です。損失はAが5割、Bが3割、Cが2割とだけ決めて、利益の分け方は決めなかったとします。利益も、同じ5、3、2で分けると推定されます。推定は、反対の事情があれば覆ります。利益には別の割合を適用する合意があった、という事情が示されれば、そちらが優先します。さきほどの675条の、損失分担の割合も、ここにつながります。定めがあれば、その割合です。損失の割合だけを定めたなら、それが利益にも共通になります。何も定めていなければ、出資の価額に応じます。

財産関係のまとめ

財産関係のまとめ。組合財産=総組合員の共有(668条)だが、持分の処分は対抗できず(676条1項)、清算前は分割を求められない(同3項)。組合債権=単独で行使できない(676条2項)。組合の債権者=組合財産と、各組合員(損失分担の割合又は等しい割合。債権の発生の時に割合を知っていたときは割合のみ)に(675条)。組合員の債権者=組合財産に行使できない(677条)。損益分配=定め→出資の価額(674条)。 図:財産関係のまとめ

  • 組合財産=総組合員の共有(668条)だが、持分の処分は対抗できず(676条1項)、清算前は分割を求められない(同3項)
  • 組合債権=単独で行使できない(676条2項)
  • 組合の債権者=組合財産と、各組合員(損失分担の割合又は等しい割合。債権の発生の時に割合を知っていたときは割合のみ)に(675条)
  • 組合員の債権者=組合財産に行使できない(677条)
  • 損益分配=定め→出資の価額(674条)

ここまでの財産関係を、整理します。組合の財産は、組合員全員の共有に属すると書かれます。ただし、持分を処分しても対抗できず、清算の前に分割も求められません。組合の債権は、単独では行使できません。組合の債権者は、組合財産と、各組合員に権利を行使できます。各組合員には、損失分担の割合または等しい割合です。債権の発生の時に損失分担の割合を知っていたときは、その割合だけです。組合員の債権者は、組合財産には行使できません。冒頭の問いの答えです。DはA個人の預金にも手を出せます。Fは、組合財産、つまりキッチンカーの売上金や車には手を出せません。損益の分け方は、定めがあればそれ、なければ出資の価額に応じます。ここからは、組合員が入れ替わる場面です。入る、出る、そして終わる、の順に見ます。

組合に入る 加入

加入(677条の2)。1項=組合員は、その全員の同意によって、又は組合契約の定めるところにより、新たに組合員を加入させることができる。2項=組合の成立後に加入した組合員は、その加入前に生じた組合の債務については、これを弁済する責任を負わない。例=4人目のHが加入→加入前のDへの未払い100万円は、Hが自分の固有財産で弁済する責任を負わない。 図:加入

  • 677条の2
  • 1項=組合員は、その全員の同意によって、又は組合契約の定めるところにより、新たに組合員を加入させることができる。2項=組合の成立後に加入した組合員は、その加入前に生じた組合の債務については、これを弁済する責任を負わない。例=4人目のHが加入→加入前のDへの未払い100万円は、Hが自分の固有財産で弁済する責任を負わない。

組合に入る場面です。加入です。条文です。

条文民法677条の2

民法第677条の2 組合員は、その全員の同意によって、又は組合契約の定めるところにより、新たに組合員を加入させることができる。 2 前項の規定により組合の成立後に加入した組合員は、その加入前に生じた組合の債務については、これを弁済する責任を負わない。

1項です。組合員は、その全員の同意によって、または組合契約の定めるところにより、新たに組合員を加入させられます。前回、組合は、構成員どうしが契約で直接つながるので、既にいる全員の同意が要る、と見ました。1項は、それを受けた条文です。組合契約に定めがあれば、その定めによります。2項です。加入した組合員は、加入前に生じた組合の債務については、弁済する責任を負いません。例です。キッチンカーに、4人目のHが加わりました。Dへの未払い100万円は、Hが加わる前に生じた債務です。Hは、加入前の債務について、自分の固有財産で弁済する責任を負いません。一方で、組合の財産は、Hを含む組合員全員の合有になります。Hが出資した物も、その組合財産に入ります。Dの側から見ます。Dが100万円の取引をしたとき、Hはまだ組合員ではありませんでした。Hが入っても、この100万円で個人の財布に手が届く相手は、A、B、Cの3人のままです。出る側との対比は、あとで並べます。

組合から抜ける 脱退の種類

脱退の地図(任意脱退と非任意脱退)。任意脱退(678条)=組合員の意思にもとづく。非任意脱退(679条)=死亡・破産手続開始の決定・後見開始の審判・除名。除名(680条)=正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致によってできる(通知しなければ対抗できない)。 図:脱退の地図

  • 任意脱退と非任意脱退
  • 任意脱退(678条)=組合員の意思にもとづく。非任意脱退(679条)=死亡・破産手続開始の決定・後見開始の審判・除名。除名(680条)=正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致によってできる(通知しなければ対抗できない)。

次は、組合から抜ける場面です。脱退です。脱退は、2つに分けて整理します。組合員の意思にもとづく任意脱退と、組合員の意思にもとづかない非任意脱退です。任意脱退は、678条です。非任意脱退は、679条と680条です。条文です。

条文民法678条

民法第678条 組合契約で組合の存続期間を定めなかったとき、又はある組合員の終身の間組合が存続すべきことを定めたときは、各組合員は、いつでも脱退することができる。ただし、やむを得ない事由がある場合を除き、組合に不利な時期に脱退することができない。 2 組合の存続期間を定めた場合であっても、各組合員は、やむを得ない事由があるときは、脱退することができる。

1項です。組合の存続期間を定めなかったとき、またはある組合員の終身の間、組合が存続すべきことを定めたときは、各組合員は、いつでも脱退できます。ただし書きです。やむを得ない事由がある場合を除き、組合に不利な時期には、脱退できません。例です。キッチンカーを、期間を決めずに始めたとします。Cは、いつでも抜けられます。イベントの準備中のような時期は、ただし書きの「組合に不利な時期」に当たりえます。大きなイベントの直前など、組合に不利な時期は、やむを得ない事由がなければ、脱退できません。2項です。存続期間を定めた場合でも、各組合員は、やむを得ない事由があるときは、脱退できます。整理します。期間を定めなかった場合は、いつでも脱退できて、不利な時期だけ制限されます。期間を定めた場合は、やむを得ない事由が必要です。

条文民法679条

民法第679条 前条の場合のほか、組合員は、次に掲げる事由によって脱退する。 一 死亡 二 破産手続開始の決定を受けたこと。 三 後見開始の審判を受けたこと。 四 除名

次に、非任意脱退です。前条の場合のほか、組合員は、次の事由によって脱退します。死亡、破産手続開始の決定を受けたこと、後見開始の審判を受けたこと、除名です。例です。Aが、病気で亡くなったとします。これは、1号の死亡です。Aは、組合員でなくなります。4号の除名を、続けて読みます。

条文民法680条

民法第680条 組合員の除名は、正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致によってすることができる。ただし、除名した組合員にその旨を通知しなければ、これをもってその組合員に対抗することができない。

組合員の除名は、正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致によってできます。ただし書きです。除名した組合員に、その旨を通知しなければ、除名を、その組合員に対抗できません。例です。Bが、出資の金額をごまかしていたとします。これは、正当な事由になりえます。AとCが、一致して除名を決めます。そして、Bに通知します。必要なのは、Bを除いた、他の組合員の一致です。Bの同意は要りません。そして、Bに通知しなければ、Bには対抗できません。通知は、除名の効力を主張するための条件です。前回、出資しない組合員と離れる道は、解除とは別に用意されている、と言いました。除名は、その道の1つです。1人が脱退しても、組合は続きます。続けて、抜けた人の財産と責任を見ます。

抜けるときの精算 持分の払戻しと、前の借金

持分の払戻し(681条)。1項=脱退した組合員と他の組合員との間の計算は、脱退の時における組合財産の状況に従う。2項=脱退した組合員の持分は、出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができる。3項=脱退の時にまだ完了していない事項は、その完了後に計算できる。 図:持分の払戻し

  • 681条
  • 1項=脱退した組合員と他の組合員との間の計算は、脱退の時における組合財産の状況に従う。2項=脱退した組合員の持分は、出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができる。3項=脱退の時にまだ完了していない事項は、その完了後に計算できる。

脱退した人は、何を受け取れるのか。681条です。

条文民法681条

民法第681条 脱退した組合員と他の組合員との間の計算は、脱退の時における組合財産の状況に従ってしなければならない。 2 脱退した組合員の持分は、その出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができる。 3 脱退の時にまだ完了していない事項については、その完了後に計算をすることができる。

1項です。計算は、脱退の時における組合財産の状況に従います。2項です。脱退した組合員の持分は、出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができます。例です。Bが、調理器具を出資して、脱退します。Bは、器具そのものを返してもらえなくてもかまいません。金銭で払い戻してよいのです。払い戻されるのは、出した物そのものではありません。脱退の時の組合財産の状況から計算した、持分です。3項です。脱退の時にまだ完了していない事項は、その完了後に計算できます。676条のところで、抜けるときには持分の払戻しを受けられる、と言いました。その条文が、これです。

定着の問い(680条の2)。Dへの100万円が残ったままCが脱退した。Cは、脱退前に生じた組合の債務について、責任を負うか。 図:定着の問い

  • 680条の2
  • Dへの100万円が残ったままCが脱退した。Cは、脱退前に生じた組合の債務について、責任を負うか。

ここで、冒頭の設例の続きです。Dへの100万円は、まだ払われていません。この状態で、Cが脱退しました。1問です。Cは、脱退前に生じたこの債務について、責任を負うでしょうか?条文で確かめます。

条文民法680条の2

民法第680条の2 脱退した組合員は、その脱退前に生じた組合の債務について、従前の責任の範囲内でこれを弁済する責任を負う。この場合において、債権者が全部の弁済を受けない間は、脱退した組合員は、組合に担保を供させ、又は組合に対して自己に免責を得させることを請求することができる。 2 脱退した組合員は、前項に規定する組合の債務を弁済したときは、組合に対して求償権を有する。

脱退前の債務(680条の2)。1項=脱退した組合員は、脱退前に生じた組合の債務について、従前の責任の範囲内で弁済する責任を負う。債権者が全部の弁済を受けない間は、組合に担保を供させ、又は免責を得させることを請求できる。2項=弁済したときは、組合に対して求償権を有する。例=損失分担2割のCが脱退→Dが損失分担の割合で請求するなら20万円。 図:脱退前の債務

  • 680条の2
  • 1項=脱退した組合員は、脱退前に生じた組合の債務について、従前の責任の範囲内で弁済する責任を負う。債権者が全部の弁済を受けない間は、組合に担保を供させ、又は免責を得させることを請求できる。2項=弁済したときは、組合に対して求償権を有する。例=損失分担2割のCが脱退→Dが損失分担の割合で請求するなら20万円。

1項前段です。脱退した組合員は、脱退前に生じた組合の債務について、従前の責任の範囲内で、弁済する責任を負います。答えは、責任を負う、です。Cは、抜けても、脱退前に生じたDへの債務の責任が残ります。Cの損失分担の割合が2割で、Dが損失分担の割合で請求するなら、20万円です。1項後段です。債権者が全部の弁済を受けない間は、Cは、組合に担保を供させたり、組合に対して自分に免責を得させることを請求できます。免責を得させるとは、組合が債権者に払うなどして、Cを責任から外させることです。2項です。Cが弁済したときは、組合に対して、求償権を持ちます。

なぜ求償できるのか。鍵は、さきほどの681条の払戻しの計算です。払戻額を計算するときは、脱退前に生じた組合の債務を、マイナスの資産として差し引くのが通常です。つまりCの払戻額は、Dへの100万円を差し引いたうえで計算されるのが通常です。この借金は、計算の上では、組合の側に残っています。それをCが払うのは、組合の債務、つまり他人の債務を払ったことになります。ですから、組合に求償できる、という筋です。

加入と脱退の対比。加入(677条の2第2項)=加入前に生じた組合の債務は、弁済する責任を負わない。脱退(680条の2)=脱退前に生じた組合の債務は、従前の責任の範囲内で弁済する責任を負う。入る側は軽く、出る側は残る。 図:加入と脱退の対比

  • 加入(677条の2第2項)=加入前に生じた組合の債務は、弁済する責任を負わない
  • 脱退(680条の2)=脱退前に生じた組合の債務は、従前の責任の範囲内で弁済する責任を負う
  • 入る側は軽く、出る側は残る

さきほどの加入と、並べます。加入は、加入前に生じた債務について、弁済する責任を負いません。677条の2第2項です。脱退は、脱退前に生じた債務について、従前の責任の範囲内で、責任が残ります。680条の2です。2つの条文を並べると、債権者から見れば、加入も脱退も、それまでの債務の責任を変えない、という見え方になります。

組合が終わるとき 解散と清算の地図

解散と清算の流れ(682条〜688条)。解散事由(682条)=①組合の目的である事業の成功又はその成功の不能 ②組合契約で定めた存続期間の満了 ③組合契約で定めた解散の事由の発生 ④総組合員の同意。解散請求(683条)=やむを得ない事由があるとき各組合員は請求できる。解散の効力=将来に向かってのみ(684条→620条の準用。前段=将来に向かってのみ)。清算(685条〜688条)=清算人が現務の結了・債権の取立てと債務の弁済・残余財産の引渡し/残余財産は出資の価額に応じて分割(688条3項)。 図:解散と清算の流れ

  • 682条〜688条
  • 解散事由(682条)=①組合の目的である事業の成功又はその成功の不能 ②組合契約で定めた存続期間の満了 ③組合契約で定めた解散の事由の発生 ④総組合員の同意。解散請求(683条)=やむを得ない事由があるとき各組合員は請求できる。解散の効力=将来に向かってのみ(684条→620条の準用。前段=将来に向かってのみ)。清算(685条〜688条)=清算人が現務の結了・債権の取立てと債務の弁済・残余財産の引渡し
  • 残余財産は出資の価額に応じて分割(688条3項)。

最後は、組合が終わるときです。ここは、条文を順に見ていきます。流れは3段です。解散事由が生じる、組合が将来に向かって消滅する、清算をして財産を分ける。まず、解散事由です。682条に、4つあります。

条文民法682条

民法第682条 組合は、次に掲げる事由によって解散する。 一 組合の目的である事業の成功又はその成功の不能 二 組合契約で定めた存続期間の満了 三 組合契約で定めた解散の事由の発生 四 総組合員の同意

1つめは、組合の目的である事業の成功、またはその成功の不能。2つめは、組合契約で定めた存続期間の満了。3つめは、組合契約で定めた解散の事由の発生。4つめは、総組合員の同意です。683条です。やむを得ない事由があるときは、各組合員は、組合の解散を請求できます。解散すると、組合は、最初から無かったことになるんですか?なりません。684条が620条を準用します。620条は賃貸借の解除の条文で、前段が、効力は将来に向かってのみ生ずる、と定めています。それが、解散にも準用されます。解散した組合は、解散のときから先に向かって、消滅します。それまでに生じた効果は、残ります。例です。解散の前に、Dと結んだ仕入れの契約や、Eへの代金債権は、解散しても消えません。だから、このあとの清算で、Dに払い、Eから取り立てるのです。解散のあとは、清算です。685条です。清算は、総組合員が共同して、またはその選任した清算人がします。清算人の選任は、組合員の過半数で決めます。686条は、清算人に業務執行者の規定の一部を準用します。687条は、組合員の中から選任した清算人に、672条を準用します。清算人にも、前回見た業務執行者の決まりの一部が当てはまる、ということです。

条文民法688条

民法第688条 清算人の職務は、次のとおりとする。 一 現務の結了 二 債権の取立て及び債務の弁済 三 残余財産の引渡し 2 清算人は、前項各号に掲げる職務を行うために必要な一切の行為をすることができる。 3 残余財産は、各組合員の出資の価額に応じて分割する。

688条です。清算人の職務は、現務の結了、債権の取立てと債務の弁済、残余財産の引渡しです。現務の結了とは、やりかけの仕事を片づけることです。2項では、清算人は、必要な一切の行為ができます。残余財産は、各組合員の出資の価額に応じて分割します。688条3項です。例です。キッチンカーの事業を畳みます。清算人はAでかまいません。清算人は、仕入れ先のDへの未払いを弁済します。そのあとで、残った売上金を分けます。分けるのは、債務を片づけたあとです。損益分配は、674条の割合でした。残余財産の分け方は、出資の価額に応じる、688条3項です。別の条文です。

今日のまとめ

今日のまとめ。財産=組合財産は総組合員の共有だが、持分の処分は対抗できず(676条1項)、清算前は分割を求められない(同3項)。債権=単独で行使できない(676条2項)。債務=組合財産と、各組合員(損失分担の割合又は等しい割合。債権の発生の時に割合を知っていたときは割合のみ)に(675条)。組合員の債権者=組合財産に及ばない(677条)。損益分配=定め→出資の価額(674条)。加入前の債務は負わない(677条の2第2項)/脱退前の債務は残る(680条の2)。解散は将来に向かって・残余財産は出資の価額に応じて分割。 図:今日のまとめ

  • 財産=組合財産は総組合員の共有だが、持分の処分は対抗できず(676条1項)、清算前は分割を求められない(同3項)
  • 債権=単独で行使できない(676条2項)
  • 債務=組合財産と、各組合員(損失分担の割合又は等しい割合。債権の発生の時に割合を知っていたときは割合のみ)に(675条)
  • 組合員の債権者=組合財産に及ばない(677条)
  • 損益分配=定め→出資の価額(674条)
  • 加入前の債務は負わない(677条の2第2項)/脱退前の債務は残る(680条の2)
  • 解散は将来に向かって・残余財産は出資の価額に応じて分割

今日の内容を整理します。組合の財産は、組合員全員の共有に属すると書かれますが、持分を処分しても対抗できず、清算の前に分割も求められません。組合の債権は、単独では行使できません。組合の債務は、組合財産のほか、各組合員にも、損失分担の割合または等しい割合で及びます。債権の発生の時に損失分担の割合を知っていたときは、その割合だけです。組合員の債権者は、組合財産に手を出せません。冒頭の設例です。DはA個人の預金にも手を出せます。Fは、組合財産、つまりキッチンカーの売上金や車には手を出せません。損益の分け方は、定めがあればそれ、なければ出資の価額に応じます。入る側は、加入前の債務を負いません。出る側は、脱退前の債務の責任が残ります。脱退するときは、持分を金銭で払い戻してもらえます。組合が終わるときは、解散で将来に向かって消滅し、清算人が債務を片づけて、残りを出資の価額に応じて分けます。次は、終身定期金と和解を見ます。

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#281単独ページ動画

終身定期金・和解と錯誤・契約の総まとめ

第5章 契約 #281/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

塀の位置で手を打ったあとで

冒頭の設例 隣り合う土地の所有者AとBが境界で争った。Aは「境は塀の1メートル向こう」、Bは「境は塀の1メートル手前」。互いに譲り「今の塀の位置を境にする」と合意した。後日、古い測量図が出て、本当の境は塀の1メートル向こうだった。 図:冒頭の設例 隣り合う土地の所有者AとBが境界で争った

  • Aは「境は塀の1メートル向こう」、Bは「境は塀の1メートル手前」
  • 互いに譲り「今の塀の位置を境にする」と合意した
  • 後日、古い測量図が出て、本当の境は塀の1メートル向こうだった

今日は、予告どおり、終身定期金と和解を見ます。そして、第5章の契約が、今日で終わります。設例から入ります。隣り合う土地の所有者を、AとBとします。2人は、境界をめぐって争っていました。Aは、Aの側から見て、境は塀の1メートル向こうだと言います。Bは、境は塀の1メートル手前、つまりAの側に1メートル入った所だと言います。話がつかず、2人は互いに譲って、今のブロック塀の位置を境にしよう、と手を打ちました。ところが後日、古い測量図が出てきました。本当の境は、塀の1メートル向こうでした。Aの言い分が、正しかったのです。

Aは、あの合意は思い違いでした、と言い出しました。合意を取り消して、1メートルを返してほしい、と言います。ただ、争いをやめるための合意になると、事情が変わります。この問いの答えは、今日の後半で出します。分かれ目は、争って譲り合った部分か、そうでない部分か、です。

今日の地図。1 終身定期金契約(689条〜694条)2 和解とは(695条)3 和解の確定力(696条)4 和解と錯誤(原則と例外)5 第5章の全体地図と、混ざった場面の選び分け。軸=和解が確定させるのは、争って譲り合った部分だけ。 図:今日の地図

  • 1 終身定期金契約(689条〜694条)2 和解とは(695条)3 和解の確定力(696条)4 和解と錯誤(原則と例外)5 第5章の全体地図と、混ざった場面の選び分け
  • 軸=和解が確定させるのは、争って譲り合った部分だけ

今日の道筋です。まず、終身定期金契約を見ます。数分で終わる、短い契約です。次に、和解とは何かを見ます。そして、和解の確定力、続けて、和解と錯誤の原則と例外です。ここで、冒頭の問いに答えます。最後に、第5章の全体を地図に戻して、混ざった場面で、どの制度が当たるかを選ぶ練習をします。

終身定期金契約 死亡に至るまで定期に給付する

終身定期金の例。Cが、Dに、毎月8万円を給付する。終わりの合図は、Dの祖母の死亡。基準になる人は3通り=給付する側自身/相手方/第三者。 図:終身定期金の例

  • Cが、Dに、毎月8万円を給付する
  • 終わりの合図は、Dの祖母の死亡
  • 基準になる人は3通り=給付する側自身/相手方/第三者

1つめは、終身定期金契約です。名前は堅いですが、中身は単純です。例です。Cが、Dに、毎月8万円を払うと約束します。いつまでか。Dの祖母が亡くなるまで、です。終わりが、日付ではなくて、人の死なんです。そこが、この契約の特徴です。条文です。

条文民法689条

民法第689条 終身定期金契約は、当事者の一方が、自己、相手方又は第三者の死亡に至るまで、定期に金銭その他の物を相手方又は第三者に給付することを約することによって、その効力を生ずる。

読み方です。給付する側は、誰かの死亡に至るまで、定期に、金銭その他の物を、相手方か第三者に給付することを約します。死亡の基準になる人は、3通りです。給付する側自身か、相手方か、第三者です。例では、第三者のDの祖母が基準で、受け取るのは相手方のDです。条文の言葉は、そうなっています。受け取る人も、相手方でも第三者でも構いません。境界の例です。毎月8万円を、Dの祖母が亡くなるまで払う約束は、終身定期金です。毎月8万円を、10年間払う約束は、期間は決まっていますが、誰かの死亡に至るまで、ではありません。689条の言葉を満たしません。100万円を1回だけ払う約束も、定期に、ではありません。当たりません。

「約することによって、その効力を生ずる」とあります。合意だけで成立しますから、諾成です。契約を仕分けたときと同じ読み方です。給付する側が、見返りを受け取るのかどうかは、条文だけでは決まりません。例のCが、Dから先にまとまったお金を受け取って、その代わりに払い続ける形もあれば、何も受け取らずに払うと約束するだけの形もあります。どちらも、689条の言葉に当てはまります。ですから、双務か、有償かは、言い切れません。

690条〜694条の地図。690条=日割りで計算。691条=元本を受領した債務者が給付を怠るなどしたとき、相手方は元本の返還を請求でき、既に受け取った終身定期金から元本の利息を引いた残額を返す。692条=691条の場合に533条を準用。693条=債務者の責めに帰すべき事由による死亡のとき、裁判所が債権の存続を宣告できる。694条=遺贈に準用。 図:690条〜694条の地図

  • 690条=日割りで計算
  • 691条=元本を受領した債務者が給付を怠るなどしたとき、相手方は元本の返還を請求でき、既に受け取った終身定期金から元本の利息を引いた残額を返す
  • 692条=691条の場合に533条を準用
  • 693条=債務者の責めに帰すべき事由による死亡のとき、裁判所が債権の存続を宣告できる
  • 694条=遺贈に準用

続く690条から694条は、条文の地図として、位置を押さえてください。690条です。終身定期金は、日割りで計算します。691条です。いま言った、先に受け取るまとまったお金を、元本と言います。元本を受け取って、その代わりに給付を続ける形の終身定期金で、給付する側が、約束を守らないときの条文です。

条文民法691条1項

民法第691条第1項 終身定期金債務者が終身定期金の元本を受領した場合において、その終身定期金の給付を怠り、又はその他の義務を履行しないときは、相手方は、元本の返還を請求することができる。この場合において、相手方は、既に受け取った終身定期金の中からその元本の利息を控除した残額を終身定期金債務者に返還しなければならない。

読み方です。給付する側が、元本を受け取ったのに、給付を怠るなどしたとき、相手方は、元本の返還を請求できます。その場合、相手方は、すでに受け取った定期金から、元本の利息を引いた残額を、給付する側に返します。2項で、損害賠償の請求は妨げられません。692条です。この元本の返還と、残額の返還には、533条が準用されます。2つの返還が向き合い、同時履行になります。533条を広げて使う場面の1つとして、終身定期金契約が解除された場合、と紹介しました。692条の見出しも、解除と同時履行です。693条です。給付する側の責めに帰すべき事由で、基準になる人の死亡が生じたとき、裁判所は、債権者かその相続人の請求により、債権が相当の期間存続することを宣告できます。2項で、691条の権利の行使は妨げません。694条です。この節の規定は、終身定期金の遺贈にも準用されます。終身定期金は、ここまでです。次は、今日の主役、和解です。

和解とは何か 互いに譲る約束

和解の条文(695条)の要素。1 当事者の間に争いがある 2 互いに譲歩する(互譲) 3 争いをやめることを約する。冒頭の例=AもBも自分の主張を1メートル引いた→和解。Bだけが全面的に折れた→和解ではない。

次は、和解です。冒頭の2人がしたことです。条文です。

条文民法695条

民法第695条 和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる。

要素は3つです。1つめ、当事者の間に争いがあること。2つめ、互いに譲歩すること。3つめ、争いをやめることを約すること。互いに譲歩することを、互譲と呼びます。冒頭の例に当てはめます。Aは、境は塀の1メートル向こう、Bは、1メートル手前と言いました。それぞれが、自分の主張を引いて、塀の位置で手を打っています。互いに譲歩しているので、和解です。譲ったのが片方だけなら、和解ではありません。たとえば、Bが全面的に折れて、Aの言い分をそのまま飲んだとします。譲ったのはBだけです。互いに譲歩、という要素が欠けます。日常では、こうした話し合いの決着も、示談と呼びます。ただ、示談は日常の言葉で、条文の言葉は和解です。条文の和解になるかどうかは、互譲があるかどうかで見ます。性質です。「約することによって、その効力を生ずる」とあるので、合意だけで成立します。諾成です。互いに譲歩する形なので、双務、有償と読み取れます。冒頭の例では、Aも、Bも、自分の主張から1メートル分を手放しました。それぞれの譲歩が、相手の譲歩の見返りになっています。契約を仕分けたときにも、そう見ました。

区別しておきます。前に見たとおり、更改は、従前の債務に代えて、新しい債務を発生させる契約です。合意だけで、新しい債務ができた時に、古い債務が消えます。別の債務を作る制度でした。和解は、争いをやめる契約です。互いに譲歩した結果として、権利関係が確定します。確定する、という部分が、次の696条です。

和解の確定力 確証が出ても覆らない

696条の読み方。和解で「一方が権利を有する/他方は有しない」と認められた→あとで逆の確証が出た→それでも権利は和解によって移転し、または消滅したものとする。この効果を確定力と呼ぶ。 図:696条の読み方

  • 和解で「一方が権利を有する/他方は有しない」と認められた→あとで逆の確証が出た→それでも権利は和解によって移転し、または消滅したものとする
  • この効果を確定力と呼ぶ

古い測量図が出ても、塀の位置が境のまま。その根拠になる条文です。696条です。

条文民法696条

民法第696条 当事者の一方が和解によって争いの目的である権利を有するものと認められ、又は相手方がこれを有しないものと認められた場合において、その当事者の一方が従来その権利を有していなかった旨の確証又は相手方がこれを有していた旨の確証が得られたときは、その権利は、和解によってその当事者の一方に移転し、又は消滅したものとする。

読み方です。争いの目的になった権利について、和解で、一方が持つ、他方は持たない、と認められました。ところがあとで、本当は一方は持っていなかった、あるいは他方が持っていた、という確証が得られました。確証とは、確かな証拠のことです。その場合でも、権利は、和解によって、一方に移り、または消えたものとする。つまり、和解で決めた内容で、権利が確定します。この効力を、確定力と呼びます。冒頭の例です。塀から向こう1メートルの帯は、AもBも、自分の土地だと主張していた部分でした。これが、争いの目的である権利です。和解で、境は塀の位置と決まり、塀の向こうの帯は、Bの側に入りました。あとで、古い測量図という確証が出ました。それでも、帯は、和解によってBに移ったものとして扱われます。Aは、取り戻せません。

定着の問い(確定力)。和解のあとに、反対の確証が出ても覆らないことにしたのは、なぜか。 図:定着の問い

  • 確定力
  • 和解のあとに、反対の確証が出ても覆らないことにしたのは、なぜか。

立ち止まって、考えてみましょう。和解のあとに、反対の確証が出ても覆らないことにした。それは、なぜだと思いますか?あとから出てきた確証で和解が覆るなら、争いを終わらせるために譲り合った意味が残りません。争いが、蒸し返されてしまいます。和解は、争いを終わらせるための契約です。終わったはずの争いを、確証が出るたびに持ち出せるなら、争いは終わりません。もう1点、条文の言葉に注意してください。確定するのは、争いの目的である権利です。争いになっていないことまで確定させる、とは書いていません。ここが、次の錯誤の話につながります。冒頭の問いの、確定力からの答えを、先に言います。境は、塀の位置で確定します。Aは、1メートルを取り戻せません。ただ、Aは、思い違いも理由にしています。そちらは、次に見ます。

和解と錯誤 原則は取り消せない

和解と錯誤の原則。和解に錯誤があったとき、錯誤取消し(95条)を主張できるか。原則=できない。理由=争いの対象にして互譲で決めた事項は、和解で終わらせた争いそのもの(696条の確定力)。 図:和解と錯誤の原則

  • 和解に錯誤があったとき、錯誤取消し(95条)を主張できるか
  • 原則=できない
  • 理由=争いの対象にして互譲で決めた事項は、和解で終わらせた争いそのもの(696条の確定力)

次の問いです。和解に錯誤があったとき、95条の錯誤取消しを主張できるでしょうか。原則は、主張できません。前に、錯誤を見たときに触れました。和解契約でも、錯誤を理由に取り消すことは、原則として認められません。和解は、争いを終わらせるための契約です。あとから錯誤を持ち出せてしまうと、争いが蒸し返されてしまいます。今日は、この理由を、696条の確定力として押さえます。争いの対象にして、互譲によって決めた事項は、和解で終わらせた争いそのものです。だから、錯誤取消しは主張できません。争った点について、思い違いでした、と言うのは、反対の確証が出ました、と言うのと同じです。696条は、それでも覆らないとしています。

判例の事案。土地と建物の所有権が代物弁済で会社に移ったのかをめぐる争い。一方が、所有権は相手にあると認め、相手は明渡しを猶予する和解をした。のちに、認めた側が錯誤を主張した。 図:判例の事案

  • 土地と建物の所有権が代物弁済で会社に移ったのかをめぐる争い
  • 一方が、所有権は相手にあると認め、相手は明渡しを猶予する和解をした
  • のちに、認めた側が錯誤を主張した

判例を見ます。事案です。ある土地と建物の所有権が、誰にあるかをめぐって、争いがありました。代物弁済によって、所有権が会社に移ったのかどうか、が中心です。代物弁済とは、お金の代わりに、別の物で払う契約です。争いをやめるため、一方が、所有権は相手にあると認めました。相手は、明渡しを猶予しました。そういう和解です。のちに、所有権を認めた側が、錯誤を主張しました。

判例最判昭43・7・9

和解の対象事項と錯誤 本件代物弁済契約の効力自体が争いの目的たる事項に該当するといえるから、この点について和解当事者は錯誤を理由としてその無効を主張しえないものと解するのが相当であり

読み方です。代物弁済契約の効力そのものが、争いの目的たる事項に当たる。だから、この点について、和解した当事者は、錯誤を理由に無効を主張できない、と言っています。時制に注意してください。この判決は、旧法のときのものです。昔の条文では、錯誤による意思表示は無効でした。ですから、無効を主張できない、と書きます。いまの条文では、取消しです。現行法に置き換えると、錯誤取消しを主張できない、という意味になります。冒頭の例では、境が、塀から何メートルの位置にあるか、です。2人がまさに争って、互譲で決めた点です。この点では、AもBも、錯誤を主張できません。古い測量図が出ても、同じです。では、和解には、錯誤取消しが一切使えないのか。そうではありません。次に、例外を見ます。

和解と錯誤 例外は前提として争わなかった事項

定着の問い(基礎事情の錯誤)。基礎事情の錯誤で取り消せるのは、土台の思い込みが真実に反していて、重要で、そしてもう1つ、何が必要か。 図:定着の問い

  • 基礎事情の錯誤
  • 基礎事情の錯誤で取り消せるのは、土台の思い込みが真実に反していて、重要で、そしてもう1つ、何が必要か。

例外の前に、錯誤の要件を、1問で思い出します。基礎事情の錯誤で取り消せるのは、土台の思い込みが真実に反していて、重要で、そして、もう1つ。何が必要でしたか?その事情が、法律行為の基礎とされていることが、表示されていたこと、です。95条2項でした。条文を出します。

条文民法95条1項・2項

民法第95条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤 2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。

例外の規範です。和解の確定力は、争いがあって、互譲の対象になった部分についてだけ生じます。ですから、前提として争わなかった事項に思い違いがあれば、錯誤取消しを主張できます。理由は、1本の線で言えます。その部分は、争いの対象ではなく、互譲もしていません。当事者が確定しようとした部分にしか、確定力は及ばない、ということです。同じ理由を、当事者の意思の側から言うと、こうなります。それ以外の法律関係は、真実と異なっても、法律関係を確定しようとする意思が認められないから、です。

争った事項と、前提として争わなかった事項。左=争った事項(互譲で決めた)=確定力が及ぶ・錯誤取消しは原則できない。右=前提として争わなかった事項=確定力は及ばない・錯誤取消しは95条の要件を満たせばできる。例=境が塀から何メートルの位置か/境が塀の位置だと双方が疑わず、争ったのは費用の負担だけ。 図:争った事項と、前提として争わなかった事項

  • 左=争った事項(互譲で決めた)=確定力が及ぶ・錯誤取消しは原則できない
  • 右=前提として争わなかった事項=確定力は及ばない・錯誤取消しは95条の要件を満たせばできる
  • 例=境が塀から何メートルの位置か/境が塀の位置だと双方が疑わず、争ったのは費用の負担だけ

喩えで確かめます。友人2人が、旅行の宿代の割り勘で揉めたとします。宿代の総額は、2人とも疑っていません。争ったのは、割り方だけです。そこで、半々で手を打ちました。あとで、総額が思っていた額と違うと分かりました。割り方の半々は、争って決めたので、決着しています。総額は、争っていない前提です。別に考えます。

例の1。貸金の存在は両者とも認めていた。争いは弁済の方法だけで、方法を和解で決めた。のちに、貸金が無かったと分かった→貸金の存在は争っていない前提→錯誤取消しを主張できる。 図:例の1

  • 貸金の存在は両者とも認めていた
  • 争いは弁済の方法だけで、方法を和解で決めた
  • のちに、貸金が無かったと分かった→貸金の存在は争っていない前提→錯誤取消しを主張できる

例の1です。貸主と借主がいます。借金があること自体は、2人とも認めていました。争いは、返し方だけです。そこで、返し方を和解で決めました。ところが、あとになって、借金そのものが無かったと分かりました。借金の存在は、争っていません。前提です。ですから、借主とされた側は、錯誤取消しを主張できます。例の2は、判例です。事案です。

判例の事案(ジャム)。62万円あまりの支払義務があるかをめぐる争い。互いに譲って争いをやめるため、仮差押えにかかるジャムを、特選D印苺ジャムであることを前提に、1箱3000円と見込み、代物弁済として渡すと約束。ジャムは粗悪品だった。受け取る側の意思表示に錯誤があった。 図:判例の事案

  • ジャム
  • 62万円あまりの支払義務があるかをめぐる争い。互いに譲って争いをやめるため、仮差押えにかかるジャムを、特選D印苺ジャムであることを前提に、1箱3000円と見込み、代物弁済として渡すと約束。ジャムは粗悪品だった。受け取る側の意思表示に錯誤があった。

請求された62万円あまりの支払義務があるかどうかが、争いでした。互いに譲って争いをやめるために、仮差押えにかかっていたジャムを、代物弁済として渡す、と約束しました。そのジャムは、市場で一般に通用している、特選D印苺ジャムであることが前提で、1箱3000円と見込まれていました。ところが、粗悪品でした。次の文は、原審の認定と判断を引いた部分です。最高裁は、この判断を、そのまま認めました。ジャムを渡す側が控訴人、受け取る側が被控訴会社です。

判例最判昭33・6・14 民集12巻9号1492頁

和解の前提の錯誤 仮差押にかかる本件ジヤムを市場で一般に通用している特選D印苺ジヤムであることを前提とし、これを一箱当り三千円(一罐平均六二円五〇銭相当)と見込んで控訴人から被控訴人に代物弁済として引渡すことを約したものであるところ、本件ジヤムは、原判示のごとき粗悪品であつたから、本件和解に関与した被控訴会社の訴訟代理人の意思表示にはその重要な部分に錯誤があつた

読み方です。ジャムが、特選D印苺ジャムであることを前提に、代物弁済として渡す約束をしました。ところが粗悪品だったので、受け取る側の訴訟代理人の意思表示には、重要な部分に錯誤があった、という判断です。争いと前提を、分けます。争いは、62万円あまりの支払義務があるか、でした。ジャムの品質は、争っていません。渡す約束の前提でした。さきほどの土地の判決と比べてください。あちらは、代物弁済契約の効力そのものが、争いの中心でした。こちらは、渡すジャムの品質が、争いの外でした。ここが、分かれ目です。判決が言ったのは、前提とし、というところまでです。品質は、争いの対象にも、互譲の対象にもなっていなかった、という説明は、学説の整理です。錯誤の言葉で整理します。ジャムの品質は、当事者が和解の土台にした事情です。錯誤の言葉で言うなら、基礎事情の錯誤、つまり95条1項2号にあたる、と考える見方があります。判決は旧法のときのもので、要素の錯誤、と言っています。同じジャムの判決は、売買と錯誤の関係を見たときにも出てきました。そのとき見たとおり、旧法の言葉で、契約の大事な部分についての勘違いのことです。しかも、この事情は、前提として、渡す約束の内容に書き込まれていました。その思い込みが契約の土台になっていることが、相手にも示されていた、ということです。表示されていた、と評価できる余地がある場面です。

重要かどうか、そして、勘違いした本人に重大な過失、つまりひどい不注意がないかは、別に見ます。ひどい不注意があれば、原則として取り消せません。95条3項です。前提の錯誤であれば、必ず取り消せるのではありません。取り消す道が、開かれる、ということです。ここは、論文で論点になりうるところです。和解と錯誤の、原則と例外の線引きです。

冒頭の設例に答える

冒頭の答え。境が塀から何メートルの位置か=争って互譲で決めた事項→696条で確定・古い測量図が出ても覆らない・錯誤取消しも主張できない。変形=境が塀の位置だと疑わず、争ったのは費用の負担だけ→境は前提→錯誤取消しの道が開かれる(95条の要件を満たせば)。 図:冒頭の答え

  • 境が塀から何メートルの位置か=争って互譲で決めた事項→696条で確定・古い測量図が出ても覆らない・錯誤取消しも主張できない
  • 変形=境が塀の位置だと疑わず、争ったのは費用の負担だけ→境は前提→錯誤取消しの道が開かれる(95条の要件を満たせば)

冒頭に戻ります。Aは、合意を取り消して、1メートルを返してほしい、と言いました。答えです。境が、塀から何メートルの位置にあるか。これは、2人が争って、互譲で決めた事項です。争いの目的たる事項です。ですから、696条で確定します。古い測量図が出ても、覆りません。錯誤取消しも、主張できません。Aは、1メートルを取り戻せません。変えてみます。AとBは、境が塀の位置であることを、疑っていませんでした。争ったのは、塀を作り直す費用の負担だけです。費用を半分ずつ出すと決めて、和解しました。ところが、古い測量図で、境は塀の位置ではないと分かりました。

塀が境だという点は、争いの対象でも、互譲の対象でもありません。この前提に錯誤があるので、錯誤取消しの道が開かれます。ただし、95条の要件を見ます。合意の中身に、塀が境だという前提が書き込まれていたか、つまり表示です。重要かどうかも、重大な過失がないかも、見ます。対照は、1枚の表です。争った事項は、確定する。前提として争わなかった事項は、確定しない。この線が、全部をつなぎます。2点、名前だけ出しておきます。交通事故の示談のあとに、思わぬ後遺症が出た場合は、示談の対象に入っていたのか、が問われます。これは、第6章の不法行為の効果で見ます。もう1点。ジャムの判決の和解は、裁判の中で結んだ、訴訟上の和解でした。訴訟上の和解そのものは、民事訴訟法の回で扱います。

今日の地図(保存版)

第5章の歩き方。契約の基礎と成立(申込みと承諾・契約自由・説明義務・定型約款など)→双務契約の効力(同時履行・危険負担・第三者のためにする契約)→解除→個々の契約(贈与から和解まで)。 図:第5章の歩き方

ここで、第5章が終わります。契約の全体を、地図に戻して、見渡します。第5章の歩き方は、4つでした。契約がどう生まれるかの、基礎と成立。生まれた契約がどう働くかの、双務契約の効力。契約をやめる、解除。そして、個々の契約ごとのルールです。基礎と成立では、申込みと承諾、契約自由、説明義務、定型約款などを見ました。効力では、同時履行、危険負担、第三者のためにする契約を見ました。

13種類の典型契約。贈与/売買/交換/消費貸借/使用貸借/賃貸借/雇用/請負/委任/寄託/組合/終身定期金/和解。5つの分け方=典型か非典型か/諾成か要物か/双務か片務か/有償か無償か/要式か不要式か。和解=諾成・双務・有償・不要式。終身定期金=諾成・不要式(債務と出捐は条文から言い切らない)。要物=書面によらない消費貸借だけ。 図:13種類の典型契約

  • 贈与/売買/交換/消費貸借/使用貸借/賃貸借/雇用/請負/委任/寄託/組合/終身定期金/和解
  • 5つの分け方=典型か非典型か/諾成か要物か/双務か片務か/有償か無償か/要式か不要式か
  • 和解=諾成・双務・有償・不要式
  • 終身定期金=諾成・不要式(債務と出捐は条文から言い切らない)
  • 要物=書面によらない消費貸借だけ

13種類の典型契約が、出そろいました。贈与、売買、交換、消費貸借、使用貸借、賃貸借、雇用、請負、委任、寄託、組合、終身定期金、和解です。5つの分け方も、もう一度です。民法に規定があるかで、典型か非典型か。合意だけで成立するか、物の受渡しまで要るかで、諾成か要物か。対価として向き合う債務を、双方が負うかで、双務か片務か。双方が、自分の財産を減らす負担、つまり出捐をするかで、有償か無償か。書面などの方式が要るかで、要式か不要式か、です。今日の2つを当てはめます。和解は、諾成、双務、有償、不要式です。終身定期金は、諾成、不要式です。債務と出捐が向き合うかどうか、つまり、双務か、有償かは、条文から言い切りません。

典型契約のうち、要物の契約は、書面によらない消費貸借だけです。契約は、合意だけで成立するのが土台でした。587条だけが、受け取ることによって効力を生ずる、と書いています。

各ブロックの鍵。危険負担=誰のせいで不能になったか。解除=催告解除・無催告解除・複数契約の解除。売買=契約不適合責任。賃貸借=信頼関係破壊・背信的行為・転貸の終わり方。役務を提供する4つの契約=報酬とやめ方。 図:各ブロックの鍵

  • 危険負担=誰のせいで不能になったか
  • 解除=催告解除・無催告解除・複数契約の解除
  • 売買=契約不適合責任
  • 賃貸借=信頼関係破壊・背信的行為・転貸の終わり方
  • 役務を提供する4つの契約=報酬とやめ方

各ブロックの鍵も、呼び戻します。危険負担は、誰のせいで不能になったか、で代金の行方が分かれました。解除は、催告して待つのが原則で、催告なしで解除できる場面と、複数の契約をあわせて解除できる場面がありました。売買は、渡した物が契約の内容に適合しないときの、契約不適合責任が中心でした。賃貸借は、信頼関係を破壊するかどうか、背信的行為かどうか、転貸の終わり方を見ました。雇用、請負、委任、寄託は、人の働きを約束する4つの契約で、報酬をいつ受け取れるかと、途中でのやめ方を、表に並べました。ここからは、これらが混ざった場面で、どの制度が当たるかを選ぶ練習です。4問あります。各問に、答えと理由をつけます。

確かめる 同時履行か、危険負担か、解除か

問1。AがBに中古車を180万円で売る契約。1 車は手元にあるが、Aは「代金が先」と渡さず、Bも「車が先」と払わない。2 引渡し前に台風で車が流された。どちらにも落ち度はない。3 Aは引き渡す準備を整えて申し出たが、Bが受け取りに来ない間に、どちらの落ち度でもなく車が盗まれた。どの制度が当たるか。 図:問1

  • AがBに中古車を180万円で売る契約
  • 1 車は手元にあるが、Aは「代金が先」と渡さず、Bも「車が先」と払わない
  • 2 引渡し前に台風で車が流された
  • どちらにも落ち度はない
  • 3 Aは引き渡す準備を整えて申し出たが、Bが受け取りに来ない間に、どちらの落ち度でもなく車が盗まれた
  • どの制度が当たるか

問1です。ここからは、別の話です。AとBは、中古車の売主と買主です。代金180万円の売買契約です。3つの場面があります。1つめ。車は手元にあります。ところが、Aは代金が先だと言って渡さず、Bは車が先だと言って払いません。どの制度が当たるでしょうか?同時履行の抗弁権です。533条です。履行が可能な場面で、相手が提供するまで、自分の債務の履行を拒めます。2つめ。引渡しの前に、台風で車が流されました。どちらにも落ち度はありません。Bは、代金を払わなければなりませんか?危険負担です。双方に責めがないので、536条1項で、Bは代金を拒めます。ただ、拒めるだけで、代金債務は消えません。消すなら、解除です。542条1項1号です。全部が不能なので、催告をしなくても、直ちに解除できます。3つめ。Aは、引き渡す準備を整えて、引渡しを申し出ました。Bは受け取りに来ません。その間に、どちらの落ち度でもなく、車が盗まれました。

Aが申し出たのに、Bが受け取らない。これが、受領遅滞でした。Bが受け取ってさえいれば、引渡しは済んでいました。だから、この不能はBのせいとみなされ、567条2項も、引渡しのあとと同じ扱いにします。原因を作った側なので、代金は拒めず、解除して逃れることもできません。受け取らなかった人に、その後の不運を負わせる。公平の考え方でした。Aは、浮いた利益があれば、Bに償還します。

問1の答え。分かれ目=履行が可能か不能か。1 可能→同時履行の抗弁権(533条)。2 双方に責めのない不能→危険負担で代金を拒める(536条1項)・消すなら無催告解除(542条1項1号)。3 受領遅滞中の不能→債権者のせいとみなす(413条の2第2項)・売買は567条2項でも引渡し後と同じ扱い→代金を拒めず(536条2項前段)・解除もできない(543条)。 図:問1の答え

  • 分かれ目=履行が可能か不能か
  • 1 可能→同時履行の抗弁権(533条)
  • 2 双方に責めのない不能→危険負担で代金を拒める(536条1項)・消すなら無催告解除(542条1項1号)
  • 3 受領遅滞中の不能→債権者のせいとみなす(413条の2第2項)・売買は567条2項でも引渡し後と同じ扱い→代金を拒めず(536条2項前段)・解除もできない(543条)

分かれ目は、履行が可能か、不能か、です。可能なら、同時履行。不能なら、誰のせいで不能になったか、で分かれます。

確かめる 契約不適合責任か、錯誤か

問2。中古住宅を買った。屋根の腐食が見つかった。買主は「腐食のない家だと思って買った」。契約不適合責任か、錯誤か。 図:問2

  • 中古住宅を買った
  • 屋根の腐食が見つかった
  • 買主は「腐食のない家だと思って買った」
  • 契約不適合責任か、錯誤か

問2です。中古住宅を買いました。あとで、屋根の腐食が見つかりました。買主は、腐食のない家だと思って、買っていました。契約不適合責任でしょうか。錯誤でしょうか?

問2の答え。どちらの要件も満たされることがある。現行法では買主が選べるとする見解が有力だが争いがある。差の実益=契約不適合責任には種類・品質は知った時から1年以内の通知が必要/錯誤取消しにはこの通知が無い(取消権は126条で、追認できる時から5年・行為の時から20年)。 図:問2の答え

  • どちらの要件も満たされることがある
  • 現行法では買主が選べるとする見解が有力だが争いがある
  • 差の実益=契約不適合責任には種類・品質は知った時から1年以内の通知が必要/錯誤取消しにはこの通知が無い(取消権は126条で、追認できる時から5年・行為の時から20年)

どちらの要件も、満たされることがあります。契約不適合責任なら、追完、代金減額、損害賠償、解除です。錯誤なら、基礎事情の錯誤で、95条1項2号です。2項の表示があれば、取り消せます。欠陥のある家を買った人は、欠陥はないと思って買った人でもあります。売買の錯誤との関係で、前に見たところです。現行法では、買主が選べるとする見解が有力です。ただ、争いがあります。差の実益は、期間です。種類や品質の契約不適合責任には、知った時から1年以内の通知が要ります。錯誤取消しには、この通知がありません。取消権は、126条で、追認できる時から5年、行為の時から20年で消えます。いまの錯誤は取消しで、取り消すまでは契約は有効です。だから、2つは並び立ちうる、と考えやすくなりました。ただ、選べるとすると、この1年の通知を、錯誤取消しで逃れられてしまいます。争いがあるのは、このためです。

確かめる 信頼関係破壊か、背信性か

問3。賃貸借。1 賃借人が1か月分の賃料を1回だけ滞納。契約書に「1か月でも滞納したら催告なしで解除できる」とあり、賃貸人が解除を通知した。2 賃借人が賃貸人に黙って友人に部屋を又貸しし、友人が実際に住んでいる。どちらも解除できるか。 図:問3

  • 賃貸借
  • 1 賃借人が1か月分の賃料を1回だけ滞納
  • 契約書に「1か月でも滞納したら催告なしで解除できる」とあり、賃貸人が解除を通知した
  • 2 賃借人が賃貸人に黙って友人に部屋を又貸しし、友人が実際に住んでいる
  • どちらも解除できるか

問3です。賃貸借で、場面が2つあります。1つめ。賃借人が、1か月分の賃料を、1回だけ滞納しました。契約書には、1か月でも滞納したら催告なしで解除できる、とあります。賃貸人は、これを理由に、解除を通知しました。解除できるでしょうか?債務不履行による解除の場面です。信頼関係破壊の法理が当たります。債務不履行があっても、信頼関係を破壊するに足りない場合は、解除できません。無催告解除の特約も、催告しなくても不合理とは認められない事情があるときに限って、効力があります。1回の滞納では、解除できません。賃貸借は、信頼関係を土台に、長く続く契約でした。1回の不履行で、関係ごと断ち切るのは、その性質に合いません。特約が書いてあっても、文字どおりには使えないのは、このためです。2つめ。賃借人が、賃貸人に黙って、友人に部屋を又貸ししました。友人は、実際にそこに住んでいます。

問3の答え。分かれ目=解除の入り口。賃料不払いなどの債務不履行から解除を考える→信頼関係破壊の法理(破壊するに足りなければ解除できない)。無断譲渡・転貸(612条2項)→原則は解除できる・背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば解除できない。 図:問3の答え

  • 分かれ目=解除の入り口
  • 賃料不払いなどの債務不履行から解除を考える→信頼関係破壊の法理(破壊するに足りなければ解除できない)
  • 無断譲渡・転貸(612条2項)→原則は解除できる・背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば解除できない

分かれ目は、解除の入り口です。賃料不払いなどの債務不履行から解除を考えるなら、信頼関係破壊の法理です。無断の譲渡や転貸なら、612条2項で、背信性です。根っこは、1つめで言った、信頼関係を土台にする性質で、同じです。違うのは、入り口です。滞納は、ふつうの債務不履行の解除から入り、信頼関係を壊すほどでなければ、解除を止めます。無断転貸は、612条2項から入ります。承諾なく人に使わせることは、関係を続けるに堪えない、背信的な行為とされるので、原則は解除できます。背信とまでは言えない特段の事情は、条文の要件の外の例外なので、借り手の側が示します。

確かめる 536条2項か、634条か

問4。請負。請負人Aが注文者Bの家を建てる途中で完成できなくなった。1 Bが工事を妨げ、Aを敷地に入れなかった。2 地震で敷地が崩れ、家を建てられなくなった。3 工事の途中で契約が解除された。報酬はどうなるか。 図:問4

  • 請負
  • 請負人Aが注文者Bの家を建てる途中で完成できなくなった
  • 1 Bが工事を妨げ、Aを敷地に入れなかった
  • 2 地震で敷地が崩れ、家を建てられなくなった
  • 3 工事の途中で契約が解除された
  • 報酬はどうなるか

問4です。ここも、別の話です。Aは請負人、Bは注文者です。Aが、Bの家を建てる途中で、完成できなくなりました。3つの場面です。1つめ。Bが工事を妨げて、Aを敷地に入れませんでした。報酬は、どうなるでしょうか?原因が、注文者の側にあります。536条2項の考え方に照らして、報酬は全額です。ただし、仕事をしなくて済んだ分の利益は、Bに返します。損害賠償も、解除も、注文者にはできません。415条1項ただし書と、543条です。完成を妨げたのは、注文者自身です。原因を作った側が、報酬を払わずに済むのは、公平ではありません。だから、全額です。請負は、完成して初めて報酬なので、536条2項を、そのままではなく、考え方に照らして使います。415条1項ただし書は、債務者のAに落ち度のない不履行なら、賠償させません。543条は、原因を作った債権者には、解除をさせません。解除で報酬の債務を消せるなら、全額を払わせる結論が崩れるからです。2つめ。地震で敷地が崩れて、家を建てられなくなりました。

3つめ。工事の途中で、契約が解除されました。

問4の答え。分かれ目=注文者に原因があるか。注文者の側にある→536条2項の考え方で報酬は全額(利益は償還)。注文者に原因が無い(634条1号)・完成前の解除(634条2号)→可分な部分で注文者が利益を受けるとき、利益の割合の報酬。 図:問4の答え

  • 分かれ目=注文者に原因があるか
  • 注文者の側にある→536条2項の考え方で報酬は全額(利益は償還)
  • 注文者に原因が無い(634条1号)・完成前の解除(634条2号)→可分な部分で注文者が利益を受けるとき、利益の割合の報酬

分かれ目は、注文者に原因があるか、です。注文者の側にあれば、536条2項の考え方で、全額です。注文者に原因がなければ、請負人の側に原因があっても、どちらの原因でもなくても、634条1号です。3つめの解除は、634条2号です。条文は、誰が、何を理由に解除したかを、書いていません。どちらの号も、完成しないまま、仕事が止まった場面です。それでも、できた分を注文者が役立てるなら、その分は払わせる。そこが同じなので、同じ扱いになります。634条は、できた部分のうち、切り分けられて、注文者の役に立つ部分を、完成したものとみなします。だから報酬は、注文者が得をする割合で測ります。

到達点

今日のまとめ。終身定期金=死亡に至るまで定期に給付(689条)。和解=互いに譲歩して争いをやめる(695条)。確定力=確証が出ても和解のとおり(696条)。錯誤=争った事項は取り消せない・前提として争わなかった事項は95条の要件を満たせば取り消せる。第5章=基礎と成立→効力→解除→13種。 図:今日のまとめ

  • 終身定期金=死亡に至るまで定期に給付(689条)
  • 和解=互いに譲歩して争いをやめる(695条)
  • 確定力=確証が出ても和解のとおり(696条)
  • 錯誤=争った事項は取り消せない・前提として争わなかった事項は95条の要件を満たせば取り消せる
  • 第5章=基礎と成立→効力→解除→13種

今日の内容を整理します。終身定期金は、誰かの死亡に至るまで、定期に給付する約束です。689条です。690条から694条は、日割り、元本の返還、同時履行、存続の宣告、遺贈への準用でした。和解は、互いに譲歩して、争いをやめる約束です。一方だけが譲る合意は、和解ではありません。諾成、双務、有償です。和解の確定力は、696条です。反対の確証が出ても、和解で決めた内容で権利が確定します。争いが蒸し返されないようにするためです。和解と錯誤です。争って、互譲で決めた事項は、錯誤取消しを主張できません。前提として争わなかった事項は、95条の要件を満たせば、錯誤取消しを主張できます。冒頭の設例です。境が、塀から何メートルの位置にあるかは、争って決めた事項です。古い測量図が出ても覆らず、Aは、1メートルを取り戻せません。第5章は、契約の基礎と成立、効力、解除、13種類の典型契約でした。これで、契約が終わります。ここまでは、合意から生まれる債権でした。次は、合意によらずに生じる債権、事務管理から見ます。

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旧シリーズv1(作り直し中)

作り直し前のシリーズです。話の割り方が今の解説順と違うため、本文はこのページに載せず 単独ページへのリンクだけ置いています。