民法ゼロから民法#161

損害賠償の範囲と416条

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第4章 債権総論 #161/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

転売の儲けまで、払わせられるか

冒頭の関係図。小売店Lが、卸Mから、標準品の業務用オーブン10台を1台60万円で仕入れる契約をした。Lはこのオーブンを、すでにNに1台80万円で売る約束をしていた。ところがMは期日に1台も届けず、Nとの転売も流れた。問い=転売で得られるはずだった利益(1台20万円×10台=200万円)まで、LはMに払わせられるか。 図:冒頭の関係図

  • 小売店Lが、卸Mから、標準品の業務用オーブン10台を1台60万円で仕入れる契約をした
  • Lはこのオーブンを、すでにNに1台80万円で売る約束をしていた
  • ところがMは期日に1台も届けず、Nとの転売も流れた
  • 問い=転売で得られるはずだった利益(1台20万円×10台=200万円)まで、LはMに払わせられるか

小売店を営むLさんは、卸のMさんから、標準品の業務用オーブン10台を、1台60万円で仕入れる契約をしました。Lさんは、このオーブンを、すでにNさんに、1台80万円で売る約束をしていました。ところが、Mさんは、期日に1台も届けませんでした。Nさんとの転売も、流れてしまいました。今日の問いは、LさんはMさんに、転売で得られるはずだった利益、1台20万円の10台分で200万円まで、払わせられるか、です。買い直しの損だけなのか、転売の儲けまで含まれるのか。答えは最後に出します。前の回で、不完全履行と付随義務を見ました。そこで予告したとおり、今日は、責任が成立したあとの問い、賠償はどこまで及ぶのか、を扱います。条文は、416条です。あわせて、前の回の最後で、次の回で扱う、とした弁護士費用も見ます。訴えるために弁護士に頼んだ費用も、賠償の範囲に入るのか、という416条の問いだからです。

つながりだけでは、範囲は決まらない

連鎖の図。Mの配送が遅れた→Nとの取引が流れた→Lの資金繰りが苦しくなった→Lが仕入先への支払いを遅らせた→その仕入先が別の取引先への支払いを遅らせた→…。どれも「Mが遅れなければ起きなかった」。事実的因果関係=全部つながる。賠償の範囲=どこかで線を引く(416条)。 図:連鎖の図

  • Mの配送が遅れた→Nとの取引が流れた→Lの資金繰りが苦しくなった→Lが仕入先への支払いを遅らせた→その仕入先が別の取引先への支払いを遅らせた→…
  • どれも「Mが遅れなければ起きなかった」
  • 事実的因果関係=全部つながる
  • 賠償の範囲=どこかで線を引く(416条)

損害と因果関係を扱った回で、事実的因果関係を見ました。その遅れがなければ、その損害は生じなかったか、という関係です。この定義を、今日も使います。ところで、この関係だけで賠償を決めると、どうなるでしょう。Mさんの配送が遅れた。そのせいでNさんとの取引が流れた。Lさんの資金繰りが苦しくなった。Lさんは仕入先への支払いを遅らせた。その仕入先も、別の取引先への支払いを遅らせた。事実のつながりだけを辿れば、損害は際限なく広がります。では、なぜ全部を払わせてはいけないのか。Mさんが約束したのは、オーブン10台を届けることで、Lさんの仕入先や、その先の取引先の事情まで引き受けたわけではないからです。それなのに、たった1回の遅れで、見知らぬ取引先の遅れまで背負わされるのは、酷です。どこかで、線を引く必要があります。事実的因果関係は、つながりがあるかを見る道具です。そのつながりのある損害のうち、どこまでを債務者に払わせるか。これが、賠償の範囲という、別の問いです。線を引く条文が、416条です。

416条の条文と、通常損害・特別損害

416条の読み方の前提。1項=通常生ずべき損害(通常損害)=その種の債務不履行から、一般に生ずると考えられる損害。2項=特別の事情によって生じた損害(特別損害)=当事者(判例=債務者)がその事情を予見すべきであったときだけ。予見の対象は「事情」。 図:416条の読み方の前提

  • 1項=通常生ずべき損害(通常損害)=その種の債務不履行から、一般に生ずると考えられる損害
  • 2項=特別の事情によって生じた損害(特別損害)=当事者(判例=債務者)がその事情を予見すべきであったときだけ
  • 予見の対象は「事情」

条文です。全文を見ます。

条文民法416条

民法第416条 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。 2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

1項から読みます。損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることを目的とする。賠償の中心は、通常生ずべき損害です。その種類の債務不履行があれば、一般に生ずると考えられる損害を、通常損害と言います。個々のケースの珍しさではなく、その種類の債務不履行から、世間一般に生ずると考えられるか、です。たとえば、注文した品物が届かなければ、買い直しで余計にかかる分の損害が生ずるのは、誰が見ても自然です。これが通常損害です。2項です。特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。特別の事情によって生じた損害を、特別損害と言います。ここで、言葉の置き場所に注意してください。予見するのは、損害そのものではなく、その損害を生んだ、特別の事情です。今回の設例なら、Lさんが転売を約束していた、という事情です。Mさんがこの事情を予見すべきであったと言えるときに限って、転売の儲けまで、賠償の対象に入ります。

ここは、条文どおりに当てはめる部分です。覚え込む特別な基準を足しているわけではなく、1項と2項の文言を、そのまま使います。

2017年の改正

2項の改正前後の比較。改正前=「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。」/現行=「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。」/変わった部分=「予見し、又は予見することができたとき」→「予見すべきであったとき」。 図:2項の改正前後の比較

2項は、2017年の債権法の改正で、文言が変わりました。改正前の2項は、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたとき、でした。現行は、予見すべきであったとき、です。改正前の文言は、予見した、予見できた、という言い方でした。現行の文言は、予見すべきであった、と、知っているべきだったか、という評価の形で書いています。たとえば、Mさんが転売の話を、実際には聞いていなかったとします。事実としては、予見していません。でも、契約の内容や取引の状況から、知っているべきだった、と評価されることはありえます。これが、規範的な評価、ということです。予見すべきであったか、は、契約の趣旨に照らして判断します。どんな契約で、どんな取引の流れで、何を債権者が期待していたのか。その契約が債務者に背負わせているリスクの範囲を見る、という発想です。前の回までの、責めに帰すべき事由でも、契約の趣旨に照らす、と言いました。あちらは、責任を負うかどうか。こちらは、責任を負うとして、どこまで払わせるか。同じ言い回しでも、問いが違います。判例はもともと、債務者が特別の事情を予見すべきであったかどうかを、規範的に、客観的に評価してきた、と説明され、改正はその考え方を条文に表したもの、と説明されています。今日は、現行の文言が、予見すべきであったか、を問う、という点を押さえてください。もう1点。条文には、誰が予見するのか、いつの時点で予見するのか、は書かれていません。2項は、当事者、予見すべきであったとき、とだけ書いています。この点は、あとで解釈として見ます。

通常損害と特別損害の仕分け

通常損害と特別損害の区別表(設例L・M・N)。決め手=その種の債務不履行から一般に生ずるか/特別の事情が間に入っているか。①買い直しで余計にかかった分(届かなかったオーブン10台の、市場での値段と約束の代金との差)=通常損害(物が届かなければ、買い直しで余計にかかる分の損害が生ずるのは一般的)。②Nへの転売で得られるはずだった利益=特別損害(Nとの転売の約束はL側の特別の事情。Mが知りえたのはLが店で売ることまで。知るべきであったときに限る)。 図:通常損害と特別損害の区別表

  • 設例L・M・N
  • 決め手=その種の債務不履行から一般に生ずるか
  • 特別の事情が間に入っているか。①買い直しで余計にかかった分(届かなかったオーブン10台の、市場での値段と約束の代金との差)=通常損害(物が届かなければ、買い直しで余計にかかる分の損害が生ずるのは一般的)。②Nへの転売で得られるはずだった利益=特別損害(Nとの転売の約束はL側の特別の事情。Mが知りえたのはLが店で売ることまで。知るべきであったときに限る)。

設例で仕分けます。まず、2つです。①届かなかったオーブン10台を買い直すのに、約束の代金より余計にかかった金額、つまり、市場での値段と約束の代金との差。②Nさんへの転売で得られるはずだった利益。①は、通常損害です。物が届かなければ、買い直しで余計にかかる分の損害が生ずるのは、一般的だからです。いつの時点の値段か、という点は、次の回で扱います。今日は、買い直しで余計にかかった金額、とだけ持ち帰ってください。①は、オーブンを渡す代わりに、お金で払わせる分なので、前に見た、履行に代わる損害賠償、填補賠償の中身です。填補賠償を求められる場面は、あの回で見たとおり、絞られていました。今日は、その場面にあたる前提で、どこまで払わせるかだけを見ます。

②は、特別損害です。Mさんは、Lさんがオーブンを店で売ることまでは、知りえます。でも、Nさんとの転売の約束は、Lさん側の特別の事情です。Mさんが、そこまで知っているとは限りません。その事情を知るべきだったときに限って、2項で、賠償の対象に入ります。決め手は、特別の事情が間に入っているか、です。なお、①と②は同じ10台についての損害なので、足し合わせて二重に取ることはできません。前に見た分け方と、混ぜないでください。①は出ていったお金、積極的損害です。②は入ってこなくなったお金、逸失利益です。通常か特別かは、それとは別の決め手で分けます。

通常損害と特別損害の区別表(続き)。③仮にNとの約束が1台150万円という異例の高値だったら、その値段で得られたはずの利益=特別損害(②に加え、異例の値段という特別の事情。Mがその事情を予見すべきであったかを別に問う)。④納品の遅れでLの店の営業全体が止まり、失った1か月分の売上=特別損害(オーブン1種の遅れで店全体が止まるのはLの店の個別事情)。⑤代わりのオーブンを急いで探すための電話代・交通費=区分は個別に判断する。 図:通常損害と特別損害の区別表

  • 続き
  • ③仮にNとの約束が1台150万円という異例の高値だったら、その値段で得られたはずの利益=特別損害(②に加え、異例の値段という特別の事情。Mがその事情を予見すべきであったかを別に問う)。④納品の遅れでLの店の営業全体が止まり、失った1か月分の売上=特別損害(オーブン1種の遅れで店全体が止まるのはLの店の個別事情)。⑤代わりのオーブンを急いで探すための電話代・交通費=区分は個別に判断する。

続けて、3つです。③仮に、Nさんとの約束が、1台150万円という異例の高値だったとします。その値段で得られたはずの利益。④納品の遅れで、Lさんの店の営業全体が止まり、失った1か月分の売上。⑤代わりのオーブンを急いで探すための、電話代と交通費。③は、特別損害です。②の、Nさんとの約束に加えて、1台150万円という異例の値段が、さらに別の特別の事情になります。Mさんが予見すべきだったのは、Nさんとの約束があることまでなのか、その異例の値段までなのか。事情ごとに、別に問います。④も、特別損害です。オーブンの遅れで、店全体が止まるのは、Lさんの店の個別の事情です。その事情を、Mさんが予見すべきであったかを問います。

⑤は、答えを覚えるのではなく、同じ決め手を当てます。その費用が、物が届かなければ誰にでもかかる程度のものか。それとも、Lさんの側の特別な事情があって膨らんだものか。前なら1項の側、後なら2項の側で、その事情を予見すべきであったかを問います。費用の中身と事情で変わるので、決まった型として覚えるものではありません。なお、転売の利益は、特別損害の典型例です。答案では、転売の約束を特別の事情として2項に当て、債務者がその事情を予見すべきであったかを検討する、と書いてください。

立ち止まる問いの板。LがNに転売する約束をしていたことによる利益は、通常損害か、特別損害か。 図:立ち止まる問いの板

ここで1問。LさんがNさんに転売する約束をしていたことによる利益は、通常損害でしょうか、特別損害でしょうか?転売の予定はLさん側の事情なので、特別損害です。Mさんが、その事情を予見すべきであったときに限って、請求できると思います。転売は、特別の事情です。だから、2項の、予見すべきであったか、が決め手になります。

416条をどう読むか

416条の読み方の対立。A説=相当因果関係説(判例・従来の通説)=1項は、債務不履行と相当因果関係のある損害だけが賠償の対象になることを定め、2項は、その相当性を判断する際に基礎にできる特別の事情の範囲を定める。理由=完全賠償を出発点に、法的な観点から因果関係に限定をかけ、際限のない拡大を防ぐ。批判=日本は完全賠償主義ではなく、416条は予見可能性で範囲を画する制限賠償主義を前提にしている。 図:416条の読み方の対立

  • A説=相当因果関係説(判例・従来の通説)=1項は、債務不履行と相当因果関係のある損害だけが賠償の対象になることを定め、2項は、その相当性を判断する際に基礎にできる特別の事情の範囲を定める
  • 理由=完全賠償を出発点に、法的な観点から因果関係に限定をかけ、際限のない拡大を防ぐ
  • 批判=日本は完全賠償主義ではなく、416条は予見可能性で範囲を画する制限賠償主義を前提にしている

ここは、論文で論点になりうる部分です。416条は、そもそも何を定めた規定なのか。2つの読み方があります。判例と従来の通説が、相当因果関係説です。416条1項は、債務不履行と相当因果関係のある損害だけが、賠償の対象になることを定めている。2項は、その相当性を判断するときに、基礎にできる特別の事情の範囲を定めている、と読みます。事実のつながりに、法的な観点から限定をかけた、という意味で、要は、賠償させるのが相当と言える範囲、のことです。事実のつながりのある損害を、出発点としつつ、際限のない広がりを防ぐために、相当な範囲に絞ります。では、相当かどうかを、何で決めるのか。この説では、それを決めるのが416条そのものです。1項の、通常生ずべき損害か。2項の、債務者が予見すべきであった特別の事情から生じた損害か。この2つに当たれば、相当と言えます。判例は、富喜丸事件と呼ばれる大審院の判決が、416条は相当因果関係の原則を定めたもの、と解しました。近時の最高裁も、相当因果関係、という言葉を使っています。その最高裁の判決は、最後の弁護士費用のところで見ます。富喜丸事件は、不法行為のところで、もう一度出てきます。この説への批判もあります。日本の民法は、因果関係のある損害を全部賠償させる、完全賠償主義ではありません。416条は、当事者の予見可能性で、賠償の範囲を画するという、制限賠償主義を前提にしている。それなのに、ドイツ由来の、相当因果関係、という考えを持ち込むのはおかしい、という批判です。

B説=保護範囲論(近時の有力説)。従来「相当因果関係」で扱われてきた問題は3つ。①債務不履行の事実と損害との事実的因果関係②その損害のうち、債務者にどこまで負担させるのが妥当かという保護範囲③賠償範囲の損害を金銭でどう見積もるかという金銭的評価。416条は②の保護範囲を決める基準。

  • B説=保護範囲論(近時の有力説)
  • 従来「相当因果関係」で扱われてきた問題は3つ
  • ①債務不履行の事実と損害との事実的因果関係②その損害のうち、債務者にどこまで負担させるのが妥当かという保護範囲③賠償範囲の損害を金銭でどう見積もるかという金銭的評価
  • 416条は②の保護範囲を決める基準

もう1つが、保護範囲論です。近時の有力説です。従来、相当因果関係、という1つの言葉で扱われてきた問題には、実は3つが混ざっている、と分けて考えます。1つめが、債務不履行の事実と損害との、事実的因果関係。2つめが、その損害のうち、債務者にどこまで負担させるのが妥当か、という保護範囲。3つめが、賠償すべき範囲の損害を、金銭でいくらと見積もるか、という金銭的評価です。416条が決めているのは、2つめの保護範囲だ、というのがこの説です。オーブンの設例に当てます。Mさんの遅れがなければ、Nさんへの転売は流れなかった。これが、1つめの事実的因果関係です。そのうえで、転売の利益200万円まで、Mさんに払わせるべきか。これが、2つめの保護範囲です。払わせるとして、それを200万円と見積もるのが、3つめの金銭的評価です。相当因果関係説なら、この3つを分けずに、転売の利益200万円が、Mさんの遅れと相当因果関係に立つか、という1つの問いで判断します。

設例の結論は、ほぼ同じになることが多いです。どちらの説も、最後は、416条の、通常か、特別の事情を予見すべきであったか、という同じ文言で線を引くからです。違いは、416条の位置づけです。保護範囲論は、契約で債務者が引き受けたリスクの範囲、という見方と結びつきます。オーブンなら、Mさんが約束したのは、10台を期日に届けることです。Nさんとの約束のような、Lさん側の特別な事情が流れる損まで引き受けたと言えるかは、その事情を知らされていたか、知るべきだったかで決まります。予見すべきであったかを、契約の趣旨に照らして判断する、という先ほどの点とつながります。

⭐ 論文で書く規範:416条の読み方(判例の規範) 416条1項は、債務不履行と相当因果関係を有する損害のみが賠償の対象となることを定め、2項は、相当因果関係を判断するときに基礎とすることのできる特別の事情を、どの範囲に限るかを定めたものと解する。 (出どころ=判例・通説(相当因果関係説。条文に無い基準を条文の読み方として立てたもの))

答案では、判例と通説の立場を規範として書くのが基本です。次の文を、そのまま覚えてください。416条1項は、債務不履行と相当因果関係を有する損害のみが賠償の対象となることを定め、2項は、相当因果関係を判断するときに基礎とすることのできる特別の事情を、どの範囲に限るかを定めたものと解する。この規範は、条文に無い基準を、判例と通説が条文の読み方として立てたものなので、覚えて使います。一言だけ、つまずきやすい点を足します。相当因果関係説を前提にすると、特別損害は、厳密には、特別の事情によって生じた通常損害、と定義されます。特別な事情を基礎にしたとき、通常生ずる、と言える損害、という意味です。オーブンで言えば、Nさんに転売する約束がある、という特別の事情を前提に置けば、届かなかったせいでその儲けを失うのは、普通に起きることです。転売の利益は、その意味で、特別の事情によって生じた通常損害、と呼ばれます。名前と意味だけ、知っておいてください。

予見の主体と時期

予見の主体と時期。問題=誰が、いつ、特別の事情を予見すべきであったか(条文は「当事者」とだけ書く)。判例・通説=主体は債務者・時期は履行期ないし債務不履行時。理由=債務者は、履行すれば損害を避けられた。履行期までに特別の事情を予見すべきだったのに履行しなかったのなら、そのリスクを負わせてよい。対立する考え方=契約締結時を基準に、契約当事者の双方の予見を見る(契約で配分したリスクを重視)。 図:予見の主体と時期

  • 問題=誰が、いつ、特別の事情を予見すべきであったか(条文は「当事者」とだけ書く)
  • 判例・通説=主体は債務者・時期は履行期ないし債務不履行時
  • 理由=債務者は、履行すれば損害を避けられた
  • 履行期までに特別の事情を予見すべきだったのに履行しなかったのなら、そのリスクを負わせてよい
  • 対立する考え方=契約締結時を基準に、契約当事者の双方の予見を見る(契約で配分したリスクを重視)

条文は、当事者が予見すべきであったとき、としか書いていません。誰が、いつの時点で、予見すべきだったのか。判例と通説の答えは、主体は債務者、時期は履行期、つまり債務不履行の時です。判例と通説が債務者を基準にするのは、債務者は、履行さえすれば、損害を避けられたからです。履行期までに、転売の事情を予見すべきだったのに、履行しなかった。それなら、その損害のリスクを、債務者に負わせてよい、という理由です。予見の時期を履行期とみる点は、大審院の判例も同じ結論です。対立する考え方もあります。契約を結んだ時点を基準にして、契約の当事者双方の予見を見る、という立場です。契約で、どんなリスクを配分したかを、重く見る考え方です。ただ、判例と通説は、債務者、債務不履行時、です。

変形設例。ケース1=契約のときMは転売を知らなかった。履行期の1週間前に、Lが「Nに1台80万円で転売することが決まっている。遅れるとNとの契約が切れる」と伝えていた→債務不履行時にMは予見すべきであった→転売利益が賠償される余地(ただし契約の趣旨に照らした判断)。ケース2=Lが転売の話を一切伝えておらず、Mにも知る機会が無かった→Mは予見すべきであったとは言えず、転売利益は請求できない。 図:変形設例

  • ケース1=契約のときMは転売を知らなかった
  • 履行期の1週間前に、Lが「Nに1台80万円で転売することが決まっている。遅れるとNとの契約が切れる」と伝えていた→債務不履行時にMは予見すべきであった→転売利益が賠償される余地(ただし契約の趣旨に照らした判断)
  • ケース2=Lが転売の話を一切伝えておらず、Mにも知る機会が無かった→Mは予見すべきであったとは言えず、転売利益は請求できない

変形設例で確かめます。Mさんは、契約のときは、転売の話を知りませんでした。ところが、履行期の1週間前に、Lさんが、Nさんに1台80万円で転売することが決まっていて、遅れるとNさんとの契約が切れる、とMさんに伝えていました。

立ち止まる問いの板。LがMに転売の事情を伝えたのは、履行期の1週間前だった。Mは、予見すべきであったと言えるか。 図:立ち止まる問いの板

  • LがMに転売の事情を伝えたのは、履行期の1週間前だった
  • Mは、予見すべきであったと言えるか

ここで1問です。Lさんが転売の事情を伝えたのは、履行期の1週間前でした。Mさんは、予見すべきであったと言えるでしょうか?基準は債務不履行時なので、履行期前に知らされているなら、予見すべきであったと言える余地があると思います。契約時に知らなくても、履行期までに知らされていれば、不履行時には予見すべきだった、と言えます。この場合、②の転売利益は、賠償される余地があります。ただし、予見すべきであったか、は契約の趣旨に照らして判断するので、自動的に決まるわけではありません。反対に、Lさんが転売の話を一切伝えておらず、Mさんにも知る機会が無かったなら、Mさんは予見すべきであったとは言えません。転売利益は、請求できません。

416条の読み方の流れ。損害が生じた→事実的因果関係があるか→1項の通常損害か→はい=賠償/いいえ=特別の事情による損害(2項)→債務者がその事情を予見すべきであったか(主体=債務者・時期=債務不履行時・契約の趣旨に照らす)→はい=賠償/いいえ=賠償されない。 図:416条の読み方の流れ

416条の読み方を、流れにします。損害が生じた。まず、事実的因果関係があるか。あれば、通常損害か。通常損害なら、賠償されます。通常損害でなければ、特別の事情による損害です。その事情を、債務者が、債務不履行時に、契約の趣旨に照らして予見すべきであったか。予見すべきであったなら賠償され、予見すべきでなかったなら、賠償されません。

不法行為にも416条を類推する

不法行為への類推。416条は債務不履行の規定。判例=不法行為による損害賠償の範囲にも、416条を類推適用する(大審院の富喜丸事件以来の立場。最判昭48・6・7も同旨)。類推適用=条文は債務不履行用だが、同じ考え方を借りる。特別の事情によって生じた損害=加害者がその事情を予見し、または予見することを得べかりしときに限り賠償。事案=他人の財産に対する仮処分の執行をめぐる損害賠償。反対意見=不法行為では無関係な者の間に突発するので予見可能性を問題にしにくい。 図:不法行為への類推

  • 416条は債務不履行の規定
  • 判例=不法行為による損害賠償の範囲にも、416条を類推適用する(大審院の富喜丸事件以来の立場。最判昭48・6・7も同旨)
  • 類推適用=条文は債務不履行用だが、同じ考え方を借りる
  • 特別の事情によって生じた損害=加害者がその事情を予見し、または予見することを得べかりしときに限り賠償
  • 事案=他人の財産に対する仮処分の執行をめぐる損害賠償
  • 反対意見=不法行為では無関係な者の間に突発するので予見可能性を問題にしにくい

416条は、債務不履行の規定です。ところが、判例は、不法行為による損害賠償の範囲についても、416条を類推適用します。先ほどの富喜丸事件が、その先例で、のちの最高裁もこの立場です。事案は、仮処分をめぐるものです。仮処分とは、裁判の結論が出るまでの間、裁判所に仮の措置をとってもらう手続です。他人の財産に対して、その仮処分が執行されたことをめぐって、損害賠償が争われました。判決の言葉を、見てください。

判例最判昭48・6・7 民集27巻6号681頁

不法行為への416条の類推適用 不法行為による損害賠償についても、民法四一六条が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において、右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべきである

類推適用は、416条をそのまま使うことではありません。そのまま適用するなら、債務不履行の場面です。不法行為でも、事実のつながりを辿れば、損害は際限なく広がります。どこかで線を引かなければならない、という問題は同じです。だから、債務不履行用の416条の線の引き方を、不法行為にも借りてくる。これが類推適用です。内容は、債務不履行の2項と同じ形です。特別の事情によって生じた損害は、加害者がその事情を予見し、または予見することを得べかりしときに限って、賠償する。ここでの、予見することを得べかりしとき、は、予見できたとき、という意味です。改正前の2項と同じ言い方です。この判決は改正より前のもので、現行の、予見すべきであった、という文言の下で不法行為をどう扱うかまでを決めたものではありません。ただし、この立場には反対意見もありました。債務不履行は、契約を結んだ者どうしの間で起こり、特別の事情を前もって相手に知らせることもできます。でも不法行為は、無関係な者の間で突然起こるので、予見可能性を問題にしにくい。だから、416条は類推せず、公平の観点から、広く賠償を認めるべきだ、という反対です。不法行為の損害賠償の範囲は、第6章で本格的に扱います。今日は、判例は類推適用、という結論までです。

弁護士費用

立ち止まる問い(前の回の復習)。安全配慮義務は、何から生じる義務として、判例は認めているか。 図:立ち止まる問い

  • 前の回の復習
  • 安全配慮義務は、何から生じる義務として、判例は認めているか。

弁護士費用に入る前に、前の回の要点を1問。安全配慮義務は、何から生じる義務として、判例は認めているでしょうか?ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間の、付随義務として、信義則上負う義務です。では、前の回で、次の回で扱う、とした弁護士費用です。

弁護士費用の3つの請求根拠。債務不履行一般=原則として賠償の対象外(大審院の判例)/安全配慮義務違反=相当な額の範囲で、相当因果関係に立つ損害として認める(最高裁)/不法行為=相当な額の範囲で認める(最高裁)。 図:弁護士費用の3つの請求根拠

請求のために、弁護士に頼んだ費用は、416条の範囲に入るでしょうか。3つの場面で見ます。債務不履行一般、安全配慮義務違反、不法行為です。債務不履行一般は、原則として、賠償の対象になりません。大審院の判例がそう解してきました。理由は、最高裁の判決を見たあとで、裏返して確かめます。次に、安全配慮義務違反です。事案は、プレス機に両手を挟まれて負傷した労働者が、使用者の安全配慮義務違反による債務不履行の賠償を求めた事件です。原審は、弁護士費用の請求を棄却しました。最高裁は、この部分を破棄して、差し戻しました。理由の核心を、見てください。

判例最判平24・2・24 集民240号111頁

安全配慮義務違反と弁護士費用(その1) そうすると,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は,労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。

判例最判平24・2・24 集民240号111頁

安全配慮義務違反と弁護士費用(その2) したがって,労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである

順に読みます。判決は、労働者が主張立証すべき事実が、不法行為の請求の場合と、ほとんど変わらない、ということも理由にしています。そのうえで、安全配慮義務違反による請求権は、訴訟で行使するには、弁護士に委任しなければ、十分な訴訟活動をするのが難しい類型だ、としました。だから、弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額などの事情を考えて、相当と認められる額の範囲で、義務違反と相当因果関係に立つ損害です。先ほどの、範囲に入る損害、という意味です。416条の線の内側にある、ということです。

弁護士費用の射程と決め手。安全配慮義務の判決の射程=使用者の安全配慮義務違反の事案で、債務不履行一般で認めたものではない。決め手=弁護士に頼まなければ訴訟が難しいか(難しいなら、訴えるために頼むのは普通に続いて起きること。相当な額が416条の線の内側)。債務不履行一般=原則として対象外のまま。学説=医療事故のように同じ事実が不法行為にも債務不履行にも当たる場面では、債務不履行でも弁護士費用の一部を賠償に含めるべきだという見解が有力。 図:弁護士費用の射程と決め手

  • 安全配慮義務の判決の射程=使用者の安全配慮義務違反の事案で、債務不履行一般で認めたものではない
  • 決め手=弁護士に頼まなければ訴訟が難しいか(難しいなら、訴えるために頼むのは普通に続いて起きること。相当な額が416条の線の内側)
  • 債務不履行一般=原則として対象外のまま
  • 学説=医療事故のように同じ事実が不法行為にも債務不履行にも当たる場面では、債務不履行でも弁護士費用の一部を賠償に含めるべきだという見解が有力

ここで、射程に注意してください。この判決は、使用者の安全配慮義務違反の事案です。債務不履行一般で、弁護士費用を認めたものではありません。債務不履行一般は、原則として対象外のままです。この判決が認めたのは、安全配慮義務違反では、不法行為とほとんど変わらない事実を示す必要があり、弁護士に頼まなければ訴訟が難しい、という類型だからです。比較として、不法行為を見ます。こちらは、判例が、相当額を認めています。さきほどの安全配慮義務の判決も、この判例を参照しています。

判例最判昭44・2・27 民集23巻2号441頁

不法行為と弁護士費用 従つて、相手方の故意又は過失によつて自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任するにあらざれば、十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。

判決は、現在の訴訟が専門化しているので、一般の人が単独で十分な訴訟活動をするのは難しい、と言います。だから、被害者が訴えの提起を余儀なくされたときに、弁護士に頼んだ費用は、相当と認められる額の範囲で、不法行為と相当因果関係に立つ損害になります。3つをまとめます。決め手は、弁護士に頼まなければ訴訟が難しいか、です。難しいなら、訴えるために弁護士に頼むのは、普通に続いて起きることです。不法行為の判決が、このようなことが通常と認められる、と言ったのは、この意味です。だから、相当な額が、416条の線の内側に入ります。不法行為は、相当額が認められます。安全配慮義務違反も、最高裁が同じ考え方で、相当額を認めました。一方で、債務不履行一般は、原則として対象外です。学説では、医療事故のように、同じ事実が不法行為にも債務不履行にもあたる場面では、債務不履行でも、弁護士費用の一部を賠償に含めるべきだ、という見解が有力です。

冒頭の答えと、まとめ

まとめ板。冒頭の答え=転売利益は416条2項の特別損害。Mが転売の事情を債務不履行時までに予見すべきであったと、契約の趣旨に照らして言えるときに賠償される(履行期前にLが転売先と価格を知らせていたなら請求できる余地/何も知らせていないなら請求できない)。転売の事情を予見すべきであったと言えないときでも、市場の値段と約束の代金の差は、通常損害として1項で賠償される(同じ10台の損害なので、2つを足して取ることはできない)。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=転売利益は416条2項の特別損害
  • Mが転売の事情を債務不履行時までに予見すべきであったと、契約の趣旨に照らして言えるときに賠償される(履行期前にLが転売先と価格を知らせていたなら請求できる余地/何も知らせていないなら請求できない)
  • 転売の事情を予見すべきであったと言えないときでも、市場の値段と約束の代金の差は、通常損害として1項で賠償される(同じ10台の損害なので、2つを足して取ることはできない)

冒頭の答えを、言い切ります。転売の利益200万円は、416条2項の特別損害です。Mさんが、転売の事情を、債務不履行の時までに予見すべきであった、と契約の趣旨に照らして言えるときに、賠償されます。履行期の前に、Lさんが転売先と価格を知らせていたなら、請求できる余地があります。何も知らせていなかったなら、請求できません。転売の事情を予見すべきであったと言えないときでも、オーブンを買い直すのに余計にかかる金額、つまり市場の値段と約束の代金の差は、通常損害として、1項で賠償されます。同じ10台についての損害なので、2つを足して取ることはできません。

まとめ板(続き)。①事実のつながりとは別に範囲の問いがある②1項=通常損害・2項=特別損害+予見すべきであった③改正=規範的評価④判例=相当因果関係説・主体は債務者・時期は債務不履行時⑤弁護士費用=債務不履行は原則対象外・安全配慮義務違反は相当額・不法行為も相当額。 図:まとめ板

  • 続き
  • ①事実のつながりとは別に範囲の問いがある②1項=通常損害・2項=特別損害
  • 予見すべきであった③改正=規範的評価④判例=相当因果関係説・主体は債務者・時期は債務不履行時⑤弁護士費用=債務不履行は原則対象外・安全配慮義務違反は相当額・不法行為も相当額。

整理します。1つめ、事実のつながりとは別に、賠償の範囲の問いがあります。線を引く条文が416条です。2つめ、1項は通常損害、2項は特別の事情による損害で、その事情を予見すべきであったときに限ります。3つめ、改正で、予見し又は予見することができたが、予見すべきであったに変わりました。事実として知っていたかではなく、知っているべきだったか、という規範的な評価を問います。4つめが、416条の読み方ですね。判例は相当因果関係説で、予見の主体は債務者、時期は債務不履行時。保護範囲論という有力説もあります。5つめは、弁護士費用です。債務不履行一般は原則として対象外、安全配慮義務違反は相当額、不法行為も相当額でした。次の回は、範囲が決まった損害を、いくらと見積もるかを見ます。

参照条文

  • 民法416条

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