民法ゼロから民法#160

不完全履行と付随義務・安全配慮義務

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第4章 債権総論 #160/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

取付けは完璧だったのに、壁に穴が開いた

冒頭の関係図。注文者Jが、取付業者Kに、居間のエアコンの取付けを頼んだ。取付けそのものは完璧で、部屋はよく冷える。ところが、作業員が脚立を運び入れて立てかけたとき、取付けとは無関係な廊下の壁に穴を開けた。Kは「頼まれた取付けは、きちんとやった」と言う。問い=Kに責任はあるか。 図:冒頭の関係図

  • 注文者Jが、取付業者Kに、居間のエアコンの取付けを頼んだ
  • 取付けそのものは完璧で、部屋はよく冷える
  • ところが、作業員が脚立を運び入れて立てかけたとき、取付けとは無関係な廊下の壁に穴を開けた
  • Kは「頼まれた取付けは、きちんとやった」と言う
  • 問い=Kに責任はあるか

Jさんは、Kさんに、居間のエアコンの取付けを頼みました。取付けそのものは完璧で、部屋はよく冷えます。ところが、作業員が脚立を運び入れて立てかけたとき、取付けとは関係のない廊下の壁に、穴を開けてしまいました。今日の問いは、Kさんに責任はあるか、です。エアコンの取付けという、約束の中心は果たされています。それでも、責任を負うことがあるのか。答えは最後に出します。前の回で、債務不履行の3つの類型のうち、履行不能まで見ました。残る1つが、履行はしたのに、その中身が約束に届いていない、不完全履行です。今日は、その中身と、契約書に書かれていない周辺の義務、付随義務、その代表である安全配慮義務を見ます。

不完全履行の2つの形

不完全履行の分かれ道。履行はした→債務の本旨に従っているか。(a)給付の内容が不完全=契約の内容に適合しない(例=取り付けた室外機の型番が契約と違い、性能が足りない)→売買などでは契約不適合の規定が先に働く(別の回で扱う)。(b)履行の方法が不完全=必要な注意を欠いた(例=養生をせず、粉じんで隣の書斎のパソコンが故障/固定が甘く室外機が落下して家族が怪我)→拡大損害=給付の目的物以外の財産・生命身体に広がった損害。どちらも415条1項の入口。 図:不完全履行の分かれ道

  • 履行はした→債務の本旨に従っているか
  • (a)給付の内容が不完全=契約の内容に適合しない(例=取り付けた室外機の型番が契約と違い、性能が足りない)→売買などでは契約不適合の規定が先に働く(別の回で扱う)
  • (b)履行の方法が不完全=必要な注意を欠いた(例=養生をせず、粉じんで隣の書斎のパソコンが故障/固定が甘く室外機が落下して家族が怪我)→拡大損害=給付の目的物以外の財産・生命身体に広がった損害
  • どちらも415条1項の入口

まず、入口の条文を確認します。前の回までに、何度も見た条文です。

条文民法415条1項

民法第415条第1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

不完全履行とは、債務者が履行をしたけれど、その履行が不完全で、債務の本旨に従った履行とは言えない場合です。入口は、この、本旨に従った履行をしないとき、です。免れる事由を、訴訟で主張して証拠で示すこと、これを主張立証と言います。それを負うのは債務者側で、ただし書が使われます。現れ方は、大きく2つです。1つめは、給付の内容が不完全な場合。Jさんの設例で、契約で決めたものと違う型番の室外機を取り付けた、としましょう。性能が足りません。約束した物と、届けた物の中身が合っていません。前に見た、不良品のカメラと同じ形です。ただ、売買で引き渡された物が、種類、品質、数量で契約の内容に合っていない場合は、契約不適合という別の規定が先に働きます。その中身は、別の回で扱います。今日は、名前と位置づけだけ持ち帰ってください。2つめが、履行の方法が不完全な場合です。給付そのものは済んでいる。ただ、そのやり方が、乱暴だったり不注意だったりする。取付けの際に、養生をしなかったとします。粉じんが隣の書斎に流れ込み、Jさんのパソコンが壊れました。エアコンは正しく付いています。でも、パソコンという、給付の目的物とは別の財産が傷つきました。もう1つ。室外機を吊り上げる作業で、固定が甘く、落下して、Jさんの家族が怪我をした場合もあります。この、給付の目的物以外の財産や生命、身体にまで広がった損害を、拡大損害と言います。

2つめ、履行の方法の側です。取付けは終わっています。ただ、その際に、壁を傷つけない注意を欠きました。どちらの形かを先に決めることに、あまり神経質にならなくて大丈夫です。分け方は、契約の内容と取引の常識に照らして、本旨に従った履行があったか、を個別に見るための道具です。型を暗記することが目的ではありません。問うのは、いつも、約束に届いているか、です。

付随義務は、なぜ生まれるのか

付随義務の輪郭。中心=本来の給付義務(エアコンを取り付ける/代金を払う)。周辺=付随義務(壁や床を傷つけない・必要な説明をする・作業の安全に注意する)。周辺の義務の根拠=信義則(1条2項)。周辺の義務に違反しても、415条1項の入口に乗る。 図:付随義務の輪郭

  • 中心=本来の給付義務(エアコンを取り付ける/代金を払う)
  • 周辺=付随義務(壁や床を傷つけない・必要な説明をする・作業の安全に注意する)
  • 周辺の義務の根拠=信義則(1条2項)
  • 周辺の義務に違反しても、415条1項の入口に乗る

壁の穴の話に戻ります。Kさんの言い分は、取り付けるという約束は果たした、です。でも、穴を開けない、という約束は、契約書のどこにも書かれていません。引っ越し業者で考えてみましょう。荷物を運ぶのが、契約の中心です。玄関の柱にぶつけない、床を傷つけない、というのは、契約書に1行も無くても、当然の前提ですよね。ぶつけて傷をつけたら、運んだから良い、とはなりません。この、中心の約束の周りにある義務が、付随義務です。前に、信義則から生じる周辺の義務と、一言で見ました。前に見た板では、3つの類型の横に、別に並べていました。今日の壁の穴のように、履行をしたときに周りの義務を破れば、履行の方法が不完全な形、つまり不完全履行として現れます。今日は、その根拠を確認します。

条文民法1条2項

民法第1条第2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

義務の履行は、信義に従い、誠実にしなければならない。この、誠実に、が、周辺の義務の根拠です。取り付けるという義務を履行するときは、相手の家を傷つけないよう誠実にやる。そこから、壁や床を傷つけない義務、必要な説明をする義務が、契約の周りに生まれます。周辺の義務に違反すれば、それも債務不履行です。つまり、415条1項の入口に乗ります。そして、免れる事由を示すのは、ここでも債務者側です。目安は、対価と結びつく中心の約束か、その実現を準備し、配慮し、補助する周りの義務か、です。取り付ける、代金を払う、は中心。壁を傷つけない、作業の安全に注意する、必要な説明をする、は周りです。相手の生命、身体、財産を守る義務、保護義務と呼ばれるものも、この周りの義務の一群として扱われます。試験では、付随義務の違反、と書けば足ります。

立ち止まる問いの板。冒頭の壁の穴は、①本来の給付義務の違反か、②付随義務の違反か。 図:立ち止まる問いの板

  • 冒頭の壁の穴は、
  • ①本来の給付義務の違反か、
  • ②付随義務の違反か

ここで1問。冒頭の壁の穴は、本来の給付義務の違反でしょうか、付随義務の違反でしょうか?取付けは済んでいるので、本来の給付義務の違反ではありません。穴を開けない注意は周りの義務なので、付随義務の違反だと思います。給付は果たされていて、その際の注意が足りなかった。だから、付随義務の違反として、415条の入口に乗ります。

履行段階の説明義務

履行段階の説明義務の図。売主が買主に住戸を引き渡した。火災のとき自動で区画を閉じる設備は、電源スイッチが入っていないと作動しない。売主は、そのスイッチの位置や操作方法を説明しないまま引き渡した→説明義務=売買契約の付随義務。引渡しの義務は果たしたが、説明という付随義務が残っていた。売主から販売の一切の事務を任された宅建業者=売主と一体で動き、買主も信頼していたなら、信義則上、売主と同様の義務→違反は不法行為による賠償義務。 図:履行段階の説明義務の図

  • 売主が買主に住戸を引き渡した
  • 火災のとき自動で区画を閉じる設備は、電源スイッチが入っていないと作動しない
  • 売主は、そのスイッチの位置や操作方法を説明しないまま引き渡した→説明義務=売買契約の付随義務
  • 引渡しの義務は果たしたが、説明という付随義務が残っていた
  • 売主から販売の一切の事務を任された宅建業者=売主と一体で動き、買主も信頼していたなら、信義則上、売主と同様の義務→違反は不法行為による賠償義務

付随義務の代表は、説明義務と、安全配慮義務です。まず、説明義務から。判例を見ます。事案を、自分の言葉で言い換えます。マンションの売主が、住戸を買主に引き渡しました。その住戸には、火災のときに自動で区画を閉じる設備が付いていて、電源スイッチが入っていないと動きません。売主は、そのスイッチの位置や操作方法を、買主に説明しないまま引き渡しました。その後、火災が起き、設備が作動せず、被害が広がった、という事件です。判決は、2つのことを言っています。売主の義務と、販売を任された業者の義務です。判決の言葉を、見てください。

判例最判平17・9・16 集民217号1007頁

売買契約上の付随義務としての説明義務 上記アの事実関係に照らすと,被上告人B不動産には,Dに対し,少なくとも,本件売買契約上の付随義務として,上記電源スイッチの位置,操作方法等について説明すべき義務があったと解されるところ,上記イの事実関係が認められるものとすれば,宅地建物取引業者である被上告人B不動産販売は,その業務において密接な関係にある被上告人B不動産から委託を受け,被上告人B不動産と一体となって,本件売買契約の締結手続のほか,E号室の販売に関し,Dに対する引渡しを含めた一切の事務を行い,Dにおいても,被上告人B不動産販売を上記販売に係る事務を行う者として信頼した上で,本件売買契約を締結してE号室の引渡しを受けたこととなるのであるから,このような事情の下においては,被上告人B不動産販売には,信義則上,被上告人B不動産の上記義務と同様の義務があったと解すべきであり,その義務違反によりDが損害を被った場合には,被上告人B不動産販売は,Dに対し,不法行為による損害賠償義務を負うものというべきである。

1つめ、売主です。判決は、売買契約の付随義務として、スイッチの位置や操作方法を説明すべき義務があった、としました。なぜか。設備の仕組みを知っているのは、売る側です。買主は、教えられなければ、スイッチがどこにあるかも分かりません。知らないまま住めば、火事のときに、その設備を働かせることができない。だから、引き渡したから、義務は終わり、ではありません。引渡しという中心の義務は済んでいます。ただ、その物を安全に使えるよう説明する、という周りの義務が残っていました。壁の穴と同じ構造です。中心は果たした。周りが足りなかった。だから、この説明義務の違反は、本来の引渡債務とは別の、債務不履行になります。

売主から、販売の一切の事務を任された宅建業者です。売主と一体で動き、買主もその業者を頼りにしていたなら、信義則上、売主と同様の義務を負う。そして、この業者は売主と違い、買主と売買契約を結んだ当事者ではないので、義務違反は、不法行為による賠償義務になる、とされました。契約の当事者なら債務不履行、そうでなければ不法行為、という対比です。ここは、次の表の伏線になります。

安全配慮義務

安全配慮義務の対比図。給付義務=国は給与を支払う・公務員は職務に専念する。それにとどまらず=国は公務員の生命・健康を危険から保護するよう配慮する義務(安全配慮義務)。根拠=ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間の付随義務・信義則上の義務。契約でなくても成り立つ(国と公務員=任用関係)。私人間の例=配送センターと作業員(雇用契約・労働契約法5条)。 図:安全配慮義務の対比図

  • 給付義務=国は給与を支払う・公務員は職務に専念する
  • それにとどまらず=国は公務員の生命・健康を危険から保護するよう配慮する義務(安全配慮義務)
  • 根拠=ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間の付随義務・信義則上の義務
  • 契約でなくても成り立つ(国と公務員=任用関係)
  • 私人間の例=配送センターと作業員(雇用契約・労働契約法5条)

付随義務の代表、2つめが、安全配慮義務です。判例の事案は、自衛隊員の事故です。公務中の事故で、隊員が亡くなり、遺族が国に損害賠償を請求しました。原審は、隊員は特別権力関係、つまり、国家の特別な支配に服する関係に基づいて国のために服務していた、という理由だけで請求を退けました。最高裁は、これを破棄して差し戻しました。契約が無い関係でも義務が生まれるのか、そこが大事な点です。まず、判旨の前半を見てください。

判例最判昭50・2・25 民集29巻2号143頁

国の安全配慮義務 国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。

国は、給与を払う、という給付義務にとどまらず、公務員の生命と健康を、危険から保護するよう配慮する義務を負う。これが、安全配慮義務です。なぜ、そう言えるのか。理由の部分です。

判例最判昭50・2・25 民集29巻2号143頁

安全配慮義務の根拠 けだし、右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであつて、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はなく、

分けて読みます。ある法律関係に基づいて。特別な社会的接触の関係に入った当事者間において。当該法律関係の付随義務として。信義則上負う義務。この4つです。道ですれ違うだけの他人と、同じ現場で毎日一緒に働く関係の違いを想像してください。すれ違うだけなら、相手を危険から守る特別な責任は生まれません。でも、国が用意した施設や器具を使って、国の指示で働く公務員は、国の管理の下に身を置いています。相手の安全が、こちらの管理に左右される距離にいる。この距離が、特別な社会的接触の関係です。だから、この義務は、契約関係が無くても成り立ちます。国と公務員の関係は、国が公務員に任命する、任用の関係で、雇用契約ではありません。それでも、安全配慮義務は生まれます。射程は、雇用契約に限られず、特別な社会的接触の関係がある法律関係一般に及びます。

一律ではありません。職種、地位、その場の具体的な状況で、内容が変わります。危険な現場なら、配慮すべきことも増えます。私人間で、いちばん分かりやすいのは、雇用契約です。こちらは、条文になっています。

条文労働契約法5条

労働契約法第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

雇用の場面では、この条文が根拠になります。条文の無い法律関係、たとえば施設の利用や、元請の会社が用意した足場や機械を使い、元請の指示で働く、下請会社の作業員のような関係では、判例の考え方が、なお働きます。もう1点。この判決は、遺族の請求権の時効についても判断しています。当時の民法167条1項で、10年、とされました。今は条文が変わっています。次の比較表で見ます。安全配慮義務の要点を、1文にします。ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間では、その法律関係の付随義務として、相手方の安全に配慮する義務が、信義則上生まれる。この義務に違反すれば、415条1項の、本旨に従った履行をしないとき、にあたる。論文で論点になりうる、大事な規範です。ここは、この文のまま覚えてください。

債務不履行で請求するか、不法行為で請求するか

配送センターの設例。作業員が、劣化した荷役用リフトから転落して重傷を負った。会社は何年もリフトの点検をしていなかった。会社は、賃金の支払い義務は果たしている。作業員は、会社に債務不履行による賠償を請求できるか。 図:配送センターの設例

  • 作業員が、劣化した荷役用リフトから転落して重傷を負った
  • 会社は何年もリフトの点検をしていなかった
  • 会社は、賃金の支払い義務は果たしている
  • 作業員は、会社に債務不履行による賠償を請求できるか

別の設例で見ます。配送センターで働く作業員が、劣化した荷役用リフトから転落して、重傷を負いました。会社は、そのリフトの点検を、何年も行っていませんでした。会社は、賃金の支払い義務は、果たしています。作業員は、会社に、債務不履行による賠償を請求できるでしょうか。賃金は払っているので、本来の給付義務の不履行は、無いです。問題は、そこです。本来の給付義務に不履行が無いのに、債務不履行責任を問えるか。答えは、問えます。雇用契約を結んだ当事者は、特別な社会的接触の関係に入っています。会社は、付随義務として、安全配慮義務を負います。労働契約法5条も同じ方向です。リフトの点検を怠った。これは義務の不履行です。会社が、責めに帰することができない事由を示せないなら、415条1項ただし書は使えません。だから、作業員は、415条1項で、賠償を請求できます。

前に見た要点の復習。415条1項ただし書=免れる事由の主張立証は、債務者と債権者のどちらが負うか。 図:前に見た要点の復習

表に入る前に、前に見た要点を1問。415条1項ただし書で、責めに帰することができない事由を主張立証するのは、債務者と債権者のどちらでしたか?債務者です。免れたいほうが、示します。この点を頭に置いて、次に進みます。ところで、この事故は、不法行為として請求することもできます。709条です。前に見た、請求権の競合です。そのときは、壊れたカメラで比べました。今日は、人の身体の事故で比べ直します。同じ事故を、債務不履行で構成するか、不法行為で構成するか。何が変わるのか。表の前に、1問。事故で作業員が亡くなり、遺族が、遺族自身の慰謝料を請求したいとします。債務不履行と不法行為、どちらの構成が向いているでしょうか?

手がかりは、誰が契約の当事者か、です。遺族の慰謝料が、どちらの構成で認められるのか。理由を、表で確かめましょう。

債務不履行構成と不法行為構成の比較表(その1)。行=義務の内容・違反の事実の主張立証/免責・過失の主張立証/消滅時効(生命・身体)。債務不履行構成(415条)=原告(義務の内容を特定し、義務違反に当たる事実を主張・立証)/債務者(免責の主張立証は債務者)/主観5年・客観20年(166条1項1号・167条)。不法行為構成(709条)=原告(過失・因果関係も原告)/被害者(過失は被害者が主張立証)/主観5年・客観20年(724条の2・724条2号)。 図:債務不履行構成と不法行為構成の比較表

  • その1
  • 行=義務の内容・違反の事実の主張立証
  • 免責・過失の主張立証
  • 消滅時効(生命・身体)。債務不履行構成(415条)=原告(義務の内容を特定し、義務違反に当たる事実を主張・立証)
  • 債務者(免責の主張立証は債務者)
  • 主観5年・客観20年(166条1項1号・167条)。不法行為構成(709条)=原告(過失・因果関係も原告)
  • 被害者(過失は被害者が主張立証)
  • 主観5年・客観20年(724条の2・724条2号)。

表を、1行ずつ見ます。1行目、義務の内容と違反の事実の主張立証です。ここは、あまり差が出ません。

判例最判昭56・2・16 民集35巻1号56頁

安全配慮義務違反の主張立証責任 国が国家公務員に対して負担する安全配慮義務に違反し、右公務員の生命、健康等を侵害し、同人に損害を与えたことを理由として損害賠償を請求する訴訟において、右義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国の義務違反を主張する原告にある、と解するのが相当である。

債務不履行だから、義務違反は債務者が示せばいい、とは、なりません。義務の内容を特定して、違反に当たる事実を示すのは、請求する原告の側です。リフトの点検を怠った、という事実は、作業員側が示します。安全配慮義務の中身は、さっき見たとおり、職種や場面で変わります。何をすべきだったのかを特定できるのは、違反だと言う側です。表の上で差が出るのは、免責の場面です。債務不履行では、責めに帰することができない事由を示すのは、債務者、つまり会社です。不法行為では、過失は、被害者が主張立証します。ここが、2行目です。ただ、1行目を思い出してください。安全配慮義務では、何をすべきだったかを特定して、それを怠った事実を示すのは、作業員の側でした。点検を怠った、と示せれば、それは、不法行為でいう過失を示したのと、ほとんど同じです。だから、2行目の差は、実際には、表の上ほど効きません。前に、カメラの設例で、立証は債務不履行のほうが軽い、と見ました。あのカメラのように、約束の中身がはっきりしている債務なら、そのとおりです。安全配慮義務のように、中身を原告が特定しなければならない義務では、その差が縮みます。3行目、消滅時効です。ここは、大きな変化があった部分です。まず、現在の条文を見ます。

条文民法166条1項

民法第166条第1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。 二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

条文民法167条

民法第167条 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。

債務不履行で、生命や身体の侵害なら、権利を行使できると知った時から5年、権利を行使できる時から20年です。不法行為の側も見ます。

条文民法724条

民法第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。 二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。

条文民法724条の2

民法第724条の2 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。

不法行為でも、生命や身体を害するなら、損害と加害者を知った時から5年、不法行為の時から20年です。同じです。改正前は違いました。債務不履行は、一般の債権として、10年でした。不法行為は、損害と加害者を知った時から3年で、不法行為の時から20年でした。差が大きかったので、当時は、どちらで構成するかに、実益がありました。2017年の改正で、生命や身体の侵害については、両方とも、主観5年、客観20年にそろいました。今は、時効は選ぶ理由にならないんです。生命や身体の侵害なら、そうです。冒頭の壁の穴のような、物の損害なら、話は別です。債務不履行は5年と10年、不法行為は3年と20年のままで、差が残ります。

債務不履行構成と不法行為構成の比較表(続き)。行=遅延損害金の起算点/遺族固有の慰謝料/弁護士費用。債務不履行構成(415条)=履行の請求を受けた時(412条3項)/否定/次の回で扱う。不法行為構成(709条)=損害の発生と同時/肯定(711条=父母・配偶者・子)/次の回で扱う。 図:債務不履行構成と不法行為構成の比較表

  • 続き
  • 行=遅延損害金の起算点
  • 遺族固有の慰謝料
  • 弁護士費用。債務不履行構成(415条)=履行の請求を受けた時(412条3項)
  • 否定
  • 次の回で扱う。不法行為構成(709条)=損害の発生と同時
  • 肯定(711条=父母・配偶者・子)
  • 次の回で扱う。

では、生命や身体の場面で、今も残っている差は、どこか。表の続きを見ます。1行目、遅延損害金です。遅れた分の賠償金は、いつから発生するか。

判例最判昭55・12・18 民集34巻7号888頁

債務不履行の遅延損害金の起算点 債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項によりその債務者は債権者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものというべきであるから

条文民法412条3項

民法第412条第3項 債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。

判例最判昭37・9・4 民集16巻9号1834頁

不法行為の遅延損害金の起算点 右賠償債務は、損害の発生と同時に、なんらの催告を要することなく、遅滞に陥るものと解するのが相当である。

債務不履行の賠償債務は、期限の定めが無い債務です。だから、請求を受けた時から、遅れになります。不法行為の賠償債務は、損害の発生と同時に、催告を要さず、遅れになります。不法行為は、契約の相手でもない人を、いきなり傷つけた場面です。被害者は、傷つけられたその時から損をしています。だから、請求を待たずに、遅れが始まります。配送センターで言えば、同じ転落事故でも、債務不履行で構成するなら、会社に請求した時から。不法行為で構成するなら、転落した時から、遅延損害金がつきます。差は、この起算点の分だけ出ます。2行目、遺族固有の慰謝料です。

判例最判昭55・12・18 民集34巻7号888頁

遺族固有の慰謝料 亡Dと被上告人らとの間の雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係の当事者でない上告人らが雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係上の債務不履行により固有の慰藉料請求権を取得するものとは解しがたいから、上告人らは慰藉料請求権を取得しなかつたものというべく

決め手は、当事者でない、という点です。債務不履行は、契約や、それに準ずる法律関係の当事者の間で問題になります。遺族は、雇用契約の当事者ではありません。だから、債務不履行によって、遺族自身の慰謝料を取得することは、否定されました。否定されたのは、当事者でない遺族自身の分です。亡くなった本人や、怪我をした本人の分は、この判決が否定した範囲ではありません。不法行為なら、条文があります。

条文民法711条

民法第711条 他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。

父母、配偶者、子には、遺族自身の慰謝料が認められます。さっきの問いの答えは、不法行為でした。遺族が請求するなら、不法行為も併せて主張する、というのが、実務の感覚です。最後の弁護士費用は、安全配慮義務の違反では、認められる場合があります。その中身は、次の回で扱います。不法行為の要件そのものも、別の回で扱います。表を、まとめます。時効は、生命や身体なら、そろいました。立証は、免責の点で差が残りますが、義務と違反を原告が示す以上、実際の差は小さい。今も残る実質的な差は、遅延損害金の起算点と、遺族固有の慰謝料です。

契約を結ぶ前の説明義務

締結前と履行段階の時間軸。契約を結ぶ判断→契約成立→履行(引渡し)。上=契約を結ぶ前の説明義務違反=不法行為(709条)。下=履行段階の説明義務違反=契約上の付随義務違反=債務不履行(415条)。設例=Jが中古の分譲住戸を買う前に、売主が「この部屋は上の階の水漏れ被害が繰り返されている」と知りながら伝えず、Jは購入した。 図:締結前と履行段階の時間軸

  • 契約を結ぶ判断→契約成立→履行(引渡し)
  • 上=契約を結ぶ前の説明義務違反=不法行為(709条)
  • 下=履行段階の説明義務違反=契約上の付随義務違反=債務不履行(415条)
  • 設例=Jが中古の分譲住戸を買う前に、売主が「この部屋は上の階の水漏れ被害が繰り返されている」と知りながら伝えず、Jは購入した

説明義務には、もう1つ、大事な場面があります。契約を結ぶ前です。Jさんが、中古の分譲住戸を買おうとしていました。売主は、この部屋が、上の階からの水漏れ被害を、繰り返し受けていると知りながら、Jさんに伝えませんでした。Jさんは、知らないまま、買いました。同じように見えます。でも、判例は、違う結論を出しました。

判例最判平23・4・22 民集65巻3号1405頁

契約締結前の説明義務違反 契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。

決め手は、当該契約の締結に先立ち、です。契約を結ぶ前の説明義務違反は、契約上の債務の不履行ではなく、不法行為による賠償責任になります。考えてみてください。説明義務違反のせいで、契約が結ばれました。つまり、契約は、その違反の結果です。結果として生まれた契約から、その違反を生んだ義務が生じた、とは言えません。原因と結果が、逆向きになってしまいます。整理します。分け目は、時間です。契約を結ぶ判断の前の説明義務は、契約から生じた義務ではないので、違反は不法行為。契約を結んだあとの、履行の段階の説明義務は、その契約の付随義務なので、違反は債務不履行。区画を閉じる設備の判例は後者、水漏れの設例は前者です。前の回の、契約締結上の過失、も、契約を結ぶ段階の落ち度の話でした。この判例は、契約を結ぶ前の説明義務違反について、債務不履行ではなく、不法行為の責任を考えました。なお、契約を結ぶ前に、情報を提供する義務が、いつもあるわけではありません。契約は自由です。信義則上の説明義務が認められる場合に限られます。この不法行為は、水漏れという財産の損害なので、時効は724条に従います。損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年です。

冒頭の答えと、まとめ

まとめ板。冒頭の答え=壁の穴は、取付けという給付そのものの不履行ではなく、取付けに伴う付随義務の違反(不完全履行)。415条で賠償を請求できる。不法行為(709条)でも請求できる。①不完全履行=給付内容の不適合/履行方法の不適切と拡大損害②付随義務=信義則(1条2項)から生じ、違反は415条③安全配慮義務=特別な社会的接触の関係に入った当事者間の信義則上の付随義務④構成の比較=生命・身体なら時効はそろい、遅延損害金と遺族固有の慰謝料に差が残る⑤契約の前の説明義務違反=不法行為。 図:まとめ板

  • 冒頭の答え=壁の穴は、取付けという給付そのものの不履行ではなく、取付けに伴う付随義務の違反(不完全履行)
  • 415条で賠償を請求できる
  • 不法行為(709条)でも請求できる
  • ①不完全履行=給付内容の不適合/履行方法の不適切と拡大損害②付随義務=信義則(1条2項)から生じ、違反は415条③安全配慮義務=特別な社会的接触の関係に入った当事者間の信義則上の付随義務④構成の比較=生命・身体なら時効はそろい、遅延損害金と遺族固有の慰謝料に差が残る⑤契約の前の説明義務違反=不法行為

冒頭の答えを、言い切ります。Kさんは、責任を負います。壁の穴は、取付けという給付そのものの不履行ではありません。取付けに伴う、付随義務の違反、つまり不完全履行です。415条で、損害の賠償を請求できます。不法行為でも、請求できます。Kさんが、頼まれた取付けはやった、と言っても、約束の周りの義務まで果たしたことには、なりません。整理します。1つめ、不完全履行。履行はしたが、本旨に従っていない。給付の内容が合っていない場合と、履行の方法が不注意で、拡大損害が出る場合があります。2つめ、付随義務。信義則、1条2項から生じる、周辺の義務です。違反は、415条1項の入口に乗ります。履行段階の説明義務も、その1つです。3つめ、安全配慮義務。ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間で、付随義務として、信義則上生まれます。契約が無くても、成り立ちます。

4つめが、債務不履行と不法行為の比較ですね。生命や身体なら時効はそろって、遅延損害金と遺族固有の慰謝料に差が残る。5つめは、契約を結ぶ前の説明義務違反です。これは不法行為でした。時間で分ける、と覚えてください。次の回は、賠償の範囲を決める416条を見ます。

参照条文

  • 民法415条1項
  • 民法1条2項
  • 労働契約法5条
  • 民法166条1項
  • 民法167条
  • 民法724条
  • 民法724条の2
  • 民法412条3項
  • 民法711条

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