相殺の意義・担保的機能と相殺適状①
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第4章 債権総論 #184/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
預金100万円の客に80万円を貸した銀行
図:冒頭の関係図
- 預金者と銀行
- 預金者が銀行に預金100万円をもつ
- 銀行は預金者に80万円を貸している
- その後、預金者が破産
- ほかの債権者の債権は合計120万円
- 預金者の財産はこの預金だけ
- 銀行は貸金80万円をいくら回収できるか
今日は、その問いです。破産とは、財産が足りなくなって、借金を払いきれなくなった状態のことです。このお客さんには、ほかにも債権者がいて、その債権の合計が120万円あります。お客さんの財産は、この預金だけです。先に答えを言います。銀行が相殺できれば、80万円を丸ごと回収できます。できなければ、戻ってくるのは40万円です。同じ銀行、同じ貸金で、倍も違います。この差がどこから来るのかが、今日の主題です。預金があっても、相殺できなければ、貸金の半分しか戻りません。その仕組みは、あとで数字で確かめます。
相殺の定義と、自働債権・受働債権
図:設例への当てはめ
- 銀行が相殺する場合
- 銀行の貸金債権80万円=自働債権
- 預金者の預金債権(預金者が銀行に払戻しを求める権利)100万円=受働債権
- 対当額80万円で消える
- 貸金は全部消え、預金は20万円分が残る
- 預金者が相殺する場合は逆
- 意思表示をする側の債権が自働債権
相殺の条文は、以前、保証と相殺の回で見ました。505条1項です。もう一度読みます。
条文民法505条1項
民法第505条1項 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
言葉は、以前見たとおりです。対当額とは、2つの債権が重なり合う金額です。自分から持ち出す債権が自働債権、相手の債権が受働債権です。相手の同意は要りません。一方的な意思表示だけでできる単独行為でした。そして、相手に財産がなくても、対当額の分は確実に回収できる、担保のような働きがあるのでした。今日の設例に当てはめます。銀行が相殺するとします。銀行の貸金80万円が、自働債権です。預金者の預金100万円が、受働債権です。預金は、銀行から見れば預かったお金を返す義務ですが、預金者から見れば、払い戻しを求める権利です。債権として数えるのは、預金者の側からです。
対当額は、重なる80万円です。80万円の分だけ、貸金と預金が消えます。貸金は、全部なくなります。預金のほうは、20万円分が残ります。自働と受働は、音が近くて混ざりやすいので、固定して覚えてください。相殺の意思表示をする側の債権が、自働債権です。今日は銀行が意思表示をするので、銀行の貸金が自働です。逆に、預金者のほうから相殺を言い出すなら、預金が自働で、貸金が受働です。誰が意思表示をするかで決まります。もう1つ、性質のコツです。自働債権の側から見ると、相殺は、相手が払ってくれるのを待たずに、自分の手で回収を済ませた形です。相手に無理やり払わせたのと同じなので、履行を強制したのと同じ、と言います。受働債権の側から見ると、自分の債務を、自分から払った形です。だから、任意に履行したのと同じ、と言います。今日は、このうち、相手を待たずに回収できる、という自働債権のほうが、いま言った、担保のような働きにつながります。なお、過失相殺という言葉がありますが、これは別の制度です。名前に相殺と付いていても、ここで扱う相殺とは関係がありません。
相殺は単独行為で、合意による相殺とは別物
図:法定相殺と相殺契約の2列比較
- 法定相殺(505条)=要件(相殺適状・禁止にあたらない)を満たすと相殺権が生まれる→一方的な意思表示で消える(506条1項)
- 相殺契約=当事者の合意で相殺と同様の効果を生じさせる→法定相殺の要件を満たさない場合でも可能
- 設例=銀行と預金者があらかじめ「一定の事由があれば貸金と預金を当然に相殺する」と決めておく
相殺は、どうやって効果が生まれるのか。506条1項です。
条文民法506条1項
民法第506条1項 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。
意思表示の相手は、相殺される側の当事者です。相手の同意は要りません。1人の意思表示だけで効果が生まれる、遺言や解除と同じ、単独行為です。第2文は、意思表示に条件や期限を付けられない、という決まりです。相手の同意なしに、相手の債権まで消す行為なので、条件を付けると、相手は、債権が消えるのか消えないのか分からない、不安定な立場に置かれます。それを防ぐためです。期限のほうは、付けても意味がない、という別の理由があり、相殺の効き方を見るときに扱います。ここで、区別が1つ要ります。505条と506条の、法律が決めた相殺を、法定相殺と呼びます。要件を満たすと、相殺権が生まれます。その権利を、一方的な意思表示で使います。これに対して、当事者の合意で、相殺と同じ結果を生じさせることもできます。これが、相殺契約です。たとえば、銀行と預金者が、一定の事由があったら、貸金と預金を当然に相殺する、と、あらかじめ決めておく場合です。あとから一方的に意思表示をする法定相殺とは、成り立ちが違います。
2つの違いは、要件にあります。法定相殺は、法律の定めた要件を満たさなければできません。相殺契約は、当事者が納得して合意しているので、法定相殺の要件を満たさない場合でも、することができます。ただし、合意の中身については、あとの回で見ます。今日は、合意でもできる、というところまでです。
相殺の3つの機能
図:相殺の3つの機能
- ①簡易決済=お互いの支払い(2回の支払い)を、意思表示だけで1回で済ませる②公平の維持=自分だけ払わされ、相手からは取れない不公平を防ぐ③担保的機能(最も重要)=相手が無資力になっても、自分の債務の分だけは確実に回収できる
- 自働債権について担保をもつのと同じ
- 設例=預金100万円のある預金者には、100万円の範囲まで安心して貸せる
相殺は、何のためにあるのか。機能は3つあります。1つめは、簡易決済です。A卸会社が、B小売チェーンに代金100万円の債権をもっています。ほかの取引で、B小売チェーンも、A卸会社に100万円の貸金債権をもっています。お互いに100万円を払い合えば、支払いが2回になり、手間も、お金の移動の危険もかかります。相殺なら、意思表示だけで片づきます。2つめは、公平の維持です。A卸会社が、B小売チェーンに100万円を払う義務を負っている一方で、B小売チェーンから100万円を取れる債権ももっているとします。このとき、B小売チェーンの財産が足りなくなっていたら、A卸会社は、自分の分だけを払わされて、取るほうは取れません。それは不公平です。相殺を認めれば、自分の払う分を、相手から取れる分と、帳消しにできます。3つめが、担保的機能です。これが、相殺の最も重要な機能です。相手が財産不足になっても、自分の債務の分だけは、確実に回収できる。いざとなれば相殺できる、という立場は、自分の債権について、担保をもっているのと同じです。以前、担保のような働きと言ったものに、担保的機能という名前を付けます。銀行で考えます。預金100万円のある預金者には、銀行は、100万円の範囲までは、安心して貸せます。返してもらえなければ、預金と相殺すればよいからです。
特別な手続は要りません。貸金と預金が、向き合っていれば足ります。だから、担保のような、と言っています。
配当の比較は、相殺の有無で倍変わる
図:配当比較の板
- 左=相殺しない場合(預金100万円は破産財団に払う→財団100万円・債権の合計200万円(銀行80万円+ほかの債権者120万円)→配当は債権額の半分→銀行は40万円・ほかの債権者は60万円)
- 右=相殺する場合(貸金80万円と預金80万円が対当額で消える→銀行は預金の残り20万円を払うだけ・貸金は全額回収→財団20万円・ほかの債権者は20万円)
- 下に1行「相殺は、債権者平等の例外として働く」
- 破産法67条1項=破産債権者は、手続開始の時に破産者に対して債務を負担していれば、破産手続によらないで相殺ができる(原則)
ここで、思い出してください。債権者が何人かいて、財産が足りないとき、債権者は、どう分けたでしょうか?債権額に比例して、按分しました。債権者平等の原則です。債権者は、先に請求した人も、あとの人も、債権額に応じて平等に分けます。以前、数字で見た按分です。では、冒頭の問いです。相殺ができないとしたら、銀行は、貸した80万円のうち、いくら回収できるでしょうか。相殺ができなければ、80万円は全部は戻りません。銀行は、預金者の預金100万円を、預金者に返さなければなりません。破産した預金者の財産、つまり、破産財団に、100万円が入ります。そして、銀行は、貸金80万円を、ほかの債権者と一緒に、按分で分けるほうに回ります。話を簡単にするため、手続の費用などは考えないことにします。債権者は、銀行の80万円と、ほかの債権者の120万円で、合計200万円です。財団にあるのは、100万円です。100万円を200万円で分けるので、債権額の半分が配当です。銀行は、80万円の半分の40万円です。ほかの債権者の分は、120万円の半分の60万円です。
次に、相殺できる場合です。貸金80万円と、預金のうち80万円が、対当額で消えます。銀行は、預金の残り20万円だけを、預金者に返せば足ります。貸金80万円は、全額回収したのと同じです。財団に入るのは20万円で、ほかの債権者が、120万円の債権に対して受け取るのは、20万円です。並べます。銀行は、40万円から80万円になります。ほかの債権者は、60万円から、20万円になります。銀行の回収額の差は、40万円です。相殺できる銀行は、ほかの債権者に先んじて、自分の貸金を回収できるのです。担保物権をもつ人が、ほかの債権者より先に回収できるのと、同じ働きです。だから、相殺は、債権者平等の原則の例外として働く、と言えます。破産の手続の中でも、相殺は認められています。破産法67条1項が、破産債権者は、破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によらないで、相殺をすることができる、と定めています。破産手続が始まっても、相殺の権利は、原則として使えるということです。
最高裁も、担保的機能への期待を保護すべきとした
図:最高裁の判決
- 事案=銀行が取引先の会社に貸付けをし、その会社の預金債権を国が滞納処分で差し押さえた
- 銀行は貸付金と預金を相殺し、国にも対抗できるかが争われた
- 今日の点=相殺の担保的機能を最高裁が正面から認め、保護される当事者の地位はできるかぎり尊重すべきとしたこと
- 差押えと相殺の結論はあとの回
担保的機能は、学説が言っているだけの話でしょうか。それとも、最高裁も認めているでしょうか。事案を1文で言います。銀行が取引先の会社に貸付けをして、その会社の預金債権を、国が税金の滞納処分として差し押さえました。銀行は、貸付金と預金を相殺して、差押えをした国にも対抗できるか、が争われた事件です。差押えと相殺の結論は、あとの回でじっくり見ます。今日は、この判決が、相殺の機能をどう評価したかだけを読みます。
判例最大判昭45・6・24 民集24巻6号587頁
相殺の担保的機能への期待を保護した判決 相殺の制度は、互いに同種の債権を有する当事者間において、相対立する債権債務を簡易な方法によつて決済し、もつて両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であつて、相殺権を行使する債権者の立場からすれば、債務者の資力が不十分な場合においても、自己の債権については確実かつ十分な弁済を受けたと同様な利益を受けることができる点において、受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を営むものである。相殺制度のこの目的および機能は、現在の経済社会において取引の助長にも役立つものであるから、この制度によつて保護される当事者の地位は、できるかぎり尊重すべきものであつて、当事者の一方の債権について差押が行なわれた場合においても、明文の根拠なくして、たやすくこれを否定すべきものではない。
判決は、2段で述べています。相殺がどんな機能をもつか、そして、その機能をどう扱うべきか、です。1つめの文から読みます。相殺の目的は、簡易な方法で決済して、債権関係を円滑かつ公平に処理することです。先ほどの、簡易決済と公平の維持です。そのうえで、相殺権を行使する債権者は、債務者の資力が不十分な場合でも、自己の債権について、確実かつ十分な弁済を受けたのと同様の利益を受けられる、と言っています。これが、担保的機能です。判決は、担保権を有するにも似た地位、と言います。今日の設例で言い直します。銀行は、預金を押さえているおかげで、貸金について、担保をもつのに似た地位に立つ、という意味です。2つめの文です。この目的と機能は、現在の経済社会で、取引の助長にも役立つので、この制度によって保護される当事者の地位は、できるかぎり尊重すべきだ、と言います。これが、担保的機能への期待を保護すべきだ、という評価です。最後は、差押えが行われた場合でも、明文の根拠なく、たやすく否定してはならない、と続きます。つまり、差押えのときですら、担保的機能を理由なく否定することはできない、ということです。なぜ、そこまで守るのか。守られないと、銀行は、預金を当てにして貸すことができなくなり、そのぶん、お金が借りにくくなります。取引の助長とは、このことです。判決の言い方からすると、明文の定めがあれば、相殺が制限されることもありうる、ということになります。
先ほどの問いの答えです。最高裁も、担保的機能を、正面から認めています。預金があれば、預金者が破産しても、預金の範囲で貸金を相殺で全額回収できます。担保的機能があるので、銀行は、貸す前に、預金の額を確かめます。預金が100万円なら、100万円の範囲までは、安心して貸せるのです。冒頭の問いの答えは、これで出ました。
相殺適状の要件の全体像
図:相殺の要件の全体像
- 相殺適状=相殺権が発生するために必要な、債権どうしの条件がそろった状態(講学上の語)
- ①債権の対立②同種の目的③双方の弁済期④債務の性質が相殺を許す(505条1項)
- 相殺禁止にあたらない(505条2項・509条・510条・511条)→相殺の意思表示(506条1項)で債務が消える
- 今日は①対立・②同種
後半に入ります。相殺は、いつでもできるわけではありません。相殺ができるための条件を、全体像から見ます。相殺適状という言葉を使います。条文の言葉ではなく、講学上の言葉で、相殺権が発生するために必要な、債権どうしの条件がそろった状態、という意味です。505条1項から読み取れる条件は、4つです。1つめは、債権が対立していること。2つめは、同種の目的を有すること。3つめは、双方の債務が弁済期にあること。どちらも、もう払う時期が来ている、ということです。4つめは、債務の性質が相殺を許すことです。お互いに、実際に行わないと意味がない債務は、差し引いて済ませられません。たとえば、2つの店が、繁忙期に1日ずつ、相手の店を手伝う、と約束した場合です。差し引いて帳消しにすれば、どちらの店も人手が足りないままで、約束した意味がなくなります。4つは、同じ考えから来ています。相殺は、本当なら払い合うはずのものを、差し引いて済ませる仕組みです。だから、向き合った2人のあいだで、同じ種類のものを、どちらも払う時期が来ていて、差し引いても困らないときに限られるのです。4つがそろっても、相殺禁止にあたらないことが、さらに必要です。当事者の約束や法律が、相殺を特に禁じている場面です。505条2項や、509条以下に、その定めがあります。そして、最後に、相殺の意思表示をして、はじめて債務が消えます。まとめると、相殺権の発生、それを妨げる相殺禁止、そして、その行使、という3段です。
今日は、1つめの対立と、2つめの同種です。ほかの要件は、順に見ていきます。
債権の対立は、向き合う2人のあいだ
図:債権の対立
- 原則=自分の債権で、相手に対する自分の債務を消す
- 自働債権と受働債権が、自分と相手のあいだで向き合っている(505条1項「二人が互いに」)
- 設例=銀行と預金者のあいだは対立あり
- 預金者のほかの債権者と銀行のあいだは対立しない
条件の1つめです。債権の対立です。505条1項は、二人が互いに債務を負担する場合、と書いています。相殺は、自分の債権を使って、相手に対する自分の債務を消す仕組みです。つまり、自働債権と受働債権が、自分と相手のあいだで、向き合っていなければなりません。今日の銀行で確かめます。銀行と預金者のあいだには、貸金と預金が向き合っています。対立しています。一方、預金者のほかの債権者は、預金者に対して債権をもっているだけで、銀行に対しては、何も債務を負っていません。銀行とほかの債権者のあいだには、対立がありません。だから、銀行が、ほかの債権者の債権で、預金を相殺することはできません。ここで問いです。他人の債権を使って、自分の債務を消すことは、できるでしょうか。
向き合っていないんだから、原則はできないです。他人の債権で自分の債務を消すことは、原則としてできません。ただし、例外に見える場面が2つあります。それが、次です。
対立の例外は、履行を拒めるだけ
図:連帯債務
- A卸会社に対し、B小売チェーンほか2人が連帯債務600万円を負う(負担部分は各200万円)
- Bは、A卸会社に反対債権300万円をもつが、まだ相殺していない
- 他の連帯債務者は、Bの負担部分200万円の限度でA卸会社への履行を拒める
- 他の連帯債務者が相殺できる、ではない
1つめは、連帯債務です。B小売チェーンほか2人が、A卸会社に、600万円の連帯債務を負っています。負担部分、つまり、内部で分担する額は、それぞれ200万円です。B小売チェーンは、A卸会社に対して、300万円の債権をもっています。向きが逆の債権なので、反対債権と呼びます。でも、まだ相殺していません。問いです。債権者に反対債権をもつ連帯債務者が、相殺しないとき、ほかの連帯債務者は、相殺できるでしょうか。ほかの連帯債務者は、相殺はできませんが、履行を拒むことはできます。条文です。439条2項です。前項の債権というのは、連帯債務者の1人が、債権者に対してもっている債権のことです。
条文民法439条2項
民法第439条2項 前項の債権を有する連帯債務者が相殺を援用しない間は、その連帯債務者の負担部分の限度において、他の連帯債務者は、債権者に対して債務の履行を拒むことができる。
設例に当てはめます。条文の、相殺を援用しない間、とは、B小売チェーン自身が、まだ相殺していない間、ということです。そのあいだ、ほかの連帯債務者は、B小売チェーンの負担部分である200万円の限度で、A卸会社への履行を拒めます。
図:保証
- 保証人が、B小売チェーンのA卸会社への債務200万円を保証している
- BはA卸会社に反対債権60万円をもつ
- 保証人は60万円の限度で保証債務の履行を拒める
- 主たる債務者の相殺権・取消権・解除権のいずれでも履行拒絶(457条3項)
- 保証人が相殺できる、ではない
2つめは、保証です。保証人が、B小売チェーンのA卸会社への200万円の債務を保証しています。B小売チェーンは、A卸会社に、60万円の反対債権をもっています。457条3項です。
条文民法457条3項
民法第457条3項 主たる債務者が債権者に対して相殺権、取消権又は解除権を有するときは、これらの権利の行使によって主たる債務者がその債務を免れるべき限度において、保証人は、債権者に対して債務の履行を拒むことができる。
保証人は、60万円の限度で、保証債務の履行を拒めます。相殺権だけでなく、取消権や解除権でも、同じです。どちらも、他人の債権で相殺するのではなく、履行を拒めるだけです。なぜか。相殺をすれば、自分の債権も、相手の債権も、一緒に消えます。権利を消したり手放したりすることを、処分と言います。もし、ほかの連帯債務者や保証人が相殺できるとすると、B小売チェーンの債権を、勝手に処分することになってしまいます。その債権を使うかどうかは、B小売チェーン自身が決めることです。履行を拒むだけなら、B小売チェーンの債権は、消えずにそのまま残ります。自分の財布ではないお金で、勝手に支払うことはできない、けれど、自分の支払いを待ってもらうことはできる、という形です。だから、先ほどの原則は、崩れていません。
改正で、結論が変わった点です。改正前は、条文が、負担部分について、他の連帯債務者が相殺を援用できる、と定めていました。現行法は、履行を拒むことができるにとどまる、と改めました。答案では、他の連帯債務者が相殺できる、とは書かずに、履行拒絶と書いてください。ここは、短答でも論文でも、ひっかけに使われやすい部分です。
第三者弁済的相殺は、判例と学説で分かれる
図:第三者弁済的相殺
- A卸会社がB小売チェーンに代金債権500万円
- 物上保証人(B小売チェーンの債務のために自分の土地に抵当権を設定した人)は、A卸会社に貸金債権400万円をもつ
- 物上保証人が自分の債権を自働債権として、B小売チェーンの債務を相殺で消せるか
- 判例=否定(505条の要件である当事者間の債権の対立を欠く・第三者が相殺できる規定もない)
- 学説=肯定(第三者弁済と同視できる・代物弁済の形で債権者は受けない理由がない)
以前、第三者弁済の回で、物上保証人は、債務者の意思に反しても、有効に弁済できる、と見ました。なぜだったでしょうか。弁済について正当な利益、つまり、法律上の利害関係があるからです。物上保証人とは、他人の債務のために、自分の不動産に抵当権を設定した人です。債務が払われないと、自分の不動産を失います。では、問いです。弁済と同じように債務を消す相殺も、物上保証人は、自分の債権でできるでしょうか。設例です。A卸会社が、B小売チェーンに、500万円の代金債権をもっています。B小売チェーンの債務のために、土地に抵当権を設定した物上保証人がいます。この物上保証人は、A卸会社に対して、400万円の貸金債権をもっています。物上保証人が、この400万円の債権で、B小売チェーンの債務を、相殺で消したいのです。
505条1項の、二人が互いに債務を負担する場合、という形から外れます。物上保証人は、A卸会社に対して債権をもっているだけです。判例は、否定です。抵当不動産の第三取得者について、大審院が、相殺を認めませんでした。第三取得者とは、抵当権の付いた不動産を買った人です。物上保証人についても、同じ考え方で否定されると理解されています。理由は、505条の要件、つまり、当事者間の債権の対立を欠いていて、第三者がそのような相殺をすることを認める規定もない、と説明されています。学説は、肯定が多数です。理由は2つあります。1つめは、第三者弁済と同視できることです。物上保証人や第三取得者は、弁済について正当な利益をもっています。相殺も、弁済と同じく債務を消す行為です。2つめは、代物弁済の形だということです。代物弁済は、債権者の合意で、本来の給付の代わりに、別の給付で債務を消す、という仕組みでした。物上保証人は、本来払うべきお金の代わりに、自分がもっている400万円の債権を、A卸会社に差し出して、B小売チェーンの債務を、その分だけ消す、と見るわけです。お金の代わりに、債権という別のものを渡すので、代物弁済の形になります。差し出されるのは、A卸会社に対する債権です。債権者であるA卸会社にとっては、自分に対する債権を受け取れば、自分が払うはずだった400万円を、払わずに済みます。損はないので、断る理由がありません。債権者が承諾しないはずはないので、相殺を認めても、債権者を害しない、というのです。
補足です。債権者が財産不足のときは、ほかの債権者に先んじた回収になって、債権者平等を害するので、その場合は除く、という見解もあります。結論は、1文で言えます。判例は否定、学説は肯定です。ここは、論文で論点になりうる部分です。
同種の目的は、金銭債権どうしが典型
図:同種の目的
- 給付の内容が同じ種類であること
- 金銭債権と金銭債権は同種=実務の相殺はほぼすべて金銭債権どうし
- 金銭債権と物の引渡債権は同種でない=相殺できない
- 種類債権どうし(同品質の穀物など)は同種になりうる
- 履行地が異なっても相殺できる(507条)
- ただし相殺をする当事者は相手方に生じた損害を賠償する
条件の2つめです。同種の目的です。給付の内容が、同じ種類である、ということです。典型は、金銭債権と金銭債権です。実務の相殺は、ほとんどすべて、金銭債権どうしです。銀行の貸金と預金も、そうです。金銭債権と、物の引渡しの債権は、同種ではありません。たとえば、B小売チェーンが、A卸会社に商品の引渡しを求める債権をもち、A卸会社が、B小売チェーンに代金を払う債務を負っているとします。引渡しと金銭は、給付の種類が違うので、相殺できません。一方、同じ品質の穀物のような、種類債権どうしは、同種の目的になりえます。
507条があります。
条文民法507条
民法第507条 相殺は、双方の債務の履行地が異なるときであっても、することができる。この場合において、相殺をする当事者は、相手方に対し、これによって生じた損害を賠償しなければならない。
履行地が異なっても、相殺はできます。ただし、第2文のとおり、相殺をする当事者は、相手方に生じた損害を賠償しなければなりません。ここは、損害賠償の部分を落とさないでください。
冒頭の答えとまとめ
図:まとめ
冒頭の答えです。預金100万円のある預金者に、銀行が80万円を貸していて、預金者が破産したとき、銀行は、相殺できれば80万円を丸ごと回収できます。できなければ、40万円です。銀行が、貸す前に預金の額を確かめるのは、相殺の担保的機能があるからです。整理します。1つめ。相殺は、505条1項です。銀行の貸金が自働債権、預金が受働債権で、対当額の分が消えます。意思表示だけでできる、単独行為です。2つめ。法定相殺は、一方的な意思表示で、合意による相殺は、要件を欠いてもできます。3つめ。機能は、簡易決済、公平の維持、担保的機能の3つです。担保的機能は、債権者平等の原則の例外として働きます。4つめ。最高裁も、担保的機能への期待を、保護すべきものと見ています。5つめ。相殺適状は、対立、同種、弁済期、性質の4つです。そのほかに、相殺禁止にあたらないことと、意思表示が要ります。6つめ。対立の原則には、連帯債務と保証の例外がありますが、どちらも履行を拒めるにとどまります。7つめ。第三者弁済的相殺は、判例が否定、学説が肯定です。8つめ。同種の目的は、金銭債権どうしが典型で、履行地が異なっても相殺できます。ただし、損害を賠償します。相殺の担保的機能は、論文で論点になりうる部分です。次は、双方の債務の弁済期が、どうなっているかを見ます。
参照条文
- 民法505条1項
- 民法506条1項
- 民法439条2項
- 民法457条3項
- 民法507条