民法ゼロから民法#185

相殺適状②弁済期と508条

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第4章 債権総論 #185/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

時効にかかった貸金は、代金請求と相殺に使えるか

冒頭の関係図。A卸会社がB小売チェーンに貸金500万円(弁済期から5年たち、時効が完成している)。B小売チェーンがA卸会社に代金400万円を請求している。A卸会社が相殺する側。時効にかかった貸金500万円=自働債権、代金400万円=受働債権。問い=時効にかかった貸金で、相殺できるか。 図:冒頭の関係図

  • A卸会社がB小売チェーンに貸金500万円(弁済期から5年たち、時効が完成している)
  • B小売チェーンがA卸会社に代金400万円を請求している
  • A卸会社が相殺する側
  • 時効にかかった貸金500万円=自働債権、代金400万円=受働債権
  • 問い=時効にかかった貸金で、相殺できるか

A卸会社は、B小売チェーンに、500万円を貸していました。返してもらう約束の日から、5年がたって、この貸金の時効は完成しています。ところが今、B小売チェーンが、A卸会社に、商品の代金400万円を払えと言ってきました。今日の設例です。相殺をする側は、A卸会社です。時効にかかった貸金500万円が、A卸会社の自働債権です。B小売チェーンの代金400万円が、A卸会社から見た受働債権です。先に答えを言います。時効が完成する前に、相手の債権も払う時期が来ていて、2つの債権が差し引ける形で向き合っていたなら、相殺できます。完成したあとで、初めて向き合ったなら、相殺できません。この、完成の前か後か、が今日の主題です。

条文があります。それを、順を追って見ます。

自働債権は、弁済期が来ていないと相殺できない

自働債権の弁済期。505条1項本文=双方の債務が弁済期にあるとき。自働債権の弁済期が来ていなければ相殺できない。理由①相殺は自働債権の履行を強制するのと同じ=弁済期前の債権は払わせられない。理由②期限の利益は債務者(相手)のもの(136条1項)=相殺すれば、相手の期限の利益を一方的に奪う。設例=A卸会社の貸金500万円の弁済期は来年3月。今は相殺できない。 図:自働債権の弁済期

  • 505条1項本文=双方の債務が弁済期にあるとき
  • 自働債権の弁済期が来ていなければ相殺できない
  • 理由①相殺は自働債権の履行を強制するのと同じ=弁済期前の債権は払わせられない
  • 理由②期限の利益は債務者(相手)のもの(136条1項)=相殺すれば、相手の期限の利益を一方的に奪う
  • 設例=A卸会社の貸金500万円の弁済期は来年3月
  • 今は相殺できない

505条1項を、もう一度読みます。

条文民法505条1項

民法第505条1項 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

今日見るのは、太字の2か所です。まず、双方の債務が弁済期にあるとき、の部分です。弁済期とは、払う時期のことです。設例を少し変えます。A卸会社の貸金500万円の弁済期は、来年の3月です。まだ来ていません。一方、B小売チェーンの代金400万円は、もう払う時期が来ています。この状態で、A卸会社は、今、相殺できるでしょうか。できません。理由は2つあります。1つめ。前回、自働債権の側から見ると、相殺は、相手に無理やり払わせたのと同じ、履行を強制したのと同じ、と言いました。来年3月まで払わなくてよい債権を、今、払わせることはできません。2つめ。期限は、債務者の利益のために定めたものと推定されます。136条1項でした。B小売チェーンには、来年3月まで貸金を払わなくてよい、という期限の利益があります。今、相殺すれば、その利益を、A卸会社が一方的に奪うことになります。

自働債権は、相手に払わせる側なので、弁済期が来ていることが要ります。

受働債権は、期限の利益を放棄すれば相殺できる

受働債権の弁済期。136条2項=期限の利益は放棄できる(ただし相手方の利益は害せない)。自分の債務(受働債権)の弁済期が来ていなくても、債務者は期限の利益を放棄して相殺できる。理由=期限の利益は自分のもの。受働債権は任意に履行するのと同じ。相殺の意思表示をすれば、放棄の意思が黙示に含まれる。2列比較=自働債権(弁済期が必要・理由=履行を強制するのと同じ/相手の期限の利益を奪えない)/受働債権(放棄すれば可・理由=自分のもの・任意に履行するのと同じ)。設例=A卸会社の貸金500万円は弁済期到来済み・B小売チェーンの代金400万円の弁済期は来月末→A卸会社は放棄して対当額400万円で相殺できる。 図:受働債権の弁済期

  • 136条2項=期限の利益は放棄できる(ただし相手方の利益は害せない)
  • 自分の債務(受働債権)の弁済期が来ていなくても、債務者は期限の利益を放棄して相殺できる
  • 理由=期限の利益は自分のもの
  • 受働債権は任意に履行するのと同じ
  • 相殺の意思表示をすれば、放棄の意思が黙示に含まれる
  • 2列比較=自働債権(弁済期が必要・理由=履行を強制するのと同じ/相手の期限の利益を奪えない)/受働債権(放棄すれば可・理由=自分のもの・任意に履行するのと同じ)
  • 設例=A卸会社の貸金500万円は弁済期到来済み・B小売チェーンの代金400万円の弁済期は来月末→A卸会社は放棄して対当額400万円で相殺できる

以前、期限の利益と、その放棄を見ました。思い出してください。期限の利益は、債務者と債権者の、どちらのものと推定されるでしょうか?債務者のものです。待ってもらえる、債務者の利益です。条文を読みます。136条です。

条文民法136条

民法第136条 ①期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。 ②期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。

設例を、受働債権の側に変えます。A卸会社の貸金500万円は、払う時期が来ています。B小売チェーンの代金400万円は、A卸会社の債務ですが、払う時期は、来月末で、まだ来ていません。A卸会社は、今、相殺できるでしょうか。できます。受働債権の期限の利益は、払う側であるA卸会社自身のものです。自分の利益は、自分で放棄できます。来月末まで払わなくてよい利益を捨てて、今、払う形にすれば、双方の債務が弁済期にそろいます。そのうえで、対当額の400万円で、相殺できます。理由は、軸のとおりです。受働債権のほうは、自分が払う側です。前回の言い方では、任意に履行したのと同じです。自分が早く払うだけなので、相手の利益を奪う話にならないのです。

宣言は要りません。弁済期が来ていない債務の債務者が、相殺の意思表示をしたときは、その中に、期限の利益を放棄する意思が、黙示に、つまり口に出さなくても、表されていると考えます。相殺しますと言えば、足ります。なお、放棄は、相手の利益を害することはできません。136条2項のただし書です。以前見た、利息の付いた貸金を早く返すなら、残りの期間の利息は払う、という話です。前半の軸を、ここで置きます。相手の権利は奪えません。自分の権利は、捨てられます。自働債権の弁済期は、相手の権利なので、来ていることが要ります。受働債権の弁済期は、自分の権利なので、放棄すれば足ります。

放棄できる、というだけでは、相殺適状にあったとは言えない

最判平25・2・28の事案と時系列。事案=借主が、貸金業者への過払金返還請求権(払いすぎた利息の返還を求める権利。時効期間が過ぎたもの)を自働債権にして、自分の貸金の残債務(分割払い・遅れたら当然に期限の利益を失う特約つき)と相殺しようとした。時系列=過払金返還請求権の時効期間が経過→そのあと、返済の遅れで期限の利益を失う→弁済期が現実に到来し、相殺適状→適状の時に、すでに時効期間が経過→508条は使えない→相殺は効力を有しない。規範=受働債権につき、放棄できるというだけでは足りず、放棄又は喪失等で弁済期が現実に到来していることを要する。 図:最判平25・2・28の事案と時系列

  • 事案=借主が、貸金業者への過払金返還請求権(払いすぎた利息の返還を求める権利。時効期間が過ぎたもの)を自働債権にして、自分の貸金の残債務(分割払い・遅れたら当然に期限の利益を失う特約つき)と相殺しようとした
  • 時系列=過払金返還請求権の時効期間が経過→そのあと、返済の遅れで期限の利益を失う→弁済期が現実に到来し、相殺適状→適状の時に、すでに時効期間が経過→508条は使えない→相殺は効力を有しない
  • 規範=受働債権につき、放棄できるというだけでは足りず、放棄又は喪失等で弁済期が現実に到来していることを要する

受働債権は、放棄すれば相殺できる、と言いました。では、問いです。まだ放棄していないけれど、放棄しようと思えば、いつでもできた、という状態は、すでに相殺適状にある、と言えるでしょうか。期限の利益を放棄できる立場にあっただけで適状と見る考え方は、最高裁の判決で否定されました。先に、事案を言います。借主が、貸金業者に対する、過払金の返還請求権をもっていました。払いすぎた利息を返せ、と求める権利です。この権利は、すでに時効期間が過ぎていました。借主は、この権利を自働債権にして、自分が貸金業者に負っている、残りの借金と、相殺しようとしました。借金は分割払いで、返済が遅れたら当然に期限の利益を失う、という約束が付いていました。そして、借主が期限の利益を失ったのは、時効期間が過ぎたあとでした。判決の、弁済期についての部分を読みます。

判例最判平25・2・28 民集67巻2号343頁

受働債権の弁済期が現実に到来していることを要するとした判決 民法505条1項は,相殺適状につき,「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから,その文理に照らせば,自働債権のみならず受働債権についても,弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される。また,受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは,上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって,相当でない。したがって,既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには,受働債権につき,期限の利益を放棄することができるというだけではなく,期限の利益の放棄又は喪失等により,その弁済期が現実に到来していることを要するというべきである。

かなめは、最後の文です。受働債権について、期限の利益を放棄できる、というだけではなく、放棄又は喪失などによって、弁済期が現実に来ていることが要る、と言っています。放棄できた、では足りません。放棄したか、失ったか、実際に弁済期が来ていなければ、適状にあったとは言えないのです。理由は2つ読めます。1つめ。505条1項は、双方の債務が弁済期にあるとき、と書いています。文字どおり読めば、受働債権も、弁済期が現実に来ていることが要ります。2つめ。いつでも放棄できるから適状だ、と言うと、債務者が、すでに味わった期限の利益を、あとから、なかったことにすることになります。それは相当でない、と言うのです。

先ほど、受働債権は放棄すれば相殺できる、と言いましたよね。矛盾しませんか。矛盾しません。2つは、別の話です。今、相殺の意思表示をするとき、その意思表示に放棄が含まれているので、その時点で、弁済期が現実に来て、適状になります。相殺は、できます。一方、過去のある時点で、すでに適状にあった、と言うには、その時点で、現実に弁済期が来ていなければなりません。できた、では足りません。今は関係なさそうに見えますが、この差は、どこで効いてくるんですか。508条です。時効が完成する前に、適状にあったかどうかが、勝負になります。あとで見ます。ここでは、受働債権の弁済期は、放棄できるだけでは足りない、現実の到来が要る、という一点を押さえてください。

性質が許さない債務と、抗弁権の付いた自働債権

4つめ=債務の性質が相殺を許すこと。(受け)お互いに実際に行わないと意味がない債務は差し引けない=2つの店が1日ずつ手伝い合う例。今日の本題=自働債権に相手方の抗弁権が付いている場合は相殺できない。理由①相殺は自働債権の履行を強制するのと同じ=抗弁権の付いた債権は履行を強制できない。理由②相殺は一方的な意思表示=相手方が抗弁権を行使する機会を一方的に奪う。例1=同時履行の抗弁権。例2=保証人の催告の抗弁権・検索の抗弁権。

  • 4つめ=債務の性質が相殺を許すこと
  • (受け)お互いに実際に行わないと意味がない債務は差し引けない=2つの店が1日ずつ手伝い合う例
  • 今日の本題=自働債権に相手方の抗弁権が付いている場合は相殺できない
  • 理由①相殺は自働債権の履行を強制するのと同じ=抗弁権の付いた債権は履行を強制できない
  • 理由②相殺は一方的な意思表示=相手方が抗弁権を行使する機会を一方的に奪う
  • 例1=同時履行の抗弁権
  • 例2=保証人の催告の抗弁権・検索の抗弁権

4つめの条件、債務の性質に戻ります。前回、お互いに実際に行わないと意味がない債務は、差し引いて済ませられない、と見ました。2つの店が、1日ずつ手伝い合う例です。今日は、性質のもう1つの場面を見ます。自働債権に、相手の抗弁権が付いている場合です。抗弁権とは、相手の請求を拒むことができる権利のことです。以前、同時履行の抗弁権のところで、抗弁権の付いた債権は、相殺に使えない、とだけ触れました。その理由を、今日見ます。設例です。A卸会社が、B小売チェーンに商品を売って、代金200万円の債権をもっています。ただし、A卸会社は、まだ商品を引き渡していません。B小売チェーンは、引渡しを受けるまでは、代金を払わなくてよい、という同時履行の抗弁権をもっています。一方、A卸会社は、B小売チェーンに、返金の債務150万円を負っています。A卸会社は、この200万円の代金債権を、自働債権にして、返金債務150万円と相殺できるでしょうか。

できません。もし許すと、A卸会社は、商品を引き渡さないまま、B小売チェーンの、引渡しを受けるまで払わない、という権利を奪って、代金債権だけを回収してしまいます。それは、同時履行の抗弁権の意味を失わせます。理由を、軸に引き寄せて言います。1つめ。相殺は、自働債権の履行を強制するのと同じです。抗弁権の付いた債権は、そもそも、履行を強制できません。2つめ。相殺は、一方的な意思表示だけで効果が出ます。認めると、相手が、抗弁権を行使する機会を、一方的に奪うことになります。自働債権は、相手の権利を奪えない側なので、抗弁権が付いていると、使えません。同じ形の例が、もう1つあります。保証人の抗弁権です。以前、保証の入口で見た、催告の抗弁権と、検索の抗弁権です。452条と453条でした。催告の抗弁権とは、債権者が保証人に請求したとき、まず主たる債務者に催告するよう求められる権利です。検索の抗弁権とは、主たる債務者に払う資力があり、執行も容易だと証明したときに、まず主たる債務者の財産を執行するよう求められる権利です。保証契約上の債権を自働債権にして、相殺することを、最高裁は許していません。判決の理由を読みます。

判例最判昭32・2・22 民集11巻2号350頁

催告・検索の抗弁権の付いた債権を自働債権とする相殺を許さないとした判決 催告並びに検索の抗弁権の附着する保証契約上の債権を自働債権として相殺することをみとめるときは、相殺者一方の意思表示をもつて、相手方の抗弁権行使の機会を喪失せしめる結果を生ずるのであるから、かかる相殺はこれを許さないものとした原判決の判断は正当である。

判決の言葉も、先ほどの2つめの理由と同じです。相殺者の一方的な意思表示で、相手方の抗弁権を行使する機会がなくなってしまう、だから許されない、と言っています。自働債権に、相手の抗弁権が付いていたら、相殺はできません。同時履行も、催告も、検索も、同じです。

逆に、受働債権に抗弁権が付いていれば相殺できる

受働債権側の抗弁権。設例(反転)=B小売チェーンが、A卸会社への返金債権150万円を自働債権にして、自分がA卸会社に負う代金債務200万円(受働債権)と相殺する。この代金債務には、B小売チェーン自身の同時履行の抗弁権が付いている。抗弁権は自分のもの=捨てて払うだけだから、対当額150万円で相殺できる。 図:受働債権側の抗弁権

  • 設例(反転)=B小売チェーンが、A卸会社への返金債権150万円を自働債権にして、自分がA卸会社に負う代金債務200万円(受働債権)と相殺する
  • この代金債務には、B小売チェーン自身の同時履行の抗弁権が付いている
  • 抗弁権は自分のもの=捨てて払うだけだから、対当額150万円で相殺できる

同じ設例を、ひっくり返します。今度は、B小売チェーンが、A卸会社に返金を求める債権を、150万円もっていて、これを自働債権にします。そして、B小売チェーンは、A卸会社に、代金200万円を払う債務を負っています。この代金債務には、B小売チェーンの同時履行の抗弁権が付いています。B小売チェーンは、相殺できるでしょうか。今度は、抗弁権が付いているのが、受働債権、つまり、B小売チェーン自身の債務です。その抗弁権は、B小売チェーンのものです。相殺すれば、B小売チェーンは、自分の抗弁権を捨てて、自分から払ったのと同じです。誰の権利も、奪っていません。だから、相殺できます。対当額は、150万円です。弁済期と同じ形です。自働債権のほうは、相手の権利を奪えないので、条件が厳しい。受働債権のほうは、自分の権利なので、放棄すれば足りる。弁済期も、抗弁権も、同じ軸で説明できます。

ここまでの整理

ここまでの整理。自働債権側=弁済期・抗弁権とも、相手の権利を奪えないので条件が厳しい(弁済期が必要・抗弁権が付いていれば不可)。受働債権側=期限の利益・抗弁権とも自分のものなので、放棄すれば足りる(相殺の意思表示に放棄が含まれる)。ただし、「相殺適状にあった」と言うには、受働債権の弁済期が現実に到来している(放棄又は喪失)ことが要る=放棄できるだけでは足りない。 図:ここまでの整理

  • 自働債権側=弁済期・抗弁権とも、相手の権利を奪えないので条件が厳しい(弁済期が必要・抗弁権が付いていれば不可)
  • 受働債権側=期限の利益・抗弁権とも自分のものなので、放棄すれば足りる(相殺の意思表示に放棄が含まれる)
  • ただし、「相殺適状にあった」と言うには、受働債権の弁済期が現実に到来している(放棄又は喪失)ことが要る=放棄できるだけでは足りない

ここまでを整理します。軸は、相手の権利は奪えない、自分の権利は捨てられる、でした。自働債権の側は、弁済期が来ていることが要ります。抗弁権が付いていたら、相殺できません。受働債権の側は、期限の利益も抗弁権も、自分のものなので、放棄すれば相殺できます。相殺の意思表示に、放棄が含まれます。ただし、過去のある時点で、相殺適状にあった、と言うには、受働債権の弁済期が、現実に来ていることが要ります。放棄できるだけでは足りません。ここが、次の508条で効いてきます。

508条は、時効で消えた債権の相殺を認める

508条。時効によって消滅した債権が、その消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は相殺をすることができる。なぜ規定が要るか=時効が完成して援用されると、債権は起算日にさかのぼって消える(144条)。消えた債権は自働債権にできないのが筋。508条はその例外。要件=①自働債権が時効によって消滅した②その消滅以前に受働債権と相殺適状にあった。趣旨=相殺への期待の保護。相殺適状になれば「もう清算済みだ」と信頼し、請求や承認などの時効を止める手続をとらないのが普通。あとから時効を援用されて相殺できなくなるのは、その信頼を裏切る。 図:508条

  • 時効によって消滅した債権が、その消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は相殺をすることができる
  • なぜ規定が要るか=時効が完成して援用されると、債権は起算日にさかのぼって消える(144条)
  • 消えた債権は自働債権にできないのが筋
  • 508条はその例外
  • 要件=①自働債権が時効によって消滅した②その消滅以前に受働債権と相殺適状にあった
  • 趣旨=相殺への期待の保護
  • 相殺適状になれば「もう清算済みだ」と信頼し、請求や承認などの時効を止める手続をとらないのが普通
  • あとから時効を援用されて相殺できなくなるのは、その信頼を裏切る

後半です。冒頭の問いに戻ります。時効にかかった貸金で、相殺できるでしょうか。前提を確かめます。以前見たとおり、時効は完成しただけでは、効果は確定せず、援用、つまり、時効の利益を受けます、という意思表示があって初めて、債権は消えます。停止条件説でした。そして、援用されると、時効の効力は起算日にさかのぼります。144条です。債権は、初めからなかった形になります。原則は、そのとおりです。ところが、条文は、例外を置きました。508条です。

条文民法508条

民法第508条 時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。

要件は2つです。1つめは、自働債権が、時効によって消滅したことです。援用されて、消えた債権です。2つめは、その消滅以前に、受働債権と相殺適状にあったことです。2つがそろえば、債権者は、相殺ができます。なぜ、こんな例外があるのか。趣旨は、相殺への期待を守ることです。設例で言えば、A卸会社は、貸金と代金が向き合った時点で、帳簿の上では、もう差し引き済みだ、と考えます。だから、わざわざ、B小売チェーンに請求書を出したり、承認をもらったりして、時効を止める手続はとりません。ところが、あとになって、時効だ、と援用されたら、相殺できる、という期待は裏切られます。前回見た担保的機能や公平とつながる話です。この期待を守るのが、508条です。

請求書を出す催告なら、完成が猶予されるだけです。相手が債務を認める承認なら、更新されて、数え直しになります。相殺適状にあれば、そんな手間をかけなくても、いざとなれば相殺できる、と考えて当然です。補足を1つ言います。508条が扱うのは、自働債権の時効です。つまり、A卸会社の貸金が時効にかかった場合です。受働債権、つまり自分の債務のほうが、時効にかかった場合は、別の問題です。債務が時効で消えるには、援用が要ります。自分が援用しないまま相殺すれば、自分から払うのと同じなので、相殺できます。

508条の「消滅」は、時効の完成を指す

508条の「消滅」の意義。問い=508条の「消滅」はいつか。①完成の時(完成時説)=完成の前に相殺適状。完成→援用の間に適状になっても×。②援用の時(援用時説・文字どおり債権の消滅)=援用の前に適状であれば足りる。完成→援用の間に適状になっても○。規範=508条の「消滅」は、援用で債権が消える時ではなく、時効が完成する時=自働債権の時効完成より前に、受働債権と相殺適状になっていることが要る。理由=①508条の趣旨は相殺への期待の保護②期待が生じるのは完成の前に適状にあった場合だけ(完成後に向き合った債権は、援用されれば消える債権=清算済みと信頼する前提がない)③趣旨から「消滅」を完成と読む。判例=消滅時効期間が経過する以前に相殺適状にあったことを要する。 図:508条の「消滅」の意義

  • 問い=508条の「消滅」はいつか
  • ①完成の時(完成時説)=完成の前に相殺適状
  • 完成→援用の間に適状になっても×
  • ②援用の時(援用時説・文字どおり債権の消滅)=援用の前に適状であれば足りる
  • 完成→援用の間に適状になっても○
  • 規範=508条の「消滅」は、援用で債権が消える時ではなく、時効が完成する時=自働債権の時効完成より前に、受働債権と相殺適状になっていることが要る
  • 理由=①508条の趣旨は相殺への期待の保護②期待が生じるのは完成の前に適状にあった場合だけ(完成後に向き合った債権は、援用されれば消える債権=清算済みと信頼する前提がない)③趣旨から「消滅」を完成と読む
  • 判例=消滅時効期間が経過する以前に相殺適状にあったことを要する

以前、時効が完成しただけで債権は消えるのか、それとも援用が要るのか、と見ました。思い出してください。完成と援用は、別の時点です。さて、508条は、その消滅以前に、と言います。この消滅は、いつの消滅でしょうか。時効の完成の時か。それとも、援用されて、債権が消える時か。問いにします。時効が完成してから、援用されるまでのあいだに、相殺適状になりました。この場合、508条は使えるでしょうか。条文の「消滅」を、援用の時と読めば、援用より前に適状になった債権は使える、という結論になります。これが、援用時説です。完成と援用のあいだに適状になっても、使えます。一方、完成時説は、完成の前に適状になっていることを求めます。完成と援用のあいだに適状になっても、使えません。結論が割れるのは、まさに、この、完成と援用のあいだです。規範を言います。508条の「消滅」は、援用されて債権が消える時のことではなく、時効が完成する時のことです。ですから、自働債権の時効が完成するより前に、受働債権と向き合って適状になっていることが要ります。理由を、順に言います。1つめ。508条の趣旨は、相殺への期待を守ることです。次に、2つめ。期待が生じるのは、時効が完成する前に、適状にあった場合だけです。完成の前なら、もう清算済みだ、と信じてよい。ところが、完成したあとで向き合った債権は、すでに時効にかかっている債権です。援用されれば消える債権なので、清算済みだと信頼する前提がありません。3つめ。だから、消滅は、文字どおりの援用ではなく、時効の完成と読みます。

趣旨から、文言を読む型の論証です。条文の字面より、何を守る規定か、を先に考えます。最高裁も、同じ立場に立っています。消滅時効が援用された自働債権は、その消滅時効期間が経過する以前に、受働債権と相殺適状にあったことを要する、と言っています。判決は、援用時説を退ける、とまでは書いていません。ただ、期間が経過する以前、と述べています。結論は、完成時説と同じです。ここは、論文で論点になりうる部分です。

時系列で当てはめる——完成の前か後か

時系列図。横軸=A卸会社の貸金500万円の弁済期(2018年3月末)→時効完成(2023年3月末)→B小売チェーンが時効を援用(2024年2月)→A卸会社が相殺の意思表示(2024年4月)。B小売チェーンの代金400万円(A卸会社の債務=受働債権)の弁済期で結論が変わる。ケースア=代金の弁済期が2021年9月(完成の前)→適状は完成前→508条で相殺できる。ケースイ=代金の弁済期が2023年10月(完成の後・援用の前)→適状は完成後→相殺できない(援用時説なら○=分かれ目)。ケースウ=代金の弁済期が2025年3月で、相殺の時もまだ来ていない。A卸会社が期限の利益を放棄した時期で分かれる。完成前(2022年6月)に放棄→適状は完成前→相殺できる。完成後(2023年10月、または相殺の意思表示の2024年4月)に放棄→適状は完成後→508条は使えない。 図:時系列図

  • 横軸=A卸会社の貸金500万円の弁済期(2018年3月末)→時効完成(2023年3月末)→B小売チェーンが時効を援用(2024年2月)→A卸会社が相殺の意思表示(2024年4月)
  • B小売チェーンの代金400万円(A卸会社の債務=受働債権)の弁済期で結論が変わる
  • ケースア=代金の弁済期が2021年9月(完成の前)→適状は完成前→508条で相殺できる
  • ケースイ=代金の弁済期が2023年10月(完成の後・援用の前)→適状は完成後→相殺できない(援用時説なら○=分かれ目)
  • ケースウ=代金の弁済期が2025年3月で、相殺の時もまだ来ていない
  • A卸会社が期限の利益を放棄した時期で分かれる
  • 完成前(2022年6月)に放棄→適状は完成前→相殺できる
  • 完成後(2023年10月、または相殺の意思表示の2024年4月)に放棄→適状は完成後→508条は使えない

時系列で当てはめます。設例の数字を決めます。A卸会社の貸金500万円は、2018年3月末が弁済期です。5年たって、2023年3月末に、時効が完成します。ここでは、商人どうしの貸金なので、5年と見ます。B小売チェーンが、2024年2月に、時効を援用しました。A卸会社は、2024年4月に、相殺の意思表示をします。B小売チェーンの代金400万円は、A卸会社の債務、つまり受働債権です。この代金の弁済期が、いつなのかで、結論が変わります。ケースアです。代金の弁済期が、2021年9月でした。完成の前です。このとき、貸金は弁済期に来ていて、代金も弁済期に来ているので、相殺適状は、2021年9月です。完成の前です。508条によって、相殺できます。対当額の400万円です。ケースイです。代金の弁済期が、2023年10月でした。完成のあとで、援用の前です。適状になったのは、完成のあとです。完成時説と、最高裁の結論では、508条は使えません。相殺できません。もし援用時説なら、できることになります。ここが、2つの説の分かれ目です。

基準は、完成の前か後か、の一点です。ケースウです。代金の弁済期が、2025年3月でした。相殺の意思表示をする時にも、まだ来ていません。A卸会社は、期限の利益を放棄することで、適状を作ることになります。いつ放棄したかで、結論が分かれます。完成の前、たとえば2022年6月に放棄していたなら、その時に、弁済期が現実に来ています。適状は、完成の前です。508条によって、相殺できます。完成のあとに放棄した場合です。たとえば、2023年10月に放棄したか、あるいは、相殺の意思表示をした、2024年4月に放棄した、と見る場合です。適状が生じたのは、完成のあとです。508条は使えません。相殺できません。

放棄できたのだから、完成の前から適状だった、とは言えないんですか。言えません。ここで、先ほどの判決の話がつながります。放棄できる、というだけでは、適状にあったとは言えません。現実に弁済期が来ていることが要ります。放棄しておかなかったなら、完成の前に適状だった、とは言えず、508条は使えません。では、その判決の後半を読みます。

判例最判平25・2・28 民集67巻2号343頁

相殺適状の時にすでに消滅時効期間が経過していれば、508条は適用されないとした判決 これを本件についてみると,本件貸付金残債権については,被上告人が平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため,本件特約に基づき,同日の経過をもって,期限の利益を喪失し,その全額の弁済期が到来したことになり,この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえる。そして,当事者の相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨に照らせば,同条が適用されるためには,消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。前記事実関係によれば,消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については,上記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過していたから,本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず,被上告人がした相殺はその効力を有しない。

読み方です。この判決の借主は、設例のA卸会社にあたります。借主の残りの借金は、返済が遅れたときに期限の利益を失う約束でした。借主が遅れて、期限の利益を失い、その全額の弁済期が来た時が、相殺適状になった時です。そして、508条が使えるためには、消滅時効が援用された自働債権は、その消滅時効期間が経過する以前に、受働債権と相殺適状にあったことを要する、と言います。この事案では、適状になった時に、すでに時効期間が過ぎていました。だから、508条は使えず、相殺は効力を有しない、となりました。ケースイやケースウの、完成後に放棄した場合と、同じ形です。物差しは、最初から1つです。時効が完成する前に、現実に向き合っていたなら、相殺できます。完成のあとなら、できません。だから、自分の債権の時効が迫っているなら、完成の前に、期限の利益を放棄するか、相殺の意思表示をしておくのが確実です。508条に頼らなくても済みます。

時効にかかった他人の債権を譲り受けて、相殺できるか

譲受人の相殺。A卸会社の貸金500万円は時効にかかった。A卸会社がこの債権を第三者Cに譲渡した。Cは、B小売チェーンに対して200万円の支払債務をもつ。CがB小売チェーンへの債務を、譲り受けた債権を自働債権にして相殺できるか。判例=許されない(506条・508条の法意に照らし)。理由=508条は相殺への期待を守る規定。譲受人には、清算済みだと信頼する前提がない。508条が守るのは、完成前に相殺適状にあった当事者。すでに時効にかかった債権の譲受人は、その当事者ではない。 図:譲受人の相殺

  • A卸会社の貸金500万円は時効にかかった
  • A卸会社がこの債権を第三者Cに譲渡した
  • Cは、B小売チェーンに対して200万円の支払債務をもつ
  • CがB小売チェーンへの債務を、譲り受けた債権を自働債権にして相殺できるか
  • 判例=許されない(506条・508条の法意に照らし)
  • 理由=508条は相殺への期待を守る規定
  • 譲受人には、清算済みだと信頼する前提がない
  • 508条が守るのは、完成前に相殺適状にあった当事者
  • すでに時効にかかった債権の譲受人は、その当事者ではない

最後に、他人の債権を使う場面です。A卸会社の貸金500万円が、時効にかかった、とします。A卸会社は、この債権を、第三者Cに譲渡しました。Cは、B小売チェーンに対して、別の債務を負っています。支払の債務、200万円です。Cは、譲り受けた時効にかかった債権を自働債権にして、この債務と相殺できるでしょうか。最高裁が判断したのは、すでに時効にかかったあとで、譲り受けた場合です。許されない、と言っています。時効にかかる前に譲り受けた場合までは、判断していません。判決の1文を読みます。

判例最判昭36・4・14 民集15巻4号765頁

消滅時効にかかった他人の債権を譲り受けて自働債権とする相殺を許さないとした判決 既に消滅時効にかかつた他人の債権を譲り受け、これを自働債権として相殺することは、民法五〇六条、五〇八条の法意に照らし許されないものと解するのが相当である。

判決は、法意に照らし、と言うだけで、理由を細かくは書いていません。なぜそうなるのかは、508条の趣旨から考えます。508条は、相殺への期待を守る規定です。守られるのは、向き合った債権をもっていて、もう清算済みだ、と信頼していた当事者です。すでに時効にかかった債権を、他人から譲り受けた人には、その信頼の前提がありません。期待が、そもそもありません。整理します。508条が守るのは、時効が完成する前に、相殺適状にあった当事者の期待です。Cの手元で、貸金とCの債務が向き合ったのは、Cが譲り受けた時です。設例では、それは時効が完成したあとです。完成の前に向き合った時が一度もないので、Cは、その当事者ではありません。

冒頭の答えとまとめ

まとめ。①自働債権は弁済期が必要(履行を強制するのと同じ・相手の期限の利益を奪えない)/受働債権は期限の利益を放棄すれば可(136条2項・相殺の意思表示で足りる)②「相殺適状にあった」というには受働債権の弁済期が現実に到来していること=放棄できるだけでは足りない③自働債権に相手の抗弁権(同時履行・催告・検索)が付いていると不可/受働債権側の抗弁権は自分のもの=可④508条=時効で消滅した債権でも、消滅以前に相殺適状にあれば相殺できる(趣旨=相殺への期待の保護)⑤「消滅」=時効の完成=完成前に相殺適状。完成後に放棄しても508条は使えない⑥時効にかかった他人の債権を譲り受けての相殺は不可(期待がない)。 図:まとめ

  • ①自働債権は弁済期が必要(履行を強制するのと同じ・相手の期限の利益を奪えない)/受働債権は期限の利益を放棄すれば可(136条2項・相殺の意思表示で足りる)②「相殺適状にあった」というには受働債権の弁済期が現実に到来していること=放棄できるだけでは足りない③自働債権に相手の抗弁権(同時履行・催告・検索)が付いていると不可/受働債権側の抗弁権は自分のもの=可④508条=時効で消滅した債権でも、消滅以前に相殺適状にあれば相殺できる(趣旨=相殺への期待の保護)⑤「消滅」=時効の完成=完成前に相殺適状
  • 完成後に放棄しても508条は使えない⑥時効にかかった他人の債権を譲り受けての相殺は不可(期待がない)

冒頭の答えです。5年前の貸金は、時効が完成しています。その貸金で、B小売チェーンの代金請求と、相殺できるでしょうか。できる場合と、できない場合があります。時効が完成する前に、相手の債権も払う時期が来ていて、向き合っていたなら、508条によって、相殺できます。放棄して、現実に弁済期を来させていた場合も、同じです。完成したあとで、初めて向き合ったなら、相殺できません。整理します。1つめ。自働債権は、弁済期が必要です。履行を強制するのと同じで、相手の期限の利益を奪えないからです。受働債権は、期限の利益を放棄すれば相殺できます。相殺の意思表示で足ります。2つめ。相殺適状にあった、と言うには、受働債権の弁済期が、現実に来ていることが要ります。放棄できるだけでは足りません。3つめ。自働債権に、相手の抗弁権、つまり、同時履行、催告、検索の抗弁権が付いていると、相殺できません。受働債権側の抗弁権は、自分のものなので、相殺できます。4つめ。508条は、時効で消滅した債権でも、消滅以前に相殺適状にあれば、相殺を認めます。趣旨は、相殺への期待を守ることです。それから、5つめ。消滅とは、時効の完成です。完成の前に、相殺適状にあったことが要ります。完成のあとに放棄しても、508条は使えません。6つめ。時効にかかった他人の債権を、譲り受けて相殺することは、できません。期待がないからです。508条の消滅の意義と、受働債権の弁済期は、論文で論点になりうる部分です。次は、さらに、相殺が禁じられる場面を見ます。

参照条文

  • 民法505条1項
  • 民法136条
  • 民法508条

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