内縁の夫の死亡と財産分与・居住
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第7章 親族 #329/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
20年連れ添った妻は、家を出なければならないのか
図:冒頭の設例
- A(夫・死亡)─内縁(婚姻届なし・20年)─B(内縁の妻)/A→C(Aの前の結婚の子・成人・別居・相続人はCだけ)
- 家=土地付き建物3,000万円・A・Bが1,500万円ずつ出して購入・登記は共有(持分各2分の1)・居住専用
- A死亡後は B・C の共有
- 預金2,000万円=A名義→C が相続
- C→B「出て行ってくれ」「出ないなら賃料相当額月12万円の半分、月6万円を払え」/B→C「預金のうち私の分を、夫婦だったのだから分けてほしい」
今日の問いは3つです。Bさんは、家を出なければならないか。月6万円を払うのか。預金を分けてもらえるのか。答えは、山場で出します。ヒントを1つ言うと、3つの答えは、すべて同じ理由では決まりません。家の権利関係と、誰から何を請求されたかで、分かれます。夫婦として暮らしたのに、届出がないだけで、そんなに違うんですか。そこが今日の主題です。届出がないだけの夫婦は、夫が亡くなったとき、どこまで守られるのか。順に見ていきます。
図:今日の地図
- 前回の要点(内縁=届出だけ欠ける・準婚理論・類推される/されない)→ 夫が亡くなったとき(相続権は類推されない → 財産分与も類推されない)→ 住み続けられるか(借家・共有・亡夫の単独所有)→ 冒頭の答え合わせ → 夫婦ブロックの締めの弁別
- 貫く軸=届出がないだけの夫婦
今日の地図です。まず、前回の内縁と準婚理論を、短く思い出します。次に、夫が亡くなったときを見ます。相続権は借りられるのか。財産分与は借りられるのか。この2つが、預金の問いに答えます。そのうえで、住み続けるための構成を、家の権利関係で使い分けます。借りた家、共有の家、亡くなった夫だけの名義の家です。最後に、夫婦のブロックの締めとして、使い分けの練習をします。貫く軸は、1本です。届出がないだけで、夫婦の実質はある。その実質に着目した保護は借りられて、届出があることを前提にした仕組みは借りられない。この線を、確かめていきます。
前回の呼び戻し 内縁と準婚理論
図:前回の要点
- 内縁=婚姻意思+夫婦共同生活・欠けるのは届出だけ
- 準婚理論=婚姻に準ずる関係として法律婚の効果の多くが類推される(不当破棄の賠償・婚姻費用の分担760条・離別の財産分与768条)
- 借家の承継は類推ではなく、借地借家法36条が条文で直接守っている
- 類推されない=配偶者相続権・死亡による解消の財産分与・氏・嫡出推定・配偶者居住権
- 今日掘る行=夫が死亡したとき
前回の内容を、思い出します。内縁とは、婚姻意思と夫婦としての共同生活があって、欠けているのは届出だけの関係でした。判例は、内縁を婚姻に準ずる関係と見て、法律婚の効果の多くを類推します。準婚理論です。類推されたのは、不当に破棄されたときの賠償、婚姻費用の分担、離別したときの財産分与などでした。ここで問いです。内縁の妻に類推されない効果を、ひとつ挙げてください?配偶者の相続権があります。氏や、嫡出推定も、類推されません。理由は、前回の線でした。夫婦として暮らす実質に着目した保護は、借りられる。届出を前提に画一的に決まる身分の秩序は、届出のない関係に及ぼすと、誰が夫婦で、誰の子かが、外から分からなくなるので、借りられないのです。今日は、その類推されない行のうち、夫が亡くなったときを掘ります。設例のAさんは、まさにその場面です。
山場 夫が亡くなったとき、相続権は借りられない
図:死亡による解消①
- 配偶者の相続権(890条)=法律上の配偶者は常に相続人
- 内縁の配偶者には類推されない(確立した判例・学説も否定・理由=相続人の範囲の明確化の要請など)
- 設例=Aの相続人はCだけ→Aの家の持分2分の1(1,500万円相当)とA名義の預金2,000万円はCが相続
- Bは相続人ではない
山場に入ります。内縁の夫が亡くなったとき、生き残った内縁の妻は、どう守られるのか。1つめは、相続権です。
条文民法890条
民法第890条(配偶者の相続権) 被相続人の配偶者は、常に相続人となる。この場合において、第八百八十七条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは、その者と同順位とする。
被相続人の配偶者は、常に相続人になります。ここでの配偶者は、法律上の配偶者です。内縁の配偶者には、この規定は類推されません。確立した判例で、学説も、否定します。条文の後半は、子や親、兄弟姉妹など、ほかに相続人になる人がいれば、配偶者はその人たちと同じ順位で、並んで相続する、という意味です。どうして、届出がなくても夫婦の実質があるのに、相続人になれないんですか。相続人の範囲は、誰が遺産を承継するのかを、画一的に、はっきりさせる必要があるからです。戸籍を見れば相続人が分かる、という作りです。もし、実質的に夫婦だった人が相続人になるとすると、どうでしょう。同居していた人が、内縁か、ただの同居人かを、あとから争うことになります。遺産を受け取る人が、確定しません。設例で当てはめます。Aさんの相続人は、前の結婚の子のCさんだけです。内縁の妻のBさんは、相続人ではありません。ですから、Aさんの家の持分と、A名義の預金は、全部Cさんが相続しました。
死亡による解消の場合に財産分与を求められるかは、最高裁が答えています。次の決定が、今日の山場です。
山場 財産分与も借りられない 離婚は分与・死亡は相続
図:死亡による解消②(最高裁決定)
- 事案=内縁の夫が死亡→生存内縁配偶者が相続人に対し、768条の類推による財産分与(遺産の清算)を請求。結論=死亡による内縁解消に768条は類推適用できない。理由の流れ=(ア)民法は婚姻解消時の清算・扶養を、離婚=財産分与
- 死亡=相続で処理する (イ)遺産について財産分与の法理で清算を開くのは相続の構造に異質の契機を持ち込む (ウ)死亡した内縁配偶者の扶養義務は相続人に承継されない。
離別のときは、財産分与の規定を類推する扱いでした。では、死亡のときはどうか。内縁の夫が亡くなり、生き残った妻が、夫の相続人に対して、財産分与を求めた事案です。決定は、こう述べました。
判例最決平12・3・10 民集54巻3号1040頁
死亡による内縁の解消に、財産分与の規定は類推できない(その1) 内縁の夫婦の一方の死亡により内縁関係が解消した場合に、法律上の夫婦の離婚に伴う財産分与に関する民法七六八条の規定を類推適用することはできないと解するのが相当である。 民法は、法律上の夫婦の婚姻解消時における財産関係の清算及び婚姻解消後の扶養については、離婚による解消と当事者の一方の死亡による解消とを区別し、前者の場合には財産分与の方法を用意し、後者の場合には相続により財産を承継させることでこれを処理するものとしている。
判例最決平12・3・10 民集54巻3号1040頁
死亡による内縁の解消に、財産分与の規定は類推できない(その2) このことにかんがみると、内縁の夫婦について、離別による内縁解消の場合に民法の財産分与の規定を類推適用することは、準婚的法律関係の保護に適するものとしてその合理性を承認し得るとしても、死亡による内縁解消のときに、相続の開始した遺産につき財産分与の法理による遺産清算の道を開くことは、相続による財産承継の構造の中に異質の契機を持ち込むもので、法の予定しないところである。 また、死亡した内縁配偶者の扶養義務が遺産の負担となってその相続人に承継されると解する余地もない。したがって、生存内縁配偶者が死亡内縁配偶者の相続人に対して清算的要素及び扶養的要素を含む財産分与請求権を有するものと解することはできないといわざるを得ない。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】内縁の夫婦の一方の死亡により内縁関係が解消した場合に、民法768条を類推適用することはできない。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は内縁の死亡解消に財産分与を認めていない。決め手=民法は、婚姻解消時の清算と扶養を、離婚は財産分与・死亡は相続で処理する設計だから。論文で論点になりうる)
結論は、否定です。死亡による内縁の解消に、768条は類推できません。理由は3つの流れです。1つめ。民法は、婚姻が解消するとき、財産関係の清算と、その後の扶養を、離婚の場合と死亡の場合で分けています。離婚なら財産分与、死亡なら相続です。2つめ。離別の場合に類推することは、保護に適するものとして、合理性を承認し得る、と述べます。前回見たとおりです。ただ、そうだとしても、死亡のときに、遺産について財産分与の法理で清算の道を開くと、相続による承継の構造に、異質の契機を持ち込むことになる。法の予定しないところだ、と述べています。3つめ。亡くなった内縁配偶者の扶養義務が、遺産の負担として相続人に承継される余地もない、と述べています。
具体的に考えましょう。相続は、亡くなった時点で、誰がどれだけ承継するかが決まる仕組みです。ところが、生き残った内縁の妻が、あとから財産分与を請求できるとします。すると、その分だけ、相続人の取り分が、あとから動きます。財産分与は、生きている二人が、これからそれぞれの人生を歩むために、清算するものです。亡くなった人の遺産を、相続のルールの外から分けることは、相続の設計と合いません。これが異質、という意味です。先ほどの軸で説明できます。離別のときは、生きている二人の間の問題です。分与の仕組みを借りても、相続の仕組みと衝突しません。死亡のときは、相続の仕組みがすでに用意されています。そこに、別の道を持ち込めないのです。相続は、さきほど見たとおり、戸籍で画一的に決まる仕組みです。軸でいえば、届出を前提にした仕組みの側にあります。だから、内縁には借りられないのです。学説には、生存配偶者の保護の必要から、類推を認める見解も有力です。ただ、判例は否定しています。ここは、論文で論点になりうる箇所です。離婚は財産分与、死亡は相続で処理する、という民法の設計を、理由として説明できるようにしてください。設例③の答えが出ました。Bさんは、預金のうち、自分の分を分けてもらうことはできません。預金2000万円はCさんが相続し、Bさんは分与を請求できないのです。
図:解消の場面×法律婚/内縁の4象限。行=離別/死亡。列=法律婚/内縁。離別×法律婚=離婚(財産分与768条の直接適用)/離別×内縁=768条の類推(最高裁は合理性を承認し得ると述べる)/死亡×法律婚=相続(890条・配偶者相続権)/死亡×内縁=相続権なし・768条の類推も否定。残る道(遺言による贈与・遺贈・生前の対策、相続人がいない場合の特別縁故者)は別の回で扱う。
4つの場面にまとめます。離別で、法律婚なら離婚、財産分与の直接適用。離別で内縁なら、類推。死亡で、法律婚なら相続。死亡で内縁なら、相続権もなく、分与の類推も否定です。内縁の死亡の場面が、ぽっかり空いています。ここを埋める道具は、生前の対策や、遺言による贈与などです。相続人がいないときは、特別縁故者という制度もあります。共有の回で、持分の行き先として名前が出た制度です。ここで問いです。なぜ、離別のときは財産分与の規定を借りられるのに、死亡のときは借りられないのでしょうか?離婚は財産分与、死亡は相続で処理するという民法の設計があって、そこに財産分与の考え方で遺産を清算する道を持ち込むと、相続の仕組みと合わなくなるからです。
住み続けられるのか 家の権利関係と、誰から請求されたか
図:居住の保護の地図
- 借りていた家(借家)の場合=賃貸人から請求→相続人の賃借権の援用(援用=相続人の賃借権に乗る・内縁の妻は賃借人にも共同賃借人にもならない)/相続人から請求→権利の濫用(1条3項)/相続人がいない→借地借家法36条の承継(知って1か月以内に反対の意思表示がなければ)
- 今日の家=借家ではない:共有の家(Bにも持分がある)/亡夫の単独所有の家(Bに持分がない)
次は、住まいです。内縁の夫が亡くなったあと、生き残った内縁の妻は、家に住み続けられるのか。設例の問い①と②です。その前に、前回、借りられないものとして名前だけ挙げた、配偶者居住権です。法律上の配偶者なら、夫が亡くなったあとも、夫の家にタダで住み続けられる権利を、取得できる場合があります。1028条です。ただ、条文は、取得できる人を、被相続人の配偶者に限っています。相続権と同じく、届出のある配偶者のための仕組みなので、内縁の妻は使えません。だから、家の権利関係ごとに、別の構成を探すのです。先に、借りていた家の回を思い出しましょう。亡くなった夫の子から出て行けと言われたとき、内縁の妻は何で止めたでしょうか?
賃貸人に対しては相続人の賃借権の援用でしたが、相続人本人からの請求には使えないので、権利の濫用で止めました。借りていた家の整理を、もう一度並べます。賃貸人から出て行けと言われたら、相続人の賃借権の援用です。援用は、相続人の賃借権に乗って居住する、という形です。内縁の妻が、賃借人や共同賃借人になるわけではありません。相続人本人から請求されたときは、援用は使えません。乗る先の賃借権を持っている本人が、出て行けと言っているからです。借家の回で見た理屈です。そこで、相続人からの請求は、権利の濫用で止めます。相続人が1人もいないときは、乗る先がありません。そこで借地借家法36条が、事実上夫婦と同じように暮らしてきた同居者に、賃借人の権利と義務を、そのまま引き継がせます。知ってから1か月以内に断れば、引き継ぎません。ところが、設例の家は、借りた家ではありません。AさんとBさんが、お金を出して買った家です。持分を2分の1ずつにした共有です。家の権利関係が違えば、使える構成も変わります。今日は、共有の家と、亡くなった夫だけの名義の家を、順に見ます。
借家と違って、買った家だと、もっと強いんじゃないんですか。そこが大事な点です。持分があるという事実が、結論を変えます。まず、共有の家から見ましょう。
共有の家 単独使用の合意が推認される
図:共有の家の出発点
- 共有者は持分に応じた使用ができるにとどまり、協議なしに当然に共有物を単独で使用する権原はない
- ただし共有者間の合意で一人が単独使用すると定めたなら、合意が変更され又は共有関係が解消されるまで単独使用でき、不当利得返還義務を負わない
- 249条2項=別段の合意があれば持分を超える使用の対価の償還義務を負わない
共有の家の出発点は、共有の回で見たとおりです。249条を確認しましょう。
条文民法249条
民法第249条(共有物の使用) 各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる。 2 共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負う。 3 共有者は、善良な管理者の注意をもって、共有物の使用をしなければならない。
1項は、各共有者は、持分に応じて、共有物の全部を使える、という原則です。2項は、持分を超える使用の対価を償還する義務です。ただし、別段の合意があれば、償還しません。設例のBさんは、持分が2分の1です。家の全部に住めますが、Cさんの2分の1にあたる部分は、本来Cさんの持分です。ですから、合意がなければ、使用の対価を払うはずです。そこで、最高裁の判決が効きます。事案は、内縁の夫が亡くなり、夫の持分を相続した子が、家に住み続ける内縁の妻に、賃料相当額の2分の1の返還を請求したものです。使用の対価の請求で、明渡しの請求ではありません。
判例最判平10・2・26 民集52巻1号255頁
共有の家に住む内縁の妻には、一方の死亡後は他方が単独で使用する旨の合意が推認される 共有者は、共有物につき持分に応じた使用をすることができるにとどまり、他の共有者との協議を経ずに当然に共有物を単独で使用する権原を有するものではない。しかし、共有者間の合意により共有者の一人が共有物を単独で使用する旨を定めた場合には、右合意により単独使用を認められた共有者は、右合意が変更され、又は共有関係が解消されるまでの間は、共有物を単独で使用することができ、右使用による利益について他の共有者に対して不当利得返還義務を負わないものと解される。 そして、内縁の夫婦がその共有する不動産を居住又は共同事業のために共同で使用してきたときは、特段の事情のない限り、両者の間において、その一方が死亡した後は他方が右不動産を単独で使用する旨の合意が成立していたものと推認するのが相当である。けだし、右のような両者の関係及び共有不動産の使用状況からすると、一方が死亡した場合に残された内縁の配偶者に共有不動産の全面的な使用権を与えて従前と同一の目的、態様の不動産の無償使用を継続させることが両者の通常の意思に合致するといえるからである。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】内縁の夫婦がその共有する不動産を居住又は共同事業のために共同で使用してきたときは、特段の事情のない限り、両者の間において、その一方が死亡した後は他方が不動産を単独で使用する旨の合意が成立していたものと推認する。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は内縁の死亡後の共有の使用を定めていない。決め手=残された内縁の配偶者に従前と同じ目的・態様の無償使用を続けさせるのが、二人の通常の意思に合致するから。論文で論点になりうる)
図:共有の家の推認
- 内縁の夫婦が共有不動産を居住又は共同事業のために共同で使用してきた → 特段の事情がない限り、一方の死亡後は他方が単独で使用する旨の合意が成立していたものと推認
- 理由=残された内縁配偶者に従前と同一の目的・態様の無償使用を続けさせるのが、二人の通常の意思に合致する
- 限界=特段の事情がある場合/共有関係が解消されるまで
判決は、2段で考えています。1段目。共有者が、協議なしに、当然に単独で使う権原はない。しかし、共有者の間で、一人が単独で使うと合意していれば、その合意が変更されるか、共有関係が解消されるまで、単独で使えます。そして、その利益を不当利得として返す義務も負いません。2段目。内縁の夫婦が、共有する不動産を、居住や共同事業のために共同で使ってきたなら、特段の事情がない限り、一方が亡くなったあとは、他方が単独で使う旨の合意が成立していたと推認する、というものです。契約書はないでしょう。そこで、推認です。二人の通常の意思を考えます。一緒に暮らしてきた家で、どちらかが亡くなったとき、残された内縁の配偶者を追い出すことは、二人とも望まなかったはずです。従前と同じ目的で、タダで使い続けさせるのが、通常の意思に合う、という説明です。249条2項の、別段の合意と同じ型です。合意があれば、使用の対価を払わなくて済みます。この合意を、事情から推認するわけです。
推認、ということは、覆ることもあるんですか。あります。特段の事情があれば、推認は成り立ちません。たとえば、夫が生前に、自分の死後は子に家を使わせると、はっきり定めていたような事情が考えられます。実際、この判決は、特段の事情の有無を審理していないとして、原審の判断を破棄して、差し戻しました。設例①と②に当てはめます。②の使用の対価は、判旨そのままです。AさんとBさんは、20年間、居住専用の家に、共同で住んできました。特段の事情がなければ、単独で使用する合意が推認され、Bさんは月6万円を払いません。①の明渡しは、同じ論理から考えます。合意があるなら、Bさんには、単独で使用する権原があります。それに、共有の明渡しの回で見たとおり、持分が過半数に満たない共有者でも、自分の持分で使う権原があるので、当然には明渡しを請求されません。Cさんの持分は、Bさんと同じ2分の1で、過半数でもありません。ですから、Cさんは、出て行けと、当然には言えないのです。
限界があります。合意が及ぶのは、共有関係が解消されるまでです。のちに共有物の分割などで共有をやめれば、話が変わります。分割の方法は、共有の回で見たとおりです。ここは、論文で論点になりうる箇所です。共有、居住専用、20年、持分が2分の1という事実を拾って、推認、特段の事情の有無まで書けるようにしてください。
亡夫名義だけの家 相続人の明渡請求は権利の濫用
図:亡夫の単独所有の家
- 家がA名義だけ=Bに共有持分も単独使用の合意の筋も使えない
- 相続人Cの明渡請求は、権利の濫用(1条3項)として許されないことがある
- 判断の材料=身分関係・紛争のいきさつ・双方の使用状況とそれに対する必要度
- 事案=相続人は亡夫の養子で離縁が決まっていた(戸籍の手続前に死亡)/相続人に使用の差し迫った必要がない/寡婦は子女が独立せず、明け渡すと家計に重大な打撃のおそれ
- 居住権が認められたのではない
次は、家が、亡くなった夫の名義だけだった場合です。設例とは別に、考えます。設例を少し変えます。家はAさんの単独名義で、Bさんには持分がありません。Cさんが相続して、Bさんに出て行けと言います。持分もなく、合意を推認する筋も使えません。Bさんが頼れるものが、ほとんどありません。ここで出てくるのが、権利の濫用です。
条文民法1条3項
民法第1条第3項(基本原則) 権利の濫用は、これを許さない。
権利の濫用とは、形の上では権利の行使でも、その権利を認めた趣旨に照らして、許されない行使のことです。所有者が出て行けと言うのは、本来は正当な権利です。ただ、行使が度を超えれば、許されません。この判決は、借家の回でも、相続人から請求された場面の根拠として見ました。借家には当てはめて使いましたが、判決の事案そのものは、亡くなった夫の所有の家です。今日は、その事案のとおりに見ます。事案です。内縁の夫が亡くなって、その所有の家に、寡婦、つまり夫を亡くした妻が、住んでいました。相続人は、亡夫の養子でした。家庭内の不和のため、離縁することが決まっていたのですが、戸籍の手続をしないうちに、夫が亡くなりました。その相続人が、寡婦に、家の明渡しを請求しました。
判例最判昭39・10・13 民集18巻8号1578頁
亡夫所有の家の明渡請求が権利の濫用になることがある。ただし居住権が認められたわけではない 上告人および被上告人間の身分関係、本件建物をめぐる右両者間の紛争のいきさつ、右両者の本件建物の各使用状況およびこれに対する各必要度等の事情につき、原審がその挙示の証拠により確定した事実関係に照らせば、被上告人に対する上告人の本件建物明渡請求が権利の濫用として許されない旨の原審の判断は、正当として肯認するに足りる。 ……原審が、本訴請求を権利の濫用として許されない旨判断したからといつて、被上告人が本件建物に居住しうる権利を容認したものとはいえない。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】合意の筋が使えない亡夫所有の家でも、身分関係、紛争のいきさつ、双方の使用状況とそれに対する必要度等の事情に照らせば、相続人の明渡請求が権利の濫用として許されないことがある。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。決め手=相続人には使用の差し迫った必要がない一方、寡婦は明渡しで家計に重大な打撃を受けるおそれがあったから。居住権の容認ではない。論文で論点になりうる)
判断の材料は、3つです。当事者の身分関係と、紛争のいきさつ。双方が建物をどう使っているか。そして、それぞれの必要度です。この事案では、相続人に、家を使わなければならない差し迫った必要がありませんでした。一方で寡婦は、子どもたちがまだ独立せず、明け渡すと家計に重大な打撃を受けるおそれがありました。この比べ合いで、明渡請求は許されないとされました。内縁の妻に、住む権利が認められたということですか。そこは違います。判決は、居住権を容認したとは言っていません。判断したのは、この請求が、権利の濫用で、通らないということだけです。境界の例で比べます。たとえば、相続人に家を使う差し迫った必要があり、寡婦に他に住める所がある事案なら、比べ合いの結果は逆になりえます。濫用かどうかは、事情の天秤で決まるのです。だから、この構成は、持分も合意の筋もない場面の受け皿です。共有の家なら、先ほどの合意の推認が、先に出てきます。ここも、論文で論点になりうる箇所です。3つの判断材料を、事実に当てはめて書けるようにしてください。
冒頭の答え合わせ 居住の一覧板
図:居住の一覧板(完成)
- 行=家の権利関係。借家=構成:賃貸人から=相続人の賃借権の援用
- 相続人から=権利の濫用
- 相続人なし=借地借家法36条の承継。共有(Bにも持分)=構成:単独使用の合意の推認(特段の事情がない限り)・根拠:最判平10・限界:特段の事情がある場合
- 共有関係が解消されるまで。亡夫の単独所有=構成:相続人の明渡請求は権利の濫用(1条3項)・根拠:最判昭39・限界:双方の必要度の天秤で結論が逆になりうる
- 居住権の容認ではない。結論1行=内縁配偶者は、相続人でも配偶者居住権者でもない。
居住の構成を、一覧にします。縦に並べるのは、家の権利関係です。借りた家、共有の家、亡夫の単独所有の家です。借りた家は、請求者で分かれます。賃貸人からは援用、相続人からは権利の濫用、相続人がいなければ36条の承継です。共有の家は、単独使用の合意の推認です。特段の事情がない限りで、共有関係が解消されるまでです。亡夫の単独所有の家は、権利の濫用です。ただし、必要度の天秤で、結論は変わりえます。居住権が認められたわけではありません。そして1行、結論があります。内縁の配偶者は、相続人でも、配偶者居住権者でもありません。だから、家の権利関係ごとに、別の道具で守る必要があるのです。冒頭の設例に戻ります。問い①。Bさんは、家を出なければならないか。出る必要はありません。共有の家で、単独使用の合意が推認されます。特段の事情の有無は審理されますが、それがなければ、Cさんは当然には明渡しを請求できません。問い②。月6万円を払うのか。払いません。単独使用の合意があるので、不当利得として返す義務を負いません。問い③。預金を分けてもらえるのか。分けてもらえません。死亡による解消に768条は類推できず、Bさんに相続権もありません。
家は、Bさん自身の持分と、二人の使い方の合意という、別の筋で守られました。預金は、内縁の妻としての分与の筋が閉ざされていました。ここに、届出がないだけの夫婦の、保護の限界があります。
夫婦ブロックの締め 節目の弁別
図:節目の弁別(問題)
- 8つのミニ事例。①他人が勝手に婚姻届を提出し、本人たちは婚姻の意思がまったくなかった
- ②互いに婚姻届を出して受理されたが、夫には先に婚姻届を出していた別の妻がいた
- ③20年夫婦として暮らしたが一度も届出をしていない
- ④内縁の妻が夫と別居し、別居中の医療費を負担した
- ⑤協議離婚の届出をして1年後に元妻が財産分与を請求
- ⑥内縁を12年続けた夫が一方的に出て行き関係が終わった
- ⑦内縁の夫が死亡し、妻が夫名義の預金の分与を請求(法律婚の妻なら)
- ⑧家が亡夫名義だけで、相続した子が内縁の妻に出て行けと言う。
夫婦のブロックの締めとして、ここまでの知識を使い分ける練習をします。8つのミニ事例です。無効、取消し、不成立、離婚、内縁の解消。そして、財産分与は、直接適用か、類推か、否定か。それぞれ選んでください。道具を思い出します。婚姻意思の回で見た、婚姻の3段は、届出、婚姻意思、取消原因がないこと、でした。届出が欠ければ、婚姻はそもそも存在せず、不成立です。届出があっても、婚姻意思が欠ければ、効力がなく、無効です。取消原因は、重婚のように、条文が、この結婚はしてはいけない、と決めた理由です。受理されれば婚姻は成立し、取り消されるまでは有効です。1問目。他人が勝手に婚姻届を提出しました。本人たちに、婚姻意思はまったくありません。
2問目。互いに婚姻届を出して受理されましたが、夫には、先に婚姻届を出していた別の妻がいました。3問目。20年夫婦として暮らしましたが、一度も届出をしていません。4問目。内縁の妻が夫と別居し、別居中の医療費を負担しました。前回見た、内縁の不当な破棄と婚姻費用の判決は、準用と言いましたが、内縁に当てはめろと定めた条文はなく、中身は類推です。5問目。協議離婚の届出をして、1年後に元妻が財産分与を請求しました。財産分与の回で見たとおり、768条2項のただし書が、請求できる期間を、離婚の時から5年と定めています。2026年4月1日以降に離婚した場合です。それより前に離婚していれば、期間は、改正前の2年のままです。6問目。内縁を12年続けた夫が、一方的に出て行って、関係が終わりました。
7問目。内縁の夫が死亡して、妻が、夫名義の預金の分与を請求しました。そして、法律婚の妻が夫の死亡後に預金を求める場合と、比べてください。最後の8問目。家が亡夫名義だけで、相続した子が、内縁の妻に出て行けと言います。全部、正解です。
図:節目の弁別(解答)
- ①無効(婚姻意思=2段目)②取消し(重婚=取消原因)③不成立(届出=1段目)だが内縁=準婚④760条の準用(前回の判決=昭33)⑤768条の直接適用(離婚から5年以内)⑥内縁の解消(離別)=768条の類推+不当破棄の賠償⑦内縁の死亡=類推否定(平12)
- 法律婚の妻=相続(890条)⑧権利の濫用(昭39)。選ぶ順番=届出はあるか→婚姻意思はあるか→取消原因はあるか→関係はどう終わったか(離婚・離別・死亡)。
選ぶ順番を整理します。届出はあるか。婚姻意思はあるか。取消原因はあるか。その先で、関係がどう終わったのかを見ます。離婚か、離別か、死亡かで、道具が分かれます。これが、論点を見つける手順です。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
最後にまとめます。柱は3本です。1本目。死亡の場面です。内縁の配偶者に、相続権は借りられません。財産分与も借りられません。離婚は財産分与、死亡は相続で処理する、という設計だからです。2本目。住まいは、家の権利関係で使い分けます。共有なら単独使用の合意の推認、亡夫の単独所有なら権利の濫用、借りた家なら援用と、36条の承継です。3本目。弁別の軸です。届出はあるか、婚姻意思はあるか、取消原因はあるか。そして関係がどう終わったか。離婚は直接適用、離別は類推、死亡は否定です。離別で終わるのは、生きている二人の関係です。だから、二人の間の清算として、内縁にも財産分与を借りる扱いになります。死亡では、二人の関係ではなく、相続の仕組みが財産を引き継ぎます。届出を前提にしたその仕組みは、内縁には借りられません。だから、離別と死亡で、結論が分かれるのです。冒頭の3つの答えを、もう一度言います。Bさんは、出る必要はなく、月6万円も払いません。ただし預金は、分けてもらえません。家の権利関係と、別れ方で、結論は変わります。今日の表を、整理しておいてください。
参照条文
- 民法890条
- 民法249条
- 民法1条3項