推定の及ばない子と親子関係不存在確認の訴え
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第7章 親族 #332/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
夫が2年間、刑事施設にいた
図:冒頭の設例
- A(母)・C(夫)・D(子)
- AとCは婚姻していて離婚していない
- 時間軸=Dの出生を0日として、Cは出生の365日前から出生の365日後まで、合計2年間、刑事施設に収容
- AはCと面会はできたが、夫婦が性的な関係を持つ機会は収容中ずっとなかった
- Dは収容中に生まれ、Cは出産の日に面会でAから知らされた
- Dが5歳のとき、Cは自分の子ではないと争いたいと考えた
- 問い=嫡出否認の期間を過ぎた後でも、Cは親子関係を争えるか
夫のCさんが2年間、刑事施設にいた間に、妻のAさんがDさんを産みました。今日の問いは、嫡出否認の期間を過ぎたあとでも、Cさんは、Dさんとの親子関係を争えるか、です。予想は、そこで置いておいてください。答えは、山場で出します。前の回で、推定を覆す道は嫡出否認の訴えだけだ、と見ました。今日は、その道に乗らない子がいる、という話です。
図:今日の地図
- 1つめ=推定の及ばない子とは何か(外観説)/2つめ=どこまでが外れて、どこからが外れないか(事例表)/3つめ=外れた子の父子関係を争う訴え(親子関係不存在確認の訴え)/4つめ=重婚で推定が重なったら(父を定める訴え)/5つめ=嫡出でない子は認知(入口だけ)
- 貫く軸=推定の前提が崩れていることが、外から見て明らかか
今日の地図です。1つめ。推定の及ばない子とは何か。2つめ。どこまでが外れて、どこからが外れないのか。3つめ。外れた子の父子関係を争う訴え、親子関係不存在確認の訴えです。4つめ。重婚で推定が重なったときの、父を定める訴え。5つめ。嫡出でない子の父は、認知で決まる、という入口です。貫く軸は1本です。推定の前提が崩れていることが、外から見て明らかかどうか。この軸で、判例の結論が全部そろいます。
なぜ推定が及ばない子がいるのか
図:推定の前提
- 772条の推定=婚姻中の夫婦の間の子である可能性が高い、という前提に乗った近道のルール
- 前提が崩れていることが外から見て明らかなとき→推定の及ばない子(実質的には772条の推定を受けない嫡出子)→嫡出否認の訴えの制限(原告・期間)にかからない
- 対比=血縁の有無で決める考え方(血縁説)/家庭が壊れたかで決める考え方(家庭破綻説)→最高裁は採らない
ここで問いです。前の回で、推定を覆す道を、嫡出否認の訴えだけに絞って、原告と期間まで制限しました。何のためだったでしょうか?子の身分を早く安定させて、家庭の平和を守るためです。では、今日の疑問です。その制限があるのに、なぜ、期間を過ぎても争える子がいるのでしょうか。喩えで考えます。会社の入館ゲートに、社員証をかざした人は、社員として扱う、というルールがあるとします。社員証を持っているだけで、いちいち身元を調べなくて済む、便利な近道です。ただし、この近道は、社員が入れる、という前提に乗っています。会社が封鎖されていて、誰も入れなかった日の記録があったら、どうでしょう。その日の記録は、そもそも、このルールを使う場面ではありません。772条の推定も同じです。婚姻中の夫婦の間に生まれた子なら、夫の子である可能性が高い。この前提に乗った近道です。772条の条件を、形のうえで満たしていても、懐胎のころに、夫婦が性的関係を持つ機会がなかったことが、外から見て明らかなときは、前提が崩れています。このとき、この子は、推定の及ばない子になります。前の回で、推定の外にある子には、否認の訴えの制限がかからない場面がある、と言いました。その1つが、この推定の及ばない子です。嫡出推定の回の、離婚から301日目以降に生まれた子とは、違います。あちらは、日付が300日を過ぎていて、前の夫の子だという推定が、そもそも立たない子でした。今日の子は、日付の条件を満たしていて、形のうえでは推定が立つのに、その推定が及ばない子です。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】772条の要件を形式的に満たしていても、妻が子を懐胎すべき時期に、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかな場合は、嫡出の推定は及ばない(外観説)。推定が及ばない子は、実質的には772条の推定を受けない嫡出子であり、嫡出否認の訴えによらずに父子関係を争える。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は推定が及ばない場合を書いていない。決め手=推定の前提は、婚姻中の夫婦の間に生まれた子である可能性が高いこと。その前提が外から見て明らかに崩れているなら、近道を使わせる理由がないから。論文で論点になりうる)
今の夫が、血縁がないと知ったときも、前提が崩れたことになりませんか。そこが、今日の一番大事な分かれ目です。最高裁は、血縁がない、という事実では、推定は外れない、と考えています。決め手にするのは、血縁ではありません。妻が子を懐胎したころに、夫婦が性的関係を持てたかどうか、という、過去の、外から見える事実です。血縁の有無で決める考え方を、血縁説と言います。家庭が壊れたかどうかで決める考え方を、家庭破綻説と言います。最高裁は、どちらも採りません。理由は、このあと、判例で見ます。決め手の考え方は、外観で決める、という意味で、外観説と呼ばれます。外観とは、外から見て分かる、という意味です。
外観説の基準と、外れる例・外れない例
図:外観説の事例表
- 外れる=出征して帰還前に懐胎した子/刑事施設に収容され、懐胎の可能な時期の全部で夫婦が性的関係を持つ機会がない/遠隔地に居住し、または事実上の離婚で夫婦の実態が失われ、性的関係を持つ機会がなかったことが明らか
- 外れない=別居していても性的関係を持つ機会があった/子が生まれたあとに離婚して家庭が崩壊した/DNA型鑑定で血縁がないと分かった/性別を変更した夫の妻が提供精子で出産した
- 決め手=懐胎の可能な時期に、夫婦が性的関係を持てたか
基準は、妻が子を懐胎すべき時期に、夫婦の間に性的関係を持つ機会がなかったことが、明らかかどうか、です。判例が挙げる例は2つあります。1つめは、すでに夫婦が事実上の離婚をして、夫婦の実態が失われている場合。2つめは、遠隔地に居住している場合です。外れる例を、板に並べました。この2つに加えて、出征して帰還する前に懐胎した子。刑事施設に収容されていて、懐胎の可能な時期の全部で、夫婦が性的関係を持つ機会がない場合です。反対に、外れない例です。別居していても、性的関係を持つ機会があった場合。子が生まれたあとに離婚して、家庭が崩壊した場合。DNA型鑑定で、血縁がないと分かった場合。性別を変更した夫の妻が、提供された精子で出産した場合です。
今の家庭の状態や、血縁の有無は、あとから変わります。離婚や別居は、子が生まれたあとでも起こります。血縁も、外からは見えません。こういうものを決め手にすると、いつまでも、誰かが推定を揺さぶれます。それでは、子の身分が固まりません。だから、決め手は、懐胎の可能な時期の、外から見える事実に絞っています。外れる例の、事実上の離婚は、離婚の届けは出していないのに、懐胎したころには、もう夫婦の実態がなかった、という場合です。外れない例の離婚は、子が生まれたあとの離婚です。見ている時期が、違います。懐胎の可能な時期は、嫡出推定の回の、200日と300日で考えます。身ごもってから生まれるまでは、短くてもおよそ200日、長くてもおよそ300日でした。ですから、懐胎の可能な時期は、おおよそ、出生の300日前から、200日前のあいだです。冒頭のDさんで考えます。Cさんの収容は、出生の365日前から、出生の365日後までです。懐胎の可能な時期は、その内側に、すっぽり入っています。全部の期間で、夫婦が性的関係を持つ機会は、ありません。ここで問いです。収容が、出生の250日前に始まっていたら、どうでしょう。推定は外れるでしょうか?
出生の300日前から250日前までの50日間は、収容の前です。その間は、夫婦が性的関係を持つ機会が、あったかもしれません。だから、機会がなかったことが明らか、とは言えなくて、外れないと思います。線を引く場所は、収容されたかどうかではありません。懐胎の可能な時期の全部で、機会がなかったことが明らかか、です。この境界を、確実に覚えておいてください。
出征した夫の事件 推定が外れる典型
図:出征した夫の事件
- 夫は昭和18年に応召・出征し、昭和21年5月28日に帰還
- 妻はその間に別の男性と関係を持ち、昭和21年11月17日に子を出産
- 夫の死後に、夫の養子が子に対して親子関係不存在確認の訴えを提起
- 判旨=夫は、出征中から帰還の前日までの間、妻と性的関係を持つ機会がなかったことが明らか/子は実質的には772条の推定を受けない嫡出子/権利の濫用に当たると認められるような特段の事情がない限り、親子関係不存在確認の訴えで父子関係の存否を争える
外れる典型の判例を見ます。夫は、戦時中に応召して、出征しました。応召とは、軍に召されることです。そして、昭和21年の5月に、帰還しました。妻は、夫が出征している間に、別の男性と関係を持ち、帰還の約5か月半後に、子を産みました。夫の死後に、夫の養子が、その子に対して、父子関係の不存在を確認してほしい、と訴えました。つまり、相続人の側が、争った事件です。判決文では、子が上告人、夫の養子が被上告人です。判旨です。
判例最高裁判所判決 平成10年8月31日(集民189号497頁)
出征中の夫の妻が産んだ子の父子関係 右一の事実によれば、丙男は、……丁女と性的関係を持つ機会がなかったことが明らかである。そして、右一の事実のほか、昭和二一年当時における我が国の医療水準を考慮すると、当時、妊娠週数二六週目に出生した子が生存する可能性は極めて低かったものと判断される。そうすると、丁女が上告人を懐胎したのは昭和二一年五月二八日より前であると推認すべきところ、当時、丙男は出征していまだ帰還していなかったのであるから、丁女が丙男の子を懐胎することが不可能であったことは、明らかというべきである。したがって、上告人は実質的には民法七七二条の推定を受けない嫡出子であり、丙男の養子である被上告人が亡丙男と上告人との間の父子関係の存否を争うことが権利の濫用に当たると認められるような特段の事情の存しない本件においては、被上告人は、親子関係不存在確認の訴えをもって、亡丙男と上告人との間の父子関係の存否を争うことができるものと解するのが相当である。
読み解きます。丙男が夫、丁女が妻です。判旨は、3つの段に分かれます。機会がなかったこと、懐胎した時期、そして結論です。まず、夫は、出征から帰還の前日まで、妻と性的関係を持つ機会がなかったことが明らか、と認定しています。次に、帰還のあとに懐胎したのでは、説明がつきません。当時の医療水準では、妊娠26週で生まれた子が生きる可能性は、極めて低かったからです。すると、懐胎したのは、帰還より前です。夫が帰還していない時期に、夫の子を懐胎することは、不可能だった、と言っています。結論です。この子は、実質的には、772条の推定を受けない嫡出子です。婚姻中に生まれたので、戸籍の上では、夫婦の嫡出子として扱われています。ただ、夫がいない間に懐胎したのですから、夫の子である可能性という、推定の前提がありません。嫡出推定の回では、推定を受けた子が嫡出子になる、と見ました。この子は、その推定の支えが無いまま、嫡出子として扱われている子です。近道を使わせる理由が、ないのです。だから、夫の養子は、嫡出否認の訴えによらず、親子関係不存在確認の訴えで、争うことができます。ただし、争うことが権利の濫用にあたる特段の事情がないこと、が条件です。この権利濫用は、別の回で扱います。
子の出生から、40年以上たっているのに、争えるんですか。争えます。不存在確認には、原告と期間の制限がありません。このあと見ます。比べる事件も、1つ挙げます。同じ時期の別の事件です。夫婦は、出生の約9か月前に別居していて、その前から、性交渉もありませんでした。ただ、別居のあとにも、性交渉の機会はあり、婚姻費用や出産費用を払う調停も成立していました。最高裁は、婚姻の実態が存しないことが明らかだったとまでは言い難い、として、推定は及ぶとしました。別居していても、機会があれば、外れません。出征の事件との違いは、機会がなかったことが明らかか、です。
DNA型鑑定でも、家庭が壊れても外れない
図:血縁がなくても外れない
- DNA型鑑定の事件
- 事案=夫婦は同居を続け、妻が別の男性と関係を持って出産。のちに夫婦は離婚して別居し、子は親権者の妻の下で、その男性と生活。DNA型検査で、その男性が生物学上の父である確率はほぼ確実。子(母が法定代理人)が夫に対し親子関係不存在確認を提起→最高裁は不適法として却下。理由=嫡出否認の訴えに限り期間を設けたのは身分関係の法的安定を保つ上で合理性がある。血縁がなく、離婚・別居・母の下での監護があっても、法的安定の必要は当然になくなるものではない→推定は及ぶ。772条と774条〜778条は、法律上と生物学上の父子関係の不一致を容認。反対意見あり。似た結論=出生後に離婚して家庭が崩壊していても、その一事では、否認の期間経過後に不存在確認で争えない(最判平12・3・14 集民197号375頁)。
ここで問いです。DNA型鑑定で、夫と子に血縁がないと分かりました。夫婦は離婚して別居し、子は母の下で暮らしています。ここまで事情がそろったら、推定は外れるでしょうか?直感では、外れそうに見えます。でも、結論は、外れません。事案を見ます。夫婦は、同居を続けていました。妻が別の男性と関係を持って、子を産みました。のちに夫婦は離婚して別居し、子は、親権者の妻の下で、その男性と暮らしていました。DNA型検査とは、血縁があるかどうかを、遺伝子で調べる検査です。この検査で、その男性が、生物学上の父である確率は、ほぼ確実でした。子が、母を法定代理人として、夫に対して、親子関係不存在確認の訴えを起こしました。最高裁は、この訴えを、却下しました。判旨です。
判例最高裁判所第一小法廷判決 平成26年7月17日(民集68巻6号547頁)
血縁がなく離婚・別居していても、推定は及ぶ ……そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。このように解すると,法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。
読み解きます。判旨は、2つに分かれます。推定が外れない理由と、血縁とのズレを認めたことです。1つめ。決め手は、子の身分関係の法的安定です。血縁がないことが、科学的証拠で明らかでも、離婚して別居していても、子が母の下で育てられていても、法的安定を守る必要は、当然には、なくなりません。だから、推定は及びます。不存在確認では、争えません。2つめです。この判決は、法律上の父子関係と、生物学上の父子関係が、一致しない場合が出てくることを認めています。772条と、774条から778条までの規定が、そのズレを、容認しているからです。774条から778条は、前の回で見た、嫡出否認の規定です。否認できる人と期間を限っているので、期間が過ぎれば、血縁が無くても、法律上の父のまま残ります。法律上の父とは、法が父と扱う人です。生物学上の父とは、血のつながった父です。この2つは、別のものです。この判決が決めたことの範囲も、見ておきます。この夫婦は、妻が懐胎したころ、同居を続けていました。性的関係を持つ機会は、あったのです。懐胎のころに、すでに夫婦の実態が失われていた事件なら、出征の事件と同じく、推定は外れます。この判決が退けたのは、血縁と、あとからの家庭の事情だけで、推定を外すことです。注意があります。この事件のころの嫡出否認は、夫だけが、1年以内に起こせる訴えでした。今は、子も母も否認でき、期間は原則3年です。ここから使うのは、否認の道に絞ることには、身分関係の法的安定という、合理性がある、という理屈です。
なお、結論には、反対意見もありました。最高裁の中でも、割れた論点です。もう1つ、似た結論の事件があります。子が生まれたあとに、夫婦が離婚して、家庭が崩壊した事件です。最高裁は、家庭が崩壊している、という事情の一事をもって、否認の期間が過ぎたあとに、不存在確認で争うことはできない、としました。家庭の崩壊では、外れません。ここは、論文で論点になりうる箇所です。
性別を変更した夫の妻が産んだ子
図:性別変更後の夫の妻が提供精子で産んだ子
- 事案=女性として生まれ、特例法に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者(夫)と妻が婚姻
- 妻は夫の同意の下、夫以外の男性の精子提供を受けて懐胎・出産
- 夫は嫡出子として出生届→戸籍の事務を担当する区長は、推定を受けない子として父の欄を空欄
- 判旨=特例法4条1項により民法の適用上その性別の者とみなされる→婚姻中に妻が懐胎した子は772条で夫の子と推定
- 夫に血縁がなく、妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に推定を認めないのは相当でない
- 反対意見あり
次は、性別を変更した夫の妻が産んだ子です。事案です。女性として生まれた人が、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、略して特例法に基づき、男性への性別の取扱いの変更の審判を受けました。この人は、夫として、女性と婚姻しました。妻は、夫の同意の下で、夫以外の男性から精子の提供を受けて、懐胎し、出産しました。夫は、嫡出子として出生届を出しました。ところが、戸籍の事務を担当する区長は、推定を受けない子だとして、父の欄を空欄にしました。夫婦が、戸籍の訂正を求めた事件です。判旨です。
判例最高裁判所第三小法廷決定 平成25年12月10日(民集67巻9号1847頁)
性別の取扱いの変更を受けた夫の妻が産んだ子と嫡出の推定 ……特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,以後,法令の規定の適用について男性とみなされるため,民法の規定に基づき夫として婚姻することができるのみならず,婚姻中にその妻が子を懐胎したときは,同法772条の規定により,当該子は当該夫の子と推定されるというべきである。もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,その子は実質的には同条の推定を受けないことは,当審の判例とするところであるが……,性別の取扱いの変更の審判を受けた者については,妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないものの,一方でそのような者に婚姻することを認めながら,他方で,その主要な効果である同条による嫡出の推定についての規定の適用を,妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとすることは相当でないというべきである。
読み解きます。判旨は、3つの段に分かれます。夫の子と推定されること、外れる場合の確認、そして決め手です。まず、判決文に出てくる特例法3条1項は、性別の取扱いの変更の審判の根拠になる規定です。その審判の効果を定めているのが、4条1項です。性別の取扱いの変更の審判を受けた人は、民法の適用では、その性別の人とみなされます。だから、男性への変更を受けた人は、夫として婚姻できます。そして、婚姻中に妻が懐胎した子は、772条で、その夫の子と推定されます。次に、外れる例の確認です。事実上の離婚や、遠隔地の居住で、機会がないことが明らかな場合は、推定を受けない、という判例があります。この事件の夫婦は、そのような事情には当たりません。そして、決め手です。夫は、妻との性的関係で、子をもうけることは想定できません。それでも、婚姻を認めながら、婚姻の主要な効果である、嫡出の推定だけ認めないのは、相当でない、と言います。結論は、推定は及ぶ、です。反対意見もありました。
血縁が決め手にならない、という点は同じです。ただ、この事件では、夫婦の間に子ができないことも、外から分かります。それでも外れないのは、最高裁が、婚姻を認めた以上、その主要な効果である推定も認める、と考えたからです。機会がなかったことが明らかか、という物差しとは、別の理屈で決まった事件です。
親子関係不存在確認の訴え
図:親子関係不存在確認の訴え
- 人事訴訟法2条2号の「実親子関係の存否の確認の訴え」
- 嫡出否認の訴えとの違い=原告の制限なし・期間の制限なし
- 確認の利益は必要。使えるのは推定の及ばない子だけ。推定が及ぶ子→期間が過ぎたら、血縁がなくても不存在確認では争えない。権利濫用で制限される場面は別の回。
推定が及ばない子の父子関係は、どう争うのでしょうか。否認の訴えとは別の道、親子関係不存在確認の訴えで争います。人事訴訟法2条2号に、実親子関係の存否の確認の訴え、と出てきます。
条文人事訴訟法2条
人事訴訟法第2条(定義) この法律において「人事訴訟」とは、次に掲げる訴えその他の身分関係の形成又は存否の確認を目的とする訴え(以下「人事に関する訴え」という。)に係る訴訟をいう。 … 二 嫡出否認の訴え、認知の訴え、認知の無効及び取消しの訴え、民法(明治二十九年法律第八十九号)第七百七十三条の規定により父を定めることを目的とする訴え並びに実親子関係の存否の確認の訴え
確認の訴えとは、権利や法律関係が、あるかないかを、確認する判決を求める訴えです。親子関係不存在確認の訴えは、父と子の関係が、法律上、存在しないことを確認してほしい、と求める訴えです。嫡出否認の訴えと違う点が、2つあります。訴えを起こせる人の制限と、出訴期間の制限が、条文にありません。確認の利益があれば、誰でも、いつでも起こせます。確認の利益とは、その父子関係が、あるかないかを、争う法律上の利益のことです。相続人や、子や、夫や、母が、あたります。出征の事件を、思い出してください。夫の死後に、夫の養子が、子の出生から40年以上たって、この訴えを起こせました。原告にも期間にも、制限がないからです。
使えるのは、推定の及ばない子だけです。推定が及ぶ子は、不存在確認では争えません。期間が過ぎたら、血縁がなくても争えません。DNA型鑑定の事件が、その例です。制限がない代わりに、使える子が、限られています。被告については、一言だけ言います。ここでの当事者とは、父とされる人と、子のことです。当事者の一方が起こせば、他方が被告です。第三者が起こせば、当事者の双方が被告です。片方が亡くなっていれば、残る方だけです。被告にすべき人が誰もいなければ、検察官が被告です。
冒頭の答え 夫は期間後でも争える
図:冒頭の答え
- A・C・D
- 収容期間(出生の365日前〜出生の365日後)の帯の内側に、Dの懐胎の可能な時期(出生の300日前〜200日前)の帯が全部入る
- 1=772条の形式要件は満たす→形のうえでは推定される/2=嫡出否認の訴え=出生を知った日から3年→Dが3歳で満了・5歳の今は経過後/3=外観説で見直す→夫婦が性的関係を持つ機会がなかったことが明らか→推定の及ばない子/4=親子関係不存在確認の訴え→原告・期間の制限なし→Cは争える
- 変形=収容が出生の250日前に始まる→前半に機会が残る→推定が及ぶ→争えない
冒頭の答えを出します。順に引きます。1つめ。Dさんは、婚姻中の夫婦の間に生まれた子です。772条の形式要件は、満たしています。ですから、形のうえでは、Cさんの子と推定されます。2つめ。嫡出否認の訴えです。Cさんは、出産の日に出生を知りました。出生を知った日から3年は、Dさんが3歳で満了しています。Dさんは5歳です。2年たっています。否認の訴えは、起こせません。ここで終われば、Cさんは、争えない、という結論です。3つめ。外観説で見直します。懐胎の可能な時期は、出生の300日前から200日前です。収容は、出生の365日前から365日後です。懐胎の可能な時期は、全部、収容の内側です。夫婦が性的関係を持つ機会がなかったことが、外から見て明らかです。ですから、Dさんは、推定の及ばない子です。4つめ。推定が及ばないので、嫡出否認の制限にかかりません。Cさんは、親子関係不存在確認の訴えで、争えます。原告にも期間にも、制限はありません。確認の利益は、父とされているCさん本人なので、十分です。結論です。Cさんは、嫡出否認の期間を過ぎたあとでも、争えます。
反対に、収容が出生の250日前に始まっていたら、推定が及びます。Cさんの否認の3年は、過ぎています。争えません。もう1つ。この結論は、Cさんの側の話です。5歳のDさんの側から否認できるかどうかは、前の回の、子の特則で別に決まります。
重婚で推定が重なったら 父を定める訴え 773条
図:重婚と父を定める訴え
- A=母/B=前の婚姻の夫/C=後の婚姻の夫/D=子
- AはBと婚姻中に、Bとの婚姻を解消しないままCとも婚姻(重婚・732条違反)し、Dを出産
- 772条で父が一人に定まらない→773条で裁判所が父を定める
- 訴えを起こせる人(人事訴訟法45条1項)=子・母・母の前婚の配偶者・後婚の配偶者
ここまでは、推定が外れる場面でした。次は反対に、推定が2つ重なってしまう場面です。ここで問いです。重婚の婚姻は、当然に無効でしょうか。それとも取消しの対象でしょうか?取消しの対象で、取り消されるまでは有効です。婚姻の取消しの回で見ました。それで、重婚の場合に、問題が起きます。AさんがBさんと婚姻中に、Bさんとの婚姻を解消しないまま、Cさんとも婚姻して、Dさんを産んだとします。重婚です。嫡出推定の回で見たとおり、772条3項は、懐胎から出生までに婚姻が2つあれば、出生の直近の婚姻の夫の子と推定します。あの回の再婚では、前の婚姻は、離婚で終わっていました。出生のときまで続いていたのは、後の婚姻だけです。だから、直近の婚姻が、1つに決まりました。
重婚でも、後から始まったCさんとの婚姻が、直近になるんじゃないですか。そこが、再婚との違いです。重婚では、Bさんとの婚姻も、Cさんとの婚姻も、終わらないまま、出生のときまで続いています。どちらの婚姻の最中にも懐胎しうるので、推定が重なります。どちらの婚姻も出生のときに続いている以上、始まった順番だけでは、1人に絞り切れない場合が残りえます。そこで、772条だけで父を決められないときは、裁判所が父を定めます。773条です。全文を出します。
条文民法773条
民法第773条(父を定めることを目的とする訴え) 第七百三十二条の規定に違反して婚姻をした女が出産した場合において、前条の規定によりその子の父を定めることができないときは、裁判所が、これを定める。
対象は、732条に違反して婚姻をした女、つまり重婚をした女が出産した場合です。そして、772条で父を定められないとき、裁判所が定めます。訴えを起こせる人は、人事訴訟法45条1項に決まっています。子、母、母の前婚の配偶者、後婚の配偶者です。
条文人事訴訟法45条1項
人事訴訟法第45条(父を定めることを目的とする訴えの当事者等) 子、母、母の前婚の配偶者又はその後婚の配偶者は、民法第七百七十三条の規定により父を定めることを目的とする訴えを提起することができる。
設例で言えば、Dさん、Aさん、Bさん、Cさんです。離婚した後に再婚した場合は、使わないんですか。使いません。今の773条の対象は、重婚だけです。再婚なら、さきほどのとおり、前の婚姻が終わっているので、3項で直近の婚姻の夫に決まります。父は重なりません。以前は、再婚禁止期間の違反も、対象でした。この規定は、改正で外れています。
嫡出でない子の父は認知で決まる 入口だけ
図:認知の入口
- 嫡出でない子=婚姻関係にない男女の間に生まれた子
- 772条の推定がない
- 母子関係=分娩の事実で当然に生じる
- 父子関係=当然には生じず、認知によって初めて生じる
- 認知=任意認知(父が認める)/強制認知(裁判による)
- 779条=嫡出でない子は、その父又は母が認知することができる
最後に、入口だけです。嫡出でない子とは、婚姻関係にない男女の間に生まれた子です。この子には、772条の推定がありません。嫡出推定の回で見たとおり、母と子の関係は、分娩の事実で、当然に生じます。父と子の関係は、当然には生じません。認知によって、初めて生じます。779条です。
条文民法779条
民法第779条(認知) 嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる。
認知には、2種類あります。父が自分から認める、任意認知。裁判によって認めさせる、強制認知です。方式や効果は、次の回で見ます。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ。争う訴えの表(行=推定が及ぶ嫡出子/推定が及ばない子/重婚で推定が重なる場合/空きの行=認知に関する訴え)×(列=訴えの種類・原告・期間)。推定が及ぶ=嫡出否認の訴え・父/子/母/前夫・原則3年。推定が及ばない=親子関係不存在確認の訴え・制限なし(確認の利益)・期間の制限なし。重婚で重なる=父を定める訴え・子/母/前婚の配偶者/後婚の配偶者・出訴期間は条文に定めなし。
最後にまとめます。柱は、5本です。1本目。推定は、婚姻中の夫婦の間に生まれた子である可能性が高い、という前提に乗った近道です。前提が崩れていることが、外から見て明らかなときは、推定が及びません。2本目。決め手は、懐胎の可能な時期に、夫婦が性的関係を持つ機会があったか、です。出征、収容、遠隔地、夫婦の実態の喪失は、外れる例です。別居しても機会があるとき、家庭の崩壊、DNA型鑑定、性別変更後の夫の妻の出産は、外れません。3本目。推定が及ばない子は、親子関係不存在確認の訴えで争います。原告にも期間にも、制限がありません。確認の利益は必要です。推定が及ぶ子は、不存在確認では争えません。4本目。重婚で、772条により父を定められないときは、773条で、裁判所が父を定めます。訴えを起こせる人は、子、母、前婚の配偶者、後婚の配偶者です。5本目。嫡出でない子の父子関係は、認知によって、初めて生じます。冒頭の答えです。Cさんは、否認の3年を過ぎています。それでも、収容が、懐胎の可能な時期の全部にかぶさっているので、推定が及びません。親子関係不存在確認の訴えで、争えます。
血縁がなくても外れないのに、性的関係を持つ機会がなかったことが外から見て明らかなときは外れる。決め手は、血縁ではなくて、夫婦が性的関係を持てる機会があったかなんですね。次の回では、認知を、詳しく見ます。
参照条文
- 人事訴訟法2条
- 民法773条
- 人事訴訟法45条1項
- 民法779条