財産分与と債権者代位権・詐害行為取消権
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第7章 親族 #325/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
離婚はしたが分与は未定 元夫が土地を売ろうとしている
図:冒頭の設例
- 道1
- A(元妻)・B(元夫)・C(買主)。婚姻18年、築いた財産はB名義の土地1筆(時価3,800万円)だけ。Aは家事と子育てを担ってきた。離婚は成立済み・財産分与の話し合いはまだ。BがCへ土地を売る話を進めている。問い=Aは売却を止められるか。
元妻をA、元夫をB、買主をCとします。予想してみてください。Aには分与を求める権利があります。その権利を守るために、債権者代位権や詐害行為取消権を使えるでしょうか。権利があることと、その権利を守れることは、別の問題です。ここが今日の中心です。先に答えを言います。今の段階では、代位でも取消しでも、売却は止められません。先に1つだけ。代位も取消しも、使う人の債権がどんな債権か、で入れるかどうかが決まります。ここが分かれ目です。
今日の2つの問い 守る向きと崩す向き
図:今日の地図(2つの問い)
- 問い1=分与を求める側(A)が、分与請求権を守るために代位・取消しを使えるか(守る)。問い2=分与そのものが詐害行為になるか(分与をした側Bの債権者Dが取り消す・崩す)。同じ土地で2つの道。道1=Bが土地を売ろうとしている→Aが守る
- 道2=話し合いでAに渡った→Dが崩す。
今日は、向きの違う2つの問いを扱います。同じ土地で、道が2つに分かれます。道1です。Bが土地を売ろうとしている。分与を求める側のAが、代位や取消しを使って、守れるかどうか。道2です。話し合いで、土地がAに渡った。今度は、Bにお金を貸していたDが、その分与を崩したい。分与そのものが、詐害行為になるかどうか。道1ではAは債権者です。道2では、Aは分与を受けた側、つまり受益者です。向きが逆になります。表にすると、代位と取消しの2つの道具に、Aが使う立場か、分与が相手になる立場かを掛けた、4つのマスになります。どちらも、第4章で見た道具を使います。要件の本体は、第4章の回で見たとおりです。今日は、家族法の側から、その道具を当てはめます。
道具の呼び戻し 入口は守られる債権
図:道具の呼び戻し
- 代位(423条1項)と取消し(424条1項)の2列
- どちらも入口=使う人の債権(被保全債権)がなければ使えない
- 脚注=今日の3つの判決は改正前の条文の下の判決
- 現行の423条1項・424条1項2項でも骨格は同じで、判決の結論はそのまま使える
条文民法423条1項
民法第423条(債権者代位権の要件)第1項 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。
代位の条文です。債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときに、債務者の権利を行使できます。債務者の権利のことを、被代位権利と言います。この債権を、被保全債権と言います。守られる側の債権、と言い換えられます。
条文民法424条1項〜3項
民法第424条(詐害行為取消請求)第1項〜第3項 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。 2 前項の規定は、財産権を目的としない行為については、適用しない。 3 債権者は、その債権が第一項に規定する行為の前の原因に基づいて生じたものである場合に限り、同項の規定による請求(以下「詐害行為取消請求」という。)をすることができる。
取消しの条文です。債権者が、債務者の行為の取消しを裁判所に請求します。ここでも、取り消す人には、取り消す人自身の債権があります。これが、取消しの側の被保全債権です。ここで1つ、言っておきます。今日の3つの判決は、平成29年の債権法改正より前の条文の下の判決です。ただ、現行の423条や424条に読み替えても、骨格は同じです。変わったのは、必要があるときの明文化など、文言の整理です。判決の結論は、そのまま使えます。整理します。どちらの道具も、使う人の債権がなければ使えません。今日は、これを入口と呼びます。条文や判例の言葉ではなく、この講義の呼び名です。答案では、被保全債権と書きます。以下、こちらの整理と言うときは、条文にも判例にも書かれていない、理解のための説明を指します。代位権の回を思い出してください。入口を通れる債権には、存在していること、具体的な内容があること、などの条件がありました。
受付の喩えで言えば、分与請求権は、その宛先欄が、埋まっているのか空欄なのか。それが問い1の中身です。
代位の入口 分与請求権は内容が決まるまで守れない
図:昭55の事案(判決文の範囲)
- 財産分与請求権を主張する者が、その請求権を保全するためとして、ある者名義の所有権移転登記の抹消登記手続請求権を代位行使した。判断=代位原因を欠く。下段=形成前×
- 形成後○。
問いです。前に見た、代位権で守られる債権の条件のうち、離婚の財産分与請求権が当てはまらなかったのは、どの条件でしょうか?内容が定まっているか、という条件で止まりました。判決の言葉で確かめます。
判例最判昭55・7・11 民集34巻4号628頁
財産分与請求権は、内容が決まるまでは、代位で守れない 離婚によつて生ずることあるべき財産分与請求権は、一個の私権たる性格を有するものではあるが、協議あるいは審判等によつて具体的内容が形成されるまでは、その範囲及び内容が不確定・不明確であるから、かかる財産分与請求権を保全するために債権者代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。
読み解きます。財産分与請求権は、権利としては存在し得ます。ただ、協議や審判などで具体的内容が形成されるまでは、範囲も内容も不確定で不明確です。ですから、これを保全するために代位権を使うことはできない。この事件では、代位して求めた登記の抹消が、代位原因を欠く、つまり代位して請求する根拠が足りない、とされました。なぜ、不確定だと守れないのですか。守る対象の輪郭が定まっていないからです。何を、どれだけ守るのかが決まっていない権利を、債権者の判断で守りに行くことはできない、という整理です。喩えに戻ります。宛先が空欄の荷物は、受付が受け付けられません。空欄のままの分与請求権は、代位の窓口で止まります。裏も押さえてください。形成されるまでは、と判決は言っています。協議が成立したり、家庭裁判所の審判が出たりして、内容が形成された後は、被保全債権になれます。判決は形成前の不可だけを判示しています。形成後は、そこから導かれる通説の整理です。
設例で言えば、土地のうち何を、どちらに、どう渡すかが、協議か審判で決まった状態です。元妻の分与請求権が、土地を渡せ、という形にはっきりしたとき、と考えてください。もう1つ比べます。離婚が成立して、分与の話し合いがまだ始まっていないAは、形成前です。代位は使えません。分与の協議が成立して、土地をAに渡す、と決まったAは、形成後です。入口を通れます。
取消しの入口 代位と同様に考える
図:取消しの入口
- 分与請求権が詐害行為取消権の被保全債権になれるか=代位の場合と同様に整理(形成前×/形成後○)
- 注意=昭55は代位の判決で、取消権を直接判断したわけではない
- 入口を通った後も、424条3項(行為の前の原因)・無資力・受益者の悪意などの残りの要件がある
取消しの側も、考え方は同じです。財産分与請求権が、詐害行為取消権の被保全債権になれるかは、代位の場合と同様に考えます。つまり、具体的内容が形成されるまでは、被保全債権にならない。形成された後は、なりうる、です。理由も、代位と同じです。取消しも、取り消す人の債権を守るために、他人に渡った財産を取り戻す道具です。守る債権の中身が決まっていなければ、何のために、どこまで取り戻すのかが決まりません。設例のAも、話し合いが始まっていない今は、この段階です。昭55の判決が、取消しについても、そう言ったのですか。違います。ここは大事な点です。昭55の判決は、代位についての判決で、取消権を直接判断したわけではありません。取消しは、代位と同様に整理される、と言うのが正確です。先ほどの424条3項も見ておきます。取消しを請求できるのは、債権が、行為の前の原因に基づいて生じた場合に限られます。入口を通った後にも、この条件が控えています。たとえば、売却のあとで初めてお金を貸した人は、その売却を取り消せません。入口を通れても、取消しが認められるとは限りません。債務者が無資力であることや、受益者の悪意などの要件は、取消権の回で見た道具のままです。入口は、スタートラインにすぎません。
冒頭の答え 今は入口で止まる・申立てと保全処分
図:冒頭の答え(道1)
- 今(協議も調停も未開始=具体的内容が未形成)=代位×・取消し×→分与の調停・審判を申し立てる(768条2項=協議に代わる処分・離婚の時から5年)
- 保全処分(家事事件手続法157条1項4号=財産の分与に関する処分について仮差押え・仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる)→内容が形成された後は入口を通る(残りの要件は別)。
分与の協議も調停も始まっておらず、分与請求権の内容が形成されていないからです。入口で止まります。打つ手はあります。分与の内容を作る手続を、始めればよいのです。768条2項の、協議に代わる処分です。話し合いがまとまらないときに、話し合いに代わって、家庭裁判所が分与を決めます。家庭裁判所に調停か審判を申し立てます。離婚の時から5年以内です。さらに、申立てがあれば、家庭裁判所は、仮差押えや仮処分などの保全処分を命じられます。家事事件手続法157条1項4号です。保全処分とは、審判が出るまでの間に、財産が動いてしまうのを防ぐ手当てです。保全処分の中身は、民法の外の話です。ここでは名前を知っておけば足ります。
取消しは、行為がされた後に動かす道具です。分与の内容が形成された後であれば、売却されてしまっても、残りの要件を満たせば、取消しを検討できます。売却が相場の値段なら、相当の対価を得てした処分の特則、424条の2で測ります。相場の値段で売ったときは、原則として取り消せず、特則の要件を満たすときだけ取り消せます。細かい要件は、取消権の回で見た道具です。冒頭の答えです。代位や取消しで、今は止められません。分与の手続を始めて内容を形成させ、必要なら保全処分を求めます。内容が形成されれば、入口は通れます。
代位される側になるとき 分与権利者の債権者
図:代位される側になるとき
- 時間軸
- 形成前(分与を求めるか・内容が未定)=Aの債権者Fは代位×(行使上の一身専属=本人の判断に委ねる)→協議・審判で内容が形成=代位○(通説)。脇=慰謝料請求権も金額が確定すれば代位できる。
問いの向きを変えます。4つのマスのうち、代位で、Aの分与請求権が相手になるマスです。今度は、Aに貸していた人Fを考えます。Fは、Aの分与請求権を、Aに代わって行使できるでしょうか。その前に、思い出してください。慰謝料請求権は、金額がまだ決まっていない間、被害者の債権者が代位できるでしょうか?できません。金額が確定すれば、代位できます。代位権の回で、慰謝料請求権は、金額が当事者間で客観的に確定すれば代位できる、と見ました。離婚の財産分与請求権も、同じ型です。線の引き方も同じです。形成前は、分与を求めるかどうかも、内容も、定まっていません。これは本人の判断に委ねるべきだ、という整理です。行使上の一身専属と呼ばれる型に入ります。形成された後は、内容が定まっています。分与を求めるかどうかという本人の判断は、協議や審判の段階で、もう済んでいます。残るのは、決まったものを受け取ることだけです。受け取るかどうかまで、本人の判断に委ねる理由はありません。ですから、債権者が代位して行使できます。通説です。
先ほどは、守られる債権になれるか、という問いでした。今は、代位される権利になれるか、という問いです。別の問いですが、結論は同じ形です。形成前はバツ、形成後はマルです。
問い2 分与そのものは詐害行為になるか
図:向きの逆転(道2)
- D(貸主)・B(元夫)・A(元妻=受益者)
- D→B=貸金2,000万円(家計と関係のない事業のため)
- B→A=土地3,800万円を全部分与
- Bに他の財産はない
- Dは回収できず、この分与を取り消したい
道2に移ります。BはDから、家計と関係のない事業のために、2,000万円を借りたままです。話し合いで、3,800万円の土地が、全部Aに分与されました。Bに他の財産はありません。Dは回収できず、この分与を取り消したいと言っています。ここでAは、道1とは逆に、分与を受けた側、受益者です。Dは、道1のAとは別の人です。離婚そのものは、財産権を目的としない行為です。424条2項で、取消しの対象になりません。ただ、財産分与は、財産が動く行為です。取消しの対象になりうる入口に立ちます。問いです。借金のあるBが、土地を分与したら、それだけで取り消せるでしょうか?
取消権の回で見た判決で、確かめます。
判例最判昭58・12・19 民集37巻10号1532頁
債務超過と財産分与の取消し 分与者が債務超過であるという一事によつて、相手方に対する財産分与をすべて否定するのは相当でなく、相手方は、右のような場合であつてもなお、相当な財産分与を受けることを妨げられないものと解すべきである。そうであるとするならば、分与者が既に債務超過の状態にあつて当該財産分与によつて一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても、それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として、債権者による取消の対象となりえないものと解するのが相当である。
答えは、それだけでは取り消せない、です。1文目から言い直します。分与する人が債務超過だという、その1点だけで、財産分与を全部否定するのは相当でない。相手は、そういう場合でも、相当な財産分与は受けられる。2文目です。分与によって共同担保が減るとしても、768条3項の趣旨に反して不相当に過大で、分与に仮託してされた財産処分と認めるに足りる特段の事情がない限り、取消しの対象になりません。理由は2つです。判決は、分与の額や方法を一切の事情を考慮して定める、と言います。分与者の債務も、その事情の1つにすぎません。もう1つは、判決の言葉ではなく、こちらの整理です。前の回で、財産分与には、清算、離婚後の扶養、慰謝料の3つの要素が含まれうる、と見ました。そのうち清算の部分は、Aがもともと受け取るべき取り分です。Bの借金のために、債権者の引き当てにする理由がありません。仮託とは、あることにかこつけて、別のことをする、という意味です。分与にかこつけて、財産を逃がす場合が、例外です。
山場 768条3項の物差しで過大かどうかを測る
図:768条3項の物差し(考慮事項)
- 目的=離婚後の当事者間の財産上の衡平
- 考慮事情=婚姻中に取得・維持した財産の額と各当事者の寄与の程度・婚姻の期間・生活水準・協力及び扶助の状況・年齢、心身の状況、職業及び収入・その他一切の事情
- 寄与の程度は、異なることが明らかでないときは相等しい。
では、どこから過大なのでしょうか。判決は、金額の線を引いていません。物差しは、768条3項です。
条文民法768条3項
民法第768条(財産分与)第3項 3 前項の場合には、家庭裁判所は、離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため、当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。この場合において、婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。
3項です。財産の額と各自の寄与の程度、婚姻の期間、生活水準、年齢や収入など、一切の事情を考慮します。そして後段です。寄与の程度は、異なることが明らかでないときは、相等しいものとします。清算の出発点は半分ずつです。前の回で見ました。判決の当時の3項は、協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して定める、という文言でした。現行の3項は、考慮事情を具体的に書き足し、寄与の推定を加えました。ただ、一切の事情を考慮して分与を定める、という骨格は同じです。ですから、判決の規範は、現行3項の趣旨に照らして使います。
図:768条3項の物差し(積み上げ)
- 設例の土地3,800万円。清算分1,900万円(寄与は等しいと推定→半分。Bの借金は家計と無関係で清算の対象額を減らさない)
- 扶養分400万円(A・52歳・パート収入のみ)
- 慰謝料分200万円(離婚原因はBの不貞)=相当な額の目安2,500万円。渡した3,800万円との差1,300万円=過大な部分。脚注=説明用の数字。判決が引いた線ではない。
設例の数字で測ります。これは説明のための数字で、判決が引いた線ではありません。前の回で見た3つの要素に分けて、こちらの整理で測ります。1つめ、清算の部分です。寄与は等しいと推定されるので、3,800万円の半分、1,900万円です。Bの借金は家計と関係がないので、清算の対象額は減りません。2つめ、扶養の部分です。Aは今、52歳です。収入はパートだけなので、離婚後の生活を支えるために、400万円を見込みます。3つめ、慰謝料の部分です。離婚の原因がBの不貞なので、慰謝料として200万円を見込みます。これが、説明のつく額の目安です。Bが実際に渡したのは3,800万円ですから、差の1,300万円が、過大な部分です。もう1つ比べます。渡したのが2,500万円分なら、Bに借金があっても取り消せません。3,800万円全部を渡したなら、過大な1,300万円が、取消しの対象になりえます。ただし、過大なだけでは足りません。分与にかこつけて財産を逃がした、と認めるに足りる特段の事情が、もう1つ要ります。仮託かどうかは、分与の名を借りて、債権者から財産を逃がしたと見られるかどうかです。取消権の回では、妻の寄与がほとんどなく、慰謝料を払う事情も、生活の不安もないのに、借金を抱えた夫が家を全部渡した例で、そう見られる、と確かめました。設例では、Bにそこまでの事情があるかは、決めていません。ですから道2の答えは、仮託と認められるときに限り、という形になります。
判決の事案では、土地は妻の経営するクリーニング店の利益で購入されていて、妻の寄与は夫より大きかった。離婚原因は夫の不貞で、土地は妻と子らの生活の基盤でもありました。夫にとって実質的に唯一の不動産に近いことを考慮しても、慰藉料を含めた財産分与として相当だ、と判断しました。ここは、論文で論点になりうる箇所です。不相当に過大かどうかを、3項の趣旨に照らして説明できるようにしてください。
効果 取り消せるのは過大な部分だけ
図:取消しの範囲
- 設例の土地(分けられない物)→取り消せるのは過大な1,300万円・形は価額の償還
- 424条の8=取消しは債権額の限度(D の債権2,000万円>過大部分1,300万円で限度はかからない)
- 下段=慰謝料の合意の別例
- 払うべき額200万円・約束600万円→200万円は賠償債務の確認で対象外・超える400万円が対象
取り消せる場合、どこまで取り消せるのでしょうか。
判例最判平12・3・9 民集54巻3号1013頁
財産分与の合意と取消しの範囲 離婚に伴う財産分与は、民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為とはならない(中略)離婚に伴う財産分与として金銭の給付をする旨の合意がされた場合において、右特段の事情があるときは、不相当に過大な部分について、その限度において詐害行為として取り消されるべきものと解するのが相当である。
これも、取消権の回で見た判決です。前半は、先ほどと同じ基準です。後半が新しい部分です。特段の事情があるときは、不相当に過大な部分について、その限度で取り消されます。全部ではありません。全部取り消さないのは、なぜですか。相当な部分は、Aが受け取るべき取り分だからです。取り分まで取り上げる理由はありません。超えた部分だけを元に戻す、という考え方です。判決の事案を、骨格だけ言います。貸金の確定判決を持つ貸主がいました。無資力になった夫が、協議離婚をした元の妻に対して、月々10万円の生活費補助と、離婚の慰謝料2,000万円を支払うと約束しました。原審は、この合意全体を取り消せるとしました。最高裁は、過大な額を算出して、その限度で取り消すべきだとして、破棄して差し戻しました。設例に戻します。土地は分けられない物です。ですから、土地そのものを戻させるのではなく、過大な部分にあたる額を、価額の償還で求める形になります。取消しの範囲の回でも、分けられない家で、同じ形を見ました。これは、こちらの整理で、判決が土地について述べた点ではありません。
条文民法424条の8
民法第424条の8(詐害行為の取消しの範囲)第1項・第2項 債権者は、詐害行為取消請求をする場合において、債務者がした行為の目的が可分であるときは、自己の債権の額の限度においてのみ、その行為の取消しを請求することができる。 2 債権者が第四百二十四条の六第一項後段又は第二項後段の規定により価額の償還を請求する場合についても、前項と同様とする。
424条の8です。取消しは、自分の債権の額の限度で認められます。Dの債権は2,000万円です。過大な部分の1,300万円より大きいので、債権額の限度はかかりません。1,300万円を求められます。
判例最判平12・3・9 民集54巻3号1013頁
慰謝料の合意と詐害行為 離婚に伴う慰謝料を支払う旨の合意は、配偶者の一方が、その有責行為及びこれによって離婚のやむなきに至ったことを理由として発生した損害賠償債務の存在を確認し、賠償額を確定してその支払を約する行為であって、新たに創設的に債務を負担するものとはいえないから、詐害行為とはならない。しかしながら、当該配偶者が負担すべき損害賠償債務の額を超えた金額の慰謝料を支払う旨の合意がされたときは、その合意のうち右損害賠償債務の額を超えた部分については、慰謝料支払の名を借りた金銭の贈与契約ないし対価を欠いた新たな債務負担行為というべきであるから、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。
慰謝料の合意の場合は、どう切るのですか。読み解きます。慰謝料の合意は、すでに発生した賠償債務の額を確定して支払を約するものです。新しく借金を背負うのではないので、詐害行為になりません。ただし、負担すべき賠償債務の額を超えた部分は、慰謝料の名を借りた贈与か、対価を欠いた新たな債務負担行為です。そこは、取消しの対象になりえます。問いです。慰謝料として払うべき額が、200万円だったとします。それなのに、600万円を払うと約束しました。取り消せるのはいくらでしょうか?超えた分の、400万円です。残りの200万円の部分は、賠償債務の確認なので、対象外です。判決も、月々の生活費補助、つまり扶養的財産分与のうち不相当に過大な額と、慰謝料として負担すべき額を超える額を算出して、その限度で取り消す、としています。
今日の地図(保存版)
図:4マス表の空欄。行=代位(423条)/取消し(424条)、列=分与を求める側が道具を使う(分与請求権が被保全債権になる)/分与の側が道具の対象になる(分与請求権が被代位権利になる・分与そのものが詐害行為になる)。各マスは空欄。
最後に、全体を表にします。表の空欄を、先に自分で埋めてみてください。代位で使う側は、形成前はバツ、形成後はマルです。取消しで使う側も、代位と同様に、形成前はバツ、形成後はマルだと思います。代位の対象になる側は、形成前はバツ、形成後はマル。取消しの対象になる側は、原則はバツで、例外のときだけ、過大な部分がマルです。答えを板にします。
図:4マス表
軸は2本です。1本め、使う人の債権の輪郭が定まっているか。形成前は入口で止まり、形成後は通れます。2本め、分与が説明のつく範囲か。説明がつく範囲なら守られ、超えた部分だけが崩れます。
図:まとめ
- 道1の答え=今は代位も取消しも入口で止まる→分与の調停・審判の申立てと保全処分・形成後は入口を通る
- 道2の答え=Dは、分与が768条3項の物差しで不相当に過大で仮託と認められる場合に限り、過大な1,300万円だけを(価額の償還で)取り消せる
- 4マス表の縮約
冒頭の設例に答えます。道1です。Aは、いまは代位でも取消しでも、売却を止められません。分与の調停か審判を申し立て、必要なら保全処分を求めます。内容が形成されれば、入口は通れます。道2です。Dは、分与が768条3項の物差しで不相当に過大で、分与に仮託された財産処分と認められるときに限り、過大な1,300万円だけを取り消せます。慰謝料の合意は、負担すべき賠償債務の額を超える部分だけが対象です。取り分は取り上げず、超える部分だけが崩れます。
参照条文
- 民法423条1項
- 民法424条1項〜3項
- 民法768条3項
- 民法424条の8