民法ゼロから民法#365

遺産共有と預貯金債権の払戻し

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第8章 相続 #365/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

葬儀代を立て替えた長男は、預金を払い戻せるか

冒頭の設例。A(父・死亡・A銀行の普通預金1,080万円)、B(長男・相続人・葬儀代130万円を立て替え)、C(妹・相続人)、D(A銀行)。母はすでに亡くなっている。B→D「相続分の2分の1にあたる540万円を払い戻してほしい」。問い=銀行は応じなければならないか。 図:冒頭の設例

  • A(父・死亡・A銀行の普通預金1,080万円)、B(長男・相続人・葬儀代130万円を立て替え)、C(妹・相続人)、D(A銀行)
  • 母はすでに亡くなっている
  • B→D「相続分の2分の1にあたる540万円を払い戻してほしい」
  • 問い=銀行は応じなければならないか

設例です。父が亡くなりました。母は、すでに亡くなっています。相続人は、長男と、その妹の2人です。父の口座には、A銀行の普通預金が、1,080万円あります。長男は、葬儀代130万円を、自分で立て替えました。そこで長男は、銀行に、こう頼みます。相続分の2分の1にあたる、540万円を払い戻してほしい。銀行は、これに応じなければならないのでしょうか。自分の相続分の割合で、すぐ払い戻せるはずだ、という感覚が、今日の出発点です。結論の形だけ、先に言います。540万円の請求には、応じなくてよい。ただ、一部だけなら、遺産分割の前でも払い戻せます。その一部がいくらかは、道筋を通ったあとで、数字で答えます。ひとつだけ予告します。前に、預金債権の相続を扱ったとき、預貯金の払戻しを相続人が単独でどこまでできるのかは、相続法の話だと言って、残しておきました。今日が、その回収です。

地図。①相続財産は共有になる(898条)②共有になる財産と、当然に分割される財産③預貯金債権は例外④遺産分割の前の払戻し(909条の2)⑤種類ごとの整理の表。 図:地図

前回の最後に、相続人が複数いるとき、遺産は分割するまでの間、誰のものなのか、という問いを残しました。答えは、共同相続人の共有です。ここから、道筋は5つです。1つ目、相続財産が共有になる、という898条です。2つ目、遺産の種類ごとに、共有になるものと、相続と同時に当然に分かれるものがある、という話を見ます。3つ目、預貯金債権は、その例外になる、という最高裁の判断です。判例が変わった、前と後を比べます。4つ目、遺産分割の前でも預貯金を一部だけ引き出せる、909条の2です。ここで冒頭の設例に答えが出ます。5つ目、遺産の種類ごとの整理を、表にします。

遺産共有、相続財産は誰のものか

898条の整理。相続人が数人→相続財産は共有に属する(1項)。各相続人の持分=相続分(法定相続分、指定があれば指定相続分)。共有は暫定的→遺産分割で最終の帰属が決まる。 図:898条の整理

  • 相続人が数人→相続財産は共有に属する(1項)
  • 各相続人の持分=相続分(法定相続分、指定があれば指定相続分)
  • 共有は暫定的→遺産分割で最終の帰属が決まる

条文を読みます。898条です。

条文民法898条

民法 第八百九十八条(共同相続の効力) 1項 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。 2項 相続財産について共有に関する規定を適用するときは、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分をもって各相続人の共有持分とする。

1項が、結論です。相続人が数人いるとき、相続財産は、その共有に属します。2項は、持ち分の決め方です。共有に関する規定を適用するとき、900条から902条で算定した相続分が、そのまま各相続人の共有持分になります。前の回で見たとおり、遺言で相続分の指定が無ければ法定相続分、指定があれば指定相続分です。共有の持分は、共有の回で見ました。相続分が、そのまま持分になる、と受けておけば十分です。ここで、この共有の性格を押さえます。たとえで言うと、2人の名前が書かれた、大きな金庫が1つ置かれた状態です。中身は、まだ誰のものと決まっていません。この共有は、遺産分割までの、過渡的で暫定的な状態なのです。遺産分割をして、はじめて、この財産は長男、この財産は妹、と最終的な帰属が決まります。共有を解消する手続は、通常の共有では共有物の分割でしたが、遺産については、遺産分割という別の手続になります。ここで、もう1つの大事な点です。実は、相続財産のすべてが、この金庫に入るわけではありません。

2類型の板。相続財産→①共有(→遺産分割で最終の帰属):不動産・動産など/②相続開始と同時に当然に分割され、各人に個別に帰属:分けられる金銭債権など。 図:2類型の板

相続の財産は、2つの運命に分かれます。1つ目は、共有になって、そのあと遺産分割で、最終的な帰属が決まるものです。さきほどの金庫に入るものです。2つ目は、共有を経ずに、相続の開始と同時に、法律上当然に、各人の財産として個別に分かれるものです。こちらは、人数分の封筒に、自動で小分けされるイメージです。封筒に入った財産は、遺産分割をしなくても、初めから各人のものです。金庫に入る財産と、封筒に入る財産の振り分けが、今日の中心です。順番に、遺産の種類ごとに見ていきます。今日は、プラスの財産を見ます。

不動産・動産・金銭は共有

共有になる財産。不動産=共有。動産=共有。金銭(現金)=動産として共有。遺産分割までの間、共同相続人の1人は、保管している他の共同相続人に、自分の相続分に応じた金銭の支払を請求できない。 図:共有になる財産

  • 不動産=共有
  • 動産=共有
  • 金銭(現金)=動産として共有
  • 遺産分割までの間、共同相続人の1人は、保管している他の共同相続人に、自分の相続分に応じた金銭の支払を請求できない

1つ目の種類です。不動産と動産は、共同相続人の共有になります。父の自宅の土地と建物は、長男と妹の共有です。家具や車のような動産も、同じです。気をつけたいのは、現金です。現金も動産ですから、共有になります。そして、最高裁は、こう判断しています。遺産分割までの間は、共同相続人の1人は、現金を保管している他の共同相続人に対して、自分の相続分に応じた金銭の支払を請求できない。具体例で考えます。父の家に、現金が240万円残っていて、長男が保管しているとします。妹の相続分は2分の1ですから、妹は、私の分の120万円を、今すぐ払って、と言いたくなります。ところが、遺産分割が済むまでは、それは言えません。240万円の、2分の1が120万円、という計算は合っています。それでも、請求は認められないのです。理由を考えます。現金は、遺産全体の分け方を考えるとき、調整に使える大事な財産です。あとで、不動産の価値の差を埋めたり、誰かに多めに渡したりするのに使えます。各人が、先に自分の分を持ち出せてしまうと、その調整ができなくなります。ですから、現金も、いったん金庫の中に残して、遺産分割で決めるのです。この、調整に使えるかどうか、という見方は、このあと預金のところで、もう一度出てきます。覚えておいてください。

可分債権は当然に分割される

復習の問い。数人の債権者や債務者がいて、特別の約束がないとき、各自の割合はどう決まりましたか? 図:復習の問い

次の種類に入る前に、前に見たことの確認です。数人の債権者や債務者がいて、特別の約束がないとき、各自の割合は、どう決まりましたか?427条で、平等の割合になりました。分けられる債権は、頭割りで、各自の債権になります。これが、分割債権の原則でした。相続では、これが働きます。

可分債権の当然分割。貸金60万円(債務者C)→長男30万円・妹30万円。遺産分割をしなくても、各自がCに30万円を請求できる。売却代金債権=特別の事情がなければ各持分で分割取得。性質上分けられない権利(追認する権利)は分割されない。 図:可分債権の当然分割

  • 貸金60万円(債務者C)→長男30万円・妹30万円
  • 遺産分割をしなくても、各自がCに30万円を請求できる
  • 売却代金債権=特別の事情がなければ各持分で分割取得
  • 性質上分けられない権利(追認する権利)は分割されない

2つ目の種類は、貸金や損害賠償のような、分けられる金銭の債権です。可分債権といいます。可分というのは、分けられる、という意味です。判例は、可分債権は、共有の対象にならず、相続開始と同時に、当然に、相続分に応じて分割され、各相続人が単独の債権として承継する、と判断しています。具体例です。父が、Cに60万円を貸していました。相続人は、長男と妹の2人です。この貸金の60万円は、金庫には入りません。相続が開始した瞬間に、長男には30万円の債権、妹には30万円の債権と、自動で分かれます。ですから、遺産分割をしていなくても、長男も妹も、それぞれ単独で、Cに30万円を請求できます。

違いが出るところです。現金は、手元にある物です。債権は、相手に払ってもらう権利です。権利のほうは、頭割りで切り分けても、相手のCにとって負担は変わりません。それに、貸金は、Cがきちんと払えるかどうかで、値打ちが変わります。額面どおりに数えられる現金と違って、遺産全体の差を埋める調整には、使いにくい財産です。わざわざ金庫に残しておく理由が無いので、427条の原則どおり、分かれるのです。そこで、物としての現金は金庫、分けられる金銭債権は封筒、と整理します。関連して、2つだけ付け足します。1つ目、共有の財産を、共同相続人全員の合意で売ったときの代金債権です。判例の理解では、遺産分割の対象にする合意などの特別の事情がなければ、各共有持分に応じて、分割して取得します。2つ目、相続分の指定があるときの扱いは、判例ははっきり述べていません。指定相続分でも当然に分かれるという考え方が有力で、その場合、法定相続分を超える部分は、対抗要件が必要になります。この対抗要件は、別の回で扱います。最後に、封筒に入るのは、分けられる債権だけです。性質上、分けられない権利は、分割されません。たとえば、無権代理と相続の回で見た、代理権の無い人が結んだ契約を追認する権利は、相続人全員に不可分に帰属しました。分けられるお金の債権だけが、自動で小分けされるのです。

預貯金債権は例外、判例変更の前と後

論点の提示。預金は、お金の債権。貸金と同じ、封筒に入るのか? 判例は、変わった。 図:論点の提示。預金は、お金の債権。貸金と同じ、封筒に入るのか? 判例は、変わった。

では、本題の預金です。預金は、銀行に預けたお金を、返してもらう権利です。お金の債権ですから、貸金と同じ、封筒に入りそうです。ところが、そうではありません。寄託の回で見たとおり、預金の正体は、銀行にお金を預ける、消費寄託です。預けた人が銀行に、返してくださいと言える権利です。この権利が、遺産ではどうなるのかを見ます。

判例変更の前と後。【変更前】預貯金も一般の可分債権と同じ→相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割/遺産分割の対象にするには共同相続人全員の合意が必要(最判平16・4・20)。【変更後】預貯金債権は当然には分割されない→全員の合意がなくても遺産分割の対象(最大決平28・12・19)。定期預金・定期積金も同じ(最判平29・4・6)。変わらないもの=貸金など一般の可分債権は今も当然に分割。 図:判例変更の前と後

  • 【変更前】預貯金も一般の可分債権と同じ→相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割/遺産分割の対象にするには共同相続人全員の合意が必要(最判平16・4・20)
  • 【変更後】預貯金債権は当然には分割されない→全員の合意がなくても遺産分割の対象(最大決平28・12・19)
  • 定期預金・定期積金も同じ(最判平29・4・6)
  • 変わらないもの=貸金など一般の可分債権は今も当然に分割

結論から、変更の前と後を並べます。変更の前は、預貯金も、貸金などと同じ扱いでした。相続開始と同時に、当然に、相続分に応じて分割される。各相続人が、自分の分を、銀行に単独で請求できました。ただ、実務では、共同相続人全員が合意をして、預貯金を遺産分割の対象にする運用が、広く行われていました。合意があれば遺産分割の対象にできる、という扱いです。変更の後は、違います。預貯金債権は、当然には分割されません。全員の合意がなくても、遺産分割の対象になります。この判断をしたのが、最高裁の大法廷の決定です。大法廷は、全員一致でした。前の判例を、改める、つまり判例変更をしたのです。

判例最高裁判所大法廷決定 平成28年12月19日(民集70巻8号2121頁)

共同相続された預貯金債権は遺産分割の対象となる 共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。 ……遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましく,また,遺産分割手続を行う実務上の観点からは,現金のように,評価についての不確定要素が少なく,具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在することがうかがわれる。 ……具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産であるという点においては,本件で問題とされている預貯金が現金に近いものとして想起される。 ……上記見解と異なる当裁判所の判例は,いずれも変更すべきである。

判旨を読みます。普通預金債権、通常貯金債権、定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に、当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる。これが結論です。最後の1文が、大事です。これと異なる判例は、いずれも変更すべきである。前の判例を、はっきりと、改めています。調整に資する、とは、遺産の分け方を柔軟に決めるのに、使える、という意味です。さきほど現金のところで言った話と、同じです。決定は、遺産分割は、できる限り幅広く財産を対象にしたほうがよい、と言います。そして、評価に争いが少なく、調整に使える財産、つまり現金のような財産を、遺産分割の対象にしたい要請が広くある、と言います。預貯金は、現金に近いものとして想起される、つまり、現金とほとんど同じに見られている、と言います。だから、遺産分割の対象にする。これが、決め手です。

判例が示した理由3行(要約)。①預貯金は現金に近く、遺産分割の調整に資する②普通預金・通常貯金は1個の債権で、入出金のたびに残高が動く③定期貯金は分割払戻しが制限され、事務を簡素にする趣旨がある。 図:判例が示した理由3行

  • 要約
  • ①預貯金は現金に近く、遺産分割の調整に資する②普通預金・通常貯金は1個の債権で、入出金のたびに残高が動く③定期貯金は分割払戻しが制限され、事務を簡素にする趣旨がある。

理由は、3つあります。内容は、前に分割債権の回で見たので、一言ずつ受けます。1つ目、預貯金は現金に近く、調整に資する。2つ目、普通預金や通常貯金は、1個の債権として、入金や出金のたびに残高が動いていく。ここで、相続人ごとに分けて固定するのは、なじまない。3つ目、定期貯金は、満期の前に一部だけ払い戻すことが、制限されています。事務を簡単にするためです。相続で分けると、相続人ごとに利子の計算が要り、その趣旨に反します。論文で書くなら、ここは、論点になりうる所です。結論を、そのまま規範として書き、そのうえで、この3つを添えます。理由を1つだけ書くと、判例の理由の一部しか書けません。

定期預金・定期積金も同じ扱い。決定の対象=普通預金・通常貯金・定期貯金。別の最高裁判決(信用金庫の事案)=定期預金・定期積金も、当然には分割されない。 図:定期預金・定期積金も同じ扱い

  • 決定の対象=普通預金・通常貯金・定期貯金
  • 別の最高裁判決(信用金庫の事案)=定期預金・定期積金も、当然には分割されない

定期預金と、毎月決まった額を積み立てる定期積金については、別の最高裁判決が、この決定を引いて、同じ結論をとりました。事案は、信用金庫でした。共同相続された定期預金債権と、定期積金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。ですから、普通預金、通常貯金、定期貯金、定期預金、定期積金は、すべて同じ扱いです。

決定の事案。相続人=被相続人の養子と、先に亡くなった別の養子の子。亡くなった養子が約5,500万円の贈与を受けていた(特別受益)。預貯金が当然に分かれると、遺産分割で特別受益の差を埋められなくなる。最高裁は原審を破棄して差し戻した。 図:決定の事案

  • 相続人=被相続人の養子と、先に亡くなった別の養子の子
  • 亡くなった養子が約5,500万円の贈与を受けていた(特別受益)
  • 預貯金が当然に分かれると、遺産分割で特別受益の差を埋められなくなる
  • 最高裁は原審を破棄して差し戻した

ひとつ、事案にも触れておきます。この決定の事案では、相続人は2人で、被相続人の養子と、先に亡くなった別の養子の子でした。その亡くなった養子、つまり、もう一方の相続人の母が、被相続人から、約5,500万円の贈与を受けていて、これが、前の回で見た特別受益、つまり取り分を計算するときに遺産に足し戻して考える贈与にあたる、とされていました。原審は、預貯金は当然に分割され、全員の合意がない限り、遺産分割の対象にならない、として、不動産を一方に取得させました。最高裁は、これを破棄して、差し戻しています。特別受益があって、具体的相続分で調整が要る事案です。決定は、遺産分割は、具体的相続分を基準に、共同相続人の実質的な公平を図る仕組みだ、と述べています。預金が当然に分かれてしまうと、特別受益のある側にも、預金が相続分に応じて自動で渡り、遺産分割で差を埋めることができなくなります。

判例変更で変わったのは預貯金債権だけ。預貯金債権=当然には分割されない。貸金などの一般の可分債権=今も当然に分割される。決定は、預貯金債権が可分債権にあたるとまでは述べていない。 図:判例変更で変わったのは預貯金債権だけ

  • 預貯金債権=当然には分割されない
  • 貸金などの一般の可分債権=今も当然に分割される
  • 決定は、預貯金債権が可分債権にあたるとまでは述べていない

注意点が1つあります。変わったのは、預貯金債権だけです。貸金などの一般の可分債権は、今も当然に分割されます。答案で、貸金債権まで遺産分割の対象と書くのも、預金を当然に分割と書くのも、どちらも誤りです。預貯金債権は可分債権にあたる、とまでは、決定は述べていません。預貯金債権は、当然には分割されない、とだけ言っています。そこを超えて断定するのは、避けてください。

問い。父の遺産=貸金60万円(債務者C)と預金90万円。相続人は長男と妹。遺産分割の前に、長男はCと銀行に、それぞれ何を請求できるか。 図:問い

  • 父の遺産=貸金60万円(債務者C)と預金90万円
  • 相続人は長男と妹
  • 遺産分割の前に、長男はCと銀行に、それぞれ何を請求できるか

ここで問いです。父の遺産に、貸金60万円と預金90万円があります。貸金の債務者はCです。相続人は、長男と妹の2人。遺産分割をする前に、長男は、Cと銀行に、それぞれ何を請求できるでしょうか?Cには、貸金のうち自分の分の、30万円を請求できます。貸金は、当然に分割されるからです。銀行には、預金の自分の分の、45万円は請求できません。預金は、当然には分割されないからです。ただ、冒頭で言ったとおり、銀行にも、ごく一部だけなら請求できる道があります。この預金90万円の例なら、上限は15万円です。なぜ15万円になるのかは、次の条文で見ます。

遺産分割の前に、預金を払い戻す、909条の2

復習の問い。預貯金債権とは、何についての債権のことでしたか? 図:復習の問い。預貯金債権とは、何についての債権のことでしたか?

条文に入る前に、前の、債権譲渡の制限の回で出た言葉を、思い出してください。預貯金債権とは、何についての債権のことでしたか?預金口座や貯金口座に係る、預金や貯金の債権です。では、問題点を整理します。預貯金債権が、遺産分割まで当然には分割されないなら、長男は、葬儀代や生活費、相続した借金の返済のためにお金が要っても、遺産分割が終わるまで、銀行から1円も受け取れません。それでは困ります。そこで、平成の相続法改正で、909条の2が置かれました。家庭裁判所の判断を経なくても、銀行の窓口で、一部の払戻しを受けられるようにする規定です。

条文民法909条の2

民法 第九百九条の二(遺産の分割前における預貯金債権の行使) 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

読み方を整理します。前段が、払戻しの範囲です。各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、相続開始の時の債権額の3分の1に、900条と901条で算定した、その人の相続分を掛けた額について、単独で、権利を行使できます。ただし、かっこ書きのとおり、預貯金債権の債務者ごとに、法務省令で定める額が上限です。後段は、行使した分を、遺産の一部の分割によって取得したものとみなす、という効果です。

909条の2の式。請求できる額=(口座ごとの相続開始時の債権額)×1/3×(法定相続分)。上限=金融機関ごとに150万円(法務省令で定める額)。使途は問わない。 図:909条の2の式

  • 請求できる額=(口座ごとの相続開始時の債権額)×1/3×(法定相続分)
  • 上限=金融機関ごとに150万円(法務省令で定める額)
  • 使途は問わない

式にします。口座ごとに、相続開始の時の債権額を出します。それに、3分の1を掛けます。さらに、法定相続分を掛けます。これが、請求できる額です。ただし、同じ金融機関からは、法務省令で定める額、現在は150万円が、上限です。3点、押さえます。1つ目、掛けるのは法定相続分です。条文は、900条と901条で算定した相続分と書いています。遺言で指定した相続分でも、前の回までで見た、特別受益や寄与分を反映した具体的相続分でもありません。銀行の窓口では、遺言があるかや、生前の贈与があったかまでは分かりません。戸籍で確かめられる法定相続分なら、窓口ですぐ計算できます。次に、2つ目、計算は口座ごとです。3つ目、上限は金融機関ごとです。同じ銀行に口座がいくつあっても、上限は合算して1回です。

条文は、使い道を要件にしていません。かっこ書きの葬式の費用や生計費は、上限額を定めるときに考える事情として出てくるだけです。ですから、使い道は問わず、払い戻せます。

冒頭の答え。540万円の請求→認められない(預貯金債権は当然には分割されない)。909条の2=1,080万円×1/3×1/2=180万円。上限150万円→150万円まで単独で請求できる。葬儀代130万円は賄える。 図:冒頭の答え

  • 540万円の請求→認められない(預貯金債権は当然には分割されない)
  • 909条の2=1,080万円×1/3×1/2=180万円
  • 上限150万円→150万円まで単独で請求できる
  • 葬儀代130万円は賄える

冒頭の設例に戻ります。長男の請求は、540万円でした。これは認められません。預貯金債権は、当然には分割されないからです。ただし、909条の2を使えます。1,080万円の3分の1が360万円。長男の法定相続分は2分の1ですから、360万円の2分の1で、180万円。ここまでは、単独で請求できます。ところが、同じA銀行の上限は、150万円です。180万円は、150万円を超えているので、上限で頭打ちになります。長男が請求できるのは、上限の150万円です。立て替えた葬儀代は130万円でしたから、まかなえます。銀行は、540万円の請求には応じなくてよい。ただ、150万円の請求には、応じる義務があります。計算を、もう1つ練習します。口座が複数あるときです。長男の法定相続分は、2分の1です。A銀行には、普通預金が、口座1に480万円、口座2には840万円あります。B銀行の普通預金が、360万円です。

計算実演(長男の法定相続分1/2)。A銀行:口座1=480万円→80万円/口座2=840万円→140万円/小計220万円→上限150万円。B銀行:360万円→60万円。合計=150+60=210万円。色分け=口座ごとの計算/金融機関ごとの上限。 図:計算実演(長男の法定相続分1/2)

  • A銀行:口座1=480万円→80万円
  • 口座2=840万円→140万円
  • 金融機関ごとの上限。

口座ごとに計算します。口座1は、480万円の3分の1が160万円。2分の1で、80万円です。口座2は、840万円の3分の1が280万円。2分の1で、140万円です。A銀行の小計は、80足す140で、220万円。これを、金融機関ごとの上限、150万円に当てます。220万円は上限を超えるので、150万円です。B銀行は、360万円の3分の1が120万円。2分の1で、60万円。上限の150万円より小さいので、そのままです。合計は、150足す60で、210万円です。口座ごとに計算して、金融機関ごとに上限を当てる、という2段階を、忘れないでください。問いです。同じ銀行の口座に、540万円あります。相続人は子が3人で、法定相続分は3分の1ずつです。長女が単独で請求できる額は、いくらでしょうか?

540万円の3分の1が180万円で、その3分の1が60万円です。上限の150万円には当たりません。60万円です。さきほどの問いの、預金90万円の例も、同じです。90万円の3分の1が30万円、2分の1で15万円でした。

みなし一部分割。遺産2,400万円(預金1,080万円+土地1,320万円)。長男の取り分1,200万円。払戻し済み150万円→遺産分割で受け取る分=1,200−150=1,050万円。 図:みなし一部分割

  • 遺産2,400万円(預金1,080万円+土地1,320万円)
  • 長男の取り分1,200万円
  • 払戻し済み150万円→遺産分割で受け取る分=1,200−150=1,050万円

次は、後段の効果です。行使した預貯金債権は、遺産の一部の分割によって取得したものと、みなされます。みなす、というのは、実際には分けていなくても、分けたことにする、という意味です。数字で見ます。遺産が、預金1,080万円と、土地1,320万円で、合計2,400万円です。長男の取り分が、2分の1で1,200万円。長男が、すでに150万円を払い戻しているとします。この150万円は、遺産分割で取得した分として数えられます。ですから、遺産分割で長男が受け取るのは、1,200万円引く150万円で、1,050万円です。早く引き出した分は、あとで得をするのではなく、取り分の前渡しになる、という仕組みです。一部の分割の本体は、遺産分割の回で見ます。

足りないとき。仮分割の仮処分(家事事件手続法200条3項)。遺産分割の審判・調停の申立てがあった場合に、債務の弁済・生活費の支弁などで預貯金債権を行使する必要があると認めるとき、申立てにより、特定の預貯金債権の全部または一部を仮に取得させる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは不可。 図:足りないとき

  • 仮分割の仮処分(家事事件手続法200条3項)
  • 遺産分割の審判・調停の申立てがあった場合に、債務の弁済・生活費の支弁などで預貯金債権を行使する必要があると認めるとき、申立てにより、特定の預貯金債権の全部または一部を仮に取得させる
  • ただし、他の共同相続人の利益を害するときは不可

最後に、150万円では足りないときです。家事事件手続法に、仮分割の仮処分という制度があります。遺産分割の審判や調停の申立てがあって、相続財産に属する債務の弁済や、相続人の生活費の支弁などのために、預貯金債権を行使する必要があると認めるときに、申立てによって、家庭裁判所が、特定の預貯金債権の全部または一部を、仮に取得させることができます。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、できません。909条の2が、金庫に開いた、当面の費用のための小窓だとすれば、仮分割の仮処分は、裁判所を通して開ける、大きな扉です。名前と役割だけ、覚えておいてください。論文では、あてはめをこう書きます。長男の請求は、預貯金債権が当然には分割されないため、認められない。ただし、909条の2により、債権額の3分の1に法定相続分を乗じた額については、単独で請求できる。この2段で書いてください。

種類ごとの表、まとめ、冒頭の答え

遺産の種類×当然分割か遺産分割か(前半)。不動産・動産=共有→遺産分割(898条)。金銭(現金)=共有→遺産分割・保管者に相続分の支払は請求できない。可分債権(貸金・損害賠償)=当然分割・各自が相続分で請求できる(427条)。売却代金債権=当然分割(合意がない限り)。預貯金債権(預金・貯金・定期預金)=当然分割ではなく遺産分割の対象・原則請求できない・909条の2で一部だけ(最大決)。可分債務・連帯債務・不可分債務・賃料債務・賃料債権=(灰色の枠・次回で完成)。 図:遺産の種類×当然分割か遺産分割か

  • 前半
  • 不動産・動産=共有→遺産分割(898条)。金銭(現金)=共有→遺産分割・保管者に相続分の支払は請求できない。可分債権(貸金・損害賠償)=当然分割・各自が相続分で請求できる(427条)。売却代金債権=当然分割(合意がない限り)。預貯金債権(預金・貯金・定期預金)=当然分割ではなく遺産分割の対象・原則請求できない・909条の2で一部だけ(最大決)。可分債務・連帯債務・不可分債務・賃料債務・賃料債権=(灰色の枠・次回で完成)。

表にまとめます。縦に遺産の種類、横に、共有から遺産分割か、当然分割か、を置きます。不動産と動産は、共有から遺産分割です。現金も、共有から遺産分割で、保管している人に、相続分の支払は請求できません。貸金のような可分債権は、当然分割で、各自が相続分で請求できます。共有の財産を売った代金債権も、特別の事情がなければ、当然分割です。預貯金債権は、当然分割ではなく、遺産分割の対象です。原則として、遺産分割の前には請求できず、909条の2で一部だけが、単独で請求できます。表の下のほうは、灰色にしてあります。

まとめ。①898条=相続財産は共有・持分は相続分・遺産分割で最終的な帰属/当然に分割される財産もある②不動産・動産・現金は共有(現金は保管者に相続分の支払を請求できない)③可分債権は当然分割④預貯金債権は当然には分割されず遺産分割の対象(判例変更・変わったのは預貯金だけ)⑤909条の2=口座ごとに債権額×1/3×法定相続分・金融機関ごとに150万円・一部分割とみなす・足りなければ仮分割の仮処分。冒頭の答え=540万円は不可・150万円まで可。 図:まとめ

  • ①898条=相続財産は共有・持分は相続分・遺産分割で最終的な帰属/当然に分割される財産もある②不動産・動産・現金は共有(現金は保管者に相続分の支払を請求できない)③可分債権は当然分割④預貯金債権は当然には分割されず遺産分割の対象(判例変更・変わったのは預貯金だけ)⑤909条の2=口座ごとに債権額×1/3×法定相続分・金融機関ごとに150万円・一部分割とみなす・足りなければ仮分割の仮処分
  • 冒頭の答え=540万円は不可・150万円まで可

まとめます。まず、冒頭の答えです。銀行は、540万円の請求には応じなくてよい。預貯金債権は、当然には分割されないからです。ただ、909条の2により、180万円と、同じ銀行の上限150万円の、小さいほう、150万円までは、応じる義務があります。葬儀代130万円は、まかなえます。5つ確認します。1つ、相続財産は共同相続人の共有で、持分は相続分です。ただし、これは暫定的で、遺産分割で最終的な帰属が決まります。相続開始と同時に当然に分割される財産もあります。2つ、不動産、動産、現金は共有です。現金は、保管している相続人に、遺産分割の前に、相続分の支払を請求できません。3つ、貸金などの可分債権は、当然に分割されます。続けます。4つ、預貯金債権は、普通預金、通常貯金、定期貯金、定期預金のどれも、当然には分割されず、遺産分割の対象です。判例変更で変わったのは、預貯金債権だけで、貸金は今も当然に分割されます。5つ、遺産分割の前でも、909条の2で、口座ごとに、債権額の3分の1に法定相続分を掛けた額を、金融機関ごとに150万円まで、単独で払い戻せます。使った分は、遺産の一部の分割で取得したとみなされます。足りないときは、仮分割の仮処分があります。表の灰色の部分が、残っています。では、父の借金や、遺産のアパートの家賃は、どう分かれるのでしょうか。次は、そこを見ます。

参照条文

  • 民法898条
  • 民法909条の2

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